シンプラル法律事務所
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勉強会(判例時報2025前半)

判例時報の勉強会用の資料です(随時更新)

       
       
       
2615   
  判例特報p18
名古屋高裁金沢支部R6.10.23   
  福井女子中学生殺人事件第2次再審請求事件・再審開始決定
  事案 X(請求人)の知人で、当時別件で逮捕、交流されていたS1が、事件当夜に着衣等に血痕の付いたXを見た⇒S1を含む6名から、Xが、事件当夜、犯行時刻頃に被害者方付近にいたこと、犯行直後の時間帯に着衣等に血痕を付着させていたこと、犯行に及んだ旨の告白をしたことなどのXの犯人性を基礎づける供述⇒Xが、逮捕、交流、鑑定留置を経て、殺人罪で起訴。 
Xは、逮捕来、一貫して関与を否認し、犯人性を争った。
確定審の第一審:
主要関係者供述の信用性を否定し、殺人については無罪、併合審理していた毒物及び劇物取締法違反(自白事件)について罰金刑。
控訴審:
第一審判決の無罪部分を破棄し、Xを犯人と認めた上、犯行当時、シンナー乱用による厳格、妄想状態で、心神耗弱状態にあった⇒懲役7年、上告も棄却。
  判断・解説 白鳥決定の判旨を引用し、
①新旧証拠を総合的に評価すべきこと(総合評価説)や
②再審請求審においても「疑わしきは被告人の利益に」という
刑事裁判の鉄則が適用されることを確認。
旧証拠を再評価する範囲及び程度
白鳥決定:
いわゆる限定的再評価説に依拠し、新証拠の持つ重要性とその立証命題に照らし、それが有機的に関連する確定判決の証拠判断及びその結果としての事実認定にどのような影響を及ぼすかという観点から、確定判決の事実認定の当否を事後的に検討するのに必要な限度で旧証拠を再評価。
本決定:
確定判決の証拠構造を分析し、犯人性に関する間接証拠である主要関係供述は、事件当夜の出来事について、共通する1つのストーリーを語ることにより、各供述の信用性を相互に差さえある補充関係にあり、主要関係者のいずれかの供述の信用性評価に変更があれば、必然的に他の主要関係者供述の信用性評価にも波及する関係にある。
ある主要関係者の供述に関する新証拠が、旧証拠(当該主要関係者の供述)の証明力を減殺することや、その程度について論じた上、当該新証拠が、他のきゅうしょうこに関する評価をも左右する関係にある。
⇒主要関係者のうち、S6、S4及びS1の供述に関する新証拠により、全ての主要関係者の供述を再評価。
新旧証拠の総合評価に際しては、主要関係者らの捜査段階から公判証言までの供述内容、変遷経過を把握した上、捜査の進捗状況等も踏まえながら、捜査機関が、先行するS1の虚偽供述を基に、他の主要関係者の供述を誘導した具体的な痕跡を子細に示して、その信用性を否定し、再審開始の決定を導く。
弁護側:新証拠として、主要関係者供述についての供述心理鑑定や、ルミノール鑑定等の新証拠を提出。
but
本決定は、新証拠のうち、供述心裡鑑定等の明白性については判断せず、主として検察官が新たに開示した証拠書類に明白性を認めた。

新たに開示された供述調書や、供述経過に関する捜査報告書等は、S1が虚偽供述をしたことや、捜査機関による誘導等をより直接的に証明するもので、証明力も高いと評価し、かかる証拠だけで再審開始の心証が得られた。
S6供述 について
・・・確定審における論告要旨、控訴趣意書の記載や、起訴後の補充捜査の状況等から、確定審検察官が、第一審の審理中に本件場面が事件当夜に放送されていなかった事実を把握しながら、公判で明らかにしていなかったことを認定し、
「確定審検察官の訴訟活動は、公益を代表する検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い不正の所為」と厳しく非難。
~適正手続の観点から当然の指摘。
S4、S1供述について 
本件における審理手続 
未開示の供述調書や、捜査報告書等に証拠開示命令を請求し、三者協議の実施を求めた。
裁判所からの勧めもあって、検察官からは、新たに捜査報告書等280点あまりの証拠が開示。
検察官による証拠開示が適切に行われなければ、結論を異にした可能性は否定できず、本件再審請求審における証拠開示や、裁判所の積極的な訴訟指揮の重要性が再確認された。
  行政p94
最高裁R6.7.18   
  租税特別措置法施行令39条の117第8項5号括弧書(「関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険」の意味)
  事案 X:
NGRE:バーミューダ諸島で設立された保険業を主たる事業とする外国法人(Xが全株式を間接保有)
NRFM:メキシコ合衆国に所在する金融業を営む外国法人(Xが全株式を間接保有)
AVM: メキシコ合衆国に所在する保険業を営む外国法人。
NRFMは、Xの企業グループが製造する自動車を割賦で購入する顧客(「本件各顧客」)との間で、購入資金を貸し付けることを内容とする契約(「本件クレジット契約」)を締結。
本件クレジット契約にいて、本件各顧客が本件クレジット契約に定める保険契約を自ら締結しない場合には、NRFMが所定の保険契約を締結し、これに本件各顧客を加入させることができ、本件各顧客は前記保険契約に係る費用を支払わなければならないこととされていた。
NRFMは、AVMとの間で、保険期間を平成26年8月6日から平成27年8月5日までとする保険契約を締結、その後、同一内容で保険期間を同年6日から平成28年8月5日までとする保険契約を締結(「本件元受保険契約」)。
NRFMは、本件顧客が、本件クレジット契約に定める保険契約を自ら締結しない場合、本件各顧客を本件元受保険契約に加入させた上で、本件各顧客から本件元受保険契約の保険料に相当する金額を徴収し、保険料をAVMに支払っていた。
AVMとNGREは、契約期間をを平成26年7月1日から5年間とし、AVMが本件元受保険契約において引き受ける前保険リスクの70%をNGREに対して再保険に付し、NGREがこれを引き受けることを内容とする再保険契約(「本件再保険契約」)を締結。
  制度 租特法68条の90第1項(平成29年改正前のもの)は、同項各号に掲げる連結法人に係る特定外国子会社等が各事業年度において適用対象金額を有する場合には、その適用対象金額のうち個別課税対象金額に相当する金額は、その連結法人の収益の額とみなして、当該各事業年度終了の日の翌日から2月を経過する日を含むその連結法人の各連結事業年度の連結所得の金額の計算上、益金の額に算入する旨を規定。
同条3項(平成28年改正前のもの)は、前記特例外国子会社等が同項所定の要件を全て満たしている場合には、同条1項の規定を適用しない旨を規定(「適用除外要件」)
同条3項1号:
適用除外要件の1つとして、同条1項の規定は、前記特定外国子会社等がその事業年度において行う主たる事業が保険業に該当し、その事業を主として当該特定外国子会社等に係る同項各号掲げる連結法人等・・・・以外の者との間で行っている場合として政令で定める場合に該当するときは、前記事業年度に係る適用対象金額については適用しない(「非関連者基準」)。
租特法施行令39条117第8項
・・・
同項5号は、保険業につき、当該各事業年度の収入保険料の合計額のうちに当該収入保険料で関連者以外の者から収入するもの(当該収入保険料が再保険に係るものだえる場合には、関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険に係る収入保険料に限る。)の合計額の占める割合が100分の50を超える場合とする。
  事案 Xが本件事業年度に係る法人税及び地方法人税の確定申告をしたところ、処分行政庁は、Xに対し、令和2年7月31日、本件再保険契約に係る収入保険料は、NGREに係る関連者に当たるNRFMの資産を「保険の目的」とする保険に係るものであって、本件括弧書きの要件を充たさず、租特法施行令39条の117第8項5号にいう「関連者以外の者から収入するもの」に該当しない⇒同号にいう割合が100分の50を超えないこととなる⇒NGREは本件NGRE事業年度において非関連者基準を満たさない。

法人税及び地方法人税の各増額再更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をした。

Xが、Y(国)を相手に、前記各処分のうちXが主張する金額を超える部分の取消しを求めた。
  一審 本件再保険契約に係る保険は本件括弧書きにいう保険に当たらず、適用除外要件は満たされない。 
  原審 本件括弧書きにいう「資産」や「損害賠償責任」は例示にすぎず、「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険」とは、関連者以外の者の資産等に対する保険危険を担保する保険をいう⇒適用除外要件が満たされる。
  判断 本件元受保険契約の実質に照らせば、本件再保険契約に係る保険は本件括弧書きにいう保険には当たらず、租特法68条の90第1項の規定の適用は除外されない
⇒原判決を破棄し、Xの控訴を棄却。
本件括弧書きは、特定外国子会社等が保険者として再保険取引を行うに際し、当該再保険取引が関連者以外の者の資産又は損害賠償責任に係る経済的不利益を担保しようとするものである場合に限り、当該特定外国子会社等が当該再本件取引から得る収入保険料は関連者以外の者から収入するものとして扱うこととしたもの。

本件括弧書きにいう「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の物が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険」とは、関連者以外の者の資産又は損害賠償責任に係る経済的不利益を担保する保険をいう。
  解説 ●租税法規の解釈の在り方 
①租税法は侵害法規であり、法的安定性の要請が強く働く⇒その解釈は原則として文理解釈によるべきであり、みだりに拡張解釈や類推解釈を行うことは許されない。
②ただし、文理解釈によって規定の意味内容を明らかにすることが困難である場合には、規定の趣旨目的に照らしてその意味内容を明らかにしなければならない。
(金子)
  ●本件括弧書きにいう「保険の目的」の意義 
  「保険の目的」については、その文理だけからは意味内容を一義的に確定することは困難⇒本件括弧書きの趣旨目的を踏まえて検討されるべき。
  ・・・非関連者基準については、特定外国子会社等とその関連者との取引が非関連者を介在させて間接的に行われている場合には、そのような介在をさせることについて相当の理由がある場合を除いて、前記特定外国子会社等と非関連者との間の取引は、前記特定外国子会社等と関連者との間において直接行われたものとみなして非関連者基準を適用する旨が規定されていたところ、再保険取引の形で非関連者が介在する場合に、前記の規定の取扱いが不明確であるとの問題に対応すべく、本件括弧書きが設けられた。

本件括弧書きは、関連者取引に再保険取引の形で非関連者を介在させることにより非関連者基準を(いわば脱法的に)充足させることを制限する趣旨に出たものあることは明らか。
    問題は、本件括弧書きが、前記趣旨を達成するために、再保険の保険料を具体的にどのような条件の下で非関連者取引に係る収入と捉えることとしたものと解されるか?
損害保険に加入する者は、同保険により自ら(又はこれに類する者)が有する財産等について発生するかもしれない経済的不利益の填補を受けることを目的として、保険料を支払う。保険料の支払いによる経済的な損失を可能な限り少なくすべく租税回避に向けた動機が生じ、かかる租税回避については、再保険を利用することでこれを容易に行うことが可能になる。 
本件括弧書きは、このような保険、再保険の特徴などを踏まえつつ、非関連者基準の判断に際し、収入保険料が再保険に係るものである場合には、関連者間取引に当たる保険取引とそうでない保険取引とを前記の保険の意義ないし経済的機能の観点からより実態に即して版部うすべく、
当該再保険に係る元受保険契約によって経済的不利益の填補を受ける対象が非関連者の有する資産等である場合には、関連者間取引ではない保険取引として扱い、その保険料は関連者以外の者から収入するものとして扱うとの趣旨にでた。

本件括弧書きにいう「保険の目的」とは、保険金の支払を受けることにより経済的不利益の保障、填補を得ようとする対象と解することが、前記趣旨にかなう。

「保険の目的」とは、保険事故が生じた際に、保険解約に基づき、保険金の支払を受けることにより経済的不利益の保障、填補を得ようとする対象。
   
    ・・・非関連者基準については、保険業に限らず一般に、特定外国子会社等とその関連者との取引が非関連者を介在させて間接的に行われている場合には、そのような介在をさせることについて相当の理由があると認められる場合を除いて、その特定外国子会社等と非関連者との間の取引は、その特定外国子会社等と関連者との間において直接行われたものとみなして非関連者基準を適用する旨の規定が置かれていた。
but
保険業特有の取引である再保険取引の形で非関連者が介在する場合には、前記規定の取り扱いが不明確であるとの問題、すなわち、国内の親会社が実質的には海外子会社に保険料を支払うケースでも、直接の保険契約とするのではなく、一旦非関連者との保険契約を結ぶスキームとすることにより、非関連者基準が充足されるとかいしゃくされる懸念が指摘。

平成7年度税制改正においては、保険業に係る非関連者基準の適用に当たっての判断基準を明示すべく、再保険に係る収入保険料についての本件括弧書きが設けられた。
   
     ・・・再保険の保険料については、原則として、非関連者からの収入保険料に含まれないとした上で、
例外的に、再保険としての合理性が認められる類型の保険取引(第一次的には損害保険が念頭に置かれていた。)に係る保険料に限って、非関連者からの収入保険料に含むこととする点にある。

本件括弧書きの「資産」「損害賠償責任」は限定列挙。
 
本件括弧書きにいう「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険」とは、非関連者の資産又は損害賠償責任に係る経済的不利益を担保する保険。 
  行政p111
最高裁R6.7.4  
  労災保険の業務災害に関する保険給付の支給決定の取消訴訟と事業者の原告適格(否定)
  事案 処分行政庁(札幌中央労基署長)が、一般財団法人であるX(被上告人)に使用されて業務に従事していたA(上告補助参加人)に対し、労災法(令和2年改正前のもの)に基づき、Aが業務に起因して疾病にり患したことを理由として、療養補償給付等の欠く支給決定をした⇒Xが、Y(上告人)(国)に対し、本件各処分の取消しを求めた。 
  争点 労働保険料について、労働保険の保険料の徴収等に関する法律(令和2年改正前のもの、(「徴収法」))12条3項の規定する、いわゆるメリット制の適用を受ける事業(「特定事業」)の事業主が当該特定事業についてされた労災法の規定による業務災害に関する保険給付の支給決定の取消訴訟の原告適格を有するか?
  一審 ・・・労災法は、もっぱら被災労働者の法的利益の保護を図ることのみを目的とし、事業主の利益を考慮しないことを前提としていると解するのが相当であり、労災法及び徴収法等を通覧しても、処分の根拠法令である労災法が、労災支給処分との関係で、特定事業の事業主の労災保険料に係る法律上の利益を保護していると解すべき法律上の根拠は見いだせない。
⇒特定事業の事業主の原告適格を否定し、本件訴えを却下。 
  原審 特定事業について労災支給処分がされると、これにより、当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料が増額されるおそれがある⇒特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たる。
⇒その原告適格を肯定し、一審判決を取り消して、一審に差し戻した。 
    Yの補助参加人であるAが上告受理申立て⇒最高裁第1小法廷が上告審として受理
(Yも上告受理申立てをしたが、同申立ては、Aの上告受理申立て後にされたもので、二重上訴に当たり不適法として不受理決定。
but
Yの上告受理申立て理由書がAの上告受理申立てに係る上告受理申立て理由書提出期間内に提出⇒その主張は、Aの申し立てた上告受理申立て事件において審理の対象とされている)
  判断 特定事業についてされた労災支給処分に基づく労災保険給付の額が、当然に当該特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額の決定に影響を及ぼすものではない⇒特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たらない⇒その原告適格を否定し、原判決を破棄し、Xの控訴を棄却。
  規定 行訴法 第九条(原告適格)
処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。
  解説  取消訴訟の原告適格について
行訴法9条1項にいう処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、
当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。
労災支給処分の取消訴訟における特定事業の事業主の原告適格の有無については、いわゆる違法性の承継の有無(労災支給処分の違法性が保険料認定処分に承継し、保険料認定処分の取消訴訟等において労災支給処分の違法を主張できるか否か。)とも関連して議論。
その上で、労災支給処分の法的効果が特定事業の事業主の労働保険料に係る権利義務ないし法的地位に及ぼす影響をもって直接具体的なものと評価するか否か等によって、
A:原告適格否定・違法性の承継否定(従来の行政解釈)
B:原告適格否定・違法性の承継肯定(本件一審判決)
C:原告的確肯定・違法性の承継否定(原判決)
D:原告適格肯定・違法性の承継肯定
  厚労省の「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」の報告書
徴収法12条3項の「保険給付」の意義について、「有効に確定している労災保険給付の全てではなく、そのうち支給要件に該当するもの」を意味する。

当然影響説とは異なり、保険料認定処分においては、労災支給処分に基づき支給された労災保険給付のうち客観的に労災法上の支給要件(業務起因性等)を満たすものの額のみが労働保険料の額の決定の基礎となり、支給要件を充たさないものの額はその基礎とならない(「固有要件説」)。

特定事業についてされた労災支給処分に基づく労災保険給付の額が当然に前記の決定に影響を及ぼすものではない⇒特定事業の事業主は、その特定事業についてされた労災支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されまたは侵害されるおそれのある者に当たるということはできず、原告適格は認められない。 
特定事業の事業主は、保険料認定処分についての不服申立て又はその取消訴訟において、(違法性の承継としてではなく)当該保険料認定処分自体の違法事由として、客観的に支給要件を充たさない労災保険給付の額が基礎とあsれたことにより、労働保険料が増額されたことにより、労働保険料が増額されたことを主張することができる。
  本判決
❶労災法が労災保険給付の支給又は不支給の判断を、その請求をした被災労働者等に対する行政処分をもって行うことととしているのは、被災労働者等の権利利益の実効的な救済を図る趣旨にでたものであって、特定事業の事業主の納付すべき労働保険料の額を決定する際の基礎となる法律関係まで早期に確定しようとするものとは解されない

a:客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額を前記の決定の際の基礎とすることは、徴収法がメリット制を規定した趣旨(事業主間の公平を図るとともに、事業主による災害防止の努力を則維新するという趣旨)に反するし、客観的に支給要件を充たすものの額のみを基礎としたからといって、労災保険の事業に係る財政の均衡を欠く自体に至るとは考えられない、
b:労働保険料の徴収等に関する制度の仕組みにも照らせば、労働保険料の額は申告又は保険料認定処分の時に決定することができれば足り、労災旧処分によってその基礎となる法律関係を確定しておくべき必要性が見出し難い

固有要件説を採用し、特定事業の事業主の原告適格を否定。 
  民事p115
最高裁R6.7.11  
  宗教法人と信者との不起訴合意(無効)と献金勧誘の違法(肯定)
  事案 宗教法人である世界平和統一家庭連合の信者であった亡Aが家庭連合に献金をしたことについて、X(亡Aは原審係属中に死亡し、亡Aの長女であるXが訴訟承継)が、前記献金はYを含む家庭連合の信者らの違法な勧誘によりされたものである⇒家庭連合及びYに対し、不法行為に基づく損害賠償等を求めた。 
平成27年11月、念書に署名押印し、公証人の認証を受け、家族連合に提出。
「家族連合に対し、欺罔、強迫又は公序良俗違反を理由とする損害賠償請求等を一切行わないことを約束する旨の記載」
前記提出の際、亡AがYからの質問に答えて前記献金につき返金手続をする意思はないことを肯定する様子がビデオ撮影された。
亡Aは、平成28年5月、アルツハイマー型認知症により成年後見相当と診断され、平成29年3月、本件訴えを提起し、令和3年7月に死亡。
  原審 ❶家庭連合に対する請求:
亡Aと家庭連合との間には、亡Aがした本件献金につき家庭連合に対し損害賠償等を求める訴えを提起しない旨の本件念書による合意が成立」
本件不起訴合意が公序良俗に反し無効であるとはいえず、これに反して提起された家庭連合に対する損害賠償請求に係る訴えは、権利保護の利益を欠き、不適法。
⇒却下すべき。
❷Yに対する請求:
Yを含む家庭連合の信者らには本件不起訴合意の効力は及ばないとして、本件勧誘行為が違法であるかどうかを審理した上、これが違法であるとはいえない。
⇒請求を棄却。
  判断 ❶について:
①本件不起訴合意を締結した当時の亡Aの年齢や判断能力、
②家庭連合との関係性、
③本件不起訴合意の締結に至る経緯、
④本件不起訴合意により亡Aの被る不利益の大きさ等、判決文に記載の諸事情

本件不起訴合意は、亡Aがこれを締結するかどうかを合理的に判断することが困難な状態にあることを利用して、亡Aに対して一方的に大きな不利益を与えるものであった。
⇒公序良俗に反し無効。
❷について:
①献金の勧誘により寄付者が献金をするか否かについて適切な判断をするか否かについて適切な判断をすることに支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、
②献金により寄附者又はその配偶者等の生活の維持に支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、
③その他献金の勧誘に関連する諸事情
を総合的に考慮した結果、勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱すると認められる場合には、不法行為法上違法と評価され
ると解するのが相当。
本件献金当時の亡Aの年齢や身上、具体的な献金の額や異例ともいえる献金の態様等⇒本件勧誘行為が勧誘の在り方として社会通念上宋津男奈範囲を逸脱するかどうかにつき慎重な判断を要するだけの事情がある。
but
原審は、考慮すべき事情の一部を個別に取り上げて検討することのみをもって本件勧誘行為が不法行為法上違法であるとはいえないと判断しており、このような原審の判断には、献金勧誘行為の違法性に関する法令の解釈適用を誤った結果、前記判断枠組みに基づく審理を尽くさなかった違法がある。

Xによる不服申立てがあった範囲において原判決を破棄し、本件を原審に差し戻した。 
  解説 ●不起訴合意の有効性について 
不起訴合意:
特定の権利又は法律関係につき、一時的又は永久的に裁判所に訴えを提起しないことを約する私人間の合意。
私人契約説が通説。
これに反して提起された訴えは、訴えの利益を欠くものとして却下されるという取扱いが実務上確立。
不起訴合意は、当事者の裁判を受ける権利を制約するものであり、優越的地位にある者がその締結を強要するおそれもある。

その有効性につては「合意の対象、合意の行われた状況、合意の趣旨、合意の前提とした事情を慎重に考慮して決める必要がある」 
  ●献金勧誘行為の違法性について 
  宗教団体には宗教活動の自由があり、教義を広め、信者を勧誘し、任意に寄付や献金を募ることも許される。
but
それらも絶対無制約なものではなく、献金勧誘行為についても、その内容や態様によっては不法行為法上違法となり得る。
  裁判例:
違法性の判断基準として、
勧誘の方法、態様、金額等の諸事情を考慮して、社会通念上相当な範囲を逸脱するかどうかを審査するという判断枠組みが取られていることが多い。
  令和4年に成立した法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律:
法人等に寄附の勧誘に当たっての配慮義務を課している(同法3条)、その内容は、これまでの裁判例が暗黙のうちに認めてきた勧誘者の負うべき信義則上の注意義務を確認的に明文化したもの。
  民事p120
東京地裁R5.6.12  
  宗教法人の檀徒に対する墓地使用許可の取消処分の取消事由が否定された事例
  事案 Y寺は宗教法人であり、AはY寺の檀徒。
AはY寺が運営する墓地の一区画について使用許可を受けた上で墓石3基を建立。
Aの子であるXは、その夫のBが死亡したことによるY寺に読経を依頼し、Y寺の住職からBの戒名を授かったが、その言動に不信感を生じたことから、多宗派からの戒名を授かり、Bの戒名として使用することとした。

Y寺は、XがY寺の授けた戒名に異を唱え、他宗派から戒名を授与されたこと等を理由に、Y寺の定めた墓地使用規則上の墓地使用許可の取消事由がある⇒Aの墓地使用許可を取り消す旨の書面をAに送付するとともに、同書面を貼付した杭看板をAの使用する墓地に設置。 
Aが、Y寺に対し、
❶墓地の永代使用料を有することの確認
❷Bの焼骨を墓地に埋蔵することに対する妨害の禁止
❸Y寺の不法行為に基づく損害賠償として弁護士費用10万円の支払を求めた。
Aは本件訴訟係属中に死亡し、唯一の相続人であるXがAの訴訟上の地位を承継。
  一審 「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)に当たらない⇒却下 
  控訴審 本件訴えはその判断に当たり宗教上の教義、信仰の内容に立ち入らざるを得ないものではないから「法律上の争訟」に当たる⇒第一審判決を取り消して、差戻し
  判断  ①Aに前記墓地使用規則に定められた墓地使用許可の取消事由は認められず、Y寺の行った墓地使用許可の取消は無効⇒Aの訴訟承継人であるXが墓地の永代使用権を有することを確認
②Y寺にBの焼骨の埋葬を妨害することを近時
③Y寺の行為が不法行為であるとして弁護士費用10万円の支払を命じた 
  解説 寺院が運営する墓地の使用権の性質については、
A:一種の無名契約に基づく永代借地権という特殊な権利
B:固定性、永久性、支配性をもった慣習上の物権
C:使用貸借契約に基づく使用借権 
Y寺の運営する墓地における使用許可取り消の可否は、前記墓地使用規則の定める取消事由該当性の有無をもって判断することができる⇒墓地使用権の確認を求める訴えは法律上の争訟に当たる。 
  Y寺が定める墓地使用規則は、
新たな焼骨の埋蔵を禁止する規定(8条)と
墓地使用許可の取消規定(11条3号)を設けており、
前者は「墓地を所有している檀徒が信仰をかえてY等の檀徒でなくなった場合」を要件とし、
後者は「信仰を異にして真言宗の教義にそむき、管理者およびY寺檀徒の宗教感情を著しく害すると認められるとき」を要件としている。 
本判決:
取消事由の文言及び墓地使用許可の取消による不利益と新たな焼骨の埋蔵を禁止される不利益の比較を踏まえ、同取消事由があるとするためには、「『信仰をかえてY寺の檀徒でなくなった場合』よりも更に重大な信頼関係の破壊をもたらすもの」でなければならないとした。

墓地使用規則の解釈につき、問題となる規則の文言に着目することはもとより、他の規則にも目を向け、その中で各規則の関係にも着目した解釈を行ったもの。
  民事p130
横浜地裁R5.12.15  
  マンション敷地一部崩落による死亡とマンション管理会社・従業員の不法行為(肯定事例)
  事案 本件マンションの敷地の一部である斜面地で崩落⇒本件斜面地の直下を走る市道を通行していたAが崩落した土砂に巻き込まれて死亡 
Aの遺族であるX1らが、本件マンションの管理会社であるY1及びY1の従業員で本件マンションの管理業務主任者であるY2が本件事故の発生を防止する義務を怠った

Y1に対し、民法715条又は民法709条、710条、711条に基づき、
Y2に対し、民法709条、710条、711条に基づき、
連帯して損害賠償を求めた。
  争点 本件事故について、Y1らが、Aに対し、死亡事故の発生を防ぐ措置をとらなかったことについて不作為の不法行為責任を負うか? 
  判断 ●Y2の不法行為責任 

①Y1が本件斜面地の崩落の危険性を発見したときには、本件マンションの管理組合に生じる損害を防止する義務を負っていたこと、
②Y2が、Y1の管理業務主任者として、前記義務を履行できた可能性の最も高い者であること、
❷結果の重大性について、
本件斜面地の直下を本件市道が走っていることや、本件斜面地が土砂災害警戒地域に指定されていたこと
⇒Y2が前記❶の義務を履行しない場合、本件斜面地の崩落によって、本件市道の通行人に対してその生命、身体の安全を損なうことになること、
❸結果回避可能性について、
Y2が、本件市道を管理する市に連絡して、通行禁止の措置を求めたり、自ら又は本件マンションの管理人をしてコーンを置いて通行人に注意を呼びかけたりする措置をとるなどの事故発生の回避可能性がある
❹予見可能性について、
亀裂に関する一般的な知見の存在、本件斜面地の平面部の亀裂の存在、専門家に対する相談及び調査の不存在
⇒本件事故の予見可能性がある。

Y2は、本件市道の通行人であるAとの関係で、条理上、その生命、身体に生じる損害を防止する義務を負っていた。にもかかわらず結果回避措置をとっていない⇒条理上の義務を怠ったとして不法行為責任を負う。
  ●Y1の不法行為責任 
Y2の不法行為責任が認められる⇒Y1の使用者責任を認めた。
Y1におういても、本件の事実関係を前提とすれば、本件市道の通行人との関係において、本件斜面地の危険性についての報告書の内容を確認して、Y1の従業員に対し、本件斜面地に亀裂を発見した場合には、速やかに結果回避措置をとるようにあらかじめ指揮命令すべき条理上の義務を負っていたが、それを怠った⇒Y1自身の不法行為責任も肯定。
  解説  ●条理に基づき不作為による過失責任を認めた裁判例
・鉄道のレール条の置石により生じた電車の脱線転覆事故について、置石をした者との共同の認識ないし共謀のない同グループの者が事故回避措置をとらなかったことにつき過失責任を負う(最高裁)
・カラオケ装置のリース契約を締結した場合において、当該装置が専ら音楽著作物を上映し又は演奏して公衆に直接見せ又は聞かせるために使用されるものであるときは、リース契約の相手方に対し、当該音楽著作物の著作権者との間で著作物使用許諾契約を締結すべきことを告知するだけでなく、前記相手方が当該著作権者との間で著作物使用許諾契約を締結し又は申し込みをしたことを確認した上でカラオケ装置を引き渡すべき条理上の注意義務を負う(最高裁)
  ●予見可能性の参考判例 
・人工の砂浜の管理等の業務に従事していた者につき砂浜での埋没事故発生の予見可能性が認められた裁判例(明石砂浜陥没死事件上告審決定)
・トンネルの崩落事故の予見可能性について肯定した裁判例(横浜地裁)
・自然現象の予見可能性について肯定した裁判例と否定した裁判例
  知財p138
東京地裁R5.11.30  
  「エンリケ」という名称等の使用とパブリシティ権侵害(肯定)
  事案 X:「エンリケ」という芸名のいわゆるキャバクラ嬢であった者
Y1~Y3:訴外Bが経営に関与する株式会社
Xが、Yらに対し、Xの肖像(「原告肖像」)のほか、「エンリケ」「ENRIKE」「enrike」との名称をYらにおいて使用する行為が、Xのパブリシティ権を侵害すると主張し、
パブリシティ権に基づき、
①原告肖像の使用の差止め、
②原告名称を含む商号、標章及びドメイン名の使用の差止め、
③ウェブページからの原告名称及び原告肖像の削除
④原告名称を含むドメイン名の削除
⑤原告名称を含む商号登記の抹消登記手続
をそれぞれ求める。
  裁判所: Yらに対し、ピンク・レディー事件最判を踏まえ、パブリシティ権侵害の成否につき反論を尽くすよう求めた。
but
Yらは、ピンク・レディー事件最判にいう3類型該当性については具体的な反乱をせず、「エンリケ」は普通名称であり顧客吸引力がないとして、本件請求を争うと主張。

