シンプラル法律事務所
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異次元緩和の罪と罰 山本謙三

まえがき
 
  ◆積みあがった国債とETFの行方 
     
  ◆リスクに見合わない成果 
     
  ◆金融正常化に立ちはだかる困難 
     
  ★第1章 異次元緩和は成功したのかp17
  ◆緩和とは何か 
  ◆異次元緩和の本当の成果 
  ◆異次元緩和が物価を押し上げる力は限定的
    異次元緩和によって、物価はごく小幅のマイナス(ー0.2%)から、0%台後半(0.6〜0.8%)のプラスに上昇
  ◆異次元緩和開始前とほどんと変わらなかった実質GDP成長率
    異次元緩和の前後で、実質GDP成長率はほぼ横ばい
  ◆雇用の増加を成果にあげるのも過大評価 
    実質GDP:一定期間内に国内で生産された材とサービスの付加価値の合計額
付加価値:会計上、売上から原材料費などを差し引いたもので、その過半は従業員への給与と企業の利益の原資となる。
=家計と企業の稼ぎ。
実質GDP=就業者数×労働生産性
労働生産性=実質GDP÷就業者数
実質GDPn成長率≒就業者数の伸び率+労働生産性の伸び率
パートタイム労働者の賃金水準<一般労働者
⇒パートタイム労働者の比率が上がると、全体の加重平均の伸びを低くしてしまう。
全体賃金が上がらない
  ◆国内景気の押し上げにつながりにくかった企業収益の増加 
    2010年代、企業収益の増加に大きく貢献したのは、グローバル企業の海外現地法人の収益増。
上場企業の経常利益の4分の1から2分の1程度が海外からの投資収益によると推定。
海外での利益増は国内生産によるものではない⇒実質GDPには反映されない。
    貿易収支:1960年代半ば以降ほぼ一貫して黒字⇒近年はゼロ近傍で推移⇒2022年〜23年には大幅な赤字。
but
経常収支の黒字を維持

貿易黒字に代わって、第一次所得収支のうち直接投資収益が黒字幅を拡大させてきた。
第一次所得収支:
@子会社や現地法人の事業の成果を配当金や利子のかたちで受け取る「直接投資収益」
A株式や債券などの証券投資の成果を配当金や利子のかたちで受け取る「証券投資収支」
2010年代に入ると直接投資収益の黒字が増加し、最近は証券投資収益を凌駕。

2000年代に拡大した対外直接投資が成果を生み始めた。
国内の労働力不足と需要減少を見越した企業側の対応。
異次元緩和の下での円安進行⇒海外からの配当金や利子の円換算額を水膨れさせている。
2013年3月:1ドル=94円台
2024年3月:1ドル=149円台
直接投資収益の5〜6割は海外への再投資に
⇒収益のあがる地域に再投資するのは合理的。

「日本の企業は内部留保ばかりため込んでいて、けしからん」
vs.
会計上の内部留保は預金などの手元資金を指すものではなく、海外への再投資や国内の設備投資も、会計上は内部留保に見合う資産。
一定の割合を海外通貨のまま保有し、為替リスクを全体としてコントロール。
2010年代の企業収益の増加は、見た目ほど、国内に原資があったわけではなかったのが現実。
  ◆成果に見合わない副作用 
    日本経済の活性化に必要なのは、金融の緩和ではなく、国内企業の生産性の向上。
     
★第2章 高揚と迷走の異次元緩和 
前代未聞の経済実験の11年  p37
     
  ◆逐次投入を繰り返した11年 
    他国の中央銀行や過去の日銀が堅持してきた諸原則
「資産の健全性の確保」「財政ファイナンスの禁止」「中央銀行による市場介入を極力抑制すること」を脅かすもの

