シンプラル法律事務所
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勉強会(判例時報2024後半)

判例時報の勉強会用の資料です(随時更新)

2607   
  行政p29
東京地裁R5.2.9  
  障害基礎年金を支給しない旨の処分が取り消された事例
  事案 Xは、国民年金の被保険者⇒H22.7に交通事故⇒頸椎脱臼骨折を原因とした麻痺⇒頸椎に椎弓形成術等、通院リハビリ 
初診日から起算して1年か月を経過した平成24年1月30日(「本件障害認定日」)において障害の状態にあった⇒障害基礎年金の支給を求める裁定請求⇒厚労大臣は、Xに対し、本件障害認定日現在の障害状態を認定することができないとの理由により、障害基礎年金を支給しない旨の処分
⇒社会保険審査官に審査請求⇒棄却⇒再審査請求⇒棄却
⇒本件不支給処分の取消しを求めてY(国)を相手に、本件訴えを提起
  争点 本件障害認定日におけるXの肢体の障害が障害等級2級に該当する程度の状態にあったか
  解説   国年法は、障害により生活の安定が損なわれることを防止するため、障害等級に該当する程度の障害の状態が存在する場合、障害基礎年金を支給する旨を規定。
①障害認定日による障害基礎年金
②事後重症による障害基礎年金
③基準障害による障害基礎年金 
障害等級:重度のものから1級及び2級
各級の障害の状態は、政令で定める⇒国年法施行令別表の規定
より具体的な基準として「国民年金・厚生年金保険障害認定基準」(社会保険庁通知)(「障害認定基準」)
X:本件障害認定日時点において肢体の機能の障害があり、その障害の程度は、日常生活における動作の一部が「1人で全くできない場合」又はほとんどが「1人でできてもやや不自由な場合」に該当し、障害等級2級に該当
  国年法:客観的に発生要件を満たすことによって自動的に年金が支給されるのではなく、受給権者の請求に基づく厚労大臣の「裁定」によって具体的な給付請求権を発生させるという枠組み。

画一公平な処理により無用の紛争を防止し、給付の法的確実性を担保するため、その権利の発生要件の存否や金額等につき行政庁が後見的に確認するのが相当であるとの見地(最高裁) 
裁定基礎年金の裁定請求:
裁定請求書を提出するとともに、「障害の状態に関する医師又は歯科医師の診断書」等を添付。
原則として障害認定日以降3月以内の現症が記載されている診断書を添付する必要。
本件:
障害認定日である平成24年1月30日以降3月以内の現症が記載されているものの、その約7年後である平成31年作成に係る診断書しか提出されず、同診断書からは本件障害認定日時点における障害の状況を判断することはできない。
  判断  障害基礎年金の支給要件の障害の状態については、障害認定基準も参考に判断するのが相当であるとし、それに沿って検討。

障害認定基準は、行政規則であり裁判所の判断を拘束するものではないものの、裁定における客観性及び統一的かつ公平な障害年金給付等の観点も踏まえ、医学的知見を総合して定められたものであり、最新の知見をふまえた改定がされている⇒その内容は合理的なものである。
総合病院の医師による診断書だけではなく、近医のカルテなども証拠資料として、平成22年7月の交通事故から本件障害認定日前後までのXの症状について具体的に認定。
脊椎損傷の予後も考慮

本件障害認定日時点いおいて、Xには脊椎損傷を原因とする上肢及び下肢の広範囲にわたる障害があり、この肢体の機能の障害の状態は、日常生活における動作の一部が「1人で全くできない」又はほとんどが「1人でできてもやや不自由」という四肢に機能障害を残すものであると認めるのが相当⇒障害等級2級15号に該当する程度であったと認定。
本件障害認定時点における障害の程度を認定するに当たり、その証拠資料を障害認定日以降3月以内の現症が記載されている診断書に限定せず、その前後の診断書やカルテの記載なども用いた。
  行政p37
東京地裁R5.3.24  
  種子法に係る地位確認の訴えの確認の利益と種子法廃止法の合憲性(合憲)
  事案 ①主要農作物の採取農家であるX1、一般農家であるX2及び一般消費者であるX3が、Y(国)との間で、
ア主要農作物種子法を廃止する法律が違憲無効であることの確認と、
イ種子法廃止法が違憲無効であることを前提に、主要農作物種子法に係る各自の立場に応じた法律上の地位にあることの確認を求め
(第1事件)
②X1、X2及びX3を含むXら(約1500名)が、種子法廃止法の制定によって憲法上の権利を侵害されて精神的苦痛を受けたとして、Yに対し、国賠法1条1項に基づき、各1万円の支払を求めた(第2・3事件)
  争点 ❶X1~X3がそれぞれ提起した種子法に係る地位確認の訴えの確認の利益の有無
❷種子法廃止法が違憲無効であることの確認の利益
❸種子法廃止法の制定による憲法上の権利の侵害の有無 
  判断  ❶❷について 
X1(種子法3条1項所定の指定種子生産ほ場の指定を受けていた主要農作物の採取農家):
①種子法が廃止されていなければ当該ほ場について同項所定の指定がされていた蓋然性が高く、種子法廃止法が違憲無効であることを前提に、当該ほ場が同項所定の指定種子生産ほ場として都道府県によって指定される地位にあることがYとの間で確認された場合には、種子法という法律が存在することを前提とした対応(財政的措置等を含む。)をする義務がYに生じる
②種子法廃止法の施行以降、種子法に基づく公法上の地位を喪失

同項所定の指定種子生産ほ場の指定を受ける地位にあることの確認を求める利益を有する。
X2(種子法3条1項所定の指定種子生産ほ場において生産された主要農作物の種子を購入等していた一般農家)
X3(種子法3条1項所定の指定種子生産ほ場において生産された主要農作物の種子を用いて栽培された主要農作物にについて供給を受ける等していた一般消費者):
同法に基づく公法上の法律関係を有する者には当たらず、同法1条所定の「ほ場審査その他の措置」を受けて再選された種子を用いて主要農作物を栽培できる地位にあることの確認を求める利益を有しない。
種子法廃止法が違憲無効であることの確認を求める訴えについて、
種子法に基づく公法上の法律関係を有するX1にとっては地位確認を求める訴えの方がより適切な訴えであるが、
X2X3は、公法上の法律関係を有する者には当たらない⇒即時確定の利益を欠く。
  ❸について
種子法の制定経緯、立法種子及び内容
⇒同法は、国家的要請としての食糧増産を達成するために採られた政策の一環として制定されたものであり、個々の国民に対して食糧増産等に係る権利を具体化したものではないと解するのが相当
⇒X1の憲法13条、22条、25条及び29条の各権利が種子法廃止法によって侵害されたということはできない。
  規定  行訴訟 第四条(当事者訴訟)
 この法律において「当事者訴訟」とは、当事者間の法律関係を確認し又は形成する処分又は裁決に関する訴訟で法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とするもの及び公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟をいう。
  解説 公法上の法律関係に関する確認の訴え(行訴法4条)が適法とされるためには、公法上の法律関係に関する訴訟であり、かつ確認の利益が認められなければならない。
確認の利益の有無:確認訴訟を用いることの適切性、確認対象の適切性及び紛争の成熟性(即時確定の利益)から判断される。
種子法において種子生産ほ場の指定権限を有するのは、国ではなく都道府県
⇒X1としては、都道府県を被告として地位確認の訴えを提起することもあり得た。
本判決:
種子法廃止法を制定したのは国であり、また、種子法廃止法が違憲無効となった場合、国は財政的措置等を含む対応を余儀なくされる⇒国を被告とする場合でも確認の利益は否定されない。
同法は、個々の国民に対して食糧増産等に係る権利を具体化したものではない

本件において、法的に保護された基本権の侵害自体がないと判断。
  行政p59
東京地裁R5.1.12  
  コンゴ民主共和国の男性について難民認定がされた事例
  事案 コンゴ民政府と対立する団体の指導者層に属することなどから迫害を受けるおそれがある⇒法務大臣に難民認定申請⇒難民不認定処分⇒同処分の取消しなどを求めた
  判断   Xの供述について
❶客観的裏付けがあるか
❷Xが供述する行動に合理性があるか
❸供述の変遷に合理的理由があるか
❹供述自体に具体性、迫真性及び合理性があるか
という観点から検討。 
❶について:
①Xの供述の主要部分が歴史的事実に概ね一致する
②Xの供述のとおり陰茎先端部に傷痕がある
③Xの供述が所属団体の指導原理や協議に一致している

Xの供述について客観的事実による裏付けがある。
Xが所属団体の構成員であることを直接裏付ける客観的証拠がないのはやむを得ない。
  ❷について: 
①Xが供述するところの、刑務所から逃走した後の行動、本国における渡航手続、本邦への入国手続及び難民認定申請に至るまでの行動に不合理な点はなく、難民認定申請書の記載内容にも不合理な点がン見られない

Xの供述は、迫害を受ける恐怖を有する者が採り得るものとして合理的なもの。
  ❸について: 
①Xの供述の主要な部分には変遷がない
②暴行などの受けた具体的な日、活動集会の態様や本人の役割、開催場所、暴行からの逃走状況、渡航手続の協力者などについての供述は、一見変遷しているようにみえるものの、それは不合理なものではなく、かえって陳述の一貫性や真摯な陳述態度を示すもの。
  ❹について: 
Xの供述は具体性があり、体験した者でなければ説明することができない迫真性を有する部分がある。
供述の一部には不合理多ものがあるものの、難民認定申請をしている立場を考慮すれば、自己の供述の信用性を裏付けようとして虚偽の供述をしたと解することもできる⇒この点をもって供述全体の信用性を低下させるとまではいえない。
 
Xの所属団体はコンゴ民政府と対立し、その抗争により多くの死者が発生してきたところ、Xは同団体の宗教面の指導者であって、同団体に属していることのみを理由に、活動集会において陰茎先端部を薄く切られるなどの暴行を受け、刑務所においては、鞭でたたかれるなどの拷問を受けた体験を有するものと認められる。
⇒難民に該当。 
  解説 ●難民該当性の立証 
入管法にいう「難民」:特定の社会的集団の構成員であることなどを理由に「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの」(難民の地位に関する条約1条A(2))
多くの場合、その客観的事情を裏付ける物的証拠や第三者証言が証拠として法廷に提出されることはなく、原告本人の供述の信用性により、難民該当性の是非が決まる。
本人供述の信用性:
①当該供述自体に合理性があるか
②当該供述に変遷があるか
③その他の証拠との間に不自然、不合理な点がないか
④出身国等に係る客観的情報と整合するか
などの観点から判断。
●難民該当性の判断に関する資料 
  民事p69
最高裁R5.10.26  
  遺留分侵害額請求権を行使した相続人の特別寄与料の負担(否定)
  事案 亡aの親族であるXが、aの相続人の1人であるYに対し、民法1050条に基づき、特別寄与量のうちYが負担すべき額として相当額の支払を求めた。
  判断 遺言により相続分がないものと指定された相続人は、遺留分侵害請求権を行使したとしても、特別寄与料を負担しない。 
  解説 特別寄与の制度(1050条):
相続人以外の被相続人の親族が、被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与度をした場合に、相続人に対し、寄与に応じた特別寄与料の支払を請求することができる。

平成30年法律第72号による民法改正により新設。 
1050条5項は、相続人が数にある場合には、各相続人は、得意別寄与料について、同法900条から902条までの規定により算定した相続分(遺言による相続分の指定がされていないときは法定相続分、相続分の指定がされているときは指定相続分。(「法定相続分等」))に応じた額を負担。
1050条5項

①特別寄与制度は、被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者に相続財産の分配に与ることを認めることが実質的公平の理念に適う。
各相続人は、相続財産に関する負担である特別寄与料を相続分に応じて負担すべき。
②相続分の指定がされている場合には、各相続人がその指定相続分に応じて特別寄与料を負担するのが相続人間の公平に適う
③具体的相続分(特別受益や寄与分による調整後の金額又は割合)に応じて特別寄与料を負担⇒特別受益や寄与分に関する心理・判断をしなければ各相続人が負担すべき特別寄与料の額が確定せず、紛争の複雑化・長期化が懸念される
特別寄与料の請求と遺産分割は別個の手続により行われるところ、相続人として特別寄与料の支払義務の有無や金額を把握することなく遺産分割の協議を成立させることに注書を覚える場合が多い
相続をめぐる紛争を全体として早期に解決するためには、特別寄与料に関する紛争を早期に解決する必要。

特別寄与料の請求については、比較的短期の期間制限(特別寄与者が相続開始おy薄井相続人を知った時から6か月以内又は相続開始の時から1年以内)
遺留分権利者は、相続開始後に遺留分侵害請求権を行使することにより、遺留分侵害額に相とする金銭債権を取得するところ、その権利を行使するか否かは遺留分権利者の意思に余だねられ、期間制限(相続開始及び遺留分を侵害する贈与等を知った時から1年以内、相続開始の時から10年以内(民法1048条))との関係でも、遺留分侵害請求権の講師の有無が確定するまでには相応の期間を要する。
⇒1050条5項は、そのような修正をすることを想定していない。
  Xの主張:遺留分権利者が特別の寄与に関する審判の審理終結までに遺留分侵害額請求権を行使した場合に、各相続人の特別寄与料の負担割合を修正すべき
vs.
遺留分侵害額請求得kンの講師が前記審判の審理終結に先行するか否かは偶然の事情にすぎず、これにより遺留分侵害額請求権を行使した相続人の特別寄与料の負担の有無やその金額につき重大な差異が生じることは、正当化し難い。 
特別寄与度を支払った後の当該相続人の最終的な取得額が常に遺留分を下回る結果となることは、前記のとおり、家裁において遺留分を有する相続人の利益を考慮して特別寄与料の額を定めることが想定されていること、ひいては遺留分制度の趣旨にそぐわない。
  労働p75
最高裁R6.4.16  
  労基法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとされた事案
  事案 外国人の技能実習に係る管理団体であるYに雇用されていたXが、Yに対し、割増賃金等の支払を求めるなどした事案。 
  争点 Xが所定労働時間労働したものとみなされるか否か。 
  原審 Xの業務の性質、内容等⇒YがXの労働時間を把握することは容易でなかった
but
Yは、Xが作成する業務日報を通じた報告を受けており、その記載内容についてある程度の正確性が担保されていた⇒「労働時間を算定し難いとき」に当たらない 
  判断 Yにおいて、Xの事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったと直ちに言い難いことを前提として、
原審は、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、前記2の結論を導いた

原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った違法がある。 
  規定 労基法 第三八条の二
労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。
  解説  ●判断方法 
平成26年最判:
(被用者が事業場外で従事した)業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、使用者と被用者との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等の考慮要素を掲げた。

使用者の具体的な指揮監督が及んでいるか否かを基準とする見解が有力。
労働者が使用者の強い指揮監督の下⇒使用者が具体的な勤務の状況を把握することは容易となりやすい。
  ●本件への当てはめ 
①本件業務が訪問指導のほか、技能実習生の送迎、生活指導や急なトラブルの際の通訳等、多岐にわたっている(業務の性質、内容)
②Xが自らスケジュール管理をしており、所定の休憩時間とは異なる時間に休憩をとることや自らの判断による直行直帰を許されていた(業務の遂行の態様、状況)
③Xが携帯電話を貸与されていたものの、随時具体的に指示を受けたり方向をしたりすることがなかったこと(指示及び報告の方法、内容等)

Yにおいて、Xの事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったとは直ちにいい難い。
原審:
「労働時間を算定し難いとき」に当たらない

主として、訪問先やそこで業務に従事した時間等の情報が盛り込まれた、いわば自己申告としての意味を有する業務日報につき、
①その記載内容を第三者に確認可能であること
②現にYが業務日報の記載に基づき時間外労働の時間を算定していたことから、記載の正確性が担保されている
vs.①
単に第三者に確認が可能であるというだけであれば、本件規定の適用対象として想定されている外勤営業や出張等の場合にも広く妥当し得ることであって、事前に得られている情報と自己申告等とを照合して疑義のある点につき第三者に照会するなどといった方法がどの程度現実的に可能か、あるいは、実効的かについての具体的な検討が不足。
単に抽象的な可能性として、自己申告の内容に沿って、場合によって多数の関係者に問合せをすれば確認が可能である、あるいは、そうであるがゆえに虚偽の自己申告がされることを想定しにくいというのみでは、使用者が及ぼしている指揮監督が具体的であるなどとは評価し難いといった視座
vs.②
Xの主張を正解しないままに安易な評価が加えられている。
Yが業務日誌に基づいて時間外労働の時間を算定していたなどというのみで、その正確性が客観的に担保されていたとの評価に結び付くものではない。
平成26年最判:「労働時間を算定し難いとき」に当たらないとの判断を導くに当たっての1つの考慮要素として、添乗日報につき、関係者に問合せをすることにその正確性を確認できることに言及
but
同事案は、使用者が添乗員に対してツアー開始前に具体的に指示をしている上、ツアー実施中においても、ツアー参加者との間で契約上の問題が生じ得るような旅行日程の変更が必要となる場合には、使用者への具体的な報告が求められていた
~使用者としては、あらかじめ把握している情報と添乗日報を対照し、疑義がある事例を実行的に抽出することが容易である。

Xの判断に委ねられている部分が多く、Yが事前あるいは業務遂行中の指示・報告を通じて業務遂行に関する情報を具体的に把握していたことがうかがわれない本件は、事案を異にする。
  携帯電話の普及等⇒「労働時間を算定し難いとき」に当たる場合は極めて限定
vs.
実質的には、使用者に権利であるはずの労働指揮権の行使を通じて労働時間を把握することを義務付け、ひいては、労働者にも、実際より強いしきかんとくに服すべき義務を負わせる方向の判断をしているに等しい。

実際に行使されていない指揮監督手段が行使されることを想定して本件規定の適否を判断することについては、慎重な考慮が求められる。
  労働p79
宮崎地裁R5.10.18  
  地方自治体職員に対する条件付採用期間の勤務成績不良を理由とする免職処分(肯定事案)
  事案 Y町に事務職員として条件付採用されたXが、Y町長から条件付採用期間における勤務成績の不良を理由として、地公法22条に基づき、正式採用せず免職する旨の処分を受けた⇒本件処分は違法であるとして、Yに対し、その取消しを求めた。 
  争点 本件処分の違法の有無
裁量権の逸脱・濫用、地公法27条1項所定の公正原則違反、育児休業等を理由とする不利益取扱いを主張。 
  判断 ●裁量権の逸脱・濫用について
地公法22条に基づく免職処分について、処分権者の判断には、相応の裁量が認められるとしつつ、その判断が合理性を持つ者として許容される限度を超えた不当なものである場合には、裁量権の行使を誤ったものとして違法となる(最高裁)。
本件処分理由①③⑦によってはXの成績不良を基礎づけることはできない
本件処分理由②④⑤⑥のみをもってしていも、Xは与えられた職務を果たそうとする責任感や積極性、上司及び関係者との協調性を欠いており、感情コントロールも不十分であった

Yにおいて、条件付採用期間中の成績不良を理由に、正式採用に至らず不採用とする本件処分を選択したことが、客観的に合理性を持つものとして許容される限度を超えて不当な判断であるということはできず、裁量権の行使に逸脱・濫用の違法があったとは認められない。
  ●地公法27条1項所定の公正原則違反 
Xは、そもそも人事評価実施要領の対象外であり、その他、本件処分に先立って行われた人事評価において、公正原則違反を理由に本件処分を違法とするほどの手続違背があったとは認められない。
告知・聴聞の機会の欠如:
YはXに対して、免職予告通知書とともに詳細な処分理由を記載した処分理由書を事前交付しており、これに対し、Xは処分理由書に対する詳細な主張を記載した書面を提出し、その後、Yは予告した免職の方針を維持して本件処分がされたという経緯
⇒告知・聴聞の手続を欠く公正原則違反の違法は認められない。
  ●育児休業等を理由とする不利益取扱い 
①育児休業取得の申請は、Xの申請に先立ち、Y側から提案したものであること
②その評価内容をみても、取り掛かった仕事の整理や引継ぎをすることなく休業に入ったことについてチームワーク等の観点から問題を指摘するもの
⇒Xの申請それ自体を消極に評価したものではなく、育児休業の取得を理由に不利益な取り扱いをしたものとは認められない。
Xの上司の評価・・・・は適切なものとはいえないが、
当該評価は本件処分の理由には含まれておらず、本件処分の理由はいずれもXの育児とは何ら関係がない

YがXに対し育児休業等を理由に不利益取扱いを行ったとは認められない。
  刑事p91
横浜地裁R5.8.7  
  強制わいせつ事件のDNA鑑定評価についての無罪事件
  主張 検察官:
❶本件ストッキングから採取した付着物について実施されたDNA型鑑定の結果によれば、検出された被害者の型以外のDNAの型は、15座位全てにおいて被告人と一致する型である
❷被告人が本件事件直前に本件事件現場付近で被告人が所有する自動車を運転していた 
  判断  ❶について
専門家証人:本件ストッキングに付着したDNAは2人分のDNAで、うち1人は被害者であり、もう1人(甲)が被告人である場合の方が、甲が被告人を含まない誰かである場合よりも約3.4兆倍確からしい旨の尤度比の計算に基づく見解。
vs.
(1)
①本件ストッキングに付着したDNAは2人分のDNAであるという前提条件や
②被害者以外の者に由来するDNAにアリル・ドロップがないという前提
に疑問を差し挟む余地がある。
(2)被害者が本件事件当時着用していたパンティに関するDNA型鑑定の結果は、被告人以外の男性が犯人である可能性や本件ストッキングに付着しているDNAのうち被害者に由来しないDNAが犯人以外の者に由来する可能性があるという疑問を抱かせる。

本件DNA型鑑定の結果は、被告人が本件事件の犯人であることを相当程度推認させるものとはいえるものの、被告人の犯人性を肯定する上で決定的ともいえる証拠価値を有するものではない。
❷について、被告人が犯人であるとしても矛盾しないという程度の推認力にとどまる。 
  ⇒被告人が犯人であると認定するには、合理的な疑いが残るというべき。 
  解説 DNA型鑑定:
現場で採取された試料と被告人等関係者から採取された試料のDNA型が同一であるか判定するもの
STR型検査については、その科学的原理の信頼性、これを実用化する理論・:技術の信頼性のいずれも確立。
現場試料と犯人との関係性の有無及び程度:
その付着状況や関係者の供述などの関係証拠によって立証される。
本件:犯人が、素手で、被害者の着衣をつかんでいる⇒その付着部位等に照らし、現場試料のDNA型鑑定結果と犯人の結びつきが強い。
現場試料と犯人との結びつきが強い事案⇒
DNA型鑑定の検査方法及び鑑定内容の解釈の当否が主要な争点となる事案が少なくない。
DNA型鑑定の検査方法の当否:
鑑定試料の採取・保管状況の適正や鑑定人の適格性が吟味
~警察官や鑑定人の証人尋問で確認
現場で採取された試料が複数人のDNAの混ざりあった混合試料

対照資料提供者の全てのDNA型(アリル)が混合資料の全ての座位(ローカス)で検出されていても、対照資料提供者は現場試料の関与者であるとしても矛盾しないという判断ができるにとどまる。
本件でも、専門家証人が、確率論を用いて公判廷で見解を述べている。
本件ストッキングに付着したDNAの関与人数が3人分(又はそれ以上)である可能性を窺わせる事情が指摘。
被害者以外の者に由来するDNAについてアリル・ドロップがないという前提が成り立つかについても検討。
   2606
  特報
公調委R6.3.21裁定  
  工場からの振動・騒音・悪臭による財産被害等責任裁定申請事件
  事案 金属製品の製造工場に隣接する住居の所有者が、金属製品の成形を行うプレス工場のプレス機から生じる振動及び騒音によって、生活環境被害及び家屋損傷被害をうけ、製品の塗装を行う有機溶剤工場で用いる有機溶剤から生じる悪臭、大気汚染及び土壌汚染によって健康被害及び生活環境被害を受けた⇒不法行為に基づく損害賠償の支払を求めて公害等調整委員会に公害紛争法42条の12第1項に基づく損害裁定を申請。 
  判断 専門委員の立会いの下、現地確認や振動測定、騒音測定、排気の臭気測定、排気の成分分析等の職権調査

申請人からの申請は、受忍限度内であり違法性を欠くあるいは因果関係が認められないとして棄却。 
  解説   ●プレス機の振動による生活環境被害 
振動規制法の規制対象⇒都道府県知事等によって定められた規制基準値(時間及び区域の区分に応じた工場等の敷地境界における振動レベルの値。単位はdB。)が適用⇒工場の敷地境界における振動レベルを調査し、規制基準値に照らした評価を行った。
・・・測定時の配置及び当初の配置のいずれにおいても、おおむね規制基準値を下回ると認められた。
 申請人の家屋内における振動レベルを測定・・・閾値を下回るか同程度であり、申請人の日常生活上及び健康に支障を生じさせる程度ではない。
・・・プレス機から生じる振動については、受忍限度内であると認められた。
  ●プレス機の振動による家屋損傷 
・・・申請人の家屋における振動加速度レベルは・・・木造建築物の壁に軽微なひび割れや亀裂が生じるとされる程度を大きく下回るもの。
・・・振動による損傷とは認めがたく、その他の事情も踏まえると、経年変化によって生じた可能性が高い。
⇒プレス機から生じる振動によって家屋損傷が生じたとは認められない。
  ●プレス機及び空調室外機の騒音による生活環境被害
騒音規制法の規制対象⇒都道府県知事等によって定められた規制基準値(時間及び区域の区分に応じた工場等の敷地境界における振動レベルの値。単位はdB。)が適用
・・・測定時の配置及び当初の配置のいずれにおいても、おおむね規制基準値を下回る。
・・・受忍限度の範囲内である。
  ●悪臭及び大気汚染による健康被害及び生活環境被害 
本件有機溶剤工場は悪臭防止法の規制対象⇒都道府県知事等によって定められた規制基準(1号基準)、気体排出口による、敷地境界における規制基準(2号基準)が適用
1号基準及び2号基準をいずれも下回る。
有機溶剤工場からの大気汚染物質について、短時間暴露及び長時間暴露による健康被害の影響は認められなかった。
悪臭及び大気汚染については、受忍限度内。
  ●土壌汚染による健康被害及び生活環境被害 
土壌汚染による健康被害及び生活環境被害は認められず、不法行為の成立は認められなかった。
  公害処理手続における裁定は、裁定書の正体の送達日から30日以内に当該損害賠償に関する民事訴訟が提起されない限りは、その損害賠償に関し当事者間に裁定と同一の内容の合意が成立したとみなされる(公害紛争法42条の201項)。 
  行政p45
東京地裁R5.5.25  
  売買契約で土地・建物の代金が明示されている場合の消費税法施行令45条3項の適用(肯定)
  事案 土地付き中古住宅(戸建住宅及び集合住宅を含む(「物件」))の販売事業を営むXが、顧客への物件の譲渡に係る消費税及び地方消費税(消費税等)の納税申告について処分行政庁が行った更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分は違法⇒Y(国)を相手に、その取消しを求めた。 
  解説 国内において事業者が行った資産の譲渡等には、消費税を課すのが原則
but
土地の譲渡等については課されない。
課税標準は「課税資産の譲渡等の対価の額」
⇒課税資産(例えば建物)と非課税資産(例えば敷地)が同一の者に対して同時に譲渡された場合における消費税の課税標準の算定が問題。
消費税法施行令45条3項:
一括譲渡の場合、これらの資産の譲渡の対価の額が課税資産の譲渡の対価の額と非課税資産の譲渡の対価の額に合理的に区分されていない⇒・・・譲渡の対価の額に、これらの資産の譲渡の時における当該課税資産の価額と当該非課税資産の科学との合計額のうちに当該課税資産の価額の占める割合を乗じて計算した金額とする。
①契約上明確に区分されている場合にも、同規定が適用あるか?
②どのような場合に、同項にいう「課税資産の譲渡の対価の額と非課税資産の譲渡の対価の額に合理的に区分されていないとき」に該当するか
  判断 事業者が土地及び建物とその代金額を明示的に区分した上で同一の者に対して一括譲渡した場合においても、その消費税の課税標準の額の算定に当たっては、消費税法施行令45条3項が適用される。
・・・明示的に区分されていたとしても、
①当該事業者が、一般の中古住宅市場では流通しにくい中古住宅をその敷地と共に仕入れ、建物を中心としたリフォームによってその交換価値を高めていたこと
②それにもかかわらず建物の代金額を専ら過去に仕入れた中古住宅における建物の価額の割合の平均値により算出⇒仕入れ時及び販売時をみると、全体的に土地の価値が急騰する一方、建物の価値は下落して建物単体では損失が生じた形になっており、その結果として当該事業者が高額の消費税の還付を申告していたこと
など、判示の事情の下においては、消費税法施行令45条3項所定の「課税資産の譲渡の対価の額と非課税資産の譲渡の対価の額に合理的に区分されていないとき」に該当する。
  解説  ●課税実務 
・・・明示的に区分していたとしても、当該区分が合理的な基準によるものでなければ、当該課税資産の譲渡の対価をもって消費税の課税標準とはならず、同項の規定に従って別途区分する必要がある。
X主張:
消費税法28条1項の「対価の額」とは、実際に当事者が対価として収受し、又は授受することを合意した額。
同条5項が政令に委任している内容は、飽くまでも「課税標準の額の計算の細目に関し必要な事項」、すなわち、同条1項の定める「対価の額」を認定するために別途何らかの計算が必要な場合の計算方法。
⇒契約当事者間で合意された「対価の額」がある場合に、施行令45条3項が適用される余地はない。
  ●裁判例 
  民事p72
大阪高裁R5.1.26  
  大学の研究室について、講師による占有回収の訴え・弁護士の賠償責任(肯定事例)
  事案 学校法人Y1との有期労働契約に基づきY1の設置するA大学の講師として勤務していたXが、期間満了による雇止めの通知を受け、その効力を争っていた。
A大学の学長であるY2、同事務局長であるY3によってXが占有しようしていた研究室の占有を侵奪され、本件研究室に置いていた動産も撤去された
⇒ 
占有回収の訴えとして
❶Y1に対し、本件研究室及び本件動産の引き渡しを求めるとともに、
❷Y2、Y3に加え、占有侵奪の助言をした弁護士Y4に対し共同不法行為責任として、
Y1に対し使用者責任として、慰謝料の連帯支払を求めた。
  一審 本件動産の撤去及び本件研究室の鍵の取替えの違法性を認め、Y1に本件同祭の引渡し及び慰謝料5万円の支払を命じた。
but
本件研究室は既に他の教員が利用⇒引渡請求を棄却。
Y2~Y4に対する慰謝料請求は同人らが違法行為に関与したことの立証がない⇒棄却。 
    X:控訴
Y1:附帯控訴して、大学教員であったXが自己のために研究室を占有した事実はない。
  判断  Xは被用⇒原則として、Y1のために占有補助者として本件研究者を所持している者であって、自己のためにする占有意思があるとは認められない。
but
XがY1の占有補助者として物を所持するにとどまらず、X個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特段の事情がある場合には、その物についてXが個人としての占有をも有することになる。
Xが本件雇止め通史を受けた後の事実関係をふまえて前記特別の事情がある場合に当たる⇒X個人による本件研究室の占有を認めた。
Y1が現在も本件研究室を占有⇒本件研究室についてもXの引渡請求を認容。
  A大学の学長ないし事務局長であるY2及びY3は、共謀して違法な自力救済に当たる本件研究室の占有奪取及び本件動産の撤去行為を行った。
これに助言を与えた弁護士Y4についても、違法な自力救済行為の実行を容易にして幇助した。

民法719条2項に基づき、Y1~Y3と連帯してXに対する損害賠償責任を負う。
慰謝料20万円。 
  解説  ●占有回収の訴えについて 
最高裁:被用者としての占有は雇主の占有の範囲内で行われている。
but
他に特別の事情があるときは独立の占有と解し得る余地があることを示唆。
理論構成:
A:被用者には「独立の所持」がない
B:「自己のためにする意思」がない
いずれの説によっても、占有補助者と考えられる者が独立の占有者と認められるか否かは、占有補助者と考えられる立場の所持を、基本としての占有者の所持と並んで占有として保護すべきかどうかの観点から、実質的な利益衡量をして決定するしかない。
法人の機関による占有についても特別の事情のない限り独立の占有と認められないことは被用者と同様。
法人の機関による占有について特別の事情が認められた事案:
宗教法人の代表者(住職)として寺院の建物ないし土地の所持を開始した後に僧籍はく奪の処分を受けた者が、同建物等の所持を奪った同法人に対して占有回収の訴えによりその返還を認めることができるとした事案。
判例A:仮処分事件における当事者間の和解内容も考慮事情とされた
判例B:①元住職が僧籍はく奪の処分の効力を否定し、法人の代表役員等の地位にあることの確認を求める訴えを提起するなどして争っていたこと(尚、僧籍はく奪の処分自体の可否を争う訴訟が、法律上の争訟に当たらず不適法)、②前記訴訟終了後んも、元住職が寺院建物ないし土地の占有継続を主張していたことの事実関係
⇒元住職が「自身のためにも寺院を所持する意思を有し、現にこれを所持していたということができるのであって、前記特別の事情がある場合に当たると解するのが相当である」旨判示し、元住職を独立した占有者と認めて占有回収の訴えを認容。
本判決:
①XがY1に対し本件雇止めの効力を争い、労働契約上の地位確認等を求めて別件訴訟を提起していたこと
②引き続き本件研究室を単独で事実支配し、Y1からの本件研究室の明渡要求繰り返し拒否していたこと
の事実関係⇒Xにつき特別の事情を肯定。
占有回収の訴えは、占有を侵奪した者が占有を失った場合には返還請求を認容することができない。
本判決:
Y1が、現在本件研究室を利用しているとする他の教員は、Y1の被用者であり、同教員が自己個人のためにもこれを所持すると認めるべき特段の事情はない。
⇒Y1が本件研究室の占有を失ったとは認められない。
  弁護士の損害賠償責任:
本判決:
①Y2やY3から相談を受け、Y1をして本件研究室の占有奪取及び本件動産の撤去行為が適法である旨の見解を採ることに根拠付けを与えたこと
②自らも自力救済の実行を予告する回答書をXの代理人弁護士に送付していたこと

違法な自力救済を幇助した共同不法行為責任を負う。 
弁護士につき、賃貸人による賃借人の所有物廃棄の自力救済に関与したことで不法行為責任た認められた事例(浦和地裁)。
本件:
①A大学の新学期が始まるというだけで自力救済が緊急やむを得ないと認められるような事情は見受けられない
②本件事実関係や各最判によれば本件研究室についてXに独立した占有が認められることを検討すべきであったといえる
③Y4が事前にXの代理人弁護士らから違法性を強く警告されていた時j地ウ関係

共同不法行為者としてY4の損害賠償責任た認められた。
  民事p83
福岡高裁R5.2.6  
  別居前後の時期での暗号資産の売却と他の暗号資産への返還等と婚費判断 
  事案 妻である抗告人が夫である相手方に対し、相当額の婚姻費用分担金の支払を求めたもの。 
抗告人:相手方には給与収入のほかに暗号資産取引による収入があり、こちらも婚姻費用の収入において考慮すべき。
⇒相手方が別居の前後の時期に暗号資産の売却等により得た金員を、婚姻費用算定上の相手方の収入とみるべきか?
  原審 暗号資産取引による所得443万円余を婚姻費用算定上の収入⇒給与所得を含めた相手方の総収入を902万円余と認定し、婚費として月額23万円余の支払を命じた。 
  判断 月額14万円に変更

相手方が、暗号資産を売却又は他の暗号資産に変更したのは令和3年以降である旨事実認定し、
①相手方が、婚姻(平成30年)後、暗号資産の売却等により継続的に収益を得ていたとは認められない
②その売却等は、実質的夫婦共有財産の保有形態を他の暗号資産や現金に変更するものにすぎない。
仮に課税当局において売却等の額と取得原価との差額を所得として把握したものとしても、これを婚姻費用算定上の収入とみることは相当ではない。
  解説 収益の原因が暗号資産の売却又は他の暗号資産への売却等により継続的に収益を得ていた事実が認められない⇒婚姻費用算定上の収入と認定・判断されなかったもの。
  民事p86
宇都宮地裁R5.6.28  
  登山講習会の開催中に発生した雪崩による事故
  事案 雪崩で、登山講習会に参加していた高校生7名、教員1名が死亡

生徒のうち4名と教員の遺族が、本件講習会の講師であった3名並びに主催者であった栃木県高等学校体育連盟には、本件講習会を注視すべき義務があったにもかかわらずこれを怠った過失があり、同過失により本件事故が生じた⇒被告3講師及び被告高体連に対しては民法709条に基づき、栃木県に対しては国賠法1条1項に基づき、損害賠償請求。
  規定 国賠法 第一条[公務員の不法行為と賠償責任、求償権]
国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
②前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。
  判断   ●被告3講師に対する請求
公権力の行使に当たる公務員の職務行為に基づく損害についての個人責任を否定した最高裁判決。
本件事故は、公務員たる被告3講師は原告らに対して賠償責任を負わない。 
原告ら:公務員に重大な過失が認められる事案においては、萎縮効果を問題とする必要はない⇒公務員個人の責任を認めるべき。
vs.
国賠法1条2項の趣旨を、公務員個人に対する求償権の行使の当否を個々の事情に応じて国又は公共団体の裁量に委ねたもので、
被害者から公務員個人への直接請求を肯定する見解は、かかる趣旨を没却。
被告3講師:被告適格が認められないため、被告3講師に対する訴えは不適法。
vs.
被告3講師に対する訴えのような金銭の支払を求める給付の訴えにおいて、原告によって給付義務者であると主張される者が給付義務者であるか否かは、被告適格の問題ではなく、請求権の成否そのものの問題⇒被告的確は肯定。
  ●被告県及び被告高体連に対する請求 
原告ら:
①学校の教育活動の一貫として実施された本件講習会において、被告3講師は、指導者として参加者の安全を確保すべき立場にあった
②雪山の登山には雪崩等による声明の危険が内在
③高校生による冬山登山を原則として禁止するスポーツ庁及び被告県の通達が発出されていた

被告3講師及び被告高体連は、遅くとも本件事故当日の朝の時点で、那須町付近の気象情報や雪崩注意報等の発令の有無を確認し、雪崩が発生する聞け根氏を想定して本件講習会を中止すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠った。
被告県及び被告高体連:前記注意義務違反を争わない

前記注意義務違反を前提として、被告県及び被告高体連の賠償責任を認めた。
本判決:
①遅くとも本件事故当日の朝の時点で、気象情報等を確認していれば、雪崩が発生する可能性を認識することのできる状況であり、本件事故の発生は、雪崩に対する危機意識の希薄さから、被告3講師及び被告高体連が気象状況等の確認を怠り、本件講習会を注視しなかったことが一因
②雪崩発生後の対応が遅れたこと、本件講習会を続行したことにつき本件被災者らに落ち度は認められないこと
③本件被災者らの年齢、家族構成など本件に現れた一切の事情
⇒原告に慰謝料等を算定。
  刑事p98
東京高裁R5.9.28  
  救護義務違反が否定された事例
  事案 飲酒後、自動車を運転⇒人身事故⇒衝突現場付近まで戻り、約3分間被害者を探したが発見できず⇒コンビニで口臭防止用品を購入し服用(約1分)⇒被害者の捜索を再開し、発見し、人工呼吸等

道交法条の救護義務違反と報告義務違反の罪で起訴 
  判断・解説  ●公権力濫用の主張 
否定
  ●救護義務違反の罪の成否 
第1審:
被告人は、口臭防止用品を購入するためにコンビニに赴いた時点で、交通事故を発生させた当事者として救護義務を「直ちに」尽くすことよりも、自分の犯した罪が少しでも軽くなるよう飲酒事実の発覚を回避するための行動を優先させた
⇒その時点で、救護義務の履行と相容れない状態に至ったと見るべきで、救護義務違反の罪が成立。
控訴審:
被告人は、本件事故後、直ちに被告人車両を停止して被害者の捜索を開始しており、途中でコンビニに行って口臭防止用具を購入、服用したものの、これらの行為に要した時間は1分余りであり、移動距離も50m程度にとどまっており、その後直ちに衝突現場方向に向かい、被害者が発見されると駆け寄って人工呼吸をするなどしている
⇒被告人の救護義務を履行する意思は失われておらず、一貫してこれを保持続けていた。
これらの本件事故後の被告人の行動を全体的に考察すると、被害者に対して直ちに救護措置を講じなかったと評価することはできない。

被告人に救護義務違反の罪は成立しない。
東京高裁H29.4.12:
救護義務・・・の履行と相容れない行動を取れば、直ちにそれらの義務に違反する不作為があったものとまではいえず、この義務の履行と相容れない状態にまで至ったことを要する。
一審:飲酒事実の発覚回避目的の行動は救護義務の履行と対極のものと評価
控訴審:同行動によって救護義務履行の意思が否定されるものではなく、救護義務違反の罪の成否の判断において同行動をそれほど重視すべきでないと判断
  その他の論点 
過失運転致死罪の確定判決において、量刑を決するに当たり、本件の救護義務違反、報告義務違反の罪が実質的に考慮されたのではないか。そうだとすると、本件を審理、判決することは一事不再理効に抵触することになりm免訴判決をすべきではないか?
本判決:結論を導く上で不要⇒判断を示さず。
  交通人身事故を起こした被告人が事故現場から離脱していない事例において、救護義務違反の罪の成立を認めた裁判例は、本件の第1審判決以外には見当たらない。 
2605   
  行政p28
広島地裁R5.7.4  
  産廃処理施設の設置許可処分が取り消された事例
  事案 原告らが、安定型最終処分場の設置に係る申請に対して広島県知事がした廃棄物の処理及び清掃に関する法律15条1項に基づく廃棄物処理施設設置許可処分には違法性がある⇒被告(広島県)に対し、本件処分の取消しを求めた事案。 
  争点 ①本件申請が廃棄物処理法15条の2第1項1号から4号所定の要件に適合すると認められるか
②本件許可処分が同法15条3項、③同法15条の2第3項、④同条5項及び6項に違反しているか。 
  判断 争点①の破棄物処理法15条の2第1項2号適合性につき、都道府県知事の調査、審査及び判断の過程には看過し難い過誤、欠落があると認め、都道府県知事の判断に不合理な点がある⇒その判断に基づく本件許可処分は違法であるとし、取り消した。 
  解説 産業廃棄物処理施設の設置は、従来の届出制⇒安全性・信頼性の確保を図るため、許可制に。
要件と手続は、廃棄物処理法、同法施行令、同法施行規則及び省令等で規定。 
15条の2第1項各号が定める産業廃棄物処理施設の設置に係る許可の要件:
・・・計画に定められた構造が全国一律の基準を満たしていること(1号要件)
・・・周辺地域の生活環境の保全及び周辺の施設について適正な配慮がされたもの(2号要件)
申請者が処理施設の設置及び維持管理について一定の要件を有していること(3号要件)
設置許可手続:
都道府県知事に対する生活間j教影響調査書を添付した申請書の提出
都道府県知事による、
申請書と生活環境影響調査書の縦覧及び関係市町村長からの生活環境の保全上の見地からの意見聴取
専門的知識を有する者からの意見聴取
利害関係者の生活環境の保全上の見地からの意見聴取
「廃棄物処理施設生活環境影響調査指針」
本判決:
2号要件適合性、ことに、産業廃棄物処理施設の設置に関する計画及び維持管理に関する計画が周辺地域の生活環境の保全について適正な配慮がなされたものであるかどうかについては、生活環境の保全の見地からの関係市町村長や利害関係者の各意見を踏まえるとともに、生活環境の保全に関し所定の事項について専門的知識を有する者の意見を十分に尊重して行う都道府県知事の合理的な判断に委ねているものとし、
現在の科学技術水準に照らし、都道府県知事の調査や審査において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは都道府県知事の調査や審査及び判断の家庭に看過しがたい過誤、欠落があると認められる場合には、都道府県知事の判断に不合理な点があるものとして、その判断に基づく当該産業廃棄物処理施設の設置許可処分は違法と解するのが相当である。
当該産業廃棄物処理施設の周辺地域の生活環境の現況に対する必要十分かつ正確な把握が適正な配慮の不可欠の前提である。
本件における生活環境影響調査の内容や本件許可処分に至る手続の経過、すなわち、専門的知識を有する者か利害関係人から出された意見、それに対応して実施された調査の内容等を検討し、本件における生活環境影響調査のうち地下水及び水質に関する現況調査は、専門家の意見を踏まえた補正を経ても、調査指針の内容に沿ったものとはいえず、前記の前提が欠けている

都道府県知事の調査や審査及び判断の過程には、看過しがたい過誤、欠落があるとして、都道府県知事の判断に不合理な点があり、その判断に基づく本件許可処分は違法。
本件のような安定型最終処理場は、搬入対象を、有害物や有機物が付着しておらず、分解しない安定型である所定の産業廃棄物(いわゆる安定5品目)に限定している⇒遮水工等の特殊な施設を必要としない(いわゆる素掘りのアナに廃棄物を埋め立てる施設)⇒ひとたび有害物等が付着した物ゆあ安定型でない物が紛れ込んで埋め立てられれば、汚染された浸透水が場外に浸出することが避けられない。 
  民事p59
東京高裁R6.2.8   
  物流倉庫内における火災の事案
  事案 Xは、Yに対し、 Yの従業員が大量の段ボールの堆積を認識しながらフォークリフトを繰り返し前進・後退させて本件火災を発生させたとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を請求。
Y:
Yの債務不履行・不法行為の成否、Xの主張する損害額を争うとともに、
端材室で発生した火災が2階・3階に炎症していったという本件の事実経緯から、端材質の焼損被害を当初損害、2階・3階に延焼したことにより生じた損害を拡大損害として構成し、拡大損害は消防関係法規に違反するXの過失・重過失・帰責事由に基づいて生じたもの⇒拡大損害との因果関係を存否を争い、過失相殺を主張。
  判断     Yの責任:
Yの従業員が、本件家裁当日、本件契約に基づく段ボールの引渡しを受けるために、段ボールの散乱している端材室内においてフォークリフトを運転しその前進と後退を繰り返したことにより、エンジン始動後まもなく高温となっていた排気管と段ボールが接触して発火し、それにより本件火災が発生。
前記発火についてYの従業員には過失(予見可能性)があった
Yの主張する、火災発生通報義務の懈怠、消防器具の不適切な使用、防火シャッターの閉鎖障害、危険物の違法保管の事情は、いずれも前記発火と2階・3階への延焼との間の因果関係を否定することには足りない。
  損害額増額
  過失相殺:
Xにおいて
①段ボールを・・・堆積していたこと
②火災報知設備の鳴動を誤操作と誤認して2回にわたって火災報知設備のスイッチを切った
③定期的な消防訓練において通報訓練を行っていなかった
④屋外消火栓のポンプの起動ボタンを押さずに放水をした
⑤本件倉庫内に消防法に違反する指定数量以上の危険物が貯蔵されていた
⑥防火シャッターの降下位置に物品が置かれていてその閉鎖障害が生じた箇所があったYの従業員の過失の程度が重くない

損害の公平な分担の観点から、3割5分の過失相殺。 
  損益相殺:
Xは49億7379万7258円の本件火災による保険金を受領しているが、損益相殺として控除すべき利益には当たらない。
保険法25条1項に基づく代位についても、計算上保険会社がXに代位することはない。
  解説   債務不履行に基づく損害賠償請求:
債務不履行に当たる行為によって損害が発生したことを示す高度の蓋然性の存在を主張立証しなければならず、かつ、その判断は、加害者ないし一般人が予見し又は予見可能な事情があったか否かに基づいて行われる。
通常損害⇒通常生じる損害であることを主張立証
特別損害⇒被告が債務不履行に当たる行為をする時に当該結果の発生を予見してこと又は予見が可能であったことの評価根拠事実を主張立証。
本判決:
消防関係法令に違反する防火シャッターの閉鎖障害、危険物の違法保管の事情などを認定しつつ、いずれもYの従業員の引き起こした本件の発火と2階・3階への延焼との因果関係を否定するには足りないと判断。

結果として消防関係法令違反を相対化するものであるが、特別事情によって生じた損害について「債務不履行行為をした時に当該結果の発生を予見していたこと又は予見が可能であった」ことを前提とするもの。
  過失相殺
民法418条は、不法行為(同法722条)と異なり、債権者の過失がある場合において減額するか否かにつき裁判所に裁量の余地がない。 
第四百十八条 債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。

第七百二十二条 
2 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。
  損益相殺:
家屋消失による損害につき火災保険契約に基づいて被保険者たる家屋所有者に給付される保険金は、既に払い込んだ保険料の対価たる性質を有し、たまたまその損害について第三者が所有者に対し不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償義務を負う場合においても、右損害賠償額の算定に際し、いわゆる損益相殺として控除されるべき利益にはあたらないと解するのが相当(最高裁)。
保険代位についても、保険金を支払った保険者は、商法662条(現行保険法25条)所定の保険者の代位の制度により、その支払った保険金の限度において被保険者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する結果、被保険者たる所有者は保険者から支払を受けた保険金の限度で第三者に対する損害賠償請求権を失い、その第三者に対して請求することのできる賠償額が支払われた保険金の額だけ減少することになるにすぎない。 
  民事p87
東京地裁R5.5.9  
  健康診断業務について契約締結上の過失が認められた事例
  事案 X:健康診査事業等を行う公益財団法人
Y:健康保険組合
  Xは、
❶主位的には:覚書の取り交わしがなくても、Xが行う健康診療業務の概要が合意されたことにより、令和2年度の健康診断業務を受託する旨の契約が成立⇒本件個別契約又は本件基本契約による報酬請求権に基づき
❷予備的には、Xの契約締結上の過失を理由として、債務不履行又は不法行為に基づき、
報酬金又は報酬金相当額1億7504万4319円及び遅延損害金の支払を求めた。
  判断  ❶について 
X:Xは、実際には令和2年度の健康診断業務を行うことはなかったが、
それは、Yが一方的に他の機関に健康診断業務を委託した結果⇒民法536条2項により、本件個別契約又は本件基本契約による報酬請求権を失わないと主張。
①本件においては、基本的に毎年覚書を取り交わす方法によって個別契約が締結されてきた
②本件個別契約は報酬金が3億5000万円を超える高額な契約であって、担当者間のやりとりのみによって成立したとは考え難い

