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R3.5.17最高裁判例解説

★判決要旨
 
 
     
 ★解説(p802)
  ☆第1 事案の概要(p802) 
  ◆1 建設アスベスト訴訟の概要 
  ◇(1) 本判決の事案の概要と第一小法廷の他の判決 
     
  ◇(2) 建設アスベスト訴訟の下級審判決(p803) 
  ■ア 地裁判決 
  ■イ 高裁判決 
     
  ◇(3) 本判決の主な論点
     
  ◆2 事実関係等及び関係法令の要点(p805)
     
  ◆3 第1審判断の概要(p815) 
     
  ◆4 原審の判断の概要(p816) 
    原審(東京高裁平成29年10月27日)
     
  ◇(3) 建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求について(p820)
  ■ア 
  ■イ(p822) 
    加害者として特定された複数の者の行為がいずれもそれのみで他人の権利又は法律上保護される利益を侵害する結果を惹起し得るものでない場合には、全ての加害者が特定され、他の加害者が存在しないことが立証されなければ、損害全体についての因果関係の推定の基礎が欠け、民法719条1項後段を類推適用する基礎を欠く。
    ・・・石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚(「中皮腫以外の石綿関連疾患」)にり患した本件被災大工らの損害賠償請求については、・・・・同項後段の類推適用によって損害賠償責任を負うということはできない。
    被告エーアンドエーマテリアルらは、民法709条に基づき、各被告の損害発生に対する寄与度に応じた割合による分割責任を負うと解するのが相当である。
     
  ◆5 上告受理申立て理由の概要(p823) 
     
  ◇(2) 原告らの上告受理申立ての理由について 
     
  ■イ 被告建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求について (p825)
    原判決が「加害者として特定された複数の者の行為がいずれもそれのみで他人の権利又は法律上保護される利益を侵害する結果を惹起し得るものでない場合には、全ての加害者が特定され、他に加害者が存在しないことが立証しなければ、民法719条1項後段を類推適用する前提を欠く。」旨判示したことについて、単独惹起力がない場合であっても重合的競合ないし累積的競合の場合に当たるとして同項後段の類推適用を認めるべきであり、原判決の上記判断に法令違反がある。
     
  ☆第2 本判決(p825)
  ◆1 概要 
     
     
  ◆3 建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求について(p833) 
  ◇(1) 民法719条1項後段の要件について 
    民法719条1項は、「数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。」と規定するところ、同項後段は、
複数の者がいずれも被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為を行い、
そのうちのいずれの者の行為によって損害が生じたのかが不明である場合に、
被害者の保護を図るため、公益的観点から、因果関係の立証責任を転換して、
上記の行為を行った者らが自らの行為と損害との間に因果関係が存在しないことを立証しない限り、上記の者らに連帯して損害の全部について賠償責任を負わせる趣旨の規定。
    ・・・・以上によれば、被害者によって特定された複数の行為者のほかに被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為をした者が存在しないことは、民法719条1項後段の適用の要件。
     
  ◇(2) 石綿関連疾患にり患した大工らに対する民法719条1項後段類推適用による責任について(p834) 
  ■ア 中皮腫にり患した大工らについて 
    複数の者がいずれも被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為を行い、そのうちのいずれの者の行為によって損害外生じたのかが不明である場合には、被害者の保護を図る公益的観点から規定された民法719条1項後段の適用により、因果関係の立証責任が転換され、上記の者らが連帯して損害賠償責任を負う。
本件においては、被告エーアンドエーマテリアルらが製造販売して本件ボード三種が上記の本件被災大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられているものの、本件被災大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は、各自の石綿粉じんのばく露量全体の一部であり、また、被告エーアンドエーマテリアルらが個別に上記の本件被災大工らの中皮腫の発症にどこ程度の影響を与えたのかは明らかでないなどの諸事情がある。
そこで、本件においては、被害者保護の見地から、上記の同項後段が適用される場合との均衡を図って、同項後段の類推適用により、因果関係の立証責任が転換されると解するのが相当。

・・・・その行為の損害の発生に対する寄与度に応じた範囲で損害賠償責任を負うというべきである。

被告エーアンドエーマテリアルらは、民法719条1項後段の類推適用により、中皮腫にり患した本件被災大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負うと解するのが相当。
     
  ■イ 石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した大工らについて(p835) 
     
    ・・・上記のマーケットシェアが、上記の本件被災大工らの石綿関連疾患の発症に与えた影響の程度にそのまま反映されるものとはいい難く、被告エーアンドエーマテリアルらがその発症に個別にどの程度の影響を与えたのかは明らかでないというべきである。
     
  ☆第3 説明(p837) 
     
     
  ◆1 建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求について(p853) 
  ◇(1) 問題の所在 
     
