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シンプラル法律事務所
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勉強会(判例時報2019後半)

判例時報の勉強会用の資料です(随時更新)

  ●月
     
     
       
       
2423   
  行政p17
最高裁H31.4.9  
  地目を宅地と認定するなどして算出された当該土地の登録価格を適法とした原審の判断に違法があるとされた事案
  事案 三重県志摩市所在の隣接する2筆の土地に係る固定資産税の納税義務者であるXが、本件各土地につき、志摩市長により決定され土地課税台帳に登録された平成27年度の価格を不服として志摩市固定資産評価審査委員会に対し審査の申出⇒これを棄却する旨の決定⇒志摩市を相手に、その取消しを求めた。
  争点 調整池の用に供されている本件各土地について、その地目を宅地と認定するなどして算出された本件各登録価格の適否。 
  原審 本件各土地は、本件商業施設が適法に開発許可を受け、同施設が有事のための洪水調整機能を維持して安全に運営を継続するために必要なものであり、宅地である本件商業施設の敷地を維持するために必要な土地
⇒本件土地の地目をいずれも宅地と認定した上で決定された本件各登録価格は適法。 
  判断 固定資産評価基準における土地の地目のうち宅地とは、建物の敷地のほか、これを維持し、又はその効用を果たすために必要な土地をも含む。
本件各土地は、本件商業施設に係る開発行為に伴い調整池の用に供することとされ、排水調整の必要がなくなるまでその機能を保持することが前記開発行為の許可条件となっているが、
①開発許可に前記条件が付されていることは、本件各土地の用途が制限を受けることを意味するにとどまり、また、
②開発行為に伴う洪水調整の方法として設けられた調整池の機能は、一般的には、開発の対象となる地区への降水を一時的に貯留して下流域の洪水を防止することにあると考えられる

前記条件に従って調整池の用に供されていることから直ちに、本件各土地が本件商業施設の敷地を維持し、又はその効用を果たすために必要な土地であると評価することはできない

原判決を破棄し、本件を原審に差し戻した。 
  解説 ●「宅地」の意義 
評価基準:
土地の評価は地目の別に、それぞれ定める評価方法によって行う。
地目の認定に当たっては、当該土地の現況及び利用目的に重点を置き、部分的に僅少の差異の存するときであっても、土地全体としての状況を観察して認定する旨を規定。
but
各地目の具体的な意義については明示されていない。 
固定資産評価基準解説:
「宅地」について、不動産登記事務取扱手続準則68条3号を引用して、
建物の敷地及びその維持若しくは効用を果たすために必要な土地をいうとした上、建物の敷地のみに限定されず、建物の風致又は風水防に要する樹木の生育地、建物に附随する庭園、通路等のように、宅地に便益を与え、又は宅地の効用に必要な土地については、宅地に含まれる。
本判決:
「建物の敷地のほか、これを維持し、又はその効用を果たすために必要な土地をも含む」と説示。
~従前の一般的理解に沿うもの。
  ●本件各土地の地目の認定等
原判決:
本件土地が調整池としての調整機能を保持することが本件商業施設に係る開発行為の許可条件となっている。

本件各土地は、本件商業施設が適法に開発許可を受け、同施設が有事のための洪水調整機能を維持して安全に運営を継続するために必要なものであり、本件商業施設の敷地を維持するために必要な土地と認められる。

①その調整機能を保持することが前記許可条件となっているという法的な側面と、
②これが洪水調整機能を有することで本件商業施設の安全な運営の継続に資するという物理的な側面
に着目。
vs.
①の点⇒住宅が立ち並ぶ一体とは離れた一角に独立して調整池が設置されているるような場合でも、調整池の設置が宅地開発の許可条件となっていることを理由にその地目を宅地と認定し得ることになりかねないが、それは、相当ではない。
②の点について、本件各土地が調整池として洪水調整機能を有することが、これより高い位置にある本件商業施設の敷地における洪水を防止するという関係にあると直ちにいうことはできない。
  民事p20
最高裁H31.3.7  
  違法な仮差押命令の申立てと逸失利益との間の相当因果関係(否定)
  争点 本件仮差押申立てとY主張の逸失利益の損害との間に相当因果関係が認められるか否か。 
  原審 本件仮差押申立ては、当初からその保全の必要性が存在しないため違法であり、Yに対する不法行為に当たる。 
①本件仮差押命令の発令当時、Yと本件第三債務者との取引期間は1年4か月であり、Yにおけるその他の大手百貨店との取引状況等をも併せ考慮すると、Yは、本件仮差押申立てがされなければ、本件第三債務者との取引によって少なくとも3年分の利益を取得することができた。
②本件仮差押命令の送達を受けた本件第三債務者が、Yの信用状況に疑問を抱くなどしてYとの間で新たな取引を行なわないとの判断をすることは、十分に考えられ、Xはこのことについて予見可能であった。

本件仮差押申立てと本件逸失利益の損害との間には相当因果関係がある。
  判断  債権の仮差押命令の申立てが債務者に対する不法行為となる場合において、前記仮差押命令の申立ての後に債務者と第三債務者との間で新たな取引が行われなくなったとしても、次の①②など判示の事情の下においては、前記不法行為と債務者がその後に債務者と第三債務者との間で新たな取引が行われなくなったことにより喪失したと主張する得べかりし利益の損害との間に相当因果関係があるといういことはできない。
①債務者は、1年4か月間に7回にわたり第三債務者との間で商品の売買取引を行ったが、両者の間で商品の売買取引を継続的に行う旨の合意があったとはうかがわれず、債務者において両者間の商品の売買取引が将来にわたって反復継続して行われるものと期待できるだけの事情があったとはいえない。
②前記仮差押命令の執行は、前記仮差押命令が第三債務者に送達された日の5日後に取り消され、その頃、第三債務者に対してその旨の通知がされており、第三債務者が債務者に新たな商品の発注を行わない理由として前記仮差押命令の執行を特に挙げていたという事情もうかがわれない。 
  解説 一般に、企業間取引で多くみられる継続的契約では、「仮差押えがあったとき」などを基本契約又は個別契約の解除事由とする旨の合意がされることが多い。
but
金銭債権に対する仮差押命令およびその執行は、債務者に対しては被差押債権の処分を相対的に禁止し、第三債務者に対しては債務者への弁済を禁止する(民保法50条1項)にとどまるものであり、債務者と第三債務者との間に前記のような合意があったなどの特段の事情のない限り、第三債務者が債務者との間で新たな取引を行うことを妨げるものではない。
最高裁:
債務者が違法な仮処分によって被ったと主張する営業利益の喪失や信用失墜による無形の損害等の損害は、当該仮処分の執行によって通常生ずべき損害に当たらず、特別の事情によって生じたものと解すべきであるとした上で、その賠償席因を否定した原審の認定判断を是認したものがある。
下級審裁判例:
不当保全執行による逸失利益の有無については特に慎重な判断がされており、
取引先から取引を一時停止されたこと等を考慮しながらも、無形損害又は慰謝料として一定額の賠償を認めるにとどまるものがある一方、
無形損害又は慰謝料の賠償自体も否定したもの等もあった。
  民法における損害賠償の範囲に関する議論:
消極的損害の賠償責任を認めるためには、被害者がその消極的損害に係る将来の利益を取得することが確実であることを要するとされ(新版注釈民法10Ⅱ284頁以下、
富喜丸事件判決は、消極的財産損害(騰貴価格による得べかりし利益)の賠償を請求する者は、これを確実に取得したであろう事情があり、その事情が不法行為当時予見又は予見することができたことを主張立証しなければならない旨を判示しているとの指摘。 
また、相当因果関係説の下では、因果関係に争いがある場合、立証の対象となるべき要件事実として、「特定の事実が特定の結果発生を招来した関係」高度の蓋然性をもって是認し得ることの主張が必要であるとされており、このことは不法行為によって消極的損害(被害者の所得の喪失又は減少)が発生したことについても同様である。
  継続的売買の解消については、学説上、
継続的売買契約が存在⇒契約上の責任を考えることになる
継続的売買契約が存在するとはいえない場合であっても、当事者は互いに信義則上の注意義務を負い、それに反した解消によって生じた損害を賠償する責任を負う場合があり、
①現実的履行の強制まで可能な継続的売買契約
②履行の強制はできないが損害賠償請求は可能な継続的売買契約
③契約の存在は認められないが信義則上の責任が認められる継続的売買
④解消者に何らの責任も認められない継続的売買
という4段階に分類して考えることが可能。

第三債務者との間で継続的売買を行っていた債務者が、第三債務者との取引によって将来の利益を取得することが確実であるというためには、
両者間に継続的売買契約の成立が認められるか、
継続的売買の解消につき第三債務者に信義則上の責任が認められるような事情、すなわち、債務者において両者間の売買取引が将来にわたって反復継続して行われるものと期待できるだけの事情が必要。 
本件:
Yにおいて両者間の商品の売買取引が将来にわたって反復継続して行われるものと期待できるだけの事情があったといえない。
  ①本件第三債務者がYとの間で新たな取引を行うか否かは本件第三債務者の自由な意思に委ねられていた
②Yが相当程度の売上高及び資産を有する会社であった
③本件仮差押命令の執行が本件仮差押命令の送達日の5日後に取り消され、本件第三債務者にその旨の通知がされた
④本件第三債務者がYに新たな商品の発注を行わない理由として本件仮差押命令の執行を特に挙げていたという事情もうかがわれない


本件第三債務者が、本件仮差押申立てによりYの信用がある程度毀損されたと考えたとしても、このことがYとの間で新たな取引を行わないとの判断を招来したことを高度の蓋然性をもって是認し得るとまではいい難い。 
  民事p29
東京高裁H31.1.23  
  ツイッター上の投稿に関し、IPアドレスの情報につき、「権利の侵害に係る発信者情報」に当たらないとされた事例
  事案 芸能活動を行う女子高生であるXが、氏名不詳者によりされたツイッター上における特定のアカウント(「本件アカウント」)からの複数の記事の投稿により、名誉等を侵害されたと主張⇒経由プロバイダであるYに対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律4条1項に基づき、発信者情報の開示を求めた。 
本件アカウントは、遅くとも平成29年8月17日頃に開設。
  判断 本件ログインに係る情報は、法4条1項に規定する「権利の侵害に係る発信者情報」に当たらないとした。 
ログインが1つしかないなど、当該ログインを行ったユーザーがログアウトするまでの間に当該投稿をしたと認定できるような場合⇒当該ログインに係る情報を発信者情報と解することができ、法の趣旨によれば、そのようなログインにかかる情報も、法4条1項に規定する「権利の侵害に係る発信者情報」に当たり得る。
but
①本件アカウントの名称は「〇〇応援隊」という複数のユーザーにより共有されていることと矛盾しない。
②少なくとも7件の投稿が行われているが、本件各記事が投稿された前後にどのような投稿がされていたかは証拠上明らかでない
③本件アカウントには、平成29年8月17日以降、本件各記事の投稿がされるまでに11回のログインがあり、そのうち7回は、Y以外のプロバイダを経由してされている。
④③のいずれのログインについても対応するログアウトの日時は明らかではなく、ツイッターでは・・長時間投稿をせずにログイン状態が継続していることも想定される⇒本件ログインより以前になされたログインによって、本件各記事の投稿が行われた可能性も十分ある。
⑤・・・ログインと投稿の連続性を認められるほど時間的近接性がなく・・・必ずしも本件各記事の投稿が本件朗吟によりされたことを裏付ける事情になるものではない。
⑥・・・・本件各記事の投稿時点でも、本件アカウントに本件各記事を投稿したユーザーとは別のユーザーが存在した可能性を排斥することはできない。

本件ログインを行ったユーザーが、本件アカウントからログアウトするまでの間に本件各記事の投稿を行ったものであるとまで認めることはできない。

本件ログインに係る情報が「権利の侵害に係る発信者情報」ということはできない。
  解説 本件も、Yにおいて、投稿がされたIPアドレスを保有していない⇒投稿時に近接するログインを行ったIPアドレスの情報の開示が請求。 
  民事p34
仙台高裁秋田支部H31.2.13  
  弁護士刺殺事件と国賠請求(肯定)
  争点 ①Vが刃物で刺突された際の態様
②現場に臨場して対応に当たった警察官らの過失の有無 
  判断 争点①について:
警察官らの供述等⇒Sの刺突時に警察官らがVを取り押さえていたことはなかった。
争点②について:
①生命、身体等の重大な国民の法益に対する加害行為又はその危険の存在
②警察官の①の状況の認識又はその容易性
③警察官の法令上の権限行使による加害行為の危険除去、法益侵害結果の回避・防止可能性
④警察官による法令上の権限行使の容易性
が認められる場合には、
警察官は特定の個人に対する個別の法的義務として規制権限等を行使すべきところ、これを行使せず、又は許された裁量の範囲を超えて不適切に行使したために前記危険が現実化して当該国民の重大な法益が侵害されたときには、国賠法1条1項における故意又は過失による違法な公権力の行使に該当し、国又は公共団体は損害賠償責任を負う。、
①の状況は明らか
②:妻の通報により警察官らはこれを認識して現場に臨場した
③:Sが拳銃を確保したVともみ合っていた状況で、いきなりけん銃を取り上げる行動をとらずに、侵入者を識別する問いかけをしてSを制圧するかV及び妻を避難させるなどしていれば、V殺害に至らなかったことは確実
④:問いかけをすれば容易に侵入者を識別できた

警察官らの規制権限の不適切な行使が故意又は過失による違法な公権力の行使に該当⇒県に対して損害賠償金等の支払を命じた。
県の不適切捜査や虚偽説明等による慰謝料請求:
①被害者等が捜査によって受ける利益は事実上の利益にすぎない
②これがあったとも認められない

請求を棄却。 
  解説   判例の判断枠組み:
その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、これにより被害を受けた者との関係において、国賠法1条1項の適用上違法となる。(最高裁H7.6.23) 
but
個々の訴訟類型ごとに考慮されるべき具体的な事情(法令に基づく権限の性質、趣旨や行使に至らなかった経緯等)は異なる⇒問題となる公務員の権限や事件類型ごとに裁判例を分析して、規制権限不行使を巡る一連の諸事情のうち考慮の対象とされるべき事情を整理する必要。
  警察官の権限の不行使に関する類型について
最高裁昭和57.1.19:
ホテルでナイフを示して「殺してやる」などと脅していた者が交番に連行された際、ナイフの携帯が銃刀法違反に当たること等が明らかであるのに、警察官がそのまま帰宅させ、帰宅途中立ち寄った飲食店の従業員にナイフで重篤な傷害を負わせた

判示の状況から、他人の生命身体に危害を及ぼすおそれが著しい状況にあったことを警察官は容易に知ることができた⇒ナイフを提出させて一時保管する義務があた。
最高裁昭和59.3.23:
島の海岸に旧日本陸軍の砲弾が打ち上げられ、これを放置すれば人身事故等が発生する危険性を警察官も認識して砲弾発見等の届出を住民に呼びかけるなどして回収にあたっていた状況で、
たき火に中学生が投下した砲弾が爆発して2名が死傷。

島民の生命身体の安全が確保されないことが相当の蓋然性をもって予測され得る状況において、これを警察官が容易に知り得る場合には、積極的に砲弾類を回収する措置等を講ずる職務上の義務があった。
  ①国民の声明、身体に対する侵害の危険性やその切迫性
②警察官による前記危険の認識(予見)又はその可能性

各自例の内容や相当因果関係があるとの判断内容

③警察官の規制権限行使による結果回避可能性

④規制権限行使の容易性 
  民事p89
京都地裁H31.3.26  
  交通規制中に交通事故で死亡した警備員を雇用していた警備会社による営業損害の賠償請求
  請求 本件事故現場での警備業務の提供等が不可能になり、得られるはずの利益を失ったと主張⇒
大型貨物自動車の運転手(被告運転手)に対しては不法行為責任に基づき、
同運転手を雇用している会社に対しては使用者責任に基づき、
営業損害の賠償を求めた。 
  判断 本件は、企業が請負業務の履行中に、雇用していた従業員と保有していた車両に対して、それらを進路前方に認識しながら制動措置を講じられなかった自動車が衝突してきたという事案⇒被告らが主張する企業損害と事例とは事案と異にする。 
従業員と保有車両を侵害されることで請負契約の履行自体に関しても侵害を受けた企業が、加害者に対して、当該請負業務の停止に伴う事業損害を請求⇒当該請負業務の停止に伴う原告の2か月間の営業損害については、被告らには損害賠償義務がある。
被告運転者は、高速道路の規制がされていることを認識し、その作業車両に対し、大型のトラックをもって時速約90ないし100キロメートルの高速で衝突
⇒原告の作業車両に乗るなどしてた作業員5名が死傷し、原告の作業車両が損傷するとの結果は十分に予測可能であり、その結果、本件事故現場での工事ないし高速道路警備業務が2か月内にわたって中断されることは予見可能であった。
中断期間における高速道路警備業者の利益喪失は、本件事故と相当因果関係のある損害であり、その額は500万円。
2か月を超える期間の本件事故現場での利益喪失や、本件事故との間で相当因果関係は認められない。
  解説   従業員が交通事故で業務に従事できなくなり、企業に事実上の損害が生じたとしても、そのような損害は交通事故の加害者にとって一般に予見可能ではなく、間接損害としての企業損害は認められない(最高裁昭和54.12.13)。 
例外的に、間接被害者であっても損害賠償請求が認められる事例として、
会社がいわゆる個人会社であり代表者に会社の機関としての代替性がなく両者が経済的に一体をなす関係がある場合において、交通事故により会社代表者を負傷させた加害者が会社に対し損害を賠償する責任がある(最高裁昭和43.11.15)。

現在の交通事故損害賠償実務においては、個人営業の会社とはいえない一定の規模以上の会社において、積極損害、消極損害を問わず、原則として企業の間接損害が認められることはないと捉えられている。
  他方で、営業中の企業の店舗に車両が衝突し、店舗が営業休止に追い込まれた場合の休止期間の営業補償などは、営業休止に相当因果関係があるのであれば、これは損害賠償の対象になる。 
  民事p97
福島地裁いわき支部H31.2.19  
  被告(東京電力)の従業員とその家族による原発事故に起因する損害賠償請求の事案
  事案 Xらが、Y(東京電力)に対し、平成23年3月11日の福島第一原発事故により被案を余儀なくされた⇒原賠法3条1項に基づき、慰謝料、避難帰宅費用及びこれに対する本件事故の日から支払済みまで民法所定年5%の割合による遅延損害金の支払を求めた。 
  争点 ①Xらの被侵害利益(X1がYの従業員、X2らはX1の家族であり、包括的に配転命令を受け入れている点をどのようにみるか。)
②本件事故との相当因果関係が認められる期間と損害額 
  判断 ●被侵害利益 
本件事故時におけるXらの居住態様⇒Xらが有する大熊町内での居住継続への期待やこれに伴う社会生活上の便益などは、住居を所有するなどして大熊町内で居住していた者と同程度と認めるのが相当であり、法的保護に値する利益というべき。
XらはYの従業員及びその家族として包括的な配転命令権の行使を許容していた旨のYの主張:
同命令権によりXらには大熊町に居住し、その意思に反して転居させられないことについての法的利益がないものと主張する趣旨
vs.
①雇用契約の当事者ではないX2らに対しては、同命令権の行使により一方的に転居を命じられるものではなく、
②X1についても、本件事故の時点でX1が大熊町からの転居を伴う異動が予定されておらず、そのような異動を命ずる業務上の必要性を基礎付ける事情も見当たらない

本件事故の時点で雇用契約に基づいてX1が大熊町からの転居を伴う異動をする可能性が現実化していたとはいえず、Yの主張は採用できない。
  ●本件事故との相当因果関係が認められる期間と損害額 
本件配置転換や埼玉県内に自宅を建築して居住を開始したといった事情は、本件事故とXらが大熊町内に居住できなかったこととの相当因果関係を否定する事情には当たらない
⇒Xらが本件事故の発生から平成29年5月31日までの間大熊町に居住できず、前記の居住への期待、利益が侵害されたことと本件事故との間には相当因果関係が認められる。
Xらが主張する慰謝料は、本件事故の発生によって住み慣れた地から避難することを余儀なくされ、日常生活が著しく阻害されたことによる精神的損害を原因とするものであり、
かかる精神的損害は、実際の避難の有無や避難終了時期を問わず、本件事故発生時に一定の内容として生じると解される。
①Xらは、大熊町を生活の本拠としていた者と同様の生活を営むに至っていたところ、本件事故によって住み慣れた地から避難を余儀なくされるなど日常生活阻害の程度は重大
②中間指針における帰還困難区域に居住していた者に対する精神的損害の金銭評価

本件事故によってXらに生じた精神的損害の額は、1人当たり1450万円を下らないと認めるのが相当。 
  解説 福島地裁H27.9.15:
Yの従業員であり、本件事故当時、大熊町に居住していた者が本件事故のため避難を余儀なくされるなどしたと主張して、Yに対し原賠法に基づく損害賠償請求をした事案について、
被告の業務命令に基づき勤務地を変更することも予定されており、上記のとおり東京都内や茨城県内に勤務したこともあった
⇒原告が、福島第一原発での勤務を継続し、長期間にわたって大熊町に居住し続けることを期待していたとしても、それ自体は事実上の期待であったといえる。

被告は、福島第一原発を設置、運転していた原子力事業者であり、本件事故発生を受けて、その収束のため、従業員の勤務内容や勤務地を大幅に変更することはやむを得ないことといえる
⇒被告の従業員であった原告に対する勤務地変更の業務命令も、やむを得ないものであったといえ、原告の上記の期待そのものが直ちに法的に保護されるものとはいえない。