主たる争点は、「エンリケ」に係る顧客吸引力の有無、権利濫用の成否とされた。
  判断 ●「エンリケ」に係る顧客吸引力の有無 
①~⑤

Xは、Yらの主張するような一キャバクラ嬢にとどまらず、書籍を多数出版しテレビにも多数出演しフォロワー数も極めて多く、日本一稼いだ伝説のキャバクラ嬢として、世の中に広く認知されている。

原告名称又は原告肖像には、商品の販売等を促進する顧客吸引力があるものと認めるのが相当。
  ●権利濫用の成否 
Yらは、原告名称及び原告肖像の商業的価値を無断使用しているにもかかわらず、Xのパブリシティ権を侵害している事実を認めようとせず、Xとの間で、原告名称及び原告肖像の今後の使用につき誠実に協議しようとしたことも窺われない。

本件請求は、パブリシティ権の正当な行使というほかなく、権利濫用であると認めることはできない。
  解説  ●  ●ピンク・レディー事件最判の意義 
パブリシティ権は、ピンク・レディー事件最判(H24・2・2)によって確立された権利。
パブリシティ権は、表現の自由、創作の自由等という社会の根幹に関わり、社会の発展を支える価値との抵触が常に問題となる⇒違法性の判断基準につき、従来のような総合考慮による判断手法ではなく、違法性が認められる要件を3つの類型に定義した上、定義付け衡量によって他の法益との調整を図る指針を実務に示した。
パブリシティ権につき、顧客吸引力を排他的に利用する権利と定義

パブリシティ権は、顧客吸引力を保護法益とするもの⇒顧客吸引力の発生により、権利が生成される。
顧客吸引力の程度が損害額に影響するのは格別、パブリシティ権侵害の外延は、基本的には3類型該当性によって限定される。
●第2類型該当性 
第2類型:商品又はサービスの差別化を図る目的で肖像等を商品等に付する類型

肖像等の有するいわゆるキャラクター価値を「商品化」する類型であり、肖像等を利用した「キャラクター商品」を違法とする類型。
本件:
Y1:内装の設計等の事業
Y2:エステティックサロンの経営等の事業
Y3:労働者派遣事業等の事業
について、共通して「エンリケ」という名称等を付してそのブランド価値を全面に押し出している

「エンリケ」というキャラクター価値によって他の同種サービスと差別化を図るものとして、第2類型に該当する典型例。
●商号登記の抹消
A:商号のみの抹消登記を認めるべきではなく、商号の変更登記として認めるべき
vs.
実体法上ある商号の使用を禁止すべきであって、かつ登記簿上もかかる商号の登記が存在することを否定すべきときに、その商号のみの抹消登記手続請求を肯定すべきか否かは、専ら商業登記の登記手続上商号のみが抹消されている登記が存在することを肯定してよいか否かという立法政策上の問題。
商登法24条15号(現14号)は、商号のみが抹消されている登記が存在することを前提とした上で、その後の登記申請に一定の制約を加えて称号が抹消されている不自然な登記を正常な状態に回復せしめんとした規定と解するのが相当⇒商登法上は一時的に商号のみが抹消される場合があることを肯定している。
主文で商号の変更登記手続を命じてもそれのみでは適切な強制執行の方法がないが、抹消登記手続を命じた場合には、これを執行することが容易⇒主文では商号の抹消登記手続を命じた場合の方が紛争の方法としてむしろ妥当。
  ●ドメイン名の抹消
パブリシティ権の物権類似の排他的権利性⇒肯定
  労働p145
函館地裁R5.10.24  
  配転命令の無効とそれによる損害賠償請求(肯定事例)
  事案 バス事業等を営む会社であるY1が、従業員であったX1~X4に配転命令(X3,X4はその後退職)⇒Xらは自身に対してされた本件配転命令は無効であるとして、
①X1及びX2は、Y1に対して配転先で就労する義務のないことの確認を求め、
②Xらは、本件配転命令によって退職に追い込まれる等して精神的苦痛を被った

Y1に対して不法行為に基づく損害賠償を、
Y1の代表取締役やであるY2に対して会社法429条1項に基づく損害賠償を
求めた。 
Y1は、本件訴訟の係属中に、X1及びX2は自身に対する本件配転命令に従わず、長期無断欠勤をしたことからY1の就業規則に違反⇒懲戒解雇。

X1及びX2は、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求等を追加し、損害賠償の請求原因を本件懲戒解雇に追加した上で、請求を拡張。
  争点 ❶「組合員の配置転換は労働組合と協議し、一方的に行わない」旨を定めたY1とY1の従業員等で組織された労働組合との間の労働協約書7条2項が有効か
❷本件配転命令は配転命令権の濫用に当たるか
❸本件配転命令が不当労働行為に該当するか 
  判断・解説 本件協約書7条2項は有効であり、これに反して行われた本件配転命令は無効

X1及びX2が本件配転命令に従わなかったことは、Y1の就業規則上の懲戒解雇事由に該当せず、本件懲戒解雇は無効であり、労働契約上の権利を有すること及び配転先で就労する義務のないことを確認するとともに、
本件配転命令は不当労働行為に該当するとして、Xの損害賠償を一部認容。
  ●争点❶ 
労働協約に反する行為は無効(労組法16条)
押印のない労働協約書は無効(労組法14条)
証拠として提出された労働協約書の写しは冊子として組合員に配布されているもので、押印があるものではなかった。
本件協約書7条2項の労使間協議はこれまでされたことはなかったし、労使間協議がないことについて組合から不満が出たのは本件配転命令が初めて。

そもそも同項の合意があったのか、あったとして死文化した(途中で改廃合意がされた)かが問題。
本判決:
①Y1とZ支部の押印のある労働協約書が提出証拠の中に存在、
②前記労働協約書を基礎として、都度、覚書の取交し等により改定・補正を行なっていること、条番号は異なるものの、本件共訳書7条2項と道義の規定が前記労働協約書に存在すること

同項の合意は有効。
過去の配置転換の際に労使間協議がされていなかったとしても、配転命令を受けた組合員にとって不都合な配置転換ではなかったことから、特段問題視されなかったにすぎない⇒同項の改廃合意を推認することはできない。
  ●争点❸ 
本件の発端は、Y1に親和的な副執行委員長のP4がZ支部を代表してY1との間で36協定を締結⇒P4に対する弾劾。
Y1に親和的なP4への弾劾等が行なわれたことに対する報復として本件配転命令を行なったことが推認され、Z支部の弱体化を狙って本件配置転換を行った⇒不当労働行為に該当。
  刑事p158
東京高裁R5.7.4  
  特定少年による大麻の譲渡について、第1種少年院送致・収容期間2年とされた事例
  事案 特定少年である少年が友人(本件譲渡人)に対し大麻約0.07グラムを代金4000円で譲り渡した(本件非行)事案。 
  原決定 大麻に対する強い親和性、依存性、大麻の害悪を拡散
令和3年に窃盗未遂(原付)と窃盗(万引き)、同時期に大麻の使用を開始
保護観察解除後、道交法違反(自動二輪の無免許運転)
本件非行

本件は少年の規範意識の乏しさが顕著に発現した非行。
本件非行の犯情は相応に重く、少年院送致も許容される。 
少年の処遇:
①本件非行の犯情
②少年の非行性が知的能力の制約や養育状況に深く根差したものである上、拡大、深化しており、保護環境も整っていない

少年が反省の態度と更生の意欲を示していること等を考慮しても、社会内処遇による更生は困難。
再非行を防止するためには第一種少年院に収容することが必要。
収容期間は2年が相当。
  判断 原決定を肯定。 
  解説 18歳以上の少年は「特定少年」
これに対する保護処分は、犯情の軽重を考慮し、相当な限度を超えない範囲内において、
6月の保護観察、2年の保護観察、少年院送致のいずれかの処分を選択(64条1項)。
「犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内において」⇒当該犯罪の性質、犯行の態様、犯行による被害等を踏まえ、犯した罪の責任に照らして許容される限度を上回らない範囲内で処分を選択。
but
刑罰が保護処分よりも一般的、類型的に不利益な処分
⇒執行猶予付きの懲役刑又は禁錮刑を科すことが通常想定されるような事案であっても、直ちに少年院送致処分を選択できないというものではない。
「犯情の軽重」を判断するに当たり、少年の前歴を考慮することができるか? 
初犯のときよりも強い反対動機に直面していたはず⇒これを押し切って再び罪を犯したところにより強い非難可能性を見出すことができ、前歴を「犯情」として考慮することが許される。
同種の前歴の場合には更に行為の常習性が基礎付けられることが多く、保護観察中であるという場合には、再犯がないように継続的に指導を受けていながらも再び犯罪に及んだものとして、規範意識の欠如が基礎づけられる。

同種の前歴であればもちろん、異種の前歴であっても具体的な犯行との結び付きがあれば、犯情として考慮することができる。
本件は、少年の規範意識の乏しさが顕著に発言した非行であるともいえるとして、前記の前歴を経緯等の犯情における一事情として考慮。
特定少年に対して少年院装置を選択する場合、その決定と同時に、3年以下の範囲内において犯情の軽重を考慮して少年院に収容する期間を定める(64条3項)。
「少年院に収容する期間」:
対象者を少年院に収容できる期間の上限を意味し、少年院での施設内処遇及び仮退院した場合の社会内処遇(保護観察)の期間が含まれ、犯情の軽重を考慮して定める。
but
少年院が対象者の状況等に応じて適切かつ柔軟な処遇を行うためには、犯した罪の責任に照らして許容される限度を上回らない範囲内で可能な限り長く収容期間を設定することが求められる。
  刑事p161
東京高裁R6.2.28  
  特定少年の大麻所持についての処分(第1種少年院送致・収容期間2年)について、処分が著しく不当であるとされた事例
  事案 特定少年である少年が、共犯者であるB及びCと共謀の上、大麻約1.981グラムを所持した。 
  原審 第1種少年院送致。 
  判断 原決定の判断について、
①証拠上明らかとはいえない大麻使用の常習性を犯情の重さの根拠とした点、
②少年が本件非行を否認する点を過度に重視し、鑑別結果通知書及び少年調査票で重視された少年にとって有利に考慮できる諸点を十分検討していない点
で不合理な判断であり、その結果、少年院送致の決定を導いたもの

原決定を取り消し、本件を原裁判所に差し戻した。
  解説  ●少年の要保護性の判断 
少年法の目的:「少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」ことにある(1条)。
少年の再非行を防止し、健全な社会人として少年を成熟させるために、最も適切な保護処分を選択するには、少年の要保護性の有無・程度を的確に把握し、それに沿った判断をする必要がある。
「特定少年」の保護処分は、「犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内」において定めなければならない(64条1項)。

民法上の成人である特定少年について、行為責任の範囲内で選択し得る最も不利益な保護処分を限界付けるものであるが、その範囲内において、当該特定少年の要保護性の大小に応じて、保護処分を選択。
  ●抗告審における審査 
保護処分の選択については、家裁が専門的知見から少年の要保護性を分析し、その程度に応じて幅広い最良の範囲内で決する
⇒その処分に「著しい」不当がある場合に限り抗告理由になる(32条)。
抗告審は、・・・原決定の結論に至る論理過程や判断手法等に看過し難い不合理な点があるかどうか、そうした不合理な点があるとして、その点が保護処分の「著しい」不当に結びつき得るかどうかという観点から審査を行う。
  ●本決定:
事後審としての立場から、大麻の常習性に関する原決定の認定方法に不合理な点があると指摘。
本件を差し戻すに当たり、必要に応じて、改めて審判において少年と大麻との関わりについて聴取し、本件非行の犯情の軽重について慎重に考慮するよう求めており、こうした点が検討されれば、特定少年の保護処分の上限を画する本件非行の犯情評価が異なってくる可能性があり得ると考えた。
鑑別結果筒志保及び少年調査票の一致した結論:保護観察処分。
本件において原審裁判官がこれと異なる結論を採るのであればm、カンファレンス等で浮き彫りとんった意見の相違等に基づき、その理由を少年や付添人らに説明し、決定書においても十分に説示する必要があったといえる。
鑑別結果通知書や少年調査票では少年の否認が少年の資質上の問題と結び付いているとの分析はなされておらず、原決定の見方は根拠を欠くものであるとし、
専門家が重視した少年にとって有利な諸点よりも少年が否認していることを重くみたのは、一面的な見方による判断と指摘。

事後審としての立場から、原決定の要保護性に関する判断手法に不合理な点があり、差戻後の審判で改めて慎重に検討されれば、異なる保護処分が選択される可能性があり得ると判断。
  刑事p167
福岡高裁R5.8.18  
  迷惑行為防止条例違反保護事件で、非行事実を認定する旨告知後、審判開始決定の取消し決定、審判不開始決定(保護的措置)に対する抗告(不可)
  事案・判断 少年がバス内で隣席に座った女性に痴漢行為をした事案。 
痴漢行為の有無を争った⇒原審は、審判開始決定をして審判期日で非行事実を認定した上で、審判開始決定を取り消して、保護的措置、すなわち調査等の教育的な働きかけにより要保護性が解消したと認められることを理由とする審判不開始決定。

決定に影響を及ぼす法令の違反及び重大な事実の誤認を理由とする抗告

少年法32条の規定に照らし「保護処分の決定」のみが抗告の対象であり、これに該当しない審判不開始決定に対する抗告は許されず不適法として、抗告を棄却。
  解説 少年を保護処分に付すためには非行事実の存在と要保護性が必要
⇒非行事実の認定を留保したまま要保護性の審理を行ない、要保護性を欠くとして審理深いし(19条1項)又は不処分(23条2項)の決定をすることは理論的に可能。
but
非行事実の存否の認定を回避することは、適正手続その他種々の観点から望ましくない。

実務では、非行事実の認定を要保護性の審理に先行させ、非行事実が認定できないことを理由とするものか事実認定を前提とするものかなどが区別できるようにしている。 
保護処分決定に対する不服申立てたる「抗告」に関する総則的規定である少年法32条は、「保護処分の決定に対しては」と規定。

「保護処分」が存在しない審判不開始決定や不処分決定は、非行事実の認定を前提とするものであっても抗告の対象とはならない。
類似の事案で、強制的措置許可申請に対する決定(6条の7第2項)は「保護処分」ではなく「許可」であり、また、児相所長等送致(18条1項)や検察官送致(20条、62条)は他の機関に事件を送致する中間的な決定
⇒抗告の対象にならない。
2614
  民事p31
東京高裁R4.12.15  
  未成年者の一時保護(後の保護継続)による養育費減額(肯定)
  事案 平成23年に裁判離婚した夫婦の元夫であるXが、元妻であるYに対し、未成年者が令和3年9月15日以降、児相に一時保護さていることを理由に、東京高裁が平成22年12月22日に言い渡した判決のうち、Xに対して未成年者の養育費をYに支払うよう命じた部分について取消しを求めた。 
  原審 未成年者は令和3年9月16日以降、Yの監護養育下にない⇒前件判決主文第4項の同日以降の養育費の定めを取り消す旨の審判をした。 
  判断 ア:Yは、未成年者が令和3年9月15日に児童相談所に一時保護されて依頼、1年以上にわたって未成年者を監護養育していない
イ:未成年者が一時保護された後、家庭裁判所が未成年者の親権者をYからXに変更する旨の審判をした
ウ:現時点でも未成年者がYの下に戻る見通しがたっていない

Yが未成年者との面会の際に物品を差し入れることがあったとしても、前記判決主文第4項は、実情に適合せず相当性を欠くに至っており、これを取り消すのが相当。
取消しの始期:
原審:一時保護の翌日である令和3年9月16日
本決定:Xが養育費減額審判を家裁に対して申し立てた日である令和4年5月17日
  解説  ●養育費に関する判決等が確定した場合の事情変更 
民法 第八八〇条(扶養に関する協議又は審判の変更又は取消し)
扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。
事情変更:その協議又は審判等の基礎とされた事情に変更が生じ、従前の内容が実情に適合せず相当性を欠くに至った場合をいう。
児相による一時保護の期間は、原則として、一時保護を開始した日から2か月を超えてはならない(33条3項)⇒本件でも、一時保護が短期間で終了し、未成年者が再びYの下で監護養育されるに至った場合は、事情変更があったとはいえないとされた可能性もある。
but
本件・・・・。
  ●養育費取消しの始期 
変更の始期:事情変更時、請求時、裁判時等
家裁実務上は請求時
原審:事情変更時
⇒未成年者が一時保護された日の翌日を始期
vs.
①具体的な養育費分担義務が審判等によって形成される
②令和3年9月15日時点では児相に一時保護されたにとどまる
判断:請求時説
  民事p34
水戸地裁下妻支部R6.2.14  
  公立中学教員の長時間労働等⇒精神疾患⇒自殺についての校長の安全配慮義務違反を理由とする国賠請求(肯定)
  事案 Y(古河市)が設置運営する中学校の教員であるVが長時間労働等により精神疾患を発症し自殺したことに関して、Vの遺族であるXが、本件中学校の好調の安全配慮義務違反によって極度の長時間労働や連続勤務に従事することを余儀なくされたことが原因⇒Yに対し、国賠法1条1項による損害賠償を認めた。
  争点 ①校長の安全配慮義務違反が認められるか
②同違反とVのうつ病エピソードの発症、死亡との間の相当因果関係
③損害の額(過失相殺の有無) 
  判断 争点①②:
うつ病エピソードの発症前6か月の総労働時間数、所定休日数、時間外労働時間数を具体的に認定した上で、発症前3週間、発症前1か月ないし3か月の労働時間

時間外勤務の状況のみをもっていしても、Vの心理的負荷は極めて強度。
校長が、時間外及び休日勤務報告書等によって、Vの時間外労働時間が長時間にわたる状況が継続していることを認識できる状況にあった
⇒長時間労働軽減のための面接を実施したり、具体的な軽減策を講じるべきであったにもかかわらず、これを怠り、Vが長時間労働を余儀なくされた結果、うつ病エピソードを発症したと判断し、校長の安全配慮義務違反を肯定。
争点③:
過失相殺を否定

①Vの時間外労働時間が極めて長時間に及んでいた点については本件中学校側の管理職に一時的な責任があるところ、校長はVの勤務時間を認識し又は認識し得たにもかかわらず、問題意識すら有していなかったと窺われる
②Vには何らの落ち度もなく、また、長時間にわたる時間外労働を相当程度削減することはVの一存で調整できたとは認められない
  解説 使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。
使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用上の前記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべき(最高裁)。

地方公共団体とその設置する学校に勤務する地方公務員との間においても、別異に解すべき理由はない(最高裁)。 
以上の規範を前提に、
Vの時間外労働時間が極めて長時間に及んでいたと指摘した上、校長はかかる状況を時間外及び休日勤務報告書等によって認識できる状況にあり、また、これを把握すべき義務を負っていたにもかかわらず、労働時間を権限する方策等を講じなかった⇒安全配慮義務違反が認められると判断。
部活動がVの業務といえるか? 
本判決:
・・・・吹奏楽コンクールの全国大会出場、金賞獲得という目標は、単にVや部員が設定した目標にとどまらず、校長をはじめとする管理職も含めた本件中学校全体で掲げる方針であり、前記目標を目指した活動は、業務の一環として組み込まれており、これを校長も容認
⇒校長において黙示の業務命令があった。
  民事p53
大阪地裁R5.12.14  
  モペットの個人賠償責任保険約款の免責対象の「車両」該当性(肯定)
  事案 ペダル付きの原動機付自転車(「本件モペット」)で走行(「本件モペッ」ト)が事故でP2に傷害を負わせた⇒保険会社であるYに対して、個人賠償責任保険契約に基づく保険金を請求 
約款には、車両(原動力がもっぱら人力であるものを除く。)の所有、使用又は管理に起因する賠償責任の負担に係る損害については保険金の支払対象外との規程
  争点 本件モペットが、人力モードによって走行していた場合でも本件免責規定により保険金の支払対象外となるか? 
  判断 本件免責規定が原動力をもっぱら人力とする車両を除外事由としているのは、
①当該車両が潜在的に有している危険性が類型的に考えて大きいとまではいえず、
②当該車両を所有、使用又は管理することに起因する賠償責任の負担に係る損害についても、これを所有、使用又は管理しない場合と比して、必ずしも増大する傾向にあるとはいえないこと、
③原動力をもっぱら人力とする車両については、所有、使用又は管理に起因する賠償責任を補償する個別の保険制度が別途網羅的に設けられていないこと
にある。
本件モペットは、
①道路運送車両法上の原動機付自転車に区分され、自賠責保険に加入することが義務付けられている、
②原付モードによる走行が可能であり、現に具有する危険性は原動機付自転車と同様といえる上、事故が発生した場合には、言動付自転車による事故と同じように責任が増大するリスクを抱えている
③本件免責規定の除外事由は原動力がもっぱら人力である車両⇒前記危険性及び責任増大の可能性に着目して、車両として除外事由に該当するかを判断すべきであり、個別の走行時におけるモードの違いによって除外事由該当性が代わるものではない

本件モペットは、本件免責規定の除外事由である原動力がもっぱら人力である車両に該当するということはできない。
  解説 警察庁の令和3年6月28日付けの「『車両区分を変化させることができるモビリティ』について」と題する通達
原動機の力及びペダルを用いた人の力を用いて運転する構造から、原動機の力を用いることなくペダルのみを用いて人の力により運転する構造に切り替えられるモビリティについては、一定の要件を充足すれば、車両の区分を変化させることができるという解釈。
but
本件モペットはこの通達の要件を充足していない 
令和6年道交法改正で、同法2条1項17号に「運転」の定義として、「道路において、車両・・・をその本来の用い方に従って用いること(原動機に加えてペダルその他の人の力により走行させることができる装置を備えている自動車又は原動機付自転車にあっては当該装置を用いて走行させる場合を含み、特定自動運転を行う場合を除く。)をいう。」と規定

当該原動機付自転車にあっては、ペダルその他の人力により走行させる場合も「運転」に含まれることが明文化。
  知財p58
東京地裁R6.1.18  
  発信者が著作物にリンクするURLを送信した行為と法5条1項の「権利の侵害」(否定)
  事案 インターネット上で配信活動を行っている原告が、氏名不詳者(「本件発信者」)によってされたインターネット上の無料掲示板サービスにおける投稿により、原告のプライバシー、名誉感情、著作権及び著作者人格権が侵害された⇒法5条1項に基づき、発信者情報の開示を求めた。 
  規定  特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律
第五条(発信者情報の開示請求)
 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対し、当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報のうち、特定発信者情報(発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるものをいう。以下この項及び第十五条第二項において同じ。)以外の発信者情報については第一号及び第二号のいずれにも該当するとき、特定発信者情報については次の各号のいずれにも該当するときは、それぞれその開示を請求することができる。
一 当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき
・・・・
  争点 本件投稿2が、法5条1項の「権利の侵害」に該当するか? 
本件投稿2:
画像アップロードサイトのURLを投稿したもので、本件URLにアップロードされた画像は、原告が著作権を有する画像を複製したもの。
  判断 最高裁R2.7.;21(リツイート事件判決)を参照し、
発信者のプライバシー、表現の自由及び通信の秘密との調整を図るために、法5条1項が開示の対象を、情報の流通による権利侵害に係る発信者情報に限定した趣旨目的⇒同項にいう権利の侵害とは、侵害行為のうち、情報の流通によって権利の侵害を直接的にもたらしているものを解するのが相当。 



本件発信者による本件URLの送信は、情報の流通によって原告の著作権の侵害を直接的にもたらしているものと認めることはできない⇒本件投稿2は、前記にいう「権利の侵害」が明らかであるものと認めることはできない。
  解説  ●法5条1項に規定する「権利の侵害」の意義 
「情報の流通によって自己の権利を侵害された」という要件。
A:単独説:
東京地裁:「法の趣旨や文言からすれば、・・・・発信者情報の開示請求が認められる要件である『侵害情報の流通によって』被害者の権利が侵害された場合に該当するためには、当該特定電気通信による情報(文字データ)の流通それ自体によって権利を侵害するものであることが必要」
B:相当因果関係説:
法律の文言からは、必ずしも単独説が一義的に導かれるものではなく、むしろ、他の法律では「よって」という文言により広い意味が認められ、間接的に権利侵害が発生するケースも相当因果関係の範囲内で許容しているのが通常。
C:中間説:
リツイート事件判決の調査官解説:
情報の流通単独で権利侵害が生じたことまでは要求しないものの、相当因果関係のみならず、侵害を直接的にもたらしている関係を要求するという考え方が紹介
  ●リツイート事件判決 
各リツイート者がした各リツイートによって、
①画像表示の仕方の指定に係るリンク画像表示データ(HTML等のデータ)が特定電気通信設備であるリンク元(タイムライン)のサーバーの記録媒体に記録されて、ユーザーの端末に送信され、
②リンク先から元画像のデータが送信された後、前記リンク画像表示データの指定に従って画像のトリミング表示がされ、
③その結果、元画像の氏名表示部分が表示されなくなり、氏名表示権の侵害が生じたという事案について、
「侵害情報の流通によって」の要件該当性を肯定。

リンク画像表示データの送信は、氏名表示権の侵害を直接もたらしているものというべきであって、各リツイート者は、リンク画像表示データを特定電気通信設備の記録媒体に記録した者ということができる
⇒各リツイート者は「侵害情報の発信者」に該当し、かつ、「侵害情報流通によって」権利を侵害したものというべきである。
  ●本判決の立場 
本件における本件URLは、リツイート事件判決における「リンク画像表示データ」に対応するもの
but
リンク画像表示データは、これによる画像表示の仕方の指定に従って、画像のトリミング表示がされ、氏名表示部分が表示されなくなり、氏名表示権の侵害を生じさせた⇒氏名表示部分を含む元画像のデータの流通と比べても、氏名表示権侵害の引き金になるものとして、権利侵害を直接的にもたらしているといえる。
①本件URL:原告の著作権侵害を構成する本件元画像データを表示する手段を提供するものであり、侵害との間に相当因果関係があるとみる余地はあるものの、権利侵害の決定的要因となるのは本件元画像のデータ自体であり、本件URL自体が権利侵害の惹起に重要な意味を持つわけではない。
②ユーザーが本件URLをクリックした上、別のサイトに移動する旨告知されているのに更に同じURLをクリックしない限り、本件元画像を表示することができないという事情。

本件UrLの流通は権利侵害を直接もたらしているとはいえないと判断。
リツイート事件判決:リンク画像表示データの流通と氏名表示権侵害との間には相当因果関係がると認められるのみならず、リンク画像表示データの流通が氏名表示権侵害を直接的にもたらしているといえる⇒BCで肯定。
今後の議論及び裁判例の蓄積の余地を残すために、事例判断にとどめたものと推察。
本件:Bなら肯定、Cなら否定⇒C(中間説)を採用することを正面から明らかに。
リツイート事件調査官解説:
リツイート事件で要件該当性が肯定されたからといって、必ずしも名誉毀損等のケースで要件該当性が肯定されることになるとは限らない。
  労働p66
東京高裁R5.6.28  
  孤立防止義務違反(否定)
  事案 テーマパークの経営・運営等をする会社であるYと労働契約を締結し、テーマパークの出演者として就労しているXが、平成25年2月7日から平成30年3月12日にかけて上司や同僚から種々の発言をされ、もってパワーハラスメント及び集団的ないじめをされたもので、これによりXは精神的苦痛を被った⇒Yに対し、債務不履行(安全配慮義務違反)又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求として、慰謝料及び弁護士費用330万円並びに遅延損害金の支払を求めた。 
  原審 Xがパワハラ及び集団的ないじめと主張する上司や同僚の発言は、いずれも証拠上認められないか、社会通念上相当性を欠いて違法とまではいえない。
but
Yは他の出演者に事情を説明するなどして職場の人間関係を調整し、Xが配役について希望を述べることで職場において孤立することがないようにすべき義務(孤立防止義務)を負っていたところ、この義務に違反し、Xに著しい精神的苦痛を被らせた
⇒慰謝料等を認める。
    Y:Xは前記のような「孤立防止義務」違反について全く主張しておらず、原審の判断は処分権主義及び弁論主義に反する。
  判断  Xの主張は理由がない。
ア:Yには「孤立防止義務」違反があったとの原判決の判断につき、原審におけるXの訴状及び各準備書面を精査してみても、Xの主張の中に孤立防止義務違反を主張している部分は見当たらない。
イ:Xの主張について、パワハラ及び集団的ないじめの有無にかかわらず、Yには職場における「孤立防止義務」違反があるとの新たな主張を当審において行う趣旨を解する余地もないわけではないものの、「孤立防止義務」の内容は抽象的なものにすぎない。
ウ:仮に「孤立防止義務」が損害賠償義務を発生させ得る程度に具体的で特定されていると解する余地があるとしても、本件において、Yがかかる義務を履行しなければならない程度にまでXが職場で「孤立」していたと認めることは困難

