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民法判例

★百選Ⅰ(総則・物権)(第7版)
       
       
       
       
       
       
       
       
       
Ⅴ 法律行為   
      ◆12 公序良俗違反(1)・・不倫な関係にある女性に対する包括遺贈
  ◆13
最高裁H15.4.18   
  ◆13 公序良俗違反(2)・・証券取引における損失保証契約
  事案 Yが保証契約を履行しない⇒
Xは、
主位的に、本件保証契約と追加保証契約の履行を請求し
予備的に、損失保証を約束して投資を勧誘することは不法行為に当たるとして損害賠償を請求。 
  一審 大蔵省が損失補償を厳に慎むよう通達を出した1989年12月に損失保証が社会的妥当性を欠く行為であるという公序が形成され、本件追加保証契約はもちろん、本件保証契約も契約時に遡って無効⇒Xの請求を棄却。
  原審 本件追加補償契約は公序に反し無効であるが、本件保証契約は公序良俗に反して無効であるとはいえない。⇒現時点でその履行を求めることも証券取引法に反し許されないわけではない。 
  判断 「法律行為が公序に反することを目的とするものであるとして無効になるかどうかは、法律行為がされた時点の公序に照らして判断すべきである。けだし、民事上の法律行為の効力は、特別の規定がない限り、行為当時の法令に照らして判定すべきものであるが」、「この理は、公序が法律行為の後に変化した場合においても同様に考えるべきであり、法律行為の後の経緯によって控除の内容が変化した場合であっても、行為時に有効であった法律行為が無効になったり、無効であった法律行為が有効になったりすることは相当でないからである。」
本件保証契約が締結された「当時において、既に、損失保証等が証券取引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在していたものとみるのは困難であ」り、本件保証契約は、「公序に反し無効であると解することはできない」。 
「Xの主位的請求は、本件保証契約の履行を求めるものであり、同法(証券取引法)42条の2第1項3号によって禁止されている財産上の利益提供を求めているものであることがその主張自体から明らかであり、法律上この請求が許容される余地はないといわなければならない。」
「証券取引法42条の2第1項3号の規定は、憲法29条に違反しないというべきである。」
  解説 かてての証券取引法では、損失保証は違法とされていたものの、その違反に対しては行政処分が定められていただけ。
⇒取締法規違反にすぎず、私法上有効と考えられていた。
but
1989年末から一連の証券不祥事が表面化⇒1991年に証券取引法が改正され、損失保証は刑罰をもって禁止されることとなった。
最高裁H9.9.4:
1990年に締結された損失保証契約について、少なくとも契約時には、損失保証が証券取引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が形成されていた⇒無効。
本件で問題となったのは、1985年に締結された損失保証契約。
これは、1989年末を境に公序が変化したとするなら、契約時には公序に反していなかったが、履行請求時には公序に反していることになる。
  事後法に関する問題(ex.憲法39条)と共通性。
①どの時点の法を基準とするかの問題・・・判断基準の基準時
②法的な効力とその実現をいつ認めるか、つまり行為の時点で認めるか、現在認めるかという問題・・・効力判断の基準時
③判断の対象となる法的な効力とその実現をどこに求めるか、つまり有効・無効というレベルに求めるか、履行請求を認めるかどうかというレベルに求めるか
  ○A:行為時説(一般的理解)
公序良俗の内容の判断基準時は法律行為の時であり、その時点で公序良俗違反であれば、その後に公序良俗の内容が変化した場合でも有効とされることはない。
①法律行為がされた時点の公序良俗を基準として、②法律行為がされた時点で、③法律行為の有効・無効を決する立場

本判決も、この立場を踏襲。 
B:遡及説
①現在の公序良俗を基準として、②法律行為がされた時点で、③法律行為の有効・無効を決定することを、少なくとも例外的に、認めてもよい。
vs.
①現在の公序良俗を基準として、②法律行為がされた時点で、③法律行為が無効とされるため、すれに履行された法律行為についても、給付を保持する法律上の原因が失われる。
⇒不当利得の返還請求が、民法708条の判断次第では実際に認められる可能性が出てくるが、これは重大な社会的不安定を来たし、当事者の権利・自由に対する深刻な介入をもたらす。
C:請求時説
民法90条の目的は、公序良俗違反の行為の実現を許さないことにあると考えて、契約成立時には有効であっても、履行時の基準で公序良俗違反とされる場合には、契約自体が無効となると考えるべき。

①請求時の公序良俗を基準として、②請求時に、③法律行為の有効・無効を決するという立場。

変化後の公序良俗を基準とする点では遡及説と同じであるが、行為時ではなく、請求時に無効判断⇒直ちに履行ずみの法律行為について不当利得返還請求が認められることにはならない。

無効というのも、履行請求を否定する前提でしかなく、給付保持を正当化する法律上の原因としての有効・無効とは区別されている。
そのような結論を確保するための法技術としては、③判断の対象となる法的な効力を法律行為の有効・無効ではなく、履行請求の可否とする方が簡明。
本判決が、法律行為の有効・無効については行為時説を採用した上で、それとは別に履行請求の可否を判断しているのは、このように説明できる。
①請求時の基準にしたがって、②請求時に、③法律行為の履行請求をしりぞける場合の根拠:

a:法律行為の履行が不能になったとする見解(潮見)や、行為基礎の喪失や補充的解釈によって履行請求を否定する見解。

事情の変化によって法律行為が予定していた限度を超える履行コストがかかることになった場合に、当該法律行為から債務者にそこまでの履行を要求できないとする考え方。
法律行為・・・自律・・・に履行請求をしりぞける根拠を求める。

b:法令や公序という他律的根拠に基づいて履行請求が否定するとする立場(本判決)。
本判決は、これに従い、改正後の証券取引法が・・・改正前に締結された契約に基づくものを除外せずに・・・損失補填や利益追加のために財産上の利益を提供する行為を禁止していることを理由に、「法律上この請求が許容される余地はない」とする。
本判決の立場は、「法令が刑罰をもって禁止している行為の履行請求は認められない」と単純化して理解する余地もあるが、法令の目的を実現するために履行請求をしりぞけることが必要かつ・・・当事者の権利を制約する根拠として・・・相当かどうかが決め手となり、法令の規定の仕方はその判断の手がかりになるとみる方が、最近の公序良俗論とも整合的。(再構成75頁以下)
  本判決は、損失保証契約の履行請求をしりぞけた上で、 予備的請求・・・不法行為に基づく損害賠償請求・・・に関する部分を原審に差し戻した。
証取法42条の2(現在の金融商品取引法39条)第1項3号が合憲であるとする際に、「一定の場合には顧客に不法行為法上の救済が認められる余地があること」を理由としてあげている⇒判例はこのような救済の可能性を認めている。
本件の差戻控訴審である東京高裁H16.1.22は、Xの悪性が強かったことも考慮し、民法708条但書の趣旨に照らし、不法行為に基づく損害賠償請求を否定したが、救済が認められる可能性があることは前提とする。
but
投資取引そのものは有効である以上、それによって被った損失は投資者Xが自ら負担しなければならない。
その損失の補填を証券会社Yに求めるためにされたのが損失保証契約であるが、この契約の履行請求は上記の理由から否定。
にもかかわらず、投資取引により被った損失の補填を不法行為に基づく損害の賠償として認めることは、評価矛盾のそしりを免れない。
  ◆14
最高裁昭和56.3.24
  ◆14 公序良俗違反(3)・・男女別定年制度
  判断 ・・・原審の確定した事実関係のもとにおいて、Y会社の就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法90条の規定により無効であると解するのが相当である(憲法14条1項、(現)民法2条参照)。
     
     
  ◆15
大審院昭和9.5.1
  ◆15 暴利行為
  事案 貸金業者Xは、昭和17年1月27日、農夫Yに対し、弁済期を約2カ月後とする約定で500円を貸し付け、手数料等87円を天引きした412円を交付。
Yは、A保険会社との間で保険金額2000円の生命保険契約を締結しており、保険料計1281円余りを払込み済み。 
Xは、貸金債権の担保として、この生命保険契約上の権利について質権の設定を受け、Yから保険証券を交付された。
特約
①Yが債務を弁済しない場合には、Xが解約返戻金を受け取り、または名義をXに変更して契約を継続。
②解約返戻金または保険金が貸付金に比して過不足を生じたとしても、YはXに対し不足金を支払わないが、他方で剰余金の支払も請求しない。
YがA社から保険証券の再発行を受け、これを担保として他に融資を受けた
⇒Xは解約返戻金を受け取ることができなくなった。

得べかりし解約返戻金980円から、弁済期後に支払を受けた500円を控除して、480円の損害賠償をYに請求。
  判断 他人の窮迫軽率若しくは無経験を利用し著しく過当なる利益の獲得を目的とする法律行為は、善良の風俗に反する事項を目的とするものにして、無効なりと言わざるべからず。
然らば、本件担保の目的たる保険契約に基づく解約返戻金が金980円余を算することを業務上知悉せるXは、農を業とするYのこの点に関する無知と窮迫に乗じ、貸金の倍額にも等しき返金あることを秘し、特に短期間の弁済期を定め、前期の如く貸金し、Yにおいてその返還をなさざる時は、右返還金が貸金に比し過不足を生ずるも、YはXに対し、不足金を支払わざると共に剰余金の支払を請求せざる旨の特約をなさしめたるものなること明らかなるをもって、かくのごとき特約は民法90条により無効なるものと断ずるを相当とす。 
  解説  ●本判決の意義
暴利行為に当たるか否かは、
①他人の窮迫・軽率もしくは無経験を利用したこと(「主観的要件」)
②著しく過当な利益の獲得を目的とする法律行為であること(「客観的要件」)
  ●暴利行為論の適用領域 
違約金・損害賠償額の予定⇒利息制限法4条に上限
代物弁済予約⇒
最高裁昭和42.11.16を契機として、清算義務を認める判例が確立。
昭和53年には仮登記担保法が制定。
●暴利行為論の機能
消費者契約法の不当条項規制
  ●暴利行為の要件
◎主観的要件:
裁判例においては、窮迫・軽率・無経験に直接当てはまらない場合についても、法律行為の無効が認められている。
・窮迫というほどの事情がなくとも、相手方の弱みにつけ入り畏怖・困惑させた場合
・相手方の無知
・判断能力の低下
・従属状態
などが利用された場合も、公序良俗が認められている。
◎客観的要件:
どの程度の利得があれば「著しく過当な利益」に当たるのか、明確な基準が存在するわけではない。
本判決は、貸金の2倍程度の解約返戻金をもって、この要件を満たすとしているが、代物弁済予約が民法90条によって処理されていた時代には、3倍から4倍が境界になるとの見方があった。
逆に、適正価格の6割程度での不動産売却を無効とした裁判例もある。
また、売り主が「著しく過当な利益」を得たとはいえないが、相手方に著しい不利益を与えたという場合にも、公序良俗が認められている(過量販売に関する奈良地裁H22.7.9)。
暴利行為の主観的要件・客観的要件は、一般に、各々を充足しない限り無効の効果が認められないという意味での法律要件ではなく、両者を相関的に判断して法律行為での有効・無効を決めるための考慮要素として理解されている。