     
  ◇(2) 学説の状況(p854) 
  ■ア 共同不法行為の制度趣旨
  □(ア) 今日の学説の概況 
    民法719条1項について:
複数の行為が関与する場合に因果関係を推定する(「擬制」も含む広い意味での推定)規定
前段:一定の強度の(強い)関連共同性がある場合
後段:択一関係あるいは弱い関連共同性がある場合
に因果関係の(広い意味での)推定を行う。
  □(イ) かつての通説
     
  □(ウ) 民法起草者の説明 
     
  ■イ 民法719条1項前段の共同不法行為(p856)
    民法719条1項前段:
関連共同性が認められる場合に、共同行為と損害との間に因果間j系があれば足り、各人の行為と損害との間の事実的因果関係が不要となる規定。
     
  ■ウ 民法719条1項後段の共同不法行為(p857)
  □(ア) 通説 
    民法719条1項後段:
択一的競合関係(複数の行為者のうちいずれかの行為によって損害が発生したとことは明らかであるが、いずれの行為が原因であるかは不明)の場合適用がある。
同項後段が適用されるためには「加害者であり得る者が特定でき、ほかに加害者となり得る者は損害罪ないこと」(「他原因者不存在」)が要件となる。
  □(イ) 少数説 
     
  ■エ 民法719条1項後段の類推適用(p857) 
  □(ア) 問題の所在 
   
  □(イ) 類推適用を肯定する見解
  ●a 大村 
    共同不法行為が問題となり得る場面を主に3つの類型に分類。
@行為協働型
A加害者不明型
B結果同一=寄与度不明型

「B結果同一=寄与度不明型」について、複数の行為者がある同一の結果を引き起こしているが、2つの行為が全くの偶然によって競合したわけではなく、そこには何らかの関連共同性(弱い関連共同性)が認められるという場合に、全て民法709条としてよいか?

大阪地裁H3.3.29(西淀川公害訴訟第一次訴訟判決)をあげ、弱い関連共同性があり寄与度不明の場合にも、1項後段を適用(類推適用)することは許される。
  ●b 内田 
    4類型:
@加害行為一体型
A損害一体型
B独立不法行為競合型
C加害者不明型

損害一体型には1項後段を類推適用。
ex.
企業ABCが別々に有害な廃液を川に流し、その結果下流で農作没に被害。
被害に一体性があって(どれが誰の加害行為の結果か分からない。)、個々の加害行為が損害との関係でどこまで事実的因果関係があるか分からないケース(全損害について因果関係があるかもしれず、一部についてのみかもしれず、ゼロかもしれない)。
部分的には因果関係があるだろうと思われるのに、どの程度かを立証できないため、全額賠償責任が生じないことになるのは、1項後段の適用の場合(択一的競合の場合)と比べてアンバランス⇒1項後段の類推適用が当てはまる。
  ●c 前田
    @共同行為型
A加害者不明・択一的競合型
B寄与度不明・累積的競合型

Bの例:
企業ABCが煤煙を排出し、累積・一体化した損害を地域住民に与え、ABCのどの企業についてどこまでXの損害との因果関係があるか不明。

民法709条の原則では、ABCそれぞれの個別的因果関係を被害者が立証しなければならない。
but
Xに累積・一体化して生じた損害についてそのような立証をするのは困難⇒719条1項後段の考え方を及ぼす。

ABCがそれぞれ個別的因果関係の不存在ないし寄与度の立証に成功すれば、減免責されることはあり得る。
  ●d 淡路 
     
   
     
  □(ウ) 類推適用を否定する見解 
  ●a 潮見 
     
    競合的不法行為(複数の不法行為の競合)と捉えつつ、「寄与度」の立証が被害者にとって困難な場合に、「寄与度」の主張立証責任を行為者側に転換することにより被害者の救済を図ることを認めている。
     
  ●b 平井
     
  ●c 前田 
     
     
  ■オ 寄与度減責(p864)
    不法行為における損害賠償額の減額調整の1つとして、寄与度減責。
     
     
     
     
     
     
  ■カ 競合類型論 
  □(ア) 概観
     
  □(イ) 前田 
     
    a 必要条件的競合 
    b 累積的競合:
複数の全部惹起力のない原因が累積して1つの損害が全部発生した場合
     
    c 択一的競合
    d 重畳的競合
    e 部分的重畳的競合
    f 累積的競合・択一的競合不明型
     
  ◇(3) 判例の状況(p869) 
  ■ア 最高裁判決 
  □(ア) S43.4.23
     
  □(イ) H13.3.13 
     
  ■イ 下級審判決 
  □(ア) 津地四日市S47.7.24 
     
  □(イ) 大阪地裁H3.3.29 
     
  ◇(4) 建設アスベスト訴訟において、建材メーカーの不法行為責任を認めた下級審判決 
  ■ア 
     
  ■イ 
     
  ■ウ 
     
  ◇(5) 本判決(p877)
  ■ア 民法719条1項後段の趣旨について
     複数の者がいずれも被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為を行い、被害者の保護を図るため、公益的観点から、因果関係の立証責任を転換して、上記の行為を行っていた者が自らの行為と損害との間に因果関係が存在しないことを立証しない限り、上記者らに連帯して損害の全部について賠償責任を負わせる趣旨の規定

