シンプラル法律事務所
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損害賠償額算定基準(実務運用と解説)(青い本)

☆損害賠償額算定基準(実務運用と解説)(青い本)
★第1章 積極損害
◆    ◆第1 治療費
   
  ◆第2 付添監護費 
     
  ◆第3 雑費
     
◆    ◆第4 交通費 
     
  ◆第5 葬祭費 
     
  ◆第6 家屋・自動車などの改造費 
     
  ◆第7 装具など
     
  ◆第8 子どもの学習費・保育費、学費等 
     
  ◆第9 弁護士費用 
     
  ◆第10 その他 
     
  ★第2章 消極損害 
  ◆第1 休業損害 
     
  ◆第2 後遺症による逸失利益 
     
  ◆第3 死亡による逸失利益 
     
  ★第3章 慰謝料 
  ◆第1 障害 
     
  ◆第2 後遺症
     
◆    ◆第3 死亡 
     
  ◆第4 慰謝料に関するその他の問題 
     
  ★第4章 減額事由
  ◆第1 過失相殺 
     
  ◆第2 好意(無償)同乗 
     
  ◆第3 割合認定(素因減額) 
     
  ★第5章 損益相殺 
  ◆第1 損益相殺の当否 
     
◆    ◆第2 控除すべき対象となる損害の限度 
     
  ◆第3 過失相殺と損益相殺による控除の先後関係 
     
  ◆第4 共同不法行為の場合のてん補関係 
     
  ★第6章 遅延損害金 
     
  ★第7章 物損 
     
     
     
     
★★資料  
  ★1 簡易生命表 
  ★2 賃金センサスによる平均給与額
  ★3 ライプニッツ式計数表(年別)
  ★4 ホフマン式計数表(年別) 
  ★5 18歳未満の者に適用するライプニッツ式係数及び新ホフマン式係数
  ★6 後遺障害等級及び労働能力喪失率表 
  ★7 自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準 
  ★8 自賠責保険金額推移表 
     
★★付録  
  ★脳外傷による高次機能障害相談マニュアル
  ★自賠責保険請求と後遺障害等級認定手続の解説
     
  ★後遺障害認定実務の問題点 
  ◆1 自賠責保険における後遺障害等級表の内容と認定基準
    後遺障害等級表の規定は抽象的な内容⇒認定上の具体的指針が必要。
    後遺障害等級表は、労災保険における後遺障害等級表とほぼ同じ内容
⇒労災の認定実務で基準とされている認定基準(「障害認定必携」)をもとに行われている。
    自賠責保険実務における障害等級の認定にあたっては、平成14年4月1日以降発生の事故については、自賠法16条の3に基づこい定められた「支払基準」で、障害認定基準に準拠すべき
⇒障害認定基準は一定の拘束力。 
  ◆2 精神の障害・神経系統の機能障害
  ◇(1) 障害態様による分類
    @脳の障害(麻痺)
A脳の障害(高次脳機能障害)
B脳の障害(非器質性精神障害)
C脊髄の障害
D末梢神経障害
Eその他の特徴的障害(外傷性てんかん、頭痛、失調、めまい及び平衡機能障害、疼痛等感覚障害)
に分類。
  ◇(2) 軽度神経障害に関する等級認定の原則 
    いわゆる「鞭打ち症」等の痛み、しびれ、麻痺、めまい、難聴等の神経の機能の異常と思われる症状の評価をめぐり紛争化。
    頚椎捻挫などの比較的軽微な傷病名の診断のなされた被害者につき、前述のような症状がいつまでも改善しない場合に、後遺障害等級の障害判断をめぐって争いになることが多い。
    9級以上、12級、14級、等級非該当
    12級:「障害の存在が他覚的に証明できるもの」
14級:「障害の存在が医学的に説明可能なもの」
    他覚的証明:
X線、CT、MRI、脳血管撮影などの画像診断
脳波検査、
深部反射検査、
病的反射検査(上肢のホフマン、トレムナー、下肢のバビンスキー反射、膝クローヌス、足クローヌスなど)
スパークリングテスト
ジャクソンテスト
筋電図検査
神経伝導速度検査
知覚検査
徒手筋力検査(MM<T)
筋萎縮検査
など
他覚的な証明:
事故により身体の異常が生じ、医学的見地から、その異常により現在の障害が発生しているということが、他覚的所見をもとに判断できること。

症状の原因が何であるかが証明される場合。
    「医学的に説明可能」:
現在存在する症状が、事故により身体に生じた異常によって発生していると説明可能なもの。
被害者に存在する異常所見と残存している症状との整合性が必要。

被害者の訴え(自覚症状)のみでは、被害者の身体の異常との整合性がないとして等級非該当とされることが多い。
    12級以下のものが局部の神経症状とされている。
9級以上の等級:脳・脊髄などの中枢神経の異常の存在が原則的に必要。
  ◇(3) 非器質性精神障害 
  ◇(4) 高次脳機能障害の評価
  ◇(5) カウザルギー、RSD(反射性交換神経性ジストロフィー)の取扱
  ◆3 視覚障害
  ◆4 上肢・下肢の関節機能障害
  ◆5 せき柱の障害 
     
  ★自賠責保険の請求に必要な書類 
  ★一般財団法人自賠責保険・共済紛争処理機構の紛争処理について
  ★人身傷害保険の解説(相談に必要な基礎知識) 
  ★独伊率行政法人自動車事故対策機構の被害者援護制度について 
     
     
     
     
     
