シンプラル法律事務所
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論点整理(憲法関係)

論点の整理です(随時増やしていく予定です。)

憲法訴訟
憲法訴訟 規定 第81条〔法令等の合憲性審査権〕
最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。
「処分」 個別的・具体的な国家行為であって、行政官庁の処分をその典型例とする。
「裁判」は「個々の事件について具体的処置をつけるものであるから、その本質は一種の処分である」(最高裁昭和23.7.8)



日本国憲法論(佐藤幸治)
★★★第1編 憲法の基本観念と日本憲法の展開
★★第1章 憲法の基本観念
★第1節 憲法の生成と展開  
  ◆T 「憲法」の語 
     
  ◆U 立憲主義の成立と展開 
  ◇1 近代以前の古典的立憲主義 
    人間本性への省察に基づき、権力は常に濫用される危険があるとの明確な自覚

権力保持者による権力の濫用を抑制するための装置を積極的に創出し、それを政治過程にはめ込むことによって、あるべき国家体制の保全を図り、権力名宛人の利益を守ろうとする努力。
人間が意識的に権力保持者による権力乱用を阻止し、権力名宛の利益を守るべく、政治権力を分割統制するルールによって国家を運営しようとする考え方・・・立憲主義。
  ◇2 近代立憲主義 
    近代市民革命:
国家(公)に対して個人の自由の領域(私的領域)の存在を設定し、かつそれを積極的に評価し、国家(公)はこの私的領域の確保のためにこそ存在理由があり、したがって国家もそのような目的のためのものに限定される。

そのための具体的方策として憲法の意義が明確に自覚。
    アメリカ独立宣言:
「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、その中に生命、自由および幸福追求の含まれることを信ずる。また、これらの権利を確保するために人類の間に政府が組織されたこと、そのための正当な権力は被治者の同意に由来するものであることを信ずる」
    古典的立憲主義:
人間の幸福は国家生活(公的生活)の中においてこそ存在する(公的幸福)

近代立憲主義:
人間の幸福はむしろそれぞれの個人の私的生活の中にこそある(私的幸福)
⇒社会契約的発想を背景に、このような大事な個人の天賦の権利(自然権=人権)を、国家の基本法として、成文の法典(憲法典)のかたちで確認するという方式がとられる。
自然権の保障を全うするためには、政治権力の濫用を阻止する必要
⇒権力の分割統制(=権力分立制)という統治構造が採用。
     
  ◇3 成文憲法の普遍化 
     
  ◆V 現代立憲主義 
  ◇1 近代立憲主義の変容 
     
  ◇2 積極国家(社会国家)化(8頁)
     
  ◇3 議会制の変貌・・・政党国家、「直接制」の部分的導入 
     
  ◇4 行政権の役割増大・・・行政国家 
     
  ◇5 憲法の規範力強化への試み・・・司法国家(14頁) 
     
  ◇6 平和国家への志向(17頁) 
     
  ◇7 憲法とその措定する人間像の変容 
     
★第2節 憲法の意義・種別・特性・効力  
  ◆T 憲法の意義 
  ◇1 実質憲法と形式憲法 
     
  ◇2 固有の意味の憲法と立憲的・近代的意味の憲法 
     
  ◇3 法規範としての憲法と事実状態としての憲法
     
  ◇4 実定法的意味の憲法と法論理的意味の憲法 
     
  ◆U 憲法の種別 
  ◇1 存在形式による種別
     
  ◇2 改正手続による種別 
    制定された憲法典に他の成文法に優る権威を認め、通常の立法とは異なる特別の手続によるのでなければ変更できないとされるもの⇒硬性憲法
そうでない憲法⇒軟性憲法
  ◇3 制定権威の所在による種別
     
  ◇4 既定の内容・性格による種別 
     
  ◇5 一種の存在論的な種別
     
     
     
     
  ◆W 憲法の法源と効力 
  ◇1 憲法の法源
     
    憲法判例は憲法典そのものではなく、制定法たる憲法典に準ずる効力しかもたない
⇒判例変更の可能性もある。
     
  ◇4 憲法判例 
    最高裁判所の憲法判例は先例拘束性をもつ。
    その場合、先例として拘束力をもつのは、憲法判決中のいわゆるレイシオ・デシデンダイ(ratio decidendi)の部分であって、法律などの合憲・違憲の結論それ自体ではなく、その結論に至るうえで直接必要とされる憲法規範的理由付け(判決を導く決定的理由付け)。 
   
     
     
     
★第3節 憲法の変動と保障
   
◆U 憲法の改正
  ◇1 総説 
  ◇2 改正の手続 
  ◇3 憲法改正行為の性質と限界
  ■(1) 改正権の本質 
    改正権はいわば「法制度化された憲法制定権力」
     
     
     
     
     
  ◆V 憲法の変遷(41頁) 
  ◇1 憲法変遷の意味 
  ◇2 評価 
    字義通り憲法条項に違反・矛盾する行為ないし憲法条項の改廃は、硬性憲法下の立憲的憲法変動としてはあくまで憲法所定の改正を経て行われるべきで、
憲法条項に違反・矛盾する実例が当該憲法条項に代わって憲法規範性を獲得することを認める余地はない。
    憲法変遷は、「憲法に違反するものではない」との前提の下での、憲法条項の意味変化。
    Y説:一定時における成文憲法規定の意味理解を基軸にかつ固定的に捉えるもの
Z説:憲法解釈上そのような固定的に捉えることに反対し、憲法規定の意味変化の可能性を容認するもの
    Z説:
司法権に多かれ少なかれ固有の性格を認め、憲法規定が一定の拘束的役割を果たすことを前提にその憲法解釈が独自の価値を有することを承認。
     
  ◆W 憲法の保障(合憲性の統制) 
     
     
     
★★第2章 日本憲法の展開  
  ◆T 日本国憲法成立の経緯と法理 
     
  ◆U 日本国憲法の基本原理とその展開 
  ◇1 日本国憲法の基本原理 
  ■(1) 総説 
  ■(2) 国民主権と政治の復権
  ■(3) 自由主義(基本的事件尊重主義)とそのための制度的原理(70頁)
  ●(イ) 総説 
  ●(ロ) 「権力分立」の原理 
  ●(ハ) 「法の支配」の原理 
    古典古代ギリシャにその起源をもつ。
    ロック:
法の目的は、自由を廃止したり、制限したりすることではなく、むしろ自由を維持し、拡大することにあり、法のないところに自由はない。
アメリカ独立革命期のステートの憲法が
「法による統治であって、人による統治ではない」ことを力説。
    ダイシーは、国会主権などと並んで「法の支配」をイギリスの主要な憲法原理となし、
それは「種々の見地からみてイギリス憲法の下で個人の権利に与えられた保障」であるとしたうえ、その具体的内容として、
@専断的権力に対するするものとしての通常の方の絶対的優位ということ、すなわち、国の通常裁判所において通常の法的な方法で確定された法に明白に違反する場合を除いて何人も処罰されず、または合法的に身体もしくは財産を侵害されないという命題
A法の前の平等、すなわち、地位または身分を問わずあらゆる人が国の通常の法に服しかつ通常裁判所の裁判に服するという命題
B憲法の一般的法原則(人身の自由な権利や集会の権利など)は個々の事件において私人の権利を決定するは寝k津の結果であるという命題
    日本国憲法は、
「自由」の重要性を標榜して詳細な基本的事件のカタログを掲げつつ
憲法の最高法規性を確認し(98条1項)
そして司法権を強化し、行政裁判権や違憲立法審査権を司法権の内実とする(81条)など、
「法の支配」の原理に立脚。
  ■(4) 国際協和主義・平和主義 
     