本件個別契約の成立は認められない。
X:仮に本件個別契約が成立していなかったとしても、本件基本契約に基づいて相当な報酬を請求することができる。
vs.
本件基本契約に基づいて個別契約の締結が予定されていた本件においては、本件個別契約の成立gが認められない以上、本件基本契約にもtづいて直接報酬請求権が発生すると見ることはできない。
  ❷について 
◎   契約締結準備段階に入った当事者は、相手方に損害を被らせないようにする義務を負い、これに違反して、相手方に損害を与えた場合、その賠償義務を負う。
①契約無効型
②交渉破棄型
③不当表示型
④保護義務違反型
の4類型。
法的性質としては不法行為とするものが多い(判例)。
判断:交渉破棄型に当たる本件について、契約成立に至らなかった以上、債務不履行責任と構成することはできない。
契約締結上の過失のうち、交渉破棄型に当たるものであるが、過失が認められるためには、
ア:契約締結(交渉)の成熟度が高いこと、
イ:信義則違反と評価される帰責性があること
が要件とされている。
本判決:
①Xが20年もの長きにわたってYから健康診断業務を受託してきたこと
②令和2年度においても、Xは、Yの協力を得ながら、健康診断業務の準備を進めていたこと
⇒契約締結(交渉)の成熟度が高い。
Yが令和2年度の蹴能診断業務を委託しなかったことには、新型コロナウイルスの感染拡大という当時の状況を最大限に勘案しても、信義則違反と評価される帰責性が認められる。
⇒Yの不法行為責任を認めた。
契約締結上の過失が認められる場合の損害賠償の範囲:
その契約が有効である又は契約締結がされると信じて行動したことにより支出した又は被った損害(信頼利益)に限られ、相手方が契約を履行すれば得られたであろう利益(履行利益)は含まれない。 
  民事p95
東京地裁R4.4.27  
  仮想通貨交換業者の停止措置による履行遅滞や仮想通貨の管理体制構築義務違反が否定された事例
  事案 仮想通貨交換業を営むコインチェックが管理していた仮想通貨(NEM)の一部が外部のアドレスに不正送信⇒
①その管理していたNEMに関する出入金及び取引を停止する措置
②その余の全ての仮想通貨の外部のユーザー口座への送信を停止する措置
Xら:
❶NEMの送信に関する請求をするもの
❷本件停止措置による損害賠償
請求❶について
X:Yに対し、本件各契約に基づき、残高数量のNEMをその指定するアドレスに送信することを求めた
Y:
ア:本件各契約の合理的意思解釈として、Yが顧客から預かったNEMの大部分につき外部に不正送信されるとの被害を受けた場合には、NEMを保有していた顧客に対して相当な額の日本円を給付することにより、顧客に対するNEMの送信義務を消滅させることができる旨の合意(「本件補償合意」)がされていたことを前提に、Yは、本件不正送信後にXらにNEMの送信に代えて相当な額の日本円を給付⇒YのNEMの送信義務は消滅
イ:前記給付を受けているXらの送信請求は権利濫用に当たる
ウ:市場においてNEMを購入することが可能なXらの送信請求は強制執行を求める利益を欠く
Xら:その強制執行が功を奏しないときに、Yに対しては会社法429条1項に基づく損害賠償請求として、口頭弁論終結時におけるNEMの取引価格にNEMの残高を乗じて得た金額等の支払を求めた
予備的に、本件不正送信により、YのXらに対するNEMの送信義務が履行不能になったことを前提に、Yらに対し、本件不正送信時のNEMの時価額分の損害賠償を請求
請求❷について
Xらは、本件停止措置により、Yが、Xらに対する送信義務の履行を拒絶し、同義務の履行遅滞に陥った⇒
Yに対して債務不履行による損害賠償請求に基づき、
Y1~Y4に対しては会社法429条1項の損害賠償請求権に基づき、
本件停止措置によりNEMを含む欠く仮想通貨の換金ができず、価格が減少したことによる損害の賠償を求めた。
Yら:本件停止措置は、本件各契約の規約に基づくもの⇒Xらに対する債務不履行を構成するものではない。
Xら:本件停止措置は、Yの仮想通貨にかかる管理体制の構築義務違反に基づくもの。
Yには、
①NEMを故ルドウォレットによって管理する義務、
②マルチシグネチャを設定する義務
③大量の送信請求がされた場合に不正アクセスを遮断する等の仕組みを構築する義務
の違反があり、
Y1~Y4は、その管理体制の構築義務違反に関するニッ向けたいがある。
  判断  請求❶について 
本件補償合意がされていたと認めることはできない。
Yの権利濫用の主張及び強制執行の利益の主張も否定

NEM保有者Xらの送信請求を認容。
強制執行が功を奏しないことを条件とする損害賠償請求については、将来給付の訴えとしての訴訟要件を欠く⇒不適法として却下。
Xらの予備的主張:
本件不正送信により、Yが保有するNEMの大部分を喪失したとしても、YはNEMを調達し、送信請求に応じることは可能であった⇒YのNEMの送信義務が履行不能になったとはいえず、理由がない。
  請求❷について 
本件各契約の規定は、Yにおいて、Yの資産がハッキングその他の方法により盗難された場合等にサービスの利用を停止することができ、Yは、発生した事象に応じて必要な範囲でサービスの提供義務を免れ、履行を拒絶することができる。
本件停止措置は同規定に基づいてされたもの
⇒本件停止措置によりYが送信義務の履行を遅滞したとの主張は採用できない。 
Yの管理体制の構築義務違反に関するXらの主張:
本件各契約及び本件不正送信の当時の法令の定め、技術の普及状況、仮想通貨交換業者の一般的なNEMの管理態様などの事情

Yにおいて、その保有するNEMをコールドウォレットで管理する義務やマルチシグネチャを設定する義務を負っていたということはできない。
Xらの主張する不正アクセスを遮断する仕組みを構築していたとしても、本件停止措置を回避できたということはできない。
⇒否定
  解説   争点①(本件補償合意の有無) 
本判決:否定

多数の顧客との間において利用契約の内容を画一的に定めるとめに作成された本件各契約の規定には
①本件補償合意を内容とする明示的な定めがない
②同規約には、本件不正送信のような事態が生じた場合に、コインチェックがサービスを停止することを認めており、本件補償合意がなくとも、Yが、本件不正送信の直後に全顧客の送信請求に応じなければならないという自体は生じず、現に、Yは、本件不正送信の後、NEMを順次調達して、顧客の送信請求に応じた対応が可能であった
③本件補償合意は、顧客に換金を矯正し、NEMの再調達の負担を課すもの
  争点②(本件停止措置によりYが送信義務の履行遅滞の責任を負うか) 
仮想通貨の不正送信が発生した場合の停止措置が債務不履行になるかが争われ、これを否定した裁判例。
  争点③(管理体制の構築義務違反) 
裁判例
  Xらは、NEMの送信請求に関し、その強制執行が功を奏しないことを条件としてYらに対する損害賠償請求。
将来給付の訴えとしての訴訟要件(民訴法135条)を満たすか? 
民訴法 第一三五条(将来の給付の訴え)
将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができる。
動産の引渡請求をする場合には、動産の引渡しの強制執行が功を奏さない場合に備えて、その目的物と同価値の損害賠償の支払をあらかじめ請求すること(代償請求)が認められている(民執法31条2項)。

動産引渡請求以外の場合にも一般的に認められるものではなく、将来、基本となる請求が執行不能となり、これにより目的物の価値相当額の損害賠償請求権が発生するという関係がなければならず、このような関係が認められない場合には、将来給付の訴えとしての訴訟要件を欠く(最高裁)。
本判決:XらのNEMの送信請求は、コインチェックの送信措置という作為を目的チスル請求であり、その強制執行は、間接強制の方法(民執法172条)によることになることを前提に、その執行不能を観念することは困難⇒その代償請求は、将来給付の訴えとしての訴訟要件を欠くと判断。
2604   
  民事p5
最高裁R6.3.12  
  消費者の財産的被害等の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律の「当該簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるとき」該当性
  事案 消費者の財産的被害等の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律2条10号にいう特定的確消費者団体であるXが、Yらが相当多数の消費者に対して虚偽又は実際とは著しくかけ離れた誇大な効果を強調した説明をして商品を販売するなどしたことが不法行為に該当

Yらに対し、Yらが本件対象消費者に対して前記商品の売買代金相当額等の損害賠償義務を負うべきことの確認を求めて、同条4号所定の共通義務確認の訴えを提起。 
  規定 法 第三条
4裁判所は、共通義務確認の訴えに係る請求を認容する判決をしたとしても、事案の性質、当該判決を前提とする簡易確定手続において予想される主張及び立証の内容その他の事情を考慮して、当該簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるときは、共通義務確認の訴えの全部又は一部を却下することができる。
  争点 「当該簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるとき」に該当するか否か
  主張 X: 
①本件対象消費者の本件各商品の購入の経緯等に個別性はほとんどない
②仮に本件においてYが主張する過失相殺をするとしても、本件対象消費者の不注意の程度は共通しており、全ての本件対象消費者につき一定の割合で過失相殺をする方法等が可能であること等
⇒本要件に該当しない。
  1審・原審 本要件に該当 
  判断 ①Yらの説明は本件各商品の購入を勧誘するためのウェブサイトに掲載された文言や動画によって行われたこと
②本件各商品は仮想通貨への投資そのものではないこと
③本件対象消費者につき過失相殺をするかどうか及び仮に過失相殺をするとした場合のその過失の割合が争われたときには、簡易確定手続を行うことになる裁判所において適切な審理運営上の工夫を講ずることが考えられる

過失相殺に関して本件対象消費者ごとに相当程度の審理を要するとはいえず、また、因果関係に関しても本件対象消費者ごとに相当程度の審理を要するとはえいえない

本件訴えにつき、過失相殺や因果関係に関する審理判断を理由として本要件に該当するとした原審の判断には、法3条4項の解釈適用を誤った違法がる。
原判決を破棄して一審判決を取り消し、本件を一審裁判所に差し戻した。
  解説   制度 
  〇  法は、消費者契約に関して、相当多数の消費者に生じた財産的被害を集団的に回復するために、2段階型の裁判手続きを創設。
特定的確消費者団体が、
1段階目:
事業者に対し、当該事業者が相当多数の消費者に共通する事実上及び法律上の原因に基づいて金銭支払義務(共通義務)を負うべきことの確認を求める共通義務確認の訴え(法2条4号)。
2段目: 
共通義務確認訴訟の結果を前提に、対象債権の確定手続に移り、簡易確定手続(同条7号)において、個々の消費者から授権を受けて対象債権の届出をし、簡易な手続により個々の消費者の対象債権の存否及び内容を確定。

①消費者被害は、共通の原因に基づいて同種の被害が多数の消費者に拡散的に発生するという特性
②消費者が共通の原因の存在を明らかにすることには困難を伴う場合が多い反面、事業者が共通義務を負うことが確認されれば、個々の消費者ごとに判断すべき個別の事項は比較的判断が容易であり、かつ、消費者ごとに大きな差もない
仮に共通義務確認訴訟において事業者の共通義務が確認されたとしても、その後の簡易確定手続において審理を適切かつ迅速に進めることが困難である場合には、結局のところ、速やかな被害回復を図ることが困難となる。

法は、3条1項及び2項において、共通義務確認の訴えの対象となる請求及び損害を定型的に定めるとともに、同条4項において、本要件を定めた。
〇  本要件は、共通義務確認の訴え特有の訴訟要件の中でも、いわゆる支配性の要件を明らかにしたものと理解。
支配性:対象消費差の権利の確定に関し、個別の争点よりも共通義務の存在の方が支配的であるという意味で用いられている。
法の立案担当者:
仮に事業者の共通義務を確認したとしても、個々の消費者の損害や損失、因果関係の有無等を判断するのに個々の消費者ごとに相当程度の審理を要する場合には、本要件に該当すると考えられる。
具体例の1つ:勧誘方法が詐欺的なものであり、事業者が不法行為に基づく損害微笑義務を負うことを確認したとしても、・・・過失相殺が問題となる場合であって個々の消費者ごとの過失相殺についての認定判断が困難な場合(契約締結に至る経緯や被害者の属性などの個別事情により判断が左右されることがあり得る。)
学説:
本要件の該当性に関しては裁判所の裁量が広く認められることを前提としつつ、本要件が共通義務確認訴訟そのものではなく、これに続く簡易確定手続の審理の状況を想定してされるもの⇒本要件に該当するのはあくまで例外的な場合にとどまる。
第2段階の審理の工夫によって対応ができる場合も多く、過度に厳格にこの要件を運用することは相当ではない。

謙抑的、例外的に適用すべきことを指摘するものが多い。
本判決 
  本要件に該当するとして共通義務確認の訴えを却下することができるのは、
①個々の消費者の対象債権の存否及び内容に関して審理判断をすることが予想される争点の多寡及び内容、
②当該争点に関する個々の消費者の個別の事情の共通性及び重要性、
③想定される審理内容等に照らして、
消費者ごとに相当程度の審理を要する場合。

簡易確定手続における簡易確定決定のために審理には証拠調べが書証に限定されるなどの証拠制限(法48条)
⇒簡易確定手続において審理されることが予想される争点との関係で、消費者ごとに相当程度の審理を要するか否か、より具体的には、証人尋問や当事者尋問等の書証以外の証拠調べを行う必要性が高いといえるか否か、あるいは、書証のみの証拠調べを念頭に置くとしても相当程度の審理を重ねることを要する見込みがあるか否か等を判断するに当たって考慮すべき要素を、本件の論点に則して述べたもの。
〇  過失相殺の審理:
過失相殺をするかどうか及び仮に過失相殺をするとした場合のその過失の割合の判断は、裁判所の裁量に委ねられる(最高裁)。
①本件対象消費者はウェブサイトの掲載文言や動画によるYらの説明を受けて本件各商品を購入したという主要な経緯が共通。
②この説明により本件対象消費者に生じ得る誤信の内容も、確実に稼ぐことのできる簡単な方法があると誤信したというものであり、共通。
③本件の各商品はいわゆる情報商材等であり、投資そのものではなく、前記の誤信に係る本件対象消費者の不注意の程度の評価に当たって投資経験等の種々の事情を考慮する必要性が高いとはいえない。

本件の過失相殺の審理として、本件対象消費者ごとに個別の事情に立ち入って精密な審理を行うことが想定されているとはいえない。
また、種々の審理運営上の工夫を講ずることも考えられる。
因果関係に関する審理:
本件対象消費者がYらの説明から生じた誤信に基づき本件各商品を購入したと考えることには合理性がある。

消費者が前記誤信をせずに単に仮想通貨による稼ぎ方に興味を抱いて本件各商品を購入したなどということは、例外的な場合を除き、通常は想定し難いとの評価をしたもの。 
  民事p10
名古屋高裁金沢支部R5.4.19  
  公の施設の管理委託契約の終了の内実が合意解約とされた事例
  事案 X(富山市)は、Xが保有する施設について、地自法244条の2第3項に基づき、Yを指定管理者に指定し、Yとの間で、本件施設の管理運営を委託する旨の契約を締結。
X:本件契約においては途中解約が許されていないにもかかわらず、Yが一方的に契約を解約終了⇒Yに対し、委託契約の債務不履行に基づく損害賠償の支払を求めた。 
X:本件契約の終了について、Yの契約が危機に瀕していると認識し、「団体の経営状況の悪化等により管理業務を行うことが不可能又は著しく困難になったとき」(指定管理者の指定の取消事由)に該当すると考えて、指定管理者の指定の取消し(行政処分)を行ったものであり・・・・本件契約はYの一方的な解約(債務不履行)により終了。
Y:指定管理者の指定の取消しという形がとられたが、本件契約は契約期間満了前の合意解約により終了したもの。
  一審 合意解約により終了⇒Xの請求を棄却。 
  判断 本件契約は契約期間満了前の合意解約により終了し、それによりYは債務を履行すべき義務を免れる⇒Yは債務不履行に基づく損害賠償義務を負わない⇒控訴棄却。 
①Yの営業損益額は赤字であるが、会社経営が危機に瀕しているわけではなく、「団体の経営状況の悪化等により管理業務を行うことが不可能又は著しく困難になったとき」に該当する状況ではなかった。
X担当者は、Yの本件施設単体で赤字が見込まれて回復が見通せないことに基づく撤退申入れに対し、これは指定取消しの事由には当たらないが、経営状況の悪化を適用すれば撤退が可能と示唆⇒Yはこれを受けて、Y全体の経営不振を理由とする書面を提出。
②撤退交渉の段階において、撤退により、他の法人に指定管理者を指定した結果、管理業務委託料がYよりもj高額になって、Xに負担が生じた場合に、損害賠償を求める可能性がある旨の節mネイは去れなかった。
Yの本件施設にかかる指定管理者の指定取消しまでにXがYに対し損害賠償請求権を行使することを留保したことを認めるに足りる証拠もない。

Xは、本来であればYに指定取消しの事由がないにもかかわらず、理由書の記載を操作することで、実体とは異なる指定取消しの要件を満たすような外形を整え、Yの管理業務からの撤退を容認したものであり、その内実は合意解約。
  解説 現行の指定管理者制度は、法律を根拠とする管理権限の委任の方式が採用され、既存の指定法人制度においては行政権限の委任が行われていることを参考として、使用(利用)許可などの行政処分も含めて管理を行わせる制度。 
指定管理者になろうとする法人その他の団体は、議会の議決を経た上で指定管理者の指定を受ける(地自法244条の2第6項)が、指定された後は、条例に基づき協定を締結するのが通例。
協定の性質:
A:指定(行政処分)の付款説
B:契約説
  民事p18
東京地裁R5.3.22  
  不動産取引の仲介に当たっての、労働契約上の誠実義務違反(肯定事例)
  事案 不動産業者Xは、大阪市に所在する5筆の土地(本件土地)を購入して他社に転売することを計画する不動産業者B(売主側)が存在⇒売主側に転売候補を紹介して仲介手数料を得ることとし、当時Xの営業推進本部営業企画室長を務めていたY1に対し、本件土地の売買契約(本件売買契約)に仲介業者として関与し、可能な限り両手仲介を実現することを指示。
Xは、本件土地の購入を希望する不動産業者C(買主側)を捜した上、買主側との間で不動産仲介契約を締結し、買主側の仲介業者に就任。
Y1は、売主側との間で本件土地の売却に係る交渉を行った際、売主側に対し、仲介業者として、Xではなく自身が懇意にしている不動産仲介業者であるAを選定するよう勧誘し、売主側の承諾を得て、Aが売主側の仲介業者となった。
買主側は、本件土地のうち西側部分の購入を必須と考えていなかった。⇒Y1は、前記交渉の際、買主側から本件西側部分を優先的に購入する権利(本件買取りオプション権)の付与をAが受けることとし、買主側の承諾を得た。
Aは、Y1が代表を務めるY2に対し、売主側から支払を受けた仲介手数料のうち、少なくとも2億7400万円を支払った。その後、買主側は、やはり本件西側部分を使用したいと考え、Xが本件買取オプション権を放棄し、買主側がその対価としてAに13億円を支払、AはY2に対し、前記13億円のうち9億円を支払った。
Xが、Y1が売り手側仲介手数料及び本件買取オプション権を取得する機会をXから奪ったと主張して、Y1に対しては不法行為に基づき、Y2に対しては会社法350条に基づき、連帯して、約13億円の損害賠償金の支払を求めた。
  争点 Y1において、Xが売主側仲介業者に就任して仲介手数料を得るための活動を行わなかったこと(争点❶)及びXが本件買取りオプション権の付与を受けるための活動を行わなかったこと(争点❷)が、それぞれXに対する労働契約に基づく誠実義務に違反し、不法行為を構成するか。
  判断 争点❶について 
当時、売主側が、誰を売主側仲介業者に選定するかについて特段の希望を有していなかった⇒Xが売り手側仲介業者に就任することは客観的に可能。
Xは、Y1に対する業務命令として、本件売買契約に当たって可能な限り両手仲介を実現するよう指示⇒Y1は、労働契約上の誠実義務に基づき、Xが売手側仲介業者に就任するよう活動する義務を負う。
Y1が、売手側が仲介業者を選定していないことを知りながら、Xが売手側仲介業者に就任するための活動を怠った上、Xに対して両手仲介が不可能であるとの虚偽の説明
⇒Xに対する誠実義務に違反。
  争点❷について 
買主側が本件買取オプション権をAではなくXに付与しても問題ないと考えていた⇒XがAに代わって本件買取オプション件の付与を受けることは客観的に可能であった。
Y1は、Xの業務命令を受け、Xの担当者として本件売買契約の仲介の交渉等を行っていた⇒Y1は、Xの利益の為、Xが本件買取オプション権の付与を受けるよう活動する義務を負う。
Y1が、Xに本件買取オプション権の付与を受けるための活動を怠ったばかりか、虚偽の報告を行い、自己の利益を図るためにAをして本件買取オプション権を取得させるなど、Xの利益と相反する行動をしたことは、Xに対する誠実義務に違反。
⇒Yらの損害賠償責任を認めた。
  解説  争点❷について、
Y1は、自ら本件買取オプション権を用いた取引を発案して本件売買契約を成立させるなど、Xから明示的な業務命令を受けずに利益を生み出している。
このような場合でも当該利益をXに帰属させる誠実義務を負うか?
本判決:
Y1がXの業務命令に基づきXの担当者として仲介業務に従事⇒取引に起因する具体的な利益の付与について明示的な業務命令を受けなくても、Xの方針を離れて自己の判断で行動し、又はXと利益が相反する行動をした場合には誠実義務に違反。
①本件買取オプション権の付与がXにとって利益であること
②Xが交渉当時本件買取オプション権の取得に関心を払わなかったのはY2の虚偽報告が原因
⇒Y1はXが本件買取オプション権の付与を受けるよう活動する義務を負う。
  Y1は、本件の一連の行為がXに発覚するまえにXを依願退職し、約3000万円の退職金を受領⇒Xは、本件において、Y1が退職金相当額を詐取したとして損害賠償請求を行った。
判断:
①Y1の各行為がXの就業規則の複数の点に違反
②Xに合計11億円を超える重大な損害を与えたこと
⇒懲戒解雇に相当するとして、Xの請求を全部認容。
  民事p27
東京地裁R4.3.29  
  妻と子の夫に対する損害賠償請求(肯定事例)
  事案 元妻及び子であるXらが、元夫であるYから継続的にいわゆるDVを受けていた旨主張し(子であるX2・X3については、親権代行者としてのX1の主張による。)、それぞれ不法行為に基づき、Yに対し、損害賠償(X1につき220万円、X2・X3につきそれぞれ330万円)を求めた。
  判断 XらのいずれについてもYの不法行為の成立は明らかであるとして、いずれも110万円の限度で認容。 
  経過 平成19年2月に婚姻。平成30年7月、X2・X3の親権者をいずれもYと定めて離婚。
離婚後も、YとXらは自宅で同居生活を続けていた。 
X1:家裁に親権変更及び監護者指定の調停

①Yは、X1がYと共にX2・X3を事実上監護することを認める
②Yは、Xらに対する教育目的を逸脱する暴力、X1に対する暴力及び著しい暴言をしないこと等を約束するという内容を含む調停が成立。
X1は、令和2年6月、X2・X3を連れてYとの別居を開始し、東京家裁に親権者変更の調停及び審判前の保全処分(親権者の職務執行停止・職務代行者専任)を申し立てた。
審判前の保全処分(親権者の職務執行停止・職務代行者選任)については、抗告審において、Yに対しX2・X3のいずれについても親権者としての職務執行を停止する旨及び職務代行者に選任する旨の決定。
  関連経過 児相は、平成27年10月、警察が心理的虐待としての通告をしたことを端緒として、Xら家族への関与を断続的に行っており、令和1年12月には、X3の通学していた小学校の通告により関与を開始し、助言指導を継続。 
児相は、X2については、過度に防衛的になり心情を吐き出す場が持てなくなっている⇒心理教育の必要性は高い。
X3について、過覚醒状態にあることがうかがわれ、また虐待による解離状態が生じていることが考えられる⇒心理的なケアが必要な状態。
家裁調査官による調査が実施⇒X2・X3ともに、Yの暴力又は暴言に当たるような具体的なエピソードを述べるなど。
  Yの行為 認定された範囲で、
身体的暴力と評価すべきものが4回
直接には身体ではなく物に向けられているが行為態様や状況に照らして相当の恐怖や精神的苦痛を与え得ると解されるものが7回
これら以外の発言内容も、「馬鹿」「死ね」(又はそれに類する表現)などという直接的な強度の侮辱表現や、「出て行け」との表現、能力や収入に関する否定的評価を繰り返すというもの。 

Yの行為について、個別の暴言又は暴力というのにとどまらず、本来は平穏な生活を送ることが期待される家庭内において、Xらに強度の身体的又は精神的苦痛を被らせる行為を継続的に行っていたものと評価すべき。
  解説 未成年の子が親に対してDVを理由として民事訴訟による損害賠償請求をした事案は、あまり見られない。
but
子に対する暴力・暴言が認められる場合に、不法行為に基づく損害賠償請求をすることにつき、特にそれを妨げるような法律構成があるとを示すわけではない。 
今後は、懲戒件の規定の削除を含む改正がされた趣旨も踏まえるべき。
  民事p40
東京地裁R5.3.23  
  腹臥位での頸椎椎弓形成術での医療過誤(肯定事例)
  事案 腹臥位での頸椎椎弓形成術(「本件手術」)を受けたXが、担当医師の視神経等等への血流低下予防措置を講じなかった過失によって視力及び視野機能が低下し、自賠法施行令別表第2の併合8級の後遺障害、視野機能低下が9級3号が残ったと主張

本件手術の執刀医Y2及び麻酔科医Y3並びにY2らの使用者Y1に対し、民法709条等に基づき、約1億2000万円の損害賠償金の連帯支払を求めた。
  争点 本件手術は視神経等への血流低下により失明ないし重大な視力障害を引き起こすことがある⇒Y2らに予防措置を講じる義務があったことに争いはない。
争点:
❶本件手術後にXの視力及び視野機能が低下した原因(機序)
❷Y2らが予防措置を講じていたか(Y2らの過失)
❸Y2らが予防措置を講じていればXの視力及び視野機能は低下しなかったか(因果関係)
  判断 ●争点❶について
  ●争点❷について 
  ●争点❸について
①視神経等の虚血による視力及び視野機能の低下は一般的に予防措置を講じることによって予防できるとされている
②前記鑑定人も予防措置を講じることで虚血性変化が生じるリスクを減らすことができた旨述べる
③Xに視機能障害が生じるリスク要因はなかったこと

Y2らが予防措置を講じていればXの視力及び視野機能は低下しなかった高度の蓋然性がある。
  解説  カンファレンス鑑定:
3名の鑑定人が、事前に鑑定事項に対する意見を簡潔に書面にまとめて提出した上で、口頭弁論期日において、口頭で鑑定意見を陳述し、鑑定人質問に応えるという複数鑑定の方式。 
  民事p56
東京地裁R5.3.29  
  特定電気通役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律3条1項による責任限定が認められた事例
  事案 Y2は、検索サイト「Q1」及びその中のニュースページ(「Q4ニュース」)を運営する株式会社。
Y1が、記事配信契約に基づき、Y2の管理サーバにXに係る生地(「本件記事」)の現行データを入力したことで、本件記事がQ4ニュースのページに掲載。
Xが、本件記事はXの名誉を毀損するものであると主張⇒Yらに対して連帯して慰謝料等の支払を求めた。 
Y2:本件記事の配信には特定電気通役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律3条1項が適用され、同項同号に該当しないから免責される。
  規定 プロ責法 第三条(損害賠償責任の制限)
特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害されたときは、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下この項において「関係役務提供者」という。)は、これによって生じた損害については、権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能な場合であって、次の各号のいずれかに該当するときでなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該関係役務提供者が当該権利を侵害した情報の発信者である場合は、この限りでない
一 当該関係役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき。
二 当該関係役務提供者が、当該特定電気通信による情報の流通を知っていた場合であって、当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき。
  判断 Y2には、同法3条1項本文が適用される。
  解説   プロ責法3条1項:
インターネット上の情報発信による権利侵害事案においてプロバイダが不法行為責任を負う場合を限定することにより、情報発信の場を提供する者であるプロバイダが、情報発信者(表現の自由保護、情報発信の維持の要請)と被害者(人格権等の保護、発信された情報の削除や損害賠償の要請)との間で板挟みになることを回避しようと設けられた一種の行動基準。 
  X:「発信者」該当性の判断は、情報を流通過程に置く意思を有していた者が誰かを規範的にみて行うべきであり、Y2が、新聞社等と契約を締結し自己が管理するサーバを使わせて配信を行いこれによって広告収入を得ている⇒Q4ニュースはY2と新聞社等の共同事業であるから、Y2は情報を流通過程に置く意思を有していた者すなわち「発信者」に当たる。
vs.
本判決:あくまでも定義文言に沿い、Y2が情報を記録又は入力したと評価することができるかという観点から配信への実質的関与の有無を検討し、他方で、Y2がサイトを運営管理していることや利益を上げていることなどは考慮せず、Q4ニュースの仕組み上「本件記事がY2の意思により流通過程に置かれたと評価することは困難」である。 
  「発信者」の解釈:
動画投稿サービス上に著作権を侵害するファイルがアップロードされたことにつき、同サービス管理運営会社が
①著作権侵害の主体及び②プロ責法の「発信者」に当たるかが問題となった事案(知財高裁)
同事案:
①著作権を侵害する管理・支配と利益の帰属に着目し、著作権侵害主体を規範的に解釈し、
②それを転用するような形で「発信者」該当性を肯定。
vs.
同事案は、著作権侵害主体をめぐる独特な法理を背景としたものという見解。
特に、プロ責法への応用は、同法が板挟み状態のプロバイダに行為基準を与えるという意義を融資「発信者」につき明確な定義規定を設けていることから、批判的な意見が有力。
  知財p68
東京地裁R6.3.28  
  著作物に係る実施料のみを得ている場合と著作権法114条2項の(類推)適用(否定)
  事案 ㈱カボ企画は、A制作に係る絵柄の権利を管理していたが、㈱タオル美術館と本件絵柄の使用に関してマスターライセンス契約を締結。
タオル美術館は、㈱一広と、本件絵柄の使用に関する基本契約に基づくサブライセンス契約を締結。
(Aとカボ企画⇒「原告ら」、タオル美術館と一広⇒「被告会社ら」)
その後、被告会社らは、本件絵柄を商品化したタオル商品を製造販売。
その後、タオル美術館に違法コピー等の重大な契約違反があったとして、基本契約が解除。
被告会社らは、原告らとの間で、違法コピー等に係る損害賠償金の一部弁済として、3億円の支払義務があることを認め、これを一括して支払うとともに、違法コピー等の問題を解決するために、損害賠償金の総額等の決定等につき、別途協議する旨の合意。
原告らが、前記合意の3億円を超える損害があると主張し、被告会社ら及び被告会社らの取締役B・Cに対して著作権侵害等に基づく損害賠償を請求。
本件反訴:被告らが、原告において前記合意に違反する行為があると主張して、損害賠償を請求する事案。
  争点 侵害論の主たる争点:
①本件タオル部分の著作物性の有無
②著作権法114条2項の適用の可否 
  規定 著作権法 第一一四条(損害の額の推定等)
・・・
2著作権者、出版権者又は著作隣接権者が故意又は過失によりその著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、当該著作権者、出版権者又は著作隣接権者が受けた損害の額と推定する。
  判断 ●本件タオル部分の著作物性の有無 
否定
  ●著作権法114条2項の適用の有無
著作権法114条2項は、著作権の排他的独占的効力に鑑み、著作権者、出版権者又は著作隣接権者においてその侵害行為により売上げが減少した逸失利益の額と、侵害者が侵害行為により受ける利益の額とが等しくなるとの経験則
⇒当該利益の額を著作権者等の売上げ減少による逸失利益の額と推定。
but
著作権者等がその著作物の許諾によって得られる許諾料の額は、売上げ減少による逸失利益の額とは明らかに異なるものであり、両者が等しくなるとの経験則を認めることはできない。

著作権者等がその著作物の許諾料のみを得ている場合には、前記の推定をする前提を欠く。

著作権者等がその著作物の許諾料のみを得ている場合には、著作権法114条2項の規定は適用又は類推適用されない。
Aは、デザイナーであり、自身の著作権を管理するカボ企画を通じてライセンス料(ロイヤリティ収入)を得ており、タオル等の製造、販売は行っていない。
⇒著作権法114条2項の規定は、適用又は類推適用されない。
  解説 ●応用美術に係る創作性の有無 
  本判決:
①被告商品は、本件タオル部分において、凹凸、陰影、配色、色合いなどは、本件絵柄と共通しその実質を同じくする部分であると認めるのが相当
②風合い、織り方などは、タオルとしての実用目的に係る機能と密接不可分に関連する部分⇒当該機能と分離してそれ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているものとはいえない。

絵柄が付されたタオル商品につき、絵柄を除いた部分について著作物性が認められる余地は、一般的に想定し難い。 
  ●特許収入のみ得ている場合における推定規定適用の可否 
  同種の条文構造を有する特許法102条2項について。 
  裁判例:
知財高裁(紙おむつ処理容器事件):
特許法102条2項は、特許権者・・・が故意または過失により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者が侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者が受けた損害の額と推定すると規定。

民法の原則の下では、特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには、特許権者において、損害の発生及び額、これを特許権侵害行為との間の因果関係を主張、立証しなければならないところ、その立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得る。
⇒侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益額を特許権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定。

特許法102条2項は、損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であって、その効果も推定にすぎない⇒同項を適用するための要件を、殊更厳格なものとする合理的理由はない。

特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきであり、特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在するなどの諸事情は、推定された損害額を覆滅する事情として考慮されるとするのが相当。
同項の適用に当たり、特許権者において、当該特許発明を実施していることを要件とするものではない。
  学説: 否定説
特許法102条2項の立法趣旨⇒条文上に規定がない「特許発明の実施」を同行の適用要件とすることいは十分な理由を見出しがたい。
むしろ、同項の推定が及ぶ範囲を広く認め、特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在するなどの諸事情は、推定された損害額を覆滅する事情として個別具体的に考慮することにより、妥当な結論を得ることができる。
「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合」
同条3項の存在等⇒特許権者が実施料のみを得ているような場合は除外されるものと解されるが、それ以外にどのような場合が該当するかは事案ごとに判断。
  田中孝一:
特許法102条2項は「損害の額と推定する」との規定文言⇒民法709条の要件である損害が生じたことについて推定するものではない⇒特許権者等に売上げ減少による逸失利益が生じたことについては、特許権者等が主張立証。 
自ら又は第三者とともに、物の生産、使用、譲渡等の事業をしている特許権者等又はその事業の準備をしている特許権者等において、侵害行為によって当該事業の売上げが影響を受けることを想定することができる場合においては、逸失利益を観念することができる。
少なくとも、自ら又は第三者とともに、物の生産、使用、譲渡等の事業をしている特許権者等又はその事業の準備をしている特許権者等において、侵害行為によって当該事業の売上げが影響を受けることを想定することができる場合には、特許法102条2項の「損害」が生じたとして、同項を適用することができる。
同条2項、3項ともに、不法行為に基づく損害賠償請求において損害に関する被害者の主張立証責任を軽減する趣旨の規定
同条2項の「損害」は「売上げ減少の逸失利益」
同条3項の「損害」は「実施料減少による逸失利益」
で両者は類型的に異なる。
  神谷:
特許法102条2項の推定する内容が販売数量ないしは売上げ減少による逸失利益⇒権利者が実施許諾をして実施料を得ているにとどまる場合にまで判事の事情が存在すると解するのはやや広すぎるし、権利者が実施料許諾すらしていない場合にはなおさら前記事情は認められない。
これらの場合は、同条3項に基づく請求をすべき。
but
権利者が実施許諾をして実施料を得ているにとどまる場合に同条2項の適用を認めたとしても、自ら実施していない以上、覆滅の範囲も大きくなる。 
  ◎学説:肯定説 
  刑事p102
大阪地裁R5.10.13  
  覚醒剤の所持が否定された事案 
  事案 警察官は、約3か月前から内偵捜査等⇒薬物事犯の前科前歴を有する者を含む不特定多数の者の出入りを確認⇒捜索差押許可状の発付を得て同自宅の捜索を行い、本件覚醒剤を発見。
和室で被告人の鞄内を捜索⇒同鞄内から財布を取り出し、同財布内から2つのパケを発見。
  解説  覚醒剤取締法41条の2第1項にいう「所持」は、判例上「人が物を保管する実力支配関係を内容とする行為をいい、この関係は、必ずしも覚せい剤を物理的に把持することまでは必要でなく、その存在を認識してこれを管理し得る状態にあれば足りる」 
所持が認められた事例:
鞄に覚醒剤を入れて知人方を訪れ、同人の部屋に覚せい剤を置いて雑談中、警察官らしい人を認めた⇒覚せい剤を遺留したまま帰宅。
覚せい剤入りの注射液370本を知人方の同居人に委託して預けた。
所持否定事例:
ホテル4階に宿泊していた被告人が覚せい剤の入ったバッグを窓から同ホテル駐車場の通路に投げ、6時間以上経過後、通りかかった第三者が同バックを発見して拾得物として届出⇒発見時に被告人が所持していたとして起訴。
  本件:
内偵捜査の段階で、被告人の自宅に薬物事犯の前科前歴を有する者を含む不特定多数の物の出入りが確認され、和室内からは他にも多量の白色結晶様のもの(覚せい剤ではない)が発見⇒被告人の所持の認定においては、覚せい剤が発見された場所や管理状況が重要になる。 
警察官の1人:被告人の鞄内の財布からパケ2個を取り出し、そのうちの1個をテーブル上に置いたまま別の部屋に移動
vs.
①捜索差押手続中に発見された証拠品が警察官らの監視を離れた状態に置かれることは通常考え難い。
②警察官らの証言を前提としても、他の警察官らは財布からパケが発見された状況は見ておらず、発見したとしられパケBは一旦テーブル上に置かれ、その後床上で本件覚醒剤の入ったパケが発見された⇒パケBと本件覚醒剤の入ったパケが同一であるとは断定できない。
③捜索差押時の写真撮影についての捜査復命書に添付された写真は、警察官の説明によると、一旦パケを取り出して確認した後、財布内に戻した状況を撮影したもので、その際パケAのみを戻してパケBを戻さなかったとのことであるが、後から再現した状況の写真であるにもかかわらずその旨の説明がないのは、報告書の記載として不適切。
2603   
  行政p12
最高裁R6.3.26   
  犯罪被害者と同性の者も、犯給法五条1項1号の「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者」に該当し得る
  事案
  規定 犯給法 第五条(遺族の範囲及び順位)
遺族給付金の支給を受けることができる遺族は、犯罪被害者の死亡の時において、次の各号のいずれかに該当する者とする。
一 犯罪被害者の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。)
二 犯罪被害者の収入によつて生計を維持していた犯罪被害者の子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹
三 前号に該当しない犯罪被害者の子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹
  原審  犯給法5条1項1号は、一時的には死亡した犯罪被害者と民法上の婚姻関係にあった配偶者を遺族給付金の受給権者としつつ、死亡した犯罪被害者との間において民法上の婚姻関係と同視し得る関係を有しながら婚姻の届出がない者も受給権者とするもの。
⇒本件文言は、婚姻の届出ができる関係であることが前提となっていると解するのが自然であって、本件文言に犯罪被害者と同性の者が該当し得るものと解することはできない。 
  判断 犯罪被害者と同性の者は本件文言に該当し得る。
上告理由(犯給法5条1号の憲法14条1項違反)について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

Xが本件被害者との間において本件文言に該当するか否かについて更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。 
  解説   婚姻障害事由があるが内縁関係にあった者が犯給法以外の法令の規定にいう「事実上婚姻関係と同様の事情」にある者(所定の給付を受けることができる者)に該当するか否か等について判断した判例 
重婚的内縁関係について・・・民法上の配偶者であっても、事実上の離婚状態にある場合には、当該給付を受けることができる「配偶者」に当たらない
重婚的内縁関係にあった者は、前記「配偶者」(事実上婚姻関係と同様の事情にある者も含まれる)に当たる
近親の血族間の内縁関係に関し・・・肯定。
直系印続巻の内縁関係に関し・・・否定。

判例は、婚姻障害事由がある場合のいても、そのことから直ちに当該給付の根拠法令にいう「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」に当たらないと判断するのではなく、当該給付の根拠法令の目的、婚姻障害事由に係る公益的要請等を考慮して、「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」に当たるか否かを判断。
  原審:文理等を重視して解釈
本判決:犯給法5条1項1号の解釈に当たっては、同制度の目的((「犯罪の行為により不慮の死を遂げた者の遺族等の精神的、経済的打撃を早期に軽減するなどして、もって犯罪被害者等を受けた者の権利利益の保護が図られる社会の実現に寄与すること」)を十分に踏まえる必要がある。
犯給法5条1項1号の解釈に当たっては、犯罪被害給付制度の目的を十分に踏まえる必要があるとした上で、
❶犯罪被害者と同性の者であることのみをもって本件文言に該当しないものとすることは、同制度の目的を踏まえて遺族給付金の支給を受けることができる遺族を規定した同号括弧書きの趣旨に照らして相当でないというべきであり、
❷本件文言に犯罪被害者と同性の者が該当し得ると解したとしても、その分離に反するものとはいえないとして、犯罪被害者と同性の者は本件文言に該当し得ると解するのが相当。
❶は、いわゆる同性婚を認める解釈を示したものではにことはもとより、いわゆる内縁関係に同性間の関係が含まれ得ると解したものでもない。
❷は、前掲判決等も、当該給付の根拠法令にいう「配偶者」と民法上の配偶者は必ずしも一致しないものとしており、これらの規定が民法上の婚姻に関する概念によりあsダメられているものとして文理解釈をしているものではない。
尚、婚姻障害事由がある場合については、それに係る公益的要請との調整が問題となることからすれば、本件においては、同性婚が現行法上婚姻制度の対象外とされていることの調整が問題となり得るところ、本判決は、この点について積極的に判示していないものの、少なくとも現行法上、同性間では婚姻ができないことは、多数意見の解釈を左右する事情とはみていないものと考えられる。
  行政p29
名古屋地裁R6.5.9  
  政治的意見(それに基づく兵役忌避)を理由に、難民に該当するとして、難民不認定処分を取り消した事例
  事案 シリア・アラブ共和国国籍を有する外国人である原告が、入管法61条の2第1項の規定に基づき法務大臣に対し難民認定の申請⇒法務大臣から順次権限の委任を受けた名古屋出入国在留管理局長から難民の認定をしない旨の処分⇒審査請求⇒棄却裁決⇒本件不認定処分及び本件棄却裁決の各取消し並びに難民の認定の義務付けを求めた。 
  争点 ❶原告の難民該当性
❷本件棄却裁決の取消事由の有無
❸本件義務付けの訴えの適法性 
  主張 争点❶について:
・・・
  判断 細かい事実経過等に変遷がみられたとしても、その根幹部分に不合理な変遷があり、全体として信用性を欠くものということはできず、相応の証拠の裏付けがあるか、供述内容がほぼ一貫している限度においては原告の供述を採用できる。
⇒原告の主張に沿った事実を認定。 
原告に対する資産凍結等は、単なる兵役忌避に対する制裁にとどまらず、過去に反政府的な政治的意見を表明し、かつ、一定の社会的地位を有する原告を狙って行われた。
原告の兵役忌避に対して殊更厳しく対処する姿勢を有していたことを裏付ける事情として原告の際しの身柄拘束を指摘。
シリアの一般情勢や兵役等
⇒原告がシリアに帰国した場合、反政府的意見の持ち主であるとみなされた直ちに逮捕及び拘禁等される可能性や兵役を義務付けられm、これを忌避すれば暴力を服務過酷な処罰を受け、兵役に就けば恣意的に十分な訓練を受けないまま前線に配備されるなど、生命、身体への危険が生じ得るおそれや、戦争犯罪、人道に対する罪及び人権法の柔軟な違反する行為への関与を強いられるおそれがある。
その政治的意見(それに基づく兵役忌避)を理由にシリア政府から迫害を受けるこそれがあるとして、難民該当性を認めた。
本件不認定処分は違法であるとしてその取消請求を認め、本件義務付けの訴えも認容。
  解説 国家は自国を防衛するための手段を自由に講じることができ、公的な兵役義務やそれに背いた場合の処罰が直ちに迫害に相当するわけではない。
出入国在留管理庁HP:
軍事目的のために軍務を国民に義務付けることは禁止されていない⇒国家が国民を徴兵し、軍務を義務付けること自体は、迫害には該当しない。
but
軍務に就いた場合に、虐待を受けるおそれがある等、その内容又は期間に照らして軍務が過酷であると評価される場合に、当該軍務を義務付けることは、迫害に該当し得る。
国家による徴兵忌避又は軍務脱走を理由とする訴追や処罰は、直ちに迫害には該当しないが、恣意的・差別的な訴追や処罰又は不当に重い処罰については、迫害に該当し得る。
仮に当該訴追・処罰が迫害に該当する場合であっても、懲罰的でない代替役務の提供(社会奉仕活動など)又は現実的な額の免除料の支払により、徴兵又は軍務自体を回避する合理的手段が存在するといえることから、通常、迫害を受けるおそれがあるとはいえない。 
本判決:兵役忌避とそれに対する処罰のみを理由として迫害と認めたのではなく、過去に反政府的集会を主催し、2度の身体拘束を受けたことや、出国後に資産凍結等や妻子の身柄拘束がされたことなどに鑑み、政治的意見を理由に迫害を受けるおそれを認めたもの。
裁判例
  民事p45
仙台高裁R5.12.5  
  平和安全法制についての国賠請求(否定)
  事案 平成25年閣議決定:
武力行使の憲法上許容される場合として、
①我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の声明、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること、
②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと、
③必要最小限度の実力行使にとどまるべきことという要件を示し、
第3要件により憲法上許容される「武力の行使」は、国際法上は集団的自衛権が根拠となる場合があるとの政府見解。
それに伴い、平成27年9月19日、自衛隊法の改正を含む平和ア年法制関連2法が成立。
原告らが、憲法9条1項の下では許されない集団的自衛権の行使を容認する平和安全法制の立法により、平和的生存権、人格権、憲法改正・決定権、国民投票権が侵害された⇒国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めた。
  判断 国賠法1条1項の違法性は、憲法を基本とする法秩序に照らし、侵害される利益の性質と侵害する行為の態様の両面から送還的に考慮して判断すべき。
閣議決定による憲法解釈の変更と平和安全法制について、憲法の平和主義の理念や憲法9条の戦争放棄の規定に反する違憲性が明白であれば、具体的な政府の行為による結果の発生を確実に予測できない場合でも、侵害行為の態様と侵害される利益の性質を相関的に考慮して、違法な権利利益の侵害になり得る。 
第3要件の下で国際法上の集団的自衛権の行使が全体として憲法上容認されるものではななく、あくまでも我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置に限られるといった国会答弁も踏まえると、それまで政府の憲法解釈において一貫して許されないとされてきた集団的自衛権の行使が、このような限定的な場合に限り憲法上容認されると解されることになったとしても、憲法9条1項の規定や憲法の平和主義の理念に明白に違反すると断定することまではできない。
平成26年閣議決定や平和安全法制は、政府の意思決定や国会の立法にすぎず、憲法の条規を改正するものではないから、憲法改正・決定権の侵害や国民投票権の侵害を理由とする主張には理由がない。
  解説 立法行為の国賠法1条1項の違法性について:
国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負う者でないというべき

国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法1条1項の規程の適用上、違法の評価を受けず、
立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受ける。(最高裁) 
     
  民事p71
東京地裁R5.7.10  
  肖像権及び氏名権侵害にかかる不法行為(否定事例)
  事案 乙3確認書: 
私議、貴社に対し、以下のとおり、肖像・姿態等(以下、単に肖像という)の1回又は複数回の使用を許可します。
1 使用媒体 貴社の製作する写真集、雑誌、書籍、ビデオ、映画、及び宣伝用ポスター、雑誌広告の全般
5 モデル料 モデル料は、本確認書の作成と同時に記貴社から受領したことを確認し、貴社には今後、名目を問わず何等の請求もしません
  解説・判断等 Xが平成5年にY2宛ての乙3確認書によりX写真に写された自身の肖像の使用をY2に承諾しており、平成6年に同承諾に基づきX写真の一部を使用した紙媒体の甲1写真集が発売された。
同承諾の効果が、Y2において平成26年頃から令和2年9月頃までの間にX写真の一部を掲載した甲2電子書籍をウェブサイトで販売した行為に及ぶか? 
裁判例:当初の承諾に基づく公表と後日の公表につき、それぞれの目的や態様等の条件を対比し、それらが異なる場合は、原則として後日の公表には当初の承諾の効力が及ばないものとして肖像権侵害を認めている。
本件:乙3確認書によるX写真使用の承諾に基づき作成された甲1写真集は紙媒体であり、平成6年に発売。
甲2電子書籍は、乙3確認書作成の20年余り後にウェブサイトで発売

