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シンプラル法律事務所
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勉強会(判例時報2017後半)

判例時報の勉強会用の資料です(随時更新)

  12月
2349
  行政p3
東京地裁H29.4.21  
  外務員登録取消処分の取消訴訟での原告適格と違法性
  事案 内閣総理大臣から外務員に係る登録事務の委任を受けたY(認可金融商品取引業協会)は、XがB及びBを介してC社に対し、D社による公募増資の実施の公表日に関する情報を提供した行為が、法令違反である「有価証券の売買その他の取引・・・につき、顧客に対して当該有価証券の発行者の法人関係情報を提供して勧誘する行為」(金商法38条、平成26年内閣府令第7号による改正前の金融商品取引業等に関する内閣府令117条1項14号)に該当する

A社に対し、金商法64条の5第1項2号の規定により、Xに係る外務員の登録を取り消す旨の処分。
本件処分の名宛人ではないXが、Yに対し、本件処分には法64条の5第1項の定める処分要件を欠いた違法及び行手法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法がある⇒その取消しを求めた。
  規定 行訴法  第9条(原告適格)
処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。
行政手続法 第14条(不利益処分の理由の提示)
行政庁は、不利益処分をする場合には、その名あて人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない。ただし、当該理由を示さないで処分をすべき差し迫った必要がある場合は、この限りでない。
行訴法 第10条(取消しの理由の制限)
取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない。
  判断 Xは本件処分の名宛人ではないが、
本件処分の法的効果によってその労働契約上の権利が制限を受ける

名宛人と同様に自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に当たるといえる
⇒本件処分の取消訴訟の原告適格を有する。
Xは、Bに対して本件情報を提供したとは認められるものの、C社に対して本件情報を提供したとはみとめられず、また、B及びC社に対して有価証券の売買その他の行為を顧客として行うことを勧誘する行為をしたと認めることもできない
⇒Xが本件違法行為をしたとは認められない。
⇒本件処分には法64条の5第1項の定める処分要件を欠いた違法がある。
一般に外務員は常日頃から数多くの顧客に対して様々な取引等の勧誘等を行っており、特に本件ではB及びC社はA社に口座を持つ顧客ではない一方、
XとBは個人的に業務に関する情報交換を毎日のように行っていた

本件処分に係る処分通知書に「顧客」、「当該有価証券の発行者の法人関係情報」、「勧誘」等に該当する具体的な事実の記載がなければ、誰に対するいかなる情報の提供及び勧誘の行為が本件処分の具体的なな理由とされているかを知ることは困難。

本件処分には、行手法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法がある。
Yは、Xが本件処分の名宛人ではなく行手法14条1項本文の適用を受けない⇒同項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法は、Xの法律上の利益に関係のない違法であるとして、これを理由として本件処分の取消しを求めることはできない(行訴法10条1項)と主張。
本判決:
①行政庁の恣意が抑制されなければXの労働家約上の権利が不当に侵害される
②処分の理由が名宛人であるA社に適切に知らされなければXにおいてもこれを知ることができず不服の申立てに支障を来すおそれがある。

前記違法がXの法律上の利益に関係のない違法であるとはいえない。
  解説  ●取消訴訟の原告適格
行訴訟9条1項にいう「法律上の利益を有する者」とは、
当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう(最高裁昭和53.3.14)。
処分の名宛人以外の者が処分の法的効果による権利の制裁を受ける場合には、その者は、処分の名宛人として権利の制限を受ける者と同様に、当該処分により自己の権利を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者として、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に当たり、その取消訴訟における原告適格を有する(最高裁H25.7.12)。
  行手法14条1項本文が、不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは、
名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものであり(最高裁H23.6.7)、
理由の提示を欠いたことは処分の取消事由となる。
  民事p18
東京高裁H28.12.12 
   
  事案 国に対する国家賠償請求訴訟において、貸金業法の国際的適用範囲が主要争点となった事例。 
控訴人(原審原告)Xは、日本の合同会社(平成23年1月設立)であるが、同年11月6日付けで金融商品取引法上の第2種金融商品取引業の登録を受け、と匿名組合の営業者として、国内の投資家から出資を受けた資金を、韓国において貸金業を営むA社に貸し付けていた(「本件事業」)。
Xの貸付先はA社のみ。
平成25年9月、Xは証券取引等監視委員会による金商法に基づく立入検査⇒同委員会から報告を受けた関東財務局理財部金融監督第5課によるXへの業務状況の照会(平成26年6月)⇒平成27年1月8日付で関東財務局長から本件事業は貸金業法の下での貸金業に該当する旨の警告、同月9日付けで、本件事業につき、金商法56条の2第1項に基づく報告命令

Xは、本件報告命令およびそれに先立つ当局の警告は違法で、これによる本来必要のない当局への報告書の作成や対顧客への書面作成・交付を余儀なくされ、また一般投資家による信用も損なわれて損害を被った⇒被控訴人(原審被告)である国に対して国賠法1条に基づき損害賠償を求めた。
  争点 専ら国外への貸付けのみを行う場合にも貸金業法の適用があるか? 
  判断 ①日本国内において金銭の貸付けの一部を行っている限り、顧客が国外の借主のみであっても「貸金業を営」むこと(貸金業法3条1項)に該当すると解するのが相当。
これは属地主義にも抵触しない。
②原告は日本国内に本店を有し、金銭の貸付けの一部である送金行為を業として行っている
⇒同法にいう「貸金業を営」んでいるものというべきである。
憲法22条1項違反の主張に対しては、
ある規制がその目的のために必要かつ合理的な範囲を超え、それが著しく不合理であることが明白と認められるときに、当該規制は同規定に違反するものと解するのが相当。
結論として、国外への貸付けにつき貸金業の登録を受けることを義務づけ、行政庁の一定の監督に服せしめることは、必要かつ合理的な範囲にとどまり、著しく不合理であることが明白であるということはできない。
  規定 貸金業法 第1条(目的)
この法律は、貸金業が我が国の経済社会において果たす役割にかんがみ、貸金業を営む者について登録制度を実施し、その事業に対し必要な規制を行うとともに、貸金業者の組織する団体を認可する制度を設け、その適正な活動を促進するほか、指定信用情報機関の制度を設けることにより、貸金業を営む者の業務の適正な運営の確保及び資金需要者等の利益の保護を図るとともに、国民経済の適切な運営に資することを目的とする。
  解説  貸金業法や金融商品取引法のような金融規制法令の適用対象事案が国境をまたぐ場合、法令の適用範囲がどうなるかについては、当該法令に根拠規定が置かれていることが少なく、解釈の余地が大きい。 
規制対象となる行為の少なくとも一部が国内において行われている場合に当該法令が適用されるという「属地主義」を原則とすべきであるという考え方が一般的。
この属地主義に加えて、これを修正するものとして「効果主義」ないし「効果理論」が主張されることもあるが、これは、領域外で行われた行為(例えば、インサイダー情報を利用した取引)も、それが国内の取引市場や国内投資家にも影響を与えうることを根拠に規制対象とすべきだという議論。
判示は、貸金業法の目的規定(1条)に触れ、それが貸金業法の適正な業務運営の確保をんも目的としていることを指摘。
他の金融規制法においても、直接的な目的であると思われる投資家や消費者の利益保護のみならず、取引市場の適正・公正の確保、金融の円滑をはかる等、より高次の目的も掲げられることが通常。
  平成27年1月9日付けの本件報告命令の後、Xの基金拠出者である法人がその持分の51%を借主であるA社に譲渡したことにより、本件の貸付けは、貸金業法施行令1条の2第6号の適用除外により、貸金業の登録が不要な貸し付けとなった。 
  民事p28
名古屋高裁H29.3.31  
  約3年余り前に女子高生に対する盗撮の罪で逮捕された事実を含む記事等のURL等情報の削除請求(仮処分)(否定)
  事案 Xが、Yに対し、人格権に基づき、本件検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てをした事案。 
  原決定 Xは公務員であるが、もっぱら技術的な知識をもって公務に携わるにすぎず、また、本件事件もその職務と何ら関連性のもないものではあるが、
国民・住民の正当な関心の対象となるものであって、本件事件当時、その事件自体を公表することには社会的意義があった。
⇒申立てを却下。 
    Xは即時抗告
  判断 検索事業者に対し、自己のプライバシーに属する事実を含む記事等が刑刺されたウェブサイトのURL等情報を検索結果から削除することを求めるための要件に関して、最高裁H29.1.31において示された判断枠組みに従い、本件抗告を棄却。
本件事実に即した諸事情の考慮要素として
①本件事件が、公共の安全・平穏に関わる社会的に正当な関心の対象であると認められること、
②本件事件のような犯罪が公務員によって惹起された場合には、相当する職務の内容や本件事件との関連性にかかわらず、その資質や清廉性について、広く国民・住民の正当な関心の対象になるというべきであるし、本件事件のような破廉恥行為の存在やこれに対する国民・住民の関心に関する状況が、本件事件後に変化したと認めるに足りる証拠はない。
③Xの名の漢字表記が一般的であるとまではいえない⇒Xの氏名および「盗撮」という検索ワードで検索するインターネット利用者は、そもそも本件事件に関する知識を有している者が多いとも推認され、Xのプライバシーに属する事実が伝達される範囲が広範に及ぶとまでは認め難い。

④Xが再犯に及ぶことなく日常生活を営み、近く婚姻の予定があるとしても、本件事件により逮捕された事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。
  解説 最高裁平成29年決定において触れらていない検索事業者の性格についての言及:
本決定は、「検索エンジンは、表現ないし情報等の送り手を受け手を結び付け、表現者ないし情報発信者の表現の自由及び情報等の受け手の知る権利のいずれにとっても大きな役割を果たし、それを実効あらしめる存在となっている」

表現者ないし情報発信者の表現の自由と情報等受け手の「知る権利」への言及。

検索事業者の情報流通手段としての重要な社会的基盤の1つであり、検索事業者の公益的な性格を有することの説明。
検索結果の削除の可否について、しばしば「時の経過」が問題。
本件事件に対する国民・住民の正当な関心は、「時間の経過とともに薄れてゆくものであるとはいえ、本件事件の内容等に照らせば、短期間で社会的関心が正当でなくなるとはいえない」とされた。

盗撮による条例違反の事件において、社会的関心の観点から、約3年間という時の経過では「短期間」であるとされている。
尚、刑法34条の2第1項を参照し、
罰金の納付を終えてから5年を経過せず刑の言渡しの効力が失われていないことを理由の1つにして非公知性の判断材料とした事例もある。
  性的事由に関する最高裁平成29年決定の事案に比べれば法益侵害の程度が小さい。
but
精神的苦痛を被る被害者も多いと推認されることから、
「単なる法定刑の軽重のみによって、「当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らか」であるとの根拠にはなり得ない」 
  「忘れるられる権利」について、本決定では、
「我が国における法律上の明文根拠を欠き、その要件及び効果は明らかでない⇒プライバシー権とは別個独立した権利として、その存否及び効果を判断すべき必要性を認めることはできない」と判断。 
  民事p34
名古屋高裁H29.7.7  
   
  事案 Xが、平成22年8月3日、Yの開設する本件病院において、カテーテルアブレーションを受けた⇒直後に脳梗塞を発症し、高次脳機能障害等の後遺障害が残った

担当医師が
①カテーテルアブレーションの禁忌である左心耳内血栓の所見又はそれを疑うべき所見を見落とした
②本件施術前に十分な抗凝固療法を実施すべき義務に違反した
③カテーテルアブレーションに関する十分な説明をしなかった
と主張し、
Yに対し診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償を請求。 
  原審 ①~③のいずれも認められない⇒Xの請求を棄却。 
  判断 ①左房ないし左心耳内に血栓が存在する場合のみならず、その存在が疑われる場合であっても、カテーテルアブレーションを実施することは禁忌とされている
②7月22日に撮影されたCT画像にはXの左心耳内に10数ミリの球状の陰影欠損が存在することが認められるし、提出された医師の意見書によれば血栓の存在が疑われるとされている
③本件で実施されたTEEの検査画像から血栓があることが疑われる陰影が存在

TEEの画像から認められるクローバー様の陰影及びいぼ様の陰影は、血栓を疑わせる所見であったと認められる⇒担当医師には、本件施術を実施するにあたり、血栓を疑わせる所見がないことを確認する注意義務を尽くさなかった過失が認められる。

Yの損害賠償責任を肯認し、原判決を変更した上、Xの請求を一部認容。 
  解説 カテーテルアブレーションは、経静脈的ないし経動脈的に電極カテーテルを心臓血管内に挿入し、カテーテルを通じて体外から焼灼エネルギーを不整脈源である心筋組織に加え、これを焼灼ないし破壊する治療方法。 
  民事p56
名古屋高裁H29.6.30  
  弁護士会照会に対する報告義務についての確認の訴えの法的性質等
  事案 Zは、弁護士会Xに所属する弁護士Lに対し、Aに対する未公開株詐欺商法による不法行為に基づく損害賠償壊死旧訴訟の提起・追行を委任。
この訴訟は、ZとAとの間の裁判上の和解が成立。
butAが約定の支払をしない。
⇒Zは、弁護士Lに対し、和解調書を債務名義としてAの財産に強制執行をすることを委任。
弁護士Lは、X(所属弁護士会)に対し、
①A宛ての郵便物についての転居届の提出の有無
②転居届の届出年月日
③転居届記載の新住所(居所)
④転居届記載の新住所(居所)の電話番号
について、
Yに弁護士法23条の2第2項に基づく照会をするよう申し出た(本件申出)。
Xは、本件申出を適当と認め、Yに対し、本件照会事項について弁護士会照会をした。
but
Yは、Xに対し、本件照会に応じない旨の回答。

XとZは、本件拒絶により法律上保護される利益が侵害されたと主張し、Yに対し、不法行為に基づく損害賠償を求めた。
  第1審 本件拒絶は正当な理由を欠くが、Yに過失があるとまではいえない
⇒請求棄却
  差戻し前原審 Xは、
損害賠償請求を主位的請求としたうえ請求を拡張
予備的請求として、Yにおいて本件照会に対する報告義務あることの確認請求を追加
Zの控訴を棄却
Xに関する第1審判決を変更し、主位的請求の一部を認容し、その余の請求を棄却。
本件確認請求については、主位的請求が全部棄却である場合の予備的請求であることが明らか⇒判断の必要なし。
  上告 差戻し前の原審判決を法令違反であるとして破棄し、原審に差し戻す。
Xの主位的請求は理由がない。
Xの予備的請求である報告義務確認請求については、更に審理を尽くさせる必要がある。
  争点 ①本件訴えは行訴法4条の「公法上の法律関係に関する確認の訴え」に該当するか
②損害賠償請求に本件確認請求の追加的併合が許されるか
控訴審における訴えの追加的変更が認められるか
③本件訴えには確認の利益が認められるか
④Xには当事者適格が認められるか
⑤本件拒絶に正当な理由が認められるか 
  規定 行訴法 第4条(当事者訴訟)
この法律において「当事者訴訟」とは、当事者間の法律関係を確認し又は形成する処分又は裁決に関する訴訟で法令の規定によりその法律関係の当事者の一方を被告とするもの及び公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟をいう。
  判断 ●弁護士会の照会事項に対する報告義務に係る確認の訴えの法的性質 
弁護士会照会の照会事項に対する報告義務に係る確認の訴えは、
①行政過程における紛争とはいえず、
②行政過程の特質に応じた行訴法の規定を準用する実益や必要性もない

「公法上の法律関係に関する確認の訴え」に該当するとしてこれに行政事件訴訟手続を適用するのではなく、原則に戻り、民事訴訟であると解するのが相当。
  ●損害賠償請求に本件確認請求の追加的併合が許されるか 
①弁護士会照会の照会事項に対する報告義務に係る確認の訴えは民事訴訟であり、
②損害賠償請求訴訟とは同種の訴訟手続

損害賠償請求に本件確認請求を追加的に併合することは許される。
  ●控訴審における訴えの追加的変更が認められるか 
①弁護士会照会の照会事項の報告拒絶に正当な理由があったか否かは、損害賠償請求が認められるか否かの判断の前提となっており、
②請求の基礎に同一性が認められ、
③控訴審における訴ええの追加的変更に相手方の同意は要求されていない

控訴審において本件訴えを追加的に変更したことは適法
  ●本件訴えには確認の利益が認められるか 
対象選択の適否、即時確定の利益、方法選択の適否のいずれの要素も充たしている⇒確認の利益が認められる。
  ●本件拒絶に正当な理由が認められるか 
郵政事業会社は・・・・郵便法8条2項に基づき守秘義務を負うが
弁護士法23条の2に基づく報告義務が優越し、その報告拒絶には正当な理由がない。
  解説  弁護士会照会の照会事項に対する報告義務に係る確認の訴えの法的性質:
A:行政訴訟(公法上の法律関係に関する確認の訴え(行訴法4条))
←確認訴訟の訴訟物が公法上の報告義務である
B:そうでない
←行政処分等行政特有の諸行為にかかわるものでない
  民事訴訟としての確認の訴えには確認の利益が必要であり、
①確認の訴えによることの適否(方法選択の適否)
②確認対象選択の適否
③即時確定の利益(原告の地位に対する不安、危険の現実性)
により判定。
  民事p69
神戸地裁H28.12.14  
  生後4か月の幼児に対する身体機能回復指導と称する手揉み施術で死亡、副理事長の幇助者としての責任(肯定)
  事案 NPO法人Pは、子育てひろば事業と称する事業として、「背すじ矯正」あるいは「身体機能回復指導」と称する施術を行う。
Y1(理事長)は、平成26年6月2日、関西サロンで、生後4か月のZに対し、身体機能回復指導を施術⇒施術開始から約45分後、それまで泣いていたZの泣き声がやみ、手足が脱力状態となり、呼吸もせず、顔や体が青白くなり容態が急変⇒救急搬送されて救命措置を受けたが、低酸素脳症に基づく多臓器不全で死亡。
Zの両親であるX1及びX2は、
本件事故は、Y1の本件施術に起因して発生したものであるとして、
Y1に対しては民法709条に基づき、
Y2に対しては民法719条2項に基づき、
それぞれ2601万円余の損害賠償請求。
Y1は争わず、Y2は責任を否定。
  争点 Y2が本件事故に関してY1を「幇助した者」(民法719条2項)に当たるか否か。
具体的には、
Y2においてY1による本件施術の危険性を認識し得たにもかかわらず、何らこれを回避することをせず、Y1による本件施術を容易ならしめたということができるか否か。
  判断  ●Y2が本件施術の危険性を認識し得たか否か
①Y2は、平成17年5月には本件法人の役員に就任し、副理事長として本件法人の経理、広報活動等、Y1と共に本件法人の事業活動を担ってきた
②Y2は、広報活動として、Y1が草稿した身体機能回復指導の内容・効用をつづった文章と身体機能回復指導の施術中の様子を撮影した写真をブログ上に掲載して紹介し、頻繁にブログを更新していただけでなく、Y1が関東サロンにおいて身体機能回復指導を施術する様子を間近で見ていた。

Y2は、Y1が行う身体機能回復指導の危険性を予見することができた。
  ●Y2による本件施術の幇助について 
Y2は、本件事故当時、本件法人の副理事長として、本件法人の事業活動が適正に行われるようにY1の活動を監督すべき立場にあった。

Y2は、Y1に対して乳児の生命に危険を及ぼすおそれのある身体機能回復指導の中止を真摯に検討すべく、自らあるいはY1と共に同施術の危険性について医師等の専門家の意見を聴取して施術内容を変更するなどして、前記危険が現実化することのないようにすべきであった。
but
Y2は、このような措置をとらず、新潟第二事件(平成25年2月に新潟サロンで身体機能回復指導を受けていた1歳10か月の児童が死亡した事件)後も、それ以前と変わらずにブログ等に身体機能回復指導の効用をうたって広報などしており、Y1が身体機能回復指導を行うことを心理的かつ物理的に容易にしたといえる。

Y2は少なくともその過失により、本件施術を幇助したものと認められる。
  ⇒請求認容
  知財p76
最高裁H29.3.24  
  均等法の判例における特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情にあたるかが問題となった事案
  事案 角化症治療薬の有効成分であるマキサカルシトールを含む化合物の製造方法による特許権の共有者であるX(被上告人)が、Yら(上告人ら)の輸入販売等に係る医薬品の製造方法は、前記の特許に係る特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであり、その特許発明の技術的範囲に属すると主張(最高裁H10.2.24)
⇒Yらに対し、当該医薬品の輸入販売等の差止めおよびその廃棄を求めた事案。
Yら:本件では平成10年判決にいう、特許権侵害訴訟における相手方が製造等をする製品又は用いる方法(「対象製品等」)が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存在⇒前記特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであるとはいえない。
  原審 本件では、前記特段の事情が存するとはいえず、Yらの製造方法は本件特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして本件発明の技術的範囲に属する
⇒Xの請求を認容
出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても、それだけでは、前記特段の事情が存するとはいえない。
前記の場合であっても、出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲外の他の構成を、特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的、外形的にみて認められるときは、前記特段の事情が存在する。
  判断 出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても、それだけでは、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存在するとはいえないというべきである。
出願人が、特許出願時に、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき、対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず、これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において、客観的、外形的にみて、対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲を記載しなかった旨を表示していたといえるときには、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。
  解説 ●均等の主張が許されない特段の事情
特許法 第70条(特許発明の技術的範囲)
特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。
特許法70条1項の「特許発明の技術的範囲」は、特許請求の範囲に記載された構成の文言解釈により確定されるのが原則。
平成10年判決:
特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(対象製品等)と異なる部分が存する場合(文言侵害が成立しない場合)であっても、所定の要件(第1要件~第5要件)を充足するときは、
当該対象製品等は、
特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、
特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当であるとし、
特許権侵害(均等侵害)となるものとした。
本件の問題は、第5要件に関する問題で、
「出願時同効材への均等論適用の可否」に関する問題。
  ◎学説
  A(出願時容易想到説):
出願人が特許出願時に容易に想到することができた他人の製品等に係る構成を特許請求の範囲に記載しなかっただけで、均等の主張が許されない特段の事情が存する。 
B(客観的外形的表示説):
出願人が特許出願時に容易に想到することができた他人の製品などに係る構成を特許請求の範囲に記載しなかっただけでは、均等の主張が許されない特段の事情が存するとはいえず、特段の事情を肯定するためには、何らかの外形的な付加事情が必要とする説。
B説に親和的な裁判例が大勢を占めている。
  ◎米国 
米国の均等論においては、公衆への提供の法理が承認されており、
特許権者が特許請求の範囲に包含させなかった均等物がある場合に、均等物であるという特許権者の認識の明白な表示が認められるとき(例えば、明細書に代替技術として開示しておきながら、特許請求の範囲に記載しなかったとき)は、特許権者は、当該均等物を公衆に提供したものであるから、その均等論の主張は封じられる。
  ◎ドイツ 
均等の判断基準に関しては、判決要旨において「特定の技術的効果がどのように奏させるかについて発明の詳細な説明に複数の可能性が開示され、特許請求の範囲からはそのうち1つの可能性のみが理解できる場合、当該複数の可能性のうち残りの可能性を用いているものは、均等な手段として特許権を侵害することはない。」
  ●本判決
◎禁反言の法理
本判決は、平成10年判決が参照されるべきことを示しつつ、特段の事情が存すると均等の主張が許されなくなる根拠は、禁反言(民法1条2項)の法理に照らしているものであることを述べる。
民法 第1条(基本原則) 
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない
禁反言の法理:
民法1条2項に規定される信義誠実の原則が具体的に適用される場面に現れるものといえ、
権利の行使又は法的地位の主張が、先行行為と直接矛盾する故に(先行行為抵触の類型)、又は先行行為により惹起させた信頼に反する故に(信頼惹起の類型)、その行使を認めることが信義則に反するとされる場合。
平成10年判決も説示するとおり、
特許発明の実質的価値は、第三者が特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することのできる技術に及び、第三者はこれを予想すべきもの。

このような立場にある第三者においては、出願者が特許出願時に容易に想到することができた対象製品等に係る構成を特許請求の範囲に記載しなかっただけでは(先行行為)、対象製品等が特許請求の範囲の記載に含まれず文言侵害はないとの理解が生ずるとしても、例外的に、特許発明の実質的価値が特許請求の範囲外に及びうるとの予期までもが必ずしも払拭できるものではなく、出願人が、あえて特許請求の範囲に記載しなかったとの信頼が生ずるとまではいえない。

出願人の側が、後になって、特許権侵害訴訟において均等の主張をしたとしても(後行行為)、特許発明の実質的価値について先行行為と直接矛盾する行為をしたとはいい難く、前記の「先行行為停職の類型」に当てはまらない。

本判決は、A説(出願時容易想到説)が採用できないことをまず法理として示し、続いて、それではどのような場合に前記のような立場にある第三者の信頼が生ずるといえるのかを分析するべく、前記の「信頼惹起の類型」にあてはまるのかの検討をした。
客観的、外形的にみて、出願人があえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるとき(このような先行行為があるとき)には、明細書の開示を受ける第三者も、その表示に基づき、対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものとして理解するといえる
⇒当該出願人において、対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものということができる。
法理として、
客観的、外形的にみて、出願人があえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには、均等の主張が許されない特段の事情が存する
~B説の採用を明示。
  刑事p83
東京高裁H28.9.7  
  オウム真理教関連事件
  事案 オウム真理教による一連の組織的犯行の後に逃亡⇒17年後に逮捕起訴。
裁判員裁判で、全事件について故意及び共謀等を争ったが、全事件について共同正犯として有罪で、無期懲役。
⇒控訴。
  規定 刑訴法 第157条の3〔証人尋問の際の証人と被告人・傍聴人との間の遮蔽措置〕
裁判所は、証人を尋問する場合において、犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、被告人との関係その他の事情により、証人が被告人の面前(次条第一項に規定する方法による場合を含む。)において供述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認める場合であつて、相当と認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、被告人とその証人との間で、一方から又は相互に相手の状態を認識することができないようにするための措置を採ることができる。ただし、被告人から証人の状態を認識することができないようにするための措置については、弁護人が出頭している場合に限り、採ることができる。
②裁判所は、証人を尋問する場合において、犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、名誉に対する影響その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、傍聴人とその証人との間で、相互に相手の状態を認識することができないようにするための措置を採ることができる。
  憲法 第37条〔刑事被告人の諸権利〕
すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
②刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
憲法 第82条〔裁判の公開〕
裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
刑訴法 第281条〔公判期日外の証人尋問〕
証人については、裁判所は、第百五十八条に掲げる事項を考慮した上、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き必要と認めるときに限り、公判期日外においてこれを尋問することができる。
刑訴法 第158条〔裁判所外・現在場所での証人尋問〕
裁判所は、証人の重要性、年齢、職業、健康状態その他の事情と事案の軽重とを考慮した上、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、必要と認めるときは、裁判所外にこれを召喚し、又はその現在場所でこれを尋問することができる。
  判断・解説  ●証人尋問に係る訴訟手続の法令違反 
  ◎証人尋問請求の却下 
教団代表者及び共犯者1名に対する証人尋問請求の却下の違法性を主張
but
両証人の必要性は乏しく所論の違法はない。
  ◎死刑確定者5名の証人尋問における遮へい措置 
最高裁H17.4.14に従って、刑訴法157条の3第2項は憲法37条1項、2項、82条1項に違反しない。
①裁判の公開は証人の供述態度や表情を傍聴人に認識させることは要請していない。
②本件は一連のオウム真理教事件の一部である
③死刑確定者が、一般的な証人とは異なる心身の状態にあることは容易に推察され、刑事収容法32条1項に沿って死刑確定者の心情の安定に配慮する必要がある
④遮へい措置は不要であるという証人の上申には拘束されない

原審の措置に違法はない。
刑訴法157条の3第2項は、「犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、名誉に対する影響その他の事情を考慮し、相当と認めるときは」と定めているところ、
本判決は、遮へい措置をとる積極的な事情としては、事件の性質と死刑確定者の心情の安定を指摘するにとどめている。
  ◎公判期日外における証人尋問の実施 
①事件の重大性、
②証人の重要性、
③同証人は再度出頭すれば報道されて失職するおそれがあり、出頭に伴う負担や影響が相当大きい、
④勾引すればかえって失職の可能性が高まる、
⑤裁判員の心証形成のためには審理計画のとおり訴因ごとの証拠調べが望ましい
⇒原審の措置に違法なし。
尚、脅迫の被害者で多忙な国会議員の証人尋問を受訴裁判所外で行った措置を適法とした事例(東京高裁H20.9.29)
  ●VX事件(殺人、同未遂) 
教団関係者が教団の敵対者とされた被害者2名に神経剤VXをかけた殺人及び殺人未遂
被告人は、運転手又は実行役の同行者などとして関与
  ◎殺意 
①被告人が本件前の別の被害者にVXをかけた事件に際し、共犯者からポアするなどと聞いた
②被告人はポアが殺人を意味することは分かっていた

被告人は本件謀議の場に居合わせて話合いの意味を理解し、
VXの殺傷能力も認識していた

被告人は、各被害者にVXをかけることについて、人を死亡させる危険性が高い行為をあえて行うという、殺意と評価できる認識を有していた。
  ◎共同正犯 
原判決:
①運転手として重要な役割を果たし(V1事件)、又は実行役に同行して実行行為に準じた重要な行為をした(V2事件)という客観的事情
②VX事件は強い精神的一体性を有する教団に属する被告人の目的でもあり、被告人は自己の宗教的な利益を得ようとしたことなどの主観的事情
⇒被告人は自己の犯罪を犯したと評価できるとして共同正犯の成立を認めた。
本判決は、原判決の判断も是認し
運転手が代替可能であることや犯行の計画に関与していないことは、直ちに役割の重要性を否定しない。
ただし、「実行行為を担当するなど、結果発生のために重要な寄与をしている場合は、それ自体だけでも自己の犯罪を犯したと評価するのに大きな事情となるはずである。」と説示し、原判決よりも客観的な寄与を重視している。
  ●V3事件 
教団関係者が、教団信者の実兄V3を自働車に押し込み、教団施設に連れ込んで監禁し、大量の麻酔剤を投与して意識喪失に陥らせて死亡させ、その死体を焼却した事案。
被告人は、被害者を車に押し込んで教団施設に運び込み、死体を焼却場所に運ぶなどして関与した。
  ◎逮捕監禁についての意思連絡 
共謀の前提となる構成要件的故意の内容としても、自己の行為が人の身体・行動の自由を侵害するものであることを認識認容していれば足りる。

被告人は、被害者を逮捕監禁することの認識は十分有しており、被害者を自動車に押し込む時点で麻酔剤を投与することまで認識していたと認められないことは、逮捕監禁の意思連絡を認定する妨げにはならない。
被告人は被害者を車内に押し込んでから教団施設に至る間において、実際に被害者が注射をされて意識を失ったことを認識しながら行動を共にしている

薬物を使用して被害者を意識喪失状態にして監禁することについての意思連絡も認められる。
  ◎致死結果への帰責性 
原判決:
薬物使用に関する被告人の認識及び意思連絡を積極的に認定していなかったが、致死罪の成立については、被告人が本件逮捕監禁の主要部分(骨格)について共犯者と意思連絡をしたと評価できる以上、その逮捕監禁の流れの中で、被告人が事前に認識していなかった共犯者の行為(麻酔剤の投与)があったとしても、その行為による致死結果についても責任を負う。

共犯者の一部が具体的な意思連絡の範囲を超えて過剰な行為に出たとしても、同一罪名及びその結果的加重犯については、他の共犯者も同一の罪責を負うとの法解釈に基づくもの。
本判決:
薬物使用を監禁の手段とすることについても意思連絡があったという事実認定を前提に、
麻酔薬の投与は全て逮捕監禁の手段であり、教団施設に運び込まれるまでに投与された麻酔薬が被害者に蓄積され、副作用の発生に影響を与えている
⇒その後の投与を被告人が知らなかったとしても、被告人には薬物が監禁の手段として使用されていることの認識が認められ、使用された薬物が死亡の結果発生に影響を与えている以上、致死結果についての帰責性は否定されない。
  ●地下鉄サリン事件(殺人、同未遂) 
教団関係者が、東京都心を走行中の5つの地下鉄電車内で猛毒のサリンを発散させ、多数の死傷者を出した事案。
被告人は実行役5名のうち1名を自働車で送迎。
  ◎殺意・共謀について 
以下の原判決を是認
①本件前にボツリヌストキシンを駅構内に噴霧させようとしたアタッシュケース事件に関与した
②その後、共犯者から一斉に地下鉄に撒くなどの指示を聞き、不特定多数の乗客等に危害を加えると理解した
③サリンに関する教団代表者の説法や報道を通じて、地下鉄に撒くものが猛毒のサリンである可能性を容易に思い浮かぶ状況にあった
④実行役が車内に戻ってくると、体調の異変を感じて換気をし、中毒を心配して注射を打ってもらった
⑤VX事件、V3事件を通じて、人命を軽視する教団の体質を感じ取っていた

故意を認定。
サリンを撒くと被告人に言った等の共犯者供述は全面的に信用できない⇒サリンであると確定的に認識していたとは認められない。
but
被告人は、実行役が地下鉄電車内にサリンの可能性を含む、人を死亡させる危険性が高い行為をあえてするという殺意と評価できる認識を有していた。
共謀について:
被告人は地下鉄に撒くものにつき前記認識の限度で意思連絡をしたと認めた上、被告人の関与に係る客観的・主観的事情を総合して、これを肯定。
  訴因逸脱認定・不意打ち認定の主張 
判断:
原審検察官が殺意について確定的な内容のみを主張し、未必的な認識を排除する主張をしていたとは認められず、検察官の確定的な殺意の主張と異なる被告人に有利な殺意が認定されたとしても、これは訴因事実に内包されている

訴因外の認定にも不意打ちにもならない。
確定的な殺意の主張に対して未必的な殺意の限度で認定する場合、縮小認定として訴因変更は要しないとされており、特段の争点顕在化措置もとらないことが多い。
  ●都庁爆発物事件(爆発物取締罰則違反、殺人未遂) 
教団関係者が、書籍型爆発物を製造して東京都知事宛てに郵送し、これを開披したと職員に傷害を負わせたという爆発物取締罰則違反及び殺人未遂。
被告人は爆発物の製造に関与。
  次の原判決を肯定:
殺人の実行行為について、当該行為が人を死亡させる現実的危険性のある行為であるといえることが必要。
爆発による結果、爆発物の構造・外観・威力を検討して、これを肯定。
  弁護人:
原判決が、捜査段階で本件爆発物に関する鑑定をした警視庁科学捜査研究所職員の証言によって、人が死亡する爆風圧の数値を認定したことにつき(本件爆博物の爆風圧はこれを上回る)、この数値についての証言は、専門的知見のない証人が文献の内容を供述した伝聞証拠であるとして、訴訟手続の法令違反を主張。
  本判決:
専門家証人の供述中に非体験事実が含まれていたとしても、
専門的知見の前提としてその専門分野で所与のものとして共有されている事柄や、専門的知見に基づいて合理性や妥当性を有すると判断された内容に関する事項についての供述は、事実認定を誤らせるおそれが乏しい
⇒体験事実に準じるものとして、伝聞供述とはならず、証拠能力を肯定してよい。
  刑事p120
東京高裁H28.8.26  
  関税法違反とWTO農業協定の効力
  事案 食料品等の販売及び輸入等の事業を営む被告会社の実質的経営者である被告人が、カナダ等から外国産冷凍豚部分肉を輸入するに当たり、豚肉の単位が関税負担の最小となる分岐点価格に近似する価格であるかのように仮装し、不正に関税を免れようと企て、虚偽の価格を記載した仕入書(インボイス)に基づいて、内容虚偽の輸入申告を行い、その都度輸入許可を受けて、関税合計17億4919万3000円を免れたという関税法違反の事案。
  判断・解説 ●法令適用の主張について
  WTO農業協定4条2項は、我が国の裁判規範として直接適用されるものではなく、関税暫定措置法2条2項、別表第1の3は、WTO農業協定に違反して無効となるものではないとして、一審判決を是認。 
条約の国内効力の問題と条約の直接適用可能性の問題は区別されるべき。 
条約の直接適用可能性の有無については、条約当事者の意思(主観的基準)及び規定の明確性(客観的規準)によって決するのが相当。
その場合、一般に、条約自体は、締結した当事国が、その国際義務の遵守を要求することができるにとどまり、国家は国内法秩序における条約の実現について任されているのであって、これが国民の権利義務にかかわる裁判規範たり得るためには、条約当事国が直接適用する意思をもって条約を締結した場合に限られ、規定の明確性は、条約を直接適用するという条約当事国の意思の存在を前提に、私人の権利を規定する裁判規範として備えるべき要件にほかならない。
WTO規定は、加盟国間の紛争に関して統一的に適用される紛争解決手続を規定し、加盟国に対し、同協定を巡る紛争について、すべて司法に準じたことの規則及び手続に従って解決することを義務付け、
加えて、紛争当事国間で事前に行われる協議に関しても規定して、
国内における司法審査においては、このような協議等の機会を奪われることになる

我が国の意思としては、協定違反の是正について、国内における司法審査を前提としていないものと解するのが相当。
主要加盟国であるアメリカ合衆国及びEU(欧州連合)が、直接適用可能性を明示的に否定。

我が国は、特段の意思により直接適用を肯定した条項を除いたその他のWTO協定について、直接適用可能性を有するものとしてこれを締結したと解することはできない。

WTO農業協定4条2項の直接適用可能性を否定。
●解説
条約が国内的効力を有するか否かについては、各国によって異なるが、
我が国においては、条約の誠実順守義務を定めた憲法98条2項の趣旨から、
条約は批准・公布により、国内法固有の形式に変形することなく、すなわち特段の立法措置を待つまでもなく、そのまま国法の一形式として受容されて、国内的効力を有すると解されている(包括的受容説)。
but
条約は、その国内的実施方法の観点から、
それ自体がそのまま「直接適用可能な」(または、「自動執行的な」)条約と、
立法措置など何らかの国内的措置を通じていわば間接的に適用される条約
に区別される。
条約の直接適用可能性の基準については、
直接適用可能か否かが問題とされるのは条約全体ではなく、個々の規定であり、まずは条約全体について検討し、次に個々の規定について検討されることが多いとした上で、
主観的基準(条約当事国の意思)と
客観的基準(規定の明確性)
を考察して直接適用可能性の有無を判断。
  ●量刑不当の論旨について 
関税法違反の事案における量刑において重視すべきは、保護すべき当該国内産業に対する侵害の程度であって、当該輸入貨物の内容・性質、量及び価格並びに当該輸入取引の内容等を総合考慮して判断するのが相当であり、
ほ脱額及びほ脱率は、保護すべき当該国内差b業に及ぼす影響の程度を示す指標として把握するのが相当。
2348   
  判例特報
福岡地裁H29.1.6  
  裁判員への声かけ事件
  規定 裁判員の参加する刑事裁判に関する法律 第107条(裁判員等に対する威迫罪)
被告事件に関し、当該被告事件の審判に係る職務を行う裁判員若しくは補充裁判員若しくはこれらの職にあった者又はその親族に対し、面会、文書の送付、電話をかけることその他のいかなる方法をもってするかを問わず、威迫の行為をした者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
裁判員の参加する刑事裁判に関する法律 第106条(裁判員等に対する請託罪等)
法令の定める手続により行う場合を除き、裁判員又は補充裁判員に対し、その職務に関し、請託をした者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
    ■①判決
    Vが裁判員A及びBに発した言葉は、「あんた裁判員やろ」「俺、同級生なんよ」「Xの同級生なんよ」「あんたらの顔は覚えとるけね」「Xは同級生だから、よろしくね」
前提事実⇒Vは、自らの行為によって裁判員らがC会親交者に顔を覚えられたなどの不安や困惑を覚えることは認識していた(=威迫の故意あり)。
Vの「よろしくね」との発言の趣旨が、裁判員らに対し、Xに有利な判断をしてほしいという依頼の意味であり、この意味を分かって発言に及んだ(=請託の故意あり)
⇒威迫罪及び請託罪の成立を肯定。
懲役1年、3年間執行猶予
    ■②判決
    Wが裁判員A及びBに発した言葉についての認定:
「明後日も来るんやろ」「裁判員も大変やね」
判決や刑の重さは裁判員の意見で決まるわけではないという趣旨の文言や、
もうある程度は裁判の結果あるいは判決は決まっているんだろうという趣旨の文言
「いろいろ言っても変わらんもんね」
  ●威迫罪の認定
「威迫の行為」(裁判員法107条1項)とは、相手に対して言葉・動作をもって気勢を示し、不安・困惑を生じさせる行為を言う。
言葉の内容のほか、声かけがなされた経緯やWの風貌を総合⇒気勢を示す行為に当たる。
威迫の故意も認定。
  ●請託罪の認定 
「請託」(裁判員法106条1項)とは、裁判員又は補充裁判員としての職務に関する事項についての依頼をいい、黙示のものも含む。
本件では否定。
    ⇒威迫罪のみ。
懲役9月、3年間執行猶予。
  民事p24
大阪高裁H29.1.27  
  契約書記載の賃料額と実際に支払われている賃料額の齟齬が現況報告書に不記載⇒買受人の国賠請求(肯定)
  事案 本件土地及びその地上建物である本件建物を担保不動産競売手続で買い受けたXが、収益物件である本件建物について、現況調査報告書に誤った賃料額が記載されていたため損害を被ったと主張
①執行官の現況調査の過誤
②そのかごを是正すべき執行裁判所の義務違反
③売却許可決定に対するXの執行抗告を棄却した抗告裁判所の義務違反
を理由に、
Y(国)に対し7785万1360円及び遅延損害金の支払を求める国賠請求事件。 
  判断 執行官の現況調査のかごを認め、Xの請求を一部認容。
実際支払賃料額につき、本件現況調査報告書の記載内容と本件不動産の実際の状況との間に看過し難い齟齬が生じたというべき。
①本件執行官は、本件現況調査において、調査結果の十分な評価、検討をし、本件不動産の実際支払賃料額について調査すべき義務があったのにこれを怠った。
②その結果、本件不動産の実際支支払賃料額につき、本件現況調査報告書の記載内容と本件不動産の実際の状況との間に看過し難い齟齬が生じた。

本件執行官は、本件現況調査を行うに当たり、目的不動産の現況をできる限り正確に調査すべき注意義務に違反した。
損害については、民法248条を適用。
  知財p62
大阪地裁H27.9.24  
  ピクトグラムの「使用許諾契約」終了による原状回復義務等・契約当事者たる地位の承継の主張等
  事案 X:VI(ヴィジュアル・アイデンティティ)等の制作等を主たる目的とする株式会社(仮説創造研究所)
Y1:大阪市
Y2:大阪市都市工学情報センター 
Y1は、その案内表示の改善のため、Y2に業務委託を行い、Y2は、平成12年3月31日、大阪城等のピクトグラムのデザインを、板倉デザイン研究所に委託し、P1がピクトグラムのデザインを行った。

Y2は、平成12年3月31日、大阪市各局の設置する案内表示等に、P1がデザインしたピクトグラムを使用することを目的として、板倉デザイン研究所との間で、「ピクトグラム使用契約」(「本件使用許諾契約1」、対象となったピクトグラムを「本件ピクトグラム」)を締結。

Y2は、平成12年8月31日、P1がデザインした本件ピクトグラムを、同じくP1がデザインした地図デザイン(「本件地図デザイン」)に配した「本件案内図」につき、これをY1が設置する案内表示等に使用することを目的として、板倉デザイン研究所との間で、「大阪市観光案内使用契約」(「本件使用許諾契約2」、両契約を併せて「本件各使用許諾契約」)を締結。

本件各使用許諾契約において、板倉デザイン研究所が、Y2に対し本件ピクトグラム等についての使用を許諾するに当たり、大阪市案内表示ガイドラインに従って実施される大阪市各局の案内表示とそれらを補足する地図等の媒体において、Y1が本件ピクトグラム等を使用することが定められている。
  争点 (1) 本件各使用許諾契約の有効期間内に作成された本件ピクトグラム等の原状回復義務
①Yらは有効期間の満了による有効期間内に作成した本件ピクトグラム等についての原状回復義務を負うか
② Xは、Yらに対し、板倉デザイン研究所から本件各使用許諾家役の許諾者たる地位を承継したとして同契約上の権利を主張しうるか

(2) 本件各使用許諾契約の有効期間満了後に作成された本件ピクトグラムの複製権侵害
(3) 前記争点(1)の原状回復義務及び前記争点(2)の著作権に基づく本件ピクトグラムの抹消・消除の必要性(使用継続のおそれ)
(4) 前記争点(1)の原状回復義務違反及び前記争点(2)の著作権侵害の不法行為に基づくXの損害額
(5) Yらは、本件冊子の頒布及びPDFファイルのホームページへの掲載を行ったことによる、本件ピクトグラムの複製権及び公衆送信権侵害の不法行為責任を負うか
①本件ピクトグラムの著作物性

(6) Y1は、Xによる本件ピクトグラムの一部修正について報酬支払義務を負うか
(7) Y1は、別紙4案内図を作成することによって、本件地図デザインについての複製権又は本案権侵害として不法行為責任を負うか 
  規定 民法 第613条(転貸の効果)
賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人に対して直接に義務を負う。この場合においては、賃料の前払をもって賃貸人に対抗することができない。
2 前項の規定は、賃貸人が賃借人に対してその権利を行使することを妨げない。
  判断 ●争点(1)①について
◎Y2の義務 
本件各使用許諾契約には、有効期間満了後の被告らの義務について明確な規定はない。
but
本件各使用許諾契約において、Y2に認められた本件ピクトグラム等の使用権は、主として複製後も継続して展示される案内表示が対象とされており
複製後もY1において使用し続ける形態であることを前提としている。

本件各使用許諾契約は、このような使用形態を前提に、有効期間を設定して契約当事者間の折合いをつけたもの。
有効期間を新たな複製ができる期間と解したのでは、その趣旨が損なわれる。

「使用」の通常の意義からしても「使用権の有効期間」とは、本件ピクトグラム等を複製することだけでなく、複製した案内表示等の展示を継続することの有効期間を定めたものと解するのが自然。

本件各許諾契約において、有効期間が満了した以上、少なくとも案内表示でのピクトグラム等の使用を中止し、原状に服するという合意までが含まれていると認めるのが相当。

原状回復義務として、既に複製された本件ピクトグラム等の抹消・消除の義務が生じると解するのが相当。
◎Y1の義務 
本件各使用許諾契約においては、板倉デザイン研究所が、Y2に対し本件ピクトグラム等についての使用を許諾するに当たり、大阪市案内表示ガイドラインに従って実施される大阪市各局の案内表示とそれらを補足する地図等の媒体において、Y1が本件ピクトグラム等を使用することが定められている。

Y1は、板倉デザイン研究所の承諾の下に、Y2の使用権を前提に、本件ピクトグラムなどの一種の再使用許諾を受けているものといえ、
これは、賃貸人の承諾を受けて転貸借がされている状況と同様の状況にある。
民法613条の趣旨は、転貸借が適法に行われている場合に、目的物を現実に用益する転借人に対する直接請求権を認めることにより、賃貸人の地位を保護する点にあるが、
再使用許諾関係の場合にも、本件ピクトグラムを現実に使用するのが再被許諾者であるY1である以上、同様の趣旨が妥当する。
本件における本件ピクトグラム等の使用は、案内板等における継続的使用を対象とし、本件各使用許諾契においてY2に原状回復義務が認められる
⇒賃貸借終了後の原状回復義務に類似した関係にある。

Y1においては、本件各使用許諾契約の当事者ではないものの、民法613条を類推適用し、本件ピクトグラム等の抹消・消除義務を直接負う。
争点(1)② 
◎「統合」の意義
Xが、平成19年6月1日に板倉デザイン研究所の事業を統合する際に、・・著作権全てを板倉デザイン研究所から包括的に譲り受ける合意をし、その後同年9月に板倉デザイン研究所が解散清算。
⇒当事者間において本件ピクトグラム等を含む著作権が譲渡
⇒本件各使用許諾契約上の地位も譲渡。
  ◎地位の譲渡の対抗 
本件各使用許諾契約における許諾者の義務は、許諾者からの権利不行使を主とするものであり、本件ピクトグラムの著作権者が誰であるかによって履行方法が特に変わるものではない
⇒本件ピクトグラムの著作権の譲渡と共に、被許諾者たるY2の承諾なくして本件各使用許諾契約の許諾者たる地位が有効に移転されたと認めるのが相当。
(賃貸人たる地位の移転についてのものであるが、最高裁昭和46.4.23)
but
著作物の使用許諾契約の許諾者たる地位の譲受人が、使用料の請求等、契約に基づく権利を積極的に行使する場合には、これを対抗関係というかは別として、賃貸人たる地位の移転の場合に必要となる権利保護要件としての登記と同様、著作権の登録を備えることが必要。
(賃貸人たる地位の移転に関するものであるが、最高裁昭和49.3.19)

Xは、Yらに対し、著作権の登録なくして本件各使用許諾契約上の地位を主張することはできない。
  ●争点(5)① 
本件ピクトグラムは、実在する施設をグラフィックデザインの技法で描き、これを、四隅を丸めた四角で囲い、下部に施設名を記載したもの。
本件ピクトグラムは、これが掲載された観光案内図等を見る者に視覚的に対象施設を認識させることを目的に制作され、実際にも相当数の観光案内図等に記載されて実用に供されているもの
⇒いわゆる応用美術の範囲に属するもの。
応用美術の著作物性について、
実用性を兼ねた美術的創作物においても、「美術工芸品」は著作物に含むと定められており(著作権法2条2項)、
印刷用書体についても一定の場合には著作物性が肯定(最高裁H12.9.7)

それが実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えている場合には、美術の著作物として保護の対象となると解するのが相当。
ピクトグラムが指し示す対象の形状を使用して、その概念を理解させる記号(サインシンボル)⇒その実用的目的から、客観的に存在する対象施設の概観に依拠した図柄となることは必然。
⇒創作性の幅は限定される。
but
それぞれの施設の特徴を拾い上げどこを強調するのか、
そのためにもどの角度からみた施設を描くのか、
どの程度、どのように簡略化して描くのか、
どこにどのような色を配するか、
等のの美的表現において、実用的機能を離れた創作性の幅は十分に認められる。
このような図柄としての美的表現において制作者の思想、個性が表現された結果、それ自体が実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となる得る美的特性を備えている場合には、その著作物性を肯定し得る。
本件ピクトグラムは
その美的表現において、制作者であるP1の個性が表現されており、その結果、実用的機能を離れて美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている
⇒それぞれの本件ピクトグラムは著作物である。
  解説 ●使用許諾契約の解釈 
本来、原状回復の規定がなければ、その義務を負わないが、契約に明文の規定がなくとも原状回復が含意されているとした。
  ●民法613条の類推適用 
本判決:
①本件における本件ピクトグラム等の使用は、案内板等における継続的使用を対象とし、②本件各使用許諾契約においてY2に原状回復義務が認められている
⇒賃貸借終了後の原状回復義務に類似した関係にある。
大阪地裁H22.3.11:
Qは原告から、本件ソフトウェアの使用許諾を受けたが、許諾の期間が経過した場合、Qにおいて、本件ソフトウェアの使用を中止し、サーバー等から削除する義務がある。
Qは、被告に対し、本件ソフトウェアを本件事業のために使用することを許諾していたと認められるが、Qへの使用許諾が終了した以上、民法613条(本件のような無償再許諾にも準用を認めるのが相当であると考えられる)の趣旨を類推し、被告においても、本件ソフトウェアの使用中止とサーバ等からの削除義務が発生していると解することができる。
反対説
民法613条の趣旨を簡単に及ぼしてよいものか疑問

①転貸借に係る原状回復義務は法定の典型的な義務であるのに対して、(再)使用許諾によって定められた義務は非典型的なもの
②著作権の範囲外の義務を課す点で、転貸借において問題となる、目的物自体の原状回復義務とは異なるものと評価できる。
  ●地位の譲渡の対抗 
著作権法 第77条(著作権の登録)
次に掲げる事項は、登録しなければ、第三者に対抗することができない。
一 著作権の移転(相続その他の一般承継によるものを除く。次号において同じ。)若しくは信託による変更又は処分の制限
二 著作権を目的とする質権の設定、移転、変更若しくは消滅(混同又は著作権若しくは担保する債権の消滅によるものを除く。)又は処分の制限
本判決:
賃貸人の地位の移転に関する最高裁判断を参照に解決をはかっている。

使用許諾契約は誰が行っても履行方法が特に変わるものではない⇒許諾者の地位の移転に被許諾者の承諾は不要。
その有効に移転した地位に基づいて、許諾者たる地位に立つ者が契約上の権利を積極的に行使する場合には、権利保護要件としての登記と同様、著作権の登録の具備を必要とする。
  商事p110
大阪高裁H29.4.20  
  会社法2条6号「大会社」となったにもかかわらず、会計に限定した非常勤監査役を選任していた場合の同監査役の責任等
  事案 原告らは、平成15年6月から平成23年7月までの間にオーナー契約を締結し、本件会社に投資した顧客。
投資総額4億2980万円の大半が焦げ付いた⇒違法な資金集めに関与したとする個人の賠償責任を追及する本件訴訟を提起。
本件被告とされたのは、有限会社時代の従業員(平)取締役であったY3とY1、株式会社移行後に選任された非常勤監査役Y2のほか、関連会社の役員であった多数の者。
  判断  ●従業員(平)取締役Y3及びY1の責任 
  ◎原判決 
Y3について:
取締役退任から原告らの契約締結時期まで4年以上が経過⇒Y3の義務懈怠と原告らの損害との間に相当因果関係が認められない
⇒Y3に対する請求を棄却。
Y1について:
新たなオーナ―契約の募集を止めるよう代表取締役に進言するなどの措置を講じるべき義務があったのに、重過失によりその義務を懈怠
⇒Y1に対する請求を全部認容
  ◎判断 
①Y3・Y1が繁殖牛不足の事実を知ることが困難であった
②Y3・Y1が置かれていた状況に照らせば、違法なオーナー契約の勧誘を止めさせるための行動を起こすこと(職務上の義務を履行すること)が極めて困難であった

そうしなかったこと(職務上の義務懈怠)につき重大な過失は認められない。
⇒Y3、Y1の第三者責任を否定。
  ●非常勤監査役Y2の責任 
  ◎事案 
Y2は、株式会社に移行した直後の平成21年9月(60歳時)、本件会社の非常勤監査役に就任。
本件会社の定款には、監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定めがあり、Y2と本件会社は監査の範囲を会計に限定して監査役就任契約を締結。
but
本件会社は、株式会社移行時、既に負債が200億円以上の大会社(会社法2条6号)⇒本来なら会計監査人と監査役の両方を置かなければならず(同法327条3項、328条2項、329条1項)、監査役の監査の範囲を会計に限定することができないはず(同法389条1項)。
Y2は、平成22年5月頃、同年3月期決算の打ち合わせにおいて初めて、本件会社が負債200億円以上の大会社であり、会計監査人を置く必要があると知り、本件会社の取締役会に対し、会計監査人導入に向けた行動計画を提案したが、本件会社は、そのような態勢を整えようとせず、平成23年8月に経営破綻。
  ◎原審
①平成21年4月の株式会社移行時既に大会社であった⇒本件会社は、それ以後、会計限定監査役を選任することが許されない⇒Y2は(監査役就任契約の内容とは関係なく)法律上当然に業務監査を行う職責を負う
②その職責を果たしていたなら平成22年6月以降のオーナー契約を食い止めることができた可能性がある

Y2は同時期以降に生じた原告らの損害について個人賠償責任を負う。
Y2に対する請求の一部(7062万円)を認容。
  ◎判断 
①Y2には業務監査の職責まで負わせられる契約上の根拠がない
②業務監査を行う適任者として選任されたのではないY2に業務監査の職責を負わせることは、会社にとって不足であるばかりでなく、Y2にとっても過酷
③大会社の監査は、会計監査人と監査役が分業して行うべきなのに、株主が機関選任を懈怠している間、Y2一人に両方の職責を強いる解釈には無理がある
④会社法336条4項3号が、通常監査役を置く必要が生じた場合、会計限定監査役の任期を終わらせることにしているのは、会計限定監査役に通常監査役の職責を果たすことを求めない法の姿勢の現れである

Y2の職責は会計に限定されると判断した上で、Y2に対する請求を棄却。
  解説 ワンマン社長が経営を支配する会社の名目取締役について、経営監視義務懈怠を理由に対第三者責任を問うことが可能なのか?
最高裁昭和48.5.22は平取締役の経営監視義務を肯定。
but
義務懈怠と第三者の損害の相当因果関係を否定し、あるいは、
義務懈怠についての重大な過失を否定し、
このような取締役の対第三者責任を否定した下級審判例は多い。
「大会社」であるのに会計限定監査役が選任されている場合に関する監査役の責任の範囲
このような「監査役の権利義務は、業務監査権限を有する監査役としての権利義務であるため・・・その義務を免れることを望む場合には、裁判所に対し、仮監査役の選任の申立てをする必要がある」
but
本判決は異なる見解。

会社法429条1項の責任を逃れたいなら、同法346条2項の仮監査役の選任申立てをしておくべきだったということは非現実的と考えた?
2347   
  判例特報p18
札幌地裁H29.2.14  
  建設アスベストの共同不法行為の事案
  規定 民法 第719条(共同不法行為者の責任)
数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。
  事案 いわゆる建設アスベストの事案
  ●  ●719条1項前段
  本判決:
民法719条1項前段の規定は、
複数人による個々の加害行為と被害者の被った損害の全部との間に、それぞれ独自に相当因果関係がある場合(加害行為と損害との間に事実的因果関係があり、かつ、当該損害が不法行為に基づく損害賠償の範囲に含まれる場合)において、
当該複数人による個々の加害行為が同項前段にいう共同の不法行為に該当するとき(いわゆる客観的関連共同性が認められるとき)は、
当該複数人による個々の加害行為が単純に競合したにすぎないときとは異なり、
当該複数人による個々の加害行為の当該損害に対する寄与の割合に応じた減責の抗弁を許さず、当該複数人に対して当該損害の全部を連帯して賠償する責任を負わせる趣旨。 
現在の多数説:
複数人による個々の加害行為と被害者の被った損害の全部との間にそれぞれ独自に相当因果関係があることを要しない。
ex.
2人のうち1人(A)による加害行為の損害に対する寄与の割合が6割で、もう1人による加害行為の損害に対する寄与の割合が4割

Aによる加害行為は損害の一部(6割)との間でのみ相当因果関係があるにすぎず、Bによる加害行為も損害の一部(4割)との間でのみ相当因果関係があるにすぎない。

①被害者が民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求をする場合には、Aに対しては損害の一部(6割)のみ、Bに対しても損害の一部(4割)のみの賠償請求をすることができるにすぎない。
but
②被害者が民法719条1項前段の共同不法行為に基づく損害賠償請求をする場合には、A及びBによる個々の加害行為が同項前段にいう共同の不法行為に該当する(いわゆる関連共同性が認められる)限り、
A及びBに対して損害の全部(A及びBによる共同の加害行為と相当因果関係のある損害)の賠償請求をすることができる。
判例:
Aによる加害行為の損害に対する寄与の割合が6割で、Bによる加害行為の損害に対する寄与の割合が4割である場合には、A及びBによる個々の加害行為と損害の全部との間にそれぞれ独自に相当因果関係があることを前提としており、
前記事例において
①被害者が民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求をする場合には、原則として、Aに対しても、Bに対しても、損害の全部(A及びBによる個々の加害行為とそれぞれ独自に相当因果関係のある損害)の賠償請求をすることができるが、
その例外として、
A及びBの前記寄与の割合に応じた減責の抗弁が認められる余地がある。
but
②被害者が民法719条1項前段の共同不法行為に基づく損害賠償を請求する場合、
A及びBによる個々の加害行為が同項前段にいう共同の不法行為に該当する(いわゆる客観的関連共同性が認められる)限り、
前記減責の抗弁は排斥され、
原則のとおり、A及びBに対して損害の全部(A及びBによる個々の加害行為とそれぞれ独自に相当因果関係のある)の賠償請求をすることができる。

民法709条とは別に719条を置いている意味がある。
  ●719条1項後段 
本判決:
民法719条1項後段の規定は、
①複数人による個々の加害行為のうちのいずれかの者による行為(1人による行為である必要はない。)と被害者の被った損害の全部との間に相当因果関係があり、かつ、
②当該複数人以外の者による加害行為はないか、又は当該複数人以外の者による加害行為と当該損害との間には相当因果関係がない場合において、
当該複数人のうちのいずれの者による加害行為と当該損害との間に相当因果関係があるのかが不明であるときは、
当該複数人による個々の加害行為と当該損害との間にそれぞれ独自に相当因果関係があるものと推定し、
当該複数人がそれぞれ自身による加害行為と当該損害との間には相当因果関係がないことを立証しない限り、
当該複数人に対して当該損害の全部を連帯して賠償する責任を負わせる趣旨の規定。
ex.
Aによる加害行為の損害に対する寄与の割合が6割、
Bによる加害行為の損害に対する寄与の割合が4割、
Cによる加害行為と損害の間には相当因果関係がない(ただし、Cの行為も加害行為には当たる。)場合で
被害者がAとCのみを共同行為者として民法719条後段に基づく損害賠償請求

前記説示の各要件のうち
①複数人(A及びC)による個々の加害行為のうちのいずれかの者(A)による行為と被害者の被った損害の全部との間に相当因果関係があるという要件は満たすが
②当該複数人(A及びC)以外の者(B)による加害行為はないか、又は当該複数人以外の者による加害行為と当該損害との間には相当因果関係がないとの要件は満たさない。
Aによる加害行為の損害に対する寄与の割合が6割
Bによる加害行為の損害に対する寄与の割合が4割
Cによる加害行為と損害との間には相当因果関係なし
Dによる行為は加害行為すらなし
の場合で、
4人全員を共同行為者として民法719条1項後段に基づく損害賠償請求

ABCについては、相当因果関係がないこと(抗弁)を主張立証しない限り、損害の全部を賠償する責任を負う。
Dは、自身による加害行為がないことを主張して請求原因を否認すれば足りる。
  民事p86
最高裁H29.5.10  
  銀行が、輸入業者の輸入する商品に関して信用状を発行し、商品につき譲渡担保権の設定を受けた場合の占有改定による引渡し
  事案 輸入業者であるYから依頼を受けてその輸入商品に関する信用状を発行し、同輸入商品につき譲渡担保権の設定を受けた銀行X
Yにつき再生手続開始の決定⇒前記譲渡担保権に基づく物上代位権の行使として、Yが第三者に転売した同輸入商品の売買代金債権の差押えを申し立てた。 
Y:Xは前記譲渡担保権について対抗要件を具備していないから物上代位権の行使は許されないと主張。
  判断 銀行であるXが、輸入業者であるYの輸入する商品に関して信用状を発行し、これによってYが負担する償還債務等に係る債権の担保として当該商品につき譲渡担保件の設定を受けた場合において、
次の①及び②の事情の下では、Yが当該商品を直接占有したことがなくても、Xは、Yから占有改定の方法により当該商品の引渡しを受けたものといえる。 
①XとYとの間においては、輸入業者から委託を受けた海貨業者によって輸入商品の受領等が行われ、輸入業者が目的物を直接専有することなく転売を行うことが一般的であったという輸入取引の実情の下、
前記譲渡担保権の設定に当たり、
XがYに対し輸入商品の貸渡しを行ってその受領等の権限を与える旨の合意がされていた。
②海貨業者は、金融機関が譲渡担保権者として当該商品の引渡しを占有改定の方法による受けることとされていることを当然の前提として、Yから当該商品の受領品の委託を受け、当該商品を受領するなどしていた。
  解説  最高裁H11.5.17:
動産譲渡担保権に基づく物上代位権の行使について、一定の事実関係の下においてこれを肯定。
but
同決定の事案では、譲渡担保権者による対抗要件の具備の要否ないし有無は、争点とされておらず、判断の対象とされなかった。 
最高裁H22.6.4:
再生債務者財産についての所有権留保権者による別除権の行使が問題となった事案において、別除権の行使のためには、一般債権者との衡平を図るなどの趣旨から、原則として再生手続開始時点で当該特定の担保権につき登記、登録等を具備している必要がある。

動産譲渡担保権者についても、別除権者として権利を行使するためには譲渡担保物につき引渡しを受けている必要がある。
  占有改定の意思表示は、占有代理関係を発生させる法律関係があれば黙示的に表示されたものといえ(大判大4.9.29)、
動産譲渡担保権設定契約後、債務者が引き続き目的物を占有するときは、債権者は、契約成立と同時に占有の改定により引渡しを受けたものとして、その物の占有権を取得する(最高裁昭和30.6.2)。 
  民法 第183条(占有改定)
代理人が自己の占有物を以後本人のために占有する意思を表示したときは、本人は、これによって占有権を取得する。
民法 第181条(代理占有)
占有権は、代理人によって取得することができる。
民法 第184条(指図による占有移転)
代理人によって占有をする場合において、本人がその代理人に対して以後第三者のためにその物を占有することを命じ、その第三者がこれを承諾したときは、その第三者は、占有権を取得する。
  ●間接占有者からの占有改定の可否 
占有権は代理占有によっても取得できる(民法181条)⇒民法183条がいう「占有物」が直接占有物に限定されているとは当然には解されない。
民法184条は、本人が代理人によって目的物を専有する場合に、代理人に対する指図によって第三者に引渡しをすることができる旨を規定。
指図による占有移転は、本人と代理人との間の返還請求権(代理占有関係)を第三者と代理人との間に移転させ、これによって本人が間接占有を失い、代わりに第三者が間接占有を取得するもの。
but
本件のような場合に、同条の方法によって占有を引き渡すことができることは当然であるとしても、
本人である譲渡担保権設定者が占有代理関係から抜けることが想定されておらず、本人と代理人(直接占有者)との間の占有代理関係を維持したまま、本人と譲渡担保権者との間に重畳的に新たな占有代理関係を生じさせ、譲渡担保権者に間接占有を取得させようとする場合も、同条によらなければならないと解する必要はない。
一般的に、AからB、BからCへの占有物の現実の引渡しがされ、各当事者間に重畳的占有代理関係が成立した場合には、Cが所持していても、Aは間接占有を保持すると解されている。

Bの代理人であるCが現実の所持を取得し、BとAとの間で占有改定の合意が成立した場合であっても、前記現実の引渡しがされた場合の同様の重畳的な代理占有関係が成立したと評価することができるのであれば、その成立過程の違いをもってAによる占有の取得を否定すべき理由はない。
  民事p90
東京地裁H28.3.10  
  第一取引終了時の残元金に現実の交付額を加算して第2取引の開始時の金銭消費貸借契約が成立したことを前提に計算
  事案 貸金業者X⇒Yに対して貸付け残元利金の支払等を求める。
Y⇒Xに対しいて不当利得として過払金の返還等を求める。 
  解説 第一取引の残元金相当額を第2取引の貸付元金に加える、いわゆる「借換え」がされている場合と同様に解し得る
⇒本判決も、これを前提に、第2取引の貸付元金を(約定の440万円ではなく)350万1921円と認め、以後の貸付と返済に基づく引き直し計算⇒第2取引終了時の過払金の発生を認めている。 

第1取引の終了時の残元金に現実の交付額を加算して第2取引の開始時の金銭消費貸借契約が成立したことを前提に計算。
第1取引において過払金の発生が認められている場合:
同過払金を第2取引の貸付元金の弁済に充当し得るか否かは、第1取引と第2取引とが一連の取引として当事者間委、これまでの判例にいう、いわゆる「充当合意」が認められるのか否かによって結論が異なる。
  民事p93
東京地裁H28.9.15  
  マンションの駐車場の使用料増額の決議の効力等
  事案 マンションの管理組合であるXが、同マンションの区分所有者で、Xの組合員であるYらのうち
第1事件では、Y1及びY3に対し
第2事件では、Y2に対し 
Xの臨時総会における同マンションに設置されている本件駐車場の専用使用料を増額する旨の本件増額決議が有効であることの確認、
その増額後の使用料のうちYら各自の未払分及びこれに対するXの管理規約所定の遅延損害金の支払等
を求める事案。
  争点 本件増額決議の効力の有無
これを有効とした場合にYらが負う債務額 
  規定 区分所有法 第31条(規約の設定、変更及び廃止)
規約の設定、変更又は廃止は、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数による集会の決議によつてする。この場合において、規約の設定、変更又は廃止が一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきときは、その承諾を得なければならない。
  判断 ●本件増額決議の効力の有無
本件駐車場の各専有部分についてのYらの権利:
区分所有者全員の共有に属するマンション敷地を排他的に使用することができる債権的権利。
Xとその組合員であるYら専用使用権者との関係:
法の規定の下で規約及び集会決議による団体的規制に服し、
管理組合は法の定める手続要件に従い、
規約又は集会決議をもって、
専用使用権者の承諾を得ることなく使用料を増額することができる。
当該区分所有関係における諸事情を総合的に考慮して、増額の必要性及び合理性が認められ、かつ、増額された使用料が当該区分所有関係において社会通念上相当な額であると認められる場合には、
専用使用権者は使用料の増額を受忍すべき。

