シンプラル法律事務所
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消費者法判例

■111 内部告発と公益通報保護法 
富山地裁H17.2.23
■111     事案  Xは、Yに対し、内部告発を理由として長期間にわたり昇給させず、不当な異動を命じて個室に隔離したうえで雑務に従事させるなど、不利益な取扱いをしたと主張して、債務不履行または不法行為に基づき、慰謝料、賃金格差相当額の損害賠償等を請求した。
 判旨  一部容認、一部棄却。
(@) @「Yが、現実に……本件ヤミカルテルを結んでいたこと及び……認可運賃を超える運賃を収受していたことが認められる。また、Xが、これらを違法又は不当と考えたことについても合理的な理由がある。したがって、内部告発に係る事実関係は真実であったか、少なくとも真実であると信ずるに足りる合理的な理由があったといえる。」
A 「本件ヤミカルテルは公正かつ自由な競争を阻害しひいては顧客らの利益を損なうものであり」、違法な運賃収受は「より直接的に顧客らの利益を害するものである。したがって、告発内容に公益性があることは明らかである。また、Xはこれらの是正を目的として内部告発をしていると認められ、……Yを加害するとか、告発によって私的な利益を得る目的があったとは認められない」。
B 「内部告発方法の妥当性についてみると、Xが最初に告発した先は全国紙の新聞社である。報道機関は本件ヤミカルテルの是正を図るために必要な者といいうるものの、告発に係る違法な行為の内容が不特定多数に広がることが容易に予測され、少なくとも短期的にはYに打撃を与える可能性があることからすると、労働契約において要請される信頼関係維持の観点から、ある程度Yの被る不利益にも配慮することが必要である」。「そこで、Xが行ったY内部での是正努力についてみると……本件ヤミカルテルを是正するための内部努力としてやや不十分であったといわざるを得ない」。「しかし、他方、本件ヤミカルテル及び違法運賃収受は、Yが会社ぐるみで、さらにはYを含む運送業界全体で行われていたものであ」り、「管理職でもなく発言力も乏しかったXが、仮に……Y内部で努力したとしても、Yがこれを聞きいれて……何らかの措置を講じた可能性は極めて低かったと認められる」。「このようなY内部の当時の状況を考慮すると……内部告発の方法が不当であるとまではいえない」。
C 「以上のような事情……を総合考慮すると、Xの内部告発は正当な行為であって法的保護に値するというべきである。

(A) @ Yは、「Xが無い部告発を行ったことを理由として、これに対する報復として、Xを不利益に取り扱ったものと認められる」。
A「従業員は、雇用契約の締結・維持において……人事権が公正に行使されることを期待しているものと認められ、このような従業員の期待的利益は法的保護に値するものと解される。」
B 「従業員は、正当な内部告発をしたことによっては、配置、異動、担当職務の決定及び人事考課、昇格等について他の従業員と差別的処遇を受けることがないという期待的利益を有するものといえる」。YのXに対する不利益取扱いは「人事権の裁量の範囲を逸脱する違法なものであって、これにより侵害したXの上記期待的利益について、不法行為に基づき損害賠償すべき義務がある」。

C 「従業員は……人事権が公正に行使されることを期待し、使用者もそのことを当然の前提として雇用契約を締結・維持してきたものと解される。そうすると、使用者は、信義則上……雇用契約の付随的義務として……合理的な裁量の範囲内で……人事権を行使すべき義務を負っている」。「Xの内部告発は正当な行為であるから、Yがこれを理由にXに不利益な配置、担当職務の決定及び人事考課等を行う差別的な処遇をすることは、その裁量を逸脱するものであって、正当な内部告発によっては人事権の行使において不利益に取り扱わないという信義則上の義務に違反したもの」であり、「YはXに対し債務不履行に基づく損害賠償責任を負う」。
解説  ● ●内部告発の保護 
内部告発を行った労働者の保護は、
(1)公益通報者保護法と、
(2)裁判例による保護(懲戒に関する法理等)の2本立て。
(1)は、
@告発(「公益通報」)の対象事実が同法所定の犯罪事実に限られ、
A通報先に応じて保護の要件が異なる(企業内部→所轄行政機関→それ以外(報道機関等)と外部への通報ほど保護の要件が厳しくなる)。
同法の保護対象とならない場合でも(2)が排除されるわけではない⇒従来の裁判の枠組みは引き続き重要。
(2)は、労働者と使用者の労働契約(=雇用契約)において、内部告発をした労働者に対する不利益扱いが許されるか否かが問題。
 ● ●内部告発の正当性 
 内部告発が「正当」と認められる場合には、たとえ告発によって企業の名誉・信用が損なわれたとしても、懲戒処分等の不利益扱いは許されない(大阪地裁堺支部H15.6.18)。
裁判例における枠組みは、@内容の真実性、A目的の公益性、B手段・態様の相当性の総合考慮。
@:内部告発の内容が真実であるか、または真実と信ずべき相当な理由があるか。
真実性は告発の主要な点について満たされていればよいとする傾向。
←告発者による証拠収集等には限界もある。
A:告発の目的が公共性を有するか。
ex.法令違反などを是正する目的が典型例。
告発が単なる企業批判にとどまる場合、目的は正当でないと判断する例。
B:告発の手段・態様が相当なものであったか。
〜内部告発に先立ち告発者が企業内部で是正努力をしたといえるか。
裁判例は、内部努力が先に必要であるという立場(東京地裁H14.4.17)。
but
内部での改善が期待できない場合などは、内部努力がないかあるいは不十分であっても、内部告発は正当であると判断する傾向(大阪地裁堺支部H15.6.18)。
 ● ●本判決の意義と今後の課題 
(1)従来の裁判例の枠組みに沿って、内部告発の正当性の判断枠組みを示した。
(2)公正な人事権の行使を法的保護に値する利益として認めた。

@この期待的利益を不法行為上の保護法益と位置づけた。
A公正な人事権の行使が使用者の信義則上の義務であり、その不履行は債務不履行責任を構成するとした。
■110 価格カルテルと消費者の損害賠償請求  
@最高裁H1.12.8 A最高裁昭和62.7.2
■110    事案 灯油を購入した各地の消費者が、これらの価格協定により、当該価格協定依然の価格と比べ高い価格での購入を余儀なくされ、その差額分の損害を被ったことを理由に提起した損害賠償請求訴訟。
最大の争点は損害の立証。
 規定 独禁法 第2条〔定義〕
Eこの法律において「不当な取引制限」とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。
独禁法 第3条〔私的独占又は不当な取引制限の禁止〕 
事業者は、私的独占又は不当な取引制限をしてはならない。
独禁法 第25条〔無過失損害賠償責任〕
第三条、第六条又は第十九条の規定に違反する行為をした事業者(第六条の規定に違反する行為をした事業者にあつては、当該国際的協定又は国際的契約において、不当な取引制限をし、又は不公正な取引方法を自ら用いた事業者に限る。)及び第八条の規定に違反する行為をした事業者団体は、被害者に対し、損害賠償の責めに任ずる
A事業者及び事業者団体は、故意又は過失がなかつたことを証明して、前項に規定する責任を免れることができない
民法 第709条(不法行為による損害賠償) 
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
 判旨  @事件では破棄自判、A事件では上告棄却。

 「元売業者の違法な価格協定の実施により当該商品の購入者が破る損害は、当該価格協定のため余儀なくされた余計な支出であるから、本件の最終の消費者が右損害を破ったことを理由に元売業者に対してその賠償を求め得るためには、
(a)当該価格協定に基づく元売仕切価格の引上げが、その卸売価格への転嫁を経て、最終の消費段階における現実の小売価格の上昇をもたらしたという関係が存在していることのほかに、
(b)かかる価格協定が実施されなかったとすれば、右現実の小売価格よりも安い小売価格が形成されていたといえることが必要であり、このことはいずれも被害者たる消費者において主張立証すべき責任があるというべきである。

もっとも、この価格協定が実施されなかったとすれば形成されていたであろう小売価格(以下「想定購入価格」という。)は、現実には存在しなかった価格であり、一般的には、価格協定の実施前後において当該商品の小売価格形成の前提となる経済条件、市場構造その他の経済的要因等に変動がない限り、協定の実施直前の小売価格をもって想定購入価格と推認するのが相当であるといえるが、協定の実施以後消費者が商品を購入する時点までの間に小売価格の形成に影響を及ぼす著書な経済的要因の変動があるときは、協定の実施直前の小売価格のみから想定購入価格を推認することは許されず、右小売価格のほか、当該商品の価格形成上の特性及び経済的変動の内容、程度その他の価格形成要因を検討してこれを推計しなければならない。」(A事件。@事件も同旨。なお、判決文中(a)(b)の符号は筆者が付けたものである。)

「〔原審・東京高裁の認定した〕右事実関係〔後述解説の(ア)〜(オ)の事実〕によれば、本件……協定の実施当時は、民生用灯油の元売段階における経済条件、市場構造等にかなりの変動があったものであり、右協定の実施の前後を通じ、その小売価格の形成に影響を及ぼすべき経済的要因に顕著な変動があったというべきであるから、……本件においては協定の実施直前の小売価格をもってそのまま想定購入価格と推認することは相当でないといわざるを得ない。」「そして、……前記各事実からすれば、当時灯油について顕著な値上がり要因があったというべきで、通産省の……値上げの了承及び……凍結指導は、右要因をふまえた上で……民生用灯油の元売仕切価格を自由に形成される価格よりも低く抑えることを意図してなされたものであり、……仮に本件……の協定の実施がなかったとしても、その元売仕切価格は右凍結価格と径庭のない状態に至ったであろうと推認でき、ひいてはその小売段階における想定購入価格も現実の小売価格を下回ったと断定することはできず、また……想定購入価格が現実の小売価格を下回ったか否かも不明である、というのである。」「原審の右認定判断は、前記値上がり要因等の事実を求め原審の確定した本件事実関係のもとにおいて是認し得ないものではな〔い〕」・(A事件)

「〔原審・仙台高裁秋田支部も灯油の価格上昇をもたらす様々な要因を認定していると述べ〕以上の各事実を合わせ考慮すれば、本件各協定の実施当時から被上告人らが白灯油を購入したと主張している時点までの間に、民生用灯油の元売段階における経済条件、市場構造等にかなりの変動があったものといわなければならない(原審も、元売段階に顕著な価格変動要因があったことは否めないとして、これを認めている。)。そうすると、直前価格をもって想定購入価格と推認するに足りる前提条件を欠くものというべきである……。……被上告人らは、本件訴訟において、直前価格を想定購入価格として損害の額を算定すべきであって、その方法以外には、損害の額の算定は不可能であると一貫して主張し、……〔想定小売価格の〕推計の基礎資料とするに足りる民生用灯油の……価格形成要因(ことに各協定が行われなかった場合の想定元売価格の形成要因)についても、何ら立証されていないのであるから、本件各協定が実施されなかったならば現実の小売価格よりも安い小売価格が形成されていたとは認められない……。」(@事件)
解説 本件で問題となった価格協定は、複数の事業者が価格に関する合意をして実施する行為。
独禁法により「不当な取引制限」(独禁法2条6項、3条)として禁止されている。 
 経済法令には禁止規定違反行為を理由とする損害賠償請求に特則(無過失損害賠償責任、賠償責任の転換、損害額の推定等)を定めるものがある(金商法21条の2、特許法101条〜103条など)
独禁法25条も、同法違反行為に対する排除措置を命ずる審決の確定を前提とした無過失賠償責任を定めており、A事件はこの制度に基づく訴訟。
 @事件では、原告らは民法709条に基づいて請求。
最高裁は、独禁法25条は「個々の被害者の受けた損害の填補を容易ならしめることにより、審判において命ぜられる排除措置とあいまって同法違反の行為に対する抑止的効果を挙げようとする目的に出た付随的制度」であるから、同法違反の行為によって自己の法的利益を害された者は、当該行為が民法上の不法行為に該当する限り、別に民法709条による請求をすることができる。
 709条の「権利又は法律上保護される利益」の侵害について、
原審の秋田高裁秋田支部は、消費者は本件違反行為によって「公正かつ自由な競争の下で形成された価格により商品(白灯油)を購入する利益」を侵害されたと述べている。
 ● 価格カルテルの損害については、原審も最高裁も、価格カルテルのために余儀なくされたよけない支出といういわゆる「差額説」をとる。 
 自由競争の市場で形成される想定購入価格を立証することは困難を伴う。特に、行為者と被害者との間に中間の販売業者が介在している場合はなおさら。
最高裁:
小売価格形成に影響を及ばす経済的要因等に変動がない限り、直前価格をもって想定購入価格を推認することができる。
判決によれば、その際、経済的要因等に「さしたる変動がない」ことを消費者側が証明しなければならない。
小売価格形成に影響を及ぼす「顕著な経済的要因の変動」がある場合は、上記推認が許されない。

直前価格に拠らず、種々の価格形成要因を検討して想定購入価格を推計しなければならない。
■109 比較宣伝広告と景表法
東京高裁H16.10.19
■109 事案 「Xさんより安くします」
「万一、調査もれがありましたら、お知らせ下さい。お安くします。」
「但し、処分品・限定品・当社原価割れにあたる商品は原価までの販売とさせて頂きます。」 
 Xが、これらの店舗壁面およびポスターの表示は、景表法4条2号にいう「商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認されるため、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示」に該当するとして、民法709条に基づきYに対して損害賠償を請求。
規定 景表法 第4条(不当な表示の禁止)
事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号のいずれかに該当する表示をしてはならない。

二 商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの
判旨 控訴棄却(確定)。
(@) 景表法違反と不法行為成立との関係について
「不当表示をすることは、それ自体直ちに競争事業者に対する不法行為を構成するものではない。なぜなら、景品表示法の不当表示に対する規制は、公正な競争を確保することによって一般消費者の利益を保護することを目的としており、競争事業者の利益の保護を目的とするものではないし、法4条の規定違反に関する判断は、不法行為の成否を認定するための前提問題に過ぎないからである。」
「そもそも、市場における競争は本来自由であることに照らせば、事業者の行為が市場において利益を追求するという観点を離れて、ことさらに競争事業者に損害を与えることを目的としてなされたような特段の事情が存在しない限り、法4条の規定に違反したからといって直ちに競争事業者に対する不法行為を構成することはない。」
「なお、ある表示が法4条2号に該当するか否かを裁判所が民事訴訟において判断することは、景品表示法が本来予定するところではない。」「景品表示法違反に関する裁判所の判断は、公正取引委員会の審決に対する取消訴訟の場において、主として審判手続において提出された証拠に基づき、公正取引委員会が審決で示した判断に対する事後的審査の形で行われることが予定されている」。

(A) 景表法4条2号違反について
 4条2号違反について、「一般消費者に誤認される表示か否かは、当該当表示が、一般的に許容される誇張の限度を超えて、商品又は役務の選択に影響を与えるような内容か否かによって判断される」。「一般に広告表示においてはある程度の誇張や単純化が行われる傾向があり、健全な常識を備えた一般消費者もそのことを認識しているのであるから、価格の安さを訴求する本件各表示に接した一般消費者も、かかる認識を背景に本件各表示の文言の意味を理解するのであり、そのことを前提にして検討を行うべき」である。
 @本件表示は、全商品とか全品と記載するものでない。また、A本件表示は、比較対象となる価格が、店頭表示価格か値引後価格か特定しない。さらに、B本件表示は個々の商品に付されるものではない。「本件各表示がこのように概括的・包括的内容のものであることからすると、本件各表示に接した消費者は、一般的に、これを価格の安さで知られるXよりもさらに安く商品を売ろうとするYの企業姿勢の表明として認識するにとどまる」。
 「一般消費者の中には、それよりもやや具体的な期待、例えば、Yの店頭表示価格は同一商品に関するXの店頭表示価格よりも安いという期待や、Xの店頭表示価格又は値引後価格がYのそれよりも安いときに、その旨を告げてYの店員と交渉すれば、Xの店頭表示価格又は値引後価格よりもさらに安い値引後価格を引き出せるという期待を抱く者の割合も少なくない」。
 「しかし、そのような期待以上のもの、すなわち、Xが主張するように、Yの店舗で販売される全ての商品についてその店頭表示価格がXの店舗より必ず安いとか、Yの値引後価格は必ずXのそれよりも安くなるという確定的な認識を抱く者の数は、それほど多くない」。なぜならば一般消費者は、@家電量販店が競合他店の価格を完全には調査できないこと、およびAある時点における両方の店舗の価格を正確には比較できないことを、理解しているからである。したがって、上記のような「確定的な認識を抱く消費者層が存在する可能性があるとしても、それは未だ『一般消費者』の認識とはいいがたい」。
 そして現実に、高額商品や売れ筋商品についてはXよりも安い店頭表示価格が設定されていること、および、店頭表示価格が安くなっていない場合には、店員との相対の交渉によって値引きを受ける余地があることからすれば、一般消費者の理解に沿う実態が存在するのであり、条件表示を伴わなくとも、本件表示は景表法4条2号に違反するものではない。
解説 ●景表法違反と不法行為成立との関係について 
裁判所は、
@景表法は消費者の利益の保護を目的としており、競争事業者の利益の保護を目的としていない
A景表法の執行はもっぱら公的なものを予定する
B本件表示は景表法違反を構成しない
と判断。
消費者の自主的で合理的な意思決定を保護することは、消費者を直接的に保護するものであるが、同時に自由かつ公正な競争の必要条件。
景表法は、消費者の利益と競争事業者の利益を共に保護するものというべき。
景表法が競争事業者の保護をも目的とする以上、景表法違反による顧客の奪取が、自由競争原理から正当化されることはない。
⇒裁判所が示唆するように不法行為の成立に害意を必要とする立場は支持できない。 
●景表法違反について 
法文上は「一般消費者に誤認される表示」が問題。
事実に反しない限りいかなる表示も合法⇒事実に反しないが、消費者の誤認を引き起こす表示を規制できない事態も発生。
⇒「一般消費者の認識」を基準にする立場は正当。
裁判所は、本件表示に対する認識ないし期待には、次の3つがあり得るとする。
@安く商品を供給しようとする企業姿勢の表明との認識
A競争事業者の店頭表示価格よりも安いか、交渉により安くなるであろうとの期待
B競争事業者の店頭表示価格よりも必ず安いか、交渉により必ず安くなるであろうという確定的な認識
but
Bは「一般消費者の認識」と評価できないとする。

(1)家電量販店間の価格を正確に比較できないことを、多数の者は理解できる。
(2)「健全な常識を備えた」一般消費者であれば、広告表示が「ある程度の誇張や単純化」を伴うことを認識する。
(1)〜
事業者間の実際の競争を前提として、表示にかかる一般消費者の認識を検討するとの立場の現れ。
一般消費者の誤認と事業者間の競争が不即不離であることを暗に認めるもの。
(2)〜
過剰規制を危惧する立場の表れ。
過剰規制がなされれば、たちかに誤認は生じ得ないが、第3の認識を持つ者も含めすべての顧客について、そもそも活発な競争の恩恵を受ける機会を失わせることになる。


■108 景表法の不当表示規制における表示主体 
東京高裁H20.5.23
■108    事案  Xは、Aが輸入したズボンを購入し、一般消費者向けに販売を行った。
ズボンには「イタリア製」などと記載された品質表示タッグや下げ札が取り付けられていたが、実際にはルーマニア製。
公取委は、この表示が「商品の原産国に関する不当な表示」(昭和48年公正取引委員会告示第24号)2項1号に該当し景表法4条1項3号に違反するとして、Xに排除命令を行った。
⇒Xが審決取消請求をおこなった。
 争点 @Aが輸入したズボンを購入して販売したにすぎないXが景表法の規制対象となる表示主体にあたるか
AXに故意・過失がないことは景表法上の判断に影響を及ぼさないか 
 規定 景表法 第4条(不当な表示の禁止)
事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号のいずれかに該当する表示をしてはならない。

三 前二号に掲げるもののほか、商品又は役務の取引に関する事項について一般消費者に誤認されるおそれがある表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認めて内閣総理大臣が指定するもの
 判旨  請求棄却。
(@) 「〔一般消費者の利益を保護するため誤認排除や再発防止の措置を命ずるという景表法〕の趣旨に照らし、また、同法4条1項は不当表示を行った違反者に対して民事的・刑事的な非難を加えてその責任を問うたり刑罰を課したりするものではないことをも考慮して、
同法4条1項3号に該当する不当な表示を行った事業者(不当表示を行った者)の範囲について検討すると、
商品を購入しようとする一般消費者にとっては、通常は、商品に付された表示という外形のみを信頼して情報を入手するしか方法はないのであるから、そうとすれば、そのような一般消費者の信頼を保護するためには、『表示内容の決定に関与した事業者』が法4条1項の『事業者』(不当表示を行った者)に当たるものと解すべきであり、
そして、『表示内容の決定に関与した事業者』とは、
@『自ら若しくは他の者と共同して積極的に表示の内容を決定した事業者』のみならず、
A『他の者の表示内容に関する説明に基づきその内容を定めた事業者』や
B『他の事業者にその決定を委ねた事業者』も含まれるものと解するのが相当である。

そして、
上記のA『他の者の表示内容に関する説明に基づきその内容を定めた事業者』とは、他の事業者が決定したあるいは決定する表示内容についてその事業者から説明を受けてこれを了承しその表示を自己の表示とすることを了承した事業者をいい、また、
上記のB『他の事業者にその決定を委ねた事業者』とは、自己が表示内容を決定することができるにもかかわらず他の事業者に表示内容の決定を任せた事業者をいうものと解せられる。」(@ABの番号は解説者が付加。)

(A) 「行政処分たる排除命令が、対象事業者に対する非難可能性を基礎とする民事上・刑事上の制裁とはその性質を異にするものであることを考慮すると、景品表示法4条1項に違反する不当表示行為すなわち違反行為については、不当表示行為すなわち違反行為があれば足り、それ以上に、そのことについて『不当表示を行った者』の故意・過失は要しないものというべきであり、故意・過失が存在しない場合であっても排除命令を発し得るものというべきである。」

(B) 「もっとも、被告〔公取委〕がXに対して再発防止のための必要な措置を講じるよう命じるについては、その要否や内容を判断する上において、不当表示行為すなわち違法行為がなされるに至った経緯、Xのこれに対する認識、原産国調査確認義務についてのXの違反態様、同様の不当表示行為すなわち違法行為が再発するおそれがあるか否か、等を総合考慮して判断すべきである」。
解説  ● 消費者に対する不当表示の過程には、少なくとも
@表示内容の決定という行為と、A表示内容の伝達という行為が存在。
 ● A:表示主体の問題について公取委は、景表法は決定行為に着目するのであって、伝達行為をしただけでは景表法違反とはならない、という考え方を一貫して示してきた。
B:不当表示の付された商品役務を消費者に直接供給する者は、かりに決定行為を行わず伝達行為をおこなったにすぎない場合でも命令の名宛人とすべき。

消費者に対する弊害の客観的除去のために必要であれば広く規制を及ぼそうとする考え方。
C:本判決(広義決定説)
決定行為に着目して@をその中心としつつ、「関与」という要素を加味してABまでその葉にを広げる。
 ● 違反行為の排除のための行絵師処分を、民事責任や刑事責任と対比することにより、故意・過失は要件とないとした。 
■107 化粧品の販売方法に関する特約の特約店契約  
@最高裁H10.12.18 A最高裁H10.12.18
■107    事案  
 判旨  上告棄却。
(次の部分は@、A判決ともほぼ同文なので、@判決を記載し、A判決において異なる部分は〔 〕で示す)
「メーカーや卸売業者が販売制作や販売方法について有する選択の自由は原則として尊重されるべきであることにかんがみると、これらの者が、小売業者に対して、商品の販売に当たり顧客に商品の説明をすることを義務付けたり、商品の品質管理の方法や陳列方法を指示したりするなどの形態によって販売方法に関する制限を課することは、それが当該商品の販売のためのそれなりの合理的な理由に基づくものと認められ、かつ、他の取引先に対しても同等の制限が課せられている限り、それ自体としては公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれはなく、一般指定の13にいう相手方の事業活動を『不当に』拘束する条件を付けた取引に当たるものではないと解するのが相当である。」
「本件特約店契約において、特約店に義務付けられたカウンセリング販売〔対面販売〕は、化粧品の説明を行ったり、その選択や使用方法について顧客の相談に応ずる(少なくとも常に顧客の求めにより説明・相談に応じ得る態勢を整えておく)という付加価値を付けて化粧品を販売する方法であって、Yが右販売方法を採る理由は、これによって、最適な条件で化粧品を使用して美容効果を高めたいとの顧客の要求に応え、あるいは肌荒れ等の皮膚のトラブルを防ぐ配慮をすることによって、顧客に満足感を与え、他の商品とは区別された花王〔資生堂〕化粧品に対する顧客の信頼(いわゆるブランドイメージ)を保持しようとするところにあると解されるところ、化粧品という商品の特性にかんがみれば、顧客の信頼を保持することが化粧品市場における競争力に影響することは自明のことであるから、Yがカウンセリング販売〔対面販売〕という販売方法を採ることにはそれなりの合理性があると考えられる。そして、Yは、他の取引先との間においても本件特約店契約と同一の約定を結んでおり、実際にも相当多数〔相当数〕の花王〔資生堂〕化粧品がカウンセリング販売〔対面販売〕により販売されていることからすれば、Xに対してこれを義務付けることは、一般指定の13にいう相手方の事業活動を『不当に』拘束する条件を付けた取引に当たるものということはできないと解される。」
(以下は@判決のみ)
「Yと特約店契約を締結しておらずカウンセリング販売の義務を負わない小売店等に商品が売却されてしまうと、特約店契約を締結して販売方法を制限し、花王化粧品に対する顧客の信頼(いわゆるブランドイメージ)を保持しようとした本件特約店契約の目的を達することができなくなるから、Yと特約店契約を締結していない小売店等に対する卸売販売の禁止は、カウンセリング販売の義務に必然的に伴う義務というべきであって、カウンセリング販売を義務付けた約定が独占禁止法19条に違反しない場合には、右卸売販売の禁止も、同様に同条に違反しないと解すべきである。」
解説  ● 学説
A:対面販売の合理性と競争阻害効果を比較考量すべきとするもので、この考え方をとる論者の多くは、対面販売にはそれほどの合理性がない一方で、価格維持効果があるので、不公正な取引方法に該当する。
B:公権力は販売方法が合理的かどうかについて介入すべきではなく、それなりの合理性がある場合には市場に任せればよい。
 ● 公取委の「流通・取引慣行に関する独禁法上の指針」は、小売業者の販売方法の制限について
「メーカーが小売業者に対して、販売方法(販売価格、販売地域及び販売先に関するものを除く。)を制限することは、商品の安全性の確保、品質の保持、商標の信用の維持等、当該商品の適切な販売のための合理的な理由が認められ、かつ、他の取引先小売業者に対しても同等の条件が課せられている場合には、それ自体は独占禁止法上問題となるものではない」
公取委の担当官による解説書は、
ここにいう合理性は「当該メーカーが必要と判断し一般的に考えてもそれなりに合理的なものであればよい」としている。
〜Bの考え方。
競争的な市場では、販売方法について合理性のない拘束を行って小売業者のコストを引き上げ、商品に価値を付加することなく価格を上げればより合理的な販売方法を採る事業者との競争に敗れる。
⇒拘束が合理的なものかどうかの判断は市場における消費者の選択に任せればよい。
 ● 本判決で、特約店契約による@対面販売の義務付けおよびA特約店契約を結んでいない小売店への卸売販売禁止はそれ自体が独占禁止違反となるものではないことが確定。 
 ● 平成7年に公正取引委員会が資生堂の大手量販店に対する再販売価格維持行為の排除を命じる審決を行った後、量販店で対面販売商品について値引き販売が行われるようになった。
その後、平成9年4月に再販売価格維持契約が認められる商品として指定されていた1030円以下の化粧品の指定が取り消された⇒値引き販売が広まった。 
■106 宗教団体による違法な勧誘行為・・「法の華三法行」事件(刑事責任)
東京地裁H17.7.15
■106    事案 「足裏鑑定」と称する個人面談等を実施しm、・・「修行に行けば病気は治る」、あるいは「天声にしたがって金を納めれば助かる」などと虚偽の事実を申し向け、その旨誤信した被害者らに、修行料あるいは法納両名下に、それぞれ、125万円ないし1700万円余り、合計1億4900万円余りの金員を交付させた。
弁護人は、@・・・のように申し向けたことはない、A・・錯誤には陥っていない、B・・・真実であって、欺罔行為には当たらず、・・詐欺の故意がない、C宗教活動であり、教義内容および天声を裁判所が判断することは、信教の自由を侵害する。
 判旨  東京地裁は
(1)欺罔行為につき、「被害者らは病気が治るか治らないか分からないが治ることもあるということであれば、判示のような高額な金員を支払うとは到底考えられない」とした上で、「医師の資格もない被告人Aが病気を的確に診断し、その確実な罹患防止策を提示する能力がない」にもかかわらず、それがあるかのように申し向けたこと欺罔行為に当たるとした。
(2)錯誤については、教団は、宗教性を秘匿して、科学性、確実性を有しているように装って勧誘活動等を推進していたとして、被害者らは病気等が治癒するとの錯誤状態に陥って金員を交付したものと認められるとした。
また、
(3)外の教団職員らの欺罔行為についてのAらの認識およびこれらの者との共謀に関しては、
@教団が作成した「足裏診断士養成マニュアル」では、被害者らを「このままでは癌になる」などと脅かすよう指示されていたこと、
A虚偽の体験談を記載した本の刊行や、在家信者を使った街頭での大量の機関誌配布により修業勧誘を協力に推進したこと、
B教団は、面談に訪れた者に対し、まずAが足裏鑑定を実施した後、教団職員が引き継ぎ「面談フォロー」と称して修行参加を勧誘し、その後さらに「天声フォロー」等と称して、法納科等の名目で著しく高額な金員を支払わせる勧誘システムを確立していたこと、
C「総本部―地域本部―各都道府県支局―支部―班というピラミッド組織を作り上げ上、各支局長、各支部長等の具体的活動内容をマニュアル化し」、勧誘に成功した者には報奨金を与える仕組みを設けていたことなどを認定し、
これらの事実から、教団職員はもちろん被告人Aも「面談者の足裏を診て、病気等に関する専門的な観点から病気等の問題点を的確に診断、判断して、これを治癒(罹患防止を含む。)させ、解決するための確実な方策を提示する能力を持っているというのは、明らかな虚偽であ」り、「修行参加勧誘システム、天声フォローのシステム等は、主として修行参加者から金員を騙し取ることを意図していたものであった」とした。

そして、「被告人Aは、教祖として教団のトップに君臨し、天声を聞ける唯一の者として、絶対的な権力を振るい教団を統括しながら、前記システムを構築し、その下で本件の組織的詐欺を積極的に推進していたもの」で、「詐欺罪の故意及び共犯者らとの共謀が優に認められる」とした。さらにBについても、「被告人Aの伝えるとされる『天声』であれば詐欺等の社会規範から逸脱する事柄であっても、教団幹部として、従順に遂行してきたのであって」、詐欺罪の犯意および共謀が認められるとした。
 
さらに、(4)信教の自由に関する主張に対しては、被告人両名の行為は「著しく反社会的で違法なものであることは明らかであり、憲法20条1項の信教の自由の保障の限界を逸脱したもの」として、結論として詐欺罪の共同正犯の成立を認めた。

 判決は量刑の理由として、被害者が多数で被害金額が多額であって財産的被害が重大であること、被害者らの精神的な傷も深刻であることから、財産的被害については民事裁判等の結果、一定の回復がなされているとしても被害感情が大きく、社会的影響も大きいことを挙げ、Aを懲役12年、Bを懲役4年に処した。
解説 かつて、詐欺罪における財産的損害の形式的理解⇒早い段階での詐欺罪の適用が困難
当該商法が破綻し、投資した者に金員が償還されず、実際に金銭的な被害が生ずることが明らかになった時点で、はじめて詐欺罪における「財産的損害」が生ずる⇒破綻するまで詐欺罪での立件は困難。
ex.豊田商事事件では、経営が破綻した以降につき、出資金の返済が不可能であることを被告人らが認識しつつ契約を締結したことが欺罔行為。 
but
脚殺し商法の最高裁決定(最高裁H4.2.18):
実態としては確実に顧客に損失を生じさせる客殺し商法を営業方針としていたにもかかわらず、「顧客の利益を図って営業活動を行うかに装って顧客を商品取引に勧誘すること」が欺罔行為にあたるとし、(顧客の最終的な損害発生を待つまでもなく)出損した委託証拠金が財産的損害であるとした。

仮に将来顧客に利益が生ずることがあったとしても、取引内容に偽りがあれば詐欺罪の成立が認められる。
 ●  宗教活動を装う詐欺まがい商法にも妥当。
当該宗教活動の実態を検討することにより、被害者が期待している内容とその本質部分において全く異なる活動を行っているのにそれを秘していれば、詐欺罪の適用が可能になる。
本判決は、Aに足裏鑑定により病気等を診断し、これを治癒させる能力が全くないのに、これがあると申し向けられたことが欺罔行為に当たるとした。

被害者らがAに期待した鑑定の修行の内容が全く実態を伴っていなかったものであり、病気の治癒といった「結果」の有無を待つまでもなく、修行参加料、法納料等を支払った時点で、それらの金員の喪失が財産的損害となる。
教団が修行参加者から金員を騙し取ることを目的としたシステムを構築し、活動を眉あるかしていたことを重視。

宗教活動の実態がなく、かつそのことを被告人らが認識していたことを立証するためには、非常に重要な事実。
 ● 平成11年の組織的犯罪処罰法制定後、組織犯罪処罰法による組織的詐欺が適用され、1年以上の有期懲役に処すことが可能となった(組織犯罪3条1項9号)。 
組織犯罪法 第3条(組織的な殺人等)
次の各号に掲げる罪に当たる行為が、団体の活動(団体の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該団体に帰属するものをいう。以下同じ。)として当該罪に当たる行為を実行するための組織により行われたときは、その罪を犯した者は、当該各号に定める刑に処する。
■105 宗教団体による違法な勧誘行為・・「法の華三法行」事件(民事責任)
名古屋地裁H13.6.27
■105    事案  Xら9名は、詐欺的・脅迫的勧誘方法で悩める人々から多額の金員を巻き上げる悪質な「足裏診断商法」というべき商法であり、違法な行為であるとして、不法行為に基づいて、Yらに対して、財産上の損害(出損額)および慰謝料等の損害賠償を求めた。
 判旨  一部認容。
(@) 宗教的勧誘行為における違法性判断基準
「特定宗教の勧誘者が、被勧誘者に対し、先祖の因縁等の話や吉凶禍福を述べて、修行への参加や物品の購入等の出捐を勧誘する行為は、その目的が、宗教の教義を広め、その活動を維持する等、社会的に正当な目的に基づくものであり、その勧誘手段や結果が、社会通念上相当である限り、正当な宗教活動の範囲内と認められ、違法性は有しない。しかしながら、その勧誘行為が、不当な目的に基づき、また、不当な手段により被勧誘者から不相当に高額な出捐をさせる等、正当な宗教活動と社会的に認められる範囲を逸脱した場合は、違法な勧誘行為として勧誘者に不法行為が成立すると解するべきである。」

(A) Y1の勧誘行為すべてについて不法行為が成立するとのXらの主張について
「しかし、もともと宗教は、超自然的、超人間的本質の存在を信じ、これ畏敬崇拝する行為であることからすれば、勧誘活動の内容が科学的に根拠を有しないものであったり、宗教上の出捐が取引通念上の対価関係からして高額であると評価されるものであっても、そのことのみをもって、直ちに当該宗教が内容虚偽の事実を流布し、金員搾取等を目的とした、宗教とは名ばかりの違法な団体であると評価することはできない。また、特定の宗教団体における勧誘活動が、その個別具体的な態様如何に関わらず全て一律に違法であると認定することは、結局、当該宗教団体の存在自体を否定することになり、憲法20条で保障された信教の自由を侵害するおそれがあることから、上記のごとき認定は極めて慎重に行う必要がある。したがって、Y1が一体として、宗教に名を借りて、金員搾取のみを目的とした違法な団体であるとの認定ができない限り、たとえ、Y1の勧誘活動において、正当な宗教活動の範囲を逸脱した行為があったと認められるとしても、そのことから、直ちにY1における全ての勧誘活動が違法であると言うことはできない。」
 Y1については、「一体として、宗教に名を借りて、故意に被勧誘者を騙して金員を搾取することのみを目的とした違法な団体であるとまで的確に断定することは困難である。/したがって、Xらに対するYらの勧誘行為等が違法であるか否かは、それらの行為の目的、態様、結果を個別具体的に検討して判断するのが相当である」。

 (B) 個別的な違法性判断
@ 足裏判断とそれに続く勧誘行為、4泊5日の研修、研修後の「天声」について
 理由づけに多少の差異があるが、いずれについても一律に違法性が肯定された。
 足裏判断およびこれに続く勧誘行為のみ判旨を引くと、これらは、「被勧誘者の宗教上の自己決定権を侵害し、社会的にみて正当な宗教活動の範囲を明らかに逸脱しているから、違法である。そして、足裏診断が違法である以上、足裏診断に勧誘する行為も違法と言わざるえを得ない」。

A 足裏診断等の勧誘前の勧誘行為  
 これらについては、「全てを一律に違法な勧誘行為と認めることは相当でない」とされた。「したがって、上記各勧誘行為が違法か否かは、それらが足裏診断や研修参加と不可分一体のものとして行われるなど、Xらの宗教上の自己決定権を侵害したか否かの観点から、各勧誘行為の態様を個別具体的に検討して判断すべきである」。
解説  ● ●2つの類型 
@ 霊感商法が典型であるが、不当に高額で商品を売りつけた宗教団体に対して、不法行為に基づいて財産的損害場の賠償を求めるという類型。

金銭被害
A違法な勧誘行為によって宗教団体に加入させられ、霊感商法等の違法行為に従事させられたとして宗教団体の不法行為責任を追及する類型

保護法益は信者の人格権
 ● 勧誘行為が、その目的、手段、結果から見て社会的に許容される限度を超えていると判断される場合には、それは違法なものと評価され、勧誘者の不法行為を成立させる。 
違法性判断の2つの方向:
@当該宗教団体が「金員搾取等を目的とした、宗教とは名ばかりの違法な団体である」と評価し、それを踏まえて当該団体の勧誘行為のすべてを原則として違法と判断する方向。
判旨は、信教の自由(憲法20条)も援用しつつ、この認定は「極めて慎重に行う必要がある」⇒本件での認定を否定。
A一律の違法性判断ができないことを前提として、個別的に違法性判断を行う方向。

本件を含めて、この類型に属する裁判例は、例外なくこの方向で違法性判断を行っている。
基本的に違法性が認められている。
判旨はまず、
これらの行為が、「専ら、被診断者に、研修参加を承諾させ、その地位・資力・年齢等から見て不相当に高額な研修参加費用を出捐させることを目的」とすると認定。
「具体的な先祖の因縁話や害悪を告知して被診断者の不安や恐怖をことさら煽り、困惑させ・・・」「しかも・・・熟慮する時間を与えずに即断・即決を迫る」もの

それらの結果、被診断者は、高額な研修費を支払った。

@目的の不当性、A手段の不当性、B結果の不当性(出捐の高額性)という諸要素から、違法性が判断される。
足裏診断前の講演会への勧誘、三法行帳セットの販売等は、執拗な勧誘行為があったわけではないことを理由として、違法性が否定。
自己決定権侵害は、財産的損害の賠償には直接には理論的に結び付かない。
慰謝料を根拠づけるためには、必ず自己決定権を持ちださなければならないわけではなく、精神的苦痛の存在を説示することで足りる
■104 団体加入に際し全財産を出損した者の脱退と利得返還の範囲・・ヤマギシ会事件
最高裁H16.11.5  
■104    事案 申込書等:「終生ヤマギシズム生活を希望しますので・・・いっさいの人財・雑財を出資いたします」「・・返還請求等、一切申しません」との記載。
 2億9000万円をYに交付、脱退時4030万円のみが返還された。
 主位的には:不法行為に基づく損害賠償請求
予備的には:不当利得返還
 判旨  上告棄却。
「……Xは……Yの思想、活動の目的、内容等を認識し、理解した上で、参画を決意し、
Yとの間でその全財産を出えんする旨の約定をし、これに基づきその全財産を出えんしたものである。上記出えんに係る約定及びこれに基づくXの出えん行為は、ヤマギシズム社会において要求される『無所有』の実践として行われたものであり、Xが、終生、Yの下でヤマギシズムに基づく生活を営むことを目的とし、これを前提として行われたものであることが明らかである。ところが、本件においては、Xは、Yへの参画をした後、……事情の変更があったことから、Yの同意を得てYから脱退をしたものである。
これにより、上記出えんに係る約定及びこれに基づくXの出えん行為の目的又はその前提が消滅したものと解するのが相当である。そうすると、上記出えんに係る約定は、上記脱退の時点において、その基礎を失い、将来に向かってその効力を失ったものというべきである。したがって、上記Xの出えん行為は、Xの脱退により、その法律上の原因を欠くに至ったものであり、Xは、Yに対し、出えんした財産につき、不当利得返還請求権を有する。」
 「……Xの不当利得返還請求権は、Xが出えんした財産の価額の総額、XがYの下で生活をしていた期間、その間にXがYから受け取った生活費等の利得の総額、Xの年齢、稼働能力等の諸般の事情及び条理に照らし、Xの脱退の時点で、Xへの返還を肯認するのが合理的、かつ、相当と認められる範囲に限られると解するのが相当である。
 なお、XとYとの間の参画に係る契約には、Xが出えんした財産の返還請求等を一切し
ない旨の約定があるが、このような約定は、その全財産をYに対して出えんし、Yの下を離れて生活をするための資力を全く失っているXに対し、事実上、Yからの脱退を断念させ、Yの下での生活を強制するものであり、XのYからの脱退の自由を著しく制約するものであるから、上記の範囲の不当利得返還請求権を制限する約定部分は、公序良俗に反し、無効というべきである。」
解説  ● XのなしたYに対する財産の交付を権利能力なき社団に対する出資とは見ずに、単なる出損であるとする。
権利能力なき社団では、構成員に持分はなく、脱退の際の持分の払戻しや出資の返還を認めないのが判例(昭和32.11.14)
⇒「出損」した財産の不当利得に基づく返還と構成せざるを得なかった。
民訴法 第29条(法人でない社団等の当事者能力)
法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは、その名において訴え、又は訴えられることができる。
判例・通説は民訴法29条にいう法人格のない社団を権利能力なき社団の意に解している。
but
法人でない団体の当事者能力につき、その理論的前提として必ずしも実体法上の法主体性を承認する必要はない。
(民訴法29条によって、当該訴訟かぎりで法人格のない団体に当事者能力を肯定しても、権利能力なき社団という法性決定をせずともよい。)
 ● Yが権利能力なき社団であるとして、脱退時の持分の払戻しは一切認められないか?
権利能力亡き社団であってもその団体目的を考慮し、それが営利目的であればそれによって結論をたがえる見解が有力。
権利能力なき社団の法理における構成員の有限責任(最高裁昭和48.10.9)を、営利目的の場合には否定。(星野)
同様に、持分の払戻しについては、営利目的の権利能力なき社団においては肯定して差し支えない。(江頭)
非営利目的の権利能力なき社団⇒原則として一般社団法人の規定が類推適用され、持分の払戻しは否定される。
(構成員に残余財産分配請求権のないことから(一般法人11条2項)、その脱退時の顕在化である持分払戻請求権は否定される。)
一般社団法人法 第11条(定款の記載又は記録事項)
2 社員に剰余金又は残余財産の分配を受ける権利を与える旨の定款の定めは、その効力を有しない。
協同組合類似の構成員間の相互扶助を目的とするものについては、協同組合の規定が類推適用され、持分の払戻しが認められる(農協23条、水協28条、中協20条、生協法21条は払込済出資額の払戻し)。
営利目的のときは、民法上の組合の規定(民法681条)または持分会社の規定(会社611条)の類推適用ないし適用により、持分の払戻しが認められる(権利能力なき社団の法理を否定すれば組合規定の適用となる)。
民法 第681条(脱退した組合員の持分の払戻し)
脱退した組合員と他の組合員との間の計算は、脱退の時における組合財産の状況に従ってしなければならない。
2 脱退した組合員の持分は、その出資の種類を問わず、金銭で払い戻すことができる。
3 脱退の時にまだ完了していない事項については、その完了後に計算をすることができる。
会社法 第611条(退社に伴う持分の払戻し)
退社した社員は、その出資の種類を問わず、その持分の払戻しを受けることができる。ただし、第六百八条第一項及び第二項の規定により当該社員の一般承継人が社員となった場合は、この限りでない。
2 退社した社員と持分会社との間の計算は、退社の時における持分会社の財産の状況に従ってしなければならない。
3 退社した社員の持分は、その出資の種類を問わず、金銭で払い戻すことができる。
・・・・・
本件の事案の場合、協同組合類似の権利能力なき社団として、あるいは、権利能力なき社団であること自体を否定することにより、持分の払戻しを認めることも可能。
本判決は、本件の出損財産を脱退後に不当利得として返還請求しるうものとする。
 脱退により、財産出損にかかる約定はその基礎(終生の共同生活)が将来に向かって失われ、その効力も将来に向かって失われ、その結果、財産の出損行為は法律上の原因を欠くにいたり、出損財産につきXが不当利得返還請求権を有するとしている。
目的消滅の不当利得
不当利得返還請求の範囲については、諸般の事情に照らし、合理的かつ相当の範囲に限られるとする。 
将来に向かっての不当利得⇒現存利益の把握につき、目的消滅前の利得は法律上の原因を有する⇒不当利得の範囲の算定にあたっては控除される。
(Xの年齢、稼働能力等の)将来にかかる要素は控除額を控えめに算定すべき要素として働く。
本判決のいう考慮諸要素は財産分与の際の考慮要素に類似する。
本件の脱退に伴う不当利得の返還は、実質的には、共同関係の解消にともなう清算であると評価できる。
⇒不当利得構成ではなく、直截に団体的共同関係における脱退にともなう清算(持分払戻し)の問題であるというべき。
 ● 団体からの脱退の際の清算・払戻しの基準は団体の自治に委ねられているところ、本件においては、出損財産を一切返還しない旨の約定があり、かかる約定は脱退の自由を著しく制限するものとして無効である。 
⇒補充的解釈によって払戻額の算定基準を明らかにする必要
■103 いわゆるマインドコントロールによる勧誘行為の違法性
広島高裁岡山支部H12.9.14  
■103    事案  Xは、Yらによる一連の勧誘・教化行為が、Xの情報や思考、行動をコントロールし過酷な活動を強いるもので、不法行為に当たるとして、Yに対し献金、セミナー参加費や信徒団体の企業からの物品購入代金や慰謝料の支払を求めた。
 判旨  原判決取消し、Xの請求一部認容。

(@) 「宗教団体が、非信者の勧誘・教化する布教行為、信者を各種宗教活動に従事させたり、信者から献金を勧誘する行為は、それらが、社会通念上、正当な目的に基づき、方法、結果が、相当である限り、正当な宗教活動の範囲内にあるものと認められる。しかしながら、宗教団体の行う行為が、専ら利益獲得等の不当な目的である場合、あるいは宗教団体であることをことさらに秘して勧誘し、徒らに害悪を告知して、相手方の不安を煽り困惑させるなどして、相手方の自由意思を制約し、宗教選択の自由を奪い、相手方の財産に比較して不当に高額な財貨を献金させる等、その目的、方法、結果が、社会的に相当な範囲を逸脱している場合には、もはや、正当な行為とは言えず、民法が規定する不法行為との関連において違法であるとの評価を受けるものというべきである。」

(A) YらのXに対する「一連の行為は、個々の行為をみると、一般の宗教行為の一場面と同様の現象を呈するものと言えなくもないものもあり、またXは主観的には自由意思により決断しているようにみえるが、これを全体として、また客観的にみると、Yの信者組織において、予め個人情報を集め、献金、入信に至るまでのスケジュールも決めた上で、その予定された流れに沿い、ことさらに虚言を弄して、正体を偽って勧誘した後、さらに偽占い師を仕立てて演出して欺罔し、徒に害悪を告知して、Xの不安を煽り、困惑させるなどして、Xの自由意思を制約し、執拗に迫って、Xの財産に比較して不当に高額な財貨を献金させ、その延長として、さらに宗教選択の自由を奪って入信させ、Xの生活を侵し、自由に生きるべき時間を奪ったものといわざるを得ない」。
解説  ● マインドコントロール:社会心理学上の概念で、一般に、操作者が望む方向に相手方を説得し誘導する行為。 
行為者側の加圧態様が強迫や困惑惹起など不公正な取引方法に当たれば、民法や消費者契約法、特定商取引法は取消しを認めるほか、不法行為も構成。
同種事案につき、個々の出損行為ごとに表意者への働きかけ行為の違法性の存否を判断し、勧誘の違法性を判断するものが少なくない。
本判決は、Xの個々の出損行為が、客観的にYの教義上で体系的に仕組まれたマインドコントロール状態の下でなされたものと認められる場合には、主観的に自由意思によると認められるものを含め、全体としてYらの不法行為の成立を認める。
 ● これによるXの献金や物品購入は、全体的、客観的にマインドコントロール下でその自由意思が制約されてなされたもので、社会的相当性を逸脱して違法評価を受ける。

Yによるマインドコントロール行為自体を違法とするわけではない。
⇒事実認定上で、仮にXの意思決定が自由な判断によるものと認められるものについては損害に含まれないと判断する余地。 
Xの出損が自由な意思決定によることを認めつつ、マインドコントロールの影響下での出損額すべてを損害として認めようとすれば、マインドコントロールを目的とする働きかけ行為全体を違法とするほかない。
 ● ●不公正取引ととらえるアプローチ 
〜マインドコントロールが人の軽率、窮迫、無知などの状況を濫用する性格を持つ点に着目。
自己啓発セミナーの参加費等の回復を求めた事案に関する東京地裁H19.2.26は、精神医学や心理学の知識を基礎とするノウハウを利用したマインドコントロールを不公正な行為とした。・
デート商法に関する判決群
・不当に利得するために勧誘し契約を存続させるために、人の好意や恋愛感情につけ込む一連の行為を通常の契約締結過程からは著しく逸脱した方法によるとするもの
・端的に不公正な取引方法に当たるとするもの
 心理学上の原理を伴うマーケティング手法:
「返報性」:親切にされればそれを返したい
「一貫性と約束」:約束した以上は一貫したい
「希少性と後悔予測」:希少なものを価値あるものと速断しそれを逃すことで後悔したくない
「社会的証明」:一般的・社会的な評価に自己をあわせがち
「好意と類似性」:好感を抱いたり類似点から人を信じやすい
「権威と専門家の承認」:社会的に権威があるとされるものや専門家の意見に従いやすい
本件では、ビデオセンターへの度重なる勧誘や、そこでの信頼関係の醸成(返報性原理、好意性原理)、先祖救済のチャンスの希少性とそれを利用しない場合の後悔の強調(希少性と後悔予測)、Y教祖の権威利用(権威性原理)など、心理学的な影響原理が多様。
解釈論としても、行為者が明らかに表意者の能力を弱め、行為者の意図する以外の判断を行わせないように導く行為は不公正な取引方法の1つとして違法評価が与えられてよい。
but裁判例では、不安や困惑惹起行為を伴わない単なる心理学上の影響手法が施され、目的の不法性、結果の重大性が認められるものでもこれを不公正な取引方法に該当するものとして、民事上で違法評価を行うものは見当たらない。
 ● ●適合性原則違反のアプローチ 
適合性原則:
表意者の意向と実情に適合しない勧誘や取引を禁止する法理であり、その違反が民事法上で違法とされるために誤導や不実表示、あるいは威迫による表意者の困惑惹起を伴うことを要しない。
ex.
資産適合性に反するような呉服の過量販売が顧客の支払能力を超え公序良俗に反し無効であり不法行為を構成するとしたもの(大阪地裁H20.1.30)。
東京地裁H19.5.29:
形式的には宗教活動の名目で行われた勧誘者による献金や商品購入に向けた勧誘が社会的相当性を逸脱し不法行為を構成すると判断した理由として、殊更に被害者の不安や恐怖心の発生を企図したり助長することで自由な意思決定を不当に阻害したことに加え、被勧誘者の資産状況や生活状況等に照らして過大な出損をさせた点をあげる。
but
取引が被勧誘者の資産状況に適合しないものであれば、これに加えて表意者の意思決定の自由を阻害する不公正な勧誘が用いられたことを要しない。
適合性原則からすれば、少なくとも行為者が表意者の意思決定に向けて上記のような心理学的な影響手法を用いる場合には取引が表意者の真の意向に合致しないことが容易に疑われ、その調査が懈怠されて行われた勧誘や取引は、適合性原則違反を構成する。

不安や困惑惹起などを直接に伴わない勧誘の違法性判断の手がかりとして有用性がある。
■102 HIV感染に関する情報の開示
東京地裁H11.2.17    
■102   事案 情報開示がXに無断で行われたために、Xは病院に不信を抱き、別の医療機関に転院せざるを得なくなったこと、また、HIV感染症の患者の人権や教育が保障されることが困難であるとして、大学を退学せざるを得なくなったことから、甚大な精神的損害を被ったとして、Yに対し、診療契約上の守秘義務違反およびカルテの保管義務違反を理由に、債務不履行に基づく慰謝料1000万円を請求。
 判旨 請求棄却(控訴)。理由の概略は以下のとおりである。

(@) Xに対する守秘義務について
「医療従事者は患者に対し、診療契約上の付随義務として、治療上知り得た患者の秘密を正当な理由なく第三者に漏らしてはならない義務を負う。……本件診療契約の当事者であるYは、本件診療契約に基づき患者の秘密について守秘義務を負うところ、B教授は、Xに対するHIV診療に関して、当初から、治験薬の投与、検査データの分析、治療方針の決定などについて助言し」、担当医師「と討論するという形(治療相談コンサルテーション)で、Xの治療に関わってきたのである。したがって、B教授は、Xの診療に携わる医療従事者として、その診療上知り得たHIVに係るXの検査データについて、Yが負う守秘義務の履行補助者の地位にあるというべきである」。

(A) 情報開示の正当な理由について
@ 動機の正当性
観血的なものを含む臨床実習では感染予防に注意を要すること、臨床実習では少なからず体力的・精神的負担がかかるところ感染者が何時エイズを発症して体力が急激に衰えるかの予測が容易でなかったこと、および臨床実習の際には指導教官と実習患者の理解を得る必要があることなどの諸事情を総合すると、本件開示を「Xの学生生活を支えていく上で当然に必要なことである」と考えた本件開示に関する動機は、「極めて正当なものであったと評価することができる」。

A 開示の相手方の相当性
A教授は「歯学部におけるXの学業継続の支援体制の中で中心的役割を果たしていた人物であり、……開示した情報はあくまでも歯学部の中で臨床実習の可否等について検討する資料として利用されるにとどまり、そのデータが歯学部外に公表されることはないものと信頼したことは相当であった」。「したがって、HIV感染者のプライバシー保護の観点からみても、B教授が本件開示を行った相手が不相当であったとはいえない」。

B XのHIV感染症に関する情報の秘密性
「一般にHIV感染後エイズ発症までの期間は約6か月から10年と個人差があり、エイズを発症しない限り、感染者は日常生活の上で格別困難を伴うことなく生活をすることができるとされているが、他面……エイズに対する特効薬は現在のところいまだ発明されておらず、エイズが発症してしまうとその予後は芳しくなく、死に至るケースが多い。……それゆえ、エイズ発症の可能性の指標になる……検査データはもちろんのこと、HIV感染者の病状に関するデータは……感染者が一般的に公開を欲しないであろう性質を有する……。……このようなことから、HIV感染者の病状、特に免疫機能に関する情報は秘密性が非常に高い」。
しかし、○イ「Xは、HIV感染の事実を歯学部教授らに開示しており、感染の事実は歯学部教授内においては周知の事実となっていたこと」、○ロ「Xは、……会談の際に、B教授がXの病状に関する情報を歯学部3教授に教示したことについて何ら格別の異議を述べていないこと」、
○ハ「Xの病状は、……ほぼ横這いの状況にあり、右病状に関するデータがXがHIV感染者であることを知っている者に知られてもXに格別の不利益をもたらすものであったとは必ずしもいえないこと」等から、「本件開示に係る情報は、少なくとも歯学部A教授との関係では、Xにおいて、およそ開示を欲しないという性質のものであったとは認められない」。
上記等「諸般の事情を総合すると、B教授がA教授に対してた本件開示には、正当な理由があったというべきであり、右開示行為には違法性ないし過失がなかったとするのが相当である」。
(B) (傍論として)Xの黙示の承諾について
「現今ないし平成7年当時のHIV感染症に対する社会一般の認識状況からして、HIV感染症患者にとっては、たとえ外部にHIV感染症患者であることが知られているものであったとしても、その症状が自己の承諾なくして第三者に知られることは、それ自体一般的に強く嫌忌される事柄であることが明白であること」、エイズ予防法や厚生省通達等の趣旨などからすれば、「HIV感染症患者の症状に関する情報開示について当該患者の承諾を得るについては慎重かつ適正厳格な手続を経る必要があるというべきであって、そのような基本的な考え方からすれば……Xが本件開示についてまで包括的に承諾していたと認めることは相当でない」
 規定 刑法 第134条(秘密漏示)
医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
解説   ● ●本判決の意義と位置づけ
HIV感染症患者 の診療に関与する意志が、患者のエイズ発症の可能性に係る情報を、同一大学の他学部の教授に無断で開示したことが、診療契約上の守秘義務違反にあたるかどうかが問われた事案。
 ● ●診療契約上の守秘義務について
医師の守秘義務の法的根拠として、刑法134条1項が言及されることが多い。 
医師に対よる診療情報の第三者開示は、民事法上も、患者に対する不法行為または債務不履行責任を発生させ得る。
本判決は、冒頭において、医療者が患者との診療契約によっても守秘義務を負うとし、それを診療契約上の付随義務と位置づけ、通説を踏襲。
守秘義務の担い手を診療契約の当事者である大学設置者Yとし、医師をその履行補助者と構成。
 ● ●大学病院における守秘義務と人的範囲
 ● ●HIV感染者の病状に関する情報の秘密性 
特に発症の可能性に係る情報には、一般論としては高度な秘密性を認めている。
その上で、本事案については、(1)以前の会談でXが格段意義を唱えなかったことや、(2)Xの病状が安定しており本件開示がXに格段の不利益をもたらさない
⇒開示情報の秘密性を否定。
●本人のためにする情報開示の正当性 
 ● ●黙示の承諾の法理の適用 
  ■101 インターネット接続サービス加入者の個人情報の外部流出とサービス業者の責任
大阪地裁H18.5.19
■101   事案 Xらは、個人情報の適切な管理を怠った過失により自己の情報をコントロールする権利を侵害されたとして、Yらの共同不法行為に基づく損害の賠償を請求した。 
 判旨  第一審裁判所は、Y1とY2は別々に顧客情報を管理しておりY1からの流出は認められないとして、Y1に対する請求を棄却したが、つぎのように述べてY2に対する請求の一部を認容し、一人当たり慰謝料5000円、弁護士費用1000円、計6000円の損害賠償を命じた。
「Y2は、本件不正取得が行われた当時、顧客の個人情報を保有、管理する電気通信事業として、当該情報への不正なアクセスや当該情報の漏えいの防止その他の個人情報の適切な管理のために必要な措置を講ずべき注意義務を負っていたと認められる。……Y2におけるリモートアクセスの管理体制は、ユーザー名とパスワードによる認証以外に外部からのアクセスを規制する措置がとられていない上、肝心のユーザー名及びパスワードの管理が極めて不十分であったといわざるを得ず、Y2は、多数の顧客に関する個人情報を保管する電気通信事業者として、不正アクセスを防止するための前記注意義務に違反した」。
なお、控訴審判決(大阪高判平成19・6・21平18(ネ)1704号)は、Y1・Y2の双方に対し、500円の郵便振替支払通知書の交付を本件損害賠償請求権の一部弁済と認め5500円の損害賠償を命じ、上告棄却・不受理決定(最決平成19・12・14平19(オ)1365号等)により確定した。
 規定 個人情報保護法 第20条(安全管理措置)
個人情報取扱事業者は、その取り扱う個人データの漏えい、滅失又はき損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない。
解説  ● 個人情報の漏えいや不正使用に対する脅威は増大の一途。 
電気通信事業者をはじめとする個人情報取扱業者が、その管理下にある個人情報の管理等について一定の注意義務を負い、漏えいや不正使等に対し一定の民事責任を問われることには異論がない。
問題は、安全管理義務の内容として具体的にどのような義務を果たす必要があるか、それに違反して個人情報が漏えいしまたは不正使用された場合に、消費者はどのような法的救済を受けることができるか。
 ● 個人情報の漏えいや不正使用は自己の情報をコントロールする権利であるプライバシーの侵害にあたるという理解は定着している。
犯罪歴や思想・宗教に関する事項など機微性の極めて高い情報、信用取引に係る債務の履行に関する情報など経済的価値のある信用情報、氏名や住所など個人を特定・識別するための情報、消費者が購入したサービス・商品に関する情報など、個人情報の性質や要保護性は多様。
裁判例:
@明らかに私生活上の事柄を含み、A一般通常人の感受性を基準にして公開を欲しないと考えられ、かつBいまだ一般に知られていない情報がプライバシー権の対象に成りえる(東京地裁昭和39.9.28)。
住民基本台帳に記載され何人も閲覧できる情報(氏名、性別、生年月日、住所)であっても、プライバシー権は及び得る(大阪高裁H13.12.25)。
個人の氏名や住所のような識別情報であっても、上述した基準に照らせば、情報コントロール権が認められ、また、それらが平成15年に制定された「個人情報の保護に関する法律」上の「個人情報」(2条1項)に該当することも明白。
but
個人情報の性質・要保護性、および当該個人情報の利用目的等に応じて、個人情報の収集や管理・利用の適法性に係る判断基準や、侵害にたいする救済方法などに差異が生じ得る。
 ● 電気通信事業者の個人情報に関する安全管理義務の水準および内容は、基本的には、当該時点における一般的な技術的・組織的および人的基準に照らし、通常の合理的な業者であれば講じていたであろう安全管理措置を基準に判断される。
監督官庁等が策定した公的性質をもつ個人情報保護に関する各種ガイドラインや業界団体の自主規制には、当該時点の技術水準等が反映されている場合が少なくない
⇒直ちに不法行為における注意義務を構成するものではないにせよ、それらの規範は裁判所の判断に影響を与える余地がある(東京地裁H19.8.31)。
平成16年8月31日に総務省から「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」が発出され、翌17年4月1日に個人情報保護法が施行。
同法は、個人情報取扱事業者に対し、個人データの漏えい・滅失・毀損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講ずべき義務を課している(同法20条)。
同法の定める安全管理義務は、個人のプライバシー保護を目的とする
⇒私法上の注意義務の内容を確定するに際しても指針となろう。
ガイドライン:
電気通信事業者は、個人情報へのアクセスの管理、持出しの制限、不正アクセスの防止その他の個人情報の漏えい・滅失・き損の防止その他の個人情報の安全管理のために必要かつ適切な安全管理措置を、「情報通信ネットワーク安全・信頼性基準」等の基準を活用しつつ講ずべきものとされる(同11条)。
従業員(派遣社員を含む)に対個人情報の安全管理が図られるよう必要かつ適切な管理を行わなければならない(同12条1項・2項)。
従業員自身、退職後も含め、その業務に関して知り得た個人情報の漏えいや不正使用を禁止される(同12条5項)。

