シンプラル法律事務所
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大量懲戒請求訴訟での不当判決

第1 事案

正確な事実関係と法的主張は、上告受理申立理由書をご覧願いたいが、本件は、多くの弁護士に対し約1000件(960件)もの大量懲戒請求がなされ、懲戒請求をされた弁護士が、懲戒請求者に対して損害賠償請求を行った事案で、裁判所は大量懲戒請求を受けた弁護士らに、実損をはるかに超える法外な損害賠償請求を認容した。
事実経緯は以下のとおり。

平成28年2月7日、北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、自由民主党は「北朝鮮による弾道ミサイル発射に対する緊急党声明」(乙7)を行い、同年3月29日、文部科学大臣は、朝鮮学校について、北朝鮮と密接な関係を有する団体である朝鮮総聯が教育内容等に影響を及ぼしていることを前提に、補助金の趣旨・目的に沿った適正かつ透明性にある執行の確保と、住民への情報提供の実施を求める「朝鮮学校に係る補助金交付に関する留意点について」の通知(以下「文科大臣通知」という。)を発出(乙2)。

文科大臣通知に対し、東京弁護士会会長は4月22日「朝鮮学校への適正な補助金交付を求める会長声明」を発出し(乙4)、日弁連会長は7月29日に「朝鮮学校に対する補助金停止に反対する会長声明」を発出し(乙5)(以下「両会長声明」という。)、文科大臣通知の撤回等を求めた。

両会長声明に対して、本件ブログ運営者が、インターネット上のブログにおいて、一審原告らを含む弁護士を対象弁護士とする懲戒請求を募るとともに、懲戒請求書のひな形を用意し、それをダウンロードする等して記入して日本再生大和会(以下「本件団体」という。)に郵送するよう求める(乙9参照)とともに、家族友人への協力依頼を求めた(乙2参照)。

その結果、集まった合計960件の懲戒請求書が東京弁護士会に提出された(平成29年11月13日に590件、同年12月13日に369件、平成30年10月1日に1件)。これらは、本件ブログ運営者が用意したひな形によるもので、一審原告らを含む18名を対象弁護士とし、懲戒事由を「違法である朝鮮人学校補助金支給要求声明に賛同、容認し、その活動を推進することは、日弁連のみならず傘下弁護士会および弁護士の確信的犯罪行為である。利敵行為としての朝鮮人学校補助金支給要求声明のみならず、直接の対象国である在日朝鮮人で構成されるコリアン弁護士会との連携も看過できるものではない。この件は別途、外患罪で告発しているところであるが、今般の懲戒請求は、あわせてその売国行為の早急な是正と懲戒を求めるものである。」とする(甲1)ものであった。

東京弁護士会は、上記のうち959件(平成30年東綱第3645〜4603号)について、平成30年4月19日に綱紀委員会に調査開始を命じ(甲4)、綱紀委員会は翌20日に「懲戒委員会に議案の審査を求めない」と議決し(甲2)、東京弁護士会は26日に「被調査人らを懲戒しない」と決定し(甲3)、翌27日、上記議決書及び決定書が一審原告らに送達され、一審原告らはそれにより懲戒請求を受けたことを知った。

一審原告らは、懲戒請求者に対して損害賠償を請求する(甲7等)とともに、令和3年4月21日付訴状により(960名のうち)892名を被告とし、各一審原告に対する懲戒請求1件当たり33万円(と遅延損害金)を求める損害賠償請求訴訟を提起したところ、それらは分離され、東京地裁の各部に配転された。

第2 受任した時の感覚

懲戒請求を受けた弁護士らが、損害賠償請求訴訟を提起し、懲戒請求者が敗訴する判決が相次いでいたが、一審原告らが損害を被っていない以上、法外な損害賠償請求は認められるべきでない。

第3 争点

主たる争点は次のとおり。
@    懲戒請求の違法性(人種差別かどうか)
A    損害と損害額
B    弁済の絶対効(他の懲戒請求者による弁済により消滅したか)