Xの請求を棄却。
  解説 処分権主義:原告がその意思で訴訟を開始させ、かつ審判の対象を設定・限定することができ、さらに当事者がその意思で判決によらずに訴訟を終了させることができる。
弁論主義:判決の基礎をなす事実の確定に必要な資料の提出(事実の主張、証拠の申出)の権限と責任が当事者にある。 
2613   
  行政p5
大津地裁R5.3.27  
  優生手術に関する公文書一式に係る情報公開請求
  事案  新聞記者である原告が、滋賀県情報公開条例に基づき、旧優生保護法下での優生手術に関する公文書一式を対象とする情報公開請求⇒一部公開決定⇒これを不服とする原告の審査請求⇒情報公開審査会等においてより多くの公開を相当する旨の答申がさなれたが、それに沿った公開をしない⇒その判断及び手続に違法があるとして、前記一部公開決定の一部取消などを求めた。
  本件公文書:昭和43年から昭和52年頃にかけて作成された、県優生保護審査会における信義録や審査会に提出された文書等であり、
対象者情報・生活歴等情報、遺伝情報、意向聴取情報、手続関係情報等。
本件条例の内容:行政情報公開法に準ずるものであり、
非公開事由として個人識別情報、利益侵害情報等を規定し、さらにその除外事由として公開慣行情報等を規定
  争点 県知事が不開示とした部分に本件条例所定の非公開事由があったかであり、
具体的に、
①対象者情報のうち対象者の生年(年齢情報)
②生活歴等情報
③遺伝情報
④意向聴取情報及び
⑤手続関係情報のうち、医師や医療機関名に関する情報(医療機関情報)
について非公開事由があったか。 
  判断 県知事が非公開とした判断を一定の範囲で変更 
  (1)年齢情報
個人を特定する住所や氏名が不明⇒年齢等が明らかになっても、当該個人を特定することは通常不可能。
他の情報と照合することにより当該個人の特定が可能になる場合はあろうが、本件にそのような特段の事情があるとはいえない。 
  (2)生活歴等情報
対象者の職業や就労状況に関する情報については、職業の種類等によっては、個人を特定する住所や氏名が不明であることを前提にしても、職業に関する情報が就労上関わりを持つ不特定の第三者と共有される者である以上、特定の個人が特定される可能性がある。
その余の生活歴等情報は、通常、不特定多数の第三者と共有される情報とまでいえない⇒特段の事情がない限り個人識別情報に当たりるとはいえず、本件にそのような特段の事情があるとはいえない。
本件条例は、個人識別情報でなくても、公にすることで個人の権利利益を害するおそれのある利益侵害情報の非公開を規定。
対象者の出生の経緯や対象者の異性関係に関する情報は、たとえ家族間であってもその者の意思に反して伝えられることが適切でないものといえるし、かかる情報が公開されるとなれば、何らかの必要性のためその情報を行絵師機関に提供した者の身上の静謐を害し精神的苦痛を与えることになる。
⇒し歴侵害情報に当たる。
これらを除く生活歴等情報については、個人の識別ができないことを前提にすると、権利利益の侵害が生じるおそれがあるまで認められない。
  (3)遺伝情報
対象者の出生の経緯や対象者の異性関係に関する情報と同様に、利益侵害情報に当たる。 
  (4)意向聴取情報
親族等において、手術対象者に優生手術を受けさせることについてどのように考えるかといった心情の機微に触れる内容に関するもの⇒利益侵害情報に当たる。
  (5)医療機関情報
医師個人の名は、個人識別情報に当たり、公開慣行情報には当たらない。
医療機関名は、当該医療機関が優生手術に関与したことが明らかになったとしても、50年以上前に公法上の職務として行ったにすぎない⇒当該法人の正当な利益が侵害されるといえない。 
  解説 旧優生保護法に基づく優生手術の実施に関する情報⇒公文書として公開されるべき意義があるとしても、公開によって個人が識別されたり関係者の利益が侵害されたりすることにならないよう、相当慎重な検討がされている。 
個人識別情報の該当性判断で、他の情報と照合することにより識別されるか否かの検討において、不特定多数の者でなく特定少数の者が知り得る情報まで前提にして判断して良いかが議論に
本判決は、対象者の職業等に関する情報について、それを肯定。
利益侵害情報の該当性判断では、個人の識別がされなければ権利利益の侵害がないとする余地。
but
本判決:対象者の出生の経緯、異性関係、遺伝情報、意向聴取情報といった内容に関しては、現にその秘匿性が守られるべきものであるし、何らかの行政手続上の必要性からこれらの情報を行政庁に提供した者(対象者の家族等)にとっては、その情報が第三者に公表される可能性があること自体で心情の静謐が害され精神的苦痛が生じる恐れがあるといった指摘をし、利益侵害情報に該当するという結論。

行政文書が原則公開であることを前提にしつつ、旧優生保護法に基づく優生手術の対象者とされた者やその家族等関係者の置かれた状況が様々で、秘匿を望む関係者が少なからずいるであろうと推察される状況を踏まえて、記録された情報の内容に応じて関係者の権利利益の保護との調整を図ろうとしたもの。
  民事p67
最高裁R6.6.21  
  男性⇒女性に性別変更⇒女性に対する認知請求(肯定)
  事案 Yは、特例法により男性から女性に変更。
その後、性別変更審判前に凍結保存されていたYの精子を用い、生殖補助医療によってXの母が懐胎し、Xが出生。
XがYに認知を求めた。 
  一審・原審 認知の訴えの相手方となるべき「父」とは、法的性別が男性である者のみ。
⇒X及びXの姉(Yが性別変更審判を受ける前に出生)からの認知請求を棄却 
  判断 嫡出でない子は、生物学的な女性に自己の精子でない当該子を懐胎させた者に対し、その者の法的性別にかかわらず、認知を求めることができる。

Xからの認知の訴えに基づきXY間に法律上の父子関係を形成するのが相当。

原判決を破棄して1審判決を取り消し、Xの請求を認容すべき。 
  解説 法的性別と生物学的な生殖能力との間に不一致。
民法制定時には想定されていなかった事態が生じ得る。
そのような事態が生ずることに起因する法律上の親子関係に係る問題については、検討が進められていた生殖補助医療にかかわる法制の整備の際に判断されるべきとされ、特例法においては特段の手当はなされず、民法の解釈によって解決されるべきものとして残されていた。
原審:民法制定時、女性である血縁上の父が生ずることが想定されていなかったことを「父」が、法的性別が男性であるものに限られると解すべきことの論拠の1つ。
vs.
民法制定時には想定されていなかったということから直ちに結論を導くのではなく、解釈によりこれまでにはなかった形態の法律上の親子関係を成立させることが相当か否かについて判断していくというのが最高裁の基本的態度。

民法の実親子法制の基本に立ち戻ってこれを考える必要。
●民法の実親子法制における血縁上の父子関係
判例が「民法の実親子に関する法制は、血縁上の親子関係を基礎に置いている」旨を繰り返し判示。
⇒現在の民法上の実親子法制の基礎は血縁にある。
民法において、嫡出でない子から認知の訴えが提起された場合であっても、血縁上の父との間に法律上の父子関係が形成されないときがあるとされているのは、それぞれの場面において、血縁上の父子関係と法律上の父子関係を一致させる利益より優先すべき利益があるなどと判断されて要件が設定されたり、法解釈がされたりした結果にすぎない。
●民法の実親子法制における子の福祉及び利益
戦後、親子法制が家や親のためのものから子のためのものへの変化。
令和4年法改正後の民法においては、子の利益が法律上の父子関係の成否に関係する考慮要素となることが明文で正面から規定(民法774条3項ただし書)。 
認知の訴えの制度趣旨は、子の福祉及び利益の保護にある。
子からの認知の訴えに基づき、子とその女性である血縁上の父との間に法律上の父子関係を形成することが許されないと解した場合、当該子は、養子縁組によらない限り、女性である血縁上の父から監護、養育、扶養を受けることのできる法的地位を取得したり、その相続人となったりすることができなくなる。
他方で、法的性別が女性である血縁上の父が子の法律上の父となることが、当該子の福祉に反する結果を招来するおそれがあることを実証する知見もない。
●法律上の父子関係の形成を妨げる根拠の有無 
父=男、母=女という図式。
法的性別が女性である者が「父」に当たることはは積極的に排除されている。
but
民法には法律上の父母の法的性別について明示した規定はない。
本判決:
「民法その他の法令には、認知の訴えに基づき子との間に法律上の父子関係が形成されることとなる父の法的性別についての規定はない」
「民法において、法的性別が女性であることによって認知の訴えに基づく法律上の父子関係の形成が妨げられると解することの根拠となるべき規定は見当たらない」

本件図式が民法において絶対的なものとされているという解釈を採用しないことを明らかにしている。
特例法 第三条(性別の取扱いの変更の審判)
家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
未成年の子の福祉を図ることを主たる立法目的とする3号規定によって、嫡出でない子から認知の訴えに基づき、当該子と女性である血縁上の父との間に法律上の父子関係を形成することが妨げられると解し、子の福祉及び利益に反する事態が生ずることが容認されるというのは本末転倒といわざるを得ず、およそ妥当な解釈であるとはいいがたい。
最高裁によって違憲無効と判断された法条について、当該じけにおいて効力のないものとされるにすぎないという個別的効力説の立場に立った場合、
4号規定によって「父」から法的性別が女性である血縁上の父が除外されることになるのかということも問題。
①4号規定は、性別変更審判を受けた者が、その後に生殖補助医療を利用して子をもうけることについて何ら禁止していない。
②4号規定の存在によって、本件のような場合において法律上の父子関係の形成が妨げられるとは立案担当者としても考えていなかった

4号規定の存在も法的性別が女性である血縁上の父が法律上の父になるこtの妨げになるものとは解されない。
  民事p78
大阪高裁R5.5.25  
  照会兼回答書の提出についての弁護過誤
  解説 弁護士が控訴審において依頼者の意向を確認しないまま和解の意向がない旨の記載のあるう照会書回答書を提出したことが委任契約上の善管義務違反に当たるか?
原判決:
①C・Eが別件調停において既に和解に応じない旨を明示している、②別件訴訟第1審判決の内容(請求棄却)からして和解が成立する見込が乏しかった⇒控訴審裁判所が訴訟進行の方針等を検討するための資料である(正式書面でない)照会兼回答書の提出に当たりXの意向確認をしなかったとしても委任契約上の義務違反とはいえない。
本判決:
義務違反を肯定。
弁護士と依頼者との間の契約は、委任ないし準委任契約
⇒弁護士は、依頼者に対し、委任契約に基づく事務処理義務を負う。 
弁護士の受任事項は、専門性を有する⇒裁量に委ねられる。
依頼者からの指図遵守義務との関係:
指図が「委任の目的」と整合し不合理・不適切でない場合には肯定され、指図に従わないときには、弁護士は依頼者に対して説明することが義務付けられる。
弁護士職務基本規程22条1項(依頼者の意思の尊重):
「弁護士は、委任の趣旨に関する依頼者の意思を尊重して職務を行うものとする」
同36条(事務処理の報告):
弁護士は、必要に応じ、依頼者に対して、事件の経過及び事件の帰趨に影響を及ぼす事項を報告し、依頼者と協議しながら事件の処理を進めなければならない
前者の例示として、訴訟上の和解など訴訟の結果に影響を与えるような重要な事項については、依頼者に説明・情報提供してその判断に委ねることが望ましいとされる。
損害について:
本判決は、Xが
別件訴訟の控訴審において相手方当事者との和解協議をする機会、少なくとも控訴審の裁判所が弁論を終結するに当たって、和解についての双方の最終的な意向を確認するという審理を受ける機会の喪失
と捉える。
vs.
Yが意向確認義務を履践した場合でも、本件の相手方の訴訟態度(和解に応じない意向)や訴訟経緯からして、裁判所が前記機会を付与する蓋然性は高いとはいえないのではないかという疑問は残る。
  知財p87
東京地裁R6.7.8  
  書籍の題号の「商標等表示」該当性(否定)
  事案 Xが、Yに対し、被告書籍に使用された「牧野日本植物〇鑑」という表示(「本件題号」)は不正競争防止法2条1項1号又は2号所定の「商品等表示」に該当し、本件題号を付した被告書籍の出版又は販売は、不正競争防止行為に当たる
⇒同法3条1項に基づき本件題号の使用の差止めを求めるとともに、同法4条に基づき損害賠償金1009万5000円及び遅延損害金の支払を求めた。 
  争点 本件題号が不正競争法2条1項1号又は2号にいう「商品等表示」に該当するか? 
  規定 法 第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
  判断  ●書籍の題号の「商品等表示」該当性 
①不正競争防止法2条1項1号及び2号は「商品等表示」につき、「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するもの」と定義しており、同各号にいう「商品等表示」とは、商品又は営業を表示するものであるから、出所表示機能を有するものに限られるというべき。
②書籍には発行者等の表示が付されるのが通例であり、書籍の出所は一般に発行者等の表示が示すもの⇒書籍の題号はそのその書籍の内容を示すものにすぎず出所表示機能を有するものとはいえない。

書籍の題号は、特段の事情がない限り、同各号にいう「商品等表示」に該当しない。
●あてはめ 
「牧野日本植物〇鑑」という本件題号は、牧野執筆に係る日本の植物図鑑という書籍の内容を端的に示すものにすぎず、牧野という執筆者に特徴があるのは格別、書籍の題号としてはありふれたもの。⇒本件題号には出所を示すような顕著な特徴はなく、一般に題号を同じくする書籍であっても、別々の発行者等により発行されているものも少なからず存在することが認められる。

本件題号に接した需要者又は取引者が、これを書籍の出所を示すものとして直ちに理解するものとはいえない。

「商品等表示」に該当するものとは認められない。
  解説 ●「商品等表示」該当性の判断基準 
近時、本来出所を表示するものではない商品の形態が、特定の出所を表示する二次的意味を有するとして、「商品等表示」に該当するかどうかが争われる事案が増加。
商品の形態は、
①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(「特別顕著性」)を有しており、かつ、
②特定の事業者によって長期間にわたり独占j的に利用され、又は短期間であっても極めて強力な宣伝広告がなされるなど、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知(「周知性」)の事実であると認められる特段の事情がない限り、
不正競争法2条1項1号または2号にいう「商品等表示」に該当しない。
  ●裁判例 
  ●本判決 
書籍の出所は一般に発行者等の表示が示すもの⇒書籍の題号そのものはその書籍の内容を示すものにすぎず出所表示機能を有するものとはいえない。
~周知性を検討するまでもなく、特別顕著性を欠くものと判断。
特段の事情「小学館の図鑑」「学研の図鑑」などのように、書籍の題号に出所を示す表示が記載されているなど極めて限定された場面をいう。
仮に書籍の題号が周知なものだとしても、書籍の出所は一般に発行者等の表示が示すもの⇒混同があるとはいえず、
二次的意味で出所表示の著名を認めた事例はうかがわれない

書籍の題号が不正競争法2条1項1号又は2号で保護される場合は極めて限られる。
  知財p92
東京地裁R6.7.18  
  原告に関する知識を有する者による同定可能性と流布可能性⇒名誉毀損(肯定)
  事案 ・・・原告の名誉権及び名誉感情を侵害するとともに、原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布する行為(不正競争法2条1項21号)に当たる⇒民法709条及び不正競争法4条に基づき、損害賠償金380万円及び遅延損害金の支払を求めた。 
  争点 原告に関する同定可能性の有無 
  判断 ある投稿における匿名の人物が原告であると同定できるか否かについては、原告と面識がある又は原告に関する知識を有する者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきであり(最高裁)、前記人物が原告であると同定された前記投稿の内容が前記人物の社会的評価を低下させる場合には、前記にいう者が不特定若しくは多数であるとき又は特定少数であってもこれを流布するそれがあるときは、原告の名誉を毀損するものと認めるのが相当である。
・・・原告と面識がある又は原告がFの所属していた道場の道場主であるという知識を有する者の普通の注意と読み方を基準とすれば、当該知識を手掛かりにして、本件投稿・・・における「道場主」は原告をいうものであると十分に同定することができる。 
本件各投稿の閲覧者には、原告と面識がある又は原告がFの所属していた道場の道場主であるという知識を有する者が多数存在していたものと認められ、
仮に前記の者が特定少数であったとしても、本件各投稿の内容が特定の道場の信用性や安全性に疑義を呈するものであることを考慮すれば、前記の者が本件各投稿の内容を空手関係者に流布するおそれがある。

名誉毀損が成立。
  解説 一般の読者の普通の注意と読み方を基準として同定可能性あり⇒不特定多数が同定でき、伝播可能性も認められる。
一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として同定可能性が否定されるときに、特定の者にとっての同定可能性を検討し得るか?
肯定された場合に伝播可能性をどのように考えるべきか? 
●同定可能性の問題
本判決:
原告と面識がある又は原告に関する知識を有する者の普通の注意と読み方とを基準として判断し得る。
~「意思に泳ぐ魚」事件1審判決と同じ立場。
but
後者は前記にいう者が不特定多数存在することを推認し得るとした⇒伝播可能性は問題とならず。
本判決は、前記にいう者が特定の者に限られていた⇒伝播可能性が問題に。
●伝播可能性の問題
原告と面識がある又は原告に関する知識を有する者が、不特定若しくは多数であるとき又は特定少数であってもこれを流布するおそれがあるときは、原告の名誉を毀損。
●残された問題
本判決:同定可能性につき、原告と面識がある又は原告に関する知識を有する者の普通の注意と読み方を基準として判断すべき。
普通の注意と読み方:
判例によれば、表現が事実摘示か意見論評かを区別するに当たり、当該部分の前後の文脈や、記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し得ることを説示。
「知識ないし経験等」には、ネット検索や生成AIの活用を含みうるかも問題。
デジタル技術等の普及状況に照らし、簡易なものであればこれを肯定し得る。
  2612
  行政p5
東京地裁R4.10.4   
  消費者庁長官に対する「機能性表示食品に係る機能性関与成分に関する検証事業報告書」の開示請求の事案
  事案 原告が、行政情報公開法に基づき、消費者庁長官に対し、「機能性表示食品に係る機能性関与成分に関する検証事業報告書」の開示請求⇒一部不開示決定⇒被告(国)に対し、同決定のうち不開示とされた部分の一部につき取消し及び開示の義務付けを求めた。 
  規定 (行政文書の開示義務)
第五条 行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない。

二 法人その他の団体(国、独立行政法人等、地方公共団体及び地方独立行政法人を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、次に掲げるもの。ただし、人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報を除く。
イ 公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの

六 国の機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人が行う事務又は事業に関する情報であって、公にすることにより、次に掲げるおそれその他当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの
イ 監査、検査、取締り、試験又は租税の賦課若しくは徴収に係る事務に関し、正確な事実の把握を困難にするおそれ又は違法若しくは不当な行為を容易にし、若しくはその発見を困難にするおそれ
  判断 ●不開示情報該当性の判断枠組み 
法5条2項イにいう「正当な利益を害するおそれ」とは、単に行政機関の長の主観において判断されるのみならず、客観的にそのおそれがあると認められることが必要。

具体的にその「おそれ」があるか否かを判断するに当たっては、当該情報が、どのような法人等に関するどのような種類のものであるかなどといった一般的な性質から、当該法人等の権利利益が「正当な」ものといえるか否かについて客観的に判断することを要し、かつ、それで足りる。
法6条柱書にいう「当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」については、
国の機関等が行う事務又は事業の性質(目的及び内容)に照らして、当該事務又は事業に関する情報を公にすることにより、当該情報の開示による利益を踏まえても看過し得ないような実質的な支障が当該事務又は事業に商事る場合をいい、かつ、
その「おそれ」が認められるためには、当該事務又は事業の適正な遂行について実質的な支障が生る蓋然性が認められることを要する。
●部分開示について 
原告:仮に不開示部分のうち不開示情報該当性が認められる情報があったとしても、記載された情報それ自体は不開示情報に当たらないことが明確であるにもかかわらず、より包括的な情報の一部分を構成するにすぎないことを理由として、それが記載された文書の部分が開示義務の対象から外れることは、行政情報公開法の想定するところではない
⇒部分開示の対象外とされる「一体的な情報」の範囲も最小限の有意なものに限定され、不開示情報に当たらない情報については細分化した上で同法6条1項に基づき部分開示がされるべき。
本判決:
同項の文理に照らすと、1個の行政文書に複数の情報が記録されている場合において、それらの情報の中に不開示情報に該当するものがあるときは、不開示情報を除いたその余の情報について開示することを行政機関の長に義務付けているにすぎず、不開示情報に該当する独立した一体的な情報をさらに細分化した上、その一部を部分開示することまでをも行政機関の長に義務付けているものと解することはできない。
「独立した一体的な情報」の範囲は、当該情報の目的、性質及び内容や、その記録に係る形状等を総合的に考慮した上で、同法5条が行政文書の原則的な開示義務を定めその例外として不開示情報を定めた趣旨に照らし、社会通念に従って個別具体的に判断すべき。
●あてはめ 
被告が行政情報公開法5条6号柱書及び同号イに該当すると主張した不開示部分のうち、
分析方法についての検証の結果が〇△×の形で記載されているのみの部分については不開示情報該当性を否定。
それ以外の部分については不開示情報該当性を認めた。
機能性表示食品及び機能性関与成分の名称及び届出番号等については・・・機能性表示食品に関する制度趣旨も踏まえれば、本件開示請求に当たって観念される「事業者が開示した情報に不備があったことを国民に知られない」という利益の要保護性は、開示による利益との比較衡量においては後退することもやむを得ない
⇒同条2号イの不開示情報該当性を否定し、被告に開示を命じた。
不開示情報該当性が認められた部分に部分開示義務があるかについては、「独立した一体的な情報」該当性を個別に判断し、機能性関与成分の名称が体裁上独立して記載されていると認められる部分については、他の不開示部分と区分して開示することが容易であり、かつ、それをしたとしても他の不開示情報に影響が及ぶとも認められない⇒部分開示義務を認め、被告に開示を命じた。
  解説 ●不開示情報該当性の判断枠組み 
不開示情報該当性としての「おそれ」が認められる場合とは、単に文書の性格等から抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず、その文書の記載内容からみて当該おそれの存在することが具体的に認められることまでを要する(最高裁)。
法5条2号イにいう「その他正当な利益」の内容として、
同法の趣旨目的、公益性の高い情報については義務的開示としている
⇒ここでいう法人等の「正当な」利益とは、開示による公益との比較衡量の上でなお保護に値する程度に至っているものを指すと判断。
●部分開示義務の生ずる範囲
1つの文書の中に複数の情報が記録されており、その一部につき不開示情報該当性が認められる場合に、部分開示義務が生じるのはいかなる範囲か?
最高裁:非公開事由に該当する独立した一体的な情報を更に細分化し、その一部を非公開とし、その余の部分にはもはや非公開事由に該当する情報は記録されていないものとみなして、これを後悔することまでをも実施機関に義務付けているものと解することはできない。
行政情報公開法6条1項は、1個の行政文書内に不開示情報該当部分とそうでない部分が存在する場合であり、かつ、当該不開示情報該当部分を容易に区分して除くことができる場合に、部分開示を義務付けたものとみることができ(同条2項の対比から明らか)、不開示情報該当部分の中で更に不開示情報該当部分とそうでない部分を細分化して部分開示を行うことまでを実施機関に義務付けていると解することは困難。
「独立した一体的な情報」の範囲としては、文書の場合であれば文、段落等を、図表の場合であれば個々の部分、欄等を単位として相互の関連性を検討していき、それぞれが行政情報公開法5条各号のいずれに該当するか否かを判断することで必要かつ十分であるとの見解も示されている。
  ★民事p31
最高裁
R6.3.19  
  相続回復請求権の消滅時効と相続財産の時効取得
主張は認められなかったが、上告受理申立ては受理
  事案 Aの養子であるXが、Aの甥であるY1、遺言執行者であるY2およびY3に対し、Aが生前所有していた土地建物について、YらのXに対するY1及びBへの持分移転登記請求権が存在しないことの確認等を求めた。
経緯  ①Aは、平成13年4月、Y1及びB並びにXに遺産を等しく分与する旨の自筆証書遺言。
②Aは、本件不動産を所有していたが、平成16年2月13日に死亡。
Aの法定相続人は、Xのみ。
③Xは、平成16年2月14日以降、所有の意思をもって、本件不動産を占有。
Xは、本件の存在を知らず、本件不動産を単独で所有すると信じ、これを信ずるにつき過失がなかった。
④Xは、平成16年3月、本件不動産につき、X単独名義の相続を原因とする所有権移転登記をした。
⑤Y2及びY3は、平成31年1月、東京家裁より、本件遺言の遺言執行者に選任された。
⑥Xは、平成31年2月、Yら及びBに対し、本件不動産に係るY1及びBの各共有持分権につき、取得時効を援用する旨の意思表示。
Xが、Y1及びBの有する民法884条所定の相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、Y1及びBが包括遺贈を受けた財産の所有権を時効により取得することができるかどうかが問題。
  判断 相続回復請求の相手方である表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができる。
このことは、包括受遺者が相続回復請求権をゆする場合であっても異なるものではない⇒(上告受理申立を受理した上で)上告を棄却。 
  規定 民法  第八八四条(相続回復請求権)

 相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から二十年を経過したときも、同様とする。
  解説 相続回復請求の制度:
表見相続人が真正相続人の相続権を否定し相続の目的たる権利を侵害している場合に、真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより、真正相続人に相続権を回復させようとするもの(判例)。
包括受遺者も相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)ことから、相続回復請求権を行使できる。
学説:表見相続人による時効取得を肯定(多数)

①消滅時効と取得時効は次元の異なる時効であり、一方で消滅時効が進行し、他方で取得時効が進行
②相続に関する争いを短期で終わらせるのが民法884条の趣旨であるが、否定説をとるとかえって相続の絡んだ争いを普通の争いより長引かせることになる
  民事38
東京高裁R5.9.27  
  区分所有建物の共用部分の瑕疵を原因とする漏水事故での管理組合に対する請求(否定)
  事案 区分所有者である共同住宅の区分所有者の1人で203号室について共有持分を有し、同室に居住するXが、上階からの漏水事故が発生したと主張して、

上階の302号室の区分所有者で同室に居住するY1に対し、
ア:Y1が過去に302号室のリフォーム工事を行った際にY2(管理組合)に対してした誓約又は本件建物の管理規約に基づいて、本件事故が発生した箇所につき、調査及び補修を行うよう求め、
イ:本件誓約の債務不履行、不法行為(民法709条)又は工作物責任(民法717条1項本文若しくは同項ただし書)に基づく損害賠償請求として、203号室の補修費用、同室の資産価値下落分の補償金等合計1400万1328円及びこれに対する遅延損害金の支払(Y2との連帯支払)を求めるとともに、

本件建物の区分所有者全員で構成され本件建物を管理するY2に対し、
ウ:本件規約に基づいて、本家事故が発生した箇所につき本件各調査及び本件各補修を行うよう求め、
エ:工作物責任、本件規約に基づく管理義務の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、前記と同額の賠償金及び遅延損害金の支払(Y1との連帯支払)を求めた。 
  原判決 ①本件事故における浸水箇所は302号室の北側に設置されたバルコニーの外壁であり、本件外壁のコンクリート解体部分の隙間ないし亀裂から本件建物内に侵入した雨水等が3階床下のスラブ部分(2階天井のスラブ部分)に到達し、当該スラブ部分の隙間ないし亀裂を通じて、203号室の洋室に漏水したものと推認することができる。
本件外壁のコンクリート躯体部分の隙間ないし亀裂は建物の瑕疵(民法717条本文)に該当。
②本件建物の主体構造部は共用部分に含まれるから、瑕疵が認められる部分の占有者は、当該部分を共有する本件建物の区分所有者全員であり、本件規約は、被害者が本件建物の区分所有者に対して共用部分の工作物責任に基づく損害賠償債務の履行を求めた際に、Y2が当該債務全額を履行する権限を付与しているものと認めることができる。

Xは、本件事故に関しY2に対し民法717条1項本文に基づく損害賠償請求ができ、Y1は本件建物の区分所有者として共用部分の持分割合の限度で責任を負うが、Xは、本件誓約の債務不履行及び本件管理規約の義務違反による不法行為に基づく損害賠償請求をY1に対してすることはできない。
③本件事故によりXが被った損害は203号室の天井の補修費用、203号室の資産価値下落相当額、本件寝室を使用できなかったことによる損害、慰謝料及び弁護士費用の合計1047万2426円であり、Y2の損害賠償額は前記金額からXが本件建物の共用部分の共用者として負担すべき金額を控除した、1009万7274円。
Y1もY2と連帯して、Y1の持分の限度である38万9593円の支払義務を負う。
④Yらが本件各調査及び本件各補修を行う義務を負うものとは認められない。
  本判決 本件規約の定めから当然に、Y2において、区分所有者全員が負うべき民法717条1項に基づく損害賠償義務の履行をする権限を付与され、区分所有者全員との関係で同債務の履行を引き受ける義務を負うことになるものと認めることは困難

XはY2に対する民法717条1項の工作物責任に基づく損害賠償請求権を有しないとした上で、管理義務違反による債務不履行または不法行為も認められない。

Y2敗訴部分を取り消した。
  解説 区分所有建物の共用部分の瑕疵により損害が生じた場合、その責任主体は占有者である区分所有者全員だるが、共用部分は、区分所有者が団体を構成して管理(区分所有法3条)⇒当該団体(「管理組合」)が一時的責任を負うと解するかどうか?