市場機能の低下と財政規律の緩みは、市場経済を基軸とする日本経済を揺るがすもの。
  ◆異次元緩和前夜の激しい対日銀批判 
    リフレ派:世の中に出回る資金量を拡大することで人々のインフレ心理を高め、緩やかな物価上昇の実現を通じて景気の拡大を図ろうと主張するエコノミストや学者
クルーグマン:
金利がゼロ%に張り付いたとしても、中央銀行は国民に物価上昇を約束することでインフレ心理を高めれば、経済成長を実現できる。
日銀は物価のコントロールに無責任であるべき⇒インフレになることを信じ込ませる
vs.
金利がいったんゼロ%に張り付けば、それ以上に金利は下げられないため、金融政策は効力を失う(伝統的な見方)。
  ◆政府・日銀の共同声明 
  ◆黒田総裁の鮮烈な登場と4本の柱 
  ◇第1の柱:物価目標2%の達成に厳格にこだわること 
  ◇第2の柱:目標達成期限を「2年程度」と明示すること
  ◇第3の柱:従来比2倍に当たる巨額の資金供給を行うこと(資金量重視の方針) 
    金融機関には当座預金を置く2つの理由:
@準備預金制度:2007年3月末では約5兆円⇒2024年3月では約13兆円
A金融機関が、日々の資金繰り上必要となる資金を日銀の当座預金上で管理
    金融調節を通じて短期金利を低めに誘導したいときには、
日銀は、短期国債を多めに市場から買い入れ、代金を当該金融機関の当座預金に振り込む⇒
日銀:資産サイドの短期国債と負債サイドの当座預金が同額増える
金融機関:資産サイドの短期国債が減少し、同額が資産サイドにある日銀当座預金に振り替わる

金利がつかない、余剰の当座預金をできるだけ減らそうと短期の金融機関向け貸付(コール取引など)を模索。

短期資金が供給過剰となり、短期金利が低下。
  ◇第3の柱(続き):マネタリーベースとは 
    マネタリーベース:
日銀のバランスシート上、負債サイドにある発行銀行券と当座預金の合計残高。
ある金融機関が当座預金を減らそうと資金をコールローンに出しても、受け取った側の金融機関の当座預金が増える⇒金融市場全体の当座預金の総額は変わらない。
当座預金の総額が変わるのは、金融機関が当座預金を引き出して、現金を持ち帰る場合だけ。
but
その場合も、当座預金が発行銀行券に振り替わるだけ⇒マネタリーベースの総額は変わらない。

マネタリーベースの残高は、負債サイドの当座預金の増減によってほぼ決まり、当座預金の増減は、日銀が買い入れる資産の多寡によって決まる。
    but
現実の物価上昇率は、マネタリーベースの残高にほとんど影響されなかった。
  ◇第4の柱:国債保有額・平均残存期間を2年間で2倍以上にすること 
    財政ファイナンス:日銀が国債を直接政府から引き受けるか、直接政府に貸し付けること。
経済機能的には、国債の買入れ≒国債の引受け=財政ファイナンス
    銀行券ルールの一時停止
銀行券ルール:日銀が保有する長期国債の財高は、銀行券発行残高を上限とする
というルール。
  ◆社債・ETF等の買い入れ 
  ◆第3の柱の変容、量重視から金利重視へ 
  ◆マイナス短期金利政策の導入 
  ◆イールド・カーブ・コントロール 
◆    ◆オーバーシュート型コミットメント 
  ◆第2の柱「2年程度での目標達成」の撤回 
  ◆新型コロナ対策と副作用対策 
◆    ◆副作用対策としての施策の手直し 
◆    ◆異次元緩和の解除 
     
     
     
★第3章 異次元緩和の罪 その1
  すべては物価目標2%の絶対視から始まった p75
  ◆マクナマラの誤謬 
  ◆「物価2%」への特異なこだわり 
  ◆物価目標をめぐる日銀の姿勢の変遷 
  ◆強固でない「2%」の根拠 @物価指数の上方バイアス 
  ◆強固でない「2%」の根拠 A「糊しろ」論 
  ◆強固でない「2%」の根拠 Bグローバルスタンダード 
  ◆失敗だった米国の「平均物価目標2%」 
  ◆ECBもFRBと同様の失敗 
  ◆日米間には物価格差「1%台の壁」がある 
  ◆ボルカーの執念とラジャンの懸念 
◆    ◆目標数値をめぐる教訓 
     
