シンプラル法律事務所
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勉強会(判例時報2018前半)

判例時報の勉強会用の資料です(随時更新)

  6月
2367   
  行政p9
仙台地裁H29.11.2  
  政務調査費の支出の一部が違法とされた事例
  事案 仙台市民オンブズマンである原告が、仙台市議会の会派である補助参加人らにおいて、仙台市から交付を受けた平成23年の政務調査費の一部を違法に支出し、これを不当に利得した⇒地自法242条の2第1項4号に基づき、
仙台市長である被告に対し 
補助参加人らに対して違法に支出した政務調査費相当額の金員の返還及びこれに対する遅延損害金又は法定利息の支払を請求するよう求めた。
  争点 ①政務調査費の支出の違法性に係る判断枠組み
②選挙期間中の政務調査費の支出の適法性 
  判断 ●政務調査費の支出の違法性に係る判断枠組み 
  ◎違法性の判断基準 
法が政務調査費の制度を設けた趣旨を指摘した上で、
条例における使途に係る定めが法の趣旨に反しない限り、その定めに基づいて政務調査費の支出の違法性を判断するのが相当。
具体的な支出の違法性は、本件使途規準(本件条例の委任を受けて定められた本件規則において定められている使途基準)に合致するか否かを基準に判断。

本件使途規準に合致しない場合:
当該支出の客観的な目的や性質に照らして、当該支出と議員の議会活動の基礎となる調査研究活動との間に合理的関連性がない場合をいう。

仙台市においては、政務調査費の対象外となる経費や支出手続等の本件条例の施行に関し必要な事項を定めた要綱(本件要綱)があり、法の趣旨に反しない限り、これを具体的支出の本件使途規準への適合性判断の指標とする。
  ◎主張立証責任 
原告において、支出が本件使途規準に合致せず違法であることを主張、立証することを要する。
but
①本件各支出が本件使途基準に合致せず違法であることを具体的に明らかにすることは困難である一方、被告らが本件使途基準に合致することについて説明することは比較的容易
②法の趣旨には、政務調査費の使途の透明性の確保も含まれている

原告は、当該支出と議員の議会活動の基礎となる調査研究活動との間に合理的関連性がないことを示す一般的、外形的な事実の存在を主張、立証すれば足り、前記の事実が認められた場合には、被告らにおいて、当該支出により市政に関する具体的な調査研究が現にされたなどの特段の事情を立証しない限り、当該支出は本件使途規準に合致せず違法である。
  ◎本件要綱に基づく経費の按分 
本件要綱は、政務調査費に係る経費と政務調査費以外の経費を明確に区分し難く、従事割合その他の合理的な方法により按分することが困難である場合には、按分割合について2分の1を上限として計算した額を政務調査費の支出額とすることができる旨規定。
前記規定は、法の趣旨及び前記の会派の活動の性質に照らして合理的

原告が、調査研究費活動以外の活動にも利用されることが推認される経費であることを示す一般的、外形的な事実を立証した場合は、
被告らにおいて、当該経費が調査研究活動のみに利用されたこと、又は、当該経費に関し、調査研究活動に利用された割合とそれ以外の以外の活動に利用された割合について、客観的資料に基づき立証することを要する。
  ●選挙期間中の政務調査費の支出の適法性 
①議員にとって、次回の選挙に当選するか否かは議員としての活動を続けようとする自らの立場を左右する重要な事項
②会派代表者の尋問結果に照らせば、会派及びその所属議員は選挙期間中には選挙活動に集中しており、調査研究活動はほとんど行われていないことが推認される

選挙期間中の活動に対し政務調査費が支出されたという事実は、当該支出と議員の議会活動の基礎となる調査研究活動との間に合理的関連性がないことを示す一般的、外形的事実であることが認められ、
原告がその事実の存在を立証した場合には、被告らにおいて当該支出により市政に関する具体的な調査研究が現にされたことを客観的資料に基づいて立証しない限り、当該支出は本件使途規準に合致せず違法であると判断するのが相当。
  解説 ●政務調査費の支出の違法性に係る判断枠組み 
◎違法性の実体要件
違法性の実体要件について、
A:裁量説:
議員側に市政との関連性や支出の必要性等について広範な裁量があることを前提に、裁量権の逸脱濫用があることを前提に、裁量権の逸脱濫用がある場合にのみ、違法となる。
B:合理的解釈説:
政務調査費の使途に応じて、比較的緩やかに必要性が認められるものと、それほど緩やかに解されないものがあるとして、個別の事案ごとに、条例等の使途規準に係る規定の合理的な解釈によって解決するとの見解。
◎主張立証責任 
①不当利得の要件事実的な考え方と
②現実の立証問題への配慮
⇒一般的、外形的な事実の立証を原告に求める一般的、外形的事実説が妥当であると考えられている。
but
どのような事実をもって一般的、外形的事実とするかはなお議論。
     
  民事p58
名古屋高裁H29.3.17  
  面会交流審判⇒禁止に変更。
  事案 調停離婚により未成年者の親権者と定められ、未成年者を監護するX(母)が相手方Y(父)に対し、面会交流審判事件に係る前審判で定める面会を、新たな協議が成立する等までの間、禁止することを求めたもの。 
  原審 未成年者のYに対する面会を拒否する感情は強固
but
XもYとの面会に賛成していることなど、Yを未成年者の父親として尊重するなどの態度を示せば、未成年者のYに対する消極的感情を和らげることを期待できる。

前審判の定める面会を認めるのが相当であるととしたが、Xの立会いを認める期間については平成30年までと変更。 
  判断 ①未成年者が当初からYを頑なに拒否し続けていることは明らか
②現実の問題として、従前から通算して10回にわたる試行面会を経ても、未成年者のYに対する拒否的態度は一層強固なものとなっており、
遅くとも平成28年12月に一部実施した面会交流において、未成年者とYとの面会交流をこれ以上実施させることの心理的、医学的弊害が明らかとなったものと認められ、それが子の福祉に反することが明白になった

同月以降の直接的面会交流をさせるべきでないことが明らかになったということができる。

Yは、未成年者との面会交流につき、Xとの間でこれを許す新たな協議が成立するか、これを許す審判が確定し又は調停が成立するまでの間、未成年者と面会交流してはならない。
  民事p71
横浜地裁H29.9.1  
  歯科医師が歯科医師法違反の容疑で逮捕された旨の記事⇒検索事業者に対する検察結果削除請求(否定)
  事案 Xは、自ら診療を行う診療所において、歯科医師資格を有しない者に問診やエックス線照射等の心療行為をさせた歯科医師法違反の被疑事実で逮捕され、新聞報道された(処分は罰金50万円の略式命令)。 
XがYに対し、
Yの提供する検索サービスを利用してXの氏名に「歯科」との語を加えた条件で検索すると前記逮捕事実が書き込まれたウェブサイトのURL,表題及び抜粋(URL等情報)が表示。
⇒人格権に基づき検索結果の削除を求める。
  判断 プライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報について検索結果からの削除を求めるための要件を示した最高裁H29.1.31の規範に基づいて検討。
①本件逮捕等の事実が歯科医師の資格に関わる重大な事柄であり、②Xが今もなお現役の歯科医師
⇒Xの歯科医師としての資質に関する社会の正当な関心事であると評価できる。(●事実の性質及び内容)

前記検索条件との関係⇒事実が伝達される範囲がXの歯科医師たる資質に正当な関心を抱く者に限られる(●事実が伝達される範囲)

Xの主張する職業上、私生活上の被害は、仮に存在するとしても本件検索結果の表示との間に因果関係を認め難いものであるか、正当な関心事としてXにおいて甘受すべき性質のもの(●具体的被害の程度)

削除を求める記事等がXの逮捕等を客観的に報道する正当な目的に基づくもの(●記事等の目的や意識、記事等において当該事実を記載する必要性)


本件検索結果を表示する意義及び必要性がなお少なからず存在しており、
事実の公表されないXの法的利益の優越が明らかとはえいない。
  労働p76
名古屋高裁H29.7.6  
  業務内容・問題対応・上司との関係⇒強い精神的負荷⇒うつ病⇒自殺で、公務起因性を肯定
  事案 Aが平成29年11月26日に自殺したことについて、処分行政庁に対し、公務災害の認定請求⇒本件災害を公務外災害と認定する旨の処分⇒不服審査請求も棄却⇒前記処分の取消しを求めた。 
  原審 公務起因性の判断基準について:
最高裁昭和51.11.12を引用し、
地方公務員災害補償法31条の「職員が公務上死亡した」とは、
公務に基づく疾病に起因して死亡した場合をいい、
その疾病と公務との間に相当因果関係が必要であり、
最高裁H8.3.5等を引用し、
前記の相当因果関係があるといえるためには、
その疾病が当該公務に内在又は随伴する危険が現実化したものであると認められることが必要
と判示。 
相当因果関係の判断に当たっては、
職場における地位や年齢、経験などが類似する者で、
通常の職務に就くことが期待されている平均的な職員を基準とすべきであり、
平均的な職員には、一定の素因や脆弱性を抱えながらも勤務の経験を要せず通常の公務に就き得る者を含む。
  公園整備室は・・・もともと事務職の室長は、かなりの精神的負荷を受ける。
Aが執務に就任した当時の事情として






Aは、これらによって強い精神的負荷を受け、同年10月下旬から11月初めの時期に、周囲の者から見ても異常を感じさせる抑うつ状態。
①Aがそのような抑うつ状態で、P1部長に対し、同年11月初めころ、降格覚悟で年度途中の異動を希望したが、年度途中の異動は難しいと言われ動揺し、
そのころ公園内で発生した事故の記者発表、市議会の対応に追われ、
同年11月26日に公園内で新たな人身事故が発生した旨の報告
⇒業務の精神的負荷に耐えられなくなり本件災害に至った
②Aはうつ病に親和性の強い性格傾向であったが、勤務の軽減を要せず通常の公務についていた。
⇒本件災害について公務起因性を認め、Xの請求を認容。 
  本判決  原審判決を肯定。 
  解説 疾病と公務の間に相当因果関係が必要であり、その疾病が当該公務に内在又は随伴する危険が現実化したものであると認められることが必要。
その判断に際しては、
精神障害は環境由来の心理的負荷の程度と固体側の脆弱性の双方により発症するとの理解(「ストレスー脆弱性」理論)を前提として
一定の素因や脆弱性を抱えながらも勤務の軽減を要せず通常の公務に就き得る者を含む平均的な職員を基準とする。
Aの自殺の原因となった精神疾患について、
口頭弁論終結時における医学的知見に基づき、
本件災害後の新認定基準である「精神疾患等の公務災害の認定について」(平成24年地基補第61号)及びその運用指針(同第62号)に基づいて検討し、
Aが強度の精神的負荷を与える事象を伴う公務に従事していたと認め、
公務起因性を肯定。
本件災害前のAの時間外労働時間は月50時間前後であって、それほど長時間であるとはいえない。
  刑事p107
東京高裁H28.12.7  
  検証許可状⇒パソコンからインターネットに接続し、メールサーバーにアクセスしメールの送受信歴及び内容を保存(違法)
  事案 被告人が、有印公文書である国立大学の学生証2通、危険物取扱者免状1通及び自動車運転免許証2通並びに有印私文書である私立大学の卒業証書2通をそれぞれ偽造し、さらに
共犯者らと共謀の上、建造物損壊3件及び非現住建造物等放火1件の各犯行に及んだ。
  被告人 前記各事件への関与を否定。
弁護人は、捜査機関が行ったパーソナルコンピュータの検証には重大な違法⇒違法収集証拠排除の主張。 
  規定 刑訴法 第二一八条[令状による差押え・捜索・記録命令付捜索・検証・身体検査、通信回線接続記録の複写等]
②差し押さえるべき物が電子計算機であるときは、当該電子計算機に電気通信回線で接続している記録媒体であつて、当該電子計算機で作成若しくは変更をした電磁的記録又は当該電子計算機で変更若しくは消去をすることができることとされている電磁的記録を保管するために使用されていると認めるに足りる状況にあるものから、その電磁的記録を当該電子計算機又は他の記録媒体に複写した上、当該電子計算機又は当該他の記録媒体を差し押さえることができる。
刑訴法 第二二二条[準用規定等]
 第九十九条第一項、第百条、第百二条から第百五条まで、第百十条から第百十二条まで、第百十四条、第百十五条及び第百十八条から第百二十四条までの規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条、第二百二十条及び前条の規定によつてする押収又は捜索について、第百十条、第百十一条の二、第百十二条、第百十四条、第百十八条、第百二十九条、第百三十一条及び第百三十七条から第百四十条までの規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条又は第二百二十条の規定によつてする検証についてこれを準用する。ただし、司法巡査は、第百二十二条から第百二十四条までに規定する処分をすることができない。
刑訴法 第一二九条[検証上必要な処分]
検証については、身体の検査、死体の解剖、墳墓の発掘、物の破壊その他必要な処分をすることができる。
  本件検証 神奈川県警の警察官は、刑訴法218条2項のいわゆるリモートアクセスによる複写の処分が許可された捜索差押許可状に基づく、当時の被告人方を捜索し、本件パソコンを差し押さえた。
but
本件パソコンにログインするパスワードが判明していなかった⇒リモートアクセスによる複写の処分をしなかった。
本件パソコンを検証すべき物とする検証許可状の発付を受け、本件パソコンの内容を複製したパーソナルコンピュータからインターネットに接続し、本件パソコンからのアクセス履歴が認められたメールアカウントのメールサーバーにアクセスし、メールの送受信履歴及び内容をダウンロード保存。
  原審 本件検証は、「検証すべき物」として本件パソコンが記載されているにすぎない検証許可状に基づく検証における必要な処分としてリモートアクセスを行ったもので、メールサーバーの管理者等の第三者の権利・利益を侵害する強制処分に他ならない。

捜査機関が、このような強制処分を必要な司法審査を経ずに行ったということは、現行の刑訴法の基本的な枠組みに反する違法なもの。 
サーバコンピュータが外国に存在すると認められる場合には、基本的にリモートアクセスによる複写の処分を行うことは差し控え、国際捜査共助を要請する方法によることが望ましく、本件においても、サーバーコンピュータが外国にある可能性が高く、捜査機関もそのことを認識していた⇒この処分を行うことは基本的に避けるべき。
⇒本件検証には、令状主義の精神を没却するような重大な違法がある。

本件検証の経過及び内容を記載した検証調書や、本件検証の結果をまとめた各捜査報告書は、本件検証の結果そのもの⇒証拠能力を排除。
弁護人が排除を求めるその余の証拠については、
個々に本件検証との関連性等を検討した結果、
いずれも本件検証と密接に関連するとまではいえない。
⇒証拠排除を否定。
⇒被告人の犯人性を肯定し、有罪判決。
  判断 公訴棄却 
  解説 平成23年の刑訴法改正(「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律」)によっていわゆるリモートアクセスによる複写の処分が導入。
but
この複写の処分は、あくまで電子計算機の差押えを行う場合に付加的に認められた処分であり、差押え後に行うことは想定されていない。
また、検証(刑訴法128条、218条1項)については、前記法改正によっても、リモートアクセスを許す規定は設けられなかった。 
本判決:
電子計算機を検証対象とした検証許可状に基づき、リモートアクセスに相当する処分を行うことは、現行法上、許容されない。
  刑事p126
大阪高裁H29.7.19
  窃盗保護事件における第一種少年院送致決定が著しく不当ととされた事案
  事案 当時、定時制高校に在籍(身柄拘束後に退学処分)していた少年が、約2週間のうちに、アルバイト先などにおいて、8回にわたって財布などを窃取したという窃盗の事案。 
  原決定 ①常習性のうかがえる非行の悪質性、
②窃盗に対する抵抗感の乏しさ
③広範性発達障害の疑いもある少年の資質上の問題及びそれと非行との結びつき

父母の注意では窃盗に対する抵抗感が涵養されておらず、資質上の問題に照らすと在宅での監護を継続して問題点を改善除去するのは困難。
⇒少年を第一種少年院に送致。
  判断 原決定が重視した少年の資質上の問題等について理解を示しながら、
①件数が多いとはいえ、非行の内容が重要ではなく、
②窃盗の常習性についても非行性が固着する段階に至っていない

軽微な前歴しかなく、保護者によって受け皿が準備されている少年に対して、原審が試験観察に付すなどして在宅処分との優劣を検討せず、直ちに施設内処遇を選択した点を挙げ、処分が著しく不当であるとした。
  解説 試験観察:少年に対する終局決定を留保し、家庭裁判所調査官が少年の行動などの観察を行うための中間決定によってとられる措置(少年法25条)。
試験観察の不実施に言及した上で、処分不当を理由として少年院送致の処分を取り消した抗告審決定例は少なくない。
2366   
  行政p3
最高裁H29.9.15  
  職員らの不正について県知事が求償権を行使しないことが「違法な怠る事実」となるか
  事案 大分県教育委員会の教員採用試験において不正に関与した者に対する求償権をY(知事)が行使しないことが違法に財産の管理を怠るもの
⇒大分県の住民であるXが、Yを相手に、
①本件不正に関与したとXらが主張する者に対する求償権行使を怠る事実の違法確認を求めるとともに、
②本件不正に関与した者らに対する求償権に基づく金員の支払を請求することを求める
住民訴訟。
  判断  ①本件不正の態様が悪質であり、その結果も極めて重大
⇒Aに対する本件返納命令や本件不正に関与したその他の職員に対する退職手当の不支給は正当であり、県が本件不正に関与した者に対して求償すべき金額から本件返納額を当然には控除することができない。
②原審が指摘する事実は抽象的なものであり、それらが直ちに、過失相殺又は信義則により、県に夜求償権の腰が制限されるということはできない。

県知事が前記求償権のうち本件返納額に相当する部分を行使しないことが違法な怠る事実に当たるとはいえないとした原審の判断には違法がある。

原判決のうちXらのA~Dに関する4号請求並びにX2及びX4のE及びFに関する3号請求及び4号請求に関する部分は破棄を免れない。 
県の教員採用試験において不正が行われるに至った経緯や、本件不正に対する県教委の責任の有無及び程度、本件不正に関わった職員の職責、関与の態様、本件不正発覚後の状況等に照らし、
県による求償権行使が制限されるべきであるといえるか否か等について、更に審理を尽くさせるため、前記部分につき本件を原審に差し戻すこととした。
  解説  地方公共団体が有する債権の管理については、地自法240条、同法施行令171条ないし171条の7の適用がある。 
判例(最高裁H16.4.23)は、
前記各規定によれば、地方公共団体が客観的に存在する債権を理由もなく放置したり免除したりすることは許されず、原則として、地方公共団体の長にその行使又は不行使についての裁量はない。
債権の不行使が財産の管理を違法に怠る事実に当たるか否かが住民訴訟で争われた場合には、その不行使を適法とする十分に合理的な理由があるといえる場合には、債権行使を怠る事実が違法であるとはいえないと判断される場合もあり得る。
but
前記最高裁判決の趣旨
⇒債権の不行使が怠る事実に当たらないといえるのは例外的な場合であると解される⇒その不行使を違法と判断するためには、その合理性について、十分に具体的な理由が必要となる。
  ●非違行為等を行った職員らに対する求償権ないし損害賠償請求権の行使に当たって、信義則上の制限の可否等が問題となった下級審の裁判例
①市が違法な給水拒否により損害を与えた事案
市長等の給与に関する条例の特例を定める条例により市長等の給料について減額措置が講じられた
but
同措置は懲戒処分としての性格を有するものにすぎない⇒市長への求償権の範囲に影響を与えるものではない。

②町の税務課長が不実の宅地課税証明書を発行⇒宅地と信じて土地を購入した買主に損害を生ぜしめた事案:
職員に対する指導、教育が足りず、対応方針が徹底していなかったことも一因⇒過失相殺の法理を類推して、損害賠償額の8割の限度で求償を認めた。

③市立小学校の教員が生徒に体罰を加えて示談金340万円を支払った事案:
求償の相手方が負担すべき額を算出した上、相手方は前記示談金とは別に被害者に直接102万円を支払ったため、求償すべき額は23万円にとどまる。
このような少額の金額の求償権を行使せずに訴訟を控えることは、求償権行使について怠る事実があるとはいえない。

④佐賀県商工共済組合を監督している商工課長が破たん状態にある同組合の粉飾を放置し、県知事が業務改善命令を出さずに、債務超過に陥り、組合員らに合計4億9148万円を支払ったため県知事に求償を求めた事案:
裁判所の求釈明にかかわらず求償権の範囲を制限すべき理由の主張がされなかった⇒請求額全額の求償を認めた。

⑤④の控訴審:
①県が国に対して求償権を行使していない、②監督は基本的に課長の専決であった、③佐賀県の職員が全体として問題の解決に積極的であったとはいえない、④県知事に不当な目的や動機があったとは見られない、⑤県知事が関与しない点で損害の拡大があったこと等
⇒求償権の範囲ないし額につき、信義則上、賠償額の10分の1に相当する額に制限すべき。

⑥国立市長が、建築基準法に違反しない適法建築物の建築・販売の阻止を目的として、少なくとも重大な過失により、自ら主体的かつ積極的に一連の違法行為をした事案:
当該違法行為における市長の立場、目的、行動内容及びこれによる市の経済的不利益等を踏まえ、市が市長に対して求償権の全額を行使しても、信義則に反するとはいえない。

⑦刑務官が消火用ホースによる放水で受刑者を死亡させた⇒全額の求償が命じられた。

⑧受刑者3名に対して違法な皮手錠の施用、保護房収容等で当該受刑者らのうち1名死亡、その余の者に腸間膜損傷の負傷又は外傷後ストレス障害等の後遺障害⇒全額の求償

⑨納税職員が市民税の徴収を懈怠して時効消滅させた
⇒納税職員の指揮監督権者である市長に対し、指揮監督上の重大な過失あり⇒請求認容。
  行政p8
最高裁H29.9.8  
  損害賠償義務の履行を受けている場合の都道府県知事の公害健康被害の補償等に関する法律に基づく障害補償費の支給義務(消極)
  事案 公害健康被害の補償等に関する法律(「公健法」)4条2項により水俣病である旨の認定を受けたXが、同法25条1項により傷害補償費の支給を請求⇒処分行政庁である熊本県知事から、Xの健康被害に係る損害は、原告企業との間で行われた損害賠償請求訴訟の結果、原因企業によって全て填補されている⇒同法13条1項に基づき、障害補償費を支給しない旨の決定⇒熊本県を相手に、その取消しと支給決定の義務付けを求めた。 
  規定 公健法 第一三条(補償給付の免責等)
補償給付を受けることができる者に対し、同一の事由について、損害の塡てん補がされた場合(次条第二項に規定する場合に該当する場合を除く。)においては、都道府県知事は、その価額の限度で補償給付を支給する義務を免れる。
  原審 Xの損害は前訴確定判決に基づく義務の履行により全て填補されている。
but
①公健法13条1項は、損害が填補された場合、その価額の限度で補償給付を支給する義務を免れると規定するにとどまっている。
②同法に基づく補償給付の制度は、純粋な損害填補以外の社会保障的な要素を含むと解されること等
⇒前訴確定判決に基づく義務を原因企業が履行したとしても、熊本県知事が当然に当該補償給付の支給義務を全て免れると解することはできない。

第1審判決のうちXの取消請求を棄却した部分を取り消し、これを認容。
  解説 ①立法の経緯等⇒公健法が、損害の填補は民事上解決されるべき問題であることを前提としつつ、それでは訴訟が長期間に及んでしまうことなどの主にが被害者に生じていたことなどの当時の問題を社会的に解決し、早期の救済を図る制度として設けられた。
②公健法は、その条文上も、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁の影響による健康被害に係る損害を填補するための補償等を行うことにより、健康被害に係る被害者等の迅速かつ公正な保護及び健康の被害の確保を図ることを目的とし(1条)、同法4条2項の認定に係る被認定者及び認定死亡者に関する補償給付の支給に要する費用に充てるためのものの全部については、特定施設等設置者が納付する特定賦課金を充て(49条2項、62条等)、当該被認定者等が損害の填補を受けた場合における補償給付の免責を認めている(13条)等

同法4条2項の認定を受けた者に対する補償給付が、民事上の損害のみを補償の対象としている。
  判断 公健法4条2項の認定を受けた者に対する障害補償費は、
これらの者の健康被害に係る損害の迅速な填補という趣旨を実現するため、原因者が本来すべき損害賠償義務の履行に代わるものとして支給されるものであり、同法13条1項の規定もこのことを前提とするもの。 
  解説 X:前訴確定判決で認容された800万円はXの精神的損害に対する慰謝料のみであり、これには逸失利益等の経済的損害は含まれていないと主張。 
vs.
前訴においてXらは、損害額は弁護士費用を除き生存者につき3000万円であると主張し、損害の内容として逸失利益、慰謝料及び介護費を挙げたが、各損害項目につき具体的な損害額の主張をしなかった。

その請求は、被害者が受けた肉体的・経済的・生活的・家族的・社会的・環境的なものすべての損害を包括的に請求しようとする意図をもった損害賠償請求の方式である、いわゆる包括請求。

前記確定判決は、Xの損害の全てについての賠償を原因企業に命じたもの。
  民事p12
大阪高裁H29.9.1  
  非開示決定は違法、損害賠償請求認容
  事案 Xが、大阪市情報公開条例に基づき、大阪市教育委員会に対し、ピースおおさか展示リニューアル監修委員会における配布資料等の公開請求⇒本件文書に記録されている情報が本件条例7条2号、4号、5号所定の非公開情報に該当することを理由とする非公開決定⇒Y(大阪市)に対し、国賠法1条1項に基づき、慰謝料の支払を求めた。 
  判断 ①本件文書は、リニューアル後に予定された公開展示の内容であり、それまでに展示リニューアル基本設計、同実施設計が公表
⇒それ自体秘密性を有するものとはいえないし、本件条例7条所定の非公開情報に該当しない。
②本件文書を公開することにより、本件センター職員が、ピースおおさかのリニューアルオープンに向けて必要な準備を行うことにつきある程度の影響が出ることは否定できないとしても、リニューアルオープンが困難となるおそれがあったとは認めがたい。
③本件決定が本件センターの裁量の範囲内であって正当であるとは認められない。
④本件決定には合理的根拠があった旨のYの主張は採用できず、担当公務員に過失があったことも明らか

Yの国賠責任を肯定し、5万円の支払を求める限度で、Xの請求を認容。 
  解説 本件条例7条では「公にすることにより、・・・正当な利益を害するおそれがあるもの」が非公開情報とされているところ、
「利益を害するおそれ」の有無の判断に当たっては、

文書を公開することによって生じる支障、弊害のみでなく、
文書を非公開とすることによって生ずるおそれのある弊害や、公開することによって当該事務の公正かつ適切な執行に資するときにはそのような有用性、公益性をも総合考慮して決せられるべきであるとされ(最判解説)

正当な利益を害するおそれの有無ないし程度については、
行政機関の保有する情報につき原則開示との立場を採る以上、
具体的かつ客観的な利益侵害発生の可能性が要求されることになるとされている。
  民事p25
福岡高裁H29.9.20  
  親権者の再婚と非親権者が負うべき生活保持義務の内容
  事案 離婚時に子の親権者と定められた実親と再婚した者が子との間で養子縁組をした場合に、非親権者である実親が子に対して負うべき生活保持義務の具体的内容が問題となった事案。 
X(元夫・医師)とY(元妻)は、元夫婦であるが、両者間の子らの親権者をYと定めるとともに、XがYに養育費として子1人当たり月額10万円を支払うことなどを合意した訴訟上の和解合意に基づき協議離婚。
その後Yが再婚、その再婚相手と子らが養子縁組。
Xは、前記養子縁組の事実を知り、前記和解において合意された子らの養育費の免除ないし相当額の減額を求め、調停申立て⇒調停不成立。
  原審 養親らの養子に対する扶養義務は、生活保持義務
親権者とならなかった実親の扶養義務は、養親らが負う生活保持義務に後れる特殊な生活保持義務に過ぎないのであり、その意味では生活扶助義務に近く、
養親らの資力が十分でなく、養親らだけでは養子の健康で文化的な最低限度の生活を維持できなくなったときに、養子は親権者とならなかった実親に対して扶養請求することができる。

子らの生活保護制度による最低生活費を算定し、養親らの基礎収入額と比較するなどして、Xの支払うべき養育費を、子らの生活費の不足分である1任当たり月額7734円に変更。
  判断 親権者である実親が再婚し、再婚相手が子らと養子縁組したことは、養育費をみ直すべき事情に該当し、
養親らだけでは子らについて十分に扶養義務を履行することができないときは、非親権者である実親は、その不足分を補う養育費を支払う義務を負う。
その額は、生活保護法による保護の基準が一つの目安となるが、それだけではなく、子の需要、非親権者の意思等諸般の事情を総合的に勘案すべき。
まずは、生活保護制度の保護の基準に照らし、養親らにおいて未成年者に対し十分に扶養の義務を履行することができないか検討。

養親の扶養義務の根拠の1つが養子縁組の当事者の意思にある

養親らだけでは十分に子らへの扶養の義務を履行することができないかを判断するにあたっては、非親権者である実親について合理的に推認される意思をも参酌すべき。

生活保護制度の保護の基準では、学校外活動費は教育扶助の対象となっていないが、相手方の学歴、、職業、収入等に照らし、相手方には、未成年者らに人並みの学校外教育等を施すことができる程度の水準の生活をさせる意思はあるものと推認することができる。

その他、これまでの未成年者らの生活水準との連続性など、諸般の事情を考慮。

相手方の支払うべき養育費は、未成年者1人当たり月額3万円とするのが相当。
Yの育児休業期間中は子1人当たり4万円とするのが相当。
  解説  離婚時に子の親権者と定められた実親と再婚した者が、子との間で養子縁組

養子は、
①養親の嫡出子としての身分を取得するとともに
②非親権者である実親と養子との法律関係(実親子関係)も存続。

親権者の再婚相手は子の養親としての扶養義務を負い、
非親権者は、実親としての扶養義務を負う。 
親権者である一方の実親が再婚し、その再婚相手と子が養子縁組をそたことは、扶養に関する協議又は審判の変更又は取消をする要件である「事情に変更を生じたとき」(民法880条)に該当。
養親と実親の扶養の程度は異なる。
養子縁組における合意ないし当事者の意思(子の養育についての扶養を含めて全面的に引き受けるという合意ないし意思)、又は、
未成年者養子制度の本質等。

第一次的な扶養義務を負うのは養親であり、
養親らの資力の点から養親において十分に扶養の義務を履行できない場合に限って、実親が二次的な扶養義務を負う。
  ●何をもって、養親らにおいて十分に扶養の義務を履行できないとするか? 
 A(原審):養親らの資力が十分ではなく、養親らだけでは養子の健康で文化的な最低限度の生活を維持できなくなったときであって、子の最低生活費にも不足する場合
B:特段の事情がない限り、養育費支払義務を免れる
C:個別具体的に判断
本決定は、Cの見解を採用し、
生活保護義務を基本としてながらも、相手方の学歴、職業、収入、これまでの未成年者らの生活水準との連続性など、
諸般の事情を考慮して、実親の負う養育費の支払額を定めたもの。
     
  民事p29
大阪地裁H29.11.29  
  郵便局員の警察官への情報提供と通信の秘密等の侵害(肯定)
  事案  
  判断   Y(A郵便局の局長)が、警察官の求めに応じて、
①差押許可状の提示前に郵便局の保管状況や差出人、発信局等の情報を警察官に提供したこと、
②差押許可状の対象外である郵便物を交付したこと
を認定。 
  ●郵便物の情報提供について 
通信の秘密及び信書の秘密の保護範囲が、通信の内容のみならず通信の存在自体にも及び、信書の差出人及び受取人の氏名や住所等も保障される

公権力がそれらの情報を取得するには強制捜査によらなければならず、警察官が強制捜査によらずにYに当該情報の提供を求めたことは国賠法上違法。
郵便の業務に従事する者が、強制捜査によらない情報提供の求めに応じることも、守秘義務の存在に鑑みれば、不法行為に当たる。
Yが、令状の呈示前に、警察官に対し、郵便物の存在、差出人及び発信局等の情報を提供したことは通信の秘密を侵害。
郵便法50条5項に基づく損害賠償責任の免責、同法56条に基づく除斥期間の経過等の主張:

①同法50条は郵便局の役務を安価であまねく公平に提供するという趣旨に基づく規定と解される
②捜査機関に郵便物の情報を提供することは郵便の役務を提供する過程に通常含まれるものではない
⇒本件のような場合まで同条で免責されるとは解されない。
同法56条の適用範囲も同様に限定される。
  ●郵便物の差押えについて 
郵便物の捜索は刑訴法上許容されていないと解される。
but
①捜査機関が捜索を行うことなく郵便物を差し押さえることは現実的でない
②郵便の業務に従事する者が守秘義務を負う

捜査機関は、郵便の業務に従事する者の協力を得て、郵便物を差し押さえることが予定されている。
⇒郵便の業務に従事する者は、みだりに郵便物の通信の秘密等が侵害されることのないよう、令状の記載に照らして押収されるべき物を選別する義務を負う。
Yが、警察官に対し、令状に記載された郵便物と発信局が異なり、差押目的物に該当しない郵便物を提供し、差押えさせたことは違法。
警察官については、令状記載の差押目的物と異なる郵便物を差し押さえたことが違法。
  解説 通信の秘密及び信書の秘密の保護範囲が、通信の内容のみならず通信の存在に関する事柄まで及ぶ。
(通説・裁判例) 
  労働p39
東京地裁H29.9.14  
  大学教授に対する懲戒解雇が無効とされた事案
  事案 学校法人である被告に雇用された大学教授である原告が、被告から懲戒解雇。
懲戒解雇が無効であるという仮処分確定後に予備的に普通解雇。

これらの解雇が無効であると主張して、
被告に対し、地位確認、 未払賃金及び賞与の各支払を求めた。
懲戒解雇の対象となった行為:
①原告が被告から研究目的で貸与され、原告の研究室に置かれていたパソコンの中に、原告が配偶者以外の女生との性交の場面を自ら撮影した動画を保存。
②本件動画を入れた外付けハードディスクを学内外に持ち歩いて研究室に置かれていたパソコンにコピーしたことが、被告のコンピュータ利用規則及び就業規則に違反。
懲戒解雇を無効とする仮処分事件の確定後に被告が行った予備的な普通解雇の対象となった事由:
前記①②に加え、
③懲戒解雇の2年以上前に戒告処分を受けた上で学部長を解任され、商学部から講義を持たない教育研究推進機構に異動される原因となった同僚及び職員に対する恫喝的な言動
④原告が教育研究j推進機構への異動後、約2年半にわたり大学に出勤せず、その間の業績が低下している
⑤原告が被告に届出をせずに副業をしていた
  解説 予備的解雇については、主位的解雇の意思表示が撤回され又は裁判によりその無効が確定されなくても許される(最高裁H8.9.26)。
使用者の設備の目的外使用については、
私立専門学校の教員が学校のパソコン及びメールアドレスからいわゆる出会い系サイトに登録し、大量のやりとりを行った事案について、
学校のメールアドレスであることを推知し得るメールアドレスを用いて露骨に性的関係を求める内容のメールを送信し、同メールの内容を第三者が閲覧可能な状態においたことは学校の品位体面、名誉信用を傷付けるもの
私用メールの送信の労力を職務に宛てればより一層の効果が得られた
⇒懲戒解雇が有効(福岡高裁)。
風紀紊乱について、
独身の女性事務員が配偶者のいる男性社員と恋愛関係になり、取引先を含めた噂となり男性社員の妻からも会社に苦情が寄せられるなどした事案:
懲戒事由には該当するものの会社の企業運営に具体的な影響を与えたものとはいえない⇒懲戒解雇無効(旭川地裁)
  規定 労働契約法 第一五条(懲戒)
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
労働契約法 第一六条(解雇)
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
  判断   ●懲戒解雇について 
本件動画を外付けハードディスクに入れて持ち歩き研究室内のパソコンにコピーをして保存した行為が懲戒事由に該当する。
but
研究室において本件動画を作成したものではなく、自宅で作成したデータを誤って研究室内のパソコンにコピーしてしまったという事実関係を前提に、
①本件動画が外部に流出したことはなく実際に被告の社会的名誉及び信用が侵害されたものではない
②2度目の懲戒処分ではあるが以前の戒告処分の事由となった行為とは種類が異なる、
③本件動画のデータの削除は容易

懲戒解雇は重きに失するものとして相当性を欠く
⇒懲戒権を濫用したものとして無効。
  ●予備的は普通解雇 
①原告が過去に同僚教員等に不適切な言動を取ったことは認定しつつも、教育研究推進機構へ異動としなった後は同僚教員や教職員との接触がほとんどない
②研究室に出勤しなかったことについても被告がこれを認容している面があった
③研究業績の低下についても就業規則上の直近5年間に研究業績ない選任教員に対する指導がなされるほどではなかった
④無届事業についても別個の懲戒処分の対象となるとはしながら、直ちに解雇事由には該当しない
⇒無効(労契法16条)
  ●賞与 
就業規則にその支払に関する規定が置かれている場合であっても、通常は使用者が会社の業績等に基づき算定基準を決定し又は労使で金額を合意したときに初めて具体的な権利として発生。
本件においては、賞与の算定基準について夏季と冬季で基本給に同一の支給係数を乗じて賞与を支給するという労使慣行
⇒支給係数が明らかな限度で請求が認容
  刑事p55
名古屋高裁H28.11.28   
  贈収賄事件(1審無罪、控訴審有罪)
  弁護側 検察官と贈賄したと自認するP1の間に取引(刑訴法改正により導入された合意(刑訴法350条の2以下)、特に不起訴合意や求刑合意にちかいもの)があったとして、P1には、虚偽供述の動機があることを強く主張。 
  原審 現金供与を認めたP1の公判証言の信用性を否定⇒現金授受の事実を認めるには合理的な疑いが残る⇒被告人は無罪。
  検察主張 事実誤認の主張
㋐P1証言を離れ、現金授受に関連する状況証拠(関節証拠)のみによっても現金授受の存在が認められる。
㋑P1証言は、それらの情況証拠に整合し、かつ合理的に説明する内容であり、供述過程からも虚偽であるとは考えられず、信用性に疑いを容れる余地はない。 
  判断 ㋐について:
実績のないP1の事業が被告人の働きかけによって、短期間で市の受け入れるところとなったように見えるが、それのみでは、現金の授受を推認することはできない。
㋑について 
P1の平成25年4月2日に10万円(第1授受)、同月25日に20万円(第2授受)を被告人に供与したとの証言の信用性を肯定。

①供述が具体的、詳細で、弁護人からの反対尋問にも揺らいでおらず、
②供述内容に不合理な点がない。
③以下の事由
◎情況証拠との整合性
情況証拠だけでは現金授受の存在を認めるに足りないとしても、その情況証拠によって直接証拠であるP1証言が支えられ、これにより現金授受の存在が認定できるかどうかは、別途検討する必要がある。
①授受の資金の流れがP1証言と合致
②各現金供与の動機、経緯に関するP1証言が、美濃加茂市における浄水プラント設置の動きや被告人の市長選立候補をめぐる事実経過と整合的
③被告人の市長選挙に協力する(裏選対活動)ために美濃加茂市内に宿泊したP3の宿泊代金を、事前の合意に基づきP1が負担しており、被告人のための費用をP1が負担するという関係が形成されていたといえる、
④P1が、第二授受があったとされる前日、知人のP4に対し、市長選当選が確実な被告人に恩を売っておきたいから50万円貸してくれと頼み、また、別の知人P12に対しても、P1が逮捕される5か月以上前に、被告人に30万くらい渡したと述べていた

これらの事情がP1証言の信用性を高める。
◎供述経過 
P1証言の信用性は、その内容からすれば、P1が記憶通り真実を述べているのか、それとも意図的に虚偽を述べている疑いがあるのかという問題。
①原審で取調べ済みのP1の捜査段階の供述調書
②控訴審で取り調べたP1の取調べを担当した警察官の証言
③同警察官作成の取調べメモ等
に基づきP1の供述経過を詳細に検討
⇒P1の供述は、その時々における自己の記憶に従ってなされたものであり、供述経過を理由にP1証言の信用性が否定されることはない。
◎原判決の証拠評価について 
原判決:
P1は捜査当時既に融資詐欺で起訴され、さらに別の融資詐欺での追起訴も予想される状況にあり、なるべく軽い処分を受けるために捜査機関の関心を他の重大事件に向けて融資詐欺の捜査の進展を止めたいなどという、虚偽供述の動機があったと指摘。
vs.
①P1が原判決指摘のような考えを持っていた可能性は否定できないと指摘しつつも、仮にP1が虚偽供述をしていたとすると、P1は実際に犯していない贈賄罪も併せて処罰を受けるおそれがある一方、融資詐欺の捜査等が止められる保証はなく、これは極めて危険な賭け
②捜査機関の関心を他の重大事件に向けるためには第二授受だけ話しておけば十分であるのに、わざわざ第一授受の件を付け足した理由の説明が付かない

P1証言の信用性を否定する理由にならない(本判決)。
  解説 控訴審判決が第一審判決を事実誤認で破棄するには、論理則、経験則に照らして、不合理であることを具体的に示す必要がある。 
  本判決:
P1証言は、自分の記憶通りの供述なのか、後から全くの虚偽の事実を作り上げた疑いがあるのかという視点から検討。
原判決:
そのような明確な視点は読み取れず、
供述内容については、一般的な信用性判断の枠組みで評価し、それ以外の事情として、虚偽供述の動機を検討。 
本判決:
取調官とのやりとりの中で分かっていたと思われる事項については、仮に客観的事実と整合していても、虚偽性を排除できないことを認める一方で、
後から作り上げることができない事実については、虚偽性を排除しうるものと位置付け。

P1が被告人に渡す金と明示して、借金した相手のP4や、
被告人が逮捕されるよりも前に、被告人に金を渡したことを話した相手のP12の供述を重視。
P1が本件について供述を始めるよりも前に、P4はその点を既に捜査機関に話していた
⇒P1証言は、秘密の暴露ではない。
but
P4の供述は、そのことを最初に話したものとして、信用性が高まる。
P1自身が本件について供述を始めるよりも前に、P1が収賄罪となる可能性もあることを友人であるP4が供述するについては、虚偽である可能性は格段に低い。
本判決は、原判決が、そのようなP1証言の虚偽性を排除する可能性の高い証拠を取調べながら、そのような観点からの検討を怠った結果、P1証言の信用性判断を誤ったものと評価(=原判決が、論理則、経験則に照らして不合理であることを具体的に示した)
  刑事p112
名古屋地裁H29.3.24
  成人後起訴の場合と検察官送致決定
  事案 被告人は、少年であるうちに家庭裁判所で20条の検察官送致決定を受け、成人に達した後に起訴され被告人に。 
  弁護人 本件の検察官送致決定には保護処分を選択しなかった点で同条の解釈適用を誤った重大な違法がある⇒無効。
その決定を受けてなされた本件控訴の提起も違法で無効。
⇒公訴棄却されるべき。 
  判断・解説 本判決:検察官送致決定後起訴前に対象者が成人に達した場合においても有効な検察官送致決定の存在が刑事事件の訴訟条件となる。
少年法:
少年の処遇については専門性を有する家庭裁判所の判断に委ねる
⇒司法警察員及び検察官に対して、犯罪の嫌疑がある少年の被疑事件を前件家庭裁判所に送致することを義務づけ(家裁先議主義)。
家庭裁判所に、相当と認めるときに事件を検察官に送致する権限を与え(20条)、検察官送致決定による事件の送致を受けた検察官に一定の例外を残しつつ公訴提起を強制(45条5号)。

適法な検察官送致決定の存在が起訴後の刑事事件の訴訟条件。
本件のように、検察官送致決定後控訴提起前に対象者が成人した場合も、起訴強制の効力は続く。

①事務処理繁忙等により起訴が遅れて対象者が成人に達した場合に起訴強制が働くなくなるのでは少年の処遇を専門性を有する家庭裁判所の判断に委ねた少年法の趣旨が損なわれる
②45条柱書及び同条5号は、起訴強制の要件として検察官送致決定の存在のみを掲げ、対象者が起訴時に少年であるかどうかを問わない書き方
対象者の成人後も起訴強制の効力が存続⇒対象者が少年のままである場合と同様、起訴は検察官送致と一体と捉えらえるべきであり、検察官送致決定の違法性を引き継ぐ。
●どのような瑕疵がある場合に検察官送致決定が無効あるいは不存在とされるか? 
最高裁H9.9.18:
家庭裁判所のした保護処分決定に対する少年側からの抗告に基づきその決定が取り消された場合に、差戻を受けた家庭裁判所は検察官送致決定をすることは許されず、検察官送致決定後の公訴提起は違法、無効。 
最高裁H26.1.20:
家庭裁判所が禁錮以上の刑に当たる罪の事件として検察官送致決定した事件について、検察官が、それと同一性が認められる罰金以下の刑に当たる罪の事件として公訴を提起することは許されず、同起訴を受けた刑事の裁判所は公訴棄却の判決をするべき。

公訴を提起した事件については検察官送致決定が不存在であると解したもの。
仙台高裁昭和24.11.25:
非行時に13歳であることを看過してなされた検察官送致決定は違法であり、その後の公訴提起もまた違法。

検察官送致決定は存在する場合についてその実体的要件の欠缺を問題としたもの。
尚、判決時もなお少年の被告人については、55条移送が可能
⇒公訴棄却となるような検察官送致決定の違法性は違法性の程度が重大なものに限られるとの解釈。
本判決:
①検察官送致決定に対する不服申立ての規定はなく、刑事手続の中で55条による家庭裁判所移送の職権発動を促すことで検察官送致決定に対する事実上の不服申し立てを行うことができる
②家庭裁判所の判断は、同様の一件記録を使用する保護処分の抗告審との関係でも十分に尊重すべきものと位置づけられている
③刑事裁判所では判断資料も限られる

刑事裁判所は、訴訟条件としての検察官送致決定の適法性を審査するとしても、実質的判断内容の当否に踏み込むことは躊躇すべきであり(不服申立審でもない刑事事件を取り扱う裁判所が家庭裁判所の検察官送致決定の判断内容の当否について踏み込んだ審査をすることに適さない面もある。)
検察官送致決定が違法・無効であるとされ、送致を受けた検察官による公訴の提起もまた違法であるとして無効となる場合(刑訴法338条4号)とは、例えば検察官送致決定を行うこと自体が職務犯罪を構成する場合や、家庭裁判所が故意に事件を長期間にわたり放置していたにもかかわらず検察官送致決定を行なった場合など、極限的な場合に限られる。
保護教育主義を採る少年法においては、検察官送致は例外的な存在。
検察官送致が許されるのは、原則として、
保護不能か保護不適の場合のみ。
(通説)
2365   
  最高裁H29.12.6
●  
  NHK受信料訴訟大法廷判決
  事案 X(日本放送協会)が、Xの放送を受信することのできる受信設備を設置していながらXとの間でその放送の受信についての契約を締結していないYに対し、受信料の支払等を求めた事案。 
  規定 放送法64条1項:
「協会(X)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と規定 
Xは、日本放送協会放送受信規約を策定し、
同条3項に従い総務大臣の認可を受けて、これを受信契約の条項として用いている。
放送受信規約には、受信契約を締結した者は受信設備の設置の月から定められた受信料を支払わなければならないことなどが規定。
  争点 ①放送法64条1項は、受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する規定か
②同項が受信契約の締結を強制する規定である場合
(ア)受信契約はどのような態様で強制的に成立するのか
(Xが受信設備設置者に対し申込みの意思表示をすることのみによって成立するのか、
受信設置者に対し承諾の意思表示を命ずる判決が確定して初めて成立するのか)
(イ)同項は憲法に違反するか
(ウ)強制的に成立した受信契約によってどの範囲で受信料債権が発生するか(受信契約成立時以降の分か、受信設備設置の月以降の分か)
(エ)前記(ウ) で受信設備設置の月以降の分の受信料債権が発生する場合、その受信料債権の消滅時効はいつから進行するか
  主張 (ア)主位的請求:
Xの受信契約の申込みがYに到達した時点で受信契約が成立⇒受信設備設置の月の翌月である平成18年4月分から平成26年1月分までの合計21万円余の受信料の支払
 
(イ)予備的請求①:
受信契約の締結義務の履行遅滞に基づき前記同額の損害賠償を求める

(ウ)予備的請求②:
受信契約の承諾の意思表示をするよう求めるとともに、これにより成立する受信契約に基づき前記同額の受信料の支払を求める

(エ)予備的請求③:
不当利得返還請求として前記同額の支払を求める
  判断 放送法64条1項は、同法に定められた日本放送協会の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の、日本放送協会の放送の受信についての契約の締結を強制する旨を定めた規定
⇒日本放送協会からの前記契約の申込みに対して前記の者が承諾をしない場合には、日本放送協会がその者に対して承諾の意思表示を命ずる判決を求め、その判決の確定によって前記契約が成立する。
放送法64条1項は、同法に定められた日本放送協会の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の、日本放送協会の放送の受信についての契約の締結を強制する旨を定めたものとして、憲法13条、21条、29条に違反しない。
日本放送協会の放送の受信についての契約を締結した者は
受信設備の設置の月から定められた受信料を支払わなければならない旨の条項を含む前記契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により同契約が成立した場合、
同契約に基づき、受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生。
日本放送協会の放送の受信についての契約に基づき発生する、受信設備の設置の月以降の分の受信料債権(前記契約成立後に履行期が到来するものを除く)の消滅時効は、前記契約成立時から進行する。
  行政p37
名古屋高裁H29.11.2  
  重婚的内縁配偶者と厚生年金保険法59条1項の「配偶者」
  事案 厚生年金保険法に基づく老齢年金の受給権者であった訴外Aが死亡⇒Aと内縁関係にあったXが処分行政庁に遺族厚生年金の支給を請求⇒遺族年金を支給しない決定⇒その取消しを求めた。 
  原審 ①Aと婚姻関係にあったB(補助参加人)との婚姻関係は実体を失って形骸化し、その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない事実上の離婚状態にあったと認めるのが相当。
②AとXとの内縁関係は、Aの死亡当時、相当程度安定かつ固定化していた

厚年法59条1項所定の「配偶者」に当たると認めるのが相当。 
    Bが控訴。
  判断 原判決は正当。
B:長い間苦楽を共にしてきた夫婦であり、Aとの間に離婚話が出たことはない
vs.
AとBとは、平成12年以降完全に別居し、連絡も断絶状態
⇒その後の12年間は、苦楽を共にしてきた夫婦であるとはいえず、Aが死亡した時点では、事実上の離婚状態であった。
B:XがAの女道楽のうちの1人にすぎず、単に同棲関係が長時間続いただけであって、AとXとの間には婚姻の意思又は合意はない
vs.
AとXは、平成12年以降Xの自宅で同居し、
AとXの生活は、Aから支出された年金等で支えられており、
Aも第三者に被控訴人を内縁の妻と紹介

Xは、Aの女道楽の1人であり、Aとの同性関係が長期間続いただけであるとはいえない。
B:Bの生活がAの経済的援助によって維持されてきた
vs.
Bが受け取ったAの退職金は、AとBとの婚姻関係解消を目的とした清算金としての性質を有するものと見るのが相当であり、その後Aから定期的な金銭の交付があるわけではなかった
⇒Bの生活がAの経済的援助によって維持されていたとはいえない。
B:本件公正証書遺言によって、AがBの生活基盤を確保できるように配慮した
vs.
遺言において、不動産がXへの遺贈の対象から除外されたのは、XとBとの紛争を回避するのが目的であったと考えられる。
B:AがB方に電話を掛け、Bのことを常に心配していた
vs.
AがB方に電話を掛けたことをもって、AとBとが事実上の離婚状態にあったことを覆す事情とはいえない。
B:婚姻の意思すらない男女が同棲する場合に、容易に内縁関係を認めることは、法律婚制度に混乱を与えることになるし、Xに遺族厚生年金を支給することはXの年収が500万円を超えている以上、厚年法の制度目的に違背。
vs.
厚年法上、AとBの婚姻関係が事実上離婚状態にある以上、重婚的内縁関係にあるXを法的に保護しても、厚年法の制度目的に違背するものとはいえず、社会正義上許されないとは言えない。
  解説 厚年法59条1項は、遺族厚生年金を受けることができる遺族は、被保険者の「配偶者」と定めるが、
同法3条2項は、この法律において「配偶者」とは、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含むものと規定。 
法律上の配偶者と事実上婚姻関係と同様の事情にある者(いわゆる重婚的内縁関係にある者)とが競合する場合、いずれを遺族厚生年金の受給者と見るか?
「互いに協力して社会通念上夫婦としての共同生活を現実に営んでいた者」であるというべき(最高裁昭和58.4.14)であるが、
その場合、重婚的内縁関係にある者について生計維持の有無を判断するよりも、むしろ法律上の配偶者について「その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込みのないとき、すなわち、事実上の離婚状態にある」か否かを積極的に判断すべきものとされている。(最判解説)
  行政p52
名古屋高裁H29.9.29 
  大学院生に対する退学処分の事例
  事案 Xは、Y大学が設置する大学院医学研究科修士課程に在籍していた学生。
同大学学長は、Yの本件大学院に勤務していた派遣職員について同和差別を内容とする発言をするなどしてその名誉を毀損した行為や、派遣職員の派遣元会社に電話をしてその業務を妨害した行為等が、懲戒処分を定めた学則所定の事由に当たる⇒退学処分。

Xが、
本件退学処分が根拠のない事由に基づいてされたなどの点において違法かつ無効なものである旨主張し、
Xが大学院修士課程の学生の地位にあることの確認と、
違法な本件退学処分により精神的苦痛を受けたなどとし主張して、不法行為に基づく損害賠償請求を求めた。 
  原審 本件退学処分は違法

Xが大学院修士課程の学生の地位にあることの確認及び
Y大学に対して慰謝料等として55万円の支払を命じた。 
  判断 最高裁昭和29.7.30、最高裁H8.3.8を引用し、
①退学処分を行うかどうかの判断は、学長の合理的な教育的裁量に委ねられるべきものであり、裁判所がその処分の適否を審査するに当たっては、学長と同一の立場に立って当該処分をすべきものではなく、
学長の裁量権の行使としての処分が、全く事実の基礎を欠くか又は社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り、違法であると判断すべき。
②退学処分は学生の身分をはく奪する重大な措置であり、学校教育法施行規則26条3項も4個の退学事由を限定的に定めており、本件大学院の学則の趣旨も同様であると解される

当該学生を学外に排除することが教育上やむを得ないと認められる場合に限って退学処分を選択すべきであり、
その要件の認定については他の処分の選択に比較して特に慎重な配慮を要する。 
原審:
Xが、派遣職員が部落出身者などと発言し、指導教授に対して派遣契約の解除をすることを求め、結果的に派遣職員を自宅待機にした行為は社会通念上許される限度を超えたもの
but
①当該派遣職員が本件同和差別発言があったことを認識していなかったこと
②派遣会社はXの「処分を求めておらず、指導教授は、派遣社員が自宅待機となったことで、Xに対する指導方針の変更は余儀なくされたが、研究室の運営が困難になったとまでは認められない

Xの行為により生じた結果が重大なものとはいえない。
控訴審:
①本件同和差別発言が社会通念上許される限度を超えたものであり、派遣社員の名誉を毀損するものと認定。
②Xが指導教授らの指導に対して、人格攻撃を含めた反発をし、他の教員から懲戒の対象になるなどとの警告を受けたにもかかわらず、指導に従わない態度を継続。
③Xのこれらの一連の言動は、社会的に許容された限度を超えるものであり、その結果、研究室の運営に重大な影響を及ぼすに至った等と認められる。
  民事p67
最高裁H29.12.5  
  親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求めたのが権利の濫用とされた事例
  事案 離婚した父母のうちその長男の親権者と定められた父Xが、法律上監護権を有しない母Yを債務者とし、親権に基づく妨害排除請求権を被保全権利として、長男Aの引渡しを求める仮処分命令の申立てをした。 
  原審 本件申立ての本案は、家事事件である子の監護に関する処分の審判事件であり、民事訴訟の手続によることができない⇒本案申立ては不適法。 
    Xが抗告許可申立て⇒原審がこれを許可。
  判断 離婚後の父母のうち親権者と定められた一方が、民事訴訟の手続により、法律上監護権を有しない他方に対し、親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求めることができる。
but
判示の事情
①子が7歳であり、母は、父と別居してから4年以上、単独で子の監護に当たってきたものであって、母による前記監護が子の利益の観点から相当なものではないことの疎明がない
②母は、父を相手方として子の親権者の変更を求める調停を申し立てている
③父が、子の監護に関する処分としてではなく、親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求める合理的な理由を有することはうかがわれない

XがYに対し親権に基づく妨害排除請求としてAの引渡しを求めることは権利の濫用に当たる。
  解説 親権者が民事訴訟の手続により法律上監護権を有しない監護者に対し親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求めることができる(最高裁昭和35.3.15)。
前記監護者が離婚後の父母のうち一方であっても同様(最高裁昭和45.5.22)。 
A:離婚後の父母間いおいては、親権者は民事訴訟の手続により親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求めないとする見解

離婚後の父母であれば、親権者が、非親権者を相手方とし、監護者指定とは独立した子の監護に関する処分として子の引渡しを求める申立てをすることができ、民事訴訟の手続による子の引渡請求を認める必要がない。
vs.
①民事訴訟の手続により子の引渡請求をすることができるか否かと、子の監護に関する処分として子の引渡しを求める申立てをすることができるか否かとは、既存の権利の発見と権利・義務の形成というように、次元が異なるもので、
同じ当事者間において同様の結果を得られる形成裁判を求めることができることを理由として、当該当事者間で給付訴訟をすることができないことにはならない。
②親権については、平成23年法律第61号による民法改正において、820条に「子の利益のために」との文言が入り、834条の2に親権停止の規定が新設されたものの、823条の懲戒権が削除されなかったなど権利性が維持

現時点において、前掲最高裁判例を変更し、離婚後の父母間における親権に基づく妨害排除請求権を否定するのは、時期尚早。
親権は子の利益のために行使されなければならず(民法820条)、親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは、家庭裁判所は申立てにより当該親権者について親権停止の審判をすることができる(民法834条の2)