このような場合は使用料の増額に関する規約の設定、変更等は専用使用権者の権利に「特別の影響」(区分所有法31条1項後段)を及ぼすものではなく、同項所定の区分所有者の承諾は必要ない。
本件増額決議に係る増額については、必要性及び合理性があり、かつ、
増額されたい使用料も社会通念上相当な額

同決議はYらの承諾を要することなく有効であり、平成24年1月分以降はこれに沿った専用使用料増額の効力が発生。
Yらの供託額を控除した残額の支払義務を求めたほか、
管理規約の規定に基づく弁護士費用としてXが支出した21万6000円の支払義務を認めた。 
  解説 一般に、給付請求が可能な請求権については、給付の訴えを提起すれば足り、そのほかに、同請求権の確認を求める利益はないとされている。
  本件増額決議の確認によって、差額分が直ちに確認されるわけではない

増額決議の有効の認を求める利益のほかに、その有効を前提として発生する差額分の支払を求める利益が肯定されてよい。 
本件増額決議の有効を確認する判決は、民事訴訟一般の確認判決
⇒対世的効力が認められるわけではなく、Yら以外の組合員で本件増額決議の効力を争う者がいると場合にも、その者の本件増額決議の無効主張を封ずるために、Yらとの間で本件増額決議の確認を求める利益が肯定されるということではない。
  民事p99
松江地裁H28.3.31  
  杭工事において打設した杭が支持層に到達していない⇒元請け業者から下請業者、孫請業者に対する損害賠償請求(肯定)
  事案 杭工事において打設した杭が支持層に到達していないとして、
元請業者から下請業者、孫請業者に対する損害賠償請求。 
Xは、A市から幼稚園の建築工事を受注、同工事のうち杭工事をY1に発注し、Y1は、Y2に対し本件杭工事の現場管理を任せる契約を締結。
平成22年12月に本件建築工事は完了
平成23年3月より、不同沈下確認⇒Xは、同24年5月以降、不同沈下の是正工事を行った。
Xは、
Y1に対しては、
本件杭工事には打設した杭が支持層に到達していないという瑕疵がある⇒瑕疵担保責任に基づく修補に代わる損害賠償請求(民法634条2項)
Y2に対しては
現場管理における過失によって杭の支持層未到達、不同沈下を発生させたとして不法行為(民法709条)に基づき、
是正工事費等5置く1300万円余の支払を請求。
  規定 民法 第634条(請負人の担保責任)
仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。
2 注文者は、瑕疵の修補に代えて、又はその修補とともに、損害賠償の請求をすることができる。この場合においては、第五百三十三条の規定を準用する。
  判断  ●本件杭工事に瑕疵があるか? 
本件杭工事契約が、幼稚園の建物の荷重を支えるために締結されたものであり、仮に打設された杭が現実の支持層に到達していなければ建物が傾く危険を生じることになる。
⇒Y1の打設した杭が現実の支持層に到達していることことが、本件杭工事契約の仕事として備えているべき最も重要かつ基本的な性状であることは社会通念に照らし明らか。
①本件杭工事契約においては、Xが、杭が現実の支持層に根入れされない場合があることを特に了承したといった特段の事情のない限り、打設された杭が現実の支持層まで根入れすることを合意していたと認めるのが相当。
②本件では、Y1の打設した杭は、現実の支持層まで根入れされておらず、しかも、X・Y1間で特段の合意はない。
⇒本件杭工事には瑕疵がある。
  ●Xの指示による免責の有無
ここにいう「指示」とは「工事に瑕疵があるにもかかわらず請負人の瑕疵担保責任を免れさせるもの」
⇒発注者等による指示は請負人に対して拘束性を持つものでなければならない。
本件杭工事で採用された杭工法の性質に照らし、本件杭伏図の記載通りの杭長による施工をY1に義務付けるものではない
⇒Xの指示による免責を否定。
  ●Y2の過失の有無ないしは不法行為責任の存否 
XとY2との間には契約関係がない⇒不法行為責任の有無が問題。
試験杭が現実の支持層に到達したか否かを判定するに当たっては、試験杭の施行によって得られた硬さ指標の変化が、L型地盤を前提とする硬さの変化と合致することを慎重に見定めたうえで判定を行うべきであって、かかる変化が十分に認められない場合には、未だ同杭が現実の支持層に到達していない可能性を疑わなければならなかったというべき。
⇒施工データ等に基づき、当該可能性を疑うべき事情があった⇒Y2の過失を肯定。
    ⇒Xの請求を全部認容
  解説 本判決は、元請と孫請との関係で、直接の契約関係に立たない場合でも不法行為責任が成立する限り、元請は孫請に対し責任を追及できることを判示。 
  民事p122
佐賀地裁H28.10.18  
  化学物質過敏症に罹患している旨の説明を受けたのに白アリ駆除の薬剤散布⇒損害賠償請求(肯定)
  事案 原告が化学物質過敏症に罹患している旨説明⇒同人に対して事前通告せず原告の隣家においてシロアリ駆除の薬剤を散布⇒損害賠償請求。
  判断 ①原告が被告従業員に対して自身が化学物質過敏症に罹患しており、実際に被告の実施した外壁塗装作業時に体調が悪化したと告げていたこと等の薬剤散布に至るまでの原告と被告従業員との間の交渉経過
②散布時には薬剤に曝露しないように注意するとともに、薬剤が飛散しないように注意すべきとされ、仕様によって体調に異常を感じた場合には使用を中止し、医師の診断を受けることとされている等の本件薬剤の特性(危険性)
③被告従業員が薬剤を散布するに際して事前通告することが困難であったとは認められないこと等

被告従業員は、本件薬剤散布をするに際しては、原告に事前に通告すべき義務を負っていたと解するのが相当であり、事前の通告をしないで薬剤を散布した同人の行為には過失がある。
損害額:
治療費、慰謝料(20万円)及び弁護士費用の限度でこれをみとめた。
     
  刑事p127
大阪地裁H27.1.14  

  再審請求において、捜査機関の保管する全証拠の一覧表を弁護人に交付するよう決定書をもって命じた事例
  事案 再審請求審において、裁判所が、書面による決定という形で、検察官に対して、弁護人への証拠の一覧表の交付を命じた事例。 
  解説 本決定は、弁護人が、検察官に対し、本件捜査の開始から再審請求後の補充捜査までに収集された全証拠の開示を求めたのに対してなされたもの。 
証拠自体の開示は、具体的に特定していないことを理由に認めなかったが、
全証拠の一覧表の交付を認めた。
一覧表の交付についての必要性、相当性
←「弁護人が開示を求める証拠と具体的に特定するすることは、相当な困難が伴い、ひいては、本件再審請求事件の迅速な判断が阻害されるおそれがある」
  刑訴法は、再審の審理の仕方についてはほとんど手続規定をおいておらず、再審請求審が職権主義的審理構造
⇒審理の進め方は裁判所の合理的な裁量による
⇒証拠開示をどのように考えるかは、裁判所によって相当取り扱いが異なる。 
裁判所が新証拠の発見に資するべく、訴訟指揮権に基づき証拠開示を命じることは現行法上許容されないという考えも根強い。

証拠開示を命じた昭和44年決定や、刑訴法の証拠開示の規定は、通常第一審の手続に関するもので、再審請求手続には適用がなく、
請求人において再審理由を基礎付ける証拠とを提出することが必要とされている
11月   
2346
  行政p20
東京地裁H28.6.17  
  語学学校の外国人講師と厚生年金保険の被保険者の資格
  事案 語学学校を運営するA社との間で雇用契約を締結し、英語講師として就労していたX(カナダ国籍)が、平成21年11月9日、港社会保険事務所長に対し、厚生年金保険の被保険者の資格の取得の確認請求⇒同年12月4日付けで、却下する旨の処分⇒本件却下処分の取消しを求めて訴えを提起。
港社会保険事務所は同月31日に廃止され、本件却下処分は厚生労働大臣等がした処分とみなされ、同処分に係る権限の受任者はY(日本年金機構)となった。
Xは、平成18年8月1日に厚生年金保険の被保険者の資格を取得したが、
Aは、平成21年8月1日付けでXについて被保険者の資格喪失の届出をし、港社会保険事務所長は、同年9月3日付けで、Aに対し、Xについて同年8月1日付けで被保険者の資格喪失が確認された旨の通知。
Aから同通知内容を知らされたXは、本件確認請求⇒請求に係る事実がないものと認めたとして本件却下処分(なお、Xについては、その後平成22年12月1日付けで、被保険者資格の取得が確認された。)。
  争点 被保険者資格の喪失が確認された平成21年8月においてXが厚生年金保険の被保険者であったと認められるか否か。 
  判断 厚年法が、標準報酬月額を基礎として年金額や保険料を算定する制度を採用し、標準報酬月額の最低額が9万8000円とされていること
報酬月額算定に当たり報酬支払の基礎となる日数が17日未満の月の報酬を除外するものとしていること等

同法は、労働力の対価として得た賃金を生計の基礎として生計を支えるといい得る程度の労働時間を有する労働者を被保険者とすることを想定。
そのような労働者といえない短時間の労働者は、同法9条にいう「適用事業所に使用される70歳未満の者」に含まれないものと解するのが相当。 
短時間の労働者を判断する具体的な基準についての法令の定めがない
⇒被保険者とされるかどうかについては、前記の趣旨に照らして、個々の事例ごとに、労働日数、労働時間、就労形態、職務内容等を総合的に勘案して判断すべき。
Xの具体的な労働日数、労働時間、就労形態、職務内容等
⇒同年7月までの間において被保険者の資格を喪失するには至らなかったじことになるとともに、同年8月において被保険者の資格を取得することができたと認定。
その他、
①Xの労働日数は常勤講師のものと変わりがなかったこと、
②報酬の額も前記標準報酬月額の最低額を大きく上回っており、十分に生計を支えることができる額であったこと
③事業主との雇用関係も安定していると評価することができること

Xは、本来、同月の前後を通じて被保険者の資格を有していたとみるべきであって、本件確認請求の趣旨に沿って検討した場合には、同月1日付けで被保険者の資格を喪失したものとされ、その旨の確認がされているものの、同日において被保険者の資格を再取得したものと認めることができる。

Xは、同日において「適用事業所に使用される70歳未満の者」に該当するというべきであり、これを否定した本件却下処分は違法なものであるとして、Xの請求を認容。
  解説 厚年法9条は、「適用事業所に使用される70歳未満の者」は被保険者とする旨を定め、
例外として、同法12条(平成24年改正前のもの)は、臨時に使用される者であって日々雇い入れられる者等同条各号のいずれかに該当する者は被保険者としない旨を定めている。 
同条各号のほかには適用事業所に使用される者について被保険者に該当しない旨を具体的に定めた明文規定はない。
本件は、厚生年金保険の被保険者資格の判断に当たり、厚年法の趣旨より、明文の適用除外事由に該当しない場合でも、いわゆる短時間の労働者は被保険者とはならないとの解釈を基本としつつ、
当時の短時間就労者(いわゆるパートタイマー)に係る被保険者資格の取扱いに関する、昭和55年6月6日付け厚生省保険局保健課長等による都道府県民生主管部(局)保険課(部)長宛ての文書(「内かん」)や平成17年5月19日付け社会保険庁運営部医療保険課長による地方社会保険事務局長宛ての文書(「語学学校に雇用される外国人講師に係る健康保険・厚生年金保険の適用について」)に示されている内容も踏まえつつ、
Xの労働時間のほか、労働日数、就労形態、職務内容等を個別かつ総合的に勘案して、
本件のXについては短時間の労働者ではなく厚生年金保険の被保険者の資格があるとした事例。
平成24年8月10日成立の「公的年金制度の財務基盤及び最低保障機能の強化等のための国民年金法等の一部を改正する法律」により、従前の厚生年金保険法12条各号の適用除外対象者に加え、一定の短時間の労働時間を有するにすぎない者(短時間労働者)を適用除外対象者として具体的に定める規定が設けられた。
  民事p32
東京高裁H28.5.26  
  妊婦の死亡⇒医療過誤で過失・因果関係肯定
  事案 帝王切開で胎児を出産する手術⇒出産(死産)後ショック状態に陥り、分娩から約4時間後に死亡⇒Aの夫X1と母X2は、手術を担当した医師らは、常位胎盤想起剥離発生時における産科DIC防止に関する過失、産科DIC及びショックに対する治療に関する過失、出血量チェック及び輸血に関する過失、弛緩出血への対応に対する過失、転送義務違反があり、Aはこれらの過失によって死亡⇒
Y1に対して選択的に診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき、また担当医師であったY医師らに対して不法行為に基づき損害賠償を請求。
  一審 Y医師らは、Aが常位胎盤想起剥離を発症したことを把握しながら、その後進展する可能性のある産科DICに対する治療の準備が遅れた結果、十分な抗ショック療法及び抗DIC療法を行うことができなかった過失がある。
but
Aは羊水塞栓症を発症し、子宮を主体とするアナフィラキー様のショックにより、血管攣縮、血管透過亢進及び浮腫を生じて、その後産科DICも併発したことにより死亡。
保険手術当時、このような症状に対する有効な治療法は確立されておらず、かつ、Y病院においてはICUによる集学的管理・治療も行うことができなかった。

仮に、Y医師らが適切に抗ショック療法や抗DIC療法を実施していたとしても救命でいたとは認められない。

Y医師らの過失とAの死亡との間には相当因果関係が認められないとして、請求棄却。 
  判断 Y病院におけるAの診療経過、医学的知見などについて詳細に認定⇒Aについては、出血性疾患である常位胎盤早期剥離を発症し、その後に重篤な産科DICを発症して死亡。 
常位胎盤早期剥離の中でも胎児死亡例は極めて産科DICを伴いやすく、産科DICは重篤化すると非可逆性になり生命が危険となる

産科DICスコアを用いた母体の状態把握を行い、産科DICを認める場合には可及的速やかにDIC治療を開始すべきであった。
but
Y医師らは産科DICスコアのカウントを全く行わず、産科DICの確定診断に向けた血液検査等も実施しなかった。

産科DIC防止に関する注意義務に違反。
手術中の出血量の把握についても十分に行わず、
少なくともショックインデックスを用いた出血量の把握を行うべきであったとにそれを行わず、
適時適切に輸血を実施しなかった注意義務違反もある。
  症例報告や医学的知見
⇒Aの死亡とY医師らの注意義務違反とAの死亡の結果との間には相当因果関係が認められる。
  解説 周産期における妊婦の突然死事例に関しては医療機関側から救命不可能な羊水塞栓症であった旨のの主張がされることがしばしば見られ、実務的にも過失や因果関係に関し困難な立証が必要となる。 
本件においては、患者側から国内外における症例報告や医学論文をもとに産科DICの症例や救命可能性について相当充実した立証活動が行われたことがうかがわれる。
  民事p72
大阪高裁H29.4.27  
  ゴルフ会員権の売買契約について共通の錯誤に陥った事案
  事案 Xは、平成27年2月3日、Yから本件各会員権を購入する売買契約を締結。
その後の同年4月23日、Yが作成した退会届をαの運営会社に提出して、本件a会員権の退会手続き⇒同年6月1日、前記運営会社から、Y名義の預金口座に、本件α会員権の預託金6000万円が振り込まれた。
⇒Xは、Yに対し、不当利得返還請求権に基づき、預託金6000万円から未払い会費15万5520円を控除した5984万4480円の支払を求めた。
Yの主張 本件各会員権の売買価値について、XとYとが共通して錯誤に陥っていた
⇒Yぬい錯誤の重過失があったとしても、本件各会員権の売買契約の無効を主張できる。 
  判断 共通錯誤の場合には、取引の安全を図る必要はなく、表意者のYの保護を優先してよい⇒民法95条ただし書は適用されず、表意者に重大な過失があっても、錯誤無効を主張することができる。
Xも、本件各会員権ば売買的価値が6000万円以上であるのに、これが430万円を著しく超える価値を有するものではないと認識しており、Yと共通の錯誤に陥っていたと認めるのが相当。
  民事p81
福岡高裁H29.5.18 
  遺留分減殺請求と代襲相続人の特別受益
  事案 被相続人A(平成23年7月死亡)の二女であるXが、B(Aの長女。平成16年2月死亡)及びY1(Bの長男・代襲相続人)に対するAの贈与によって、Xの遺留分が侵害されている⇒Y1及びY2(Bの二男・代襲相続人)に対して遺留分減殺を求めた。 
Aが、
①Bの生前である平成元年12月、Bに対して土地13筆(本件土地1)を、
②平成3年5月、B及びY1に対して土地2筆(本件土地2)の各共有持分2分の1を、
③Bの死亡後である平成16年4月にY1に対して土地3筆(本件土地3)をそれぞれ贈与。
(Bの遺産分割では、Y1がBの遺産の全てを取得し、Y2は代償金のみを取得)

XがY1及びY2に対して遺留分減殺を求めた。
  争点 ①被代襲者(B)が生前に被相続人(A)から受けた特別受益が、代襲相続人(Y1、Y2)の特別受益に当たるか?
②推定相続人でない者(Y1)が被相続人(A)から贈与を受けた後に、被代襲者(B)の死亡によって代襲相続人として地位を取得した場合に、当該代襲相続人(Y1)の特別受益に当たるか? 
  判断 争点①について:
被代襲者についての特別利益は、その後に被代襲者が死亡したことによって代襲相続人となったY1及びY2との関係で特別受益に当たる

①特別受益の持戻しや代襲相続は相続人間の公平を図る制度であって、代襲相続人に被代襲者が生存していれば受けることができなかった利益を与える必要はない
②被代襲者に特別利益があればその子等である代襲相続人も利益を享受しているのが通常
争点②について
相続人でない者が、被相続人から贈与を受けた後に、被代襲者の死亡によって代襲相続人としての地位を取得したとしても、前記贈与が実質的には相続人に対する遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情がない限り、特別受益には当たらない

①他の共同相続人に被代襲者が生存していれば受けることができなかった利益を与える必要はない
②被相続人が他の共同相続人の子らにも同様の贈与を行っていた場合の不均衡
but
本件では、相続人であるBへの遺産の前渡しとして自宅の敷地である本件土地2を贈与するにあたって、その持分2分の1をBの子のY1名義にしたものにすぎず、実質的にはBへの遺産の前渡しとも評価しうる特段の事情がある

前記贈与はY1の特別受益に当たる。
最後に贈与された本件土地3から遺留分減殺をすべきところ、
Y1が価額弁償を申し出て、XもY1に対して価額弁償金を請求
⇒原判決を取り消し、Y1にXに対する価額弁償金の支払いを命じた。 
  解説 被代襲者が生前に受けた特別受益が、被代襲者の死亡後に代襲相続人となった者の特別受益に当たるか?
A:積極説(通説)
←特別受益制度では共同相続人間の公平を重視すべきところ、代襲相続人は被代襲者と実質上同一の地位にあり、被代襲者の特別受益があれば、その直系卑属である代襲相続人も実質的に利益を受けていると考えられる。 
相続人でなかった者が被相続人から贈与を受けた後に、被代襲者の死亡によって代襲相続人としての地位を取得した場合に特別受益に当たるか?
A:消極説(通説)

①推定相続人の資格を持たなかった代襲相続人に対する贈与は、相続分の前渡しとはいえない
②他の共同相続人に代襲がいなかった場合以上の利益を与える必要はない

B:積極説も有力
受益者は相続開始時に共同相続人であれば足り、受益の時期にかかわらず持ち戻しの対象とすべき

特別受益は共同相続人間の公平の維持が目的
  民事p92
大阪地裁H29.2.2  
  介護施設利用者の転倒による頭部負傷事故と事業者の損害賠償責任(肯定)
  事案 Aは、Y施設で、介護事業を利用⇒深夜にトイレに行こうとして転倒して頭部を負傷し、急性硬膜下血腫を発症、その後、それを原因として呼吸不全により死亡。 
Aの相続人であるXらは、前記事故は、Aが以前に転倒したことがったにもかかわらず、Y施設の職員が転倒防止措置を実施せず、Aに対する安全配慮義務を怠った過失により発生⇒Yに対し、債務不履行又は使用者責任に基づき損害賠償を請求。
  争点 ①Y施設の職員は、Aが再三の注意を守らずに1人でトイレに行こうとすることを予見することができたか
②Yは、Aの転倒を防止する措置として離床センサーを設置することを義務付けられていたか 
  判断   Yは、Y施設の利用契約に基づき、Aに対し、その生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)がある。
  ●予見可能性について 
①Aは、パーキンソン症候群等の影響で、歩行の際はふらつきによる転倒の危険が高い状態にあった
②Aは、本件事故のわずか19日前にも本件施設において1人でトイレに行こうとして転倒する事故を起こしていた
③Aは本件施設の利用当初から1人でトイレに行こうとしており、Y施設の職員からはナースコールで職員を呼ぶように注意をされていたにもかかわらず、それを聞き入れることなく、1人でトイレに行っていた

Yの施設の職員は、Aに対して注意をしていたとしても、Aがそれに従うことなく1人でトイレに行こうとすること、その際に転倒する危険が高いことを予見することができた。
  ●結果回避義務について 
①Yが高齢者向けの介護事業を営む事業者
②既にY施設で離床センサーを導入済みであった
③転倒防止の予防のために離床センサーを設置することについての当時の知見

Yは、本件事故の当時、自らナースコールを押そうとしない利用者に対して離床センサーを設置することが転倒予防に効果があることについて知見を有することを期待することが相当。
①Aは自らナースコールを押そうとしない利用者であり、離床センサーの設置が転倒予防のために望ましい者
②Y施設で離床センサーは利用されていない状態であってその設置に特段のコストは必要なく、Y施設の職員は離床センサーを設置すればAが1人でトイレに行こうとすることを察知し、転倒しないように見守り等を行うことができた

離床センサーを設置することが義務付けられていた。
介護施設には人的物的体制に限界があるとしても、Aには転倒歴がある等の転倒の危険が高い者であったのに、特段の再発防止策を講じることなく、聞き入れてもらえないことが分かっている注意を繰り返していただけで、安全配慮義務を尽くしていたと評価することはできない。
  知財p103
知財高裁H28.11.2 
  楽曲の無断配信と、許諾の有無を確認すべき条理上の注意義務・損害認定
  事案 X:本件原盤についてのレコード製作者の著作隣接権(複製権、貸与権、譲渡権及び送信可能化権)及び本件楽曲についての実演家の著作隣接権(送信可能化権)を有する。 
Y:Xから委託を受けたとするZとの再委託契約に基づき、本件原盤から複製された本件CDのレンタル事業者への販売及び本件楽曲の配信を行ったが、実際にはZは許諾を得ていなかった。
Xが、Yに対し、以下の理由により、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求権及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
①本件原盤から複製された本件CDのレンタル事業者への販売及び本件楽曲の配信により、Xが有する本件原盤についてのレコード製作者の著作隣接権(複製権、貸与権、譲渡権及び送信可能化権)及び本件楽曲についての実演家の著作隣接権(送信可能化権)を侵害したことを理由とする損害賠償金(著作権法114条2項)
②本件CDを廃盤にして、Xの本件原盤、ジャケットを含む本件CD及びポスター等の所有権を侵害したことを理由とする損害賠償金
③前記①②に関する弁護士相談料に係る損害賠償金
  規定 著作権法 第114条の5(相当な損害額の認定)
著作権、出版権又は著作隣接権の侵害に係る訴訟において、損害が生じたことが認められる場合において、損害額を立証するために必要な事実を立証することが当該事実の性質上極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。
  判断 Yの控訴を棄却するとともに、Xの附帯控訴に基づき原判決が認定した損害額を増額変更し、Xのその余の請求をいずれも棄却。 
①本件再委託契約に際してZが作成した本件企画書の記載から、Yは、本件再委託契約を締結した頃、Zが本件原盤について著作権及び著作隣接権を有しないことを認識していた
②Yによる本件CDのレンタル事業者への販売及び本件楽曲の配信は、いずれも著作権者又は著作隣接権者の許諾がない限り著作権又は著作隣接権を侵害する行為
③Yは、国内最大手の衛星一般放送事業者であるのに対し、Zは、資本金400万円の比較的小規模な会社であり、本件再委託契約締結当時、YとZとの取引実績はまだそれほど蓄積されていなかった
④Yは、本件原盤に関し、本件企画書に原盤会社として明記されているXとZとの利用許諾関係を確認することができ、同確認をすれば、本件のCDのレンタル事業者への販売及び本件楽曲の配信についてのXの許諾がないkとを明確に認識し、以後、前記販売及び配信をしないことによって、Xが有する著作隣接権の侵害を回避することができた

Yは、本件CDのレンタル事業者への販売及び本件楽曲の配信に当たり、Xの許諾の有無を確認すべき条理上の注意義務を負う。
but
Yは、本件CDのレンタル事業者への販売及び本件楽曲の配信に当たってXの許諾の有無を確認しておらず、前記条理上の注意義務に違反して、Zが本件岩盤を複製して制作した本件CDをレンタル事業者に販売し、また、インターネット配信事業者を通じて本件楽曲を配信。

Yは、Xの許諾なく前記複製、販売及び配信を行ったことにつき、少なくとも過失がある。

Yは、Zらと共に、Xのレコード製作者としての複製権、譲渡権、貸与権及び送信可能化件並びに実演家としての送信可能化権を侵害し、共同不法行為責任を負う。
配信1回当たり控訴人が受領した金額の平均はおおむね146円であり、著作権法114条の5により、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、事実審の口頭弁論終結日までの本件楽曲の無断配信の回数は400回と認められる
⇒本件楽曲の無断配信に係る損害は、両者を乗じた5万8400円になる。
  解説 著作隣接権が侵害された場合、著作権者等は、損害賠償を請求することができるが(民法709条)、損害賠償請求の要件として、故意又は過失が必要。
過失の推定規定を有する特許法等とは異なり(特許法103条)、著作権法には、そのような規定がない
⇒侵害者の故意又は過失を主張立証する必要がある。 
本判決は、許諾の有無を確認しなかったという不作為についての注意義務違反を認めたが、不作為が不法行為を構成するには、その前提としての作為義務の存在が不可欠。
作為義務の根拠としては、法令の規定、契約のほか、条理が挙げられ、条理に基づく不作為による過失責任を認めた判例:
最高裁H13.3.2:
カラオケ装置のリース業者に、リース契約の相手方が著作権者との間で著作物使用許諾契約を締結し又は申込みをしたことを確認した上でカラオケ装置を引き渡すべき条理上注意義務を負う。
本判決は、同最高裁判決が示した5つの要素(①カラオケ装置の危険性、②被害法益の重大性、③リース業者の社会的地位、④予見可能性、⑤結果回避可能性)等を総合的に考慮して、条理上の義務違反を肯定。
         
2345   
  特報p6
和歌山地裁H29.3.29  
   
  事案 和歌山カレー事件で死刑確定 
請求人は、夫に対する殺人未遂事件及びカレー毒物混入事件について、請求人が無罪であり、再審開始の理由がある旨主張して、94点もの新証拠を提出。
  主張 カレー毒物混入事件に係る申立ての理由の骨子:
新証拠によれば
①請求人が1人で亜ヒ酸の混入されたカレーの見張り番をしていた時間帯があり、その際に不自然な言動をしていた旨の目撃証言に信用性がなく、
②カレー毒物混入事件に関係すると思料される各亜ヒ酸の同一性に関し、捜査段階において実施された警視庁科学警察研究所における異同識別鑑定及び東京理科大学理学部教授中井泉による異同識別鑑定並びに第一審公判段階において実施された大阪電気通信大学工学部教授谷口一雄と広島大学大学院工学研究科助教授早川慎二郎による異同識別鑑定が誤りであることが明らかとなっており、
③請求人の毛筆にヒ素の外部付着が認められるとする中井及び聖マリアンナ医科大学予防医学教室助教授山内博による毛髪に関する鑑定には信用性が無く、
④請求人以外の者にも犯行の機会があった
等というもの。 
  判断 確定判決における証拠構造等を明らかにした上で、
新証拠について
①前記目撃証言に関するもの、
②異同識別三鑑定その他の亜ヒ酸の同一性に関するもの、
③毛髪鑑定に関するもの及び
④犯行機会に係るもの
などに区分。 
①③④については、確定判決の認定を動揺させるものではない。
②により、異同識別三鑑定から認められた間接事実のうち、
(A)夏祭り会場から押収された青色紙コップに付着していた亜ヒ酸及び請求人の周辺から発見された亜ヒ酸とは製造工場、原料鉱石、製造工程又は製造機会の異なる亜ヒ酸の中に原料鉱石に由来する微量元素の構成が酷似するものが存在せず、前記青色紙コップ付着の亜ヒ酸及び請求人の周辺から発見された亜ヒ酸が製造段階において同一とされた点、
(B)請求人の周辺から発見された亜ヒ酸の一部と前記青色紙コップ付着の亜ヒ酸に共通して含まれていたバリウムが製造後の使用方法に由来するとされた点
の2点については相当性を欠くといわざるを得ないものの、
前記青色紙コップ付着の亜ヒ酸及び請求にの周辺から発見された亜ヒ酸についていずれも原料鉱石に由来する微量元素の構成が酷似しているとされた点などについてはいささかの動揺も生じていない。
微量元素の構成が酷似する以上、請求人の周辺から発見された亜ヒ酸と組成上の特徴を同じくする亜ヒ酸がカレーに混入されたといえる
⇒異同識別三鑑定の証明力が減殺されたからといって、それだけで直ちに確定判決の有罪認定に合理的な疑いが生じるわけではない。
新旧全証拠を総合して検討してみても、異同識別三鑑定以外の証拠から認定できる間接事実のみでも請求人の犯人性が非常に強く推認されるし、請求人が入手可能な亜ヒ酸とカレーに混入された亜ヒ酸の組成上の特徴が一致するということは請求人の犯人性を積極的に推認させる間接事実になっている
⇒確定判決の有罪認定に合理的な疑いを生じさせる余地はない
⇒新証拠の明白性を否定。
  規定 刑訴法 第435条〔再審請求の理由〕 
再審の請求は、左の場合において、有罪の言渡をした確定判決に対して、その言渡を受けた者の利益のために、これをすることができる。

六 有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。
  解説 証拠の明白性の判断方法に関しては、白鳥決定(最高裁昭和50.5.20)で、「もし当の証拠(新証拠)が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠(新証拠)と他の全証拠(旧証拠)とを総合的に評価して判断すべきであ」ると判示。
~総合評価説。
再審請求段階で新たに提出された証拠により確定判決の有罪認定の根拠となった証拠の一部について証明力が大幅に減殺された場合に刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たるか否かは、
再審請求後に提出された新証拠と確定判決を言渡した裁判所で取り調べられた全証拠とを総合的に評価した結果として確定判決の有罪認定につき合理的な疑いを生じさせ得るか否かにより判断すべき(名張決定、最高裁H9.1.28)
本決定は、最高裁の証拠の明白性の判断手法に則り、
①確定判決における証拠構造等を明らかにし、
②再審請求段階で新たに提出された新証拠の証拠価値を検討し、
③新証拠の提出により異同識別鑑定の一部について証明力の減殺が生じたこと自体は否定しがたい状況にあることを踏まえ、これだけでは確定判決における有罪認定に合理的な疑いが生じず、嫌疑亜ヒ酸の同一性に関する間接事実以外の間接事実の認定に影響はなく、新旧全証拠を総合しても有罪認定に合理的疑いは生じない
⇒新証拠の明白性を否定。
  行政p70
最高裁H29.5.17  
  国籍留保制度の期間規定に関する「責めに帰することができない事由」
  事案 戸籍法104条1項所定の日本国籍を留保する旨の届出について、その届出期間の例外を定めた同条3項の適用が問題となった事案。 
  規定 戸籍法 第104条〔国籍留保の意思表示〕
国籍法第十二条に規定する国籍の留保の意思の表示は、出生の届出をすることができる者(第五十二条第三項の規定によつて届出をすべき者を除く。)が、出生の日から三箇月以内に、日本の国籍を留保する旨を届け出ることによつて、これをしなければならない。
②前項の届出は、出生の届出とともにこれをしなければならない。
③天災その他第一項に規定する者の責めに帰することができない事由によつて同項の期間内に届出をすることができないときは、その期間は、届出をすることができるに至つた時から十四日とする。
  解説 国籍法12条の規定する国籍留保制度:
出生により外国の国籍を取得した日本国民で国外で生まれたものについて、戸籍法の定めるところにより日本国籍を留保する意思表示をしなければ、出生の時に遡って日本国籍を失う
この制度は、昭和59年法律第45号(「本件改正法」)の施行前は、中華人民共和国等で出生した者を対象としていなかった。 
戸籍法104条:
出生届をすることができる者が、出生の日から3ヶ月以内に、出生届と共に、国籍留保の届出によってしなければならない(同条1項、2項)。
天災その他前記の者の責めに帰することができない事由によって前記の期間内に届出をすることができないときは、その届出期間は、届出をするに至った時から14日(同条3項)。
父母が本籍を有しない場合でも、その子の出生届をすることに障害はない。
  原審 本件各届出の時点で、X1~X4に本籍及び戸籍上の氏名がなかったところ、このような場合でも戸籍法上は本件子らの出生届をすることは不可能ではない。
but
国籍留保の届出をしなければ日本国籍を喪失するという重大な結果を生ずる

出生届について父母の本籍及び戸籍上の氏名を記載した原則的な届出を提出できない場合は、戸籍法104条3項にいう「責めに帰することができない事由」があると解すべき。
⇒本件届出を受理すべき。 
  判断 国籍留保の届出が戸籍法104条1項の期間内にされなかった場合において、出生により外国の国籍を取得した日本国民で国外で生まれたものの父母について、戸籍に記載されておらず、本籍及び戸籍上の氏名がないという事情のみをもって、同条3項にいう「責めに帰することができない事由」があるとした原審の判断には、違法がある。
⇒原決定を破棄し、Xらの申立てを却下した原々審判に対するXらの抗告を棄却。 
  解説  国籍は国家の構成員の資格であり、何人が自国の国籍を有する国民であるかを決定することは国家の固有の権限に属するものであって、憲法10条は国籍の得喪に関する要件を法律に委ねている(最高裁H20.6.4)。
最高裁H27.3.10は、
国籍留保制度を定めた国籍法12条について、
子の出生時に父又は母が日本国籍を有することをもってわが国との密接な結びつきがあるものとして日本国籍を付与するという父母両系血統主義の原則の下で、国外で出生して重国籍となる子について、前記のような結びつきがあるとはいえない場合に、形骸化した日本国籍の発生を防止し、重国籍の発生をできる限り回避することを目的とするもの
⇒憲法14条1項に違反するものではない。
  ●  国籍留保制度:
①大正時代、アメリカ合衆国など自国の領土内で出生した子に国籍を付与する生地主義の国への日本からの移民について、不留保による日本国籍の喪失によって移民先国への同化定着を促進する目的で創設。
②本件改正法は、従前の不系血統主義を改め、父母両系血統主義を採用することに伴い、血統の相違により父母の両国籍を取得して二重国籍となる者にも国籍留保制度を適用することとし、その対象を中国など血統主義の国で出生した子に拡大。
③国政留保の意思表示がされずに日本国籍を喪失した者で20歳未満の者について、日本に住所を有するときは(日本人の子として出生した者には、出入国管理及び難民認定法上、在留資格が認められている。)、法務大臣への届出によって日本国籍を再取得できる旨の制度が設けられた(国籍法17条)。
④20歳に達した者は、前記制度の対象とならないが、国籍留保の意思表示がなされずに日本国籍を喪失した者は、簡易帰化(国籍法8条3号)の対象となるものと解されている。
  戸籍法104条1項

①子の法的地位の安定のために、生来的な国籍をできる限り子の出生時に確定すること
②父母等による国籍留保の意思表示をもって我が国との密接な結びつきの徴表とみることができる。
本決定は、
①戸籍法104条3項が同条1項の届出期間の例外を定めたもの⇒その要件は、前記のような国籍留保制度や同条1項の趣旨及び目的を踏まえて判断されるべき
②同条3項が「天災」という客観的な事情を挙げている

同項にいう「責めに帰することができない事由」の存否は、客観的にみて国籍留保の届出をすることの障害となる事情の有無やその程度を勘案して判断するのが相当。
③X1~X4について本籍及び戸籍上の氏名がないという事情だけでは客観的にみて本件各国籍留保の届出の障害とならないことは明らか。
  民事p74
東京高裁H28.10.12  
  民法30条2項の失踪宣告の「危難に遭遇」への該当性
  事案 不在者である二男が民法30条2項の規定する危難に遭遇⇒Xが失踪宣告を求めた。 
不在者が会社員として勤務していたいが、平成27年1月、スキー場のリフト終点から登山を開始したが、その後帰宅せず、捜索でも見つからない。
  規定 民法 第30条(失踪の宣告)
不在者の生死が七年間明らかでないときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求により、失踪の宣告をすることができる。
2 戦地に臨んだ者、沈没した船舶の中に在った者その他死亡の原因となるべき危難に遭遇した者の生死が、それぞれ、戦争が止んだ後、船舶が沈没した後又はその他の危難が去った後一年間明らかでないときも、前項と同様とする。d.
  原審 危難に遭遇したとは認められない⇒申立てを却下 
  判断 民法30条2項が規定する「その他死亡の原因となるべき危難に遭難した」とは、人が死亡する蓋然性が高い事象に遭遇することをいうと解される。
  ①不在者は、夏山登山の経験は多かったものの、冬山登山の経験がほとんどなく、その経験も初心者向けの山であった
②今回単独で登山
③登山計画書によれば、非常時に要する備品を携行せず、登山ルートも夏山登山のルートと時間であり、冬山ではルートも時間も異なった
④登山ルートは、天候が急変しやすく、吹雪になるとホワイトアウト状態となって迷いやすく、毎年遭難も発生
⑤登山ルートには樹木が雪で覆われたモンスターが多数あり、その根元部分には大きな穴があり、積雪のため穴の見分けが困難
⑥当時、登山ルートの山頂付近は、最低気温がマイナス22度程度、最高気温がマイナス10度程度であり、気圧配置によると、登山時には山頂付近の天候が悪化していた可能性がある
⑦リフト終点の積雪も3メートル以上あって、新雪もあり、登山ルートはそれ以上の積雪があった
⑧捜索隊も、隊員が交代しながらラッセルをして進み、スノーシューを履いても30センチメートル程度沈む程度

①登山ルートは、道に迷ったり、転落したりして身動きができなくなり、凍死するおそれがあったところ、
②不在者は、冬山登山の経験が少なく、登山ルートや所要時間を調査しないまま、体温を維持したり方向を確認したりする装備を携行せずに登山を開始し、
③視界が悪化して道に迷ったか、所々にある穴に転落した蓋然性が高く、
④その場合には凍死する危険性も高い

人が死亡する蓋然性が高い事象に遭遇したと認めることが相当。
  解説 民法30条2項が規定する「その他死亡の原因となるべき危難に遭遇した者」とは、一般的な事象であると、個人的な遭難であるとを問わず、 ことごとくこれを含む広い規定(我妻)。
その例として、
地震、火災、洪水、津波、山崩れ、雪崩、暴風、火山噴火のほか、登山や探検に参加して生死不明の者等が挙げられ、
個別具体的に死亡原因となるか否かにより決定すべきであり、
渡し船が転覆した場合は、水泳の能否、大人と子供とで異なるとされている。
  民事p78
名古屋高裁H29.4.13  
  死刑確定者の「懸賞応募券」の郵送願い・差し入れされた写真ネガフィルムの送付者への返送・領置願いの不許可の違法性(違法)
  事案 名古屋拘置所に収容中の死刑確定者Xは、
①自分で購入した食品などの包装ビニール袋に付いていた「懸賞応募券」を親族に対して郵送することを願い出た⇒拘置所長がこれを不許可とした
②知人が差し入れした「写真のネガフィルム」について、知人に引き取りを求めたうえ、Xが同フィルムを領置するよう願い出たのに対し拘置所長が不許可とした

Y(国)への国賠請求
  Yの主張 ①「懸賞応募券」は、いわゆる「自弁物品」には該当しない⇒この応募券の郵送願いを不許可にしたことは適法
②「ネガフィルム」は「釈放の際に必要と認められる物品」に該当しないし、被収容者が閲覧することができる書籍等に該当しない⇒送付者に引き取りを求め、領置願いを不許可にしたことは適法 
  規定 刑事収容法 第48条(保管私物等)
刑事施設の長は、法務省令で定めるところにより、保管私物(被収容者が前条第一項の規定により引渡しを受けて保管する物品(第五項の規定により引渡しを受けて保管する物品を含む。)及び被収容者が受けた信書でその保管するものをいう。以下この章において同じ。)の保管方法について、刑事施設の管理運営上必要な制限をすることができる。
刑事収容法 第50条(保管私物又は領置金品の交付)
刑事施設の長は、被収容者が、保管私物又は領置されている金品(第百三十三条(第百三十六条、第百三十八条、第百四十一条、第百四十二条及び第百四十四条において準用する場合を含む。)に規定する文書図画に該当するものを除く。)について、他の者(当該刑事施設に収容されている者を除く。)への交付(信書の発信に該当するものを除く。)を申請した場合には、次の各号のいずれかに該当する場合を除き、これを許すものとする。
一 交付(その相手方が親族であるものを除く。次号において同じ。)により、刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがあるとき。
二 被収容者が受刑者である場合において、交付により、その矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれがあるとき。
三 被収容者が未決拘禁者である場合において、刑事訴訟法の定めるところにより交付が許されない物品であるとき。
刑事収容法 第69条(自弁の書籍等の閲覧)
被収容者が自弁の書籍等を閲覧することは、この節及び第十二節の規定による場合のほか、これを禁止し、又は制限してはならない。
  判断 ①「懸賞応募券」は、刑事収容法48条1項及び50条にいう「保管私物」に該当⇒この郵送願いを不許可にする事由が認められない⇒拘置所長のした不許可処分は違法
②「ネガフィルム」は、法69条所定の「書籍等」に該当⇒拘置所長をその領置願を不許可とし、送付者に返送したことは違法。

慰謝料として2万2500円の支払を求める限度で、Xの請求を認容。 
  民事p85
東京地裁H28.10.26  
  固定資産税等の賦課徴収行為が国賠法上違法とされた事例・消滅時効の起算点
  事案 Yの都税事務所は、平成26年10月、Xに対し、過納付があった旨を通知し、平成27年2月、平成22年度分から平成26年度分の過納付分の合計額を還付

Xは、平成17年度から平成21年度の固定資産税等の過納付分に係るYの賦課徴収行為が国賠法1条1項の適用上違法である旨主張し、国賠請求。 
  判断 ●国賠法上の違法性
公権力の行使に当たる公務員の職務上の行為が国賠法1条1項の適用上違法と評価されるのは、
「当該公務員が、当該行為によって損害を受けたと主張する特定の国民との関係において、職務上の法的義務として通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為を行ったと認め得るような事情がある場合に限る」との一般論。
固定資産税等においては
①地方税法上、申告納税方式ではなく賦課課税方式が採用されており、課税庁は、納税者とともにする実地調査、納税者に対する質問、納税者の申告書の調査等のあらゆる方法により、固定資産評価基準に従った公正な評価を行って価格を決定する義務を負っている
②諸規模住宅用地の特例及び市街化区域農地の特例の適用につき、土地所有者の申告が要件ではない

Yの評価担当職員は、小規模住宅用地及び市街化区域農地の所有者からの申告の有無にかかわらず、各所有者との関係で小規模住宅用地の特例及び市街化区域農地の特例の各要件の有無を調査し、同特例が適用される土地には、同特例の基準に従って算出した価格を評価すべき職務上の注意義務を負っている。

本件の事実関係の下では、同注意義務違反が認められる。
  ●消滅時効の主張 
A又はXが、各納付の時点で本件土地の固定資産税等が小規模住宅用地の特例及び市街化区域農地の特例の適用により減額されていないことを知ったのであれば、過納付となる金額が相当多額になることも知り得るものであることが推認⇒同人らは、直ちに本件土地が小規模住宅用地及び市街化区域農地であることをYに申告して過納付金の返還を求める等の対応をするものといえる
but
平成26年10月頃にYからの連絡が来るまで何等の対応をしていない

Yの主張する時点において、Yに対する国賠請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度において損害を知ったということはできない。
地方税法及び都税条例が住宅用地等の所有者に一定の申告義務を負わせたのは、固定資産税等について賦課課税方式を採用しつつ、固定資産の適正な評価・認定を行うに当たってすべき調査等を補完し、その過誤の防止に資するため

Xの不申告の事実が過失相殺において考慮すべき事情
⇒Xの損害額から2割を控除するのが相当。 
  解説 民法724条の「加害者及び損害を知ったとき」につき、
「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知ったときを意味する」(最高裁昭和48.11.16) 
遅延損害金の起算点についても問題となっており、この点については、各納付時点としている。
  知財p93
大阪高裁H29.4.20  
  ネットモール事業者が検索連動型広告にハイパーリンクを施して広告を掲載する行為と商標法違反・不正競争防止法違反
  事案  出店者が各ウェブページを公開し商品を売買する形態のインターネット上のショッピングモールを運営するYが、インターネット上の検索エンジンに表示される検索連動広告に、「石けん百貨」等の標章とYのサイトへのハイパーリンクを施す方法による広告を表示した行為が、X各商標権の侵害にあたり、また不正競争法2条1項1号の不正競争にあたるとして、X各商標の商標権者であるXが、損害賠償を請求した事案。 
  Yは、少なくとも平成24年8月から平成26年9月12日までの間、
「石けん百科」「石鹸百貨」をキーワードとして、検索連動型広告に、「石けん 百貨大特集」などの見出しのもとに広告(以下、これらの広告を「本件広告」、標章表示を「本件表示」)を掲載。
本件広告のなかにYのショッピングモールのURLがハイパーリンクとして表示され、クリックすると、Yのサイト内での「石けん百貨」等をキーワードとする検索結果表示画面(「Y検索結果が面」)に移動。
本件広告から移動したY検索結果画面には、少なくとも平成26年6月頃には、出店者である訴外Aが販売する複数の石けん商品が陳列表示。
  争点 ①YによるX各商標権侵害の有無
②Yによる不正競争行為の成否 
  判断  ●争点①について
本件表示を「石けん」等と「百貨」等との間に半角スペースがない場合と、ある場合に区分(それぞれ、「スペースなし表示」「スペースあり表示」)。
◎  Yの行為につき、Y検索結果画面に表示される内容は、Yが制作に関与していない加盟店の出店頁の記述により専ら決せられる
⇒検索連動型広告に「石けん百貨」という具体的な表示が表示され、かつ、そのリンク先のY検索結果画面に石けん商品が陳列表示されたことは、直ちにYの意思に基づくこととはいえない⇒Yの行為は商標法2条3項8号の要件を欠き、X商標権を侵害しない。
①Yが「商標権の侵害又はその助長を意図して構築したものであるとも、客観的に見て専ら商標権侵害を惹起するものであるとも認めることができない」
②規約で知的財産権侵害を、ガイドラインで隠れ文字の使用を禁止していることなどを指摘⇒本件標章が付されたことを自己の行為として認容していたとは言えない。
③一定のキーワードの取得を制限する管理の必要性につき、そのために必要な出店のページの事前調査は加盟店や取扱商品の膨大さから著しく困難。
④隠れ文字使用の設定ができないシステムが通常の仕様として普及しているとの事情がないこと、加盟店や取扱い商品等の膨大さに照らせば規約違反の常時監視は非現実的⇒それらのことをもってYが隠れ文字使用を包括的に認容していたとはいえない。
◎  but
本件広告のリンク先のY検索結果が面にX商標の指定商品である石けん商品の情報が表示された場合、ユーザーから見れば、本件広告とY検索結果画面とが一体となって、検索エンジンで「石けん百貨」をキーワードとして検索したユーザーを、Yサイト内のX商標の指定商品である石けん商品を陳列表示する加盟店のウェブページに誘導サウルための広告であると認識される

Yが当該状態及びこれが商標の出所表示機能を害することにつき具体的に認識するか、又はそれが可能になったといえるに至ったときは、その時点から合理的期間が経過するまでの間にNGワードリストによる管理等を行って、「石けん百貨」との表示を含む検索連動型広告のハイパーリンク先のY検索結果画面において、登録商標である「石けん百貨」の指定商品である石けん商品緒情報が表示されるという状態を解消しない限り、Yは、「石けん百貨」という標章が付されたことについても自らの行為として認容したものとして、商標法2条3項8号所定の要件が充足され、Yについて商標権侵害が成立。
本件では、Yは、本件広告の存在を認識するや、直ちにAの出店頁を調査、サーチ非表示とするなど、具体的に認識してから合理的期間が経過するまでに、商標の出所表示機能を害する状態を解消した。
Yと販売業者との間に何らかの意思の連絡があったとは認められない⇒裁判所は共同不法行為の成立を否定。
  ●争点②について 
Xのサイトの広告であると誤認混同するおそれがあるとの主張に対し、
Yの名称が使用されており、Yがインターネットショッピングモールとして周知⇒誤認混同のおそれはない。
本件広告のリンク先のY検索結果画面に表示されている商品をXが販売しているとの誤認混同するおそれがあるとの主張に対し、
争点①と同様に、商品等表示を使用したとは認められない⇒不正競争行為に該当しない。
  規定 商標法 第25条(商標権の効力)
商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。ただし、その商標権について専用使用権を設定したときは、専用使用権者がその登録商標の使用をする権利を専有する範囲については、この限りでない。
商標法 第36条(差止請求権)
商標権者又は専用使用権者は、自己の商標権又は専用使用権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2 商標権者又は専用使用権者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の予防に必要な行為を請求することができる。
民法 第709条(不法行為による損害賠償) 
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
商標法 第2条(定義等)
3 この法律で標章について「使用」とは、次に掲げる行為をいう。
八 商品若しくは役務に関する広告、価格表若しくは取引書類に標章を付して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為
  解説 商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有し(商標法25条本文)、自己の商標権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の差止めを請求でき(商標法36条1項)、損害賠償を請求できる(民法709条)。
商標の「使用」は、商標法2条3項各号で規定され、同8号は、
「商品若しくは役務に関する広告、価格表若しくは取引書類に標章を付して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為」を掲げる。
広告等を内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為は、平成14年改正により規定され、たとえばホームページ上のバナー広告、自己のホームページの出所を示す広告等が挙げられる。
  検索連動広告:インターネット上の検索エンジンにおいて、利用者が検索したキーワードの検索結果表示画面に、関連した広告が表示されるもの。

Aというキーワードを利用者が検索⇒Aに関する検索結果が表示されるが、その検索結果の上部や下部などに、関連する広告が表示。
この広告にはハイパーリンクが設定され、利用者が広告をクリックすると、広告主の設定したウェブサイトに異動。

広告主が、表示対象となる検索結果のキーワードを指定し、表示したい広告の見出しやURL等を登録することにより、設定がされる。
キーワードや広告内容には、商品や役務の内容だけでなく、他者の登録商標も設定できうる⇒商標権侵害の問題が生じうる。 
本件では検索連動型広告の広告内において原告の登録商標が表示され、なおかつハイパーリンク先に当該商標の指定商品が陳列表示⇒商標法2条3項8号にいう行為に該当するか?
  検索連動型広告と商標権をめぐる紛争の当事者:
①商標権者・広告主間
②商標権者・検察エンジン運営者間
③商標権者・オンライン市場運営者

本件は③。 
通常の広告主とオンライン市場運営者では広告への関与の度合いが異なる。
本件では、
①広告のハイパーリンク先のYサイト内における商品陳列が面に、いかなる商品が陳列表示されるかも、
②検索連動型広告での表示も、
Yが関与しない加盟店の出店ページの記述に左右される
⇒オンライン市場経営者であるYが侵害主体となりうるかが問題。
  過去の裁判例として、
原告商品の名称及び原告商標をキーワードとして表示される検索結果の広告スぺースに被告が自社の広告を掲載することが商標権侵害であるかが争われた大阪地裁H19.9;.13:
裁判所は「被告の行為は、商標法2条3項各号に記載された標章の「使用」のいずれの場合にも該当するとは認め難い⇒本件における商標法に基づく原告の主張は失当」
but
本件とは事案が違う。 
  本控訴審は、オンライン市場運営者による検察連動型広告における標章の使用が、自らの商標の使用(商標法2条3項8号)にあたる場合の基準を示したもの。 
Yのようなオンライン市場において加盟店が第三者の商標権を侵害する商品を陳列表示している場合に、オンライン市場運営者が侵害主体となりうるときの基準を示した知財高裁H24.2.14と比較すると、本控訴審判決はオンライン市場運営者の行為が商標の使用にあたるとしている点に特徴がある。
  刑事p113
東京高裁H28.6.30  
  強盗致傷等被告事件について執行猶予とした裁判員裁判の判断が破棄された事例
  事案 被告人A・B両名が共謀して、深夜の住宅街の路上において、連続的に、通行中の3名の中年男性を襲った強盗致傷、強盗の事案(裁判員裁判) 
  一審 ①被害金額が多額で、致傷結果も重く、安易な動機、経緯で短期間に各犯行を累行⇒実刑に処することは十分あり得る。
②検察官主張の計画性は、この種犯行で通常行われるもので、特に非難されるべきものと評価できない。
③第3事件の被害者の傷害(骨折)は揉み合いの中で生じたもので、暴行は全体としてみると執拗又は強度なものであったと認めるに足りる証拠はない。
⇒本件が執行猶予を付することがあり得ない事件と断ずることはできない。
①全事件について示談が成立し、特に第3事件の被害者には合計100万円の示談金が支払われ、同人から宥恕の意思が示されている
②被告人両名が逮捕後自ら犯行を告白するなどして反省を深めている
③被告人両名には近親者等の監督者がいる
④被告人Aには懲役前科がなく、被告人Bには前科前歴がない

実刑しかあり得ないとは認められず、むしろ公的機関による指揮監督に服させた上で社会内で更生する機会を与えるのが相当。

被告人両名に対し、いずれも懲役3年、5年間保護観察付き執行猶予。
(検察官の求刑は、被告人Aについて懲役9年、被告人Bについて懲役8年)
  判断 原判決の量刑判断は是認できない。
  ●量刑の在り方 
行為責任の原則に従って、まず犯情の評価を基に当該犯罪にふさわしい刑の大枠を設定し、その枠内で一般情状を考慮して最終的な刑を決定すべきことは裁判員裁判でも同様であるが、
行為責任の原則に基づく量刑の大枠を定めるに当たっては、犯罪類型ごとに集積された量刑傾向を目安とすることが、量刑判断の公平性とプロセスの適正を担保する上で重要。
  ●本件強盗致傷等事案についての犯情及び量刑傾向等 
本件事案の犯情の重さや量刑傾向を踏まえた量刑の大枠について検討。
強盗致傷の中の犯罪類型として見た場合、
2人がかりで暴行を加えるという方法で立て続けに3件の路上強盗を敢行し、2人に傷害を負わせたもの⇒そもそも全体の中で軽い部類に属するとは評価できず、行為態様、動機経緯、法益侵害の各点を総合しても、本件の犯情は、前記の犯罪類型の中でも中程度の部類に属する。
本件のような共犯による連続的な強盗致傷の類型のおおまかな傾向については、中心的な量刑は懲役4年6月以上懲役8年以下の範囲に収まっており、それがほぼ本件の量刑の大枠に相当。
  ●原判決の犯情評価等
そもそも強盗致傷の事件で刑の執行を猶予するという判断は、
当該事案が犯罪類型として極めて軽い部類に属すると判断することにほかならず、特に、事後強盗を除く強盗致傷を複数犯した事案の量刑傾向を前提にすると、執行猶予の判断に至るのは例外的な事案に限られる。
原判決が指摘する被告人らのために酌むべき一般事情を考慮しても、刑の執行を猶予した原判決は、これまでの量刑傾向の大枠から外れる量刑判断を行ったものと言わざるを得ない。
  ●量刑傾向を変容させる場合の量刑判断の在り方 
最高裁H26.7.24(平成26年最判)を引用しつつ、
これまでの量刑傾向を変容させる意図をもって行う量刑判断が公平性の観点から是認できるものであるためには、
従来の量刑傾向を前提とすべきでない事情の存在について裁判体の判断が具体的、説得的に判示される必要がある。
原判決がそのような意図をもって本件量刑を判断したとしても、その理由は何ら説明されていない。
⇒原判決の量刑を是認することはできない。
   
量刑不当を理由に原判決を破棄した上で、
被告人両名を実刑に処した(Aを懲役6年6月、被告人Bを懲役6年)。
  解説 平成26年最判:
夫婦である被告人らが共謀の上、1歳8か月の幼児の頭部を平手で1回強打して床に打ち付けて死亡させたという傷害致死の事案において、第1審判決が、これまでの量刑傾向から踏み出し、公益の代表者である検察官の懲役10年の求刑を大幅に超える懲役15年という量刑をすることについて、裁判体として具体的説得的な根拠を示しているとはいい難い⇒その量刑を是認した原判決について、量刑不当により破棄を免れない。
責任は、単に刑罰を消極的に限定する(刑の上限を画する)だけでなく、刑罰を科する基礎としての役割を果たす(刑の下限を画する)こととなる
⇒責任より重い刑はもちろん、軽い刑を言い渡すことも許されないとの見解が裁判実務上は有力。
執行猶予期間中に同種再犯に及んだ覚せい剤使用事案について執行猶予を付した原判決について、同種事案に関する量刑傾向に照らし、行為責任から大きく逸脱した不当に軽い量刑をしたもの⇒これを破棄し実刑に処した事例(大阪高裁H27.7.2)。
  刑事p120
静岡地裁沼津支部H28.11.24
   
  事案 干物店の元従業員であった被告人が、その干物店内において、経営者Aと従業員Bを殺害して、現金約32万円を強取したという強盗殺人の事案(裁判員裁判)。 
被告人は、事件当日に再就職依頼のために干物店を訪れたことは認めたが、犯行は全面的に否認。
自白はなく、検察官が主張した情況証拠は、事件直後に被告人が所持ていた金員の金種と額が被害の金種と額に類似していること、防犯カメラとタクシーのドライブレコーダーによって認められる被告人所有車両の現場の駐車時間が犯行時間帯と合致することなど。
  判断 ●証拠上認められる前提事実 
12月18日午後6時以降、本件干物店内において、被害者らの頸部を刃物で突き刺すなどした上、被害者らをいずれも生きている状態で冷凍庫内に閉じ込め、その温度をマイナス40度に設定。
本件干物店内において、物色行為に及んだ上、500円硬貨100枚及び100円硬貨500枚を含め少なくとも合計32万円の現金を持ち去った。
  ●犯人性の検討 
◎被告人の経済状態:
各種の負債を抱え、本件の直前には、高利貸からの借金の返済に迫られるなど、経済的に余裕のない状況に陥っていた。
  ◎被告人が事件当日と翌日に費消・預金した現金 
  ◎被告人の本件干物店での滞在時間 
  ●その他の判断 
  ●総合評価
  解説 情況証拠によって主要事実を認定する場合、個々の間接事実についても合理的な疑いを超えた立証が必要か否かについては、争いがある。
A:主要事実の認定の際に合理的疑いを超えた立証があれば足り、個々の間接事実の認定にはその要件は不要
B:必要(本判決) 
「真実は1つしかない」ことを重視し過ぎると、有罪の心証が固まった段階で、その心証と矛盾しない「弱い証拠」も有罪方向に総動員される危険がある(「心証の雪崩現象」)。
個々の間接事実が合理的疑いを超えて立証
⇒その間接事実から主要事実を推認する過程が問題。
本判決:
①持ち去られた金員の額・金種の点と、②被告人の現場滞在時間を有罪の主要な柱にしている。
but
①については、被告人が主張する他の出所の可能性が
②については、車両の現場存在の継続性の評価
が問題となる。
2343   
  行政p45
東京地裁H28.11.29  
  情報公開条例に基づく公開請求で、訴訟事件の事件番号を非開示とされた事例
  事案 東京都の都民であるXが、東京都情報公開条例6条1項に基づき、東京都知事Yに対し、原告をA社、被告を東京都及び新宿区とする損害賠償事件の第1審及び控訴審の訴訟関連文書として、文書開示請求⇒意見の各文書を非開示の対象とした上で、そのうち特定の個人の氏名など特定の個人を識別する記載、事件番号の記載並びに訴訟当事者、訴訟代理人及び裁判所書記官等の印影の各部分を非開示とし、その余の部分を開示する旨の一部開示決定。

Xは処分行政庁であるYに対し、本件一部開示決定のうち、別件訴訟の第一審及び控訴審の各事件番号を非開示とした部分の取消しを求める訴えを提起。
  条例 本件条例7条2号は
本文において、「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)で特定の個人を識別することができるもの(他の情報を照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するもの」を非開示情報として定めた上で、
ただし書において、「法令等の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報」(同号イ)等を本文に定める非開示情報から除く旨を規定。 
  判断 ①本件一部開示決定において、別件訴訟の第1審及び控訴審の係属する各裁判所名は明らかにされている⇒不開示とされた本件各事件番号と併せてみることにより、当該事件が特定されることとなる。
②何人も、裁判所書記官に対し、訴訟記録の閲覧を請求することができる

特定される別件訴訟の訴訟記録を閲覧することにより、何人も、別件訴訟の訴訟記録に記載された当該事件に関与する個人の氏名、住所、生年月日等を知ることができ、特定の個人を識別することができることとなる。
⇒本件各事件番号は、個人識別情報に該当
「法令の規定」とは、何人に対しても等しく情報を公開することを定めている法令のことをいい、
「慣行」とは、事実上の慣習をいい、
「公にされている情報」とは、現に何人も容易に入手することができる状態におかれている情報をいう

本件各事件番号は、「法令等の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報」に該当するとは認められない。
⇒請求を棄却。
  解説 情報公開条例との関係で、「個人に関する情報」に該当するか否かが問題となった裁判例:
①法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。)の代表者に準じる地位にある者以外の従業員の職務遂行に関する情報は、その者の権限に基づく当該法人等のための契約の締結等に関する情報を除き、「個人に関する情報」に当たるとした最高裁H15.11.11
②県の職員の出勤簿に記録された職員が停職処分により特定の日に出勤しなかったことを示す情報は「個人に関する情報」に該当するとした最高裁H15.11.21


東京都情報公開条例を巡って、非開示としたものを取り消した裁判例:
③警視庁における制服購入契約締結文書の起案者(東京地裁H18.5.26)
④警視庁の非管理職職員の氏名、印影が含まれる情報(東京地裁H18.7.28) 

非開示を相当とした裁判例:
⑤建築審査会裁決案の評議の議事録に記載された情報
⑥警視庁K署内の道路標示塗装委託単価契約書の法人の契約代表者の氏名
  行政53
青森地裁H29.1.27  
  市立記念館条例を廃止する条例の制定行為の「処分性」を否定した事例
  事案 本件は、Y(十和田市)が、地方自治法244条1項所定の公の施設として十和田市立新渡戸記念館(本件記念館)を設け、十和田市立新渡戸記念館条例(本件記念館条例)において、その設置及び管理に関する事項を定めていたが、その後、十和田市立新渡戸記念館条例を廃止する条例(本件廃止条例)を制定

Xが、Yに対し、本件廃止条例制定行為が行政事件訴訟法3条2項所定の処分すなわち「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(同条3項に規定する裁決、決定その他の行為を除く。)」に当たることを前提として、本件廃止条例制定行為の取消しを求めた。 
  争点 本案前の争点:本件廃止条例制定行為の処分性
本案の争点:本件廃止条例制定行為が違法なものであるか否か 
  判断   本件廃止条例制定行為に処分性を認めることはできない⇒訴えを却下 
  ●条例制定行為の処分性の認否の判断枠組み 
条例の制定行為は、普通地方公共団体の議会が行う一般的・抽象的な法規範を定める立法作用に属し、一般的には処分に当たるものではない。
but
他に行政庁の法令の執行行為と処分を待つことなく、その施行により特定の個人の権利義務や法的地位に直接影響を及ぼし、行政庁の処分と実質的に同視し得ることができるような例外的な場合には、処分に含まれるものと解するのを相当とすることもあり得る。
  ●本件廃止条例制定行為の処分性の認否 
①地方自治法、本件記念館条例、文化財保護法及び十和田市文化財保護条例の関係法令の内容に照らすと、本件記念館の設置、あるいは、本件記念館において本件資料の保存等がされることに関して、Xが、Yに対して、本件各契約等に基づく契約上の地位等を離れて法的保護の対象となる権利ないし利益を有するものとは認められない。
②本件保管覚書合意を基礎として本件廃止条例制定行為の処分性を認めることはできず、本件廃止条例の施行により本件各契約等に基づくXの権利ないし法的地位に直接影響が及ぶものということもできない
③実質的に考えても、法的救済を求める手段としては、民事訴訟によるのが最適というべきであって、取消訴訟において本件廃止条例制定行為の法的効力を争い得るものとすることに十分な合理性は見出し難い

本件廃止条例の制定行為の処分性を認めることはできない。
  解説 横浜市保健所廃止条例事件(最高裁H21.11.26)は、条例制定行為の処分性を最高裁判例として初めて肯定。
←①法的効果とその直接性、②対象の特定性、③救済方法としての合理性
が認められる。 
本件廃止条例制定行為については、①③が認められないとして、処分性を否定。
  民事p63
東京高裁H28.9.5  
  営業許可を取り消す等の処分の違法を理由とする損害賠償請求権の時効の起算点
  事案 Xは、家畜のきゅう肥等を原料とした有機肥料の製造及び供給等を目的とする会社であって、一般廃棄物及び産業廃棄物の収集運搬や処分を業として行っていた
⇒平成17年8月22日に営業停止勧告(「本件勧告」)、平成18年7月7日に各種営業許可取消処分(「本件処分」)を受けた。
⇒Xは、本件処分の取消しを求め、平成22年7月8日に本件処分を取り消す旨の判決が確定。
⇒Xは、本件勧告及び本件処分の違法を主張し、平成25年7月3日、Y(長野県)を被告として、国賠法1条1項に基づく損害賠償請求訴訟を提起。 
  争点 本件勧告及び本件処分の違法を理由とする損害賠償請求権の時効成立の有無
  判断 ①Xは、本件勧告を受けたものの、Yとの間に前提事実や法適用の認識に齟齬があったためこれに従わないでいた
②本件勧告等による損害につき法的措置を検討している旨の内容証明郵便による通知書を送付

Xは、本件勧告の時から、これが不法行為を構成するとの認識の下に損害賠償請求のための準備を進めていたのであり、本件勧告及び本件処分の時から損害及び加害者を認識
⇒本件勧告及び本件処分の翌日からそれぞれ起算して3年間を経過した日をもって消滅時効が完成。
  解説 Xは、取消訴訟が継続している限り、国賠訴訟の時効は進行しな旨を主張。
but
国賠訴訟を提起するに際して、行政処分につき取消し又は無効確認の判決を得なければならないものではないことは、判例、学説。 
  民事p78
東京地裁H28.11.29  
   売主の本人確認情報を提供した弁護士に、成りすましを看過したことに過失があるとされた事例
  事案 不動産を購入して代金を支払い、自己に対する所有権移転登記を経たXが、売主の依頼によって当該不動産の所有権移転登記申請に当たり売主の本人確認情報を提供した弁護士であるYに対し、Yが過失により売主の本人確認の際に提示を受けた住民基本台帳カード等の書類が偽造されたものであることに気付かないまま誤った本人確認情報を提供し、このために、真実の所有者から所有権移転登記抹消登記手続を求められ、当該不動産の所有権を取得することができなくなった⇒不法行為に基づき、当該不動産の売買代金、登記申請費用、不動産の紹介者に対して支払った報酬及び弁護士費用相当額の合計3億2239万円余及びその遅延損害金の支払を求めた。
  判断 不動産登記制度における資格者代理人制度は、直接的には登記義務者の権利を保護するものではあるが、不動産登記制度は取引の安全を保護するもの
⇒当該登記を信頼して法律上の利害関係を有するに至った者も保護の対象に含まれる。 
Yは、誤った本人確認をすることによって、Xが不測の損害を被る可能性があることについて予見可能性を有し得る立場にあった。
①売主であると称する自称PがYに提出した遺産分割協議書には相続開始日と被相続人の死亡時が異なっていること等遺産分割協議の内容を正確に示すものではなく、そのままでは遺産分割協議に基づく登記申請に用いることができないことを容易に気付くことができる内容であったとに、Yは、これらの誤記に関して調査、確認を何ら行っていないも同然であった
②本件売買契約の決裁は、自称Pが、現金で2億4000万円を受け取るという異例の決済方法であり、決済当時78歳の高齢であるはずの自称Pに多額の現金を交付することは著しく安全を欠く行為といわざるをえず、成りすましによるものと疑うべき事情があった

