シンプラル法律事務所
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いじめ自殺訴訟(過失・因果関係)

論点の整理です(随時増やしていく予定です。)

いじめ自殺訴訟における過失及び因果関係の各要件の内容と判断の枠組み
(橋本)
(判例時報2368)

  ◆第一 はじめに(1−3)
  ◇一 本稿の目的 
  ◇二 問題点の認識のための「設例」の紹介(1−4) 
  ◇三 「設例」の補足説明(1−6)
  ◆第ニ いじめ自殺の周知性の獲得と、いじめ自殺訴訟の判例の一つの傾向との乖離とこれを一致させる判例の傾向について(1−6) 
  ◇一 いじめ自殺の周知性の獲得 
  ■1 いじめ自殺を予見不可能とする旧来の判決と学説 
  ■2 いじめ自殺の周知化とこれを斟酌する東京高裁判例 (1−7)
  ■3 「いじめ防止対策推進法」の制定と揺るぎない周知性の獲得(1−7) 
    「いじめ防止対策推進法」が平成25年6月28日に制定
    文部科学省作成の「自殺予防マニュアル」
  ◇二 いじめ自殺の周知性の獲得と乖離する判例の一つの傾向と一致させる判例の傾向(1−8)
  ■1 旧来の「具体的予見可能性必須説」と「予見可能性緩和説」の2つの傾向(1−8)
    民法 第416条(損害賠償の範囲)
債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
  A:具体的予見可能性必須説
いじめ自殺や体罰自殺について学校側の責任を肯定するための要件として、
依然として、当該生徒の当該自殺に対する「具体的予見可能性」を厳格に求め、
いじめ自殺については、「苛烈暴力型」のいじめであり、「そのいじめを受けた生徒が自殺するのが通常である」と認められる場合、及び
いじめを受けた生徒が「自殺念慮の表白」をした場合に限って学校側の責任を肯定する裁判例。

学校側の民法709条所定の責任成立のための要件である「過失(安全配慮義務違反)と当該自殺との間の因果関係」ではなく、
損害賠償の範囲としての因果関係の問題として、
「加害生徒のいじめと当該自殺との間の因果関係」を捉えて、
「当該自殺が加害生徒のいじめによって通常生じる損害」ではないとして、
民法416条の規定を持出し、
同条1項ではなく、2項の「特別事情のよって生じた損害」(特別損害)に当たる
と解した上で、
「学校関係者には、当該自殺について具体的な予見可能性(同2項)がない」という理由によって、
学校側の安全配慮義務違反(過失)と当該自殺との間の相当因果関係を否定。

いじめ自殺訴訟における民法709条所定の「権利又は法律上保護される利益(「権利利益」)を侵害した」の要件事実として、「当該自殺」(当該生徒の生命の侵害)ではなく、
「いじめ(による当該生徒の精神的苦痛)そのもの」であるとして、
学校側の安全配慮義務(過失)の内容としての「予見の対象」を、
いじめによる「生徒の自殺(生命の侵害)」ではなく、加害生徒による「いじめ」とするために、いじめによる「自殺」については、いじめそのものによる損害(精神的苦痛に対する慰謝料)に後続して生じた損害(後続損害)の問題となり、「損害賠償の範囲としての因果関係」としての民法416条の適用範囲に属することになる。
B:予見可能性緩和説

@いじめ自殺訴訟における「権利利益の侵害」をいじめを受けた生徒の「当該自殺」(生命の侵害という権利侵害)として、安全配慮義務(過失)の対象が「当該自殺」となることを前提としながら、
その過失(安全配慮義務)ないし相当因果関係の要件として、「具体的予見可能性」ではなく、「一般的予見可能性」を求めるにとどめたり(以下「予見一般化法」という)、

A過失の要件における「自殺(権利侵害)に対する予見」の要件事実について、他の要件事実(いじめを受けた生徒の「生命・身体に重大な被害が生じる危険」など)に置き換えたり(「置換法」)、
B相当因果関係の「通常」判断を緩和したり(「通常性緩和法」)、
C相当因果関係について、帰責を相当とする因果関係であると解し、これを因果関係において法的価値判断を加えるための要件であるとし(「法的価値判断法」)、あるいは、
D安全配慮義務(過失)と当該死亡との間の相当因果関係において、当該死亡についての予見可能性の判断を不要とする(「予見不要法」)などの法解釈を採る。
  ■2 いじめの「苛烈暴力型」から「人格否定型」への変容と予見可能性緩和説の相当性(1−9)
    ×A:具体的予見可能性必須説
vs.
@実際上のほとんどのいじめ自殺の被害者の救済を拒否するに等しい。
Aいじめ自殺の被害者の救済の門戸を閉じることに直結。
  ■3 「設例」において具体的予見可能性必須説を採る問題点(1−9)
    「過失責任主義」を基本とする不法行為法において、当該いじめによって当該自殺に至ったという前提となる因果関係が認められるいじめ自殺訴訟における学校側の責任の有無の判断における「要諦」は、
いじめによる当該自殺に特化した具体的予見可能性の有無に依拠するのではなく、
具体的事案におけるいじめによる自殺に対する学校側の注意義務(安全配慮義務)違反の有無による「過失」の成否と、
これと当該自殺との間の因果関係(学校側に認められる具体的な安全配慮義務違反によって当該自殺が招来されたという関係)の有無に求めるのが相当。
  ■4 周知性を理由に予見可能性緩和説を採る「過労自殺」最高裁判例(1−9)
    「使用者の指揮命令による過重労働によって労働者が自殺する」という「過労自殺」を理由とする「過労自殺訴訟」における使用者側の責任判断の在り方について、
最高裁H12.3.24(電通事件)
「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである」ことから、
「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてころを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当」

「過労自殺」についての周知の事実を考慮して、
使用者の認識(予見)すべき対象として「自殺」であることを要しない、すなわち、
「自殺の具体的予見可能性」を要件事実とすることなく(具体的予見可能性必須説を採らずに)、
「心身の健康を損なう危険」についての認識(予見)可能性を要件事実とすることによって、
「予見の対象」を緩和して解釈するもの(「置換法」)


過労による「自殺」は「心身の健康を損なう」という態様の1つ(これが包含する範囲内のもの)であると位置づける。
長時間労働の継続などにより疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると労働者の心身の健康を損なうおそれがあることは周知のところであり、うつ病のり患又はこれによる自殺はその一態様
特に、Aの健康状態が悪化したことが外見上明らかになった段階では、既にうつ病り患という結果の発生を避けられなかった可能性もある

使用者又はその代理監督者が回避する必要があるのは、やはり、右のような結果を生む原因となる危険な状態の発生
予見の対象も、右に対応したものとなる。
その後の「過労死(脳・心臓疾患型)」ないし「過労自殺(精神障害型)」訴訟の裁判例は、
同判決を引用。
  ■5 「自衛官いじめ自殺訴訟」等への「過労自殺」最高裁判例の理論の広がり(1−10)
  成人間の「いじめ自殺」の場合においてさえ、生徒間の学校生活と同様にいじめによる心理的負荷等が過度に蓄積し易い、「閉鎖的空間」における「いじめ自殺」に関し、「人格否定型」の「自衛官いじめ自殺」の事例においても、最高裁平成12年電通事件判例を引用して予見可能性緩和説を採用する裁判例。
◎福岡高裁H20.8.25:
最高裁平成12年電通事件判例を引用し、
労働者が労働するに際し、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険がある⇒使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当。
このことは、公権力の行使に当たる国家公務員においても妥当
⇒被控訴人国は、公務員がそのその指示の下に遂行する公務の管理に当たって公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負い、これに違反する行為は、国家賠償法上違法。
本件行為(上官のB班長からのいじめ)は、Aに対する指導の一環として行われたものであるが、
@一般に、階級が上位である者から指導を受ける者を侮辱するような言動をする場合に対象者に強度の心理的負荷を与えること、
A心理的負荷が蓄積すると心身の健康を害するおそれのあることについては、
部下に指揮命令を行う立場の自衛隊員は当然認識し得べき

本件行為が手段の相当性を欠き、違法なものであることは、B班長においては「認識し得べきものであった⇒少なくとも過失があった。
被控訴人国:Aのうつ病的症状ひいてはAの自殺について予見可能性、結果回避可能性はなかったと主張
but
うつ病にり患するなど心身の健康が損なわれた時点では、自殺等の結果が回避できなくなっている可能性もある⇒B班長が回避する必要があるのは、本件行為による心理的負荷の蓄積という危険な状態の発生そのもの