子の利益を害する不適当な親権の行使が権利の濫用に当たることは明らか。 
離婚後の父母のうち親権者と定められた一方は、法律上監護権を有しない他方を相手方として、独立の子の監護に関する処分として子の引渡しを求めることもできると解される。
子の監護に関する処分としてAの引渡しを求める申立てであれば、家事手続法に基づき審理することになる。
⇒ 
子の意思を把握し審判をするに当たりこれを考慮しなければならない旨を定める同法65条が適用されるなど子の福祉に対する配慮が図られ、Aの引渡しが繰り返されることを回避しやすい。
家事事件手続法 第65条
家庭裁判所は、親子、親権又は未成年後見に関する家事審判その他未成年者である子(未成年被後見人を含む。以下この条において同じ。)がその結果により影響を受ける家事審判の手続においては、子の陳述の聴取、家庭裁判所調査官による調査その他の適切な方法により、子の意思を把握するように努め、審判をするに当たり、子の年齢及び発達の程度に応じて、その意思を考慮しなければならない。
but
Xはあえて前記申立てをせず、民事訴訟の手続により親権に基づく妨害排除請求としてAの引渡しを求めている。
そして、そのことについて合理的な理由を有することがうかがわれない。
(親権者変更の蓋然性がほとんどないとか、明らかに子の奪取方法が違法であるなど子の福祉に対する配慮を特段しなくても適切な結論を得られる場合には、合理的な理由があるといってよいと考えられる。)
  民事p70
最高裁H29.12.12  
  仲裁人の「自己の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある」事実の開示義務が違反となる場合
  事案 一般社団法人商事仲裁協会(JCAA)における、米国法人X1、X2と日本法人Y1、シンガポール法人Y2との間の仲裁事件(「本件仲裁事件」)において、3人の仲裁人の合議体である仲裁廷がした仲裁判断につき、Xらが、仲裁法44条1項6号所定の取消事由があるなどと主張して、その取消しの申立てをした。 
本件仲裁事件の仲裁人として、平成23年9月20日までに、本件仲裁人(D法律事務所シンガポールオフィスに所属する弁護士)ほか2名が選任された。
本件仲裁人は、同日付で、
「D法律事務所の弁護士は、将来、本件仲裁事件に関係性はないけれどもクライアントの利益が本件仲裁事件の当事者及び/又はその関連会社と利益相反する案件において、当該クライアントに助言し又はクライアントを代理する可能性があります。また、D法律事務所の弁護士は、将来、本件仲裁事件に関係しない案件において、本件仲裁事件の当事者及び/又はその関連会社に助言し又はそれらを代理する可能性があります。」との記載のある表明書を作成し、これをJCAAに提出。
弁護士Eは、本件仲裁人が本件仲裁事件の仲裁人に選任された時点ではD法律事務所に所属していなかったが、遅くとも平成25年2月以降、D法律事務所サンフランシスコオフィスに所属。
本件仲裁人は、本件仲裁判断がされるまでに、本件仲裁事件の当事者であるXら及びYらに対し、Y1と同じくC社を完全親会社とする米国法人F社を被告として米国カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所に係属する訴訟においてD法律事務所に所属するEがF社の訴訟代理人を務めている事実を開示しなかった。
  規定 仲裁法 第18条(忌避の原因等)
4 仲裁人は、仲裁手続の進行中、当事者に対し、自己の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実(既に開示したものを除く。)の全部を遅滞なく開示しなければならない。
  原決定 本件事実が法18条4項の事実に当たるとした上で、
①本件仲裁人は、本件表明書において、将来、利益相反関係が生ずる可能性があることを抽象的に表明したにすぎない⇒本件事実を開示したことにならない。
②仲裁人は手間をかけずに知るとことができる事実について開示のための調査義務を負うべきであり、本件事実については本件仲裁人が所属するD法律事務所でコンフリクト・チェック(利益相反関係の有無を確認する手続)を行うことにより特段の支障なく調査することが可能であったといえるところ、これが実施されなかったために本件事実が開示されなかったとしても、本件仲裁人はその開示義務に違反し、このことは法44条1項6号所定の仲裁判断の取消事由に当たり、かつ、この開示義務違反は重大な手続上の瑕疵
⇒Xらの本件申立てを裁量により棄却すべきはないと判断し、認容。
  判断 仲裁人が当事者に対して法18条4項の事実が生ずる可能性があることを抽象的に述べたことは、法18条4項にいう「既に開示した」ことに当たらない。
⇒原決定①の判断は是認できる。
仲裁人が、当事者に対してい法18条4項の事実を開示しなかったことについて、
法18条4項所定の開示義務に違反したというための要件として、
仲裁手続が終了するまでの間に、仲裁人が当該事実を認識していたか、仲裁人が合理的な範囲の調査を行うことによって当該事実が通常判明し得たことが必要。
この要件の有無につき確定することなく、本件仲裁人が本件事実の開示義務に違反したことを認めた原判決の②の判断は是認できない。
⇒原決定を破棄し、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。
  規定 仲裁法 第44条
当事者は、次に掲げる事由があるときは、裁判所に対し、仲裁判断の取消しの申立てをすることができる。
一 仲裁合意が、当事者の行為能力の制限により、その効力を有しないこと。
二 仲裁合意が、当事者が合意により仲裁合意に適用すべきものとして指定した法令(当該指定がないときは、日本の法令)によれば、当事者の行為能力の制限以外の事由により、その効力を有しないこと。
三 申立人が、仲裁人の選任手続又は仲裁手続において、日本の法令(その法令の公の秩序に関しない規定に関する事項について当事者間に合意があるときは、当該合意)により必要とされる通知を受けなかったこと。
四 申立人が、仲裁手続において防御することが不可能であったこと。
五 仲裁判断が、仲裁合意又は仲裁手続における申立ての範囲を超える事項に関する判断を含むものであること。
六 仲裁廷の構成又は仲裁手続が、日本の法令(その法令の公の秩序に関しない規定に関する事項について当事者間に合意があるときは、当該合意)に違反するものであったこと。
七 仲裁手続における申立てが、日本の法令によれば、仲裁合意の対象とすることができない紛争に関するものであること。
八 仲裁判断の内容が、日本における公の秩序又は善良の風俗に反すること。

・・・

6 裁判所は、第一項の申立てがあった場合において、同項各号に掲げる事由のいずれかがあると認めるとき(同項第一号から第六号までに掲げる事由にあっては、申立人が当該事由の存在を証明した場合に限る。)は、仲裁判断を取り消すことができる。
仲裁法 第18条(忌避の原因等)
当事者は、仲裁人に次に掲げる事由があるときは、当該仲裁人を忌避することができる。
二 仲裁人の公正性又は独立性を疑うに足りる相当な理由があるとき。
  解説   法18条4項を事実である本件事実を本件仲裁人が開示しなかったことを理由として本件仲裁判断を取り消すためには、
①前記の不開示が法18条4項所定の開示義務に違反するものであり、かつ
②この開示義務違反が法44条1項所定の仲裁判断の取消事由のいずれかに該当することが必要。
仲裁判断の取消事由があると認められる場合であっても、事情によっては、仲裁判断の取消しの申立てを裁量により棄却することがあり得る(法44条6項)。
  仲裁人に「公正性又は独立性を疑うに足りる相当な理由があるとき」は、仲裁人を忌避できる(法18条1項2号)。
「公正性又は独立性を疑うに足りる相当な理由があるとき」とは、
一般論としては、
仲裁人が事件又は当事者と一定の関係があるために公正な仲裁判断が期待できないこと
②具体的な仲裁人の行動が仲裁人の公正性又は独立性についての合理的な疑いを生じさせること
を意味すると解されている。
法18条4項所定の開示義務(=自己の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実(既に開示したものを除く。)の全部)との関係で主として問題となるのは、前記①。
「仲裁人が当事者又はこれを同視すべき者である場合」のみならず、
「仲裁人が、現在、当事者と密接な関係にある場合」
も前記①に当たるとされている。

具体例として、
仲裁人が当事者の顧問として日常的に助言等をしている顧問弁護士であるという場合のみならず、
仲裁人が当事者の顧問弁護士と同じ法律事務所に所属し、協力関係が確立されている場合も挙げられている
  民事p76
東京高裁H29.1124  
  面会交流の原則実施論見直しの傾向?
  事案 XとYは平成21年に婚姻の届出をし、
同22年に長男Aを、同25年に二男Bをもうけた。
Yは、同26年12月に未成年者らと共にXの住所から出てYの住所に別居をした。
Xは会社を経営し、Yは薬剤師として稼働。
  原審 非監護親と子との面会交流を実施することは、一般的には、子の福祉の観点から有用であり、子が精神的な健康を保ち、心理的・社会的な適応をするために重要な意義がある。
もっとも、面会交流を実施することがかえって子の福祉を害するという特段の事情があるときは、面会交流は禁止・制限されなければならない」
として、いわゆる原則実施論に立脚。 
  判断 父母が別居し、一方の親が子を監護するようになった場合においても、子にとっては他方の親(「非監護親」)も親であることに変わりはなく、別居等に伴う非監護親との離別が否定的な感情体験となることからすると、子が非監護親との交流を継続することは、非監護親からの愛情を感ずる機会となり、精神的な健康を保ち、心理的・社会的な適応の維持・改善を図り、もってその健全な成長に資するものとして意義があるということができる。

他方、面会交流は、子の福祉の観点から考えるべきものであり、父母が別居に至った経緯、子と非監護親との関係等の諸般の事情から見て、子と非監護親との面会交流を実施sることが子の福祉に反する場合がある。

面会交流を実施することがかえって子の福祉を害することがないよう、事案における諸般の事情に応じて面会交流を否定したり、その実施要領の策定に必要な配慮をしたりするのが相当である。
Xによる未成年者に対する暴行行為、虐待行為があったとは認められず、
他方長男も試行的面会交流を重ねるに従いXとの親和度を増していて、未成年者らはXに一定程度の親和性を有していることが認められる。
⇒未成年者らとXとの直接的面会交流を禁止すべきとはいえない。
Xには、Y及び未成年者らとの同居中から、同人らの心身の状態、立場、心情等に対する理解・配慮を欠く点があり、
その行動・態度は自己中心的で、
自制心をもって面会交流のルールを行うことが順守できるか懸念がないとはいえない。
YはXの言動によって精神的負荷を受け、Xに対し信頼感を持てなくなっており、Yが安心して未成年者らを面会交流に送り出すことができる環境を整えることが必要。
 
①直接面会交流を認めるのが相当。
②未成年者らは平成26年12月の別居後、これまで3回の試行的面会交流をしたのみ⇒短時間の面会交流から始めて段階的に実施時間を増やす。
頻度は、1か月に1回、面会時間は半年間1時間、半年後から2時間。
1年6カ月(18回分)の間は第三者の支援(面会立会い)を認めるのが相当。
  解説 裁判官の中にも、
「面会交流実施論とそれに対する批判がありますが、
原則として面会交流お実施すべきであるとか、原則として実施すべきでないというような、原則はどちらかという問題ではなく、
あくまでも子の利益になるかという観点から、個別の判断をすべきである。」
とするもの。 
従来の家裁の実務:
面会交流の許否等につきいわゆる比較基準論に従って双方の諸事情を丁寧に審理判断。

平成20年前後頃からいわゆる原則実施論が台頭

その見直し
  商事p84
神戸地裁H29.9.8  
  普通保険約款の定めと免責事由が問題となった事案
  事案 X1及びX2が、火災によりX1所有の建物(本件建物)及びその内部にあるX2所有の家財一式が焼損(本件火災)
⇒X2とYとの間の火災損害保険契約(本件保険契約)に基づき、Yに対し、X1において本件建物に係る保険金2400万円及び遅延損害金の支払を、
X2において前記家財に係る保険金300万円および遅延損害金の支払を、
求めた事案。 
本件保険契約に係る普通保険約款:
①被保険者とは、「保険の対象の所有権で保険証券に記載されたもの」をいう
②Yは、本契約者又はその同居の親族等の「故意もしくは重大な過失」によって生じた損害に対しては、保険金を支払わない
と規定。
  争点 ①被保険者の要件を「保険の対象の所有者」に加え「保険証券に記載されたもの」とする保険約款の定めが保険法2条4号イ、8条に違反するか
②本件火災が保険契約者であるX2の同居親族の「故意」又は「重大な過失」によって生じたのか 
  規定 保険法 第二条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
四 被保険者 次のイからハまでに掲げる保険契約の区分に応じ、当該イからハまでに定める者をいう。
イ 損害保険契約 損害保険契約によりてん補することとされる損害を受ける者
保険法 第八条(第三者のためにする損害保険契約)
被保険者が損害保険契約の当事者以外の者であるときは、当該被保険者は、当然に当該損害保険契約の利益を享受する。
  判断  損害保険契約の「被保険者」 は、契約の一般原則に基づき、当事者の合意により定まるが、
保険法2条4号イ所定の要件を満たさない者であった場合には、当該契約は無効になる。
損害保険契約の当事者が、同号イ所定の要件を満たさない者を「被保険者」と定めた場合、当該契約は無効となるが、
たとえ客観的に同要件を満たす者が他に存在するとしても、その者は、当該当事者から「被保険者」と定められていない以上、「被保険者」に当たらない。

「被保険者」の要件に関する本件約款の定めは、保険法に反しない。
  Aは、本件火災の発生直前、油鍋を再び加熱し始めたのに、漫然と別室に移動して約10分間これを放置⇒油鍋の状況を継続的に注視するという基本的な注意義務すら遵守することができていなかった。

X2の同居親族であるAには、本件火災の発生につき重大な過失があった。
  解説 保険法2条4号イは、損害保険契約の「被保険者」を同契約によりてん補することとされる損害を受ける者と規定。
この「被保険者」は、同時に保険給付請求権者であって、これ以外の者に保険給付を取得させるよう定めることはできない。
平成20年法律第57号による改正前の商法の下でも、
保険の対象が保険契約者の所有物であることを前提に損害保険契約が締結されたが、実際には当該保険契約者が被保険利益を有しない場合には、当該保険契約は無効と解されていた(最高裁昭和36.3.16)。
保険法は、損害保険契約において同法2条4号イの要件を満たさない者を「被保険者」と定めた場合には、当該契約を無効とする趣旨。
but
保険法は、契約の一般原則(契約自由の原則)に基づき、あくまでも当事者間の合意により「被保険者」が定まることを前提とし、損害保険の趣旨及び目的等からこれを修正にするにとどまる。

保険法は、当事者の合意いかんにかかわらず、客観的に同号イの要件を満たす者を当然に「被保険者」として確定する趣旨は含まない。

本判決:
「被保険者」の要件を
「保険の対象の所有者」に加えて「保険証券に記載されたもの」とする本件約款が、保険法2条4号イ、8条に反するとはいえない。
  保険約款上の免責事由である「重大な過失」:
民法又は保険法上の「重大な過失」と同様に、
通常人に要求される程度の相当の注意をしないでも、わずかの注意させすれば、違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、
漫然これを見すごしたような、
ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指す。
(最高裁) 
通常人であれば、ガスコンロの火で油を加熱し続けると引火して火災に至るおそれがあるのを容易に予見できる
⇒その状態が放置されたことにより火災が発生した場合には、これを放置した者に「重大な過失」があると認めるのが裁判例の趨勢。
  刑事p93
大阪高裁H28.12.13  
  危険運転致死傷罪の目的の有無が問題となった事例
  規定 刑法 第208条の2(危険運転致死傷)
2 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、前項と同様とする。赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し、よって人を死傷させた者も、同様とする。
  被告人 危険運転致死傷罪(平成25年法律第86号による改正前の刑法208条の2第2項前段)にいう「人又は車の運行を妨害する目的」(通行妨害目的)はなかったと主張。 
  原審 通行妨害目的は、運転の主たる目的が人又は車の自由かつ安全な通行の妨害を積極的に意図することになくとも、
自分の運転によって前記のような通行の妨害を来すことが確実であることを認識して当該運転行為に及んだ場合にも肯定されると解するのが相当。

被告人にはそのような認識があったと認定して、危険運転致死傷罪の成立を認めた。
  判断 危険運転致死傷罪の立法趣旨や各種目的犯の目的についての解釈

通行妨害目的は、
人又は車の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図して行う場合のほか、
危険回避のためにやむを得ないような状況等もないのに人又は車の自由かつ安全な通行を妨げる可能性があることを認識しながら、あえて、「走行中のの自動車の直前に侵入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転」(「危険接近行為」)した場合も含む。
本件の事実関係や被告人の供述
⇒危険接近行為を肯定⇒通行妨害目的が認められる。
  説明  ●目的犯における目的の解釈 
①「営利の目的」(覚せい剤取締役法41条の2第2項):
「犯人がみずから財産上の利得を得、又は第三者に得させることを動機・目的とする場合をいう」(最高裁昭和57.6.28)
②図利加害目的(刑法247条、旧商法486条1項):
「図利加害の点につき、必ずしも・・・意欲ないし積極的認容までは要しない」(最高裁昭和63.11.21)
③「人の身体を害せんとするの目的」(爆発物取締罰則1条、3条):
「人の身体を害するという結果の発生を未必的に認識し、認容することをもって足り、右結果の発生に対する確定的な認識又は意図は要しない」(最高裁H3.2.1)
上記②の判例解説:
背任罪における「図利加害目的」は「本人の利益を意図していた場合は処罰しない。」という命題の裏側として、処罰すべき「本人の利益を意図していなかった場合」を表現するために設けられたものと理解することができるとの見解。
学説:
A:目的犯について、
構成要件的行為を行うことにより目的が実現されるかどうかという点に着目して分類し、
①構成要件的行為自体から、またはその附随現象として目的が実現され、そのために新たな行為を必要としないもの(いわゆる切断された結果版)⇒目的の内容が行為者に確定的なものとして認識されていることを要し、
②目的の実現のために行為者又は第三者による構成要件的行為とは別の行為を必要(いわゆる短縮された二行為犯)⇒目的の内容を未必的にでも認識していれば足りる

vs.
上記③の判例解説:
①客観的な行為の危険性と行為者の認識の程度は別であり、確定的認識があったからといって常に未必的認識しかない場合よりも結果発生の危険性が高いとは言えない⇒確定的認識を犯罪成否の基準とすることは合理的とはいえない
②目的の内容たる結果は将来の事実⇒元来それを確定的に認識すること自体困難なことが少なくなく、その意味でも確定的認識を要求することが不当
③故意においては犯罪の成否を左右しないとされる…認識の程度(又は心情の差異)が・・・目的については大きな差異をもたらすことになるが、その相当性の合理的説明は困難。
との指摘。
  ●危険運転致死傷罪 
法制審刑事法部会:
危険妨害目的とは、相手方が自車との衝突を避けるために急な回避措置を余儀なくされることを積極的に意図することをいうとの説明
(国会の審議でも同様の説明)
東京高裁H25.2.22:
通行妨害目的が前記積極的意図なをいうとする解釈を前提としつつ、
「運転の主たる目的が・・・通行の妨害になくとも・・・通行の妨害を来すのが確実であることを認識して、当該運転行為に及んだ場合には、自己の運転行為の危険性に関する認識は・・・通行の妨害を主たる目的とした場合と異なるところがない」
⇒「自己の運転行為によって・・・通行の妨害を来すのが確実であることを認識していた場合」にも通行妨害目的が認められる。


「相手方の自由かつ安全な通行の妨害を来すのが確実であることを認識している」ことのほか、「他に安全な通行が可能であるのに、あえて当該危険な運転に及んだ」ことが必要であるという解釈を付加した方が、「目的」の文言により適合するといえたかもしれない。
  刑事p102
大阪高裁H29.3.16  
  危険運転致死傷罪の故意
  事案 低血糖症による意識低下状態⇒自車を暴走させて衝突事故
  規定 自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律 第三条
アルコール又は薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を負傷させた者は十二年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は十五年以下の懲役に処する。

2自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた者も、前項と同様とする。

*自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律施行令〔平二六政一六六〕第三条(自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気) 法第三条第二項の政令で定める病気は、次に掲げるものとする。

四 自動車の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する低血糖症
  訴因 低血糖症の影響により正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し、低血糖症による著しい意識低下の状態に陥って衝突事故を発生させ被害者を負傷させた⇒危険運転致傷罪(自動車死傷法3条2項)で起訴

被告人:走行中に意識低下の状態に陥り正常な運転に支障が生じるおそれがあることの認識はなかったから、同罪の故意がない

訴因変更を行い、
被告人は、運転開始に際して、意識障害に陥る可能性を予見し、血糖値が安定するのを確認するなどの措置を講じる義務があるのに、これを怠り、血糖値が安定しているのを確認しないで自車を発信・走行させた過失により、意識低下の状態に陥って衝突事故を発生させたとする過失運転致傷の予備的訴因を追加

被告人:意識障害に陥る可能性を予見することはできなかった⇒過失はないと主張。
  一審 ●主位的訴因 
被告人が前兆を感じていたことは認定できない
被告人が無自覚性低血糖症を発症し、そのことを認識していたとしても、本罪における「正常な運転に支障が生じるおそれ」は具体的なものでなければならないところ、本件当日の事実経過の下では被告人は具体的なおそれを認識したとはいえない⇒危険運転致死傷罪は成立しない。
  ●予備的訴因 
被告人の病態、血糖値降下の経験等

運転開始時に血糖値を測定し、
低血糖であれば運転するのを控えるべきであった。
低血糖になっていなくても運転開始一時間前の値よりかなり低下していたのであれば、運転開始後こまめに血糖値を測定すべき。であり、そうしていれば事故を防止することができた。
1時間前の高い血糖値やどら焼き等の摂取等の点は、
正常な運転に支障が生じるおそれの認識を否定する事情にはなっても、
意識障害に陥る可能性を予見できたことを否定する事情にはならない。
①過去に前兆なく低血糖症による意識障害に陥ったことがあり
②数時間で血糖値が大きく低下して中枢神経症状が出始める値になったこともあり、
③当日は昼食を摂取していないため、血糖値が不安定となるおそれがあった

運転するに際して、低血糖症により意識障害に陥る可能性を予見し、血糖値を測定し、これが安定するのを確認した上で発進・走行すべき注意義務を設定
被告人がこれを怠り、血糖値を測定せず、その安定を確認しないまま発進・走行した過失がある。
  判断 ①過去において前兆なく低血糖症による意識障害に陥ったことは認定できず、
②インスリン注射以外の原因により血糖値が大きく降下したことがあったとも認定できない
⇒これらを予見可能性を認める前提にはできない。
「運転開始1時間前に高い血糖値を示したが、被告人はインスリンを注射せず、運転開始前にどら焼き等を摂取したが、その時点で低血糖の前兆を感じていなかった」という原判決が認定した事実を前提とすると、
運転中に低血糖症による意識障害に陥ることを具体的に予見することは困難で、運転開始時に血糖値を測定する義務があったとはいえず、測定したとしても血糖値は高い状態にあり、事故は回避できなかった。
⇒原判決には事実誤認がある。
被告人が運転開始前にどら焼き等を摂取したのだとすれば、その時点で低血糖状態又はその可能性を自覚していたはず。
検察官の釈明をふまえ、
被告人において運転開始時に低血糖症の前兆を感じていたと認められるのであれば危険運転致傷の訴因が肯定されると理解したと考えられるところ、
本件の状況では、運転開始時に前兆を感じていたという事実だけから運転中に意識障害に陥るおそれを具体的に認識していたと認めることはできないものの、
他方、前兆を感じていたと認められるのであれば原則として意識障害に陥る可能性を予見できた。

運転開始時あるいは運転中に前兆を感じていたことを前提にして、争点を顕在化し、防御の機会を与えた上で審理を尽くすべきであるとし、原審に差し戻した。
  解説 ●自動車の運転中に運転者が病気の影響により意識障害に陥って交通事故 
運転中に意識障害に陥るおそれがあり、運転を差し控えるべき注意義務があるのに、これを怠って運転を開始した過失犯を認定。
低血糖により分別もうろう状態に陥って衝突事故:
運転者は事故当時、即効型インスリンを注射し、スポーツクラブで運動をし、低血糖を招きやすい状態であったにもかかわらず、血糖値を測定せず、糖分補給もしないまま、血糖値管理を怠って、1人で自動車の運転をして無自覚性低血糖による意識障害に陥った⇒民法713条ただし書による損害賠償責任を肯定。
民法 第713条
精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。
  ●自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律3条2項の罪 
平成26年5月施行
同法2条は、概ね従来の危険運転致死傷罪を
同法5条は、従来の自動車運転過失致死傷罪を
それぞれ刑法典から移行。
そららの中間に位置する類型として同法3条を制定し、
運転開始時においては正常な運転が困難な状態には至っていないものの、その後の走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態であり、
そのことを認識した上で運転を開始し、
走行中に正常な運転が困難な状態に陥ってたことにより事故を起こして人を死傷させる行為を処罰の対象とした。
同法3条1項:アルコール又は薬物の影響による場合(いずれも運転者の意思で摂取される)を規定
同条2項:病気による症状の発現によって正常な運転が困難な状態に陥った場合を想定。
  危険運転致死傷罪の故意について、

原判決:
低血糖症の影響により運転中に意識障害になるおそれを具体的なものとして認識することが必要

控訴審:
それを前提とした上で、低血糖症の前兆を感じたという事実だけから運転中に意識障害に陥る可能性を具体的に認識したとはいえないとする。 
  刑事p118
千葉地裁H29.5.18  
  商標権者によって登録商標が付された真正商品であるスマートフォンのOSに改変⇒商標権侵害罪の成立が認められた。
  事案 米国アップルインコーポレーテッドが商標登録を受けているリンゴの図柄が付されたスマートフォン「iPhone」の内臓プログラムであるオペレーティングシステム(OS)に「脱獄」と呼ばれる改変を加えて販売販売した被告人の行為について、商標権侵害罪が認められるなどした事案 
  規定 商標法 第25条(商標権の効力)
商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。ただし、その商標権について専用使用権を設定したときは、専用使用権者がその登録商標の使用をする権利を専有する範囲については、この限りでない。
商標法 第2条(定義等)
3 この法律で標章について「使用」とは、次に掲げる行為をいう。
二 商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為
  解説  商標権は指定商品について登録商標を使用する権利を専有(商標法25条)
登録商標が付された指定商品を譲渡する行為は登録商標の使用に該当(同法2条3項2号)

いわゆる真正商品(商標権者が登録商標を付して販売した商品)を適法に入手した上で転売する行為であっても文理上は商標権侵害に該当。
vs.
商標権侵害の範囲が無制限に広がり、他者の営業活動を不当に制約。

文理上は登録商標の使用に該当する場合であっても、
商標の品質保証機能及び出所表示機能を害するとは認められないときには、
商標権侵害を否定する見解(商標機能論)
が学説上の支持
最高裁(最高裁H15.2.27)フレッドペリー事件:
我が国における登録商標と同一の商標が付された並行輸入品の輸入販売行為が商標権を侵害するかが争われた民事事件で、
当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保障する品質において実質的に差異がないと評価される場合には、
商標の出所表示機能及び品質保証機能を害することがなく、
商標権侵害としての実質的違法性が欠ける。

商標機能論を採用。
  刑事事件: 
電機メーカーの商標が無断で付された電子部品をパチスロ機の製造業者が自社の製品に組み込んで販売する行為等が商標権侵害罪に問われ、
商標の付された電子部品が完成品の内部に組み込まれることにより、商標が保護に値しないもとなるかが争われた事案:
商標が付された電子部品が完成品に組み込まれた後であっても、当該商標は電子部品についての商品識別機能を保持していたものと認められる
⇒商標権侵害罪の成立を認めた原判決の判断を是認。
(最高裁H12.2.24)

商標の機能に着目して商標権侵害の成否を判断する判例の態度
本件は、真正商品に改変を加えた改造品を譲渡した事案。
商標権者によって登録商標が付された真正商品である家庭用ゲーム機の内臓プログラムに改変を加えて販売した行為について、
前掲フレッドペリー事件の考え方を援用しつつ、
内臓プログラムの改変の程度が商標の出所表示機能及び品質保証機能を損なう程度に至っているか否かで商標権侵害の成否が決せられるとの判断
⇒商標権侵害罪の成立を肯定したもの(名古屋高裁H25.1.29)
  判断  商標権者によって登録商標が付された真正商品に改変を加えた改造品を販売する行為について、
①その品質が真正商品のそれと実質的に差異がなく、
②商標の出所表示を機能及び品質保証機能が害されない場合
には実質的違法性を欠き、商標権侵害罪は成立しない。 
被告人が販売したiPhoneのハードウェアには一切改変は加えられておらず、真正商品との差異はソフトウェアであるiOSに本来であればインストールできないアプリケーションソフトをインストールして利用可能にする改変が加えられた点に尽きる。
but
iOSの改変はiPhoneの本質的部分の改変に当たり、商標権者が禁じているiOSの改変によってスマートフォンとしての機能やセキュリティレベルといった品質面に真正商品とは相当な差異が生じ、商標の出所表示機能及び品質保証機能が害されている。

商標権侵害罪の成立を肯定。
iOSの改変によるセキュリティレベルの低下が原因となって不具合が生じたとしても商標権者の責任による不具合と誤認するおそれが否定できない

iPhoneを購入した者が改変を知っていたからといって商標の機能jが害されていないとはいえない。
  尚、本件では商標権侵害罪のほか、
被告人からiPhoneを購入した者がスマートフォン用のオンラインゲームを遊技する際にデータを不正に書き換えてクリアしたにもかかわらずデータを不正に書き換えることなく適正にクリアしたという内容虚偽のデータをサーバーコンピュータに送信・記録させた行為が私電磁的記録不正作出・同供用罪に当たり、データの不正書換えの方法を教示するなどのした被告人の行為がそのほう助罪に当たるとして起訴されているが、それについても有罪。
   5月
 2364
  判例特報
p3
東京高裁H29.11.15  
  砂川事件再審請求即時抗告審決定
  事案 いわゆる砂川事件の差戻後確定判決につき提起された再審請求事件の再審棄却決定に対する即時抗告審決定
  砂川事件:
昭和32年7月8日、元被告人らが、正当な理由なくアメリカ軍使用区域である立川飛行場内に立ち入った
⇒日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基づく行政協定に伴う刑事特別法違反に問われた。

第1審:
アメリカ軍の駐留が憲法9条2項前段に違反⇒刑事特別法が憲法31条に違反して無効⇒無罪
検察官からの跳躍上告(刑訴規則254条)

最高裁:
第1審は「裁判所の司法審査権の範囲を逸脱」
⇒無罪判決を破棄し、東京地裁に事件を差し戻した。

差し戻し後の第1審は本被告人らに罰金2000円の有罪判決を宣告し、控訴審および上告審の裁判を経て確定。
平成20年以降、
米国立公文書館に保管されていた資料から、当時、最高裁長官である砂川事件を審理していた田中耕太郎裁判官が、アメリカ合衆国駐日大使らと数次にわたって接触し、砂川事件に関する裁判情報を伝えてたことが明らかになった。

本被告人およびその遺族は、開示された外交電報および航空書簡等を新証拠として、田中裁判官を裁判長とする最高裁大法廷は憲法37条1項の「公平な裁判所」ではなかったので、大法廷破棄判決に拘束される立場にあった確定審裁判所としては、実体審理を行うことができず免訴判決をすべきであった。
⇒刑訴法435条6号に基づき再審免訴を求めた。
  主張  最大判昭和47.12.20(高田事件)が、
憲法37条1項の「迅速な裁判を受ける権利」が侵害されたと認められる異常な事態が生じた場合には、非常救済手段として、憲法37条1項により審理を打ち切ることができ、その方法は免訴は免訴判決によるとした先例に依拠し、
砂川事件における憲法37条1項の「公平な裁判所による裁判を受ける権利」の侵害も、刑訴法337条各号に定める免訴事由以外の非類型的免訴事由にあたると主張。
  規定 刑訴法 第337条〔免訴の判決〕
左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。
一 確定判決を経たとき。
二 犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。
三 大赦があつたとき。
四 時効が完成したとき。
憲法 第37条〔刑事被告人の諸権利〕
すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
刑訴法 第338条〔公訴棄却の判決〕
左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。
一 被告人に対して裁判権を有しないとき。
二 第三百四十条の規定に違反して公訴が提起されたとき。
三 公訴の提起があつた事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたとき。
四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。
刑訴法 第435条〔再審請求の理由〕 
六 有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。
  原決定 「免訴判決の理論的な可否」について問題となりうることを認識しながら、
証拠の新規性を認めたが、
①田中裁判官の駐日大使等との接触は司法行政事務を総括する立場の最高裁長官としての固有の権限内の行為であった
②発言内容は一般論や抽象的な説明であり一方当事者に有利に偏重するようなないようでない

田中裁判官が不公平な裁判を行う虞があったと合理的に推測することはできない。
⇒再審請求を棄却。
  判断  刑訴法435条6号の再審免訴事由は同法337条各号に定められた免訴事由に限定されるものであり、非類型的免訴事由は認められない。 
  高田事件最高裁判決について、本判決は、
A:憲法的免訴説:
極めて例外的な特殊事件の救済のため憲法37条1項を直接の根拠とした超法規的免訴であって、刑訴法337条に非類型的免訴事由を認めたものではない
に立つことを明言。
憲法37条1項の「公平な裁判所による裁判を受ける権利」の侵害を理由とする再審免訴の請求は、そもそも刑訴法337条各号の再審事由に該当しない

砂川事件を審理した最高裁大法廷が「公平な裁判所」を構成していなかった事実を証明するために提出した証拠の新規性および明白性を判断するまでもなく、再審請求は認められないと結論づけた。
  解説 本決定は、 非類型的免訴事由による再審請求は認められない
⇒原決定が法律問題を「留保」して、先に、最高裁大法廷が「公平な裁判所」を構成していなかったといえるかという前提事実につき判断を加えた手法を「不適切」とする。
but
学説が分岐している法律問題を一旦棚上げにしたうえで、通常の6号再審請求の場合と同様に、立証命題に関する提出証拠の新規性と明白性の判断から始めるという手法が必ずしも「不適切」であったとはいえない。
高田事件最高裁は寝k津の位置づけを憲法的免訴と理解したとしても、
刑訴法435条6号の再審免訴事由を同法337条各号の免訴事由とは別位に理解し、同条各号の免訴事由に加えて憲法的免訴を読み込むことも可能。
⇒論理必然的に前記法律判断を先行させるべきであったとは断定できない。
  行政p17
最高裁H29.10.4  
  行政庁が管理する文書の所持者
  事案 香川県の住民である相手方は、県議会の議員らが平成25年度に受領した政務活動費の中に使途基準に違反して支出されたものがある
⇒地自法242条の2第1項4号に基づき、香川県知事に対し、前記の支出に相当する金額について、当該支出をした議員らに不当利得の返還請求をすることを求める本案事件の訴えを提起。
相手方は、議員らが県議会の議長に提出した平成25年度分の政務活動費の支出に係る領収書及び添付資料の写しについて、議長の属する地方公共団体である抗告人(香川県)を文書の所持人として、文書提出命令を申し立てた。
抗告人:本件各領収書に係る文書の所持者は議長であり、抗告人に本件各領収書の提出義務はない旨主張。
  規定 神奈川県議会政務活動費交付条例:
議長は、議員から提出された報告書及び領収書等の写しをその提出すべき期間の末日の翌日から起算して5年を経過する日まで保存しなければならない(11条1項) 
民訴法 第219条(書証の申出) 
書証の申出は、文書を提出し、又は文書の所持者にその提出を命ずることを申し立ててしなければならない。
  判断 地方公共団体の機関が文書を保持する場合において、当該地方公共団体は、文書提出命令の名宛人とされることにより、当該文書を裁判所に提出すべき義務を負い、同義務に従ってこれを提出することのできる法的地位にある。 
  解説 行政主体(国又は公共団体)に属する行政庁が管理する文書を対象として文書提出命令の申立てがされる場合、当該文書に係る「文書の所持者」(民訴法219条等)について
A:行政庁が文書の所持者であるとする見解(行政庁所持者説)
〇B:行政庁の属する行政主体(国又は公共団体)が文書の所持者であるとする見解(法主体所持者説)
  本案事件が民事訴訟である場合について、裁判実務の多数は、法主体所持者説に基づき運用
ex.
労働喜寿監督署長に提出された災害調査復命書を対象として文書提出命令が申立てられた事案において、前記災害調査復命書に係る文書の所持者は国(最高裁H17.10.14)
  ①本案事件が民事訴訟である場合にはおいては、法主体所持者説に基づく運用
②平成16年改正により抗告訴訟の被告適格が原則として行政主体に付与⇒本案事件が行政訴訟であるからといって、「文書の所持者」の取扱いを区別することに合理性があるとは言い難い
③行政主体は、行政活動における権利義務の帰属主体⇒文書提出命令の名宛人とされることによって、当該行政主体に属する行政庁が保管する文書を提出すべき義務を負い、同義務によってこれを提出することのできる法的地位にある。
  行政p19
大阪地裁H29.5.19  
   
  事案 吹田市の住民であるXらが、吹田市本庁舎の太陽光発電設備設置工事(本件工事)に関し、当時の吹田市長が、後援会の副会長が代表者を務めるR社に不当な利益を与える目的で、地自法施行令167条の2第1項5号の「緊急の必要により競争入札に付することができないとき」に該当しないにもかかわらず、随意契約を締結した
⇒地自法242条の2第1項4号に基づき、吹田市の執行機関であるY(吹田市長)に対し、当時の吹田市長等に対して請負代金相当額の損害賠償請求することなどを求める事案。 
     
  民事p40
東京高裁H29.11.9  
  養育費の事情変更について
  事案 XとYは、平成20年に確定した判決により、 子A及び子Bの親権者をXとし、YがXに対して支払うべき養育費につき成人に達する日の属する月まで1人当たり月額5万円とする等と定められて離婚。

平成22年9月に、養育費を各4万円とする減額調停を、
平成24年に強制執行において養育費以外の取立てが終了次第再度協議するとの調停を
各成立。

Xは、平成26年9月、養育費の各増額及び子AにつきC大学の系列の高校に通い、C大学に進学することが確定
⇒養育費の支払終期を22歳に達した後の最初の3月まで延長することを求めて調停申立て⇒平成27年10月に月額5万5000円と増額するものの、支払終期の延長は認めないとの審判。
前記審判の半年後に子AがC大学に進学⇒Yに対し、収入に応じた学納金の分担と養育費の支払終期の延長を求めた。
  原審 Yは子Aが大学に進学することを承諾していたとは認められない
⇒いずれも却下。 
  判断 子Aにつき成年に達した後も学納金及び生活費等を必要とする状態にあるという事情の変更が生じた

Yが子Aの私立大学進学を了解していなかった等として学納金の分担は認めなかった
but
養育費の支払終期を成年に達する日の属する月までから22歳に達した後の最初の3月まで延長。
  規定 民法 第880条(扶養に関する協議又は審判の変更又は取消し)
扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。
  解説 ●事情変更の有無 
養育費支払期間の終期は、法的安定性の見地から、これを定めた協議又は審判を尊重すべき。
but
身分関係に基づく継続的な給付についての定め
⇒時の経過により、その内容が具体的妥当性を欠くに至る場合があり、協議又は審判後に事情の変更を生じたときは、家庭裁判所は、その変更等をすることができる。(民法880条)
事情変更の有無:
従前の審判等の際に考慮され、あるいは基礎とされていた事情が、その後変更となった結果、審判等の内容が実情に適さなくなったこと。

予見し得た事情がその後現実化したにすぎない場合は、原則として事情の変更があったとみることはできない。
but
単なる予測では足りず、義務者の妻の出産予定等は、具体的な事情が確定してから対処すべきであるという事例もある。
本件の前件審判が、子Aが通学する孝行の系列の大学に進学する見込みであるというだけでは、養育費支払期間の終期を成年に達する日の属する月から22歳に達した後の最初の3月まで延長することはできないとしたのも、具体的な事実が確定してから対処すべき趣旨と解される。
(前件審判において、Xが子Aの大学進学が確定していると主張したのは、主観的なものと解される。)
審判時に予想はされるが、未だ発生していないため、審判の前提にしない事情の例
ex.大学進学、定年退職等による失職、扶養家族の増減等
  ●審判等の変更について 
本決定:

子Aが、成年に達した後も、学納金及び生活費等を要する状態にあるという事情の変更があったとしても、Yが当然に学納金等を負担しなければならないわけではない。

考慮要素:
①大学進学了解の有無
②支払義務者の地位
③学歴、収入等

①Yが私立大学進学を了解していなかった
②前件審判では、通常の養育費として、公立高校の学校教育費を考慮した標準算定方式による試算結果を1か月当たり5000円超えた額の支払を命じている

Yに対し、通常の養育費に加えて、子Aが通学する私立大学への学納金の支払義務を負わせるのは相当でない。
支払期間の終期の延長は、別異に考慮すべき。
①Yが、未成熟子に対して自己と同一水準を確保する義務を負い、
②子Aが成年後も大学生であって、現に大学卒業まで自ら生活をするだけの収入を得ることはできず、未成年者と同視できる未成熟子
③Yがおよそ大学進学に反対していたとは認められない
④大学卒の学歴や高校教師としての地位を有し、年収900万円以上である
⑤Yには他に養育すべき子が3人いるがそのうち2人は今だ14歳未満である

子Aが大学に通学するのに通常必要とする期間、通常の養育費を負担する義務がある。
  民事p45
広島高裁H29.11.28  
  弁護人が拘留中の被告人に母親から預かった手紙を差し入れることを拒否される⇒国賠請求(肯定)
  事案 広島拘置所に勾留されていた被告人Aの弁護人であったXが、Aに対して、Aの母親から預かったA宛ての手紙を差し入れ⇒拘置所職員が差入れ拒否⇒国賠請求 
  原審 刑事収容法130条1項に基づく同規則80条2項1号
⇒被収容者が新書を受け取る方法は、郵便又は一般・特定信書便事業者による信書便による方法等により行うものと定められている。
⇒本件書類の差入れ拒否は違法ではない。
  判断 ①弁護人が取調請求予定の書類を勾留中の被告人に差し入れる場合は、それが郵便法上の信書であっても、刑事収容法上の物品に該当。
②拘置所の職員が、Xが窓口で本件書類を取調請求予定証拠として差し入れようとしたのを拒否したと認められる。
③前記職員の行為は、裁判資料に該当する書類は物品として窓口差入れを認めるという拘置所の法解釈及び運用に反して、本件書類を本件被告事件の上場証拠として請求する予定である旨のXの説明に疑うべき事情はないにもかかわらず、本件書類の窓口差入れを拒否。

国賠法上の違法性を有し、少なくとも過失があった。
慰謝料10万円、弁護士費用1万円の支払を求める限度で、Xの請求を認容。 
  解説 未決勾留により収容されている者について、施設内の規律及び秩序維持のため種々の制限を受けているが、
その制限が前記の目的のために必要かつ合理的な範囲である限り、憲法13条に違反しない(最高裁)。 
裁量処分に対する司法統制に関しては、行訴法30条の規定が存在。
これは、裁量権の逸脱・濫用があった場合にのみ司法統制が及ぶとする制定時の通説の考え方を行政処分の取消訴訟に適用することを確認的に明文化したもの⇒この考え方は国賠訴訟にも妥当。
行訴法 第30条(裁量処分の取消し)
行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。
  民事p58
大阪地裁H29.8.30  
  インターネット上の掲示板に他人の顔写真やアカウント名を利用してなりすまし⇒名誉権、肖像権侵害・人格の同一性に関する利益の侵害
  事案 Xは、YがSNSの掲示板においてXのアカウント名及び顔写真を使用してXになりすまし、第三者を罵倒するような投稿等を行った⇒名誉権、プライバシー権、肖像権及びアイデンティティ権を侵害された⇒慰謝料、発信者情報開示費用及び弁護士費用を請求。 
  判断  ①発信者情報開示によりY宅から投稿がされたことが明らか
②Yと同居していたYの父親がXの代理人弁護士に対してYが投稿を行ったと回答

YがXのアカウント名および顔写真を使用して投稿。 
  名誉権について:
Yが他の利用者を侮辱、罵倒する内容の投稿を行ったことで、掲示板を利用する第三者に対し、Xが他者を根拠なく侮辱、罵倒して場を乱す人間であるかのような誤解を与え、Xの社会的評価を低下させた
⇒名誉権侵害を肯定。 
YがXの顔写真を無断で使用したことについて、
Xが自らの顔写真をインターネット上に掲載⇒プライバシー権侵害は否定。
but
①YがXの顔写真を名誉権を侵害する投稿に使用
②Xの要望を侮辱するような投稿を行った
⇒Xの肖像権に結びつけられた利益のうち名誉感情に関する利益を侵害し、社会生活上受忍すべき限度を超えて肖像権を侵害。
X:名誉権や肖像権を侵害していない他の投稿について、Xは人格的同一性を保持する利益であるアイデンティティ権を侵害したと主張

本判決:
人格の同一性に関する利益も不法行為法上保護されてる人格的利益になり得る
but
なりすましの意図・動機、なりすましの方法・態様、なりすまされた者がなりすましによって受ける不利益の有無・程度等を考慮して、社会生活上受忍できる限度を超えた侵害がある場合に違法性が認められる。

①アカウント名等は、インターネット上のサイト内で通用するものにとどまり、変更も可能
②第三者からもなりすましの指摘がされていた

社会生活上受忍の限度を超えるものではない。
   
Xの請求のうち、
名誉権及び肖像権侵害に関する請求を認容。
  解説 ①インターネット上における匿名での名誉毀損については、被害者が、被害回復を目的とした訴訟を提起するためには、加害者の特定のためにプロバイダに対する発信者情報開示の手続を行う必要
②弁護士の協力を得ずにそれを遂行することは困難
③それらの負担のために、被害回復を諦めざるを得ないとすれば不当

開示費用等を不法行為と相当因果関係のある損害とした。 
  知財p63
知財高裁H29.6.8  
  サポート要件を充たさないとされた事例
  事案 被告の、名称を「トマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法」とする発明についての特許に対する無効審判請求を不成立にした審決の取消訴訟 
  判断   サポート要件適合性判断誤りの有無について、偏光フィルム事件(知財高裁H17.11.11)の規範に従うことを明確に示し、サポート要件に適合するということはできないと判断。 
本件明細書における発明の詳細な説明の、本件発明の課題とその解決方法についての記載を認定。 
発明の詳細な説明に記載された発明と特許請求の範囲に記載された発明とを対比して、明細書の発明の詳細な説明に、本件発明の課題が解決できることを当業者において認識できるかについて検討。

①本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味評価試験の結果から、直ちに、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量について規定される範囲と、得られる効果というべ、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味との関係の技術的な意味を当業者が理解できるとはいえない。
②各風味が本件発明の課題を解決するために奏功する程度を等しくとらえて、各風味についての全パネラーの評点の平均を単純に足し合わせて総合評価するという方法が合理的であったと当業者が推認することもできない。
  解説  食品関連特許について、発明の課題と認定された風味との関連性及び明細書に記載された風味評価試験方法の合理性を検討して、サポート要件を判断。 
①発明の課題が「濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制された」といった、必ずしも客観的には測定し難い風味に関するものであり、
②採用された方法が発明の課題を解決する機序が明らかではなく、
③風味評価試験によって発明の課題が解決されているのかを判断しなければならないところ、「甘み」「糖酸比」及び「濃厚」の要素のみで課題を解決できると理解できるのか、評価の客観的基準や各パネラーの評点が明らかでない⇒明細書の記載を参照して試験を再現することもできないなど、風味評価の試験が合理的であるともいえない

サポート要件を欠く。
  知財p88
大阪地裁H29.4.10  
  商標権侵害について過失の推定が覆され、不法行為が否定された事例。
  事案 登録商標「観光甲子園」の商標権者であるXが、その名称を使用して、
高校生が参加する「可能プランコンテスト」を共催校として第6回まで開催。 
Yが共催校を承継したとして、Xに無断で、ホームページにおいて同登録商標を使用して同商標権を侵害するとともに、後継の大会として第7回を宣伝、開催することにより、本件商標権を価値を毀損
⇒不法行為を構成するとして損害賠償請求。
  争点 不法行為の成否について
① 本件商標を使用して後継の大会として同コンテストを宣伝、開催することの許諾の有無
②Yの行為の違法性又は過失の有無
③権利の濫用等
④所有権に基づく優勝旗等の返還請求について、優勝旗等の譲渡の有無
  判断 ●争点① 
①本件事業は実質的にはXが主体となって行ってきたものであるといえる⇒共催校の変更を含む本件事業の承継は、Yの主張するところの大会組織委員会ではなく、Xの理事会の決議事項であると解すべき。
②X・Y間の本件事業の承継に関する具体的な協議は、X大学教授P1、Y大学教授P2及び双方の事務職員の間で行われたにとどまり、YがX代表者やXの理事に対して、本件事業を承継するとの意向を伝えたとは認められない
⇒Xの許諾は存在しない。

①Yは本件商標を無断でホームページ上において使用した⇒Yの行為者商標権侵害を構成
②後継の大会として第7回を宣伝、開催したことについても、少なくとも原告の許諾があったとは認められない。 
  ●争点② 
商標権侵害について過失が推定されることとされた趣旨は、商標権の内容については、商標公報、商標登録原簿等によって公示されており、何人もその存在及び内容について調査を行うことが可能であること等の事情を考慮したもの

侵害行為をした者において、商標権者による当該商標の使用許諾を信じ、そう信じるにつき正当な理由がある場合には、過失がないと認めるのが相当。
①本件事業の中心人物であるP1がX側担当者であるとYが信じて然るべき状況であった
②Xの理事や事務局担当者が出席する場でYが共催校であることが承認されていることなどの「種々の行動の積み重ね」
⇒Yにおいて、Xが組織としてYを共催校とすrことを了解していると考え、Yが第7回大会を行うために必要な事項についてはX内部でしかるべき手続きが執られ、又は執られることになると信じることは極めて自然なこと。
③第7回大会の引き継ぎ準備の中で、本件商標のロゴのデータが事務職員P1を通じてYに引き渡されたことについて、登録商標の使用を許諾しない相手方に対して当該商標のロゴにデータを送付するとは考え難い


本件商標権の移転に関するXの理事会決議に先行して本件商標を使用することをXからあらかじめ許諾されており、必要な事項についてはX内部でしかるべき手続きが執られ、又は執られることになると信じ、また、そう信実につき正当な理由があった。
⇒Yによる本件商標の使用には過失がなかったものと認めるのが相当。
  後継の大会として第7回大会を宣伝、開催した行為:
XがYに本件商標権の買取りを求めた時点で、それまで過失なく第7回大会の準備を進めていたYにとって、従前の大会との連続性を否定する行動をとることは極めて困難

違法性又は過失を欠くとして、不法行為の成立を否定。
Yが保管している優勝旗等のX所有権に基づく返還請求に限り認容。 
  規定  商標法 第39条(特許法の準用)
特許法第百三条(過失の推定)、第百四条の二(具体的態様の明示義務)、第百四条の三第一項及び第二項(特許権者等の権利行使の制限)、第百五条から第百五条の六まで(書類の提出等、損害計算のための鑑定、相当な損害額の認定、秘密保持命令、秘密保持命令の取消し及び訴訟記録の閲覧等の請求の通知等)並びに第百六条(信用回復の措置)の規定は、商標権又は専用使用権の侵害に準用する。
特許法 第103条(過失の推定)
他人の特許権又は専用実施権を侵害した者は、その侵害の行為について過失があつたものと推定する。
  解説 過失の推定により立証責任の転換が図られた趣旨:
①公報等による公示がなされている
②業としての実施のみが権利侵害とされるため事業者に対して調査義務を課しても酷ではない 
公報未発行の期間の実施・使用については①の根拠を欠く⇒過失は推定されないという裁判例が展開。
過失の推定は、理論上は、
①権利の存在を知らなかったことにつき相当の理由があること
②権利範囲に属することを知らなかったことにつき相当の理由があること
③その他自己の行為が権利を侵害しないと信じるにつき相当の理由があったこと
につき立証すれば覆る。
but
実務上は推定が覆った例はほとんどなく、「事実上みなし規定に近い運用がなされている」(中山)
学説:
推定が覆るべき例として、
タクシー会社による特許権を侵害する自動車の運行や
小売業者が侵害品を販売する場合、
無数の特許権の存する機器類のユーザーによる使用
のように権利調査を履行することが事実上不可能な場合にまで推定規定を働かせることには問題。
⇒具体的事例に応じ、過失推定の覆滅を認めるべき。(中山)
最高裁H15.2.27:
輸入業者が使用許諾契約の存在、契約条項の内容、契約条項違反の事実の不存在等、公報に開示のないすべての事項についても調査を尽くさなければ本条の過失の推定は覆ることはない。
本件:
前記①~③の3つの類型のうち、「③その他自己の行為が権利を侵害しないと信じるにつきそうとの理由があったこと」についての立証に成功した事例。

裁判所が一般論として、
商標法39条(同条が準用する特許法103条)の根拠として「商標公報等による公示」を挙げた上で、
商標公報に開示されていない商標権者による当該商標の使用許諾を信じ、そう信じるにつき正当な理由がある場合に推定が覆るとの判示

同条の過失には商標権者による使用許諾の存在についての調査義務が含まれると解しつつも、これを商標公報及び商標原簿に開示された事実を区別し、異なる程度の調査義務を要求したもの。
  刑事p105
大阪高裁H29.4.27  
   
  事案 被告人が、マンション内の通路で公然とわいせつな行為をした。
鑑定  前記通路から犯人が射精したと思われる精液様のものが採取⇒科捜研職員によりDNA型鑑定。(A鑑定) 
別の職員により被告人の口腔内細胞のDNA型鑑定(B鑑定)
⇒本件現場資料と被告人の15座位のSTR型及びアメロゲニン型の全てが一致。
原審でさらに、
本件現場資料と被告人の口腔内細胞のDNA型鑑定(C鑑定)

14座位のSTR型及びアメロゲニン型が一致したものの、
D19s433の座位は一致せず、
本件現場資料のアリール型が「14、15.2、14.2」で、
被告人のアリール型が「14、15.2」
であるとする結果。
but
被告人のアリール型には含まれていない、D19s433の座位の「14.2」というアリール型(「本件アリール型」)について、
本件現場資料が生殖細胞(精子)で、そのもとになる精原細胞が出来る過程で一反復単位分が抜けた変移性原細胞が形成され、それが減数分裂して精子となったことによるものと考えられる
⇒本件現場資料と被告人のDNA型は同じであり、本件現場資料は被告人に由来すると判定。
  原審 C鑑定の内容に特段不合理な点はない⇒同鑑定の信用性を肯定し、被告人が本件犯行を行ったと認定。 
     
  解説 現在広く行われている15座位のSTR型及びアメロゲニン型を用いたDNA型鑑定と事実認定の関係について、
同一性識別の場面では、
型が矛盾する座位が1つでもあれば同一性が否定されるとすることに異を唱えるものは見当たらない。
but
血縁鑑定の場面では、
1座位の型が不一致であったとしても、突然変異が生じた可能性もある⇒直ちに血縁関係が否定されることはなく(いわゆる孤児否定)、
このような場合には、突然変異率を考慮したり、検査ローカス(座位)を増やしたり、性染色体・ミトコンドリアDNA多型の検査を併用するなどの対応を考慮。
   
  刑事p111
大阪地裁H29.3.24  
  警備対象である組長にけん銃等の所持の共謀共同正犯が成立
  事案 配下組員P1及びP2がけん銃等を所持⇒AがP1及びP2と共謀していたかが争点。
  判断 ①本件当時、AらZ1組関係者に対するZ5会関係者からの襲撃の危険があるとの認識を有していた
②Z3会事務所やAの自宅付近に警戒態勢が取られ、Aはそれを認識していた
③JR浜松駅からZ1組総本部に至るまでの駅構内、新幹線等において、P1及びP2がけん銃を携帯しつつXの身辺に随行して警備しており、Aもそれを認識していた
④Z1組総本部から本件ホテルに至るまでの警備も同様
⑤本件ホテルにおいてもZ3会及びZ2会関係者がA及びZ2会組長を警護していた
⑥本件当日ロビーにおける警護状況も同様
⑦Z3会における同会組長の警護態勢との比較によって前記判断は左右されない

Aにおいて、P1及びP2がけん銃を携帯所持していることを認識した上で、それを当然のことととして受け入れて認容していたと推認するのが相当。 
P1及びP2は、けん銃等をいつでも発射可能な状態で携帯所持してAに随行し警護していたものであり、P1及びP2としても、Z3会組長であるAの立場からして、AがP1及びP2のけん銃等の携帯所持を認識、認容していることを当然に了解していたと推認できる

Aと、P1及びP2とけん銃等の携帯所持について、黙示的な意思連絡があった。
Aは、Z3会組長として、配下のP1及びP2らの意思決定や行動に大きな影響を与える支配的立場にあった上、本件犯行の利益は専らAに帰属する関係にあった

Aは本件犯行について共謀共同正犯としての責任を負う。
  解説 最高裁平成15年及び最高裁平成17年で、組長が配下組員のけん銃所持を「概括的にせよ確定的に認識」していた点につき、 本判決は「確定的」という文言を使っていない。
but
一般的にいえば、非実行者の認識は未必的で足りるとされる(最高裁H19.11.14)。
   刑事p126
大阪地裁H29.3.24
  強制採尿令状執行を確保するための留め置きが違法とされた事例
  事案
  判断・解説  職務質問開始から令状請求準備着手までの留め置き:
その必要性と手段の相当性を肯定し、適法。 
プライバシー侵害のおそれのある救急車への同乗と搬送後の病院内の動向監視:
①既に令状の請求段階に入っている⇒令状執行のために被告人の動向を監視しておく必要性が高かった
②被告人が弁護士と連絡を取るなどの行動の自由が確保されていた
⇒動向監視の手段の相当性を肯定して適法。
有形力を行使したK5警察官の乗車阻止の行為:
令状執行を確保するために留め置きの必要性がある場合に「一定程度の有形力を行使することも、強制手段にわたらない限り、許容される余地」があるとしつつも、K5警察官の行為は、任意捜査として許容される限度を超えた逮捕行為という他ない⇒違法

K5警察官が承諾なしに車両に乗り込んだ行為も違法。
  職務質問から発展した覚せい剤事犯の任意捜査のための留め置き:
東京高裁H21.7.1:
令状請求の準備着手の前後で「純粋に任意捜査の段階」と「強制捜査への移行段階」とに区分。
後者においては、嫌疑が濃厚であることから被疑者の所在確保の必要性が高い⇒前者に比して「相当程度強くその場に止まるよう被疑者に求めることも許される」
(二分論) 
その後の高裁判例には、
二分論にしたがって、強制手続への移行後には、相当程度の有形力の行使があっても留め置きを適法とするものがある一方、
二分論に準拠せずに、留め置き全体につき諸般の事情を総合的に考慮して留め置きを違法とするもの
もある。
本判決は、
プライバシー侵害に当たりうる警察官の救急車への同乗と病室内に滞留しての動向監視につき、令状請求準備着手後であることを理由に令状執行に向けた被告人の留め置きを適法としている。
~二分論に準拠。
but
強制手続への移行後、とりわけ最終段階の令状発付後であったとしても、現実の令状呈示にいたるまでは任意捜査の段階⇒強制手段に至らない限度での有形力の行使が認められるのに止まり(最高裁昭和51.3.16)、二分論の下でも、強制手段である逮捕行為に至った場合には違法となる旨判示。
  K5警察官が「令状発付の有無という重要事項につき、未確認のままに確定的な回答をするという姿勢からは、同警察官において、令状主義の精神を軽視する姿勢が顕著であった」⇒前記違法行為と併せてK5警察官の留め置きには「令状主義の精神を没却するような重大な違法がある」と判断。
⇒尿鑑定書等の証拠能力を否定。 
  留め置きを違法と判断した後の尿鑑定書等の証拠能力の判断:
二分論以降の高裁判例には、違法の重大性を否定して証拠能力を肯定したものが多い。
but
違法の重大性を肯定して証拠能力を否定したものもある。
証拠能力を否定した下級審確定判例の多くは、令状請求の際の疎明資料に捜査官が意図的に虚偽記載をしたと認定し、裁判官を欺罔する捜査官の主観面を考慮に入れた結果、「令状主義の精神を没却する重大ない違法がある」と判断(最高裁H15.2.14)。 
  本判決は、裁判官に対する欺罔行為ではなく、弁護士からの問いに対しK5警察官が主観的には認識していない令状発付の事実を既成事実のように告知したことを重視。 
裁判官の令状審査を歪めたという関係にはなく、客観的には令状が発付されていた⇒必ずしも虚偽とはいえない前記告知の事実から直ちに「令状主義の精神を軽視する姿勢」を帰結するには異論もあり得る。
むしろ、違法の重大性を基礎付けた根拠は、K5警察官が任意捜査の段階であるとの弁護士の指摘を無視して逮捕行為に及んだ点にある。
2363   
  行政p3
東京地裁H29.9.25  
   