予見可能性があった。
本件確認の追加資料として提出された本件遺産分割協議書は、かえって本人確認に当たり疑義を抱かせる体裁のものであり、本件売買契約の履行態様も不自然なもの
⇒提示を受けた本件住基カードが一見して真正なものと判断されるようなものであったとしても、成りすましによって発行を受けたり、偽造によるものであるという可能性を疑うべきであり、自ら(所有者である)Pの自宅に赴くか、Pの自宅に確認文書を送付して回答を求めるなどして、本人確認を行う義務があった。

結果回避義務違反があった。
損害について、
支払った売買代金2億4000万円、登記費用309万円余を認め、
過失相殺を4割認め、
その上で弁護士費用を1割認め、
合計1億6044万円余を認容。
  知財p89
最高裁H29.2.28  
  無効審判についての除斥期間経過と、商標権侵害訴訟の相手方による、無効の抗弁の主張
  事案 本訴:米国法人であるエマックス・インクとの間で同社の製造する電気瞬間湯沸器につき日本国内における独占的な販売代理店契約を締結し、X使用商標を使用して本件湯沸器を販売しているXが、本件湯沸器を独自に輸入して日本国内で販売しているYに対し、X仕様商標と同一の商標を使用するYの行為が不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当⇒その商標の使用の差止め及び損害賠償等を求めた。
反訴:Yが、Xに対し、商標権に基づき、登録商標に類似する商標の使用の差止め等を求めた。
X:Yの登録商標は商標法4条1項10号に定める商標登録を受けることができない商標に該当し、Xに対する商標権の行使は許されないと主張。 
  規定  
  原審 X仕様商標は不正競争防止法2条1項1号にいう「他人の商品等表示・・・として需要者の間に広く認識されているもの」に当たり、YがX仕様商標と同一の商標を使用する行為は同号所定の不正競争に該当⇒本訴請求を一部認容。
X使用商標は商標法4条1項10号にいう「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」(「周知商標」)に当たり、X仕様商標と同一又は類似の商標である本件各登録商標のいずれについても、商標登録を受けることができない同号所定の商標に該当
⇒同法39条において準用する特許法104条の3第1項の規定に係る抗弁が認められ、Xに対する本件各商標権の行使は許されない⇒反訴請求を棄却。
  判断 上告を受理し、
原審の認定事実からはX使用商標が不正競争防止法2条1項1号及び商標法4条1項10号の周知商標に当たると直ちにいえず、Xによる具体的な販売状況等について十分に審理しないまま前記各号該当性を認めた原審の判断には違法がある⇒本訴請求のうち不正競争防止法に基づく請求に関する部分及び反訴請求に関する部分の原審の判断は是認できないとして、これらの部分について原判決を破棄し本件を福岡高裁に差し戻した。
  規定 商標法 第39条(特許法の準用)
特許法第百三条(過失の推定)、第百四条の二(具体的態様の明示義務)、第百四条の三第一項及び第二項(特許権者等の権利行使の制限)、第百五条から第百五条の六まで(書類の提出等、損害計算のための鑑定、相当な損害額の認定、秘密保持命令、秘密保持命令の取消し及び訴訟記録の閲覧等の請求の通知等)並びに第百六条(信用回復の措置)の規定は、商標権又は専用使用権の侵害に準用する。
特許法 第104条の3(特許権者等の権利行使の制限)
特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。
商標法 第47条
商標登録が第三条、第四条第一項第八号若しくは第十一号から第十四号まで若しくは第八条第一項、第二項若しくは第五項の規定に違反してされたとき、商標登録が第四条第一項第十号若しくは第十七号の規定に違反してされたとき(不正競争の目的で商標登録を受けた場合を除く。)、商標登録が第四条第一項第十五号の規定に違反してされたとき(不正の目的で商標登録を受けた場合を除く。)又は商標登録が第四十六条第一項第三号に該当するときは、その商標登録についての同項の審判は、商標権の設定の登録の日から五年を経過した後は、請求することができない。
商標法 第4条(商標登録を受けることができない商標)
次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
十 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
  解説 ●問題
Xは、本件各登録商標は商標法4条1項10号に定める商標登録を受けられない商標に該当すると主張。
but
①本件各登録商標のうち最初に登録された平成17年登録商標については、商標権設定登録日から5年を経過
②同号該当を理由とする無効審判請求について同法47条1項が5年の除斥期間を定めている
⇒本件訴訟において同号該当性の主張をすることが許されるのか(=同項が無効審判手続について定めるのと同様の期間制限が、商標権侵害訴訟における同号該当性の主張にも及ぶのか)が問題。
  ●無効の抗弁の主張と期間制限 
①商標法39条によって準用する特許法104条の3第1項の規定(「本件規定」)は、商標権侵害訴訟において商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認められるときは商標権者は相手方に対しその権利を行使することができない旨を定めているところ、商標権設定登録日から5年を経過した後は、商標法47条1項の規定により、商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き同法4条1項10号該当を理由とする無効審判を請求することができない
⇒「商標登録が無効審判により無効にされるべきもの」と認められる余地がないこととなる。
②商標法47条1項の趣旨(=商標登録がされたことによる既存の継続的な状態を保護する)からいっても、誰でも主張できる抗弁である無効の抗弁を期間の制限なく主張し得るものとすると、商標権者がいつ誰に対して商標権侵害訴訟を提起しても、同訴訟の相手方は、登録商標が周知商標(自己の商品等表示として周知である商標でなく、他人の周知商標であってもよい。)と同一又は類似の商標であることを主張して、同法4条1項10号該当をもって無効の抗弁を主張できる⇒商標権者は、この抗弁が認められることによって自らの権利を行使することができなくなり、同法47条1項の趣旨が没却される。

商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては、当該商標登録が不正競争の目的で受けたものである場合を除き、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が同号に該当することによる商標登録の無効理由の存在をもって、本件規定に係る抗弁を主張することが許されない。
  ●権利濫用の抗弁の主張と期間制限 
例えば、周知商標を自己の商品等表示として使用する者(周知商標使用者)の知らないうちに周知商標と同一又は類似の商標について商標登録がされ、その商標権設定登録日から5年を経過した後に周知商標使用者に対する商標権侵害訴訟が提起された場合、同訴訟の相手方(周知商標使用者)にとっては、商標登録に係る不正競争目的を立証しない限り商標法4条1項10該当をもって商標権者の権利行使に対することができなくなる。
本判決:
登録商標が商標法4条1項10号に該当し、かつ、その商標権を行使されている相手方が当該登録商標を同号に該当するものとされている周知商標につき自己の商品等表示として周知性を獲得した当人(=周知商標使用者)であるという場合に、その周知商標使用者は当該商標権侵害訴訟において自己に対する商標権の行使が許されないとする権利濫用の抗弁を主張することができ、このような抗弁の主張については期間制限を受けないとした。
商標権の濫用は、民法1条3項に定める権利の濫用が商標権行使の場面で表れたものにほかならない。
山﨑裁判官の補足意見:
権利の濫用の有無は、当該事案に表れた諸般の事情を総合的に考慮して判断されるべきものであって、このことは、商標権の行使について権利の濫用の有無が争われる場合であっても異なるものではない。
もっとも、商標権は、発明や著作などの創作行為がなくても取得できる権利であることなどから、その行使が権利の濫用に当たるとされた事例はこれまでに少なからずみられるところであり、こうした事例の中から、権利の濫用と判断される場合をある程度類型化して捉えることは可能。
一般に、正当に商標が帰属すべき者(又はその者から許諾を受けた者)に対して商標権を行使する場合には権利濫用が認められる傾向がある。
本判決:
登録商標が商標法4条1項10号に該当するものであるにもかかわらず同号の規定に違反して商標登録がされた場合に、当該登録商標と同一又は類似の商標につき自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商用登録の出願時において需要者の間に広く認識されている者に対してまでも、商標権者が当該登録商標に係る商標権の侵害を主張して商標の使用の差止め等を求めることは、特段の事情がない限り、商標法の法目的の1つである客観的に公正な競争秩序の維持を害するものとして、権利の濫用に当たり許されないものというべきである。


商標法4条1項10号が、同号の要件(=出願時までに引用商標につき周知性を備えていること)を満たす場合には商標登録出願人よりも周知商標使用者を有意とするという規律を定めていることから導かれるもの。
  刑事p98
大阪地裁H29.4.12  
  麻薬取締官の対応による被告人の覚せい剤等の取引の促進助長と、意匠収集証拠は維持・量刑評価
  事案 被告人がトランクルームや自宅で覚せい剤及びコカインを合計約1023g所持していたという事案。 
  判断 被告人が、薬物取引を行う際に、その情報を麻薬取締官に提供し、麻薬取締官もこれを容認していた「持ちつ持たれつ」の関係があった。
but
客観的な薬物所持の態様等
⇒被告人には、自己の利益を図る目的(営利目的あるいは使用目的)があると認定し、私人である被告人に犯意を誘発させて薬物犯罪に巻き込んだとの弁護人の主張を排斥。 
量刑の場面で、
麻薬取締官の対応が被告人の薬物取引を促進、助長した面があるとし、その意味で被告人の意思決定に対して不当な影響を与えてことは否定できない⇒被告人の刑を引き下げる一事情として考慮。
  解説  おとり捜査については、最高裁H16.7.12でその許容性について判示
調査官解説では、
国家が犯罪を創出した点等におとり捜査の違法性の実質を求め、働きかけも強度で国家が犯罪を行ったに等しいような場合には公訴棄却、免訴といったドラスティックな処理もあり得、
そこまで至らない程度の違法については、違法収集証拠排除法則の適用が問題となる、との見解。 
  刑事p107
鹿児島地裁加治木支部H29.3.24  
  なりすまし捜査⇒違法収集証拠排除⇒自白の補強証拠がないとして無罪
  事案 被告人が深夜、他人の自動車内から発泡酒1箱を盗んだとして起訴された事案。 
  判断 おとり捜査が許容される類型として最高裁H16.7.12が示した要件(①犯意があると疑われる者を対象とし、②直接の被害者がいない薬物犯罪等の操作において、通常の捜査方法のみでは犯罪の摘発が困難であること)に沿って検討。
尾行捜査時の被告人の行為等⇒被告人には車上狙いの犯意があると疑われる。
but
その犯罪傾向は強くはなく、本件の捜査により被告人の車上狙いの実行が促進された面が多分にある。
捜査の必要性に関して、
車上狙いは証拠収集や犯人検挙が困難な犯罪類型ではなく、また、
本件を具体的に見ても、
①被告人の住居等は特定され、
②行動方法も徒歩又は婦人用自転車であって追跡が容易であり、
③車上狙いは他者から観察しやすい犯罪類型である上、実際にも被告人が他人の自動車を覗き込む様子が観察されており、
④新たな被害申告後に捜査に着手するとしても、その捜査遂行は特に困難ではない。
過去の各車上狙いの被害額や発生頻度等⇒なりすまし捜査を行わない場合に生じ得る害悪も大きくない。

本件ではなりすまし捜査を行う必要性はほとんどなく、そうである以上、捜査の態様いかんにかかわらず、本件の捜査は任意捜査として許容される範囲を逸脱しており、国家が犯罪を誘発し、捜査の公正を害するものとして違法。
①適法手続からの逸脱の程度が大きい
②警察官らには捜査方法の選択につき重大な過失がある
③本件はそれほど重大な犯罪に関するものではない
④警察官らは、なりすまし捜査を行った事実を捜査書類上明らかにせず、公判廷でも同事実を否認する証言をするなど、捜査の適法性に関する司法審査を潜脱しようとする意図が見られること等
⇒本件の捜査の違法は重大

違法な捜査と直接かつ密接な関連性を有する被害届等の証拠は、証拠能力を欠くものとして証拠排除。

本件では被告人の自白の補強証拠がなく、無罪。
  解説 おとり捜査については、
①犯罪誘発型(=おとり捜査により犯意を生じさせる場合)は違法だが、
②機会提供型(=元々犯意を有していた者に犯行の機会を提供した場合)は違法ではない
との2分説で、平成16年決定も、その実務傾向を概ね追認。 
おとり捜査をめぐる実務傾向について二分説のような単純化が可能なのは、その多くが薬物犯罪(特に密売)に関するものであり、各事例間においてその適法性の主要な考慮要素(犯意の強固さや通常の操作方法のみによる摘発の困難性、事案の重大さ等)の同質性が高いため。

本件のようにその典型的類型から外れる事案については、各考慮要素を事案に応じて具体的に見極め、それらを総合的に考慮してその捜査の適法性を検討することが必要であり、その検討の結果、捜査の適法性につき二分説とは異なる結論となることも当然あり得る。
捜査の違法の重大性に事後の事情を取り込む判断は、最高裁H15.2.14等にも見られるもの。
  刑事p114
横浜家裁H28.10.17
  成人として地裁に起訴⇒20歳に達していないかも⇒公訴棄却で家裁に送致⇒検察官送致の事例
  事案 外国人である少年が、氏名不詳者と共謀の上、不正に入手したキャッシュカードを用いてATMから現金を複数回引き出した窃盗の事案(被害額合計約537万円)。 
少年は、当初、旅券に記載された生年月日を踏まえて成人として地裁に起訴⇒第三回公判期日において、初めて、実際の生年月日は旅券に記載された生年月日の1年後の日であり、いまだ満20歳に達していない旨供述⇒同裁判所は、出生国の公的機関発行に係る証明書を取り調べるなどした上で、被告人が満20歳に達していると認めることには合理的な疑いが残るとして公訴棄却⇒検察官は、上訴権を放棄して事件を家裁に送致。
  本決定 少年の年齢の認定に関する地方裁判所の判断を是認した上で、本件の犯情、少年の犯罪傾向、更生意欲、年齢等を踏まえると、少年には保護処分ではなく刑事処分が相当⇒事件を検察官に送致。 
  解説 少年法は、少年審判の対象となる「少年」を「20歳に満たない者」と定義し、少年の被疑事件について、捜査機関は、事件を家庭裁判所に送致しなければならないのが原則(41条、42条)。
検察官は、家庭裁判所から事件が送致された場合(19条2項、20条、45条5号)を除き、20歳未満の者について公訴を提起することができず、同送致を欠く公訴の提起がなされても、手続規定違反として控訴棄却判決が下される(刑訴法338条4号)。
合理的手段を尽くしても年齢を認定できない場合:
A:少年法が刑訴法の特別法であることを重視⇒一般法である刑訴法によって手続を進めるべき
B:対象者の利益に従い、20歳以上であることの証明がないため、少年法によって手続を進めるべき(実務)
原則検察官送致対象事件(20条2項本文)以外の事件で、検察官送致が選択される少年は、保護処分原則主義(最高裁H9.9.18)の下、犯情や保護処分歴等を総合考慮すると、保護処分による矯正の見込みの少なさ(保護不適)がいわば実証されているような場合が多いというのが実務の大勢。
本決定は、
非行歴及び保護処分のない少年について、
本件の罪質(組織的犯行)、
少年の関与のあり方(常習的犯行、強い犯意、被害金額や少年の得た利益の大きさ)、
少年の性格ないし生活態度(組織犯罪によるもの以外の収入がない。)、
少年の観護措置中の言動(内省の深まりがない。)
少年の年齢(数週間後には20歳になる。)
等を定年に検討した上で、
検察官送致を結論。
10月   
2342
  行政p30
大阪高裁H28.9.16  
  C国籍の男性Xが、日本国内の総領事館でC国法の方式で婚姻⇒婚姻届不受理の違法性(否定)
  事案 日本に在住するC国籍の男性Xが、C国籍の女性と、日本国内の総領事館において、C国法の方式により婚姻し、その後、C国政府作成の婚姻関係証明書を添付して、居住地のB区長に対して婚姻届出⇒不受理⇒戸籍法121条に基づいて神戸家裁に対して不服を申立て、本件婚姻届出を受理するようにB区長に命ずることを求めた。 
  原審 戸籍法上本件婚姻届出は義務付けられていないものであって、市区町村長において受理しなければならないものではなく、B区長が本件婚姻届出を受理しないことが戸籍法上違法、不当であるとは言えない
⇒Xの申立てを却下 
  判断  Xの抗告を棄却 
  解説  ●市町村長の処分に対する不服申立ての制度 
戸籍法121条には、戸籍事件(第124条に規定する請求に係るものを除く。)について、市町村長の処分を不当とする者は、家庭裁判所に不服の申立てをすることができると規定。

戸籍事件に関する市区町村長の処分は行政処分であり、違法な行政処分についての取消し・変更を求める場合、行政訴訟を提起するのが一般的。
but
戸籍事件については、行政訴訟の方法による救済よりも、「家庭に関する事件」を管轄し、戸籍事件に常時関与している家庭裁判所において処理することが適切。
不服申立ての対象となる戸籍事務から、戸籍法124条に規定する請求(戸籍謄本等の交付請求、届出書等の閲覧・記載事項証明書の請求等)に係るものが除かれている。

平成19年改正において、戸籍の公開制度の見直しに伴って除外され、市役所、区役所又は地方法務局の長に審査請求をすることができるようにされた。

①戸籍事件には、戸籍の記載に影響が及ぶ「登録」に関するものと、戸籍謄本等の交付等の「交証」に関するものがあり、後者の戸籍事件の判断については、「家庭に関する事件」を管轄する家庭裁判所の専門的知見が不可欠のものであるとは必ずしもいえない。
②類似の処分である住民基本台帳法上の住民票及び戸籍の附票の写しの交付に関する処分等は、いずれも行政不服審査法上の行政不服申立手続及び行政事件訴訟法上の取消訴訟手続によることとされており、これとの平仄を考慮する必要がある。
市区町村の処分に対する不服申立ては、家事審判事項とされ(家事事件手続法39条、別表第1の125項)、家庭裁判所の審判手続において判断されることとなっている。
  抗告人は、本件婚姻届出を受理することを求め、その上で、婚姻の事実の証明を市区町村長に求めようとしていることがうかがわれるが、そのことに関して、本決定は、「そもそも外国人同士が日本法以外の方式によって婚姻をしたとしても、日本の行政機関である市区町村長はこれを公証すべき立場にはなく、抗告人の主張は採用できない。」と説示。 
  行政p33
東京地裁H28.11.30  
  駐車場が地方税法の併用住宅の敷地の用に供されている土地に該当するかどうか(肯定事例)
  事案 Xが、東京都知事の委任を受けた東京都練馬都税事務所長から、その所有する各土地のうち駐車場として使用されている各部分については地方税法349条の3の2及び702条の3に規定する固定資産税及び都市計画税の課税標準の特例の適用を受ける住宅用地に該当せず、その余の部分に限り前記の住宅用地に該当するものとして、固定資産税及び都市計画税の各賦課決定を受けた

本件各駐車場も前記の住宅用地に該当する旨を主張して、前記各決定の一部の取消しを求めた。 
  規定 住宅用地とは、専ら人の居住の用に供する家屋(「専用住宅」)又はその一部を他人の居住の用に供する家屋で政令で定めるもの(「併用住宅」)の敷地の用に供されているj土地で政令で定められるものをいう(地方税法349条の3の2台1項)。
前記の併用住宅とは、その一部を人の居住の用に供する家屋のうち人の居住の用に供する部分(「居住部分」という、その余の部分を「非居住部分」という。)の床面積の当該家屋の床面積に対する割合(「居住部分の割合」)が4分の1以下である家屋をいう(地税法施行令52条の11第1項)
  問題点 本件家屋が併用住宅に該当すること、本件各駐車場以外のX所有の前記の各土地がその敷地の用に供されている土地で政令に定めるもの(住宅用地)に該当することに争いはない。
本件各駐車場も併用住宅の敷地の用に供されている土地に該当し、ひいては住宅用地に該当するのかが争われた。
  主張 X:
本件各駐車場はX所有の各土地の他の部分と共に、併用住宅である本件家屋を維持し又はその効用を果たすために使用されている一画地の土地⇒住宅用地に該当する。 
Y(東京都):
駐車場が本来的に家屋を維持し又はその効用を果たすために使用されている土地ではないが、附属的な家屋については本来の家屋と効用上一体として利用される状態にある場合には、一個の家屋に含めるものとされ、附属的な家屋には車庫も含まれると解される⇒車庫以外の駐車場についても、住宅に附属する施設として判断できる場合には、住宅用地として認定し得るとして、通達に言及。
but
本件各駐車場については、専ら当該住宅の居住者のための施設であること、ひいては居住者自らが利用する施設であるとは評価できない⇒住宅用地に該当しない。
  判断 駐車場が併用住宅の敷地の用に供されている土地に該当するといえるためには、併用住宅の駐車場との間の関係に着目し、その形状や利用状況等を踏まえ、社会通念に従い、居住部分と非居住部分とから成る併用住宅を維持し又はその効用を果たすために使用されている駐車場であるか否かで判断されるべき。 
併用住宅と全く関わりのない者が利用している駐車場については、社会通念上、これを併用住宅を維持し又はその効用を果たすために使用されている駐車場と評価する余地はない。
but
併用住宅の非居住部分の利用者が利用している駐車場であるからといって、直ちに併用住宅の敷地の用に供されている土地に該当しないものではない。
Yが主張するにように、もっぱら当該住宅の居住者のための施設であることや専ら居住者自らが利用する施設であることまでは要しない。
本件各駐車場は併用住宅である本件家屋の敷地の用に供されている土地に該当し、ひいては住宅用地に該当する
⇒Xの請求を認容。
  行政p39
さいたま家裁川越支部H28.4.21  
  子の名に用いられ得る戸籍法50条1項、2項にいう常用平易な文字
  事案 申立人が、子の名に「舸」の字を用いた出生届を提出⇒市長によって「舸」の字が戸籍法施行規則60条に定める文字でないことを理由に不受理処分⇒家庭裁判所に対し、市長に対して前記出生届を受理することを命じることを求めた(戸籍法121条)
  規定 戸籍法 第50条〔子の名の文字〕
子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。
②常用平易な文字の範囲は、法務省令でこれを定める。
  戸籍法 第121条〔不服の申立て〕
戸籍事件(第百二十四条に規定する請求に係るものを除く。)について、市町村長の処分を不当とする者は、家庭裁判所に不服の申立てをすることができる。
  判例 最高裁H15.12.25:
家庭裁判所は、審判手続に提出された資料、公知の事実等に照らし、当該文字が社会通念上明らかに常用平易な文字と認められるときは、当該市町村長に対し、当該出生届の受理を命じることができる。 

①法50条1項が子の名には常用平易な文字を用いなければならないとしているのは、従来、子の名に用いられる漢字には極めて複雑かつ難解なものが多く、そのため命名された本人や関係者に、社会生活において多大の不便や支障を生じさせたことから、子の名に用いるべき文字を常用平易な文字に制限し、これを簡明ならしめることを目的とするものと解される
②同条2項にいう委任の趣旨は、当該文字が常用平易な文字であるか否かは、社会通念に基づいて判断されるべきものであるが、その範囲は、必ずしも一義的に明らかではなく、時代の推移、国民意識の変化等の事情によっても変わり得るものであり、専門的な観点からの検討を必要とする上、前記事情の変化に適切に対応する必要があることなどから、その範囲の確定を法務省令に委ねたものであり、施行規則60条は、法50条2項の常用平易な文字を限定列挙したものと解される
③法50条2項は、同条1項による制限の具体化を施行規則60条に委任したものであるから、同条が、社会通念上、常用平易であることが明らかな文字を子の名に用いることができる文字として定めなかった場合には、法50条1項が許容していない文字使用の範囲の制限を加えたことになり、その限りにおいて、施行規則60条は、法による委任の趣旨を逸脱するものとして違法、無効と解すべき
④法50条1項は、単に、子の名に用いることのできる文字を常用平易な文字に限定することにとどまらず、常用平易な文字は子の名に用いることができる旨を定めたものである
「曽」の時について、社会通念上明らかに常用平易な文字であるとした原審の判断を相当であると判断。

①当該文字が古くから用いられており、平仮名の「そ」や片仮名の「ソ」は、いずれも「曽」の字から生まれたもの
②「曽」の字を構成要素とする常用漢字が5字もあり、いずれも常用平易な文字として施行規則60条に定められている
③「曽」の字を使う氏や地名が多く、国民に広く知られていることなどの諸点
  判断 「舸」の字は、社会通念に照らし明らかな常用平易な文字とはいえない⇒本件申立てを却下。

①「舸」の字が字源となる平仮名又は片仮名が認められない
②「舸」の字を構成要素とする常用漢字が存在せず、「舸」の字を使用した熟語も数点あるのみ
③「舸」の字を含み、新聞・テレビ等で日常的に接する報道や書物によって、広く国民に知られているといえるような氏は認められない
④日本国内に「舸」の字を含む地名はわずかである
  民事p41
名古屋高裁金沢支部H28.11.28  
  障害者支援施設を運営する社会福祉法人が特別縁故者として認められた事例
  事案 被相続人が入所していた障害者支援施設を運営する社会福祉法人が、被相続人の特別縁故者に該当するとして、被相続人の相続財産の分与を求めた⇒原審が申立てを却下⇒即時抗告 
  規定 民法 第958条の3(特別縁故者に対する相続財産の分与)
前条の場合において、相当と認めるときは、家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。
  原審 抗告人が被相続人に提供した療養看護が、社会福祉事業を目的とする障害者支援施設とその利用者との関係を超える特別なものであったとまではいえない⇒抗告人が民法958条の3第1項の特別縁故者に該当するとは認められない。 
  判断 抗告人が運営する施設の職員は、約35年間にわたって、知的障害及び身体障害を有し、意思疎通が困難であった被相続人との間において地道に信頼関係を築くことに努めた上、
食事、排泄、入浴等の日常的な介助のほか、カラオケ、祭り、買い物等の娯楽に被相続人が参加できるように配慮し、
その身体状況が悪化した平成5年以降は、昼夜を問わず頻発するてんかんの発作に対応したり、
ほぼ寝たきりとなった平成21年以降は、被相続人を温泉付きの施設に転居させて、専用のリフトや特別浴槽を購入してまで介護に当たるとともに、
その死亡後は葬儀や永代供養を行うなどした。

抗告人は、長年にわたり、被相続人が人間としての尊厳を保ち、なるべく快適な暮らしを送ることのできるように献身的な介護を続けていた。
このような療養看護は、社会福祉法人として通常期待されるサービスの程度を超え、近親者の行う世話に匹敵すべきもの(あるいはそれ以上のもの)といって差し支えない。
国等からの補助金があることを考慮しても、被相続人の介護の内容やその程度に見合うものではなかったといえるし、
このような低廉な利用料の負担で済んだことが被相続人の資産形成に大きく寄与した。

抗告人は、被相続人の療養看護に努めた者として、民法958条の3第1項にいう特別縁故者に当たる。 
  解説 民法958条の3第1項は、相続人が不存在の場合に、相当と認めるときは、家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができると定める。
同条に記載された前二者は例示であり、特別縁故者に当たるか否かは、抽象的な親族関係の遠近ではなく、具体的実質的な縁故の濃淡が判断の基準。
自然人のみならず、法人も特別縁故者になり得る。
療養監護に努めた者のうち、正当な報酬を得ていた者について、直ちに特別縁故者の該当性が否定されるものではないが、学説の中には、そのような者については、原則として特別縁故者となり得ず、特別の事情がある場合に限ってこれを肯定すべきであり、特別の事情として、単に金銭的対価に応じた機械的サービスをしただけではなく、肉親に近い愛情の伴っている献身的サービスを必要とするというものもある。
裁判例での肯定例:
・対価としての報酬以上に献身的に被相続人の看護に尽くした付添看護師。
・14年間にわたって被相続人が入所し、療養看護を受けた権利の養護老人ホーム。
・労災事故により身体の大部分が麻痺した被相続人が入所していた施設の運営主体。
本決定は、
①被相続人が施設に入所していた期間、②被相続人の障害の程度及び介護の難易度、③被相続人に対する介護の献身性、④施設に支払われた対価等を総合的に勘案した上で、当該施設を運営する主体に相続財産の分与を認めたもの。
  民事p47
東京地裁H28.9.29  
  マンションと接合する立体駐車場と一棟の建物(=大規模修繕対象)
  事案 マンションの大規模修繕が実施された際、立体駐車場部分が修繕対象から外され、自己の費用で修繕工事を行った⇒管理組合に対して不当利得の返還請求等をした。
  争点 ①本件立体駐車場部分が本件マンションと一棟の建物を構成するか
②不当利得返還請求の当否
③損害賠償請求の当否 
  判断 一棟の建物か否かは、社会通念に従って決定されるべきであり、
その具体的な判定基準としては、①建物構造上の一体性、②外観(外装)上の一体性、③建物機能の一体性、 ④用途・利用上の一体性であるとした上、
本件マンション、本件立体駐車場の位置、構造、設備、用途、登記上の記載、実際の利用状況等の事情を考慮し、
本件立体駐車場は、本件マンションと一棟の建物として構成されず、別棟であり、区分所有建物の建物部分ではないとし、
前記外壁等が本件マンションの共用部分と解することはできない

当該外壁等を工事対象に含めなかった総会決議は適法であり、法律上の原因がないことにはならない。

各請求を棄却。
  民事p55
東京地裁H28.6.9  
  底地譲渡に関する賃貸人と賃借人との間の合意が第三者のためにする契約に当たるとされた事例
  事案 土地所有者Aは、平成4年2月、Bとの間で、堅固建物の所有を目的とする借地契約を締結し、附則として、
「賃貸人は、賃借人が将来本件土地の借地権を第三者に譲渡しようとする場合は、賃借人の借地権譲渡を承諾すると共に、賃貸人の所有する底地部分を譲渡することに同意する。この場合、賃貸人と賃借人との譲渡代金取得の割合は、賃貸人の取得分1000分の225、賃借人の取得分1000分の775とする」(本件条項)の定めあり。 
Aは、平成23年2月に死亡し、Yが相続。
Bは、平成26年6月、
①本件建物、本件土地をX株式会社(代表者はB)に譲渡すること、
②本件条項により、本件土地もXに譲渡されること等を
Yに通知し、
Bは、Xに本件建物、本件借地権を譲渡(本件売買)。
Xは、Yに対し、本件条項が第三者のためにする契約である等と主張し、本件土地の代金の支払を受けるのと引換えに所有権移転登記手続を請求。
  規定 民法 第537条(第三者のためにする契約)
契約により当事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したときは、その第三者は、債務者に対して直接にその給付を請求する権利を有する。
2 前項の場合において、第三者の権利は、その第三者が債務者に対して同項の契約の利益を享受する意思を表示した時に発生する。
  争点 ①本件条項が第三者のためにする契約であるか
②本件条項の有効性
③消滅時効による消滅
④権利の濫用、信義則医違反
⑤支払うべき代金額 
  判断 本件条項は、その内容に照らし、賃貸人が本件借地権の買受人に対して、予め底地を譲渡することを賃借人との間で約している
⇒買受人が受益の意思表示をすれば、本件土地の売買契約が成立すると解されるものであり、第三者のためにする契約。 
①売買代金、その確定方法が定められていないとしても、本件条項では売買代金が確定すれば賃貸人が取得する売買代金は一義的に決せられ、売買代金額は将来決定される事項。
②売買代金は将来における社会通念上相当な価格を想定しており、時価を指すものと考える。

時価を8480万円と算定し、その1000分の225である1908万円の支払との引換給付によって請求を認容。
  解説 第三者のためにする契約:
第三者に直接権利を取得させる類型の契約。
本判決:
賃貸人が借地権の買受人に対して、予め底地を譲渡することを賃借人との間で約しており、買受人が受益の意思表示をすれば、底地の売買契約が成立するものであると解釈し、第三者のためにする契約に当たると判断。
  民事p61
神戸地裁H28.12.26  
  ドッグラン施設で大型犬が女性に衝突⇒飼い主に損害賠償請求(肯定)
  事案 ドッグラン内で、小型犬を遊ばせていた女性Xが、同施設内で大型犬二頭が互いに追いかけ合うようにして走って来て、Xの右膝付近に衝突したため、転倒し頸椎捻挫等の負傷をしたと主張⇒各大型犬の買主Y1及びY2に対し、管理責任違反があるとして、連帯して141万円余の損害賠償請求。 
  規定 民法 第718条(動物の占有者等の責任)
動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。
2 占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。
  判断 ●本件事故の態様 
Yらの大型犬二頭は、じゃれ合ったり追いかけ合うなどしているうちに、次第に興奮の度合いを高め、走る速度を上げながら、その行動範囲を広げる中、xのいる方向に向けて互いに追いかけ合うように駆けて行き、Xに衝突するに至った。
  ●Yらは相当の注意を払ったか
Yらは、動物の占有者として、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもって管理したことを証明しない限り、Yらの大型犬がXに加えた損害を賠償する責任を免責されない。(民法718条)
①Yらは自らの飼い犬の動向を十分監視していたというには疑問がある
②Yらの大型犬がXに衝突するまでの間大型犬に声を掛けたり、これを制止するなど一切していない
③Xにおいて、本件施設においてことさらに危険な状況を作出したなどの事情はうかがえない
こと等

Yらには民法718条1項本文に基づき、本件事故によりXに生じた損害について賠償する責任がある。
  ●過失相殺
Xにも一定の不注意があった⇒2割の過失相殺を認め、Yらに対し連帯して103万円余の支払を命じた。
  民事p66
福島地裁H28.5.24  
  仮処分命令が不当であるとして保全異議審で取り消されたが、不法行為は成立しないとされた事例
  事案 産業廃棄物処理施設の設置許可を受けたXが、Yらの申立てより発令されたXを債務者とする本件処理施設の建設工事の続行差止めをもt目る仮処分が保全異議審で取り消された(保全抗告審もその判断を維持)⇒取り消されるまでの間、Xの事業の停滞を余儀なくされたと主張し
(1)Yらに対し、共同不法行為に基づき、事業停滞期間の借地料及び運用収益等の損害の賠償を求めるとともに、
(2)Yら(Y3を除く)に対し、本件処理施設の設置につき同意をしたにかかわらず、これを撤回し本件仮処分の申立てを行ったことが債務不履行に該当するとして、前記損害の賠償を求める。
  争点 ①Yらによる本件仮処分の申し立てが不法行為となるか。
②Yら(Y3を除く。)が本件処理施設の設置につき同意していたにもかかわらず、それを撤回し本件仮処分の申し立てを行ったことが債務不履行となるか。 
  判断 ①Yらは、本件処理施設の設置によりため池にに関する水利権が侵害されると主張するところ、本件仮処分の手続では、Xに対する審尋を行った上で、本件処理施設の設置によりため池の集水域は、減少し、利用可能水量が減少すると判断しており、保全異議及び保全抗告審もこの判断自体は是認
②このように発令裁判所と保全異議審及び保全抗告審の判断が異なったのは、ため池の水量が農業用水として不足する場合に備えて、他にも給水方法が確保されているなどの事情を考慮すると、本件処理施設の建設の建設工事によるため池の水量の減少は被告らの受忍限度を超えるものではないないといった、Yの有する他の権利をも考慮すべきか否かの判断が別れたことになる。
③このような判断枠組みに対する考え方には様々なものがあり、現に発令裁判所と異議審によって異なった

Yらにおいて、ため池の水量の減少を危惧し、本件仮処分根異例の申立てを行ったとしても、そのことが不相当であるとは認められない。
④保全手続においてはじめてXが他の取水方法を採ることによって増加した費用を負担するとの申し出を行った
⑤XとYらとの信頼関係が崩れたことが本件仮処分の申立ての契機となったこと等の経緯

Yらにおいて本件仮処分を申し立てるにあたって、相当な理由があったものといえ、Yらの本件仮処分申立てに過失があると認めることはできない。
  Yら(Y3を除く)が本件処理施設の設置許可に関わる行政手続に当たっておこなった同意は、処分行政庁において周辺住民の同意を求めている趣旨が、産業廃棄物処理業を円滑に実施し得るよう、周辺住民の理解と協力を得ることにより、事業者と周辺住民との間の利害を調整し、もって紛争を未然に防止すること等にある
⇒本件処理施設の設置に当たって紛争が生じることを防止する目的で取得したもの。
but
①X代表者は、Y2を含む周辺住民に本件処理施設の設置について同意を求めるに当たって、・・・メリットについて説明しながら、廃棄物の埋立て等によって生じる可能性のあるデメリット等について特に説明しなかった。
⇒X代表者の説明により、Yらに対し、本件処理施設の設置による環境や、所有する水利権に与える影響を的確に判断し得る情報が提供されたものとはいえない。
②同意書には水利権の喪失に対する補償や代替措置の記載がない

Yら(Y3を除く。)が本件同意を行うに当たって、本件処理施設の設置に関し、今後一切反対の意思を表明することはない旨の意思を表示したものとは考えられず、まして、本件仮処分の申立てや訴えの提起に関する権利を放棄する趣旨であったとまでは認められない。

Yらが、本件仮処分の申し立てを行ったことが、債務不履行を構成するということはできない。
 
Xの請求をいずれも棄却。 
  解説 仮処分が不当であるとして取り消された場合、これによって仮処分の相手方が受けた損害については、判例(最高裁昭和43.12.24)上、一般の不法行為と同様、仮処分の申立人に故意又は過失があることが必要であるが、
「仮処分が異議もしくは上訴手続において取り消され、あるいは本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され、その判決が確定した場合には、他に特段の事情がない限り、申請人(申立人)において過失があったものと推認するのが相当である」とされている。
but
結論として、「特段の事情」の存在を認める事案も多い。
  労働p75
東京高裁H28.9.1  
  コンビニ店長の精神障害発病による自殺と業務起因性(肯定事例)
  事案 Xは、その子A(コンビニ店長)が過重な業務に従事したことで精神障害発病して自殺⇒処分行政庁に対し、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償一時金及び葬祭料を請求⇒処分行政庁は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に定める疾病にかかっていないとして、不支給の処分⇒XはY(国)に対し、本件処分の取消しを求めた。 
  争点 自殺の業務起因性が認められるか 
  原審 適応障害の発病は認めつつ、自殺の業務起因性を否定⇒Xの請求を棄却。 
  判断 自殺の業務起因性を肯定⇒原判決を取り消し、本件処分を取り消し。
Aが店舗の配置転換を含む店舗の業績、人事管理、人間関係等に悩み、長時間の時間外労働に連続して従事し、自らの限界を感じて自信を喪失し、次第に追い詰められた心境になり、睡眠障や食慾不振等の症状が2週間以上の期間にわたって持続
~中等症うつ病エピソードの診断基準に合致
⇒労基則別表第1の2第9号に該当する精神障害を発病。
①発病時期から6ヶ月間の時間外労働は平均して70時間程度であるが、遡って6ヶ月こえる時期には毎月概ね120時間を超え、時期によっては160時間を超える場合もあり、発病時期前の1年間の長時間労働は相当に過酷で、心理的負荷の程度は相当に強度なものであった。
②20日間にわたる連続勤務を行っていた。
③ノルマによる心理的負荷の程度も決して小さくはなかった。
⇒心理的負荷の強度の全体評価は「強」に当たる。
④その他業務以外の心理的負荷及び固体側要因は認められない。

本件精神障害の発病には業務起因が認められ、その影響下で自殺に至った。
  解説 労基則別表第1の2第9号「人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病」に該当するかは、
平成11年9月14日基発第544号「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」を基準にしてきたが、その後
平成23年12月26日基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」に認定基準が改められた。 

①精神障害を発病していること、
②発病前おおむね6か月間に業務による強い心理的負荷が認められること、
③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により発病したとは認められないこと
を認定要件とする。
  労働p100
名古屋高裁H28.9.28  
  高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の改正附則の趣旨に反し、継続雇用の機会を与えたとは認められず違法とされた事例
  事案 Y1社においては、60歳定年制が採用され、労使協定の定める再雇用の選定基準を満たした者に対しては、スキルドパートナーとして定年後再雇用者就業規則に定める職務を提示雇用期間は最長5年)
当該基準を満たさない者に対しては、パートタイマー就業規則に定める職務(雇用期間は1年間)を提示。 
Xは、Y1社に対し、
①スキルドパートナーとして再雇用を拒否する旨の通告は違法であり無効⇒スキルドパートナーとしての雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及び同地位に基づく未払賃金等及び遅延損害金の支払を求め(請求①)
②パートタイマーとしての1年間の清掃業務等の雇用条件を提示したことが、雇用契約上の債務不履行又は不法行為に当たる⇒慰謝料200万円および遅延損害金の支払を求め(請求②)
③Y1の代表取締役であるY2に対して、会社法429条1項ないし債務不履行に基づく損害賠償として、慰謝料500万円及び遅延損害金の支払(請求③)
を求めた。
  原審 いずれも棄却。 
  判断 請求①及び請求③の棄却は相当。
請求②は一部認容。 
高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(「高年法」)においては、従前、継続雇用の対象者を労使協定の定める基準(「継続雇用基準」)で限定できる仕組み
⇒平成24年改正で、この仕組みが廃止される一方、改正附則(経過措置)において、従前から労使協定で継続雇用基準を定めていた事業者については当該仕組みを残すこととしつつ、この法律の施行の日から平成28年3月31日までの間については、継続雇用基準は61歳以上の者を対象とするものに限る旨の定め。

60歳の定年後、再雇用されない男性の一部に生じ得る無年金・無収入の空白期間を埋めて、無年金・無収入の期間の発生を防ぐために、老齢厚生年金の報酬比例部分の受給開始年齢に到達した以降の者に限定して、労使協定で定める基準を用いることができるとした。

事業者においては、労使協定で定めた継続雇用基準を満たさないため基準適用開始年齢(61歳)以降の継続雇用が認められない従業員についても、60歳から61歳までの1年間は、その全員に対して継続雇用の機会を適正に与えるべきであって、提示した労働条件が、無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準であったり、社会通念に照らし当該労働者にとって到底受け入れ難いような職務内容を提示するなど実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められない場合、当該事業者の対応は高年法改正の趣旨に明らかに反する。
給与水準:
Y1社が提示した給与水準によれば、Xの老齢厚生年金の報酬比例部分の約85%の収入が得られる⇒高年法改正の趣旨に反するものではない。
職務内容:
前記の高年法改正の趣旨⇒従前の職務とは全く別個の職種に属するなど性質の異なった職務内容を提示した場合には、もはや継続雇用の実質を欠く
⇒従前の職務全般について適格性を欠くなど通常解雇を相当とする事情がない限り、そのような業務内容を提示することは許されない⇒事務職であったXに対して清掃業務等を提示したことは、高年法改正の趣旨に反して違法であると判示。
  規定  高年法 第9条(高年齢者雇用確保措置)
定年(六十五歳未満のものに限る。以下この条において同じ。)の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の六十五歳までの安定した雇用を確保するため、次の各号に掲げる措置(以下「高年齢者雇用確保措置」という。)のいずれかを講じなければならない。
一 当該定年の引上げ
二 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入
三 当該定年の定めの廃止
2 継続雇用制度には、事業主が、特殊関係事業主(当該事業主の経営を実質的に支配することが可能となる関係にある事業主その他の当該事業主と特殊の関係のある事業主として厚生労働省令で定める事業主をいう。以下この項において同じ。)との間で、当該事業主の雇用する高年齢者であつてその定年後に雇用されることを希望するものをその定年後に当該特殊関係事業主が引き続いて雇用することを約する契約を締結し、当該契約に基づき当該高年齢者の雇用を確保する制度が含まれるものとする。
  解説  高年法の経過措置は、基準適用開始年齢(61歳)以上の者を対象とする労使協定の定める継続雇用基準によって継続雇用の可否を判断することを認めているが、定年から61歳までの勤務については何ら触れていない。
高年法改正を踏まえた定年後の勤務のあり方:
①継続雇用基準を満たすか否かの問題
②継続雇用基準を満たさない労働者の定年後61歳までの労働条件のあり方の問題。
①の問題:
当該労働者が高年法9条1項2号における継続雇用基準を満たしており、嘱託雇用契約の終了後も継続雇用規定に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当とする最高裁判例(H24.11.29)等
②の問題:
定年後の労働⇒労働条件の設定について広く裁量を認めて欲しいという要望(使用者側)
給与水準の面及び職務内容の面で、定年前と同程度のもの、あるいは継続雇用が認められた労働者と同程度のものを期待(労働者側)
  本判決は、Y1社のように継続雇用を認めるか否かを60歳に達する前の時点で判断し、継続雇用が認められた労働者をとそれ以外の労働者との間で、60歳から基準適用開始年齢(61歳)までの勤務条件に大きな差異が生じること自体を違法と判示するものではない。
but
高年法改正の経過措置によれば、基準適用開始年齢は62歳、63歳、64歳と順次変更

①勤務条件に大きな差異が生ずる期間がより長期になるという問題
② 継続雇用の可否を判断する時期と基準適用開始年連との時間的ずれがより大きくなるという問題
が顕在化。
高年法9条1項につき私法上の効力を否定する裁判例もあるが、
少なくとも高年法の趣旨を実現するための継続雇用基準やそれに対応した就業規則が制定されている場合には、高年法上の違法が、継続雇用基準や就業規則を通じて私法上の義務違反にも繋がると考えられる。 
  刑事p118
横浜地裁H28.6.23  
  犯行時15歳による殺人被告事件について、家裁に移送された事例
  事案 少年である被告人が、実母及び祖母の計2名の胸部及び背部を包丁で多数回刺して心臓損傷等により失血死させたという殺人保護事件。 
罪名的には少年法20条2項に定めるいわゆる原則逆送の対象事件。
but
被告人が犯行当時15歳8か月であり、同項の定める犯行時16歳との要件を充たさなかった
⇒同条1項の通常の検察官送致決定により地裁に係属。
  判断 ①鑑定人による、被告人の精神面の問題性の分析と、被告人に対しては安定した保護的な生活環境の中での働きかけが必要であり、適切な援助によって被告人の改善更生を図ることは可能とする意見を採用できる
②被告人が鑑定中に良い変化を見せたことや非行歴がないこと⇒保護処分により改善更生する可能性がある。
③少年が、行った犯罪の重大性を自覚してこれを向き合うためには、第三者からの働きかけが必要⇒時間や人手を十分にかけた矯正教育を行うことができる少年院で教育を受けさせることが効果的。
④本件の背景には成育歴等が影響を与えていること、本件各犯行は家庭内におけるものであって、遺族でのある被告人の父等は厳し処罰を求めていないこと、改善更生させることが被害感情を和らげ社会の不安を鎮めるためにも重要⇒保護処分を選択することも許容される

家庭裁判所に移送
  解説 少年法55条は、刑事裁判所の家庭裁判所移送決定の要件を、「保護処分jに付するのが相当であると認めるとき」と規定するのみ。
~「保護処分相当性」
同法20条1項は、家庭裁判所の検察官送致決定の要件を、「罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるとき」と規定。
~「刑事処分相当性」
「刑事処分相当性」とは「保護処分相当性がないこと」というように両者を表裏の関係で理解すべき。

そのように解しないと、
同一事実について同一の評価をしても検察官送致決定と家庭裁判所移送決定が両立し得ることになり、少年に対して時機にかなった適正な処分をなしえないだけでなく、いつまでも手続から解放されないという不当な手続的負担を少年にかける危険性がある。
少年法20条1項の刑事処分相当性=保護処分では少年を更生させることができないという意味での保護不能、または、事案の内容や社会に与える影響に照らし保護処分に付することが相当ではないという意味での保護不適であること(通説)。
2341   
  判例特報
p3
那覇地裁沖縄支部H28.11.17
●   
  第二次普天間基地騒音公害訴訟第一審判決 
  事案 駐日米軍の普天間飛行場(本件飛行場)の周辺住民ら3417名が、米軍航空機の騒音及び低周波音等によって各種の被害を受けていると主張
⇒日本国に対し、騒音の差止めや損害賠償等を求める。 
  判断・解説  ●騒音の差止請求を棄却
国は、日米安保条約及び日米地位協定上、本件飛行場における米軍の航空機の運航等を規制し、制限することのできる立場にはない
⇒本件差止請求は、被告に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものであるとして、国に対する航空機騒音をの差止請求を棄却。

厚木基地騒音訴訟上告審判決の判断を踏襲
  ●憲法に基づく確認請求がされ、これについて裁判所が判断 
原告ら:
国に米軍の航空機の規制権限がないことを理由に、実体的な利益衡量をせずに国に対する差止請求を棄却するのは、基本権の実効的救済権としての裁判を受ける権利を侵害するもの

主位的に、米軍本件飛行場を提供する日本国と米国との間の協定の違憲無効確認を、
予備的に、国が原告らに騒音が到達している状態を放置していることの違憲確認を請求。
主位的請求について:
当該飛行場提供協定は、国と米国との間で日米安保条約及び日米地位協定に基づき本件飛行場を提供する旨を合意した協定
⇒それ自体は、原告らの法律関係を規定するものではない、
⇒その違憲無効確認請求は、原告らと国との間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争とはいえず、これに係る訴えは、法律上の争訟に該当しない
⇒却下。
予備的請求について:
①原告らは、国が米国に対して本件飛行場を提供し、原告らに人格権侵害を生じさせていると同時に、その救済手段を設けていない点を問題視し、その違憲性を問うことで、差止請求を基礎付けようとしている。
②このような主張は、差止請求の攻撃防御方法として主張、判断されるべきものというべきものであって、これとは別に、原告らが求める確認判決をすることが原告らの権利又は法的地位に生じている不安を除去する方法として適切とはいえない。

予備的請求に係る訴えについては確認の利益を欠く。
  ●口頭弁論終結の日の翌日以降の将来分の損害の賠償請求に係る訴えを却下 
大阪国際空港訴訟上告審判決に依拠して、本件の将来分の損害の賠償請求に、将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を認めず、却下。
  ●過去分の損害賠償請求 
受忍限度論を採用した上、生活環境法において区域指定に用いられるW値(うるさ値)で75以上の区域に居住している期間について、原告らが社会生活上受忍すべき限度を超える違法な権利侵害ないし法益侵害をこうむっている

原告らのいわゆる民特法に基づく損害賠償請求を一部認容。
本判決は、裁判例の中で最高の金額を基本とする慰謝料額とした。

本件飛行場における航空機の運航等から生じる騒音及び低周波音によって周辺住民らに受忍限度を超える違法は被害が生じていることを認定し、国に損害賠償を命じた第一次訴訟の判決が確定した平成23年10月から既に4年以上が経過しているものの、米国又は国による被害防止対策に特段の変化は見られず、周辺住民に生じている違法な被害が漫然と放置されていると評価されてもやむを得ない。
  行政p65
最高裁H29.3.21  
  死亡した職員の夫について、当該職員の死亡の当時一定の年齢に達していることを遺族補償年金の受給の要件としている⇒憲法14条1項違反(否定)
  事案 Xは、地方公務員災害補償基金大阪支部長(「行政処分庁」)に対し、地方公務員であったXの妻が公務上の災害により死亡したとして、地方公務委員災害補償法31条に基づく遺族補償年金の支給を請求するとともに、地方公災法47条1項2号及び地方公務員災害補償法施行規則38条1項に基づく遺族特別支給金(この3つをあわせて「遺族特別支給金等」)の支給を請求。
⇒処分行政庁は、平成23年1月15日付けで、遺族補償年金及び遺族特別支給金等をいずれも不支給とする旨の決定。
⇒XがYに対し、本件各不支給決定の取消しを求める。 
  判断 地公災法の定める遺族補償年金制度は、憲法25条の趣旨を実現するために設けられた社会保障の性格を有する制度であるとした上で、
男女間における労働力率の違い、平均的な賃金額の格差及び一般的な雇用形態の違い等からうかがえる妻の置かれている社会的状況

妻について一定の年齢に達していることを受給の要件としないことは合理的な理由を欠くものということはできない。

本件各規定のうち、死亡した職員の夫について、当該職員の死亡の当時一定の年齢に達していることを受給の要件としている部分が憲法14条1項に違反するということはできない。
⇒上告棄却。 
  解説  地公災法に基づく遺族補償年金を受けることができる遺族は、公務上の災害により死亡した職員の配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹であって、職員の死亡の当時その収入によって生計を維持していたものとされている。
死亡した職員の妻以外の遺族にあっては、職員の死亡の当時、18歳未満又は55歳以上とその年齢要件又は総務省令で定める障害の状態にあることとの障害要件を満たすことが受給要件。

遺族補償年金が職員の死亡によって扶養者を喪失した遺族で稼働能力を欠く者に必要な期間支給するもの

遺族の範囲は職員の死亡の当時その収入によって生計を維持していた者に限定し、さらに、妻以外の遺族であって年齢要件を満たさない者については、一定の障害の状態にない限り、自活可能であるものとし、
他方で、妻については、一般的には就労が困難であることが多いこと等を考慮し、特に年齢制限を行っていない。
国家公務員災害補償法及び労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金等についても、地公災法と同様に、妻以外の遺族については年齢要件又は障害要件を満たすことが受給資格要件とされている。
  本件では、Xは、本件各規定が憲法14条1項に違反する旨を主張。
but
本件各不支給処分の適法性との関係で問題となるのは、本件各規定のうち、死亡した職員の夫について、当該職員の死亡の当時55歳以上であることを遺族補償年金の受給資格要件としている部分が憲法14条1項に違反するかどうか。 
最高裁判例:
憲法14条1項は国民に対して絶対的な平等を保障したものではなく、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づいて異なる取扱いをすうることは同項に反するものではない。
合理的な根拠の有無を判断するに当たりどの程度厳格に審査するかについては、権利の性質や区別の利用により類型化した上で類型ごとに異なる審査基準を適用するという手法は用いておらず、区別の理由が憲法14条1項の列挙事由に当たるか否かにかかわらず、個別の事案に応じ、立法府等の有する裁量権の広狭、区別の対象となる権利の性質及び区別の理由を総合的に考慮している。
最高裁H20.6.4:
国籍法の定める国籍取得要件における区別が合理的な根拠に基づくものといえるかどうかを判断するに当たり、
国籍の得喪に関する要件をどのように定めるかは、立法府の裁量判断に委ねられていることを指摘しつつ、
国籍が重要な法的地位であること、父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得するか否かということは子にとって自らの意思や努力によって変えることのできない父母の身分行為に当たる事柄であること

このような事柄を持って日本国籍取得の要件に関して区別を生じさせることに合理的な理由があるか否かについては、慎重に検討する必要。
当該区別を設けることの合理性を裏付ける立法事実の有無を詳しく検討し、合憲性を判断。
最高裁H27.12.16:
再婚禁止期間を定める規定の憲法14条適合性につき、婚姻をするについての自由は、憲法24条1項の規定の趣旨に照らし、十分尊重に値するもの解することができる。
「婚姻制度に関わる立法として、婚姻に対する直接的な制約を課すことが内容となっている本件規定については、その合理的な根拠の有無について以上のような事柄の性質を十分考慮に入れた上で検討することが必要」であるとし、
比較的詳細に区別の合理性を裏付ける立法事実の有無を審査。
  労働災害補償保険法の遺族補償年金制度が、災害により死亡した職員の遺族の生活保障を図ることを目的とするものであって、憲法25条の趣旨を実現するために設けられた社会保障の性格をも有する制度で、地公災補償制度も同様。 
社会保障制度に係る立法の裁量について、いわゆる堀木訴訟判決(最高裁昭和57.7.7)が、
障害福祉年金と児童扶養手当との併合を禁止する児童扶養手当法の合憲性につき、憲法25条にいう健康的で文化的な最低限度の生活なるものを立法として具体化するに当たっては、国の財政事情を無視することができず、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするもの

具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は立法府に広い裁量権が認められる。
その上で、何らかの合理的理由のない不当な差別的取扱いに当たるか否かという緩やかな基準により憲法14条1項適合性を判断。
本判決は、
地公災法の定める遺族補償年金制度が社会保障の性格を有する制度であることを指摘しつつも、
男女間における労働力率の違い、平均的な賃金額の格差及び一般的な雇用形態の違いなどの立法事実を踏まえて、妻について一定の年齢に達していることを受給の要件としないことは合理的な理由を欠くものということはできない。

区別の合理的な根拠の有無を立法事実に照らして具体的に検討。
原判決が摘示する男女間における労働力率の違い、平均的な賃金額の格差及び一般的な雇用形態の違い等に鑑みれば、立法事実に照らして検討しても、妻の置かれている社会的状況が依然として不利益な状況であることは否定し難く、合理的な理由を欠くものとはいえない。
⇒本判決は、審査の厳格さについて論ずることなく、本件各規定が憲法14条1項に違反するものではない旨を判示したのではないかと推察。
  一審判決は、本件各規定が憲法14条1項に違反し違憲・無効であるとする。

遺族補償年金の受給資格要件を定める地公災法の規定のうち、妻以外の遺族に年齢要件を課している部分を無効とするもの。
but
仮に遺族補償年金の受給要件を定める地公災法の規定全体が無効となるのではなく、その一部が無効となるのかは検討を要する上、
仮にその一部が無効となるとしても、違憲とされる格差を是正する方法としては、
本件各規定を無効とすることのほかに、
妻に年齢要件又は障害要件を課していない部分を無効とすることも考えられる。
(←一審判決の意見とする理由が、女性の社会進出が進んだ結果、男女間の格差が縮小したことなどを理由とするもの。)
     
  行政p68
大阪高裁H28.10.24  
  公立学校の卒業式の国歌斉唱の際の起立斉唱の職務命令に従わず⇒減給処分(適法とされた事例)
  事案 大阪府立特別支援学校の教員であるXは、平成24年度の同校高等部の卒業式において、同校の校長かは国歌斉唱時には式場内にいる全ての教職員が起立斉唱すること及びその日配布された役割分担表に従い職務に専念するようにとの職務命令を、准校長からは式場外での受付業務をするようにとの職務命令をそれぞれ受けていた(「本件職務命令」)にもかかわらず、同受付病無を無断で放棄した上、式場内に勝手に立ち入って国歌斉唱時に起立しなかったことを理由として、大阪府教育委員会から減給1か月(給料と地域手当の合計額の10分の1)の懲戒処分
⇒Xが、本件減給処分が違法であると主張して、その取消しを求めるとともに、Y(大阪府)に対し、国賠法1条1項に基づき、慰謝料200万円の支払を求める事案。 
大阪府は、大阪府内の公立学校の行事において行われる国歌の斉唱に当たり、教職員は原則として起立斉唱を行うものとすることなどを内容とする府国旗国歌条例を規定。
府教委教育長は、府立学校の教職員宛てに、平成24年1月17日付けで、国歌斉唱が行われる学校行事において、式場内の全ての教職員は国歌を起立斉唱することなどを内容とする「入学式及び卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱について(通達)」(「本件通達」)を発出。
  争点 ①本件通達及び本件職務命令の憲法違反(19条、20条、26条、14条)
②本件減給処分の違法ないし裁量権の逸脱又は濫用等 
  判断 ●本件通達及び本件職務命令の憲法適合性
憲法19条違反について、最高裁H23.5.30等を参照の上、
本件通達及び本件職務命令にはXの思想・良心の自由の間接的な制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められ、これらの根拠となった府国旗国歌条例についても、違憲・違法であるということはできない。
⇒憲法19条(思想・両親の自由)に違反するとはいえない。
憲法20条(信教の自由)、26条(教育を受ける権利等)及び14条にも違反しない。
  ●本件不起立等を理由とする懲戒処分の適法性
①准校長の職務命令に違反し、受付業務が勝手に終わったと判断して卒業式開始前に会場内に入ったこと、
②受付業務に戻るようにとの教頭らの指導に従わなかったこと
③本件不起立
のいずれもが職務命令反行為であり、
これらは地方公務員法32条が規定する上司の職務上の命令に忠実に従う義務に違反する法令違反行為。
Xが平成23年度卒業式に関して戒告処分を受けながら、1年後に同様の行為を繰り返した。
本件においては前記③のみならず前記①②という二重に上司の職務上の命令に従う義務に違反した行為。

前記の行為①ないし③は、いずれも法令違反及び全体の奉仕者たるにふさわしくいない非行に該当するものと認められ、これらを理由として懲戒処分を行うことは適法。
  ●本件減給処分に係る裁量権の範囲の逸脱又は濫用の有無 
最高裁H24.1.16等を参照の上、
本件減給処分の理由となったXの非違行為は、
①卒業式における国歌斉唱時の起立斉唱を命じた本件通達及び校長の職務命令にに違反するだけでなく、准校長の職務命令にも違反
②その内容をみても、勝手に式場内に入って無関係の席に居座り不起立に及ぶなど、卒業式という重要な学校行事の秩序や雰囲気を損なうような行為に積極的に及んだものと評価できる、
③これらの本件不起立前後におけるXの態度等の諸事情

本件減給処分による不利益の内容を踏まえてもなお、学校の規律や秩序の保持等の必要性の観点から、減給処分が重きに失するものということはできず、
本件減給処分が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たると解することはできない。
  民事p97
最高裁H29.2.21  
  個別信用購入あっせんにおいて、購入者が名義上の購入者となることを承諾した場合と販売業者の不実告知該当性
  事案  Yら(34名)は、信販会社Xの加盟店であった販売業者Aとの間で商品の売買契約を締結⇒Xとの間でその購入代金に係る立替払契約を締結。
but
前記各立替払契約は、Aの依頼により、Yらが名義上の購入者となること(いわゆる「名義貸し」)を承諾して締結されたもの。 
Aは、名義貸しを依頼する際、Yらに対し、ローンを組めない高齢者等の人助けのための契約締結であり、高齢者等との売買契約や商品の引渡しは実在することを告げた上で、「支払については責任をもってうちが支払うから、絶対に迷惑は掛けない。」などと告げた。
Aは、Yら名義の引き落し口座に入金をしたが、その後営業を停止⇒破産手続開始決定を受けた。
  X⇒Yらに対し、各立替払契約に基づく未払金の支払等を求める
反訴:Yらのうち1名が、Xに対し、立替払契約を取り消したとして、既払金の返還等を求めた。
  争点 AがYらに対し名義貸しを依頼する際にした告知の内容が、割賦販売法35条の3の13第1項6号にいう「購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの」、すなわち不実告知の対象に当たるか。 
  規定 割賦販売法 第35条の3の13(個別信用購入あつせん関係受領契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)
購入者又は役務の提供を受ける者は、個別信用購入あつせん関係販売業者又は個別信用購入あつせん関係役務提供事業者が訪問販売に係る個別信用購入あつせん関係販売契約若しくは個別信用購入あつせん関係役務提供契約に係る個別信用購入あつせん関係受領契約又は電話勧誘販売に係る個別信用購入あつせん関係販売契約若しくは個別信用購入あつせん関係役務提供契約に係る個別信用購入あつせん関係受領契約の締結について勧誘をするに際し、次に掲げる事項につき不実のことを告げる行為をしたことにより当該告げられた内容が事実であるとの誤認をし、又は第一号から第五号までに掲げる事項につき故意に事実を告げない行為をしたことにより当該事実が存在しないとの誤認をし、これらによつて当該契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。
一 購入者又は役務の提供を受ける者の支払総額
二 個別信用購入あつせんに係る各回ごとの商品若しくは権利の代金又は役務の対価の全部又は一部の支払分の額並びにその支払の時期及び方法
三 商品の種類及びその性能若しくは品質又は権利若しくは役務の種類及びこれらの内容その他これらに類するものとして特定商取引に関する法律第六条第一項第一号又は第二十一条第一項第一号に規定する主務省令で定める事項のうち、購入者又は役務の提供を受ける者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの
四 商品の引渡時期若しくは権利の移転時期又は役務の提供時期
五 個別信用購入あつせん関係受領契約若しくは個別信用購入あつせん関係販売契約若しくは個別信用購入あつせん関係役務提供契約の申込みの撤回又は個別信用購入あつせん関係受領契約若しくは個別信用購入あつせん関係販売契約若しくは個別信用購入あつせん関係役務提供契約の解除に関する事項(第三十五条の三の十第一項から第三項まで、第五項から第七項まで及び第九項から第十四項までの規定に関する事項を含む。)
六 前各号に掲げるもののほか、当該個別信用購入あつせん関係受領契約又は当該個別信用購入あつせん関係販売契約若しくは当該個別信用購入あつせん関係役務提供契約に関する事項であつて、購入者又は役務の提供を受ける者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの
  判断 個別信用購入あっせんにおいて、
購入者が名義上の購入者となることを承諾してあっせん業者との間で立替払契約を締結した場合に、それが販売業者の依頼に基づくものであり、前記販売業者が、前記依頼の際、名義上の購入者となる者を必要とする高齢者等がいること、前記高齢者等との間の売買契約及び商品の引渡しがあること並びに前記高齢者等による支払がされない事態が生じた場合であっても前記販売業者において確実に前記購入者の前記あっせん業者に対する支払金相当額を支払う意思及び能力があることを前記購入者に対して告知したなどの判示の事情の下においては、前記の告知の内容は、割賦販売法35条の3の13第1項6号にいう「購入者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なもの」に当たる旨判断

原判決を破棄し、本件を原審に差し戻した。
  解説 ●名義貸人が、販売業者との間の売買契約は虚偽表示により無効であることをもって、信販会社からの立替金請求を拒むことができるか?
学説:
A:否定説:売買契約の虚偽表示は、購入者の背信行為に基づくもの⇒抗弁事由に一律該当しない。
B:原則否定説:基本的には否定説に立ちつつ、抗弁権の接続を認めることが信義則に反しないといえる事情がある場合には、抗弁事由に該当。
C:原則肯定説:購入者は、原則として虚偽表示による無効を信販会社に対抗できるが、抗弁権の接続を認めることが信義に反するといえる事情がある場合には、対抗できない。
  個別割賦購入あっせんにおいても、売買契約と立替払契約は法的に別個の契約⇒売買契約に関する瑕疵が立替払契約の効力に影響することはないのが原則。
⇒販売業者により不実告知等の悪質な勧誘行為が行われ、売買契約が特定商取引に関する法律等により取り消されたとしても、立替払契約は引き続き有効
⇒購入者はあっせん業者に対して抗弁権の接続により未払金の支払を拒否し得るにとどまり、既払金の返還を求めることはできない。 
①他方で、消費者契約法5条は、消費者契約の締結につき事業者から媒介の委託を受けた者による不実告知があった場合、消費者は契約を取り消すことができる旨のいわゆる媒介者の法理を規定。
②個別信用購入あっせんにおけるあっせん業者と販売業者との間にもこれと同様の密接な関係があるといえるが、この不実告知の対象となる「重要事項」には、動機に関わる事項は含まれないとされていた。

このような場合であっても、既払金の返還を可能とすることで、購入者を保護するため、平成20年改正法による改正によって割賦販売法35条の3の13第1項の規定が新設。
契約締結の動機に関わる事項について販売業者による不実告知があった場合にも、斡旋業者の主観的態様を問わず、立替払契約を取り消すことができることとされた。
  本判決は、Aによる告知の内容が、割賦販売法35条の3の13第1項6号の不実告知の対象に当たる旨判断しただけであり、
同項による取消しの要件である、誤認の有無や意思表示との因果関係の有無等については、個別の購入者ごとに、販売業者との関係、名義貸しを承諾するに至った経緯等を考慮して、別途検討する必要。
購入者があっせん業者に損害を与える目的で名義貸しを承諾した場合や、自らの利益を得る目的で名義貸しを承諾した場合にのように、あっせん業者と販売業者との関係よりも、販売業者と購入者との関係の方が密接であるといえる場合には、これらの要件を欠くとして、あるいは、同項による取消しを主張することが信義則に反するとして、結局、不実告知による取消しは認められないであろう。
  民事p103
東京地裁H28.7.11  
  問題行為を繰り返す学生について、学校当局の進路変更の勧奨等の違法性(否定)
  事案 XはY(東京都)に対し、違法な登校の拒否、違法な進路変更勧奨等を理由として、国賠法1条1項に基づき慰謝料、転校費用、弁護士費用の損害賠償を請求。
  争点 ①教諭らがXの投稿を拒否したか・登校の拒否が違法であるか
②教諭らが進路変更勧奨を行ったか、進路変更勧奨が違法であるか
③教諭らがXに登校できる旨の説明義務を負うか
④損害が認められるか 
  判断  ①Xの入学以来の問題行動の内容と②A高校の教諭らの対応、③X、その母B、代理人弁護士Cの対応を認定
⇒Xの主張に係る登校の拒否を否定。
進路変更勧奨については、
教育目的を達成するための自律作用として行われるもので、事実上の措置にすぎず、校長及び教諭の専門的、教育的な判断に委ねられる。
学校当局の判断が社会通念上不合理であり、裁量権の範囲を超えていると認められる場合、あるいは、その勧奨が性との意思決定の自由を侵害するような不当な方法で行われた場合には、違法となる。
本件では、
問題行動を繰り返すXに対して厳しい対応をすることで教育目的を達するために校内の秩序を維持する必要があり、
合理的な裁量権緒範囲を超えた社会通念上不合理な措置であったとはいえず、
勧奨を継続したことがXの意思決定の自由を侵害したとまでいうことはできない