第4 大量懲戒請求が人種差別によるものとは言えないこと

大量懲戒請求を受けた弁護士らによる情報発信等により、大量懲戒請求に参加した人たちは人種差別主義者であるというイメージが固定し、私が、懲戒請求者側の代理人として関与した時点では、大量懲戒請求は人種差別であり違法であるという司法判断が定着していた。そして、控訴審(東京高裁)も、本件各懲戒請求は1審原告らの民族的出自に着目し、差別的意図に基づいて敢えて行われたものと判断した。 

しかしながら、大量懲戒請求の背景にあるのは、日弁連/弁護士会の政治団体化である。日弁連/弁護士会は強制加入団体であり、政治団体ではない。にもかかわらず、「死刑制度に反対」「憲法9条の改正に反対」「安全保障関連法に反対」「朝鮮学校に対する補助金停止に反対」「内閣総理大臣の靖国神社参拝に反対」といった、あたかも(共産党や立憲民主党といった)左派政党のような声明を発出してきた。

本件の会長声明についても、北朝鮮による日本人拉致問題や弾道ミサイル発射等を背景に、自民党が「北朝鮮による弾道ミサイル発射に対する緊急党声明」を行う中、朝鮮学校への補助金交付について、適正なものとすることを求める文科大臣通知に賛同する弁護士もいるはずであるが、日弁連と全国の弁護士会は、文科大臣通知に反対する声明を発出したもので、弁護士の中にも、強制加入団体である日弁連や弁護士会が、このような政治的な声明を行うことに反対する人も少なからずいる。 

当然であるが、北朝鮮による日本人拉致問題や弾道ミサイル発射等を背景として、(朝鮮学校への補助金交付について、適正なものとすることを求める)文科大臣通知に賛同することは「人種差別」ではない。そして、本件ブログ主の呼び掛けにこれだけ多くの人が賛同したのは、強制加入団体であり政治団体ではないはずの日弁連/弁護士会が、文科大臣通知に反対する政治的声明を行うことがおかしいとする考えに正当性があるからである。 

人種差別とは「人種又は民族に係る特定の属性(以下「民族的属性」という。)を理由」とするものであるが、北朝鮮による日本人拉致問題や弾道ミサイル発射という北朝鮮の具体的な行為を背景に、強制加入団体である日弁連/弁護士会が文科大臣声明の撤回等を求める声明を発出することは不当であるとして、その会員弁護士への懲戒請求を行うことは、@北朝鮮の行動とA日弁連/弁護士会の行動を理由とするもので、民族的属性を理由とするものではなく、人種差別に当たらない。

第5 損害と損害額

本件は合計960件の懲戒請求がなされ、綱紀委員会は、調査を命じられた日(平成30年4月19日)の翌日(20日)に、一審原告らに対して特段の資料の提出等を求めずに懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とする議決をし、東京弁護士会は、その6日後(26日)に、懲戒しない旨の決定をしたもので、一審原告らが懲戒の手続に付されたことを知った時(27日)には懲戒の手続が結了していた。つまり、一審原告らには何の実損も生じていない。かかる事実関係において、控訴審(東京高裁)は、懲戒請求1件当たり10万円の慰謝料を認定した。これは、当該懲戒請求が単独でなされたのであれば妥当な判断といえるかもしれないが、本件は、同一内容の懲戒請求が960件なされた事案であり、懲戒請求1件当たり10万円の慰謝料を認めることは、各一審原告につき、総額で9600万円(=10万円×960件)の慰謝料を認めることを意味し、それが「被害者が被った現実の損害の補填を目的とするわが国の不法行為損害賠償制度の基本原則ないし基本理念」(乙1(潮見)76頁)と相容れないことは明らかである。
ちなみに、交通事故での死亡慰謝料の金額は2000万円〜2800万円とされており、それとの比較においても、法外な金額であることがわかる。 