  事案 公安審査委員会は、平成12年1月、無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(「団体規制法」)5条1項に基づき、本団体に対して、公安調査庁長官の観察に付する旨の処分等をし、5回の期間更新等に係る決定。
オウム真理教の後継団体と目される宗教団体であるAから分派してXが設立。
  Xが、
主位的に、本件更新決定がXに対して存在しないことの確認を求め、
予備的に、本件更新決定のうちXを対象とした部分の取消しを求める事案。 
  争点 XとAを1つの団体と認めることができるか。 
  判断  団体規制法4条2項は、同法における「団体」を「特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体又はその連合体」と定義。
本判決は、
「特定の共同目的」としては、多数人の集団に、個々の構成員個人の意思とは離れて独自に形成され、又は存在する目的であって、構成員各人が当該集団としての行動をする際の指針となり得ると評価できる程度の特定の共同の目的があれば足りる
「j継続的結合体」とは、多数人の組織体であって、その構成単位である個人を離れて、組織体としての独自の意思を決定し得るもので、相当の期間にわたって存続すべきものをいう。
観察処分を受けた団体が複数の集団に分派又は分裂した場合において、当該各集団が団体規制法における同一の団体に該当するか否かの判断においては、
①各集団において、構成員個人の意思とは離れて当該団体としての行動をする際の指針となり得る特定の共同の目的に同一性があるかどうか
②各集団が、それぞれの集団を離れて、1つの組織体としての独自の意思を決定し得るものであり、各集団の構成員が、その意思決定に従い共同の目的に沿った行動をする関係があるかどうか
が検討される必要がある。
     
     
  民事p36
大阪高裁H29.7.14   
  市の設置管理する公園に関する使用許可申請に対する不許可決定が違法とされた事案
  事案 中小業者の営業と生活の繁栄を図ることを目的とする団体であるXが、
Y(松原市)の設置管理する本件公園につき使用許可申請
⇒Yの市長がこれを不許可

本件不許可決定は集会の自由を定める憲法21条1項に違反し、かつ、市長の裁量権を逸脱濫用したものであり、違法であると主張し、Yに対し、国賠法1条1項に基づき、231万円余の損害賠償金の支払を求めた。 
  一審 本件不許可決定は違法⇒Yに対して、90万6200円の支払を求める限度で、請求を認容。
  判断 ①都市公園という本来独占的利用のみを前提とした施設でない公の施設であっても、集会等の催しのための独占的利用が元々の都市公園の設置目的から外れるとは解されない。
②Yの審査基準に定めた市の後援・協賛の許可という要件は、公園の占有利用の許可を決定する要件としては不要であり、有害にもなりかねない。
③その他の原判決の判断の通り。

Yの控訴を棄却。 
  規定 地方自治法 第244条(公の施設) 
普通地方公共団体は、住民の福祉を増進する目的をもつてその利用に供するための施設(これを公の施設という。)を設けるものとする。

2 普通地方公共団体(次条第三項に規定する指定管理者を含む。次項において同じ。)は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない。

3 普通地方公共団体は、住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならない。
  解説 地自法244条2項⇒本件公園についての利用申請は正当な理由が無い限り拒否できない。
Yにおいては、公園の使用許可について審査基準を設けているところ、「市の協賛・後援の許可」を要件。
but
一般に、施設の利用を拒む「正当の理由」とは、
使用料を支払わない場合、利用者が施設の定員を超える場合、その者に施設を利用させると他の利用者に著しく迷惑を及ぼす危険が明白な場合等がこれに当たるとされる。

最高裁H8.3.15:
「管理上支障があると認められるとき」も「正当の理由」に当たるものとした。
but
市の協賛・後援の許可がないことは、「正当の理由」に当たらない。
  民事p47
大分地裁H29.9.29  
  司法修習生の給費制の廃止が争われた事案
  事案  67期司法修習生であった原告らが、
①平成16年改正法による裁判所法の改正によって、いわゆる給費制を廃止したことは、憲法に違反し無効であると主張⇒被告に対し、同改正前の裁判所法67条2項に基づき、未払給与の内金の支払を求め
②内閣総理大臣が、平成16年改正法案を国会に提出する等した行為及び国会議員が平成16年改正法を立法した行為は、いずれも国賠法違反であると主張⇒同法1条1項に基づく損害賠償金の内金の支払を求めた。
  争点 ①平成16年改正法は、憲法上の要請である給費制を廃止した点で、違憲無効であるか
②平成16年改正法は、憲法27条1項及び2項に違反し、違憲無効か
③被告の国賠法上の責任の存否
④原告らの損害
  判断 ●争点①について: 
憲法は法曹養成制度の在り方について明文の規定を欠いている上に、法曹養成制度の在り方について具体的に示唆する規定も有しない
⇒具体的な法曹養成の在り方については、立法に委ねられている。
そのあり方については、その制度設計によって、国民の多くが法曹三者を志すことを断念せざるを得ず、司法制度が、憲法から要請される機能を維持できなくなる場合など、司法制度が実効的に機能するための人材を育成し、法曹三者の相互理解を深めるという法曹養成の目的に照らし、著しく不合理な制度であるといった特段の事情がない限り、立法の裁量に委ねられていると解するのが相当。
給費制の廃止は、給費制の廃止に至る議論の内容や経緯等に照らし、著しく不合理とはいえない⇒違憲であるとはいえない。
  ●争点②について 
憲法27条1項にいう「勤労」に該当するためには、使用者の指揮監督下において労務の提供をすることが必要であり、
労務の提供に当たる行為は、他者のための労務の遂行という性質を有するものをいい、
専ら教育的な性質のみを有し、教育を受ける者の研さんのみを目的とする行為は含まれないと解するのが相当。
司法修習生については、司法修習生の権限、司法修習の具体的内容及び司法修習生の身分等に鑑み、
専ら教育的な性質を有し、司法修習生の研さんのみを目的とするものというべきであり、
他者のための労務の遂行という性質を持つとは考え難く、
国に対する労務の提供には当たらない。
  知財p62
知財高裁H29.3.21  
  容易想到性についての判断が問題となった事例
  事案 X1は、発明の名称を「摩擦熱変色性筆記具及びそれを用いた摩擦熱変色セット」とする特許出願をし、設定登録を受けた(本件特許)。
X2は、本件特許権の一部を譲り受け、特定承継を原因とする一部移転登録をした。 
Yの特許無効審判請求について、特許庁は、特許請求の範囲請求項1、5ないし7及び9に係る発明についての特許を無効とする審決。
(本件発明一は、引用発明一及び引用発明二等に基づいて当業者が容易に発明をすることができた)

Xらは、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起し、取消事由として、容易想到性の判断の誤りを主張。
  判断 相違点五(本件発明一が、エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ、摩擦熱により前記インキの筆跡を消色させる摩擦体が、筆記具の後部又はキャップの頂部に装着されてなるのに対し、引用発明一は特定していない点)
に係る容易想到性の判断の誤りを指摘し、本件審決を取り消した。
両発明(引用発明一と引用発明二)は、その構成及び筆跡の形成に関する機能において大きく異なる。
⇒当業者において引用発明一に引用発明二を組み合わせることを想到するとはおよそ考え難い。
仮に、当業者が引用発明一に引用発明二を汲ん見合わせたとしても・・・引用発明二の摩擦具九は、筆記具とは別体のもの。

当業者において両者を組み合わせても、引用発明一の筆記具と、これとは別体の、エラストマー又はプラスチック発泡体を用いた摩擦部を備えた摩擦具九(摩擦体)を共に提供する構成を想到するにとどまり、摩擦体を筆記具の後部又はキャップの頂部に装着して筆記具と一体のものとして提供する相違点五に係る本件発明一の構成に至らない。
仮に、当業者において、摩擦具九を筆記具の後部ないしキャップに装着することを想到し得たとしても、
①引用発明一に引用発明二を組み合わせて「エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれた、摩擦熱により筆記時の有色のインキの筆跡を消色させる摩擦体」を筆記具と共に提供することを想到した上で、
②これを基準に摩擦体(摩擦具九)の提供の手段として摩擦体を筆記具自体又はキャップに装着することを想到し、
相違点五に至る本件発明一の構成に至る。

このように引用発明一に基づき、二つの段階を経て相違点五に係る本件発明一の構成に至ることは、格別な努力を要するものといえ、当業者にとって容易であったということはできない。
  説明   特許庁の審決と判断を分けた点: 
引用発明一(主引用発明)と引用発明二(副引用発明)は、その構成及び筆跡の形成に関する機能において大きく異なる
⇒当業者において引用発明一に引用発明二を組み合わせることを発想するとはおよそ考え難いとした点。
主引用例と副引用例を組み合わせて本件発明に至るためには、これを組み合わせる動機付けが必要。

動機付け有無の判断
~両発明の技術分野の関連性、課題の共通性・作用や機能の共通性、引用例に適用の示唆があるか否か等の点から、構成の組合せを阻害する要因があるか否かも含めて、、総合的に検討するのが現在の実務。
  当業者において引用発明一に引用発明二を組み合わせても、引用発明一の筆記具と、これとは別体の、摩擦部を備えた摩擦体を共に提供する構成を想到するにとどまり、摩擦体を筆記具の後部又はキャップの頂部に装着して筆記具と一体のものとして提供する相違点に係る本件発明の構成には至らない、とした点。 
主引用発明に副引用発明を組み合わせた場合に、相違点に係る本件発明の構成に至らなければ、容易に想到できたものとはいえないが、これは、副引用発明をどのように認定するか、という点にもかかわる問題。
引用発明を上位概念化・一般化して認定することは、常に誤りとはいえないが、これが許されるのは、本件発明との対比における特徴的部分に相違がないような場合に限られよう。
そうでなければ、本来、正しく認定した当該副引用発明だけでは本件発明に想到できない場合にも、容易に想到できるという判断になりかねない。
  さらに、引用発明一に基づき、二つの段階を経て相違点5に係る本件発明一の構成に至ることは、格別な努力を要するものといえ、当業者にとって容易であったということはできない、とした点。 
主引用発明と副引用発明を組み合わせることを想到し得たとしても、両発明を組み合わせた上で、さらに本件発明に至るためにさらにもう一段の周知技術等を組み合わせるといった判断手法は許されない。
  知財p79
知財高裁H29.3.7  
  特許法184条の4第4項所定の「正当な理由」
  事案 控訴人(一審原告)は、平成23年9月15日、発明の名称を「フラッシュ様式での光の不連続な供給がある場合の混合栄養単細胞藻類の培養方法」とする発明につき、優先日を平成22年9月15日とし、フランス国特許庁を受理官庁として、国際特許出願(本件出願)。
国内書面提出期間の経過後である平成25年5月21日に明細書等翻訳文などを提出することにより、国内書面に係る手続
but
特許長官より、国内書面提出期間内に明細書等翻訳文の提出がなく、指定国である我が国における本件出願は取り下げられたものとみなされるとして、本件手続を却下する旨の本件処分。

控訴人には国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなくなったことについて、特許法184条の4第4項所定の「正当な理由」があるとして、本件処分の取消しを求める事案。
  規定 特許法 第184条の4(外国語でされた国際特許出願の翻訳文)
4 前項の規定により取り下げられたものとみなされた国際特許出願の出願人は、国内書面提出期間内に当該明細書等翻訳文を提出することができなかつたことについて正当な理由があるときは、その理由がなくなつた日から二月以内で国内書面提出期間の経過後一年以内に限り、明細書等翻訳文並びに第一項に規定する図面及び要約の翻訳文を特許庁長官に提出することができる。
  判断  控訴人が国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったことについて、「正当な理由」があるということはできない⇒控訴棄却。 
  特許法184条の4第4項所定の「正当な理由」の意義を解するに当たっては、
①特許協力条約に基づく国際出願の制度は、国内書面提出期間内に翻訳文を提出することによって、我が国において、当該外国語特許出願が国際出願日にされた特許出願とみなされるというもの
⇒同制度を利用しようとする外国語特許出願の出願人には、自己責任の下で、国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することが求められる。
②国内書面提出期間経過後も、当該外国語特許出願が取り下げられたものとみなされたか否かについて、第三者に関し負担を負わせることを考慮すること
を考慮する必要。
特許法184条の4第4項所定の「正当な理由」があるときとは、
「特段の事情のない限り、国際特許出願を行う出願人(代理人を含む。)として、相当な注意を尽くしていたにもかかわらず、客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったとき」をいうものと判断。
本件出願に係る手続の委任を受けた特許事務所が、本件出願の処理に当たり、移行期限を徒過しないよう相当な注意を尽くしていたということはできない。
⇒同項所定の「正当な理由」があるということはできない。
  解説 特許法条約(PLT)において手続期間の経過によって出願又は特許に関する権利の喪失を惹起した場合の「権利の回復」に関する規定が設けられ、加盟国に対して救済を認める要件として「Due Care」(相当な注意)又は「Unintentional」(故意でない) のいずれかを選択することを認めており(PLT12条)、
同規定に沿った諸外国の立法例として、例えば、欧州においては「Due Care」基準を選択。
日本は当時PLTに未加盟であったが、国際的調和の観点から、外国語特許出願の出願人について、期限の徒過があった場合でも、柔軟な救済を図ることにしたもの。
  労働p91
札幌地裁H29.3.30  
  学校法人が設置・運営する大学における勤務延長教員の年俸額を減額する給与支給内規の変更が無効とされた事例
  事案 本訴:
学校法人Yとの間でそれぞれ雇用契約を締結し、Yが私立学校法に基づき設置・運営するA大学において教員として勤務し、あるいは勤務していたXらが、
①Yが行った本件大学における勤務延長教員の年棒額を最大で4割減額する給与支給内規の変更は、合理性なく就業規則を不利益に変更するものとして無効⇒
Yに対し、旧内規又は労働協約に基づき、本件内規変更により減k額された差額部分の未払給与及びこれに対する遅延損害金の支払を求め、
Xらの一部の者らが、将来分の賃金の支払も請求 
②Yの違法な内規変更により精神的苦痛を被った⇒民法709条に基づき、慰謝料及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
反訴:
仮本件内規変更全体の合理性が認められないとしても、本件内規変更が段階的に年俸制を減額する限度で合理性が認められることによりその一部が有効
⇒本件内規が一部有効であることの確認を求めた
  争点 ①本件反訴の確認の利益の有無
②本件内規変更の合理性の有無
③本件内規変更を一部無効とする判断の可否 
  規定 労働契約違法 第九条(就業規則による労働契約の内容の変更)
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
労働契約法 第一〇条
 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
  判断 本件内規変更は無効⇒
本件内規変更により減額された差額部分の未払給与及びこれに対する各月の給与支給日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
賃金の支払の確保等に関する法律6条1項に基づく遅延損害金の支払を求める請求は棄却。
Xらの一部の者らの将来賃金の支払を求める訴えは却下。
  慰謝料請求について:
本件内規変更が社会通念上著しく相当性を欠くものとしてXらに対する不法行為を構成するとはいえない⇒棄却。 
  Yの反訴請求: 
Xらの口頭弁論終結時において既に本件大学をを退職している者らに対する訴え:
同人らが本件大学を退職したことにより、Yが同人らに対して負う未払賃金請求権の内容は既に確定⇒確認の利益を欠く不適法な訴えであるとして却下。
その余の請求:
本件内規経脳が部分的に合理性を承認し得るものであったとしても、一部有効とする部分を労使間の法律関係を規律するのに相当なものとして特定するための客観的基準は存在しない

裁判所が本件内規変更の一部につき効力を認めることは相当でなく、結局、本件内規変更は全体として無効。
  解説 本件内規変更が就業規則の不利益変更に当たると認定し、
本件内規変更の合理性(労契法9条、10条参照)の有無に関し、
賃金、退職金など労働者にとって重要な労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更につき、
当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずる。(最高裁H9.2.28)
上記最高裁も総合考慮するとした
使用者側の変更の必要性の内容・程度
就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、代償措置の有無
代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
労働組合等との交渉の経緯等

高度の必要性に基づく合理的なものであったとすることはできず、本件内規変更は無効。
千葉地裁H20.5.21は、不法行為の成立についても肯定し、
精神的苦痛に対する慰謝料の支払請求も認容。 
国立大学法人の就業規則の変更による退職手当の減額措置の合理性が問題となった裁判例
~国家公務員退職手当法の改正等に準じて支給水準が引き下げられたものであり、本件とは事案を異にする。 
  刑事p110
東京高裁H29.1.24  
  児童の姿態が撮影された写真の画像データを素材としたCGの児童ポルノ等処罰法の事案
  事案 被告人が、不特定又は多数の者に提供する目的で、児童の姿態が撮影された写真の画像データを素材としてコンピュータグラフィックス(CG)を作成し、そのCG集をインターネットを通じて不特定又は多数の者に販売したという、児童ポルノの製造及び提供の事案。 
  規定  児童ポルノ等処罰法 第2条(定義)
この法律において「児童」とは、十八歳に満たない者をいう。

3 この法律において「児童ポルノ」とは、写真、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に係る記録媒体その他の物であって、次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。
一 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態
二 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
  判断 ●本件CGが「児童の姿態」(2条3項)を描写したものといえるか
①児童の権利侵害を防ぐという児童ポルノ等処罰法の趣旨
②実在する特定の児童を描写したといえる程度に製造されたものとその被写体が同一である場合には、その児童の権利侵害が生じ得る

必ずしも、被写体となった児童と全くの同一の姿態、ポーズでなくても、「児童の容姿」に該当する。
通常の判断能力をもつ一般人が、社会通念に照らして、実在する児童と同一であると認識できる場合には、当該描写行為等が処罰の対象となることを認識できる
⇒刑罰法規の明確性を害しない。
表現の自由との調整の必要性を認めた上で、
その判断基準としては、
当該画像等の具体的な内容に加え、それが作成された経緯の作成の意図等のほか、その画像等の学術性、芸術性、思想性等も総合して検討し、
性的刺激等の要素が相当程度緩和されていると認められる場合には、
「性欲を興奮させ又は刺激するもの」には当たらない。
本件CGはそのような観点から児童ポルノ該当性が否定されるとはいえない。
  ●児童ポルノを製造した時点、及び法施行の時点において、18歳未満であることを要するか? (本件は、昭和50年代に出版された少女の写真集等を基に作成)
①児童ポルノ等処罰法が、児童ポルノの製造行為を児童に対する一種の性的搾取ないし性的虐待とみなし、児童の承諾があるときも含めて一律に児童ポルノとして規制を及ぼしている

同法の保護法益は、
個別の児童の具体的な権利にとどまらず、
児童一般の保護にも及んでおり、
さらには、
未熟で判断能力が十分でない児童を保護するという後見的見地から、
現に児童の権利を侵害する行為のみならず、
児童の性欲の対象として捉える社会的風潮が広がるのを防ぐことにより、
将来にわたって児童に対する性的搾取ないし性的虐待を防ぐという意味での社会的法益の保護も含まれる。
②製造等の時点で被写体が既に18歳未満でなくなっていたとしても、児童ポルノとしていったん成立した画像等は、児童の権利侵害が行われた記録として、児童ポルノの性質が喪われることはなく、法施行の時点で既に児童でなかったとしても、法が規制しようとした前記のような危険性は同様。

いずれの場合も処罰の対象となり得る。
タナ―法という性発達の評価方法について、
基本的な理論の合理性自体は是認した上で、限界もあることを前提に、
身体全体の発達の程度も加味して検討するという原判決の判断手法を概ね是認。 
  刑事p120
名古屋高裁H28.9.21
福岡高裁H29.5.31  
  特殊詐欺の事案で「だまされたふり作戦」の場合の「受け子」の詐欺罪の成否
  事案 特殊詐欺の事案で、犯人と思しき者からの電話を受けて不審に思い、警察に相談した被害者が、警察の依頼を受け、だまされたふりをして、模擬現金ないし空の荷物を準備し、受け取りに来た現金受取役に交付しあるいは指定された送付先に送付て、これを受け取った直後の受取役を警察官が検挙(「だまされたふり作戦」)。 
    ◆①事件
  事案 被告人が、氏名不詳者らと共謀の上、氏名不詳者が複数回にわたり当時81歳の男性被害者方に電話をかけ、電話の相手が被害者の息子であり現金300万円を至急必要としているので、被告人方に宛て現金を送付してもらいたい⇒同人が警察に相談し、模擬現金を発送。 
  一審 被告人が共犯者から現金受取の依頼を受けた時点で、被害者は詐欺に気付いて模擬現金入りの荷物の配達依頼をしていた
⇒詐欺の結果発生の現実的危険は既に消滅しており、その段階で詐欺未遂の共謀が成立する余地はない
⇒無罪 
  判断 不能犯と同様の判断方法により、被害者が既に警察に相談して模擬現金入りの荷物を発送したという事実は、被告人及び共犯者らが認識していなかったし、一般人が認識し得たともいえない
⇒この事実は詐欺未遂の結果発生の現実的危険の有無の判断に当たっての基礎事情とすることはできない。

被告人について共謀が認められるのであれば詐欺未遂罪が成立する余地がある(本件では共謀を否定して控訴棄却) 
    ◆②事件
  事案 被告人は、氏名不詳者らと共謀の上、当時84歳の女性被害者がロト6に必ず当選する「特別抽選」に選ばれたことによって当選金を受け取ることができると誤信しているのに常時、同人から現金をだまし取ろうと考え、氏名不詳者が電話で被害者に対し、150万円を支払えば「特別抽選」に参加できる旨のうそを言ってその旨誤信させ、同人から現金の交付を受けようとしたが、同人が警察に相談し、現金が入っていない箱(本件荷物)を発送したためその目的を遂げなかった。
⇒現金受取役として起訴。 
  判断 欺罔行為の終了後に財物交付の部分のみに関与した者についても、本質的法益(個人の財産)の侵害について因果性を有する⇒詐欺罪の共犯と認めていい。
その役割の重要度⇒正犯性も肯定できる。
⇒承継的共同正犯を肯定。 
被告人が加担した段階で法益侵害に至る現実的危険性があったかを判断するに当たっては、一般人が、その認識し得た事情に基づけば結果発生の不安を抱くであろう場合には、法益侵害の危険性があるとして未遂犯の当罰性を肯定してよく、
敢て被害者固有の事情まで観察し得るとの条件を付加する必要性は認められない。
本件でだまされたふり作戦が行われていることは一般人において認識し得ず、被告人ないし共犯者も認識していなかった
⇒これを法益侵害の危険性の判断に際しての基礎とすることは許されない。
被告人が本件荷物を受領した行為を外形的に観察すれば詐欺の既遂に至る現実的危険性があった

被告人に詐欺未遂の共同正犯が成立。
  解説 ●特殊詐欺に後発的に参加した場合と承継的共同正犯 
被害者に対する欺罔行為が行われた後、はじめて犯行に加担し、被害金の受取行為のみに関与した者を詐欺罪の共同正犯として処罰できるか?
=承継的共同正犯の成否
最高裁H24.11.6:
他者が被害者に暴行を加えて傷害を負わせた後、被告人が共謀に加わり、更に被疑者に暴行を加えて傷害を相当程度重篤化させた
⇒被告人は、被告人の共謀及びそれに基づく行為と因果関係を有しない共謀加担前に既に生じていた傷害結果については傷害罪の共同正犯としての責任を負わず、共謀に加わった後の傷害を引き起こすに足りる暴行によって傷害の発生に寄与したことについてのみ傷害罪の共同正犯としての責任を負う。
千葉補足意見:
承継的共同正犯において後行者が共同正犯としての責任を負うかどうかについては、強盗、恐喝、詐欺等の罪責を負わせる場合には、共謀加担前の先行者の行為の効果を利用することによって犯罪の結果について因果関係を持ち、犯罪が成立する場合があり得る⇒承継的共同正犯の成立を認め得る。
  ●いわゆる「だまされたふり作戦」が行われ詐欺が未遂に終わった事案において、財物交付の部分のみに関与した共犯の罪責 
  ◎不能犯と同様の判断手法を用いるべきか
承継的共同正犯の成立を認める場合、だまされたふり作戦が行われた事案で財物交付の部分のみに関与した者について詐欺未遂罪の成立を認めることができるか否かは、受け子の受領行為によって詐欺未遂罪の結果(=詐欺の結果発生の危険性)が生じたといえるかによって定まる。
だまされたふり作戦が実行された段階においては、被害者は錯誤に陥っておらず、警察に協力して模擬現金等を発送しているにすぎない⇒詐欺罪が実現する可能性は客観的には全く存在しない。
=不能犯の成否が問題となる場合と類似。
  ◎未遂犯と不能犯の区別
具体的危険説:
行為当時に行為者が実際に認識していた事情及び一般人が認識し得たであろう事情を基礎とし、一般人の立場から事後的かつ客観的に犯罪実現の危険性の有無を判断。
  ②事件につき、最高裁H29.12.11で詐欺未遂罪の成立を肯定。 
 2362
  民事p16
東京高裁H29.5.16  
  「渾」の文字と、戸籍法50条所定の「常用平易な文字」
  事案 Xは、その長男の出生届を戸籍管掌者であるY(東京都目黒区長)に提出したが、同出生届に記載された長男の名は「渾」であった。
⇒Yは、 「渾」の文字は、戸籍法50条及び戸籍法施行規則60条に基づく文字でないとして同出生届を不受理⇒Xは、原審裁判所に対し、同出生届を受理することを命ずる申立て。
  規定 戸籍法 第50条〔子の名の文字〕
子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。
②常用平易な文字の範囲は、法務省令でこれを定める。
  原審 「渾」は社会通念上明らかに常用平易な文字⇒Yに対して、出生届の受理を命じた。
    Yが即時抗告
  判断 ①「渾身」の文字はインターネット上のニュースサイトでも使用されている
②「渾」の出現頻度は・・・・「卯」等の既に人名用漢字となっている漢字の出現順位を上回った
③「渾」は文字の構造・字形が複雑でなく平易な文字であり、その字義も推測できるものである
④「渾」はJIS第2水準の監事
⇒「渾」は社会通念上明らかに常用平易な文字であると認められるとして、Yの抗告を棄却。
     
  民事p20
大阪高裁H29.7.25  
  仮執行宣言に基づく給付と任意弁済
  事案 X(NHK)は、Yとの間の放送受信契約に基づき、Yに対し、平成24年12月1日から平成27年9月30日までの放送受信料4万980円と約定遅延損害金の支払を求めた。 
一審は、仮執行宣言を付して、Xの請求を全て認容。
Yは、平成28年10月7日、原判決を不服として控訴。
but
それに先立つ同月4日、Xに対し、受信料と遅延損害金の合計4万8378円の本件支払を行った。
  争点 本件支払が有効な弁済と認められるか。 
  判断 最高裁昭和47.6.15:仮執行宣言付き判決に対して上訴を提起したのちにされた弁済は、それが全くの任意弁済であると認められる特別な事情のない限り、仮執行宣言に基づき給付したものと解すべき。 
Yは、本件において、本件請求権が本件支払前に存在したことを、もはや争っていないものと認めることができる⇒前掲最判にいう「全くの任意弁済であると認めうる特別の事情」があると言える。
⇒本件弁済は、本件請求権に対する弁済の効力を認めるのが相当。

原判決を取り消した上、Xの請求を棄却。
  解説 仮執行宣言に基づく給付というためには、必ずしも仮執行によって強制的に取り上げることは必要ではなく、仮執行宣言が原因となって給付がなされていればいいとされている。
本判決は、YがXの本件請求債権の存在を争っていないことなどから、前記の特段の事情があることを認め、全くの任意弁済に当たると判断したもの。
  民事p24
札幌高裁H29.8.31  
  病院情報管理システムを構築する業務委託契約について、ベンダとユーザーの各義務違反が問題となった事案
  事案 一審原告、一審被告及び訴外会社は、平成20年12月9日、一審被告が一審原告のために病院情報管理システム(本件システム)を構築し、訴外会社をその所有者として一審原告に本件システムをリースすることを目的とする契約(本件契約) を締結。
but
引渡日(平成22年1月3日)を過ぎて本件システムの引渡しがなされなかったとして、一審原告は、同年4月26日、本件契約を解除する旨の意思表示。
第一事件:
一審原告が、一審被告に対し、約定の引渡日までに本件システムを完成して引き渡す債務を履行しなかったと主張⇒債務不履行に基づく損害賠償金19億3567万円余及び遅延損害金の支払を求めた。
第二事件:
一審被告が、一審原告に対して、一審原告の効力義務違反などにより本件システムが完成できなくなった等と主張⇒債務不履行に基づく損害賠償金22億7976万円余及び遅延損害金の支払を求めた。
  原審 本件第一事件に係る一審原告の請求のうち、3億6508万円余及び遅延損害金
本件第二事件に係る一審被告の請求のうち、3億8386万円余及び遅延損害金
の支払を求める限度でそれぞれ認容
  本契約上、
分類一及び分類二とされた機能は、既存のパッケージソフトの標準機能等をカスタマイズせずにそのまま導入することとされており、
分類三とされた機能に限って、一審原告の要望に従ったカスタマイズが予定されていた。(争点③)
平成21年7月7日に締結された合意(本件仕様凍結合意)により、
一審原告は、同日以降、分類三とされた機能についても、一切の追加変更要望をしないことに合意(争点④)。
ところが、一審原告は、本件使用凍結合意後も、追加変更要望を繰り返した(争点⑤)。
また、一審原告は、本件契約上、既存システムからマスタ・データを抽出して一審被告に提供する義務を負っていたのに、これを怠った(争点⑥)。

本件システム開発が頓挫したのは、一審原告の協力義務違反が1つの原因となっている(争点⑦)。
一審原告による契約解除時点において、本件システムは、8割程度しか完成していなかった(争点②⑧)。
本件プログラム開発が頓挫したのは、一審被告が、一審原告の追加開発要望に翻弄され、本件プログラム開発の進捗を適切に管理することができなかったことが最大の原因(争点⑦)。

本件プログラム開発が頓挫したことについては、一審原告に2割、一審被告に8割の責任があると認めるのが相当(争点⑦)。
  判断 一審被告の責任に関して、原判決と異なり、契約解除時において本件システムはほぼ完成しており(争点②)、本件プログラム開発が頓挫したのは、一審被告のプロジェクト・マネジメント義務違反によるものではなく、一審原告の協力義務違反が原因(争点⑦)。

本件第一事件に係る一審原告の請求を全部棄却する(争点⑧)とともに、
本件第ニ事件に係る一審被告の請求については、債務不履行に基づく損害賠償金14億1501万円余及び遅延損害金の支払を求める限度で、請求を認容(争点⑨)。 
  解説 ●契約内容の確定について
契約上開発すべきシステムの内容を明示した技術仕様書等がある⇒当事者間の契約内容も、特段の事情のない限りは、これらの技術仕様書等の記載に従って解釈。
東京地裁H26.10.30:
本件と同じくパッケージソフトをカスタマイズする方法によるシステム開発に関して、「これら(本件仕様書等)に特に記載がない点については、被告が明確に要望として述べていたにもかかわらず原告が本件仕様書等に記載しなかった、又は、本件仕様書等の内容を確認した際に異議を述べたなどの特段の事情がない限り、本件パッケージソフトの仕様を採用するという合意ができていたというべきである」と説示。
本判決も、分類一及びニとされた機能に関する一審被告のカスタマイズ義務を否定。
  ●プロジェクト・マネジメント義務と協力義務について 
ユーザとベンダが互いに協力しながら、システムの内容を確定し、開発を進めていくという特質を有するシステム開発契約について、

東京地裁H16.3.10:
①ベンダ(被告)は、自らのシステム開発業務を適切に遂行することはもちろん、「注文者である原告国保のシステム開発へのかかわりについても、適切に管理し、システム開発について専門的知識を有しない原告国保によって開発作業を阻害する行為がされることのないよう原告国保に働きかける義務」(「プロジェクトマネジメント義務」)を負っていたとする一方、
②ユーザ(原告国保)についても、「本件電算システムの開発過程において、資料等の提供その他本件電算システム開発のために必要な協力を被告から求められた場合、これに応じて必要な協力をおこなうべき契約上の義務」(「協力義務」)を負っていたと判示。

ベンダとユーザが、それぞれプロジェクト・マネジメント義務と協力義務を負っており、その義務違反が債務不履行又は不法行為を構成したり、過失相殺を基礎付けたりし得ることは、そのような語を用いるか否かを問わず、以後の裁判例において一般的に承認されている。
ユーザ(一審原告)の協力義務に関して、
本判決は、
本件契約上一審原告の責任とされていたもの(マスタの抽出作業など)を円滑に行うというような作業義務はもちろん、
本件契約及び本件仕様凍結合意に反して大量の追加開発要望を出し、一審被告にその対応を強いることによって本件システム開発を妨害しないというような不作為義務も含まれているものというべき。
⇒一審原告の協力義務違反を肯定。
ベンダ(一審被告)のプロジェクト・マネジメント義務に関して、
原判決:
システム開発の専門業者である被告としては、納期までに本件システムが完成するよう、原告からの開発要望に対しても、自らの処理能力や予定された開発期間を勘案して、これを受け入れて開発するのか、代替案を示したり運用の変更を提案するなどして原告に開発要望を取り下げさせるなどの適切な対応を採って、開発の遅滞を招かないようにすべき義務があったのに、これを怠った過失がある。
本判決:
一審被告は、プロジェクトマネジメント義務の履行として、追加開発要望に応じた場合は納期を守ることができないことを明らかにした上で、
追加開発要望の拒否(本件仕様凍結合意)を含めた然るべき対応をしたものと認められる。
これを超えて、一審被告において、納期を守るためには更なる追加開発要望をしないよう注文者(一審原告)を説得したり、一審原告による不当な追加開発要望を毅然と拒否したりする義務があったということはできず、
一審被告にプロジェクトマネジメント義務の違反があったとは認められない。 
  ●システム開発の完成度 
原審:契約解除時の本件システムの完成度は8割程度にすぎなかったという事実を認定。

協議の席などにおいて、一審被告の担当者が、システム開発の遅れを謝罪するなどの発言
vs.
一般に、立場の弱いベンダ側が、その後のシステム開発を円滑に進めるために、非を認めるような発言をしたり、そのような記載のある文書を差し入れた利することは珍しいことではなく(大阪地裁H26.1.23)、このような言動を過度に重視することは相当とはいえない。

本判決:少なくとも契約解除時には本件システムはほぼ完成しており、一審被告が本来行うべきシステム開発業務自体の遅れは大きなものではなかったとの事実を認定。

総合テストの結果や、完成証明資料などの客観的証拠。
  刑事p128
東京高裁H29.2.9  
  窃盗保護事件で少年を第一種少年院に送致する決定が不当であるとされた事案
  事案 少年が大型ショッピングモール内の雑貨店で万引きした事案。
被害額がさほど高額でなく、被害品が全て還付された比較的軽微なもの。 
  原審 ①万引きの手慣れた態様と、2回の万引きによる保護歴の存在
⇒この種の非行に対する抵抗感の薄さがうかがえ、現時点で非行性が大きく進んでいるとは言えないが、資質上の問題が顕在化すれば、再非行のおそれが高い。
②少年にはその資質上の問題性があるほか、母及び養父は少年に拒否的な対応を続け、仮定での引き取りを拒否しており保護環境は悪い。
付添人が主張する施設の受入れによっても、現時点では、少年が社会内で自律的な生活を送りながら更生していくことは困難。

第一種少年院送致を相当。
短期間の処遇勧告。
←少年が明確な枠組みの中では従順であり、一定の理解力を有することから、短期集中的な処遇により相当の効果が期待できる。
  判断 原決定は、少年の要保護性及び社会内処遇の可能性に関する評価を誤っており、第一種少年院送致とすることは、短期間の処遇勧告を伴っていたとしても、処分の相当性を欠いており、著しく不当
⇒原決定を取り消して、本件を原審支部に差し戻した。
  解説 少年の非行性は必ずしも深化しているとまではいえないが、看過できない問題性が認められる一方、
適切な保護環境や社会資源が見出せない事案は、
実務上珍しくない。
更生の手がかりとなる保護環境や社会資源がうかがえるのであれば、その利用の余地がないかは十分検討されるべき。 
  刑事p132
大阪高裁H29.6.8
  刑法19条2項(没収)の「犯人以外の者に属しない物」の該当性判断における心証の程度(=確信まで必要)
  事案 被告人2名が、氏名が特定された共犯者7名及び氏名不詳者らと共謀の上、
金地金130キロ(130枚)及び腕時計589個(課税価格合計約10億7040万円(「本件物件」))を不正に輸入しようとするとともに、消費税等を免れようとしたが未遂に終わった、関税法違反等被告事件の控訴審。 
原審の第1回公判期日後に、参加人が、自らが本件物件の所有者であるとして刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法に基づく参加の申立て。
  規定 刑法 第19条(没収)
次に掲げる物は、没収することができる。
一 犯罪行為を組成した物
二 犯罪行為の用に供し、又は供しようとした物
三 犯罪行為によって生じ、若しくはこれによって得た物又は犯罪行為の報酬として得た物
四 前号に掲げる物の対価として得た物
2 没収は、犯人以外の者に属しない物に限り、これをすることができる。ただし、犯人以外の者に属する物であっても、犯罪の後にその者が情を知って取得したものであるときは、これを没収することができる。
  原判決 本件物件は、密輸の犯罪行為の組成物件であり、その実質的な所有者は密輸入についての香港側業者あるいはこれに密輸入を依頼した荷主とみるのが相当であって、これらの者は共犯者に当たる
⇒本件物件は、「犯人以外の者に属しない物」に当たるとして没収。 
    参加人のみが控訴
  判断  本件密輸の背景事情に関して、
被告人を含む密輸の上位者グループは、香港側業者とは若干の若干の接触がある程度で、もっぱら香港側の元締め的立場にあるD7(共犯者の1人として挙示されている。)を介してコミッション料の決定や提供等を受けており、
密輸を依頼した香港側業者とD7の関係、あるいは荷主の人物像や物件の調達元等の事情は証拠上明らかでない。 
本件物件につき、「犯人以外の者に属しない物」と認定するには合理的疑いがある⇒原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。
⇒原判決中、前記没収に係る部分を破棄。
  解説  没収の要件に関する事実:
A:厳格な証明を要する(多数説)
←刑罰権の存否あるいはその範囲を定める事実 
没収要件に関する事実は、
それが罪となるべき事実に含まれるか、あるいは犯罪事実と不可分の事実であれば厳格な証明を要し、加えて当該事実の認定については、特段の理由がない限り、確信(合理的な疑いを容れない程度の証明)を要すると考えるのが、一般的な理解。
  本件没収の要件に関わる事実は、
本件物件が密輸の組成物件であり、かつその物の所有関係は犯罪事実の共犯関係と密接不可分のもの
⇒罪となるべき事実に属する
⇒厳格な証明と、確信(合理的な疑いを容れない程度の証明)が必要。
所有者が、正規業者を装った密輸業者に騙されて輸出手続を依頼したり、輸出を依頼した業者から更に密輸業者に委託される場合等もあり得る
⇒こうした可能性があることも十分に踏まえた上で、香港における物件の調達状態等の点につき、より詳細な事実解明がされるべき。
その場合、検察側は、没収求刑の前提として、密輸品の送付元(外国)側の取引・交渉事情等について捜査及び立証の負担を負う事案が増加する可能性があり、捜査・立証に諸々の困難が伴う。
原審検察官:
①参加人が主張する内容の契約につき、密輸を前提としなければ相手方に経済的合理性がない、とか、契約書等が作成されていないのが不自然である等、主に経験則の観点から主張し、あるいは、
②参加人が提出したインヴォイス(仕送状)の作成の真正にも疑問を提示
but
本件判決は、検察官によるこれらの主張をいずれも排斥。

経験則等による主張を超えた、より具体的な立証のあり方を模索する必要に迫られる。
4月   
2361   
  行政p33
最高裁H29.10.24  
  タックスヘイブン対策税制の事案
  事案  内国法人であるXが、
平成20年3月期及び平成21年3月期(「本件各事業年度」)の法人税の各確定申告⇒刈谷税務署長から、租税特別措置法(平成21年改正前のもの)66条の6第1項により、シンガポール共和国に所在するXの子会社(「DIAS」)の後記の課税対象留保金額に相当する金額がXの所得金額の計算上益金の額に算入される⇒平成20年3月期の法人税の再更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分並びに平成21年3月期の法人税の再更正処分を受けた

Y(国)を相手に、これらの処分の取消しを求めた。 
  Xは、平成10年、東南アジア諸国連合(「ASEAN」)域内のグループ会社に対する統率力を高めるため、同グループ会社の保有株式会社を現物出資してDIASを設立。
DIASは、Xの100%子会社として、2007事業年度及び2008事業年度において、ASEAN諸国等に存する子会社13社及び関連会社3社の株式を保有し、シンガポールにおける所得に対する租税の負担割合は、2007事業年度では22.89%、2008事業年度では12.78%。
DIASは、豪亜地区における地域統括会社として、集中生産・相互補完体制を強化し、各拠点の事業運営の効率化やコスト低減を図るため、順次業務を拡大し、
DIAS各事業年度当時、同地域のグループ会社(「域内グループ会社」)に対し、個々の業務につき一定の対価を徴収しつつ、地域企画、調達、財務、材料技術、人事、情報システム及び物流改善に係る地域統括に関する業務を行っていたほか、持株(株主総会、配当処理等)に関する業務、プログラム設計業務等を行っていた。
DIAS各事業年度において、DIASの収入金額は地域統括業務の中の物流改善業務に関する売上額を約85%を占め、その所得金額(税引前当期利益)は保有株式の受取配当の占める割合が8~9割と高かったが、地域統括業務によって集中生産・相互補完体制の構築、発展等が図られた結果、域内グループ会社全体に原価率の大幅な低減による利益がもたらされ、その配当収入の中に相当程度反映されていた。
  法令等 わが国のタックス・ヘイブン対策税制である措置法66条の6第1項:
内国法人等が100分の50を超える株式等を直接又は間接に保有する外国関係会社のうち、本店所在地国における所得に対して課される税の負担が本邦における法人の所得に対して課される税の負担に比して著しく低いものとして政令で定める外国関係会社(平成21年政令・・による改正前の租税特別措置法施工令39条の14第1項により、各事業年度の所得に対して課される租税の額が所得金額の100分の25以下)に該当するもの(「特定外国子会社等」)が、
各事業年度においてその未処分所得の金額から留保したものとして所定の調整を加えた金額(「適用対象留保金額」)を有する場合には、
そのうち内国法人の有する当該特定外国子会社等の直接及び間接保有の株式等の数に対応するものとして所定の方法により計算した金額(「課税対象留保金額」)に相当する金額を内国法人の所得の金額の計算上益金の額に算入する旨を規定。
措置法66条の6第4項:
同条1項の適用除外規定として、
①特定外国子会社等のうち、株式等又は債券の保有、工業所有権等の提供等を主たる事業とするものでないこと(事業規準)
②本店所在地国において、主たる事業を行うに必要と認められる事務所、店舗、工場その他の固定施設を有すること(実体基準)、
③その事業の管理、支配及び運営を自ら行っていること(管理支配基準)
④主たる事業が卸売業、銀行業、航空運送業等のいずれかに該当する場合には、その事業を主として当該特定外国子会社等に係る所定の関連者以外の者との間で行っている場合に該当すること(非関連者基準)、前記以外の事業に該当する場合には、その事業を主として本店所在地国で行っている場合に該当すること(所在地国基準)
の要件(「適用除外要件」)を全て満たす場合には、タックス・ヘイブン対策税制を適用しない旨を規定。
  第1審 DIASの行う地域統括業務は株式の保有に関する事業に含まれず、その主たる事業は地域統括事業⇒本件各処分(確定申告を超える部分等)は違法であるとして、Xの請求をほぼ認容。 
  原審 ①事業としての株式の保有は、単に株式を保有し続けることに限られず、株式発行会社を支配管理するための業務もその一部を成し、被支配会社を統括するための諸業務も株式の保有に係る事業の一部を成す
⇒地域統括業務は、株式の保有に係る事業に含まれる1つの業務にすぎず、別個独立の業務とはいえない。
②実質的にもDIASの主たる業務は株式の保有であると認められる

DIASは事業規準を満たさず、本件処分は適法。
  判断 ①特定外国子会社等が株式を保有する他の会社を統括し管理するための活動として行う事業方針の策定や業務執行の管理、調整等に係る業務は、通常、業務の合理化、効率化等を通じて収益性の向上を図ることを直接の目的として、その内容も幅広い範囲に及び、これによって当該会社を含む一定の範囲に属する会社を統括するもの
⇒当該会社の配当額の増加や資産価値の上昇に資することがあるとしても、株主権の行使や株式の運用に関連する業務等とは異なる独自の目的、内容、機能等を有するものであって、株式の保有に係る事業に包含されその一部を構成すると解するのは相当ではない。
②DIASの行う地域統括業務は、株主権の行使や株式の運用に関連する業務等とは異なる独自の目的、内容、機能等を有する。

株式の保有に係る事業には含まれない。 
①措置法66条の6第3項及び4項にいう主たる事業は、
その事業活動の具体的かつ客観的な内容から判定することが相当であり、
複数の事業を営んでいるときは、それぞれの事業活動によって得られた収入金額又は所得金額、事業活動に要する使用人の数、事務所その他の固定施設の状況等を総合的に勘案して判断するのが相当。
②DIASの行う地域統括業務は、相当の規模と実体を有し、事業活動として大きな比重を占めている。

これを主たる事業と認めるのが相当であり、
Xは適用除外要件を全て満たす。
  解説   ●我が国のタックス・ヘイブン対策税制の概要 
    我が国のタックス・ヘイブン対策税制:
軽課税国か否かに着目するいわゆるエンティティ・アプローチを採用しており、
措置法66条の6第1項は、課税要件を明確化して課税執行面における安定性を確保しつつ、内国法人が、法人の所得等に対する租税の負担がないか又は極端に低い国若しくは地域(タックス・ヘイブン)に子会社を設立して経済活動を行い、当該法人に所得を留保することにより、我が国における租税の負担を回避しようとする事例に対処して税負担の実質的な公平を図ることを目的として、
一定の要件を満たす外国子会社を特定外国子会社等と規定し、その課税対象留保金額を内国法人の所得の計算上益金の額に算入(最高裁H19.9.28)。
but
特定外国子会社等であっても、独立企業としての実体を備え、その所在する国又は地域において事業活動を行うことにつき十分な経済合理性がある場合にまで前記の取扱いを及ぼすとすれば、我が国の民間企業の海外における正常かつ合理的な経済活動を阻害するおそれがある。

同条4項は、
株式の保有等を主たる事業とするものでないこと(事業基準)のほか、
実体基準、管理支配基準、非関連者基準又は所在地国基準という適用除外要件が全て満たされる場合には、同条1項の規定を適用しないとしている。
  ●地域統括業務と株式の保有に係る事業との関係 
    DIASの行う地域統括業務が事業規準を満たさない株式の保有に係る事業に含まれるかが問題。
    租税法は侵害規範であり、法的安定性の要請が強く働く⇒その解釈は原則として文理解釈によるべきであり、みだりに拡張解釈や類推解釈を行うことは許されない(最高裁)。
but
判例は、租税法律主義の趣旨に照らし、既定の文言や当該法令を含む関係法令の用語の意味内容を重視しつつ、事案に応じて、その文言の通常の意味内容から乖離しない範囲内で、規定の趣旨目的を考慮することを許容しているように思われる。
    原審:株式の保有に係る事業が独禁法9条3項(平成9年・・改正前のもの。)にいう持株会社(株式を所有することにより、国内の会社の事業活動を支配することを主たる事業とする会社)の行う事業を含むものと解した。
vs.
同持株会社は、他企業の支配が現実に行われるような形で株式を所有している場合であることが必要であり、単に財産保有を目的とする財産保全会社や株式投資会社など該当しないと解されるなど、株式の保有と事業活動の支配とは別の要件と捉えられる。⇒株式の保有に係る事業が純粋持株会社等一定の持株会社の行う事業を含むとしても、前記の独禁法上の持株会社の行う事業が株式の保有に係る事業に包含されると解することはできない。
    措置法66条の6第4項が株式の保有を主たる事業とする特定外国子会社等につき事業規準を満たさないとした趣旨:株式の保有に係る事業はその性質上我が国においても十分に行い得るものであり、タックス・ヘイブンに所在して行うことについて税負担の軽減以外に積極的な経済合理性を見出し難いことにある。
    平成23年法律第6号による租税特別措置法の改正:
株式等の保有を主たる事業とする特定外国子会社等のうち、他の外国法人の事業活動の総合的な管理及び調整を通じてその収益性の向上に資する業務を行う場合における当該他の外国法人として政令で定めるものの株式等の保有を行うものとして政令で定めるもの(平成22年政令第58号による改正後の租税特別措置法施行令39条の17第4項に定める統括業務を行う同条3項各号に掲げる要件を充たす統括会社)が株式等の保有を主たる事業とするものから除外された(前記改正後の租税特別措置法66条の6第3項)ため、
地域統括業務は株式の保有に係る事業に含まれる業務であって別個独立の事業とはいえないかが問題となるが、
これによって事業規準を満たす統括会社は、前記要件を充たす統括会社のうち株式等の保有を主たる事業とするものに限られ(同項柱書)、株式の保有を主たる事業としないものはこれに含まれない
⇒前記の改正を根拠に前記の統括業務が株式の保有に係る事業に包含される関係にあるとはいえないと解される。
  ●措置法66条の6第3項及び4項所定の「主たる事業」の判断
    DIAS各事業年度において、措置法66条の6第3項及び4項にいうDIASの主たる事業が何か?

特定外国子会社等の当該事業年度における事業活動の具体的かつ客観的な内容から判定することが相当であり、
特定外国子会社等が複数の事業を営んでいるときは、そのいずれが主たる事業であるかに関しては、当該外国子会社等におけるそれぞれの事業活動によって得られた収入金額又は所得金額、それぞれの事業活動に要する使用人の数、事業所、店舗、工場その他の固定施設の状況等を総合的に勘案して判定するのが相当(措置法通達66の6-8参照)。
     
  行政p41
東京高裁H28.10.27  
  弁護士会が行う懲戒処分の差止請求は行政事件訴訟法が定める差止めの訴えによるべき⇒これによらずに民事上の差止請求である独禁法24条に基づく差止請求によることは不適法
  事案 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(「独禁法」)24条に基づいて弁護士懲戒処分を行うことの差止請求がなされる等した事案。 
  請求  弁護士X1及びその依頼者のX2(学校法人Aの職員)は、AがY1弁護士会所属弁護士であるX1を対象弁護士として行った懲戒請求事件並びにX2がX1を代理人としてY2弁護士会に対して行った弁護士B及びCを対象弁護士とする懲戒請求事件等に関し、次の訴えを提起。
Y1に対する請求:
X1に対する懲戒請求事件について、Y1が綱紀委員会の議決を踏まえ懲戒委員会に事案の審査を求める旨の決定(「本件Y1決定」)をしたことに関し、X1に懲戒事由がないにもかかわらずされた同決定には独禁法上の違法がある等の理由による、次の各請求。
(ア) (X1による)独禁法24条に基づく本件Y1決定に基づく懲戒処分を行うことの差止請求
(イ)
主位的に:不法行為に基づく損害賠償請求(X1及びX2に対してそれぞれ180万円)
予備的に:本件Y1決定の違法確認請求
Y2に対する請求:
B及びCに対する各町会請求事件について、Y2が各綱紀委員会の議決を踏まえてしがBを懲戒しないとの決定(「本件Y2決定①」)及びCを懲戒しないとの決定(「本件Y2決定②」)に関し、
B及びCに懲戒事由があるにもかかわらずされたこれの決定には独禁法上の違法がある等の理由による、次の各請求

主位的に:不法行為に基づく損害賠償請求(X1及びX2に対してそれぞれ160万円)
予備的に:本件Y2決定①及び本件Y2決定②の違法確認請求
Y3(日弁連)に対する請求:
本件Y2決定①に対する異議について、Y3が綱紀委員会の議決を踏まえてすいた異議の申出を棄却する旨の決定(「本件Y3決定①」)に関し、
Bに懲戒事由があるにもかかわらずされた同決定には独禁法上の違法がある等の理由による、次の各請求。

主位的:不法行為に基づく損害賠償請求(X1及びX2に対してそれぞれ80万円)
予備的:本件Y3決定①の違法確認請求
  規定 行訴法 第3条(抗告訴訟)
7 この法律において「差止めの訴え」とは、行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟をいう。
独禁法 第24条〔差止請求〕 
第八条第五号又は第十九条の規定に違反する行為によつてその利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、これにより著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがあるときは、その利益を侵害する事業者若しくは事業者団体又は侵害するおそれがある事業者若しくは事業者団体に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
  判断 X1のY1に対する懲戒処分差止請求について訴えを却下。

①同請求に係る紛争が法律上の争訟に当たることは明らか
②同請求は独禁法24条に基づくものであり、その性質上民事の差止請求であるところ、差止の対象は弁護士会が行う懲戒処分という公権力行使であり、行訴法所定の抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる。
同法において抗告訴訟としての差止めの訴え(同法3条7項)が法定されている以上、これによらずに独禁法24条に基づく差止請求に係る訴えによることは不適法。
  解説 東京地裁H13.7.12は
非弁提携の非行事実が疑われる会員弁護士について弁護士会がその綱紀委員会に命じた調査命令に対して、対象弁護士より独禁法24条に基づく差止請求がなされた事案につき、
調査の対象とされることによって受ける不利益は同条にいう「著しい損害」であるとは評価できないなどとして請求を棄却。 
  民事p48
最高裁H29.10.5  
  弁護士法25条1号に違反する訴訟行為について
  事案 破産者竹松配送サービス㈱の破産管財人である抗告人X2、
破産者竹松エキスプレス㈱の破産管財人である抗告人X3
を原告とし、
相手方㈱洛友商事を被告とする訴訟において、
抗告人らが、前記各破産者との間で委任契約を締結していた弁護士である相手方Y2及び同Y3が相手方洛友商事の訴訟代理人として訴訟行為をすることは弁護士法25条1号に違反する主張して、
相手方Y2及び同Y3の各訴訟行為の排除を求めるとともに、
相手方Y2から委任を受けるなどして相手方洛友商事の訴訟代理人等となった弁護士である相手方Y1の訴訟行為の排除を求める事案。 
  判断 本件訴訟における相手方Y2及び同Y3の各訴訟行為は排除されるべきものであり、甲事件、乙事件及び丙事件について相手方Y2から委任を受けて訴訟復代理人となった相手方Y1の訴訟行為も排除されるべきものであるが、

丁事件における相手方Y1の訴訟行為が弁護士法25条1号に違反することを疑わせる事情はなく、その訴訟行為を排除することはできない。 
  弁護士法25条1号に違反する訴訟行為及び同号に違反して訴訟代理人となった弁護士から委任を受けた訴訟復代理人の訴訟行為について、相手方である当事者は、裁判所に対し、同号に違反することを理由として、前記各訴訟行為を排除する旨の裁判を求める申立権を有する。 
弁護士法25条1号に違反することを理由として訴訟行為を排除する旨の決定に対し、自らの訴訟代理人又は訴訟復代理人の訴訟行為を排除するものとされた当事者は、民訴法25条5項の類推適用により、即時抗告をすることができる。
弁護士法25条1号に違反することを理由として訴訟行為を排除する旨の決定に対し、当該決定において訴訟行為を排除するものとされた訴訟代理人又は訴訟復代理人は、自らを抗告人とする即時抗告をすることはできない。
破産者Aの破産管財人Xを原告とする訴訟において、Aの依頼を承諾したことのある弁護士Bが被告Yの訴訟代理人として訴訟行為を行うことは、次の(ア)及び(イ)の事実関係の下では、弁護士法25条1号に違反する。
(ア)Aは、破産手続開始の決定を受ける前に、Bとの間で、再生手続開始の申立て、再生計画案の作成提出等についての委任契約を締結していた。
(イ)前記訴訟におけるXの主たる請求の内容は、BがAから前記の委任を受けていた間に発生したとされるAのYに対する債権を行使して金員の支払を求めるもの及び前記の間に行われたAのYに対する送金等に関して否認権を行使して金員の支払を求めるものである。
  規定  弁護士法 第25条(職務を行い得ない事件)
弁護士は、次に掲げる事件については、その職務を行つてはならない。ただし、第三号及び第九号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。
一 相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
民訴法 第25条(除斥又は忌避の裁判)
5 除斥又は忌避を理由がないとする決定に対しては、即時抗告をすることができる。
  解説 ●弁護士法25条1号に違反する訴訟行為の効力 
最高裁昭和38.10.30:
弁護士法25条1号違反の訴訟行為について、「相手方たる当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることができる」とした。
  ●決定において訴訟行為を排除するものとされた弁護士が自らを抗告人とする即時抗告をすることの許否 
本決定は否定

訴訟代理人又は訴訟復代理人は、当事者を代理して訴訟行為をしているにすぎず、訴訟行為が排除されるか否かについて固有の利害関係を有するものではない。
決定において訴訟行為を排除するものとされた弁護士が、当事者の代理人として即時抗告することは認められる。

①抗告審で是正されるべき排除決定であっても、当事者は、一旦は別の弁護士に依頼するか、本人で対応せざるを得なくなってしまうところ、そのような負担を当事者に負わせることは酷
②排除決定の趣旨からしても、最終的に本案の訴訟手続から排除されればよく、排除決定を争う抗告の手続から排除する必要はない
  ●弁護士法25条1号の「相手方」の要件について 
破産者=破産管財人か?
本決定:
破産手続開始の決定により、破産者の財産に対する管理処分権が破産管財人に帰属することになる⇒本件において弁護士法25条1号違反の有無を検討するに当たっては、破産者である竹松三社とその各破産管財人とは同視されるべき。
相手方のいわば手の内を知っている事件の取り扱いを許せば、前に当該弁護士に対して秘密を含む内部事情を示して協議をしたり依頼をした相手方の信頼を裏切ることとなる⇒弁護士の品位を失墜させることを未然に防止しようとしたもの。

破産手続開始の決定前に破産者から依頼を受けた弁護士が、破産管財人の提起した訴訟の被告から依頼を受けることは、事件の同一性が認められるのであれば、弁護士法25条1号に違反するというべき。
  ●事件の同一性の要件について 
弁護士法25条1号が適用されるためには、当該弁護士の関与した事件が一方のと自社とその相手方との間において同一でなければならない。
事件の同一性は、相反する利益の範囲によってこれを判断すべきである。訴訟物が同一か否か、手続が同質か否かは問わない。
民事再生の申立代理人の広範な役割⇒申立代理人となった弁護士は、再生手続を主導し、依頼者を指導する過程で、必然的に、依頼者の経営や取引全般にわたる内部事情を知り得ることになる。
⇒利益相反を禁止して早希に依頼した者の利益を守るという弁護士法25条1号の趣旨からすると、民事再生の申立てを受任した場合には、広い範囲で事件の同一性が肯定されると考えられる。
本決定:
①Y2及びY3が竹松三社の依頼を承諾して、竹松三社の業務及び財産の状況を把握して事業の維持と再生に向けて手続を主導し、債権の管理や財産の不当な流出の防止等について竹松三社を指導すべき立場にあった
②本件訴訟が竹松三社の債権の管理や財産の不当な流出の防止等に関するものであることは明らかである
⇒弁護士法25条1号違反を肯定。
  再生債務者とスポンサーの間の利益相反 
民事再生手続において、スポンサーの選定や契約の交渉は、再生債権者の弁済額に関わるもの⇒債権者の利益代表機関としての再生債務者とスポンサー候補との利益相反性は重大。
⇒申立代理人が同時にそのスポンサー候補の代理人となることは重大な利益相反行為であり、弁護士職務基本規定28条3号に違反することになる。
  民事p56
東京地裁H28.8.24  
  占有回収の訴えが権利の濫用とされた事例
  事案 経営をめぐる紛争が継続している自動車学校において使用されていた教習車に対する占有回収の訴えと権利の濫用等が問題になった事件。 
  A社は、自動車学校(本件教習所)を経営。
Y6は、発行済み株式全部を保有する1人株主であり、代表取締役であった。 
X社は、平成20年5月に設立された会社で、その取締役P3は、A社の臨時株主総会において取締役に選任され、代表取締役に選任された。
P4は、平成21年7月の臨時株主総会においてA社の取締役に選任され、代表取締役に選任された(後日、決議不存在が確定)。
問題の自動車4台(本件各自動車)は、A社が教習車として購入し、使用していた。
A社は、平成24年7月、X社、P3、P4らを相手方とする業務妨害等の仮処分を申し立て、裁判所は本件各自動車を含む16台の教習車の所有権がA社にあると認定し、教習車の使用・移動の禁止、A社の業務の妨害禁止、P4の本件教習所への立入禁止等を命じ、申立てを認容。