故意又は過失の判断の前提となる予見の対象も、これに対応したものとなると考えられ、A
のうつ病的症状ひいてはAの自殺についての予見可能性、回避可能性を問うものではないというべき。(置換法)
相当因果関係の判断においても、他の労働災害損害賠償請求事件の諸判決と同様に、予見可能性を要件とする判示をしていない。(予見不要法)
成人間のいじめについて、学校生活と同様の「閉鎖的空間」といえる「職場におけるいじめ自殺」訴訟において 
横浜地裁川崎支部H14.6.27:
上司からのいじめ(人格否定型)により欠勤して精神科に通院するようになり自殺した市職員Aに対する被告市の安全配慮義務違反を肯定し、
Aがいじめにより心因反応の精神疾患に罹患して自殺したことから、Aの当該自殺についての具体的予見可能性を厳格に求めず、
予見可能性緩和説(置換法、予見一般化法)を採り、
いじめを認識していたAの上司は、適正な措置を採らなければ、Aが欠勤にとどまらず、精神疾患(心因反応)に罹患しており、場合によっては自殺のような重大な行動を起こすおそれがあることを予見することができたとして相当因果関係を肯定。
  最高裁平成12年電通事件は寝k津の判例理論(予見可能性緩和説)の適用範囲については、これと同様の判断構造が妥当する「いじめ自殺(生徒間に限定されないもの)」訴訟において広がりつつある。 
  ◇三 私見(いじめ自殺の周知性の獲得を斟酌した予見可能性緩和説) (1−11)
  ■1 いじめ自殺の周知性の内容 
  @学校関係者及び教育現場で揺るぎのない「周知性」を獲得していると認められる「いじめ自殺(学校生活において、他の生徒から生徒に対するいじめによって当該生徒が自殺すること)」の具体的内容(いじめ防止法が法定する周知性のある一般的知見・認識及びいじめの定義を含む)
A最高裁平成12年電通事件判例

「学校生活において、他の複数の生徒が特定の生徒の人格を否定したり、その尊厳を蔑ろにする言動をする等の過度のいじめ(他の生徒が特定の生徒に対して心理的又は物理的影響を与えて受忍限度を超えて当該生徒の心身に苦痛を与える行為)を長期間にわたり継続するなどして、そのいじめを受けた生徒の身体的負荷や心理的負荷が過度に蓄積すると、当該生徒の心身の健康を損ない、その生命・身体に重大な被害が生ずる危険があること」が確固たる周知性を獲得している。
  ■2 周知性の獲得を斟酌した予見可能性緩和説の採用 (1−11)
    学校生活において、他の複数の生徒が特定の生徒の人格を否定したり、その尊厳を蔑ろにする言動をする等の過度のいじめ(他の生徒が特定の生徒に対して心理的又は物理的影響を与えて受忍限度を超えて当該生徒の心身に苦痛を与える行為)を長期間にわたり継続するなどして、そのいじめを受けた生徒の身体的負荷や心理的負荷が過度に蓄積すると、当該生徒の心身の健康を損ない、その生命・身体に重大な被害が生ずる危険があることは周知のところ

学校の設置管理者及び校長、担当教諭等の学校関係者は、そのいじめを防止するための措置(いじめの防止、いじめの早期発見、いじめへの対処をいう)を講ずるなどして、過度のいじめによって心理的負荷等が過度に蓄積して当該生徒の心身の健康を損ない、その生命・身体に重大な被害が生ずることがないよう注意する義務を負う。
学校関係者が、当該過度のいじめの存在を認識している場合はもちろん、前記の注意義務を尽くせばこれを認識し得るのに、そのいじめを防止するための措置を講ずることなく漫然と放置していたなど、前記の注意義務に違反しており、かつ、この義務違反によって当該過度のいじめによる危険が現実化してそのいじめを受けていた生徒が自殺により死亡したと認められる場合、
すなわち、この義務を尽くしていれば当該生徒が自殺により死亡することはなかったであろうと認められる場合には、
被告の学校側において、当該いじめには、当該生徒の心身の健康を損ない、その生命・身体に重大な被害が生ずる危険があるということを認識することができなかったと具体的に認められる特段の事情を主張立証しない限り、当該生徒の自殺について予見可能性があったものというべきであるから、)
当該義務違反は当該生徒の生命の侵害を予見してこれを回避すべき義務に違反したもの
⇒この結果予見・回避義務違反と当該生徒の生命の侵害との間に相当因果関係があることが肯定され、被告の学校側には当該生徒の生命の侵害によって生じた損害について賠償すべき責任がある。
   
いじめ被害生徒の遺族である権利承継者の意図に沿って、
民法709条所定の「権利利益の侵害」の対象として、
「加害者のいじめ」そのものではなく、いじめを受けた生徒の「生命の侵害」であると率直に解した上で、
安全配慮義務の内容(過失の予見すべき義務の対象)として、
最高裁平成12年電通事件判決の理論のとおり、
周知性の獲得を根拠として、「置換法」を採り
「当該生徒の当該自殺」から「当該生徒の心身の健康を損ない、その生命・身体に重大な被害が生ずる危険があること」に置換するもの。
( )内に記載の部分は、
これに加え、念のために(「置換法」で十分であり、本来は不要であって、説示する必要はないと考えるものであるが)、「予見一般化法」の1つとして、後述する「過失の推定(当該死亡の結果の予見可能性の推定)」の手法(最高裁昭和51.9.30(インフルエンザ予防接種事件)の判断の手法)を採る場合を示すもの。

学校側の過失(安全配慮義務違反=結果予見・回避義務違反)と当該自殺との間の相当因果関係の判断においては、後述する「法的価値判断法」と「予見不要法」に立ち、かつ、過失と相当因果関係を一体的に判断する手法を採るもの。
  ◇四 小括 
    学校関係者及び教育現場におけるいじめ自殺の周知性の獲得の推移の状況と、
具体的予見可能性必須説を採る判例の1つの傾向との間の乖離は、次第に広がってきている。

一方、予見可能性緩和説を採る判例の1つの傾向は、この乖離を狭めて一致させるための法解釈を採用するもの。
具体的予見可能性必須説を採る判例の1つの傾向における前記の乖離の状況は、現在では、社会通念や正義・公平の理念からみて、さらに条理上も無視することができない
⇒今後のいじめ自殺訴訟においては、その不法行為責任の判断方法と判断の在り方を熟慮することが求められている。
     
  ◆第三 不法行為の各要件の内容と裁判例及び学説の状況について (2−3)
  ◇一 民法709条の各要件の分析とその内容(2−3)
  ■1 二つの因果関係と民法416条との関係 (2−3)
    民法 第七〇九条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
    「@故意又は過失に『よって』他人の権利又は法律上保護される利益(権利利益)を侵害した者は、Aこれ『によって』生じた損害を賠償する責任を負う。」
@の「故意又は過失」と「権利利益の侵害」との間の因果関係は「責任成立要件としての因果関係」(責任論における因果関係)や「事実的因果関係」
Aの「権利利益の侵害」と「損害」との間の因果関係は「損害賠償の範囲としての因果関係」(損害論における因果関係)
後者の損害路においては、さらに、
B「損害額の算定基準の問題」があるといわれている。
八木調査官・最高裁平成11年幹細胞がん事件判例解説:
Aは、判例上、加害行為(権利利益の侵害)と損害との間の「相当因果関係の存否の問題」と呼ばれて民法416条が類推適用されることとなり、
@の加害行為と権利利益の侵害(被害者の死亡)との間の因果関係の問題は、民法416条の類推適用をもって論ずるものには当たらないことになるように思われると解説。

民法416条は、債務不履行によって生じた「損害賠償の範囲」を定めた規定⇒この規定が不法行為に類推適用される場合にも、Aの「損害賠償の範囲」としての因果関係の問題に限られることになり、@は関わりがない。
but
判例は、@の因果関係についても「相当因果関係」の存在を判示していることが多い。

民法416条の類推適用を論ずるものではなく、
過失のある行為と結果の発生(権利利益の侵害)との間の因果関係を肯定するに当たっては、その結果の発生(権利利益の侵害)について行為者に対して法的責任を負わせる(帰責する)のを相当とするか否かの法的な価値判断を加えることを要するものとして、「相当因果関係」が肯定されることを求めていると理解することができる。
  ■2 過失と因果関係の内容の基本的な考え方と予見可能性の位置付け(2−4)
  ●   「前提となる因果関係」の問題として、
当該患者の死亡という特定の事実が、原告によって過失主張の対象とされており、かつ、当該死亡との間の因果関係の起点(原因)であるとして主張されている特定の事実としての、特定の医療行為(作為・不作為。例えば、ルンバールの施術)によって生じたものであるか(招来されたものであるか)、
それとも
それとは相容れない被告主張の別の原因(例えば、患者の基礎疾患)によるもの
が主要な争点(「亡Aの死亡に至る(医学的)機序」などと称される)となって、
原告が立証し、被告が反証することが多い。
  「前提となる因果関係」に関し、
最高裁ルンバール事件判決:
訴訟上の因果関係の立証は、
一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、
その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要と士、かつ、それで足りる。

「前提となる因果関係」の争点に関し、ルンバールの施術前後の患者の状態の推移等を考慮すると、「他に特段の事情が認められない限り」、経験則上本件発作とその後の病変の原因は脳出血であり、これらルンバールに因って発症したものとしてその間に因果関係を肯定するのが相当である。