A:立法担当者:
管理責任があるところに占有があるとは必ずしもいえない⇒管理組合が占有者として一時的責任主体であると解することはできない。
⇒区分所有者全員が不真正連帯責任を負う。
B:
①民法717条1項が土地工作物の瑕疵による責任を最終的には所有者に負担させているが、一時的には占有者に責任を負担させているのは、占有者が損害の発生を防止するに必要な注意を直接払うことができる地位にあるため。
②区分所有建物にあっては管理組合がこのような地位にあると考える余地がある。
③具体的な損害賠償請求の場面においても、区分所有者が多数存在する場合の相手方の探索・特定及び回収の煩雑・困難さ⇒いきなり区分所有者全員の不真正連帯責任と考えるよりも、管理組合の一時的責任を問題とした上で、区分所有法20条1項又は53条が類推適用されると解する方が実際の解決として妥当。
原判決:
Aの見解を前提としつつ、
本件規約の規定振りから、本件建物の区分所有者らがY2に対し損害を被ったと主張する者が区分所有者に対して共用部分の工作物責任に基づく損害賠償債務の履行を求めた際にY2が当該債務全額を履行する権限を付与したと解釈。
  民事44
東京地裁R5.7.18   
  親の名義で開設された預金の預金者がが子と認定された事例
  事案 Xが、その子であるYに対し、金融機関に開設されたX名義の普通預金口座からYが合計750万円を出金したとして、不当利得返還請求権に基づき、同額の伊津部305万3504円とこれに対する民法704条に基づく法定利息の支払を求めた。 
反訴:Yが、Xに対し、本件普通預金口座及び同じ金融機関の同一支店に開設されたX名義の外貨建て定期預金口座の各預金者はいずれもYであるとして、これらの預金債権がYに帰属することの確認を求めた。
  争点 本件各預金口座の預金者が、名義人であるX、その子であり口座を管理・支配していたYのいずれであるか? 
  判断 本件各預金口座の預金者につき、
①本件普通預金口座には、Yが受領すべき給与の一部5万円が少なくとも平成24年11月から平成28年4月までの間、毎月、継続的に入金されており、それらを原資に外貨建ての本件定期預金口座に積立てがされたいた
本件普通預金口座への入金のうち、Xに帰属すべきものはその数が3回と少なく、単発的・便宜的になされたものみても説明可能
(預金原資の出捐関係)
②Yが本件各預金口座を開設
(預金口座の開設者)
③Yは、Xと海外旅行に行くことを考え、その資金の積立てとY自身の財産を区別するためにX名義を用いて、自身の利用の便宜を目的に、Yの勤務先に近い金融機関(Xの生活圏からは離れた地域の金融機関)に本件各預金口座を開設
(預金口座名義や当該名義を用いた事情)
④本件各預金口座について通帳や届出印は存在しないが、本件各預金口座の利用に必要bなキャッシュカードや暗証番号はYが管理していた
(預金通帳に準じるキャッシュカード等の保管状況)

本件各預金口座の預金者は、その名義人に関わらず、本件各預金口座を管理・支配しているY。 
  解説 預金者の認定の問題=預金契約(消費寄託契約)の契約者が誰かという事実認定の問題
A:主観説:預入行為者が自己の預金でないことを明示しない限りその者の預金と見るべき
B:客観説:自らの出捐により、自己の預金とする意思で、自らまたは使者・代理機関を通じて預金契約をした者が預金者
C:折衷説:一応客観説に立ちながら、預入行為者が自己を預金者であると明示的または黙示的に表示した場合、預入行為者が預金者になる
最高裁:
定期預金に関して客観説と考え得る裁判例
but
普通預金に関しては、預金口座の開設者、預金口座の名義、通帳・届出印の保管者、預金口座に係る入出金事務を行っていた者、預金の原資といった事実関係を総合して判断を示したものとみられる事例判断

預金債権の帰属に関する最高裁判例は、・・・預金原資の出捐関係、預金開設者、主遅延者の預金開設者に対する委任内容、預金口座名義、預金通帳及び届出印の保管状況等の諸要素を総合的に勘案した上で、誰が自己の預金とする意思を有していたかという観点から預金者を判断するという点において一貫しているとの指摘もある。
本判決:
その判断手法は、預金に関する事実等を総合し、誰が自己の預金とする意思を有していたかという関てなkら預金者を判断するという考え方に近い。
  民事p48
東京地裁R5.10.18  
  破産管財人の源泉徴収/税務申告に関する善管注意義務違反(否定事例)
  事案 Yは、その年の所得税の確定申告を行っていなかった⇒麻布税務署長は、Yに対し、本件各配当はYに帰属するもであるとして、所得税及び復興特別所得税の決定・無申告加算税の賦課決定
⇒Yは、本件処分の取消しを求めて審査請求(棄却され、取消訴訟を提起)。 
請求 Y:X(破産管財人)に対し、
主位的に、Xが源泉徴収義務及び確定申告義務等に違反⇒不法行為又は破産管財人の善管注意義務違反に基づく損害賠償の支払を
予備的に、前記審査請求が事務管理に当たるとして費用償還を求める。
X:それらの債務が存在しないことの確認を求めた。
  判断 ●源泉徴収義務違反 
源泉徴収義務者:
所得税法181条1項:「居住者に対し国内において・・・配当等の支払をする者」
Y:本件各派配当は国内で配当がされ、受領者も居住者である
X:本件各配当を実施した主体は本件2社であってXではないし、外国法人である本件2社が実施した本件各配当は国内においてされたものでもない⇒Xは源泉徴収義務を負わない
Xは、麻布税務署に対し、本件各配当に関して本件2社が下ねsン徴収義務を負うか否かについて照会し、これに対して、本件2社とも源泉徴収義務は生じないなどといった内容の回答を受けていた⇒Xが源泉徴収を行わなかったことについて、過失又は善管注意義務があったとはいえない。
  ●確定申告義務違反 
破産手続開始後の所得税は自由財産に係る所得をも含めた総所得金額に関して課されるものであり、破産法97条4号の「破産財団に関して」生ずるものとはいえない⇒破産債権には当たらず、自由財産を引当とすべきものである⇒破産管財人は破産者の所得税について確定申告義務を負うものとは解されない。
Xが麻布税務署長に対して照会したのに対し、本件各配当に係る配当所得んちういてXが申告義務を負わない旨の回答⇒過失又は善管注意義務があったとはいえない。
  ●事務管理について 
国税に関する法律に基づく処分につき不服申し立てをすることができる「不服がある者」(税通法75条1項)とは、当該処分に対して不服申し立てをする法律上の利益を有する者、すなわち、当該処分によって直接自己の権利又は法的利益が侵害されている者をいう。
破産手続開始後の所得税は自由財産を引き当てとすべきもの⇒Xが本件処分に対する審査請求をすることができず、Yの行った審査請求がXの事務ということはできない。
  解説 ●破産管財人の善管注意義務 
破産管財人は、職務を執行するに当たり、総債権者の公平な満足を実現するため、善良な管理者の注意をもって、破産財団をめぐる利害関係を調整しながら適切に配当の基礎となる破産財団を形成すべき義務を負う。
善管注意義務に係る責任は、破産管財人としての地位において一般的に要求される平均的な注意義務に違反した場合に生ずる。
  ●確定申告義務 
所得税は、例外的に分離課税が認められる特殊な所得は別として、一暦年内における各個人の財産、事業、勤労等による各種の所得を総合一本化した個人の総所得金額にについて、個人的事由による諸控除を行った上、これに対応する累進税率の適用によって総合的な担税力に適合した課税を行うことを目的とした租税であり、
納税者が破産宣告を受け、その総所得金額が破産財団に属する財産によるものと自由財産によるものとに基づいて算定されるような場合において、その課税の対象は、それらとは別個の破産者個人について存する前記の総所得金額という抽象的な金額である(判例)。

破産手続開始後の所得税は、破産債権に当たらず、自由財産を引き当てとすべきものであるとして、破産管財人の確定申告義務は認められないとしたもの。
  民事p55
大阪地裁R5.12.7  
  無断録音が違法収集証拠として排除された事案
  事案 Yらによる、営業所の休憩室に設置された組合員用のホワイトボードへの4件の書き込み、本件休憩室内でされた発言、Q社従業員への対面での発言、書面への記載について名誉毀損の成否が問題。 
会話①②については、Xらが本件休憩室内に録音機を設置して従業員の会話を無断録音し、会話③については、対面での相手との会話を無断録音
⇒違法収集証拠に当たるとして、証拠能力が争われた。
反訴では、Xらの本件休憩室での無断録音や本訴提起が不法行為に当たるなどとして、損害賠償が請求。
  判断 本件休憩室での従業員の会話の無断録音の証拠採用は、信義則に反し許されない。
対面での相手との会話の無断録音の証拠採用は信義則に反しない。 
本件休憩室での従業員の会話の無断録音:
①Q社の関係者しか出入りできない本件休憩室は、Q社の従業員が長距離トラックの運転業務のない間に 休憩・休息、仮眠を取ったり、気分転換のための雑談や業務上必要とされる会議や話合いをするスペースであって、その利用者がその場に居合わせた者を確認して内容を選ばずに発言したり、自由に個人的行動に及ぶことができる場所。
②このような場所に、4か月にわたり、合計20回程度、1回につき3時間程度、録音機を他人に気付かれないよう設置することで、会話の有無、会話者、会話内容を問うことなく不特定多数の物の会話を包括的網羅的に録音する行為は、本件休憩室を利用する者のプライバシー権を著しく侵害するものであり、その行為は建造物侵入罪に該当して刑事罰の対象となり得るもので、社会的に到底許容されない違法性が著しく強い行為。
③個人の権利侵害の立証のためだけに社会的に到底許されない態様で不特定多数の者のプライバシー権を著しく侵害する行為によって収集された証拠が採用されてしまうと、個人の権利救済のための立証という名目の下、その目的をはるかに上回る違法な権利侵害が際限なく許容されることになり、民事裁判制度の趣旨・原則に照らし妥当でない。

これを採用することは信義則に反し許されない。
反訴のうち本件休憩室における無断録音について、不法行為に該当⇒1人につき5万円の慰謝料請求を認容。
対面での会話:
①その態様は適切とはいえないが、会話内容が第三者に伝わることは認容しており、発言内容の処分を委ねているとも評価でき、要保護性が高いとまではいえない。
②録音が会話③の存在及び内容を立証する上で重要な証拠であること
③これを証拠として採用しても後記の休憩室の録音の場合のような弊害が著しく助長されるおそれもない

信義則違反とはいえない。
  解説 証拠能力を否定した裁判例:
無断録音についてのもの
盗取文書についてのもの 
の2件のみ
  民事p67
広島地裁R5.11.6  
  介護施設職員の誤嚥防止義務違反が認定された事案
  事案   A(大正15年生)は社会福祉法人であるYが運営する短期入所生活介護事業所を利用。
令和3年7月20日、おやつとして提供されていたゼリーを喉に詰まらせて意識を失い、心配停止の状態に陥り、その後、病院に搬送⇒食物誤嚥による窒息により死亡。
  Aの相続人であるX:
本件施設の職員が、
①Aにゼリーを提供するに当たり、同人に付き添い食事の介助をするなどの誤嚥を防止する措置を講ずる義務(誤嚥防止義務)及び
②Aの異変に気付いた後に適切な救急救命措置を講ずる義務(救護義務)を怠ったため、Aが死亡するに至った。

Yに対し、使用者責任に基づく損害賠償請求として、3465万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
Y:
ア:本件施設の職員がAの誤嚥を予見することは不可能であり、また、本件事故発生当時の本件施設における施設利用者の食事の見守り体制に不備はなく、同職員に求められる注意義務は十分に尽くされていた
イ:Aによるゼリーの誤嚥が発覚した後、本件施設の職員は、Aの背中にタッピング、吸引器による吸引、心臓マッサージ等を行い、その後119番通報を行っている⇒必要な救護義務は尽くしていた。
ウ:本件事故当時、Aは極めて高齢の上、認知症等の疾患を患い体力及び嚥下能力が著しく低下していた
⇒損害の公平な分担の観点から、過失相殺又は素因減額が認められるべき。
  判断 ①Aが、本件施設の利用開始以前の約1年3か月の間に誤嚥性肺炎で3度にわたり入院し、食事の見守りなどの配慮を必要とする状態にあった
②本件施設の利用開始以降も、自宅での食事の際に誤嚥しそうになってむせ込むことがあったため、Xの妻のBが常時食事の見守りを行っていた
③Bは、本件施設の職員に対し、予め、Aが誤嚥性肺炎を複数回起こしている上、自宅においても食事中にむせ込むことがあることを伝えていた
④Aが本件施設を利用する度に、食事の際の声掛けや見守りは必ず行ってほしいと伝えいた
・・・・

本件施設の職員がAによるゼリーの誤嚥を予見することは可能であった⇒同職員は、Aの食事に注意を払って誤嚥を防止し、誤嚥が発生したとしても直ちに対処する義務があった。
本件施設では、・・・・ゼリーの配膳の際に、他の施設利用者への配慮が終了した後にAに対する配膳を行う、そのような配膳順序で行わない場合には、ゼリーをAの手が届かない場所に配膳し、全員への配慮終了後、施設職員が食事の介助や見守りを確実に行えるようになった時点でゼリーをAの手元に移動させるなどの一般的な措置を講じていれば、施設職員が、前の配膳をしている間にAがゼリーを口に入れて誤嚥する事態や、唇にチアノーゼが出現にする至るまでAの誤嚥に気づかないといった事態は避けられたといえる。

本件施設の職員の誤嚥防止義務違反を認め、これによりAが死亡。
過失相殺及び素因減額についてのYの主張を排斥。

Yに対する2365万円及びこれに対する遅延損害金の限度で、Xの請求を認容。
  解説 介護施設が高齢の入所者・利用者の誤嚥を防止するためにいかなる措置を講じる義務を負うかについては、当該入所者・利用者の既往歴、嚥下障害の有無・程度、誤嚥の危険性の有無・程度のほか、当該介護施設の介護体制も踏まえた個別具体的な判断が求められる。 
裁判例
  労働p74
東京地裁R4.11.16  
  出社命令の有効性が否定された事案
  事案 Yの従業員として主としてリモートワークで業務に従事していたXが、Yに対し、
①Yの違法な出社命令によって労務を提供できなかった等と主張して、民法536条2項に基づき労務を提供できなかった期間の賃金等、
②リモートワーク期間中、所定労働時間外に労務を提供したと主張して、労働契約に基づき時間外労働に対応する割増賃金等の請求をした。 
反訴請求:
Yが、Xに対し、リモートワーク期間中に本来は勤務していないのに勤務していたと虚偽の報告をしたなどと主張して、賃金規定に基づき不就労時間に相当する賃金等の返還を請求。
  判断 ●民法536条2項に基づく賃金請求 
争点:Xが令和3年3月4日以降に労務を提供していないことがYの「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものか?
X:本件出社命令は無効
Y:有効
就業場所に関する労務の解釈:
Y代表者の供述及び勤務実態

原則としてXの自宅が就業場所であるものの、Yは業務上の必要がある場合に限って事務所への出社を求めることができる。
①本件やりとりの中には業務に必要不可欠なもの以外のものも含まれており、またY代表者がこれを不快に感じた点は理解できるものの、これにより業務に支障が生じたとは認められない
②労働者が申告する時間と実労働時間に差異があったまでは認められない
③本件出社命令は、本件やりとりを巡ってXとY代表者がお互いを非難しあう中でだされたもの

本件で業務上の必要があったとは認められず、本件出社命令は無効。
●時間外労働に対応する割増賃金請求及び反訴請求 
争点:Xの実労働時間
X:Yに対し、毎月、労働時間を記載した工数実績表を提出しており、これに基づいて労働時間を認定すべき
Y:否認し、業務用パソコンにインストールされていたツール(キー操作、マウス操作数、見ているウィンドウタイトル等と取得するためのツール)の計測結果をもとに不就労時間を算定し、これに対応する賃金を返還すべき。
①Xは使用者の面前で指揮監督を受けることなく自宅で終業時間について一定の裁量をもって勤務を行っていた⇒工数実績表のみでは労働時間の立証として不十分
②Xの職種はデザイナーであり、パソコンで作業をしない業務もある⇒Xが申告する勤務時間とパソコンの作業・操作の時間が異なるとしても、これを根拠に不就労時間を認定することはできない。
  解説 出社命令の有効性:
本件では、Y代表者が、本件やりとりを発見したことを契機として、これまでに一度しか出社したことのなかったXに出社を命じており、事案の特殊性に留意が必要。
労働時間の認定:
厚労省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(HP)
テレワークの労働時間管理について
「使用者による現認ができないなど、労働時間の把握に工夫が必要」であるものの、他方で、「情報通信技術を活用して行うこととする等によって、労務管理を円滑に行うことも可能になる」などとされている。
  労働p82
東京地裁R5.3.17  
  右肩腱板不全断裂の業務起因性が肯定された事案
  事案  建築作業等に従事する労働者であったXは、業務中に中型貨物自動車を運転していたところ、渋滞で停車中に追突事故に遭った。 
緊急搬送先のH1病院で、頭部打撲(全治約7日間)腰椎捻挫及び右下腿部打撲血腫(全治14日間)の診断⇒紹介されたH2病院で治療。事故の約3か月後に、「首、腰の痛みは続いている」とされつつ症状固定の判断。(約3か月の通院期間①)
⇒H1病院で腰痛及び右肩痛等を訴え、医師はXの右肩に腱板断絶及びインピンジメント症候群を認めた。
⇒腰痛についてはH1病院で治療を受け、右肩については紹介を受けたH3病院で治療を受け、H1病院において、本件事故の約7か月後に「頸椎捻挫、腰椎捻挫、右肩腱板不全断裂」について症状固定の判断。(約4か月の通院期間②)
  Xは、通院期間①②について、それぞれ休業補償給付の請求⇒処分行政庁は、初期症状固定判断を前提に、通院期間①については支給決定し、通院期間②については不支給決定。
障害補償給付については、一旦は、右肩腱板不全断絶に業務起因性があることを前提に併合10級とする障害一時金の支給を決定したが、後に、同業務起因性を否定して同等級を14級とする変更決定をした。

Xが、Y(国)に対し、前記不支給決定及び前記変更決定の取消しを求めた。
  争点 Xの右肩腱板不全断裂は本件事故によるものか
  判断 腱板断裂が外傷性のものか非外傷性のものかを判断することは容易ではない。
ア:本件事故によって右肩腱板不全断裂が生じた可能性があるか
イ:右肩腱板不全断裂を生じさせる他の原因がないか
ウ:本件事故によって右肩腱板不全断裂が生じたとして具体的な事実の経過と整合するかを検討。 
ア:
肩腱板不全断裂は事例は少ないが単一の外傷によって生ずることもあり、交通事故はそのような場合の主要な要因の1つであるとの医学的知見の存在。
①本件事故の衝撃は相当強いものとみられること、
②本件事故によってXの身体が前後に振られた際に、シートベルトとシートによって右肩付近に相当強い外力が加わったことを推認することができる。
③Xは本件事故の際にとっさにハンドルを持つ手に力を入れたことが認められ、それによっても肩関節付近に大きな力が加わったと考えられる。

本件事故が右肩腱板不全断絶を生じさせた可能性を肯定。
イ:
①本件事故前に、Xの右肩には何の不調もなかった
②繰り返す小外傷による腱板不全断裂の原因の典型例とされる事象(肩をよく使うスポーツや上肢を肩の高さよりも上で使う職業上の動作)が今回の右肩腱板不全断裂の原因になったとはみとめられない。
③本件事故から右肩腱板不全断裂の診断を受けるまでの間、Xは安静にしており、その間に右肩腱板不全断裂が生じた都はみられない。

他原因の存在は認められない。
ウ:
通院期間②開始の経緯に照らせば、Xが本件事故の1週間後に申告した「肩の痛み」は右肩の痛みであるというべきであり、本件事故によって右肩腱板不全断裂が生じたという事実は、具体的な事実経過とも整合的。
  刑事p89
最高裁
R4.4.18  
  農地の譲受人の委託により第三者の名義を用いての農地法所定の許可を得るための第三者による横領の成否(肯定)
  事案 被告人が、平成27年9月頃、Aが取締役を務める有限会社BがC所有の土地を購入するに当たり、本件土地の農地転用許可を得るために本件土地上の名義人を一旦被告人とし、農地転用等の手続及び資材置場として使用するための造成工事終了後にBに本件土地の所有権移転登記手続をする旨Aの兄であるDと約束し、同年10月25日、被告人た代表理事を務めるE組合にCが本件土地を売却する旨の合意書を作成し、その際、Dに土地代金500万円を支払わせ、同年12月18日からE組合を登記簿上の名義人として本家土地をBのために預かり保管中、D及びBに無断で本件土地を売却しようと企て、平成28年7月14日、㈱Fに、本件土地を代金800万円で売却譲渡した上、同日、本件土地について同社への所有権移転登記手続を完了させ、もって横領した。
  原審 職権で、農地を転用する目的で所有権を移転するためには、農地法所定の許可が必要⇒この許可を受けていないBに本件土地の所有権が移転することはない⇒本件土地に関してBを被害者とする横領罪は成立しない。
⇒一審判決を破棄して被告人を無罪に。 
  判断 検察官が引用した最高裁判例はいずれも本件と事案を異にする⇒刑訴法405条の上告理由に当たらない。
but
原判決には、高裁判例違反があり、検察官のその余の上告趣意に判断を加えるまでもなく、破棄を免れない⇒東京高裁に差し戻した。
  解説   本件のように、農地の所有者たる譲渡人と譲受人との間で農地の売買契約が締結されたが、譲受人の委託に基づき、第三者の名義を用いて農地法所定の許可が取得され、当該第三者に所有権移転登記が経由⇒原則として譲受人に対して農地の所有権は移転しない。

農地法の規定(5条、3条)により、譲渡人と譲受人とが所定の許可を得なければ所有権移転の効力が生じない。

譲受人から当該第三者への占有(登記名義の保有)の委託は、所有者でない者からされたことになる。 
①対象となる物の委託者が所有者でない場合に横領罪が成立するか
②委託関係に法令違反あがる場合に横領罪が成立するか
  ・・・・農地の譲受人は「所有権を有しているものに準ずる」として、横領罪の成立を認めたもの(高松高裁)。 
委託者が物の所有者と言えない場合:
盗品等を委託された者がこれを着服した場合
昭和36年最判:
窃盗犯人の依頼で盗品の有償処分をあっせんした被告人が、窃盗犯人から盗品の処分代金を預かり保管中に着服した事案で、
「刑法252条1項の横領罪の目的物は、単に犯人の占有する他人の物であることをもって足るのであって、その物の給付者において、民法上犯人に対しその返還を請求し得べきものであることを要件としない」として、横領罪の成立を肯定。
不法原因給付(民法708条)に当たる場合:
・・・・
甲の所有物を賃借した乙が、甲の許可の下、修理のため者を丙に預けたところ、丙が物を勝手に売却して代金を着服
丙に横領罪が成立

甲からの授権に基づく乙丙間の委託関係が侵害されたことにより所有権侵害が観念でき、乙丙間の委託関係も反故に値するものと考えられる。
  本判決:
本件のような場面における譲渡人の意思や立場、譲受人との関係を検討し、所有者が委託者に対して委託権限を付与しているものと認め、そのような場合には、委託者が物の所有者でなくとも横領罪が成立。

委託者との関係で委託関係が侵害されているだけでなく、所有者との関係において所有権の侵害も観念できる。
⇒賃借物事例と同様に、問題なく横領罪が成立。 
  刑事p93
最高裁
R5.2.20  
  債権譲渡の対価としてされた金銭の交付が貸金業法等の「貸付け」に当たるとされた事例
  事案 被告人と顧客との間で、「給料ファクタリング」と称して行なわれていた取引が、貸金業法違反(無登録営業罪)と出資法違反(業として行う超高金利罪)に問われた事案。
被告人が、労働者である顧客から、その使用者に対する賃金債権の一部を、額面額から4割程度割り引いた額で譲り受け、同額の金銭を顧客に交付。
使用者の不払の危険は被告人が負担
but
希望する顧客は譲渡した貸金債権を買戻し日に額面額で買い戻すことができること
被告人が、使用者に対する債権譲渡通知の委任を受け手その内容と時期を決定売ること、
顧客が買戻しを希望しない場合には使用者に債権譲渡通知をするが、顧客が希望する場合には買戻し日まで債権譲渡通知を留保すること
が定められていた。
全ての顧客との間で、買戻し日が定められ、債権譲渡通知が留保されてきた。
  原審 弁護人:本件取引では、賃金債権の買戻しを顧客の義務とはしておらず金銭の返還合意がない上、賃金債権の不払の危険を顧客が負わないとしている
⇒本件取引に基づく、被告人から顧客に対する金銭の交付が、貸金業法2条1項及び出資法5条3項にいう「貸付け」に該当しない
vs.
本件取引では、
①顧客に対し、顧客が本件取引を利用した事実を勤務先に知られることを嫌がっていることを前提に、買戻しをしなければ勤務先に通知する旨を伝えて買戻しを心理的に強制することなどで、事実上買戻し以外の方法はない旨認識させつつ、
②買戻しをしつこく催促するなどもしていた
③本件の犯行期間中、顧客の勤務先に債権譲渡通知を行なったことはなかった

その実態は買戻しを前提とした「貸付け」にほかならない。
賃金債権の不払の危険をどちらが負っているかの点はその認定を左右しない。
  判断 弁護人の主張はいずれも刑訴法405条の上j国理由に当たらない⇒上告を棄却。
職権で、本件取引が「貸付け」に当たる旨の判断をした。 
  規定 貸金業法 第二条(定義)

この法律において「貸金業」とは、金銭の貸付け又は金銭の貸借の媒介(手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法によつてする金銭の交付又は当該方法によつてする金銭の授受の媒介を含む。以下これらを総称して単に「貸付け」という。)で業として行うものをいう。ただし、次に掲げるものを除く。
出資法 第七条(金銭の貸付け等とみなす場合)
第三条から前条までの規定の適用については、手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法によつてする金銭の交付又は授受は、金銭の貸付け又は金銭の貸借とみなす。
  解説  高金利を取り締まって健全な金融秩序の保持に資することなどの、貸金業法や出資法の立法趣旨に照らし、実質的には金銭消費貸借と同様の経済的機能を有する契約に基づく金銭の交付は、貸金業法及び出資法において「貸付け」に含めることとした。

ある金銭の交付が、前記各条の「貸付け」に該当するか否かは、契約の形式や外形のみならず、その実態に照らして実質的に判断。 
金融庁:令和2年3月5日付けの「金融庁における一般的な法令解釈に係る書面紹介手続(回答書)」で、労働者が賃金の支払を受ける前にそれを他に譲渡した場合においても、労基法24条1項により使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず、賃金債権の譲渡人は自ら使用者に対してその支払を求めることはゆるされない

いかなる場合であっても賃金債権の譲受人が自ら使用者に対してその支払を求めることはできず、賃金債権の譲受人は常に労働者に対してその支払を求めることになる

刑事宛キ゚に貸付けと同様の機能を有しており、貸金業法2条1項の「手形の割引、売渡担保その他これに類する方法」に該当。
最高裁:
賃金である退職手当に関し、その給付を受ける権利の譲渡自体を無効と解すべき根拠はないけれども、労基法24条1項が「賃金は直接労働者に支払わなければならない。」旨定めて、使用者たる賃金支払義務者に対し罰則をもってその履行を強制している趣旨⇒労働者が賃金の支払を受ける前に賃金差権を他に譲渡した場合においても、その支払についてはなお同条が適用され、使用者は直接労働者に対し賃金を支払わなければならず、したがって、・・・賃金債権の譲受人は自ら使用者に対してその支払を求めることは許されないものと解するのが相当。

退職手当の受給権の譲受人から使用者に対しその支払を求めることは許されない。
  本決定 
労基法24条1項、上記最高裁
⇒被告人が使用者に対して直接賃金債権の支払を求めることができず、実際には顧客から陳儀を回収するほかなかった。

法律上、使用者に直接支払を求めることができず、顧客の一般財産から資金の回収を図るほかないという事情は、譲渡された資産の法的な支配権が完全には譲渡人に移転しておらず、譲渡が担保目的であることを強く推認させる事情となると判断。
顧客が債権譲渡通知の留保を希望しており、使用者に対する債権譲渡通知を避けるため、事実上、自ら債権を買い戻さざるを得なかった。

労働者は、経済力等の格差、指揮命令関係や組織的統制等により、使用者に対して本質的に従属的な立場にある⇒使用者に賃金債権の譲渡が通知されることは労働者に不利益な事態。

顧客が実質的に買戻義務を負っており、金銭返還の合意や、被担保債権の存在が認められると判断。
賃金債権の不払の危険自体が相当に低く、それが現実化するのが例外的な場合に限られる。

