シンプラル法律事務所
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論点整理(損害賠償(潮見説))

論点の整理です(随時増やしていく予定です。)

★★第2部 不法行為損害賠償責任の要件 
★第1章 権利侵害
       
       
    ◆第6節 人格的侵害・プライバシーの侵害 
    ■T 人格的利益の侵害 
    ■U 補論・・・人格的利益の侵害と損害賠償(p92) 
人格的利益の侵害があった場合の損害賠償

侵害された権利・利益の性質からして精神的損害の賠償

財産的損害の賠償が問題となる局面以上に、数値に直結するような賠償額算定基準を掲げるのは困難。

@人格的利益侵害の場合には、損害賠償の持つ填補面が表面的には機能せず
A慰謝料については、諸般の事情を考慮して裁判官が裁量的にその額を創造することができるとされている。
     
    第8節 取引上の利益(経済的損失)(潮見不法行為法旧版p116〜)
    ■T 経済的損失の意義
    ■U 経済的損失が問題となる局面(第7節で触れたものを除く)
    ■V 経済的損失の賠償理論に対する評価 (p120)
  ●1 原状回復的損害賠償に対する評価
取引的不法行為に属する裁判例の多くにあっては、一方で契約が有効に成立したものと肯定的に評価しながら(あるいは、契約の効力になんら言及することなく)、他方で、契約締結行為を不法行為のレベルで違法と否定的に評価して、金銭的損害賠償の方法により契約がなかったのと同様の価値的状態の回復を認めるということがなされている。
vs.私的自治・自己決定権の保護という共通の基盤(私法秩序)の上に展開される取引の世界で、何を違法と評価するかという点につき、私法秩序の構想する評価間に矛盾は存在すべきではない。

契約の有効性を抜きにして当事者の行為に対する無価値評価(違法評価)を前提とした原状回復的損害賠償を語ることには限界がある。
問題となる局面では、契約の一部無効による処理あるいは信義則による契約内容(とりわけ履行請求権)の縮減を視野に入れた上で、契約の有効性を否定すべきかどうか、あるいは当該契約内容の減縮を図ることが正当化されるかどうかという点を正面から議論すべき
原状回復的損害賠償での処理を行う利点:
@損害賠償という技術を用いることにより、過失相殺をはさんで当事者間の利益衡量を弾力的に行える
A問題の局面では経済法令に対する違反は契約の私法上の効力を必ずしも否定するものではない
vs.
対@:
「原状回復的損害賠償+過失相殺」での弾力的処理がされる際の衡量事由および衡量過程とおなじことは、契約の一部無効による処理あるいは信義則による契約内容の縮減を考えるときにも観念できる。
対A:
当事者、とくに消費者の権利の保護・実現が経済の維持を図るべく国家が一定の対市場政策を選択している場合には、経済法令に対する違反は当該取引の効力の否認を帰結するものと考えるべきであるがゆえに、決定的でない。 
判例の傾向に従い、ここでの経済的損失の原状回復的調整を不法行為の損害賠償請求によって図るとしても、問題となるのは、どのような場合に「契約締結による出損をなさしめたこと」ないしは「契約締結へと誘導したこと」をもって不法行為と評価できるか

問題の核心は、被侵害利益面にあると言うよりは、むしろ、一方当事者に行為義務を課すことの当否、すなわち過失レベルにある。 
「当該取引にとって必要な情報は各自が自己の責任において収集し、かつ取引の危険性ならびに準備交渉費用が無駄になることの不利益は各自が負担すべき」(=自己責任の原則)というのが原則。
but
契約当事者間の情報格差、一方当事者の専門性、他方当事者の資産状態、取引目的、当該取引に関する経験と理解等を考慮することにより、信義則に照らし、一方当事者の側に、
@
A
B
C
の義務が課される。
   
  ●2 財産的利益保護義務違反を理由とする損害賠償に対する評価 
  ●3 関連問題・・・競走法秩序と不法行為法 
       
★第2章 行為と権利との間の因果関係
    ◆第1節 事実的因果関係 
    ■T 事実的因果関係の意義・・・・過去に生じた事実の復元
事実的因果関係といっても、そこでは、単に過去の事実関係を復元するにとどまらず、その基礎の上に事後的・回顧的視点で評価したときに、権利侵害結果と行為者の行為との間を連結することができるかどうかが問われている。

事実的因果関係とはいえ、必然的に法的評価が伴う。
but
危険実現面での結果と行為の連結のみを想定した評価⇒相当因果関係説とは異なる。
不法行為が権利侵害の危険を回避することとの関連で違法と評価される⇒因果関係面での法的評価に当たり考慮されるべきは、あくまでも、危険実現可能性の観点からのものにとどめられるべき。 
@b事実的因果関係判断において下される結果と行為の連結という・・・しかも事後的・回顧的な・・・法的評価(規範的価値判断)が、A故意・過失に代表される帰責事由判断において下される行為への法的評価(規範的価値判断)・・・・規範の保護目的・義務射程につながる事前的な法的評価・・・とは異質なものであることの確認こそが重要。
ex.ある疾病の治療にとって有効であると考えられており、診療当時の医療水準をも形成していた医薬品の投与を、治療にあたった医師が行わず、患者が重篤な障害を遺した事件で、問題の疾病に対する当該医薬品の効能が後日の研究で完全に否定。
〜過失ありで、因果関係なし。
実際の裁判例においても、不可欠条件公式から因果関係を肯定するとうい単純な事実認定がされているものでもない。
むしろ、当該具体的事件において、どのような事態の経緯をたどって最終的な権利侵害の結果に至ったのかを、個別的な介在事情をも位置づけながら積極的に確定するのに、因果関係を論ずる意義がある(合法則的結合公式)。
発生した具体的な結果からさかのぼっていって帰責対象たる行為に到達することができる場合に因果関係が肯定されるという点こそが重要。
@因果関係を判断する際、その存在が認められるためには、当該事件において帰責対象たる行為から具体的権利侵害が発生したという関係が認められれば足りる。
結果発生への寄与度とか、結果からの距離といったことは、因果関係にとって意味をなさない。
A因果関係判断に際しては、当該具体的な事実を離れて因果関係の存否判断をしてはならない。とりわけ、実際には存在しなかった仮定的原因を付加して判断してはならない。
Bこのような因果関係判断は、評価時の科学技術・学問の水準を基準としてされる。過失判断が行為時の科学技術・学問の水準によるのとは対照的。
←因果関係判断は事実の復元を目的としているところ、事態の推移をできるだけ正確に確定するためには、利用しうる範囲でもっとも進んだ水準をもってすることに躊躇する理由がない(⇒過失はあっても因果関係がないというケースがでてくる。)。
    ■U 不作為の因果関係 
通説:不作為の不法行為における因果関係判断の特徴として、作為不法行為の因果関係と異なり、まず法的な作為義務を先行させ、「作為義務を尽くした行為がなされたならば問題の結果が生じなかったであろう」場合に因果関係が肯定される。
そこでの作為義務は、先行行為、契約、事務管理から生じる。
先行行為そのものが不法行為に当たる場合には、あえて後続の行為を不作為不法行為と評価することはない。この場合に、先行行為を不法行為と捉えたなら、後続の行為から発生した結果については、その先行行為に結び付けられた行為規範の保護範囲(義務射程)内に当該結果が入るかどうかを吟味することになる。
but
好意と権利侵害との間の因果関係が問題となるときに法的・規範的判断が先行するということは、何も不作為不法行為に限られたものではなく、作為不法行為を含めたすべての不法行為に該当すること。
    ■V 自然力の関与と因果関係 
    ◎加害者の行為と並んで自然力が権利侵害に寄与した場合に、問題となる点。
(1)加害者の行為と権利侵害との間の事実的因果関係を認めることができるか?
人間の営み・存在が周囲の環境と全く切り離して捉えることがdけいない⇒自然力が権利侵害に寄与したからといって、当然のごとくそれが事実的因果関係を切断して損害賠償責任の成否に影響を及ぼすということにはならない。
責任設定レベルで自然力が問題となるとすれば、それは、事実的因果関係の存否判断を経た次の段階での規範的評価、すなわち、問題の権利侵害が加害者の不法行為を抑止しようとする行為規範の射程外(義務射程外ないしは保護範囲外)に置かれるべきものであるとの評価を下すに当たって。

伝統的な判例理論によれば、因果関係の「相当性」判断に属する問題。
ここでは、発生した具体的な権利侵害が、不法行為規範により回避が予定された典型的危険の実現であるかどうかという点から、規範の保護目的が斟酌される。
この点は、規範の保護目的論(義務射程論)一般に関する問題であり、ここで自然力を特別扱いする必要はない。
(2)権利侵害に自然力が寄与しているということが、損害賠償の範囲を画定するに際しても影響を及ぼすか? 
飛騨川バス転落事故第1審判決(名古屋地裁昭和48.3.30):
「賠償の範囲は、事故発生の諸原因のうち、不可抗力と目すべき原因が寄与している部分を除いたものに制限されると解するのが相当」。本件では不可抗力部分が4割と認定され、6割についてのみ国の損害賠償責任が認められた。

寄与度に基づく割合的因果関係の判断が採用。
(高裁判決が損害全額の賠償を認容し、これが確定)
大気汚染防止法25条の3は、「第25条1項に規定する損害の発生に関して、天災その他の不可抗力が競合したときは、裁判所は、損害賠償の責任及び額を定めるについて、これをしんしゃくすることができる」とする。
水質汚濁防止法20条の2にも、同様の規定。
ここでも、問題となっているのは、因果関係の確定という事実認定レベルで自然力の寄与度に関する判断(=自然科学的知見に基づく客観的判断)ではなく、法的評価レベルでの減免責に関する規範的価値判断
⇒事実的因果関係のレベルの問題ではない。
    ■W 不法行為の競合(競合的不法行為)と因果関係 
    「あれなければこれなし」という不可欠条件公式を基礎に権利侵害の結果から原因行為へと到達するという手法は、加害行為となる複数の行為が重複する場合に、説明に窮する。
ex.2人がともに致死量の青酸カリをグラスの中のワインに入れたところ飲んだ被害者が死亡(重畳的競合における因果関係) 
通説:重畳的競合における因果関係判断にあってあh、例外的に不可欠条件公式が妥当しない。
潮見:問題とされるひとつの行為が権利侵害の結果を法則的に決定づけることが可能⇒事実的因果関係を肯定できる。
「日本不法行為法リステイトメント」 
(1) 原因の競合・・・原因の共働
複数の事実が重なった結果、それらの事実との間に条件関係あり⇒それぞれの事実と損害との間には因果関係あり。
(2) 原因の競合・・・原因の重複
複数の事実のうち、それのみによって当該損害を発生せしめうる事実があるときは、他の事実と損害との間の因果関係いかんにかかわらず、当該事実と損害との間には因果関係あり。
but
ある事実によって損害が生ずる前に、他の事実によって当該損害が生じた⇒前の事実と損害との間には因果関係なし。
(3)原因の競合・・・付加的原因
(1)に定める事実と同種の他の事実が損害の発生にかかわっている⇒他の事実がなくても損害が生じうる場合であっても、他の事実と損害との間に因果関係あり。
    ◆第2節 因果関係の証明責任 
    ■T 高度の蓋然性
    ■U 因果関係の証明責任の緩和・軽減 
★第3章 帰責事由   
    ◆第1節 緒論 
    ◆第2節 故意 
    ◆第3節 過失 
    ◆第4節 失火責任法の特別規定 
       
       
★第4章 「規範の保護目的」による責任成立範囲の確定(旧版p175〜)
    ◆第1節 相当因果関係とその問題性 
      因果関係(条件関係)が存在すれば足りるというのでは、帰責の範囲が著しく広がる⇒責任成立範囲を「因果関係のレベル」で限定するために登場してきたのが、相当因果関係の理論。
  相当因果関係の理論とは、「その行為が、権利侵害(結果)にとって法的に相当と見られる条件である」場合に、権利侵害と不法行為との間の「法的因果関係」を肯定し、損害賠償責任を導いていく考え方。

帰責の問題を考えるときに、すべての原因が結果の発生にとって等価値のものではないという理解を基礎にして、結果発生にとって重要な原因を、重要でない原因から分離する試みの一環としてなされたもの。
結果が発生するのが経験上通常であると言える場合にのみ、法的意味での因果関係を肯定。
相当因果関係による責任成立範囲の限定が問題となる局面 
(1) 行為当時に特殊な事情が存在したために権利侵害の結果が発生した場合 
相当性の判断に当たってどのような事情を基礎とすべきかをめぐり、行為時に一般人が認識しまたは認識できた事情および行為者がとくに認識していた事情を基礎として判断すべき。
特殊な事情として、第三者の行為、自然現象、被害者の特異体質など
(2) 行為の後に特殊な事情が介入して結果発生に至った場合 

@介在してきた特殊事情の予見可能性(異常性)と、A結果発生に対するこの特殊事情の影響力(=先行する不法行為の危険性が結果へと実現したかどうか)を基準に、因果関係の相当性を問う。
交通事故によって軽微な障害を負った被害者が、事故の後に精神的疲労等が重なり、ついに自殺するに至ったケース:
交通事故と自殺との間に相当因果関係があるとしたうえで、被害者の心的要因(素因)が自殺に寄与している点にかんがみて賠償額を減額するという技巧を用いた原審判断を是認した最高裁判決(最高裁H5.9.9)。
交通事故による負傷の後に、被害者を治療した医師の過失により人身被害が拡大した場合にも、交通事故につき責任を負う加害者等が、医師の過失(医療過誤)により拡大した結果についても責任を負うか?
裁判例は、拡大結果についての交通事故加害者等の責任を考える際に、相当因果関係の概念を見といて処理するものが多い。
  vs.
規範的価値判断に関する相当性の問題を事実認定に関する因果関係の次元で捉えるべきではなく、相当性判断の規範的側面を理論的にふさわしい場所で論ずべきであるとの主張。 
    ◆第2節 規範の保護目的説 
      規範の保護目的ないし義務射程説:
「およそ、あらゆる義務と規範は一定の利益領域を保護対象として内包しているのであって、行為者は、この保護された範囲内の利益侵害についてのみ責任を負えば足りる」

違反された行為規範によって保護された範囲内に具体的侵害結果が帰属する場合にのみ損害賠償義務の成立が正当化される。

「発生した権利侵害の結果が、規範の保護目的に入るか否か」という規範的価値判断に焦点が当てられる。
従来の相当因果関係論で「相当性」として論じられていたことは、この規範的価値判断の基準を定立する作業。
実現された権利侵害の結果が、法規範により防止されようとした危険の実現であると評価できるときに、当該権利侵害は、規範の保護目的の範囲内にあるものとして、行為者に帰せられることになる。
(結果を基点とし、かつ評価時における科学記述の水準をもとにした事後的・回顧的評価視点に立ってなされる因果関係判断の場合と異なり、ここでは、規範的価値判断がなされるとしても、あくまでも、侵害行為(故意行為・過失行為)を基点とし、かつ行為時における科学技術の水準をもとにした事前的評価視点から、侵害行為を具体的侵害結果へと関連づける作業がなされている。)

規範の保護目的の範囲内化どうかを判断するに当たっては、
@どのような権利が侵害されたのかという点
A帰責事由に関連づけられた行為者の行為への規範的要請がどのようなものであるかという点
Bその行為規範が遵守されたとすれば事態はどのような展開をみせたかであろうかという点
に関する評価が重要。
    ◆第3節 権利侵害の連鎖と危険性関連 
    ■T 第1次侵害と規範の保護目的・・・故意・過失からの義務射程 
      ある者の行為により他人の権利が侵害(第1次侵害)され、さらにこの権利侵害を契機として別の権利が侵害(後続侵害(第2次権利侵害))されるという権利侵害の連鎖状況。
第1次侵害については、過失責任の原則に従って、故意・過失が帰責事由として要求される。
(1) 故意⇒加害者は権利侵害を意欲ないし認容して行為⇒この行為がもたらした第1時侵害結果については、「異常な事態の介入」の結果として生じたものを除き、加害者が引き受けるべき。 
国際海上物品運送法13条の2
「運送人は、運送品に関する損害が、自己の故意により、又は損害の発生のおそれがあることを認識しながらした自己の無謀な行為により生じたものであるときは、・・・・・一切の損害を賠償する責めを負う。」

国際海上運送にも、運送にも、取引(契約)にも限定されない故意損害帰責の一般理論が表現されている。
故意の対象は第1次侵害結果⇒後続侵害については、別途(危険性関連の観点から)規範の保護目的を考える必要。
but
故意損害帰責の視点は、危険性関連に基づく加害者の損害引受けの方向での判断を容易にする。
(2) 過失について
第1次侵害の帰責のうち、過失における行為義務(事前的視点のもとで確定される)の遵守がいかなる潜在的侵害結果を想定して法秩序によりy法制されているのかが決定的。
法秩序の命令・禁止が具体化した行為義務の射程範囲に入る侵害結果については、過失で行為した者の負担となるが、そうでないものについては、たとえ事実的因果関係が認められたとしても、行為者の負担となるものではない。
後続侵害を行為者に帰責するかどうかについては、過失における行為義務違反の射程範囲からは直接には導かれない。
    ■U 後続侵害と規範の保護目的・・・危険性関連 
    第1次侵害の結果について行為者が責任を負うべきであるという評価の中には、「行為者へのさらなる独立の行為要請(命令・禁止)を待つまでもなく、第1次侵害によって作り出された特別の危険が通常の経過をたどって展開して権利侵害の範囲を連鎖的に拡大していった結果についても、第1次侵害の行為が引き受けるべきである」との帰責へ向けての評価(価値判断)を組み込むことができる。

ある後続侵害が第1次侵害により生じた特別の危険の実現であれば、この後続侵害について行為者に帰責することができる。
この意味で関連付けることのできない侵害については、独立に第1次侵害としてとらえ、改めて帰責事由の存否判断を加えるしかない。
「特別の危険」であることを要する

日常生活の中で一般的に生ずる危険(日常生活危険、一般生活上の危険)については、それが違法と評価される行為(あるいは事態)により惹起されたのでないかぎり、被害者が負担すべきであるとの考慮。
後続侵害の例 
@交通事故の被害者の近親者が外国に滞在している際に、この者が被害者の看護のために往復するのに要した旅費相当額について、被害者が自己の被った損害として賠償請求した事件で、それが社会通念上相当であり、かつ被害者がこの近親者に償還すべきものである場合には、通常生ずべき損害にあたる(最高裁昭和49.4.25)。
A−1:
不動産の仮差押の申立ておよびその執行が債務者に対する不法行為になる場合に、債務者が仮差押解放金を供託してその執行の取消しを求めるため、金融機関から資金を借り入れ、あるいは自己の資金をもってこれに充てることを余儀なくされた⇒仮差押解放金の供託期間中に債務者が支払った右借入金に対する通常予想しうる範囲の利息および右自己資金に対する法定利率の割合に相当する金額が、不法行為により債務者に通常生ずる損害に当たるとしたもの。

後続の経済的損失(エコノミック・ロス。この事件では借入金相当額ほか)を後続侵害として捉えることができる。
不当な仮差押申立ておよび執行が第1次侵害であり、これにより生じた危険の特別の実現であるかどうかが問われるべき。
A−2:
売買契約の目的物に対する仮差押の申立てが不法行為になる場合において、売主がこの仮差押により売買契約を履行することができず、買主に違約金を支払ったために1000万円相当の損害を被った場合において、この損害を債権者が予見することができたとした事例。
B交通事故で負傷した者が、運び込まれた病院・診療所での医師の過失により死亡したり後遺障害が拡大したりした場合に、後続侵害につき、第1次侵害である損害との間の相当因果関係を認めて、交通事故加害者側に・・・病院側と連帯して・・・死亡による損害の賠償責任を負わせたもの。
C人身事故による負傷後に被害者が自殺した場合。
    ■V 間接被害者の損害賠償請求・・・・直接被害者以外の者に生じた損害とその賠償の可能性
  ●1 問題の所在 
自らは権利を侵害されていないものの、直接被害者への加害行為により間接的に不利益を被っている者を、間接被害者という。
間接被害者に生じた損害について
A:規範の保護目的・義務射程もしくは賠償されるべき損害の範囲に関する問題として捉えるか、または損害の金銭的評価に関する問題として捉えれば足り、間接被害者として特別扱いする必要はないとの見解
B:権利を直接に侵害されていない人が不法行為を理由に賠償請求権を取得するという観点から独立の項目を立てて論ずる見解
が拮抗。
  ●2 肩代り損害(反射損害、不真正間接被害者) 
人身事故で入院した被害者の親族が入院費・治療費等を支払った場合に、この親族が、みずからの支出した費用相当額を損害として、加害者に対し賠償請求することができるか?