★★第3章 日本国憲法と国際社会  
     
     
     
★第2節 国際協和の法的意味  
  ◆T 憲法と国際法 
  ◇1 98条2項の成立の経緯と意義 
    民法 第98条〔憲法の最高法規性、条約・国際法規の遵守〕
この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
A日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
     
  ◇2 国際法と国内法との関係
  二元論⇒国際法と国内法とは全く無関係の法秩序⇒国際法が国内法的効力を有するためには必ず国内法への「変型」が要求される 
    一元論:国際法と国内法をもって一個の統一的法秩序を構成
     
  ◆U 憲法と国際法の国内法的効力 
  ◇1 国際法の国内実施の方式 
     
  ◇2 日本国憲法のとる方式 
    条約は別段の立法措置を要することなく国家機関および国民を拘束すると解すべき。
実際、自動執行的条約は、特別の立法措置を講ずることなしにそのまま国内法的効力をもつものとして扱われてきている。 
     
  ◆V 国際法の国内法秩序における効力順位 
  ◇1 国際法の国内法秩序におけるこうりょくじゅんい
     
  ◇2 日本国憲法下の効力順位 
     
   
  ◇3 「国際人権」の国法体系における実現 
     
  ★★★第2編 国民の基本的人権の保障
  ★★第1章 基本的人権総論
★第1節 国民の地位と要件  
  ◆T 国民の地位総論 
     
  ◆U 国民の要件 (p106)
  ◇1 「日本国民たる要件」 
     
     
  ◇2 国籍の取得 
   
     
  ■(2) 生来的国籍取得
     
     
    法律上の婚姻関係にない日本人父と外国人母の間に生まれた非嫡出子が、生後に父から認知を受けて国籍取得届出を提出⇒準正の要件を欠くとして受理されなかった。 
最高裁:
国籍が国家構成員の資格であるとともに、基本的人権の保障等に関し重要な意味をもつ点に着目しつつ、
準正の要件を満たすかどうかは
子にとっては自らの意思や努力によっては変えることのできない父母の身分行為に係る事柄」⇒このような事柄によって国籍取得の要件に関し区別を生じさせることに「合理的な理由があるか否かについては、慎重に検討する必要がある」。
子の被る不利益は看過し難いもの」であり、また、(父母両系主義をとる国籍法の下で、日本国民である母の非嫡出子が出生による日本国籍を取得するのに、日本国民である父から出生後に認知されたにとどまる非嫡出子には届出による国籍取得すら認められないことには)「両性の平等という観点からみてその基本的立場に沿わない」とし、
⇒本件区別は「合理的な理由のない差別」であった憲法14条1項に違反する。
本判決:
我が国が批准している「市民j的及び政治的権利に関する国際規約」(国際人権規約B規約)や
「児童の権利に関する条約」にも論及。
準正の部分を除いた国籍法3条1項所定の要件が満たされる時には同項に基づいて国籍を取得すると司法的救済に積極的姿勢を示した。
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
★第2節 基本的人権の観念とその史的展開  
  ◆T 基本的人権の観念とその根拠 
  ◇1 「基本的人権」の観念 
    憲法 第11条〔基本的人権の享有と本質〕
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

本条前段では、「基本的人権」という存在が予め想定され、国民はその「すべて」を享有するものとされている。
    @「基本的人権」とは何か
Aそのような「基本的人権」とは何を根拠に認められるのか
Bそのような「基本的人権」と後段の「この憲法が国民に保障する基本的人権」とはどのような関係にあるのか
    「基本的人権」
人間がただ人間であることにより誰でも当然に有する(=「基本的人権」の普遍性、固有性)、侵してはならない権利(=「基本的人権」の不可侵性)

18世紀人権宣言にうたわれたように「生来の権利」つまり「自然権」
     
  ◇2 「基本的人権」の根拠 
     
    簡単には自然権論には立ちえない

日本国憲法にいう「基本的人権」とは、人間(個人)それ自体と社会・国家との関係のあり方に関するどのような根本的理解(道徳理論moral theory)に経っているかを問わなければならない。
     
  ◆U 基本的人権の史的展開 
  ◇1 基本的人権の史的展開 
  ■(1) 人権宣言成立の背景 
     
    権利・自由は、グロチウスをその父とするといわれる近代自然法思想という、「環境」の下に、やがて「人権」へと成長発展することになる。
  ■(2) 人権宣言の成立とその真髄 
    アメリカの独立革命期の1776年6月12日、バージニア権利章典

言葉の厳格な意味で人権宣言と称しうるものを初めて明らかにした。
すべての人は生来ひとしく自由かつ独立しており、一定の生来の権利を有する」との宣言にはじまり、それらの権利が、財産を取得所有し、幸福と安寧とを追求獲得する手段をともなう、生命と自由とを享受する権利であることを明らかにする。
    (1776年)翌月4日の独立宣言
国家契約説、国民主権および革命権によって裏づけつつ、「生命、自由および幸福の追求」の権利が天賦の権利であると宣言。

近代の人権がいかなる思想と心情に立脚するものであるかを端的に表現。
人権宣言は、1788年発効の合衆国憲法の修正条項として、いわゆる「権利章典」(10ヶ条)が1791年に発効。
    アメリカ革命期の人権宣言の影響の影響

フランスでも1789年に「人および市民の権利宣言」
but
1799年12月の憲法では、人権宣言そのものが消失。
  ■(3) 人権思想の後退と再生 
    自然権的な人権観念から法実証主義的権利観念への転換
     
    ナチズム・ファシズム 
    人権観念の再生
←国家権力に依存しすぎることの危険についての自覚に基づくもの
    第二次世界停戦直後には自然法論の復活もみられた。
    再生した人権観念につき無視し得ないのは、
世界人権宣言(1948年)を象徴的な突破口として、その後国際人権規約をはじめとする各種人権条約が成立し多くの国々がそにれ参加しているという状況。
     
  ◇2 わが国における基本的人権思想の展開 
  ■(1) 人権思想導入の挫折と明治憲法 
    徳川末期に国際社会の仲間入り 
    西洋思想を受け入れる中で、天賦人権思想が導入⇒明治初年には天賦人権論は半ば政府公認の説。
天賦人権論に依拠する自由民権運動。
    明治憲法:ドイツの憲法および憲法思想の影響を受けつつ、構想された。
明治憲法の認める権利は、「臣民の権利」にして、「法律の範囲内」におけるもの。
    大正14(1925)年に護憲三派内閣の手によって普通選挙補うの成立
大正15年には、労働運動弾圧規定である治安警察法17条の削除も行なわれた。
     
  ■(2) 人権思想の完全滅失と再生 
    大正期:
自由主義的憲法理論
政党内閣制
各種権利獲得運動の展開
but
各種権利獲得運動も、資本主義の進展と矛盾の拡大にその発生の源をもつ
自由主義的憲法論が支配的といっても、初等教育や軍隊内の教育の場では、一貫して神権的国体観念が支配力をもっていた。 
    「大正デモクラシーの嫡出子」というべき加藤高明内閣の手によって、普通選挙法と同時に、治安維持法が制定。
    昭和に入って内外の情勢が厳しさを加える
⇒神権的国体論が次第に勢いをまし、政治社会体制は軍国主義・全体主義色に染まっていった。
     