実質的な経済的リスクを考慮し、事後的に譲渡人が買戻し等を免れることが例外的にあり得るとしても、金銭の交付の時点での「貸付け」該当性に直ちに影響を与えるものではないと判断。
2611
  行政p25
東京地裁R5.3.14  
  分割金の支払⇒残債務免除で、債務免除による利益と課税対象等(肯定)
  事案 亡Aの相続人であるX1及びX2が、亡Aの金融機関(本件銀行)に対する債務について、亡Aと本件銀行との間で成立した、一定額の分割金を支払った場合には残部について債務免除をするとの裁判上の和解(本件和解)に基づき債務免除を受け、その金額を総所得に算入せず確定申告⇒同金額は総所得に算入されるべきものであるとして、処分行政庁から更正処分及びこれに伴い過少申告加算税の賦課決定⇒Y(国)に対し、それらの取消しを求めた。 
亡Bは前訴の審理中に死亡し、亡AやX1を含む亡B相続人らが訴訟疎を承継
本件銀行と亡B相続人らは、裁判所の和解に向けての見解に従い、亡Aが本件銀行に対する亡B相続人らの債務を引き受けた上で、
亡B名義で「購入した不動産の売却代金及び亡Aが亡Bから相続する遺産に相当する金額の合計6億2000万円余を本件銀行に支払い、更に年50万円を10年間支払った場合には、本件銀行は残金の支払を免除するとの和解。
亡Aが完済前に死亡⇒亡Aの相続人であるXらが残余の分割金を完済⇒本件銀行から9億7000万円余の免除を受けた。
  争点 ❶本件債務免除による債務免除益(本件債務免除益)の存否
❷資力喪失(所得税法(令和3年改正前)44条の2)の有無)
❸二重課税の排除(所得税法9条1項16号)の適用の有無
❹本件各処分についての理由附記の不備の有無
❺前訴の弁護士費用等を「その収入を得るために支出した金額」(所得税法34条2項)として控除することの可否
  判断 ●争点❶ 
Xら:本件債務免除の対象となる支払義務は、形式的かつ名目上のものにすぎなかった
vs.
本件和解に係る条項の文言⇒分割金を完済するまで亡Aは本件債務の支払義務を負っており、分割金が完済されることを停止条件として本件債務免除が行われることになっていた
⇒この支払義務が形式的かつ名目上のものであるとはいえない。
⇒Xらには、本件債務免除益が生じた。
  ●争点❷ 
Xら:亡Aは本件和解の時点で資力喪失状態にあった⇒本件債務免除益は一時所得を総収入金額に参入すべきではない。
vs.
①所得税法44条の2は、著しく債務超過の状態に陥ったこと等により債務者が視力を喪失して債務を弁済することができない場合には、債務免除により受ける経済的な利益は形式的なものであることから、これを課税所得とは捉えないこととした。
②資力の喪失は債務免除の効果発生時に判断すべきところ、Xらが本件債務免除の時点で資力を喪失していたとは評価できない。
  ●争点❸ 
Xら:本件債務が、亡Aの遺産相続時には債務として控除されていなかった⇒本件債務免除益に課税することは同一の資産について再度課税対象とすることとなり、所得税法9条1項16号に反する。
vs.
①相続税法において被相続人の債務で相続開始時に現存する金額を控除することができるとされているものの、その控除されるべき債務は相続税法14条1項で「確実と認められるものに限る」とされている。
②本件債務のように分割金の完済を停止条件とした債務免除が想定されているものは、確実と認められる債務とはいえない。
③本件債務免除は所得税法9条1項16号で所得税が課税されないとされている「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」にも該当しない

二重課税とはならない。
  ●争点❹ 
Xら:本件各処分には根拠となる条文(資力喪失に関する所得税法44条の2第1項、控除に関する同法34条2項)の記載が十分にされていない
vs.
本件各処分においては、所得税法34条2項や同法44条の2は適用されておらず、それらの適用の有無が正に本件の争点になっている
⇒それらの条文のj記載のないことが理由附記の不備となるものではない。
  ●争点❺
仮に本件債務免除益を所得として課税対象とする場合でも、本件和解のために要した弁護士費用等は一時所得の金額の計算から控除すべき
vs.
前訴に係る弁護士費用等については、Xらが収入である本件債務免除駅を得るための根拠となった本件和解のために直接要した金額であり、控除の対象となる支出。
そのような控除を受ける地位には亡Aからその相続人であるXらに承継されている。

その限度でXらの請求を一部認め、その余の請求は棄却。
  解説 ●争点❶ 
それまで留保された権利について名目的あるいは形式的なものとは評価せず、あくまでも和解条項の文言に従った解釈。
  ●争点❷ 
相続税法は、13条1項柱書きにおいて、
課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から次に掲げるものの金額のうちその者の負担に属する部分の金額を控除した金額による
控除の対象となる金額:
1号:被相続人の債務で相続開始の際現に存在するもの
同法14条1項:前条の規定によるその金額を控除すべき債務は、確実と認められるものに限る

免除される蓋然性が一定程度ある⇒確実なものとはいえない。
所得税法36条1項:
計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがある場合を除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物まあてゃ権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利の他経済的な利益の価額)とする
「経済的な利益」である債務免除益も課税対象となる。
「別段の定め」としては、同法9条1項16号が規定する非課税となる「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」が考えられるものの、本件債務免除益は、Xらが亡Aから相続によって取得したものではなく、Xらが亡Aから相続によって取得した本件和解に基づく分割金支払債務を履行したことによって生じたもの。

相続税課税時及び所得税課税時における、本件債務免除の対象となる債務の扱いの差異は、
本件債務免除益の発生する、あるいは、発生しない蓋然性が不確実な債務者の未来の支払行動に依拠していた相続税開始時と、
その不確実であった支払行動が結果的に実現したという所得税課税時とにおける、課税対象財産に対する評価が変化したことに起因。
  ●争点❺ 
所得税法34条2項:
一時所得の金額は、その年中の一時所得に掛かる総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除し、その残額から一時所得の特別控除額を控除した金額とする
  民事p42
東京地裁R5.9.4  
  換金可能ポイントについて規約改定の効力(否定事案)
  事案 ポイント商品を購入した顧客であるXらが、
主位的に、Y1に対し、Xら保有のポイントが換金されたことを前提として換金相当額及び遅延損害金の支払を、
予備的に、ポイント商品の販売が詐欺的な取引であるとして、Y2に対し、会社法429条1項、Y1に対し、同法350条に基づく損害賠償等の支払を請求。
  争点 ❶換金停止措置の効力
❷ポイント有効期間進行の有無 
  判断 ●争点❶ 
Y1は、1ポイント=1円として換金可能であることを周知した上でポイント商品を顧客に販売⇒顧客がY1に申し込むことにより、保有するポイントについて、1ポイント=1円の計算でY1から支払を受けられることは、Y1とXらとの間のポイント商品に係る販売契約上の合意内容となっていた。
Y1が換金停止の根拠とする規約(「本件規約」)は、事情変更が生じた場合におけるY1による一方的な契約内容の改定を許容するものであるが、
これがXらに周知されていたとは認められない。
仮に本件規約がXらに対して効力を有するとしても、本件規約においてY1による一方的な契約内容の改定が認められるのは、事情変更に即した契約書面等の軽微な修正や利益算出方法の小幅な変動等にとどまり、ポイントの換金の有無は、ポイント商品の本質的な要素であることからすれば、本件規約による変更が認められる契約内容には当たらない。

換金停止措置は無効。
  ●争点❷ 
Y1は、令和2年1月頃、一方的に換金停止措置を講じており、Xらにとって権利行使が困難な事情が継続
⇒発生後6か月とされているポイントの有効期間は進行しない。
  解説 ●争点❶ 
契約あるいは約款において、当事者の一方に給付内容等を変更することを許容する内容が定められた場合、このような合意も当然に無効となるものではなく、個別具体的な事情をもとに、有効と認められる場合の変更権の範囲、公序良俗違反、権利濫用該当性の有無などを検討し、その効力を判断。
事業者と顧客との取引が定型取引(民法548条の2第1項)に該当する場合は、定型約款の変更に関する民法548条の4第1項2号の各事由を検討。
本判決においても、顧客の利益等、検討された考慮要素は定型取引と共通。
  ●争点❷ 
本件で問題となったポイント商品は、有償ポイントであり、資金決済法3条1項の「前払式支払手段」に該当し得るもの。
同法4条2号は、一定の期間内(同法施行令4条2項により6か月)に限り使用できるものを同法の適用除外⇒本件には直接適用なし。
but
事業者都合により制度を廃止する際の払戻義務の定め(同法20条1項)等は本件の規約の解釈においても参考になる。
消滅時効の起算点に関して、判例は「権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできる」時まで事項が進行しないと判示。

権利不行使を理由に権利を消滅させるのであるから、権利行使ができない状態なのに時効だけ進行するというのは適当とはいえない。
  民事p51
東京地裁R5.10.30  
  ①いじめと②加害生徒へのヒアリングの不法行為
  事案 第1事件:
当時中学生だったX1が、クラスメートのY1及びY2からいじめを受けた⇒Yらに対し、不法行為に基づく損害賠償として慰謝料の支払を求めた。
第2事件:
Y2が、X1の前記いじめの申出を受けて中学校で行われたY2へのヒアリングの際に、X1の両親であるX2及びX3から脅迫、恫喝又は侮辱に当たる発言により一方的に非難された⇒X2及びX3に対し、共同不法行為に基づく損害賠償として慰謝料の連帯支払を求めた。
  判断・解説 ●第1事件 
Yらがそのいじめ行為とされた事実関係の大部分を争った
本判決:
本件当事者の各陳述のほか、いじめが行われたとされる当時にX1が作成していて日記及び中学校が暮らすで実施した聴き取り調査の結果

X1の主張するいじめ行為のうち、X1への悪口及びX1のものまねをする行為があったと認定。
いじめ行為の不法行為該当性:
X1:いじめ防止対策推進法2条1項が「いじめ」の定義を
「児童等に対して、・・・心理的又は物理的な影響を与える行為・・・であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」と規定
⇒被害児童が心身の苦痛を感じていることを要件としていることを踏まえた判断がされるべき。
本判決:
いじめ防止対策推進法2条1項の「いじめ」の定義に該当するからといって、当然に不法行為に当たると評価するのは相当ではない。
加害行為の態様、頻度、回数などに加えて、加害者側の意図や認識なども考慮し、加害行為の悪質性が相当程度高く、社会通念上許容される範囲を超えるものである場合に、違法性が認められる。

本件:
前記認定に係るいじめ行為が行われた期間は短いものの、悪口やものまねの内容や頻度を踏まえると悪質な部類であり、Y1及びY2ともに、X1との接し方について教員から注意を受けていたにもかかわらず、X1への嫌がらせの意図をもってそれらの行為を行ったことなどを考慮し、不法行為の成立を認めた。
  他の裁判例も、社会通念上相当とされる限度を超えるものに限って不法行為が成立。 
同法は、いじめの防止、いじめの早期発見及びいじめへの対処のための対策を推進する目的(1条)で「いじめ」を定義し、国及び地方公共団体等の責務や基本的施策等を定めるもの。
⇒同法の定める「いじめ」の定義は、被害児童の主観にも着目するなど、前記目的を達成するために広い概念とされており、同法の定める「いじめ」に当たるからといって、必ずしも不法行為に当たる違法性を有するとは解されない。
本判決:
不法行為の成立は認めたが、心的外傷後ストレス障害との因果関係までは認めず、結論としてはYらそれぞれに対し、慰謝料各5万円の支払を命じた。
慰謝料の算定に当たっては、いじめ行為の内容に加え、本件において不法行為として主張された行為の期間や日数等が考慮されたと考えられる。 
  ●第2事件 
X1に対するいじめ行為が発覚した後、中学校の教員2名及びY2の母の同席の下で、約2時間20分にわたって、X2及びX3によるY2に対するヒアリングが実施。
証拠の録音データをもとに、ヒアリング参加者の具体的な発言内容が認定。
本判決:
Y2が事実関係を否定したにもかかわらず、それが虚偽であることを前提として話しを進め、自身の望む回答を得ようとし、望むような回答が得られないと、いじめ行為があったという前提で責め立てる態度が顕著であったとした上で、Y2を犯罪者に例えるなどといった前記発言についても不適切なもの。
①行われた時間の長さや、②Y2の年齢等⇒Y2に対して相当に威圧感を与え、精神的苦痛を味合わせるものであり、事情聴取の態様として不適切な面があった。
but
クラス内の聴き取り調査等においていじめの主体として名前が挙がっていたにもかかわらずいじめ行為を否定するY2に対して、既に不登校になっていたX1の父母であるX2及びX3が追及的な質問をし、一部不適切な発言をしたからといって直ちに違法と評価するのは相当ではない。
①X2及びX3の口調は基本的に冷静であったこと、
②一部の場面を除き、声を荒げたりすることはなかったこと、
③ヒアリングにはY2の母親が同席しており、Y2の母親の介入により一定の抑制が働いていたこと

ヒアリングにおける言動が全体として社会通念上許された範囲を超えた違法なものとまではいえない⇒不法行為には当たらない。
本判決は、不適切な発言のみに着目するのではなこう、ヒアリングに至るまでの経緯等、事案の特殊性も踏まえて、ヒアリング全体としての違法性を判断したもの。
  労働p60
東京地裁R5.3.27   
  法適用通則法12条1項によりオランダ法の強行規定が適用⇒客室乗務員の無期転換が肯定された事例
  事案 Xら(日本人)は、オランダの航空会社であるYとの間で雇用契約を締結し、日本国内の空港をホームベースとして、オランダの空港とを結ぶ路線の航空機に搭乗する客室乗務員として勤務。
各雇用契約において、準拠法は日本法とされ、契約期間は当初3年間で、Yらは2年間の契約更新を行うことができるが、5年を超えて延長されることはないと規定。 
XらとYは、本件各雇用契約の当初の契約期間を2年間延長し、さらに、YとXらが加入した日本の労働組合は、団体交渉を経て、平成27年6月3日、本件各雇用契約を、労契法18条1項により原告らに期間の定めのない労働契約への転換権が発生する日の前日までの間、延長することを定めた和解合意。
その後、Yは、Xらに対し、前記延長による雇用契約満了後の契約更新をしない旨を通知。

Xらは、本件各雇止めに対して異議を述べるとともに、契約の更新を申し入れた上、期間の定めのない労働契約上の権利を有する地位確認、本件各雇止め後の各月の賃金の支払及び本件各雇止めが強硬法規違反であることを理由とする不法行為に基づく損害賠償を求める本件訴えを提起。
  Xらは、Yに対し、令和3年5月17日の口頭弁論期日に、Yに対し、本件各雇用契約について、有期労働契約が3か月以内の休止期間を挟んで更新され、かつこと契約期間が休止期間を含めて36か月を超えることで、有期労働契約が無期転換する旨が規定されているオランダ民法てん668a条を適用すべき旨の意思表示をした。 
  判断 有期労働契約の無期転換は、法適用通則法12条1項の「労働契約の効力」に含まれ、本件オランダ法条における無期転換は、当事者が単に約定するのみでは排除することができない⇒法的法通則法12条1項における強行規定に当たる。
本件各雇用契約は、労務を提供すべき地を特定することができない場合に当たるところ、諸事情を踏まえれば、本件労働契約における労働者を雇い入れた事業所の所在地(「労務提供地」)はオランダであり、法適用通則法12条2項括弧書により、オランダ法が本件各雇用契約に最も密接な関係がある地の法(「最密接関係地法」)と推定され、前記推定を覆す事情は認められない
⇒法適用通則法12条1項により、本件各雇用契約のの無期転換について、Xらが指定した強行規定である本件オランダ法条が適用されることとなり、本件各雇用契約は、いずれも本件オランダ法条による無期転換の要件を充たしている
⇒現時点で期限の定めのない契約となっている。

Xらの地位確認請求をいずれも認容。
賃金請求:
本件各雇用契約は、本件各雇止めの時点では労契法19条により更新されることなく終了。
令和3年5月17日、Xらが本件オランダ法を適用すべき旨の意思表示をしたことによって初めて同条が適用され、Xらの期間の定めのない労働系やきう上の権利を有する地位が存することとなった。

本件各雇用契約に基づく就労債務は、その時点(前記意思表示の翌日)から、債権者であるYの責に帰すべき事由によって履行することができなくなった

その翌日以降の賃金分について請求を認容する一方、その余の賃金請求及び慰謝料請求を棄却。
  規定 法適用通則法 第一二条(労働契約の特例)
労働契約の成立及び効力について第七条又は第九条の規定による選択又は変更により適用すべき法が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法以外の法である場合であっても、労働者が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対し表示したときは、当該労働契約の成立及び効力に関しその強行規定の定める事項については、その強行規定をも適用する
2前項の規定の適用に当たっては、当該労働契約において労務を提供すべき地の法その労務を提供すべき地を特定することができない場合にあっては、当該労働者を雇い入れた事業所の所在地の法。次項において同じ。)を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定する。
  解説 法12条1項:
当事者が労働契約により準拠法を定めたとしても、それが当該労働契約の最密接関係地法以外⇒労働者の使用者に対する意思表示により、当該労働契約の成立及び効力に関し、最密接関係地法の特定の強行規定を重畳的に適用。
最密接関係地の認定については、2項に推定規定。
まず労働提供地の法
それを特定することができない⇒雇入事業所所在地の法
が最密接関係地法と推定。
  知財p86
東京地裁R5.9.28  
  椅子の商品形態の商品等表示等
  事案  Xらが、Yによる被告各製品の製造販売等の行為は、原告製品の商品等表示として周知又は著名なものと同一の商品等表示を使用する不正競争行為に該当し、仮に不正競争行為に該当しないとしても、原告製品の著作権(X1社が有するもの)及びその独占的利用権(X2が有するもの)の各侵害行為を構成し、仮に不正競争行為に該当せず又は著作権及びその独占的利用権の各侵害行為を構成しないとしても、取引における自由競争の範囲を逸脱する行為であり、Xらの営業上の利益を侵害する

Yに対し、被告各製品の製造販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、
損害賠償の支払、謝罪広告の掲載を求めた。 
  判断   ●「商標等表示」該当性 
Xらが商品の形態の商品等表示該当性を主張する場合には、商品等表示として権利範囲を画する部分がそれ自体不明確
⇒商品の形態のうち出所表示機能を発揮する商品等表示部分を明確に特定する必要があるものと解するのが相当。
不正競争法2条1項1号又は2号にいう商品等表示に該当すると主張された表示が複数の商品形態を含む場合において、その一部の商品形態が商品等表示に該当しないときは、前記表示は、全体として不正競争法2条1項1号又は2号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当。
直線的構成美を造形表現する原告製品の高いデザイン性に鑑みると、少なくとも被告各製品の形態は、究極的にシンプルでシャープな印象を与える直線的構成美を欠く⇒Xらの出所を表示するものであると認めることができない。
本件形態的特徴に含まれる被告各製品の形態は、明らかに原告製品の商品等表示に該当しない⇒本件形態的特徴は、全体として不正競争法2条1項1号又は2号にいう商品等表示に該当しない。
  ●複製又は翻案の該当性 
・・・美術の著作物には、美術攻撃品が含まれ(2条2項)、美術工芸品以外の実用目的の美術量産品であっても、実用目的に係る機能と分離して、それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えている場合には、美術の範囲に属するものと創作的に表現したものとして、著作物に該当すると解するのが相当。
・・・著作権侵害を構成するものとはいえない。
  規定  不正競争防止法 第二条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

二 自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為
  解説  ●「商品等表示」該当性 
商品の形態の出所表示機能を発揮する部分は、取引の実情等によって時間的にも場所的にも変わり得る上、不正競争法2条1号又は2号の商品等表示に該当すると認める場合には、その権利範囲については、登録商標とは異なり、図面又は写真で特定されて公示されるものではなく、その保護期間についても永続する可能性がある。
⇒商品形態に係る権利が過度に強化されることによって、表現活動、創作活動の自由を制約するおそれがある。

本判決は、
❶商品形態の特定性、❷取得要件の厳格性、❸保護範囲の特定性という3つの縛りをかけることによって、商品形態に蓄積された信用等の保護と、第三者の表現活動m、創作活動の事由とのバランスをとろうとする。
  ❶商品形態の特定性 
商品の形態のうち出所表示機能を発揮する商品等表示部分を明確に特定する必要がある。
平成17年判決:
控訴人は、控訴人の商品の形態自体が不正競争法2条1項1号の商品等表示に該当すると主張して、被控訴人の商品の販売の差止め等の請求をしているところ、
商品の形態が同号の商品等表示に該当するか否か及び控訴人の商品と被控訴人の商品とが類似するか否かの命題を抽象的に判断することはできない

訴訟において前記のような主張をする場合には、まず控訴人(原告)において、商品等表示該当性や類似性の根拠となる控訴人の商品の形態についての特徴(構成)を特定して主張することが必要であり、これに対し、被控訴人が反論等することにより、その特定された商品の構成を対象として不正競争行為の成否が審理されることになる。
控訴人が行った控訴審における控訴人の商品の構成についての主張変更につき、原審において弁論準備手続を経て特定された控訴人の商品の構成を、控訴審に至って追加的に変更することは、これに対する被控訴人の新たな防御を必要とするなど、被控訴人との関係で公平を欠く上、控訴審において新たな構成について審理することを余儀なくさせることになる。
①控訴人の商品の構成の特定がこの種訴訟における基本的な出発点をなすものであること、
②原審での審理の経緯、主張変更の態様など

重大な過失による時機に後れた攻撃方法の提出というべきであって、民訴法157条1項により却下。
  ❷取得要件の厳格性 
商品形態に係る「商品等表示」該当性の判断基準については、厳格に判断しようとする裁判例が蓄積。
  ❸保護範囲の特定性 
原告主張が「商品等表示」に該当すると主張する商品形態が、複数の商品形態を含む場合には、原告は、その商品形態の全てが「商品等表示」に該当することを主張立証する必要がある。

複数の商品形態のうち、出所表示機能を発揮しない商品形態までをも保護することになれば、かえって事業者間の公正な競争を阻害することが明らか。
被告各製品の形態は、究極的にシンプルでシャープな印象を与える直線的構成美を欠くもの⇒Xらの出所を表示するものであると認めることができず、本件形態的特徴は、出所表示機能を発揮しない商品形態までをも含むもの⇒「商品等表示」該当性を否定。
  ●複製又は翻案の該当性 
  〇著作物性 
平成27年判決:
著作物性につき、応用美術に一律に適用すべきものとして、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず、個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべき。
本判決:それ自体独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えている場合には、美術の範囲に属するものを創作的に表現したものとして、著作物に該当すると解するのが相当である。
  〇応用美術に係る機能との関係 
平成27年判決:
応用美術について、当該実用目的又は産業上の利用目的にかなう一定の機能を実現する必要がある⇒その表現については、同機能を発揮し得る範囲内のものでなければならず、応用美術の表現については、このような制約が課されるこちから、作成者の個性が発揮される選択の幅が限定
⇒応用美術は、通常、創作性を備えているものとして著作物性を認められる余地が、前記制約を課されない他の表現物に比して狭く、また、著作物性を認められても、その著作権保護の範囲は、比較的狭いものにとどまることが想定される。
本判決:
機能というアイデアの領域によって、創作性を検討すべき領域が自ずと限定されることになる⇒椅子としての実用目的に係る機能自体とは観念的に分離して、残された前記領域における選択の幅において、創作性を検討すべき趣旨。
2610   
  行政p28
①大阪高裁R5.8.30
②大阪高裁R5.12.15   
  児相の面会制限の違法性についての判断(異なる(大阪)高裁判断)
  概要  いずれも、保護者(親権者)が、児福法33条に基づく児童の一時保護中において児童との面会を求めたところ、児童相談所長が児童虐待防止法12条1項によらずに児童との面会通信を拒絶したことは違法であると主張⇒大阪府に国賠法上の慰謝料請求を行った。
  児童相談所長は、児福法33条の2第2項に規定する監護に関する「必要な措置」として、保護者の意思に反しても(すなわち強制的に)面会通信の制限を行うことができるかが争点
①事件判決:これを否定
児童虐待防止法12条1功によらない面会通信制限を行政指導と解し、保護者の任意の協力がなかった時点以降の面会通信制限は違法⇒慰謝料を一部認容
②事件判決:これを肯定し、慰謝料請求を棄却した原審の判断を是認
  規定 児童虐待防止法 第一二条(面会等の制限等)
児童虐待を受けた児童について児童福祉法第二十七条第一項第三号の措置(以下「施設入所等の措置」という。)が採られ、又は同法第三十三条第一項若しくは第二項の規定による一時保護が行われた場合において、児童虐待の防止及び児童虐待を受けた児童の保護のため必要があると認めるときは、児童相談所長及び当該児童について施設入所等の措置が採られている場合における当該施設入所等の措置に係る同号に規定する施設の長は、内閣府令で定めるところにより、当該児童虐待を行った保護者について、次に掲げる行為の全部又は一部を制限することができる。
一 当該児童との面会
二 当該児童との通信
児童福祉法 第三三条の二[児童相談所長による親権行使等]
②児童相談所長は、一時保護が行われた児童で親権を行う者又は未成年後見人のあるものについても、監護及び教育に関し、その児童の福祉のため必要な措置をとることができる。この場合において、児童相談所長は、児童の人格を尊重するとともに、その年齢及び発達の程度に配慮しなければならず、かつ、体罰その他の児童の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない。
③前項の児童の親権を行う者又は未成年後見人は、同項の規定による措置を不当に妨げてはならない。
④第二項の規定による措置は、児童の生命又は身体の安全を確保するため緊急の必要があると認めるときは、その親権を行う者又は未成年後見人の意に反しても、これをとることができる。
行手法 第二条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
六 行政指導 行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう。
行手法 第三二条(行政指導の一般原則)
行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
児童福祉法 第一一条[都道府県の義務]
都道府県は、この法律の施行に関し、次に掲げる業務を行わなければならない。
二 児童及び妊産婦の福祉に関し、主として次に掲げる業務を行うこと。

ニ 児童及びその保護者につき、ハの調査又は判定に基づいて心理又は児童の健康及び心身の発達に関する専門的な知識及び技術を必要とする指導その他必要な指導を行うこと。
児童福祉法13条4項:
  判断 ●①事件 
  児童虐待防止法12条1項:
一時保護中の児童の保護者に対して当該児童との面会等を強制的に制限する
児福法33条2第2項は、一時保護が行われた児童で親権を行う者のあるものについても監護及び教育に関し必要な措置をとることができる旨を規定しており、同項の必要な措置には、行政指導により一時保護を受けた児童とその保護者との面会を制限することも含まれる。

行政指導として行うもの⇒相手方の任意の協力によって実現しなければならない(行手法2条6号、32条1項)⇒保護者の同意(黙示的又は消極的な同意も含まれる)に基づく必要があり、強制にわたってはならないもの。
児童と別居している親の側にも児童と面会する権利又は少なくとも法的利益を有する(民法766条1項や児童虐待防止法12条1項はこれを前提とする。)

児童相談所長が児童虐待防止法12条1項によらずに一時保護中の児童の保護者に対して事実上の面会を制限することは、法令上の根拠がないにもかかわらず当該保護者の児童と面会する権利又は法的利益を侵害するものであって、国賠法1条1項の適用上違法となる。
  保護者による面会については、児童が一時保護されていることによる内在的制約(例えば、児童動産所や保護施設の人的・物的態勢によって面会の時間や場所が一定の制約を受けるなど)が存在する場合には、国賠法1条1項適用上違法とは評価されない。 
例えば、児童虐待をした保護者が面会を実施することにょって児童の安全や福祉が侵害される具体的なおそれがあるような場合には、面会を求めることが権利の濫用(民法1条3項)に該当し、あるいは面会を制限することが正当業務行為又は正当防衛(民法720条1項)として違法性が阻却されることも十分あり得る。
  平成31年1月4日から一審原告と児童の面会は全面的に制限されたところ、一審原告は、同月9日には弁護士とともに前記制限の法的根拠を尋ねるとともに、前記児童との面会を求めている
⇒同日以降、事実上の矯正による面会制限を継続したものであり、違法である。 
その後、一審原告の要望を受けて面会を認めるようになったものの、毎日の面会を認めるようになった6月12日の前までは部分的に面会を制限していたものと認められる⇒国賠法1条1項の適用上違法。
  ●②事件 
  一時保護は、児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するために行われるものであり(児福法33条1項) 、その目的を達成するために児童を仮定から分離する(親子の居場所を現実に分離する)ことを内容とする行政処分。

親が親権者である場合には、その親権(民法820条)の行使を制限する性質を当然有するものであり、一時保護の目的達成の観点から親子間の面会通信が制限されるのはいわば当然。
児福法33条の2第3項は、一時保護の処分によっても、親権者が子に関してとられた措置に矛盾するような形でその親権(監護権)を行使することは許されないことを明らかにするために設けられた規定であって、児童相談所長が児童の監護及び教育に関してその児童の福祉のために必要な措置(児童との面会通信制限を含む。)をとることに対して親権者による不当な妨げが禁止される(その親権行使が劣後する)ことを確認的に明らかにしている。
⇒児童虐待防止法12条1項が面会通信制限の唯一の根拠規定であるということはできない。
児福法33条の2第3項は一時保護による親権者の親権が児童相談所長の権限に劣後することを確認的に規定するものであり、同条2項は、同条3項と相まって、児童相談所長が、監護及び教育に関し、児童の福祉のために必要な措置をとることができ、その範囲全体において児童相談所長の権限が親権者の親権に優先することを定めたものと解するのが相当。
児福法の趣旨(同法1条参照)に照らせば、児童の生命身体の安全を確保するため緊急の必要があるとはいえなくとも、親権者等による一時保護に基づく児童に対する措置を不当に妨げる行為が現に行われ、又は行われると認められるために監護等の措置をとることが必要な場合には、児童相談所長は、児童の福祉を保障する観点から措置の内容や必要性等に照らし必要かつ相当と認められる範囲で、親権者等の意に反する監護等の外をとることも許される。
児福法33条の2第4項は、児童の生命身体の安全を確保するため緊急の必要がある場合に同条2項の措置をとり得ることを確認的に規定したものに止まり、前記の必要があると認められないときに同条2項の措置をとることを禁ずるものではない。
  本件においては、児童との面会通信を許すことは客観的にみて明らかに児童に不利益を与えると認められ、監護等の措置を不当に妨げるので、児童相談所長が監護等の措置と一体のものとして児童との面会通信を制限することは、児福法33条の2第2項、第3項により許される。 
  解説 親などの保護者には、一時保護されている児童と面会交流する少なくとも法的利益(権利とまでいえないとしても)があることは否定しがたい。
⇒保護者が一時保護を受けた児童との面会通信を要求した場合において、児童相談所長等がその要求を拒絶することは、保護者が有するそうした権利ないし法的利益を侵害すると捉える余地がある。