★第4章 異次元緩和の罪 その2
超金融緩和が財政規律の弛緩を生み出した  p103
  ◆借金時計が刻む国の借金の猛スピード 
  ◆財政規律確保への闘いと挫折 
  ◆「1970年代〜80年代」 
  ◆1990年代 
  ◆2000年代前半〜2010年代初頭 
  ◆2012年末〜2023年
◆    ◆新規国債発行額の推移 
◆    ◆100年に1度の危機と政治の惰性 
  ◆財政ファイナンスに酷似する日銀の国債買い入れ 
  ◆中央銀行の独立性を脅かすとしてYCCを却下したFRB 
  ◆日銀内部にあった銀行券ルール停止時の懸念 
  ◆財政規律に対する日銀の姿勢もしぼむ 
  ◆日銀は債務超過になるか:試算1 実質債務(負債)超過の可能性 
  ◆試算2 短期金利1.1%程度の上昇でバランスシート上の債務(負債)超過に 
  ◆なぜ日銀財務の悪化に警戒が必要なのか 
    日銀は、みずからマネーを創造できる⇒民間企業と異なり、資金繰りの面から行き詰まることはない。
but
中央銀行に対する信認は、債務超過で資金繰りに支障を来すかどうかではなく、債務超過に陥りかねない姿を市場がどう評価するかによって決まる。
新任が低か⇒円相場の急落や物価の急上昇
★第5章 異次元緩和の罪 その3
介入拡大が金融市場をゆがめる  
◆    ◆資本主義システムをめぐるコルナイの主張 
  ◆長期市場金利の抑え込みが市場機能を低下させた 
  ◆YCCの修正が意味したもの 
  ◆為替市場で進んで大幅円安 
  ◆円安は日本経済にとってプラスだったか 
  ◆対外価値で見た「国富」gは26%の減少 
  ◆ETF(上場投資信託)の大量購入 
  ◆新陳代謝が阻害され、低生産性企業が生き残る非効率経済に 
    生産性の低い企業⇒過当競争⇒経済の停滞
  ◆弱体化した金融システム 
    金融システムの機能停止こそが真のデフレをもたらす
  ◆貸出市場から遠ざかる都銀、地銀は日銀支援をテコに貸し出しを拡大 
    都銀は貸出量の拡大を控え、金利が相対的に高い貸し出しにシフトするなどして、利ざや重視の姿勢
  ◆ハイリスク・ローリターンの資産構成への変化 
    「(真の)デフレは金融システムの機能停止という重大な局面に陥った時、脅威として突きつけられる」(ボルカー元FRB議長)
★第6章 異次元緩和の罰 その1
出口に待ち受ける途方もない困難  
  ◆植田日銀の多難な船出 
    政府は、物価の高騰対策に乗り出し、ガソリン価格や電気料金が抑制されるよう、補助金のj交付を始めた。
政府が物価上昇の抑制に務める一方、日銀が物価上昇の持続に務める構図は、経済政策の整合性を疑わせる事態。
  ◆確認困難な「物価と賃金の好循環」 
  ◆非正規シフトで名目賃金も上がりにくい社会経済構造 
  ◆マイナスの短期金利の解除 
  ◆金融政策は当座預金への付利金利の上げ下げで 
  ◆「永遠の金融緩和」の罠 
  ◆正常化の完了には最低10年かかる 
     
★第7章 異次元緩和の罰 その2
なぜ立ち止まれなかったのか?  
  ◆夢から醒めてはならないピーターパン 
  ◆理論先行の実験:「国民の期待(心理)を変える」政策 
  ◆言葉で繕う政策変更 
  ◆第3の柱 「資金量重視」か「ら金利重視」への方針変更 
  ◆第2の柱 「2年程度」の撤回 
  ◆2022年12月の長期金利変動幅の拡大 
  ◆「適合的期待」「ノルム」の強調に向かう危うさ 
  ◆議事要旨にみる財政規律を巡る議論 
     