    伝統的に集団志向的傾向の強い土壌にあって、
人権もそのような集団による権力闘争の手段という角度でのみ捉えようとする傾きがあったのではないか。
それが人権思想の完全滅失と最も深いところでかかわっている。
    ポツダム宣言
     
  ◆V 国際的人権保障 (P135)
  ◇1 人権の国際的保障 
    国際連合憲章 
    1948年の国連総会で「世界人権宣言」が採択
    1976年に発効した国際人権規約
A規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)
B規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)
A規約:
社会権的性格の権利の保護を目的
国際報告制度(16条)
B規約:
自由権的性格の権利の保護を目的
国際報告制度(40条)のほか、国家通報制度(41条、42条)
国際連合の機構とは別に個人資格で選ばれた専門家からなる人権委員会(規約人権委員会)が設けられ(28条)、重要な役割。
B規約の選択議定書は、個人通報制度を設け、人権委員会が、国家による侵害う受けたと主張する個人からの通報を受理しかつ検討する権限をもつことを認めている。
     
  ◇2 人権条約の国内的実施 
     
    日本国憲法の保障する基本的人権の保障体系および個別的人権の保障の意義を解釈論的にどう捉えるかがまず出発点されれなければならない。

人権条約に加入できない場合もありうるし、加入するにあたって、憲法との整合性の観点から、「留保」や「解釈宣言」を行う必要も生じる。
人権条約の実施の過程で、その条項が裁判所によって違憲とされる可能性も理論上ありうる。
    他面、人権条約は、詳細・具体的に定める傾向
日本国憲法の解釈運用にあたって参考にされるべき場合も少なくない
日本国憲法の保障する「基本的人権」は未来に開かれた課題としての側面も有しており、裁判所が「基本的人権」の保障を充実する方向で憲法の関連規定(13条の補充的保障も含めて)の解釈に人権条約を取り入れることは、憲法98条2項の趣旨に照らしても、司法の責務であると考えられる。
先に触れた最高裁判所の国籍法違憲判決が、B規約や子どもの権利条約も重要な論拠として、憲法14条1項違反を導いている点が注目される。
    人権条約に加入するに際し、
まず、立法部による国内法的整備を図る。
but
立法部によるそうした法的整備がなされなかったり、不十分ないし不適切な部分もありえる。
それに関連して行政的対応に問題があるような場合、
裁判所による司法的救済が期待されることになる。
この場合、
憲法の人権条項の解釈を通じて救済が図られることがありうる(人権条約の間接適用)。
条約による人権保障が憲法の想定しない領域に及ぶ、あるいは憲法による保障を上回ると解される場合、国内法は憲法の人権条項に違反するとはいえないが、なお条約に違反するという事態がありうる。
    後者の場合の司法的救済(いわゆる直接適用)の可能性:
人権条約(条項)の自動執行(self-executing)性が前提になると解かれることが多い。

司法的救済の根拠となるにふさわしい明確性・特定性を備えていることが必要であるというべきであるが、より重要なことは、この事態は憲法98条2項を介して憲法上許されない事態なのだということを認識すること。
    「外国人の無料通訳を受ける権利」に関する東京高裁判決
「通訳の援助を受ける権利は、わが国内において自力執行力を有するものと解される国際人権B規約によって初めて正文上の根拠をもつに至ったもので、・・・これまでのわが国内法の知らないところ」
「被告人のための通訳」が裁判が裁判として成り立つための不可欠の要素であることを指摘しつつ、「国際人権B規約14条3項(f)に規定する「無料で通訳の援助を受けること」の保障は無条件かつ絶対的のものであって、裁判の結果被告人が有罪とされ、刑の言渡しを受けた場合であっても、刑訴法181条1項本文により被告人に通訳に要した費用の負担を命じることは許されない」とした。
     
★第3節 基本的人権の憲法的保障とその限界  
  ◆1 「基本的人権」の憲法的保障(P139) 
    日本国憲法は「基本的人権」の存在を措定して、そのすべてを憲法上の権利として保障しようとしてるが、
その「基本的人権」の根拠と内実については、個人と社会・国家のあり方に関する道徳理論(moral theory)を想定しなければならない。
    「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と定める憲法13条(また、憲法24条は「個人の尊厳と両性の本質的平等」に言及している)

「個人の尊重」「個人の尊厳」が人間(個人)それ自体と社会・国家との関係のあり方の基本にかかわることが示唆。

「個人の尊重」ないし「個人の尊厳」:
一人ひとりの人間(個人)が、自由・自律という尊厳性を表象する「人格」主体、「権利」主体として(端的にいえば、人格的自律の存在として)、他者と協働しつつ、それぞれのかけがえのない生の形成を目指す、いわば「自己の生の作者」として己の道を歩む、ということを最大限尊重しようという趣旨。
(この点、合理的とはいえないありのままの人間を出発点とすべきである(阪本昌成)。)
(社会の在り方を対話によって形作る実践の論理的基礎となるのが合理性であり、その対話に参加する能力・資質を理性および倫理性とするならば、本条前段は、すべての個人において、このような能力・資質を理性が少なくとも潜在的に有することを承認したものと解すべき)

そして、憲法は、人がそのような存在として自己を主張し、そのような存在としてあり続けるうえで重要な権利を「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」(「幸福追求権」)として包括的に保障しようとしている。
    先に言う道徳理論は、この13条(および24条)の趣旨を内実としている。

各人が自律的存在として事故の幸福を追求して懸命に生きる姿に本質的価値を認め、その価値を最大限尊重しつつ人の共生を可能とするような社会・国家の構成のあり方を考えようとする理論であり(社会契約説)、そのような見地から、各人には基本的な権利が保障されていると想定するもの。
この理論は、97条にも示唆されているように、近代人権宣言への共感に根ざしつつ、その後の人類の(悲劇的な)歴史をも踏まえたもの。
   
憲法が導入の前提とする「基本的人権」とは、このような道徳理論上の権利、端的に言えば「道徳的権利(moral rights)」であることを意味する。
この「道徳的権利」である「基本的人権」は、自由権のみならず参政権や社会権なども含むものであって、それらが国家に先立っておよそ人に備わるものと想定するものであって、それらの意味において「自然権」と称することができる。
    憲法11条は、この「道徳的権利」である「基本的人権」を法的世界に取り込むこと、つまり「法的権利」として保障するという趣旨を明らかにするもの。
後段の「この憲法が国民に保障する基本的人権」とは、後続諸規定に列記される権利・自由の総称ではなく、前段において保障した範囲での基本的人権、つまり「すべての基本的人権」の意であるというのが政憲議会での政府間の見解。
    上述のように「幸福追求権」が「個人の尊厳」を受けた包括的な権利⇒上の問題はこの包括的な権利の性質・内容をどう解するかの問題に吸収されることになる。
     