Y6は、同年10月、教習車を本件教習所からY4株式会社が所有しY5株式会社の占有する土地に移動させることを企図したが、本件各自動車のみ移動できた。
転々譲渡により本件各自動車の占有を承継取得したX社は、本件各自動車の占有を承継取得、原始取得したと主張し、Y6ないしY5社に対し、占有回収の訴えにより本件各自動車の返還、不法行為等に基づき損害賠償を請求。
  争点  ①X社の占有の承継取得の成否
②原始取得の成否
③交互侵奪ないし権利の濫用の成否
④不法行為の成否等 
  判断 争点①:
P3の地位が別件の判決により否定⇒承継取得を否定。
争点②:
X社、P3,P4らのA社に関する一連の行為を認定⇒本件教習所の自動車教習事業の運営主体が少なくとも平成24年3月まではA社であり、同年4月以降はX社とこれを通じた者らによる、X社をして運営主体たらしめようとする所為の積み重ねにより、遅くとも同年10月1日頃までには本件教習所の自動車教習事業に供される財産である本件各自動車の占有はX社に属するに至ったとして、原始取得を肯定。
争点③:
占有回収の訴えは、占有者の占有がかつて占有侵奪者の占有を侵奪することによって取得された場合には、先行の占有侵奪から後行の占有侵奪までの期間、占有者及び占有侵奪者の各占有に係る本件の存否ないし存在を信ずる相当の理由の有無、各占有侵奪の態様その他の諸般の事情を総合考慮し、権利の濫用として許されないことがある。
本件では、
①前記の期間が5か月程度であること
②X社がY6の別件の勝訴判決の直後から正当な理由なくA社の本件教習所の支配の既成事実化を推進し、X社の本件各自動車の占有には何らかの本権はなく、これを信ずる相当の理由もないこと
③本件各自動車はA社が所有権を有し、Y6はA社の代表取締役であり、裁判所の判断によってもこれが認定されたと認識していること、
④X社の本件自動車の占有侵奪の態様は、事実関係をほしいままに変更するものであったのに対し、Y6はA社の代表取締役の立場においてA社の従業員の立会いの下、物理的強制力を用いることなく運転して移動させたこと等

権利の濫用を肯定。
争点4:
Y6らに占有侵奪の不法行為は認められない⇒請求棄却
  解説 本件は、経営権を否定された者の経営に係る会社が原告となり、本来経営権を有する者、これに協力した者らに対し、教習車につき占有回収の訴えを提起。 
相互に自動車の占有を侵奪し、先行の侵奪者が後行の侵奪者に対し占有回収の訴えにより自動車の返還を請求することができるか。
本件では、権利の濫用による制限が取り上げられている。
本判決:
占有回収の訴えに対する権利の濫用の要件、考慮事情を示した上、本件では権利の濫用を認め、占有回収の訴えによる返還請求権を否定。
  民事p61
東京地裁H27.12.25  
  咽喉部に装着された人工呼吸器のため発話が聞き取れない⇒聞き慣れた者を通訳人として作成された公正証書遺言の効力が争われた事例
  事案 ①平成24年8月10日付け遺言公正証書による遺言(「前遺言」)
遺言者亡Aの一部の株式以外の全財産遺言者の長男、長女及び二女であるX、Y2及びY3に各3分の1の割合で相続させる。
②同年12月11日付け遺言公正証書による遺言(「本件遺言」)
前遺言の前記条項を撤回し、
遺言者亡Aのの一部の株式以外の全財産を、Y2及びY3に各2分の1の割合で相続させるものとされた。
Xが、
①前遺言及び本件遺言において遺言執行者として指定されたY1並びにY2及びY3に対し、通訳人の通訳により遺言内容の申述のされた本件遺言が遺言能力の欠如及び方式違反により無効であることの確認を求めるとともに、
②Y2およびY3に対し、
本件遺言に基づいてY2及びY3がそれぞれ払い戻した亡Aの預貯金につき、不当利得返還請求として、前遺言によるXの指定相続分3分の1に相当する金員及びこれに対する相続開始の日の翌日から支払済みまで民法所定の法定利率により遅延損害金の支払を求めた。
  争点 本件遺言(公正証書遺言)の無効事由の有無であり、
①遺言者の遺言能力(亡Aの意思能力)の欠如の有無
②通訳の申述に係る民法969条の2第1項違反の有無
③通訳人の資格に係る民法974条2号違反の有無(推定相続人(Y2)の交際相手意を通訳人とすることは同号及び969条の2第1項に違反するか)
  規定 民法 第969条の2(公正証書遺言の方式の特則)
口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合には、遺言者は、公証人及び証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述し、又は自書して、前条第二号の口授に代えなければならない。この場合における同条第三号の規定の適用については、同号中「口述」とあるのは、「通訳人の通訳による申述又は自書」とする。
民法 第974条(証人及び立会人の欠格事由)
次に掲げる者は、遺言の証人又は立会人となることができない。
一 未成年者
二 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族
三 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人
  判断 ●争点①(遺言者の遺言能力の欠如の有無) 
・・・・
本件遺言はは、亡Aの心身の状態が安定していて一定の事柄につき自らの考えや意思を示し得る判断能力を有していることが言動や態度等から看取される状態にある時にそれを示し得る事柄について行われたものと認めるのが相当。
⇒本件遺言は遺言者の遺言能力を欠くものとはいえない。
本判決の判断:
公正証書遺言の当時における遺言者の遺言能力(意思能力)の欠如の有無が争われた事案において、
遺言者が代表者を務める会社の経営の承継等をめぐる親族間の紛争の経緯を詳細に認定した上で、
当該紛争の推移と遺言者の病状の推移を時系列的に対比させながら、
遺言者の意向や状態を子細に検討。
  ●争点②(通訳の申述に係る民法969条の2第1項違反の有無)
公正証書遺言の方式の特則として新設された民法969条の2の立法趣旨:
遺言者の口述(口授)を公証人が聴取して筆記するという同法969条所定の手続が遺言者の言語機能障害や聴覚障害等のために困難である場合でも、
遺言内容の正確性の確認が担保される方法である通訳人の通訳による申述又は自署をもって口述(口授)に代えることにより、様々な利点のある公証人の関与の下での公正証書遺言の利用を可能にすること

同法969条の2第1項にいう「口がきけない」場合には、言語機能障害のために発話不能である場合のみならず、聴覚障害や老齢等のために発話が不明瞭で、発話の相手方にとって聴取が困難な場合も含まれると解するのが相当。

本件のように、老齢で肺疾患や呼吸不全に係る医療措置として咽喉部に人工呼吸器が装着されたことにより、声がかすれて小さくなるために発話が不明瞭で、発話の相手方にとって聴取が困難な場合も、これに含まれる。
①上記のような民法969条の2の立法趣旨及び②同条1項にいう「口がきけない」場合の意義等
⇒同項にいう「通訳人の通訳」は、遺言内容の正確性の確認が担保される方法である限り、手話通訳のほか、読話(口話)、蝕読、指点字等の多様な意思伝達方法が含まれるものと解され、同項の法文上も通訳の方法や通訳人の資格に何ら限定は付されていない。

本件のように、発話者が老齢で肺疾患や呼吸不全に係る医療措置として咽喉部に人工呼吸器が装着されたことにより、声がかすれて小さくなるために発話が不明瞭で、発話の相手方にとって聴取が困難であり、自ら聞きとったと思う内容の正確性に疑義がありその確認に慎重を期する必要がある場合に、
頻繁に発話者を見舞って会話をしていた経験から、聞き慣れた同人の声質や話し方等を判別することにより発話の内容を理解することができる者が、その判別により理解した内容を公証人に伝え、公証人が自ら聞き取ったと思う内容と符合するかを確認するという方法も、同項にいう「通訳人の通訳」の範疇に含まれる。
同法969条の2第1項の通訳人について証人や立会人に係る同法974条各号のような欠格事由の規定が設けられていないのは、通訳人の能力として求められる意思伝達方法の特質や多様性等(証人や立会人との差異)を考慮したことによるものと解され、
「口がきけない」場合の範囲を殊更に狭義に限定して解釈しないからといって、証人や立会人に係る欠格事由の規定の趣旨に抵触するものとはいえない。
  争点③(通訳人の資格に係る民法974条2号違反の有無(推定相続人(Y2)の交際相手意を通訳人とすることは同号及び969条の2第1項に違反するか))
同法969条の2第1項の通訳人について、証人及び立会人に関する同法974条各号の規定が類推適用されるものではなく、通訳人の通訳による公正証書遺言が無効であるか否かは、公証人による当該通訳を介しての遺言内容の正確性の確認に欠けるところがあるため公証人の筆記の内容が遺言者の真意に基づかないものといえるか否かという個別の判断によるべきである。
①P5は、推定相続人であるY2の交際相手であり、本件遺言の当時にY2との間で婚姻関係と同視し得るような関係(Xの主張に係る婚約関係ないし事実婚状態)にあったことを認めるに足りる的確な証拠はない⇒推定相続人の配偶者と同視し得る地位にあるとはいえない⇒推定相続人との間に証人及び立会人の欠格事由に相当する親族関係があるとはいえない⇒同法974条2号の類推適用をいう原告の主張は前提を欠く。
②P5は、本件遺言の当時、推定相続人であるY2ら以外に亡Aの通訳に適する意思伝達方法の能力を備えた唯一の者であったものと認められ、本件遺言の公正証書の作成の際、その能力に適した意思伝達方法でその通訳を行い、公証人も、その通訳内容につき自ら聞き取ったと思う内容との符号を検証して適切に確認を行ったものといえる⇒本件遺言において公証人がP5に通訳人として通訳させたことにつき、遺言内容の正確性の確認に欠けるところがあったとは認められない。

通訳人の資格に係る方式につき、同法974条2号及び969条の2第1項に違反するものとはいえない。
  知財p73
知財高裁H29.1.20  
  存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力が及ぶ範囲
  事案 本件特許を有する控訴人(一審原告)が、被控訴人(一審被告)に対し、被控訴人の製造販売に係る各製剤は、本件特許の願書に添付した明細書(「本件明細書」)の特許請求の範囲の請求項一に係る発明(本件発明)の技術的範囲に属し、かつ、存続期間の延長登録を受けた本件特許権の効力は、一審被告による一審被告各製品の生産、譲渡及び譲渡の申出(生産等)に及ぶ旨主張⇒一審被告各製品の生産等の差止め及び廃棄を求めた。 
  判断 存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及び、政令処分で定められた前記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属する。
医薬品の成分を対象とする物の特許発明について、
政令処分で定められた「成分」に関する差異、「分量」の数量的差異又は「用法、用量」の数量的差異のいずれか1つないし複数があり、他の差異が存在しない場合に限定してみれば、
僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは、
特許発明の内容に基づき、その内容との関連で、
政令処分において定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して、当業者の常識を踏まえて判断すべき。
前記限定の場合において、

①医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明にに関する延長登録された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合、
②公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において、対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合で、特許発明の内容の照らして、両者の間で、その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき、
③政令処分で特定された「分量」ないし「用法、用量」に関し、数量的に意味のない程度の差異しかない場合、
④政令処分で特定された「分量」は異なるけれども、「用法、用量」も併せてみれば、同一であると認められる場合は、

対象製品と政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」の間の差異はわずかな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たり、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれる。
  規定 特許法 第68条の2(存続期間が延長された場合の特許権の効力)
特許権の存続期間が延長された場合(第六十七条の二第五項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となつた第六十七条第二項の政令で定める処分の対象となつた(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。
  解説 存続期間が延長された場合の特許権の効力は、特許法68条の2において、その特許発明の全範囲に及ぶのではなく、その延長登録 の理由となった政令で定める処分の対象となった物についての当該特許発明の実施以外の行為には及ばないと定められている。
特許法68の2の
「物」は有効成分を
「用途」は効能・効果を
意味するものと解されてきた。

医薬品の品目の特定のために要求されている各要素のうち新薬を特徴づけるものは「有効成分」と「効能・効果」であると考えられていた。
but
知財高裁H21.5.29:
「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合、「政令で定める処分」の対象となった「物」とは、当該承認により与えられた医薬品の「成分」、「分量」及び「構造」によって特定された「物」を意味し(この「成分」は、薬効を発揮する成分(有効成分)に限定されない。)、かかる「物」についての当該特許発明の実施、及び当該薬品の「用途」によって特定された「物」についての当該特許発明の実施についてのみ、延長特許権の効力が及ぶ(均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは、技術的範囲の通常の理解に照らして、当然である。)と判示。

従来よりも延長特許権の効力の及ぶ範囲を狭く解したもの。
知財高裁H26.5.30:
特許権の延長登録制度及び特許権侵害訴訟の趣旨

延長特許権は「物」に係るものとして「成分(有効成分に限らない。)によって特定され、かつ、「用途」に係るものとして、「効能、効果」及び「用法、用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で、効力が及ぶ(均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは、技術的範囲の通常の理解に照らして、当然である。)と判示。

同判決は、「分量」については、医薬品の構成を客観的に特定する要素となり得るものの、競業他社が、本来の特許期間経過後に、特許権者が臨床試験等を経て承認を得た医薬品と実質的に同一の用法・用量となるようにし、分量のみ特許権者が承認を得たものとは異なる医薬品の製造販売等をすることを許容することは、延長登録制度を設けた趣旨に反することになる⇒延長特許権の効力を制限する要素となると解することはできないとして、特定要素に含めなかった。
  労働p91
東京地裁H29.6.29  
  社会保険庁廃止に伴う同庁職員らに対する分限免職処分について
  事案 法律の改正により社会保険庁が廃止。
社保庁朝刊又は東京社会保険事務局長が、国公法78条4号に基づいて、平成21年12月25日付けで同月31日限り社保庁の職員であったXらを分限免職する旨の各処分⇒
Xらが、Y(国)に対し、
①本件各処分は、同号の要件に該当せず、仮に同号の要件に該当するとしても、裁量権の範囲逸脱し又はこれを濫用した違法なもの⇒本件各処分の取消しを求める。
②本件各処分が不法行為又は債務不履行に当たる⇒国賠証1条1項又は民法415条に基づく損害賠償として、それぞれ330万円及び遅延損害金の支払を求めた。 
  規定 国家公務員法 第78条(本人の意に反する降任及び免職の場合)
職員が、次の各号に掲げる場合のいずれかに該当するときは、人事院規則の定めるところにより、その意に反して、これを降任し、又は免職することができる。
一 人事評価又は勤務の状況を示す事実に照らして、勤務実績がよくない場合
二 心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合
三 その他その官職に必要な適格性を欠く場合
四 官制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合
  判断   X1及びX2に対する本件処分はいずれも適法。
X3に対する本件処分は違法。
損害賠償請求については、いずれも理由がない。 
  ●本件各処分の適法性 
国公法78条の文言⇒同条に基づく分限処分は裁量処分であると解される。

国公法78条4号に基づく分限免職処分は、被処分者に何ら責められるべき事由がないにもかかわらず、その意思に反して免職という重大な不利益を課す処分

①同号の解釈上、本件の処分権者である社保庁朝刊等は、最終的な分限処分の段階に至るまでに、可能な範囲で、廃職の対象となる官職に就いている職員について、機構への採用、他省庁その他の組織への転任又は就職の機会の提供等の措置を通じて、分限免職処分を回避するための努力を行うことが求められる。
②このような努力の内容や程度については、法令上、明文の規定はなく、基本的に社保庁長官等の裁量に委ねられているというべきであるが、
例えば、社保庁長官等において分限免職処分を回避するための容易かつ現実的な努力をすることが可能であり、当該努力をしておれば、特定の職員について分限免職処分を回避することができた相応の蓋然性があったにもかかわらず、社保庁長官等において当該努力を怠った結果、分限免職処分に至ったものと認められるような事情があるときは、
当該職員に係る分限免職処分については、裁量権の逸脱又は濫用があった違法なものとして、その効力は否定されるべきである。
X1及びX2に対する本件処分:
両名はいずれも懲戒処分歴があり、機構等への採用資格がなかった⇒社保庁長官等は、その権限の及ぶ範囲内で分限免職回避のための努力を尽くしたといえ、裁量権の免脱又は濫用があったとはいえない。
X3に対する本件処分:
(1)
①X3には懲戒処分歴がなく機構の正規職員としての採用を第一希望としていた
②平成21年2月時点におけるX3の健康状態につき、医師が機構採用基準に適合すると判断しており、別の医師もリハビリ勤務が可能としており、いずれも職務復帰を前提とした評価をしている
⇒同時点の健康状態を前提にすれば、X3は、機構採用基準に照らせば、正規職員としても採用され得たというべき。
(2)現にX3は、准職員としては採用の内定を受けていた。
(3)X3が正規職員として採用されなかった理由は、機構採用基準を満たしていても面接時において病気休職中の者は正規職員としては採用しないとうい本件内部基準以外に見当たらない。

社保庁長官は、機構設立委員会に対し、少なくとも、その時点で生じている欠員分程度の人数について正規職員として追加採用するよう検討を依頼する程度のことは考慮すべきであったといえ、仮に、正規職員の追加募集がされていたならば、X3が正規職員として採用された相応の蓋然性もなお十分に存した。

分限免職回避努力義務を尽くさなかったことにより、裁量権の逸脱又は濫用があったとして違法。
  ●国賠法1条1項に基づく損害賠償請求について、
X1及びX2に対する本件処分はいずれも適法
X3の動向に基づく損害賠償請求権は消滅時効の援用により消滅

いずれも理由がない。 
  刑事p118
大阪高裁H29.3.14  
  弁護人が証拠に同意but被告人の言い分は供述調書の内容と対立⇒被告人本人に証拠意見を確認すべきであったとされた事例。
  事案 罪状認否で、被告人は、公訴事実は間違いない旨述べ、弁護人も同意権である旨述べた。
検察官の被害者の供述調書等の証拠調請求⇒弁護人「同意、ただし信用性を争う」⇒裁判所はこれらを採用して取調べ。
第2回公判期日で被告人質問⇒被告人の言い分は、被告人が暴行に至った経緯や暴行の態様等について、それらの供述調書の内容と対立するものであることが判明。
but
裁判所は、被告人本人に証拠意見を確認することなく、それらの供述調書を排除せず、被害者らの証人尋問をすることもなく証拠調べを終了。
  判断 弁護人は、被害者らの供述証拠を証拠とすることに同意することなく、証人尋問において反対尋問によりその信用性を争うべきであり、それが被告人の真意に沿う弁護活動であったとに、「同意、ただし信用性を争う」との証拠意見を述べたのみで、裁判所がそれらの供述調書を採用するに任せ、これらに対する積極的な弾劾活動をしなかった⇒被告人の重要な主張を無にするもので、被告人の真意に沿わない。 
裁判所としても、被告人の言い分がそれらの供述調書と対立することが明らかになった段階で、弁護人の証拠意見が被告人の真意に沿うものかどうかを確認し、真意に沿うものであることが確認できない限り被告人の同意としての効力がないものとして証拠排除しなければならなかったのに、排除せずに有罪認定の資料としたのは違法。
⇒原判決を破棄して差し戻し。
  解説 最高裁昭和27.12.19:
被告人において全面的に公訴事実を否認し、弁護人のみがこれを認め、その主張を完全に異にしている場合においては、
弁護人の答弁(証拠調請求に異議がない)のみをもって、被告人が書証を証拠とすることに同意したものといえない

裁判所は弁護人とは別に被告人に対し、証拠調請求に対する意見及び書類を証拠とすることについての同意の有無を確かめなければならない。
2360   
  行政p3
最高裁H29.10.17  
  厚生年金保険法47条に基づく障害年金の支分権の消滅時効の起算点
  事案 厚生年金保険法に基づく障害年金の受給要件を充足するに至ったにもかかわらず、受給権者がこれに係る裁定の請求をせず裁定を受けていなかった場合に、障害年金の支給を受ける権利(支分権)の消滅時効がいつから進行するか? 
  事実関係 X(昭和25年生まれ)は厚生年金保険の被保険者であった昭和45年6月、交通事故により左下腿を切断する傷害。
but
これに係る障害年金について、裁定の請求をしていなかった。
Xは、平成23年6月30日に至って、厚生労働大臣に対し、生涯年金の裁定の請求をするとともに、年金請求書を提出。

厚生労働大臣は、同年8月、原告に対し、
受給権を取得した年月を昭和45年6月、障害等級を2級とする障害年金の裁定をしたが、
同年7月分から平成18年3月分までの障害年金は時効により消滅しているとして支給せず、同年4月分(その支給期は同年6月)以降の障害年金のみ支給。
←障害年金の支分権の消滅時効(5年)は、裁定を受ける前であっても、その本来の支払期(厚年法36条)から進行するとの見解(支払期説)。

Xは、障害年金の支分権の消滅時効はその裁定を受けた時から進行する(裁定時説)と主張して、支給されなかった障害年金の支払を求める本件訴えを提起。
  判断 支払期説によるべきことを判示。 
  解説 ●根拠となる法令
厚生年金保険の保険給付及び国民年金の給付に係る時効の特例等に関する法律(年金時効特例法)による改正前の厚年法92条1項:
「保険給付を受ける権利」について5年の消滅時効を規定。

基本権(年金の支給の根拠となる権利)についての規定であるとされ、支分権(基本権から派生する、各月分の年金の支給を受ける権利)については同項の規定はなく、国に対する金銭的債権についての一般法である会計法30条により5年で時効消滅。
年金時効特例法による改正
⇒厚年法92条1項に括弧書が加えられ、支分権についての消滅時効も同項を根拠とすることが明らかに。
but
この規定は、施行日(平成19年7月6日)後に年金を受ける権利を取得したものについて適用⇒Xの障害年金の支分権の消滅時効については従前どおり会計法に従う。
その起算点は、同法31条2項、民法166条1項により「権利を行使することができる時」となり、本件ではこの解釈が問題。
  ●消滅時効の起算点に関する一般論 
民法166条1項の「権利を行使することができる時」とは、
権利の行使に法律上の障害(履行期限、停止条件等)がなくなったときを意味(最高裁昭和49.12.20)。
法律上の障害であっても、債権者の意思により除去可能なものであれば、消滅時効の進行を妨げるものではない。
  ●支分権の消滅時効の起算点 
基本権は、厚年法所定の支給要件に該当したときに、支分権は各月の到来によりそれぞれ発生。
年金は、厚年法36条3項により、毎年偶数月にそれぞれ前月までの分を支払うこととされている⇒支分権については、原則として各支払期の翌日が消滅時効の起算点となる。
×A:裁定時説(裁定を受けるまで時効は進行しない。)

①支分権たる受給権を行使するためには裁定を受けることが必要
②受給権者が裁定請求をしても、裁定という行政庁の判定が介在して初めて年金の支給が受けられる⇒この法律上の障害は、受給権者の意思により除去可能なものであるとはいえない。
〇B:支払時説

①裁定について定めた厚年法33条は、保険給付を受ける権利はその権利を有する者(受給権者)の請求に基づいて裁定するとしており、これは、基本権たる受給権が裁定によって初めて発生するのではなく、法定の要件(同法47条など)を満たすことによって、裁定がされる以前から法律上当然に発生していることを前提としているものと考えられ、裁定は、受給権の発生の有無やその内容を公的に確認する行為にすぎない。
②障害年金の受給要件や給付金額については厚年法により明確に定められており、これらの判断について行政庁に裁量はないと解される⇒受給権者は、裁定の請求をしさえすれば、同法の定めるところに従った内容の裁定を受けて支分権を行使することができる⇒裁定を受けていないことは、受給権者の意思によって除去することができる障害又はこれと同視し得るものであると評価できる。
  民事p5
最高裁
H29.9.5  
  訴訟費用の負担の額を定める処分を求める申立てがされる前に、裁判所が受救助者に猶予した費用につき当該相手方当事者に対して民訴法85条前段の費用の取立てをすることができる額を定める場合
  事案 訴訟上の救助の決定を受けた受救助者との訴訟において受救助者に生じた費用の一部を負担することとされた相手方が、裁判所から民訴訟85条前段の費用の取立てとして受救助者に猶予した費用の一部を国庫に支払うことを求められている事案。 
  原審 相手方に対し、猶予費用に相手方の訴訟費用の負担割合を乗じた額等を国庫に支払うべきものとした。 
    ⇒相手方が抗告許可申立てで、原審が許可
  判断 訴訟費用のうち一定割合を受救助者(訴訟上の救助の決定を受けた者)の負担俊、その余を相手方当事者の負担とする旨の裁判が確定した後、
訴訟費用の負担の額を定める処分を求める申立てがされる前に、
裁判所が受救助者に猶予した費用につき当該相手方当事者に対して民訴法85条前段の費用の取立てをすることができる額を定める場合において、
当該相手方当事者が、訴え提起の手数料として少額とはいえない額の支出をした者の地位を承継し、受救助者の負担すべき費用との差額計算を求めることを明らかにしているなど判示の事情の下では、
当該相手方当事者に対し上記の差引計算を求める範囲を明らかにするよう求めることのないまま、上記の同条前段の費用の取立てをすることができる額につき、受救助者に猶予した費用に上記裁判で定められた当該相手方当事者の負担割合を乗じた額とすべきものとした原審の判断には、違法がある。

原決定を取り消し、本件を原審に差し戻した。
  規定 民訴訟 第83条(救助の効力等)
訴訟上の救助の決定は、その定めるところに従い、訴訟及び強制執行について、次に掲げる効力を有する。
一 裁判費用並びに執行官の手数料及びその職務の執行に要する費用の支払の猶予
二 裁判所において付添いを命じた弁護士の報酬及び費用の支払の猶予
三 訴訟費用の担保の免除
2 訴訟上の救助の決定は、これを受けた者のためにのみその効力を有する。
3 裁判所は、訴訟の承継人に対し、決定で、猶予した費用の支払を命ずる。
民訴法 第84条(救助の決定の取消し)
訴訟上の救助の決定を受けた者が第八十二条第一項本文に規定する要件を欠くことが判明し、又はこれを欠くに至ったときは、訴訟記録の存する裁判所は、利害関係人の申立てにより又は職権で、決定により、いつでも訴訟上の救助の決定を取り消し、猶予した費用の支払を命ずることができる。
民訴法 第85条(猶予された費用等の取立方法)
訴訟上の救助の決定を受けた者に支払を猶予した費用は、これを負担することとされた相手方から直接に取り立てることができる。この場合において、弁護士又は執行官は、報酬又は手数料及び費用について、訴訟上の救助の決定を受けた者に代わり、第七十一条第一項、第七十二条又は第七十三条第一項の申立て及び強制執行をすることができる。
  解説 ●制度の説明
訴訟上の救助の決定は、裁判費用の猶予等の効力を有する(民訴法83条1項)。
前記決定が民訴法84条による取消しにより又は当然にその効力を失う
⇒受救助者は、国庫に対し猶予費用を支払わなければならない(最高裁)。
本案における受救助者の全部又は一部勝訴判決の確定により、訴訟費用残部又は一部が相手方の負担とされることがあり(民訴法61条、64条)、そのときは、受救助者は、訴訟費用額確定処分(民訴法71条)を得た上で、訴訟費用請求権の行使として、相手方からその負担すべき費用を取り立てることになる。
受救助者が相手方からその費用を取り立てたときには、実際に取り立てた限度で受救助者の資力が回復⇒民訴法84条により、その限度で訴訟上の救助決定を取り消すことが可能になる。
民訴法85条は、
本来、受救助者が、訴訟費用請求権の行使として相手方からその負担すべき費用を取り立てて、猶予費用を国庫に支払うべきであるところ、
受救助者において、その取立てをすることや取り立てた金員を猶予費用として国庫に支払うことを必ずしも期待できないため、国が相手方において負担すべき猶予費用を相手方から直接取り立てることができるようにしたもの。
民事訴訟費用等に関する法律16条2項、15条1項は、民訴法85条前段の規定による費用の取立てについて、第一審裁判所の決定により、強制執行をすることができると規定⇒同裁判所が前記の取立てをすることができる猶予費用の額を定める。
前記の民訴法85条の趣旨⇒
同条前段の費用の取立てをすることができる猶予費用の額は、受救助者の相手方に対する訴訟費用請求権の額を超えることができない筋合いのものであり、
既に訴訟費用額確定処分が確定しているのであれば、その費用額確定処分により定められた訴訟費用請求権の額を前提として、同条前段の費用の取立をすることができる猶予費用の額を定めることになるし、
訴訟費用額確定処分の申立てがされているのであれば、その手続を先行させることになる。
①訴訟費用額確定処分の手続きは、処分権主義が妥当し、その申立てがない限り、訴訟費用確定処分をすることができない
②当事者がその申立てをしないことがあり得る

訴訟費用額確定処分がされる前においても、裁判所は、民訴法85条前段の費用の取立てをすることができるものであると解されている。
両当事者がそれぞれ反対当事者の支出した訴訟費用を負担すべき場合においては、当事者の負担すべき費用につき訴訟費用額確定処分又は差引計算を求めるか否か及びその求める範囲がいずれも当事者の意思に委ねられている

①これらの点についての当事者の意思が明らかにならない限り、訴訟費用請求権の額を判断する上で考慮される当事者の負担すべき費用を定めることができない。
②当事者の意思は、訴訟費用確定処分を求める申立てがされる前においては明らかにならないのが通常

訴訟費用額確定処分がされる前においては、裁判所は、当事者が支出した訴訟費用に関する客観的な資料を有していたときであっても、通常は、訴訟費用請求権の額を正確に推認することは困難。
  ●本決定 
訴訟費用のうち一定割合を受救助者の負担俊、その余を相手方の負担とする旨の裁判が確定した後、訴訟費用確定処分の申立てがされる前に、裁判所が民訴法85条前段の費用の取立をすることができる猶予費用の額を定める場合、
当該事案に係る事情を踏まえた合理的な裁量に基づいて相手方に対する猶予費用の取立決定の額を定めるほかない。

傍論ではあるが、訴訟費用請求権の額を判断する上で考慮される当事者の負担すべき費用を定めることが当事者の意思に委ねられている⇒同条前段の費用の取立てをすることができる猶予費用の額を、猶予費用に相手方の訴訟費用の負担割合を乗じた額としても、直ちに前記の合理的な裁量の範囲を逸脱するものとはいえない。
but
相手方が、訴え提起手数料として少額とはいえない額を支出した者の地位を承継し、受救助者の負担すべき費用との差額計算を求めることを明らかにしているなどの判示の事情

これらの事情の下では、相手方に対しその差引計算を求める範囲を明らかにすることを求めないまま、同条前段の費用の取立てをすることができる猶予費用の額を、猶予費用に相手方の訴訟費用の負担割合を乗じた額とすべきとした原決定の判断には違法がある。
  民事p8
東京高裁H29.3.2  
  一方が購入した宝くじの当選を原資とする財産の財産分与
  事案 妻(原審申立人)が夫(原審相手方)に対し財産分与を求めた事案。 
原審相手方は、婚姻中に宝くじの当選により約2億円を取得し、これを原資とする預貯金や保険を有していた⇒財産分与の対象財産、分与割合が争われた。
離婚時の原審申立人名義の資産の評価額は100万円
原審相手方名義の資産の評価額は約9000万円。
原審相手方名義の資産のうち、預貯金と保険関係として約7200万円あり、その原資は当選金。
原審相手方名義の不動産評価は約700万円。
  原審 当選した宝くじを購入した当事者には、当選金について一定の優位性ないし優越性が認められる。
⇒原審相手方名義である金融資産である預貯金と保険関係は、その7割相当が原審相手方の固有財産であり、残り3割相当額が夫婦共有財産。
  預貯金と保険関係の3割が夫婦共有財産で、その分与割合が2分の1
⇒原審申立人は約15%を取得。 
  判断 分与財産について、
①宝くじの購入代金は、原審申立人と原審相手方の婚姻後に得られた収入の一部である小遣いから拠出された
②当選金の使途も、家族が自宅として使用していた土地建物の住宅ローン約2000万円の返済に充て、原審相手方の退職後には生活費に充てられた
⇒当選金後原資とする資産は夫婦の共有財産。 
分与割合について、
当選金の購入資金は夫婦の協力によって得られた収入の一部から拠出
but
原審相手方が自分で、その小遣いの一部を充てて宝くじの購入を続け、これによって偶々とはいえ当選して、当選金を取得し、これを原資として対象財産が形成された

対象財産の資産形成に対する寄与は原審申立人より原審相手方が大きかったといえ、分与割合を、原審申立人4、原審相手方6とするのが相当。
  規定 民法 第768条(財産分与)
協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
2 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。
3 前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。
  解説 ●清算的財産分与の対象財産の範囲 
婚姻中に取得した財産は第三者から相続・贈与などにより無償取得した財産を除き、夫婦の協力により取得した夫婦共同財産として清算の対象となる。
偶然の利益取得(宝くじの当選金、競馬の賞金など)であっても、共同財産となる。
  ●清算的財産分与の清算割合 
実務上、衡平の原則に基づき、貢献度に応じた寄与割合を評価して算定。
共有財産は、原則として、夫婦が協力して形成⇒特段の事情がない限り、相互に2分の1の権利を有する(2分の1ルール)。
各財産の取得について自己資金ンを一部支出したことや、投資の専門知識を有する当事者が、その才覚によって金融資産の取得・維持のための行動をとったこと等の事実が資料の裏付けをもって客観的に明確にされる
⇒2分の1ルールを修正することもあり得るが、
修正すべき特段の事情たり得る事実が窺われることは多くはない。
  夫が競馬の利益によって購入したマンションの売却代金の3分の1を妻に分与した事例(奈良家裁H13.7.24)
万馬券というのは射幸性の高い財産であり必ずしも夫の才覚だけで取得されたものではない⇒前記マンションを夫の特有財産ということはできない。
but
夫の運によるところが大きい臨時収入であり、夫の寄与が大きい。
妻の生活扶助的要素も考慮。
⇒売却代金の3分の1を妻に分与。 
  民事p13
福岡地裁H29.4.24  
  高校の武道大会での柔道の試合で事故⇒担当教諭らの注意義務違反(肯定)
  事案 高校の武道大会で柔道の試合に参加した高校生が、試合中、払い腰をかけようとした際に転倒⇒頸髄損傷等の傷害を負い、身体障害者等級表の等級1級の後遺障害⇒高校生とその両親が高校を設置・運営する県に対して損害賠償請求等を追及。 
X1は、平成25年6月、本件事故の受傷につき症状固定し、等級1級の後遺症がが残った。
日本スポーツ振興センターから災害共済給付金のうち、医療費273万6649円の支払いを受けた。
請求 X1、その両親X2、X3は、県に対し、

主位的に、A高校の教諭につき柔道の指導に当たって生徒を保護するため常に安全面に十分な配慮をし、事故の発生を未然に防止すべき注意義務(安全配慮義務)違反を主張し、
国賠法1条1項に基づき
X1につき2億6254万円余、
X2につき333万円余
X3につき300万円の損害賠償を請求し、

予備的に、特別の犠牲を主張し、憲法29条3項に基づき損失補償を請求。
  争点 ①本件事故の態様
②事前指導に係る注意義務違反
③試合形式による大会開催に係る注意義務違反
④大会の体制構築に係る注意義務違反
⑤試合当日の指導監督に係る注意義務違反
⑥過失相殺・過失割合
⑦損害額等 
  判断 X1、P1(対戦相手)の体格、柔道経験、文科省の作成に係る柔道指導の手引、全日本柔道連盟の作成に係る柔道の安全指導、文科省の作成に係る高等学校学習指導要領解説保健体育編・体育編、柔道試合審判規定、A高校の体育授業における柔道の指導、本件大会の経過・監督状況等の事実を認定。
争点①:
X1がP1に払い腰を仕掛け、P1と共に前方に転倒し、受け身を取ることなく、左側頭部を畳に衝突させたと認定。

格闘技である柔道には本来的に一定の危険が内在
⇒学校教育としての柔道の指導、特に高校の生徒に対する柔道の指導にあっては、その指導に当たる者は、柔道の試合又は練習によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護すため、常に安全面に十分な配慮をし、事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務を負い、正課授業における柔道の指導に関わる教諭においても、同様の注意義務を負う。
争点②:
前年度の武道大会の柔道で2件の事故が発生
⇒A高校の教諭らにおいて、本件大会の形式、試合会場の状況、全体の雰囲気等に由来する事故発生の危険性が内在していたこと等から、生徒らが無理に技をかけ、勝ちに拘って危険な行為をしたり、冷静さを欠く試合を展開するなどにより事故が発生する可能性があることを認識し、事前に予見することができた。

生徒らに、通常の授業とは異なる、本件大会に固有の内在的危険性を十分に説明し、指導を実施したとはいえない⇒事前指導に係る注意義務違反を認めた。
前年度の事故を踏まえた調査、原因分析、予防策の具体的な協議、安全指導対策が行われなかったこと等

大会を漫然と開催したことにつき争点③の試合形式による大会開催に係る注意義務違反を認め、
争点④⑤の各注意義務違反についての主張は排斥。
争点⑥については、X1の3割の過失を認め、過失相殺し、
争点⑦については、X1の1億1998万円余、X2、X3の各210万円の損害を認め、X1らの請求を認容。
  解説 本判決は、
格闘技である柔道の危険性、武道大会の試合の形式・試合会場全体の雰囲気等の武道大会の特徴を強調し、
授業とは異なる武道大会に固有の内在的な危険性を根拠に、
教諭らにおける事前指導に不適切な点があったとし、事前指導に係る注意義務違反を肯定するとともに、
前年度の事故に関する原因分析、予防策等の具体的な協議、安全指導対策が行われないまま大会を漫然と開催したことによる試合形式による大会開催に係る注意義務違反を肯定。
but
本件事故の直接的な原因に照らすと、間接的、抽象的であることは否定できず、微妙な判断で、担当教諭らの注意義務違反を肯定した限界的な事例。
  知財p36
知財高裁H27.6.10  
  特許法195条の4の「査定」の意味と行政不服審査法による不服申立・特許査定の無効等
  事案 共同で特許出願をしたXらは、誤って真意と異なる内容で特許請求の範囲を減縮する手続補正書を提出し、担当審査官は、本件補正後の本願発明について特許査定。
Xらは、行政不服審査法に基づく、特許庁長官に対し、本件特許査定の取消しを求める異議申立て(本件異議申立て)⇒特許庁長官は、特許査定は異議申立ての対象にならないとして却下。 
  請求 本件特許査定には重大な瑕疵があると主張
Y(国)に対し、本件訴訟を提起し、
行政事件訴訟法に基づき、

主位的に、
①本件特許査定の無効確認
②これを前提とする本件却下決定の取消し
③特許庁審査官に対して本件特許査定を取り消すことの義務付け
を求め、

予備的に
①本件特許査定の取消し、
②これを前提とする本件却下決定の取消し
③特許庁審査官に対し本件特許査定を取り消すことの義務付け
を求めた。 
  規定 特許法 第195条の4(行政不服審査法による不服申立ての制限)
査定又は審決及び審判若しくは再審の請求書又は第百三十四条の二第一項の訂正の請求書の却下の決定並びにこの法律の規定により不服を申し立てることができないこととされている処分については、行政不服審査法による不服申立てをすることができない。
行訴法 第14条(出訴期間)
取消訴訟は、処分又は裁決があつたことを知つた日から六箇月を経過したときは、提起することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。
2 取消訴訟は、処分又は裁決の日から一年を経過したときは、提起することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。
3 処分又は裁決につき審査請求をすることができる場合又は行政庁が誤つて審査請求をすることができる旨を教示した場合において、審査請求があつたときは、処分又は裁決に係る取消訴訟は、その審査請求をした者については、前二項の規定にかかわらず、これに対する裁決があつたことを知つた日から六箇月を経過したとき又は当該裁決の日から一年を経過したときは、提起することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。
  原審 特許法195条の4の「査定」には処分に審査官の手続違背があると主張される場合の特許査定は含まれないと解される⇒本件異議申立ては適法であり、本件特許査定取消しの訴えは、行訴法14条3項により出訴期間を徒過していない。
担当審査官には、本件補正がxらの真意に基づくものかどうかを確認すべき手続上の義務を怠った重大な手続違背があり、本件特許査定は無効ではないものの取消しを免れない。
⇒ ①本件特許査定の取消しと②これを前提とする本件却下決定の取消しを認容。
  判断 ●本件特許査定取消しの訴えの適法性
①特許法における「査定」の語の用法や同法195条の4の制定経過等
⇒「査定」の文言は文理に照らして解することが自然。
②このように解しても、特許査定の不服に対する司法的救済の途は閉ざされておらず、このほかに行政上の不服申立ての途を認めるべきかどうかは立法府の裁量的判断に委ねられ、その判断も不合理とはいえない。

同法195条の4の「査定」が拒絶査定のみに限定され、あるいは処分に審査官の手続違背があると主張される場合の特許査定はこれに含まれないと解すべき理由はないl。

本件特許査定に対する行審法による不服申立ては認められないから、本件異議申立ては不適法であり、本件特許査定の取消しの訴えについて行訴法14条3項を適用することはできない。
本件特許査定の取消しの訴えは、出訴期間を徒過⇒却下。
●本件補正の錯誤無効について 
特許法は、書面主義の下、錯誤による書面の記載内容と真意との間の齟齬の是正について厳格な要件の下にのみこれを許容している。

仮に、真意と異なる記載について、一般的な意思表示の錯誤を理由としてその効果を否定することができる余地があり得るとしても、そのような錯誤が認められる場合としては、
①その齟齬が重大なものであることに加えて、
②少なくとも、当該書面の記載自体から、錯誤のあることが客観的に明白なものであり、その是正を認めたとしても第三者の利益を害するおそれがないような場合であることが必要。
but
①本件では、本件補正書の記載自体は、補正前の特許請求の範囲を減縮しようとするものであって、同書面の記載上、特段の問題があるとは認められず、その書面自体からXらに錯誤があることが客観的に明白なものと認めることはできない。
②その是正を認めた場合に第三者の利益を害するおそれがないということもできない。

Xらの錯誤を理由に本件補正が無効であるということはできない。
●本件特許査定の違法性について 
審査官が、
特許出願に対する審査を全くすることがなかったか、あるいは実質的にこれと同視すべき場合には、
これによる査定には、特許法の予定する審査を欠く重大な違法があるというべき。
担当審査官は、本件補正が「特許・実用新案審査基準」に照らせば新規事項の追加に当たることを看過したといわざるをえないものの、
本件補正後の本願発明の進歩性、請求項の明確性、明細書のサポート要件及び実施可能要件について、それぞれ検討を経た上で本件特許査定に至ったと評価できる⇒明らかに不合理とまでいうことはできない。

担当審査官が、審査を全くすることなく、あるいは実質的に審査をしなかったのと同視べき場合において本件特許審査を行ったと認めることはできず、本件特許が無効であるということはできない。
  解説 ●特許査定に対する行審法に基づく不服申立ての可否 
特許出願に対する拒絶査定の当否については、その専門性、技術性に鑑みて、裁判所の司法審査に先立ち、特許庁の審判合議体による審判手続において審理される(特許法12条)。
but
特許査定に対する不服を理由とする審判請求は認められない。
←これを認める実益がないことが指摘されている。
審査官による査定は、拒絶査定のみならず特許査定についても、行政処分の性質を有するが、特許法195条の4は、「査定」について行審法による不服申立てをすることができないと規定。
but
拒絶査定とは異なり、行政庁に対する不服申立ての途として審判の制度が設けられていない特許査定については、行審法に基づく不服申立ての途が認められるべきかいなか、すなわち、同条の「査定」は拒絶査定だけでなく特許査定を含むかが問題。
本判決は否定。
  ●特許出願と錯誤無効 
行政過程における私人の意思表示に瑕疵がある場合、
一般的には民法の法律行為に関する規定の適用があるとされるが、行政法関係においては、当該関係を規律している法律の仕組みに即して事案を処理してく必要がある。
最高裁昭和39.10.22:
確定申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、所得税法の定めた更正の請求の方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは許されない旨判示。

調査官解説:
私人の公法行為について錯誤の主張が許されるかどうかは、究極的には立法政策の問題。
⇒法律に特別の規定のない時は格別、行為者の過誤に対する救済が法律で特別に規定されているときは、当該救済手段の設けられている趣旨・目的を勘案した上でその成否及び限度を決すべき。
  ●特許査定の無効 
行政処分は、それが国家機関の権限に属する処分として外観的形式を具有する限り、仮にその処分に関し違法の点があったとしても、その違法が重大かつ明白である場合のほかは、これを法律上当然無効というべきではない(最高裁昭和31.7.18)。
  知財p80
知財高裁H29.7.4  
  審判が認定した上位概念化された周知技術を認定できず、容易想到性はないとされた事例
  事案 発明の名称を「給与計算方法及び給与計算プログラム」とする本願発明について特許出願⇒拒絶査定⇒不服審判請求不成立審決。
本件審決は、本願発明は、引用発明及び周知技術に基づいて、当事者が容易に発明をすることができたから、特許を受けることができない、などというもの。 
本件は、前記審決に対する取消訴訟。
原告は、取消事由として、容易想到性の判断誤り(具体的には、引用発明の認定誤り、相違点五の容易相当性の判断誤り等)を主張
相違点五:
本願発明の従業員情報は、各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力された、給与計算を変動させる従業員入力情報を含んでいるのに対し、
引用発明の従業員情報は、各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力されたものを含んでいない点 
  判断 相違点五の容易相当性について、審判の判断に誤りがあるとした。
  周知例二等は、
従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバーを有するシステムにおいて、従業員の取引金融機関、従業員の勤怠情報等の入力及び変更が可能な従業員の携帯端末機を備えることが開示されていることは認められるが、
これらを上位概念化した、および従業員に関連する情報全般の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えることや、従業員入力情報の入力および変更が可能な従業者の経緯対端末機を備えることが開示されているものではなく、それを示唆するものもない。

従業員情報の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えることが周知技術であったということはできず、かかる周知技術の存在を前提として、従業員にどの従業員情報を従業員端末を用いて入力させるかは当業者が適宜選択すべき設計的事項であるとも認められない。
引用例に接した当業者は、本願発明の具体的な課題を示唆されることはなく、専門家端末から従業員の扶養者情報を入力する構成に代えて、各従業員の従業員端末から当該従業員の扶養者情報を入力する構成とすることにより、相違点五に係る本願発明の構成を想到するものとは認め難い。
⇒本件審決を取り消した。
  規定 特許法 第29条(特許の要件) 
産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
二 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
2 特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。
  解説  特許要件たる進歩性:
「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができ」ないとの要件(特許法29条2項)。
通常、
①本件発明の認定、
②主たる引用発明の認定、
③本件発明と主たる引用発明との対比(一致点及び相違点の認定)
④相違点の判断
というプロセスで判断。

本件では、②と④について争われ、②は問題ないものの、④の判断に誤りがあるとされた。
  主たる引用発明との相違点に係る本願発明の構成が、別の引用例に記載されていること又は周知技術であることが証拠上認定
⇒主たる引用発明との構成の組合せ等が容易か否かを判断。
but
本件では、組み合わせるべき審決認定の周知技術が、上位概念化されたものであり、証拠上具体的な記載はなかったというもので、そのような判断手法によって容易に想到できるとした審決の判断が否定。
①客観的な判断という観点からは、証拠に基づいた認定が不可欠。
②当該証拠から認定できる技術を主引用発明に組み合わせたとしても、本願発明の構成には至らない。
③証拠上認められる技術から上位概念化して周知技術を認定すると、後知恵に陥る危険がある。

このことは、引用発明や周知技術の認定のみならず、一地点の認定についても当てはまるもので、一致点を上位概念によって認定する場合は、相違点の認定をより具体的に正しく認定しなければ、容易相当性の判断を誤る可能性がある。
知財高裁H29.6.15:
組合せ又は置換の際に上位概念化して認識することにより容易と判断することを否定した最近の裁判例。
引用発明二の主たる構成である「駐車ブレーキ」についての、引用文献二に開示される「駐車ブレーキが作動しない場合」という条件を、
「ブレーキ装置が作動しない場合」と上位概念化して認識し、その概念を周知技術二に当てはめて、「ブレーキ液圧保持装置(ブレーキ装置)が作動しない場合」という条件に置換し、引用発明二に周知技術二を採用して得た「ブレーキ液圧保持装置」にブレーキ液圧保持装置(ブレーキ装置)が作動しない場合」という条件を適用する動機付けはないものとした。
  引用例に接した当業者が、前記相違点に係る本願発明の構成に至ることが容易であるとするには、前記のような構成の組合せをする動機付けが必要。
本判決は、「引用例に接した当業者は、本願発明の具体的な課題を示唆されることはなく、専門家端末から従業員の扶養者情報を入力する構成に代えて、各従業員の従業員端末から当該従業員の扶養者情報を入力する構成とすることにより、相違点五に係る本願発明の構成を想到するものとは認め難い」旨判示し、
課題の示唆という点を重視して容易相当性を否定。
本願発明と主たる引用例との相違点は、本件発明の構成上の特徴であり、
これは、従来技術では解決できなかった課題を解決するためのもの。

容易相当性の有無を判断するに当たっては、引用発明を出発点として、本件発明の特徴に到達するための課題が示唆されているか否かを検討する必要。
動機付けの有無に関し、
知財高裁H18.6.29は、
新規の技術事項を含む事案において、構成において、紙葉類の積層状態検知装置を紙葉類識別装置に置き換えるのが容易であるというためには、それなりの動機付けを必要とする。
進歩性を否定するためには、この技術的思想の着想が容易であったことが論理付けられていなければならない⇒論理付けもなく、単なる設計変更であるとした審決の判断を誤りであると判断。
課題の示唆は、重要な要素の1つであるところ、
知財高裁H21.1.28は、
当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠であり、
容易相当性の判断の過程においては、事後分析的かつ非論理的思考は排斥されなければならない。
そのためには、当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって、その中に無意識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意することが必要となると判示。
  刑事p95
大阪高裁H29.3.2
  大阪母子殺人放火事件の差戻控訴審判決 
  事案 被告人が、B(被告人の妻Aと前夫との間の子で被告人と養子縁組)の妻C及びその夫婦の長男Dを、息子B宅であるマンションで殺害した後放火したという殺人・現状建造物等放火の事案。
差戻前の一審、二審でいずれも有罪。
最高裁で破棄。
大阪地裁に差し戻し⇒無罪判決⇒検察官控訴。
  最高裁 最高裁 H22.4.27
  間接事実を総合して被告人の犯人性を肯定した第一審、第二審の判決が、認定された間接事実に被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれているとは認められない
⇒間接事実に関する審理不尽、事実誤認の疑いがあるとして破棄。 
  差戻前の各判決:
本件事件の翌日に被告人のDNA型と一致する型を持つ細胞が付着したたばこの吸い殻1本(本件吸い殻)が現場マンション階段にある灰皿(本件灰皿)無いから発見⇒本件事件当日に被告人が同マンションに赴いた事実を推認させる。
vs.
①本件吸い殻は被告人がCに渡した携帯灰皿の中にあったものがCによって本件灰皿に捨てられた可能性がある。
②仮に被告人が本件犯行当日に本件マンションに赴いた事実が認められるとしても、他の間接事実を加えることによってマンション室内(306号室)で被告人が本件犯行に及んだことまで推認できるか疑問がある。

特に①について、証拠品として押収されていた本件灰皿内の吸い殻の中にCが吸っていた銘柄と同じ吸い殻があったから、そこに付着する唾液等からCの型と同一のDNA型が検出されれば①の疑いが極めて高くなるのにその鑑定をしていない⇒審理不尽。


残された吸い殻に付着する唾液等からCのDNA型と一致するものが検出されるか否かが争点。
  差戻審     検察官控訴を棄却。
  差戻審の一審において、Cが吸っていた銘柄と同じ銘柄の吸い殻を含む押収された吸い殻全部が、差戻前の一審段階で既に紛失。

情況証拠について、再度検察官から全般的な主張・立証。
●(検察官主張の)間接事実
◎被告人が本件事件当日に306号室に立ち入った点
①被告人は本件事件当日の306号室の様子を詳細に知っていた。
②被告人は本件事件当日にCと会って会話をしたのでなければ知り得ないことを知っていた。
③被告人は本件事件現場であるB方の住所を知っていた。
④被告人の靴内から本件事件現場で飼われていた犬の毛が発見された。
◎被告人が本件事件当日に本件マンションに赴いた点 
①被告人は本件吸い殻を本件灰皿に投棄した。
②本件事件当日被告人使用車と同種・同色の自動車が本件マンション近くに駐車されていた(被告人自身が捜査段階でそれを認めていた)。
③本件事件当日本件マンション近くで被告人によく似た人物が目撃された。
④本件事件当日Bを探すために自動車で本件マンションが所在する区ないしその周辺に赴いたことを被告人自身が認めており、かつその点についての公判供述に虚偽がある。
◎本件に密接に関連する不審な言動等について 
①被告人が犯行時刻と重なる時間帯にAを迎えに行く約束を断り、携帯電話の電源を切っていた。
②被告人に、犯人ならではの心理の現れと見られる不自然な言動がある。
③被告人に犯行の痕跡が認められる。
④Aが被告人を犯人と確信して家出した。
被告人は本件犯人像と合致し、かつ他に犯行機会のある者はいない。 
ポリグラフ検査結果が被告人が犯人であることを示している。 
  検察官は、
①Cの首に巻かれていた犬のリード付き胴輪(本件の凶器)
②C及びDの着衣
③306号室のソファー及びバスマット
などから149点の微物を採取してその鑑定を請求し、
控訴審裁判所はこれを採用。
but
被告人のDNA型と一致するDNA型は検出されなかった 
  解説 ●間接事実の推認力 
情況証拠による事実認定においては、立証対象である主要事実との関連で、各間接事実がどのような推認力を有するかの判断が重要。
  ●間接事実の証明度 
最終的な立証対象である主要事実(犯罪事実)の認定に当たって、
合理的な疑いを差し挟む余地のない立証が必要なことは、
それが情況証拠によって事実認定をする場合でも直接証拠による場合でも同じ。
  ◎情況証拠による認定の際に主要事実認定に動員される各間接事実自体の証明度? 
通説:
各間接事実自体についても合理的な疑いを差し挟む余地のない立証が必要
⇒間接事実ごとの認定作業において証明度に達していない間接事実はその時点で絶対的に排除されて、その後の総合認定にこれを用いることは許されない。
本判決:
「被告人が本件犯行当日に本件吸い殻を本件灰皿に捨てた」という点については、その立証がない⇒「それ自体単独ではもちろん、他の間接事実を総合するという形式をとる場合であっても、被告人が本件犯行を行ったことを推認するための間接事実として取り上げることができない。」
2359   
  行政p3
最高裁H29.9.14  
  工業用水道の使用を廃止した者が納付しなければならないとされる負担金の地方自治法224条、228条1項にいう「分担金」該当性(否定)
  事案 大阪府が営む工業用水道事業に係る条例に基づき、府との間で給水契約を締結して工業用水道を使用していたYが、その使用を廃止⇒府から前記事業を承継した一部事務組合であるXが、前記給水契約に基づき、Yに対し、前記条例において工業用水道の使用を廃止した者が納付すべきこととされる負担金の支払を求める事案。
Yは、昭和53年、大阪府工業用水道事業供給条例に基づき、府との間で給水契約を締結し、以後、同契約に基づき工業用水道を使用してきた。
平成21年の本件条例の改正により、2部料金制が導入されるとともに、使用者の希望により契約水量を減ずること等が認められることとなる⇒使用者は、契約水量の減量や工業用水道の使用の廃止等に当たり、負担金を納付しなければならない旨の規定が設けられた。
Yは、平成23年1月、府に対し、工業用水道使用廃止届を提出⇒府は、Yに対し、本件廃止負担金の額を1308万2795円とすること等を通知。
  一審での争点 ①Yに本件規定が適用されるか
②本件規定が工業用水道事業法17条に違反するか
③本件規定の適用が信義則違反若しくは権利の濫用に当たるか 
  一審 争点①について、
府とYとの間には、給水契約締結の際、その後本件条例及び本件規程によって定められる供給規程が変更された場合には、当該変更が違法無効であるなどの事情のない限り、給水契約の内容も同様に変更される旨の黙示の合意があった。
その余の争点についてもYの主張を排斥
⇒Xの請求を遅延損害金の一部を除き認容。 
  争点追加 前記争点①②③に加え、
本件廃止負担金が地方自治法224条、228条1項の分担金に当たるか、また、分担金に当たる場合、本件廃止負担金に関する事項が条例で定められているといえるかが新たに争点。 
  原審 ①本件廃止負担金は分担金に当たる
②本件規定は、本件廃止負担金の額について、具体的な額はもとより基本的な算定方法さえも定めていない
⇒本件廃止負担金に関する事項が条例で定められているとはいえない
⇒Xの請求を棄却
  判断 本件廃止負担金の目的やその額の算定方法
⇒本件廃止負担金は分担金に当たらず、これに関する事項について条例で定めなければならないものではない。
⇒原判決を破棄して、原審に差し戻し。 
  規定 地方自治法 第224条(分担金)
普通地方公共団体は、政令で定める場合を除くほか、数人又は普通地方公共団体の一部に対し利益のある事件に関し、その必要な費用に充てるため、当該事件により特に利益を受ける者から、その受益の限度において、分担金を徴収することができる。
  地方自治法 第228条(分担金等に関する規制及び罰則)
分担金、使用料、加入金及び手数料に関する事項については、条例でこれを定めなければならない。この場合において、手数料について全国的に統一して定めることが特に必要と認められるものとして政令で定める事務(以下本項において「標準事務」という。)について手数料を徴収する場合においては、当該標準事務に係る事務のうち政令で定めるものにつき、政令で定める金額の手数料を徴収することを標準として条例を定めなければならない。
  解説 ●「分担金」の意義
  普通地方公共団体の事業等は、通常はその全体に一般的な利益をもたらすもの⇒法224条は、これが一部の者又は地域に特別な利益をもたらす場合には、特に利益を受ける者から、その受益を理由として、当該受益の限度において、当該事業等の費用の一部に充てるために分担金を徴収することができることとし、受益しない者との関係で負担の公平や一般財源の持ち出しの抑制等を図ることとしたもの。
  ●分担金条例主義(法228条1項) 

分担金を課するかどうか、課する場合にその範囲や徴収方法(金額等)をどのように定めるかについて民主的な統制を及ぼすことにより、分担金を課される者の利益を保護するとともに、
本来徴収してしかるべき分担金を徴収しないといった恣意的な運用により地方公共団体に不利益が生じることを防ぎ、
もって住民の平等な利益享受を実現。
  本件廃止負担金は、工業用水道の使用を廃止した者が、府の工業用水道事業やその設置する水道施設等からもたらされる利益を特に享受することを利用として、その受益の限度において徴収される性質のものだえるということは困難であり、住民の平等な利益享受の実現という分担金条例主義の趣旨が当てはまる場面であるとも言い難い。 
  行政p6
札幌高裁H29.5.29  
  村議会議員に対する地方自治法92条の2に該当する旨の資格決定処分についての執行停止の申立て(肯定)
  事案 北海道の留寿都村の村議会議員であったYが、同議会による、平成28年7月14日付けでなされた地方自治法92条の2に該当する旨の資格停止処分には、同条の法令解釈を誤った違法があると主張して、同処分の取消しを求める訴えを提起するとともに、本件訴訟を本案として、本件処分の効力の停止を求めた。
  判断 本件処分の効力を本案事件に関する第一審判決の言渡し後30日を経過するまで停止するのが相当である。

