シンプラル法律事務所
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「動機の錯誤」に関する判例の状況と民法改正の方向

上(NBL1024)
  ◆T はじめに
  ◇1 「動機の錯誤」に関する民法改正の現況
    (1) 動機が法律行為の内容になっているとき。
(2) 動機の錯誤が相手方によって惹起されたとき。
    (2)

@「動機の錯誤」が相手方によって惹起されたときは、錯誤のリスクは相手方が負担するのが当事者間の公平に合致する。
Aこれまでの裁判例でも、このような場合については穏やかに錯誤無効が認められてきた。
  ◇2 本稿の課題 
    「動機の錯誤」に関して判例が実際にどのような立場を採用しているかということを明らかにし、これを踏まえて、民法改正の方向を検討。
  ◇3 取り上げる裁判例とその分類 
    判例の一般論:
意思表示の動機の錯誤が法律行為の要素の錯誤としてその無効をきたすためには、
その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、
もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要する。
「動機が相手方に表示されて法律行為の内容となる」について
@動機が相手方に表示されることと
A法律行為の内容となること
との関係がかならずしも明らかでない。

裁判例でも@Aの双方に言及するもののほか、@のみに言及するものや、Aのみに言及するものもある。
@のみに言及する場合でも、それによって動機が「法律行為の内容」になったと評価することが可能であり、むしろ動機が「法律行為の内容」になったと評価することができる場合に、そのことを表現するために、動機が(明示または黙示に)表示されたと判示されているとみることができる。
but
そのような理由づけが実際に機能しているわけではなく、むしろ相手方の態様が決め手になっていると考えられるものも少なくない。
相手方が@表意者の動機の錯誤を惹起したり、A表意者の動機の錯誤を利用したりしたことが錯誤無効を認める実際上の理由になっているとみることができる。
    動機が「法律行為の内容」になった否かにより錯誤無効の成否が判断されていると考えられる場合:「法律行為の内容型」
相手方の態様により錯誤無効の成否が判断されていると考えらえる場合:「相手方の態様型」
相手方が表意者の動機の錯誤を惹起した場合⇒「惹起型」
相手方が表意者の動機の錯誤を利用した場合⇒「利用型」
  ◆U 法律行為の内容型に関する判例の状況 
  ◇1 はじめに 
    動機が「法律行為の内容」になったか否かにより錯誤無効の成否が判断されていると考えられる裁判例。
    A:「法律行為の内容」の意味がかならずしも明確でない
vs.
@その指摘は「法律行為の内容」と債務の内容、特に給付の内容との違いが十分に意識されていないため
A「法律行為の内容」には、給付の内容だけでなく、その前提となる事柄も含めることが可能
性質錯誤:
動機の錯誤とされるもののうち、性質錯誤ないし属性の錯誤(=意思表示の対象となる物の性質に関する錯誤)
〜動機が「法律行為の内容」になれば、給付の内容を構成。
性質が給付の内容を構成しているにもかかわらず、現実の給付がその性質を備えていない⇒錯誤無効が認められる。
前提錯誤:
理由の錯誤ないし狭義の動機錯誤(=意思表示をおこなう間接的な理由に関する錯誤)
〜動機が「法律行為の内容」になっても、給付の内容を構成するわけではなく、条件や期限と同様に、その前提に関する合意がされたことになる。
  ◇2 性質錯誤
  ■(1) 明示的な合意 
  ■(2) 当然に備わっていることが予定される性質 
  ■(3) 当事者の表示・対価の定め等から予定される性質 
  □ア 当事者の表示等 
  □イ 対価の定め等 
  ◇3 前提錯誤
  ■(1) 構造的前提錯誤 
  □ア 制度の構造的前提に関する錯誤 
  ●(ア) 融資制度・担保制度の構造的前提に関する錯誤 
  ●(イ) 婚姻制度の構造的前提に関する錯誤 
  ●(ウ) 共済制度の構造的前提に関する錯誤 
  □イ 制度目的の逸脱 
  ■(2) 個別的前提錯誤 
  □ア 給付の実現可能性 
  ●(ア) 否定例 
  ●(イ) 肯定例 
  □イ 給付の利用可能性 
  ●(ア) 否定例
  ●(イ) 肯定例 
  □ウ 対価の取得可能性 
  □エ 目的の実現可能性 
  ●(ア) 否定例 
  ●(イ) 肯定例 
  □オ リスクの程度 
  ●(ア) 否定例 
  ●(イ) 肯定例 
  □カ 税金の負担 
  ●(ア) 否定例 
  ●(イ) 肯定例 
     