安全管理措置については、技術的保護措置として、@アクセス管理・アクセス状況の監視体制、A個人情報の持出し手段の制限、およびBファイアーウォールの設置など外部からの不正アクセス防止のために措置を講ずべきものとし、
組織的措置としては、@安全管理に関する従業員の責任・権限の明定、A安全管理に関する内部規程等の整備と遵守、B従業員との秘密保持契約の締結、C教育研修などを挙げる。
本判決は、個人情報への不正なアクセスや当該情報の漏えいの防止その他の個人情報の適切な管理のために必要な措置を講ずべき通信事業者の注意義務を一般的に認めたうえで、サーバーへのリモートアクセスを認めたことは、その必要性と範囲の相当性にかんがみ注意義務に反しないと判示。
しかし、@Y2におけるリモートアクセスの管理体制は、特定のコンピュータ以外からはリモートアクセスでこいないようにするものではなく、ユーザー名とパスワードにより規制するだけでありその他の措置を講じていなかった点、Aユーザー名とパスワードが同じ文字列でありしかも複数人でアカウントを共有していた点、およびB従業員の退職時および定期的にパスワード等の削除・変更をしていなかった点をとらえ、注意義務違反を認定。

前述のガイドラインの基準等に照らせば、不正アクセス防止措置として、情報通信事業者としての注意を欠くものであり、結論は妥当。

リモートアクセスが個人情報の漏えいなどの危険を大きく増大させることはいうまでもなく、JIS規格や「コンピュータ不正アクセス対策基準」等の各種規範により、特に注意深い管理・監視・教育研修等が要求される。

なお、業法や自主規制から著しく逸脱した行為は不法行為法上も違法となりえるとする判例(最高裁H17.7.14)が存在。
 ● 多発しているのが、個人情報取扱業者やその下請企業の従業員が、顧客データを自宅のパソコン等に保存し、ファイル交換ソフトによりインターネットを通じて当該情報が流出するケース。

従業員が個人データを無断で貸与パソコンに保存した行為は、業務終了後は個人情報を消去する義務に違反し、自宅パソコンにデータを保存した行為は同データを消去するまで安全に管理すべき義務をに違反したとして、不法行為・使用者責任を肯定した裁判例(山口地裁H21.6.4)がある。
 ● 個人情報の漏えいやその不正使用等に対しては
@損害賠償のほか、A当該情報の使用の差止め、削除・低絵師など、いくつかの法的救済が考えられる。
個人情報の要保護性が高い場合には、差止めが認められる場合もある(最高裁H14.9.24)。
尚、妨害排除請求権に基づみ住民基本台帳からの住民票コードの削除を認めた原審を破棄した最高裁H20.3.6。
機微性の高い情報の漏えいあるいは誤情報の伝播・利用等により経済活動に支障が生じたケースにおいては、より高額の慰謝料が認められる傾向にある。
ex.
エステサービスを提供している業者からホームページ製作保守業務を他社に委託していたところ、顧客情報をインターネットに常時接続されているサーバー内に保管したことにより電子掲示板にそれが公表され、迷惑メールなど二次的被害を受けた事案について、1人当たり3万円の慰謝料と弁護士費用5000円の合計3万5000円が認められた事例。
 ● 消費者信用取引の分野では、信用情報機関の役割が高まるにつれ、個人信用情報の漏えいや目的外利用など個人のプライバシーや継続的利益を損なう危険が増加。

平成18年改正貸金業法および平成20年改正割賦販売法により、所管官庁の大臣が、申請に基づき特定信用情報の収集および会員に対するその提供業務を行う者を指定する指定信用情報機関制度が導入され、当該機関や会員等に対し監督法上の規制がなされた。 
 ■100 顧客情報の開示請求
最高裁H19.12.11
■100  事案  亡Aの相続人であるXらが、共同相続人であるBに対し、遺留分減殺請求権を行使したとして、Aの遺産に属する不動産につき共有持分権の確認および共有持分移転登記手続を、同じく預貯金につき金人の支払等を求めたもの。
この本案訴訟において、BがAの生前にその預貯金口座から払い戻しを受けた金員はAのための費用に充てられたのか、Bがこれを取得したのかが争われた。
Xらは、Bが預貯金の払戻しを受けて取得したのはAからBへの贈与による特別受益に当たる、あるいは払戻しによりBはAに対数る不当利得返還債務または不法行為に基づく損害賠償債務を負ったと主張し、Bがその取引金融機関であるY信用金庫のC支店に開設した預金口座に上記払戻金を入金した事実を立証するために、Yに対し、BとYのC支店との間の平成5年からの取引履歴が記載された取引明細書を提出するよう、文書提出命令の申立てをした。
判旨 原決定破棄、原々決定に対する抗告棄却。
「金融機関は、顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用にかかわる情報などの顧客情報につき、商慣習上又は契約上、当該顧客との関係において守秘義務を負い、その顧客情報をみだりに外部に漏らすことは許されない。しかしながら、金融機関が有する上記守秘義務は、上記の根拠に基づき個々の顧客との関係において認められるにすぎないものであるから、金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について、当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には、当該顧客は上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず、金融機関は、訴訟手続において上記顧客情報を開示しても守秘義務には違反しないというべきである。そうすると、金融機関は、訴訟手続上、顧客に対し守秘義務を負うことを理由として上記顧客情報の開示を拒否することはできず、同情報は、金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有する場合は別として、民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されないものというべきである。
これを本件についてみるに、本件明細表は、Yとその顧客であるBとの取引履歴を秘匿する独自の利益を有するものとはいえず、これについてBとの関係において守秘義務を負っているにすぎない。そして、本件明細表は、本案の訴訟当事者であるBがこれを所持しているとすれば、民訴法220条4号所定の事由のいずれにも該当せず、提出義務の認められる文章であるから、Bは本件明細表に記載された取引履歴についてYの守秘義務によって保護されるべき正当な利益を有さず、Yが本案訴訟において本件明細表を提出しても、守秘義務に違反するものではないというべきである。そうすると、本件明細表は、職業の秘密として保護されるべき情報が記載された文章とはいえないから、Yは、本件申立てに対して本件明細表の提出を拒否することはできない。」
なお、本決定には、田原睦夫裁判官による詳細な補足意見が付されている。
 規定 民訴法 第220条(文書提出義務)
次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
民訴法 第197条
次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。
三 技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合
解説  ● 本決定の意義:
@金融機関の顧客情報に関する守秘義務を一般に肯定し、これが「職業の秘密」として保護されること
A顧客の利益に着目し、顧客自身が訴訟当事者として訴訟上提出義務を負う文書は、これを金融機関が提出しても守秘義務違反にはならないため、職業の秘密を理由に提出を拒むことはできないこと、
B文書の所持者である金融機関独自の職業の秘密を理由に提出を拒むこともできること
を示したもの。 
 ● 「技術又は職業の秘密」(民訴法220条4号ハ・197条1項3号)は証言拒絶および文書提出義務の免除の対象となる。

最高裁H12.3.10:
その意味に関し、「その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困難になるもの又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるもの」とうい定義を示す。

最高裁H18.10.3:
情報を開示することによる不利益の内容、程度等と、民事事件の内容、性質、社会的な意義・価値、証言の必要性、代替証拠の有無等の諸事情等を比較衡量して、保護に値する秘密のみが証言拒絶の対象となるとした。

この比較衡量を、その他の職業の秘密について、また文書提出義務の判断の場面で行うことは肯定されている(判例)。
守秘義務によって保護されるものには顧客ら第三者の利益と、所持者である金融機関自身の利益の2つがあることは意識されていたが、職業秘密該当性の判断に当たっては後者の利益に一元化して検討されていた。
すなわち、顧客情報を開示することで顧客が不利益を被り、その結果「反射的に」金融機関等がどのような不利益を被るかという点に着目し、それを職業の秘密として保護すべきかが判断された。 
 ● 本決定は、金融機関が顧客情報について守秘義務を負うことを一般的に肯定し(学説では従来から商慣習法、明示ないし黙示の契約、信義則、プライバシー権等を根拠に守秘義務が法的義務として肯定されてきた。)、顧客自身が訴訟当事者として開示義務を負う場合には、顧客の利益は金融機関の守秘義務により保護される正当な利益を有するものではなく、金融機関がこれを開示したとしても守秘義務違反にはならないので、金融機関の職業の秘密には該当しない

一次的には顧客自身の秘密の要保護性を検討
仮にBが所持していれば文書提出命令により提出されていたはずである情報をBが紛失した結果、同じ情報を有しているYが守秘義務を盾に提出を拒むことができるとすると、当該情報を証拠として利用することができる不公平。
金融機関独自の利益が認められうるのは、田原補足意見で指摘されているような、顧客に対する金融機関内部での信用情報解析資料や査定資料、ノウハウや融資方針、業績見通しなどに限られようか。
 ● 本決定の射程が、金融機関が訴訟当事者で顧客が第三者である場合にも及ぶかについては、最高裁H20.11.25が肯定。 
■99 クレジット会社による顧客の誤った信用情報の提供
大阪地裁H2.7.23  
■99  事案  XはY1(クレジット会社)に対し、Y2(信用情報センター)へ誤情報を提供したことについて、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を請求し、またY2に対し、不利益な情報が登録された消費者に対しそれを通知する義務の違反による不法行為、民法719条1項による連帯責任、およびY1とY2の一体性によるシステム責任に基づく損害賠償を請求した。
 判旨 請求一部認容、一部棄却(確定)。
(@) Y1の責任
信用情報の提供については、Xから同意を得ているから「Y1が前回のクレジット契約に基づくXの正確な信用情報をY2に提供する限り、何ら違法ではない。/しかし、Y1は、Y2にXの信用情報を提供するに当たり、信義則上、前回のクレジット契約に付随して、正確を期し、誤った情報を提供するなどしてXの信用を損なわないように配慮すべき保護義務があり、この保護義務に違反すれば、債務不履行(不完全履行)責任を負うと解するのが相当である」。

(A) Y2の責任
@ 不法行為責任について 「消費者信用情報について消費者に不利益な情報を登録した場合、Y2が当該消費者にその旨通知すべき義務があったとはいえず、他にこの通知義務の存在を認めるに足りる証拠はないから、不法行為責任の主張は理由がない。」
A 民法719条1項の連帯責任について 「Y2に消費者に対する情報登録通知義務があるとは認められず、他に、Y2のXに対する不法行為の成立について何らの主張立証がないから、右連帯責任の主張も理由がない。」
B システム責任について 信販会社は、消費者から与信の申込みがあった場合、Y2からの信用情報の提供を受けることにより、個々に与信申込者の信用情報を調査する費用と時間を省略できしかも正確な情報の入手が可能となること、クレジット契約の申込みをする消費者からみれば、Y1とY2が一体のものと受け取られやすいこと、Y2の一部の取締役等には会員の取締役等が就任していることが認められる。「しかしながら、過失責任を原則とする民法の下では、特別の法律の規定がなければ過失のない者が損害賠償等の責任を負うことがないのであり、本件においても、Y2に責任を認める特別の規定がないので、右認定の事実が認められるからといって、本件誤情報を登録したことについて損害賠償義務を負わねばならない謂がなく、システム責任の主張も、採用することができない。」
(B) 損害
信用情報は、Y2の会員または他の信用情報機関の会員のみが利用できること、誤情報は関係者以外には照会されていないこと、誤情報は約8日間で抹消されたこと等諸般の事実に加え「本件クレジット契約申込に対する拒絶の通知がY1より封書でX宅に郵送された事実を総合して考慮すると、本件不法行為によってXが受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては、10万円が相当である」。 
解説  ● 近時の割賦販売法の改正により、信用情報を利用した過剰な信用供与の防止が法制度化(割賦38条。なお、貸金業13条の2も参照)。
本判決は、信用情報を提供するクレジット会社には、信義則上認められる付随義務として顧客の信用を損なわないよう配慮する保護義務があるとし、これに違反すれば、債務不履行(不完全履行)となるとする。
「不完全履行」という債務不履行類型を認めるか否かは1つの問題ではあるが、クレジット契約に伴う信用情報提供にこのような保護義務があることについては異論がないであろう。
 ● 本判決は、クレジット会社が提供した誤情報をそのまま登録した信用情報機関に関しては不利益情報を登録したことについて当該顧客への通知義務はないとした。
信用情報機関は、正確な信用情報を提供するよう努める義務を負い(割賦39条3項)、また当時、銀行取引情報に関する信用情報機関では、不利益情報の登録に際して当該顧客に通知することが行われていた。
割賦販売法、貸金業法の改正により、与信者に信用情報機関の利用が義務づけられるが、信用情報機関に対し不利益情報登録に関する当該顧客への通知義務は課されていない。
Y1からY2に提供された情報の正確性調査義務についても、消費者信用情報を扱う信用情報機関に正面からそのような義務を課すのは、事実上難しい。
 ● 大阪地裁H2.5.21:
機械製造業者の社長について漢字1文字が異なる同姓同音の者の破産宣告情報を誤って信用情報機関が登録し、融資拒絶により当該業者の事業に支障を来した事例で、信用情報機関の損害賠償義務が認められた。(誤情報により事業に支障を来したこともあり220万円の賠償額)
〜明らかに情報収集過程で信用情報機関に過失が認められるから、本判決と結論を異にするのは当然。 
 ● 平成15年に個人情報の保護に関する法律が立法・施行され、民間における個人情報保護が明確化された。
情報の保護については、その19条において「個人データを正確かつ最新の内容に保つよう努めなければならない」と定められたが、損害賠償請求にかかわる直接の規定はない。
but
この法律により、誤情報の提供、登録に関する違法性の認定に関し、被侵害利益の要保護性がより高まった。 
■98 未成年者による有料サイト利用と親のクレジット・カード不正使用  
長崎地裁佐世保支部H20.4.24
■98   事案 19歳の長男Aが同居中の父親Yのクレジットカード情報を不正使用し、自らの携帯電話を用いて、カード上の識別情報(名義人名、カード番号、有効期限)を入力の上、インターネット上で決済する有料アダルトサイトにアクセスして利用。
⇒カード会社から多額の利用料金の請求を受けて問題が発覚。
カード規約には、カードの利用方法として
@加盟店へのカードの提示および署名
A加盟店に設置された端末機でのカードおよび暗証番号の操作
のほかに「その他当社が指定する方法」の記載がある。
規約13条2項に「カードの盗難・紛失により第三者に不正使用された場合、その代金等の支払いは会員の責任となります」との条項があり、同3項には、
(イ)「会員の故意又は重大な過失に起因する場合」と
(ロ)「会員の家族・・・・など、会員の関係者の自らの行為もしくは加担した盗難の場合」を除いて盗難等で会員が被った損害についてクレジット会社が全額補填する旨の「補償規約」があった
Yは補償規約の適用などを主張して争った。
 判旨 請求棄却(控訴)。
「本件各カード利用は、インターネットのサイト上で本件カードのカード識別情報のみを入力する方法により行われているところ、この方法は、カード識別情報を正しく入力しさえすれば、その利用者が当該カード識別情報に対応するカードの貸与を受けた会員本人であるかどうかは問われないまま、当該カードの利用が可能となるもので、暗証番号の入力などによる本人確認は行われておらず、したがって、カード識別情報を知る第三者が会員本人になりすまして他人のカードを利用することが容易に可能な利用方法であったといえる。……カード識別情報を利用したなりすまし等の不正使用及びそれにより会員が被る損害を防止するには、……カード識別情報に加えて、暗証番号など本人確認に適した何らかの追加情報の入力を要求するなど、可能な限り会員本人以外の不正使用を排除する利用方法を構築することが要求され……決済システムとしての基本的な安全性を確保しないまま、事後的に補償契約の運用のみによって個別に会員の損害を回避しようとするだけでは不十分というほかない」。具体的に、「本件カードの利用方法には、第三者による不正使用に対する安全性確保について致命的な欠陥が存在し、本人確認情報の入力等其の欠陥に対するシステム的な対応がなされておらず、また、そのこと(カード上の識別情報のみでクレジットが利用できること、それにより第三者による不正使用の危険性があること、それに対する対応策が充分でないこと等)についての約款上の明示及び契約締結時のカード契約者への説明が全くなされていなかった」として、Yの重過失を否定しつつ、Xの請求を棄却した。
解説  ● カード表面に記載された識別情報を入手しさえすれば、だれでも自己の携帯電話などを通じて容易にこの決済手段を用いることが可能。
判決は、カードの安全性確保に「致命的な欠陥」があったことを理由に、クレジット会社からの請求を棄却。
 ● 最高裁H15.4.8:
現金自動入出機(ATM)による現金払戻しについても民法478条が適用されることを示しつつ「債権の準占有者に対する機械払の方法による預金の払戻しにつき銀行が無過失であるというためには、払戻しの際に機械が正しく作動しただけでなく、銀行において、預金者による暗証番号等の管理に遺漏がないようにさせるため当該機械払の方法による預金の払戻しが受けられる旨を預金者に明示すること等を含め、機械払システムの設置管理の全体について、可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていたことを要する」と判示し、システム全体を通じた安全性の確保が、顧客に対する免責(顧客へのリスク転嫁)の特約の有効性を正当化するとした。

非対面的な機械による取引では、金融機関がシステム全体の設置・管理について安全性確保のために注意義務を尽くしていたかどうかが、法478条にいう「過失」判断の基準とされており、この理は広く、他のカード払いの場面についても妥当。
偽造・盗難カード預貯金者保護法の制定(2005年)も、以上のような、判例による基本的リスク分配の考え方を覆すものではない。
民法 第478条(債権の準占有者に対する弁済)
債権の準占有者に対してした弁済は、その弁済をした者が善意であり、かつ、過失がなかったときに限り、その効力を有する。
本件のような手法は、一般に利用される決済システムとしての基本的安全性を欠いており、事後的な補償規約の運用のみで個別の会員の損害を回避しようとするだけでは不十分。
かかる決済が浸透すれば、いつ識別情報が奪われるか分からないわけであるから、通常の利用におけるカードの「提示」自体が躊躇され、ひいては、カード会社における安全と信頼を失う結果ともなりかねない。
 ● 本件カード利用規約には、第三者によって不正利用された場合の損害をカード会社が全額補填する旨の条項があり、加えて、会員の家族等、会員の関係者の行為等による場合には損害が填補されないとの例外規定がある。 
本判決は、この例外規定の適用には、少なくとも、会員本人の重過失の存在が要件になるとし、本件では、そのような重過失がないとした。

家族間といえども、一方的に債務を引き受けさせることは無理であろうし、カード識別情報の管理は、カードの占有を伴う盗用や電話回線使用の場合以上に困難
⇒かかる制限的解釈は支持されていい。
その意味では、カードの無断持ち出し等の場合を想定して、「家族等による不正使用の場合には本人によ故意または重過失は事実上推定される」ということにはならない。

個々の会員の重過失の立証が困難であるだけに、第三者や家族による不正使用と称して本人の不正使用がなされても、カード会社としては会員への請求を断念しなければならなくなるおそれがある。
結局のところ、カード会社としては、カード識別情報のみに頼るのではなく、本人確認システムの導入を検討せざるを得ず、これによる利用上の不便は、システム利用者全体で甘受すべきことになろう。
    ■97 ダイヤルQ2利用に係る通話料の請求と信義則
最高裁H13.3.27
■97  事案   当時の電話サービス約款118条によると、加入電話契約者はその契約者回線から行った通話に関しては、加入電話契約者以外の者による場合であっても通話料金の支払を要するとされていた。
XはYに通話料の支払を求めて提訴。
 第1審 本件約款118条はダイヤルQ2サービスの利用による通話料には適用されない。
原審 Xの本件約款118条に基づく通話料請求は信義則上許されない。 
判旨 一部破棄自判、一部上告棄却。
本件約款118条は、「通話料徴収費用を最小限に抑え、低廉かつ合理的な料金で電気通信役務の提供を可能にする」ことから、「一般利用者にも益するもの」である。
「したがって、Yは、本件約款の文言上は、Xに対して本件通話料の支払義務を負う」。しかし、加入電話契約も「民法上の双務契約であるから、契約一般の法理に服することに変わりはなく、その契約上の権利及び義務の内容については、信義誠実の原則に照らして考察すべきである。そして、当該契約のよって立つ事実関係が変化し、そのために契約当事者の当初の予想と著しく異なる結果を招来することになるときは、その程度に応じて、契約当事者の権利及び義務の内容、範囲にいかなる影響を及ぼすかについて、慎重に検討する必要がある」。
 ダイヤルQ2サービスは、「日常生活上の意思伝達手段という従来の通話とは異なり、その利用に係る通話料の高額化に容易に結び付く危険を内包していたものであったから、公益的事業者であるXとしては、一般家庭に広く普及していた加入電話から一般的に利用可能な形でダイヤルQ2事業を開始するに当たっては、同サービスの内容やその危険性等につき具体的かつ十分な周知を図るとともに、その危険の現実化をできる限り防止するために可能な対策を講じておくべき責務があったというべきである。本件についてこれを見ると、上記危険性等の周知及びこれに対する対策の実施がいまだ十分とはいえない状況にあった平成3年当時、加入電話契約者であるYが同サービスの内容及びその危険性等につき具体的な認識を有しない状態の下で、Yの未成年の子による同サービスの多数回・長時間に及ぶ無断利用がされたために本件通話料が高額化したというのであって、この事態は、Xが上記責務を十分に果たさなかったことによって生じたものということができる。こうした点にかんがみれば、Yが料金高額化の事実及びその原因を認識してこれに対する措置を講ずることが可能となるまでの間に発生した通話料についてまで、本件約款118条1項の規定が存在することの一事をもってYにその全部を負担させるべきものとすることは、信義則ないし衡平の観念に照らして直ちに是認し難いというべきである。そして、その限度は、加入電話の使用とその管理については加入電話契約者においてこれを決し得る立場にあることなどの事情に加え、前記の事実関係を考慮するとき、本件通話料の金額の5割をもって相当とし、Xがそれを超える部分につきYに対してその支払を請求することは許されないと解するのが相当である」。
解説  ● 5割の減額という割合的な結論をとった点で斬新な判決。
1989年のQ2サービス開始以降、家庭や第三者の長時間利用によって加入電話契約者が高額な電話料金の請求を受けるという問題が社会問題化する。
 ● ●否定説
A1:ダイヤルQ2サービス利用による通話料への本件約款118条の適用を否定するもの
A2:通話料請求は信義則に違反するとするもの

@通話料の高額化や第三者の無断利用の危険性が高い
A同サービスについてのNTTの周知不徹底 
B情報料と通話料との不可分一体性
●肯定説(約款の適用、通話料請求ともに肯定)

@通話料の高額化はダイヤルQ2サービスに特有ではない
AダイヤルQ2サービスによる通話も一般通話と変わらない
B情報料と通話料の不可分一体性は事実上のものに過ぎず、法的には別の債務
C加入電話契約者に管理責任がある
本判決は、本件約款118条の合理性を認め、加入電話契約者は「本件約款の文言上は」本件通話料の支払義務を負うとする。
その上で、約款による契約であっても、信義則によって契約上の権利および義務の内容が修正、調整されることがあることを確認した上で、その具体的な考慮要素として「契約のよって立つ事実関係の変化」をあげる。
信義則に基づく法原則である事情変更の原則は、両当事者に事情変更の予見可能性および帰責性がないことを要求する。
「事実関係の変化」は、ダイヤルQ2サービス開始による通話料の予想額の高額化という、契約の一方当事者によって引き起こされる変化である点、また、契約の改訂・解除ではなく履行請求権の縮減を認める点で新たな信義則の適用のあり方。
butその根底にある考え方は、契約当事者には当該契約を取り巻く環境の変化に応じた一定の義務が課されるという、事情変更の原則と同様の考え方。
その上で、本判決は、「公益的業者」であるXには、ダイヤルQ2サービスの内容や危険性の周知および危険の現実化をできる限り防止する「責務」があったとする。
その懈怠ないし違反に対して権利者からの損害賠償請求が可能となる「義務」ではなく、相手方の事情と比較考量を通じて権利ないし請求権の不発生ないし縮減といった柔軟な結論に導くための信義則上の考慮要素である「債務」にとどめている。
but
請求権の縮減も法的効果である以上、信義則上の「義務」とすべきであったとも言える。
本判決は、Yの加入電話の管理責任とXの義務懈怠の比較衡量を行った上で「信義則ないし衡平」の概念に照らして通話料請求を5割の限度で認めた。
同日に出された最高裁判決のうち、加入電話契約者の従業員が無断使用した事案では、一般論としてXの責務懈怠がある場合には通話料が減額されることを指摘しながらも、加入契約者が利用者から通話料を徴収することが可能であるとして全額の請求が認容された。
最高裁は、加入契約者の承諾がある場合や、求償が可能である場合には全額の請求が認められるとする。
but
Xの責務懈怠の有無と、加入者側の事情は次元が異なるものであり、加入契約者側の事情によってXの責務懈怠が治癒されるかのような結論を導くのは論理的に一貫せず、最終的に通話料を負担する加入契約者保護の必要性の有無という実質的な考慮が強く働いているとみることができる。
 ●  新たな情報通信サービスを開始した事業者が、「契約のよって立つ事実関係を変化」させ、予想外の事態を生じさせた場合の法的責任を判断する上で、本判決の判断枠組みは参考となる。
消費者取引では裁判官が信義則を拠り所として当事者の利害を調整し、当該事案における妥当な解決を導くことが多くみられ、本判決のように「衡平」の観点から信義則を用いて事業者の履行請求権を制限する裁判例も存在する。
but
信義則への過度の依存が法的安定性を害する危険も見過ごすことはできず、信義則による場合にも具体的な基準を提示して法の安定を図る努力が要求される。


    ■96 クリーニング事故賠償基準
東京簡裁H17.4.27
■96 判旨 請求一部容認、一部棄却。
「本件ジャケットには、本件クリーニングの前には、経年劣化はあるものの、このような特に目立った損傷はなかったことが認められる……ことからすると、前記損傷は本件請負契約に基づくクリーニングによって生じたものと認めることができる。」「本件請負契約の業務内容がYの主張するような『商品価値の全く失われた衣服について、最後の手段として再生の可能性を探るという』限定的なものであったと認めるべきかも疑問のあるところである。……そのような業務内容であったとしても、XがYの説明に対し、クリーニングの結果、特殊な技法であるが故に、移染その他の損傷が生じることの可能性を認識し、事前に了解していたということを認める証拠はない。したがって、Yの十分なカウンセリングやインフォームドコンセントを行ったので責任はないという主張は採用できない。」

「新品同様になっていなかったという主張については、主観的問題もあり、また、本件ジャケットが購入後10年を経過しているという事実からして、Y側に起因する瑕疵があると認めることは困難である。しかしながら、クリーニングを依頼した結果として、……ジャケットに損傷が生じたことは明らかであるので、……民法634条2項に基づき、その瑕疵の補修に代わる損害賠償を請求することは可能である」。

「ところで、クリーニング事故が発生した場合、……その損害額を算定することは困難な作業である。そこで、全国クリーニング生活衛生同業組合連合会は、紛争を定型的に処理するため、その賠償基準(クリーニング事故賠償基準)を設けている。

Xは、この基準について、業界が自らの責任減免を一方的に設定したものであり、これに拘束される理由はないので、時価相当額で算定されるべきであると主張し、さらにYが……ブレードを外してクリーニングをしたことは、基本的かつ重大なミスであるというべきであるから、消費者契約法8条1項2号により無効であると主張する。
しかしながら、この基準が消費者契約法に抵触する旨のXの主張は、この基準が本件請負契約の直接の特約となっているものではないこと、また、実質的に特約となっていると考えたとしても、Xは本件損害賠償の請求の根拠を民法634条2項……瑕疵担保責任に求めているのであるから、消費者契約法8条1項2号(債務不履行による損害賠償責任の免除特約)により無効であるとの主張は失当と考える。」

「本件においては、基本的には、この基準に基づいて損害額を算定すべきであろうが、本件クリーニング事故は個別的要素も多く、この基準にそのまま当てはめて算出することは合理性を欠くと思われる。

そこで、本件における損害額について、総合考慮すると、本件損害額は3万円が相当であると考える。」「なお、本件においては、Xが、慰謝料をもって償いを求めることができる程の精神的苦痛を受けたと認めることはできないので慰謝料の請求を認めることはできないと考える。」「……ブレード部分等の取付費用の負担は……、XY間において、ブレード部分を取り外した上で作業をし、その後、Yが取り付けるという合意があったと認めることができる。したがって、本件取付費用はYの負担とすべきであると考える。

……よって、Xの本件請求は、民法634条2項に基づき、その瑕疵の修補に代わる損害賠償請求として、3万円及びこれに対する平成16年6月16日から支払済みまで……遅延損害金の支払を求める限度において理由がある」。
規定 民法 第632条(請負) 
請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。.
民法 第634条(請負人の担保責任)
仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。
2 注文者は、瑕疵の修補に代えて、又はその修補とともに、損害賠償の請求をすることができる。この場合においては、第五百三十三条の規定を準用する。.
解説 ●クリーニング契約
特定の物の保守ないし維持を依頼する契約は、民法上は請負契約になる。
注文者が相手方に対してある仕事を完成することを頼み、それに対する報酬を約束し、相手方がそれを承諾することによって成立する契約(民法632条以下)。
クリーニング業者は、専門家としての善管注意義務を尽くして仕事を完成させなければならなかったはずであるから、業者は仕事の補修をするか、損害を賠償しなければならない(法634条)。
●クリーニング事故賠償基準
この「基準」は、クリーニング業界独自の自主基準というより、消費者を含めた関連業界のコンセンサスを得て策定された制度。
ただし、この賠償基準が適用されるのは、原則としてLDマーク(組合員)店、またはSマーク(標準営業約款)登録店。
「基準」に基づいて、クリーニング事故賠償審査会が設置されている。
●消費者契約法との関連
Xは、消費者契約法に基づいて、約款である「基準」の無効を主張することによって、慰謝料を含めて、「基準」を超える損害額の賠償を求めようとしたと思われる。
通常のクリーニング事故において生じた損害については、業者は、「基準」に従って賠償責任を負うと解される。
Xは、請負契約としてのクリーニング契約に基づく担保責任のみの追及をしている(民法634条2項)。
⇒消費者契約法8条1項2号により「基準」を無効と主張することは、失当。
本件の場合、X・Y間のクリーニング契約に特殊な目的が含まれていたため、損害につき通常のクリーニングを想定した「基準」を用いることは必ずしも適切とは思われない。「基準」の適用はYの主張にも表れていない。本判決も「基準」の形式的な適用を避けている。
●少額訴訟との関連
一般に被害が少額であり、通常の民事訴訟としては、訴訟費用の点で、提起しにくい。
⇒本件でも、最近創設された少額訴訟(民訴368条以下)が用いられたものと思われるが、通常手続に移行。
消費者としては、一般的に「基準」で認められている「クリーニング事故賠償審査会」(一種のADR)の活用も考えるべき。
●クリーニング事故と慰謝料
物損としての損害額が賠償されれば、それによって、精神面の損害も通常は治癒されると解すべき。
「基準」も「賠償額」とは、「客が洗濯物の滅失破損により直接に受けた損害に対する賠償金をいう」(2条2項)として、慰謝料を想定していない。
■95 宿泊客の携帯品紛失とホテルの責任制限約款
最高裁H15.2.28
■95 事案 本件盗難当時の本件ホテルの宿泊約款には、
「第15条第1項:宿泊客がフロントにお預けになった物品又は現金並びに貴重品については、滅失、毀損等の損害が生じたときは、それが、不可抗力である場合を除き、当ホテルは、その損害を賠償します。ただし、現金及び貴重品については、当ホテルがその種類及び価額の明告を求めた場合だえって、宿泊客がそれを行わなかったときは、当ホテルは15万円を限度としてその損害を賠償します。
同条2項:宿泊客が、当ホテル内にお持ち込みになった物品又は現金並びに貴重品であってフロントにお預けにならなかったものについて、当ホテルの故意又は過失により滅失、毀損等の損害が生じたときは、当ホテルは、その損害を賠償します。ただし、宿泊客からあらかじめ種類及び価額の明告のなかったものについては、15万円を限度として当ホテルはその損害を賠償します」
という規定があった。
Xは、Yに対し、本件盗難についてBには過失がある等と主張して、民法715条1項に基づき、上記宝飾品の価額相当額等の内金1456万円余おyびこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
Yは、本件盗難については、本件特則が適用されると主張。
Xは、Bには本件盗難について重大な過失があり、本件則則によりYの損害賠償義務の範囲が制限されることは相当ではないと主張。
規定 商法 第594条〔客の来集を目的とする場屋の主人の責任〕
旅店、飲食店、浴場其他客ノ来集ヲ目的トスル場屋ノ主人ハ客ヨリ寄託ヲ受ケタル物品ノ滅失又ハ毀損ニ付キ其不可抗力ニ因リタルコトヲ証明スルニ非サレハ損害賠償ノ責ヲ免ルルコトヲ得ス
A客カ特ニ寄託セサル物品ト雖モ場屋中ニ携帯シタル物品カ場屋ノ主人又ハ其使用人ノ不注意ニ因リテ滅失又ハ毀損シタルトキハ場屋ノ主人ハ損害賠償ノ責ニ任ス
B客ノ携帯品ニ付キ責任ヲ負ハサル旨ヲ告示シタルトキト雖モ場屋ノ主人ハ前二項ノ責任ヲ免ルルコトヲ得ス
商法 第595条〔高価品に関する特則〕
貨幣、有価証券其他ノ高価品ニ付テハ客カ其種類及ヒ価額ヲ明告シテ之ヲ前条ノ場屋ノ主人ニ寄託シタルニ非サレハ其場屋ノ主人ハ其物品ノ滅失又ハ毀損ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任セス
判旨 破棄差戻し。
「本件特則は、宿泊客が、本件ホテルに持ち込みフロントに預けなかった物品、現金及び貴重品について、ホテル側にその種類及び価額の明告をしなかった場合には、ホテル側が物品等の種類及び価額に応じた注意を払うことを期待するのが酷であり、かつ、時として損害賠償額が巨額に上ることがあり得ることなどを考慮して設けられたものと解される。このような本件特則の趣旨にかんがみても、ホテル側に故意又は重大な過失がある場合に、本件特則により、Yの損害賠償義務の範囲が制限されるとすることは、著しく衡平を害するものであって、当事者の通常の意思に合致しないというべきである。したがって、本件特則は、ホテル側に故意又は重大な過失がある場合には適用されないと解するのが相当である。」
「本件においてBに重大な過失があるか否かについて更に審理を尽くす必要があり、また、重大な過失が認められる場合には過失相殺についても審理をする必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。」
解説  ● 宿泊客がホテル内に持ち込みフロントに寄託しなかった物品等のうちホテル側にその種類および価額の明告をしなかったものが滅失・毀損した場合のホテル営業者の損害賠償義務の範囲を制限する宿泊約款の規定が、ホテル側に故意または重大な過失がある場合には適用されないとの解釈を示したもの。
本件ではXのYに対する訴えは、不法行為に基づく損害賠償請求。
⇒本件特則がYのXに対する不法行為責任にも適用されることを認めたことになる。
場屋営業者は、客より寄託を受けた物品の滅失・毀損につき、不可抗力により生じたことを証明するのでなければ損害賠償の責任を免れず(商法594条1項)、客が特に寄託しなかった物品でも場屋中に携帯したものが場屋営業者又はその使用人の不注意により滅失・毀損したときも、損害賠償責任を負う(同条2項)。

来集する客の携帯品につき紛失・盗難等の危険が少なくないことから、商法は、来集する客が安心してこれを利用しうるように、場屋営業者の責任を特に強化する規定を設けた。
高価品については客がその種類および価額を明告してこれを場屋営業主に寄託した場合でなければ、場屋営業者はその物品の滅失・毀損によって生じた損害を賠償する責任を負わない(商法595条)。

商法は、合理的企業経営のため、商法594条の重い責任につき免責規定を設けた。
本判断:
本件特則の趣旨に照らして、ホテル側に故意がある場合には本件特則を適用する理由はなく、また、明告がなされなかった場合にも要求される程度の注意をも著しく欠いたときは、本件特則を適用せず、賠償額を制限しない責任が成立しうるとしたうえで、明告しなかったことを宿泊客の過失として、過失相殺によって利害調整を図ることが衡平にかない、当事者の通常の意思に合致するという考え方。
本件特則にあたる(国際観光ホテル整備法11条の規定による)モデル宿泊約款15条2項ただし書には、現在は、「当ホテル(館)に故意又は重大な過失がある場合を除き」という文言がある。
■94 航空機墜落事故に基づく損害賠償
名古屋高裁H20.2.28
■94 事案 平成6年4月、Y1(フランス法人・本社フランス・日本に営業所無)が製造し、Y2(台湾法人・本社台湾・日本に営業所有)が所有・運航する台北発名古屋行きの旅客機が、名古屋空港への着陸降下中に墜落。
死亡した乗客および乗員の遺族ならびに生存被害者1名を原告として、運航者であるY2に対して1955年ハーグ改正ワルソー条約(国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約)17条18条による損害賠償請求または不法行為による損害賠償請求権に基づき、また、製造者であるY1に対して不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して、本件事故によって生じた損害およびこれに対する遅延損害金の支払いを求め、名古屋地裁に訴えを提起。
名古屋地裁は、日本の裁判所の国際裁判管轄権を認めた上で、被害者の兄弟姉妹である原告数名が求めた固有の慰謝料請求は棄却したが、それ以外の原告すべてにつき、Y2に対する請求を一部認容し、Y1に対する請求を棄却。

死亡被害者のうちA1・A2夫妻の子であるX1・X2が、この地裁判断を不服として控訴。
判旨 名古屋高裁は、基本的には地裁の判決を踏襲しつつ、Y2については、X1・X2が相続したA1・A2の損害賠償請求権、およびX1・X2固有の慰謝料を認め、Y1については請求を棄却した(確定)。
(i)Y2の改正ワルソー条約17条・18条に基づく責任および不法行為責任
「ワルソー条約の適用のある被害者ら……は、……本件事故により死亡し、手荷物などが減失したものであるから、Y2は、ワルソー条約17条、18条に基づき、ワルソー条約の適用のある原告らに対し、損害賠償責任を負う」。「ワルソー条約25条は、同条約22条の責任制限規定の適用を排除することができる場合を定めているところ、25条所定の『損害が生ずるおそれがあることを認識して』という要件に関しては、『損害が生ずるおそれがあることを認識していなかったが、認識すべき場合』が含まれるか(客観説)、否か(主観説)が問題となる」。条約「25条の改正の経緯からすると、……主観説の立場が採用されたものと解するのが相当であ」り、「本件事故による損害は……乗員らの無謀にかつ損害が生ずるおそれがあることを知りながら行った行為により生じたと認められ……条約25条の適用により、Y2は、本件事故により生じた損害の金額を賠償する責任がある」。
(A)X1・X2固有の損害(慰謝料)
「X1・X2は、名古屋空港において、A1らの死体と対面したが、……その子であるX1・X2にも、これがA1の遺体であると判別することは困難な状態であり、死体の心臓から僅かの血液を採取し血液型によりA1と死体の同一性を確認したこと、A1はA1らと同居して生活し、X2は近くで生活し、……両親から援助を受けていたものであり、X1・X2は、そのような両親を一度に失ったことによる著しい喪失感にとらわれていることが認められ、その精神的苦痛の大きさが窺われる。したがって、X1・X2に対しては、両親を失ったことにより被った精神的苦痛について固有の慰謝料を認めるべきであり、その額は、……〔X1・X2それぞれ〕について、100万円をもって相当と判断する」。
(B)Yの不法行為責任
「法例……11条1項の『その原因たる事実の発生したる地』には、当該不法行為による損害の発生地も含まれると解すべきであるから、本件には日本法が適用されることになる」が、認定した事実によれば「原告らのY1に対する請求はいずれも理由がない」。
解説 国際空港運送については、全世界的に、「国際航空運送についてのある規則統一に関する条約」が採用されており、本件でも同条約の適用ならびにその解釈が、国際裁判管轄と責任制限に関して問題とされた。
この条約は、1929年に成立して以降、1955年ハーグ議定書等の議定書や協定による数度の改正を経て、1999年に新条約が成立、2003年に発効。
(1929年に成立した条約をワルソー原条約、1955年ハーグ議定書による改正条約を改正ワルソー条約、1999年に成立したものをモントリオール条約とする。日本はいずれも批准。))
条約は、それぞれ、2つの締約国を出発地・到着地とする運送契約、あるいは、出発地・到着地が同一締約国であり、かつ予定寄港地が別の国である運送契約に適用。

ワルソー原条約しか批准していない国を到着地とし、日本を出発地とする運送契約については、ワルソー原条約が依然適用される。
いずれの条約も、旅客の死傷の場合の損害と、貨物の滅失・毀損にかかる損害について、直接損害賠償を認める規定をおく一方、一定範囲に責任を制限する規定をおく。
ワルソー原条約および改正ワルソー条約の責任制限規定は、一般的な不法行為の場合の賠償額に比してあまりに低額であることから、批判が強かった。
ワルソー原条約:
航空機上または乗降のための作業中に生じた事故により旅客に死亡や負傷等の身体障害が生じた場合(17条)、あるいは託送手荷物や貨物に滅失・毀損が生じた場合(18条)、航空運送人は、本人もしくは代理人が損害を予防するに十分な措置を執っていたか、そのような措置を執ることが不可能である証明した場合をのぞき(20条)、損害賠償義務を負う。
死亡等の身体損害の賠償額について上限を各旅客につき12万5000金フランとし(22条)、25条で故意または法定地法によって故意に相当するとされる過失が運送人に認められる場合には、責任制限が認められない。
改正ワルソー条約:
基本的にワルソー原条約を踏襲しつつ、責任上限額を旅客1人あたり25万金フランに引上げ(22条)、責任制限が認められない場合を、その損害が運送人、その代理人、もしくはその使用人の、損害を生じさせる意図をもって行われた作為もしくは不作為、あるいは、無謀にかつ損害が生じるであろうことを認識してなされた作為もしくは不作為により生じたことが証明された場合とした(25条)。
いずれの条約においても、20条にかかる証明責任は運送人が負い、25条にかかる証明責任は被害者である旅客が負う。
25条の基準は、原条約、改正条約を通じて必ずしも詳らかではなく、各国において、両条約の25条の解釈にかかる多くの判例がでている。
改正ワルソー条約25条については、
@損害の生ずるおそれがあることを認識していなかったが認識すべきであった場合をも含めるのか(客観説)、
A現実に認識している必要があるのか(主観説)
という点をめぐって学説が対立。
モントリオール条約:
航空機上または乗降のための作業中に生じた事故により旅客に死亡等の身体損害が生じた場合、損害賠償責任を負う(17条)が、各旅客につき10万SDRまで無過失責任、10万SDR以上については過失責任とし、
(a)運送人、その代理人、もしくはその使用人の過失または不当な作為もしくは不行為によって生じたのでないこと、あるいは
(b)第三者の過失または不当な作為もしくは不作為のみによって生じたこと
のいずれかを運送人が証明すれば責任を免れる(21条)。

従前の2条約に比較し、被害者保護に資する。
精神的損害が条約に基づく損害賠償の対象となるか?
「身体への障害(bodily injury)」と規定。
日本では、作成時の議論や経緯をふまえ、純粋な精神的損害は条約の対象とならないとする見解が多数。
遺族固有の損害も条約に基づく損害賠償の対象となるか?
条約17条にいう「損害」にどのようなものが含まれるのか?
A:法廷地国際私法により判断される準拠法により判断すべき(東京地裁H9.7.16、東京地裁H12.9.25)
B:法廷地実質法により判断すべき
航空機メーカーであるY1に対する損害賠償請求権の準拠法について、法適用通則法下では、生産物責任という新しい単位法律関係が創設されたが、本件のような、生産者と直接契約関係ががない、いわゆるバイスタンダーからの請求については、不法行為の準拠法として処理することになろう。
■93 スキューバダイビング受講者の溺死と指導員の動静監視義務違反
大阪地裁H16.5.28
■93 判旨 「スキューバーダイビングの初心者に対して、水中で指導を行う講師には、……極めて高度の注意義務が課されて〔おり〕……具体的には、スキューバーダイビング講習会の受講生の動静を常に把握し、受講生に異常な事態が生じた場合には直ちに適切な措置や救護をすべき義務を負うと解するのが相当である。」「〔事故当日の状況〕を考慮すれば、Y2には、受講生らを常時監視し、常に視界に入れた上で、受講生に異常が生じた場合には、直ちに適切な措置を施し、事態の深刻化を未然に防ぐ高度な注意義務があったというべきである。」「Yらは、本件ダイビングは、講習ではなく、海中散策に切り替えたものである旨主張するが、海中散策であったとしても、受講生らは海洋実習を受けるために参加したのであり、受講生らの未熟な技術及びY2が初心者に対し適切な指導をすべき立場にあったことには変わりがなく、……本件ダイビングが講習の一貫〔ママ〕としての海洋実習であろうと、単なる海中散策であろうと、Y2の注意義務の内容には変わりがない。」「しかるに、……Y2は、エントリー地点から20メートル、水深2.5メートルのところで、フロートの固定場所を探すために、受講生らに背を向けて泳ぎ、フロートを固定するまでの少なくとも30秒の間、Aの動静を全く見ていなかったのであるから、Y2は、Aを含む受講生6名の動静を常に注視し、受講生に異常が生じた場合には直ちに適切な措置を施し、事態の深刻化を未然に防ぐ高度な注意義務に違反したというべきである。」
また、Aの心臓疾患(LGL症候群)は証拠によれば存在せず、仮にあったとしても、LGL症候群より病的意義の高いWPW症候群でも突然死の可能性は著しく低いことなどを考え合わせると、Aが溺水する前にLGL症候群に基づく頻珀発作が発生したと認めるに足りず、Aの死因は溺死であるからY2の過失とA死亡の間に因果関係が認められる。
解説 初心者のスキューバダイビング受講中に起きた死亡事故について、動静監視義務違反の有無、指導員であるY2の過失と死亡事故との因果関係の存否が争われた事案。
判決は、スキューバ―ダイビング初心者に対して水中で指導を行う講師には、受講生の動静を常に把握し、受講生に異常な事態が生じた場合は直ちに適切な措置や救護をすべき義務があることを前提として、事故当時の経緯と事故の状況を具体的に認定した上でY2に義務違反があることとし、因果関係についてもこれを認め、Y2の不法行為責任およびY1の使用者責任を認めた。
指導者が負う注意義務の内容は、
@十分な監視体制を措置すべき義務(潜水計画の策定に関する義務)と、
A上記の監視体制を前提とした上で具体的な監視・救助を行うべき義務(潜水計画の管理・遂行に関する義務)
との二段階に分けて捉える事ができるとされるが、
本判決は具体的な監視義務違反の有無に力点を置いている。
本判決は、Y2が負う監視義務の内容につき、「受講生らを常時監視し、常に視界に入れ」ておくべきだったとしている。
ただ、指導者が負う義務の程度については、受講者のダイビング経験を考慮して注意義務が軽減された事例もあり(大阪地裁H13.1.22)、受講者の熟練度はなお問題たりえる。
■92 企画内容の変更と旅行業者の責任
@神戸地裁H5.1.22 A京都地裁H11.6.10
■92 事案 @ ホテルからコンドミニアムに変更。
Xらは、せっかくの新婚旅行が台無しになったとして、債務不履行を理由に慰謝料等の支払を求めて訴訟を提起。
A ワールドカップのチケットが入手できず。
Xらに対し、試合を観戦できなかった場合にはツアーに参加していても旅行代金相当額を払い戻すが、ツアーへの参加を取りやめたいのであれば無条件で契約解除を認め旅行代金全額を返還すると伝える。
Xは参加し、観戦できたが、チケット入手にかかる不安や落選者への気遣い等によって精神的損害を被ったとして、Yに対して、チケットを入手すべき手配債務等への違反を理由に、15万円の損害賠償を求めた。⇒原審が3万円の賠償を命じたため、Yが控訴。
判旨 @事件
一部認容、一部棄却(確定)。

「本件において、YがXらのためにホテルを確保し得なかったのは、ホテル側の一方的な事情によるものであって、いったん割り当てられていた部屋がホテル側の都合で一方的にキャンセルされ、大会関係者に提供されるなどということは通常予想し得ない事柄に属するというべきである上、Yら旅行業者としても、そのような事態にまで備えて、予め多い目に客室の予約を取っておくなどというような措置は、営業政策上も取り得ないものと考えられるから、結局、かかる点については、Yの責に帰し得ないというべきである。」

「Yは、宿泊施設の種類がホテルからコンドミニアムに変更になったことについては、自らも、また、その履行補助者であるAを通じても十分に説明を尽くしたとはいえず、その結果、XらにYの旅行業約款に基づいて本件旅行契約を解除することを検討する機会を与えなかったものであるから、結局本件旅行契約に基づく債務の本旨に従った履行をしなかったと認めるのが相当である。」
A事件

原判決を取消し。請求棄却。
「主催旅行規約における旅行サービスは、運送、宿泊等種々のサービスからなるものであるが、その全てを一旅行業者が旅行者に提供することは実際上不可能であるから、旅行業者は、旅行サービスの全部又は一部を運送機関、宿泊機関等の専門業者の提供に依存せざるを得ないこと、旅行業者は、それらの専門業者を必ずしも支配下においているわけではないから、これらの専門業者に対しては、個々の契約を通じて旅行者に提供させるサービスの内容を間接的に支配するほかはないこと……等を考慮すると、旅行業者は、旅行サービスの提供がなされるよう、手配をする地位にあり、旅行サービスの提供そのものを直接保障するものではないというべきである。」

「〔主催旅行業者の責任を定めた本件約款23条1項は〕旅行業者の旅行サービス提供機関に対する統制には前記のように制約があることなどを考慮し、〔旅行サービス機関の故意、過失について責任を負わないという意味で〕旅行業者の責任の範囲を限定した規定と解すべきである。」

「Yの手配債務の内容は、観戦チケット購入契約を締結することであり、また、手配業者の選択にあたり、旅行業者としてなすべき調査が尽くされているというべきであるから、手配債務の履行につきYの債務不履行は認められ〔ない〕」。
解説 旅行者との間で締結される旅行契約:
@代理・媒介・取次の方法で運送・宿泊サービス(「旅行サービス」)を確保することを約する「手配旅行契約」
A旅行業者側がイニシアティブをとって旅行の日程や代金等を計画し、それを実施することを約する「(募集型)企画旅行契約」(パッケージツアー)
我が国の場合、民法や商法の中に旅行業者の契約責任に関する特別の規定は設けられておらず、観光庁長官および消費者庁長官が公示する標準旅行業約款に委ねられている。
標準旅行業約款について、91事件参照。
募集型企画旅行契約に関する旅行業者の契約責任について、標準約款は、
手配債務(3条)と旅程管理債務(23条)を定めるほか、特別補償義務(28条)、旅程保証責任(29条)、契約内容の変更(13条)、旅行者の解除権(16条)等を定めている。
標準約款3条によれば、旅行業者は、「募集型企画旅行契約において、旅行者が当社の定める旅行日程に従って、運送・宿泊機関等の提供する運送、宿泊その他の旅行に関するサービス・・・の提供を受けることができるように、手配し、旅程を管理することを引き受け」るものとされ、

標準約款23条では、旅行開始後の旅程管理に関し、「旅行者の安全かつ円滑な旅行の実施を確保することに努力し」、「旅行者が旅行中サービスを受けることができないおそれがあると認められるときは、募集型企画旅行契約に従った旅行サービスの提供を確実に受けられるために必要な措置を講ずる」とともに、そうした措置を講じたにもかかわらず「契約内容を変更せざるを得ないときは、代替サービスの手配を行う」ことが義務付けられている。
その際、「旅行日程を変更するときは、変更後の旅行日程が当初の旅行日程の趣旨にかなうものとなるよう努め」、「旅行サービスが当初の旅行サービスと同様のものになるよう努めること等」により、「契約内容の変更を最小限にとどめるよう努力すること」が求められている。
@事件およびA事件はいずれも、あらかじめ旅行者に対して示した旅行サービスを計画通り手配できなかった点で手配債務に関する。
また、いずれの事件も、旅行業者は予定通りに契約を締結したにもかかわらず、サービス提供者の側に故意・過失があったために、旅行内容の変更を余儀なくされた点で共通。
@事件:
裁判所は、旅行業者の手配債務の内容について一般論を述べることなく、予想できないサービス提供者の一方的事情に備える義務はないとして、Yの責任を否定。
A事件:
(1)旅行業者は旅行サービスそのものを直接保障するものではないから、(2)サービス提供者の故意・過失についてまで旅行業者が責任を負わないとの一般論を展開し、
(3)Yの負担する手配債務の内容は観戦チケットの購入契約を締結し代金を納めることに留まるから、適切な公式代理店を選定して契約した以上、Yに債務不履行の事実はない。
A:判例が依拠していると言われる委任ないし準委任契約説
B:募集型企画旅行契約の法的性質を請負契約と解することによって、不完全履行に基づく瑕疵修補請求権の類推適用などを認める見解
C:売買契約的構成を前提に、旅行業者に旅行サービスの提供に関する第一次的責任を負わせる見解
D:旅行契約をネット契約ととらえることによって旅行業者の第一次的責任を肯定する見解。
but
法的責任論から演繹的に問題を解決しようとしても、一義的な結論が導かれるわけではない。
委任ないし準委任契約説を前提としても、企画旅行契約の特殊性から一種の代位責任が生じるとみたり、約款により特別な責任が派生するものと見ることも不可能ではない。
検討すべきは、旅行業者としてはサービス提供者との間で契約を締結すれば足り、その履行に関する責任は、標準約款に明記された旅程管理債務等の範囲に限定されると解すべきなのか、それとも、旅行業者が第一次的な責任を負っているものと構成すべきなのか。
募集型企画旅行契約の場合には、ほとんどの旅行者は旅行業者を信頼して申し込んでいる。
⇒サービス提供者を履行補助者と見て旅行業者に第一次的な契約責任を負わせるのが妥当なようにも思われる。
but
ツアーに組み込んだからという理由だけで、本来自らが提供し得ないサービス(運送、宿泊、飲食、興業など)について、旅行業者に履行の責任を負わせるのは、いささか乱暴。
⇒運送という同質のサービスを提供する複合運送契約において、契約運送人が実行運送人の行為について第一次的責任を負うといったシステムとは同列に論じれない。
手配債務に関しては、
(イ)そもそも計画の段階で、履行の可能性の低い旅行サービスが組み込まれていなかったか、
(ロ)サービス提供者の選択は適切であったか、
(ハ)サービス提供者との連絡は十分だったか、
(ニ)旅行者に対する情報提供は適宜・適切に行われたか
といった観点から、旅行業者の付随義務に関する責任を検討すべき。
事件@
(イ)から(ハ)に関する責任が生じうることを明らかにした点で妥当である。
事件A
手配債務の内容を極めて限定的にとらえている点で疑問。
Yに第一次的な履行責任を負わせなかった点は首肯できるが、手配債務の内容を、単にサービス提供者との間で契約を締結し代金を支払う義うに矮小化している点で賛成できない。
(イ)の計画上の瑕疵や(ニ)の説明義務(募集段階で、チケット入手の可能性や入手できなかった時の取扱について十分な説明がなされていたか)についても、踏み込んだ検討がなされる必要があった。
but
その場合でも、A事件の結論に違いはない。

人身損害をともなわない場合でも、期待どおりのサービスを受けなかったことにつき慰謝料を請求できることは裁判所の認めるところ(東京地裁H9.4.8)であるが、A事件の原告や予定通りのサービスを享受できた。
■91 外国での主催旅行(企画旅行)中のバス転落事故と旅行業者の安全確保義務
東京地裁H1.6.20
■91 事案 旅行業者Yが企画した台湾への観光旅行の途上、バスが運転手のハンドル操作ミスにより谷底に転落。

Xらは、Yの
@旅行運送人としての責任、
A主催旅行契約上の安全配慮義務に基づく責任、
B手配および旅行管理上の過失に基づく責任を主張し、
債務不履行に基づく損害賠償を請求。