違法性を否定し、説明義務に係るXの主張を排斥し、請求を棄却。
  解説 学校教育の現場においては生徒らの様々な問題行動が発生した場合、
校長、教諭らが問題の状況や生徒及び保護者らの意向等を踏まえて教育的な観点から措置を検討し、実施することが求められる。
校長らには、専門的、合理的な判断、合理的な裁量権が認められるべきもの。 
  民事p112
東京地裁H28.6.21  
  継続的売買契約での独占販売の合意の成立(否定)と契約締結段階における信義則上の義務違反(肯定)
  事案 化粧品の継続的売買について独占販売の合意の成否、契約締結段階における信義則上の義務違反が問題となった事案。 
  事実 X株式会社(代表者はA)は、平成25年7月頃以降、化粧品の販売に関心⇒Y1株式会社(代表者はY2)の従業員C及びY2と、Y1の販売に係る化粧品に関する打合せ、商品の価格、基本契約書等の交渉を行った。 
Y1の販売に係る化粧品は、B株式会社が製造、販売する化粧品であったが、韓国で販売。
Xは、日本で独占販売を希望。
Aは、芸能事務所を経営しており、所属芸能人を使用して商品の販売プロモーションを計画。
Aは、Y2に対し、Bの直営店の閉店、Bの通販サイトへの対応、とりあえず通信販売の半年間の独占契約の希望を述べる等し、Y2は、これを受けてBと交渉
⇒継続的な商品売買の合意(本件基本契約)が成立。
・・・・・。
XはY1に対し、
主位的に、独占販売の豪の成立、合意違反を主張し、債務不履行に基づき、
予備的に、独占販売の合意があると誤信させた等と主張し、不法行為に基づき、
損害賠償を請求。
Y1が反訴として、化粧品の売買に係る未払の売買代金の支払を請求。
さらに、XがY2に対し、独占販売の合意があると誤信させた等と主張し、不法行為に基づき損害賠償を請求(別訴)。
争点 ①独占販売の合意に係る債務不履行責任の有無
②独占販売に係るY1、Y2の不法行為責任の有無
③損害の有無・額 
  判断 XとY1らの交渉、取引の経過を詳細に認定。
①本件基本契約の原案、契約書にはXに独占販売権を認める旨の条項がないこと、②確認書はXとBとの取決事項を確認したものであり、Y1の義務などが記載されていないこと等
⇒XとY1との間の独占販売に関する合意の成立を否定。
①契約準備段階における誠実交渉、重要な情報提供の信義則上の義務を認め、
②Y1(Y2)がAから独占販売の取引の要望を受け、少なくともインターネット上での独占販売が可能であるとの期待を持たせる等の本件の事情
⇒Y1、Y2がBの直営サイトの存在及び閉鎖の可否につき説明を怠ったことは契約交渉段階における信義則上の義務違反
⇒不法行為責任を肯定。
Xの支出に係る費用の一部、弁護士費用の損害を認め、本訴・別訴の請求を一部認容し、反訴請求を認容。
  民事p120
熊本地裁玉名支部H28.9.28  
  滞納処分として差し押さえた土地上に、公売公告前に「不動産公売予定地」等と記載した看板を設置⇒国賠請求(肯定)
  事案 固定資産税及び国民健康保険税に係る滞納処分としてその所有する土地(「本件土地」)等の差押えを受けたXが、公売公告前の本件土地上に「不動産公売予定地」 等と記載された看板を設置したY(市)に対し、本件看板の設置によりXの名誉等が侵害されたなどと主張して、国賠法1条1項に基づき、慰謝料等550万円を請求。
  判断 日本国憲法の下では徴税の手続は全て法律に基づいて定められなければならないと解されている

地方団体が徴税の手続において法律の規定に基づかずに滞納処分の事実を公開することは、公権力の違法な行使に当たる。
地方税法により固定資産税及び国民健康保険税に係る地方団体の徴収金の滞納処分についてその例によるものとされる国税徴収法は、滞納処分の手続において公売公告の前に滞納処分の事実を公開すること予定しない。
⇒本件看板の設置は、公権力の違法な行使に当たる。
本件看板設置は本件土地の所有者であるXの名誉及びプライバシーを侵害するものであった。
⇒Yに対し、Xに生じた慰謝料及び弁護士費用の合計22万円の支払を命じた。
  解説 名誉毀損:人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値についての客観的な社会的評価を低下させることをいう(最高裁H9.5.27)。
一義的な内容を有する権利としてのプライバシー権という概念を認めた最高裁判例はないが、
個人の私生活上の自由の1つとして、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由が憲法13条により保障されるものとされている(最高裁H20.3.6)。
本件土地の所有者であるXの滞納処分の事実が、
前記の客観的な社会評価を低下させる事実であるとともに、Xの個人に関する情報といえる
⇒これをみだりに第三者に開示することは、違法な名誉毀損行為に該当するとともに、前記の私生活上の自由を侵害
⇒国賠法上の違法性を肯定。
  ①国税徴収法上、差押登記の嘱託に関するもの(同法68条3項)を除いて公売公告の前に滞納処分の事実を公開する場合における具体的な手続を定めた規定が置かれていない
②滞納処分の事実が一般的に他人に知られたくない自己の情報であるといえる
③広く買受希望者の公売参加を誘引するという公売公告の趣旨に照らしても、公売公告前の段階で前記事実を公開すべき理由を見出すことは困難

公売公告前にXの承諾なくされたものと認められる本件看板の設置について、たとえそれが公売を広報する趣旨によるものであったとしても、名誉毀損行為としての違法性ないしプライバシー侵害該当性が否定されない。
  知財p127
知財高裁H28.9.21  
   
  事案 意匠に係る物品を「容器付冷菓」とした意匠登録出願につき、特許庁から意匠法7条の要件を満たさないとして拒絶査定⇒不服審判請求⇒不成立とする審決⇒審決の取消しを求めた。
  規定 意匠法 第7条(一意匠一出願)
意匠登録出願は、経済産業省令で定める物品の区分により意匠ごとにしなければならない。
  判断 意匠法7条の規定を、意匠登録出願が「物品ごとに」かつ「形態ごとに」行われるべきことを定めた。
「物品ごとに」とは、ある1つの特定の用途及び機能を有する一物品であることを意味。
「形態ごとに」とは、意匠登録の出願図画に表される形態が、全体的なまとまりを有して単一の一形態であることを意味。
1つの特定の用途及び機能を有する1物品といえるか、及び、出願図画に表される形態が全体的なまとまりを有して単一の一形態といえるかは、
願書における「意匠に係る物品」欄及び「意匠における物品の説明」欄の記載を参照した上、
①意匠登録出願に係る物品の内容、製造方法、流通形態及び使用形態、
②意匠登録出願に係る物品の一部分がその外観を保ったまま他の部分から分離することができるか、並びに
③当該部分が通常の状態で独立して取引の対象となるか
等の観点を考慮して、社会通念に照らして判断すべきもの。
本願の「容器付冷菓」に係る物品は、社会通念上、1つの特定の用途及び機能を有する1物品であるとして、審決を取り消した。
  解説  1意匠1出願の原則の理由:
①出願の対象を単一にして、その内容を明確に把握でき
②したがって、審査の便宜かつ手続の迅速化を図ったもので、
③このようにすることによって、類似意匠に関する出願も簡明となり、
④また、当該意匠について意匠権が発生した場合は、権利の効力範囲が明らかとなり、
⑤侵害事件、意匠権の移転等の場合もその取扱いが明確にされ得る
利点を考慮。
意匠法6条で願書に記載する旨規定している「意匠に係る物品」の欄の記載を意匠登録出願人の自由にまかせて、例えば、「陶器」という記載を認めたのでは、「花瓶」と記載した場合に比べて、その用途及び機能において非常に広汎な意匠について意匠登録出願を認めたものと同一の結果を生ずる
⇒物品の区分については別に「経済産業省令で定める」ことにした。
  本件の意匠登録出願は、出願に係る物品が、前記の意匠法7条に規定する経済産業省令である別表第1に列挙されている物品の区分に該当しない場合。 
審決は、このような出願について、2物品に係る出願であり、2意匠を表したものと判断。
本判決は、当該出願に係る物品が1物品といえるか否かは、願書の記載を参照し、
①当該物品の内容、製造方法、流通形態及び及び使用形態
②当該物品の一部分がその外観を保ったまま他の部分から分離することができるか、並びに、
③当該部分が通常の状態で独立して取引の対象となるか
等の観点を考慮して、社会通念に照らして判断すべきものであるとし、
本願に係る物品を1物品と判断した。
  刑事p136
東京高裁H29.11.7
   
  事案 保護観察に付され、その特別遵守事項の1つとして、「飲酒をし、又はその目的で酒類を所持しないこと」を設定されていた少年が、その後も飲酒を繰り返すなどして、保護観察所長から警告(更生保護法67条1項)を受けたが、その翌日に飲酒⇒保護観察所長が、警告に係る前記特別遵守事項を遵守しなかったとして、少年法26条の4第1項の決定を申請。 
原裁判所は、決定時20歳となっていた少年に対し、少年法26条の4第1項の要件の存在を認め、少年を第一種少年院に送致するとともに、収容期間を1年間と定めた⇒抗告⇒抗告棄却。
  解説 本件においては、原決定の時点において、少年は成人。
このような者について、少年院送致決定をした場合、少年院法のみによっては収容を継続できる期間が定まらない
⇒決定と同時に、本人が23歳を越えない期間内において、少年院に収容する期間を定める必要があり(少年法26条の4第2項)、原決定は、本人の資質上の問題の根深さ等から決定の日から1年間と定めるのが相当であると判断。 
2340   
  那覇地裁沖縄支部H29.2.23  
  嘉手納基地爆音訴訟第1審判決 
  事案 駐日米軍の嘉手納飛行場(本件飛行場)の周辺住民ら2万2048名が、米軍航空機の騒音によって各種の被害を受けていると主張⇒日本国に対し、騒音の差止め及び損害賠償を求める訴え。 
  判断・解説 ●騒音の差止請求棄却。 
国が日米安保条約に基づき米国に対し同国軍隊の使用する施設及び区域として飛行場を提供している場合において、国に対して右軍隊の使用する航空機の離発着等の差止めを請求することができない(厚木基地騒音上告審判決、最高裁H5.2.25)
本判決:
国は、日米安保条約及び日米地位協定上、本件飛行場における米軍の航空機の運航等を規制し、制限することのできる立場にはない
⇒本件差止請求は、被告に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するもの⇒国に値する航空機騒音の差止め請求を棄却。
  ●口頭弁論終結の日の翌日以降の将来分の損害の賠償請求に係る訴えを却下 
航空機の騒音等による損害の賠償請求権のうち事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分については、大阪国政空港訴訟上告審判決(最高裁昭和56.12.16)が将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないと判断。
本判決も同旨。
  ●過去分の損害賠償請求 
過去分の損害賠償請求につきいわゆる受忍限度論を採用した上、生活環境整備法において区域指定に用いられるW値で75以上の区域に居住している期間について、原告らが社会生活上受忍すべき限度を超える違法な権利侵害ないし法益侵害を被っている。

原告らのいわゆる民特法に基づく損害賠償請求を一部認容。
損害賠償額については、
生活環境整備法に基づいて作成されている騒音コンター図(5W値ごとに同一のW値を結んで作成されたコンター図)を用いて、
W75以上80未満の区域に居住する期間は、1か月7000円
W80以上85未満⇒1か月1万3000円
W85以上90未満⇒1か月1万9000円
W90以上95未満⇒1か月2万5000円
W95以上⇒1か月3万5000円
を基本となる慰謝料額。
但し、生活環境整備法に基づき住宅防音工事がされている場合には、施工室数に応じて、慰謝料額は減額
~慰謝料として高額。

本件飛行場における航空機の運航等から生じる騒音によって周辺住民らに受忍限度を超える違法な被害が生じていることを認定し、
国に損害賠償を命じた第一次訴訟の判決が確定した平成10年から既に18年以上、第二次訴訟の判決が確定した平成23年1月からは既に4年以上が経過しているものの、米国又は国による被害防止対策に特段の変化は見られず、周辺住民に生じている違法な被害が漫然と放置されていると評価されてもやむを得ない。
  行政p64
最高裁H29.4.21   
  老齢厚生年金について厚生年金保険法43条3項の規定による年金の額が改訂されるために同項所定の期間を経過した時点での当該年金の受給権者であることの要否(必要)
  事案 Xが、厚生労働大臣から、厚生年金保険法(平成25年法律第63号による改正前のもの)附則8条の規定による老齢厚生年金について、法43条3項の規定による年金の額の改定(「退職改定」)がされないことを前提とする支給決定(「本件処分」)を受けた⇒Y(国)を相手に、その取消しを求めた。 
  制度等 法は、国民年金法等の一部を改正する法律による老齢厚生年金の支給開始年齢の引き上げ⇒65歳以後に所定の要件を満たした者に対して老齢厚生年金を支給するものとし、
その経過措置として、60歳以上65歳未満で所定の要件を満たした者に対しては特別支給の老齢厚生年金を支給することとしている。 
特別支給の老齢厚生年金の受給権者が65歳に達したときは、その受給権(以下「基本権」ともいう。)が消滅し、他方、このうち法42条所定の要件を満たす者については、本来支給の老齢厚生年金の基本権が発生。
各老齢厚生年金の額は、大要、所定の額に被保険者期間の月数を乗じて算出された額とされるが、在職中であっても(すなわち、厚生年金保険の被保険者の資格を有していても)所定の要件を満たした者に対して老齢厚生年金が原則として支給される⇒
法43条2項は、受給権者がその権利を取得した月以後における被保険者であった期間はその計算の基礎としない旨を定めている一方、
同条3項は、「被保険者である受給権者がその被保険者の資格を喪失し、かつ、被保険者となることなくして被保険者の資格を喪失した日(「資格喪失日」)から起算して1月(「待機期間」)を経過したとき」との要件の下で、被保険者の資格を喪失した月前における被保険者期間を老齢厚生年金の計算の基礎とするものとし、待期期間を経過した日の属する月から、年金の額を改定する旨を定めている(退職改定)。
事実と争点 平成19年9月に社会保険庁長官の最低を受けた特別支給の老齢厚生年金の受給権者であるXは、平成23年8月30日、勤務先を退職し、翌31日、被保険者の資格を喪失したが、1箇月の待期期間を経過する前の同年9月17日に65歳に達して特別支給の老齢厚生年金の最終月分である平成23年9月分につき、そのことを理由として退職改定がされないことを前提とする本件処分をした。

このような場合においても退職改定がされるべきか否かが争われた。
  一審・原審 ①法43条3項の「被保険者である受給権者」という文言は、その文理上、第2要件の主語として定められたものとは解せないこと
②退職改定制度の導入経緯や待期期間が設けられた趣旨⇒待期期間の経過時点で受給者である必要性は導かれないこと
③特別支給の老齢厚生年金から本来支給の老齢厚生年金への移行に関する制度設計の解釈や老齢厚生年金と拠出された保険料との対価関係等

退職改定の要件としては待期期間経過時に受給権者であることを要しないと解するのが相当である。

平成23年9月分の特別支給の老齢厚生年金の額については退職改定がされるべきであるから、本件処分は違法であるとして、Xの請求を認容すべきものとした。
  判断 原判決を破棄し、第1審判決を取り消してXの請求を棄却。 
厚生年金保険法附則8条の規定による老齢厚生年金について厚生年金保険法(平成24年法律第63号により改正前のもの)43条3項の規定による年金の額の改定がされるためには、被保険者である当該年金の受給権者が、その被保険者の資格を喪失し、かつ、被保険者となることなくして被保険者の資格を喪失した日から起算して1月を経過した時点においても、当該年金の受給権者であることを要する。
  解説   本判決は、待期期間経過時に受給権者であることを要する必要説に立つことを明らかにした。 
  ●法43条3項の文言との関係
①法43条3項の要件を定めた部分は、全体として1つの条件を定めたもの(特に、第2要件の「被保険者となることなくして」の主語は、同項の文言からは第1要件の「受給権者」とみるほかない。)
②原判決のように同項の要件部分を「かつ」の前後で分けてよななければならない実質的根拠が見当たらない

同項の文言は必要説を前提としたものと理解するのが相当。
同項が退職改定の対象となる者を「被保険者である受給権者」と定めている
⇒必要説が「文理に沿う解釈」。
  ●必要説を相当とする実質的論拠 
法における基本権及び支分権に関する理解。
基本権は、支給要件に該当したときに発生するが、受給権者の請求に基づく厚生労働大臣の裁定において基本権の要素(年金の種類、基本権の取得日、年金額等)を確認されて初めて年金の支給が可能になるものであり(最高裁H7.11.7)、
他方、支分権は、裁定に係る基本権を前提として、各月の到来によって法律上当然に発生し、以後、基本権とは別個独立に存続すると理解される。
法43条3項の退職改定の効力に関する定め(①「その被保険者の資格を喪失した月前における被保険者期間を老齢厚生年金の額の計算の基礎とするものとし」②「待期期間を経過した日の属する月から、年金の額を改定する」との定め)は、
老齢厚生年金の基本権の基本権に係る年金の額を改定することにより(①)、
支分権の額も(既に発生したものを含めて)当該改定後の基本権を前提としたものに改定すること(②)
としたものと解される

法43条3項は、退職改定がされる待期期間の経過時点においても当該年金の基本権が存することを予定していると考られる。
  民事p68
最高裁H29.3.13 
  貸金についての支払督促と、同保証債務履行請求権の消滅時効の中断効(否定)
  事案 上告人と保証契約を締結していた被上告人が、上告人に対し、同契約に基づき、保証債務の履行を求めた。 
上告人:前記保証契約に基づく保証債務履行請求権の消滅時効を主張
被上告人:上告人に対する貸金の支払を求める旨の支払督促により消滅時効の中断の効力が生じていると主張
  事実 ①被上告人は、Aに対し、7億円貸し付けた。
②被上告人と上告人との間で、債務弁済契約公正証書が作成:
上告人が被上告人から借り受けた1億1000万円を、1000万円ずつ11回にわたって分割弁済。
③上告人が 被上告人に対し、Aの前記債務について1億1000万円の範囲で連帯保証する趣旨で作成。
被上告人は、上告人に対し、被上告人が上告人に対して貸し付けた貸金1億1000万円のうち、1億950万円の支払を求める旨の支払督促の申立てをし、上告人に送達。仮執行の宣言を付した支払督促は確定。
  判断 AのX(被上告人)に対する貸金債務についてY(上告人)がxとの間で保証契約を締結した場合において、YがXから金員を借り受けた旨が記載された公正証書が上記保証契約の締結の趣旨で作成され、上記公正証書に記載されたとおりYが金員を借り受けたとしてXがYに対して貸金の支払を求める旨の支払督促の申立てをしたとの事情があっても、上記支払督促は、上記保証契約に基づく保証債務履行請求権について消滅時効の中断の効力を生ずるものではない。
  解説 争点:
貸金の支払を求める旨の支払督促によって、当該支払督促の当事者間で締結された保証契約に基づく保証債務履行請求権について、消滅時効の中断の効力が生ずるか否か。 
  ●訴訟物の異なる請求による消滅時効の中断の問題に関連する最高裁判決 
◎消滅時効中断効を肯定したもの
最高裁昭和38.10.30:
株券引渡請求訴訟における被告の留置権の抗弁による留置権の被担保債権である立替金債権の裁判上の催告の効力を肯定。

①留置権の主張には被担保債権の存在の主張が必要
②留置権の抗弁が認められると引換給付判決がされることから、留置権の抗弁には被担保債権が履行されるべきであるとの権利主張の意思が表示されているものということができる。
but
裁判上の請求に準ずる効力は否定。
最高裁昭和43.12.24:
農地の所有権移転登記手続請求による農地法3条の許可申請手続請求権の裁判上の催告の効力を肯定。

所有権移転の主張は農地法3条の許可を当然の前提としている。
最高裁昭和44.11.27:
抵当権設定登記抹消登記手続請求における被告の被担保債権の主張の抗弁による同債権の裁判上の請求に準ずる効力を肯定。
最高裁昭和45.7.24:
交通事故による損害賠償請求権につき、一部請求の趣旨が明示されていない訴えの提起による、債権の同一性の範囲内における時効中断効を肯定。
最高裁昭和53.4.13:
退職金債権の明示的一部請求による残部について裁判上の催告の効力を肯定した東京高裁の判決を維持
最高裁昭和62.10.16:
手形金請求訴訟の提起による原因債権の裁判上の請求に準ずる効力を肯定。

手形債権は、原因債権と法律上別個の債権ではあっても、経済的には同一の給付を目的とし、原因債権の支払の手段として機能する。
最高裁H10.12.17:
金員の着服を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権を訴訟物とする訴えの提起及び訴訟係属による、基本的な請求原因事実を同じくし、経済的に同一の給付を目的とする関係にある不当利得返還請求権の裁判上の催告の効力を肯定。
最高裁H25.6.6:
明示的一部請求がない場合、特段の事情のない限り、残部について、裁判上の催告の効力を肯定。
but
この判決は、明示的一部請求がされ、債権の一部が消滅している旨の抗弁に理由があると判断⇒判決において債権の総額の認定がされたとしても、残部に係る裁判上の請求に準ずる効力を否定した。
◎消滅時効中断効を否定したもの 
最高裁昭和34.2.20:
明示的一部請求の訴えの提起による残部についての時効中断効を否定
最高裁昭和37.10.12:
詐害行為取消訴訟の提起による被保全債権の時効中断効を否定
最高裁昭和43.7.27:
明示的一部請求の訴えの提起による残部についての時効中断効を否定
最高裁昭和47.11.28:
建物賃貸借契約の不履行による損害賠償請求権(逸失利益)を保全する仮差押えによる、借家権価格相当の損害賠償請求権の時効中断効を否定
最高裁昭和50.12.25:
貸金訴訟の訴え提起による、これと基本的事実関係を同じくする立替金債権についての時効中断効を否定
最高裁H11.11.25:
建築請負人からの注文者に対する請負契約に係る建物の所有権保存登記抹消登記手続請求訴訟の提起による請負代金債権の消滅時効中断効を否定 
  解説 訴え提起に時効中断の効力を認める理論的根拠:
A:訴えが権利者の最も断固たる権利主張の態度と認められることに基づくとする権利行使説(権利主張説、実体法説とも言われ、通説)
B:判決の既判力により訴訟物である権利関係の存否が確定されることに基づくとする権利確定説(訴訟法説) 
本件では、支払督促に既判力がなく、権利確定説からのアプローチは困難。
  被上告人が上告人に貸し付けた金員の支払を求めることと、被上告人がAに対して貸し付けた金員について上告人に保証債務の履行を求めることは、全く別個のもの。
本判決の「上記の貸金返還請求権の根拠となる事実は、本件保証契約に基づく保証債務履行請求権の根拠となる事実と重なるものですらなく」としている部分は、貸金返還請求により、他の訴訟物である保証債務履行請求権についての時効中断効を認めるための拠り所となるものがないことを述べている。 
  民事p72
東京高裁H28.10.19   
  賃料増額請求と管理行為・増額しない旨の特約の合意
  事案 本件建物につき持分2分の1を有するXは、Yに対し、賃料増額請求権を行使し、
適正賃料(月額898万円、税別)の確認と従前賃料(500万円、税別)との差額等の支払を求めた。
  規定 借地借家法 第32条(借賃増減請求権)
建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う
民法 第252条(共有物の管理)
共有物の管理に関する事項は、前条の場合を除き、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する。ただし、保存行為は、各共有者がすることができる。
  判断 原審請求棄却、控訴棄却。 
①本件建物の賃貸借契約について、消費税率の変動に伴って賃料が引き上げられた事実がない
②賃貸人と賃借人との間にはもともと密接な関係があり、相続による当事者の変更等はあったものの、円満な賃貸借関係を継続することが優先された

消費税率の変更にかかわらず賃料総額を変えないという黙示の合意が成立していたもので、Xは本件建物の持分を取得したことによりその賃貸人の地位を承継
Xは本件建物につき持分2分の1を有するが、合意の変更は共有物の管理行為に該当
⇒Xが単独で賃料増額請求権を行使できるものではない。
  解説 賃料増減請求権は、経済事情の変動などによって賃料が不相当となった場合に、これを是正するために認められるもの。
その意思表示が相手方に到達した時から増減の効果が生じる(最高裁昭和45.6.4)。 
増額については、請求権の行使を特約によって排除することができる(借地借家法32条1項ただし書)。
特約については、一般の契約の合理的意思解釈に従い、本判決が説示するように、当事者の関係、賃貸借契約の締結の経緯、その後の賃料増額の有無その他の事情により、判断される。
共有物の管理(民法252条本文):共有物を利用しその価値を高めるもの。
賃料増額請求権はの行使は、まさに共有物たる賃貸物件の価値を高めるもの⇒持分の価格に従い、過半数で決する必要がある。
  民事p76
東京地裁H28.4.14  
  高層ビルの建物部分の賃貸借契約交渉過程での信義則上の義務違反(肯定)
  事案 高層ビルの建物部分の賃貸借契約の締結交渉がされ、交渉が打ち切られた場合における契約締結上の過失責任(契約準備段階における信義則上の義務違反)の成否が問題になった事案。 
  事実関係 商業施設等の開発、企画等を業とするX株式会社は、A信託銀行から高層ビルの29回、30階部分を賃借する予定。
平成24年夏頃以降、ウエディング関連事業を行うY株式会社が賃借(転借)することを希望⇒賃貸借の交渉。
Yは、平成24年10月31日、出店申込書を提出し、Xに賃貸借契約の申込みをし、同年11月22日、役員会において本件物件への出店が承認され、その旨がXに伝えられた。
平成24年12月22日、契約書案の内容が確定。
Yは、バンケット区画の拡張を提案し、Xに拡張ができなければ出店が中止される可能性があることを伝えた。
Xは、平成25年1月31日、Aとの間で、本件物件の賃貸借契約を締結。
Xは、平成25年2月20日、Yに区画変更に伴う工事がYの試算した予算内で可能であることを伝えた。
Yは、平成25年3月7日、経営会議において本件物件への出店を打ち切ることを決定し、同月8日、Xに申し込みを撤回。
Xは、Yに対し、契約締結上の過失責任に基づき逸失賃料、完工済工事費用、人件費等、テナント賃料収入額につき損害賠償を請求。
  争点 Yの債務不履行責任又は不法行為責任の有無
Xの損害の有無・額 
  判断 ①XとYとの間で賃貸借契約書の内容を確定させる等し、平成25年2月末頃にはYの要望も実現可能な程度に対応を進めた
⇒その頃までにXが本件賃貸借契約の締結に期待を抱いたことは相当の理由がある。
②Yの要望への対応に関するYからの信頼を失わせる帰責性を否定

この期待は法的保護に値するとして契約準備段階におけるYの信義則上の義務違反を肯定。
完工済工事費用、人件費等の損害を認め、
逸失賃料相当額、テナント賃料収入相当額の損害に関する主張を排斥

請求を一部認容。
  商事p83
東京地裁H28.5.13   
  企業買収の業務を受託した会社のために作業を行った個人に商法512条により相当な報酬を認めた事案
  事案 企業買収を受託した事業者のために作業を行った場合における仲介報酬の請求の当否、根拠、報酬額が問題となった事案。 
Y1株式会社(代表者はY2)は、A株式会社から、Aが買い手となり、B投資事業有限責任組合らが売り手となるD株式会社の株式譲渡を行う方法による企業買収につき業務委託を受けた⇒Xは、Y2の指示等によって助言、打ち合わせへの出席、書面の作成等の作業を行った。
AとBらは、Dの株式譲渡契約を締結⇒本件案件が完了した後、Y1は、業務委託契約に基づきAから本件案件の報酬として5250万円を受領。
Xは、Y1、Y2に対し、いずれかから委託を受けて本件案件に関する事務を行ったと主張⇒契約に基づく約定の割合に従った報酬として、又は商法512条による相当な報酬として前記報酬の半額の支払を請求。
  争点 ①XがY1、Y2のいずれと業務委託契約を締結したか
②同契約上Y1の受け取る報酬の半額を報酬とする合意があったか
③合意がない場合における相当な報酬額はいくらか 
  規定 商法 第512条(報酬請求権)
商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる。
  判断 ①本件案件に関する取引の経過、②Y2とXのやり取り、③Xの作業等を認定し、本件案件がY1の業務であった

XがY1から本件案件の交渉、書面作成、検討、助言等の業務を委託したものと認め、Y1とXとの間の報酬に関する合意の成立を否定。
but
商法512条を適用 
Xの行った作業の内容を検討
⇒Y1が取得した報酬金額の15%程度に当たる800万円が相当な報酬額であると認める等して、Y1に対する請求を一部認容。
Y2に対する請求は棄却。
  知財p88
知財高裁H28.12.21  
  ゴルフクラブのシャフトデザインンの著作物性が争われた事案(否定)
  事案 グラフィックデザイン等を業として行う控訴人が、ゴルフ用品等スポーツ用品の製造、販売等を目的とする株式会社である被控訴人に対し、
(1)①被告シャフトが、
主位的には、控訴人の著作物であるゴルフシャフトのデザイン(本件シャフトデザイン)の翻案に当たり、
予備的には、控訴人の著作物である本件シャフトデザインの原画(本件原画)の翻案に当たる
⇒被控訴人の被告シャフト製造、販売行為が、控訴人の著作権(翻案権、二次的著作物の譲渡権)を侵害し、
(2)被告シャフトの製造は、
主位的には、控訴人の意に反して本件シャフトデザインを改変してなされたものであり、
予備的には、控訴人の意に反して本件原画を改変してなされたもの
⇒控訴人の著作者人格権(同一性保持権)を侵害し、
(3)被控訴人のカタログ(被告カタログ)の製作は、控訴人の著作物であるカタログデザイン(本件カタログデザイン)を改変してなされたもの⇒控訴人の著作者人格権(同一性保持権)を侵害

①被告シャフトによる著作権(翻案権、二次的著作物の譲渡権)侵害につき民法703条、704条に基づく使用料相当額の不当利得金5400万円等の支払
②被告シャフト及び被告カタログによる著作者人格権(同一性保持権)侵害につき民法709条に基づく慰謝料850万円の内金425万円等の支払
③被告シャフト及び被告カタログによる著作者人格権(同一性保持権)侵害につき著作権法112条1項に基づく被告シャフト及び被告カタログの製造及び頒布の差止め並びに同条2項に基づく廃棄、並びに
④被告シャフトによる著作者人格権(同一性保持権)侵害につき、同法115条に基づく謝罪広告の掲載
を求めた事案。
  規定 著作権法 第10条(著作物の例示) 
この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
四 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
著作権法 第2条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
  判断 応用美術の著作物性について、
一般論として、
「応用美術」は、「美術の著作物」(著作権法10条1項4号) に属するものであるか否かが問題となる以上、著作物性を肯定するためには、それ自体が美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えなければならないとしても、高度の美的鑑賞性の保有などの高い創作性の有無の判断基準を一律に設定することは相当とはいえず
著作権法2条1項1号所定の著作物性の要件を充たすものについては、著作物として保護されるものと解すべき。
控訴人が本件シャフトデザイン及び本件カタログデザインに創作性が認められる根拠としてあげた点につき、いずれも創作的な表現ではないと判断。
  解説 応用美術の著作物性について、近時の知財高裁判決では、
①実用目的の応用美術であっても、
実用目的に必要な構成を分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるもの⇒美術の著作物として保護すべき。
実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握することができないもの⇒著作物として保護されない。
(知財高裁H26.8.28)と、
②応用美術が「美術の著作物」として保護されるために、
応用美術に一律に適用すべきものついて、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず、個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきであるとしたもの(知財高裁H27.4.14)。
本判決は、後者②の判決の流れを汲むものであるが、応用美術の著作物性を肯定するためには、それ自体が美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えなければならない点を明確にした。
  労働p106
大阪地裁H28.10.25  
  給与規定変更による給与の減額に伴う退職金の減額について、変更に合理性があるとされた事例。
  事案 退職金規程及びその前提となる給与規程の改訂により、退職金が減額⇒原告X1~X5が差額退職金の支払を請求。
被告Yは、学校法人であり中学、高校、通信制高校を運営。
XらはいずれもYの元教員であり35年程度の勤務の後、平成27年、28年に定年退職した者(定年退職後、シニア講師としてYに就労)。 
Yは平成25年5月、新たな人事制度を導入し、給与規則と退職金支給規則を改訂(但し、退職金制度について実質的な変更はない)するとともに退職年金制度を廃止。
Yは平成13年度から消費支出超過を続けており、同17年以降は帰属収支においても大幅な支出超過⇒大幅な経費削減を行わなければ早晩経営破たんするとして、平成25年5月、月額給与を8万円程度引き下げ、これに伴って退職金は85~90%程度に減額。
  規定 労働契約法 第9条(就業規則による労働契約の内容の変更)
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
労働契約法 第10条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
  判断 本事案は、退職金の計算基礎となる「基本給の額が減額となったことによるもの」で「新人事制度全体を踏まえて検討する必要がある」

①変更の必要性、②不利益の程度、③内容の相当性、④労働組合等の交渉状況を検討。 
  ●変更の必要性 
府下私立学校における退職給与引当率の平均値、日本私立学校振興・共同事業団「自己診断チェックリスト」における帰属収支差額費率、積立率、流動比率の評価や管理職手当の減額、理事の減員、役員手当のカットなどを認定

その経営状況は危機的なものであったとし、末期的な状況になってからでは遅いともいえると判示。
  ●不利益の程度 
Xらの請求額は300~400万円であるが、「不利益の程度は大きい」と認定。
  ●内容の相当性 
①基本給減額について経過措置(初年度95%、2年目90%、3年目85%の補償)が採られたこと、②新人事制度導入前に退職したと仮定した場合の退職金と、新人事制度導入後の退職金とを比較し、高い方の金額で支払ったことなど、一定の激変緩和措置を設けていることを認定。
公益財団法人大阪府私学総連合会の退職金事業における支給率と比較⇒「同一地域内において高いもの」

変更後の内容は相当。
  ●労働組合等との交渉
①財政破綻のおそれがあることについては7年前から説明
②平成23年12月以降、教職員及び組合に対して情報(決算概要等)や改革案を適宜提示し、組合要求の資料を開示し、交渉においても強硬な態度をとることなく対応してきた。

Yの本件組合あるいは教職員に対する説明の内容・態度は適切なものであった。

本件変更については、
これにより被るXらの不利益は大きいものではあるが、
他方で、
変更を行うべき高度の必要性が認められ、
変更後の内容も相当であり、
本件組合等との交渉・説明も行われてきており、
その態度も誠実なものであるといえる

本件変更は合理的なものであると認められる。 
  解説 就業規則による労働条件の不利益変更の効力は、労働契約法9条、10条に、実定法化。 
  刑事p118
最高裁H29.4.26 
  侵害を予期した上で対抗措置に及んだ場合と正当防衛の「急迫性」
  事案 被告人(当時46歳)が
①被害者(当時40歳)と何度も電話で口論
⇒被害者からマンションの下に来ていると電話で呼び出され、刃体の長さ約13.8㎝の包丁を持って自宅マンション前路上に行き、ハンマーで攻撃してきた被害者の左側胸部を、殺意をもって包丁で1回突き刺して殺害 したという殺人の事案と
②コンビニのレジスターのタッチパネルを拳骨でたたき割ったという器物損壊の事案において、
①の殺人に関する正当防衛及び過剰防衛の主張に関し、刑法36条の「急迫性」の判断方法について職権判示したもの。
  規定 刑法 第36条(正当防衛)
急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
  一審・原審 刑法36条の「急迫性」の要件に関し、
「単に予期された侵害を避けなかったというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件を充たさないものと解するのが相当である。」(最高裁昭和52.7.21)
が示した積極的加害意思論
⇒正当防衛及び過剰防衛の成立を否定。
  判断 刑法36条は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したもの。 

行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合、侵害の急迫性の要件については、侵害を予期していたことから、ただちにこれが失われると解すべきではなく、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべき。
具体的には、事情に応じ、行為者と相手方との従前の関係、予期された侵害の内容、侵害の予期の程度、侵害回避の容易性、侵害場所に出向く必要性、侵害場所にとどまる相当性、対抗行為の準備の状況(特に、凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等)、実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同、行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮し、
行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときなど、
前記のような刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、侵害の急迫性の要件を充たさないものというべき。
被告人は、
①Aの呼出しに応じて現場に赴けば、Aから凶器を用いるなどした暴行を加えられることを十分予期していながら、
②Aの呼出しに応じる必要がなく、自宅にとどまって警察の援助を受けることが容易であったにもかかわらず、
③包丁を準備した上、Aの待つ場所に出向き、
④Aがハンマーで攻撃してくるや、包丁を示すなどの威嚇的行動をとることもしないままAに近づき、Aの左側胸部を強く刺突したもの。 
このような先行事情を含めた本件行為全般の状況
⇒被告人の本件行為は、刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとは認められず、侵害の急迫性の要件を充たさない。

本件につき正当防衛及び過剰防衛の成立を否定した第一審判決を是認した原判断は正当。
  刑事p120
さいたま地裁H29.1.11  
  けんか闘争、自招侵害等の観点と正当防衛の成立(肯定事例)
  事案 被告人は、犬を連れて散歩していた際、以前から被告人を見かけては怒鳴ったり警察に通報したりしていたBが自転車に乗って近付き、自転車に跨ったまま被告人の前に立ち塞がった
⇒どいて欲しいと告げたがBが応じない⇒Bをどかせるためその自転車前輪を2、3回、さほど強くない力で蹴った(自転車の足蹴り行為)⇒突然、Bは、被告人の顔面を手拳で殴打し、その後も何度か殴りかかってきた(Bによる殴打行為)⇒被告人は両手でガードしたり、Bに向かって足を前に出したりした(Bに対する足蹴り行為)⇒その後もBによる殴打行為が止まなかった⇒被告人が右手を突き出したところその顔面に当たり(本件暴行)、Bを転倒させて加療約6か月間を要する急性硬膜下血腫、脳挫傷等の傷害を負わせた。 
  争点 本件暴行について、
①けんか闘争の一環として行われたものといえるか
②被告人が自ら招いた侵害(自招侵害)に対して行われたものとして、反撃行為に出ることが正当とされない状況にあったといえるか 
  判断 ●けんか闘争について 
①自転車の足蹴り行為は被害者の進路を妨害しようとするBにどいてもらうための牽制・威嚇の趣旨
②その後のBに対する足蹴り行為についても、あくまでBによる殴打行為に対して被告人が防戦して自己の身体を防衛するという状況にとどまる

本件暴行は、けんか闘争の一環の行為であるとはいえない。
  ●自招侵害の点について 
①被告人が自転車の足蹴り行為に至ったのは、Bの挑発的・誘発的行為も相応の原因になっており、被告人ばかりが大きく責められるべきではない
②その後のBによる殴打行為は自転車の足蹴り行為に比べて量的にも質的にも上回っている

一般の社会通念に照らし、Bによる殴打行為が被告人による自転車の足蹴り行為に触発された一連、一体の事態としてなされたとしても、これに対して被告人が反撃に出ることが正当とされ得ない状況にまでは至っていない。

本件暴行は、けんか闘争、自招侵害のいずれの観点からみても、正当防衛状況(急迫不正の侵害)の下における行為と認められるとして、正当防衛の成立を認め、無罪。 
  解説 ●けんか闘争について
  最高裁昭和23.7.7も、闘争の過程を全般的に観察した結果、正当防衛の観念を入れる余地があるない場合があると説示
⇒けんか闘争と認定されれば正当防衛が成立しないと判示しているわけではない。(最高裁昭和32.1.22)

けんか闘争か否かで正当防衛の成否が直ちに決まる訳ではなく、結局は、「闘争」を全般的に検討する必要があり、けんか闘争を独立の争点とした争点整理には議論の余地。 
  ●自招侵害について 
最高裁H20.5.20:
傷害被告事件について、
相手方から攻撃されるに先立って暴行を加えていた被告人について、
相手方の攻撃は①被告人の暴行に触発された、②その直後における近接した場所での一連一体の事態ということができ、被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえる

相手方の攻撃が被告人の暴行の程度を大きく超えるものではないなどの本件の事実関係の下においては、被告人の本件傷害行為は、被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえない。

正当防衛を否定。
  刑事p125
福岡高裁H28.6.24  
  薬事法2条14項に規定する指定薬物を所持する罪の故意の有無(肯定事例)
  事案 薬事法(平成25年法律第84号による改正前のもの)2条14号に規定する私的薬物所持の事案。 
被告人は、所持していた指定薬物含有の植物片(「本件薬物」)について、危険ドラッグであったとの認識はあるが、公然販売していた販売店の店員から合法だと告げられて、そう信じており、指定薬物であることの認識はなかったとして、故意が争われた。
  判断 被告人は、①本件植物片がいわゆる危険ドラッグであることを前提に購入所持していた上、②危険ドラッグの危険性や取締りの強化は十分承知している
⇒指定薬物として取締りの対象に入る可能性を認識していた。
  解説 判例:
故意の成立に必要な事実の認識の範囲は、当該構成要件の該当事実そのものであり、
その一部である違法性の意識を喚起しうる範囲の事実を認識していることは故意の成立を認める証拠に止まる。
構成要件に該当する自然的事実を認識しているだけでは足りず、構成要件に該当するとの判断を下しうる社会的意味の認識が必要。
but
判例は、行政取締り法規違反の罪について、必ずしも統一的には理解できない判断を示しているといわれている。

法規の制定によって禁止される対象が決まり、構成要件該当の事実認識だけでは、一般人には行為の違法性を知り得ない場合が多い(前田)。
判例の立場について:
①違法性を喚起しうる一部の事実を認識していたことと行為当時の状況をあわせて考慮すると、少なくとも未必的、概括的には構成要件該当事実を認識していたと認定できる場合⇒その錯誤は法律の錯誤。
②自然的な意味での事実の認識は存在していたものの、それが構成要件事実に当たるという意味の認識を妨げる特異な事情が介在していたため、故意の成立に必要な程度に事実の認識があったとは判断できない⇒事実の錯誤。
  本判決:
規制対象となりうる薬物である旨の実質的違法性の認識があり、
指定薬物が含有されていないと信じた合理的な理由がない場合には、
指定薬物の故意に欠けるところはない。 
本件にあっては、
一般人の目からみると、
当該薬物が規制されるに足りる薬理作用を有するいわゆる危険ドラッグ、あるいは、幻覚等の作用を有する有害な薬物であるという認識はあった。

当該薬物を所持することが犯罪に該当すると判断できる社会的な意味の認識、換言すれば、一般人の目からみた「しろうと的認識」(平野)に従って、犯罪事実の認識に欠けるところはない。
but
そのような認識を有していたとしても、責任ある公的な立場の者あるいは薬物に関する専門家から、根拠を示すなどして、当該薬物が指定薬物ではないというような説明を受けたなどの状況があれば、故意に必要な事実認識は否定されるものと解される。
9月
2339   
  前橋地裁H29.3.17      東京電力福島第一原発群馬訴訟第1審判決 
  事案 「福島原発避難者集団訴訟」のうちの群馬訴訟の第1審判決。 
Xら(137名)が、原子力事業者であるY1(被告東京電力ホールディングス㈱)が運転等する福島第一原子力発電所(本件原発)の原子炉から放射性物質が放出される事故(本件事故)が発生したところ、
本件事故の発生原因は、平成23年3月11日に発生した地震(本件地震)による本件原発の設置場所における地震動(本件地震動)、本件原発に到来した津波(本件津波)又はその両者が重なったことによって、本件原発の炉心が損傷したことにあり、
本件事故の発生により、自らもしくはその同居していた家族が福島県外への避難を余儀なくされた。

Y1に対しては、
主位的に民法709条に基づき、
予備的に原賠法3条1項に基づき、
Y2(国)に対しては、
国賠法1条1項に基づき、
包括的生活利益としての平穏生活権(各種の共同体等から享受する利益の総体としての「ふるさと」を内包するもの。その内容は、①平穏生活権、②人格発達権、③居住移転の自由及び職業選択の自由並びに④内心の静穏な感情を害されない権利であるが、財産権及び生命身体の権利は含まない。)、又は
上記①ないし4を個別の権利として害されたことによる
精神的損害の慰謝料として、1人当たり慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円(2000万円及び弁護士費用200万円のうち一部請求。請求金額の合計は15億700万円。)を連帯して支払うことを求めた。
Xらは、本件事故後に出生した4名を除いていずれも本件事故発生時に福島県内に居住していた者。
避難指示等対象区域内のXは72名、いわゆる自主的避難等対象区域内のXは58名であり、自主的避難等対象区域よりも外の者はいない。
  結論 Y1について原賠法3条1項、
Y2について国賠法1条1項に基づく責任を肯定。
各Xについて認定した損害額からY1による既払金の一部を弁済の抗弁として控除

Xらのうち62名ぬついての請求を一部認容し、その余のXらの請求をいずれも棄却。 
Y1らが主張したXらへの既払の総額は、財産権侵害等への弁済を含む12億454万3091円であり、
そのうち、慰謝料に対する既払金として主張された額は4億5830万5860円であったところ、
本判決が弁済の抗弁として認めた金額の合計は、4億2093万5500円。
本判決の認定額の合計は3855万円。
  整理 大枠として、
①Y1に対する民法709条に基づく損害賠償請求の可否
②本件事故の原因
③地震動対策義務に係る予見可能性
④津波対策義務に係る予見可能性
⑤シビアアクシデント(SA)対策義務に係る予見可能性
⑥結果回避可能性
⑦被侵害利益の捉え方
⑧相当因果関係総論
⑨慰謝料算定における考慮要素
⑩中間指針等の合理性
⑪個々のXが被った損害等(相当因果関係及び損害各論)
⑫慰謝料額
⑬弁済の抗弁
⑭弁護士費用の額
⑮規制権限不行使の違法
⑯Y2の損害賠償責任
(Y1に関わるものは①~⑭、Y2に関わるものは②及び⑦~⑯)
と整理。 
  ◆第3 本判決が認定した本件地震及び本件原発の概要等 
  ◆第4 本件事故の原因について(争点②) 
    ◆第5 Y1の責任について(争点①④⑥⑦) 
  ■1 
  ■2 津波対策義務違反に係る予見可能性(争点④)
  ■3 結果回避可能性(争点⑥) 
  ■4 被侵害利益の捉え方(争点⑦) 
  ■5 相当因果関係総論(争点⑧) 
  ●避難指示に基づかずに避難したXらにおける本件自kと権利侵害及び損害との相当因果関係について
本件事故発生の最中及びその直後について:
放出された放射性物質の量や放射線量等が判然としない中で、本件事故により放射性物質が放出されたとの情報を受けて自主的に避難をすることにつちえ、通常人ないし一般人において合理的な行動。
本件事故発生の最中及びその直後を除いた時期の避難について: 
通常人ないし一般人の見地に照らし、生活の本拠の移転が本件事故との関係で法的に相当であるといえるかどうかを検討すべき。

当該移転をしないことによって具体的な健康被害が生じることが科学的に確証されていることまでは要しないとしたものの、
科学的知見その他当該移転者の接した情報を踏まえ、健康被害者について、単なる不安感や危惧感にとどまらない程度の危険を避けるために生活の本拠を移転したものちいえるかどうかが重要。
具体的には、個々のXが被った平穏生活権の損害と本件事故との相当因果関係の有無を判断するに当たっては、本件事故によって、生活において被ばくすると想定される放射線量が相当なものへと高まったかどうかや、年齢、性別、職業、避難に至った時期及び経験等の事情並びに接した情報の下で生活の本拠の移転が本件事故との関係で法的に相当といえるかどうかについて、個別具体的に検討することが適切。
科学的知見及び調査結果等、報道状況並びに内部被ばく防止措置等に関する事実認定から抽出した考慮要素と、争点⑦の段階で事実認定したXらの様々な具体的事情から抽出した考慮要素を融合させ、科学的に不適切とまではいえない見解を基礎として、
本件事故によって放出された放射性物質による健康被害の危険を重いものと受け止めることが無理もないものであることや、
年齢、性別等による放射線感受性の違い、
幼児の受ける平均実効線量の成人との違い、
地表の沈着密度による実効線量の差異等については、
当該移転者の属性として考慮すること不合理ともいえないことを前提とすることが相当であるとした上で、個別のXごとに相当因果関係の有無を判断。
     
  ■6 損害論等 
  □(1) 慰謝料算定における考慮要素(争点⑨) 
  □(2) 中間指針の合理性(争点⑩) 
    ◆第6 Y2の責任について 
    ■1 規制権限不行使の違法(争点⑮) 
    ■2 Y2の損害賠償責任(争点⑯) 
2338   
  行政p3
大阪地裁H28.11.2  
  元市長に対する退職手当返納命令の事案
  事案 4期12年4か月にわたってY(枚方市)の市長を務めたXが、現職警察官、ゼネコン担当者らと共謀の上、清掃工場建設工事の入札において談合を行った⇒談合罪で懲役1年6月(執行猶予3年)に処せられ、同判決が確定。
⇒処分行政庁であるY市長から、市職員の退職手当に関する条例、市長等の退職手当に関する条例に基づき、2期目及び3期目に係る退職手当の返納命令を受けた⇒その取消しを求めた。
(4期目に係る退職手当については、Xが起訴後に辞職願を提出したことを受け、起訴後判決確定前に退職したときは退職手当を支給しない旨の特別措置条例が制定・施行⇒支給されていない。)
本件市長退職手当条例4条は、
「市長等の退職手当の支給方法については、一般職の職員の例による」旨規定。
本件職員退職手当条例12条の3第1項は、
「退職した者に対し、一般の退職手当等を支給した後において、その者が在職期間中の行為に係る刑事事件に関し禁固以上の刑に処せられたときは、任命権者は、その支給をした一般の退職手当等の額のうち次に掲げる額を返納させることができる」旨規定。
  Xの主張 ①本件処分の根拠となる条例が存在しない
②本件処分のうち、2期目に関する部分は「在職期間中の行為に関し禁固以上の刑に処せられたとき」という要件を満たさない。
③本件処分は裁量権を逸脱・濫用したものである。
④返納命令の対象となるのは、現実にXに支払われた所得税及び住民税を控除した後の金額に限られる。 
  判断 ●主張①について 
本件職員退職手当条例12条の3第1項の文言⇒返納命令の対象となるのは一般の退職手当等に限られ、特別退職手当は対象外。
市長の退職手当は一般の退職手当である。
Xは、
①本件市長退職手当条例4条は、支給に関する規程のみを準用するにとどまり、返納に関する規定を準用していない。
②市長には任命権者が存在しない⇒本件職員退職手当条例12条の3第1項を適用することはできない
と主張。
市長と一般の職員を比較した場合、市長の方がはるかに職責が重く、また、権限も強大であることからすれば、刑事事件で禁固以上の刑に処せられた場合に、一般の職員であれば退職手当の返納が命じられるにもかかわらず、市長であれば退職手当の返納が命じられないというような制度設計をすることは想定し難い

本件職員退職手当条例、本件市長退職手当条例が本件処分の根拠となる条例にあたる。
  ●主張②について 
本件退職手当条例12条の3第1項の文言

在職期間中の行為が、刑法あるいは特別刑法等が定める犯罪の構成要件に該当することが必要であり、
共謀共同正犯の場合は、共謀行為あるいは談合行為のいずれかが在職危難中に行われたと認定されることが必要。
Yが指摘するホテルでの会談について、同会談は2期目の在職期間中に行われたものであり、刑事事件の判決においても、共謀を認定する重要な間接事実として認定されているが、
①間接事実は犯罪行為の存在を推認される事実ではあるものの犯罪行為そのものではないこと、
②本件処分が、退職手当の返納という不利益処分であること
⇒その要件については厳格に解する必要がある。

j間接事実が行われたことをもって、「在職期間中の行為に関し禁固以上の刑に処せられたとき」という要件を満たすということはできない。
  ●主張③について 
退職手当返納命令は羈束処分ではなく裁量処分。
Xが市長として市政に熱心に取り組み、一定の成果をあげてきたことなど、Xが主張する事情を十分に考慮しても、
①本件で問題となっているのが公務に対する信頼を大きく害する談合という行為であること、
②Xが地方公共団体の長である市長という立場にあったこと

Xの行為は重大な非違行為に当たり、裁量権の逸脱・濫用はない。
  ●主張④について 
所得税の源泉徴収及び住民税の特別徴収が徴収納付の租税であり、納税義務者は、過納付があっても、原則として、直接国又は地方公共団体に対して還付を求めることはできない

返納命令の対象となるのは、Yが徴収納付義務者として控除した額を除いた部分に限られる。
  解説 公務員の非違行為を行った場合の退職手当の返納命令処分については、
退職手当の性格等を考慮し、
全部不支給を原則、一定の事由がある場合に例外的に一部不支給とした上で、
退職手当管理機関の裁量を認め、
社会通念上著しく妥当性を欠いた場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものして違法とならないものというべきであるとの基準で判断されることが多いと思われ、本判決も同様の基準で判断。 
  民事p16
東京高裁H28.8.10  
  債務者が履行を求める債務の内容と債務名義に表示された債務の内容の同一性が問題なった事案
  事案 本件建物周辺に居住するXらは、本件建物が暴力団の組事務所として使用されることで、Xらの生命、身体の安全などが害される危険がある
⇒Yらに対し、平成14年に、人格権に基づき、暴力団事務所使用差止め等の仮処分を申し立て、その旨認められた。
仮処分決定の内容は、五代目傘下のA及びその他の暴力団の事務所又は連絡場所として使用してはならないこと、Yらは本件建物内を銃砲刀剣類等の保存場所に供してはならないこと等。
その後、平成28年に、本件債務名義に基づき、本件間接強制申立てがされた。
  争点 債務名義には五代目傘下のAに本件建物を使用させない義務を表示しているのに対し、間接強制の申立ては六代目傘下のAに本件建物を使用させない義務の履行を求めるもの⇒義務の同一性が認められるか。
  原決定 仮処分決定から13年以上経過し、五代目傘下のAと六代目傘下のAとが同一であるとは直ちにいえず、五代目傘下のAは四次組織であったが、六代目傘下のAは三次組織であり、両者は異なる存在。
⇒義務の内容に同一性は認められない
⇒本件建物を使用させない義務について申立てを却下 
  判断 ①兵庫県公安委員会は、「五代目B組」の名称で代表する物を「C」とする団体について、暴対法に規定する要件を満たす暴力団と指定して官報に告示し、その後に再指定されるに当たっての指定番号に連続性がある
② 「六代目B組」の名称で代表する者を「D」とする団体の指定番号は従前と同様で、再指定も「五代目B組」の更新時期に行われている

代表する者の交替に伴い名称を変更したに止まり、団体として同一であると認められる。
四次組織が三次組織になった点については、B組内での階層的序列の問題⇒同一性の判断を左右するものではない。
⇒義務の内容の同一性を認めた。
  解説  債務名義の表示と現状との間に不一致がある場合、執行機関が解釈によって同一性について判断しなければならない。 
債務の内容として団体の表示が異なる場合において、その団体のの同一性の判断にあたっては、単に団体の名称等の外観のみに依拠するのではなく、団体に係る客観的諸事情によって連続性が肯定できるかを検討すべき。
債務の内容に疑義⇒さらに訴えを提起することが必要となる(最高裁昭和42.11.30)。
  民事p20
広島高裁H29.3.9  
  債権譲渡が信託法10条の趣旨に反する行為として無効とされた事例
  事案 訴外Aの妻の弟であり、Aと同居しているXが、Aから、AのYに対する不法行為に基づく損害賠償又は不当利得返還請求ほか多種の債権を譲り受けたとして、Yに対し、同請求権に基づく支払を求めた。
  規定 信託法 第10条(訴訟信託の禁止)
信託は、訴訟行為をさせることを主たる目的としてすることができない。
  原審 本件債権に基づく請求権が成立したとは認められない
⇒Xの請求を棄却。 
  判断 Yは、控訴審において、Xの主張する債権譲渡は、AがXに訴訟行為をさせることを主たる目的としたものであり、信託法10条の趣旨に反すると主張。
債権譲渡であっても、信託法10条の趣旨に反するものは違法であって、無効というべきである。
仮に、AからXに対する本件債権の譲渡が存在するとしても、
①AからXに対する本件債権の譲渡は別件訴訟において、Aの訴訟代理人が辞任したため、別件訴訟についてXに訴訟行為をさせる目的で始まった
②その後にされた本件債権の譲渡を見ると、債権譲渡の提訴ないし訴えの追加という訴訟行為とが時間的に接近している
③Xが債権譲渡を受ける前に、Aとの間で、反対債権の回収方法について協議をしていた事実も認め難い

AからXに対する本件債権の譲渡は、XのAに対する債権回収を目的とするものではなく、Xに訴訟行為をさせることを主たる目的としたものであると認めるのが相当。
Aが弁護士でないXに対する本件債権の譲渡は、XのAに対する債権回収を目的とするものではなく、Xに訴訟行為をさせることを主たる目的としたものであると認めるのが相当であり、Aが弁護士でないXに本件訴訟の訴訟行為をさせることは、合理的必要性があるとは認められない。
⇒信託法10条に反する行為と言うべきである。
  解説 信託法10条は、訴訟行為をすることを主たる目的とする信託を禁止。

このような信託を認めると、濫訴のおそれ、弁護士代理の原則を潜脱するおそれがある 
同条が禁止するのは、訴訟行為を主たる目的とする信託であって、たまたま受託者として訴訟行為をさせることがあっても、それが信託の主目的でない場合は無効とはならない。
訴訟を主たる目的とするか否かは、①受託者の職業、②委託者と受託者の関係、③受託者が訴訟を提起するまでの時間的隔たり等、諸般の事情を参酌して実質的に決すべく、また行為の当時を標準として判断すべき。
  民事p24
神戸地裁H28.3.30  
  県立高校男子生徒がいじめにより自殺した事案
  事案 県立高校の男子生徒Aが、同級生Y1~Y3によるいじめ行為を原因として自殺したと主張して、Aの父X1及び母X2が、
Y1らに対して不法行為に基づく損害の賠償を求めるとともに、
同校クラス担任教師Y5が、いじめ行為を発見・防止すべき義務を怠り、
同校校長Y4がY5を監督すべき義務を怠ったため、
あの自殺を防止できなかったと主張

Y1~Y5に対しては不法行為に基づき、
同校を設置するY県に対しては国賠法1条1項に基づき、
損害賠償を求めた。
  判断 世上「いじめ」といわれる行為のうち、「自分より弱い者に対して、一方的に、身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、相手方深刻な苦痛を感じているもの」との定義に該当する場合に限り「不法行為」を構成する。 
Y1らの行為のうち一部のこういについて共同不法行為であると判断。
  Y県は、入学許可処分によって発生する公法上の法律関係に基づく付随義務として、
信義則上、学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護し、安全の確保に配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っており、
かかる義務は、教師が国賠法上負う職務上の注意義務の内容をも構成する。 
かかる法理は学校生活の場におけるいじめ行為にも妥当することを前提に、
具体的な義務の内容として、
本件いじめ行為の存在を認定することが可能であったY5は、本件いじめ行為の存在を具体的に把握して、これを防止し、適切な措置を講ずるべき注意義務(予防・発見義務)を負い、
Y4は、他の教員にいじめ防止のための適切な指導・助言を与え、生徒の生命身体の安全をはかるべき注意義務(指導・助言義務)を負っていたが、
Y5・Y4ともに各注意義務に違反。
  ●Aの自殺との間の条件関係(事実的因果関係)
①Aが、本件いじめ行為を受け続ける中で、自殺以外の解決方法が思い浮かばない心理的な視野狭窄の状態に陥っていたことが推認される
②Aが抱えていた他の問題だけでは直ちに自殺を選択する原因とはなり得ない

Aの自殺は、専ら本件いじめ行為に基因するものとみることに通常人の立場から合理的な疑いを挟む余地はないとして、これを肯定。
Y5及びY4の前記各義務違反とAの自殺との事実的因果関係についても、
①本件いじめ行為の性質、態様等に照らすと、Y5が予防・発見義務を尽くしていたならば、いじめ行為を察知し、然るべき措置を講じることなどにより、Aが自殺に至らなかったであろうことを是認し得る程度の蓋然性が認められる。
②Y4の指導・助言義務が尽くされていれば、Y5も予防・発見義務を尽くしていたものとみるのが自然

いずれも肯定。
  ●Aの自殺による損害との間の相当因果関係 
①Aの自殺は、本件いじめ行為の性質等に照らして特別損害に該当⇒相当因果関係を認めるためにはY1ら、Y5及びY4がAの自殺を予見し得たことが必要。
②本件いじめ行為の態様等のほか、Aの抱えるその他の問題等についてY1ら、Y5及びY4が知る由もなかったことなどの事情

いずれも否定。

Y1ら及びY県の負う損害賠償責任の範囲は、本件いじめ行為によって被ったAの精神的苦痛に対するものにとどまる。
  ①Y県は、安全配慮義務の1内容として、学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係と何らかの関連性がうかがわれる生徒の死亡事故等が発生した場合、遺族対応において、その心情等を著しく傷付けないよう配慮すべき義務(配慮義務)を負う。
②Xらが配慮義務違反であると主張した各行為のうち、Y6が著しく不適切な発言をして配慮義務に違反し、Y4は同校の行使を指導・監督すべき義務を尽くさなかった

Y県に配慮義務違反及び国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を肯定。
  県が債務不履行に基づく損害賠償責任を負う場合であっても、国賠法1条1項に基づく損害賠償を追う場合と同様、公共団体に対し賠償義務が認められれば賠償能力に欠けるところはない⇒公務員個人はその責を負わない。 
  解説 学校事故に関する最高裁昭和62.2.13:
「学校の教師は、学校における教育活動によって生ずるおそれのある危険から児童・生徒を保護すべき義務を負っている」 
  民事p61
さいたま地裁越川支部H28.12.22  
  中学生のいじめによる暴行についての損害賠償請求の事案
  事案 X1及びX1の母X2は、Y10(川越市)が設置する市立中学に在学していたY1、Y4、Y7が、同学年のX1に対し暴行を加え、遷延性意識障害を負わせた

①Y1、Y4、Y7に対し、共同不法行為に基づき、
②前記3名の親権者であるY2、Y3、Y5、Y6、Y8、Y9に対し、監督義務違反を理由として、不法行為に基づき、
③Y10に対し、安全配慮義務違反を理由として、国賠法に基づき、
それぞれ損害賠償を求めた。 
  判断  ●上記①について
  暴行に至る経緯や暴行態様等を認定。Y1、Y4、Y7の加害少年3名は、「タイマン」名下にX1に対し順次暴行を加え、場合によっては共同して暴行を加えることを合意し、かかる合意に基づいてX1に対する暴行を実行。
⇒加害少年3名により一連の暴行とX1の傷害結果についての相当因果関係が認められ、加害少年3名は共同不法行為責任を負う。
●上記②について 
加害少年3名の生活態度、関与した事件及びこれらに対する親権者の指導状況等について認定⇒
①親権者は問題行動について指導を行っており、
②それ以上の措置をとらなければならないような切迫した状態にあったとも認められず、
③X1に対する暴行も予測し得ないものであった。
⇒親権者らの責任を否定。
●上記③について 
中学校の教員が負う注意義務:
学校教育の場自体においてのみならず、これと密接に関連する生活場面においても、生徒に対して、他の生徒からもたらされる生命、身体等に危険が及ぶおそれが具体的に予見される場合には、被害発生を防止すべき注意義務(結果回避義務)を追う。
①教員らは、X1が周囲の生徒から継続的なからかいの対象となっており、このことが暴力を伴う事件いまで発展していたことを認識し得、文科省の発した通知におけるいじめの定義に照らして、これがいじめに当たるものと評価し得た。
②X1と加害少年3名は、いずれも同学年の野球部員であり、学校教育の場と密接に関連する放課後や部活動終了後の帰宅までの間などの生活場面において行動を共にすることが多かった。

教員らは、前記生活場面においても、X1に対するからかいや嫌がらせが暴力を伴う事件にまで発展する事態を予見し得た。
加害少年3名によるX1に対する暴行は、冬休み期間中に学校外の公園で行われたものではあるが、部活動の後、時間を置かず、中学校に近い公園で行われた

学校教育の場と密接に関連する生活場面における事件と評価でき、
教員らにおいても予見可能であった。
教員らのとるべき措置として、いじめに関与した生徒らに対する適切な指導・監督及びX1の母であるX2への働きかけといった具体的な措置を検討した上で、教員らがこうした措置を講じることが可能であり、これによりX1に対する暴行を回避し得たにもかかわらず、教員らは前記措置をとらなかった。
⇒注意義務を怠った過失がある。
①教員らの認識してた事実を前提としてもいじめを認識できた
②X1と加害少年3名との関係等に照らし、暴行を受けるに至ったことにつき、X1、X2に考慮すべき過失があるとは認められない。

Y10らの過失相殺の主張を斥けた。 
●損害について 
在宅介護において不可欠な医療機関との連携について具体的な主張立証がないなど、現段階において在宅介護の蓋然性が著しく低く、これを前提とする介護費用等の損害は相当因果関係が認められない。

将来の介護費用等について、施設入所を前提とする限度でこれをみとめた
  解説 学校の教員が負う注意義務については、
学校における教育活動によって生ずるおそれのある危険から児童・生徒を保護すべき義務を負っている(最高裁)ところ、
その範囲については、学校教育活動及びこれに密接に関連する生活関係に限定されるものと解されている。。
加害少年の親権者らの監護義務違反の有無について、
未成年者が責任能力を有する場合であっても監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めるときは、
監護義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立(最高裁)。
  民事p86
新潟地裁H28.9.30  
  肖像権侵害を理由に、経由プロバイダに対する発信者情報開示請求が認められた事例
  事案 氏名不詳者Aは、平成27年8月、X(平成26年生まれの女性)の画像(本件画像)を添付し、ツイッターに自分の孫娘Bがいわゆる安保法制反対デモに連れて行かれ、熱中症で死亡したとの記事を投稿。
本件画像はXの父親がツイッターに投稿していたもの。
X(法定代理人である両親)は、平成27年9月、Aが本件記事を投稿するに当たって使用したアカウント(本件アカウント)にログインした際のIPアドレス(本件IPアドレス)について、仮に開示することを命じる仮処分命令を受けた。

本件IPアドレスが、いわゆる経由プロバイダであるY会社と管理組合との間でインターネットサービスプロバイダ契約が締結されたマンションにおける共有ルータのグローバルIPアドレスであることが判明。 

Xは、本件記事に本件画像が添付されたことで肖像権を侵害されたと主張し、Y会社に対し、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(プロバイダ責任制限法)4条1項に基づいてAの氏名又は名称、住所及び電子メールアドレスの開示などを求める本件訴訟を提起。
  Yの主張 ①本件画像はすでにウェブサービスで公開されていた⇒肖像権を侵害しない。
②Y会社は本件IPアドレスに係る危機が設置されているマンションの名称及び住所の情報しか保有しておらず、この情報を開示してもAに対する損害賠償請求などの措置を講じることはできない。⇒Xには開示を受けるべき正当な理由はない。
として、同法4条1項1号、2号の要件に該当することを争った。
  判断 ①Xが包括的ないし黙示的に本件画像をこのように公開することを承諾したとは考え難いし、Aにおいても容易に認識できたはず
②不法行為などの成立を阻却する存在をうかがわせる事情が認められない本件では、肖像権が侵害されたことが明らか

プロバイダ責任制限法4条1項1号の要件が認められる。 
本件アカウント、このアカウントを使用した記事から推測されるAの年齢、勤務先などを考慮すると、Y会社が保有するのは本件IPアドレスに係る機器が設置されているマンションの名称及び住所の情報だけであるが、この情報だけでもAに対する損害賠償請求権の行使のために必要。