甲1写真集とは媒体、時期を異にする。
本判決:
①乙3確認書の文言
②乙3確認書が作成された平成5年頃のメディアに関する社会の状況
③X写真撮影とほぼ同時期に放映されたテレビ番組のインタビューにおけるXの発言、
④当時のX所属のプロダクションからY2に宛てて作成された書面の内容等

Xは、乙3確認書によって、X写真に写されたXの全ての肖像につき、「モデル料」の1回払により、使用される回数及び期間や使用方法、態様の制限なく、写真集、映画等のジャンルを問わず、電子書籍のようにインターネット上で当該写真の画像データを流通させる媒体も排除することもなく、Y2が制作する著作物に広く使用することを承諾したものと解することができる。
甲2電子書籍につき、乙3の通常の表現活動の域を逸脱する記載等は見られない
⇒乙3確認書による承諾の効力が甲2電子書籍販売に及ぶ。
  経済p85
東京地裁r4.6.16  
   
  事案 複数の焼肉店を運営するXが、
①Yが、その運営する飲食店ポータルサイトにおいて、本件サイトにおける飲食店の評点を算出するためのアルゴリズムについて、同一運営主体が複数店舗を運営している飲食店の評点を下方修正するような変更を実施しこれを継続。
これは、独禁法が定める
(i)取引条件等の差別的取扱い(法2条9項6号イ、不公正な取引方法(一般指定)4項)に又は
(ii)優越的地位の濫用(法2条9項5号ハ)
に該当し、法19条に違反するものであり、これにより著しい損害を生ずるおそれがある。

法24条に基づき、本件変更に係る本件アルゴリズムを使用することの差止めを求めるとともに、
②前記法違反行為により、Xが運営する飲食店の評点が下落し、来店者数及び売り上げが減少

Yに対し、不法行為に基づく損害賠償として、売上の減少及びブランド価値等の毀損による損害金合計9億3195万6952円の一部である6億3905万4422円及び遅延損害金の支払を求めた。 
  規定 独禁法 第二条[定義]
⑨この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。
五 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。

ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること

六 前各号に掲げるもののほか、次のいずれかに該当する行為であつて、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するもの
イ 不当に他の事業者を差別的に取り扱うこと。
第二四条[差止請求]
第八条第五号又は第十九条の規定に違反する行為によつてその利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、これにより著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがあるときは、その利益を侵害する事業者若しくは事業者団体又は侵害するおそれがある事業者若しくは事業者団体に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
  判断   ●法2条9項5号の「自己の取引上の地位が相手方に優越していること」(優越的地位)
  取引の一方の当事者(行為者)が、市場支配的な地位等にある場合だけでなく、当該取引の相手方との関係で相対的に優越した地位にある場合も含まれ、行為者が取引の相手方との間でこのような優越的地位にあるか否かは
ア:相手方の当該行為者に対する取引依存度
イ:当該行為者の市場における地位
ウ:相手方にとっての取引先変更の可能性
エ:その他当該行為者と取引することの必要性、重要性
を示す具体的事実を総合考慮して判断すべき。
・・・・
Xは、本件サイトの有料店舗会員の地位を継続することが困難になると事業経営上大きな支障を来すため、Yが著しく不利益な要請等を行ってもこれを受け入れざるを得ない状況にあると認められ、YはXとの間で優越的地位にある。
  ●法2条9項5号ハが定め「 取引の相手方に不利益となるように・・・取引を実施すること」
取引の条件の設定又は変更以外の取引に関連する事実行為等であって当該取引の相手方に不利益となるようなものを含む。
Yが本件サイト上の該当ページに店舗の評点を掲載することは、店舗会員に係る「取引を実施すること」に当たり、当該評点を算出するための本件アルゴリズムにつき本件変更をしたYの行為は、店舗会員であってチェーン店に該当するXに不利益となるように取引を実施することに当たる。
  ●法2条9項5号の「正常な商慣習に照らし不当に」
同要件に当たるかどうかは、同号イ~ハ所定の行為の意図・目的・態様、不利益の内容・程度等を総合考慮し、もっぱら公正な競争秩序の維持、促進の観点から是認される商慣習に照らして不当であるか否かという見地から判断するのが相当。
Yが本件変更を行った行ったことは、Yがあらかじめ公表していた評点の意義及び評点方法に照らし、Xにとってあらかじめ計算できない不利益を与えるものであり、少なくともYの主張する本件変更の意図・目的を達成する手段として相当であったとはいえない
⇒専ら公正な競争秩序の維持、促進の観点から是認される商慣習に照らして不当であり、「正常な商慣習に照らして不当に」という要件に当たる。
同判断の前提として、本判決は、
①本件変更はチェーン店についてのみ適用されるものであるところ、評点が、投稿者から投稿された主観的な評価・口コミを基に算出した数値であり、かつ、消費者による飲食店選びの参考となる情報の1つとして公表されていること、
②現に、本件変更後、Xの店舗における本件サイト経由の来客人数等が減少していること、
③Yは、本件変更について公表しておらず、チェーン店に対し変更前に通知していないこと等の事実を認定。
  以上より、本件変更は、法2条9項5号の優越的地位を「利用して」の要件に当たるものと優に認められるとし、結論として、Yが本件変更を行ったことは、優越的地位の濫用に該当し、法19条に違反すると認められる。

差別的取扱いの成否については判断を要しない。 
  ●法24条による差止請求 
同条にいう「著しい損害を生じ、又は生ずるおそれ」があるか否かは、同条所定の法違反行為による利益の侵害の態様及び程度並びにこれによる損害の性質、程度及び損害の回復の程度等を総合考慮して判断すべき。
本件において、
評点は、消費者による飲食店選びにおける重要な指標ではあるものの、唯一の指標ではないことや、評点の下落は、本件変更だけでなく、これと無関係に行われた投稿者の影響度の調整(本件影響度調整)も影響した生じたものであり、本件変更そのものに起因するXの栄養利益の減少によるものと認められる金銭的損害の額がXの営業利益の2割にとどまる

本件変更が直ちにXの飲食店事業の継続を著しく困難にするものとはいえず、本件変更がXに営業利益の減少とは別個の信用やブランド価値の毀損を生じさせるとは認められない。
本件変更後の本家アルゴリズムが今後も適用され続けるとしても、Yにおいて本件変更の内容を明らかにした場合は、消費者においてこれを前提として飲食店選びを行うようになるものと考えられる⇒本件変更の法違反行為該当性及びこれに起因するXの営業利益の減少が今後も同様に継続するものと直ちに断ずることはできない。

本件変更後の本件アルゴリズムが今後も適用され続けることを前提としても、Xに法24条所定の「著しい損害を生じ、または生ずるおそれ」があるとは認められない。

Xの請求中、本件変更に係る本件アルゴリズムの使用の差止めを求める部分は、理由がない。
  ●損害賠償請求 
①本件変更がXの評点を下落させたものと認められること
②Xの店舗の売上高が減少し、本件サイトのインターネット予約を介した来店人数・電話予約人数が本件変更の前後で減少
③同売上高等の減少については、本件影響度調整に加え新型コロナウイルス感染症のまん延等の影響もあったこと

Xの売上高減少の少なくとも一部にうちては、Yが本件変更を行ったことに起因して評点が下落したこととの相当因果関係を認めるのが相当。
Xの店舗の営業利益の減少額のうち3840万円(月160万円の24か月分相当額)について、本件サイトを経由した来客数の減少による営業損害であると認めた。
Xの主張するブランド価値等の毀損による損害については、Yが本件変更をしたことによりXの運営する店舗のブランド価値及び信用が毀損されたとまでは認められない。
  ●Yの店舗会員規約に定める免責条項の適用 
同免責条項はY側には故意又は重大な過失がある場合には適用されず、本件変更についてYに故意または重大な過失があると認められる。
2602   
  民事p5
東京高裁R5.12.12  
  警察署の保護室の映像記録についての文書提出命令(肯定事例)
  事案 渋谷署の警察官らに身体を拘束され、保護室に収容されたXが、同身柄拘束は違法であり、また、本件保護室において警察官らがXに対して屈辱的な処遇をしたことはXの人格権を侵害⇒Y(東京都)に対し、国賠法1条1項に基づき、損害賠償請求
Xが、基本事件において本件保護室内におけるXの状況や警察官らの言動を評価するためには、客観的な証拠を取調べることが必要不可欠⇒本件保護室内を撮影した映像記録について文書提出命令の申立て
  規定 第二二〇条(文書提出義務)
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。

ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
  民訴法 第二二三条(文書提出命令等)
・・・・
4前項の場合において、当該監督官庁が当該文書の提出により次に掲げるおそれがあることを理由として当該文書が第二百二十条第四号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べたときは、裁判所は、その意見について相当の理由があると認めるに足りない場合に限り、文書の所持者に対し、その提出を命ずることができる
一 国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれ
二 犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ
  原審 却下 
  判断 監督官庁である警視総監の民訴法223条4項に基づく意見について
  ①本件防犯カメラがレンズを剥き出しの状態で設置されていることや、本件保護室が狭小であり防犯負けらを設置できる範囲が限定されていること
⇒本件保護室に収容された要保護者は、室内を観察すれば本件防犯カメラを認識・発見することが十分可能であり、本件映像記録が証拠として提出されることによって初めて本件防犯カメラの設置個所等が明らかになるわけではない
②本件防犯カメラは本件保護室の全領域を撮影範囲に収められており、構造的な死角は存在しない⇒本件保護室に収容された要保護者が構造的な死角を利用して器物損壊や自傷行為等の不法事案に及ぶことはそもそも想定されない
③本件保護室の構造は本件保護室に収容された者であればすぐに認識できるものであり、本件保護室の構造が事前に明らかになったとしてもこれにより直ちに要保護者が不法事案に及ぶことになるとも認められない

監督官庁の意見については相当の理由があると認めるには足りない。 
民訴法220条4号ロ該当性についても、同号ロ所定の「その提出により公共の利害を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは、抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず、その文書の記載内容から見てそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要であると解すべき。
本件では、それが認められない。
  解説 民訴法223条4項: 監督官庁が、同項各号に掲げるおそれがあることを理由として、同法220条4号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べたときは、裁判所は、その意見について相当の理由があると認めるに足りない場合に限り、文書の所持者に対してその提出を命ずることができる。

「おそれ」の有無を判断するに当たっては、その性質上、防衛・外交政策上、又は刑事政策上の将来予測を含む専門的・政策的判断を要するという特殊性が認められることから、裁判所としても監督官庁の第一次的判断を尊重するのが相当。
220条4号ロの「その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは、単に文書の性質から公共の利益を害し、又は公務の執行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず、その文書の記載内容から見てのおそれの存在することが具体的に認められることが必要。
  民事p17
東京地裁R5.1.18  
  弁護士が、ファクタリング取引を行う業者の預金口座に係る取引の停止等の措置を求めた⇒不法行為(否定事例)
  事案 営業代行業務等を目的とするXは、建設業を目的とする株式会社であるAとの間で、
①XがAから売掛債権を買い取ること等を内容とする契約
②XがAに当該売掛債権の弁済を受けた後直ちにXに同額の金員を支払うこと等を内容とする契約
③Aが前記①②に違反することによりXに負う債務を担保するため、Xに対してAの有する債権を譲渡すること等を内容とする契約
を締結し、本件各契約に基づく取引を複数回行った。 
Yらは、Aからの債務の任意整理を受任した後、B銀行に対し、Xがいわゆるヤミ金であり、B銀行のX名義の預金口座がヤミ金融の振込先に利用されている
⇒本件口座について、犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律3条1項に規定する預金口座等の不正な利用に関する情報の提供及び預金取引の停止等を求める要請を行い、B銀行は同条項に基づいて本件口座に係る取引を停止する措置を講じた。
X:本件口座は振込詐欺救済法に規定する犯罪利用預金口座等ではなく、Yらには、本件情報提供等をするに当たって十分な法情報調査及び事実調査をすべきであったにもかかわらずこれを怠り、本件各取引について違法要素として評価すべきでない事項を違法要素として評価した上、Xの担当者に対する事実確認も怠り、Xをヤミ金融業者であると判断して本件情報提供等を行った過失がある⇒Yらに対し、不法行為に基づく損害賠償を求めた。
  判断  ①金融庁が、ファクタリング取引について、譲受人に償還請求権や買戻請求権が付与されている場合、債権譲渡について債務者への通知や承諾の必要がない場合、債権の売主が譲受人から当該債権を回収する業務の委託を受けて債務者から回収した金員を譲受人に支払う仕組みになっている場合などは、ヤミ金融の可能性があると注意喚起をしていたところ、本件各契約の内容にはXがヤミ金融業者であることを疑わせる事情が複数含まれていた
②ファクタリング業者が譲渡された債権の回収不能リスクをほとんど負っていないといえる場合には、貸金業法や出資法における「貸付け」に該当するとした裁判例が複数存在していたところ、本件各契約の内容も、Xが譲渡された債権の回収リスクをほとんど負っていないと解する余地があった

Yらが本件情報提供等を行った当時、本件各取引の実質が金銭の貸付けに該当するものと解する相当の根拠があり、Xをヤミ金業者であると判断したことに過失があるということはできない。 
Xの担当者に対して事実確認をしなかったことが過失に当たる
vs.
事実確認をしたとしてもなお本件各取引の実質が金銭の貸付に該当すると解する余地があったことに加え、YらがXに具体的な問合せを行うと本件口座から金銭が引き出されるなどして被害回復をなし得ないおそれがあると考えたとしても不合理ではない。
⇒過失に当たるということはできない。
  解説 振込詐欺救済法:
詐欺その他の人の財産を害する犯罪行為であって、財産を得る方法としてその被害を受けた者からその預金口座等への振込みが利用されたもの(振込利用犯罪行為。同法2条3項)において、その振込の振込先となった預金口座等を「犯罪利用預金口座等」と定義した(同条4項)上、金融機関は、当該金融機関の預金口座等について、捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があること等の事情を勘案して犯罪利用預金口座等である疑いがあると認めるときは、当該預金口座等に係る取引の停止等の措置を適切に講ずる旨規定(同法3条1項)。 
ファクタリング取引:事業者が保有している売掛債権等が弁済期前に一定の手数料を徴収して買い取り、その後に当該売掛金等を回収する取引をいい、その法的性質は債権譲渡(売買契約)。
but
その実質において、返済合意がある金銭の交付と同様の機能を有していると評価すべきものがあり、その場合には、貸金業法及び出資法における貸付けに当たるものとして、
無登録での貸金業の営業について刑事罰を科す貸金業法の規定(47条2号、11条1項)や高利率での利息による貸付けについて刑事罰を科す出資法の規定(5条3項)への抵触問題。
ファクタリング取引が貸付けに該当するか否かについては、具体的な事情を踏まえ、譲渡債権の回収不能リスクの所在等の複数の要素を総合的に考慮して判断するほかない。
  労働p25
福岡高裁R5.11.30  
  条件付採用期間中の成績不良を理由にXに対してした分限免職処分が違法とされた事案
  事案 Y(宇治市)の職員であるXが、Yに対し、Yの市長が条件付採用期間中の成績不良を理由にXに対してした分限免職処分が違法であるとして取消しを求めた事案。
  争点 Xの勤務成績が人事院規則11-4(職員の身分保障)10条2号の「勤務の状況を示す事実にもとづき勤務実績がよくないと認められる場合において、その官職に引き続き任用しておくことが適当でないと認められるとき」に該当するとして本件処分が、市長の裁量権行使の誤りによる違法な処分といえるか? 
  判断  条件付採用制度の趣旨が成績主義に基づき適格性を欠くのに採用された職員の排除を容易にすることにある⇒市長に相応の裁量権が認められる
but
①条件付採用期間中の職員も既に競争試験等の過程を経て勤務し現に給与の支給も受けているから正式採用になることに対する期待を有している
②地公法27条1項は職員の分限及び懲戒について公正性を要求している
③本件処分が人事院規則11-4第10条2号に基づく

市長の裁量権は純然たる自由裁量ではなく、本件処分が合理性を有するものとして許容される限度を超えた不当なものであるときは裁量権の行使を誤った違法なものとなる。
(最高裁)
  Xの成績不良を基礎づける事実について、Xが指導を受けた事実に係る業務は、新規採用職員にとって容易にこなせる性質・内容のものではなく、上司の適切な指導を受けて段階的に習得してくべきものと推認できる。
①本件処分直前のXの人事評価は、評価項目のいずれも要求水準を満たさないとしたものの、Xの所属する課の係長及びXのメンター(新規作用職員をサポートするための職員として課長又は課長相当職が指名した職員)である同課の主査がXの勤務成績について採用当初と比較し改善した点もあると評価していた
②Xに業務改善・能力向上の意欲が認められる
③YにおいてXに対する指導・支援体制の見直しやXに対する指導・支援体制の見直しやXの他部署への異動など分限免職処分に代わる手段を具体的に検討していない
⇒Xに成長・改善の可能性がないと即断したものと推認される。
Xの勤務成績の評価は、評価者の恣意が入りすぎて厳しいもので、十分な合理性及び客観性を欠いており、Xに勤務成績の改善が見込まれるのに本件処分に代わる手段を検討することなくなされたもの。
  ・・・・本件処分は、合理性のある処分として許容される限度を超え不当であり、裁量権の行使を誤った違法な処分。
  解説 条件付採用職員に対する分限免職処分について処分行政庁の裁量権の逸脱濫用の有無を判断する具体的基準を示した裁判例:
ア:客観的合理的基準として当該職員に素質、能力の上で簡単に矯正できないような重大な欠陥があるか否かとした例(大阪高裁)
イ: 恣意的であありすぎ、結果的には厳しすぎるものでないこととした例(東京高裁)
分限免職処分を適法としたもの:
①成績不良を基礎づける事実について、職場外からも複数の指摘があったこと等⇒客観性がありかつ重大な問題であるとした上で、助言や指導を受け入れる姿勢もないこと等⇒成績評価者に裁量の逸脱はない。
②成績不良を基礎づける事実が職務遂行能力の低さを示すとした上で、職場における指導や教育にかかわらず改善が見られなかった上、必要な勤務を拒否する態度を示したこと等⇒勤務成績不良との判断に合理性がある。
③成績不良を基礎づける事実に係る「問題行動」が条件付採用期間中ほとんど改善されることはなかったから、配置転換により組織の適正な運営を確保することは困難⇒業務評価が合理性を持つものとして許容される限度を超えたものとはいえない。
分限処分を違法としたもの:
④成績不良を基礎付ける事実が公務員としての適性を低く評価すべき要因たり得ない等として、分限事由を認めた点に裁量権の行使を誤った違法がある
⑤職務成績が不十分であるとしても、指導・支援体制が必ずしも十分であったとはいえない⇒簡単に矯正することのできない持続性を有する資質、能力、性格等に起因してその職務の円滑な遂行に支障を生ずる高度の蓋然性があるとはいえない⇒勤務成績不良との評価が客観的に合理性を有するものか否かが疑わしい
  労働p72
長崎地裁R5.1.30  
  大学の外国人専任教員について労契法19条2号に基づく更新を認め、18条1項に基づき期間の定めのない労働契約への転換を認めた事例
  事案 X(ベルギー国籍)は、平成23年3月1日に国立大学法人であるYとの間で、3年間の有期労働契約を締結、教育職員(助教)として医学英語等を担当。
Yは、期間3年の平成26年3月1日付け更新(1回目更新)及び期間2年の平成29年3月1日付け更新(2回目更新)を前提として、平成30年11月13日、Xに対し、期間満了後の平成31年3月1日以降、更新を拒絶する旨を通知。 
X:
①1回目更新による期間満了後の平成29年3月1日以降は、民法629条1項前段により期間の定めのない労働契約として法定更新された
②前記法定更新により、平成29年3月1日から令和2年2月29日まで3年間の有期労働契約として法定更新されたとしても、無期転換権を行使したから、労契法18条1項により令和2年3月1日から期間の定めのない労働契約へ転換された、
③2回目更新合意を前提としても、同法19条2号により平成31年3月1日から2年間の有期労働契約として更新され(3回目更新)、その後無期転換権を行使したから、同法18条1項により令和3年3月1日から期間の定めbのない労働契約へ転換された

Yに対し、期間の定めのない労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、本件雇止め後の本給・期末手当等の賃金及び遅延損害金の各支払を求めた。
  争点 ❶2回目更新合意の成否及び効力
❷労契法19条2号に基づく3回目更新の成否
  規定  (有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)
第十八条同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。
2当該使用者との間で締結された一の有期労働契約の契約期間が満了した日と当該使用者との間で締結されたその次の有期労働契約の契約期間の初日との間にこれらの契約期間のいずれにも含まれない期間(これらの契約期間が連続すると認められるものとして厚生労働省令で定める基準に該当する場合の当該いずれにも含まれない期間を除く。以下この項において「空白期間」という。)があり、当該空白期間が六月(当該空白期間の直前に満了した一の有期労働契約の契約期間(当該一の有期労働契約を含む二以上の有期労働契約の契約期間の間に空白期間がないときは、当該二以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間。以下この項において同じ。)が一年に満たない場合にあっては、当該一の有期労働契約の契約期間に二分の一を乗じて得た期間を基礎として厚生労働省令で定める期間)以上であるときは、当該空白期間前に満了した有期労働契約の契約期間は、通算契約期間に算入しない。
 (有期労働契約の更新等) 第十九条
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。
  判断  争点❶
  Yの有期労働契約教員の再任手続の流れを踏まえ、
YがXに対し、事前に更新の意向を確認の上、労働条件通知書等を交付
⇒その頃、2回目更新の合意が成立。
X:契約期間が3年から2年に変更されたことは労働条件の不利益変更に当たり、労契法4条1項の趣旨等が妥当。
but
英訳文の添付や説明がなかったため期間変更について理解できず、合意が成立していない。
vs.
本件労働契約上、不更新条項が定められていた⇒契約期間を2年として更新したことは契約内容の変更には当たらず、労働条件通知書の書式やXの日本語能力の程度等に照らし、Xがこの点を認識していた。
X:2回目更新合意は労契法18条1項を潜脱し無期転換権の発生を回避するため契約期間を2年としたもので無効
vs.
同条項は通算契約期間が5年を超える労働者について無期転換権を付与したにとどまり、無期転換権の行使が可能となるまで雪労働契約を行使することを規定するのではなく、そのような労働者の期待を保護する趣旨ではない。
  ●争点❷ 
常用性、更新の回数、雇用の通算期間、雇用期間管理の状況、雇用継続を期待させる使用者の言動等を基礎づける諸事情の有無について検討し、
①Xが恒常的に医学の英語教育に関する必修科目や選択科目を担当し、英語教員として必要な付随的業務等を担当
②本件労働契約が、不更新条項にかかわらず、実質的な審査等がされた形跡がなく、形式的な手続で2回更新され、契約期間が通算8年間に及んでいた
③Xが、Y大学の長期的視野に立つと考えられる新規方針の一貫として、医学英語担当の外国人選任教員として採用され、採用過程において、その旨伝えられていた

Xの本件労働契約更新への期待について労契法19条2号所定の合理的な理由がある。
本件雇止めについて、労契法19条本文所定の合理性及び相当性の欠如を検討
①Xが医学部英語担当の外国人選任教員として必要な担当能力を有していた
②Y医学部の教育方針変更に伴う外国人専任教員削減の必要性は1名分にとどまって理、同方針変更やこれに伴う影響について事前に説明せず、対応検討の機会を設けないまま、必要な範囲を超えて人員削減した
⇒合理性を欠く。

③本件雇止めの時期が同種職種の就職先を探すためには不十分で、他の配属先を探すために誠実に対応したともいえない
⇒社会通念上相当性を欠く。

同条2号により更新を認め、その上で、Xは無期転換権を行使したから、本件労働契約は、同法18条1項により期間の定めのない労働契約に転換された。
  解説 平成24年労契法18条の改正:
同一使用者との間で締結された2以上の有期労働契約の通算契約期間が5年を超える労働者について、期間の定めのない労働契約への転換権(無期転換権)を付与することとされた。
同条は、施行日以後の日を初日とする有期労働契約に適用される(改正附則2条)⇒有期労働契約書や就業規則等において、不更新条項や通算更新期間の上限が定められ、前記施行後の通算契約期間5年を超える直前での雇止めの効力が問題となる事案が増加。 
雇止めの効力や、労契法19条に基づく更新の適否等に関して、同法18条を潜脱するものか否かが問題とされる事例:
肯定事例
否定事例
本件:
不更新条項付きの有期労働契約において期間2年(通算契約期間5年)の更新合意につき労契法18条潜脱による無効が主張され、それを排斥。
尚、同条1項の特例として、大学の教員等の任期に関する法律7条1項が適用されると通算契約期間が10年となり、肯定事例と否定事例あり。
労契法19条2号は、最高裁の法理を明文化したもの。
同号の要件に該当するか否かは、当該雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待等をもたせる使用者の言動の有無等の諸事情を総合考慮して判断。
   知財p86
大阪高裁R5.4.27
  量産衣料品の生地に用いるデザイン案の著作物性(否定事例)
  事案 本件絵柄の著作権を有すると主張するXが、Y商品を製造販売する行為がXの有する著作権を侵害するものであるとして、X絵柄の複製、頒布の差止め及びX絵柄の複製ないし翻案された寝具等の廃棄や損害賠償等を請求。 
  争点 ❶本件絵柄に著作物性があるか
❷Y商品の製造販売行為は本件絵柄の著作権侵害となるか
❸Xが扱った損害およびその額 
  原審 本件絵柄の著作物性を否定し、請求棄却 
  判断 ●応用美術の著作物性の判断基準 
●本件絵柄が著作物にあたるか 

本件絵柄における創作的表現は、その細部を区々に見る限りにおいて、美的表現を追求した作者の個性が表れていることを否定できないが、全体的に見れば、衣料製品(工業製品)の絵柄に用いるという実用目的によって制約されていることがむしろ明らか⇒実用品である衣料製品としての産業上の利用を離れて、独立に美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているとはいえない。
  規定  著作権法 第二条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
2この法律にいう「美術の著作物」には、美術工芸品を含むものとする。
  解説  応用美術が著作物として保護されるか否か、あるいはどの程度保護されうるか
2条2項は例示規定⇒1項1号の要件(「範囲要件」)解釈にかかる。
  どのような場合に範囲要件を充足するか?
A:分離可能説:
ファッションショー事件に代表される「実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できる」ことを求める。 
本判決:
①産業上利用することができる意匠、すなわち、実用品に用いられるデザインについては、その創作的表現が、実用品としての産業上の利用を離れて、独立に美的鑑賞の対象となる美的特性を備えていなければならないとし(規範①)
そのためには、
②当該実用品における創作的表現が、少なくとも実用目的のために制約されていることが明らかなものであってはならない(規範②)とした。
規範②を問題とする裁判例
アメリカTシャツ事件・装飾街灯事件

「実用目的のために美の表現において実質的制約を受け」たか否かを基準。

①本件絵柄が布団という特定の量産品ではなく、ある程度抽象的に量産衣料品の生地に用いることを想定して創作され、その後に布団の絵柄を用いることが決定されたという経緯⇒「実用目的に必要な構成と分離」することを求める分離可能性説の規範をそのまま適用するにあたって、「実用目的」や「それに必要な構成」を特定することに困難があったのではないか。
②生地にプリントされた状態であっても、物品である生地から容易に分離加納であることから、仮に「実用目的」や「それに必要な構成」を特定できたとしても分離可能性説の規範をそのまま適用すると、範囲要件が容易に充足され、「著作権法が保護を予定している対象」を振り分ける役割を担う同様権が十分に機能しないと考えたのではないか。
but
具体的な実用品を想定せずに、ある程度抽象的に量産衣料品に用いることを想定して創作されたということであれば、通常の絵画などと異なる扱いを行う実益はなく、範囲要件を殊更に問題とする必要はない。

本件絵柄の著作物性の主戦場は、本来は創作性要件であった。
  本判決:
創作的表現が実用目的により制約されているとして、範囲要件を充足しないために、著作物性を否定。
本判決が、創作的表現が実用目的により制約されていると判断する根拠:
ア:本件絵柄の上辺と下辺、左辺と右辺が、これを並べた場合に模様が連続するように構成要素が配置され描かれていること
イ:衣料製品等の絵柄として典型的な絵柄を平面上に一方向に連続している花の絵柄と組み合わせて衣料製品の絵柄模様として用いる構成は国内外において周知慣用であり、本件絵柄の創作的表現は一般的な絵柄模様の方式に従ったものであること
アについて:
家具に使われる木目化粧紙の元がについて「実用面からの要請により、それ自体において、後に着色等がされて製品となる木目化粧紙の天地の模様が切れ目なく連続するよう模様の工夫がされて」いることなどを理由に範囲要件を充足しないとして著作物性を否定した裁判例。
but
木目化粧紙の原画の模様は、天然の木の木目をそのまま写したものではないにしても、天然の木の木目のパターンモンタージュ構成して作り出したもの
⇒模様自体の創作性の程度は低い。
but
本件絵柄については、P1の創作によるもので創作性の程度が低いとは言い難い。

並べて配置した場合に連続模様を構成するように創作されていることの重要性について、木目化粧紙の原画の場合と、本件得g多羅の場合とでは評価を分ける必要がある。
少なくとも、本件絵柄の創作的表現が、具体的にどの程度制約されていたのかを検討する必要があった。
イについて:
木目化粧紙事件控訴審判決が、木目化粧紙の減額の工程には「実用品の模様として用いられることのみを目的とする図案(デザイン)の創作のために興行上普通に行われている工程との間に何ら本質的な差異を見出すことができず、その結果として得られた・・原画・・の模様は、まさしく工業上利用することができる、物品に付された模様というべきものである」と述べており、制作の工程や方法が一般的ないし普通に行われた結果として得られたにすぎないものといえるかどうかを考慮する前例。
but
①このことはありふれた表現であるかどうかという形で、創作性要件のものと考慮されるべきものとも考えられる。
②量産衣料品であるTシャツ等に用いるイラストや原画の著作物性が工程される事案は複数見られるなかで、具体的に創作的表現がどのように制約されたのかを明らかにしないままに、一般的な絵柄模様の方式に従ったものであることの一事をもって著作物性を否定することは十分な説得力を有しているとは言い難い。
 2601
  行政p5
大阪高裁R4.4.26   
  電気事業法4条の17第2項の通知の取消し等
  事案 石炭火力発電所の新設工事が計画されている地域の周辺住民であるXらが、
①前記工事を計画する企業が環境影響評価法21条2項の規定により作成した環境影響評価書を経済産業大臣に届け出たところ、電気事業法46条の17第2項に基づき、当該企業に対して、同条1項の規定による命令をする必要がない旨を通知したことについて、本件確定通知は違法であるとして、Y(国)に対し、その取消しを求め、
②行訴法4条の当事者訴訟として、経済産業大臣が、電気事業法39条1項に基づく主務省令において、火力発電所から二酸化炭素排出規制に係るパリ協定に整合する規定を定めていないことが違法であることの確認をYに求めた
  一審 ①について、処分性・原告適格性を認めたが違法ではない⇒請求を棄却
②について、確認の対象として的確を欠く⇒請求を却下 
    ①についてのみ控訴
  争点 ❶本件確定通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるか
❷PM2.5等の大気汚染による健康・生活環境に係る被害を受けると主張する者の原告適格性
❸CO2排出に起因する地域温暖化によって健康等被害を受けると主張する者の原告適格性
❹本件確定通知の違法性 
  判断 ❶について 
・・・確定通知を受けた後は環境影響評価についてこれ以上の指摘がされる可能性は相当に低く、当該通知の段階において評価書の審査の適否を争うのに紛争の成熟性に欠けることはない
⇒本件確定通知の行政処分性を肯定。
  ❷について 
環境影響評価法及び電気事業法の規定の趣旨及び目的並びにこの規定が確定通知の制度を通して保護しようとしている利益の内容及び性質等

同法は、これらの規定を通じて、環境の保全を図るという公益的見地から電気工作物の工事等を規制するとともに、違法な確定通知に係る評価書に関する火力発電所事業に起因する大気汚染によって健康又は生活環境に著しい被害を直接的に受けるおそれがある個々の住民に対して、そのような被害を受けないという利益を個々人への個別的利益としても保護すべき趣旨を含むものであり、被害の内容、性質、程度等に照らせば、この具体的利益は一般的公益の中に吸収解消させることが困難であって、火力発電所事業の対象事業区域の周辺地域に居住する住民のうち当該事業が実施されることにより大気汚染による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は、当該事業に関する評価書に係る確定通知の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有する。
  ❸について 
CO2排出に係る被害を受けない利益が重要であって、それが人類にとって喫緊の政策課題であるが、我が国の現段階の社会情勢を踏まえると、一般的公益的利益として政策全体の中で追求されるべきものと解するほかなく、各人の個人的利益として保護されているとまでは解されず、この利益は原告適格を基礎づけるには足りない。
⇒原告適格を否定。
  ❹について 
原審を引用し、変更命令をするか確定通知をするかの判断は経済産業大臣の合理的な裁量に委ねられており、裁判所が当該判断の適否を審査するに当たっては、その判断が裁量権の行使としてされたことを前提として、その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合、又は、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くものと認められる場合に限り、裁量権を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となる。
大気汚染(PM2.5について)に係る検討の欠落等につき、本件確定通知がされた時点においてPM2.5を環境影響評価に導入すべきであるということが国際的・社会的に一般的であって求められていたとまでは認められず、その他のXらの主張する点についても経済産業大臣の裁量につき逸脱又は濫用したものとはいえない
CO2排出に関する違法主張については、CO2による健康被害は個人的利益と関連するものではない⇒行訴法10条1項によりその主張は制限される。

いずれもXらの主張を退けた。
  解説    抗告訴訟の対象となる行政処分(行訴法3条2項)の意義:
公権力の主体足る国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することが法律上認められているもの(最高裁昭和39.10.29)。 
その後の裁判例では、この定式を前提とし、当該法律の全体構造を踏まえて、当該行為の法的効果を解明するんどして処分性を拡大する傾向。
本件確定通知は手続きの最終段階のものではないが、本判決は、法の定める手続の趣旨・構造等から行政処分性を肯定。
同様に手続の最終段階ではない行政行為に処分性を認めた判例(最高裁H17.7.15)。
  原告適格:
本判決は、大気汚染排出被害についてはこれを肯定し、CO2排出被害についてはこれを否定。 
    ・・・
  行政p64
東京地裁R5.7.20  
  公選法11条1項(2号にかかる部分)の規定の憲法適合性
  事案 X(懲役刑で執行を受けている)が
「禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者」の選挙権等を一律に制限している公選法11条1項(2号にかかる部分)は憲法の諸規定に違反し無効
⇒Y(国)に対し、
(1)
①主位的に憲法、憲法15条1項及び3項、79条2項及び3項、公選法9条並びに裁判官審査法4条に基づき、Xが次回の国政選挙及び最高裁判所の裁判官の任命に関する国民審査において投票をすることができる地位にあることの、
②予備的に、憲法15条1項及び3項、43条1項、44条ただし書並びに79条2項及び3項に基づき、
次回の国政選挙等においてXに投票させないことが違法であることの各確認を求めるとともに、
(2)本件規定の改廃を怠った違法な立法不作為によりXが国政選挙等において投票をすることができず精神的苦痛を被ったとして国賠請求を求めた。 
  判断 選挙権は憲法上保障された個人的権利であるとともに公務としての性格を併せ持つ

選挙人には一定の資格が要求されるというべきであり、国会は、憲法15条3項及び44条ただし書等の憲法の諸規定に反しない限りにおいて、選挙人の資格に係る立法に関して一定の合理的な裁量が与えられているものとし、
これを前提に、選挙人の資格を定める立法の憲法適合性は、立法目的が合理的であり、立法の内容が当該目的を達成するための手段として必要かつ合理的なものであるか否かによって判断すべき。 
①立法府は法秩序を形成し維持するために重要な役割を果たすもの
②自ら法秩序を著しく害した者が法秩序の形成及び維持に関与するのは背理ということもでき、ひいてはそのように構成された立法府の正当性に疑義が生ずる可能性もある
⇒このような者が選挙人団に含まれないことが望ましいとの判断にも相応の理由がある。
本件規定は、受刑者が自ら法秩序を著しく害した者であることに鑑み、適格な選挙人団を構成するという観点からその選挙権を制限し、選挙が選挙人の自由に表明する意思によって公明かつ適正に行われることを確保する目的で定められたものであって、その立法目的は合理的。
罪を犯した者のうち受刑者につき、かつ、その刑の執行が終わるまでの間に限って選挙権を制限している本件規定は、選挙権が制限される対象者及び期間を適格な選挙人団を構成するという観点から、その立法目的を達成する手段として必要かつ合理的なものである

Xの主位的確認請求及び国賠請求を棄却し、予備的確認請求を却下。
  解説 選挙権の性格:
A:個人的な権利であると同時に公務と解する二元説が通説。 

本件規定の合理性は、放送や新聞広告等について一定の範囲で無料とする選挙公営化が実現されていることと並んで、選挙権の公務的性格によって説明し得る。
B:選挙権は人民の主観的権利であり内在的制約にのみ服するという権利一元説
⇒選挙の公正を害する犯罪の処刑者に対する選挙権の停止も正当性が困難となるおそれ。
←これらの者の選挙権を認めないこととしても、選挙の公正が直接的に害されるおそれが必然的に減少するわけではない。
本件規定が受刑者の選挙権を一律に制限していることについてやむを得ない理由があるとはいえない⇒本件規定は憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するとするもの(大阪高裁)もある。
vs.
受刑者に対する一律の制限を違憲とすれば、いずれの受刑者が投票に適するかについて実質的な評定を行わざるを得ず、そうした制度の恣意的・差別的運用を避けることはある程度の過剰ないし過少包摂のリスクは許容せざるを得ない。
  民事p76
東京地裁R5.3.30  
  別会社の承継と(過払金請求の)消滅時効の起算点等
  事案 XはY1と継続的取引(「本件取引1」)
平成19年7月:Y1の貸金業の廃止及び親会社の貸金業者であるY2への債権意向を目的とする両者間の合意(過払金返還債務につきYらが連帯責任を負い、負担部分の割合をY2が0割、Y1が10割とする定め(「本件債務引受条項」)あり)⇒XがY2との基本契約に切り替え、Y2が保険取引1の残債務相当額をXに貸し付け、Y1に同額を返金する処理の下、本件取引1が終了し、Y2との取引が継続。
XがYらに対し、本件取引1により生じた過払金及びその利息の支払を、Y2に対し、本件取引1及び2を一連計算することにより生じた過払金の支払を求めて、令和4年に訴えを提起。
  争点 ①本件取引1により生じた過払金に係る併存的債務引受の成否
②本件取引1により生じた過払金返還請求権の消滅時効の成否
③Y1との間の消滅時効の完成がY2に及ぼす効力 
  判断 ●争点① 
X:Y2がY1の過払金返還債務を併存的に引き受け、Xが受益の意思表示をした
Y2:否認
Y1:免責的債務引受
判断:XとY2が前記基本契約の締結に当たり、Y2が、Xとの関係において、過払金返還債務を含む債務について全て引き受ける旨を合意し、これにより、第三者のためにする契約の性質を有する本件債務引受条項について受益の意思表示もされた。
  ●争点② 
Y1:本件取引1が終了時から消滅時効が進行し、これが完成
X:本家の取引1および2は連続性が認められ、基本契約切替後も過払金充当合意は消滅していない⇒本件取引2の終了時から進行
vs.
①本件取引1につきY1との関係で新たな借入金債務の発生はもはや見込まれず、本件取引2が継続中であったとしても、Xは本件取引1により生じた過払金を本件取引2の借入金債務に充当せず、Y1に対する支払請求を請求することも十分可能であり、本件取引2の継続が法律上の障害とはならない
②そのように解しても、Y2との間の本件とりひき2を終了させることを求めるものとはいえず、平成12年最判の趣旨に反しない。
判断:継続的な金銭消費貸借取引に関する基本契約が、過払金充当合意を含む場合は、前記取引により生じた過払金返還請求権の消滅時効は、特段の事情がない限り、前記取引が終了した時から進行(平成21年最判)を引用し、
本件取引1につき前記特段の事情を認めず、本件取引1により生じた過払金返還請求権の消滅時効は、本件取引1が終了した時から進行。
  ●争点③ 
Y2:仮に争点1について併存的債務引受が成立するとしても、Yらは連帯債務関係となり、本件債務引受条項の負担割合によれば、改正前民法439条に基づき、本件取引1により生じた過払金返還債務につき消滅時効の効果がY2にも及ぶ
X:仮に争点2において消滅時効が成立しるとしても
①本件では併存的債務引受が借主に損害が生じないようにするためになされた
②切替手続に応じて取引を継続したXの期待を裏切ることになる
⇒改正前民法439条を適用すべきではない特段の事情がある。
判断:
併存的債務引受がされた場合には、反対に解すべき特段の事情のない限り、原債務者と引受人との関係について連帯債務関係が生ずるものとした昭和41年最判を引用し、前記①の事情は債務引受において通常のことで、前記②の事情はXの期待に正当な利益がなく、いずれも前記特段の事情に当たらない⇒Yらが連帯債務関係にある。

本件債務引受条項において全ての負担部分を有するY1につき消滅時効が完成⇒完成前民法439条に基づき、Y2についてもその債務の全てを免れるものと判示し、請求棄却。
  解説  ●争点②について 
平成21年最判:取引継続中は過払金を将来債務に充当するため温存し、取引終了時に清算するのが契約当事者の合理的意思解釈であることを基礎に、過払金充当合意を含む基本契約の存在を法律上の障害と捉え、借主がいつでも取引を終了させて過払金返還請求をすることができるとしても、その時効消滅を避けるために取引を終了させることを求めるに等しい解釈をするのは基本契約の趣旨に反すると解したもの。
本判決:Y2との取引継続中に、Xが時効消滅を避けるためにY2への過払金返還請求をすることも可能で、それによりY2との取引を終了させるものではない⇒平成21年最判の前記趣旨に鑑みても本件取引2の継続は特段の事情に当たらない
but
東京地裁R4.11.7:
基本契約切替前後の各取引の間に過払金充当合意が存し、切替後の取引において新たな借入金債務の発生が見込まれる限り、借主が過払期返還請求をすることは通常想定されない⇒前記合意が法律上の障害となる⇒消滅時効の起算点を切替後の取引終了時と判断。
  ●争点③について 
平成29年改正により、連帯債務者の1人についての時効完成の効果が原則として相対効となり(民法441条本文)、併存的債務引受の効果が連帯債務であることが明示された(民法470条1項)⇒本争点は改正前民法に限って問題となる。
  民事p83
東京地裁R5.1.13  
  弁護士の説明義務違反等が否定された事案
  事案  
  争点 XがYを手続代理人として本件申立手続を行うにあたり、
①Yが本件委任契約締結前にXと利益相反関係にあるAから自身の相続に関する相談を受けていたことをXに説明しなかったという説明義務違反
②Aの財産調査を行わなかったという調査義務違反 
③YがAから生前贈与された3000万円では本件申立手続を行わなかった場合にXが取得できた遺留分相当額には「全く及ばない事実を認識していたにもかかわらず、これをXに説明しなかったという説明義務違反
  判断 本件委任契約の締結に先立ち、XとAとの間で、XがAから住宅購入資金として3000万円の生前贈与を受ける代わりに、XがAの相続財産に対する遺留分を放棄することを内容とする合意が成立しており、本件委任契約は、XとAとの間の前記合意の内容を実g店するために本件申立手続の手続代理を委任するものであるとの内容であったと認定。 
①②③を否定
  知財p90
東京地裁R6.5.16  
  AIを発明者とする特許出願が否定された事案
  事案 特許庁長官が本件出願を却下(「本件処分」)⇒審査請求⇒審査庁は、審査請求を棄却⇒本件処分の取消しを求めた。 
  判断  
  解説  主要国において、AIの発明者該当性が否定されている。 
米国:特許法は、発明者はindividuals と明記し、individuals は通常の用法例によれば人間を意味する。
英国:発明者はactual deviser of the intervensionでdeviser は考案者、立案者、発明家等の人を意味する。
EU:発明者が法的能力を有する者を前提としている。
  知財基法:
第二条(定義)
 この法律で「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう。

「発明」は、「人間の創造的活動により生み出されるもの」の例示であり、その一部を構成⇒発明は、人間の創造的活動により生み出されるものとして規定。
特許法:
第三六条(特許出願)
 特許を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない。
一 特許出願人の氏名又は名称及び住所又は居所
二 発明者の氏名及び住所又は居所

発明者の氏名を記載⇒発明者が自然人であることを前提とする。
  判例による法創造:
①法文に規定がなかった一般法理の定立(信義誠実の原則、権利濫用禁止の法理等)
②社会の実態に適合する法の創造(譲渡担保、仮登記担保、法人格否認の法理、パブリシティ権、肖像権等)
③抽象的法規範の具体化
④他の法文の類推適用等に仮託することによる制度の補完
⑤法文の実質的修正
⑥法文の空文化
など 
本判決:
①裁判所において「発明者」にAIが含まれるという法創造をした場合には、AI発明に関係するいずれの者を発明者と定めるかにつき、法令上の決め手がなく実務上の混乱を招くほか、
②本判決が、AIの自律的創作能力が直ちに明らかではない

AIのシンギュラリティ(技術的特異点)が近く到来すると予測される状況にあって、本判決は、AIの自律的創作能力を踏まえたAI発明に係る制度設計は、人間の創作能力を前提とした特許法の基本設計そのものを超えるものとみたように思われる。
本判決は、現行法の文言に係る法解釈に着目したというよりも、むしろ、AIによる社会経済構造の変化という社会実態の変化に照らし、司法と立法との役割分担という視点も踏まえ、実質的には、裁判所による法創造の限界を示したもの。

判決文の末尾において、AI発明に係る制度設計は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえ、国民的議論による民主主義的なプロセスに委ねることとし、その他のAI関連制度との調和にも照らし、体系的かつ合理的な仕組みの在り方を立法論として幅広く検討して決めることが、相応しい解決の在り方とみるのが相当である旨を説示。
  ●自然人がAIを利用した場合 
共同発明者該当性という論点で既に展開している判例法理
⇒AIを発明の創作に利用したとしても、人間がこれに創作的に関与していれば、当該人間に発明者性が認められるが、AIが関与した著作物の著作物性と同様に、議論の蓄積が待たれる。
  刑事p102
大阪家裁R5.11.1 
  特定少年の銃砲東建類所持等取締法違反保護事件で少年院送致の事案
  事案  
  判断 犯情の評価:
①包丁を携帯した経緯や動機を踏まえて危険な態様であること
②少年が前件(本件と別の女性と無理心中に及ぼ王との思いから果物ナイフ1本を携帯した銃刀法違反やストーカー規制法違反)により第1種少年院に送致され、仮退院後の保護観察中であったにもかかわらず、同種再非行に及んだ

保護処分の選択において少年院送致とすることも許容される。
要保護性を踏まえた処遇判断:
①前件及び本件の核非行に結び付いた少年の資質上の問題性
②少年の少年院仮退院後の肯定的変化を認めつつ、非行に結び付く問題性は改善されていない
③家族や保護観察所の指導が奏功せずに少年が再非行に及んだ

社会内処遇による更生は困難であり、少年を再度第1種少年院に収容して矯正教育を施す必要がある。
少年院に収容する期間を2年。
  解説   令和3年法律第47号による少年法改正:
特定少年に対する保護処分については、
「6月の保護観察」、「2年の保護観察」、「少年院送致」
の3種類が決められ、
「犯情の軽重」を考慮して、相当な限度を超えない範囲内においていずれかの保護処分を選択。
まずは犯情を要素として、選択し得る最も不利益な保護処分を限界づける形で選択肢の範囲を決める段階(選択肢としての許容性の問題)を経て、
その選択肢の中から要保護性の大小に応じて保護処分を選択するという段階を踏む。
執行猶予付きの自由刑が通常想定されるような事案でも、直ちに少年院送致を選択できないということにはならない。