     
★★「交通事故損害賠償における損害論・・・民法の「損害論」からの乖離と接合」(潮見佳男)  
  ◆T はじめに
  ◆U 民法の世界・・・・わが国の差学説とその思考様式(p424) 
  ◇1 差額説とは? (p424)
  ■(1) 差額説の定義 
    差額説:
「もし加害原因がなかったとしたならばあるべき利益状態と、加害がなされた現在の利益状態との差」を損害と捉える考え方。
    最高裁:
民法上のいわyる損害とは、一口にいえば、
侵害行為がなかったならば惹起しなかったであろう状態(原状)を(a)とし、
侵害行為によって惹起されているとこの現実の状態(現状)を(b)とし
a−b=xそのxを金銭で評価したものが損害
  ■(2) 金銭差額説・・・個別客体差額説と総体財産差額説 
    @損害とは財産状態の差であり、かつ、
Aそれが金銭の差として示される
点に特徴がある(差額説=金額差額説)。 
    差額説の考え方は、Aをいれることで、損害を不法行為の結果として被害者に生じた不利益の事実としては捉えない・・・「事実としての損害」(@)「損害の額」(A)とを区別しない。
  被害者の権利・法益が侵害されたことによって被害者の事実状態が仮定的な局面と現実の局面とでどのような違いとなって現れるかという観点から損害を捉える立場(事実状態比較説)とも異なる。
事実状態比較説
典型的な損害事実説と同様、@とAを区別し、「損害の額」を扱うAは損害の金銭評価の問題として捉え、「事実としての損害」に関する@においてのみ、事実状態の差という捉え方をする立場。
ドイツにおいても主張されており、潮見の立場。
    財産状態の差をどのような観点から捉えるか?
A:権利侵害を受けた対象(客体)の価値に注目(個別客体(財産)差額説)
B:権利侵害を受けた被害者の総体財産に着目(総体財産差額説)
「差額説」
〜権利侵害を受けた被害者の総体財産の差(額)に着目する「総体財産差額説」を観念
(差額説=総体財産差額説)
  ■(3) 損害(額)に対する規範的評価・・・「原状回復」の理念または相当因果関係 
    差額説:損害賠償が加害行為(不法行為)がなかったと仮定したらあるであろう財産状態(仮定的財産状態)の回復ないし実現を目的としてものであるとの理解。
「原状回復の理念」
    仮定的財産状態の実現・回復:
A:加害原因(不法行為)が発生する前の財産状態の回復という後向きの方向での差額算定
B:加害原因(不法行為)がなかったとしたら現在の時点で被害者が置かれているであろう仮定的財産状態の実現という前向きの方向での差額算定
    我が国の実務:
損害(額)の規範的評価にあたって、原状回復の理念が正面に出されることは、少なくとも交通事故損害賠償実務の領域では少ない。
むしろ、
どこまでの損害(額)が賠償されるのかは相当因果関係によって定まるとされて、
法的=規範的評価が因果関係の「相当性」判断として示されているのが一般的。
but
「相当性」の判断(規範的評価)を正当化する原理・思想が何であるかに関して明確に触れるものはない。
  ◇2 差額説に結びつけられた損害額の算定方法(p426)
    差額説の考え方に、以下の損害額算定方式が結び付けられるのが通例
  ■(1) 個別積算方式(個別損害項目積み上げ方式) 
    本来:
差額説⇒損害は抽象的・包括的な数額としてあらわされる(損害の包括的把握。統一的損害概念。)⇒被害者のもとでどのような項目ないし費目の損失が生じているかということは、損害を確定するための間接的な資料にすぎない。
    but
わが国での差額説:
差額算定に当たり、個々の損害項目に決定的な意味を持たせて主張・立証の対象とし(=これらを主要事実ととして扱い)、個々の損害項目に対応する金額を積み上げていくという手法(=個別積算方式(個別損害項目積み上げ方式))による差額算定。
  ■(2) 実損主義 
    実損主義不法行為による被害者に現実に生じた損害のみが賠償されるべきである
@被害者の利得禁止
A被害者に現実に生じた損害が回復⇒被害者が有していた権利・法益の価値が金銭的に回復⇒被害者に不利益はない。

@被害者の利得を吐き出させることを目的とした損害賠償
A被害者に対する制裁・懲罰を目的とした損害賠償
を否定。
B不法行為を抑止することを目的とした損害賠償を認めることにも消極的。
  ■(3) 具体的損害計算(損害の主観的把握)・・・損害の被害主体関連性 
    具体的損害計算を基礎に捉える。
具体的損害計算:
損害額を個別具体的被害者に即して確定していく考え方(損害の主観的把握)
@損害賠償制度を実損主義のもとで捉え
A当該事件において個別具体的被害者が被った不利益を回復すべきものとする

被害者の個人的実情を斟酌しなければならない。
  ◇3 個々の算定方法と差額説との連関(p427)
    @差額説≠個別積算方式:
差額説の基礎にあるのは損害の包括的把握。
A差額説≠実損主義:
ある一定の規範的または政策的価値判断のもとで、実損に依らない差額の算定方法を選択することは否定されない。
実損主義自体が多義的。
B差額説≠具体的損害計算:
ある一定の規範的または政策的価値判断から、具体的被害者を離れた平均人(標準人)を基準として差額計算をすることは否定されない。
C必ず具体的損害計算によらなかければならないということはない。

「現実に生じた損害」が何かは規範的な評価を経て決定される⇒被害者の属するグループの標準人について観念できる損害を規準に被害者に「現実に生じた損害」を判断することが否定されるものではない。
  ◆V 交通事故損害賠償法の世界・・・・差額説の修正・差額説からの離脱?(p428) 
  ◇1 人損@・・・収入減少がない場合の逸失利益 
    判例(最高裁昭和56.12.22)
@労働能力の喪失が認められるとしても、このことが収入の減少につながっていなければ逸失利益の賠償が認められない(労働能力喪失説の否定)
A事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであって、こうした要因がなければ収入の減少を来しているものと認められる場合には、収入の減少が見られなくても逸失利益の賠償の余地がある。
    Aの説明:
×反論可能性のない公平観や内実を示さない形での正義観・相場観、言語化されないままに用いられることのある経験則
労働能力の投入を含め、自らの行動をどのように展開するかは被害者の自由である(自己決定権の一種としての人格の自由な展開の保障)。
but
交通事故による人身への侵害を受けた被害者が、交通事故がなかったと仮定した場合に比して自らの活動を自らの収入の減少を防止することへと傾注することを余儀なくされた場合、ここに、被害者の行動の自由ないし自己決定権に対する侵害を認めることができるし、
被害者のもとでは、加害行為(交通事故)がなかったと仮定した場合との差(事実状態の差)を認めることができる。