避難慰謝料について前記の中間指針等より大幅に低い金額しか認めていない。 
  民事p106
札幌地裁H30.7.26  
  財産分与審判前の夫婦共有財産(建物)の名義人による他方配偶者への明渡請求の事案
  事案 原告(元夫)が、被告(元妻)に対し、所有権に基づく建物明渡し及び賃料相当損害金の損害賠償請求を求めた。
被告:
①被告も本件建物の共有持分権を有している、
②原告の請求は権利濫用である
などとして争った。 
  規定 民法 第七六二条(夫婦間における財産の帰属)
夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
2夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。
民法 第七六八条(財産分与)
協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
2前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。
3前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。
  判断・解説 ●夫婦共有財産と共有持分権 
原告の給与等を購入原資として、原告名義で得た財産⇒形式的に見る限り、原告の特有財産(民法762条1項)
but
婚姻後に取得された財産であり、被告も本件建物購入に寄与してきた⇒離婚時の財産分与(民法768条)の対象となる実質的共有財産に当たり、近時のいわゆる2分の1ルールの下では、被告にも、2分の1の分与率が認められる。
被告:
本件建物が実質的共有財産⇒本件建物について共有持分権を有している⇒共有物を単独で占有する他の共有者である被告に対し、当然にはその占有する共有物の明渡しを請求することができない(最高裁昭和41.5.19)と主張。
財産分与手続を経ることなく、共有持分権の確認請求や更正登記手続請求などを認めた裁判例もある。
but
不動産の購入資金自体が共働きの夫婦双方の収入から拠出されており、一方配偶者の単独名義で取得されているが、当初から、夫婦が共同取得した不動産であるとの事実を前提としたもの。
vs.
実質的共有財産であるからといって、財産分与手続を経ることなく、当然に他方配偶者が共有持分権を有しているということはできない。
「離婚によって生ずることあるべき財産分与請求権は、1個の私権たる性格を有するものではあるが、協議あるいは審判等によって具体的内容が形成されるまでは、その範囲及び内容が不確定・不明確である」(最高裁昭和55.7.11)
  ●建物明渡請求が権利濫用に当たるか否か 
①本件口頭弁論終結時において、被告による財産分与の申立てが係属中であり、
②実質的共有持分権が被告に財産分与される可能性も否定できない状態にあった

本判決:
原告の損害賠償請求を認めて、被告に対して賃料相当損害金の支払を命ずる一方、
原告の建物明渡請求を権利濫用として否定。
  刑事p111
最高裁H31.3.13  
  被告人が、自宅で父親の背中を包丁で刺すなどして死亡させた傷害致死被告事件の起訴後の接見等禁止決定に関する特別抗告事件 
  事案 被告人は平成30年4月20日に起訴され、検察官の請求により、第1回公判期日が終了する日までの間、弁護人又は弁護人となろうとする者以外の者との接見等を禁止する決定。
裁判員裁判対象事件の公判前整理手続において、主な争点は、責任能力の有無、程度に絞られた。
弁護人は、平成31年2月7日、弁護人の依頼により精神鑑定書を提出したA医師及び被告人の妹について、接見等禁止の一部解除を申請⇒職権発動がされなかった⇒接見等禁止の取消しを求めて準抗告申立て。
  原審 A医師及び被告人の妹を含めて接見等を禁止する必要があり、弁護人が防御等の必要性として主張するところを考慮しても、接見等禁止の判断を左右しない
⇒本件準抗告を棄却 
  規定 刑訴法 第八一条[接見等禁止]
裁判所は、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは、検察官の請求により又は職権で、勾留されている被告人と第三十九条第一項に規定する者以外の者との接見を禁じ、又はこれと授受すべき書類その他の物を検閲し、その授受を禁じ、若しくはこれを差し押えることができる。但し、糧食の授受を禁じ、又はこれを差し押えることはできない。
刑訴法 第四二六条[抗告に対する決定]
抗告の手続がその規定に違反したとき、又は抗告が理由のないときは、決定で抗告を棄却しなければならない。
②抗告が理由のあるときは、決定で原決定を取り消し、必要がある場合には、更に裁判をしなければならない。
刑訴法 第四一一条[著反正義事由による職権破棄]
上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
  判断 本件抗告の趣意は刑訴法433条の抗告理由に当たらない
but
原決定には刑訴法81条、426条の解釈適用を誤った違法がある
⇒刑訴法411条1号を準用して原決定を取り消した上、和歌山地裁に差し戻した。 
  解説 逃亡、罪証隠滅のそおれは、勾留理由(刑訴法60条1項)であるが、
接見等禁止(81条)は、接見、通信、物の授受等による逃亡や罪証隠滅のおそれがあることが必要であると解されている。 
実務上、被疑者に対する接見等禁止の決定には、
「公訴の提起に至るまで」という終期を定め、
起訴後は、被告人としての当事者の立場を考慮し、改めて接見等禁止の要否を判断。

起訴後に接見等禁止をする場合、事案に応じ、
「第〇回公判期日が終了する日まで」
「〇年〇月〇日まで」
といった終期を定め、一定期間ごとに接見等禁止の要否を判断。
裁判員裁判対象事件公判前整理手続に付された事件では、第1回公判が開かれるまでに時間を要する場合があり、接見等禁止が長期間にわたることがあり得る。

本決定:
「原々裁判が、公判前整理手続に付される本件について、接見等禁止の終期を第1回公判期日が終了する日までの間と定めたことは、公判前整理手続における争点及び証拠の整理等により、罪証隠滅の対象や具体的なおそれの有無、程度が変動し得るにもかかわらず、接見等禁止を長期間にわたり継続させかねないものである」と判示

実務では、このような問題意識から、起訴後の接見等禁止の終期については、2、3か月後の日を定めるなど特定した終期を定める工夫がされている。
一般に抗告審の審査は事後審的に原裁判の当否を判断するもの⇒原裁判後に生じた事情や原裁判後に明らかとなった資料は、原則として考慮することができない。
but
原裁判には様々な性質のものがあり、事案の内容、迅速処理の要請、再度の申立ての可否、事実の変動の可能性、資料の重要性や入手の難易等の事情を考慮し、職権による事実の取調べとして、合理的な範囲内で、新事実、新資料を考慮する場合があり得る。
本件弁護人:
原々裁判後に公判前整理手続における争点・証拠の整理が進捗した結果、接見等禁止を継続すべき罪証隠滅のおそれがなくなったと主張
原決定:
原々裁判時はもとより原決定時においてもなお罪証隠滅のおそれが認められるとした。

①原々裁判の接見等禁止の終期の定め方にそもそもの問題があり、約10か月前の原々裁判時に存在した事情のみに基づいてその当否を審判する意味は失われていた
②接見等禁止の一部解除の申請に対し、職権が発動されなかったため、本件準抗告以外に不服申立ての手段がなかったこと

本決定においては、例外的に被告事件の公判前整理手続の経過等の事情を考慮して、原決定の当否を判断。
罪証隠滅のおそれについて、
裁判員裁判の導入を契機として、保釈に関し、より具体的、実質的に判断していくべきであるとの指摘。 
本件では、
①公判前整理手続で、公訴事実の行為と結果に争いがなく、争点が責任能力の有無、程度に絞られていた。
②A医師は、精神鑑定書を提出し、情状証人の被告人の妹と共に弁護側証人となることが予定されていた。
③原決定当時、既に証人請求の予定が明らかとなり、具体的な審理日程に関する協議がされるなど連日的な集中審理に対応するための立証準備が重要な段階に至っていた。
④責任能力に関して、A医師のほかに起訴前の鑑定を行った医師の証人尋問が予定され、同医師が被告人と十分な時間面接していた⇒弁護人の公判準備や防護の観点からも、A医師が被告人と面接する必要性が高まっていた。
~罪証隠滅のおそれの有無、程度に直接関わる事情ではないが、接見等禁止の必要性に影響を与える事情であったと考えられる。

本決定:A医師について、検察官の従前の意見の内容等を踏まえ、接見等による実効的な罪証隠滅に及ぶ現実的なおそれがうかがわれないことに加え、連日的な集中審理の公判に向けた準備を行う必要性が高いと指摘。
  刑事p113
京都地裁H30.10.25  
  検察官の勾留請求を身体拘束の時間制限を逸脱する違法なものと認定した事案
  事案 勾留請求却下⇒準抗告の事案
平成30年9月11日、本件と被疑者を異にする同種被疑事実で逮捕、勾留及び勾留延長⇒同年10月2日処分保留により釈放
同日、本件と被疑者を異にする同種被疑事実で逮捕され、勾留及び勾留延長を経た上で、同月23日処分保留により釈放。
同日、本件被疑事実で逮捕。
  判断 本件勾留請求は、実質的には身体拘束の時間的制限を逸脱する違法なもの⇒勾留請求を却下した原裁判は、結論において正当。
①前2件と本件の被疑事実を比較し、被害者は異なるものの、共犯者は同じであり、犯行の構造自体は同一。
②証拠もその多くが共通しており、捜査対象はほぼ同一。
③被疑者の関与をうかがわせる証拠物や共犯者供述が、当初の逮捕以前から捜査機関により入手されている。

前2件の逮捕・勾留期間中に、本件被疑事実の捜査を行うことが困難であった事情はうかがえない。
  解説 勾留に関して
事件単位説
⇒複数の被疑事実が存在するときには、長期の身柄拘束を可能にする。

実質上1つの事実と考えられるときに
①捜査機関に課される「同時処理の義務」や、
②捜査機関がその事件全体の捜査に掛けることのできる「制限時間」など

厳格に制限時間を規定する刑訴法の趣旨からして、実質同一の事件であるときには、事件単位の原則からこれを同一事件として捜査を尽くすべきであり、それを逸脱するような身柄拘束を許さないとする考え方。 
最高裁H30.10.31:
勾留を認めた原裁判を取り消した準抗告決定に対する検察官からの特別抗告に対するもの。
いまだ刑訴法411条を準用すべきものとまでは認められないとして、抗告を棄却。
but
その理由中において、
原決定が当該勾留の被疑事実である大麻の営利目的輸入と、当該勾留請求に先立つ交流の被疑事実である規制薬物として取得した大麻の代替物の所持との実質的同一性や、両事実が一罪関係に立つ場合との均衡等のみから、前件の勾留中に本件勾留の被疑事実に関する捜査の同時処理が義務付けられていた旨説示した点は是認できない
との判断。 
三浦裁判官の補足意見:
本件と前件の被疑事実が一連のもので密接に関連するとはいえ、
併合罪の関係にあり、
両事実の捜査に重なり合う部分があるといっても、
本件の被疑事実の罪体や重要な情状事実については、前件のそれらより相当幅広い捜査を行う必要がある。

原決定が
「両事実の実質的同一性」や「両事実が一罪関係に立つ場合との均衡等」のみから捜査機関が前件の被疑事実による勾留中に同時処理を義務付けられていた旨を説示した点は、刑訴法60条1項、426条の解釈適用を誤ったもの。

問題は、複数の事実が関連し合う具体的事案において、どの程度の時間内においてすべての捜査を完了すべきか、ということであり、もろもろの要素を検討してそれを適切に判断していくところにある。
2422   
  行政p3
最高裁H31.3.18   
  死刑確定者に対する拘置所長等のした指導、懲罰等の措置と国賠請求(否定)
  事案 死刑確定者として名古屋拘置所に収容されているXが、名古屋拘置所長が定めた遵守事項に違反⇒所長等から指導、懲罰等を受けた⇒国賠法1条1項に基づき、慰謝料等の支払を求めた。 
  原審 刑事収容法74条2項8号は、物品の加工や書込みに関し、不正と評価し得る行為の禁止のみを容認していることが明らか⇒同項に基づいて定められた本件遵守事項20項及び26項についても、その文言にかかわらず、不正と評価し得る行為のみを禁止しているものと解釈すべき。
Xがした本件各行為は、いずれも、一般社会においても通常行われる態様のものであって、不正なものとはいえない⇒本件各行為について所長等がした指導、懲罰等の措置は国賠法上違法。 
  判断 本件遵守事項20項及び26項につき、一定の行為について、所長による事前かつ個別の許可を受けない限り当該行為をしていはならないものとし、その許可に際して、所長において被収容者がしようとする行為が不正なものか否かを判断することとする趣旨。 
当該遵守事項は、刑事収容法74条2項8号に掲げる金品の不正な使用等の禁止のための規制として、刑事施設の規律及び秩序を適正に維持するため必要かつ合理的な範囲にとどまり、適法。
本件各行為は、いずれも当該遵守事項を遵守しなかったものであり、これを前提にされた所長等の措置に不合理な点があったともいえない
⇒署長等の措置が国賠法1条1項の適用上違法であるとはいえない。
  規定 刑事施設収容法 第七三条(刑事施設の規律及び秩序)
刑事施設の規律及び秩序は、適正に維持されなければならない。
2前項の目的を達成するため執る措置は、被収容者の収容を確保し、並びにその処遇のための適切な環境及びその安全かつ平穏な共同生活を維持するため必要な限度を超えてはならない。
刑事施設収容法 第七四条(遵守事項等)
刑事施設の長は、被収容者が遵守すべき事項(以下この章において「遵守事項」という。)を定める。
2遵守事項は、被収容者としての地位に応じ、次に掲げる事項を具体的に定めるものとする。

八 金品について、不正な使用、所持、授受その他の行為をしてはならないこと。
  解説  刑事施設の規律及び秩序は、適正に維持されなければならず(刑事収容法73条1項)、その要請は、被収容の権利及び自由を制約する実質的な根拠となる。
同条2項は、「前項の目的を達成するため執る措置は、被収容者の収容を確保し、並びにその処遇のための適切な環境及びその安全かつ平穏な共同生活を維持するため必要な限度を超えてはならない」として、いわゆる比例原則の趣旨を規定。
刑事収容法74条1項は、刑事施設の長は被収容者が遵守すべき事項(遵守事項)を定めるものと規定。
74条2項各号が概括的な事例を列挙するにとどまる⇒同項各号が概括的な事項を具体的にどのように定めるかについては、当該刑事施設内の実情に通じた刑事施設の長の裁量に委ねる趣旨。
but
遵守事項は、その対象となる被収容者の権利及び自由を制約
⇒被収容者の地位に応じて、刑事施設の規律及び秩序を適正に維持するため必要かつ合理的なものにとどまる(=前記の比例原則に適う)範囲で策定。
  本判決:
①物品の加工等や便せん等以外の物への書き込みは、不正連絡等に用いられる可能性があり、その性質上、事後的に不正と認められるもののみを規制するのでは、規制の実効性の確保は困難
②これらの行為を許可の対象とすることにより、刑事施設の長が事前かつ個別に判断して、刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがない場合に限り許容するものとすることができ、職員においても、長の許可の有無という明確な基準により、被収容者の行為が規制の対象となるか否かを判断できる
③これらの行為は、被収容者において事前に許可を求めることが困難な性質のものではない

本件遵守事項20項及び26項は、死刑確定者を対象とする場合を含めて、刑事収容法74条2項8号に掲げる金品の不正な使用等の禁止のための規制として、刑事施設の規律及び秩序を適正に維持するため必要かつ合理的な範囲にとどまるということができ、所長の裁量の範囲内で定められた適法なものというべき。
  被収容者による不正な行為(刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがある行為)の規制の態様
A一定の行為を一律に禁止
B一定の行為を原則として許可した上でそのうち不正と認められるもののみを禁止
C一定の行為につき事前かつ個別の許可を受けない限り禁止 
多種多様な行為のうち禁止すべき態様のものを個別具体的に過不足なく列挙して定めることも不可能又は著しく困難⇒Aの態様は採り難い。

Bの態様:
①規制は主として事後的なものとならざるを得ず、予防的な措置が求められる不正連絡等に用いられる可能性がある行為の規制としては実効的とはいい難い
②不正な行為か否かは必ずしも一見して明らかではない
⇒実際に被収容者の処遇に当たる刑事施設の職員による適時の規制が困難。

Cの態様:
実効的かつ適時適切な規制が期待できるし、
それが被収容者に過度の負担を負わせるものともいえない。

本判決:その文言に即してCの態様の規制を定めたものと解釈。
  行政p6
金沢地裁 H31.1.21  
  政務調査費からの支出が一部違法とされた事案
  事案 金沢市議会議員17名が、平成26年度に金沢市から交付を受けた政務活動費について使途規準に違反する違法な支出を行った⇒本件各議員は同市に対して支出額に相当する金員を不当利得として返還すべきであるのに、同市の執行機関(市長)であるYはその返還請求を違法に怠っている
⇒同市の住民であるXが、地自法242条の2第1項4号に基づき、Yに対し、本件各議員に対して不当利得の返還請求すべきことを求めた。 
  判断 議員が、金沢市議会政務活動費の交付に関する条例(「本件条例」)において政務活動費を充てることができるとされる経費の範囲に含まれない経費に同政務活動費を支出⇒当該議員は、金沢市に対し、当該支出に相当する不当利得の返還義務を負うことになる。 
本件各支出が使途基準に合致しないことについては、不当利得返還請求権の存在を主張するXにおいて主張立証すべき。
but
Xにおいて本件各議員による具体的な政務活動費の支出が使途規準に合致しない違法な支出であることを推認させる一般的・外形的事実を主張立証した場合には、Y又は本件各議員の側において当該支出が適法な支出であることについて反証を行わない限り、使途規準に合致しない支出であるとの立証があったと解するのが相当。
本件各議員のうち3名の議員の市政報告書の作成及び発送に係る費用の支出(政務活動費を充てることができる経費として収支報告書等に計上した経費)の一部が使途基準に合致しない
⇒当該支出から、同各議員が、政務活動に要する経費に充てている政務活動費以外の資金(自己資金等)を控除した残額について、同各議員の不当利得返還義務を肯定。
  解説 政務活動費の支出が使途基準に合致したものであるか否かに関する、主張立証責任の所在については、 これを直接判示した最高裁判例は見当たらない。
but
本件と同様の多くの裁判例。
広報費の支出、
議員が行う活動が、全体としては条例等で定める広報に関する活動に該当する場合であっても、その広報の具体的な内容な形式において、議員自身の宣伝を主たる目的とするとみられる部分が含まれている場合
⇒その部分の全体に占める割合に応じて、使途基準に合致しない支出であることを推認させる一般的・外形的事実の立証があったものといえる。
最高裁H30.11.16:
神奈川県における政務活動費等の支出に係る住民訴訟において、同県の条例の定めの下においては、政務活動費等の収支報告書に実際には存在しない支出が計上されていたとしても、当該年度において、使途基準に適合する収支報告書上の支出の総額が交付額を下回ることとならない限り、政務活動費等の交付を受けた会派又は議員が、政務活動費等を法律上の原因なく利得したということはできない。
⇒具体的な条例の定めを踏まえて収支報告書に計上された違法支出の額と不当利得が成立する範囲との関係について判示。
  民事p31
最高裁H31.3.18  
  銀行に対する被相続人の保有個人データの開示請求
  事案 Xが、銀行であるYに対し、個人情報保護法28条1項に定める保有個人データの開示請求権に基づき、Xの死亡した母が生前にYに提出していた印鑑届出書の写しの交付を求めたもの。 
  原審 本件印鑑届出書について、Xの母の生前において同人の預金口座についての「個人に関する情報」(「個人情報」)であった⇒同預金の相続人等であるXの個人情報にあたる⇒Xの請求を認容。 
  判断 相続財産についての情報が被相続人に関するものとしてその生前に個人情報保護法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるものであったとしても、そのことから直ちに、当該情報が当該相続財産を取得した相続人又は受遺者に関するものとして前記「個人に関する情報」に当たるということはできない。
  解説 個人情報保護法は、事業者における個人情報の適正な取扱いを確保するためには個人本人が自己の情報をチェックすることができるようにすることが重要⇒保有個人データについての開示請求権(同法28条1項)、訂正請求権(同法29条1項)、利用停止請求権(同法30条1項)を規定。 
個人情報保護法は、保護の対象を生存する個人に関する情報に限っており(同法2条1項)、開示請求権についても、自己に関する保有個人データのみが対象となっている⇒死者に関する情報についてその遺族が開示を求めることは本来予定されていない。
but
死者に関する情報であっても、それが同時に遺族等の生存する個人の個人情報に当たる場合には、当該個人の個人情報として開示請求の対象となり得る。
ある情報がある個人の個人情報に当たるか否かは、当該個人との関係を離れて判断することはできず、当該情報の内容と当該個人との関係を個別に検討して判断すべき。
  民事p38
東京高裁H30.4.26  
  所持品検査及び自宅への立ち入りについての国賠請求事案
  事案 警職法に基づきXに対して行われた千葉県警の警察官による保護、所持品検査及びX宅への立入が違法⇒Xが千葉県に対して損害賠償を求めた。
  原審 所持品検査について:
①自傷他害を防止するためであればXのかばんを保護室の外に持ち出せば足りる
②警察官はレンタカーの左サイドミラーのミラー部分がなくなっていることを確認し、そのためXが事故に遭った可能性が高く、凶器を使用して殺人を犯した疑いが深まっていたとはいえない

かばんの中身を1つずつ取り出して確認することは相当性を欠き違法な行為。 
X宅の立入り:
①Xが事故に遭った可能性が高く殺人を犯した疑いが深まっていない状況にあり、
②元妻等も無事であることが確認できていた