Yは、Yの旅行業約款21条で旅行者がYまたはその手配代行者の管理外の事故により損害を被ったときの免責が定められていること等を理由に、請求棄却を求めた。
判旨 請求棄却(確定)。

主催旅行契約は、旅行業法に基づいて定められた標準旅行業約款(昭和58年運輸省告示59号)(「標準約款」)と同一内容であるYの旅行業約款に基づいて締結されたが、標準約款の規定およびその制定経緯に照らすと、「旅行業者は、旅行者と主催旅行契約を締結したことのみによって、旅行者に対し、主催旅行の運送サービスにつき、旅客運送人たる契約上の地位に立たない」。

「旅行業者は、主催旅行契約の相手方である旅行者に対し、主催旅行契約上の付随義務として、旅行者の生命、身体、財産等の安全を確保するため、旅行目的地、旅行日程、旅行行程、旅行サービス期間の選択等に関し、あらかじめ十分に調査・検討し、専門業者としての合理的な判断をし、また、その契約内容の実施に関し、遭遇する危険を排除すべく合理的な措置をとるべき注意事項(以下「安全確保業務」という。)があ」り、旅行業約款の規定は、「前記安全確保義務を明確化、具体化したものと解すべきである。」

Yの旅行業約款21条は、「主催旅行の目的地が外国である場合には、……
旅行業者としては、日本国内において可能な調査(もとより、当該外国の旅行業者、公的機関等の協力を得てする調査をも含む。)・資料の収集をし、これらを検討したうえで、その外国における平均水準以上の旅行サービスを旅行者が享受できるような旅行サービス提供期間を選択し、これと旅行サービス提供契約が締結されるよう図るべきであり、
更には、旅行の目的地及び日程、移動手段等の選択に伴う特有の危険(たとえば、旅行目的地において感染率の高い伝染病、旅行行程が目的地の雨期に当たる場合の洪水、未整備状態の道路を車で移動する場合の土砂崩れ等)が予想されるときには、その危険をあらかじめ除去する手段を講じ、又は旅行者にその旨告知して旅行者みずからその危険に対処する機会を与える等の合理的な措置を採るべき義務があることを定めた規定」である。

しかし、本件でYは、
@「旅行業者に要求される調査義務を尽くしたうえで本件事故現場を含む道路を本件旅行行程として設定したといえるから、……安全な旅行行程を設定すべき義務に違反したとはいえない」し、
A「運送サービス提供機関の選定について旅行業者が負う右義務は、前示のとおり現地の運送サービス提供機関について諸制約があることからすれば、原則として、旅行先の国における法令上資格ある運送機関と運転手を手配し、かつ、法令上運行の認められた運送手段を選定することで足りる」ところ、Yはこの安全な運送サービス提供機関を選定すべき義務に違反したものとはいえない。

また、B添乗員は、「旅行の具体的な状況に応じ、旅行者の安全を確保するために適切な措置を講ずべき義務を負う」が、「添乗員の右義務は、当該バスが車体の老朽又は著しく摩耗したタイヤが装着されている等外観からこれを当該旅行行程に使用することが危険であると容易に判断しうるときに右バスを使用させない措置を採ること、酩酊運転、著しいスピード違反運転又は交通規制の継続的無視のような乱暴運転等事故を惹起する可能性の高い運転がされているときにかかる運転をやめさせるための措置を採ること、台風や豪雨等の一見して危険とわかる天候となったときに旅程変更の措置を採るべきことに尽きるものと解するのが相当である」ところ、本件ではYの添乗員がバスの運転をやめさせるための措置を講ずべき義務を負うに至ったとまではいえない。
規定 商法 第590条〔旅客に対する責任〕 
旅客ノ運送人ハ自己又ハ其使用人カ運送ニ関シ注意ヲ怠ラサリシコトヲ証明スルニ非サレハ旅客カ運送ノ為メニ受ケタル損害ヲ賠償スル責ヲ免ルルコトヲ得ス
解説 ●問題の所在および本判決の位置付け
パッケージツアーを利用した旅行中に事故にあった旅行者は、旅行業者に対していかなる責任を追及できるのか?
●旅行業法と主催旅行契約の性質
旅行業者の営業および旅行契約の内容は、旅行業法により規制。
旅行業法は、業法規制の方法により消費者保護を図ろうとしている典型例。

@旅行業者に旅行者と締結する旅行業務の取扱いに関する契約について約款を定めることを義務付け、当該約款に認可を必要としている(12条の2)
A観光庁長官および消費者庁長官が標準旅行業約款を定めた場合にはそれと同一の旅行業約款を定める限り行政庁の認可を受けたものとみなす(12条の3)

消費者保護の観点からは、国家が旅行業者と消費者(旅行者)との契約内容を、個々の条項の規制にまで踏み込んで消費者保護を図っている。
本件でも、Yは、当時の標準旅行業約款と同一の内容の旅行業約款を定めており、XらとYとの間では、当該約款に基づく主催旅行契約が成立。
Xらは、現地のバス会社がYの履行補助者であるとし、Yが旅客運送人としての責任(過失が推定される。商法590条1項)を負うと主張。
←主催旅行契約において旅行業者は旅行サービスを直接提供する義務を負うとの考えを前提とする。
主催旅行契約の法的性質:
A:売買契約的に構成
B:請負い
C:準委任(東京高裁昭和55.3.27)
本判決:標準約款の制定過程を踏まえ、かつ内容が不合理でないとして、旅行業者は旅行運送人には当たらないと判断。

標準旅行業約款の制定過程においては、旅行業者と旅行者の利益の折衷として、特別補償規程を導入する一方で、主催旅行契約は、旅行業者が旅行サービスの提供を手配する契約であるとの見解を採用。
●安全配慮義務およびその程度、内容
本判決:
旅行業者は旅行サービス提供の手配義務を負うとしつつ、旅行業者の専門性、パック旅行における旅行内容決定の一方性等に鑑み、旅行業者の主催旅行契約上の付随義務として安全確保義務があるとする。
安全確保義務の具体的内容として、本件では、
@安全な旅行行程を設定する義務
A安全な運送サービス提供機関を選定する義務
B添乗員が旅行者の安全を確保する義務
が述べられているが、結論としては、いずれの違反も否定。
A安全な運送サービス提供機関を選定する義務の内容として判旨の定立した規範は緩い。
途上国の中には車検制度等がなく、旅行業者には安全な交通手段を確保するためのより高度な義務が認められてりかるべき。
@安全な旅行行程を設定する義務については、本件ではYがきちんとした事前調査等をしていたことが認定されていることから責任が否定されているが、判旨の規範からすれば、例えばバス運転手や旅行者に過剰な負担を強いるような過密なスケジュールを組んでいた場合や、事故や事件が多発している場所を通過するのに必要な対策がとられなかった場合に、旅行業者の責任が認められる可能性がある。
B添乗員による安全確保義務につては、本件では、バスの外観や天候等、一見して容易に危険と判断できる場合にのみ、添乗員が危険回避措置を採る義務を負う。
確かに、添乗員はバスや熱気球の安全性についての専門家ではない
⇒一般的な感覚から明らかに危険であると認識できる状況でない限り阻止する義務を負わないというのでなければ、旅行業者にとっては過度な責任を負わされることになる。
●他の救済方法
標準旅行業約款の制定過程において、旅行業者に旅行サービスの手配責任のみを負うこととする代わりに、特別補償規程が導入された。

旅行業者は、主催旅行(現在の企画旅行)において、旅行業者の責任の有無に拘わらず、旅行者に生じた損害に対し、一定の補償(海外企画旅行の死亡補償金は2500万円。本件事故当時は1500万円。)をすることとされているが、身体に対する通常の賠償基準に比較して少額。
Xらが台湾のバス運行会社に対して損害賠償請求をしようとする場合、当該バス運行会社の営業所が日本国内に存在してれば、日本において国際裁判管轄が認められる可能性もあった(最高裁昭和56.10.16)。
そうでなければ、当時の日本の国際裁判管轄に関する判例法理からすれば、Xらは台湾で訴訟を提起する必要。
旅行業者の安全確保義務の内容・程度については、今後発生し得る具体的事案ごとに異なる見解があり得る。
@旅行業者は海外のバス会社等に求償できる
A旅行業者は保険に加入しておくことも考えられる
B旅行者には、旅行保険に入って自ら損害に備える方法もある。
C金額には不足があるが、特別補償制度も整備。
■90 老人介護施設でのデイサービス中における施設トイレ内での転倒事故と施設の安全配慮義務
横浜地裁H17.3.22
■90 事案 Xは、職員には被介護者の意思にかかわらず歩行介護を行う義務があるなどと主張し、職員Aが便器までの約1.8メートルの歩行介護を怠ったとして、Yに対して、債務不履行および不法行為に基づく損害賠償を求めて本件訴訟を提起した。
判旨

一部認容(確定)。

「Yとしては、通所介護契約上、」介護サービスの提供を受ける者の心身の状態を的確に把握し、施設利用に伴う転倒等の事故を防止する安全配慮義務を負う……〔本件事情からすれば〕Yは、通所介護契約上の安全配慮義務として、送迎時やXが本件施設内にいる間、Xが転倒することを防止するため、Xの歩行時において、安全の確保がされている場合等特段の事情のない限り常に歩行介護をする義務を負っていたものというべきである。」

「本件トイレは入口から便器まで1.8メートルの距離があり、横幅も1.6メートルと広く、しかも、入口から便器までの壁には手すりがないのであるから、Xが本件トイレの入口から便器まで杖を使って歩行する場合、転倒する危険があることは十分予想し得るところであり、また、転倒した場合にはXの年齢や健康状態から大きな結果が生じることも予想し得る。そうであれば、Aとしては、Xが拒絶したからといって直ちにXを一人で歩かせるのではなく、Xを説得して、Xが便器まで歩くのを介護する義務があったというべきであ〔る〕……。」

「確かに、要介護者に対して介護義務を負う者であっても、意思能力に問題のない要介護者が介護拒絶の意思を示した場合、介護義務を免れる事態が考えられないではない。」しかし、そのような介護拒絶の意思が示された場合であっても、介護の専門知識を有すべき介護義務者においては、要介護者に対し、介護を受けない場合の危険性とその危険を回避するための介護の必要性とを専門的見地から意を尽くして説明し、介護を受けるよう説得すべきであり、それでもなお要介護者が真摯な介護拒絶の態度を示したというような場合でなければ、介護義務を免れることにはならないというべきである。

本件施設は介護サービスを業として専門的に提供する施設であって、その職員は介護の専門知識を有すべきであるが、本件事故当時、Xが本件トイレに単独で入ろうとする際に、本件施設の職員はXに対し、介護を受けない場合の危険性とその危険を回避するための介護の必要性を説明しておらず、介護を受けるように説得もしていないのであるから、Yが上記の歩行介護義務を免れる理由はない……。」

「Xは、本件トイレを自ら選択し、同トイレ内部での歩行介護について、本件施設の職員に自らこれを求めることはせず、かえって、本件施設職員に対して『自分一人で大丈夫だから。』と言って、内側より自ら本件トイレの戸を閉め、単独で便器に向かって歩き、誤って転倒したのであるから、Xにおいても、本件事故発生について過失があるものというべきで、上記のような転倒に至る経緯やXが高齢者である一方、Yは介護サービスを業として専門的に提供する社会福祉法人であることも斟酌すると、Xの過失割合は3割というべきである。」

解説 ●問題の所在
本人による明確な介護拒絶の意思が介在
⇒施設側が負う具体的な安全配慮義務の存否(射程範囲)やその履行の有無はもとより、過失相殺の斟酌事情等を含めて、複雑な問題が提起されている。
本人による介護拒絶を損害賠償上どのように位置づけるかという問題は、本人の自立(自律)支援や本人意思の尊重といった近時の社会福祉に関する指導理念との関係からも問題。
●本件における安全配慮義務の内容
本判決:通所介護契約上の安全配慮義務の一内容として、特段の事情のない限り、Yには常に歩行介護義務があるとされた。
Xの歩行状態や事故現場のトイレの構造等の本件事情からすれば、当該義務は、介護職員Aが、トイレ内に立ち入り、便器までの歩行を介助することまで及ぶ⇒安全配慮義務違反を認める。
本判決:一般論としては、意思能力のある被介護者の真摯な介護拒絶が介護義務の免除・縮減につながる可能性を認める一方で、介護の専門知識を有する者は、被介護者に対して、「介護を受けない場合の危険性とその危険を回避するための介護の必要性とを専門的見地から意を尽くして説明し、介護を受けるよう説明すべき」義務がある
⇒本件では、こうした説明義務および説得義務が尽くされていないため、安全配慮義務としt4えの歩行介護義務の免除は認められない。
●説明義務・説明義務と被介護者の自立(自律)支援
「説得を通じた事実上の介護の受入れ強制」という構図は、本来の障害者支援の理念である被介護者の自立(自律)支援をかえって阻害するものといえる。

本判決の「説得」の概念が、たとえば判断能力不十分者等に対する説明義務の実質化(形式的な説明に留まらず、相手方に理解できる方法で丁寧に説明する等)の域を超えて、仮に説得の達成による介護の受け入れまでをも視野に収めたものであるとすれば、その一般化は否定されるべき。
本件でも、AはXに対して「ご一緒しましょう」と声がけしており、Xの「一人で大丈夫」との応答を受けた後も、サイド、「トイレまでとりあえずご一緒しましょう」と言って、トイレ入口までの歩行介護は行っている。
さらに、トイレ内での転倒可能性に対する具体的な注意喚起等があり、なおかつ真摯な介護拒絶があったという場合であれば、施設側の安全配慮義務の履行を認める余地もあったのではないか。
●医療・介護サービス提供の現場におけるパターナリズムの危険性
名古屋高裁H20.9.5:
高齢の入院患者への看護師による身体拘束の違法性を認めたもの。
患者本人の同意なく行われる身体拘束の原則的違法性を明確にした上で、例外的に緊急避難行為として身体拘束が認められる場合であっても、必要最小限の範囲内に限られると判示。

同判決が、医師の専門家としての合理的裁量を理由とする違法性阻却の主張を明確に退けた点は、医療・介護サービスの提供内容の適法性を単なる専門家によるパターナリズムによって正当化することを避けたとも解される。
■89 介護用ベッドの設計上および指示・警告上の欠陥
京都地裁H19.2.13
■89 事案 Y1野「製造したギャッチベッド(在宅ケアベッドの一種で、背上げと膝上げの角度を調整することができるベッド)を使用していた亡Aが死亡したことについて、亡Aの相続人(子)であるXらが、同ベッドに設計上および指示・警告上の欠陥があり、これにより亡Aが呼吸不全に陥り死亡したと主張し、Y1、亡Aとの間に居宅介護支援契約を締結し、本件ベッドの使用を前提する介護サービス計画書を作成した株式会社Y2および亡Aに本件ベッドを貸与したY3に対し、製造物責任、不法行為および債務不履行に基づき、同ベッドを使用したことにより生じた損害の賠償を求めた。
Y1に対しては製造物責任(設計上の欠陥、指示・警告上の欠陥)および不法行為(せつめい義務違反)
Y2に対しては製造物責任(設計上の欠陥、指示・警告上の欠陥)および不法行為(安全配慮義務違反・ギャッチベッドの選択義務違反・説明義務違反)
Y3に対しては債務不履行および不法行為(いずれも安全配慮義務違反、説明義務違反)
に基づいて請求した。
判旨 請求棄却。

(@)本件ベッドの設計上の欠陥の有無
「Xらは、本件ベッドの設計上の欠陥につき縷々主張するが、製造物責任法にいう『欠陥』とは、通常有すべき安全性を欠いていることを意味し、競合して製造・販売される同種の製造物にはそれぞれ特徴(言い換えれば長所と短所)があるのが一般である上、前判示のとおり、ギャッチベッドで背上げを行えば、多かれ少なかれ利用者の胸部及び腹部に対する圧迫が生じることは避けられないから、本件ベッドに欠陥あるというためには、単に、本件ベッドで背上げをした場合に利用者の胸部及び腹部に対する圧迫が生じることを主張立証するだけではなく、同時期に製造・販売されていた同種のギャッチベッドと比較して、看過しがたい程度に、胸部及び腹部に対する圧迫が生じることを主張立証することを要するものというべきところであるところ、そのような主張立証はされていないものというほかない。なお、Xらは、亡Aの容態が本件ベッドを使用し始めてから急激に悪化したかのような主張をするが、前判示の亡Aの入通院状況が示すとおり、そのような事実関係は認められないところである。」

「以上によれば、本件ベッドに設計上の欠陥があることを前提とするXらのY1及びY2に対する製造物責任(ただし設計上の欠陥を理由とするもの)を原因とする損害賠償請求、Y2に対する不法行為(ただし安全配慮義務違反および在宅ケアベッドの選択義務違反を理由とするもの)を原因とする損害賠償請求、Y3に対する債務不履行及び不法行為(ただし安全配慮義務違反を理由とするもの)を原因とする損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないこととなる。」

(A)本件ベッドの指示・警告上の欠陥の有無および説明義務違反の有無
「Xらは、@およそギャッチベッドは、背上げと同時に膝から先の下腿を下に垂らし、ごく短時間の治療用具として使用することが予定された製造物である、A身体の柔軟性を失った高齢者及び重度の障害者で自らは自由に体位を変えられない者は、ギャッチベッドの利用に適さないと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

確かに、前判示のとおり、ギャッチベッドで背上げを行った場合には、利用者が、ある程度、胸部及び腹部に対する圧迫を受けるし、また、背上げを行ったままの状態で長時間その姿勢を保つとすれば、利用者がその身体にある程度の負担を受けることは見やすい道理である。

しかしながら、ギャッチベッドで背上げを行った場合に利用者が胸部及び腹部に受ける圧迫の程度、背上げを行ったままの状態で長時間その姿勢を保った場合に利用者がその身体、殊に、循環器及び呼吸器に受ける負担ないし具体的な影響の程度については、本件全証拠によっても明らかではないのに対し、わが国において、ギャッチベッドが自宅介護用として広く使用され、介護にあたる家族等が介護により負わなければならない負担をギャッチベッドを使用することにより軽減することができているという現実をふまえると、自分で自由に体位を変えることのできない者を自宅で介護するにあたりギャッチベッドを使用することが適切でないとまでいうことは相当ではない。加えて、ギャッチベッドで背上げを行った際に利用者が胸部及び腹部に圧迫を受け、また、背上げを行ったままの状態で長時間その姿勢を保った場合に利用者がその身体に負担を受けることは明白な事実であるから(介護者は自分で試してみることにより容易に理解することができる。)、介護者が、たとえば、背上げを完了した後に利用者の座る姿勢、位置等を直したり、背上げをした状態で使用する時間を利用者の容体に応じて調整するなど、適宜工夫することにより、上記圧迫ないし負担を軽減することができるところである。」「Xらは、ギャッチベッドを製造する業者であるY1及びY2は、ギャッチベッドの取扱説明書、指示書等に明記するなどして、身体の柔軟性を失った、あるいは重度の障害を持っているなどの理由により、自らは自由に体位を変えられない者については、ギャッチベッドの利用に適さないことを説明する義務を負っていたと主張するが、Y2が本件ベッドの組み立てをしたことにより『加工者』にあたると評価されるか否かはともかく、Xらの主張は、前判示のとおり、『身体の柔軟性を失った、あるいは重度の障害を持っているなどの理由により、自らは自由に体位を変えられない者は、およそギャッチベッドの利用に適さない』とする点において、前提を欠くから、採用することができない。」
解説 製造物責任法の設計上の欠陥においては、その結果回避義務の判断に際して危険効用基準が用いられ、この点が民法上の不法行為との大きな違いとされている。
この危険効用基準によれば、
「欠陥がない」=「通常有すべき安全性」の要件は
@製品の効用(効用ー安全費用)が危険性(予想される事故の重大性×蓋然性)を上回っていること
Aより危険が小さい代替品がないこと
判決は、
日本の家庭介護の実情からして、「自分で自由に体位を変えることのできない者を自宅で介護するにあたりギャッチベッドを使用することが適切でないとまでいうことは相当ではない」

@を認める。
Aについて、当時はより危険が明らかに小さい代替商品があったことの主張・立証もされていない旨述べている。
but
利用者たる要介護者本人の効用と、介護に携わっていた家族の効用とをいわば同一視している点に問題を残す。
効用と危険性の比較を述べるとすれば、利用者本人にとってのギャッチベッドの効用、すなわち完全に寝たきりのままでは過ごせないことが、たとえば自律や合併症防止の観点から利用者本人にとっても意味がある点などをあわせて持ち出す必要があった。
ex.背上げしていないと、経管栄養が逆流するおそれがあろう。
一般的には有用な製品であっても、個々の利用者によっては危険性が効用を上回ることがある。
固有の事情によっては、ギャッチベッドを用いない、ないしは背上げ機能を用いない方がよい場合があるし、そういう説明や指導があれば、病態の悪化等を妨げるケースもあり得る。
⇒設計上の欠陥に附随するものとして、指示・警告が求められる場面。
■88 未確立の近視矯正治療法についての説明義務
大阪地裁H10.9.28
■88 事案 原告らは、医療施設経営者のY1、Y2、その関係者Y3、C医師らは、
@高額の手術代金を受け取るため危険性の高い医療行為を共同して行ったもので、そのことは全体として不法行為を構成する。
A手術の結果発生する重大な合併症の存在に関する、医師による
(ア)事前告知義務違反、
(イ)適正手術義務違反による債務不履行ないし不法行為が成立するとして慰謝料を含む損害賠償の支払を求めた。
判旨  一部認容、一部棄却。

(@)判決は、「原告らがRK手術を受けた平成3,4年当時においては、日本の眼科医の間では、RK手術の安全性や、有効性には疑問があるとして、その実施に消極的な見解がかなり支配的であった」が、「その後に示された学会指針なども、その適応を明確にし、屈折矯正手術を希望する人に対して、この手術のメリットと共にデメリットを理解させ、将来、医療制度の枠内で新しい手術法として位置づけられるべきであるとして、……慎重な対応を促してい」た。「これらの見解は、RK手術を完全に否定し、禁止すべきであるとまでしてい・・・ない。」「そうすると、平成3,4年当時において、医師がRK手術を行うこと全てが不相当とは考えられていなかったことになる。また、手術の決定及び施行が適正であったかどうかは、各手術毎に個別に検討されるべき問題である」と述べて、原告らの前記@の主張を排斥した。

(A)A(ア)の「事前告知義務違反」主張については、次のような判断を示した。
「……RK手術は新しい方法であるから、長期的な予後が不明であることは自明である。また、既に、我が国においても、昭和58年には、手術による屈折度の定量化が難しいこと、glareが発生すること、手術によって乱視が発生すること、……、昭和60年には、術後残った屈折異常……は、……矯正が難し」く、「夜間のグレアなど……種々の自覚症状の残る例もあること」「平成元年4月には、……手術効果の定量性……に関して若干の問題が……あること、……過矯正により術後にかえって増加してしまう遠視の問題、患者に対する説明の重要性などが紹介され」、「米国においては、……1989年……には、RK手術の成績が……ばらつきがあること……、1991年には、全体の11パーセントに乱視が発生していることが既に紹介されていた」。「そうすると、RK手術のような屈折矯正手術は、眼という代替性のない視覚器の正常な眼球に手術操作を加えるものであって、近視の適切な治療方法といえるか疑問であるとする見解が支配的である状況において、長期予後が不明で、手術の結果、正視といわれるプラスマイナスIDの範囲に入る確率が60ないし70パーセント程度であるとされるなどRK手術後の屈折値の予測が困難であり、過矯正(遠視)の出現、矯正視力の低下、コントラスト感度の低下、グレアなどの視力障害が発生し、一度手術を受けると、元に戻すことができない手術である上、そもそもRK手術のような屈折矯正手術は、基本的には、眼鏡又はコンタクトレンズによって矯正が可能な屈折異常について、手術の方法により矯正を図ろうとするものであるから、全く緊急性がなく、また職業上又は美容上の必要によることが多く、他の医療行為に比べて医学的必要性にも乏しい。したがって、右手術を行おうとする医師は、手術前に、右手術が近視の適切な治療法として未だ確立されたものではなく、効果が出ている例もあるが、確実に所定の効果が達成されるものではなく、逆に、前記視力障害等の発生する危険性もありうることを十分かつ具体的に説明し、その上で、患者がこれらの判断材料を十分に吟味し、近視矯正のための自己の必要・希望を勘案して、右手術を受けるかどうかの判断をさせるようにすべき注意義務がある」と述べたうえで、被告らがRK手術に関して行った広告・宣伝の内容、契約締結・手術前に行った手術についての説明内容などについて詳細に事実を認定して、「本件RK手術の施行には、事前告知義務違反があり、これにより、原告らは、右手術を回避する機会を奪われたというべきであるから、その結果被った損害につき賠償を求めうる」として、Y1、Y2に対して不法行為および債務不履行責任により視力障害後遺症が明らかである16名について請求を認容した。 
解説 敗訴した31人について、現在であれば、事前告知義務違反の諸事実を主張することで、消費者契約法による救済措置・・・相場以上の手術料過払分のとりもどし・・・講ずることが可能かどうか。
判決の認定によれば、本件近視矯正手術については「手術前に、右手術が近視の適切な治療法として未だ確立されたものではなく、逆に、前記視力障害等の発生する危険性もありうることを十分かつ具体的に説明し、その上で、患者がこれらの判断材料を十分に吟味し、近視矯正のための自己の必要・希望を勘案して、右手術を受けるかどうかの自己の必要・希望を勘案して、右手術を受けるかどうかの判断をさせるようにすべき注意義務がある」と述べる。
この判断は、患者が手術を受けるか否かを決断する際の医師側の義務として述べられているが、美容整形術のような診療契約を締結する際の医師(契約締結者)側の告知すべき重要事項とも内容は重なっている。
契約者Y1、Y2関係者らの近視矯正手術に関する説明は、
消費者契約法4条1項1号の「重要事項について事実と異なることを告げること」ないし
同条2項の「ある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について・・・当該消費者の不利益となる事実・・・を故意に告げなかったこと」に該当する。

患者・被害者は、本条により契約の申込みまたは承諾の意思表示を取り消すことができる。
取消しの結果、契約は不成立(解約)となり、原状回復ということになるが、手術は既に履行されており、しかも眼障害は生じていない

患者側は通常の手術代金は負担すべき。
しかし、少なくとも、手術代金中それを超える過大支払分については、返還を受けることができるのではないか。
判決は、Y1、Y2と原告間の診療契約成立を認めるが、医療法7条との関係で、A,B眼科の解説者は医師であり、この認定は誤り。
■87 幼児用自転車と指示・警告上の瑕疵
広島地裁H16.7.6
■87 事案 Xは、本件製品はペダルの締め付け過ぎによるばり発生の危険性を有し、Yはその危険性と、ばり発生の場合には除去することと指示・警告すべきであったとして、Yに対し、製造物責任法3条に基づき、再手術費を含む損害賠償請求金の支払を求めた。
Yは、本件事故は、訴外Aがペダル取り付け作業の際に不適切に強く締め付け、組立て後の最終点検・整備において危険箇所がないことの確認を怠ったまま販売したことに原因があるとして争った。
判旨 請求一部認容、一部棄却(確定)」。

「一般に、ある製造物に設計、製造上の欠陥があるとはいえない場合であっても、製造物の使用方法によっては当該製造物の特性から通常有すべき安全性を欠き、人の生命、身体又は財産を侵害する危険性があり、かつ、製造者がそのような危険性を予見することが可能である場合には、製造者はその危険の内容及び被害発生を防止するための注意事項を指示・警告する義務を負い、この指示・警告を欠くことは、製造物責任法3条にいう欠陥に当たると解するのが相当である。

そこで、これを本件についてみると、本件製品は、未完成の自転車であり、Yからの購入者である訴外Aにおいてペダルをギアクランクに取り付けるなどして組み立てて完成しなければならない商品であったところ、ギアクランクにペダル軸を135N・mで締め付けた場合には約10ミリメートルに達するばりが生じる可能性があり、この135N・mは通常用いる25センチメートルのペダルレンチを使用した場合に取っ手部分に55キログラムの力をかけたときと同一の力で、これは成人男性が容易にかけ得る力である。そして、ばりは針状の金属片であり、長さ約10ミリメートルにも達するばりがペダルの取付部分にあった場合、自転車に乗車した者が足をばりに引っ掛けるなどして受傷する危険性は高く、特に本件自転車が幼児用のものであり、幼児は受傷を避けるための注意力が低いことからすれば、なお一層上記の危険性は高いから、製造者であるYが、本件製品を訴外Aに販売した当時、上記のような危険性を予見できることは可能であったといえる。以上の点からすれば、Yは、本件製品を訴外Aに販売する際、訴外Aに対し、ペダルをギアクランクに取り付けるときはYの組立マニュアルに指示したトルクを遵守すること、このトルクよりも強く締め付けた場合には危険なばりが発生する可能性があること、取付けが完了した後は必ずばりの有無を確認し、ばりが発生していた場合にはこれを取り除くことの各点を指示、警告する措置を講じるべきであったというべきである。」

裁判所は、以上の一般論を本件にあてはめ、Yが本件製品を訴外Aに納入した際、訴外Aに交付した組立マニュアルには上記引用にいう各点の記載がなく、他に指示・警告の措置を講じたというに足りる事実も認められないとして、本件製品には製造物責任法3条にいう欠陥があったとして、YはXに対して損害賠償の義務を負う旨判示した。
解説 ●指示・警告上の欠陥の判断基準
判旨は、製品の特性に応じた使用上の危険があることを製造業者が予見しうるときには、製造業者はその危険および被害を防止する使用方法を注意書等により具体的に指示・警告すべきであり、これに反して事故が生じたと認められる場合には、指示・警告上の欠陥がある旨判示したと解すべき。
製造物責任法に係る近時の一連の下級審裁判例には、業務に関わる相応の専門性をもつ使用者に対する指示・警告を求めるものがあらわれている。
ex.
エステサロン経営者の行った美容機器を用いたエステ施術
医師による気管切開チューブとジャクソンリースの組合せ使用に起因する乳児死亡事故
動物駆逐用花火により手指欠損事故
判旨は、一定部分の組み立てを別の業者が担当することが通常である自転車製品に関するところ、製品が引渡し先業者で設置・施工を要する場合に製造業者が設置・施工業者に与える指示・警告についても、より広く妥当しうる。
特に乳幼児製品や高齢者用製品などの危険性については、乳幼児や高齢者の危険に対する脆弱性を踏まえ、製造業者において製品の特性や特徴に由来する事故発生を予見しうる限り、製造業者はその危険を注意書等で明示し、危険を避ける具体的な使用方法を引渡し先業者等に知らせる必要があることになる。
●幼児用製品の欠陥に関する判断基準
判旨は、幼児用自転車という製品の特性に着目し、まず、成人を対象とする自転車の場合にもいえる危険性として、「自転車に乗車した者が足をばりに引っ掛けるなどして受傷する危険性」が高いとしたうえで、「幼児は受傷を避けるための注意力が低い」ことから、特に幼児用自転車では一層受傷の危険性が高いと指摘する。
幼児用製品の欠陥判断には特段の考慮が払われるべきであるという趣旨の裁判例
ex.
ベビーシューズによる乳幼児の転倒事故
チャイルドシートの肩ベルトカバーが乳幼児から外れたことによる事故
カプセル入り玩具のカプセルが乳幼児の口腔内に入った窒息事故
●賠償義務の範囲
@本件事故当時5歳の女児
A本件事故により膝の裏には約5センチ線状痕が残り、形成外科医による再手術によって傷痕をかなり小さくする医療処置が可能であること
⇒再手術費用を本件事故による損害と認める。
■86 フロント・サイドマスクの欠陥による負傷と後遺障害
仙台地裁H13.4.26
■86 判旨 請求認容。

(@) @「本件製品のフックは、直径約1.5ミリメートルの針金状の左右約1センチメー  トルの長さのU字形に成形したものであるが、小さくて手に持ちにくい。/国民生活センター商品テストが行った本件テスト報告書中のモニターテストにおいても、7名のモニター中5名が『本件製品のフックが小さくて持ちにくい』との意見を述べている。/さらに、モニターの1名は、装着中に、実際に手を滑らせてしまい、ゴムひもの張力によって跳ね上がったフックが顔面に当たった。……フックを掛ける位置が低いため、フックが掛かった部分を目視することは困難であり、また、フックそのものに触って掛かり具合を確認するためには低くかがまなければならないなど、装着状態の確認が困難である。……フックが外れた場合、ゴムひもの張力によって跳ね上がったフックは、勢いよく車両のルーフを超える高さにまで跳ね上がるものであった。……さらに、本件製品のフックは、針金状の金属を成形したものであるため、弾力性のないエッジ等に掛けた場合、荷重が板状のエッジ等に対して点でかかることになり、装着状態が不安定である。」
 A「本件製品及びそのパッケージには、本件製品が危険なものであるとか、暗い  場所で使用しないようにとか、ゴムひもの張力でフックが体に当たる危険がある旨説明はなかった。」
 B「Yは、本件事故後、本件製品のフックをプラスチック製で、先端が約2×3ミリメートルのものに変更した。」
 C「本件製品と同様……の製品でも、左右に付いている2本の伸縮性のないベルトの先に吸盤が付いていて、ベルトを前部ドアと後部ドアの間に通し、吸盤をサイドガラスの内側に固定し、カバーを装着するようになっている製品……が製造販売されていたが、その販売実績は、あまりよくなかった。」
 D「本件製品は、……A社〔訴外〕が既に製造販売していたフロント・サイドマスク……をほぼコピーして……開発したものであり、安全性に関するテストとしては、……
 フックが外れた場合にどの程度跳ね上がるか、冬季に本件製品を使用した場合にフックが引っ掛けやすいか、外れないか等の点についての試験は全く行われなかった。」

(A)「以上に説示の事実によれば、本件製品は、自動車のフロントガラス等の凍結防止カバーであり、フックを自動車のドア下のエッジに掛けて固定する構造のものであるから、装着者がかがみ込んでフックを掛けようとすることは当然であり、しかも、本件製品が使用されるのは、自動車のフロントガラス等の凍結が予測される寒い時期の夜であることが多いところ、そのような状況下で本件製品の装着作業が行われると、フックを1回で装着することができず、フックを放してしまう事態が生じることは当然予想されるところである。ところが、本件製品の設計に当たり、フックが使用者の身体に当たって傷害を生じさせる事態を防止するために、フックの材質、形状を工夫したり、ゴムひもの張力が過大にならないようにするなどの配慮はほとんどされていないものであり、本件製品は、設計上の問題として、通常有すべき安全性を欠き、製造物責任法3条にいう『欠陥』を有しているといわなければならない。」
解説 欠陥に関する解釈論:
@製造上の欠陥(大量生産品に安全性を欠く個別製品が出現した場合)
A設計上の欠陥(製品設計自体が必要な安全性を欠く場合)
B指示・警告上の欠陥(不適切・不十分な指示・警告ゆえに安全性を欠く場合)
製造物責任法2条2項:
欠陥は「当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡し次期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること」と定義される。
■85 リコール対象自動車の点検・修理の債務不履行責任・制裁的慰謝料
東京地裁H15.5.28
■85 事案 X1は、外車輸入会社Y1が輸入したベンツをY1のディーラーであるY2から購入。
X2は、X1の理事であり、Y2との契約交渉を担当し、本件自動車の使用者として登録されかつ専用使用していた。
Xらは、Y1は本件自動車の輸入業者として、本件自動車の欠陥によって生じた損害について製造物責任法3条に基づく損害賠償責任を負い、Y2は本件自動車の売買契約に基づく瑕疵担保責任または債務不履行責任を負うと主張。
本判決は、Y1は、Xらに対し、本件自動車の輸入業者として、本件自動車の欠陥によって生じた損害について製造物責任法3条に基づく損害賠償責任を負い、Y2は本件自動車の販売業者かつリコール点検・修理を担当した業者として、Xらに対し、本件自動車の欠陥ないし点検・修理等の不具合から生じた損害について債務不履行責任を負うと判断。
損害については、本件自動車の事故時の価格、弁護士費用等の損害として1250万円余を、X2の損害については、タクシー代、慰謝料、弁護士費用等の損害として77万円余をそれぞれ認めた。
判旨 請求一部容認、一部棄却。
(@)「Y2は、メルセデスベンツの正規販売店として本件自動車のリコールによる修理を行っており、その際本件事故の出火原因となったオイル漏れの箇所付近を修理点検していること、本件自動車はX1が所有しているものの、実際にはX2において専用使用しており、Y2もそのことを認識していたなどの事情に照らせば、Y2は本件自動車の販売業者かつリコールの点検・修理を担当した業者として、本件自動車の使用者であるX2に対して本件自動車の点検・修理等の不具合から生じた損害について債務不履行の責任を負うというべきである。」
(A)「X2は、慰謝料の算定については、近時の裁判例で認められている名誉棄損における損害賠償額の算定と同様に、加害者、被害者双方の事情を比較衡量して適正な慰謝料額を算定すべきとし、本件では、X2の社会的地位、収入等やYらの加害行為の態様等を慰謝料に反映すべきとするが、独自の見解であり、採用できない。
 さらに、X2は、本件において懲罰的な損害賠償を求めると主張しているが、我が国においてこのような法制度を採用していないことは明らかであり、採用できない。」
解説 ●自動車輸入業者の製造物責任と販売・修理点検業者の債務不履行責任
●自動車の使用者に対する債務不履行責任
自動車販売では、契約の当事者は法人であるが、実際の使用者は個人であることが多い。
←自動車の価格が高いことや、税務上の経費性から、実際の使用者である個人ではなく法人名義で契約を締結する。
実際にX2が専用使用し、Y2もそのことを認識していたというだけの理由から、X2に対してY2が債務不履行責任を負うとするのは不十分。
自動車販売契約の当事者はX1であるが、X1の理事であるX2の専用使用のために購入され契約交渉もX2が行っているなど、実質的にX2は契約の準当事者といえる、といった説明が必要。
別の法律構成は、輸入業者であるY1のディーラーY2も、製造物責任法2条3項の「製造業者等」に含め、製造物責任の責任主体として考える理論構成。
「欠陥」さえ認定できればディーラーの責任を肯定できる点で、債務不履行構成よりも、消費者保護として優れている。
●リコール点検・修理の不具合と「欠陥」
「欠陥」については、条文上、「当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること」(製造物責任法2条2項)と規定されているのみでるが、学説上は
@製造上の欠陥、A指示・警告上の欠陥、B設計上の欠陥の3分類が有力。
本件は、リコールをしたにもかかわらず点検・修理を十分に行わなかったというために本件自動車に発生した「欠陥」であり、製造上の欠陥に分類。
●「欠陥」による慰謝料や制裁的慰謝料
理論的には、慰謝料の算定にあたっては、加害者と被害者双方の事情を比較衡量し、事故の態様も斟酌して適正な金額を算定すべき。
判例上、制裁的慰謝料には否定的であるが、リコールを怠ってきた自動車製造会社の加害態様は非常に悪質で結果も重大であるとして、500万円の慰謝料を認めた三菱自動車事件(横浜地裁H18.4.18)は、実質的に制裁的慰謝料を認めた近いと評価できる。
★勉強会(2/3)
■84 カプセル入り玩具のカプセルの幼児による誤飲
鹿児島地裁H20.5.20
■84 事案 約30分間の心肺停止⇒低酸素脳症を起こし、X1には四肢の機能の全廃(1級)および体幹部の機能障害(座位不能)の身体障害1級の後遺症が残った。
判旨

請求を一部容認(消滅時効の関係で治療費等の請求は棄却して後遺障害に基づく損害についてのみ認め、また過失相殺を7割とし、X1に約2526万円、X2X350万円の請求を認めた)(控訴)。

 (@) 本件カプセルは「耐用性があるので、封入されていた玩具を取り出し包装容器としての使用を終えた後でも、すぐに廃棄されず、ボール等の玩具へ転用することができ……封入されていた玩具と一体のカプセル玩具としてフン頒布されていたものであること……Yも、本件カプセルに玩具のテストを適用するなど、本件カプセルが玩具となりうることを認めている」ことからすれば、「玩具を取り出した後に、カプセル自体が玩具として遊びに用いられることも、本件カプセルの通常予見される使用形態の一つであると認められる」。

 カプセル玩具の対象年齢は7歳とされているが「対象年齢を満たす幼児に3歳未満の弟や妹がいることは何ら珍しいことではない」。また幼児の、玩具に強い関心を持ち手にしようとする傾向を考慮すれば、3歳未満の幼児が封入されていた玩具を取り出した後の本件カプセルで遊ぶことは、通常予見される使用形態である」。

 (ii) 物を飲み込む機序および窒息が生ずる機序に照らすと「物体が咽頭ないし喉頭で停滞して気道を完全に閉塞するような大きさであれば、口腔にはいることで窒息の危険が生じると認められることから、幼児の窒息事故を防止するためには、幼児の口腔に物が入らないようにする必要がある」。

 (iii) 「本件カプセルの設計は、乳幼児の口腔内に入ってしまった場合の口腔からの除去や気道確保が非常に困難となる危険な形状であったというべきで、本件カプセルのように幼児が手にする物は、口腔から取り出しやすくするために、角形ないし多角形とし、表面が滑らかでなく、緊急の場合に指や医療器具に掛りやすい粗い表面とする、また気道確保のために十分な径を有する通気口を複数開けておく等の設計が必要であったというべきである。……すると、表示上の欠陥について判断するまでもなく、本件カプセルには欠陥があったと認められる」。

 (C) (Y主張ニに対して)「ST基準がY主張の根拠に基づき制定されたとしても……ST基準が定めるサイズでは不十分で……ST基準を満たすことのみで、本件カプセルが幼児の窒息防止のための十分な安全性を有していたとは認められない。」

 (D) 「本件窒息事故は、Xらの自宅内でX2X1らの遊んでいる様子を見ている中で発生しているところ、このような自宅内で幼児の窒息事故を防止する注意義務は、一時的にはX1の両親であるX3及びX2らにある」。しかしX2らは「X1が本件カプセルで遊んでいるのを漫然放置し、これにつき十分な管理、監督を行っていたとはいえず、前記注意義務を十分に果たしたとはいえないから、この点はYの責任の範囲を判断する上で大きな影響があるといわざるを得ない。そうすると、Xらの損害のうち、Yはその3割を負担するのが相当である」。

規定 製造物責任法 第2条(定義)
この法律において「製造物」とは、製造又は加工された動産をいう。
2 この法律において「欠陥」とは、当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう。
解説 製造物責任法は、欠陥の有無を判断する際の考慮要素として
@製造物の特性
Aその通常予見される使用形態
Bその製造業者等が当該製造物を引き渡した時期
を定める。(法2条2項)
一般に、製造業者は、
@予見可能な誤使用については基本的に設計上対応する必要があり、
Aそれでも残る危険性について指示・警告する義務があるとされる。
本判決は、第一段階で設計上の欠陥があるとした。
ここで問題となる予見可能性には、「製造物の特性」も大きく関わる。
幼児による使用を前提とする玩具では、大人であれば玩具の形状から考えて予定された本来の用法をすべきところ幼児はそれを超えた使用をすることが多いことから、考えうる使用形態の範囲は広くならざるを得ず、製造業者の予見義務が厳格に追及される可能性。
製造物責任法と安全規制とはその趣旨・目的が異なるものであるから、安全規制への適合の有無と製造物責任の成否(製品の欠陥の有無)の判断は必ずしも一致せず、法令上の安全規制に適合していた場合であっても、製品に欠陥が認められ、製造業者等が製造物責任を負うことは十分にある。
一般に「設計上の欠陥」判断おいては、損害発生の予見可能性、代替設計の可能性、実用性、経済性等を考慮した危険効用基準が祭用されることが多く、過失責任と実質的に異ならないとの指摘。
2009年6月18日に成立したEU改正玩具安全指令:
本件カプセルに相当する「玩具を内包する小売販売向け包装・容器であって、球体・卵型・楕円体のもの」について、「口腔や咽頭にはまり込み、または気道を防ぐことで窒息を引き起こす危険性のない寸法でなければならない」とされるに至っている。
本件事故発生は2002年8月10日
欠陥判断の基準時は「製造業者が当該製造物を引き渡した時期」とするのが通説。
⇒本判決も「カプセルの製造当時」を基準に欠陥判断を行っている。
「その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期」は「当該製品が製造業者によって引き渡された時点での社会通念」を基準とするとされている。
本判決は、被害者X1の両親の監督上の不注意を過失相殺事由としている。
■83 公売に付された収用貨物の瑕疵と税関長の責任
最高裁昭和58.10.20
■83 事案 幼児Xが、兄と一緒にバドミントンセットを用いて遊ぶうち、兄の使用していたラケットの握り手から抜け落ちた柄がXの目に当たり、その結果視力障害をもたらした。
⇒Xは、販売業者Y1および国Y2に対し損害賠償を請求。
判旨

破棄差戻し。

「税関長が、法79条の規定により収容した貨物で、法70条所定の他の法令の規定により輸入に関して必要な許可、承認又は検査の完了等を必要としないものにつき、法845項の規定による廃棄ができないため、同条1項の規定により公売に付した場合に、その買受人等を経由して当該貨物を取得した最終消費者においてこれを使用したところ、その貨物に存した瑕疵により右最終消費者又はその他の者の生命、身体又は財産に損害が生じたとき(以下「最終消費者等の損害」という。)、被害者が、右貨物を公売に付したことにつき税関長に過失があるとして、国に対しその損害の賠償を請求することができるためには、(1)右税関長が、法845項の規定により、当該貨物につき廃棄可能なものであるかどうか等を検査する過程で、その貨物に構造上の欠陥等の瑕疵のあることを現に知ったか、又は税関長の通常有すべき知識経験に照らすと容易にこれを知ることができたと認められる場合であって、右貨物を公売に付するときには、これが最終消費者によって、右瑕疵の存するままの状態で取得される可能性があり、しかも合理的期間内において通常の用法に従って使用されても、右瑕疵により最終消費者等の損害の発生することを予見し、又は予見すべきであったと認められ(2)さらにまた、税関長において、最終消費者等の損害の発生を未然に防止しうる措置をとることができ、かつ、そうすべき義務があったにもかかわらず、これを懈怠したと認められることが必要であると解すべきである。けだし、(1)税関長は、多種多様であり、かつ、大量に及ぶ収容貨物のそれぞれにつき、その各製造業者又は輸入業者が有し、又は有すべき当該貨物についての構造、材質、性能等に関する専門的知識を有するわけではなく、また……有することが要求されてい……ないから、税関長を……製造業者又は輸入業者と同視し、税関長が、右のような専門的知識を有することを前提として、当該貨物につき法845項に該当するか等の検査をする過程において、その貨物に構造上の欠陥等の瑕疵のあることを知るべきであるとすることはできないものというべきであり、したがって、税関長が、右検査の過程において、当該貨物に構造上の欠陥等瑕疵のあることを現に知り、又は税関長の通常有すべき知識経験に照らすと容易にこれを知りえたと認められる場合にのみ、注意義務違反の責任を問う余地があるものと解するのが相当出あり、また、(2)税関長は、前示のように最終消費者等の損害の発生を予見し、又は予見すべき場合であっても、当該貨物が法845項の規定により廃棄しうるものに該当しないときには、保税地域の利用についてその障害を除き、又は関税の徴収を確保するため(法791項本文)、右貨物を、原則として、まず公売に付すべきであって(法841項、3項)、これを差し控える余地はないのであり、そのうえ、税関長は、当該貨物の所有権を有するわけでなく、他に右貨物に存する構造上の欠陥等の瑕疵を補修するについての権限又は義務を有していると認めるべき法律上の根拠はなく、したがって、税関長において右瑕疵を補修すべきであるということもできないのであって、税関長としては、公売に付した貨物の買受人との売買契約において、買受人に右瑕疵を補修すべき義務を負わせ、その履行の確保を図ること等をしうるのみであり、税関長がかかる措置を講じたときには、当該事故につき結果回避義務を尽くしたものと解するのが相当だからである。」 

解説 特徴:
@税関長としての国の製造物責任(第一次責任)を明確に否定
A公売という行政処分に関連した国がどのように注意義務を負うべきかを、国の不作為の違法基準に照らして再構成。
■82 電気ストーブの使用による化学物質過敏症
東京高裁H18.8.31
■82 事案 X1(反訴原告・控訴人)は、Y(反訴被告・被控訴人)の販売店で、中国製の電気ストーブ1台を購入。X1の子であるX3がこれを使用したところ、有害化学物質が発生し、X3は中枢神経機能障害および自律神経機能障害を発症した上、化学物質過敏症の後遺症が生じたと主張し、X1及びX2(X3の母)はX3の前記発症により多大な精神的苦痛を受けたと主張して、Yに対し、不法行為、債務不履行(不完全履行)または製造物責任法3条に基づく損害賠償として
@主位的に、Yとの間の合意に基づき総額5億円および遅延損害金の支払を
A予備的に、前記合意がないものとして、2億円及び遅延損害金の支払を求めた。
(本件は、Yが提起した債務不存在確認の訴えに対する反訴として提起されたものであるが、Yの本訴は、原審において、訴えの取り下げにより終了している。)
本件ストーブを台湾の法人から輸入し、Yに販売したZは、Yの補助参加人となっている。
原審は、Xの請求をいずれも棄却。
判旨

判決は、X3の請求を認容し、X1X2の請求については棄却した。

(@) X3の症状と本件スト―ブ使用の因果関係の有無について

「認定事実によれば、X3は、本件ストーブを使用するまで健康状態に特段の問題がなかったところ、本件ストーブの使用を始めてから鼻に異変を感じ、後に腹部、胃部の異常、目の充血、手足のしびれ、運動障害、呼吸困難等が生じたこと、化学物質の影響を前提とせずに複数の医院、病院において診察を受けても確定診断ができなかったこと、本件同型ストーブは、ヒーターとガード部分との間隔が狭く、ガード部分は、稼働後2分で温度が280度程度にまで上昇する部分があること、本件同型ストーブのガード部分には有機塗料が塗布されており、高温に加熱されることによって化学物質が発生するものであったこと、発生する化学物質には人体にとって有害なものが多く含まれていたこと、本件ストーブの使用説明書には、その使用上の注意として換気等が必要であるとの記載はなく、X3も、使用中換気をしなかったこと、その使用状況も、1か月近くの間、上記のとおり換気もしないまま、連日のように勉強しながら本件ストーブを使用し、うち20日間ほどは使用時間が34時間から時には5時間以上にも及び、しかも、本件ストーブを勉強机の下の足のすぐ近くに置くという上記化学物質に直接的に暴露されやすい状況であったこと、X3は本件ストーブの使用を中止した後において、化学物質に過敏な反応を示すようになったこと、本件ストーブの使用後にX3に生じた症状は、本件同型ストーブから発生する化学物質によって人体に生ずるとされる症状と矛盾がないこと、甲川医師は、X3の本件症状を化学物質に基づく中枢神経機能障害及び自律神経機能障害と判断し、X3が化学物質に対する過敏症を獲得したと判断していること、以上の各事実が認められ、これらの事実からすれば、X3の本件症状は、本件ストーブから発生した化学物質により生じたものであり、X3は、慢性症状として、化学物質に対する過敏症を獲得したものと認めるのが相当である。

( i i ) Yの過失の有無について

「以上によれば、Yは、遅くとも平成12年末までには、本件同型ストーブからその使用に伴い異臭が生じ、これと共に化学物質が発生することを予見することが可能であり、また、その予見をすべき義務があったものであり、さらに、このような予見に基づき、本件同型ストーブを大量に販売する者として、これを使用する顧客の安全性を確保する見地から、直ちに、本件同型ストーブから発生する化学物質の種類、量、その人体への有害性についえ検査確認すべき義務があったものである。そして、Yがこのような検査確認義務を尽くしていれば、遅くともX1が本件ストーブを購入した平成13110日までには、本件同型ストーブを稼働させると多数の種類の人体に有害な化学物質が発生することを認識することが可能であったのであり、また、Yは、当時、このような化学物質により人に対する健康被害が生じ、人によっては化学物質に対する過敏症が生ずることがあることについて認識することが可能であり、かつ、認識すべきであったものである。

そうであるとすると、Yには、このような予見義務及び検査確認義務を尽くし、その検査確認の結果に基づき、本件同型ストーブを購入する顧客にその使用によって健康被害が生じないように、その結果の発生を回避すべき義務があったことは明らかというべきである。」

Yは、以上の予見義務、検査確認義務および結果回避義務を怠った過失があり、不法行為責任を負う。

解説 ●本判決の意義
輸入製品である電気ストーブの使用により発症した化学物質過敏症による被害につき、
@ストーブの輸入業者ではなく、販売者(大手スーパーマーケット経営)の不法行為責任を認めたこと、
A化学物質過敏症を被害と認めた高裁段階の初めての判決であること
の2点において重要。
化学物質過敏症は、通常であれば適応できるような、ごく微量の化学物質に対しても過敏に反応し、多様な症状が出る疾患であり、過去にかなり大量の化学物質に接触した後で、次の機会に非常に微量な同種または同系統の化学物質に再接触した場合に出てくる不愉快な症状。
●化学物質過敏症関連訴訟の類型
@建物の建材などの含まれる化学物質が原因で発症するシックハウス型
A職場での化学物質過敏症の罹患が問題となる労働災害
B化学物質の影響が地域住民に及ぶ公害・環境汚染型
C購入商品等に含まれる化学物質が原因で購入者等が罹患する製造物責任型
いずれの類型においても、@化学物質と過敏症罹患との因果関係およびA原因者側の過失の有無が問題となる。
製造物責任型では、製造物責任法3条の責任が問題となる場合、製造物の欠陥の有無が問題となる。
●因果関係論
一連の化学物質過敏症関連訴訟では、有害物質の暴露と症状との間の因果関係については、これを認めるものが多い。
本判決の因果関係認定の手法:
(1)本件ストーブの使用から初めて症状が出たこと
(2)本件同型ストーブから有害化学物質が発生すること
(3)本件ストーブの使用後に請じた症状は、本件同型ストーブから発生する化学物質によって生ずる症状と矛盾がないこと
(4)X3を診察した医師がX3の症状を化学物質に対しる過敏症を獲得したとしていること
その上で、Yが争った
@本件ストーブからの化学物質の発生、A甲川医師の診断内容、B本件症状の発生の因果関係について、反論を加えている。
特にBについて
「具体的な化学物質の種類やその量を特することはできないものの、X3が、前記認定のような経緯において、人体にとってその性質上有害性のある多種類かつ相当多量の化学物質の暴露を受けたことは優に推認することができるものである。そうであるとすれば、これにより本件症状等が生じたことについては、高度の蓋然性を認めることができる」とし、さらに「他に、本件症状の発生の原因として首肯し得るような事実が認められない本件においては、本件ストーブの使用とX3の本件症状との間の因果関係を認めるに足りる高度の蓋然性が存在するものというべきである」としてる。
事実的因果関係の認定に関する高度の蓋然性説(最高裁昭和50.10.24)に従っている。
●過失論
本判決は、予見可能性を前手落とした決壊回避義務違反説を採用。
すなわち、@本件ストーブからの化学物質の発生の予見可能性およびA化学物質による本件症状の発生の予見可能性の2つに分けて判断
@について
本件同型ストーブの異臭に関するクレームから、Yにおいて化学物質の発生を予見することができ、それを前提に検査義務があった。
Aについて
一般的知見として、シックハウス症候群の存在が知られており、また、化学物質過敏症に関する診断基準が示されており、遅くとも、平成12年中には、化学物質により健康被害が発生し、過敏症を生ずることも知られており、Yにおいてその予見義務があった。
●製造物責任論
有害化学物質を発生させる製造物は、「当該製造物が通常有すべき安全性を欠いている」
⇒欠陥製造物。(法2条2項)
製造物の欠陥と化学物質過敏症という健康被害の因果関係が証明されるなら、製造業者等は、製造物責任を負う(法3条)。
■81 ガス湯沸器を原因とする一酸化炭素中毒事故
札幌地裁H10.7.28
■81 事案 Aの相続人X(原告)は、
Y1(アパート所有者)に対して債務不履行、
Y2(下請設置者)に対して設置時の瑕疵発見、修理義務違反の不法行為、
Y3(製造・販売者)に対して瑕疵ある製品を供給した不法行為、
Y4(修理点検に関与)に対して修理点検上の不法行為をそれぞれ理由とする損害賠償を請求。
判旨 一部認容(Y4に対し、Xに金54018136円およびこれに対する平成443日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命じた。その余の被告に対する請求は棄却)。

(@) Y3の責任

「本件湯沸器で使用されたはんだが通常のガス器具で使用されるはんだより耐久性に劣っていたとか、湯沸器では通常より耐久性の勝るはんだを使用することが可能でありそうすべきであったとかの事情を認めるに足りる証拠なないし、もともと、本件湯沸器は強制排気装置が作動しなければ排気あふれた防止装置によって燃焼が停止される仕組みになっていたから、本件湯沸器のはんだつけ部分にはんだ割れが生じたことをもって、本件湯沸器の販売時の瑕疵である、と認めることはできない。


「また、追加配線により安全装置が作動することなく点火燃焼するようになった点については、販売当時に追加配線が施されたものではないし、販売当時に右のような追加配線が施工されることが予想できた、とも認められないから、追加配線がされたことをもって、本件湯沸器の販売当時の瑕疵である、と認めることはできない。

「とすれば、Y3X主張のような内容の瑕疵のある欠陥商品を販売提供したことを前提にするY3の賠償責任は肯定できない。また、右のような危険な追加配線をする修理が実施されることをあらかじめ予測できた、との事情を認めるに足りる証拠もないから、本件のような追加配線の危険やその実施を禁止する説明をする義務が生じていた、と認めることもできない。商品の欠陥を原因とする事故が生じた場合にその情報を提供する義務についても、本件事故の発生を阻止できる時期に本件のような事故が発生するおそれのあることを知らせる情報が提供できた、と認めるに足りる証拠はない。」
「したがって、XY3に対する請求は理由がない。」