同じ出捐を直接被害者がしたならば、これを自己の損害として請求することが可能であった。
間接被害者からの賠償請求を認めるべきであるとした点に異論はない。
理論構成:
判例の中には相当因果関係の問題とするものが多い。
but
出捐者の「肩代り損害」を直接被害者に置き換えて当該「肩代り損害」に相当する費目としたうえで、金銭で評価し、この直接被害者の損害を出捐者が補填したものと捉え、民法422条の賠償者代位制度の類推適用により処理するのが適切。
間接被害者という抽象的・包括的概念で問題を捉えるよりも、問題の本質が損害の金銭的評価+賠償者代位の可否にあると見て、こうした本質面を重視した体系構築を試みる方が適切。
民法 第422条(損害賠償による代位)
債権者が、損害賠償として、その債権の目的である物又は権利の価額の全部の支払を受けたときは、債務者は、その物又は権利について当然に債権者に代位する。
  ●3 定型的付随損害 
直接被害者に対する権利侵害を契機として、直接被害者以外の者に随伴的に財産的損害もしくは精神的損害が生じる場合。
ex.
家族が自己にあったために急遽海外から帰国した近親者の航空運賃相当額の損害。
扶養義務者が死亡または重篤な障害を被ったために近親者に生じた不要請求権相当額の損害。
家族が死亡または重篤な障害を被ったことにより配偶者・父母・子に生じた精神的苦痛の慰藉を内容とする損害。

後続侵害(第2次権利侵害)が直接被害者と異なる主体に生じたもの。
いわば、権利主体を異にする場面での保護範囲の問題
もとより、問題の後続侵害(損害)発生について故意・過失は問題とならず、直接被害者に生じた第1次侵害とは危険性関連を問題とすれば足りる
  ●4 企業損害 
ゲームソフト会社の商品開発のメンバーが人身事故にあい長期休業⇒会社自身が、従業員の休職により営業収入が減少したことを理由に、みずからも間接被害者として、加害者に対して逸失利益の賠償を請求することができるか?
企業損害の賠償を一般的に認めるのは、損害賠償請求権者の範囲を拡大しすぎるばかりか、加害者の予測ないし計算可能性を超える損害を加害者に負わせることになり相当でない。
かかる企業リスクについては、営業活動を行う企業が自己のリスクとして回避措置を講ずべき。
こうした観点にもとでなされる衡量に当たっては、企業損害(営業利益、営業活動上の利益)の保護を目的とした加害者の行為義務(結果回避義務)とその違反(過失)、さらに、結果発生の予見可能性に関する判断が決定的。

このコンテクストにおいて観念されている企業損害は、端的に、企業自体の被った直接侵害(権利侵害)、つまり営業利益侵害ないし経済的損失を理由とした、企業自身を直接被害者とする損害賠償請求の問題(=第1次財産損害の賠償問題)として捉えるのが適切。

問題の核心が、@企業の営業利益・経済的利益が法的保護に値するかどうかと、A不法行為規範の保護目的内にあるかどうかの規範的価値判断にある点が明確になる。
  会社が法人とは名ばかりの個人会社である場合:
会社の実権が代表者個人に集中し、この者に会社の機関としての代替性がなく、かつ代表者と会社とが経済的に一体をなす関係にある
⇒ 「受傷した代表者が個人としての逸失利益を請求した場合と、個人企業の固有損害で請求した場合とで、原則として差があってはならない」点にかんがんみ、企業損害の賠償を認めてよい(最高裁昭和43.11.15)。
but
これも、直接被害者から区別される間接被害者の損害賠償としての独自性を強調するにふさわしい問題とはいえない。
損害賠償請求の次元での法人格否認・形骸化の問題として扱えば足りる。
     


   ★★第4部 損害の確定を金銭的評価(旧版p213〜)
★第1章 損害総論
    ◆第1節 差額説と批判理論 
    ■T 伝統的理解・・・差額説 
    ●1 差額説の意義と特徴 
差額説:
損害とは、@不法行為がなければ被害者が現在有しているであろう仮定的利益状態と、A不法行為がなされたために被害者が現在有している現実の利益状態との間の「差額」である。
差額説の特徴: 
@総「額」の差として損害が定義⇒損害自体が一定の数字をもって表現される計数上のものとして観念される。
A損害そのものの確定(=事実認定の問題)と損害の金銭的評価の間に概念分離がない。しかも、両者が一体のものとして、相当因果関係による制限に服している。
B金銭的評価の問題をも損害概念の中に取り込んで観念するものであるところ、こういした損害の「算定」を支配する考え方として、具体的損害計算、個別損害項目積算方式が採用されている。
C損害の発生を基礎付ける事実についての証明責任を被害者側に課す⇒差額説では権利侵害によって 生じた不利益な状態のみならず、金銭評価を基礎付づける事実についての証明責任まで被害者側に負担させられる。
    ●2 判例による差額説の部分的修正 
    判例では、差額説を基調としつつ、これを貫いたときに不都合が生じる場合にはその修正を図るという方法。
被害者の損失回避努力や職業活動の特殊性が考慮に入れられている。
現在および将来の所得の減少が認められない場合であっても、例外的に、特段の事情があれば、後遺症に起因する労働能力低下に基づく財産上の損害の賠償が認められる。
ex.
@自己の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであって、かかる要因がなければ収入の減少を来していると認められる場合
A労働能力喪失の程度が軽微であっても、本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、とくに昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合
    ●3 差額説に対する批判 
    ◎差額説に対する批判 
@精神的損害についての説明に窮する
←財産的損害と異なり、精神的損害にあっては、計数上の差を観念することができない。
A損害算定原理ないし個々の算定方法の問題性に対する批判
B差額説の立場からの損害の定義〜損害算定の結果を記述する以上の意味に出るものではなく、それだけでは損害の定義を行う必要性がない。
むしろ、どういう判断を経てそのような差額計算に至ったのか、さらに、その前提として、現実の利益状態や仮定的利益状態をどうやって確定するのかという点の正当化こそが、差額説の支持者に求められるところ。
C被害者に不利益が発生したという事実状態の問題と、これを金銭面でどのように評価するかという問題の次元の違いが意識されていない。 
    ■U 損害事実説(+保護範囲論+損害の金銭的評価) 
    損害事実説:
「損害」は法的評価の対象たるべき権利侵害の事実そのもの(人の死亡・負傷、物の滅失・毀損、名誉毀損等)

損害そのものを、その後になされる規範的評価の対象たる事実としてとらえることで、
@事実確定の問題とA規範的評価の問題、さらにはBその後になされる金銭的算定の問題を峻別して段階的に判定できる。
規範的評価からは無職の事実として損害を捉える点にこそ、損害論の意義が見出される。

@損害事実の確定の問題に「事実的因果関係」の確定を結びつけ
A不法行為と事実的因果関係に立つ損害事実のうちでどれを賠償されるべき損害と判断すべきかという規範的評価の問題に「保護範囲」(規範の保護目的)の判定を結びつけ
B金銭的評価に裁判官の裁量を結び付ける
注目すべき点:
@
A原状回復の理念とか、損害把握における規範的評価といった点は、
第2段階の保護範囲に割り当てられ、
そのうえでなお第3段階の損害の金銭的評価のおいて裁判官の裁量に当たっての指針として機能。

第2段階の保護範囲論で扱われているのは、不法行為と被害法益との関連づけ。
B
    ■V 人身侵害についての死傷損害説と稼働能力喪失説 
    ◆第2節 損害論の体系 
    ■T 損害事実の確定と金銭的評価の分離 
       
    ■U 本書における損害論の体系 
    不法行為を理由とする損害賠償責任の成立要件・・・責任阻却事由を除く・・・として
@被害者の権利侵害
A加害者の故意または過失(帰責事由)
B加害者の故意・過失ある行為と被害者の権利侵害との間の因果関係(事実的因果関係)
C権利侵害が故意・過失規範の保護目的内に位置づけられること・・・後続損害については、第1次侵害との危険性関連
が必要。
平井のいう「保護範囲」の問題は、責任成立要件レベルで、Cの要件となる。
上記の成立要件が肯定⇒権利侵害によって被害者に生じた不利益な事実状態(「損害事実」)の確定が必要。 
伝統的差額説から金額という要素を取り去った、事実状態の比較をもって確定される。
どのような法的観点から事実状態を捉え、比較を行うかという点で、規範的評価がなされる。
上記で確定された損害事実を金銭化する作業(損害の金銭的評価)。 
金銭化のための実体的規範のための基本的視点
@原状回復の理念
A被害者相互の平等取扱いの原則
B有責性の原理
など
最後に、賠償額の減額事由とされる
過失相殺、損益相殺その他これに類似する減額事由 
★第2章 損害事実  
    ◆第1節 損害事実の確定・・規範的損害論
  ■T 損害事実の確定と原状回復の理念 
「加害者は、不法行為なかりし状態を回復することによって被害者の損失を填補し、その権利を金銭的に回復しなければならない」
「被害者は本来的には原状回復を請求できるところ、原状回復のために金銭賠償による外ない場合には、せめて被害者を少なくとも事故以前の客観的状態と価値的に同じ状態に置くべきであるという思想」
あくまでも、損害の確定は私法上の規整目的に従ってなされるのであり、「不法行為がなかったならばあるであろう状態」をどのようなものとして捉えるかという点において、すでに法的・規範的評価が介在。
⇒規範的評価を支える視点が必要。
  ■U 損害賠償請求権の権利追求機能 
  ■V 「損害の被害主体関連性」のドグマとその限界 
「損害賠償の目的は被害者個人に生じた実損害の填補にあるから、被害者の個人的事情を斟酌しなければなんらない」とのドグマ(「損害の被害主体関連性のドグマ」)
最高裁H9.1.28:
「損害の填補、すなわち、あるべき状態への回復という損害賠償の目的からして、右算定は、被害者個々人の具体的事情を考慮して行うのが相当である」
    ◆第2節 賠償範囲・金銭的評価面での相当因果関係論の問題性・・・不法行為を理由とする損害賠償と民法416条 
通説・判例:
不法行為を理由として賠償されるべき損害の範囲を確定するに当たり、金銭評価の点をも含めて相当因果関係論を採用した上で、民法416条を類推適用することにより、相当性判断を行っている。
@賠償されるべき損害は、加害行為と相当因果関係にある損害であるところ
A416条は相当因果関係を定めた規定である
⇒不法行為による損害賠償についても416条が準用(もしくは類推適用)される。
vs.
@民法416条は契約違反の場合を対象とした規定であり、不法行為についてこれを妥当させようとするのはおかしい。
A債務不履行の場合には、当事者は合理的計算に基づいて締結された契約により結合されているから、債務不履行による損害について予見可能性を問題とする意味があるが、無関係な者の間で突発する不法行為においては、故意の場合はともかく過失による場合には、損害の予見可能性がほとんど問題となり得ない。
Bにもかかわらず416条を類推適用すると、特別損害の賠償が困難となり、その不都合を回避するために、通常損害や予見可能性を擬制せざるを得ない。
Cそもそも416条は相当因果関係という発想を採用したものではない上に、相当因果関係の理論は完全賠償原則を前提として展開されたものであるところ、日本民法はこうした主義を採用していないから、賠償範囲決定準則として相当因果関係の理論を持ち出すこと自体がすでに失当。
    ◆第3節 損害事実の証明問題
規範的損害の要件事実は規範的要件事実⇒権利侵害とか過失といったような他の規範的要件事実と同様、規範的評価を根拠づける具体的事実(評価根拠事実、以下「損害事実」と称する)が、主張・証明責任の対象となる主要事実を構成。
そのような評価根拠事実としては、個別損害項目積算方式で展開されるような各種の損害項目が観念される。
仮定的総財産額と現実の総財産額との間の「金額」上の差をもって損害と捉える差額説を論理的に貫徹するなら、
@各個の損害項目は間接事実にすぎないし、その結果、
Aどの損害項目に対応するものか判然としない金額が生じても問題にはないことになるうえ、
B当事者が主張した損害額の枠内で相互流用することも可能になる。
精神的損害(慰謝料)についえてゃ、裁判官の裁量を肯定し、被害者の主張責任・証明責任を緩和するとともに、財産的損害に対する補完的機能をも認める。
       
★第3章 損害の金銭的評価(p230)
    ◆第1節 金銭評価規範総論・・・「全額評価原則」と「有責性の原理」 
       
    ◆第2節 損害額の証明問題 
       
    ◆第3節 金銭評価規範持論(1)・・・人身損害における逸失利益の算定 
       
    ◆第4節 金銭評価規範持論(2)・・・交通事故と治療費相当額の賠償 
       
    ◆第5節 金銭評価規範持論(3)・・・慰謝料の選定 
       
    ◆第6節 金銭評価規範持論(4)・・・物損事故と損害額の算定(p264)
       
    ◆第7節 金銭評価規範持論(5)・・・弁護士費用
       
    ◆第8節 損害賠償請求権と遅延利息 
       
       
       
       
   


★★第6部 賠償額の減額事由
★第1章 過失相殺・被害者側の過失・素因減額
    ◆第1節 緒論 
    ◆第2節 過失相殺(潮見旧版p306〜)  
    ■T 過失相殺の意義と性質 
    ◆1 意義 
    ◆2 法的性質 
    ●2−1 伝統的立場 
    ●2−2 被害者の過失と責任能力制度の分離 
加藤一郎:
加害者の過失が注意義務違反であるのに対して、ここでの被害者の過失は「単なる不注意」
それは不注意によって損害の発生を助けたということを意味するにすぎず、被害者が社会共同生活上なすべき注意を払わなかったという信義則上の注意義務違反が必要であるにしても、その程度は加害者の過失よりも軽いものでよい。
その前提となる能力も、加害者の過失の場合と異なり責任能力は必要でなく、これより低い能力(=損害の発生を避けるのに必要な能力)をもって足りる。
最高裁昭和39.6.24

@過失面でのパラレル構造とA能力面でのパラレル構造の崩壊が、最高裁で採用。
「過失相殺を行うための被害者の能力としては、事理弁識能力(=6歳程度が目安)で足りる」
    ●2−3 学説の新たな到達点 
@被害者の主観的事情を離れ、行為の外形から「被害者の過失」を客観的に把握
A(「責任能力は、過失とは関係なく政策的観点から加害行為者保護のために加害行為者の責任を阻却する制度」との理解⇒)過失相殺において責任能力は不要
過失相殺においては
@損害分配機能を重視するか、それとも
A損害抑止機能(被害者の客観的行為義務違反、あるいは危険回避行為の期待可能性)を重視するかについて議論。
    ●2−4 因果関係相殺の考え方 
結果発生に対する非会社の行為の持つ原因力を考慮にいれた「因果関係相殺」的発想。
被害者側の過失を結果発生の「部分原因」として捉え、被害者に負担させる。
vs.
@加害者の行為も被害者の行為もともに損害全体に対し事実的因果関係を持っているのであり、その一部分について分割できるような因果関係を持っているのではない
A結果発生に対する非会社の行為の客観的原因力のみでは賠償額減額という評価を法的に正当化できないし、そうすべきではない。
    ●2−5 社会的非難可能性を基礎にした過失相殺理解 
各種事情の総合的衡量に基礎を置く「違法性相殺」的発想。
A:客観的に判断される非難可能性の大小に応じて賠償額に差をつける立場(=加害者側の非難可能性を減少させるための手段としての「被害者の過失」)
B:加害者の行為の違法性を図る前提として被害者の年齢、具体的行動を考慮に入れ、なすべきであった対応から現実になした対応が欠けていた程度に応じて加害者の責任を軽減する立場
C:被害者の行為態様や素因、さらには加害者と被害者の人間関係といったファクターが、加害者の帰責性(過失・違法性・寄与度等の表現で表現される。有るか無いかではなく量的概念である)の程度に影響し、それが賠償額の縮減を要請する
〜たとえば、反倫理性や反道徳性、社会的節操などといった(後述する行為義務・自己危殆化回避義務違反的な過失相殺理解からは、過失相殺の枠組からはみだすような)要素も、過失相殺の考慮事由となる可能性がある。
    ●2−6 損害抑止機能からみた過失相殺(潮見説) 
端的に、加害行為の違法性ないし客観化された過失(行為義務違反)の衡量に注目する立場。
被害者の客観的行為義務違反としての「被害者の過失」(しかも、過失の前提として、行為適格としての事理弁識能力を要求)。
過失は客観的行為義務違反⇒「加害者の過失」と「被害者の過失」のパラレル構造をとり、過失と責任能力を論理的に分離して、「被害者の過失」では責任能力を不要とする見解(過失ある行為を前提⇒「自己の行為の支配能力」が必要)。
被害者に課される行為規範の違反のみを過失相殺(違法性相殺)において考慮するが、そうでない事由については斟酌しないというように、徹底した行為義務化を図る。
●●
    ◆U 故意不法行為と過失相殺 
A:故意の場合には過失相殺が行われるべきではない(平井説)
B:
加害者が故意の暴力行為をなした場合、
@被害者が加害者の不法行為を挑発しているか、あるいは、A被害者の行為自体が不法行為(双方的不法行為)を形成していることを理由として、過失相殺できる。
〜自分自身の生命・身体・財産等に向けられた注意を怠ったという(通常の過失相殺においてなされる)評価とはやや異質な視点。
詐欺的取引が問題となる局面では、故意不法行為者に対する関係では、過失相殺を排除する傾向。
←「加害者のj故意」が「被害者の過失」を導くことに向けられている。
マルチ商法のように被害者も組織的違法行為に加担している場合は、別の処理。
    ■V 危険責任と過失相殺 
@危険責任の原則に基づき無過失責任を採用
Aその背後に被害者保護の視点がある

A:危険責任においては過失相殺を抑制すべきであるとの考え方へのつながりやすい。
vs.
@たとえば国・公共団体の営造物責任(国会賠償法2条1項)が問われる転落事故のように、被害者の過失が問題となりやすい性格を有しているものもある
A証券取引法上の目論見書責任が問題となる場面でも、投資決定に至る過程であらわれた投資者の判断の誤りにつき、投資者自身の過失が問われてしkるべき場合もある。

B:みずからの判断・意思決定および行動について損害回避行動をとる義務は、責任原理が何であろうと変わらない。
加害者の帰責原因に対する質的な分析との相関的考慮のもと、加害者の負担すべき危険割当領域の確定が必要。
    ■W 自動車損害賠償責任における重過失減額 
●  自動車損害賠償保障法に基づく運行供用者責任においても過失相殺が行われる。
but
@同法が、被害者救済を第一義とし、証明責任の転換という形を借りて実質的に無過失責任主義をとっている
A大量事件の迅速かつ公平な処理の要請

自賠責保険の実務上は、過失相殺の厳格な運用はさなれていない。
自賠責保険損害査定要綱と支払基準内規によれば、
被害者に重過失がある場合(過失割合70%程度以上のもの)にのみ保険金額を縮減するというにとどめている(重過失による減額)。
重過失がある場合にはじめて、過失の程度により、保険金自体に5割、3割、2割をかけて減額するにとどめ、それ以外の過失相殺を認めない。)
重過失減額:
T被害者が無責を主張できない程度(過失割合95%程度以上)に至った⇒50%減額
U総損害に過失割合を乗じて算出するのではなく、原則として保険金額自体に過失割合を乗じる
V減額適用の範囲:
A:「死亡による損害」と「後遺障害による損害」:
積算した損害額<保険金額⇒積算した損害額から、
積算した損害額>保険金額⇒保険金額から
20%、30%または50%を減額。
B:「傷害による損害」と「死亡に至るまでの傷害による損害」:
20%の減額のみ。

厳密にいえば民法上の過失相殺とは異質な重過失減額。
因果関係に関しても、死亡と自己との因果関係の認定が困難⇒50%を減額のうえ認定するという方法。
任意保険⇒軽過失の場合も「過失相殺」が行われる。
自賠責本件でも、いったん訴訟が継続すると、自動車保険料算定会は裁判所の司法判断を優先させるため、被害者に有利な扱いをしないことが多い。
but
被害者にできるだけ被害全部の救済を得させるという意味で社会保障的性格を兼ね備えている自賠責保険の性格⇒強制保険の部分については本来の意味での過失相殺をしない(=重過失減額にとどめる)という自算会の査定実務の基底に置かれている評価に有意性が見いだされるべき。
強制保険金からの給付部分については、過失相殺の対象からはずされるのが適切(=重過失についてのみ斟酌)。
    ◆第3節 被害者側の過失  
    ■T 意義と射程 
  通説・判例:
被害者本人と身分上、生活関係上、一体をなすとみられるような関係にある者の過失
    ■U 被害者側の過失の正当化
●被用者の過失が問題となる場合 
請求者の被用者に損害の発生ないし拡大につき過失があればこれを斟酌すべき点についてほぼ異論はない。

使用者が責任主体となる民法715条において、被用者が業務の執行につき加えた損害を使用者が賠償しなければならないとされており、被用者の業務執行行為について使用者が帰責されることとの均衡から、過失相殺の局面においても、業務執行につきなされた被用者の過失行為について使用者に帰責するのが相当。
●親族関係における過失 
親族の行為について被害者自身が支配・コントロールすることができたであろう場合⇒被害者「自身」の過失として減額の方向で考慮できる。
その余の場合について、人身事故の際の入院費・治療費に典型的に現れているように、
ある損害を被害者「側」とされる者の損害として構成することも、被害者自身の損害として構成することも、どちらも論理的に可能であるという一体関係が存在しているときに限って、親が請求するか子が請求するかという構成上の相違が賠償額の相違となって現れないようにする意味で、親子関係にある者の過失を被害者側の過失として斟酌する必要があると言うべき(填補清算の同一性)。
こうした填補清算の同一性が考慮できない場合は、親族の過失を「被害者側の過失」として被害者に負担させるべきではない。

親族の過失をもって被害者の取得する損害賠償額の減額事由とすべきでなく、加害者と問題の親族との間でなされる求償関係の中で処理するのが相当
but
学説の大勢は、判例が「身分上、生活関係上、一体をなすとみられるような関係」と述べていることもあり、扶養義務関係ないし被害者「側」とされる者の被害者に対する監督義務の存在をもって、親族の過失を斟酌することの正当化根拠とする。
●夫婦関係および内縁関係における他方配偶者の過失 
他方配偶者の過失の理由として賠償額を減額することには慎重であることを要する。
   
    ■V 共同不法行為の場面における「被害者側の過失」 
被害者A、被害者「側」B、加害者C
B・C間に共同不法行為が成立。
A・B間に親族関係が存在。
ex.夫Bが妻Aを同乗させて運転する自動車とCの運転する自動車とが、BとCの両者の過失により衝突し、Aが負傷。
Aの過失:1割
Bの過失:3割
Cの過失:5割
同乗者である妻に対しても運転者である夫の損害賠償責任が成立(「妻は他人」は寝k津。最高裁昭和47.5.30)。
ここで、被害者側の過失としてBの過失を斟酌して、CのAに対する損害賠償額を4割減額

本来ならば共同不法行為者であるB・C間の内部的負担割合であるはずのものを被害者Aに対するCの対外的責任に反映させ、これにより「加害者が、いったん被害者である妻に対して全損害を賠償した後、夫にその過失に応じた負担部分を求償するという求償関係を一挙に解決し、紛争を1回で処理することができるという合理性」に担われている。
本来は加害者であるはずのBを「被害者(A)側」にシフトすることでCの対外的責任をの縮減を実現するのが、ここで「被害者側の過失」理論が果たしている機能。
but
それを正当なものとして評価するには、Bから全損害の3割を回収するのが不能である場合のリスクを(Cではなく)Aに負担させることを合理的とする状況が存在していなえければならない。

「経済的一体性」の認定には慎重を期する必要がある。
       
       
       
★第2章 損益相殺・重複填補問題 (旧版p326〜)
    ◆第1節 問題の所在 
    ◆第2節 損益相殺の対象 
@不法行為を原因として被害者に生じた利益(積極的増加のみならず、不法行為がなければ生ずるはずであった財産の減少が抑えられたという消極的増加も含む)であること
Aその利益が損害と同質性を有すること
所得税相当額は控除しない