  ◆2 「基本的人権」の動態的展開 
   
   
    @「背景的権利」、A「法的権利」、B「具体的権利」の3つのレベル。 
    それぞれの時代の人間存在にかかわる状況・要請に応じて種々主張される「人権」は、憲法の保障する「基本的人権」にとっていわば「背景的権利」と称すべきもの。
「背景的権利」が明確で特定化しうる内実をもつまで成熟し、かつ、とりわけ憲法の基本的人権の保障体系と調和するかたちで特定の条項(その際、包括的基本的人権規定が重要な役割を果たす)に定礎することができる時、憲法の保障する権利、すなわち「法的権利」としての地位を獲得する。(ex.プライバシーの権利)
「法的権利」であるといっても、すべてが直ちに司法的救済の対象となるものとは限らない。
ex.表現の自由に積極的な政府情報開示請求権が含まれると解すべきだとしても、法律上の裏づけなしに直ちに一般的に司法的救済の大正となる解することは困難。

憲法の保障する「法的権利」の中には、「具体的権利」とそうでない権利(「抽象的権利」)の2種がある。
「具体的権利」というには、司法的救済にふさわしい一層の明確性・特定性が求められる。
     
     
     
★第5説 基本的人権の憲法的保障の妥当範囲(p176)  
     
     
  ◆U 私人間の法的関係 
  ◇1 総説 
     
  ◇2 憲法解釈論上の対応 
     
     
  ◇3 基本的視角 
    出発点とすべきは、「人権」という考え方は私人間でも妥当する。
     
    およそ憲法(したがって人権規定)の名宛人はあくまでも国家であり、国家のみを拘束するものと解するか(A説)
憲法(したがってその人権規定)は国会を拘束するのみならず、国民相互間にも妥当性をもつと解するか(B説)
    A説:
「防御権的構成」
「保護義務構成」:国家は個人の基本権を他人による侵害から保護しなければならないという義務、つまり基本的保護義務があると想定しなければならない。
vs.
@憲法の名宛人は国家であって国家のみを拘束するとするA説の大前提からすると、やや解釈技巧が勝ちすぎていないか
A国家の保護義務を強調しなければならない局面があることは否定できないが、一般的に広く国家の保護義務を憲法解釈の根底に据えることは、個人の自由を核とする人格的自律権の発想と相容れない契機を孕んでいるように思われてならない。

B説:憲法(したがってその人権規定)は国家を拘束するのみならず、国民相互間にも妥当性をもつと解する
    自律権の主体同士の関係

人がそれぞれ自律的な個人として共生していくためには、まず何よりも「人格的自律権」を互いに尊重し合うという基本的な約束を行ない、
そのうえで政府を創設して政治権力を独占させて必要な権能を付与するとともにその濫用を阻止する仕組みを組み込み、政府が尊重しなければならない「人格的自律権」を具体的に各種「基本的人権」として明示する
というように憲法の趣旨・構造を理解。
    ここでは、自律的個人が、その相互の関係にあっては、それぞれの意思に基づいて足らぬところを補い合いつつ自律的生を全うすること(私的自治の原則・契約自由のシステム)が措定されており、そのことは憲法中に含意ないし(抽象的にせよ)明示される。
13条の「人格的自律権」が、この原則・システムの構築を予定しかつそれを包括的に法律に委ね、まさに歴史的に彫琢された構造と叡智に従って行われることを想定している。
憲法24条のように、憲法自体が具体的にその構築のあり方を明示する場合もあるし、原則・システムを構築する法律の個別的定め方が憲法の個別的人権規定に抵触する場合もあり、さらには、原則・システムの下での関係当事者の一方の行為が人権規定に照らし許容し難く、結局憲法が想定する原則・システム内の行為とは判断しえないというような場合がありうる。
     
     
     
     
     
     
★★第2章 包括的基本的人権  
  ★第1節 生命・自由および幸福追求権(Up193〜)
  ◆T 生命・自由および幸福追求権の人権体系上の位置と性格
  ◇1 個人の尊重・幸福追求権の思想史的系譜 
規定 憲法 第13条〔個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重〕
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
   
   
  「幸福追求権」が、イギリスの憲法、コモン・ロー上の具体的権利と結びつきながら、個人の人格的生存にかかわる根源的な自然権として観念されていた。

幸福の内容は各自の決定するところで、ただそれを追求する諸条件・手段を保障しようとする趣旨であって、個人主義的理念を自ずと表示するものとなっている。
   
  ・・・・アメリカにあって、地方自治や陪審制などを通じて、「公的幸福」の観点が生き続けてきたことは軽視してはならない。
  日本国憲法の解釈論として、本条の「幸福」について専ら私的幸福の意味で捉えられてきた。
but
各人のそうした「私的幸福」の追求をいかに可能ならしめるかの課題はつきまとうところ。
それに加え、人間には、他者の生に役立つこと、他者の生に事故の生が意味をもつことについて喜びを抱く面が本来的にありはしまいか。
そうした意味で、本条にいう「幸福」には、歴史的にみも、また、人間本来の生のあり方からしても、「公的幸福」の側面が部分的にせよ随伴していることは率直に認識すべき。
   
   
  ◇2 個人の尊重・幸福追求権の法的性格 
■(1) 個人の尊重 
  @「個人として尊重」(前段)
A「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」(後段)
との2つの部分。
前段は、後段の「立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と一体化して、個人は国政のあらゆる場において最大限尊重されなければならないという要請を帰結。
  「個人の尊重」ないし「個人の尊厳」:
一人ひとりの人間(個人)が、自由・自律という尊厳性を表象する「人格」主体、「権利」主体として(端的にいえば、人格的自律の存在として)、他者と協働しつつ、それぞれのかけがえのない生の形成を目指す、いわば「自己の生の作者」として己の道を歩む、ということを最大限尊重しようという趣旨。

「個人の尊重」「個人の尊厳」の原理と予備、
「人格の尊厳」の原理
次の14条は「人格の平等」の原理を規定。

13条と14条と相まって、日本国憲法が「人格」原理を基礎とすることを明らかにするもの。
    「人格の尊厳」の原理は、
まず、およそ公的判断が個人の人格を適正に配慮するものであることを要請し、
第2に、そのような適正な公的判断を確保するための適正な手続を確立することを要請。

一人ひとりの事情を不用意に概括化・抽象化して不利益を及ぼすことは許されない。
     
  「人格の原理」は、
@およそ公的判断が個人の人格を適正に配慮するものであることを要請し、
Aそのような適正な公的判断を確保するための適正な手続を確保することを要求