(A)Y4の責任

Y4は、……本件湯沸器についても、Y1の依頼に基づき、2年毎の定期点検を行うほか、……Aが本件居宅を賃借するに際し、定期点検を行っている……から、本件湯沸器の使用者のために本件湯沸器の安全性を確認点検する注意義務があったにもかかわらず、本件湯沸器のコントロールボックスの端子台に追加配線がされていることや、コントロールボックスの制御基盤のはんだつけ部分にはんだ割れが生じている、ないし生じるおそれがあることを発見できなかった過失により、本件事故を生じさせた、と認めるのが相当である。」 
解説 ●問題の所在
設置業者、点検業者、修理業者、エネルギー(ガス)供給事業者の関与があり、
購入者・所有者と使用者・占有者とが異なる
⇒多数関与者の責任が問題。
●製造販売業者の責任
裁判所:
応急処置時の短絡行為に着目し、製造販売時点では正常な製品であったとして、製造販売業者には責任がない。
経済産業省:
平成18年8月の「製品安全策に係る総点検結果とりまとめ」において、故障が容易に生じやすいのに、修理部品の供給が十分でなかった点と、端子が突出して短絡させやすい構造になっていたことから不正改造を誘発しやすいこと、およびその状態の危険性を消費者に注意喚起しなかったこと、同種事故が次々と発生しているのに、その拡大を防止する適切な対応をしてこなかった点などを指摘し、本件機種ほか6機種につき製造業者に消費生活用製品安全法に基づく緊急命令(点検および回収)を発している。
湯沸器のように長期間使用される製品で劣化により安全上支障が生じ、重大事故を起こすおそれのある9品目について、製造業者等に中間点検を義務付け(消費生活用製品安全法32条の2以下)、平成21年4月から施行されている。
⇒危険を伴う製品の製造者は、市場に出した後も監視して事故防止に努めなければならない。
本件湯沸器の製造業者の代表者と品質管理責任者に対する業務上過失致死傷被告事件に着き、東京地裁は、製造業者に注意喚起、点検・回収義務を認め、有罪判決を言い渡した。(平成22年5月11日)
⇒今日の証拠状況からすると、製造業者の責任が認められる可能性はかなり高くなっている。
消費者生活安全法の措置の要件の前提として条文上、製品の「欠陥」という表現を用いている(法2条5項)。
損害賠償の要件を定めたものではなく、消費者被害の拡大防止を目的とした行政措置発動の要件ではあるが、不法行為の過失を考えるうえでも十分参考にされてよい。
●ガス事業者兼点検業者の責任
本判決:
事故の誘因となったそもそもの改造処置を誰が行ったかは不明のまま、ガス事業者兼修理点検業者が点検した時には改造処置が施されていたと推認し、「湯沸器の使用者のために本件湯沸器の安全性を確認点検する注意義務があったにもかかわらず、本件湯沸器のコントロールボックスの端子台に追加配線がされていることや、コントロールボックスの制御基板のはんだつけ部分にはんだ割れが生じている、ないし生じるおそれがあることを発見できなかった過失により、本件事故を生じさせた、と認めるのが相当である」とした。
but
製品のメカニズム、性能、不具合情報や事故情報に最も詳しいのは何と言っても製造業者であり、その製造業者からの情報提供がなければ修理業者といえども知り得ない情報もある⇒事故を防止しうるだけの適切な情報提供が製造業者から修理点検業者に対してなされていたかどうかも問題とされるべきであった。
●その他の当事者の責任
その他の被告については、不正改造への関与が認められず、責任なしとされ、請求は棄却。
建物の所有者・賃貸人には、契約責任(安全配慮義務)の存否が検討されたが、専門業者に点検を依頼していたいことから過失なし。
初期の判例は、湯沸器の所有者・賃貸人の責任を追及し、認容されているものが多いが、第一次責任は占有者であるとして、所有者の責任を否定したものも散見される。
●控訴審判決
損害認容額が増額されている。
Y4の責任について、「(点検を依頼する者は、)安全に使用できるか否かの点検・調査を依頼するものであり、Y4としても、依頼者がその意味での安全確認を期待していることを知りながら、これに応じているものと認められる。そうである以上、Y4としては、・・・このような社会的関係を持つに至った者として、各依頼者に対する信義則上の注意義務を追っているものと解するのが相当である」としたうえで、「湯沸器の構造や電源を遮断することで、安全装置が働かないことを容易に発見することができた」とした。
●多数関係者が関与した事故
民事事件では考え得る当事者すべてに対して損害賠償を請求するという形をとる。
but
法律構成、立証の難易度などや代理人の判断などから、一部の当事者に対してのみ責任追及される事件も多い。
■80 家電製品と欠陥・・・カラーテレビ発火事件
大阪地裁H6.3.29
■80 事案 Xは、Eにカラオケ機器等の備品や休業損害など258万円を支払った。
そこで、Xが本件は欠陥のあるテレビからの発火事件であるとして、Yに対して、債務不履行または不法行為に基づき、事務所内のファクシミリし等の簿い品の損害421万円余、Eに支払った258万円、弁護士費用の総額729万7800円の損害賠償を請求。
判旨

一部認容(確定)。
(@) 本件火災の原因・発火場所について

消防への各質問調書でDが「テレビの方から煙が出ていました」、「早くテレビのコンセントを抜かないと、テレビが爆発すると思ってコンセントを抜きました」と証言していることを等を認定した上で、「Dの消防署員に対する前記供述は、当初から、本件テレビ本体からの発煙、発火を認めたという趣旨であったと解するのが合理的である。」

(A)製造物責任と製造物の欠陥について

「製品の製造者は、製品を設計、製造し流通に置く過程で、製品の危険な性状により利用者が損害を被ることのないよう、その安全性を確保すべき高度の注意義務(安全性確保義務)を負う……。」「右の安全性確保義務は、製造者が、製品の危険な性状により損害を被る可能性のあるすべての者に対して負うべき社会生活上の義務であるから、これに違反したことにより認められる製造物責任は、製造者と利用者との間の契約関係の有無にかかわりなく成立する不法行為責任と解するべきものである。」「製造者が負う安全性確保義務は……、利用者が現実に利用する時点での製品の安全性の有無が最も重要というべきであるから、利用時の製品の性状が、社会観念上製品に要求される合理的安全性を欠き、不相当に危険と評価されれば、その製品には欠陥がある」。

(B)本件テレビの欠陥について

「本件テレビは、合理的利用中(一部の回路のみに電流が流れる待機状態を含む。)に発煙、発火したと認められるから、不相当に危険と評価すべきであり、本件テレビには欠陥が認められる。」

(C)過失の推認とYの反証について

Xが内部構造に手を加えたり、第三者が修理等をしたとの事実は認められないから、右の欠陥原因は、Y が本件テレビを流通に置いた時点で既に存在していたことが推認される。」「そして、……欠陥原因のある製品を流通に置いたことについてYに過失のあったことが推認されるが、製造者に課せられた安全性確保義務は高度なものというべきであるから、製造物責任を争うYとしては、単に注意深く製造したことを一般的に主張立証するだけでは不十分であって、不相当な危険を生じさせた欠陥原因を具体的に解明するなどして、右の推認を覆す必要がある。……本件全証拠によっても、本件テレビにいかなる欠陥原因が存し、いかなる経緯で発火するに至ったかについては不明というべきであるが、本件におけるYの立証によっては、過失についての前記推認は覆らないといわざるをえない。」

(D)損害

本件火災と相当因果関係に立つ
Xの損害総額は、Eへの支払額の200万円とXの焼失動産被害50万円、焼失物により廉価な新規購入ファクシミリ、流し台等の費用1417000円、弁護士費用50万の計4417000円である。

解説 製造物責任法上の欠陥の有無の判断要素:
@当該製造物の特性
A通常予見される使用形態
B製造物等が当該製造物を引き渡した時期の欠陥の存在

「過失責任から瑕疵責任への志向」、すなわち、実質的無過失責任化を目指したもの。
主観的な人間の行為責任から出発せず、欠陥という物の客観的状態を根本基準とすることを明確にした。
本判決は、発火原因と欠陥原因を同義で使い、その上位に欠陥概念を設定。
欠陥の存否は、「利用時の製品の性状が社会通念上製品に要求される合理的安全性を欠き、不相当に危険と評価される」か否かで判断。
3段重ねの推認論:
@「利用方法が社会通念上合理的」であることを主張・立証⇒
A欠陥の存在が推認⇒
B過失の推認論
過失の推認:
@合理的利用
Aテレビからの発火
を認定し
Yにテレビの「絶対的安全性」を求める。
欠陥の存否の判断基準時:
流通時説
合理的期間内であれば利用時説
8か月しか使用していない⇒欠陥は流通時から存在していたと推認
製造物責任法では、引渡時(出荷時)説。
発火部位の特定は必要ではない。
テレビからの発火⇒テレビのどこかに欠陥が認定(または推定)⇒Yの過失の推認⇒その推認を覆す事項の主張・立証責任がYに課される。
欠陥という客観的事実から過失論に
〜過失判断が含む予見可能性や結果回避可能性等の議論を飛び越えている。
学説は大筋で本判決の手法と結論を支持するものが大多数。
■79 顔面エステ施術による重度のアトピー性皮膚炎への罹患
東京地裁H13.5.22
■79 事案 Xは、Yの従業員らが、Xのアトピー性皮膚炎の既往歴を告げられており、エステ施術の実施に際し、皮膚障害を与えないように配慮すべき義務があるにもかかわらず、それに違反して、Xの上記皮膚炎を発症、悪化させた損害を与えたとして、民法715条に基づく以下の内容の損害賠償額2500万円をYに請求
@アトピー性皮膚炎の治療費
A支払済みのエステ施術代金
Bアトピー性皮膚炎の悪化によって通学困難となり退学を余儀なくされた専門学校の学費等
Cアルバイト先の退職による休業損害
Dアトピー性皮膚炎の後遺症による逸失利益
E慰謝料
F弁護士費用
Yはすべての責任原因について、エステ施術とXのアトピー症状とのあいだの因果関係の存在を否定
判旨

一部認容、一部棄却(控訴)。

(@) Yの従業員の過失と、Yの使用者責任について「Yのエステ施術に従事していたF及びAらは、アトピー素因を有する客がYのエステ施術を受けた場合に、接触性皮膚炎を発症したり、アトピー性皮膚炎を発症、悪化させる可能性があることを認識していたのであり、また、Aは、初回のカウンセリングにおいて、Xから、アトピー体質であるとの申告を受けているのであるから、Yのエステ施術によって肌に炎症が発生する可能性のあることを説明して、エステ施術の実施を断るか、エステ実施前に、エステ施術で使用されているジェルの適性テストを勧める等、Xが皮膚障害を生ずることがないようにするため適切な措置を講じる義務があったというべきである。」「しかし、Yにおいては、エステ施術の実施によりアトピー体質の客に生じうる皮膚障害が、皮下に蓄積されたステロイド剤が、ソニックの使用によって表皮に出るために、皮膚が炎症を起こす現象(Yにおいては、この現象をリバウンドと称していた。)であり、これを重ねることによって、アトピー体質を改善する効果があるとの誤った理解をしていた(実際は、外用したステロイド剤が皮下に蓄積するとの医学的根拠はない。)ため」、「アトピー体質であったXに対して誤った説明を行い、漫然とYのエステ施術を受けるように勧め、Xにエステ施術を受けさせた。」「また、Y従業員らは、エステ施術後に、客に皮膚障害が生じたことを知った場合には、直ちにエステ施術を中止するように指示し、医師の診察を受けるように勧めるべき義務があるのに、エステ施術の従事者であるY従業員らは、前記のとおり、Xの皮膚障害は、Yのエステ施術によって、Xの体内に蓄積したステロイド剤が皮膚に出てくる改善現象であるとの誤った理解に基づき」、「エステ施術の中止を指示せずに、かえって」、「アトピー体質の改善を期待させる言動を行うなどして、Xが自らの判断でエステ施術を中止するまでの間、何らの措置も取らなかったのである」と判示して、Yの従業員らの過失による不法行為責任を認め、使用者であるYの民法715条に基づく使用者責任を肯定した。

また損害賠償については、後遺症は認められないとして(
5)の後遺症による逸失利益と(6)のうち後遺症にかかるものを除き、Xの受けた精神的苦痛に対する慰謝料350万円を含め約629万円の損害賠償額を認容した。
(A) 民法7222項に基づく過失相殺について
Xは、最初にYのエステ施術を受けた翌日の平成1049日に顔面の皮膚障害を発見した時点で、前日のYのエステ施術が原因であると疑ったのであるから、本来であれば、直ちにYのエステ施術を中止して、医師による診察を受けるべきであるところ、医療機関でもないY従業員らの誤った指示を信じて、平成1052日にD皮膚科で診察を受けた際もYのエステ施術を受けていることについて申告をせず、平成111022日までの間、Yらの説明内容に何度も疑問を持ちながらも、エステ施術を継続してアトピー症状を悪化させたことなどを考慮すれば、Xにも過失が認められるといわざるを得ない」として、3割の過失相殺を行い、440万円に減額した。
また
Xの主張するその余の責任原因については判断するまでもないとした。
解説 ●本判決の意義
医師でないエステティックサロンの従業員が、顧客にアトピー性皮膚炎の既往歴のあることを認識しながら、アトピー体質がエステ施術によって改善するとの誤った判断に基づいて説明を行い、顧客に皮膚障害が発生したにもかかわらうz、エステ施術を長期にわたって継続して実施したことにつき、裁判所がエステ従業員の過失を認定し、その使用者であるサロン経営者の民法715条の使用者責任を認めた事例。
●エステの実施上の特性について
消費者に提供される物(商品等)に基づく消費者被害:
民法415条、570条等の契約責任は709条以下の不法行為責任の規定が適用されるほか、「製造又は加工された動産」といった欠陥ある製造物に基づく消費者被害については特別法である製造物責任法による被害者救済が講じられている。
不完全なサービスの受領による消費者または第三者の被害の救済:
特別な措置は講じられておらず、415条以下の契約責任や709条以下の不法行為責任によって法的解決を図るしかない。
●説明義務と注意義務について
説明義務:
本判決は、アトピー素因を有する顧客に対する説明義務の具体的内容について判示するとともに、エステ施術の実施をことわるか、使用するジェルの適性テストの実施などの適切な措置を講ずるべき義務を判示。
平成16年札幌地裁:
エステは「より美しくなりたいちという施術依頼者の主観的な願望を満たすことを目的としているのであるから、施術にあたっては、施術依頼者本人の主観的な意図が重要な意味を要する。したがって、エステティックの施術者は、施術依頼者に対し、同人の判断に資するために、施術前に、施術の内容、実施方法、実施による効果について説明する義務があるといえる。」
本件では、顧客がアトピー素因を有していることを施術者は認識⇒通常生じるべき皮膚障害についての危険性を説明し、その発生の有無を判断する措置を講じるべき義務がある。
さらに、皮膚障害が発生した場合の施術側の配慮義務としては、本判決によれば、医師の資格を持たない従業員においては、直ちにエステ施術を中止するように指示し、医師の診断を受けるように勧めるべき義務がある。
●損害額の算定について
Xの請求項目から、アトピー性皮膚炎による外貌にのこる後遺症による逸失利益をと後遺症による慰謝料の請求は、症状の固定を観念できないとして否定。
それ以外の損害項目はすべて認めている。
皮膚障害が施術実施直後に発生し、その原因がエステ施術にあるとうたがったにもかかわらず、医療機関でもない従業員の誤った指示を信じて、1年7カ月もの間施術を継続したことにつき3割の過失相殺。
遅延損害金の起算点につき、Xはエステ施術を最初に実施した時点を主張したが、裁判所はエステ施術を最後に受けた時点を起算日として、1年7カ月の間に受けた損害に対する損害賠償請求権を観念。
★勉強会(12/9)
■78 化粧品の指示・警告上の欠陥 東京地裁H12.5.22
■78 事案 本件化粧品に指示・警告上の欠陥が存在したとして、Y1(製造業者)、Y2(販売元)に対し製造物責任、不法行為に基づき、Y3(デパート)に対して、不法行為、債務不履行に基づき治療費等660万1684円の損害賠償を請求。
判旨

請求棄却(確定)。

(i)Xの皮膚障害が本件化粧品によって生じたものであるかについて「本件皮膚障害(顔面の皮膚障害)の原因の全てが本件化粧品の使用によるものとはいえないとしても…、少なくとも、本件化粧品の使用は、顔面の皮疹の症状を発生させ、増悪させる因子の一つとして働いたものと認められる」として因果関係を肯定した。

(ii)そして、化粧品は「その成分上、アレルギー反応による皮膚障害等の被害を発生させる危険性を内在したものであって、その使用による被害を防止するためには、適切な指示・警告が必要となる製造物であると認められる」としたうえで、本件化粧品の外箱および容器に記載された「お肌に合わないときはご使用をおやめ下さい」との文言については、「本件注意文言を素直に読めば、本件化粧品は、何人にとっても皮膚障害等のトラブルを全く起こさないような、絶対安全なものではなく、何らかの皮膚障害を引き起こすなど、肌に合わないこともあり得ることを伝えるとともに、そのようなときには本件化粧品の使用を中止するよう、使用方法についても指示しているものと解することができ」る。また、「本件化粧品の成分のどれかに対してXのようにアレルギー反応を引き起こす消費者がいたとしても、そのアレルギー反応の出現は、本件化粧品を使用して初めて判明することであるから、本件注意文言のように、本件化粧品が『肌に合わない』場合、すなわち、皮膚に何らかの障害を発生させる場合があり得ることを警告するとともに、その場合は、使用を中止するように指示することは、まれに消費者にアレルギー反応を引き起こす可能性のある本件化粧品の指示・警告としては、適切なものであったというべきである」として、指示・警告状の欠陥の存在を否定した。

解説 ●化粧品における欠陥
化粧品:「人の身体を清潔にし、美化し、魅力を増し、容貌を変え、又は皮膚若しくは毛髪を健やかに保つために、身体に塗擦、散布、その他これに類似する方法で使用されることが目的とされている物で、人体に対する作用が緩和なもの」(薬事法2条3項)
製品自体にくおどの安全性が要求される。
医薬品のように有効性と副作用が内在する特性をもつ製品における欠陥の判断は、医薬品の有効性と副作用の有害性とを比較衡量するという、「危険効用基準」の考えが示されている。
化粧品についても「被害の程度や適切な警告表示の有無などから総合的に判断し、通常人が正当に期待できる安全性を有しているか否かで欠陥の有無を判断すべきである」とされる。
本判決:
化粧品が「少なくとも現時点においては、本来的にアレルギー反応を引き起こす危険性を内在しているものである以上、化粧品を使用した消費者の中にアレルギー反応による皮膚障害を発生する者がいたとしても、それだけでその化粧品が通常有すべき安全性を欠いているということはできないものというべきであり、本件化粧品についても、Xに皮膚障害が発生したというだけで本件化粧品が通常有すべき安全性を欠いていたということはできない」として化粧品自体の欠陥を否定。
but
アレルギー体質や原因物質の存在が広く知られる様になった今日、アレルギー性皮膚炎を生じたのは、被害者の個人的体質によるものであったとして製造者が責任を回避できる事には必ずしもならないであろう。
アレルギー性疾患をもった使用者を想定したうえでの「通常有すべき安全性」が求められ、とくにアレルギー体質の人を対象として製造された化粧品については、より高度な安全性が要求されていると考えられる。
●本件化粧品と皮膚障害との因果関係
・・・少なくとも本件化粧品の使用により顔面の皮疹の症状を発生させ、増悪させる因子の1つとして働いたものと認められるとし、因果関係を肯定。
化学製品の作用による因果関係の判断には、成分の特定や作用機序を明確に示すことが難しく、使用者個人の体質等が関わってくることも考えられる。」
因果関係の証明は「一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明すること」(最高裁昭和50.10.24)とされており、製品の摂取等との時間的近接性などから総合的に判断される。
本件でも、化粧品使用と皮膚障害の発現の時間的近接性やパッチテスト結果による医師の診断などの総合判断によって因果関係が認定された。
●製造物責任法上の指示・警告上の欠陥
法 第2条(定義)
2 この法律において「欠陥」とは、当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう。
製造物責任法における欠陥:
@製造上の欠陥
A設計上の欠陥
B警告上の欠陥
に分類する考え方。
警告上の欠陥の認定に際しては、
製品の種類、構造、性能、用途、使用方法、危険性、使用者の知識・経験・能力・資格、製品の使用状況、製品の使用環境、製品に関する説明等の諸事情を考慮すべきであり、これらの事情を十分に検討せずに欠陥の存在を認めると、製造業者らに長文で煩雑な取扱い説明書を迫る結果になる。
●化粧品に関する指示・警告上の欠陥
本件では、化粧品の特徴に鑑み、「医薬品のように、製造業者がこれを設計・製造するに当たり、その安全性につき、いかに配慮しても、当該製造物に本質的に期待される有用性ないし効用との関係で、完全には危険性を除去して当該製造物を製造することが不可能又は著しく困難なものが存在する。そのような製造物については、設計ないし製造における観点からみると、製造物自体において通常有すべき安全性を欠いているとはただちにはいえないものの、そのまま販売して消費者の使用に供するのはふさわしくなく、製造業者等としては、消費者が右製造物を使用する際にその危険性が現実化するのを防止するために必要と考えられる適正な使用表法等に関して、適切な指示ないし警告をする義務を負っていると解され」るとした。
「お肌に合わないときはご使用をおやめ下さい」と囲い書きで記載。
⇒本件化粧品が絶対安全なものではなく、なんらかの皮膚障害を起こす可能性があることを伝え、その場合には使用を中止するよう対処方法について、消費者に目につきやすい態様で注意喚起をしていたと評価。
「敏感なお肌の方でも安心です」
⇒「本件化粧品の安全性を強調するものではあるが、皮膚疾患がある場合についてまで安全であることを表現したものとは解されない」
but
通常よりも高度な安全性を宣言した化粧品については、警告・指示についてもより具体的な対処方法等の明記が求められることも考えられる。
■77 乳児の気管切開部位に装着した医療器具による換気不全と製造物責任等
東京地裁H15.3.20
■77 事案 X1らは、本件事故は、Y1・Y2が製造物責任を負うべきジャクソンリース回路・気管切開チューブの設計上の欠陥または指示・警告上の欠陥と、Y3が不法行為責任もしくは債務不履行責任を負うべきA病院の医療従事者もしくは管理責任者の安全確認懈怠の過失が競合して発生した等と主張し、損害賠償の支払いを求めた。
判旨

(@)Y1の製造物責任

@ジャクソンリースの設計上の欠陥
本件ジャクソンリースの構造には合理的な理由があり、セット販売されている付属品のマスクと接続した場合に回路の閉塞は起きず、ジャクソンリースに設計上の欠陥があったとはいいがたい。

Aジャクソンリースの指示・警告上の欠陥について
本件ジャクソンリースは「医療の現場においては人工呼吸用にも用いられ、その際に他社製の呼吸補助用具と組み合わせて使用され」ていたのが実態で、Y1もこの実態を認識し、「そのような組み合わせ使用がなされた場合、他社製品の中には、本件気管切開チューブのように、その接続部の内壁に新鮮ガス供給パイプの先端がはまり込み、呼吸回路に閉塞が生じる危険があるものが存在していた」から、Y1はジャクソンリースを製造販売するに当たり、「使用者に対し、気管切開チューブ等の呼吸補助用具との接続箇所に閉塞が起きる組合せがあることを明示し、そのような組合せで本件ジャクソンリースを使用しないよう指示・警告を発する等の措置を採らない限り、指示・警告上の欠陥がある」。

1は、症例報告を受けて「外箱に本件注意書を記載したシールを貼るようにし」、これより2年余り後にA病院に納入されたジャクソンリースセットの梱包箱にも「同様のシールが貼付されていたことが推認できる」。しかし、「本件注意書は、換気不全が起こりうる組合せにつき、『他社製人工鼻等』と概括的な記載がなされているのみでそこに本件気管切開チューブが含まれるのか判然としない」うえ、「換気不全のメカニズムについての記載がないために医療従事者が個々の呼吸補助用具ごとに回路閉塞のおそれを判断することも困難なもの」で、「組合せ使用時の回路閉塞の危険を告知する指示・警告としては不十分で」、「指示・警告上の欠陥があった」。

(A)Y2の製造物責任

@気管切開チューブの設計上の欠陥

本件気管切開チューブの設計意図は1回の換気量の少ない小児・新生児の換気に際し死腔を減らすためのもので目的は合理的で、「設計上の欠陥があると認めるのは困難」である。

A指示・警告上の欠陥
2は、本件気管切開チューブを販売するに当たり、本件ジャクソンリースと接続した場合に回路の閉塞を起こす危険がありそのような組合せ使用をしないよう指示・警告しなかったばかりか、「かえって、使用説明書に『標準型換気装置および麻酔装置に直接接続できる』と明記し、小児用麻酔器具である本件ジャクソンリースとの接続も安全であるかのごとき誤解を与える表示をしていた」から、「本件気管切開チューブには指示・警告上の欠陥があった」。

BY2と製造物責任法4条の開発危険の抗弁

2はD大症例について「報告を受けた際に、当外症例で接続不具合が判明した本件人工鼻のみならず」、「死腔を減らすという設計意図に基づき接続部内経を狭くした本件気管切開チューブについても本件ジャクソンリースと接続して使用した場合」「同一メカニズムによる事故が起こりうることを認識しえたと考えられ」、「組合せ使用における接続不具合を確認する検査を実施するなどしたうえで、回路閉塞が生じる危険を察知して、本件気管切開チューブと長い新鮮ガス供給パイプを持つジャクソンリース回路とを組み合わせて使用しないよう具体的に警告を発することは、Y2にとって不可能ではなかった」。

2が「A病院に本件気管切開チューブを納入した当時における科学又は知見によっては欠陥があることを認識することができなかったことを証明できたということは到底でき」ず、開発危険の抗弁は認められない。

(B)A病院医師Cの過失とY3の使用者責任

@医師が医療行為を行うために医療器具を用いる場合、適切な医療器具を選択する必要があり、「選択された医療器具は、その本来の目的に沿って安全に機能するものでなければならない」。「呼吸補助用具は患者の呼吸管理に用いられ」「安全に機能しないと患者の生命身体が危険に晒される可能性の高い医療器具」であるので、「呼吸補助用具を組み合わせて使用する医師としては、少なくとも、各器具の構造上の特徴、機能、使用上の注意等の基本的部分を理解したうえで呼吸回路を構成する各器具を選択し、相互に接続された状態でその本来の目的に沿って安全に機能するかどうかを事前に点検すべき注意義務を負う」。

A「小児科医としては、ジャクソンリース回路と気管切開チューブを相互接続するに当たり、それぞれの器具につき死腔と換気抵抗に注意を払うのが一般的で」、両器具の構造上の基本的特徴を理解し認識していれば、「両器具を接続した場合に、上記新鮮ガス供給パイプの先端が上記接続部の内壁にはまり込んで呼吸回路の閉塞をきたし本件事故が発生することを予見できた」。「医師は、人間の生命身体に直接影響する医療行為を行う専門家であり、その生命身体を委ねる患者の立場からすれば、医師にこの程度の知識や認識を求めることは当然と考えられる」。

B「医療の現場においては、他社製品同士のジャクソンリース回路と気管切開チューブ等の呼吸補助用具を接続して使用するのが常態になっていた」から、「これらを組合せ使用しようとする医師としては、たとえ医学専門書に接続不具合の点検方法について記載がな」くても、用手人工換気を始めるまでに両者を「実際に接続させ、回路を通じて自分で呼吸し異常な吸気、呼気の抵抗がないことを確かめるという方法により、その接続時の機能の安全性を確認しておくことは可能で」あったのに、「両器具が相互に接続された状態でその本来の目的に沿って安全に機能するかどうかを事前に点検すべき注意義務に違反し」た過失があり、医師Cを雇用し同病院を管理運営しているY3は、民法715条により使用者責任を負う。

(C)Y1・Y2・Y3の責任関係
「本件事故は、Y
1・Y2の製造物責任とY3の不正行為責任とが競合して引き起こされたもので」、不真正連帯関係にある。

解説 比較的単純な構造の医療用器具に「ついて、個別には欠陥の問題がないとされる製品を組み合わせて初めて生じる不都合により重大な結果を招来した場合に、個別製品のそれぞれについての警告上の欠陥の存在を組み合わせて製造物責任を認め、かつ、当該製品を組み合わせて事故を起こすに至った医師にも注意義務違反を認め、その使用者に賠償責任を認めた。
本件は、設計・製造上の欠陥は主張されたが認められなかったものの、使用者に対する製造業者の指示・情報提供が不適切であったという指示・警告上の欠陥が認められた。
併用が行われる可能性のある現場の状況を知ることができるならば、併用から生じる危険に応じてそれにふさわしい具体的な指示・警告が必要。
不具合を招来した医師Cを使用するY3に使用者責任も認められた。
医療現場で医療関係者の工夫のもとで器具を組合せ使用する場合は、その器具のメカニズムを理解し不具合がないかを予測し、使用前に予め点検することが必須で、それをせずにいきなり棟が器具を患児に使用したことは注意義務違反があると評価された。
■76 予防接種の禁忌者に該当することの推定と国家賠償 小樽種痘禍事件
最高裁H3.4.19
■76 事案 予防接種による、下半麻痺および知能障害の後遺障害
Aが十分な予診をしなかった過失、同保健所長Bが十分な予診ができるよう措置しなかった過失
⇒予防接種の実施事務を小樽市長に機関委任した国に対し国賠法1条1項に基づき、またA・Bの給与負担者である小樽市に対し同法3条1項に基づく損害賠償請求。
判旨

 原判決を破棄し原審に差戻し。

 「原審の理由とするところは、要するに、本件接種によってX1の本件被害が生じたものであるが、本件接種前のX1の症状は咽頭炎であり、遅くとも同月〔19684月〕6日には解熱していたから、右咽頭炎は治癒していたものであり、本件接種当日である同月8日に発熱がなかったから、本件接種当時においてX1は禁忌者に該当せず、したがって、予診に不十分な点があったとしても、本件接種の実施は正当であったとするものである。

 しかしながら、予防接種によって重篤な後遺障害が発生する原因としては、被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことが考えられるところ、禁忌者として掲げられた事由は一般通常人がなり得る病的状態、比較的多く見られる疾患又はアレルギー体質等であり、ある個人が禁忌者に該当する可能性は右の個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きいものというべきであるから、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、当該被接種者が禁忌者に該当していたことによって右後遺障害が発生した場合には、禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が右個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定するのが相当である。

 この点を本件について見るに、前記事実関係によれば、X1が現在呈している後遺障害は、その全体にわたり、本件接種に起因するものと認められるというのであるが、原審は必要な予診を尽くしたかどうかを審理せず、X1が前記個人的素因を有していたと認定するものでもない。そして、咽頭炎とは咽頭部に炎症を生じているという状態を示す症状名であって、咽頭炎が治癒したとは、咽頭部の炎症が消滅したことをいうにすぎず、その原因となった疾患の治癒を示すものでもなければ、他の疾患にり患していないことを意味するものでもなく、原審が咽頭炎の治癒を認定した根拠は、要するに、X1の解熱の経過にすぎず、また、記録によれば、本件接種当日においてX1に発熱がなかったとの事実認定の基礎とされたX3の供述も検温の結果に基づくものではなく、X3の観察に基づく判断にすぎないのである。そうであるとすると、原審認定事実によっては、いまだX1が禁忌者に該当していなかったと断定することはできない。

 したがって、必要な予診を尽くしたかどうか等の点について審理することなく、本件接種当時のX1が予防接種に適した状態にあったとして、接種実施者の過失に関するXらの主張を直ちに排斥した原審の判断には審理不尽の違法がある」。

 差戻控訴審(札幌高判平成6126判時152661貢)は、X3の不注意を斟酌して1割の過失相殺を行い、また、予防接種法に基づく給付の既払額などを控除した上で、国および市の国家賠償責任を認めた。

解説 予防接種は重篤な副反応を発生させることがあるが、その発生機序は十分解明されておらず、副反応を完全には防止できない。
予防接種健康被害救済制度による給付は、違法性や過失を要件にしないが、給付額が限定。
⇒別途@損害賠償やA損失補償を請求。
最高裁:
勧奨接種であったインフルエンザ予防接種による死亡の事案で、医師の問診義務の内容を判示した上で、「適切な問診を尽くさなかったため・・・・禁忌すべき者の識別判断を誤って予防接種を実施した場合において、予防接種の異常な副反応により接種対象者が死亡又は罹病したときには、担当医師は摂取に際し右結果を予見しえたものであるのに過誤により予見しなかったものと推定するのが相当である。そして当該予防接種の実施主体であり、かつ、右意志の使用者である地方公共団体は、@接種対象者の死亡等の副反応が現在の医学水準からして予知することのできないものであったこと、若しくは予防接種による死亡等の結果が発生した症例を医学上法上知りうるものであったとしても、その結果発生の蓋然性が著しく低く、医学上、当該具体的結果の発生を否定的に予測するのが通常であること、又はA当該接種対象者に対する予防接種の具体的必要性と予防接種の危険性との比較衡量上接種が相当であったこと・・・等を立証しない限り、不法行為責任を免れない」(最高裁昭和51.9.30)

問診義務違反により禁忌者に接種したことが証明されれば、
@予見可能性もしくは予見義務の不存在、または、A結果回避義務の不存在等を基礎付ける事実を医師側が証明しない限り、予見義務違反、ひいては結果回避義務違反を認める。
禁忌者に接種しても死亡等の重篤な結果が生じる可能性は医学的には低いといわれるから、これを経験則に基づく事実上の推定というのは無理であり、「社会全体の防衛のため」の「危険行為」により「公共的負担において措置する」観点から、過失の要件事実を構成し証明責任を分配したもの解される。
本判決:
昭和51年最判により過失を推定させることとなった「予診義務違反による禁忌者への接種」という事実の証明を、さらに容易にするために、接種と被害との間に因果関係があれば、被接種者が禁忌者であったと推定する。
本判決は、@予診義務を果たしたが禁忌者該当事由を発見できなかったこと、またはA個人的素因の存在等が認められると、上記推定が覆るとする。

損害賠償請求訴訟の過失要件に関する争点は多くの場合、予診義務の履行(の証明)の有無にしぼられる。
本判決の後、被接種者が禁忌者であったことを推定した上で、禁忌者を識別できるように予診が十分に行われる体制を整えなかった過失により国の国賠責任を認める高裁判決が続いた。
現在は、個別接種が原則とされ、また、予診の体制が相当程度整備されている。
もともと本件のような国による非目的的、非典型的な法益侵害については、当該法益に対する注意義務違反という意味で違法性ないし過失があっても、他方で公益が実現できると法的に評価できるため、公益のための特別犠牲に対する損失補償も想定できる
⇒損害賠償と損失補償の連続性が強い。
国家賠償請求は一部のみ認め、憲法29条3項等を援用し国に対する損失補償請求を認容する裁判例があるが、平成4年東京高裁判決は、憲法に直接基づく損失補償の要件をいわば古典的収用概念に限定し、損失補償の可能性を明確に否定。
憲法 第29条〔財産権〕
財産権は、これを侵してはならない。
A財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
B私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
■75 薬害と消費者・・・スモン訴訟・クロロキン訴訟 @東京地裁昭和53.8.3 A最高裁H7.6.23
■75 事案 @事件 スモン訴訟:
国と製薬会社に対する損害賠償
A事件 クロロキン訴訟:
国・製薬会社・医療機関を相手に損害賠償を請求
@国および製薬会社の責任、医療機関の責任
A故意責任による制裁的慰謝料
B逸失利益や将来の介護費の算定においてインフレンによる賃金および物価の持続的上昇分を考慮すべきというインフレ算入論
を主張
判断 @事件 一部認容、一部棄却(控訴)。

(@)因果関係 
疫学等の様々の調査研究を精査し、スモンの病因はキノホルムであるとした。

(A)製薬会社の責任
 まず、過失とは結果回避義務の違反を言うのであり、かつ、適正な回避措置を期待し得る前提として、予見義務に裏づけられた予見可能性の存在を必要とするとした上で、製薬会社は、副作用の存在ないしはその存在を疑うに足りる相当な理由を把握したときは可及的速やかに適切な結果回避措置(指示・警告、販売停止や回収など)を講じなければならないとした。そして具体的には、遅くとも1956年初頭にはキノホルムの危険性を認識し得たとした上で、19561月以降、キノホルム製剤の適応性をアメーバ赤痢に限定するとともに、すでにあった症例を公表し「適応性以外の疫病の治療のための内用に供してはならない旨、また、もし右神経障害の徴表が発現したときは直ちに投薬の中止を考慮決定すべき旨の、指示、警告をなすことを要し、かかる指示・警告付でのみその製造販売が許され得たものといわなければならない」などとして、過失を肯定した。

(B)国の責任
 被告国の主張した反射的利益論を否定した上で、薬事法は当初は不良薬品の取締りを目的とする警察放棄であったが、サリドマイド事件等の薬害を受けて1967年に出された通知により安全確保を目的とするものに性格が変わったとした。しかし、行政上の監督権の不行使を理由として国等が損害賠償責任を問われ得るのは、特殊例外的な場合に限るものといわなければならないとし、その例外は、「国民の生命・身体・健康に対する毀損という結果発生の危険があって、行政庁において規制制限を行使すれば容易にその結果の発生を防止することができ、しかも、行政庁において右の危険の切迫を知りまたは容易に知り得べかりし状況にあって、被害者……として規制制限の行使を義務づけられると述べた。そして、1967111日以降、「キノホルムを適応症をアメーバ赤痢に限定し、その他の疫病を適応症とするいわゆる胃腸薬、止瀉剤、整腸剤としてのキ剤の製造・輸入につき、その承認の取消権の分量的一部としての一時停止の規制制限を行使すべき義務があった」とした。

(C)損害賠償額の算定
 三段階の症度区分による基準額を設け、それに、年令による可算、超重症者加算、一家の支柱についての加算等を行うという定型的な算定を行った。

A事件 上告棄却

「薬事法の・・・各規制は、医薬品の品質面における安全性のみならず、副作用を含めた安全性の確保を目的とするものと解されるのである」。このような薬事法の目的に照らせば、
 日本薬局方(薬事法に基づいて厚生大臣が定める医薬品の規格基準書)に収載され、又は製造の承認がされた医薬品が、その効能、効果を著しく上回る有害な副作用を有することが後に判明し、医薬品としての有用性がないと認められるに至った場合には、厚生大臣は、当該医薬品を日本薬局方から削除し、又はその製造の承認を取り消すことができると解するのが相当である」。また、厚生大臣は、薬事法上の諸権限を前提とし若しくは薬務行政に関する一般的責務に基づいて、医薬品製造業者等に対して指導勧告等の行政指導を行うことができる」。
厚生大臣の権限行使「の態様、時期等については、性質上、厚生大臣の・・・専門的かつ裁量的な判断によらざるを得」ないが
「副作用を含めた当該医薬品に関するその時点における医学的、薬学的知見の下において、・・・権限の不行使がその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使は、副作用による被害を受けた者との関係において同項の適用上違法となる」。

「昭和五一年の再評価の結果の公表以前においては、クロロキン製剤は・・・腎疾患及びてんかんに対する有効性が認められ、臨床の現場において、副作用であるクロロキン網膜症を考慮してもなお有用性を肯定し得るものとしてその使用が是認されていたというのであるから」、「クロロキン製剤について、厚生大臣が日本薬局方からの削除や製造の承認の取消しの措置を採らなかったことが著しく合理性を欠くものとはいえない」。
解説 ●製薬会社の責任
@事件判決:
過失を、予見義務に裏付けられた予見可能性を前提とする結果回避義務として定式化した上で、予見義務には「最高の技術水準」が求められるとする。
具体的には、海外の文献の存在等から1956年の段階でキノホルムの危険性は予見できたとし、そのことを前提に、指示・警告上の結果回避義務違反があったと判断。
A事件の一審判断もほぼ同様であり、「最高の医学、薬学等の学問技術水準に依拠して・・・・危険を未然に防止するよう務めなけれbがならない」とする。
当時は製造物責任法なし。今日だと製造物責任法が適用。
「欠陥」とは、当該製造物が通常有すべき安全性を欠くこと(法2条2項)。
医薬品の欠陥:
「医薬品が「欠陥」を有するかどうかは、当該医薬品の効能、通常予見される諸法によって使用した場合に生じ得る副作用の内容及び程度、副作用の表示及び警告の有無、他の安全な医薬品による代替性の有無並びに当該医薬品を引き渡した時期における薬学上の水準等の諸般の事情を総合考慮して判断するのが相当」(名古屋地裁H16.4.9)
●国の責任
両事件で問題になっている国の責任は、薬事行政の担い手である国(厚生省)が薬害防止のために適切な措置を行わなかったことによるもの。
第1の問題:国の権限
A事件判決は、薬事法は副作用を含めた医薬品の安全性確保を目的とするものと解して、製造承認取消等の権原を直截に導きだした。
水俣病関西訴訟最高裁判決(H16.10.15)
県漁業調整規則から熊本県の規制権限を導き出した原審の判断を、
「同規則が、水産動植物の繁殖保護等を直接の目的とするものではあるが、それを摂取する者の健康の保持等をもその究極の目的とするものであると解されることからすれば、是認することができる」としている。
国民の生命や健康にかかわるという薬事行政の性格からして、同様の柔軟な解釈運用は可能。⇒A判決の考え方は評価できる。
第2の問題:規制権限はあるがその行使が(明文上)国に義務付けられていない場合、行政に裁量を認めるかどうか。
A事件判決:
「権限の不行使がその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるとき」に違法になる。
■74 行政による食品安全に関する情報提供と国の責任 東京高裁H15.5.21
■74 事案 厚生大臣が、貝割れ大根が原因食材とは断定できないが、その可能性も否定できないとする中間報告、原因食材としては特定施設から7月7日、8日、9日に出荷された貝割れ大根が最も可能性が高いと考えられるとする最終報告を記者会見の方法で公表し、これにより、貝割れ大根が上記食中毒の原因食材であり、貝割れ大根一般の安全性に疑問があるかのような印象を与え、貝割れ大根の売上げが激減したとして、X1(日本かいわれ協会)およびX1の構成員で貝割れ大根の生産、販売等を業とするX2らが、国賠請求を行った。
判断 本件において,厚生大臣が,記者会見に際し,一般消費者及び食品関係者に「何について」注意を喚起し,これに基づき「どのような行動」を期待し,「食中毒の拡大,再発の防止を図る」目的を達しようとしたのかについて,所管する行政庁としての判断及び意見を明示したと認めることはできない。かえって,厚生大臣は,中間報告においては,貝割れ大根を原因食材と断定するに至らないにもかかわらず,記者会見を通じ,前記のような中間報告の曖昧な内容をそのまま公表し,かえって貝割れ大根が原因食材であると疑われているとの誤解を広く生じさせ,これにより,貝割れ大根そのものについて,O−157による汚染の疑いという,食品にとっては致命的な市場における評価の毀損を招き,全国の小売店が貝割れ大根を店頭から撤去し,注文を撤回するに至らせたと認められる。
 キ 
厚生大臣によるこのような中間報告の公表により,貝割れ大根の生産及び販売に従事する控訴人業者ら並びに同業者らを構成員とし,貝割れ大根の生産及び販売について利害関係を有すると認められる控訴人協会の事業が困難に陥ることは,容易に予測することができたというべきで,食材の公表に伴う貝割れ大根の生産及び販売等に対する悪影響について農林水産省も懸念を表明していた(原判決153頁)のであり,それにもかかわらず,上記方法によりされた中間報告の公表は,違法であり,被控訴人は,国家賠償法1条1項に基づく責任を免れない。
解説 食品に起因する危害が発生した場合、食品安全に関する情報の行政機関による国民への公表が違法となるかが国家賠償請求訴訟において争われた事案。
@クライシスコミュニケーションのあり方が正面か問われた点
A上記食中毒の原因食材を生産した可能性があるとされた特定施の生産業者ではなく、風評被害を受けたXらが提訴した事案。
⇒風評被害を避けるための情報公表のあり方が争点。
薬害事件等において、情報公表の遅滞を批判されてきた厚生省が、生産者の利益よりも消費者の利益を優先して、早期に公表に踏み切ったことは画期的だったが、結果として国賠責任が認められた。
原因食材を生産した可能性があるとされた特定施設の生産業者も、別途、損害賠償請求訴訟を提起しており、大阪地裁H14.3.15が、中間報告の公表は相当性を欠き違法であり、最終報告については、内容も公表の方法も、相当性を欠き違法であるとして、請求を一部認容。(大阪高裁H16.2.19)は控訴を棄却、最高裁も上告を不受理。
関係者に対し、行政上の制裁等、法律上の不利益を課すことは予定したものではない⇒法的根拠は不要。
国又は地方公共団体の機関による公表には、制裁を目的としたり、義務履行を確保するために間接強制手段として行われるものもあり、かかる場合には、法律または条例の留保が及ぶ(通説)。
消費者安全法15条1項により、所定の要件が満たされる場合、内閣総理大臣に消費者事故等情報の公表が義務付けられている。
●公表の違法性の判断基準:
公表は、目的、方法、生じた結果の諸点から、是認できるものであることを要し、これにより生じた不利益につき、注意義務に違反するところがあれば、国家賠償法1条1項に基づく責任が生じることは避けられない。
厚生大臣が、最終報告を待たず、中間報告を公表したことは、調査結果について、未だ最終結論を得るに至っていない制約と目的を的確に意識し、情報を選別して公表し、それが適切、相当である限り、各別には違法の問題は生じない。
消費者事故情報公表の迅速性と正確性のトレードオフの関係を適切に処理するためには、他段階的公表が重要となり、本件判決の上記指摘は適切。
Xらが主張する損害が、すべて国の注意義務違反によるものと認めることはできないとして、貝割れ大根の売上げ減少等を理由とする損害は認められず、その扱う商品である貝割れ大根の市場における評価、信用を毀損させたことによる損害を認め、それは、本件判決により厚生大臣の公表に違法性があると判断されることにより、大部分は回復されるものと認められる。

Xら各自について100万円(100万円以下の請求をする者については請求額)の賠償を認めている。
but
逸失利益の賠償を認めなかったことと、風評被害が生じたとする認定と整合するか明らかでない。
■73 安全と学校給食 @大阪地裁堺支部H11.9.10 A奈良地裁H15.10.8
■73 事案 @事件 Aの両親であるX1・X2(原告)は、学校給食で出された冷やしうどんに含まれていた貝割れ大根が汚染され、原因食材である可能性が最も高いと指摘したうえで、学校給食の実施管理に従事したY食品の過失を主張⇒Y市を相手に国賠法1条に基づき、総額約7800万円の損害賠償を求めた。
給食を製造加工し、提供・引渡しを行っていた点でY市は製造物責任法3条に基づき損害賠償の義務を負うこと、および憲法29条3項に基づき損失補償の義務を負うと主張。
Y市は、汚染食材、汚染源、汚染経路が何ら特定せられていないこと
Y市としては、学校長に食中毒を防止するための衛生上の指示をしていたこと
給食の貝割れ大根によって集団中毒が発生することは予見できなかったこと
を主張。
A事件 コレールを加工・製造しているY1および商品を販売していたY2に対し、本件食器が製造物として通常有すべき安全性を欠く旨主張し、製造物責任法3条に基づき損害賠償を請求。
T小学校を設置・管理するY3(国)に対し、T小学校および同校教諭の過失、および本件食器(公の営造物)の設置または管理の瑕疵を主張して、国賠法1条1項、2条1項に基づく損害賠償を請求。
判旨 @事件 @事件
一部認容、一部棄却(確定)

「学校給食の特徴と過失の推定
(1) 前記認定のとおり、学校給食は、学校給食法及び学校教育法で定められた目的及び目標を達成するために、学校教育の一環として行われるものであり、当該学校に在学するすべての児童又は生徒に対し実施されるものと規定され、文部省も、学校給食については、全員一律の建前をとっており、堺市においても、アレルギーの児童等を除いては、在学する児童全員に給食を食べることを指導し、また、各小学校を通じて、児童に対し、できるだけすべての給食を食べるように指導していたことなどからすれば、児童としては、昼食として学校給食を喫食する以外に選択の余地は事実上なく(原告らは、これを「強制」と表現する。)、学校から提供された給食を昼食として、その安全性に何らの疑問を抱くことなく喫食していたものということができる。
 (2) 右のとおり、学校教育の一環として行われ、児童側にこれを食べない自由が事実上なく、献立についても選択の余地はなく、調理も学校側に全面的に委ねているという学校給食の特徴や、学校給食が直接体内に摂取するものであり、何らかの瑕疵等があれば直ちに生命・身体へ影響を与える可能性があること、また、学校給食を喫食する児童が、抵抗力の弱い若年者であることなどからすれば、学校給食について、児童が何らかの危険の発生を甘受すべきとする余地はなく、学校給食には、極めて高度な安全性が求められているというべきであって、万一、学校給食の安全性の瑕疵によって、食中毒を始めとする事故が起きれば、結果的に、給食提供者の過失が強く推定されるというべきである。
 とすれば、前記のとおり、被告が佐代子に提供した七月九日の学校給食は、佐代子に提供された時点においてO一五七に汚染されており、その安全性に瑕疵があり、それを喫食したことによって、佐代子は死亡したい(ママ)ということができるのであるから、学校給食の提供者である被告には、過失が推定されるというべきである。」

「被告の主張・立証するところによっても、到底、過失の推定は覆らないというべきであり、他に過失の推定を覆すに足りる証拠はない。」

「そして、前記のとおり、O一五七が経口でしか感染せず、熱に弱く、加熱により容易に死滅する性質であり、仮に、何らかの食材がO一五七に汚染されていたとしても、献立を加熱調理に切り替え、その加熱調理が適切に行われる限り、学校給食が児童に提供される前に、O一五七が除菌できた蓋然性が極めて高いということができることからすれば、仮に、本件学童集団下痢症の原因食材の特定、感染ルートの特定ができなかったとしても、右の理は、何ら変わるものではない。」
「以上の次第で、被告及び学校給食の実施管理に従事していた被告の所部職員には、不法行為(国家賠償法)における過失があるものといわざるを得ない。」
A事件 A事件
一部認容、一部棄却(確定)

製造物責任法に基づく責任について

「コレールの取扱説明書及び使用要項には、取扱い上の注意として、コレールはガラス製品であり、衝撃により割れることがあるといった趣旨の記載があり、また、取扱説明書には、割れた場合に鋭利な破片となって割れることがあるという趣旨の記載もある。しかし、これらの記載は、割れる危険性のある食器についてのごく一般的な注意事項というべきものであり、被告旭らが、陶磁器等と比較した場合の割れにくさが強調して記載していることや、コレールが割れた場合の破片の形状や飛散状況から生じる危険性が他の食器に比して大きいことからすると、そのような記載がなされた程度では、消費者に対し、コレールが割れた場合の危険性について、十分な情報を提供するに足りる程度の記載がなされたとはいえない。また、商品カタログ及び使用要項には、コレールが割れた場合にそのような態様で割れるかについての記載は一切ない。
 そうすると、上記説明に接した消費者は、コレールについて、陶磁器のような外観を有しながら、より割れにくい安全な食器であると認識し、仮に割れた場合にも、その危険性が一般の陶磁器のそれとさほど変わらないものにすぎないと認識するのが自然であると考えられる。
したがって、上記各表示は、コレールが割れた場合の危険性について、消費者が正確に認識し、その購入の是非を検討するに当たって必要な情報を提供していないのみならず、それを使用する消費者に対し、十分な注意喚起を行っているものとはいえない。
 以上より、コレールには、破壊した場合の態様等について、取扱説明書等に十分な表示をしなかったことにより、その表示において通常有すべき安全性を欠き、製造物責任法三条にいう欠陥があるというべきである。」
本件小学校においては、コレールを給食用食器として採用するに際し行った調査は、対照すべき他の材質の食器についての資料収集や、被告岩城や先行導入校に対する照会であって、これらは通常行うと期待できる事前調査として十分なものであり、そこで実際に得た情報の内容に鑑みれば、同情報をもとにその時点でなし得る十分な検討をした上で、コレールが給食用食器として安全であると判断して採用・導入を決定したといえる(なお、伝道小学校から聴取した事項のメモ中に、「割れた場合こっぱみじんになってあぶないのはある」旨の記載があるが、《証拠略》によれば、少なくとも本件事故発生前までは、コレール(積層強化ガラス製食器)は、有害物質の溶出がないという利点が強調され、他方、その欠点である割れた場合の具体的態様やその危険性が広く知れ渡るようになったのは、本件事故発生後の原告の父らの積極的な活動によるところが大きいといえるから、上記記載があることをもって、直ちに、本件小学校の教職員が、本件事故後に明らかになったような具体的態様やその危険性を認識していたことにはならないというべきである。)から、本件小学校及びその教職員に上記義務違反はないというべきである。
本件食器ないしコレールは、小学校の給食用食器として用いられるに当たっては、その使用者である児童は、危険状態に対する判断力、適応能力が必ずしも十分でないことに鑑みて、それに相応する高度の安全性が要求されるものである。そして、前記事実関係に照らすと、本件食器ないしコレールは、給食用食器として通常有すべき安全性を欠いていたというべきである。しかし、本件事故発生当時、本件小学校及びその教職員は上記表示上の欠陥のため、コレールが割れた場合の危険性については、通常の陶磁器製の食器とさほど変わらないものと認識していたのであるから、本件事故のようにコレールの破片が児童の眼球を直撃し、重傷を負うことについて、予見することはできなかったものと認められる。したがって、被告国は、本件食器ないしコレールによる本件事故のような態様の事故発生の予見可能性及び回避可能性を欠いていたというべきであって、したがって、本件食器を給食用食器として使用したことをもって、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったものとはいえない。
解説 国ないし地方公共団体が設立した小学校において、学校給食を利用して生命・身体に不利益を受けた児童(ないその遺族)が請求した損害賠償の事例。
@の事例:
給食で利用されいた食材を原因とする食中毒の事案であり、食中毒の規模が大きかったことに加え、死亡事例まで発生。
教育委員会や小学校に勤務する公務員の公権力の行使を理由とする国賠法1条1項に基づく損害賠償責任が争われた。
Aの事例:
給食で利用されていた食器を原因とする負傷事案。
国賠法1条1項および2条1項に基づく請求のほか、製造物責任法3条に基づく損害賠償請求が争われた。
学校給食法
●学校事故における学校給食の特殊性
@事件の判決:
「極めて高度な安全性」が要求⇒学校側に、給食の調理、提供について、極めて高度の行為義務が求められている。
@判決は、学校側の行為義務の1つとして、最新の情報収集義務を挙げる。
極めて高度な安全性

@学校給食が経口摂取され、児童の体内に直接入る事。その当然の帰結として、生命や身体の安全に直結すること。被侵害利益が生命・身体・健康と、最も重要な法益である。
A昼食として給食を摂ることについて、事実上、他の選択肢が児童に用意されていないという制度的理由。強制ないし事実上の拘束といった事情⇒給食の安全性について、児童は給食提供者に対して強い信頼を寄せざるを得ない。
児童の生命や健康を委ねられた者として学校側が負うべき責任の根拠が認められる。
●原告の立証責任の減少・・・過失の推定
学校側に極めて高度の安全管理義務が肯定されたとしても、当該義務違反の存在および教職員の過失を原告は立証する必要。
@判決は、食中毒の発生をもって、学校側に過失があったことの推定を認めた。
⇒当該義務違反が存在しなかった点を、学校側が反証し、推定を覆さなければならない。
予防接種といった医療事故で過失が推定される根拠

@専門知識の必要性
A資料の偏在
学校給食の場面

@給食の調理、提供、献立決定等のプロセスはすべて学校側の管理下にあり、資料の偏在に似た状況。
A学校は学校給食制度の趣旨等から、極めて高度の安全管理義務を負わされているのに対し、原告側は小学生という、抵抗力の弱い若年者。
過失の推定によって国賠請求を利用できるのであれば、同様に過失認定の困難を克服するために理論構成された、憲法29条3項に基づく損失補償といった救済方法に依拠する必要性は低い。
●国家賠償と製造物責任
A事件のように、給食で使用した食器に起因する事故の場合、複数の方法で、損害賠償の請求が可能。

@食器の選定、食器利用に関する生徒指導に過失があったと主張して、国賠法1条1項に基づく責任を追及する方法。
A食器という「公の営造物」に設置・管理の瑕疵があったと主張して、国賠法2条1項の責任を追及する。
B食器を製造した者に対して、食器に欠陥が存在したと主張して、製造物責任法3条に基づく損害賠償を請求。(同条によれば、立証責任は被告側に転換)
製造物責任法 第3条(製造物責任)
製造業者等は、その製造、加工、輸入又は前条第三項第二号若しくは第三号の氏名等の表示をした製造物であって、その引き渡したものの欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が当該製造物についてのみ生じたときは、この限りでない。
A判決は、指示・警告上の欠陥に着目し、Bの責任を肯定。
製造者の法は、裁判に至る前の時点で、コレールが破損した場合の危険性については認識できていたはずであり、そうした危険に注意するよう取扱説明書等を通じて消費者に警告することは容易かつ可能であった。
★勉強会(11/9)
■72 食品衛生法違反の添加物を含む健康食品の引渡しと債務不履行責任 大阪地裁H17.1.12
■72 事案 Xらは、Yらは毒性と発がん性を有し食品衛生法に違反するエトキシンの混入を知りながら、天然素材に由来する健康食品としての効能を広く宣伝して本件各製品を製造販売したと主張。そしてYらの不法行為、債務不履行、製造物責任に基づき、Yらに対し購入代金相当額と慰謝料等について損害賠償を請求。
判断 不法行為責任について
エトキシキンの発がん性を否定した上で、「Y1は、・・・製造者として、一般的に相当といえる注意を払っていたものと認められるが、エトキシキンが、本件各製品に混入している可能性があり得るとの認識を持っていたとは認められず、また特段の事情の存在もうかがえない」から、「製造者としての、食品の安全性の調査義務に違反するとは認められない」とし、Y1の不法行為責任を否定した。また、Y1の行為に違法性は認められないことから、Y2についての不法行為責任も否定した。
債務不履行責任について:
本件各製品の売買契約の当事者はY2だけであると認定した上で、「本件各製品は、錠剤であって、通常の食品のように風味、食感等を楽しむものでは、およそないことからすると、科学的合成物であり、飼料等に抗酸化剤として使用されるものであり、食品衛生法により、食品への添加が禁止されているエトキシキンが、本件各製品に混入していた場合、売買契約の当事者である買主によっては、本件各製品が無価値になることは当然にあり得るところである。したがって、エトキシキンの混入した本件各製品の引渡しは、本件各製品の販売用パンフレットの記載内容の特殊性及び本件各製品の特殊性からすると、本旨に従った履行といえないものと解すべきである。
 よって、原告らは、被告SSCに対し、本件各製品の売買契約を解除せずとも、債務不履行による損害賠償請求ができる」と
した。
製造物責任について
侵害が当該製品以外に及んだ事実はないから製造物責任法3条の要件を欠くとしてY1の製造物責任を否定し、また、本件各製品につきY2は同条の「製造業者等」にあたらないとして、Y2の製造物責任を否定した。
損害額について
購入代金額の請求額を損害額の上限とし、「既に消費した分に相当する代金額に相当する額も損害額として認めることにより、エトキシキンを摂取したことによる・・・嫌悪感は、相当に慰謝されるものと思料されることからすると、代金額相当額とは別に、慰謝料を損害額として認めるのは相当ではない」とした。
■71 イシガキダイ料理による食中毒と製造物責任 東京地裁H14.12.13
■71 事案 製造物責任法3条または民法634条2項(請負人の担保責任)に基づき、診療費・休業損害・慰謝料等の損害賠償を求めて本件訴えを提起。
規定 製造物責任法 第3条(製造物責任)
製造業者等は、その製造、加工、輸入又は前条第三項第二号若しくは第三号の氏名等の表示をした製造物であって、その引き渡したものの欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が当該製造物についてのみ生じたときは、この限りでない。
第4条(免責事由)
前条の場合において、製造業者等は、次の各号に掲げる事項を証明したときは、同条に規定する賠償の責めに任じない。
一 当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったこと。
二 当該製造物が他の製造物の部品又は原材料として使用された場合において、その欠陥が専ら当該他の製造物の製造業者が行った設計に関する指示に従ったことにより生じ、かつ、その欠陥が生じたことにつき過失がないこと。
判断 製造物責任について「過失責任主義を修正した法の立法趣旨とするところは,被害者救済の見地からの立証負担の軽減にある」。被害者が直接の契約関係に立たない製造者に(不法行為)責任を追及する場合における過失の「立証の困難性に鑑み,製造物責任を追及する場合においては,主観的要件である過失に代えて,客観的性状である製造物の欠陥を要件とすることで,立証の負担を軽減することとして,被害者の保護を図っているもの」である。
「「製造又は加工」された動産のみが製造物としてその適用対象とされているのは,「製造又は加工」の過程を経た人為的産物について製造業者等に製造物責任を負わせることが,上記(1)に説示した危険責任,報償責任,信頼責任の各法理に照らして適切であり,他面,未加工農林水産物など自然の状態から収穫された一次産品を製造物の範疇から除外して,製造物責任の成立する範囲を画そうとした趣旨であると解される。
 このような観点からすれば,法にいう「製造又は加工」とは,原材料に人の手を加えることによって,新たな物品を作り(「製造」),又はその本質は保持させつつ新しい属性ないし価値を付加する(「加工」)ことをいうものと解するのが相当である。そして,食品の加工について,より具体的にいえば,原材料に加熱,味付けなどを行ってこれに新しい属性ないし価値を付加したといえるほどに人の手が加えられていれば,法にいう「加工」に該当するというべきである」。