①地方議会議員であれば、原決定が認定する重大な損害を被るのが通常であるというべき⇒Yについて重大な損害を被ることのない特別の事情がない限り、「重大な損害を避けるため緊急の必要性がある」ということができる。
Yが「次の選挙まで復職するつもりはない」と言ったとしても、前記の特別の事情があるとはいえない。
②Yの失職による議員の補欠選挙の実施の可否及び選挙の効力等について、村中に大きな混乱が生じたものとは認められない。
③Yの業務が議員としての職務執行の公正、適正を損なうおそれが類型的に高いということはできず、「本案について理由がないとみえるとき」に当たらない。
  規定 地方自治法 第92条の2〔関係諸企業への関与禁止〕
普通地方公共団体の議会の議員は、当該普通地方公共団体に対し請負をする者及びその支配人又は主として同一の行為をする法人の無限責任社員、取締役、執行役若しくは監査役若しくはこれらに準ずべき者、支配人及び清算人たることができない。
  行訴法 第25条(執行停止)
処分の取消しの訴えの提起は、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない。
2 処分の取消しの訴えの提起があつた場合において、処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は、申立てにより、決定をもつて、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止(以下「執行停止」という。)をすることができる。ただし、処分の効力の停止は、処分の執行又は手続の続行の停止によつて目的を達することができる場合には、することができない。
  解説 行訴法25条1項は、業絵師処分の取消しの訴えの提起について、いわゆる執行不停止の原則を定めているが、同条2項は、処分等により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は、申立てにより決定をもって、処分の効力等の停止をすることができると定める。
「重大な損害」とは、原状回復不能又は困難な損害もしくは社会通念上金銭賠償で受忍することの不能又は困難な、積極的、消極的損害をいうと解されている。
  民事p10
最高裁H29.11.28 
●  
  民法941条1項の規定に基づく財産分離の可否
  事案 被相続人Aの成年後見人であったXが、後見事務において立て替えた費用等につきAに対して債権を有するなどと主張し、民法941条1項に基づき、Aの相続人であるY及びBの財産からAの相続財産を分離する旨の家事審判を申し立てた。 
  規定 民法 第941条(相続債権者又は受遺者の請求による財産分離)
相続債権者又は受遺者は、相続開始の時から三箇月以内に、相続人の財産の中から相続財産を分離することを家庭裁判所に請求することができる。相続財産が相続人の固有財産と混合しない間は、その期間の満了後も、同様とする。
2 家庭裁判所が前項の請求によって財産分離を命じたときは、その請求をした者は、五日以内に、他の相続債権者及び受遺者に対し、財産分離の命令があったこと及び一定の期間内に配当加入の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、二箇月を下ることができない。
3 前項の規定による公告は、官報に掲載してする。
  原審 民法941条1項の財産分離について、相続人の固有財産が債務超過の状態にある場合又は近い将来において債務超過となるおそれがある場合に相続財産と相続人の固有財産の混合によって相続債権者等の債権回収に不利益をを生ずることを防止するための制度

家裁は同項の定める形式的要件が具備されていることに加えて、
前記の意味における財産分離の必要性が認められる場合にこれを命じることができる。

このような財産分離の必要性について審理することなく財産分離を命じた原々審判には審理不尽の違法がある。
    Xが抗告許可の申立てをし、原審が抗告を許可。
  判断 民法941条1項の規定する財産分離の制度は、相続財産と相続人の固有財産とが混同することによって相続債権者又は受遺者(「相続債権者等」)がその債券緒回収について不利益を被ることを防止するために、相続財産と相続人の固有財産とを分離して、相続債権者等が、相続財産について相続人の債権者に先だって弁済を受けることができるようにしたもの。

家庭裁判所は、相続人がその固有財産について債務超過の状態にあり又はそのような状態に陥るおそれがあることなどから、相続財産と相続人の固有財産とが混合することによって相続債権者等がその債権の全部又は一部の弁済を受けることが困難となるおそれがあると認められる場合に、民法941条1項の規定に基づき、財産分離を命ずることができるものと解するのが相当。 
  解説 民法は、財産分離について、
①相続債権者等がイニシアティブをとるもの(民法941条~949条)(第1種財産分離)と
②相続人の固有の債権者がイニシアティブをとるもの(民法950条)(第2種財産分離)
を規定。 
第1種財産分離が命じられる⇒相続債権者等は、相続財産について、相続人の債権に先だって弁済を受けることができるが(民法942条)、相続財産をもって全部の弁済を受けることができなかった場合に、相続人の固有財産にも権利行使をすることができるものの、相続人の債権者に劣後する(民法948条)。
  民事p12
東京高裁H28.12.16  
  日本舞踊の流派の名取の地位にあることの確認を求めた訴え(司法審査の対象となる)
  事案 Xは日本舞踊の流派の名取として活動していた者。
Y1は同流派の家元、Y2は家元及び名取等で構成される流派団体。 
Xは、Y1より、名取から除名する旨の処分を受けた⇒
Xは、本件除名処分が無効であると主張し、
Y1に対し、名取の地位にあることの確認及び除名処分を不法行為として損害賠償を求め、
Y2に対しては、Y2の会員の地位にあることの確認及びY2の総会への出席を拒否したことが不法行為に該当するとして損害賠償を求めるとともに、Y2の総会の理事選任等の決議の不存在の確認を求めた。
  原審 Y1に対する名取の地位にあること及び
Y2に対する会員の地位にあることの確認請求
を認容
各不法行為に基づく損害賠償請求は棄却、
各決議の不存在確認請求は却下 
  争点 本件除名処分が司法審査の対象となり、無効であるか? 
  判断  控訴棄却 
①名取の地位を基礎とする権利利益は、舞踊の振り付けを上演するための権利や職業活動及び事業活動の基盤であり、Y2の総会における議決権を伴う会員資格の基盤⇒法的利益と評価できる
②本件除名処分が規則に基づいて行われたものであって、その効力の有無について、裁量権の範囲の逸脱又は濫用があったか否かという観点から判断できる⇒法令の適用により終局的に解決できる

本件除名処分は司法審査の対象になる。
①本件除名処分によって、Xは日本舞踊家としての活動が極めて大きく制限され、生計の基盤が奪われるなど著しく甚大な不利益を被るのに対し
②本件除名処分に際し弁明の機会が付与されておらず、後継者の候補と目されていたXを排除する意図があったことを窺わせる事情が認められる
⇒本件除名処分は無効。
  解説 本件除名処分が司法審査の対象となったとして、それが違法となるかは、
「全く事実の基礎を欠くか、又は社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合」に限られる(最高裁H18.9.14)
本件は、本件除名処分に至る経緯などを総合的に判断し、社会通念上著しく妥当性を欠いたものとして、本件除名処分は無効であるとしたもの。 
  民事p39
東京地裁H28.10.13  
  区分所有建物が存在する土地の競売による分割請求が権利の濫用とされた事例
  事案 兄妹間の共有に係る土地(土地上に区分所有建物が存在する)について競売による分割請求⇒分割請求が権利の濫用に当たるかが問題となった事案。 
本件土地は、共同相続、遺言を経て、現在、兄Y1、Y2、妹Xの共有(Xが2分の1、Y1、Y2が各4分の1の持分)
本件土地上には、Xらの父Aが所有していた旧建物があったが、
Aの死亡を機に取り壊した後、昭和60年9月、
Xの夫B、Y1、Y2が3階建ての区分所有建物(各階ごとに区分建物となっている)を建築したうえで、
1階部分をB、2階部分をY2、3階部分をY1がそれぞれ区分所有し、
Bが本件土地につき土地所有権を有する旨及び本件各区分建物と本件土地を分離して処分できる旨の規約を設定。
その後、Bは平成25年6月、1階部分をXに贈与。
  争点 ①競売、代金分割による共有物分割の場合、本件建物も併せて売却できるか
②本件分割請求が権利の濫用に当たるか
③本件分割請求につき相当な分割方法は何か 
  判断 争点①について否定

争点②について:
分割による本件建物に与える影響、本件分割請求の目的・必要性、本件土地の分割によるY1らの不利益に関する事情を認定
⇒本件分割を認めることは本件建物の存立を不安定なものにし、各区分建物の所有者に不利益を与えるものであり、分割が認められないことによるXの不利益に比して、分割を認めることによるY1らの不利益が非常に大きい
⇒権利の濫用として本件分割請求は許されない。
⇒請求を棄却。 
  規定 民法 第256条(共有物の分割請求)
各共有者は、いつでも共有物の分割を請求することができる。ただし、五年を超えない期間内は分割をしない旨の契約をすることを妨げない。
2 前項ただし書の契約は、更新することができる。ただし、その期間は、更新の時から五年を超えることができない。
  解説 共有物の分割請求権については、分割の自由が原則であり、いつでも分割を請求することができ、長期の拘束を認めないのが民法256条の趣旨、内容。
  民事p45
名古屋地裁H29.3.31  
  クラブの経営者にみかじめ料を支払わせた⇒暴力団組長の不法行為責任と最上位の指定暴力団の組長の使用者責任(肯定)
  事案 暴力団幹部がクラブの経営者に長期にわたってみかじめ料を支払わせた⇒経営者が暴力団幹部のほか、組長に対して損害賠償を請求。 
Xは、みかじめ料の支払要求が暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律31条の2に該当すると主張
⇒Y2に対して不法行為に基づき、Y1に対して使用者責任等に基づき、
みかじめ料合計1085万円、確定遅延損害金523万4718円、慰謝料500万円、弁護士費用相当の損害につき損害賠償等請求をした。
  争点 ①Y2の不法行為責任の成否・損害額
②Y1の使用者責任の成否・損害額
③Y2の不当利得の成否、民法708条の該当性等 
  判断 ①Xのクラブの開店、②Y2のみかじめ料の要求、③みかじめ料の減額要請、④みかじめ料の支払、⑤指定暴力団の条の金制度等の事実を認定

Y2のみかじめ料の徴収行為については、Xの意思決定の自由を奪い、Xの意思に反した財産処分を強制する行為であり、Xの意思決定の自由及び財産を侵害する行為

Y2の不法行為責任を肯定し、
みかじめ料合計1085万円、確定遅延損害金523万4718円、慰謝料150万円、弁護士費用120万円の損害を認めた。
Y1の使用者責任について、
Y1は、K組又はL会の下部組織の構成員を、直接間接の指揮の下、それらの威力を利用して資金獲得活動に係る事業に従事させていた等⇒使用者と被用者の関係を認め、
Y2が取得したみかじめ料はK組又はL会の威力を利用して資金獲得活動をすることの対価として、上納金制度を介してK組又はL会に支払われていた⇒Y1の業務の執行であったことを肯定

Y1の使用者責任を肯定し、請求を認容。
  民事p55
東京地裁H28.10.14  
  土地の所有者である個人に対して投資事業を勧誘し、取引を行った不動産業者につき、事業収支見込みに関する情報提供・説明義務違反に係る不法行為(肯定)
  事案 土地の所有者が不動産業者と賃貸建物の建築、管理委託を契約し、契約が履行されていた間に収益見込みに問題が生じた⇒不動産業者の情報提供・説明義務違反に係る不法行為の成否が問題。 
Xは、Yに対し、虚偽・不当な勧誘、説明義務違反を主張し、不法行為に基づき本件建物の建築等に要した金額と売却価格の差額1億8885万円、弁護士費用の一部115万円の損害賠償を請求。
  争点 ①虚偽・不当な勧誘、説明義務違反による不法行為の成否
②損害の発生
③因果関係の有無 
  判断  X・Yの属性、利益状況によれば、Yは、本件請負契約の勧誘、説明に際し、Xに対し、契約を締結するか否かにつき的確な判断ができるような正確な情報を提供し、適切な説明をすべき信義則上の義務がある。 
本件では、虚偽・不当な勧誘・説明に関する多くのXの主張は排斥。
but
修繕費に関する説明については、本件建物の大規模修繕が必要になるところ、Yの提案書等による説明は極めて過小であり、駐車場契約における負担が相当に軽度であることに鑑みると、Xが多額のローン債務を負担してまで本件賃貸事業を選択しなかった可能性が高い。
⇒修繕費を含む事業収支見込みについての前記義務違反に係る不法行為を肯定。
Xの本件建物の売却によって損害を拡大させたとは認められない⇒因果関係を肯定した上、本件建物の建築等の費用と売却価格の差額1億8885万円の損害を認めた。
本件賃貸事業による収益のうちローン返済分(1億602万3240円)を控除。
他の収益(8561万7681円)の損益相殺は駐車場収入を得られなくなったものであり、全額を損益相殺することは公平の見地から相当ではない⇒一部(5583万3333円)の損益相殺を認め、弁護士費用115万円の損害を認めて(損害額合計5419万2412円)、請求を一部認容。
  民事p65
さいたま地裁H29.3.1  
  宿泊施設の経営者と路上生活者との間の契約の、公序良俗違反、不法行為、不当利得(肯定)
  事案 X1、X2は、路上生活をしていた際、Y1の指示を受けて事業を手伝っていた者から、Y1ないしY2(Y1が代表取締役を務める会社)の経営する施設に入居するよう勧誘され、これに応じて施設での生活を始める傍ら、Y1の従業員の指示により福祉事務所に虚偽の説明をするなどして生活保護費を受給し始め、受領した生活保護費全額をY1に交付。 
X1、X2は、
①Y1の経営する施設における生活環境が劣悪であり、生存権や財産権、プライバシー権等の人権を侵害するものであると主張⇒Y1、Y2に対し、民法709条又は会社法429条1項に基づき、慰謝料の支払を求めるとともに、
②X2、X2とY1との間の施設利用契約が社会福祉法違反、公序良俗違反等により無効⇒Y1に対し、不当利得返還請求権に基づき、Y1がX1、X2から受領した生活保護費のうち現金交付分を控除した残額の返還を求め、
③X2は、Y1、Y2の経営する工場でY1、Y2の業務に従事した際、切断機で中指切断等の傷害を負ったことが使用者としての安全配慮義務違反に当たると主張⇒Y1、Y2に対し、債務不履行に基づく損害賠償を請求。
  判断 ①X1、X2が入居した施設における生活環境は、居住空間の狭さやプライバシーに対する配慮不足、提供される食事や衣類の質・量等からして相当劣悪なものであり、Y1がX1、X2に提供したサービスの内容は、X1、X2に与えていた小遣いを含めても、X1、X2から受領した生活保護費等と比較して相当に低廉であったと考えられる
②Y1は、Y1の従業員を使って、X1、X2を勧誘し、X1、X2に虚偽の事実を福祉事務所に告げるよう指示して生活保護を受給させた上、X1、X2から生活保護費全額を受領し、これを他人名義の口座で管理してその一部をY1の私用に充てていたこと、
③Y1はX1、X2に対して生活保護基準に満たない劣悪なサービスを提供するのみであり、その差額を不当に収受していたこと

X1、X2とY1の施設利用契約は、生活保護法の趣旨や社会福祉法の趣旨に反するものとして公序良俗違反により無効であり、
Y1はX1、X2の最低限度の生活を営む利益を侵害したものとして、民法709条に基づく不法行為責任を負う。

X1、X2のY1に対する不法行為に基づく損害賠償請求を一部認容するとともに、X1、X2のY1に対する不当利得返還請求を認容ないし一部認容。 
X2のY1に対する安全配慮義務に基づく損害賠償請求も一部認容。
  知財p84
東京地裁H29.7.27
  薬剤の製造方法に係る特許権を侵害する後発医薬品の販売等ないしその薬価収載⇒先発医薬品の市場におけるシェア喪失と薬価及び取引価格の下落⇒損害賠償請求(肯定)
  事案 本件特許権を第三者と共有する原告が、マキサカルシトール製剤を販売等する被告らに対し、同行為が前記特許権の均等侵害に当たるところ
①同行為により、原告製品(オキサロール軟膏)の市場におけるシェアが下落し、
②被告らにおけるマキサカルシトール製剤の薬価収載により、原告製品(オキサロール軟膏及びオキサロールローション)の薬価が下落し、それに伴い原告製品の取引価格も下落したことにより、それぞれ損害を被った。

①につき民法709条ないし特許法102条1項に基づき
②につき民法709条に基づき、
それぞれ損害賠償を請求。
  争点  ①均等侵害の成否(被告製品の製造方法が本件特許の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの「特段の事情」の有無のみが争点)
②本件特許の共有者の1人である原告が被告らに対してどの範囲で損害賠償請求できるか
③原告製品の市場シェア喪失による損害額(特許法102条1ただし書所定の事情の有無・割合を含む。)
④原告製品の取引価格下落による損害額
⑤被告らの過失の有無(均等侵害事案における特許法103条の適用の有無を含む)
⑥原告の過失の有無
⑦特許法102条4項後段の適用の有無
  判断   被告らに対して合計10億円を超える損害賠償金の支払を命じた 
  ●争点① 
被告らは「原告による別件特許出願における明細書の記載等からすれば、原告は、本件特許出願に際しては、被告製品と同じ構造の物質を出発物質とする製造方法について意識的に除外した(均等侵害の第5要件)」旨主張
vs.
別件特許出願において原告が被告製品と同じ構造の物質を記載したとは認められない⇒被告らの主張は前提を欠く
⇒均等侵害の成立を肯定
  ●争点② 
原告は、単に本件特許権の共有者の1人であるにとどまらず、
他の特許権者(共有者)から、その本件特許権に係る持分について独占的通常実施権を設定されており、被告らによる本件特許権侵害は、原告に対する同実施権の積極的債権侵害にあたる

原告は、被告らに対し、同侵害行為による逸失利益全額について損害賠償できる
同共有者が侵害者に対して権利行使し得る場合が制限されている⇒被告らの二重払いのリスクがあるとは解されない。
  ●争点③ 
規定 特許法 第102条(損害の額の推定等)
特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。
特許法102条1項に基づいて、ほぼ原告の主張どおりの損害額を認め、その際、原告製品の薬価ないし取引価格の下落は被告製品の薬価収載によって発生⇒原告製品の薬価下落前の取引価格を前提として原告の損害額を計算。
特許法102条1項但書所定の事情について、

被告らの主張する諸事情:
①原告製品には、被告製品以外ににも複数の競合品(薬効や作用機序もほぼ同じ)があり、
②被告製品は後発医薬品であり価格が安く、医師も、薬剤処方の際に価格も考慮している
⇒被告製品は原告製品だけでなく競合品のシェアをも一定程度奪っていたと認められる。

原告が主張する諸事情:
原告製品、被告製品、競合品はいずれも医師の処方箋が必要な薬品であり、有効成分が同じ原告製品から被告製品への変更は患者が自由に行えるものの、有効成分が異なる競合品から被告製品への変更は、患者にとって必ずしも容易でない。

を総合的に考慮⇒1割の推定覆滅を認めた。
  争点④ 
原告の損害のうち薬価下落に基づくものについて、
①新薬創出・適応外薬解消等促進加算という制度が実際に存在し、しかも、同制度に基づく加算は厚生労働省が裁量で行うものではなく、所定の用件を充たす新薬であれば一律に同制度による加算を受けられる⇒これは法律上保護される利益というべき。
②被告製品が薬価収載されなければ原告製品の薬価は下落しなかったものと認められる⇒同下落は被告製品の薬価収載によるもの
③医薬品メーカーや販売代理店が販売する医薬品の価格も薬価を基準として定められる⇒原告とその取引相手との間における取引価格の下落についても、被告製品の薬価収載に基づく損害

同下落に係る損害賠償請求を認めた。
  ●争点⑤ 
  規定 特許法 第103条(過失の推定)
他人の特許権又は専用実施権を侵害した者は、その侵害の行為について過失があつたものと推定する。
  被告ら:特許法103条は均等侵害の場合を想定しておらず、仮に想定していたとしても、被告らに過失はなかった。
vs.
特許法103条は、その文言上、均等侵害の場合に適用されないとすうr根拠がない上、被告らの本件訴訟前の対応等からすれば、被告らに過失がなかったとはいえない。 
  ●争点⑥ 
単に被告製品と同じ構造の物質の製造方法を特許出願の際に記載しなかったことをもって、原告に過失があったとはいえない。
  ●争点⑦ 
規定 特許法 第102条(損害の額の推定等)
4 前項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない。この場合において、特許権又は専用実施権を侵害した者に故意又は重大な過失がなかつたときは、裁判所は、損害の賠償の額を定めるについて、これを参酌することができる。
本件に特許法102条4項後段を適用して、損害額を減額すべき事情はない。 
  解説  後発品(特許侵害品)の販売開始によって先行品が値下げを余儀なくされたことによる逸失利益について、民法709条に基づく損害賠償請求を肯定する学説が多数。
but
「製品等の値下げの要因は様々であり得るため、このような因果関係の立証は必ずしも容易でない」と指摘される。 
本件:
新薬創出・適応外薬解消等促進加算という制度⇒「薬価収載後15年以内で、かつ後発品が収載されていないこと」を条件の1つとして、原告製品の薬価が継続的に維持されていたところ、被告製品が薬価収載されたことにより原告製品の薬価が下落

被告製品が薬価収載されたことと、原告製品の薬価が下落したこととの間に因果関係があると認められた。
  特許法102条1項ただし書きに基づく推定覆滅について: 
①市場における競合品の存在
②侵害者の営業努力やブランド力、宣伝広告
③侵害品の性質
④市場の非同一性すなわち価格や販売形態の相違
などが特許法102条1項ただし書所定の「販売することができないとする事情」となるかについて、
肯定説(非限定説)が通説。
本件:
①原告製品・被告製品ともに意思の処方箋を必要とする処方薬⇒有効成分を同じくする原告製品・被告製品間の変更を除き、需要者(患者)が自由に薬品を変更することはできず、必ず医師に処方箋を変更してもらう必要がある⇒需要者が自由に他社製品(競合品)を選択できる場合と同視することはできない。
他方で、
②医師も、薬品を処方する際には、性能がほぼ同等の競合品があることや、患者にとって経済的負担が少ない薬品(被告製品)を処方しようとする動機付けがあること等。

1割につき推定覆滅が認められたもの。
  特許法102条4項後段は、一定の場合に裁判所の裁量による損害額の減額を定めるが、同条項を適用して損害額を減額した事例はほとんどない。 
2357、2358   
  広島高裁H29.12.13  
  伊方原発3号炉運転差止仮処分命令申立訴訟広島高裁決定 
  事案 広島市及び松山市に居住するXらが、四国電力(Y)が設置した発電用原子炉施設である伊方発電所3号炉(「本件原子炉」)及びその附属施設は、地震、火山の噴火、津波等に対する安全性が十分でない⇒これらに起因する過酷事故が生じる可能性が高く、そのような事故が起これば、外部に大量の放射性物質が放出されてXらの生命、身体、精神及び生活の平穏等に重大・深刻な被害が発生するおそれがある。
⇒Yに対して、人格権の妨害予防請求権に基づいて、本件原子炉の運転j差止めの仮処分を求めた事案。 
  原審 Xらの仮処分命令申立てをいずれも却下。 
  判断 ①火山事象の影響による原子炉施設の危険性の評価について、本件原子炉施設が改正原子炉等規正法に基づく新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断は不合理
②相手方電力会社において本件原子炉施設の運転等により申立人らがその生命、身体に直接的かつ重大な被害を受ける具体的危険が存在しないとの主張、疎明を尽くしたとは認められない

仮処分申立てを却下した原決定を取り消し本件原子炉の運転停止を命じた。 
保全の必要性の判断において、係属中の本案訴訟において証拠調べの結果異なる判断がなされる可能性もある等⇒相手方に原子炉の運転停止を命じる期間に限定を付した。
  判断・検討   ●本件についての司法審査のあり方に関する判断 
  人格権に基づく妨害予防請求権として発電用原子炉の差止めを求める仮処分を申し立てた場合、
申立人は、被保全権利として、
「当該発電用原子炉施設が客観的にみて安全性に欠けるところがあり、その運転等によって放射性物質が周辺環境に放出され、その放射線被曝によりその生命、身体に直接的かた重大な被害を受ける具体的危険が存在すること」(「具体的危険の存在」)について主張疎明責任を負う。
①改正原子炉等規制法は4号要件の存否につき原子力規制委員会の審査を経ることとしている⇒発電用原子炉を設置する事業者は、原子炉施設に関する同審査を経ることを義務付けられた者としてその安全性について十分な知見を有しているはず。
②原発事故の特性。

申立人が当該発電用原子炉施設の安全性欠如に起因して生じる事故によってその生命、身体に直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域に居住する者である場合には、
設置運転の主体である相手方事業者の側において、まず
「当該発電用原子炉施設の設置運転によって放射性物質が周辺環境に放出され、その放射線被曝により当該施設の周辺に居住等する者がその生命、身体に直接的かつ重大な被害を受ける具体的危険が存在しないこと」(「具体的危険の不存在①」)について相当の根拠資料に基づき主張疎明をする必要があり、
相手方事業者がこの主張疎明を尽くさない場合には、具体的危険の存在が事実上推定される。
原子力規制委員会の審査は、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされている

相手方事業者は、その設置運転する発電用原子炉施設が原子炉等規正法に基づく設置(変更)許可を通じて原子力規制委員会において用いられている具体的な審査基準に適合する旨の判断が同委員会により示されている場合には、
具体的危険の不存在①の主張疎明に代え
「当該具体的審査基準に不合理な点のないこと及び当該発電用原子炉施設が当該具体的審査基準委適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点がないことないしその調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤欠落がないこと」(「規準の合理性及び基準適合判断の合理性」)を相当の根拠資料に基づき主張疎明すれば足りる。
相手方事業者が規準の合理性及び基準適合判断の合理性について自ら必要な主張疎明を尽くさず、又は申立人による相手方事業者の前記主張疎明を妨げる主張疎明(反証)の結果として基準の合理性及び基準適合判断の合理性の主張疎明が尽くされない
⇒「基準の不合理性又は基準適合判断の不合理性」が事実上推定される。
そして、この場合、相手方事業者は、それにもかかわらず、当該発電用原子炉施設の運転等によって放射性物質が周辺環境に放出され、その放射線被曝により当該申立人の生命、身体に直接かつ重大な被害を受ける具体的危険が存在しないこと(「具体的危険の不存在②」)を主張疎明しなければならない。
  Xらは、本件原子炉施設の安全性欠如に起因して生じる事故(放射性物質の放出)によって、その生命、身体に直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域に居住。
Yは、原子炉規制委員会から本件原子炉施設につき平成27年7月15日に設置(変更)許可を受けている⇒具体的危険の不存在①の主張疎明に代え、基準の合理性及び基準適合判断の合理性の主張疎明をすることができ、実際にも同主張疎明を行っている。

Xらの反証を考慮に入れた上で、Yが規準の合理性及び基準適合判断の合理性の主張疎明に奏功したといえるか否か、
Yがこの点の主張疎明に失敗した場合に具体的危険の不存在の主張疎明に奏功しているか否かについて判断。
本件の争点は本件原子炉の運転によりXらの生命、身体等の人格権が侵害される具体的危険があるかどうか。
その危険あり⇒Yが本件j原子炉の運転を継続することは違法であって、原子力発電の必要性や公共性が高いことを理由として、本件原子炉の運転を継続することは許されない。
  ●本件原子炉の運転によりXらの生命、身体等の人格権が侵害される具体的危険の存否についての判断 
  ◎  本件原子炉施設の設置(変更)許可に際しての具体的審査基準である新規規制基準については、手続上も実体上も、その合理性を失わせる瑕疵は見当たらない。
  本件原子炉施設が新規性基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点がなかった否か、並びにその調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤欠落がなかったか否かの点につき・・・については、新規制基準の定め(これを具体化した地震ガイド、津波ガイドを含む。)は合理的であり、新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断も合理的。
  but
以下の通り判断し、Xらの主張のうち火山事象の影響による危険性に関する新規制基準及びそれに基づく原子力規制委員会の判断は不合理であり、Yにおいて具体的危険の不存在の主張、疎明を尽くしたとは認められない。 
火山ガイドは、安全施設は、想定される自然現象(火山の影響を含む。)が発生した場合においても安全機能を損なわないものでなければならない(設置許可基準6条1項)等の新規制基準を受け、
「火山の影響」について、原子力発電所への火山影響を適切に評価するため、
完新世(約1万年前まで)に活動した火山を将来の活動可能性を否定できない火山とし、
これを前提として、「立地評価」と「影響評価」の二段階で評価することとしている。

立地評価:主として火山活動の将来の活動可能性を検討しながら、設計対応不可能な火山事象(火砕物密度流、溶岩流、岩屑なだれ、地滑り及び斜面崩壊、新しい火口の開口並びに地殻変動)が原子力発電所の運用期間中にその敷地に到達する可能性を評価することで、原子力発電所の立地として不適切なものを排除するもの。

影響評価:立地評価の結果、立地が不適とされない敷地について、設計対応可能な火山事象(降下火砕物、火山性土石流、火山泥流及び洪水、火山から発生する飛来物(噴石)、火山ガス、津波及び静振、大気現象、火山性地震とこれに関連する事象並びに熱水系及び地下水の異常)に対する施設や設備の安全機能の確保を評価するもの。

このような新規制基準の内容は国際基準とも合致しており、合理性を肯定することができる。
Yは、新規制基準に従い、本件発電所から半径160kmの範囲の領域(「地理的領域」)にあり、本件発電所に影響を及ぼし得る火山として、鶴見岳、由布岳、九重山、阿蘇(本件発電所の敷地殿距離130km)、阿武火山群、姫島、高平火山群を抽出しているが、その抽出の過程には格別不合理な点は見当たらない。
火山ガイドは、抽出された検討対象火山について、
①将来の活動可能性を評価する際に用いた調査結果と必要に応じて実施する②地球物理学的及び③地球化学的調査の結果を基に、原子力発電所の運用期間(原則として40年)中における検討対象火山の活動可能性を総合的に評価し、当該火山の活動の可能性が十分小さいかどうかを判断すべきものとしている。
but
現時点の火山学の知見を前提とした場合に、前記①ないし③の調査によりそのような判断ができると認めるに足りる証拠はない。
⇒本件では、検討対象火山の活動の可能性が十分小さいと判断できない。

火山ガイドに従い、次に、火山活動の規模と設計対応不可能な火山事象の本件発電所の敷地への到達可能性を評価。
検討対象火山の調査結果からは原子力発電所運転期間中に発生する噴火規模もまた推定することはできない⇒検討対象火山の過去最大の噴火規模(本件では阿蘇4噴火)を想定し、これにより設定対応不可能な火山事象が原子力発電所に到達する可能性が十分小さいかどうかを検討する必要。
Yは、
①本件発電所敷地の位置する佐田岬半島において阿蘇4火砕流堆積物を確認したとの報告がない
②敷地周辺における地表調査、ボーリング調査等において阿蘇4火砕流大切物は確認されない
③解析ソフトによるシミュレーション結果等
⇒阿蘇4火砕流は敷地まで達していないと判断。
but
火山ガイドにおいて160kmの範囲が地理的領域とされるのは、国内最大規模の噴火である阿蘇4噴火において火砕物密度流が到達した距離が160kmであると考えられているため⇒阿蘇から130kmの距離にある本件敷地に火砕流が到達する可能性が十分小さいと評価するためには、相当程度に確かな疎明が必要
but
Y主張の根拠からは、本件敷地に火砕流が到達しないと判断することはできない。

「設計対応不可能な火山事象が原子力発電所運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価されない火山がある場合」
に当たり、原子力発電所の立地は不適⇒当該施設に原子力発電所を立地することは認められない(火山ガイド)。
  原決定(及び原決定が引用する福岡高裁宮崎支部H28.4.6):
過去の最大規模の噴火がいわゆる破局噴火であってこれにより火砕物密度流等の設計対応不可能な火山事象が当該発電用原子炉施設に到達したと考えられる火山が当該原子炉施設の地理的領域に存在する場合であっても、当該原子炉施設の運用期間中にそのような噴火が発生する可能性が相応の根拠を持って示されない限り、立地不適としなくても、原子炉等規正法、設置認可基準規則6条1項の趣旨に反しないと判示。
but
原子力規制委員会が行う安全性審査の基礎となる基準の策定及びその基準への適合性の審査においては、原子力工学はもとより多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が必要⇒4号要件が審査基準を原子力規制委員会規則で定めることとしているのは、同号の基準の作成について、原子力利用における安全の確保に関する科学的、専門技術的知見に基づく合理的な判断に委ねる趣旨。

当該裁判所の考える前記社会通念に関する評価と火山ガイドの立地評価の方法・考え方の一部との間に乖離があることをもって、火山ガイドが考慮すべきと定めた自然災害について原決定判示のような限定解釈をして判断基準の枠組みを変更することは、原子炉等規制法及び設置許可基準規則6条1項の趣旨に反し許されない。
 
立地評価についてYによる基準適合判断の合理性の疎明がされたということはできない⇒原子力規制委員会の基準適合判断の不合理性が事実上推定
but
本件前疎明資料によっても、Yによる具体的危険の不存在②の主張疎明がなされたとは認め難い。

被保全権利の疎明がされた。
  ●保全の必要性についての判断 
本件原子炉は稼働中⇒保全の必要性が認められる。
but
係属中の本案訴訟において、証拠調べの結果、本案裁判所が異なる判断をする可能性もある事等⇒Yに対し運転停止を命じる期間は、平成30年9月30日までと定めるのが相当。
  行政
最高裁H29.10.31   
  公選法204条の選挙無効訴訟において選挙人が選挙無効の原因として被選挙権の年齢制限規定の意見を主張できるか?(否定)
  事案 平成28年7月10日に施行された参議院議員通常選挙の選挙人であるXが、
①参議院議員の被選挙権を有する日本国民を年齢満30年以上のものとしている公選法10条1項2号の規定(「本件規定」)が憲法14条1項等に違反する、
②本件選挙当時の公選法14条、別表第3の参議院(選挙区選出)議員の議員定数配分規定が憲法14条1項等に違反する
⇒Y(東京都選挙管理委員会)を相手に、本件選挙における東京都選挙区選出議員選挙を無効とすることを求めて提起した選挙無効訴訟。
  争点 ①公選法204条の選挙無効訴訟において選挙人が同法205条1項所定の選挙無効の原因として本件規定の違憲を主張することの可否
②本件規定の憲法適合性
③本件定数配分規定の憲法適合性
  判断 公選法204条の選挙無効訴訟において、選挙人は、同法205条1項所定の選挙無効の原因として本件規定の意見を主張することはできない。 
最大判H29.9.27を引用し、本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる著しい不平等状態にあったものとはいえず、本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない。
  規定 行訴法 第5条(民衆訴訟)
この法律において「民衆訴訟」とは、国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものをいう。
  行訴法 第42条(訴えの提起) 
民衆訴訟及び機関訴訟は、法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる。
公選法 第204条(衆議院議員又は参議院議員の選挙の効力に関する訴訟)
衆議院議員又は参議院議員の選挙において、その選挙の効力に関し異議がある選挙人又は公職の候補者(衆議院小選挙区選出議員の選挙にあつては候補者又は候補者届出政党、衆議院比例代表選出議員の選挙にあつては衆議院名簿届出政党等、参議院比例代表選出議員の選挙にあつては参議院名簿届出政党等又は参議院名簿登載者)は、衆議院(小選挙区選出)議員又は参議院(選挙区選出)議員の選挙にあつては当該都道府県の選挙管理委員会を、衆議院(比例代表選出)議員又は参議院(比例代表選出)議員の選挙にあつては中央選挙管理会を被告とし、当該選挙の日から三十日以内に、高等裁判所に訴訟を提起することができる。
公選法 第205条(選挙の無効の決定、裁決又は判決)
選挙の効力に関し異議の申出、審査の申立て又は訴訟の提起があつた場合において、選挙の規定に違反することがあるときは選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り、当該選挙管理委員会又は裁判所は、その選挙の全部又は一部の無効を決定し、裁決し又は判決しなければならない。
  解説  公選法204条の選挙無効訴訟は、民衆訴訟(行訴法5条)であり、裁判所法3条1項の「法律上の争訟」ではなく、同項の「その他法律において特に定める権限」に含まれるものとして、「法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる」ものである(行訴法42条)。
このような民衆訴訟である選挙無効訴訟につき、公選法204条は、「選挙人又は公職の候補者」のみがこれを提起し得るものと定め、同法205条1項は、同訴訟において主張し得る選挙無効の原因を「選挙の規定に違反することがあるとき」と規定。
  公選法205条1項にいう「選挙の規定に違反することがあるとき」の意義については、主として選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき又は直接そのような明文の規定は存在しないが選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときを指すものと解されている(最高裁昭和27.12.4)。
最高裁H26.7.9:
公選法204条の選挙無効訴訟は、同法において選挙権を有するものとされている選挙人らによる候補者に対する投票の結果としての選挙の効力を選挙人又は候補者が上記のような無効原因の存在を主張して争う争訟方法であり、同法の規定において一定の者につき選挙権を制限していることの憲法適合性については、当該者が自己の選挙権の侵害を理由にその救済を求めて提起する訴訟においてこれを争うことの可否はおくとしても、同条の選挙無効訴訟において選挙人らが他者の選挙権の制限に係る当該規定の違憲を主張してこれを争うことは法律上予定されていない

選挙人が公選法204条の選挙無効訴訟において同法205条1項所定の選挙無効の原因として前記各規定の違憲を主張することはできない。

自己の選挙権の制限について主観訴訟で争い得る余地があることを示唆しているのは、最高裁が、公選法205条1項所定の選挙無効の原因に当たるか否かにつき、他に同法の規定の違憲を主張してその是正を求める手段があるか否かという観点をも考慮した上で判断していることを示すもの。
(最高裁昭和51.4.14も、他に是正を求める機会がないこと等を理由として公選法204条に基づくいわゆる定数訴訟の提起を認めている。)
  本件規定による被選挙権の制限については、これにより本件選挙に立候補することができなかった満30歳未満の国民が自ら主観訴訟(公法上の法律関係に関する確認の訴え)を提起してこれを争う余地がある。 
  民事p3
最高裁H29.11.16 
  再生債務者の無常行為の否認につて債務超過であることが必要か?(不要)
  事案 ㈱ユタカ電機製作所(A社)の民事再生手続において、上告人Xが再生債権として届出をした連帯保証債務履行請求権につき、再生管財人である被上告人Yがその連帯保証契約(本件連帯保証契約)に対し無償行為否認をし、その額を0円と査定
⇒Xがその変更を求める異議の事案。
  規定 民再法 第127条(再生債権者を害する行為の否認) 
次に掲げる行為(担保の供与又は債務の消滅に関する行為を除く。)は、再生手続開始後、再生債務者財産のために否認することができる。

3 再生債務者が支払の停止等があった後又はその前六月以内にした無償行為及びこれと同視すべき有償行為は、再生手続開始後、再生債務者財産のために否認することができる。
  事実 グラス・ワンホールディングス㈱(B社)は、平成26年4月、㈱トーヨーコーポレーション(C社)から、A社の株式の買収資金として13億円を借り受けた。 
B社は、A社を買収後、A社から6億円を借り受けて一部弁済。
Xは、C社と代表者を共通とする関係会社であるが、
平成26年8月29日、C社からB社に対する貸金債権(元本残額役7億円)の譲渡を受け、A社との間で、A社が前記貸金債権に係るB社の債務を連帯して保証する旨の本件連帯保証契約を締結。
A社は、平成27年2月18日、再生手続開始の申立てをし、その後、再生手続開始決定。
Xが平成27年4月にA社に対する連帯保証債務履行請求権を再生債権として届け出た⇒Yは、XとA社との間の連帯保証契約につき無償行為否認をして、Xの届け出た再生債権を認めないとの認否。
Xが東京地裁に、再生債権につき査定の申立て
⇒同裁判所は平成27年10月、Yの無償行為否認の行使を認め、前記再生債権につき0円と査定する決定。
⇒Xが本件査定決定の変更を求めて本件訴えを提起
⇒一審、原審共に、本件査定決定を認可すべきものとした。
⇒Xが上告受理申立て。
  判断 再生債務者が無償行為若しくはこれと同視すべき有償行為の時に債務超過であること又はその無償行為等により債務超過になることは、民再法127条3項に基づく否認権行使の要件ではないと判断し、
上告を棄却。 

①民再法127条3項に再生債務者の債務超過等を否認権行使の要件とすることをうかがわせる文言がない
②同項の趣旨が「その否認の対象である再生債務者の行為が対価の伴わないものであって再生債権者の利益を害する危険が特に顕著であるため、専ら行為の内容及び時期に着目して特殊な否認類型を認めたことにある」
  解説  債務者の行為の効力を否認する否認権を発動するためには、その債務者の行為によって債権者を害する結果が生ずるだけではなく、更にその発動を正当化す根拠が必要。 
①その行為の時に、債務者の財務状況が破綻しており、その行為の相手方がそれを認識しているということを正当化根拠とする危機否認
②その行為の時に債務者が債権者を害する意図を持ち、その行為の相手方がそれを認識していることを正当化根拠とする故意否認
③その行為が無償性を有することを正当化根拠とする無償否認
という3類型。 
  再生手続において無償行為否認をするに当たり、再生債務者の資産状況の悪化を必要とするか?

A:必要説
←民再法127条1項又は2項の詐害行為否認をするに当たり再生債務者の資産状況の悪化を要するものと解されるところ、平成16年の一連の倒産法改正における民再法の改正により無償行為否認が詐害行為否認の一類型とされたという体系的な理解。

〇B:不要説

①無償行為否認については、前記一連の倒産法改正において、実質的な議論がほとんどされず、法文上も基本類型(民再法127条1項)と組み合わせて否認が基礎付けられる同条2項とは異なり、同条3項においては単独で否認が基礎付けられており、無償行為否認の行使要件につき実質的な改正がされなかったものとみるのが相当。
②改正前においては、否認の対象となり無償行為等の際の債務者の資力を問題とする必要性を採るものは見当たらず、これを問題としない不要説が通説。 
2356   
  p3
福島地裁H29.10.10   
  東京電力福島第一原発事故福島訴訟(生業訴訟) 
  ■事案
全国各地で審理されている福島原発事故集団訴訟のうち、福島地裁で出された、通常「生業訴訟」の第一審判決。
福島第一原子力発電所の事故により、Xらの本件事故当時の居住地(旧居住地)が放射性物質により汚染されたとして、

Xら(死亡原告を除く)が、Yらに対し、
人格権又は
Y1(国)に対しては国賠法1条1項、
Y2(東電)に対しては民法709条
に基づき、
Xらの旧居住地における空間線量率を本件事故前の値である0.04マイクロシーベルト毎時如何にすることを求める(原状回復請求)
とともに、

Xらが、Yらに対し、
Y1に対しては国賠法1条1項、民法710条、
Y2に対しては、
主位的に民法709条、710条、
予備的に原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)3条1項に基づき
各自、平成23年3月11日から旧居住地の空間線量率が0.04マイクロシーベルト毎時以下となるまで(承継原告については、死亡原告の死亡時まで)の間、
1か月5万円の割合による平穏生活権侵害による慰藉料、
1割相当の弁護士費用、
提訴時までの確定損害金に対する平成23年3月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め(平穏生活権侵害)、

Xらのうち40名(死亡原告を含み、承継原告を含まない。)が、Yらに対し、前記二と同様の根拠法条に基づき、各自、「ふるさと喪失」による慰藉料として2000万円、1割相当の弁護士費用、これに対する平成23年3月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め(ふるさと喪失)た事案。
本判決:
原状回復請求に係る訴え及び将来請求に係る訴えを却下し、
Y1の規制権限不行使による国家賠償責任を認め、
Y2に対し、一般不法行為責任を否定したが原賠法上の責任を認め、
平穏生活権侵害に基づき、
Xらのうち2907名に対して総額4億9795万円(Y1に対しては2905名に対し総額2億5023万円)の支払を命じた。
    ■原状回復請求
請求不特定⇒却下。
なお書きで、実現可能性も欠けるとした。
一般に、結果発生を防止すべき作為の内容を特定することなく、一定の侵害の結果(一定値以上の騒音の到達など)を発生させることの禁止を求める抽象的不作為請求は適法とされている(大阪高裁H4.2.20、最高裁H7.7.7、最高裁H5.2.25)が、
本判決は、抽象的不作為請求が適法とされているからといって、除染等の作為を必要とする抽象的作為請求まで適法となるものではないとした。
本判決は、Xらの用語に従い「原状回復請求」と呼称しているが、仮に請求が特定され、人格権侵害が認められたとしても、妨害排除請求として認められるのは人格権の侵害が解消される程度までの低減であり、当然に本件事故前の空間線量率への「原状回復」が認められるものではない。
  ■  ■将来請求
判断:口頭弁論終結の翌日以降に発生する精神的損害の賠償を求める訴えは、将来請求としての適格性を満たしておらず、不適法。
  ■  ■国の責任
  ●規制権限不行使の違法性の判断枠組み 
判断:
判例の枠組みに沿い、
国の規制権限不行使の違法性の判断枠組みにつき、
その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、
具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは
国賠法1条1項の適用上違法となる。
「著しく合理性を欠く」とは、
裁量権の逸脱、濫用が認められる(当不当の問題にとどまらない)という趣旨であって、
行政庁の違法を著しい違法とそこまでに至らない違法とに区別して、後者について行政庁の責任を問わないという趣旨ではない。
  ●規制権限 
Y1:電気事業法(平成14年法律第65号による改正前のもの)40条に基づく技術基準適合命令は基本設計に及ばず、Xらの主張する津波対策は、いずれも基本設計に関する事項⇒詳細設計についての規制である技術基準適合命令により是正させることはできなかったと主張。
判断:
経済産業大臣は、原子炉施設が技術基準に適合しないと認められる場合には技術基準適合命令を発することが可能であり、基本設計の変更に及び得ないという制約があったとは認められない。
  ●予見可能性 
本判決:
文科省自身調査研究推進本部自身調査委員会が平成14年7月31日に作成・公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(長期評価)⇒福島第一原発1~4号機敷地高さを超える津波の到来についての予見可能性を肯定。
  ●回避可能性 
判断:
Y1が、平成14年7月31日に「長期評価」が公表された後、「長期評価」に基づくシミュレーションを行うのに必要な合理的期間が経過した後である平成14年12月31日頃までに、Y2に対し、非常用電源設備を技術基準に適合させるよう行政指導を行い、Y2がこれに応じない場合には、技術基準適合命令を発する規制権限を行使していれば、Y2は、
①非常用電源設備の設置されたタービン建屋等の水密化及び
②重要機器室の水密化
を実施し、
平成14年末から8年以上後である平成23年3月11日に本件津波が到来するまでに対策工事は完了していたであろうと認められ、そうしていれは本件事故は回避可能であった
⇒回避可能性を肯定。
前橋判決も肯定。
千葉判決:
(1)本件事故前の知見を前提に津波対策を施す場合には防潮堤を作るというのが工学的見地から妥当な発想であり、
Xらの主張する
①タービン建屋の水密化、
②非常用電源設備等の重要機器の水密化、
③給気口の高所配置及びシュノーケル設置、
④外部の可搬式電源車(交流電源車・直流電源車)の配備
等の結果回避措置を採るべきとはいえない、
(2)防潮堤の建設には、許認可、建設期間等として長い年月を要する⇒本件事故までに工事が完了するとも認められない、
(3)前記①ないし④の結果回避措置を採っていたとしても、本件地震・本件津波は「長期評価」から予見される地震・津波と全く規模が異なるもの⇒本件事故の結果回避につながっとはは必ずしもいえない

回避可能性を否定。
  ●違法性(規制権限不行使の著しい不合理性)
判断:
①Y1は、津波安全性を欠いた福島第一原発に対する規制権限を、規制権限の行使が可能であった平成14年末から8年以上の間、全く行使していなかった
②この規制権限の不行使は、電気事業法の趣旨、目的、技術基準適合命令の性質等に照らし、本件の具体的事情の下において、許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠いていたと認めるのが相当

違法性(規制権限不行使の著しい不合理性)を肯定。
前橋判決も肯定。
千葉判決:
①確立された科学的知見に基づき、精度及び確度が十分に信頼することができる試算が出されたのであれば、設計津波として考慮し、直ちにこれに対する対策がとられるべきであるが、
②規制行政庁や原子力事業者が投資できる資金や人材等は有限であり、際限なく想定し得るリスクの全てに資源を費やすことは現実には不可能であり、かつ、緊急性の低いリスクに対する対策に注力した結果、緊急性の高いリスクに対する対策が後手に回るといった危険性もある
⇒予見可能性の程度が上記の程度ほどに高いものでないのであれば、当該知見を踏まえた今後の結果回避措置の内容、時期等については、規制行政庁の専門的判断に委ねられる。
③「長期評価」の精度・確度は必ずしも高いものではなかった

経済産業大臣において、長期評価における知見を前提とする津波のリスクに対する何らかの規制措置を必要と判断した場合にも、即時に着手すべきとはいえない。

Xらが主張する平成18年までに、様々採り得る規制措置・手段のうち、本件事故後と同様の規制措置を講ずべき作為義務が一義的に導かれるとはいえず、その精度・確度を高め、対策の必要性や緊急性を確認するため、更に専門家に検討を委託するなどして対応を検討することもやむを得ない。


そのような予見可能性の程度及び地震対策の必要性に関する当時の知見に照らせば、平成18年時点で、耐震バックチェックを最優先課題とし、その中で津波対策についても検討を求めることとしたY1の規制判断は、リスクに応じた規制の観点から、著しく合理性を欠くと評価される状況にはなかった、として違法性を否定。
本判決~
平成14年末から本件事故まで8年以上規制権限を行使していなかった点に触れているが、これはY1の主張に応答したものにすぎず、
平成14年末から8年以上経った本件事故直前の時点に至って初めて規制権限不行使が違法となるという趣旨ではなく、平成14年末の時点における規制権限不行使が、その後の事情を考慮しても著しく不合理であるとして違法性を肯定。
①立法不作為の違法性については、立法措置が必要不可欠であることが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合に初めて違法となるとされるのに対し、
②国の行政機関の規制権限不行使の違法性については、予見可能性が認められる時点における規制権限不行使が著しく不合理と認められるか否かを判断するのが一般的であり、
相当期間が経過して初めて規制権限不行使が違法となるような枠組みは採られていない。
千葉判決:
①「確立された科学的知見に基づき、精度及び確度が十分に信頼することができる」知見に対する結果回避義務と、
②「予見可能性の程度が上記の程度ほどに高いものでない」知見に対する結果回避義務とを区別し、
②の場合には資金や人材の有限性といった工学的判断を考慮できるとし、「長期評価」は後者の知見であるから、Y1の判断は著しく不合理とはいえないとした。
前橋判決や本判決:
「長期評価」は、結果回避義務を導くのに十分な予見可能性を示す知見であるとしていた。
一般に、河川の管理については、道路その他の営造物の管理とは異なる特質及びそれに基づく財政的、技術的及び社会的諸制約が存在⇒これらの諸制約を踏まえて設置又は管理の瑕疵について判断。
but
このような財政的制約の考慮は、道路の設置又は管理の瑕疵に適用されるものではなく、国賠法1条の違法性の考慮要素となるものでもないとされている。
  ●相互の保証 
韓国籍、中国籍、フィリピン籍、ウクライナ籍のXについて、
いずれの国籍国との間でも相互保証(国賠法6条)を認めた。
国賠法 第6条〔相互保証〕
この法律は、外国人が被害者である場合には、相互の保証があるときに限り、これを適用する。
  ●国の責任の範囲 
判断:
Y1の責任は原子力事業者であるY2を監督する第二次的なもの⇒Y1の賠償額はY2の賠償額の2分の1にとどまる。
前橋判決:
Y1の責任が補充的なものとはいえない⇒Y2の賠償額と同額
国の規制権限不行使の違法性が認められる場合でも、国の責任の範囲は、第一次的な責任を負う原因企業の責任の一部(原因企業が相被告となっていない場合には、全損害の一部)にとどまるとされることが多い。
  ■  ■原子力事業者の責任
原賠法は原子力損害の賠償に関し民法709条の一般不法行為の適用を排除している

一般不法行為の適用に基づくXらの主位的請求を排斥し、原賠法3条に基づく予備的請求を認容。
  ■    ■損害 
  ●被侵害法益 
  ①月額5万円の平穏生活権侵害慰謝料と
②2000万円のふるさと喪失慰謝料が請求。
判断:
①の被侵害利益について
人は、その選択した生活の本拠において平穏な生活を営む権利を有し、
社会通念上受忍すべき限度を超えた大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭によってその平穏な生活を妨げられない利益を有している。
ここで故なく妨げられない平穏な生活には、生活の本拠において生まれ、育ち、職業を選択して生業を営み、家族、生活環境、地域コミュニティとの関わりにおいて人格を形成し、幸福を追求してゆくという、人の全人格的な生活が広く含まれる。
放射性物質による居住地の汚染が社会通念上受忍すべき限度を超えた平穏生活権侵害となるか否かは、侵害行為の態様、侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の諸般の事情を総合的に考慮して判断すべき。
  前橋判決:
平穏生活権は、自己実現に向けた自己決定権を中核とした人格権であり、
①放射線被曝への恐怖不安にさらされない利益
②人格発達権
③居住移転の自由及び職業選択の自由並びに
④内心の静穏な感情を害されない利益
を包摂する権利。
いったん侵害されると、元通りに復元することのできない性質のもの。
  千葉判決:
避難生活に伴う慰謝料につき、避難指示等により避難等をよぎなくされた者は、住み慣れた生活の本拠からの退去を余儀なくされ、長期間にわたり生活の本拠への帰還を禁止される

居住・移転の自由を侵害されるほか、
生活の本拠及びその周辺の地域コミュニティにおける日常生活の中で人格を発展、形成しつつ、平穏な生活を送る利益を侵害されたということができ、
このような利益は、憲法13条、憲法22条1項等に照らし、原賠法においても保護される。 
  以前:具体的な健康被害がなければ慰謝料が認められない傾向
その後、主観的な不快感や不安感を超える生活妨害については賠償の対象となることが認められるよになり、
水戸地裁土浦支部H23.3.28は、
20年以上にわたり環境基準を超える大気汚染、水質汚濁にさらされ、具体的な健康被害はないが健康被害に対する不安を抱いていたXらに対し、各200万円の慰謝料を認めた。 
最高裁H22.6.29は、棄却事例であるが、
「本件葬儀場の営業が、社会生活上受忍すべき程度を超えて被上告人の平穏に日常生活を送るという利益を侵害しているということはできない。」と判示し、平穏生活権が不法行為法上の被侵害利益となり得ることを認める。
  ●帰還困難区域 
  前橋判決、千葉判決:
Xごとに損害を認定し、Y2からの既払額を控除して損害を認定。
本件は3800名を超えるX

個別に損害及び既払額を認定することはせず、避難指示区分ごとに損害を算定し、
「中間指針(四次にわたる追補を含む。)及びY2の自主賠償規準(合わせて「中間指針等」による賠償額)」を訴訟物から除外し、
「中間指針等による賠償額」を超える損害があるか否かを審理、判断。
  帰還困難区域旧居住者に対しては、
自主賠償規準により、
150万円の日常生活阻害慰謝料
600万円の包括慰謝料
700万円の帰還困難慰謝料(総額1450万円)
が支払われているところ、
中間指針第四次追補及び自主賠償規準の解釈

うち1000万円は「ふるさと喪失」慰謝料に、90万円は生活費増額分に対応し、平穏生活権侵害に対応する「中間指針等による賠償額」は平成26年2月分まで月額10万円の36か月分360万円であるとした上で、
平穏生活権侵害慰謝料として平成26年4月までの月額10万円の38か月分380万円(「中間指針等による賠償額」を超える慰謝料は20万円)を認めた。
  前橋判決:
居住制限区域旧居住者15名、避難指示解除準備区域旧居住者27名の慰謝料は既払い額を超えない。
居住制限区域旧居住者1名の慰謝料は300万円⇒既払額105万円を控除した195万円に弁護士費用を加えた金額を認容。 
  ●居住制限区域・避難指示解除準備区域 
  ●旧特定避難勧奨地点・旧緊急時避難準備区域 
  ●旧一時避難要請区域・旧屋内退避区域 
  ●自主的避難等対象区域 
  ●県南地域・宮崎県丸森町 
  ●区域外 
  ●ふるさと喪失慰謝料 
  ■総括
  民事p121
東京高裁H29.1.18  
  電子マネーサービスを提供する事業者の注意義務(不法行為を肯定)
  事案 Xは、
Y1が提供する携帯電話に電子マネーを記録して使用するこのできるサービスを利用し、
Y2発行のクレジットカードを利用して電子マネーを購入。
携帯電話を紛失
⇒紛失の翌日に携帯電話会社に連絡して携帯電話の通信サービスの利用停止を申し込んだ。
but
その翌日から約2か月の間に合計151回にわたり、購入金額合計291万9000円の電子マネーが使用されていたことが発覚
⇒Xは、発覚の日の翌日にY1に依頼して電子マネーサービスの利用停止を措置を採った。
その後Xは、クレジットカードの利用代金の請求を受取、Y2に対し、同額を支払った。
  請求 主位的請求:
携帯電話の利用停止がされていた⇒Xには同額の支払義務はなく、それにもかかわらずYがそれぞれ支払を受けたことについては法律上の原因がない⇒不当利得返還請求権に基づく支払を求める。
予備的請求:
Yらにはクレジットカードが不正利用されることを防止する注意義務があるのに、それに反した⇒共同不法行為に基づく損害賠償請求。 
  原審 ●主位的請求
第三者による不正使用によるものであったとしても、Xが支払義務を負う⇒不当利得返還請求は理由がない。
  ●予備的請求 
Y1に対する請求:
Xにおいては、利用者として、携帯電話、電子マネー及びクレジットカードの運営会社が別個のものであることを当然に理解し、携帯電話の利用が停止されることによって電子マネーサービスも利用停止されると考えることが合理的であるとはいえない。
Y2に対する請求:
Y2においては、利用明細書を送付して注意喚起を図り、不正使用による損害を防止する義務を尽くした。
  ⇒全部棄却。 
  判断 ●主位的請求
①本件電子マネーのチャージがX本人による申込みと取扱うことができる
②Y2には利得が現存しない
⇒法律上の原因がないと認めることはできない。
  ●予備的請求 
Y2(クレジットカード会社)に対するものは原審を引用して棄却。
Y1の注意義務:
Y1には本件サービスの不正使用を防止するため採るべき措置について適切に約款等で規定し、これを周知する注意義務がある。

①Y1においては、本件サービスが携帯電話の通信サービスの利用停止がされても利用することができたことを認識していた
②携帯電話は通信サービスを利用することを前提としており、これに新たな機能の追加等をするものであるとの認識が一般的⇒通信サービスの利用停止をすれば、本件サービスは利用されないと考える者が現れ得ることを想定するのに困難ではない。
Y1は、
①利用者が携帯電話を紛失した場合に、Y1への通知その他の何らかの手続を必須とすることについて、ホームページ、会員規約や利用約款に記載しておらず、
②通信サービスの利用停止によって、電子マネーの新たなチャージを防止することができるとの認識が誤りであることを示唆する記載もしていなかった
⇒Y1には注意義務違反がある。
Y1の責任免除の主張:
会員規約及び利用規約によれば、故意又は重過失の場合に限り責任を負うとされている
but
この規定は軽過失による責任を全部免除するもので消費者契約法8条1項3号に該当し、無効。
過失相殺の主張:
Xが、Yらに対応を求めるより前に不正利用が明らかな利用明細書の送付を受けている⇒より早くこれを確認していれば、被害の拡大を防止することができた⇒3割の過失相殺。
  規定  消費者契約法 第8条(事業者の損害賠償の責任を免除する条項の無効)
次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。