@被害者が納税義務を負わされるかどうかということは国家政策上の事柄であり、損失(所得喪失という逸失利益)と利益(侵害賠償金が非課税所得とされていることによる納税額の節約)との間に同質性がない。
A逸失利益からの税額の控除を認めるとすると、逸失利益を非課税所得とする所得税法9条1項の趣旨を没却することになる。
B税法は頻繁に改正されることから、将来における税額の把握は困難であるか、きわめて不確実なものとなる。
年少者が死亡した場合において、この者が就労可能年齢に達するまで要したであろう養育費は控除しない。

損失(所得喪失という逸失利益)と利益(養育費の節約)との間には同質性がない。
香典や見舞金も、損益相殺の対象となrなあい。
    ◆第3節 重複填補・損益相殺的調整
       


家族関係上の地位の侵害(潮見Tp224〜)
  ◆夫婦間の不法行為
●人身侵害・人格侵害 
●配偶者としての地位の侵害 
●離婚による家族関係上の地位の侵害 
◆    ◆不法行為と第三者の不法行為責任
●他方配偶者に対する責任 
◎保護法益
最高裁昭和54.3.30:
貞操請求権を含む配偶者としての人格的利益、この意味での配偶者としての地位
最高裁H8.3.26:
他方配偶者の有する「婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法益保護に値する利益」の侵害が問題。
既に破綻している夫婦においては、他方配偶者にこのような権利・利益がない。
◎判例法理
「夫婦の一方の配偶者と肉体関係をもった第三者は、故意又は過失がある限り、右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか、両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、右他方の配偶者の被った精神上の苦痛を慰謝すべき義務がある」
◎潮見説(否定説)
夫婦それぞれは独立対等の人格的主体であって、相互に身分的・人格的支配を有しない
⇒夫婦の一方がみずからの意思に基づき不貞行為にかかわった以上、加担をした第三者に夫婦関係(婚姻共同生活)の侵害や「配偶者としての地位」の侵害を理由として賠償責任を重く・・・権利・法益侵害に対する故意・過失を肯定する・・・のは適切でない。
夫婦関係(婚姻共同生活)が侵害されたという点や、「配偶者としての地位」が侵害されたという点については、婚姻法・離婚法の枠組みを用いて夫婦間不法行為の問題および婚姻破綻を規律する諸規定の適用問題として処理すべき。
第三者との関係は、せいぜい、これとは別の、純粋の、すなわち、「配偶者としての」という形容詞を付さない一般的な人格権侵害・名誉毀損の枠組みで処理するのが相当。
◎慰謝料請求権の消滅時効
夫婦の一方がその同棲関係を知った時から、それまでの間の慰謝料請求権について進行(最高裁H6.1.20)。

★★★不法行為法新版
★★第1部 不法行為制度
★第1章 不法行為制度の意義・・・権利保障の体系から(p2)
◆T 不法行為の意義
  不法行為:私的生活関係において他人の権利を侵害する行為であって、法秩序がその権利を保護するために、行為者の権利にも配慮しつつ設定した禁止・命令規範に違反すると評価されるもの。
@法秩序によって保護された個人の権利を侵害する行為であること(被害者が有する権利の侵害)
Aその侵害行為が法秩序の禁止・命令に違反する態様のものであること(禁止・命令規範に対する違反行為)
Bその禁止・命令規範が侵害された権利を保護するという目的を有しているものであること(権利侵害が禁止・命令規範の保護目的内にあること)
このとき、
C権利を侵害された者(被害者)には、権利侵害により生じた不利益についての救済を侵害行為者から受けるための手段が与えられる。
◆U 他人の権利に対する侵害・・・被害者の権利保護 
  不法行為法での権利保護を、憲法が採用する気保険保護のもとに位置づける方向性⇒「権利論への回帰」「権利論による再構成」
◆           ◆V  禁止規範・命令規範に対する違反行為
      ●1 過失責任の原則・・・行為者の行動自由の保障 
不法行為責任において過失責任の原則を採用。

合理的(理性的)な行為に対しては行為者の責任を負わない(不合理な行為に対してのみ、行為者の責任を負う)とすることで、個人の行動の自由を保障しようとしたため。
      ●2 過失責任とは異なる原理に基づく責任 
      ●3 「契約上の務」と不法行為法上の義務 
過失責任の原則:人の行動自由の保障を目的としたもの
but
契約によりなすべきことを義務づけられた債務者には、このような帰責の思想を基礎に据えることは妥当しない。
契約上で義務づけられなかったことをしなかった債務者が損害賠償責任を負わなければならないかを考えるうえでの思想的基礎となるのは、「契約の拘束力」に求めるべき。

契約上の債務を履行しなかった債務者の行為に対しては、債務不履行としての評価が加えられるほか、当該債務者の行為が不法行為と評価されるかどうかも問題となる。
「契約上の義務」の内容として、当該契約の本旨に従い債務者として合理的な行動をとることが義務づけられていたとき(手段債務、誠意債務、最善努力義務などといわれるもの)には、その義務の違反は、不法行為法上の注意義務、したがって過失判断をも基礎づける。
ここでは、「契約上の義務」が不法行為法上の注意義務へのスライドすることになる。

債務不履行責任と競合する不法行為責任は、契約の内容および趣旨に照らした合理的行動という性質決定を踏まえたうえでの過失責任の原則のもとで捉えられるべきことになる(このとき、過失判断における標準が合理人だということの意味は、当該契約の内容および趣旨と照らせば債務者に合理的に期待できる行為は何かという問いへと転換されることになる)。
「契約上の義務」の内容として、特定の結果が実現することが契約によって保証されているとき(結果債務といわれるもの)には、その義務の違反は、直ちには不法行為責任を基礎付けない。

この種の義務は契約による結果実現保証(保証責任)に基礎を置くものであり、過失責任の原則に基礎を置く不法行為法上の注意義務、しがって過失判断にはスライドしない。
        ◆W 侵害された権利に対する救済
      ●1 原則・・・金銭による賠償 
      ●2 不法行為を理由とする差止請求の可否 
我が国の学説は、不法行為を理由とする差止めを認めることには消極的。
むしろ、判例・学説により、人格権の侵害を理由とする差止請求が・・・不法行為を理由とする救済とは別次元で・・・物権的請求権のアナロジーとして認められている。
        ◆X 本書が基礎とする「権利」の理解・・・概要 
      被害者と加害者双方の権利の保護とその限界(制約)という観点から不法行為を捉えている。 
私法の領域では、権利(私権)をどのように捉えるのかについて諸説がある。
    @ 権利は、憲法のもとで国家により個人への帰属が承認され、保護されている地位。
個人に権利として何を割り当て、帰属させるかは、国民の選択した憲法がいかなる個人・社会を理念型とするか次第。 
    個人の権利は、憲法の定める基本権として位置付けられるものであり、その権利性は、憲法により正当化される。
@基本権に自由権・平等権・社会権(生存権など)があるように、不法行為法上で保護される個人緒権利にも自由権・平等権の性質をもつものと社会権の性質をもつものとがある。
Aこのような個人の権利が他者により侵害され、または侵害される危険にさらされている場合には、その権利が自由権・平等権・社会権のいずれに属するものであれ、その権利性が憲法により個人に保障されている以上、その個人(被害者)は、国家に対して保護を求めることができる。
B国家は、個人(被害者)の保護を考えるにあたっては、その物の権利を保護することによって制約を受けることによる他者(加害者ほか)の権利にも配慮しなければならない。
←平等原則。

不法行為法は、個人間の権利が衝突する私的生活関係の局面において、一権利者の権利が侵害され、または侵害されるおそれがあるときに、国家が個人の権利の保護と権利の制約を実現することを目的として設けた制度のひとつ。
      B 憲法のもとで国家により個人に割り当てられた権利、したがって、その権利の主体が有する地位には各種のものがある。
@私的自治・自己決定の保障につながる選択権・決定権を中核とする権利(この中にも、精神的自由に関係する選択権・決定権もあれば、経済的自由に関係する選択権・決定権もある)
A人身の自由の保障・不可侵を中核とする権利や、人格的生存の保障を中核とする権利
B私有財産制・財産権の保障につながる財産的価値の帰属・支配を中核とする権利

これらを一義的にどれかの枠に押し込めるのは適切ではない。
    C 「法律上保護される利益」も「権利」としての性質を有するもの。

「権利として生成中のもの」を・・・このような地位を「権利」と称することができないとの理由から・・・「法律上保護される利益」として不法行為法による保護の対象とすることには、現在の実務の現状を前にしたとき、そのような解釈論上の処理のもつ戦略的・政策的価値は認められようが、(保護に値するとの判断に至った過程に重点が置かれるべきことはもとより)保護に値するものとされた結果としてその主体に帰属するものとされた地位を「権利」と称することに躊躇すべきではない。 
    D Aで述べたように、
不法行為法は、私的生活関係のなかで個人の権利と個人の権利(被害者の「権利」と、加害者の「権利」(行動の自由ほか)) とが衝突する場面で、
被害者の権利の回復のために、加害者の権利をどこまで制約することが正当化されるか(過失責任の原則のもとでの禁止規範・命令規範の議論は、ここに対応する)、
また被害者の権利や加害者の権利をどこまで保護することが正当化されるか
という問題を扱う法。

権利侵害、過失、責任能力などといった各種の要件が機能する。
被害者と加害者の権利相互間の衡量にあたっては、両者の権利がいずれも憲法により保障された権利⇒比例原則にしたがった衡量が行われる(過剰介入の禁止、過少保護の禁止)。
   
 ★第2章 不法行為制度の目的
◆第1節 出発点・・・被害者の権利の価値の回復と、行為者の行動自由の保障
 
不法行為制度の中核をなしているのは、
@被害者の権利の価値を回復させる(金銭により権利の価値をいjつ現する)ことによる保護と
A行為者(加害者)の行動自由の保障
◆    ◆第2節 発想の転換・・・社会本位の思想のものでの損害の公平な分配 
●T 損害の公平妥当な分配・・・配分正義の観点 
@個人の自由活動の最小限度の制限たる思想から
A人類社会における損失の衡平妥当なる分配の思想へ
という不法行為制度の指導原理の推移

得に危険性の高い企業につき、個人の自由活動・競争自由を保障する過失責任原則では不十分だとして、
「非難性という責任の根拠はある程度まで無視して」被害者の受けた損害の公平・妥当な分配をはかるべきことが提唱。
@「過失責任=非難性に基づく責任=賠償制度」、
A「無過失責任=損害の公平・妥当な分配を目的とした制度=補償制度」
という複線的構想。
●U 損害賠償をめぐる思想的基盤の転換 
不法行為制度をこの社会生活に於ける損失の公平妥当なる分配を定める一制度と考えることに、不法行為制度の新しい指導原理が求められつつあるのである。
要するに、個人の自由活動の最小限度の制限たる思想から、人類社会に於ける損失の公平妥当なる分配への思想へ。
ここに不法行為制度の指導原理の推移を見る。
  ◆第3節 「過失責任の原則」 から「損失の填補・調整」へ・・・損害補償制度としての体系化
 
◆     ◆第4節 不法行為制度の組み替えと総合救済システム論 
●T 損失補償システムの構築に向けた萌芽的主張 
●U 不法行為制度の限界 
●V 不法行為制度と他の諸制度の関連付けの試み 
●W 不法行為制度の廃棄・後退と「総合救済システム」の構築の試み 
◆     ◆第5節 不法行為制度の再評価・・・正義の基盤のうえでの再評価 
●T 緒論 ・・・・正義の思考様式
1990年代〜
「総合救済システム」という損失の填補を捉える見解に対して、
不法行為制度が追求しようとしている目的のなかに、こうした視点では捉えられない正義の視点が存在しているのではないかという点が強調。
●U 不法行為制度と共同体的正義 
●  ●V 不法行為訴訟における正義の思考様式 
◆     ◆第6節 「個人の権利」の保護を目的とした不法行為制度・・・権利論の再生 
●T 緒論 
個人の権利・自由の保障という意義が、過失責任原則への疑問に巻き込まれた
⇒最近まで不法行為理論の表舞台から姿を消した。
正義論の視点からの議論は、不法行為制度が保護しようとする個人の権利の価値的側面に再び光をあてた点で評価すべきところが少なくない。
@「損害」自体の把握にあたっても、侵害された本来の権利・利益(生命・身体的利益、物質的利益、財産的利益、人格的利益等)の価値を金銭的に評価して追及するという観点・・・損害賠償請求権kの権利追及機能・・・が前面に出てくることとなるし、
A「損害」賠償範囲確定に際しての保護範囲ないし相当因果関係判断にあたっても、矯正的正義の視点が中心に置かれることとなる。
最近の民法学では、不法行為制度の基礎に個人の権利・自由の保障が置かれるべきである点が強調されるようになってきている。
  ●U 権利保障の体系・・・「個人の権利」保護 
○1 憲法により保障された個人の権利(基本権)との関連づけ 
不法行為法は、個人の権利を基点とし、その保護を目的とした体系(権利保障の体系)として把握されるべき。
その際、憲法により保障された個人の権利が何かを基点として、民法709条にいう「権利」(ないし「法律上保護される利益」)としての保護の内包と外延を決定していくべき。
A:憲法と民法の関係を階層秩序として捉える立場(しかも憲法を基点とする)から正当化を試みるもの

我が国の不法行為制度が権利保障の体系として捉えられるのは日本国憲法が個人の基本権の保護を中核にすえた秩序を採用しているからだと理解。

「秩序論に基づく権利観」を基礎。
現行憲法下での法秩序は個人の権利を基本権として保障するものであるゆえに(現行憲法下での法秩序を支配する理念=個人の権利の保証)、現行憲法での法秩序のもとでは秩序思考と権利論とが対立しないものとみる。
vs.
秩序思考(法の目的を秩序の形成を維持に求め、秩序に反する行為や事態を是正するところに法の目的があるとする考え方)は権利・自由を制約するものであるとして排する。
B:基本権保護請求権(国家の基本権保護義務)の観点から正当化を試みるもの

個人の権利を国家が保護する点に他の社会的な目標の実現に優先する価値を見出すべきであるというものであり、この観点から権利の保護とその調整をおこなうものとして不法行為制度を理解すべきであるというもの。

リベラリズムの考え方を徹底(捉え方しだいでは憲法に先立つ存在として尊重されるべき価値として、個人の権利・自由の保障を置く。)。
あくまでも権利・自由を秩序には還元されない独自のものとして尊重するという立場、つまり権利論を採用した上で、そのように尊重されるべき基本権として何を認め、それを誰にどのように割り当てるかが問われている。
○    ○2 憲法と民法の関係を階層秩序として捉える立場(憲法の照射的効力論)からの正当化
○ 
憲法と民法とを関連づける際に、憲法を最上位の規範として捉えたうえでその基本的価値が民法を統御するとみる立場(階層秩序としての把握。憲法の照射的効力)

憲法は国家法の最高法規であり、民法を含む私法規範の意味内容は憲法に即して決まってくる(したがって、憲法の定める基本権保護に関する規範や制度・組織のあり方に関する規範が目的とする価値が私法規範の解釈・適用にあたっても考慮されなければならない)。
民法の問題全体にわたり憲法的価値を考慮に入れて解釈の構成をおこなうべきである(民法の解釈と構成は、常に憲法秩序による正当性の検証にさらされる)という点を重視する。
個々の個別的権利とそれらの基礎をなす価値相互の序列・優劣関係は、憲法により秩序づけられ、その保障の範囲と限界を画されることになる。
憲法により保障された個人の権利、とりわけ自由権的基本権を私的生活関係のなかで保護するための制度として不法行為制度を捉える立場を基礎。
自由権の保護とは別に、現行憲法が所有権絶対の原則を採用し、あわせて資本主義市場経済体制を選択⇒
資本主義市場経済秩序の維持ないし健全な展開のための支援を目的とした介入の意味での規範定立および違法性判断可能性が存在することを認める。
市場が機能するための競争秩序の存在と対等市民間の自由な決定可能性という状況が確保されていない場面では、権利保護の基盤を確保し、資本主義市場経済秩序の維持ないし健全な展開のための支援をするべく、各種の行為規範(命令規範・禁止規範)の定立へ進むことになる。
ex.投資取引・消費者取引における情報提供義務
生存権を保護し、福祉国家としての政策を実現するために必要な後見的介入を行う際の規範定立および「不法」判断の可能性が存在することも認める。
ex.消費者保護を目的とした企業に対する行為義務、生存に必要な最低限度の生活環境を確保すべき義務
デュープロセスも同様。
こうした権利(自由権のみならず、平等権、生存権ほかの社会権も属し、さらに手続的権利も含まれる)のすべてが憲法に基づく保護要請のもとに置かれる(憲法のもので秩序づけられる)。
共同体的正義の観点や、公共性の観点も、憲法のもとで考慮されている限りで、こうした基本権保護の内包と外延を画するプロセスに組み入れられ、個人の権利をいつどの程度保護するかとうい点を決定する因子として考慮されることが否定されない。
(現代的な価値であるとされるコミュニティーの探求、共同体的関係における共感・共同体的正義の問題も、これらが不法行為制度として捉えられる場合には、この個人的正義に抱え込まれて判断されるべきこととなるし、その意味で、個人の権利が至上価値とされる点に異を唱えるべきではない。)
  ○3 基本権保護請求権(国家の基本権保護義務)の観点からの正当化 (山本敬三)

個人の国家に対する 基本権保護請求権(国家の基本権保護義務)の観点から個人の個人に対する損害賠償請求権を正当化していくもの(山本敬三)。
憲法の定める基本権が
@国家に対する侵害禁止・国家からの侵害に対する防御権としての機能に加えて、
A国家への保護要請の機能をも有している点を重視。

国家は、基本権に表現された価値および法益を侵害から保護することへと義務づけられている。
山本は、ここで問題となる「権利」の意味に言及して、リベラリズムの観点から、自己決定権を「もっとも基底的な権利」として位置づけ、「決定権的権利観」を展開
そして、このような権利観を憲法13条に基礎づけて、正当化する(「基本権的権利観」)。
もともと憲法上の基本権は、自由・・することもしないことも法的に禁止も命令もされないこと・・・を保障するためのものであり、するかしないかを妨げないことを求める権利、つまり防御権を中核とするものとして構想されている。
=主体がするかしないかを決める可能性が保障されているところに、「権利」を認める主張。
何よりもまず、すべての人は決定主体としての地位が認められなければならないところ、これは、憲法13条前段で「すべて国民は、個人として尊重される」と定められたことから導かれる。

「一人一人の人間はそれぞれ個性をもった存在として尊重されねばならなず、そのような個人の決定があれば、それを承認することが出発点にすえられなければならない」と考えられる。
この「主体が自己のあり方を決める権利」が、「もっとも基底的な権利」として認められる
このような決定権には、身体的な自己の決定権や精神的な自己の決定権のほか、社会的な自己の決定権(社会における自己のあり方を決める権利。名誉・プライバシー、家族ほか他者との関係で自己のあり方を決める権利)も含まれる。
上記の意味での「権利」が憲法上の基本権に基礎を置く以上、
@その侵害に対して少なくとも最低限の保障を与えることと、
Aそのような保護によって相手方の「権利」に対して過剰に介入することの禁止が、国家に対して要請される。
この意味で、「個人が実際にどこまでを決定できるかは、このような双方の『権利』の衡量によって決められる。」
●    ●V 権利間の衡量 
  ◎1 権利の濃淡・・・「権利」と「法的保護に値する利益」の二分論の当否 
憲法のもとで権利主体である個人に帰属することが保障された権利にも、濃淡様々なものがある
@所有権のように、権利主体に帰属するものとして権利に割り当てられた内容と権利の外延が類型的に確立しているもの。
A各種の人格権や営業権のように、その権利の領域に影響を与えているか、または与えるおそれのある行為(潜在的侵害行為群)および行為者(潜在的侵害行為者群)を想定し、この潜在的行為者がもつ権利(「行動の自由」・「思想・表現・信条の自由」など)、場合によっては公益的・公共的価値との相関的な衡量を経てはじめて、権利に割り当てられた権利の外延・・・権利との要保護性・・・が確定されるもの。
BAのなかでも、そもそも相関的衡量をおこなう際の因子(基準)すら確立しておらず、個別具体的な事案ごとに被害者の地位の要保護性が確定されるもの(「生成途上の権利」などと称されるもの。)
「権利」を、個人への排他的帰属が認められ、あるいは割当内容の明確なもののみに限る必要はなく、権利に割り当てられた内容と権利の外延が類型的に確立しているもの(@)であれ、潜在的行為者がもつ権利その他の価値との相関的衡量を経てはじめて要保護性を獲得するもの(AB)であれ、わが国の実定法秩序のもとで国家による法的保護に値する地位として承認されたものであれば、これを「権利」と呼んで差し支えない。
 ○  もとより、潜在的行為者がもつ権利その他の価値との相関的衡量の結果として、被害者の主張する地位が、そもそも法的保護に値する地位とはいえないとして、民事上の救済が否定されることがある(「事実上の利益」にすぎないとか、「反射的利益」だといわれることもある)。 
権利か否かを考える上で、
@憲法を頂点とする実体法にその基礎を有すること、
A権利者の範囲が明確であること(=権利帰属主体の明確性)
B権利の客体・内容が明確であること(=他者の権利との衡量の結果、国家が個人に保障した権利の内包と外延を表現できる程度のもの)
が分岐点となる。
○        ○最高裁で権利・法益性が否定された例 
@考古学上重要な史跡についての「文化財享有権」・・県民や国民が史跡等の文化財の保護・活用から受ける利益
A静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき権利(自衛官合祀事件)
「自己の信仰生活の静謐を他者の宗教上の行為によって害されたとし、そのことに不快の感情を持ち、そのようなことがないよう望むことのあるのは、その心情として当然であるとしても、かかる宗教上の感情を被侵害利益として、直ちに損害賠償を請求し、又は差止めを請求するなどの法的救済を求めることができない」とされた。
B政見放送において身体障害者に対するいわゆる差別用語を使用した発言部分がそのまま放送される利益。

このような利益は、法的保護に値する利益とはいえないとされた。
C被害者により任意提出された犯罪の証拠物について被害者が有する利益。
〜そこでは、犯罪被害者が受ける利益は、公益目的でおこなわれる捜査により反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、法律上保護される利益ではないから、被害者により任意提出された証拠物の廃棄処分が単に適正さを各ということだけでは国家賠償法の規定に基づく損害賠償を請求することはできない。
Dみずからに対する取材で得られた素材が一定の内容、方法で当該番組においてとりあげられることについての期待ないし信頼。