殺人の嫌疑は相当程度軽減していたというべきで、危害が切迫していたとはいえず、違法な行為。
  規定 警職法 第三条(保護)
警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して次の各号のいずれかに該当することが明らかであり、かつ、応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由のある者を発見したときは、取りあえず警察署、病院、救護施設等の適当な場所において、これを保護しなければならない。
一 精神錯乱又は泥酔のため、自己又は他人の生命、身体又は財産に危害を及ぼすおそれのある者
二 迷い子、病人、負傷者等で適当な保護者を伴わず、応急の救護を要すると認められる者(本人がこれを拒んだ場合を除く。)
警職法 第四条(避難等の措置)
警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受ける虞のある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる。
2前項の規定により警察官がとつた処置については、順序を経て所属の公安委員会にこれを報告しなければならない。この場合において、公安委員会は他の公の機関に対し、その後の処置について必要と認める協力を求めるため適当な措置をとらなければならない。
  判断  ●所持品検査: 
警職法3条による保護が一時的かつ応急的な措置
⇒被保護者の身元や引取方を確認するため、具体的状況の下で必要とされる限度において相当と認められる方法によることは、被保護者が精神錯乱の状態にあるため有効に承諾が得られない場合であっても、保護の目的にかなう限り許容される。
①Xが保護されたのは、X自ら110番通報をして「人を殺した」と述べたことを契機としている
②Xは終始異常に興奮して精神錯乱の状態にあり、激しく抵抗して暴れていた

自傷他害の危険を防止するため所持品中の危険物の有無等を確認する必要がある。
かばんの中を一瞥するだけでは危険物の有無を確認することは困難⇒中身を1つずつ取り出して確認する方法を相当。
  ●X宅への立入り: 
警職法4条1項に規定する「危険な事態」があるか否かの判断は、警察官が現場で認めた事実のほか、その職業的な専門知識や経験に基づいて行うことができる。
この判断は客観的に合理性が認められるものでなければならない。
but
①Xのそれまでの言動やXが精神錯乱状態にあること、過去の警察相談から、重大犯罪に巻き込まれるなどした被害者等がX宅にいる可能性は否定できなかった
②X宅は施錠されておらず室内の電気が点灯して扇風機が回っていたことから、警察官は重大事件等に巻き込まれた被害者等がいる可能性があると考えた
③靴を脱いで室内に上がり、救助を要する被害者等がいないことを目視により確認して短時間で退室するなどしている

被害者等の救助という目的を達成するためにやむを得ない相当な方法で行われたもので、違法性があるとは認められない。
  解説 最高裁昭和53.6.20:
職務質問に伴う所持品検査について「所持品検査の必要性、緊急性、これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的事情のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるもの」 
警職法3条による保護に伴う所持品検査においても、前記と同様の趣旨から、被保護者を保護するに至った事情などを考慮の上、許されるであろう。
警察官は、危険な事情がある場合においては、危険防止のため通常必要と認められる措置を講ずることができるが(職質法4条1項)、「危険な事態」の判断は、客観的に合理性の認められるものでなければならない。
  民事p54
東京高裁H30.7.17  
  交通事故で軽症の外傷性視神経症を発症⇒左眼失明⇒糖尿病増悪で右足膝下切断について相当因果関係を肯定した事案
  争点 ①本件事故と左眼失明との因果関係・素因減額
②本件事故との左膝下切断の傷害との因果関係・素因減額 
  判断 ●争点① 
①亡Aは、本件事故による左頭部又は顔面の打撲によって、左眼外傷性視神経症を発症
②その外傷性視神経症は、非典型例(軽症例)であり、それのみであれば左眼失明にまでは至らなかった
③しかし、亡Aは、本件事故前から、増殖性糖尿病網膜症、慢性腎不全、右下肢閉塞性動脈硬化症等の合併症を伴う重篤な糖尿病に罹患しており、視神経内血管にも糖尿病による障害が存在していた、
④そのため、外傷性視神経症によって視神経管内に出現した血管性浮腫の治癒が遅延し、視神経繊維に対する障害が持続した結果、進行性の視覚障害が出現し、最終的に左眼失明にまで至った

本件事故と左眼失明との間には因果関係がある。
素因減額について:
①本件事故によって発症した外傷性視神経症は軽症例であり、それのみであれば左眼失明にまでは至らなかったところ、
②亡Aが重篤な糖尿病(既往症)に罹患しており、視神経内血管に糖尿病による障害が存在していたために、最終的に左眼失明にまで至った

既往症が左眼失明に寄与した割合は5割
  ●争点② 
亡Aの右足膝下切断は、本件事故後、糖尿病の合併症である右下肢閉塞性動脈硬化症の増悪によって、右足の人差し指に壊疽を発症したことによるもの。
①右下肢閉塞性動脈硬化症の重症度は、本件事故当時、「壊疽」までには重症化しておらず、本件事故の約半年後においても特別に重症化していなかった
②しかし、左眼を失明したことから、単独歩行が困難になり、歩行機会を喪失したことが間接的な要因となり、また、心不全を発症して入院し、極端な運動低下に陥ったことが直接的な要因となって、閉そく性動脈硬化症の危険因子である糖尿病が増悪し、下肢血行の重症化が早められ、右足人差し指に壊疽を発症

本件事故と右足膝下切断との間には因果関係がある。
素因減額について:
①右足膝下切断は、糖尿病(既往症)の合併症である閉塞性動脈硬化症の増悪を原因とする上、
②本件事故によって、外傷性視神経症を発症し、左眼を失明したために、糖尿病が増悪し、下肢血行の重症化が早められ、右足の人差し指に壊疽を発症

既往症が右足膝下切断に寄与した割合は8割とするのが相当。
  解説 ●因果関係 
本件は、
頭部等を打撲⇒外傷性視神経症の発症⇒左眼失明⇒歩行機会の喪失・運動低下⇒糖尿病(既往症)の増悪⇒下肢血行の重症化⇒右足膝下切断
という因果の連鎖・流れがある事案。
糖尿病増悪には心不全による入院による極端な運動低下とうい要因もあった。

相当因果関係まで認められるか、微妙な事案。
亡Aには、外見上左頭部や顔面に明らかな外傷がなかった⇒外傷性指針軽症の発症と本件事故との因果関係も争点。
but
①亡Aが乗車していたタクシーが大破していること
②亡Aが負った障害の程度、本件事故直後の意識障害の状態など
⇒因果関係を肯定。
相当因果関係が認められた事例
①事故前から肝性脳症に罹患しており、事故により腹部打撲内出血等を負った者が53日後に肝硬変で死亡した事例
②糖尿病の罹患していた者が、事故により左大腿骨・左肋骨骨折等のストレスからくる糖尿病性視力障害となり、右視力障害と事故との相当因果関係が認められた事例
③多発性空洞性脳梗塞を患っていた者が、バス降車中に扉に挟まれ左肘打撲症から、右脚関節症を発症し、脳梗塞・右片麻痺となった事案について因果関係を認めた事例
④糖尿病の既往症がある者が、玉突き事故により頸椎捻挫等の傷害を負い神経因性膀胱を発症した事例
  ●素因減額 
当該被害者が有していた身体的特徴が損害の発生又は拡大に影響している場合には、賠償額を決定するに当たり、当該身体的特徴を考慮することができるかという素因減額の問題。
判例:
損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念⇒民法722条2項の規定を類推適用して一定の限度で身体的特徴を考慮することができる。
素因減額が認められる身体的特徴は、
①原則として身体的特徴が「疾患」に該当する場合であり、
② 「疾患」に当たらない身体的特徴の場合は、当該身体的特徴が疾患に比肩すべきものであり、かつ、被害者が負傷しないように慎重な行動を求められるような特段の事情が存在するような極めて例外的な場合に限られる。
素因減額の割合について:
あくまで裁判所が具体的な事案につき公平の観念に基づき諸般の事情を考慮して、自由な裁量に基づき決定⇒具体的な基準を立てることは難しい。
but
①疾患の種類、態様、程度(当該病的状態が平均値からどれほど離れているか、その病態除去のためにどの程度の医学的処置が必要か、事故前の健康状態(通院状況等))
②事故の態様、程度及び傷害の部位、態様、程度と結果との均衡等を個別具体的に検討して、
損害の公平な分担という損害賠償法の基本理念の観点からその割合を算定。
本判決:
①被害者の既往症は重篤なものである一方、
②本件事故によって発症した外傷性視神経症は軽症例であり、それのみであれば左眼失明にまでは至らず、ましてや右足膝下切断に至ることもなかった

素因減額が高い割合で判断された。
  民事p76
東京地裁H30.4.26  
  説明義務違反での自己決定権を侵害⇒慰謝料300万円の支払を認めた事例
  事案 人間ドックで強度の萎縮性胃炎が認められた場合の精密検査の実施又は勧奨義務のほか、ステージⅣの末期胃がんの患者に対して、臨床研究である減量手術を行った後に化学療法を行うべきか、又は化学療法単独の治療を行うべきかが問題となったもの。
  X1、AとX1の子であるX2及びX3は、Y1及びY2に対し、
Y1には、
①1年目及び2年目の健康診断受診時に精密検査を実施又は勧奨しなかった過失があり、
②健康診断の目的を果たすに足る十分な読影体制を具えなかった過失があり、
Y2らには、
③Aに対して適応がない手術を行った過失があり、
④手術前に説明を尽くさなかった過失がある

債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき、損害賠償を求めた。 
  判断 ①について:
人間ドックを実施する臨床医に求められる当時の医療水準⇒Aにあった強度の萎縮性胃炎があることを理由として精密検査を実施又は勧奨することをしなかったことが注意義務違反とはいえない。
②について:
当時の医療水準に照らし、精密検査を実施又は勧奨すべき所見がない⇒読影体制は問題とはならない。
③について:
現在の医学的知見では、原則として適応を欠くと考えられる
but
平成16年当時では、手術後に化学療法を実施することを予定しつつ、本件手術を実施したことが適応を欠く違法なものであったとはいえない。
④について:
本件手術によっては胃がんの根治は不可能である上、本件手術が臨床研究に位置付けられる減量手術であるにもかかわらず、
㋐手術による根治は不可能であること
㋑「胃癌治療ガイドライン」上は臨床研究に該当すること
㋒本件手術を行ってから化学療法を行う場合と本件手術を行わずに化学療法のみを行う場合との生存期間延長上の効果やQOLへの影響等に関する利害得失について説明しなかった。

胃がんの治療方法を選択する上での自己決定権を侵害⇒精神的苦痛に対する慰謝料300万円の支払を認めた。
  解説 本判決:
説明義務違反について、
仮に、本判決が判示する説明義務を尽くしたとしても、Aにおいては、本件手術を受けないという選択をしたという蓋然性があると認めることができないとしながら、
治療方法の選択に関する自己決定権を侵害されたとして、慰謝料を認めた。
  知財p95
大阪地裁H30.11.5  
  テーマパークでの標章の使用が非商標的使用とされた事案
  事案
  争点 被告各商品における被告各標章の非商標的使用該当性 
  規定 商標法 第二六条(商標権の効力が及ばない範囲)
 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。

六 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標
  判断 被告各商品に接した需要者が、被告各標章を『需要者が何人かの業務に係る商品・・・であることを認識することができる態様により使用されていない商標』 (法26条1項6号)と認識するか否かは、
ミニオンの図柄や被告各標章が服飾品のデザインとしての性質を有することを前提にしつつ、更に被告各標章の使用態様や取引の実情等を総合考慮して検討する必要がある。
①ミニオンが登場する映画が大ヒットとなっていること、
②被告のアンケート調査によるものであるがミニオンが高い周知性を有するキャラクターであることが認められ、需要者は被告各商品がミニオンのキャラクターグッズである点に着目し購入するものと考えられること、
③USJパーク内の看板等で、ミニオンのキャラクターに関連して「BELLO!」との表示がされており、需要者は被告各標章や「BELLO!」が、ミニオンのキャラクターと何かしらの関連性を有する語ないしフレーズであると認識すると考えられること等

被告各商品の出所については、それがUSJ(被告)の直営店舗で販売されるミニオンのキャラクターの公式グッズであることや、被告各商品にも一般に商品の出所が表示される部位である商品のタグやパッケージに本件被告ロゴが表示されていることによって識別すると認めるのが相当。
本件各商標が周知なものであれば、需要者は被告各標章を出所表示として認識することになると考えられる。
but
本件各商標が被告各商品の需要者の間で周知性を有するとは認められない

その既知性に基づいて被告各商品の需要者が被告各標章を出所表示として認識するとはいえない。 
①USJのオンラインストアでの被告各商品の販売においても、トップページに本件被告ロゴが表示される
②USJオンラインストア以外のオンラインストアにおいて、その出所がUSJであるミニオンのキャラクターグッズであることが明記されている。
⇒被告各標章をミニオンの図柄と関連がないものとして、また被告各商品の出所として、識別をすることが考え難い。

証拠により示されたこれまでの取引の実情に基づく限り、被告各商品が販売されているいずれの局面においても、被告各標章が出所表示として機能していない⇒非商標的使用(商標法26条1項6号)に該当。
将来の被告各標章の使用についても、
取引きの実情の変化の有無やその態様が明らかでない⇒将来における取引の実情の変化を前提とする判断をすることはできない。
  解説 本判決:
被告各標章が服飾品のデザインつぃての性質を有することを前提にしつつも、
本件で対象になった商品に限らず、被告各標章が使用されている具体的状況、一緒に表示されているキャラクター及び本件各商標それぞれの周知性、被告各商品が販売されている際にどのような表示がされているか等、
具体的な取引の実情等から、被告各標章が出所表示として需要者に認識されてないと判断。
  刑事p108
最高裁R1.6.25  
  大崎事件についての第3次再審請求に関する特別抗告事件 
  原審 ①M・N鑑定は、無罪を言い渡すべき明らかな証拠とは認められない。
②O鑑定は十分な信用性を有する
but
I旧鑑定は、元々、Cの死因を推認し得るほどの証明力を有するものではない

O鑑定によってI旧鑑定の信用性が否定されたとしても、直ちにCの死因は頚部圧迫による窒息死であるとの確定判決の認定に合理的疑いを生じさせる関係にはない。
③O鑑定の影響により、Cは溝に転落したことによる既に出血性ショックで死亡し、あるいは瀕死の状態にあった可能性が相当程度に存在することになる⇒G及びHの各供述の信用性には疑義が生じる。

④CがG及びHによってC方に送り届けられたという事実及びCが窒息死させられたという事実が認められなくなる⇒A、B及びDの各自白並びにEの供述は、客観的状況による裏付けを欠き、かえってO鑑定が存在する
⇒これらの各自白や供述は、大筋において合致するからといって直ちに信用できるものではない。


O鑑定は、新旧全証拠との総合判断により、確定判決の事実認定に合理的疑いを生じさせるに足りる証拠であるなどとして、即時抗告を棄却。
  判断 O鑑定は、条件が制約された中で工夫を重ねて専門的知見に基づく判断をしめしている。
but
同人の死因又は死亡時期に関する認定に決定的な証明力を有するものとはではいえない

これが無罪を言い渡すべき明らかな証拠といえるか否かは、その立証命題に関連する他の証拠それぞれの証明力を踏まえ、これらと対比しながら検討すべき。
O鑑定は、Cの死因が出血性ショックであった可能性等を示すもの
but
同人の死亡時期を示すものではなく、G及びHがCを同人方に送り届けるよりも前に同人が死亡し、あるいは瀕死の状態にあったことを直ちに意味する内容ではない。 
原決定がいうように、O鑑定を根拠として、Cが出血性ショックにより同人方に到着する前に死亡し、あるいは瀕死の状態にあった可能性があるとして、A、B及びDの各自白並びにEの目撃供述の信用性を否定するのであれば、
関係証拠から認められる前記の客観的状況に照らし、事実上、Cの死体を堆肥中に埋めた者は最後に同人と接触したG及びH以外に想定し難いことになる。
but
同人らがCの死体を堆肥中に埋めるという事態は、本件の証拠関係の下では全く想定できない。
原決定が、G及びHの各供述の信用性に疑いを生じさせるとして掲げる事情も、信用性に影響を与えるようなものではない。
確定判決の認定の主たる根拠:
客観的状態に照らして少なくともCの死体を堆肥に埋めたことについては何者かが故意に行なったとしか考えられず、その犯人としてAらF家以外のものは想定し難い状況にあった。
G及びHの各供述も、相互に支え合い、この推認の前提となっている。 
A、B及びDの各自白並びにEの目的供述は、相互に支え合っているだけでなく、以上のような客観的状況等からの推認によっても支えられている

A、B及びDの知的能力や供述の変遷等に関して問題があることを考慮しても、それらの信用性は相応に強固なものであるということができる。
O鑑定が前記のような問題点を有し、Cの死因又は死亡時期に関する認定に決定的な証明力を有するものとまではいえない

同鑑定によりこれらも各自白及び目撃証拠に疑義が生じたということは無理がある。 
  解説・判断  刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」について、
再審請求においても「疑わしきは被告人の利益に」という利益原則の適用があることを前提に、 
「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいう。
新証拠がそのような証拠に当たるか否かの判断方法は、
①新証拠の証明力を検討した上、新証拠が弾劾の対象とする旧証拠の証明力が減殺されたか否かを検討し、
②それが減殺される場合には、その旧証拠が確定判決の有罪認定とその証拠関係の中で有罪認定の証拠としてどのような位置を占め重要性をもつものであるかを検討することにより、新証拠が、確定判決の事実認定に合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠であるか否かを審査。

新証拠によって確定判決の事実認定を支えた旧証拠の一部の証明力が減殺されたとして、そうした証拠の変化があってもなお有罪の認定を維持することができるか否かを評価することにより、有罪を支えた旧証拠の内容はどのようなものなのか、新証拠がどの旧証拠の証明力と関連し、どのようにその証明力を減殺したのか、これにより合理的疑いが生ずることになるのかを、個々の事案に応じて総合的に評価。
本決定:従来の最高裁判例に従って、新証拠が無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たらないと判断。
刑訴法の特別抗告については、最終裁判所としての最高裁判所に当該事件における具体的正義の実現を図らせるため、刑訴法411条が準用されることが確立。
   刑事p115
東京高裁H28.8.25
  自動車運転過失致死の過失の択一的認定を理由不備の違法があるとした事案
  原審 A過失又はB過失という2つの過失を択一的に認定し、被告人に対して禁錮1年6月、3年間執行猶予の判決。
A過失:目視及びサイドミラー等を注視するなどして、同横断歩道上及び同自転車横断帯上を横断する自転車等の有無及びその安全を確認しつつ左折進行すべき自動車運転上の注意義務の違反
B過失:微発進と一時停止を繰り返すなどし、死角内の同横断歩道上及び同自転車横断帯上を横断する自転車等の有無及びその安全を確認しつつ左折進行すべき自動車運転上の注意義務の違反
  判断  本件において過失の択一的認定は許されない⇒原審を理由不備の違法により破棄した上、控訴審において追加された予備的訴因を認定して、被告人に対して禁錮1年6月、3年間執行猶予の判決。
  解説 ●択一的認定 
証拠上、A事実とB事実のいずれについても合理的な疑いを容れない程度に証明がなされたとは認められないが、A事実又はB事実のいずれかであることは証明されていると認められる場合に、どのように取り扱うべきか?
A事実であっても、B事実であっても、該当する構成要件は同一
ex.動機、日時、場所、手段方法等について1つの事実に確定し難い場合
⇒択一的又は概括的な事実認定が許される。
A事実を認定するかB事実を認定するかで、該当する構成要件が異なる
butA事実とB事実との間にいわゆる大小関係がある
ex.殺意の有無が証拠上いずれとも確定しない
⇒傷害の故意の範囲で傷害罪を認定。
構成要件が異なる上、A事実とB事実との間に大小関係がない。
ex.
窃盗罪と盗品等に関する罪
行為時点での生死が確定できない被害者を遺棄した場合のほぞ責任者遺棄致死罪と死体遺棄罪

α:無罪

①A事実、B事実いずれにも合理的疑いがある⇒そのいずれも認めることはできず、「A又はB」という択一的認定をすることは「疑わしきは被告人の利益に」という原則に反する。
②合成的構成要件を設定して処罰するものであり、罪刑法定主義に反する。

β:択一的認定を正面から認める。
←A罪かB罪のいずれかが成立することは疑いがないにもかかわらず、無罪とするのは、国民の法感情に反する。

γ:択一的認定は否定しつつ、軽い方の罪を認める。
  ◎過失犯における択一的認定 
同一構成要件における択一的認定に当たるのか、それとも異なる構成要件にまたがる択一的認定に当たるのか?
α:罰条としては同じであっても、過失の態様が異なれば構成要件的評価が異なる⇒過失の態様の択一的認定は、異なる構成要件にまたがる択一的認定に当たる⇒仮にそれが許されるとしても、罪となるべき事実における択一摘な判示は認められず、犯情の軽い方の過失を認定。

β:過失の態様によって構成要件が異なることはない⇒過失の態様の択一的認定は、同一構成要件内における択一的認定に当たる⇒罪刑法定主義の問題は生ぜず、罪となるべき事実における択一的な判示も認められる。
but
複数の過失の間に犯情の差があれば、軽い方の過失を認定すべき。
  ●本判決 
①過失を択一的に認定することは、過失の内容が特定されていないことにほかならず、罪となるべき事実の記載として不十分
②過失犯の構成要件はいわゆる開かれた構成要件であり、その適用に当たっては、注意義務の前提となる具体的注意義務、その注意義務に違反した不作を補充すべき⇒具体的な注意義務違反の内容が異なり、犯情的にも違いがあるのに、罪となるべき事実として、証拠調べを経てもなお確信に達しなかった犯情の重い過失を認定するのは「疑わしきは被告人の利益に」の原則に照らして許されない。

択一的認定が許されない根拠として「疑わしきは被告人の利益に」の原則に反する。
vs.
過失の態様を構成要件要素と考えるかどうかにかかわらず、
実務上は、
過失の態様の記載は、過失犯における罪となるべき事実の特定のために不可欠なものとされており、過失の態様が異なれば、罪となるべき事実が異なる。