①刑罰が保護処分よりも一般的、類型的に不利益処分。
②執行猶予を含む刑事裁判の量刑は「犯情」だけでなく一般情状や刑事政策的な考慮なども働いて決められている。
  特定少年を少年院送致とする場合には、その決定と同時に、3年以下の範囲内において、犯情の軽重を考慮して「少年院に収容する期間」を定めなければならない(64条3項)。
収容期間:
少年院で実際に収容され矯正教育を受けている期間だけではなく、仮退院後の社会内処遇(更生法48条2号の保護観察。いわゆる2号観察であり、制度上は同法73条の2第1項の仮退院の取消しがあり得る。)を含むものであって、少年院に収容することができる期間の上限を意味する。 
実務上は、2年又は3年のいずれかで定められることが多い。
2600   
  行政p5 
東京高裁R5.8.2  
  情報公開条例でなされた非開示決定が正当とされた事例(権利濫用的事例)
  判断 Xは、過去、感染症対策課等に関する多種大量の文書についての公文書開示請求を執拗に繰り返し、殊更に健康政策部等の業務に支障を及ぼす態様で公文書開示請求を行っていた。
⇒ 
Xが感染症対策課への公文書開示請求を、真にその開示請求に係る区政情報の公開を求めるためでなく、自身の活動を行う上でA課長を含む感染症対策課とその業務に関するやり取りを行った実績を作り出し、感染症対策課につき優位な立場を得たり、自己満足を得るために行っていたと認めることができる。
・・・・本件開示請求は本件条例9条3項に規定する非開示情報に該当⇒本件非開示決定は適法。
  解説    濫用的な情報公開請求に対しては、明文の規定がなくとも一般に民法の権利濫用禁止の法理が適用されると解かれる。 
総務省行政管理局:
開示請求が権利の乱用に当たる場合は開示しないことは法の一般原則として当然であり、・・・どのような場合に権利濫用に当たるかは、開示請求に応じた場合の行政機関の業務への支障及び国民一般の被る不利益等を勘案し、社会通念上妥当と認められる範囲であるか否かを個別に判断することになる。
  地方自治体の条例においては、情報公開条例中に権利濫用禁止の趣旨を示す条例を置く例もある。
「権利濫用」の禁止規定
「適正な情報及び使用」に関する規定 
東京都「開示請求における権利の乱用についてのガイドライン」
  裁判例: 
ア:開示目的との関係が争われた事案
情報公開制度はその利用目的等を問わない制度⇒営利目的等を理由とした権利濫用禁止法理は認められていない。
イ:包括的な内容及びそれに伴って対象文書が膨大であることが争われた事案
情報公開制度の趣旨や開示期限の延長に係る規定等
⇒対象文書が大量であるというだけでは権利濫用と判断していない。
大量であることに加えて、行政機関等が開示請求者に対して文書特定や絞込みの補正を依頼した際の請求者の態度、請求者の主観的意図等を総合的に考慮して、権利濫用の該当性判断をしている。 
肯定事例と否定事例
ウ:開示請求行為の態様が権利濫用的であるかが争われた事案
権利濫用に当たるとの判断には慎重であり、個別事情に即して判断。
肯定事例と否定事例。 
  大阪地裁H28.6.15:
行政機関等に対して暴言・威圧的行為を伴った要求を繰り返すなど、恫喝的な事案に対し、地方自治体が、面談の強要、大声、罵声を禁止する仮処分命令申立てを行い、仮処分決定を得た事案。 
  権利濫用として争うためには、業務を妨害する目的等を被告(行政機関側)が立証する必要が生じることとなるが、その立証は容易ではない。
本件:権利濫用的な情報公開請求として非開示決定が維持された1例を追加するもの。
  民事p21
東京高裁R3.11.4  
  賃料減額が認められなかった事例
  事案 旧賃貸借契約の締結 
学校法人Z:信託業務等を行う株式会社であるYに、甲会館の建替えに係る計画の具体化を依頼。
ZとYは、甲会館とともに新築する建物の賃貸事業役によって本件建物及び甲会館の建築費等を拠出することなどを基本方針とするスキーム(「平成元年スキーム」)。
Yは、Zとの間の本件計画に係る信託契約に基づき、ホテル経営会社であるAとの間で、平成元年スキームを前提として本件建物の賃貸借予約契約を締結。
平成6年、Aの子会社でAの賃貸借予約契約上の地位を承継したBとの間で賃貸借契約(旧賃貸借契約)を締結し、新築された本件建物をBに引き渡した。
  本件賃貸借契約の締結 
Yは、Bのホテル事業不振等を理由とする賃料減額要請に応じ、・・・その後もBの経営状況が改善しない

Aとの間で、本件建物の賃貸借契約における賃料について、



の基本原則(本件3原則)の確保を前提として達成可能な賃料の減額内容の検討をした上で、
平成13年9月、旧賃貸借契約を合意解除し、Aの別の子会社であるCとの間で賃貸借契約(本件賃貸借契約)を締結。
  前訴
Cは、Yに対し、内容証明郵便により
平成21年3月1日(前件帰住ン日1)以降の約定賃料の減額を請求し、
その後、同請求のとおり賃料が減額したとして、借地借家法32条1項に基づく賃料減額確認請求訴訟(前訴)と定期。
一審係属中に、Cは平成24年6月1日(前件基準日2)以降の約定賃料の減額を請求⇒請求の変更。
2期間それぞれの月額賃料の確認を求めるものに。
Y:反訴を提起し、未払賃料等の支払と本件賃貸借契約により増額された賃料額の確認を求めた。
本訴請求を棄却、反訴請求のうち未払賃料等の支払請求を認容して賃料額の確認請求を却下。
  本件訴訟 
Aが新設分割により設立したXは、平成28年11月、Cから本件賃貸借契約の賃借人の地位を承継し、本件建物においけるホテル事業を行う中、Yに対し、平成30年12月1日(本件基準日)以降の約定賃料の減額を請求(本件賃料減額請求)、これにより本件基準日において賃料が減額したことの確認を求める訴訟(本件訴訟)を定期。
  争点 ①既判力等による訴訟法上の制限の有無
②直近合意時点の時期
③本件基準日において約定賃料が不相当であるか
  判断 ●争点① 
賃料増減額確認請求訴訟の訴訟物:
A:当事者が特に期間を限定しない限り、賃料増減額請求の効果が生じた日から事実審口頭弁論終結日までの期間の賃料額(期間説)
B:賃料増減額請求の効果が生じる時点における賃料額(時点説)
判例:「原告が特定の機関の賃料額について確認を求めていると認められる特段の事情のない限り」時点説による。
本判決:
前訴確定判決の既判力:Xが特定した前記2期間の賃料額に係る判断について生じている。
本件訴訟の既判力:本件基準日時点の賃料額に係る判断に生じる

前訴と本件訴訟の訴訟物は同一ではない。
前訴と後訴とが先決関係にある場合には、訴訟物が異なっていても前訴確定判決の既判力は後訴に及ぶ。
本件訴訟においても、前訴確定判決によって確定した賃料額を前提に本件賃料減額請求の当否を判断⇒本件訴訟と前訴とは先決関係にあるといえなくもない。
but
①前訴確定判決の既判力は、前件基準日1・2における賃料減額請求について、前訴口頭弁論終結時(平成27年7月1日)までの一定期間内に賃料減額の効果が発生していないことを確定させる効力有するにとどまる。
②Xが本件訴訟において前訴口頭弁論終結時までの一定期間内に賃料減額を相当とする新たな事由が生じたことを主張したとしても、これのみによっては賃料減額の効果は発生しない⇒このようなXの主張は前訴確定判決の既判力によって遮断されるものではない。

前訴口頭弁論終結後に生じた事情のみを考慮すべきとのYの主張を退けた。
Yによる信義則違反による主張の制限に関する主張も退けた。
●争点②(直近合意時点の時期) 
賃料増減額請求の当否及び相当な賃料額を判断にするに当たり、どの時点の賃料額を基礎として借地借家法32条1項本文所定の事情その他諸般の事情を考慮すべきか?
賃料自動改訂特約付き建物賃貸借契約の賃借人からの賃料減額請求事案において、特約による改定前の経済的事情等を考慮の対象外とした原審の判断を違法とする判例の趣旨からも、本件において、約定賃料が合意された時点から賃料改定までの事情が一切考慮されないことは相当ではない。

直近合意時点を、Yが主張する本件賃料減額請求の直近の賃料改定日ではなく、本件賃貸借契約締結日とすべき。
●争点③(本件基準日において約定賃料が不相当であるか) 
賃料増減額請求権の当否及び相当賃料額の判断に当たっては、借地借家法32条1項本文所定の事由に加え、「賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべき」であり、本件においては、本件建物建設の経緯から、当時者が約定賃料額の決定で最も重視下要素を本件3原則に基づく基本的な枠組みを確保することとした上で、本件3原則の各要請は、本件基準日に約定賃料額が維持されてはじめてその確保が可能になる状態であり、仮に本件賃料減額請求により約定賃料額が減額された場合その確保がかなり困難な状況に陥る可能性がうかがわれる。
A、C及びYは、総事業費を賃貸事業益により賄うという枠組みを確保することに伴うリスクを踏まえつつ、約定賃料全体として一定の合理性を認めた上で賃料を決定するに至ったものというべきであるから、本件におけるホテル事業の不調等の事情により賃料の負担が課題になる状況が生じたとしても、こうしたリスクは、本件計画、平成元年スキーム、旧賃貸借契約などを通じて、賃借人であるX側において引受てきたものとして、直ちに賃貸人であるYに転嫁させないことが約定賃料を合意した当事者の基本的な意思に合致するというべきであるとし、本件基準日において本件約定賃料額が不相当となったとは認められない。
  規定 借地借家法 第三二条(借賃増減請求権)
 建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う。
  民事p43
東京高裁R4.4.7  
  交通事故の被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権の仮差押えがされた場合、その効力は自賠法16条1項の直接請求に及ぶ。
  事案 ①BCはAの父母で、DEはAの姉
②AはXに強盗を働き重傷を負わせた⇒Aの他、BCも監督義務違反に基づき、Xに損害賠償債務を負う。
③Bは、平成26年、Yとの交通事故で死亡。
BはYに対し損害賠償請求権を有しており、CADEがそれぞれ法定相続分に応じてこれを相続(「本件各損害賠償請求権」)。
④Xは、本件強盗致傷事件による損害賠償債権4822万円余を保全するため、Aらを債務者、Yを第三債務者として、本件各損害賠償請求権の仮差押えを申立て、債権仮差押命令を発令。
⑤YとAらとは、平成28年、本件事故の損害賠償額を4063万円余とし、Yが内金3000万円余りについては速やかに支払うとの示談をし、Yとの間で自動車保険契約を締結していた任意保険会社が、内金3000万円を支払った。
本判決の認定によれば、任意保険会社は、いわゆる一括払い制度に基づき、本件事故に関する自賠法16条1項の損害賠償額の支払請求権(直接請求権)に基づく支払分として本件支払をし、その後、自賠責保険から求償を受けた。
⑥Xは、平成28年頃、Aらに対し、本件強盗致傷事件に基づく損害賠償を請求する訴訟を提起し、平成30年、A及びCが連帯して6417万円余、DEが連帯して1069万円余をXに対して支払うことを、それぞれ命じる判決を得て、その後確定(「本件債務名義」)。
⑦Xは、本件債務名義に基づき、本件各損害賠償請求権を被差押債権とする債権差押え及び転付命令を得、それが確定。
⑧XがYに対し、本件事故に基づく損害賠償金等の支払を求めた。
  争点 本件仮差押命令後にされた本件示談の効力と本件支払の効力 
  差戻前控訴審  本件示談及び本件支払の効力を認め、本件示談金額から本件支払の額を控除した残額及び遅延損害金の支払を求める限度で、Xの請求を認容。 

本件支払については、自賠責保険金額について自賠法16条1項の直接請求権の立替払いとして任意保険会社が支払ったものと捉えられるし、被害者の生活保障のために直接請求権の差押えを禁止した同法18条の趣旨。
  上告 本件示談金額が実際の本件各損害賠償請求権の合計額を下回る場合にはXを害する⇒害する限度において本件示談をもってXに対抗できない。

差戻前控訴審判決中X敗訴部分を破棄し、本件を控訴審に差し戻した。
  判断 本件各損害賠償請求権の金額は4598万円余であり、本件示談金はこれを下回る⇒本件示談はXに対抗できない。
本件支払の効力:
自賠法16条1項の被害者の自賠責保険会社に対する直接請求権は、被害者の損害賠償請求権の行使を円滑かつ確実なものにするため、損害賠償請求権の補助的手段として、同請求権の成立を要件に認められたもの
⇒直接請求権は損害賠償請求権の一部について成立するものというべき
⇒交通事故の被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権が差し押さえられた場合、その効力は同項の直接請求権にも及ぶ

Yは、本件各損害賠償請求権の仮差押権者でありその後本件債務名義を取得したXに対し、本件支払の効力を主張することはできない。
自賠法18条の差押え禁止については、単に被害者の直接請求権が被害者の加害者に対する損害賠償請求権から分離された上で差し押さえられることを排除する趣旨のもの。
同条を根拠に本件仮差押命令のAらの直接請求権についての処分禁止効を否定できない
⇒本件支払の限度で本件各損害賠償請求権が消滅したとするYの主張は採用できない。
本件示談をもってXに対抗できないし、本件支払の効力も認められない
⇒Xは4598万円余等の支払を求めることができる。
  規定 自賠法 第一六条(保険会社に対する損害賠償額の請求)
第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときは、被害者は、政令で定めるところにより、保険会社に対し、保険金額の限度において、損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができる。
自賠法 第一八条(差押の禁止)
第十六条第一項及び前条第一項の規定による請求権は、差し押えることができない。
  解説 判例:
自賠法16条1項の直接請求権の性質:
直接請求権は交通事故の被害者の保険会社に対する損害賠償請求権であるが、その権利の内容は(本体の)損害賠償請求権と同一でなく、被害者の加害者に対する損害賠償請求権の迅速な実現のために法律が特別に認めた権利。

損害賠償請求権と被害者の直接請求権との関係:
両者は別個独立のものととして併存するが、もとより被害者がこれがため二重に支払を受けることはない。
被害者の直接請求権の成立は自賠法3条による被害者の保有者に対する損害賠償請求権が成立していることが要件となっており、また、損害賠償請求権が消滅すれば直接請求権も消滅するものと解するのが相当であるとして、損害賠償請求権が混同により消滅すれば直接請求権も消滅。

自賠法16条1項は、被害者の損害賠償請求権の行使を円滑かつ確実なものとするため、損害賠償請求権行使の補助的手段として被害者が保険会社に対して直接の損害賠償金の支払を請求し得るものととしているのであって、被害者が保有者に対して損害賠償請求権を有することを前提として認められる。
⇒交通事故の被害者の保有者に対する損害賠償請求権が第三者に転付された後においては、被害者は転付された債権額の限度において自賠法16条1項に基づく損害賠償額の支払請求権を失う。

自賠法18条は、この直接請求権の差押えを禁止しているものの、同条は、せいぜい同法16条1項に基づく直接請求権のみが損害賠償請求権と分離されて差し押さえることを排除する趣旨の規定。 
立替払いを行った任意保険会社は、仮差押えの第三債務者の立場になく、仮差押えがされた債権とは別個の債権である直接請求権について弁済禁止の効力を本来受けないはず。
but
保険会社が被害者に対して直接請求に基づき弁済することは、保全されている本体の損害賠償請求権をその限度で消滅させることになり、本体の損害賠償請求権の仮差押えをしたことの意味を失わせてしまう。
but
この直接請求権は、被害者の損害賠償請求権の行使を円滑かつ確実なものとするため、損害賠償請求権行使の補助的手段として認められているという性質⇒・・・保全の効力が及ぶと解した上、任意保険会社等の関係者も仮差押命令の発令を認識していた場合に、加害者は本体の損害賠償請求権をもって仮差押債権者に対抗できない。
but
①仮差押えがされた債権とは債務者が異なる別個の債権に対して差押えの効力が及び、別個の債権の債務者等が差押えを認識している場合に、弁済の効力を主張できないと解することができるか。
②その別個の債権について法で差押えが禁止されていることの意味をどう解するか。
について議論があり得る。
  民事p50
名古屋高裁金沢支部
R4.12.7  
  産業廃棄物処理場の立地自治体の排出自治体への事務管理に基づく有益費償還請求(否定)
  事案 X:敦賀市
Yら:長野県の町
A社:Yらが一般廃棄物の処理を委託した廃棄物処理業者 
Xが、A社がXの区域内で行ったYらから排出された一般廃棄物を含む廃棄物の不適正処理に対しXが行った行政代執行(「本件措置」)の費用につき、事務管理等に基づいて、Yらに金銭の支払を求めた事案。
  原審 ①廃棄物の処理及び清掃に関する法律が市町村(排出自治体)を一般廃棄物の処理責任の主体と定めて一般廃棄物の処理についの統括的な責任を負わせていること
②一般廃棄物の処理を委託した場合であっても市町村は一般廃棄物の処理についての統括的な責任を免れない

排出自治体は、一般廃棄物の不適切な処分を行って生活環境の保全上支障又はそのおそれを生じさせた場合には、支障除去又は防止のために必要な措置を講ずる義務を負う。

事務管理に基づく有益費償還として、Xの請求を一部認容。
  判断 排出自治体は、一般廃棄物の処理を委託した場合であっても、一般廃棄物の処理についての統括的な責任を免れることがないという一般論は認めるも、そのことから、排出自治体が、その区域外において一般廃棄物の不適切な処理が行われて、生活環境の保全上支障又はそのおそれが生じた場合に、支障除去又は防止のために必要な措置を講ずる義務を負うことが直ちに導かれるわけではない
⇒Xの請求を棄却。 
  解説 排出自治体が、一般廃棄物の処理を委託した場合であっても、一般廃棄物の処理についての統括的な責任を免れることは前提。
原審と当審の結論を分けたのは、当該統括的な責任から、排出自治体の区域外で生活環境の保全上必要な措置を講ずる義務を負うという結論を導くことができるか。 
原審:環境省の行政解釈にも合致。
本判決は反対。
①法に明示されていないにもかかわらず、排出自治体に具体的な義務を負わせることの妥当性。
産業廃棄物:排出者責任が定められ、それを具体化するものとして、一定の要件の下で排出事業者に対する措置命令の制度(19条の6)を設け、排出事業者が具体的な義務を追う場合が明らかにされている。
but
一般廃棄物の処理については、排出自治体に統括的責任があると解されているが、生活環境の保全上支障が生じ、又は生ずるおそれがある一般廃棄物の処分が行われた場合、立地自治体は、当該処分を行った者に対して措置命令を発することが可能であるが、当該処分を行った市町村は対象から除かれている。
~立地自治体との関係で排出自治体が追う義務についての定めがない。
②現行法を前提に、排出自治体にその区域外で生活環境の保全上必要な措置を講ずる義務を負わせたとしても、それを履行する術がない。
立地自治体:廃棄物の収集運搬処理業者に対し、必要な報告を求めたり(法18条1項)、廃棄物処理施設に立ち入って検査をしたり(19条1項)、改善命令(19条の3)や措置命令(19条の4)を発したりする権限を有する。
but
排出自治体にはかかる権限はなく、委託に係る処分の実施の状況を1年に1回以上実地に確認することができるにすぎない。
強制措置の定めもない⇒受託業者の任意の協力がない限り、一般廃棄物処理の状況を正確に確認することも困難であるし、既になされた不適正処理に対しては意味をもたない。
地方公共団体は、他の自治体の区域内において事務を処理するにはそれを認める法令の定めが必要であると解されるが、処分実施状況を実地に確認することを除けば、排出自治体に対し、その区域外でなされた一般廃棄物の不適正処理について事務を処理することを認める定めはない。
③本件措置は、立地自治体として区域内の環境を保全するために必要な権限を有するXの事務そのものではないか。
  民事p61
東京地裁R4.11.22  
  結婚に際しての説明義務違反(否定例)
  主張 Xが、Yにつき
①IgA腎症につき婚姻前に必要な説明をせず、健康上の問題はない旨を述べた旨(告知義務違反)、
②言動がいわゆるモラルハラスメントに当たる旨、
③自身の疾患を放置した
旨を主張し、これらが不法行為に当たるとして、不法行為に基づく損害賠償請求をした。 
  判断 ①の告知義務違反について:
ア:Yは、平成27年時点で、IgA腎症について、少なくとも明確な治療法はない旨や人工透析の可能性がある旨などの説明を受けており、
イ:それにもかかわらず、説明内容が前記のようなものであったことについては疑問があるとしつつ、
他方で、
ウ:IgA腎症の予後のリスクをどの程度重要なものと見るかは、評価の分かれるところと解さざるを得ない
エ:YはXに対して一定程度の説明をしており、故意に虚偽の説明をしたとは断定し難い

結論として告知義務違反は認められない。
  解説 説明義務・情報提供義務違反に基づく損害賠償請求の可否が問題となった事案:
主に金融商品や不動産等の取引において問題となり、
義務の根拠については、
契約自由の原則を実質的に確保するためという旨の説明や、
契約当事者間の情報や交渉力の較差に着目した説明
がされることが多い。 
説明義務・情報提供義務に基づく不法行為責任を、本件のような事案でも肯定し得るか?
①婚姻が財産法上も身分法上も重大な変動をもたらすこと自体は明らか
②事実上も、婚姻の合意をするに当たっては相手方の健康状態が重要な関心事の1つのとなるのは通常

財産上の取引や治療法選択等の場面と対比しても、事前の説明の重要性が劣るとは解し難く、不法行為責任が生じる余地がないとは言い難い。
他方で、
①疾患の有無・内容は、プライバシー情報の中でも重要(個人情報法2条3項も、「病歴」を要配慮個人情報の1つとしている。
②疾患の内容や予後等の医学亭知識は、当人自身も正確に把握しているとは限らず、必ずしも正確な説明がされることを期待できない性質の情報

一般的な場面と同列には論じ難い。
そもそも、婚姻という身分法上の問題につき、財産法上の取引に関する議論を直ちに当てはめられるかどうかや、詐欺等による婚姻の取消し(民法747条1項)の要件・効果との対比といった点も問題となり得る。
  労働p67
仙台高裁R5.7.19  
  国立大学法人の誠実交渉義務違反の不当労働行為(肯定事例)
  事案 国立大学法人Xは、その雇用する教職員等によって構成される労働組合Zに対し、・・・賃金引下げ等について団体交渉の申入れ。
複数回の団体交渉⇒Zの同意が得られないまま、就業規則を改定し、平成27年1月から大将教職員の賃金抑制を、同年4月から賃金引下げを含む見直し後の給与制度を実施。 
Z:Y県労働委員会(処分行政庁)に対し、本件各交渉事項に係る団体交渉におけるXの対応が不誠実で労組法7条2号の不当労働行為に当たるとして救済命令の申立て
⇒Xの対応が同条号の不当労働行為に該当すると認定。
Xに対し、本件各交渉事項につき適切な財務情報等を提示するなどして自らの主張に固執することなく誠実に団体交渉に応ずべき旨を命じる限度でZの請求に係る救済を認容し、その余の申立て(不当労働行為と認定されたこと等の記載文書の掲示等を命じるよう求めるもの)を棄却する内容の救済命令。
X:Y(県)に対し、本件認容部分の取消しを求めて本件訴訟を提起し、Zが補助参加。
①本件各交渉事項に係る改定規定が既に実施され、さらに団体交渉を行うことは不可能であって本件命令は不適法
②帆ねん団体交渉において本件各交渉事項につき人事院勧告に準拠した改正の必要性を十分に説明し、誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索するための次第減の対応を行っており、Xの対応は不当労働行為に当たらない。
  一審 Xの請求を認容 
  控訴審  控訴棄却 
  上告審 Yの上告受理申立てを受理し、
使用者は、団体交渉において、必要に応じてその主張の論拠を説明し、その裏付けとなる資料を提示するなどして、誠実に団体交渉に対応すべき義務(誠実交渉義務)を負い、この義務に違反することは、労組法7条2号の不当労働行為に該当。
使用者が同義務に違反する不当労働行為をした場合に、誠実に団体交渉に応ずべきことを内容とする救済命令(誠実交渉命令)を発することは、一般に労働委員会の裁量権の逸脱や濫用にわたるものではなく、当該団体交渉に係る事項に関して合意成立の見込みがないときであっても、使用者が誠実に団体交渉に応ずること自体は可能⇒同命令が事実上又は法律上可能性のない事項を命ずるものとはいえないし、救済の必要性がないということもできない。

控訴判決を破棄し、本件団体交渉でのXの対応が誠実交渉義務違反の不当労働行為に該当するか否かにつき審理を尽くさせるため本件を差し戻した。
  判断 本件団体交渉の経緯について事実認定
国立大学法人の教職員の給与は、国家公務員の給与等のほか、民間企業の従業員の給与等、当該大学法人の業務実績、教職員の職務の特性や雇用形態その他の事情をもこうりょして各大学法人が自主的、自立的に決定すべきもの。
誠実交渉義務違反の生む:
本件各交渉事項が、賃金額ないし退職金額という労働者の重大な利害に関係士、その生むだけでなく程度も重要な関心事項

単に人件費額減のために人事院勧告に倣って昇給抑制や賃金引下げの必要がある旨の説明ないし資料提示をするのでは足りず、必要となるこれらの措置の程度に関連して昇給抑制の対象年齢の引上げや賃金引下げ額の減額の余地及び実施時期の繰り延べの余地を含めて十分な説明と裏付けの資料の提示をせねばならない。
Xは、本件団体交渉において、基本的にXの財政状況からすれば平成24年度や平成26年度の人事院勧告に倣って昇給抑制や給与制度の見直しをしなければならない旨の説明を繰り返すにとどまり、昇給抑制や賃金引きさg手の程度を人事院勧告と同水準にしなければならないことについて十分な説明や資料の提示をしたとは認められない。

Xには不当労働行為となる誠実交渉義務違反がある。
使用者が事後的に十分な説明や資料の提供をするなどして誠実に団体交渉に応ずることは可能であり、誠実交渉命令である本件認容部分は、事実上又は法律上遂行不可能なことを命ずるものではなく、労働委員会の裁量権を逸脱又は濫用するものとは認められず、違法とはえない。
⇒Xの請求を棄却。
  解説   都道府県の労働委員会の労組法27条の12に基づく救済命令に対して不服のある使用者は、・・・裁判所に救済命令の取消しの訴えを提起できる。(労組法27の19)

行政事件訴訟法上の取消しの訴えであり、被告は当該労働委員会が所属する都道府県。 
救済命令取消訴訟において主に審理されるのは、
❶労働委員会の事実認定の当否
❷認定事実の不当労働行為への該当性の有無
❸救済命令の内容の適法性
の3点。
●  ❸について、判例:
労組法が労働委員会という行政機関による救済命令の制度を採用したのは、
使用者による組合活動侵害行為によって生じた状態を右命令によって直接是正することにより、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図るとともに」、「労使関係について専門知識経験を有する労働委員会に対し、その裁量により、個々の事案に応じた適切な是正措置を決定し、これを命ずる権限をゆだねる趣旨にでたものと解される。」
とした上で、
このように「労働委員会に広い裁量権を与えた趣旨に徴すると、訴訟において労働委員会の救済命令の内容の適法性が争われる場合においても、裁判所は、労働委員会の裁量権を尊重し、その行使が右の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたると認められるものでない限り、当該命令を違法とすべきではない」
使用者が労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由なく拒むことを不当労働行為として禁止する労組法7条2項から使用者には誠実に交渉すべき義務(誠実交渉義務)が導き出され、その違反が不当労働行為となる。
前記の法理が、同義務の違反に対する救済命令にも当てはまる。
  ❶の事実認定の当否については、労働委員会の裁量は及ばず、裁判所は、労働委員会に提出されなかった主張や称呼を含めて証拠調べを行って事実認定をやり直すこととなる。
  ❷についても、法律の解釈適用を使命とする裁判所の本格的審査にふくすべきものであり、不当労働行為に該当するか否かの判断については、労働委員会の裁量は認められない。 
  労働p74
山口地裁R5.5.24  
  賃金減額の就業規則変更が維持された事例
  事案 社会福祉法人Y設置の病院に勤務しているX1~X9が、扶養手当及び住宅手当に係る就業規則及び給与規程の変更には合理性がなく、労契法9条本文により無効⇒Yに対し、手当て支給額の減額分に係る未払賃金等の支払を求めた事案。 
  主張  Xら:
本件変更に合理性がない理由として
❶主位的に、専ら人件費削減目的であることを秘してされたこと
❷予備的に、労契法10条所定の諸事情に照らして合理性がないこと
を主張。 
  被告:
❶本件変更に人件費削減目的はなく
❷平成30年法律第71号による短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(「パートタイム・有期雇用労働法」)の改正に伴い、正規職員と非正規職員との間の不合理な待遇差が禁止されていることを契機として、不合理と評価され得る格差を是正するため手当ての組換えを検討し始めたところ・・・時代のニーズに合った規定へと変更すべく、人材確保対策の一環として、若年層や女性職員が働きやすいような手当の実現を目指したもので、合理性がある。
  判断 ❶原告らの主位的主張について、
・・手当の支給目的を納得性のある形で明確化することを目的として行われたものと認められ、本件変更が専ら人件費削減を目的としてされたとは認められない⇒原告らの主張を排斥。 
●  ❷原告らの予備的主張について、
労契法10条及び賃金等の労働者にとって重要な権利に関し不利益変更を行う場合に高度の必要性に基づいた合理的な内容であることを求める旨判示した最高裁判例の判断の枠組みを示した上で、
高度の必要性に基づいた合理的な内容かどうかについては、就業規則の変更を行わないと使用者の事業が存続することができないというような極めて高度の必要性が常に求められるということはできないこと、財政上の理由のみに限られるわけでもないこと。
本件変更による原告らの月額賃金や年収の減額率は高くても数%程度(5%を下回るもの)にとどまる一方で、
本件病院には、パートタイム・有期雇用労働法の趣旨に従い、人件費増加抑制にも配慮しつつ手当の組換えを検討する高度の必要性があり、
将来、手当の支給条件を満たす職員が増える可能性もあることや、
本件変更直前のシミュレーションによっても、月額わずか約20万円の費用減見込にとどまった

本件変更時点での支給総額をより高額にlあるいは、本件変更による支給減額分をより低額にしなければならなかったものとまではいえず、また、変更された各規定について、手当支給目的との関係において、本件旧規定と比較して、本件新規定に係る制度設計を選択する合理性・相当性が是認される。

原告の主張を排斥。
  解説 就業規則の変更に関し労働者の合意がない場合は、労契法10条所定の諸事情に照らして合理性が認められない限り、同変更は無効とされる。
⇒使用者の側が、就業規則の変更に合理性があることを主張立証しなければならない。 
  刑事p88
福岡高裁R6.2.9  
  賃金減額の就業規則変更が維持された事例
  事案  
  争点 ①死因である低酸素性脳症の原因が急性リドカイン中毒であるか否か
②患者の死亡結果についての被告人の保険可能性及び回避可能性の生む 
  原審 ①②を認め、禁錮1年6月、執行猶予3年 
  控訴審 弁護人:
原審の証人とは別の麻酔科医の意見を踏まえて
①患児の歯科治療で使用された歯科用局所麻酔剤が適正量である⇒急性リドカイン中毒は起こりえない
②公判前整理手続の結果に反して、患者の死因は低酸素性脳症ではなく横紋筋融解症である可能性が高い
事実の取調べとして、原審で証言した解剖医及び麻酔科医の再尋問や、弁護人が意見を聞いた麻酔科医の証人尋問などが行われた。
  判断 ・・・・患児に使用された歯科用局所麻酔剤が適正量であったとしても、患者に急性リドカイン中毒が生じた可能性は否定されないとして、専門家医の意見が対立する中で、原判決の認定、判断を不合理ではないとして是認した。 
前記②の主張について:
公判前整理手続で争いがないとされた前提事実が、明らかに客観的な真実に反していると判明した場合には、その前提に基づく第1審判決の事実認定は維持できないものの、本件では、弁護人が依拠する専門家の意見を踏まえても、患児の死因は低酸素性脳症であるとする前提が明らかに客観的な真実に反しているとは認められない。
  解説 公判前整理手続が行われた場合、その後の証拠調べ請求が制限される(刑訴法316条の2)が、新たな主張を制限する規定は設けられていない。
but
これが無限定に許されるとすれば、公判前整理手続で争点整理を行った意義が大きく損なわれる。 
他方で、公判前整理手続の結果、犯人性に争いはないとの前提で第1審の有罪判決が言い渡されたところ、控訴審で明確なアリバイの存在が判明した場合などでは、第1審の有罪判断を見直さざるを得ないであろうが、本判決は、そのような場合ではないと判断。
     
  刑事p104
東京高裁R5.11.28  
  脅迫罪の事案
  事案 「殺害して天罰下る。自業自得。ご一家お揃いで奈落の底えどうぞ。」などと記載した葉書を郵送し、被害者に閲覧させたという、脅迫被告事件。 
  一審 故意(確定的故意も未必の故意も)が認められない⇒無罪 
  判断 まず当該行為が一般人にとって畏怖心を生じさせるに足りる程度の害悪の告知と認められるかいなかを具体的事情も考慮して客観的に検討し、それが認められる場合に、行為者にその告知内容の認識があるか否かを検討すべき。
脅迫と故意を肯定。
  解説   被告人が被害者に対して告知した害悪の内容が、その文脈に照らして客観的に解釈すれば、被害者に対して「天罰」が下るという、被告人自身によってコントロールしえないものであった。
  学説:脅迫を構成する告知内容について、告知者が支配し得る将来の害悪であることを要求し、天災や吉凶禍福の予告は脅迫に当たらない。
加害者は第三者であってもよいが、告知者が加害の有無に影響を与えうるものとして告知する必要がある。

脅迫の不法内容が単に被害者に不安感や恐怖心を抱かせるにとどまらず、強要罪の受け皿として、被害者の意思を行為者の意思に従属させて被害者の意志活動を支配すること。
  本件:
被害者は前述の客観的な解釈を現実になしたのではなく、むしろ、被告人が被害者(やその家族)を殺害する旨をほのめかしたものと解釈。

❶被害者の立場に置かれた一般人であってもそのように誤解することが自然である(=被害者が「被告人の左右しうる害悪が告知された」と認識することとの間に因果関係がある)という同罪の客観的構成要件と
❷被害者が誤解してしまう危険性を被告人が排除しないまま行為に出たという同罪の(未必の)故意
の2つが必要。
  原審:
❶について判断するまでもなく❷が認められないとして無罪。
被告人が害悪を加えるつもりがないから確定的故意がない
vs.
確定的故意は、被害者の誤解するおそれが非常に強いとか、被告人が誤解を意図して文言を選択したような場合に肯定されるのであって、害悪を加えるつもりの生むとは理論的に関係がない。 
本判決についても、本件文言の内容が「一般人にとって畏怖心を生じさせるに足りる程度の害悪の告知と認められるか」という問題設定。
vs.
一般人でも怯えるから脅迫だというわけでは必ずしもない。
2599   
  行政p22
最高裁R6.1.30  
  船長の職務上の過失の判断
  海難審判所 本件事故は、甲船が海上衝突予防法所定の灯火を表示することなく無灯火の状態で航行したばかりか動静監視不十分で乙船の前路に進出したことによって発生⇒Xには、乙船の動静監視を十分に行うべき注意義務を怠った職務上の過失がある

Xの小型船舶操縦士の業務を1か月停止し、乙船の船長を懲戒しない旨の裁決 
    X:海難審判所長であるYを相手に、本件裁決の取消しを求めた事案
(東京高裁の管轄(海難審判法44条1項))
  原審 異なる事実を認定しつつ、Xには、乙船の動静監視を十分に行うべき注意義務及び法定の灯火を表示すべき注意義務に違反する職務上の過失があり、・・・Xに対する懲戒はやむを得ない範囲のものである⇒Xの請求を棄却。 
  判断 甲船と乙船が衝突した事故について、小型船舶操縦士である甲船の船長が、海上衝突予防法所定の灯火を表示し、乙船の動静を監視していれば前記の衝突を回避することができたことを認定説示することなく、前期灯火を表示せずに甲船を進行させ、乙船を視認した後にその動静を十分に関しすることなく甲船を左転させるなどした行為をもって、本件事故に係る海難につき甲船の船長に職務上の過失があるとした原審の判断には、職務上の過失に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。 
  解説   ●問題の所在 
・・・裁決をもって懲戒(海難審判法3条)
海難審判法の裁決については、いわゆる実質的証拠法則の規定がなく、その事実認定は裁判所を拘束しない。
原審の認定事実を前提とした場合に、
①Xに職務上の過失があるといえるか否か
②Xの小型船舶操縦士の業務を1か月停止する懲戒の料亭が、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものといえるか否か
本件事故:
海上衝突予防法が適用され、Xが「船員の常務」(同法39条)として必要とされる注意をしたか否かが問題。
  ●職務上の過失 
海難審判法3条:海難が小型船舶操縦士等の職務上の故意又は過失によって発生したものであることを懲戒の要件とする。
刑法において:
客観的に要求される注意義務(結果予見義務、結果回避義務)に違反することを過失犯の構成要件と捉える考え方(最高裁)

民法上の不法行為の成立要件としての過失:
予見可能な結果に対する回避義務に違反したこと
  ●動静監視義務違反について 
本件裁決:
・・・乙船に対する動静監視を十分に行わず、乙船の右転に気付かないまま左転を続けた。
この動静監視義務違反がXの職務上の過失を構成。
原審:
Xは乙船が右転することを予想できたから、Xには乙船の動静監視を十分に行うべき注意義務に違反する職務上の過失があった。
原審は、乙船の速力、航跡及び甲船との衝突地点について本件裁決と異なる事実を認定。
Xが乙船を初めて視認した時点における両船の位置関係や速力も不明であるところ、これらの状況いかんによっては、Xが乙船の右転開始を直ちに認識しても衝突を避けるための措置を講じ得ず、Xがその動静を監視していれば衝突を回避することができたということはできない。

原審が認定した事実関係のみによっては、結果回避可能性があったとはいえず、Xが乙船の動静を監視することなく甲船を左転させるなどしたこをもって、直ちに職務上の過失があるといえるものではない。
  ●灯火表示義務違反について 
本件審決:
無灯火の事実を前提としつつも灯火表示義務違反を職務上の過失と捉えていなかった。
Y:原審において、本件裁決と同じ事実関係を前提としつつ、灯火表示義務違反も職務上の過失として主張
原審:
Xには灯火表示義務違反があり、無灯火航行と本件事故との間には因果関係がある
but
乙船から無灯火の甲船を発見することが客観的に可能となる距離(視認距離)等を具体的に認定していない。
vs.
視認距離がそれなりにあったとすれば、乙船の船長が前方の見張りを適切に行うなどすることにより衝突を回避できたとも考えられ、仮に見張りが不十分であるため衝突直前まで甲船を認識しなかったのであれば、甲船が灯火表示を適切に行っていたとしても衝突を回避し得なかった可能性がある。
本判決:
原審が認定した事実関係のみによっては、結果回避可能性があったとはいえず、Xが海上衝突予防法所定の灯火を表示せずに甲船を進行させるなどしたことをもって、直ちに職務上の過失があるといえるものではない。
処分理由の差替え・追加の可否:
最高裁:高等海難審判庁が裁決の認定と異なる事実を主張することの可否が問題となった事例において、当該事件の原審が、裁決の理由となっている基礎事実と実質的に全く異なる事実を主張することにより裁決の根拠とされた法規も異なることとなるような場合には当該主張は許されない
but
本件は、争点になっておらず、そのような一般論を示すことなく処分理由の差替え・追加を許容。
  差戻審においては、本判決の説示を踏まえ、必要な事実認定を行い、本件事故に係る海難がXの職務上の過失によって発生したものであるか否か等について判断することなる。
裁判所が事故の経緯を積極的に認定することには困難が伴う場合もあり得るが、必要に応じて釈明権を行使するなどした上で、職務上の過失を基礎付けるに足りる事実が認められなければ、裁決を取消し、専門性をゆする海難審判所に手続をやり直させるべきものと考えられる。
  民事p26
最高裁R5.11.27  
  物上代位優位説の判例
  事案 建物の根抵当権者であり、物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえたXが、賃借人であるYに対し、当該賃料債権のうち未払分の支払を求めた事案 
Y:差押えに先立ち、賃貸人との間で、期限の利益を放棄した賃料債務に係る債権とYの賃貸人に対する債権(根抵当権設定登記前に取得した債権と同登記後に取得した債権がある)とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をしていた⇒相殺合意の効力をXに対抗できるか?
  解説 物上代位権に基づく賃料債権の差押えと賃借人による賃料債権を受働債権とする総裁の優劣:
平成13年最判:
抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は、抵当不動産の賃借人は、抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権(「登記後取得債権」)を自働債権とする賃料債権との相殺をんもって、抵当権者に対抗することはできない。

①差押えの前は、賃借人のする相殺は何ら制限されない
②差押えの後は、抵当権の効力が物上代位の目的となった賃料債権にも及ぶところ、物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができる⇒登記後取得債権と物上代位の目的さいけんとを相殺することに対する賃借人の期待を抵当権の効力に優先させる理由はない

賃借人の債権が登記後取得債権であるときは、相殺予約をしていた場合においても、差押えの後に発生する賃料債権については、物上代位をした抵当権者に対して相殺予約の効力を対抗することができない。 
平成21年最判:
平成13年最判の判断枠組みが担保不動産収益執行にも妥当することを示し、賃借人が抵当権設定登記の前に賃貸人に対して取得した債権については、担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後であっても、同債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理者に対抗することができる。
  争点 本件相殺合意:
物上代位による差押え後の期間に対応する賃料債権を差押え前に発生させた上で、これと登記前取得債権及び登記後取得債権とを直ちに対当額で相殺することにより、差押え前に相殺合意の効力を生じさせることを企図するもの。

このような本件相殺合意の効力をもって物上代位により将来賃料債権を差し押さえた根抵当権者であるXに対抗することができるか? 
  原審 YはXに対し、本件相殺合意の効力を対抗することができる⇒請求棄却 
  判断 ①抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前に、賃貸人との間で、抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と前記の差押えがされた後の期間に対応する賃料債権とを直ちに対等額で相殺する旨の合意をしたとしても、当該合意の効力を抵当権者に対抗することはできない。
②本件相殺合意の効力により将来賃料債権と対等額で消滅する対象債権は登記後取得債権のみ⇒Yは、Xに対し、本件相殺合意の効力を対抗することはできない。

原判決を破棄し、Xの請求を認容。
  解説  将来賃料債権を受働債権とする相殺による債務消滅の効力について
A:物上代位により将来賃料債権を差し押さえた抵当権者に対抗できない(「物上代位優先説」)
B:対抗できる(「相殺優先説」) 
A:物上代位優先説

①抵当権設定登記により差押え後に生ずる賃料債権に対して抵当権の効力が及ぶことは公示されている
②将来賃料債権の処分権限は抵当権者に帰属し、賃貸人による処分は、他人の権利の無権限処分にすぎない
③賃料債権は賃貸不動産の果実にすぎないから、将来賃料債権の処分は賃貸不動産本体の物権的処分には対抗し得ない。賃料債権をもってする相殺の期待も一種の担保権である。
④受働債権の期限の利益を失わせたり受働債権を前倒しで発生させることとしたりして差押え前に相殺適状を作り出すそうさいごういは、物上代位権の消滅を利用して、差押え後に発生する賃料債権について抵当権に劣後するはずの地位を逆転させるものであり、このような効力を容認するのは、抵当権を侵害し不当である。
B:相殺優先説

物上代位による差押えの前であれば、将来賃料債権について期限の利益ないし条件不成就の利益を放棄して相殺することは制限されない⇒相殺による債権消滅の効力が発生し、当該債権を差し押さえることはできない。
  本判決:物上代位優先説

平成13年最判の説示を参照した上で、賃借人が、物上代位による差押えの前に、賃貸人との間で、登記後取得債権と将来賃料債権を直ちに対当額で相殺する旨の合意をした場合であっても、物上代位により抵当権の効力が将来賃料債権に及ぶことが抵当権設定登記によって公示されており、これを登記後取得債権と相殺することに対する賃借人の期待を抵当権の効力に優先させて保護すべきといえないことは、平成13年最判の場面と異なるものではなく、前記合意は、将来賃料債権について対象債権として相殺することができる状態を作出した上でこれを前記差押え前に相殺することとしたものにすぎないというべきであって、その効力を抵当権の効力に優先させることは、抵当権者の利益を不当に害するものであって、相当でない。
本件論点については、相殺合意により差押え前に将来賃料債権が消滅したか否かという問題と捉えるのではなく、将来賃料債権に対する抵当権者の優先弁済請求権と賃借人の相殺期待との調整の問題とみて、賃借人が相殺合意の効力を抵当権者に対抗することができるかという観点から判断することが相当。
  本判決:
「本件相殺合意の効力がYに対する本件差押命令の送達前に生じたか否かにかかわらず」と説示

賃料債権は、賃貸借契約の締結により確定的に生ずる期限付債権ではなく、各期において賃貸人が賃借目的物を賃借人の使用収益が可能な状態に置いたことを停止条件とする将来債権であるとする判例の立場からすれば、相殺適状にするためには期限の利益の放棄では足りない(条件不成就の利益の放棄を要する)とも考え得ることを踏まえたもの。 
将来賃料債権については、相殺の可否及びその要件が問題となるが、契約自由の原則の下、少なくとも、相殺合意については、これが一切許されないとは解されない。
  民事p37
東京高裁R5.1.17  
  面会交流の間接強制と面会交流審判の変更
  事案 Xが東京高裁平成30年決定に基づき、Yに対し、子らとの面会交流を実施あっせるよう求めるなどするとともに、その不履行1回につき1人当たり10万円の支払を求めるなどの間接強制を求めた事案。
  原審 Yに対し、Xと子らとの面会交流を実施させるよう命ずるとともに、その告知を受けた日以降の不履行1回につき3万円の支払を命ずるなど。 
    Yが執行抗告
Y:Yの義務の履行状況は債務不履行との評価を受けるものではなく、面会交流に努力しているYに間接強制を強いることは過酷執行にほかならず、本件申立ては権利の濫用
  別途東京高裁に係属していた面会交流審判に対する抗告事件についての決定がされ(「令和4年決定」)、本件実施要領を変更する旨の判断 
  判断  令和4年9月16日以降の面会交流の実施を求める部分については不適法⇒原決定のうち同日以降のXと子らとの面会交流に関する部分を取消して当該部分に関するXの申立てを却下し、その余の抗告を棄却。 
  解説   後件審判等において、前件審判等を変更する旨の判断がされ、同判断が確定⇒前件審判は(少なくとも変更された限度において)当然に失効。
後件審判等が、前件審判等の定めた面会交流の条件を取り消し、新たにこれを定めたような場合においては、債務名義である前件審判等は失効。
後件審判等における審判書等の正本は、間接強制の申立てとの関係において執行停止文書(民執法39条1項1号)に当たる。 
  民執法上、強制執行手続は判決手続等から分離されており、執行機関は、原則として、提出された債務名義に表示された義務について実態的な審査をすることは認められていない。
but
執行裁判所は、過酷な執行の申立てについては、権利の濫用(民法1条3項)として、これを却下することができる。
最高裁でも、限定された事情の下で、子の引渡しを命ずる審判を債務名義とする間接強制の申立てが権利濫用に当たるとして、当該申立てを却下する判断を示したものがある(判時2425.10)。
他方で、約2か月の間に2回にわたり長男が抗告人に引き渡されることを拒絶する言動をしたにとどまる事案において間接強制の申立てが権利濫用に当たることを否定(判時2561.69)。
緊急事態宣言が出されている間に面会交流がされなかったなどという事情の下で、間接強制により面会交流をさせることの履行を求めることは過酷執行に当たるなどとして間接強制の申立てを却下した裁判例(大阪高裁・東京高裁)。
  民事p44
大阪高裁R5.1.12  
  学校での図画工作の作業中の事故
  事案 学校での図画工作の作業中の事故 
  主張  A(教諭)には、
①マイナスドライバーの使用自体を指導してはならない義務
②マイナスドライバーの使用方法に関する説明義務及び指導義務
③マイナスドライバーを使用する際の配慮につき注意すべき義務
④児童の行動等を監視すべき義務
に違反した過失がある。

Y(加古川市)に対し、国賠法1条1項に基づき、2420万円の損害賠償を請求。 
  原審 学校指導要領の記載等及び本件事故の経緯を検証した上で、
①学校指導要領の記載等は本件方法を禁止するものではないこと
②釘抜が差し止めない場合に釘を抜く方法は本件方法以外ににないこと
③本件方法は指導通りに行えば危険が生じるものではないこと
④Aが図工室を離れることはあったが長時間に及んでいないこと