被害者が自己の人格の自由な展開を制約してまでして確保した収入相当額については、人格の自由な展開に対する侵害をもたらした加害者の負担とすべき

@具体的被害者を基点にして、
Aこの者の人格の自由な展開としての行動を捉え、そのうえで、
Bこの行動により防止できた収入源という観点から、この総体財産の額の増減を捉えて、
この差(=減少を回避できた現在および将来の収入額)を逸失利益と評価する。

「被害者の特別な努力により回避することができた差額分は、権利・法益侵害につき帰責される加害者の負担とすべきである。」との思想に基礎づけられるもの。
  ◇2 人損A・・・年少者・学生・専業主婦の逸失利益(p430)
  ■(1) いくつかの損害額算定モデル 
  □(ア) 判例法理・・・統計値を用いた控え目な算定 
    最高裁昭和39.6.24:
年少者死亡の場合における右消極的損害の賠償請求については、一般の場合に比し不正確さが伴うにしても、
裁判所は、被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、できうる限り蓋然性のある額を算出するよう努め、
ことに右蓋然性に疑がもたれるときは、被害者側にとって控え目な算定方法(たとえば、収入額につき疑があるときはその額を少な目に、支出額につき疑があるときはその額を多めに計算し、また遠い将来の収支の額に懸念があるときは算出の基礎たるk時間を短縮する等の方法)を採用することにすれば、
慰謝料制度に依存する場合に比較してより客観性のある額を算出することができ、被害者側の救済に資する反面、不法行為者に過当な責任を負わせることにもならず、損失の公平な分担を窮極の目的とする損害賠償制度の理念にも副うのではないかと考えられる。
    〜裁判所の統計値を用いた逸失利益の判断枠組みは、損害論との関係でみたときに、どのような観点から理論的に説明し、また、正当化することができるか?
  □(イ) 「総体財産差額説+具体的損害計算」のモデルものとでの主張・立証面の緩和 
    有職者のそれと異ならないとするんもの。
    @具体的被害者を基点として、
Aこの者の人格の自由な展開としての行動を捉え、
Bこの行動(労働)により得ることができたであろう収入額
という観点から、この者の総体財産の額の増減を捉えて、
この差(=得ることができなかった現在および将来の収入額)を
逸失利益と評価するという枠組み。
もっぱらBについての主張・立証面での負担軽減という観点から、統計値を用いた「控え目な算定」が用いられている。
    実損主義を「損害賠償の目的は被害者個人に生じた実損害の填補にある⇒被害者の個人的な事情を斟酌しなければならない」とのコンテクストで捉えることを通して、
具体的損害計算と実損主義を連結。
□(ウ) 「総体財産差額説+抽象的損害計算」のモデル 
  □(エ) 「労働能力喪失説+抽象的損害計算」のモデル
     
  ■(2) 具体的損害計算の修正・・・第1の見方を採る場合(p432)
  ■(3) 抽象的損害計算の展開・・・第2・第3の見方を採る場合(p432)
  □(ア) 抽象的損害計算の正当化・・・国家による権利・法益の価値の保障 
   
国家が権利、法益に結び付けた価値は、被害者が誰であれ、等しきものは等しいものちsて、損害賠償の形で保障すべきであるとの考え方(「最小限の損害」の考え方)。
  □(イ) 抽象的損害計算と具体的損害計算の関係 
  第1:権利・法益の侵害を理由とする損害賠償において、国家は、少なくとも、権利・法益のもつ客観的価値に相当する額については、当該権利・法益の主体に対して最小限の損害として賠償を認めるべき(損害賠償による権利の客観的価値の最低保障=「最小限の損害」の賠償)。 
抽象的損害計算による逸失利益の賠償請求⇒加害者側は具体的損害計算による額がこれよりも低くなるとの反論を出すことができないことになる。
  第2:抽象的損害計算により算定された額を超えた具体的被害者の個人的事情に由来する権利・法益の価値(主観的価値)については、被害者がその主観的価値が法的保護に値するものとして説得力ある形でその主張・立証に成功したときには、その賠償を認めるべき(具体的損害計算による上積み)。 
  第3:統計値を用いた「控え目な算定」とは、単なる損害額についての主張・立証面での緩和を意味するのではなきう、損害賠償責任の内容を支える原理・思想面での質的転換を意味する。 
  第4:実損主義の考え方は、不法行為を奇禍としての利得の禁止、利得吐き出し型損害賠償の否定、懲罰的・制裁的損害賠償の否定としての意味はもつが、
具体的損害計算と実損主義との連結は否定される。

抽象的損害計算により算定された額>具体的損害計算により算定された額の場合も、実損主義に反するとの理由で、その額の賠償が否定されることはない。 
  □(ウ) 抽象的損害計算に際しての権利主体の類型化・・・逸失利益の類型別定額化 
    ×死傷損害説
    国家が過失評価を担う禁止規範・命令規範の内容を確定する際に、規範の名宛人である行為者を・・・グループごとの平均人(標準人)として・・・類型化することが認められているのと同様に、
権利主体に権利・法益を供与することを目的とした規範(許容規範)の内容を確定するに当たっても、ある権利・法益に対して国家がどのような内容を与え、その価値を権利主体に対して保障しているかを考える際に、権利・法益の保有主体である権利主体の特徴ごとに類型化をし、同じ類型に属する権利主体に対してその権利・法益に結び付けられる価値を同一類型内で等しく・・・具体的損害計算による損害の主張・立証がなくても認められる最低限のものとして・・・保障することは、類型間での差異が法の下の平等に反するものでない限り、否定されるべきではない(権利主体の属性と結び付けられた権利・法益の価値の類型別定額化)。
そうすることで、自らと同一のグループに属する標準的な権利主体が、その権利・法益のもとで自らの活動を展開することによって得ることのできる標準的な利益を、(最小限の損害として捉えることで)損害賠償の形で個々の権利者に保障することができる。
  □(エ) 逸失利益の類型別定額化が問題となるいくつかの局面(p434)
  ●(a) 承前(p434)
    賃金センサスの使用
専業主婦⇒女子労働者の平均賃金
男子大学生⇒大卒男子労働者の平均賃金
年金生活者⇒受給権の喪失の観点
  ●(b) 専業主婦の逸失利益 
    女子労働者の全年齢平均賃金を基準
妻の家事労働は財産上の利益を生ずるものというべきであり、これを金銭的に評価することも不可能ということはできない。
具体的事案において金銭的に評価することが困難な場合が少なくないことは予想されるところであるが、かかる場合には、現在の社会情勢等にかんがみ、家事労働に専念する妻は、平均的労働不能年齢に達するまで、女子雇用労働者の平均的賃金に相当する財産上の収益を挙げるものと推定するのが適当である。
(最高裁昭和49.7.19)
  ●(c) 年少者の逸失利益(p436) 
    年少女子について、
かつては女子労働平均賃金⇒今日では全労働者平均賃金を基礎とする方式。
   