「Yは,本件イシガキダイという食材に手を加え,客に料理として提供できる程度にこれを調理したものといえるから,このような被告の調理行為は,原材料である本件イシガキダイに人の手を加えて新しい属性ないし価値を加えたものとして,法にいう「加工」に該当するものというべきである。」「本件料理は,加工された動産として製造物に該当」し、「また,食品は,その性質上,無条件的な安全性が求められる製品であり,およそ食品に食中毒の原因となる毒素が含まれていれば,当該食品は通常有すべき安全性を欠いているものというべきであるから,本件料理がシガテラ毒素を含んでいたことは,製造物の欠陥に当たる」。

「法4条1号にいう「科学又は技術に関する知見」とは,科学技術に関する諸学問の成果を踏まえて,当該製造物の欠陥の有無を判断するに当たり影響を受ける程度に確立された知識のすべてをいい,それは,特定の者が有するものではなく客観的に社会に存在する知識の総体を指すものであって,当該製造物をその製造業者等が引き渡した当時において入手可能な世界最高の科学技術の水準がその判断基準とされるものと解するのが相当である。そして,製造業者等は,このような最高水準の知識をもってしても,なお当該製造物の欠陥を認識することができなかったことを証明して,初めて免責されるものと解するのが相当である。」

「本件食中毒の発生以前に,千葉県勝浦市近辺の海域において漁獲されたイシガキダイによりシガテラ中毒が発症した例が存在したものとは認められないところであるが,上記(2)アないしエに認定したところの既存の知識を総合すれば,毒化したイシガキダイが千葉県勝浦市近辺の海域で漁獲されることも予測できないことではないから,本件イシガキダイを食材とする本件料理がシガテラ毒素を含有することを認識することが全く不可能であったとはいえないし,これらの知識を入手することが不可能であったとも認めることはできない。」

「本件料理を提供した当時において,入手可能な最高の科学技術の水準をもってしても,本件料理にシガテラ毒素が含まれるとの欠陥があったことを認識することはできなかったことの証明があったものとはいえないし,そもそも,上記(1)に説示したところに照らせば,既存の文献を調査すれば判明するような事項については開発危険の抗弁が認められる余地はない」から、「法4条による免責を被告に認めることはできない」。
解説 ●本判決の意義
@料亭によるイシガキダイの調理は製造物責任法の「加工」んみ該当するので、本件料理は、「加工された動産」として「製造物」(2条1項)に当たる
A本件料理に食中毒の原因となる毒素が含まれていたことは、「当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること」により、「製造物の欠陥」(2条2項)に当たる
Bイシガキダイを食材とする料理に毒素が含まれることを認識することが不可能であったとはいえず「開発危険の抗弁」(4条1号)が認められる余地はない。
⇒本件料理による食中毒に関して、製造者たる料亭の製造物責任(3条)を認めた。
●「製造物」と「加工」
「加工」とは、物品に手を加えてその本質を保持しつつこれに新しい属性又は価値を付加することであり、過熱・味付けなどによって新しい属性または価値を付加したといえるほど他人の手が加われば「製造物」といえる。
●「開発危険の抗弁」の前提となる「知見」
「開発危険の抗弁」の前提となる「科学又は技術に関する知見」:
安全性の判断に影響を与えるような世界最高水準のんもので、引渡しの時点において入手可能なものの総体。
「開発危険の抗弁」は「欠陥の認識不可能性」の問題であって、毒素を調理前に簡易に検出・除去する方法が世界最高水準の科学技術の知見でも存在しなかったとしても、免責されることはない。
飲食店に酷な結果は、保険で対応すべき問題。
■70 ジュースに混入した異物による咽喉部の負傷と製造物責任 名古屋地裁H11.6.30
■70 争点 @Xは咽頭部を負傷したか
AXの受傷は本件ジュースを原因とするものか
B本件ジュースに欠陥は認められるか
C損害額
判断 原告は、右診断書記載の内容の受傷(喉頭出血)(以下「本件受傷」という。)をしたと認められる。
(1)原告は 本ジュースを飲んだ直後に、喉に受傷していること、(2)被告が本件ジュースを販売してから、原告がそれを飲むまでの間に、本件ジュースに、喉にし傷害を負わせるような異物が混入する機会はなかったと考えられること、(3)原告は、本件受傷当時、歯科治療を受けておらず、また、ダブルチーズバーガーやフライドポテトを全て食べ終わってから本件ジュースを飲んでおり、原告の口腔内にあらかじめ異物が存在していたとは考えられないことなどからすれは、本件受傷は、本件ジュースに混入していた異物を原因とするものと認められる。
被告は、本件ジュースの製造工程からして、直径約七ミリメートルのストローを通過するような異物が混入することはあり得ないと主張するが、前記一認定の製造工程からすると、コンクジュースをオレンジジュースマシン内の容器に入れる際や、保存庫から氷をすくう際などに、異物が混入する可能性は否定できないのであり、被告の右主張は採用できない。
本件ジュースに、それを飲んだ人の喉に傷害を負わせるような異物が混入していたということは、ジュースが通常有すべき安全性を欠いていたということであるから、本件ジュースには製造物責任法上の「欠陥」があると認められる。
 なお、右異物は発見されず、結局異物が何であったかは不明なままであるが(一−(三)認定の事実によれば、恐らく、原告が胃の内容物を嘔吐した際、異物も吐き出したものと考えられる上、本件ジュースも検査されないまま捨てられてしまったのであるから、これ以上、原告に異物の特定を求めることは酷である。)、それがいかなるものであろうと、ジュースの中に、飲んだ人に傷害を負わせるような異物が混入していれは、ジュースが通常有すべき安全性を欠いているものであることは明らかであるところ、本件ジュースに、それを飲んだ人の喉に傷害を負わせるような異物が混入していたという事実(本件ジュースに「欠陥」か存在したこと)自体は明らかである以上、異物の正体が不明であることは、右認定に影響を及ぼさない。
原告は、本件受傷後、吐血し、医師により、救急車で国立病院へ運ぶのが相当であると判断されるほどの状態であった。
 また、国立病院において、制吐剤等の点滴を受けており、本件受傷により、相当なショックを受けたものと認められる。そして、胃十二指日ファイバースコープによっても異物が発見されず、検査のために持参した本件ジュース捨てられて、原因の解明が十分にされなかったことに鑑みると、国立病院から帰った後も、不安感と恐怖感が残り、二日間自宅で安静にしていたというのも理解できないわけではない。
 以上のとおり、原告は、本件受傷により、相当な精神的、肉体的な苦痛を被ったものと認められ、これに対する慰謝料としては、五万円が相当である。
解説 製造物責任に基づく損害賠償請求訴訟の原告は、
@被告が製造物を業として製造していること
Aその引き渡した製造物に欠陥が存在したこと
B当該欠陥が、他人の生命、身体または財産を侵害し、これによって損害が発生したこと
につき、主張責任および証明責任を負う。(製造物責任法3条)

本件は、被害者の主張立証の困難を緩和。
医師の診断書⇒身体に対する侵害の認定は可能。
本件ジュースに引渡時に存在した欠陥および同欠陥とX受傷との間の因果関係の主張立証に困難。

本件ジュース引渡時にすでに混入していた異物以外の原因の存在可能性を排除することによって、同事実の存在および同事実とX受傷との間の因果関係を推認し、そのうえで、同事実が欠陥と評価されることを論証。
かかる手法は、医療過誤訴訟において、他原因の存在を否定することで注射器具、施術者の手指またあ患者の注射部位の消毒不完全を原因と特定し、医師側の過失を認めた最高裁昭和39.7.28でも用いられている。
本判決で推認されたのはXの受傷を引き起こすに足る異物が引渡時に本件ジュースに混入していたことであり、いかなる異物がいかなる過程で混入していたかは不明。
様々な可能性を包含し得る認定であり、いわゆる概括的認定にあたる。
他原因が排除されている以上、本件ジュースの製造工程において異物が混入する可能性が低いだけでは、本件ジュースに引渡時に混入していた異物がXの受傷の原因であるという推定を覆せないという説示であり、証明責任の転換を意味しない。
損害額は被害者が主張立証しなければならないとされるが、慰謝料や逸失利益のように性質上立証が困難なものもある。
⇒慰謝料については裁判所の裁量による算定を認め、逸失利益の算定についても、でき得る限りの蓋然性のある額を算出することで足りるとする。(最高裁)
■69 食品の流通における民事責任 岐阜地裁昭和48.12.27
■69 事案 Y1:サルモネラ菌C1群に汚染されていた卵豆腐を製造した者
Y2及びY3:卸売業者
Y4及びY5:小売業者
X3及びA:その購入者
Y1→Y2→Y4→X2
Y1→Y3→Y5→A
X2の夫X1および娘Bが
Aの姪C
が食べ、B及びCが死亡。
Y1に対しては、
@消費者にたいして品質を保証したことに基づく保証債務の債務不履行に基づく損害賠償請求権
A製造上ないし販売自体の過失による不法行為に基づく損害賠償請求権

Y2およびY3に対しては、
@上記保証債務の債務不履行に基づく損害賠償請求権
A販売自体ないし検査等の過失による不法行為に基づく損害賠償請求権
BY4のY2に対する損害賠償請求権及びY5のY3にたいする損害賠償請求権(XらのY4およびY5に対する損害賠償請求権を被保全権利とする債権者代位権行使の対象となる被代位権利)

Y4及びY5に対して
@上記保証債務の債務不履行に基づく損害賠償請求権
A売買契約の不完全履行に基づく損害賠償請求権
B売買契約の瑕疵担保に基づく損害賠償請求権
C販売時の検査確認ないし仕入れ・販売自体の過失による不法行為に基づく損害賠償請求権
判断 Y1(製造業者)の責任:
「卵豆腐の製造業者であるY1としては、・・・余り衛生的に取扱われていない液卵がサルモネラ菌等の細菌汚染されていることを予想して、卵豆腐の原料として使用しないか、使用する場合でも卵豆腐の製造過程で十分な殺菌措置をとるべきであつたのに」これを怠った過失があり、Y1には、Xらに対して、民法709条による損害賠償義務がある。
Y4及びY5(小売業者)の責任:
「売買契約の売主は、買主に対し、単に、売買の目的物を交付するという基本的な給付義務を負つているだけでなく、信義則上、これに付随して、買主の生命・身体・財産上の法益を害しないよう配慮すべき注意義務を負つており、、瑕疵ある目的物を買主に交付し、その瑕疵によって買主のそのような法益を害して損害を与えた場合、瑕疵ある目的物を交付し損害を与えたことについて、売主に右のような注意義務違反がなかつたことが主張立証されない限り」、売主には、民法415条により買主に対して損害賠償義務があり、それは、「信義則上その目的物の使用・消費が合理的に予想される買主の家族や同居者に対してもあると解するのが相当である」。

食品販売業者は売主として、買主の生命・身体・財産上の法益を害しないような食品の安全性確認確保の極めて高度の注意義務を負っていると解するのが相当である。・・・本件卵豆腐には、消費者が食品の安全性を確認し食品選択の資料とするため・・・食品衛生法11条等によって食品販売業者に義務付けられている標示がなされていなかったのだから」、より重い注意義務を負い、Y4およびY5に注意義務違反がなかったとは認められず、Y4およびY5には、Xらに対し、損害賠償義務がある。
Y2およびY3(卸売業者)の責任
X1とX2はY4に対し、X3とX4はY5に対し、・・・各損害賠償請求権があり、Y4はY2に対し、Y5はY3に対し、それと同額の損害賠償請求権があるところ、・・・・Y4とY5には、Xらに対する右各損害賠償義務を履行するに足りる資力ないことが認められる」として、XらのY4およびY5に対する上記の不完全履行に基づく損害賠償請求権を被保全権利として、Y4のY2に対する、Y5のY3に対する、各損害賠償請求権の代位行使を認めた。
解説 ●Y1(製造業者)の責任
製造物責任法施行前の事件
⇒民法709条の過失を基礎づける評価根拠事実の存否が主たる争点。
本件では、本件卵豆腐の原料となる液卵からも、サルモネラ菌C1群が検出されており、Y1の製造過程で既に本件卵豆腐が汚染されていることが認定⇒Y1の過失の評価根拠事実の立証は、さほど困難ではなっかった。
仮に、サルモネラ菌C1群の本件卵豆腐への混入の仕方および時期等が不明であった場合:
製造過程の情報を入手することが困難な立場にある消費者に、製造業者の過失の評価根拠事実の厳密な立証を求めることは、被害者救済という不法行為法の制度趣旨に反する。
「過失の一応の推定」
〜一定の事実がある場合、過失があったものとの法的価値判断を行い、過失を否定する側で、その特段の事情を立証しなければならないとする理論。

本件卵豆腐のような包装食品については、製造業者から短期間のうちに消費者の手許に製品が流通するから、消費者において、それを食品として合理的期間内に摂取したことによって食中毒による健康被害を受けた事実を立証すれば、製造業者に製造過程で何らかの過失があったものと評価され、かえって、製造業者において、製造過程で汚染はなく、製造後の流通過程で汚染が生じたものであることなどの特段の事情を立証しなければならないことになり、消費者の立証負担の軽減、被害者救済という不法行為法の制度趣旨の実現が可能になる。
評価的要件の本来的な評価根拠事実の立証を求めたのでは、当該制度の趣旨に反して、立証上の公平に反する場合、上記の事実と等価の事実の立証で代えてもよいとする「等価値」の理論。
●Y4およびY5(小売業者)の責任
小売業者のような売買契約の売主は、買主に対して、その目的物を交付するという基本的な給付義務だけでなく、信義則上の付随義務として、買主の法益を害しないよう配慮すべき注意義務を負っている。
本判決は、上記付随義務を契約当事者である買主だけでなく、目的物の使用・消費が合理的に予想される買主の家族や同居者に対しても拡張。(契約の第三者保護効)
買主は、不完全履行責任の請求原因として、瑕疵ある目的物の交付によって損害を受けたことを主張・立証すれば足り、売主は、抗弁として、注意義務違反がなかったこと(帰責性の不存在)の主張・立証責任を負う旨判示し、消費者に有利に主張・立証責任対象事実の決定をしている。

近時は、医師の診療債務などの手段債務の不完全履行責任については、その注意義務違反は、履行の不完全性を基礎づける請求原因であるとする説が有力であるが、本件のように結果債務(引渡債務)の不完全履行責任については、なお注意義務の不存在(帰責性の不存在)を売主の抗弁と解してよい。
●Y2およびY4(卸売業者)の責任
卸売業者のような中間流通業者は、原則として、製造物責任法の責任主体とはされておらず(同法2条3項1号ないし3号)、現在でも、消費者からの卸売業者にたいする責任追及は、民法の一般原則(不法行為責任の追及)によらなければならない点で困難。
本判決は、契約責任の代位行使という方法で解決。
Y4およびY5が、Xらに対して、損害賠償義務を負うことから、その義務を負うことをY4およびY5の「損害」と捉え、Y4およびY5は、Y2およびY3に対して、その損害賠償請求をなし得ることなるとした上で、Y4およびY5の無資力を穏やかに認定し、その代位行使をXらに許した。
(債権者代位権の要件事実は、@被保全権利の発生原因事実、A債務者の無資力の評価根拠事実、B被代位権利の発生原因事実)
この法律構成は、無資力について穏やかに認定せざるを得ない点に難点を有するが、加害者と被害者との間に直接の法律関係を肯定することが困難な場合の次善の処理として肯定されてよい。

最近の事例としては、いわゆる「振り込め詐欺」の被害者が、振込先である氏名不詳者の預金口座からの銀行に対する預金払戻請求権を氏名不詳者に代位して(そして、氏名不詳者の無資力については穏やかに判断して)、銀行に対して、その払戻請求をするケース。
■68 食品の安全・・・カネミ油症事件
@福岡地裁昭和52.10.5 A福岡地裁小倉支部昭和60.2.13
■68 事案 Y1(カネミ倉庫)が製造販売する食用米ぬか油を摂取したXらに発症。
Y3(鐘淵化学)が製造販売するポリ塩ビフェニール(PCB)が大量に漏出して米ぬか油に混入。
Y2:Y1の代表取締役。
Y4:国
Y5:北九州市
主張:
Y1には、カネクロールの毒性の有無、程度、被加熱物への混入の危険性、防止措置等についての調査を怠った過失。
Y2には、製油部門の総責任者として民法715条2項の代理監督者責任を負う。
Y3には、人体に有毒で一般に毒性の知られていないカネクロールを販売したこと、カネクロールを食品製造の熱媒体として利用することを勧めて販売したこと、カネクロール販売にあたり毒性・金属腐食性につき利用者に誤った情報を提供したことに過失がある。
Y4には、PCBの大量生産、大量使用を規制すべき義務があるのにこれを怠り、PCBをJIS規格に設定してその用途を拡大したこと、ダーク油事件の発生した際、食品油に関してなんら適切な対応をとらなかったことに過失がある。
Y5には、食品衛生法上の食品衛生監視義務を怠った過失がある。
判断 @ Y1の責任:
「食品の安全性に欠陥がある場合には、極めて重大な結果を招来し、深刻な社会問題に発展する危険性が高いものであるから、食品を商品として工業的に大量生産する者は、その安全性を確保するために、一層高度なかつ厳格な注意義務を負う」。「カネクロール四〇〇が有毒物質であることを知り、それが食用油中に混入する可能性を予見しうる余地がある以上、食品製造業者である被告カネミとしては、考えられるあらゆる手段を用いて、その混入の防止及び混入の有無の検査のための措置を講ずべき義務があり、そのような措置を講ずることが技術的にあるいは経済的に困難である場合には、もはや食用油の製造工程にカネクロール四〇〇といったものを持ち込むことが許さるべきではない」。
Y3の責任:
「これを食品工業の熱媒体として利用することを勧めて販売する者は、利用者に対し、その毒性及び金属腐蝕性等の食品の安全性に欠陥を及ぼすおそれのある危険な属性を正しく指摘し、その食品中への混入防止及び混入した食品の出荷防止のために万全の措置を講ずる必要性を厳しく警告する義務を負う」「カネクロールのカタログでは、油脂興業における脱臭工程の熱媒体としてのカネクロールの利用を推奨しながら、その毒性については若干の毒性がある、蒸気を吸うと有害であると抽象的に記載したに止まり、またその前後の文言においても、その毒性が職業病的観点からみてほとんど心配するに及ばないかの如き印象を与えかねない表現を用いたことは前記のとおりであり、この点食品業者に対する毒性についての情報の提供としては極めて不十分なものである」。「Y3は実験データにより、自らの勧めるカネクロール四〇〇の最高使用温度・・を下廻る二八〇度でも、・・塩化水素ガスが発生することを知っていたことは明らかであり、・・運転停止時にカネクロールを地下タンクに落した後に配管中に塩化水素ガスが残存している場合には、配管内へ引き込まれた空気中の水分あるいはカネクロール中に存在した水蒸気が液化し、塩酸が生成される可能性が生まれるものであり、このことは・・・化学会社であるY3においても全く予想しえなかったことではない」。
A Y1とY3の責任の関係:
「Y1の右のような過失は、もともとPCBの毒性、安全性について十分調査、研究もせず、利潤追求のためにPCBを食品業界に熱媒体用として開発、提供し、これを販売するに当たつても十分な警告を尽さなかつた被告鐘化の前示過失に大きく誘発されたものであつて、両者の過失行為は互いに社会的一体性を有し、客観的に関連共同して違法に本件油症被害を生ぜしめたとみるべきである、のみならず、被告カネミの右過失は被告鐘化において予見しえないものでないことは前示のとおりであり、被告カネミの過失は誠に重大ではあるが、その介在の故をもつて、被告鐘化の過失と油症被害の間の因果関係が遮断されるいわれはなく、油症被害は被告鐘化の過失と相当因果関係にある損害といわなければならない。」
Y4の責任
「(一)国民の生命、身体、健康に対する被害発生の危険があること、(二)行政庁において右被害発生の危険を知り又は具体的に知りうべき状況にあること、(三)行政庁が危険回避に有効適切な権限行使をすることができる状況にあること」の要件を満たす場合においては、

「行政庁にもはや自由裁量の余地はなく、権限を予防的に行使する法律上の義務を負うものであつて、その権限不行使は国家賠償法上の違法性を帯びるに至り」、「規制権限を所掌する行政機関が被害発生の危険を具体的に知りうベき状況になくても、同行政機関に連絡調整をなすべき行政機関において被害発生の危険を具体的に知りうべき状況があるとすれば違法性の存在に欠けるところはないし、公務員の過失についても連絡調整をなすべき行政機関について存在すれば足りる」。「Aは食用油の安全性は自己の職務権限の範囲外のこととしてあえて関心を向けず、その結果当然承知すべき疑念に立至らなかつたのであるから、違法に、鶏へい死の事故原因について誠実に実態調査を尽すべき職務上の義務を怠り、同時に後記から明らかなとおり、食用油の安全性に疑いがある旨実態調査の結果を報告すべき職務上の義務を怠り、ひいては食品衛生行政庁への通報連絡義務を怠つた過失がある」。「小華和は、研究職公務員として誠実に鑑定を尽すべき義務を怠り、被告カネミのダーク油が悪いとさえ言えばそれですべて問題は決着するものと速断してなおざりな鑑定をしたことにより、問題は同被告の品質管理の拙劣さにすりかえ、かえつてダーク油事件の解明を困難なものとし、前示福岡肥飼検の場合と同様、被告国をして食用油の安全性に着目しその危険性を回避する機会を失わせた」。「畜産局流通飼料課の外、局内各課、担当参事官、畜産局長、次官ひいては農林大臣らは行政組織法上、福岡肥飼検より質的に高度な責任を有する上級官庁としての自覚に欠け、それぞれの自己本来の権限内の事務処理に関心を持つのみにてただ漫然と福岡肥飼検からの結果報告を鵜呑みにし、あまりに当然な内容、方法の指示を与え、お座なりの研究会を設定して事態の推移を待つにとどまつた以外に、ダーク油事件の解明のため有効適切かつ迅速な対応を全くとつていないし、食用油の安全性については、これを権限外のこととして、なんらの疑念を持つに至つていないのであつて、この点出先機関からの情報を分析収集して適切な対応を図るべき本省本来の職責に反することは明らかであり、結局食用油による被害発生の危険を具体的に知りうべき状況にありながら、違法に、その規制権限を有する食品衛生所管庁たる厚生省等に対する通報連絡義務を怠つた過失は免れない」。
解説 @判決:最初に下されてピンホール説を採用した地裁判決
A判決:工作ミス説を初めて採用してY3、Y4の責任を肯定した地裁判決
B判決:工作ミス説を採用してY3、Y4の責任を否定した高裁判決
製造物責任法の制定をみた現在においては、食用米ぬか油が約1000ppmものPCBを含むことは、同法2条2項の「欠陥」に当たり、Y1が同法3条により過失の有無を問わずXらに損害賠償責任を負うことに疑いはない。
but
同法制定前の本油症事件においては、Y1の過失責任を追及するほかなく、Xらの立証責任の軽減をどう図るかが問題。

@判決は
(1)特定の従業員の過失を認定して、それを前提に企業の使用者責任を負うのではなく、企業体としての過失を観念し、それを認定して企業自体の不法行為責任を問う法律構成を採用し、
(2)さらに、絶対的な安全性を要求される食品の製造販売においては、製品に欠陥があり摂食した消費者に健康被害が生じた以上は、製造企業の過失が推定されるとしたことは注目に値する。
⇒実質において欠陥責任へ飛躍する工夫がなされたもの。
有用性と有害性を合わせ持った製品につき、その管理制御の限界ゆえに危険性が実現し、有害結果が有益結果を不可逆的かつ深刻に凌駕しうることが予想される場合は、そうした製品の製造販売自体を回避すべき義務が生じる。
Y3がそうした使用を奨励してカネクロールを販売する以上は、すなわち、新たな危険を設定することで利潤を拡大しようとする以上は、Y3の側でY1に対して、食品への混入の危険性を十分に警告し、また、混入した場合の対処法を適切に指示する義務を負うというべき。
@判決は、ここからさらに進んで、食品の絶対的安全という至上目的に向かって、食品製造業者と食品製造関連業者の責務は競合凝縮しているとして、Y3に指示警告上の過失があったことが推定されるとしている。
B判決は、Y3のY1に対する指示警告は、工業薬品の製造販売業者としての労働安全上の指示警告で足り、それはカタログの記載内容で尽くされているとして、Y3の過失を否定。
Y3に有毒性または金属腐食性に関する指示警告義務違反を認めるとしても、Y1の過失が中間に存在することから、Y3の過失とXらの健康被害の間に因果関係を認めうるかどうかが問題。
一般には、中間者の過失が重過失と評価される場合を除き、相当因果関係が肯定されるべきところ、ピンホール説を採用すると、Y1に重過失はなくY3の過失との相当因果関係を認めることに傾く。
他方、工作ミス説を採用すると、Y1はカネクロールの混入を知った上でそれを除去しようとし、「
残留の有無を検査することなく出荷⇒Y1には重過失があるというべき。
A判決は、Y1の重過失を誘発したのがY3の過失⇒相当因果関係を否定しなかった。
B判決は、Y1の重過失はY3の過失に誘発されたものではなく、Y1のまったく一方的な「妄断」によるもので、Y3には全く予見不可能であった⇒相当因果関係を否定。
規制権限を行使するか否かが行政庁の裁量に委ねられている場合であっても、
A:裁量の幅は固定されたものでなく、一定の状況ではゼロに収縮して作為義務が生じ(裁量権収縮論)、または
B:不作為が著しく不合理であるときは、裁量権の限界を逸脱した濫用となる(裁量権消極的濫用論)
A判決は、東京スモン訴訟判決と同様に裁量権収縮論を採用し、被害法益が国民の生命、身体、健康に係るときは、
(1)法益侵害の危険、(2)危険を知りうる状況、(3)危険を回避しうる状況におおいて、権限不行使は違法となるとしている。

東京スモン訴訟判決とは異なり、危険の「切迫性」、危険の察知と回避の「容易性」、権限行使の「補充性」、権限行使への「期待可能性」には触れておらず、その限りで権限不行使が違法となる状況を拡大したものと解することができる。
A判決は、(1)PCBは労働衛生上注意を要する物質と認識されていたにすぎず、(2)本油症事件発生まで食用油脂製造業界において食品事故が発生した例に乏しく、まして熱媒体の食品への混入といった事故は予想外の事柄であったとして、Y4(国)は被害発生の危険を具体的に知りうえうべき状況にはなかったとする一方で、
油症事件に先行したダーク油事件において、農水省公務員A・Bおよびその上級機関に、その職務を執行中に食品の安全に少しでも疑いを差し挟む余地があれば、直ちに厚生省等食品衛生所管庁にこれを通報連絡し、権限行使の端緒を提供する等場合に応じた連絡調整の措置を講ずべき義務を怠った過失がある。

B判決は、立入検査によってもAおよびその上級機関は危険を「容易に」知りうべき状況にはなく、また、Bが汚染原因不明の段階で検体のダーク油からPCBを同定しなかったとしてもやむを得ないとし、結局、Y4の責任を否定。
■67 指定確認検査機関のした建築確認処分の取消訴訟の損害賠償請求訴訟への訴えの変更
最高裁H17.6.24
■67 事案 建築基準法77条の18以下の規定により建築基準法6条の2第1項所定の指定を受けた指定確認検査機関であるA社は、Y市内の大規模分譲マンションの建築計画が建築基準関係規定に適合すること等につき、同項所定の確認をした。
Xらは、Aを被告とする本件確認の取消訴訟を提起したが、その係属中に、本件建築物に係る完了検査が終了し、取消訴訟の訴えの利益が消滅したことを受け(最高裁昭和59.10.26)
行政事件訴訟法21条1項に基づき、上記取消訴訟を、本件確認の違法を原因とするYに対する損害賠償請求訴訟に変更することの許可を申し立てた。
規定 行政事件訴訟法 第21条(国又は公共団体に対する請求への訴えの変更)
裁判所は、取消訴訟の目的たる請求を当該処分又は裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体に対する損害賠償その他の請求に変更することが相当であると認めるときは、請求の基礎に変更がない限り、口頭弁論の終結に至るまで、原告の申立てにより、決定をもつて、訴えの変更を許すことができる。
建築基準法 第6条(建築物の建築等に関する申請及び確認)
建築主は、第一号から第三号までに掲げる建築物を建築しようとする場合(増築しようとする場合においては、建築物が増築後において第一号から第三号までに掲げる規模のものとなる場合を含む。)、これらの建築物の大規模の修繕若しくは大規模の模様替をしようとする場合又は第四号に掲げる建築物を建築しようとする場合においては、当該工事に着手する前に、その計画が建築基準関係規定(この法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「建築基準法令の規定」という。)その他建築物の敷地、構造又は建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定で政令で定めるものをいう。以下同じ。)に適合するものであることについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受け、確認済証の交付を受けなければならない。当該確認を受けた建築物の計画の変更(国土交通省令で定める軽微な変更を除く。)をして、第一号から第三号までに掲げる建築物を建築しようとする場合(増築しようとする場合においては、建築物が増築後において第一号から第三号までに掲げる規模のものとなる場合を含む。)、これらの建築物の大規模の修繕若しくは大規模の模様替をしようとする場合又は第四号に掲げる建築物を建築しようとする場合も、同様とする。
建築基準法 第4条(建築主事)
政令で指定する人口二十五万以上の市は、その長の指揮監督の下に、第六条第一項の規定による確認に関する事務をつかさどらせるために、建築主事を置かなければならない。
2 市町村(前項の市を除く。)は、その長の指揮監督の下に、第六条第一項の規定による確認に関する事務をつかさどらせるために、建築主事を置くことができる。
判断 建築基準法6条1項の規定は,建築主が同項1号から3号までに掲げる建築物を建築しようとする場合においてはその計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて建築主事の確認を受けなければならない旨定めているところ,この規定は,建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることを確保することが,住民の生命,健康及び財産の保護等住民の福祉の増進を図る役割を広く担う地方公共団体の責務であることに由来するものであって,同項の規定に基づく建築主事による確認に関する事務は,地方公共団体の事務であり(同法4条,地方自治法2条8項),同事務の帰属する行政主体は,当該建築主事が置かれた地方公共団体である。そして,建築基準法は,建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることについて,指定確認検査機関の確認を受け,確認済証の交付を受けたときは,当該確認は建築主事の確認と,当該確認済証は建築主事の確認済証とみなす旨定めている(6条の2第1項)。また,同法は,指定確認検査機関が確認済証の交付をしたときはその旨を特定行政庁(建築主事を置く市町村の区域については当該市町村の長をいう。2条32号)に報告しなければならない旨定めた(6条の2第3項)上で,特定行政庁は,この報告を受けた場合において,指定確認検査機関の確認済証の交付を受けた建築物の計画が建築基準関係規定に適合しないと認めるときは,当該建築物の建築主及び当該確認済証を交付した指定確認検査機関にその旨を通知しなければならず,この場合において,当該確認済証はその効力を失う旨定めて(同条4項),特定行政庁に対し,指定確認検査機関の確認を是正する権限を付与している。
 以上の建築基準法の定めからすると,同法は,建築物の計画が建築基準関係規定に適合するものであることについての確認に関する事務を地方公共団体の事務とする前提に立った上で,指定確認検査機関をして,上記の確認に関する事務を特定行政庁の監督下において行わせることとしたということができる。そうすると,指定確認検査機関による確認に関する事務は,建築主事による確認に関する事務の場合と同様に,地方公共団体の事務であり,その事務の帰属する行政主体は,当該確認に係る建築物について確認をする権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体であると解するのが相当である。
 したがって,
指定確認検査機関の確認に係る建築物について確認をする権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体は,指定確認検査機関の当該確認につき行政事件訴訟法21条1項所定の「当該処分又は裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体」に当たるというべきであって,抗告人は,本件確認に係る事務の帰属する公共団体に当たるということができる。
 また,本件会社は本件確認を抗告人の長である特定行政庁の監督下において行ったものであること,その他本件の事情の下においては,本件確認の取消請求を抗告人に対する損害賠償請求に変更することが相当であると認めることができる。
解説 取消訴訟の係属中に、対象となる処分の効力の消滅等により取消しを求める法律上の利益がなくなった場合、処分の違法を理由として国・公共団体を被告とする損害賠償等の請求をすることが考えられる。このばあいに審理を最初からやり直すのではなく、取消訴訟の手続を維持して訴訟資料を承継するために、一定の要件の下で、取消訴訟の目的たる請求から損害賠償その他の請求への変更を認めたのが、行訴法21条1項。
←@訴訟上の不経済を回避し、A原告の権利利益の救済を図る。
本決定の意義は、この要件のうち、変更後の請求の被告が「当該処分又は裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体」であるという要件について、指定確認検査機関が建築確認を行った場合には、当該確認に係る建築物につき確認権限を有する建築主事が置かれた地方公共団体が上記「国又は公共団体」に当たることを初めて明らかにし、(変更が相当であると認められるという要件も充たすとして)同機関を被告とする国家賠償請求訴訟への訴えの変更を認めた点にある。
本決定については、行訴法21条1項に基づく訴えの変更を認めただけでなく、指定確認検査機関による建築確認の違法につき、国賠責任の所在をも明らかにしたとする見方も多い。

従来、公権力の行使たる事務の帰属先が国賠法1条1項に基づく責任の主体になると解されてきたところ、確認事務の帰属先を重視する本決定の態度からは、確認事務の帰属先たる建築主事の置かれた地方公共団体が国賠責任の主体になる旨も判示したものと分析し得る。
★勉強会(10/7)
■66 欠陥住宅についての建設業者・設計者・工事監理者の責任 最高裁H19.7.6
■66 事案 Xらは、・・設計・管理者Y1に対しては不法行為に基づく損害賠償請求を、施工業者Y2に対しては請負契約上の地位の譲受けを前提として、瑕疵担保責任に基づく瑕疵修補請求又は損害賠償請求をするとともに、不法行為に基づく損害賠償請求をした。
判断 建物は,そこに居住する者,そこで働く者,そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに,当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから,建物は,これらの建物利用者や隣人,通行人等(以下,併せて「居住者等」という。)の生命,身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず,このような安全性は,建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると,建物の建築に携わる設計者,施工者及び工事監理者(以下,併せて「設計・施工者等」という。)は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして,設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合には,設計・施工者等は,不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない。
原審は,瑕疵がある建物の建築に携わった設計・施工者等に不法行為責任が成立するのは,その違法性が強度である場合,例えば,建物の基礎や構造く体にかかわる瑕疵があり,社会公共的にみて許容し難いような危険な建物になっている場合等に限られるとして,本件建物の瑕疵について,不法行為責任を問うような強度の違法性があるとはいえないとする。しかし,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には,不法行為責任が成立すると解すべきであって,違法性が強度である場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由はない。例えば,バルコニーの手すりの瑕疵であっても,これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという,生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり,そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべきであって,建物の基礎や構造く体に瑕疵がある場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由もない。
解説 ●はじめに
阪神淡路大震災後、最高裁は、建築に関する画期的な判決を次々と出している。
64事件判決。
65事件判決。
それに、いわゆる名義貸し建築士に不法行為責任を認めた最高裁H15.11.14等。
●「基本的な安全性を損なう瑕疵」とは何か
●建物の瑕疵と直接の契約関係にない者らへの不法行為の成立要件
●直接損害と拡大損害
■65 請負人の瑕疵担保責任における「瑕疵」概念 最高裁H15.10.10
■65 事案 Xの請負残代金支払請求に対して、Yが南棟の主柱に関する工事の瑕疵があることなどを理由とする損害賠償請求権を自働債権とし、上記請負代金を受働債権として対当額で相殺したと主張して争った。
原審 Xには契約違反はあるが、構造計算上居住用建物として本件建物の安全性には問題ないとして、本件工事に瑕疵があるということはできないとした。
判断 破棄差戻し

「前記事実関係によれば,
本件請負契約においては,上告人及び被上告人間で,本件建物の耐震性を高め,耐震性の面でより安全性の高い建物にするため,南棟の主柱につき断面の寸法300mm×300mmの鉄骨を使用することが,特に約定され,これが契約の重要な内容になっていたものというべきである。そうすると,この約定に違反して,同250mm×250mmの鉄骨を使用して施工された南棟の主柱の工事には,瑕疵があるものというべきである。
請負人の報酬債権に対し,注文者がこれと同時履行の関係にある目的物の瑕疵の修補に代わる損害賠償債権を自働債権とする相殺の意思表示をした場合,注文者は,請負人に対する相殺後の報酬残債務について,相殺の意思表示をした日の翌日から履行遅滞による責任を負う」
解説 ●本判決の意義
当該契約目的部ばもつ(建物の安全性という)通常の効用の点では何ら問題がない場合にも、合意の内容と不一致があれば瑕疵にあたることを明らかにした。
端的に約定(=契約の重要な内容)違反を基準とした点が重要。
●請負契約
請負契約では、仕事の完成義務が定められ瑕疵のない完全な仕事をすることが請負人の債務

瑕疵担保責任についての法的責任説の立場からも、担保責任は債務不履行の特則と解されており、仕事の完成(完成物後はその物に集中し担保責任は完成物を前提とする責任と解する)ないしは受領(目的物を承認して受領した後は責任が担保責任に制限されると解される)時から、担保責任が適用される。

債務不履行責任の特則⇒請負契約の担保責任(民法634条)の瑕疵は、いわゆる「主観的」に捉えることに異論はない。
売買契約の瑕疵担保責任についても、瑕疵概念について、「主観的瑕疵」概念が通説・判例。

主観的瑕疵:
当事者が契約において予定した使用適性の欠如

客観的瑕疵;
目的物が有すべきことを取引上一般に期待されている性質の欠如

我妻:
その種類のものとして通常有すべき品質・性能を標準とし、売主が見本・広告で目的物が特殊の品質・性能を有することを示したときその特殊の標準による

潮見:
@まず当該契約においてどのような売買「対象」として把握されたかを確定し、
A「対象」としてカテゴライズされた「物」について、契約適合的な者としてあるべき性質を備えているか、つまり、「通常の利用目的ないし性質」、または特に合意されると「特別の利用目的ないし性質」が基準として判断される。
請負契約の瑕疵:
@まず契約によって合意された仕事の具体的内容の確定がなされ、その後
Aその契約上合意された仕事の内容に照らして実際に行われた仕事が不完全と言える場合に認められる。
本判決は、瑕疵修補に代わる損害賠償債権と報酬債権で対当額で相殺した場合の遅延損害金の起算点について、相殺の意思表示をした日の翌日から。
最高裁は、瑕疵の修補に代わる損害賠償債権について審理を尽くさせるために原審に差し戻したが、差戻審では主柱に鉄板を巻きつける方法に要する費用1062万円を、損害賠償として認めた。
■64 建物の重大な瑕疵と立替費用相当額の損害賠償 最高裁H14.9.24
■64 事案 Xは、瑕疵担保責任等に基づいて立替費用等の損害賠償を訴求。
判断 上告棄却。
本件建物の瑕疵が重大で本件建物を建て替えるほかないことを前提にして次のようにいう。

「請負契約の目的物が建物その他土地の工作物である場合に,目的物の瑕疵により契約の目的を達成することができないからといって契約の解除を認めるときは,何らかの利用価値があっても請負人は土地からその工作物を除去しなければならず,請負人にとって過酷で,かつ,社会経済的な損失も大きいことから,民法635条は,そのただし書において,建物その他土地の工作物を目的とする請負契約については目的物の瑕疵によって契約を解除することができないとした。しかし,請負人が建築した建物に重大な瑕疵があって建て替えるほかはない場合に,当該建物を収去することは社会経済的に大きな損失をもたらすものではなく,また,そのような建物を建て替えてこれに要する費用を請負人に負担させることは,契約の履行責任に応じた損害賠償責任を負担させるものであって,請負人にとって過酷であるともいえないのであるから,建て替えに要する費用相当額の損害賠償請求をすることを認めても,同条ただし書の規定の趣旨に反するものとはいえない。」
規定 民法 第634条(請負人の担保責任)
仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。
2 注文者は、瑕疵の修補に代えて、又はその修補とともに、損害賠償の請求をすることができる。この場合においては、第五百三十三条の規定を準用する。
民法 第635条
仕事の目的物に瑕疵があり、そのために契約をした目的を達することができないときは、注文者は、契約の解除をすることができる。ただし、建物その他の土地の工作物については、この限りでない。
解説 ●本判決の意義
民法635条但書⇒建物瑕疵により契約目的が達成されない場合にも、注文主は契約の解除をすることができない。
立替費用の賠償を認めることは、建築された家屋を取り壊し、新たな家屋建築をする費用の賠償を認めること⇒契約の解除を認める以上の負担を請負人に負わせることになる。
本判決は、最高裁判決として、初めてこれを認めた。
●請負人の担保責任
請負目的物に瑕疵があった場合における注文者の権利として、
@瑕疵修補請求権(634条1項)
A修補に代わる損害賠償請求権(同条2項)

無過失でも責任を負わないといけない。(無過失責任としての瑕疵担保責任)

損害賠償により認められる損害賠償の範囲は、売買における瑕疵担保責任と異なり、履行利益と解されている。

売買では売買の目的たる特定の物を引渡すことにより売買の債務は完了するが、請負では、仕事の完成、すなわち瑕疵のない完全な仕事をすることが請負人の債務内容であり、その責任は瑕疵により生じるすべての損害の賠償に及ぶとするのが妥当。
請負目的物の瑕疵のために契約目的を達成することができないとき、注文者は契約を解除できる。(635条本文)
但書(建物・土地の工作物の例外)

請負目的物が土地工作物の場合には、それに瑕疵があって契約の目的を達せられないとして契約の解除を認めてしまうと、請負人に過酷で社会経済的損失も大きいので、これを認めない趣旨。
635条によって、土地工作物に解除が認められないのは、請負人の瑕疵担保責任として。
工作物が完成される以前には、債務不履行の一般原則に従って請負契約の解除をすることができる。
●請負人の負う損害賠償の範囲として、立替費用が含まれるか?
A:否定説:
請負建築物の瑕疵を理由に建替費用の賠償を認めることは、請負契約の解除を認めることと同様ないしはそれ以上のことを認めることになり、民法635条但書の規定に反する

B:肯定説:(本判決)
立替えを必要とするほどの重大な瑕疵の場合には民法635条但書は適用されない。
下級審裁判例では分かれていた。
■63 地盤調査と構造耐力上安全な建物建築義務 福岡地裁H11.10.20
■63 事案 主位的請求:
Yには本件請負契約の当事者として、Xに対して安全性を確保した建物を提供すべき義務があるのにこれを怠った過失による不法行為責任があるとして、
家屋の改修工事費用約900万円
約2か月の改修工事期間中の代替住居確保費用110万円
本件建物の不同沈下についての調査費用48万円余
慰謝料50万円
弁護士費用110万円
の合計1217万円余を損害賠償として請求。

予備的請求:
Yの請負人の瑕疵担保責任に基づき同額の損害賠償を請求。
判断 「被告は、建物の建築業者として、本件建物建築に当たり本件土地の地盤の強度を調査し、これに対応して構造耐力上安全な建物を建築する義務を負っていたものであるにもかかわらず、これを怠り、本件土地の地盤の強度の調査をすることなく、本件建物の基礎を本件土地の地盤の強度に対応できる構造としなかったことにより本件建物の基礎が破損し、その沈下を招いたものであるから、被告としては、これにより原告に生じた損害を賠償すべき義務を負うものである。」

賠償額については、具体的な立証がないとして賠償を否定た移転雑費10万円分を除いて、X主張の他の損害については、Yの不法行為を相当因果関係にある損害だとして、ほぼ主張通りの1207万円余の賠償を認めた。
解説 ●請負人の不法行為責任の成否
契約上の債務の不履行は債務不履行責任をもたらすが、これが直ちに不法行為責任を成立させるものではない。
他方で、不法行為上の注意義務違反があれば、過失による不法行為責任が成立し得るのであって、このとき、加害者が被害者に債務不履行責任を負うからといって、不法行為責任が否定されねばならない理由は本来ない。
判例:
一般に複数の請求権の成立要件がそれぞれ充足される場合には、請求権の併存を認めるとする請求権競合説に立つ。
運送約款により運送人の責任制限がなされている場合に、運送人の不法行為責任の要件も厳格化する判決もある。(最高裁H10.4.30)

当該具体的事案における当事者のリスク配分の特徴に照らして判断しているようにもみえる。
最高裁H19.7.6:
建物の買主から建築施工業者の不法行為責任が追及された事案で、建築施工者等は建物としての基本的な安全性に配慮すべき注意義務を負っており、これに違反すると不法行為責任が成立する。
●建物建築請負人の建物基礎の安全性確保義務・地盤調査義務
本判決:
「一般に建物の建築をする業者としては、安全性を確保した建物を建築する義務を負うものであるから、その前提として、建物の基礎を地盤の沈下又は変形に対して構造耐力上安全なものとする義務を負う」

建物建築請負人は、建物建築についての注意義務だけでなく、安全な建物を確保する前提として、当該建物が建つ地盤の安全性についても注意義務を負うとした。
建築基準法施行令38条1項は「建築物の基礎は、建築物に作用する荷重及び外力を安全に地盤に伝え、かつ、地盤の沈下又は変形に対して構造耐力上安全なものとしなければならない」としている。

この様な建物の基礎の安全確保義務は建築基準法令が定める建物の安全性に関する最低基準(建築基準法1条)として、建築請負契約の内容にもなっていると解すべき。

建築請負人として、建築請負人とは独立に宅地造成作業は別の業者が行っている場合でも、地盤の強度等の調査義務は建物の建築請負人独自の注意義務として成立。

地盤の強度が不足していれば、それに対応した基礎構造にしなければ、本件のような不同沈下が生じ、結果的に建物の安全性は実現できず補修が必要となってしまう。

不同沈下等の事故は、地盤改良の要否や基礎形式の選択を誤ったこと等といった「建物の設計・施工上の瑕疵」」。
●建築請負人の損害賠償の範囲
補修工事費について
本判決は、「不法行為を理由として求めることができる損害の範囲は、一般的には、当該不法行為により減少した価値相当分であると解されるから、本件においても、Yの不法行為により減少した建物の価額相当分が賠償の対象となるものである」としつつ、本件建物が「転売にも耐えうるような商品価値を備えるためには、基礎の割れを補修し、今後の沈下が防止されるような補修工事が必要であると認められるのであるから、右のような補修工事費用が、不法行為前の本件建物の価額を上回るなどして、不当に高額でない限り、本件建物について右補修工事費用相当額の価値の低下があるものと認めるのが相当であると考えられる」とする。

例えば、請負代金2000万円で建築された建物に瑕疵があり、その瑕疵を補修するのに2500万円かかる場合には、2000万円の限度でしか賠償は認められない。

他方で、請負代金以上の賠償額を認める裁判例もある。
「Xは、本件建物の基礎の沈下に起因する不具合により、長期間にわたり多大の精神的苦痛と被ったものと認められ、右苦痛が物的損害の填補によって補えるものとは考えられない」として、慰謝料50万円を認容。

単なる財産上の損害にとどまらず、安全な居住権の侵害である点が考慮されている。
■62 要素の錯誤による売買契約無効とその代金支払のための消費貸借契約の効力 
大阪地裁H2.10.29
■62 事案 不動産業者Aから宅地を購入し、Aと提携関係にあるXから、本件土地の購入資金を借り入れた。
後に、甲の宅地造成に瑕疵があり、建物建築が不可能なことが判明。

XはYに対し、本件消費貸借契約に係る残代金と利息・損害金、計277万円余円の支払を請求。
Yは、本件消費貸借契約の錯誤無効およびXの権利行使の信義則違反を主張。
判旨 請求認容

●本件消費貸借契約の錯誤無効の主張について

「本件売買契約においては、本件土地が宅地であるということは本件売買契約締結の動機ではあるが、当事者間においてこれが表示され、かつ売買の目的物の性状に関する事項として契約の重要な内容となつているので、この点につき原告に錯誤があり、かつ・・重大な過失のあつたことの主張立証のない以上、本件売買契約は無効と言うべきである。


「次に、・・・本件土地が宅地であるということは、本件売買契約締結の動機(表示されて契約内容となつている。)であり、これに基づいて本件売買契約が締結された結果、その履行(代金の弁済)の必要性が生じ、それが本件消費貸借契約締結の動機となつているのであつて、本件消費貸借契約との関係では、本件土地が宅地であることは、間接的な動機に過ぎない。・・・・したがつて、本件土地が宅地であることは、・・・原被告ともに当然の前提としていたことではあるが(すなわち、表示されていたが)・・・本件消費貸借契約の内容になつていると言うこともできない。」

「もつとも、・・・本件売買契約は錯誤により無効であるから、・・・被告には、本件消費貸借契約の直接の動機となつた本件売買契約の履行の必要性に関して錯誤があつたことになる。しかし、消費貸借契約においては、借主は貸主から借入金の交付を受けた時点で、約定どおりの経済的価値の移転を受け、契約目的を達成しており、・・・・借入れの必要性に関する錯誤は、それが表示されていたとしても、消費貸借契約の要素の錯誤とはならない」。

 したがつて、本件消費貸借契約における被告の意思表示に要素の錯誤があつたとすることはできない。
●Xの権利行使の信義則違反の主張について

AとXとは「業務的にも経済的にも密接不可分な関係にあ」り、また、Xは「甲に関する担保評価において極めて杜撰な措置を採った」のではなあるが、「Xにおいて、甲が宅地とはならない欠陥分譲地であることを知りながら、担保価値を無視し、敢えて貸付けをしたといは言えない」から、本件消費貸借契約に基づくXの権利行使をもって、信義則に反するとすることはできない。
解説 ●問題の所在
購入者は、販売業者と間で売買契約を締結するとともに、金融機関との間で消費貸借契約を締結する。
両契約は、当事者を異にする別個独立の契約⇒仮に不動産の重大な欠陥のため売買契約が無効(公序良俗違反や錯誤無効)とされる場合にも、民法の原則上、売買契約の無効は消費貸借契約に何ら影響を及ぼさない。
問題は、販売業者と金融機関間の提携関係に基づいて、当該不動産の代金支払を使途と定めて消費貸借がされる場面。
●本判決・裁判例における検討視角
本判決は、金融機関の貸金返還請求lの可否を、消費貸借契約の錯誤無効という観点から検討。
民法95条の適用問題と見たとき、「要素の錯誤」は否定される。

購入者Yの錯誤は、借入金で買うはずの物の性状や、借入金で履行すべき代金債務の存否に関する。これらの事情は、消費貸借における借主の主観的な取引理由・目的(狭義の動機)にすぎない。かかる錯誤は、「要素の錯誤」とはならない。

消費借主Yの動機は、相手方に表示されて法律行為の内容となってはいない。
消費貸借契約の錯誤無効という検討視角によらず、購入者が売買契約の無効をもって貸金返還請求に対抗することができるかという判断枠組みがとられる裁判例もある。

第三者与信型の販売信用取引における抗弁の接続の議論・規律を踏まえている。
●第三者与信型物品販売における抗弁接続
第三者与信型の信用販売:
販売店・信販会社間の提携関係(加盟店関係など)を前提に販売店・購入者間の売買契約と、審判会社・購入者間の立替払契約の組み合わせからなる。

「抗弁の接続」論:
売買契約上、購入者が販売店に対し代金支払を拒絶しえたはずの事由(無効取消し、契約解除、同時履行など)があるときは、購入者は、これを信販会社に主張して立替払契約上の支払請求を拒むことができる。

事業者が三面化の構成をとったことにより、購入者が本来なら主張し得たはずの支払拒絶事由を奪われることは不当。(そもそも、購入者の側では、売買契約と与信契約が分断されたことを何ら意識しない。)
最高裁H2.2.20:
割賦販売法30条の4の規定は、法が、購入者保護の観点から、購入者において売買契約上生じている事由をあっせん業者に対抗しうることを新たに認めたものにすぎない。(創設規定説)

学説では、確認規定と解して、抗弁接続の拡大を志向する見解が多い。
●第三者与信型不動産販売における抗弁接続
金融機関が販売業者と提携して不動産購入資金を貸し付ける場面も、割賦販売法2条4項の定義上は、金融機関と販売業者との間の密接な牽連関係(提携契約があるなど)を要件として、「個別信用あっせん」に該当しうる。
but
同法の「個別信用購入あっせん」には、不動産販売は適用除外(割賦販売法35条の3の60第2項6号)
⇒不動産購入資金の貸付けは抗弁接続(35条の3の19)の対象外。
両契約の別個性に立ち戻り、売買契約上の抗弁を対抗できないことを原則とすべき(京大:橋本教授)

@不動産販売の場面での購入者への信用供与は、高額・長期である上、抵当権を取得して不動産の担保価値に基づく与信として行われる⇒販売信用(代金の繰延払)ではなく、貸付信用(不動産担保融資)の性格が前面にでてくる。
A物品の信用販売の局面とは対照的に、ここでは、売主(販売)と与信者(貸付け)とが元々分離して存在している。
B購入者の側も、抵当権設定手続を通じて、金融機関による貸付けという性格をよく理解している。
●その他
不動産の重大な欠陥のために売買契約が無効となる局面は、現実には、販売業者が不動産の性状につき欺罔等した場合が大半。
この場合、
販売業者を提携金融機関から消費貸借契約の媒介を委託された者として位置づけ、販売業者(媒介行為者)による不動産の性状に関する欺罔行為・不実表示をもって金融機関によるそれと同視するとき、購入者は、消費貸借契約の詐欺取消し・誤認取消しが可能になる。

金融機関・販売業者間の提携関係をもって与信契約の媒介の委託と見るのは、割賦販売法35条の3の13第1項の考え方。
媒介行為者の欺罔行為等を本人のそれと同視するのは、消費者契約法5条1項の規律を一般化。
消費貸借契約の取消原因についても、消費者契約法4条(「重要事項」の要件)の拡張解釈を通じて、不動産の性状に関する不実表示を含める余地がある。
規定 割賦販売法 第35条の3の13(個別信用購入あつせん関係受領契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)
購入者又は役務の提供を受ける者は、個別信用購入あつせん関係販売業者又は個別信用購入あつせん関係役務提供事業者が訪問販売に係る個別信用購入あつせん関係販売契約若しくは個別信用購入あつせん関係役務提供契約に係る個別信用購入あつせん関係受領契約又は電話勧誘販売に係る個別信用購入あつせん関係販売契約若しくは個別信用購入あつせん関係役務提供契約に係る個別信用購入あつせん関係受領契約の締結について勧誘をするに際し、次に掲げる事項につき不実のことを告げる行為をしたことにより当該告げられた内容が事実であるとの誤認をし、又は第一号から第五号までに掲げる事項につき故意に事実を告げない行為をしたことにより当該事実が存在しないとの誤認をし、これらによつて当該契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。
消費者契約法 第5条(媒介の委託を受けた第三者及び代理人)
前条の規定は、事業者が第三者に対し、当該事業者と消費者との間における消費者契約の締結について媒介をすることの委託(以下この項において単に「委託」という。)をし、当該委託を受けた第三者(その第三者から委託(二以上の段階にわたる委託を含む。)を受けた者を含む。以下「受託者等」という。)が消費者に対して同条第一項から第三項までに規定する行為をした場合について準用する。この場合において、同条第二項ただし書中「当該事業者」とあるのは、「当該事業者又は次条第一項に規定する受託者等」と読み替えるものとする。
消費者契約法 第4条(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)
4 第一項第一号及び第二項の「重要事項」とは、消費者契約に係る次に掲げる事項であって消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきものをいう。
一 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容
二 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの対価その他の取引条件
■61 不動産取引と銀行の説明義務 最高裁H18.6.12
■61 事案 Y2担当者は、Xの自己資金2億8770万円に銀行借入金9000万円を加えた資金で、Xが所有する本件各土地に建物(本件建物)を建築し、本件建物の賃貸部分からの賃料収入を銀行借入金に返済に充てる計画を立案し、これに基づいて企画書を作成。
自己資金は・・・本件各土地のうち北側に位置する部分を約3億円で売却することによってねん出することができると考え、Xに対する説明もそのことを前提。
本件建物は、本件北側土地全体を敷地として建築確認がされ、その敷地にかかる容積率の制限の上限に近かったため、本件北川土地が売却され、残りの部分のみが敷地となると、本件建物は違法な建築物になるという問題があった。
また、本件北側土地を購入した買主が、それを敷地として建物を建築しようとすると、異なる建築物について同一の土地を二重に敷地とすることになるため、建築確認申請に際して、建築確認を直ちには受けられない可能性があった。
Y2担当者は、本件敷地問題を認識していたが、売却後の本件北側土地に建物が建築される際、建築主事が敷地の二重使用に気づかなければ建物の建築に支障はないとの見込みに基づいて、本件計画をXに提案。
他方、Y1担当者は本件敷地問題を知らなかった。
Xは、本件北川土地を売却することができず、Y1への返済資金を確保することができなかったため、上記4億9200万円の貸付にかかる債務の支払を遅滞し、Y1は、本件各土地および本件建物に根抵当権を有していたので、これに基づく不動産競売の開始決定がされた。

Xは、Y1、Y2が本件敷地問題が生ずることを説明しなかったために本件貸付けを受けて本件建物を建築したが、結局、本件貸付けの返済資金をねん出できず、被害を被ったなどと主張して、Y1及びY2に対し、不法行為または債務不履行に基づき、損害のうち3億3920万円及び遅延損害金の支払を求めた。
原審 第1審:請求を一部認容
原審:第1審判決を取り消して請求を棄却
判旨 「一般に消費貸借契約を締結するに当たり,返済計画の具体的な実現可能性は借受人において検討すべき事柄であり,本件においても,銀行担当者には,返済計画の内容である本件北側土地の売却の可能性について調査した上で上告人に説明すべき義務が当然にあるわけではない」。
しかし,「銀行担当者は,Xに対し,本件各土地の有効利用を図ることを提案してY2を紹介しただけではなく,本件北側土地の売却により被上告銀行に対する返済資金をねん出することを前提とする本件経営企画書を基に本件投資プランを作成し,これらに基づき,Y2担当者と共にその内容を説明し,Xは,上記説明により,本件貸付けの返済計画が実現可能であると考え,本件貸付けを受けて本件建物を建築したというのである」。
「そして,Xは,銀行担当者が上記説明をした際,本件北側土地の売却について銀行も取引先に働き掛けてでも確実に実現させる旨述べるなど特段の事情があったと主張しているところ,これらの特段の事情が認められるのであれば,銀行担当者についても,本件敷地問題を含め本件北側土地の売却可能性を調査し,これを上告人に説明すべき信義則上の義務を肯認する余地があるというべきである。」
解説 ●Y2建設会社の担当者の説明義務違反
Y2建設会社の担当者が、Y1銀行から建築資金を借り入れて本件建物を建築することをXに提案し、その借入金の返済については、Xが本件北側土地を約3億円で売却して捻出することが予定されていた。
とこが、本件敷地問題により、本件建物を建築した後に本件北側土地を予定どおり売却することは、もともと困難なことであった。
本判決は、このことが、XがY2との契約およびY1との契約を締結するに当たり、「極めて重要な考慮要素」となるから、Y2には「本件敷地問題とこれによる本件北側土地の価格低下を説明すべき信義則上の義務があった」とした。
その上で、Y2担当者は本件敷地問題を認識していたにもかかわらず、本件敷地問題について何ら説明することなく、本件計画をXに提案したことを指摘し、Y2担当者の行為は上記説明義務に違反すると判断。
●Y1銀行の担当者の説明義務違反
争点:
Y1担当者が融資の際に顧客に対して返済計画の実現可能性についての調査・説明義務を負うか。