XにはY会社から開示を受けるべき正当な理由があるとみるのが相当であり、同項2号の要件も認められる。
⇒Y会社にその開示を命令。
  解説 プロバイダ責任制限法4条1項は、同項1号及び2号のいずれにも該当するときは、プロバイダなどの開示関係役務提供者に対する発信者情報の開示請求権を定めている。
立法担当者の解説:
同項1号の「権利が侵害されたことが明らかであるとき」とは、
「権利の侵害がなされたことが明白であるという趣旨であり、不法行為等の成立を阻却する事由の存在をうかがわせせるような事情が存在しないことまでを意味する。」
とされている。
判例は、自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益があると判示(最高裁H17.11.10)。
撮影ないし公表に同意したが、その公表形態、時期、媒体についての同意の範囲、承諾の要否が争点になったものとして、
①メイクのサンプル用に撮影した女性モデルの顔写真がいわゆる出会い系サイトの広告に無断で使用された事例で女性モデルの肖像権侵害を理由とする損害賠償請求を認めた東京地裁H17.12.16
②学生時代に撮影され、雑誌掲載に同意した女性アナウンサーの水着写真が放送局に就職した後に別の雑誌に無断で掲載された事例で女性アナウンサーの肖像権侵害を理由とする損害賠償請求を認めた東京地裁H13.9.5
本件画像のようなウェブサービスで公開されていた画像についても、写真と同様、公表形態、時期、媒体いかんによっては、同意が及ばず、公表に違法性が認められる場合がある。
本判決は、自分の画像を死亡した他人の画像として記事に添付するとの公表形態に着目して、肖像権を侵害したと位置づけ。
  商事p91
東京高裁H28.7.6   
  株式交換の効力発生日後に株式買取請求が撤回された場合
  事案 Y株式会社は、その親会社A株式会社との間で、Yを株式交換完全子会社とする株式交換を行った。
Yの株主であったX1ないしX3は、本件株式交換に反対して株式買取請求をしたが、買取価格の合意には至らず、本件株式交換の効力発生日から60日以内に価格決定の申立てもされなかった。
Xらは、その後、本件各株式買取請求を撤回。
XらがYに対して、
①主位的に、Xらが株式交換完全親会社であるAの株式を取得していると主張⇒Aの株式をXらの指定する証券保管振替機構の口座へ振り返るよう指示すること及びAの配当金の支払を請求
予備的に
②XらがAの株式を取得していることが認められない場合、XらがYの株主であることの確認とYの株主名簿への記載及びYの配当金の支払(予備的請求1)
③主位的請求のうち口座振替指図が認められない場合、これに代わる金員の支払とAの配当金の支払(予備的請求2)
④予備的請求1のうちYの株式であることの確認・株主名簿への記載が認められない場合、これに代わる金員の返還とYの配当金の支払(予備的請求3)
を求めた。
  原審 Xらによる株式買取請求の後、株式交換の効力発生日に買取の効力が生じ、Xらが有していたY株式は同効力発生日に完全子会社Yを経て完全親会社Aに移転
⇒Xらは完全子会社Yの株主にも完全親会社Aの株主にもなることはない。

Xらは完が株式買取請求を撤回したからといってYの株主の地位を回復するものではない

XらがA又はYの株主であることを前提とする上記①~③の各請求を棄却。
①株式交換の効力発生日後に株式買取請求が撤回された場合には、完全子会社には原状回復義務として完全子会社の株式を返還する義務が生じる
but
②完全親会社が完全子会社の株式を取得している

当該義務は履行不能となり、結局、完全子会社は、株式買取請求に係る株式の価格相当額返還義務を負うことになる。

Xらの請求④のうちXらが有してたY株式の価格相当額の支払を求める請求の一部は理由がある。

その金額は、
株式買取請求を撤回した時点においてY株式の現物返還は履行不能であり、株主は金銭債権を取得することになる

撤回時を基準として、その時点におけるY株式の価格相当額を返還すべき。
  判断 原判決のうち、
株式交換の効力発生日後に株式買取請求の撤回があった場合に完全子会社Yは買取請求に係るY株式の価格相当額の金銭を返還する義務を負うことについては支持。
but
YがXらに支払うべき金額は、株式の返還義務が履行不能となったとき、すなわち株式交換の効力発生日を基準として、その時点におけるY株式の価格相当額を返還すべきものと解するのが相当。

Xらによる株式買取請求の撤回時でではなく本件株式交換の効力発生日に最も近く市場取引最終日のY株式の終値にXらの各持株数を乗じた金額の支払をYに命じた。
株式買取請求権の撤回時を基準(原審)
vs.
①株式交換に反対して株式買取請求をした者において、株式交換の効力が発生して完全親子会社の関係が生じた後、価格決定の申立てが可能な60日間の様子を見た上で、親会社の株価が上昇傾向を示した場合には価格決定の申立てをしないで買取請求を撤回し、一方、親会社の株価が下落傾向となった場合には価格決定の申立てをして株式買取請求日の評価による買取価額を得ようとするといった対応が可能になる
②これは、会社法が株式買取請求をした者に対して合意によるかあるいは裁判所による適正買取価格の決定に従わせようとしている趣旨に反し、恣意的に利益獲得を認めることにつながり、
③株式交換に反対してこの会社から撤退しようとした者に対し、完全親子関係の創設によって生じた利益を得させることにもつながる
もので相当でない。
  知財p96
知財高裁H28.11.30  
  不正競争防止法2条1項3号の「他人の商品」該当性
  事案 控訴人(一審原告)らは、試験管用の加湿器を共同で開発したプロダクトデザイナー。控訴人加湿器1を平成23年11月に国際展示会へ、控訴人加湿器2を平成24年6月に国際見本市へ、それぞれ出展し、平成27年1月5日頃から、控訴人加湿器3を販売。
被控訴人は、生活雑貨の輸入等を業とする株式会社であり、平成25年に試験管用の加湿器(被控訴人商品)を中国から輸入し、国内の各取引先に販売。 
控訴人らが、被控訴人に対し、
①被控訴人商品が控訴人加湿器1・2の形態を模索したもの⇒不正競争防止法違反(不正競争防止法2条1項3号)に基づいて被控訴人製品の輸入、販売等の差止め等を、
②控訴人加湿器1・2は美術の著作物(著作権法10条1項4号)に当たり、被控訴人商品はこれを複製・翻案したもの⇒著作権に基づいて被控訴人商品の輸入、販売等の差止め等を
求めた。
  規定 不正競争防止法 第2条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
三 他人の商品の形態(当該商品の機能を確保するために不可欠な形態を除く。)を模倣した商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、又は輸入する行為
不正競争防止法 第19条(適用除外等)
第三条から第十五条まで、第二十一条(第二項第七号に係る部分を除く。)及び第二十二条の規定は、次の各号に掲げる不正競争の区分に応じて当該各号に定める行為については、適用しない。

五 第二条第一項第三号に掲げる不正競争 次のいずれかに掲げる行為
イ 日本国内において最初に販売された日から起算して三年を経過した商品について、その商品の形態を模倣した商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、又は輸入する行為
  原審 控訴人加湿器1・2は、いずれも、市場における流通の対象となる物とは認められない⇒不正競争防止法2条1項3号にいう「商品」に当たらない。 
両加湿器は、いずれも、美的鑑賞の対象となり得るような創作壊死を備えていると認めることはできない⇒著作物に当たらない 
  判断  ①「他人の商品」(不正競争防止法2条1項3号)に該当するためには、「商品化」を完了していれば足り、その商品化といえるためには、商品としての本来の機能が発揮できるなど販売を可能とする段階に至っており、かつ、それが外見的に明らかになっている必要がある。
②商品展示会に出展された商品は、特段の事情がない限り、開発、商品化を完了し、販売を可能とする段階に至ったことが外見的に明らかになった物品であるとして認められる。
③保護期間(不正競争防止法19条1項5号ロ)の始期は、開発商品化を完了し、販売を可能とする段階に至ったことが外見的に明らかになった時。

被控訴人商品は控訴人加湿器1・2を模倣したものであるから、不正競争防止法所定の保護期間内にされた被控訴人商品の輸入は不正競争に当たる。
but
口頭弁論終結時点では前記保護期間は既に経過している。
控訴人加湿器1・2は美術の著作物とは認められない。
  解説 ●「他人の商品」について 
本判決:
①商品開発者の保護という法的要請と、②取引の安全性という社会的要請の両要請に鑑みて、保護に値する投資の地度とその外部からの観察可能性という観点

「他人の商品」(不正競争防止法2条1項3号)に該当するためには、「商品化」を完了していれば足り、その商品化といえるためには、商品としての本来の機能が発揮できるなど販売を可能とする段階に至っており、かつ、それが外見的に明らかになっている必要がある。
試作品段階のものが保護の対象とはしていない。
サンプル出荷できる段階では商品化を終えていると説示するもの(東京地裁H16.2.24)
  ●「最初に販売された日」について 
本判決:
法文の用語からは若干離れるものの、
①先行開発者の保護と後行開発者の利益とのバランスを取ろうとした保護期間の規定の趣旨や
②知的財産法の法体系との整合性

保護期間(不正競争防止法19条1項5号ロ)の始期は、開発商品化を完了し、販売を可能とする段階に至ったことが外見的に明らかになった時。
  ●応用美術品の著作物性について 
「応用美術」という用語には、明確な定義がない。
主に想定されているのは、量産される実用品に用いられている美観(形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合)であr、これを「美術の著作物」(著作権法10条1項4号)又は「著作物」(同法2条1項1号)として、著作権法で保護できるのかという問題。
本判決:
応用美術が著作物性を認められるためには、個性の発露があり、また、美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備える必要があると判断。
but高度の創作性は要しない。

控訴人らのスティック型加湿器については、個性の発露が認められない⇒著作物性を否定。
  刑事p112
福岡高裁H28.12.20
  特殊詐欺事件の受け子と詐欺の未必的故意(肯定)
  事案 被告人が氏名不詳者を含む複数の者と共謀して、高齢者を電話で騙し、指定するアパートの一室に現金を送らせようとしたが、不審に感じた被害者が警察に通報したため未遂に終わった。
~現金送付型の特殊詐欺事案。
被告人は「受け子」で、被害者を騙す行為が終了した後に犯行に加わったと認定。
  主張 荷物(書類)の受領という適法行為を頼まれただけで、故意がない。 
  原審 特異な状況における荷物の受領(共犯者の後輩なる面識のない者の自宅に、夜間、夕食もとらずに1人で待機し、他人宛ての荷物を受領するというもの)⇒被告人は荷物の中味が何らかの違法な行為に関わる物である可能性を当初から認識していたとして、「何らかの違法な行為に関わるという認識」はあった。
but
「詐欺に関与するものかもしれないとの認識」までは認められない。
⇒未必的故意も否定し、無罪。 
  主張 「騙されたふり作戦」(騙されていることに気付いた、あるいはそれを疑った被害者側が捜査機関と協力の上、引き続き犯人側の要求どおり行動しているふりをして、受領行為等の現場に警察官が臨場)、かつ、騙されているのに被害者が気付く前に被告人と他の共犯者らとの共謀が成立したとは認定できない
⇒被告人については詐欺の実行行為を認定できない。 
  判断・解説  ●詐欺の故意
  本件のように特異な状況において荷物を受領する場合、そのような行為態様から通常想定される違法行為の類型には、本件のような特殊詐欺が当然に含まれる。

受領行為につき「何らかの違法な行為に関わるという認識」さえあれば、特段の事情がない限り、本件のような特殊詐欺につき規範に直面するのに必要十分な事実の認識があったとものと解され、同行為が「詐欺に関与するものかもしれないとの認識」があったと評価するのが社会通念に適い相当。

特異な状況における受領行為であること自体が「詐欺に関与するものかもしれないとの認識」を基礎づける重要な事実であるとしている。 
覚せい剤の密輸入等につき、「覚せい剤を含む身体に有害で違法な薬物類であるとの認識があったというのであるから、覚せい剤かもしれないし、その他の身体に有害で違法な薬物かも知れないとの認識はあった」として故意を認めた最高裁H2.2.9.
but
「身体に有害で違法な薬物類」に覚せい剤が含まれることには異論がないのに対し、特異な状況における受領行為であることから特殊詐欺の認識を導き出すには、本判決も言及するような「社会通念」を介在させる必要がある。
また、仮に、荷物の中身につき違法薬物やけん銃等の法禁物であると認識しており、詐欺に係る現金であるとは思わなかった旨主張された場合の処理も問題。
福岡高裁宮崎支部H28.11.10:
1か月間に約20回、異なるマンションの空室で、異なる名前を使い他人になりすまして荷物を受け取っていた被告人につき、
①犯行時、報道等により、「空室利用送付型詐欺」が社会に周知され浸透し社会常識となっていたとはいえない旨の認定を重視、
②違法薬物かけん銃等の法禁物であると思っていたとの弁解を排斥する根拠もない

同未遂につき有罪とした原判決を破棄。
  ●「騙されたふり作戦」の実施について
①詐欺の承継的共同正犯を肯定することを暗黙の前提として、交付された財物を受領する行為もまた詐欺の実行行為
②本件受領行為の実行行為性(危険性)の有無につき、不能犯における判断手法を用い、その中でもいわゆる具体的危険説に立ち、
これを肯定。
名古屋高裁H28.9.21:
単独犯で結果発生が当初から不可能な場合という典型的な不能犯の場合と、結果発生が後発的に不可能となった場合の、不可能になった後に共犯関係に入った者の犯罪の成否は、結果に対する因果性といった問題を考慮しても、基本的に同じ問題状況にあり、全く別に考えるのは不当である。
本判決:
不能犯の判断の際に仮定される「一般通常人」につき、「当該行為の時点で、その場に置かれた一般通常人」であるとして、行為者の立場に置かれた者とすべきである旨明示
     
  2337
  行政p3
最高裁H28.12.8  
  騒音を理由とする自衛隊航空機の運航差止訴訟
  事案 海上自衛隊及びアメリカ合衆国海軍が使用する厚木海軍飛行場の周辺に居住するXらが、自衛隊及びアメリカ合衆国軍隊の使用する航空機の発する騒音により精神的及び身体的被害を受けている

国を相手方として、行政事件訴訟法に基づき、
主位的には、厚木基地における毎日午後8時から午前8時までの間の運航等に係る差止めを
予備的には、これらの運行による一定の騒音をXらの居住地に到達させないこと等を求めた事案。

予備的請求に係る訴えは、主位的請求に係る訴えと実質的に同内容のものを公法上の当事者訴訟の形式に引き直して提起。
  経緯 厚木基地の周辺住民は、これまでも本件飛行場からの騒音被害を理由として、自衛隊機の運行差止め等を求める訴えを提起していたが、これらはいずれも民事訴訟として提起。
最高裁H5.2.25:
民事上の請求として自衛隊機の離着陸等の差止め及び自衛隊機の騒音の規制を求める訴えについて、
このような請求は、必然的に防衛庁長官に委ねられた自衛隊機の運航に関する権限の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含

行政訴訟としてどのような要件の下にどのような請求をすることができるかはともかくとして、(民事上の訴えとしては)不適法である旨を判示。 
  1審 ●自衛隊機運航差止請求に係る訴えについて:
法定抗告訴訟としての差止めの訴え(行訴訟3条7項、37条の4)にはなじまないが、
無名抗告訴訟(抗告訴訟のうち行訴法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されていないもの)として適法。 
防衛大臣は、毎日午後10時から午前6時まで、やむを得ないと認める場合を除き、自衛隊機を運航させてはならないとする限度で一部認容。
(予備的請求に係る訴えについては、いずれも不適法であるとして却下。)
●米軍機運航差止請求に係る訴えについて:
本件飛行場の使用許可という存在しない行政処分の差止めを求めるもの⇒不適法で却下。
予備的請求については、これを棄却し又は訴えを却下。
  原審 ●自衛隊機運航差止請求に係る訴えについて:
法定広告訴訟としての差止めの訴えの訴訟要件である「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる。
防衛大臣は、平成28年12月31日までの間、やむを得ない事由に基づく場合を除き、本件飛行場において、毎日午後10時から午前6時まで、自衛隊機を運航させてはならないとする限度で一部認容すべきものと判断。
(予備的請求に係る訴えについては、いずれも不適法であるとして却下。)
  米軍機運航差止請求に係る訴えについては、一審と同旨。
  判断 原判決中、自衛隊機運航差止請求に係る国の敗訴部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消してXらの前記請求をいずれも棄却。
(予備的請求に係る訴えのうち、原判決に前記請求の認容部分と予備的併合の関係にある部分は、いずれも不適法であるとして却下。)
米軍機に係る請求に関するXらの上告について、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除⇒これを棄却。
  規定 行訴法 第3条(抗告訴訟)
7 この法律において「差止めの訴え」とは、行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟をいう。
行訴法 第37条の4(差止めの訴えの要件)
差止めの訴えは、一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り、提起することができる。ただし、その損害を避けるため他に適当な方法があるときは、この限りでない。

5 差止めの訴えが第一項及び第三項に規定する要件に該当する場合において、その差止めの訴えに係る処分又は裁決につき、行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるときは、裁判所は、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずる判決をする。
  解説 ●行訴法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があるとの要件
行訴法の平成16年改正⇒法定抗告訴訟の新たな類型として創設された差止めの訴え(行訴法3条7項、37条の4)
~処分又は裁決がされることにより「重大な損害が生ずるおそれがある場合に限り」提起することができるものとされている(行訴法37条の4第1項)。

差止めの訴えは、取消訴訟と異なり、処分等がされる前に、行政庁がその処分等をしてはならない旨を裁判所が命ずることを求める事前救済のための訴訟

そのための要件は
①国民の権利利益の実効的な救済の観点を考慮するとともに、
②司法と行政の役割分担の在り方を踏まえた適切なものとする必要

事前救済を求めるにふさわしい救済の必要性がある場合に限り認めるのが適当。
「重大な損害を生ずるおそれ」があるの要件の判断基準:
最高裁H24.2.9:
処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、
①処分がされた後に取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができものではなく、
②処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なもの
であることを要する。

差止めの訴えの制度創設の趣旨に沿って、事後救済の争訟方法との関係を踏まえ、差止めの訴えの適法性を基礎付ける事前救済の必要性の有無を判定する上での一般的な判断基準を示したもの。
本判決:
①本件飛行場の航空機騒音による被害の性質及び程度
②そのような被害を反復継続的に受け、蓄積していくおそれがあることによる損害の回復の困難の程度等

Xらに生ずるおそれのある損害は、事後の方法により容易に救済を受けることができるものとはいえない。

自衛隊機の運行の内容、性質を勘案しても、Xらの自衛隊機運航差止請求に係る訴えは、「重大な損害を生ずるおそれ」があるとの要件を満たす。
●行訴法37条の4第5項の差止めの訴えの本案要件について
行訴法37条の4第5項は、
裁量処分に関しては、行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに差止めを命ずる旨を定める

個々の事案ごとの具体的な事実関係の下で、当該処分をすることが当該行政庁の裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることを差止めの本案要件とするもの。
行政裁量に対する司法審査に当たっては、法が処分を行政庁の裁量に委ねるものとした趣旨、目的、範囲は一様ではない⇒これに応じて裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法とされる場合もそれぞれ異なる⇒当該処分ごとに検討すべき。
本判決:
自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使の内容や性質等について検討。
前記権限の行使が裁量権の範囲を超え又はその濫用と認められるか否かについては、それが防衛大臣に委ねられた広範な裁量権の行使としてされることを前提として、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められるか否かという観点から審査を行うのが相当。
その検討に当たっては、当該飛行場において継続してきた自衛隊機の運航やそれによる騒音被害等に係る事実関係を踏まえた上で、当該飛行場における自衛隊機の運航の目的等に照らした公共性や公益性の有無及び程度、前記の自衛隊機の運航による騒音により周辺住民に生ずる被害の性質及び程度、当該被害を軽減するための措置の有無や内容等を総合考慮すべきものである。
前記権限の行使に関する防衛大臣の裁量が広範なものである。

防衛大臣は、我が国の防衛や公共の秩序の維持等の自衛隊に課せられた任務を確実かつ効率的に得遂行するため、自衛隊機の運航に係る権限を行使するものと認められるところ、
その権限の行使に当たっては、わが国の平和と安全、国民の生命、身体、財産等の保護に関わる内外の情勢、自衛隊機の運航の目的及び必要性の程度、同運航により周辺住民にもたらされる騒音による被害の性質及び程度等の諸般の事情を総合考慮してなされるべき高度の政策的、専門技術的な判断を要することが明らか。
前記の裁量審査に当たっては、自衛隊機の運航の公共性や公益性の有無及び程度のみならず、その騒音により周辺住民に生ずる被害の性質及び程度、被害軽減措置の有無や内容等についても総合考慮すべきもの。

自衛隊機の運航にはその性質上必然的に騒音の発生を伴うところ、自衛隊法107条1項及び4項は、航空機の運航の安全又は航空機の航行に起因する障害の防止を図るための航空法の規定の適用を大幅に除外しつつ、同条5項において、防衛大臣は航空機による災害を防止し、公共の安全を確保するため必要な措置を講じなければならない旨を定めていることなど、自衛隊機の運航の特殊性及びこれを踏まえた関係法令の規定の趣旨を考慮。
本件飛行場において継続してきた自衛隊機の運航やそれによる騒音被害等に係る事実関係

①前記運航には高度の公共性、公益性があるものと認められる
②Xらに生ずる被害は軽視できないものの、これらの被害の軽減のため、自衛隊機の運航に係る自主規制や周辺対策事業の実施など相応の対策措置が講じられていること
等の事情を総合考慮

本件飛行場において、将来にわたり前記運航が行われることが、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認めることは困難。

原判決とは異なり、前記権限行使がその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに当たるということはできない。
Xらが、本件訴えと並行して、国に対し、本件飛行場の航空機騒音につき国賠法2条1項に基づく損害賠償を求める民事訴訟を提起し、同民事訴訟においては、Xらの損害賠償請求が一部に認容。
  ●小池裁判官の補足意見: 
「重大な損害を生ずるおそれ」があるとの要件判断について、
自衛隊機の離着陸に係る運航を行政処分と捉えると、離着陸に伴い処分が完結
⇒事後的に取消訴訟等による救済を得る余地は認め難い。
自衛隊機運航請求に係る本案要件の有無について:
①自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使は、あらかじめ一定の必要性、緊急性等に関する事由によって判断の範囲等を客観的に限定することが困難な性質を有し、防衛大臣の広範な裁量に委ねられている
②自衛隊の任務を遂行する中で、前記権限行使によって国民全体に関わる利益を守ることと騒音被害の発生という不利益を回避することは、その対応と調整に困難を伴う事柄であり、具体的な対応については、関連する状況の内容、程度等に応じて様々な態様をとるべきものであること
③前記の2つの要請が作用する中で、本件飛行場において相応の被害軽減措置を講じつつ自衛隊機を運航する行為が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものと認めることは困難であること
を指摘。
  行政p12
東京地裁H28.8.30 
  精神保健指定医の指定取消処分が争われた事例
  事案 精神保健指定の指定を受け、A大学病院に神経精神科の医長として勤務していた医師である原告が、本件病院に勤務する医師が指定医の指定の申請に際して提出した虚偽の内容の書面に確認の証明文を付す指導医として署名

処分行政庁から、平成27年6月19日付で指定医の指定の取消処分を受けるとともに、
同年10月1日付で、同月15日から同年12月14日までの期間医業の停止を命ずる処分を受けた

処分行政庁の所属する国を被告として、本件指定取消処分及び本件医業停止処分がいずれも処分要件を充足せず、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用してされた違法なものであり、手続上も違法

前記各処分の取消しを求めるとともに、国賠法1条1項に基づき、前記各処分につきそれぞれ100万円の損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた。 
  争点 ①本件指定取消処分該当性の有無及び処分選択の適否
②本件指定取消処分の手続上の違法事由の有無
③本件医業停止処分の取消しを求める訴えの利益の有無
④本件医業停止処分の処分事該当性の有無及び処分選択の適否
⑤本件医業停止処分の手続上の違法事由の有無
  判断 ●争点①について
指定医の申請者への指導、ケースレポートの内容の確認が、精神保健及び精神障碍者福祉に関する法律(「精神福祉法」)19条の2の定める「職務」に当たる。
同項の「その職務に関し著しく不当な行為を行ったときその他指定医として著しく不適当と認められるとき」に該当するか否か、指定の取消し又は職務の停止のいずれの処分を選択するかは、法令上具体的な基準が定められていない

厚生労働大臣の合理的裁量に委ねられている。

原告が、ケースレポートを作成する申請者に対する指導・確認を怠ったことに基づき、精神保健医としての指定を取り消したことは適法。
  ●争点②について 
聴聞の通知を受けた医師が聴聞の期日までの間に本件病院の他の医師ら等の関係者と通謀して証拠隠滅工作等を行う可能性を想定し、本件聴聞期日の2日前に同送付書を送付したことには合理的な理由があった
⇒手続的違法はない。
  ●争点③について 
処分を受けたことを理由とする不利益な取扱いを定める法令の規定がある場合に、当該者が将来において前記の不利益な取扱いの対象となる規定があるときは訴えの利益があるが、
処分を受けることを理由とする将来の処分における情状として事実上考慮される可能性があるにとどまる時は、法律上の利益があるとはいえない。
⇒本件訴えは訴えの利益がなく、不適法。
  ●争点④について 
医師法7条2項の規定は、医師に同項の引用する同法4条各号の欠格事由があった場合に、厚生労働大臣が、当該医師に対し、医師免許の取消し、3年以内の医業の停止又は戒告の処分をすることができる旨を定めているところ、いかなる処分をなすかは厚生労働大臣の合理的裁量に委ねられている。

原告が、ケースレポートを作成する申請者に対する指導・確認を怠ったことについて、2か月間の医業停止処分をしたことは適法。
  ●争点⑤について 
理由提示、弁明の機会の付与について手続上の違法はない。
  解説  ●争点①について
  精神福祉法19条の2第2項は、指定医の指定の取消し又は職務の停止に係る処分事由として、
「その職務に関し著しく不当な行為を行ったときその他指定医として著しく不適当と認められるとき」を挙げている。

平成11年の改正により、指定の取消しに加えて、期間を定めてその職務の停止を命ずることができるという規定が設けられたもの。
  厚生労働大臣がその裁量権の行使としてした処分は、それが社会観念上著しく妥当性を欠いており、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと認められる場合でなければ違法とはならない(最高裁昭和63.7.1)。
but
平成9年6月27日の公衆衛生審議会精神保健福祉部会における「精神保健指定医の取消しについて」という資料では、
職務に関し著しく不当な行為を行ったときの例として、
主として患者の人権侵害があった場合を挙げており、行政規則の裁量基準に準じた位置づけを有していた可能性がある。

申請者がケースレポートを作成する際の指導・確認を原告が怠ったことについて、職務の停止ではなく、指定の取消しをしたことは、比例原則に照らし、やや重すぎるのではないか(いったん保険医の指定を取り消されると、5年間は再登録ができないという事情があるようである。)との見解もあり得る。
  ●争点②について 
行政手続法の定める聴聞手続(同法13条)は、処分の公正の確保と処分に至る行政手続の透明性の向上を図り、当該処分の名宛人となるべき者の権利利益の保護を図る観点から、処分の原因となる事実について、その名宛人となるべき者に対して防御の機会を保障する趣旨のもの。

同法15条1項にいう聴聞の通知から期日までの「相当な期間」は、不利益処分の内容や性質に照らして、その名宛人となるべき者が防御の機会を準備するのに必要な期間とみるのが相当であり、
同項1号及び2号所定の通知事項である「予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項」及び「不利益処分の原因となる事実」については、不利益処分の名宛人となるべき者にとって、その者の防御権の行使を妨げない程度に、行政庁がどのような事実を把握しているかを認識できる程度の具体性をもって具体的事実が記載されていることが必要。
本判決は、防御の機会を与え、審議を尽くす利益よりも、証拠隠滅の防止の利益の方が優先するとし、聴聞会の2日前に通知書を発し前日に届いた措置を適法とした。
~証拠状況によっては、異なる判断もあり得たであろうし、異論もあり得る。
  ●争点③について 
処分の効果が期間の経過その他の理由によりなくなった場合には、当該処分を受けた者がその取消しを求める訴えの利益は失われるのが原則。
but
当該者がその場合においてもなお処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有するときは、その取消しを求める訴えの利益は失われない(行訴法9条1項括弧書き)。
そして、処分を受けたことを理由とする不利益な取扱いを定める法令の規定がある場合に、当該者が将来において前記の不利益な取扱いの対象となる規定があるときは訴えの利益がある。
but
処分を受けることを理由とする将来の処分における情状として事実上考慮される可能性があるにとどまる時は、法律上の利益があるとはいえない(最高裁昭和55.11.25)。
精神福祉法19条の2第1項が
「指定医がその医師免許を取り消され、又は期間を定めて医業の停止を命ぜられたときは、厚生労働大臣は、その指定を取り消さなければならない」としている。

医業の停止が保険医の指定の取消事由になることが法定されている以上、処分を受けたことを理由とする不利益な取扱いを定める法令の規定がある場合に当たる可能性がありえる。
本件で、保険医の指定の取消しは医業の停止よりも前になされているため、直接の処分理由とはされていないが、不利益な取扱いを定める法令の規定自体は存在すると考えることも可能。
  行政p29
津地裁H28.12.8  
  自宅に隣接した場所に折り畳み式ゴミボックスを設置された住民の道路占有許可処分の取消しを求める原告適格(否定)
  事案 自宅に隣接した場所に折り畳み式ゴミボックスを設置された住民が、本件ゴミボックス設置を許可した道路占有許可処分の取消しを求める原告適格があるのか否かが問題となった事案。 
Xが取消の理由としているのは、
①本件ゴミボックスの設置により、Xは交通上の危険にさらされており、安全な交通環境等で生活する利益を侵害された
②Xは自宅敷地の利用を制限され自宅敷地の市場価値も下落する
  争点 Xに本件処分の取消しを求める原告適格があるのか否か 
  規定 行訴法 第9条(原告適格)
処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。
2 裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。
  判断 道路法が道路の占有について制限を設けた趣旨及び目的は、道路の構造を保全し、交通の障害を防止することによって、広く一般的公益を保護することにあり、同規定において考慮されている利益は、一般に道路を利用する者が共通して持つ一般的な利益であり、当該道路近隣の居住者の利益の保護は、前記一般的公益の保護の結果として、反射的に実現されるにすぎない。 
道交法についても、当該道路の近隣の居住者の利益保護は、道路における危険が防止され、円滑な交通が保たれるという一般的な利益が確保される結果として、反射的に実現されるにすぎない。
以上のような道路法32条、道交法77条の各規定の趣旨及び目的、これらの規定が道路占有許可、道路使用許可を通じて保護しようとしている利益の内容及び性質を考慮
⇒本件設置場所に隣接して居住するXの安全な交通環境等の生活上の利益及び財産権が一般的な利益以上に個別具体的な利益として保護されているとはいえない。

Xの本件処分の取消しをもとめる原告適格はない。
  解説 行訴訟9条1項の「」法律上の利益を有する者 について、法律上保護された利益説。
①処分行政庁B社に対してしたガス管の埋設を目的とする道路占有許可処分の取消訴訟で、原告的確を肯定したが請求を棄却した事案。
②墓地経営許可処分がされた土地の周辺住民のうち、違法な墓地経営に起因する周辺の衛生環境悪化により健康又は生活環境の著しい被害を直接に受けるおそれのあるものには原告適格があるとした事例。
③産業廃棄物処理施設付近に居住する住民が施設設置許可処分の取消訴訟の原告適格を肯定した事例。
④成田空港への航空機燃料輸送暫定パイプライン埋設のための道路占有許可処分をしたところ、住民からの取消訴訟について原告適格を否定した事例、
⑤道路法92条の不用物件の管理者がした使用承諾処分により営業上重大な支障を被った第三者の取消訴訟について原告適格を肯定した事例。
  民事p34
最高裁H29.4.6  
  定期預金債権・定期積金債権の相続による分割(否定)
  事案 亡Cの共同相続人の1人であるXが、亡Cが信用金庫であるYに対して有していた普通預金債権、定期預金債権及び定期積金債権(本件預金等債権)を相続分に応じて分割取得したと主張⇒Yに対し、その法定相続分相当額の支払等を求めた
亡きCのその他の相続人であるA等がYに補助参加 
  原審 本件預金等債権は当然に相続分に応じて分割される⇒Xの請求を一部認容 
  判断 共同相続された定期預金債権及び定期積金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない。 
  解説  共同相続された普通預金債権が相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるものでない(最高裁H28.12.19)。 
平成28年大法廷決定は、ゆうちょ銀行の定期預金債権についても同様の結論となることを判示しており、この考え方はゆうちょ銀行以外の金融機関の定期預金・定期貯金にも及ぶものと考えられていた。
一部支払が可能である旨の特約は、定期預金の基本的性質を変更するものではない。
定期積金:期限を定めて一定金額の給付を行うことを約して、定期に又は一定の期間内において数回にわたり受け入れる金銭(銀行法2条3項) 
定期積金契約とは、金融機関が、あらかじめ一定の期間を定め、一定の期日に所定の金額の掛金を受け入れ、満期時に掛金総額と給付補填金を合計した一定の金額(給付金)を給付する諾成の有償片務契約であるが、その私法的性質において預金と区別する理由に乏しいとされている。
定期積金における給付補填金は、預金の元本に相当する掛金総額に加算して給付される金額⇒経済的には預金の利子と同じ実質を有する。
相続開始と同時に当然に分割されるか(共同相続人全員の同意の有無にかかわらず遺産分割の対象となるか)という点について定期積金債権と定期預金債権と区別する理由はない。
原告が相続により取得したと主張する分割単独債権について給付を求める訴訟を提起⇒原告の請求は棄却。
(給付の訴えにおいては、自らがその給付を請求する権利を有すると主張する者に原告適格がある(最高裁))
この場合の請求棄却判決の既判力は、原告と他の共同相続人との準共有債権を訴訟物とする訴訟には及ばないものと解される。
(不動産について原告が所有権を有しない旨の確定判決の既判力が原告の共有持分権を訴訟物とする訴訟に及ぶのとは異なり、前訴と後訴の訴訟物の間に内包関係がない。)
原告が他の共同相続人と準共有する債権について給付を求める訴訟を提起する場合、1個の物を共有する数名の者全員が共同原告となり、共有権(その数名が共同して有する1個の所有権)に基づきその確認を求める訴訟(最高裁昭和46.10.7)と同様に、固有必要的共同訴訟となるものと解される。
本判決は、平成28年大法廷決定の直接の射程の外にあった定期預金及び定期積金についても同じ法理が妥当することを示したもの。 
  民事p39
千葉地裁松戸支部H28.3.25  
  自己破産申立代理人の不法行為責任(財産散逸防止義務違反)
  事案 A社(代表取締役B)は、弁護士法人であるY1に自己破産の申立を委任し、Y1の社員であるY2が担当。
Xが破産管財人に選任された。
  ①Y2がA社の財産からBに対し役員報酬等として115万8220円を支払うなどしたこと、②破産申立ての弁護士報酬として相当金額を250万円を上回る金銭及びゴルフ預託金回収の弁護士報酬として800万円をY1に入金したことは、破産申立代理人として負うべき財産散逸防止義務に違反しており、不法行為に該当。

Xが、Y1に対しては、弁護士法30条委の30第1項、会社法600条に基づいて、
Y2に対しては、民法709条に基づいて、
それぞれ損害金合計1165万8220円の支払を求めた事案。
Y2がXに対して、XのYらに対する前記損害賠償請求の訴えの提起等が不法行為に該当すると主張して、慰謝料30万円の支払を求める訴えを提起。
  判断 債務者から破産申立てを受任した弁護士(弁護士法人)は、破産制度の趣旨に照らし、破産管財人に引き継がれるまで債務者の財産が散逸することのないよう、必要な措置を取るべき法的義務(財産散逸義務)を負い、この義務に違反して破産財団を構成すべき財産を減少・消失させたときは、不法行為を構成するものとして、破産管財人に対し、損害賠償責任を負う。
Y2がA社の財産からBに支払うなどした115万円は、本件委任契約以降破産開始手続申立てまでのBの職務執行の対価である報酬と認めるのが相当であり、一般破産債権にすぎない取締役の報酬債権の支払は偏頗弁済に当たり、破産財団を構成すべき財産の減少を招いた。

Y2がA社の財産からBに支払うなどした金銭の内前記115万円を含む115万8220円について、Y2の不法行為が成立。
●  破産申立代理人が破産者から支払を受ける弁護士報酬は、破産手続においては、役務の提供と合理的均衡を失する場合、合理的均衡を失する部分の支払行為は、破産債権者の利益を害する行為として否認の対象となり、その支払を受領することは破産財団を構成すべき財産を減少させたもの。
具体的な弁護士報酬の額が役務の提供と合理的均衡を失するか否かの判断は、客観的な弁護士報酬の相当額との比較において行うのが相当であり、
事件の経済的利益、事案の難易、弁護士が要した労力の程度及びその時間その他の事情を考慮し、日弁連が定めた旧日弁連報酬基準、弁護士の報酬に関する規程等も斟酌し、総合的に勘案すべき。
本件委任契約における前記諸事情を斟酌すると、本件委任契約の弁護士報酬相当額は200万円を上回ることはない⇒弁護士報酬450万円のうち200万円を超える部分は、Y2の役務の提供と合理的均衡を失する
⇒Y2がその部分をY1に入金したことについて、不法行為が成立。
ゴルフ預託金回収の弁護士報酬相当額は、前記諸事情を斟酌すると、530万円を上回ることはない。
⇒弁護士報酬800万円のうち530万円を超える部分は、役務の提供と合理的均衡を失するものであり、Y2がその部分をY1に入金したことについて、不法行為が成立。 
ゴルフ預託金を全額又はこれに近い金額回収することは通常容易ではなく、Y2はゴルフ預託金2100万円のうち1600万円を回収しており、破産申立て代理人としては可及的速やかに破産手続開始申立てを行うことが望ましいものの、ゴルフ預託金の回収行為が当然に財産散逸防止義務違反になるとまでは言い難い。
⇒弁護士報酬800万円全額についての不法行為の成立は認めなかった。 
  解説 労働者に対する給与等は破産手続開始後は財団債権となる⇒その支払は破産財団を構成すべき財産を減少させるものとはいえない。
but
代表者の報酬は一般の破産債権にすぎない⇒その支払は他の破産債権者との関係で偏頗弁済に当たる。 
弁護士報酬の支払について否認権の行使が認められた裁判例はあるが、本件では、否認権の行使ではなく、不法行為に基づく損害賠償として請求。
  民事p49
京都地裁H28.2.18  
  福島第一原発事故により自主避難した原告の損害賠償請求
  事案 福島第一原発事故⇒
自主避難等対象区域(中間指針等に基づくもの)内の自宅から家族で自主避難した原告らが、福島第一原発を設置・運営するY(東京電力)に対し、本件事故の結果、X1らが自宅から避難せざるを得なくなった上、X1(父)が精神疾患に罹患し、X1(父)及びX2(母)は就労が出来なくなった

原賠法3条1項に基づいて、
X1は自主避難に伴う費用、通院に伴う費用、休業損害、慰謝料等、
X2は休業損害、慰謝料等
X3~X5は、慰謝料等
の損害賠償を求めた。
  争点 本件事故と相当因果関係の認められるX1らの損害の範囲
①避難先で起業が奏功しなかったため更に転居したことが自主避難として合理的であり、これによってX1に生じた損害につきYが賠償責任を負うか
②自主避難を継続する合理性が認められる期間
③本件事故とX1の精神疾患の発症との相当因果関係の有無
④本件事故がX1の精神疾患の発症に寄与した度合い
⑤本件事故と相当因果関係のあるsン買いは、中間指針等により示された損害に限られるか
  判断 ●争点①について
X1らが当該転居の主な理由とする避難先で起業を計画したその見通しが立たなかったことについて:
①起業は自主避難者としての合理的行動とはいえない
②起業が奏功しなかった責任は本来的に当人に帰すべきものである
⇒特段の事情のない限り合理的な理由とはいえない。
③本件では同事情は認められない。

再度の転居の理由についても、合理性は認められない。
  ●争点②について 
①政府の要請に基づき設置されたワーキンググループの報告書をはじめとした低線量被ばくの危険性に関する科学的知見等を根拠に、年間20mSvを下回る被ばくが健康に被害を与えるとは認められない
②同知見の内容、その周知状況、自主避難等対象区域内のX1らの自宅所在地付近の放射線量の推移、本件における主張関係等を考慮

平成24年8月31日(中間指針等に基づき、18歳以下及び妊娠していた者につき、Yが精神的損害等を賠償する対象期間の終期)以降、X1らが自主避難を続けることに合理性は求められない。
  ●争点③について 
PTSDについては、
本件事故が原因で同疾患に罹患したという医師の診断書を排除。
PTSDの診断基準を満たすとは認められない
⇒本件事故との因果関係を否定。
うつ病については、精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会が報告している具体的な出来事に係る心理的負荷の強度を掲げた上で、
本件事故に起因してX1は種々のストレス要因にさらされた
⇒本件事故との因果関係を肯定
  ●争点④について 
X1のうつ病の悪化については、自主避難者の行動として合理性を欠くX1の様々な行動等に伴うストレスが相当程度寄与

民法722条2項類推適用により、うつ病に伴う損害の賠償責任を減じている。
  ●争点⑤について 
中間指針等は本件事故に基づき賠償すべき損害として一定の類型化が可能な損害項目やその範囲等を示したものにすぎない
⇒中間指針等の対象にならなかったものが直ちに賠償の対象とならないというものではない。
  解説 本件事故からの自主避難者によるYへの損害賠償請求を認めた初めての判決。 
自主避難中の再度の転居に自主避難としての合理性がないと判断したが、一般論を述べたものではないと理解すべき。
自主避難中に起業を選択することや、それに伴い生じた損害をYに負担させることが相当とされる事情が認められる場合は、その合理性が認めらる場合もあり得る。
but
①放射線被ばくの危険性が解消されるまでの間暫定的に非難を続けるという自主避難の性質
②起業は失敗により経済的損失を拡大するリスクを内包
③成功しても資本の回収に長時間を要することがある

避難者が起業を選択したことにより生じた損害の賠償責任をYに負わせることが相当とされる事情が認められる場合はそれほど多くないと思われる。
低線量被ばくによる危険性についての判断がただちに自主避難を継続する合理的期間を決定するのではなく、危険性が残存しているといえない場合であっても、危険性に関する情報開示が十分でない状況であれば、自主避難を続けることに合理性は認められる。

自主避難継続の合理性の立証責任は自主避難者の側にあることを前提として、本件事案における主張立証状況を踏まえた上での判断。
民法722条2項類推適用により寄与度減額による割合的解決。
  民事p69
宇都宮地裁H29.2.2  
  学校給食の白玉団子で死亡⇒小学校職員の過失(否定)
  事案 Yの設置するA小学校の給食に出された白玉汁の白玉団子を食べた小学1年生Bが、白玉団子を喉に詰まらせて窒息し、脳死状態となり、約3年後に死亡
⇒小学校職員等に白玉団子の提供方法や誤飲事故の救命措置に過失がないか否かが問題となった事案。 
  争点 ①大きさ直系2センチ強の白玉団子を白玉汁の形で提供したことに過失があるか
②本件事故発生後の学校の対応に過失があるか 
  判断 Bが誤嚥する具体的危険性を予見させる兆候はなかった
⇒A小学校ないし給食センターの過失はない
教員らは、本件事故を察知してから2分ないし3分後には救急車を要請している⇒救急車の要請が遅れたとの評価はできない。
①職員らは、Bが自立できているうちは背部叩打法(=傷病者を立位又は座位にし、傷病者の上半身を前のめりにし、背後から左右の肩甲骨の真ん中辺りの背中を手掌基部で連続して叩く手法)を試み、Bがぐったりして自立できなくなってからは心臓マッサージと人工呼吸の手続を行うなどしている。
②ハイムリック法(=傷病者の後ろから両腕を回し、みぞおちの下で片手の手を握り拳にして、腹部を上方に圧迫する手法)については、15歳以下の児童の 場合、「内臓損傷、胃内容物の気管内への流入の可能性があることを念頭に入れて処置しなくてはならないとされており、職員らが当時7歳で大柄でもないBに対し、既に行っている背部叩打法のほかにハイムリック法を行うべき義務はない
⇒Yの責任を否定。
  解説 学校給食は、学校に在学するすべての児童又は生徒に対し実施されるものであり、学校給食の安全性につき、安全配慮義務を学校に課している。 
責任肯定事例:
①学校給食で出されたそばを食べ、食物アレルギーで窒息死した事案
②学校給食を食べて食中毒を起こした事案
責任否定事例:
③学校給食中に食器が破損して失明した事案
④養護学校の給食時間に、摂食指導中、2度にわたり誤嚥により呼吸困難に陥り、入院を経て死亡した事案
1歳9か月の幼児がこんにゃくゼリーを食べ、喉に詰まらせて死亡した事案につき、製造販売会社の責任を否定した大阪高裁H24.5.25
  知財p79
知財高裁H28.11.30  
  吸入器に係る本願意匠と引用意匠の類否について類似性が否定された事例
  事案 Xは、本願意匠(物品「吸入器」)の登録出願⇒拒絶査定⇒不服の審判を請求⇒特許庁は、本願意匠は引用意匠に類似する意匠であるから意匠法3条1項3号に該当するとして、不成立審判⇒Xが、同審決の取消しを求めた。
  規定 意匠法 第3条(意匠登録の要件)
工業上利用することができる意匠の創作をした者は、次に掲げる意匠を除き、その意匠について意匠登録を受けることができる。
一 意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠
二 意匠登録出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された意匠又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた意匠
三 前二号に掲げる意匠に類似する意匠

2 意匠登録出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内又は外国において公然知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたときは、その意匠(前項各号に掲げるものを除く。)については、前項の規定にかかわらず、意匠登録を受けることができない。
意匠法 第24条(登録意匠の範囲等)
登録意匠の範囲は、願書の記載及び願書に添附した図面に記載され又は願書に添附した写真、ひな形若しくは見本により現わされた意匠に基いて定めなければならない。
2 登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものとする。
  判断   本件意匠は、引用意匠と類似するとはいえず、意匠法3条1項3号に該当しない⇒本件審決の判断は誤りであるとして、審決を取り消した。
  ●量意匠に係る物品の需要者 
意匠に係る物品は、いずれも使用者が本体部を持って、マウスピース部から薬剤を吸引するための吸引器に関するものであり、その需要者は、当該薬剤を吸引する必要のある患者及び医療関係者。
需要者である患者は、薬剤を必要とする際に吸入器を使用するものであって、その使用方法は、本体部を持って、マウスピース部を口にくわえて、薬剤を吸引するというものであり、両意匠に係る物品を、このような使用状況に応じて観察。
需要者である医療関係者は、患者が薬剤を適切に吸引できるよう、薬剤の性質に応じた吸引の機能を有しているか否か、患者の症状や属性に応じた使用が可能か否かという観点から、両意匠に係る物品を観察し、選択。

持ちやすさや使いやすさという観点からは、吸入器全体の基本的構成態様が需要者の注意を惹く部分であるとともに、
薬剤の吸引という吸入器の機能の観点からは、患者が薬剤を吸引するマウスピース部の端部の形態が最も強く需要者の注意を惹く部分。
  ●基本的構成態様
意匠に係る物品の基本的な構成は、必然的に限定される。
基本的構成態様と同様の態様を有する吸入器がありふれたものとして存在。

基本的構成態様は、需要者である患者及び医療関係者の注意を強く惹くものとはいえない。
  ●具体的構成態様 
本願意匠のマウスピース部の端部に形成された円形孔は、特に機能を重視する医療関係者に対し、強い印象を与えるものということができ、患者についても同様。
引用意匠のマウスピース部の端部のような態様の吸入部は、ありふれたもの。

本願意匠のマウスピース部の端部に円形孔が形成されている点は、最も強く需要者の注意を惹く部分。
  ●両意匠の類否 
両意匠に係る物品の性質、用途及び使用態様並びに公知意匠との関係を総合すれば、
マウスピース部の端部の形態の相違は、需要者である患者及び医療関係者らの注意を強く惹き、視覚を通じて起こさせる美感に大きな影響。

マウスピース部の端部についての相違点は、それ以外の共通点から生じる印象に埋没するものではない。
  解説 意匠登録出願前に日本国内又は外国において、公然知られた意匠又は頒布された刊行物に記載された意匠等(「公知意匠」)に類似する意匠は、意匠登録を受けることができない(意匠法3条1項3号)。 
意匠法3条1項3号の類似性について、
最高裁昭和49.3.19において、「一般需要者の立場からみた美観の類否を問題とする」旨説示され、平成18年法律第55号により新設された意匠法24条2項には、「登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものとする」と規定。
最高裁昭和49.3.19:
意匠法3条1項3号の類似性と同条2項の創作容易性とは別個の観念であるとした。
この2つは、ともに創作性の要件に関するものではあるが、
同条1項3号は、「公知意匠と構成要素において部分的差異があっても、その全体より生ずる美感ないし意匠的効果の面においてなんら異なるところのない意匠は、本質的に公知意匠に含まれるものであり、創作として未知のものと評価するに値しない」ことから、類似の意匠として登録しないこととしたもの(最判解説)。
類似性の判断主体は、需要者であると理解されているところ、かかる需要者は「当該意匠に係る物品の分野に通暁した専門家ではないが、先行意匠にもある程度の予備知識のある取引者を含めた需要者が想定されているもの」と解される。
本判決は、類似性の判断主体である需要者に着目し、その観察、選択態様を具体的に着目し、その観察、選択態様を具体的に考察して、需要者の注意を惹く部分の認定評価を行った点が特徴的。
  商事p88
東京地裁H28.6.3  
  株式譲渡契約の価格調整条項に基づく減額・表明保証違反に基づく損害賠償責任
  事案 一般乗用・貸切旅客自動車運送事業等を営むX株式会社が、税理士Yから株式会社Aの発行済株式の全部を譲り受ける旨の契約を締結⇒株式譲渡の実行後に、その実行前におけるAの純資産の変動及び簿外債務の存在が判明⇒Yに対し、株式譲渡契約上の価格調整条項に基づく譲渡価格の減額及びYの表明保証違反に基づく損害賠償を求めた。 
判断・解説  ●株式譲渡契約上の価格調整条項:
基準貸借対照表における純資産額に変動が生じた場合に、それに応じて譲渡価格を増減し、事後的に清算する旨の価格調整条項。
X:当該条項に基づき純資産額の減少に伴う譲渡価格の減額を主張
Y:Aの所有不動産の評価額の増加分を考慮すべきとして、純資産額の増加を主張
価格調査条項は、譲渡価格決定の基礎となる財産状況が資産された日(基準日)から実際の株式譲渡日までの間に対象会社の流動資産自体又はその評価に変動が生じる可能性があることを考慮してのもの。
不動産については、基準日から株式譲渡日までの間という比較的短期間(本件では約1ヶ月半)に評価額の変動が生じる可能性は低い⇒譲渡価格の調整に際して考慮すべき資産とはならない。

①Aの所有不動産の評価額が譲渡価格の決定に当たって当事者間で合意されていた。
②基準貸借対照表において、現金化可能な資産など評価額の変動が生じる可能性のある資産・負債の項目に徴が付されていた。
東京地裁H20.12.17:
譲渡価格の調整の基礎とされる株式譲渡実行時点の貸借対照表の確定手続が争われたものであるが、
価格調整において買収対象事業の再評価をすることは想定されていなかったこと等、当事者間の合意内容に関する詳細な事実認定
⇒基準貸借対照表における会計処理の原則を変更することは許容されない。
  ●簿外債務の存否
Yによる表明保証の内容として、基準貸借対照表が適正な会計基準に基づいて作成されており、そこに記載されていない簿外債務及び偶発債務等は存在しない旨規定。
Xは、
①Aの積立てていた事故対策費が従業員への返還義務を伴う預り金であること
②Aが基準貸借対照表に記載されていない借入債務を負っていたこと
を主張し、表明保証違反に基づく損害賠償を請求。
判決は、Xの主張を認め、簿外債務に相当する金額について、Yに損害賠償を命じた。
①価格調整条項に基づく譲渡価格の減額と②表明保証違反に基づく補償請求は、実質的に重複することも少なくないところ、本判決は、そのような場合に価格調整条項による処理を行った例。
  刑事p93
東京高裁H28.6.22  
  千葉県青少年健全育成条例30条の規定の趣旨
  事案 少年(当時17歳)を含む5名の男子少年が、被害女性が当時18歳に満たないものであることを知りながら、同女にいわゆる野球拳を行った後、順次性的行為を行い、もって、青少年に対して、単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められない性行為をした。 
  原決定 少年の行為が、千葉県青少年健全育成条例20条1項(みだらな性行為等の禁止)に当たる⇒同項違反の非行事実を認定し、少年に対し、第1種少年院に送致する旨の決定。 
  抗告 ①本条例の解釈を誤った法令違反
②重大な事実の誤認
③処分の著しい不当 
  問題 本条例30条本文は、「この条例に違反した者が青少年(=小学校就学の始期から18歳に達するまでの者をいう、本条例6条1号)であるときは、この条例の罰則は、青少年に対しては適用しない。」と規定。 
家庭裁判所で保護処分の決定をする場合の「罪を犯した少年(少年法3条1項1号)」については、刑の減免自由、処罰阻却事由がある場合でも、犯罪が成立している以上、犯罪少年として審判に付することができると解されている。

本条例30条本文が、構成要件該当性や違法性を阻却する趣旨ではなく、単に処罰阻却の趣旨であれば、本条例20条1項違反の行為を行った少年に対し、同事実を非行事実として保護処分の決定をすることができる。
  判断 本条例20条1項違反の行為を非行事実とする保護処分を認めた原決定を是認。

(性行為やわいせつんは行為が未成熟な青少年に与える影響の大きさ⇒このような行為から青少年を保護するという本条例20条の目的は、行為者が青少年か否かで異なるものではなく、同条が「何人も」と規定しているのはその表れ
⇒本条例30条本文は、青少年の行為については、処罰を免除するということを規定したものであり、少年の保護、教育を目的とする保護処分に付することは可能。) 
  刑事p97
神戸地裁H27.11.13  
   
  事案 被告人は、首謀者(女性)の義理のいとこであるが、首謀者Aを中心とする共同体(A一家)の一員として、Aら共犯者と共謀の上、
①Aの義妹Bの戸籍上の夫V1に対する保険金目的の殺人とその保険金の詐欺(第1)
②Aらの虐待に耐えかねて行方をくらましていたV4に対する生命身体加害略取、傷害致死(第2)
③Aらの虐待に耐えかねて行方をくらましていたV4の長女V2に対する監禁、殺人と、Aの怒りを買ったA一家の家政婦的存在であったV3に対する監禁(第3)
④A一家が財産目的で介入していた家族から預かっていた女児の胸を触ったとしてAの怒りを買ったV5に対する逮捕監禁、殺人、死体遺棄(第4)
により起訴。 
  争点 ①第1について、他人に自殺するよう働き掛けた場合に殺人(未遂)罪が成立するか、仮に成立するとして、被告人に殺意及び共謀が認められるか
②第2について、被告人が傷害致死の実行行為を行ったのを見たという目撃者の証言の信用性
③第3、第4について、いずれも、被害者に対する行為を殺人罪の実行行為と評価することができるか、仮にできるとして、被告人に殺意及び共謀が認められるか
  判断   いずれの点についても肯定し、被告人に殺意及び共謀が認められるとした。
  ●第1について 
自殺関与罪(自殺教唆罪)なのか、被害者を利用した殺人(未遂)なのかについて、
他人の意思決定の自由を完全に失わせるに至らない場合であっても、単なる働き掛けの域を超え、暴行や脅迫、偽計等を用いて他人を自殺する以外の行為を選択することができない精神状態に陥らせた結果、その者が自殺行為に及んだ場合は、刑法199条(203条)の構成要件に該当。
被害者が崖から飛び降りて死ぬに至った経緯について詳細に検討⇒自殺する以外に選択することができない精神状態に陥らせた。
  ●第2について 
①目撃証言が、捜査機関の求めに応じて被害者の頭部CT写真や診療録等の分析を求められた頭部外傷の専門家である医師の証言に裏付けられている
②被告人の犯行を捜査機関に告白した経緯・状況に作為性が感じられず、被告人を陥れようとする意図がうかがわれない
③証言の信用性を補強する別人(C)の証言がある

その信用性を肯定。
  ●第3、第4について、 
第3の犯行:
7月頃から被害者をベランダに置いた簡易物置の中に閉じ込める中、数か月間にわたって継続的に監禁、暴行、飲食睡眠の制限、排泄・入浴制限による不衛生等の数々の虐待を加えたことにより11月中旬頃の時点で、監禁下で虐待を継続する行為は、客観的にみて、被害者の生命を大きな危険にさらす行為
⇒殺人罪の実行行為に該当する。
第4の犯行:
7月に前記物置に入れた被害者をビニールひもや手錠等を用いて緊縛した上で殴る蹴るなどの暴行を加え、2日以上正座を強制して飲食を制限した場合も、客観的にみて、被害者の生命を大きな危険にさらす行為
⇒殺人罪の実行行為に該当する。
被告人が、これらについて、被害者が死亡する危険性があるとは思わなかったと供述

単に他人の生死に無頓着になっていたために、自分の行為の違法性について意識を喚起できなかっただけであって、このような合理的根拠に基づかない憶測をもって殺意を否定することなどできない。
  量刑について:
検察官は無期懲役刑の求刑。
判決:
一連の犯行によって3人が殺害され、1人が死亡させられるという極めて重大な結果。
被告人は、いずれの犯行においても、主犯であるAに匹敵するほどの重要な役割を積極的に果たした。
⇒死刑を選択する余地も含めて検討すべき。

①被告人がAに比べて従たる役割であったことは否定できない
②被告人をAと全く同列には論じられない
⇒結論的には、死刑の選択には躊躇せざるを得ないとして、求刑通り無期懲役刑。 
2336   
  行政p28
最高裁H29.2.28  
  私道の用に供されている宅地の相続税における財産評価での減額の要否等
  事案 共同相続人であるXらが、相続財産である土地の一部につき、財産評価基本通達(「評価通達」)の24に定める私道の用に供されている宅地(「私道供用宅地」)として相続税の申告⇒相模原税務署長から、これを貸家建付地として評価すべきであるとしてそれぞれ更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分
⇒Yを相手に、本件各処分(更正処分については申告額を超える部分)の取消しを求める事案 
  一審・原審 一般の通行の用に供している私道は、特段の事情のない限り、これを廃止して通常の宅地地して利用することが可能
⇒評価通達24にいう私道とはその利用に道路内の建築制限や私道の変更等の制限などのような制約があるものを指すと解するのが相当。 
本件各歩道状空地は、建築基準等の法令上の制約がある土地ではなく、また、市からの要綱等に基づく指導によって設置されたことをもって制約と評価する余地があるとしても、これは被相続人の選択の結果であり、Xらが利用形態を変更することにより通常の宅地と同様に利用できる潜在的可能性と価値を有する
⇒私道供用宅地に該当するとはいえない。
⇒Xらの請求をいずれも棄却。
  判断 私道の用に供されている宅地の相続税に係る財産の評価における減額の要否及び程度は、
私道としての利用に関する建築基準法等の法令上の制約の有無のみならず、当該宅地の位置関係、形状等や道路としての利用状況、これらを踏まえた道路以外の用途への転用の難易等に照らし、
当該宅地の客観的交換価値に低下が認められるか否か、また、その低下がどの程度かを考慮して決定する必要がある。 

本件を原審に差し戻した。
  規定 相続税法 第22条(評価の原則)
この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。
  解説 ●相続税法22条の規定と私道の意義等 
相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨を規定(=時価主義を採用)
相続税における「取得の時」とは被相続人の死亡の時であり、「時価」とは課税時期における当該財産の客観的な交換価値をいう(最高裁)。

不特定多数の独立当事者間の自由な取引において通常成立すると認められる価額を意味する。
「私道」:
一般的には、「私人がその所有権に基づき維持管理している道路」又は「私物たる道路」と定義。
「道路」:
一般に広く人の通行の用に供されている物的施設をさし、道路法上の道路とそれ以外の道路(農道等の公道と私道)に大別され
歩道とは、歩行者が通行するための道路。
  ●財産評価基本通達24の定め等について 
相続税の課税対象となる財産は多種多様であり、その客観的な交換価値は必ずしも一義的に確定されるものではない
⇒国税庁によって相続税・贈与税及び地価税に共通の財産評価に関する基本通達として評価通達が定められている。
評価通達24は、「私道の用に供されている宅地」(私道供用宅地)と規定するのみであり、その逐条解説は、
①不特定多数の者の通行の用に供するいわゆる通抜け道路と
②袋小路のように専ら特定の者の通行の用に供するいわゆる行き止まり道路
に分類
①⇒私道の価額を評価せず
②⇒路線価等の100分の30として評価
ただし、
③所有者の通路としてのみ使用されている私道は、敷地部分と併せて路線価等としての評価を行い、私道としての評価は行わないとしている。
  ●相続税法22条の時価評価と不動産鑑定評価等について 
評価通達は法令ではなく、個別の財産の評価はその価額に影響を与えるあらゆる事情を考慮して行われるべきもの

財産の評価が評価通達と異なる基準で行わたとしても直ちに違法となるものではない。
(下級審裁判例は、評価通達の定める評価方法は一般的に合理性を有するものとして課税実務上も定着している⇒同通達によって評価することが相当でないと認められる特段の事情がない限り、同通達に規定された評価方法によって画一的に評価するのを相当とするものが多い。)

本件で検討されるべき問題は私道の相続税法22条における時価評価。
ここでの時価は、不動産の鑑定評価における正常価格と基本的には同一の概念である(地価公示法2条参照)。
不動産鑑定士による土地評価の統一基準である不動産鑑定評価基準には、私道に関する独自の評価基準は存在しない。
but
私道については、、不動産鑑定評価基準に基づく鑑定評価等において、建築基準法等の法令上の制約の有無に加えて、道路としての利用状況、他の用途への転用の難易の程度等を踏まえて減額評価しているように思われる。
  ●私道の用に供されている宅地の相続税法22条の財産評価について 
私道の用に供されている宅地の財産評価において一定の減額が認められるのは、当該財産の使用、収益又は処分に一定の制約が存在することによって宅地としての最有効使用を実現することができないことにあると解されるところ、
本判決は、このような理解を前提として、
当該宅地が第三者の通行の用に供され、所有者が自己の意思によって自由に使用、収益又は処分をすることに制約が存在することにより、その客観的交換価値が低下する場合に、そのような制約のない宅地と比較して、相続税に係る財産の評価において減額されるべきであると判示。
本件各歩道状空地は、
①車道に沿って幅員2mの歩道としてインターロッキング舗装が施されたもので相応の面積がある上に、本件各共同住宅の居住者等以外の第三者による自由な通行の用に供されていることがうかがわれる
②本件各共同住宅を建築する際、都市計画法所定の開発行為の許可を受けるために、市の指導要綱等を踏まえた行政指導によって私道の用に供されるに至ったもの

本件各共同住宅が存在する限りにおいて、Xらが道路以外の用途へ転用することが容易であるとは認め難い

本件各共同住宅の建築のための開発行為が被相続人による選択の結果であるとしても、直ちに本件各歩道状空地について減額して評価をする必要がないとはいえない。
  民事p32
大阪高裁H28.12.9  
  区分所有者の、管理組合が保管する文書の閲覧・写真撮影を請求する権利(肯定)
  事案 控訴人らは、本件訴訟を提起し、被控訴人(管理組合で、権利能力なき社団)に対し、平成21年度以降の総会及び理事会の議事録、会計帳簿、現資料、組合員名簿の閲覧等とデジタルカメラでの写真撮影を容認するよう求めた。 
  原審 規約に定めがある請求(議事録、会計帳簿、什器備品台帳及び会員名簿の閲覧請求)を認容したが、
規約に定めがない請求(原資料の閲覧請求及び閲覧文書の写真撮影請求)を棄却。

控訴人らの権利は、規約以上でも以下でもないと判断 
  判断 ①被控訴人は、他人(組合員)が拠出した費用をもって、当該他人が保有する不動産(マンションの敷地及び共用部分)を管理する社団⇒他人の財産に関する準委任事務の受任者と位置づけることができる。
②マンションの管理の適正化の推進に関する法律3条所定のマンション管理適正化指針は、管理組合に対し、帳票類の作成・保管および区分所有者に対する開示を義務付け、組合経理の透明性を確保するよう求めており(同指針2の4)、同指針に沿った法解釈が相当。
③一般社団法人及び一般財団法人に関する法律32条、97条、129条は、個々の社員について、社員名簿、計算書類や事業報告書の閲覧謄写請求権を有すると規定し、121条は、一定の社員について、原資料の閲覧謄写請求権まで有すると規定。社団の内部関係に関しては、社団法人に関する法律の規定が類推適用されるというのが通説。

これらを総合すれば、社団たるマンション管理組合と個々の区分所有者の間の法律関係には民法645条(受任者の報告義務を定めた規定)が類推適用される。

被控訴人に対し、
業務に関する報告義務の履行として、控訴人らに対し、規約に定めがない文書(原資料)の開示を命ずるとともに、規約に定めがない方法(写真撮影)による開示も命じ、結果的に、控訴人らの請求を全部認容。
マンション管理組合の業務内容に照らせば、一般法人法121条を類推適用する際、10分の1要件は不要。
  解説 従来の下級審は、規約自治・団体自治を尊重し、社団構成員と社団の間の権利義務は「全て規約によって定まる」とするものが多かった。
but
①わが国の法律学の通説は、社団の内部関係については社団法人に関する法律の規定が類推適用されるとする(我妻、民法総則等)。
②今日では、社団法人の内部関係を規律する多数の規定が一般法人法において整備されている。

閲覧謄写の可否に関する紛争が生じた場合、裁判所としては、一般法人法の規定の類推適用が可能かどうかを検討すべき。
  民事p41
大阪高裁H28.11.17  
  破産管財人の義務違反(否定)
  事案 A社(破産会社)を破産者とする破産手続(本件破産手続)の破産債権者であったXが、本件破産 手続の破産管財人であったYに対し、破産管財人には破産債権者に対し破産債権届出期間及び破産債権調査期日の通知が適切にされているかを確認し、破産債権届出を催促すべき義務があったところ、Yがこれを怠った
⇒破産法85条2項に基づき、Xが得られたであろう配当額502万円余の損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案。
  争点 Xが主張する確認・催告義務を破産管財人が負っているか。 
  判断 ①知れている破産債権者に対して破産債権届出期間等の通知を行う義務を負うのは破産裁判所⇒破産管財人が破産規則7条により通知に関する補助的な事務を取り扱うとしても、通知事務そのものに関して法的義務を負っていない
②破産管財人が、破産債権者に対して、自らは直接担当しない破産債権者に対する通知を破産裁判所が適切に行ったか否か確認すべき義務があることを根拠付ける規定等は見当たらない。
③京都地裁と京都弁護士会が協議の上で作成したマニュアルには、未届出破産債権者に対し、破産債権届出を催促がすることが定められているが、本件マニュアルは運用を定めたものであり、それと異なる運用をした場合に、直ちに破産管財人の善管注意義務違反を問われる法的性格のものとはいえない
④本件破産手続において、破産裁判所が破産管財人Yに対し、債権届出をしていない未届出破産債権者に対して債権届出を催促することを求めた事実はなく、本件マニュアルの記載が破産手続において一般的な扱いであたっとはいえない