×将来の収入の認定ないし蓋然性判断として現在の女子労働者平均賃金を基礎とすることを否定するという事実認定のレベルでのコンテクストにおいて語られている
逸失利益を捉える規範的評価の視点に変更があったもの
@未就労年少者の将来における多様な就労可能性を考慮すべき(現在の労働市場における男女間の賃金格差を直接に反映させるべきではない)
A将来における法制度・社会環境および就労形態の変化を考慮すべきこと(これまでの女子固有の職業領域だけでなく、男性の占めていた職業領域にも女性が進出しつつある)
という規範的評価の視点が示されている。
     
  ●(d) 若年非正規雇用労働者の逸失利益(p437)
  ●(e) 重度知的障害児の逸失利益(p437)
    得べかりし収入についての将来予測や蓋然性に関する判断という衣をんまといつつも、その実質においては、重度の知的障害を負った者にも健常者と同程度の労働による収入相当額を与えるべきか否かという規範的な価値判断が基礎にあり、また、見解の対立の核心をなしている。
  ●(f) 一時滞在外国人の逸失利益(p438)
    わが国で就労していいる外国人:
その就労が合法か否かを問わず、予想されるわが国での就労可能期間につきわが国での収入等を基礎として算定
その後は出国先での収入等を基礎として算定
   
権利主体(被害者)が自らの労働能力を投入して得ることのできた利益がいくらであるかは、その主体が労働能力を投入する労働環境・生活環境という「場」に即して評価すべきである
との規範的評価。
  ■(4) 小括 
  □(ア) 金銭評価規範と実損主義・・・価値保障規範と利得禁止規範 
    被害者の逸失利益を判断する場面では、抽象的損害計算の方法のもと、損害の金銭評価に当たっての規範的評価のあり方が問題の本質をなしている。

争点は、
事実の取捨、推認の技法、蓋然性判断の緩和の是非といった事実認定レベルにあるのではなく、
権利主体(被害者)が自らの労働能力を投入して得ることができた利益(収入)を、当該権利主体(被害者)に与えられるべき権利・法益の価値として、どこまで保障すべきかという規範的評価のレベルにある。
    差額説そのものが問題とされているのではなく、差額説に結び付けられた各種の算定方式が問題とされ、論じられている。
    その際、個別積算方式は維持されているものの、具体的損害計算には、それほどのこだわりは見られない。
統計値を用いた逸失利益の算定、項目ごとの定額化⇒抽象的損害計算の方法が浸透することは必然。
but
賠償されるべきなのは被害者に現実に生じた損害であるという意味での実損主義は維持されている。
    実損主義不法行為による被害者に現実に生じた損害のみが賠償されるべきである
@被害者の利得禁止
A被害者に現実に生じた損害が回復⇒被害者が有していた権利・法益の価値が金銭的に回復⇒被害者に不利益はない。
抽象的損害計算の方法が浸透しつつも、なお、実損主義が維持されている

実損主義を支える
@被害者は、不法行為を原因として利益を得てはならないとの規範(利得禁止規範)が
A被害者の権利・法益を保護するためには、その権利・法益の価値を保護すべきであるとの規範(権利・法益の価値の保障規範)とともに採用。
利得禁止規範は、(損益相殺をつかさどる規範とは異なり)損害額そのものの決定において作用するもの

価値保障規範に組み込まれ、その外延を画するもの、すなわち、被害者が加害者側から受けるものを、国家による権利・法益の価値の保障の範囲へと限定するものとして位置づけられる。
  □(イ) 損害額決定のための判断枠組みへの展開 
  @ 逸失利益の算定:
人の労働能力が生み出す利益(収入)を示すものとして、男子労働者の平均賃金(全年齢平均賃金または学歴別賃金)を一般的な標準とすべき。

これによって算定された額が、自然人の持つ労働能力が生み出す収益を全面的に補足しているものと考えられるから、この方法により算定された収益の額を損害額として捉えることにより、被害者の法益に割り当てられた価値を保障することができる。
  A @で示した額より低い額での逸失利益の賠償しか認められないのではないかが議論される場面
←利得禁止の思想 
  B 利得禁止に関する評価も、規範的な観点から行われる。
当該被害者自身を基準とする具体的損害計算により算出された額を超える額をその被害者に与えることは、それだけでは利得禁止の思想に反するということにはならない。
実損主義≠具体的損害計算 
  C 憲法を頂点とする法秩序のもとで、国家が生命・身体その他の権利・法益を・・・これらの権利・法益に基づいた権利主体による活動(人格の展開)の自由も含めて・・・市民に対して法的保護に値するものとして保障
⇒損害賠償が問題となる場面でも、法秩序の側から見て、国家がその権利・法益に対して一般的にどれだけの価値を与えたのかという視点から、損害の額を算定すべき(抽象的損害計算による権利・法益の保障内容の確定)。 
  D この視点により導き出された額が、当該被害者につき具体的損害計算により算出された額を超えたとしても、この超過額は利得禁止の思想に抵触しない。
←国家がその権利・法益について保障した額である以上、個々の権利主体にはその価値の帰属が正当化される。 
  E 逆に、当該被害者が具体的損害計算による損害額とその要保護性を基礎づける事実についての主張・立証をしていないにもかかわらず、国家がその権利・法益について保障した価値を超える 額を損害額として被害者に与えることは、利得禁止の思想に抵触。
  F 類型化の正当性。 
  G 逸失利益に関して、男女間格差問題、年少者・高齢者・非正規雇用労働者・障害児・一時滞在外国人等の逸失利益の問題が論じられている際には、
(i)こうした類型作出が正当化されるか、
(ii)その類型のもとで上記@で示した一般的な標準とは異なる基準で損害額が算定されるのはなぜか、
(iii)損害額を算定する際に重要な判断要素(=規範的評価の視点)は何か
を正面から論じるべき。
   