患者の基礎疾患が影響した可能性もありその原因を判定し難いとして被告の主張及び反証を容れて原告の請求を棄却した原判決を破棄。
  橋本:
原告主張の原因と相反する(被告主張の)他の原因については、その存在を示す具体的な証拠や特段の事情が存在せず一般的な可能性にとどまるのに対し、
原告主張の原因については、診療経過や患者の症状等に基づいて検討した結果、患者の死傷の原因である具体的な可能性が肯定されれば、通常人にもっぱら他の原因によるものではないかという合理的な疑いを抱かせない
⇒原告主張の原因を推認すべき、。
  神戸地裁平成28年判決:
当該いじめ行為の悪質性とこれによる自殺に至る心理学的分析のほか、
学業不振等の被告主張の他の原因が自殺を選択するような特段の事情とはならない
⇒当該いじめと当該自殺との間の因果関係を肯定。
  医療訴訟では、「前提となる因果関係」において患者の死亡の原因となった事実であると認められる医師の特定の医療行為について、過失(医療水準上の結果予見・回避義務の違反)が肯定されることを認定判断した上で、
この医師の過失(回避義務の違反)がなかったとした場合(当該注意義務に従った医療行為(作為・不作為)がされた場合)には、当該患者の当該死亡は生じなかったであろうこと(過失と権利利益侵害との間の因果関係=責任成立要件としての因果関係)を主張し、立証して、これが判断。 
最高裁平成11年肝細胞がん事件判例:
最高裁ルンバール事件判決をそのまま引用した上で、
右は、医師が注意義務にしたがって行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においても異なるところはなく、
経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し、医師の右不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと、
換言すると、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、
医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべき。
この「責任成立要件としての因果関係」の認定判断においては、当該医師の「当該死亡に対する予見可能性」は、具体的にせよ、一般的にせよ、要求されていない
これらの最高裁判例が説示するとおり、この因果関係では、当該死亡の結果が「通常」であることは要件ではない
権利利益の侵害の結果の発生に対する予見可能性は、専ら、過失の要件の中で要求されるもの。
⇒いじめ自殺訴訟における予見可能性緩和説のうちの「予見不要説」(相当因果関係の判断におけるもの)
  前記@の「責任成立要件としての因果関係」(責任論)の認定判断においても、行為者の「権利利益」の侵害自体についての「予見可能性」の有無については言及しないものの(これは、過失の成否の判断として言及される)、「相当因果関係がある」旨を説示している判例の立場(医療訴訟の最高裁判決に多く見られるが、これに限られない)の理解:
これらの判例は、「相当因果関係」というものが「帰責(法的責任を負わせること)を相当とする因果関係」を意味するものとして、前記の「責任成立要件として因果関係」の認定判断が、法的な価値判断を要するものであることを明示することに意義があるものとして説示。

社会通念や通常人の判断(最高裁ルンバール事件判決参照)を内包しつつ、当該義務違反(過失)が当該死亡の結果を招来したとして帰責することを相当とする法的な判断が成立することを示しているものであると解される。

予見可能性緩和説のうち「法的価値判断法」の理論的根拠。
  医療訴訟では、前記の「前提となる因果関係」の認定でも、
当該医療行為によって当該死亡の結果が生ずることが「通常」であること(統計的にみて高度の確率があること)は、「必要な条件」つぃては求められておらず、また、
医師に当該死亡の結果について「予見可能性」があることは、具体的予見可能性はもちろん、一般的予見可能性としても、その因果関係の認定において「必要な要件」として要求されておらず、認定判断されていない。 
予見可能性の要件は、専ら、法的価値判断を要する過失(結果の予見・回避義務違反)の判断内容として客観的に求められるものであり、
結果の予見可能性及び予見義務に応じた回避可能性を特定することによって回避義務の内容を具体的に特定して確定するに足りる内容のものとして、どの程度の予見可能性が要求されることになるのかが、
事案や訴訟類型に応じて、具体的予見可能性が厳に求められたり、一般的な予見可能性で足りるとされたり、一般的な(医療水準上の)知見に裏付けられた危険に対する予見可能性で足りると解されることになるのであって、
それ自体が法的な価値判断を要する客観的なもの。

予見可能性緩和説のうち「予見一般化法」や「置換法」の理論的根拠。
     
  ◇二 被侵害権利利益として何を対象とするか (2−6)
  ■1 人格的利益説(具体的予見可能性必須説)と生命侵害説(予見可能性緩和節)
    いじめ自殺訴訟において、「故意・過失」「権利利益の侵害」両者の間の「因果関係」として、どのような内容を要件事実とするか?
  ●×A:人格的利益説(具体的予見可能性必須説):
  不法行為訴訟として一般的な医療訴訟と異なり、
「責任論」において、加害生徒の特定の生徒に値する「過度のいじめ」によって生じた当該生徒の身体的・精神的苦痛(当該生徒の「人格的利益」の侵害といえる)を「権利利益の侵害」として把握し、学校側の過失(安全配慮義務違反)の対象を「当該いじめ(による人格的利益の侵害)」を予見してこれを防止するための措置を講じるべき義務の違反として捉えるもの。

後続損害つぃての自殺(生命侵害)について、「損害論」としての「損害賠償の範囲としての因果関係」の判断の問題。
「いじめにより自殺することは、極めて希有かつ特異な事例であり、通常生ずべき結果ではなく、一般に自殺を決意した本院以外の他の者がこれを予見することは極めて困難な事態である。」
との旧来の見識に立ち、

民法416条1項の「通常」:
統計的な確率が高度のものを指し、いじめによる自殺がこれに当たらないことは、時計的数字から明らか⇒この要件の該当性を否定。

同条2項の該当性の判断:
「極めて希有かつ特異ないじめによる自殺」という「特別の事情」の存在に対する学校側の「予見可能性」としては、「一般に自殺を決意した本人以外の他の者がこれを予見することは極めて困難な事態」
⇒当該生徒による「自殺念慮の表白」などの特段の事情がない限り、この「特別な事態である当該自殺の予見可能性」は認めることができない。
vs.
当該いじめによる当該生徒の自殺の予見可能性について、その結果に対する学校側の予見・回避義務(生徒の生命・心身の健康に対する安全配慮義務)と結びつけた判断をしておらず、法的価値判断をしていない
被害者の救済の門戸を開くために、法的判断を加えて、
「通常」判断を緩和させたり(通常緩和法。例えば、当該「過度のいじめ」の有する生命侵害の危険性が現実化したと認められれば足りると解する。あるいは、一般的予見可能性があれば、通常性を充たすと解する)
当該自殺の「予見可能性」の内容として、具体的予見可能性を厳格に求めずに、一般的予見可能性として緩和したり(予見一般化法)、「予見」の対照を、「当該自殺」ではなく「自殺に至る危険」などに置換する(置換法)などの解釈により、予見可能性緩和説
仮に民法416条1項、2項の適用が問題となるとの説に立つ場合に、予見可能性緩和説として「通常緩和法」を採ることの理由に関し、
最高裁平成12年電通事件判例解説359頁以下は、
責任成立要件としての因果関係についても相当因果関係を求める判例があることから、これに民法416条の類推的用がされるとした場合における同条1項の「通常」判断について触れている。
すなわち、この場合、過労自殺訴訟において、一般の労働管理の関係者の立場から見て、当該損害(労働者の自殺)が当該行為(過重労働)から「通常生ずべきもの」であったか否かが検討されるべきであり、これは、この立場にある者が、「当該行為の当時の知識の水準に照らして、当該損害の発生を一般的に予見し得たといえるか否かの問題と、ほぼ同視し得るものと考えられ、右を肯定し得るならば、当該損害を通常損害に当たるとして差し支えないと思われ、その意味で、右は、特定の損害が通常損害に当たるか否かが問題とされる際におけるテスト方法の1つとなると思われる」と解説。

損害賠償の範囲としての因果関係の判断においても「予見一般化法」が妥当することを説くもの。
  ○B:非侵害権利利益=生命侵害説
一般的な医療訴訟の場合を同じく、責任論において、加害生徒の特定の生徒に対する「過度のいじめ」によって心理的負荷等が過度に蓄積して当該生徒が自殺したという当該生徒の「生命の侵害」を「権利の侵害」として把握し、学校側の過失(安全配慮義務違反)の対象を「当該いじめによる当該生徒の自殺」を予見してこれを防止するための措置を講じるべき義務の違反として捉える。

責任成立要件:
学校側の過失(安全配慮義務違反)によって、加害生徒の特定の生徒に対する過度のいじめを防止することができなかったために、当該生徒の心理的負荷等が過度に蓄積して当該生徒が当該自殺をすること(生命の侵害)を回避することができなかったこと(義務を尽くしていればこれを回避できたこと)。

当該生徒の自殺によって「通常」生ずる損害として、当該生徒の逸失利益、死亡慰謝料、弁護士費用等の損害項目の相当額が認められることになる。
この説でも、責任成立要件において学校側に当該自殺についての「予見可能性」を求めることになるが、この「予見可能性」の要件は、専ら、法的価値判断を要する過失(結果予見・回避義務違反)の判断の内容として客観的に求められる

結果の予見可能性及び予見義務に応じた結果の回避可能性を特定することによって結果回避義務の内容を具体的に特定して確定するに足りる内容のものとして、どの程度の予見可能性が要求されることになるのかが、事案や訴訟類型に応じて、具体的予見可能性が厳に求められたり、一般的な予見可能性で足りるとされたり、一般的な知見に裏付けられた危険に対する予見可能性で足りると解されることになるのであって、それ自体が法的な価値判断を要する客観的なもの