児童相談所長等には保護者の意思に反して強制的に面会交流の求めを拒絶する権限があるか、その法的根拠をどこに求めるかという問題が生じる。 
  児童虐待防止法12条1項:
児童虐待を受けた児童について施設入所等の措置がとられ、又は一時保護がおおなわれた場合において、児童相談所長等は、児童虐待の防止及び児童虐待を受けた児童の保護のため必要があると認めるときは、当該児童と児童虐待を行った保護者との面会・通信の全部又は一部を制限することができるとする規定であり、同項に基づく面会通信制限は、行政処分に該当。
but
厚労省の調査によれば、実務上、同法12条に基づく面会通信制限措置はほとんどとられていない(全児童相談所(225か所)を対象とする実態調査(期間は令和2年10月から翌年3月まで)では、面会通信制限の件数は「児童虐待防止法に基づく措置」が20件、後述の行政指導の分類される「児童福祉司指導」が102件、その他の「行政指導」が4987件(厚労省HP掲載「児童相談所における一時保護の手続等の在り方に関する検討会(第9回)(令和3年11月15日開催)資料2参照」)) 
面会通信の制限を行政指導として行い得る。
児福法11条1甲2号二あるいは13条4項に、都道府県の業務あるいはその補助機関である児童福祉司の業務として、児童及びその保護者に対し必要な指導を行うことが規定されていることを組織規範上の根拠とするもの。
but
行政指導として行う場合には、行政指導には強制力がない(行手法2条6号、32条1項)⇒強制的な面会制限を行い得ない。
but
相手方に対し強制力を有しない事実行為としての行政指導としての場合は特段法律の根拠を要しないと解される(判例)とこおろ、
児福法33条の2第2項は監護のため必要な措置をとることができるとの規定⇒これを根拠とする面会通信の制限措置を単なる行政指導と捉えてよいかが問題。
  ②判決に経った場合、保護者は面会通信の制限措置に対してどのような不服申立て手段があるか(一時保護処分全体に対して不服を申し立てるのか、あるいは面会拒絶等の措置を個別に争い得るのか)という問題も生じる。 
児福法の一時保護処分(強制的に親子等を分離するという性質を内包する処分)と親子等の面会通信の制限との関係をどう捉えるか、また同法33条の2第2項と児童虐待防止法12条との関係、更には児福法の条文相互の関係(児福法33条の2第4項⇒その反対解釈として、緊急の必要がないときは、2項の措置として親権者等の意に反する措置をとることはできないのではないかという疑問
②判決は、児福法33条の2第4項は、緊急の必要のある場合に2項の措置をとり得ることを確認的に規定したにすぎない⇒緊急の必要があると認められないときにも、親権者の意に反する措置をとることができるとする。)
  民事p58
東京高裁R5.12.7  
  負担付贈与による特別受益の計算
  事案 D(被相続人父)及びE(被相続人母)の相続人であるB(二男)が、A(長男)及びC(長女)に対し、被相続人D・Eの遺産について遺産分割の審判を求めた事案、
Aが、Dの財産の維持又は増加について特別の寄与をしたとして、寄与分を定める審判を求めた事案 
  争点 ❶DがAに対してした負担付贈与が実質的に単純贈与といえるか
❷負担付贈与がされた場合における「贈与の価額」の計算方法 
  Dが収益物件である共同住宅を建築するため、金融機関から2600万円を借入れ(「本件債務」)、本件債務を被担保債務として、共同住宅及びその敷地に抵当権を設定。
DとAは、Aが本件債務(残元金2481万2000円)について免責的債務引受することを条件に、DがAに対して共同住宅及びその敷地を贈与する旨の負担付贈与契約を締結(「本件贈与」)。
Aは、共同住宅から得られる賃料収入を原資に、利息を含め総額約4045万円を支払って本件債務を完済した。 
  原審 ①本件贈与後もDが管理していたA名義の預金口座を用い、同口座に入金される共同住宅の賃料収入を原資として本件債務の支払がされた
②共同住宅の税金等の支払手続はDが行っていた
③本件債務を完済した後の共同住宅の賃料収入をAが取得したこと等

Aが免責的に引き受けた本件債務を負担の価額として控除することは相続人間の公平に照らし相当でない⇒単純贈与として評価すべき

共同住宅及びその敷地の相続開始時の評価額である3335万円全額をAの特別受益として持ち戻すのが相当。 
  抗告審 本件贈与の目的物は共同住宅及びその敷地であり、本件贈与後に発生する賃料収入は本件贈与の目的物ではなく、遺産分割において持戻しの対象とはならない。
Aは本件贈与により共同住宅及びその敷地の所有権を取得した⇒本件贈与後に発生する共同住宅の賃料債権がAに帰属することは明らかであり、これを原資として行われた本件債務の弁済は、Aの計算において行われたものであり、また、Aは本件債務を支払うことになるリスクを負担していたものであり、経済的負担がないということはできない。

本件贈与は負担付贈与であって単純贈与と評価することはできない。
  共同相続人中に被相続人から生計の資本としての贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものがみなし相続財産となる(平成30年改正前民法903条1項)。
負担付贈与がされた場合における「贈与の価額」とは、贈与の目的物の相続開始時の価額から当該負担の価額を控除した価額をいう(同1038条参照)。
抗告審 負担付贈与の場合、
ⓐ受贈者が引受債務を一括返済せずに、分割払いを選択した結果、返済額が増大する場合があるほか、
ⓑ贈与の目的物の価額が贈与時と相続開始時で異なる場合がある
ⓐの点について、「負担の額」は引受債務の残元金であり、その後に発生する利息債務は含まれない。
ⓑの点について、
ア:贈与時における贈与の目的物の価額から引受債務の残元金を控除した部分が受贈者の特物受益部分であるとした上で、
イ:相続開始時における贈与の目的物の価額に当該特別受益部分の割合を乗じた額が「贈与の価額」(受贈者の特別受益額)であるとした。


①受贈者は、負担付贈与を受けた時点で繰上げ返済をすることも可能であることや、
②贈与時において利息債務は発生していない
⇒贈与時において発生していなかった利息分を「負担の価額」として考慮することは困難。


このような計算方法は、離婚に伴う財産分与における特別財産部分の価額の計算方法(まず、対象財産に占める特有財産部分の割合を算出し、次いで財産分与時における対象財産の評価額に当該特有財産部分の割合を乗じ、これを特有財産部分の価額とするもの)とも軌を一にする。
  民事p69
福岡高裁那覇支部R5.1.31  
  漁業協同組合の組合員たる資格と加入申込対する拒否が不法行為とされた事例
  事案 Xは、水産業協同組合法に基づいて設立されたY(漁業協同組合)に対し、水協法18条1項1号所定の要件を満たしたとして組合への加入申込を行った⇒Yは、Xの水揚量が少ないことや他の組合員との漁法が異なることなどを理由に、Yの組合員資格審査規程(「本件規程」)18条所定の新規加入申込者の特例にいう「漁業を営む意思」が認められない⇒Xの加入を直ちには承諾せず、更に1年間の実績を踏まえて判断することとした。

Xは、YがXの加入申込みを拒否したことは違法であると主張し、Yに対し、前記加入申込みに対する承諾の意思表示をするよう求めるとともに、不法行為に基づくj損害賠償として逸失利益、慰謝料等の支払を求めた。
  判断 1審:Xについて水協法18条1項1号所定の要件を満たしており、当該要件に加えて「漁業を営む意思」を資格要件とすることは許されない

Xは組合員たる資格を有しており、YによるXの加入申込みの許否は正当な理由によるものではない

Yに対し、
Xの加入申込みについて承諾の意思表示をするよう命じるとともに、
Xに慰謝料等として33万円及びその遅延損害金を支払うよう命じた。 
控訴審:一審判決を維持。
  解説 水協法は、 漁業を営み又はこれに従事する日数が一年を通じて九十日から百二十日までの間で定款で定める日数(漁業日数要件)を超える漁民につき組合員たる資格を有する旨規定(18条1項1号)とともに、
組合員たる資格を有する者が組合に加入しようとするときは、組合は、正当な理由がないのに、その加入を拒み、又はその加入につき現在の組合員が加入の際に付されたよりも困難な条件を付してはならない旨を規定(25条)。

Yは定款に
・・・と規程するとともに、
新規加入申込者の特例として、組合員になろうとする者が漁業を営む意思を有し、当該漁業を営む他の正組合員等と同程度の操業を行うと客観的に認められるときは、1年間に限り、当該者の漁業を営む日数は、正組合員等の資格要件に該当するものとみなすことができる旨を規定(18条)。

水産庁HPに掲載されている「定款附属書組合員資格審査規定例」と同内容。
Y:水協法18条1項1号の要件さえ満たせば当然に組合員たる資格を有することになれば、組合の団体自治権が過剰に制約されることになる⇒新規加入申込者については、水協法18条は適用されず、本件規程18条のみが適用されるべきであるとして、Xについては、本件規程18条にいう「漁業を営む意思」が認められないなどと主張。
本判決、適用関係の問題に関し、
水協法の目的や同法18条及び25条の定めのほか、漁業協同組合が組合員たる資格を有する者からの加入申込みに対して司法上の承諾義務を負う旨を判示した判例を指摘した上で、
①水協法18条が漁業日数要件に係る日数についてのみ定款で定めることを許容していること
②水協法25条が他の条件を付すことによる加入制限を禁止していること

漁業協同組合が定款等で水協法18条所定の要件以外の加入条件を定めることはおよそ許容されていない。
本件規程18条所定の新規加入申込者の特例の規定ぶりからすれば、本件規程18条の規定は、水協法18条1項1号及びこれを受けた定款所定の漁業日数要件を充たさない新規加入者について、「漁業を営む意思」を有することなどを条件に、例外的に漁業日数要件を満たすものとみなすことができることとしたもの。
  民事p79
横浜地裁川崎支部R5.10.12  
  本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律所定の不当な差別的言動に該当する人格権侵害/名誉感情侵害を肯定した事例
  事案 在日コリアン3世である原告が、被告による原告に関するインターネット上の投稿(
「日本国に仇なす敵国人め。さっさと祖国へ帰れ」(本件投稿1)及び
「差別の当たり屋」「被害者ビジネス」の各文言を使用した各記述を含む一連の投稿(本件投稿2)
との記述を含む一連の投稿)が原告に対する不法行為を構成⇒被告に対し損害賠償を請求。 
  争点 ①本件投稿1の記述が、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(「ヘイトスピーチ解消法」)2条にいう「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」に該当し、不法行為が成立するか、
②本件投稿2の各記述が名誉毀損又は侮辱の不法行為に当たるか、
③損害の発生及び金額 
  規定 法 第二条(定義)
この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。
  判断 ●争点① 
①本件投稿1は原告に向けられた言動であると認められ
②被告の本邦外出身者に対する否定的な意見を示す文言に続いて前記記述がなされていること

原告を含むいわゆる在日コリアンは日本国の敵であると何らの根拠なく断定する悪意ある表現を用いて、その出身地を理由として日本国外へ排斥することを煽る表現

本邦外出身者に対する不当な差別的言動に該当。
前記記述は、日本国民と同様に享受されるべき憲法13条に由来する住居において平穏に生活する権利等の人格権を違法に侵害する不法行為を構成する。
  ●争点②
・・・その意味内容について、文脈等も考慮し、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として解釈する(最高裁)と、原告の社会的評価を低下させる表現であるとはいえず、名誉毀損には当たらない。
①原告を中傷するために用いられた表現である
②長期にわたり執拗に繰り返されたこと

社会通念上許容される限度を超える侮辱行為というべきであり、原告の名誉感情を違法に侵害する不法行為に該当。
  ●争点③
①本件投稿1・2が原告の名誉感情を害した程度は著しく、
②多数の者が閲覧可能なインターネット上においてなされた行為態様も悪質
but
被告の謝罪及び賠償の意思表明も考慮し、
慰謝料は本件投稿1につき100万円、本件投稿2につき70万円、弁護士費用は本件投稿1につき10万円、本件投稿2につき7万円。
  解説  名誉毀損と侮辱は、客観的評価(社会的名誉)の侵害であるか主観的評価(名誉感情)の侵害であるかにより区別されている。 
インターネット上での侮辱行為については、社会通念上許される限度を超えると認められる場合に初めて人格的利益の侵害が認められ、その判断には、文言それ自体、他の投稿の内容、投稿の経緯等が考慮される(判例)。
名誉等の侵害による慰謝料については、裁判所が何らの制限なく諸般の事情を斟酌して裁量により算定するものとされている(判例)。
ヘイトスピーチ解消法は、いわゆる理念法であり、定義規定を置きつつも、その禁止規定や違反した場合の罰則は置かないこととされ、特定の表現行為についての違法性の判断は司法手続においてなされるべきであるとされている。
本件についても、
①本件投稿1の記述が不当な差別的言動に該当することに加え、
②人格権を違法に侵害する不法行為であることを認定判断した上で、
慰謝料額等について判断したもの。
  川崎市においては、本件以前にも、
・インターネット上の投稿におけるいわゆるヘイト的な言辞について、名誉毀損は認められず侮辱及び人格権侵害等の不法行為として損害賠償請求が一部認容された事例がある(一審認容額91万円が130万円に増額された)。
・ヘイトデモのための公園使用申請の不許可処分により言論の自由等が侵害されたとする主催者から市に対する国賠請求が棄却された事例もある。 
  民事p89
東京地裁R6.7.8  
  解除権の放棄が否定されてマネジメント契約の解除が認められた事例
  事案 いわゆるカップルユーチューバーである原告らは、令和4年4月16日、タレントのマネジメント等を業とする株式会社である被告との間で、原告らの芸能活動に関するマネジメント業務を委託することなどを内容とする専属マネジメント契約(「本件契約」)を締結。
本件契約においては、
契約期間は、契約締結日より3年間とする(12条1項本文)
原告ら及び被告は、12条1項に定める契約期間内であっても、合意により解除することができる(同条2項)
などの定め
原告らは、被告委に対し、令和5年7月14日をもって本件契約を解除する旨の意思表示を気足舌同月13日付け解除通知を送付し、被告は、この頃、同通知書を受領。
  本件 原告らが、被告に対し、本件契約が終了していることの確認を求めた。 
  争点 前記解除の成否のみ
①原告らが本件契約の解除権を放棄したといえるか
②本件契約の解除権の行使が権利の濫用に当たるか
  規定  民法 第六五六条(準委任)
この節の規定は、法律行為でない事務の委託について準用する。
民法 第六五一条(委任の解除)
委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
  判断  ●争点① 
被告:本件契約12条2項は契約期間内の任意解除を排除する規定であると主張。
①民法656条が準用する651条1項は、委任契約が当事者間の信頼関係を基礎とする契約であることに鑑み、各当事者がいつでもその解除をすることができる旨規定しており、前記の趣旨目的に鑑みれば、委任者の意思に反して事務処理を継続させることは委任契約の本旨に反する。
②委任者が委任契約を解除することによって受任者が不利益を受ける場合には、受任者は同条2項に基づき委任者から損害の賠償を受けることによってその不利益を填補されれば足りる(最高裁)

委任者は、明らかに解除権を放棄したと認められる特段の事情がない限り、いつでも委任契約の解除をすることができるものと解するのが相当。
本件契約12条2項は、契約当事者は契約期間内であっても合意により解除することができる旨規定するところ、前記の規定内容は、合意解除を定めたものにすぎず、原告らが本件契約の解除権を放棄する旨を明記するものとはいえない。
⇒前記特段の事情を認めることはできない。 
  ●争点② 
被告:原告らは契約期間中に別のエージェントと交渉等をしていた事実⇒原告らが解除権を行使することは権利の濫用に当たると主張。
前記事実は認められず、仮に認められるとしても、委任契約の性質に鑑み、その解除権の行使が権利の濫用に当たるものと直ちに解することはできない。
  解説  被告は、本件契約について、駆け出しのユーチューバーであった原告らに被告がノウハウを提供し、原告らの配信する動画の登録者数と再生回数が増加することに伴って、原告らの収入と被告の収益が増加することをン目的としたもの⇒契約期間の満了を待たずに原告らの意思表示による一方的な解除を認めると、被告の利益の回収が困難になる旨主張。
解除権放棄に関する裁判例:
・単に期間の定めがあったからといって委任者が解除権を放棄したとは認められないとした事例
・委任契約が委任者の利益のみならず受任者の利益のためにも締結された場合であっても、直ちに委任者が解除権自体を放棄したものとは解されないとした事例
・期間の定め解除に関する規定がないからといって、それのみで直ちに解除権が法規されたとみることはできないとした事例
本判決:前記特段の事情が認められるには、委任契約にその旨明記されている必要があるとする立場を採用するもの 
  労働p93
東京地裁R5.3.23  
  従業員の長時間労働による突然死⇒会社と代表取締役の損害賠償責任が認められた事案
  事案 Y1(飲食店等の経営等を業とする株式会社)が経営していた居酒屋で従業員として勤務していたAの父母及び兄妹であるXらが、Aは本件店舗における過重労働が原因で急性心不全により死亡したなどと主張し、
Y1に対しては、会社法350条又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、
Y2(Y1代表者)に対しては、不法行為又は会社法429条1項に基づき、
Aの逸失利益、慰謝料及び遺族固有の慰謝料等並びにこれに対する支援損害金の連帯支払を求めた。 
  規定 会社法 第三五〇条(代表者の行為についての損害賠償責任)
株式会社は、代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
会社法 第四二九条(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
  争点 ❶Aの死亡に係る業務起因性の有無
❷代表取締役であるY2の不法行為責任の有無(Y1の会社法350条責任の有無を含む。) 
  判断   ●争点❶ 
  始業時刻:
AからY2に対するLINE条のメッセージの送信時刻及び開業準備のために通常要すると経験上想定される時間を考慮⇒労災認定に係る労働者災害補償保険審査官の決定における認定よりも30分早い時間で始業開始時刻を認定。 
休憩時間:
本件店舗の昼の営業終了時刻から夜の営業開始時刻までの3時間の空き時間のうち、仕込作業等に時間を要することを考慮しても、休憩時間が全くなかったと主張するXらの主張は採用できない。
⇒1時間30分の(昼の)休憩時間があった。
本件店舗の営業をほとんどAが1人で行っていた⇒夜の営業時価における休憩時間はなかった。
終業時刻:
①Aが病院を受信した医者に対して回答した本件店舗の終業時刻と、Aが作成した日計表(各営業日の売上をまとめた表)を(Aが)Y2に対しメールで毎回送付した時刻とが矛盾しない
②日計表を送付した時刻とAがレジ締めをした時刻とが概ね整合
⇒AがY2に対し日計表を送付した時刻を終業時刻として認定。

Aは、急性心不全を発症する6か月前から、1か月間の時間が労働時間が100時間を超え、平均すると1か月当たり約144時間01分の時間外労働をしていた

これらによる負荷は、著しく大きかった。
  (厚生労働省が定める)「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準」によれば、発症前1か月間に概ね100時間又は発症前から2か月から6か月までの間にわたって、1か月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症の関連性が強いと評価される。
⇒Aの死亡について業務起因性を肯定。 
  ●争点❷ 
  ①Y2は、AからLINEで逐一、勤務を開始する際に報告を受けたり、深夜の時間帯に日計表のメール送信を受けたりしていた
②Y1の従業員は、当時Aだけであった
⇒Y1は、実質的にはY2及びAだけで構成された個人経営の会社にすぎなかったといえる。

Y1の代表取締役であるY2がAを直接指揮監督する立場にあったことは明らかであり、Aが業務の遂行に伴い疲労等が過度に蓄積して健康を損なうことがないよう注意すべき義務を直接負担していたというべきである。

具体的には、Y2は、
①Aの労働時間を適切に把握し、Aの労働時間が過度に長時間なものとならないように労働状況を管理するべく、他の従業員を雇用する。
②営業日又は営業時間を少なくするなどといった、従業員の健康を十分に配慮すべき注意義務を負っていた。
Y2は、Aの勤怠管理を十分に行わず、Aの労働実態を改善することもなく、漫然とAに対し、継続的に長時間労働をさせていたものであり、前記注意義務に違反していると認められる。

Y2の不法行為責任を認定し、
Y1は、Y2の前記注意義務違反について、会社法350条に基づく責任を免れない
⇒Y1の損害賠償責任を認めた。
  解説 使用者等において、労働者の過重労働の実態や健康状態の悪化等を認識

単に健康診断を実施したり、上司が本人と面談したり、本人とカウンセリングをしたりするだけでは、安全配慮義務を尽くしたとは言い難く、
過剰な業務⇒その状態を解消するような措置を講じるべき
精神障害等⇒休暇を取得させた上で医師の診断を受けさせ、それに基づいた措置を講ずる必要がある。
2609   
  民事p15
東京高裁R4.12.13   
  位置指定道路の敷地所有者による通行禁止の請求(否定事案)
  事案 位置指定道路を含む土地(「X土地」)の所有者であるXが、隣接地(「Y土地」)で運送業を営む会社であるYに対し、所有権に基づき、当該位置指定道路部分(「本件道路」)について自動車による通行禁止を求めた。 
  一審 私道の通行につき日常生活上不可欠の利益を有する者は特段の事情のない限り敷地所有者に対して通行妨害の排除、禁止を求める人格的権利を有する(平成9年判決)。
本件においてYは本件道路の通行について日常生活上不可欠の利益を有するとはいえず、また、Xの自動車通行禁止請求が権利の濫用に当たるともいえない。

請求認容。 
  判断 Yによる本件道路の自動車での通行は、位置指定道路の敷地所有者であるXとして受忍すべき程度にとどまり、所有権に基づく妨害排除請求権の発生を基礎付けるような妨害排除請求権の発生を肯定する余地があるとしても、Xが、本件道路の管理に具体的な支障が生じていないのに、本件道路の自動車での通行禁止によりYが本件駐車場の使用不能という看過し難い不利益を被ることを知りつつ、Yからの話合いによる解決に向けての協議申入れも一切拒否した上、本件道路の自動車での通行の全面的禁止を求めることは、権利の濫用に該当し、許されない。

棄却。 
  解説 公道の通行妨害については、通行の自由権を認めた判例。 
私道の通行妨害に関する判例:
①私道の通行につき日常生活上不可欠の利益を有する者は特段の事情のない限り敷地所有者に対して通行妨害の排除、禁止を求める人格的権利を有する(平成9年判決)。
②道路位置指定処分がされたが現実に道路として開設されていない土地については土地所有者以外の者が自由に通行することはできないとした平成3年判例。
③2項道路について、通行妨害の程度が軽微であり、日常生活上の支障が生じていないことを理由に妨害排除請求は認められないとした平成5年判例。
④平成9年判決にいう日常生活上不可欠の利益を有しているとはいえないとした平成12年判例。
裁判例
文献(安藤:私道の法律問題)
本判決:
本件は、私道に関する建基法上の規制と私道の所有者の有する管理権とをいかに調整するかという問題。
⇒Xの自動車通行禁止請求の当否は、当該地域の地理的状況、当該私道の従前の使用形態、通行制限の目的・態様、当該私道に接道する敷地所有者等の敷地利用状況・他の通行手段の有無等、諸般の事情を考慮した上、その必要性、相当性を具体的に検討して決するのが相当。

私道の所有者から通行者に対する通行禁止請求である本件と、
私道の通行者からの私道の所有者に対する妨害排除請求に関する平成9年判決
とは事案を異にする、
すなわち、平成9年判決は、私道の所有者からの通行禁止請求の事案には妥当しないことを明らかにした。
  民事p23
東京地裁R5.5.10  
  弁護過誤の事案(肯定)
  事案  Xが、訴訟代理人であったY2が依頼者であるXに対して訴訟の経過や判決の言渡しの事実を報告する義務を負っていたにもかかわらずこれを怠った
⇒Y2に対しては不法行為に基づき、Y1(弁護士法人)に対しては債務不履行ないし弁護士法30条の30第1項が準用する会社法600条に基づき、損害賠償を請求。 
主な財産的損害:
前訴判決に対して、控訴を提起し、その上で控訴審においてX本人尋問が実施されていれば、前訴判決はXに有利に変更されていた可能性が高い⇒前訴判決の認容額相当額
主な精神的損害:
Xの上級審において裁判を受ける権利を侵害された⇒慰謝料250万円
  判断 Y2が、訴訟代理人として負う
①X本人尋問期日、②同判決の存在及び内容の報告に係る各義務を怠った

Y2に対しては不法行為責任を
Y1については債務不履行責任及び弁護士法30条の30第1項が準用する会社法600条の責任を認めた。 
財産的損害については、仮に、Xが控訴を提起し、その上で控訴審において本人尋問が実施されていたとしても、前訴判決がXbに有利に変更されたとまでいえない⇒否定。
精神的損害については、Y2らの前記の義務違反により、Xの上級審で裁判を受ける権利が侵害された⇒200万円の慰謝料を認容。
  民事p33
東京地裁R5.5.25   
  団地建物所有者の団体である管理組合の規約の規定による、理事者による差止め・原状回復措置の請求に関する訴訟追行(肯定)
  事案 団地建物の区分所有者であるYらが、区分所有者らによって構成される管理組合の当時の理事長らによる議事録の改ざんや管理費の目的外使用等を記載内容とする名誉毀損文書を団地建物の全戸に配布したとして、区分所有法上の管理者(管理規約上の理事長)であるXが、Yらに対し、区分所有法57条又は本件規約の規定に基づき、前記行為に相当する行為の差止め、謝罪文の配布を命じること等を求めた。 
本件の団地建物において管理組合法人は設立されていない。
  規定 区分所有法 第五七条(共同の利益に反する行為の停止等の請求)
区分所有者が第六条第一項に規定する行為をした場合又はその行為をするおそれがある場合には、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、区分所有者の共同の利益のため、その行為を停止し、その行為の結果を除去し、又はその行為を予防するため必要な措置を執ることを請求することができる。

3管理者又は集会において指定された区分所有者は、集会の決議により、第一項の他の区分所有者の全員のために、前項に規定する訴訟を提起することができる。
区分所有法 第六条(区分所有者の権利義務等)
 区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない。
  判断  ●差止請求等の法的根拠(争点❶) 
法57条1項、3項は、区分所有者による法6条1項所定の共同利益背反行為について、管理者が集会決議に基づき差止め等の訴訟を提起することができる旨を規定。

区分所有者全員のための任意規定訴訟担当と解されているが、団地建物所有者の団体には適用されず(法66条)、本件には適用がない。
本件規約には、区分所有者による共用部分での不法行為について、理事長が評議会決議に基づき差止め・原状回復措置請求訴訟を追行することができる旨の定め(規約上の差止め等)がある。
X:この規定を根拠
Yら:法があえて準用しなかった規定を本件規定で定めても無効
判断:
①本件規約の前記規定は、管理者が規約で定めた行為の権利義務を有し、原告・被告になることができる旨の方26条1項、4項(法66条で団地建物所有者の団体に準用される。)に基づく定めである
②前記規定が法律上の差止め等と異なり、法59条の区分所有権の競売等のような制裁がなく、このような規定を団地内の実情に応じて規約にに設けることを法が許さない趣旨とは解されない

無効とはいえない。
  ●差止請求等の要件及びその充足(争点❷) 
平成24年最判:
区分所有者による管理組合の役員らをひぼう中傷する文書の配布等の行為は、それが単なる特定の個人に対するひぼう中傷等の域を超え、それにより管理組合の業務の遂行の域を超え、それにより管理組合の業務の遂行や運営に支障が生ずるなどしてマンションの正常な管理又は使用が阻害される場合(正常管理阻害事由)には、共同利益背反行為に当たるとみる余地がある。
Yら:規約上の差止めにおいても正常管理阻害事由を要する
判断:
少数者の言論の自由への配慮(平成24年最判参照)を要するところ、必要以上の制約は、規約において居住者の共同利益増進等が管理の本誌と定められている場合にはこれに反しかねない

①規約に前記管理の本旨の定めがある場合における、
②役員に対する名誉毀損文書の配布を内容とする不法行為を対象とする規約上の差止め等は、
③正常管理阻害事由が存しないときは許されない。
本件は①②に該当し、前記のとおりの記載内容・規模に応じた本件管理組合執行部への信頼の毀損等に対応するため、同執行部が防犯カメラの確認、議事の録音反訳作業、臨時の説明文書の作成・配布を余儀なくされており、正常管理阻害事由が存しないとは認められない。
  謝罪文配布の必要性(争点❸)
X:Yらの訴訟態度から今後もYらが同様の発言を続けることが予想される⇒謝罪文配布を要する旨主張
vs.
判断:謝罪文配布は本件規約上の原状回復措置請求を根拠とするところ、これは正常管理阻害を回復するための措置と解され、そのためには差止請求の認容判決の確定・周知で足りる
⇒謝罪文配布の必要性はない。
  解説 ●争点❶ 
法26条4項に基づき、管理者は、集会決議がある場合のみならず、規約の定めに基づきその職務に関し訴訟追行権を有する。
法律上の差止め等の場合は、管理者の職務に関する訴訟追行とされており、規約上の差止め等も同様。
法66条が法57条を準用していない趣旨:
義務違反者への強度の制裁を課し得ることが、1棟の建物内で区分所有者相互の密接な関係に根拠付けられ、このことを団地内の区分所有者間に及ぼすのは適当でない。