客観的要素(契約内容の不当性)が強い場合には、主観的要素(契約内容の不当性)が弱くても無効となりえ、その逆もありうる。
       
  ◆24
最高裁H1.9.14  
  ◆24 錯誤
  事案 YからX(男性・不貞行為)に離婚の申入れ⇒離婚。
Xは、Yの意向にそう趣旨で、いずれも自己の特有財産に属する建物甲、その敷地乙および同地上の建物丙(「本件不動産」)全部を財産分与としてYに譲渡する旨約し(「本件財産分与契約」)、その旨記載した離婚協議書および離婚届で署名捺印して、その届出手続および上記財産分与に伴う登記手続をYに委任。
本件財産分与契約の際、Xは、財産分与を受けるYに課税されることを心配してこれを気遣う発言。
Xは、離婚後事故に譲渡所得税が課税されることに上司の指摘で気づき、その額が2億2224万余円にのぼることを知った。
⇒錯誤無効を主張。
  原審 財産分与した場合に高額の課税がされるかどうかは単にXの動機に錯誤があるにすぎず、本件財産分与契約においてXへの課税の有無はX・Y間において話題にならなかった⇒これが契約成立の前提とされていたことも、Xがこれを合意の動機として表示したことも認められない⇒Xの請求を棄却。
  判断 破棄差し戻し。
意思表示の動機の錯誤が法律行為の要素の錯誤としてその無効をきたすためには、その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要するところ(最高裁)、右動機が黙示的に表示されているときであっても、これが法律行為の内容となることを妨げるものではない
本件についてこれをみると、所得税法33条1項にいう「資産の譲渡」とは、有償無償を問わず資産を移転させる一切の行為をいうものであり、夫婦の一方の特有財産である資産を財産分与として他方に譲渡することが右の「資産の譲渡」に当たり、譲渡所得を生ずるものであることは、当裁判所の判例とするところであり、離婚に伴う財産分与として夫婦の一方がその特有財産である不動産を他方に譲渡した場合には、分与者に譲渡所得を生じたものとして課税されることとなる。したがって、前示事実関係からすると、本件財産分与契約の際、少なくともXにおいて右の点を誤解していたものというほかないが、Xは、その際、財産分与を受けるYに課税されることを心配してこれを気遣う発言をしたということであり、記録によれば、Yも、自己に課税されるものと理解していたことが窺われる。そうとすれば、Xにおいて、右財産分与に伴う課税の点を重視していたのみならず、他に特段の事情がない限り、事後に課税されないことを当然の前提とし、かつ、その旨を黙示的には表示していたものといわざるをえない。
そして、前示のとおり、本件財産分与契約の目的物はXらが居住していた建物甲を含む本件不動産の全部であり、これに伴う課税も極めて高額にのぼるから、Xとすれば、前示の錯誤がなければ本件財産分与契約の意思表示をしなかったものと認める余地が十分にあるというべきである。Xに課税されることが両者間で話題にならなかったとの事実も、Xに課税されないことが明示的には表示されなかったとの趣旨に解されるにとどまり、直ちに右判断の妨げになるものではない。
  解説 ①錯誤により意思表示が無効となるのは、意思表示の内容に錯誤があるから。動機は通常は意思表示の内容とはいえないが、動機が相手方に表示されれば意思表示の内容になるから、その場合には動機の錯誤も無効原因となる。
②ただ、それだけだと錯誤無効の範囲が広がりすぎる⇒その錯誤がなかったならば、表意者も一般人も意思表示をしていなかったであろうといえるような重要な錯誤についてのみ無効を認める。
民法95条の「法律行為の要素」の錯誤という語は、そのような「重要な錯誤」の意味で理解すべき。
~動機表示構成あるいは二元説(判例もこれ)
  最高裁は、動機が表示されて「意思表示の内容となること」という表現⇒「法律行為の内容となること」との表現。
~動機は一方的に表示されるだけでは足りず、契約なら契約という法律行為の中に取り込まれて、はじめて「要素」となることをより明確に打ち出しているように見える。」
  ●  平成に入ってからの最高裁は、動機の錯誤の判断を柔軟化する傾向。
原告が連帯保証をしたところ、実はその立替払契約は商品購入を伴わない空クレジット契約であり、原告はそれを知らなかったというケース。
原審は、動機の錯誤&表示なしで無効を認めなかった
最高裁は、「保証契約は、特定の主債務を保証する契約であるから、主債務がいかなるものであるかは、保証契約の重要な内容である」として、錯誤無効を認めた。
総資産10億円の株式会社の全株式をわずか2億円で売却した売主が錯誤無効を主張。
原審は、動機の錯誤にすぎないとした。
最高裁は、
売主らがこのような売買に承諾した背景には、買主となった会社の全株式を保有する者が、売主から信頼されていることをいいことに、買主となった会社の事実上の経営権を売主が掌握しているしているかのように信じさせ、売買を勧めたという事実⇒錯誤による無効あるいは詐欺による取消しの可能性を指摘して差し戻した。
いずれの判決でも、最高裁は、動機の表示を問題とすることなく、両当事者が契約締結の際に前提としていた重要事情や、相手方の関与によって存在を確認した事情を、柔軟に「法律行為の要素」に含めて錯誤無効の判断をしている。
本判決では、動機の表示という要件自体は要求しているが、①Xが課税の問題を重視していたこと、②XとYが、課税対象者はYであるという暗黙の前提で交渉し、財産分与契約を締結したこと
⇒動機の表示が明確とはいえないケースでも、当事者が重視し、共有した前提事実については、法律行為の内容に柔軟に含めてよいことを判示。 

上記の2判決と同一の傾向。
動機の目次の表示を柔軟に認めて、相手方が表意者の重視した前提に気づきうるときは「動機の表示あり」⇒判例と一元説はほとんど違いがなくなる可能性もある。
but
まったく同じではない。
ex.
婚約者から婚約破棄の手紙が来ていると知らずに結婚式場を予約⇒婚約を前提に式場予約をしたことを式場側が知っていても(普通知っている)、錯誤無効を認めるのは適当ではないだろう。

一元説だと説明が難しいが、判例だと動機が法律行為の内容となっていないとすれば一応の説明ができる(もちろん、どういう場合に法律行為の内容となるかという問題は残る)。 
現在公表されている民法改正の要綱仮案:
「表意者が法律行為の基礎とした事実について」錯誤があり、
「当該事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたとき」は、意思表示の取消しを認めるという改正提案がされており、判例の立場を具体化。
         
         
         
         
         
         
         
         
         
         


★百選Ⅱ(第7版)
Ⅰ 債権の目的   
  ◆1
最高裁昭和30.10.18  
  ◆1:種類債権の特定 
  判断  売買の目的物の性質、数量等から見れば、特段の事情の認められない本件では、不特定物の売買が行われたものと認めるのが相当。
右売買契約から生じた買主たるXの債権が、通常の種類債権であるのか、制限種類債権であるのかも、本件においては確定を有する事柄であって、
例えば通常の種類債権であるとすれば、特別の事情のない限り、原審の認定した如き履行不能ということは起こらないはずであり、
これに反して、制限種類債権であるとするならば、履行不能となりうる代りには、目的物の良否は普通問題とはならないのであって、Xが「品質が悪いといって引取りに行かなかった」とすれば、Xは受領遅滞の責を免れないことになるかもしれない。
すなわち、本件においては、当初の契約の内容のいかんを更に探求するを要するといわなければならない。
つぎに原審は、本件目的物はいずれにしても特定した旨判示したが、如何なる事実を以て「債務者が物の給付をなすに必要なる行為を完了し」たものとするのか、原判文からはこれを窺うことができない。
論旨も指摘する如く、本件目的物中未引渡の部分につき、Yが言語上の提供をしたからといって、モノの給付をなすに必要な行為を完了したことにならないことは明らかであろう。

本件目的物が叙上いずれの種類債権に属するとしても、原判示事実によってはいまだ特定したとはいえない筋合であって、Yが目的物につき善良なる管理者の注意義務を負うに至ったとした原審の判断もまた誤りであるといわなければならない。
  規定 民法 第401条(種類債権)
債権の目的物を種類のみで指定した場合において、法律行為の性質又は当事者の意思によってその品質を定めることができないときは、債務者は、中等の品質を有する物を給付しなければならない。
2 前項の場合において、債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し、又は債権者の同意を得てその給付すべき物を指定したときは、以後その物を債権の目的物とする。
民法 第492条(弁済の提供の効果)
債務者は、弁済の提供の時から、債務の不履行によって生ずべき一切の責任を免れる。
  解説 特定がされるためには「分別」が必要であるうえに、それだけでは足りず、「分別」した物を債権者に提供することが必要であるという解釈論、
取立債務としての種類債権に絞って言えば「原則として分別と債権者に対するその通知」が「特定の要件」であるとのドイツにおける解釈論が、「そのままわが民法第401条2項にも妥当する」との見解(柚木)。

「分別」・「分離」が取立債務の性質を有する種類債権の特定にとっての必要条件。
←給付危険の移転という強い効果の発生(種類債権の特定があると、特定後に当該個物に生じた滅失の危険が債権者の負担になるので、ここでの特定は危険の移転を認めるのにふさわしいものでなけれらばならない) 
「分別」「分離」がなければ、「口頭の提供」(=債務不履行責任を負わないという効果が民法492条により発生)となることはあっても、特定は生じない。
  要綱仮案:
種類物に関する危険の移転時が「特定」から「引渡し」(正確に言えば、特定がされた後の引渡し)に変更。

危険の移転との関係では、特定は必要条件であっても、十分条件ではない。 
要綱仮案は、債権関係法全体を通して、合意の内容および契約の趣旨に照らした契約内容の確定という姿勢を色濃く反映。

特定の有無の判断するに当たり、種類債権の発生原因である個々の契約の内容に即してみたときに特定に結び付けられた効果(=危険の移転に限られない)と両当事者に与えるのがふさわしいのは債務者によってどのような行為がされた場合であるのかを探求するのが適切。
  ①種類債権における物の特定という観点とは異なった観点、
②受領遅滞(ないし引渡拒絶)による危険の移転という観点からとらえることもできる。
②の観点からは、契約における履行が債務者の提供行為と債権者の受領行為の協働のもとで進行し、そこに規範的拘束が結びつけられるという点に着目。

引渡しが完了していなくても、物の支配とは別の原理による給付危険の負担軽減、つまり、債務の履行過程における当事者の行為態様に対する評価の中で、債務者として自らがなすべきすべての行為を行っているのに債権者が必要な協力をしないという理由により、債務者の給付危険の負担を軽減してよい。

①品質がわるかったから取りに行かなかったのか、②それは買主たる債権者の方便にすぎず、売主たる債務者として約定どおりのタールを提供していたのかという問題は、受領遅滞の効果としての給付危険の負担軽減という点でも重要な意味。
  差戻審:
本件タールの引渡しを目的とする債権が制限種類債権であるという点につき詳細に論じた後、
YはXが残余タールの引渡を申し出で容器を持参すれば直ちに引渡をしただけであって、Xに引渡すべき残余タールを前記溜池から取り出して分離する等物の給付をなすに必要な行為を完了したことは認められない。
⇒残余のタールの引渡未済文は今だ特定したと言い得ない
と判断。
       
       
Ⅱ 債権の効力   
       
  ◆4
最高裁H23.4.22  
  ◆4:契約締結説明義務違反に基づく損害賠償 
  判断 契約の一方当時者が、当該契約の締結に先立ち、信義則上の説明義務に違反して、当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には、上記一方当事者は、相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき、不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別、当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないというべきである。 
一方当事者が信義則上の説明義務に違反したために、相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り、損害を蒙った場合には、後に締結された契約は、上記説明義務の違反によって生じた結果と位置づけられる
⇒上記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義務であるということは、それを契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず、一種の背理。
上記のような場合の損害賠償請求権は不法行為により発生したもの⇒これには民法724条前段所定の3年の消滅時効が適用。
  解説  
  ●説明義務違反に基づく損害賠償の諸類型 
◎本件判旨の類型(第1類型)
  ◎締結された契約自体に付随する義務(第2類型)
ex.
電気器具販売業者が顧客に製品の使用方法につき適切な指示をなす義務
マンションの売主から仲介業務と販売事務の一切を委託された仲介業者が買主に対し「防火戸の電源スイッチ、操作方法等について説明する義務」 

その違反による損害賠償の法的性質は債務不履行
①要求される説明は、契約締結までである点は、第1類型と同じ、
but
②契約の「締結」ではなく、契約目的に適合した「履行」の実現に向けられている。

これらの義務は、契約の内容・趣旨から導出することができる。
⇒契約上の義務として取り込むことが可能。
  ◎例えば、震災で発生した火災により損害を被りながら地震免責条項を理由に保険金支払を受けられなかった火災保険契約者につき、火災保険契約締結時に地震保険を付帯しておくか否かにつき十分な情報を得たうえで意思決定を行うことができなかったという意味での、自己決定権の侵害を問題。(第3類型) 
自己決定が財産的利益に関する限りは、意図的にこれを秘匿したなどの特段の事情が存しない限り、説明義務違反に基づく損害賠償は認められない(最高裁H15.12.9)。
生命身体等の人格的利益に関わる自己決定権侵害については、特段の事情がなくとも損害賠償が認められる可能性がある。
自己決定権侵害⇒第1類型と類似
but
その実質は自己決定権行使の「機会の喪失」