1つの罪となるべき事実の中に、過失の態様を択一的に記載することは許されないことに根拠を求めるべきという指摘。
本判決:
被告人は被告人車両の死角の存在を知っていた
横断歩道上が被告人車両の死角にある段階(直進中)は微発進と停止を繰り返すなどして死角内から死角外に出る自転車等がないか確認して、これに備えるとともに、横断歩道上が死角から外れてくる段階以降(左折開始後)には、引き続き前記走行を続けた上で、目視やサイドミラーを注視するなどして、死角外に出てきた自転車等の発見及び対応に努めるべきであったといえ、これが注意義務の内容を構成。

本件のように進行中の車両同士の事故の場合、両車両は共に動いており、状況は時と共に変化⇒本件は死角内と死角外の両方の注意義務を果たして初めて事故が回避できる⇒「A又はB」という択一的な注意義務ではなく、「AかつB」という結合された1つの注意義務を認定すべきとする。
2421   
  行政p4
最高裁H31.1.23  
  性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項の合憲性
  事案 生物学的には女性であるXが、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項の規定に基づき、男性への性別の取扱いの変更の審判の申立てをした事案。 
Xは、自らが本件規定の要件を満たしていないことを前提としつつ、本件規定は憲法13条に違反して無効であるとして、特例法3条1項に基づく性別の取扱いの変更の審判の申立てをした。
  規定 特例法 第三条(性別の取扱いの変更の審判)
 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
一 十八歳以上であること。〔本号の施行は、平三四・四・一〕
二 現に婚姻をしていないこと。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
憲法 第13条〔個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重〕
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
  解説 性同一性障害:生物学的な性と性の自己認識が一致しない状態のことをいう 
  判断
・解説
性同一性障害者の「意思に反して身体への侵襲を受けない自由」に言及し、本件規定が、これを制約する面もある旨を判示。 
憲法13条は、生命に対する国民の権利を明文で規定しており、意思に反して身体への侵襲を受けない事由もこれに次ぐ基本的な法益として同条の保障に含まれることと解することに異論はない。
特例法は、性同一性障害であって、一定の要件を満たしているものにつき、その任意の申立てにより、法的な性別の取扱いの変更を認めるとしたものであって、本件規定は、性同一性障害者にその意思に反して生殖腺除去手術を受けさせることを目的とするものではなく、性同一性障害者に対して当該手術を受けることを法的に求める規定ではない。
本決定:「本件規定は、性同一性障害者一般に対して上記手術を受けること自体を強制するものではない」
but
直接的な制約とはいえない場合であっても、国が法制度を制定し、国民にこれに基づく法的利益を選択する権利を付与するものとしつつ、当該利益付与の要件として当該国民に憲法上保障される別の自由を事実上制約することを余儀なくさせるというような場合には、当該自由を間接的にではあれ制約する面があることは否定できないと思われる。
本決定:性同一性障害者によっては、生殖腺除去手術まで望まないのに、性別の取扱いの変更の審判を受けるためにやむなく同手術を受けることもあり得るとして、本件規定がそのような者についてその意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約する面もあることを肯定。
特例法は、性同一性障害者に対して、法律上の性別の取扱いの変更という法的利益を付与するために生殖腺除去手術を受けていることを求めるもの

本件規定が当該手術を望まない者の自由に対して及ぼす事実上の制約の有無及びその程度は、
当該利益の権利性(憲法上保障される権利か、尊重されるべき利益か等)、
必要性の程度(社会的状況の下で当事者が現実に受ける不利益の程度)、
不利益を解消するために他に代替的な手段があるのか
等を考慮する必要がある。
また、これらに加えて、性同一性障害者が任意に当該手術を選択する現実的可能性の程度も影響しよう。
従来から、基本的人権を規制する規定等の合憲性に係る最高裁判例の多くは、
①一定の利益を確保しようとする目的のために制限が必要とされる程度と、
②制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等
を具体的に比較衡量するという利益衡量論の判断枠組みを採用。

その際の判断指標として、規制される人権の性質、規制措置の内容及び態様等の具体的な事案に応じて、その処理に適する基準を適宜選択して適用したり、当該基準の内容を変容させ又はその精神を反映させる限度にとどめるなどして柔軟な対処。
具体的に憲法13条により保障される権利の制限が問題となった最高裁判例をみても、概ね、
制限する目的の正当性
②制限の必要性と合理性(制限の必要性の程度と制限される基本的人権の内容、これに加えられる具体的制限の態様とを衡量して、制限が必要かつ合理的なものであるかどうか)を考慮して判断。
本決定も、これらと同様の判断枠組みを前提としつつ、本件では間接的な態様による制約が問題となっていることを踏まえて、総合的な較量により合憲性を判断したものと理解。
下の性別の生殖機能により子が生まれることによる「様々な混乱や問題」

①「女である父」「男である母」が存在することになる
②特に法的に男である者が懐胎、出産するという、長きにわたり法制度(民法733条、772条)や社会が予定していない事態が生じることは、わが国の家族制度や社会制度の基盤に関わり、これを受け入れる社会において混乱が生じるという考え方
③現行の親子関係に関する法制度を前提とすると、元の性別の生殖機能により生まれた子の父母が誰になるのかが不明確な場合が生じる(例えば、女から男へと性別の取扱いを変更した者が婚姻した後に、当該者が出産した場合の当該者及び妻と子との各関係)、子の身分関係に伴う法的安定性が損なわれる。 
本決定:本件規定の目的や制約の態様に加え、現在の社会的状況等にも言及して、現時点では、憲法13条に違反しない旨を判示。

平成15年に本件規定が定められた後、性同一性障害についての医学的知見は急速に進展し、性同一性障害者をめぐる環境や性自認の多様性等についての国民の意識も変わってきていることがうかがわれ、今後も変化しているものと予測されるところ、本件規定の性同一性障害者に対する制約の強さの程度や、目的の正当性、規制の必要性と合理性は、いずれもこのような変化する事情と大きく関わっていることを踏まえて、本決定が慎重な判断をしたものであることを示す意味合いを含む。 
  行政p10
奈良地裁H30.12.18   
  指名型プロポーザルを経た後に、市が廃棄物処理業者との間で随意契約の方法により締結した一般廃棄物処理運搬業務委託契約が無効とされた事案
  事案 Yが市長を務める奈良県香芝市の住民であるXらが、
香芝市が、廃棄物処理業者であるZ(被告補助参加人)との間で一般廃棄物収集運搬業務委託契約(「本件契約」)を締結する前に実施した指名型プロポーザルは、契約の相手方が事前にZに内定

本件契約は、地自法234条2項、同法施行令167条の2第1項2号に規定された随意契約が許される場合に該当せず、私法上無効

Yに対し、本件契約に基づいて香芝市からZに対して支払われた業務委託料について、不当利得(民法703条)に基づき、Zに対して返還を請求するうよう求めるとともに、
本件契約の履行行為としての業務委託料の支払を差し止めるよう求めた
住民訴訟。
  争点 香芝市による一般廃棄物収集運搬業務委託先事業者の選定手段としてのプロポーザルの実施時点で、既にZが契約の相手方として内定していたか
仮に事前内定の事実が認められるとした場合に、
①本件契約の締結に地自法234条が適用されるか
②本件契約の締結が地自法234条2項、同法施行令167条の2第1項2号に違反しているといえるか
③仮に違反しているとして、本件契約が私法上無効となり、香芝市がZに対する不当利得返還請求権の行使を怠っているか 
  判断   請求認容
  ●争点① 
地自法234条の規制の対象となる「売買、賃貸、請負その他の契約」は、普通地方公共団体が私人と同等の立場に立って行う契約をいい、いわゆる公法上の契約はこれに含まれない。
but
本件契約は、
料金を支払い、一般廃棄物の収集運搬業務という対価を受けるもの
⇒請負ないし準委任契約に類する業務委託契約と見ることができ、
その意味で、香芝市が私人と同等の立場で行った契約であるということができる。

地自法234条の規制にかからしめた。
  ●争点② 
①事前に契約の相手方がZに内定していた
②本件契約意向に、本件契約と類似の業務委託契約における相手方を選定する際、指名競争入札の方法によって業者を選定していた事実等

本件契約の締結が地自法234条2項、同法施行令167条の2第1項2号の「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」には当たらない。
  ●争点
最高裁昭和62.5.19が示した規範を適用し、
①プロポーザルの通知以前から契約の相手方としてZが内定してたという事実が認定⇒地自法施行令167条の2第1項各号に列挙された、随意契約が許される場合に該当しないことが何人の目にも明らかである場合に当たる
②契約の相手方であるZも、内定の事実を知った上で車両の発注等の行動をしているということになる⇒これが許されないことは社会通念に照らし、十分知り得た。

私法上の契約を無効とする場合を制限的に解した上記最高裁判決に照らしても、本件契約を無効と判断。
同判例は、契約が無効といえない場合には、地自法242条の2第1項1号に基づいて契約の履行行為の差止めを請求することはできないと判示
but
本件では、契約を私法上無効と判断⇒同判例に照らしても、履行行為の差止めを認めることができる事案であると判断。
  民事p17
最高裁H30.12.7  
  売買代金の完済まで売主に留保する旨の売買契約の売主と集合動産譲渡担保権者の優先関係
   事案 Yは、Aとの間で、平成22年3月に、YがAに金属スクラップ等を継続的に売却する旨の売買契約を締結。
本件売買契約には、Yは目的物の代金を毎月20日締めでAに請求し、Aは前記代金を翌月10日に支払うこと、目的物の所有権は前記代金の完済をもってYからAに移転することが定められていた。
  Xは、平成25年3月に、XがAに極度額を1億円として融資する旨の契約を締結。
前記契約によりXがあに対する債権を担保するため、Xを譲渡担保権者、Aを譲渡担保権設定者とし、金属製品の在庫製品等で、Aが所有し、Aの工場等で保管する物全部を目的とする集合動産譲渡担保権を締結。
本件譲渡担保権に係る動産の譲渡につき、動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律(「特例法」)3条1項の登記。 
  Yは、Aの事業廃止後、本件売買契約によってAに引渡し、Aの工場で保管されていた金属スクラップ等につき、本件条項によって留保していた所有権に基づき、動産引渡断行の仮処分命令を申立て、これを認容する旨の決定を得た。
⇒Yは同決定に基づいて、前記勤続スクラップ等を引き揚げ、第三者に転売。
  Xが、Yによる前記金属スクラップ等の引揚げ、転売がXの本件譲渡担保権を侵害する不法行為に当たるとして5000万円の損害賠償を請求するとともに同額を不当利得金として請求。 
  判断 本件は、金属スクラップ等を反復継続して売約する本件売買契約において、目的物の所有権が売買代金の完済までYに留保される旨の本件条項が定められている場合であるところ、
①本件契約では毎月21日から翌月20日までを1つの期間として、期間ごとに納品された金属スクラップ等の売買代金の額が算定され、1つの納品期間に納品された金属スクラップ等の所有権は、当該期間の売買代金の完済まで売主に留保されることが定められ、これと異なる期間の売買代金の支払を確保するために売主に留保されるものではないこと、
②売主は買主に金属スクラップ等の転売を包括的に承諾していたが、これは売主が買主に本件売買契約の売買代金を支払うための資金を確保させる趣旨と解されること
等の判示の事情の下では、
売買代金が完済されていない本件動産の所有権はYからAに移転しないものとし、本件動産につき、譲渡担保権者であるXは、Yに対して本件譲渡担保権を主張できない。

上告を棄却。
  解説  ●学説・判例
  売買契約において、売主と買主との間で代金が完済されるまで目的物の所有権を売主に留保する旨の合意がされた場合の法的構成:
A:留保構成
B:移転・設定構成 
最高裁H22.6.4:
自動車の売買代金の立替払をした信販会社が、
販売会社が留保していた自動車の所有権の移転を受けたが、購入者に再生手続が開始した時点で前記自動車の登録を受けていない事案について、
信販会社は留保した所有権を別除権として行使することはできないとした。
but
留保構成を採るのか、移転・設定構成を採るのかには判文からは明らかではない。
  ●本件の問題点(留保所有権者と集合動産譲渡担保権者との優劣) 
A:留保構成⇒代金完済までは売主から買主に目的物の所有権は移転しない⇒代金完済未了の目的物には譲渡担保権の効力は及ばず、売主は留保所有権を譲渡担保権者に主張できる。

B:移転・設定構成⇒目的物について、買主を起点として、売主への留保所有権の設定という物権変動と譲渡担保権者への集合動産譲渡担保権の設定という2つの物権変動がある。

本件のように集合動産譲渡担保権について特例法上の登記がされている場合には、登記後に集合物に加入した物についても登記がされた年月日に対抗要件が具備されたものと扱われると一般的に理解
⇒集合動産譲渡担保権について前記登記がされた後に、売買契約の目的物が引き渡された場合には、譲渡担保権者が常に優先することになる。
  ●本判決
本件の事情の下では、代金完済まで目的物の所有権は売主から買主に移転しないとして所有権留保について留保構成。
代金完済未了の目的物には譲渡担保権の効力は及ばず、X主張の不法行為は成立しない。
本件で留保所有権者であるYを譲渡担保権者であるXに優先させるとの判断がされた根拠

①留保構成は、移転・設定構成に比べて、代金の完済もって買主に所有権が移転する旨の本件条項と整合的
②留保所有権の売買代金債権との間には具体的牽連性あり。
譲渡担保権者の債権と目的物との牽連性は留保所有権者に比べて具体的とはいえない。
事例判断として示された

売買契約において所有権留保を定める条項は、所有権留保の目的物の範囲や完済を確保する売買代金債権の範囲について様々なものが想定される
⇒その内容を問わず一般的に留保構成を採ると考えるのは相当ではない。
  1つの期間に納品された金属スクラップ等の所有権は、当該期間の売買代金の完済まで売主に留保されることが定められ、これと異なる期間の売買代金の支払を確保するために売主に留保されるものではないことが事例判決の事情として挙げられている。

「一納品期間内での売買代金と目的物との対応関係」があり、その限度を超えて支払を確保する売買代金債権の範囲や留保所有権の目的物を拡大するものではないことが考慮。
⇒売主と買主との間の売買代金債権が全て完済されるまで売買契約に基づいて売主が買主に引き渡した全ての目的物の所有権が留保されるとの定め(いわゆる根所有権留保の合意)がされた場合についてまで、留保構成をそのまま採るとはいえないように思われる。
  売主は買主に金属スクラップ等の転売を包括的に承諾していたが、これは売主が買主に本件売買契約の売買代金を支払うための資金を確保させる趣旨=これをもって移転・設定構成を採ったと解することはできない旨を判示。
  民事p21
最高裁H31.3.5  
  (養親の)相続財産の包括受遺者による養子縁組の無効の訴えの利益の有無
  事案 Bを養親となる者、Cを養子となる者とする養子縁組届に係る届出が平成22年10月に提出。
Xは、平成25年12月に死亡したBの遺言により、その相続財産の包括遺贈を受けた。
Xは、平成28年1月、Cから遺留分減殺請求訴訟を提起された。
Cが平成29年10月に死亡し、Aは前記訴訟を承継。
本件は、Xが、検察官に対し、本件養子縁組の無効確認を求めた事案。 
  一審 Xが本件訴えにつき法律上の利益を有しない⇒本件訴えを却下。 
  原審 第一審判決を取り消して、本件を一審に差し戻した。 
    Aが上告受理申立て
  最高裁 養子縁組の無効の訴えを提起する者は、養親の相続財産全部の包括遺贈を受けたことから直ちに当該訴えにつき法律上の利益を有するとはいえない
⇒原判決を破棄し、Xの控訴を棄却。 
  規定 人訴法 第二四条(確定判決の効力が及ぶ者の範囲)
人事訴訟の確定判決は、民事訴訟法第百十五条第一項の規定にかかわらず、第三者に対してもその効力を有する。
  解説 個々の民事訴訟において養子縁組の無効事由を主張する主張適格には特段の制限がない
but
養子縁組の無効の訴えには人訴法24条1項の定める対世効という強力な効果がある⇒この訴えについての原告適格ないし訴えの利益をどのように考えるかが問題。 
最高裁昭和63.3.1:
養子縁組の無効の訴えは、縁組当事者以外の第三者でも提起することができる確認の訴え。
but
養子縁組が無効であることにより自己の身分関係が無効であることにより自己の身分関係に関する地位に直接影響を受けることのない者は、養子縁組の無効の訴えにつき法律上の利益を有しない。
身分関係に関する権利義務ではなく「身分関係に関する地位」
←推定相続人の地位など被相続人の死亡により具体化する前のものでも対象となる。
「直接影響を受ける」

民法877条2項に定める扶養を命ずる審判等の何らかの手続を経ることなく影響を受けることを指すものと解される。
ここにいう自己の身分に関する地位に直接影響を受けるというのは、可能なものを含め身分に関する実体法規に定める地位又はこれに関する権利の行使若しくは義務の履行に影響を受けることをもって足りる。
ここにいう身分に関する実態法規について、相続又は扶養等についての諸規定をいう。
(調査官解説)
vs.
相続、扶養等に関する法的地位であれば、身分関係を要件としないなど身分と直接関係のないものであったとしても、全て身分関係に関する地位に当たると解しているものとは思われない。
原審やXの主張のように、養親の相続に関する法的地位を有する者は、直ちに養子縁組の無効の訴えにつき法律上の利益を有するものに当たる。
vs.
養親の相続債権者や相続債務者であっても、これに当たることになりかねない。
昭和63年最判に反する。 
昭和63年最判(昭和63年3月1日):
養子縁組の無効の訴えは養子縁組の届出に係る身分関係が存在しないことを対世的に確認するもの。
養子縁組の無効により、自己の財産上の権利義務に影響を受けるに過ぎない者は、その権利義務に関する限りでの個別的、相対的解決に利害関係を有するものとして、前記権利義務に関する限りで縁組の無効を主張すれば足り、それを超えて他人間の身分関係の存否を対世的に確認することに利害関係を有するものではない。
  民事p26
仙台高裁H30.6.7  
  地震⇒ガス警報器発報⇒ガス漏えいの有無を点検で問題なし⇒爆発事故⇒都市ガス事業者の責任(否定)
  事案 東北地方太平洋沖地震の3日後、Xが経営する百貨店の店舗地下1階で大規模な爆発事故が発生し、テナント従業員が死傷し、建物が大きく損傷。 
Xは、都市ガス業者であるYに対し、
①ガス漏れの通報に対しYが直ちに適切な処置をすべき都市ガス供給契約上の義務を怠った、
②Yが点検担当者に対する適切な指導、教育を怠っていたために点検担当者がガス漏れを発見することができなかった
③都市ガス漏えい部のガス管継手部が本来有すべき強度を欠く瑕疵があった

店舗建物を売却処分せざるをえなかったことなどによる損害額の一部である45億円の損害賠償を請求。
  判断 爆発の原因について、
地震の揺れにより、・・・・ガス管継手部からガス管が抜け出し、漏えいした都市ガスが加工室とその地下ピットに溜まっていたところに、湯沸器の放電火花から発生した火が引火して爆発。
Xの従業員らが現認した加工室内のガス警報器の発報は、前記漏えいガスを検知したもの。
都市ガス流入の具体的な経緯は不明であり、
①加工室内で一応の点検を行ってもガス検知器がガスを検知しなかったこと、
②点検終了時にガス警報器を設置し直してもガスを検知しなかったこと、
③爆発までのガス警報器の発報状況、
④爆発事故後の可燃性ガスの顕出状況、
⑤加工室は旧館の壁面を取り除いて新館と一体化した接合部に位置する地下階であること等
⇒点検時に加工室内に検知可能な程度の都市ガスが残っていたとまでは認められない

点検担当者のガス漏れ点検が不適切であったとは認められない⇒Yの債務不履行責任及び使用者責任を否定。
ガスが漏えいしたガス管継手部に施工上の問題はなく、埋設場所付近の土地の締固めが十分に行われていなかったために地下空洞が生じており、通常の地震では想定できないほどの強い力が継手部に作用
⇒継手部が本来有すべき強度を欠いていた瑕疵があったとはいえない
⇒Yの工作物責任を否定。
  民事p59
大阪高裁H30.12.20  
  事業譲渡の無償行為否認等(肯定)
  事案 破産者A社と破産者B社の各破産管財人(Xら)が、両社からその事業の一部を譲り受けたY社に対し、本件事業譲渡及びA社がY社に対し、本件事業譲渡及びA社がY社との一連の取引関係の中で、借入れと返済を繰り返した行為等について、破産法160条3項(無償行為否認)、162条1項1号(偏頗行為否認)、2号(非義務行為否認)などの否認権を行使し、あるいは、法71条1項2号(相殺禁止)を主張して、
逸失した財産の破産財団への原状回復(法167条1項)や償還請求(法168条4項)を求め、さらに会社法350条、民法709条に基づき、相当額の損害賠償を求めた事案。 
  争点 ①本件事業譲渡が無償行為否認(160条3項)の対象となるか
②一連の取引関係(弁済、代物弁済)について本来の弁済期は支払不能よりも前に到来するが、これをもって時期に関する非義務行為(期限前弁済)として偏頗行為否認(162条1項2号本文)の対象となるか
  判断 ①本件事業譲渡の無償行為否認該当性を認め、
②前記の 期限前弁済につき偏頗行為否認の対象になると判断
事業譲渡(会社法21条以下、467条)も、経済的な対価を得ないでされた場合には、法160条3項の「無償行為」に該当。
A社とB社は、Y社に対し、一連の取引に係る事業(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む)を経済的な対価を得ることなく譲渡したものと認定し、単に取引先を紹介されたにすぎないというY社の主張を排斥。
本来の弁済期が支払不能よりも前に到来する場合でも、期限前に弁済すれば、時期に関する非義務行為として、偏頗行為否認(162条1項2号本文)の対象となる。
  解説 ●事業譲渡と無償行為否認
  従来は事業譲渡に対する否認は、その詐害行為性(法160条1項)が争点とされていることが多かったが、本件では、無償行為否認(法160条3項)が問題とされ、その事業価値が裁判所の鑑定結果を踏まえて詳細に認定された点に特色がある。 
  ●期限前弁済と偏頗行為否認 
法162条1項2号の趣旨について、
期限前弁済が支払不能前にされた場合でも、弁済期まで待てば支払不能になることが確実であるときは、破産リスクを他の債権者に転嫁し、債権者間の平等を著しく害する行為
⇒期限前弁済を受けた債権者が善意である場合を除き、破産者の義務に属する行為よりも広く否認を認めるところにあるとして、その有害性の観点を強調。
弁済期が支払不能よりも後に到来する場合には、債権者が期限前弁済により、支払不能後の偏頗行為否認(同項1号)を潜脱することを許さないという機能も有する。
⇒本件のように弁済期が支払不能よりも前に到来する場合には、前記の潜脱防止は働かないものの、有害性の観点が否定されるものではない。
①支払不能の前段階でも、それまでに債務者の財務状況が徐々に悪化し、支払不法に陥ることが確実であるという状態を観念できる。
②この時期における期限前弁済は、本来の弁済期が支払不法よりも前に到来する場合であっても、やはりこれを受ける債権者のみに優先的な満足を与え、破産リスクを他の債権者に転嫁するもので、債権者間の平等を害するという有害性の程度には変わりがない。