最高裁H20.6.12:
「放送事業者がどのように番組の編集をするかは、放送事業者の自律的判断にゆだねられており、番組の編集段階における検討により最終的な放送の内容が当初企画されたものとは異なるものになったり、企画された番組時代放送に至らない可能性があることも当然のことと認識されているものと考えられることからすれば、放送事業者又は制作業者から素材収集のための取材を受けた取材対象者が、取材担当者の言動等によって、当該取材で得られた素材が一定の内容、方法により放送に使用されるものと期待し、あるいは信頼したとしても、その期待や信頼は原則として法的保護の対象とはならないというべきである」

放送事業者および番組製作者の番組編成の自由権(決定権)の保護を第一義的なものとして認めた。
同判決は、さらに続けて、
当該取材に応ずることにより必然的に取材対象者に格段の負担が生ずる場合において、取材担当者が、そのことを認識した上で、取材対象者に対し、取材で得た素材について、必ず一定の内容、方法により番組中で取り上げる旨説明し、その説明が客観的に見ても取材対象者に取材に応ずるという意思決定をさせる原因となるようなものであったときは、取材対象者が同人に対する取材で得られた素材が上記一定の内容、方法で当該番組において取り上げられるものと期待し、信頼したことが法律上保護される利益となり得るものというべきである。そして、そのような場合に、結果として放送された番組の内容が取材担当者の説明と異なるものとなった場合には、当該番組の種類、性質やその後のっ事情の変化等の諸般の事情により、当該番組において上記素材が上記説明のとおりに取り上げられなかったこともやむを得ないといえるようなときは別として、取材対象者の上記期待、信頼を不当に損なうものとして、放送事業者や制作業者に不法行為責任が認められる余地があるものというべきである」とした。

契約交渉過程での誤信惹起後の誤解是正義務に通じるもの。
○権利の制約と、権利の拡張 
個人の権利を基点とし、その保護を目的とした体系として不法行為制度を捉える⇒社会生活をおくるなかで対等の地位に置かれている個人の権利相互の衝突が生じる場合が出てくる⇒その場合には権利の序列・優劣関係を明らかにする必要がある。
権利と権利が衝突する場面で、
@他者との関係で権利の制約(他者の権利による介入)がどこまで認められるのか
A他者との関係での権利の拡張(他者の権利への介入)がどこまで認められるのか
という点を明らかにしなければならない。
権利関係の衡量につき妥当する準則:
(1)権利(基本権)に対する保護は、絹布上要請される最小限の保護に劣るものであってはならない(過小保護の禁止)。
(2)被害者の権利(基本権)に対する保護は、必要性と比例性の要求するところを超えて、相手方たる行為者の基本権へと介入してはならない(過剰介入の禁止)

@加害者の基本権に対する制約が大きければ大きいほど、被害者の基本権を保護することの重要性が大きくなければならない(均衡性の原則)
Aその行為義務を加害者に課すことが、被害者の基本権の保護に役立たなければならない(適合性の原則)
Bその行為義務を加害者に課すことが、被害者の基本権の保護にとって必要不可欠でなければならない(必要性の原則)
に具体化。
○「個人の権利」の保護と公共性・公益性 
憲法が個人主義を基軸としている⇒
ここで考慮される公共性・公益性も、
個人を離れた国家・社会秩序の維持のために個人の権利が制約されることが許されるという意味で捉えられるべきではなく、
共同体社会のなかで生活をいとなむ他の構成員らの共通の権利・自由を保障するために個人の権利自体にはおのずから制約がある・・・しかし、あくまでも前述した過小保護の禁止・過剰介入の禁止の視点のもとにおいてである・・・という意味で捉えられるべき(共同体的正義の観点からの制約)。
1条1項のいう「公共の福祉」は、地域住民に一定の生活利益を供する環境あるいは公正な競争の存在によって関係事業者ないし一般消費者に競争利益を供する環境からの各個の(かつ)共同の利益享受のなかに見いだされるものにほかならず、その意味において「利益」に対する「公益」の優先あるいは「各個を超越した全体」(国家とか「民族協同体」とか)の利益を説いた団体主義・全体主義とはまったく無縁のものである(広中)。
公共性・公益性を理由として権利が制約されるのは、当該権利主張の正当性が共同体社会を構成している構成員集団の共通の利益との関係で否定される場面、具体的にいえば、当該権利行使の差止めが問題となる場面に限られるべき。
具体的被害者が具体的加害者(またはこの者に代わって責任を負う者)に対して損害賠償請求をする場面では、具体的被害者個人の権利・利益と具体的加害者個人の権利・利益との調整が問題⇒上記意味での公共性・公益性は考慮されるべきではない。
◆        ◆第7節 「個人の権利」の保護の限界
  ●T 秩序違反の視点のもとでの不法行為法体系の再構築 
○1 権利の古典的理解と「権利論の限界」 
○2 市民社会の諸秩序の体系的整序と不法行為制度の役割・・・秩序違反に対する法的サンクション 
●    ●U 「個人の権利」(私権)と公共的権利・利益・・・「権利(・利益)」の多様性 
○1 緒論 
○2 公共性をもつ共同体的権利 
○3 被侵害利益の「公共化」・・・「外郭秩序」論との接合
○4 「集合的権利」・「集合的損害賠償請求権」の考え方 
  ●V 「個人の権利」保護から社会的効用(厚生)へ・・・私法の原理的基盤の変容の模索 
    ◆第8節 不法行為の制度目的としての「加害行為の抑制・制裁」 
  ●T 損害填補から加害行為の抑制へ 
  ●U 損害填補から制裁へ 
○1 懲罰目的での損害賠償をめぐる議論 
○2 「利益吐き出し型損害賠償」をめぐる議論 
 ★★第2部 不法行為に基づく損害賠償・・・損害賠償責任の成立要件(p58)
★第1章 総論
     ● ●T 一般的な理解 
@被害者の権利又は法律上保護される利益(法益)が侵害されたこと
A加害者に故意又は過失があったこと
B侵害された被害者の権利・法益と加害者の故意・過失行為との間に因果関係があること
C被害者のもとで損害が発生したこと
D被害者の権利・法益侵害と損害との間に因果関係があること
    ●U 本書の立場 
@被害者の権利(または法律上保護される利益(法益))が侵害されたこと
A加害者に故意または過失があったこと
B侵害された被害者の権利・法益と加害者の故意・過失行為との間に因果関係があること
C侵害された被害者の権利・法益の保護が故意規範または過失規範(命令規範・禁止規範)の目的とされていたこと
D被害者のもとで損害が発生したこと
★第2章 権利・法益侵害・・・総論   
    ◆第1節 緒論
      民法 第709条(不法行為による損害賠償) 
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
    ◆第2節 明治民法・・・「権利」侵害要件の創設
    ◆第3節 権利侵害から違法性へ(p61)
      ●T 権利概念の厳格な理解
        ●U 判例の転回・・・「法律上保護される利益」への拡大(大学湯事件)
  ◎1 事件の概要 
「大学湯」という名の銭湯を開業していたYが、Xに銭湯の建物を賃貸するとともに、「大学湯」という「老舗」を売却。
やがて、同建物の賃貸借契約が合意解除された後に、Yは、同建物をDに賃貸し、Dに「大学湯」の名で営業させた。
⇒XがY・Dに対して損害賠償を請求。
  ◎2 「権利」内容の実質的緩和・・・「法律上保護される利益」 
大審院:所有権・地上権・債権・無滞在債権・名誉権等の「具体的権利」だけではなく、これと同一程度の厳密な意味においてはいまだ「権利」といえないものであっても、「法律上保護セラルル一ノ利益」であればいい。

社会情勢の変化に伴い、不法行為的保護を与えられるべき社会的利益が増加するにつれ、それらの利益を権利として構成する方向へと変化。
  ◎3 709条の意味の読み替え・・・「法規違反の行為」 
大審院は、大学湯事件判決のなかで、当時の709条は、
「故意又は過失によりて法規違反の行為にでてもって他人を侵害したるものは之によりて生じたる損害を賠償する責に任ず」という広範な意味を有するにほかならないと指摘。
〜違法性論への展開の兆し。
  ◎4 709条の規律命題との関係
    大審院は、民法709条が厳密な意味での「権利」が侵害された場合を規律対象としていることを前提としたうえで、「権利」とされない「法律上保護される利益」に対する侵害も不法行為による保護を与えるべきであると述べた。

@「権利」概念そのものについては厳格な理解を維持しつつ、
A不法行為を「法規違反の行為」と捉えたときには民法709条の「権利侵害」行為に関する規律だけでは規律の欠缺が存在⇒これを「法律上保護された利益」に対する侵害行為に関する規律を立てることで補充。
      ◎5 侵害行為の態様に着目した一群の裁判例・・・権利濫用構成
大審院の中には、行為者の行為がその者の有している権利の行使にあたる場合に、侵害行為の態様を重視して、権利の行使であるにもかかわらず、他人においてそれを忍容することが社会観念上相当であると認められる程度を逸脱したときは、不法行為が成立することを認めた。

学説では、それまでは、権利侵害を理由とする損害賠償請求に対して当該行為が権利の行使であったことが違法性を阻却する(=権利の行使であれば、不法行為とならない)というように捉える傾向から
権利の行使が被害者の忍容の限度を超え、濫用と評価されるときはその行為は公序良俗に違反し、不法行為となるとの見解が有力化。

「権利侵害から違法性へ」の流れのなか、違法性の相関的考慮事由の一方である侵害行為の態様をめぐる議論へと組み込まれ、違法論の中核を構成。
        ●V 学説の転回・・・権利侵害から違法性へ (60頁)
        ◎1 緒論
        ◎2 不法行為=法律秩序への違反行為(違法性徴表説) 
末川:実定的な法律全体によって与えられている「法律秩序」に対する違反、すなわち「違法行為」により被った損害の賠償にこそ不法行為責任の本質があるとみる
⇒不法行為の客観的要件に加害行為の「違法性」をすえ、「権利侵害」は「違法性」の1つの徴表にすぎない。
許容的法規:他人の容態を許容し、権利を与える⇒「権利」
命令的法規:作為・不作為を命じる形
公序良俗違反:顕現的法規(法律秩序が顕現した法規)が欠けている場合
        ◎3 違法性の衡量枠組み・・・相関関係説と、「権利侵害」要件の放棄 
 「違法性」の構成因子を分析して、違法性の衡量過程と判断基準を明らかにしたのが、相関関係説(我妻)
(1)被侵害利益:@物権その他の「支配的財産権」、A人格権その他人格的利益、B債権など
(2)侵害行為の態様:@刑罰法規違反、A禁止法規または取締法規違反、B公序良俗違反、C権利濫用など
        ◎4 受忍限度論 
相関関係説の登場後、「違法性」の要件を維持しつつも、衡量事由・判断基準の面から修正を加える方向が提示。 
通説が「違法性」要件のもとで被侵害利益の種類と侵害行為の態様という2因子の相関的衡量をおこなっている点を批判し、むしろ、
@被侵害利益の性質および程度
A地域制
B被害者があらかじめ有した知識
C土地利用の先後関係
D最善の実際的方法または相当な防止措置
Eその他の社会的価値および必要性
F被害者側の特殊事情
G官庁の許認可
H法令で定められた基準の遵守
といったさまざまな事由が「違法性」判断にあたって考慮されるべき。
        ◆第4節 「違法性」理論に対する批判・・・違法性要件不要論 
          ●T 権利侵害概念の拡大(権利拡大説)
相関関係論を基調とする「違法性」理論は、1970年代後半あたりから批判に。
権利拡大説:
「権利侵害」を「法律上保護される利益の侵害」へと拡張するだけのことであれば、「法律上保護される利益」が709条にいう「権利」であるといえばよいのであって、わざわざ「違法性」という民法にない要件を立てる必要はない。

必要なのは「社会類型的に保護されるべきほどに達した利益」を保護することであるとの理解。
⇒709条の「権利侵害」を「不法な利益侵害」の意味で捉え、この概念のもとで「権利侵害の類型化」をはかり、これにもとづく「権利侵害」の枠内での「諸種の利益衡量」を行うべき。

@「権利」概念、「権利侵害」概念に積極的意義を見出した
A「権利侵害」要件のなかでの衡量という面に着目
          ●U 故意・過失要件による一元的処理(過失一元論)
「権利侵害」要件の希薄化
⇒相関関係論が問題としている被侵害利益面と侵害行為の態様面との衡量や不法行為に対する無価値判断は「故意または過失」という帰責事由の要件で行うのが相当。
          ●V 新受忍限度論
「違法性」の要件を不要とする立場=「権利侵害」要件と「故意・過失」要件で十分であるとする立場

受忍限度を判断する際の上記諸事情を「過失」要件のもとでの行為義務違反判断の衡量事由として捉える立場へと発展。
(新受忍限度論)
        ◆第5節 「違法性」理論の補強・修正
        ●T 緒論
        ●U 違法性二元論 
        ◆第6節 権利侵害要件の再評価・・・権利論の再生
「権利」概念の拡張⇒「権利侵害」の要件には不法行為責任が成立する場合を限定する機能が認められないとの認識(権利侵害要件の希薄化)。
but
「権利」「権利侵害」要件を再評価する動き
@「権利」には還元されない「法的利益」に対して不法行為による保護を積極的に与えていくという観点から「権利」・「権利侵害」要件を再評価。
A「権利」と「法的利益」を二分すうのではなく、不法行為法で保護される「権利」を憲法上で保障された権利に結びつけて捉えたうえで、そのような「権利」に対する不法行為法上の保護の可能性と限界を、被害者・加害者それぞれの「権利」の制約と拡張の権利間の衡量という枠組みで処理する立場からの議論。
        ◆第7節 2004年(平成16年)改正による文言変更・・「権利」または「法律上保護される利益」の侵害
         
★第3章 権利・法益侵害・・・各論  
    ◆第5節 契約締結の際の自己決定権その他の権利・利益の侵害
  ■第1項 総論
契約の交渉過程で、交渉相手方の言動を信頼し、契約が締結されるものとの考えのもとで行動したところ、交渉相手方が契約交渉を打ち切った場合や、契約は締結されたものの、相手方が交渉過程で詐欺・強迫をはたらき、または不実の説明・情報提供等をしたという場合。

@合意の瑕疵(瑕疵ある意思表示)または公序良俗違反による契約の無効の問題。
A相手方の行為を不法行為ととらえ、損害賠償の問題としてとりあげる余地。
      ■第2項 契約交渉破棄と「先行行為に対する信頼」・「契約成立への正当な期待」の保護 (117頁)
    ●T 緒論 
    ●U 問題処理のための枠組み・・・伝統的立場 
契約交渉の破棄を理由とする交渉当事者の責任については、伝統的に、次のような枠組みで扱われていた。
@交渉当事者は、契約交渉を自由にとりやめることができる。
A契約交渉が中途で破棄されたとき、交渉中に当事者の一方がおこなった費用投下その他の交渉費用は、投下者の自己負担が原則。
B交渉の破棄についての過失のある当事者は、相手方が交渉の破棄により被った損害を賠償しなければならない(契約締結上の過失)。
過失の前提としての交渉当事者の注意義務は、信義則に基づいて発生。
Cこの場合の損害賠償は、信頼利益(消極的契約利益)、すなわち、相手方が契約の成立を信頼したことにより被った損害の賠償。
D賠償される信頼利益(消極的契約利益)の額は、履行利益(積極的契約利益)の額を超えてはならない。
←さもなければ、契約が成立をしていないにもかかわらず、契約が成立したのと同様の価値的状態を相手に実現することになる。
E交渉相手が悪意の場合や、過失のある場合にも信頼利益の賠償が認められるか?
    ●V 伝統的立場の問題点 
@契約交渉の不当破棄を理由とする責任の性質は何か(契約責任が不法行為責任か)?
A責任の内容としては、信頼利益の賠償と捉えてよいか(信頼利益概念の有用性の問題と、履行利益賠償の可能性の問題)
B交渉当事者の注意義務は、いかなる観点から基礎づけられるべきか?
       
  ●[ 義務違反の法的性質 (133頁)
    ◎1 不法行為責任 
契約準備交渉過程での契約責任へ向けた相互の交渉過程に注目し、交渉過程のなかでの個別の具体的行為に各当事者が付与した意味を探りながら、当該行為の交渉過程における意義を画定し、個々の状況下で遵守されrべき行為規範が他律的に形成される。
⇒契約責任と性質決定するのは困難。
不法行為と性質決定するのが相当であり、「不法行為責任」とは異質な「第3の責任範疇」として「契約締結上の過失」類型を立てる意味はない。
    ◎2 契約責任への仮託の要否 
       
       
    ●\ 損害賠償の内容 
    ◎1 信頼利益概念の当否 
破棄当事者の義務違反を理由とする損害賠償の内容を表現する場合に、「信頼利益」(消極的契約利益)という言葉を用いないのが賢明。
むしろ、「審議誠実に反する態度」(故意・過失行為)により交渉を破棄し、これによって「先行行為に対する信頼」・「相手方の契約成立への期待」を挫折させたとき(権利・法益侵害)、破棄当事者は相手方がこの権利・法益侵害によって被った損害を賠償しなければならないという一般的なルールにとどめておくべき。
賠償されるべき損害の内容を語るにあたって重要なのは、むしろ、交渉相手方のどのような地位が法的保護に値したのかという「権利・法益」論であって、「損害」論ではない。
    ◎2 信頼利益を超えた利益の賠償
     
      ■第3項 契約締結における説明義務・情報提供義務違反と自己決定権侵害(139頁)
  ●      ●T緒論 
  投資取引や消費者契約において、一方当事者(事業者)の他方当事者(事業者・消費者)に対する交渉過程での説明義務・情報提供義務が問題とされてきた。
その違反に対する効果としては、主として、他方当事者に対する損害賠償責任が観念されてきた。
  ◎3種類の説明義務・情報提供義務
  @ @相手方の知識、経験、取引目的、資産状況(資力)に照らし不適合な商品・役務等を勧誘しない義務(不適合であることを説明・情報提供し、取引に勧誘しない義務) 
  いわゆる適合性の原則を民事ルールのなかに取り入れたもの。 
  ここでの説明義務・情報提供義務は、当該取引についての耐性を欠く者を当該取引への誘引することを禁止する(当該取引から排除する)との目的にでたもの(禁止規範)。
  A A相手方にとって重要な事項を説明・情報提供する義務 
  固有の意味での説明義務・情報提供義務
  私的自治・自己決定原則が妥当するための基盤(自己決定基盤)の確保を目的とし、情報格差を是正するために、一方が他方に対し当該取引につき自己決定に必要となる重要な事実を提供することを内容としたもの(狭義の説明義務・情報提供義務)。
  B B将来における不確実な事項について断定的判断を提供しない義務
  断定的判断の提供禁止のルール
  事実の提供ではなく、断定的な評価・意見を相手方に提供することにより相手方の意思形成・判断・意思決定の過程を統御することを禁止するとの目的にでたもの(禁止規定)
      ●U 説明義務・情報提供義務をめぐる初期の学説 
      ●V 福祉国家の観点に出た説明義務・情報提供義務の正当化 
      ●W 自己決定権と説明義務・情報提供義務
    ◎1 緒論
  今日では、説明義務・情報提供義務が当事者の自己決定権の保護を目的としたものであることが、多数の認識するところ。
    ◎2 市場原理との接合
  ◎    ◎3 自由権的基本権としての自己決定権(意思決定の自由)からの説明 (148頁)
  〇3-1 民法709条の「権利」としての自己決定権と憲法13条 
  憲法の定める自由権的基本権(幸福追求権ほか)、もしくは民法709条の意味での「権利」として当事者の自己決定権を捉え、これを保護するために他方当事者に課された行動規範(禁止規範・命令規範)として説明義務・情報提供義務その他の行為規範を捉える見方。
  憲法13条の幸福追求権を「人格的自律の存在として自己を主張し、そのような存在であり続ける上で必要不可欠な権利・自由を包摂する包括的な主観的権利」として捉える立場を基礎とし、ここに私的生活関係における自己決定権を根拠づけることで(憲法民法との関係につきこれと異なり従前の間接適用説に立つときには、憲法13条の思想をもとに民法709条の「権利」を解釈することで自己決定権を私法上の権利として承認することで)、社会生活のなかで個人が自律的人格の主体として私的な事項に関しみずから決定することのできる地位を「権利」として承認する立場において貫徹されている。
  この意味での自己決定権を保護するために、国家が介入し、他の共同体構成メンバーに他者の自己決定権を支援する措置を講じるように命じる(あるいは、他者の自己決定を害する行為をしないように禁止する)とともに、これに違反した行為に対しサンクションを課している。
その結果が、説明義務・情報提供義務その他の行為義務の違反を理由とする損害賠償。
  あわせて、自己決定の結果であるとは評価できないような瑕疵ある決定については、法的効果の発生を認めないとすることで、決定主体が決定結果につき自己責任を負うことを回避できるようにしている。「合意の瑕疵」の問題は、これに関するもの。
  〇3-2 説明義務・情報提供義務の契機・・・「自己決定に基づく自己責任」とその機能不全 
  近代民法は、自由で対等な市民がみずからの意思と理性により合理的に選択・決定できることを所与とし、かつ、こうした市民がみずからの選択・決定にとって必要な情報を収集でき、相手方と対等に交渉できることをも所与として成り立っている。
このような状況のもとで市民みずからが下した決定について、市民はその結果を引き受けなければならない。
これが、「自己決定に基づく自己責任」の考え方。

契約の領域では契約自由の原則として機能する。
  自己決定能力を欠いた者による契約、意思による裏づけのない契約は、近代民法のもとでも、例外的に国家により契約としての効力を否定され、表意者は結果についての自己責任を負担しないでいることができる。
  ところが、現代の取引社会におては、近代民法が所与としていた状況の崩壊する場面が生じている。
みずからの選択・決定にとって必要な情報を収集できない市民、相手方と対等に交渉することのできない市民の関与する取引が日常化してきている。