例えば、一人ひとりの事情を不用意に概括化・抽象化して不利益を及ぼすことは許されない。
行政の実体・手続の適正性の問題については諸説があるが、基本的には本条によって要請される。
  「個人の尊厳」原理は、基本的には国政に関するものであるが、民法2条を通じて解釈準則として私法秩序をの支配すべきものとされるのは、憲法上の基本原理としてすべての法秩序に対して妥当する原則規範としての意味を担っているから。
■(2) 幸福追求権 
  後段の「幸福追求権」:
前段の「個人の尊重(尊厳)」原理を受けて、人格的自律の存在として自己を主張し、そのような存在であり続けるうえで重要な権利・自由を包括的に保障する権利(包括的基本的人権)
  幸福追求権が人格的自律性を基本的特性としつつ、各種の権利・自由を包摂する包括性を備えている⇒「基幹的な人格的自律権」と称し得るもの。
  憲法第3章が掲げる各種基本的人権は、この「基幹的な人格的自律権」から流出派生しつつ、それぞれ独自の歴史的背景と構造を担っているもの。
  個別的規定によってカバーされず、かつ人格的自律性にとって重要なものが、なお13条によって保障される。
  ハンセン病訴訟に関する下級審の判決が、まずは居住・移転の自由(憲法22条1項)の問題として捉えつつも、「人として当然に持っているはずの人生のありとあらゆる発展可能性(を)大きく損な」うような「人権制限の実態は、単に居住・移転の自由の制限ということで正当に評価し尽くせず、より広く憲法13条に根拠を有する人格権そのものに対するものととらえるのが相当である」と述べる。
  @およそ公権力の活動には、上述の「個人の尊重(尊厳)」原理が妥当するということ
A13条の補充的保障の中に「自己決定権」が含まれると解されること
B規制の目的・態様いかんによっては、確立された個別的人権の保障を全うさせるために政策的・手段的に該権利に付随した主観的利益として憲法上保護すべき場合がありうるということ
  ◆U 生命・自由および幸福追求権の内容 
  ◇1 総説 
  幸福追求権、つまり「基幹的な人格的自律権」は、
@人格的自律の存在として自己を主張し、そのような存在であり続けるうえで重要な権利・自由を包括的に保障する包括的権利
Aその内実は社会政治状況と関係しつつ発展的に形成されていくもの
⇒その具体的内容は当然多岐にわたる。
その内容を対象法益に応じて類型化:
@生命・身体の自由
A精神活動の自由
B経済活動の自由
C人格価値そのものにまつわる権利
D人格的自律権(自己決定権)
E平等の取り扱いを受ける権利
F適正な手続的処遇を受ける権利
G参政権
H社会権
I権利利益の侵害・特別犠牲を受けた場合の救済を受ける権利
AB:憲法の個別的規定で広くカバーされている
E:14条でカバー
H:25条、26〜28条
I:17条、29条3項、40条
  ◇2 生命・身体の自由 
  ◇3 人格価値そのものにかかわる権利 
■(1) 総説 
■(2) 名誉権 
■(3) プライバシーの権利 
  プライバシーの権利は、個人が道徳的自律の存在として、自ら善であること判断する目的を追求して、他者とコミュニケートし、自己の存在にかかわる情報を開示する範囲を選択できる権利。
このような意味でのプライバシーの権利は、人間にとって最も基本的な、愛、友情および信頼の関係にとって不可欠の生活環境の充足という意味で、まさしく「幸福追求権」の一部を構成するのにふさわしい。
■(4) 環境権(人格権) 
     
  ◇4 人格的自律権(自己決定権) 
    個人は、一定の個人的事柄について、公権力から干渉されることなく、自ら決定することができる権利を有すると解され、この権利は「幸福追求権」の一部を構成する。

狭義の「人格的自律権」から、上述の人格価値そのものにまつわる権利や後述の適正な手続的処遇を受ける権利などを除いた、最狭義の「人格的自律権」であって、通常「自己決定権」といわれるものにほぼ相当する。
「基本的人権」と捉えるにふさわしい内実をもつものでなければならない。

抽象的にいえば、個人が自己の人生を築いていくうえで基本的重要性をもつと考える事項(個別的人権保障規定の対象となるものを除いて)、より具体的にいえば、@自己の生命・身体の処分にかかわる事柄、A家族の形成・維持にかかわる事柄、Bリプロダクションに関わる事柄、(将来にわたってこれに限定する趣旨ではないという意味でCその他の事柄)が考えられる。
  ●@の事柄(自己の生命・身体の処分にかかわる事柄)
     
  ●Aの事柄(家族の形成・維持にかかわる事柄)
家族関係は、世代の追って文化や価値を伝えていくという意味で、社会の多元性の維持にとって基本的な条件。
それは、個人の自己実現・自己表現という人格的価値を有する⇒基本的には、人格的自律権の問題と解される。
この問題は、家族生活と個人の尊厳・両性の本質的平等に関して定める憲法24条の法的性格・内実をどう捉えるかに関係してくるが、24条の解釈が未だ必ずしも定まっていない中で、家族の形成・維持にかかわる事柄の根本は人格的自律権(自己決定権)にあることを確認しておく必要。
24条1項は「婚姻の自由」(および離婚の自由)を保障した自由権規定であり、憲法は一組の男女とその間に生まれる子どもからなる法律上の家族の保護を目的としていると解する立場
⇒それ以外の結合形態は13条の問題として捉えられることになる。
  ◎夫婦同氏違憲訴訟(夫婦別姓訴訟)
最高裁:
「氏名」が「人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成する」と認めつつも、
婚姻および家族に関する法制度が法律によって定められることを第一義的とし、「『氏の変更を強制されない自由』が憲法上の権利として保障される人格権であるとはいえず」、憲法13条に違反しない。
   
  ◇5 適正な手続的処遇を受ける権利(Up217)
  公権力の行使は適正な手続によらなければならないが、他面からいえば、そのことは、公権力の行使につき国民には適正な手続的処遇を受ける権利が保障されている。
⇒公権力の行使につき、国民には適正な手続的処遇を受ける権利が保障されていることを意味する。
  刑事裁判を含む刑事手続きについては31条以下に
32条を中心に「裁判を受ける権利」を保障
それ以外の手続については13条の補充的保障の対象となる。
●個人タクシー事業の免許申請に関しその手続のあり方が問われたいわゆる個人タクシー事件
第1審:憲法13条・31条は「国民の権利、自由が実体的のみならず手続的にも尊重されるべきことを要請する趣旨を含む」とした上、審査基準の内容が告知されず、主張・立証の機会(いわゆる告知・聴聞の手続)を与えられなかった⇒申請却下処分を取り消した
最高裁:憲法論には踏み込まなかったが、本件が個人の職業選択の自由にかかわるものであることに触れつつ、法律(道路運送法)規定の解釈論として、事実認定につき「行政庁の独断を疑うことが客観的にもっともと認められるような不公正な手続をとってはならない」との要請を帰結し、審査基準の内容が「微妙、高度の認定を要するようなもの」である場合には、その基準を適用するうえで必要とされる事項について免許申請人に対して主張立証の機会を与えなければならない
●成田新法事件判決での最高裁 
「新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法」に定める工作物使用禁止命令(3条1項)につき、「憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」としつつ、行政手続と刑事手続と自ずから性質上違いがあり、行政目的に応じて多種多様であることに触れながら、常に必ず告知・弁解などの機会を与えなければならないというものではなく、使用禁止命令をするにあたり相手方に事前に告知・弁解などの機会を与える旨の規定ががなくとも憲法31条に違反しないと判示。
本件は、侵害処分に関するものであるが、申請許可手続に関する原子炉設置許可処分手続に関する判決などでも踏襲。
  この判例およびその後の展開⇒31条の行政手続への適用ないし準用を明示的に認めたものとはいえ、実質的には刑事手続の方に引き寄せられており、行政手続に及ぶ範囲はかなり絞りこまれている。
but
個人タクシー事件判決にみられるように、制定法が存在するときには、「公正な手続」への視点にかなり強いものがある

判例は、行政手続につき憲法が要求している範囲は狭く限られ、行政手続一般の適正性の問題は法律の定めるところに委ねていると解しているのではないか、とも思える。

「権利」として構成したがならないわが国の体質がみられる。
  適正な手続的処遇を受ける権利は、個人の具体的な利害にかかわる法規を正しく適用するうえで不可欠であるという考慮に基づいている(=手続的なデュー・プロセス論)。
but
この権利は、さらには、公権力の決定により不利益な影響を被る可能性のある個人に対し広く参政の機会を与えること自体に、個人の尊厳にかかわる本質的価値を認めようとする正義観念(本質的デュー・プロセス観)とも結びついているところがある。