①債務者が期限前弁済をした時点で、客観的には弁済期まで待てば支払不能に陥ることが確実である状態にあるため他の債権者を害するという状況にあり、かつ
②債権者がその点について善意とはいえない場合、
後の破産手続において支払不応が弁済期の前後にいずれに定まろうとも、期限前弁済により破産リスクは他の債権者に既に転嫁されたといえる

本件のように弁済期が支払不能よりも前に到来する場合であっても、支払不能から遡って30日以内に期限前弁済がされたときは、法162条1項2号所定の「その時期が破産者の義務に属しない行為」に該当する(積極説)
その場合、同号ただし書にいう「他の破産債権者を害すること」とは、このような期限前弁済についてみると、同号が後遺の時期及びその有害性に着目して、特に否認の対象を拡張した趣旨に鑑み
「本来の弁済期まで待てば、支払不能に陥ることが確実であるという状態」をいうものと解される。
  民事p94
松山地裁西条支部H30.12.19  
  お泊り保育中に川の増水⇒園長と法人の損害賠償責任(肯定)
  事案 Y1が運営する本件幼稚園で実施された本件お泊り保育において、本件幼稚園の園長であるY2並びに本件幼稚園の教諭であるY3ないしY9が、園児らを川で遊ばせていた(本件活動) ⇒本件増水が生じ、園児らの一部が流され、そのうちAが死亡し、X11が傷害を負った(本件事故)

本件幼稚園の園児又は園児の親であるXらが、Y1ないしY9、Y1の当時の理事長であったY10を相手として、訴訟提起。
  主張 Y2ないしY10に本件事故に関する注意義務違反(安全配慮義務違反)があった⇒同人らに対しては、民法709条に基づき、Y1に対しては、私立学校法29条や民法715条(使用者責任)などに基づき、損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた。 
  争点 安全配慮義務違反(結果回避義務違反)の前提として、結果についての予見可能性の有無が争点
  主張 Xら:
本件活動場所において、増水など河川の変化が生じた場合、園児らを安全に退避させることが著しく困難になることが予見可能⇒
①本件活動を計画したこと自体が注意義務違反であり、
②仮に本件活動を計画した事態は許容されるとしても、増水時の対処法についての検討、ライフジャケットなどの救命具の携行の検討など危険発生防止のための準備を怠ったことも注意義務違反 
Y:
①本件事故では、突如鉄砲水が押し寄せ、急激な増水が生じたものであるところ、結果回避義務違反が認められるためには、単なる増水ではなく、晴天時にこのような急激な増水が生じることについての具体的な予見可能性が必要
②本件当時の幼稚園教育の実践における標準的な安全対策の水準によれば、Yらに前記のような予見可能性はなかった。
  判断・解説  ●予見可能性について
  本件活動場所の地理的状況や、本件当時にインターネットなどで一般人が知り得た河川の安全に関する情報

①本件活動場所付近が晴れていても、上流域の降雨によって、本件活動場所付近においても河川の変化が生じ、ある程度の水量や流速の増加(増水等)の危険性があること、及び
②増水等が生じることにより、園児らを安全に退避させることが著しく困難な状況となり、これにより園児らの生命・身体に重大な危険が及び蓋然性が高いこと
が、Y2ないしY9と同様の立場にある一般人において予見可能であったと認めた。

本件活動の計画準備段階において、園児らのライフジャケットを準備し、本件事故の当日、これを園児らに適切に装着させる義務を結果回避義務として負っていたものと認め、
Yらの主張するような鉄砲水による急激な増水か否かは、このような結果回避義務を基礎付ける上で重要なものではなく、予見可能性の対象にはならない。
前記の結果回避義務を尽くしていても、なおも園児らの生命・身体に重大な危険が生じる蓋然性があることについて予見可能性があったものと認めることはできない。
⇒本件活動を中止すべき義務については認めなかった。
解説:

結果回避義務の前提となる予見可能性について、
具体的な予見可能性が必要であることを前提としつつも、
現実に生じた結果全てについて予見可能性を必要とするのではなく、あくまで結果回避義務を基礎付ける上で重要な部分について予見可能性を必要。

ライフジャケットの準備義務との関係では、予見可能性を認める一方
本件活動の中止義務との関係では予見可能性を認めず
いわば、結果回避義務との相関関係において、予見可能性を捉えている。 
  ●安全配慮義務の主体 
本件活動の計画準備段階において、安全配慮面でいかなる措置をとるべきかについては、Y2(園長)の責任において決定されるべきであった⇒Y2につき安全配慮義務違反を認めた。
Y5(本件お泊り保育の担当):前年度までの例に倣ってスケジュールの作成等を行うことが想定されていた。
Y3(主任教諭):本件お泊り保育に関し、いかなる事務を行うべき立場にあったかは必ずしも明確ではない

いずれについても例年とは異なる安全配慮面の検討を行うべき立場にあったとは認められない⇒安全配慮義務違反を否定。
Y10(本件当時のY1の理事長):
本件幼稚園の園児らの安全確保のために、教諭らを指導・監督すべき一般的義務を負っていたとしつつも、
Y1が本件幼稚園を含めて8つの幼稚園を運営していたことも踏まえ、理事長であるY10に、本件お泊り保育等の情報を詳細に把握して、安全配慮面での措置を具体的に検討すべき義務があったとまではいえない。
⇒安全配慮義務違反を否定。
解説:

一般的な指導監督義務から直ちに安全配慮義務を認めるのではなく、本件活動の計画準備段階での具体的な事実関係を踏まえ、安全配慮面での措置についての具体的な検討を誰が行うべき立場にあったのかを認定。
   刑事p113
最高裁H29.12.25
  心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律の再抗告事件
  事案 対象者が医療観察法42条1項1号の入院決定を受けた約半年後に、指定入院医療機関の管理者が同法49条1項の退院許可を申し立てた(対象者自身も同法50条の医療終了の申立てをしていた)。
管理者の意見:対象者については心理社会的な治療による状態改善がこれ以上見込めず、治療可能性が認められない、などというもの。
  判断・解説  ●医療観察法の再抗告事件において同法70条1項所定の理由以外の理由による原決定取り消しの可否
  医療観察法70条1項は、再抗告理由を憲法違反、憲法解釈の誤り、判例違反に限定しており、決定に影響を及ぼす法令の違反等の同法64条所定の抗告理由により最高裁判所が原決定を取り消すことができるかについては明文規定なし。
but
同法64条所定の抗告理由が認められ、これを取り消さなければ著しく正義に反すると認められるときは原決定を取り消すことができる旨判示。 
同様に明文規定のない刑訴法の特別抗告:については、
刑訴法411条が準用されることが確立。
医療観察法の再抗告と同様の条文構造にある少年法の再抗告については、少年法35条所定の再抗告事由が認められない場合であっても原決定に同法32条所定の抗告事由があってこれを取り消さなければ著しく正義に反すると認められるときは、最高裁は、職権により原決定を取り消すことができる。
  ●審理不尽の判断 
医療観察法51条1項1号:
退院許可の申立て等を棄却するための要件として、入院中の対象者について、
「対象行為を行った際の精神障害を改善し、これに伴って同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進するため、入院を継続させてこの法律による医療を受けさせる必要がある」ことが必要とする。

入院決定や入院継続確認決定のための要件と実質的に同じものであり、対象者の精神障害が治療可能性のあるものであることを含んでいると解されている。
この要件の判断に当たって、裁判所は、「指定入院医療機関の管理者の意見を基礎とし」なければならないと規定(医療観察法51条1項柱書)。

①管理者による意見は、平素から入院患者の病状等を診察している者による医学的見地からの専門的意見であることから、十分に尊重される必要がある。
②仮に裁判所が、その意見の合理性・妥当性に問題があると考える場合には、当該管理者にその意味・内容や判断の根拠等を尋ねることや他の精神保健判定医等に鑑定を命ずることも可能。
本決定:
原々審は医療観察法51条1項の趣旨を踏まえ、管理者の意見が現在の対象者の状態や治療可能性について述べるところの合理性・妥当性を審査すべきであり、適宜の調査を行うべきであったところ、このような調査を行うことなく、また、入院決定時の判断を優先させるべき十分な説明もないままに管理者の意見を排斥したと指摘
⇒各原々決定及びこれを維持した各原決定には審理不尽の違法がある。
本決定は、理由中で、原々審が行うべきであった適宜の調査として、カンファレンス、鑑定、審判期日の開催等を指摘しているが、これらは例示にすぎないと考えられ、その他の調査方法が否定されているものではない。
2420   
  判例特報
東京地裁R1.5.28  
  平成29年在外邦人国民審査権行使制限憲法適合性訴訟1審判決
  事案 ①日本国外に住所を有する日本国民(「在外国民」)である第1事件原告らが、
主位的に、憲法15条1項、79条2項及び3項等により最高裁判所の裁判官の任命に関する国民審査(「国民審査」)における審査権が保障されているにもかかわらず、被告がその行使の機会を与えなかった

第1事件原告らが次回の国民審査において審査権を行使することができる地位にあることの確認を求め、
予備的に、被告が第1事件原告らに対し、日本国外に住所を有することをもって、次回の国民審査において審査権の行使をさせないことが違法であることの確認を求め
②第1事件原告ら及び第2事件原告(「原告ら」)が、平成29年10月22日執行の国民審査(「前回国民審査」)について、原告らが現実に審査権を行使するための立法を国会がしなかったことなどの結果、審査権を行使することができず、精神的苦痛を受けたとして、国賠法1条1項に基づき、損害賠償を求めた事案。
  争点 ①本件地位確認の訴えが適法か否か
②本件違法確認の訴えが適法か否か
③在外国民に対する国民審査権の行使制限が違憲、違法であるか
④原告らの国家賠償請求の成否 
  規定 憲法 第15条〔公務員の選定罷免権、公務員の性質、普通選挙・秘密投票の保障〕
公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

③公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
憲法 第44条〔議員及び選挙人の資格〕
両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。
憲法 第14条〔法の下の平等、貴族制度の否認、栄典の限界〕
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
憲法 第79条〔最高裁判所の構成等〕
②最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。
③前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。
  判断  ●争点①について 
①「次回の国民審査において審査権を行使することができる地位」は、現行の法令によって導き出すことのできるものではなく、国会において、在外国民について審査権の行使を可能とする立法を新たに行わなければ、具体的に認めることのできない法的地位⇒本件地位確認の訴えに係る紛争は、法令の適用により終局的に解決できるものではなく、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟には当たらない⇒本件地位確認の訴えは不適法。
  ●争点②について 
本件違法確認の訴えは、具体的な紛争を離れ、裁判官審査法が在外国民に国民審査権の行使を認めていない点が違法であることについて抽象的に確認を求めるもの⇒当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否を対象とするものとはいえない⇒本件違法確認の訴えに係る紛争は、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟には当たらない。
  ●争点③について 
国民審査権は憲法15条1項の定める国民固有の権利である公務員の選定及び罷免の権利のうちの1つ⇒公務員の選挙についての成年者による普通選挙の保障(同条3項)、両議院の議員の選挙人の資格についての差別の禁止(憲法44条ただし書)及び投票の機会の平等の要請(憲法14条1項)の趣旨は、国民審査(憲法79条2項、3項)についても及ぶ。
⇒憲法は、国民に対し、国民審査において審査権を行使する機会、すなわち投票をする機会を平等に保障しているものと解するのが相当。
国民審査権又はその行使の制限についての憲法適合性の審査基準:
国民の審査権又はその行使を制限することは原則として許されず、これを制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならない。
そのような制限をすることなしには国民審査の公正を確保しつつ審査権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに国民の審査権の行使を制限することは、憲法14条1項。15条3項及び44条ただし書きの趣旨に反することとなり、審査権を認めた憲法15条1項並びに79条2項及び3項に違反することになる。
このことは、国が審査権の行使を可能にするための所要の措置を執らないという不作為によって国民が審査権を行使することができない場合についても同様。
・・・・やむを得ない事由があったとは到底いうことができない⇒裁判官審査法が、前回国民審査当時、在外国民であった原告らの審査権の行使を認めていなかったことは、国民に対して審査権を認めた憲法15条1項並びに79条2項及び3項に違反するものであった。
  ●争点④について 
立法不作為が国賠法1条1項の適用上違法となる場合の判断枠組みについて、
法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制限するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては、国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして、例外的に、その立法不作為は、国賠法1条1項の適用上違法の評価を受けることがあるというべき。
・・・国会において、在外審査制度の創設について何らの措置も執らないまま、平成23年東京地裁判決(在外日本国民最高裁判所裁判官国民審査権訴訟)から約6年半、平成17年大法廷判決(在外邦人選挙制限違憲訴訟)からは約12年もの期間が経過する状況の下で、前回国民審査を迎えた

原告らが国民審査権を行使することができない事態に至っているところ、そのことについて正当な理由があるとはうかがわれない。

このような長期間にわたる立法不作為は、前記のような例外的な場合に当たり、国賠法1条1項の適用上違法の評価を受けるというべきであり、また、この立法不作為について、過失があったことも明らか。

原告の国賠請求を一部認容。
  解説 平成23年東京地裁判決:違憲状態となってから合理的是正期間が経過して初めて違憲となるという判断枠組み。
本判決:違憲状態であれば、期間の経過にかかわらず違憲であるとした上で、違憲であることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたって立法措置を怠る場合などに当該立法不作為が国賠法1条1項の適用上違法となるとする平成27年最高裁大法廷判決の枠組みによっており、平成23年東京地裁判決は枠組みが異なっている。 
  行政p53
福岡高裁那覇支部H30.12.5  
  沖縄県の国に対する本件水域内における岩礁破砕等行為の差止め請求等
  事案 本件水域に係る漁業権を管轄する行政庁である沖縄県知事が属する行政主体であるX(沖縄県)が、本件水域を含む沖縄県名護市辺野古沿岸域において普天間飛行場代替施設等の建設を進めるY(国)に対し、
本件水域は漁業権の設定されている漁場に該当⇒本件水域内において岩礁破砕等行為を行う場合には沖縄県知事の許可が必要となるにもかかわらず、Yがかかる許可を得ずに本件水域内において岩礁破砕等行為を施行するおそれがある
⇒ 
主位的に、沖縄県漁業調整規則(本件規則)39条1項に基づく公法上の不作為義務の履行請求として本件水域内における岩礁破砕等行為の差止めを求め(本件差止請求)、
予備的に、かかる不作為義務の存在の確認(本件確認請求)
事案。
  原審 本件訴えは法律上の争訟に該当せず不適法⇒Xの請求を却下。 
  判断 最高裁H14.7.9(平成14年最高裁判決)に依拠し、国又は地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には、法律上の争訟に当たるというべき。
but
国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできない。

法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく、法律に特別の規定がある場合に限り、提起することが許される。
①本件差止請求に係る訴えは、Xが財産権の主体として自己の財産上の件利益の保護救済を求める場合に当たらず、Xが専ら行政権の主体としてYに対して行政上の義務の履行を求める、本件規則39条1項の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とした訴訟。
⇒法律上の争訟に当たらない。
②本件確認請求に係る訴えは、本件差止請求に係る訴えと同様、本件規則39条1項の適用の適正ないし一般公益の保護を目的として、Xが専ら行政の主体として提起⇒平成14年最高裁判決が妥当⇒法律上の争訟に当たらない。
  解説 平成14年最高裁判決:
国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として相手方に対して行政上の義務の履行を求める訴訟につき、法規の適用ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護を目的とするものということはできない
⇒法律上の争訟に該当しない。
  行政p56
東京地裁H30.10.25  
  海上自衛官に対する懲戒免職処分が争われた事案
  事案 海上自衛官であったXに対して防衛大臣がした懲戒免職処分が、裁量権を逸脱又は濫用してされたもので、処分を科す手続にも重大な瑕疵があるとして取り消された事案。 
  判断・解説   ●公務員に対する懲戒処分
  公務員に対する懲戒処分は、懲戒権者である行政庁に裁量が認められるが、
処分の前提となった事実あるは処分要件に関わる重要な事実の存否の認定については、行政庁の裁量の観念を入れる余地はなく、裁判所が証拠に基づき判断代置的に認定することができるものと解されている。 
裁量行為については、被告行政庁が裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したことについて、原告が主張立証責任を負うが、
判断の基礎とした具体的事実については、被告行政庁が主張立証すべきであるとの考えが通説的。
  ●懲戒事由該当性
  本判決:
本件処分の基礎とした本件違反事実の存否について、防犯ビデオの映像から、Xが2日間にわたって各1本の栄養ドリンクを窃取したことは認められる
but
その余の本件違反事実に係る窃盗行為については、本件全証拠によっても認めることはできない。
これらの窃盗行為の懲戒事由相当性:
Xが窃盗行為時に若年性認知症又は軽度認知障害等の精神疾患にり患していたことを認定。
but
当該精神疾患が窃盗行為に与えた影響について、
窃盗行為時の行為態様及びその前後のXの様子、当時のXの生活状況等
⇒当該精神疾患がXの事理弁識能力又は行動制御能力に影響を与えていたことを否定することはできないが、
少なくともこれらの能力の減退が著しい程度に至っていたとは認めることができない。

Xの窃盗行為が懲戒事由に該当しないとのXの主張を排斥。
  ●裁量権の逸脱又は濫用 
公務員の懲戒処分は、「社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を逸脱しこれを濫用したと認められる場合に限り、違法である」という判断枠組み。
海上自衛隊における懲戒処分等の処分基準へのあてはめを詳細に検討し、
懲戒権者は懲戒処分を行う場合、原則として、当該処分基準に従って懲戒処分を選択すべき。

当該処分基準に従うと、Xの窃盗行為は、重くとも停職処分に相当する事案⇒本件処分は裁量権を逸脱し又は濫用したものとして違法。
  民事p68
最高裁H31.2.19  
  不貞行為者に対する離婚に伴う慰謝料請求が否定された事案
  事案 Xが、Yに対し、YがXの妻であったAと不貞行為に及び、これにより離婚をやむなくされ精神的苦痛を被った⇒不法行為に基づき、離婚に伴う慰謝料等の支払を求めた。 
  原審 本件不貞行為と離婚との間の相当因果関係の有無等が争点。

本件不貞行為によりXとAとの婚姻関係が破綻して離婚⇒Yは、両者を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負い、Xは、Yに対し、離婚慰謝料を請求することができる⇒Xの請求を一部認容。
  判断 夫婦の一方は、他方と不貞行為に及んだ第三者に対し、当該第三者が、単に不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情がない限り、離婚に伴う慰謝料を請求することはできない。 
本件では、特段の事情があったことがうかがわれない⇒離婚慰謝料を請求することができない。
  解説 判例:
不貞相手の不法行為責任を認める。
その被侵害利益について、「他方の配偶者の夫又は妻としての権利」であると判示(最高裁昭和54.3.30)
~一種の人格権的利益であると捉えている。
不貞慰謝料の短期消滅時効:
最高裁H6.1.20:不貞行為が継続したものであっても、夫婦の一方が他方と第三者との不貞行為を知った時からそれまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行。
他方で、離婚慰謝料の短期j消滅時効の起算点は離婚時(最高裁昭和46.7.23)
本件:
不貞慰謝料が時効によるり消滅⇒離婚慰謝料を請求。
  ●離婚慰謝料 
最高裁昭和31.2.21:
財産分与と離婚慰謝料とは本質的に異なる⇒配偶者に対する離婚慰謝料の請求を認める。
「離婚するの止むなきに至ったことにつき、相手方に対して損害賠償を請求する得ことを目的とするもの」と判示。

戦前からの表現をほぼ踏襲し、不法行為に基づくものとしつつも
「身体、自由、名誉を害された場合のみ」に限られないと判示⇒離婚原因となった個別の行為自体が独立の不法行為を構成することまでは必要ではないと解している。
離婚慰謝料の中身:
A:離婚原因となった有責行為それ自体による精神的苦痛に対する慰謝料(「離婚原因慰謝料」)
B:離婚という結果そのものから生ずる精神的苦痛に対する慰謝料(「離婚自体慰謝料」)

C:一体説(実務上の通説):
相手方の有責行為から離婚までの一連の経過を1個の不法行為として捉え、離婚慰謝料には、離婚自体慰謝料だけではなく、離婚原因慰謝料の全体として含まれる。