いじめ自殺の周知性の獲得や「いじめ防止法」の法意、生徒の生命及び心身の保護義務を考慮した法的価値判断を加えることが可能になるもの。
〜予見可能性緩和説のうち「予見一般化法」や「置換法」の理論的根拠。

いじめ自殺に対する学校関係者の「予見可能性」について主観的なものにとどめるのではなく、客観的に予見すべき義務として、法的価値判断を加えることについては、交通事故後自殺訴訟、医療訴訟、学校事故訴訟における最高裁判例の立場と整合し、むしろこれに合致する。
この法的価値判断に関し、最高裁判所は、医師と患者、教諭と生徒、使用者と労働者という指導・指揮監督関係にある相手の生命・身体の安全の保護に配慮すべき義務のある法律関係に立つ者に対しては、その者の行為(作為・不作為)によって保護すべき相手の「生命の侵害」という最大の権利利益の侵害の結果を生じさせる危険がある場合には、
その法益侵害の危険が極めて重大⇒その結果発生の統計的確率が極めて低く、稀な場合であっても、これを「予見して回避すべきである」という結果予見・回避義務を負わせるという価値判断をしている。
〜最高裁判例は、その者の安全配慮義務を想到に高い水準に設定。

このような重大な法益侵害に係る法的価値判断を加えるためには、過失(安全配慮義務違反)の対象として、「当該いじめによる当該生徒の人格的利益の侵害(身体的・精神的苦痛)」ではなく、「当該いじめ(を放置すること)による当該生徒の生命の侵害」であると把握して、その重大な法益侵害を価値判断に取り入れるのが相当。

被侵害権利利益=生命侵害説予見可能性緩和説とが結び付くことによって、「苛烈暴力型」の過度のいじめはもちろん、現在の主流となっている「人格否定型」の過度のいじめにより自殺を余儀なくされた生徒の権利救済が図られる。
     
  ■2 生命侵害説(予見可能性緩和説)の相当性(2−8)
    被侵害権利利益=生命侵害説が相当。

@いじめによって自殺を余儀なくされた生徒の遺族である原告が、学校側を被告として損害賠償請求をする意図は、他の生徒による過度のいじめによってその生徒が自殺したことについて、学校側の安全配慮義務違反によるものであり
A学校側が安全配慮義務を尽くして加害生徒による過度のいじめによってその生徒の心理的負荷等が過度に蓄積することを回避するなどの措置を講じていれば当該生徒の当該自殺を回避することができたことを、学校側の責任の原因となる要件事実として主張し、当該生徒の死亡によって生じた損害の賠償請求をするもの。
この請求原因事実が肯定されない場合の予備的請求として、被侵害権利利益=人格的利益説による請求原因を予備的に主張して、これにより生じた慰謝料(当然に死亡慰謝料の場合より少額となる)の損害賠償を請求。
   
不法行為に基づく損害賠償請求における訴訟物の特定(単複)は、「侵害行為」と「被侵害権利利益」の2つの要素によってされると解するのが最高裁の立場で通説。
⇒両請求は、2つの訴訟物の関係に立つ。
最高裁昭和43.4.11:
身体侵害を理由とする慰謝料請求権と生命侵害を理由とする慰謝料請求権とは、被侵害権利を異にするから、右のような関係にある場合においては、同一の原因事実に基づく場合であっても、受傷に基づく慰謝料請求と生命侵害を理由とする慰謝料請求とは同一性を有しないと解するのを相当とする。
    前者の主位的請求が認容される場合には、
自殺の原因となった当該いじめ自体の悪質性・重大性等については、死亡慰謝料の増額事由として斟酌される
⇒あえて後者の請求をこれに併合して請求する(単純併合する)必要はない。
   
  ■3 生命侵害説を採る過労自殺訴訟との比較(2−8)
    「過労自殺訴訟」:
「いじめ自殺訴訟」と同様の判断構造であるが、裁判実務上、被侵害権利利益につき、人格的利益説と生命侵害説に分かれることがない。
その機序:
@使用者が指揮命令する過重労働による労働者の心理的負荷等の過度の蓄積という受忍限度を超える精神的苦痛の発生(人格的利益の侵害)⇒Aこれによる精神障害の発生(精神の侵害)⇒Bこれによる当該労働者の自殺(生命の侵害)
「過労自殺訴訟」における被侵害権利利益は、例外なく、最終の当該労働者の自殺であるとして、使用者の安全配慮義務違反によって生じた当該労働者の死亡による損害の賠償請求をするものとして扱われる。
    「過労自殺」の周知性の獲得と立法措置と同様に、現在、「いじめ自殺」が「周知性」を獲得し、立法措置もされている
⇒「過度のいじめ」による「生徒の自殺」の危険性は、「過度の労働」による「労働者の自殺」の危険性と同様の定型性があると認められる

「いじめそのものの人格的利益の侵害による損害」の「後続損害」として位置づけて、「いじめ自殺」を過失、因果関係の責任成立要件の内容から放逐する必要性はなく、「過労自殺訴訟」と異なる扱いをとる合理的な理由はない。
     
  ■4 交通事故後自殺訴訟との比較(2−8)
  □(1) 「後続損害」として民法416条の適用場面とする旧来の最高裁判決 
    当該交通事故が有する危険性として定型性があるとは類型的にいえない「被害者の自殺(生命侵害)」については、その後に発生した「後続損害」の問題⇒「損害賠償の範囲としての因果関係」(民法416条)に当たる。

最高裁昭和50.10.3:
交通事故の加害者における被害者の当該自殺についての予見可能性(同条2項)の有無によって相当因果関係の成否を判断。
  □(2) 近時の最高裁判例による予見可能性緩和説への意向 
    最高裁H5.9.9:
交通事故により被害者の受けた傷害が身体に重大な器質的障害を伴う後遺症を残すようなものではなく、後遺障害等級14級の認定。
右事故の態様た加害者の一方的過失によるものであって被害者に大きな精神的衝撃を与えその衝撃が長い年月にわたって残るようなもの⇒その後の補償交渉が円滑に進行しなかったことなどが原因となって被害者が災害神経症状態に陥り、その状態から抜け出せないままうつ病⇒自殺。

原審:本件事故後の事態の推移を時系列に追って認定し、このような事態の発展は、加害者のみならず通常人であっても予見可能⇒本件事故とAの死亡との間には相当因果関係がある。

判断:原審が適法に確定した事実の概要を判示した上で、予見可能性に関してまったく言及することなく相当因果関係を認めることを是認する判示。

本来の民法416条の要件事実である不法行為時(本件事故時)において加害者の立場から当該被害者の当該自殺を予見することが可能であったか否かという判断をしたものとはいえず、
通常人の立場から見て、当該交通事故の態様及び結果から判断される当該事故の危険性が現実化していったものといえるかによって相当因果関係を判断していると評価される。

「過労自殺訴訟」における相当因果関係(業務起因性)の判断の方法と同一性があり、後述の「体罰自殺訴訟」において相当因果関係を肯定する近時の下級審裁判例の判断の内容と同一性を有する。
   
「いじめ自殺訴訟」において、損害賠償の範囲を定める民法416条所定の後続損害の場合の予見可能性の判断に依拠する判断の方法をとらず、
「被侵害権利利益=生命侵害」説をとった上で、通常人の判断として(通常人の立場から見て)、当該過度のいじめによって被害生徒に過度に蓄積した心理的負荷等によってその危険性が現実化して当該自殺に至ったと認められ、帰責を相当とする因果関係を肯定することができるかという、相当因果関係の判断をする私見の判断の方法(前提となる因果関係についても、相当因果関係の判断を判示するjことのある判例の立場による場合)は、この「交通事故後自殺訴訟」における最高裁の立場と整合性があるといえるばかりか、むしろ合致している。
この「交通事故後自殺訴訟」においても、通常人の立場から見て、当該交通事故の態様及び結果から判断される当該事故の危険性が現実化して生じたといえる帰責を相当とする因果関係の範囲内にある当該事故の被害者の死亡の結果(自殺)につちえは、当該交通事故を惹起した当該加害者に対し、当該交通事故における注意義務違反による結果であるとして帰責することを想到とする過失(結果予見・回避義務)の範囲内であるとする法的価値判断が相当であると考えられる。

この過失(結果予見・回避義務)の点でも、前述した「いじめ自殺訴訟」や「体罰自殺訴訟」における法的価値判断と一致。
    その後の最高裁判例を踏まえて考察すると、「交通事故後自殺訴訟」における私見と同様に、今後は、具体的予見可能性必須説をとらずに(民法416条に依拠する判断の方法をとらずに)、予見可能性緩和説における「予見不要法」や「通常緩和法」へと移行していることが予想されるのであり、
事案によっては被侵害権利利益=生命侵害説によることもあり得る。
     