後者の観点に立てば、個別的処分に限られず、委任立法や行政計画の定立といった場面でも広く利害関係人を参加させるべきであるということになり、この権利は民主制を補完する意味も担うことになる。
  ◇6 参政権的権利 
     
     
★第2節 法の下の平等(Up221〜)  
  ◆T 法の下の平等の人権体系上の位置と性格 
  ◇1 総説 
    憲法 第14条〔法の下の平等、貴族制度の否認、栄典の限界〕
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
A華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
B栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
     
  ◇2 自由と平等 
     
  ◇3 平等権の法的性質 
     
  ◆U 日本国憲法における「法の下の平等」の意義と具体的制度(Up225〜)
  ◇1 「法の下の平等」の意義 
  ■(1)14条1項の意味 
     
    B:通説:「法の下の平等」とは、「法の前の平等」と「法の平等」とをあわせ意味し、独立宣言にみられるような人間の生来の自由・平等という大原則を定めたもので、法の適用であると立法であるとを問わず、およそ国政全般にわたって差別を禁止する趣旨(B説)
B2:後段は原則として差別が禁止される事項を例示するもの
B2’:後段の列挙自由に該当する差別は合憲性の推定が排除され、立証責任は合憲性を主張する側にある
最高裁:尊属殺重罰規定違憲判決:
憲法14条1項は、国民に対し法の下の平等を保障した規定であって、同項後段列挙の事項は例示的なものであること、およびこの平等の要請は、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでないかぎり、差別的な取扱いをすることを禁止する趣旨
   
    「差別」はそれ自体否定的含意をもつ言葉であって、「差別」である以上は憲法は許容しないとみるべき⇒問題は「差別」か「合理的区別」か 
     
  ■(2) 格別の差別禁止事項 
     
     
     
  □(ニ)性別 
     
  ◇2 「法の下の平等」の憲法制度的具体化 
     
  ◆V「差別」か否かの判断基準(Up233) 
  ◇1 判断枠組 
    通説・判例は、
「法の下の平等」につき、絶対的平等を排して、一定範囲で別異の取扱いは許されるとし(相対的平等)、
その判断基準を「合理性」に求めてきた。
    最高裁昭和25年判決:
「差別」は、
まず、人格の価値がすべての人間について同等であり、従って・・あるいは特権を有し、あるいは特別に不利益な待遇を与えられてはならぬという大原則に反するか否かの次元において問題となり(第1関門)、
第2に、法のとる具体的措置が「国民の基本的平等の原則の範囲内において各人の年齢、自然的素質、職業、人と人との間の特別の関係等の各事情を考慮して、道徳、正義、合目的性等の要請より適当な」ものであるか否かの次元において問題となる(第2関門)。
   第1関門違反:
明治憲法下の民法の定める「家」の制度
アメリカなどでかつて法制度的にとられた人種による分離政策
公職就任の一般的資格を特定の信条の持主に限定したり、教育程度によって投票価値に差を設けること

形式的・画一的な取扱いが要請される。
第2関門:
@基本的には、人を区別する法律の目的(立法目的)を達成するために、別異の取扱い(区別手法=手段)が合理的な関連性をもつかどうかが問われる(「合理性」テスト)
A14条1項後段の「人種、・・・門地」が「疑わしい範疇」と解する立場⇒法律がこれらの範疇にかかわる場合には、やむにやまれざる政府利益を達成するために、その別異の取扱いが必要不可欠なものであるか否かが厳格と問われる必要(「厳格な審査」テスト)
「合理性」のテストが妥当⇒解釈論的に推定される区別の目的が一応許容可能で、とらわれる手段が恣意的でなければ良い。
「厳格な審査」テストが妥当⇒政府側に目的および手段について論証する責任
B14条1項後段の事由に該当する場合でなくとも、
基本的人権の重大な制限をともなう場合や、
生まれに着目して不利益が法定され、重大な社会的差別観と結び付くような場合

「厳格な審査」テストに準じて、区別の目的が重要なものと解しうるか否か、あるいは手段が実質的相当性を有するか否かを厳格に問う必要がある(「厳格な合理性」テスト)。
   
  ◇2 具体的事例 
  ■(1) 家族生活に関係する問題 
  □(イ) 平成7年改正前の刑法200条(尊属殺重罰規定) 
     
  □(ロ) 民法上の諸制度 
     
  ●夫婦同氏制に関する民法750条
憲法14条に違反するという主張について:
最高裁:
@本件規定の定める夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在するわけではなく、
A夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めるとしても「本件規定の在り方から生じた結果」ではないと斥けた。
憲法24条1項について
婚姻の自由を含む趣旨と認めつつ、
750条はこの自由を直接に制約するものではない。
実際上の不利益ないし事実上の制約が生じているとしても、それらは憲法24条の認める国会の立法裁量の範囲を越えるものであるか否かの検討にあたって考慮されるべき事項であり、結論として、婚姻前の通称使用に言及しつつ、合理性に欠くとはいえないとした。
     
     
     
     
     
     
★★ 第3章 消極的権利(Up243)
★第1節 精神活動の自由  
  ◆T 思想・良心の自由 
     
  ◇3 「思想及び良心の自由」の保障の性格と内容
     
  ■(3) 特定の「思想・良心」を組織的に宣伝・教化されない自由 
     
  ◆W 表現の自由 
  ◇1 総説 
  ◇2 「表現の自由」の保障の性格と内容(p250) 
   
     
     
     
  ■(5) 「表現」に対する国家援助の問題 
    ×A:経済的力関係によって大多数の国民が言論や情報とメディアから疎外されている現代国家状況下にあって、言論の多様性と情報の自由な流れを確保するため、国家が援助すべき積極的債務が21条に含まれる。

〇B:21条にこのような読み込みをなすことに消極的。
but
B説は、「援助」が禁止されているとまでいっているわけではない。
but
表現についての評価や公金の支出などにかかわる
⇒公正中立的な判断とそれを担保するための仕組みが求められ、やり方いかんによっては法の下の平等や表現の自由などの問題を惹起する可能性がある。
     
     
  ◇3 「表現の自由」に対する制約の合憲性判断基準(p254)
  ■(1) 総説 
    表現の自由の「優越的地位」⇒違憲性推定の原則

表現行為を制約する法律を適用する側で、該法律の合憲性について裁判所を説得するに足る議論を積極的に展開しなければならない。 
アメリカのニューヨークタイムズ社対サリバン事件(1964年):
公務員の公的活動にかかわる名誉毀損事件では、被害者の方でその言説が「現実の悪意」をもってなされたこと(虚偽であることを知っていたか、または虚偽か否かを不遜にも考慮しなかったこと)を立証しなければならない。

誤謬を含む陳述は自由な討議において避け難いものであり、表現の自由が「息をつく余裕」をもつためにはそれも保護されなければならない
表現の自由が元来「壊れやすく傷つきやすい」点に着目したこの「萎縮効果」論は、名誉毀損の文脈においてのみならず、表現の自由の保障の全般を貫く基礎的哲学と解すべき。