近代民法が契約自由の原則の基礎としていた「契約の対等性」が認められない取引が定型的に存在するとうい事態が出現。
  〇3-3 機能不全への対応(その1)・・・国家によるパターナリスティックな介入 
  〇3-4 機能不全への対応(その2)・・・自己決定基盤を確保するリスクの自己負担原則の修正 
  自己決定プロセスの実効性を確保するために、情報収集・認識・判断・決定・行動といった各々の段階において、当事者の自己決定権を保護するための措置を講じるべきことを内容とした行為規範を相手方に課すべきことが提唱。
  @まず、近代民法が前提としていた自己決定基盤を確保するリスクの自己負担原則を修正し、自己決定基盤を整備するための措置を相手方に課すべきこと(自己決定基盤の整備)が指摘。

自己決定に必要な情報の収集についてのリスクを交渉相手方に課すことを内容とした情報提供義務。
  A契約交渉プロセス(合意形成過程)での一方当事者の行動の行動に対して誤った観念に基づく行動を指摘し、是正する措置を相手方に課すとともに、誤誘導を禁止すべきこと(意思形成過程の支配・操縦の禁止)も指摘。
  〇3-5 関連問題・・・契約の拘束力を否定する方向での処理 
  当事者のおこなった選択・決定が他者による決定であって自己決定とは評価されない点を捉えて、(その限りにおいて)契約を無効または取消可能と評価することも可能。

自己決定とは評価されない表意者の決定に対して、国家がその法的拘束力を否定することで、自己責任を問わない。
  およそ契約交渉プロセス(合意形成過程)で自己決定できる地位が保障されていない状況下で締結された契約は、自己決定の結果であるとは評価できず(合意瑕疵事例の一種)、それゆえに、この者を拘束しない
国家としては、決定結果としてあらわれている事態に対し、(他の法理・・・たとえば、表意に対する信頼保護の法理・・・による保護が正当化される場合を除き)契約としての拘束力を与えることを拒絶しなければならない。
  古典的な合意の瑕疵類型(錯誤・詐欺・強迫ならびに意思能力の欠缺(さらに、政策的に認められた行為能力の欠如・不完全)の場合)におけると同様に、契約交渉プロセス(合意形成過程)において自己決定できる地位が保障されていない状況下で締結された契約について、それを自己決定の結果であると評価できず、無効または取消しの対象とするのが相当
  〇3-6 相手方(行為者)の権利・自由に対する制約の正当化の必要性 
  契約交渉プロセス(合意形成過程)において自己決定できる地位が保障されていない状況下で締結された契約について、@契約の拘束力の否定によるにせよ、A原状回復的損害賠償の肯定によるにせよ、表意者の交渉相手が有している権利・利益(営業権ほか行動の自由、ならびに、締結された契約が拘束力をもつことに対する期待)にも一定の配慮が必要ではないかという疑問。
  不法行為を理由とする損害賠償において、権利侵害と過失との関連づけを@被害者の権利・利益とA加害者の行動自由という権利の間での衡量を経て、賠償責任の成否を捉えようとする立場を基礎としたときには、このような分析が不可欠。
  単に当事者間に情報格差・交渉力格差があるという事実だけでは、交渉相手方の自由を制約することとなる行為規範を優位当事者の不利に設定すること(情報・交渉力に関するリスクの全部または一部の転嫁)を正当化できない。
説明義務・交渉力格差の存在それ自体が決定的なのではなく、劣位当事者の自己決定権が侵害されている(または、その具体的危険がある)ことが決定的。
  自己決定権の保護を目的とした説明義務・情報提供義務が課される根拠について、自己決定への不当な干渉による自己決定権侵害について、@情報自体のもつ危険性とA優位当事者の専門性とに求めたうえで、自己決定権の保護の範囲と相手方の権利の制約される範囲との均衡を憲法の比例原則に依拠して確定すべき旨を説く考え。

劣位当事者側の権利についての過少保護の禁止と、優位当事者側の権利に対する過剰介入の禁止との均衡のもとでの自己決定権保護の枠組みの構築を探る立場。
  自己決定権侵害のうち、消極的行為(不作為)による場合について、情報の重要度、情報の所在(情報提供の可能性)、当事者の社会的地位の相関的考慮から、説明義務・情報提供義務の成否および内容・程度を導こうとするものもある。
  住宅・マンションの値下げ販売にかかる一連の損害賠償請求訴訟で、多くの事案で売主側の説明義務・情報提供義務が否定されているなか「A住宅公団は、Xらが、本件優先購入条項により、本件各譲渡契約締結の時点において、Xらに対するあっせん後未分譲住宅の一般公募が直ちに行われると認識していたことを少なくとも容易に知ることができたにもかかわらず、Xらに対し、上記一般公募を直ちにする意思がないことを全く説明せず、これによりXらがAの設置に係る分譲住宅の価格の適否について十分に検討した上で本件各譲渡契約を締結するか否かを決定する機会を奪ったものというべきであって、住宅公団が当該説明をしなかったことは信義誠実の原則に著しく違反するものであるといわざるを得ない」とした最高裁H16.11.18は、こうした観点からの検討を経て正当化される。
      ●X 自己決定保護の目的を超えた行為義務(顧客の利益顧慮を目的とした助言義務) (155頁)
    ◎1 信認関係に基づく説明義務・助言義務 
  @市場原理に基づき、または、自己決定権を保護するため、情報格差を是正し相手方の自己決定基盤を確保する目的で交渉当事者の一方に課される情報提供義務とA信認関係に基づく説明・助言義務とは、理念型として質的に区別される。
  情報の提供を超えて、助言する義務まで認められる場合があるか否かは争われるところ、「契約を、程度の差はあれ相手方を出し抜いて利益を得る戦略的な取引であると捉えれば、助言義務など考えれないかもしれないが」、「契約は共同の利益を追求する協働行為である」という側面を強調すれば(そのような側面があることは否定できない)、助言義務を認めることも理解できるとされる。
  一方当事者が専門的知識をもち、他方当事者がそれを信頼して行動するタイプの契約においては、助言義務を認めるべきであるとされる(ある種の金融取引、医療契約、弁護士との委任契約等)。
    ◎2 専門家責任の観点からの説明義務・助言義務 
      ●Y 説明義務・情報提供義務違反を理由とする損害賠償請求権の法的性質 
      ◎1 緒論 
         
      ◎2 実務における状況・・・不法行為責任としての性質決定 
      ◎3 説明義務・情報提供義務違反を理由とする損害賠償に関する立法意思・法律意思・・・不法行為責任としての性質決定 
金融商品販売法:金融商品販売業者等に重要事項の説明義務を課し、これの違反を理由とする損害賠償につき元本欠損額による損害額の推定規定を置いている(3条、5条、6条)。
      ◎4 学説の状況・・・不法行為責任としての性質決定 
      ◎5 契約責任構成への仮託の要否
      ◎6 小括
契約交渉段階での説明義務・情報提供義務違反を理由とする損害賠償責任は、契約が締結されていない段階での行為義務違反を理由とする損害賠償責任
⇒不法行為責任として性質を有する。
契約責任構成への仮託が必要があるとすれば、せいぜい、交渉補助者が独立事業者である場合に履行補助者責任の法理を妥当させるために契約責任に仮託させる・・・補助者責任についてのみ契約責任法理を転用する・・・だけ。
消滅時効は短くていい。
      ■第4項 適合性の原則に対する違反と損害賠償責任
    ●T 適合性の原則の意義
一般投資家への市場開放(市場の民主化・大衆化)のなかで、自己責任原則の妥当する自由競争市場での取引耐性のない顧客を市場から排除することによって保護することを目的としたルール
証券会社等が投資を勧誘するにあたり、顧客の知識、経験、投資目的および財産の状況に照らして不適当と認められている勧誘をおこなってはならない」という内容のルール
    ●U 適合性原則と民事責任論・・・最高裁平成17年判決(162頁) 
裁判実務:
適合性を欠く者との取引にあたり相手方事業者に信義則上の説明義務を課し、その違反があるときにこの者の損害賠償責任を認めるという形で問題を処理。
(その前提として、顧客からの情報収集義務(顧客を知る義務)を事業者に課すべきかどうかも問題となりうる。)
投資取引事例での「信義則上の行為義務」:
@投資家に対して、当該取引の危険性について説明すべき義務および不実の説明をしない義務(自己決定支援のための情報提供義務)
A投資家に対して、断定的な判断を提供しない義務
B投資家の投資目的、財産状態、投資経験等に照らして過大な危険を伴う投資を回避させるべき義務
C特別の合意や当事者間に形成された信認関係に基づき、当該投資家にとってよりよい投資の成果があがるように助言すべき義務
適合性の原則は、BとCに関係。
最高裁H17.7.14:
証券取引において、「適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘」が不法行為法上も違法なものとなる。
証券会社の担当者が、顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上も違法となると解するのが相当である」
「証券会社の担当者によるオプションの売り取引の勧誘が適合性の原則から著しく逸脱していることを理由とする不法行為の成否に関し、顧客の適合性を判断するに当たっては、単にオプションの売り取引という取引類型における一般的抽象的なリスクのみを考慮するのではなく、当該オプションの基礎商品が何か、当該オプションは上場商品とされているかどうかなどの具体的な商品特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があるというべきである」

適合性の原則を証券取引法制上の一般原則と位置づけたゆえで、「適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘」が不法行為法上も違法なものとなるとする。

@一方で、証券取引法秩序と私法秩序との峻別論を所与とし、適合性の原則を前者の秩序に属する業法ルール(業者ルール)と捉え、直ちには私法上のルール(民事ルール)とみていない。
A民事不法を基礎づけるためには、単に適合性の原則に違反したという事実のみを摘示しただけでは足りない(適合性の原則に違反したからといって、当該投資勧誘行為が直ちに民事上も違法となるわけではない)。
他方で、証券取引法秩序に属する適合性の原則を支配する思想・原理が投資勧誘者の行為義務違反(過失)の評価に際して私法秩序における民事不法の判断に影響していくことをも示している。
2つの観点から、適合性の原則に違反した投資勧誘者の行為義務違反(過失)の評価を行うべきことを示している。
@適合性の原則から「著しく逸脱した」場合をもって、不法行為法上も違法としている点。「顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘する」場合がその例として挙げられている。
A「不法行為の成否に関し、顧客の適合性を判断する」にあたって、「具体的な商品特性」と、「顧客の投資経験、投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状況等の諸要素」を相関的かつ総合的に考慮するという観点を明確に掲げ、このもとで当該事案に対する不法判断を行った。
才口千晴裁判官の補足意見:
「経験を積んだ投資家であっても、オプションの売り取引のリスクを的確にコントロールすることは困難であるから、これを勧誘して取引し、手数料を取得することを業とする証券会社は、顧客の取引内容が極端にオプションの売り取引に偏り、リスクをコントロールすることができなくなるおそれが認められる場合には、これを改善、是正させるため積極的な指導、助言を行うなどの信義則上の義務を負うものと解するのが相当である」
「本件の異常ともいうべきほどオプションの売り取引に偏った取引状況」が、こうした補足意見に向かわせた。
この種の指導助言義務は、禁止規範に結びついた適合性原則とは別個に観念できるもの。
    ●V 適合性の原則をめぐるその後の展開(165頁) 
    ◎1 金融審議会金融分科会第1部会報告「投資サービス法(仮称)に向けて」 
○2005年(平成17年)12月22日付け金融審議会金融分科会第1部会報告「投資サービス法(仮称)に向けて」
適合性の原則は、本来、事前説明義務と並んで、利用者保護のための販売・勧誘に関するルールの柱となるべき原則であり、
投資サービス法においては、投資商品について、体制整備にとどまらず、原稿の証券取引法などと同様の規範として位置づけることが適当と考えられるとの方向性。
適合性の原則における考慮要素として、判例や英米の例を参考に、
@現行の証券取引法の「知識、経験、財産」に加え、「投資の目的」または「投資の意向」も考慮要素として追加するこについて検討することが適当と考えられるとされたが、
A他方で、「顧客の理解力」も考慮要素に追加すべきかどうかについては、これを肯定する意見と、業者が顧客の理解力を正確に把握することは困難であり、実務上支障が生じるおそれがあるとの否定的意見が併記。
    ◎2 金融商品取引法の成立と金融商品販売法の改正
金融商品販売法3条2項として、次の条項が新設
「前項の説明は、顧客の知識、経験、財産の状況及び当該金融商品の販売に係る契約を締結する目的に照らして、当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度によるものでなければならない。」

金融商品販売業者等が金融商品の販売等に際して顧客に対し尽くすべき重要事項の説明義務を定めた同条1項を受けたもの。

ドイツの有価証券取引法と同様、適合性の原則は市場耐性を欠く者を市場から排除するという禁止規範の形態で立てられているのではなく、顧客が市場に参加するための自己決定基盤の整備を目的として金融商品販売業者等が尽くすべき説明の方法・程度の基準として立てられている(=適合性の原則は、説明義務・情報提供義務という命令規範の枠組みのもとに位置づけられている。)。
市場耐性を欠く者の後見的保護を目的とした適合性の原則を、市場参加を前提とした自己決定・自己責任原則およびこれを支える情報提供モデルのなかに組み込むという方式が採用されている。
but
「顧客の知識、経験、財産の状況及び当該金融商品の販売に係る契約を締結する目的」に照らし客観的に不合理な金融商品を販売したときには、「当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度」での説明を尽くしたとはいえないとみることで、禁止規範の意味を含めた民事ルールが立てられていると読むのが適合性の原則のめざす顧客保護の方向にかなう。
金融商品取引法40条1号も金融商品取引業者について「適合性の原則」を定め
「金融商品取引行為について、顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行つて投資者の保護に欠けることとなつており、又は欠けることとなるおそれがあること」をもって、適合性の原則に対する違反行為としている。
    ◎3 適合性の原則の細分化・・・禁止規範を支える適合性の原則と命令規範を支える適合性の原則 
    ○3−1 狭義の適合性の原則と広義の適合性の原則・・・禁止規範と命令規範 
学説上、適合性の原則と民事上のサンクションとの関連を扱うものは少なく、広義の適合性の原則位について、英米証券取引法・保険法の紹介等を通じて、その理論的整序をはかろうとするものが散見
@広義の適合性の原則:
「業者が利用者の知識・経験、財産力、投資目的に適合した形で勧誘(あるいは販売)を行わなければならないというルール」
A狭義の適合性の原則:
「ある特定の利用者に対してはどんなに説明を尽くしても一定の商品の販売・勧誘を行ってはならない」というルール
適合性の原則のコロラリー(当然の結果)として、
「業者は、利用者の知識・経験、財産力、投資目的等を把握できるような情報を収集しなければならない」との顧客情報収集義務の考え方も承認
狭義の適合性原則
←パターナリズム、すなわち福祉国家的視点に出た国家による生存権保障もしくは財産権保障。
(民法上の効果とは切断された形においてであるが)狭義の適合性の原則と並ぶルールとして、商品の勧誘・販売に際しては顧客の目的や資産状況に適合した商品を推奨しなければならないという推奨のルールが、広義の適合性の原則の下位ルールとしておかれる。

商品の勧誘・販売にあたっての命令規範の一態様としての助言義務(アドバイス義務)に当たるもので、才口千晴裁判官が平成17年判決で補足意見として述べた「指導助言義務」と共通の基盤に立つもの。

商品の適合性についての判断リスクが顧客から事業者へと転嫁。

広義の適合性の原則を語ることで、当事者間に指導・助言を内容とする明示の合意がなかったとしても、同様の義務が、顧客と対峙する取引当事者が投資商品・金融商品の販売・勧誘業者であることをよりどころとして帰結されている。
しかも、その際、顧客の目的や資産状況に適合した商品を推奨しなければならないということのなかには、当該商品を推奨するに至った経緯・根拠・理由を、当該取引について考えられる不利益ともども、顧客に対して開示すべき義務も含まれるものとして捉えられている。
顧客の目的や資産状況に適合した商品を推奨しなければならないというルールを適合性の原則から導くときには、次の2点において、留意と見当が必要。
    ○3−2 適合性の原則の二義性と民事上の効果への影響 
あるい投資商品について適合性を欠く者への当該商品の販売・勧誘の禁止を内容とする狭義の適合性の原則に対する違反の場合
その違反に(直接にせよ、間接にせよ)結びつけられる民事上の効果は、当該商品の取引にかかる私的自治・自己決定の否定
当該取引の無効処理(公序良俗違反を理由とする無効(民法90条)または錯誤無効(民法95条))ないしは原状回復的損害賠償
適合性原則の他の面、つまり、事業者は顧客の目的や資産状況に適合した商品を推奨しなければならないというルールから導かられる助言義務に事業者が違反した場合:
そこに(直接にせよ、間接にせよ)民事上の効果としての損害賠償が結びつけられるとき、その内容は、原状回復的損害賠償に尽きるのではなく、推奨どおりの商品適性を有したものであったならば顧客が得たであろう積極的利益の賠償(履行利益の賠償)にも向かい得る。
    ○3−3 助言義務と適合性の原則・・・信頼供与責任 
この意味での@適合性原則から導かれることになる助言義務と、A事業者として顧客に対して負担すべき自己決定権支援のための情報提供義務の関係?
顧客の目的や資産状況に適合した商品を推奨しなければならないというルール⇒推奨に至った経緯・根拠・理由の開示が前提⇒@情報収集リスクも含めたA判断リスクの事業者負担という枠組みが採用。

事業者が顧客と対峙する場面で、助言・推奨を内容とする特段の合意があるわけでないときに、どのような場面には情報提供義務の負担(情報収集リスクの負担)にとどまり、どのような場合には情報格差の是正を目的とした義務を超えた義務の負担(判断リスクの負担)にまで進むのかを探求する必要。
(=投資判断に関して本来は顧客が負担すべきリスクを事業者が引き受けるべきなのはなぜかという問題)

当事者間の「信認関係」に着目することで、投資助言の場における「信頼供与責任」の観点・・・「一方の当事者が相手方への信頼に基づいて自己の法益を相手方の影響可能性下に置いたときには、相手方としては、自らの供与した信頼のゆえに、この法益の保護への義務づけられる」との考え方・・・から正当化されるべきもの。
事業者が投資商品にかかる専門家であり、その知見を有することから顧客に対する関係で信頼の基盤が形成され、これに基づいて顧客がみずからの資産を当該商品に投下するか否かについての決定を行う
事業者としては、当該状況下において顧客の利益が最大化する内容で決定をすることができるように、情報面のみならず、評価および判断面で顧客に協力し、積極的に支援をしなければならない。
投資者:
先行する取引的接触により当事者間に醸成された信認関係に基づき、投資商品に関する開発・提供に携わる投資法品販売者が有する投資リスクとリターン面の専門的知識と経験を信頼し、その助言が自己の資産形成にプラスに作用するものとの判断のもとに、みずからの投資決定。

投資商品を提供する者:
信認関係に基づき、単に相手方に投資商品に関するリスク情報を提供して相手方の自己決定基盤を確保すれば足りる・・・そして、あとは相手方の自己決定に委ねる・・・というだけではなく、相手方たる投資者の利益に忠実に事務を遂行しなければならない。
とりわけ、投資商品販売業者には、投資判断に必要な情報を提供するのみならず投資者のリスクをできるだけ抑え、投資目的と投資者の財産状態により適合した商品を積極的に提示してく・・・場合によっては、投資を思いとどまらせたり、より適切な別の投資商品を推奨する・・・ことが求められる
ここで観念されているのは、投資者に対して適切な助言を行うことで投資計画への積極的支援を義務付けることへと向けられた行為規範
       
     
    ◆第8節 人格権・プライバシーの諸相
     
  ■第2項 人格権・プライバシーの諸相
    ●T 平穏生活権としての人格権・プライバシー
    ◎1 平穏生活権
私生活をみだりに干渉されない権利・・・「1人にしてもらう権利」・「覗き見されない権利」
裁判例:「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」
自己の私事・住居・肖像・思想等について不当な公表や侵入に服さない自由。

個人の私的生活空間(領域)や秘密とする事柄について、他者による干渉からの保護を求めることができる権利。
私事をみだりに公開されないという保障は、個人の尊厳を保ち幸福の追求を保障するうえで、必要不可欠なもの。

私生活の精神的平穏。
    ◎2 平穏生活権侵害の判断基準
一般人の感受性を基準に判断したとき、当該個人の立場に立ったならば公開を欲しないであろうことがらであって、一般の人にいまで知られてていないものであったかどうかが決め手となる。
そのうえで、そのことがらの公開によって、当該具体的個人が実際に不快・不安の念を覚えたことが必要。
    ◎3 「権利」としての平穏生活圏の輪郭
他者の「知る権利」や言論・出版その他の表現の自由との衝突を考慮してはじめて確定することができる。
    ◎4 私事の範囲の拡張可能性
伊藤正巳裁判官の補足意見
人は「他者から事故の欲しない刺戟によって心の静穏を乱されない利益を有しており」(広い意味でのプライバシー)、「法律の規定をまつまでもなく、日常生活において見たくないものを見ず、聞きたくないものを聞かない自由を本来有している」から、「聞きたくない音を聞かされることは、このような心の静穏を侵害することになる」。
もっとも「本来、プライバシーは公共の場所においてはその保護が希薄とならざるをえず、受忍すべき範囲が広くなることを免れない。個人の居宅における音による侵害に対しては、プライバシーの保護の程度が高いとしても、人が公共の場所にいる限りは、プライバシーの利益は、全く失われるわけではないがきわめて制約されるものになる。したがって、一般の公共の場所にあっては、本件のような放送はプライバシーの侵害の問題を生ずるものとは考えられない」
    ●U 情報コントロール権としての人格権・プライバシー
    ◎1 情報コントロール権
プライバシーを、自己の関する情報をコントロールする権利(情報コントロール権)をも含むものとして捉える・・あるいは、これをプライバシー権の中核にすえる・・見解が有力に主張。
憲法上保護された基本権として、個人情報については、情報主体である個人が排他的に支配し、管理できる権利が認められていると考え、私人間関係レベルにおいても、個人情報を排他的に支配・管理できる権利が憲法上保護された基本権として情報主体である個人に与えられている⇒情報コントロール権としてのプライバシー権が不法行為法の保護対象となることが正当化される。
その侵害に対しては、損害賠償のみならず、場合によっては、情報開示請求権、訂正・削除請求権まで認められる。
    ◎2 プライバシーの対象となる情報
「秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない」個人情報(非センシティブ情報)も、平穏生活権としてのプライバシーには該当しなくても、情報コントロール権としての人格権・プライバシーの対象となりうる。
最高裁:
学生の学籍番号・氏名・住所・電話番号といったような「秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない」個人情報(非センシティブ情報)であっても、「本人が、自己が欲しない他者にはみだらにこれを開示されたくないと考えることは当然のことであり、そのことへの期待は保護されるべきものである」とし、このような個人情報をぷらいばいしーにかかる情報として法的保護の対象になる。
    ◎3 プライバシーとしての情報保護の枠組み
A:第三者がプライバシーとなる個人情報を一方的に開示した場合
B:被害者自身がみずからの意思で相手方に対して個人情報を開示していたところ、その個人情報が本人の同意なしに、本人の欲しない第三者に開示された場合
Aの場合:比較衡量論(総合衡量論)(判例)
少年犯罪の推知報道が問題となった週刊文集事件の最高裁判決:
「プライバシーの侵害については、その事実を公表されない法的利益とことを公表する理由を比較衡量し、前者が後者に融雪する場合に不法行為が成立するのであるから、・・・本件記事が週刊誌に掲載された当時のXの年齢や社会的地位、当該犯罪行為の内容、これらが公表されることによってXのプライバシーに属する情報が伝達される範囲とXが被る具体的被害の程度、本件記事の目的や意義、公表時の社会的状況、本件記事において当該情報を公表する必要性など、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を個別具体的に審理し、これらを比較衡量して判断することが必要である」
Bの場合:
早稲田大学江沢民講演会名簿提出事件の最高裁判決:
「本人が、自己が欲しない他社にはみだりに」
    ◎4 情報コントロール権の具体化
   