不法行為時点での個別具体的被害者にとっての利益取得の蓋然性(事実レベルの蓋然性)は、判断要素の1つとはなりえても、唯一のまたは決定的な要素ではない。
     
  ◇3 物損・・・車両損害(p442)
  ■(1) 民法の一般理論・・・物損一般についての金銭評価の枠組み 
      物損の賠償をめぐっての3つの観点からのアプローチ
  @物の完全性を回復するために必要な費用を被害者に与えるという観点からのアプローチ(原状回復費用相当額の賠償)
  A物の交換価値を金銭で填補するのにふさわしい価額を被害者に与えるという観点からのアプローチ(交換価値の賠償)
  B被害者が物を完全な状態利用することができたにもかかわらず、その使用収益の権限(利用権限)を行使してその物を利用することができなかったために、被害者の総体財産に損害が生じたこと(休業損害、営業利益の喪失)、または、その物を完全な状態で利用することができたのと同等の利用可能状態を調達(確保)するために費用を投下したことにより、被害者の総体財産に損害が生じたことを理由に、その填補をするという観点からのアプローチ(利用価値の賠償)
     以上の3つのアプローチの関係
  @原状回復費用相当額の賠償とA交換価値の賠償との間には、二者択一の関係。
どちらを選択するかは、被害者の自由であるというのが基本。
(損害軽減義務の問題は、別に残る)
  A交換価値の賠償とB利用価値の賠償との間では、BはAに包摂されるのではないか?
but
利用価値の賠償といわれているものの内実は、
(a)その物の所有権が帰属する権利主体は、その物の所有者として自己に与えられた使用収益の権限(利用権限)を行使して、権利の客体である物を用いて自らの行動を展開することにより得ることができた利益を保障されるべきという観点⇒客体としての物の交換価値とは異質な利益としてその賠償が認められるべきもの
であるか、
(b)所有権に由来する使用収益の権限またはその権限を行使することによってら得られる利益を保全するために投下した費用は権利主体にその回復を認められるべきであるという観点⇒これまた、客体としての物の交換価値とは異質な利益としての賠償が認められるべきもの。
利用価値の賠償として論じられるものが、この(a)(b)のいずれかのコンテクストで捉えられるもの⇒当該客体を用いた被害者の行動が被害者の総体財産にもたらす利益の喪失(積極・消極双方を含む。)に対する賠償として、客体としての物の交換価値の賠償や原状回復費用の賠償とは別にその請求が認められるべきもの。
(損害軽減義務の問題は、別に残る)
  ■(2) 車両損害 
  □(ア)損害額算定ルールの枠組み 
    交通事故での車両損害の法理
  @ 原則として修理によって原状回復すべきであり、これに要する費用相当額の賠償が認められる。原状回復を超える修理の場合、超過分に相当する額の賠償は認められない。 
  A 修理によって完全に修復できない客観的価値低下としての評価損(格落損)
⇒その賠償も認められる。 
評価損:
@機能面・外観面での障害による交換価値の低下(技術上の評価損)
A事故歴があることを理由とする交換価値の低下(取引上の評価損)
評価損は、「将来の売却時に生じる減価を、現在において評価損として賠償するもの」であり、交換価値の賠償の一種。
  B 被害車両が物理的・経済的に修理不能
⇒「事故当時におけるその価格と売却代金との差額」を、加害者に対して賠償請求できる。 
物理的・経済的に修理不能でなくても、
「被害車両の所有者においてその買替えをすることが社会通念上相当であると認めれるとき」
も同様。
被害車両を買い替えたことが社会通念上相当であると認めれるには、
「フレーム等車体の本質的構造部分に重大な損傷の生じたことが客観的に認められることを要する。」
いずれの場合も、当該車両がなお保有している交換価値相当額(スクラップ価値)の分だけ、減額される(買替差額)
  C 中古車が損傷
⇒当該自動車の事故当時における取引価格は、原則として、これと同一の車種・年式・型・同程度の使用状態・走行距離等の自動車を中古車市場において取得するのに必要な価額(中古市場での調達価格)によって定めるべき。
この価格を課税または企業会計上の減価償却の方法である定率法または定額法によって定めることは、加害者および被害者がこれによることに異議がない等の特段の事情のない限り、許されない。
  D 事業・通勤・日常生活にとって必要な限りで、修理または買替えに要する相当期間の代車賃貸料相当額が賠償される。
タクシー、バスその他の営業者については、
被害者が被害車両の代替車両となる遊休車を有していないことが認められたときには、
休業損害および営業利益喪失を理由とする損害の賠償を請求することができる。
    上記の
@:原状回復費用賠償
AB(さらにBの下位命題としてのC):交換価値賠償
D:利用価値賠償
に対応。
  □(イ)原状回復費用の賠償と交換価値の賠償・・。理論面から見た金銭評価規範相互の関係(p445) 
    (ア)の枠組みについて、原状回復費用の賠償(@)と交換価値の賠償(B)の関係について可能な3つの説明
  第1:車両損害の賠償に関しては、自然的原状回復の方向での損害賠償を優先させなければならず、修理費用(原状回復費用)の賠償を原則とする考え方が採用されている。
  第2:原状回復費用の賠償額と交換価値の賠償額を比較して、低い方の額が賠償されるべきであるとの考え方、そして、前者が後者よりも低額であることが通例であるとの認識が、その基礎に据えられているとの説明。
賠償額の最小化を正当化するため、「被害者は、信義則上被害又は損害を最小限ならしめる義務を負っている」旨が説かれることがある。
but
(厚生改善(厚生経済学)の見地から損害賠償制度を一般的に語るのでなければ)通常の民法の損害軽減義務の理論からは正当化がしずらいところがある。
  第3:自然的原状回復の方向での損害賠償を優先させなければならないとの考え方を基礎に据えつつ、この例外に当たる場合、とりわけ、被害車両の交換価値に比して修理に過大な費用を要する場合には、「被害者は、不法行為(交通事故)を原因として利得をしてはならない。」との利得禁止の思想により、原状回復費用の賠償ではなく交換価値の賠償が認められていると説明。