基本的人権の制約に関し一般的に妥当する「合理性」の基準によるべきではなく、したがって事件ごとにあらゆる利益を衡量する「個別的利益衡量」に依拠することなく、
変動する政治社会状況から表現の自由を守るに足る厳格な審査を可能にする客観的な判断枠組・基準を確立し、それを遵守しながら具体的な判断を行うことが要請される。
    @公的(政治的)言論と私的言論
    A営利的言論と非営利的言論
     
  ■(2) 事前抑制の原則的禁止の法理と「検閲」
    事前抑制の原則的禁止

@情報が「市場」に出る前にそれを抑止するものであること
A手続上の保障や実際上の抑止的効果において事後規制の場合に比べて問題が多い

(i)この原則の例外をいかなる場合に認めうる余地があるか
(ii)例外はどのような手続条件の下に容認されうるか
    憲法21条2項が特に禁止する「検閲」は(i)(ii)を包摂した概念であって、
表現行為に先立ち行政権がその尚異様を事前に審査し、不適当と認める場合にその表現行為を禁止することを意味し、
この種の事前抑制を絶対的に禁止するところに2項の趣旨が存する。
輸入書籍・図画等の税関検査訴訟判決:
「検閲」とは「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指す」
とし、
かかる「検閲」は絶対的に禁止される。
    論点(i)について、
米国の判例上
@公表されたならば害悪が発生することが異例なほど明白である場合、
A公表されたならば取り返しのつかない害悪が発生するような場合
には、事前差止が許容される傾向がある。
わが国についていえば、
名誉・プライバシーの侵害につき、裁判所が慎重な配慮の下に事前差止を行うことは、憲法上可能。
最高裁は、北方ジャーナル事件において、
とりわけ公務員または公職選挙の候補者に対する評価・批判などにかかわる表現行為に対する事前差止は原則として許されないとしつつ、
(1)
@その表現行為が真実でなく、または
Aそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、
かつ、
(2)被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときは、例外的に事前差止も許される。

仮処分命令を発するについては「口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきもの」と述べ、当然のことながら手続保障にも配慮。
    教科書検定:
最高裁:
上述の税関訴訟判決の「検閲」概念によりつつ、検定は発行済みの一般図書をそのまま検定申請してもよく、不合格となっても一般図書としての発行は禁止されない⇒「検閲」にはあたらない。
  ■(3) 漠然性故に無効の法理(明確性の法理) 
     
  ■(4) 必要最小限の規制手段の選択に関する法理 
     
  ■(5) 表現の内容に関する規制と時・場所・方法等に関する規制
     
    表現の自由の制約は、内容規制であれ時・場所・方法等の規制であれ、可及的に自由で豊かな情報を確保しようとする趣旨からの「優越的地位」を基礎にして、その合憲性が判断されなければならない。
表現行為の規制について、
まず、
・事前抑制の原則的禁止と「検閲」、
・蓋然性故の無効の法理、
・必要最小限の規制手段の選択に関する法理
の観点から精査を行うとともに、
その実質判断に関しては、個別的利益衡量の手法に安易に寄り掛かることなあく、
規制の対象や態様などに応じて、表現の自由の保障を確かなものとするために、アメリカの判例・学説上案出されてきた
・「やむにやまれざる政府利益」
・「明白かつ現在の危険」
定義づけ衡量ないし範疇化などの処方理によることを考えるべき。
「明白かつ現在の危険」の法理:
政府が他人を表現行為故に処罰することができるのは、政府が憲法上防止することのできる実体的害悪がもたらされる明白にしてさし迫った危険の存する場合に限られるとするもの。
(ホームズ、ブランダイス裁判官)
vs.
消極的表現の制限の場合には妥当しない
具体的状況において意見表明を罰しうるかの文脈を離れて、法律それ自体の合憲性の判定基準としてどこまで有効かといった疑問。
「範疇化の法理」:
個別的文脈のいかんを問わず一定の範疇に属すの表現は絶対的に保護されなければならないという発想にたつもの。
アメリカのブランデンバーグ判決が、
オハイオ州刑事サンディカリズム法(政治的変革達成の手段として犯罪・テロんどの必要の唱道を禁止する)につき、
「単なる唱道」と「さし迫った行為をせん動またはひき起こすことに向けられ、かつ、かかる行為を実際にせん動または引き起こす見込みのある場合を除き」憲法上禁止できないと述べて文面上無効とした例。
     
  ◇4 情報提供作用に関する制約(p263) 
  ■(1) 表現の内容に関する制約
  □(イ) 扇動 
    「せん動は、公共の安全を脅かす現住建造物等放火罪、騒擾罪等の重大犯罪をひき起こす可能性あるの社会的に危険な行為であるから、公共の福祉に反し、表現の自由の保護を受けるに値しない」と判示(最高裁昭和37.2.21)。
  □(ロ) わいせつ文書の頒布・販売 
    「わいせつ」文書の意義:
「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」とし、該文書に該当するかどうかは「社会通念」による(チャタレー事件判決)。
「わいせつ」文書取締りの理由:
@性犯罪などの増大といった直接的・具体的実害をともなう
Aチャタレー判決のいうようにおよそ社会には「性行為非公然性の原則」のごときものがあり、善良な性道徳の維持のための規制が許される
vs.
社会は、性行為を公然となすことを禁止しうるとしても、その趣旨を文書による表現の領域に及ぼすことには飛躍がある。
しかも、刑法の規定および判例の定義は曖昧かつ広汎にすぎる。

仮に刑法175条の存続を前提にすれば、
同条は、「わいせつ」文書の頒布・販売などの方法(頒布の仕方・売られ方)に着目しつつ(文脈的アプローチ)、通常人にとって明白に嫌悪的なものでかつ埋め合わせできるような社会的価値を全く欠いている文書類の規制に限定するよう適用される必要。

このような規制が憲法上容認されるとすれば、「わいせつ」的表現はそれをみたくない人にとって苦痛事であり、ポルノ大量陳列などがその周辺の生活環境にある種の衝撃を与えることは否定できないこと、
専ら好色的興味に訴えて商業的利潤追求の対象としていると認められるものは結局埋め合わせできるような社会的価値を認め難いこと
などに求めるほかない。
文書などの「わいせつ」性は、サド判決が明らかにしたように
「文書全体との関連において判断」すること(「全体的考察方法」)、また、
同判決における田中二郎裁判官の反対意見が強調するように「その科学性・思想性・芸術性との関連において、相対的に判断されるべき」こと(「相対的わいせつ概念」)
は、その当然の帰結。
     
  □(ハ) 名誉・プライバシー 
     
  □(ニ) 青少年の保護 
    地方公共団体の青少年保護育成条例。
例えば、岐阜県条例は「著しく性的感情を刺激し、又は著しく残忍性を助長するため、青少年の健全な育成を阻害するおそれがある」と認めるとき知事は当該図書を「有害図書」としているものとし、該都著について青少年への販売・頒布等が禁止され、自動販売機への収納も禁止される制度。
最高裁H1.9.19:
この条例に定めるような「有害図書」が「一般に思慮分別の未熟な性少年の性に関する価値観に悪い影響を及ぼし、性的な逸脱行為や残虐な行為を容認する風潮の助長につながるものであって、青少年の健全な育成に有害であることは、既に社会共通の認識になっている」
⇒自販機への収納禁止は青少年に対する関係においてはもとより、成人に対する関係においても必要やむをえない制約であって憲法21条1項に違反しない。