三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する民法の規定による責任の全部を免除する条項
  解説 本判決:
事業者において
①利用者が採るべき措置について、適切に規定することはもとより、
②周知する注意義務がある。
  平成29年法律第44号による改正民法における定型約款では、利用者への周知がより一層重要な意味を持つ⇒事業者はこの点からも、各種の措置について周知することが求められる。 
2月
   2355
  行政p3
最高裁H29.4.6  
  じん肺管理区分についての決定の取消訴訟の係属中の死亡と訴訟承継(肯定)
  事案 建物の設備管理等の作業に従事する労働者であった亡Aが、福岡労働局長に対し、じん肺法15条1項に基づいてじん肺管理区分の決定の申請⇒管理1に該当する旨の決定⇒じん肺健康診断の結果によれば管理4に該当するとして、Y(国)を相手に、その取消し等を求めた。 
亡Aが第1審口頭弁論終結後に死亡⇒亡Aの妻子であるXらによる訴訟承継の成否が争点。
  原審 本件決定等の取消しによって回復すべき法律上の利益は、管理2以上のじん肺管理区分の決定を受ける地位であるところ、じん肺法上、じん肺管理区分の決定を受けるという労働者等の地位は、当該労働者等に固有のものであり一審専属的なもの。

本件訴訟は亡Aの死亡により当然に終了。 
    Xらが上告受理申立て。
  判断 じん肺管理区分が管理1に該当する旨の決定を受けた常時粉じん作業に従事する労働者又は常時粉じん作業に従事する労働者であった者が管理4に該当するとして提起した右決定の取消訴訟の係属中に死亡した場合には、労災法11条1項に規定する者が当該訴訟を承継する。

更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻し。
  解説 ●取消訴訟の係属中に原告が死亡した場合における訴訟承継の成否
最高裁(昭和42.5.24):
訴訟承継を主張する者が、死亡した原告から、処分の取消しによって回復すべき法律上の利益(原告適格を基礎付ける法律上の利益)を実体法上承継するとみられるかどうかによって判断するとの立場。
  ●じん肺法23条と労災保険法の関係 
じん肺法23条は、「じん肺管理区分が管理4と決定された者・・は、療養を要するものとする」旨を定めているが、これは、その者につき一般的に療養が必要であること及びその者に対する健康管理措置が「療養」であることを明らかにしたものとされている。
同法に「療養」の具体的内容を明らかにした規定が置かれていないのは、「療養」の具体的内容やそのための手続は労基法又は労災法の定めることによるとする趣旨。
じん肺法23条の「・・・・は、療養を要するものとする」との文言も、労災法上の災害補償事由として定められた「じん肺症」(労災法12条の8、労基法75条、労基法規則35条、別表第1の2第5号)が「じん肺のうち療養を要するもの」と解されていたことに対応して定められた。
じん肺管理区分決定の要件や判断方法
⇒じん肺管理区分決定における都道府県労働局長の判断は(じん肺にかかるおそれがあると客観的に認められる)粉じん作業に従事した労働者等を対象として、専ら医学技術上の判断に属するじん肺の所見の有無及び進展の程度に関する事実を確認するものであり、労災保険手続において行われる業務起因性の判断と実質的に同一のもの。

じん肺法23条は、都道府県労働局長により管理4と決定された者が、じん肺法上の健康管理措置である「療養」の措置として、労災法上の災害補償事由(じん肺症にかかった者)に該当するものとして、円滑かつ簡便に労災保険給付の支給を受けられることを明らかにしたもの。
  ●じん肺法23条の本件通達の関係 
本件通達:
労災保険手続において、管理4と決定された者のじん肺を業務上の疾病として取り扱うものとした上、労災保険給付の請求に当たりじん肺管理区分決定を経ることを原則とし、管理4と決定された者についてはその健康診断を行った日に発病したものとみなして所定の事務を行うものとしている。

じん肺法23条及び労災法等の規定を踏まえ、
じん肺に係る労災保険給付に関する事務において、管理4に該当する旨の決定がある場合には業務上の疾病に当たると認めることとした。

管理1に該当する旨の決定を受けた労働者等が当該労災保険給付の請求をした場合には、業務上の疾病に当たるとは認めない扱いとなるものと考えられる。
  民事p9
最高裁H29.9.12  
  破産債権者が破産手続開始後に物上保証人から債権の一部の弁済を受けた⇒実体法上の残債権額を超過する部分の配当方法
  事案 破産手続開始後に物上保証人から債権の一部の弁済を受けた破産債権者であるXが、破産手続開始の時における債権の額として確定したものを基礎として計算された配当額のうち実体法上の残債権額を超過する部分(超過部分)を物上保証人(求償権者)に配当すべきものとした破産管財人Y作成の配当表に対する異議申立ての事案。
Xは、破産会社のB信用金庫に対する借入金債務を保証⇒B信用金庫に対し、その元本全額並びに破産手続開始の決定の日の前日までの利息全額及び遅延損害金の一部を代位弁済。⇒この代位弁済により取得した求償権の元本を破産債権として届け出た。
Cは、Xとの間で、破産会社のXに対する求償金債務を担保するため、自己の所有する不動産に根抵当権を設定⇒その売却代金から、2593万9092円を本件破産債権に対する弁済として支払った。⇒この代位弁済により取得した求償権2593万9092円を予備的に破産債権として届け出た。
破産手続開始の時における債権の額として確定したものを基礎として計算された、本件破産債権についての配当額が4512万4808円であるのに対し、その実体法上の残債権額が3057万2141円⇒超過部分をどのように取り扱うかが問題。
本件配当表は、超過部分を(Cが求償権を届け出たにもかかわらず、Cが代位弁済により取得した「原債権の代位行使という性質において」認めるというYの認否を前提に)Cの債権について配当すべきとした。)
  規定 破産法 第104条(全部の履行をする義務を負う者が数人ある場合等の手続参加)
数人が各自全部の履行をする義務を負う場合において、その全員又はそのうちの数人若しくは一人について破産手続開始の決定があったときは、債権者は、破産手続開始の時において有する債権の全額についてそれぞれの破産手続に参加することができる。
2 前項の場合において、他の全部の履行をする義務を負う者が破産手続開始後に債権者に対して弁済その他の債務を消滅させる行為(以下この条において「弁済等」という。)をしたときであっても、その債権の全額が消滅した場合を除き、その債権者は、破産手続開始の時において有する債権の全額についてその権利を行使することができる
3 第一項に規定する場合において、破産者に対して将来行うことがある求償権を有する者は、その全額について破産手続に参加することができる。ただし、債権者が破産手続開始の時において有する債権について破産手続に参加したときは、この限りでない
4 第一項の規定により債権者が破産手続に参加した場合において、破産者に対して将来行うことがある求償権を有する者が破産手続開始後に債権者に対して弁済等をしたときは、その債権の全額が消滅した場合に限り、その求償権を有する者は、その求償権の範囲内において、債権者が有した権利を破産債権者として行使することができる。
5 第二項の規定は破産者の債務を担保するため自己の財産を担保に供した第三者(以下この項において「物上保証人」という。)が破産手続開始後に債権者に対して弁済等をした場合について、前二項の規定は物上保証人が破産者に対して将来行うことがある求償権を有する場合における当該物上保証人について準用する。
  判断 破産債権者が破産手続開始後に物上保証人から債権の一部の弁済を受けた場合において、破産手続開始の時における債権の額として確定しものを基礎として計算された配当額が実体法上の財債権額を超過するときは、その超過する部分は当該債権について配当すべきである。 
  解説  ●超過部分の取扱い 
(1)超過部分が求償権者と破産財団のいずれに帰属すべきであるか
(2)超過部分が求償権者に帰属すべきであるとして、
①破産手続においては超過部分も含めて債権者に配当した上で、求償権者の債権者に対する不当利得返還請求により処理に委ねるか、
②超過部分を求償権者に配当するか
  ●本決定 
破産法104条1項及び2項の趣旨:
前記各項は、複数の全部義務者を設けることが責任財産を集積して当該債権の目的である給付の実現をより確実にするという機能を有すること(最高裁H22.3.16)に鑑みて、配当額の計算の基礎となる債権額と実体法上債権額との乖離を認めるものであり、その結果として、債権者が実体法上の債権額を超過する額の配当を受けるという事態が生じ得ることを許容している。

超過部分は破産財団に帰属すべきとの見解((1))は採用できない。
(←求償権者による代位弁済がなければ、計算上の配当額が全額債権者に配当され、他の破産債権者がその配当を受ける余地はなかったものであり、超過部分を破産財団に帰属させることは、求償権者の負担で他の破産債権者に「棚ぼた」的な利益を得させることになる)
破産法104条3項ただし書及び4項の趣旨
⇒債権者が破産手続j開始の時において有する債権について破産手続に参加している場合、債権の一部を弁済したにとどまる求償権者は、求償権又は原債権を破産債権として行使することはできない。

超過部分を求償権者に配当するとの見解((2)②)は採用できない。
(←債権者と求償権者との間で代位弁済額等をめぐる争いがある場合に、超過部分の額及びその割付けをめぐる争いが破産手続に持ち込まれ、破産管財人の負担が増加するとともに、配当手続の実施に支障を来すおそれがある)

本決定は、
超過部分は求償債権者に帰属すべきものであるが、
破産手続においては超過部分も含めて債権者に配当した上で、
求償権者の債権者に対する不当利得返還請求による処理に委ねられる
との見解を採用。
 実務上は、破産管財人が超過部分の存在を認識した場合、債権者に対し、超過部分の配当請求権を求償債権者に譲渡するよう促すことになる。
Xは、本件破産債権のほかに代位弁済額に対する代位弁済の日の翌日からの遅延損害金等を劣後的破産債権として届け出ている。
このような場合、超過部分は劣後的破産債権に充当されるからその限度において不当利得が成立しないとの考え方もあり得る。
but
超過部分を含む配当は飽くまで一般の破産債権である本件破産債権についてされたもの
⇒配当の対象となっていない劣後的破産債権の存在を理由に不当利得の成立を否定することはできない。

本決定:
「そのような配当を受けた債権者が、債権の一部を弁済した求償権者に対し、不当利得として超過部分相当額を返還すべき義務を負うことは別論である。」と付している。 
求償権者が保証人である場合、求償権者の不当利得返還請求に対し、債権者は遅延損害金等についての保証債務履行請求権との相殺を主張することができると考えられるが、求償権者が物上保証人である場合には同様の相殺は考えられないであろう。
  民事p13
東京高裁H29.1.25  
  事務所との信頼関係破壊⇒タレントからの解除を認めた事例
  事案 Yは、Aとの間で専属契約を締結して芸能活動を行っていた。
Xは、Aから専属契約上の地位を譲り受けた会社。
  Yは、Xの実質的経営者であったBが脱税事件で逮捕⇒Xとの信頼関係が破壊された⇒専属契約を解除する旨を通告。
それ以後は、出演予定であった番組の出演を拒絶し、又はXに無断で番組に出演。

Xは、Yのこれらの行為は専属契約に違反するものと主張し、債務不履行に基づく損害賠償請求として、損害金のうち1億円の支払を求めた。 
  原審 Xの請求を全部棄却。 
  判断  X・Y間の信頼関係が破壊されたとして、専属契約は終了した⇒控訴棄却。 
AとXの法人格は異なるものの、その実態にかわりはない⇒信頼関係が破壊されたか否かについて、YがAに所属していた時から考察するとともに、Xの実質的経営者であったBの行為をXの行為と評価する。
信頼関係が破壊されたか否かについて、
①BはYの意向を無視し又はその意向に反して仕事をさせ、クライアントの意向であると称してYの結婚を不当に認めなかった
②過去にYの承諾なく、水着姿を裸エプロンのように加工して写真集を出版
③XがYの本名と同一の芸名を焼肉屋チェーン店の名称とした
④Bが法人税法違反で逮捕され、所属タレントの移籍を装うなどして約11億円もの所得隠しを行い、約3億4500億円を脱税する極めて悪質な行為により、A及びBが有罪判決を受けた

Yが積み重ねてきたイメージを毀損しかねず、Yが芸能活動を続けていることに不安感を覚え、また、X及びBに対し不信感を抱き、仕事を続けていくことができないと考えたことも無理からぬところ。

Xの行為によりX・Y間の信頼関係が破壊されたから、解除は有効。
  解説 芸能プロダクションとタレントとの契約は、タレントが労務を提供し、芸能プロダクションが対価を支払うものであるが、その法的性質について、裁判例では、
A:単に労働契約とするもの
B:雇用類似の契約とするもの
C:雇用と請負契約の性質が混合した無名契約とするもの
がある。 
法的性質をいずれに解するにせよ、その契約関係は当事者間の信頼関係を基礎にし、信頼関係が破壊されれば契約の解除原因となる。
  民事p29
東京高裁H29.3.29  
  優越的地位を濫用しての不適切な説明⇒不法行為を肯定
  事案 X: 建材等の販売を主たる目的とする会社
Y1:木材その他建築用資材の売買等を主たる目的とする会社
Y2:その営業所長
Xは、Y1から住宅用建材等を仕入れ、中小工務店等に販売する取引を50年にわたり継続。
XはY2の紹介により、Y1から住宅用家電を購入してAに転売する取引を開始⇒その取引内容は、Y2の発注指示により、目的物、数量のほかY1からの購入金額とAへの探梅金額を決定し、目的物をY1からAに直送するというもの。
その後、Aが経営破綻に陥り、未払金3億7546万7643円が回収不能。
Xは、
Y2が
①Aから売掛金を回収できなくなることを認識していたか、認識することができたにもかかわらず、その説明をせずに取引を勧誘したこと
②取引数量、金額を抑制すべきであるのにこれをしなかった
⇒故意又は過失があり、
未回収金額を損害として、
Y2に対して民法709条に基づき、
Y1に対して同法715条に基づき
回収できなくなった売掛債権額相当額の損害賠償請求訴訟を提起。
  原審 XのYらに対する請求を全部棄却。 
  判断 Yらの不法行為責任を認め、Xの請求を一部認容。 
●説明義務違反について
①Y2においては、Xが、Y1に依存した経営を余儀なくされ、Y1から不利益な取扱いを受けると企業の存亡にかかわる事態が生じるため、Y2からの取引指示や取引勧誘を容易に断ることができない立場になることを知っていた
②Aに信用不安があることを殊更に隠していた
③Aとの取引において月額1000万円を優に超える取引となる可能性が極めて高いのに、虚偽の説明を行い、Aとその役員の不動産の担保余力の範囲内におさまる売掛金になると誤信させた

Y2の行った説明は、取引上の優越的地位を濫用した不適切なものであって、違法行為に当たり、これによってAとの取引開始を決断させたもの
⇒Y2はXに生じた損害を賠償する責任がある。
●取引抑制義務違反について 
①売掛金が当初説明の約10倍の1億円以上となったこと
②Aが弁済期に履行遅滞に陥ったことを知りながら、その後も巨額の発注指示を継続したこと
③XがY2の発注指示を容易に断れないことに着目し、取引継続を強いたものであること

Y2には、信義則上、取引当初から売掛金の額を月額換算1000万円程度に抑制すべき義務があり、それもかかわらずY2は月額1億円を優に上回る売掛金を毎月発生させていた

取引抑制義務違反がある。
Xは本件取引の実行を断ることもできた⇒4割の過失相殺。
損害賠償額からは、損益相殺により、A社からの弁済額が除かれている。
  解説 優越的地位を濫用して行う行為を禁止する独禁法2条9項5号の考え方。
取引上の地位が優越してるかは、
①加害者と被害者との取引依存度
②加害者の市場における地位
③被害者にとっての取引先変更の可能性等
を総合的に考慮して判断される。
本判決は、これらの点を丁寧に検討して、Y1が取引上の優越的地位にあることを認定した上、Y1の従業員Y2の説明が不適切なものであったとして違法行為を認定。
①当初の説明が月額1000万円程度の売掛金⇒当初説明の約10倍となる額の売掛金の発生は、Xにとって想定外
②その原因が、Y2が取引上の優越的地位を濫用して発注指示を継続していたことにある

Y2に取引金額を抑制させる義務を負わせたとしても不合理とはいえない。
  民事p45
東京高裁H28.6.22  
  受遺者が、遺留分権利者に、弁償すべき価額の支払を条件として建物の明渡しを求めた場合
  事案 遺言によって本件建物を単独所有することとなったXが、他の相続人であるYに対し、本件建物の明渡を請求し、これに対しYが遺留分減殺請求権を行使した事案。 
  原審 Aが債務を負っていたものの、債務超過ではなく、遺留分侵害が認められる。

遺留分減殺請求権の行使により、Yが本件建物につき共有持分を有するとして、Xの請求を賃料相当損害金の請求を含め棄却。 
  争点 Xは、価額弁償を条件として本件建物を明け渡せとの予備的請求を追加して控訴し、控訴審第1回口頭弁論期日において、裁判所の定めた価額をもって弁償する旨の意思表示をした。

①債務超過による遺留分の侵害がないかどうかという原審と同様の争点
②価額弁償の意思表示の主張の扱い
  判断 ●本訴請求について:
Yの遺留分侵害額を認定した上で、本件建物明渡請求は理由がない。
賃料相当損害金の請求は持分割合の限度で理由がある。 
●予備的請求について:
Xの価額弁償の意思表示について、
当該訴訟手続内において、判決によって確定された価額を支払う意思を表明し、弁償すべき価額の支払を条件として遺留分権利者の占有する目的物の引渡し等を求めた場合は、受遺者等に価額を弁償する能力がないなどの特段の事情がない限り、弁償すべき価額を定めた上、支払があったことを条件として遺留分権利者の占有する目的物の引渡し等請求を認容することができる。
権利関係の早期確定の必要性とXが弁償すべき価額の原資を準備する期間も考慮 

本判決確定後30日以内に支払を受けたことを条件として本件建物の明渡しを認めた。
  解説 遺留分権利者が価額弁償の意思表示をした場合において、受遺者が本件建物の明渡しを受けるためには、価額弁償の意思表示のみでは足りず、価額の弁償を現実的に履行するか、少なくともその履行の提供をするこを要し(最高裁昭和54.7.10)、
価額弁償における価額算定の基準時は、現実に弁償がされる時、訴訟にあっては事実審の口頭弁論終結時(最高裁昭和51.8.30)。

裁判所の判断なくしては弁償すべき価額が明らかにならず、現実の履行も履行の提供も事実上不可能となる⇒あらゆる場合に価額弁償の主張がおよそ成立しないことになる。

民法1041条の趣旨を損なう。
民法 第1041条(遺留分権利者に対する価額による弁償)
受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。
⇒本判決は、支払を受けたことを条件として請求を認容した。
事案を異にするが、
遺留分権利者が持分移転登記請求訴訟を提起し、受遺者が価額弁償の意思表示をした事案で、裁判所の認めた弁償すべき価額を支払わなかったときは、所有権移転登記手続をせよとの判断を示したものがある。 (最高裁H9.2.25)
  民事p52
大阪高裁H29.4.28
  面会交流についての間接強制の申立てを却下した事例
  原審 控訴審決定2では、面会交流における監護親(抗告人ら)の給付内容が特定されている⇒特段の事情(例えば、不執行の合意)のない限り、間接強制も許される⇒抗告人らに対して、面会交流の不履行1回につき30万円の連帯支払を命ずる決定。 
抗告人らの、履行不能の主張に対し、
控訴審決定2は、このような未成年者の心情等も踏まえた上で決定されている⇒抗告人らに不可能を強いるものではない。
そのような事情は、控訴審決定2の面会交流を禁止し制限するための調停・審判を申し立てる理由となり得ても間接強制を妨げる事情にはならない。
  判断 本件では、未成年者が相手方父との面会交流を強く拒否しており、その年齢(15歳)や精神的成熟度を考慮すると、未成年者に面会交流を強いることは却って子の福祉に反することになる
⇒本件債務は抗告人らの意思のみによっては履行することができない履行不能の状況に至っている
⇒原決定を取り消し、相手方父の間接強制の申立てを却下。

①最高裁H25.3.28の事案では、子の年齢が7歳に満たないのに対し、本件の未成年者は15歳3か月の高校生
②抗告人らが、その後、相手方父に対し、再度の面会交流禁止の調停を申し立て、家裁調査官の意向調査において、未成年者が相手方父との面会交流を明確に拒否し、その拒否の程度も強固
③未成年者は抗告人らの意向も踏まえ自らの意思で面会交流を拒否しており、これを本心でないとか、抗告人らの影響を受けたものとして軽視することは相当でない
④未成年者の精神的成熟度を考慮すれば、抗告人らにおいて未成年者に相手方父との面会交流を強いることはその判断能力、ひいては人格を否定することになり、却って未成年者の福祉に反する
  解説 最高裁H25.3.28:
面会交流の内容において監護親がすべき給付の特定に欠けるところがない場合、間接強制決定をするすることができる。
面会交流の審判は子の心情等を踏まえてされている⇒子が面会交流を拒絶する意思を有していることは、これを審判時とは異なる状況が生じたといえるときは前記審判の面会交流を禁止・制限する新たな調停・審判を申し立てる理由となることは格別、前記審判に基づく間接強制を妨げる理由とはならない。 
子の発達段階に応じた場合分けをした上、少なくとも子の判断に独立の価値が認められる場合には(概ね15歳、家事手続き法152条2項)、子に対し可能な範囲で説得(働きかけ)を行えば、債務者として期待可能なすべての行為がを尽くしたことになるとの見解もある。
  知財p57
最高裁H29.7.10  
  特許権者が事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張せず⇒その後に訂正の審決等確定⇒事実審の判断を争えるか?
  事案 特許権者であるXが、Yに対し、Y製品の販売はXの特許権を侵害すると主張して、その販売の差止め及び損害賠償請求等を求めた。 
  問題点 原審:Xの特許権に係る特許には無効理由が存在⇒特許法104条の3第1項の規定に基づく抗弁(「無効の抗弁」)を容れてXの請求を棄却
⇒上告審係属中に、当該特許の請求の範囲を訂正すべき旨の審決が確定
⇒Xが、上告審において、この審決の確定を理由に事実審の判断を争うことができるか? 
上告審係属中に本件特許に係る特許請求の範囲を訂正すべき旨の審決がなされ、確定し、Xはその旨の上申書を提出。
Xは、訂正審決は遡及効を有するところ、本件訂正審決が確定したことにより、原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更さたものとして、民訴法338条1項8号に規定する再審事由があるといえる旨を主張。
  規定 特許法 第104条の3(特許権者等の権利行使の制限)
特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。
2 前項の規定による攻撃又は防御の方法については、これが審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。
3 第百二十三条第二項ただし書の規定は、当該特許に係る発明について特許を受ける権利を有する者以外の者が第一項の規定による攻撃又は防御の方法を提出することを妨げない。
特許法 第104条の4(主張の制限)
特許権若しくは専用実施権の侵害又は第六十五条第一項若しくは第百八十四条の十第一項に規定する補償金の支払の請求に係る訴訟の終局判決が確定した後に、次に掲げる審決が確定したときは、当該訴訟の当事者であつた者は、当該終局判決に対する再審の訴え(当該訴訟を本案とする仮差押命令事件の債権者に対する損害賠償の請求を目的とする訴え並びに当該訴訟を本案とする仮処分命令事件の債権者に対する損害賠償及び不当利得返還の請求を目的とする訴えを含む。)において、当該審決が確定したことを主張することができない。
一 当該特許を無効にすべき旨の審決
二 当該特許権の存続期間の延長登録を無効にすべき旨の審決
三 当該特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすべき旨の審決であつて政令で定めるもの
  判断 前記上申書の提出日まで上告受理申立て理由書の提出期間を伸長する決定をして、Xの上告を受理。 
特許権者が、事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁(訂正により特許法104条の3第1項の規定に基づく無効の抗弁に係る無効理由が解消されることを理由とする再抗弁)を主張しなかったにもかかわらず、その後に同法104条の4第3号所定の特許請求の範囲の訂正をすべき旨の審決等が確定したことを理由に事実審の判断を争うことは、訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情がない限り、特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものとして、同法104条の3及び104条の4の各規定の趣旨に照らして許されない。
  解説   ●再審事由と上告理由の関係 
現行民訴法の下では、法令違反の主張は最高裁に対する上告理由とはならない(民訴法312条)⇒再審事由があっても、当然には上告理由には当たらない。
but
判例は、民訴法325条2項による破棄事由となり得ると解している(最高裁H11.6.29)。
特許無効審決等の審決取消訴訟に関しては、その請求棄却判決に対する上告審係属中に、当該特許について特許請求の範囲を減縮する旨の訂正審判が確定⇒当該訂正審決の確定は民訴法338条1項8号の再審事由に該当し、同法325条2項による破棄の理由となるものと解されてきた。(最高裁H15.10.31、H17.10.18)
  規定 民訴法 第312条(上告の理由)
上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。
2 上告は、次に掲げる事由があることを理由とするときも、することができる。ただし、第四号に掲げる事由については、第三十四条第二項(第五十九条において準用する場合を含む。)の規定による追認があったときは、この限りでない。
一 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二 法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
二の二 日本の裁判所の管轄権の専属に関する規定に違反したこと。
三 専属管轄に関する規定に違反したこと(第六条第一項各号に定める裁判所が第一審の終局判決をした場合において当該訴訟が同項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときを除く。)。
四 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
五 口頭弁論の公開の規定に違反したこと。
六 判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあること。
民訴法 第325条(破棄差戻し等)
2 上告裁判所である最高裁判所は、第三百十二条第一項又は第二項に規定する事由がない場合であっても、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるときは、原判決を破棄し、次条の場合を除き、事件を原裁判所に差し戻し、又はこれと同等の他の裁判所に移送することができる。
民訴法 第338条(再審の事由) 
次に掲げる事由がある場合には、確定した終局判決に対し、再審の訴えをもって、不服を申し立てることができる。ただし、当事者が控訴若しくは上告によりその事由を主張したとき、又はこれを知りながら主張しなかったときは、この限りでない。
八 判決の基礎となった民事若しくは刑事の判決その他の裁判又は行政処分が後の裁判又は行政処分により変更されたこと。
  ●特許侵害訴訟における再審事由の扱い 
最高裁H12.4.11(キルビー事件)以前:
特許の有効・無効の判断は特許庁における審判手続の専権事項⇒特許権侵害訴訟の手続内においては特許が無効であるとの主張をすることは許されない。

侵害訴訟の認容判決確定後の無効審決の確定は、当然に再審事由に該当する。
平成12年最判:
衡平の理念、紛争の一回的解決等を理由に、特許の無効理由が存することが明らかであると認められるときには、無効審判によらずとも、特許権侵害訴訟の手続内において、そのことを特許権侵害に係る請求に対する抗弁として主張することを認めた。

平成16年法律第120号による改正後の特許法は、この判例法理を更に推し進める形で104条の3を新設し、明白性の要件を撤廃して、無効の抗弁を法定。
平成12年最判のいう権利濫用の抗弁及び無効の抗弁に対しては、特許権者側が、訂正により無効理由が解消できる旨の主張をすることもできる。

特許権侵害訴訟の手続内で、特許の無効理由を主張し、裁判所がその存否について判断ができるようになった⇒侵害訴訟の認容判決確定後に無効審決が確定しても、これを理由とする再審請求は否定すべきする見解が主張。
最高裁H20.4.24(ナイフの加工装置事件):
本件と同様、特許権侵害訴訟の原審が無効の抗弁を容れて請求規約判決をした後、上告審係属中に特許請求の範囲をの減縮を目的とする訂正審決が確定。
同判決の多数意見は、当該訂正審決の確定は、「民訴法338条1項8号所定の再審事由が存するものと解される余地がある」としつつ、当該事案における具体的な事情の下では、これを理由に原審の判断を争うことは当事者間の特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させる⇒特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されない。
平成23年法律第63号による改正で、特許法104条の4が新設され、
侵害訴訟の判決確定後に、無効審決(同条1号)又は政令で定める訂正審決(同条3号)等が確定しても、当該判決に対する再審の訴えにおいて、これらの審決が確定したことを主張することは許されない旨が法定。
  ●本判決の立場 
侵害訴訟の上告審係属中に無効審決ないし訂正審決が確定したことを上告審において主張することの可否について、
上告理由否定説は採用しなかったが、原則として主張制限がされるとの立場を採用。
←特許法104条の3と同法104条の4の趣旨
①特許法は、
特許法104条の3により、
侵害訴訟の手続内において当事者が特許の効力と範囲に関して攻撃防御(無効の抗弁及び訂正の再抗弁の主張)を尽くすことを可能とし、
さらに、そのような機会と権能が与えられていることを前提として、
同法104条の4 により、
事後的な再審においてこれを実質的に再び争うことを制限し、
もって、紛争の1回的解決を計るとともに、当事者に侵害訴訟の中で必要な主張立証をすべて提出するよう促すことにより、侵害訴訟の充実を図ろうとしてきた。
②上告審において訂正審決の確定を理由に原判決を破棄することとすると、差戻審において訂正後の特許請求の範囲についてほぼ一から審理をやり直すに等しくなる⇒特許権侵害紛争の迅速な解決等のためには、事実審口頭弁論終結後の訂正審決の確定を理由とする主張を制限すべき必要性は、判決確定後だけではなく、上告審においても同様。
③当事者は、侵害訴訟の手続ないにおいて主張された無効理由を解消するための訂正の再抗弁を主張するのであれば、事実審の口頭弁論終結時までにこれをすることが求められており、かつ、同時点までにその機会がある⇒これを主張しなかった場合に、その後、当該訂正の再抗弁と同じ内容に係る訂正審決が確定したことをもって原審の判断を争うことを制限しても、当事者の手続保障に欠けるとはいえない。

事実審口頭弁論終結後に特許の効力と範囲について実質的に再び争うことについても、これを制限的に解することが法の趣旨に沿うものと解し、上告審において訂正審決の確定を理由に事実審の判断を争うことは、原則としてこれを許されないとの立場を採用。
●本件への当てはめ
「Xが、原審口頭弁論終結時までに、本件無効の抗弁に係る無効理由を解消するための訂正についての訂正審判請求等をすることが法律上できなかった」という事実に言及した上、このことをもっても、Xが訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情はうかがわれないと判断。
平成23年改正の際、
審決取消訴訟提起後の訂正審判請求が禁止されて(特許法126条2項)、訂正審判請求することができる時期が格段に狭められた

同改正後の裁判実務及び学説は、訂正の再抗弁を主張するためには、
原則として訂正審判請求等が必要であるとしつつも、
法律上できない又は困難な場合には、衡平の観点から、これを不要とする見解(条件付不要説) 
が有力となり、これを一般論として明示する知財高裁判例も現れ、同見解は広く受け入れられている。
①本件において、Xが、原審口頭弁論終結時までに訂正審判請求をすることが法律上できなかったのは、
本件無効の抗弁が主張された時点では、別件の無効審決が終了して審決取消訴訟が係属し、その後も原審口頭弁論終結時まで別件審決が確定しなかったため。

Xは当該無効審判手続において訂正請求をすることはできず(特許法134条の2第1項)、その間訂正審判請求をすることもできなかった(同法126条2項)
②本件無効の抗弁に係る無効理由は前記無効審判では主張されていなかったもの⇒当該無効審判手続においてあらかじめこれを回避するための訂正請求をすることも事実上できなかった。
③Yが本件無効の抗弁を理由とする新たな無効審判請求もしなかった⇒Xは、当該無効審判手続の中で訂正請求をする余地もなかった

Xは、自らの帰責性がない、Y側の行動に起因する事情により、訂正審判請求等をすることが法律上できなかったものであり、本件は、条件付不要説の立場からは、訂正審判請求等が不要とされる場合に当たる。
本判決は、前記のような事情の下では、Xが、訂正の再抗弁を主張するために、実際に訂正審判請求等をしていることは必要なかったとしたもので、前記裁判実務における条件付不要説に親和的な立場を前提とした判断をした。
  商事p62
知財高裁H29.6.15  
  会社法21条3項違反⇒差止請求・損害賠償請求(認容)
  事案 Xが、Yに対し、 Yからウェブサイトを利用した婦人用中古衣類の売買を目的とする事業を譲り受けたところ、
Yが、不正の競争の目的をもって、Xに譲渡した事業と同一の事業を行い、Xに損害を与えた

①会社法21条3項に基づき、前記事業の差止めを求める
②不法行為による損害賠償請求として801万972円及びこれに対する不法行為の後の日である平成27年2月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案。
  規定 会社法 第21条(譲渡会社の競業の禁止) 
事業を譲渡した会社(以下この章において「譲渡会社」という。)は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村(東京都の特別区の存する区域及び地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項の指定都市にあっては、区。以下この項において同じ。)の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内においては、その事業を譲渡した日から二十年間は、同一の事業を行ってはならない。
2 譲渡会社が同一の事業を行わない旨の特約をした場合には、その特約は、その事業を譲渡した日から三十年の期間内に限り、その効力を有する。
3 前二項の規定にかかわらず、譲渡会社は、不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない。
  原審 Yが、不正の競争の目的をもって、Xに対して譲渡した事業と同一の事業を行った⇒会社法21条3項に基づき、事業の差止請求を認容。
but
不法行為による損害賠償請求については、損害の発生が認められないとして棄却。 
  判断 Yが、不正の競争の目的をもって、Xに対して譲渡した事業と同一の事業を行った⇒原審と同様に会社法21条3項に基づく事業の差止請求を認容。
損害賠償請求について
①Yは、本件譲渡契約の締結の前にYサイトのドメインを取得し、譲渡契約の締結と前後してYサイトにおいて、譲渡契約の対象となったサイトと同様の商品の売買を目的とする営業を開始
②本件サイトとYサイトの取扱商品は相当程度共通
③Xが営業を休止している間に100名程度の顧客にメールを送付して、運営主体の変更を告知することなく、Yサイトの開設を告知
④その結果、本件サイトとYサイトは姉妹ショップであると誤認する顧客が実際に出現している
⑤本件サイトの売上実績は、Xが本件サイトの事業を開始した直後から大幅に減少

Yの違法行為の結果、本件サイトの顧客の一部が失われ、その結果、Xに損害が発生したものと認めるのが相当。
Yの不法行為と相当因果関係のある期間は、12か月であると認めるのが相当。
①損害額については、譲渡契約の前後の月額平均粗利の差額から月平均販売管理費を控除した額は49万6508円(12か月分に相当する金額は595万8096円)
②譲渡契約後の本件サイトの販売実績が同契約締結前より低下したことについては、Xの商品知識や経験の乏しさ、Xが本件ウェブページのデザインの変更をせず、ブログやツイッターを利用することもしなかったことなども相当程度影響した

民訴法248条により、損害額を、前記595万8096円の約3割に相当する178万7400円と認定し、弁護士費用相当額を加えた、合計196万7400円及びこれに対する遅延損害金の限度で認容。
  解説 本判決の原審は、「不正の競争の目的」の意義を、「譲渡会社が譲受人の事実上の顧客を奪おうとするなど、事業譲渡の趣旨に反する目的で同一の事業をするような場合を指すものと解するのが相当である」と定め、Yには「不正の競争の目的」があったと判断。
  商事p76
東京高裁H28.7.19  
  会社が政治資金パーティーへの出席を予定しないことを認識しながらパーティー券購入と政治資金規正法21条1項の「寄附」
  事案 A株式会社が国会議員の政治資金パーティーのパーティー券を購入していたことに関して、Aの株主であるXが、Aの取締役として政治対応等を業務の一部とする部署を担当し、その後Aの代表取締役を務めたYに対し、出席する予定がないのに購入したパーティー券の代金相当額を、損害賠償としてAに支払うよう求めた株主代表訴訟。 
  主張 Xは、
主位的には、Aが政治資金パーティーのパーティー券を出席の予定がないのに購入したことが、政治敷規正法上の「寄附」に当たり、会社が正当及び政治資金団体以外の者に対して寄附をすることを禁じている同法21条1項に違反すると主張し、
予備的には、パーティー券の購入を所管する部署の担当取締役であったYには、確実に出席が見込める枚数の限度でのみパーティー券を購入すべき義務、あるいは、国会議員からの違法な便宜供与を受けるなど不当な目的でこれを購入してはならない義務があるのに、これに反してパーティー券を購入した善管注意義務違反がある
と主張。 
  判断 ●主位的主張について
本件の対象となったAが購入したパーティー券の中には、Aが当初から出席しないことを見越しながら購入したものが含まれていた。
パーティー券の購入代金の支払は、
その代金額が政治資金パーティーへの出席のための対価と認められるかぎり、政治資金規正ほうにいう「寄附」には当たらないが、
パーティー券の購入代金の支払実態、当該パーティー券に係る政治資金パーティーの実体、パーティー券の金額と開催される政治資金パーティーの規模、内容との釣り合い等に照らして、
社会通念上、それ自体が政治資金パーティー出席のための対価の支払とは評価できない場合にはその支払額全部が、また、支払額が対価と評価できる額を超過する場合にはその超過部分が「寄附」に当たる。
but
①政治資金規正法21条1項に違反する「寄附」がされた場合、
寄付をすること及びこれを受けることのいずれも処罰の対象としている(同法26条1号、3号)
⇒同法はこの犯罪類型を刑法上の必要的共犯のうち対向犯として定めていると解される。
②賄賂罪において公務員が賄賂性を認識していなければ同罪が成立しないのと同様、政治資金パーティーへの出席を予定しないことを認識しながらそのパーティー券を購入したとしても、そのことを主催者が認識しておらず、購入されたパーティー券の数に見合った内容の態様で政治資金パーティーを開催した場合は、出席を予定しないパーティー券購入者が支払った代金についても、主催者においては「寄附」に当たるものということはできない。
③政治資金規正法には賄賂申込罪に相当するような犯罪類型は定められていない

購入されたパーティー券に出席を予定しないものが含まれていることを主催者が個別的に把握し、その寄附性を認識していない限り、パーティー券購入者についても「寄附」に当たるものということはできない。
本件においては、政治資金パーティーの主催者においてAが当該パーティー券につき従業員等を出席させない予定であることを認識しながら購入するものであることを認識していたと認めるに足りる証拠はない。

Aが出席を予定しない本件パーティー券の購入代金として主催者に支払った金額が「寄附」に当たるものと認めることはできない。
●予備的主張について
①Aの規模・社会的立場と購入したパーティー券の数量を踏まえるとAの購入したパーティー券の枚数や金額自体が不相応であるとは認められない
②パーティー券の購入は正式な社内手続を経て行われており、購入が不適正にならないよう配慮していた
③およそ購入枚数に見合うだけの人数の参加が想定できないようなパーティー券を購入しているものとは認められない
④主催者がAに出席の予定がないとの認識を抱く蓋然性を基礎づける事実を認めるに足りる証拠はなく、Aによる本件パーティー券購入が「寄附」に当たる相当のリスクを負う行為であったとまでは認められない

本件パーティー券の購入についてYにそれを差し控えるべき注意義務があるとまでは認められない。
国会議員からの違法な便宜供与を受けるなど不当な目的でこれを購入してはならない義務違反があるとの主張に対し、
本件パーティー券の購入が保険金支払問題等につき国会議員から便宜供与を受けることを目的としたものであったことを推認させる事実はこれを認めるに足りる証拠はない。
  労働p90
京都地裁H29.3.30  
  求人票記載の労働条件と労働契約
  事案 Y(被告)に雇用されていたX(原告)が、
主位的には、求人票の記載通り当事者間の労働契約は期間の定めがないものであったところ、被告がした解雇は無効であると主張し、
予備的には、当事者間の労働契約が期間の定めのあるものであったとしても被告がした雇止めは無効であり従前の労働契約が更新されたと主張し、
①原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、
②解雇または雇止めの日の翌日から本判決確定の日までの賃金請求及び遅延損害金の支払、
③解雇または雇止めがXに対する不法行為を構成するとして損害賠償及び遅延損害金の支払
を求めた事案。
  争点 ①本件労働契約が期間の定めのない契約か
②XがYに請求し得る未払賃金額
③YのXに対する不法行為の成否及び損害額
  判断 ●争点①について
求職者は当然に求人票記載の労働条件が労働契約となることを前提に労働契約締結の申込みをする⇒求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情のない限り、労働契約の内容となると解するのが相当。
①求人票上は期間の定めがないこと、定年制がないこと、雇用期間の始期が記載されていたこと
②採用面接における説明内容

期間の定めがない労働契約が成立。
◎労働条件通知書(期間の定めと定年制あり)への原告の署名押印により既に成立している労働契約の内容が変更されたか? 
就業規則による労働条件の不利益変更に労働者の同意がある場合に関する山梨県民信用組合事件(最高裁H28.2.19)を引用し、
使用者が提示した労働条件の変更が重要な労働条件の変更である場合には、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重になされるべきであり、
同意の有無については、当該労働者の受け入れる旨の行為だけではなく、諸般の事情に照らして、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべき。
①期間の定めの有無は契約の安定性の観点から、
定年制の有無も原告の当時の年齢から
それぞれ賃金と同様に重要な労働条件。
②労働条件通知書への署名押印に際して、被告代表者からは、求人票と異なる労働条件とする旨やその理由を明らかにして説明したとは認められず、
被告代表者がそれを提示した時点で原告は既に従前の就業先を退職して被告での就労を開始しており、これを拒否すると仕事がなくなり収入が断たれると考え署名押印
⇒前記原告の署名押印が原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在しない

労働条件の変更について原告の同意がないものと判断。

期限の定めや定年制がない労働契約であって、本件契約の終了は認められないとして、原告の労働契約上の地位を認めた。
●争点②について 
原告が被告から就労を拒否された後に他の職について利益を得た点について、平均賃金の4割の範囲で賃金から控除。
  ●争点③について 
労働契約上の地位が確認され未払賃金が支払われることで原告の不利益は填補される⇒不法行為の成立は否定。
  労働p97
さいたま地裁川越支部H29.5.11  
  日雇派遣の派遣元・紹介元および派遣先・紹介先への損害賠償請求(否定)
  事案 Xは、日雇派遣労働者としてY1に登録し、複数の派遣先での就労後に、平成24年9月頃からY2 に派遣され、同年10月からはY1により日々の職業紹介のもとY2で雇用され就労。
Xが
Yらに対して、
①日雇派遣や日々紹介という不安定なかたちでXを供給しており、職安法44条等に違反
②労基法6条等に違反する中間搾取をした
③Xの賃金から振込手数料を控除し、労基法24条の賃金全額払の原則に違反
④職安法44条に違反してXを待機させ、Xに対して、Y2での就労に期待を抱かせながらその機会を奪った

Y1に対して
⑤訴外A運送での派遣就労に関し、Y1はXと派遣契約を締結したにも関わらず一方的にキャンセル

それぞれ、民法709条、719条1項にもとづき
慰謝料300万円等の支払を求めた。
  規定 職業安定法 第四四条(労働者供給事業の禁止)
何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない。
  判断 ●争点① 
職安法は行政上の取締法規⇒同法違反から直ちに労働者の具体的な法律上保護されるべき利益は損なわれない。
Xは、Y1に登録して派遣ないし紹介によりY2で稼働して、各労働契約に基づき賃金の支払を受けている⇒Xに不利益は生じていない。
  ●争点② 
①Y1が労働者派遣事業ないし職業紹介事業の許可を得て適法に日雇派遣及び日々紹介を行っている
②「Y1がY2から得ている手数料は、労働者派遣ないし労働者紹介の対価」

賃金からの中間搾取とはいえない。
  ●争点③ 
①Yらでは、労働者が申請した場合に、就労した日の所定労働時間医対応する賃金から税・保険料を控除した金額を翌日に受け取る「即給サービス」があり、その場合、金融機関の振込手数料が控除される
②YらがXに対し即給サービスを利用させたことを認めるに足りる証拠は存在せず、即給サービスが労働者にもメリットがある制度
⇒Xは、自らの意思でこれを利用しており、労基法24条に違反しない。
  ●争点④ 
Y1は、XをY2のセンターへ日々紹介することに関連して、欠員に備え、センター内の食堂で午前8時20分から午前9時20分までの間、待機を内容とする労働契約を締結することがあった。
センターで欠員⇒待機労働者とY2との間で午前9時から午後5時まで業務に従事すること等を内容とする労働契約が締結され、各労働契約には20分間の重複。
本判決:
①供給元であるY1とXとの間及び供給先供給先であるY2とXとの間に同時に雇用関係が存在すること
②待機労働者が実際に作業を行う場所の決定をY1の担当者が行っていたことは、Y1と待機労働者の間に支配従属関係がある
点で、職安法44条違反。
but
①職安法は行政上の取締法規
②労働契約の重複が20分
③待機を内容とするY1との間の労働契約について、待機のまま就労しても賃金と交通費が支払われ、また、作業内容が告知されている
④Xは、待機してもY2のセンターで就労できない場合があることや、実作業に従事する場合の概ねの業務内容を理解していた
⑤労働契約が重複していても各労働契約どおり賃金が支払われていた

Yに法律上の不利益が生じたとは認められない。
  ●争点⑤ 
Y1による4回の派遣就労のキャンセルが問題
①いずれもXに対し代替の派遣先が用意されたり、休業手当の支払はないとしつつ、「日雇派遣である以上、派遣先の都合によるキャンセルが発生する可能性がないとはいえないことは、派遣元としても派遣社員としても理解」している
②XとY1では、専らメールで派遣先や労働条件の連絡がされ、Xはこれによる集合時間、集合場所等を把握していたこと
③4回のキャンセルの連絡後も、Y1は派遣元として代替派遣先を提供する姿勢をXに示した一方、Xはその旨のメールを見ず電話にでもでなかったこと
④Y1は、その後もXに派遣業務の紹介を継続的に行っていた

不法行為を構成するとまではいえない。
  解説 裁判例では、いわゆる偽装請負(派遣法違反)のケースで直ちに不法行為責任を基礎づけない⇒個々の事情をふまえて判断するのが趨勢(名古屋高裁H25.1.25(三菱電機事件)等)。
本件では、職安法44条との関係でも同旨の判断が示された。 
日々の派遣労働契約の締結後の派遣元により一方的なキャンセルや、「即給サービス」での振込手数料の控除をめぐっては、
休業手当(労基法26条)や賃金全額払いの原則(同24条)との関係が問題となり得る。
前者との関係では、有期の派遣労働契約が締結⇒その中途解約にはやむを得ない理由が必要(労契法17条)で、その間の不就労について民法536条2項や労基法26条が問題となる。
労基法24条との関係で、判例でも、退職金からの合意相殺が賃金全額払いの原則に違反するかが問題となったケースで、こうした同意が「労働者の自由な意思に基づいてされたものだえると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき」に労基法24条違反でないとした例(最高裁H2.11.26)。
but
本件は、Yらの不法行為責任が問題。
⇒本判決の柔軟な判断もこうした観点から評価すべき。
  刑事p111
大阪地裁H29.3.1   
  殺人で因果関係が争われた事案(肯定)
  事案 横断歩道の設置された交差点を左折進行した際、同横断歩道上を自転車に乗って横断していた被害者に衝突⇒被害者を車底部等で引きずったまま、自車を蛇行させるなどしながら相当速度で走行⇒停車した通路及び隣接する駐車場において、被害者の体幹部を自車右後輪で2度にわたり轢過し、それによる心配破裂を直接の原因として被害者死亡。 
  判断 ①本件引きずり行為及び②本件轢過行為についての殺意の有無が問題となり、前者については肯定、後者については否定
⇒殺人の実行である①行為と被害者の死亡との間に、被告人の殺意によらない②行為が介在⇒因果関係が問題
判断:
①本件引きずり行為自体によっても、路面との擦過によって被害者の左足部及び頭部顔面に相当な皮膚の欠損及び真皮の喪失が生じており、筋膜が露出した状態になっていた⇒初期治療を受けていたとしても、感染症を生じ、敗血症等により死亡する可能性があった
本件引きずり行為によって相当量の出血によるショック状態に陥っており、本件轢過行為がなかったとしても、その場に放置されれば、出血により数時間以内に死亡していた可能性が高かった
⇒本件引きずり行為によって、既に被害者が死亡する高度の危険性が生じており、本件轢過行為は被害者の死亡時間を数時間早めたにすぎない
②被告人が本件轢過行為に及んだのは、当初の衝突事故の刑責を免れるため、被害shを引きずったまま逃走行為を開始し、本件引きずり行為を行い、停車した後も車両に引っかかった被害者を外そうとし、外れた後も、さらに逃走行為を継続するためであった
③被害者が本件轢過行為を避けることができなかったのは、本件引きずり行為によって意識を失っていたから

本件引きずり行為と本件轢過行為は密接に関連しており、被害者は、被告人の車両の車底部で引きずられたために、轢過されるに至ったものといえ、本件轢過行為は、本件引きずり行為から死亡に至る経過の単なる1コマにすぎない

被害者の死亡の結果は、本件引きずり行為によって生じた生命の危険性が現実化したものと評価できるから、本件引きずり行為と被害者の死亡との間の因果関係が認められる。
  解説 因果関係については、条件説と相当因果関係説があり、相当因果関係説(通説)においては、その相当性を判断する際の判断基底についての対立がある。 
最高裁の判例は、因果関係の問題について、極めて個別的色彩が強い⇒明確な理論的立場の表明を避け、具体的な事例の集積を通じてその考え方を示していく態度を基本。
現在は、このような判例を整理して、
「行為の危険性が結果へと現実化したか(危険の現実化)」という基準によって因果関係判断がなされているとの立場(山口)が有力。
被害者ないし第三者の行為が介在した場合、これまでの判例を分析し、被告人の実行行為の危険性と介在事情の結果発生への寄与度の観点から整理した「危険の現実化」の判断枠組みも提示。
判断の①が実行行為である本件引きずり行為の危険性の観点からの評価
②③が、介在事情である本件轢過行為の評価。
②③について、被告人側と被害者側の双方の観点から、本件引きずり行為が本件轢過行為に強い因果的影響を与えており、介在事情である本件轢過行為は因果関係の面で独立して評価する事情にはならないことを指摘。
   刑事p115
千葉地裁H29.3.3 
   
  事案 被告人は長女出産後育児に強い不安ようになり、産後2、3か月後までに重度のうつ病にり患し、視野狭窄と自殺念慮から長女と共に自分も死にたいと考え、長女の首を絞めて殺害。 
  争点 被告人の責任能力 
  判断 起訴前の精神鑑定を行った医師の証言

①被告人の本件犯行に至る経緯・動機には、重度のうつ病による視野狭窄と自殺念慮が強く影響。
②被告人本来の性格も犯行に影響し、また、犯行時正常な心理が残存していた。

犯行時心神耗弱の状態にあったとして、懲役3年、執行猶予5年。 
2354   
  判例特報
最高裁H29.9.27  
  平成28年参議院議員選挙投票価値格差訴訟大法廷判決 
     
  事案 本件選挙については、16の裁判体により16件の判決。
10件において、いわゆる違憲状態・合憲判断
6件において、合憲判断 
  原判決 本件選挙当時、本件定数配分規定の下での選挙区間の投票価値の不均衡は、平成27年改正後も違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったが、本件選挙までの間に必要にして十分な定数配分規定の改正がされなかったことをもって国会の裁量権の限界を超えるものとはいえず、
本件定数配分規定が憲法14条1項等に違反するに至っていたとはいえない。

Xらの請求を棄却。
  判断 本件選挙当時、平成27年改正後の本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は、意見の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえず、前記規定が憲法14条1項に違反するに至っていたということはできない。
⇒Xらの上告を棄却。 
     
  民事p20
東京高裁H29.5.31  
  勤務先会社が指定するウィークリー・マンションのテレビ受信機付き居室に入居し、NHKの受診料支払⇒不当利得を返還請求(否定)
  事案 Xは、不動産会社Aが賃貸する家具家電付き賃貸物件(いわゆるウイークリー・マンション)に入居し、Y(NHK)との間で放送の受信契約を締結して受信料を支払った。
  争点 Xが「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」(放送法64条1項)に該当するか。 
  判断 放送法64条1項にいう「協会の放送を受診することのできる受信装置を設置した者」は放送法固有の概念

その意義を解釈するに当たっては、同項の文言だけでなく、その立法趣旨も併せて考慮することが可能であり、かつ適切。 
その趣旨:
①Yが公共的言論報道機関であり、その使命を果たすためには財産的基礎を確保することが必要不可欠
②税収に委ねた場合には番組編集に国の影響が及ぶことが避けられず、他方、広告収入に委ねた場合には広告主の影響が及ぶことが避けられない

特殊な負担金である受信料制度を採用して国民に直接費用負担を求める趣旨に出たもの。
このような同項の文言及び趣旨

「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」とは、受信設備を物理的に設置した者だけでなく、その者から権利の譲渡を受けたり承諾を得たりして、受信設備を占有しようして放送を受信することができる状態にある者も含まれる。
Xは、 
放送法64条3項により総務大臣の認可を受けた放送受信規約2条3項の「独立して住居もしくは生計を維持する単身者」に該当し、
本件物件を住居として居住し、唯一の居住者であったもの。
Xは、
所有者又はAによって設置されたテレビジョン受信機付きの本件物件を、Aから借りたBの指定を受けて、これを占有使用して、Yの放送を受信し得る状況を享受する者

設置者の承諾を得て受信設備を占有使用して放送を受信することができる状態にある者であり、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」(放送法64条1項)に該当する。
⇒不当利得は成立しない。 
  解説  放送法64条1項の効力について
A:NHKとの間で放送受信契約の強制的締結を否定する見解
B(裁判例):受信契約締結義務(強制的締結)を肯定
b1:申込み到達後2週間で契約が成立
b2:承諾の意思表示を命ずる判決により契約が成立
  民事p26
名古屋高裁H29.9.14  
  議会運営委員会の市議会議員に対する厳重注意処分とその公表と名誉毀損による国賠請求(肯定)
  事案 Y(名張市)の市議会議員で教育民生委員会に属するXが、同委員会において計画された視察旅行の必要性に疑問を感じてその実施に反対意見を述べ、欠席願を提出して、同視察旅行を欠席
⇒議会運営委員会がXに対して厳重注意処分をし、議長が同処分を公表

Xは、同処分とその公表によって名誉を毀損された⇒国賠法1条1項に基づき、Yに対して、慰謝料500万円の支払を求めた、。 
  規定 裁判所法  第3条(裁判所の権限)
裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。
  判断 議会の議員に対する措置が、一般市民法秩序において保障されている権利利益を侵害する場合や明白な法令違反がある場合は、議会の内部規律の問題にとどまるものとはいえない
⇒当該措置に関する紛争は、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」にあたると解するのが相当。 
Xの本件請求は、
外形的な請求内容だけでなく、紛争の実態に照らしても、一般市民法秩序において保障されている移動の自由や思想信条の自由と直接の関係を有するといえ、かつ、
その手続には明白な法令違反があると主張されている

本件請求は、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」にあたり、司法審査の対象となる。
本件処分の通知書の記載内容全体
⇒XがY市議会議員として行うべき法的義務のある公務を怠ったものと断定し、厳重注意しなければXが議員としての責務を全うしえない人物と評価・判断し、懲罰類似の処分に出されたことを示すものといえる。
⇒Xの議員としての社会的評価の低下をもたらすものとみとめられる。 
議長の多数の新聞記者に対する前記処分の公表は、Xの社会的評価を低下させる事実を伝播する可能性があり、かつ、多数の新聞報道により実際に伝播した⇒Xの社会的評価が低下した。

Xに対する名誉毀損の成立を認め、原判決を取り消し、Yに対して50万円の慰謝料の支払を求める限度で、請求認容。
  解説 裁判所法3条1項の「法律上jの争訟」とは、
法主体者間の具体的権利義務に関する争いであって、法令の適用により終局的に解決しうべきものをいう(最高裁昭和29.2.11)。
最高裁昭和52.3.15:
特殊な部分社会である大学における法律上の争訟のすべてが当然に裁判所の司法審査の対象になるものではなく、
一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題は、司法審査の対象から除かれるべきものである。
  民事p40
高松高裁H29.7.21  
  犯罪事実についての検索事業者に対する検索結果削除請求(否定)
  事案 犯罪(違法な医薬品販売の罪で有罪判決を受けた)の容疑で逮捕された事実の全部又は一部を含む記事等が掲載されている
⇒本件検索結果表示の削除を求めた事案。 
  原決定 債権者が本件検索結果表示の削除請求権を有するものとは認められない。 
  判断 検索事業者に対し、自己のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURT等情報を検察結果から削除することを求めるための要件に関して最高裁H29.1.31の判断枠組みに従い、本件抗告を棄却。 
本件事実に即した諸事情の考慮要素:
①本件犯罪に関する事実は、保健衛生の向上を図り、消費者の生命、身体の安全を保護する観点から、社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されている⇒その防止及び取締りの徹底について社会的関心が高い。
②本件検索結果表示は、検察結果の総数のうち本件検索結果表示が占める数の割合に加え、本件会社の称号が変更され、同表示に掲載された人物が直ちにXであると同定されるものではない⇒本件犯罪に係る事実が伝達される範囲はある程度限られるものといえる。
③Xの社会的地位や影響力について、取引先等が、Xの信用調査の一環として本件犯罪に関する事実を知ることは正当な関心事といえる。
④本件記事等の公共性及び社会的関心は高く、これを伝えることについて、一定の意義及び必要性が認められる。
⑤本件犯罪は、今日においても、類似の事案として、医薬品医療機器法違反により逮捕される事案が発生し、同様な被害がある⇒本件犯罪は、そのような犯罪の一事例として、今なお公共の利害に関わる事項であるといえる。
  民事p50
東京地裁H29.4.25  
  秘密証書遺言が無効とされた事案
  事案 秘密証書遺言の効力が問題となった事案。 
亡Aは、大正12年生まれで、平成19年2月28日付けで秘密証書遺言を作成し、平成21年10月に死亡。
亡きAの二男であるX1及び長女であるX2は、
本件秘密証書遺言は無効であるところ、
亡Aの長男であるY1及び同遺言で遺言執行者として指定されているY2がこれを争っている

Yらに対し、同遺言に基づき移転登記された不動産について登記の更正手続を求め、併せてその共有持分権の確認を求めた。
  判断 ●本件署名は亡Aによってなされたものか?
①本件秘密証書遺言の検認手続の際Xらはいずれも「遺言者の字だと思います」と陳述している。
②本件署名と対比されている本件秘密証書遺言の封紙部分の亡Aの署名等を対比すると、相当数の特徴的な筆跡が合致する部分及び類似する部分がある

本件署名は亡Aによってなされたものであると判断。
  ●本件秘密証書遺言が作成された時において亡Aが遺言能力を欠いていたか? 
Xらからは本件秘密証書遺言作成当時に亡Aには遺言能力はなかったとうする医師の意見書が、
Yらからは遺言能力はあったとする医師の意見書が、
提出。
裁判所は鑑定を採用し、鑑定では遺言能力はなかったという鑑定意見が提出。
本件秘密証書遺言作成当時、亡Aが進行した認知症にあり、その理解及び判断能力が著しく損なわれていた状態にあった

亡Aは、本件のような複雑な内容及び法的効果について理解することができる状態にはなかった。

本件秘密証書遺言は無効であり、移転登記されている不動産について更正手続を命じた。
共有持分権の確認については、登記の更正手続が認められる以上確認の利益はないとして却下。
  規定  民法 第970条(秘密証書遺言)
秘密証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 遺言者が、その証書に署名し、印を押すこと。
二 遺言者が、その証書を封じ、証書に用いた印章をもってこれに封印すること。
三 遺言者が、公証人一人及び証人二人以上の前に封書を提出して、自己の遺言書である旨並びにその筆者の氏名及び住所を申述すること。
四 公証人が、その証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載した後、遺言者及び証人とともにこれに署名し、印を押すこと。
2 第九百六十八条第二項の規定は、秘密証書による遺言について準用する。
  解説 秘密証書遺言:
遺言者が遺言証書を作成して、それに署名押印した上でそれを封書に封じ、
その封書を遺言証書に押印したのと同じ印鑑で封印し、
その封書を公証人と2人以上の証人に提出し、自分の遺言書であることと氏名及び住所を申述し、
公証人が、その封書に日付と遺言者の申述を記載した上で、
遺言者、公証人、証人がそれぞれ署名押印する。