上記①~④の義務違反を否定して、Xの請求を棄却。 
  判断 Aは本件方法を行う際には周囲に他の児童がいないことを確認した上で行うよう説明するなどの義務があるが、Aはこれを怠り、また、監視義務についても認めた上で、これらを怠らなければ本件事故の発生を防ぐことができた
⇒Xの請求を一部認容。
  解説   国賠法1条1項にいう「公権力の行使」には、公立学校における教諭の行為も含まれ、教諭は、学校における教育活動によって生ずるおそれのある危険から児童・生徒を保護すべき安全確保義務を負っている(最高裁)。 
A:教育内在型事故
a1:授業内在型事故
a2:そうでない事故
B:教育外在型事故
特に正課授業は、児童が学校の実施する授業計画に従って強制的に授業を受けることになる⇒これを実施する教諭は、正課授業中に、児童の生じうる危険を予見し、これを回避するための適切な措置を講じるべき義務を負っているとされる。
  教諭の過失を判断するに当たり、学校指導要領や同解説に準拠していたか否かは重要な要素。
but
記載されていない多様な工夫を試みることは学習指導要領で推奨されている⇒マイナスドライバーを学習指導要領等に記載されていない方法に用いたからといって、直ちにこれが過失になるとは限らない。
but
児童の安全確保義務を追っている教諭としては、児童の生命・身体に危険を及ぼす可能性ある授業を実施するに当たっては、当該授業に用いる用具、工具、対象となる児童の年齢、経験、理解力や習熟度等を把握し、事前に十分な説明や指示・注意をした上で、それぞれの児童の能力に応じ安全を配慮した指導をしなければならないことはいうまでもなく、
とりわけ、工具を本来とは異なる用途に用いる場合には、そのために生じる可能性のある危険を排除するべく、児童の安全性についてより慎重な配慮が要求される。 
本件:
①指導対象となる児童は小学4年生であること、
②マイナスドライバーの形状や素材自体が用法によっては身体に対する危険性のあるものであること、
③教師用指導書でもマイナスドライバーの本来の用途としては両手を用いてねじの締緩作業を行うためのものであることが示されているに止まること
④釘抜きが入らないほど釘の頭が木材にめり込んだ場合には、釘の頭と木材の間にその先端を差し込むことができず、釘の頭の上をマイナスドライバーの先端が前方に滑ることがあることは予見可能。
  Y:本件方法は危険なものではない
原審:本件方法を採用した場合の動作に注目して危険性の有無を判断
vs.
本件事故が発生した状況は特異なものではない⇒マイナスドライバーの形状や素材そのものに由来する危険に着目して注意義務の有無を検討するのが相当であった。 
Aとしては、マイナスドライバーの形状や素材に由来する危険性に着目して、マイナスドライバーを本件方法のために用いた場合の危険性を予測すべきであり、かつそれが可能であった
⇒本件方法を説明するに当たっては、周囲、特に前方に児童が近づくことがないよう説明し、本件方法を行う際に周囲に他の児童がいないことを確認した上で行うよう説明すべき注意義務があることは優に認められよう。
本件方法が前記のとおりの危険性を内包するものでり、XとBとが向かい合って何度か後退しながら作業に取り組んでいたという本判決の認定⇒Aには事故の発生を未然に防ぐための監視義務も認められたしかるべきであるところ、Aがその動静に気付かずに本件事故が発生したことについて監視義務違反が認められることもやむを得ない。
他の裁判例 
  民事p60
東京地裁R5.3.24  
  報道による名誉毀損・人格的利益の侵害(肯定事例)
  事案  
  請求 主的請求:
Yは、本件取材の際にXの容ぼう及び音声を収録した本件取材映像を使用して本件詐欺未遂事件の犯人がXであると断定する内容の本件各放送をしたことにより、Xの名誉を毀損するとともに、本件年初による合意に違反してXの肖像権を侵害した
⇒Yに対し、不法行為に基づく損害賠償を請求。
  争点 ❶名誉毀損の成否
❷名誉毀損についてYに故意または過失があるか
❸年初の効力
❹本件各放送による肖像権侵害に係る不法行為の成否
❺損害の発生及びその金額
❷について:真実相当性の抗弁
❺について、本件各放送が社会生活上受忍すべき限度を超えてXの人格的利益を侵害するものといえるか
  判断 争点❶:
・・・一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準とすれば、本件放送6~9についてXが本件詐欺未遂事件の犯人であるなどの事実を摘示するものといえる⇒名誉毀損を肯定。 
争点❷:
・・・Xが裁判官発付の逮捕状によって逮捕された事実も、Xにつき同逮捕状記載の被疑事実を犯したことを越えて、Xが実際に上記被疑事実に及んだことまでを示すものではない

放送当時、Yにおいて、Xが本件詐欺未遂事件の犯人であると信じるにつき相当の理由があったと認めることはできない。
争点❸:
本件年初は、Xが逮捕された場合であっても無効となることはない。
争点❹:
Xの容ぼう全体が正面から明確に識別することが可能な態様で撮影されたままの状態で本件取材映像を放映するもので、これは、本件念書に記載された約束に明らかに反するものといえ、Xの容ぼうが撮影された本件取材事件及びX逮捕の事実に対する社会一般の高い関心に応える、同種被害の防止を図るという目的のためには、本件詐欺未遂事件の内容、本件取材においてXが話した内容及び本件私書箱が設けられた本件アパートの状況、逮捕された被疑者であるXの実名を報道すれば足り、Xの容ぼうまで公表する必要性は認め難い。

社会生活上受忍すべき限度を超えて、Xの人格的利益を侵害するものである。
争点❺:
Yが本件念書に反してXの容ぼうを放送した行為は背信的行為というよりほかない
⇒慰謝料増額事由に当たるとして、500万円の慰謝料を肯定。
  解説  ●名誉毀損について 
報道は、その媒体の種類(新聞記事、週刊誌等の定期刊行物、ラジオ、テレビ、インターネット等)によって、主要な視聴者層や視聴者の受けとめ方に差が生じ得る⇒報道による名誉毀損の成否を検討するに当たっては、報道内容に加え、媒体の種類にも着目すべき。
最高裁H15.10.16(所沢ダイオキシン報道事件):
テレビジョン放送をされる報道番組につき、
新聞記事等の場合とは異なり、視聴者は、音声及び映像により次々と提供される情報を瞬時に理解することを余儀なくされるのであり、録画等の特別の方法を講じない限り、提供された情報の意味内容を十分に検討したり、再確認したりすることができない
被疑者は、犯罪の「疑い」がある者にすぎず、裁判官発付の逮捕状により逮捕されたという事実は、被疑者につき同逮捕状記載の被疑事実を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることを示すことを毛て、被疑者が実際に前記被疑事実に及んだことまでを示すものではない。 
有罪判決が確定していない者が犯人であることについて、真実性の抗弁が認められるのはマレであり、真実相当性の抗弁が認められるのも例外的な場合に限られる。
最高裁H9.9.9:
殺人未遂事件で逮捕、勾留された被疑者に関する新聞記事につき、被疑者が同殺人未遂事件等の犯罪を犯したと摘示するものと認め、
「ある者が犯罪を犯したとの嫌疑につき、これが新聞等により繰り返し報道されていたため社会的に広く知れ渡っていたとしても、このことから、直ちに、右嫌疑に係る犯罪の事実が実際に存在したと公表した者において、右事実を真実であると信ずるにつこい相当の理由があったということはできない。」として真実相当性の抗弁を否定。
  ●肖像権侵害について 
最高裁昭和44.12.24(京都府学連デモ事件):
デモ行進の状況を撮影した巡査に暴行を加えたデモ参加者が公務執行妨害罪、傷害罪に問われた事案において、
個人の私生活上の自由の1つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・容姿を撮影されない自由を有するものというべきである。これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されない。

公権力との関係において、私人の肖像権の権利性、要保護性を認めたもの。
最高裁H17.11.10(FOCUS事件):
勾留理由開示の公判廷における被疑者の姿態を写真撮影して掲載した週刊誌に関する事案:
人は、みだりに自己の容ぼう等を撮影されたないことや撮影された写真をみだりに公表されないことにつき、法律上保護されるべき人格的利益を有する。
ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。

肖像権につき、私法上も保護されるべき人格的利益として認めた。
最高裁H24.2.2(ピンク・レディー事件):
人の氏名、肖像等は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有する。

肖像権という権利を、肖像等に関する人格的利益を保護する排他的な権利として認めたもの。
  本件取材の内容を報道する必要性は高かったことを認めながら、念書違反の点を指摘し、本件取材映像の公表の態様として相当なものとはいえないこと、Xの容ぼうまで公表する必要性は認め難いこと
⇒Xの人格的利益の侵害を認めた。 
  労働p80
仙台高裁R5.1.26  
  降格処分が違法とされ、減額された賞与の差額も認められた事例
  事案 新型コロナウイルス感染対策として懇親会を含む社内イベントを控えるように従業員に要請されていた状況の下において、一部の部下と会食を行い、部下の飲酒運転による物損事故と自主退社という事態を招いたという事実に基づき、就業規則に基づく等級等制度の規定に定める降格要件である「現在の等級に在籍していることが不適当と認められる者」に該当することを理由に降格決定。 
  判断 ①降格決定について、出張所の一部の少人数で会食したことは、会社の通知により開催を控えるよう要請(お願い)された社内印ベントや懇親会には当たらない⇒通知に反するとはいえず、課長補佐としての職務上の義務に反する行為とはいえない。
②結果的に部下の退職に至る飲酒運転による事故という重大な事態を招いたとしても、社員としての職責に違反した行為によるものとはいえず、課長補佐の役職に任命されるべき7等級に在籍することが不適当と認められる事実とは評価できない。

Xが降格要件に該当していたとは認められないから、降格決定は、就業規則とこれに基づく規程に反し無効で、降格の効力は生じない。

出張所営業課の課長補佐の地位にあること、及び、等級制度上の7等級の地位にあることの確認を求める請求を認容。
賃金の差額支払請求を全部認容。
賞与の差額支払請求:
賞与の決定方法⇒社員の賞与の支払請求権は、会社が各期の賞与の算定方法を決定したことにより、具体的な請求権として発生する。
Xの人事評価の実績とYの人事評価の運用から、Yが7等級としXの人事評価をすれば受けられたはずの成果評価を前提に算定した賞与額と実際に支払われた賞与額との差額の賞与支払請求権を認めた(一部認容)。
  解説 使用者が職務(役割)等級制度上の等級引下げによる賃金減額を主張するには、
①労働契約(就業規則等)上、等級制度がとられていること(職務、役割等により格付けされた等級に対応して賃金額を決定する制度がとられていること)
②就業規則等に等級の引下げの根拠があること
③その根拠に従って引下げをしたこと(就業規則等の引下げ事由に該当する事実の存在と等級引下げの意思表示等)
を主張することが必要。
降格要件に当たらない

等級制度は、社員の給与、配置、役職任免などの人事の運用の基準となり、社員の人事上の重大な利害にかかわるものであり、他方、規定においては、経営能率のみでなく、このような社員の重大な利害をも考慮して昇格や降格の要件が厳格に定められていると考えられる
⇒「現在の等級に在籍していることが不適当と認められる者」という降格要件に該当するというためには、他の降格要件である「過去2年間の人事考課がC以下であること」と同等かそれ以上に、現在の等級に在籍していることが不適当と認められる必要がある。
本件は、個別具体的な事実の評価の問題⇒人事考課のように使用者の人事上の裁量権が比較的広く認められる場合とは異なる面もある。
賞与の請求権:
各時期の賞与につき労使の交渉又は使用者の決定により算定基準・方法が定まり、算定に必要な成績査定もされた初めて発生。
but
学説:
算定基準・方法が規定ないし決定されている場合には、それらに従って成績査定を実施するように請求できるし、査定を行わない場合には当該労働者において確実に得られるはずの査定点による請求もすることができると解すべき(菅野)。 
本判決:
Yにおける賞与の決定方法
⇒社員の賞与の支払請求権は、Yが各期の賞与の算定方法を決定したことにより、具体的な請求権として発生するものと認め、Yが無効な降格決定を有効と判断して7等級として人事評価をしていないからといって、具体的な賞与の請求権が発生しないとみるのは、公平とは言えない

人事評価の実績と運用から確実に得られるはずの成績評価を前提に算定した賞与の請求権を認めたもの。
  労働p94
熊本地裁R5.2.7  
  自衛官の人事等の違法が問題となった事案
  事案 Xが、幹部自衛官名簿の搭載順序が示す順位と部隊編成における指揮権の行使の順位を逆転させる違法な人事により精神疾患を発症し、退職に追い込まれたほか、違法な公務災害認定手続により損害を被った

Y(国)に対し、国賠法1上1項に基づき、損害金1650万円(慰謝料300万円、逸失利益1200万円、弁護士費用150万円)及び遅延損害金の支払を求めた。 
  主張 ①本件人事は、陸上幕僚長が定めた自衛官の順位と指揮権の行使の順位を逆転する違法なものであり、仮に違法でないとしてもそのような人事を行った場合に予見される問題への対策や配慮を怠った注意義務違反がある
②本件公務災害認定について、西部方面総監及び業務部隊は、申出、調査・判断および通知の各段階において公務災害認定を迅速かつ適正に判断すべき職務上の義務に違反。
  判断 ●主張①について 
自衛隊員の職務及び規律の特殊性から定められている上官の職務上の命令に服従する義務・内容や、上官の職務上の命令が隊員の生命・身体等の安全に直接影響し得ることなど

部隊等の指揮権を行使する順序は、特別の事由がない限り、階級の上下、患部名簿登載順、同一階級内における選任順序等の順位によるのが適当であり、
その限度で任用権者又は補職権者が有する補職又は補職替えの裁量権に制約がある。
本件では特別の事由が認められない⇒裁量権の範囲を逸脱した違法がある疑いが強い。
本件人事が違法であるとしても直ちにXの具体的な権利利益が侵害されたとはいえないとしつつ、
部隊等の指揮権を行使する順序と同一階級内における選任順等の順位について逆転が生じる場合には、逆転される上位の順位の隊員に対して業務の遂行に伴う心理的負荷が掛かることは十分予見することができる。

Yにおいて、その逆転状態を解消するか、又は心理的負荷が過度に蓄積しないように配慮をすべき注意義務がある。

本件では、Xにかかる心理的負荷について特段の配慮をしなかったとして注意義務違反を認め、これにより、Xに心理的負荷を過度に蓄積させ、長時間労働と相まって適応障害を発症させた。

Yが国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を追う。
  ●主張②について 
陸上自衛隊においては、本件通知(Xの退職時に、口頭でXに公務上の災害とは認められないと通知)当時、補償事務主任者である業務隊長等が、被災隊員等から公務災害に該当する旨の申出を受けた場合であっても、当然に実施機関である方面総監に対して人事院規則16-0第20条後段の規定による報告をせず、
ア業務隊長等において公務災害であると判断したとき、
イ公務災害ではないと判断して被災隊員等に通知し、かつ、再度公務災害に該当する旨の申出があったときに、方面総監に対して同条後段の規定による報告を行っており、
イの場合に再度公務災害に該当する旨の申出がないときは公務災害認定に係る手続を終了させる取り扱いをしていたことを認定。
この取扱いによれば、補償事務主任者でる業務隊長等は、公務災害に該当する旨の申出があっても、速やかに実施機関である方面総監に対して報告をせず、また、認定権限を有しないにもかかわらず、公務災害該当性について実質的な判断を行い、終局的に公務災害ではない旨を判断して公務災害認定に係る手続を終了させる取り扱いを行っていたもの⇒同取扱いの根拠とされる陸上自衛隊災害補償規則(令和2年6月改正前のもの)11条は、人事院規則16-0第20条後段及び8条2項に反し、効力を有しない。
補償事務主任者である業務退潮は、Xによる公務災害申出以降速やかに、書面により、実施機関である西部方面総監に対して人事院規則16-0第20条後段による報告を行う等の義務があったにもかかわらず、公務災害申出から1年以上にわたり西部方面総監に対して報告をしなかった上、認定権限を有しないにもかかわらず公務災害に該当しない旨の本件通知を行ったものであり、これにより被災職員が有する迅速かつ公正な手続きにより公務上の災害に対する補償を受ける利益が害された

Yが国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負う。
   2598
  行政p21
最高裁R5.12.12 
事案 X(大阪市)がY(市会議員)に対し、Yの当選は当選は公選法251条の規定により無効となり、Yは遡って市会議員の職を失った

❶Yに支給した議員報酬及び期末手当の額から源泉徴収税額を控除した額に相当する額の不当利得の返還請求等及び
❷Yを唯一の所属議員とする会派に交付した政務活動費に相当する額
の不当利得の返還等を求めた。
Y:本件議員報酬等相当額及び本件政務活動費相当額と同額の不当利得返還請求権を自働債権とする相殺の抗弁を主張するなどして争った。
  判断 ❷について:
公選法251条の規定により遡って市会議員の職を失ったYを唯一の所属議員とする会派が政務活動を行ったからといって、その活動によりXが利益を受けたと評価することはできない
⇒Yは、Xに対し、前記会派の行った大阪市会政務活動費の交付に関する条例5条所定の政務活動に関し、不当利得返還請求権を有することはない。
❶について:
公選法251条の規定により遡って市会議員の職を失ったYが市会議員として活動を行っていたとしても、それはXとの関係で価値を有しないものと評価せざるを得ず、Yは、Xに対し、市会議員として行った活動に関し、不当利得返還請求権を有することはできない。
  規定 公選法 第二五一条(当選人の選挙犯罪による当選無効)
 当選人がその選挙に関しこの章に掲げる罪(第二百三十五条の六、第二百三十六条の二、第二百四十五条、第二百四十六条第二号から第九号まで、第二百四十八条、第二百四十九条の二第三項から第五項まで及び第七項、第二百四十九条の三、第二百四十九条の四、第二百四十九条の五第一項及び第三項、第二百五十二条の二、第二百五十二条の三並びに第二百五十三条の罪を除く。)を犯し刑に処せられたときは、その当選人の当選は、無効とする。
  解説  公選法251条について、無効の効果は遡及。
⇒当初からその職に就いていなかったことになるものと解される。
  ●法律行為が無効の場合の不当利得 
民法 第一二一条の二(原状回復の義務)
無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
2前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
3第一項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。
本件は、改正前民法が適用される事案⇒Xの請求は改正前民法703条、704条に基づく不当利得返還等の請求。
売買等の総務契約が無効の場合には、当事者双方に原状回復請求権が成立し、両者は同時履行の関係に立つ(民法533条類推 最高裁)。
贈与等の無償行為が無効⇒給付を受けた者の利得のみが問題。
原状回復義務の内容:
原則として現物を返還すべきであり、現物返還が不能の場合には価額償還義務を負う。
労務が給付された場合、一般的には、労務の客観的な価値に相当する価額を変換すべきものと解されている。
  ❷関係
地自法100条14項所定の政務活動費は議員の調査研究その他の活動に資するために必要な経費の助成として交付されるものであって、補助金の性質を有する(最高裁)。
公金から支出される補助金も、その実質は司法上の贈与と同様のものと解されている。

政務活動費は、その対象とされる調査研究その他の活動(政務活動)の反対給付ではない(政務活動は本来議員が行うことを期待されている活動に含まれるのであり、政務活動費を交付されることを理由に行うものではない。)。

無償行為の巻き戻しの場面に準じて処理するのが相当。
  ❶関係 
地自法203条1項所定の議員報酬及び同条3項所定の期末手当は、議員の役務の対かとして支給されるもpの
⇒公選法251条の規定により遡って議員の職を失った当選人が支給を受けた議員報酬等の取扱いについては、双務契約の巻き戻しの場面に準じて処理するのが相当。

①地方公共団体は前記当選人に対し議員報酬等相当額の不当利得返還請求権を融資、
②他方で、前記当選人は地方公共団体に対し提供した役務の客観的価値に相当する額の不当利得返還請求権を有し得る。
but
②については、前記問う専任の提供した役務の客観的価値をいかに評価するかが問題。
行政実例:
一般的には、前記当選人が提供した役務と、地方公共団体が支給した議員報酬等は均衡しているとみられるのが通常。
vs.
議員の職務・職責は、地方自治が住民の意思に基づいて行われるという住民自治の理念に基づくものであるところ、
当選人がその選挙に関し公選法251条所定の罪を犯して刑に処されられた場合には、当該当選人は、自ら民主主義の根幹を成す公職選挙の公明、適正を著しく害したものというべきであり、同条が、当選の遡及的無効を規定しているのも、このような点に鑑みてのこと。

同条の規定により遡って議員の職を失った当選人が議員として活動を行っていたとしても、それは地方公共団体との関係で客観的な価値を有しないものと評価せざるを得ない。
  民事p29
東京高裁R4.10.20  
  年金分割の事例
  事案 X(元妻)がY(元夫)に年金分割を求めた事案 
  原審 ①XとYの婚姻関係は、当初から夫婦の協力関係はなく、
②Yにとって、Xが自宅内に散乱させた大量の物の中で生活することを余儀なくされるなど、一方的な負担を強いられるものであった

婚姻期間中のYの保険料納付に対するXの寄与を同等とみることが著しく不当⇒Xの申立てを却下。
  判断 前記特段の事情があるとまではいえない⇒請求すべき按分割合を0.5とした。 
  解説 離婚時年金分割における請求すべき按分割合の判断基準:
年間分割は、被用者年金が夫婦双方の老後等のための所得保障としての社会保障的機能を有する制度⇒対象期間中の保険料納付に対する寄与の程度は、特別の事情がない限り、互いに同等とみて、年金分割についての請求すべき按分割合を0.5と定めるのが相当。
その趣旨は、夫婦の一方が被扶養配偶者である場合についての厚生年金保険法78条の13(いわゆる3号分割)に表れているのであって、そうでない場合であっても、基本的には変わるものではないと解すべき。
上記特別の事情については、保険料納付に対する夫婦の寄与を同等とみることが著しく不当であるような例外的な事情がある場合に限られる。
  民事p32
東京高裁R5.11.24  
  後見開始申立てが却下された事案
  事案 Aの長女であるBが、Aについて後見開始の審判を申立てた。 
  原審 ①申立書に添付された医師の診断書と②Aの言動をもとに、
Aについて、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある」(民法7条)と認められ、かつ明らかに鑑定の必要がない(家事手続法119条1項ただし書)と認められる
⇒Aについて後見を開始する旨の審判。
  判断 本件診断書の記載内容や家裁調査官による調査時におけるAの言動
⇒Aについては、限定的ではあるものの一定程度の意思能力がある可能性があり、少なくとも、鑑定の必要がない程に「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状況にある者」に当たることが「明らか」であるとは認められない。 
家事手続法条必要な手続を履践していないことを理由に本件を原審に差し戻すことも考えられる。
but
Aが、原審において鑑定を受けることを強く拒否し、家裁調査官による調査面接では鑑定に応じる旨述べたものの結局鑑定に応じなかったことや、抗告審においても鑑定に応じる意向を示さずk差し戻しではなく原審判を取り消して本件申立てを却下するよう強く求めている。

本件を原審に差し戻してもAについて鑑定を実施することは困難⇒原審判を取り消し、本件申立てを却下。
  規定 家事手続法 第一一九条(精神の状況に関する鑑定及び意見の聴取)
家庭裁判所は、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければ、後見開始の審判をすることができない。ただし、明らかにその必要がないと認めるときは、この限りでない。
  解説 家事手続法119条1項:

後見開始の審判は、成年後見人となるべき者の行為能力が制限されるという重大な結果をもたらすものであることから、その判断は慎重に行われる必要があり、鑑定という厳格な手続を経ることが相当であるとの趣旨によるもの。
「明らかにその必要がない」か否かについては、申立人等から提出される診断書の内容や、申立人からの聴取内容、他の親族に対する照会結果、療養手帳の内容、家裁調査官による調査結果等を総合して判断されるが、
医師による診断書が得られず、他の資料からも鑑定の要否が不明である場合や、診断書が提出されても、その内容から明らかに鑑定の必要がないとは認められない場合、本人が後見開始に反対している場合、精神上の障害の有無や程度について親族間で争いがある場合等においては、原則通り鑑定を実施する必要がある。
  民事p38
東京高裁R5.3.20  
  後見申立てで却下した原審に差し戻した事案
  事案 認知症にり患しているBにつき、Bの長女であるAが後見開始の申立てをした事案。 
Bの財産を事実上管理するBの長男であるDは、家裁の親族照会に対し、
Bは自身では法律行為や財産管理をする判断能力はないと思う旨回答
but
調査官によるD自身に対する調査に応じず、介護施設でのBに対する調査や鑑定の実施にも協力せず。
  原審 却下 
  判断 原審が認定した事情に加え、抗告審における審理に基づいて、
Bの認知症の棒歴、過去の時点の医師の診断及び検査結果、介護保険における要介護度の認定を受けた際の主治医意見及び調査結果等の事実関係を認定

Bについては後見開始の原因が存在する可能性が高いが、Dの非協力により鑑定や本人の陳述聴取(家事手続法120条1項1号)ができない状態にある

Dに対して改めて手続への協力を求めた上で審理を尽くす必要がある。
Dが再度手続への協力を求められても協力しない対応を続ける場合には、そのような事情も手続の全趣旨としてしん酌し、後見開始の原因を認定するとともに、手続法119条1項ただし書、120条1項ただし書の事由を認定することが許される。

本件を原審に差し戻した。 
  解説 「明らかにその必要がないと認めるとき」の例外(手続法119条1項)
ex.
・本人が植物状態である場合
・近接した時期に別事件で精神の状況について鑑定が行われている場合
・診断書において認知症を理由として後見総統の意見を付されており、見当識や記憶力等の障害が大きいことが診断書に書かれ、長谷川式簡易知能評価スケール等の各種検査の結果が低いレベルにあると認められる場合には、申立事情説明書に記載された本人の現在の状態に関する記載内容や、他の親族に対する意見照会の結果を踏まえ、鑑定をしないことがあるとするもの。 
裁判例:
①鑑定を要しない例外事例に当たらない⇒保佐開始の申立てを却下した事例(東京家裁)
②本人は、鑑定をまつまでもなく、認知症が高度に進行し、後見開始の原因が存在すると認定した上で、原審判を取り消し、原審に差し戻した事例(大阪高裁)
  知財p42
東京地裁R4.12.15  
  競合関係と特許法102条1項又は2項の適用の可否
  事案 Xが、Yによる被告製品の製造・販売等がXの各特許(本件特許)に係る特許権の侵害を構成⇒Yに対し、特許法100条1項に基づく被告製品の製造・販売等の差止め及び同条2項に基づく被告製品の廃棄を求めるとともに、損害賠償金の支払を求めた。 
  規定 特許法 第一〇二条(損害の額の推定等)
特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。
一 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額
二 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額

2特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。
  判断 本件に現れた諸事情を総合考慮し、
特許法102条4項の趣旨に鑑み、実施料率は30%を下らない

Xの損害賠償請求のうち15億697万8762円及び遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却。
Xが10億円の担保を立てる限度で仮執行宣言を認め、仮執行免脱宣言の申立てを却下。
  判断 ●特許法102条2項の適用の可否 
  特許法102条2項:
民法の原則の下では、特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるには、特許権者において、損害の発生及び額、これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張、立証する必要。
but
その立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合。

侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益の額を特許権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った。
特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべき。 
特許権102条2項の趣旨⇒
同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは、原則として、侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって、このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべき。
but
侵害者の側で、侵害者が得た利益の一部又は全部について、特許権者が受けた損害と相当因果関係が欠けることを主張立証⇒その限度で推定は覆滅。
①特許権者に置いて販売等する製品が、侵害品の部品に相当するものであり、侵害品とは需要者を異にするため、市場において競合関係に立つものとは認められない場合には、当該侵害品の市場においては、侵害品の代わりに部品が購入されるものとはいえない。
②このような場合において、かかる部品が、侵害品と市場において競合関係に立つ第三者の製品にしようされ得ることも重ねて推認した上、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するものと認めるのは、明らかに特許権者が受けた損害の額以上の額を推認。
⇒特許法102条2項の趣旨に鑑み、同項の推定を超えるものであって、相当ではない。 
X:SDエンジンメーカーであり、SDダイサーの一部を構成するSDエンジンを製造し、Yやディスコ社等のSDダイサーメーカー(半導体製造装置メーカー)に対し、これを販売するもの。
Y:SDダイサーメーカーであり、Xから購入しまたは自ら製造したSDエンジンを搭載したSDダイサーを製造し、サムスン社等の半導体製造業者や半導体加工業者(エンドユーザー)に対しこれを販売。

特許権者であるXが販売する製品(SDエンジン)は、侵害品であるSDダイサーの部品に相当するものであり、SDダイサーとは需要者を異にする⇒市場において競合関係に立つものとは認められない。

本件において、Yが、侵害品であるSDダイサーの販売等により受けた利益の額は、Xが受けた損害の額と推定することはできない。
●特許法102条1項の適用の可否 
特許法102条1項は、民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり、
特許法102条1項本文において、侵害者の譲渡した物の数量に特許権者又は専用実施権者(以下「特許権者等」)がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を、特許権者等の実施の能力の限度で損害額とし、
同項ただし書において、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して、
侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を測ることにより、より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定。 
この102条1項の文言及び趣旨
⇒特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは、侵害品と需要者を共通にする同種の製品であって、市場において、侵害者の侵害行為がなければ販売等することができたという競合関係にある製品をいうものと解するのが相当。(知財高裁R2.2.28)
SDエンジンはSDダイサーの部品であるところ、特許権者であるが販売する製品(SDエンジン)は、侵害品であるSDダイサーの部品に相当するもので、SDダイサーとは需要者を異にする⇒市場において競合関係に立つものと認めることはできない。

SDダイサーである被告製品は、Xにいおいて侵害行為がなければ販売することができた物には該当せず、特許法102条1項は、本件に適用されない。 
●仮執行宣言の申立て 
Xのビジネスにおける特許権の重要性及び迅速な権利実現の必要性、特許権の存続期間、その執行によりYが被る不利益の程度、本件訴訟の審理経過、本件訴訟追行の態様、本件と争点が一部共通する知財高裁R4.9.5の裁判所HPの判断内容その他の本件に現れた個別的諸事情を総合考慮
⇒これを認めるのが相当。
but
Yが被る不利益
⇒Yが主文第6項掲記の担保を立てる限度でこれを認めるのが相当。
これに対する仮執行免脱宣言の申立ては、本件諸事情及び前記の担保条件等に照らし、相当ではない⇒却下。
  解説  ●特許法102条2項の適用
  知財高裁H25.2.1:
‥特許法102条2項は、損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であって、その項かも推定にすぎない⇒同項を適用するための要件を、殊更厳格なものとする合理的な理由はない。 

特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきであり、特許権者と侵害者の業務態様奈亜土に相違が存在するなどの諸事情は、推定された損害額を覆滅する事情として考慮されるとするのが相当である。
特許法102条2項の適用に当たり、特許権者において、当該特許発明を実施していることを要件とするものではない。
知財高裁R4;10.20:
同判決にいう「侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情」の射程につき、侵害品と需要者を共通にする同種の製品であって、市場において、侵害者の侵害行為がなければ輸出又は販売することができたという競合関係にある製品を輸出又は販売していた場合には、前記事情に該当する。

特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許権者がその侵害行為により損害を受けたものとして、特許法102条2項の適用が認められる。

同項の規定の趣旨に照らすと、特許権者が、侵害品と需要者を共通にする同種の製品であって、市場において、侵害者の侵害行為がなければ輸出又は販売することができたという競合関係にある製品を輸出又は販売していた場合には、当該侵害行為により特許権者の競合品の売上が減少したものと評価できる⇒特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するものと解するのが相当。
かかる事情が存在するというためぬいは、特許権者の製品が、特許発明と同様の作用効果を奏することを必ずしも必要とするものではない。
本判決:
特許権者が、侵害品と需要者を異にする侵害品の部品であって、市場において競合品を販売等していない場合には、前記事情に該当しない。

特許権者が市場において競合品ではない侵害品の部品を販売している事案において、その1事例を加えたもの。
  特許法102条1項の適用 
知財高裁R2.2.28:
「侵害行為がなければ販売することができた物」について、特許発明の実施品である必要はなく、競合品であれば足りると判断。
本判決:
特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは、侵害品と需要者を共通にする同種の製品であって、市場において、侵害者の侵害行為がなければ販売等することができたという競合関係にある製品と解するのが相当。

特許権者が市場において競合品であはない侵害品の部品を販売している事案において、その1事例を加えたもの。
  ●仮執行制限の申立て
Xが10億円の担保を立てる限度で、差止及び廃棄を命ずる部分を含めて仮執行を認めた。

ビジネスにおける特許の重要性を踏まえ、手続可能な限度で迅速解決を目指した1事例。
  刑事p203
最高裁R5.10.11  
  破棄判決の拘束力の範囲
  判断 破棄判決の拘束力について
「第1審判決について、被告人の犯人性を認定した点に事実誤認はないと判断した上で、量刑不当を理由としてこれを破棄し、事件を第1審裁判所に差し戻した控訴審判決は、第1審判決を破棄すべき理由となった量刑不当の点のみならず、刑の量定の前提として被告人の犯人性を認定した同判決に事実誤認はないとした点においても、その事件について下級審の裁判所を拘束する」との職権判断。」
  解説   裁判所法4条:上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。

上級審の裁判所の裁判におけるいかなる判断について、下級審の裁判所に対する拘束力が及ぶか(破棄判決の拘束力)。 
  ●判例
  ◎   判例(八海事件判決):
被告人らが強盗殺人の共同実行者であるかが争われ、結論も二転三転し三度上告審の判断が示されるなどして、最終的に全員無罪となった事件。 
第2次控訴審判決:共犯者の供述及び被告人らの自白の信用性を否定して無罪判決⇒第2次上告審がその判断を否定した上、前記供述ないし自白の信用性を積極的に肯定すべき事由を挙げて破棄差戻⇒同判決の拘束力が問題。
判決:
破棄判決の拘束力は、破棄の直接の理由、すなわち原判決に対する消極的否定的判断についてのみ生ずるものであり、その消極的否定的判断を裏付ける積極的肯定的事由についての判断は、破棄の理由に対しては縁由的な関係に立つにとどまりなんらの拘束力を生ずるものではない。
本件の上告趣意:
①八海事件判決の判示を、破棄判決の拘束力は、原判決に対する消極的否定的判断についてのみ障子、積極的肯定的判断には生じないという趣旨に解釈
②第1次控訴審判決が被告人の判断を是認した部分は積極的肯定的判断
⇒拘束力が生じない。
  判例(宮本身分帳閲覧事件決定):
所論引用の判例(八海事件判決)は、いわゆる破棄判決の拘束力は破棄の直接の理由となる原判断の誤りをいう点についてのみ生ずる趣旨を判示したものであって、・・原判断の誤りをいう破棄判決の判断が消極、否定の形式をとっている場合に限られるという趣旨を判示したものではない。
  ●学説 
控訴理由に判断順序における論理的な先後関係がある場合、先順位の控訴理由は理由がないが、後順位の控訴理由は理由があるとした破棄判決に関しては、後者のみならず、前者の判断にも拘束力を認める見解が大多数。 
平野:
事実の誤認と刑の量刑不当を申立てたとき、刑の量定で破棄すれば、事実の誤認はないと判断されたことになり(控訴審の判断の順序には論理的な関係があり、事実誤認は刑の量定の前に判断されなければならい)、その判断は下級審を拘束する
  刑事p206
東京家裁R5.7.19  
  検察官送致の事例
  事案 少年が共犯者らと共謀の上行った、組織性が強くうかがわれる計画的な侵入強盗とその準備行為の一環である窃盗(ナンバープレート盗)及び道交法違反(無免許運転)の事案。 
少年は犯行当時19際の特定少年。
侵入強盗は少年法62条2項2号の要件に該当する原則検察官送致対象事件
but
窃盗及び道交法違反は対象事件に当たらない。
  判断 対象事件でない窃盗及び道交法違反が対象事件である侵入強盗と密接に関連する社会的に一体の事件⇒対象事件とその余の事件とを別に処遇することは相当でなく、事件全体をまとめて検討することを前提に、まず、犯情について検討し、
①組織性が強くうかがわれる計画的な侵入強盗等の事案
②実際の強盗の手段たる暴行・脅迫の態様⇒被害者が感じた恐怖等は相当に強い物
③少年の立場が従属的であったとはいえ、確定的な故意をもって実行犯として本件各事件に関与した少年の責任は大きい

本件犯情は相当に重く、対象事件の中でも重大な事案。
犯情以外の事情:
家庭環境その他の養育歴、少年の資質的な問題が本件の背景になっている。
but
これまでの家裁係属歴の中で指摘された少年の問題が本件と共通していることや保護観察状況等に照らせば、少年の問題がこれまで改善していない主な原因は、少年が一連の法的手続を軽く捉えていたことにある

前記の背景事情を保護許容性の判断において考慮するにも限度がある。

犯情及びその他の事情を総合考慮し、刑事処分以外の措置を相とと認める「特段の事情」があるとはいえない⇒検察官に送致。
     
2597   
  行政p23
最高裁R5.11.17   
  文化芸術振興費補助金による助成金を交付しない旨の決定が違法とされた事例
  事案 Yの理事長は、この業務として、助成金交付要綱(「本件要綱」)を定め、文化芸術振興補助金を財源とする助成金を交付してきた。 
  判断 理事長が、Xに対し、本件映画には本件有罪判決が確定した本件出演者が出演したいるので「国の事業による助成金を交付することは、公益性の観点から、適当ではない」としてした本件処分は、本件出演者が本件助成金の交付により直接利益を受ける立場にあるとはいえないなど判示の事情の下においては、理事長の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法である
⇒原判決を破棄しYの控訴を棄却
  解説  本件助成金の申請に対する交付・不交付の決定は、補助金等適正化法の規定が準用(振興会法17条)⇒行政処分に当たる。
当該決定に係る判断は、理事長の裁量に委ねられており、その判断が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した場合に違法となる。
  ●本件助成金の交付に係る理事長の裁量 
行政裁量の有無や範囲:行政機関に対する授権を行う法律の解釈問題であり、個別の実体法に則して検討すべき。
本判決:
本件助成金について、
①振興会法や補助金等適正化法に具体的な交付の要件等を定める規定がないこと(根拠法規の規律形式)
②本件助成金の趣旨ないしYの目的(振興会法3条)を達成するために限られた財源によって賄われる給付であること(当該処分の性質等)
③前記の趣旨ないし目的を達成するためにどのような活動を助成の対象とすべきかを適切に判断するには芸術等の実情のに通じている必要があること(当該判断の性質)等

その交付に係る判断は理事長の裁量に委ねられている。
  ●本件処分に係る裁量権の在り方 
◎  裁量処分に係る裁量権の逸脱濫用の有無については、事案に応じ、行政庁の判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかという観点からの審査(いわゆる判断過程審査)が行われるところ、この審査において、どのような要素を考慮・重視すべきかといった点は、個々の処分ごとに根拠法規の解釈により導き出されるべきもの。
一審:芸術的観点からの専門的知見に基づく判断を尊重する本件要綱の仕組みを踏まえてもなお本件助成金を交付しないことを相当とする合理的理由があるかを検討すべき
X:最高裁H27.3.3を援用し、本件要綱は公にされている合理的な裁量基準であるから、これに反する処分は原則として裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものといえる。
vs.
①本件要綱は、Yの内部的な規範(行政規則)にすぎず、国民に対して直接の法的効力を有するものではない⇒理事長の裁量権を直接拘束するとはいい難い。
②行政規則であっても、その具体的な定め(に従った画一的な取扱い)と異なる不利益取扱いが特定の者についてのみされた場合には、平等原則違反等の問題が生じ得るが、本件要綱は、理事長が、交付内容を受けた者からの申請を審査の上、助成金を交付すべききと認めたときは助成金の交付決定をする旨を定めるのみで、交付すべきか否かの具体的な判断基準等を定めるものではない。⇒一般j的な公益を考慮して不交付決定をしたからといって本件要綱の定めるところと異なる取扱いがされたということも困難。
本判決:本件処分に係る裁量審査において、本件要綱に触れることなく、専ら振興会法等の規定に照らして検討を行っている。
◎    本判決:
①Yが公共の利益の増進を推進することを目的とする独立行政法人であること
②理事長は本件助成金が法令及び予算で定めるところに従って公正かつ効率的に使用されるように努めなければならない

理事長は、芸術的な観点からは助成の対象とすることが相当といえる活動についても、本件助成金を交付すると一般的な公益が害されると認めるときは、そのことを交付に係る判断において消極的な事情として考慮することができる。
but
本判決:
本件助成金を交付すると「その対象とする活動に係る表現行為の内容に照らして」一般的な公益が害されるということを消極的な考慮事情として「重視」し得るのは、当該公益が重要なものであり、かつ、当該公益が害される具体的な危険がある場合に限られる。

芸術的な観点からは助成の対象とすることが相当といえる活動につき、本件助成金を交付すると当該活動に係る表現行為の内容に照らして一般的な公益が害されることを理由とする交付の拒否が広く行われるとすれば、公益が抽象的な概念であって助成対象活動の選別の基準が不明確にならざるを得ないことから、助成を必要とする者による交付の申請や助成を得ようとする者の表現行為の内容に萎縮的な影響が及ぶ可能性がある。

不明確な基準の下で表現行為の内容に着目した交付の拒否が行われると、恣意的な選別が行われるのではないかとの疑念が生じ、助成を最も必要とする資金力の乏しい芸術家等が、助成金を当てにして負担した経費を賄えなくなること等をおそれて申請(ひいては製作等の活動自体)をためらい、また、助成を得ようとする芸術家等が、助成を得るために表現行為の内容を変容させる可能性がある。
本判決:こうした影響が生ずることが、芸術その他の文化の向上を測る本件助成金の趣旨ないしYの目的を害するのみならず、憲法21条1項による表現の自由の保障の趣旨に照らしても看過し難いもの。
同項による表現の自由の保障は、表現行為に対する萎縮効果の可及的な除去を要請する⇒本件助成金によって前記のような影響が一般的に生ずることは、その保障にそぐわない。
   裁量権の在り方は、本件処分の根拠法規の解釈によって導き出されるべきものであり、行政規則にすぎない本件要綱の定めによって考慮・重視すべき(し得る)事情が変わるものではないと考えられる。
  ●本件処分についての検討 
本判決:
理事長が、本件処分に当たり、本件映画の製作活動につき本件助成金を交付すると、本件有罪判決が確定した本件出演者が一定の役を演じているという本件映画の内容に照らし、公益を害されるということを消極的な考慮事情として重視したものと捉えた上で、
ア:薬物乱用の防止という公益が害される具体的な危険があるとはいい難く、
イ:公金が国民の理解の下に使用されることをもって薬物乱用の防止と別個の公益とみる余地があるとしても、このような抽象的な公益が薬物乱用の防止と同様に重要なものであるということはできない。
  ●本判決の意義 
助成金の交付に係る裁量判断において一般的な公益がどのように考慮されるべきかという問題につき、最高裁として初めての判断を示した。
特定の助成金についての事例判断ではあるが、当該助成金の根拠法規の解釈において、当該助成金の趣旨等のほか、憲法21条1項による表現の自由の保障の趣旨をも考慮し、芸術家等一般に対する萎縮的な影響の防止という観点から、当該助成金を交付するとその対象とする活動に係る表現行為の内容に照らして一般的な公益が害されるということを消極的な考慮事情として重視し得る場合を特に限定した上で、不交付決定が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法である旨の判断を示したもの。
  民事p28
東京高裁R5.1.25  
  捜査機関の押収した物についての仮処分
  事案 Xは、Yに対し、所有権に基づく本件金の引渡請求権を被保全権利として、本件金を保管する国を第三債務者として、本件金の引渡しを受け、又はYが国に対して有する押収物引渡請求権について譲渡、質権の設定その他一切の処分をすることを禁止するとともに、国に対し、Yに対して本件金を引渡したり、Yの指図に従って処分することを仮に禁止することを求めた。
  争点 本件仮処分の適否 
  原審 XのYに対する引渡請求権が一応認められる。 
①Xは、捜査機関から自己に対する還付処分がされていない以上、捜査機関に対し、本件金の引渡請求権を有していない⇒国を仮処分債務者として係争物に関する仮処分を求めることはできない。
②XとYとの間の引渡請求権に係る本案が解決するまでの間、事実上、第三債務者である国に本件金の保管等の負担を課すことになる。
⇒却下
  判断 ①・・・XのYに対する本件引渡請求権の実行を確保するために本件仮処分命令の他に実効性のある代替手段があるとは言い難い。
②本件金の引渡しを求める本案請求が認容された場合には、民執法170条1項により、Xは、国に対し、本件金を直接Xに引き渡すよう請求することができる⇒本件仮処分は、本案請求の範囲を超えるものではない。
③国が本件金を保管することは押収手続に伴う当然の負担であり、本件仮処分が国に対して不利益を課するものとはいえない。

本件仮処分命令の申立てには理由がある。
  解説 類似する先例:
東京高裁:
第三債務者である捜査機関(国)に対して押収物について債務者に還付する旨の処分をした場合でもこれを債務者に引き渡す等の処分をしないよう命ずる仮差押え命令を求めることができる。
  民事p35
東京地裁R5.3.23  
  家裁裁判官の審判前の保全処分の審問期日の指定の違法性(否定)
  事案 面会交流調停(審判)申立事件及び仮の地位を定める仮処分申立事件(保全事件)について、前者の調停期日及び後者の保全期日(審問期日)をいずれも約1か月半後の日に指定。
  Xが、
主位的に、別件期日指定は裁判官による公権力の行使と評価することができない違法な行為である⇒国に対し、民法715条1項又は国賠法1条1項に基づき、Yに対し、民法709条に基づき
予備的に、仮に別件期日指定が裁判官による公権力の行使に当たるとしても、国賠法上違法な行為であると主張して、国に対し、国賠法1条1項に基づき、慰謝料等の支払を求めた。
  判断 家裁が行う審判前の保全処分に関する審問期日の指定が国賠法上違法とされるためには、裁判所に与えられたあ資料を踏まえてもなお、当該期日指定がおよぼ裁判官としての誠実な権限行使であるとは評価し難い程度に合理性を各場合であることを要する。
本件においては、そのような事情を見いだすことはできない。
⇒棄却 
  解説  裁判官の職務上の行為について責任が肯定されるには
当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とする。 
裁判官の行使する法定警察権の趣旨、目的、更に遡って法の支配の精神に照らし、
それが法廷警察権の目的、範囲を著しく逸脱し、又はその方法が甚だしく不当であるなどの特段の事情のない限り、国賠法上1条1項の規定にいう違法は公権力の行使ということはできない。
  X:
裁判官による期日指定に対しては、当事者の不服申立てが認められておらず、かつ、その性質上、当該期日指定行為によって失われた時間を事後的に回復することは不可能

当該期日指定によって、裁判官が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したと解される場合は、国賠法上の違法性を肯定すべき。
上記判断

審判前の保全処分に関する審問期日の指定は、当該事案の内容・経緯・性質、当該事案に含まれる法的問題点、当事者・関係者の属性等の諸般の事情を踏まえた裁判官の職権的な裁量に委ねられている。

裁判官の職務上の行為が違法とされる水準は、当該職務上の行為が違法とされる水準は、当該職務上の行為の法的性質を踏まえなければ決することができず、その法的性質を、当該行為に係る権限の根拠となる法令の趣旨・目的、当該権限の性質、対立する諸利益への考慮等を踏まえて判断する必要があるとの立場。
  民事p41
大阪地裁R4.5.31  
  保育園の入園取消しの違法性(肯定事例)
  事案  
  主張 原告:本件許可取消が原告と被告との間で成立した本件園への入園契約の債務不履行及び原告の同入園契約上の地位を違法に侵害する不法行為に該当 
被告:入園式の当日に必要な手続が完了することで入園契約が成立するのであり、前記保育認定及び保育料の決定が済んでいないことからも、本件許可取消の段階では未だ入園契約が成立していない⇒本件許可取消には正当な理由があった。
  判断 本件園への入園手続については、被告において入園許可のほかには入園契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかった
⇒被告からの入園の募集が申込の誘引、これに原告が応募したのが入園契約の申込みであり、これに対する被告からの入園許可が原告による前記同意書の提出や新学期用品代金の支払を停止条件とする承諾であった。
⇒入園契約が成立していた。 
市町村からの保育認定や保護者が負担すべき保育料の決定が未了である点については、原告が1号認定による利用を希望している中で、保護者が負担すべき保育料の額は市町村によって算定方法が客観的に定められている⇒入園契約が成立したものとみることを妨げない。
原告と被告代表者との間の電話と面談における原告の言動やそのほかの事情を検討⇒新年度の直前の時期に既にした入園許可を取り消したことがやむを得ないと評価するに足りる事情はなく、子ども・子育て支援法33条1項の正当な理由があったとはいえない。

被告の責任を認め、慰謝料や被告が指定した服飾雑貨の購入費用相当額等の損害賠償請求を認めた。
  解説 本件:
入園までの手続において、入園許可のほかに被告において入園契約の締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかった⇒被告からの入園の募集(申込みの誘引)に対し原告が応募したのが入園契約の申込みであり、これに対する被告からの入園許可をもって、停止条件付きではあるものの、入園契約の承諾の意思表示であると評価。

大日本印刷事件における採用内定の法的性質についての判断過程に沿ったもの。 
  労働p48
水戸地裁R5.4.14  
  退職示唆等について職場環境配慮義務違反が認められた事例
  事案  Xが、Yに雇用されて就労していた期間中に、上司から恣意的に担当業務を制限されたり、同僚から悪口を言われたりする嫌がらせを受け続けた⇒Yは職場環境配慮義務を怠った⇒債務不履行に基づき、慰謝料等の損害賠償請求 
  争点 ①Y又はYの社員によるX主張の行為及びこれに係るYの職場環境配慮義務違反の有無
②消滅時効の成否
  判断   ●争点① 
X:Yの職場環境配慮銀無違反は、Xに対する攻撃意思に基づく一連の行為として、連続して行われてきたもの⇒全体として包括的な継続した行為であって、その継続した行為が終了するまで、これらに係る損害賠償請求権の消滅時効は完成しない。
判断:
①Xが職場環境配慮義務違反の基礎として主張する各事実は、個々の場面ごとのY及びYの社員の行為であって、これらが全体として一連一体の行為であるとはいえない
②これらが何らかの共通の意図に基づく行為であったといえる格別の事情も認められない
⇒個別の行為ごとに消滅時効の成否を検討し、一部について消滅時効を認めた。
  ●争点② 
2つの点につき、Yの職場環境配慮義務違反を認めた。
1つ目:Xの上司P12がXに対してした退職を示唆する言動。
(1)①P12がXに対して退職届を書いたかと尋ねる発言をしたこと、②P12が自身の退職届をXに私配属先所長に提出するよう述べたことを認定。

Xに対してYを退職するよう示唆し、さらに、Xが自らYを退職するよう精神的に圧力をかける行為とんみられてしかるべきものであって、社会通念に照らし、度が過ぎた言動。
(2)P12はXが配属されていた職場における課長代理の地位にあり、Xの上司としてXが精神的に安全な環境で執務できる職場環境を整備するべき立場にあった。