  ◇三 いじめ自殺訴訟の裁判例及び学説の状況(2−9)
  ■1 裁判例の分析の状況と私見の立場(2−9)
    横田論文:
「過失」の成立の要件事実の対象となるのが「当該いじめ」の「予見可能性」か「当該自殺」の「予見可能性」かという分析を加えるkとをせず、因果関係の観点から分析。
  ■2 裁判例を分析して自説を述べる2つの学説(2−10)
    蛭田=中村論文:
被侵害権利利益=人格利益説。
具体的予見可能性必須説に立ち、例外として通常損害となる場合(=苛烈暴力型)を想定。
    横田論文:
具体的予見可能性必須説に立ち、例外として通常損害となる場合(=苛烈暴力型)を想定。
(相当因果関係についての)予見可能性緩和説の方向性ないし親和性。
  ■3 代表的な裁判例の私見による分析の補充(2−11)
  □(1) 予見可能性緩和説をとる裁判例(2−11)
  ●東京高裁平成14年津久井事件判決:
被侵害権利利益=生命侵害説
学校関係者におけるいじめ自殺の周知性など⇒「本件自殺のような重大な結果を招くおそれがあること」について予見すべきであり、予見可能性が認められる。
⇒本件自殺に対する具体的予見可能性を求めることなく、安全配慮義務違反(過失)を肯定。

責任成立要件としての因果関係では予見可能性の要件は不要⇒「(同教諭において自殺の予見可能性があったことは前記認定のとおりである)」との括弧書きの部分を省略すれば、
過失と相当因果関係の一体的判断の一例。
  ●福嶋地裁いわき支部H2.12.26いわき事件(2−12)
 生徒1人から苛烈暴力型のいじめを継続的に受けた中学3年の男子生徒Aが自殺。
「自己の全人格や人間としての存在基盤そのものが否定されるようないじめを受け続けたのでは、生きる意欲を失い自らその生命を絶つという挙に出たとしてもあながち不可解なことではない」
⇒いじめと自殺との因果関係を肯定。

「その学校側の安全保持義務違反の有無を判断するに際しては、悪質かつ重大ないじめはそれ自体で必然的に被害生徒の心身に重大な危害をもたらし続けるもの⇒本件いじめがAの心身に重大な危害を及ぼすような悪質重大ないじめであるとの認識が可能であれば足り、必ずしもAが自殺することまでの予見可能性があったことを要しないものと解するのが相当」

最高裁平成12年電通事件判決と同様に、被侵害権利利益=生命侵害説に立ったうえで、
予見可能性緩和説のうちの「置換法」をとり、前記の「生徒の生命、身体、精神等に重大な危険が及ぶことを防止すべき」安全保持義務違反の有無を判断するには、
「心身に重大な危険を及ぼすような悪質重大ないじめであるとの認識の可能性」があれば足りると説示して、
自殺については「心身の重大な危害」の一態様であると解するものと位置付けるのが相当。
   
  □(2) 学説による分析後のいじめ自殺訴訟の裁判例(2−11)
  ●東京地裁H3.3.27冨士見中学いじめ訴訟第一審判決
Aの自殺については、事前に蓋然性のあるものとして予知することはおよそ不可能であり、法的判断としての予見可能性あるいは相当因果関係の有無の問題としてみる限り、Aの自殺を予見することができなかったものと解するのが相当。
  ●その控訴審の東京高裁H6.5.20
被侵害権利利益=人格的利益説による安全配慮義受違反を肯定

いじめを受けた者がそのために自殺するということが通常の事であるとはいいがたい⇒Aの当該自殺について予見可能性があったとは認めるに足りないとして、具体的予見可能性必要説をとって相当因果関係を否定。
⇒自殺による損害の賠償責任を否定。
     
  ■4 学説による分析後の「いじめ自殺訴訟」の裁判例(2−12)
  ●名古屋高裁H24.12.25(2−12)
本件いじめの態様、程度、期間に加え、本件いじめ及びその放置と本件自死との間には3年4か月余りが経過しており、Aは、その間、様々な出来事や多様な人間関係を経験し、本件自死の主たる原因もその直前の人間関係等による精神的ストレスにあったものと認められる
⇒一審被告らには、Aの本件自死についての予見可能性はなかった

Aの死亡による損害についての賠償責任を否定して、
相当因果関係を肯定した解離性同一性障害により生じた損害について学校側の過失を認め、その賠償責任を肯定。
被侵害権利利益=人格的利益説

損害賠償の範囲としての因果関係:
本件の自死に至る経過における特殊性を詳しく判示して、このことを理由として学校側の予見可能性を否定⇒一般に他人が自殺を予見することは極めて困難であることを理由とする具体的予見可能性必須説を採用したものとは解することができない。

「いじめ問題」の報道等から「本件いじめを予見できたというべきである」という予見義務の存在を肯定するという法的価値判断による判断の手法は、「いじめ自殺問題」の報道等から、「本件いじめ自殺を予見できたというべきである」という予見義務の存在を肯定するという法的価値判断による判断の手法(東京高裁平成14年津久井事件判決参照)に連なる考え方。
  ●前橋地裁H26.3.14(2−13)
一般的な安全配慮義務の内容として「生命、精神」等を挙げた上で、学校側の具体的な安全配慮義務の内容として「精神的苦痛(精神侵害)の軽減」を判示
⇒被侵害権利利益=人格的利益説

損害賠償の範囲としての因果関係として具体的予見可能性必須説を厳格に適用

「自死回避義務違反」としての安全配慮義務違反(被侵害権利利益=生命侵害説に立つ場合)についても、当該自死の具体的予見可能性を求めている

いずれの場面においても具体的予見可能性必須説を厳格に適用。
  ●神戸地裁平成28年判決(2−14) 
被侵害権利利益=生命侵害説
安全配慮義務違反とAの当該自殺との事実的因果関係を肯定
but
相当因果関係を否定

被侵害権利利益=生命侵害説ぬい立つ場合には、
責任成立要件としての因果関係であると位置づけられる安全配慮義務違反(過失)と当該自殺との間の相当因果関係の判断においても、
損害賠償の範囲つぃての因果関係の後続損害の場合と同じく、当該自殺の予見可能性を要件として求め、
かつ、具体的予見可能性必要説に立ち、
「被告の担当教諭及び校長は、上記Aの自殺という特別損害を「予見し、又は予見することができた」ものとは認められず、したがって、同被告らの義務違反とAの自殺との間の相当因果関係を肯認することはできない」と結論付け、
Aの死亡による損害の賠償責任を否定し、
いじめ自体による慰謝料150万円について賠償責任を認めた。
     
  ■5 「体罰自殺訴訟」の裁判例の予見可能性緩和への移行(2−14)
    体罰自殺訴訟では、
教諭の体罰と被害生徒の自殺との相当因果関係の判断において、
旧来の判例(最高裁昭和52.10.25)と異なり、
その後は、これを肯定する裁判例。
@神戸地裁姫路支部H12.1.31
A福岡地裁小倉支部H21.10.1
B東京地裁H28.2.24
    労災訴訟(労災業務外認定取消訴訟)の分野における疾患の業務起因性の有無において問題とされる「相当因果関係」について
最高裁H8.1.23:
公務災害訴訟の事案において、公務員が死亡するに至ったのは、
「公務に内在する危険が現実化したことによるものとみるのが相当である」として、公務と死亡原因の疾病との相当因果関係を肯定。

判例は、「過労死・過労自殺」損害賠償請求訴訟(労災民事訴訟)においても、前述した法的価値判断という意義における相当因果関係の判断をしており、
権利利益の侵害(疾病の発生ないしこれによる死亡)に対する使用者の予見可能性の有無の判断をすることなく、この労災訴訟と同様の判断を示している。
    A福岡地裁小倉支部H21.10.1:
「Aの自殺は、専ら本件懲戒行為及び事後行為が直接的な原因となって生起した事情であり、他にあの自殺に対する外部的要因は見当たらない以上、Aの自殺は、本件懲戒行為及び事後行為に内在する危険性が現実化したものと認めるのが相当であり、本件懲戒行為及び事後行為とAの自殺との間には、相当因果関係があるというべきである」旨判示。
@神戸地裁姫路支部H12.1.31:
相当因果関係が認められるためには、児童の自殺と教諭による殴打行為との間に事実的因果関係が認められることに加えて、本件殴打行為からそのような結果(児童の自殺)を生ずることが経験則上「通常」といえることが必要(民法416条1項)。
右の「通常性」は加害者たる教諭において現に認識していた事情に加えて、教諭において認識可能(予見可能)であった事情を基礎として判断されるべきものであり(同条2項)、また、「経験則上通常」といえるためには、加害行為(本件殴打行為)当時、加害者たる教諭において通常有すべきであった知識経験を基準として、実際に生起した損害の発生に至る因果の経過が加害行為の危険性の現実化していく過程として肯首し得るものと認められれば足り、因果の経過がかなりの蓋然性をもって連なっていることまでの必要性はない。

元来、不法行為における相当因果関係の理論は、異例ないし偶発的な訴なぎを排除して、加害者の賠償すべき損害を合理的な範囲に限定するために導かれたもの
⇒ここで要求される「通常性」は異例ないし偶発的な損害を排除し得るものであれば足りる。