法的効果も①原状回復的損害賠償ではなく②慰謝料が問題。
  ●契約締結説明義務を基礎づける諸要素
契約締結説明義務については、当事者の立場や状況、交渉の経緯等の具体的な事情を前提にした上で、信義則により決められる
⇒個別的、非類型的に判断されざるを得ない(千葉裁判官の補足意見)。
信義則を具体化するにあたって、
①契約当事者間に情報・知識・経験・情報処理能力について構造的な格差
⇒劣位者の自己決定の環境整備のために格差是正が要請される(消費者契約法1条参照)。
②専門性の高い取引を担う専門家としての責任という考え
が基本的な指針となる。
③説明義務の懈怠が生命・身体・財産などの完全性利益のなかでも生命・身体を重大な危険に晒す場合、義務づけられる内容・程度は、単に情報を提供するにとどまらず警告・助言へと高度化する契機となる。
②について、実際、多くの裁判例において、取引きの公正性確保、市場の健全育成といった公益的視点も踏まえて定立されている、専門職業活動上の行為規範の存在やその違反の有無が考慮されている(保険業100条の2、300条1項1号、金商37条の3、宅建業35条1項・2項、割賦3条、特定商取引法4条、旅行12条の4など)。
ex.
中小企業が借入金利の上昇リスクをヘッジする目的で、想定元本につき固定金利と変動金利を交換して差額で決済するという金利スワップ契約を締結したが、けってコスト高となり、リスクヘッジ効果はなかったとして銀行を訴えた事案(最高裁H25.3.7)において、専門性が高く、提案された取引の利害得失の判断は用意ではないにもかかわらず銀行に説明義務違反はなかったとされた。

①「少なくとも企業経営者であれば」消費者とは異なって一定の社会的・経済的な取引経験を有していることが期待可能で(当事者の属性=上記①の要請を否定する要素)
②リスクが顕在化しても直ちに生存の経済的基盤が危うくなるわけでないこと(財務的リスク耐性)
③締結されたのが構造・仕組みが最も単純な類型に属するプレーン・バニラ・金利スワップであったこと(商品の特性⇒説明の必要性低)による。
消費者契約法 第1条(目的)
この法律は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ、事業者の一定の行為により消費者が誤認し、又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができることとするとともに、事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とするほか、消費者の被害の発生又は拡大を防止するため適格消費者団体が事業者等に対し差止請求をすることができることとすることにより、消費者の利益の擁護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
  ◆5
大審院昭和4.3.30 
  ◆5:履行補助者の過失
  解説  本判決は、履行補助者責任の法理に関するリーディングケースであり、転借人の被用者の過失によって賃貸目的物の返還債務が履行不能になった事案について、債務者が債務の履行のために他人を使用したときは、債務者は、その選任監督に過失がある場合のみならず、当該他人が履行について必要な注意を怠った場合にも、それによって生じた債務不履行について責任を負う旨判示。 
判例は、履行補助者責任の法理を認めたうえで、いわゆる利用補助者(建物の賃借人の同居人や転借人等、賃借人以外で賃貸目的物の利用を許容された者)の過失によって賃貸目的物が滅失毀損した場合の賃借人の責任についても、同法理を適用ないし準用している。
  ◆8
最高裁昭和28.12.18 
  ◆契約解除した場合の損害賠償算定時期 
  事案 Y(売主)は、昭和21年10月13日、X(買主)との間で1万足分の下駄材の売買契約を締結し、代金を2万5000円、引渡しの履行期を1か月以内とすることを約定。 
Xは内金として、1万7500円をYに支払ったが、Yが履行期になっても下駄材を引き渡さない⇒Xは、催告のうえ、昭和22年9月1日に契約を解除。
Xは、解除時の下駄材の価格が9万円を下らないと主張して、そこから売買代金を差し引いた6万5000円の逸失利益のうち5万円の損害賠償と、既払いの内金1万7500円の返還、併せて6万7500円及び遅延損害金の支払をYに求めて訴えを提起。
Yの主張:
①損害額は解除時ではなく履行期を基準に算定されるべき
②Xの主張する損害は物価急騰という特別の事情に起因し、かつ予見不能。
  判断 売主が売買の目的物を給付しないため売買契約が解除された場合:
①買主は解除の時までは目的物の給付請求権を有し解除により始めてこれを失うとともに右請求権に代えて履行に代る損害賠償請求権を取得。
②売主は解除のときまでは目的物を給付すべき義務を負い、解除によって始めてその義務を免れるとともに、右義務に代えて履行に代る損害賠償義務を負うに至る。

この場合において買主が受くべき履行に代る損害賠償の額は、解除当時における目的物の時価を標準として定むべきで、履行期における時価を標準とすべきではないと解するのを相当とする。 
元判決の確定した事実関係の下においては本件損害(=物の騰貴価格)はこれを民法416条1項に規定する通常生ずべき損害と解するのが相当。
  解説 ●売買契約で売主に債務不履行があり、物の価格が賠償されるべき場合において、物の価格が変動している場合に、いつの時点の価格を基準に賠償額を算定すべきか?
◎買主が第三者と転売契約や代替取引を行っている場合⇒具体的損害計算に依拠(転売利益につき最高裁昭和36.12.8、代替物購入費用につき大判対称7.11.14)
◎買主が第三者と契約関係に立っていない場合 
⇒基準時が問題
履行期、解除時、提訴時、事実審の口頭弁論終結時など
最高裁昭和36.4.28:
乾うどん計約4万箱の継続的な売買契約で、売主の履行遅滞後に目的物の価格が騰貴し、買主が弁済期から約10か月後に契約を解除して、履行期を基準に賠償を請求した事案で、解除時ではなく履行期を損害額の算定基準時とした。
昭和36年判決と昭和28年判決の矛盾についての説明。

A:各判決が採用した基準時(解除時と履行期)が債権者の選択に左右される。
①損害の金銭的評価には、民法416条ではなく、全額評価の原則が適用され、これは、債権者が本来の給付を受けたのと等しい経済的地位に債権者を回復させようとする実体法上の原則。
②裁判では、損害の金銭的評価を弁論主義に服させるという訴訟法的要請の枠内で、この原則の実現が図られる。
⇒基準時の問題は、債権者の請求を認容するかどうかという形で現れる。
判例が様々な基準時を採用しているのは、債権者の選択に裁判所が従った結果にすぎない(平井)。

B:両判決の事案がいずれも市場のある動産の売買契約に関する事案でることに着目し、損害軽減義務の観点から整合的理解を試みる見解。
市場の存在する代替物については、不履行に遭遇した買主が代替取引をする義務(損害軽減義務の一つ)を信義則上負っていることが前提とされ、基準時は代替取引をすべき時。

本判決は、解除によって代替取引が法的に可能となった時を基準時。
昭和36年判決は、不履行時に買主が直ちに解除して代替取引を行うことが合理的な事案であったことから、履行期が基準時とされた。
(内田)
  ◎学説 
A:損害の金銭的評価に裁判官の自由裁量を認める学説。
基準時の問題は、弁論主義の要請から解放され、当事者の主張立証にとらわれずに裁判官の専権に委ねられる。
ただし、自由裁量が認められるのは、前述の全額評価の原則という実体法的要請の枠内に限られる(訴訟法説)。
(平井)
B:基準時は実体法上ある時点に決まっており、裁判官はこの実体法と基準時に関する当事者の主張立証とに既往即される(実体法説)。

b1:特定の時点を算定基準時の原則とした上で例外を認める考え方(実体的一元説・旧通説)

b2:填補賠償請求権成立後の複数の時点を原則と例外の関係なく算定基準時とする考え方(実体的多元説)
but
債権者に基準時の選択を認めると、価格騰貴が続いている場合に買主が解除を遅らせるなど、債権者の機会主義的な行動を誘発するおそれ。

債権者の機会主義的な基準時選択を濫用的なものとして否定することが主張。
(北川、潮見)
債権者に信義則上の損害軽減義務があるとし、代替取引をすべき時を基準時とすべきとする見解(内田)。
  ●民法416条の適用について 
価格高騰の問題は、理論的には、損害の金銭的評価に位置づけられる。
but
判例が前提とする損害差額説⇒損害は一定の金額(損害額
⇒賠償されるべき損害の範囲とその金銭的評価は理論的に分離しない。
⇒損害の金銭的評価にも416条が適用。
最高裁は、通常損害とする場合と特別損害とする場合が混在。
騰貴価格に関する通常損害と特別損害の区別の基準は明らかンでない⇒損害の金銭的評価の平面で416条を援用し両者を区別する法律構成は疑問に付されている(平井)。
  ◆9
最高裁昭和47.4.20 
  ◆9:履行不能の場合の損害賠償算定時期 
判断 およそ、債務者が債務の目的物を不法に処分したために債務が履行不能となった後、
①その目的物の価格が騰貴を続けているという特別の事情があり、かつ、
②債務者が、債務を履行不能とした際、右のような特別の事情の存在を知っていたかまたはこれを知り得た場合には、
債権者は、債務者に対し、その目的物の騰貴しtア現在の価格を基準として算定した損害額の賠償を請求しうるものであることは、すでに当裁判所の判例とするところである。 
そして、この理は、本件のごとく、買主がその目的物を他に転売して利益を得るためではなくこれを自己の使用に供する目的でなした不動産の売買契約において、売主がその不動産を不法に処分したために売主の買主に対する不動産の所有権移転義務が履行不能となった場合であっても、妥当するものと解すべきである。

このような場合であっても、右不動産の買主は、右のような債務不履行がなければ、騰貴した価格のあるその不動産を現に所有しえたはずであるから、右履行不能の結果右買主の受ける損害額は、その不動産の騰貴した現在の価格を基準として算定するのが相当。
解説 債務者の責めに帰すべき事由による履行不能が生じた場合、目的物の給付に代わる損害賠償(填補賠償)額は、その目的物の価格が変動するとき、いつの時点を基準として算定されるべきか? 
本判決:
二重譲渡による履行不能事例において
①不能時を原則としながら、
②価格騰貴を特別事情とし、民法416条2項に従い騰貴した現在価格を基準とした算定の可能性認めた先例を確認したうえ、
③転売利益を目的とした売買でなく、自己使用目的でも同様であるとした。
  ●判例の変遷 
当初:価格騰貴を通常損害とし、基準時としては価格騰貴した(現在)時点を採る傾向。
その後:騰貴を特別事情とする方向を見せ始めていた。
大連判大正15.5.22:富喜丸事件判決は、かかる潮流を明確にした指導的判例として評価。

船舶の衝突事故による不法行為事例であり、
①不法行為の損害賠償範囲画定規範として、民法416条2項を類推適用した先例として有名であるが、
②損害賠償額算定基準時についても、滅失毀損の当時の交換価値によって定まるとする一方、騰貴した価格に基づいて賠償請求するには、被害者がその騰貴した価格で転売するなどしてそれによる利益を確実に取得すべき特別事情が存在し、その事実が不法行為当時予見可能であることを求めた。
最判昭和37年:
買戻特約付売買の買主による第三者への売却処分による履行不能の事例において、
原則、不能時の時価、
例外的に、価格騰貴を特別損害と捉え、それを予見したかまたは予見可能であった場合には騰貴した現在時価を請求できる(なお、現在において債権者がこれを他に処分するであろうと予想されたことは必ずしも必要でない)が、
右価格までの騰貴前に右目的物を他に処分したであろうと予想された場合はこの限りでなく(以上は、「単調な価格騰貴ケース」を前提にする)、
また、目的物の価格が一旦騰貴しさらに下落した場合(いわゆる「中間最高価格ケース」)に、その騰貴した価格により損害賠償を求めるためにはその登記した時に転売などにより騰貴価格による利益を確実に取得したであろうと予想されたことが必要。
最判昭和47年:
買主に転売意思がなく、自己使用目的であっても、騰貴価格に基づいて賠償請求することができるとした。

「騰貴価格」の持つ意味が転売利益から「現有価値」へと変容(潮見)。
  ●学説の動向 
A:判例法理を原則的に支持する見解

B:基準時は複数の時点が実態的メリットないし訴訟法的メリットを持ちつつ一応原告の選択に委ねられるが、裁判所はそれに拘束されるものではない(実体的多元説)(奥田、北川、潮見等)。
b2:口頭弁論終結時を軸に据える見解(内田・星野等)。