  ●V 自己決定権としての人格権・プライバシー(p206) 
  ◎1 緒論 
人格権・プライバシーを、人間の尊厳と結びつけ、自己決定権(人格的自律権)の意味で、私的事項につき個人が下した決定について他者から干渉されない権利として捉える見解。
情報コントロール権が重視する個人情報の支配・管理という、(人格の尊厳に結びつけられるものの)財貨帰属・財産管理権的な人格権・プライバシー理解を超えて、人間の尊厳を基本原理とし、生活世界におけるさまざまな関係を主体的に形成するのに不可欠な個人人格の自由な展開を保障するために、個人の地位を「権利」として保護したもの、それが人格権・プライバシーであると捉える。
自己決定権としての人格権・プライバシーは、私的生活の平穏という個人人格の静的安全の保護のほか、個人人格の動的安全の保護を担うものである。
  ◎2 自己決定権としての人格権・プライバシーの内容と限界・・・他者の権利・自由との衡量 
自己決定権としての人格権・プライバシー、とりわけ人格の自由な展開に関する権利としてのそれは、その含意する内容が包括的・一般的であるばかりか、人格の展開としての自己決定が社会における他者(この者もまた、対等のレベルでの自己決定権その他の権利・自由を有している)の行動に対するコントロールにまで及びうるものであるために、他者の権利・自由との衡量(さらには、公共の利益も含めた衡量)のもとで自己決定権の内容と限界を確定することなく権利性を承認することは適切でない。
その意味で、人格権・プライバシーを自律権・自己決定権として捉えるときでも、「自己のライフスタイルの自己決定権」などという包括的・一般的権利をア・プリオリに承認すべきではない。
  ◎3 宗教上の信念に基づく自己決定権 
「エホバの証人輸血拒否事件」の最高裁判決:
最高裁は、宗教上の信念から絶対的無輸血の意思を有する患者に対し医師が手術をするにあたって十分な説明をせずに輸血をしたときに、患者の人格権侵害を理由とする不法行為責任(慰謝料請求権)が成立することを認めた。
「患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない」とされた。
患者が宗教上の信念からいかなる場合にも輸血を受けることは拒否するとの固い意思を有しており、輸血を伴わない手術を受けることができると期待して入院したことを医師らが知っていたのであれば、手術の際に輸血以外では救命手段がない事態が生じる可能性を否定し難いと判断した場合には、「そのような事態に至ったときには輸血するとの方針を採っている」ことを患者に説明し、入院を継続したうえで手術を受けるか否かを患者自身の意思決定に委ねるべきであったとされた。

「宗教上の信念に基づく人格権」に特化した判断枠組みを提示したものとみるのが適切。
最高裁H11.7.16:
職場において男性上司が部下の女性に対してその地位を利用して女性の意に反する性的言動に出た場合に、その行為の態様、行為者である男性の職務上の地位、年齢、被害女性の年齢、婚姻歴の有無、両者のそれまでの関係、当該言動のおこなわれた場所、その言動の反復・継続性、被害女性の対応等を総合的にみて、それが社会的見地から不相当とされる程度のものである場合には、性的自由ないし性的自己決定権等の人格権を侵害するものとして違法となる旨の判断をした原判決を是認した最高裁判決。
    ★第4章 故意・過失(p253)
        ◆第1節 過失責任の原則・・・帰責事由としての故意・過失
        ●T 帰責事由の意義 
        ●U 帰責事由の各種 
危険責任:危険源を社会生活にもちこみ(危険源の創設)、支配し、管理している
報償責任:問題活動から利益を得ている
保証責任(=保証約束が責任の根拠)
過失責任
        ●V 過失責任の原則の意義・・・行動の事由の保障 
過失責任の原則:みずからの行動について過失のない者は、みずからの行動により生じた結果について責任を負わなくてよいとの原則

私的生活関係のなかで個人の行動の自由を保障
        ●W 客観的帰責(客観的帰属)と主観的帰責(主観的帰属) 
過失が客観化され、故意もまた行為に対する評価と結び付けられて捉えられるようになった
⇒行為への帰責とは別に行為者への帰責として独自に問題とする余地があるのは、責任阻却自由としての責任能力のみ。
不法行為責任において主観的帰責が独自性を失った理由:
@意思と行為との連関を説くことで、行為者への帰責の問題が行為への帰責(客観的帰責)の問題に組み込まれた。
行為に対する無価値評価(不法評価)には行為者の行為意思に対する無価値評価(不法評価)が結びつけられ、これにより心理状態と外的行為に対する評価が一体化した。
A民事不法行為責任では、刑事責任と異なり、主観的過失が問題とならない。
        ●X 第1次侵害の帰責事由と後続侵害の帰責事由 
 
        ●Y 過失責任の原則と失火責任法の特別規定 
 
           
◆            ◆第2節 故意
  ●       ●T 故意の意義
    ◎1 伝統的理解 
@故意とは、権利・法益侵害の結果を認識し、かつそれを意欲ないし認容しつつ、その結果を実現するために行動することをいう。
A故意があるというためには、権利・法益侵害という結果の認識および意欲・認容が必要である。単に権利・法益侵害を認識していたというだけでは足りない。
B故意があるというためには、権利・法益侵害という結果の認識および意欲・認容というだけでは、問題の行為を故意の不法行為として評価するには十分ではない。その権利侵害が法的に許されないものであるという点についての認識、つまり違法性の認識が加わってはじめて、故意の不法行為としての評価が下される。
この意味での違法性の認識を欠く場合には、もはや故意の不法行為として評価することはできず、過失による不法行為としての評価を待つしかない。
    ◎2 出とう的理解の問題点
      ●U 意思責任としての故意責任 
故意不法行為の場合における帰責の根拠に意思を置くとしても、行為の際に単に結果発生の認識・認容があったということだけで行為者の損害賠償責任が導かれるわけではない。
故意責任とはいえ、最終的に責任を基礎づけるには、行為に対する無価値評価が必要。
      ●V 故意と過失の違い 
過失を客観的行為義務違反と捉える場合、体系的には、@権利侵害の認容・意欲という意思に帰責の根拠を置く故意と、A法秩序による命令規範・禁止規範に対する違反に帰責の根拠を置く過失とは、別個に取り扱われるべきと考えるのが分かりやすい。
@故意のみは帰責事由とされる場合がある。
一定の場合の債権侵害:故意のみ
営業秘密の開示・使用:悪意・重過失の行為者についてのみ
A取引的不法行為について、故意ないしは行為者の主観的悪性が認められる場合、契約・法律行為法で当該取引の効力につき特別の処理を予定していることがある。
ex.
詐欺、強迫、公序良俗違反の行為、無権代理・表見代理、代理権の濫用、民法177条に関連していわゆる配信的悪意者問題、民法424条の詐害行為
B損害賠償の範囲について、故意不法行為の独自性が認められるとういのが、最近の支配的見解。
故意については、過失による不法行為の場合とは異なり、権利侵害により発生したすべての損害が賠償範囲に入ってくる。
←結果発生を意欲・認容した者はその結果を被害者に転嫁することを許さないという価値判断のあらわれ。
慰謝料が高額になる点も指摘されるが、故意か過失かという質的違いとの論理必然的関係はない(慰謝料の多寡は、故意の内部、過失の内部での軽重にも左右される問題)。
C過失相殺について、故意不法行為のすべてまたは一部の場合については被害者に過失があっても斟酌はするべきではないということが、強調。
D倒産処理方上の特別の扱い。
      ●W 故意の種別 
        ◆第3節 過失・・・総論 
      ■第1項 問題の所在
      4つの観点からの議論が錯綜:
@過失とは意思緊張を欠いたという不注意な心理状態なのか、それとも適切な行動パターンからの逸脱なのか
A過失を単なる事実の問題として捉えるのか、それとも規範的評価に関する問題として捉えるのか
B過失の対象を結果の予見に求めるのか、それとも結果の回避に求めるのか。
C過失を行為者の個人的特性・能力を考慮に入れた行為への帰責という面で捉えるのか、それとも個人的特性特性・能力を捨象し、抽象的にとらえられる人(合理人・理性人)の行為(ないし意思的活動)に着目した行為への帰責という面で捉えるのか。
      ■第2項 過失論の変遷 
        ●T 起草段階の議論から通説の形成まで
        ●U 過失の規範化・客観化への道
        ●V 大阪アルカリ事件判決
        ◎1 大阪アルカリ事件 
Yは、民法709条の権利侵害行為であるには「不法性」を要件とするところ、たとえ他人の権利の客体に対し不利益な結果を生じたとしても、その行為が「不法性」を有しない「適法行為」であるときは、不法行為を構成しないと主張。
大審院:
化学工業に従事する会社その他の者がその目的たる事情によりて生ずることあるべき損害を予防するがため右事業の性質に従い相当なる設備を施したる以上はたまたま他人に損害を被らしめたるもこれをもって不法行為者として損害賠償の責に任セしむることを得ざるものとす。
        ◎2 大阪アルカリ事件大審院判決と過失論 
本判決は
@過失の中核をなすのが予見可能性ではなく回避可能性であること、
A過失の本質が意思緊張の県つじょという心理状態にではなく、適切な行動パターンからの逸脱にあることを示した最上級審判決。
適切な行動パターンからの逸脱をもって過失と捉える「過失の客観化」にm数尾つけて本羽kつの位置づけがされるのは、Wで述べる過失の客観化に向けた議論が活性した時期を待つ必要があった。
        ◎3 大阪アルカリ事件と「相当の設備」論 
「相当の設備」を基準に行為義務(結果回避義務)違反の有無を判断するという定式は、その後の裁判例においては機能していない。
差戻し後の控訴審は、形式的には「相当の設備」論に依拠しながら、本件当時における知識をもってしても、流出したガスを高く大気中に放散させるに適した高さを有する煙突を設置すれば、米麦に対し有害な作用を及ぼすことを防止することができたし、このような設備を設けることは、経済的にもさほど困難なことではないとし、工場側の責任を再び認めている。
      ●W 行為義務違反(結果回避義務違反)としての過失理解へ・・・客観的過失論の定着 
  今日、過失の単なる規範化を超えて、過失の本質を行為者の意思や心理状態に還元せず(内的注意に結びつけられた主観的過失概念からの解放)、もっぱら行為者の行為が法秩序に対し違反したとを捉えて過失とする立場(外的注意に結び付けられた客観的過失概念を採用する立場)が、多数の支持を得ている。
「「過失」とは、結果回避ないし防止義務に違反した行為であり、かつその前提として行為者に結果発生の予見可能性の存在ないし予見義務が予定されている行為として、規定される」

過失は、意志に対する非難としての過失という単純なものではなく、当該不法行為について法的保護を与えるかどうかという観点から種々の対立する利益を調節するための高度の価値判断そのものであり、そうした価値判断の結果として「損害の発生を回避すべき行為義務に反する行為」に対して過失ありとの評価がもたらされることになると説明される場合がある。
法秩序は社会生活に存在する社会的価値のなかから保護に値するものを抽出し、法益侵害惹起の危険性を最小限度に抑えるため、各社会構成員に注意義務として命令を発することで社会生活上必要な注意(作為、不作為)を分配しているところ、この注意義務に違反した行為が「過失ある不法行為」として評価されて損害賠償が認められる

過失を行為義務違反として把握する以上、具体的行為者の意思や心理状態は問題とならないことになる⇒行為に対する無価値評価(不法評価)と過失における評価が一体のものとなる。
          ●X 予見可能性扶養の過失論の登場・・・新受忍限度論
          ●Y 過失の行為義務化に対して抑制的な立場の登場 
      ■第3項 心理的責任論と規範的責任論
      ■第4項 主観的過失と客観的過失・・・不注意な心理状態と、適切な行動パターンからの逸脱 
      ●T 客観的過失論の骨子・・・「外的注意」としての過失
      過失による責任を規範的責任の観点から捉えた場合でも、なお過失ありとの非難がされるときに、@行為者の内心の注意・不注意という心理状態に注目して過失の有無を判断していくのか、それとも、A外部にあらわれた行動の適否という点に着目して過失の有無を判断していくのかという問題がある。
      過失から心理的事実を離脱させ、意思的要素を取り除くことにより、過失の客観化を指示する立場(客観的過失論)からの批判:
@過失が、意思に対する非難(意思責任)という単純なものにとどまりえない。
A結果の予見だけでは過失非難にとって意味がなく、行為者に対する命令・禁止規範は行為者の行為に向けられているのであって、過失の対象は結果回避義務(行為)に求められるべき。
B民事過失は一般標準人としての行為基準により判断すべきであって行為者の具体的個性・能力を基準とすべきでない。
C外部にあらわれた行為は行為者の一定の心理状態を前提とし、意思があってはじめて成立するもの⇒こうした意思の発現として行為を捉えて不法評価・過失非難をすれば足りる。
      ●U 客観的過失論の問題点・・・「外的注意」への限定 
        対@:既に心理的責任論から規範的責任論への移行の際に受容されていたことであり、過失から心理的事実・意思的要素を取り除くことを否定する理由にはならない
対A:客観的過失論の論者の多くも、結果回避義務(行為義務)の前提として結果発生の予見可能性を置くわけであるから、「結果予見だけでは過失非難に十分ではない」とういことの論拠としては適切であっても、過失から心理的事実・意思決定要素を放逐することの論拠としては十分ではない
対B:客観的過失か主観的過失かという区別と、抽象的過失か具体的過失かという区別を、混線したもの。
上記Cの指摘のように、行為者の意思(さらに表象)と、意思の発現形態としての外部的行動とは分離不可能であるところ、客観的過失論は、このこと・・・意思と行為との連関・・・を所与としつる、そのうえで、過失非難は、命令・禁止規範の対象としての外部にあらわれた行為についてされれば足り、行為者がどういう意思をもって行動したのかや、どういう認識のもとで行動したのかという点は行為に対する法的評価において無用のものと考えている点に、大きな特徴がある。
客観的過失論では、「内的注意・不注意」の問題を「外的注意・不注意」の問題にとりこんで、後者のレベルで過失を判断するという枠組みが、うかびあがる。
      ●V 本書の立場・・・「内的注意」と「外的注意」の総合体としての行為 
客観的過失論の枠組み自体は出発点において支持されるべき。

(刑事過失はともかく)民事過失で問われているのは、権利・法益侵害を惹起した行為を行為者に帰属させることが正当化されるかどうかという観点からの行為を行為者に帰属させることが正当化されるかどうかという観点からの行為に対する非難・無価値評価であって、行為者の人格に対する非難・無価値評価ではない。
行為者による「行為」を「目標設定→外界への認識→意思形成→意思決定→外部的行動」の総体・・・「内的注意」と「外的注意」の総合体・・・として把握し、これに法秩序の側からする命令・禁止の規範適用性を結びつけ、行為者による意思形成から意思決定を経て外部的行動を無価値評価・過失評価の対象とするのが一貫する。

内的不注意(意思緊張の欠如)の場合であろうが、外的不注意(適切な行動パターンからの逸脱)の場合であろうが、あるいは両者あいまってという場合であろうが、いずれも、上述した総体としての「行為」に対する評価の問題として・・・客観的過失論の枠組みを維持しつつ・・・捉えることになる。

「過失とは、経過回避ないし防止義務に違反した行為」であるといった客観的過失論の定式は、「行為」の意味を読み替えたうえで維持できる。
      ■第5項 過失判断の基準時・・・行為時 
行為時における科学技術に関する知見および経済的・社会的状態ないし社会通念に照らして行為者に期待可能な行為しか、法秩序は行為者に要求しない。
      ■第6項 過失判断の標準となる人・・・合理人 
    ●T 緒論・・・抽象的過失と具体的過失 
    ●U 合理人の類型化 
    ●V 合理人の能力・特性を超えた行為者の場合 
民事過失にあっては、過失の上限についても、合理人の能力・特性を、まず標準とすべき。
これ以上の能力・特性を要求することで、発生した結果を当該行為者に帰責するためには、契約や先行行為等により、行為者の主体的判断による責任加重を引き受け(平均を超える能力・特性の引受け)がされていなければならない。
       ■第7項 過失判断に際しての事前的判断と事後的判断
        過失を客観的に捉えるという場合に
A:行為者に要求すべき行為準則を、既に発生した具体的な結果からさかのぼって事後的・回顧的に確定していくか・・・「この特定の具体的結果を避けるためには、あの時点で行為者として何をなすべきであったか」という式の論法

〇B:行為時に身を置いて、ある特定の行為からどのような事象(潜在的な結果)が生じるかを考えて、事前的に確定していくか・・・「この行為からは、将来これこれの類型的結果が生じるおしれがあるから、行動を起こそうとする今の時点で行為者としてはこのようにすべきである」という式の論法

@法秩序が命令・禁止規範の形で作為義務・不作為義務を課すのは、これから行為をしようとする者に対し自由な行動を制約し、合理的な行動を義務付けようとするねらいがある(事前の行為規制とする点に、「行為義務」を立てる価値がある)
Aそれぞれの行為の進行段階において関連づけられる潜在的被害者側の潜在的利益が多様であるところ、行為者が行為をするにあたり必ずしも侵害された特定の権利・利益への保護をどうするかという観点から意思形成・意思決定をおこない、外部的行動をするものではない
      ■第8項 過失(行為義務違反)の判断基準(286頁)
      ●T 緒論 
        過失とは、人が社会生活をおくるにあたり、他人の権利を侵害したり、危険に陥れないために尽くすべきものとして法秩序により要求されている注意を尽くさずに行動すること、つまり、法秩序の命令・禁止に対する違反(客観的行為義務違反)を意味する。
過失は、他人の行為を評価対象として客観的過失であり、かつ法秩序により立てられた命令規範・禁止規範に対する違反として把握される規範的概念。
その根底には、社会生活における権利侵害の危険をどのように行為者と潜在的被害者群との間で振り分けるかという危険の割当てに関する価値判断が存在。
      ●U ハンドの公式 
        過失における行為義務違反(結果回避義務違反)の有無に関する判断に際しては、ハンドの公式を用いる考え方が有力。
@加害行為者の行為から生じる損害発生の危険の程度ないし蓋然性の大きさ(P)
A被侵害利益の大きさ(L)
B損害回避義務を負わせることによって犠牲をにされる利益(B)
「回避コスト(B)<損害発生の蓋然性(P)×被侵害利益の大きさ(L)」の場合に過失ありとするもの。

ここでPとLの考慮を経て、結果回避が必要かどうかが判断されたうえで、これに肯定的な解答がえられるときでも、なお「犠牲にされる利益」(B)と比較することによって、結果回避義務が否定される場合がある。
      ●V ハンドの公式に対する批判
      ●W ハンドの公式の修正・転換 
      ◎1 ハンドの公式自体の補正および妥当領域の限定
      ◎2 権利スキーマへの転換
        権利論レベルで、加害者が有する基本権被害者が有する基本権相互間の衡量をすることに優位性を認め、ハンドの公式で試みられた衡量を基本権相互の衡量因子へと置き換え、発展的に解消させていくもの。
過失責任の原則を採用⇒行為者の行動の自由を保障するという立場を表明。
他方、社会のなかでは、自由で対等な個人と個人が接触することにより、個人の権利と他者の権利との間で衝突・抵触がが生じることが避けられない。

国家は、自由で対等な個人相互間の権利を調整する必要がでてくる(権利観の衡量)。この限りで、個人の行動の自由(権利)も、他者の権利との関係で制約を受けることになる。
このような行動の自由に対する制約を個人に課すことを内容とする行為規範(命令規範・禁止規範)に対する違反行為が、不合理な行為とされ、過失と評価される。
個人の権利間の衡量を経て行為義務を設定するにあたっては、
@一方で、これから行われようとする行為者の行為が他者(潜在的被害者)のどのような権利と衝突・抵触する可能性があるか、また、この衝突・抵触が想定されうる権利(潜在的権利)の要保護性はどの程度かを考慮しつつ、
A他方で、これから行われようとする行為者の行為がどのような内容のものか、行為者の当該行動の要保護性はどの程度かを考慮したうえで、
B行為者の行為と潜在的被害者の潜在的権利とが衝突・抵触する頻度(確率)および程度を計算に入れつつ、行為者の行動の自がどこまで制約されるべきか・・・裏返せば、当該行為による潜在的権利者の潜在的権利への侵害がどこまで許容されるべきか・・・を判断することになる。
(ここでは、過剰介入の禁止・過少保護の禁止という憲法上の要請はたらく)
@ABの判断結果が「行為義務」として表現されることとなり、「行為義務違反」の有無、すなわち過失の存否に関する判断にとっての基礎・規準となる。
      ■第9項 結果発生の予見可能性 
      ●T 予見可能性の要否 
      ◎1 客観的過失論と予見可能性・・・回避行為の期待可能性としての予見可能性 
        多数説:客観的過失論を採用しつつ、結果回避義務(行為義務)を課すには、行為者が結果発生の具体的危険を予見すべき。