体罰と自殺との相当因果関係を肯定した@A判決は、
前掲の労災訴訟及び労災民事訴訟(過労死・過労自殺訴訟)における最高裁H8.1.23の「相当因果関係」の判断の枠組みと同質のものといえ、これを参考にしていると考えられる。
  B東京地裁H28.2.24
被侵害権利利益=人格的利益説に立った上で、
相当因果関係の有無について、
担当教諭の本件暴行等と本件生徒の自殺との間には条件関係が認められ、
本件生徒を指導する教員であった補助参加人において、本件暴行等によって本件生徒が精神的に追い詰められて自殺に至る危険があることについて教員として予見すべきであり現に予見し得たものと認められる⇒補助参加人の本件暴行等と本件生徒の自殺との間には相当因果関係が認められる。
体罰を継続する加害教諭の予見の対象について
「当該被害生徒が当該自殺をすること」から「体罰の継続によって当該被害生徒が精神的に追いつめられて自殺に至る危険があること」に置換して予見可能性を緩和。
(相当因果関係の判断における「置換法」、「予見一般化法」)
体罰の加害教諭の被害生徒の自殺の危険に対する予見可能性について、「予見すべきである」と断じており、この判断が極めて法的な価値判断であることを示すものであり、
いじめ自殺訴訟における東京高裁平成14年津久井事件判決とともに、
後掲のサッカー引率教諭の落雷事故防止義務を肯定した最高裁判決を想起させる。
  以上のような相当因果関係の判断の方法

@いじめ自殺についての教育現場における周知性の獲得
Aいじめ防止法に基づく教諭への研修の実施等の状況

今後は、いじめと自殺との間の事実的因果関係が認定されれば、いじめ自殺は、偶発的、異例な事態ではないものとして相当因果関係が肯定される事例が多くなる。

いじめ自殺訴訟における争点として、事実的因果関係の認定が結論を左右する分水嶺となる。

いじめ自殺訴訟において、被侵害利益=人格的利益説に立つ場合における相当因果関係の判断であっても、
予見可能性緩和説のうち、「通常緩和法」や「置換法」や「予見一般化法」を採ることが相当。
  □学校側の過失(安全配慮義務違反)の内容について 
  A福岡地裁小倉支部H21.10.1:
担任教諭の過失について、「担任教諭が当時置かれた立場に立ち、教諭に求められる通常の観察義務を尽くしていれば、Aが衝動的に自殺を含めた何らかの極端な行動にでる可能性は認識し得た」と判示して過失を肯定。

被侵害権利利益=生命侵害説に立って
「置換法」や「予見一般化法」をとったもの。
  @神戸地裁姫路支部H12.1.31
教諭の過失(安全配慮義務)の認定判断として、
体罰が「生徒の心身に重大な悪影響を及ぼす」
⇒「当該生徒の自殺が予測されると否とにかかわら」ないし、「客観的に見て重大な結果発生が明白に予測される場合に限られる」ことはないと判示し、これを肯定。

被侵害権利利益=生命侵害説に立ち、
私見の予見可能性緩和説のうちの「置換法」や「予見一般化法」をとり、
「心身への重大な悪影響」の態様の1つ又はその結果としての当該自殺について、学校側の過失(安全配慮義務違反)を肯定。
いじめも、これを受けた生徒の生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがある⇒体罰と同様に、いじめ防止法によって絶対的に禁止されており、学校側にその防止策を義務付けている⇒いじめを受けている生徒において、当該いじめが継続して心理的負荷等が過度に蓄積することによって、その危険が現実化するのを防止すべき学校側の安全配慮義務は、当該生徒の自殺が、明白に、あるいは具体的に予測される場合に限られず、当該生徒の心理的負荷等を過度に蓄積させ続けている限り、当該過度のいじめに対して、明白に、あるいは具体的に発生するというべき。
  「体罰自殺訴訟」における裁判例は、
旧来の「教師の懲戒により生徒が自殺するということは極めて稀有かつ特異な事例であり、通常生ずべき結果ではないと考えられるべきであり、一般には他人がこれを予見することが極めて困難である」との知見・認識を前提として判断されたと解説される、最高裁昭和52.10.25(体罰自殺事件)が判示された時や、これを引用しつつ同旨の知見・認識を述べる昭和60年代の学説の公表の時代と異なり、
@その後の「体罰自殺」の周知性等の状況が一変していること
A前記の学校教育法の体罰禁止の法意を十分に斟酌して、
いち早く、同最高裁判決が立つ具体的予見可能性必須説は後退し、既に、予見可能性緩和説が、具体的予見可能性必須説を凌駕している傾向にある。 
   
  ■6 予見可能性緩和説を採る近時の学説の状況(2−17)
  「論点体系 判例民法(7)不法行為T」は、
「いじめ自殺の予見可能性」の要否について(裁判例が相当因果関係の成否を問題としているという分析を記述した上で)、
学説では
「自殺はいじめの被害の一内容である」
「客観的に予見可能であれば足りる」
「自殺についての予見可能性までは必要でない」
というのが大勢。

予見可能性緩和説が大勢。 
  相当因果関係についても、
私見や東京高裁平成14年津久井事件判決と同様、具体的予見可能性を問わない、予見可能性緩和説。
横田論文の学説の分析において、
「通常損害」に当たる具体例とする「社会通念上許容できないような肉体的、精神的苦痛を招来するようないじめ」の場合というのは、私見における「過度のいじめ」(他の生徒が特定の生徒に対して心理的又は物理的影響を与えて受忍限度を超えてその生徒の心身に苦痛を与える行為=違法性の肯認される「いじめ」)と同一の概念。

この学説は、損害賠償の範囲の因果関係の判断をする立場を採る場合において、「苛烈暴力型」のいじめで、かつこれにより自殺するのが通常である等の極端な場合に限って「通常性」を肯定する具体的予見可能性必須説とは明らかに異なっており、
「通常性緩和法」をとるものといえる。
「いじめ被害の一内容をなすといえる」という学説の分析
⇒「被侵害権利利益=生命侵害説」の立場をとる場合における予見可能性緩和説のうち「置換法」をとる見解に結びつく。
  私見と同様の見解を述べる学説
伊藤進=織田博子「学校事故」
A判決(福島地裁いわき支部H2.12.26(いわき事件))では「心身に重大な危害を及ぼすような悪質重大ないじめ」の認識があれば足り、自殺についての予見可能性があったことまで要しないとして学校側の安全保持義務違反を肯定していると紹介した上で、
「今日ではいじめによる自殺事故が数多く報道されていることを考えると、自殺は予見不可能な被害とはいえないであろうし、そうでない段階でも過失=安全保持義務の問題としてとらえるときは、自殺はいじめ被害の一内容であり、過去の判例でも当該具体的被害を予見することは必ずしも要求されていないから、A判決の見解は妥当であるといえよう」と記載。

被侵害権利利益=生命侵害説に立ち、
過失(安全配慮義務)の要件の「予見可能性」について「予見一般化法」をとり、
そうでない段階において「置換法」をとる解釈を示しているもの。 
     
  ◆第四 いじめ自殺訴訟の学校側の責任判断の在り方について(私見=予見可能性緩和説の補説) (3−4)
  ◇一 いじめ自殺の統計的確率上の数値と責任成立要件との関係(3−4)
  ■1 統計的確率を重視する具体的予見可能性必須説と重視しない判例の立場(3−4)
    具体的予見可能性必須説:
いじめ自殺について「極めて稀有かつ特異な事例」⇒通常生ずべき結果ではないし、他人がこれを予見することは極めて困難である」という旧来の知見・認識を根拠として、
責任成立要件の「過失」における「予見可能性」に具体的なものであることを厳格に求め、あるいは、
「相当因果関係」における「通常」(民法416条1項)について「通常生ずべき結果ではない」として、これを否定し、
特別な事情による損害であるとした上で、その「予見可能性」(同条2項)について、当該いじめ自殺に対する「具体的予見可能性」を厳格に求めている。

いじめ自殺の「統計的確率」が非常に低く、「極めて稀有かつ特異なこと」をその根拠とする。
but
不法行為訴訟における最高裁判例は、責任成立の要件(予見可能性及び相当因果関係)において、死亡の可能性が「統計的確率」として見た場合には「極めて低く稀な場合」であってもそのことを理由として、死亡(生命の侵害)の原因となった注意義務違反(作為・不作為)をした者(被告)の責任を免れさせていない。
     
  ■2 医療(インフルエンザ予防接種禍)訴訟の最高裁判例(3−4)
   甲疾患の年間罹患者約150万人、甲疾患に薬効のある乙薬剤を注射すると、禁忌者グループ約8万5000人のうつ5,6人に重篤な副作用が生じて死亡。
but
その危険性と甲疾患の病態の深刻性の程度及び乙薬剤の薬効とを比較衡量した専門的知見により、乙薬剤を当該禁忌者グループに注射することを絶対の禁忌とするのが一般的な医療水準となっている場合。
最高裁昭和51.9.30:インフルエンザ予防接種事件:
医師が、インフルエンザ予防接種の異常な副反応による被接種者の死亡、脳炎等の重大な結果の発生の危険から禁忌者を識別してこれを保護するための予防接種実施規則所定の禁忌者識別のための適切な問診を尽くさなかった⇒その識別を誤って実施した予防接種の副反応によって対象者が死亡又は罹病⇒当該医師はその結果を予見しえたのに過誤によって予見しなかったものと推定すべきである旨判示。