被害者が当該被害車両につき特別の愛着があるなど、利得禁止規範に違反するものとは評価されず、多額の修理費用を投下してもなお、その車両を保持することに正当な利益があると認められる場合には、買替費用を上回る修理費用の賠償が認められてよい。 
  □(ウ)原状回復費用の賠償と仮定的修理費用(p446)
    ドイツのように、自然的原状回復を損害賠償制度の第一の目的
⇒自然的原状回復に向けた費用として捉えられた原状回復費用(修理費用)が実際に自然的原状回復に用いられなければ、仮定的修理費用の賠償は自然的原状回復をもたらすという目的に照らして正当化されないのではないということが深刻な問題に。
    金銭賠賠償主義を採るわが国の損害賠償法制
⇒原状回復の方向で車両の価値を保障するために被害者に対して金銭で支払われるのが原状回復費用(修理費用)に相当する額であると捉えるならば、被害者に被害者が被害車両の修理に当てたかどうかは問われない。

修理費用の賠償は、権利の客体である自動車の交換価値の賠償としての一面も併せ持つ。
修理費用の賠償は、
@原状回復のための費用の賠償であるとの性質を持つと同時に、
A被害者量の交換価値が減じられた分を金銭で補填するための賠償
であるとの性質をもつ。
  □(エ)利用価値の賠償 
    次の2つのタイプのものを観念できる。
    第1:その物の所有者が帰属する権利主体には、その物の所有者として自己に与えられた使用収益の権限(利用権限)を行使して、権利の客体である物を用いてみずからの行動を展開することにより得ることができた利益が保障されるべきであるという観点から、その賠償が認められるべきもの。
ex.被害車両をン用いることができなかったことによる休車損害や営業利益の喪失。
    第2:所有権侵害の結果、所有権に基づき使用収益をすることのできる地位を確保ないし保全するために投下した費用は権利主体(被害者)から加害者に転嫁されるべきであるという観点から、その賠償が認められるべきもの。
ex.代車賃貸料。
  前者:
所有者が権利主体として使用収益の権限(利用権限)に基づき自己の活動を展開することによって得ることができた経済的利益につき、被害者(権利主体)の総体財産に生じた損害としてこれの填補を保障するという意味での損害賠償。
使用収益の権限(利用権限)の行使により被害者が得ることができた利益を保障

権利主体に割り当てられた権利の価値を・・・権利の客体(被害車両)を用いて権利主体(被害者)が自己の活動を展開することによって得られる利益を含め・・・金銭で実現することを保障すること。
  後者:
使用収益の権限(利用権限)やこれを行使することによって被害者(権利主体)が得ることのできる利益を保全するために必要な費用を支出するのであれば、その填補を認めてやるという意味での損害賠償。 
この種の損害賠償を目的とした規範を、「権利保全規範」と並べて、「利益保全規範」と称する論者もいる。
@利用価値の賠償に括られるものの、その実態は、利益保全のために支出した費用の賠償を目的とするもの。
A自己の権利や利益を保全するための措置を講じるかどうかは権利主体の自由。

代車賃貸料相当額の賠償を請求することができるためには、(保全の必要性があることとともに)被害者が被害車両の利用により得ることができたであろう利益を保全するための具体的な保全措置、すなわち、代車を調達する措置(代車の賃貸料)を講じたこと、または、かかる措置を将来講じることが確実に予測できることが必要となる。
(もとより、ここでも、損害軽減義務の問題は、これとは別に残る。)
  □(オ)小括
    車両損害についての損害賠償の特徴
  @ 賠償されるべき損害は、
@原状回復費用
A交換価値
B利用価値
という観点から整理することができる。
  A 修理費用は、
原状回復の費用として捉えられるものであるが、客体である被害車両の価値の回復という目的に向けられたものであって、
客体レベルでの差額計算が妥当するものであるとともに、裁判実務では、(個別具体の事案における見積り査定等を手掛かりとすることで)具体的損害計算による金額査定が基礎に据えられている。 
ここでの修理費用は、客体の価値の回復を目的。
修理の結果が事故前の車両の価値を超えることとなる場合には、原状回復のコンテクストで捉えられない⇒そのような費用の賠償を認めることはできない。
  B 被害車両の交換価値の賠償が問題となる局面では、
差額計算の一方の項である事故時の被害車両の交換価値については、中古市場における同種・同等の価値の自動車に対して与えられるであろう価値によらざるをえない⇒抽象的損害計算とならざるをえない。 
スクラップ価格についても、当該被害車両自体の価格を算定することが困難な場合は、抽象的損害計算によることになる。
修理費用が賠償された場合の評価損については、交換価値賠償の一種。
裁判例では、修理費費用の2割または3割といった形で処理(抽象的損害計算)。
  C 修理費用の賠償と交換価値の賠償のいずれを選択するかについては、3つの立場がありうる。 
  D 利用価値のうち、
(a)休車損害のように、被害者が被害車両を所有権に由来する使用収益の権限(利用権限)に基づき利用すれば得られたであろう利益の賠償が問題となる局面では、具体的損害計算が行われ、かつ、被害者の総体財産に生じた増減が問題とされている。