P12の前記言動は、Xに対するYの職場環境配慮義務違反に当たる。
2つ目:Xの上司P12がXの頭髪に整髪料をつけて髪型を変えるなどした行為。 
Xの日記や供述⇒P21が、多数回にわたり、Xの意に反して、Xの頭髪に整髪料をつけて髪型を変えるなどして就労させていた。
①同行為は、Xに屈辱感を与え、その人格的利益を侵害するもの
②その行為がXの職場環境の整備に配慮すべき立場にあった上司によって行われた
③Xの髪型の変化は他の上司においても容易に認識できたものと推認され、他の上司においても前記行為を抑止する措置をとってしかるべきであったこと

前記行為及びこれを看過した周囲の上司らの行為派は、Xに対する職場環境配慮義務違反に当たる。
  慰謝料の額はそれぞれ25万円が相当 
  解説 ●職場環境配慮義務 
使用者:労働契約上の付随義務として、労働者に対して働きやすい環境を維持する義務を追う。
ただ、使用者責任とは異なり、職場でのいじめやハラスメントを理由に使用者に職場環境配慮義務違反の責任を認めるためには、単にいじめ等の事実が認められるだけでは足りず、使用者自身の行為として初期乳母環境配慮義務に違反したと認められることを要する。 
  ●日記の信用性 
日記:
①当事者の主張に沿った形で事後的に作成したり、記載を加えたりすることが容易
②・・・日常的に記載されていた日記に作成者が自己の認識と異なる事実を記載することは少ない。

日記の引用性は、その記載時期、記載内容、作成目的、記載態様等により異なる。
本判決:
①Xの日記が5年日記帳であり、本件と関わりのない出来事まで記載されている
②Xが主張する事実の全てが記載されているわけではない

特段の事情がない限り、Xが当該日記の日記当時に経験しあるいは思考したことが記載されているものとして、その信用性を認めた。

本件で証拠として用いるために作成されたものではなく、Xが日常的に体験した出来事等を記載していたものであると評価して、その信用性を認めた。
「僕はスキップをさせられながら」
~「僕はスキップをしながら」と記載されていたものを加除修正したもので、修正後の記載はXが記載当時に体験した事実を反映したものか疑わしい。

日記が事後的に加筆することが容易なものであることを前提に、Xの日記の信用性を減殺するべき特段の事情がある⇒前記記載部分の信用性を否定。
  刑事p70
福岡高裁宮崎R5.6.5  
  大崎事件第4次再審請求即時抗告審決定
  第3次請求   弁護人:新証拠として、Dの死因は窒息死ではなく自転車ごと溝に転落した事故による出血性ショックであった可能性が高いとするM教授の鑑定意見(M鑑定)及びBらの供述の信用性に関する供述心理鑑定等を提出。
  1審:供述心理鑑定の明白性を肯定して再審請求を肯定。
  即時抗告審:
供述心理鑑定の明白性は否定。
but
M鑑定の明白性を肯定し、検察官の抗告を棄却。 
M鑑定によってJ旧鑑定の信用性が否定されたとしても、直ちにDの死因は頚部圧迫による窒息死であるとした確定判決の認定に合理的疑いを生じさせる関係にはない。
but
確定判決の証拠構造を分析すると、
❶窒息死を推定するJ旧鑑定は、Dを考察したというB、C各供述を客観的に裏付ける
❷H、I(転落事故現場に倒れていたDを軽トラックの荷台に乗せてD宅まで運んだ者ら)の各供述により、DはD宅に運ばれた時点では生きており、Dが死亡したのはその後。
❸D宅周辺の客観的状況等からすると、Aら家人以外の者が外部から入り込んで犯行に及ぶことは考え難い⇒A及びBらによる犯行を推認させ、Bらの自白供述の信用性を支えている。
M鑑定は、❶❷の証拠関係の証明力、❸の推認力に影響し、ひいてはBらの各供述の証明力にも影響を及ぼす。

改めてBらbの各供述の信用性について検討し、Bらの知的能力が通常人より低いとされていることなど⇒❶❷❸の裏付けを欠くBらの供述の信用性が否定される
⇒M鑑定につき明白性を肯定。
  最高裁:
M鑑定について、H、Iの各供述の信用性を否定するに足るものかという観点からの検討において、その証明力は限定的なものであり、Dの死因及び死亡時期を明らかにするものではない
⇒H、Iの各供述の信用性を減殺しないとして即時抗告審の判断を否定し、再審請求を棄却。
  本件 第3次再審請求の最高裁決定を受け、Dの死因及び死亡時期についての救急救命医であるN教授の鑑定意見(N鑑定)及びH、Iの各供述に関する供述心理鑑定等を新証拠とした。
N鑑定:・・Dが同人方に運ばれた時点では死亡していたことがほぼ確実。
  判断:
N鑑定及び供述心理鑑定の明白性を否定し、再審請求を棄却した原決定を肯定。 
N鑑定は、Dの死因及び死亡時期を高い蓋然性をもって推論するような決定的なものとはいえない⇒H、IがDを発見してから軽トラックの荷台に乗せるまでの過程でその症状が悪化し、N鑑定のいう経過で呼吸停止を来した可能性があることは否定できないという限度で証明力を認める。
N鑑定はJ旧鑑定の証明力を減殺するが、J旧鑑定は有罪の証拠として重要ではなく、J旧鑑定の証明力が減殺されても、客観的状況から推認できる事実やB及びCの各自白により、頚部圧迫による窒息死という認定は維持される⇒新旧全証拠を評価し直す必要性は認められない。
H、Iの各供述の信用性については、N鑑定の証明力とは無関係なものとはいえないが、H、Iの各供述の信用性についき弁護人の主張を踏まえて検討しても、その信用性に影響を及ぼさない。
・・・。
  解説  明白性の判断方法 
再審請求事件においては、無罪等を言い渡すべき明らかに証拠の新たな発見を要件とする刑訴法435条6号の解釈適用が問題となる。
新証拠の明白性:
ア:確定判決における事実認定につき合理的疑いを抱かせれば足りる
イ:新旧証拠を総合的に評価して判断すべき
ウ:疑わしきは被告人の利益にという利益原則が適用される、
エ:犯罪事実の不存在は確実であるとの心証を得ることは必要でない
A:何ら限定なく全面的に新旧称呼の総合評価をすべきという説(全面的再評価説)
B:新証拠の持つ重要性とその立証命題が有機的に関連する確定判決の証拠判断及びその結果の事実認定にどのような影響を及ぼすかを審査すべき(限定再評価説)
~主流
C:まず新証拠とその立証命題に関連する旧証拠の証明力を評価し(限定再評価説)、新証拠により旧証拠の諸運命力が減殺された場合には、そのことのみで直ちに確定判決の有罪認定に合理的な疑いが生じていない場合でも、新証拠と旧証拠を全面的に総合評価(全面的再評価)するという2段階説。
新証拠と無関係に旧証拠の再評価をすることは想定されないというべきで、新証拠が旧証拠のいかなる点につき減殺しているのかを見極め、確定判決の証拠構造を分析した上、新証拠によって旧証拠の証明力が減殺されたことにょり確定判決の認定にどのような影響を及ぶかを具体的に検証するという作業が必須。
2596   
  行政p15
仙台高裁R4.10.6   
  裁判所でのやりとりの報告についての公文書の開示請求(否定)
  事案 Xは、別件民事訴訟の簡裁での口頭弁論期日を傍聴した職員が作成した知事に対する復命書4通について、福島県情報公開条例6条に基づき、公文書の開示請求。

福岡県知事は、「報告内容のうち、口頭弁論で原告退席のもと裁判官と県で質疑が行われた部分及び県の訴訟運営に対する考え方に係る部分」について、本件条例7条6号イに規定する不開示情報のうち「県の機関が行う争訟に係る事務に関する情報であって、公にすることにより、当事者としての地位を不当に害するおそれがある」ものに該当⇒不開示
⇒Xは、行訴法3条2項の処分の取消しの訴えとして、この不開示決定の取消を求める本訴を提起。
  判断  不開示部分に記載されている情報は、当事者の対審と公開を原則とする口頭弁論に関する情報ではなく、口頭弁論を一事休廷して個別の当事者と非公開で行った事実上の進行協議(民訴規則95条以下の規定に基づく進行協議期日の手続ではない協議)に関する情報であり、前後に口頭弁論期日を開いた裁判所の法廷を使って協議されても、公開法廷における口頭弁論に関する情報には当たらず、不開示部分の情報は、Yの機関が行う争訟に係る事務に関する情報であって、公にすることにより、Yの当事者としての地位を不当に害するおそれがあるものにあたり、本件条例7条6号イの不開示情報に該当。
⇒不開示決定は違法ではない。 
裁判の過程で公開法廷における口頭弁論以外に、個別の当事者と非公開で事実上の進行協議を行うことは、憲法82条1項に違反しない。
民訴法や民訴規則に定めのない事実上の進行協議を個別の当事者と非公開により行ったとしても、その結果を踏まえ法律や規則に基づく適正な訴訟手続を行うことで公正な民事訴訟が行われ、訴訟当事者の権利は守られる。

事実上の進行協議を行うことが、民訴法1条の規定や2条の趣旨に反するともいえない。
  個別の当事者と非公開で行われた事実上の進行協議の中で、訴訟に関する事項である退去修繕負担金が支払済みかどうかという事実確認がされたとしても、その一部のみを取り上げて本件条例7条6号イの不開示情報に該当しないと認めるのが相当でない。

個別の当事者との非公開の協議である以上、趣旨や内容は、訴訟の当事者としての立場の機微にわたるものと考えられる⇒全体として公にすることにより当事者の地位を不当に害するおそれにある情報と認めるのが、本件条例の解釈として合理的。
  行政p21
東京地裁R5.2.17  
  公益法人等⇒普通法人に移行、有価証券の税法上の取扱い
  事案  ●  ●有価証券に関する経緯
  Xは、一般財団法人への移行前、非収益事業に属する資産として、有価証券を保有し、その取得価額をもって帳簿価額としていたが、移行後、移行前の日付を付した会計処理として、当該日付を付した会計処理として、当該日付における時価に基づいて算出した評価損を計上。
移行後の各事業年度において、当該有価証券の一部を譲渡。
各事業年度における確定申告においては、本件各譲渡有価証券に係る譲渡損益の額の計算に当たり、取得時の対価、すなわち前記評価損計上前の帳簿価額をもって、その、その譲渡原価とした。
処分行政庁:本件各譲渡有価証券に係る譲渡損益の額の計算に当たっては、前記の評価損計上後の帳簿価額をもってその譲渡減価とすべきであるとして、Xに対し、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(「本件各更正処分等」)をした。
  ●減価償却資産に関する経緯 
移行後、移行前の日付を付した会計処理として、移行前の減価償却費を一括して計上。
移行後の各事業年度においても減価償却費を計上
Xは、本件各以降減価償却資産のうち旧定率法が適用されるものの償却限度額について、前記減価償却費の一括計上前の帳簿価額、すなわち取得時の対価を基に計算すべきであった⇒処分行政庁に、更正の請求。
but
処分行政庁:当該減価償却資産に係る償却限度額は、前記の減価償却費の一括計上後の帳簿価額を基に計算すべき⇒更正をすべき理由がない旨の通知処分(「本件通知処分」)
本件各通知処分の対象となった法人税等の一部は、本件各更正処分等の対象でもあった。(本件各通知処分のうち、本件各更正処分等の対象でもあった法人税等に係るものを「本件各更正処分対象法人税等通知処分」という。)
  争点 本件各更正処分対象法人税等通知処分の取消しを求める訴えの利益(争点❶)
X:同一事業年度の法人税などについて、増額更正処分がされるとともに、更正の請求に対してい高生をすべき理由がない旨の通知処分がされた場合、増額更正処分と更正をすべき理由がない旨の通知処分とは、内容を異にし別個の効果を有する処分⇒通知処分の取消しを求める訴えの利益はある。
Y:増額更正処分の内容は、通知処分の内容を包摂する関係にある⇒通知処分の取消しを求める訴えの利益は否定される。
有価証券の譲渡減価の額(争点❷)
X:有価証券の譲渡に係る譲渡損益の額=有価証券の譲渡に係る対価の額と原価の額との差額によって計算(法人税法61条の2第1項)。
原価の額:その有価証券についてその内国法人が選定した一単位当たりの帳簿価額の算出の方法により算出した金額にその譲渡をした有価証券の数を乗じて計算し金額(同項2号)
その一単位当たりの帳簿価額の算出の方法の種類の1つとして、移動平均法が定められており、有価証券をその銘柄の異なるごとに区別し、その銘柄を同じくする有価証券の取得をする都度その有価証券のその取得直前の帳簿価額とその取得をした有価証券の取得価額との合計額をこれらの有価証券の総数で除して平均単価を算出し、その算出した平均単価をもってその1単位当たりの帳簿価額とする方法。
Y:公益法人等が非収益事業に属する資産として有価証券を取得することは、施行令119条の2第1項1号にいう「取得」に該当せず、当該公益法事等が普通法人に移行した後、当該有価証券とどういつめいがらの有価証券を追加取得せずに、当該有価証券を譲渡した場合には、同号にいう「その取得の直前の帳簿価額」とは、当該有価証券の譲渡直前の税務上の帳簿価額を意味すると解すべき。
移行前に計上した減価償却費と損金経理額(争点❸)
法人税法31条4項は、内国法人が償却費として損金経理をした事業年度における損金経理額は、当該事業年度前の各事業年度の「所得の金額の計算上損金の額に算入されなかった金額」を含む旨規定。
公益法人等から普通法人への移行前には、収益事業課税が適用⇒収益事業に属しない減価償却資産について減価償却費を計上した場合であっても、当該減価償却費は損金に算入されない(同法7条)。
Y:非収益事業に属する減価償却資産について移行前に計上した減価償却資産は「所得の金額の計算上損金の額に算入されなかった金額」に含まれない
X:含まれる
減価償却資産の旧定率法による償却限度額(争点❹)
内国法人がある償却費として損金経理をした金額(損金経理額)は、「その取得をした日及びその種類の区分に応じ政令で定める償却の方法の中からその内国法人が当該資産について選定した償却の方法・・に達するまでの金額」(償却限度額)の限度で、損金に算入される(法人税法31条1項)。
Y:移行法人が移行前にいて非収益事業に係るものとして保有した減価償却資産に係る償却限度額を、旧定率法を用いて計算する場合、施行令48条1項1号イ(2)にいう「取得価額(既にした償却の額で各事業年度の所得の金額・・の計算上損金の額に算入された金額・・を控除した金額)」と規定するのは、当該事業年度の期首における税務上の帳簿価額に旧定率法の償却率を乗じて償却限度額を計算することを定めた趣旨であると解すべき。
X:移行法人が移行前ににおいて非収益事業に係るものとして保有していた減価償却資産に係る償却限度額を、旧定率法を用いて計算する場合であっても、施行令48条1項1号イ(2)にいう「取得価額(既にした償却の額で各事業年度の所得の金額・・の計算上損金の額に算入された金額・・を控除した金額)」とは、施行令54条に基づき計算される取得価額から、既にした償却の額で各事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入された金額を控除した金額を意味する。
  判断  訴えの利益を欠き不適法である部分を除き、Xの請求を認容。 
  解説   施行令119条の2第1項1号及び48条1項1号イ(2)の意義(争点❷❹) 
譲渡所得に係る譲渡減原価、あるいは償却限度額を旧定率法に基づき計算する場合において基準となる価額に関し、公益法人等から普通法人への移行前に行われた会計処理をどのように取り扱うかの問題
◎租税法規の解釈手法 
租税法律主義の原則⇒租税法規はにだりに規定の文言を離れた解釈すべきものではない。
Xの主張する解釈を採用した場合の不都合としてXが主張する点について、文言から素直に導き出される解釈を修正すべきことを根拠付けるには足りない旨の判断。
Yの主張する「二重の所得減少」について
vs.
①移行日における調整公益目的財産残額が公益目的財産残額を上回っている場合には、Xの主張する各規定の解釈によっても前記二重の所得金額の減少も生じない
②Yの主著湯する各規定の解釈⇒評価損の額相当額又は一括計上した償却費の額相当額について、一度も所得の金額が減少しない自体すら生じ得る

場合によっては二重の所得減少が生じ得るという点は、各規定についてYの主張する解釈を採用すべき積極的な根拠とならない。
  争点❶について
同一の法人税の納税義務について、増額更正処分及び更正の請求に対する構成をすべき理由がない旨の通知処分の双方がされた場合、これらの処分の間に吸収関係は存在しないと解される⇒通知処分の取消しを求める訴えの利益が認められるか。
本判決:
相続税法に基づく更正をすべき理由がない旨の通知処分と増額更正処分との間について判示した最判(R3.6.24)も踏まえ、訴えの利益を否定。
but
本判決後、最判(R5.11.6):
増額更正処分後に国税通則法23条1項の規定による更正の請求をし、更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けた者は、当該通知処分の取消しを求める訴えの利益を有する旨の判断。
  争点❸について 
法人税法31条4項にいう前事業年度までの「所得の金額の計算上損金の額に算入されなかった金額」とは、原則として、償却限度額を超える減価償却費を計上した場合における当該超過額を想定した定め。
(同項と同様に「所得の金額の計算上損金の額に算入されなかった金額」について定める規定である施行令62条が、その表題を「償却超過額の処理」としていることにも表れている)
公益法人等が普通法人への移行前に収益事業に属しない減価償却資産について計上した減価償却費の金額は、課税の対象とならないが故に損金の額に算入されることもなかった金額⇒これが「所得の金額の計算上損金の額に算入されなかった金額」に含まれるか否かは、必ずしも明らかではない。
本判決:
法人税が課されないことを理由として、当該所得については同法31条4項にいう「所得の金額の計算」が存在しないと解することはできない⇒公益法人等が普通法人への移行前に収益事業に属しない減価償却資産について計上した減価償却費の金額は、同項にいう「所得の金額の計算上損金の額に算入されなかった金額」に該当。
vs.
会計上の帳簿価額と税務上の帳簿価額との間に差異が生じる。
vs.
そのような差異が生ずることは、法人税法及び施行令の規定と矛盾することはない。
  民事p70
東京地裁R5.12.27  
  取調べ・逮捕・勾留請求・公訴提起が違法⇒国賠請求訴訟(肯定事案)
  事案 原告であるXらが、
❶ 警視庁公安部による逮捕並びに検察官による勾留請求並びに監察官による交流請求及び公訴提起について、捜査機関が採用した法令解釈が不合理である
❷捜査機関採用解釈を前提としても噴霧乾燥器が規制対象に当たると判断したことが不合理であること等を主張し、さらに、
❸警視庁公安部の警察官によるX3への取調べの過程において、取調べを担当した警部補が、不当な誘導・妨害等を行ったり弁解録取書作成時に弁解を聴取せず差術を用いてこれに署名押印させるなどの社会通念上相当と認められる方法ないし様態を超えた違法な取り調べがあった等
⇒国賠法1条1項に基づき、東京都・国に対し、損害賠償を求めた。
  判断   ❶について 
いわゆる職務行為基準説を採用。
①・・・捜査機関採用解釈は、噴霧乾燥器を輸出規制の対象とした国際的な合意で定められた内容と異なる解釈を採用しているが、国際的な合意には法的拘束力がない。
②捜査機関は、輸出規制の要件を定めている法令を所管し、その解釈権限を有している経済産業省に対し捜査機関採用解釈の妥当性について確認
⇒少なくとも前記要件の解釈に関する限りでは、捜査機関として通常要求される操作は尽くしていたものといえる。
③捜査機関採用解釈は、経済産業省が定めた通達等の文言等に照らしても不合理とはいえない

捜査機関が噴霧乾燥器の性能に係る法解釈を採用したことについて合理的な根拠が客観的に欠如していることが明らかということはできず、国賠法上違法ということはできない。
  ❷について 
◎  警察庁公安部が、X1の従業員や、X2ら3名に対する捜査の過程で、X1の噴霧乾燥器の測定口等の温度が上がりにくい箇所があることを聴取しており、かつ、これらの供述は、具体的な箇所を特定するものであり、更に測定口に関しては温度が上がりにくくなる理由を説明している
⇒X1の噴霧乾燥器が規制対象となる性能を有しているかにつき「合理的な疑いを生じさせるものであることは明らか」であり、「犯罪の成否を見極める上で、指摘されている箇所の再度の温度測定は当然に必要な捜査」とした上で、聴取結果に基づき実験を実施していればX1の噴霧乾燥器が規制対象となる性質を有していないことは容易に明らかにできた。
当該捜査を遂行せずXらに嫌疑があるとしてX2ら3名を逮捕した警視庁公安部の判断は合理的な根拠が客観的に欠如しており、国賠法上違法。
交流請求及び公訴の提起を担当した検察官は、公訴提起前の時点で、他の検察官らにより行われたX1の噴霧乾燥器について温度が上がりにくい箇所を指摘していたとの報告を受けており・・・「有罪立証をする上ではこの点の検証は当然に必要な捜査であった」
・・・聴取内容に基づき検証を行っていればX1の噴霧乾燥器が規制要件に該当する性能を有していないことが容易に把握できた⇒当該検証を行わずにされた検察官の公訴提起等の判断は合理的な根拠を欠いており、国賠法上違法。
  ❸について 
  X3の取調べを担当した警部補S1が本件各事件のX3の任意取調べを通じ、X3に規制要件の文言の解釈をあえて誤解させた上、X1の噴霧乾燥器が規制対象となる性能を持っていることを認める趣旨の供述調書の署名指印するよう仕向けたと認められる。
「かかる取調べは偽計を用いた取調べであるといえるから、国賠法1条1項の適用上違法を免れない」
警部補S1は、X3の弁解録取書を作成するに当たり、X3の指摘を受け、それに沿った修正をしたかのように装い、実際にはX3が発言していない内容を記載した弁解録取書を作成し、同人に署名指印させた。
これは、自由な意思決定を阻害することが明らかな態様による供述調書の作成であり、このような方法による供述調書の作成は、国賠法上違法である。
  労働p105
津地裁R5.3.23  
  仮眠時間の一部に実作業時間butそれを労働時間とせず休業補償給付の給付基礎日額を算定⇒支給決定を取り消し
  事案 労災法に基づき休業補償給付を請求⇒伊勢労働基準監督署長は、同給付を支給する旨の決定。 
原告:本件処分には、仮眠時間全部を労働時間として算定していないなど、同給付の基礎となる給付基礎日額の算定に誤りがある⇒被告(国)に対し、本件処分の取消しを求めた。
本件処分に対する再審査請求において、労働保険審査会は、原告は管理監督者に該当するとの理由で棄却。
  判断  仮眠時間の労働時間該当性: 
労基法32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう(最高裁)。
実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているとういことはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができ、不活動仮眠状態であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法32条の労働時間に当たる(最高裁)。
本件:
原告は、使用者から仮眠時間中に携帯電話を所持するよう求められ、仮眠時間中であっても、緊急時にはそれに対応することが予定されているという事情はあるものの、実際にそのような対応をしたとの記録がない
⇒原告は、使用者の指揮命令下に置かれていたとはいえず、仮眠時間については労働からの解放が保障されていた。
  仮眠時間において実作業時間があったか?
原告の供述について、ナイト勤務における前記業務内容等と照らし合わせた上で信用性を判断し、仮眠時間の一部に実作業時間があったと判断。 
原告の仮眠時間中の実作業時間について:
客観的証拠はないものの、前記信用性が認められる範囲でナイト勤務1日につき1時間20分と算定し、その限度で労基法上の労働時間として認められる。
⇒本件処分の取消請求を認容。
  解説 仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、労働者が仮眠室における待機と警報や電話等に対応することが義務付けられていても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に前記のような義務付けがされていないと認めることができるようば事情が認められる場合においては、労働時間には当たらないとされる。
本判決:
原告が、仮眠時間中に実際に緊急の対応をしたとすれば、その旨作業日報に記載されるはずであるのに、実際にはその記載がなかった
⇒仮眠時間中に緊急時の対応を迫られることは抽象的な可能性にとどまるとして、仮眠時間全部は労働時間に当たらない。
but
前記最高裁判決は、労働の実作業時間がない場合における仮眠時間の労働時間該当性について判示したものであり、仮眠時間前後の実作業を仮眠時間中に行っていたのであれば、当然それ自体が労働時間として算定されるべきで、本件はそれを認めたもの。
  刑事p110
東京高裁R5.5.26  
  処分の著しい不当を理由とする抗告の棄却事例
  事案 特定少年によるタクシーの無賃乗車、普通乗用自動車の無免許運転、大麻所持及び年長者との共謀による恐喝の事案 
  原決定 1年6月程度の矯正教育が相当
比較的長期間の処遇勧告を父子、第1種少年院に送致 
  判断 抗告棄却 
  解説   ●特定少年の処遇選択 
特定少年に対する保護処分:
6月の保護観察
2年の保護観察
少年院送致
のいずれかの処分を選択(64条1項)
「犯罪の軽重と考慮して相当な限度を超えない範囲内において」

犯情が保護処分の上限を画する。

当該犯罪の性質、犯行の態様、犯行による被害等をふまえ、犯した罪の責任に照らして許容される限度を上回らない範囲内で処分を選択しなければならない。
刑罰>>保護処分
⇒執行猶予付きの懲役刑又は禁錮刑を科すことが通常想定されるような場合であっても、直ちに少年院送致処分を選択できないわけではない。
対象者の前歴を考慮できるか?
前歴の存在は、規範意識の欠如を基礎づけ、非難の程度を高め得る⇒同種の前歴はもちろん、異種の前歴であっても、具体的な犯行との結びつきがあれば犯情として考慮することができるとの見解。
特定少年に対して少年院送致を選択する場合、決定と同時に、3年以下の範囲内において犯情の軽重を考慮して少年院に収容する期間を定める(64条3項)。
「少年院に収容する期間」:
対象者を少年院に収容できる期間の上限を意味し、少年院での施設内処遇のみならず、仮退院した場合の社会内処遇(保護観察)の期間も含まれる。
「犯情の軽重を考慮して」定めることになるが、
少年院が対象者の状況等に応じて適切かつ柔軟な処遇を行うためには、家裁は、
犯した罪の範囲に照らして許容される限度を上回らない範囲内で、できるだけ長く収容期間を設定することが求められる。
少年院の矯正教育は1年程度の長期処遇が原則であり、仮退院後の保護観察の必要性も踏まえると、「少年院に収容する期間」としては、通常は2年又は3年が選択される。
家裁が矯正期間に関して処遇勧告を付すかどうかは、対象者の要保護性に照らし必要と見込まれる矯正教育の期間等を踏まえて検討されるもの。
通常よりも長期間の処遇を求める場合(「比較的長期間」「相当長期間」の処遇勧告)には、収容期間に上限があることを踏まえ、少年院の処遇に支障を来さないかという観点からの検討が必要。
本件:刑事裁判であれば執行猶予の余地はある
but
少年院送致処分を選択し収容期間を3年間とした原決定を是認。
少年の要保護性を踏まえ、比較的長期間の処遇勧告を付した原決定の判断を是認。 
  ●試験観察と抗告審の判断 
処分の著しい不当を理由とする抗告申立てにおいて、試験観察に付して社会内処遇の可能性を検討しなかったことの不当性が主張された場合の抗告審の判断
2595   
      最高裁民事破棄判決等の実情
  行政p31
新潟地裁R5.6.5   
  地方公共団体間の境界確定
  事案 X(湯沢市)とY(十日町)は、平成2年以後境界に関して協議⇒Xは令和1年5月に新潟県知事に対し、地自法9条1項に基づき調停を申請⇒知事は、教会に関する争論につき同法251条の2の規定による調停に付したbut同年7月、同法9条1項の規定による調停に適しないと認めて、Xにその旨を通知⇒Xは、令和2年4月、本件訴訟を提起。
  法令 地自法 第九条[市町村境界争論の調停・裁定・訴訟]
市町村の境界に関し争論があるときは、都道府県知事は、関係市町村の申請に基づき、これを第二百五十一条の二の規定による調停に付することができる。
⑧第二項の規定による都道府県知事の裁定に不服があるときは、関係市町村は、裁定書の交付を受けた日から三十日以内に裁判所に出訴することができる。
⑨市町村の境界に関し争論がある場合において、都道府県知事が第一項の規定による調停又は第二項の規定による裁定に適しないと認めてその旨を通知したときは、関係市町村は、裁判所に市町村の境界の確定の訴を提起することができる。第一項又は第二項の規定による申請をした日から九十日以内に、第一項の規定による調停に付されないとき、若しくは同項の規定による調停により市町村の境界が確定しないとき、又は第二項の規定による裁定がないときも、また、同様とする。
  解説・判断  ●市町村の境界確定の基準 
最高裁:
町村の境界を確定するに当たっては、当該境界につきこれを変更又は確定する右の法定の措置が既にとられていない限り、まず、江戸時代における関係町村の当該紛争地域に対する支配・管理・利用等の状況を調べ、そのおおよその区分線を知り得る場合には、これを基準として境界を確定すべきものと解するのが相当。
右の区分線を知り得ない場合には、当該係争地域の歴史的沿革に加え、明治以降における関係町村の行政権公私の実情、国又は都道府県の行政機関の管轄、住民の社会・経済生活上の便益、知性上の特性等を自然的条件、地積などを考慮の上、最も衡平妥当な線を見出してこれを境界と定めるのが相当。
本件:
上記「法定の措置」は執られていない。
上記最判

ア:江戸時代における関係町村の係争地①及び②に対する支配・管理・利用等(「利用等」)のおおよその区分線を知り得る場合には、これを基準とし、
イ:これを知り得ない場合には、係争地①及び②の歴史的沿革等から最も衡平妥当な線を見出してこれを境界と定める
  本判決:
係争地①の2について:
(倉俣村)Y側の住民は、江戸次第末期から、 地租改正後に官有地に編入され入会地としての利用が制限された明治8年頃までの間、木材や馬草等の採取のために入会地として利用し、その代償として領主に米を納めるなどしてきたのに対し、三俣村(X側)の住民は、明治10年以降に立ち入ることがあったと認められるにとどまり、これを超えて、江戸時代において倉俣村の住民と同様の利用等をしていたと認めることはできない。

江戸時代における関係町村の利用等のおよその区分線として、Y主張のとおり認めた。
係争地①の1について:
X側の村やY側の村の間では、清津川の流路の関係で、江戸時代においても相当の往来があり、これに伴って各住民が係争地①の1にも立ち入ることがあったと考えられるものの、各住民が具体的にどのような利用等をしていたのかは明らかではなく、江戸時代末期における関係町村の利用等のおおよその区分線を知ることもできない。
水利・治水上の観点や地勢上の特性に鑑み、Yに属するものと定めた。
係争地②について:
江戸時代における町村の管理、支配、利用等の状況を踏まえ、Xに属する。

江戸時代における町村の利用等の状況の判断に当たって、双方の提出した江戸時代以降の図面等における位置関係や地名・字名の記載の有無・内容(なお、村境については、客観的な利用等の状況を裏付けるものとみることができるか(一方がその認識を記載したものにとどまる可能性があるか)という観点からも検討したものとみられる。)、地租改正(明治8年)に伴い官有地に編入されたことに伴う住民の対応(例えば、国に対し、民有地への編入を願い出る、拝借を求めるといった対応をしたことがあるかどうか)などの観点から検討したものとみられる。
  民事p46
最高裁R5.10.19  
  訴訟上の救助の付与対象について
  事案 Xら(16名)を含む32名の原告らによる国賠訴訟で訴訟上の救助を申立てた。
Xらにについては、資力要件(民訴法82条1項本文)を欠くことを理由に申立てを却下⇒Xらが即時抗告。
  原決定 共同して訴えを提起した各原告の請求の価額を合算したものを訴訟の目的の価額とする場合には、各原告は前記訴訟の目的の価額を基礎として算出される訴え提起手数料につき訴訟上の救助の付与対象となるべき額は、いずれの原告についても前記全額
⇒民訴法82条1項本文所定の費用として考慮すべき訴え提起手数料の額は、いずれの原告についても前記全額。
  判断 ①共同して訴えを提起した各原告の請求の価額を合算したものを訴訟の目的の価額とする場合において、訴え提起手数料につき各原告に対する訴訟上の救助の付与対象となるべき額は、前記訴訟の目的の価額を基礎として算出される訴え提起手数料の額を各原告の請求の価額に応じて案分して得た額に限られる(民訴費用法9条3項柱書参照)
⇒訴えの提起の手数料につき各原告に対する訴訟上の救助の付与対象となるべき額は、上記のとおり案分して当た額に限られる。
②各原告は、共同して訴えを提起することなく個別の訴えを提起したとしても訴訟上の救助の付与を受けることができる⇒他の共同原告の請求に係る訴え提起の手数料の支払いを要することを前提に各原告につき訴訟上の救助による救済を図る必要性があるとは考えられない⇒前記の場合において、各原告につき民訴法82条1項本文にいう「訴訟の準備及び追行に必要な費用」として考慮すべき訴え提起手数料の額は、前記のとおり案分して当た額。

原決定を破棄して、本件を原審に差し戻した。 
  規定 民訴費用法 第九条(過納手数料の還付等)
3次の各号に掲げる申立てについてそれぞれ当該各号に定める事由が生じた場合においては、裁判所は、申立てにより、決定で、納められた手数料の額(第五条の規定により納めたものとみなされた額を除く。)から納めるべき手数料の額(同条の規定により納めたものとみなされた額を除くものとし、民事訴訟法第九条第一項に規定する合算が行われた場合における数個の請求の一に係る手数料にあつては、各請求の価額に応じて案分して得た額)の二分の一の額(その額が四千円に満たないときは、四千円)を控除した金額の金銭を還付しなければならない。
民訴法 第八二条(救助の付与)
訴訟の準備及び追行に必要な費用を支払う資力がない者又はその支払により生活に著しい支障を生ずる者に対しては、裁判所は、申立てにより、訴訟上の救助の決定をすることができる。ただし、勝訴の見込みがないとはいえないときに限る。
  解説  訴額が高くなるほど、手数料の加算率は低くなるように規定。
訴額について合算法則が適用される場合、各請求についての手数料の額は、手数料総額を各請求の価額に応じて案分して得た額に逓減される関係。

手数料の還付につて規定した民訴費用法9条3項柱書にいう「納めるべき手数料の額」に現れている。
but
数人の共同申立てにかかる手数料にあっては、共同申立人は、各自申立手数料の全額の納付義務を負うと解されており、現実に納められた手数料は、各請求に対しその価額に応じて配分されている関係にあり、全額が納付されない限り、全ての請求に未納があることになり、全ての請求は不適法であると解されている。
 
合算法則が適用される訴えの主観的併合の場合、訴え提起手数料につき各原告に対する訴訟上の救助の付与対象となるべき額が、案分して得た額と解すべきか、全額と解すべきかが問題。 
本決定:前者の見解

1つの訴えで数個の請求をする場合に手数料を請求ごとに観念すうる民訴費用法の考え方(同法9条3項柱書、4項)に沿う。
原判決:後者

訴え提起手数料につき一部の共同原告に対して訴訟上の救助を付与する決定がされた場合、同決定が、訴訟上の救助を付与されていない他の共同原告にいかなる影響を及ぼすか?
仮に他の共同原告との関係でも、訴え提起手数料が全額納付されたのと同様の効果⇒救助の要件を満たしていない他の共同原告を不当に利することになる。
本決定

訴え提起手数料につき一部の共同原告に対して訴訟上の救助を付与⇒救助を付与されていない他の共同原告は、救助を付与された原告の案分割合を除く割合の額を納付する義務を負う。
その学が納付されない場合、たとえ他の共同原告が訴えを取り下げても、救助を付与された原告の請求に係る訴えも不適法となり、訴えの全部は却下。

訴額の合算法則により各請求について訴え提起手数料が逓減されるのは、併合して同時に審判することによって、格別に審判するより裁判所の提供する役務の量が少なくて済むという理由に基づく⇒併合審理を前提とせずに、前記逓減された額の訴え提起手数料の納付で足りると考えることはできない。
  民事p57
大阪高裁R4.8.24  
  小学校の請負工事について、学校法人理事長への損害賠償請求(否定事例)
  事案 Xが、Z(学校法人)の理事長であったY1及びその妻であるY2が、本件請負契約締結の際、Zにおいて請負報酬を支払う意思も能力もなかったのに、これがあるかのように装い、Xを欺罔して本件請負契約を締結させたことが不法行為(詐欺)に当たる⇒Yらに対し、共同不法行為に基づく損害賠償請求として、回収不能となった請負報酬残金その他の損害合計15億円のうち1億円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めた。
  争点 ①本件請負契約の報酬額
②Y1の不法行為(詐欺)の成否
③Y2のY1との共同不法行為の成否 
  原審 争点①:Xの主張どおり15億5520万円 
  争点②: 
Y1が本件請負契約締結の際に請負報酬の半額を私学助成金で支払う旨を告げた事実が認められるが、
Zは、本件請負契約締結時である平成27年12月22日に、契約に従い、1億5552万円を支払っている⇒最終残金の支払時期である平成29年5月31日までに支払うべき請負報酬の残金は約14億円。
・・・・・
加えて、本件小学校の開校及び経営を切望していたY1が、本件請負契約締結時点において請負報酬を支払う意思もなく、これを支払わないままで学校経営を続けることを想定していたとみるのは不合理。

Zが、本件請負契約締結時において、本件請負契約の報酬額である15億5520万円をその最終残金の支払時期までに調達するだけの資力ないし能力がなかったものと評価するのは相当ではない。

Yの欺罔行為も詐欺の故意も認められない。
  控訴  追加主張:
ア:Yらが施主として当然なすべき説明をXにせず、虚偽の事実を申し向け、Xを騙して無謀な学校建設計画に巻き込んだ行為そのものが不法行為に当たる。
イ:本件後に・・・新設された私立学校法44条の3(役員の第三者責任)の趣旨を踏まえると、Yらが同法40条の2(忠実義務)、民法644条(善管注意義務)に違反し、Zに損害を与え、そのことによって第三者であるXに損害を与えたときは、Xに対する重大な過失があったと評価することができる
⇒Yらは、民法709条、719条に基づく賠償責任を負う。
  判断 原審同様、不法行為の成立を否定して、控訴を棄却。
Xは、




⇒Zが請負報酬を支払うことができることについて全く疑問を持っていなかったことが窺われ、Xにおいて、本件請負契約当時、私学助成金がなければZには請負報酬の支払能力がないと認識していたとは認められず、私学助成金7億円が出るから本件請負契約を締結することを決めたという関係にあったとは認め難い。

Y1が私学助成金について虚偽の事実を述べたこととXによる本件請負契約の締結との間の因果関係は認められない。
アについて:
本件請負契約に基づくZがXに対し負う義務は請負報酬を支払うことであり、そのための資金調達をどのように行うのかという点や、本件小学校の設置計画が本件審査基準に適合しているかといった点は、請負報酬の支払という契約上の給付の内容とは直接関係がなく、Zの責任で処理すべき問題

Zにおいて、本件請負契約を締結するに当たり、これらの点を契約の相手方であるXに対して逐一説明する義務があったということはできない。

本件小学校の建設工事それ自体は何ら違法なものではない

Yらにおいて、Xが主張するような説明をすることなく本件請負契約を締結したからといって、当該説明をする義務が存在することを前提として、Yらの不法行為責任を認めることはできない。
イについて:
本件で問題となるYらの行為は、改正法の施行日である令和2年4月1日より前の行為⇒Yらの行為について、市立学校法44条の3の規定を適用して、義務違反行為があったことを理由にXへの損害賠償責任を認めることはできず、あくまで不法行為(民法709条)責任が成立するかという見地から判断するしかない。
不法行為が成立するためにには、Xに対する加害につき故意又は過失があることが必要であるところ、Y1には、Zの理事長としての忠実義務及び善管注意義務に違反する行為は認められるものの、Xに対する関係では、本件請負契約の締結について故意(詐欺)又は過失(説明義務違反等)による不法行為は認められない。
  労働p67
東京地裁R4.10.14  
  内定者アルバイトの自殺での業務起因性(否定事例)
  争点  亡Vの自殺の原因となった精神障害に業務起因性が認められるか? 
  主張 X:
亡Vの本件疾病の発病に関連して、亡Vが、その指導担当である社員Aから依頼された作業を終了時刻までに終えられない見込みであったため、社員Aから「お前は解雇だ」と言われた又は自らの立場を不安にさせられる言葉を投げかけられた(出来事❶)
亡Vが内定者アルバイトであったにもかかわらず、Xは、亡Vが期限を守ることが困難である業務を指示され(出来事❷)
実際に期限を守れなかった作業があった(出来事❸)
内定者アルバイトの業務が、亡Vが学生時代に行ったアルバイトとは質的に異なり、E社での将来に直結するものであった(出来事❹)
⇒本件疾病の発症には業務起因性が認められる。 
  判断   (業務と疾病との間の)相当因果関係を認めるためには、当該疾病等の結果が、当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要。 
出来事❶について:
内定者アルバイト制度の目的・内容等や発現前後の経緯等

社員Aは、解雇等に言及しておらず、亡VのE社での地位・立場を不安定にする言葉を述べたものではない。
but
ア:定時における作業の中止(切り上げ)を強調する趣旨と、
イ:作業の未完成に対する否定的な評価を含む発言をした
と認定。
①内定者アルバイトは、先輩社員の補助として、残業が生じない範囲で、使用者や依頼者との関係で責任を問われない仕事を与えられ、勤務評定や評価の対象とはされていない

アは、心理的に影響を与える内容のものとはいえないが、イは、本来想定されていない否定的評価が告知されたものであり、アの強調とあいまって、亡Vに相応の心理的負荷を与え、解雇されたと亡Vに誤解させる原因となったと解される。
②社員Aの発現は亡Vの地位・立場を不安定にするものではなかった
③E社の対応により、その後の亡Vの業務に支障はなかったと認められる

認定基準別表Ⅰの項番30「上司とのトラブルがあった」に当てはめた場合の心理的負荷は「中」と評価。
  ❷❸について:
①亡Vが依頼を受けた業務の一部には期限が設定されていたが、内定者アルバイトの役割や立場からすると、ノルマが課されていたとは評価できない
②亡Vと先輩社員との関係性が良好だ得ったと認められる

認定基準別表1の項番8
「達成困難なノルマが課せられた」に当てはめた場合の心理的負荷は「弱」と評価
Xの指摘する作業に期限の設定はなく、項番9「ノルマが達成できなかった」には該当しない。 
❹についても、心理的負荷は「弱」
 
心理的負荷の全体評価は「中」
  刑事p85
福岡高裁R5.12.15  
  工具痕鑑定の信用性が否定された事例
  事案 常習特殊窃盗と特殊解錠用具の所持の禁止等に関する法理違反からなる事案 
  原審 DNA鑑定の信用性を認めたほか、
信用できる工具痕鑑定によれば、被害現場に残された工具痕は、被告人の所持していた銀色バール、緑色バール又は本件パイプレンチにより形成されたものと認められる
足跡痕鑑定も総合し、
全ての事実を認定し、被告人を懲役9年に。 
  判断 工具痕鑑定の信用性を争う弁護人の主張も踏まえて、工具痕鑑定により被告人を犯人と認めるには合理的な疑いが残る
⇒原判決を事実誤認で破棄した上、原判決が工具痕鑑定を決め手に被告人の犯人性を認定した事実を犯罪の証明がないものとし、
その余の事実のみ原判決の有罪判決を維持して、被告人を懲役4年に処した。
but
犯罪の証明がないとした部分は、一罪である特殊解錠窃盗の一部⇒主文で無罪の言渡しはしなかった。 
  解説 工具痕鑑定 
東京高裁の事例:
B鑑定の結論を導く前提とされた事実には十分な証拠がない上、専門的な知見の信頼性を全て面的に肯定できるだけの根拠が十分示されていないのに、一審判決は、B鑑定の信用性を過大評価しており、論理則、経験則等に照らし不合理。
but
B鑑定の、前記擦過痕と前記印象痕が「同一である」とする判断部分は採用できないが、B鑑定は、「高い類似性が認められる」という限度では信用できる
⇒他の証拠も総合すれば、Aを有罪とした一審判決の結論に誤りはないとして、Aの控訴を棄却。
2594   
  特報p19
公調委R5.10.31   
  土砂埋立てに伴う土壌汚染による財産被害等責任裁定申請事件
  事案 申請人らの所有地等の隣地の埋立て許可を得た土木関係会社等が、申請人らの所有地等である山林等に無断で産業廃棄物である建設汚泥処理物等を埋め立てた⇒埋立により森林が破壊され、土壌が汚染され、周辺井戸の水失が汚染された⇒被申請人土木関係会社等及び条例上の許可権限を有する被申請人稲敷市に対して損害賠償を求めた。
公害等調整委員会では、公害紛争法42条の12に基づき、公害に係る被害の損害賠償責任の有無及び損害額について法律判断を行う責任裁定手続を実施。
  争点 ①公害紛争該当性(本案前の主張)
②土木関係会社等の責任
③稲敷市の責任
④損害の範囲及び金額等 
  裁定  被申請人らの損害賠償責任を認め、申請を一部認容する裁定。 
当時の稲敷市土砂等による土地の埋立て等の規制に関する条例及び同施行規則は、土砂等による土地の埋立て等について必要な規制を行うことにより、災害の防止及び生活環境の保全を図ることを目的として、当該事業区域の面積が500㎡以上5000㎡未満の土地の埋立て等について、事業を施行しようとするものは当該事業の計画について事前に市長と協議をした上で市長の許可を受けなければならないものとしており、
埋立事業に用いる土砂等からは廃棄物の処理及び清掃に関する法律2条1項に規定する廃棄物をのぞく旨を規定し、事業者に対し土砂等の発生から埋立てまでの取扱業者を記載したフローシート及びその全ての契約書の写しや土砂等の地質分析結果証明書等の提出を求めていた。
本裁定:
この埋立て許可を行った稲敷市の責任について、市は、廃棄法上、一般廃棄物の処理責任を負っている(同法4条1項)ところ、
本件においては産業廃棄物による埋立てが問題となっているが、廃棄物の概念についていずれも共通であり、
平成11年最判以来、
ア:その物の性状、イ:排出の状況、ウ:通常の取扱い形態、エ:取引価値の有無及びオ:事業者の意思等(「5要件」)を総合的に判断する基準が示され、これに従って行政実務が形成され、その中でも有償性は重要なメルクマールとなっている。

事前協議の段階におけるフローシートや契約書の審査などにおいても、5要件を念頭に置いた確認がなされるべき。
本件の埋立てに係る各契約書にはフローシートに合致しない部分や不審かつ不合理な点があり、廃棄物であることを疑わせる記載もあったにもかかわらず、市が、条例及び規則に定められた契約書の提出を求め、5要件を踏まえて廃棄物に当たらないか慎重に検討する義務を怠り、いわゆる逆有償(物を引き渡す側が引き取る側に処理料金を支払う等)で取引されていることを見過ごし、条例上求められている職務上尽くすべき義務を尽くさずに漫然と埋立てを許可した⇒国賠法上違法。
申請人らの所有地等への無断埋立てについては、市は既に無許可埋立てが行われ、さらに拡大及び継続しかねない状況にあること等を認識し得たにもかかわらず、事業停止や原状回復その他の必要な措置を命ずるなどの規制権限の行使を怠った
⇒その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠き、国賠法上違法と判断。
  土壌汚染及び水質汚濁による損害の範囲及び金額等について: 
申請人ら:森林回復等のために必要であるとして、主位的に、無許可で埋め立てられた建設汚泥処理物等の全量撤去を前提とする費用を請求。
本裁定:
責任裁定においては公害により生じた被害を回復するために必要な範囲において請求を認めるのが相当。
専門委員の意見も踏まえ、
土壌と水質におけるふっ素濃度及び水素イオン濃度の状況によれば、ふっ素濃度との関係で土壌に対する何らかの対処が必要な状況にあるとは認められないが、
水素イオン濃度については自然の中和による土壌の回復には相当長期間かかると考えられる。

森林回復のための土壌への対策として、無許可で埋め立てられた土壌の上部の中和処理にかかる費用の損害賠償請求を認めた。
井戸水についてはふっ素濃度及びpH値の上昇といった影響は認められず、無許可埋立地の周辺井戸のうち具体的にどの井戸にいつ頃どの程度の影響が生じるか予測することは困難であるものの、委託調査の結果も含め広範囲にわたって基準値を超えるふっ素濃度及び高pHによる土壌汚染が生じていること、原状回復としての土壌の中和処理がなされることにより重金属が溶出してくる可能性がある

隣接する周辺井戸の所有者が井戸水への水質汚染を懸念して監視を行うことは合理的な行動⇒50年間分の井戸水の監視費用の損害賠償請求を認めた。
  解説 公害等調整委員会の責任裁定は、裁定書の正本が当事者に送達された日から30日以内に責任裁定に係る損害賠償に関する訴えが提起されないときは、当事者間に責任裁定と同一内容の合意が成立したものとみなされる(公害紛争法42上の20)ところ、本裁定後、申請人らは、本件に関し訴訟を提起した。 
  特報p51
公調委R5.12.5   
  砂利採取計画変更不認可処分に対する取消裁定申請事件
  規制 砂利採取業者は、砂利の採取を行おうとするときは、採取計画を定め、都道府県知事等の認可を受けなければならず、認可を受けた採取計画を変更しようとするときも、認可を受けなければならない(砂利採取法16条、20条)。
都道府県知事は、認可の申請に係る採取計画に基づいて行う砂利の採取が他人に危害を及ぼし、公共の用に供する施設を損傷し、又は他の産業の利益を損じ、公共の福祉に反すると認めるときは、認可をしてはならない(同法19条)。
当道府県知事が同条により認可・不認可の判断をする場合に、具体的にどのような点を考慮するかについては、各都道府県の条例等に定められており、岐阜県では認可基準や手続要領等が定められている。
  事案 申請人は、処分庁から、砂利採取の期間を認可の日から1年6か月とする砂利採取計画の認可(「当初認可」)を受け、砂利採取を行っていたところ、申請の際、現に圏内で砂利採取を行っている砂利採取業者2社の連帯保証契約書を提出。
⇒搬入先の事情で原石を搬入できない期間があった⇒当初認可の際と同じ2社の連帯保証契約書を提出し、採取期間の満了日を当初認可の日から2年に変更する旨の変更認可震申請⇒確実に採取跡地作業が実施されるとは認められないとして不認可処分。