根底には、債権者を契約が履行されたのと同様の経済的地位に置くという理念があろうし、そもそも、最判昭和47年が、騰貴価格の持つ意味を「転売価格」から「保有利益」に変容させたので、債権者が最も有利な時点まで保有するのが通常であることからすると、基準時を口頭弁論終結時とするのが判例の実質論と整合。

C:債権者側の対処行動を考慮に入れる見解
c1:過失相殺の基礎となる「損害避抑義務」として主張(谷口)
c2:基準時設置の一要因として損害軽減義務が主張(内田)
基準時選択が債権者の機会主義的行動である場合に限って濫用的として否定するという見解(潮見)
A:本来の履行義務が損害賠償義務に転化する時点として責任原因発生時(不能時)を原則とに据える見解
B:債権者を履行が行われたと同様の地位に置くという観念から口頭弁論終結時を原則に据える見解
C:それらを多元的に同レベルにおいて選択させるという見解
の3つを軸に、
債権者の損害軽減義務ないし機会主義的行動排除の利権により調整するという方向性。
but
「価格騰貴=特別損害」の判例がゆるぎないものになっている。

①価格騰貴に予見可能性を求めることで得られる「慎重さ」や
②損害差額説からは、損害賠償の範囲が賠償される損害額の範囲となり、民法416条適用に違和感がない。
その背後には、責任原因発生時説を採るかのよに装いながら、
実際は、最判昭和37年、最判昭和47年に見られるように、口頭弁論終結時説を結論として採用する柔軟さが伏在。

判例は、「特別事情=予見可能性」というハードルを低く抑え、各時点の連続線上で、弁論主義や民事訴訟法248条に支えられ、実質上、基準時を多元的に設定。
       
Ⅻ 不法行為
  ◆80
大審院大正5.12.22 
  ◆80:過失の意義・・大阪アルカリ事件
  判断 化学工業に従事する会社その他の者がその目的たる事業によりて生ずることあるべき損害を予防するがため右事業の性質に従い相当なる設備を施したる以上は、たまたま他人に損害を被らしめたるもこれをもって不法行為者としてその損害賠償の責に任ぜしむることを得ざるものとす。
何となればかかる場合にありては右工業に従事する者に民法第709条に所謂故意または過失ありということを得ざればなり。 
原判決は、Yにおいて硫煙の遁逃を防止するに相当なる設備をなしたるや否やを審究せずして漫然Yを不法行為者と断じたるは右不法行為に関する法則に違背したるものであり、破棄を免れない。
  差戻審 結果の予見可能性を肯定するとともんひ、ガスの噴出等を回避する措置が十分ではなかったと認定⇒Xの損害賠償を肯定。 
  解説 ●本判決の基本的な評価と位置づけ 
不法行為法上の過失の判断をどう理解するかについて、①予見義務違反説と②結果回避義務違反説が対立しているが、本判決は②結果回避義務違反説ををとるものであることを明らかにしたリーディングケース。
控訴審:本件工場を営むYにおいて、ガスの流出やそのガスが農作物被害をもたらうことを知らなかったはずがなく、かりに知らなかったとすれば過失があるとして、Yの損害賠償責任が基礎づけられている。
~①予見義務違反説としての性格
本判決:問題とするのは、生ずる可能性がある損害を予防するために、事業の性質に従って、相当な設備を施したか否かであって、そうした設備を施した以上、民法709条の過失は認められない。
  ●結果回避義務として求められる内容
結果回避義務の判断基準については、現在でも、必ずしも明確な判断枠組みが成立しているわけではない(不法行為の類型によっても異なる。医療過誤における医療水準論は、医療という場面における結果回避義務を導くひとつの基準)
たとえば「ハンドの公式」は、こういした判断の枠組みについてのひとつの提案だと理解することができる。
①危険が生じる蓋然性、②危険が実現した場合の損害の重大性、③十分な予防措置をとることによる負担
を因子として、①②と③を衡量して、過失判断の前提となる結果回避義務を定めるというアプローチ。
③をどのように理解するかについては、現在でも議論が多く、③を過失判断に際して考慮すること自体が適切ではないとし、ハンドの公式を退ける立場もあれば、ハンドの公式を前提とする立場においても、そこでの負担をどのように解するかについての理解は必ずしも一様ではない(③の負担を、単にYについてだけではなく、Yの活動に伴う社会的利益の観点を含むか否か等については、なお明確ではない)。
さらに言えば、ハンドの公式も基本的な思考的枠組みを示すだけで、それによって機械的に、何らかの具体的な結果回避義務が導かれるわけではない。
結果回避義務の実質的な中身は、その後の判例や下級審裁判例(特に、公害型の不法行為における判断)を通じて、具体化されてきており、現在も、その過程にあるものと理解すべき。
  ◆81
最高裁H7.6.9 
  ◆81:医療機関に要求される医療水準の判断・・姫路日赤未熟児網膜症事件
  判断 「Yは、本件診療契約に基づき、人の生命及び健康を管理する業務に従事する者として、危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くしてX1の診療に当たる義務を負担」する。
注意義務の基準となるべきものは、「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である」。 
「疾病の専門的研究者の間でその有効性と安全性が是認された新規の治療法が普及するには一定の時間を要し、医療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性、医師の専門分野等によってその普及に要する時間に差異があり、その知見の普及に要する時間と実施のための技術・設備等の普及に要する時間との間にも差異があるのが通例で・・・当事者もこのような事情を前提にして診療契約の締結に至る」。
「ある新規の治療法の存在を前提にして検査・診断・治療等に当たることが診療契約に基づき医療機関に要求される医療水準であるかどうかを決するについては、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきで・・・すべての医療機関について診療契約に基づき要求される医療水準を一律に解するのは相当ではない」。
新規の治療法に関する知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合には、特段の事情が存しない限り、右知見は医療機関にとっての医療水準である」。
「当該医療機関としてはその履行補助者である医師等に右知見を獲得させておくべきであって、仮に、履行補助者である医師が右知見を有しなかったために、右医療機関が右治療法を実施せず、又は実施可能な他の医療機関に転移をさせるなど適切な措置を採らなったために患者に損害を与えた場合には、当該医療機関は、診療契約に基づく債務不履行責任を負う」。
「新規の治療実施のための技術・設備等についても同様で・・・自浄によりその実施のための技術・設備等を有しない場合には、右医療機関は、これを有する他の医療機関に転医をさせるなど適切な措置を採るべき義務がある。」
「B病院の医療機関としての性格、X1がB病院の診療を受けた昭和49年12月中旬ないし昭和50年4月上旬の兵庫県及びその周辺の各種医療機関における光凝固法に関する知見の普及の程度等の諸般の事情について十分に検討することなくしては、本件診療契約に基づきB病院に要求される医療水準を判断することができない」。
  差戻審 兵庫県下の病院での光凝固法の知見は「主な公立病院jには相当程度普及していた
⇒B病院の義務違反とB病院を設営するYの損害賠償責任を肯定。 
  ◆82
最高裁H19.7.6   
  ◆82:建物の設計・施工者の責任
  判断 建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在している

建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等(以下、併せて、「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。

建物の建築に携わる設計者、施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当。 

設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は、不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負う。
居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない。
原審は、瑕疵がある建物の建築に携わった設計・施工者等に不法行為責任が成立するのは、その違法性が強度である場合、例えば、建物の基礎や構造く体にかかわる瑕疵があり、社会公共的にみて許容し難いような危険な建物になっている場合等に限られるとし、本件建物の瑕疵については、不法行為責任を問うような強度の違法性がいあるとはいえないとする。
vs.
建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には、不法行為責任が成立すると解すべきであって、違法性が強度である場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由はない。
例えば、バルコニーの手すりの瑕疵であっても、これにより居住者等が通常の使用をしてる際に転落するという、生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり、そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべきであって、建物の基礎や構造く体に瑕疵がある場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由はない。
  解説 ●問題の所在 
売買契約により取得した建物に瑕疵がある場合、建物取得者(X)は、建物の売主(A)に対し、瑕疵担保責任(民法570条)を追及することは可能。
but
権利行使期間(民法566条3項)の経過や、Aの無資力といった事情により、Aに対する責任追及が実効性を持たない場合があり得る。

Xは、自らと契約関係にない建物の設計・施工者に対し、民法709条により不法行為責任を追及できるか?
  ●不法行為責任の実質的根拠 
修補費用相当額の損害についてYの不法行為責任を認めることは、Y・A間の契約(ex.責任制限特約等)と矛盾する可能性がある。
~不法行為法が介入することにより、契約によるリスク分配が覆される。
建物の瑕疵が建物利用者・隣人・通行人といった多数の者に危険を及ぼし得る
⇒建物が人の生命・身体・財産を危険にさらすものでないことは当然の要請。

そのような瑕疵がないというXの期待は正当なものであり、Yもその期待に応えて然るべき。
建物がAからxのような第三者に譲渡されることは、Yにとっても十分予測可能。

Y・A間の合意にかかわらず、基本的安全性を損なう瑕疵のリスクをYに負担させることが正当化される。

やの契約自由に配慮しつつXの利益の要保護性を判断するもので、体系的には権利・法益侵害要件(立場によっては、違法性要件)の中に位置づけ。
  ●不法行為成立要件との関係 
◎権利・法益侵害:
生命・身体・財産が侵害される危険を除去するために修補費用の支出を余儀なくされる地位に置かれたことを、Xの法益侵害と見ることができる。

民法709条の権利・法益を狭く限定する解釈がもはや採用されていない以上、説明可能。
◎過失:
本判決のいう「当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないよう配慮すべき注意義務」が、Yの負うべき結果回避義務の内容となる。
  ●差戻上告審判決(最高裁H23.7.21)の意義
◎「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」の意味:
「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」とは、
居住者等の生命、身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい、
建物の瑕疵が、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らる、
当該瑕疵の性質に鑑み、これを放置するといずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化することとなる場合には、
当該瑕疵は、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当する。
建物の構造耐力に関わる瑕疵のほか、人身被害につながる危険があるときや、・・・建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるときには、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当。
建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵は、これに該当しない。

生命・身体・財産の侵害をもたらさない瑕疵については、Yは自己と契約関係にない建物取得者に対しそのリスクを負担しないという判断。
◎損害:
「建物の所有者は、自らが取得した建物に建てんものとしての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には、・・・設計・施工者等に対し、当該瑕疵の修補費用相当額の損害賠償を請求することができる」

修補費用を実際に支出していなくても、基本的安全性を損なう瑕疵の存在により、修補費用相当額の損害が生じていると考えることになる。
建物の「所有者が、当該建物を第三者に売却するなどして、その所有権を失った場合であっても、その際、修補費用相当額の補填を受けたなど特段の事情がない限り、一転取得した損害賠償請求権を当然に失うものではない」

建物に瑕疵があれば売買代金も低額になるのが通常であるから、建物所有者は、建物に瑕疵がないことを前提として売却した場合でない限り、建物所有者を失っても損害賠償請求権は失われない。
  ◆83
最高裁H25.4.12  
  ◆83:通常有すべき安全性 
  判断 ①医薬品は、人体にとって本来異物であるという性質上、何らかの有害な副作用が生ずることを避け難い特性があるとされている
⇒副作用の存在をもって直ちに製造物として欠陥があるということはできない。
②その通常想定される使用形態⇒引渡しの時点で予見し得る副作用について、製造物としての使用のために必要な情報が適切に与えられることにより、通常有すべき安全性が確保される関係にある⇒副作用に係る情報が適切に与えられていないことを一つの要素として、当該医薬品に欠陥があると解すべき場合が生じる。
③そして、・・・医療用医薬品については、上記副作用に係る情報は添付文書に適切に記載されているべきものといえる。
上記添付文書の記載が適切あkどうかは、上記副作用の内容ないし程度(その発現頻度を含む。)、当該医療用医薬品の効能又は効果から通常想定される処方者ないし使用者の知識及び能力、当該添付文書における副作用に係る記載の形式ないし体裁等の諸般の事情を総合考慮して、上記予見し得る副作用の危険性が上記処方者等に十分明らかにされているといえるか否かという観点から判断されるべきものと解する。
本件輸入承認時点において、イレッサには発現頻度及び重篤度において他の抗がん剤と同程度の間質性肺炎の副作用が存在するにとどまるものと認識され、Yは、この認識に基づき、本件添付文書第1版において、「警告」欄を設けず、「重大な副作用」欄の4番目に間接性肺炎についての記載をした。
そして、肺がんの治療を行う医師は、一般に抗がん剤には間接性肺炎の副作用が存在し、これを発症した場合には致死的となり得ることを認識していた。
そうであれば、上記医師が本件添付文書第1版の上記記載を閲読した場合には、イレッサには上記のとおり他の抗がん剤と同程度の間質性肺炎の副作用が存在し、間質性肺炎を発症した場合には致死的となり得ることを認識するのに困難はなかった。
他方、(販売開始後に把握された)急速に重篤化する間接性肺炎の症状は、他の抗がん剤による副作用としての間接性肺炎と同程度のものということはできず、また、本件輸入承認時点までに行われた臨床試験等からこれを予見し得たものとはいえない。