破産管財人の義務を否定。 
  解説 破産管財人の職務執行は広範な裁量にゆだねられている
⇒善管注意義務に違反するかどうかは、破産管財人の具体的な行為の態様に加え、事案の規模や特殊性、早期処理の要請の程度に照らして個別に判断される。 
最高裁H18.12.21の調査官解説で、谷口調査官は、破産管財人の善管注意義務の内容について、破産管財人が、「法令に明確に定めがある事項や、明らかに解釈が固まっている事項について、独自の見解に基づいて職務を遂行して利害関係人に訴なぎを与えた場合等には免責されないが、その処理につき学生・判例が固まっていない分野について破産管財人の措置が結果的に違法な職務行為であると判断されたとしても、直ちに善管注意義務に違反するものと評価することはできない」としてる。
  民事p49
名古屋高裁金沢支部H29.1.25  
  市庁舎前広場の使用許可申請に対する不許可処分の適法性(適法)
  事案 金沢市庁舎前広場における開催が計画されていた「軍事パレードの中止を求める集会」の参加予定者であったXらが、金沢市長による本件集会開催の許可申請に対する平成26年5月14日付け不許可処分は違憲・違法な処分であり、他の集会場所を用意するための費用の支出を余儀なくされた
⇒Y(金沢市)に対して、国賠法1条1項に基づき損害賠償を請求。 
  原審 本件不許可処分は違憲・違法とはいえない⇒Xらの請求を棄却 
  判断 ①本件広場とは別に金沢市庁舎建物への出入用通路が存在することが認められるが、これらは独立した構造を持つものではなく、むしろ本件広場と出入用通路が一体となって金沢市庁舎建物への来庁者の通行に利用されることが予定されたと認められる
②Yは、一貫して市庁舎と本件広場を一体として管理してきた
③本件集会は、自衛隊市中パレードという特定の具体的な行動に対し、これに反対して中止を求める旨の集会⇒本件広場で本件集会が開かれた場合にはYの事業に支障が生じないものと認めることはできない。
それ以外は原審と同じ。

控訴棄却
  解説 本件広場は地方自治法244条にいう公の施設に当たる
⇒管理者は、正当な理由がない限り、その利用を拒んではならず(同条2項)、また、その利用について不当な差別的扱いをしてはならない(同条3項)とされている。
前記の「正当な理由」とは、使用料を支払わない場合、利用者が施設の定員を超える場合、利用者に著しく迷惑を及ぼす危険が明白な場合が、これに当たるとされている。
公の施設の利用については、地方公共団体において条例を制定し、「庁舎等の管理上支障がある場合、(地方公共団体の)事業の執行が妨げられる恐れがある場合」には許可しないとされている。
皇居外苑の使用不許可の適否が争われた最高裁昭和28.12.23:
集会の用に共される公の施設の管理権者は、当該施設の種類に応じ、また、その規模、構造、設備等を勘案し、公の施設としての使命を十分達成せしめるよう適正に管理権を行使すべきであって、管理権の行使を誤り、ために実質上表現の自由等を侵害したと認められうるに至った場合には、違憲の問題が生じうる旨判示。
  民事p69
広島高裁岡山支部H29.2.2  
  市の、地縁による団体に対する、役員を交代するまで当該地域における投資的事業を休止することが違法とは認められないとされた事例
  事案 X:地方公共団体Yに属する特定の地域の住民全員で構成する地方自治法260条の2第1項所定の地縁による団体。
Yは、Xを、当該地域の住民との窓口としていた。 
  原審 本件指導が行政指導か否かはともかく、Yの投資的事業の実施権限を背景としてXに役員交代等を事実上強制してその自治権を侵害したものであり、Xの構成員にだけYの投資的事業による恩恵を享受させない差別をしたもの

Xに対し、非財産的損害等の賠償義務がある。
  判断 本件通知は、全体として読めば、Xを当該地域の住民との窓口をしているYが、当該地域におけるYの投資的事業を円滑に実施するため、Xに対し、Xの役員交代等を求めた行為⇒行政指導である。
Xの役員は、当該地域の住民全員の総意によって選任され、Yの行う施策の説明等の相手方としてYの職員と対応⇒Xの役員の前記行為は、Xの組織的な行為。
当該地域とその周辺では、Xの役員の前記行為により、行政施策の円滑な実施を不当に妨げられる状況があった⇒Yにおいて、その事情を考慮し、当該阻害要因が解消するまでの期間を目安として、当該地域における一部の投資的事業を一時的に休止することは、Yの投資的事業の実施に係る裁量権の範囲内にあるもの。
これがXが行政指導に従わないことを契機としてされたものであり、それによってXに不利益が生じたとしても、その不利益は、行政手続条例の禁止する「不利益な取扱い」には当たらない
⇒国賠法上の違法性があるとは認めなかった。
  規定 行政手続法 第32条(行政指導の一般原則) 
行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
2 行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。
  解説 本件通知がXに役員交代等を求める行為⇒行政指導。
行政指導が国賠法の「公権力の行使」に該当することは、多くの裁判例が認めるところ。
その違法性の判断基準も、平成5年の行政手続法の制定及び各地方公共団体の行政手続条例の制定によって、相当明確になっている。
行政手続法32条2項は、行政指導に携わる者は、その相手方が、行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならないと規定。
「不利益な取扱い」とは、同法1項が、行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであると規定していることを受けて、これを否定するような不当なもの、すなわち、
制裁的な意図をもって行う行為や、相手方の任意性を損なうものをいい、不利益効果のある行為一般をいうわけではない(塩野等)。

各地方公共団体の行政手続条例においても、同様に解される。
市がマンションを建築しようとする事業主に対して指導要綱に基づき教育施設負担金の寄付を求めた行為が違法な公権力の行使に当たるとした最高裁H5.2.18。
行政指導の適法性が問題となった事例は許認可等の権限と関連するものが多いのに対し、本件はいわゆる行政対象暴力を背景にして、地方公共団体のに広範な裁量権がある投資的事業の実施権限と、当該地域の住民全員で構成する地縁による団体の自治権が問題となった事例。 
  民事p80
仙台高裁秋田支部H29.2.1  
  訴状送達が無効とされた事例
  事案 交通事故により傷害を負わせたXが被害者であるYに対し、損害賠償債務が66万8580円を超えて存在しないことの確認を求めた事案。 
  原審 Yが、原審口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しなかった⇒Yにおいて請求原因事実を争うことを明らかにしないものとして、これを自白したものとみなし、Xの請求を認容。 
  判断 ①Yは、本件事故当時山形県A市に居住していたが、平成27年、東京都内で稼働するようになり、これに伴い東京都に転居したが、住民登録上の住所については転出届けを出していない。
②Xは、平成28年3月22日、原審に本件訴訟を提起。
原審の裁判所書記官は、同月29日と4月11日、本件訴状副本及び第1回口頭弁論期日呼出状等を山形県A市のY住所に宛てて特別送達による交付送達を試みたが、送達は奏功せず。
③担当書記官は、Xの訴訟代理人に対し、Yの就業場所及び所在の裏付け調査を行うよう指示⇒YがA市に居住していることを確認。
④担当書記官は、Yに対し、民訴法107条1項1号に基づき、本件訴状副本及び第1回口頭弁論期日呼出状等をA市のY住居に宛てて書留郵便に付して送達するとともに、民訴規則44条の通知。
⑤原審は、Xの請求を認容する判決
⇒調書判決正本をA市の住居に宛てて書留郵便に付して送達するとともに、民訴規則44条の通知。
①書留郵便による送達は、その発送時において、その送達場所が送達者の住居所でなければならなず、かつ、その住居所については、受送達者が現にそこに居住又は現在しているなどの実態を伴うものであることを要する。
②本件訴え提起時及びそれ以降におけるA市の住居は、もはや実体を伴うものであたっとは言えない。

担当書記官がした本件訴状副本及び第1回口頭弁論期日呼出状並びに調書判決正本の書留郵便に付する送達は、発送時において、Yの住居所でない宛先を送達場所として行われたことになり、いずれもその効力を有しない。

原判決を取り消し、本件第1審裁判所に差し戻した。
  規定 民訴法 第107条(書留郵便等に付する送達)
前条の規定により送達をすることができない場合には、裁判所書記官は、次の各号に掲げる区分に応じ、それぞれ当該各号に定める場所にあてて、書類を書留郵便又は民間事業者による信書の送達に関する法律(平成十四年法律第九十九号)第二条第六項に規定する一般信書便事業者若しくは同条第九項に規定する特定信書便事業者の提供する同条第二項に規定する信書便の役務のうち書留郵便に準ずるものとして最高裁判所規則で定めるもの(次項及び第三項において「書留郵便等」という。)に付して発送することができる。
民訴規則 第44条(書留郵便に付する送達の通知・法第百七条)
法第百七条(書留郵便に付する送達)第一項又は第二項の規定による書留郵便に付する送達をしたときは、裁判所書記官は、その旨及び当該書類について書留郵便に付して発送した時に送達があったものとみなされることを送達を受けた者に通知しなければならない。
  解説 送達は、交付送達、出会送達によるものを原則とするが、補充送達及び差置送達により送達することができない場合には、書留郵便等に付して送達することができる(民訴法107条)。
その送達は、送達を受けるべき者の住所、居所、営業所又は事務所においてすべきものであり、その要件は厳格に解すべきであり、発送時における受送達者の住所、居所等に発送することが必要(伊藤等)。
受送達者の住所、居所が本来の住所、居所と異なっている⇒その効力が否定。
発送後に住所等を変更⇒送達の効力に影響がない。
  民事p83
静岡地裁H28.5.13  
  硬式野球部の部活動中の事故について、顧問兼監督教諭の注意義務違反が認められた事例
  事案 高等学校の硬式野球部の部活動において、打撃投手を務めていた原告が、その右側頭部に、打者が打ち返したボール(硬球)が直撃した事故(本件事故)により後遺障害が残存⇒被告に対し、国賠法1条1項に基づき損害賠償を請求。 
  争点 ①本件野球部の顧問兼監督を努めていたA教諭の職務行為の違法性(過失による職務上の義務違反)
②本件事故による原告の損害
③過失相殺の要否 
  判断 ●争点①(A教諭の職務行為の違法性の有無)
高等学校における部活動を指導、監督する者として、A教諭は、部活動を行う生徒の生命及び身体の安全に配慮する義務に基づき、打撃投手を務める生徒に対し、一般財団法人製品安全協会によるSGマークが付けられている投手用ヘッドギアを着用するよう指導すべき職務上の注意義務を負っていた。
本件高校には投手用ヘッドギアが存在しており、A教諭も部活動に立ち会っていたにもかかわらず、原告に対し、投手用ヘッドギアを着用するよう指導を行っていなかった。
⇒A教諭の職務行為には違法性が認められる。
  ●争点②(本件事故による原告の損害) 
当事者間で争われたの:
①将来の治療費、②後遺障害逸失利益、③後遺障害慰謝料
本件事故により、てんかん発作が起きる可能性のある脳波異常残存(「鋭波」の混入)等が残存したものの、「棘波」の混入は見られなかった

①学校の管理下における生徒等の災害に関して適用される独立行政法人日本スポーツ振興センター障害等級認定の基準に関する規程(平成15年度規程第7号)の定める障害等級第12級の13は、「発作の発現はないが、脳波上に明らかにてんかん性棘波を認めるもの」には該当しないが、鋭波であっても、てんかん発作を引き起こす可能性を否定できない
②本件事故による後遺障害の存在を認めた上、その程度に関し、再度頭部につい衝撃が生じることは避ける必要があり、てんかん発作が発現する可能性も残っていることから、ある程度職業選択に制限が生じると認められること
③現在の原告の生活状況等を総合考慮

規程の定める障害等級14級の9等の「局部に神経症状を残すもの」と同等のものであると認めるのが相当。
原告の損害について、公益財団法人日本高等学校野球連盟(高野連)が保険契約者として加入している普通傷害保険契約の保険会社及び独立行政法人日本スポーツ振興センターから原告に対し、合計90万7687円が支払われていた
⇒これらの既払金の充当方法が争われた。
前記保険会社から支払われた金員は、いずれも損害費目との結びつきが明確
⇒原告と被告との間において、損害の発生時に遡って損害賠償債務のうち当該損害費目の元本に充当するとの黙示の合意が存在するものと認めるのが相当。
⇒元本への充当を認めた。
前記充当の合意により消滅する損害賠償債務の元本に対する遅延損害金の扱いについて:
不法行為責任に関し、不法行為時に全損害が発生してこれに対する遅延損害金も発生すると観念するのは、簡明、迅速な損害賠償の処理等を目的とする一種の擬制にとどまる

保険金等が通常必要かつ相当な期間内に支払われた本件においては、当事者の意思に鑑み、損害の発生と同時に支払がなされたものとして、被害者には当該保険金額に相当する元本に対する遅延損害金は発生していないと解することができる。
  ●争点③(過失相殺の要否) 
被告:本件事故の当時、原告の前にはL字型ネットが設置されていた⇒原告は、投球後に同ネットに頭部を隠すことで本件事故を回避することができたとして、3割の過失相殺を主張。
①投手用ヘッドギアは、打撃投手を務める者と打者との距離及び打球の速さに鑑み、L字型ネットだけでは当該打撃投手が打球を避けられない場合があることなどから高野連がその着用を義務付けたもの
②本件の打撃練習が、ハーフバッティングという打撃投手と打者の距離が公式ルールで定められた距離よりも短いものであり、打者の打球が打撃投手の頭部に当たる可能性が一層高かった。

A教諭の過失は重大であったとして、損害の衡平な分担という見地から、過失相殺を認めることは相当でないと判断。
  知財p92
東京地裁H28.12.6  
  特許法102条2項における推定覆滅率等についての事案
  事案 ①発明の名称を「遮断弁」とする特許権(X特許権1)を有し、また、発明の名称を「流体制御弁」又は「遮断弁」とする3件の各特許権(X特許権2~4)を有していたXが、遮断弁(Y製品)を販売するYに対し、
X特許権の1の侵害を理由として、Y製品の販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、
X特許権1~4の侵害を理由として、損害賠償金及び不当利得返還金の合計2億5607万5000円(一部請求)並びに遅延損害金の支払を求めた事案(本訴)
②発明の名称を「モーター駆動双方向弁とそのシール構造」とするYと第三者との共有特許権(Y特許権)を有していたYが、遮断弁(X製品)を販売するXに対し、
Y特許権の侵害を理由として、損害賠償金及び不当利得返還金の合計5000万円(一部請求)及び遅延損害金の支払を求めた事案(反訴) 
  争点 本訴請求について:
①文言侵害及び均等侵害の成否(争点(1)~(3))
②差止め・廃棄請求の必要性(争点(4))
③Xの損害額及びYの不当利得額(争点(5))
反訴請求について:
①文言侵害の成否(争点(6))
②無効理由(進歩性欠如、サポート要件違反、更正不可欠要件違反)の有無(争点(7))
③訂正の再抗弁の成否(争点(8))
④Yの損害額及びXの不当利得額(争点(9))
  判断 本訴請求に関し損害賠償金債権(遅延損害金を含む)約2億5300万円、
反訴請求に関し損害賠償金及び不当利得返還請求債権(同)合計1憶6400万円
がそれぞれ生じたと認めた上、
前記各債権はX・Y間の相殺合意によって対等額で消滅

Yに対し、前記各債権の差額である約8900万円等の支払を命じる一方、反訴請求は棄却。
  ●本訴請求について 
Y製品がX特許権1に係る文言侵害を認めたが、
X特許権2~4については文言侵害及び均等侵害のいずれも認めなかった。
差止め、廃棄の必要性については一部を除き認められる。
特許法102条2項の推定に対する覆滅割合をXが主張するとおり20%と判断し、約2億4100万円(Y製品の限界利益の8割及び弁護士費用2200万円の合計額)をX特許権1の侵害によって生じたXの損害と認定。
  ●反訴請求について 
Yの訂正発明について無効理由が存在せず、かつ、X製品がY訂正発明の技術的範囲に属するとして訂正の再抗弁を認める。
Y訂正発明に係る訂正が特許請求の範囲の減縮を目的とするもの
⇒X製品は同訂正前のY発明の技術的範囲に当然に属する
⇒訂正前発明についての無効理由の存否を判断するまでもなく、X製品はY特許権を侵害。
特許法102条2項に基づく損害額(反訴提起日から遡って3年前の日以降の分)につき、同条項の推定に対する覆滅割合をYが主張するとおり20%と判断。
Y特許権が共有特許権であることによる推定覆滅について、共有者によるY特許権の実施割合は認められないことを前提に、特許法102条3項に基づく損害額の覆滅されるとした上、仮想実施両立を4%と算定し、約1億500万円(Y製品の限界利益の8割から共有者の損害額を減じた額及び弁護士費用950万円の合計額)をY特許権の侵害によって生じたYの損害と認定。
さらに、民法703条に基づくXの不当利得額(反訴提起日から遡って10年前の日から同3年前の日の前日までの分)につき、約4000万円と認定。
Yは、Y特許発明が基本特許である価値が高いのに対して、X特許発明はY特許発明の改良発明にすぎず、その技術的意義が小さいと主張。
but
本判決は、
Y製品の売上に対するX特許発明とY訂正発明の技術的意義や発明の客観的価値が相違する旨のYの上記主張は、直ちに推定覆滅率についての判断を左右するものとはいえず失当である旨判示。)
  規定 特許法 第102条(損害の額の推定等)
2 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。
  解説 特許法102条2項は、侵害者が侵害の行為により利益を受けているときに、その利益がの額を特許権者等の損害の額と推定する旨規定するところ、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られただろうという事情が存在する場合には2項の適用が認められると解すべきであり、特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在するなどの諸事情では、推定された損害額を覆滅する事情として考慮され(知財高裁H25.2.1)、いわゆる寄与率として控除(推定の一部覆滅)されることとなる。
この2項の推定の覆滅の有無及び割合を認定するに当たっての考慮事情としては、侵害品全体に対する特許発明の実施部分の価値の割合、営業的要因(市場における代替品の存在、侵害者の営業努力、広告、独自の販売形態、ブランド等)、侵害品自体の特徴(侵害品の性能、デザイン、需要者の購買に結びつく当該特許発明以外の特徴等)等が挙げられることが多い。
本判決は、同様の判断枠組及び判断要素を採用した上、
①対象発明の技術的意義及び
②侵害品の具体的構成に加えて
③侵害品の構成全体について対象発明が実施されていること、
④市場がX・Yの寡占状態で需要者にとってX製品・Y製品以外の代替品の選択肢がほぼ存在しないこと、
⑤X・Yが長年にわたり対象製品について拮抗する市場シェアを有していたこと
などを考慮

いずれも大幅な推定覆滅を認めることは相当でないとして、本訴・反訴共に20%の限度でのみ推定の覆滅を認めた。
2項侵害に係る損害論の審理においては、しばしば、侵害者から、推定覆滅事情の主張として、対象となる特許発明の価値(技術的意義)が小さいとの主張がなされる。
but
2項は侵害者の利益額を権利者の損害額と推定するもの。

2項による推定を覆滅させるためには、侵害者において、権利者の売上減少による逸失利益の額の数量的ないし金額的な全部又は一部の不存在を基礎付けるに足りる事情、すなわち、侵害者の利益額に結びついた特許権侵害以外の要因(侵害者の資本、営業努力、宣伝広告、製造技術等)を具体的に主張・立証することが必要。
発明の技術的意義や客観的価値の大小が2項の推定覆滅の可否又は割合と直ちに結び付くものではない。
but
侵害者の利益額に結びつく当該発明以外の具体的な要因が認められた場合には、特許発明の技術的意義の大小が推定覆滅割合を判断する上での一事情として考慮されることもあり得る。
2項については、侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情については、特許発明外侵害品の一部のみに実施される部品特許の場合を除いては、
1項においてはただし書の事情として
2項については推定覆滅の事情として、
いずれも侵害者に立証責任を負わせることが相当であり、
「寄与度減額」という発想からは決別すべきである旨が指摘されている。 
  刑事p129
最高裁H28.12.5
  暴力団幹部の土地取得のための所有権移転登記等の申請が、電磁的公正証書原本不実記録罪に該当しないとされた事例
  事案 被告人が、暴力団幹部及び不動産仲介業者と共謀の上、茨木県内の土地5筆(「本件各土地」)について、真実の買主はその暴力団幹部であるのにこれを隠すため、被告人が代表取締役を務める会社を買主として売主との間で売買契約を締結した上、登記官に対し、その会社を買主とする虚偽の登記申請をして、登記簿(磁気ディスク)に不実の記録をさせ、これを備え付けさせて供用したことが、電磁的公正証書原本不実記録罪(刑法157条1項)及び同供用罪(同法158条1項)に当たるなどとして罪責を問われた事案。
  原審 被告人とB(暴力団員)との間の合意を重視し、この売買は買受名義人を偽装したものと見て、土地の所有権が売主らからBに移転したものと認定。 
  判断 売買契約の締結に際し当該暴力団員のためにする旨の顕名が一切なく、売主らが買主はA社であると認識していたことなど
⇒土地の所有権は売主からA社に移転したものと認定し、本件各登記が不実とはいえない。
⇒公訴事実第1及び第2については無罪。
  解説  不実記録罪等の保護法益は、公正証書の原本として用いられる電磁的記録に対する公共的信用。 
刑法第17章の全体につき、文書に対する公共的信用性を保護法益とする。
最高裁昭和51.4.30:公文書偽造罪について、公文書に対する公共的信用を保護法益とする旨判示。
不動産登記制度は、不動産に係る物権変動を公示することにより不動産取引の安全と円滑に資するためのもの。

不実記録罪等の成否に関し、当該登記が不実の記録に当たるか否か等については、原則として当該登記が当該不動産に係る民事実体法上の物権変動の過程を忠実に反映しているか否かという観点から判断すべきものと解され、本判決も判断の前提としてこの点を確認。
本判決「登記実務上許容されている例外的な場合を除く」旨述べるが、その例としては、判決により中間省略登記が命ぜられた場合が挙げられる。
わが国の民法は顕名主義を採用しているところ(99条1項)、本件では被告人によってA社のためにする明らかな顕名がされており、契約の相手方である売主らもそのとおり認識⇒原審の判断は、民事実体法の観点からの事実認定として不適切。
  暴力団排除条例⇒反社会的勢力が不動産取引の当事者となることが困難になっている。
本件条例では、不動産を譲渡しようとする者等に対し、契約締結前に当該不動産を暴力団事務所の用に供するものではないことを確認することについての努力義務を課し、暴力団事務所の用に供されることを知って当該不動産の譲渡等をすることを禁止するなどの規制。
行為者において売主との関係で詐欺の実行行為と評価される挙動が認められるケースでは、詐欺罪の共犯が成立する余地もある。
8月   
2335
  行政p4
東京地裁H28.10.14  
  独立行政法人医薬品医療機器総合機構法に基づく救済給付等における因果関係の主張立証責任
  事案 Xらは、子及び夫が後遺障害が残り、又は死亡したのは、タミフルの副作用⇒X1、X2は機構法に基づく障害児養育年金の給付請求を、X3は機構法に基づく遺族一時金及び葬祭料の給付等の請求⇒いずれも不支給とする各決定⇒本件各決定の取消しを求めて本訴を提起。 
  争点 ①A、Bの知的障害及びCの死亡とタミフルとの因果関係の主張立証責任は、Xら(救済給付請求者)が負うのか、それともY(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)が負うのか
②タミフルの服用と前記知的障害や死亡との間に相当因果関係が認められるか 
  判断 争点①について:
副作用救済給付の支給決定は、授益的処分としての性質を有するものというべきであり、その根拠法規である機構法16条1項が副作用救済給付の請求権について規定する一方、同条2項が同条1項の規定にかかわらず、これを支給しない場合を規定するという機構法の文言・構造等
⇒因果関係の主張立証責任はXら(救済給付請求者)にある。 
争点②について:
Xらの主張:タミフルに中枢神経抑制作用があることを前提に、服用したタミフルにより、A及びBには重篤な脳障害が残存したし、Cは突然死した
①経口投与されたタミフルについて、オセルタミビル未変化体が脳内に移行する割合は限られており、インフルエンザ罹患時にオセルタミビル未変化体の脳内濃度が上昇するとしても、脳内の各種受容体等へ有意に作用するほとには至らないものと考えられ
②動物実験の結果についても、臨床用量のタミフルが、中枢神経抑制作用を有することを裏付けるものとは評価し難い

Xらの主張を排斥。

疫学調査の結果等もタミフルの服用と異常行動との間に因果関係が存在することを裏付けるとも言い難い。

タミフルの服用とAの精神運動発達遅滞との間、Bの重度脳障害との間、Cの死亡との間には、それぞれ因果関係があるとはいえない。
⇒Xらの請求をいずれも棄却。
  民事p28
東京高裁H29.1.31   
  社会福祉法人の理事選任の紛争
  事案 Xは、
(ア)自らが保育園、老人介護施設などを設置運営する社会福祉法人であるY(代表者理事A)の理事に就任した旨、
(イ)AはYの理事兼評議員でない旨
の各確認を求めて提訴。 
  原審 Bの役員人事に関する提案はされたが、理事の1人が反対意見を述べた結果、提案された人事案は承認されなかった
⇒(ア)の確認請求を棄却、(イ)の確認の訴えを不適法として却下。
    Xが控訴し、
(ア)の確認請求を(ウ)XがYの理事兼常務理事の権利義務を有することの確認請求に交換的に変更し、
(←平成28年3月末日の経過により、当初の2年の理事任期が満了したことから、社会福祉法人においても役員が退任した場合に後任者が選任されるまでに従前の役員がその権利義務を有するとの任期伸長規定(一般法人法75条1項、会社法346条1項)が類推適用されるべきとの主張)
(エ)YがXを理事兼常務理事の地位を認めなかったことにつき不法行為に基づく慰謝料請求を追加
  争点 ①役員会におけるXの理事選任、事務理事指名の有無
②Xの理事兼常務理事の権利義務を有する地位の有無
③Aが理事兼評議員でないことの確認請求に係る訴えの利益の有無
④Yの不法行為の成否・損害論
⑤②に関連して、社会福祉法人における役員の退任後、後任者が選任されるまでの任期伸長規定の類推適用の可否
  判断 Xが役員会でYの理事に選任されて就任し、併せて新理事長となったBから常務理事に指名されたと認定(争点①)
2年の任期が経過したことによりXは理事を退任し、その後Xが理事兼常務理事の権利義務を有するとの法律上の根拠はない(争点②)⇒(ウ)は棄却 
Xは(イ)の確認を求める法律上の利益はない⇒不適法として却下
Xが理事に選任されたにもかかわらず、Yが一貫して否定し続けたことは不法行為に当たる⇒慰謝料10万円を相当と認める。
争点⑤について、
①当時の(平成28年法律21号による改正前のもの)社会福祉法には一般法人法75条1項、会社法346条1項にみられる任期伸長規定がない
②一般法人法78条等の準用規定はあるが、同法75条1項は準用しておらず、
③定めがない以上適用の余地はない

Xが理事兼常務理事の権利義務を有するという法律上の根拠はない
  解説  社会福祉法人の役員等に欠員が生じた場合に関する先例:
①「社会福祉法人において、理事の退任によって定款に定めた理事の員数を欠くに至り、かつ、定款の定めによれば、在任する理事だけでは後任理事を選任するのに必要な員数に満たないため後任理事を選任することができない場合において、仮理事の選任を待つことができないような急迫の事情があり、かつ、退任した理事に後任理事の選任をゆだねても選任の適正が損なわれるおそれがない場合には、民法654条の趣旨に照らし、退任した理事は、後任理事の選任をすることができる」(最高裁H18.7.10)
②退任理事が仮理事選任の申立てをしたのに対し、処分行政庁が職権で別の者を仮理事に選任する処分をした場合に、当該退任理事は処分行政庁の行った仮理事選任処分取消訴訟を提起する原告適格を有する(広島高裁H27.10.28) 
  民事p35
大阪高裁H28.3.22  
  大学の教員の成績評価権等が問題となった事案。
  事案 Xは大学の教授。 
Xは、Aについて、卒業研究の単位を与えることができないと判断。
本件学部の学部長であるYは、平成25年2月13日、Xが所属する本件学科の教員らで構成される教室会議に対し、Aを卒業させる方向で検討させるよう伝えた(本件諮問)。
これを受けて、同月15日、臨時の教室会議が開催され、Aの指導担当教員をXから他の教員に変更することが決議された。Yは、同月20日、Aの指導担当教員をXからBに変更する旨決定し(本件措置)、同年3月4日、本件学部の教授会においてAの指導担当教員をXからBに変更した旨を報告。
  争点 ①本件諮問及び本件措置の違法性
②名誉毀損の有無
③Xの損害及び名誉回復処分の要否 
  原審 大学教員が成績評価を行う権利又は利益は、大学における教授の自由と密接な関係を有する
but
成績評価を行うことが専門の研究結果を教授することの不可欠な内容をなすとまではいえず、教授に伴って付随的に生じるもの
⇒教授の自由とは保障の程度が異なる。 
学校法人は学生との在学契約上、適切な教育を行う義務を負い、組織体として自主的な秩序維持の権能も認められる必要がある

成績評価を行う権利又は利益は、当該教員の学生に対する指導状況や、当該学部が秩序維持の権能を行使する必要性等から合理的な制約に服する。
違法性の有無は、Yの人事権の行使に逸脱、濫用が認められるかどうかで判断すべき。
本件事実関係の下では、本件措置には必要性があり、目的は不当ではなく、本件措置によりXが受けた不利益は甚だしいとはいえず、本件措置の必要性や理由につき、Xに必ずしも十分な説明がなかったとしても、教室会議で意見を述べる機会は保障されていた
⇒Yによる人事権の行使に逸脱、濫用はないとして、本件諮問とともに違法ではない。
判断 原審と同じ枠組みを採用した上、本件措置の前提として、XのAに対するハラスメントの可能性が否定できない状況にあったことや、Xに代わってAの指導担当となったBが行った成績評価の内容、本件諮問を受けた教育会議の審議状況等を補足して、本件措置や本件諮問が不当ではなく、かえって相当であった旨判示して、控訴を棄却。 
  解説 大学における指導担当教員と学生との関係において、セクハラやパワハラなど、いわゆるアカデミックハラスメント(アカハラ)が問題となった事案で、本件と同様の枠組みを採用したものとして、大学教員を、必須科目の講義担当から外し、その研究室に学部4年生を配属せず、学科会議や専攻会議に出席させない措置を採ったことについて、
大学が有する人事権・業務命令権の行使としての職務命令権に基づくものであるが、大学教員の権利を制限する観点からこれを正当とするだけの合理的理由が必要であるとしつつ、人事権の濫用とは認められないとした裁判例。(東京地裁H24.5.31) 
成績評価権がもんだいとなった事案として、大学教員が、論文を提出しなくても単位を認定するなど、単位認定基準を変更したことに関し、学部長から、学生への説明文を用意して事前に見せるよう不当な要求をを受けたとして損害賠償を求めた事案において、
成績評価権は、教育の自由から派生したものではあるが、学部の有する単位認定権限や秩序維持権限などによって合理的な制約を受けるものであって、学部長の要請に違法性はないとした裁判例。(東京高裁H22.1.21)
  民事p52
東京地裁H28.10.28  
  民法910条の価額請求についての事案
  事案 被相続人亡Aの相続開始後、
死後認知によって相続人となった原告X1、X2が、
被相続人の配偶者であって、既に被相続人の遺産分割をしていた被告Yに対し、
主位的に価額請求をし、
予備的に不当利得返還請求を求めた事案。
  規定 民法 第910条(相続の開始後に認知された者の価額の支払請求権)
相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしたときは、価額のみによる支払の請求権を有する。
  Yの主張 価額請求は審判事項
民法910条に基づく価額請求は、被相続人には子Bがいて、Yの相続分に影響がない⇒本件訴えの相手方とはならない。
不当利得返還請求について法律上の原因を欠くことはない。
  判断 ①遺産分割後、被認知者が行う価額請求は訴訟事項
②被認知者が被相続人の子で、被認知者以外に被相続人の子がいる場合には、被相続人の配偶者に対しては、価額請求をすることができず
③否認知者が価額請求をすることはできない場合には、不当利得返還請求をすることもできない。 
  解説   ●価額請求の法的性質 
A:相続回復請求権の一種であるとして訴訟事項
B:分割方法が価額請求に限定された遺産分割請求の一種
通説・裁判例:審判事項とする明文規定がない⇒訴訟事項説
本判決:
家事事件手続き法39条は別表第1及び第2において家事審判事項を列挙していると解されているところ、価額請求は掲げられていない⇒民事訴訟の手続によるべき⇒訴訟事項説。
  ●被認知者以外に被相続人の子がいる場合に、被相続人の配偶者を相手方として、価額請求できるか?
通説:被相続人の配偶者は、別系列の相続人だから、被認知者の出現によりその相続分に影響を受けない⇒価額請求の相手方にならない。 
  ●不当利得返還請求の可否
①民法910条は、なされた遺産分割の効果を覆すものではなく、これを有効とした上で、価額請求を認めたもの。
②Yが遺産を取得したのは有効な遺産分割協議に基づくもの

法律上の原因を欠くものとはいえない。
  商事p57
東京地裁H28.3.31  
  上場企業の巨額損失隠しに関与した経営コンサルティング会社の代表取締役らの責任(肯定)
  事案 光学機器の製造販売等を業とする上場企業Xが、以前証券会社でXの営業担当を務め、その後経営コンサルティング等を主たる業務とするD社を設立してその代表取締役となったY1及びY1の元部下であり、Y1と共にD社を設立してその取締役に就任したY2が、Xの経理・財務部門等に所属していたZ1らと共謀の上、Xの金融資産に発生していた巨額のの運用損失を連結決算の対象とならない海外の投資ファンド(「簿外ファンド」)に移して当該損失を隠匿し、その後当該簿外損失を解消するため、Yらが設立するなどしたいわゆるベンチャー企業3社(「新事業3社」)の株式を不当に高い価格でXに買い取らせるなどし、Xにおいて架空ののれんの計上とその償却などを内容とする違法な会計処理を行わせた⇒Yらに対し不法行為に基づく損害賠償を請求。
主位的に、新事業3社の株式の取得原価と購入価格の差額約572億円並びにXが有価証券報告書虚偽記載の罪により有罪判決を受けて支払った罰金7億円相当額及び虚偽記載のある四半期報告書を提出したことにより納付した課徴金1986万円相当額の合計額の一部請求として5億円の支払いを求め、
予備的に、右簿外ファンド管理手数料として支払われた費用等合計額約117億円並びに右罰金及び課徴金相当額の合計額の一部請求として5億円の支払いを求めた。
  事実関係 X社においては、平成8年頃までに、金融資産の運用による含み損が約900億円にまで拡大。
Z1らは、海外に簿外ファンドを組成し、Xやその子会社が保有する特金等の資産の中から国債等を貸し付け、簿外ファンドにおいてこれを売却し、その資金をもってXの含み損を抱える金融資産を簿価で買い取らせた。
その後、企業会計原則の見直しによる時価評価主義採用の動き⇒特金等の計画的解消が求められる状況に。
but
国債等を簿外ファンドに貸し付けたままの状態では特金等の残高を減らすことができず、また多額の含み損を抱えた金融資産の存在が露見してしまうおそれ。
⇒Z1は、簿外ファンドに新たな資金を供給して国債等を買い戻す方法を模索。
Z1らは、国債等買戻しのため
①平成10年3月、X及び子会社名義で外国銀行に口座を開き、口座内の資産に簿外ファンドを債務者とする根担保権を設定して、同口座内資産を担保に簿外ファンドが外国銀行から融資を受けるようにし、
②平成12年3月、新たにケイマン諸島に事業投資ファンドを組成してX等が出資し、同出資金の一部を債券購入代金として簿外ファンドに送金し、
③右外国銀行に新たなファンドを組成してもらってX及び子会社がこれに出資し、同月、同出資金の一部を、Z1らがケイマン諸島に新たに組成した複数のファンドを経由して、簿外ファンドに債券購入代金として送金するという、一連の操作を行った。
これらの操作を通じて簿外ファンドに流れた資金によって、簿外ファンドは特金等から借りていた国債等を買い戻してX及び子会社に返還し、これによってZ1らは特金等を解消して、Xの巨額の簿外損失の発覚を免れた。
右含み損を抱えたXの金融資産が簿外ファンドに付け替えられたままでは、簿外ファインドが債務超過の状態となり、将来Xの損失隠しが発覚しかねなかった上、簿外ファンドの維持費用もかさむ一方

平成16年4月から平成20年3月にかけて、簿外ファンドの新事業3社の株式を取得させ、X及びZ1らが組成した別のファンドがそれらの株式を本来の価値より高い金額で買い取り(ファンドが買い取った株式は、その後どうファンドの解散に伴いXが現物で取得した。)この売買によって簿外ファンドが代金として受領した多額の金を用いて簿外ファンドがXの金融資産を購入した際に行った借入を等を返済して債務超過状態を解消。
Xは、本来の価値に比べて極めて高い金額で購入した新事業3社の株式について、平成20年3月期の連結貸借対照表に約545億円ののれんを計上(これによりXの簿外損失が計数上解消されたことから、簿外ファンドは全て解散した)。
  判断 以上の事実を認定した上で、
Z1らによる右一連の行為はXに対する不法行為に当たるところ
Yらは、前記①ないし③の一連の資金移動等の目的がXの損失隠匿することにあることを認識しながら、平成10年3月頃、前記外国銀行の東京駐在所長をZ1らに紹介したほか、ファンドの組成・運営や資金移動に関与し、また、新事業3社に対する投資の目的がXの簿外損失を解消することにあることを認識して、平成17年頃、Z1らに新事業3社を紹介し、新事業3社の株式取得等に関与

YらはZ1らの不法行為を幇助したというべきであるから、民法719条2項に基づき、共同行為者とみなし、Xに生じた損害を賠償すべき責任がある。
Yらは、共同行為者として、Xが支払った罰金7億円及び課徴金1986万円の全額について、Z1らと連帯して賠償責任を負う⇒Xの主位的請求(一部請求5億円)を認容。
主位的請求のうち新事業3社の株式の取得原価と購入価格の差額の賠償請求については、含み損を抱えていたXの金融資産を簿価で簿外ファンドに購入させて損失を移転していたものを、新事業3社の株式を実際の価値よりも高い代金で購入することによってふたたび含み損をXに戻した

実質的にはX内部の資金移動にすぎず、Xの損害には当たらない。
  労働p90
最高裁H29.2.28  
  賃金規則上の定めが公序良俗に違反するとの原審の判断に違法があるとされた事例
  事案 Y社(上告人)に雇用され、タクシー乗務員として勤務したX(被上告人)らが、歩合給の計算に当たり残業手当等に相当する金額を控除する旨を定めるYの賃金規則上の定めが無効であり、Yは、控除された残業手当等に相当する金額の賃金の支払い義務を負うと主張し、Yに対し、未払賃金等の支払を求める事案。
本件で特に問題とされているのは、本件賃金規則のうち歩合給(1)に関する定めであり、乗務員に支払われる歩合給(1)につき、次のとおり規定
対象額A(揚高(売上高)から一定額を控除し、控除後の額に一定割合を乗じたもの)-(割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当の合計)+交通費)
  主張 Xらは、本件規定は、歩合給の計算に当たり、対象額Aから割増金及び交通費に相当する額を控除するものとしているところ、これによれば、割増金と交通費の合計額が対象額Aを上回る場合を別にして、揚高(売上高)が同額である限り、時間外労働等をしていた場合もしていなかった場合も乗務員に支払われる賃金は同額になる⇒このような定める労基法37条を潜脱するものであると指摘。
  規定 労基法 第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
使用者が、第三十三条又は前条第一項の規
定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
労基法 第13条(この法律違反の契約) 
この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。
  争点 ①本件規定の有効性
②遅延損害金の利率
③付加金の支払を命じることの可否及び相当性
  原審 本件規定のうち歩合給の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除する部分は労基法37条の趣旨に反し、ひいては公序良俗に反するものとして無効⇒対象額Aから割増金に相当する額を控除することなく歩合給を計算すべき。

請求を一部認容
  判断 労基法37条は、時間外、休日及び深夜の割増賃金の支払義務を定めているところ、割増賃金の算定方法は、同条並びに政令及び厚生労働省令に具体的に定められている。
使用者が、労働者に対し、時間外労働等の対価として労基法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには、労働契約における賃金の定めにつき、それが通常の労働時間の賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で、そのような判別をすることができる場合に、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべき。
他方において、労基法37条は、労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていない
⇒労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に、当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの、
当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し、無効であると解することはできない。
but
原審は、本件規定のうち歩合給の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除している部分が労基法37条の趣旨に反し、公序良俗に反し無効であると判断するのみで、
①本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か、また、
②そのような判別をすることができる場合に、本件賃金規則に基づいて割増賃金として支払われた金額が労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断することなく、Xらの未払賃金の請求を一部認容すべきとした。

原審の判断には、割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った結果、前記の点について審理を尽くさなかった違法がある。
  解説   ●労基法における割増賃金制度の概要 
労基法37条は時間外、休日及び深夜の割増賃金の支払義務を規定。
その趣旨は、時間外・休日労働は通常の労働時間又は労働日に賦課された特別の労働⇒それに対して一定額の補償をさせることと、時間外労働に係る使用者の経済的負担を増加させることによって時間外・休日労働を抑制すること。
割増賃金の算定方法については、労基法37条、労基法37条1甲の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令、労働基準法施行規則19条に定められている。
割増賃金を支払うべき時間外労働とは、労基法32条又は40条に規定する労働時間(法定労働時間)を超える労働であり、休日労働とは同法35条に規定する休日(法定休日)における労働。

就業規則等に定められた所定労働時間を超える労働で法定労働時間内にとどまるもの(いわゆる法内残業)については、労基法上は割増賃金を支払う義務はなく、就業規則等に定められた法令休日以外の休日(いわゆる所定休日)についても同様。
  ●労基法37条等所定の算定方法とは異なる割増賃金の算定方法の取扱い 
労基法37条は、同法所定の割増賃金の支払いを義務付けるにとどまり、同条所定の計算方法を用いることまで義務付ける規定ではない。
⇒使用者が労基法37条等所定の算定方法と異なる割増賃金の算定方法を採用すること自体は適法。
その上で、労基法37条等所定の算定方法と異なる割増賃金の算定方法が採用されている事案においては、その算定方法に基づく割増賃金の支払により、労基法37条等所定の割増賃金の支払をされたといえるかが論じられる。
従前の最高裁判例(最高裁H6.6.13、最高裁24.3.8):
労基法37条等所定の計算方法によらずに割増賃金を算定し、これに基づいて割増賃金を支給すること自体は直ちに違法とはいえないことを前提に、
①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることを要件とした上で(「判別要件」)、そのような判別がでく場合に、
②割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金相当部分とされる金額を基礎として、労基法所定の計算方法により研鑽した割増賃金の額を下回らないか否かを検討して、労基法37条等に定める割増賃金の支払がされたといえるか否かを判断。
上記判例法理に沿った見当をするに当たっては、賃金規則等において支払うとされている「手当」等が割増賃金、すなわち時間外労働等に対する対価の趣旨で支払われるものである必要。
当該「手当」等がそのような趣旨で支払われるものと認められない場合には、そもそも割増賃金に当たるとはいえず、判別要件を充足するか否かを検討する前提を欠くことになる。
使用者の賃金規則等において通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否かは、個別の賃金規則等の内容に即して判断せざるを得ない⇒一般的は判断基準を定立することは容易ではない。
but
①労基法37条等が割増賃金の算定方法を具体的に定めている
②従前の最高裁判例の判示内容

少なくとも、「基本給(歩合給)に割増賃金が含まれる。」といった抽象的な定めを置くのみでは足りず、賃金規則等に定められた計算式等により、支給された総賃金のうち割増賃金とされた金額を具体的に算定することが可能であり、かつ、その割増賃金に適用される「基礎賃金の一時間当たり金額(残業単価)」を具体的に算定することが可能であることが必要。
  労基法37条等は割増賃金の算定方法を具体的に定めており、割増賃金の算定方法を具体的に定めており、割増賃金の支払方法が同条等に適合するか否かは客観的に判断が可能

端的に当該賃金の定めが労基法37条等に違反する否かを検討し、仮に同条に違反するのであれば、その限度で当該賃金の定めが同法13条により無効となり、労基法37条等所定の基準により割増賃金の支払義務を負うとすれば足りる。

殊更に公序良俗に違反するかいなっかを問題とする必要はない。
  仮に、本件規定が労基法37条に違反するものとしてその効力が否定されると解し得る場合の法的効果?
労基法37条に違反するとしてその効力を否定⇒当該賃金規則等に定められている通常賃金と割増賃金との区別の全部又は一部が無効となると解した上で、当該賃金規則等において割増賃金とされている部分を通常賃金として取り扱う。

当該賃金規則等に定められている割増賃金を通常賃金に振り替える取り扱いをするもの。
but
労働契約の内容が労基法に違反する場合の法的効果は、同法13条により規律され、同条は、労働契約のうち同法に違反する部分のみを無効とし(強行的効力)、無効とされた部分につき、同法所定の基準を契約内容として補充するもの(直律的効力)と解されているところ、賃金規則等における割増賃金を通常賃金に振り替えるという取り扱いをすることが、この強行的効力や直律的効力によるものであると理解することができるかについては慎重な検討を要する。
労基法37条は、使用者に対し、法内時間外労働や法定外休日労働に対する割増賃金を支払う義務を課しておらず、使用者がこのような労働の対価として割増賃金を支払う義務を負うか否かは専ら労働契約の定めに委ねられている。

Xらに割増賃金として支払われた金額が労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断するに当たっては、Xらの時間外労働等のうち法内時間外労働や法定外休日労働に当たる部分とそれ以外の部分とを区別する必要がある。
本判決は、賃金規則において歩合給の計算に当たり、売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨の定めがされているという事案において、そのような定めを含む賃金規定に基づく割増賃金の支払により、労基法37条等所定の割増賃金の支払がされたといえるかを検討するに当たって、そのよな定めが当然に公序良俗に違反するとして無効であるとすることができないとした事例判断。 
  刑事p96
高松高裁H28.7.21  
  予備的訴因追加を許可した原審の訴訟手続に法令違反はないが、認定において過失が否定され無罪された事例
  事案 被告人運転の普通乗用自動車が民家のブロック塀に衝突し、同乗していた夫が死亡。 
検察官:
起訴状において、被告人が、
「ブレーキペダルと間違えて不用意にアクセルペダルを踏み込んだ過失」と主張
原審弁護人及び被告人:
約750メートル手前から被告人車両のフットブレーキが利かなくなったため衝突に至ったとして過失を争った。
原審検察官は、起訴から約2年後の原審最終時に、
「自車の制動機能が悪化してブレーキペダルを踏み込んでも制動効果が得られない状態にあったから、サイドブレーキを掛けるなどして自車を停止させて運転を中止すべき注意義務に反して運転を継続した過失」とする予備的訴因の追加を請求。

原審弁護人は損変更の不許可を求めたが、原審裁判所はこれを許可し、追加訴因に関して被告人質問を行った後、直ちに結審。
  原審 被告人車両にペーパーロック現象(ブレーキディスク等が高温となってブレーキ液が沸騰して気泡が発生し、それがブレーキパイプ等に入ることで、ブレーキの制動圧力が伝わらなくなる現象)が生じていた可能性は排除できない⇒フットブレーキが利かなくなったという被告人供述を排斥することができない⇒本位的訴因の過失を否定。 
適切にサイドブレーキをかけるなどの対処法をとっていれば、衝突地点までに停止させることは可能であった⇒予備的訴因の過失を認め、有罪。
  判断 ●訴訟手続きの法令違反 
本件予備的訴因の追加請求は、起訴から2年後の原審の弁論終結直前になされたものであり、予備的訴因に係る争点は従前の攻撃防御の成果を利用できないもの。
but
①審理が長期化した点はやむを得ない面があった
②予備的訴因の内容自体は予想されたものであった
③検察官が新たな立証を求めず、審理の長期化を招いていない

同追加請求が著しく時機に後れ、また検察官の訴訟上の権利の濫用に当たる違法なものであるとはいえないとして、これを許可した原審の訴訟手続は違法ではない。
  ●事実誤認の論旨
①サイドブレーキを掛ける操作操作によって停止し得たかについて十分な証明がない、
②フットブレーキが利かなくなった状態で、そのような操作を義務付けることができるかについても証明がない
③「サイドブレーキを掛けるなどして」と認定しているが、サイドブレーキ以外の具体的な方法は示されていない

予備的訴因の過失を認めた原判決には事実誤認がある。
原判決の認定:
フットブレーキが利かなくなった場合には、サイドブレーキなどで制動を試みるべきであるという常識的な判断と、予備的訴因の追加前に証言した検察権請求の専門家証人が、サイドブレーキを引くことによって停止させると証言したことに基づくもの。
①サイドブレーキによるによる制動機能の程度は常識レベルで判断できることではなく、同証人の停止可能であるという証言も、フットブレーキに異常はなかったという証言に加えて、簡単に答えたものにすぎず、証拠価値が吟味されていない。
②同証人は、サイドブレーキをぎゅっと引くとスピンをする可能性があるので、余裕があれば、少しずつ引くのがよいと証言しているが、それによれば、単純に、自損事故の危険を冒しても、一挙にサイドブレーキを掛けるべきであるという注意義務を課すことはできないし、被告人の供述等に照らせば、少しずつ引くような余裕のある状況であったかについても疑問がある。

原判決の認定は論理則、経験則等に反するものである。
本判決は、フットブレーキが突然利かなくなったという緊急事態において、一般の自動車運転者にどの程度の結果回避義務を課すことができるのかについても、検討すべき課題がある。
本位的訴因についての原判断を支持。

いずれについても犯罪の証明がないとし、無罪。
最後に差戻しの要否を検討し、
①原審検察官は、予備的訴因の追加後に何らの証拠調べも請求しておらず、
②予備的訴因の追加及び立証について十分に検討する機会があった

更に被告人に手続的な負担を負わせて、証拠調べをする必要はないとして、無罪の自判をしている。 
  解説 第一審又は控訴審における訴因変更請求が当該審級において訴訟上の権利の濫用等の理由で不許可とされた事例や、第1審における不許可を是認した事例はあるが、原審における訴因変更の許可を違法とした高裁及び最高裁判例は見当たらない。 
訴因変更の請求については、公訴事実の同一性がある限り許可すべき(刑訴法312条1項)とされており、被告人の防御に実質的な不利益を生ずる虞がある場合は、必要な期間公判手続を停止することとされている(同条4項)。

第一審裁判所における訴因変更の許可が訴訟手続の法令違反とされる場合は相当に限られる。
本件のように、単純一罪の事実に関する本位的・予備的訴因について攻防対象論が問題となった事案につき、最高裁H1.5.1は、同一の被害者に対する同一の交通事故に係る業務上過失傷害事件で本位的訴因と予備的訴因が構成された場合において、予備的訴因を認定した第一審判決に対し被告人のみが控訴したからといって、検察官が本位的訴因の訴訟追行を断念して、本位的訴因が当事者間の攻撃防御の対象から外れたとみる余地はない。
最高裁H25.3.5:
本位的訴因とされた賭博開帳図利の共同正犯は認定できないが、予備的訴因とされた同幇助犯は認定できるとした第一審判決に対し、検察官が控訴の申立てをしなかった場合に、控訴審が職権により本位的訴因について調査を加えて有罪の自判をすることは、職権の発動として許される限度を超え、違法である。
最高裁調査官解説:
最高裁25年決定は、第一審判決に対して検察官が控訴の申立てをしなかった時点で、「検察官が本位的訴因の訴訟追行を断念したとみるべきかどうか」という観点から本位的訴因が当事者間の攻撃防御の対象から外れるかどうかを判断しているようにうかがえる。
平成元年については、過失の態様についての証拠関係上、本位的訴因と予備的訴因が構成され、訴因構成に当たって検察官の訴追裁量が働く場面ではないから、検察官が控訴しなかったとしても、本位的訴因の訴訟追行を断念したとみつことはできないと分析。
大阪高裁H16.10.15:
窃盗の本位的訴因を認めず、盗品等保管の予備的訴因を認めた第一審判決に対し、被告人のみが控訴した事案において、予備的訴因の認定を事実誤認として原判決を破棄した上、自判するに当たり本位的訴因も判断の対象となるとして、同訴因により有罪としている。
  刑事p105
東京地裁H28.3.15 
  実在の児童とCGで描かれた児童との同一性の判断(児童ポルノ法)
  事案 被告人が、
(1)衣服の全部又は一部を着けない実在する児童の姿態が撮影された画像データを素材として描写したコンピュータグラフィクス(CG)の画像データ16点を含むCG集をパーソナルコンピュータのハードディスク内に記憶、蔵置させ、もって児童ポルノを製造し、
(2)本件CG集1及び前記同様のCGの画像データ18点を含むCG集を、インターネット通信販売サイトを通じて、不特定の者3名にダウンロードさせ、もって不特定又は多数の者に児童ポルノを提供したとして、
平成26年法律第79号による改正前の児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(「児童ポルノ法」)違反の罪に問われた事案。
  争点 ①本件16点を含む本件CG集1の画像データが記録されたハードディスクが児童ポルノ法2条3項の「電磁的記録に係る記録媒体」として児童ポルノに当たり得るか、また、本件CGの画像データが同法7条4項後段の「電磁的記録」に当たり得るか(「本争点」)
②本件CGと検察官がその基ととなったと主張する写真とが同一であるか
③本件CGの女性が実在したか
④本件CGの女性が18歳未満か
⑤児童ポルノの製造又は提供の罪が成立するためには、本件CGの基となった写真の被写体の女性が製造又は提供の時点及び児童ポルノ法の施行時点において18歳未満でなければならないか
  弁護人 本争点(争点①)について、機械的な複写の場合を除いては、 実在の児童を被写体として直接描写するものでない限り、児童ポルノ法2条3項にいう「児童ポルノ」あるいは同法7条4項後段の「電磁的記録」に該当せず、前記のようなものではないCGについてはこれに当たらない。
  判断 児童ポルノ法の目的や児童ポルノ法7条の趣旨

 同法2条3項各号のいずれかに掲げられる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したと認められる物については、CGの画像データに係る記録媒体であっても同法2条3項にいう「児童ポルノ」に当たり得、また、同画像データは同法7条4項後段の「電磁記録」に当たり得る。
児童ポルノ法の目的や同法7条の趣旨

同法2条3項柱書及び同法7条の「児童の姿態」とは実在の児童の姿態をいい、実在しない児童の姿態は含まないものと解すべき。
CGであっても、同法2条3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したと認められる物であり、かつ、そこに描写された姿態が実在の児童の姿態であると認められる場合については、児童ポルノ法の規制対象となり得る。
CGに描かれた児童と実在の児童とが同一である判断する際の基準およびその際に考慮すべき要素について、「被写体の全体的な構図、CGの作成経緯や動機、作成方法等を踏まえつつ、特に、被写体の顔立ちや、性器等(性器、肛門又は乳首)、胸部又は臀部といった児童の権利擁護の観点からしても重要な部位において、当該CGに記録された姿態が、一般人からみて、架空の児童の姿態ではなく、実在の児童とCGで描かれた児童とが同一である(同一性を有する)と判断でき、そのような意味で同一と判断できるCGの画像データに係る記録媒体については、同法2条3項にいう「児童ポルノ」あるいは同法7条4項後段の「電磁的記録」として処罰の対象となると解すべき」
  解説 児童ポルノ法は、2条3項において「児童ポルノ」の定義を規定。
そこにいう「児童」が実在する児童である必要があるかについては、一般に肯定(大阪高裁H12.10.24)。
絵であっても、実在する児童の姿態を描写⇒児童ポルノに該当。
当該事案で、実在の児童を描写した「児童ポルノ」といえるか否かについて、実在する児童について、その身体の大部分が描写されいている写真を想定すると、そこに描写された児童の姿態は「実在する児童の姿態」に該当し、そこで、その写真に描写されていない部分に他人の姿態を付けて合成すれば、児童ポルノに当たる場合がある(文献)。
  控訴審:
児童ポルノ提供罪についての罪数判断において、本件CG集1の提供行為と本件CG集2の提供行為とは、併合罪関係に立つとみるのが相当。
本件CG集2の提供行為の点について無罪を言い渡した。
本件CG集1のうち有罪認定したCG3点に係る児童ポルノの製造、提供の各行為については、児童の具体的な権利侵害は想定されず、違法性の高い悪質な行為とみることはできない⇒罰金刑。
2334   
  大阪高裁H29.3.28  
  高浜原発差止仮処分命令申立事件
  事案 大津地裁が平成28年3月9日に関西電力の設置にかかる高浜原子力発電所3号機、4号機について運転を禁止する仮処分を発令⇒同年7月12日に関西電力がした保全異議申立ても退けた⇒関西電力が大阪高裁に申し立てた保全抗告に対する決定。 
  原決定 債権者住民らの、「本件原発は、地震や津波に対する安全対策、原子力災害対策等が不十分であり、運転を継続した場合、過酷事故を起こして債権者らの人格権を侵害する具体的危険がある」旨の主張を認めた。 
  本決定 本件原発の安全性が欠如していることの疎明があるとはいえない
⇒保全異議審決定及び原決定を取り消し、本件仮処分申立てを却下。 
  解説  ●原発周辺住民が原発の運転差止めを目的として提起する訴訟
①設置運転許可の取消し等を求める行政訴訟
②運転の差止めを求める民事訴訟ないし民事仮処分申立て
  ●原発に求められる安全性 
本決定:
(1)「絶対的安全性」を求めることはできず、「相対的安全性」に止まる
(2)安全性の程度は格段に高度なものでなければならず、被害発生の危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理されていることが必要
(3)原発の有用性、必要性の高低によって求められる安全性の程度は左右されない
(4)新規制基準に適合した原発は原則として原発に求められる安全性を具備する
but
(3)について、
一般に「危険」が社会的に許容される理由は「社会的有用性」であると理解
⇒原発を運転していないても日本の電力供給に支障がないことが明らかになった現在、「原発に求められる安全性」を判断する際に、そのことを考慮要素とする考え方は、十分成り立ち得る。
審査基準の策定(A)とその適合性判断(B)は、規制行政庁に専門技術的裁量があると解釈されてきた。
(A)の作業を分析すれば、
「原発に求められる安全性の決定」(a1)と
「その安全性を実現するための審査基準の策定」(a2)
に分けられる。
原子力規制委員会を構成している原子力工学や放射線防護学等の専門家は、(a2)については、専門性を有しているが、(a1)については専門性を有しているとは言えない。

原子力規制委員会が定めた「原発に求められる安全性」をそのまま是認できるという社会的合意が存在するとは言えない。
  ●立証責任論
本決定:
本件原発が安全性を欠くことは、住民側に立証責任がある
but
安全性の審査に関する資料を関西電力が保有
⇒関西電力において、本件原発が原子力規制委員会が定めた「安全性の基準に適合すること」を主張立証すべきであり、
この主張立証が十分尽くされないときは、人格権侵害の具体的危険があることが事実上推認され、
関西電力が前記主張立証を尽くしたときは、住民側において、安全性の基準自体が合理性を欠き、又は適合するとした原子力規制委員会の判断が合理性を欠くことを主張立証する必要がある。
◎伊方最高裁判決(最高裁H4.10.29):
原子炉設置許可処分についての取消訴訟においては、
被告行政庁がした判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、
当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点
⇒被告行政庁の側において、まず具体的審査基準並びに判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点がないことを相当の根拠、資料に基づき立証する必要。
被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認される。

ここでの「推認」は破れることがない。

本来的に立証責任を負担していない被告の立証責任の総合的評価の結果としての「推認」が、本来的に立証責任を負担している原告の立証活動によって破れることは想定できない。

原子炉設置許可処分取消訴訟は、被告行政庁が、「被告行政庁の判断に不合理な点がないこと」を立証できたか否かについて攻防が行われ、
立証できる⇒原告の請求は棄却
立証できない⇒請求認容
  女川原発についての仙台地裁H6.1.31:
原発民事差止め請求訴訟において初めて立証責任論を展開。
本件原子炉の安全性については、被告の側において、
まず、その安全性に欠ける点のないことについて、立証する必要があり、
被告が右立証を尽くさない場合には、本件原発に安全性に欠ける点があることが事実上推定(推認)され、
被告において必要とされる立証を尽くした場合には、安全性に欠ける点があることについての右の事実上の推定は敗れ、原告らにおいて、安全性に欠ける点があることについて更なる立証を行わなければならない。

被告が「安全性に欠ける点がないこと」を立証した場合でも、原告が「安全性に欠ける点があること」を立証できる

被告の立証命題である「安全性に欠けるところがないこと」と
原告の立証命題である「安全性に欠ける点があること」
とは、1枚のコインの裏表ではない。
裁判所は、前者は後者よりもレベルが低いものと想定。
  民事p116
東京高裁H28.7.20  
  特別の事情による仮処分の取消しのための担保の事由が消滅したとされた事案
  事案 Xは、Yとの間で抵当権設定登記手続をする合意をしたと主張して、Yを債務者とする土地(本件土地)の処分禁止の仮処分命令を申し立て、その旨の仮処分命令(本件仮処分命令)を得た上、Yに対する抵当権設定登記手続を求める訴えを提起(別件訴訟①)。 
Yは、民保法39条1項に定める特別の事情があるとして、本件仮処分命令の取消しを求め⇒東京地裁は、担保を立てることを条件として本件仮処分命令を取り消す旨の決定をし、Yは担保(本件担保)の供託。
Xは、別件訴訟①において訴えを変更し、Yが他社に所有権を移転する登記手続をするとともに本件仮処分命令の取消申立てをして貸付金の回収を不可能にしたとして、Yに対し、不法行為に基づく損害賠償等を求めた。
but
東京地裁は、XがYとの間で本件土地にXを抵当権者とする抵当権の設定登記手続をする旨の合意をしたとは認められないなどと判断し、損害賠償請求を棄却。
Xは、不服として控訴を提起したが、別件訴訟①の控訴審で主張を変更し、
主位的に、抵当権設定合意に基づく信義則上の義務の不履行、
予備的に、共同不法行為に基づく損害賠償請求
⇒東京高裁はXの請求を棄却、上告・上告受理申立も棄却・不受理。
Xは、別件訴訟①における請求とは異なるものとして、Yらに対し、特別事情による本件仮処分命令の取消申立てによって貸付金の回収が不能になったことなどを理由とする損害賠償等を求める訴えを提起(別件訴訟②)。
Yは、別件訴訟②の係属中に、本件担保の事由が消滅したと主張してその取消しを申し立て、東京地裁は、本件担保を取り消し⇒Xが、原決定を不服として、その取消しを求めて即時抗告。
  規定 民訴法 第79条(担保の取消し)
担保を立てた者が担保の事由が消滅したことを証明したときは、裁判所は、申立てにより、担保の取消しの決定をしなければならない。
  判断 本件担保について、Xが本件抵当権設定登記請求権を行使すれば回収し得た金員を本件取消決定により回収し得なくなるであろう損害を担保するもの。

本件担保について担保事由が消滅したとは、本件取消決定により取り消された本件仮処分命令において疎明されたと判断された被保全権利である本件抵当権設定登記請求権の不存在がその後の訴訟手続において確定した場合又はそれと同視すべき場合をいうものと解される。 
Xが別件訴訟①で主張したXのYに対する損害賠償請求権は、本件仮処分命令の被保全権利である本件抵当権設定登記請求権の発生原因事実及び本件担保が担保する損害を包摂すると解され、これを棄却する判断が確定しており、仮に、別件訴訟①の控訴審で主張した損害賠償請求権が一審の訴訟物と異なると解するとすれば、Xは貸付金の回収困難を発生原因とする不法行為に基づく損害賠償請求と同一の訴えを提起できない。

本件においては、本件担保の事由は消滅したとして、抗告を棄却。
  解説 民訴法79条1項の「担保の事由が消滅したこと」の意義
最高裁H13.12.13は、「担保供与の必要性が消滅したこと、すなわち、被担保債権が発生しないこと又はその発生の可能性がなくなったこと」をいう。
民事保全における請求の基礎の同一性について、
最高裁昭和26.10.18は、本案の訴えの不提起による保全取消し(民保法37条)における本案について、請求の基礎が同一であれば足りると解し、
最高裁H24.2.23も、仮差押命令について、当該命令に表示された被保全債権と異なる債権について、これが前記保全債権と請求の基礎を同一にするものであれば、その実現を保全する効力を有するものと判示。
but
保全処分の手続においては、同一訴訟手続内で行われる訴えの変更の可否が問題となる場面と異なり、審理を行う裁判所が同一であるとは限らない

請求の基礎の同一性の有無の判断にあたって訴えの変更の可否とは異なる考慮がされる余地もないではないと思われるとの指摘(最判解説)。
本決定は、最高裁H13.12.13を引用した上で、
別件訴訟①の第一審において、保険処分禁止仮処分の被保全権利に係る発生原因事実を請求原因事実として包含する損害賠償請求権が棄却され、また、控訴審における訴え変更後の請求も棄却され、その判断が確定したことを認定し、
本件抵当権設定登記請求権の不存在がその後の訴訟において確定した場合又はこれと同視すべき場合であると認められるとし、別件訴訟②の提起にかかわらず、担保の事由の消滅を認めたもの。
  民事p120
広島高裁H28.12.1  
  認知症により要介護3の認定を受けた高齢者が締結した根抵当権設定契約が、意思能力がなく無効とされた事例
  事案 A(訴訟承継前原告)とその次女X(原告)が共有して居住する本件建物につき、銀行であるYを根抵当権者とする根抵当権設定登記がされていたところ、平成24年11月に根抵当権に基づく競売開始決定
⇒Aが根抵当権の実行禁止及び競売手続停止の仮処分を得た上、根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めた。 
  原審 根抵当権設定契約証書の原告の署名押印にXが関与した可能性は否定できず、本件契約書にAの意思に基づく署名押印があったとは直ちに認め難く、本件根抵当権設定契約は不成立。
⇒請求認容。 
  判断 本件契約書にAが自ら署名押印したものと認めることができ、本件根抵当権設定契約が成立したものと認めるのが相当。
but
Aの意思能力について、本件根抵当権設定契約当時、同契約の意味を理解するだけの意思能力はなく、本件根抵当権設定契約は無効
⇒請求を認容した原判決は結論において相当。
  解説 高齢者の場合には、その法律行為の態様等からみて、意思能力の理論よりも、法律行為不存在の理論のほうが有用であり、立証が容易であると言われている。 
本判決では、Aの意思能力について詳細な事実認定が行われており、特に、事実認定の調査の際に作成された「介護保険認定調査票」や「介護保険主治医意見書」が有力な証拠として利用されている。
   刑事p129
大阪地裁H28.2.26 
大阪地裁H28.1.28
  乳幼児に対するいわゆる虐待死の事案
  事案 乳幼児に対するいわゆる虐待死の事件
積極的に暴行を加える⇒傷害致死
殺意あり⇒殺人
養育の放棄⇒保護責任者遺棄致死や重過失致死
客観的な証拠や目撃者等が少なく、事実認定上難しい問題を抱えている。
  ①事件  事案 被告人(男性)が実子(被害児。生後2か月。)に対し、頭部に強い衝撃を与える何らかの暴行を加えて死亡させたとして起訴された、傷害致死被告事件の裁判員裁判で、被告人にのみ波高可能性のある時間帯以前に、既に死因となった脳損傷が生じていた可能性が否定できないなどとして、無罪が言い渡された事例。
  判断 何らかの外圧(頭部への複数回の打撲ないし圧迫やゆさぶりなどの故意の暴行が想定される)が加わって被害児の死因となった外傷性急性くも膜下出血・脳腫脹(本件脳損傷)が生じたことはおおむね明らかで、受傷時期が25日午前8時頃以降と認められるのであれば、その間、被害児と2人きりでいた被告人がその外圧を加えたと推認されることになり(10時31分に、被告人が119番通報)、受傷時期がそれ以前であれば、この推認は成り立たないことになるという、証拠関係。 
法医学を専門とする医師2名の各所見に加え、被害児の頭部CT画像で本件脳損傷を確認した脳神経外科の専門医2名の各所見

被害児が受傷した時間帯は、25日午前8時以降であると医学的には断定できず、かえって、その時間帯より以前に受傷していたと考える方がより整合的。
死亡前日の被害児の様子や被告人以外の者の暴行による受傷の可能性等についても検討