最高裁H15.11.7:
信用金庫の担当者が顧客に対して融資を受けて宅地を購入するよう積極的に勧誘した結果、顧客が建築基準法43条1項の接道要件を満たしていない宅地を購入したというケースについて、
金融機関の従業員が融資契約を成立させる目的で、顧客を積極的に勧誘し、顧客をして不動産を購入させる場合であっても、それだけでは当該従業員に不動産の現状に関する説明義務は生じないとしつつ、融資を行った金融機関の従業員に説明義務が生じるためには、信義則上、当該従業員の説明義務を肯定する根拠となり得るような「特段の事情」が必要となる。

本判決:
一般論として、返済計画の実現可能性は、借受人が検討すべき事項だとしつつ、「特段の事情」があれば、Y1担当者が、本件北側土地の売却可能性を調査し、これをXに説明すべき信義則上の義務を負う余地があるとする。
本件でY1担当者がこの調査・説明義務を負う余地があると判断した理由:
@Y1担当者がXに対し本件各土地の有効利用を図ることを提案してY2を紹介したこと
AY1担当者が本件投資プランを作成し、Y2担当者とともにその内容を説明したこと、
Bこの説明により、Xは本件貸付けの返済計画が実現可能であると考え、本件貸付けを受けて本件建物を建築したこと、
CXは、Y1担当者が上記説明をした際、本件北側土地の売却についてもY1も取引先に働きかけてでも確実に実現させる旨述べたと主張していること。

@ABに加えCが認められて始めて説明義務を肯定⇒説明義務違反を認めるということをせずに、原審に差し戻した。
融資契約と変動保険契約の一体性を強調することで、金融機関の説明義務を導く判決がある。

上記平成15年最判:
@金融機関の従業員が接道要件を具備していないことを認識しながら、これらをことさらに知らせなかったり、または知らせることを怠ったりしたこと、
A金融機関が売主や販売業者と業務提携をし、金融機関の従業員が売主等の販売活動に深く関与しており、問題となった勧誘行為もその一環であること
などが認められれば、信義則上、当該従業員の説明義務を肯認する根拠となり得るような「特段の事情」があるとする。

本来的な契約(変動保険契約、不動産取引契約など)への金融機関の関与に着目するものであり、両契約が一体的であるかどうかを重視したもの。
Y1担当者の調査・説明義務を導く事実として、@ABCの各事実の位置付けや相互関係についても意見が分かれる。

変額保険に関しては、変額保険と保険料融資を一個の商品のようにとらえて契約目的(相続税対策目的)への適合性を問題とする考え方が唱えられ(潮見)、
不動産取引と融資についても、両者を一個の商品のようにとらえて契約目的適合性を調査・説明すべき義務を金融機関が負う場合があるとする見方もある。

本件建物を建築した後に本件北側土地を予定どおり売却することがもともと困難であったことからすると、本件は、不動産取引と融資を一体的にとらえた契約目的適合性を考え得る事例。
本件でY2、Y1の説明義務を肯定するなら、それは顧客にとっての取引の当否にかかわる「助言義務」を認めることにきわめて近い。助言義務は、相手方が求めている目的からみて相手方にとって契約が有利であるかどうかを評価し、相手方の意思決定を方向づける義務であり、基本的な着眼点は契約目的適合性の考え方と共通。
■60 投資詐欺と国家賠償責任 大阪高裁H20.9.26
■60 事案 D(大和都市管財)の事件。

A(近畿財務局等)は、D社の抵当証券商法の問題性(不動産鑑定の過大評価等)を認識し、平成7年8月にはD社に対して業務改善命令を発令する方針を決めたが、D社の気勢に気圧されこれを撤回。
その後、一般人からの通報や計節からのクレームを受けて、平成9年10月31日には業務改善命令を発しながら、同年12月21日付で更新登録を行っていた。その後、平成13年4月16日にいたり、Aは、C社の更新登録を拒絶するとともに、大阪地裁に対し会社整理通告を行い、D社は民事再生手続に入った。

経営者は、詐欺罪で起訴され、懲役12年の有罪判決が下されている。

Xら721名は、・・国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めて出訴。
判旨 「更新登録を行うという財務局長等の判断は,抵当証券業への参入を拒否する方向での規制権限を行使しないという実質を有するものであって,それ自体が規制権限の不行使という性格を有することは否定できない。そして,更新登録に係る財務局長等の規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等(後記(3)において個別に検討する諸点)に照らし,具体的事情の下において,その不行使(更新登録を行うこと)が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更新登録をしたものとして,これにより被害を受けた者との関係において,国賠法1条1項の適用上違法となると解すべきである。」
「財務局長等による当該更新登録が著しく合理性を欠き国賠法1条1項の適用上違法であるといえる場合とは,本件に即していえば,例えば,…当該抵当証券業者が,前記のような詐欺的商法を組織的かつ継続的に行い,実質的に財産的基礎を欠いているがこれを仮装していることを示す具体的な徴表を財務局長等において把握しながら監督規制権限の行使を先延ばししてきていて,これをそのまま放置すれば抵当証券業規制法が予定する範囲を超えたリスクを有する抵当証券が販売されることとなって,購入者の新たな被害が発生する現実的危険性が切迫しており,…当該抵当証券業者からの潜在的購入者においてはその危険を認識して回避する現実的可能性がなく,他方,抵当証券業規制法の趣旨,目的からいって,当該具体的事情の下では,もはや3年に1度の更新登録審査の時期を越えて当該抵当証券業者の営業継続を許すことはできず,財務局長等において,同法上の調査権限を含む監督規制権限をその人的・物的制約の下で適時かつ適切に行使すれば更新登録拒否事由を認定して更新登録を拒否することができたにもかかわらず,財務局長等が当該事由の存在をあえて看過し,合理的な理由もなく漫然と更新登録を行ったような場合などがこれにあたると解すべきである。」
解説
本事件の背景

D社が抵当証券の詐欺的販売を繰り返し行い、平成13年の営業停止に至ると、多数の購入者が多額の証券被害を受けることになった。

抵当証券とは、抵当証券法に基づき、抵当権と被担保債権とを1枚の証書に表章した有価証券であるが、昭和50年代頃から、抵当証券業者が、一定期間後に買い戻す旨の約款の下で、抵当証券(原券)の預かり証として小口のモーゲージ証券を発行する方式が普及するようになった。
しかし、悪質な抵当証券業社がカラ売りや二重売りなどの詐欺的商標を行ったため、法規制の必要性が唱えられ、昭和63年に抵当証券業規制法が制定・施行された。

尚、豊田商事事件(純金ファミリー商法)では、国の各行政機関がこの問題を放置したことについての国賠責任は否定されている。


規制権限不行使型国家賠償責任

本件においては、直接的には、D社に対してAが行った平成9年12月21日付けの更新登録処分が問題とされているが、本判決は、更新登録を行うというAの判断は、当該業者に抵当証券業への参入を拒否する方向での規制権限を行使しないという実質を有するものであるとして、規制権限不行使型のスキームによって判断。

古典的な行政法の二面関係においては、規制権限行使は相手方に対する侵害作用であるため、本来謙抑的であるべきで、権限を行使するかどうかは行政の裁量に委ねられるとされるが、今日では、行政の適切な規制によって保護されるべき消費者等第三者が登場し、三面関係の下での行政権行使のあり方が焦点となる場面が多くなっている。

行政庁が一定の権限を行使しないことが第三者に対する関係で違法とされるか否かの判断基準としては、行政法学説および判例上、裁量権収縮論と裁量権消極的濫用論が提示。

A:裁量権収縮論:
@生命・身体(・財産)の重大な法益侵害への危険の切迫、A予見可能性、B結果回避可能性、C補充性、D期待可能性の各要件が充足された場合に、裁量権が零に収縮して権限行使が義務付けられるというもの。

B:裁量権消極的濫用論(最高裁):
当該監督処分権限が付与された趣旨・目的に照らして、その不行使が著しく不合理と認められるときに、国賠法1条1項の適用上違法の評価を受ける。

その後、権限不行使が著しく合理性を欠き、国賠法1条1項の適用上違法となるとして国等の責任を認容する判決を下している。(筑豊粉じん訴訟(最高裁H16.4.27)、関西水俣病訴訟(最高裁H16.10.15))

本判決:
国賠法上の違法性の判断要素として、法令の趣旨・目的やその権限の性質のほか、現実的危険性の切迫、行政庁によるその徴表の把握と結果回避の容易性、消費者側の危険認識・回避の現実可能性の有無等を提示。その上で、本件では、行政がD社の破綻の危険が切迫し、顧客保護の必要性が飛躍的に高まる例外的状況を認識しながら、十分な調査を怠り、D社の更新登録を行うという監督官庁として著しく合理性を欠く状態であったこと、他方で、前述の抵当証券業規制法の制定された経緯に基づく国民の期待可能性のほか、本件のような詐欺的商法を組織的かつ継続的に行っている業者や、事業報告書において財産状況を仮装しているような業者に関しては、消費者側に現実的な回避可能性が存在したことを重要な要素ととらえて、国賠法上の責任を肯定。


過失相殺による責任配分

本判決:
抵当証券を購入しようとする者は、少なくとも当該抵当証券が高利率に見合うだけの高いリスクを内包する可能性を認識すべきであったとし、「抵当証券業者との個々の具体的な取引におけるリスクは、本来的には抵当証券購入者自身が負うべきもの」と判示し、「損害賠償制度の根幹を成す損害の公平な分担の見地からして・・・被害者側の事情を相当程度斟酌せざるを得ない」
⇒6割の過失相殺。

具体的事例において、行政がその監督権限を適切に行使しないことにより、個々の法律が制度的に許容している範囲を超えるリスクに消費者をさらしたような場合には、国賠法上の行政の賠償責任を肯定する余地が生ずることになる。
■59 過当取引の勧誘と証券会社の責任 大阪高裁H12.9.29
■59 事案 Xは電気製品の製造・販売を目的とし、資本金4775万円、従業員200名弱の株式会社。

XはYの京都支店を通じて、平成2年1月18日から平成5年3月25日までの間に、株式の現物取引、同信用取引、転換社債取引、投資信託取引、ワラント取引等の多種多様な取引を行い、売買総合計は106億円余、総取引回数は402回。
Yは、手数料収入6188万円余りとワラント売買益を得た。
Xは、売買差損1億5100万円余、経費合計1億550万円余り、合計2億5650万円余の損失を被り、借入金の金利負担も相当額に上った。

Xは、本件取引はYによる違法な過当取引であると主張して、債務不履行ないし不法行為責任を理由に、6700万円の損害賠償を請求。
判旨 「一般に証券取引は、投資者の責任と判断により行うべきであるが、証券の価格変動要因は極めて複雑であり、その投資判断には高度の証券投資に関する知識、情報収集、分析能力等を要する」ため、「一般投資家が証券取引をするに当たっては、証券取引の専門家である証券会社の勧誘ないし助言、指導に依存して同取引を行うのが通例である。」
 他方、証券会社は、証券取引の専門家であり、必要な知識、経験、資料、情報収集、分析能力を有する者として、免許を受け業として証券取引を行っている。しかも、証券会社は、一般投資家を証券取引に誘引することによって収益を得ており、その取引頻度や取引金額が多いほど自己の収益が多くなるので、顧客を過当な取引に誘う危険を内在している。
 「したがって、証券会社が、顧客の取引口座に対して支配を及ぼして、顧客の信頼を濫用し、顧客の利益を犠牲にして手数料稼ぎ等の自己の利益を図るために、顧客の資産状況、投資目的、投資傾向、投資地域、経験に照らして過当な頻度、数量の証券取引の勧誘をすることは、顧客に対する誠実義務に違反する詐欺的、背任的行為として、私法上も違法と評価すべきである。」
そして、当該取引が、取引の過度性、口座支配(証券会社の取引の主導性)、悪意性(欺罔の意図)の3要件を充足する時は、違法な過当取引(チャーニング)に該当する。
YはXに対し、債務不履行(受任者としての注意義務違反)、不法行為(使用者責任)による損害賠償責任を免れない。
規定 金融商品取引法 第36条(顧客に対する誠実義務)
金融商品取引業者等並びにその役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない。

金融商品取引法 第40条(適合性の原則等)
金融商品取引業者等は、業務の運営の状況が次の各号のいずれかに該当することのないように、その業務を行わなければならない。
一 金融商品取引行為について、顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行つて投資者の保護に欠けることとなつており、又は欠けることとなるおそれがあること。
二 前号に掲げるもののほか、業務に関して取得した顧客に関する情報の適正な取扱いを確保するための措置を講じていないと認められる状況、その他業務の運営の状況が公益に反し、又は投資者の保護に支障を生ずるおそれがあるものとして内閣府令で定める状況にあること。

金融商品取引法 第161条(金融商品取引業者の自己計算取引等の制限)
内閣総理大臣は、金融商品取引業者等若しくは取引所取引許可業者が自己の計算において行う有価証券の売買を制限し、又は金融商品取引業者等若しくは取引所取引許可業者の行う過当な数量の売買であつて取引所金融商品市場若しくは店頭売買有価証券市場の秩序を害すると認められるものを制限するため、公益又は投資者保護のため必要かつ適当であると認める事項を内閣府令で定めることができる。
2 前項の規定は、市場デリバティブ取引及び店頭デリバティブ取引について準用する。

金融商品取引法 第157条(不正行為の禁止) 
何人も、次に掲げる行為をしてはならない。
一 有価証券の売買その他の取引又はデリバティブ取引等について、不正の手段、計画又は技巧をすること。
二 有価証券の売買その他の取引又はデリバティブ取引等について、重要な事項について虚偽の表示があり、又は誤解を生じさせないために必要な重要な事実の表示が欠けている文書その他の表示を使用して金銭その他の財産を取得すること。
三 有価証券の売買その他の取引又はデリバティブ取引等を誘引する目的をもつて、虚偽の相場を利用すること。
解説
過当取引とは、金融商品取引業者(証券会社やその従業員等)が、顧客の信頼を悪用して取引の口座に支配を及ぼし、委託手数料稼ぎなど自己の利益のために顧客の利益を犠牲にして、顧客の口座を用いて行う過当な取引

金融商品取引業者は、顧客による取引の数量・頻度が高いほど利益を得られる。
⇒顧客の利益を犠牲にし、顧客の投資目的や資産状況からみてj過当な取引を行うインセンティブを有している。

過当取引は、本来であれば行わないはずの取引による損失や払う必要のない手数料を負担させて、顧客に損害を被らせる行為

顧客の知識、経験、財産の状況および金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行う行為は、適合性原則に違反する。
過当取引は、広い意味では適合性原則の違反に含まれる行為であるが、一連の取引の違法性が問題とされる点で、狭義には、適合性原則違反とは別個の、独立した違法行為類型。


金融商品取引法には、過当取引を正面から禁止する規定はない。
金融商品取引業者およびその役員・従業員は、顧客に対して誠実・公正義務を負い(金商法36条1項)、金融商品取引行為について、適合性原則に違反する勧誘を行って投資者の保護に欠けることのないように、その業務を行わなければならない(金商法40条1号)。

過当取引の温床となりやすい一任勘定取引に関連して、過当数量取引を規制するための規制制定権限を定める規定があり、内閣総理大臣は金融商品取引業者等または取引所取引許可業者の行う過当な数量の売買であって取引所金融商品市場・店頭売買有価証券市場の秩序を害すると認められるものを制限するため、内閣府令を定めることができる(金商法161条1項。同条2項により市場デリバティブ取引・店頭デリバティブ取引に準用)。

これを受けて、「有価証券の取引等の規制に関する内閣府令」9条1項は、「金融商品取引法第2条に規定する定義に関する内閣府令」16条1項8号イ・ロまたは「金融商品取引業等に関する内閣府令」123条13号ロ〜ホに規定する契約(一任勘定取引)に基づき、有価証券の売買を行う場合には、当該契約の委任の本旨または当該契約の金額に照らし過当と認められる数量の売買で取引所金融商品市場・店頭売買有価証券市場の秩序を害すると認められるものを行ってはならないと定めている(同条2項により市場デリバティブ取引・店頭デリバティブ取引に準用)。

尚、日本証券業協会の「協会員の従業員に関する規則」7条3項7号は、過当取引の勧誘を禁止。

米国では、過当取引は、連邦証券諸法とこれに基づく証券取引委員会(SEC)規則、自主規制規則によって違法行為として明白に規制されており、これについて多数の判例の蓄積がある。
特に、顧客の私法上の救済との関係で、一般的詐欺禁止規定である連邦証券取引法10条b項および同規則10(b)-5が活用されてきた。
そこで、日本でも、一般的詐欺禁止規定である金商法157条1号によって損害賠償を認めようとする見解が現れている。


裁判例
東京地裁昭和62.3.31:
過当売買が証券会社の忠実義務に違反して債務不履行となるとともに、当時の証券取引法58条1号(金商法157条1号)に違反し民法上の不法行為を構成するとし、また、過当売買の成立には、証券会社による顧客口座の支配、過度な取引、詐欺の目的あるいは顧客利益の無謀な無視、という3要件が必要。

過当取引の認定基準としては、
@取引の過度性
A口座支配(証券会社の取引の主導性)
B悪意性(欺罔の意図または顧客利益の無謀な無視)
という3要件。

@の認定:
顧客の資産状況・投資目的を勘案して、売買回転率や、手数料額および投資額に占める手数料額の比率が指標とされる。

Aの認定:
取引が一任されていた場合に認められやすい。
顧客の意思に反していない取引であっても、顧客が個々の取引の相当性を具体的に判断できる能力を備えておらず、個々の取引を行うか否かの実質的・具体的判断を業者が行っていた場合、口座支配が認められる例がある。

Bは取引の合理性が問題。
@AからBが推定されることも多く、必ずしも積極的な認定は要しない。


過当取引によって顧客の被った損害の賠償を認める法律構成:
A:過当取引は、包括的な詐欺禁止規定でる金商法157条に違反する欺罔行為として違法性が認められ、民法709条の要件を満たす場合に不法行為責任が成立。

B:証券会社の忠実義務違反という違法性から不法行為責任を導く見解。

C:証券会社と顧客の間の継続的取引関係にドイツ法にいう法定債務関係の存在を認め、その義務違反により債務不履行責任が発生すると構成する見解。

裁判例:
@証券会社の忠実義務違反として債務不履行になるとともに、金商法157条の違反として不法行為になるとするもの。(東京地裁昭和62.3.31)
A証券会社の信義則上の義務(または誠実義務)に違反し、不法行為を構成するとするもの(大阪地裁H9.8.29)
B証券会社の誠実義務に違反する詐欺的・背任的行為として債務不履行(善管注意義務違反)および不法行為により損害賠償を認めるもの(大坂高裁H20.8.27)
C顧客に対する誠実義務に違反する詐欺的・背任的行為として私法上も違法と評価すべきであると述べるに止まるもの。(大坂高裁H9.11.28)

事案に応じた法律構成がとられていると見受けられる。


過当取引により顧客が被った損害額

A:過当取引によって生じた手数料等の諸経費または手数料額

B:過当取引による取引損失の賠償も認められるべき

裁判例:
取引期間中に購入された株式について取引終了時点の含み損も過当取引と相当因果関係を有する限りで損害と認めるのが相当であるとするもの(東京高裁H16.9.15)。
当該過当取引が社会的相当性を大きく逸脱し取引全体が著しく不誠実なものと評価されることから取引全体にわたり違法の瑕疵を帯びざるを得ないとして、実損害全体を損害と認定した例(大坂高裁H16.11.5)。
■58 取引経験のない者の投資取引 大阪高裁H20.6.3
■58 事案 Xは、Yの担当者Bの勧誘行為等に適合性原則違反、説明義務違反の不法行為ないし債務不履行があったと主張して、Yに対し、使用者責任(民法715条1項)による損害賠償請求権ないし債務不履行による損害賠償請求権に基づき、取引により生じた損失である4282万余円および弁護士費用相当分400万円の合計4682万余円ならびにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成17年6月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
判旨 「Bの原告に対する一連の本件投資商品の勧誘は、これまで投資経験がなかったのに億単位の額を相続し、投資についての知識を持たず積極的な投資意向もない原告に対し、原告の投資経験に注意を払わず、原告の投資意向を確認しないまま、原告の意向と実情に反し、堅実な株式投資から転じて、明らかに過大な危険を伴う商品のみの取引に、そして額においても一個人の投資目論見には到底及ばない桁に達する取引へと積極的に誘導したものであり、適合性の原則から著しく逸脱した証券取引勧誘に該当するといわざるを得ない。 したがって、Bによる本件投資商品の勧誘行為は全体として原告に対する適合性原則違反の不法行為を構成する。」

「上記・・で認定したとおり、本件投資商品の取引の前に、Bが原告に対し説明文書を交付し、これに基づいて本件投資商品の仕組みやリスクを、原告にわかるように説明したことを認めるに足りる証拠はない。むしろ、Bが原告の投資経験に注意を払わず、投資意向を確認していないこと(Bも自認している。)に照らせば、そもそもBは、原告に対して本件投資商品の仕組みやリスクについて原告が理解できていたかについて関心が低く、原告が理解できるように説明を尽くそうとの意識をほとんど持ち合わせていなかったと認めることができる。
 Bの原告に対する説明義務違反は明らかであり、この点についても、Bの勧誘行為は不法行為を構成する。」

「以上のとおり、Bによる本件投資商品の取引の勧誘行為は、適合性原則違反と説明義務違反の不法行為を構成するところ、投資経験のない原告に対し、投資意向をよく確認せず、理解の程度に意を用いることなく勧誘を繰り返したBの違法性は大きい。
 他方、Bは、原告に無断で取引をしたものではない。原告においても、Bの勧誘に軽々に従わず、商品の仕組みや内容についてBに対し納得できるまで説明を求め、あるいは取引を拒否することは可能であった。投資商品の取引は本来自己の責任と判断に基づいて行うべきところ、本件投資商品の取引の経過、本件投資商品の購入金額の大きさに照らせば、当時の原告の置かれた状況を考慮しても、原告が被告会社のブランド力を盲信し軽々に本件投資商品の取引を承諾したことは、軽率である。
 こうした点を含め、本件に顕れた一切の事情を総合考慮すれば、原告の過失割合を4割として過失相殺するのが相当である。」
規定 金融商品取引法 第40条(適合性の原則等)
金融商品取引業者等は、業務の運営の状況が次の各号のいずれかに該当することのないように、その業務を行わなければならない。
一 金融商品取引行為について、顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行つて投資者の保護に欠けることとなつており、又は欠けることとなるおそれがあること。
二 前号に掲げるもののほか、業務に関して取得した顧客に関する情報の適正な取扱いを確保するための措置を講じていないと認められる状況、その他業務の運営の状況が公益に反し、又は投資者の保護に支障を生ずるおそれがあるものとして内閣府令で定める状況にあること。
解説
証券取引経験のない者に対する積極的な勧誘によるものであり、適合性原則違反および説明義務違反による不法行為構成を採用し、顧客の過失を4割として過失相殺をした。


適合性の原則

本判決は、証券会社の担当者が、仕組みが複雑で、投資商品の中で相対的にリスクが高く、主体的積極的な投資意向に適する商品を、取引経験がなく、積極的な投資意向を有しておらず、積極的な投資をする状況になかった顧客に対して、勧誘後短期間で購入させた行為は適合性の原則から著しく逸脱した勧誘行為として不法行為を構成するとした。


投資信託等の説明義務

本判決は、担当者Bが本件投資商品の仕組みやリスクをXにわかるように説明しなかったこと、BはXの投資経験に注意を払わず投資意向を確認しなかったこと、本件投資商品の仕組みやリスクを理解できるように説明を尽くそうとの意識をほとんど有しなかったことなどから、説明義務違反があり、不法行為を構成するとした。

適合性原則とい説明義務の関係
A:説明義務違反を判断する一要素として適合性原則違反を考慮する見解
B:両者を一体とみて不法行為の成否を判断する見解
C:説明責任を別個の原理によるものとして不適格者勧誘などの適合性原則違反だけで不法行為が成立するとする見解
D:学歴・年齢・経験から当該融資につき合理的判断ができない者を排除する財産権保障の側面と資力面でリスク負担過剰となる者を排除する生存権保障の局面における適合性原則とを区別する見解。


過失相殺について

過失相殺の割合は、顧客の属性と担当者がどの程度まで主導的に勧誘した化どうかが影響。
■57投資取引と勧誘業者の説明義務 東京地裁H15.5.14
■57 事案 Xが、Bに適合性原則違反、断定的判断の提供、説明義務違反の不法行為があったと主張して、Yに対し、使用者責任に基づき、購入時と売却時の差損および弁護士費用の合計2000万円弱の損害賠償を求めた。
判旨 過失相殺を行って、外国株式の差損309万円強につきその70%、株価急上昇中であった3社の国内株式の差損1254万円弱の30%と弁護士費用60万円の合計653万円弱を認容。

(i) 「証券会社が顧客に投資勧誘をする場合には、顧客の知識や経験、財産状況、投資目的などに照らして明らかに過大な危険を伴う取引や、商品の構造や価格形成過程からして顧客が自主的な投資判断をすることが期待できないような取引を勧誘することを回避すべき義務がある」。証券会社がこの義務に違反した場合には、「顧客に適合しない投資勧誘をしたものとして社会的相当性を欠き、不法行為を構成する。」
外国株式取引は、投資判断に必要な情報を収集して適切な投資判断をすることが国内企業の場合に比べて困難であり、また、為替相場変動による損失発生の危険もあるため、知識・経験に乏しく自主的な投資判断を期待することができないXにとっては、明らかに過大な危険を伴う取引であり、それを勧誘した行為は、適合性原則に違反し、社会的相当性を欠くものとして不法行為になる。それ以外の取引は類型的に投機性の高い取引ではなく、自主的な投資判断が期待できないものでもないため、適合性原則の違反はない。

(ii) 「Bの勧誘には断定的な言葉が使用されているという問題点はあるが、社会的相当性を欠くとまではいえず、(断定的判断の提供による)不法行為には当たらない。」

(iii) 「証券会社が顧客に取引を勧誘するにあたっては、顧客が自己責任をもって取引を行うことができるようにするため、取引の内容や顧客の知識経験に応じて、取引に伴う危険性についての説明をすべき義務があるというべきである。」「証券会社が顧客に対し、この義務に違反して、取引に伴う危険性についての説明をしないで取引を勧誘し、それが社会的相当性を欠く場合には、不法行為を構成する。」
株価急上昇中であった3社の株式は、株価動向に不安定な部分があり、下落に転じた場合には大幅な損失を被る可能性もあったから、長期的な堅実な投資目的ともっていたXに対して、Bが勧誘するにあたっては、このような危険性も考慮に入れてXが的確な投資判断を行うことができるように、具体的な危険性の説明をすべき義務がった。しかし、Bは、具体的な危険性の説明をしなかったので、説明義務に違反し、社会的相当性を欠くものとして不法行為となる。
解説
説明義務違反等を理由として勧誘行為を不法行為と構成し、顧客の行為態様に応じて過失相殺によって損害額を調整する救済が多く用いられる。

勧誘行為の違法性を基礎づけるものとして、広義の説明義務(あるいは情報提供義務)の違反が持ち出される。
@相手方の知識、経験、取引目的、資産状況(資力)に照らして不適合な商品の勧誘をしない義務
A将来における不確実な事項について断定的判断を提供しない義務
B相手方にとって重要な事項を説明し情報を提供する義務
の3種類の義務が含まれる。


初期から主張されたのは、
Aの断定的判断の提供等を禁止する業法の規定違反。
当初は、公法私法の峻別論。
but
1990年代には、業法の規制は顧客の保護をも目的とするため、その違反はむしろ勧誘の違法性を積極的に基礎付けるとの理解。

業法上の禁止が当てはまらない場合に勧誘の違法性を基礎付けるべく主張されたのが、信義則による基礎づけを与えられたBの狭義の説明義務違反。

専門家である業者とその種の取引に習熟していない顧客との間に存在する情報と交渉力の格差を問題にすることが意識。

@の適合性原則は、アメリカに淵源を持ち、1992年証券取引法改正で明文化された。


2000年代に入り、自由な市場の確保、市場の透明性・信頼性の確保、国際性ある市場を目指して、金融市場を再生するための金融システム改革が行われ、多様な金融商品が許容されたことへの対応から、説明義務の法的整備が進んだ。

消費者契約法:不実告知や断定的判断の提供に対して消費者取消権が規定される(同法4条)一方で、事業者の一般的な説明義務は規定されなかった。

金融商品の販売等に関する法律では、断定的判断の提供等の禁止と並んで重要事項の説明義務が、損害賠償責任と結びつく形で明記(同条3条〜7条)。

他方、2006年に証券取引法を改正した金融商品取引法の40条(適合性の原則等)を受け改正された金融商品販売法3条2項では、適合性の原則と説明義務が再度結合された。
■56 適合性原則違反 奈良地裁H11.1.22
■56 事案 Xは、A(販売員)の行為が適合性の原則に反し、かつ、断定的判断提供の禁止に反するなど社会的相当性を逸脱するとし、Aに対し、民法709条に基づき、またY社に対し、民法715条1項に基づき、M株の売却代金を控除した支出額1165万円余と弁護士費用180万円の賠償を求めて訴えを提起した。
判旨 支出額1165万円と弁護士費用150万円につき請求認容(控訴)
「証券取引には、価格変動がつきものであり、投資者自身においてこれを良く理解した上で、自らの判断と責任において取引を行うべきものである(いわゆる自己責任の原則)が、投資者が自らの判断と責任において取引を行うには、証券会社において顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行ってはならない(証券取引法五四条参照)のであり、また、自己責任の原則を損ねるような断定的判断が提供されてはならないのである。」
解説
投資取引における適合性の原則は、最大公約数的にいえば、証券会社等が投資を勧誘するにあたり、顧客の知識、経験、投資目的および財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行ってはならないという内容のルール。

一般投資家への市場開放(市場の民主化・大衆化)の中で、自己責任原則の妥当する自由競争市場で取引耐性のない顧客を市場から排除することによって保護することを目的としたルールであり、パターナリズムの一翼を担うもの。

もっとも、適合性の原則それ自体は、証券取引・商品取引における「業法ルール」(「業者ルール」)として捉えられるべきものであって、それが直ちに、私法上のルール(民事ルール)として位置づけられるべきものではない。


適合性の原則と不法行為責任の成否に関する判例法理を示した最高裁判決:

最高裁H17.7.14:
「証券会社の担当者が、顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不法行為法上も違法となると解するのが相当である」
とされ、「具体的な商品特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があるというべきである」とされた。

適合性の原則を証券取引法制上の一般原則と位置付けたうえで、「適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘」が不法行為法上も違法なものとなるとした。

@証券取引法秩序と私法秩序との峻別論を所与とし、適合性原則を前者の秩序に属する業法ルール(業者ルール)と捉え、直ちには私法上のルール(民事ルール)と見ていない。
他方で、A証券取引法秩序に属する適合性の原則を支配する思想・原理が投資勧誘者の行為義務違反(過失)の評価に際して私法秩序における民事不法の判断に影響していくことをも表している。

適合性の原則から「著しく逸脱した」場合をもって、不法行為法上の違法とした。

「顧客の意向と実情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引」

顧客にとっての危険の大きさという量的な評価視点。

「積極的に勧誘する」は決定的な要因ではない。

適合性の原則が基礎とする思想が当該投資取引について耐性を欠く者との間でおこなわれる取引を禁止する点にある。

「不法行為の成否に関し、顧客との適合性を判断する」にあたって、「具体的な商品特性」と、「顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素」を相関的かつ総合的に考慮するという視点を明確に示し、不法判断を行う。


本判決は、認定事実を平板に並べたうえで、一般命題につなげただけ。
vs.
顧客の知識、経験、投資目的および財産の状況に照らしてどの点が不適当であったのかという点を具体的に即して明示しないと、適合性の原則の際限なき拡張につながり、かえって同原則自体に対する不信感を惹起しかねない。

本件では
@Xが「堅実な投資志向」をもつ60歳の主婦
A「M株が転換社債や投資信託との比較においては勿論、一部上場の大型株と比べても、投機性が高い商品である」と判断した商品特性。
but
M株は、大阪証券取引所に2部に新規上場される株であり、また、Xは、「堅実な投資意向」があるとはいえ、長年にわたり株式投資、転換社債・投資信託の購入、金貯蓄などの経験を有していたもの。

本判決は、もう少し反論可能性の高い表現で、適合性が欠如するとの判断に至った思考過程(適合性の原則への本件認定事実をあてはめる際の判断の課程)を明らかにすべきであった。

むしろ、判決の認定事実からは、適合性の原則違反というよりは、もっぱら、Aの断定的判断の提供に着目して、不法行為責任を導くのが適切であった。


適合性の原則に関しては、平成18年6月の金融商品取引法の成立に伴い、金融商品販売法が一部改正され、3条2項が新設された。
さらに、金商法40条1項にも、適合性の原則に関する規律が設けられた。
■55 不当な勧誘行為と刑事責任(2) 最高裁H4.2.18
■55 事案 ・・そのほとんどが先物取引の知識に乏しい顧客18人に対し商品先物取引の勧誘を行い、委託証拠金名下で金員等の交付を受けた。

商品取引所法上、当事者が将来の一定の時期において商品およびその対価の授受を約束する商品先物取引は、商品取引所の会員によって行われ、一般投資家は、会員である商品取引員に委託手数料を支払い、売買を委託するかたちで商品先物取引に参加する。
これらの商品の転売、買戻しをしたときには、差金の授受によって決済される。本件顧客は勧誘されて同和商品鰍通じて一般投資家として商品先物取引に参加し損失を被ることになった。

同和商品の営業方針に従って顧客から委託証拠金名下に金員等の交付を受けたという事案につき、同社の幹部、管理職らに詐欺罪の共同正犯の成立が認められたのが本件。
規定 刑法 第246条(詐欺) 
人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
一審 同和商品の社員の顧客に対する勧誘の一部についてしか詐欺罪の成立を認めなかった。
原審 被告人らの共謀による金員の騙取を肯定し、金員等を受領した時点で詐欺罪の既遂を認めた。
決定要旨 (i) @同和商品が、顧客から委託を受けて行う先物取引に関して、以下の(ii)に記すような営業方針を採っていたこと(いわゆる「客殺し商法」)、また、A向かい玉を建てることで顧客の損失に見合う利益が同和商品に帰属するようにしていたこと、さらに、共同正犯の成否については、B被告人らが、相互に意思を通じてこの営業方針に従って勧誘して委託証拠金として現金等の交付を受けていたことを認識し、被害者らから委託証拠金名義で現金等の交付を受けていた行為が詐欺罪にあたるとした原審判断を是認。

(ii)「(1)勧誘に当ったては、いわゆる「飛び込み」と称し、一定地域の家庭を無差別に訪問して勧誘する方法を採る。(2)その結果、勧誘対象の多くは、先物取引に無知な家庭の主婦や老人となるが、これらの者を勧誘するに際しては、外務員の指示どおりに売買すれば先物取引はもうかるものであることを強調する。(3)そして、右の言葉を信用した顧客に対して、外務員の意のままの売買を行わせることとし、具体的には、相場の動向に反し、あるいはこれと無関係に取引を仲介し、しかも、頻繁に売買を繰り返させる。(4)取引の結果顧客の建て玉に利益を生じた場合には、一定の利幅内で仕切ることを顧客に承諾させて、利益が大きくならないようにする一方で、利益金を委託証拠金に振り替えて取引を拡大、継続するよう顧客を説得したり、顧客からの利益の支払要求等を可能な限り引き延ばしたりしつつ、それまでとは逆の建て玉をするなどして頻繁に売買を繰り返させる。(5)以上の方法により、顧客に損失を生じさせるとともに、委託手数料を増大させて、結局、委託証拠金の返還及び利益金の支払を免れる。」
(iii) 「被告人らは」(ii)の「いわゆる「客殺し商法」により、先物取引において顧客にことさら損失等をえるとともに、向かい玉を建てることにより顧客の損失に見合うに利益をAに帰属させる意図であるのに、自分達の勧めるとおりに取引すれば必ずもうかるなどと強調し、Aが顧客の利益のために受託業務を行う商品取引員であるかのように装って、取引の委託方を勧誘し、その旨信用した被告者らから委託証拠金名義で現金等の交付を受けたものということができるから、被告人らの本件行為が刑法二四六条一項の詐欺罪を構成するとした原判断は、正当である。」
(iv) 「先物取引においては元本の保証はないこと等を記載した書面が取引の開始に当たって被害者らに交付されていたこと、被害者らにおいて途中で取引を中止した上で委託証拠金の返還等を求めることが不可能ではなかったことといった所論指摘の事情は、本件欺罔の具体的内容が右のとおりのものである以上、結論を左右するものではない。」
解説
商品取引への勧誘に際して明白な虚偽が含まれている場合には、顧客を欺罔して錯誤に陥れ金員を交付させているので詐欺罪の成立が認められる。

これに対して、本件のように、投機性の高い商品先物取引であることを顧客に認識させ、そのうえで、実際にも商品取引所に取引を取り次ぎ、取引をしている場合に、当該取引への勧誘行為に詐欺罪の成立を認めてよいか?
本件では、客殺し商法の意図を秘した勧誘行為が顧客に対する欺罔行為となっている。


@顧客に対する欺罔行為
A当該欺罔行為により顧客が錯誤に陥ったこと
Bこの錯誤に基づいて金員が交付されたら、
詐欺罪の成立を認めうる。


取引に不向きな者に対する勧誘を禁止する適合性の原則に違反したり、公序良俗違反等で無効になるという場合と詐欺罪の成立が認められる場合との境界は、相手の意思を完全に支配して財物・利益を交付させる段階にまで至っているか。
相手を完全に支配したといえる段階にまで至ると窃盗罪等と変わるところがなく、当罰性が認められる。


現在なら、組織的詐欺罪(組織犯罪対策法3条1項9号)の成立が問題となる事案。
■54 ■54 不当な勧誘行為と刑事責任(1)・・・・豊田商事事件
大阪地裁H1.3.29
判断 ファミリー商法は、一応売買契約とファミリー契約の二段階に区分され、外観上それぞれが別個の契約である体裁を整えており、そのセールス方法も現物売買であることを殊更強調していたため、客の多くは、自己の購入した純金等の現物が存在し、その現物を豊田商事に賃貸することにより賃借料を受領できるものと理解していたが、豊田商事は契約締結時には売買契約に見合う純金等を仕入れておらず、預託期間満了時になってその都度仕入れるというのか実態であり(だからこそ、契約時点において導入金を金額利用することができた。)したがって、客との間で純金等の現物の授受は一切なく、客の手もとに渡るのは、現物の裏付けのない純金等ファミリー契約証券等の紙片にすぎなかった。

豊田商事のセールス方法は、もっぱら勧誘しやすい老人や家庭の主婦を狙って、客観的に虚偽であるセールストークを駆使したうえ、客の判断力を失わせるべく社会的相当性の範囲を逸脱した不当な手段を用いて、執拗かつ強引に契約の締結に持ち込み、老後の資金等生活のために必要不可欠な資金まで奪っていたものであって、極めて反社会性の強い行為であった。

永野及び被告人らは、純金等を約定期限に返還し、また約定どおり賃借料を支払うことが出来なくなるかもしれないが、それもやむを得ないとの意思を暗黙のうちに互に通じたうえ、豊田商事の会社組織を利用して、前記のファミリー商法を継続して行うことにより、本件犯行を遂行する共同意思を形成したものと認めるのが相当である。
解説 ●本判決の意義
史上最大の「会社ぐるみの組織的詐欺事件」
出資法違反(2条1項、8条1項1号)も適用されず、拡大を阻止しえなかった。

出資法 第2条(預り金の禁止)
業として預り金をするにつき他の法律に特別の規定のある者を除く外、何人も業として預り金をしてはならない。
2 前項の「預り金」とは、不特定かつ多数の者からの金銭の受入れであつて、次に掲げるものをいう。
一 預金、貯金又は定期積金の受入れ
二 社債、借入金その他いかなる名義をもつてするかを問わず、前号に掲げるものと同様の経済的性質を有するもの

豊田商事の経営破綻で償還不能が明白になった後の犯行のみが起訴。

幹部の重罰は実現できたが、当該事件の被害防止には遅すぎた。

●「現物まがい商法」の組織的詐欺
現行法には詐欺罪の「法人処罰」の両罰規定がなく、昭和61年には商品預託取引業法が制定され、詐欺罪に当たる行為が「団体の活動として」、「実行するための組織により行われたとき」の重罰規定が組織犯罪処罰法3条1項9号に新設されたのも平成11年。

幹部役員X1〜X5のみが詐欺罪の共同正犯(刑法246条1項、60条)で起訴され、長期10〜13年の実刑に処された。

会社の「組織系統に従った機械的な詐欺の反復行為」を企画・指令した背後の黒幕X1らのみが「共謀共同正犯」としての罪責を追及され、その共謀・故意の存否が争点となり、「会社ぐるみの詐欺の全容」が解明。

直接実行を欠く共謀者も、実行犯との(順次)共謀に基づく実効との因果関係を経て、「他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行ったという意味において」(最高裁昭和33.5.28)共同正犯が成立する。

本判決では、X1らの共謀とDら各従業員の実行との個別の因果関係の認定なしに、X1らのみに共同正犯の成立が認められている。
@「豊田商事では、営業社員らに対し、一切会社の内情を知らせず、むしろ逆に、豊田商事が優良、堅実な会社で、確実な運用を行っているように印象付けて、マスコミの批判等による社員の動揺をおさえ、ファミリー契約の獲得に邁進させていた」
A「被告人らは、・・・・償還不能の状態に陥っていたことを認識・認容しながら、顧客のみならず、従業員らに対しても、豊田商事及び銀河計画の経営が完全に破綻していて、新たに金銭を受け入れたとしても、もはや約定どおりの純金等の償還に充てるべき資金を準備しうる可能性がほとんどない実情にあることを秘匿しただけでなく、豊田商事の会社組織を利用し営業社員らを督励して、積極的に顧客に対し、・・・・二重の利益が得られるから有利な投資である旨申し向けさせ勧誘していた」と判示され、会社組織利用の間接正犯形態の共同正犯が認定。

●組織的欺罔の違法性と被害の拡大
欺罔の手口:
@取引知識の乏しい女性・高齢者等を電話で勧誘し強引・執拗に契約を迫るという「取引方法の不当性」(被害者を標的に選択⇒欺罔の平均的基準は不適切)
A実体を欠く純金等の売買とその賃借料の前払と仮装して、「紙片にすぎないファミリー契約証券」を顧客に交付して売買代金・手数料(導入金)を領得するという「誘惑的で巧妙な詐欺方法」

消費者は、Aのリスクを認識し得たとしても、@で契約締結を迫られてしまうので、その後の特商法および消費者契約法等による勧誘規制および契約の解除・撤回・取消等が必要となった。
詐欺の「前段階規制」こそが、被害の早期防止にも不可欠。

●詐欺罪の成立要件と成立時期
@客の多くは購入した純金等の現物が存在しその賃借料を受領できると騙されていた⇒その欺罔がなければ売買代金等を交付しなかった(個別財産の形式詐欺)
A当初から償還の能力も意思も欠けていたとすれば、この点でも導入金に対する形式詐欺が成立。

最高裁H4.2.18:(客殺し商法)
「顧客の利益を図って営業活動を行うかに装って顧客を商品取引に勧誘すること」を欺罔とし、委託証拠金として金銭を受領した時点で既遂の成立を認めた。

個別の顧客との関係では、現に償還のなされたケースも多数存在⇒償還の意思や能力が欠けていたことの立証も困難⇒全顧客に対する組織的詐欺を一括認定することもできない。
実質的損害または全体財産の損害を必要つ尾する見解⇒その意味での損害が個別の顧客ごとに発生したとの認定が必要。

形式詐欺では消費者の取引目的が契約等に明示されて取引の用途となることが要件となる等⇒その成立範囲が無限定になるとはいえない。
■53 ■53 外国語会話教室の受講契約の解約と特定商取引法49条
最高裁H19.4.3
事案 Xの使用済ポイント数は386ポイントであった。
Xの使用済ポイントの対価額は、本件清算規定Aによれば、386ポイント×1750円に消費税を加えた70万9275円となるが、Bによると、使用したポイント数を超えそれに最も近い400ポイント×1550円に消費税を加えた65万1000円を超えるため、結局65万1000円となる。

Xは、本件清算規定は、特定商取引に関する法律49条2項1号に違反し無効であるから、本件使用済ポイントの対価額は、契約時単価1200円に使用した386ポイントを乗じて消費税相当額を合算した48万6360円であると主張して、Yに対してこれを前提とした清算金の支払を求めた。
規定 特商法 第41条(定義)
この章及び第五十八条の八第一項第一号において「特定継続的役務提供」とは、次に掲げるものをいう。
一 役務提供事業者が、特定継続的役務をそれぞれの特定継続的役務ごとに政令で定める期間を超える期間にわたり提供することを約し、相手方がこれに応じて政令で定める金額を超える金銭を支払うことを約する契約(以下この章において「特定継続的役務提供契約」という。)を締結して行う特定継続的役務の提供
二 販売業者が、特定継続的役務の提供(前号の政令で定める期間を超える期間にわたり提供するものに限る。)を受ける権利を同号の政令で定める金額を超える金銭を受け取つて販売する契約(以下この章において「特定権利販売契約」という。)を締結して行う特定継続的役務の提供を受ける権利の販売

特定商取引法 第49条
2 役務提供事業者は、前項の規定により特定継続的役務提供契約が解除されたときは、
損害賠償額の予定又は違約金の定めがあるときにおいても、
次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める額にこれに対する法定利率による遅延損害金の額を加算した金額を超える額の金銭の支払を特定継続的役務の提供を受ける者に対して請求することができない。
一 当該特定継続的役務提供契約の解除が特定継続的役務の提供開始後である場合 次の額を合算した額
イ 提供された特定継続的役務の対価に相当する額
ロ 当該特定継続的役務提供契約の解除によつて通常生ずる損害の額として第四十一条第二項の政令で定める役務ごとに政令で定める額

7 前各項の規定に反する特約で特定継続的役務提供受領者等に不利なものは、無効とする。
1審 第1審:Xの請求を全額認容。
原審:Yの控訴を棄却。
判断 本件料金規定においては,登録ポイント数に応じて,一つのポイント単価が定められており,受講者が提供を受ける各個別役務の対価額は,その受講者が契約締結の際に登録した登録ポイント数に応じたポイント単価,すなわち,契約時単価をもって一律に定められている。本件契約においても,受講料は,本件料金規定に従い,契約時単価は一律に1200円と定められており,被上告人が各ポイントを使用することにより提供を受ける各個別役務について,異なった対価額が定められているわけではない。そうすると,本件使用済ポイントの対価額も,契約時単価によって算定されると解するのが自然というべきである。

本件清算規定に従って算定される使用済ポイントの対価額は,契約時単価によって算定される使用済ポイントの対価額よりも常に高額となる。本件料金規定は,契約締結時において,将来提供される各役務について一律の対価額を定めているのであるから,それとは別に,解除があった場合にのみ適用される高額の対価額を定める本件清算規定は,実質的には,損害賠償額の予定又は違約金の定めとして機能するもので,上記各規定の趣旨に反して受講者による自由な解除権の行使を制約するものといわざるを得ない。

そうすると,本件清算規定は,役務提供事業者が役務受領者に対して法49条2項1号に定める法定限度額を超える額の金銭の支払を求めるものとして無効というべきであり,本件解除の際の提供済役務対価相当額は,契約時単価によって算定された本件使用済ポイントの対価額と認めるのが相当である。
解説 ●特定商取引法49条2項1号の意義
国民の日常生活に関する取引において有償で継続的に提供される役務であって、「役務の提供を受ける者の身体の美化又は知識若しくは技能の向上その他のその者の心身又は身上に関する目的を実現させることをもって誘引が行われ」かつ「役務の性質上・・・・目的が実現するかどうかが確実でないもの」のうち、一定のものを「特定継続的役務」として政令指定し(特商法法41条2項)、そのような特定継続的役務提供契約については、クーリング・オフ期間の経過後であっても、将来に向けて契約を中途解約する権利を役務受領者に与えている(同法49条1項)。
中途解約がなされた場合、事業者は「提供された特定継続的役務の対価に相当する額」(同法49条2項1号)と「当該特定継続低役務提供契約の解除によって通常生ずる損害の額として第41条2項の政令で定める役務ごとに政令で定める額」(同号ロ)を合算した額に法定利率による遅延損害金を加算した額を超える額の金銭の支払を界や木う社に対して請求することができず、同項に反する特約で役務受領者に不利なものは無効になる(同条7項)。

中途解約に際して前渡金を一切返還しない旨の特約や所定の期間経過により未履行部分をも履行済みとみなす旨の特約等は無効。

●本件清算金条項に対する効力規制
特商法49条2項1号イにいう「特定継続的役務の対価」をどう算定するかについては、特商法は何ら規制をしていないように見える。

A説:
民法の基本的な考え方は、契約当事者は給付の対価を自由に定めることができる、暴利行為(公序良俗違反)に当たらない限り、対価に関する合意は有効。
⇒本件清算金条項が対価に関する合意であるとすれば、本件条項の効力は、特商法の規定と無関係に、もっぱら民法90条・消費者契約法10条により規制。

B説:
本件条項は対価そのものを定める合意ではなく、あくまでも清算ルールであり、機能的には違約金条項の実質を有するものと解すれば、本件条項の有効性は、特商法49条2項、同条7項に照らして、判断される。

継続的役務提供契約の解除の遡及効力がなく、提供済みの対価を事業者が保持できること自体は、特商法の規定をまつことなく、継続的契約に関する一般法理(民法620条、652条)から導かれる。
特商法49条2項1号の積極的意義は、法が定める特定の役務の受領者に清算名目で科せられる不当に高額な違約金または損害賠償を合理的な範囲に限定することにある。

●本判決の意義
本件条項は、実質的には違約金条項であるという評価を基礎とし、役務受領者の中途解約権を実質的に制約するものであるから、特商法49条7項により無効となると判断し、契約時単価による清算しか認めない解釈を採用。

本判決の判示内容は、特商法41条1項1号所定の特定継続的役務提供契約を念頭に置くものであり、その射程については慎重な検討が必要。
同規定の趣旨を基礎付ける諸要素を共有すると見られる契約(@契約期間が長期にわたることが少なくなく、A役務の内容が客観的明確性を欠いており、B役務の受領による効果が不確実な契約)の解釈において、本判決は一定の解釈指針となり得るが、NHK受信料やJR定期券(ABに該当しない)等の中途解約事例に影響を及ぼすわけではない。
ましてや、数量割引制度の存在意義を一般的に否定する趣旨を含むものでもない。

利益衡量の点においても、本判決は穏当。
役務提供事業者が契約締結時に、何らの給付も行わず、かつ給付の内容もその効果も不確実な段階において、多額のキャッシュを顧客から受領できるだけでも、営業上大きなメリットを享受していることは重視されて良い。

Yは、最高裁の見解によると、真面目に短期契約を結んだ者より、当初から途中解約するつもりで長期契約を結んだ者の方が有利になると批判するが、Xは事業者の倒産リスクを覚悟の上、長期契約を結び、多額の一括出捐をした以上、相応の見返りがあってよいともいえる。
■52 ■52 会員による出捐を伏した求人広告による組織的詐欺(刑事事件)
東京地裁H19.7.2
事案 被告人は、P3社(旧名称はP4社)やその持株会社P5社などからなるGグループの業務を統括する者であったが、同グループの役職員と共謀のうえ、Gグループの活動として、組織的に詐欺を行ったとして、組織的詐欺の罪で起訴された。
規定 組織的詐欺処罰法 第3条(組織的な殺人等)
次の各号に掲げる罪に当たる行為が、団体の活動(団体の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該団体に帰属するものをいう。以下同じ。)として、当該罪に当たる行為を実行するための組織により行われたときは、その罪を犯した者は、当該各号に定める刑に処する。

九 刑法第二百四十六条(詐欺)の罪 一年以上の有期懲役
判断  東京地裁は詐欺罪・組織的詐欺罪の成立を認め、被告人を懲役18年に処した(被告人が控訴したが、東京高裁は平成20年10月20日に控訴棄却の判決を下している。朝日新聞平成20年10月20日夕刊参照)。
 本判決は、上記(1)について、「エントリー金の使途や通信販売事業の実情が、会員が……エントリー金を出捐するか否かを判断する上で極めて重要な事実であることは言うまでもなく、これらについて……虚儀の事実を申し向け、会員にエントリー金を交付させた判示犯行が詐欺性を有することは明らかというべきである」、(2)について、「ユニバGの販売計画は当初から会員に高配当を行えるだけの売上が見込めない杜撰なものであり、かつ、その後の売上実績も極めて低調であったのに、それらの情を秘し、会員から広くエントリー金を募っていたことが認められ……虚儀の事実を申し向け、約束どおり配当するかのように装うなどして、会員にエントリー金を交付させた判示犯行が詐欺性を有することは明らかである」、(3)についても「会社の事業実態やエントリー金の使途等は、会員が本企画にエントリー金を出捐するか否かを判断する上で極めて重要な事実である」などと判示したうえで、さらに組織的詐欺罪の成否について、次のように判示している。
 「P4その他のGグループの関連会社によって形成される会社グループは、いずれも詐欺性を有する通常企画及び特別企画を実施して、これら企画への出捐金名下に会員から金員を詐取することにより利益を図ることなどの共同の目的を有する多数人の継続的結合体であり、その目的を実現するため、絶対的な指揮命令者である被告人を頂点として、その指揮命令に基づいて、その下に幹部である共犯者らを配し、更にその下に、詐欺の手段であるエントリーガイド等を制作する編集部、会員募集活動や会員からのエントリーを募る営業部、資金管理等を行う経理部等の各部署……を配置して……、それら同会社グループの多数の構成員が一体として、あらかじめ被告人によって定められた任務分担に従って行動し、このような組織により、前記のように継続した犯意の下に自転車操業的に一連の詐欺行為を反復して行っていたものである。そして……各犯行についても、同会社グループの多数の構成員が、被告人の指揮命令の下、それぞれあらかじめ定められた役割分担に従い、一体として行動することの一環として行われたものである。また、P4その他Gグループ関連会社においては、あらかじめ被告人が定めた企画内容及びその意向に沿って作成された勧誘マニュアル等に基づいて統一的に詐欺行為が行われ、それにより会員から集められるエントリー金等はすべてP4その他Gグループ関連会社に帰属していたものである。
 以上によれば、P4その他Gグループ関連会社が前記『団体』に当たり……各犯行が組織的詐欺に当たることは明らかである。」
解説
本判決は、欺罔行為の具体的内容として、
@会員からの出捐金を商品の宣伝広告費とは全く別の用途(従前の出捐に対する配当や被告人らの遊興費)に費消する意図であるのにこれを秘したことに加え
A期待させた通りの配当を行う意思も能力もないのに、これがあるように装ったこと
を挙げている。

従来の裁判例におおいて、いわゆる悪徳商法について詐欺罪の成立を認めるにあたっては、欺罔行為の内容として、
@被害者の契約通りの運用を行う意思がないのに、これを秘したことを挙げるもの(投資ジャーナル事件)と
A投資金の返還意思・能力を偽ったことに求めるもの(豊田商事事件)
が併存していたところ、本件は両者の観点をともに認定して、詐欺罪の成立を認めている。


組織的詐欺罪が成立するには、詐欺行為が
「団体の活動・・・・として、当該罪に当たる行為を実行するための組織により行われた」(組織犯罪処罰法3条1項)ことが必要。

「団体」は「共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織・・・により反復して行われるもの」(同2条1項)。

「団体の活動」と評価するためには、「団体の意思決定に基づく行為であって、その効果又はこれによる利益が当該団体に帰属する」(同3条1項)必要がある。

被告人を頂点とした指揮命令に基づいて詐欺的な企画が次々と決定され、それによる利益がGグループに帰属している以上、この要件は充足。

詐欺的行為が「当該罪に当たる行為を実行するための組織により行われた」といえるかどうかであるが、この要件を充足するためには、一定の犯罪を実行することを目的として成り立っている組織において、その構成員が指揮命令関係に基づいて、それぞれあらかじめ定められた役割分担に従い、一体として行動したことが必要であると解されている。


組織犯罪処罰法における組織犯罪の刑の加重の趣旨:
活動の継続性・計画性に基づく目的の高度の実現可能性、重大な被害発生の危険性などに求められている。

本件は、被告人の指揮命令の下、Gグループが一体となって詐欺的な企画を計画し、それに基づく勧誘行為が継続的に行われ、莫大な被害が現実に発生。
⇒本罪を適用すべき典型的な場面。


「団体の活動」というためには、組織内の強い内部統制まで不要(高裁判決)

複数人の共謀に基づいて、不特定多数の被害者に対する詐欺行為が行われた場合は、指揮命令関係が不明確であったり、継続性が乏しいような場合を除いて、原則として組織的詐欺罪が成立。

「振り込め詐欺」グループの犯行についても、同罪が適用されるケースが多いくなる。


被告人に懲役18年という極めて重い量刑判断を示した。
⇒今後の組織的詐欺罪に対する量刑判断につても、重要な先例。
■51 ■51 連鎖販売システムに基づく販売業務委託契約と委託事業者の取引拒絶行為の違法性・・・ノエビヤ化粧品事件
東京高裁H14.12.5
事案 契約では、Y1以外の化粧品の取扱いが禁止されていたほか、Y1の販社であることを利用して、傘下代理店などに他社の製品を取り扱うよう勧誘してはならないこと、著しい不信行為があるときには、契約解除ができるとする条項が約定されていた。

そこで、Y1は上記約定に基づき本件契約の解除を通知し、同日以降の取引を拒絶した。
Xは、本件契約の解除はYらの偽計によるものであり、Y1が地位・立場を濫用して不当に取引を拒絶したものであり、不法行為に当たるとして、Xが被った逸失利益等に対する3億円余の損害賠償を求めて本件訴訟を提起。
1審 Xの行為は著しい不信行為に当たり、Y1による本件契約の解除は有効であるとして、Xの請求を棄却。
判断 原判決取消し。Y1〜Y3の共同不法行為の成立を認め、1000万円の限度でXの請求認容。

Y1の販売システムは基本的に化粧品の連鎖販売取引であり、Y1は、この販売システムの上に構築された販社・代理店の販売網を利用して収益を上げ会社存立の基盤としている。Y1の人的・物的資源および組織力等からしても、その傘下の販社・代理店の経営内容等の問題点等を見抜き、「その販売システムが不健全な形に陥ることのないよう,その傘下の販社及び代理店に対し,いたずらにその昇格等の意欲を煽り立て,あるいはその営業実績を競うあまり無理な販売活動をするなどして,その経営基盤を危うくしたりすることのないよう指導監督していくべき責任がある。」

しかしながら、Y2・Y3は、Xの深刻な経営危機を知りながら、在庫解消などの根本的な改善策を講じることなく、形式的な対応に終始した状況をふまえれば、Xが、「場合によっては他の系列の化粧品の販売システムに移行したいと考え,その取扱いを検討したからといって,その程度いかんにかかわらず,それが直ちに本件委託契約上の債務不履行に当たるとはいえない」。
他方で、Y1には上記指導監督責任があるにもかかわらず、返品を申し入れる販社が続いた場合に、Y1の販売システムが崩壊することを懸念して、それに対する報復としてY1の解除がされた面があること、以上の点をあわせて考慮すれば、Xの行為は、「仮に形式的には解除事由に当たるとしても,その解除権の行使は著しく信義則に反するものというべきである。」