★第8章 異次元緩和の罰 その3
国と通貨の信認の行方  
◆    ◆世界でも特異な日銀のバランスシート 
◆    ◆緩やかな保有国債の圧縮が抱えるリスク 
  ◆財政ファイナンスと区別のつかない現行のバランスシート 
◆    ◆国のバランスシートへの信認は続くのか 
  ◆日銀のバランスシートへの信認は続くのか 
     
★第9章 中央銀行を取り戻せ  
  ◆物価目標再考:どこまで目標数値にこだわるのか 
  ◆物価目標の設定は実践的な課題 
    「物価の安定」とは、「家計や企業等の様々な経済主体が、財・サービス全般の物価水準の変動に煩わされることなく、消費や投資などの経済活動にかかる意思決定を行うことができる状況」
  ◆物価目標設定の論点(1):小幅の物価下落vs.デフレスパイラル(p240)
    経済学が懸念していたのは、単なる物価の下落でなく、デフレスパイラルと呼ばれる物価と景気の(マイナス方向での)悪循環
名目金利がゼロ%まで低下したあとにあって、物価が下落⇒実質金利は上昇しやすい。
家計や企業の経済活動は実質金利影響される⇒実質金利が上昇すれば負担感が増す⇒金融機関からの借り入れが減り、消費や投資が減退⇒景気は一段と悪化し、物価の下落が加速⇒実質金利が一層上昇⇒景気の悪化と物価の下落はさらに深まる。
実質金利:名目金利から予想物価上昇率を差し引いたもの。
実際の物価が下落したからといって、将来を見通す予想物価上昇率が必ずしも下落するとは限らない。
  ◆物価目標設定の論点(2):物価と賃金は好循環なのか悪循環なのか 
    物価と賃金の悪循環:
生産性の向上を欠いたまま、賃金コストの製品価格への転嫁が進み、賃金コストの伸び以上に価格への転嫁が続く状態。

賃上げは物価上昇の後追いとなり
実質賃金(名目賃金の伸びー物価の伸び)は低下が続く。
@高い賃上げ、A高い物価上昇率、B低い生産性の伸び

悪性インフレとなって、長期にわたって国民生活を蝕む。
Bの生産性向上⇒収益増加の一部を賃金の引き上げや増配などに充て、残りを設備合資などに回す。
賃金増>製品価格増⇒実質賃金も増加。
  ◆物価目標設定の論点(3):悪性インフレを軽んじてはいけない 
    中央銀行は、デフレスパイラルにも、物価と賃金の(プラス方向での)悪循環にも立ち向かわなければならない。
日銀は、物価の安定の定義に立ち返り、「家計や企業が物価の動向を気にせず消費や投資を行える状態」が奈辺にあるかを改めて問い直す必要がある。
  ◆「金利ある世界」の金融政策(1):隘路が日銀を待ち受ける 
    急激な保有国債の圧縮は、金利の大幅な上昇を引き起こし、経済を不安定にするリスクがある。
国債圧縮と市場安定のバランスをとること。
    巨額の資金が市中に滞留⇒金融引き締めの「効き」が悪くなる可能性に留意。
  ◆「金利ある世界」の金融政策(2):財政再建にかかる政府・日銀の共同声明は? 
  ◆「金利ある世界」の金融政策(3):避けられない住宅ローンの金利負担増加 
  ◆「金利ある世界」の金融政策(4):3つのシナリオ 
  ◇シナリオ@ 好循環
  ◇シナリオA 物価高騰(悪循環) 
  ◇シナリオB 景気悪化
  ◆2024年8月の金融市場の乱高下 
     
★第10章 中央銀行とは何者か  
  ◆中央銀行が目指すべき「通貨の信認確保」とは 
  ◇日本銀行の目的 第1条
  ◇日本銀行の理念 第2条 
  ◆リーマンショック、東日本大震災にみる「通貨の信認確保」 
  ◇リーマンショックの経験 
  ◇東日本大震災の経験 
  ◆常に悩ましい政治との関係 
  ◇1970年代の狂乱物価 
  ◇ボルカー元FRB議長の闘い 
  ◇リフレ派の楽観論 
  ◇政治への期待 
  ◆市場を尊び、謙虚に学び、率直に語る 
     
あとがき