副作用のうちに急速に重篤化する間接性肺炎が存在することを前提とした添付文書第3版のような記載がないことをもって、本件添付文書第1版の記載が本件輸入承認時点において予見し得る副作用についてのものとして適切でないということはできない。
本件輸入承認時点から上記投与開始時までの間に、本件添付文書第1版の記載が予見し得る副作用についての記載として不適切なものとなったとみるべき事情はない
⇒A及びBの関係では、イレッサに欠陥があるとはいえない。
  解説 ●欠陥・瑕疵要件と過失 
製造物責任法3条、民法717条1項の欠陥・瑕疵責任は、無過失責任として、民法709条の過失責任よりも責任を拡大するところに、独自の存在意義。
  ●製造物の欠陥 
①製造上の欠陥(=製造物が本来の設計・仕様から逸脱しているために安全性を欠く場合)
②設計上の欠陥(=製造物の設計・仕様それ自体が不適切であるために安全性を欠く場合)
③指示・警告上の欠陥(=安全な使用のための指示・警告が適切になされていないために製造物が安全性を欠く場合)
①の欠陥類型は無過失責任
←たとえ製造者が最善の注意を尽くしても、製造過程では、設計・仕様から外れた不良品が一定の比率で発生することを避けられない。
②③の欠陥類型では、設計行為ないし指示・警告行為の不適切さという側面
⇒過失責任に接近する。
but
新開発の製造物に思いがけない欠陥が判明した場合における欠陥責任の成否につき、製造物責任法4条1号は、製造物の引渡時点の科学・技術的知見によって欠陥を認識することができたかいなかを判断基準とし、かつ、これを免責事由として構成(開発危険の抗弁)。
入手可能な最高の価額・技術の水準が基準とされ、個々の製造業者の能力が考慮されない⇒無過失の主張立証よりも厳格。
     
  ◆84
最高裁昭和50.10.24   
  ◆84:因果関係の立証・・・東大病院ルンバール事件
  判断  (i)訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的諸運命ではあく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる。 
  (ii)
①医師Bも本件発作の後に原因を脳出血と判断し治療を行っており、鑑定意見の1つは脳出血の可能性を指摘
②脳波所見によれば、病巣は脳実質の左部にあると判断されている
③本件発作は、Xbの病状が一貫して軽快しつつある段階において、本件ルンバール実施後15分ないし20分を経て突然に発生したものであり、他方、化膿性髄膜炎の再燃する蓋然性は通常低いものとされており、当時これが再燃するような特別の事情も認められなかった。

経験則上本件発作とその後bの病変の原因は脳出血であり、これが本件ルンバールに因って発生したものというべく、結局、Xの本件発作及びその後の病変と本件ルンバールとの間に因果関係を肯定するのが相当。
  解説 ●はじめに 
  ●従来の判例・学説と本判決の理解 
判断の枠組みは、①「経験則」の活用と②「高度の蓋然性」の証明の2点
A:従来、事実認定としての「因果関係の立証」に関する当然の一般論を表明したと理解。
最高裁昭和23.8.5は、訴訟上の証明は論理的証明ではなく反証の余地を許容する「歴史的証明」であるとしたが、本判決も同趣旨と理解。 
B:単なる事実認定の一般論ではなく、一定程度緩和された因果関係の判断手法を説くものと理解されることも多い。
因果関係の「立証」を容易にする種々の法律構成
b1:因果関係の認定に必要な立証の程度を軽減する蓋然性説
b2:一定の事実群が存在する場合に他の特定の事実が存在するとの定型的事象経過があれば、前者の事実群による後者の事実の推定を認める「一応の推定」
b3:間接事実による心証形成過程に着目して証明責任転換に近似するような立証軽減の効果を認める間接反証説

本判決も、上記諸説と同様、事実認定の枠組みにおける「経験則」の活用により、一定の法的評価をも容れた柔軟な因果関係判断を可能にするものとされる。
伝統的通説:
「相当因果関係」概念の下で不法行為の成立要件たる因果関係と賠償責任の因果関係を包括的に理解
平井:
成立要件の因果関係は「事実的因果関係」として分離されるべきものとされ、それは加害行為と損害の間における「あれなければこれなし」の事実的関係に尽きるものとされた。
近時は、因果関係判断が規範的・評価的判断を含むとの主張がなされる。

「因果関係の立証」は、過失などと同様の評価的要件に関する認定判断。

因果関係の「立証」にいかなる事実の証明が必要であるかは因果関係の実態的概念理解にも依存し、因果関係が実体法上価値評価を含む概念であるならば、「立証」過程で通常の事実認定とは異なる評価的判断もなされうる。
本判決が示した「経験則」における認定判断の緩和も、証明対象たる実体要件レベルにおける評価的判断によるものとする理解は十分可能。
●本判決登場後の判例実務
  本判決を引用する最高裁判決
①最高裁H9.2.25、②最高裁H11.2.25、③最高裁H18.6.16
①③はいずれも事実認定としての「因果関係の立証」が問題となった事例。
②は、肝硬変の患者につき、延命期間が認定できなくとも「患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうこと」を証明すれば因果関係を肯定できる旨判示。
~実体法上の概念理解において因果関係の終点ないし権利侵害としての「死亡」概念を緩和した判決。
  下級審裁判例での「経験則」の多様な活用による因果関係認定の緩和
[A]症状経過等の個別事実を重視するもの
[B]医学等の一般的知見を重視するもの
[C]疫学データを重視するもの 
[A]群~個別事実が因果関係に再構成
[B]群・[C]群~一般的知見や疫学データが「経験則」の一内容となり個別の因果関係判断が正当化される。
but
[A]群のうち少数の個別事実から結論を導く判決や、[C]群のうち質の高くない疫学データを使用する判決は、通常の事実認定の枠組みで説明できるかに疑問がある。
  ●本判決の合理的理解 
A:従来通り本判旨(i)を事実認定の準則に関する判示と解し、「経験則」の内容と適用方法につき部分的に法的評価の介入が是認されるとの解釈。
but
事実認定においてなしうる法的評価は通常限定的であり、事案類型や立証の困難性に基づく事実認定の「操作」は容易に認め難い。
B:本判旨(i)を実体法的準則に関する判示と解し、実体法レベルで因果関係概念に法的評価が含まれることを表現したとの解釈。

「経験則」の中に広範な評価的要素が含まれうるが、評価的判断の限界づけが別途必要となる。
  ●本判決に関する検討課題 
本件発作原因を脳出血とする判旨(ii)の認定の根拠は薄弱に過ぎ、今日的視点からは疑問が多い。
「自然科学的証明」でないとしても、恣意的判断は許されず、本判決の一般論の下dえいかなる事実から因果関係を認定しうるかは、理論・実務の両面から精緻化の必要がある。
  ◆85
最高裁H12.9.22  
  ◆85:生存の相当程度の可能性
  一審 Aの死因を確定できず、その前提としての過失を論じることはできない⇒請求棄却
  原審 C医師がAに対して適切な医療を行った場合には、Aを救命し得たであろう高度の蓋然性までは認めることはできないが、これを救命できた可能性はあった。
  C医師が、医療水準にかなった医療を行うべき義務を怠ったことにより、Aが、適切な医療を受ける機会を不当に奪われ、精神的苦痛を被った
⇒C医師の使用者たるYは、民法715条に基づき、当該苦痛に対する慰謝料として200万円、弁護士費用として20万円、計220万円を支払うべき。 
  判断 疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為が、その過失により、当時の医療水準にかなったものでなかった場合において、右医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども、医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当。 

生命を維持することは人にとって最も基本的な利益であって、右の可能性(=生存していた相当程度の可能性)は法によって保護されるべき利益であり、医師が過失により医療水準にかなった医療を行わないことによって患者の法益が侵害されたものということができる。
  解説 ●「相当程度の可能性」出現の背景 
  ●体系上の位置づけ 
最高裁は、本判決に先んじるH11.2.25判決で、
不作為の因果関係について、
患者が実際に死亡した時点において医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者が生存し得ていたことを示すことができれば、因果関係を肯定し、その後どの程度生存し得たかは損害算定において考慮する。

死亡したた時点において、当時の医療水準に応じた通常の診療行為を受けていれば被害者が生存し得ていたことを高度の蓋然性によって立証することが必要。
本判決は、これを一歩進め、相当程度の可能性の存在の立証まで軽減し、その軽減の理由を、生命を維持することが他人に獲って最も基本的な利益であるからとする。
法益の問題として処理したとの利益。
問題とされる利益は、「相当程度の可能性を侵害したこと」⇒患者がそれを喪失するのは患者が死亡した時点。
  ●可能性の程度について 
本件でも原審では2割程度の数字が示されているとされる。
可能性である以上、それが全く存在しない場合に賠償責任はあり得ない(立証できない場合も同様)。
侵害される法益が「可能性」⇒損害賠償は、慰謝料によって填補される。
最大でも数百万円程度。
  ●本件以後の最高裁判例の展開 
相当程度の可能性を失わせたことによる責任は、患者が死亡した場合に限らず、重度障害を避けられたかどうかという事例にも及ぶ(最高裁H15.11.11)。
不法行為構成の場合だけでなく、債務不履行構成であっても同様(最高裁H16.1.15)。
相当程度の可能性の存在すら立証できなかった場合には、賠償は認められない(最高裁H17.12.8)。
実施された医療行為が著しく不適切なものであるときは、なお期待権侵害の可能性が認められる余地がある(最高裁H23.2.25)。
  ●残された課題と新たな問題 
  ◆86
最高裁H18.3.30  
  ◆86:景観利益・・・国立マンション事件
  判断 「都市の景観は、良好な風景として、人々の歴史的又は文化的環境を形作り、豊かな生活環境を構成する場合には、客観的価値を有するものというべきである。」都市の良好な景観の形成・保全を目的とする条例を制定した地方公共団体は少なくなく、また、景観法は良好な景観が有すr価値の保護を目的とした諸規定を置いている。
⇒「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり、これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)は、法律上保護に値する。」 
現時点では、司法上の権利といえるような明確な実態は有していない⇒景観利益を超えて「景観権」という権利まで認めることはできない。
法律上保護される利益が侵害された場合にも不法行為は成立しうるが、「建物の建築が第三者に対する関係において景観利益の違法な侵害となるかどうかは、被侵害利益である景観利益の性質と内容、当該景観の所在地の地域環境、侵害行為の態様、程度、侵害の経過等を総合的に考察して判断すべきである」
景観利益が侵害されても生活妨害や健康被害が生じるわけではないこと、景観利益の保護は当該地域における土地・建物の財産権に制限を区ウェルところ、「経験利益の保護とこれに伴う財産権等の規整は、第一次的には、民主的手続によって定められた行政法規や当該地域の条例等によってなされることが予定されている」⇒「ある行為が景観利益に対する違法な侵害に当たるといえるためには、少なくとも、その侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど、侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められる」
大学通り周辺の景観に近接する地域内の居住者は、この景観について景観利益を有する。しかし、本件建物は刑罰法規や行政法規の規制に違反しておらず、公序良俗違反や権利濫用に該当する事情もない⇒「本件建物の建築は、行為の態様その他の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くものとは認め難く、Xらの景観利益を違法に侵害する行為に当たるということはできない」。
  解説 ①景観利益(=良好な景観の恵沢を享受する利益)を「法律上保護される利益」(民法709条) として承認
②景観利益に対する違法な侵害といえるための判断基準を示し、不法行為の成立の余地を認めた。
  従来:
民法上で保護される個人に帰属する法的利益(私益)ではないと捉えるのが裁判例の大勢。 