「被控訴人会社の本件の一連の対応は,前記のような販売システムを構築し,それに基づく販売網を有する被控訴人会社において,その相手方である控訴人が被控訴人会社以外に容易に取引先を見出し得ないような事情の下に,取引の相手方の事業活動を困難に陥らせる以外に格別の理由がなく,取引を拒絶したものというべきであり,独占禁止法19条,公正取引委員会告示第15号(一般指定)2項の不当な取引拒絶に該当するおそれがあり,独占禁止法19条の不公正な取引方法に該当する可能性が高い。また,同法条に該当しないとしても,その趣旨に反する行為であることは明らかである。
・・・本件解除を理由として,被控訴人会社が控訴人との本件委託契約に基づく取引を拒絶したのは,違法に控訴人の同契約上の受託者としての地位を侵害するものであり,不法行為に当たるというべきである。」
規定 特商法 第33条(定義)
この章並びに第五十八条の七第一項及び第三項並びに第六十七条第一項において「連鎖販売業」とは、
物品(施設を利用し又は役務の提供を受ける権利を含む。以下同じ。)の販売(そのあつせんを含む。)又は有償で行う役務の提供(そのあつせんを含む。)の事業であつて、
販売の目的物たる物品(以下この章及び第五十八条の七第一項第一号イにおいて「商品」という。)の再販売(販売の相手方が商品を買い受けて販売することをいう。以下同じ。)、受託販売(販売の委託を受けて商品を販売することをいう。以下同じ。)若しくは販売のあつせんをする者又は同種役務の提供(その役務と同一の種類の役務の提供をすることをいう。以下同じ。)若しくはその役務の提供のあつせんをする者を特定利益(その商品の再販売、受託販売若しくは販売のあつせんをする他の者又は同種役務の提供若しくはその役務の提供のあつせんをする他の者が提供する取引料その他の主務省令で定める要件に該当する利益の全部又は一部をいう。以下この章及び第五十八条の七第一項第四号において同じ。)を収受し得ることをもつて誘引し、
その者と特定負担(その商品の購入若しくはその役務の対価の支払又は取引料の提供をいう。以下この章及び第五十八条の七第一項第四号において同じ。)を伴うその商品の販売若しくはそのあつせん又は同種役務の提供若しくはその役務の提供のあつせんに係る取引(その取引条件の変更を含む。以下「連鎖販売取引」という。)をするものをいう。

独禁法 第19条〔不公正な取引方法の禁止〕 
事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。

第2条〔定義〕
Hこの法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。

五 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。
イ 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。
ロ 継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。
解説 ●本判決の意義
連鎖販売システムにより化粧品を販売するY1が、その傘下の販売会社であるXとの間で締結した販売業務委託契約を解除し取引を拒絶したことが、上記契約の受託者であるXの地位を侵害しているかどうかが争われた事案。

Yらは、傘下の代理店等に対して他社製品の取扱いを勧誘したXの行為が、本件契約の解除原因に当たり、Y1の取引拒絶には違法性がないと争った。
本判決は、
@連鎖販売取引の一部を構成する販売委託方式の特約店契約について、委託者Y1からの解除を制限し、AY1の取引拒絶に公正競争阻害性(独禁19条、一般して2項違反)があることを根拠に、Y1及びY1の従業員に不法行為責任があることを判示。

●連鎖販売システムの意義と販売委託契約の効力
連鎖販売取引(マルチ商法):
この取引の加入者がいくつからのレベルに区分され、新たに加入者を増やすることや下位の加入者が上位のレベルに昇格させることによって多額の利益が得られることをセールス・ポイントとして勧誘がおこなわれる。
必然的に加入者に被害を発生させるおそれがある場合が多い。

特商法では、連鎖販売取引のうち、
@他の顧客に対して商品・権利の再販売もしくは販売のあっせんをする者、または役務の提供もしくはあっせんを行う者を「特定利益」を収受しうることをもって誘引し、
Aその者と「特定負担」を伴う商品・権利の販売もしくはあっせん、または同種の役務の提供もしくはそのあっせんに係る取引をする場合を連鎖販売取引と定義し(法33条)、一定の行為規制を行っている。

Y1は、ピラミッド式の販売システムの上に構築された販社・代理店の販売網を利用して収益を上げており、販社システムの参加者が代理店として登録するにあたって保証金を負担することが必要。
⇒XはY1の販売システムに参加する際に金銭的負担を負っており、「特定負担」の要件を満たす。

昇格・昇給の基準はすべて一定期間の売上額によって定められており、Xには中間マージンとて手数料が支払われるだけで、後続参加者の拠出を配分するという仕組みはない。
⇒本件販売システムは、「特定利益」の要件を満たさない。
⇒特商法上の連鎖販売取引には該当しない。

もっとも、連鎖販売取引のなかには、販売に名を借り、あるいは外形をとっているものもある。⇒
組織がピラミッド型に形成されており、実質的にみて金銭の支出・配当組織に当たる場合には、無限連鎖講(いわゆるネズミ講)に当たると解されており(最高裁昭和60.12.12)、無限連鎖講防止法によって開設・運営・勧誘・加入・助長が全面的に禁止されている。

無限連鎖講は、徒に射幸心をあおり加入者に被害を与える取引であることから、民事上も公序良俗に反する無効な契約と解されている。

無限連鎖講防止法 第2条(定義)
この法律において「無限連鎖講」とは、金品(財産権を表彰する証券又は証書を含む。以下この条において同じ。)を出えんする加入者が無限に増加するものであるとして、先に加入した者が先順位者、以下これに連鎖して段階的に二以上の倍率をもつて増加する後続の加入者がそれぞれの段階に応じた後順位者となり、順次先順位者が後順位者の出えんする金品から自己の出えんした金品の価額又は数量を上回る価額又は数量の金品を受領することを内容とする金品の配当組織をいう。

本件では、先順位者の手数料等は、売上高に応じて定められている中間マージンであるから、実質的に見ても、Y1の販売システムを金銭配当組織であるとして本件契約を無効とする余地はない。

●販売委託契約の解除の有効性
@競業禁止条項
A販売ルートの限定条項
⇒本件契約は、いわゆる専売型の特約店契約。
販社は、Y1の化粧品の販売を受託し、販社からの発注によって商品がY1より預託され、定められた傘下の代理店等に再委託する仕組みになっており、本件契約は、委託販売形式による継続的な商品供給契約。

継続的供給契約の解消がどのような場合に認められるか:
供給者に一方的な解約権を留保する契約が全く自由であるとは解し難いとして、
@「取引関係を維持しがたいような不信行為の存在などやむを得ない事由」があること、あるいは「合理的な理由」があることを要件とする判例が多く
Aこれに代えて、ないしは、これに加えて「合理的な期間の解約通知」を要求する判例がある。
これに対して
B信義則・権利濫用・公序良俗違反に該当しない限り、即時解約条項に基づく解約を認め、やむを得ない事由は不要であると解する判決もある。

取引関係が反復継続⇒特約店には取引関係が維持されるとする期待権があり、特約店は、供給者のブランドに依存して資本を投下していることから、取引停止によって特約店の営業は破綻する可能性がある。
供給者からすると、商品の販売促進や商品ブランドの維持、あるいは流通過程の合理化の観点から、特約店契約を解除することに一定の合理性が認められる場合もある。

解除については、特約店の態様や契約条項などについても考慮して判断せざるを得ない。

本件契約では、即時解約条項に基づいてY1から解除がなされているが、本件契約の約定では受託者に著しい不信行為があった場合に解除事由が限定されている。

本判決は、Y1は傘下販社・代理店の経営が安定するように本来指導監督責任を負うべきであるとした上で、Y1がとった行為(押し込み販売・隠し在庫の返品拒否など)に比べて、Xの一連の行為(他社の化粧品の取扱いを検討したこと)が、競業禁止条項に触れるほどの「やむを得ない事由」に該当するとはいえないと判断。

基本的には@の立場からXの行為が、直ちに本件委託契約上の債務不履行として、契約解除事由に当たるということはできないと解したものといえる。

また、Xの行為に対してY1が報復手段として本件契約の解除権を行使した点を考慮し、著しく信義則に反するとして、Bの立場からも、解除は認められないと解した。

●取引拒絶行為の違法性
従来、判例では、特約店が、特約店契約の解除・更新拒絶などによる終了は、独禁法に違反して無効であるとして、供給者に対して、契約上の地位の確認と商品の引渡しを求めた事案が多かった。
本件では、Y1の行為が不法行為を構成するかどうかが争点。

本判決は、Y1の行為が独禁法19条、一般指定2項の不当な取引拒絶に該当するおそれがあるとして、Y1の行為の違法性を基礎づけている。

Xの侵害利益は受託者としての地位(=債権的利益)であり、判例・通説(相関関係説)によれば、不法行為責任を肯定するためには、侵害行為の態様について加重された要件を満たすことが必要となるが、本判決は、Y1の取引拒絶行為が独禁法違反行為(ないしこれに準じる行為)である点から、Y1の行為の違法性を基礎付けようとした。
(Xの利益の侵害を防止する観点からも、独禁法上禁止規定がおかれていることが、上記の理論構成の前提となっている。)

本判決は
@Y1が連鎖販売システムによる販売網を構築し、これに基づいて本件契約を締結していることから、XがY1以外に容易に取引先を見出し得ないとし、Aこのような事情の下で、Xの事業活動を困難に陥らせる以外に格別の理由がなくY1が取引を拒絶した点から、公正競争阻害性を基礎付けている。

Aの点を強調⇒Y1の行為を優越的地位の濫用行為であると解する余地もありそう。
ただ、優越的地位の濫用行為を定義する独禁法2条9項5号は、当該行為によって取引条件または実施について相手方に不利益を与えることを要件としており、本判決は、Y1が取引拒絶によって、Xに不当に不利益な条件で取引をすることを求めたということは難しいと判断したのかもしれない。

連鎖販売システムを形成し、当該システムの下で優越的な地位にあるY1が、傘下販社・代理店の経営が安定するように、本件指導監督責任を負うべきであるにもかかわらず、Xに不当に不利益な条件で取引をさせている(商品が顧客に売却されていないにもかかわらず、XにY1に対する代金債務を発生させ、在庫負担をXに負わせている)という評価も可能。

このように解すれば、一般指定14項違反を根拠に、指導監督上の必要な行為が行われなかった点から、Y1の行為の違法性を基礎付けることもできた。
■50 ■50 勤務先への執拗な電話による通信販売勧誘
東京地裁H20.2.26
事案 Xは
主位的にY1社およびY2(Y1代表者)に対しては、平成13年以降の7つの契約について不法行為(詐欺的・恐喝的勧誘行為)に基づいて既払金と慰謝料、弁護士費用の損害賠償を求め、
Y3社、Y4(Y3代表)、Y5社、Y(Y5代表)に対しては実損害について不法行為(詐欺的・恐喝的勧誘行為)に基づき実損害、慰謝料、弁護士費用の損害賠償を求めた。

予備的には、Y1社およびY3社に対し、公序良俗違反ないし特定商取引法違反(電話勧誘販売における氏名明示義務違反、不実告知、威迫困惑行為)、詐欺・強迫による取消しに基づく不当利得の返還を求めた。
判断 「被告乙山社は、原告の勤務先に早朝架電し、課題が未提出である旨述べ、原告が勤務中であり沈黙せざるを得ない状況であったにも拘わらず、話の内容を聞いているのかどうか質問したりして、職場での電話に原告が困惑し、挙げ句の果てに、公衆電話から被告乙山社に対し電話をかけることを余儀なくさせていることなどに照らすと、被告乙山社の従業員が執拗に電話をかけ続け、自宅学習であれば教材購入が必要であると勧誘し、原告が困惑していることを利用したうえで教材販売契約を締結させたと判断するのが相当である。このような行為は特定商取引に関する法律21条3項などに違反する行為である。」
「本件における各契約についても、その回数は32件に及び、契約金総額1100万円以上に上る。原告の年収は400万円程度であるから、被告乙山社は、原告の目的を考えてどのような教材を提供すべきか考えたうえでの勧誘をしていないことは明らかであり、その点からも教材の種類、内容及び数量等の検討をしていない過量販売と言わねばならない。」
「・・・原告が、被告らの従業員の執拗な勧誘により困惑下にあって、その状況の継続により、別表の各契約を締結したと判断するのが相当である。」
「・・・個別の勧誘がすべて明確に違法と認定できなくても、同被告らの勧誘行為等は、民法九〇条の公序良俗に反し、全体として不法行為を構成する。」
「原告は、いかに執拗な勧誘をうけたとは言え、電話の勧誘であるから、毅然と拒否する機会はあるにも拘わらず、漫然と勧誘に従ったとも言えなくもなく、本件各契約による損害の発生につき、原告に一定の過失が認められ、その割合は2割が相当である。」

Y1社、Y2、Y3社、Y4に対しては2割の過失相殺を行い請求を一部認容。
Y5社およびY6に対しては関与について不明⇒請求棄却。
規定 特定商取引法 第21条(禁止行為)
3 販売業者又は役務提供事業者は、電話勧誘販売に係る売買契約若しくは役務提供契約を締結させ、又は電話勧誘販売に係る売買契約若しくは役務提供契約の申込みの撤回若しくは解除を妨げるため、人を威迫して困惑させてはならない。

特商法 第24条の2(電話勧誘販売における契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)
申込者等は、販売業者又は役務提供事業者が電話勧誘販売に係る売買契約又は役務提供契約の締結について勧誘をするに際し次の各号に掲げる行為をしたことにより、当該各号に定める誤認をし、それによつて当該売買契約若しくは当該役務提供契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。
一 第二十一条第一項の規定に違反して不実のことを告げる行為 当該告げられた内容が事実であるとの誤認
二 第二十一条第二項の規定に違反して故意に事実を告げない行為 当該事実が存在しないとの誤認
2 第九条の三第二項から第四項までの規定は、前項の規定による電話勧誘販売に係る売買契約若しくは役務提供契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消しについて準用する。

特商法 第70条
第六条第一項から第三項まで、第二十一条、第三十四条第一項から第三項まで、第四十四条又は第五十二条第一項若しくは第二項の規定に違反した者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
解説
本判決:
資格商法における執拗な電話勧誘行為が特定商取引法に関する法律21条3項に違反し不法行為に該当するとした判例。

電話勧誘は、業者が店舗を設けたり消費者の自宅を訪問する必要もないので低コストで手軽な勧誘方法
⇒業者による執拗かつ強引な勧誘が行われやすい
⇒法21条3項は、電話勧誘販売において、契約を締結するために威迫して困惑させることを禁止。

「威迫」:
強迫に至らない程度の人に不安を生ぜしめるような行為
本件では「威迫」を肯定


同法違反の行為は、違法性を帯び不法行為を構成する。
(but総合判断)
←特定商取引法の目的(1条)が第1次的には消費者の利益保護であり、同法21条違反の行為は刑事罰(同法70条)の対象となる。


特商法21条3項の威迫・困惑行為でも、不実告知や事実の不告知の場合と異なり、特商法では取消しは認められていない。(特商法24条の2)
「強迫」に該当すれば取消が認められる(民法96条1項)が、その程度に至らない。

契約の取消しは主張できず、Xは不法行為に基づく損害賠償責任を追及。

不法行為責任追及のメリット:
@業者の行為の違法性が認定される⇒業者に対する責任追及としては明瞭に
A過失相殺での柔軟な対応
B勧誘行為を行った従業員や事業者の役員の個人責任追及が可能
C弁護士費用の請求


電話による会話の密室性⇒録音でもしていない限り、個々の行為ごとの違法性を立証することは極めて困難。

A社とY1社、Y3社との間には組織的関連性があり、同様の言辞を用いた勧誘行為が執拗に繰り返された
⇒個々の違法性が認定できなくても、全体として不法行為に該当すると判断。

多数回の取引行為が行われる商品先物取引被害事件においては個別の取引行為の不法行為性だけを問題とするのではなく、取引全体を一連一体のものとして不法行為性を判断することが定着。(最高裁H7.7.4)
多数回の勧誘行為が連続して行われる取引における不法行為の成否についても全体的に考察すべき。


過失相殺の妥当性?
←電話を切れば執拗な勧誘から逃れられるというのは電話勧誘の実際の手口や被害の実態からかけ離れたもの。
■49 ■49 クーリング・オフの撤回と再契約の申込み
神戸簡裁H17.2.16
事案 Y宅の床下修繕および害虫駆除を内容とする工事請負契約をY宅において締結。
@クーリング・オフの書面発送
Aクーリング・オフを撤回
Xは、元の工事請負契約が復活したとして、工事代金の支払を求めて訴えを提起。
判断 請求棄却(確定)。
「Xは、一旦、クーリングオフがなされた本件工事契約が、その後のクーリングオフを撤回する旨の意思表示によって復活する旨主張しているが、クーリングオフは、その旨の書面を発信したときに、申込み又は契約が白紙解消する効力を持つものであり、一旦、契約が解消された以上、クーリングオフの意思表示を撤回する旨の意思表示をしても、元の契約は復活しないと解される。このように解することは、特定商取引法における消費者保護の精神に照らせば、当然のことと思料される。
 そして、元の契約が解消された後の、クーリングオフを撤回する旨の意思表示は、再契約の申込みと評価されるので、事業者が、その申込みに応じる場合は、再度、申込者に対し特定商取引法で要求されている事項を記載した書面を交付しなければならず、その書面を交付しない以上、申込者のクーリングオフの権利行使期間の起算日は開始せず、期間は進行しないので、申込者は、いつでもクーリングオフの権利を行使できるものと解されている。」
規定 特商法 第2条(定義)
この章及び第五十八条の四第一項において「訪問販売」とは、次に掲げるものをいう。
一 販売業者又は役務の提供の事業を営む者(以下「役務提供事業者」という。)が営業所、代理店その他の主務省令で定める場所(以下「営業所等」という。)以外の場所において、売買契約の申込みを受け、若しくは売買契約を締結して行う商品若しくは指定権利の販売又は役務を有償で提供する契約(以下「役務提供契約」という。)の申込みを受け、若しくは役務提供契約を締結して行う役務の提供
特商法 第9条(訪問販売における契約の申込みの撤回等)
販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等以外の場所において商品若しくは指定権利若しくは役務につき売買契約若しくは役務提供契約の申込みを受けた場合若しくは販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等において特定顧客から商品若しくは指定権利若しくは役務につき売買契約若しくは役務提供契約の申込みを受けた場合におけるその申込みをした者又は販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等以外の場所において商品若しくは指定権利若しくは役務につき売買契約若しくは役務提供契約を締結した場合(営業所等において申込みを受け、営業所等以外の場所において売買契約又は役務提供契約を締結した場合を除く。)若しくは販売業者若しくは役務提供事業者が営業所等において特定顧客と商品若しくは指定権利若しくは役務につき売買契約若しくは役務提供契約を締結した場合におけるその購入者若しくは役務の提供を受ける者(以下この条から第九条の三までにおいて「申込者等」という。)は、書面によりその売買契約若しくは役務提供契約の申込みの撤回又はその売買契約若しくは役務提供契約の解除(以下この条において「申込みの撤回等」という。)を行うことができる。
ただし、申込者等が第五条の書面を受領した日(その日前に第四条の書面を受領した場合にあつては、その書面を受領した日)から起算して八日を経過した場合(申込者等が、販売業者若しくは役務提供事業者が第六条第一項の規定に違反して申込みの撤回等に関する事項につき不実のことを告げる行為をしたことにより当該告げられた内容が事実であるとの誤認をし、又は販売業者若しくは役務提供事業者が同条第三項の規定に違反して威迫したことにより困惑し、これらによつて当該期間を経過するまでに申込みの撤回等を行わなかつた場合には、当該申込者等が、当該販売業者又は当該役務提供事業者が主務省令で定めるところにより当該売買契約又は当該役務提供契約の申込みの撤回等を行うことができる旨を記載して交付した書面を受領した日から起算して八日を経過した場合)においては、この限りでない。
解説
クーリング・オフを撤回しても元の契約は復活せず、クーリング・オフ撤回の意思表示は再契約の申込みと評価されることを明示した初の裁判例。


事業者Xと消費者Yとの間で、営業所等以外の場所であるY宅において契約が締結
⇒特定商取引法2条1項1号が定める訪問販売に該当
⇒Yは契約内容に関する一定の事項を記載した特商法5条所定の契約書面の受領日から起算して8日間、クーリング・オフできる(9条1項)。

実際には、事業者が担当者の不在や手続上の問題等を口実として、消費者にクーリング・オフの意思表示を留保させたり、思いとどまらせたりする、クーリング・オフ妨害が行われている。

特商法は、クーリング・オフ権の行使を妨げる目的で、一定の事項について消費者に不実のことを告げる行為および消費者を威迫して困惑させる行為を罰則等をもって禁じている(同法6条1項、3項、7条、8条、70条)。

平成16年改正では、事業者によるこれらの行為があった場合、事業者が改めて消費者にクーリング・オフできること等を記載した書面を交付し、口頭でもそれらを告げた日がクーリング・オフの起算点とされた(同法9条1項但し書、同法施行規則7条の2第5項)。
but
クーリング・オフを撤回させて代金の支払を要求する悪質な事業者も少なくない。


本判決は、クーリング・オフの効力は申込みまたは契約の「白紙解消」であるとした上で、一旦、クーリング・オフがなされた以上、クーリング・オフの撤回によっても元の契約は復活しないと判示。

条文上は「解除」
その法的性質:
A:クーリング・オフ期間中には契約が未成立または成立途上にあり、クーリング・オフ期間の経過により契約が成立。

B:契約の成立を認め、クーリング・オフ権は特別な解除権または取消権類似の特殊の解除権であるとみる見解。

民法上、解除の意思表示は撤回することができないものとされているが(民法540条2項)、これは相手方が不安定な地位に置かれることを避ける趣旨⇒相手方の同意が得られた場合には、撤回も可能。

民法 第540条(解除権の行使) 
契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
2 前項の意思表示は、撤回することができない。

本判決は、特定商取引法における消費者保護の精神にも言及しつつ、元の契約が復活しないことは当然であるとした。

平成20年改正により、役務提供後または商品引渡し後にクーリング・オフ権が行使された場合、事業者は、役務または商品の対価のみならず、使用利益、その他の金銭支払も請求することができないとされた(特商法9条5項)が、このような場合も本判決は妥当。


クーリング・オフの撤回を再契約の申込みとみなした本判決は、事業者がそおの申込みに応じる場合には、改めて特商法5条所定の契約書面を交付しない限り、クーリング・オフの起算日は進行しないとの判断を示した。

消費者に新たな契約締結の意思がなかった場合に契約の効力が否定され得るのはもちろんのこと、事業者が消費者に対して、クーリング・オフは二度はできないなどと虚偽の説明をしてクーリング・オフを妨げるケースは、事業者の「不実のことを告げる行為」により消費者が「誤認」してクーリング・オフを行わなかった場合にあたり、2度目のクーリング・オフ期間が進行しないと解することができる。(特商法9条1項但書)


特商法5条所定の契約書面が交付されていないため、クーリング・オフの起算日は進行せず、無期限の行使が許されるとも考えられる。
しかし、信義則上の制限があるとする見解や、5年(商事時効)の消滅時効にかかるとの見解もあり得よう。
■48 ■48 契約書面の記載不備とクーリング・オフの行使期間
東京地裁H5.8.30
事案 平成4年6月13日に、アルミサイディング取付工事附帯売買契約を締結。
Yが公布した契約書は、品名欄に「ユニウォール21」、数量欄に「一式」、商品および役務の金額欄に合計額「3730000」の記載。

8月31日発信の書面でクーリング・オフにより解除する旨通知。
判旨 法が訪問販売を行う販売業者又は役務提供事業者に前示第二の二2のような事項を記載した書面を契約の申込み又は契約締結の相手方に交付することを義務付けている趣旨は、販売する商品又は提供する役務について購入者等に正確な認識を与えることにより、取引を公正なものにし、購入者等の利益を保護しようとしているものであると考えられる(法一条)。
 したがって、販売業者又は役務提供事業者が、法の趣旨に反して不公正な取引をし、かつ、契約の目的たる商品又は役務について購入者等が当該商品の製造者名(当該商品の商標が広く知られている場合は当該商標が責任ある製造者名を表章しているものといえよう。)やその販売価格又は当該役務の対価につき正確な認識を得られないような記載しかしていない書面を交付した場合には、右書面は、法六条一項一号にいう「第五条の書面」に該当せず、同項に基づく解除の期間は進行しないものと解するのが相当である。
解説 ●問題の所在
クーリング・オフは、消費者が訪問販売の方法により商品販売または役務提供の契約を申込みまたは締結した場合、無理由かつ無条件で当該申込みの撤回または契約の解除ができるものとする。
ただし、特定商取引法5条又は4条の書面の受領日から8日を経過した場合は除く。(特定商取引法9条1項)

法定記載事項の一部に不備がある場合、起算日に影響するか?
●記載不備と勧誘方法の考慮
クーリング・オフ制度

訪問販売が販売業者主導の不意打ち的な販売方法であるため、消費者が契約意思不確定なまま契約を締結しがちであることから、書面により正確な情報を提示した後一定期間は冷静に考え直す機会(熟慮期間)を与える趣旨。

最近は、勧誘方法を考慮せず、交付書面の記載事項のみで判断する裁判例が主流。
●記載不備の事項と程度
法定記載事項のうちどの事項に記載不備がある場合に起算日に影響するのか。

裁判例の傾向
@商品の特定不十分、数量の特定不備、商品・役務の価格の内訳不記載など
A商品の販売価格と役務の対価の内訳、支払時期、引渡しおよび提供時期、商品の数量等の不備

書面の記載事項のみで判断する近年の裁判例では、次第に厳格に判断。
B商品の特定不備のケースで、契約締結時に鑑定書・保証書を提示し、後日これを送付しても、記載不備は補完されない。
C商品の引渡時期の記載不備の事例。
Dクレジット申込書には販売業者の記載不備、注文書にいはクーリング・オフ事項の記載不叙というケースで、所定事項は一通の文書に記載されることを要すると判断された事例
Eペンダントと絵画の購入につき、合計金額のみで商品ごとの価格の内訳記載欠如と、クーリング・オフ事項の記載不備がある事例。
F書面不備を補完するためには、改めて記載事項を満たした書面を作成し再交付することを要する。
●クーリング・オフの行使期間
交付書面の記載不備により、クーリング・オフの起算日が開始しないとした場合、長期間経過した後にクーリング・オフを行使することについて権利濫用もしくは信義則に違反する場合があるか。また、消滅時効等の行使期間の制限があるか。

書面不備により契約締結から1年以上経過して行使したクーリング・オフを認容した裁判例も少なくない。

書面交付義務は法が罰則をも規定して記載と交付を義務づけた訪問販売業者の中心的な義務⇒訪問販売業者がその義務に違反して起算日が開始しない自体を招いた以上、権利濫用や信義則違反は基本的に成りたたないものと解すべき。
権利行使が制限される特段の事情がある場合とは、購入者が書面不備によりクーリング・オフを行使できることを認識した後に、ことさら商品等の使用を長期間継続したうえでクーリング・オフを行使したような場合など背信的な事情がある場合に限られる。

クーリング・オフという契約解除権の行使期間としては、取消権の消滅時効(民法126条)に準じて、解除権発生(契約締結時)から5年間の経過により消滅するものと解される。
■47 ■47 口頭によるクーリング・オフ(福岡高裁H6.8.31)
福岡高裁H6.8.31
原審 割賦販売法30条の6、4条の3第1項によれば、割賦購入あっせん関係販売の申込みの撤回等は、「書面により」行う旨規定。⇒購入者に書面による申込みの撤回等を要求することが契約当者間の信義に反するような特段の事情が認められない限り、書面によらなければ効力がない。
⇒Xの請求を認容。
判断 確かに、割賦販売法三〇条の六、四条の三第一項が、購入者に、一方的意思表示により割賦購入あつせん関係販売の申込みの撤回又は当該契約の解除(以下「申込みの撤回等」という。)を行うことができる旨規定していることはいうまでもない。しかしながら、同条項が申込みの撤回等を行う場合には「書面により」行うことを要するとしているのは、申込みの撤回等について後日紛争が生じないよう明確にしておく趣旨てあつて、書面によらない場合の申込みの 回等の効力については、同条項はその申込みの撤回等は書面によらなければその効力がない旨を明文で定めている訳ではなく、その結論は、同条項の立法の趣旨を踏まえての解釈の問題に帰着するというべきである。そこで検討すると、同条項は、訪間販売等においては購入意思が不安定なまま契約してしまい後日約争が生じる場合が多いのて、その弊害を除去するため、一定の要件のもとで申込みの撤回等を行うこどができることにしたものであつて、その申込みの撤回等は書面を発した時に効力を生じることにする(同法四条の三第二項)、また、これらの規定に反する特約であつて購入者に不利なものは無効とする(同法四条の三第四項)等、いわゆる消費者保護に重点を置いた規定であること、書面を要する理由が申込みの撤回等について後日紛争が生じないよう明確にしておく趣旨であるとすれば、それと同等の明確な証拠がある場合には保護を与えるのが相当である(なお、仮に購入者がその立証ができなければ、その不利益は購入者が負うのは当然である。)こと、から考えると、同条項が、書面によらない権利行使を否定したものと解釈するのは問題があるというべきである。
 これを本件についてみると、上告人は、本件売買契約の直後、右代金を支払えないことから、本件販売店八代支店長の有田栄子に右売買契約を解消する旨の意思を口頭で伝えたというのであるから、割賦販売法三〇条の六、四条の三第一項による申込みの撤回等は有効になされたというべきである。
■46 ■46 ヤミ金融への元本返済と損益相殺(最高裁H20.6.10)
最高裁H20.6.10
原審 Aが出資法5条2項が規定する利率を著しく上回る利率による利息の契約をして、これに基づいて利息を受領し、またその支払を要求したことは強度の違法性を帯びて不法行為を構成しているので、「Yは、Aの統括者として、本件各店舗とXとの間で行われた一連の貸借取引について民法715条1項の使用者責任を負う」としつつも、損益相殺によって損害額から貸付金を控除すべきだとして、Xの請求を一部棄却。
規定 民法 第708条(不法原因給付)
不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。
ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
判旨 民法708条は,不法原因給付,すなわち,社会の倫理,道徳に反する醜悪な行為(以下「反倫理的行為」という。)に係る給付については不当利得返還請求を許さない旨を定め,これによって,反倫理的行為については,同条ただし書に定める場合を除き,法律上保護されないことを明らかにしたものと解すべきである。したがって,反倫理的行為に該当する不法行為の被害者が,これによって損害を被るとともに,当該反倫理的行為に係る給付を受けて利益を得た場合には,同利益については,加害者からの不当利得返還請求が許されないだけでなく,被害者からの不法行為に基づく損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として被害者の損害額から控除することも,上記のような民法708条の趣旨に反するものとして許されないものというべきである。
解説 ●不法行為と不当利得の差異

○不法行為構成:
・慰謝料請求
・使用者責任
・賠償請求の可能な「損害」に関して差学説。
(不法行為の前後における被害者の財産状態を比較して、その差額をもって損害と捉える考え方。)

@Aから30万円を貸し付けを受けたXが、法外な利息70万円を支払った⇒差学説では40万円が損害。
AXが元本を含めて完済⇒支払った100万円から貸付金として受け取った30万円を控除した70万円が損害。

○不当利得構成:
契約は無効であるのみならず、反倫理的なものとして、AからXに交付された貸付金は、不法原因給付として評価される。

@の場合、Xは、(a)支払った利息70万円につき、法律上の原因がなかったとして不当利得に基づいて返還を請求できるとともに、(b)未返済の貸付金30万円については、不法原因給付として返済義務を免れ、反射的にその権利を取得する。

Aの場合、(a)Xが既払い利息70万円の返還を請求できるのは同様であるが、(b)元本については、XはAからその交付を受けた時点で反射的に権利を取得、その後にこれをXがAに返済しても、法律上の原因を欠く給付として、Xによる不当利得返還請求に服する。

○判例の考え方:
最高裁:
不法行為の場面でも不法原因給付法理における考量が働くとして、上記利益は、損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象から外れることを明らかにした。

差額説的な損害概念ないし損益相殺の法理に優越する規範として、不法原因給付法理が位置づけられた。
●適用の基準
利息制限法 第1条(利息の制限) 
金銭を目的とする消費貸借における利息の契約は、その利息が次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは、その超過部分について、無効とする。

制限内の利息及び元本に関しては有効。

原審は、「出資法5条2項に定める年29.2%の利率を著しく上回る利率によって利息を支払うことを約定したときは、消費貸借契約自体が公序良俗に反し、違法、無効なものである」旨判示。

年29.2%の利率は、2000年に40.004%から引き下げられたものであり、さらに2006年の改正に寄って20%に引き下げられた。
⇒今後年率20%を超える契約につき、本ルールが適用されるべき。
●射程
本ルールの適用は、高利の場合に限られない。
最高裁H20.6.24:
被害者に対する「仮装配当金の交付」は、「詐欺を実行し、その発覚を防ぐための手段にほかならない」ので、それによって被害者が得た利益は損益相殺的な調整の対象にはならないと判示。

本件では、不法原因給付法理の趣旨に鑑みて、たとえ被害者を太らせてでも犯罪を抑止すべきだという価値判断。
それにより、不法行為法における原状回復の理念が一部修正された。
■45 ■45 消費者の自己破産(盛岡地裁宮古支部H6.3.24決定)
盛岡地裁宮古支部H6.3.24
20歳美容師による浪費の案件
判旨 本件には、破産法三六六条ノ九第一号、三七五条一号(浪費)の免責不許可事由があるというべきである。
 ところで、支払不能の状態にある債務者は、破産法による免責を得ずとも、民事執行法の差押禁止財産の規定により保護されているから、その無資力の間は債権者からの強制執行といえども何の効果とてなく、その効果が現れるのはその資力が回復した暁である。免責許可の実益は、債務者が自己の資力が回復したにもかかわらずなお全債務を踏み倒したままでいることができる点にある。しかし、いかに債務者保護の理念を強調してもここまでするのは、その必要性はほとんどないというベきである。従って、免責は、社会全体における債務者一般の債務履行の意欲を高めるべく、破産者の鏡ともいうべき誠実な者を表彰する趣旨で多くの破産者の中から選りすぐった少数の者を許可する限度でその運用を律すべきである。免責を誠実な破産者に対する特典ととらえる最高裁判所大法廷昭和三六年一二月一三日決定民集一五巻一一号二八〇三頁及び同第三小法廷平成三年二月二一日決定集民一六二号一一七頁は、右の解釈に強力な裏付けを与えるものである。
 これについて本件を見るに、先に認定した債務の形成過程における浪費の程度に照らし右に定義した誠実さは認められないから、裁量による許可の対象とはなしえない。
解説 ●免責制度の趣旨
A:破産手続に誠実に協力した破産者に対する特典(特典説)
B:破産者の経済的再生の手段として免責制度を位置づける(再生手段説)

最高裁昭和36.12.13
「破産法における破産者の免責は、誠実なる破産者に対する特典として・・・破産者の責任を免責するものであ」ると位置付け。(特典説的)
「その制度の目的とするところは、破産終結時において破産債権を以って無限に責任の追求を認めるときは、破産者の経済的再起は甚だしく困難となり、ひいては生活の破綻を招くおそれさえないとはいえないので、誠実な破産者を更生させる・・・障害となる債権者の追求を遮断する」点にある。(再生手段説とも整合)

現行破産法の下では、免責制度の理解は、より再生手段説に近づいた。

破産法 第1条(目的)
この法律は、支払不能又は債務超過にある債務者の財産等の清算に関する手続を定めること等により、債権者その他の利害関係人の利害及び債務者と債権者との間の権利関係を適切に調整し、もって債務者の財産等の適正かつ公平な清算を図るとともに、債務者について経済生活の再生の機会の確保を図ることを目的とする。
●免責不許可事由
「浪費」について。
裁判例が重視しているのは、「地位、職業、収入及び財産状態に比して通常の程度を超えた支出」であり、破産者の財産状態等と比較した支出の不相当性が問題とされる。

自宅購入費や子供の学費等、使途の有用性は当然には浪費の認定を妨げず、それが有用なものである点は、財産状態等との比較の中でどの程度の額をその使途に充てるのが相当かという判断になる。
●裁量免責
新法では明文化。

第252条(免責許可の決定の要件等)
裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
・・・
2 前項の規定にかかわらず、同項各号に掲げる事由のいずれかに該当する場合であっても、裁判所は、破産手続開始の決定に至った経緯その他一切の事情を考慮して免責を許可することが相当であると認めるときは、免責許可の決定をすることができる。

裁量免責については、条文の例示する手続開始に至った経緯のほか、不許可事由の種類、不許可事由該当性の程度、免責に関する破産債権者の意見申述(法251条)の状況、破産者の今後の生活設計等の要素を総合的に考慮すべき。
■44 ■44 パート従業員に対する呉服販売・・アルバイト商法(大阪地裁H20.1.30)
大阪地裁H20.1.30
事案 売主であるY1に対しては、本件売買契約は公序良俗に違反して無効であるとして、不当利得返還請求権に基づき、Xが信販会社に対して既に支払った立替金相当額の返還などを、信販会社に対しては、Y2ないしY5に対する関係で、主位的にXの立替金の残債務が存在しないことの、予備的に、Xが残債務の支払を拒絶し得る法的地位にあることの確認とをそれぞれ求めている事案。
判旨 本件各売買とこれに伴う立替払契約に基づく立替金債務が極めて過大であり,原告の資力等に照らして到底支払不能であったこと,そのような事態を引き起こした原因が被告杉駒青葉の営業方針にあった上,同被告も原告の上記実情を十分認識して,売上目標の達成を徹底して求めていたという事情を総合すると,本件売買に至らせた被告杉駒青葉の行為は,売上向上や売上目標の達成のために,原告の従順な人柄を利用し,原告に対し,自社商品を購入することを事実上強要したものというべきであり,その結果,同被告は,従業員である原告の過大な債務負担のもとで会社としての利益を得たということができる。そうすると,同被告の上記行為は,原告が負う上記債務の程度によっては社会的相当性を著しく逸脱したものとなるというべきである。
 そこで,さらに判断すると,平成16年6月3日の本件売買契約17及び本件立替払契約17を締結するまでに,別紙2のとおり,すでに残債務額が293万4400円あり,上記各契約の締結により立替払契約の残債務額が300万円を超え,各月の返済額も8万円を超え(8万4200円ないし8万1200円),向こう1年以上にわたって各月の返済額が月平均の給与の半分を超える状態に至ることとなったのであり,その後の本件売買によって,さらにその状況は著しく悪化し,残債務も平成16年の原告の年収額の1.5倍を超えるようになっている。そうすると,本件売買契約17の締結以降において締結した本件売買契約,すなわち,本件売買契約3ないし6,8ないし18,21,23及びDは,原告の支払能力を超えるものであっていずれも公序良俗に反して無効であるというべきである。
被告信販会社は,原告が被告杉駒青葉の従業員であったから,同法30条の6,8条5号により,同法30条の4の適用はない旨主張する。
 同法が,従業員に対して行う割賦販売を抗弁権の接続の規定の適用除外とした趣旨は,事業者の内部自治を尊重するところにあると解せられる。しかしながら,本件では,前記2のとおり,被告杉駒青葉が,従業員である原告に対し,原告の支払能力を超えることを知りながら売買を繰り返させていたところ,それが従業員に対する販売目標達成の徹底を強く求めるといった同被告の営業方針ないし労働環境に起因していたのであるから,このような場合にあっては,一般顧客と従業員とを区別して事業者の内部自治を尊重すべき理由は全くない。
 したがって,原告は,同法30条の4に基づき,被告信販会社に対して,本件売買契約3ないし6,8ないし18が公序良俗に反して無効であることをもって,被告信販会社の履行請求を拒むことができるというべきである。
 なお,本件立替払契約14は,2月以上の期間にわたり,かつ3回以上に分割して売買目的物の金額を受領するものではなく,割賦購入あっせんに該当しない(同法2条3項2号)。しかしながら,本件売買契約14が公序良俗に反して無効であるという事情や,同時期に繰り返された他の本件売買契約に基づく立替金債務の履行請求は拒むことができるという事情に照らすと,信義則上,本件立替払契約14の履行請求についてもこれを拒むことができると解するのが相当である。

原告と被告ニコスとの間の本件立替払契約3ないし6,原告と被告オリコとの間の同契約8ないし14,原告と被告アプラスとの間の同契約15及び16,原告と被告セントラルファイナンスとの間の同契約17並びに原告と被告クオークとの間の同契約18に基づいて発生した,原告の各残債務については,前述した割賦販売法30条の4の規定の趣旨に照らし,不存在であるということはできないから,その旨の確認を求める主位的請求は理由がないが,上記各債務の履行請求を拒絶することができるから,その旨の確認を求める予備的請求は理由がある。
規定 割賦販売法 第30条の4(包括信用購入あつせん業者に対する抗弁)
購入者又は役務の提供を受ける者は、第二条第三項第一号に規定する包括信用購入あつせんに係る購入又は受領の方法により購入した商品若しくは指定権利又は受領する役務に係る第三十条の二の三第一項第二号の支払分の支払の請求を受けたときは、当該商品若しくは当該指定権利の販売につきそれを販売した包括信用購入あつせん関係販売業者又は当該役務の提供につきそれを提供する包括信用購入あつせん関係役務提供事業者に対して生じている事由をもつて、当該支払の請求をする包括信用購入あつせん業者に対抗することができる。
解説 ●本件事案の問題点
いわゆる「アルバイト商法」
検討を要するのは、立替払契約の当事者間において原因契約の抗弁を対抗し得るか否か。
●原因契約の効力
Xは、公序良俗違反による無効を主張し、本判決も、本件売買契約17および本件立替払契約17が締結された以降という制限の下であるが、本件売買契約を公序良俗違反を理由に無効としている。
●抗弁対抗の可否
◎原因関係との相互関係
立替払契約は原因関係と一体のものであるのか、各別のものでるのか。。
but
原因関係との相互関係が抗弁の切断とその対抗を結論づけていたわけではなく、議論の実益に乏しい。

◎抗弁の切断とその対抗
本判決は、本件売買契約および立替払契約の一部につき、割賦販売法30条の4の規定に基づく抗弁の対抗を認め、他の一部については、同規定の適用がないため、信義則による抗弁の対抗を認めているが、その判断に異論はない。

大阪地裁H6.9.13:
割賦販売法30条の4の規定が適用されない事案であることを前提に「乙と丙(英会話学校)とは資金的にも人的構成の面でも密接不可分の関係があるばかりでなく、そもそも乙からの借受けは丙に対する受講料の支払いのためになされるものであり、しかも乙の営業対象も丙の受講生に対する受講料相当額の貸付けをすることに限定されていて、これらの間には相互依存的な関係があり・・・、また、・・・乙からの貸付金も申込者・・・の依頼により、乙から直接丙に払い込まれる形式が採られていることが認められるのであって、右貸金契約は実質的には立替払契約と同じ内容というべきであり、乙と丙及び丙における英会話の受講と乙からの貸付金の間にこのような関係があるにもかかわらず、丙で受講ができなくなり、いわば貸金契約の目的を達することができなくなった後においても、なお貸金債務のみは返済を続けるべきであるとするのは信義則上からも許されないことといわなければならない」と判示して、甲の請求を認容。

◎抗弁の対抗の法律関係
立替金請求権の帰趨(本件売買契約が公序良俗違反により無効であるため、売買代金債権がもともと発生し得ない場合に、その立替払によっていったん発生した立替金請求権も遡って発生しないこと、あるいは消滅することになるのか):
本判決は、XがY2ないしY6に対して立替金債務の不存在確認を求めるXの主位的請求を棄却し、Xが立替払の支払を拒絶し得る法的地位にあることの確認を求める予備的請求を認容。

立替払によっていったん発生した立替金請求が消滅することはなく、その権利行使が制限されるにとどまるという理解。
■43 ■43 信販会社の立替金・貸金と過剰与信(釧路簡裁H6.3.16)
釧路簡裁H6.3.16
事案 信販会社Xから立替払契約およびカードローン契約により与信を受けていた主婦Yに対して、債務残額約82万6000円と遅延損害金を求めた。
Yは、これらの貸付けおよび立替えが、当時の貸金業の規制等に関する法律13条(過剰貸付け等の禁止)および当時の割賦販売法42条の3(支払能力を超える購入の禁止)に違反して、客観的に支払能力を超えることが明らかな契約を締結したものであるから、自然債務であり、支払義務はないと主張。
判旨 原告は、同契約締結時点では返済能力超過の認識がなかったと認められるが、前記のように原告の返済能力の調査方法及び返済能力に対する判断に疑間がある上、本件取引は、被告と他社の取引を取り上げるまでもなく、原告と被告の間の取引だけで、月収手取り一七万円から二〇万円程度の通常の家庭に対するものとしては異常の高額に上っており(別表1)、無職の主婦ということから考えて、その返済能力に多分の危惧の念を抱いてしかるべきものであったから、原告には、被告の返済能力につき重大な調査不足又は判断の誤りがあったと言わざるを得ない。

 貸金業の規制等に関する法律一三条及び割賦販売法四二条の三の過剰貸付け及び過剰販売(以下、過剰貸付け及び過剰販売を一括して「過剰与信」という。)の禁止についての法規制は、過剰与信の要件表現が抽象的にとどまったその規定の体裁からいって、また、その違反について罰則規定も設けられなかったことからいって、訓示規定的なものと解されている。したがって、右各規定に違反する行為がなされたからといって、それが直ちに不法行為となったり契約が無効になると解するのは困難である。しかし、法形式がそうなったのは、いろいろな形態の取引について一律に過剰与信の要件を定める立法技術上の難しさによるものであって、過剰与信自体を禁ずる国家意思が確定的なものであることは、大蔵省等の通達で基準を示したりしていることからも明らかである。したがって、この法規制に何らの法的意味がないと解することはできない。たとえ訓示規定であるとしても、これに対する違反の程度が著しい場合には、国が右過剰与信禁止規定を設けた趣旨は、信義則違反あるいは権利濫用の判断、更には公序良俗違反の判断を根拠づける重要な要素として働くと考えられる。前記過剰与信禁止規定は、事業者が営業の自由を一〇〇パーセント駆使して与信を行っている状況下では、いかに債務者の自覚を求めても過剰与信に基づく多重債務者の発生、増大を防ぐことができないことから、債務者とその家族あるいは同一家計内にある者に対する保護及び社会防衛のため、契約自由、営業の自由の制限として設けられたと考えられる。すなわち、事業により利潤を収得する者は、同時に、取引システムの維持又は健全化のため必要とされる負担を引き受けるのが相当であるとの公平原理の観点から、あるいは、取引において事業者と対立する公衆の正当な利益を保護する観点から、事業者に、社会的責任に基づく義務であるとともに取引関係上の相手方に対する信義則に基づく付随義務でもある注意義務を課したものと解する。

国が事業者に向けて特別に規定を設けて禁止した過剰与信が、現定に生じた場合に、債務者の返済能力を超えるかどうかについての調査や判断に重大な誤りがあった事業者が、法の力を借りて債務の全額の支払を債務者に求めるとすれば、信義誠実の原則に反し権利の濫用に当たると解すべきであり、信義則を適用して事業者の請求することのできる範囲を限宀するのが相当である。その範囲を定めるについては、契約締結の態様によりいろいろな段階が考えられるであろうが、現代取引においては契約自由、意思自治が原則であり、過剰与信の法規制はこれに対する制限であるという前提に立って、信用調査システムの整備の実情や、過剰与信の法規制に対する 業者の自覚の現状などを総合して判断する必要がある。そして、本件事案における諸事情を考慮すると、原告が被告に対して請求することができるのは、過剰与信でないことが明らかな五八八号事件のうちの訪問着の取引と六二二号事件の取引については全請求額、その余の過剰与信と認める取引については各契約額の約四分の三の割合による範囲に限るのが相当である。
解説
本件当時、昭和58年に成立した「貸金業の規制等に関する法律」13条には、
「貸金業者は、資金需要者である顧客又は保証人となろうとする者の資力又は信用、借入れの状況、返済計画等について調査し、その者の返済能力を超えると認められる貸付けの契約を締結してはならない」として、いわゆる過剰貸付けが禁止。

昭和59年には、割賦販売法にこれと同様の規定が追加。
「割賦販売業者、ローン提携販売業者及び割賦購入あっせん業者(以下「割賦販売業者等」という)は、共同して設立した信用情報機関(購入者の支払能力に関する情報(以下「信用情報」という。)の収集並びに割賦販売業者等に対する信用情報の提供を業とする者をいう。いか同じ。)を利用すること等により得た正確な信用情報に基づき、それにより購入者が支払うこととなる賦払金等が当該購入者の支払能力を超えると認められる割賦販売、ローン提携販売又は割賦購入あっせんを行わないよう努めなければならない」(当時の割賦42条の3)

これらの規定は訓示的なもので、罰則規定はなく、違反したからといって直ちに不法行為となって損害賠償が認められたり、契約が無効となると解することは困難。

本判決:
これらの規定を訓示的なものと解し、各規定に違反する行為がなされたからといって、それが直ちに不法行為となったり契約が無効となると解することは困難。
but
債務者の返済能力の「調査や判断に重大な誤りがあった事業者が、法の力を借りて債務の全額の支払を債務者に求めるとすれば、信義誠実の原則に反し権利の濫用に当たると解すべきであり、信義則を適用して」、本件では、過剰与信でないことが明らかな部分を除き、その余の過剰与信と認められる債務には、約4分の3に限りXの請求を認めた。

Xに、過剰与信を禁止する訓示規定に著しい違反があったことを理由として、民法の一般条項を適用して債務額の減額を認めた点で、注目される。


その後の判例では
「割賦販売法38条(平成12年改正により上記割賦販売法42条の3が移動したもの)は、・・・事業者に対し、私法上、直ちに消費者の財産状況等に配慮する義務や購入者の支払能力を超える割賦購入あっせんを行ってはならない義務を負わせるものではない」としながら、信販会社が、「販売会社の社会的に著しく不相当な販売行為を知って与信を行っていた場合には」、同販売会社の不法行為を助長したものであり、個別に不法行為を構成する場合があるとして、購入者に過大な債務の立替払契約を締結させた信販会社の行為に、販売会社との共同不法行為の成立を認め、信販会社の損害賠償義務を肯定したもの。(大阪地裁H20.4.23)


平成18年には、貸金業の規制等に関する法律が改正され、貸金業者には、指定信用情報機関の信用情報を使用して顧客の返済能力を調査することが義務付けられるとともに(貸金業13条1項)、顧客の返済能力を超えると認められる貸付けの契約の締結が禁止され、違反は、業務改善命令や業務停止等の対象とされた(同法13条の2第1項)。

割賦販売法でも、貸金業法の改正をふまえ、平成20年には、クレジット業者に対して消費者の支払可能見込額の調査を義務付けるとともに(割賦30条の2第1項本文・35条の3の32第2項1号)といった行政処分や、100万年円以下の罰金(同51条の6第1号、2号)に処せられる。

これらの貸金業法と割賦販売法の規定は行政取締規定であって、それらに違反して過剰与信が行われた場合であっても、その過剰与信行為が私法上無効となるものではない。
公序良俗(民法90条)の問題。
■42 ■42 モニター商法に対するクレジット契約と抗弁の対抗(大阪高裁H16.4.16)ダンシング事件
大阪高裁H16.4.16
事案 モニター商法による組布団の販売
Aから寝具を購入する顧客は、売買契約に付随してAと「モニター契約」を締結。
顧客は、寝具を使用し、その感想や意見をAに報告し、チラシを配布し、その対価として毎月3万5000円、最長2年合計84万円を受け取ることができる。

XらはYらに対し、本件モニター商法は、破綻必至のもので、かつ、その勧誘も欺瞞的なもので、いわゆる詐欺的商法に当たり、上記契約は反社会的で公序良俗に反し無効。
Xらは、割賦販売法に基づき、Aに対する抗弁事由をもって、Yらに対抗できる
⇒Xらは、旧割賦販売法30条の4に基づき、Aに対する抗弁事由をもって、Yらに対抗できるとし、Xら各人がYらから割賦金元本の請求を受けた時は、これを拒絶する地位にあたることの確認を求めた。
原審 モニター契約と寝具の売買を切り離して考え、前者は公序良俗に反し無効であるが、後者については適正な販売価格を超える部分のみが無効となる。

Xらの抗弁の対抗をその限りで認め、Yらに対する支払がこの価格に達していない者については、その額までYらの反訴請求を認容。
判旨 本訴請求につき、(Xらの控訴に基づき)原判決の一部変更・請求認容。反訴請求につき、同じく原判決取消し・請求棄却。Yらの各控訴棄却。

(@)モニター商法の反公序良俗性 「本件モニター商法は、破綻不可避の反社会的な商法であり、かつ、これを隠蔽する欺瞞的勧誘方法を伴う詐欺的商法であり、しかも、被害の急速な拡大を招く危険な商法(いわゆるマルチ商法として禁圧されるべき商法)にも該当するものであるから、公序良俗に反する違法な取引であるといわなければならない。」

(A)売買契約とモニター契約の関係 「本件各売買契約と本件各モニター契約は、不可分一体の契約であって、モニター特約寝具販売契約ともいうべきものであると認められるから、上記各契約は、公序良俗に反し全部無効であるといわなければならない。」

(B)旧割賦販売法30条の4に基づく抗弁の対抗は信義則に反するか  旧割賦販売法30条の4の適用があるところ、「Xらは、特段の事情のない限り、前記認定の公序良俗違反を理由とする本件各売買契約(本件各モニター契約付)の無効(抗弁)を主張して、Yら信販会社の各請求を拒むことができると解するのが相当である。」
「購入者が割賦購入あっせん業者に対して抗弁を主張(対抗)することが信義に反すると認められるような特段の事情がある場合には、抗弁対抗が許されないことは、信義則の法理に照らし当然のことである」が、法30条の4の規定の趣旨および目的に照らすと、本件事実関係の下では、抗弁対抗を主張することが信義に反するとして制限される場合とは、Yらとの本件各立替払契約締結に際し、「購入者(消費者)であるXらに何らかの過失や不注意があることを指すのではなく……、信販会社であるYらにおいて、販売店であるAの公序良俗に反する本件モニター商法につき加盟店に対する調査、管理の義務を尽くしたかどうかも考慮に入れた上で、『購入者(消費者)であるXらにおいて、販売店であるAの本件モニター商法が公序良俗に反するのであることを知り、かつ、クレジット契約の不正利用によって信販会社に損害を及ぼすことを認識しながら、自ら積極的にこれに加担した』というような背信的事情がある場合……をいうものと解するのが相当である」ところ、Xらにこうした背信的な事情があるとは到底認められない。
■41 ■41 進学塾の中途解約と授業料返還請求(東京地裁H15.11.10)
東京地裁H15.11.10
事案 Xは、冬期講習の開始前である10月22日、冬期講習受講契約と年間模試受験契約を解約する旨をYに告げ、Yに対して冬期講習受講料76万8000円と未実施の模試受験料9万5700円の系86万3700円の返還を請求。
判旨 @年間模試受験契約の解除制限特約の成否について
「入学願書には、「入学金・授業料・教材費・施設通信費はいかなる場合にも返却されないことを了承します。」との印刷文言が記載されていた。しかし、この印刷文言中には、年間模擬試験についての記載が全くないから、同印刷文言をもって本件年間模試受験契約について本件解除制限特約が成立したということはできない」。「本件解除制限特約が受験生の間で公知の事実であると認めるに足りる証拠はない。さらに、大手予備校に在籍した経験があることをもって、原告が本件年間模試受験契約について解除制限特約をあることを知っていたはずであると推認することもできない」よって、未実施の年間模擬試験受験料九万五七〇〇円に関する原告の中途解約による不当利得返還請求は理由がある。

A消費者契約法10条の適用の可否について
「本件冬期講習受講契約及び年間模試受験契約は、それぞれ準委任契約であり、民法上は当事者がいつでも契約を解除することができるとされているが(民法六五一条、六五ハ条)、本件解除制限特約は解除を全く許さないとしているから 同特約は民法の公の 序に関しない規定の適用による場合に比し、「消費者の権利を制限」するものであるということができる」。たとえAが「申込者からの中途解除により講師の手配や講義の準備作業等に関して影響を受けることがあるとしても、・・・申込者からの解除を一切許さないとして実質的に受講料又は受験の全額を違約金として没収するに等しいような解除制限約定は、信義誠実の原則に反し 「民法第一条第二項に規定する基本原則に反して、消費者の利益を一方的に害する」ものというべきである」。「よって、本件冬期講習受講契約について成立した本件解除制限特約及び仮に年間模試受験契約についても成立したと仮定した場合の同特約は、消費者契約法一〇条により無効で」あり、原告の民法六五一条を根拠とする契約解除による不当利得返還請求権に基づく請求には理由がある。
規定 消費者契約法 第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
民法、商法(明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

民法 第651条(委任の解除)
委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
2 当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。

第656条(準委任)
この節の規定は、法律行為でない事務の委託について準用する。

特商法 第49条
役務提供事業者が特定継続的役務提供契約を締結した場合におけるその特定継続的役務の提供を受ける者は、第四十二条第二項の書面を受領した日から起算して八日を経過した後(その特定継続的役務の提供を受ける者が、役務提供事業者が第四十四条第一項の規定に違反して前条第一項の規定による特定継続的役務提供契約の解除に関する事項につき不実のことを告げる行為をしたことにより当該告げられた内容が事実であるとの誤認をし、又は役務提供事業者が第四十四条第三項の規定に違反して威迫したことにより困惑し、これらによつて当該期間を経過するまでに前条第一項の規定による特定継続的役務提供契約の解除を行わなかつた場合には、当該特定継続的役務の提供を受ける者が、当該役務提供事業者が同項の主務省令で定めるところにより同項の規定による当該特定継続的役務提供契約の解除を行うことができる旨を記載して交付した書面を受領した日から起算して八日を経過した後)においては、将来に向かつてその特定継続的役務提供契約の解除を行うことができる。
解説 争点:
@中途解約を制限する特約が、本件模試受験契約についても成立しているのか、
A代金払込後の解除を一切許さないとする本件解除制限特約は、消費者契約法10条により無効となるのか

@について特約は不成立、Aについて特約は消費者契約法により無効

特約の成否
特に約款による契約の場合において、約款使用者がその相手方に対し、予期しない特別の不利益を課す特約は、その内容が明記されまたは特に個別の明確な説明があり了承されたという事情がない限り、その成立は認められるべきでない。

最高裁H17.12.16:
建物賃貸借で賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせる特約の成否が問題となった事案において、「賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには・・・その旨の特約・・・が明確に合意されていることが必要である」として、特約の成立を否定。

本件のような年間模試受験契約では、Xは本来、契約を将来に向かって解除する権利を有する(民法651条、民法656条)ところ、Yの主張する特約は、Xが本来有する解除権を制限し、Xに一方的に不利益を課すもの。

模試受験契約についての解除制限特約の成立を否定。

消費者契約法10条による解除制限特約の無効
消費者契約法10条が適用されるためには、
@「消費者契約」の条項であること、
Aその条項が、民法、商法等の任意規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し、または消費者の義務を加重するものであること、
B信義誠実の原則(民法1条2項)に反して消費者の利益を一方的に害するものであること
が必要。

@問題なし。

Aについて、
本判決は、準委任(民法656条)⇒いつでも契約を解除できる(民法651条)とする。
but
役務提供者側からの自由な解除権を認めることが適切でないような役務提供契約も少なくない。
cf.学納金返還請求訴訟で、大学と学生との間の在学契約を、準委任ではなく無名契約とした。(最高裁)

準委任構成であれ、無名契約構成であれ、本件のような継続的役務提供契約において、消費者である役務受領者が将来に向かって契約を解除できることについては異論がない。

Aの要件は満たす。

Bの信義則違反の要件充足性については、一方で消費者の権利を制限し、または義務を加重する程度と態様、その合理性の有無、特約が有効であれば消費者が被る不利益と、他方で契約が無効とされることにより事業者が被る不利益を、総合的に考慮して判断。
最終的には、当事者の権利義務の不均衡とその不合理性によって判定されるべき。

Bの要件充足性を認めた判断も正当。

本件特約は、解除に伴う損害賠償の額の予定や違約金を定めたものではなく、解除自体を許さないとしたもの⇒平均的損害を限度とする、特約による賠償請求(消費者契約法9条1号)は問題とならない。