結果発生を予見できない場合には、行為者に対してもそもそも結果の防止行為・回避行為をすることが期待できない。

行為者に対し結果回避のための行為(作為・不作為)を求める命令規範・禁止規範があって、これら規範に適合した行為が行為者に義務づけられているとはいえ、そのような規範に適合した行為をしなかったとして権利・法益侵害の結果を行為者に帰責するためには、当該行為をすることが期待可能な状況が存在しなければならないと考え、このようないわば適法行為の期待可能性の要件として予見可能性が必要。

適法行為の期待可能性という要件・・・主観的過失論では「有責性」に位置づけられていたもの・・・が、予見可能性という形で、客観化された過失の前提としてとりこまれ、合理人の予見可能性を基準として判断される。
      ◎2 予見可能性不要論 
        予見可能性を要求することが適切か否かという点にあるのではなく、むしろ、結果発生の具体的危険が存在得るところでなければ、結果回避義務(行為義務)を設定できないのかという点にある。
         
      ●U 予見の対象・回避の対象としての「結果」
        過失の要件のもとでおこなわれているのは、行動の自由という加害者の権利と、予想される潜在的被害者の権利の衡量であり、この意味で、互いに衝突しあう当事者の権利の限界を確定する作業。
⇒問題とされる「結果」は、損害ではなく、権利
      ●V 予見可能性の前提・・・行為者の事理弁識能力 
        事理弁識能力を欠く場合には、その者が当該行為をしたということはできない。
⇒この者の過失を問うことはできない。
        事理弁識能力:自分がこれから何をしようとしているのかということについて認識できる能力。
        一応の目安としては、取引における意思能力(6歳程度)より低い4〜5歳程度の知的成熟度で足りる。
      ●W 予見可能性の規範化
        予見義務(情報収集ほか事前の思慮の義務)を尽くせば予見することのできた結果については、行為者には結果発生の具体的危険につき予見可能性があったものとされる。
そのうえで、結果回避義務の有無が吟味され、最終的な過失判断に至る。
      ●X 予見義務の「行為義務」(結果回避義務)化・・・「事前の思慮」への拡張
        情報収集義務あ、未知の危険に対し危険の徴表となる事実を探知するための事前の思慮をすべき義務のひとつとして受け止められ、認識・予見レベルでの行為義務(結果回避義務)そのものとして捉えることができる。

結果発生の具体的危険が予見でいる場面での行@為義務と並んで、結果発生の抽象的危険が存在してる段階で、既に、A具体的危険を探求するための行為義務として、予見義務(情報収集ほか事前の思慮の義務)が課されている。

重ねてさらなる結果回避義務違反の有無を問題とすることなく、行為者の過失を導くことができる。
         
      ■第13項 過失の主張・立証責任 
        ●T 規範的要件としての過失 
「過失」とは評価そのものであって、事実ではない

過失があったこと自体が主張・立証責任の対象となるのではなく、
過失があったとの評価を根拠づける具体的事実(過失の評価根拠事実)、およびその評価にとっての障害となる具体的事実(過失の評価障害事実)が、ともに主要事実として主張・立証責任の対象となる。
        ●U 主張・立証責任の負担者としての被害者
民法709条の「過失」については、被害者が主張・立証責任を負う。
○多数説:
結果の予見・回避の全般にわたり過失があったとの評価を根拠づける具体的事実(過失の評価根拠事実)について被害者が主張・立証責任を負担し、他方、結果の予見・回避の全般にわたり過失があったとの評価を妨げる具体的事実(過失の評価障害事実)について加害者が主張・立証責任を負担する。
「被害者が過失の主張・立証責任を負担する」というのは、過失の評価根拠事実面に照準を合わせた説明ということになる。
「結果発生の具体的危険に関sんする予見可能性があった」との評価を基礎づける具体的事実も、「結果回避義務違反があった」との評価を基礎づける具体的事実とともに、瑕疵具の評価根拠事実となり、
これに対する抗弁としての過失の評価障害事実についても、「結果発生の具体的危険に関する予見可能性があった」との評価を妨げる具体的事実が、「結果回避義務違反があった」との評価を妨げる具体的事実とともに、評価根拠事実を構成する。
        ●V 過失責任の原則の動揺と、過失の主張・立証責任への影響 
        ◎1 緒論
過失責任の原則は、近代資本主義経済社会において、個人の経済的取引の自由・企業活動の自由を保障するもの。
        ◎2 過失についての主張・立証責任の転換・・・無過失の抗弁 
 「規範的要件としての過失」という枠組みでは、「加害者が合理人の注意を尽くしたとの評価を根拠づける具体的事実」についての主張・立証責任を・・・被害者側からの損害賠償請求に対する抗弁(無過失の抗弁)として・・・加害者側が負い、これに対して「加害者が合理人の注意を尽くしたとの評価を妨げる具体的事実」についての主張・立証責任を・・・無過失の抗弁に対する再抗弁として・・・被害者側が負う
@運行供用者責任に関する自動車損害賠償保障法3条ただし書:
免責要件:「自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと」
A特許法103条(意匠法40条、商標法39条)に、過失の推定規定。
B責任能力者の監督義務者の損害賠償責任を定める民法714条1項ただし書前段:
通説は、監督義務者の責任を自己責任(みずからの監督上の過失を理由とする監督義務者自身の損害賠償瀬金)と捉えたうえで、監督上の過失についての主張・立証責任が監督義務者に転換。
C金融商品取引法:有価証券届出書や発行登録書等に不実記載がある場合に、一定の要件のんもとで、当該有価証券届出者(発行者)の役員等に対し、発行市場における有価証券取得者に対する損害賠償責任を課して売る。
この責任では、不実記載についての過失の主張・立証瀬金が役員側に転換。
    ◎3 過失についての事実上の推定 
過失についての主張・立証の転換にまで至らなくても、間接事実の積み重ねから明らかなとなる当該事件の経過をもとに、経験則に照らせば、当該事件において過失の評価を根拠づける事実があると推認することで、被害者の証明困難を救済。

加害者としては、合理人の注意を尽くしたとの評価を根拠づける具体的事実の立証に成功しなければならないのではなく、典型的事象経過に関連づけられた経験則の適用を裁判官が思いとどまるべき状態、つまり真偽不明の状態にまでもちこめばいい。
○インフルエンザ予防接種事件:
担当医師が適切な問診をつくなあ無かったために禁忌者の識別ができなかったときは、担当医師は「結果を予見しえたものであるのに過誤により予見しなかったものと推定するのが相当である」とした判決。
but
ここで問題となった問診義務違反の事実は、もはや事実上の推定というレベルのものではなく、端的に過失があったとの評価を根拠づけるもの。
「医師が医薬品を使用するにあたって右文章(医薬品の添付文書(能書))に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される」(最高裁H8.1.23) 
医師は具体的な患者を前にして治療行為の一環として医薬品を投与するわけで、その患者の生体反応j次第で必ずしも添付文書に絶対に従わなければならないわけではない⇒「医師が医薬品の添付文書に記載された標準的投与方法と違った投与をした」との事実自体は、「医師に過失があったことを根拠づける事実」とはいいきれない。
but
「医師が医薬品の添付文書に記載された標準的投与方法と違った投与をした」との事実から、裁判官が、経験則に照らして「その医師には診療にあたり過失があった」との心証を抱き、その結果として「加害者に過失がある」との事実を真実と認めることにより加害者に対する損害賠償請求が認められるということになれば、まさに、これが事実上の推定にあたる場合。
過失の「一応の推定」が論じられる場合
@間接事実からの推認(経験則による心証形成)レベルの、過失についての事実上の推定がされる場合が含まれているほか
A過失判断における主要事実である評価根拠事実れべるで主張・立証責任のルールを実質的に変更し、「ある前提事実が存在する場合に、特段の事情が認められないかぎり(特段の事情の存在についての立証責任は相手方にある)、規範的評価としての過失があることを価値判断の問題として擬制した場合も含まれている。」
         
◆             ◆第4節 過失・・各論(人身侵害について)
      ■第2項 交通事故 
    ●T 前注・・・運行供用者責任と民法709条の損害賠償責任 
●      ●U 交通事故における過失責任
 
  交通事故が発生した場合に加害者が道路交通法規を遵守していたとい場合(保護法規違反がない場合):
⇒具体的危険の存在およびそれへの予見可能性と結果可能性、さらに講じられるべきであった結果回避措置が吟味。
「加害者の行為義務違反+予見可能性」という判断枠組が基調。
予見可能性は、加害者を免責するための事情として、いわば免責事由化している。
予見可能性の有無は、内心的状態という意思緊張面からではなく、異常事態を前提としていかなる措置が行為者に期待可能かという観点から吟味されている場合が少なくない。
  ◎信頼の原則 
信頼の原則:刑法で展開をみた理論で、「行為者がある行為をなすにあたって、被害者あるいは第三者の不適切な行動によって結果が発生したとしても、それに対しては責任を負わない」とする原則。
道路交通事犯では、「あらゆる交通関与者は、他の交通関与者が交通秩序にしたがって適切な行動に出ることを信頼するのが相当な場合には、たとい他の交通関与者の不適切な行動によって結果が発生したとしても、これに対しては責任を負わない」とする原則。
but
「信頼の原則」などという特定の思想(不法行為観)に基礎を置く立場からでなくとも、行動の自由を原則として保障されている行為者(加害者)の自由を制約する禁止規範・命令規範を立てるにあたり、被害者として潜在的に想定される者たちの権利・法益が置かれうるいかなる状態を想定すればよいかという観点のもと、行為者からみての権利・法益侵害に対する具体的危険とその予見可能性の問題として処理すれば足りる。
     
     ★第5章 責任設定の因果関係(故意・過失行為と権利・法益侵害との間の因果関係)
        ◆第1節 責任設定の因果関係と損害範囲の因果関係・・1個説と2個説
        ●T 緒論 
        ●U 因果関係1個説
        ●V 因果関係2個説 
@加害行為(故意・過失のある行為)と権利・法益侵害との間の因果関係と

権利・法益侵害の結果を加害行為に帰することができるかという意味で責任を設定するという目的のためにその前提として要求されるもの。
A権利・法益侵害と損害との間の因果関係

権利侵害から派生する不利益のうちどこまでを賠償範囲に組み入れるかという意味で、賠償範囲を画定するという目的のためにその前提として要求
        ◆第2節 因果関係としての「行為」
        ■第1項 伝統的立場 
        ●T 因果関係=自然科学的意味または社会的意味における因果系列 
        ●U 不作為不法行為における因果関係 
        ◎1 不作為の「行為」性の承認 
        ◎2 因果関係判断における不作為不法行為の特徴
まず法的な作為義務を先行させ、「作為義務を尽くした行為がされたならば、問題の結果が生じなかったであろう」場合に因果関係を肯定。
        ■第2項 伝統的立場に対する批判
        ●T 不行為の「行為」性の否定・・・目的的行為論 
        ●U 不作為不法行為における因果関係理解への疑問・・・作為不法行為と不作為不法行為の異質性 
        ●V 因果関係=自然科学的意味または社会的意味における因果系列とみることへの疑問・・・作為不法行為と不作為不法行為の同質性 
      ■第3項 小括 
          ●T 因果関係の起点・・・規範違反の行為:法的無価値(反価値)評価を経た「不作為」・「作為」
          ●U 不作為不法行為における作為義務・・・過失における行為義務(結果回避義務)との同質性
過失(行為義務とその違反)に関する判断がまずおこなわれ、その判断の際に権利・法益を危殆化しないために一定の作為が命じられるとき、すなわち、規範的要請が「命令」規範という形で記述されるとき、その規範に対する違反をもって、加害者の態様が「不作為」と評価される。
          ●V 因果関係判断における作為不法行為と不作為不法行為の同質性・・・因果関係判断に対する過失判断の先行 
Uの判断枠組みは、作為不法行為の場面でも妥当。
        ◆第3節 「行為」の結果との因果関係(その1):伝統的立場・・・相当因果関係
        ■第1項 総論
        ■第2項 条件関係(p348)
        ●T 不可欠条件公式
        ◎1 不可欠条件公式の意義
学説は、条件関係の判断にあたり、「あれ(原因関係)なければ、これ(結果)なし」という関係が認められれば「この原因行為から、この結果が発生した」という因果関係の存在が認められるという理解を基礎にすえる(=不可欠条件公式)。

A社の工場の排煙からXのぜん息の症状が生じたという条件関係があるかどうかは、「A社の工場の排煙がなかったとしたならば、Xのぜん息の症状が発生しなかったであろう」という関係が肯定されるか否かにより判断。
        ◎2 付け加え禁止 
「Aの自動車がXをひかなかったとしても、後続のBが運転する自動車によりXがひかれたであろう」
仮定的原因(Bの自動車運転行為)を付け加えることで条件関係を否定することはできない。
        ◎3 因果関係の断絶を理由とする因果関係の否定 
ex.Aの運転する自動車にひかれて右足を骨折して入院していたXが、Bにより銃撃して死亡。⇒Aの自動車運転行為とXの死亡という結果との間には条件関係がない。

因果関係の断絶は、第三者の行為が行為が介在した場合であって、この第三者の行為が加害者の行為に対する関係で独立性が強く、また第三者の自律的な判断・決定によるところが大きい時に認められる。
ex.Aが致死量の毒薬を飲ませた後、Xが死亡する前に、Bにより銃撃されて死亡。

第1の行為により実現されるべきものと考えられる結果と、第2の行為により実現された結果とが等価である場合についても、同様の因果関係の断絶が認められるべき。
        ●U 不可欠条件公式に対する批判と合法則的条件公式 (p349)
条件関係を不可欠条件公式のもとで判断することへの批判:
@「Pという原因からQという結果が発生した」ということが問題となるときに、ここで問われているのは、Qという結果の発生にとってPが十分条件か否か
これに対し、不可欠条件公式は、「PなければQなし」という公式のもと、Qという結果にとってPが必要条件であるかどうかを判断する公式で異なる。
A実際の民事裁判例においても、不可欠条件公式から因果関係を肯定するという単純な事実認定がされているものではない。
むしろ、条件関係の判断としては、当該具体的事件において、どのような事態の経過をたどって最終的な権利侵害の結果に至ったのかを、個別的な介在事情をも位置づけながら積極的に確定する点に、因果関係を論じる意義がある(合法則的条件公式)。
〜発生した具体的な結果からさかのぼっていって、帰責対象たる行為に到達することができる場合に、因果関係が肯定されるという点こそが重要。
合法則的条件公式は、ドイツ刑法学では通説で、我が国の刑法学でも有力にとなえられている。
不可欠条件公式を説く論者らも、「Pがあれば、Qがなかったか」とうい点に関する判断を行う際に、「Pがあれば、Qがある」との法則の存在を前提としたうえで、現実の事態がこの法則に適合するか否かの判断の結果を「Pがなければ、Qがなかったか」という言明の形で表現しているものとみることもできる。
不可欠条件公式:「Pがなければ、Qがなかった」
合法則的条件公式:「Pが原因となって、Qが生じた」
        ●V 条件関係における法則性・・・「自然的因果関係」との異同
不可欠条件公式によるものであり、合法則条件公式によるものであれ、具体的事件における条件関係の存否判断の際に規準となる「法則」とは、純粋に自然科学的なものではなく、また人間の非合理的な行動可能性を捨象したものでもなく、われわれの歴史的・経験的な知見をも考慮に入れて確認される原因と結果の間の論理的結合をあらわしたもの。
        ■第3項 因果関係の「相当性」
        ●T 法的因果関係としての相当因果関係
条件関係が存在すれば足りる⇒帰責の範囲が著しく広がってしまう⇒責任成立範囲を因果関係のレベルで限定するために登場したのが、相当因果関係の理論。
        ●U 法的相当性の内実・・結果の「異常性」か、法的価値判断か?
A:即物的に捉えて当該結果が当該行為にとって「異常な」ものといえるかどうか。
○B:被害者・加害者間での衡平や当該行為を禁止・命令する損害賠償規範の目的・機能を考慮に入れて「法的」相当性を判断する立場。

結果に対する行為の影響力・寄与度(結果の回避可能性)に関する法的・規範的判断をおこなうのが法的相当性の場。
        ●V 責任限定のための「相当性」判断 
        ◎1 責任限定のための「相当性」判断 
伝統的理解:
相当因果関係の理論は、条件関係(事実的因果関係)の成立が認められる局面において、帰責の問題を考えるうえですべての原因が結果の発生にとって等価値のものではないとの理解を基礎にして、結果発生にとって法的に重要な原因を法的に重要でない原因から分離する試みの一環として展開。
        ◎2 「相当性」が問題となる場面 
        ○2−1 行為当時における特殊事情の存在 
行為当時に特殊な事情が存在したために、権利・法益侵害の結果が発生した場合。
ex.医療過誤、公害、自然災害の関与する不法行為その他原因競合事例。
第三者の行為、自然現象、被害者の特異体質等。
        ○2−2 行為後における特殊事情の介入・・・第1次侵害から波及した後続侵害 
介在してきた特殊事情の予見可能性(異常性)と、この特殊事情の結果発生に対する影響力・・・別の観点からみれば、先行する不法行為の危険性が結果を実現したかどうか・・・を基準に、因果関係の相当性を問う。
ex.交通事故によって軽微な障害を負った被害者が、事故の後に精神的疲労等が重なり、自殺するに至った場合、交通事故と自殺との間に相当因果関係があるとしたうえで、被害者の心因的要因(素因)が自殺に寄与している点を考慮した賠償額を減額するという手法を用いた原審の判断を是認した最高裁判決(H5.9.9)。

交通事故による後遺症が重篤なものではなかったものの、事故の精神的衝撃とその長期にわたる持続、補償交渉の滞りなどから被害者が災害神経症状態におちいり、その状態から抜け出せないまま自殺に至ったという事件につき、「自らに責任のない事故で傷害を受けた場合には災害神経症状態を経てうつ病に発展しやすく、うつ病にり患した者の自殺率は全人口の自殺率と比較してはるかに高い」ことをも考慮して、事故と被害者の自殺との間に「相当因果関係」があるとしたうえ、自殺に被害者の心因的要因も寄与しているとして相応の減額をした原審の判断を是認したもの。

経験則に照らし因果経過の通常性を広く捉えたもの。
最高裁H12.3.24で、うつ病のり患と自殺との間に因果関係があることが経験則して確認されている点も考慮。
交通事故による負傷の後に被害者を治療した医師の過失により人身被害が拡大した場合にも、交通事故につき責任を負う加害者等が医師の過失(医療過誤)により拡大した結果についても責任を負うのかという問題を巡り、相当因果関係の概念を用いて処理する裁判例が多い。
        ●W 責任拡張のための「相当性」判断 
        ●X 相当性判断の規準
相当性の判断規準としていかなる時点のいかなる事情を考慮するか?
A:主観説
B:客観説
C:折衷説:行為当時に一般人が認識・予見することのできた事情および行為者が特に認識・予見していた事情に基づいて相当性を判断すべき。
        ◆第4節 「行為」と結果との因果関係(その2):相当因果関係批判・・・事実的因果関係説 
        ●T 事実的因果関係の理論・・・過去に生じた事実の復元としての因果関係判断
相当因果関係のもとで行われているのは、因果関係の存在を前提としつつ責任原因を考慮して賠償範囲を制限するという政策的価値判断であり、「損害賠償の範囲は因果関係によって定まる」という命題は、わが国では法技術的=理論的意義を有しない。
因果関係の要件は、賠償の責任主体者が現実に損害を惹起したことを要するという事実の問題を扱うものであり、そこでは、損害賠償請求の不可欠の前提として、「生じた損害が誰の行為を『原因』として生じたか」が問われることになる。
        ●U 賠償範囲の確定問題の位置づけ・・・因果関係と帰責判断の分離
事実的因果関係は、損害賠償請求の不可欠の一前提であるが、
損害賠償請求の可否は、・・・これに続けて、発生した結果を原因行為に帰して、行為者にその結果発生についての責任と問うことができるかどうか(帰責の正当性)の判断を経て、はじめて、賠償請求の可否が定まる。
        ●V 客観的帰属理論との共通性 
民法における客観的帰属論:
@事実的=論理的関係としての因果関係
A行為に対する結果の帰属(帰責)に関する判断
@は事実的因果関係の確定に尽きる
Aは、行為との間で事実的因果関係があるとされた結果を当該行為に帰属(帰責)させることの可否およびその範囲を判断し、決定するため、行為規範に対する違反についての評価が行われる・・結果の帰属(帰責)は規範の意味と射程によって決まる。
        ◆第5節 事実的因果関係説批判・・・因果関係のなかの評価的要素 
        ●T 緒論 
        ●U アメリカと日本の裁判制度・訴訟手続の創意からみた事実的因果関係説批判 
        ●V 事実的因果関係を先行判断することに対する批判 
        ●W 「事実」と「規範的評価」(「政策」)との区分に対する批判・・・因果関係概念の規範的・評価的性質 
        第6節 本書の立場 (p362)
        ●T 承前・・事実的因果関係と相当因果関係における「因果関係」概念の異同
@まず行為と結果との間に条件関係があるかどうかを判断したうえで、
A条件関係ありとされたもののうち、行為と結果との間の法的・規範的連関を認めることができるもののみについて行為者の責任を問うというプロセス。
A:相当因果関係説は、上記の2段階の審査を通ったものについて「因果関係」要件を肯定。
B:事実的因果関係説は、条件関係の審査のみを「因果関係」要件で行い、故意と結果との間の法的・規範的連関を認めることができるかどうかの審査を「因果関係」とはj別の要件、すなわち「保護範囲」とか「規範の保護目的」内の結果か否かという要件に委ねる。
        ●U 因果関係判断における評価的要素・・・「危険の現実化」に対する評価と、「帰責」を内容とする法的評価の異質性 
因果関係判断の評価要素の介在について、問題は、評価的要素が何であるか、いかなる観点からの評価なのかという点にある。
相当因果関係ないし法的因果関係として因果関係をとらえる立場⇒ここでの評価的要素を、もっぱら結果に対する行為の法的・規範的関連づけを正当化する要素。
but
因果関係での評価として問題とされてきたものには、
@原因行為から生じた危険が権利・法益侵害という結果として実現したかどうかの判断(危険の現実化に関する評価)
Aこの判断を経たうえで、当該行為を原因として生じた権利・法益侵害の結果についてこれを行為者に帰責することが正当化されるかどうかという観点からおこなわれる法的・規範的価値判断(帰責を内容とする法的評価)
@は事実認定の問題、Aは法的評価の問題。
A:相当因果関係の理論が「条件関係」と「相当性」という枠組みの基礎に置いているのは「@+A」の判断構造。
B:「事実的因果関係+保護範囲(規範の保護目的)」という枠組みで問題を捉える立場からは、@は「因果関係」の要件でAは「保護範囲」(規範の保護目的)の要件で、扱われている。
vs.
@とAで異質な観点からの評価⇒@とAは分けて考えるべき。
行為者の行為を権利・法益侵害に関連付ける際の評価には、次の2つのものがある:
@この権利・法益侵害とは、加害者の行為の危険性が現実化したものと評価することができるか(=危険実現面での結果と行為の連結のみを想定した評価)
Aその権利・法的侵害は、加害者の命令規範・禁止規範に違反する行為に帰するものと評価することができるか(=客観的帰属(規範の保護目的)の問題)
@は「因果関係」要件の担当する問題であり、行為の危険が結果として実現したかという観点から行われる過去に生じた事実の復元という事実認定を扱う。
Aは、「因果関係」とは別の要件、すなわち、命令規範・禁止規範が当該結果にまで及ぶかどうかという点に関する法的評価を扱う要件(「規範の保護目的」の要件)のもとで扱う。
        ●V 合法則的条件公式による因果関係判断 
        ◆第7節 因果関係の判断規準時および判断対象 
        ●T 事実審口頭弁論終結時説・・・事実的・回顧的観点での特定の行為と特定の結果との連結
        ●U 行為時説・・・事前的観点での類型的行為と類型的結果との連結 
        ◆第8節 原因競合と因果関係 
        ●T 緒論 
複数の原因が競合して権利・法益侵害を発生させたときに、権利・法益侵害と行為者の行為との間の因果関係を肯定することができるか。
        ●U 必要的競合 
Aの加害行為によりXの権利・法益侵害が生じた場合に、他原因Bが介在し、かつ、Bの介在なしにはXの権利・法益への侵害は生じなかったであろう場合(必要的競合)。
〜不可欠条件公式でも、合法的条件公式でも、因果関係の断絶の問題が生じる。
        ●V 重畳的競合 
        ●W 択一的競合 
        ●X 関連問題・・・自然力の関与と因果関係 
        ◆第9節 因果関係の立証責任 
        ■第1項 高度の蓋然性 
高度の蓋然性とは、心証度にしておよそ80%程度と考えられている。
        ◆第2項 因果関係の立証責任の緩和・軽減
        ●T 緒論
        ●U 蓋然性説 
        ●V 確率的心証の理論 
        ●W 因果関係の立証責任の転換 
        ●X 因果関係についての事実上の推定(間接反証説) 
間接事実の積み重ねにより復元される当該事件の客観的な経過をもとに、「経験則に照らせば、当該事件において因果関係の要件事実に該当する主張事実がある」と推認する・・被害者は因果関係の立証に成功したとする・・ことで、被害者による証明困難を救済するもの。