前日の夜中の時点で既に本件脳損傷に至る受傷をしていた可能性が排除できないし、また、あくまでも可能性の問題ではあるが、被害児の実母にも暴行を加える機会があったといえ、被告人以外の者による暴行の可能性を排除することはできない。
  解説 外に可能性がないから被告人の犯行であるとの、いわば消去法的な事実認定にならざるを得ない⇒種々の問題。 
  ②事件 事案 難病である先天性ミオパチーに罹患した3歳の女児が低栄養により死亡した事案について、女児と養子縁組をして同居し、女児をその実母であると妻とともに監護すべき立場にあった養父である被告人に、
主位的訴因である保護責任者遺棄致死罪の成立を認めず、
予備的訴因である重過失致死罪の成立を認め、
執行猶予付きの禁固刑(禁固1年6月、3年間執行猶予)を言い渡した裁判員裁判の事例。 
  訴因 保護責任者遺棄致死罪の主位的訴因の要旨:
被告人は、
妻の実子である女児(被害者)と養子縁組をして同居し、
妻と共に被害者を監護すべき立場にあったものであるが、
妻と共謀の上、
平成26年4月頃から6月中旬頃までの間、
幼年者であり、かつ先天的ミオパチーにより発育が遅れていた被害者に十分な栄養を与えるとともに、適切な医療措置を受けさせるなどして生存に必要な保護をする責任があったにもかかわらず、
被害者に対して十分な栄養を与えることも、適切な医療措置を受けさせるなどのこともせず、
もってその生存に必要な保護をせず、
よって同年6月15日、被害者を低栄養に基づく衰弱により死亡させた。 
  争点 ①被害者の死因
②被害者が保護を要する状態にあったか否か
③これに対する被告人の認識・認容の有無
  判断 医師の所見
⇒被害者は低栄養による衰弱により死亡。
平成26年4月頃以降の時点では、普通の人であれば十分な栄養を与えられていないために生命身体が害されるかもしれないと認識する状態(=保護を要する状態)にあった。
but
被告人は、被害者の体重や(手足が痩せていたように見えたのを除く)体系の変化、食事量の減少を認識していたとは認められず、
同年6月13日と14日の被害者の様子を認識しても、直ちに病院に連れて行かなければならないほど被害者が衰弱していると認識していたとまでは認められない。

被害者が保護を要する状態にあるとの認識・認容が認められず、保護責任者遺棄致死罪は成立しない。
①被害者の手足が従前に比べて痩せていたこと、被害者が頻繁に食事を抜くなど、その食生活に変化が生じたことは認識しており、これらを踏まえて意識的に観察すれば、被害者の体重と食事量の減少傾向を容易に認識できた
②同年6月13日、被害者が昼間から就寝し、買い物の誘いにも応じないのに接し、夜にはその頬が痩せているのを認め、翌14日夜には、風邪等の症状があるわけでもないのに被害者が朝から一切食事をせずに就寝し続けているのを認識して、翌日病院に連れていることを意識する程度には被害者の健康状態に不安感を抱いていた

少なくとも同月14日夜の時点であれば、被害者が衰弱していることを容易に認識できた。

被告人は、僅かな注意を払えば、被害者が低栄養により生命身体が害されるかもしれない状態にあることを認識できた。

被告人には、被害者に適切な医療措置を受けさせるなどしてその生命身体への危険の発生を未然に防止すべき注意義務と、これを怠った重大な過失がある。

重過失致死罪の成立。
2333   
  特報p4
最高裁H29.3.15  
  GPS捜査の適法性大法廷判決
  事案 広域集団窃盗・建造物侵入等被告事件について、車両に使用者らの承諾なく秘かにGPS端末を取り付けて位置情報を検索し把握する刑事手続上の捜査の適法性が問題とされた事案。 
GPSを利用した捜査には、携帯電話・スマートフォンのGPS機能を利用して携帯電話等の位置情報を電話会社等から検証許可状の発付を受けて取得する方法があり、実務上も行われているが、本判決はこれには触れない。
  一審 本件GPS捜査は検証の性質を有する強制の処分(刑訴法197条1項但書)に当たり、検証許可状を取得することなく行われた本件GPS捜査には重大な違法がある⇒本件GPS捜査により直接得られた証拠及びこれに密接に関連する証拠の証拠能力を否定。
but
その余の証拠に基づき被告人を有罪とした。
    被告人が控訴
  原審 その余の証拠についても証拠能力を否定すべきという控訴趣意をいずれも排斥。
本件GPS捜査に重大な違法があったとはいえないと説示。
  争点 ①GPS捜査の強制処分性及び令状主義(憲法35条)との関係
②強制処分性が肯定される場合、現行刑訴法上の強制処分との関係(GPS捜査が「現行刑訴法上の」強制処分といえるかという問題) 
  規定 憲法 第35条〔住居侵入・捜索・押収に対する保障〕
何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
②捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
刑訴法 第197条〔捜査に必要な取調べ、照会、通信履歴保管命令等〕
捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。
  判断 上告趣意のうち、憲法35条違反をいう点は、原判決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであり、その余は、適法な上告理由に当たらない。
but
所論に鑑み、
論点①について
車両に使用者らの承諾なく秘かにGPS端末を取り付けて位置情報を検索し把握する刑事手続上の捜査であるGPS捜査は、個人のプライバシーの侵害を可能とする機器その所持品に秘かに装着することによって、合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であり、令状がなければ行うことができない強制の処分である
論点②について
GPS捜査について、刑訴法197条1項ただし書の「この法律に特別の定のある場合」に当たるとして同法が規定する令状を発付ことには疑義がある。
GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な操作方法であるとすれば、その特質に着目して憲法、刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい。
  解説 ●GPS捜査の強制処分性及び令状主義との関係
強制処分性が問題とされた捜査手法:
①公道上における写真撮影
②人が他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所におけるビデオ撮影
~強制処分性否定

③刑訴法222条の2制定前の電話傍受
④宅配運送の過程下にある荷物の外部からのエックス線検査
~強制処分性肯定
判例上、強制処分とは、
「有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する」(最高裁昭和51.3.16)
本判決:
GPS捜査は、対象車両の時々刻々の位置情報を検索し、把握すべく行われるものであるが、その性質上、公道上のもののみならず、個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて、対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを必然的に伴う

個人のプライバシーを侵害し得るものであり、
また、そのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において、公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり、公権力による私的領域への侵入を伴うものというべき。
本判決が、GPS捜査について令状が無ければ行うことができない強制の処分と結論付けた理由:
憲法35条は、『住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利』を規定しているところ、
この規定の保障対象には、『住居、書類及び所持品』に限らずこれらに準ずる私的領域に『侵入』されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。
  ●現行刑訴法上の各種強制処分との関係
本判決:
GPS捜査は、情報機器の画面表示を読み取って対象車両の所在と移動状況を把握する点では刑訴法上の『検証』と同様の性質を有するものの
対象車両にGPS端末を取り付けることにより対象車両及びその使用者の所在の検索を行う点において、『検証』では捉えきれない性質を有することも否定し難い。

検証に「必要な処分」(刑訴法129条)としても説明しきれないとの意味。
本判決:
GPS捜査は、GPS端末を取り付けた対象車両の所在の検索を通じて対象車両の使用者の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うものであって、GPS端末を取り付けるべき車両及び罪名を特定しただけでは被疑事実と関係のない使用者の行動の過剰な把握を抑制することができず、裁判官による令状請求の審査を要することとされている趣旨を満たすことができないおそれがある。
令状主義の趣旨:
①被疑事実との関連で必要性のある処分であるか否かを裁判官に事前審査させるとともに、
②捜査機関に対し権限行使の具体的範囲をあらかじめ令状に明示させることにより、捜査権限の恣意的行使を抑制するところにあると解されている。
GPS捜査は、個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴う⇒把握される情報の中には被疑事実と関係のない行動に関するものが必然的に含まれる。
その中には将来の犯罪に関するものも含まれるが、そのような将来の犯罪の強制捜査は、刑訴法上は想定されておらず、これを許容するためには特別の立法が必要と解される。
本判決:
GPS捜査は、被疑者らに知られる秘かに行うのでなければ意味がなく、事前の令状提示を行うことは想定できない。
刑訴法上の各種強制の処分については、手続の公正の担保の趣旨から原則として事前の令状呈示が求められており(同法222条1項、110条)、
他の手段で同趣旨が図られ得るのであれば事前の令状呈示が絶対的な要請であるとは解されないとしても、これに代わる公正の担保の手段が仕組みとして確保されていないのでは、適正手続の保障という観点から問題が残る。
本判決:
これらの問題を解消するための手段として、一般的には、実施可能期間の限定、第三者の立会い、事後の通知等様々なものが考えられるところ、、捜査の実効性にも配慮しつつどのような手段を選択するかは、刑訴法197条1項ただし書の趣旨に照らし、第一次的には立法府に委ねられていると解される。
仮に法解釈により刑訴法上の強制の処分として許容するのであれば、以上のような問題を解消するため、裁判官が発する令状に様々な条件を付す必要が生じるが、事案ごとに、令状請求の審査を担当する裁判官の判断により、多様な選択肢の中から的確な条件の選択が行われない限り是認できないような強制の処分を認めることは、『強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない』と規定する同項ただし書の趣旨に沿うものとはいえない。

令状請求を受けた裁判官がGPS捜査を可能にするために刑訴法上の令状を発付することは基本的に想定していない。
  行政p10
長崎地裁H28.2.22  
  原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律1条3号に該当する者とされた事例
  事案  昭和20年8月9日に原子爆弾が長崎市に投下された際ないしその後、いわゆる「被爆未指定地域」で生活していたXらが、原爆投下時に爆心地から7.5ないし12キロメートルの範囲内の地域にある居住地において生活していたから、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律1条3号にいう「原子爆弾が投下された際又はその後において、身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当すると主張
⇒長崎県又は長崎市に対し、被爆者健康手帳交付申請却下処分の取消し、同手帳交付の義務付け、健康管理手当の支払等を請求。
  解説 被爆者援護法は、昭和32年制定の原子爆弾被爆者の医療等に関する法律および昭和43年制定の原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を統合する形でこれらを引き継ぐとともに、その援護内容をさらに充実発展させるものとして、平成6年に制定。
国の責任において、原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、高齢化の進行している被爆者に対する保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じることをその目的とする。
  争点 Xらが被爆者援護法1条3号に該当するかどうか 
  判断 被爆者援護法1条3号の意義について、
前身の原爆医療法制定に至る経緯及び同法の定め、同法につき発出された通達・通知、同法の改正並びに原爆特例措置法の制定経過及び同法の定め、被爆者援護法制定に至る経緯、同法1条3号該当性の審査基準に係る運用(広島市の例も含む)等

同法の立法趣旨や健康被害を生ずるおそれがあるために不安を抱く被爆者に対して広く健康診断等を実施することが同法の趣旨に適うと考えられる

同法1条3号にいう「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった」とは、原爆の放射線により健康被害を生ずる可能性がある事情の下にあったことをいうものと解するのが相当であり、同事実の存否は最新の科学的知見に基づき判断すべきである。 
①長崎に投下された原爆の概要、②放射線・被爆・原爆放射線に関する科学的知見、③下痢・脱毛・出血傾向の原因及び放射線による急性症状に関する知見、④被爆未指定地域における放射性降下物による外部被曝の状況、⑤内部被曝の影響、⑥遠距離被曝と急性症状の発症、⑩一定地域の住民に対する染色体異常・白血球数増加についての調査結果、⑪低線量被曝が人体に及ぼす影響等について、当事者から提出及び申請された多くの資料、専門家の意見等を整理し、詳細に吟味。
被爆未指定地域の住民は、その地域に降下した放射性降下物の発する放射線によって外部被曝及び放射性降下物を呼吸や飲食の際に摂取して内部被曝する状況にあったところ、被爆者援護法上の援護は、被爆者が原子爆弾の等価によって「特殊の被害」を受けたことを根拠にするもの

日常生活における個々人の生活状況の相違に起因する被曝の量の差に含まれる程度の被曝をしたことをもって、原爆の放射線により健康被害を生ずる可能性がある事情の下にあったというのは相当ではない。
具体的には、原爆投下による年間積算線量が自然放射線による年間被曝線量の平均2.4ミリシーベルトの10倍を超える25ミリシーベルト以上(福島原発事故において当初計画的避難地域に指定され、その後居住制限区域に指定された地域と同程度以上の年間被曝線量)である場合には、個々人の生活状況に起因する被曝の量の差を超える程度の被ばくをすると評価することができ、原爆の放射線により健康被害を生ずる可能性がある事情の下にあったというが相当。
Xらのうち原爆投下当時一定の地域に居住していた10名については、年間積算線量の推計値が
①減衰率をマイナス1.5とした場合、②マイナス1.2とした場合、③その平均値をとった場合の数値がいずれも25ミリシーベルトを超えており、被爆者援護法1条3号にいう「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった」というのが相当。
⇒これら10名による被爆者健康手帳交付請求却下処分の取消し請求及び被爆者健康手帳交付の義務付けを求める請求を認容。
but
同10名以外のXら(その被相続人を含む)については、本判決が示す前記の基準に達していない⇒同法1条3号に該当すると認めることはできない。
  民事p68
最高裁H28.12.19  
  普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権の遺産分割対象性(肯定)
  事案 被相続人Aの遺産分割審判における許可抗告事件。 
Aの法定相続人はXとYのみで、その法定相続分は各2分の1。
Aは、不動産(評価額合計約258万円)のほかに預貯金債権(合計4000万円以上)を有している。
  規定 民法 第427条(分割債権及び分割債務) 
数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は各債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負う。
  原審 預貯金債権は預金者の死亡によって法定相続分に応じて当然に分割され、相続人全員の合意がない限り遺産分割の対象とすることはできない。
Yに特別受益があり、その額は5500万円程度と認めるのが相当⇒Yの具体的相続分は0⇒Xが前記不動産を取得すべき。
    Xが許可抗告の申立てをしたところ、原審がこれを許可。
  判断 「共同相続された普通預金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる」

原決定を破棄し、本件を原審に差し戻した。 
  解説 ●預金債権の遺産分割対象性 
最高裁判決(昭和29.4.8):
「可分債権」について相続により債権者が数人となった場合に、共同相続人の数に相当する個数の債権に分割されて各共同相続人に帰属すること(民法427条が定める分割債権関係。ただし、その割合は相続分による。)を判示。
最高裁H16.4.20:
相続財産中に可分債権があるときは、その債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり、共有関係に立つものではないと解される。
債権が各共同相続人に当然に分割されて帰属⇒共同相続人による当該債権の準共有状態は存在しないから、当該債権は遺産分割の対象とならないというのが、昭和29年判決や平成16年判決の論理的帰結。

「可分債権」は原則として遺産分割の対象とならないが、共同相続人全員がこれを遺産分割の対象に含める合意をした場合には、遺産分割の対象となるとの見解が、家裁実務の大勢。
近似の判例で、①定額郵便貯金債権、②委託者指図型投資信託の受益権、個人向け国債、③委託者指図型投資信託の受益権につき相続開始後に発生した元本償還金等に係る預り金について、当然分割を否定。
but
これらは、それぞれの事案で問題とされた財産権が昭和29年判決や平成16年判決にいう「可分債権」に当たらないことを理由に(前記両判決等の射程を限定して)当然分割を否定し、その裏返しとして当該財産権を遺産分割の対象とすることを認めたもの。
中田:
給付がその性質上可分である債権には、相続開始と同時に当然に分割債権となる「分割型」と、そうでない「非分割型」とがあり、後者には債権者全員が共同して出ないと行使することができない債権(共同債権)が含まれる。
潮見:
債権発生原因である契約により内容・属性を与えられた金銭債権が相続の結果として共同相続人に承継される場合に、分割単独債権として各自に帰属するのか共同相続人の準共有となるのかは、前記の内容・属性に則し判断されるべきであるが、預金債権の相続に関しては、<預金債権=準共有=相続人全員による共同行使>構成の採用を正面から検討すべきである。
  ●本決定の考え方 
遺産分割制度の趣旨・目的について説示し、共同相続人間の実質的公平を確保するという目的に照らして、具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整を容易にする財産を遺産分割の対象とすることを指摘。
②預貯金に関する事務の内容、預貯金の決裁手段としての性格や現金との類似性等について詳細に説示した上で、遺産分割の実務において当事者の同意を得て預貯金債権を遺産分割の対象とする運用が広く行われていることを指摘。

預貯金債権が遺産分割の対象とすることになじむ財産であることを示す。
普通預金債権・通常貯金債権(普通預金)について、
普通預金契約(通帳貯金契約を含む。以下同じ。)が、一旦契約を締結して口座を開設すると、以後預金者が自由に預入れ、払戻しをすることができる継続的取引契約であり、口座に入金が行われた場合、これにより発生した預貯金債権は口座の既存の預貯金債権と合算され、一個の預貯金債権として扱われる(一個の債権として同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものである)という特殊性を指摘。

普通預金債権等が相続により数人の共同相続人に帰属するに至る場合、各共同相続人に確定額の債権として分割されることはない。
相続開始時における各共同相続人の法定相続分相当額を算定することはできるが、預貯金契約が終了していない以上、その額は観念的なものにすぎない

共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り、例えば、相続開始時の残高が100万円であったとしても、その翌日には残高が110万円になっているかもしれないのであり、本質的にそのような可能性を有するものとして普通預金債権等は存在⇒相続が開始された場合、各共同相続人はそのような1個の債権の上に準共有持分を有すると解すべきであるという趣旨。
以上のような普通預金債権等の特殊性を捉えて、本決定は、共同相続された普通預金債権等は相続開始と同時に当然に分割されることはなく、遺産分割の対象となると判示
本決定:
株式会社ゆうちょ銀行に対する定期貯金債権について、契約上分割払戻しが制限されており、このことは単なる特約ではなく定期貯金契約の要素となっている

共同相続された定期貯金債権は相続開始と同時に当然に分割されることはなく、遺産分割の対象となる。
以上の説示は、近時の判例と同様に、本件で問題とされている普通預金債権等及び定期貯金債権が、その内容及び性質に照らして昭和29年判決にいう「可分債権」に当たらない旨をいうものと解される。
本決定の考え方は、貯金債権が相続開始と同時に当然に分割される旨を判示した平成16年判決等と相反するものであり、これを変更したもので、昭和29年判決を変更したものではない。
  ●個別意見の概要 
鬼丸意見:
①多数意見が述べる普通預金債権等の法的性質⇒相続開始後に被相続人名義の預貯金口座に入金が行われた場合、当該口座に係る預貯金債権の全体が遺産分割の対象となる(相続開始時の残高相当額部分のみが遺産分割の対象となるものではない。)。
②果実、代償財産、可分債権の弁済金等が被相続人名義の預貯金口座に入金された場合、具体的相続分の算定の基礎となる相続財産の価額をどう捉えるかが問題となることになる。
  ●本決定の射程等 
本決定:
普通預金債権等及び定期貯金債権について、権利の内容及び性質に照らし遺産分割の対象となることを判示。
定額貯金債権に関する説示(=分割払戻しの制限が契約の要素となっていること)の考え方は、ゆうちょ銀行の定額貯金のほか、その他の金融機関の定期預金・定期貯金にも及ぶ(約款上一部解約が認められることは定期預金等の本質に影響しないのではないか。)。
共同相続人の1人が相続開始前に被相続人に無断でその預貯金を払い戻した場合に発生する不当利得返還請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権(いわゆる使途不明金問題)については、本決定の射程外。
平成16年判決の事案のように、相続開始後に共同相続人の1人が相続財産の預貯金を払い戻した場合、他の共同相続人は、自己の準共有持分を侵害されたものとして、払戻しをした共同相続人に対し、不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還を求めることができるものと解される(結論において、平成16年判決が説示したところと同じに帰するが、理由を異にする。)。
本決定の考え方⇒相続人は全員で共同しなければ預貯金の払戻しを受けることができない(民法264条本文、251条)

共同相続人の一部が、被相続人の預貯金債権を相続分に応じて分割取得したと主張して、金融機関に対しその法定相続分相当額の支払を求めた場合、その請求は棄却されるべきものとなる。
(このことと、金融機関が顧客の便宜のために相応のリスク判断の下で一定の便宜を行うことは、もとより両立し得るものと思われる。)
  ●確定判決等に与える影響 
既に確定している遺産分割審判や預貯金払戻請求訴訟の判決に影響を与えるものではない。
but
預貯金債権が残存する場合には、別途これについての遺産分割をすることを要する。
本決定と異なる解釈を前提として遺産分割の協議や調停がされた場合に、その協議や調停の効力が当然に錯誤等により影響を受けるものではない。
  民事p78
仙台高裁H28.12.7  
  義援金の不正疑惑についての署名活動と署名を求める文書が、正当な意見・論評であり名誉毀損とならないとされた事例
  事案 東日本大震災にかかる義援金の不正疑惑について、警察による捜査を求める署名活動と署名を求める文書(「本件文書」)が、名誉毀損となるかが争われた事案。
原告:町議会議員
被告:(同じ)町議会の議員と市民オンブズマンの代表者
⇒不正疑惑の追及の名を借りた政敵への攻撃と見る余地
  原審 事実摘示型の名誉毀損とし
被告は、不正疑惑の存在を摘示したのではなく、真実不正が存在するとして摘示したもので、
摘示事実について真実と信じた相当な理由があるとは言えない。
  判断  被告の署名活動と本件文書につき、
事実摘示型の名誉毀損ではなく、義援金にかかる不正疑惑があるという事実を前提として、捜査機関に疑惑の解明を求める、意見・論評であると判断。 
①本件文書に、雑誌やブログによる記事の引用がある
②原告による義援金の不正利用により町民が受給するべき義援金が減額されたのではないかという疑惑があるとの記載がある
⇒被告の行為は、事実を摘示したもの。
but
本件文書は、
これらの事実を前提とした町民の怒りの感情や、捜査機関に対して、原告が受領した義援金の総額や使途を明らかにすること、不正使用の疑惑を解明するよう求める部分を含んでおり、これらの部分は、客観的証拠等をもってその存否を決することのできないもの。

一定の事実を前提とした意見ないし論評であると判断。

事実の摘示から構成される原告に対する名誉毀損か、あるいは、
疑惑解明を求める意見・論評(感情・要望)か
という問いについて、後者であると判断。
  民事p90
東京地裁H28.6.27  
  青果物等の卸売業者と仲卸業者らの協同組合との間の合意内容の解釈
  事案 青果物及び青果加工品の卸売業者であるXが、仲卸業者らの協同組合であるYに対し、
①代払契約に基づく代払債務の履行請求として、又は、
②保証契約に基づく保証債務の履行請求として(①と選択的請求)、
XがYの組合員に対して売り渡した商品の代金の支払、及び、これに値する商事法廷利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた。 
  事実 東京都中央卸売市場条例85条1項は、買受人は、卸売業者又は仲卸業から買い受けた物品の引渡しを受けると同時に買い受けた物品の代金を支払わなければならないが、卸売業者又は仲卸業者があらかじめ知事の承認を受けて買受人と支払猶予の特約をしたときは、この限りでない旨規定。
XとYは、取引協約書を取り交わし、以下の規定のある、支払猶予の特約を締結。
①Yに所属する組合員のXに対する買受代金は、買い受けた日から起算して6日以内にYがXに対して「代払い」を行うこと(本件代払契約)
②Yが買受代金を①によって完納した場合、XはYに対し、完納奨励金として10000分の10を支払うこと
③Yに所属する組合員のXに対する買受代金の債務についてはは、Yが、関係法令に準拠してこれを「保証」すること(本件保証契約)
  争点 ①代払債務の履行請求につき、本件代払契約に係る当事者の合意内容(Yは、無制限の代払義務を負うか、Yが組合員から入金された金額の限度のみ支払えばよいか)
②保証債務の履行請求につき、本件保証契約に係る当事者の合意内容(Yは、Yが通知した金額の限度で保証債務を負うという「限度付き」保証か)
③相殺の抗弁(Yは、Xに対し、不当利得返還請求権を有するか)
  判断 ①取引協約書の文言
②青果物の取引に係る買受人組合(仲卸組合等)による代払制度や完納奨励金支払制度に係る沿革
③本件における完納奨励金支払の経緯等
について検討
⇒ 
当事者の合意内容は、Yが組合員から入金された金額の限度のみ支払えばよいというものではなく、Yは組合員からの入金金額にかかわらず、代払義務を負う。
①取引協約書の文言
②前記条例85条1項の規定内容
③X・Y間の取引の経緯等
について検討

X・Y間において、Yが指摘する取引も代払いや保証の対象とするという合意が成立したことが推認される。

被告の相殺の抗弁を否定。
  解説 本判決は、
当事者間の合意につき、当事者間で作成された文書や、当事者間の経緯だけであなく、青果物の取引に係る買受人組合(仲卸組合等)による代払制度や完納奨励金支払制度に係る沿革等も考慮した上で、判断を行ったもの。 
  民事p103
京都地裁H28.10.11  
  特定商取引に関する法律での法定書面における商品名の記載とクーリングオフ期間の進行
  事案 家庭教師の派遣及び学習用教材の販売等を目的とするA社と消費者Yとの間の受験用教材の売買契約に係る売買代金債権を譲り受けたXが、Yに対し、売買残代金とこれに対する遅延損害金の支払を求めて訴訟提起。

Yが、特定商取引に関する法律9条1項に基づく解除等を主張。
特商法9条1項は、本文で、訪問販売における購入者によるクーリングオフを認め、ただし書で、特商法5条所定の書面を受領した日から起算して8日を経過した場合には、これを制限している。
  判断 特商法5条1項は、販売業者は、訪問販売契約等を締結したときは、遅滞なく、主務省令で定めるところにより、同法4条各号の事項についてその売買契約の内容を明らかにする書面(「法定書面」)を購入者等に交付しなければならない旨を定め、同法4条は、その6号として、同条1号ないし5号に掲げるもののほか、主務省令で定める事項を挙げ、これを受けて、特定商取引に関する法律施行規則3条は、特商法4条6号において、商品名および商品の商標又は製造者名を掲げている。
このように、特商法施行規則3条4号が、法定書面に商品名等を記載することを要求したのは、訪問販売において、購入者等が契約内容を十分に吟味しないままに契約を締結して後日のトラブルが生じることを防止するとともに、クーリングオフの行使の機会を確保させるために、契約の目的である商品と実際の商品とが一致するかを客観的に確認できるようにすることにあると解される。

法定書面に該当する書面に記載すべき商品名については、実際の商品と客観的に一致しているかどうかの判断を可能とする程度の記載がされる必要がある。
A社からYに売買契約書及び概要書面が交付されているところ、各書面の記載内容が異なり、A社からYに交付された書面の商品名の記載を一義的に解することは困難
⇒同書面には、契約の目的である商品と実際の商品とが客観的に一致しているかどうかの判断を可能とする程度に具体的な記載がなされていなかったといわざるをえない。

Yが法定書面を受領したとはいえないとして、Yのクーリングオフを認めた。
  民事p107
東京家裁H28.6.29  
  親権停止審判申立事件を本案事件とする審判前の保全処分申立事件で、本案審判認容の蓋然性及び保全の必要性を認め、未成年者に対する職務の執行を停止した事例
    親権停止審判申立事件を本案事件とする審判前の保全処分申立事件
  事案 児童相談所長は、未成年者を一時保護し、親権者らについて親権停止の審判を求めるとともに、同審判が効力を生じるまでの間、親権者らの未成年者らに対する職務の停止を求める審判前の保全処分を申し立てた。 
  判断 未成年者の病状は今後予定される手術の内容等
⇒未成年者の親権者としては、未成年者を頻繁に見舞うとともに、医療従事者と十分に意思疎通を図り、緊急の事態が生じた場合も含めて、未成年者が必要としている医療行為が実施されるよう、迅速かつ適切に対応する必要がある。 
親権者らのこれまでの対応や現在の生活状況等
⇒親権者らが迅速かつ適切に対応できるかどうか疑問がある。

本案審判認容の蓋然性及び保全の必要性があると判断し、申立人の申立てを認容。
  規定 民法 第834条の2(親権停止の審判)
父又は母による親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権停止の審判をすることができる。
2 家庭裁判所は、親権停止の審判をするときは、その原因が消滅するまでに要すると見込まれる期間、子の心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して、二年を超えない範囲内で、親権を停止する期間を定める。
家事事件手続法 第174条(親権喪失、親権停止又は管理権喪失の審判事件を本案とする保全処分)
家庭裁判所(第百五条第二項の場合にあっては、高等裁判所。以下この条及び次条において同じ。)は、親権喪失、親権停止又は管理権喪失の申立てがあった場合において、子の利益のため必要があると認めるときは、当該申立てをした者の申立てにより、親権喪失、親権停止又は管理権喪失の申立てについての審判が効力を生ずるまでの間、親権者の職務の執行を停止し、又はその職務代行者を選任することができる。

2 前項の規定による親権者の職務の執行を停止する審判は、職務の執行を停止される親権者、子に対し親権を行う者又は同項の規定により選任した職務代行者に告知することによって、その効力を生ずる。
  解説 未成年者が病気・事故等のために手術や治療を必要としている場合、医療機関がその未成年者に対し医療行為を行うには、通常、親権者の同意が必要。
but
親権者が正当な理由もなく未成年者に対する医療行為についての同意を拒否して放置することにより、未成年者の生命・身体が危険にさらされている場合がある(=医療ネグレクト)。 
親権停止(民法834条の2)は、平成23年の民法改正によって設けられた制度であり、親権を喪失させるまでには至らない比較的程度の軽い事案や、一定期間の親権制限で足りる事案において、必要に応じて適切に親権を制限することができるようにするために設けられていたもの。
家庭裁判所は、親権喪失・親権停止等の申立てがあった場合において、親権者による虐待の程度が重大で子の心身に危険が生じている場合など、「子の利益のため必要がある」と認められる場合には、本案事件の申立人の申立てにより、本案審判が効力を生ずるまでの間、親権者の職務の執行を停止し、又はその職務代行者を選任することができる(家事事件手続法174条)。
本件では、保全処分の内容として、親権者の職務執行停止のみが申し立てられており、職務代行者選任は申し立てられていない。

未成年者につき一時保護が行われているため、親権者の職務の執行を停止しさえすれば、児童相談所長において親権の行使が可能とされている(児童福祉法33条の2)。
but
職務代行者を選任しない場合、職務代行者に告知をすれば親権者への告知を待たずに審判の効力が生ずるとする家事事件手続法174条2項を適用することができない(同法74条2項及び109条2項により、親権者に告知されたときに効力を生じる)。
医療ネグレクト事案における本案審判認容の蓋然性及び保全の必要性についての考慮要素
①未成年者の疾患及び現在の病状
②予定される医療行為及びその効果と危険性
③予定される医療行為を行わなかった場合の危険性
④緊急性の程度
⑤親権者が未成年者に対する医療行為を拒否する理由及びその合理性の有無等
本件についても、前記の考慮要素等を総合考慮の上、未成年者の病状が深刻であって、直ちに治療及び手術を受ける必要性があり、これを受けなった場合には未成年者の生命に危険が生じかねない事態であることを重視し、親権者らがこのような緊急事態に迅速かる適切に対応できるかどうか疑問であるとして、本案審判認容の蓋然性及び保全の必要性を認めた。
  労働p110
大阪高裁H28.10.26  
  賃金減額協定による賃金減額が認められなかった事例
  事案 Yの従業員であるXらが、Yは平成23年8月から10月に支払う賃金について一方的に減額してその一部を支払っただけ⇒Yに対し、未払賃金と遅延損害金の支払を求め、
一部のXらは、賃金を支払わないことが不法行為に該当するとして、予備的に不法行為に基づく損害賠償金の支払を求めた。 
  争点 (1)
14パーセント減額協定が就業規則の変更等としてXらに効力を及ぼすか、
14パーセント減額協定に対応する合意がXらとYとの間で個別に成立し、個別合意として効力を及ぼすか、
14パーセント減額協定が労働協約としてXらに効力を及ぼすか
(2)
14パーセント減額協定の効力がXらに及ばない場合、Xらの賃金はいくらか 
  判断 ●争点(1)について
①14パーセント減額協定は就業規則ないしそれに準ずるものとしてXらに効力を及ぼすとは認められない
②14パーセント減額協定に対応する合意がXらとYとの間で個別に成立したとは認められない
③14パーセント減額協定はYとA労働組合関西地方C支部が確認書を作成した時点で労働協約として効力を生じたと認めるのが相当であるが、C支部Y分会を脱退したXらについては労働協約としての効力は及ばない
①就業規則を変更する場合には、その内容の適用を受ける事業場の労働者が就業規則の内容を知り得る状態に置かれていることを要すると解するのが相当
②控訴人が就業規則の変更とみるべきと主張する社内報には、賃金改定の内容や説明が記載されているものの、それが就業規則の変更となる旨の説明はない上、交渉結果の報告等を交えたものとなっていることからすると、就業規則の体裁も整っていない。

前記社内報は、協定内容等の説明文書の域を超えるものとはいえず、前記社内報に賃金改定の内容等が記載されていることによって、従前の就業規則が変更されたとみることはできない。
労使慣行(C支部との協議あるいは従業員との意見交換を踏まえた上で、社内報による周知により賃金改定を行う)の主張も否定。

①労使慣行は、就業規則、労働協約などの成文の規範に基づかない集団的な取扱いが長い間反復・継続して行われ、それが使用者と労働者の双方に対して事実上の行為準則として機能する場合の問題であり、成文の規範であり所定の手続が必要とされる就業規則の変更の効力がこのような労使慣行により直ちに生じるものとは認め難い。
②本件においては、およそ社内報による周知等によって賃金改定の法的効力が生じているとは評価し難く、労使ともに社内報による周知によって賃金の改定が実施されたと理解していたものとも認め難い。
  ●争点(2)について 
Xらは、基本給協定、9パーセント減額協定及び逓増初任給協定に基づいて算定した賃金の支払を受ける権利を有している。
  規定  労契法 第7条
労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
民法 第92条(任意規定と異なる慣習)
法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。
  解説 ●就業規則が法的拘束力を有するにはいかなる手続が必要か
最高裁H15.10.10(フジ興産事件):
就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を、適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきであると判示し、労契法7条においてもその旨を規定。
内規の形で労働組合に提示された退職功労金の支給基準について、体裁、手続面などを検討し、同基準自体は就業規則の一部ではないと判断した大阪高裁H27.9.29
●労使慣行について 
最高裁H7.3.9:
①労使慣行が長期間にわたtって反復継続して行われ、
②労使双方がこれを明示的に排除しておらず、
③労使双方、特に使用者の規範意識によって支えられている場合
には、「事実たる慣習」(民法92条)としてその法的効力を認める。
  商事p122
最高裁H29.2.21  
  取締役会設置会社である非公開会社における株主総会の決議によっても代表取締役を定めることができる旨の定款の効力(有効)
  事案 取締役会設置会社である非公開会社において、取締役会の決議によるほか、株主総会の決議によっても代表取締役を定めることができる旨の定款の定めが有効かどうかが争われた事案。 
Y1(非公開会社で、取締役会を設置する旨の定款の定めを有する取締役会設置会社)の定款には、
代表取締役は取締役会の決議によって定めるものとするが、必要に応じ、株主総会の決議によって定めることができる旨の定めがされていた。
Xは、Y1の代表取締役であった者。
Y2は、平成27年9月30日に開催されたY1の株主総会において取締役に選任する旨の決議及び代表取締役に定める旨の決議がされた者。
Xは、Y1及びY2に対し、本件株主総会の前記各決議には法令違反があるとして、Y2の取締役兼代表取締役の職務執行及び職務代行者選任の仮処分命令の申立て。
  規定 会社法 第二九五条(株主総会の権限)
株主総会は、この法律に規定する事項及び株式会社の組織、運営、管理その他株式会社に関する一切の事項について決議をすることができる。
2前項の規定にかかわらず、取締役会設置会社においては、株主総会は、この法律に規定する事項及び定款で定めた事項に限り、決議をすることができる。
3この法律の規定により株主総会の決議を必要とする事項について、取締役、執行役、取締役会その他の株主総会以外の機関が決定することができることを内容とする定款の定めは、その効力を有しない。
  原決定 代表取締役の選任・解任権限を株主総会に認めたからといって、取締役会の監督権能が失われるものではなく、本件定めが無効であるとはいえない。
⇒Xの申立を却下。 
    Xからの許可抗告の申立てを原審(東京高裁)は許可
  判断 ①会社法295条2項によれば、取締役会設置会社において、株主総会は、会社法に規定する事項及び定款定めた事項に限り、決議をすることができるところ、この定款で定める事項の内容を制限する明文の規定はない
②取締役会設置会社である非公開会社において、取締役会決議によるほか株主総会の決議によっても代表取締役を定めることができるとしても、代表取締役の選定及び解職に関する取締役会の権限が否定されるものではなく、取締役会の監督権限の実効性を失わせるものではない

本件定めを有効として、本件許可抗告を棄却すべき。
  解説 会社法295条は、株主総会が決議することができる事項を、
1項で「この法律に規定する事項及び株式会社の組織、運営、管理その他株式会社に関する一切の事項」とし、
2項で取締役会設置会社においては、「この法律に規定する事項及び定款で定めた事項」に株主総会の決議事項を限定。
本決定は、
取締役会設置会社である非公開会社において、
取締役会の決議によるほか株主総会の決議によっても代表取締役を定めることができる旨の定款を有効であるとの法理を示したもの。
①公開会社について、株主総会にも代表取締役の選定権限を認める定款が有効かどうか
②取締役会設置会社において、株主総会のみに代表取締役の選定権限を認める定款が有効かどうか
などについては、判示するものではない。
7月
2332   
  民事p13
最高裁H29.1.31  
  相続税の節税のための養子縁組と縁組意思(民法802条1号)
  事案 亡Aの長女であるX1及びAの二女であるX2が、Aの孫であるYに対して、AとYとの間の養子縁組は縁組をする意思を欠くものでると主張⇒養子縁組の無効確認を求めた。 
  規定 民法 第802条(縁組の無効) 
縁組は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に縁組をする意思がないとき。
  原判決 本件養子縁組は専ら相続税の節税のためにされたものであり、かかる場合は民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たる。
⇒Xらの請求を認容。
  判断 専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても、直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。
  解説 本判決は、相続税の節税のために養子縁組をすることは、節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず、相続税の節税の動機と縁組をする意思とは、併存し得るもの

専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても、直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできないと判断。
借養子縁組を無効とした最高裁昭和23.12.23:
たとえ養子縁組の届出自体については当事者間に意思の一致があったとしても、それが単に他の目的を達するための便法として仮託されたものに過ぎないときは、養子縁組は効力を生じない

相続税の負担軽減のための便法として、養子縁組を仮装したような場合には、養子縁組が無効となるものと思われる。
「本件養子縁組について、縁組をする意思がないことをうかがわせる事情はない」との説示で、縁組意思が存在する旨の積極的な認定、説示はされていない。

養子縁組の無効確認の訴えにおいて、縁組意思がないことについては、縁組の無効を主張する原告に証明責任があるという見解に立ったものと思われる。
相続税法上、遺産に係る基礎控除額の算定の際に、相続人の数に算入される養子の数は、実子がいれば1人、実子がいなくても2人まで(同法15条2項)。
その制限内の人数の養子であっても、相続税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合には、税務署長は、その養子の数をその遺産に係る基礎控除額算定上の相続人の数に算入しないで更正又は決定できる(同法63条)。

相続税の節税のための養子縁組が直ちに無効とならないとしても、相続税の節税効果が得られるとは限らない。
  民事p16
最高裁H29.1.24   
  不特定多数の消費者に向けられた働きかけと消費者契約法12条の「勧誘」(肯定)
  事案 消費者契約法2条4項の適格消費者団体であるXが、健康食品の小売販売を営むYに対し、Yが自己の商品の原料の効用等を記載した新聞折込チラシを配布することが、消費者契約の締結について勧誘をするに際し、いわゆる不実告知(法4条1項1号)を行うことに当たると主張⇒法12条1項及び2項に基づき、新聞折込チラシに前記の記載をすることの差止め等を求めた事案。
規定 消費者契約法 第一二条(差止請求権)
適格消費者団体は、事業者、受託者等又は事業者の代理人若しくは受託者等の代理人(以下「事業者等」と総称する。)が、消費者契約の締結について勧誘をするに際し、不特定かつ多数の消費者に対して第四条第一項から第三項までに規定する行為(同条第二項に規定する行為にあっては、同項ただし書の場合に該当するものを除く。次項において同じ。)を現に行い又は行うおそれがあるときは、その事業者等に対し、当該行為の停止若しくは予防又は当該行為に供した物の廃棄若しくは除去その他の当該行為の停止若しくは予防に必要な措置をとることを請求することができる。ただし、民法及び商法以外の他の法律の規定によれば当該行為を理由として当該消費者契約を取り消すことができないときは、この限りでない。

2適格消費者団体は、次の各号に掲げる者が、消費者契約の締結について勧誘をするに際し、不特定かつ多数の消費者に対して第四条第一項から第三項までに規定する行為を現に行い又は行うおそれがあるときは、当該各号に定める者に対し、当該各号に掲げる者に対する是正の指示又は教唆の停止その他の当該行為の停止又は予防に必要な措置をとることを請求することができる。この場合においては、前項ただし書の規定を準用する。
消費者契約法 第四条(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)

 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。

一 重要事項について事実と異なることを告げること。 当該告げられた内容が事実であるとの誤認
争点 本件チラシの配布が法12条1項及び2項にいう「勧誘」に当たるか否か?
  原審 「勧誘」には不特定多数の消費者に向けて行う働きかけは含まれないところ、本件チラシの配布は新聞を購読する不特定多数の消費者に向けて行う働きかけ。
⇒前記の「勧誘」に当たるとは認められない。 
  判断 事業者等による働きかけが不特定多数の消費者に向けられたものであったとしてもそのことから直ちに「勧誘」に当たらないということはできない。
⇒原審の前記判断には法令の解釈適用を誤った違法がある。 
but
その事実関係からは、法12条1項及び2項にいう「現に行い又は行うおそれがある」とはいえない
⇒原審の判断は結論において是認することができる。
⇒原告の上告を棄却。
  解説 そもそも、法は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差に鑑み、消費者の利益の擁護を図ること等を目的として(1条)、
事業者等が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、消費者の意思形成に不当な影響を与える一定の行為をしたことにより、消費者が誤認するなどして消費者契約の申込み又は承諾の意思表示をした場合には、当該消費者はこれを取り消すことができることとし(4条1項~3項、5条)
さらに、一定の要件の下で適格消費者団体が事業者等に対して前記行為の差止め等を求めることができることとするもの(12条1項及び2項)。
事業者が、その記載内容全体から判断して消費者が当該事業者の商品等の内容や取引条件その他これらの取引に関する事項を具体的に認識し得るような新聞広告により働きかけを行うときは、その働きかけが個別の消費者の意思形成に直接に影響を与え、これにより当該消費者が誤認するなどして消費者契約を締結することもあると考えられる

事業者等が不特定多数の消費者に向けて働きかけを行う場合を「勧誘」に当たらないとして法の適用対象から一律に除外することは、前記の法の趣旨目的に照らし相当とはいえない。
  民事p19
高松高裁H28.11.25  
  宗教法人との間の根抵当権設定契約が内部手続がとられていないことを理由に無効とされた事例
  事案  Y銀行が、Aとの間の銀行取引等に基づきAが負担すべき債務を担保するために、Aが代表者である宗教法人Xが有する不動産につき、Xとの間で根抵当権設定契約を締結し、同設定登記を経由したところ、Xが、本件設定契約は利益相反取引であるにもかかわらず宗教法人法及びXの規制に定められた手続を欠くからその効力を生じない⇒Y銀行に対し、前記不動産の所有権に基づき妨害排除請求として、根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めた。 
  規定 宗教法人法 第21条(仮代表役員及び仮責任役員)
代表役員は、宗教法人と利益が相反する事項については、代表権を有しない。この場合においては、規則で定めるところにより、仮代表役員を選ばなければならない。
宗教法人法 第23条(財産処分等の公告)
宗教法人(宗教団体を包括する宗教法人を除く。)は、左に掲げる行為をしようとするときは、規則で定めるところ(規則に別段の定がないときは、第十九条の規定)による外、その行為の少くとも一月前に、信者その他の利害関係人に対し、その行為の要旨を示してその旨を公告しなければならない。但し、第三号から第五号までに掲げる行為が緊急の必要に基くものであり、又は軽微のものである場合及び第五号に掲げる行為が一時の期間に係るものである場合は、この限りでない。
一 不動産又は財産目録に掲げる宝物を処分し、又は担保に供すること。
  事実 Xの規則には、これらの宗教法人法の規定と同旨の規定が置かれている。
また、Xが解散したときには、その残余財産が原則として現代表役員(A)に帰属することが定められている。 
  判断 特に、包括宗教団体の代表者作成の承諾書面やX内部で公告手続がされたことを証する旨の信者作成の書面については、Y銀行の担当者が作成した原稿をAの責任役員等ではなくB社の従業員に交付して関係者の署名押印を求めるという経緯で作成されたものであった上、実際には公告手続がとられていなかったこと、Xの規則20条が定める責任役員会の同意手続がとられていなかったことを認定。
  本件設定契約が利益相反取引に当たるにもかかわらず宗教法人法及びXの規制が定める仮代表役員選任の手続を経ていないから無効であるところ、
①金融機関であるY銀行が本件設定契約の締結が利益相反取引に当たることを看過していたこと、
②Xに対するAの影響力が大きく、解散時の残余財産がAに帰属する旨がXの規則に定められているなどの事情は認められるものの、Xが宗教法人としての実態を有しており、A個人は別の法主体として固有の保護法益が認められること
③本件設定契約の締結手続に関して作成された前記各書面も前記認定の経緯で作成されたものである上、実際には公告手続がとられておらず、公告がされたか否かについては外部からの確認も容易であったにもかかわらずY銀行が何らの確認もしていない等の事情

前記各書面の交付を受けたことによりY銀行の信頼を重視すべきとは認められない。
⇒Xの請求を認容
  民事p29
大阪地裁H28.12.12  
   
  事案  起立斉唱拒否等を理由に再任用教職員採用選考不合格⇒国家賠償請求
  判断 先例(最高裁H23.5.30)に基づき、本件指導はXの歴史観・世界観を否定するものではない⇒Xの思想及び良心の自由を直ちに制約せず、また、本件指導及び本件不合格は、Xの思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの、本件指導の目的及び内容並びに制約の態様等を総合的に較量すれば、前記制約を許容し得る程度の必要性と合理性が認められる。
自己申告票については教職員に特定の世界観や人生観等、個人の人格形成に必要ないしはそれと関連のある事項の記載をさせるものとは認められない。

本件所為及び自己申告票を提出しなかったことを本件不合格事由としたことについては、憲法19条に違反しない。
  本件不合格に当たって、Xには本件所為のほか、その後の職務命令違反行為や自己申告書の不提出等複数の事由の存在が認められる

他の教員と事情が同じであるとは認め難い

本件不合格は憲法14条に違反しない。
  ①本件指導は児童に対するものではない、②本件不合格はXの行為を理由にするもの⇒それぞれは児童の権利を侵害しない。 
教育の自由は現行法規の体系下での教育を実施する上で認められるところ、本件不合格はXの行為を理由とするもの
⇒教師の教育の自由を侵害しない。
  ①再任用の合否や採否の判断に関しては、市教委に広範な裁量権が認められているところ、②Xに係る各事情はXの教育公務員としての適性に疑義を抱かせるもの⇒これらの事情を考慮してXを不合格・不採用とすることに裁量権の逸脱・濫用はない。
  解説 最高裁は、不規律等の職務命令違反を理由とする懲戒処分における裁量論の判断枠組を示している(最高裁H24.1.16)が、他方で、不起立等をした教員に対する再任用について裁量論のそれを示していない。
下級審では、
再任用についての教育委員会の広範な裁量を認めつつ、
「不合格等の判断が客観的合理性や社会的相当性を著しく欠く場合には」裁量権の逸脱・濫用を認めるべきという判断枠組を示した判決(東京地裁H27.5.25)。
この枠組みを踏まえ、不起立等の行為が消極的な態様で、その程度が重大であることの客観的な説明ができない
⇒行為の非違性を不当に重く扱う一方で他の具体的な事情を考慮することがなかったものとして、教育委員会の不合格の判断は、客観的合理性及び社会的相当性を欠き、裁量権の逸脱・濫用に当たるとされた事例(東京高裁H27.12.10)。
  民事p44
名古屋地裁H28.9.26  
  傷害保険契約の保険金の支払請求(否定事案)
  事案 本件法施行後の平成23年10月に発生した、カーブした山道を走行中崖から車両ごと転落して運転者Aが死亡⇒X(会社、事故当時の代表取締役A)と保険会社Yとの間で、保険法施行前に締結され、毎年自動継続されてきた、Aを被保険者とする普通傷害保険契約に基づき、XがYに対し、保険金の支払を請求。
約款では、保険金の支払事由を
「被保険者が急激かつ偶然な外来の事故により傷害を被ったこと」と定め、
他方、
被保険者の故意又は重大な過失によって生じた傷害を免責事由と定めている。
  原告 被保険者の故意又は重大な過失によって生じた保険事故を免責事由とする保険法下の障害疾病定額保険契約に適用される約款の解釈について、かかる保険法の規定の内容等が斟酌される⇒最高裁H14.4.20の判示するところは妥当しないのであり、原告において事故の偶然性の主張・立証をする必要はない。 
  規定 保険法 第八〇条(保険者の免責)

保険者は、次に掲げる場合には、保険給付を行う責任を負わない。ただし、第三号に掲げる場合には、給付事由を発生させた保険金受取人以外の保険金受取人に対する責任については、この限りでない。

一 被保険者が故意又は重大な過失により給付事由を発生させたとき。
二 保険契約者が故意又は重大な過失により給付事由を発生させたとき(前号に掲げる場合を除く。)。
三 保険金受取人が故意又は重大な過失により給付事由を発生させたとき(前二号に掲げる場合を除く。)。
四 戦争その他の変乱によって給付事由が発生したとき。
  判断  ●事故の偶然性の主張立証責任について 
保険金請求者側が主張立証責任を負う

①保険法は、傷害疾病定額保険については、「人の傷害疾病に基づき」一定の給付を行うと定義するのみであるから、保険契約において、急激性、外来性の3要件を充足する事故のみを保険事故たる傷害の原因事故と定めたうえ、それにより生ずる傷害のみを保険保護の対象とすることは、保険法の定めに反するものではない。
②保険約款において、「傷害」について、急激かつ偶然な外来の事故によって被ったものであることを保険金給付事由と定めている以上、保険金請求者側において、発生した事故が急激かつ偶然な外来の事故であることの主張立証責任を負う。
③その場合、故意免責の規定は確認的な規定と解さざるを得ないが、保険法80条1号は任意規定とされているから、直ちにこれに反するわけではない。
  ●本件事故の偶然性 
①本件事故現場の道路脇に設けられた待機所に設置されたコンクリートブロック(崖への転落防止用擁壁)の損傷状態、②現場のわだちの跡、③本件事故後の車両の破損状況、④Xの経営状況、⑤事故前のAの状況、⑥事故日前後のAの言動等を検討。
①②③⇒Aは、本件事故現場付近でいったん道路のカーブに沿って右にハンドルを転把し、夜間の照明もない山道において、最高速度を10キロメートル程度上回る高速で走行したうえ、緩やかに左ハンドルを転把してコンクリートブロックに衝突したもので、意図的にダム湖に向かうようにハンドル操作をしたと認定できる
⇒本件事故が外形的に見て事故であるといえるような事故態様であったとはいえない。
Xの経営状況(倒産の危機に瀕していたとなどとは言えない。)、Aの事故前後の行動状況(本件事故後の予定も組まれていた等)など⇒Aが自殺する意図を有していたとまでは言えない。
but
Aは当時Xの業績の変動等から相当のストレスを受けていたと考えられること等から、およそ自殺を考えるような状況になかったとも言えない。

結局、本件事故については、急激かつ偶然のものとは認め難い(外形的に見て事故であることの立証がされれば、急激かつ偶然の事故であることについて一応立証がされたとする立場に立ったとしても、本件では、外形的に見て事故であるとの立証がされたとも言えない。)として、Xの請求を棄却。
  解説 保険法制定前の商法には傷害疾病定額保険契約について規定はなく、約款において規律されるものとなっていたところ、
約款において、
被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害に対して保険金を支払うものとされる一方、
被保険者の故意、自殺行為によって生じた傷害に対しては保険金を支払われないものと定められていた事案につき、
平成13年最高裁判決:
前記約款に基づき死亡保険金の支払を請求する場合における自己の偶然性の主張立証責任は保険金を請求する者が負うとし、故意による場合の免責の規定は確認的注意的なものにとどまる旨判示。
(なお、同日付の最高裁判決は、生命保険契約に付加された災害割増特約についての約款に基づき災害死亡保険金を請求する場合、請求する側が発生した事故の偶然性について主張・立証責任を負うと判示。) 
①保険法では、傷害疾病定額保険契約を「人の傷害疾病に基づき一定の保険給付を行うことを約するもの」とだけ定義し、かつ、
②被保険者の故意により給付事由を発生させたことを免責事由として定めている

被保険者の故意による自己招致(偶然性の不存在)は抗弁として位置づけられるので、平成13年最高裁判決の判断は保険法下では維持できないという考え方もあり得る。
約款の規定の仕方から保険金請求者の側において偶然性の主張立証責任を負うと解すると、保険金請求者の側に困難を強いる。

平成13年最高裁判決は、立証の程度の問題について、保険金請求者側の負担を軽減する判断手法を用いることを否定するものではないとし、
①人は一般に自ら自分を傷つけるものではないという人の自己保存本能に基づく経験則が存在する⇒保険金請求者側において、外形的にみて事故であるということ(例えば、道路から車が湖に転落したこと)が立証できれば、事故が偶然であることが事実上推定される
②これに対し、保険者が、事故の偶然性を争うためには、自殺を真に疑わせる事項を立証する必要がある
③保険者がこの立証をした場合には、保険金請求者は、この疑念を反ばくするに足りる程度の立証をする必要があり、これができなければ、偶然性の立証はされなかったことになる
とする見解が有力に主張。
本件事故の偶然性の判断については、自殺の動機という面からはあまり決定的なものは見当たらず、現場のコンクリートブロックに残されていた損傷という客観的状況から推定される車両の進行状況から意図的に左にハンドルを切って路外に高速で進行したという判断が導かれたことが決定的。 
  民事p58
京都地裁H28.2.17  
  肝機能が悪化した場合に専門の医療機関を紹介する診療契約締結とその不履行が認められた事例
  事案 Xが、Yの開設するYクリニックにおいて、Yとの間で、B型肝炎の治療を目的とした診療契約を締結
but
Yクリニックの担当医師であるA医師が、適切な診察を怠った結果、肝硬変及び肝がんに罹患

診療契約の債務不履行に基づき、1億2278万円余の損害賠償請求。
B医師は、A医師にXを紹介するにあたり、XがB型肝炎ウイルスキャリアであり、肝機能障害に注意すべきであるとの引継ぎ。
but
Yクリニックは、Xに対し積極的に肝炎の治療は行わなかった。
Xは平成17年10月、C病院で肝がんの疑いを指摘され、同年11月にはD病院で肝腫瘍と診断された。
  判断  ①Yクリニックでの治療を受ける前のB医師の治療でもバセドウ病の治療を受けており、B型肝炎の治療を受けていない
②YクリニックはB型肝炎の専門的な治療を行う医療機関ではない
③XもYクリニックにおいて積極的な肝炎の治療を受けていたとまでの認識がない

X・Y間でB型慢性肝炎に関する諸検査等を積極的に実施するなどの治療管理を内容とする診療契約が成立したとまでは認定できない。
but
①A医師はB医師からXがB型肝炎ウイルスキャリアであり、肝機能障害に注意すべきである旨の引継を受けた
②これを受けて、A医師は、第1回目の診察の際、血液検査を実施し、その2か月後の診察の際には、腹部エコー検査及び腫瘍マーカー検査を実施し、「肝機能←ならG紹介」とカルテに記載している
③甲状腺機能亢進症の治療で処方されるメルカゾールにより肝機能が悪化することがあり、治療の際にも肝機能には注目しなければならない
④A医師は、定期的にXの血液検査を実施し、GOT及びGPTの各値をカルテに記載

A医師は、バセドウ病の治療を継続する際に、肝機能に着目し、Xの肝機能が悪化した場合には、専門医療機関を紹介する必要があるとの意思を有していた

Yは、Xの肝機能が悪化した場合には、肝臓専門の医療機関を紹介する診療契約を締結したと認定。
①平成15年6月に実施された血液検査によれば、GOT値がGPT値を上回るような数値でないものの、GOTが97、GPTが166といずれも急激に上昇しており、肝硬変への進行が疑わる数値が表れている
②A医師自身も、前記検査結果を受けてカルテに「肝機能←」と記載

平成15年6月の時点で、XをG等の肝臓の専門医療機関に紹介すべき義務があったのに、これに違反した債務不履行がある。
Yの債務不履行とXの肝硬変及び肝がん罹患との因果関係について、
平成15年6月の時点でXが肝臓の専門医療機関において治療を受けていれば、少なくとも、肝がんへの進行時機を遅らせることができたとして因果関係を肯定。
損害については、4割の過失相殺
⇒954万円余の限度で請求の一部を認容。
  解説 医師は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に従った診療を行うべき注意義務を負っている。
医師が自ら医療水準に応じた診療をすることができないときは、医療水準に応じた診療をすることができる医療機関に患者を転送する義務がある(最高裁)。 
  民事p71
高知地裁H28.12.9  
  重症新生児仮死の状態で出生し、重度の後遺障害を負った⇒損害賠償請求(肯定)
  事案 Yの運営する病院で重症新生児仮死の状態で出生し、重度の後遺障害を負ったA並びにその両親である父B及び母Cが、Y病院の医師及び助産婦には急速遂晩の準備及び実行をすべき義務があるのにこれを怠った過失等がある
⇒Yに対し、民法715条1項に基づき、合計約2億円余の損害賠償請求。 
  判断 ①遅発一過性徐脈がある場合には胎児が低酸素状態にあることが、基線細変動が減少している場合には胎児の状態が悪化していることが、それぞれ推測される
②上記のとおり、Aの遅発一過性徐脈は一時的なものではなく、午後3時40分頃には高度遅発一過性徐脈が発生し、午後3時50分頃から、基線細変動の減少を伴う高度遅発一過性徐脈が複数回にわたり発生

担当医Dにおいては、遅くとも午後4時40分頃に分娩室に入室したころには、Aが低酸素状態にあり、その状態が悪化していることを認識することができた。 
Aがその後直ちに娩出されるような状況にはならなかった

陣痛促進薬による経膣分娩をそのまま続行した場合には、上記の低酸素状態がさらに増悪し、ひいてはAに低酸素状態を原因とする脳性麻痺の後遺障害が生じることがあり得ることを予見することができた。

急速遂娩を行わなかった担当医Dには過失がある。
Yに対し、Aに1億7411万円余、Bに330万円、Cに440万円を支払うよう命じた。
  解説 本判決が依拠したのは日本産婦人科学会と日本産婦人科医会が発表している「産婦人科診療ガイドライン・・・産科編2011」。

日本産婦人科学会と日本産婦人科医会でコンセンサスが得られた医学的知見が示されていると判示。
  労働p90
札幌高裁H28.11.18  
  公立学校教員の懲戒免職処分及び退職手当支給制限処分が取り消された事案
  事案 処分庁が設置する公立学校の教員であったXが、ソフトウエアの違法コピーをインターネット上で販売したという非違行為を理由に、懲戒免職処分及び退職手当支給制限処分を受けた⇒本件各処分は、いずれも処分庁が有する裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用したものであると主張し、処分庁の所属するYを相手に、本件各処分の取消しを求めた事案。 
  原審 公立学校教員の懲戒処分にかかる先例である伝習館事件上告審判決(最高裁H2.1.18)を参照しつつ、公務員の懲戒処分は、「社会観念上著しく妥当を欠き、懲戒権者が、その裁量権の範囲を逸脱し、又はそれを濫用してしたものであると認められる場合に限り、違法となる」という判断枠組みの下、
①Xの非違行為は、地方公務員法上の懲戒事由に該当し、職務外の行為ではあるものの、 「高い倫理と廉潔性が求められる」教員にとって重大な非違行為であり、Yの地方教育行政に対する社会的信頼も著しく低下させられた
②窃盗との材質の近似性

内部的な懲戒処分の指針に従って免職処分としたことはYの裁量権の範囲を逸脱し、又は裁量権を濫用したものとは認められない。
  判断 前記伝習館事件上告審判決に加え、公務員の懲戒処分にかかる先例である神戸税関事件上告審事件(最高裁昭和52.12.20)を参照しつつ、
一審と同様、「社会観念上著しく妥当を欠き、懲戒権者が、その裁量権の範囲を逸脱し、又はそれを濫用してしたものであると認められる場合に限り、違法となる」という判断枠組みの下、
Xの非違行為は、地方公務員法上の懲戒事由に該当するとし、懲戒処分の選択に当たって内部的な指針に従うことが相当と判断。
but
①Xの非違行為について、窃盗との罪質の近似性を否定し、極めて重大な非違行為であるとまでは言えないと判断。
②本件非違行為は職務外の行為であり、Xが本件非違行為をしたことによって、Yの教育公務員が遂行する地方教育行政に係る職務に対し、・・・社会全体が有する信頼が著しく低下したとまで認めることはできない
③本件非違行為の発覚前後や処分前後におけるXの勤務状況や態度

教員としての地位を失わせる免職処分は「社会観念上著しく妥当性を欠き、処分行政庁がその裁量権の範囲を逸脱したものとしうべき」
と判断。
  解説 一般の民間労働者に関して、使用者は、労働契約上の付随義務である企業秩序順守義務の違反について、規則の定めるところに従い制裁として労働者に懲戒処分を科すことができる。
そして、当該懲戒処分に関しては、労働契約法15条に基づき、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」か否かの司法審査に服する。
労働契約法 第15条(懲戒)
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
Xのような公務員に関しては、国家公務員法82条1項ないし地方公務員法29条1項に基づいて、法律上、任命権者が懲戒処分を科すことができるが、任用関係である公務員に対して、労働契約法は適法されない(同法22条1項)。 
労働契約法 第22条(適用除外)
この法律は、国家公務員及び地方公務員については、適用しない。
2 この法律は、使用者が同居の親族のみを使用する場合の労働契約については、適用しない。

公務員の懲戒処分の適否に関しては、労働契約法の制定後も、前掲神戸税関事件上告審事件が設定した判例上の判断枠組みに従って、「社会観念上著しく妥当を欠」くか否かという観点から、裁量権の逸脱ないし濫用の有無が審査
民間労働者の場合、使用者は、労働遂行に関係する限りで労働者の行動を規制する権限を有するに過ぎない
⇒本件のような私生活上の非行について当然に制裁を科す権限を有していない。

そこでは、私生活上の非行をもって懲戒すること自体は可能と解されているものの、懲戒の可否・適否をめぐっては、「当該行為の性質、情状、会社の事業の種類・態様・規模、従業員の会社における地位・職種等諸般の事情を考慮して、企業の社会的評価の毀損の有無」を「厳格に審査」すべきものと考えられている。 
本件のような公務員の私生活上の非行に関しては、やはり任命権者が懲戒処分を科すること自体は可能と解されているものの、私生活上の非行であることにより民間労働者のような制約が生じるのか明らかでない。
民間労働者の場合、懲戒処分として行われる解雇(懲戒解雇)に関しては、当該処分に伴う有形・無形重大な不利益に鑑みて、その適法性が特に厳格に判断されている。

公務員の場合にも、懲戒処分として行われる免職(懲戒免職)に関しては、公務員たる地位を失わせる重大な結果をもたらすことに鑑みて、特に慎重な配慮を要するものと解されている。
  刑事p109
東京高裁H28.12.9  
  尿中から覚せい剤成分が検出された被告人が無罪とされた事例
  事案 警察官に任意提出した尿中から覚せい剤成分が検出⇒覚せい剤使用の事実で起訴。 
  一審 有罪 
  判断 わが国においては覚せい剤が厳しく取り締まられており、日常生活を送る中で、本人の意思に基づかずに覚せい剤が体内に取り込まれることは通常考え難い
⇒尿中から覚せい剤成分が検出されたことは、その者が自らの意思で覚せい剤を摂取したことを強く推認させる。 
この事実に加え、同人と覚せい剤との結び付きを示す事情や、覚せい剤の意図的な使用を疑わせる同人の言動等が認められるときは、前記推認は一層強いものとなり、その推認を妨げる特段の事情が認められなければ、同人が自らの意思で覚せい剤を窃取したとの事実を認定することができる。
but
「日常生活を送る中で、本人の意思に基づかずに覚せい剤が体内に取り込まれることは通常は考え難い」との前提は、尿中から覚せい剤が検出された者の生活状況や人間関係等によって妥当性の程度に差異がある

前記のような推認を強める事情が認められないにもかかわらず、尿中から覚せい剤成分が検出されたことのみに基づいて、自らの意思で覚せい剤を摂取したものと認定するには、その者の生活状況等や推認を妨げる特段の事情に関する慎重な検討が必要。
特段の事情につき検討するに当たっても、推認を妨げる事情があることの立証責任が被告人にあるかのような判断に陥らないように注意する必要がある。
本件においては、被告人の尿から覚せい剤成分が検出されたとの事実が認められるだけであって、被告人と覚せい剤との結び付きを示す事情や覚せい剤を使用したことを疑わせる被告人の言動等は見当たらない。
被告人が自らの意思で覚せい剤を摂取したものと推認することの適否や特段の事情の有無を慎重に検討し、
被告人の生活状況や人間関係等に照らせば、第三者が被告人の飲食物に覚せい剤を入れ、被告人の知らないままに覚せい剤がその体内に取り込まれたという可能性を否定することができず、被告人が自らの意思で覚せい剤を摂取したとするには合理的な疑いがある。
原判決は、「何者かがわざわざ被告人の飲食物に覚せい剤を混入させるというのも、にわかには想定し難い」と判示するが、その旨を抽象的に述べるだけで、以上のような具体的な事実関係を踏まえた検討が行われた形跡はうかがわれない。 
・・・・被告人が、自己の身体から覚せい剤等の違法薬物の成分が検出されることを想定していなかったとの疑いを生じさせるものである。この疑いは単なる一般的な可能性に留まるとはいい難いにもかかわらず、原判決の前記説示は、その疑いを超えて、被告人が自らの意思で覚せい剤を摂取したと認定することができる理由の説明として実質的な内容を含んでおらず、捜索が入るとの話を被告人が聞いていたことについては検討の跡もうかがえない
被告人には覚せい剤を購入する資力はなかったとする原審弁護人の主張についても、それが根拠を欠く主張ではないにもかかわらず、原判決は、被告人が自らの意思で覚せい剤を窃取したとの推認を妨げる事情とはならないとの結論を示すだけで、そのように判断した理由の説明は全くない
  解説  注意すべきは、被告人が思い当たることとして説明する内容そのものが「特段の事情」ではないこと。
その説明内容が信用できないからといって「特段の事情がない」ことになったり、自らの意思で覚せい剤を摂取したとの推認が強化されたりするわけではない。
「特段の事情がない」ことの立証責任が検察官にあることは、刑事裁判における鉄則である。しかし、実質上、被告人に「特段の事情があること」の立証責任を負わせているのではないか、と思わせるような判示に遭遇することも稀とはいえない。
尿中からの覚せい剤成分の検出ほどの強い推認力がある場合でもないのに、「〇〇の事実が認められることからすれば、特段の事情のない限り、××の事実が推認される」などと判示することには慎重であるべき。
実際には、当該事案における個別具体的な事実関係に基づく事実上の推認にすぎないものを、あたかも一般的な経験則であるかのように表現することになるし、そのフレーズを使うことによって、立証責任を転換したかのような判断に陥る危険も生まれる。
本来「〇〇の事実からは、××の事実が推認される。△△の事実は右の推認を覆すものとはいえず、他に右の推認を覆すべき事情も認められない」、とすれば済む。
2331   
  行政p12
函館地裁H28.8.30   
  地方議会での行為と司法審査の範囲
  事案 Y町の町議会議員である4名が、Y町に対し、
①Y町議会によるXらそれぞれをY町議会懲罰委員会に付託する旨の各決議の無効確認を求め(請求①)
②Y町議会によるX1に対する3日間の出席停止の決議並びにX2、X3及びX4に対する戒告の各決議の無効確認を求め(請求②)
③Xらとは別のY町議会議員3名がXらに係る各町会動議を提出し、その理由を読み上げた行為が、Xらの名誉を毀損するものであるとして、Xら各自に対し、それぞれ慰謝料200万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた(請求③)
事案 
  判断 ●請求①②について 
本件各付帯決議及び本件各懲罰決議は、いずれも、XらのY町会議員としての身分を喪失させるものではなく、一般市民法秩序と直接の関係を有しないものであり、内部規律の問題として自治的措置に任せるのが相当
⇒事柄の性質上、司法審査の対象とはならない。
⇒不適法で却下。
  ●請求③について 
本件動議提出行為によってXらの名誉という私権が侵害され、Y町に国賠法上、賠償責任が生じるか否かが問題となっているのであり、これは純然たる内部規律の問題ではなく、一般市民法秩序に関係する問題。
⇒司法審査が及ぶ。
本件動議提出行為は、Xらの名誉を毀損するものであって、一部を除き違法性阻却事由も認められない。
⇒一部認容。
  解説 ●地方議会における決議と司法審査の範囲 
裁判所は、日本国憲法に特別の定めがある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判する権利を有する(裁判所法3条1項)が、
法律上の争訟とはあらゆる法律上の係争を意味するものではなく、事柄の性質上司法審査の対象外とするのを相当とするものがある。
一般市民社会の中にあってこれとは別個に自律的な法規範を有する特殊な部分社会における法律上の係争については、それが一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、その自主的、自律的な解決に委ねるのと相当とし、裁判所の司法審査の対象とはならない(判例)。
◎いかなる場合に内部規律の問題にとどまるとされ、いかなる場合に一般市民法秩序と直接の関係を有するとされるか?
最高裁昭和35.10.19:
地方議会の議員に対する懲罰決議のうち出場停止(地方自治法135条1項3号)について、司法審査の範囲外であると判断し、同判例は、傍論ながら、地方議会の議員に対する懲罰決議のうち除名処分(同項4号)については、議員の身分の喪失に関する重大事項で単なる内部規律の問題に止まらないから司法審査の対象となるとしている。
一般市民法秩序と直接の関係を有するとされ、司法審査が許される場合であっても、
当該団体の内部的自立権の尊重という観点⇒司法審査は原則として、処分等が当該団体の内部規範に合致しているか否かという手続面の当否に限定されるべき(最高裁昭和63.12.20)。
  ●損害賠償請求等と司法審査の範囲 
最高裁H6.6.21:
町議会が議員辞職勧告決議等をしたことが名誉毀損にあたるとして国賠請求がなされた事案で、当該議員辞職勧告決議は、私人間の土地所有権をめぐる紛争についての言動を理由とするものであり、これを司法審査の範囲内と判断。
大阪高裁H26.2.27:
公認会計士協会が所属する公認関係しに対し懲戒処分をし、当該処分及び当該処分を会報に掲載したことが名誉毀損にあたると争われた事案。
当該処分となった行為は公認会計士の監査の方法に関するものであり、当該処分及び当該処分を会報に掲載したことが名誉毀損にあたるか否かは、いずれも司法審査の範囲内であると判断。
本件動議提出行為:
Xらの町長に対する不信任の提出に関する地方議会議員としての言動を理由とするもの。
but
①地方議会の議員に対する懲罰決議そのものでなく、その前提としてなされた行為にすぎず、
②その後に可決された本件各付託決議及び本件各懲罰決議の有効性を前提とするものではない。