特定商取引法について
特商法49条1項によれば、「特定継続的役務」の提供を受ける者は将来に向かって契約を解除することができるとされ、その解除権を否定する特約は同条7項により無効とされるが、その適用対象は極めて限定的。(同法41条、12条、別表4参照)

本判決は、同法の「特定継続的役務」に該当するか否かに関わらず、広く消費者の解除権を制限する条項が一定の事情の下で消費者契約法10条により無効とされうることを認めた。
■40 ■40 契約の解除と違約金条項(東京地裁H14.3.25,大阪地裁H14.7.19)
@東京地裁H14.3.25 A大阪地裁H14.7.19
事案 @事件:
パーティー予約をキャンセル。
Xが営業保証料の支払を求めて訴えを提起。

A事件:
Yは車両を注文し、自動車注文書を提出⇒その後注文撤回。
Xは、損害賠償金の支払を求めて訴えを提起した。
判旨 @事件
「消費者契約法9条1号によれば、契約解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらの合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害を超えるものについては、当該超える部分は法律上無効であるとされている。
 これを本件についてみるに、本件予約の解約に当たり営業保証料(予約の解除に伴う損害賠償の予定又は違約金)が定められているが、消費者契約法9条1号の法の趣旨に照らすと、前記営業保証料のうち、前記「平均的な損害」を超える部分は無効ということになり、XはYに対し、「平均的な損害」の限度で請求することができるということになる。」
 「そこで、問題となるのは、消費者契約法9条1号にいうところの「平均的な損害」の意義であるが、これについては、当該消費者契約の当事者たる個々の事業主に生じる損害の額について、契約の類型ごとに合理的な算出根拠に基づき算定された平均値であり、解除の事由、時期の他、当該契約の特殊性、逸失利益・準備費用・利益率等損害の内容、契約の代替可能性・変更ないし転用可能性等の損害の生じる蓋然性等の事情に照らし、判断するのが相当である。」
 「以下、具体的に、本件予約解約に当たっての「平均的な損害」は幾らが相当かという点について検討することにする。」「Yは、平成13年4月8日、Xに対し、同年6月10日 (日曜日、仏滅)に、本件店舗で、人数30ないし40名、料金1人当たり3980円の希望で、パーティーをしたいとの予約を申し込んだ。」「Yは、平成13年4月9日Xとの間で、1人当たりの料金を4500円(酎ハイ飲み放題コース)で行う旨確定した。」「Xは、本件予約があったため、本件パーティーと同時刻開催予定の80名の予約を断った。ところが、Yは、平成13年4月10日、Xに対し、自己都合で本件予約を解約するとの意思表示をした。」「本件予約の解約は、開催日から2か月前の解約であり、開催予定日に他の客からの予約が入る可能性が高いこと、本件予約の解約によりXは本件パーティーにかかる材料費、人件費等の支出をしなくて済んだことが認められる。」「他方、・・・Xは本件予約の解約がなければ営業利益を獲得することができたこと、本件パーティーの開催日は仏滅であり結婚式2次会などが行われにくい日であること、本件予約の解約はYの自己都合であること、及びY自身3万6000円程度の営業保証料の支出はやむを得ないと考えている。」「以上のY、Xにそれぞれ有利な事情に、そもそも本件では証拠を検討するも、旅行業界における標準約款のようなものが見当たらず、本件予約と同種の消費者契約の解約に伴い事業者に生ずべき平均的な損害額を算定する証拠資料に乏しいこと等を総合考慮すると、本件予約の解約に伴う「平均的な損害」を算定するに当たっては、民訴法248条の趣旨に従って、1人当たりの料金4500円の3割に予定人数の平均である35名を乗じた4万7250円(4500円×0.3×35=4万7250円)と認めるのが相当であり、この判断を覆すに足りる証拠はない。」
A事件
「売買契約が、消費者契約法(平成13年4月1日施行)2条3項に定める消費者と事業者との間で締結される契約であり、同法の適法があることは明らかである。
 そして、消費者契約法9条1号に定める「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」は、同法が消費者を保護することを目的とする法律であること、消費者側からは事業者にどのような損害が生じ得るのか容易には把握しがたいこと、損害が生じていないという消極的事実の立証は困難であることなどに昭らし、損害賠償額の予定を定める条項の有効性を主張する側、すなわち事業者側にその立証責任があると解すべきである。」
「これを前提として本件について検討するに、本件では、Yによる本件売買契約の撤回(解除)がなされたのは契約締結の翌々日であったこと、弁論の全趣旨及び証拠(Y本人)によれば、X担当者は、本件売買契約締結に際し、Yに対し、代金半額(当初全額と言っていたが、Yが難色を示したため、半額に訂正した)の支払を受けてから車両を探すと云っていたことが認められることなどからすれば、Yによる契約解除によって事業者であるXには現実に損害が生じているとは認められないし、これら事情のもとでは、販売業者であるXに通常何らかの損害が発生しうるものとも認められない。
 Xは、本件売買契約の対象車両は既に確保していたとするが、それを認定するに足りる証拠はない上、仮にそうであったとしても、Yに対してそのことを告げていたとは認められないし、また、Yの注文車両は他の顧客に販売できない特注品であったわけでもなく、Yは契約締結後わずか2日で解約したのであるから、その販売によって得られたであろう粗利益(得べかりし利益)が消費者契約法9条の予定する事業者に生ずべき平均的な損害に当たるとはいえない。
 もっとも、厳密に言えば、Xが取引業者との間で対象車両の確保のために使用した電話代などの通信費がかかっているといえないこともないがこれらは額もわずかである上、事業者がその業務を遂行する過程で日常的に支出すベきであるから、消費者契約法9条の趣旨からしてもこれを消費者に転嫁することはできないというべきである。」
 「したがって、本件特約条項・・・に基く本件違約金請求は、消費者契約法9条1号により許されない。」
規定 消費者契約法 第9条(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)
次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分

第10条(訪問販売における契約の解除等に伴う損害賠償等の額の制限)
販売業者又は役務提供事業者は、第五条第一項各号のいずれかに該当する売買契約又は役務提供契約の締結をした場合において、その売買契約又はその役務提供契約が解除されたときは、損害賠償額の予定又は違約金の定めがあるときにおいても、次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める額にこれに対する法定利率による遅延損害金の額を加算した金額を超える額の金銭の支払を購入者又は役務の提供を受ける者に対して請求することができない。
一 当該商品又は当該権利が返還された場合 当該商品の通常の使用料の額又は当該権利の行使により通常得られる利益に相当する額(当該商品又は当該権利の販売価格に相当する額から当該商品又は当該権利の返還された時における価額を控除した額が通常の使用料の額又は当該権利の行使により通常得られる利益に相当する額を超えるときは、その額)
二 当該商品又は当該権利が返還されない場合 当該商品又は当該権利の販売価格に相当する額
三 当該役務提供契約の解除が当該役務の提供の開始後である場合 提供された当該役務の対価に相当する額
四 当該契約の解除が当該商品の引渡し若しくは当該権利の移転又は当該役務の提供の開始前である場合 契約の締結及び履行のために通常要する費用の額
解説 両判決の意義
契約を一方的に解除した消費者に対し、事業者が損害賠償金を請求する際に依拠した約定が、消費者契約法9条1号にいう損害賠償額の予定・違約金条項に該当し、請求額が「平均的な損害」の額を超えるものとして、超過部分について無効となることを認めた判決。

@判決⇒事業者の逸失利益を考慮して平均的な損害を算定し、割合的に事業者の請求を認めた。
A判決⇒逸失利益は平均的な損害に当たらないとして、事業者の請求を棄却。

「平均的な損害」の立証責任の問題は、いわゆる学納金返還請求事件の最高裁判決において、消費者に立証責任がある旨が示された。

消費者契約法9条1号の趣旨と「平均的な損害」
消費者契約法9条1号:契約の解除に伴う損害賠償額の予定・違約金条項に定められた額が「平均的な損害」の額を超える場合に、超過部分が無効となることを規定。
←消費者が不当な出捐を強制されることを回避することにある。

「平均的な損害」の額:
「解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき」ものと定義され、「当該消費者契約の当事者たる個々の事業者に生じる損害の額について、契約の類型ごとに合理的な算出根拠に基づき算定された平均値であり、当該業者における業界の水準を指すものではない」と説明。

仮に約定解除権及び損害賠償額の予定条項がなかった場合:
@事案では、民法641条により解除できるものの、履行利益をも含みうる損害賠償責任を負う。

第641条(注文者による契約の解除)
請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。

A事案では、消費者に自己都合による解除は認められず、消費者の履行拒絶の事態に対し、事業者は、解除の上、勝者に債務不履行を理由とする損害賠償請求をする(民法415条、416条)などの対応をなし得る事案。


消費者契約法9条1号においては、特定商取引に関する法律10条などにみられる「消費者契約の履行前の段階においては契約解除に伴う損害賠償額は現状回復賠償に限定される」という法律が採用されたとした上で、契約目的に代替性のない取引の場合、他の契約を締結して利益を得る機会を失ったという逸失利益がこの現状回復賠償に含まれることになるところ、@判決では、契約目的に代替性のない取引が問題となった故に、逸失利益も平均的な損害に含められたと説明。(森田宏樹)


損害賠償の範囲に履行利益が含まれ得ることを前提とする限り、当該契約によって他の顧客と契約する機会を喪失するとういタイプの取引(会場や座席の予約など)では、履行前解除において、契約目的の転用可能性(損害軽減義務)の観点から、場合によっては、履行利益の大幅な縮減を論じる余地があるとしても、逆に、当該契約にかかわらず他の消費者と同種の契約が可能なタイプの取引(契約数が限定されない売買や通信サービスなど)では、キャンセルされた契約目的を転用しなくとも同種の契約を締結し利益をあげることができるのであるから、履行利益を損害賠償の範囲に含めることを制限・否定することは難しい。

後者のタイプの取引において、履行利益を損害賠償の範囲に含めることを否定するには、民法理論の修正が要請される。


「解除の事由」と「平均的な損害」
消費者契約法9条1号は、「平均的な損害」を判断する際に、「解除の事由」を考慮要素として挙げ、@判決もこの要素に言及しているが、「解除の事由」は、事業者が被る損害の額に影響を与える要素ではないと言われている。


その他の問題点など
@判決では、原告事業者はネット上の公告では解約料無料としておきながら、契約を申し込んだ顧客に対し営業保証料徴収に関する契約条件を示すという問題のある広告・勧誘方法を用いている⇒広告・勧誘方法を効果的に規制する枠組みの必要性。
■39 ■39 信用保証委託契約における遅延損害金の約定の効力(東京高裁H16.5.26)
事案 Xは消費者契約法施行後に、Yとの間で締結した本件信用保証契約に基づき、YのA銀行に対する借入金およびその利息を代位弁済したと主張して、Xは、Yに対して本件保証委託契約に基づき、求償金元金及び約定損害金の支払を求めた。
判旨 「当裁判所も,本件保証委託契約については,消費者契約法が適用され,同契約中遅延損害金についての定めのうち,同法9条2号所定の14.6パーセントを超える部分は無効である」として、原判決と同様の判断を示した。

「2 Xは,当審において,まず,本件保証委託契約は,Yが全国八葉物流株式会社の事業の資金融通のために締結したものであるなどと主張し,本件においては,Yが消費者契約法に規定する消費者(すなわち同法2条1項の個人)ではなく,したがって,消費者契約法は本件保証委託契約に適用されない旨を主張するが,Yが事業として又は事業のため本件保証委託契約を締結したことを認めるに足りる証拠はないから,Yが消費者ではない旨のXの主張は,採用することができない。

 また,Xは,当審において,代位弁済に基づき取得する原債権と本件保証委託契約に基づく求償権とが実体的に同じものであって,保証人と債務者の特約といえども利息制限法による制約を排除できない旨主張するが,Xは,そもそも,本件保証委託契約に基づく求償金元金及び約定遅延損害金請求債権に基づいて本件請求をするものであるところ,保証人と債務者の特約といえども利息制限法の制約を排除できない旨のXの主張は,本件保証委託契約に基づく求償金元金及び約定遅延損害金請求債権の法律的性質に根ざさない,独自の見解といわざるを得ず,かつ,消費者契約法9条2号の規定の効力をないがしろにするものといわざるを得ないのであって,到底採用することはできない。

 その他,本件においては,本件保証委託契約につき消費者契約法の適用が排除され,利息制限法が適用されると解すべき事由の主張立証は存しない。」
規定 消費者契約法 第9条(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)
次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。

二 当該消費者契約に基づき支払うべき金銭の全部又は一部を消費者が支払期日(支払回数が二以上である場合には、それぞれの支払期日。以下この号において同じ。)までに支払わない場合における損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、支払期日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該支払期日に支払うべき額から当該支払期日に支払うべき額のうち既に支払われた額を控除した額に年十四・六パーセントの割合を乗じて計算した額を超えるもの 当該超える部分

消費者契約法 第11条(他の法律の適用)
消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し及び消費者契約の条項の効力については、この法律の規定によるほか、民法及び商法の規定による。
2 消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し及び消費者契約の条項の効力について民法及び商法以外の他の法律に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。

利息制限法 第4条(賠償額の予定の制限)
金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による賠償額の予定は、その賠償額の元本に対する割合が第一条に規定する率の一・四六倍を超えるときは、その超過部分について、無効とする。
2 前項の規定の適用については、違約金は、賠償額の予定とみなす。
解説
消費者契約法9条2項:消費者契約に基づく金銭の支払を遅延した場合の損害賠償の予定または違約金を定める条項は、年14.6%を超える部分は無効とする旨を規定。

利息制限法4条1項:金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による賠償額の予定については、元本の額に応じて一定の額(元本100万円以上の場合、年21.9%)を超える部分を無効と定める。

争点:
@ 本件保証委託契約は消費者契約であるか。
A 保証委託契約の遅延損害金の特約には利息制限法4条1項の適用があるか。


<本判決>
争点@について、
個人の「事業者性」につき、消費者契約法の適用がないと主張する者に立証責任があることを前提に、Yが事業としてまたは事業のため本件保証委託契約を締結したことを認めるに足りる証拠はない⇒Yが消費者でない旨のXの主張は採用できない⇒消費者契約法の適用がある。

争点Aについて、
当該信用保証委託契約に基づく遅延損害金の定めには利息制限法の適用がない。


「消費者性」は、単なる事実ではなく、規範的評価を含む
←「消費者性」を構成する「事業」といえるか否かは、単に反復継続性のみではなく、契約段階の相手方事業者の意図等、他の諸々の要素を含めて、全体として事業とみなすことが適当かにより判断。

評価を基礎付ける具体的事実は、当該要件の適用を主張する個人が主張立証責任を負い、そのような評価をすることを妨げる別の事情は、相手方である事業者が主張立証責任を負うと解すべき。


利息制限法4条1項は、金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による賠償額の予定について適用される。
⇒信用保証契約に基づく遅延損害金の定めには適用されない。

消費者契約法11条2項は、「消費者契約の条項の効力について民法及び商法以外の他の法律に別段の定めがあるときは、その定めあるところによる」と規定し、一般に、利息制限法4条1項が消費者契約法11条2項における「別段の定め」に該当すると解されている。
■38 ■38 入学辞退と学納金返還請求(最高裁H18.11.27)
事案 Xらは全て各大学の平成14年度入試の合格者。

@事件
X1は平成14年3月13日、Y2大学に対し「退学願」と題する書面を提出。
X2は平成14年3月29日ころ、電話で入学を辞退する旨を告げ、同年4月3日、「入学辞退届出」と題する書面がY1大学に到達。

Xらは、学生納付金相当額の返還を求め、大学側は、付返還特約が有効に存在するとして返還を拒否。

A事件
Xらが学生納付金相当額の返還を書面で請求し、Y2は、付返還特約が有効に存在すること等を主張して返還を拒否。
判旨 <総論>
 @ 在学契約の性質
 「在学契約は,大学が学生に対して,講義,実習及び実験等の教育活動を実施するという方法で,上記の目的にかなった教育役務を提供するとともに,これに必要な教育施設等を利用させる義務を負い,他方,学生が大学に対して,これらに対する対価を支払う義務を負うことを中核的な要素とするものである。また,・・・在学契約は,学生が,部分社会を形成する組織体である大学の構成員としての学生の身分,地位を取得,保持し,大学の包括的な指導,規律に服するという要素も有している。このように,在学契約は,複合的な要素を有するものである上,上記大学の目的や大学の公共性(教育基本法6条1項)等から,教育法規や教育の理念によって規律されることが予定されており,取引法の原理にはなじまない側面も少なからず有している。以上の点にかんがみると,在学契約は,有償双務契約としての性質を有する私法上の無名契約と解するのが相当である。」

 A 在学契約の成立時期
 「特段の事情のない限り,学生が要項等に定める入学手続の期間内に学生納付金の納付を含む入学手続を完了することによって,両者の間に在学契約が成立するものと解するのが相当である」。

 B 学生納付金の性質 
学生納付金のうち、入学金は、「その額が不相当に高額であるなど他の性質を有するものと認められる特段の事情のない限り,学生が当該大学に入学し得る地位を取得するための対価としての性質を有するものであり,当該大学が合格した者を学生として受け入れるための事務手続等に要する費用にも充てられることが予定されているものというべきである。」

 C 在学契約等の解除
「学生は,原則として,いつでも任意に在学契約等を将来に向かって解除することができる一方,大学が正当な理由なく在学契約等を一方的に解除することは許されないものと解するのが相当である」。

入学辞退(在学契約の解除)は,「口頭によるものであっても,原則として有効な在学契約の解除の意思表示と認めるのが相当である。そして,上記のとおり,学生は原則としていつでも任意に在学契約を解除することができることにかんがみると,要項等において,所定の期限までに書面で入学辞退を申し出たときは入学金以外の学生納付金を返還する旨を定めている場合や,入学辞退をするときは書面で申し出る旨を定めている場合であっても,これらの定めが,書面によらなければ在学契約解除の効力が生じないとする趣旨のものであると解することはできない」。
なお,「要項等に,「入学式を無断欠席した場合には入学を辞退したものとみなす」,あるいは「入学式を無断欠席した場合には入学を取り消す」というような記載がある場合には,学生が入学式を無断で欠席することは,特段の事情のない限り,黙示の在学契約解除の意思表示をしたものと解するのが相当である」。

「在学契約は,解除により将来に向かってその効力を失うから,少なくとも学生が大学に入学する日(通常は入学年度の4月1日)よりも前に在学契約が解除される場合には,学生は当該大学の学生としての身分を取得することも,当該大学から教育役務の提供等を受ける機会もないのであるから,特約のない限り,在学契約に基づく給付の対価としての授業料等を大学が取得する根拠を欠くことになり,大学は学生にこれを返還する義務を負う」が、「学生が大学に入学し得る地位を取得する対価の性質を有する入学金については,その納付をもって学生は上記地位を取得するものであるから,その後に在学契約等が解除され,あるいは失効しても,大学はその返還義務を負う理由はない」。
 
 D 不返還特約の性質
「不返還特約のうち授業料等に関する部分は,在学契約の解除に伴う損害賠償額の予定又は違約金の定めの性質を有するものと解するのが相当である。」

 E 在学契約等への消費者契約法の適用
 消費者契約「法施行後に締結された在学契約等は,同条3項所定の消費者契約に該当することが明らかであり」,「在学契約に係る不返還特約は,違約金等条項に当たる」。

 F 不返還特約の公序良俗違反該当性
 「不返還特約は,その目的,意義に照らして,学生の大学選択に関する自由な意思決定を過度に制約し,その他学生の著しい不利益において大学が過大な利益を得ることになるような著しく合理性を欠くと認められるものでない限り,公序良俗に反するものとはいえない」。

 G 不返還特約の消費者契約法上の効力
「消費者契約法9条1号にいう「平均的な損害及びこれを超える部分については,事実上の推定が働く余地があるとしても,基本的には,違約金等条項である不返還特約の全部又は一部が平均的な損害を超えて無効であると主張する学生において主張立証責任を負うものと解すべきである」。

「一般に,4月1日には,学生が特定の大学に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測されるものというべきである。そうすると,在学契約の解除の意思表示がその前日である3月31日までにされた場合には」,「大学が合格者を決定するに当たって織り込み済みのもの」として、「原則として,大学に生ずべき平均的な損害は存しないものであって,不返還特約はすべて無効となり,在学契約の解除の意思表示が同日よりも後にされた場合には,原則として,学生が納付した授業料等及び諸会費等は,それが初年度に納付すべき範囲内のものにとどまる限り,大学に生ずべき平均的な損害を超えず,不返還特約はすべて有効となるというべきである」。

専願について、学生が在学契約を締結した時点で当該大学に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測されるものというべきであるから,当該在学契約が解除された場合には,その時期が当該大学において当該解除を前提として他の入学試験等によって代わりの入学者を通常容易に確保することができる時期を経過していないなどの特段の事情がない限り,当該大学には当該解除に伴い初年度に納付すべき授業料等及び諸会費等に相当する平均的な損害が生ずる」。(@事件)

入学式欠席条項について、「要項等に,「入学式を無断欠席した場合には入学を辞退したものとみなす」,「入学式を無断欠席した場合には入学を取り消す」などと記載されている場合には,当該大学は,学生の入学の意思の有無を入学式の出欠により最終的に確認し,入学式を無断で欠席した学生については入学しなかったものとして取り扱うこととしており,学生もこのような前提の下に行動しているものということができるから,入学式の日までに在学契約が解除されることや,入学式を無断で欠席することにより学生によって在学契約が黙示に解除されることがあることは,当該大学の予測の範囲内であり,入学式の日の翌日に,学生が当該大学に入学することが客観的にも高い蓋然性をもって予測されることになるものというべきであるから,入学式の日までに学生が明示又は黙示に在学契約を解除しても,原則として,当該大学に生ずべき平均的な損害は存しない」。

H 不返還特約等の消費者契約法10条該当性
「入学金の納付の定めは,入学し得る地位を取得するための対価に関する定めであるから,同条にいう「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」には該当せず,同条適用の要件を欠く」。

<各論>
以上の総論を各当事者に当てはめ、@事件の専願であるX1については、不返還特約は有効であるとして特段の事情の有無を審理させるため原審に差戻し(一部破棄差戻し)、X2については、授業料相当額の返還請求を認容した(一部破棄自判)。A事件については、X3については平均点損害が発生しているとして返還請求を認めず、また、X4〜X8については入学式のッ欠席によって解除がなされ、Y2に平均的損害は生じていないとして授業料等の返還請求を認めた(一部破棄自判)。」
規定 消費者契約法 第9条(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)
次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
・・・

消費者契約法 第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
民法、商法(明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
解説
「総論」で在学契約について詳細な一般論を展開。
学生からの解除権については、準委任構成に基づく民法651条によることなしに、公共性や教育の理念から、私法上の有償双務契約ではあるものの、無名契約であるとの性質決定。

民法651条の適用⇒大学からの任意解除も許されることになり、また、任意解除された側が損害賠償を請求できる場合が非常に限定されているので、無名契約と解して独自の法性決定をしている。
これは、他の法的論点も同様であり、民法の契約法では不十分な規定しか存在しない役務提供契約中の「在学契約」についての判例による法創造。


入学金については、不当に高額でない限り、「入学し得る地位を取得するための対価」であるから、地位を取得した後に在学契約が解除されても返還義務はないとしている。
but
「事務手続等に要する費用」に充てられた分が返還されないのは当然であるとしても、それ以外の部分の返還不要の説明としては不十分。教育サービスの対価の前払であると評価すれば4月1日より前の解除のときは、返還されるべきものとなる。

「在学契約を解除されない地位」と言い換えているが、在学契約は大学からは一方的に解除できないと述べており、入学金を不要とする在学契約であっても、大学からの任意解除は許されない。

結局、不相当に高額でなければ、私的自治の原則に基づき返還しない旨の特約は有効との公序良俗のレベルの判断にとどまっている。


4月1日より前の解除の場合に授業料を返還しない旨の特約を損害賠償額の予定条項または違約金条項と評価して、消費者契約法9条1号を適用し、同法10条の問題ではないとする。

but
原状回復義務免除特約(対価保持条項)とみたり(潮見)、双方の責めに帰することのできない事由による履行不能についての債務者主義の原則(民法536条2項)に反する特約であるとみて、消費者契約法10条の問題と考えるべきとの批判がある。
(MKA:入学義務なし⇒損害賠償の問題ではないのでは?)

消費者契約法9条1号適用反対説⇒4月1日以降の解除でも日割り計算で受領料を返還すべきとの主張を含意。


本判決は、授業料不返還の特約の公序良俗違反性を否定。
(別の判決では、消費者契約法施行前の医学部への入学手続の事件で、公序良俗に反しないとして学生の請求を認めなかった。)

消費者契約法8条、9条、10条の不当条項規制の公序良俗違反の具体化にすぎないとみる立場からは、消費者契約法の施行の前後で判断が異なる点が批判。(潮見)


消費者契約法9条1号の「平均的な損害の額を超えるもの」であることの立証責任について、伝統的な法律要件分類説の立場から、同号を権利障害規定とみて、これによって利益を受ける消費者側が負担すべきであるとした。

but
納付済みの授業料等相当額が平均的な損害の額を超えるかどうかについて、3月末までの辞退は「織り込み済み」であるとして、4月1日より前の解除か否かで2分し、前者の場合は損害なし、後者の場合は全額を平均的損害とみなしている。

授業料不返還特約の性質論も含めて、判例による新たな法創造を行ったとみるのが妥当。


募集要項等が書面による入学辞退を求めていても、書面に寄らない意思表示も有効とする。

入学式が4月1日以降であっても、入学式に無断欠席したときは入学辞退とみなす旨の記載が募集要項等にある場合は、入学式の日までの解除による平均的損害は存在しないと割り切っていることにも批判が多い。
■37 ■37 スポーツクラブ会則に定める免責条項(東京地裁H9.2.13)
事案 スポーツクラブで、足を滑らせて転倒して骨折。⇒民法717条1項に基づいて損害賠償を求めた。

Y:足ふきマット、注意書き、1時間おきに清掃⇒本件廊下は通常有すべき安全性を備えていた。

スポーツクラブ会則25条1項:
「本クラブの利用に際して、会員本人または第三者に生じた人的・物的事故については、会社側に重過失のある場合を除き、会社は一切損害賠償の責を負わないものとする」旨の規定。
規定 第717条(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。
判旨 原告は、本件スポーツクラブの入会に際し、被告との間で、本件スポーツクラブの会員資格、本件施設の利用等に関する具体的な内容は本件会則の定めによることを承認する旨の包括的な合意をしたものということができるが、本件会則が被告によって一方的に定められ、多数の会員に統一的に適用されるべき定型的なものであること、原告に限らず、入会を申し込む者は、本件スポーツクラブの管理、運営上必要、かつ、相当な内容のものが定められているはずであると考えて右のような包括的な合意をするのであり、このような期待ないし信頼について保護されるべき正当な利益を有するものといえることにかんがみると、右包括的な合意の具体的内容を確定し、その法的効力を肯定するに当たっては、次の点に注意すべきである。

まず、@本件会則の意味内容が一義的に明確に決まっていないため、その条項を解釈する必要がある場合には、個々具体的な契約当事者の立場から入会に際しての個別具体的な事情を考慮したり、あるいはあたかも法令の解釈に当たって立法者の意思をしんしゃくするように作成者である被告の意思をしんしゃくして当該条項を解釈すべきではなく、一般的、平均的な入会申込者ないし会員にとって予期可能であり、かつ、合理的に理解することができる内容のものとして客観的、画一的に当該条項を解釈すべきである。

次に、A本件会則の条項の意味内容が確定している場合においても、その内容が合理性を備えている場合に限り、会員の具体的な知不知を問わず、会員に対する法的効力を有するものであり、そのような合理性を備えていないときには、当該条項は会員に対する法的効力を有しないものと解するのが相当である。

そして、B本件会則の規定の内容が、会員資格取得の手続、本件スポーツクラブの管理、運営に関する事項を定めるものである場合には、公序良俗に反するものでない限り、原則として右の合理性を肯定することができるが、契約当事者としての基本的な権利義務又は不法行為による損害賠償請求権に関する権利義務について定めるものである場合には、そのように定める目的の正当性、目的と手段、効果との間の権衡等を考慮して右の合理性を備えるものであるか否かを判断するのが相当である。
4 ・・・
「一般的、平均的な入会申込者ないし会員にとって予期可能であり、かつ、合理的に理解することができる内容のものとしては、スポーツ活動には危険が伴うから、会員自ら健康管理に留意し、体調不良のときには参加しないようにすべきであること、あるいは本件施設に現金、貴重品を持ち込まないようにすべきであり、持ち込むときには自らの責任において管理すべきであること、したがって、会員自らの判断によりスポーツ活動を行い、あるいは本件施設に現金、貴重品を持ち込んだ結果、身体に不調を来し、あるいは盗難事故に遭ったときには、被告に故意又は重過失のある場合を除き、被告には責任がないこと、以上のように理解するものと考えることができる。すなわち、社会通念上、普通の知識、経験を有する成年の男女がスポーツ活動を行う場合には、スポーツ活動そのものに伴う危険については、通常予測される範囲において、スポーツ活動を行う者がこれを自ら引き受けてスポーツ活動を行うものと考えられているのであり、本件規定は、このような社会通念を踏まえて、スポーツ施設を利用する者の自己責任に帰するものとして考えられていることについて、事故が発生しても、被告に故意又は重過失のある場合を除き、被告に責任がないことを確認する趣旨のものと解するのが相当である。」
 「本件施設の設置又は保存の瑕疵により事故が発生した場合の被告の損害賠償責任は、スポーツ施設を利用する者の自己責任に帰する領域のものではなく、もともと被告の故意又は過失を責任原因とするものではないから、本件規定の対象外であることが明らかであるといわなければならない。」
解説
スポーツクラブ施設内の事故に関して、クラブ会則中の、「本クラブの利用に際して、会員本人または第三者に生じ人的・物的事故については、会社側に重過失のある場合を除き、会社は一切損害賠償の責を負わないものとする」旨の、いわゆる「全部免除条項」が問題となった事案。

本件は、免責特約が成立していると認定した上で、消費者契約法施行前の契約について、免責特約の趣旨解釈および法的効果について詳細に判断している。


富山地裁H6.10.6:
水泳クラブでの死亡事故に関する事案
「亡Aが本件免責条項の内容を認識・了解し、これに合意したものと認めるのは困難であり、他に、亡Aが本件免責条項に合意したものと認めるに足る証拠がない」
「仮に・・合意が成立したものと認めることができるとしても、先に認定判断した本件契約の内容、本件契約に基づく施設利用の実情等に照らすと、本件免責条項が、被告に本件契約上の債務不履行がありその結果会員の生命・身体に重大な侵害が生じた場合においても、被告が損害賠償責任を負わない旨の内容を有するものであるとすれば、右規約はその限りにおいて、公序良俗に反し、無効といわなければならない」


東京地裁H13.6.20:
「・・・人間の生命・身体のようなきわめて重大な法益に関し、免責同意者が被免責者に対する一切の責任追求を予め放棄するという内容の前記免責条項は、被告らに一方的に有利なもので、原告と被告会社との契約の性質をもってこれを正当視できるものではなく、社会通念上もその合理性を到底認め難いものであるから、人間の生命・身体に対する危害の発生については、免責同意者が被免責者の故意、過失に関わりなく一切の請求権を予め放棄するという内容の免責条項は、少なくともその限度で公序良俗に反し、無効であるといわざるを得ない」と判断。


本件後に制定された消費者契約法8条1号、3号で決着。

第8条(事業者の損害賠償の責任を免除する条項の無効)

次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項

三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する民法の規定による責任の全部を免除する条項
■36 ■36 宅配便約款の責任制限条項(最高裁H10.4.30
事案

貴金属の販売・加工等の業を営むXは、顧客Aから加工を請け負ったダイヤモンド等の宝石をBに下請けさせた。加工を終えたBは、前記宝石をXのもとに宅配便を利用して送付するため、運送人Yとの間で、自己を荷送人、Xを荷受人とする運送契約を締結。
Xは、Aら各所有者に本件宝石の価格全額合計3941900円を賠償し、Yに対して各所有者のYに対する不法行為に基づく損害賠償請求権を取得したとして本訴を提起した。

判断

宅配便の責任制限約款の合理性という「趣旨からすれば、責任限度額の定めは、運送人の荷送人に対する債務不履行に基づく責任についてだけでなく、荷送人に対する不法行為に基づく責任についても適用されるものと解するのが当事者の合理的な意思に合致するというべきである。けだし、そのように解さないと、損害賠償の額を責任限度額の範囲内に限った趣旨が没却されることになるからであり、また、そのように解しても、運送人の故意又は重大な過失によって荷物が紛失又は毀損した場合には運送人はそれによって生じた一切の損害を賠償しなければならないのであって(本件約款二五条六項)、荷送人に不当な不利益をもたらすことにはならないからである。そして、右の宅配便が有する特質及び責任限度額を定めた趣旨並びに本件約款二五条三項において、荷物の滅失又は毀損があったときの運送人の損害賠償の額につき荷受人に生じた事情をも考慮していることに照らせば、荷受人も、少なくとも宅配便によって荷物が運送されることを容認していたなどの事情が存するときは、信義則上、責任限度額を超えて運送人に対して損害の賠償を求めることは許されないと解するのが相当である」。

規定 第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
民法、商法(明治三十二年法律第四十八号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
解説

本判旨は、
@宅配便の運送約款の責任限度額の定めは、運送人の荷送人に対する債務不履行に基づく責任についてだけでなく、不法行為に基づく責任についても適用されることが当事者の合理的な意思に合致すること、
A荷受人も、少なくとも宅配便によって荷物が運送されることを容認していたなどの事情が存するときは、信義則上、責任限度を超えて荷送人に対して損害の賠償を求めることは許されないことをそれぞれ判示。

@の部分について 

従来請求権の競合問題として議論されてきた。

判例:請求権の競合を肯定し、本判決も肯定する。
注目すべきは、宅配便の運送約款の責任限度額の定めは、不法行為に基づく請求にも適用されるとする点。

判例は、債務不履行に関する商法の責任規定は不法行為に及ばないとしており(例えば、大判大正2.11.15)、この考えからすれば、債務不履行責任に関する約款規定は不法行為に及ばないと解される。
but
今般不法行為責任の基づく請求にも及ぶとする理由

@宅配便の約款の責任制限の合理性
〜宅配便の特質から故意又は重過失がない限り、その賠償をあらかじめ定めた責任限度額に限定することは、運賃を可能な限り低い額にとどめて宅配便を運営していくうえで合理的。
A当事者の合理的意思に合致。

ルールの透明性の要請からすれば当事者の合理的意思に沿う事項は条項にして極力約款上も明示すべき。

Aの部分について

宅配便利用を容認していた荷受人Xは信義則によって荷送人Bの場合と同様に扱うべきであるとしている。
but
なぜ本件のXの請求においてXの荷受人としての地位が決定的なものとして考慮されるのか、本件判旨は、その理由について展開が不十分。

消費者契約法との関係:
Bは事業者で、その依頼者であるXに届けるために締結⇒消費者契約法の適用はない。

本判決が本件の責任制限約款が債務不履行責任のみならず不法行為責任にも及ぶとするその実質的根拠は、宅配便が消費者を含む利用者に多大な便益をもたらす小口荷物の迅速かつ低廉な運送形態そのものにある。

その利用者が消費者の場合であっても、本件の責任制限約款を有効とする趣旨と解され、消費者契約法10条の定めに違反しないし、また民法の一般原則である信義則ないし公序良俗の適用においても、その違反はないとするのであろう。

■35 ■35 デート商法の公序良俗違反性とクレジットの既払金返還請求(名古屋高裁H21.2.19
事案

XYに対し、
@Bにおいて加盟店に対する加盟店の管理調査義務の懈怠があったとして、不法行為責任に基づき割賦金既払金相当額および弁護士費用の損害賠償
Aクレジット契約自体が公序良俗に反しており、無効であるとし、また消費者契約法上の取消事由があるとして、不当利得返還請求権に基づき、割賦金既払金相当額の返還および民法所定の遅延損害金の支払を求めた。
これに対し、YXに対し、割賦金未払金およびこれに対する商事法定利率による遅延損害金の支払を請求した。

判断

「認定した事実によると,Bは,独身男性である控訴人に対し,若い女性の販売員をあてがい,同女との今後の交際等を匂わせるような思わせぶりな言動をとらせ,好意を抱かせて勧誘に乗ってしまいやすい状況を作出した上で宝飾品の購入を勧め,更に複数名の販売員とともに長時間にわたり購入を勧誘し続け,控訴人が購入をためらうと,威圧的な態度さえ示してその場から立ち去って帰宅することを困難にするとともに,控訴人の貴金属等に対する知識の乏しさに乗じて市場価格ではそれ程でもない宝飾品を高額な価格で購入させるために,その当日に売買契約及びクレジット契約の各申込書に署名押印させて,申し込みの意思表示をさせ,帰り際に前記女性販売員が控訴人に頬を寄せるようにして写真を撮る等して,翻意をしないようにさせ,翌日にクレジット会社(脱退被告のA)から契約意思の確認をさせ,これに同意するようにさせ,さらにその後も相当期間前記の女性販売員から電話やメールをさせ,契約の維持継続を強固にさせ(解消を抑制させ)たのであるから,これら一連の販売方法や契約内容(販売価格が本件宝飾品の市場価格に照らして不均衡である。)等に鑑みると,本件売買契約は,控訴人の軽率,窮迫,無知等につけ込んで契約させ,女性販売員との交際が実現するような錯覚を抱かせ,契約の存続を図るという著しく不公正な方法による取引であり,公序良俗に反して無効である」。

「控訴人は,被控訴人の本件クレジット契約に基づく未払金請求につき,割賦販売法30条の4第1項に基づき,本件売買契約が公序良俗違反により無効であることをもって,その支払を拒むことができる」。

「本件売買契約の公序良俗違反の無効により,売買代金返還債務が発生したところ,本件の事情の下では,本件クレジット契約は目的を失って失効し,控訴人は,不当利得返還請求権に基づき,既払金の返還をその支払の相手先である斡旋業者(Aを承継した被控訴人)に対して求めることができるというべきであり,・・・よって,控訴人は,被控訴人に対し,既払金の返還請求をすることが可能である」。

規定

割賦販売法 第30条の4(包括信用購入あっせん業者に対する抗弁)
購入者又は役務の提供を受ける者は、第二条第三項第一号に規定する包括信用購入あっせんに係る購入又は受領の方法により購入した商品若しくは指定権利又は受領する役務に係る第三十条の二の三第一項第二号の支払分の支払の請求を受けたときは、当該商品若しくは当該指定権利の販売につきそれを販売した包括信用購入あっせん関係販売業者又は当該役務の提供につきそれを提供する包括信用購入あっせん関係役務提供事業者に対して生じている事由をもつて、当該支払の請求をする包括信用購入あっせん業者に対抗することができる。

解説

本判決の意義
クレジット会社に対する既払金返還請求訴訟であり、主な争点は
@本件売買契約が公序良俗違反となるか
A本件売買契約の無効が本件クレジット契約の効力に影響を及ばすか。

@について、いわゆるデート商法と呼ばれる取引形態である本件の売買契約を民法90条の公序良俗規定によって無効であるとした。
Aについて、当該売買契約が公序良俗違反によって無効となった場合の個別クレジット契約において、その失効を認定し、Xに未払金の返還請求の拒絶を認めるだけでなく、さらにXの既払金の返還請求を肯定した。

デート商法の公序良俗違反性

女性の販売員との交際が実現するというXの錯覚を利用して高価な宝石を売りつけるという本件デート商法の違法性は、公序良俗違反の一類型である「暴利行為」の延長線上において判断することができる。

判例・学説上、暴利行為は、「他人の窮迫・軽率・無経験などに乗じてはなはだしく不相当な財産的給付を約束させる行為」とされ、無効と解されてきた。(大判昭和9.5.1 

暴利行為の認定の際には、
@一方の当事者が自己の給付に対して相手方から過大な利益を得ること、いわゆる給付の不均衡の存在(客観的要件)
A相手方の窮迫・無経験・判断能力の欠如に乗じるという主観的要件
があわせて考慮される。 

近時は、とりわけ消費者保護にかかわる領域において、Aの主観的要件が緩和され、契約締結における勧誘方法の不当性を重視する裁判例が増加。(最高裁昭和61.5.29
こうした判例の傾向は「著しく不公正な取引方法」ないし「不公正な取引行為」型として公序良俗違反類型のひとつに位置づけることができる。

本判決も
@について「販売価格が本件宝飾品に照らして不均衡である」(契約内容の妥当性)とし、
Aについて、「Xの軽率、窮迫、無知等につけ込んで契約させ、女性販売員との交際が実現するような錯覚を抱かせ、契約の存続を図るとう著しく不公正な方法」である(勧誘行為の不当性)として認定。

クレジット会社に対する支払拒絶と既払金返還請求

問題は、本件の売買契約が公序良俗違反によって無効と判断された場合におけるクレジット契約(立替払契約)の効力 

支払拒絶

本判決:
割賦販売法30条の4第1項に基づき本件売買契約の無効を理由に、クレジット会社Bからの未払割賦金の支払請求をXが拒むことを認めている。

同条は、昭和59年の改正において、事業者が用いる抗弁権の切断条項に関する紛争においてその接続を一定の場合に認めるために新設。

対抗しうる「事由」は一般に広く捉えられており、売買契約の不成立、無効、取消しのほかにも、解除による契約関係の消滅、販売業者に対する同時履行の抗弁権も含む。

but
同規定に依拠する限り、購入者はクレジット会社からの支払請求を拒絶できるだけであり、クレジット契約自体の効力はそのまま維持されることになる。

他方で、売買契約が無効になることで同時にクレジット契約の効力が失われる場合には、わざわざ抗弁権の接続の論理を持つ出すことはない。

●既払金の返還請求

割賦販売法30条の4は、既払金の返還請求について定めるものではない。
2008年改正割賦販売法は、クレジット会社に対する既払金の返還請求を、@取消し、Aクーリング・オフ、B訪問販売による過量販売の場合に限定して認めている。) 

最高裁H2.2.20
割賦販売法30条の4の施行前の事案において抗弁権の接続の法律の適用を否定した際、同条を確認規定ではなく購入者保護のための特別の創設規定であると解した
⇒それ以降、同条の拡張的解釈には消極的な態度が一般化することになった。

but
近時の下級審裁判例には、クレジット会社に対する既払金の返還請求を不法行為構成(原状回復的損害賠償)に依拠して認めたものがある(静岡地裁浜松支部H17.7.11)。 

本判決は、不法行為構成をとらずに、「本件の事情の下では」「本件クレジット契約は目的を失って失効し」たことを理由に不当利得構成に依拠し既払金の返還請求を肯定した点に、その独自性がある。

本判決は、契約締結時に消費者契約法上の威迫・困惑類型に該当する退去妨害の事実があったことを認定しているが、同法では、本件のような場合、売買契約が退去妨害に基づいて432号によって取り消されると、YXとのクレジット契約も、これに伴ってAの行為がYの媒介者としての行為(受託者等の代理人の行為)となる限りで(同51項)取消されることになる。

本判決は、同法432号の適用を認めるものではない(消費者契約法上の取消権の短期消滅時効の制約を考慮した可能性がある)が、こうした消費者契約法のルールを意識したからこそ、立替払契約の「失効」という見方がけ提示されることになったと思われる。

公序良俗規範を消費者契約へ具体的に適用する場面において、2つの契約間の連結を図る消費者契約法の処理方法(同法51項)を考慮したものとみることができる。

■34 ■34 不当勧誘と不退去・困惑させる行為(東京簡裁H15.5.14
事案

XYに対し、立替金及び手数料の合計額と遅延損害金を請求し、これに対し、Yは、
@Aの担当者はYが絵画の購入意思のないことを繰り返し告げているにもかかわらず、Yを帰そうとせず、絵画の購入を申し込ませ、本件立替払契約を締結させているから、この行為は消費者契約法4条3項2号に当たる。
AAは信販会社であるXから本件立替払契約締結の委託を受けたものと解されるので、同法5条1項の規定により、YXに対し、本件立替払契約申込の意思表示を取り消すと主張した。

判断

「Yは、展示場において、自分が家出中であり、定職を有しないことや絵画には興味のないことを繰り返し話したにもかかわらず、〔Aの〕担当者は、Yのこれらの事情を一切願慮することなく勧誘を続け、契約条件等について説明しないまま契約書に署名押印させ、収入についても虚偽記載をさせたものである。Aの担当者は『退去させない』旨Yに告げたわけではないが、担当者の一連の言動はその意思を十分推測させるものであり、Yは、Aの不適切な前記勧誘行為に困惑し、自分の意に反して契約を締結するに至ったものである。Aのこの行為は、消費者契約法432号に該当するというべきである。」

またYが本件立替払契約を取り消す旨の意思表示をしたのが、契約締結から6か月以上経過した平成151月下旬であった点については、Yが納品確認書に署名押印したのは、契約書と同様、Aの担当者の言動に基因する困惑した状況のもとであったとしたうえ、「この引渡しの手続は、Aの債務履行のためになされたものであり、申込時における契約と一体をなすものであると考えられる」、「したがって、取消権行使期間もこの時から進行する」
規定

消費者契約法 第4条(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)
3 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次に掲げる行為をしたことにより困惑し、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。
一 当該事業者に対し、当該消費者が、その住居又はその業務を行っている場所から退去すべき旨の意思を示したにもかかわらず、それらの場所から退去しないこと。
二 当該事業者が当該消費者契約の締結について勧誘をしている場所から当該消費者が退去する旨の意思を示したにもかかわらず、その場所から当該消費者を退去させないこと。

5 第一項から第三項までの規定による消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消しは、これをもって善意の第三者に対抗することができない。

消費者契約法 第5条(媒介の委託を受けた第三者及び代理人)
前条の規定は、事業者が第三者に対し、当該事業者と消費者との間における消費者契約の締結について媒介をすることの委託(以下この項において単に「委託」という。)をし、当該委託を受けた第三者(その第三者から委託(二以上の段階にわたる委託を含む。)を受けた者を含む。以下「受託者等」という。)が消費者に対して同条第一項から第三項までに規定する行為をした場合について準用する。この場合において、同条第二項ただし書中「当該事業者」とあるのは、「当該事業者又は次条第一項に規定する受託者等」と読み替えるものとする。
2 消費者契約の締結に係る消費者の代理人(復代理人(二以上の段階にわたり復代理人として選任された者を含む。)を含む。以下同じ。)、事業者の代理人及び受託者等の代理人は、前条第一項から第三項まで(前項において準用する場合を含む。次条及び第七条において同じ。)の規定の適用については、それぞれ消費者、事業者及び受託者等とみなす。

民法 第96条(詐欺又は強迫) 
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

解説

消費者契約法4条3項は、交渉力等の面で格差のある消費者と事業者との間では、たとえ強迫(民法961項)に当たらなくとも、事業者による不適切な勧誘によって消費者が医に沿わない契約を締結した場合、その契約から免れる機会を消費者に与えるべきである、というのがこの規定の趣旨。

民法96条の強迫との比較。

強迫:
@違法な強迫行為
A強迫者におけるおどす意思と意思表示をさせる意思(「二重の故意」)
B強迫と意思表示との因果関係

消費者契約法4条3項:
@不退去ないし退去妨害という行為
Bこの行為により困惑して意思表示をしたという因果関係


@強迫とは言いがたい不退去ないし退去妨害についてまで取消権の対象が拡大
A事業者の主観的要件が不要
B困惑させる行為が定型化⇒それらの行為が認められれば、事実上「困惑」を認められやすくなる。

要件が緩和⇒取消しの効力は弱められている。 

@取消の行使期間:
追認できる時から6カ月ないし契約締結時から5年
(民法126条:追認できる時から5年、行使の時から20年) 

A強迫⇒第三者による強迫でも、表意者は相手方の善意悪意を問わず、意思表示を取り消すことができる。(民法961項、同条2項の反対解釈) 

消費者契約法⇒その第三者が事業者からの媒介の委託を受けていた場合に限って、取消しが認められる。(消費者契約法4条3項、5条1項)

この取消しは、善意の第三者に対抗することができない(消費者契約法45項)。

3項1号の「不退去」
「不退去」という事実は確定しやすい⇒「退去すべき旨の意思を示した」と言えるかどうかが争点。

「黙示的な表示でもよい」
「契約を断ったことがこの表示に当たる」
〜穏やかな解釈が採られている。

2号
間接的な表示でも「退去する旨の意思を示した」に当たる。
裁判例の傾向からは、「退去させなかった」とは「監禁」というより、「退去を困難にした」、つまり「退去妨害」程度の意味に解されているように思われる。

取消権行使の起算点を納品確認書への署名押印時とした。

■33 ■33 商品の対価についての不実告知(大阪高裁H16.4.22
事案

XYに対し、立替払契約の期限の利益喪失条項に基づき代金全額と遅延損害金の支払を求める訴訟を提起した。
Yは、主位的には、Aが勧誘するに際し、商品の客観的価値という重要事項について事実と異なることを告げYに誤認させて契約の申込をさせたものであるから、消費者契約法411号に該当するとし、
予備的に、Aの価格い体系の中で得と告げたのであれば、一般的価値体系の中で得との趣旨ではないことを告げなかったのであるから、同法同条2項に該当するとして、本件売買契約を取消し、割賦販売法30条の4(当時)に基づき、Xに対する分割金の支払を拒絶するとの抗弁を主張。

判断 本件リングについては、その一般的な小売価格は、消費者契約法441号に掲げる事項(物品の質ないしその他の内容)に当たり、かつ、消費者が当該契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすものであるから、同法同条11号の重要事項というべきである」。本件では、AがYに対し、「重要事項である本件リングの一般的な小売価格」について、「事実と異なることを告げ、Yがそれが事実であると誤認し、……契約の申込みをしたと認められるから、Yは、消費者契約法41項に基づき、Aに対し上記売買契約を取り消すことができ」、よって、「割賦販売法30条の4により、Yはこの取消をもって」「Xに対抗することができる」
規定

消費者契約法 第4条(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)

消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。
一 重要事項について事実と異なることを告げること。 当該告げられた内容が事実であるとの誤認
二 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること。 当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認 

4 第一項第一号及び第二項の「重要事項」とは、消費者契約に係る次に掲げる事項であって消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきものをいう。
一 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容
二 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの対価その他の取引条件

解説

民法の詐欺・強迫(96条)・錯誤(95条)の規程では、要件の証明が複雑で、消費者にとって使いにくく消費者被害の救済には不十分。
⇒消費者契約法4条によりその要件を緩和。

本判決:
商品の価格は主観的価値であるから法411号の「不実告知」の対象にはならないとした原審判決を取り消し、比較対象として示されたそれに比較して安いと説明された一般的小売価格が、法44項の「重要事項」1号の「物品の質ないしその他の内容」に該当するとして「不実告知」による取消しを認めたもの。

411号の「不実告知」は、事業者が消費者を勧誘する際、「重要事項について事実と異なることを告げ」、消費者が告げられた内容が事実であることを誤認し、それによって契約を取り消すことができると定めており、また「重要事項」について同条4項で規定。

「事実と異なること」
A(立法担当者):客観的に真実または真正でないこと
×「新鮮」「安い」「お買い得」
〜「主観的な価値であって、客観的な事実により真実又は真正であるか否かを判断することができない内容」については、「事実と異なること」の告知の対象にはならない。
 

B:品質等から客観的な相場や保存期間・方法などから客観的評価が可能な場合がある。そうでないと事実認識しているのに「新鮮」などと表示するのは、事実に反する表示となる。

C(潮見):「事実と異なること」に該当するかどうかは、「当該契約の内容(契約利益)と契約目的とに照らし決定的に重要とされるのはいかなる事実か」で判断すべきもの。

「重要事項」については、法44項により、「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」とし、「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの」@「質、用途その他の内容」(1)とA「対価その他の取引条件」(2)を掲げる。

本件では・・・本件リングの一般的小売価格はせいぜい12万円程度と認定されており、これは、二重価格の問題と言える。

二重価格は、不当景品類及び不当表示防止法(景表法)411号の不当な価格表示の一類型であり、「その不当性の考え方は」「表示が事実に即しているかどうか及び併記した価格(比較対照価格)が客観的指標たり得るかどうかにより判断される」

不実告知による取消しに関しては、平成16年の特定商取引法に関する法律の改正で、訪問販売、電話勧誘販売、連鎖販売取引、特定継続的役務提供、業務提供誘因販売取引の5取引に導入(同法9条の3等)され、その対象には、契約の締結を必要とする事情に関する事項、その他顧客の判断に影響を及ぼす重要なものといった動機や意思形成過程に関するものも含まれ、これらが例示列挙であることも明確化されている。

平成206月の割賦販売法では、特商法5取引についての2か月を超える個別信用購入あっせん契約については、立替払契約自体の取消権が付与された(割賦35条の313

本件は、特商法の訪問販売に該当し、
平成16年改正後であれば取消の対象(特商法9条の3)となり、
割賦法の平成20年改正以降は「抗弁の接続」ではなく直接立替払契約自体を取り消すことができ、既払金があればクレジット会社から返金される。

■32 ■32 教育訓練給付制度の利用と説明義務違反(大津地裁H15.10.3
事案 Xは、Yに対して、民法1条および消費者契約法1条、31項を参照しつつ、本件講座には定期制と予約制があり、予約制が本件給付制度の対象ではないことについての説明義務違反等により受講料(41万円余)分の損害が生じたとして、不法行為に基づく損害賠償を求めて訴えを提起。
判断

事業者が,一般消費者と契約を締結する際には,契約交渉段階において,相手方が意思決定をするにつき重要な意義をもつ事実について,事業者として取引上の信義則により適切な告知・説明義務を負い,故意又は過失により,これに反するような不適切な告知・説明を行い,相手方を契約関係に入らしめ,その結果,相手方に損害を被らせた場合には,その損害を賠償すべき義務があると解する。

被告は本件給付制度を熟知していること,被告においては,本件給付制度を利用して講座を受講することができることを宣伝して集客を行っていることから,少なくとも本件給付制度の利用を前提として受講内容の問い合わせを行った者に対しては,本件給付制度の説明及びその対象講座について具体的かつ正確に説明すべき義務があると判断するが相当である。

損害については、受講料全額ではなく、本件給付制度を利用することができたであろう限りにおいて認定するのが相当であるとして30万円とされた。

規定

消費者契約法 第1条(目的)
この法律は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ、事業者の一定の行為により消費者が誤認し、又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができることとするとともに、事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とするほか、消費者の被害の発生又は拡大を防止するため適格消費者団体が事業者等に対し差止請求をすることができることとすることにより、消費者の利益の擁護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。

消費者契約法 第3条(事業者及び消費者の努力)
事業者は、消費者契約の条項を定めるに当たっては、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容が消費者にとって明確かつ平易なものになるよう配慮するとともに、消費者契約の締結について勧誘をするに際しては、消費者の理解を深めるために、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない。
2 消費者は、消費者契約を締結するに際しては、事業者から提供された情報を活用し、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について理解するよう努めるものとする。

消費者契約法 第4条(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)
2 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ、かつ、当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を故意に告げなかったことにより、当該事実が存在しないとの誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。ただし、当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとしたにもかかわらず、当該消費者がこれを拒んだときは、この限りでない。

解説

消費者契約法3条は、1項で事業者に対して消費者契約の内容に関する情報提供義務を、2項で消費者に対して情報活用理解義務を、それぞれ努力義務という形で規定。
4条で、限定的な契約取消権を付与。

本判決は、消費者契約法施行前の事案であるが、同法1条・3条(1項)、4条2項の趣旨から事業者に信義則上の告知・説明義務違反があるとして、消費者側からの不法行為に基づく損害賠償請求を認めたもの。
正面から3条に法的効果をもたせるわけではないが、それを根拠の1つとして説明義務違反=過失の存在を基礎づけたうえで不法行為に基づく損害賠償という一種の法的効力を導き出した初めての裁判例。

A:3条違反が不法行為の違法性や公序良俗違反の有無、さらに詐欺・錯誤の拡張を基礎付けるとするもの。
消費者契約法制定以前から情報提供義務・説明義務違反を理由に債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償が認められてきている⇒3条は、従来展開されてきた法理の「補強的役割」を果たすものとして位置付けられる。

本判決は、事業主の説明義務違反に基づく損害賠償責任を認める一方で、3条2項の趣旨を考慮して2割の過失相殺を行っている。

立法担当者:
3条1項が「努めなければならない」
2項が「務めるものとする」
消費者に求められる努力のニュアンスが若干弱められている。

情報提供義務・説明義務は、当事者間の属性や契約内容によって左右されるある意味で個別的・相対的・可変的なものであり、その外延をいかに画するかが今後の課題。

■31 ■31 ペットショップをテナント店としたスーパーの名板貸責任(最高裁H7.11.30
事案

手乗りインコ2羽をYから購入⇒クラジミアを保有⇒X2の妻が死亡。
X1らがYの承継人であるY’に対して、(平成17年改正前)商法23条、民法415条に基づき損害賠償請求。

規定 会社法 第9条(自己の商号の使用を他人に許諾した会社の責任) 
自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した会社は、当該会社が当該事業を行うものと誤認して当該他人と取引をした者に対し、当該他人と連帯して、当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う。

商法 第14条(自己の商号の使用を他人に許諾した商人の責任) 
自己の商号を使用して営業又は事業を行うことを他人に許諾した商人は、当該商人が当該営業を行うものと誤認して当該他人と取引をした者に対し、当該他人と連帯して、当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う。

判断 本件においては、一般の買物客が被上告補助参加人の経営するペットショップの営業主体は忠実屋であると誤認するのもやむを得ないような外観が存在したというべきである。そして、忠実屋は、・・・本件店舗の外部に忠実屋の商標を表示し、被上告補助参加人との間において、・・・出店及び店舗使用に関する契約を締結することなどにより、右外観を作出し、又はその作出に関与していたのであるから、忠実屋は、商法二三条の類推適用により、買物客と被上告補助参加人との取引に関して名板貸人と同様の責任を負わなければならない。
解説

スーパー等の店舗の一部に第三者がテナントとして出店するという営業形態がとられているときに、一般の買い物客がスーパー等の直営営業なのかテナントの営業なのかを区別できない場合には、名板貸しに関する改正前商法23条(現行会社法9条、商法14条)の規定に類推適用があるとした。
テナントが自己の商号を使用し、かつ、スーパーの商号の使用を禁止されていた事案への類推適用を肯定。

一般の買い物客がペットショップの営業主体をYであると誤認するのもやむを得ないような外観が存在したこと、およびYがそのような外観を作出し、またはその作出に関与していたことを根拠として、Yが商法23条の類推適用により、買物客とZとの取引に関して名板貸人と同様の責任を負うとしている。

自己が営業主であるという外観を作出した場合に、その外観を信頼した公衆の信頼を保護するということにある。⇒自己の氏、氏名又は商号を使用して営業をなすことを許諾した場合だけではなく、自己が営業主であるというような外観を作出することを他人に許諾した場合には、商法23条を類推適用することが許されると考えられ。
また、名称等の使用を許諾した場合に限らず、自己の営業であるという外観を作出した場合には類推の基礎があると解するのがこのような立法趣旨に合致する。

本判決は、むしろ、テナントの営業主がスーパーであると誤認する可能性があることを暗黙の出発点として、その誤認の可能性を排除するために十分な措置をスーパーまたはテナントが講じなければ外観の存在を認めるというアプローチになっているとみるのが自然。
Yに帰責性を認めたのは、むしろ、契約によってYZに対してかなり詳細な指示をすることができたことおよび売上に応じて変動する賃料をZYに支払っていること(報賞責任)に注目した使用者責任的発想に基づくものと理解することが自然であるともいえる。