こうした「有害図書」指定が「検閲」にあたらないことは、税関検査訴訟判決や北方ジャーナル事件判決の趣旨に徴し明らかである。
vs.
事前抑制の原則的禁止の法理ないし「検閲」にあたらないか、
不明確ないし過度に広範な規制ではないか、
の疑問を払拭しきれない。

強いて合憲であるというためには、伊藤正巳裁判官の補足意見が主張するように、
青少年はその精神的未熟さの故に知る事由につき成人よりも大きな制約を受け、該規制の結果成人も影響を受けるがその知る自由が全面的に閉ざされるわけではない。
     
  □(ホ) 差別的表現 
     
    政見放送削除事件:
NHKが政見放送中における身体障害者に対する差別的用語を使用した発言部分のン性を削除してテレビ放送したところ、かかる削除行為は政見をそのまま放送される権利を侵害する不法行為にあたると主張し、NHKと国に対して損害賠償を請求した事案。

最高裁H2.4.17:
該部分は他人の名誉を傷つけ善良な風俗を害するなど政見放送としての品位を損なう言動を禁止した公職選挙法150条の2の規定に違反するものであるとしたうえ、
該規定は「テレビジョン放送による政見放送が直接かつ即時に全国の視聴者に到達して強い影響力を有していることにかんがみ、そのような言動が放送されることによる弊害を防止する目的で政見放送の品位を損なう言動を禁止したもの⇒右規定に違反する言動がそのまま放送される利益は、法的に保護された利益とはいえ」ない⇒不法行為に当たらない。
vs.
150条の2は基本的に「心構え規定」というべきもので(同法235条の3参照)、抽象的グループの身体的特徴についての侮辱的表現は特定人の名誉毀損とは比重が同じではなく、150条1項という明文規定を無視して、むしろ150条の2の「品位を損なう言動」という曖昧な表現に法的意味をもたせたことに疑問が残る。
     
  □(ヘ) 虚偽誇大広告 
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
★★第4章 積極的権利  
★第1節 受益権 (p353)
  ◆T 裁判を受ける権利(p353)
  ◇1 総説 
     
  ◇2 「裁判を受ける権利」の保障の性格と内容 
■(1)「裁判所において」裁判を受ける権利
■(2)裁判所における「裁判を受ける権利」 
ここに「裁判」とは、司法権の作用としての裁判であって、憲法76条1項にいう「司法権」を前提とする。
「裁判」は、法令を適用することによって解決しうべき権利義務に関する当事者間の具体的紛争が存し(「法律上の争訟」の存在)、裁判所に持ち込まれた場合に、その権利義務の存否を確定し紛争を解決する作用である。
刑事訴訟(裁判)⇒憲法上の詳細な手続保障
民事訴訟(裁判)については、直接には格別の規定はない。
but
民事訴訟(裁判)も、13条の箇所で触れた「適正な手続的処遇を受ける権利」の保障の土台をなすものであり、訴訟当事者には十分な主張・立証の機会を与えるなど手続主体にふさわしい地位が保証されなければならない(手続保障)
     
     
     
★★★第3編 国民主権と政治制度  
     
     
★★第5章 財政  
★第1節 財政立憲主義  
     
     
  ◆U 財政処理のあり方に関する憲法的統制 
  ◇1 一般的規制 
     
  ◇2 特別的統制・・・公金支出・公的財産供用の禁止
  ■(1) 総説 
    憲法 第89条〔公の財産の支出利用の制限〕
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

財政処理に関し、特に
@宗教上の組織・団体への公金支出・財産供用
A「公の支配」に属しない慈善・教育・博愛事業への公金支出・財産供用
が禁止。
  ■(2) 宗教上の組織・団体への公金支出・財産供用の禁止
    およそ公金の使途は明確にしておかなければならないところ、
@慈善・教育・博愛の事業の場合は美名の下にとかく包括的な支出が容認されがちであると同時に、反面、Aこれらの事業に公権力が深く介入することはその自主性・独立性を害する結果になる⇒好ましくない。
    「公の支配に属しない」事業への公金支出禁止の法的意味
A:厳格説:私的自主性を基盤とするものへの支出禁止と解する
B:非厳格説(緩和説):国家目的の観点から当該事業が役に立つと国家が規定すれば十分
    私学助成問題:
所轄庁は、
@必要に応じて、助成を受ける学校法人からその業務もしくは会計の状況に関し報告を求め、またはその職員に当該学校法人の関係者に対し質問させ、もしくはその帳簿その他の物件を検査させる、
A当該学校法人が学則に定める定員を著しく超えて入学・入園させた場合に是正を命じる、
B当該学校法人の予算が助成の目的に照らして不適当と認めるときは変更を勧告する、
C法違反の役員の解職を勧告する

厳格説⇒否定
非厳格説⇒肯定

学校教育事業は、私立学校も含めて、元来「公の性質」のものであり、教育基本法、学校教育法等々の規制により「公の支配」が成立していると解される。
vs.
法上「公の性質」のものとされているから、当然に「公の支配」の下にあるとするのは、89条をあまりに無内容なものとするもの。
「財政」の章に本条がおかれている⇒少なくとも「一般の財政処分が服するような執行統制にまで服することを条件とする」というべき。
     
     
     
     
★★★第4編 法の支配と司法制度  
★★第1章 裁判所と司法権  
★第1節 裁判所の性格と地位  
  ◆T 裁判所の性格と地位(p575) 
  ◇1 独立の方原理機関としての裁判所
    司法権を担当する裁判所は、他の機関から独立してその機能を行使する機関であって、まさに「人ではなく法による統治」の主要な実現者としての役割を果たすことを期待された法原理機関。
     
★第2節 司法権の意義とその帰属  
  ◆T 司法権の観念 
     
  ◆U 司法権の範囲 
     
  ◆V 司法権の限界
     
  ◆W 司法権の帰属 
     第76条〔司法権、裁判所、特別裁判所の禁止、裁判官の独立〕 
すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
A特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
Bすべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
  ◇1 総説 
  ◇2 特別裁判所の禁止 
  ◇3 行政機関による終審裁判の禁止(597頁)
    裁判は、大別して、@証拠主義に基づく事実の認定と、A認定された事実に対する法の適用という2つの過程によりなる。
いずれも重要な過程であるが(特に下級審の裁判においては、事実の認定が決定的重要性を有するといわれる)、「司法」のより核心的部分を形成するのはAの過程。
  ◇4 内閣総理大臣の異議の制度 
     
★第3節 裁判所の構成  
  ◆T 裁判所の種類と裁判所間の関係 
     
  ◆U 裁判所の公正 
     
★第4節 裁判所の活動方法  
  ◆T 公開裁判原則 
     
  ◆U 対審の公開停止 
     
★第5節 裁判所の権能  
  ◆T 最高裁判所の権能 
     
  ◆U 下級裁判所の権能 
     
     
★第6節 司法権の独立  
  ◆T 司法権の独立の意義 
     
  ◆U 裁判官の身分保障 
     
★★第2章 憲法訴訟  
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     


適正手続
 
裁判
佐藤p353 
規定 第32条〔裁判を受ける権利〕
何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。
意味 @何人も、憲法により司法権を行使すべきのとされる裁判所に訴訟を提起し裁判をン求める権利を有する(民事・行政事件)。
Aかかる裁判所による裁判によるのでなければ刑罰を科せられないということ(刑事事件の場合)。
規定 第82条〔裁判の公開〕
裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。