①良好な景観を享受する権利等を個人に認める旨の法令が存在しない
②日照や眺望と異なり、定量的・固定的な評価ができない
③景観の良否についての判断は主観的かつ多様
④景観利益の主体・内容・範囲が明確でなく、第三者がこれを予測しえない
景観は公共的利益というべきで、個人に帰属する法的利益ではないとの認識。
本判決:
景観が客観的価値を有していれば、景観利益が個人に帰属する可能性があること(=不法行為法上保護に値しうること)を明確に承認。

景観利益を有する者には、行政の施策を待たずとも、景観の侵害者に対して不法行為に基づく請求を直接することにより、景観の保護を図る途が開かれた。
一審:
「土地所有権から派生する・・・利益」
~土地の付加価値とする点で、景観利益を財産的利益に類している。
本判決:
豊かな生活環境を構成する良好な景観の近隣に居住し、その恵沢を日常的に享受していることに着目⇒景観利益を人格的利益に関わるものと見ている
⇒良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受しているならば、地権者(土地所有者)に限らず、例えば土地や建物の賃借人なども景観利益を有することになり、その主体が広がる。
  所有権はその内容と範囲が明確⇒それが侵害されれば直ちに「権利侵害」の要件を充足するのが原則。
景観利益の場合、その内容・範囲が必ずしも明確ではない⇒景観利益が不法行為法上どこまで保護されるかは、これと対立する権利(特に土地・建物の財産権)との相関的な衡量によって決めざるをえない。

「景観利益」を超えて「景観権」までは認めないとする判断。 
       
  ◆89
最高裁昭和49.3.22
  ◆89:未成年者と監督義務者の責任
  原審   
  主張 民法714条は監督義務者の賠償責任を未成年者が責任を負わない場合に限っており、未成年者に責任能力がある場合に監督義務者も並列して責任を負担する余地はない。 
  規定 民法 第712条(責任能力)
未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。
民法 第713条
精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。
民法 第714条(責任無能力者の監督義務者等の責任)
前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。
民法 第820条(監護及び教育の権利義務) 
親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
  判断 未成年者が責任能力を有する場合であっても監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときは、監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立するものと解するのが相当であって、民法714条の規定が右解釈の妨げとなるものではない。
そして、Y2らのY1に対する監督義務の懈怠とY1によりA殺害の結果との間に相当因果関係を肯定した原審判断は、・・・・是認できる。 
  解説 ●問題の所在 
未成年者が他者に損害を加えた場合について、民法714条は、直接の加害者たる未成年者に賠償責任が認められない場合に限って、当該未成年者を「監督する法定の義務を負う者」が責任を負うことを定める。(「補充性」)
but
未成年者が責任能力を有すると未成年者本人(=通常賠償資力が乏しい)にしか損害賠償請求ができないとすることには、被害者の救済の転嫁が疑問。
  ●本判決の意義
加害未成年者が責任能力を有し自らの責任を負う場合であっても、その親権者が民法709条に基づいて責任を負いうること、そのような責任の併存は民法714条によって排除されるものでないことを明らかにした。
  ●責任の根拠づけ 
     
  ◆90
最高裁昭和42.11.2 
  ◆90:取引先の外観信頼
  判断 被用者のなした取引行為が、その行為の外形からみて、使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合においても、その行為が被用者の職務権限内において適法に行われたものでなく、かつ、その行為の相手方が右の事情を知りながら、または、少なくとも重大な過失により右の事情を知らないで、当該取引をしたと認められるときは、その行為にもとづく損害は民法715条にいわゆる「被用者がその事業の執行に付き第三者に加えたる損害」とはいえず、したがってその取引の相手方である被害者は使用者に対してその損害の賠償を請求することができないものと解するのが相当である。 
本件の取引に当たっては、その職務上金融取引につき相当の知識と経験とを有するものと推認されるX会社の社員が直接本件取引に関与しており、Xにおいて、Bの本件斡旋行為がY銀行の支店長としての職務権限を逸脱して行われたものであることを知っていたか、または、重大な過失によりこれを知らなかったものとン認めるべきではないかとの疑問が生ずる。
原判決はこの点を確認することなく、Xの本訴請求を認容⇒民法715条の解釈適用に誤りがあるとして、本件を原審に差し戻す。
     
         
  ◆92
大阪地裁H7.7.5  
  ◆92:共同不法行為の要件
     
  解説 ●はじめに 
   
     
     
  ◆94
最高裁昭和48.6.7
  ◆94:民法416条と不法行為
  事案 Xは、Yの不当な仮処分の執行によって、東京進出計画が5か月遅延し、営業利益の喪失および信用失墜・精神的苦痛による損害を被ったと主張し、Yの不法行為を理由とする訴訟を提起。 
  規定 民法 第416条(損害賠償の範囲)
債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
  原審 X主張の損害は特別事情による損害であるから、Xの東京進出計画等についてYの予見可能性が必要であるところ、これを認めるに足りる証拠はない
⇒Xの請求を棄却。 
  判旨 不法行為による損害賠償についても、民法416条が類推適用され、特別の事情によって生じた損害については、加害者において、右事情を予見または予見することを得べかりしときにかぎり、これを賠償する責を負うものと解すべき。
本件において、Xの主張する財産および精神上の損害は、すべて、Yの本件仮処分の執行によって通常生ずべき損害にあたらず、特別の事情によって生じたものと解すべきであり、そして、Yにおいて、本件仮処分の真正およびその執行の当時、右事情の存在を予見しまたは予見することを得べかりし状況にあったものとは認められないとした原審の認定判断は、・・・・正当として是認することができる。
大隅反対意見
債務不履行の場合には、当事者は合理的な計算に基づいて締結された契約によりはじめから債権債務の関係において結合されている」ので、不履行によって生ずる損害について予見可能性を問題とすることには意味があるが、「無関係な者の間で突発する不法行為にあっては、故意による場合はとにかく、過失による場合には、予見の可能性ということはほとんど問題となりえない」。その結果、民法416条を不法行為に類推適用するときは、立証上の困難のため、特別損害の賠償が至難とならざるをえない。その不都合を回避しようとすれば、特別損害を通常損害と犠牲したり、予見可能でないものを予見可能だと擬制せざるをえなくなる。
「むしろ、不法行為の場合においては、各場合の具体的事情に応じて実損害の場合においては、各場合の具体的事情に応じて実損害を探求し、損害賠償制度の基本理念である公平の観念に照らして加害者に賠償させるのが相当と認められる損害については、通常生ずべきもであると特別の事情によって生じたものであると、また予見可能なものであると否とを問わず、すべて賠償責任を認めるのが妥当である」。
不法行為は無関係の者への加害であるから債務不履行よりも広く被害者に損害の回復を認める理由がある。民法が債務不履行につき416条を設けながら、これを不法行為に準用していないのはそれだけの理由があり、類推適用も否定されるべきである。
  解説 ●問題の所在と起草者の見解
  ●学説・判例の展開
  ①交通事故で重傷を負った母の看病のため留学途上から帰国した娘の往復旅費について民法416条の通常損害として賠償を認めたもの(最高裁昭和49.4.25)。
②不動産に対する不当な仮差押えを受けたために仮差押解放金の供託を余儀なくされた場合につき借入金に対する通常予測し得る範囲内の利息および自己資金に対する法的利率の割合に相当する金員を民法416条の通常損害として賠償を認めたもの(最高裁H8.5.28)。 
  平井説:
相当因果関係=民法416条説に対し、①事実的因果関係、②保護範囲、③金銭的評価の3つの問題が明確に区別されていないと批判(本判決は保護範囲の問題であるのに、富喜丸事件判決など本判決が引用する判例は損害賠償算定の基準時という金銭的評価の問題) 。
過失不法行為の保護範囲(賠償範囲)について、①比較法的検討(相当因果関係は、完全賠償の原則のもと責任原因と賠償範囲とが切断される特殊ドイツ法的構造を前提とした法技術)及び②裁判例の検討(債務不履行では民法416条につき債務者の予見可能性が問題とされるのに対し、不法行為では当該加害者の予見可能性ではなく通常人の予見可能性が問題とされることが多い)に基づき、過失の判断基準としての行為義務(=予見可能性を前提とした損害回避義務)が及ぶ範囲(=義務射程)内の損害に限られるべきと主張。
故意不法行為については、異常な事態の介入による損害以外は全損害を賠償すべきと主張。
vs.
①制限賠償主義に立つからといって責任原因を賠償範囲と結合させなければならないわけではなく、制限する基準を責任原因以外にも求めうる
②平井教授の抽象的・包括的な損害概念を前提とするならば、裁判官の裁量としての損害の金銭的評価に多くを任せることになる分、義務射程による賠償範囲の画定にはあまり困難が生じないが、裁判実務で一般的な損害概念を前提とするならば、個別具体的な損害項目について賠償範囲内か否かの判断をすることになり、そこまで個別具体的に義務射程を肝炎することには困難が生じる
③過失判断が賠償範囲の判断に直結することによる過失要件の負担加重
●今後の課題 
  ◆95
最高裁S43.11.15
◆95 企業損害(間接損害)
事案 X1は個人で薬局を営んでいたが、納税上個人経営は不利であるということから、事故当時、有限会社形態のX2会社を設立して経営に当たっていたが、社員はAと妻の両名のみで、Aが唯一の取締役であるとともに代表取締役であり、妻は名目上の社員であるにとどまり取締役ではなく、X会社にA以外に薬剤師はおらず、X会社は有限会社であるもののAの個人企業であった。

Aは、Yに対し、治療費と慰謝料の賠償請求をなすとともに、唯一の薬剤師であるAの負傷により、X会社の営業利益が減少したとして営業上の逸失利益の賠償をYに求めた。
原審 ある人に対し直接加えられた加害行為の結果、その人以外の第三者に損害が生じたい場合でも、加害行為とこの損害との間に相当因果関係が存する限り、不法行為者は第三者について生じた損害を賠償しなければならない。
Yが直接Aに加えた不法行為によってXは得べかりし利益を喪失して損害を被むり、この損害はYの不法行為と相当因果関係があるものと解するのが相当
⇒YはXについて生じた損害を賠償すべき。
判断 Xは法人とは名ばかりの、俗にいう個人会社であり、その実権は従前同様A個人に集中して、同人にはXの機関としての代替性がなく、経済的にAとXとは一体をなす関係にあるものと認められるのであって、・・・・、原審が、YのAに対する加害行為と同人の受傷によるXの利益の逸失との間に相当因果関係の存することを認め、形式上関の被害者たるXの本訴請求を認容しうべきものとした判断は、正当である。
解説 ●判例法上の位置づけ 
請求内容は、いわゆる「反射損害」的な請求(給与支払分の請求など)ではなく、企業の固有損害たる営業上の逸失損害の形で請求され、請求額がそのまま認められた。
原審では、直接被害者の非代替性のみがピックアップ
最高裁では、①個人会社、②非代替性、③経済的一体関係の3点によって特徴づけられた。
その後、最高裁昭和54.12.13(医薬品の配置販売特有の販売技術を有する者の受傷につき、会社の営業上のj損害賠償顔求められたもの)では、非代替性だけでは足りたないと宣明されている。
  ◆96
最高裁昭和56.12.22  
  ◆96:損害の意義
  判断 仮に交通事故の被害者が事故に起因する後遺症のために身体的機能の一部を喪失したこと自体を損害と観念することができるとしても、その後遺症の程度が比較的軽微であって、しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないという場合においては、特段の事情のない限り、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はないというべきである。 
本件事実関係のもとで、財産上の損害があるというためには、「たとえば、事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであって、かかる要因がなければ収入の減少を来たしているものと認められる場合とか、労働能力喪失の程度が軽微であっても、本人げ現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合など、後遺症が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情の損害を必要とするというべきである。
  解説 ●本判決の意義 
被害者に「特段の事情」がある場合には、労働能力の一部喪失という事実に鑑み、財産的損害を認める可能性を示した。