夫婦間における暴行・虐待、あるいは不貞などといった不法行為は、当該行為自体による通常の精神的苦痛(いわゆる個別慰謝料)と、離婚へと発展する契機となる精神的苦痛(離婚原因慰謝料)という双方の側面を有しており、後者の侵害が蓄積され離婚に至ったときに「配偶者たる地位の喪失」という新たな精神的苦痛(離婚自体慰謝料)が発生。
  ●第三者に対する請求 
第三者が、婚姻の解消について不法行為責任を負うか否かについては、権利侵害ないし違法性の要件との関係で問題。
「最終的に離婚を決するのは夫婦自身であること」など⇒「第三者が婚姻を破綻させることを意図し、かつ社会観念上不当と思われる程度の干渉行為を行った場合に限り違法性をおび、その不法行為責任を問い得るとみるべきであ」るなどとして限定する見解が有力。
  ●関連問題 
不貞慰謝料額の算定において、これまで下級審の裁判例では、不貞行為の結果、婚姻関係が破綻し、離婚するに至った場合においては、そのことを考慮することが多かった。
but
本判決の考え方⇒単純に損害として離婚自体慰謝料を上乗せすることは許されない。
but
不貞行為の結果、婚姻が破綻し、離婚するに至った場合には、不貞慰謝料の被侵害利益である「夫又は妻としての権利」という人格権的利益に対する侵害も大きかったと評価することができる。
⇒前記のような事情について、慰謝料の増額要素として考慮すること自体は許される。
不貞相手に対して請求された不貞慰謝料に係る債務と、配偶者が負っていた離婚慰謝料に係る債務は、不真正連帯債務になると解されている。(最高裁H6.11.24)
but
両者は、被侵害利益が異なり、慰謝料の中味が異なる⇒このことを考慮して損害額を算定する必要があり、通常は、損害額が異なる。
  民事p72
大阪高裁H30.7.30  
  児童福祉法33条2項の解釈
  事案 児童相談所長が、家裁に対し、児福法33条5項に基づき一時保護を開始した児童について2か月を超えて引き続き一時保護を行うことの承認を求めた。 
  解説  児童の一時保護:
①終局的な処遇を行うまでの短期的なもの
②虐待の場合など、児童の福祉を最優先した迅速な対応を要する場合が負い
⇒都道府県知事又は児童相談所長に認められる権限。 
一時保護:
必要があると認めるときに、児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため(保護目的)、又は
児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するため(状況把握目的)
に行うことができる。(児福法33条1項2項)
児童の一時保護は、開始した日から2か月を超えて行うことはできないが(33条3項)、必要があると認めるときは、家裁の承認を得て、引き続き一時保護を行うことができる。(4項、5項)
~平成30年4月2日施行。
  規定  児童福祉法 第三三条[一時保護]
児童相談所長は、必要があると認めるときは、第二十六条第一項の措置を採るに至るまで、児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するため、児童の一時保護を行い、又は適当な者に委託して、当該一時保護を行わせることができる。
②都道府県知事は、必要があると認めるときは、第二十七条第一項又は第二項の措置(第二十八条第四項の規定による勧告を受けて採る指導措置を除く。)を採るに至るまで、児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するため、児童相談所長をして、児童の一時保護を行わせ、又は適当な者に当該一時保護を行うことを委託させることができる。
・・・・
児童福祉法 第二七条[都道府県のとるべき措置]
都道府県は、前条第一項第一号の規定による報告又は少年法第十八条第二項の規定による送致のあつた児童につき、次の各号のいずれかの措置を採らなければならない。
一 児童又はその保護者に訓戒を加え、又は誓約書を提出させること。
二 児童又はその保護者を児童相談所その他の関係機関若しくは関係団体の事業所若しくは事務所に通わせ当該事業所若しくは事務所において、又は当該児童若しくはその保護者の住所若しくは居所において、児童福祉司、知的障害者福祉司、社会福祉主事、児童委員若しくは当該都道府県の設置する児童家庭支援センター若しくは当該都道府県が行う障害者等相談支援事業に係る職員に指導させ、又は市町村、当該都道府県以外の者の設置する児童家庭支援センター、当該都道府県以外の障害者等相談支援事業を行う者若しくは前条第一項第二号に規定する厚生労働省令で定める者に委託して指導させること。
三 児童を小規模住居型児童養育事業を行う者若しくは里親に委託し、又は乳児院、児童養護施設、障害児入所施設、児童心理治療施設若しくは児童自立支援施設に入所させること。
四 家庭裁判所の審判に付することが適当であると認める児童は、これを家庭裁判所に送致すること。
②都道府県は、肢体不自由のある児童又は重症心身障害児については、前項第三号の措置に代えて、指定発達支援医療機関に対し、これらの児童を入院させて障害児入所施設(第四十二条第二号に規定する医療型障害児入所施設に限る。)におけると同様な治療等を行うことを委託することができる。
  論点 ①児童相談所が、児童通告(少年法6条2項、児福法25条1項 又は触法少年送致(少年法6条の6第1項2号)を受けて一時保護を開始した児童についての一時保護の時間的終期(児福法33条2項の「第27条1項又は2項の措置・・・を採るに至るまで」の解釈)は、自福法27条1項4号による家裁送致をするまでと考えるべきか、それとも、他の同条1項の措置(例えば同項2号(指導等)、3号(施設入所))をする可能性がある場合には、家裁送致後もそれらの措置を採るに至るまで一時保護をすることが認められるか。
②児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握すため、2か月を超えて引き続き一時保護を行うことが必要であるか。
  原審 ①児福法33条2項の一時保護は、同法27条1項又は2項の措置を採るに至るまで行うことができる暫定的措置
②本件においては、児童を触法少年として家庭裁判所に送致した(同条1項4号)後、別途、同条1項1号ないし3号の措置を採ることは想定されていない⇒少年審判で保護処分が決定されるまで一時保護を継続する必要性は認められず、本件申立てには理由がない。

本件申立てを却下。
  判断 児福法33条2項の解釈について
そうすると、都道府県知事が、児福法33条2項に基づき、一時保護の目的を達成するために必要があると認めて児童相談所長をして児童の一時保護を行なわせた場合において、児福法27条1項又は2項の措置を1つでも採ればそれ以降一時保護を継続することができないと解することは相当ではなく、一時保護の目的を達成するために一時保護を継続する必要があるのであれば、同条1項又は2項のいずれかの措置が採られた後も、同条1項又は2項の別個の措置を採るに至るまで、引き続き一時保護を継続することができるものというべき。
but
一時保護は、児童や保護者の権利に対する重大な制約を伴うもの
⇒一時保護の目的を達成するために一時保護を継続する必要性があるか否かは厳格に解すべきであるし、同条1項又は2項の措置を採った後、当該事案の性質上、一時保護の目的を達成するため、これとは別個の措置を採る必要があるとしても、特段の事情のない限り、当該措置を採るのに社会通念上必要とされる期間が経過した後は、もはや一時保護を継続することは許されないと解するのが相当。 

本件では一時保護継続の必要性を肯定。
①一時保護継続の必要性の判断基準時は、2か月を超える時点。
②抗告審の決定前に一時保護が解除されていても2か月を超えて引き続き一時保護を行う要件があったか否かについて抗告審の裁判所が判断を示す利益が失われていない。
  民事p78
札幌高裁H30.6.29  
  後遺障害逸失利益について定期金賠償の方法による支払が命じられた事案
  事案 X1(事故当時4歳の男性)が、道路を横断中にY1の運転する大型貨物自動車に衝突される事故により脳挫傷等の傷害を負い、自賠法施行令別表第2第3級相当の高次脳機能障害等の後遺障害が残存し、後遺障害逸失利益等の損害を被り、
X1の両親であるX2及びX3が、本件事故によりX1に重篤な後遺障害が残ったために多大な精神的苦痛を被った

Y1に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき、
本件車両の保有者であるY2に対しては自賠法3条に基づき、
連帯して後遺障害逸失利益等の損害の賠償を求め、

Y2との間で本件車両を被保険自動車とする対人賠償責任保険契約を締結していたY3に対しては、保険契約に基づき、Y1又はY2に対する判決の確定を条件とする同額の損害の賠償を求めた。
X1:
①Xら側には過失がないとした上で、
②後遺障害逸失利益について定期金賠償の方法による支払を求めたのに対し、
Yら:
①Xら側にも過失があるとした上で、
②定期金賠償の方法による支払を争った。
  原審 X1が本件事故当時4歳の幼児⇒母親であるX3は、その保護者として、X1が道路に飛び出すことがないように看視、監督すべきであったのに、本件事故が起きるまでX1の挙動について把握していなかった⇒被害者側であるXら側に2割の過失があるとする過失相殺
後遺障害逸失利益について定期金賠償の方法による支払を命じた
  判断 ●過失相殺について
①被害者本人が過失相殺能力のない幼児である場合には、前記被害者側の過失については、被害者と身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失をいう
②本件のように、発生した事故が死亡事故でなく、被害者本人自身が損害賠償金を得るような場合であっても、これを被害者側の過失として考慮するのが、公平の理念に照らして相当
③本件において、X3は、被害者であるX1との間に身分上ないし生活関係上一体をなすとみられる関係にあるというべきであり、また、X3にあっては、当時の状況から危険が存することは否定できないところ、本件事故直前にX1の挙動について確認していなかったことが認められ、これらの点については、被害者側の過失として考慮するのが相当。

被害者側であるXら側に2割の過失があるとする過失相殺をした原審の判断は相当。
  ●定期金賠償について 
(定期金賠償の方法が問題なく認められる)将来介護費用と後遺障害逸失利益とを比較した場合、両者は、
①事故発生時にその損害が一定の内容のものとして発生しているという点に加え、
②請求権の具体化が将来の時間的経過に依存している関係にあるような損害であるという点においても共通(この点において慰謝料などとは本質的に異なっている。)
⇒後遺障害逸失利益についても定期金賠償の対象となり得る。

定期金賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えについて規定する民訴法117条も、その立法趣旨及び立法経緯などに照らして、後遺障害逸失利益について定期金賠償が命じられる可能性があることを当然の前提としているものと解すべき。

後遺障害逸失利益について定期金賠償を認めることに理論的な問題があるわけではない。
平成8年最判(最高裁H8.4.25)は、交通事故の被害者が事故後にたまたま別の原因で死亡したことにより、賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ、他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害のてん補を受けることができなくなるというのでは、公平の理念に反する結果になることなどを考慮して、かかる実質的な不都合を回避するためにその限度でいわゆる継続説を採用したもの。

このことにより後遺障害逸失利益についての定期金賠償を否定したものではないと理解でき、後遺障害逸失利益につき定期金賠償を認めることが平成8年最判と整合しないとはいえない。

平成8年最判の後に言い渡された最高裁H8.5.31は、被害者が事故に起因する後遺障害のために労働能力の「一部を喪失した後に死亡した場合、自己と死亡との間に相当因果関係があって死亡による損害の賠償をも請求できる場合は死亡後の生活費を控除することができる旨を判示
~事故発生後に発生した損害がその後の事情によって変更することに他ならない
⇒後遺障害逸失利益が定期金賠償の対象となると理解することも可能。
①X1の年齢や後遺障害の性質や程度、介護状況など⇒本件におけるX1の後遺障害逸失利益については、将来の事情変更の可能性が比較的高いものと考えられる
②被害者側であるXにおいて定期金賠償によることを強く求めており、これは後遺障害や賃金水準への変化への対応可能性といった定期金賠償の特質を踏まえた正当な理由によるものであると理解することができる、
③将来介護費用についても長期にわたる定期金賠償が認められており、本件において後遺障害逸失利益について定期金賠償を認めても、Yらの損害賠償債務の支払管理等において特に過重な負担にはならないと考えられる。

本件においては、後遺障害逸失利益について定期金賠償を認める合理性があり、これを認めるのが相当。
  民事p96
横浜地裁相模原支部H31.1.30  
  連帯保証にからの一方的意思表示による連帯保証契約の解除を認め、また支払請求が権利濫用とされた事案
  事案 X(神奈川県相模原市)は、市営住宅をAに賃貸し、その賃貸借契約において、Aの母であるYが連帯保証。 
Y:
Aが賃料支払を継続して滞納し、将来支払う見込みもないにもかかわらず、Xが契約解除明渡しの措置を講じなかったことから保証債務が累積

①一定の時期にYによる契約解除の黙示の意思表示がなされ、契約が解除され、以降の保証債務は負担しない、あるいは、
②一定の時期以降に生じた滞納分の請求は、権利の濫用として許されない。 
  判断 Yの主張①について:
Aが賃料の支払を怠り、将来も支払う見込みがないことが明らかで、Aともまったく接触・連絡もとれず、Yが保証責任の拡大を防止するため、再三、Aを退去させてほしいとの意向を示していたにもかかわらず、Xは、賃貸借契約の解除及び明渡しの措置を行わず、そのまま使用を継続させ滞納賃料等を累積させていた

Xには、連帯保証契約上の信義則違反が認められ、保証人であるYからの一方的意思表示による解除が許容される。

契約締結から12年以上が経過してYがAの退去を求めた時点で、黙示的な解除の意思表示がなされたと認定し、以後の保証債務の履行を免れる。
Yの主張②について:
前記時点での解除の有無にかかわらず、前記時点以降の保証債務の支払を請求することは、権利の濫用として許されない。
  解説 期間の定めのない建物賃貸借契約の保証人からの一方的意思表示による保証契約の解除を認めた裁判例(大判昭8.4.6)(①)

賃貸人の保証人に対する請求が一定の場合に信義則により制限されることがあり得る(最高裁H9.11.13) (②)
適用場面について:
①について:
解除の要件が備わった段階で一方的能動的に解除して、以後の債務が累積することを防止し、早期に法律関係を安定させることができる利点(メリット)がある反面、
法律の素人である保証人が黙示的にでも解除の意思表示を行うことが期待できない場面(デメリット)も多く、仮に口頭で意思表示をしても訴訟での的確な証拠が提出できない事態も考えられる。

②について:
前記のような限界はないものの、既に多くの滞納賃料が累積している場合も多く、
制限される、賃貸人側も損害を被る。 
  民事p105
京都地裁H31.3.26  
  弁護士会の総会決議の取消請求・無効確認請求
  争点 ①本件決議取消請求に係る訴えの適法性
②本件決議無効確認請求に係る訴えにおける確認の利益
③本件決議における手続違反(特別の利害関係の解釈) 
  判断 争点①について:
決議取消請求に係る訴えは、形成の訴えであるところ、弁護士会の総会決議については、取消請求の主体や要件を定める規程は存在しない
⇒本件決議取消請求に係る訴えは不適法。
争点②について:
本件決議の有効、無効が対象外の会員であるXの法律上の地位ないし利益に直接影響を及ぼすものではなく、本件決議は、弁護士会の適正な運営の根幹にかかわる重要な事項であるとまではいえない
⇒本件決議無効確認請求に係る訴えは、確認の利益がない。
  解説  ●決議取消請求に係る訴えについて
  決議取消請求に係る訴えの却下は、形成の訴えが、法律関係の変動を判決により対世的かつ画一的に生じさせる必要があるとしてその主体や要件を個別に定める規定がある場合に限って認められるという、一般的な考え方。 
日弁連には、一定の取消事由がある場合に弁護士会の総会決議を取り消す権限が与えられている(弁護士法40条)。
  ●決議無効確認請求に係る訴えにおける確認の利益について 
最高裁昭和47.11.9:
学校法人の理事会又は評議員会の決議が無効であることの確認を求める訴えは、現に存する法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決のため適切かつ必要と認められる場合には、許容される。
商法の準用規定のない法人についても、決議の無効確認の訴えに確認の利益が認められる場合がある。
  労働p110
大阪高裁H30.9.7  
  不当労働行為が認定された事案
  事案 X(高槻市)の設置する市立小学校の外国人英語指導助手らはY(大阪府)の補助参加人である労働組合(「Y補助参加人」)の支部を結成して、市庁舎前等においてビラを配布するなどの組合活動をし、また別件の救済申立てを大阪府労働委員会に行った。
Y補助参加人の組合員である英語指導助手が市立小学校卒業式への出席を希望⇒市立小学校の校長は、市教育委員会に問い合わせたうえ卒業式への出席を認めなかった。
市教委の教育指導部長は、市議会本会議において、質問を受け、英語指導助手が保護者に署名やビラ配布を依頼したこと、別件の救済申立てがなされていること等をあげて、卒業式に出席を認めると混乱を生じる可能性を排除できない旨の答弁(「本件答弁」)をした。
Y補助参加人:
Xが、本件組合員が組合活動を行ったことから卒業式に出席することを認めなかったこと及び本件答弁においてY補助参加人の組合活動を中傷したことがそれぞれ不当労働行為に当たるとして、大阪府労働委員会に救済を申し立てた。

大阪府労働委員会は、Y補助参加人の申立てについていずれも不当労働行為に当たるとして、Xに謝罪文手交を命じる救済命令(「本件救済命令」)をした。

Xが本件救済命令の取消しを求めた。

原審:Xの請求を認めて本件救済命令を取り消した、
本判決:原判決を取り消し、Xの請求を棄却
最高裁:Xの上告受理申立てを不受理。
  規定 労組法 第七条(不当労働行為)
 使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
一 労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること。ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。

・・・

三 労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること。ただし、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、かつ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。

四 労働者が労働委員会に対し使用者がこの条の規定に違反した旨の申立てをしたこと若しくは中央労働委員会に対し第二十七条の十二第一項の規定による命令に対する再審査の申立てをしたこと又は労働委員会がこれらの申立てに係る調査若しくは審問をし、若しくは当事者に和解を勧め、若しくは労働関係調整法(昭和二十一年法律第二十五号)による労働争議の調整をする場合に労働者が証拠を提示し、若しくは発言をしたことを理由として、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること
  判断 ●本件組合員が卒業式の出席を認められなかったことがXによる労組法7条1項本文前段、3号及び4号の不当労働行為に該当するか。 
本件組合員が卒業式への出席を認められなかったことは「不利益な取扱い」に該当する。
◎Xが、本件組合員が労働組合の組合員であることの故をもって、あるいは不当労働行為救済申立てをしたことを理由として「不利益な取扱い」をしたといえるか。 
①市教委が各校長らから問い合わせを受けた日は、別件救済申立てがされたことをXが知った後であると認めることができる
②これを前提に、市教委が各校長らに本件組合員の卒業式への出席について慎重に対応するようにと指導・助言し、各校長らがこれに従い本件組合員に対しそれぞれの卒業式への出席を認めなかった

Xは、本件組合員に対し、別件の救済申立てをしたことを理由として、卒業式への出席を認めないとの「不利益な取扱い」をしたものであるということができる。
本件組合員が卒業式に参加すると卒業式が混乱するとのXの懸念も具体的なものであったとはいえない

Xが本件組合員を卒業式に出席させなかったことは、労働組合の組合員であることの故をもって、あるいは不当労働行為救済申立てをしたことを理由として「不利益な取扱い」をしたもの。
◎本件組合員が卒業式への出席を認められなかったことがXによる労働組合への支配介入に当たるか? 
本件組合員の卒業式への出席を認めなかった取扱いは、本件組合員にとっても他の労働者にとっても、その組合活動意思を萎縮させ、そのため組合活動一般に対して制約的効果が及ぶおそれのあるものといえる。

本件組合員が卒業式への出席を認めなかったことは、XによるY補助参加人の運営に対する支配介入にも当たる。
   
本件組合員が卒業式への出席を認められなかったことが、Xによる労組法7条1号本文前段、3号及び4号の不当労働行為に該当する。 
  ●本件答弁が労働組合への支配介入に当たるか
①本件答弁は、市教委の教育指導部長がXを代表して発言したもので、Y補助参加人だけでなく、社会全体に向けて発進されたもの
②本件組合員の卒業式への出席を認めない理由として、Y補助参加人のこれまでの組合活動からみて、組合員が卒業式に参加すると卒業式が混乱する懸念があることを公然と述べたものであるが、これは、Y補助参加人の組合活動は卒業式を混乱させるおそれがあると批判し中傷したことになる。
③これは、労働者らの組合活動意思を萎縮させ、そのため組合活動一般に対して制約的効果が及ぶおそれがある

本件答弁は、労組法7条3号に該当する不当労働行為である。
2419   
  行政p3
最高裁H31.3.12  
  最高裁判所裁判官国民審査法36条の審査無効訴訟において、公選法9条1項の規定(満18歳及び満19歳の日本国民に選挙権を有すると規定)の違憲を主張することの可否
  事案 平成29年10月22日に行われた最高裁判所の裁判官の任命に関する国民の審査の審査人であるXが、裁判官審査法36条の審査無効訴訟により、Y(中央選挙管理会)に対して本件国民審査を無効とすることを求めた事案。 
  判断 上告理由に該当しない⇒上告棄却。
その理由として、審査無効訴訟においては、審査無効の原因として本件規定の違憲を主張することはできない旨を説示。 
  規定 第79条〔最高裁判所の構成等〕
最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。
②最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。
③前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。
・・・
第15条〔公務員の選定罷免権、公務員の性質、普通選挙・秘密投票の保障〕
公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
・・・
行訴法 第5条(民衆訴訟)
この法律において「民衆訴訟」とは、国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものをいう。
行訴訟 第42条(訴えの提起) 
民衆訴訟及び機関訴訟は、法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる。
  説明  ●国民審査制度と審査無効訴訟 
国民審査制度は、憲法79条に基づくものであり、その性質は解職の制度。(最高裁昭和27.2.20)
国民審査制度は、最高裁判所の裁判官について、その任命権を内閣に専属せしめながら、任命後に国民が審査して罷免できるものとすることによって、これを国民のコントロールを及ぼすことを意図したものであり、憲法15条1項の定める公務員の選定・罷免に対する国民固有の権利の1つの現れとされる。
裁判官審査法36条は、審査無効訴訟を規定し、
37条1項は、審査について「この法律又はこれに基づいて発する命令に違反することがあるとき」は、審査の結果に異動を及ぼすおそれがある場合に限り、裁判所は審査の全部または一部の無効の判決をしなければならないとする。
  ●審査無効訴訟と選挙無効訴訟の異同 
類似の構造。
公選法205条1項は、選挙無効訴訟において、「選挙の規定に違反することがあるとき」は、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合に限り、裁判所はその選挙の全部又は一部の無効を判決しなければならないとする。
審査無効訴訟及び選挙無効訴訟はいずれも民衆訴訟(行訴法5条)であり、
「法律に定める場合において、法律に定める者に限り、提起することができる」(同法42条)