上記意味での間接事実の存在が被害者によって立証されれば、加害者に因果関係ありと事実上推定され、加害者の側で、経験則の適用を排除する特段の事情(別の原因事実により権利侵害が生じたことを示す事情)を立証(反証)することで、因果関係の存否についての裁判官の心証を動揺させるようにせまられる。
因果関係の事実上の推定が機能するためには、間接事実の積み重ねにより復元される当該事実の経過が、裁判官による経験則の適用を正当化するだけの典型性を有している必要がある。
また、因果関係の立証責任が転換されているわけではない⇒加害者としては、因果関係の不存在を基礎づけるj具体的事実の証明に成功しなければならないのではなく、あくまでも、典型的事実経過に関連づけられた経験則の適用を裁判官が思いとどまる状態、つまり真偽不明の状態にまでもちこめばよい。
        ●Y 疫学的因果関係 
        ◎1 意義
疾患の原因を人間集団のレベルで観察・解明し(集団的因果関係)、ついで、これを基礎として特定の個人とし問題の疾患との間の個別的因果関係を解明するというもの。
臨床医学・病理学から原因または発症のメカニズムがまだ明らかにされていない場合に活用されてきた。
疫学4要件として:
@問題の因子(要因、作用物質)が発病の一定期間前に作用するものであること、
Aその因子の作用する程度が著しいほど、その疾病のり患率が高まること、
Bその因子の分布消長から、ありのままに観察・記録・考察された自然界における流行の特性が矛盾なく説明可能なこと
Cその因子が原因として作用するメカニズムが生物学的に矛盾なく説明可能なこと
        ◎2 疫学的因果関係の考え方に対する批判 
        ◎3 疫学的因果関係の限界
        ◎4 疫学的因果関係の変容・・・割合的因果関係論との接続 
        ■第3項 医療における延命的利益と因果関係・・・権利・利益の拡張と因果関係の証明殿軽減 
        ●T 議論の出発点・・・権利・法益侵害と因果関係 
        ◎1 問題の所在 
患者に既往症があったときや、末期症状の患者であった場合は、仮に医師に診療上の過失があると評価されても、生命・身体・健康侵害と過失行為との因果関係がないとされる場合がある。
        ◎2 適切な診療を受けることへの期待権(期待利益) 
⇒別の権利・利益をとりあげて、請求を立てていく方法。
「適切な診療を受けることへの期待権(期待利益)」
        ●U 判例の展開・・・独自の法益としての「延命利益」 
        ◎1 最高裁平成11年判決・・・因果関係の立証面での軽減処理
医師の診療過誤と、死期がせまった患者の生命侵害との因果関係の立証について、患者側の負担の軽減。
「医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば、医師の右不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。患者が右時点の後いかほどの期間生存し得たかは、主に得べかりし利益その他の損害の額の算定にあたって考慮されるべき事由であり、前記因果関係の存否に関する判断を直ちに左右するものではない。」

A:「生命侵害」の概念を、「生命機関の喪失」という量的観念として把握していた従前の理解を維持したうえで、「死亡の時点において生存していた可能性」という、「生命」とは異なる新たな法益(法的保護に値する利益)を作り出したのか、
B:「生命侵害」の意味を「死亡の時点において生存していた可能性」の意味で捉えなおしたうえで、「高度の蓋然性」の立証が事実上不可能である点を考慮し、証明度の軽減をはかることにより、医療過誤と生命侵害との間の因果関係の立証面での軽減を導いたものか
見解が分かれた。
        ◎2 最高裁平成12年判決・・・延命利益(生存可能性)の喪失 
端的に患者の延命利益(生存可能性)、すなわち、「患者がその死亡の時点において生存していた相当程度の可能性」を709条の権利・法益として捉えることを承認。
709条の権利・法益として延命利益(生存可能性)が問題となるのは、最高裁H11年判決の意味での診療上の過失と「生命」侵害(死亡)との間の、緩和された、因果関係すら認められないときに、なお「生命」とは別法益である延命利益(生存可能性)を権利・法益として逸失利益賠償・慰謝料賠償を導くという考慮が働く場合だけ。
        ◎3 最高裁平成15年判決・・・重大後遺症事例への拡張
「重大な後遺症」が患者に残ったケースでも、「重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性」を709条の権利・利益と捉えることで、逸失利益を含めた賠償可能性が肯定。
★第6章 規範の保護目的・・・権利・法益侵害と故意・過失行為との関連づけ(上p386)     
        ◆第1節 規範の保護目的説・・・基本的考え方 
        ●T 基本的な考え方 
規範の保護目的説:
「およそ、あらゆる義務と規範は一定の利益領域を保護対象として内包しているのであって、行為者は、この保護された範囲内の利益侵害についてのみ責任を負えば足りる」との立場
⇒違反された行為規範によって保護された範囲内に具体的侵害結果が帰属する場合にのみ、損害賠償義務の成立が正当化される。
        ●U 規範の保護目的の対象 
        ◎1 「損害」とみる立場 
被害者に生じた損害を起点として、この損害と行為者の行為との間の事実的因果関係(条件関係)を画定したうえで、次に、事実的因果関係ありとされた損害について、この損害を回避することが禁止・命令規範の保護範囲内に入っているかどうかを判断。
        ◎2 「権利・法益」とみる立場(潮見説)
規範の保護目的の対象となっているかどうかが判断されるのは被害者の権利・法益であるとする立場。
@被害者の権利・法益が不法行為規範の保護目的に入っていたかどうか
A問題の権利・法益が不法行為規範の直接の(第1次的な)保護目的とされていなくても、直接の(第1次的な)保護目的とされた権利・法益に対する侵害(「第1次侵害」)から生じた特別の危険の実現としての権利・法益侵害(「後続侵害」)であれば、当該不法行為規範の保護目的内のものとして不法行為法による保護の対象としてよい。
〜因果関係2個説を基礎としたもの。
@被害者のもとでの権利・法益侵害の有無、責任設定規範の内容とその違反、さらに権利・法益侵害と規範違反行為との間の因果関係(責任設定の因果関係)の判断を経たうえで、
A侵害対象となった問題の権利・法益が規範の保護目的内にあるかどうかが判断。
Bそれらの要件を充たしたとき、賠償されるべき損害およびその内容を判断するにあたっては、侵害された権利・法益の金銭的価値が評価。
この評価は、規範の保護目的・保護範囲の判断とは、論理的には無関係。
        ●V 規範の保護目的論と相当因果関係論 
規範の保護目的論では「侵害された権利・法益が、規範の保護目的に入るか否か」という法的・規範的価値判断に焦点があてられる。
これまでに相当因果関係論が析出してきた「相当性」の判断基準も、その多くは、こうした規範の保護目的該当性を判断するための因子への置き換えを通じて、新たな意味を盛られることになる。
規範の保護目的の範囲内かどうかを判断するにあたっては、従来、「相当性」の判断で行われてきた考慮と同様、
@規制事由に関連づけられた行為者の後遺への規範的要請を立てることにより、どのような権利・法益を保護しようとしていたのか(ただし、故意・過失にかかかる判断である)を画定したうえで、
A実際に侵害された権利・法益が@で示された権利・法益に該当するのかを検討することが重要となる。
        ◆第2節 権利・法益侵害と規範の保護目的(上p390) 
        ●T 第1次侵害の対象となった権利・法益と規範の帆と目的・・・故意・過失からの義務射程
        ある者の行為により他人の権利が侵害され(=第1次侵害)、さらにこの権利侵害を契機として別の権利が侵害される(=第2次侵害)という権利侵害の連鎖という状況が生じることが少なくない。
第1次侵害については、故意・過失が帰責事由として要求される。
@故意について:
加害者は、権利侵害を意欲ないしは認容して行為⇒この行為がもたらした第1次侵害については、「異常な事態の介入」の結果として生じたものを除き、加害者が引き受けるべき。
A過失について:
第1次侵害の帰責について、過失における行為義務の遵守がいかなる潜在的結果を想定して法秩序により要請されているのかどうかが決定的。

法秩序の命令・禁止が具体化した行為義務の射程範囲に入る第1次侵害⇒過失で行為した者の負担。
そうでない⇒因果関係が認められたとしても、直ちに行為者の負担となるものではない。
B故意・過失を要件としない不法行為(無過失責任が採用されている不法行為):
第1次侵害にとって、無過失責任を定めた個々の法規定が危険責任・報償責任を課すことによっていかなる権利・法益の保護をはかろうとしたのかに関する評価が決定的。
ある種の第一次侵害については、規範の保護目的という要件を立てる必要のない場合もある。
@各種の人格権や営業権のように、その権利の領域に影響を与えているか、または与えるおそれのある行為(潜在的侵害行為群)および行為者(潜在的侵害行為者群)を想定し、この製剤的行為者がもつ権利(「行動の自由」・「思想・表現・信条の自由」など)、場合によっては公益的・公共的価値との相関的な衡量を経てはじめて、権利に割り当てられた内容と権利の外延(=権利としての要保護性)が確定されるものがある。
Aこのなかでも、そもそも相関的衡量をおこなう際の因子(規準)すら確立しておらず、個別具体手恋な事案ごとに被害者の地位の要保護性が確定されるものもある。

これらの権利・法益にあっては、権利・法益侵害があったかどうかを判断する際に、同時に、行為者の行為に対する無価値判断(故意・過失の有無に関する評価)もされている。
⇒権利・法益侵害要件と別途に故意・過失要件を審査する必要はなく、規範の保護目的という要件を別に立てる必要もない。
        ●U 後続侵害の対象となった権利・法益と規範の保護目的・・・・危険性関連 
        後続侵害(第2次侵害)については、第1次侵害が行為者に帰責されることが確定されれば、これを行為者に帰責するにつき、改めて後続侵害自体に関する故意・過失を問題とする必要はない。

第1次侵害の結果について行為者が責任を負うべきであるという評価のなかには、行為者へのさらなる独立の規範的要素(命令・禁止)を待つまでもなく、第1次侵害によって作り出された特別に危険が通常の経過をたどって展開して権利侵害の範囲を連鎖的に拡大していった結果についても第1次侵害の行為者が引き受けるべきであるとの、帰責に向けての評価(価値判断)が組み込まれている。

ある後続侵害が第1次侵害により生じた特別の危険の実現であれば、この後続侵害について行為者に帰責することができる。
「特別の危険」であることを要求。

日常生活のなかで一般的に生じる危険(日常生活危険・一般生活上の危険)については、それが違法と評価される行為(ないし事態)により惹起されたものでない限り、被害者が負担すべきであるとの考慮。
        ○例
交通事故の被害者の近親者が外国に滞在している際に、この者が被害者の看護のために往復するのに要した旅費相当額について、被害者が自己の被った損害として賠償請求した事件。
〜それが社会通念上相当であり、かつ被害者がこの近親者に償還すべきものである場合には、通常生ずべき損害にあたる(判例)。

民法416条の類推適用問題として処理されているが、交通事故による負傷の結果として、間接被害者に生じた独立の経済的損失(法益侵害)が直接被害者に生じたい第1次侵害と危険性関連に立つ侵害と評価できるかが問われたもの。
不動産の仮差押えの申立ておよびその執行が債務者に対する不法行為となる場合において、債務者が仮差押解放金を供託してその執行の取消しを求めるため、金融機関から資金を借り入れ、あるいは自己の資金をもってこれに充てることを余儀なくされたとき、仮差押解放金の供託期間中に債務者が支払った借入金に対する通常予想しうる範囲の利息および自己資金に対する法定利率の割合に相当する金員を、不法行為により債務者に通常生じる損害に当たるとしたもの。

民法416条の類推適用問題として処理されているが、経済的損失(借入利息相当額ほかのエコノミック・ロス)を、不当な仮差押申立ておよび執行を第1次侵害とする後続侵害としてとらえ、第1次侵害により生じた危険の特別の実現であるかどうかを問うべき。
売買契約の目的物に対する仮差押えの申立てが不法行為になる場合において、売主がこの仮差押えにより売買契約を履行することができず、買主に違約金を支払ったため1000万円相当の損害を被った場合。
交通事故で負傷した者が、運び込まれた病院・診療所での医師の過失により死亡したり、障害が拡大したりした場合に、後続侵害につき、第1次侵害である傷害との間の相当因果関係を認めて、交通事故加害者に(病院側と連帯して) 死亡や障害の拡大による損害の賠償責任を負わせたもの。
人身事故による負傷後に被害者が自殺した場合。
           
           
★★第3部 不法行為による損害賠償・・責任障害要件(および関連する制度)
★第1章 責任能力     
           
           
           
           
           
★第4章 法令または政党業務に基づく行為と責任阻却(456頁)
        ●法令
        ●正当業務 
当該行為を業務として遂行することが許容されているということから、直ちに当該行為により生じた権利侵害を正当化するということは帰結できない。
最近の学説や判例:
医療行為⇒患者の承諾をも責任阻却のための付加的条件としてあげ
スポーツ競技中の事故⇒原告として違法性がないとの構成よりもむしろ、危険を回避するための行為義務違反の有無を正面から問題にする傾向。

正当業務行為という範疇が責任阻却の一般的枠組みとして維持できない。
正当業務行為として論じられてきた問題は、故意の存否判断または過失における行為義務(結果回避義務)の確定という一般問題にたちもどり、
危険への接近ないし危険の引受けの有無と範囲、被害者側からの行為期待、当該行為をした者の属するグループの平均的な技術水準を測定する際の判断規準のなかに解消すべき。
一般的に容認された遊戯中に生じた児童の事故につき、特段の事情がない限り違法性が阻却されるとした判決(最高裁昭和37.2.27、「鬼ごっこ事件」)についても、ここから、「遊戯中の事故については、社会通念を逸脱しない限り、違法性が否定される」というような内容や、被害者の同意があればよいという内容をもつ責任阻却の一般命題へとしあげていくのはいきすぎ。
           
           
           
           
★★第5部 複数行為者の不法行為     
★第1章 共同不法行為
        ◆第1節 問題の所在 
        ◆第2節 共同不法行為制度の存在意義 
        ◆第3節 「共同の行為」と連帯責任の意味 
        ◆第4節 共同不法行為の類型化 
        ◆第5節 共同不法行為に対する本書の基本的立場 
        ◆第6節 関連共同性・・・「共同の行為」を導く要件 
        ■第1項 総論 
        ■第2項 主観的共同と客観的共同 
        ●T 緒論 
        ●U 起草当時の考え方 
      ■第3項 関連共同性の客観的判断(客観的共同説) 
        ■第4項 関連共同性の主観的把握(主観的共同説)
        ■第5項 本書の立場・・・「主観的共同」類型と「客観的共同」類型の併存 
      □第1目 背景
        □第2目 権利・法益侵害(ないし損害惹起)への意思関与が存在する場合:共同不法行為・・・主観的共同類型 
権利・法益侵害ないし損害を惹起することについて意思的関連が存在する場合については、「共同の行為」であること、したがって関連共同性を認める点に、ほぼ争いがない。
(客観的関連共同性で足りると主張する学説も、客観的関連共同性を十分条件としており、必要条件としているのではない。)
〇意志的関与が存在する場合 
@権利・法益侵害ないし損害の発生をめざして共謀した場合(共謀型)

加害行為をなすことにつき共通の意思がある場合には、共謀という非難されるべき意思の関与が存在⇒各人の行為と権利・法益侵害ないし損害との間の個別的因果関係を問題とすることなく、共謀者は発生した損害について賠償責任を負うべき。
Aある者の行為が他の者の行為とあいまって権利・法益侵害ないし損害が発生すること、または発生する危険性があることを認識しつつ、あえてその行為をする場合(認識・認容型)

共謀にまで至らない場合でも、他人と共同して行為をしていることを認識・認容して行為した者は、共同行為であることを認識しつつそれをあえておこなった者はそこから生ずべき結果を認容したものと解されるがゆえに、共謀の場合と同様に責任を負うべき。
B教唆・幇助をした場合(教唆・幇助型)

719条2項に該当する行為も、同条1項前段の共同不法う行為の一種。
(かつては、不法行為と客観的に関連しないが、責任を加重させるために特別に共同行為者とみなしたものと理解されていた。)
        □第3目 権利・法益侵害(ないし損害惹起)への意思的関与が存在しない場合・・・客観的共同類型 
        ●T 基本的考え方 
        ●U 寄与度を理由とする減免責の抗弁を許さない全部連帯責任の類型・・・「強い関連共同性」 
 
        ●V 「強い関連共同性」のある共同不法行為と、「著しく小さな寄与」(寄与度の微小性)を理由とする分割責任の抗弁 
        ●W 関連問題(再論)・・・・寄与度を理由とする減免責の抗弁を許す全部連帯責任の類型:「弱い関連共同性」類型 
           
        ◆第7節 教唆者・幇助者と共同不法行為(p172) 
        ●T 教唆者・幇助者の意義 
民法 第719条(共同不法行為者の責任)
数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。
2 行為者を教唆した者及び幇助した者は、共同行為者とみなして、前項の規定を適用する。
教唆者:他人に不法行為の決意を生じさせた者のこと
教唆者に被害者の権利・法益侵害についての故意があった場合のみならず、過失があった場合も含む。
幇助者:他人が不法行為をするのを容易にする行為をした者のこと。
幇助者に被害者の権利・法益侵害についての故意があった場合のみならず、過失があった場合も含む。
「教唆」・「幇助」のいずれも、規範的・評価的な概念。
        ●U 民法719条の2項の意味 
        ◎1 起草時の理解・・・創設的規定としての民法719条2項 
教唆者・幇助者については、侵害結果と教唆・幇助行為との間に相当因果関係は認められないけれども、このような者をも連帯責任に取り込むため、(相当因果関係での)擬制をしたのが同条2項。
        ◎2 現在の理解・・・・確認的規定としての民法719条2項
民法719条2項前段の「共同の行為」につき主観的共同のみならず客観的共同をも含めるならば、教唆者や幇助者の行為については。同条1項前段の「共同の行為」に含まれる。
⇒同条は確認的規定にすぎない。
        ●V 他者の行為に関与した者の民法709条に基づく不法行為責任・・・「間接侵害」・「間接的行為者」をめぐいる問題 
教唆者・幇助者、広くは他者の行為に関与した者の行為を民法719条の問題とせず、この者の単独不法行為と捉え、民法709条のもとで、損害賠償を負わせることも可能。
最高裁昭和62.1.22:
中学生グループの1人が線路のレールに置き石をして列車が脱線転覆⇒実行行為者と事前にその動機となった話合いをし、これに引き続いてされた実行行為の現場に居合わせた・・・しかし、当該具体的実行行為については認識も共謀もなかったし、「見張り」をしていたわけでもない・・・者につき、「実行行為と関連する先行行為に基づく事故回避措置義務の違反」を理由に民法709条による損害賠償をみとめられたものがある。
〜この者の行為を、具体的実行行為をした者との「共同不法行為」とか「幇助行為」として処理していない。
民法709条に基づく単独不法行為という枠組みのもとでは、損害帰責にあたり、「他者の、ある行為を幇助した」から損害賠償責任を負うという枠組みで法律構成がされていない点が重要。
他者の行為が適法行為であっても、その者の行為に関与した者の行為が故意・過失ある不法行為と評価され、損害が帰責されることもありうるが、その一方で、単独不法行為と評価される者の行為それ自体について、権利・法益侵害についての故意・過失、この者の行為と被害者の権利・法益侵害との間の因果関係(個別的因果関係)、被害者の権利・法益侵害がこの者の禁止・命令規範の保護目的の範囲内に該当することといった709条の要件を充足することが要求される。
           
           
        ◆第8節 共同不法行為の効果