本判決は、伝統的通説・判例の立場とされる「差額説」をい規範的な考慮を通して、修正する余地を認めるものであり、判例における損害概念の規範化への先鞭をつけた。
  ●損害要件の意義 
①権利侵害の結果ひあぎしゃに生じた不利益な状態の中から、法的な損害として賠償対象とすべきものを選び出し、続く効果論において展開される金銭評価の対象を明らかにする。
②賠償によって実現されるべき状態をも明らかにする。
  ●「差額説」対損害事実説 
損害とは、法益侵害により被害者に発生した不利益
=不法行為がなかったならば被害者にあるべき仮定的な利益状態と、加害がなされた現在の利益状態との差(広義の差額説)。
金銭賠償原則⇒この利益状態の差は最終的に金銭に換算される。
損害は、①算定指標をもつ財産的損害と②それ以外の非財産的損害に区別。
①については、数字で表される「財産上の損失額」をもって直ちに損害を捉え、損害事実の確定(要件論)と損害の金銭評価作業(効果論)との区別がなく、損害確定において規範的判断を反映しうる余地がない。
     
     
  ◆97
最高裁H8.4.25 
  ◆97:事故の被害者が別の事故で死亡した場合の損害額の算定
  事案 昭和63年1月10日、訴外Aが同僚の運転する自動車に同乗していたたところ、同車両が、Y1が保有しY2が運転する大型貨物自動車と、Y2の過失により衝突。
⇒Aは脳挫傷、頭蓋骨骨折、肋骨骨折等。
平成元年6月28日には、知能低下等の後遺障害を残して症状固定。
平成元年7月4日に、リハビリとして行っていた貝採り中に心臓麻痺で死亡。
Aの相続人であるX1~X3は、治療費等の損害賠償のほか
主位的には、本件死亡事故による損害と本件交通事故との間には相当因果関係があるとして、Aの生命侵害に基づく損害、
①死亡時の44歳から就労可能年齢の67歳までの逸失利益
②葬儀料
③慰謝料等の支払を、
Y1、y2およびY1と責任保険契約を締結していたY3に対して請求。
予備的に、Aの本件後遺障害による損害として
①67歳までの労働能力喪失に基づく逸失利益
②後遺障害による慰謝料
の賠償を請求。
  一審 本件交通事故がなければ本件死亡事故はなかったという意味での条件関係は認めたが、両者の間に相当因果関係はない
⇒Aの生命侵害に基づく請求は否定し、後遺障害による逸失利益と慰謝料を認容。 
  原審 Yらの控訴を認め、
Aの逸失利益につき死亡時までの2万6800円、慰謝料1100万円のみを認めた。 
  判断 交通事故の被害者が事故に起因する傷害のためにう身体的機能の一部を喪失し、労働能力の一部を喪失した場合において、いわゆる逸失利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではないと解するのが相当である。

①労働能力の一部喪失による損害は、交通事故の時に一定の内容のものついて発生しているのであるから、交通事故の後に生じた事由によってその内容に消長を来たすものではなく、その逸失利益の額は、交通事故当時における被害者の年齢、職業、健康状態等の個別要素と平均稼働年数、平均余命等に関する統計資料から導かれる就労可能期間に基づいて算定すべきものであって、交通事故の後に被害者が死亡したことは、前記の特段の事情のない限り、就労可能期間の認定に当たって考慮すべきものとはいえない。
②交通事故の被害者が事故後にたまたま別の原因で死亡したことにより、賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ、他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害のてん補を受けることができなくなるというのでは、衡平の理念に反することになる。
  解説 ●身体傷害によおる損害の算定と事故発生後に生じた後発的事情との関係について 
被害者の財産的損害と非財産的損害に関する損害賠償請求権と訴訟物は1個とされ、
当該請求権は不法行為時に発生し、発生と同時に履行遅滞に陥る。
  ●後発的事情の考慮と損害算定 
  ●本判決の意義 
  ●本判決の射程 
     
  ◆100
最高裁昭和39.6.24 
  ◆100:過失相殺の要件
  規定 民法 第712条(責任能力)
未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。
民法 第722条(損害賠償の方法及び過失相殺)
第四百十七条の規定は、不法行為による損害賠償について準用する。
2 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。
  判断 民法722条2項の過失相殺の問題は、不法行為者に対し積極的に損害賠償責任を負わせる問題とは趣を異にし、不法行為者が責任を負うべき損害賠償の額を定めるにつき、公平の見地から、損害発生についての被害者の不注意をいかに斟酌するかの問題にすぎない。
⇒被害者たる未成年者の過失を斟酌する場合においても、未成年者に事理を弁識するに足る知能が備わっていれば足り、未成年者に対し不法行為責任を負わせる場合のごとく、行為の責任を弁識するに足る知能が備わっていることを要しないものと解するのが相当である。
本件被害者らは、事故当時は満8歳余の普通健康体を有する男子であり、また、当時すでに小学校2年生として、日頃学校及び家庭で交通の危険につき十分訓戒されており、交通の危険につき弁識があった・・・・・。
右によれば、本件被害者らは事理を弁識するに足る知能を具えていたものというべきであるから、原審が、右事実関係の下において、進んで被害者らの過失を認定した上、本件損害賠償額を決定するにつき右過失を斟酌したのは正当。
  解説 ●問題の所在 
  ●従前の法状況 
  ●現在の判例 
被害者に要求される能力については、事理弁識能力論を採用。
←①公平の検知と②法律効果の相違
事理弁識能力の具備については、5~6歳を基準とするのが一般的傾向。
被害者側の過失論についても、最高裁昭和42.6.27が、幼児の場合に導入し、「被害者に対する監督者である父母ないしはその被用者である家事使用人などのように、被害者と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられるのような関係にある者の過失」が被害者側の過失として考慮。
①責任無能力の被害者が過失行為(飛び出しなど)をした場合に事理弁識能力あり⇒被害者本人の過失による過失相殺(事理弁識能力論)。
②事理弁識能力がない幼児⇒監督義務者(父母)が被害者本人の過失行為を防止しなかった監督過失をもって過失相殺(被害者側の過失論)。

実質的にみて、判例は、被害者に何らの能力も要求していないに等しい。
●学説の理論構成 
A:被害者の能力をそもそも過失相殺の要件から除外し、被害者の過失の有無・程度を行為の外形から客観的に判断すべき(幼児についても過失相殺が認められる。)

過失相殺においては、被害者の過失のために加害者の責任根拠(責任成立要件)の量が減少し、それが賠償責任に反映される。
①過失・違法性要件に着眼する論者は、被害者の行動に対する加害者の対応について違法性の度合い(少なさ)が問われ、その度合に応じて賠償範囲が画される。
②因果関係要件に着目する論者は、原因競合の一場面として、加害者の行為が結果に対する十分条件といえるか否かも考慮して損害賠償の範囲が決せられる。
③近年では、責任無能力の被害者が損害を負担することの正当化として、自己の権利領域内の特別の損害危険(責任無能力)から生じた結果は自ら負担すべしという領域原理が指摘される。
  ◆101
最高裁H8.10.29
  ◆101 過失相殺と身体的特徴の斟酌 
  原審 Xの身体的特徴(平均的体格に比して首が長く多少頸椎の不安定症がある)に本件事故による損傷が加わり、これらの症状を発生、悪化ないし拡大させた。
さらに心因的要素も考慮し、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用し、4割を減額
  判断 被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである。 
Xの身体的特徴は首が長くこれに伴う多少の頸椎不安定章があるということであり、これが疾患に当たらないことはもちろん、このような身体的特徴を有する者が一般的に負傷しやすいものとして慎重な行動を要請されているといった事情は認められない
⇒前記特段の事情が存するということはできない
⇒右身体的特徴と本件事故による加害行為とが競合してXの右傷害が発生し、又は右身体的特徴が被害者の損害の拡大に寄与していたとしても、これを損害賠償の額を定めるに当たり斟酌するのは相当でない。
  解説 ●はじめに 
本判決は、被害者の平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴が、疾患に当たらない場合には、原則として損害賠償額の算定に当たり斟酌しないという判断を示した。
  ●素因減責についてのこれまでの状況
  最高裁昭和63.4.21:
被害者に対する加害行為と被害者の罹患していた疾患がともに原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用し、被害者の当該疾患を斟酌することができる

①素因減責を法的評価のレベルの問題として位置づけ、
②過失相殺の類推適用によって減責を認める
という判断。
●本判決の意義と残された問題
2つの立場:
A:加害者は素因という被害者側の事情を原則として引き受ける必要はない⇒素因減責を原則として肯定⇒素因によって損害が発生・拡大した部分について、加害者がいわば例学的に責任を負うのはどのような場合なのかという視点
⇒「個体差の範囲内の身体的特徴は、減責の対象となる素因を構成しない」という例外ルールを示したもの。
B:我々の社会がさまざまな人々によって構成されている⇒標準的被害者を想定して素因を論ずるのではなく、個別事案における具体的な被害者を前提として考えていくべき⇒素因減額原則否定
英米法:「加害者は被害者をあるがままに引き受けなければならない」
ドイツ法:「虚弱な者に対して不法行為をなした者は、健全な者に加害をなした場合と同様に扱われるべきことを主張する権利を持たない」
「疾病に関して減責を認める従来の判例は、「加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失する」(最高裁昭和63.4.21)場合に限定された。」
  ◆102
最高裁H13.3.13  
  ◆102:共同不法行為と過失相殺
  事案 自転車に乗っていたA(6歳)が交差点内でZの運転するタクシーと接触、転倒し頭部などに負傷。 
その後、Yが経営する病院に搬送されたが、Y病院の医師Bは、CT検査や病院内での経過観察をすることなく、一般的指示のみで帰宅させた。
⇒帰宅後急変し死亡。
  原審 ZとBの過失行為に共同不法行為を認めることができるが、
「自動車事故と医療過誤のように個々の不法行為が当該事故の全体の一部を時間的前後関係において構成し、しかもその行為類型が異なり、かつ、共同不法行為とされる各不法行為につき、その一方又は双方に被害者側の過失相殺事由が存する場合は、各不法行為者の各不法行為の損害発生に対する寄与度の分別を主張、立証でき、個別的に過失相殺の主張をできるものと解すべきである」とし、
本件の場合、交通事故と医療過誤の各寄与度は5割と推認するのが相当であるとして、その限度でYの責任を認めた。
  判断  本件交通事故により、Aは放置すれば死亡するに至る傷害を負ったものの、事故後搬入されたY病院において、Aに対し通常期待されるべき適切な経過観察がされるなどして脳内出血が早期に発見され適切な治療が施されていれば、高度の蓋然性をもってAを救命できたということができる
本件交通事故と本件医療事故とのいずれもが、Aの死亡という不可分の一個の結果を招来し、この結果について相当因果関係を有する関係にある。
本件交通事故における運転行為と本件医療事故における医療行為とは民法719条所定の共同不法行為に当たるから、各不法行為者は被害者の被った損害の全額について連帯して責任を負うべき。
本件のようにそれぞれ独立して成立する複数の不法行為が順次競合した共同不法行為においても別異に解する理由はない
被害者との関係においては、各不法行為者の結果発生に対する寄与度の割合をもって被害者の被った損害の額を案分し、各不法行為者において責任を負うべき損害額を限定することは許されない。 
  本件は・・・各不法行為については加害者及び被害者の過失の内容も別異の性質を有するものである。 
過失相殺は不法行為により生じた損害について加害者と被害者との間においてそれぞれの過失について加害者と被害者との間においてそれぞれの過失の割合を基準にして相対的な負担の公平を図る制度である。
本件のような共同不法行為においても、過失相殺は各不法行為の加害者と被害者との間の過失の割合に応じてすべきものであり、他の不法行為者と被害者との間における過失の割合をしん酌して過失相殺をすることは許されない。
  解説 ●はじめに 
  ●共同不法行為 
共同不法行為の成立要件:
①各自が不法行為の要件を満たしていること
②各自の行為が関連共同していること
とし、関連共同性は客観的なもので足りる(最高裁昭和43.4.23)。
関連共同性については緩やかに解するのが一般的。
vs.
①上記①だけで各自に不法行為責任が発生し、加えて上記②の要件を課して共同不法行為の成立を認める意義が乏しくなる。
②共同行為を介することにより各人の行為と損害発生との因果関係を緩和する(推定ないし擬制)見解。その場合、関連共同性を狭いものと解する。
関連共同性に一定の絞りをかける学説の場合、本件のような異質の不法行為が順次に競合するしたような場合に、共同不法行為を認めることは困難。
but
本判決は、関連共同性について言及せずに、もっぱら、発生した損害の一個不可分性から共同不法行為の成立を肯定
三村調査官解説では、交通事故と医療事故が「時間的にも接着性があり、被害者からみても一体的な行為と捉え得るもので、客観的関連共同性という評価が可能」とする。
各自の行為が一個不可分の損害を発生させ、それについて相当因果関係があれば、かりに共同不法行為が成立しなくても、各自は連帯して一個不可分の損害全部について責任を負う。
⇒本件は、共同不法行為の成立範囲限定する立場からも、医療機関が全額責任を負うことについて異論のない事案であり、あえて共同不法行為の問題とする必要があるのかどうかについて疑問が呈されている。
医療機関の責任に関して言えば、運び込まれた患者の怪我が、「第三者に責めのある交通事故によるのか、そうでないのかといった点も、基本的に、医師の責任を考えるうえでは、外在的事情にすぎない」⇒その責任が部分的になるとは考えにくい。
三村調査官解説:「交通事故と医療過誤とが競合する場合であっても、損害発生の経過や過失内容や程度等によって、共同不法行為と解することはできない場合があることは否定できない」
  ●複数加害者と過失相殺 
複数の加害者の過失が競合して損害が発生し、同時に、被害者にも過失がある場合の過失相殺の方法:
A:複数の加害者の行為を一体的にとらえて加害者側の過失を被害者の過失と対比する方法(絶対的過失相殺)
B:各加害者と被害者の関係ごとにその間の過失割合を対比する方法(相対的過失相殺)
本判決は相対的方法をとる。
最高裁H15.7.11は、道路上にはみ出して駐車されていた車を避けようとして衝突事故が起こったという事案において、「複数の加害者の過失及び被害者の過失が競合する1つの交通事故において、その交通事故の原因となったすべての過失の割合・・・を認定することができるときには、絶対的過失割合に基づく」べきであるとした。
共同不法行為とされる場合でも、
絶対的過失割合を認定できる場合⇒絶対的方法
各不法行為について加害者及び被害者の過失の内容も別異の性質を有するものである場合⇒相対的方法
  ◆103
最高裁昭和48.11.16 
  ◆103:民法724条の消滅時効の起算点
  判断  民法724条にいう「加害者を知りたる時」とは、同条で時効の起算点に関する特則を設けた趣旨に鑑みれば、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味するものと解するのが相当である。
被害者が不法行為の当時加害者の住所氏名を的確に知らず、しかも当事者状況においてこれに対する賠償請求権を行使することが事実上不可能な場合においては、その状況が止み、被害者が加害者の住所氏名を確認したとき、初めて「加害者を知りたる時」にあたるものというべきである。
  ◆104  
最高裁H16.4.27
  ◆104:民法724条後段の除斥期間の起算点
  判断 民法724条後段所定の除斥期間の起算点は、「不法行為の時」と規定されており、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点となると考えられる。 
しかし、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである。