①遺言内容を一切秘密にできること、
②遺言の本文をワープロによって作成することができる
というメリット。
but
効力が争われた場合には遺言書が有効に作成されたことを立証することに困難が伴う⇒秘密証書遺言が作成することは多くない。 
  民事p60
東京地裁H29.7.19  
  別件訴訟(NHKの受託k氏はの従業員の訪問についての損害賠償請求訴訟)が不法行為に該当するとされた事例
  事案 X(NHK)は、A株式会社に対し、
放送受信料の契約勧奨、取次業務、これに付随する事務、公共放送及び受信料制度に関する視聴者の理解を促進する業務
を委託。
Aの従業員であるBは、受信契約締結の勧奨のため、Y2の自宅を訪問⇒Y2は再度訪問するよう依頼⇒再度訪問。
Bは、反NHK活動をしているY1(元NHK職員)に対して電話をかけたY2から電話に出るよう促され、電話に出たところ、Y1から「NHKの人間ちゃうやろ」などと言われたため、電話を切り、
Y2に対し、第三者に介入される内容ではないからこれ以上対応できない旨告げて、Y2の自宅から退去。
Y2は、その2日後に、Bの再度の訪問は不退去罪や特定商取引法違反に該当する不法行為を構成し、
Bを監督するXは使用者責任を負うと主張
⇒Xに対し、10万円の慰謝料を請求する訴訟を簡易裁判所に提起(別件訴訟)。
Y1は、Y2に前記訴訟の提起を促すとともに、Y2に代わって訴状の作成を行った。
Y2は、別件訴訟の第1回口頭弁論期日には出頭したものの、地裁に移送された後の2回の口頭弁論期日には出頭せず、訴状以外の準備書面・証拠を提出しなかった。
別件訴訟では、BはXの被用者とは認められず、Bによる再訪Xは放送法64条1項に基づく正当な訪問である不退去罪は成立せず、
特定商取引法3条1項、2項に違反せず、訪問販売等に関する法律施行規則6条1号にも該当しない
⇒Xに使用者責任は認められない⇒Y2の請求は棄却。
Xが、Yらに対し別件訴訟が不当訴訟であることを請求原因として、応訴のために弁護士費用54万円の支出を余儀なくされたと主張⇒損害賠償請求。
  争点 ①別件訴訟の不法行為該当性
②損害発生と損害額
  判断 請求を全部認容
訴えの提起は、
①提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、
②提訴者がそのことを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提訴したなど、
訴えの提起が裁判制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限り、相手方に対する違法な行為と解される。
別件訴訟は、Y1がY2に訴訟の提起を促し、Y2に代わって訴状の作成を行い、Y2はこれを受けて訴訟を提起
⇒意思を相通じて共同して行ったもの。
Bの再度の訪問の際、BがY2から退去を要求された事実は認められず、Y2の権利を侵害するものとはいえず、
放送業者による放送に関する勧誘は特定商取引法の適用が除外されている

本件事実関係に照らせば、別件訴訟で主張した権利は事実的、法律的根拠を欠くもの。 
Y1は、Y2から事情を聴取すれば、本件権利が事実的、法律的根拠を欠くことを容易に知り得たものであるところ、
勝訴を目的とせずXの業務を妨害する目的で別件訴訟に関与
⇒裁判制度を不当に利用する目的を有している 
Y2は、自身の体験からすれば、本件権利が事実的、法律的根拠を欠くことを容易に知り得たものであるところ、別件訴訟・本件訴訟の訴訟追行態様は真摯であるはいえず、
Bの訪問後わずか2日後に別件訴訟を提起し、本件訴訟の目的につきXを監視することにあったと主張していて被害回復を目的にしたとは窺われず、
裁判制度を不当に利用する目的を有していた
⇒別件訴訟の提起は、裁判制度の制度・目的に照らして著しく相当性を欠くもので違法であり、共同不法行為を構成。
  解説 最高裁H22.7.9:
本訴の提起が不法行為に当たることを理由とする反訴について、
本訴に係る請求原因事実と相反することとなる本訴原告自らが行った事実を積極的に認定しながら、
本訴原告において記憶違いや通常人にもあり得る思い違いをしていたことなどの事情について何ら認定説示することなく、本訴の提起による不法行為の成立を否定した原審の判断には、法令違反がある。
⇒原審判決を破棄差し戻した。 
  民事p66
高松地裁丸亀支部H29.3.22  
  権利能力なき社団における正会員性、宗教的人格権等
  事案 原告:いわゆる四国霊場八十八か所の発展等を目的として昭和33年頃に組織され、弘法大師の教義に関する法会、布教、教化、宣伝活動等の事業を行っている権利能力なき社団であり、その定款で、八十八か所寺院の住職を原告の正会員と規定。
四国霊場八十八か所を構成する第●●番札所の住職である被告に対し、
①定款又は宗教的人格権に基づく妨害予防請求として、四国霊場巡礼の妨害禁止を求め、
②定款又は宗教的人格権に基づく履行請求として、本件寺院の納経所につき本件運営要領の定めを遵守した運営をするよう求め、
③滞納会費の支払を求めた。
  争点 ①被告は原告の正会員か
②被告は原告の定める納経所の運営要領に従う義務があるか 
  判断 原告の請求を棄却。 
  被告は、四国霊場を構成する寺院の住職であるから、原告の正会員となる資格があるが、被告が原告に対し正会員として入会の意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。 
原告は、四国霊場の発展等を目的とする権利能力なき社団であって任意団体⇒被告に正会員の資格があることを理由として加入を強制する法的根拠はない。
①原告の定款には、正会員の退会手続について特段の定めがない⇒その退会の意思表示の方法に限定はない。
②被告は、平成20年12月、当時の原告会長に対し、原告に参加する意思はない旨通告。

仮に被告が原告の正会員として入会していたとしても、前記通告により原告に対し、退会の意思表示をしたと認められ、被告は原告を退会したものと認められる。
被告は原告の正会員ではない⇒原告は被告に対し、原告の定款に基づく義務を主張できない。
  原告:四国霊場の統一的運営は社会通念上保護されるべき宗教的事業であり、かかる統一的運営を妨害されない人格的な利益(宗教的人格権)を有している旨も主張。 
私人である原告と被告との間で、信教の自由の侵害があり、その態様、程度が社会的に許容し得る限度を超えるときは、場合によっては、私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条の規定等の適切な適用によって法的保護が図られるべき。
but
原告が主張する人格的利益とは、主に原告の定める本件運営要領に従った納経所運営であるところ、納経所の運営は各寺院が行うものであるし、本件運営要領の内容も、納経の受付日、受付時間等に関する事務的な定めに過ぎない。

本件運営要領に従った納経所運営が原告の信教の自由にかかわるものとは認め難く、原告主張の宗教的人格権は認められない。

原告の妨害予防請求及び履行請求は、定款に基づくものも、宗教的人格権に基づくものも理由がない。
原告が主張する平成21年度以降の回避の支払義務もない。 
  解説 社団法人においては、社員の地位には権利だけでなく義務も伴う

入社には常に入社しようとする者の意思表示が必要であり、
脱退についても、原則として、社員の社団に対する一方的意思表示により退社することができ、
合理的範囲を超えて脱退の自由を制限する定款の定めは無効。
権利能力亡き社団についても、同様に、構成員の加入・脱退は基本的に自由であると考えるのが相当。
一般社団法人及び一般社団法人に関する法律:
一般社団法人の社員は一方的意思表示によりいつでも退社することができること(28条1項本文)
定款により社員の退社の自由を制限することができるが(同項ただし書)、
そのような定款があっても、やむを得ない事由があるときは、社員はいつでも退社することができること(同条2項)
を定めている。
  最高裁H17.4.26:
県営住宅の入居者によって組織される自治会に対し、会員が退会の申入れをしたことをの有効性が争われた事案で、
被上告人(自治会)は、会員相互の親ぼくを図ること、快適な環境の維持管理及び共同の利害に対処すること、会員相互の福祉・助け合いを行うことを目的として設立された権利能力なき社団であり、いわゆる強制加入団体でもなく、その規約に置いて会員の退会を制限する規定を設けていない

被上告人の会員は、いつでも被上告人に対する一方的意思表示により被上告人を退会することができると解するのが相当であり、本件退会の申入れは有効。
被上告人の設立の趣旨、目的、団体としての性格等は、この結論を左右しない。

県営住宅の入居者によって構成される自治会であっても、当該自治会が強制加入団体でなく、その規約において会員の退会を制限する規定を設けていないなどの事情のもとでは、会員は自治会に対する一方的意思表示により退会することができる。 
  労働p74
東京高裁H29.2.23   
  MLC契約に基づく在日米軍基地労働者に対し、国が行った解雇が違法とされた事例
  事案 Y(国)との間のMLC契約(国が労働者を雇用するが、その労務を在日米軍及び諸機関に提供する契約)に基づき、横須賀基地内で勤務していたXが、
米軍から平成12年から平成23年にかけて部下に対し8件のパワーハラスメントをしたことを理由に、順次、休業手当身分措置、暫定出勤停止措置の対象とされた後、解雇

前記各措置はいずれも要件を欠き無効であるとして、Yに対し、
①労働契約上の地位の確認
②本件各措置に基づき出勤を禁止された期間の未払賃金及び未払賞与の支払、
③解雇後の賃金及び賞与の支払、
④本件各措置は違法な公権力の行使に当たるとして民法709条及び国賠法1条に基づき慰謝料金100万円の支払
をそれぞれ求めた。 
  規定 民法 第536条(債務者の危険負担等)
前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
  判断 8件のパワーハラスメントは認められない

本件解雇は無効
本件休業手当身分措置が調査妨害等の支障を避けるために必要かつ合理的な措置であったとしても、就労義務がないとはいえ一方的に賃金が減額される点でXに不利益な処分

本件休業手当身分措置において、後日、嫌疑がなかったことが認められる場合は「債権者の責めに帰すべき事由」に当たり、Xは休業手当の額を超える部分の賃金請求権を失わない。
本件暫定出勤停止措置が、国賠法上違法となるか否かについて、
・・・日本側の担当者としてゃ、MLCの前記規定に従い、減給を伴う暫定出勤停止措置の長期化が炉同社に重大な不利益を与えるものであることを考慮して、日本側の調査終了後は日米間の協議を早期に終了させ、協議が整わなかった場合には速やかに日米合同委員会の決定に委ねるべきであったにもかかわらず、日米合同委員会に付託されることがないままXは解雇されている。

日本側の担当者は職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく本件暫定出勤停止措置を継続。
①本件暫定出勤停止措置及び本件解雇は、単にMLCが規定する要件を満たさない無効なものであるだけでなく、
通常想定される協議の期間を大幅に超過したため、暫定出勤停止期間が長期に及び、Xに大きな不利益を与えた
②本件解雇は解雇事由の証拠が乏しく日本側と米国側で意見が分かれる状態で行われたことなどの事情によれば、本件暫定出勤停止措置及び本件解雇が無効とされ地位確認と未払賃金の支払を命じただけではXの精神的苦痛は回復されない

慰謝料50万円の請求を認容。
予備的請求にかかる中間利益控除について、
①中間利益の控除は、労働者が使用者に対する労務の提供を免れたことにより他の職について収入を得た場合に、使用者からの収入と他の職について得た収入を二重に取得することを否定するもの。
⇒MLCにその定めがあるかどうかにかかわらず、中間利益の控除は許される。
②本件解雇が国賠法上違法と評価されるものであったとしても、それによりXが解雇されなかった場合以上の利益を受けることを肯定する理由はない。

出勤停止期間中と解雇後口頭弁論終結時までの間、Xが就労して得た給与を中間利益として控除。
  解説 賃金請求権を失わない場合、その期間、労働者が他の職について得た収入を中間利益として控除することが可能かどうか、民法536条2項後段に「この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない」と定めがあることから問題。
この点、労働者が就労を免れた期間中に他の職について利益(「中間利益」)を得たときは、使用者は、労働者に同期間中の賃金を支払うに当たり、平均賃金の6割を超える部分から当該賃金の支給対象期間と時間的に対応する期間内に得た中間利益の額を控除することが許され、また、
中間利益の額が平均賃金の4割を超える場合には、更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(労基法12条4項所定の賃金)の全額を対象として中間利益の額を控除することが許されるものと解されている。
(判例)
  労働p97
長野地裁松本支部H29.5.17  
  代表者によるパワハラと、退職願の提出が会社都合退職とされた事例
  事案 Y1社は医療機器の販売を主な業務とする会社で、Y2はY1社の代表取締役。
X1ないしX4はY1社の元従業員。
①Xらが、在職中にY2からパワーハラスメントの被害を受けたとして、Yらに対し慰謝料の支払を求める。
②X1及びX2が、夏季賞与を根拠なく減額されたとして、Y1社に対し減額分を求める。
③Xらには自己都合退職の係数に基づき算定された退職金が支給されたところ、各原告には会社都合退職の係数に基づく退職金が支給されるべきであるとして、Y1社にその差額の支払を求める。
④X2が、Y1社が違法な降格処分をしたとして、Y1社に対し、同所分により支給されなかった賃金相当額の支払を求める。
  判断 ●請求①について 
Y2の言動について、X2がY2の言動等を書き留めていた手帳の記載や当事者尋問の結果等に基づき、概ねXらが主張するとおりに認定。
その上で、Y2の言動はXらに対する不法行為を構成
⇒Yらに対し慰謝料の支払いを命じた。
最も高額な慰謝料(100万円)を認めたX2については、
退職させる目的で賞与減額や降格処分を立て続けに行ったこと、
不法行為の期間が長くはないものの、侮辱する発言が繰り返されたこと
が重視されている。
次いで高額な慰謝料(20万円)を認めたX1については、
X2と同様、侮辱する発言が繰り返された点が考慮された一方、
X2に見られたような根拠のない降格処分等がX1に対してはなされていない点が斟酌された。
控訴審
⇒、X1に対する退職強要行為及びX3、X4に対する間接的な退職強要行為があったと認定の上、同人らの慰謝料を増額。 
  ●請求②について 
X2について、退職強要目的で理由のない賞与減額と降格処分をし、その直後にX2が退職願を提出
⇒Y1社からの退職勧奨によって退職した場合と同視できる。
その余の原告については、Y1社からの退職勧奨によって退職した場合と同視できる事情が見当たらない。
  解説  労働者がパワーハラスメントと主張する行為が認定された場合に、これを違法と評価すべきか否かの判断基準として、
裁判例には、
A:他人に心理的負荷を過度に蓄積させるような行為は原則として違法であるというべきであり、例外的に、その行為が合理的理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で行われた場合には、正当な職務行為として、違法性が阻却される。(福岡高裁H20.8.25)
B:企業組織もしくは職務上の指揮命令関係にある上司等が、職務を遂行する過程において、部下に対して、職務上の地位・権限を逸脱・濫用し、社会通念に照らし客観的な見地からみて、通常人が許容し得る範囲を著しく超えるような有形・無形の圧力を加える行為をした場合には不法行為を構成する。(当居高裁H25.2.27)
具体的な考慮要素として、
行為の目的、態様、頻度、継続性の程度、被害者と加害者の関係性を挙げる文献。
  刑事p105
大阪高裁H28.12.6  
  道交法130条2号の「その者が書面の受領を拒んだため・・・第126条第1項・・・の規定による告知・・・をすることができなかったとき」に該当しないとされた事例
  事案 検察庁の取調べで当該車載カメラの映像を示された⇒違反の事実を認め、交通反則通告制度による処理を希望。
but
道交法130条2号にいう「その者が書面の受領を拒んだため・・・第126条第1項・・・の規定による告知・・・をすることができなかったとき」に当たる
⇒公訴を提起。 
  解説 道交法:交通反則行為に関する処理手続の特例:
警察官において、反則者があると認めるときは、その者の居所や氏名が不明の場合又は逃亡のおそれがある場合を除き、その者に対し、速やかに反則行為となるべき事実の要旨及び当該反則行為が属する反則行為の種別等を書面で告知し(126条1項)、
警察本部長は、告知を受けた者が反則者であると認めるときは、反則金の納付を書面で通告し(127条1項)、
これに応じて10日以内に反則金納付の通告を受け、かつ、10日の期間が経過した後でなければ、公訴を提起されない(130条)。
その者が書面の受領を拒んだため126条1項の規定する告知又は通告をすることができなかったときはこの限りでない(同条2号)
と規定。
  問題 どのような場合に、反則者が書面の受領を拒否したものとして直ちに公訴を提起することができるのか? 
  判断 道交法130条2号にいう「受領を拒んだ」の意味について、
反則者が正当な理由なく書面の受領を拒んだため、交通反則通告手続による処理が困難となる場合をいう。

①交通反則通告制度は大量に発生する道交法違反についての迅速処理を主眼とするものではあるが、他方、大量の違反者すべてに刑罰を科し犯罪者とするとかえって刑罰の感銘力を低下させるなどの弊害があることも考慮した制度
②受領拒否の「正当な理由」の有無を判断するに当たっても、単に迅速処理の観点だけではなく、比較的軽微な違反行為について公訴提起は抑制的であるべき
①過失による赤信号看過という本件反則行為の内容が、速度超過、駐停車違反、通行禁止違反等のその場で違反者が道路標識や記録紙等を確認することで違反の事実を容易に認識できる類型の違反と異なり、違反者自身に自覚がないことが通常で、かつ、その場で違反の事実を確認できないことがままある類型の違反
⇒被告人が警察官に車載カメラの映像の確認を求めたのは格別不当であるとはいえない。
②警察官が、実際には車載カメラの映像が存在していたにもかかわらず、被告人に対し、そのようなものはないと言ってこれを提示しなかったのは甚だ不誠実な対応
⇒それにもかかわらず、後日、車載カメラの映像を見せられて事実を認め、交通反則通告制度による処理を求めた被告人が一旦告知書の受領を拒んだ以上、道交法126条1項の告知をすることができなかったときに当たるとするのは、信義に反する。

本件は反則者が正当な理由なく書面の受領を拒んだ場合には当たらない。

被告人を罰金9000円に処した原判決を破棄し、公訴を棄却。
  解説  本判決は、
一般論としては、
受領拒否に当たるかどうかは反則行為を現認した警察官がその時点で判断すれば足り、
検察官に事件送致された後に被疑者が反則制度の利用を希望したからといって、同制度による処理に移行する必要がない。
but
違反行為の類型的な特徴に加え、
特に警察官の不誠実な対応があった点を重く見て、例外的に処理するのが相当と判断。 
  刑事p109
広島高裁H29.3.8  
  軽犯罪法1条2号の「正当な理由」と「隠して」の意義と存否の判断
  事案 被告人が、正当な理由がないのに、コンビニエンスストアの駐車場において、ヌンチャク3組を、自動車内に隠して携帯
⇒軽犯罪法1条2号違反に問われた。 
  規定 軽犯罪法 第1条〔軽犯罪〕
左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。

二 正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者
  争点 「隠して携帯していた」
「正当な理由」
の有無。 
  判断 「隠して」につき、本人に隠す意思が必要

隠れた状態を認識するだけでは足りず、携帯の態様や目的等から隠すことについての何らかの積極的な意思を認定する必要がある。

本件では否定。
「正当な理由」について、
本号の器具には、職業上又は日常生活上必要ともいえる器具も多く含まれうる
⇒凶器の危険性の高さを理由に「正当な理由」を限定的には解してよいことにならない。
客観面と主観面の諸事情を総合して判断する必要。
ヌンチャクについて、
武道や趣味などとして適法に使用されることの方が一般的
⇒社会通念上、携帯が相当な場合が十分にあり、本件の事情の下では、職務上又は日常生活上の必要性から、社会通念上、相当と認められる場合に当たらないとすることには合理的疑い
⇒「正当な理由」がないとはいえない。 
  ⇒被告人は無罪 
  解説  ●「隠して」 
①一般社会生活上、接触する他人の通常の視野に入ってこないような状態におくことをいい、
②携帯する者に隠す意思があることが必要。

本号が、危険な器具を「隠して」携帯することが人の生命、身体に対する具体的危険と結びつきやすいことに着目して、犯罪として取り締まることとしたものと解される。
  ●「正当な理由」 
銃刀法22条所定のものと同様に解され、
職務上または業務上の必要のため携帯する場合等に認められ、けんかの際の護身用としてナイフを携帯するような場合には正当な理由が認められないことが多い。
最高裁H21.3.26:
「正当な理由」の有無について、
当該器具の用途や形状・性能、隠匿携帯した者の職業や日常生活との関係、隠匿携帯の日時・場所、態様及び周囲の状況等の客観的要素と、
隠匿携帯の動機、目的、認識等の主観的要素を
総合的に勘案して判断すべきと判示し、
深夜のサイクリングの際に専ら防御用として催涙スプレーをズボンのポケット内に入れて隠匿携帯したことは、社会通念上、相当な行為であり、「正当な理由」によるものであるとした。
  刑事p114
東京地裁立川支部H28.9.16
  防衛行為の相当性
  事案 交通トラブルの相手方が自車の窓枠をつかんだ状態で同車を発進、加速させ、ついていけなくなって転倒した相手方を轢過して死亡させた。
検察官は、被告人が自分や同乗の娘の身体を防衛するためにしたものではあるが、防衛の程度を超えた傷害致死罪として起訴。
  争点 ①暴行の故意の有無
②防衛行為の相当性 
  判断・解説  ●暴行の故意
判断:
被告人が車を発進・加速した時点で被害者の身体が車体と接触し又はごく近くにあることを認識⇒その状態で走行すれば被害者の身体の安全を侵害する危険があると認識⇒暴行の故意を肯定。 
暴行の故意を否定した裁判例(大阪地裁):
相手方が運転席側ドアノブ付近をつかんで並走する状態で加速走行させ、路上に転倒させた
but
ドアミラーが前方に倒れていたなどの事情⇒
相手方の状態を認識できず、
自車と並走する相手方を現実に認識していたこと、自車の走行によって相手方に傷害を負わせるような近い位置に相手方がいるかもしれないと思っていたことが認められない。
同裁判例は、
被害者はドアノブから手を離さず併走し、自ら危険な状況に飛び込んだもので、被害者の行動が大きな原因になっている
⇒客観的危険性の高さや過失の内容を理由に被告人の行為が防衛行為として相当な範囲を超えていたとはいえない⇒自動車過失致死罪(予備的訴因)に正当防衛が成立するとした。
●「やむを得ずにした行為」の意義 
刑法 第36条(正当防衛)
急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
最高裁:
公共的法益に対する侵害を私人が防衛することが問題となった事案において:
「防衛行為がやむことを得ないとは、当該具体的事態の下において当時の社会通念が防衛行為として当然性、妥当性を認め得るものを言う」(最高裁昭和24.8.18)

押し問答を続けていた交渉相手から突然手指をねじあげられ、これを振りほどこうとして胸付近を1回強く突き飛ばしたところ、相手が仰向けに倒れて頭部に重傷を負わせた事案において:
「やむことを得ざるに出でたる行為」とは、急迫不正の侵害に対する反撃行為が、自己または他人の権利を防衛する手段として必要最小限度のものであること、すなわち反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当性を有するものであることを意味する。
反撃行為が右の限度を超えず、したがって侵害に対する防衛手段として相当性を有する以上、その反撃行為により生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であっても、その反撃行為が正当防衛行為でなくなるものではない。
(最高裁昭和44.12.4)
◎判断:
被告人車発進後も被害者が並走しながら怒号するなど旺盛な侵害の意思を示していた⇒急迫不正の侵害が継続。
防衛行為の程度について、
①予想される侵害と防衛行為との均衡、
②防衛行為者の意思
③他に取り得る手段の存否
の観点から検討。
③について、運転者窓を閉めるなどして侵害を防ぎつつ、警察官等の救援を求めることはできたものの、通常人の立場で考えて、停止・減速すれば逆上した被害者から何をされるか分からないという状況で、車の発進・加速以外の手段を取ることは困難。
駐車をめぐってトラブルになり、・・後ずさりしたが、更に目前まで追ってくるので、逃げようとしたところ、運転席に菜切包丁があることを思い出し、窓越しに取り出して腰辺りで構え、「殴れるのなら殴ってみい」「切られたいんか」と言って脅迫した事件:
控訴審:素手の被害者に対し殺傷能力のある菜切包丁を構えて脅迫したのは相当性の範囲を逸脱したもの

上告審:
被告人は被害者からの危害を避けるための防御的な行動に終始していたものであるから、防御手段としての相当性の範囲を超えたものではない。 
●過剰防衛・正当防衛の裁判例 
◎  停車した被告人車のドアを開け、被告人を引きずり降ろそうとした⇒被告人は手を振りほどきドアを閉めたが、運転席側ステップに上がった被害者から窓越しに肩をつかまれたため、急発進⇒ハンドルを握ってきて車が右方に進行して欄干に激突しそうになり、とっさにハンドルを切った⇒被害者が振り落とされ、死亡。
一審:
被害者が不安定な状態で素手で攻撃してきたのに対し、運転席にいてある程度安全な状況にあった被告人としては、素手での反撃等他にとるべき手段があったはず⇒相当性の範囲を超えている。
控訴審:
被告人が感じていた侵害の危険性と恐怖感は相当に強く、素手での反撃を期待するのは困難であり、それによって被害者の侵害から逃れることも容易ではない。⇒自動車の発進より軽い打撃によって被害者の攻撃を防ぐことが可能だったとは考え難い
⇒重大な結果の発生を理由に防衛の程度を超えたものとすることはできない。
  ◎過剰防衛を肯定 
①被告人は、被害者をボンネットに乗せたまま運転を開始し、振り落とすべく高速で蛇行し、急ブレーキをかけるなどした

生命の安全に対する危険を多分に含むもので被害者から受ける可能性のあった侵害の程度と著しく均衡を失する。
②より低速で走行し、被害者が転落することがないよう急ブレーキ等を控え、より安全な場所に奏功して他人に助けを求めるなど被害者の生命身体に配慮した行動が可能。

防衛行為としてやむをえない程度を超えた。(京都地裁)
①窓は全開だったがドアで遮られており、被害者は何らの武器も示しておらず、車両に並走しそれが困難となって飛び乗ったもの⇒侵害行為はその限度にとどまっている。
②車両の走行は、速度が上がるにつれ被害者の身体・生命の危険を増大させるもので、被告人は速度を容易に調整することができた
⇒加速し続けた行為は相当性を欠く。(札幌高裁)
・・・回し蹴りをしてきたことから口論になり、手拳でで顔面を殴られた⇒複数回顔面を殴り返し、被害者が転倒して頭部を打ちつけ死亡

第1審:被告人が素手で殴り返したのは「武器対等」であり、一方的な攻撃ではない⇒相当性の範囲を超えていない。

控訴審:
最後の段階では被害者はもはや互角に戦える状態ではなく、被告人の暴行は一方的かつ圧倒的攻撃⇒量的に過剰
急所である下顎部に2回命中させるなど被告人の暴行はボクシングの素養を用いた者⇒質的にも過剰
(名古屋高裁)
2353   
  長崎地裁H29.4.17  
  諫早湾干拓地潮受堤防排水門開放差止請求事件第1審判決
  事案 国営諫早湾土地改良事業において、諫早湾干拓地潮受堤防が設置され、それにより締め切られた奥部を調整池とし、その内部に干拓地が形成された。
Y(国)は当該潮受堤防の北部及び南部に排水門を設置し、その開門権限を有している。
福岡高裁H22.12.6は、Yに対し、判決確定の日から3年を経過する日までに、防災上やむを得ない場合を除き、本件各排水門を開放し、以後5年間にわたって開放を継続することを命じ、同判決は同月21日に確定。
本件:
Xら(諫早湾付近の干拓地を所有又は賃借し農業を営むという者、諫早湾内に漁業権を有する漁業協同組合の組合員として漁業を営むという者及び諫早湾付近に居住する者など)が、Yは本件各排水門を開放し、以後5年間にわたってその開放を継続する義務を負っており、地元関係者の同意と協力なしに開門をする可能性があって、Xらは開門により被害を受けるおそれがあるなどと主張

所有権、賃借権、漁業行使権、人格権又は環境権・自然享有権に基づく妨害予防請求として、Yに対し、
・・・・開門の開門の各差止めを求めた。
  Yの主張 事前対策を実施することによって、本件開門によるXらの被害は回避され、
本件開門によって漁業環境が改善する可能性があり、
開門調査を実施し、調査結果を公表することに公共性ないし公益上の必要性がある。 
  判断 ●Yが本件開門をする蓋然性 
ある者に対して一定の作為をしないことを求める給付訴訟においては、その者によって当該「一定の作為」がなされる蓋然性のあることが、訴えの利益として必要。
Yがケース1~3開門をする蓋然性はあるが、その余の開門をする蓋然性はない。
  ●ケース3-2開門、ケース1開門およびケース3-1開門に差止請求を認容すべき違法性があるか
差止請求を認容すべき違法性があるかを判断するにあたっては、
侵害行為の態様と侵害の程度、
被侵害利益の性質と内容、
侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度
等を比較検討するほか、
被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等
の事情を考慮してこれを決すべき。

前記被侵害利益の性質と内容については、個々のXの被侵害利益を考慮すべきであるが、
多数の当事者の権利について妨害のおそれがあることは、公共性ないし公益上の必要性の程度を減殺する事情として考慮することができる。
ケース3-2開門は、本件各排水門の管理水位を維持したまま5年間の比較的長期にわたり、調整値に海水を導入するもの

これにより各X農業者の所有又は賃借に係る農地には塩害、潮風害又は農業用水の一部喪失の発生する高度の蓋然性があり、これらにより農業被害の発生するおそれがある。
これらの農業被害は、財産的権利に関するものであるが、各X農業者の生活等の基盤に直接関わるものであり、重大。
他方で、ケース3-2開門がなされても、Yが主張する諫早湾及び有明海の漁業環境が改善する可能性及び改善の効果はいずれも高くない。
ケース3-2開門による開門調査を実施し、本件事業と漁獲量減少との関連性等の調査結果を公表することには一定の公共性ないし公益上の必要性はあるが、解明の見込みは不明である上、ケース3-2開門がなされた場合に、多数のXが土地所有権ないし賃借権の行使として営む農業に前記被害を受けるおそれが生じる
⇒ケース3-2開門の公共性ないし公益上の必要性は相当減殺される。
Yの予定する事前対策は、その実効性に疑問があり、これによって、Xらの妨害のおそれは否定されない。

ケース3-2開門によって侵害を受けるおそれのある各Xの被侵害利益とケース3-2開門の公共性ないし公益上の必要性とを比較し、各事情を総合的に考慮すれば、ケース3-2開門については、差止請求を認容すべき違法性がある。
同様に、ケース1開門、ケース3-1開門についても、差止請求を認容すべき違法性がある。
●ケース2開門について 
ケース2開門は、5年間の開門をするものであり、
第1段階としてケース3-2開門を行い、
第2段階としてケース3-1開門を行い、
第3段階としてケース1開門を行うという開門方法。

ケース2開門の差止めを求める訴えは、訴えの利益を欠き、不適法⇒却下。
1月   
2352   
  行政p3
①福岡高裁H29.6.5
②福岡高裁H28.9.5    
  教員採用処分の取消処分の有効性が問題となった事案
  ①事件:事案 Xが、平成20年度大分県公立学校教員採用選考試験に合格し、同年4月1日付けで県教委から小学校教員に任命(本件採用処分)⇒前記試験のXの成績に不正な加点操作があったとして本件採用処分の取消処分

Xが、大分県に対し、
本件取消処分の取消しを求めるとともに、
国賠法1条1項に基づき、違法な本件取消処分ないし本件採用処分により精神的苦痛を受けた

慰謝料700万円及び弁護士費用70万円の合計770万円の損害賠償を求める。 
  一審 本件採用処分は裁量権を逸脱し又は濫用したものとして違法であり、
本件採用処分を維持する公益上の不利益は、本件取消処分によってXが被る不利益よりさらに重大で公共の福祉の観点に照らし著しく相当性を欠く

本件取消処分の取消請求を棄却。 
本件採用処分は違法な行政処分
⇒国賠法に基づいて、大分県に慰謝料350万円、弁護士費用50万円の合計400万円の損害賠償をXに支払うよう命じた。
  判断 一審を維持。 
  解説  ●行政処分の職権取消しの可否及び要件 
行政処分の職権取消しについての総則的規定は存在しない。
but
法律による行政の原理等を理由にこれを認めるのが一般。
要件について、特に授益的行政処分では、
A:違法又は不当を要件とするもの
B:違法に限定するもの
C:取消制限の利益衡量とともに判断するもの
最高裁H28.12.20:
行政処分の職権取消しの適否についての審理判断は、原処分が違法又は不当(違法等)があると認められるか否かの観点から行われるべきである。
判断:
本件採用処分は大幅に改ざんされた点数に基づくもので、改ざんがなければXについての本件採用処分はなかった⇒本件採用処分は事実の基礎を欠く違法なもの。
  ●授益的行政処分の取消制限 
授益的行政処分については、当該行政処分の相手方の既得の利益や処分の存続及び適法性への信頼の保護等
⇒職権による取消しが制限される場合がある。

①当該処分の取消しによって生ずる不利益と、
②取消しをしないことによって当該行政処分に基づき既に生じた効果をそのまま維持することの不利益
とを比較考量した上、
当該行政処分を放置することが公共の福祉に照らして著しく不当であると認められるときに限り、当該行政処分を取り消すことができる。
(最高裁)
判断:
Xの正教員採用への信頼と期待の侵害等は軽視し難い(ただし、Xが正教員の地位を保持する正当な利益は認められない。)ものの、
大幅な点数の改ざん(特にX所属の勉強会の指導官の口利きが原因)による合格は、公平な教員採用試験の実施についての信頼、教員あるいは公教育自体に対する県民の信頼を失わせる等本件採用処分の維持による公益上の不利益はより重大であって、本件採用処分を維持することは公共の福祉の観点に照らし著しく相当性を欠く

本件取消処分は適法。
  ②事件 ①事件とほぼ同様の枠組みを採った上で、
採用処分に瑕疵はあるものの、
教員としての地位を失うなどZの社会的・経済的不利益は大きく、
Zが加点操作に何ら関与していないこと

教員採用処分を取り消すことはできない。 
    ①事件②事件とも、いずれも上告 
  行政p53
津地裁
H29.6.22  
  分担金を定めた条例の規定の適法性(適法)
  事案 地方公共団体の実施する下水道整備事業に伴う分担金の負担について、その適法性が争われた事案。
Y(三重県名張市)においては、市全域下水道化基本構想の下に、住宅団地の下水道整備を進め、住宅団地の合併浄化槽及び汚水処理施設をYが公共管理することが構想。
Yは、同構想のもと、Xらの居住する区域においては、新設する汚水処理施設に接続することを前提に、既存の汚水処理施設(「本件処理施設」)を公共管理に移管し、本件処理施設を耐用年数が過ぎた後に撤去するという事業(「本件事業」)を実施することにし、地自法224条、228条1項に基づき名張市住宅地汚水処理施設分担金条例(「本件条例」)を定め、同条例に基づき、同事業の分担金を同区域の住民に賦課。

Xらは、同分担金の賦課決定を受けたため、本件各処分が違法であると主張して、その取消しを求めた。
  争点 本件各処分が分担金(=地方公共団体が行う特定の事件に要する経費に充てるため、その事件に特別の関係のある者に対して課する金銭)について定めた地自法224条に違反するか否か。 
  規定 地自法 第224条(分担金)
普通地方公共団体は、政令で定める場合を除くほか、数人又は普通地方公共団体の一部に対し利益のある事件に関し、その必要な費用に充てるため、当該事件により特に利益を受ける者から、その受益の限度において、分担金を徴収することができる。
  判断 地自法224条に反して違法であるとは認められない⇒請求棄却。
●地自法224条の解釈 
同条の「利益」とは、必ずしも金銭に見積もり得る経済的利益に限らず、当該事業により生じる利便性や快適性といった生活上の利益を含む。
分担金が同条の「受益の限度」を越えないものか否かは、事業の性質、必要性、事業費、受益の性質及び程度等を考慮して衡平の観点から社会通念に基づき判断されるべきであり、
受益の限度を越えない範囲について、どのような算定方法を採るかは、普通地方公共団体の合理的な裁量に委ねられている。
①本件事業は、Xらが居住する区域の住民が、安定的に下水道サービスを受ける上で、重要な施策であって、合理性を有するもので、Xらは、本件事業により、他の住民ないし土地所有者には利益のない本件処理施設による汚水処理の利便性の向上及び資産価値の増加といった「利益」を受ける
②本件事業に係る分担金も事業費総額の約5.8%に止まるものであり、その割合がXら住民にとって課題な負担とまではいえず、分担金の算定方法に関しても、Yに認められた合理的裁量の範囲を逸脱するものではない。

事業の必要性、受益の重要性及び分担金が合理的に算定されていることを総合すると、本件条例による分担金の定めは、地自法224条に反して違法であるとは認められない。 
  解説 ①特定の事件に関し特に利益を受けるものから徴収される者である点、
②報償的性格を有する点
③一般収入ではなく当該事件の費用に充てるため徴収される点
等で分担金と税は異なる。 
公共下水道事業のように、市町村が、都道府県知事の認可を受けて施行する事業(都市計画法59条1項)においては、同法75条1項が、都市計画事業によって著しく利益を受ける者がある場合における受益者負担金について規定。
but
本件事業は、都道府県知事の認可を受けて施行された事業ではなかった⇒地自法224条に基づいて実施。
  民事p61
東京高裁H27.8.27  
  公正証書遺言の方式違背等(肯定)
  事案 共同相続人であるXらが、共同相続人であるYらに対して、被相続人Aによる公正証書遺言には方式違背がある等として、公正証書遺言の無効の確認を求めるともに、
公正証書遺言に基づきされた被相続人A所有の不動産に係る登記の更正又は抹消の登記や手続を求め、
あわせて公正証書遺言の前に作成された自筆証書遺言についても、遺言意思がなかったとして無効確認を求めた事案。 
  判断 ●公正証書遺言
  ①被相続人Aは、公証役場訪問前には高度の意識障害によりコミュニケーションが困難な状態になることがあり、公証役場訪問後には救急外来を受診し意識障害を生じ、肝性昏睡と診断されるなど、被相続人Aの意識状態や身体状態には一定の変動があり、具体的な応答をし得る程度の意識状態や身体状態にあったとみるには相当の疑義が存する。
②被相続人Aは公証人に対し、「Y1に全部。」、「Y2にも。」と述べる以外は何も言わず、証人Bらもこれらの発言以外は見聞きしていなかった。
but公証人の作成した遺言案には、Y1に10分の5、Y2及びXらに各10分の1とするもので、公証人が被相続人Aの意思を忖度、整理し、内容を補充して作成したと考えられる。
③公証人が遺言案を読み上げて内容の確認をしたところ、被相続人Aは頷くのみで何ら具体的発言をすることはなかった。

遺言者の遺言の趣旨を理解できるように口授したものとは認められない。
●自筆証書遺言 
①被相続人Aは、自筆証書遺言の作成を試みて、何枚か作成したものの、いずれもうまく書けず、Y1が4か所に訂正印を押さなければならないような不出来なものであった。
②被相続人Aは、作成したものを持ち帰らず、また作成に立ち会ったAの兄嫁であるBに保管等を託すこともしなかった。
③Bから遺言書として通らないと言われて公正証書遺言を作成することを勧められ公証役場を訪問して本件公正証書遺言を作成している。

公正証書遺言の作成を勧められた時点で本件自筆証書遺言をもって遺言書とする意思を失っていた⇒本件自筆証書遺言は遺言意思がなく無効。
  規定  民法 第969条(公正証書遺言)
公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 証人二人以上の立会いがあること。
二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
三 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。
四 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。
五 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。
民法 第969条の2(公正証書遺言の方式の特則)
口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合には、遺言者は、公証人及び証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述し、又は自書して、前条第二号の口授に代えなければならない。この場合における同条第三号の規定の適用については、同号中「口述」とあるのは、「通訳人の通訳による申述又は自書」とする。
2 前条の遺言者又は証人が耳が聞こえない者である場合には、公証人は、同条第三号に規定する筆記した内容を通訳人の通訳により遺言者又は証人に伝えて、同号の読み聞かせに代えることができる。
3 公証人は、前二項に定める方式に従って公正証書を作ったときは、その旨をその証書に付記しなければならない。
  解説  民法969条2号の趣旨について、遺言書の財産を誰に対してどのように処分するかといった遺言の具体的な内容を遺言の趣旨として、公証人に対して自らの言葉で語ることを必要とするということ。

言葉によらない表示は口授とはいえない。
首を振る程度の返事をした場合や肯定又は否定の挙動を示したにすぎない場合に口授があったとはいえない(最高裁)。
自筆証書遺言のために複数書き直しがされ、結局持ち帰りも保管等を託すこともしていないのは、このとき作成されたものを最終意思とすることをしなかったということができる。⇒遺言意思を認めなかった判断は相当。
  民事p74
大阪地裁H29.2.15  
  部活中の負傷による後遺症障害⇒顧問の安全配慮義務違反(肯定)
  事案 Yの設置運営するB高校(「本件高校」)の日本拳法部の新入部員であったX1が、同部の練習中に、後頭蓋窩急性硬膜下血腫等を負った
⇒X1及びその両親が、同部の顧問であり、Yの被用者であったAには本件事故を未然に防止すべき指導上の注意義務があったのにこれを怠ったと主張し損害賠償請求 
  判断 ●本件事故の態様(争点①)
本件事故当時、一緒に活動していた部員の供述や対戦相手の供述
⇒対戦相手が、X1が蹴り上げた左足をつかみ、X1の右足を払ったことから、X1が点灯し、本件事故に至った。
  ●顧問Aの安全配慮義務違反の有無(争点②) 
初心者と上級者と対戦させるに当たっては、上級者に対し、蹴り足をつかみ、他方の足を払うなどといった危険な技をかけないように指導するとともに、X1とその対戦相手との動向に注視し、できる限りそばに付き添って指導し、X1が対戦相手から危険な技をかけられそうになった場合には、対戦相手に対し、当該技をかけるのを止めるように指導する安全配慮義務があったのにこれを怠った。
    Yは、X1に対し、158万円余、
父親であるX2に対し30万円
母親であるX3に対し61万円余
を支払うよう命じた。
  解説 顧問(教師)の安全配慮義務について、
担当教諭(顧問)は、練習によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護するために常に安全面に十分な配慮をし、できる限り生徒の安全に関わる事故の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて事故の発生を未然に防止する措置を執り、クラブ活動(部活動)中の生徒を保護すべき注意義務を負っている。 
  民事p83
福島地裁いわき支部
H28.10.27  
  保険金等請求訴訟で火災事故が保険契約者の故意によるもので免責されるとの主張が認められた事例
  事案 XとY1の間の火災共済契約等並びにXとY2との間の火災保険契約の目的物である建物及びその内部の家財が火災により焼失
⇒XがYらに対し、これらの契約に基づく共済金及び保険金を請求。 
  争点 各契約に係る約款のいわゆる故意免責条項が、本件火災に適用されるか? 
  判断 消防署の判定結果(仏壇から出火)と私的鑑定(仏壇に隣接する押入れ内部からの出火)を詳細に検討し
前者については火災現場の客観的状況につき誤認があるため、出火場所の判定が誤っている疑いがある
⇒後者の信用性が前者にそれに上回る
⇒通常火のない押入れ内部からの出火である可能性が高く、本件火災が放火によるものであることが強く疑われる客観的状況にある。
①経済的に困窮していたXが合理的必要性のない保険契約を締結した翌日に、いずれの主張を前提としても通常は火の気のない部屋にたまたま発生した火気が原因で本件火災が生じ、
②Xが建物所有者でないのに建物が係る火災保険金を請求したという一連の事実経過

本件火災がXの保険金目的の放火によるものであることに対する相応に強い推認力。
同時期にXが保険金取得目的で入院⇒Xの保険金の不正取得の意図を認めた。

Xが保険金詐取の目的で本件火災を故意に惹起したことが強く推認できるとして、消極方向の間接事実を排斥して、故意免責を認めた。
  解説 火災保険契約に基づく保険金請求事件におけるいわゆる故意免責の立証責任は、保険者が負う。 
保険者が直接証拠を入手することは困難⇒複数の間接事実を組み合わせた立証によるほかない場合が多い。
(1)火災原因が放火であることを推認させる間接事実:
①出火場所
②出火態様
③出火時刻
④失火等の原因となる他の火源の有無
⑤助燃剤の有無

(2)放火に対する保健金請求者の関与を推認させる間接事実:
①第三者の出火場所への侵入可能性
②被保険者等の動機・属性を示す事情
③被保険者等の火災発生前後の言動
④保険契約締結に関する事情等
  商事p91
最高裁H29.8.30  
  対象会社による公告後の譲受者による売買価格の決定の申立ての可否
  事案 Aは、振替株式を発行しているB(「本件対象会社」)の株式を公開買付けにより取得⇒会社法179条1項の特別支配株主となり、
平成27年12月、
本件対象会社に対し、
同項の規定による株式売渡請求をしようとする旨、
株式売渡請求によりその有する株式を売り渡す株主(「売渡株主」)に対して、その株式(「売渡株式」)の対価として交付する金銭の額(「対価の額」)等、
法179条の2第1項各号に掲げる事項を通知。 
本件対象会社は、上記の通知に係る株式売渡請求を承認し、法179条の4第1項1号及び社債、株式等の振替に関する法律161条2項に基づき、上記の承認をした旨、対価の額等、法179条の4第1項1号に定める事項について公告をした。
抗告人は、本件公告後に、本件対象会社の売渡株式のうち3000株(「本件株式」)を譲り受けた。
Xが本件株式について法179条の8第1項に基づく売買価格の決定の申立てをすることができるか否かが争われた。
  判断 法179条の4第1項1号の通知又は同号及び社債振替法161条2項の公告がされた後に法179条の2第1項2号に規定する売渡株式を譲り受けた者は、
法179条の8第1項の売買価格の決定の申立てをすることができない。 
  解説  ●問題の所在 
特別支配株主による株式等売渡請求の制度:
特別支配株主において、株式等売渡請求に係る株式を発行している対象会社の株主総会の決議を要することなくキャッシュ・アウトを行うことを可能とする制度。
株式等売渡請求⇒売渡株主等は、裁判所に対し、その有する売渡株式等について売買価格決定の申立てをすることができる(法179条の8第1項)。
but
本件のXように対象会社による売渡株主への通知又は公告後に売渡株式を譲り受けた者が上記の申立てをすることができるか?
  ●株式売渡請求の制度について
従前の実務:
キャッシュ・アウトの手法として全部取得条項付種類株式の取得(法171条1項)の方法
vs.
これによる場合は、常に対象会社の株主総会の特別決議を要する
⇒キャッシュ・アウトの完了までに長時間を要し、時間的・手続的コストが大きい。

機動的なキャッシュ・アウトを可能とするため、
平成26年改正において、
対象会社の総株主の議決権の10分の9以上を有する特別支配株主が、対象会社の株主総会決議を要することなく少数株主に対してその保有する対象会社の株式を売り渡すよう請求することができる、株式売渡請求の制度。
  株式売渡請求は、一種の形成権の行使。
対象会社の承認(法179条の3第1項)を経て、対象会社から少数株主(売渡株主)に対し、株式売渡請求に関する所定事項についての通知又は公告(法179条の4第1項1号、社債振替法161条2項)
⇒特別支配株主から売渡株主に対して株式売渡請求がされたものとみなされ(法179条の4第3項)、これにより、売渡株主の個別の承諾を要することなく、特別支配株主と売渡株主との間に売渡株式についての売買契約が成立したと同様の法律関係が生じる。
特別支配株主が定めた取得日(法179条の2第1項5号)に、法律上当然に、売渡株主から特別支配株主への売渡株式の譲渡の効力が生じ、特別支配株主が売渡株式の全部を取得(法179条の9第1項)。 
株式売渡請求がされることにより、対象会社の少数株主は、その意思にかかわらず自らの有する対象会社の株式を売り渡すことになる。

売渡株主の利益を保護するため、
(1)株式売渡請求には対象会社の承認を要すること(法179条の3)等とされ、
(2)売渡株主がその利益を確保する方法として、
①売渡株式の取得の差止請求(法179条の7)
②売買価格決定の申立て及び
③売渡株式の取得の無効の訴え(法846条の2)
が規定。
  ●対象会社による売渡株主への通知又は公告後に売渡株式を譲り受けた者が売買価格決定の申立てをすることの可否 
①株式売渡請求の手続において基本的に保護の対象として想定されている株主は、対象会社の通知又は公告によって、自らの意思にかかわらず特別支配株主に株式を売り渡す立場に置かれることになる株主(=対象会社の通知又は公告の時点における株主)
②裁判所による価格決定の効力は申立てに係る売渡株式についてのみ生ずると解されている⇒売渡株式の売買価格の適正を一般的に図るために申立権をより広く認めるべきとの要請があるとは考え難い。
③対象会社の通知又は公告によって株式売渡請求の事実や具体的な対価の額等が対外的にも明らかになった後にあえて売渡株式を譲り受けた者に、当該対価の額に関して不服をいう機会を与える必要はない。

売買価格決定の申立てをすることができる株主は、通知又は公告の時点における株主であるとするのが相当であり、通知又は公告後に売渡株式を譲り受けた者は、売買価格決定の申立てによる保護の対象として想定されておらず、同申立てをすることができないと解するのが相当。
  刑事p94
名古屋高裁H27.10.14 
  強盗の犯意の認定、殺人の中止未遂の認定、強盗殺人での死刑選択の基準
  事案 被告人が、金品窃取の目的で民家に侵入し、家人に発見された
⇒居直り強盗を決意して、家人2名を殺害し、1名に重傷を負わせ、現金等を奪った住居侵入、強盗殺人及び強盗殺人未遂。
被告人が以前に在籍していた大学の更衣室で携帯電話機1台を盗み、民家の駐車場に駐車していあった普通乗用自動車1台及びその積載品2点を盗んだ各窃盗。 
  原審 死刑 
  判断・解説 ●強盗の犯意の認定
◎原審:
検察官による被告人の取調状況を録音・録画した記録媒体や被告人との接見時の供述内容を取りまとめた弁護人作成の供述録取書を取調べ

検察官の取調べ時の被告人の供述態度や供述内容から、被告人の検察官調書の信用性は高く、弁護人作成の供述録取書やこれに沿う被告人の公判供述のうち、被告人の検察官調書と整合しない部分は信用できない。
⇒強盗の犯意を認定。
◎  ◎判断:
 検察官調書のうち、最初に遭遇した家人に暴行を加えた際に強盗の犯意を有していた旨述べる部分は、被告人が進んで心理状態を振り返った上、自発的に不利な内容を述べたものとは評価できず、むしろ、反省していないと受け取られるのを恐れるなどした結果、検察官の推測内容をもって自己の供述内容とすることを受け入れたものである可能性を否定できない。
⇒それ自体に十分な証拠価値を認め得る性質のものとはいえないとして、被告人の検察官調書の信用性に関する原判決の判断を否定。
本件の事実関係

被告人は、侵入前の時点で、家人と遭遇して騒がれたり抵抗にあったりする事態を予想し、その場合にあらかじめ用意していたモンキーレンチやクラフトナイフを用いて暴行を加え、反抗を抑圧して金品を奪い取ることになるかもしれないことを考えていたと推認でき、このような事前の不確定な意思内容が、家人との遭遇時に確定的な強盗の犯意となって現れ、ここにおいて金品を強奪することを決意し、家人に暴行を加えたと推認できる。
⇒強盗の犯意を認定。
  ◎解説 
本判決は、自白の信用性の判断手法に対して消極的な評価。
録音・録画は、
自白の任意性の効果的な立証という観点のほか、
氷見事件、志布志事件、足利事件など冤罪問題の顕在化によって活性化した取調べの可視化の議論、特に、無罪となった障害者郵便割引制度不正利用事件の捜査の在り方を契機として、平成22年に法務省が設置した「検察の在り方検討会議」の提言の中で、「取調べや供述調書に過度に依存した捜査・公判からの脱却」という提言等を受けて導入されたもの。
but
その後、録音・録画が補助証拠として自白の信用性判断のために利用されるようになっただけでなく、
さらに、検察官の側から、録音・録画を、実質証拠として活用する方法が積極的に主張されるようになった。
弁護人の側からは、
従前、録音・録画を補助証拠として利用できることは前提にした上で実質証拠としての利用の可否が議論されることが多かったが、
自白の任意性・信用性判断として取り調べた録音・録画が実質証拠として機能したといわれる今市事件を契機として、
録音・録画の実質証拠化に反対する主張が多くみられるようになった。
学説:
録音・録画の実質証拠としての利用に積極的な見解もみられるが、
多くの学説は消極的な見解に立っている。
録音・録画を実質証拠として用いることには慎重な検討が必要である旨判示した裁判例として東京高裁H28.8.10があり、同判決においても、捜査機関の管理下で行われた取調べにおける被告人の供述から、供述態度による信用性の判断は困難である旨指摘。
本件は、その具体例の1つ。
  ●中止未遂の成否と中止行為 
    刑法 第43条(未遂減免) 
犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
  ◎原審:
刑法43条ただし書の「犯罪を中止したとき」に当たるかどうかの判断において、
「客観的に人を死亡させる危険性の高い行為、すなわち、殺人罪に該当する行為を行うことにより、そのまま放置すれば犯罪の結果が生じかねない状況を作出した場合は、この結果の発生を防止する措置を行ったかどうかを検討すべきである」旨の解釈を示し、
「本件は結果が生じかねない状況を作出した場合に当たるのに、被告人は結果の発生を防止する措置を行わなかった」と判示。
  ◎判断:
原判決の解釈を前提としつつも、
「本件は、被告人が被害者に暴行を加え、これにより殺人罪に該当する行為を行ったものの、そのまま放置すれば犯罪の結果が生じかねない状況を作出した場合には当たらない」旨判示。 
  現在は、実行行為の終了時期の議論を経ることなく、端的に中止行為に該当するためには何が必要かを考えれば足りるとするのが通説。
この場合、因果関係を遮断しなければ結果が発生してしまう状態が生じたかどうかによって、中止行為に作為が必要か、不作為で足りるかを区別する見解が多い。 
  ●強盗殺人罪を含む事案における死刑の選択の基準 
    刑法 第240条(強盗致死傷)
強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。
  原審:
強盗殺人罪の法定刑は死刑又は無期懲役
⇒2名を殺害していながら無期懲役が選択されるのは、死刑を回避する特別な事情がある場合だえると認められる。 
  ◎判断
  刑法240条後段の法定刑の内容から直ちに、殺害の被害者が2名であれば原則として死刑を選択すべきである旨の解釈を導くことができるとは考えられない。
殺害された被害者が2名の事案の場合に、死刑を選択するのが原則的であるとか、無期懲役を選択するのは特別な事情が存在する例外的な場合であるなどといえるような量刑傾向ないし量刑状況があるとは考えられない。
むしろ、2名が殺害されるという重大な結果が生じていることを念頭に置きつつも、改めて、当該事案の内容を踏まえながらそのような結果が生じた経緯等について吟味し、罪を犯した者に最大限の非難を向けることが疑問なくできるかどうか、できるとすればその合理的な根拠は何かについて、可能な限り慎重に検討を進めるべきである。
結論としては、原審の死刑の選択を維持したが、強盗殺人における死刑選択の基準については原判決と異なる基準を示した。
  ◎解説 
氷山事件判決(最高裁昭和58.7.8):
犯行の罪質、動機、態様ことに殺害手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せて考慮し、と判示。
統計的に最も大きな要素となっているのは死亡した被疑者の数であり、
死亡被害者が2名の強盗殺人事件では、約66%について死刑が宣告され、無期懲役が宣告されたのは34%。
裁判員裁判の評議に当たっては、これまでのおおまかな量刑の傾向を裁判体の共通認識とした上で、これを出発点として当該事案にふさわしい評議を深めていくことが求められ、この傾向を踏み出す量刑をすることについては、具体的、説得的論拠が示される必要がある(最高裁H26.7.24)。
2351   
  民事p3
最高裁H29.7.24  
  認定司法書士が弁護士法72条に違反して締結した和解契約の効力
  原判決 補助参加人(認定司法書士)が代理人として本件和解契約を締結した行為は、公益規定である弁護士法72条に違反
⇒この点に関する補助参加人とAとの間の本件委任契約は無効
⇒本件和解契約も、そのような委任契約に基づいて締結されたという点において、無効。
⇒被上告人(Aの破産管財人)の請求を認容。 
  判断 認定司法書士が委任者を代理して裁判外の和解契約を締結することが弁護士法72条に違反する場合であっても、
当該和解契約は、その内容及び締結に至る経緯等に照らし、公序良俗違反の性質を帯びるに至るような特段の事情がない限り、無効とはならない。
本件事情によれば、公序良俗違反の性質を帯びるに至るような特段の事情はうかがわれず、本件和解契約を無効ということはできない。

被上告人の請求を棄却した第1審判決の結論は正当であるとして、控訴を棄却。
  解説  ●最高裁判例 
最高裁昭和38.6.13:
非弁護士が、依頼者との間で締結した、債権の取立てに成功した場合には取立金額から訴訟費用を控除した残額の半分を報酬として受け取るという契約に基づき、報酬を請求した事案について、
弁護士法72条に抵触する委任契約は民法90条に照らして無効⇒非弁護士による報酬請求は棄却すべきもの。
最高裁昭和46.7.14:
弁護士法72条本文の法意について、
弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、ひろく法律事務を行うことをその職務とするものであって、そのために弁護士法には厳格な資格要件が設けられ、かつ、その職務の誠実適正な遂行のため必要な規律に服すべきものとされるなど、諸般の措置が講じられているのであるが、世上には、このような資格もなく、なんらの規律にも服しない者が、みずからの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とするような例もないではなく、これを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益をそこね、法律生活の公正かつ円滑ないとなみを妨げ、ひいては法律秩序を害することになる
⇒同条は、かかる行為を禁圧するために設けられたものと考えられる。
最高裁H28.6.27:
司法書士法3条1項7号にいう「紛争の目的の価額」をどのように算定するかについて、
債務整理を依頼された認定司法書士は、当該債務整理の対象となる個別の債権の価額が司法書士法3条1項7号に規定する額を超える場合には、その債権に係る裁判外の和解について代理することができない。

債権額説(債権者が主張する残元金額をいう)
個別説(個別の債権ごとに算定)
をとることを明らかにした。
  ●法令に違反する契約の効力 
当該法令が法律行為を無効とするものか否かについて、
①法令違反行為を無効とすることが禁止目的達成のために必要かどうか
②違反行為が公序良俗に反するかどうか
③違反行為を無効とすることによって当事者相互間に不公正が生じないかどうか
という3要素を考慮して決する。
(末弘、今日でも通説)
弁護士法72条に違反して、j弁護士でない者が代理人として締結した契約の効力:
〇A非無効説
弁護士法72条に違反して締結された委任契約の効力と、当該委任契約を締結した非弁護士が委任者を代理して締結した契約の効力は、別個に判断されるべき。
  ×A:弁護士法72条に違反して締結された委任契約が民法90条に照らして無効となる⇒非弁護士による代理行為が無権代理となり無効となる。
but
代理権授与行為自体は存在しており、典型的な無権代理とは異なる。
本判決は、本件和解契約を有効と判断⇒認定司法書士との間で弁護士法72条に違反して委任契約が締結された場合でも、代理権授与は無効とはならないと解しているものと思われる。 
  民事p7
最高裁H29.10.23   