規約上の差止め等のように強度の制裁を有しない措置を規約に定めることを積極的に許さない趣旨とはいえない(控訴審でも維持)。
  ●争点❷ 
〇   〇正常管理阻害事由の要否 
平成24年最判:法律上の差止め等に関し、その対象とする共同利益背反行為の解釈を示すもので、不法行為を対象とする規約上の差止め等をもその射程とするものではない。
but
誹謗中傷文書の配布が名誉毀損等の不法行為に該当する場合に、所定の手続要件を充足すれば規約上の差止め等が当然に認められ、違約金たる弁護士費用等の請求を受けることとなると、法律上の差止め等のような制裁はなくとも、少数者の言動の自由を必要以上に制約するという平成24年最判が示した懸念が一定程度生じかねない。

規約上の管理の本誌の定め等を手掛かりに、制裁の強度も考慮して、規約上の差止め等の要件として規約に明示的に規定されていないものの、正常管理阻害事由の不存在を被告側が立証すべき抗弁事実措定設定(控訴審でも維持)。
〇管理総会決議の要否 
法律上の差止め等:訴訟提起には集会決議が必要(57条3項)
規約所の差止め等の法律上の根拠である法26条4項:
規約の設定という厳格な手続によることをもって事前の包括的授権を可能としたもの⇒別途集会決議を要するものとしていない(集会決議を経るのが望ましいとはされる)。
法律上の差止め等の同等の強度の制裁がある場合には法57条3項の潜脱とみる余地もあるが、本件の規約上の差止め等はそのような余地はない。
控訴審:
①法57条は、規約で定めた区分所有者の義務の違反行為に対する差止請求権・訴訟追行の要件について、同条と異なる定めを置くことを許さないものとは解されない
②評議員会決議によって機動的な対応を可能とする点に合理性がある
⇒管理総会決議を要しない。
  ●争点❸
裁判所は、民法723条に基づき名誉毀損における原状回復処分を加害者に対して命じることができるが、これは被害者個人が原告として名誉回復を求めるもの。
本件のように、規約上の原状回復措置を請求する場合には、回復の対象は飽くまで共同利益としての正常管理阻害にある⇒これを前提とする判断。
  民事p42
東京地裁R5.12.13  
  損害賠償は否定しつつ、記事の削除を命じた事例
  事案 弁護士であるYがインターネット上に掲載した記事が、X1及びX2の名誉を毀損⇒不法行為に基づく損害賠償及び本件記事の削除を求めた。
Yが代理人として受任した別件裁判に関連して投稿されたもの。
  判断  本件記事における記述について、事実の摘示と意見又は論評に当たる部分を区分けし、
意見又は論評に当たる部分⇒前提事実が真実であり、意見又は論評としての意見を逸脱したものではないとして、違法性なし。 
「関連会社が外部向けに提供している同様の研修の3倍もの金額を請求する」という部分は、事実摘示に当たり、X1が、社員に対して研修目的で不当な費用を請求しているちう印象を与えるもので、その社会的評価を低下させる。
公益性・公共性は肯定できるが、真実性の立証ができていない。
but
Yは相応の調査をした上で前記表現に至っている⇒真実相当性の抗弁を認め、損害賠償請求を否定。
  削除請求については、本件事実摘示部分の掲載は違法⇒その削除を命じた。 
  解説   判例:事実摘示か、意見又は論評かの判断基準として、証拠等をもって決することができるか否かという基準。
意見又は論評:
公共性・公益性が認められ、前提事実の重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見又は論評としての域を逸脱したものでない限り、違法性を欠く。
  事実摘示については、
・・・
真実性の要件を欠くとしても、摘示された事実が真実であると信じるについて相当な理由があった場合(真実相当性)には、過失が否定され、不法行為責任は生じない。 
  記事の削除請求:
表現行為の差止め請求の一種。
一般に、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができる。 
  労働p51
名古屋地裁R4.9.7  
  地方公務員の営利企業への従事等の制限違反による減給処分(肯定)
  事案 Y(名古屋市)の教育委員会は、Xに対し、Xの行為が、実質的に本件道場の経営に携わるものであり、会員から月謝を徴収して収入を得ていたものとして、営利企業への従事等の制限(地公法38条1項)に違反するとともに、教育公務員及び学校教育全体の信頼を失うものであり、法令違反行為(同法29条1項1号及び3号)等の懲戒事由に該当

3か月間給与等の10%を減ずる旨の減給処分

本件処分の取消しを求め、本件訴えを提起。
Xの主張:
①本件道場は、営利目的でなく武道終業の場として運営されており、徴収する会費は、教育的側面を重視して費用弁償等に相当する額のみを徴収する目的で設定されており、その大部分は、本件施設の減価償却費として確定申告書に計上される経費にあたるもの
⇒本件道場の運営は営利企業には当たらず
②本件施設の所有者は妻である上、確定申告や会費の徴収も妻が行っている⇒Xが本件道場を営んでいるとはいえず、地公法38条1項にいう「自ら営利企業を営」むことに当たらない
  判断 ●本件道場の運営が営利企業への従事に当たるか 
①本件道場における会費が本件施設の維持管理費用等として会員から徴収されていたことを認定した上で、かかる費用は本来所有者が負担すべき性質のものであり、本件道場の活動に要する実費を徴収するものにとどまらず、本件道場を運営する者の利益に当たる
②開設以来、不特定多数の者に対する会員の募集が行われ、平成22年から平成30年までに徴収された会費の額は年平均約57万円に及んでいる
⇒本件道場には継続的に会費収入を得ることを目的とする仕組みができており、事業性が認められる
⇒本件道場の運営は「営利企業を営」むことに該当。
  ●本件道場の運営の主体 
・・・・Xが、本件道場の活動に不可欠な行為を自ら行い、活動の中心となって主体的かつ継続的に関与していたといえるとして、XとXの妻は、同人の名義を利用して、少なくとも共同して本件道場を営んでいたものといえる。
  解説 地公法38条1項は、地方公務員が職務専念義務を負い(同法30条)、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務する者であること(憲法15条2項、地公法30条)

職員の職務専念義務が疎k所なわれることの防止及び職務の公正の確保を目的として、これに直接又は間接に影響を及ぼすような行為に職員が従事することを勤務時間の内外を問わず原則的かつ画一的に禁止し、職務に対する集中力が欠けたり職員の品位を貶めたりするおそれがないと任命権者において認めるときに限って許可を受けることができることを規定。 
その趣旨から、地公法38条1項に「営利企業」とは、営利と目的とする限り、業態の如何を問わずこれに該当し得るものであり、また、当該事業者の名義が家族等であっても、実質的には職員本人が営利企業を営むものと認められる場合には、同項違反に当たる。
その該当性は、当該活動の内容や当該職員の関与の態様等を踏まえて判断されることになる。
  知財p61
東京地裁R6.1.22  
  国際特許出願にかかる発明について特許を受ける権利を有することの確認を求める訴えの確認の利益(否定)
  事案 原告・被告会社は、ともに被告Aによって設立された医療機器メーカー
被告Bは、原告の医療機器開発業務に従事していた者
第1事件:
原告が、・・各発明は、被告Aが原告在職中にした職務発明であり、原告がその特許を受ける権利を有しているにもかかわらず、本件発明1-1については被告Aが、本件発明1-2、1-3については被告会社がそれぞれ原告に無断で出願

本件発明1-1については、被告Aとの関において、
本件発明1-2、1-3については、被告会社との間において、
それぞれ原告が特許を受ける権利を有することの確認を求めた。
第2事件:
原告が、本件初ン名2は、被告Bが原告在職中にした職務発明であり、原告がその特許を受ける権利を有しているにもかかわらず、被告Bが原告に無断で出願

本件発明2につき、被告Bとの間において、原告が特許を受ける権利を有することの確認を求めた。
本件発明1-1、1-3、2に係る各出願は国際特許出願
本件発明1-2に係る出願は国内特許出願
国際特許出願については、指定国においても国内移行手続が行われずにいずれも取下擬制がされている⇒確認の利益についても争点。
  主張  欧州特許付与に関する条約(EPC条約)61条1項(b)は、
出願人以外の者が欧州特許の付与を受ける権利を有すると判断された場合には、当該出願人以外の者は、同じ発明について新たな欧州特許出願をすることができる旨規定。
欧州特許付与に関する条約の施行規則(EPC施行規則)16条2項によれば、
前記EPC条約61条1項の救済手段は、欧州特許出願において指定されている締約国であって、その国に関して決定が行われ若しくは承認されたもの又は「承認に関する議定書」に基づいて承認されなければならないものに限り適用される。
本件発明に係る各国際特許出願については、指定国においても国内移行手続が行われずにいずれも取下擬制。
but
原告:日本の判決において日本法の職務発明の規定に基づく特許を受ける権利が原告に帰属することが確認された場合には、欧州特許出願において指定されている締約国であるドイツにおいて当該判決が承認されることになるため、当該ドイツの承認判決に基づき、原告は新たな欧州特許出願をすることができる⇒訴えの利益がある。 
  判断 本件発明1-2については、請求を認容し、
本件発明1-1、1-3、2については確認の利益を欠くとして却下。
各国の特許は、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるもの(最高裁)。
このような属地主義の原則によれば、わが国の職務発明の規定に基づく特許を受ける権利と、ドイツ法の職務発明の規定に基づく特許を受ける権利とは、それぞれ異なるものといえる⇒仮にわが国の職務発明の規定に基づく特許を受ける権利が日本において認められたとしても、ドイツ法の職務発明の規定に基づく特許を受ける権利が必ずしもドイツにおいて承認されるものとはいえない。
本件発明・・・に係る各国特許出願については、指定国においても国内移行手続が行われずにいずれも取下擬制がされている⇒少なくとも本件においては、そもそも確認の対象となるべき権利関係が存在するものとはいえない。
のみならず、原告は、ドイツ法の職務発明の規定に基づき、特許を受ける権利の確認を求めてドイツの裁判所に対し訴えを提起することができる⇒日本の裁判所に対し日本法に基づく特許を受ける権利の帰属の確認を求めるよりも、端的にドイツの裁判所に対し直接ドイツ法に基づく特許を受ける権利の帰属の確認を求めるのが、本件における紛争の解決としては、より有効かつ適切であるといえる。
⇒・・・の請求については、その確認の利益を欠く。
  解説 ●問題の所在 
確認の訴えは、確認の対象が性質上無限定となることから、訴えの利益によって当該訴えが許容される場合を限定する必要性が高い。
⇒訴えの利益が認められる場合とは、原告の権利又は法律的地位に危険や不安定が現存し、かつ、その危険や不安定を除去する方法として確認判決をすることが有効適切である場合に限られる。
  ●先決問題 
  〇属地主義の原則 
法令上明文の根拠はないものの、判例法理上認められている特許法の原理原則。
具体的には、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するもの。
属地主義の原則⇒指定国ごとに特許が成立。
当該特許を受ける権利の効力は、当該指定国の領域内においてのみ認められる。
本件発明・・・に係る国際出願においては、日本は指定国に含まれていない⇒判文上では、原告が本件紛争に関して確認を求める権利は、日本ではなくドイツにおける特許を受ける権利。
原告は、本件訴訟において、日本のみで効力を有する権利の帰属の確認を求めているものの、原告が勝訴判決を受けたとしても、原告が真に確認を求めているドイツにおける権利の帰属につき、裁判所の判断の得ることができない。
  〇準拠法 
準拠法は、法適用通則法に規定する単位法律関係に応じて定められた連結点における法(最密接関係地法)による。
but
特許を受ける権利の帰属という単位法律関係は法適用通則法に定められていない⇒最密関係地法は、条理に基づき解釈により定められるべきことになる。
FM信号復調送致事件判決:
米国特許権に基づく差止め及び排気請求の単位法律関係を特許権の効力と定めた上で、
①特許法は国ごとに出願及び登録を経て権利として認められるものであること、
②特許権について属地主義の原則を採用する国が多く、それによれば、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該邦の領域内においてのみ認められるとされていること、
③特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められる以上、当該特許権の保護が要求される国は当路された国である

最密関係地法を当該特許権が登録された国と解するのが相当。
最高裁H18.10.17:
傍論として、特許を受ける権利の移転や帰属等の取扱いに関する問題については、当該特許を受ける権利に基づいて特許権が登録される国の法律が準拠法となる旨説示。
  知財p80
東京地裁R4.12.19  
  宗教上の教義である「神示」の著作権法上の引用
  事案 Yが、本件著作物を掲載した出版物を500部発行し、広報誌の読者に郵送するなどして配布したところ、Xらが、X1の複製権及びX2の出版権を侵害すると主張して、Yに対し、本件出版物の発行等の差止め及び謝罪広告の送付を求めるとともに、X2が、民法709条及び著作権法114条3項に基づき、出版権侵害に係る損害金等を求めた事案。
  規定 著作権法 第三二条(引用)
公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
著作権法 第二条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
  判断 ●司法審査の対象性 
本件訴訟は、著作権に基づく請求の当否を決定するために判断することが必要な前提問題が、宗教上の教義、信仰の内容に深く関わるものとはいえず、その内容に立ち入ることなくその問題の結論を導き得るものと認められる⇒法令の適用による終局的解決に適するものとして、裁判所法3条いう「法律上の紛争」に当たると解することができる。
  ●本件著作物に対する著作権法の適用の可否 
Y:・・・当該「神示」を宗教活動のために利用しても、著作権侵害に当たらない
vs.
Yの主張に係る事情が、引用の成否の考慮事情とされるのは格別、本件著作物が宗教活動の根幹である「神示」に関する著作物であったとしても、そのことを理由として直ちに著作権法の適用を除外する規定はなく、Yの主張は独自見解をいうもの。
  ●引用の成否
著作権法32条は、公表された著作物は、公正な慣行に合致し、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で引用して利用することができる旨規定するところ、Yは、本件著作物につき、引用部分が分かるように当該部分を黒枠で囲った上で出典を明記して引用している。
これらの引用の態様を踏まえると、本件著作物の引用は、公正な慣行に合致するものと認めるのが相当。
Yは、本件出版物において、「成長の家」の根本聖典である「生命の實相」の発刊90周年をたたえることを目的として、本件著作物を引用しているところ、
①Yは、本件出版物において、「成長の家」の根本聖典である「生命の實相」前20巻のうち、第2巻の冒頭のわずか2頁程度にすぎず、その内容も、「生命の實相」の発刊の由来、意義等を的確に表現したものであること、
②本件著作物は、本件出版物全4頁のうち、2頁目の上欄半分を掲載されているにすぎず、本件著作物が掲載された本件出版物には、「生命の實相」の発刊の経緯や根本聖典としての重要性が記載されているなど、前記目的に沿う

本件著作物の引用は、目的上正当な範囲で行われた。
  解説   ●司法審査の対象 
裁判所法3条の「法律上の争訟」:
当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(最高裁)。

具体的な権利義務ないし法令の適用により解決するのに適しないものは、裁判所の審判の対象となり得ない。
最高裁昭和56年判例:
本件訴訟は、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとっており、その結果信仰の対象の価値又は宗教上の協議に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題であるにとどまるものとされてはいるが、本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものと認められ、また、記録にあらわれが本件訴訟の経過に徴すると、本件訴訟の争点及び当事者の主張立証も右の判断に関するものがその核心となっていると認められる
⇒本件訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであって、裁判所法3条にいう法律上の争訟にあたらない。
  ●宗教上の教義に対する著作権法の適用の可否 
2条1項の「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」

文芸学術美術音楽という知的・文化的な包括概念の範囲に属するものをいう(加戸)。
著作権法の守備範囲はあくいまで文化の範囲に止まるべきであるという価値判断の現れであり、産業の発展を目的とする工業所有権法との教会を画するもの(田村)。
東京高裁:「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」とは、知的、文化的精神活動の所産全般を指すものと解するのが相当である。
  ●引用の成否 
A:主従関係説(パロディ・モンタージュ写真事件判決):
「引用」の成立要件として、引用して利用する側が著作物であることを前提に、
ア:引用して利用する側の著作物と引用された利用される側の著作物を明確に区別して認識することができること(明確区別性)、
イ:前記の両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があること(主従関係性)を要する。
B:総合考慮説:
主従関係説は旧著作権法における判断基準⇒現行著作権法の文言に即して判断すべき。
現行著作権法にいう、「公正な慣行」に合致するか否か、引用の目的上「正当な範囲内」であるか否かを総合的に判断する。
高部:法32条1項の文言に沿って「公正な慣行」と「正当な範囲内」という2つの柱について、著作物の性質、利用態様、利用目的・利用分量等の諸要素を総合的に勘案して引用に当たるか否かを判断するのが相当
中山:現行法の解釈としては、まず引用であること、次いで法32条に規定する「公正な慣行」、「正当な範囲」という要件の分析を図るべき。
東京地裁(絵画鑑定証書事件):
引用としての利用に当たるか否かの判断において、他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合考慮されなければならない。
  刑事p87
さいたま地裁R5.8.29  
  不作為による名誉毀損罪の成立を認めた事例(控訴審は否定)
  事案 薬物事犯で被害者が有罪判決を受けた事実等を指摘する内容を、大手電子書籍販売サイトに掲載し、その後、被害者が本件情報等の削除を求めた後も掲載し続けたことが名誉毀損罪に当たるかが問われた。 
  主張 検察官:
①被告人が、本件情報を大手電子書籍販売サイトに掲示させて被害者の名誉を毀損した
②被害者から本件情報等の削除を求められてもその掲示を停止するなどの措置を執るべき義務を負っていたにもかかわらず、閲覧可能な状態のままにした不作為による名誉毀損の予備的訴因を追加。
弁護人:
本件情報の掲載と同時に犯罪行為が終了⇒その後3年の経過により公訴時効が完成し、また、被害者が犯人を知ってから告訴までに6か月が経過していた⇒免訴等の判決を求める。
公益利害との関連性(事実の公共性)や公益目的(目的の公益性)が認められる⇒刑法230条の2により無罪を主張。
予備的訴因:本件情報を削除すべき義務を負わない⇒無罪を主張。
  判断 公訴時効の成否等:
本件情報の掲示により既遂に達したとしつつも、
掲示終了まで掲載開始日とほぼ変わらずに閲覧可能な状態が維持される犯行態様等から、掲示が続く限り犯罪は終了しない⇒公訴時効は完成せず、掲示終了後告訴期間内に告訴がされた。 
事実の公共性や目的の公益性:
本件情報の掲載開始日に近い時点では事実の公共性や目的の公益性を認め違法性を否定。
but
既に執行猶予期間が満了してから10か月ほど経過し、被害者の更生に向けた社会生活も進んでいた時点では、被告人が被害者を中傷するなどの書き込みを繰り返していた事情等を考慮し、その主たる動機がこうえきを図る目的であったとは認められず違法性は阻却されない。
被告人は、被害者に削除を求める強い意向があることも認識していて、掲載者として「出版停止」や「書籍取り下げ」の措置を取ることが可能であった⇒本件情報の掲示を停止させる義務を負っていたというべき。

名誉毀損の不作為犯の成立を認めた。
  規定 刑法 第二三〇条の二(公共の利害に関する場合の特例)
前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
  解説  ●名誉毀損の終了時期 
A:名誉毀損罪の性質を状態犯とする理解から既遂に達すると同時に終了する
B:犯行態様に応じて終了時期を判断する見解
大阪高裁H16.4.22:
インターネット掲示板上に書き込んだ他人の名誉を毀損する記事が削除されずに閲覧可能な状態に置かれたままであったときは犯罪が終了しない。
本判決も同旨の判断。

掲示が続く限り名誉を毀損する危険が維持される。
「紙の出発物などは別として」と判示
⇒その射程はインターネット上の表現に関するものに限られる。
告訴期間の起算日の「犯人を知った日」とは犯罪行為終了後の日を指す(最高裁)⇒期間内の告訴があった。
  ●前科等に関わる事実摘示による名誉毀損と公共性や公益性の判断等 
刑法230条の2第1項にいう「公共の利害に関する事実」:
社会一般の多数人の利害に関わる事実のことであり、この事実の公共性は「摘示された事実自体の内容・性質に照らして」客観的に判断されており、事実を摘示する際の表現方法や事実調査の程度などは目的のこうえきせいの認定に関して考慮される。
「専ら」⇒主たる動機・目的が公益を図ることにあれば目的の公益性は肯定される。
有罪判決等で明らかになった事実の報道は裁判の公開性の原則から許される。
平成6年最判:
「事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合」に当事者の実名を明らかにすることが許される場合がある。
本判決:
犯罪の性質にもよるが判決の言渡時点で社会の関心が最も高く(時の経過により関心は薄まる)、判決の公開性からその時点でこれを報じ、それをそのまま取り上げて表現することは許容され得る。
but
有罪判決を受けた者は、それが公然と明らかにされるのを望まず、判決後の社会生活の状況や改善更生にも関わるとして、事実の公共性や目的の公益性を判断する上での視点を示した。
民事紛争:
前科等に関する情報公開が主にプライバシー侵害の文脈で問題となり、
平成6年最判:
前科に係る事実の実名公表の不法行為性について、
その者のその後の生活状況、事件の歴史的又は社会的意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すると判示。

インターネット上での前科等に係る情報のプライバシー侵害の判断について、公共性の内実との関係で、当該事実を公表する必要性などを十分に吟味した上で、プライバシーの利益との比較衡量を行うべきである。

そこで指摘される考慮要素は、前科等に関わる情報による名誉毀損座位で起訴され、違法性阻却の問題となる場面のそれと重なるはずで、かかる視点を示したもの。
目的の公益性について:
民事事件では、公共性が認められるときは通常公益目的も推認される。 
学説:
公益目的が事実の公共性の認識に解消されるべきであるとの見解。
本判決:
事実の公共性に加え目的の公益性も必要であることを前提に、後者が前者による推認されることは認めつつ、被告人の被害者への攻撃的な意図などに言及し、不動産取引についての不正を暴くことを主眼とする本件電子書籍において、被害者の氏名を取り上げて攻撃するかのような目的で示すことは許されない。
●不作為犯の成否について 
民事事件でも、平成6年最判等にいう比較衡量により前科等に関わる事実を公表されない法的利益が優越する場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めたり、人格権としての名誉権に基づき差止請求(削除請求)をすることができるとされている。
     
2608   
  行政p27
東京地裁R4.12.8  
  デジタル手続法総務省令の改正がデジタル手続法の委任の範囲を超えないとされた事例
  事案 総務省自治行政局住民制度課長:令和2年4月3日、都道府県等に対し、電子署名による本人確認を行うことなくオンラインで住民票の写しの交付請求をすることは、住民基本台帳12条3項、総務省関係法令に係る情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律施行規則(「デジタル手続法総務省令」)4条2項等に違反する旨の通知(「本件通知」)を発出。
その後、住民基本台帳の一部の写しの閲覧並びに住民票の写し等及び除票の写し等の交付に関する省令(「本件省令」)が令和3年総務省令第96号により改正され、本件省令22条において、住民票の写しの交付請求に当たってはデジタル手続法総務省令4条2項ただし書の適用がない旨が規定
⇒電子署名及び電子証明書の併用による本人確認以外の方法によりオンラインで住民票の写しを交付請求をすることは、本件省令22条に違反(令和3年9月29日施行)。
XがY(国)に対して、
❶本件通知が違法であることの確認を求め、選択的に、
❷(本件通知及び)本件省令改正が違法であることを前提に、Xが(本件通知及び本件省令22条の存在にもかかわらず)本件サービスを適法に行い得る地位にあることの確認を求めた事案(当事者訴訟)
  判断 ❶⇒不適法として却下
❷⇒理由がないとして棄却 
❶について:
本件通知について、各大臣がその担当する事務に関し、地方公共団体に対し、その事務の運営その他の事務に関し、地方公共団体に対し、その事務の運営その他の事項について適切と認めるものについて行う技術的な助言(地自法245条の4)に該当。
地自法上、地方公共団体が技術的な助言に従わなかったことを理由に不利益な取り扱いをすることは禁止されており(同法247条3項)、実際にも、本件サービスを利用していた自治体は、本件通知発出後も本件省令改正に至るまでの間、本件サービスによる住民票の写しの交付請求を受け付けていた。

本件通知は、本件サービスを市町村に対し適法に提供することができるとのXの権利又は地位に対し実質的な影響を及ぼすものとまではいえない。
⇒本件通知の違法性を確認することが本件紛争の抜本的な解決に繋がるとは言い難い。

確認の利益は認められない。 
❷の確認の利益について:
本件省令改正により本件サービスは明示的に法令違反となり、実際にも本件サービスを現に導入していた自治体は本件省令改正の施行と同時にこれを停止せざるを得なくなったのであり、少なくとも前記自治体との関係においては、Xにおいて本件サービスを適法に提供することができるとの具体的な権利ないし地位を観念することができ、かつ、本件省令改正によりその権利ないし地位には具体的かつ実質的に影響が生じている。
住民票の写しの交付請求一般についてデジタル手続法総務省令4条2項ただし書の適用を排除することになる本件省令改正は、名宛人が限定されておらず、それ自体として法規の性質を有する⇒抗告訴訟の対象となる処分には該当しない⇒Xにおいて本件省令改正の違法性を争う手段として、❷の訴え(地位確認請求)は、本件省令改正による影響を除去するための抜本的な手段ということができ、確認の利益が認められる。
●本件省令改正の違法性について
情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律(「デジタル手続法」)6条1項は、申請手続一般につきオンライン化の途を開く一方、個別具体的な法令に係る申請等の手続をいかにしてオンライン化していくかの具体的な方法については、当該申請に係る根拠手続の作用法を所管する主務大臣の定める主務省令に委ね、主務省令を策定するに当たって主務大臣に専門術的な観点からの裁量の余地を広く認めており、当該主務省令が主務大臣によってその所管する法令との適合性をはじめとした種々の考慮要素を合理的に勘案した上で制定されたものと認められる限り、同項の委任の範囲を超えたものではないと解すべき。
本件省令22条は、住民票の写しの交付請求をオンラインで行う際には、デジタル手続法総務省令4条2項本文における厳格な本院確認によるべきことを定めるところ、
①オンラインによる手続には対面による手続と異なり、常になりすましやデータ改ざん等の特有のリスクがあり、本件サービス上における住民票の写しの交付請求に係る手続は、電子署名と電子証明書の併用による手続に比して、本人確認の協働においては劣っているものと言わざるを得ない。
②個人情報保護に対する意識の高まり

なりすまし等の不当な手段による住民票の写しの交付請求が行われている実態を踏まえ、前記の厳格な本人確認手続と同程度のもののみをオンラインによる住民票の写しの申請手続における具体的方法として許容し、それ以外の手段による申請手続を排除する本件省令22条が、住民基本台帳法の趣旨及びデジタル手続法の趣旨目的や仕組みと適合しないとまでは認め難い。
①郵送による住民票の写しの交付請求の際・・・
②・・・不正な住民票取得の方法がひとたび確立されれば、・・・
③住民票の写しは・・・

本件省令改正に基づく本件省令22条がその授権規定であるデジタル手続法6条1項の委任の範囲を超えるものとは認められない。
  解説 ①いわゆるオンライン化の具体的方策について主務大臣に専門技術的な観点からの裁量の余地が広く認められていることを前提に
②現代社会において重要な意味を有する住民票の写しの交付請求手続については、なりすましやデータ改ざん等のリスクを避けるため、電子署名と電子証明書の併用による厳格な本人確認方法以外の方法を認めないこととした本件省令改正は違法でないとした
  民事p48
最高裁R6.3.27  
  医療法人について、一般法人法37条2項の類推適用(否定)
  事案 社団たる医療法人の社員である抗告人らが、当該医療法人の理事長に対して社員総会の招集を請求したが、その後招集の手続が行われていない⇒裁判所に対して社員総会を招集することの許可を求めた。 
一般法人法37条2項の類推適用により裁判所の許可を得て社員総会を招集することができるかが問題。
  原審 社員総会招集許可の申立てという非訟事件手続としての法的性質⇒その手続に関する法律上の規定が存在しないにもかかわらず、安易に関連する規定を準用することは相当でないとして、医療法人の社員が裁判所の許可を得て社員総会を招集することはできない。
⇒却下 
    許可抗告の申立て
  判断 抗告棄却。
  説明   医療法:理事がその招集に応じない場合についての規定を欠いていた。
学説:
A:少数社員権の保護を図るために、前記の場合において、公益社団法人の社員は、商法237条3項(会社法297条4項、一般法人法37条2項と同様の規定)を類推適用することにより、裁判所の許可を得て自ら社員総会を招集することができる(林良平)。
B:少数社員権の保護を図る必要があり、改正前民法に前記の場合についての規律がないことは法の欠缺であることは認めつつ、前記の類推適用をすることはできない。
改正前民法に明文の規定がない⇒改正前民法414条2項ただし書を類推適用するなどして、公益社団法人の社員は理事に対する社員総会の招集を命ずる旨の判決を得て社員総会の召集の実現を図るほかない(我妻)。
医療法改正
社員総会及びその招集に関する規律として改正前民法61条2項と同様の規定が設けられ、その後同規律は変更されることなく、医療法46条の3の2第4項がン設けられるに至った。