下(NBL1025)  
  ◆V 相手方の態様型に関する判例の状況
  ◇1 惹起型に関する判例の状況(p37)
  ■(1) 不実表示型 
    〜相手方が誤った表示をすることによってそのような動機の錯誤が惹起されている場合
    錯誤無効を認めている裁判例の理由付け:
「法律行為の内容」になっているとするものもあるが、
多くの裁判例では、表意者の側が動機を表示、少なくとも黙示的に表示しているという理由で錯誤が認められている。
but
表意者は、相手方の誤った表示によって動機の錯誤に陥っている
⇒そのような相手方に対して表意者が動機を表示したことを問題にするのは不自然。
実際には、相手方の誤った表示により、表意者に動機の錯誤を惹起させたことが、錯誤無効の決め手になっている。
  □ア 構造的格差型 
    当事者間に情報・交渉力の構造的な格差がある場合に関する裁判例
  ●(ア) 公法人との取引
  ●(イ) 投資取引 
  □イ 消費者契約 
     
  □ウ 決定侵害型 
  ●(ア) 売買 
  ●(イ) 担保 
  ●(ウ) 相続 
  ■(2) 誘導型 
  □ア 労働関係 
  □イ 慰謝料放棄の合意 
  ◇2 利用型に関する判例の状況
     
  ◆W 判例の状況のまとめと民法改正の方向(p43) 
  ◇1 判例の状況のまとめ 
    「動機の錯誤」に関する従来の裁判例は、
@動機が「法律行為の内容」になったか否かにより錯誤無効の成否が判断されていると考えられるもの(法律行為の内容型)と
A相手方の態様により錯誤無効の成否が判断されていると考えられているもの(相手方の態様型)
に分かれる。
  ■(1) 法律行為の内容型 
  □ア 性質錯誤 
    目的物が持つべき具体的な性質は当然に「法律行為の内容」となるわけではない
⇒それぞれの性質が特に「法律行為の内容」とされたとみることができる事情が必要。
裁判例では
@性質について明示的な合意がされる場合
Aこの種の目的に物について当然に備わっていることが予定されている性質
B締結過程における当事者の表示や対価の定め等から契約上予定されていると評価される性質
が「法律行為の内容」になるとされている。
  □イ 前提錯誤 
    @制度の構造的な前提に関する錯誤と
Aそのようなものにはあたらない個別的な前提に関する錯誤
を区別。
@制度の構造的な前提に関する錯誤
⇒動機が(少なくとも黙示に)表示されたとして錯誤無効が認められている。
but
そのような構造的な前提は、表示されている場合はもちろん、特に表示されていない場合でも、「法律行為の内容」を構成しているとみることができる。
A個別的な前提に関する錯誤
〜そのような前提が当然に「法律行為の内容」を構成するとはいえない
⇒特に「法律行為の内容」とされたとみることができる事情が必要。
ex.
締結の経緯等からみて一定の前提が備わることが共通の了解となっていること
一定の前提を備えていることを予定した代金額が合意されていること
契約の目的について特に合意されたり、その目的を実現するために必要な事柄が特に合意されたりしていること
  ■(2) 相手方の態様型 
  □ア 惹起型 
  ●(ア) 不実表示型 
    従来の裁判例:
消費者契約等のように、表意者と相手方との間に情報・交渉力の構造的な格差があるわけではないが、相手方の誤った表示により、表意者が誤った決定をしてしまった場合にも、錯誤無効を認めるものがかなり存在。
その際、「法律行為の内容」になっていることを理由とするものもあるが、
多くの裁判例では、表意者の側が動機を(少なくとも黙示的に)表示しているという理由で無効が認められている。
vs.
表意者は、相手方の誤った表示によって動機の錯誤に陥っている⇒そのようなことを問題にするのは、不自然。
実際には、相手方がの誤った表示により、表意者に動機の錯誤を惹起したことが、錯誤無効を認める決め手になっているというべき。
  ●(イ) 誘導型 
    相手方が誤った表示をしたというよりも、表意者が誤信するような誘導がおこなわれたと評する方が実態に合っているとみられる場合に錯誤無効を認めた裁判例も相当数存在。

相手方が表意者の錯誤を惹起した場合にあたるとみることができる
  □イ 利用型 
    相手方が表意者の動機の錯誤を惹起したのではなく、表意者が動機の錯誤に陥っているのを相手方が利用したとみられる場合に錯誤無効を認めた裁判例。

表意者が錯誤をしている事柄が相手方の側に関する事柄であるにもかかわらず、相手方がそれを正すことなく、自己に有利な契約をしていることが錯誤無効を導く決め手になっている。
  ◇2 民法改正の方向 
  ◆終わりに