  個人情報漏えいの損害賠償請求
  事案 Xが、通信教育等を目的とする会社であるYにおいてその管理していたXの個人情報を過失によって外部に漏えいしたことにより精神的苦痛を被った
⇒不法行為に基づき慰謝料10万円及び遅延損害金の支払を求める事案。
事実  Yが管理していたAの氏名、性別、生年月日、郵便番号、住所、電話番号、保護者名(「本件個人情報」)が遅くとも平成26年6月下旬頃までにYの外部に漏えい。
本件漏えいは、Yのシステムの開発、運用を行っていた会社の業務委託先の従業員であったBが、YのデータベースからYの顧客等に係る情報を不正に持ち出したことにより生じたもの。
Bは、持ち出した前記の個人情報の全部又は一部を複数の名簿業者に売却。 
  一審 Yの過失によるものであることを基礎付けるに足りる具体的事情の主張立証がない⇒Xの請求を棄却。 
  原審 ・・・・そのような不快感等を抱いただけでは、これを被侵害利益として、直ちに損害賠償を求めることはできない。
そして、本件漏えいによって、Xが迷惑行為を受けているとか、財産的な損害を被ったなど、前記の不快感等を超える損害を被ったことについての主張、立証はない。
⇒Xの請求を棄却。 
  判断 本件の事実関係の下では、本件漏えいによってXはそのプライバシーを侵害されたといえる。
原審は、前記のプライバシー侵害によるXの精神的損害の有無及びその程度等について十分に審理することなく、不快感等を超える損害の発生についての主張、立証がされていないということのみから直ちにXの請求を棄却すべきものとしたものであり、そのような原審の判断には、不法行為における損害に関する法令の解釈適用を誤った結果、前記の点について審理を尽くさなかった違法がある。

原判決を破棄し、Yの過失の有無や前記の損害論について更に審理をさせるために本件を原審に差し戻した。 
  解説 一般に、プライバシーに該当する情報の開示が違法となるか否か:
①それについての定型的な推定的同意が認められるか否か
②受忍限度の範囲内といえるか否か、
③公益が優先される場合か否か
などといった観点を踏まえ、
当該情報の内容や開示の態様を総合考慮して判断。 
本件のような個人情報の流出による精神的損害の有無及びその程度等については、社会通念等をも勘案しつつ、ある程度、類型的に把握されるべきもの。
流出した個人情報の内容、流出した範囲、実害の有無、個人情報を管理していた者による対応措置の内容等、それぞれの事案に表れた事情を総合的に考慮して判断されるべき。
  民事p11
最高裁H29.7.20  
  執行処分の取消し等の場合の執行費用の負担
  事案 債権者Xの申立てにより開始された債務者Yの有する不動産の共有持分に対する強制競売手続が、Yの請求異議の訴えに係る請求を認容する確定判決で取消し⇒Xが、民執法20条の準用する民訴法73条1項の規定に基づき、それまでに支出された本件強制競売の執行費用をYの負担とすることを申し立て。 
  規定 民執法 第20条(民事訴訟法の準用)
特別の定めがある場合を除き、民事執行の手続に関しては、民事訴訟法の規定を準用する。
民訴法 第73条(訴訟が裁判及び和解によらないで完結した場合等の取扱い)
訴訟が裁判及び和解によらないで完結したときは、申立てにより、第一審裁判所は決定で訴訟費用の負担を命じ、その裁判所の裁判所書記官はその決定が執行力を生じた後にその負担の額を定めなければならない。補助参加の申出の取下げ又は補助参加についての異議の取下げがあった場合も、同様とする。
2 第六十一条から第六十六条まで及び第七十一条第七項の規定は前項の申立てについての決定について、同条第二項及び第三項の規定は前項の申立てに関する裁判所書記官の処分について、同条第四項から第七項までの規定はその処分に対する異議の申立てについて準用する。
民訴法 第62条(不必要な行為があった場合等の負担)
裁判所は、事情により、勝訴の当事者に、その権利の伸張若しくは防御に必要でない行為によって生じた訴訟費用又は行為の時における訴訟の程度において相手方の権利の伸張若しくは防御に必要であった行為によって生じた訴訟費用の全部又は一部を負担させることができる。
  原審 執行費用は、強制執行がその基本となる債務名義を遡及的に取り消す旨の裁判の確定により終了した場合を除き、債務者の負担とすべきものと解するのが相当。
本件は、前記の場合に当たらない
⇒本件強制競売の執行費用を債務者であるYの負担とすべき。
  判断 既にした執行処分の取消し等により強制執行が目的を達せずに終了した場合における執行費用の負担は、執行裁判所が、民事執行法20条において準用する民訴法73条の規定により定めるべき。 
①本件強制競売手続きが、Yの提起した請求異議の訴えに係る請求を認容する確定判決の正本が執行裁判所に提出されたことにより取り消されたもの
②前記請求が認容された理由は、本件強制競売の開始決定後にYが弁済供託をしたことにより本件請求債権が消滅したというもの
という事情を考慮して、
Xから民執法20条において準用する民訴法73条1項の裁判の申立てを受けた執行裁判所は、同条2項において準用する同法62条の規定に基づき、
本件強制競売の執行費用をYの負担とする旨の裁判をすることができる。

本件強制競売の執行費用をYの負担とすべきものとした原審の判断を是認。
  解説 強制執行がその目的を達せずに終了した場合の執行費用の負担:
A:常に債権者の負担とするという見解

①強制執行が手続の途中において、申立ての取下げや手続の取消しにより、その目的を達せずに終了した場合には、それまでの手続及びその準備に要した費用については、結局必要であったものではないことに帰する
②民執法54条2項が、強制競売の手続の取消しに基づく差押登記の抹消嘱託に要する登録免許税その他の費用を差押債権者の負担とする旨を定めており、その理は、登録免許税等に限らず、それまでに要した費用についても当てはまる
vs.
①執行費用も広い意味での訴訟費用に含まれると解されるところ、民事訴訟の場合には、一般に、訴訟の取り下げ等をするに至った事情等によっては、民訴法73条2項において準用する同法72条により、相手方に訴訟費用の全部又は一部を負担させることができると解されていることと比べて、そのような例外を一切認めないA説はバランスを欠く
②抹消の嘱託に関する費用は執行費用そのものではないので、あえて、強制執行が手続の途中において、申立ての取下げや手続の取消しにより終了したときの執行費用の負担者を民執法54条2項と同じにすべき必然性はない
③民訴法85条が、強制執行が途中で終了した場合に、同法73条による執行費用の負担の裁判を求めることができることを前提としていると解される

B:強制執行が終了するに至った事情を踏まえて負担について定める
B2:民執法20条において準用する民訴法73条1項の裁判手続の中で、同条2項において準用する民訴法の訴訟費用の負担に関する規定に基づいて定める。
  民事p14
東京地裁H28.11.17  
  長男の意向を考慮し、終末期の延命措置をしないこととした医師の裁量判断等(過誤はなし)
  事案 Y1の開設する病院で入院中に死亡した亡Aの相続人であるXが、
亡Aは、同じく相続人であるY2が経鼻経管栄養の注入速度を速めたことにより嘔吐して誤嚥性肺炎を発症し、
Y2がその妻Y3と共に延命措置をせずに延命措置を実施しなかったため、続発した敗血症及び急性腎不全により死亡

Y1に対し債務不履行に基づき
Y2及びY3に対し共同不法行為に基づき
損害の賠償を求めた事案。 
  判断 ●Y2が経鼻経管栄養の注入速度を速めたことが違法か?
経鼻経管栄養は医療行為であり、嘔気、嘔吐、腹部膨満や腹痛などの副作用や誤嚥性肺炎の危険もある
⇒医師の指示に基づかずに行った行為は違法。
  Y1に対し、亡Aの家族に対し経鼻経管栄養の注入速度を変更しないように説明し、家族が注入速度を変更していないか確認すべき義務があるのに、これを怠ったとのXの主張について
患者の家族であっても、特段の必要性や緊急性もないのに、病院の医療機器を医師等に無断で操作してはならないことは、通常の識見を持った一般人にとって常識的なことであり、Y2ら家族が亡Aの経鼻経管栄養の注入速度を速めることを予見することは不可能

そもそもXの主張するような義務をY1が負っていたと認めることはできないとして、Xの主張を排斥。
  ●Y2が亡Aの延命措置を拒否したこと、Y1のB医師が延命措置を実施しなかったことが違法か? 
Y2が延命措置を拒否した点について、
延命措置についてどのような意見を述べるかは基本的に個人の自由

Y2が亡Aの延命措置を拒否したことをもって、それ自体が直ちに違法であるとは認められない。
B医師について:
亡Aの意思について確認できない状態であった⇒延命措置について亡Aに説明しなかったことをもって注意義務違反があるとはいえない。
B医師は、Y2を亡Aの家族のキーパーソンであると認識し、Y2の意見を参考にして延命措置をとらなかったのであるが、このような方法は不合理とはいえず、医師の裁量の範囲内
⇒Y1に責任はない。
  ●Y2が経鼻経管栄養の注入速度を速めたことと亡Aの死亡の結果との間の因果関係 
①経鼻経管栄養の注入速度を変更しても最終的に注入される栄養剤の分量は変わらない
⇒注入速度の変更が原因となって嘔吐する場合には、経鼻経管栄養の最中又はその直後に嘔吐するのが自然であるといえるところ、亡Aが嘔吐したのは経鼻経管栄養が終了してから2時間以上経過してから
②8月15日の嘔吐は、ベッドに戻り臥位になった際の本位変換が影響している可能性が高い
③亡Aは糖尿病に罹患しており、気道及び尿路に感染症があった⇒8月15日の嘔吐とは無関係に誤嚥性肺炎を発症した可能性も否定できない。

因果関係を否定。
  ●相当程度の可能性及び期待権の侵害の有無 
いずれの法理も医師の職責の重大性を前提とするもの
⇒医師でなくその他の医療従事者でもない者については、これらの法理を適用する前提を欠く。
 
請求棄却。
  解説 厚労省が平成19年5月に策定した「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」に沿った判断をしている。
同ガイドラインによれば、
①患者の意思が確認できる場合には、専門的な医学的検討を踏まえた上でインフォームド・コンセントに基づく患者の意思決定を基本とし、
②患者の意思が確認できない場合には、
ア:家族が患者の意思を推定できる⇒その意思を尊重
イ:家族が患者の意思を推定できない⇒患者にとって何が最善であるかについて家族と十分に話し合い、患者にとっての最善の治療方針を採る
大学病院において、脳内に再発した悪壊死脳腫瘍の治療として大量抗がん剤治療を受けた患者が、転医先の病院で死亡した事案において、医師が患者に対してこれ以上実施可能な治療はなく、症状が悪化しても延命措置しかできないことを説明し、家族は延命措置を採らないことを承諾したことを認定し、違法性はないと判示した大阪地裁H26.3.18
  民事p24
東京地裁H28.9.12  
  交通事故で保険会社により支払われる遅延損害金の起算日が争われた事例
  事案 Xは、平成22年11月9日、歩行中に訴外Zが運転する自動車に衝突されて傷害を負い、同傷害による後遺障害が残存。

Zについて、平成25年12月16に破産手続が開始、その後、
Xが、Z被保険者、Z車を被保険自動車とする家庭用自動車総合保険(本件契約)の保険者である保険会社Yに対し、本件契約の約款(本件約款)に基づき、いわゆる直接請求権を行使し、本件事故による損害賠償額と事故日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める訴訟を提起。 
事故日から支払済みまでの遅延損害金を請求する法的根拠についてのXの主張:
①直接請求時にYがXに支払うべき損害賠償額に該当
②YのXに対する損害賠償額支払債務は事故時に遅滞に陥る
  判断 遅延損害金の請求に関し、
Xの主張①について:
被保険者である加害者が損害賠償請求権者に対し支払義務を負う遅延損害金は、直接請求において保険会社が直接請求権者に支払うべき「損害賠償額」には含まれない 
Xの主張②について:
直接請求において、YのXに対する損害賠償額支払債務が遅滞に陥るのは、
約款により、請求完了日からその日を含めて30日を経過したとき。
本件においける損害賠償請求に関する具体的な経緯を踏まえ、
Zの破産手続が開始し、XがYに対する直接請求権を行使できることとなったときに、直接請求が完了。
  解説   本件約款は、保険会社が直接請求者に支払う損害賠償額を、
被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額(「α」)から自賠責保険等でてん補される金額を控除した金額とする旨を定める
①X主張の遅延損害金は、不法行為による損害賠償義務の履行遅滞についての損害賠償であり、対人事故によって加害者が負担することになった損害賠償責任の額そのものとはいえない。
②加害者が被害者に支払義務を負う遅延損害金に関し、本件約款には、被保険者(加害者)が保険会社に対人賠償責任保険金を請求するときは、保険会社は、訴訟の判決による遅延損害金に限り支払う旨の規定がある

その遅延損害金はαと区別されており、αに含まれない。
一定の条件の下で保険会社が遅延損害金を支払う理由

保険会社が解決にあたる場合はもちろんのこと、被保険者自身が主体となって解決にあたる場合であっても、保険会社の争い方や解決の時期についての判断(裁判所の和解勧告を受け入れるか否かなど)が遅延損害金の額に影響する場合が強く、また、すべての危険から被保険者を守る
  約款が定めるYに対する直接請求の手続はとられていなかったことが窺われ、
本判決は、
訴え提起前のXとZとの間の示談や調停の経緯(Z側の行為者はYの示談代行担当者やZの代理人弁護士)を認定し、Xは継続して損害賠償の支払を求めていたと指摘、
Zの破産手続が開始してXが直接請求権を行使できることとなったときに、XのYに対する直接請求は完了。
  被害者である原告が、加害者と保険会社を共同被告とし、加害者に対して損害賠償を請求するとともに、保険会社に対し、被保険者(加害者)に対する判決の確定を条件として損害賠償額の支払を請求する場合には、保険会社に対しても、交通事故の日を起算日とする遅延損害金の支払を命じるのが東京地裁の運用。 
  民事p29
静岡地裁H29.2.2  
  自殺防止のために口腔内にタオル挿入⇒窒息死⇒国賠請求(肯定)
  事案 亡Aの両親であるXらが、
警察官が亡Aの自殺防止のために口腔内に挿入したタオルにより気道が閉塞され、亡Aが死亡したとして、
警察官については、気道の確保に配慮した必要最小限度の措置を執るべき義務、亡Aを観察する義務、亡Aを救護する義務、救急隊員と相互に連携すべき義務に、
救急隊員については、亡Aを観察する義務、亡Aを救護する義務、警察官と相互に連携すべき義務に
それぞれ違反した

警察官が所属する愛知県警察を管理運営するY1(愛知県)及び
救急隊員が所属する瀬戸市消防本部を管理運営するY2(瀬戸市)に対し、
国賠法1条1項及び民法719条1項に基づき、
損害賠償の連帯支払を求めた事案。 
  争点 ①警察官及び救急隊員の注意義務違反緒有無
②注意義務違反行為と亡Aの死亡との因果関係の有無
③過失相殺の可否及び過失割合 
  判断 ●争点①について 
Xらは、タオルの挿入態様について、Xらは、事件後に瀬戸市消防本部が主催し、警察官も参加して行われた再現において、救急隊員が再現した亡Aの口腔内から取り出されたタオルの形状(捻じれて下に向かった錐体状になっており、上部は押しつぶされた釘の頭のように錐体の底面より少し広がった形状をしていた。)を根拠に、警察官が口腔内にタオルを深く捻じり入れたと主張。
Y1は、タオルをかませた際、タオルのほとんどの部分が亡Aの口から出ている状態であり、口腔内に深く挿入した事実はないと主張し、また、前記再現においては、タオルの形状について警察官の記憶と異なる際限がされた部分があり、異議を申し入れたが聞き入れられなかったと主張。
◎警察官の注意義務違反について
①警察官及び救急隊員が認識している事実関係を明確にするという前記再現の目的
②前記再現に同席した医師の証言等

前記再現において警察官の記憶と異なる再現がされた部分があったとのY1の主張を排斥。
タオルのほとんどの部分が亡Aの口腔内から出ていたとのY1の主張は、前記再現と矛盾しており、本件当時の状況に照らしても不自然である。
救急隊員の証言等

警察官がタオルを深く挿入し、それを押さえ続けたことが推認される

警察官に咬舌防止のための必要最小限度の措置を執る義務の違反があった。
◎救急隊員の注意義務違反について 
救急隊員の証言等

救急隊員が亡Aの口腔内の奥深くまでタオルが挿入されていたことを認識し得た

亡Aの意識、呼吸、循環に障害が見られないかどうかを観察するに際し、タオルが気道を閉塞するおそれがあることを踏まえてより慎重に観察すべきである。

目がうつろな様子で半開きの状態であった等の亡Aの様子を現認した救急隊員について、口からタオルを取り出すなどして救護すべき義務の違反等があった。
●争点②について 
◎   Y:亡Aには自傷行為により大量出血が見られ、亡Aの心停止は急性の精神的ストレスによる心疾患によるものである可能性が高い⇒タオルの挿入行為と亡Aの死亡との因果関係を争った。
①事件当日に作成された現場の写真撮影報告書に血痕等を確認できる写真はない
②救急隊員は大量出血を確認していない

亡Aの出血量はそれほど多いものではなく、出血が原因となって心停止に至ったとの高度の蓋然性を肯定することはできない。
①急性の精神的ストレスが心疾患を引き起こして心停止に至る可能性が皆無でないことは否定できないとしつつも、心停止に至る事例は極めて少ない
②亡Aの司法解剖の結果では、心臓を含めた臓器等に脳循環不全の原因となるべき傷病を指摘できないとの意見が述べられている

精神的ストレスが原因となって心停止に至ったとの高度の蓋然性を肯定することはできない。
①タオルの挿入態様
②亡Aの口から取り出されたタオルの形状
③事件後に行われた検証会の検討結果等

亡Aは、タオルを口腔内の奥深くまで挿入されたことにより、唾液を吸収していったタオルによって、あるいは、唾液を吸収していったタオルによって押し込まれた自分の舌によって、徐々に軌道が閉塞し、それによって窒息し、最終的に心停止に至ったものと推認される。

各注意義務違反行為と亡Aの死亡との因果関係を認めた。
出血及び精神的ストレスが心停止に影響した可能性が皆無であるとまでいうことはできず、この点は、争点③で考慮するのが相当。
●争点③について 
①出血及び精神的ストレスが心停止に影響した可能性が皆無であるとまでいうことはできず、これらはすべて亡A自身が招いた落ち度に起因する
②タオルをかませられる事態となったのも、亡Aが舌をかんで自殺を図ろうとしたため

他方で
③タオルの大部分を口腔内に深く挿入することにより、気道が閉塞し、窒息させるおそれがあることは明らかであった
④亡Aの抵抗は、バックボードに固定される頃には収まっていた

民法722条2項所定の過失相殺の法理を類推適用し、損害の5割を減額。
  民事p54
広島家裁H28.11.21  
  自立援助ホームで生活している高校性の就職手続に親権者が協力を拒む⇒親権停止の審判前の保全処分(肯定)
  事案 児童相談所長は、B(父)について親権停止の審判を求めるとともに、同審判が効力を生じるまでの間、親権者Bの未成年者に対する職務の停止及び職務代行者の選任を求める審判前の保全処分を申し立てた。 
  規定 民法 第834条の2(親権停止の審判)
父又は母による親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権停止の審判をすることができる。
2 家庭裁判所は、親権停止の審判をするときは、その原因が消滅するまでに要すると見込まれる期間、子の心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して、二年を超えない範囲内で、親権を停止する期間を定める。
児童福祉法 第33条の7〔親権停止・喪失の請求等と児童相談所長〕
児童又は児童以外の満二十歳に満たない者(以下「児童等」という。)の親権者に係る民法第八百三十四条本文、第八百三十四条の二第一項、第八百三十五条又は第八百三十六条の規定による親権喪失、親権停止若しくは管理権喪失の審判の請求又はこれらの審判の取消しの請求は、これらの規定に定める者のほか、児童相談所長も、これを行うことができる。
家事手続法  第174条(親権喪失、親権停止又は管理権喪失の審判事件を本案とする保全処分)
家庭裁判所(第百五条第二項の場合にあっては、高等裁判所。以下この条及び次条において同じ。)は、親権喪失、親権停止又は管理権喪失の申立てがあった場合において、子の利益のため必要があると認めるときは、当該申立てをした者の申立てにより、親権喪失、親権停止又は管理権喪失の申立てについての審判が効力を生ずるまでの間、親権者の職務の執行を停止し、又はその職務代行者を選任することができる。
  判断 Bが、激しい暴力を振るった上、その後の合理的な理由もなく未成年者との一切の関わりを拒否して就職に必要な手続への協力等も拒んでいる
⇒本案審判認容の蓋然性あり 
パスポートの取得等に当たっては親権者の同意が必要で、就職先の会社から指定された取得期限が迫っていることや、その他の就職に関する手続も翌年4月までの約4か月以内に行う必要がある
⇒保全の必要性もある
⇒申立てを認容。
  知財p56
大阪地裁H29.1.31  
  プリンターメーカーとリサイクル品メーカーとの争い
  事案 プリンター及び同プリンター用トナーカートリッジを製造販売しているX1及び同トナーカートリッジに付された商標の商標権者であるX2が、
使用済みの同トナーカートリッジにトナーを再充填したリサイクル品を製造販売しているYに対し、
Yの行為は不正競争(誤認惹起行為)及び商標権の侵害行為に該当するとして、
同リサイクル品の譲渡等の差止め及び廃棄並びに損害賠償を求めた事案。 
  主な争点 ①Yの誤認惹起行為の成否
②Yの商標権侵害の成否
③Yの誤認惹起行為によるX1の損害額 
  規定 不正競争防止法 第2条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
十四 商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量若しくはその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような表示をし、又はその表示をした商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供し、若しくはその表示をして役務を提供する行為
  判断 ●誤認惹起行為の成否 
X1のプリンターは、純正品の又はRFIDが初期化されたリサイクル品のトナーカートリッジを装着すると、ディスプレイに「シテイノトナーカートリッジガソウチャクサレテイマス」と表示され、RFIDが初期化されていないトナーカートリッジを装着すると、ディスプレイに「シテイガイノトナーガソウチャクサレテイマス」と表示
Yは、リサイクル品を製造するに当たり、トナーカートリッジのRFIDを初期化していた。
トナーカートリッジの需要者は、「シテイトナー」を、プリンターメーカーであるX1がX1のプリンターに相応しい一定の品質、内容を有するものとして定めたトナーカートリッジであると理解
⇒本件表示は「品質、内容」の表示である。
Yのリサイクル品がX1が指定したものでない⇒これを「シテイノトナー」と表示することは、これを見た者をしてX1に指定されたものと誤解させるもの
⇒「誤認させるような表示」である。
本件表示はYのリサイクル品の外観に付されたものではない⇒Yのリサイクル品に接した何人でも認識できるような形で表示されているものではない。
but
不正競争防止法2条1項14号の趣旨
⇒本件表示のような表示のあり方も「商品」に「表示」をしていることになる。
  ●商標権侵害の成否 
X1のトナーカートリッジは、その底面にX2が有する商標権に係る商標が本件に一体成形されているもの。
Yのリサイクル品は、その底面に純正品と変わりない態様で本件商標が付されているほか、本体及び梱包箱にリサイクル品であることが明記されている一方で、製造元等は全く記載されていない。
Yのリサイクル品における本件商標の表示態様は、指定商品の出所を識別表示するもの⇒Yの行為は本件商標権の侵害を構成。
①Yのリサイクル品に付されたリサイクル品である旨の表示だけでは本件商標の出所表示機能を打ち消す表示として不十分
②純正品メーカーがリサイクル品を製造することもある

商標権侵害の違法性は阻却されない。
  ●Yの誤認惹起行為によるX1の損害額 
①プリンターメーカーの製造に係るトナーカートリッジを購入する需要者の多くは、プリンターメーカーの製造に係るトナーカートリッジだけを購入し続けている
②Yのリサイクル品はリサイクル品であることがその包装箱等で明らかにされている

Yの受けた利益の額を50%減じた額がX1の損害の額。
  解説 ●誤認惹起行為の成否 
◎   ◎本件表示が商品の「品質、内容・・・について」の表示か 
誤認惹起行為(不競法2条1項14号)の禁止は、虚偽の又は誤認を生じさせる原産地表示の防止に関するマドリッド協定3条の2及び工業所有権の保護に関するパリ条約10条の2第3項3号に基づく義務を履行するためという性格
後者は、「産品の性質、製造方法、特徴、用途又は数量について公衆を誤らせるような取引上の表示及び主張」の禁止を求めている
but
ここでいう「性質」や「特徴」の内容は必ずしも明らかではない。
不正競争防止法2条1項14号に規定される商品役務の属性では到底足りない
⇒規定されている個々の属性を広く解釈する必要があるとする学説がある。

認定等の表示が商品の「品質、内容」についての表示であるとされた裁判例:
・建設大臣から付与された不燃認定番号を認定に係る資材と異なる資材に付すことが誤認惹起表示に該当するとされた事例。
・電気用品安全所定の検査を受けていない商品に検査に合格した旨を示す表示を示すことが、実際の品質にかかわりなく誤認惹起表示に該当するとされた事例。
本件:
プリンターメーカーが純正品と非純正品がその品質、内容において異なり得ることを需要者に注意喚起しているなどの実態
⇒需要者は、「シティトナー」を、プリンターメーカーであるX1がX1のプリンターに相応しい一定の品質、内容を有するものつぃて定めたトナーカートリッジであると理解するとして、本件表示は「品質、内容」の表示。
  ◎本件表示が「商品」に「表示をし」たものか
パリ条約10条の2第3項3号は、
産品の性質等について、表示が何にどのように付されているかを問うことなく、「公衆を誤らせるような取引上の表示及び主張」の禁止を求めている。
  ●商標権侵害の成否 
指定商品に登録商標と同一の標章が付された場合であっても、商標権侵害が否定される場合:

①標章の仕様が商標としての使用とはいえないとされる場合。
・特定のメーカーのファクシミリにのみ使用できるインクリボンに、そのメーカーのファクシミリに適合するものであることを示す旨の記載の一部としてそのメーカーのロゴを用いることは、ごく普通の表記態様であるとされた事例
・登録商標が付されたインクボトルを顧客から回収し、インクを充填してその顧客に納品する行為について、登録商標とインクの間に何らの関連性もないことが外形的に明らかであるとされた事例

②商標の類否の判断の場面において、打ち消し表示等により出所の混同が否定され、その結果商標が登録商標に類似しないとされることがあり得る。

③外形的には商標権を侵害する行為であっても、商標の機能である出所表示機能及び品質表示機能が害されることがないため、実質的に違法性がないとされる場合
  ●誤認惹起行為による損害額 
不正競争防止法 第5条(損害の額の推定等)

2 不正競争によって営業上の利益を侵害された者が故意又は過失により自己の営業上の利益を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、その営業上の利益を侵害された者が受けた損害の額と推定する。
不正競争防止法5条2項は損害自体の発生を推定するものではないところ、誤認惹起表示によってその表示が付された商品の需要が喚起されたとはいえない⇒誤認惹起行為により競合他社に損害が発生したとはいえない(大阪地裁H24.9.13)
本件:
①純正品のトナーカートリッジを購入する需要者は、純正品のトナーカートリッジを購入することを常としていて、リサイクル品を購入する需要者とは重複せず、市場が分かれているように見受けられる
②本件指定表示はYのリサイクル品をプリンターに装着した後数秒間表示されるに過ぎない上、この種のトナーカートリッジの需要者の多くは、業務用プリンターを使用しているような事業者であろうことが推認できるから、Yのリサイクル品の販売が品質誤認表示と関係なくもたらされていた可能性も大きくない

これらの事情は、不正競争防止法5条2項の推定を覆滅させる事情。
  プリンターメーカーとリサイクル品メーカーとの争い
・プリンター等のカートリッジ等について商標権侵害の成否が争われた事例
・リサイクル品メーカーが使用済みのインクジェットプリンタ用インクタンクをリサイクル品とする行為が特許製品の新たな生産に該当するとして、この行為に対する特許権者による権利行使が認められた事例(最高裁H19.11.8) 
・トナーカートリッジの再生品をカラーレーザープリンターに装着した場合に、プリンター本体のパネルに「カートリッジフセイ」と表示させることなどが不公正な取引方法(独禁法19条)の規定に違反するおそれがあるとして、公正取引委員会がプリンターメーカーに対し審査を行った事例
本件は、そうした中で、誤認惹起行為の成否、商標権侵害の成否及び誤認惹起行為による損害額について判断したもの。
  商事p69
東京地裁H28.7.14  
  社外取締役の監視義務違反と常勤監査役の監査義務違反(否定)
  事案 いわゆるAIJ投資顧問年金資産消失事件に関連して、年金基金等に外国投資信託の受益証券を販売していた証券会社Aの代表取締役であったBにおいて同受益証券の一口当たりの純資産の額を偽るなどしたため、同受益証券を購入した年金基金等に対して合計235億円強の損害賠償義務を負担するという損害を被った
⇒Aの破産管財人XがAの社外取締役であったY1及び常勤監査役であったY2に対して損害賠償を請求。 
Xは、Y1には代表取締役の職務執行に対する監視義務違反があると主張し、Y2には同職務執行に対する監査義務違反があるとし、会社法423条1項に基づき、連帯して前記損害の一部である1億円の支払を求めた。
  規定 会社法 第423条(役員等の株式会社に対する損害賠償責任) 
取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
  Xの主張 Yらには、
①平成21年3月17日の取締役会において本件ファンドの一口当たりの純資産額に関する客観的かつ合理的な調査を行うよう上程すべき義務違反、
②同年7月頃本件ファンドの一口当たり純資産額に関して外部の第三者に対し調査を行うべき義務違反
③平成23年8月9日の取締役会において本件ファンドが顧客から解約請求を受けた際に同請求に係る口数を別の顧客等に対して相対取引の形で売却していたことの継続に関する客観的かつ合理的な調査を行うよう上程すべき義務違反
が認められる。 
  判断 本件において、Yらに監視義務ないし監査義務の違反があるというためには、
Yらが、
本件ファインドの販売活動においてBが虚偽の一口当たり純資産額を用いていることを認識していたか、
又は少なくともこれを発見することができ若しくはこれに疑いを抱かせる事情が存在し、
かつ、Yらが当該事情を知り得たことが必要。
本判決が認定した事実には
①平成19年度及び平成20年度は日本株の期間騰落率が大きくマイナスとなっていたにもかかわらず、本件ファンドが高い収益を上げていたこと
②ある新興ヘッジファンドが急激な下落相場の中で不自然なほとに安定したリターンを出し続けているとして金融庁等が強い関心を示しているという内容の業界紙記事が平成21年3月17日の取締役会に報告されていたこと
③本件ファンドについて同年7月に100億円の解約請求があり、Yらもこの事実を認識していたと認められること
④相手取引の過程で、ファンド設置会社が顧客から一時的に本件ファンドを買い取ることがあったが、そのような買取りによってファンド設定会社が保有するに至った本件ファンドの在庫額は平成21年7月時点で約190億円になっており、Yらはこの事実を認識していたと推認されること
⑤平成22年3月頃及び平成23年3月頃にAが受ける信託報酬が引き下げられたこと、
⑥同年6月24日、Aはファンド設定会社に8億円を無担保で貸し付け、同年7月21日の取締役会で貸付金の弁済を受けた事実が報告されたこと
が含まれる。
but
Xが主張する前記各時点のいずれにおいても、本件ファンドについて虚偽の内容の一口当たりの純資産額が用いられていることを発見することができる事情又はこれに疑いを抱かせる事情が存在したということはできない。

Yらには、①②③のいずれについても、Xの主張するような義務があったとはいえない。
⇒Xの請求をいずれも棄却。
  労働p83
最高裁H29.7.7  
  医師の時間外労働等に対する割増賃金を年俸に含める旨の合意と割増賃金の支払
  事案 医療法人であるYに雇用されていた医師であるXが、
Yに対し、
Xの解雇は無効であるとして、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めるとともに、
時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金並びにこれに係る賦課金の支払等を求める事案。 
  事実 Xは、平成24年4月、医療法人であるYとの間で、雇用契約を締結。
本件雇用契約に係る契約書には、
①年俸を1700万円とし、年俸は、本給(月額86万円)、諸手当(月額合計34万1000円。ただし同月分のみ初月調整8000円を加算)及び賞与(本給3か月分相当額を基準として成績で勘案)により構成
②時間外勤務に対する給与は、Yの医師時間外勤務給与規程の定めによること等を規定。 
本件時間外規程は、
時間外手当の対象を原則として病院収入に直接貢献する業務又は必要不可欠な緊急業務に限ること、
通常業務の延長とみなされる業務は時間外手当の対象とならないこと
等を規定。
本件雇用契約において、本件時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金は年俸1700万円に含まれることが合意されていたが、前記年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかった。
  原審 本件時間外規程に基づき実際に支払われたもの(一審が深夜労働等に対する割増賃金として支払を命じた部分を除く)以外の割増賃金は、Xの月額給与及び当直手当に含めて支払われたものということができる

Xの請求をいずれも棄却。 
  判断 Xの年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分が明らかにされておらず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分を判別することができない。

当該年俸の支払により、時間外労働等に対する割増賃金が支払われたということはできない。

原判決中、割増賃金及び付加金に関する部分を破棄し、同部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻した。
  規定 労基法 第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
・・・
  解説  労基法37条は、時間外、休日及び深夜の割増賃金の支払義務を規定
⇒使用者が基本給や諸手当にあらかじめ含める方法により割増賃金を支払う場合(いわゆる固定残業代制)、これによる同条の定める割増賃金の支払がされたといえるかが問題となる。 
従前の最高裁:
①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることを要件とた上で、
そのような判別ができる場合に、
②割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金相当部分とされる金額を基礎として労基法所定の計算方法により計算した割増賃金の額を下回らないか否かを検討して、同法37条の定める割増賃金の支払がされたといえるか否かを判断。
  年俸制:
単に労働に従事した時間をもとに賃金を支払うのではなく、労働者の具体的な成果、業績を評価して賃金を支払おうとするもの。
年俸制自体に労働時間規制を免れさせる効果があるわけではなく、管理監督者(労基法41条2号)又は裁量労働制(同法38条の3、38条の4)の要件を満たさない限り、使用者は、同法所定の割増賃金を支払うべき義務がある。 
年俸制における割増賃金の計算:
労基法施行規則19条1項5号が規定。
行政実務上、確定年俸制については、確定年俸制の12分の1を基礎月額として計算。
年俸制における賞与を割増賃金の算定基礎から除外できるか否かについては、確定年俸額の一部を賞与月に多く配分するにすぎない場合には、当該賞与を基礎賃金から除外できない。(平成12年3月8日基収78号)
年俸制における賞与を割増賃金の算定基礎に含めて計算した下級審判例もある。
  本判決は、医療法人とその雇用する医師との間で、年俸制の下で割増賃金を月額給与に含める本件合意がされているという事実関係の下において、労基法37条の趣旨等を踏まえ、従前の判例法理を再確認し、判別要件を満たさなければ、同条の定める賃金を支払ったとういことはできないとしたもの。
尚、原審は、Xの年俸制を認定しながら、Xの深夜労働等に対する割増賃金の計算は賞与を含まない給与月額を基礎としている⇒議論があり得る。
  労働p87
札幌地裁H29.3.28  
  タクシー会社の乗務員の雇止めの事例(有効)
  事案 Yに雇用され、タクシー乗務員として勤務していたXが、Yが行った雇止め又は解雇が無効及び違法であると主張し、
労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め、
不法行為に基づき、本件雇止め等以降の賃金相当損害金の支払を求めた事案。 
  争点 ①XとYとの間の労働契約が、期間の定めのない労働契約か、期間の定めのある労働契約か
②本件労働契約が、期間の定めのある労働契約の場合、本件労働契約は、労契法19条1号又は同条2号に該当するか
③本件雇止め等は有効か
④本件雇止め等には、不法行為が成立するか 
  規定 労働契約法 第19条(有期労働契約の更新等)
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。
  判断 ●争点①について 
Xに対し交付されたY作成の労働条件通知書(嘱託乗務員)及びXが署名押印しY代表者が記名押印した嘱託乗務員雇用契約書に、期間の定めがあること又は契約期間が明確に記載されていること

Xもこれらのことを十分に認識した上で本件労働契約を締結したものとみることができる

本件労働契約は期間の定めのある労働契約
  ●争点②について 
Xは雇用期間を6か月とする有期労働契約が2回更新されたにとどまる
⇒本件労働契約は労契法19条1号には該当しない。
①嘱託乗務員雇用契約書の契約の更新の欄に「会社が特に必要と認めた場合契約の更新をすることもある。」との記載
②労働条件通知書(嘱託乗務員)の「契約の更新はしない」との記載についてのY側の認識
③YからYの労働組合に対する契約の更新についての説明等

Xにおいて、期間満了時に、本件労働契約が更新されると期待することは、その程度は強くないものの、合理的な理由がある。

本件労働契約は労契法19条2号に該当。
  ●争点③について 
本件雇止めが、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」に該当するか?

①Xの勤務成績が極めて悪かった
②Xの勤務方法が一般的な又は勤務成績の良いY乗務員と異なっていた
③Xの勤務成績及び勤務方法について改善可能性がなかった
④Xは雇用期間を6か月とする有期労働契約が2回更新されたにとどまっていた

本件雇止めには、客観的合理性も社会通念上の相当性も認められる。
本件雇止めが不当労働行為(労組法7条1号)に該当するか?

本件雇止めに先だって行われていたYとYの労働組合との間の賃金体系についての団体交渉又は事後折衝の経緯等に照らすと、Yは、本件雇止めについて、反組合的意図をも有してたとも考え得る
but
①X以外にも勤務成績等を理由に本件雇止め以前に雇止めされた嘱託社員が1人いた
②X以外にはXの所属するC労働組合の組合員で雇止めされた者は見当たらない
③Xは、勤務成績が極めて悪く、勤務方法が一般的な又は勤務成績と良いY乗務員と異なっており、勤務成績及び勤務方法について改善可能性がないといえる状況であった
④YのC労働組合及びyの労働組合に対する嫌悪の存在をうかがわせるような事情が認められない

本件雇止めの主たる理由又は動機は、Xの勤務成績及び勤務方法並びにそれらの改善可能性にあったと認めるのが相当であり、
反組合的意図が決定的な理由又は動機であったと認めることはできず、
また、XのC労働組合への所属又はXの組合活動がなかったならば本件雇止めがなされなかったであろうと認めることもできない

本件雇止めは不当労働行為に該当しない。

本件雇止めは有効。
  ●争点④:
本件雇止めは有効⇒本件雇止めには、不法行為が成立しない。
  労働p99
東京地裁H29.7.6  
  私立大学における自社年金規程の不利益変更(有効)
  事案 大学等を運営する学校法人であるYが、昭和37年4月に創設した事前積立方式の確定給付型年金制度において、年金財政が危機的な状況⇒平成23年4月に正との改定を実施。 
これによって年金給付が減額されたYの元職員であった年金受給者である14名がその改定の無効を主張し、改定前の年金を受給しうる地位にあることの確認と減額分の支払を請求した事案。
  判断 本件年金給付の賃金後払い的性格を否定し、教職員に対する恩恵的給付、功労報償としての性質や、教職員の相互扶助としての性質を有する制度であると評価できる⇒Xらの権利性に関する主張を退ける。
本件年金制度を契約関係と捉えた上で、
その契約内容は年金規程等によって一律に規律されることが予定されており、
Yは同年金規程の減額条項を根拠として、その内容に従い合理的と考えられる範囲内で年金給付額を減額することができる。
本件改定について:
①死亡率計算の前提となる平均余命が大きく伸びており
②Yが平成20年8月に従来の国民生命表から厚生年金生命表に入れ替えたのも適切
③Yが予定利率を同月以降従前の4%から3.5%に引き下げたのも低金利状況の中での運用実績等からして十分な理由がある

前記年金規程の減額条項にいう計算基礎率の「著しい変動」に該当し、合理的な範囲内で給付額を減額する事情が認められる。
本件改定は、受給額の段階的な兵器10.4%の引下げであり、受給者に対する一定の配慮もなされており、Yの教職員の高水準の退職金等からしても、本件減額は相当性を有する。
改定続要件について、
本件年金細目の規定内容を理由に、具体的なシミュレーション等による説明は不可欠とはいえない⇒その瑕疵を否定。 
  解説 本判決:
年金受給権の法的性格について、恩恵的給付、功労報償、相互扶助等の性格を強調しており、その権利性に触れるところがない。
but
仮にそのような性格が含まれるとしても、年金受給権が年金規程に基づいて既に具体的に発生した権利としていの性格を有することも否定できない。

松下電器産業事件控訴審判決(大阪高裁H18.11.28)の判示するように、
その不利益変更は本来信義則に反するものであり、その変更を実質的に基礎付ける「経済情勢の変動」の程度を検討、減額改定の程度も最低限度のものであることの検討が求められる。 
本判決は、年金財政の悪化等から被告の「方針転換」の必要性を肯定し、死亡率・予定利率の「著しい変動」を認定して受給者に対する「合理的な範囲での負担」を求めている。
but
本件年金減額の程度が年金財政の改善として必要かつ合理的な範囲かどうかの、将来予測等による具体的な検討が欠けている。
Y法人本体の財政状態については、Yの拠出責任の判断とは別に考慮すべき要素と考えられる。
制度趣旨が類似する確定給付企業年金については、
確定給付企業年金法において給付額引き下げを内容とする規約の変更には行政庁の承認が必要であり、その承認の要件として、実施事業所の経営の状況が悪化したこと等が必要とされている。
同法の適用対象外である自主年金についても参照されてよい。
2350   
  行政p3
名古屋地裁H28.9.14  
  原爆症認定申請に対する却下処分の取消訴訟と国賠請求
  事案 広島市又は長崎市に投下された原子爆弾に被ばくした原告ら(4名)が、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(被爆者援護法)1条1項に基づいて原爆症認定申請⇒厚生労働大臣がこれらを却下⇒
各却下処分の取消しを求めるとともに、
前記各却下処分は違法であるとして、国賠法1条1項に基づき、慰謝料として300万円の損害賠償等を求めた事案。 
  争点 原告らの各原爆症認定申請に係る各疾病(各申請疾病)が、
被爆者援護法10条1項にいう
「原子爆弾の放射能に起因」するものであるか(放射線起因性)及び
「現に医療を要する状態」にあるか(要医療性) 
  判断   ●放射線起因性
  放射線起因性の立証の程度等について、
最高裁H12.7.18を引用し、
高度の蓋然性が必要であるとした上で、

その具体的な判断方法として、
当該被爆者の放射線への被曝の程度と、
統計学的、疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及びその程度とを
中心的な考慮要素としつつ、
これに当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度等を総合的に考慮して、
原爆放射線の被曝の事実が当該申請に係る疾病若しくは負傷又は治癒能力の低下を将来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断するのが相当。
その上で、原告らの各申請疾病について、いずれもその放射線起因性を肯定。
  ●要医療性 
①被爆者援護法7条に規定する健康診断において、視診等の検査や、血液検査、エックス線検査等の各種検査を行うことが可能(同法施行規則9条)であるところ、
これらは、同法10条2項にいう「診察」ないし「医学的処置」というべきであるにもかかわらず、同法において、これらは「医療」(同法第3章3節)とは区別された「健康管理」(同章第2節)として揚げられている
②「負傷し、又は疾病にかかり、現に医療を要する状態にある」(同法10条1項)という文言の自然な意味内容等

被爆者が積極的な治療行為を伴わない定期検査等の経過観察が必要な状態にあるような場合には、同法上、原則として健康管理としての検査等によって対応すべきであって、当該疾病等につき再発や悪化の可能性が高い等の特段の事情がない限り、前記検査等は「医療」には当たらない。
X2の肺がん及び乳がんについて:
いずれも、経過観察を受けているにとどまる状態であるところ、その病期がⅠであり、術後相当期間を経過している
⇒再発や悪化の可能性が高い等の特段の事情があるとまでは認められない。
⇒要医療性を認められない。
X3の慢性甲状腺炎:
①積極的な治療行為を伴わない経過観察がされていたにとどまり、当該疾病につき悪化の可能性が高い等の特段の事情があったとは認められない、
②1年に1回程度の定期検査により経過観察を行うことで足りる⇒被曝者援護法条の健康管理としての検査等によってX3の病状に対応することができないとみるべき事情は存在しない。
⇒要医療性は認められない。 
  原告らの国家賠償請求について:
厚生労働大臣は原爆症認定請求につき疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上で前記各処分をしており、同意権を尊重すべきでない特段の事情も認められない

厚生労働大臣の前記処分等について国賠法上の違法性は認められず、国賠請求は理由がない。 
  民事p92
大阪高裁H29.3.3  
  譲渡禁止特約のある指名債権の譲渡者の破産管財人と、特約の存在を知って譲り受けた者の関係
  事案 譲渡禁止特約のある指名債権の譲渡人の破産管財人は、かかる特約の存在を知って譲り受けた者に対し、債権譲渡の無効を主張することができるか否かが問題となった事案。 
Xは、平成26年9月29日、Aとの間で、AがXに対して同日時点で負担し、又は将来負担することのある一切の債務の弁済を担保するため、Aが同日から平成31年9月28日までの間に顧客に対して取得する商品販売契約に基づく売掛債権を譲渡する旨の本件集合債権譲渡担保契約を締結。
Xは、平成26年10月22日、本件集合債権譲渡担保契約について、動産債権譲渡法(動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律)4条1項に基づき、債権譲渡登記ファイルの譲渡の登記。
Aは、平成27年12月11日到達の書面をもって、Xに対し、支払不能の状態になっており、破産手続開始の申立てをする旨通知。
Aは、顧客であるBとの間の商品販売契約に基づき、平成26年9月29日から平成27年12月11日までの間に、Bに対し、380万1763円の本件売掛債権を有していたところ、本件売掛債権には譲渡禁止特約があったが、Xはそれについて悪意であった。
Xは、平成27年12月21到達の内容証明郵便で、Bに対し、本件売掛金債権を自己に支払うよう通知。
同月25日、Aに破産開始決定が出され、Yが破産管財人に選任され、Yも、Bに対し、本件売掛債権の支払を請求。
Bは、X、Yのいずれが真の債権者か確知できないとして、本件売掛債権につき相殺後の366万2613円について供託。
X、Y双方は、自己が本件供託金の還付請求権を有することの確認を求め、Xは本訴請求を、Yは反訴請求をそれぞれ提起。
  Xの主張 最高裁H21.3.27によれば、譲渡禁止特約に反して債権が譲渡された場合において、債務者以外の者は、債務者に譲渡の無効を主張する意思が明らかであるなど独自の利益を有するときに限り、その無効を主張することが許されると解されるところ、破産管財人であるYはそのような利益を有していない⇒Yは本件債権譲渡の無効を主張することができない。 
  Yの主張 最高裁H9.6.5によれば、債権譲渡禁止特約のある債権について、譲受人が特約の存在を知って譲り受けた場合には、民法116条の法意に照らし、差押債権者等の第三者の権利を害することはできないと解されるところ、
本件においては、Xは譲渡禁止特約のあることを知って本件売掛債権を譲り受けたところ、Bはかかる債権譲渡について承諾を与えていない
⇒本件債権譲渡は無効。 
  判断 平成21年最判
⇒本件において、譲渡禁止特約のある本件売掛債権のAからXへの債権譲渡につき債務者であるBが承諾を与えていない以上、本件債権譲渡は無効。
⇒本件売掛債権は、Aの破産手続開始決定によりAの破産財団を構成するものであり、本件還付債権はYに帰属。 
Xは、平成21年最判を援用するが、
同判決は、譲渡禁止特約に反して債権を譲渡した債権者自身が同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張すること許さない旨判示したものにとどまるものであって、それ以外の者が譲渡の無効を主張することの可否についてまで判示したものではない。
  解説 平成9年最判⇒譲渡禁止特約に反してされた債権譲渡は無効⇒かかる特約があることを知りながら債権を譲り受けた者は、債権を取得できないのが原則。
平成21年最判は、無効を誰もが主張できると解するのではなく、譲渡禁止特約は誰を保護するために無効とされているのかという法の趣旨を考慮して無効を主張する者の範囲を限定。 
平成21年最判の射程:
差押債権者・破産管財人について、下級審で、肯定例と否定例。
  民事p97
広島高裁H29.6.1  
  外国船舶の衝突事故の案件についての弁護過誤(肯定)
  事案 Xは、広島湾において牡蠣の養殖業を営んでいるもの。
平成24年12月11日、広島湾を航行していたカンボジア王国籍の機船A号が、Xの設置していた牡蠣筏に衝突してこれを損壊する事故が発生。
A号は平成25年1月、中国から日本に向かい、千葉港において鉄くず等を積載した後、中国に向けて航行していたが、同月18日、淡路島東方沖にて積み荷の火災を起こし、神戸港に緊急入港し、同年3月22日まで神戸港に停泊。
その後中国に向け出港。
Xは、Y(受任弁護士)がXの損害回復に必要な措置を講ずべき注意義務に違反したため、A号の所有者等から損害賠償を受けることができなかった。
⇒Yに対して、委任契約の債務不履行による損害賠償を請求。
  一審 Yの注意義務違反を否定。
  判断 ①A号が外国船舶であり、交渉中に国外に出たら執行が容易でなくなること、A号の船主には見るべき財産がないこと
⇒Yには、責任財産の保全等、加害者側からの支払を確保するための措置を講じるべき注意義務があった。
②船舶の衝突事故の場合、相手船の保険者等の保証状を提供させることが、世界的な慣行であるにもかかわらず、
Yが、保証状の発行を検討し、実行に移すべき措置を講じなかった

善管注意義務違反がある。
⇒Yの債務不履行の責任を肯定し、原判決を変更し、Xの請求を一部認容。
  民事p115
東京地裁H28.11.9  
  カイロプラクティック施術による頚椎損傷⇒8級相当の後遺障害⇒損害賠償(肯定)
  事案 Yからカイロプラクティック施術を受けたXが、同施術により頚椎を損傷され、8級相当の後遺障害が生じた⇒
Yに対し、
主位的には不法行為
予備的には債務不履行
を理由として5296万円余の損害賠償を提起。 
  争点 ①平成16年11月20日に、Yから本件施術を受け受傷したか?
②本件施術と相当因果関係のある損害及び額 
  判断 ①Xの手帳の平成16年11月20日欄に「カイロ」との記載がある
②X及びその母はYを紹介してくれた者に苦情の手紙を送付
③Xは本件施術を受けた約1か月以降に受けた医療機関のほとんどにおいて一貫して、本件施術について、首をボキッとされたなどとする表現を繰り返している

Xは、平成16年11月20日、Yから本件施術を受けたと認定。 
  ①Xは本件施術後約1か月後にH1病院を受診し、本件施術後約1週間後から後頚部痛を訴え、その後も複数の病院で同様の訴えを繰り返している
②Xの訴える痛みの部位はほぼ同一であり、Xが本件施術前に訴えていた痛みとは異質なものであり、筋傷害が疑われていた
③カイロプラクティックにおける頚椎に対する急激な回転伸展操作を加える手技は患者の身体に損傷を与える危険が大きいため禁止されている
④本件施術以外に平成16年11月20日頃にXの僧帽筋の付着部の腱に断絶が生じるような事象は見当たらない

Xの施術により、Xの僧帽筋(左上側)の付着部(両側)の腱に断裂が生じた。
本件施術によってXに生じた傷害は僧帽筋の腱の付着部の断裂に留まるところ、平成19年3月22日には、症状が固定し、局部に頑固な神経症状が残るものであり、これは後遺障害等級12級13号に該当。
本件施術と相当因果関係のある損害は1330万円余。
  主位的請求である不法行為に基づく請求権は消滅時効により消滅。
債務不履行に基づき前記の損害を認めた。
  民事p124
東京地裁H28.11.25  
  いわゆるAIJ投資顧問年金資産消失事件で、信託契約の受託者による、信託財産に属する債権と信託財産に属さない債権との間の相殺(肯定)
  事案 いわゆるAIJ投資顧問年金資産消失事件において、年金基金と信託契約を締結した信託銀行が、信託財産に属する破産者に対する損害賠償債権と、信託財産に属さない破産者の預金債権を相殺することの有効性の可否等が問題となった事案。 
  Xらはいずれも厚生年金の給付を行う厚生年金基金。
Xらを含む厚生年金基金は、弁護士Y1に対し、被害回復対応のための一切の件の処理を委任。
A信託銀行らは、裁判所に対し、(AIJが実質的に支配する)C証券や同社の社長であるDに対する破産開始の申立て⇒裁判所は、C証券及びDに対しする破産手続きを開始し、Y2を破産管財人に選任。
E信託銀行、F銀行は、多数の厚生年金基金から年金資産の受託を受けていたところ、その受託資産の一部をG信託銀行に再信託(E、F、Gを「3行」という。)。
3行は、AIJ問題により、本件ファンドに投資した信託財産について損害を受け、破産者であるC証券及び同Dに対する損害賠償請求権を取得。

それぞれ、信託財産に属する破産者C証券及び同Dに対する損害賠償請求権と信託財産に属しない破産者C証券及び同Dに対する預金債務とを対当額で相殺(「本件各相殺」)。

相殺に供された受働債権(3行の破産者C証券及びDに対する預金債権)は、Xらに対しては配当されなかった。

Xらは、本件各相殺は無効であり、Y1及びY2に対し、配当すべき金員が各厚生年金基金の被害額に応じて公平に分配されるようにする義務に違反していると主張。
  規定 破産法 第67条(相殺権) 
破産債権者は、破産手続開始の時において破産者に対して債務を負担するときは、破産手続によらないで、相殺をすることができる。
信託法 第31条(利益相反行為の制限)

受託者は、次に掲げる行為をしてはならない。
一 信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を固有財産に帰属させ、又は固有財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を信託財産に帰属させること。
二 信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を他の信託の信託財産に帰属させること。
三 第三者との間において信託財産のためにする行為であって、自己が当該第三者の代理人となって行うもの
四 信託財産に属する財産につき固有財産に属する財産のみをもって履行する責任を負う債務に係る債権を被担保債権とする担保権を設定することその他第三者との間において信託財産のためにする行為であって受託者又はその利害関係人と受益者との利益が相反することとなるもの

2 前項の規定にかかわらず、次のいずれかに該当するときは、同項各号に掲げる行為をすることができる。ただし、第二号に掲げる事由にあっては、同号に該当する場合でも当該行為をすることができない旨の信託行為の定めがあるときは、この限りでない。
一 信託行為に当該行為をすることを許容する旨の定めがあるとき。
二 受託者が当該行為について重要な事実を開示して受益者の承認を得たとき。
三 相続その他の包括承継により信託財産に属する財産に係る権利が固有財産に帰属したとき。
四 受託者が当該行為をすることが信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる場合であって、受益者の利益を害しないことが明らかであるとき、又は当該行為の信託財産に与える影響、当該行為の目的及び態様、受託者の受益者との実質的な利害関係の状況その他の事情に照らして正当な理由があるとき
  判断 破産法67条を適用して相殺ができるかという点について、
一般に、信託財産に属する債権が成立する際に、信託財産に属しない債務との対立状態が生じた場合には、
受託者は、信託財産に属する債権を信託財産に属しない財務との相殺により、債権の回収をすることへの合理的な期待を有している。
信託法は平成18年に改正されたが、
同法22条1項は第三者が行う相殺について制限規定を置く一方で、受託者は、信託財産に属する債権を自働債権とし、信託財産に属しない債務を受働債権とする相殺を行うことを禁止する規定は置いていない。

かかる相殺の可否は、利益相反行為の制限など受託者の忠実義務に関する一般的な規定に委ねられている。

利益相反行為の例外に当たる場合には、かかる相殺は許されると解するのが相当。
本件各相殺により、信託財産が減少⇒受益者である厚生年金基金らと受託者である3行との間で利益相反が生じる。
but
本件のように、受託者により、信託財産に属さない固有財産から、信託財産へと補償がされる場合には、信託財産の減少を免れることができる

正当な理由があり、信託法31条2項4号により、利益相反行為としての制限を受けない。
破産法71条、72条の相殺禁止事由にも当たらない。
  解説 本件の最大の争点は、信託契約の受託者が、信託財産に属する債権と信託財産に属しない債務との間で相殺することが許されるかという点。 
相殺した後に信託財産に対し補償がされれば、信託財産にとってメリットがある

利益相反取引の例外の要件(新法31条2項)を満たしたうえで補償がされれば相殺してよい。(学説)
  刑事p132
大阪高裁H28.11.10  
  第一種少年院に送致した原決定の処分が、著しく不当であるとして、取り消された事例
  事案  少年(非行時17歳)が約2か月の間に、
①原動機付き自転車の無免許運転をし
②共犯少年と共謀の上、歩道上の車止め3本を数人共同して損壊し
③普通乗用自動車の無免許運転をした
事案。 
  原審:短期間の処遇勧告を付して少年を第1種少年院に送致
⇒少年は、処分の著しい不当を理由に抗告
⇒本決定:抗告に理由があるものと認め、原決定を取り消して、事件を原審に差し戻した。
  解説  ●非行事実と要保護性 
少年法は、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うことを目的として(少年法1条)、
罪を犯した少年等を対象に、
要保護性の程度に応じて、
保護観察や少年院送致等の保護処分を用意。(同法3条、24条)
非行事実には、少年の資質・環境に関する問題点が顕在化しているといえる
⇒非行事実の罪責(行為の客観的な悪質性のほか、少年がそのような非行に及んだことに対する非難の強さ)を検討することは、少年の要保護性の程度を判断する上で重要。
要保護性の検討の方が(量刑の検討よりも)、より動機、経緯、少年の性格等の背景事情等も踏まえ、なぜ少年が当該非行に及んでしまったのかという観点からの検討に重きがおかれる。
保護処分は、少年に対して性格の矯正や環境の調整を行うもの
⇒要保護性を判断する上では、
少年の資質や環境の各問題点を、鑑別所技官及び家庭裁判所調査官の各報告書や審判廷における尋問等を通じて、直接的に検討することも重要。
多くの場合、非行事実の重大性と要保護性とは相関関係にある
but
場合によっては、非行事実の検討だけでは必ずしも明らかにならなかった少年の資質あるいは環境に関する問題点の実情が明らかとなって、非行事実で検討したところよりも要保護性が高いと判断されたり、
逆に、非行事実で検討したところほど要保護性は高くないと判断されたりすることもあり得る。
  ●本件について 
本件各非行事実は、それだけに着目すれば重大な事案ではない
⇒原決定のように少年院送致を結論づける文脈において悪質な非行と評価するためには、そのことを合理的に根拠付け得る理由が必要になる。
原決定が指摘する少年の資質傾向や問題点は、非行に及ぶ少年であれば大かれ少なかれ有している。
本件各非行は重大な事案ではない⇒そのような資質傾向等が本件各非行に結びついていることを明らかにしても、そのことから直ちに、資質傾向等に根深い問題があるとはいえない。
少年の非行歴や本件各非行前後の行動等⇒その顕在化は一時的なもの⇒少年の資質傾向は施設収容しなければ改善できないほど深刻なものであるとはいえない。
少年の資質等の問題の根深さを量るためには、
非行時だけでなく、
その資質等が顕在化した非行歴の有無・内容、
非行前後に少年が取った行動、
少年が持っている良い資質等も併せて考慮し、
資質等を強制して再非行を防止することの難易度を検討しなければならない。
⇒多角的な検討が不可欠。
保護者に監護意欲が欠如しているとか、監護意欲はあるものの看護方法が甚だしく不適切で改善の見通しも立たないとか、少年と保護者の基本的な親子関係に問題があってそれが少年の更生の妨げになるとか、少年が家庭から離反してしまっている

保護者による教育に期待することはできない
⇒施設収容に傾く
少年の資質上の問題等が根深い⇒専門的で系統的な矯正教育が必要
⇒保護環境の問題点を検討するまでもなく、施設収容に傾くことが多い。
一般短期処遇勧告付きの事案には、収容処分が相当なのか在宅処遇がまだ行えるのかなど、収容処分相当性の判断が微妙となる事案が含まれていることが少なくない。