審査又は選挙の各無効原因も、裁判官審査法37条1項又は公選法205条1項所定のものに限られる。
  ●選挙無効訴訟における選挙無効の原因
  選挙無効訴訟における選挙無効の原因である「選挙の規定に違反することがあるとき」の意義については、
主として選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき又は直接そのような明文の規定は存在しないが選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害されているときを指す。(最高裁)
選挙に関する法律等の規定が違憲であることを選挙無効の原因として主張することができるか?
定数配分規定の違憲主張ができるとした最高裁判例や、
受刑者の選挙権を制限する規定等の違憲主張はできないとした最高裁判例。
  ●審査無効訴訟において、審査に関する法律等の規定が違憲であることを審査婿の原因として主張することができるか? 
本決定
「この法律又はこれに基いて発する命令に違反することがあるとき」の意義につき、
「主として審査に関する事務の任にある機関が審査の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき又は直接そのような明文の規定は存在しないが憲法において定められた最高裁判所裁判官の解職の制度である国民審査制度の基本理念が著しく阻害されるときを指す」とした。
年齢満18歳及び満19歳の日本国民につき衆議院議員の選挙権を有するとしている本件規定が違憲であるとの主張が、以上のような審査無効の原因当たることをいうものであるとはいえない。

前記の者に審査権を与えるか否かは、国民審査制度の基本理念に関わるものではないとの判断に基づくもの。
  民事p5
大阪高裁H30.9.28  
  病院の責任について、原審と控訴審で事実認定が異なった事案
  主張 X1らの主張:
①本件ティッシュは、本件病院の医療従事者が、加害の故意をもって本件カニューレに詰めたもの
②本件病院の看護師らには、医用テレメータの緊急アラームが鳴った場合、直ちに本件病室を訪問し、本件カニューレに生じた異常を除去する等の措置をとるべきであったのにこれを怠る等の過失がある

Yに対して損害賠償請求。
  原審 本件病院の医療従事者ではない第三者が、本件行為を行った可能性を否定することはできない⇒本件行為を行った行為者が誰かは証拠上不明。
本件病院には過失なし。

X1らの請求をいずれも棄却。 
  控訴審 X1らは、
「医療従事者は、患者の生命・身体の安全を守るため、気切カニューレを閉塞させないように注意すべき義務を負うところ、P1看護師ないしは他の本件病院の医療従事者のいずれかが、本件カニューレ周辺の汚染を防止する等の目的で、本件行為をした後、漫然とこれを除去することを失念して放置したという過失」があるとの主張に変更。
詳細な事実認定をしたうえで、本件行為は、P1看護師ないしは本件病院の医療従事者により行われたものと判断。
Aは、本件カニューレに本件ティッシュが詰められたため、激しく流出し続ける粘性が強い痰本件ティッシュと本件カニューレとの間に付着した結果、本件カニューレが閉塞したkとにより窒息死、これによる低酸素状態に起因して、心肺停止(心停止)となった

X1(Aの妻)に対し1500万円
X2及びX3(Aの子)のそれぞれに750万円
を支払うよう命じた。
  民事p40
東京地裁H30.10.11  
  ERCPの施術⇒空腸穿孔による汎発性腹膜炎を発症し死亡⇒大腸内視鏡等の選択及び手技等についての過失が問題とされた事案(過失否定)
  争点 本件病院の意志には、
①事前の検査結果等からAに総胆管結石がないことは明らかであったにもかかわらず、ERCPを実施した注意義務違反があるか
②上部消化管への使用が禁忌である大腸内視鏡を用いてERCPを実施した注意義務違反があるか
③ERCP実施時の大腸内視鏡の乱暴な操作により、空腸穿孔の原因となる損傷を生じさせた注意義務違反があるか
④ERCP実施時に空腸の裂傷等を確認することなく、これを見落とした注意義務違反があるか
⑤遅くとも6月19日午前中にはAの腹膜炎を認識し、手術適応であることを把握できたにもかかわらず、同月20日まで開腹手術を実施しなかった注意義務違反があるか
⑥ERCPのリスク等について十分な説明をしなかった注意義務違反があるか
  判断 ①~⑥の注意義務違反を全て否定。 
③の手技上の注意義務違反:
後方視的にみると、本件ERCPにおいて使用された本件大腸内視鏡により、Aの空腸に何らかの損傷が生じ、それが原因となって空腸穿孔が発生したと認められる
but
かかる空腸穿孔が本件病院の医師の手技上の注意義務違反によって生じたものと的確に認めるに足りる証拠がない
⇒注意義務違反を否定。
④の注意義務違反:
①本件ERCP施術中に、ファーター乳頭付近の十二指腸壁に裂傷を確認したものの、それ以外に腸管を損傷するような施術は確認されていない
②空腸その他のERCP施行にあたって難所といえる箇所についても裂傷又は穿孔の有無縫いついて、確認する義務があったとまではいえない
⇒注意義務を否定。
  解説 Xはおよそ考えられる主張を全てしている感があるが、本件病院の医師は、ERCP施術の際空腸穿孔を引き起こし、その結果Aは汎発性腹膜炎を発症

③の手技上の過失の存否、
④の空腸穿孔を確認することなくこれを見落としたか否か
が真の争点。 
  民事p56
さいたま地裁H30.6.27  
  短期入所生活介護サービス利用者の転倒事故の事案
  事案 要介護状態にあったAの、Yの設置する短期入所生活介護サービス利用中の転倒⇒右大腿骨頸部骨折⇒約半年後に誤嚥性肺炎により死亡
  争点 ①Yの安全配慮義務違反の有無
②本件事故とAの死亡との相当因果関係の有無
③本件事故によるAの後遺障害の有無及び程度
④損害額
  判断  ●争点① 
①Yは、Aとの間で締結した本件利用契約に基づき、介護事業者として、具体的に予見し得る危険についてAの生命・身体等を保護するべく配慮する義務を負っていた
②Aが右上肢の機能全廃及び右下肢の著しい障害を有していたこと、本件利用契約を締結する際、Yは、XからAが自宅で転倒していることを知らされ、Aが転倒しないよう配慮する旨を表明していた
③XからYの職員に対し、従前よりも転倒の危険が増しており注意して欲しい旨の具体的な注意喚起があったこと等

本件事故当時、Yは、本件施設内でのAの転倒に注意し、転倒の防止に配慮する義務を負っており、本件事故現場である洗面所の構造やAが口腔ケアをする際の姿勢や動作等を踏まえると、Aの口腔ケアに付き添うか洗面所内に椅子を設置するなど、転倒を防止するための措置を講じる義務を負っていた。

Aの安全配慮義務違反を肯定。 
  争点② 
Aの直接死因である誤嚥性肺炎の発症に全身状態の悪化が影響したことは否定し難い
but
Aの全身状態の悪化は主に認知機能の急激な低下によるものであり、Aの認知機能が急激に低下した機序は明らかではない。

本件事故とAの死亡との相当因果関係を認めることは困難。
  争点③について、
Aに本件事故前に有していた障害以上の障害が後遺したとは認めるに足りない。 
争点④について、
転倒して右大腿骨頸部骨折を負い手術やリハビリを要する事態に陥ったことに関し、治療費等のほかに慰謝料250万円を認める判断。
  解説 転倒事故と死亡等との相当因果関係の判断に関しては、
本件事故後、死亡までの間に相当期間が経過し、しかも、手術とリハビリにより一旦はAの身体機能に相応の回復がみられたにもかかわらず、その後急激に全身状態が悪化したという経過が特徴的。 
  労働p65
岡山地裁倉敷支部H30.10.31  
  樹木の伐採作業に従事中の事故⇒雇用関係肯定⇒安全配慮義務違反(肯定)
  事案 X1が地方公共団体であるYとの間の労務参加契約に基づき、樹木の伐採作業に従事。
同じく本件労務参加契約に基づき作業に従事していたZが伐倒した伐木が衝突し、X1が重度の後遺障害を負い、X1の妻であるX2及び子であるX3が多大な精神的苦痛を受けた

①X1が、Yに対し、安全配慮義務違反ないし使用者責任に基づき、損害賠償の支払を求めるとともに、
②X2及びX3が、Yに対し、近親者固有慰謝料の支払を求めた。 
  争点 ①Yの安全配慮義務違反の有無
②使用者責任の成否
③過失相殺の成否
④損害額
  判断・解説 ●雇用契約と請負契約の区別について 
安全配慮義務:ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として信義則上負う義務。
必ずしも、直接の労働契約関係がある場合に限られるものではない。
but
請負契約の注文者が請負人に対して安全配慮義務を負うのは、特別な社会的接触の関係、すなわち雇用契約に準ずるような関係が認められる必要がある。

本件においては、本件労務参加契約(の実質)が、雇用契約に当たるか、請負契約に当たるかが議論された。
雇用契約と請負契約の区別:
労基法の「労働者」の判断基準を示した昭和60年の労働基準法研究会報告。
同基準:
労働者性の判断に当たっては、形式的な契約形式のいかんにかかわらず、
実質的な使用従属性を総合的に判断すべき。
①仕事の依頼への諾否の自由
②業務遂行上の指揮監督の有無
③時間的・場所的拘束性の有無
④代替性の有無
⑤報酬の労務対価性の有無
等を主要な判断要素とし、
⑥機械、器具の負担関係
⑦報酬の額
等を補足的な判断要素。
  ◎本件でのあてはめ 
本件労務参加契約には、雇用契約であることを基礎付ける事情として、
①Yが、実施作業日や作業時間の変更を指示、連絡⇒作業場所や作業時間の拘束性の程度はそれなりに高かった
②作業員らが業務を自由に断ることができたとは考えがたい
③作業員らは、適宜、Yの非常勤職員である公園の管理人から、作業場所や作業内容につき、おおまかな指示を受けており、これに従った作業に従事することが義務付けられていた
④作業時間と1日当たりの対価が定められており、報酬が出来高ではなく、時間に対する対価とされている
⑤原則的には作業に必要な道具は、Yが用意するものとされている

本件労務参加契約の法的性質は、雇用契約と解するのが相当。
but
本判決では、むしろ請負契約であることと整合的な事情として、
①Yが、公園の整備にあたり、地元と協議する中で、地元地区が推薦した作業員に清掃や草刈、伐採等の作業を依頼するようになったという経緯
②Yの職員は、作業員らやYの非常勤職員である公園の管理人に、具体的な指示等をすることはなかった
③公演の管理人も、作業員らに、細かい指示を出すことはなかった
④天候の関係が作業ができない場合、作業員らの判断で、作業日が変更されることがあった
⑤X1は、事故当時、私物のチェーンソーを使用していた
等を指摘。
このような事情を重視すると、逆の結論をとる余地もあり得たとも解される。
  ●安全配慮義務違反について 
労働契約における安全配慮義務の内容:
一般に、
①物的環境を整備する義務
②人的環境に関する義務
と整理。
本判決:
Yは、作業員らに対してヘルメットなどを用意しておらず、作業員らがヘルメットを被らずに作業を行うことが常態化しているにもかかわらず、何ら必要な指示、指導を行っていない。
⇒①の物的環境を整備する義務違反を認めた。

Yは、本件労務参加契約は請負契約という見解に立脚⇒作業員らに一度講習を受けさせた以上のことを行っていない⇒本件労務参加契約が雇用契約に該当した場合に安全配慮義務違反が認められるか否かは大きな争点とはされていない。
  労働p75
福岡地裁H30.11.30  
  労災事案で時間外労働時間数が争われた事案
  事案 脳梗塞を発症し、右下肢麻痺等の後遺障害が残存
労災認定がされている
  主張 Xは、Y1及びその代表取締役であるY2に対し、本件疾病の発症はY1における過重な業務に起因⇒
Y1に対しては安全配慮義務違反(民法415条)に
Y2に対しては善管注意義務違反(会社法429条1項)に
それぞれ基づき、
損害賠償を請求。 
  争点 ①本件疾病発症の業務起因性(Xの業務の量的及び質的過重性の有無)
②Y2の安全配慮義務及びその違反の有無
③Y2の善管注意義務違反及び悪意・重過失の有無
④Xの損害の有無及び額
⑤過失相殺又は素因減額の可否及び程度 
  判断  ①Xの本件疾病発症前6か月間の月平均の時間外労働時間数は174時間50分と認定。
②Xが、自己及び店舗の営業目標を達成するために相応の精神的緊張を伴う業務に従事していたといえる。
③一定期間、寒冷な環境で継続的に業務を行なうことを強いられたことも考慮。

本件疾病発症の業務起因性を肯定。
Y:Xが主張の裏付けとして提出したXの元同僚の業務日誌(労災認定における労働時間算定の根拠とされたもの)は事後的に作成されたもので信用性がないと主張
vs.
その当時の業務日誌と使用状況やその記載内容等から前記業務日誌の信用性を肯定
⇒Xの業務内容を認定。
Xの生活習慣及び基礎疾患
vs.
本件疾病の発症に一定程度寄与したといえるものの、
そららの状況に鑑みると、本件疾病は、Xの基礎疾患が、前記のとおりの過重な業務に伴う負荷によりその自然経過を超えて悪化して発症したものとみるのが相当。

前記基礎疾患等は本件疾病発症の業務起因性を否定する事情とはいえない。
  Y1がXを前記のような過重な業務に従事させたことについて、
Y1の安全配慮義務違反及び
Y2の悪意又は重過失による善管注意義務違反
をいずれも肯定。 
  Xの損害について:
Xの基礎収入には1か月当たり4、5時間分の割増賃金を含めるのが相当。
休業損害、逸失利益等の損害額を認定
Xの基礎疾患の存在を考慮して2割の素因減額
  刑事p103
大阪高裁H31.3.15  
  第一種少年院送致⇒抗告棄却but処遇勧告を付さないことが相当とされた事案
  事案 少年が、共犯少年らと共謀の上、10日間の間に、連続的に、事務所や店舗緒等から、現金等を摂取したという建造物侵入・窃盗13件(うち5件は窃盗未遂、うち1件は建造物侵入を伴っていない)の事案。 
  原審 少年を第1種少年院に送致する保護処分に付し、相当長期の処遇勧告を付した。
  判断 ①本件各非行は、計画的かつ職業的で、態様も大胆で手荒なもので、被害額も多額
②少年は他の共犯少年に比して主導的な役割を果たしている
③少年の過去の保護処分歴にも触れて、少年の非行性は相当深まっている
④少年鑑別所の鑑別結果や家裁調査官の調査結果等に照らして少年の資質上の問題性を指摘
⑤両親に少年に対する十分な監護を期待することはできず、少年に対しては、規律ある姓アk津の中で、専門家による強力な働き掛けによって、自己の課題に十分に向き合わせ、健全な社会生活を送ることができるための価値観や規範意識等を身に付けさせる必要がある

原審が第一種少年院に送致したことは相当。
but
原審が相当長期の処遇勧告を付したことについては、理由中において、それを相当とするだけの十分な根拠が必要であるが、原決定はそのような根拠を示していない。 
①原決定が少年に対して求められる矯正教育として挙げる
「他者に対する共感性や思いやりを涵養すると共に規範意識を養って非行に対する抵抗感を高め、併せて、将来的な展望を持って生活するための行動様式を身につけさせる」指導は、少年が今回初めて少年院に送致されることや、少年の非行性や問題性の程度に照らし、一般的には1年程度で足りると考えられ
②本件各非行が常習的、職業的なものであることを考慮しても、2年以上の期間を要すると考えるべき特別な事情は見いだせない。

理由中で、少年に対しては、処遇勧告を付さない(一般的な長期処遇となる。)こととするのが相当であると説示。
  解説  ●少年院送致決定に当たっての処遇勧告が処分不当の抗告理由に当たるか? 
①家庭裁判所が付す処遇勧告(少年規則38条2項)には執行機関を法的に拘束する効力はない
②少年院に入所した少年の処遇期間は、少年に指定される矯正教育課程(少年院法33条1項)、少年につき定められる個人別矯正教育計画(同法34条1項)により定まるところ、これら矯正教育課程の内容・期間等は訓令や通達により定められているにすぎないこと等

一般に消極に解されている。

処遇勧告に対する不服のみをいう抗告趣意は不適法。
but
実務上は、抗告申立書に処遇勧告に対する不服のみが記載されている場合であっても、そのような処遇勧告を付した(付さなかった)上で少年を少年院に送致した原決定の処分の不当を主張しているものと解して、抗告趣意を適法と取り扱うことが多い。
抗告審は、処遇勧告に対する不服が主張されている場合には、処遇不当の抗告趣意の審査の中で処遇勧告の当否についても審査し、その結果、少年院送致は相当であるが、処遇勧告を付した、あるいは付さなかったことは不当であるという判断に達した場合には、抗告は棄却するものの、理由中でその旨を指摘するのが通例。
  ●抗告審決定が、理由中で処遇勧告が不当である旨を指摘⇒それを少年の処遇にどのように反映させるか? 
①抗告棄却の抗告審決定は、矯正機関に対するものではない、
②少年規則38条2項は抗告審に準用されない⇒抗告審において処遇得勧告を発することもできない
③原審において抗告審決定の理由中の判断を踏まえて再度処遇勧告を行ってもらうことも、棄却決定である抗告審決定に下級審に対する拘束力を認める余地がない以上困難。

実務では、抗告審において、別途矯正機関に対して通知書等を送付する取扱い(=具体的には、少年院の長に宛てて抗告審決定の写しを送付する取扱い)。
2418   
  民事p3
東京高裁H30.6.13   
  ツイッター上のいわゆる「なりすましアカウント」作成者の特定のために、経由プロバイダに対して発信者情報の開示を求めた請求が認められた事例
  事案 ツイッター上におけるいわゆる「なりすましアカウント」作成者に対して、損害賠償請求を行うにあたり、当該作成者の特定のために経由プロバイダに対して発信者情報の開示を求めた事案。
Xは、ツイッター上において、氏名不詳者がXになりすましてアカウントを開設して使用⇒氏名権および肖像権を侵害されたことを理由に、氏名不詳者に対して損害賠償請求権を行うために、ツイッターの運営会社から開示されたIPアドレスの保有者である経由プロバイダYに対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(「法」)4条1項に基づき、氏名不詳者の氏名又は名称及び住所の開示を求めた。
本件ツイッターのアカウントを氏名不詳者が開示し、本件プロフィール等の侵害情報を送信したと考えられるのは平成27年12月であるが、ツイッターの運営会社から開示された本件のIPアドレスおよびタイムスタンプは、当該アカウント開設時から1年以上が経過した平成29年1月から3月にかけてのもの。
  原審 法における「当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者」(海事関係役務提供者)を厳格に解し、Yはこれに当たらない。 
  判断 原判決を取り消し、Xの請求を認めた。 
  解説 本件IPアドレス等は、氏名不詳者が本件アカウントにログインした際に割り当てられたものであり、本件プロフィール等の侵害情報そのものと現実に送信した際に割り当てられたものではない。
but
①ツイッターの仕組みは、設定されたアカウントにログインし、ログインされた状態で投稿するというもの⇒侵害情報の送信にあたりログイン情報の送信が不可欠になる。
②法4条1項は「侵害情報の発信者情報」と規定するのではなく、「権利の侵害に係る発信者情報」とやや幅をもって規定している。

侵害情報そのものから把握される発信者情報だけでなく、侵害情報について把握される発信者情報であれば、これを開示することも許容される。 
加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図るという法4条の趣旨に照らすと、侵害情報の送信の後に割り当てられたIPアドレスから把握される発信者情報であっても、当該侵害情報の発信者のものと認められるのであれば、法4条1項所定の「権利の侵害に係る発信者情報」に当たり得る。
本件IPアドレスから把握される発信者情報が、侵害情報である本件プロフィール等の投稿者のものと認められるか?
一般に、同一人が複数のプロバイダからのIPアドレスを割当てられながら1年以上同じアカウントにログインを続けることは珍しいことではないこと等⇒時的な先後関係にかかわらずログイン者と投稿者は同一である蓋然性が高い⇒本件IPアドレスを割当てられた者は、本件プロフィール等を投降した者と推認される。
本件は、侵害情報の投稿そのものとは直接の関係がないものでログインした際に把握される発信者情報についても開示が認められる場合があるとの判断を示した点に意義がある。
  民事p9
東京地裁H30.9.20  
  高度肥満、過体重によりペースメーカー植込み手術等のため都立病院に転院⇒歩行中倒れて心肺停止状態になり、死亡した事例 
  事案 Aの両親であるXは、Yに対し、債務不履行又は不法行為に基づきそれぞれ4141万円余及び遅延損害金の請求をした。 
  争点 本件病院の意思には、
①Aに致死性不整脈が発症することを予見し、AをHCUまで移動させるに当たっては、HCUを移動用ベッド等を利用し、やむを得ず歩行させる場合でも、十分な酸素登用を行い、移動用モニターを装着するなどして、容態を注意深く観察すべきであったとにこれを怠った注意義務があるか。
②遅くとも、HCUへの移動中にAが息切れをし何度も苦しいと申告した時点で、歩行による移動を直ちに中止して、Aに酸素を投与し、移動用モニターを装着して、Aに酸素を投与し、移動用モニターを装着して、容態を注意深く観察しながら、HCUのベッド等で移動させるべきであったのにこれを怠った注意義務違反ないし過失があるか。
  判断 (転院前の)B医療センター作成の診療情報提供書の記載内容を検討し、
Aが重篤な心不全であると診断していることや重篤な心不全の患者であることを前提に、歩行等の運動を禁止して治療をしていたとの趣旨をその文面自体から読み取ることはできない。
争点①について:
①前記診療情報提供書等の記載内容
②Aの救急搬送中及び本件病院到着後のバイタルサイン、本件病院到着後、本件病院の意らの診察(聴診)において得られた心音や呼吸音、胸部X線検査や問診等の結果、心不全に陥っていることを示す所見も確認されなかったこと等