砂利採取法40条1項に基づき、公害等調整委員会に対し、本件不認可処分の取消しを求める裁定の申請。
  判断 処分庁:申請人が裁定申請の時点において既に砂利採取廃止届書を提出⇒裁定申請の法律上の利益を失った⇒却下を求める。
vs.
申請人は、当初認可の期間を超えて認可を受けていない状態で砂利採取業を行った⇒本件不認可処分が取り消されなかった場合、処分庁から砂利採取業の登録の取消しや事業停止を命ぜられるおそれがある⇒本件不認可処分の取消しにより回復すべき法律上の利益が存在し、本件裁定申請の利益はある。
処分庁:砂利採取業者等の2社による連帯保証では確実に採取跡地作業が実施されるとは認められず、本件不認可処分に違法はない。
vs.
砂利採取法19条は、処分庁が認可の審査に当たり、認可申請のなされた個別事案の特性(採取上の位置、付近の環境、自然の状況等)を十分に配慮した上で総合的判断を下すことに期待する趣旨で規定。
⇒認可申請の審査に当たり、条例等に定められた認可基準等を考慮すること自体は法の趣旨に反しないものの、当該申請に対する処分が、当該申請がなされた個別事案の特性や事情への配慮を欠く場合、広範な考慮すべき要素が認可申請の判断過程で十分に考慮されていない場合ないしは総合判断において特定の判断要素のみが殊更に重視されている場合などには、当該処分は同条の趣旨に合致せず違法となり得る。
①岐阜県の認可基準におけるC協同組合の保証はあくまでも例示であるにもかかわらず、本件不認可処分の理由において申請人が用意した2社を不適切とする具体的な理由の提示はない
②申請人が当初認可に係る砂利採取において特段の危険を生じさせたことや連帯保証をしている2社による保証が履行されない危険が増加したことは認められない
③変更認可申請時には既に原石採取を終えており農地復元のための採取跡地作業が残っていたにすぎないことなで、事案に即して考慮すべき個別具体的な事情が総合考慮されていない
⇒砂利採取法19条の趣旨に反し違法。
  解説 公害など調整委員会の裁定は、処分庁を拘束するものとされ、申請を棄却した処分が最低で取り消された時は、処分庁は、裁定の趣旨に従い、改めて申請に対する処分をしなければならないものとされている。 
  行政p59
最高裁R5.7.11  
  性同一性障害者のトイレ使用についての国公法86条の規定による行政措置の要求に対する人事院の判定が違法とされた事例
  事案 Xが、国公法86条の規定により、人事院に対し、職場のトイレの使用等に係る行政措置の要求⇒いずれも認められない(「本件判定」)⇒Y(国)を相手に、本件判定の取消しを求めるほか、本件処遇や経済産業省の職員のXに対する発言等が違法であるとして国家賠償を求めた。
  判断 原判決中、本件判定部分の取消請求を棄却すべきであるとした部分を破棄し、同請求を認容した1審判決は正当であるとして、同部分につきYの控訴を棄却。 
  規定 国公法 第八六条(勤務条件に関する行政措置の要求)
 職員は、俸給、給料その他あらゆる勤務条件に関し、人事院に対して、人事院若しくは内閣総理大臣又はその職員の所轄庁の長により、適当な行政上の措置が行われることを要求することができる。
国公法 第八七条(事案の審査及び判定)
 前条に規定する要求のあつたときは、人事院は、必要と認める調査、口頭審理その他の事実審査を行い、一般国民及び関係者に公平なように、且つ、職員の能率を発揮し、及び増進する見地において、事案を判定しなければならない。
  解説   ●   ●人事院の判定の違法性にうちての判断枠組み
  国公法86条の規定による行政措置の要求に対する人事院の判定につき、その違法性についての判断枠組みを示した判例はない。
but
地方公務員についての同様の制度である地公法46条の規定による行政措置の要求に対する人事委員会の判定につき、判例は、人事委員会に広い裁量権が認められ、審査の手続が違法である場合、又は人事委員会が有する裁量権の限界を超えて行われる場合に違法となる(判例)。
  人事院が行政措置の要求についての審査を行う

①職員の勤務条件の内容が広範にわたり、かつ、その内容も専門的であることから、人事行政についての専門機関である人事院によって審査されるのが適当
②労働基本権制制約の代償機能を果たしている中立第三者機関である人事院が処理することにより、公正な判断が期待できる。

その判断は、人事院の裁量に委ねられている。
  ●判断 
本件処遇は、経済産業省において、本件庁舎内のトイレの使用に関し、Xを含む職員の含む環境の適正を確保する見地からの調整を図ろうとしたもの。
本件における各事情を指摘し、そのような事情の下では、遅くとも本件制定時においては、Xに対し、本件処遇の下において、自認する性別と異なる男性用トイレを使用するか、執務室がある回から離れた階の女性トイレを使用せざるを得ないのであり、日常的に相応の不利益を受けている。

Xの女性トイレの使用を制限する本件処遇が、関係者の利益調整の在り方として合理的なものであるか否かについて、本件にあらわれた具体的な事実関係を踏まえた上で判断。
(1)・・・不利益を受ける
(2)他の職員との利益調整について
(3)主にXが生物学的男性であることを知る職員との関係で考慮すべき事情

本件処遇が、関係者の利益調整の在り方として合理性を欠く。
前記判断を踏まえ、本件判定部分に係る人事院の判断は、他の職員に対する配慮を過度に重視し、Xの不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びにXを含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたものと言わざるを得ない。
⇒本件裁定部分は違法。

裁量権濫用型審査を執りつつ判断過程の適切性の観点を考慮した従前の判例と軌を一にするもの。
「関係者の公平並びにXを含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして」~87条の基準に即した表現。
  民事p75
最高裁R5.10.16  
  損害賠償請求権の額から控除できる額
  事案 交通事故により死亡した被害者Aの妻子であるXらが、加害車両2台をそれぞれ運転していた加害者Y1・Y2に対し、損害賠償請求をした事案。
Aは、自らを被保険者として、人身傷害条項のある普通保険約款が適用される自動車保険契約(「本件保険契約」)を締結。
保険会社Zは、Xらに対し、自動車損害賠償責任保険からの自賠法16条1項に基づく損害賠償額の支払分(「自賠金」)を含めて一括して支払いをすることとして(「人傷一括払」)人身傷害保険の保険金額(アマウント)を超える額の金額を支払った。
この支払金につき、XらのYらに対する損害賠償請求権の額から控除することができる額が問題。、
  経緯 ①Zが、Xらに対し、8640円を支払、その後、Xらから保険金支払いについての仮協定書を受領した上で、2999万1360円を支払った(支払金1・2)。
②Zは、Y1に係る自賠責保険から自賠金として3000万円を受領。
③Zは、X1から再度仮協定書を受領した上で、Xらに対して3000万円を支払った(「支払金3」)。
④Zは、Y2に係る自賠責保険から自賠金として3000万円を受領。
⑤XとZの間で、保険金支払についての最終協定は締結されていない。
  説明 本件保険契約における人身傷害保険の保険金額は、3000万円であるところ、本件各支払金の額(合計6000万円)は保険金額を超える。 
Yら:本件各支払金につき、その全額が自賠金の立替金である(人身傷害保険金については、最終協定時に別途支払われるとの主張)として、XらのYらに対する損害賠償請求権の額から本件各支払金を全額控除すべき。
but
これと異なり、本件各支払金のうち保険金額の範囲内である3000万円について、これが人身傷害保険金であるとした場合には、その全額控除されることにはならない。
交通事故の発生について被害者にも過失がある場合に、被害者に対して人身傷害保険金が支払われたときには、これを支払った保険会社(「人傷社」)は、人身傷害保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が過失相殺前の損害額を上回るときに限り、その上回る部分に相当する額の範囲で、人傷社は前記請求権を保険代位により取得し、被害者の前記請求権の額が減少。

本件各支払金が自賠金の立替金であるか、それとも本件各支払金のうち保険金額の範囲内である3000万円については人身傷害保険金であるかにより、XらのYらに対する損害賠償請求権の額から控除することができる額が異なる。
  原審 ZはXらに対して人傷一括払として本件各支払金を支払っており、その合計額が人身傷害保険の保険金額を超えるものであった
⇒本件各支払金は、その全額につき、人身傷害保険金としてではなく、自賠金の立替払として支払われた
⇒XらのYらに対する損害賠償請求権の額から、本件各支払金の全額を控除すべき。 
  判断 本件各支払金のうち人身傷害保険の保険金額に相当する支払金1・2については、人身傷害保険金として支払われたもの⇒XらのYらに対する損害賠償請求権の額から、本件支払金1・2の支払による保険代位することができる範囲を超える額を控除することはできない。 
  解説   被害者を被保険者とする人身傷害保険は、加害者を被保険者とする対人賠償保険とは異なり、自賠責保険の上積み保険ではないものの、対人賠償保険の実務において行われている一括払と同様に、人傷社による人傷一括払が実務上広く行われている。
①約款所定の損害算定基準により算定された損害額(「人傷基準損害額」)<人身傷害保険の保険金額
②人傷基準損害額>保険金額⇒人傷社が保険金額に上乗せして自賠金相当額を支払うことにより、人傷社からの支払額>保険金額の場合
  人傷一括払⇒人傷社は、被害者から代位取得した自賠法16条1項に基づく請求権を行使して、自賠責保険から自賠金を回収。
but
被害者に過失があり、後の裁判において過失相殺がされる事案では、人傷社は、自らが保険代位することができる範囲を超えて自賠金を受領。
この場合に被害者の加害者に対する損害賠償請求権の額から、前記自賠金相当額を全額控除することができるか? 
A:全額控除否定説(不当利得容認説)
←前記自賠金を受領したのは人傷社であり、被害者が受領したものと同視できない。
B:全部控除説
←人傷一括払の合意により人傷社と被害者との間で16条請求権の委任や自賠金回収の代理権の授与がされたといえる
ABいずれを採りうるかは、人傷一括払の手続において、被害者と人傷社の間で、16条請求権の委任等の合意がされたといえるかどうかという問題に帰着。
令和4年最判:
当該事案につき、被害者が人傷社に対して自賠金の受領権限を委任したと解することはできず、人傷一括払により自賠金の支払がされたと解することもできない

保険金額の範囲内でされた人傷社の支払金は、その全額が人身傷害保険金としての支払であり、被害者の損害賠償請求権の額から人傷社が回収した自賠金相当額の全額を控除することはできない。

A説。
②の狭義の人傷一括払について:
人傷社は、保険金額と同額の保険金を支払った上で、これに加えて代位により取得した自賠金を被害者に支払うという運用。
ア:人傷社は、保険金額に相当する保険金を被害者に支払い、
イ:人傷社は、保険金の支払により代位取得した被害者の16条請求権を行使して自賠金を取得する
ウ:人傷社は、取得した自賠金の一部(人傷基準損害額と保険金額の差額。自賠金の額がその差額以下である時は全額)を被害者に支払い、最終協定を締結。
人傷社が、保険金請求権者に対し、人身傷害保険金として給付義務を負うとされている人身傷害保険金額に相当する額を支払った場合には、保険金請求者との間で、人傷一括払の合意をしていたとしても、人傷社が支払った金額は、特段の事情がない限り、その全額について、人身傷害保険金として支払われたものというべき。

①支払金のうち保険金額の範囲内で支払われた金員については、人傷一括払の合意をしていたというだけで、前記金員に自賠金が含まれているとみるのは不自然、不合理
②前記金額に自賠金が含まれていると解すると、遅延損害金等の点で被害者に不利益が生じ得る
③Xらが提出した仮協定書の記載からは、支払金1・2が自賠金の立替金であることを確認する趣旨を含むものと解することができない
⇒前記特段の事情を否定。

本判決は、令和4年最判と同様、人傷一括払の手続における当事者の合理的な意思を探求するものであり、令和4年最判の判断内容をより敷衍した説示。
狭義の人傷一括払を行われた場合において、その支払金のうち保険金額を超過する部分の支払については、不当利得容認説の立場からも、被害者が実質的に自賠金の支払を受けたとみることができる。
本判決も支払金3については、人身傷害保険金として支払われたものではないことが明らか⇒自賠金の立替金として支払われたとした。
  民事p81
大阪高裁R4.10.28  
  高校が生徒募集を停止して廃校⇒提携先の事業者が損害賠償請求(肯定)
  事案 Xら:学習支援教室の運営ができなくなった⇒Y1らに対して債務不履行、不法行為、会社法350条又は使用者責任に基づき、Y1の親会社Y2に対して不法行為、会社法350条又は使用者責任に基づき、Y1・Y2の代表取締役Y3及び元幹部従業員Y4に対して会社法429条1項又は不法行為に基づき、各損害賠償を求めた。 
  規定 会社法 第三五〇条(代表者の行為についての損害賠償責任)
株式会社は、代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
会社法 第四二九条(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
  原審 Y1に債務不履行責任、Y3に会社法429条1項の責任を認め、その余の請求を棄却。 
構造改革特別区域法に基づき自治体の長の認可を受け、広域通信制課程を設けて全国各地の学習支援教室と締結する本件学校を設置したY1と、
当該学習支援教室を運営するXらとの間で、
当該学習支援教室運営・経営、商標・標章の使用を許諾し、その対価として所定の料金の支払を受けることとする契約(基本契約)が締結された場合において、
本件学校が不適切な生徒募集や教育内容についての苦情電話をきっかけとして数々の不祥事が明らかになり、生徒の募集停止の上、廃校に至ったことにより、当該学習支援教室の運営ができなくなったときは、
Y1については、基本契約の債務不履行に当たり、
代表取締役であるY3については、関与する学習支援教室において就学意欲のない生徒を積極的に在籍させている実態があり、学校の設置認可等の権限を有する機関から疑義が呈されていたことを認識しており、これを是正しなければ本件学校の存続が危ぶまれる事態に陥ることは容易に予測できたのに放置したことは著しく不合理な判断

重過失により善管注意義務に違反し会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負う。
  判断 Y2及びその代表取締役としてのY3の損害賠償責任を付加して認めた。 
●  Y1:
在学生徒に対し、法令に従った通信教育を提供すべき責任を負うが、これは生徒との関係での在学契約上の責務であることはもとより、Xらとの関係でも基本契約上の責務であるところ、
本件の事実関係の下においては、およそ法令に従った通信教育を実施していたとはいえず債務不履行があり、募集停止措置と廃校はその結果である
⇒Y1は募集停止措置と廃校によってXらに対して生じた損害賠償責任を負う。
Y3(代表):
Y1の前記債務不履行を意図的に助長したものであり、Xらとの関係では不法行為に当たり、かつ、Y3の不法行為はY1の代表取締役在職中にその業務を行うについてされたもの⇒Y1は会社法350条に基づく責任も負う。
Y2(親会社):
Y1の完全親会社として本件学校の経営のあり方を左右することができる立場にあり、Y3はY2の代表取締役の地位にあったところ、Y3の不法行為はY2の職務を行うについてされたということもできる
⇒Y2は会社法350条に基づく責任を負う。
Y4(幹部社員):
就学支援金詐欺行為を行っていたが、Xらが主張する損害は募集停止措置と廃校に起因するものであり、Y4の行為と損害との間の因果関係を肯定することは困難
⇒Y4に対する損害賠償請求は理由がない。
Xらが賠償を受けるべき損害:
生徒救済のための月謝の免除・転校費用・学費減額分、他校との提携契約締結に当たってやむを得ず支出した費用、生徒の外部流出及び新入生徒の減少による逸失利益、弁護士費用。
Xらの主張の損害は、Y1が学校設置者としての基本的な債務を意図的に懈怠したために生じたものであるところ、
学校設置者の法的地位・責任とXら学習支援教室経営者の法的地位・責任とは格段の違いがある⇒過失相殺の主張は採用できない。
  労働p100
東京高裁R5.4.26 
  組合員の業務の一部拒否が、労組法7条1号の「正当な行為」に該当するとされた事例
  事案 Xの従業員が加入する労働組合である補助参加人Zが、一定の残業を拒否する残業拒否闘争(「本件拒否闘争」)を開始したことに対し、Xが残業となる可能性のある業務を命じない措置をとったことが不当労働行為にあたる⇒労組法27条に基づき救済申立て⇒東京都労働委員会が救済命令⇒再審査の申立て⇒棄却(「本件命令」)

Xが、本件拒否闘争は自らの要求事項を自力執行の形で実現する目的で行われる争議行為であり、争議行為としての正当性を欠くなどとして、本件命令の取消しを求めた。
  一審 労組法7条1号該当性について、本件措置は、Zの組合員の賃金減少が見込まれる⇒経済的待遇上の不利益取扱に該当。
本件拒否闘争の目的について
①Zは、広島分会の結成後、一貫して本件賃金体系の改定を求めていた
②9月22日の団体交渉においてなされた集荷残業の残業代支払要求は、本件賃金体系が是正されることを前提とするもの
⇒8月30日付け要求書及び本件拒否闘争の通知書に本件賃金体系の是正自体が記載されていないことを考慮しても、本件賃金体系の改定による時間外手当の増額であったと認めるのが相当。
本件拒否闘争の態様について:
本件拒否闘争の通知書を含め、本件拒否闘争の対象となる集荷先が記載されておらず、H広島分会長は、9月29日、L及びM(取引先)の集荷業務を拒否することは伝えたものの、N(取引先)については事前の通告なく集荷業務を拒否したことが認められ、本件拒否闘争は、その対象範囲に不明確な点があったことは否定できない。
but
ア:Xにおいて、10月2日の時点で、本件拒否闘争の対象となっていたのが前記3社であることを認識していた上、これらの集荷先における組合員らの集荷業務は、いずれも本件拒否闘争の通知書に記載された対象に該当するものといえる
イ:本件拒否闘争の対象が前記3社のみであり、Zの組合員は、本件拒否闘争開始後もその他の業務は通常どおり行っていた

本件拒否闘争の態様が不当であったとはいえず、本件拒否闘争は正当な行為に該当する。
  判断 一審判決を引用の上、
本件拒否闘争は、
①Xの主張する要求実現型ストライキということはできない
②争議権の濫用にあたらない
⇒Xの控訴を棄却。 
  解説 本件の背景として、 別件の残業代訴訟において、本件賃金体系に関するZ組合員らの主張が認められなかったという事情があるが、本判決では、争議行為の正当性は、争議行為時を基準に判断すべきとして、前記事情は正当性の判断に影響を与えないと判断。
2593   
  p5
最高裁R5.10.25  
  性同一性障害者特例法生殖不能要件違憲判決
  事案 生物学的な性別は男性であるが心理的な性別は女性であるXが、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(「特例法」)3条1項の規定に基づき、性別の取扱いの変更の審判を申立てた事案。
特例法2条4号:
「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」と規定。
  原審 最高裁H31.1.23を参照し、
本件規定は、性別変更審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、社会に混乱を生じさせかねないなどの配慮に基づくもの
その制約の態様等には相当性があり、憲法13条及び14条1項に違反するものとはいえない。
⇒申立却下。
原審は、「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」と規定する特例法3条1項5号に関するXの主張については判断していない。
  Xが特別抗告:本件規程及び5号規定は憲法13条等に違反する 
  解説 平成31年最決:
本件規定について、その意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約する面もあることは否定できないものの、本件規定の目的、制約の態様、現在の社会的状況等を総合的に衡量すると、「現時点では、憲法13条、14条1項に違反するものとはいえない」
  規定 憲法 第一三条[個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重]
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
  判断・解説 ●身体への侵襲を受けない自由 
身体への侵襲を受けない自由が、人格的生存に関わる重要な権利として憲法13条によって保障されていることは明らか。

憲法13条が生命に対する国民の権利を明記⇒それに準ずるものとして、身体への侵襲を受けない自由も同条によって保障されていることに異論はない。
  ●本件規定による身体への侵襲を受けない自由の制約性 
・・・・身体への侵襲を受けない自由を直接的に制約するものではないが、本決定は、本件規定について、治療として生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対して、性辞任に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を実現するために、同手術を受けることを余儀なくされるという点において、身体への侵襲を受けない自由を制約する。
制約を受ける者自身の選択が介在している事案:
エホバの証人剣道受講拒否事件

直接的に憲法適合性を判断したものではないが、自由権(信教の自由)が重要な利益(高等専門学校に在学して教育を受ける利益)と二者択一の関係にあることに着目したもので、本件と類似した状況にあった。
夫婦別姓訴訟判決:
婚姻の自由(法律婚をするか否かについての自由)が当事者双方とも婚姻前の氏を使用し続ける利益と二者択一の関係にあるという点で、本件と類似した状況にあった。
but
ここでの自由・利益は、いずれも婚姻制度、戸籍制度という制度を前提としたものである点で、本件との相違を見出すことができる。
  ●本件規程の憲法13条適合性の審査基準 
本件規定が必要かつ合理的な制約を課すものとして憲法13条に適合するか否かについては、
①本件規定の目的のために制約が必要とされる程度と、
②制約される自由の内容及び性質、
③具体的な制約の態様及び程度等
を衡量して判断されるべき。
憲法13条違反を理由として法令違憲の判断をした最高裁の先例は存在せず、また、同条適合性の一般的な審査基準を示したものもない。
but
大法廷の判例においては、多くの場合、憲法上の権利を制約する法令等の憲法適合性審査に当たり、
①一定の利益を確保しようとする目的のために制約が必要とされる程度と、
②制約される自由の内容及び性質、
③これに加えられる具体的な制約の態様及び程度等
を比較衡量するという利益衡量の判断手法が採られており、
その際の判断指標として、事案に応じて一定の厳格な基準ないしはその精神を併せ考慮している。
  ●本件規定の憲法13条適合性 
  審査基準時:
本件規定が適用されるのは性別取扱いの変更申立ての可否の判断時
⇒その基準時は本決定時となり、立法事実を含む憲法適合性判断の基礎事情についても本決定時までのものを考慮すべきことになる。 
  本件規定の立法目的:
親子関係等に関わる問題が生ずることの防止及び急激な形での変化の回避を指摘。
but
本件規定がない場合において実際に親子関係等に関わる問題が生ずる可能性や、同問題についての他の解決方法の存在に加え、特例法の制定後の諸事情の変化

特例法の制定当時に考慮されていた本件規定による制約の必要性は低減している。 
本件規定による制約の態様は苛酷な二者択一を迫るもの⇒制約として過剰になっている⇒本件規定の制約の程度は重大。
  特例法の制定当時は、性同一性障害に対する治療において段階的治療という考え方⇒法的性別の変更を求めるほどに性同一性障害に苦しむ者は、必要な治療として最終段階(第3段階)の治療である性別適合手術を受けるに至ることが想定されていた。
but
その後の医学的知見の変化
⇒本件規定は、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対し同手術を要求するものとなっていることが明らかとなるとともに、医学的にみて合理的関連性を有しないこととなった要件を課しているという点で手段としての相当性を欠くに至った。 
  ●判例変更 
平成31年最決を変更。
  ●性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける利益 
性同一性障害者の性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける利益について、個人の人格的存在と結びついた重要な法的利益としているが、現時点において、憲法13条によって保障されるものであるとはしていない。
  解説 ●差戻しについて 
・・・原審までの手続において、当該法令の目的の正当性及びその目的達成のための手段の合理性、相当性等に関する立法事実に関する資料が十分に収集されているほか、憲法適合性のみならず、その前提となる当該法令の解釈についても原審において判断が示されており、これを踏まえて最高裁が法令の憲法適合性について審理判断するというが原則的な審理判断の在り方。

Xが5号規定に該当するか否かをも含め、原審まで5号規定についての判断が何ら示されていない本件において、最高裁がその憲法適合性について審理判断する事は相当でないと判断。
  ●一部違憲について 
授権的・授益的な規定の一部が違憲である場合には、このことにより規定の全部が無効になるとすると授権等の根拠自体が失われる
この場合に、規定の一部のみが無効になるにすぎないとして残余の要件の充足による授権等を肯定すると、立法府が対象外とした者に授権等を認めることとなり、立法権を侵害するのではないか?
一部違憲については、複数の判例において肯定され、授権的・授益的な規定についても肯定されている。
but
本決定が違憲として本件規定のみならず5号規定をも違憲であると解する場合には、この問題について別途の議論が必要。
  民事p27
名古屋高裁R4.11.15  
  被保佐人であることを警備員の欠格事由とする警備業法の規定の違憲性(肯定)
  事案 Xは、警備業法に基づき公安委員会の認定を受けた警備会社(本件会社)との間で雇用契約を締結し、交通誘導警備業務に従事⇒平成29年3月、自らが申し立てた保佐開始の審判がj確定して被保佐人となった⇒警備業法上の欠格事由に該当したとして雇用契約の当然終了を通知。 
Xは、Y(国)に対し、被保佐人であることを欠格事由と定める本件規定は憲法22条1項等に違反。
国会が本件規定を制定したことや、Xの退職時点まで本件規定を改廃せずに存置し続けたことは、国賠法1条1項の適用上違法。

警備員として勤務できなくなったことによる精神的苦痛について100万円の損害賠償及び遅延損害金の支払を求める。
その後、令和1年になって、本件規定は廃止。
  争点 Yが本件規定を制定し改廃しなかったこととXが退職を余儀なくされたことの間の因果関係の有無(争点❶)
本件規定の憲法適合性(争点❷)
本件規定に係る立法行為又は立法不作為の違法性(争点❸)
損害の発生及びその額(争点❹) 
  1審 一部認容 
  Y:敗訴部分についてのその取消しと請求の棄却を求めて控訴
X:附帯控訴して慰謝料を100万円に増額 
  判断 ●争点❶
肯定
  ●争点❷ 
◎憲法22条1項(職業選択の自由)違反 
職業選択の自由に対する規制措置が憲法に適合するか否かについては、立法府の判断がその合理的裁量の範囲内にとどまる限り立法政策上の問題としてこれを尊重すべき。
but
合理的裁量の範囲については事の性質上おのずから広狭があり、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべき。
準禁治産者(被保佐人)であることを欠格事由として全ての警備業務から排除することは、目的達成のために必要な範囲を超えた規制を行うもの
⇒本件規定は、制定された当時から、憲法22条1項に違反。
Y:被保佐人は認知能力、判断能力等が全般的に低下していることが医学的、客観的に明らか 
vs.
家裁における保佐開始の手続においては、「自己の持参を管理・処分する能力」を離れ、認知能力、判断能力等の全般的な能力や「警備業務を適正に行うことが期待できるか否か」が医学的に診断ないし鑑定されるものではない⇒成年後見制度の趣旨を正解しないもので理由がない。
Y:いずれの警備業務においても健常者と同等以上の財産管理能力が必要
vs.
①警備業務として盗難等から財産を守るのに、契約等についてその「利害得失を判断する能力や抽象的、概念的思考等が必要とされているとは考え難い
②交通誘導の警備業務において、他人の財産を預かり管理することが求められているとは通常考えられない
③本件規定を定めるに当たって、警備業務の種類に応じた具体的な検討がほとんど行われていなかったことがうかがわれる
Y:本件規定が憲法22条1項に反するかどうかの判断基準として、合理性の基準によって判断すべき
vs.
①被保佐人の資質や能力は様々であるし、民法上の保佐や成年後見の制度は、本人の法律行為能力を補うことによってその者の財産等の権利を擁護することを目的とするもので、警備業法における規制とはそもそも制度の趣旨が異なっている⇒立法府は、他の制度からの借用について慎重な判断が求められ、広範な裁量が与えられているとは認め難い。
②本件規定は、消極的、警察的目的のための規制措置で、社会政策ないし経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、このような目的を含んでいるとしても副次的なものにすぎない。
Y:
Y:国民一般の信頼を確保する、特定の産業の社会的に健全な発展を図る目的
vs.
何らかの危害を防止するために国民の権利を制限する規制を設ける場面等では、検討開始に当たっても、事後的な説明においても容易に目的として付け加えることが可能であるから、このような目的を主張することによって、裁量の反にを広げ、厳格な検討を要しないとすることは許されず、十分に具体化されていない目的を独立した目的であるかのように主張することで憲法上の権利を制限することは認められない。
Y:
◎憲法14条1項(法の下の平等)違反 
①憲法14条1項は、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨
②障害があるか否かや成年後見等の障害者を保護するための制度を利用するか否かといった、自らの意思や努力によっては変えることのできない事情による取扱いの区別が許されるか否かは、厳密な検討に基づいて判断されるべき。
but
①本件規定が事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものといえない。
②本件規定は、同程度の判断能力であっても、保佐の制度の利用者のみを欠格事由ありとするもの。
⇒同項に違反することは明らか。
  ●争点❸ 
・・・・肯定。
・・・・平成26年1月に障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)を批准し、研究者から成年後見制度の転用について欠格条項の問題が指摘されるなどしていても、本件規定をそのままにして放置していた。
憲法99条により国会議員は憲法を尊重し擁護する義務を負っており、憲法13条、14条1項、22条1項等の規定の趣旨と軌を一にする障害者権利条約によって、障害者に対する差別となる既存の法律、規則等を修正し、又は廃止するための全ての適当な措置をとること、あらゆる形態の雇用に係る全ての事項に関し、障害に基づく差別を禁止する等の措置をとることなどが求められていた
⇒本件規定を改廃しなかった立法不作為の違法性は大きい。
  ●争点❹ 
①Xは、Yの違法行為と相当因果関係のある損害として、経済的損害によっては評価し尽くすことのできない多大な精神的苦痛を被った
②本件規定が、職業選択の自由そのもので、Xが習熟しており生計維持のためにも必要な社会経済活動を制限され、Xと同程度の能力の法定後見制度を利用しない者との間で不平等な扱いを受け、社会生活をしていく中でその能力を発揮する主要な場を奪われ、個人の自律及び自立(自ら選択する事由を含む)を妨げられ、個人としてその人格の発言ないし展開を図って自己実現をすることのできる重要な機会を強制的に奪われたことなどの事情

慰謝料は50万円。
  解説    ●争点❶について
  ●争点❷について
憲法適合性について、
①本件規定が自己の意思又は努力によっては左右できない事情によって狭義の職業選択の自由を直接規制するものであること
②規制目的が消極的、警察的目的であること

薬事法距離制限違憲判決で示された審査基準を採用。
Y:・・・・
vs.
成年被後見人の選挙権に関する東京地裁判決:
「後見開始の拒否の際に判断される能力は、その制度趣旨とされる本人保護の見地から「自己の財産を管理・処分する能力」を判断することが予定されているのであって、そのようないわゆる財産管理能力の有無や程度についての家裁の判断が、・・・選挙権を行使するに足る能力があるか否かという判断とは、性質上異なるものであることは明らかである」
本判決:・・・警備業務の欠格事由への転用についても、性質上異なるものであるとして、これが許されないことを明らかにした。
この点については、研究者からも、立法において安易な転用が多数行われていることについて、厳しく批判されていた。
Y:立法府が専門的知見から判断する事項である
vs.
①本件規定を定めるに当たって、そのようにして専門的見地から判断したのか具体的な主張がなく明らかでないし、借用してくる制度である成年後見(保佐を含む)に関わる精神医学や法律の専門家、当事者、実務担当者等からの意見聴取など、専門的見地から検討したことがうかがわれるような証拠も見当たらない。

立法裁量や行政裁量については、「専門的知見」に基づく判断であるなどとして、これを尊重すべきものと主張されることが多いが、重要なのはその「専門的知見」ないし「専門的判断」の内容であり、どのような専門家が、どのような資料に基づいて、どのような判断を行ったのかが具体的に示される必要がある。
  現在の警備業法においても、「破産開始の決定を受けて復権を得ない者」を警備業を営むことができない(同法3条1項)としている。 
  ●争点❸について 
裁判所も国家機関として条約を遵守すべき義務を負っており、少なくともこれに反するような判断は許されないというべき⇒判断に当たってこのような点を考慮すべきことを示唆。
  ●争点❹について 
  民事p42
名古屋高裁R4.11.18  
  町議会の議員辞職勧告決議の一部についての国賠請求(肯定事例)
  事案 Yの町議会は、その議員であるXに対する議員辞職勧告決議(本件決議)を賛成多数により可決⇒Xは、本件決議は不当なものであり、これにより、議員活動の自由が侵害され毀損された⇒国賠法1条1項に基づく損害賠償請求 
列挙された行為は、
①Xの町議会また同全員協議会における言動と
②Xが新聞折込みの方法により町民に対して配布している「町の課題・問題と議員」と題する文書における言動
とに大別することができる。
  1審 Xの訴えは、本件決議による政治活動の自由の侵害及び議員としての社会的評価・信用の毀損という司法上の権利利益の侵害について国賠法1条1項に基づき損害賠償を求めるもの⇒法令の適用による終局的な解決に適さないものとはいえない⇒裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たり適法。
普通地方公共団体の議会は、地方自治の本旨に基づき自律的な法規範を有するものであり、議会の議員に対する懲罰その他の措置については、議会の内部規律の問題にとどまる限り、lその自律的な判断に委ねるのが適当。
①議会による議員辞職勧告決議は、懲罰(地自法135条1項)の一種ではなく、議会の議決事項(同法96条)でもない事実上の措置であって、特段の法的効力を有するものではない
②・・・殊更にXの社会的評価を低下させることを目的としたものとも認められない。
③仮に、本件決議を受けてXにおいて一部議員活動を差し控えるようになったとしても、それは事実上の効果であり、本件決議がXの議員活動の自由を侵害したとはいえない。

本件決議は、議会の内部規律の問題にとどまる⇒その適否については議会の自律的な判断を尊重すべきであり、本件決議に賛成した町議会議員の行為が国賠法1条1項の違法な公権力の行使に当たるものということはできない。
  判断 一部認容
・・・・このような議会の自律性を尊重する必要性は、議会が当該決議を行ったことが当該議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国賠請求の当否を判断するに当たっては、それが議会の内部規律の問題にとどまる限り、裁判所としては、議会の自律的判断を尊重し、これを前提として請求の当否を判断するのが相当。
他方で、それが議会の内部規律のも問題にとどまるといえない場合には、裁判所は、格別の制限なく、当該決議を行ったことについて同法1条1項の違法があるか否かを判断できる。
議会の自律権は、議員の議会外における政治的行為の制限にまで及ぶものではない⇒議会が、議員が議会外で行った政治的行為であって、議員として本来許されるべきものを理由として当該議員に対して辞職勧告決議を行った場合で、それが当該議員の私法上の権利利益を侵害するときは、それはもはや議会の内部規律の問題にとどまらないものとして、裁判所はその違法性の有無について判断することができる。

議会の議員に対する辞職勧告決議について、裁判所が議会の判断を前提とすることなく国賠法上の違法性について判断することができる場合がある。
①の言動や②の言動のうち、関係者の名誉を毀損したり議会や議長を不当におとしめたりするもので議員としての品位を著しく損なうものと言える部分を理由とする点については、そのようなXの言動等に対してどのような措置を講ずるかは町議会の内部規律の問題⇒町議会の自律的な判断を尊重すべきもの⇒国賠法上の違法性を論じる余地はない。
本件決議が、前記②の言動のうち、議長が不許可としたことにより町議会で行うことができなかった一般質問の内容をXが配布文書に記載して町民に対して公表したことを理由とした点について:
議員が議会外の政治活動として政治的な見解を表明する行為自体は議会の自律権によっても制限されるものではなく、議会において不許可とされた質問を自ら機関紙等に掲載することは議員として本来許される行為であり、質問事項の内容をみてもこれを配布文書に記載した行為が議員としての品位を著しく損なう行為であるとはいえない

この点を理由にXに対して本件決議を行ったことをもって町議会の内部規律の問題にとどまるものということはできない。
この部分はXの社会的評価を低下させるものであり、この点を理由とすることを認容しまたは看過して本件決議を成立させた町議会の議員の行為は、国賠法上、違法な職務行為と評価される⇒Yに対し、Xに損害賠償6万円を支払うよう命じた。
  規定 憲法 第九二条[地方自治の基本原則]
地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。
憲法第九三条[地方公共団体の機関とその直接選挙]
地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
地自法 第八九条[議会の設置]
普通地方公共団体に議会を置く。
  解説 議会の目的は、地方自治の本旨の1つである住民自治を具現化するものであり、住民自治の実現のため、議会は一定の範囲で自律性を有すると解するのが相当。
議会が自律性を有することを前提として、議会の判断によりその議員に対して制裁を科すことがあり、これには、地自法上の懲罰とそれ以外の措置がある。 
懲罰:地自法ならびに会議規則および委員会に関する条例に違反した議員に対して議会が議決による科すもの
公開の議場における戒告、公開の議場における陳謝、一定期間の出席停止、除名の4種類。
(地自法134条、135条1項各号)
懲罰以外の措置:
議員辞職勧告決議や問責決議、議会、議長または委員会による厳重注意、これらの公表措置

懲罰でも議会の議決事項(地自法96条)でもない⇒法的効果を伴わない事実上のもの。
議会の議員に対する制裁に対する司法審査のあり方についての判例 
◎  ア:懲罰に関するもの 
・認定された事実程度の発言を理由として議員を除名することは違法
・議員の期が満了したときは除名処分の取消しを求める訴えの利益は失われる
最高裁S35.10.19:
議員の出席停止の如き懲罰は、自治的な法規範を持つ団体の内部規律の問題としてその実的措置に委ねるのが適当であり、司法裁判権の外におくのと相当する⇒議員による懲罰議決の無効確認、取消しを求める訴えを不適法とする。
but
最高裁R2.11.25:
出席停止の懲罰は、議会の自律的な機能に基づいてされたものとして、議会に一定の裁量が認められるべきであるものの、裁判所は、常にその適否を判断することができる

S35判例を変更。
イ:懲罰以外の措置に関するもの 
最高裁H6.6.21:
議員が町有地を不法占拠しているとして町議会が議員辞職勧告決議等をしたことが同議員に対する名誉毀損に当たる⇒同議員が国家賠償を請求する訴えは、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たる
最高裁H31.2.14:
議員が正当な理由なく視察旅行を欠席したとして議会運営委員会が厳重注意処分を決議し議長がこれを公表したことにより名誉が毀損された⇒同議員が国賠請求をした事案について、
議員に対する懲罰その他の措置が当該議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国賠請求の当否を判断するに当たっては、当該措置が議会の内部規律の問題にとどまる限り、議会の自律的な判断を尊重し、これを前提として請求の当否を判断すべきものであり、本件措置は、議会の内部規律の問題にとどまる

その適否については、議会の自律的な判断を尊重すべきであり、本件措置等が違法な公権力の公私に当たるものということはできず、町は国賠責任を負わない。

理由中で昭和35年最判を参照but同最判はR2最判で変更。
but
H31最判が参照しているのは昭和35最判が一般的法命題として議会の自律性について述べた部分であり、R2最判の影響を受けるものではないと考えられる。
  民事p57
東京地裁R5.1.24  
  肖像権侵害による違法(否定事例)
  事案 X(YouTubeチャンネルを運営するABの母親)の肖像に関する人格権又は人格的利益を侵害された⇒Y1及びY1が運営する雑誌編集部の記者であり前記取材に関わったY2に対し、民法719条1項に基づき損害賠償請求として、慰謝料等の連帯支払及び人格権又は人格的利益に基づく削除請求として本件写真の削除を求めた。 
  判断  ①Xの有するSNSでの知名度は、Aらの知名度及び社会的影響力に起因していることは否定できない⇒Xが公人や公人に準ずる立場にあるとはいえない
but
Xは、著名な格闘家であり、かつ著名なYouTuberであるAらのYouTubeチャンネルに少なくとも5回は出捐し、自身のインスタグラムにおいても自身の容ぼうを広く社会に公開している⇒完全なる一般私人とんまではいい難い面がある
②本件取材及び本件撮影がされた場所は、公道から2,3歩入った程度の場所であり、公道上における取材及び撮影行為と格段の差異があるとはいい難い
③本件取材の内容との関係で、Xの容ぼう等を撮影することが必要不可欠であったとはいえないものの、本件番組の社会的妥当性について、Aの母親であるXの意見を直接聴取することが、Yらの取材目的として、また取材方法の選択として不合理なものであるとはいえない
④Yらが、本件取材において、本件記事への視聴者の訴求力を高めることを目的として、本件撮影及び本件写真の掲載を行った可能性は否定できないが、Xから聞き取った内容をXの写真とともに報道することは、本件記事に記載されている内容が、本件取材時のXの発言内容であることを担保し、報道の正確性を期すために必要なものであったという側面がある
⑤Y2は、本件取材当初から雑誌名と自身の名前を名乗り、名刺も示した上で取材を開始し、これに対し、Xは、カメラから顔を隠す素振りをしたり、明示的に本件撮影をやめるよう求めたりしておらず、本件撮影の方法が、隠し撮りといった不意打ち的な方法であったとはいえない
といった事情を総合考慮。

本件撮影および本件記事の掲載によって、Xにおいて、社会生活上受忍の限度を超えた人格的利益の侵害が生じたということはできず、本件撮影及び本件記事の掲載は、Xの肖像権を侵害する違法なものであるとは認められない。
  解説 人はみだりに自己の容ぼう、姿態を撮影されないことについて法律上保護されるべき人格的利益を有し、人の容ぼう、姿態をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の前記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべき。 
人は、自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益も有すると解するのが相当であり、人の容ぼう等の撮影が違法と評価される場合には、その容ぼう等が撮影された写真を公表する行為は、被撮影者の前記人格的利益を侵害するものとして、違法性を有する(最高裁)。
本判決:
・・・同最判で挙げられた考慮要素を総合考慮して本件取材及び本件撮影が当然に許される行為であるということはできないものの、本件撮影および本件記事の掲載によって、Xにおいて、社会生活上受忍の限度を超えた人格的利益の侵害が生じたということはできないものと判断。
  民事p62
東京地裁R5.12.6  
   
  事案 上場会社であるXが、Xの主要株主であるYがX発行の株式を自己の計算において買い付け、その後6か月以内にこれを売り付けて利益を得た⇒Yに対し、金商法164条1項に基づき、当該利益の提供を求めた。 
  法令 金商法 第一六四条(上場会社等の役員等の短期売買利益の返還)
上場会社等の役員又は主要株主(=自己又は他人の名義をもって総株主等の議決権の100分の10以上の議決権を保有している株主)がその職務又は地位により取得した秘密を不当に利用することを防止するため、その者が当該上場会社等の特定有価証券等について、自己の計算においてそれに係る買付け等をした後六月以内に売付け等をし、又は売付け等をした後六月以内に買付け等をして利益を得た場合(「短期売買取引」・「短期売買利益」)においては、当該上場会社等は、その利益を上場会社等に提供すべきことを請求することができる。

8前各項の規定は、主要株主が買付け等をし、又は売付け等をしたいずれかの時期において主要株主でない場合及び役員又は主要株主の行う買付け等又は売付け等の態様その他の事情を勘案して内閣府令で定める場合においては、適用しない。
最高裁:旧証券取引法164条1項につき、
同項の規定を適用する必要のない取引は、内閣府令で定められた場合に尽きるものではなく、「類型的にみて取引の態様自体から秘密(当該上場会社等の内部情報)を不当に利用することが認められない場合」には、同項の規定は適用されない旨を判示。
(「類型的適用除外取引」)
  事実関係 Y:遅くとも令和3年6月頃から、Xの経営権の取得を目的としてX発行の株式の買付けを開始し、同年7月13日から20日にかけて、市場内取引(立会取引)において、信用取引によりX株式の買付けを行った。 
日本証券金融株は、令和3年7月26日、X株式について貸借取引の申込停止措置を実施⇒Yは、信用取引により買い建てたX株式を現引き(信用取引により株式を買い建てた際に証券会社から借り入れた資金を返済し、買い建玉と同数の現物を取得する方法)により処分することができなくなった。
Xは、令和3年8月30日、同日に行われた取締役会において、同年10月下旬に臨時株主総会を開催してX株式の買い集めに対する対抗措置のの発動に関する承認議案を付議することを決議し、それを公表。
Y:令和3年9月6日、信用取引により買い建てていたX株式162万100株を売却し(「本件売付け」)、本件売付けと同数のX株式を同額で現物取引により買い付けた。(「本件現物買い」)
  争点 本件売付けが、平成14年最判が判示した類型的適用除外取引に該当するか? 
  主張 Y:類型的適用除外取引該当性の解釈に関し、
非任意性(問題とする取引が任意になされたものといえるか)及び内部情報へのアクセス可能性(主要株主において内部情報に接する機会がどの程度あるか)を加味して、
「個別的な投資判断の余地がない場合」には、「秘密を不当に利用することが認められない場合」に当たるとした上で、当該取引によりキャピタルゲインの取得がない場合には「個別的な投資判断の余地がない場合」に当たる。
本件売付けは、
①制度信用取引により取得した買い建玉を現物株化する方法・手段であるクロス取引として、
②証券金融会社による貸借取引の申込停止措置の実施により現引きが選択不可能であるという客観的状況において行われたものであるところ、
①クロス取引として行われたものであるため取引の前後でキャピタルゲインに変化が生じず、
②現引きが選択不可能であり、クロス取引が買い建玉を現物株化するための唯一の方法・手段である
⇒本件売付けは、類型的適用除外取引に当たる。
X:
本件売付と同時に行われた本件現物買いは、本件売付けとは別個独立になされた取引⇒類型的適用除外取引に当たるかどうかを判断するに当たり、本件現物買いを考慮すべきではなく、仮に本件現物買いを考慮する余地があるとしても、「買い建玉を現物株化するため」の取引であるという部分は、個別具体的な主観的事情⇒これを取引態様として考慮すべきでない。
本件売付け及び本件現物買い(クロス取引)により、投資家の投資ポジションは変化し、投資判断を含む取引⇒内部情報の不当利用の可能性がある。
株主総会において議決権を行使する必要があるというYの主観的な個別事情から信用買いにより買い建てていたX株式を任意で売り払い、これを現物で買い戻したにすぎない⇒非任意の取引にも当たらない。
⇒本件売付けは類型的適用除外取引に当たらない。
  判断  類型的適用除外取引該当性の判断に当たり、
秘密の不当利用の余地の有無は、類型的かつ客観的な取引に関する事情から判断すべき。 
制度信用取引により取得した買い建玉が「現物株化する手段・方法として」行われたかどうかについては、当該取引を行った者の動機・目的にもかかわる事情であり、類型化になじむものではない⇒取引態様として考慮するのは相当ではない。
平成14年最判は、類型的適用除外取引に当たるかどうかを判断するに当たり考慮することができる事情を当該取引に内在する事情に限定する趣旨ではない。
本件において、類型的な取引態様として考慮することが相当な事情は、
本件売付けが、
❶制度信用取引により取得した買い建玉を売却し、これと同一日時に同一内容・同一枚数の株式を前記売却代金と同一金額で現物取引により買い付けたクロス取引を構成するものであること
❷証券金融会社における貸借取引の申込停止措置の実施により現引きが選択不可能であったことの2点である。
  信用取引により株式を取得した投資者は、どのタイミングで自己資金を拠出し、株主権を取得するとともに金利負担から免れるかという形で投資判断を行っており、この点はクロス取引により信用買い決裁をした場合でも異ならない。 
❶のような事情が認められる場合であっても、制度信用取引により取得した買い建玉を売りつけることで一旦は売却益を得て利益を確定するとともに、これと同一日時に同一内容・同一枚数の株式を前記売却代金と同一金額で現物取引により買い付けるということで再投資行うという点でも投資判断を伴う⇒かかる投資判断のために内部情報を不当に利用する余地はある。
金商法164条1項の規制目的には証券取引市場の公平性・公正性の維持が吹き生まれるところ、キャピタルゲインの取得がなくとも内部情報の不当利用の余地があり、これを防止しなければ証券取引市場の公平性・公正性に対する信頼が害される。

投資判断の有無や秘密の不当利用の危険性を判断するに当たり考慮すべき投資ポジションの変化がキャピタルゲインの取得に限られるとのYの主張を排斥。
本件売付けと本件現物買いは、いずれも法的に強制されたものでなく、飽くまでも自己の経営目的のために専ら行為者の意思で行ったもの⇒本件取引態様❷の事情を考慮しても、非任意の取引であるということはできない
⇒本件売付けは類型的適用除外取引に当たらない。
  解説   平成14年最判以降、ある取引がいかなる場合に類型的適用除外取引に当たるのかは依然として明らかとなっておらず、類型的適用除外取引該当性については、「個別的な投資判断の余地がない場合」「取引の非任意性に加え内部情報へのアクセス可能性がない場合」など、基準の具体化が試みられていた。 
  取引に個別的な投資判断の余地がない場合、当該取引は類型的適用除外取引に当たるという解釈には争いがなく、本判決もこれを前提に判断。
本件売付けをクロス取引の一部としてみる限り、Yにおいてキャピタルゲインの取得はない⇒投資判断の余地がなく、内部情報の不正利用のおそれがないといえるかどうかが問題。
本判決は、投資判断の余地があるとして、類型的適用除外取引に当たることを否定。
本件売付が非任意性の取引であるとはいえないと認定。