その非会社が使用収益の権限(利用権限)を行使することにより自己の総体財産がどれだけ増加したかをもとに判断がされている。
but
被害者の属する人的類型に注目することにより、権限行使により得られたであろう利益の最低保障の可能性(抽象的損害計算による。)が否定されているものとは見るべきではない。 
(b)代車賃貸料のように、被害者が被害車両の使用収益をする権限(利用権限)を保全するための措置に要する具体的な費用については、具体的損害計算が妥当。
(←自己の権利や利益を保全するための措置を公示するかどうかは権利主体の自由)
  ◆W 権利・法益の側からみた損害論の整理・・・再び民法の世界へ(p449)
  ◇1 交通事故損害賠償実務における蓄積の、民法理論へのフィードバック 
    被害者の財産(総体財産)に生じている金銭面での差を計算し、確定しているというよりは、
人身侵害・所有権侵害を受けて被害者が置かれた状態を考慮したときに、この者に対してどれだけの金額が賠償されるべきかという規範的評価が全面に出ている。

ここでの問題の核心は、交通事故により被害者に生じた不利益という事実(損害事実)につき、この不利益な事実をどのように金銭評価すべきか(同法248条にいう「損害の額」の決定)。
    人損・物損の算定をめぐる実務の努力や諸説の対立は、この金銭評価を担う規範を設定し、正当化するレベルのもの。
損害(財産的損害)の金銭的評価を裁判官の裁量にゆだねるという立場(平井説)を採らないのであれば、損害の金銭的評価を支える実体ルール、すなわち、金銭評価規範の内容ないしはそこでの思考様式を明らかにする必要がある。
  ◇2 財産的損害に関する規範的評価の視点@・・・権利・法益の価値の保障 
  ■(1) 権利保護の思考様式・・・権利・法益の価値の保障+権利・法益の保全 
    権利・法益の価値を保障するためにどれだけの金額が賠償されるべきかを問う姿勢が強く認められる。

生命・身体、自動車の所有権といった絶対権・絶対的法益を保有する権利主体に対して国家が保障した地位が交通事故(不法行為)により侵害されたとき、
国家が権利・法益を有する主体としての地位を保障している以上、どれだけの金銭を被害者に得させれば、その地位を保障したことになるかが問われている。
通常、被害者に生じた損害の填補と言われるが、その実態は、権利主体に帰属する権利・法益の価値の保障
    人身侵害・所有権侵害を受けて被害者が置かれた状態を考慮したときに、この者に対してどれだけの金額が賠償されるべきかという評価をするときには、この権利主体に帰属する権利・法益の価値の保障という観点から、問題を捉えるのが有益。

「損害賠償請求権の権利追求機能」
    一般的枠組みとして抽出できるもの。
  国家による権利・法益の価値の保障には、
@権利・法益の客体自体の価値として権利主体が有していたいものを、その客体自体に対する侵害を理由に金銭で保障するということと、
A権利主体が権利・法益に基づき自らの活動を自由に展開することにより得られる利益(自らの総体財産の維持ないし増加)を金銭で保障するという
2つの次元のものが含まれている。
  @Aのいずれについても、
(a)不法行為依然の状態、つまり原状への回復という方向でそれに必要な金額を権利主体に与えるという方向での賠償と、
(b)不法行為がなかったならば現在の時点で置かれている状態を実現するために必要な金額を権利主体に与えるという方向での賠償
とを認めることができる。 
車両損害における
修理費用の賠償は@(a)
買替費用の賠償は@(b)
休車損害の賠償はA(b)
人損における逸失利益の損害もA(b)
入院・治療費は@(a)
年金受給権の喪失は@(b) 
  国家による権利・法益の価値の保障の中には、
権利・法益の価値そのものおよび
権利・法益に基づく権利主体が行う活動から得られる利益を保全するために必要となる費用
を不法行為の加害者の側に負担させるということも含まれている。 
権利保全規範・利益保全規範に属するもの
・車両損害における代車賃貸料
・人損における家屋改造費や介護費用
  ■(2) 財産的損害に関する規範的評価の視点(p451)
  □(ア) 権利・法益の価値に対する評価・・・類型化の視点(p451)
  不法行為に関する民法の一般理論のレベルでも、権利・法益の価値が権利主体にどのように割り当てられて、保障されているのかは、国家(法秩序)の立場から規範的に評価していくのが適切。
  @権利・法益の客体自体の価値として権利主体が有していたいものを、その客体自体に対する侵害を理由に金銭で保障するという場面。
A権利主体が権利・法益に基づき自らの活動を自由に展開すること(自らの労働力を投入しての活動が含まれることは言うを待たない。)により得られる利益(自らの総体財産の維持ないし増加)を金銭で保障するという場面。
@の場面:
(a)客体の有する客観的な価値が、原状回復に向けた費用の填補または失われた交換価値の填補という方向で保障されるのが基本。
その上で、
(b)当該具体的な被害者がその客体に特別に結び付けた価値(愛着利益)もが財産的損害の賠償の対象とされて保護されているかどうかについては、見解が分かれる。
  Aの場面:
国家(法秩序)がその権利・法益を承認する場合に、国家は権利主体が社会生活の中で自己に帰属する権利・法益に基づき自己の人格を自由に展開することをどこまで保障すべきか?
  (a)当該権利・法益につき、同種・同等の地位にある者に対しては、国家が等しくその権利・法益の価値を保障すべきである点を重視⇒一般的・標準的な権利主体(同種・同等の地位にある者)が権利・法益に基づき自己の人格を自由に展開することにより客観的・類型的に受けることができる財産的利益が賠償の対象とされるべきであり、かつ、この抽象的損害計算の方法により算定された金額が「最小限の損害」として権利主体(被害者)に保障されるべき。
  その上で、
(b)個別具体的被害者が自己に帰属する権利・法益のもとで一般的・標準的な権利主体を超える能力・才覚を発揮して自己の人格を自由に展開することにより受けることができた財産的利益も、
このこととそれが法的保護に値するものであることが証明された場合には、
抽象的損害計算による額に上積みする方向で、その賠償が認められるべき。
  A(a)について、どのような観点から「同種・同等の地位にある者」を規範的にカテゴライズするか?
問題の本質は、以下の3つの局面における差別化の是非をめぐる規範的な評価にある。
第1:他の者と比べて、労働力の展開を妨げられている者を他者と区別して標準化し、その展開力に即した財産的利益を保障すれば足りると考えるか?
ex.重度知的障害者、身体障害者、無職の高齢者が被害者となった場合に、このような者を類型化し、それに相応の財産的利益を保障すべきかという問題。 
第2:労働力の展開を妨げられているわけではないものの、その展開する場を有していない者を他者と区別して標準化し、その限られた場での展開力に即した財産的利益を保障すれば足りるか?
ex.
専業主婦や若年非正規労働者の逸失利益が問題となる場面で、このような者を類型化し、それに相応の財産的利益を保障すべきかという問題。
働く意欲のない者の逸失利益をどうするか?
失業者・無職者の休業損害、車両損害における休車損害・営業利益喪失。
第3:労働力の展開について時間的制約がある者を他者と区別して標準化し、その限られた時間枠の中での展開力に即した財産的利益を保障すれば足りると考えるどうか?