①このような場合に損害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは、被害者にとって著しく酷であるし、
②加害者としても、自己の行為により生じ得る損害の性質からみて、相当の期間が経過した後に被害者が現れて、損害賠償の請求を受けることを予期すべきであると考えられる。
  ◆105
最高裁H7.7.7  
  ◆105:差止請求
  事案 Xらは、本件道路上を走行する自動車からの騒音と排ガスとにより身体的被害、生活妨害、精神的苦痛を被っていると主張して、人格権侵害などを理由に、本件道路を管理しているYら(国および阪神高速道路公団)に対し、Xのら居住敷地内に一定基準値を超える騒音および二酸化窒素を侵入させないこと(当該侵入の差止め)を求める訴えを提起。 
  原審 Xらの請求は、訴訟物としての特定に欠けるものではなく、適法。 
Xらの人格権が本件道路に由来する騒音等により違法に侵害されている場合には、Xらは、上記人格権をその発生根拠とする差止請求権に基づき、Yらに対し、当該騒音等の侵入の防止を請求することできる。
①侵害の違法性の存否は、諸事情の総合考慮の下、騒音等による被害の程度が受忍限度、すなわち、「社会の一員として社会生活を送る上で受任するのが相当といえる限度」を超えているか否かによりこれを判定すべき。
②差止請求に関する受忍限度の程度(それを超えると請求を認容すべきものと判断される上限)には、一般的に、損害賠償請求に関するそれに比べてさらに厳格な(高い)程度が要求されるべきである。
本件においては、Xらの被害が生活妨害(会話への妨害など)と精神的苦痛にとどまる一方、本件道路は、広域における産業物資の流通に寄与するという「重要な公共的使命を果たして」おり、「しかもこれに代替しうる道路がないこと等」の事情を考慮すると、Xらの人格権に対する侵害はいまだ受忍限度を超えるものではない。
⇒Xらの請求を棄却。
  判断 原審は、・・・本件道路の近隣に居住するXらが現に受け、将来も受ける蓋然性の高い被害の内容が日常生活における妨害にとどまるのに対し、本件道路がその沿道の住民や企業に対してのにならず、地域間交通や産業経済活動に対してその内容及び量においてかけがえのない多大な便益を提供しているなどの事情を考慮して、Xらの求める差止めを認容すべき違法性があるとはいえないと判断したものということができる。
道路等の施設の周辺住民からその供用の差止めが求められた場合に差止請求を認容すべき違法性があるかどうかを判断するにつき考慮すべき要素は、周辺住民から損害の賠償が求められた場合に賠償請求を認容すべき違法性があるかどうかを判断するにつき考慮すべき要素とほぼ共通するのであるが、施設の供用の差止めと金銭による賠償という請求内容の相違に対応して、違法性の判断において各要素の重要性をどの程度のものとして考慮するかにはおのずから相違がある⇒右両場合の違法性の有無の判断に差異が生じることがあっても不合理とはいえない。
このような見地に立ってみると、Xらの差止請求を棄却した原審の上記判断は、「正当」なものとして是認しうる。
  解説 ●本判決の意義 
  ●本判決の判示内容
  ●本判決の射程 
  ●分析 
  ◆106
最高裁H10.4.30
  ◆106:請求権競合・・・免責約款
  事案 Xは宝石の所有者Aから請け負った宝石の枠加工をBに下請けさせた。
Bは加工を終えた宝石を、運送会社Yの宅配便によってXに送付すべく、Yの代理店に引き渡した。荷物は、Yの支店に配送された後、紛失した。
XはAに宝石価格の全額の394万円余りを賠償した後、AのYに対する損害賠償請求権をしゅとくしたことなどを理由に、Yに対し損害賠償を請求。
  原審 運送人に故意・重過失がある場合を除き(Yに重過失ありとはいえないとした)、荷送人・運送人冠の法律関係を契約法理によって律すべきであるとの考え方に拠りつつ、運送契約の当事者でない第三者が運送人の不法行為責任を追及する場合にも、この第三者が荷送人と実質的に同視できる者、すなわち、運送人との間の法律関係を契約法理によって律することを承認しているとみられる者である場合には、契約法理の趣旨を類推して責任の範囲を確定すべきである。 
XとBとの間で長年にわたり頻繁に宅配便を利用して宝石類を送付し合ってきた等の事情⇒XはBと実質的に同視できる⇒30万円の限度でのみ請求を認容。
  規定 民法 第422条(損害賠償による代位)
債権者が、損害賠償として、その債権の目的である物又は権利の価額の全部の支払を受けたときは、債務者は、その物又は権利について当然に債権者に代位する。
  判断 本件の事実関係の下においては、XがYに対し本件運送契約上の責任限度額である30万円を超えて損害賠償を請求することは、信義則に反し、許されない。 
①宅配便運送業者が「一定額以上の高価な荷物を引き受けないこととし、仮に引き受けた荷物が運送途上において滅失又は毀損したとしても、故意又は重過失がない限り、その賠償額をあらかじめ定めた責任限度額に限定することは、運賃を可能な限り低い額にとどめて宅配便を運営していく上で合理的なものである。」
②①の趣旨からすれば、「責任限度額の定めは、運送人の荷送人に対する債務不履行に基づく責任についてだけでなく、荷送人に対する不法行為に基づく責任についても適用されるものと解するのが当事者の合理的な意思に合致する」。「宅配便が有する特質及び責任限度額を定めた趣旨並びに本件約款25条3項において、荷物の滅失又は毀損があったときの運送人の損害賠償の額につき荷受人に生じた事情をも考慮していることに照らせば、荷受人も、少なくとも宅配便によって荷物が運送されることを容認していたなどの事情が存するときは、信義則上、責任限度額を超えて運送人に対して損害の賠償を求めることは許されない」。
③「Xは、品名及び価格を正確に示すときはY又はその他の貨物運送業者が取り扱っている宅配便を利用することができないことを知りながら、Bとの間で長年にわたって頻繁に宅配便を利用して宝石類を送付し合ってきたものであって、本件荷物についても・・・BがYに宅配便を利用することを容認していた」。「このように低額な運賃により宝石類を送付し合うことによって利益を享受していたXが、本件荷物の紛失を理由としてYに対し責任限度額を超える損害の賠償を請求することは、信義則に反し、許されない」。
  解説 本判決は、荷物所有者自身ではなく、荷物所有者に損害を賠償した荷受人が、賠償者代位(民法422条)により、運送人に対し不法行為責任を追及した事案において、事案の事実関係の下では、約款所定の賠償限度額を超えて請求することは、信義則に反して許されないとした。

免責条項を契約外の第三者の不利益にも援用することができるかという問題に関する初めての最高裁判決。 
本件の責任限度額条項は有効と判断。
同条項が、齋見不履行責任だけでなく、不法行為責任も制限するか?という条項解釈の問題。
本判決は、「当事者の合理的意思」を引き合いに出して、責任限度額条項が、運送人の荷送人に対する不法行為責任についても適用されると解釈。
荷送人に対する不法行為責任というが、本件事案のようにBが荷物所有者でない場合に、BがYに対して不法行為責任を追及できるか?
本判決は、荷送人が荷物所有者でなくても、その法的保護に値する利益が運送人の過失により侵害された場合には、不法行為による損害賠償請求権が発生するという理解を前提。
●請求権競合問題との関係 
運動契約における債務不履行責任と不法行為責任の競合に関する従来の判例は、
①高価品の明告を怠った荷送人が、商法578条により運送に対して債務不履行責任を問うことができない場合でも、不法行為責任を追及することは妨げないとした判例、
②運送人の債務不履行責任が商法589条・566条2項により1年の短期消滅時効により消滅した後に軽過失による不法行為責任を肯定した判例
③②が単純請求権競合説に立つ旨を判示した判例
⇒単純請求権競合説に立つと理解されてきた。
but①③は、具体的事案との関係でいえば、契約当事者間における請求権競合が問題となった事案ではなく、判旨の抽象的説示との間にはズレがある。
本判決は、限度額条項の解釈としてそれが不法行為責任を制限すると述べた(尚、限度額条項が債務不履責任という文言を用いていたとすれば、このような解釈は困難であったであろう)。

本判決は、実質的解決に注目すれば、従来の判例と異なる傾向を示しているといえなくもないが、論理的には、従来の判例の立場=単純請求権競合説を修正するものではないと理解すべき。

請求権競合を前提とするからこそ、本件条項が不法行為責任にも適用されるかという条項顔い尺問題が設定される。
●契約外第三者に対する免責条項の援用の可否 
本判決は、原審の理由づけ(別個の法主体であるX・Bを実質的に同視するといった表現)を採用せず、判旨に掲げた種々の事情を挙げて、信義則によるか家k津を図った。
~本判決は射程の限定された事例判決と位置づけられるべきもの。
契約外第三者が荷送人による運送を容認し、かつ問題の責任限度額条項を当該第三者としても知っており、あるいは予期して然るべきであった場合には、運送人による条項援用を認め、当該第三者は限度額を超える損害賠償請求権を運送人に対して有しないと解してよい。
●残された問題 
①A自身が所有権を理由として、Yに損害賠償請求した場合にも、Yは責任限度額条項を援用できるのか
②仮に、YがXからの請求に対しては責任制限を主張できるが、Aからの請求に対しては、Aが運送を容認した等の事情がないかぎり、責任制限を主張しえないと解すると、AがYに賠償請求し、Yが賠償金を支払った場合に、YはXに対し、責任限度額を超えて支払った賠償金相当額の支払を請求できるか
③Aが運送を容認した等の事情がないかぎり、Aからの損害賠償請求に対しYは責任限度額条項を援用できないとすると、XのYに対する損害賠償請求が賠償者代位に基づく場合には、Aを代位したXの請求に対しても条項援用は理論上許されないのではないか。