本件売付けと本件現物買いが、いずれも法的に強制されたものでない。
ある取引が非任意のものといえるかを判断するに当たり、取引が法的に強制されたものであるかということは、考慮要素の1つとなると考えられるところ、具体例として、独禁法による株式保有制限に反したとして公正取引委員会が命じた是正措置に従って株式を売却した場合が挙げられている。
非任意性の取引と信用取引との関係については、取引所の規則に従った結果、短期売買取引を余儀なくされたとしても、当事者には現引きによる決裁の選択及び信用取引を利用するかについての選択の余地がある⇒厳密には非任意性の取引とはいえない。
but
現引きができず、6箇月以内の反対取引を経済的に強制される場合に、そのような経済的矯正が取引を非任意のものとするかは、なお検討の余地があるとされていた。
  民事p73
横浜地裁R5.3.3  
  被疑者ノートの検査・指示について違法とされた事案
  事案 Y(神奈川県)の設置するD警察署に、窃盗被疑事件の被疑者として勾留されていたAの国選弁護人に選任された弁護士であるXが、D警察署の留置担当官の行為により、Xの接見交通権及び秘密交通権が違法に侵害された⇒Yに対し、国賠法1条1項に基づき、慰謝料を請求。 
  主張 Xが主張する留置担当官の違法行為:
①本件ノートの内容を複数回にわたり確認したこと(本件各検査。なお、検査は、Aによる本件ノートの宅下げ申請前に2回、宅下げ申請後に1回行われている。)
②Aに対し、本件ノートにおける取調べに関する事項以外の記載を黒塗りするよう抹消指示したこと(本件抹消指示)
③Aに対し、本件ノートに取調べのこと以外を書くことを禁止したこと(本件記載内容指示)
  判断・解説  ●本件各検査 
◎   本件ノートは、被留置者であるAが弁護人との接見に備えて取調べの内容や疑問点、意見等を記載し、あるいは接見の内容を記載するためのノートであり、
Aが書込みを行った後の本件ノートは、被疑者ノートと認められ、被留置者が作成した文書図画(刑事収容施設法227条、133条)に該当。
Y:被疑者ノートは弁護人等へ返却されることが予定されている文書⇒宅下げ申請前であっても、「信書」として、刑事収容法222条1項に基づき検査することができる。
vs.
被疑者が被疑者ノートの宅下げを申請していない段階においては、被疑者が弁護人等との接見に備えてこれに記載して留置施設内で所持するもの⇒被疑者ノートを留置施設の内と外との間で発受される信書として扱うことは相当ではない。
留置担当官は、被留置者の所持品検査について定める刑事収容法212条1項の解釈上、文書の内容の検査、すなわち被疑者ノートの内容の検査をし得る。
but
憲法34条に由来する刑訴法39条1項の定める接見交通権及び秘密交通権の重要性、被疑者ノートの果たす役割
⇒所持品検査の対象が被疑者ノートである場合には、被疑者ノートの秘密を保護し、接見交通権及び秘密交通権を侵害することがないようできる限り配慮することが、被疑者である被留置者との関係のみならず弁護人等との関係においても義務付けられており、
宅下げ申請前の被疑者ノートについて、刑事収容施設法212条1項に基づく内容の検査が無制限に許容されると解するのは相当でなく、
留施設の規律及び秩序を維持するための必要性の程度と、侵害される利益の内容・程度等とを比較衡量して、内容の検査がどの程度許容されるかを判断すべきである。
比較衡量の結果、宅下げ申請前の被疑者ノートを同項に基づいて検査する場合、原則として検査対象文書が被疑者ノートに該当するかどうかを外形的に確認する限度で許容されるものというべきであり、外形上、被疑者ノートに該当することが確認された場合には、被留置者等の言動等から、留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる事項が記載されるおそれがあり、留置施設の規律及び秩序を維持するための高度の必要性が認められるなどの特段の事情がない限り、内容の検査を行うことは国賠法1条1項の適用上違法となる。
Aの言動中に前記のような特段の事情があったとは認められない⇒留置担当官の宅下げ申請前の検査は、A及びXに対する職務上の法的義務に違反したものであり、国賠法1条1項の適用上違法。
  刑事収容法:
被留置者が作成した文書図画について、宅下げ申請があった場合には、その交付につき、被留置者が発する信書に準じて検査その他の措置を執ることができる旨規定(227条、133条)。
被留置者が弁護人等から受ける信書については、そうした信書に該当することを確認するために必要な限度において検査することができる旨規定(222条3項)。
but
未決拘禁者から弁護人等に対して発する信書については検査の範囲を制限していない(同条1項)。 
  ●本件抹消指示について 
①職務上の法的義務に違反して本件ノートの内容を検査し、その一部の内容の削除を求めた
②本件事実経過に鑑みて、Yが主張する刑事収容法224条1項3号の「発受によって、留置施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあるとき」に該当するとはいえない

本件抹消指示は、A及びXに対する職務上の法的義務に違反⇒国賠法1条1項の適用上違法。
●本件記載内容指示について 
刑事収容法224条1項が被留置者の発受する信書に同項各号に該当する記載がある場合には、その差止め等ができると規定

留置業務管理者は、被留置者に対して、将来的に宅下げが予定されている文書を作成する際に同号に該当するような記載はしないよう予め注意することも許される。
but
留置業務管理者は、被留置者に対し、被疑者ノートに記載する内容を安易に狭めるような指示をしないよう、被疑者である被留置者との関係のみならず弁護人等との関係においても義務付けられている。
本件記載内容指示は、本件ノートに取調べ以外のことを記載しないよう求めるもので、本件ノートへの記載を広範囲に封じるもの⇒A及びXに対する職務上の法的義務に違反したものであり、国賠法1条1項の適用上違法。
  解説 被疑者ノートの内容の検査について判断した裁判例。 
  民事p82
広島地裁R5.6.29  
  自賠責の「同一部位」の障害といえるか否か
  事案 Xは、Xと自動車との衝突事故により生じた損害について、同自動車の運転者であるAと自動車損害賠償責任保険を締結していた保険会社であるYに対し、自賠法16条1項に基づく損害賠償額支払請求をした。 
  判断 自賠法施行令2条2項の趣旨は、保険会社が自賠法16条1項に基づき賠償額を支払う対象となる損害を当該交通事故により生じた障害にかか損害に限定し、当該交通事故と相当因果関係のない障害に係る損害を控除することにある
⇒「同一部位」の障害といえるか否かは、現存障害に係る損害から既存障害に係る損害を控除しないと保険会社が当該交通事故と相当因果関係のない損害について賠償金を支払うことになるか否かで判断すべき。 
本件事故によるXの現存障害(高次脳機能障害)と既存障害(両膝痛)は、前者に係る損害から後者にかかる損害を控除しなければYが本件事故と相当因果関係のない損害について賠償金を支払うことになるという関係にはない⇒「同一部位」の障害には当たらない。
遅延損害金の起算日:
YがXに対して後遺障害等級認定の連絡をした日からXの既存障害に関する医療調査に要した45日を遡った日の翌日として、Xの請求を全部認容。
  解説 自賠法16条1項:
被害者は加害者等と自賠責保険を締結している保険会社に対して直接損害賠償額の支払請求ができる。
同法16条3項:
保険会社が保険金等を支払うときは、支払基準に従って支払う旨規定。
支払基準:
等級認定に関し、原則として認定基準に準ずる旨定めている。 
自賠法施行令2条2項の「同一部位」の意義:
A:認定基準が「同一の部位」とは「同一系列」をいう⇒自賠責制度における「同一部位」の意義も同様に解すべき
vs.
「神経系統の機能又は精神の障害」に関しては、認定基準が症状の発症する部位を問わず同一系列としている⇒当該交通事故により既存の障害と関係のない部位で神経症状が発現しても、同一系列に含まれる障害に当たるという理由で加重認定を行うことになるが、それが適切といえるかについては疑問がある。
裁判例(東京高裁):
「同一部位」の意義を「損害と一体的に評価されるべき身体の類型的な部位」と解して、胸椎圧迫骨折を現認とした脊髄損傷による体幹及び両下肢の機能障害という既存障害と、交通事故を原因とした頸椎捻挫による頚部痛及び両上肢痛・痺れという現存障害について、胸椎と頸椎とは異なる神経の支配領域を有し、それぞれ独自の運動機能・知覚機能に影響を与えるもの⇒損害と一体的に評価されるべき身体の類型的な部位に当たるとはいえないとして「同一部位」該当性を否定。
本件:自賠法施行令2条2項を「保険金額の支払対象となる損害は、当該交通事故と相当因果関係が認められる損害であって、当該交通事故と相当因果関係が認められない損害は控除する」との趣旨と解した上で、同項の「同一部位」の意義について認定基準とは異なる立場を採用したもの。
  刑事p87
松江地裁R5.9.27  
  監護者性交罪の共同正犯の事例
  事案  
  判断 非監護者であるXと監護者であるAに、監護者性交等罪(刑法179条2項、177条前段)の共同正犯の成立を認めた。 
  規定 刑法 第一七九条(監護者わいせつ及び監護者性交等)
2十八歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者は、第百七十七条の例による。
刑法 第一七七条(強制性交等)
十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛こう門性交又は口腔くう性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
  解説  ●監護者性交罪と身分なき共犯 
立法担当者の解説等:
身分のない共犯者(非監護者)が身分のある共犯(監護者)に加功した場合、いずれかが性交等に及んだ場合であっても、刑法65条1項が適用され、監護者性交罪等の共同正犯が「成立し得る」とされているのみで、具体的にどのような場合に同項が適用されるのかについて明確でなかった。
学説:
その規定ぶり「現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした」⇒監護者にも非監護者にも同罪は成立しないとする見解。
A1:監護者性交罪の保護法益及び重罰化根拠⇒監護者の保護責任にそれを見出し、監護者が自ら性交等を行わない限り監護者性交罪は成立しない。
A2:性交等をしていない監護者にも、監護者ではない実行者にも禁止規範違反がなく、構成要件の実現がない。
なお、仮に監護者性交罪等の共同正犯が成立しないとしても、児童淫行罪(児福法60条、34条1項6号)の共同正犯が成立。
●  ●本件:
監護者は、共犯者(非監護者)との交際継続という目的のために、監護者としての地位を利用し、被害児童を繰り返し強く説得して非監護者との性向に応じさせており、
非監護者においても、そのような流れの全体像を把握して監護者に影響力を行使させ、性交を実現。

監護者においても非監護者においても禁止規範に違反することは明らかで、全体として見れば、まさに監護者性交罪が当罰性を認めた事案に該当。
but
本件事案と異なり、監護者が被害児童に遊客である非監護者男性と援助交際をさせたような場合にまで刑法65条1項が適用されるとした場合、処罰範囲が不当に拡大。
⇒監護者性交罪の構成要件を明確に実現するような事案に限定していく必要がある。
・・・このように、本件事案は、被告人Xが、客観的に、被告人AがBを現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてBと性交したもので、前記働きかけに当たって監護者の影響力を認識してこれを利用する意思であったことも明らか⇒被告人Xについて、前記のとおり、刑法65条1項を適用。 
2592   
  民事p46
最高裁R5.10.6   
  1筆の土地の一部についての所有権移転登記請求権に基づく、土地全部についての処分禁止の仮処分命令の必要性の有無
  事案 X:いずれも1筆である土地について、その各一部分の所有権を時効により取得⇒ 本件各土地の所有者の登記名義人であるYらに対し、当該一部分についての所有権移転登記請求権を被保全権利として本件各土地の全部について処分禁止の仮処分命令の申立てをした。
  原審 一筆の土地の一部分についての所有権移転登記請求権を有する債権者は、当該一部分についての処分禁止の仮処分命令を得た場合、当該土地の所有権の登記名義人である債務者に代位して当該一部分について分筆の登記の申請をするとその旨の登記がされ、さらに、その登記がされた当該一部分について処分禁止の登記がされることによって、当該登記請求権を保全することができることを当然の前提とし、
当該登記請求権を被保全権利とする当該土地の全部についての処分禁止の仮処分命令は、保全の必要性があるとはいえない⇒Xの申立てを却下。
    抗告許可の申立て⇒抗告を許可
  判断 1筆の土地の一部分についての所有権移転登記請求権を有する債務者において当該一部分について分筆の登記の申請をすることができない又は著しく困難であるなどの特段の事情があることも否定できない

当該債権者が当該登記請求権を被保全権利として当該土地の全部について処分禁止の仮処分面例の申立てをした場合に、前記特段の事情が認められるときは、当該仮処分命令は、当該土地の全部についてのものであることをもって直ちに保全の必要性を欠くものではない

原決定を破棄し、原審に差し戻し。
  解説   大阪高裁H23.4.6:
地積測量図等を要する分筆の登記の実情や民事保全手続における密行性

一概に1筆の土地の一部分について所有権移転登記請求権を有する者が当該一部分について分筆の登記の申請をすることができるとはいえない。
⇒当該登記請求権を被保全権利とする当該土地の全部についての処分禁止の仮処分命令の必要性を認める旨を判示。 
  係争物の仮処分の対象範囲は、原則として被保全権利の対象範囲に限られるというべき⇒1筆の土地の一部分についての所有権移転登記請求権を被保全権利とする当該土地の全部についての処分禁止の仮処分命令は、原則として当該一部分を超える部分については保全の必要性を欠く。
but
①民保法は、不動産に関する権利についての登記請求権を有する債権者が当該登記請求権を保全するためには処分禁止の登記をする方法により行うと規定(53条1項)するところ、
前記一部分について処分禁止の登記をするためには当該一部分について分筆の登記を経ることを要する。
②前記一部分についての処分禁止の仮処分命令を得た債権者は、その仮処分命令正本を代位原因と証明する書面として債務者に代位して当該一部分について分筆の登記の申請をすることができる。
but
分筆の登記の申請に必要な情報として地積測量図等が定められた上、その地積測量図について、前記・記録すべき事項が整備され、高い復元性が求められるようになり、また、隣地所有者との筆界の認識が一致する旨の筆界確認書等の提供を求める取扱いもされるようになった。
  原審において当然の前提とされた分筆の登記がされるとの点は採用し難く、
1筆の土地の一部分についての所有権移転登記請求権を有する債権者が当該一部分について分筆の登記を申請することができない又は著しく困難である場合には、当該債権者は、当該一部分について処分禁止の仮処分命令を得たとしても当該登記請求権を保全することができない。
⇒当該土地の全部について処分禁止の仮処分命令を申立てることによって当該登記請求権の保全を図るしかない。
他方で、前記仮処分命令⇒債務者は本案では制約されることのない前記一部分を超えた前記土地についての権利行使を制約される。
前記仮処分命令が飽くまでも例外的措置
⇒前記債権者において、当該仮処分命令によっても前記債務者が前記権利行使を過度に制約されないことを明らかにすることを要し、これが認められるだけの事情があるとはいえない場合には、当該仮処分命令の申立ては却下される。

・・・当該一部分について分筆の登記の申請をすることができない又は著しく困難であるなどの特段の事情
⇒当該土地の全部についての処分禁止の仮処分命令は、当該土地の全部についてのものであっても直ちに保全の必要性を欠くものではないと解するのが相当。
  民事p53
最高裁R5.10.23  
  マンションの建築工事に注文者からの土地を譲り受けた行為と債権侵害の不法行為(否定事例)
  事案 分譲マンションの建設工事の請負人である㈱Xが、第三者である㈲Y1において、本件工事の注文者である㈱Aから本件マンションの敷地を譲り受けた行為がXのAに対する請負代金債権を違法に侵害する行為に当たる
⇒Y1及びその代表取締役Y2に対し、不法行為等に基づき、1億円(Xの損害の一部)の連帯支払を求めた。 
  経緯 ①A:敷地を購入⇒Xとの間で本件マンションを建築する旨の請負契約を締結
②Aから支払われず⇒本件敷地について、債務者をA、根抵当権者をXとする根抵当権の設定と登記
③Xは支払せず⇒Xは本件工事を中止(出来高は99%以上)

⑤Xは、Aについて破産手続開始申立てをする旨の方針
⑥Y1がAから本件土地を譲り受ける(「本件行為」)
⑦X:Aについて破産手続開始の申立て⇒開始決定
  原審 ・・・本件回収方法によって本件債権の改修をするというXの利益は、事実上の期待にとどまらず、不法行為法上の法的保護に値する利益となっている⇒本件行為は、本件回収方法を妨害し、Xの前記債権回収の利益を侵害するものであり本件債権を違法に侵害する行為に当たる⇒Xの請求を認容 
  判断 ①Xは、本件行為の当時、本件敷地の所有権その他敷地利用権を有しておらず、これらを取得する見込みがあったという事情もうかがわれない
②Aの協力がなければ本件マンションを敷地利用権付きで分譲販売することができない状態にあったところ、AからXによる本件マンションの分譲販売についての了承や協力を得ることが困難な状況にあった

本件回収方法によって本件債権の回収をするというXの利益は単なる主観的な期待にすぎず、法的保護に値するものとなっていたということはできない。

本件行為は、Xの前記利益を侵害するものとして本件債権を違法に侵害する行為に当たるということはできない。 
  解説    第三者による債権侵害:
伝統的通説





等に類型化して
被侵害利益である債権と侵害行為の態様の関係から違法な行為に当たるのはどのような場合であるかが論じられてきた。 
  本件:
Y1らによる本件行為は、
①本件債権の帰属や給付を直接侵害するものではなく、
②Aの責任財産を減少させる行為にも当たらない

本件回収方法によって本件債権の回収をするというXの利益を侵害するものとして本件債権を違法に侵害する行為に当たるか?が問題。
  判例:
債権回収方法を侵害する行為の違法性に関するものとして、
第三債務者において、債権者に対して実質的に債権を担保する手段として債権者と債務者との間で合意された代理受領を承認しながら、これに反して債務者に弁済をした行為について、債権者に対する不法行為の成立を認めたものがある。

債権者と債務者との合意や第三債務者の承認という当事者の代理受領に関する合意によって、債権者の有する債権について設定された債権担保的効果(担保類似機能)を不法行為法上保護しようとしたものと理解できる。
  堺反対意見:
本件の事実関係の下では、Aについて破産手続開始決定がされ、破産管財人が選任されることによって、Xが前記破産管財人との間で本件回収方法に沿う合意をすることは客観的に期待できる⇒Xの債権回収の利益は法的保護に値する利益。
  民事p64
東京高裁R5.5.25  
  当事者間の合意に基づいて養育の支払を求める場合⇒家裁でなく地裁
  判断 当事者間の合意に基づいて養育の支払を求める場合には、地方裁判所に対して訴えの提起をして判決を求める民事訴訟手続によるべきであって、家庭裁判所に対して家事審判の申立てをすることはできない。
⇒原審判を取消し、申立てを不適法として却下。
  規定 民法 第七六六条(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)
 父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
2前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める。
3家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前二項の規定による定めを変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができる。
家事事件手続法 第一五四条(給付命令等)
・・・ 
3家庭裁判所は、子の監護に関する処分の審判において、子の監護をすべき者の指定又は変更、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項の定めをする場合には、当事者に対し、子の引渡し又は金銭の支払その他の財産上の給付その他の給付を命ずることができる。
家事事件手続法 第七五条(審判の執行力)
金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行その他の給付を命ずる審判は、執行力のある債務名義と同一の効力を有する。
  解説 家庭裁判所:
養育費等について、当事者間の合意がないときや当該合意を変更する必要があると認めるとき⇒その支払義務の内容を形成し、その支払を命じることができる。
but
当事者間で合意外成立し、変更する必要もないときには、当該合意に基づき養育費等の支払衣が形成されている⇒家裁が新たに支払義務の内容を形成する根拠はなく、その債務名義がないときでも、家裁が支払いを命じる根拠はない。
見解・運用等 
口頭での合意はもちろん、当事者間で合意書面が作成されている場合であっても、それのみでは執行力がない⇒義務者が任意に履行しないときには、裁判所の手続により債務名義を作成する必要がある。 
A(通説):
当事者間で養育費等について合意がある⇒民事訴訟により養育費等の支払を請求することができると解するのが通説的な見解。
B(有力説):
合意の成否に争うがある場合には、債務名義が存在する場合を除き、なお狭義の調わない場合と解して権利者は審判の申立てをすべきで、訴訟により得ない。
運用:
養育費等について当事者間の合意が成立している場合であっても、当該合意を債務名義とするために、家事調停が申し立てられたときには、直ちに、地方裁判所で民事訴訟を提起することを促すことなく、当該合意を踏まえて義務者と同内容等で合意できるようであれば、家事調停手続において解決する運用、
当該合意が暫定的(一時的)なものにすぎず、確定的(継続的)なものと認められない
当事者双方が合意内容にこだわらず、改定標準算定方式に基づいて婚姻費用・養育費の取決めを改めて求める意向

合意がない通常の事案と同様の枠組みで養育費等の調停・審判を勧め、合意の内容に拘束されることなく審理・判断することも規定に反するものではない。
合意が成立していても、事情変更があると主張する場合、家裁は事情変更の有無について審理し、それが認められる場合には、当該合意内容を変更し、その支払を命じる審判をする。
事情変更がないときにも、債務名義がない事案においては、・・・養育費等を命じる実務上の要請はある。
本決定:
上記A(通説)的見地に立ち、
当該合意が確定的なものとして成立し、その後の事情変更がなければ、債務名義がないとしても、家裁に家事審判を申立てることはえできず、地裁に対して訴えの提起をして判決を求める民訴手続きによるべき。

あくまでも、権利者が合意に基づく養育費の支払を求めた家事審判事件に関するものであり、当事者が養育費等の支払義務の内容を新たに形成することを家裁に求めていると解することができるような事案において、その運用を否定するものではないと思われる。
本決定:
仮に、Xに前記誓約規定・禁止規定の文言に形式的に該当する違反行為があったとしても、それをもって直ちに、Yの養育費の支払義務を消滅させるとの合意の適用があるということはできない⇒Yは当該支払義務を免れない。

前記消滅事由が明らかに存在すれば、民法766条2項ないし3項に基づき、家裁が養育費を定める余地がある⇒その前提として判断したものと思われる。
  民事p68
東京地裁R4.12.8  
  契約終了後の芸名使用制限条項が公序良俗違反とされた事例
  事案 Y(芸能人)との間で専属契約を締結していたX(芸能事務所)が、Yにおいて、本件契約に係る契約書の条項に反して、Xの承諾なくYが従前使用していた「A」という名称を使用して芸能活動を行っている⇒Yに対し、本件契約に基づき、Yの芸能活動における本件芸名の使用の差止めを求めた。 
  契約 8条:
Yの出演業務により発生する著作権、著作隣接権、著作権法上の報酬請求権ならびにパブリシティ権、その他すべての権利は、何らの制限なく原始的にXに帰属する。 
10条:
本契約期間中はもとより契約終了後においても、Xの命名した以下の芸名および名称をXの承諾なしに使用してはならない。
  争点 ❶芸名使用を制限する条項(10条)の有効性
❷本件契約が終了しているか否か
❸本件芸名に係るパブリシティ権がXとYのいずれに帰属するか
  判断   争点❷:終了

①YがXに対し、芸能活動の引退を申し出た際にXが引き止めなかったこと
②(Yが芸能活動を停止した後の)XによるYに対するマネージメント活動や報酬等の支払の有無
③XがY宛に送付した書面の文言⇒Xが本件契約が終了したものと認識

本件契約が終了 
  争点❸(本件芸名に係るパブリシティ権がXとYのいずれに帰属するか):
①本件芸名には相応の顧客吸引力が生じている
②本件芸名によって、識別・想起されるのはY

Yに、本件芸名に係るパブリシティ権が認められるべき。
契約8条:
パブリシティ権の譲渡性について現段階で一律に否定することは難しい。
but
譲渡性を否定しないとしても、8条(パブリシティ権に係る部分)は公序良俗に反し無効。

本件芸名に係るパブリシティ権がYに帰属する。
  争点❶(芸名使用を制限する条項(10条)の有効性):
①本件契約が終了していること
②本件芸名に係るパブリシティ権がYに帰属していること

本件契約10条について、少なくとも「本件契約の終了後」も「無期限に」Xに本件芸名の使用の諾否の権限を認めている部分が公序良俗に反し無効。
  解説  本判決:
8条・10条が公序良俗に反するかについて
①それによってXの利益を保護する必要性の程度、
②それによってもたらされるYの不利益の程度
③代償措置の有無
といった事情を考慮して、
合理的な範囲を超えて、Yの利益を制約するものであると認められる場合には、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効。

芸名に係るj顧客吸引力を排他的に利用する権利(いわゆるパブリシティ権)が、本来、芸能人に帰属するものと認められ、
この権利の性質上、この権利の制約が当該芸能人の芸能活動をも制約する効果を有し得る一方で、
同条項には、芸能事務所側の投下資本の回収という目的もあり得る

両者の利益状況を比較衡量して、当該条項の公序良俗違反該当性について判断。

労働契約等における退職後の競業避止義務条項の効力を検討する際のものに近い。
  パブリシティ権の法的性質:
A:人格権説
B:財産権説 
最高裁:
人の氏名、肖像等は、個人の人格の象徴である⇒当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有する。
前記の肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(パブリシティ権)は、当該肖像等それ自体の商業的価値に基づくもの⇒前記の人格権に由来する権利の一内容を構成

基本的に、人格権説に立つことを明らかに。
人格権の一身専属性を強調⇒パブリシティ権の譲渡性が否定されるという結論に結びつきやすいが、最判に言及はない。
学説:
パブリシティ権の法的性質・譲渡性の有無について見解が分かれている。
  民事p77
東京地裁R4.10.26  
  保育所でのホットドッグ誤嚥⇒後遺障害で国賠訴訟(否定事案)
  事案 Yが設置運営する保育所で、X1が、ホットドッグを誤嚥⇒心肺停止⇒寝たきりの後遺障害
X1と両親であるX2、X3、姉X4は、本件保育所がX1に本件ホットドッグを提供したことが違法⇒Yに対し、国賠法1条1項に基づき、損害賠償金として
X1につき1億円
X2及びX3につき各800万円
X4につき500万円
及び遅延損害金の支払を求めた。
X1(当時3歳2か月)は、内斜視及び遠視性乱視を患っていたほか、運動・言語に発達遅延⇒1歳児クラスで保育。
  争点 Yによる措置のうち、
①X1に本件ホットドッグを提供したこと及び提供方法の違法性
②食事中の監視体制の関する違法性
③誤嚥直後の救護活動に関する違法性 
  判断・解説  争点①:
パン食や皮つき・粗挽きウインナーが1歳児、特に発達障害を有していたX1にとって誤嚥の危険がある旨の医師の見解も存在。
but
①幼児食を照会する文献にホットドッグの調理例が記載されている
②X1が本件事故以前に同様の食事を問題なく完食しており、嚥下機能が未熟であたっとはいえない
⇒X1に対する本件ホットドッグの提供及び提供方法に違法な点はない。
  争点②:
保育士1名が、本件事故直前に清掃のために食事会場を離れたという事情。
but
①前記保育士を除いても幼児10人に対して保育士2名が配置
②現に保育士がX1の誤嚥後直ちに救護活動に着手

食事中の監視態勢に違法な点はない。
  争点③:
保育士が誤嚥から5分経過後に緊急通報
but
①保育士が直ちに背部叩打を実施
②X1が誤嚥から3分後にパンの塊を吐き出した
③それにもかかわらずX1の容態が回復しなかった
ことなどを重視し、
保育士が誤嚥覚知当初緊急通報を行わなかったこともやむを得ない。 
  Yの措置を違法でない⇒付随の争点(予見可能性・因果関係の遮断等)について判断していない。
  民事p87
大阪地裁R4.10.25  
  統合失調症り患の成人男性による心神耗弱での殺傷⇒同居の親の責任(肯定事例)
  事案 統合失調症患者であるY2が、近隣住民一家を殺傷した事件で、被害者及びその遺族であるXらが、Y2(24歳)及びY2(42歳)と同居する母であるY1に対し、Y2には責任能力があり、Y1にはY2の他害行為を防止すべき注意義務に違反した過失がある⇒Xらに対する共同不法行為責任を負う⇒損害賠償請求。 
  争点 Y1の注意義務違反の有無 
  判断 Y2につき、本件事件当時、統合失調症の影響により心神耗弱状態であり、限定責任能力の状態にあったことを前提とした上で、一般論として、同居の親は、当然に統合失調症などの精神疾患を負うということはできない。 
but
❶精神障害者の在宅治療の選択及び専門家の排除等の先行行為
❷精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容等の予見可能性
❸同居の親の心身の状況及び精神障害者との関わりの実情等の監督可能性(結果回避可能性)
がある場合には、単なる事実上の監督を超えてその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められ、その者に対し、当該精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当と言える客観的状況が認められる

精神障害者の同居の親の監督義務(注意義務)が認められ、
さらに、当該監督義務違反と精神障害者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認め得るときは、その者について、民法709条に基づく不法行為が成立。
①本件事件当時、Y2は24歳、Y1は47歳の飲食店経営者
②Y2がY1に経済的にも精神的にも依存していた





・・・かかる事実関係の下では、Y1がY2につき入院治療に引き続いて統合失調症の通院治療の継続が必要な状況にありながら、訪問看護などの専門家の関与を拒絶する一方で、Y2による通院拒否について状況を改善し得る立場にあるのに、また、Y2の病状の悪化を現認認識し、Y2が他害行為に及ぶ危険性が切迫していることを認識し得た状態であったのに、これを放置しており、Y1が事件の半月ほど前の時点で医療機関にY2の病状を伝えて対処方法を相談していれば、Y2による他害行為に及ぶ結果を回避する可能性があった

Y1の注意義務違反および相当因果関係を認め、Yらに対する損害賠償請求を認めた。
  規定 民法 第七一四条(責任無能力者の監督義務者等の責任)
前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。
  解説  責任能力がある非監督者が(行為無能力者)が加害行為を行った場合の監督義務者の責任について、責任能力を有する未成年者の事例ではあるが、最高裁は、
監督義務者の義務違反と当該未成年の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認め得るときは、監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立するおのと解するのが相当であり、民法714条の規定が前記解釈の妨げとなるものではない。

心神耗弱に留まる精神障害者による不法行為についても同様。 
  精神障害者に関し、誰が民法714条1項の監督義務者に該当するか?
精神福祉法20条が、精神障害者の後見人、配偶者、親権者及び扶養義務者のうちから家庭裁判所が選任した者が保護銀ぬ者になる旨を規定し、同法22条が、保護義務者の義務として、他害防止の監督義務を規定
⇒従前、同法を根拠に、精神障害者についての同法上の保護者がこれに該当するものとされていた。
vs.
精神障害者は、突然予想外の行為に出ることがあるのに理性的な説得や教育が効を奏しないし、未成年者と異なり体力的には成熟しているため行動を制止するのも容易ではないなど、精神障害者の家族にとって、精神障害者が他害行為に出ることを阻止するのは困難。
⇒その家族に保護義務者としての監督義務を広く認めることは、未成年者の場合と比べて問題がある。

平成11年:精神福祉法22条の保護者の自傷他害防止監督義務が廃止
平成25年:精神福祉法上の保護者制度そのものが廃止
最高裁H28.3.1:
91歳の認知症の男性が心神喪失下で徘徊中に線路内に立ち入り、列車との衝突事故を起こして、鉄道会社に損害を与えたことにつき、鉄道会社が男性の妻と長男に対して損害賠償を求めた事案において、
責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、法定の監督義務者に準ずべき者として、民法714条1項が類推適用される。
男性の妻と長男につき、いずれもその監督を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない⇒責任を否定。
  民事p101
東京地裁R5.2.22  
  振込詐欺で振込先として使用された口座の名義人の幇助による共同不法行為責任(肯定事例)
  事案 振り込め詐欺の被害金の振込先として使用された預貯金口座の名義人につき不法行為責任の有無が問題となった事案 
Xは、前記預貯金口座の名義人であるY1~Y6に対し、前記氏名不詳者らによる詐欺行為に加担⇒不法行為責任(民法709条)又は幇助による共同不法行為委責任(同法719条1項、2項)に基づき、損害賠償を請求。
  判断 Yらのいずれについても不法行為責任の成立は否定。
but
Y1~Y4、Y6について、幇助による共同不法行為責任の成立を認めた。 
犯罪による収益の移転防止に関する法律の諸規定
⇒自己名義の預貯金口座を他人に使用させることは原則許されず、通常の商取引又は金融取引として行われるものであるなどといった正当な理由がある場合に限り例外的に許容されるにすぎない。
・・・自らの意思に基づいて自己名義の預貯金口座のキャッシュカード等を第三者に提供しており、同提供につき正当な理由となり得る事情は何らうかがわれない。
⇒キャッシュカードの提供により当該預貯金口座が不正に利用されることを認識し得たというべきであるにもかかわらず、これを認識せずに漫然と前記提供をした。

過失により詐欺行為を幇助した。
Y5については、自己名義の口座のキャッシュカード等を第三者に提供したとは認められない⇒幇助を否定。
  解説   振り込み詐欺の被害金の振込先ついて使用された預貯金口座の名義人は、通常、実在の人物であり、当該預貯金口座が設けられている金融機関等に対する調査嘱託や文書提出命令等の手段によってその正確な氏名の表記や所在等の人定情報を得られることも少なくない。
but
多くの場合、口座名義人は、自身の預貯金口座が振り込め詐欺に使用されるとの明確な認識がないまま、同口座のキャッシュカードや暗証番号等の情報を第三者に提供している⇒そのような口座名義人に対して民事上の損害賠償責任を問い得るか?
  「かけ子」が使用した電話番号は、東日本電信電話株式会社から電気通信事業等を目的とする株式会社であったQ1社に提供され、同社から㈱Q2に提供されたもの。
XがQ1社の代表取締役を務めていたZ1に対して民法719条1項、2項、同法709条、会社法429条1項に基づく損害賠償を請求した事件について、請求は棄却。
XがQ2社及びQ2社の代表取締役の破産管財人に対し、
①Xが、Q2社に対し、民法719条1項、同条2項に基づき、同社を破産者とする破産事件につき、破産債権を有することの確定を求めるとともに、
②Xが、Q2社の代表取締役Z2に対し、民法719条2項、会社法429条1項に基づき、同人を破産者とする破産事件につき、破産債権を有することの確定を求めた事件については、
Xが前記いずれの破産債権を有しないことを確定する旨の判決。
2591
  民事p21
東京地裁R4.12.27  
  区分所有建物の共用部分の瑕疵を原因として生じた漏水事故の事案
  事案 区分所有者の1人で203号室に居住するXが、上階からの漏水事故が発生したと主張して、上階の302号室の区分所有者で同室に居住するY1と区分所有者全員で構成される本件建物の管理組合であるY2に対し、連帯して、本件建物の管理規約等に基づいて、本件事故が発生した箇所につき調査及び補修を行うよう求めるとともに、債務不履行、不法行為又は工作物責任に基づく損害賠償請求として、203号室の補修費用、同室の資産価値下落分の補償金等合計1400万1328円及び遅延損害金の支払を求めた。 
  争点 ①本件事故の原因
②YらがそれぞれXに対して損害賠償義務を負うか
③Xに生じた損害の有無及びその金額
④YらがそれぞれXに対して調査及び補修を行う義務を負うか
  判断   争点①:
本件事故は302号室の北側外壁のコンクリート躯体部分に隙間ないし亀裂が生じていたことによるもの
争点②:
本件建物内への雨水等の侵入を防ぐ機能を有するはずの外壁躯体部分にそのような雨水等の侵入が可能な隙間ないし亀裂が生じていたことは、民法717条1項本文の「瑕疵」に該当。
本件規約上、本件建物主体構造部分は共用部分に含まれる⇒その占有者は当該部分を共有する本件建物の区分所有者全員であり、その部分に存する隙間ないし亀裂を放置している以上、区分所有者全員が、Xに対し、不真正連帯債務の形で民法717条1項本文に基づく損害賠償義務を負う。 
区分所有建物の区分所有者全員からなる管理組合の管理規約に、同組合が共用部分を管理、その修繕を同組合の負担において行う旨の定め

区分所有者全員が、同組合に対し、共用部分の保存の瑕疵により第三者が損害を被った場合に発生することとなる民法717条1項に基づく損害賠償債務について、それを履行する権限を付与するという趣旨を含むと解するのが相当。
本件規約の定め:
①共用部分の管理・修繕は、Y2の負担においてこれを行うものとされ、
②負担の時期及び負担額に制限を設けていない

被害者が本件建物の区分所有者に対して共用部分の工作物責任に基づく損害賠償債務の履行を求めた際に、Y2が当該債務全額を履行する権限を付与されたものと認められ、
これにより、区分所有者全員が占有する共用部分の設置管理の瑕疵により生じた本件事故に関し、Y2は民法717条1項本文に基づいて、本件事故と相当因果関係のある損害につきこれを賠償する義務を負う。
Y1は、本件建物の共用部分の占有者の1人⇒その負担割合(持分)の限度で本件事故と相当因果関係のある損害につきこれを賠償する義務を負う。
  争点③:
本件事故と相当因果関係のある損害として、
天井の補修費用、203号室の資産価値下落分の損害、寝室を使用することができなかったことによる損害、慰謝料及び弁護士費用として合計1047万2426円の損害の発生を認め、
同金額からXが区分所有者の1人として負担すべき37万5179円を控除した金額である1009万7247円につき、Yらに対し、賠償を命じた。
  争点④:
本件規約の規定はXとYらとの間の権利義務を定めたものではない
⇒YらがXに対して本件事故の損傷個所につき調査及び補修を行う義務はない。
  解説 本件の特色:
Y2に対し、被害者が区分所有者に対して共用部分の工作物責任に基づく損害賠償義務の履行を求めた際にY2が当該債務全額を履行する権限を付与したと解釈。
履行権限付与に係る判例の先例として最高裁H27.9.18。
控訴で東京高裁はXのY2に対する請求を棄却する旨の判断。
  民事p33
金沢地裁R4.12.9  
  野球部の活動中、河川へ落下したボールを回収しようとして河川に転落⇒国賠責任肯定事例
  事案 Vの両親であるX1及びX2が、野球部の担当教員らに注意義務違反があった⇒Y(石川県)に対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償請求として合計2723万6253円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。 
  争点 ①ボールの回収を中止させるべき注意義務違反又はその回収に関する指導等をすべき注意義務違反の有無
②過失相殺の可否 
  判断 争点①について:
本件河川及び法面の状況や、指導担当教員が過去にボールを回収しようとして本件河川に転落した経験があること等

ガードレールを越えて法面に下りた場合、体勢を崩して本件河川に転落し、生命・身体に対する危険が生じ得ることは予見できた⇒担当教員らにおいて、ガードレールを越えてボールを回収しないよう生徒に指導すべき注意義務があったことを認定し、同義務の違反を認定。
争点②について:
①本件河川の川幅等の状況及び法面の形状に加えて、そもそもガードレールは河川への転落事故を防止するために設置されている
⇒ガードレールを越えてボールを回収することに転落の危険が伴うことは、当時高校1年のVにとっても予見可能であった
②事故当時、生命・身体の危険を冒してまでボールを回収しなければならないとVが考えざるを得ない状況にあったとはいえない
⇒3割の過失相殺。
  解説 中学・高校における教育活動の一環として行われる課外の部活動において、担当教員が生徒の安全に関わる事故の危険性を具体的に予見し、事故発生を未然に防止する措置をとるべき一般的な注意義務を負う(判例)。 
過失相殺について、
学校内の事故においては、生徒を指導教育し、その安全を保護すべき立場にある教員の注意義務違反が、保護を受ける生徒自身の注意義務違反に比して基本的に重視される。
  民事p41
大阪地裁R5.6.30  
  民法719条1項後段類推で、石綿含有建材を製造・販売した会社の損害賠償責任を肯定した事例
  事案 建設作業等に従事した際に石綿関連疾患にり患したと主張する者又はその承継人である原告らが、石綿含有建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示することなく石綿含有建材を製造・販売したことが不法行為に該当⇒不法行為(民法709条又は同法719条後段の類推適用)に基づき、各被告に対し損害賠償を求めた、いわゆる建設アスベスト大阪第2陣・第3陣訴訟の1審判決。 
  判断 ●警告義務 
  ◎ア:基本形 
  ◎イ:吹付作業従事者との関係
  ◎ウ:屋外建設現場における建設作業従事者及び外装材との関係 
  ◎エ:建材を最初に使用する者以外の者との関係 
  ●  ●警告義務に違反した会社の特定 
  ①当該被災者が石綿粉じんにばく露する原因となった種類の石綿含有建材(「特定種類主要原因建材」)を特定。
②当該被災者の作業する建設現場に到達した石綿含有建材を製造・販売した会社を特定。
③②による特定ができない場合・・・
④②③より特定された石綿含有建材を製造・販売した会社を「特定主要原因企業」と定義し、特定種類主要原因建材のうち、その特定された会社が製造・販売した石綿含有建材を「特定主要原因建材」と定義。
  ●  ●シェアについて 
  原告らが主張するシェア10%は一応の合理性を有する数値であるとし、石綿含有建材ごとのシェア等について、判断。
ア:吹付材
イ:石綿スレートボードとケイカル板1種
ウ:石綿含有ロックウール吸音天井板
エ:ケイカル板2種
オ:混和材
  ●特定主要原因企業の責任
  ア:警告義務違反:
特定主要原因企業に該当する被告らは、いずれも特的主要原因建材に該当する石綿含有建材を製造・販売する際に、当該建材が石綿を含有しており、当該建材から生ずる粉じんを吸引すると石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること等を当該建材やその包装に表示すべき義務(警告表示義務)を負っていた。
but
その義務を履行していたと認めるに足りない。
  イ:責任を負う根拠:
民法719条1項後段の類推適用
⇒各被災者ごとに認定された特定主要原因建材を製造・販売した特定主要原因企業の損害賠償責任を認め、その特定主要原因企業が複数である場合には、複数の特定主要原因企業に該当する被告らの寄与度に応じた範囲で、連帯して損害賠償責任を負うもものと解するのが相当。
被告らの寄与度は、有責期間外に石綿粉じんにばく露した期間と有責期間との比率、ばく露の原因tなった他の石綿含有建材の種類・性質や使用した期間等の個別事情を考慮して、個別に認定。
  ●損害
石綿にばく露したことにより肺がん、胸膜中皮腫、石綿肺及びびまん性胸膜肥厚にり患した被災者の被害の状況について詳細に認定した上で、本件に現れた一切の事情を考慮。
傷害慰謝料、後遺傷害慰謝料あるいは死亡慰謝料の額についての裁判実務における同項。

本件訴訟における被災者1人当たりの基本となる慰謝料の額:
①石綿関連疾患により死亡した場合:2950万円
②肺がん、中皮腫、石綿肺(管理区分4)又はびまん性胸膜肥厚(ただし労災において「業務上の疾病」と認定されたもの)にり患した場合:2750万円
③石綿肺(管理区分が管理2)で続発性気管支炎の合併症がある原告について:2100万円
肺がんにり患した被災者の喫煙歴による慰謝料の額について、一律1割を減じ、
寄与度に応じた額を算定、
国などから和解金ないし解決金を受領した者については、これらの損害の額の算定に反映させ、
被告らの責任と相当因果関係のある弁護士費用は慰謝料額の約1割に相当する金額俊、
具体的な損害額を認定。
  解説   いわゆる建設アスベスト訴訟
①最高裁H3.5.17(神奈川1陣訴訟)7:
多数の建材メーカーが、・・・・言っての事情の下では、建材メーカーらは、民法719条1項後段の類推適用により、前記大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害に賠償責任を負う。
②最高裁H3.5.17(東京1陣訴訟):
一定の条件の下で・・・市場占有率を用いた確率計算を考慮するなどして、特定の建材メーカーの製造販売した石綿含有建材が特定の建設作業従事者の作業する建設現場に相当回数にわたり到達していたとの事実が立証され得る。
③最高裁R3.5.17(京都1陣訴訟)④同(大阪1陣訴訟):
一定の条件の下で、建材メーカーが、自らの製造販売する石綿含有建材を使用する屋外の建設現場における石綿含有建材の切断、設置等の作業に従事する危険が生じていることを認識することができたとはいえない。
⑤最高裁R4.6.3(神奈川2陣訴訟):
一定の条件の下で、建材メーカーは、石綿含有建材を製造販売するに当たり、当該建材が使用される建物の解体作業に従事する者に対し、当該建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示すべき義務を負っていたとはいえない。
  本判決における特定主要原因企業を認定する手法:②最判を基礎
複数の特定主要原因企業に該当する被告らの寄与度に応じた範囲で、連帯して損害賠償を負う:①最判と軌を一に
建材メーカーの警告義務について、屋外建設現場において外装材を扱う建設作業従事者や建物の解体作業従事者に対する警告義務を認めなかった点:③~⑤最判に沿う 
屋内建設現場における建設作業従事者との関係での警告義務の発生時期。
吹付石綿及び吹付ロックウールの製造・販売をした建材メーカーの警告義務の発生時期。
③④最判を前提に、外装材を取り扱う建設作業従事者に対する警告義務を原則として否定しつつ、例外が認められる場合があることを明示。
警告義務の対象となる建設作業従事者が広くなっている。
損害。
  刑事p108
大阪高裁R5.6.26   
   一審:相当長期の処遇勧告⇒控訴審:比較的長期の処遇勧告の事案
  事案 少年(当時17歳)が、
①公園で13歳未満の女児を抱きかかえるように持ち上げるなどのわいせつな行為をし、
②走行中のバス車内で衣服の上から女性の大腿部を触るなどの行為をした
という事案。 
  原審 ①②の各非行事実を認定
少年を第1種少年院に送致する保護処分に付し、
相当長期の処遇勧告を付した。 
    原審付添人が、
①についての法令違反及び事実誤認
処分相当
を理由に、
少年が、処分不当を理由に、
それぞれ抗告を申立てた。
  抗告審 事実誤認・法令適用の誤りはない。 
各非行事実の犯情を前提に、
少年の非行歴及び保護処分歴、資質上の問題や保護環境等を踏まえた要保護性の高さ

少年を第1種少年院に送致した原決定は相当。
⇒抗告を棄却。
but
理由中において
原決定が相当長期の処遇勧告を付すことが相当とした点については合理性を欠いており、
少年に対しては比較的長期の処遇による教育を実施することが相当。

①前件(女児に抱きつくなどした虞犯の非行事実で第1種少年院送致の決定を受けた事件)での少年院における約1年の矯正教育によりその内容が身につかなかったという点について、そのことから直ちに2年を超える相当長期の矯正教育が必要と帰結されるものではなく、鑑別結果通知書によれば前件での矯正教育の効果が認められる面もある
②前記の各非行は、前件と比較して非行が深化したといえるほど重大でなく、鑑別結果通知書には、前件時より非行につながる行動傾向が強まっているとの評価はなく、少年に必要な矯正教育として相当長期の処遇を必要とする趣旨の記載もない
③少年院での成績経過記録表⇒原決定認定のように矯正教育当初に処遇が進まなかったわけではない
④環境調整の必要性が当初から少年院での処遇期間を大幅に延ばす合理的理由になるとは考えられない
  解説   少年院における矯正教育の期間:
少年につき指定・策定される矯正教育課程(少年院法33条1項)及び個人別矯正教育計画(同法34条1項)により定まる。
これらの内容や期間等は訓令や通達により運用上定められている。
but
家裁が少年院送致決定に当たって矯正教育の期間に当たって矯正教育の期間に関して行う処遇勧告(規則38条2項)のうち、「短期間」(6月以上)又は「特別短期間」(4月以内)の処遇勧告⇒その勧告に従ったものによることとされている。 
これらの処遇勧告がなされない⇒通常、概ね1年程度が基準期間として設定される。
but
それ以外の期間について特別の希望意見が記載された処遇勧告は、その勧告の趣旨を十分尊重するものとされている。
実務上:
「相当長長期間」:2年を超える期間の処遇を求める場合
「比較的長期間」:2年以内であるが通常よりも長期間の処遇を求める場合
「比較的短期間」:短期間の処遇を求めるものではないが通常よりも短い期間の処遇を求める場合
令和4年の通達改正:
「比較的長期間」:1年6月を基準とする個人別矯正教育計画を策定
  矯正教育の期間に関して行う処遇勧告に不服がある場合、「処分の著しい不当」(少年法32条)を理由として抗告の申立てができるか? 
消極

①家裁の処遇勧告には試行期間を法的に拘束する効力はない
②少年院における矯正教育の期間は通達等に基づく運用上のものにすぎない
but
実務上、処遇勧告を付した(付さなかった)上での少年院送致決定についての処分不当を理由とする抗告申立てと解して適法と取り扱い、処遇勧告の当否についても判断を示している例が多い。
←矯正教育の期間が少年にとって重大な影響を及ぼす。
抗告審において、少年院送致はそうとうであるが処遇勧告については不当であるという判断に達した場合には、抗告は棄却するものの、理由中でその旨の私的がされている。
  通達等の趣旨⇒抗告審の判断が矯正期間において尊重されるべきこととなる。
but
①抗告棄却の決定は矯正機関に対するものではない 
②抗告審が処遇勧告を発することはできない(少年審判規則38条2項は抗告審に準用されない)

実務では、抗告審において別途少年院に対して通知書(抗告審決定書の写しを添付したものなど)を送付する取扱い。