予防接種の死亡、後遺障害等の結果が発生する統計的確率は、極めて低いとされているが、同判決は、被接種者の生命・身体の安全の確保のために医師の診療上の義務として定められた予防接種実施規則に違反したことの法的な価値判断として、前記の過失の推定をして、その結果の予見・回避義務の違反を肯定。
  相当因果関係における「通常」とは、「通常の蓋然性(通常人が日常生活において確信して行動する程度の蓋然性や統計的確率)」というレベルの高い蓋然性や高度の統計的確率を要件として求める趣旨ではない。
社会通念や通常人による判断を内包した法的価値判断として「帰責の相当性」を要件として求めるもの。

「前提となる因果関係」における相当因果関係の「通常」の解釈について説示した神戸地裁姫路支部H12.1.31の判示(「通常有すべき知識経験を基準として、実際に生起した死亡の結果の発生に至る因果の経過が、加害行為の危険性の現実化していく過程として首肯し得るものと認められれば足り、因果の経過がかなりの蓋然性をもって連なっている必要はない」こと)は正しい。
医療訴訟・・・許された危険の法理や社会的有用性を理由とするほか、医師のその副作用の結果の発生に対する回避義務がないという理由によって、その副作用の危険性の防止義務が解除されることがあり得る。
but
いじめ自殺訴訟では、いじめを一律に(絶対的に)禁止しており、その効果の存在を理由とする危険性の継続を許していない⇒過度のいじめはそれによる自殺の危険性の統計的確率がいかに低くとも、決して許容されるものではなく、教諭のその防止義務がこの統計的確率を理由に解除されることはない。
  最高裁判例は、
医師と患者という専門家としての指導管理関係の他にも、
教諭と生徒、使用者と労働者という指導・指揮監督関係にある相手の生命・身体の安全の保護に配慮すべき義務のある法律関係に立つ者に対しては、
その者の行為(作為・不作為)によって保護すべき相手の「生命の侵害」という最大の権利利益の侵害の結果を生じさせる危険がある場合に、
その法益侵害の危険が極めて重大であることから、その結果発生の統計的確率が極めて低く、稀な場合であっても、これを「予見して回避すべきである」という結果予見・回避義務を負わせている。

その者の安全配慮義務を相当に高い水準に設定している。
     
  ■3 学校事故(落雷事故)訴訟の最高裁判例(3−5)
    最高裁H18.3.13:
・・・上記雷鳴が大きな音ではなかっとしても、同校サッカー部の引率者兼監督であったB教諭としては、上記時点ごろまでには落雷事故発生の危険が迫っていること具体的に予見することが可能であったというべきであり、また、予見すべき注意義務を怠ったものというべきである。
このことは、たとえ平均的なスポーツ指導者において、落雷事故発生の危険性の認識が薄く、雨がやみ、空が明るくなり、雷鳴が遠のくにつれ、落雷事故発生の危険性は減弱するとの認識が一般的なものであったとしても左右されるものではない。

上記のような認識は、平成8年までに多く存在していて楽ら事故を予防するための注意に関する本件各記載等の内容と相いれないものであり、当時の科学的知見に反するものであって、その指導監督に従って行動する生徒を保護すべきクラブ活動の担当教諭の注意義務を免れさせる事情とはなり得ない。
これと異なる見解に立って、B教諭においてA高校の第二試合の開始直前ころに落雷事故発生を予見することが可能であったとはいえないなどとして、被上告学校の損害賠償責任を否定した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

「いじめ自殺」においても、担当教諭が当該いじめによる自殺の危険を具体的に予見すること(具体的予見可能性)を主観的に把握するのではなく、「担当教諭は、できる限りその危険を具体的に予見すべきであり、この予見義務を尽くしてその危険の発生を未然に防止して生徒を保護すべき義務がある」として客観的に把握すべき視点を提供するもの。

そして、「担当教諭がこれを予見し得なかったとすれば、予見すべき義務を怠ったものというべきである」という判旨は、重要な法的価値判断を示すものとして、いじめ自殺訴訟において参考になる。
    上記最高裁判決が、その判断の理由として「落雷による死傷事故で毎年5人弱が死亡していることに照らすと、落雷による死傷事故は決して稀なこととはいえないこと」を判示。
〜最高裁判例における生徒の死亡事故に関する統計的確率に対する評価の態度や評価の在り方を示している。
雪崩遭難死亡事故についての最高裁H2.3.23を引用し、この判旨に照らすと、
「最高裁が引率教諭に求める安全配慮義務の水準というのは相当に高いというべきであり、また、最高裁は、天災と位置づけられており、比較的予見が難しい事故であっても、簡単には予見可能性を否定しないという立場をとってきたものと考えられる」(判時(1929p41)解説)

最高裁は、教諭の指導・指揮監督下における生徒の死亡事故については、その統計的確率が低く、その予見が難しくとも、簡単には予見可能性を否定しておらず、相当に高度の安全配慮義務を要求。
そして、死亡事故の統計摘確率の低さを理由に(相当)因果関係を否定することもしていない。
上記最高裁判決は、私見の予見可能性緩和説の「置換法」と同じく、教諭の予見すべき義務の対象を「当該生徒の当該受傷」から「生徒の安全にかかわる事故の危険性」(=落雷事故発生の危険性)に換えて、その要件を緩和。
     
  ■4 過労自殺訴訟の最高裁判例(3−6)
    最高裁平成12年電通判例:
使用者の「過労自殺」に対する具体的予見可能性の存在をその責任要件としての「過失」(安全配慮義務)の要件として何ら求めていない。
    統計的確率上の数値上からは、「極めて低く、稀な事例」
過労自殺の統計的確率上の数値は極めて少ないが、そのことを理由として「過労自殺訴訟」における最高裁判例おy日その後に確立している判例理論において、使用者に当該労働者の過労自殺に対する具体的予見可能性の存在を厳格に求めたり、過失や相当因果関係の責任成立要件を否定するような解釈が採られていないことは明らか。
     
  ■5 判例の立場と合致する予見可能性緩和説の相当性(3−7)
    最高裁判例の趣旨⇒予見可能性緩和説をとるのが相当。
     
  ◇二 過失の内容としての予見可能性の程度(3−7) 
  ■1 結果予見・回避義務を特定するための予見可能性(3−7)
    「過失」の判断における「予見可能性」の要件事実は、専ら、法的価値判断を要する過失(結果予見・回避義務違反)の判断の内容として客観的に求められるもの。

結果の予見可能性及び予見義務に応じた結果の回避可能性を特定することにより結果回避義務の内容を具体的に特定して確定するに足りる内容のものとして、どの程度の予見可能性が要求されることになるのかが、事案や訴訟類型に応じて、具体的予見可能性が厳に求められたり、一般的な予見可能性で足りると解されることになるのであって、それ自体が法的な価値判断を要する客観的なもの。
    予見可能性の対象とその程度は、「何らかの危害に対する疑念」とか「何らかの危険に対する危惧感」といった程度では、その予見可能性に応じた回避義務を具体的に特定し得ない。
but
当該権利利益の侵害の結果と同種の危険あるいはそれに関連する危険といった程度、すなわち、不法行為制度における責任成立要件としての趣旨からみて、過失(結果予見・回避義務)の内容を具体的に特定するための合理的な範囲における一般的・抽象的・概括的なもので足りる。
(最高裁昭和51.9・30:インフルエンザ予防接種事件の調査官解説)
     
  ■2 いじめ自殺の予見可能性の程度に応じた注意義務の特定(3−7)
    過失(安全配慮義務違反)の要件における予見可能性の要件事実について、予見可能性緩和説のうち「予見一般化法」をとる場合、
その予見可能性の程度は、
いじめの継続や発展に応じて、あるいは、過失が肯定される時期に応じて、次第に一般的なものから具体的なものへと変化することがあり、
その場合に当該自殺を回避すべき義務の具体的な内容(学校側が講ずべき措置の具体的な内容)も当該いじめ被害の聴き取り調査等から、次第に高度で緊急性のあるものへと発展し、より具体的なものとなる。 
予見可能性緩和説は、このような予見可能性の程度に応じた注意義務の具体化、高度化を求めないのではなく、具体的予見可能性が必須の要件事実であるとは解さない立場。
    いじめ防止法がいじめの防止等(いじめの早期発見)の対策として法定する定期的なアンケート調査を実施していれば、比較的早い(一般的な予見可能性の)段階から過度のいじめの発見ができて、それ以後の過度のいじめの継続や発展を防止することができることになる

この調査の実施による過度のいじめの防止義務に違反して調査を全く実施していなかった場合、あるいはこのアンケート調査に表れたいじめ被害の生徒本人やクラスメイトからの申告を軽視し、その後の的確な調査や過度のいじめの防止のための対策を怠った場合は、
その後の過度のいじめの継続や発展によって心理的負荷等が過度に蓄積して自殺に至ったときの過失と相当因果関係は、容易に認定判断される。
     