本件動議提出行為がXらの名誉を毀損するものか否かについては、議会内部の規律のみにゆだねて解決すべき問題とはいい難く、司法審査が及ぶ事項であると判断。
  ●地方議会議員が地方議会においてした発言と国家賠償責任 
地方議会議員の地方議会における発言が特定個人の名誉を低下させる場合、いかなる要件の下で国賠法1条1項にいう違法な行為があったものとして地方公共団体の責任が生じるか?
最高裁H9.9.9:
国会議員が国会の質疑などの中でした個別の国民の名誉又は信用を低下させる発言につき、国賠法1条1項の規定にいう違法な行為であったとして国の損害賠償責任が肯定されるためには、当該国会議員が、その職務とはかかわりなく違法または不当な目的をもって事実を摘示し、あるいは、虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示するなど、国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とする。
国会議員には、憲法上、免責特権(憲法51条)が認められており、地方議会議員には、明示的に免責特権が認められているわけではない。
⇒地方議会における議員の発言についての名誉毀損が問題となる場合の国賠法1条1項の規定にいう違法な行為であったとして地方公共団体の損害賠償責任が肯定されるための要件として、最高裁H9.9.9以上に厳格な要件が課されることは考え難い。
本判決は、少なくとも前掲最高裁の要件を満たす場合は、地方公共団体の損害賠償責任が肯定されるとし、本件動議提出行為はこれを満たすと判断。
  行政p23
宇都宮地裁H28.12.21  
  家屋課税台帳の登録価格について、需給事情による減点補正をすべき場合
  事案 那須塩原市に所在する家屋に係る平成24年度家屋課税台帳の登録価格について、XがYに対し、需給事情による減点補正をすべきであるとして審査の申出。
⇒Yが棄却する決定⇒Xが同決定の一部取消しを求めた。 
  解説 固定資産の価格は、固定資産評価基準によって決定しなければならないとされているところ(地方税法403条1項)、平成24年度において適用される固定資産評価基準は、家屋の評価について、各個の家屋について評点を付設し、当該評点数に評点1点あたりの価格を乗じて当該家屋の価格を求める方法によると定める。
そして、各個の家屋の評点数は、
①当該家屋の再建築費評点数を基礎とし
②これに家屋の損耗の状況による減点を行って付設するものとし、
さらに
③家屋の状況に応じ必要があるものについては、家屋の需給事情による減点を行うものとしている。 
  争点 ①需給事情による減点補正率の適用は極めて限定的な場合に限られるべきか否か
②本件家屋において需給事情による減点補正率を適用すべきか否か、適用すべきとした場合の割合 
  判断 ●争点①について 
固定資産評価基準が需給事情による減点補正を認めている趣旨からすると、需要と供給の間に乖離がある場合には需給事情による減点補正をしなければならない⇒需給事情による減点補正率を適用するのは極めて限定的な場合に限られるとまではいえない。
  ●争点②について 
①本件家屋所在地域の観光客入込数及び宿泊数等の著しい減退傾向
②上下水道の不存在
③公図未整備地区内に所在すること
④日光国立公園内に所在すること
⑤土砂災害特別警戒区域内に所在すること

これらの要因を総合的に考慮すると、本件家屋において需給事情による減点補正を行う必要があり、
需給事情による減点補正率は15パーセントが相当。
減点補正率の算定にあたり各要因がどの程度影響を与えたか?
①の要因:一定程度影響を与える
②の要因:影響が大きいとはいえない
③の要因:影響がそれほど大きいとはいえない
④の要因:影響が大きいとはいえない
⑤の要因:大きく影響を与える
  解説 固定資産評価基準は、需給事情による減点補正率の適用について、
「建築様式が著しく旧式となっている非木造家屋、所在地域の状況によりその価格が減少すると認められる非木造家屋等について、その減少する価格の範囲において求めるものとする。」とのみ定め、具体的な適用場面をそれ以上明らかにしない。 
昭和42年10月21日改正の固定資産評価基準の取扱いについての依命通達
(1)・・・最近の建築様式又は生活様式に適応しない家屋で、その価額が減少するものと認められるもの。、
(2)不良住宅地域、低湿地域、環境不良地域その他当該地域の事情により当該地域に所在する家屋の価額が減少すると認められる地域に所在する家屋
(3)交通の便否、人口密度、宅地価格の状況等を総合的に考慮した場合において、当該地域に所在する家屋の価額が減少すると認められる地域に所在する家屋
について需給事情による減点補正を適用すると定めている。
本判決で大きく考慮された要因は⑤の要因と思われるが、これは、同要因を通達の環境不良地域((2))又は同地域に準ずる地域に該当する事情とした上で、土砂災害等が生じた急傾斜地の崩壊などが起きた場合には、住民等の生命または身体に著しい危害が生じるおそれがあり危険性が大きいため、本件家屋の市場性に大きく影響を与えると判断した結果。
  民事p31
大阪高裁H28.12.22  
  公立中学の部活動中の熱中症での脳梗塞⇒国賠請求(肯定)
  事案 Y(東大阪市)の設置する本件中学校のバドミントン部に所属していたXが、指導教諭等による熱中症予防対策が不十分であったことにより、部活動中に熱中症に罹患して脳梗塞を発症⇒国賠法1条1項に基づき5639万円余の損害賠償を求めた。 
  原審 Yの損害賠償責任を認め、Yに対して411万円余の支払を求める限度で請求を認容。 
  判断 ●中学校長等の過失
スポーツ活動中の熱中症を予防するための措置を講ずるには環境温度を認識することが前提となり、その把握が極めて重要であることは、平成22年当時において学校関係者に既に周知されていたと認められる。
⇒Yの中学校長に温度計を設置すべき義務があった。
  ●本件過失と脳梗塞との間の因果関係 
Xは少なくとも当日の検査でいずれもプロテインS抗原量等の数値が基準を下回っている⇒原審がXのプロテイン欠乏症が脳梗塞の発症及びその重篤化に相当大きく寄与したと推認され、寄与度70%と認定したことは相当。
  解説 国公立学校の教育活動に伴う事故について、国賠法1条の公権力を広義に解し、学校教育活動もそれに含まれる(最高裁)。
クラブ活動であっても、それが学校の教育活動の一環として行われるものである以上、その実施について、学校側に生徒を指導監督し事故の発生を未然に防止すべき一時的な注意義務のあることを否定することはできない(最高裁昭和62.2.6)。
危険から生徒を保護するために、常に安全に十分な配慮をし、事故の発生を未然に防止べき一般的な注意義務がある(最高裁H9.9.4)。
学説:
注意義務の具体的基準について
①クラブ活動の性質・危険性の程度
②生徒の学年・学齢
③生徒の技能・体力
④教育指導水準
などの要素を考慮すべき。
熱中症の死亡事故について
千葉地裁H3.3.6は、顧問教諭の過失を肯定しているが、そこでは、水分・塩分の補給が問題。
本件では、環境整備義務の一環として温度計設置義務違反が認められている。
  民事p49
福岡高裁那覇支部H28.7.7  
  破産管財人に対する財団債権としての不当利得返還請求権が認められた事例
  事案 2社から構成される建物の建築工事の共同企業体が工事を施工し、発注者から請負代金を同企業体名義で振込受領する等した後、同企業体の代表者であった会社につき破産手続開始。
請負代金が破産裁判所を介して、破産管財人に引き渡され、財団組入⇒同企業体の組合員である会社が破産管財人に対して取戻権、財団債権を行使。 
A㈱とB㈱は、平成25年5月、C市の発注に係る幼稚園新築工事の請負につきX共同企業体を結成。
Aは、平成25年7月、Xを代表し、Cとの間で、請負代金2億356万9537円で前記新築工事、同年10月、請負代金341万2500円で付随する防音工事の請負契約を締結。
Aの代表者Dは、平成26年4月9日、Aの破産を考え、E司法書士に破産申立書の作成を依頼するとともに、請負代金がF銀行のX名義の預金口座に入金されると相殺されるおそれがあり、G信用金庫のX名義の預金口座に入金先を変更し、Cは、GのX口座に請負代金残金7447万4037円を入金したほか、Dは、Xの財産を保全するため、Eに前記請負代金を預けることとし、同日、Eの預金口座に振込入金をした。(E口座①.当時、別事件の預り金1826万円余も預けられていた)。
Eは、その後、E口座①からXの債権者に対する支払等の入出金をしたが、同年5月7日、他の事件の預り金と区別して保管するため、本来は7440万5997円となるべきところ、誤ってXの請負代金残額として7408万281円をH銀行のE名義の預金口座(E口座②.当時、Aからの預り金31万円余も預けられていた)に振替送金。
Aは、Eの作成に係る申立書等の書類によって、同年10月8日、N地裁O支部に破産手続開始の申立て。
X(清算人はB)は、
主位的に、金銭6832万9457円(請負代金)の所有権を主張し、破産法62条の取戻権の行使として、同金銭の返還を請求
予備的に、債権としての請負代金につきEとの間の委任契約、あるいは信託契約に基づく受取物引渡義務を主張し、取戻権の行使としての返還、
財団債権としての不当利得の返還を請求する訴訟をO支部に提起。
  規定 破産法 第148条(財団債権となる請求権) 
次に掲げる請求権は、財団債権とする。
五 事務管理又は不当利得により破産手続開始後に破産財団に対して生じた請求権
  争点 ①請負代金についてのXの所有権の有無
②Xの取戻権の有無
③委任契約の成否
④信託契約の成否
⑤財団債権としての不当利得請求権の有無
等 
  判断 主位的請求は理由なし。
予備的請求について:
Xの代表者Aの代表取締役Dは、Eとの間で、Xの請負代金の保全を目的とし、これを保管し管理する旨合意し、請負代金を預託

金銭の所有権はEに一旦帰属するものの、Eは、委任の趣旨に従って権利し、委任終了時に残金の返還義務を負い、Xは、委任契約上の預託金返還請求権を有するに至った。(Xの信託契約の主張については、同契約の成立は認め難いとした)。
①Eが裁判所に請負代金を含む7008万円余を予納したのは、とりあえず散逸防止のため予納させたと推認でき、Xに属すべき金銭であることが判明すれば、その時点で何らかの処理をするもの。
②予納自体は対価性を有する行為でなく無償行為に属するものであり、請負代金がXが帰属すべき金銭である以上、裁判所が取得すべき法律上の原因は存しないし、Xに帰属すること判明すれば速やかに本来の権利者たるXに返還すべき義務を負う。
③裁判所は、前記7008万円余をYに支給し、Yが財団組入したが、支給決定自体は単に裁判所の保管金を破産管財人に交付するための内部手続にすぎず、何らかの法的原因や対価関係を伴うものではなく、破産管財人がこれを取得する法律上の原因たりえないし、損失と利得との間の直接の因果関係を否定するものでもなく、財団組入は破産手続開始決定時における法定財団と現有財団との間に不一致がある場合に、破産管財人の管理下になかった財産を回収し、現有財団に帰属させる行為にすぎず、第三者に帰属すべき財産を破産者ないし法定財団に帰属させる法律上の原因にならない

Yが請負代金を財団組入したことは、単に第三者であるXに帰属する財産を事実上破産財団としてYの管理下に置いたもの⇒Xは、Yに対してこの時点で直接に不当利得返還請求権を取得し、Yは財団組入時に悪意であったとして、破産法148条1項5号所定の財団債権を肯定。
  解説 財団債権としての不当利得返還請求の有無について、
控訴審判決は、
請負代金が共同企業体の固有財産であることを前提とし、共同企業体の預金口座、司法書士の二口の預金口座、破産裁判所の保管金口座、破産管財人の預金口座のそれぞれの振込を経て、破産管財人が財団組入した場合に、予納、支給決定、財団組入のそれぞれの法的な性質を説示しながら、破産管財人が請負代金を財団組入したことは、法律上の原因がなく、不当利得の要件を満たすとし、
共同企業体が破産管財人に対して財団組入の時点で直接に不当利得返還請求権を取得したこと、
本件の破産管財人が悪意であるとしたこと、
破産法148条1項5号所定の財団債権に当たることを判示。
  民事p61
大阪地裁H28.7.27   
  ①売買代金支払うまで②建物明渡しを拒絶する同時履行の抗弁権と③抵当権消滅請求の手続終了まで代金支払を拒絶する旨の主張
  事案 Xは、平成16年7月2日、Yに対して賃貸用マンションである本件建物及びその土地(「本件物件」)を2億3500万円で売り渡した。
その際、XとYとの間で、Xが本件物件を2置く9464万5000円でXの一方的な意思表示により買い戻すことができる旨の再売買の予約を合意。 
Xは、平成20年4月1日、Yに対し、本件再売買の予約を完結する意思表示を行ったとして、本件物件を2億9464万5000円で売り渡すことを求めた。
Yは、本件合意が無効である等を主張⇒Xは、本件物件について所有権移転登記手続を求める訴訟を提起⇒Yに対して本件再売買の代金と引換えに所有権移転登記手続を命じる旨の判決確定。
but
Yは、平成16年7月22日、本件物件に債務者をYとし、根抵当権者を第三者とし、極度額を3億4800万円とした根抵当権設定登記を設定。

Xは、無条件での本件建物の明渡し等を求める本件訴訟を提起。
  争点 Yは、本件再売買の代金を支払うまで本件建物の明渡しを拒絶する旨の同時履行の抗弁
Xは、抵当権消滅請求の手続が終わるまで代金支払を拒絶する旨の再抗弁
前記の再抗弁に対してYが行った
①Y(売主)がX(買主)に対して遅滞なく抵当権消滅請求をすべき旨を請求して一定期間が経過したから代金支払拒絶権は消滅したとの再々抗弁
②Xが本件再売買の予約完結権を行使したときに本件登記が存在することによる減価は考慮澄み⇒民法577条1項前段の適用はないとの再々抗弁
③代金供託を求める再々抗弁
  規定 民法 第567条(抵当権等がある場合における売主の担保責任)
売買の目的である不動産について存した先取特権又は抵当権の行使により買主がその所有権を失ったときは、買主は、契約の解除をすることができる。
2 買主は、費用を支出してその所有権を保存したときは、売主に対し、その費用の償還を請求することができる。
  民法 第577条(抵当権等の登記がある場合の買主による代金の支払の拒絶)
買い受けた不動産について抵当権の登記があるときは、買主は、抵当権消滅請求の手続が終わるまで、その代金の支払を拒むことができる。この場合において、売主は、買主に対し、遅滞なく抵当権消滅請求をすべき旨を請求することができる。
民法 第578条(売主による代金の供託の請求)
前二条の場合においては、売主は、買主に対して代金の供託を請求することができる。
  判断 ●代金支払拒絶権の消滅の再々抗弁(争点①)の可否 
民法577条1項前段の趣旨:
抵当不動産の買主は売主に対してて抵当権消滅請求の手続を行うために要した費用の償還を民法567条2項により請求することができる。
⇒抵当不動産の買主が抵当権消滅請求の手続を終えた後にその費用を差し引いた売買代金額を支払えば足りるとすることによって、当事者間の衡平を図ることにある。
抵当不動産の買主が所有権移転登記を備えていない場合には抵当権消滅請求手続を行うことはできないところ、抵当不動産の売主が所有権移転登記手続に協力することなく民法577条1項後段に基づく抵当権消滅請求手続を行うことの請求ができるとすれば、抵当不動産の売主は同項前段による代金支払の拒絶を恣意的に回避することできる⇒同項前段の趣旨を没却。

抵当不動産の売主が所有権移転登記を備えていない買主に対して抵当権消滅請求の手続を行うことを請求するためには、原則として所有権移転登記を備えることへの協力を併せて行わねばならない。
前訴判決に基づいてXは単独で所有権移転登記を備えることができるはずとのYの主張についても、前記判決に基づいて所有権移転登記手続を行うためには本件再売買代金全額を支払わなければならず、抵当権消滅請求の手続を先行させてその費用を差し引いた売買代金を支払えばよいとすることによって当事者間の衡平を図る同項前段の趣旨に反することになる。
⇒採用できない。
  ●民法577条1項前段の適用除外の再々抗弁(争点②) 
前記の民法577条1項前段の趣旨に鑑みれば、民法567条2項に基づく償還が否定される場合に限り、民法577条1項前段の適用が否定される。 
民法567条2項に基づく償還が否定される場合とは、売買契約を締結する際に、買主が、担保権がある事実を知った上、その債務の額を控除して代金額を定めたことにより、買主において担保権の被担保債権の債務引受けがあるものと認められる場合。
本件の再売買の合意は本件登記が設定される以前にされたもの⇒上記が妥当する場合ではない。
⇒Yの主張を排斥。
  ●代金供託の再々抗弁(争点③)
民法577条、578条に基づく代金供託請求は、担保権の登記のある不動産の売主が、代金支払を拒絶する買主の資力を担保するための制度

当事者間の公平のため、買主による代金の供託と売主による不動産の引渡しは履行上の牽連性を有していると解するべき。

Xによる売買代金の供託とYによる本件不動産の明渡しは同時履行関係に立つ。
  ⇒引き換え給付判決。
  民事p67
福岡地裁H28.10.7  
  検索結果削除仮処分申立事件
  事案  インターネット上でYが提供する検索サービスのいて、Xの氏名等の文字列を入力して検索すると、検索結果表題又は内容の抜粋に、Xについての逮捕や刑事事件の起訴がされたこと等が表示。

Xが、Yに対し、人格権(更生を妨げられない権利)等に基づく差止請求権に基づき、前記114件の検察結果を仮に削除するよう求めた事案。
  判断 本件検索結果114件のうち110件について、仮に削除するよう命じた。
ある者が前科を有することや逮捕又は刑事事件として起訴を受けたこと(前科等)をみだりに公表されないことは、法的保護の対象になる利益。
もっとも、前科等に関わる事実は、刑事事件又は刑事裁判という社会一般の関心又は批判の対象となるべき事項に関わるもの
⇒その者が前記の公表について受忍することを要する場合もあり得る。
その場合に当たるか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、社会一般の正当な関心の対象とんるような公的立場にあるか否か、事件についての歴史的又は社会的な意義、著作物等の目的、性格等に照らした前科等を公表する意義及び必要性をも併せ考慮し、前科等に関わる事実を公表されない法的利益が優越するか否かについて判断すべき。(最高裁H6.2.8)
本件においては、
①本件削除対象検索結果の内容は、Xの氏名や当時の住所、職業、年齢等が摘示されるなどし、Xの知人であれば、検索結果中に示される人物とXが同一人物であると判断できる
②Xは刑の終了後犯罪を行うことなく、平穏な社会生活を送っており、政治的、社会的な団体に属したり、議員その他の公的立場に就任したり、又は就任しようとしたりしておらず、Xが社会一般の正当な関心の対象となるような公的立場にあるとはいえない
③Xの前科等の内容は児童買春といった被害者として未成年者等を想定する犯罪類型ではない
④Xの前科等は、本決定時まで、判決時から13年〇〇月、刑の執行終了時から10年〇〇月が経過している

Xにおいて前科等の公表を受忍しなければならないとはいえない。
  解説 最高裁H29.1.31:
検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは、
①当該事実の性質及び内容、
②当該URL等情報が提供されるこによってその者のプライバシーに属る事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、
③その者の社会的地位や影響力、
④上記記事等の目的や意義、
⑤上記記事などが掲載された時の社会的状況とその後の変化、
⑥上記記事等において当該事実を記載する必要性など
を比較衡量して判断すべき。
  商事p74
名古屋地裁岡崎支部H28.3.25  
  不正な金融支援について代表取締役及び担当取締役の任務懈怠が認められた事例
  事案 X㈱の経理部担当取締役A及び経理部参与Bが適正な手続を経ずに取引先で資本関係もあるC社に対する不正な金融支援を行ったのは、Xの代表取締役であったY1及び取締役(Cと取引を所管する部門の担当取締役)でCの非常勤取締役を兼務していたY2の監視義務違反等によるもの

X及びXの株主として訴訟参加(会社法849条1項)をしたZが、Y1及びY2に対し、会社法423条1項に基づき、回収不能になった融資金相当額等の賠償を求めた事案。
  事実関係 平成17年8月、A及びBは、Cの代表取締役の融資方の要請を受け、Xの取締役会の承認を経ることなく1憶5000万円をCに送金(本件無断融資)。
その後、AないしBによるCに対する無断融資ないし保証が繰り返され、平成19年9月、Cが銀行から7億円を借入れるに当たり、BがX取締役会の承認を得ずにXをしてこれを保証(本件無断保証)。
本件無断保証が発覚⇒A及びBは、本件無断保証を解消すべくCに資金を調達させることとし、Cは金融機関から14億5000万円を借り受けることになった。
その際、Bは、同借受金の返済のため、平成19年11月に、X取締役会の承認を得ずに、同金融機関に対してXの約束手形(額面3億円の手形5枚)を振り出した。
同約束手形の最初の決済日までにCが返済資金を準備することができななかった⇒Bは、同約束手形が決済されるのを防ぐためCに資金を送ることにしたが、Cに対する送金であることを隠すため、平成20年3月及び4月に、X取締役会の承認を経ることなく、別会社Dに対し立替金名目または金型代金名目で合計14億9700万円を送金し、Dを経由してCに送金されるようにした。
A及びBは、C代表者の申出に応じ、Xの子会社(香港法人)Eの董事長であったY2に7億円を融通することを依頼し、Y2はこれを了承し、平成19年12月、EからAないしBに指定された口座に7億円が送金された。
同7億円の一部が返済されなかった⇒Y2はこれを回収するため、平成20年11月、EからXに対し、通常の金型代金緒請求に未返済額に相当する187万4999・40米ドルを上乗せして請求し、その支払を受けた。
  判断 ●Xの代表取締役であるY1について
遅くとも平成19年11月頃の認識内容を前提としても、
①不正行為に関わったA及びBを直ちにCの担当から外し、自ら指揮するか、A及びB以外の者に指示して、速やかにXとCとの取引関係を監視下において、Cに対してこれ以上の不正な金融支援が行われることを阻止することを周知徹底し、Xのリスク拡大を防止するとともに、
②早急にXのCに対する本件無断保証を含む債権債務関係の全容とCの現在の経営状態を調査させ、
③Xがどのようなリスクを負っているかを明らかにした上で、なし得る限りの対応を迅速に尽くさせるなどの措置を講ずべき義務があった。
but
Y1は、本件無断保証が発覚してから、再発防止のための措置を取らず、事実関係の調査もリスク状況の確認もせず、損害の回避又は軽減のための措置も何ら講じなかった

前記調査義務及び再発防止措置を講ずる義務を全く果たしておらず、Y1が代表取締役としての任務を懈怠したことは明らか。
  ●Y2について
前記EからCへの7億円を有ずる件について、
Cにそうした資金を送金するについては取締役会決議が得られていない以上応じられないとするとともに、

本件無断保証の事後承認が議案となったX取締役会(平成19年11月)においても、
①XとCとの取引関係の実態について最もよく知る立場から、本件無断保証はそのままXの損失につながる危険性の大きい行為であり、Cが金融機関から15億円を独力で借り入れることは困難であることから、Xの金融支援なしに買入れを行うことができるのかどうかを含め、借入れ条件を確認する必要があることなどを指摘するとともに、
②A及びBがCに送るための資金としてEから7億円を融通することを求めてきていることを報告した上、
③X取締役会として本件無断保証を事後承認するかどうかについては、XのCに対する本件無断保証を含む債権債務関係の全容とCの現在の経営状態を調査し、Xが現在どのよゆうなリスクを負っているかを明らかにした上で判断する必要があること、
④Xの損害を回避又は軽減するために緊急対応が必要になっていないかどうかを確認し、必要な場合には迅速に適切な対応をすべきこと、
⑤Cの経営状態にかんがみ、経理部門の独断によるCに対する金融支援を即刻やめさせる必要があり、そのためにはXとCとの取引関係を監視下においた上、Cに対するこれ以上の不正な金融支援が行われることを阻止することを周知徹底し、Xのリスクが拡大することを防止する必要があることなどについて、適切な意見を具申し、また、
⑥本件無断保証の経緯や原因のほか、本件無断保証によるXのリスクについて、Cの非常勤取締役で内情を知り得る立場から、Cの現在の経営状態等の実情についての調査に取り掛かり、判明次第、報告すべき義務があった。
but
Y2は、右いずれの義務も果たしておらず、かえって、A及びBの依頼に応じて、Cに送金されることを知りながらEから7億円を送金して資金を融通し、平成19年11月のX取締役会においても、A及びBが独断で不正な金融支援を金融支援を継続していること等、自己が認識している事情について黙っていた

取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反する行動をとっていたことは明らか。

Y1及びY2は、Xに対し、連帯して、これら送金額及び未返済額相当額から口頭弁論終結時までに損害填補された金額を控除した額並びに弁護士費用1500万円を賠償する義務がある。 
  労働p108
東京高裁H28.11.2  
  高年齢者雇用安定法に基づく継続雇用制度によって採用された有期雇用労働者と労契法20条違反(不成立)
  事案 運送業を営むY社(被告・控訴人)において所定の定年年齢を迎え、高年齢者雇用安定法9条に基づく継続雇用制度によって採用された有期雇用労働者X(原告・被控訴人)について、Y社の嘱託社員就業規則に基づき、期間の定めのない労働契約を締結した正社員労働者と全く異なる賃金体系が適用⇒定年前よりも賃金が引き下げられたことを受け、Xが、当該賃金の差異を労契法20条違反であると主張し、正社員労働者と同一の権利を有する法的地位にあることの確認などを求めた。
  規定 労働契約法 第20条(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
  原審 本件における賃金の差異を「期間の定めがあることによ」る差異と認めた上で、労契法20条が禁止する「不合理と認められる」労働条件の差異か否かを判断するに当たっては、条文上の考慮要素である、①職務の内容、②職務の内容及び配慮の変更の範囲、③その他の事情を総合考慮するとしつつ、 
通常の労働者と同視すべきパート労働者にかかる均等待遇義務を規定したパート労働者9条の要件との対比という発想を持ち出して、
前記①及び②の各事情が同一である場合には、「特段の事情がない限り、不合理であるとの評価を免れない」という判断枠組みを設定。
本件では、①及び②が同一であるとし、「特段の事情」の有無を審査し、結論として本件における賃金の差異を、全体として労契法20条違反とした。
  判断 本件における賃金の差異を「期間の定めがあることによ」る差異と認めた上で、
労契法20条違反の成否については、前記①ないし③を「幅広く総合的に考慮して判断すべき」とする判断枠組みを設定。
前記①及び②は「正社員とおおむね同じである」としつつ、高年齢者雇用安定法によって義務づけられた雇用確保措置の趣旨や継続雇用制度の位置づけからして、「定年後継続雇用者の賃金を定年時により引き下げることそれ自体が不合理であるということはできない」とする理解を示した。
労働政策研究・研修機構の調査報告書の記載を元に、「控訴人が属する業種又は規模の企業を含めて、定年の前後で職務の内容・・・並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲・・・が変わらないまま相当程度賃金を引き下げることは、広く行われているところであると認められる」という認識を示し、たとえ新入社員よりも賃金水準が低くなっているとしても、統計資料による平均減額率や運輸業の赤字が推測されることに照らすと、「年収ベースで二割前後賃金が低額になっていることが直ちに不合理であるとは認められ」ず、「(手当の増減などによって、)正社員との賃金の差額を縮める努力をしたことに照らせば、個別の諸手当の支給の趣旨を考慮しても、なお不支給や支給額が低いことが不合理であるとは認められない」と判示。
高年齢者雇用安定法の継続雇用制度において、「職務内容やその変更の範囲等が(定年前と)同一であるとしても、賃金が下がることは、広く行われていることであり、社会的にも容認されている」とし、労働組合との団体交渉の結果として労働条件の改善が見られることも「考慮すべき」として、労契法20条違反の成立を否定。
  刑事p114
最高裁H28.11.28  
  インサイダー取引事案。金商法施行令の「公開」の意義。リーク報道がされた場合のインサイダー取引規制。
  事案  経済産業省大臣官房審議官であった被告人が、職務上の権限の行使に関し、上場会社であるNECエレクトロニクス㈱の業務執行を決定する機関が、株式会社ルネサステクノロジと合弁することについての決定をした旨の重要事実を知った⇒その公表前に、NECエレクトロニクス社の株券合計5000株を代金合計489万7900円で買い付けたというインサイダー取引の事案。
  本件の重要事実であるNECエレクトロニクス社とルネサステクノロジ社の合併に関する意思決定は、両社及び親会社の連名により、平成21年4月27日に適時開示されているところ、これに先立つ同月21日から同月27日の間に、被告人はNECエレクトロニクス社㈱の購入を行った。
  解説 金商取引法(塀絵師23年法律第49号による改正前のもの)166条4項及びその委任を受けた金融商品取引法施行令(平成23年政令第181号による改正前のもの)30条は、インサイダー取引規制の解除要件である重要事実の「公表」の方法を、
(1)有価証券届出書・報告書等の、公衆の縦覧
(2)報道機関(2以上を含む報道機関に対して公開)し、12時間経過
(3)取引所への通知と公衆への縦覧(適時開示)
  弁護人主張 平成21年4月16日付け日本経済新聞朝刊及びそれに引き続く一連の報道において、本件の重要事実を内容とする情報源不明のリーク報道

①本件重要事実は、施行令30条1項1号に基づき公表され、法166条1項によるインサイダー取引規制の対象外となった可能性が高く、少なくともかかる方法により公表されていないことにつき検察官が立証責任を果たしていない。
②本件重要事実は、一連のリーク報道により公知の状態に⇒法166条所定の「重要事実」性を喪失し、インサイダー取引規制の効力が失われていた。
  判断 法令上、重要事実の公表の方法として限定的かつ詳細な規定が設けられた趣旨:
「投資家の投資判断に影響を及ぼすべき情報が、法令に従って公平かつ平等に投資家に開示されることにより、インサイダー取引規制の目的である市場取引の公平・公正及び市場に対する投資家の信頼の確保に資するとともに、インサイダー取引規制の対象者に対し、個々の取引が処罰等の対象となるか否かを区別する基準を明確に示すことにあると解される。」
論点①について:
かかる法令の趣旨に照らせば、施行令30条1項1号の方法は、
「当該報道機関が行う報道の内容が、同号所定の主体によって公開された情報に基づくものであることを、投資家において確定的に知ることができる態様で行われることを前提としていると解される」
「情報源を公にしないことを前提とした報道機関に対する重要事実の伝達は、たえその主体が同号に該当する者であったとしても、同号にいう重要事実の報道機関に対する「公開」にあは当たらない」
⇒本件において同号に基づく、「公開」はされていない。
論点②について:
所論のような解釈は「当該報道に法166条所定の「公表」と実質的に同地の効果を認めるに等しく」、「公表の方法について限定的かつ詳細な規定を設けた法令の趣旨と基本的に相容れない」とした上、
「会社の意思決定に関する重要事実を内容とする報道がされたとしても、情報源が公にされない限り、法166条1項によるインサイダー取引規制の効力がうしなわれることはない」
と判示。
  解説 最高裁判例が存在しない方166条4項の「公表」を巡る論点のうち、リークないしリーク報道とインサイダー取引規制の効力の関係について初判断を示したもの。 
  刑事p116
東京高裁H28.6.15  
  オレオレ詐欺に係る詐欺保護事件における少年院送致の処分が著しく不当であるとされた事例
  事案 被害者から400万円を詐取したといういわゆるオレオレ詐欺の事案。
少年は受け子として関与。
家庭裁判所は、非行事実を認め、第1種少年院に送致。
⇒原審付添人が、事実誤認と処分不当を理由に抗告
⇒東京高裁は、事実誤認の主張は排斥したが、処分不当の主張を容れ、原決定を取り消して家裁に差し戻し。
  家裁 ①本件の組織性・計画性
②子を思う親の心理に付けこむ犯行態様の悪質性
③被害額が比較的高額
④少年が現金授受という犯罪完成に不可欠の役割を果たしたこと
⑤少年の犯意が強いこと
⑥それにもかかわらず、少年の問題意識が高まっていない

少年の要保護性は大きいと判断し、第一種少年院に送致。

①少年の前歴が審判不開始1件
②母親と同居して高校に通っている

非行性が進んでいるとまではいえないとして、短期間の処遇勧告を付した。
  本決定 ①本件は、少年がすぐに逮捕され被害金が還付されていることから実質的には未遂に近い事案。
②オレオレ詐欺が重大な犯罪であり、それに関与する非行も軽視できないが、常に施設内処遇が必要であるとはいえない。
③少年は、詐欺の方法などの犯行の全容を知らされておらず、約束された報酬も低額にとどまっており、共犯者の中では末端に位置するものと評価される。
④少年の関与の程度や期間に照らすと、本件が社会内処遇得が許されないほどの重大な非行であるとは必ずしもいえず、非行性の程度や保護環境等を十分検討したうえで処遇を選択すべき。
具体的事実を挙げて、
少年は、過去にある程度の生活の乱れがあったものの、それ以外は、通学し、補導されることもなく生活をしていた⇒審判不開始となった前歴等を考慮しても、少年の非行性が深まっているとはいえなず、本件のような悪質な非行を繰り返す危険性があるとはいえない。
少年の保護環境の検討に移り、
母親及びその交際相手と少年との関係、母親の指導力、在籍高校への通学可能性を検討して、少年の保護環境にも大きな問題はない。
家庭裁判所が重視した、少年の自己の問題点や犯罪への問題意識が十分に高まっていない点についても、少年の非行性を程度等から見て、社会内資源を活用して認識を深めさせることで対応できる。

家庭裁判所の説示は、本件非行の重大性をやや厳しくとらえすぎている上、少年の非行性の程度についても検討が不十分であり、結論としての少年院送致という処分は著しく不当なものとなっている。
⇒原決定を取り消して、本件を家庭裁判所に差し戻した。
2330   
  民事p15
東京高裁H28.9.21  
  NHKの放送受信契約とその受信料(相当額)の請求
  事案 Yらが運営する各ホテルに平成26年11月以降に設置されたテレビジョン受信設備に関して、その設置後まもなく、X(NHK)が、Yらに対してそれぞれ放送受信契約締結を申し込んだ⇒Yらがこれを承諾しなかった

①主位的に、前記申込みにより放送受信契約が成立した⇒各受信設備に応じた放送受信料の支払を求める
②予備的に、Yらには放送受信契約の申込みを承諾する義務が生じた⇒Yらに対して各承諾の意思表示及び各受信設備に応じた放送受信料の支払を求めるとともに、撤去済み受信設備について不当利得が生じている⇒その支払を求める。
  規定 放送法64条1項本文:
「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」
放送法施行規則23条:
「法第64条3項の契約の条項は、少なくとも次に掲げる事項を定めるものとする。」「一 受信契約の締結方法」 
「条項」として総務大臣の認可を受けた「日本放送協会放送受信規約」3条1項は、受信機を設置した者に遅滞なく放送受信契約書を提出する義務を課し、
規約4条1項は、「放送受信契約は、受信機設置の日に成立する。」と定めているが、これ以外に、放送受信契約の成立についての規定はない。
民法 第414条(履行の強制)
2 債務の性質が強制履行を許さない場合において、その債務が作為を目的とするときは、債権者は、債務者の費用で第三者にこれをさせることを裁判所に請求することができる。ただし、法律行為を目的とする債務については、裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる
  判断 主位的請求をいずれも棄却する一方、予備的請求を認容。
受信設備設置者の承諾なしに申込みのみによって放送受信契約が成立すると解することはできない。
受信設備設置者は、放送受信契約締結の申込みをした被控訴人(X)に対し、放送法64条1項に基づきこれを承諾する旨の意思表示をする義務を負う⇒放送受信契約の申込みを受けた受信設備設置者がこれを承諾しない場合には、被控訴人は、民事裁判において、放送受信契約締結の承諾の意思表示をすることを求めることができる(民法414条2項ただし書)。
上記意思表示を命ずる民事裁判の判決が確定⇒放送受信契約は、規約4条1項に基づき受信機の設置の日に遡って成立したこととされ、受信設備設置者は、被控訴人に対し同日からの放送受信料を支払う義務を負う。
口頭弁論終結前に受信機を撤去⇒その設置から撤去まで間、放送受信契約を締結すべきであったとにこれをしなかった⇒被控訴人の損失において法律上の原因なく放送受信料の支払を免れるという利益を得たものとして、被控訴人に対して当該期間の放送受信料に相当する金員を不当利得として返還する義務を負う。
  解説 法64条1項は、設置者に対して契約締結の義務を負わせたもの。
受信設備設置者がこれを無視し、又は承諾を拒否した場合
A:NHKが申込みをすれば、正当な理由がない限り一定の期間経過後(原則は1週間とする。)に放送受信契約が成立⇒NHKは、当該期間経過後には直ちに放送受信料を徴収できる。
←NHKの受信料の広狭的な性格(放送法15条、20条参照)を重視し、放送法64条1項の「契約をしなければならない」との文言をいわば目的論的に解釈。
B:受信設備設置者による承諾の意思表示がない限り放送受信契約は成立しない。
←放送法64条1項の文言によれば、契約を成立させるためには申込みに対する承諾が必要。
but
同条項が存在する以上、受信設備設置者は、承諾を義務づけられており、NHKは、放送受信料を徴収するためには承諾の意思表示を命ずる判決を得る必要がある。
  民事p28
東京高裁H28.7.8  
  養育費の減額事例
  事案  相手方(元夫)xが、抗告人(元妻)Yに対し、離婚の際に公正証書により合意した養育費の減額を求めた事案。 
  X(元夫)とY(元妻)は、離婚の際、公正証書により、両名の間の3人の子の養育費について、XがYに対し子1人につき月額2万5000円(合計月額7万5000円)を支払うとの合意。
離婚後Yは再婚し、再婚相手と子ら(この子らは再婚相手と養子縁組していない)と共に生活。 

Xは、Yの再婚や経済状況の変化などを理由に養育費の減額を求める調停の申立て。but審判移行後、申立てを却下するとの審判が確定。

事情の変更を肯定した上、公正証書による合意はいわゆる標準算定方式により算定される額を月額5万5000円上回っている⇒この合意の趣旨を反映させるべく、前件審判時の双方の収入により算定される養育費月額6万円に5萬5000円を加えた月額11万5000円とすべき。
他方、Yの再婚相手がXとYとの間の子らの扶養に一定の責任を負うことは否定できない
⇒Xが負担すべきは11万5000円の3分の2であるとし、結論としては変更の必要なし。
その後、Xも再婚し、その再婚相手との間に一児をもうけた⇒再度、養育費の減額を求める審判申立て。
  判断 前記審判後にXが再婚相手及びその間に生まれた子の扶養義務を負うに至ったことは、養育費の額を変更すべき事情変更に当たる。 
前件審判を前提に、
子それぞれについての養育費の額を生活費指数(親を100とした場合の子に充てられるべき生活費の割合)に応じて按分し、結論として、減額が相当。
  解説 父母が養育費について合意し、あるいは審判により養育費が定められた後に、その合意等を基礎付ける事情が変更⇒養育費の増減額を求めることができる。 
事情の変更は、一般に、「法的安定性の要請から、前協議又は審判の際に予見されなかった事情であり、かつ、前協議又は審判を維持することが困難な程度に事情の変更が顕著であることを要する。」
前に合意し、あるいは審判により定められた養育費の額がいわゆる標準算定方式により算定される額と相違する場合には、増減額の検討に当たってこの相違を考慮する必要がある。 
両者の差額を①固定額としてとらえて考慮したり、②両者の比率に着目して考慮したりするなどの方法があり得るが、最終的には、事案ごとに判断することになる。
本件では、5万5000円の加算を、XとYの間の3人の子のみに配分すべきか、Xとその再婚相手との間の子等にも配分すべきか?
本決定「未成年者ら以外に相手方が扶養義務を負う子を未成年者らより劣後に扱うことまで求める趣旨であるとまで解すことはできない」

Xが、Yとの間の3人の子に対して負う扶養義務と、再婚相手との間の子に対して負う扶養義務との間に差異はない。 
原審判は、5万5000円をXの基礎収入(養育費を捻出する基礎となる収入)に加算することで、同額をX自身にも配分してしまっている。
~合意の趣旨を超えている。
Y(元妻)の再婚相手は養親ではない以上、Xの養育費支払義務の検討においてYの再婚相手の存在を考慮すべきでないという考え方もあり得るが、考慮するという考えもあり得る。
以上の検討を経て、XとYとの間の3人の子の養育費の合計額を算定した上で、これを3人の各生活費指数に応じて按分して、子ごとの養育費の額を算定。
←標準算定方式による算定の過程において、子ごとに異なる生活費指数を用いている。
  民事p33
大阪高裁H28.10.4  
  不動産業者等によるコンサルティングが弁護士法72条違反と不法行為とされた事案
  事案 Y1会社:不動産業を営む有限会社
Y12:Y1の代表者
Y3:Y1を退社し個人で不動産業に関わる仕事をしている者 
X:2か所に住宅を所有しており、いずれも、敷地は亡妻と共有(持分各2分の1)、建物はXの単独所有。
Xと亡妻は本件住宅Aに居住し、本件住宅Bには長男がその家族と居住。
長女は結婚し別の場所に住む。
亡妻は平成22年7月に死亡。
遺言により亡妻の前記敷地共有持分はいずれもXと長女が2分の1ずつ取得。
同年12月、Xは、本件住宅Bの敷地のX共有持分の4分の1を長女に贈与し、同敷地の長女の共有持分は2分の1になった。
Xは、同年11月以降、介護老人施設で生活するようになり、同年12月、長女と共に本件住宅Bの売却をY1に相談。
Xは、同年8月ころ長男に対する資金の回収を弁護士に相談しており、長女もそのことを知っていた。
Y1は、Y2と共に、X及び長女から話を聞き、Y1とXは、住宅B売却の仲介の他に、長男に対する明渡の交渉、長男に対する貸金の回収を解決することを内容とするコンサルティング契約を締結。
Y2は、長男と交渉して、長男は住宅Aに転居し、かつ、長男が住宅Aの土地建物の所有権を取得すること、長男の前記転居に伴う費用(住宅Bの家財の搬出や廃棄の費用、長男の引越費用)はY1が負担することを合意し、亡妻の住宅Aの敷地持ち分を長男が相続したとする遺産分割協議書の作成や、Xの住宅Aの建物所有権及び敷地共有持分を長男に贈与するとの贈与契約書の作成を手配。
住宅Bは2195万円で売却され、Xは仲介手数料40万1600円とコンサルティング料203万円をY1に支払い、謝礼名目でY3に50万円を支払った。
  規定 弁護士法 第72条(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)
弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
  争点 ①本件コンサルティング契約の締結及び長男との交渉が弁護士法72条の要件である「業として」行われたものか否か
②控訴人らの行為が弁護士法72条に反するだけでなく、不法行為に該当するか 
  判断
・解説
●争点①について 
弁護士法72条の「業として」は、反復的に又は反復の意思をもって法律事務の取扱等をし、それが業務性を帯びるに至った場合を指す(判例)。
「業として」行われたものと判断。

①Y2、Y3は、住宅Bの売買の仲介を依頼されたことがきっかけでXと知り合ったのであって、以前からの友人、知人といった属人的なつながりから長男との立退や貸金回収の交渉を引き受けたものではなく、当初から対価を得る目的で長男との交渉を引き受けた。
②Y1は以前にも不動産仲介に伴って不動産の立退交渉を行い「お世話料」の名目で金員を得ていた。
③長男との交渉の最終目的は住宅Bの明渡しを成功させてこれを売却することにあり、売却が成功すればY1は仲介手数料得ることができた。

Y1は反復の意思をもって本件コンサルティング契約を締結して、長男との交渉等の法律事務を行ったといえる。
  ●争点②について 
弁護士法72条で禁止される「一般の法律事件に関して、法律事務を取り扱うこと」を内容とする契約は、民法90条の公序良俗に反する法律行為として無効⇒前記契約に基づいて支払われた報酬等については、不当利得返還請求権に基づきその返還を求めることができる。
①Y1がXから受け取ったコンサルティング料が仲介手数料の約5倍に及び、Y2が受け取った謝礼も仲介手数料を上回っている上、②Yらは、Xと同道の上、Xが長男に対する貸金等を以前から相談していた弁護士に対する依頼を解消するにも関わっている。

公序良俗に違反して無効であるのみならず、不法行為法上もこれを違法ということができる。
  民事p49
東京地裁H28.9.8   
  歯のインプラント治療での歯科医の過失による損害賠償請求
  事案 Yが運営し、院長を務めるY歯科医院でインプラント治療を受けた患者Xが、Yの治療行為により後遺障害が残存する損害を受けたと主張⇒Yに対し、損害賠償請求。 
  判断 ●本件事故と本件後遺障害(右側オトガイ感覚神経感覚障害)との間の因果関係
①Xは本件事故の翌日から継続して唇付近の麻痺を訴えている
②Xは本件事故から約1か月後にT病院を受診し、オトガイ神経麻痺との診断を受け、治療を受けている
③T病院で実施されたパントモ撮影(歯科用のX線撮影)では下顎管に達する透過像が認められ、同時に実施されたCT検査ではインプラント埋入窩で神経の断絶が認められる
⇒本件後遺障害は本件事故によるもの。
  ●本件診療契約の債務不履行にもとづき、契約を解除し、Yに支払った報酬の全額の返還を求めることができるか?
インプラント治療の工程に照らすと、フィクスチャー(人工歯根)の埋入と上部構造の装着は一般的に治療の工程として分離可能
⇒患者は、インプラント治療に占めるフィクスチャー(人工歯根)の埋入部分の割合に応じて報酬を支払わなければならない。
フィクスチャー(人工歯根)が終わっている本件ではXは報酬の7分の4はYに対し支払う義務がある。
  民事p56
東京地裁H28.2.8  
   
  事案 懲戒請求等にかかる請求者の不法行為責任を問題となった事件 
  判断  ●懲戒請求について 
最高裁H19.4.24を引用し、懲戒請求の根拠とした各事由がいずれもYにおいて認識することも無理のない事情であり、相応の根拠があるとか、Yの判断には一応の合理性があると評価できる
⇒不法行為を否定。
  ●Yの中間金の受領について 
Yが中間金を保持する権限ないし理由がないと判断したとしても、一応の合理性がある
⇒その違法性を否定
  ●横領の申告について
疑念を抱いたことに無理のない事情があった⇒違法性を否定
  ●虚偽の風説について
いささか侮辱的な発言であるもの、委任中の弁護士に関する評価を含むことを考慮し、違法性を否定。
  民事p68
東京地裁H28.7.21  
   
  事案 産婦が分娩直後の大量出血で死亡
⇒法定相続人であるXらが、Y病院の担当医師らには、
①輸液、②輸血、③DIC(播種性血管内凝固症候群)に対する治療、④頸管裂傷に対する処置などの点について注意義務違反ないし過失があり、これにより本件患者は死亡したと主張⇒合計8890万円の損害賠償を求めた。
  判断  ●輸液についての注意義務違反
輸液の経過として、午後4時頃までの出血量約1200gから1700gの純出血量に対し、少なくとも合計約1000mlの輸液がされ、さらに午後4時以降については、本件患者の状況の変化に応じて相当量の輸液⇒本件患者に対する輸液量として明らかに不足しているとまではいえない。
  ●輸血についての注意義務違反 
交差適合試験の実施をまって輸血したため開始が遅かった。
but
本件当時、「産科危機的出血への対応ガイドライン」は存在せず、どのような場合に血液型不明で、かつ、交差適合試験を実施しないままの輸血の実施が許容されるかについては、依拠すべき一般的指針はまだ確立していない。
⇒輸血についての注意義務を否定。
  ●DICに対する治療についての注意義務 
 DICに対する一定の治療は行っており、注意義務違反があるとまでは認められない。
  ●頸管裂傷について
頸管裂傷が本件患者の死亡に直接影響したものとはいえない。
  本判決:
本件患者の死亡原因を羊水塞栓症を原因とするDICの進行で死亡したと判断。
羊水塞栓症とは、何らかの原因で羊水成分が母体血中に流入し、母体に呼吸不全、循環不全、ショック、DICなどを併発する極めて重篤な疾患であるところ、仮にY病院の医師がXらの主張するような措置を採っていたとしても、本件患者を究明することは極めて困難であった可能性が高い

注意義務違反を否定し、Xらの請求を棄却。
  労働p84
最高裁H28.12.1  
  私立大学の教員にかかる期間1年の有期労働契約が、更新限度期間(3年)の満了後に期間の定めのないものとなったか?(否定)
  事案 Yとの間で期間1年の有期労働契約を締結し、Yの運営する短期大学で講師として勤務していたXが、Yによる雇止めは無効であると主張

Y2を相手に、
①労働契約上の地位の確認及び
②雇止め後の賃金の支払
を求めた事案。
  事実 Xは、平成23年4月1日、Yとの間で、Yの契約職員規程(「本件規程」)に基づき、契約期間を同日から平成24年3月31日までとする有期労働契約を締結し、Yの運営する短期大学の講師として勤務。
  本件規程には、契約職員の更新限度期間が3年であり、
契約職員のうち、勤務成績を考慮し、Yがその者の任用を必要と認め、かつ、当該契約職員が希望した場合は、
契約期間が満了するときに、期間の定めのない職種に異動することができる旨の定め。 
Y⇒Xに、平成24年3月、同月末で本件労働契約を終了する旨を通知。
Xは、同年11月、本件訴えを提起。
Y⇒Xに、平成25年2月、仮に平成24年3月末で終了していないとしても、平成25年3月末で本件労働契約を終了する旨を通知。
Y⇒Xに、平成26年1月に、契約期間の更新限度は3年であるので、仮に本件労働契約が終了していないとしても、同年3月末で本件労働契約を終了する旨を通知。
  規定 労働契約法 第19条(有期労働契約の更新等)
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。
  判断 本件労働契約が3年の更新限度期間の満了後に無期労働契約となったとはいえず、同契約が同期間の満了をもって終了した旨判断。 
  解説 ●雇止め法理と労契法19条 
有期労働契約は、契約期間の満了により当然に終了するのが原則。
but
判例上
①有期労働契約があたかも無期労働契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、又は
②労働者において期間満了後も雇用契約が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合
解雇権濫用法理が類推適用され、当該労働契約の雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないときには効力を否定すべき。

平成24年改正により、労契法19条として明文化。
  ●有期労働契約の無期労働契約への転換(労契法18条) 
労契法の平成24年改正で、有期労働契約の無期労働契約への転換の規定が新設。
同法18条は、
①同一の使用者の下で有期労働契約が更新されて通算契約期間が5年を超える場合に、
②労働者が無期労働契約への転換の申込みをすれば、
使用者がその申込みを承諾したものとみなされ、無期労働契約が成立。

有期労働契約の濫用的利用を抑制し、労働者の雇用の安定を図る観点から、従来の判例法理にない規制原理を新たに創設したもの。
無期労働契約への転換が可能となるための通算契約期間については、大学の教員等の任期に関する法律の改正により、大学の教員等に係る通算契約期間を10年とする特例(同法7条1項)が規定。
労契法18条は、その施行日(平成25年4月1日)以後の日を契約期間の初日とする有期労働契約について適用され、施行日前の日が初日である同契約の契約期間は通算契約期間には算入されない。
  ●労働契約における期間の定めと試用期間との関係 
試用期間:正規従業員としての適格性を判定するため、使用者が労働者を本採用前に試みに使用する期間であり、
判例は、試用期間中の労働関係について(個々の事案ごとに判断する必要があることに留意しつつも)解約権留保付労働契約であると解している。
新規採用時の労働契約における期間の定めが、実際には試用期間を意味するとされる場合。
最高裁H2.6.5:
私立高校に1年の契約期間で雇われた「常勤講師」の期間満了による雇止めの効力が争われた事件において、使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、
その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、期間の満了により雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、
同期間は契約の存続期間ではなく、無期労働契約下における試用期間(解約権留保期間)と解すべき。
  ●有期労働契約が無期労働契約となる場合 
A:当該有期労働契約が、更新限度期間の満了時に当然に無期労働契約となることを内容とするものであったと解釈できる場合。
B:労契法18条による場合。
C:民法629条1項により黙示に更新された労働契約。
雇止め法理は有期労働契約の更新の場合に適用されるものとして形成、確立されてきたものであり、これを利益状況の大きく異なる無期労働契約への転換の場面に直ちに借用できないのは明らか。
     
  労働p89
東京高裁H28.6.30  
  消防吏員に対する懲戒処分が取り消された事例
  事案 Y(大和市)の消防吏員として勤務していたXが、Yの消防庁から平成24年11月30日付で懲戒停職6月の処分⇒その取消しを求めた。 
  原審 ●Xの行為が横領に該当するか 
標準貸与期間を徒過した貸与品についても、Yの所有物であり、X自身の廃棄処分にするか退職時に返還するかを委ねられているにすぎず、X・Y間の貸与品に係る委託関係は継続
⇒インターネットオークションに出品・売却することは、上記委託の趣旨に反してYの所有物を不法に領得したもの⇒横領に該当。
  ●本件処分が裁量権の逸脱濫用に当たるか 
最高裁判決(最高裁昭和52.12.20)を参照し、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、
懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められる場合に限り処分が違法であると判断すべき。
具体的な考慮要素として、
①本件行為の原因、動機、②本件行為の性質、③本件行為の態様、影響、④本件行為の結果を検討。

①は強く非難されるべき、
②は、Yの貸与品の管理状況に鑑みれば、「委託関係に反した点における違法ないし非行の程度は軽いもの」であり、
③は、本件行為が「消防吏員としての職務遂行に直接関わるものでなく」、「公務に対する信用を直ちに失墜させるおそれがあったものとはいえ」ず、
④は、Yに「経済的損失はなかった」

本件行為は、「横領の類型の中では、かなり軽い部類に属するものというべき」。

Xは過去に非違行為や懲戒処分を受けたことがない

本件処分は、「重きに失し、社会通念上著しく相当性を欠」き、Y職員の懲戒処分に関する指針に照らしても、本件処分は「裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したものとして違法」。
  判断 原判決を基本的に支持し、控訴棄却。
原判決に補足し、
①Yにおける貸与品亡失届出書の提出件数は少なく、「損傷等した貸与品の届け出をするかどうかは、貸与を受けた者の自由に任されていた」こと
②編上げ靴は、一般に販売されているもの
③「標準貸与期間が経過した本件編上げ靴は、その時点で、一段と・・委託関係が緩やかになったと見ることができ」、Xにおいて「自らの判断により破棄することも可能であった物品という意味では、私物に近い存在であった」
④Xは、「当初から職務に使用する意思がなく、インターネットオークションに出品、売却して利益を得る意図のもとに貸与を受けたものではな」く、計画的、意図的な行為ではない

「違法ないし避難の程度は軽く、違反の程度は軽微」である。
  解説 公務員の懲戒処分の裁量権濫用をめぐる判断に関しては、
「社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合」に処分が違法となるのが判例であるが、
本件では、とりわけ「処分の相当性」が主な争点となった。 
編上げ靴についての横領の成立は認めつつも、前記のYの貸与品管理状況等から、標準貸与期間が経過している貸与品の横領については、違反の程度が軽微であるとして、本件処分は重すぎると判断。
  刑事p100
最高裁H28.3.31  
  虚偽の供述調書の作成が証拠偽造罪に当たる場合
  事案 被告人が、
①共犯者と共謀の上、生活保護費を不正受給して騙し取った、という詐欺事件のほか、
②共犯者と共に警察署を訪れ、警察官らと意を通じ、知人の暴力団員が覚せい剤を所持しているのを目撃した旨の共犯者を供述者とする内容虚偽の供述調書を作成して証拠を偽造した
という事案。 
  争点 参考人の捜査官に対する虚偽の供述に基づき供述調書が作成された場合に証拠偽造罪が成立するか。 
  判断

解説
「他人の刑事事件に関し、被疑者以外の者が捜査機関から参考人として取調べ・・・を受けた際、虚偽の供述をしたとしても、刑法104条の証拠を偽造した罪に当たるものではないと解されるところ・・・その虚偽の供述内容が供述調書に録取される・・・などして、書面を含む記録媒体上に記録された場合であっても、そのことだけをもって、同罪に当たるということはできない。」

現行刑法は、偽証罪以外の虚偽供述を不処罰としており、参考人が捜査官に虚偽供述をして、それに基づき供述調書が作成された場合であっても証拠偽造罪は成立しないと解するのが相当。
「本件において作成された書面は、参考にAのC巡査部長に対する供述調書という形式をとっているものの、その実質は、被告人、A、B警部補及びC巡査部長の4名が、Dの覚せい剤所持という架空の事実に関する令状請求のための証拠を作り出す意図で、各人が相談しながら虚偽の供述内容を創作、具体化させて書面にしたものである」と本件の特殊事情を示した上、
「本件行為は、単に参考人として捜査官に対して虚偽の供述をし、それが供述調書に録取されたという事案とは異なり、作成名義人であるC巡査部長を含む被告人ら4名が共同して虚偽の内容が記載された証拠を新たに作り出したものといえ、刑法104条の証拠を偽造した罪に当たる」

本件は、単に参考人が捜査官に対して虚偽の供述をし、それに基づき供述調書が作成された場合とは異なり、被告人が調書の作成名義人である警察官らと共同して供述調書という形式の虚偽の証拠を作り出した場合であることから、前記の基本的立場が適用されるべき事案ではないと判断されたもの。
  刑事p102
大阪高裁H28.3.15  
  再審請求棄却の原審に対する抗告審(原審否定)
  事案 2人組の郵便局での強盗。
AがBと共謀して強盗に及んだとして公訴提起。
Aは犯行への関与を否定し、本件はBとCによる犯行であると主張。
Bは、自ら警察に出頭して、Cから金を取る話を持ちかけられ、Cと一緒に郵便局に入って犯行に及んだ」と述べていた。 
  確定審 一審:
強盗事件の局面における事実とAの領域における事実を対比する形で複数の間接事実として指摘⇒AとBの密接な関係をも考慮すると、AがBの共犯者として本件強盗を敢行したことが強く推認される。
「共犯者はCである」とのBの証言及び「自分にはアリバイがある」とのAの供述は信用できない。
A以外の者がAの管理下にある倉庫内の車両を使用し、証拠物を倉庫内に隠匿したとの合理的な疑いが生じ得る事情はない。

Bとともに強盗を行ったのはAであると認定し、Aを懲役6年に処した。
控訴上告も棄却され、確定。 
  規定 刑訴法 第435条〔再審請求の理由〕 
再審の請求は、左の場合において、有罪の言渡をした確定判決に対して、その言渡を受けた者の利益のために、これをすることができる。
六 有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。
刑訴規則 第286条(意見の聴取)
再審の請求について決定をする場合には、請求をした者及びその相手方の意見を聴かなければならない。有罪の言渡を受けた者の法定代理人又は保佐人が請求をした場合には、有罪の言渡を受けた者の意見をも聴かなければならない。
  再審請求審原審 確定審ではAが実行犯人か否かが争点とされたが、再審請求審において再審開始の事由があるとするためには、弁護人が提出した証拠と確定審で取り調べられた証拠とを総合評価して、Aが実行犯人であると認定した確定判決に合理的な疑いを生じさせるだけでは足りず、Aが犯人であることに合理的な疑いを生じさせることが必要。
確定判決の証拠構造を整理し、間接事実のうち最も重要なのは「強取された現金全額が事件発生後短時間のうちにAが管理権限を有する倉庫に持ち込まれたこと」であり、この事実からAが犯人の一人であることがかなり強く推認されるが、これだけでは実行犯人の1人であることまでは推認できず、Aが実行犯人ではない共犯である可能性が残る。
次いで重要なのは「犯人が逃走に使った自動車が短時間のうちに本件倉庫に持ち込まれ、ナンバープレートに罪証隠滅工作が施されていたこと」等で、異常を併せると、Aが犯人の1人であることが極めて強く推認される。
提出された証拠が無罪を言い渡すべき明らかな証拠であるというためには、①前記の被害現金が倉庫に持ち込まれた事実の認定を覆すに足りる蓋然性があること、または②Aが犯人の1人であるとの強力な推認を妨げる蓋然性があることを要する。
①本件倉庫にA以外の者が立ち入ることができたとしてもAが犯人の1人であるとの推認は揺るがない
②Aが実行犯人でないとしても第三の共犯者が第三者の共犯者が加わることになるに過ぎず、Aが犯人の1人であるとの強力な推認は妨げられない、
③Cが実在するとしても実行犯人の1人がCである疑いに結びつくわけではなく、Aが犯人の1人であるとの強力な推認が妨げられるはずもない。
  請求人の主張 即時抗告し、
再審請求審の審理対象は「確定判決における事実認定」であるからAが実行犯人か否か以外の事実について審理することはできない。
できるとしても訴因変更を要する事実にまで広げることは許されない。 
  即時抗告審 再審請求審が新たな証拠を加えて総合評価した結果、確定判決が認定したのと同一の事実を認定することができないとしても、同一の構成要件に該当する事実や法定刑が軽くない他の構成要件に該当する事実を認定することができる場合には刑訴法435条6号の新たな証拠を発見したことにはならない

再審請求審の審理対象は「確定判決における事実認定」に限定されない。
本件は、確定審において、訴因変更又はその他の不意打ち防止の措置を講じることによって訴因と同一の構成要件に該当する事実を認定することができる場合

再審請求審において、請求人の主張や証拠を検討した結果に基づき、釈明を求め主張を促すなど十分な防御の機会を与えて審理を尽くせば防御の権利を損なうことにならず、実行犯人以外の共犯形態についても審理することができる。
共犯の形態が実行共同正犯かそれ以外の共犯かの点、いかなる者との間で共犯関係が成立するのかの点は、再審請求審の審理に当たって請求人の主張の組立てや提出すべき証拠の内容に影響を及ぼすことが考えられる

原審が、実行共同正犯以外の共犯の形態等に関して争点を顕在化させる措置を講じず、主張立証の機会を与えなかったことは、請求人に対し不意打ちを与え、その防御権を侵害する違法なもの。
Aの関与なしにA以外の者が本件倉庫に被害現金を隠匿したり犯行使用車両を持ち込んだりすることは考え難いという推認については、そのような管理状態であったことが前提となるはずで、原審がAの管理権限を基礎に推認力を認めたのは論理則・経験則に反する、間接事実の推認力が減殺されるか否かについて弁護人から提出された証拠の信用性を検討しておらず、審理が尽くされていない。
実行共同正犯以外の共犯性について弁護人が証拠を提出し、検察官も意見書を提出して信用性を争っていたにもかかわらず、原審は証拠の信用性について検討を加えておらず、間接事実の検討について十分な審理が尽くされていない。
⇒原決定を取り消し、審理を尽くさせるために差し戻した。
  解説  ●再審請求審の審理対象 
有罪の言渡しをした確定判決に対し再審を開始するためには、その言渡しを受けた者に対して無罪等を言い渡すべき明らかな証拠又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したことが必要。
再審請求審において、従来の証拠構造に新しい証拠を加えて総合評価した結果、確定判決の事実認定に合理的な疑いが生じ、その認定した犯罪事実と全く同一の事実を認定することができなくなったとしても、ただちに刑訴法435条6号に該当するということにはならない。
そのような場合でも、確定判決の認定した事実と同一の構成要件に該当する事実やその事実よりも法定刑が軽くない他の構成要件に該当する事実を認定することができ、かつ、その事実が確定判決の認定した犯罪事実との関係で公訴事実の同一性の範囲内にある場合には、無罪を言い渡すべき又は原判決よりも軽い罪を認めるべき証拠が発見されたとはいえないとした例(福岡高裁H7.3.28)。

公判手続であれば審理の進展に伴い訴因変更を要する事態になるような場合であっても、再審請求審において、公訴事実の同一性の範囲内で審理の対象を広げ、別の犯罪事実を認定し得ることを前提とした考え方。
同事件のと特別抗告審(最高裁H10.10.27):
放火の方法のような犯行の態様に関し、詳しく認定判示されたところの一部について新たな証拠等により事実誤認のあることが判明したとしても、そのことにより更に進んで罪となるべき事実の存在そのものに合理的な疑いを生じさせるに至らない限り、法435条6号の再審事由に該当するということはできない。

訴因変更の余地については言及していない。
確定判決では被告人と共犯者が共謀して被告人が放火の実行行為をしたと認定されていたところ、再審請求審において新しい証拠を他の証拠と総合すると実行行為をしたのは共犯者であると認められるが、このような場合でも刑訴法435条6号の証拠に当たらないとした例(東京地裁昭和43.7.1)。
  実行共同正犯の訴因で審理が勧められた事案において共謀共同正犯の認定をすることができるかが問題となったケースの公判審理について、被告人の防御に実質的な不利益をもたらす場合には訴因変更の手続を必要とするものと解すべき(大阪高裁昭和56.7.27)。
本決定:
再審請求審の審理の中で、実行犯人であるB及びもう1人の者と請求人との間で共謀関係が成立し、これに基づいてBらが実行に及んだという事実関係を想定し、その事実を推認するための間接事実の位置づけ及び証拠構造の組立てを明確にした上で、請求人に対してこれに対する反論及び証拠提出の機会を与えるべきであった。

公判審理とは構造が異なる再審請求審の手続についても適正手続の保障が及ぶとして、請求人の防御権に配慮し、その意見を十分に酌むことを求めたもの。
  ●再審開始後の訴因変更 
A:刑訴法451条により通常の訴訟手続として更に審判をする⇒必要な限りにおいて当然に許される(大阪高裁昭和37.9.13)。
B:A訴因での有罪認定の誤りを正すために再審請求して認められたらかえってB訴因で有罪の危険にさらされるというのでは利益再審の制度に不利な制約を課すことになる⇒否定説。
強盗事件の公訴事実に記載された特定の日について請求人にアリバイがあるとして再審を開始したとしても、再審の審理手続において、その日ではない別の日の犯行として訴因が変更され、変更された訴因について有罪の言渡しがなされるとしたならば、結局、前記のアリバイの事実もなんら公訴事実について無罪を言い渡すべき理由とはなりえない(東京地裁昭和51.1.14)。
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その即時抗告審は、犯行日時は証拠により特定済のものであって今後の立証の如何により変更の余地があるとは認められない。
⇒再審証拠の明白性を肯定(東京高裁昭和k55.10.16)。
  ●再審請求をした者意見の聴取