逸失利益判断における始期・終期基準を設定するにつき、全般的に考慮されているもの。
交通事故によりいわゆる植物状態になった者の逸失利益の終期をどのように捉えるか。
車両損害における事業者の休車損害・営業利益喪失に関して、賠償の対象となる事業期間をどのように捉えるか。
最高裁H8.4.25:
「交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情」がある場合に、就労可能期間を認定する際にこの事情を考慮することができる余地を、傍論ながら、残している。
規範レベルでは、むしろ、利得禁止規範の観点から逸失利益の時間的限界が付される可能性を認めたものとして正当化すべき。
  いずれの場面でも、結論を左右するのは、
平等原理との抵触の有無、利得禁止の思想との抵触の有無
に関する個々の研究者・実務家の判断。
  □(イ) 物損の場合 
  物損について権利・法益の価値を捉えるにあたり、
客体自体の交交換価値の賠償が問題となる場面では、
客体の価値は、
基本的に当該客体が有していた客観的な市場価値として評価されるか、
(ある特定の立場を採る場合には、このほかに)個別具体的な被害者にとっての価値も考慮されるかのいずれか。
  交通事故損害賠償実務が、その余の損害項目も含め、具体的損害計算による算定を否定していない⇒
客観的な市場価値(「通常(共通)の価値」)によることを基本(「最小限の損害」)としつつ、
当該客体には具体的被害者に結び付けられた特別の財産的価値(「特別の価値」)があることが主張・立証されたならば、それが抽象的損害計算による額を超える場合でも、その賠償が認められるべき(具体的損害計算による賠償額の上積み)。
  原状回復費用の賠償が問題となる場面:
交換価値の賠償の場合と同様に、個別具体的被害者のもとに不法行為前の状態を回復するために必要な費用がいくらかを、客観的に評価すればいい。 
ここでの規範的な評価は、
金額(見積額)を示す点においてではなく、
もっぱら、その前の段階、つまり、原状回復をしたと言える状態とはどのような状態なのか(被害者が原状回復として提示する費用により実現される状態は原状回復を超えた利得を被害者に得させることになりはしないか。)を判断する段階で行われる。
   ● 利用価値の賠償が問題となる場面(権利・利益の保全に要した費用の賠償を除く。)では、
具体的被害者が自己の権利・法益に基づき自らの活動を展開することによって得た利益を評価すべき(具体的損害計算によるべき。)というのが、車両損害に関する学説・実務から導かれる帰結。
but
@ここでの利用価値の賠償は、所有者が所有権に由来する使用収益の権限(利用権限)により当該客体を利用することにより得られた利益の賠償。
Aこの利益は、人身損害における被害者の逸失利益と同列に位置づけられるもの。

ここでも、抽象的損害計算による利用利益の賠償、つまり、被害者と同様の地位に置かれた者(平均人(標準人))であれば当該客体を利用することにより得られた利益の賠償が認められてよい。
  □(ウ) 逸失利益賠償の場合 
    賃金センサスほか統計値による逸失利益算定の実務
⇒損害額の推認という事実レベルでの操作を超えて、権利・法益の価値を国家が市民に対して割り当てて、保障するときには、同種の権利・法益につき同種・同等と評価される主体に対しては、同等の価値が保障されるべきであるとの規範的な評価の視点。

抽象的損害計算により算定される金額が、最低限のものとして、被害者に与えられるべきである(「最小限の損害」)。
これを超える利益の喪失を具体的被害者が主張・立証:
生命・身体という法益ならびにこのもとでの具体的被害者の活動の自由の保障(人格の自由展開の保障)も国家による保護の対象となる
⇒この被害者に特有の逸失利益の賠償を認めてよい(具体的損害計算による賠償額の上積み)。
  ◇3 財産的損害に関する規範的評価の視点A・・・利得の禁止 
    利得禁止の名のもとに、現代における社会構造・生活環境の矛盾を追認し、将来における社会構造・生活環境の改善の可能性に目をふさぎ、結果的に、個々の権利主体(被害者)に本来保障されるべき権利・利益の価値の保障が行きわたらないことになっていないかどうか(被害者に帰するべきではない社会的要因を被害者に負担させる結果となっていないか。)を慎重に検討することが必要。
    特に、無職者、障害者等の将来の逸失利益については、将来の社会構造・生活環境が被害者にとってプラスの方向で変化する可能性にも期待し、現状維持を前提とした将来予測をすることにより被害者にとって不利とならないような評価の態度が、可能な限り求められるように思う。