医療法人の理事長は一定の割合以上の社員から社員総会の招集を請求された場合にはこれを招集しなければならない旨が規定。
医療法人の社員の有する権利の本質は医療法人の支配や管理に参加することができる点にある⇒少数社員権の保護を図る。
but
理事長がその請求に応じない場合についての規定は設けられていない。
一般法人法(平成20年施行)は、改正前民法ににおける公益法人制度を抜本的に見直して、改正前民法の公益法人に関する多くの規定(61条を含む)を廃止し、非営利法人を公益性の有無にかかわらず準則主義により設立sるうことができる制度などを設けるものとして公布された。
一般法人法は非営利法人の基本的な法律としての側面を有するが、非営利法人の一般法ではなく、その法人制度と個別法の法人制度とは相並ぶ別の制度であって、同法が既存の個別法やそれに基づく法人制度に影響を与えるものではないと整理され、
個別法に基づく非営利法人に関して生ずる法律問題はそれらの個別法の適用又は解釈による。
一般法人法における社員総会の招集手続等に関する規律:
・・・請求の後、遅滞なく招集の手続が行われていない場合などには、当該社員は裁判所の許可を得て社員総会を招集することができる旨が規定。

医療法人についての類推適用の可否が問題。
  類推適用することができると解する素地がなくはない。
but
医療法人は、一般法人法の特別法と一般法の関係にないものと整理された上、同法37条2項を準用していない⇒医療法人について同項の規律は適用されないことが原則となる。 
医療法の改正経緯や現行規定の規定振りからは、医療法は、医療法人について、あえて一般法人法37条2項の規律を適用しないものとしたということができる。
社員等が裁判所の許可を得ることで総会等を自ら招集することができる旨の規定が設けられたのは、その設立において準則主義が採用された法人等。
設立段階から主務官庁等の関与のある法人については、必ずしも社員等が裁判所の許可を得ることで総会等を自ら招集することができる旨の規定が設けられていない。

社員等による総会等の招集に関してどのような制度を採用するかは、各法人制度の固有の目的や趣旨に基づく政策的な判断が多分に関わっており、他の法人制度との比較においても、医療法人に一般法人法37条2項が類推適用されると解すべき事情があるとはいえない。

医療法人について、一般法人法37条2項は類推適用されないと解するのが相当。
  当該社員はその理事長に対して臨時社員総会の招集を命ずる旨の判決を得てその実現を図ることが考えられる。
  民事p51
東京地裁R5.9.22  
  遺産分割協議を成立させた特別代理人の善管注意義務違反(否定事例)
  事案 遺産分割協議の当時未成年者であったXが、利益相反行為である当該協議についてXの特別代理人であったYに対し、当該協議においてXの法定相続分が確保されておらず、Yには特別代理人としての善管注意義務違反があると主張して、不法行為に基づき、当該遺産分割によるXの取得額とXの法定相続分との差額(不足額)及び弁護士費用並びに遅延損害金の支払を求めた事案。
⇒Yに特別代理人としての善管注意義務違反があったかが争われた。 
被相続人Zの妻A、Zの長男B、Zの孫(代襲相続人)X
AはXの未成年後見人であり、AとXとの間に利益相反⇒Aは特別代理人の選任を申立て、家裁の審判により、Xの特別代理人といて親族であるYが選任。
  判断 ①特定の遺産分割協議書案のとおり遺産分割協議をすることについての特別代理人を選任する旨の家裁の審判は、特定分割案のとおり遺産分割協議をすることが被後見人の利益を保護する観点から不相当ではないことを前提とすることm、
②遺産分割は特別受益等を考慮して定められる具体的相続分を基準としてされるものであり(民法903条から904条の2まで)、相続人である被相続人の取得分がその法定相続分又は指定相続分にン満たないような遺産分割協議であっても直ちに被後見人の利益を保護する観点から不相当であるとはいえない

特別代理人が特定分割案のとおり遺産分割協議をすることは、そのことが合理性を欠くと認めるべき特段の事情がない限り、特別代理人としての善管注意義務に違反するものではない。
①本件の特定分割案は、弁護士及び税理士が関与して作成され、Zの全ての遺産及びその分割方法が個別具体的に記載されていた
②Xの法定相続分は25%であるのに対して特定分割案を前提とするXの取得割合は約19%であること

特別代理人として選任され法律や会計に関し専門的な知識・経験を有しないYにおいて、Zの生前の事情等を考慮すれば遺産分割においてXの取得分が少なくなることも不当ではなく、特定分割案の内容は相当であると考えて特定分割案どおり遺産分割協議を成立させたことが合理性を欠くということはできない。

善管注意義務違反はない。
  解説 岡山裁判例:不利益な遺産分割協議を成立させた特別代理人の責任が肯定された事例 
本判決も、特定分割案が被後見人の利益を保護する観点から不相当なものであり、特別代理人が特定分割案のとおりの遺産分割協議をすることが合理性を欠く例外的な場合には、特別代理人に善管注意義務違反の責任が生じることを認めている。
本件:
特別代理人は親族である非専門家
特定分割案は専門家も関与して作成されたもので全ての遺産及びその分割方法が記載されている
Xの取得分は遺産の約19%
岡山裁判例:
特別代理人は弁護士
特別分割案に具体的に記載されていない遺産がある
被後見人の取得分は遺産の約3%
当初の特別代理人の選任審判後に遺産分割協議の内容が変更され再度の選任審判がされた
  民事p56
東京地裁R5.7.24  
  在留期間更新許可申請に対する不許可処分が違法とされた事例
  事案 Xが、東京入国管理局長が行ったXの在留期間更新許可申請に対する不許可処分が違法⇒国賠法1条1項に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた。 
  解説 入管当局の定めた運用基準:
難民条約上の難民である可能性が高いと思われる申請者及び本国情勢等により人道上の配慮を要する可能性が高いと思われる申請者等については、判明次第速やかに在留資格「特定活動(就労可)」等を付与することにより、従来よりも迅速な保護を図る一方で、
2回以上難民申請を行っている申請者(再申請者)であって本件各申請者要件に該当しないものや、初めての難民認定申請者(初回申請者)であっても難民条約上の迫害事由に明らかに該当しない事情を申し立てるものについては、在留を認めない措置を執る旨の運用(「本件運用」)を導入。 
東京入国管理局長:
本件運用を前提として、再申請者については、申請時点における難民認定申請書の記載等に照らして、前回までの難民認定申請に係る意義棄却決定や確定判決等の従前の判断を覆すべき一見明白な事情がない限り、本件各申請者要件には該当しないものとして取り扱うこととした(「本件東京運用」)。
  判断 地方入国管理局長が、本件運用を基に外国人の在留期間更新不許可処分を行ったとしても、そのことから直ちに国賠法上違法となるわけではないとの判断基準を示した上で、本件東京運用は、本件運用とは異なる独自の基準を有するものであるところ、その基準は著しく合理性を欠くものであり、東京入国管理局長は、本件東京運用を基に漫然と本件不許可処分をしたものであって、国賠法上の違法性が認められる。
  解説 本判決:
最高裁を参照し、
憲法上、外国人が、在留の権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものではないこと、 入管法上も在留外国人の在留期間の更新が権利として保障されているものではないことを判示した上で、入管法21条3項所定の「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由」があるかどうかの判断は、法務大臣等の広範な裁量に委ねられている。
  本判決:
本件運用につき、
主として本邦での就労を意図した濫用・誤用的な難民認定申請者が急増したことで、真に庇護を必要とする難民の迅速な保護に支障を生じる事態となったことから、同人らに対する迅速な保護を図りつつ、濫用・誤用的な申請を抑制し、入国管理制度の適正化を図るためのもの

その目的は合理的であり、その方法も、前記の法務大臣等の広範な裁量を逸脱し又は濫用したものとは認め難く、相応の合理性を有するものと認められるものと判断。 
東京地裁R2.10.13:
法務省入国管理局が本件運用を導入する前に採用していた「正当な理由なく迫害事由について同様の内容を繰り返し主張して、今次申請を含めて3度以上の難民認定申請を行っている者」に対しては在留期間の更新等を許可しない旨の運用につき、合理性がないとは言えない旨判断。
but
本判決:
初回申請者と再申請者とで本件各申請者要件の審査の在り方を変える点については相応の合理性を認めた一方で、その該当性判断において、再申請者については難民該当性等の可能性の程度につきより高度のものを要求する趣旨を含むとするのであれば、その部分については合理性を欠くことになる。

外国人が過去に行った難民認定申請の回数は、当該外国人が今次申請において難民として認定される可能性の程度を検討する際の一考慮要素にとどまり、その他の事情と併せて、難民として認定される可能性が同程度と判断される場合には、初回申請者と再申請者とで在留更新許可申請に対する処分内容に区別を設けることには合理性がないとの考え方に基づくもの。
前掲東京地裁判決:
「正当な理由なく迫害事由について同様の内容を繰り返し主張して、今次申請を含めて3度以上の難民認定申請を行っている者」との要件については、
「今回の申請により難民と認定される可能性が低いと認められる場合をいうと解するのが相当であり、そのように解釈されることを前提とすれば、・・・法務大臣等に与えられた広範な裁量権を行使する際の基準として、合理性がないものということはできない」

難民と認定される可能性が低いものについて手続上の取り扱いを変更することが許容されると判断するものであって、基本的な考え方は本判決と共通。
  本判決:
本件東京運用につき、再申請者については「従前の判断を覆すべき一見明白な事情」がない限り本件各申請者要件に該当しないとして、事情変更の有無及び程度についても極めて限定的な場合を除き実質的な震災をしないこととしているに等しいとんほ評価を免れず、在留期間更新の許否の権限を法務大臣に委ねた入管法21条3項の趣旨に反し、著しく合理性を欠くものといわざるを得ない。

①在留期間の更新の許否に係る審査においては、将来予測的な事情も含め、申請者の本国の情報の具体的な内容や当該申請者の個別事情等の諸般の事情を総合的に考慮した上で、本件各申請者要件該当性の有無を判断すべきこととなり、かつ、その判断には相応の困難が伴う
⇒本件東京運用に基づいて在留期間更新の許否について判断する場合に、最申請者が「従前の判断を覆すべき一見明白な事情」を提示することは極めて困難。
②難民該当性の有無又はその可能性の程度については、時の経過による事情変更が当然にあり得るところ、この点については、事柄の性質上、従前の判断を前提として判断することは許されない。
本件不許可処分の取消訴訟の控訴審判決:
在留期間更新の許否の判断が法務大臣等の広範な裁量に委ねられている一方で、難民の認定等に関する法の趣旨に照らせば、法務大臣等は、外国人の在留の許否を判断するための在留の必要性・相当性等を審査するに当たり、当該外国人の難民認定申請の有無や申請理由等に関する重要な事実について、事実の基礎を欠き、又はその事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により、前記判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には、その判断はその裁量権の範囲を超え、又はその濫用があるとして違法であるとすることができる。
本判決:
難民条約の趣旨、目的等からすると、法務大臣等には、客観的に難民条約上の難民に該当する者の在留を許可しないことにより、難民認定がされる前に本国に強制送還されるといった事情が生ずることがないように配慮すべき義務がある。
法務大臣等が在留期間更新の許否を判断するに当たっても、当該外国人の難民該当性の有無又はその可能性の程度を考慮することが法律上当然に要請されている。

難民該当性という具体的な考慮要素との関係においては、在留期間の更新の判断における法務大臣等の広範な裁量についても、一定の限界がある旨示唆。
最高裁H8.7.2:
当時の入管法別表第2所定の「日本人の配偶者等」の在留資格をもって本邦に在留していた外国人の在留資格につき、同法別表第1の3所定の「短期滞在」への変更許可がされた後における在留期間の更新不許可が、当該変更許可の経緯を考慮していない点で違法な処分であると判示。

申請者に対する公正な手続処遇を受ける機会を失わせた点で裁量権の逸脱・濫用があるとしたものであって、自由裁量処分につき手続的な観点から司法的統制を及ぼすもの。
  法改正(令和6年6月10日施行):
改正前入管法:
難民認定申請中であればm、当該申請を行っている外国人に対する強制送還手続が一律に停止する規定となっていた
改正後入管法:
例外規定を設け、3回目以降の申請者(難民の認定又は補完的保護対象者の認定を行うべき相当の理由がある資料を提出した者を除く)については、強制送還手続きは停止しない規定
  知財p67
東京地裁R6.2.26  
  Youtubeに投稿された動画の著作者が、当該動画によって思想・意見等を伝達する利益の人格的利益性(否定)
  事案 被告が、Youtubeに対し、原告の各動画が著作権を侵害している旨の申告をし、Youtubeから削除された。
原告:前記申告が不正競争防止法2条1項21号にいう虚偽告知行為を構成するとともに、原告の人格的利益を侵害する⇒不正競争防止法4条及び民法709条に基づき、損害賠償請求。 
被告:原告主張に係る人格的利益が民法709条にいう「法律上保護された利益」に該当するかどうかという争点を除き、侵害論は争わない。

争点は「法律上保護された利益」該当性。
  判断 人格権ないし人格的利益とは、明文上の根拠を有するものではなく、生命又は身体的価値を保護する人格権、名誉権、プライバシー権、肖像権、名誉勘定、自己決定権、平穏生活権、リプロダクティブ権、パブリシティ権その他憲法13条の法意に照らし判例法理上認められるに至った各種の権利利益を総称するもの。
⇒人格的利益の侵害を主張するのみでは、特定の被侵害利益に基づく請求を特定するものとはいえない。
but
原告は、裁判所の重ねての釈明にもかかわらず、単なる総称としての人格的利益というにとどまる⇒原告の主張は、請求の特定を欠くものとして失当。
原告が平成17年最判にいう著作者の人格的利益と同趣旨の者である旨主張した点につき、平成17年最判を引用する限度で特定されているものと善解したとしても、
平成17年最判は、著作者の思想の自由、表現の自由が憲法により保障された基本的人権であることに鑑み、公立図書館において閲覧に供された図書の著作権の思想、意見等伝達の利益を法的な利益として肯定するものであり、その射程は、公立図書館の職員がその基本的義務に違反して独断的評価や個人的好みに基づく不公平な取扱いによって蔵書を廃棄した場合に限定される。

私立図書館その他の私企業における場合は、明らかにその射程外というべきであり、平成17年最判は、私企業であるYtoutubeにおける投稿動画に係る伝達の利益が問題とされている本件には、適切なものといえない。
  解説  ●人格権 
人格権:個人の尊厳を保護する憲法13条の法意に照らし、判例法理上形成された権利。
わが国の人格権は、ドイツ法にいう「一般的人格権」のように包括性を有するものではなく、保護法益が、大要、生命身体的価値、精神的価値、財産的価値に区分され、人格権(判例法理上の「人格権」とは異なり、生命・身体を保護法益とするものに限られる)、名誉権、プライバシー権、氏名権、肖像権、パブリシティ権、リプロダクティブ権、平穏生活権その他の個別的権利の寄せ集めを便宜的に総称するもの。
第1段階・第2段階:
人格権が権利概念ではなく、不法行為法上保護される法的利益にとどまる時代。
第3段階・第4段階:
人格権に差止請求権が認められ、文字通り権利として展開する段階。
  ●平成17年最判の位置付け 
公立図書館において著作物が閲覧に供されている著作者において、その著作物によって思想、意見等を公衆に伝達する利益は法的保護値する人格的利益であると判示。
著作権法:著作者が事故の著作物につき有する人格的利益を法的利益として認めている。
公表権、氏名表示権、同一性保持権
これらの権利は、著作物の創作と同時に発生し、著作者の一身に専属する(59条)。
著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなすものとしている(113条11項)。
平成17年最判にいう人格的利益は、
当該著作物が公立図書館で閲覧に供された場合に初めて発生する利益であり、
人格的利益により保護される法益は、思想、意見等を公衆に伝達する利益
⇒前記の著作者の名誉又は声望を害する方法による利用行為から保護されるべき利益とは異なる。
  ●平成17年最判の射程 
昭和39年最判:
村民各自は、村道に対し、他の村民の有する利益ないし自由を侵害しない程度において、自己の生活上必須の行動を自由に行い得べき使用の自由権を有する。
平成17年最判:
公立図書館は、そこで閲覧に供された図書の著作者にとって、その思想、意見等を公然に伝達する公的な場でもあるということができる旨説示し、著作者の人格的利益が発生する根拠につき、著作者の表現活動の事由に供される公的な場であることに求めている。
公的な場とは、比ゆ的にいえば、思想、意見等の往来する「道路」とみることができる。
  ●本判決 
明文上の根拠のない人格権ないし人格的利益が、判例法理上、被侵害利益に着目して個別に生々発展した経過⇒原告において被侵害利益及びこれに対応する権利利益を具体的に特定することを要する。
そもそも、著作者の人格的利益は、著作権法において規定されているものであり、法令上の規定のない著作者の人格的利益は、本来的には謙抑的に解されるべき。
昭和39年最判、平成17年最判は、いわば「道路」という共通項で結びついているものの、思想、意見等を伝達する利益は、人格的利益としては歴史が浅く、社会の進展を踏まえた今後の展開が期待される。
  知財p81
東京地裁R5.7.6  
  写真の著作物性が否定された事例
  事案  氏名不詳者の記事投稿により、Xの著作権及び著作者人格権が侵害された⇒インターネット接続サービス事業を運営するYに対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律5条2項に基づき、発信者情報開示命令の申立て。
⇒却下⇒プロ責法14条1項に基づき異議の訴え。
  争点 ❶本件写真の著作物性
❷引用の成否
❸氏名表示権侵害の成否 
  規定 著作権法 第二条(定義)
 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
第三二条(引用)
 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
第一九条(氏名表示権)
3著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。
  判断 争点❶について 
・・・本件写真はXの思想又は感情を創作的に表現したものとはいえない⇒本件写真が著作物に該当するものと認めることはできず、本件投稿によってXの著作権が侵害されたことが明らかであるとはいえない。
  争点❷について 
他人の著作物は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれる場合には、引用できる(32条1項)。
その要件該当性は、引用される著作物の内容及び性質、引用の目的、その方法や態様、著作権者に及ぼす影響の程度等の諸般の事情を総合考慮して、社会通念に照らし判断するのが相当。
・・・・本件投稿において本件写真を示すことは、批評の対象となった投稿の内容を理解するのに資するものといえる⇒本件写真の利用は、批評の目的条正当な範囲で行われたものといえる。
・・・・一般の閲覧者の普通の注意と読み方を踏まえると、本件写真の撮影者は、Xであると理解されると解するのが相当。⇒本件写真の出所は明らか。
その他に、本件写真及び本件投稿の内容、前記批評の目的、本件写真の掲載態様等を併せ考慮すると、本件投稿に本件写真を添付したことは、公正な慣行に合致している。

仮に本件写真に著作物性が認められるとしても、本件投稿において本件写真を利用する行為は、著作権法32条1項の規定に基づき、適法である。
  争点❸について 
・・・本件写真の著作者がXであると理解されると解するのが相当であり、
その他に、本件投稿の批評の目的、本件投稿の記載内容、掲載態様等を併せ考慮すれば、本件投稿において本件写真を利用するに当たり、Xの氏名の表示は、著作権法19条3項に基づき、省略することができる。

仮に本件写真に著作物性が認められるとしても、本件投稿において本件写真を利用する行為が、Xの氏名表示健を侵害するものとはいえず、本件投稿によりXの著作者人格権が侵害されたことが明らかであるとはいえない。
  解説 ●アイデアと表現の2分論 
最判H13.6.28:
既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案には当たらない。

著作物の創作者を保護し、保護の対象を表現に限定しアイデアを自由理由の対象とすることによって、創作活動を促し文化の発展に寄与することを目的とする著作権法の趣旨(1条)にかんがみ、アイデアと表現の境界は、事案ごとにこれを検討して、両者を画することになる。
  ●写真の創作性に係る裁判例 
東京地裁H20.3.13(被告が、原告の撮影した写真に依拠して許諾を得ずに水彩画を制作し、新聞やポスターなどに掲載した行為については、著作物である当該写真に係る原告の権利を侵害したとして損害賠償等を求めた事案):
写真の創作性を判断するための考慮要素について、
原告が撮影したお祭りの写真のように、客観的に存在する建造物及び動きのある神輿、輿丁、見物人を被写体とする場合には、客観的に存在する被写体自体を著作物として特定の者に独占させる結果となることは相当ではないものの、
撮影者がとらえたお祭りのある一瞬の風景を、構図、撮影ポジション・アングルの選択、撮影時刻、露光時間、レンズ及びフィルムの選択等を工夫したことにより効果的な映像として再現し、これにより撮影者の思想又は感情を創作的に表現したとみ得る場合は、その写真によって表現された映像における創作的表現を保護すべき。
(原告の請求一部認容。)
東京地裁H10.11.30(平面的な版画及びわずから凹凸のある版画を撮影した写真の著作物性について問題となった事案):
原作品がどのようなものかを紹介するための写真において、撮影対象が平面的な作品である場合には、正面から撮影する以外に撮影位置を選択する余地がない上、光線の照射方法の選択と調整、フィルムやカメラの選択、露光の決定等における技術的な配慮も、原画をできるだけ忠実に再現するためにされるものであって、独自に何かを付け加えるというものではない。
⇒そのような写真は「思想又は感情を創作的に表現したもの」ということはできない。
被写体をありのままに写したものが著作権法によって保護されるものとすると、事実を著作権法によって保護することにつながるものであり、著作権法の趣旨に反することになる旨の指摘も「アイデアと表現の2分論」という基本思想から説明するもの。
  知財p86
大阪地裁R5.11.30  
  標章の先使用権が否定された事例
  事案 本件商標権を有するXが、被告標章が付された壁面看板の展示やパンフレットの使用等を行ったYの行為は本件商標権を侵害⇒商標法36条1項に基づき、前記展示等の行為の差止めを求めるとともに、同条2項に基づき、被告標章を付した宣伝広告物の排気を求めた。
Y:被告標章につき法32条1項の先使用権が認められる、または、Xの請求は権利濫用に当たると主張。 
  争点 ❶被告標章につきYに先使用権が認められるか
❷本件商標権に基づくXの請求は権利の濫用に当たるか
  規定 商標法 第四条(商標登録を受けることができない商標)
 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。

十 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
商標法 第三二条(先使用による商標の使用をする権利)
他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際(第九条の四の規定により、又は第十七条の二第一項若しくは第五十五条の二第三項(第六十条の二第二項において準用する場合を含む。)において準用する意匠法第十七条の三第一項の規定により、その商標登録出願が手続補正書を提出した時にしたものとみなされたときは、もとの商標登録出願の際又は手続補正書を提出した際)現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合は、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。当該業務を承継した者についても、同様とする。
  判断  争点❶について 
Aが「久宝殿」との標章を葬儀業で使用していた地理的範囲はおおむね東大阪市及び八尾市の全域(本件会館から最大で約10km圏内に相当する)と考えられる⇒先使用権が認められるための要件としての周知性についてはその範囲において検討すべき。
葬儀の施行実績等⇒
本件会館が平成12年から「メモリアルホール久宝殿」との名称で約20年にわたり葬儀会館として使用されてきたこと「久宝殿」との標章(被告標章)が一定程度の識別力を有することを考慮しても、被告標章は、本件商標の登録出願(令和2年9月17日出願)の際、当該範囲において現認需要者の間に広く認識されていたとは認められない。
Yの主張を排斥するに当たって、「法32条と法4条1項10号との関係について、本判決は、Yの主張を排斥するに当たって、「法32条1項前段にいう「需要者の間に広く認識されている」の地理的範囲につき、法4条1項10号におけるものよりも緩やかに解する余地があるとしても」と指摘。
  争点❷について 
Y:
①Xは、遅くとも令和2年8月には、本件会館における葬儀業につき、Aに代わってYが承継することを知っていたか、容易に知り得たにもかかわらず、本件商標の登録出願をした
②「久宝殿」との標章について、その信用力や顧客誘引力は、Aが平成12年頃から20年以上にわたり、本件会館における葬儀業を運営して生きたことによって獲得したものであり、Yは、Aから前記葬儀業とともに「久宝殿」の標章を承継⇒被告標章の信用力や顧客誘引力はYに帰属している
③原告会館は、本件会館からわずか数百メートルしか離れておらず、両会館の需要者は共通するが、当該需要者は、被告標章は本件会館の葬儀業を指すものとして認識する⇒本件商標と被告標章との間で出所を混同誤認するおそれはほとんどない。
判断:
Xは、既に本店所在地(大阪市)において葬儀会館を営んでいたが、Aの代表者P3からの回答を踏まえて、令和2年9月17日に本件商標の登録出願をし、令和3年8月23日の商標登録により本件商標権を取得し、約1億2000万円の資金を投じて東大阪市の敷地を取得し、「サクラホール久宝殿」との名称の原告会館を開業した。
Xが本店所在地にある既存の葬儀会館から地理的にやや離れた東大阪市に原告会館を建設しようと考えたのは、本件会館から退去させられる旨をP3から聞いたXの代表者P1が、P3の協力のもと、Xにおいて「久宝殿」との標章を用いて葬儀会館を運営することが目的であったと考えられるところ、P3の了解を得た上で行った本件商標の登録出願は、前記の目的を果たすべく自己の権利を守るためにとって行動と認められ、不当なものとはいえない。

権利の濫用に当たるとは認められない。
  解説  先使用権(法32条1項)の趣旨
×A:本来的には法4条1項10号により登録拒絶されるはずの他人の商標が過誤登録された場合の救済規定
〇B:法32条1項の趣旨は「識別性を備えるに至った商標の先使用者による使用状態の保護」にある。
「需要者の間に広く認識されている」について、法4条1項10号と同一に解釈する必要はなく、その要件は右の登録障害事由に比し緩やかに解し、取引の実情に応じ、具体的に判断するの相当というべき。
裁判例:
・ラーメン店について、必ずしも日本国内全体に広く知られているまでの必要はないとしても、せいざい2,3の市町村の範囲のような狭い範囲の需要者に認識される程度では足りないと解すべき。
・介護保険に係る施設の開設・運営について、(兵庫県老人保健施設協会機関誌等において)被告各施設が所在する地域である兵庫県西播磨圏域に所在する老人保健施設等がまとめて紹介されていることからすれば、被告各施設の需要者は、主として当該圏域に居住する者と認められる⇒当該圏域の需要者の間に広く認識されていれば足りる。
本判決:
葬儀はその施行の必要が予測不可能である一方で、一旦不幸があれば直ちにその施行が求められるという性質を有することを踏まえて、主として葬儀会館の周辺地域に居住する者が需要者として想定されるということについては、一定の合理性が認められる。
Yが主張する半径2km圏内の居住者の葬儀申込件数が約82%を占めることを確認しつつ、当該圏外からの申込件数が2割弱も存在することを重視し、「久宝殿」との標章を業務に使用していた地理的範囲はおおむね東大阪市及び八尾市の全域(本件会館から最大で約10km圏内に相当)と認定し、その範囲において周知性が認められるか検討されるべき。
  刑事p94
東京高裁R5.9.15  
  少年の特殊詐欺の故意を認めた判断に重大な事実誤認があるとされた事例
  原審 少年:本件が、信頼する人物(先輩)であるCから依頼された仕事であったこと等⇒詐欺とは思わなかったなどと故意を否認
but
少年に詐欺の未必的故意及び氏名不詳者らとの共謀があった⇒少年を第2種少年院に送致する旨の決定。 
    原審付添人が抗告
  判断 詐欺の故意を認めた原決定の判断には重大な事実の誤認がある⇒原決定を取り消し、差し戻した。 
  解説  ●特殊詐欺事案における故意の認定 
詐欺の犯罪行為に加担していることの認識が必要。
but
受け子は、詐欺組織に利用されている者が多く、合法な仕事であるとして荷物の受取りを依頼され、荷物の中味について事実と異なる説明を受けている場合もある⇒故意の有無が争われるケースも少なくない。
詐欺による財物の受取り「かもしれない」という認識があったかどうかが問題。

有意な間接事実
①荷物受取りの依頼内容や依頼された際の状況、
②その後、荷物の受取りに至るまでの経緯、
③実際に荷物を受け取る際の状況等
について検討し、詐欺の故意を否定する受け子本人の供述内容も吟味して、多角的かつ総合的に判断することとなる。
最高裁①②③
①②は被告人が、指示等を受け手、名宛人になりすまして荷物を受け取り回収役に渡す行為を繰り返し、報酬を得ていた事実等を指摘し、
③は被告人が、依頼を受けて、著しく不自然な方法で荷物を受け取り、回収役に引き渡した事実等を指摘して、
それぞれ被告人に詐欺の故意及び共謀を認めている。
  本決定:
原決定の問題点として、
①少年に「債権回収」を依頼した人物がCであるのに、誤ってD(Cを通じて連絡を受けた氏名不詳者)であると認定
②本件がDの指示に基づく仕事であり、シグナル(メッセージが自動的に消去されるアプリ)を用いて指示がなされた点について、必要且つ重要な要素の検討をせずに極めて不自然であると評価し、少年が違法な財物の受取行為である可能性を認識したと推認したこと
③報酬額や本件の経緯、少年が被害者と接触した際の状況等について、必要且つ重要な観点からの検討をせずに、少年が詐欺を含む違法な財物の受取行為であると当然に想起できるとしたこと、
④信頼するCから依頼された仕事であり、詐欺とは思わなかったとする少年の供述について、慎重な検討を怠り、理由を示すことなく信用できないと評価したこと
等を指摘

少年に詐欺の故意があったと認めた原決定の判断は、全体として論理則、経験則等に違反する。 
上記④の説示の中で、本決定は、
これまで少年が同様の受取行為に従事した経験がなく、
報酬約束もなく、
少年が犯罪行為に関与する認識を有していたことを示す客観的事実(SNS上でのチャットやメール、インターネットの検索履歴等を指すものと推察される)も存在しない
⇒より一層受け子本人の供述内容の信用性を慎重に見極めることが判断に不可欠。