行為と損害との間に因果関係が存在しないことが立証された場合には、行為者は責任を免れる。
     
  ■イ 民法719条1項後段の要件について 
    被害者によって特定された複数の行為者のほかに被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為をした者が存在しないこと

他原因者不存在を要件とする通説と同じ立場。
・・・仮に、上記の複数の行為者のほかに被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為をした者が存在する場合にまで、同項後段を適用して上記の複数の行為者のみに損害賠償責任を負わせることとすれば、実際には被害者に損害を加えていない者らのみに損害賠償責任を負わせることになりかねず、相当ではない。
    複数の者がいずれも被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為を行ったことも、同項後段の適用の要件と解している。
     
  ■ウ 民法719条1項後段の類推適用について 
    民法719条1項後段の類推適用を肯定。
  ●類推適用は、どのような要件の下で認められるか? 
◎  原判決:
被告エーアンドエーマテリアルらの行為が、それのみで、中皮腫以外の石綿関連疾患を発症させるものであったとは認められず、他に加害者となり得る者が存在することも明らか⇒民法719条1項後段の類推適用を否定し、民法709条に基づく寄与度に応じた割合による分割責任を肯定。

複数の加害行為に単独惹起力のな場合に、民法719条1項後段の類推適用をするためには、他原因者不存在を要件とする。
本判決:
類推適用において、他原因者不存在は要件ではない。
  原判決:
中皮腫にり患した大工らのとの関係:
本件ボード三種を製造販売した企業らの集団的寄与度である3分の1の範囲内で民法719条1項後段を適用し、大工らの各損害の3分の1について連帯責任を負わせる判断。

中皮腫以外の石綿関連疾患にり患した大工らとの関係:
民法709条に基づく寄与度に応じた割合による分割責任を肯定。

中皮腫にり患した場合中皮腫以外の石綿関連疾患にり患した場合とで、共同不法行為の成否等について異なる判断。 
本判決:
いずれの場合についても、民法719条1項後段の類推適用を肯定し、被告エーアンドエーマテリアルらは、本件被災大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負う。

同項後段の適用について、通説の立場に立ち、同項後段の適用は中皮腫にり患した場合についても肯定できないとし、類推適用の場面では異なる扱いをすべき事情はないと考えた。
  本判決:
累積的に石綿粉じんに暴露し、石綿関連疾患にり患したことや
@本件被災大工らは、建設現場において、本件ボード三種を取り扱っていたこと
A本件ボード三種のうち、 被告エーアンドエーマテリアルらが製造販売したものが、本件被災大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられていたこと
B本件被災大工らが、本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんののばく露量は、各自の石綿粉じんのばく露量全体のうち3分の1程度であったこと
C本件被災大工らの石綿関連疾患(中皮腫、石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚)の発症について、被告エーアンドエーマテリアルらが個別にどの程度の影響を与えたのかは明らかでないこと

本件のいて民法719条1項後段の類推適用により、本件被災大工らの各損害の3分の1について、被告エーアンドエーマテリアルらが連帯して損害賠償責任を負うために、重要な前提ないし考慮要素となっている。
  本判決:
同項後段の趣旨について:
「被害者の保護を図るため、公益的観点から、因果関係の立証責任を転換」するものと説示
類推適用の場面でも、
「被害者保護の見地から、・・・・同項後段が適用される場合との均衡を図って、同項後段の類推適用により、因果関係の立証責任が転換される」と説示。

因果関係の推定の効果を認める。
 
  ■エ 寄与度の限度での損害賠償責任について(p884) 
    本判決:
本件においては、本件被災大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんばく露量は、各自の石綿粉じんばく露量全体の一部にとどまるという事情⇒被告エーアンドエーマテリアルらは、こうした事情等を考慮して定まるその行為の損害の発生に対する寄与度に応じた範囲で損害賠償責任を負うというべきである。

寄与度により賠償責任の範囲を限定。
    寄与度について、裁判所が妥当な結論を導くために書何の事情を総合考慮して裁量的に判断するもの
⇒被告エーアンドエーマテリアルらが製造販売した本件ボード三種からの石綿粉じんばく露量の割合と、その負う損害賠償責任の割合が一致していなくても、特に問題はない。
     
  ◆3 本判決の意義(p885)