@平成29年11月13日に590件、同年12月13日に369件の懲戒請求が提出⇒そのうち1件づつの懲戒請求による損害事実は認識できないし、ある懲戒請求による損害事実と別の懲戒請求による損害事実を区別することは不可能。
A本件で存在するは、大量懲戒請求によって生じた(不可分の)損害事実。
控訴審のように個々の懲戒請求による損害事実について損害を認定するのではなく、大量懲戒請求による不可分の損害事実についての損害を認定するアプローチが正当。

960件の大量懲戒請求において、懲戒請求1件当たりの(数額としての)損害額は、959件の懲戒請求に1件を加えることにより生じる損害(=960件の懲戒請求による損害と959件の懲戒請求による損害の差額≒0)となるが、それは、独立の損害事実として認識できるものではなく、大量懲戒請求による損害を懲戒請求件数で割ることで算出される損害計算の結果である。

第6 弁済の絶対効(他の懲戒請求者による弁済により消滅したか)

控訴審は、民法719条前段の共同不法行為を否定し、弁済の絶対効を否定した。
しかし、共同不法行為(=強い関連共同性の存在)の成立が、弁済の絶対効が認められる条件ではない。 

@強い関連共同性⇒民法719条前段の共同不法行為
A弱い関連共同性⇒民法719条後段類推適用⇒寄与度減責の抗弁を認める連帯責任
B重合的競合(累積的競合)+損害が不可分一体⇒民法719条後段類推適用⇒寄与度減責の抗弁を認める連帯責任 

本件は(多数の懲戒請求者を通じて、本件ブログ運営者の意思が実現したという意味で)@という判断もあり得るが「強い関連共同性」がないとして@に当たらないとしても「弱い関連共同性」は認められる⇒Aの寄与度減責の抗弁を認める連帯責任となる。
本件は、重合的競合(累積的競合)+損害が不可分一体の場合でもある⇒Bの寄与度減責の抗弁を認める連帯責任となる。

以上、@かABかで、寄与度減責の抗弁の可否についての違いはあるが、いずれにしても連帯責任となり、弁済の絶対効が認められる。 

一審原告らとは異なる当事者(弁護士)に対する大量懲戒請求についての損害賠償請求事案であるが、大阪高裁も以上の考えを採用し「本件の事案が、共同不法行為を構成するか、競合的不法行為を構成するかのいずれかであるとするなら、総損害から控除されるべき弁済受領額を秘して加害者に損害賠償請求をすることには問題がある」として(同訴訟の一審原告に対し)「本件の懲戒請求を認識した後、懲戒請求者から、本件に限らず、懲戒請求を原因とする損害賠償として受領した金銭の内容(判決、和解を問わず、件数と金額)」を明らかにするよう求めた(乙35)(同事件は、弁護士側による控訴取り下げと債権放棄で終了した(乙36))。

第7 最高裁の判断放棄

本来であれば、@本件大量懲戒請求が人種差別と評価されるべきか、A大量懲戒請求による損害をどう評価するか、B弁済の絶対効の可否について、最高裁が法的判断を示すべきであるが、最高裁が上告を受理せず、それらについての判断を示さなかった。 

法律論としては、争点A(損害と損害額)と争点B(弁済の絶対効)が重要であるが、争点@(懲戒請求の違法性(人種差別かどうか))について、問題があるのは、強制加入団体でありながら、偏った政治的声明を発出してきた日弁連/弁護士会にあり、(それをおかしいと判断した)懲戒請求者にあるわけではなく、ましてその懲戒請求は人種差別を意味するものでないことを指摘しておきたい。 

判決と上告受理申立理由書を掲載するので、最高裁が判断を行わない以上、民法学者の方に、法的検討を行って頂きたい。
(問合せ等があれば、連絡(kawamura@simpral.com)願いたい。)

資料
主張  上告受理申立理由書
判決  一審判決
懲戒請求1件につき3.3万円と遅延損害金を認める。
 控訴審判決
懲戒請求1件につき11万円と遅延損害金を認める。
 上告審決定
上告審として受理しない。