  ■3 学校事故(クラブ活動中の喧嘩による負傷事故)訴訟との比較(3−8)
    最高裁昭和58.2.18:
課外クラブ中の生徒同士の喧嘩で失明:
・・・課外のクラブ活動が本来生徒の自主性を尊重すべきもの⇒何らかの事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特段の事情のある場合は格別、そうでない限り、顧問の教諭としては、個々の活動に常時立会い、監視指導すべき義務まで負うものではないと解するのが相当である。

課外のクラブ活動が本来生徒の自主性を尊重すべきもの⇒何らかの事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能である特段の事情の存在を要件とすることによって、顧問の教諭の常時立会いによる監視指導義務を否定。
but
いじめ自殺訴訟では、過度のいじめを放置しておく利益は何ら認められない⇒具体的予見可能性を求める法的な価値判断を要しない。
むしろ、同判決は、常時立会いが義務付けられる「具体的予見可能性」の対象として「何らかの事故の発生する危険(性)」と判示して抽象化・概括化しており、左目の失明等の「生命・身体に重大な被害が生じる事故が発生する危険」に触れていない。

「生命・身体に重大な被害が生じる事故が発生する危険」が「何らかの事故の発生する危険」の態様の1つ(これが包含する範囲内のもの)としている。

いじめ自殺訴訟における私見の予見可能性緩和説の「置換法」にyる「生徒の当該自殺」の置換後の要件事実である「生徒の心身の健康を損ない、その生命・身体に重大な被害が生ずる危険」という、被侵害権利利益の抽象化・概括化と同一性があり、更にそれを進めるものであると指摘することができる。
     
  ■4 精神病院内患者自殺訴訟との比較(3−8)
    入院患者の当該自殺を対象とする「具体的予見可能性」を厳格に求めることが判例理論として確立。

精神疾患をもった患者を病院に収容する医師の自殺防止義務違反の判断では、精神医療における治療目的(解放処遇を含む)と自殺予防という二律背反的な要請を調整して医師の精神治療における裁量権の逸脱を肯定するための要件として、患者の「自殺の具体的予見可能性」を求めるのが相当であると解するのが学説及び判例。
いじめ自殺訴訟では、過度のいじめを放置しておく利益は、何ら認められず、担当教諭に過度のいじめを放置する裁量権がないことは、いじめ防止法の規定から明らか。
⇒具体的予見可能性を求める法的な価値判断を要しない。
     
  ◇三 総括と過失相殺の判断の在り方(補説)(3−9) 
  ■1 本稿の総括と今後の課題(3−9)
    いじめ自殺の周知性の獲得やいじめ防止法の立法事実(法意、生徒の生命及び心身の保護義務)を斟酌して、
これと同様の判断構造を持つ唐牛諾訴訟における最高裁平成12年電通事件判例の判旨を参酌し、この判例理論に依拠


被侵害権利利益=生命侵害説

予見可能性緩和説:
過失における置換法、予見一般化法(過失の推定)、
相当因果関係における通常性緩和法、予見不要法、法的価値判断法)
過失と相当因果関係の一体的判断の方法
同最高裁判例を引用して私見と同じ解釈をとる自衛官いじめ自殺訴訟の福岡高裁H20.8.25等の判例の傾向と一致。
    いじめ防止法の定める学校側の在籍生徒に対するいじめ防止対策としての指導教育等が実施⇒在籍生徒が啓発され、当該加害生徒も自らしている過度のいじめが相手方の生命・身体を害する危険について十分に認識⇒加害生徒側のいじめ自殺による損害賠償責任が肯定されることも多くなる。
   
  ■2 過失相殺等の判断の在り方(補説)(3−9)
  □(1) 労働災害(過労自殺・過労事故死)の場合(3−9)
  横浜地裁川崎支部H30.2.8:
過労自殺訴訟において、過労自殺した労働者の性格及びこれによる業務遂行の態様が、労働者の多様さとして通常の範囲内にある場合には、そのことを理由とする損害賠償額の減額が許されないと判示した最高裁平成12年電通事件判例を引用し、説示。
「債務不履行及び不法行為における過失相殺の規定(民法418条、722条2)は、損害の公平な分担という損害賠償法の理念によるもの⇒使用者に損害賠償責任が肯定される使用者の業務の遂行に起因する労働者の死傷事故により生じた損害について、過失相殺の規定の適用ないし類推適用することの当否及びその割合を判断するに当たっては、この理念に照らして、労働者側の過失ないし素因と、使用者側の過失ないし素因とを対比検討して決すべきものと解される。」と判示した上で、
過労によってバイクを運転して帰宅中に居眠り状態に陥って交通事故死したという本件事案への適用を視野に入れて、
「使用者の指揮命令による労働者の過重な労働によって発生した死亡の損害賠償額を定めるに当たり、その安全配慮義務によって回避すべきであった当該労働者の死亡の結果について、
これに関わる労働者の性格等及びこれによる業務遂行の態様が労働者の多様さとして通常の範囲内にある場合には、
その損害額を割合的に減ずることは殊に慎重に判断されるべきである」旨判示。
  □(2) いじめ自殺の場合(3−10)
    (1)の考え方⇒
加害生徒はもとより、学校側においても、その過失(安全配慮義務違反)によって生じた被害生徒の自殺の損害額を定めるに当たり、その義務を尽くして回避すべきであった、通常の(多様な)生徒の範囲内にある性格等の当該生徒の「自殺自体」を自由として損害額を割合的に減じることは相当ではなく、否定されるべき。
成人が過重労働によって心理的負荷等が過度に蓄積⇒自殺
当該生徒が過度のいじめにより心理的負荷等が過度に蓄積⇒精神疾患・精神障害の発症やその心身状態が影響⇒自殺
過度のいじめを継続的に受けた生徒が自殺に至る経緯についての心理学的分析も現在は進んでおり、
@徐々に危険な心理状態に陥っていくことによって自殺に追い詰められるものであること
A特に、しつこく繰り返されたり、みんなから集中的にされたりすると深刻な精神的ダメージをもたらすことが明らかにされている
(「自殺予防マニュアル」参照)

いかに1中学生の自殺であるとはいえ、自殺は最後の一瞬まで本人の完全に自由な意思に基づいて選択した行為であるとといった旧来の知見・認識は、現在では改められるべき。
仮に、被害生徒のいじめ自殺に法的責任を負う加害生徒側はもとより、学校側がこれを主張
⇒過失相殺の規定の適用及び類推適用に該当する事実について立証責任を負担する被告において、その当該被害生徒の本件自殺時における心理状況及び精神状況を具体的に主張立証することによって完全に自由意思によって選択したことを明らかにすべき。
    過失相殺が許容されるのは、当該自殺の原因として、
@当該被害生徒の遺族である原告ら両親に責任のある家庭内の特別の事情等が競合している場合、
A当該生徒が両親に対して過度のいじめの被害を幾度も申告していたのに理解せずに漫然と放置していた場合
B当該生徒の既存の精神疾患が寄与している場合
学校側の当該いじめ自殺の発生に対する帰責事由(過失)の大小、多寡が大きく考慮されるべき。
担当教諭が当該過度のいじめを認識していながら放置していたり、その場に同席していたり、これと一体となって加担していたり、いじめ体験を誘発したり、強要した等の事情

その割合的な減額の当否の判断について消極に働き、
むしろ、死亡慰謝料の加算事由として斟酌されるべき。
  □(3) 損害の分配の在り方 
     
  ◆第五 結びに代えて(いじめの悪質性・重大性の判断方法) 
  ◇一 いじめの悪質性・重大性の位置付け等
    責任成立要件における被侵害権利利益=生命侵害説+
予見可能性関せ説

「前提となる因果関係」の認定判断の如何が、学校側のいじめ自殺に対する損害賠償責任の成否を決する分水嶺となる事例が多くなる。
その場合、その過度のいじめの悪質性・重大性の程度自体が、主要な間接事実となる。
(前述したように、他の主要な間接事実として、被告主張の自殺の他の原因の有無に関する事情がある)
    これらの判断においては、加害生徒の行為(作為・不作為)の態様等及び被害生徒の状況等が具体的に認定
⇒当該加害生徒の行為が「いじめ」に当たるか、さらに「過度のいじめ」(受忍限度を超える違法なもの)に当たるかが、当然に判定することができることになる。
     
  ◇二 悪質性・重大性の判断要素と判断方法 
  ■1 判断要素
  □(1) 悪質性の要素 
    @恐喝、脅迫、暴力ないし傷害行為 
    A身体に対する有形力の行使(接触を含む)
    B人格否定・尊厳を蔑ろにする言動
(ウ) いやがらせ行為
    C加害生徒の複数(人数)、集団性
  □(2) いじめ自体の重大性の要素 
    D継続性(期間の長短)
E執拗性・頻度・頻繁
  □(3) その他の重大性の要素 
    F担当教諭等の態度・関与
G被害生徒に関わる事情
H精神疾患・精神障害の発症又は心神症状の出現
I自殺未遂・自傷行為等
  □(4) 緩和させる要素(マイナスの要素) 
    J相談する友人の存在と相談の状況
K学校側の対応状況
L家族の対応状況
Mいじめ期間内に空白期間あり
  ■2 判断方法(判断基準) 
     
  ◇三 客観的な判断方法の今後の有用性