本件病院の医師らにはAを歩行させたことに注意義務違反はない。
争点②について:
①Aが歩行によって致死性不整脈を発症することを予見できる状況になかった
②診療等を行った処置室からHCUまでは約70ないし80メートルであるところ、Aのペースに合わせて途中休憩を挟みながら歩行をさせるなどAに強度の負荷を与えていたものとはいえないこと等

本件病院の医師らが、歩行を継続すればAが致死性不整脈に至ると予見することはできない。

Aの責任を否定。
  民事p20
東京地裁H30.9.19  
  製造物責任による請求で室外機の欠陥による発火を認めた事案
  事案 Xらが、本件他店ののの2階ベランダに設置していた本件室外機の欠陥によりXが損害を被った⇒Y社に対し、製造物責任法3条による損害賠償請求権に基づき、家屋の立替費用、治療費、慰謝料及び家具類の買替費用などの損害並びに遅延損害金の支払を求めた。 
  争点 (1)本件火災が本件室外機の欠陥によるものであったと認められるか
(2)損害額 
  判断 ●争点(1)について 
2回の各居室等の燃焼、焼失等の状況
⇒リビングダイニング、2階子供部屋(長男)及び2階ベランダのうちのいずれかが出火場所である蓋然性が高い。
but
それぞれの燃焼状況や発火源となり得るものの有無を検討
⇒リビングダイニング及び2階子供部屋(長男)が出火場所であることを否定

2階ベランダ(特に本件室外機周辺)が出火場所である蓋然性が最も高く、
目撃者の供述内容

本件火災については、2階ベランダの本件室外機周辺が出火場所であるものと高度の蓋然性をもって認められる。
2階ベランダ内における発火源につき、本件室外機内部における発火源として冷却用プロペラファン電動機であることを否定できず、
他方、本件室外機と本件エアコンを接続する内外連絡線(Y社の製品ではない。)、放火及びたばこ等による失火の可能性を検討しつつも否定

本件火災の発火源が本件室外機であると認定。
①本件室外機が2階ベランダに設置されてから本件火災が発生するまでの期間が1年10カ月程度にすぎない
②本件における全ての証拠を検討しても、Xら側において本件室外機を通常と異なる方法により使用したような事情は認め難い

本件火災は、本件室外機の欠陥により生じたものと推認することができる。
●争点(2)について、
家屋の建替費用や治療費、慰謝料及び休業損害といった損害を認定するとともに、
家具類の一部につき、民訴法248条に従って相当な損害額を算定。 
  規定 製造物責任法 第三条(製造物責任)
製造業者等は、その製造、加工、輸入又は前条第三項第二号若しくは第三号の氏名等の表示をした製造物であって、その引き渡したものの欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が当該製造物についてのみ生じたときは、この限りでない。
製造物責任法 第二条(定義)
2この法律において「欠陥」とは、当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいう。
  解説 製造物責任法は、製造物責任につき欠陥を要件とする無過失責任とし、「欠陥及び因果関係についての主張・立証責任は、被害者が負担する」(潮見) 
but
これらの要件に関する具体的な主張立証の対象については、製造物責任法が制定されるより前の裁判例(大阪地裁H6.3.29)において
「製品の性状が、社会通念上製品に要求される合理的安全性を欠き、不相当に危険と評価されれば、その製品には欠陥がある」とするものがあり、
製造物責任法の下においては、製造物責任を追及する側において、製品のうち欠陥のあった部位・部品、欠陥の態様から事故の態様、損害の発生に至るメカニズムを特定して主張立証する必要まではないと解されている。
本判決:
①本件火災の発火源が本件室外機であること、
②本件室外機が設置されてから本件火災が発生するまでの期間が1年10カ月程度にすぎないことや、Xら側において本件室外機を通常と異なる方法により使用したような事情は認め難いこと

本件火災は、本件室外機の欠陥により生じたものと推認することができる。
本件火災によって家具類に係る損害が発生したものと認定した上で、
本来は、購入時の代金額から経年を考慮して減額した残存価格又は同等の代替物の購入費用等をもって損害額とするのが相当であるが、
本件においては立証が極めて困難。
⇒民訴法248条。 
  民事p38
福岡地裁H30.7.18  
  茶のしずく石鹸と製造物責任(肯定)
  事案 Xは、Y1(販売者)及びY2(Y1から委託を受け製造)に対しては本件石けんの欠陥の存在を、Y3(原材料の小麦グルテン加水分解物を製造)に対しては本件原材料の欠陥の存在をそれぞれ主張して、製造物責任法3条に基づき、損害賠償金の支払を求めた。
  争点 本件石けんの欠陥の有無(争点①)
本件原材料の欠陥の有無(争点②)
開発危険の抗弁(法4条1号)の成否(争点③) 
  規定 製造物責任法 第四条(免責事由)
前条の場合において、製造業者等は、次の各号に掲げる事項を証明したときは、同条に規定する賠償の責めに任じない。
一 当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったこと。
二 当該製造物が他の製造物の部品又は原材料として使用された場合において、その欠陥が専ら当該他の製造物の製造業者が行った設計に関する指示に従ったことにより生じ、かつ、その欠陥が生じたことにつき過失がないこと。
  判断 各Yの製造物責任の存在を認め、各Xにつき、慰謝料250万円(一定の重篤な症状を発症した者は300万円)から既払の見舞金等を控除した額及び弁護士費用相当額の合計額の損害賠償金並びに遅延損害金の限度で請求を一部認容。 
  争点①について 
化粧品や医薬部外品の含有成分をアレルゲンとするアレルギー症状の発症について、当該医薬部外品等が通常有すべき安全性を欠くといえるかどうかは、アレルギー症状の発症が当該医薬部外品等によって生じ得るアレルギー被害として社会通念上許容される限度を超えるかどうかによって判断すべき。
本件石けんの欠陥の有無については、洗顔石けんとして通常有すべき安全性を飽きているかどうかによって判断すべき。
本件石けんの欠陥を肯定。
  争点②について 
医薬部外品等の配合成分である原材料をアレルゲンとするアレルギー症状の発症が当該原材料によって生じ得るアレルギー被害として社会通念上許容される限度を超える場合には、当該原材料は、通常有すべき安全性を欠く。
本件石けんにおける本件原材料の使用は、その用途及び用法として通常想定される範囲内のものであったといえる
⇒本件石けんの使用者との関係において本件原材料の通常有すべき安全性の内容及び態度は、洗顔石けんの原材料として通常有すべき安全性。
本件原材料の欠陥を肯定。
  争点③について
本件石けんの販売よりも前の時点で存在した各知見を総合すれば、本件石けん中の本件原材料により、経皮的又は経粘膜的に感作が生じ、さらに、経口摂取した小麦製品との 交叉反応が起こって、本件アレルギー被害のような被害が惹起されることを認識することができた
⇒本件石けん及び本件原材料のいずれについても、開発危険の抗弁は成立しない。
  民事p104
福岡地裁H31.2.22  
  出会い系サイトの利用料金収納業務の代行をしていた各会社の共同不法行為と代表取締役の会社法429条の責任(肯定)
  事案 Xが、出会い系サイトWを利用したところ、本件サイトの運営に密接に関わっていたY1、Y2、Y3において、真実は女性会員との連絡先を交換させるつもりがないにもかかわらず、これを秘し、女性会員との連絡先交換のための費用等としてXから金員を詐取⇒Y会社らには対しては共同不法行為に基づき、Y会社らの代表取締役であるY4、Y5、Y6に対しては会社法429条に基づき、損害賠償請求。 
Y1・Y2:インターネットに関するホームページの作成、運営等を目的とする株式会社
Y3:集金代行業務等を目的とする株式会社
  規定 会社法 第四二九条(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
  判断 本サイトの運営者について:
真実は、本件サイト上でサイト利用者と女性会員との間で連絡先の交換をさせるつもりがなかったにもかかわらず、これを秘し、各種費用を支払うことでこれができるかのように装い、Xにおいて費用を支払えば女性会員と連絡先が交換できるものと誤信させ、Xに本件取引をさせ、同金員を詐取したものと認定。 
本件サイト運営者とY会社らに関連共同性があるか?
①本件サイトの運営者は、Xに対して費用の支払を求める際、その都度、本件サイトの会員番号を明示してY会社らの口座に金員を振り込むよう指示
②Xは、本件取引の際、前記指示に基づき、各金員をY会社らに振り込んだ、
③Y会社らは、各口座に振込を受けた金員について、1件を除き、即日同額の金員を引き出している
④本件サイト運営者の不法行為においてY会社らの振込先口座の存在が不可欠
⑤Y会社らのうち2社は、本件サイトの運営者の存否を確認した形跡もない

本件サイト運営者とY会社らは、Y会社らへの各振込に対応する部分において、関連共同性が認められ、不法行為が成立。
Y会社らが、他のY会社らとの間で関連共同性を有するか?
本件サイト運営者及びY会社らは、入金先を短期間に経脳させることにより違法行為の発覚を遅らせ、口座凍結や仮差押えのリスクを分散させていたものと推認できる⇒Y会社らは、本件取引について、本件サイト運営者や他のY会社らとの間で関連共同性を有するとして、Y会社らの共同不法行為を肯定。
Y代表者ら:
前記事実認定を基に、任務懈怠があり、そのことにつき少なくとも重大な過失がある⇒会社法429条の請求を全部認容。
  解説 ①運営サイトを開設している者
②運営サイトからの送金先口座名義人
③運営サイトの利用代金の電子マネー決済システムを提供していた電子マネー発行会社
について、責任肯定例・否定例。 
  民事p108
旭川地裁H30.11.29  
  温泉施設によるゴムマットを敷いたりするなどの転倒防止措置をとるべき安全配慮義務が争われた事例
  事案 高齢者が温泉施設の浴場に足を踏み入れた際に足を滑らせて転倒⇒本件施設側に安全配慮義務違反があるのか否かが問題となった事案。
Xらは、Yには、本件浴場の入口部分にある段差の浴場側にゴムマットを敷いたり、本件浴場入口部分にある段差の浴場側の床タイルに切り込みを入れたりする義務があったのにこれを怠ったと主張。
  判断 X:本件浴場の入口部分には相当の段差があり、その段差の浴場側の床タイルがすり減った状態であった
vs.
段差があるからといって、その段差の浴場側にゴムマットを敷いたりする義務があるとはいえず、また、床タイルについてもゴムマットを敷くなどの義務が生じるほど、床タイルがすり減っていいたとは認められない。 
X:他の温泉施設では、浴場入口に滑り止めのゴムマットが敷かれている
vs.
他の温泉施設がゴムマットを敷いているから本件施設もゴムマットを敷く義務があったとはいえない。
X:Yが本件転倒事故後に本件浴場入口部分にある段差の浴場側の床タイルに切り込みを入れた
vs.
本件転倒事故以前から前記のような措置をする義務があったとはいえない。
X:本件浴場入口部分にある段差の浴場側が石鹸水や水あか等で滞留した状態であり、本件通路内のバスマットがびしょびしょに濡れた状態
vs.
これを認めるに足りる証拠はない

本件浴場入口部分にある段差の浴場側にゴムマットを敷いたりする義務があったとはいえない。

本件転倒事故以前から、本件浴場入口側のスライドドアの右側ガラス戸に「浴場内は、スベリますので、ご注意願います。」という横書きの掲示板を掲示し、浴場利用者に注意喚起

Yには安全配慮義務違反はない。
   刑事p111
広島高裁H30.3.1
  重度のうつ病(双極性感情障害)による心身耗弱状態で、二女を頚部圧迫により殺害した事案の量刑が争われた事案 
  事案 重度のうつ病(双極性感情障害)による心身耗弱状態で、二女を頚部圧迫により殺害した事案 
  原審 本件犯行は重度のうつ病による希死念慮、心理的視野狭窄の著しい影響を受けたものであるから、刑事責任は大きく軽減されるべき
but
経緯や犯行状況等を挙げて「心神耗弱の中にあっては、なお厳しい責任非難が妥当する」とし、「本件犯情は、親が子一人を心神耗弱の状態で殺害した事案の中において重い部類に属するものとみるべきであり・・・実刑は免れない」として懲役3年の実刑。 
  判断 本件が同種事案(親が子1人を心神耗弱状態で殺害した事案)の中で重い部類に属すると位置づけた事情のうち、被害者の落ち度や結果の重さは重視すべきではない(この種事案の性質上、被害者に落ち度がある事例がほとんどないこと、死の結果は殺人という事案に共通するものであることによるものと推察)とし、
殺意の強さの点も、この種事案の多くが確定的故意に基づくものであり、他と区別し得るような特徴的な要素であるとはいい難く、犯行態様の点も他と比べて特筆すべき悪質性はない。
原判決が前記の位置づけをした実質的根拠は、
①犯行を思いとどまる力も相当程度残されていたとみられること、
②確かな状況認識を伴う対応をしていること
の2点にあると整理。
  ①について:
鑑定医(起訴前鑑定を行った精神科医)の証言やこれに沿う被告人供述

本件当時の被告人の他行為可能性は相当に限られており、殺害を躊躇したことは責任能力の欠如までには至っていなかったことを推認させる事情にとどまる
②について:
双極性感情障害に罹患しても状況認識やそれに対応した行動をとる能力が損なわれるとは限らないことがうかがわれる⇒必ずしも責任能力の程度が高かったとの評価を導く事情とはいえない。
 
原判決は本件が同種事案の中で重い部類に属するとしたことに相応の根拠を示しているとはいえず、量刑傾向に照らしても実刑を相当とする事情は見当たらず、従前の量刑傾向から踏み出した判断をすることについて具体的、積極的な根拠が示されているとはいい難い。

量刑不当を理由に原判決を破棄・自判し、保護観察付きの執行猶予を付した。 
  解説 公判前整理手続におういて、心身耗弱に当たることが争われていなかった
but
心神耗弱か否かという責任能力判断は、裁判所の法的判断事項であり、当事者が合意できる性質のものではない。

刑の量定の前段階でこの点の評議が尽くされるべき。
原判決にはその判断理由が示されていない

本判決:
原審で取り調べられた鑑定医の証言に基づいて精神障害(双極性感情障害)の程度(重症であったこと)、その精神症状が犯行に影響を及ぼした機序、程度を検討し、本件犯行が被告人の従前の人格とは異質的であったことなども指摘した上で、原判決が実刑選択の実質的根拠とした点について、責任能力判断における位置づけを示した。
2417   
  行政p3
東京高裁H30.5.24  
  申請型義務付け訴訟の違法判断の基準時について
  背景 平成12年改正道路運送法は、タクシー事業を免許制から許可制に変更し、いわゆる需給調整規制を廃止
but
その後タクシーの供給過剰が社会問題化
⇒供給過剰の状況にある特定の地域における供給過剰状況の解消に向けた取組みを法制化した特定地域における一般常用旅客自動車運送事業の適正化及び得活性化に関する特別措置法が制定
⇒指定された特定地域における個人タクシー営業の新規許可については、同法を根拠に地方運送局長が定めた収支計画要件に基づき許可の審査。
平成21年特措法は平成25年に改正・・・・⇒地方運輸局長は、当該地域に係る供給輸送力と輸送需要量が不均衡とならないものであることが必要であるとの許可基準。 
  事案 被控訴人が、平成21年特措法の下で特定地域と指定された営業区域において個人タクシー事業の営業許可申請(本件申請)をしたところ、処分行政庁から、本件申請が道路運送法6条2号(事業計画の適切性)に適合しないとして却下

本件却下処分の取消しを求めるとともに、
本件申請に係る個人タクシー事業許可の義務付けを求めた
  原審 収支計画要件は道路運送法6条に違反し違法であり、また、本件申請に事業計画上の問題があって安易な供給拡大にすぎないとも認められない
⇒本件却下処分は違法であるとして、これを取り消した上で、
義務付けの訴えにも理由がある⇒処分行政庁に本件申請に係る事業許可を命じた。
  判断 取消訴訟については、原審と同旨。 
  義務付けの訴えについて
義務付けの訴えに関する行訴法37条の3第5項の本案要件(一義的明白性)の存否:
当事者間の信義・衡平に照らし、原判決同様、本件却下処分後に改正された法令(平成25年特措法)ではなく、本件却下処分時の法令(平成21年特措法)に基づき判断すべき
but
本件申請に関して被控訴人が提出した事業計画が道路運送法6条の許可基準に適合するかどうかを当裁判所が判断する上で必要かつ十分な資料は調っておらず、義務付けの訴えは本案要件を満たさない
⇒これを認容した原判決を取り消して被控訴人の請求を棄却。
  解説 申請型義務付け訴訟の違法判断の基準時 
A:本案要件の存否の判断の基準時は、口頭弁論終結時

①本案要件は判決の要件⇒遅くとも事実審の口頭弁論終結の時点において本案要件を満たしている必要がある
②義務付けの訴えは、新たな処分を義務付けるもの⇒本案要件の存否の判断の基準時は、口頭弁論終結時
vs.
本件のような申請型義務付けの訴えと拒否処分の取消訴訟が併合提起されている場合には、取消訴訟では処分時を基準とすることとの関係で判断基準時に違いが生じることとなり、
処分時には本案要件が認められるのに口頭弁論終結時にはこれを欠くに至ることも考えられる

B:取消訴訟の場合と同様に処分時を基準に判断すべき
本判決:
判断の基準時は原則として口頭弁論終結時。
but
併合審理された取消訴訟において処分取消しの理由となった収支計画要件が、処分後の法令改正により条文に取り込まれ、口頭弁論終結時の法令を手経すると取消訴訟と結論を異にする可能性が高い
⇒信義・衡平に照らし処分時の法令を前提に本案要件の存否を判断すべきである。
but
処分時の法律である平成21年特措法を前提としても、事案に照らして本案要件を満たすとはいえない
⇒原審と異なり義務付けの訴えに係る被控訴人の請求を棄却。
  行政p43
東京地裁H29.11.29  
  退去強制対象者に該当するとの認定に係る異議の申出には理由がない旨の裁決が違法とされた事例
  事案 ウガンダ共和国の国籍を有するX1が、入管法24条4号ロ(不法在留)に該当すること等を理由としてなされた、入管法所定の退去強制対象者に該当するとの認定に係る異議の申出には理由がない旨の裁決及びこれを前提とする退去強制令書を発付する処分を受けた⇒X1及びその妻X2(日本人)が、X1の在留を特別に許可しなかった本件裁決及び本件退去令発付処分はいずれも違法と主張して、これらの各取消しを求めるとともに、
X2がY(国)に対し、本件裁決によってX1が在留特別許可を受けられず、本件退令発付処分によって送還される立場に置かれたことで、精神的苦痛を受けた⇒国賠法1条1項に基づく損害賠償(慰謝料)の支払を求めた。 
  判断 Xらの婚姻関係は、婚姻の届出から本件裁決までの約8か月の期間にとどまり、Xらの間に子がいないとしても、本件裁決の時点において既に真摯で安定かつ成熟した婚姻関係であると評価すべき素地が十分にあったものと認められる。
それにもかかわらず、東京入管局長は、X1の在留を特別に許可するか否かの判断に当たり、これを適切に評価せず、X1が在留資格取得目的でX2と婚姻したにとどまると誤認し、かつ、Xらが真摯な交際関係に至った経緯についての十分な評価をしなかった。
不法残留等に及んだX1の入国及び在留の状況は、在留特別許可の許否の判断に当たって消極要素として評価されたとしても不合理ということはできない、
but
①不法残留の状態になった後本件裁決に至るまで約8年1か月の間本邦において特段の違法行為を行ったことはないこと
②X1自ら東京入管に出頭して不法残留の事実を申告していること
など、その消極的評価を減殺する事情も存在。
東京入管局長が、本件裁決に際し、X1の在留を特別に許可しないとした判断は、
①その基礎とされた重要な事実に誤認があることにより全く事実の基礎を欠き、又は
事実に対する評価が明白に合理性を欠くことにより、
社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものであることが明らか
⇒本件裁決には、その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法がある。

X1による本件裁決及び本件裁決を受けてされた本件退去令発付処分の各取消し請求を認容。
X2の請求のうち本件裁決及び本件退令発付処分の各取消しを求める部分は、X2は原告適格がない⇒訴え却下。
損害賠償請求は理由なしとして棄却。 
  解説 短期滞在の在留資格で本邦に入国した外国人が、その後本件裁決に至るまで約8年間、在留期間更新許可又は在留資格変更許可を受けることなく本邦に在留。
本件裁決の時点において、既に、日本人女性との間で真摯で安定かつ成熟した婚姻関係を築いていたと評価すべき素地が十分にあった⇒この事情を十分に評価することなく、在留を特別に許可せずになされた本件裁決は、その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法があり、また、本件裁決を受けてされた本件退令発付処分も違法であるとして、両処分が取り消された事例。 
  民事p54
東京高裁H30.7.19  
  地区合同運動会での競技(リングリレー)中の事故と賠償責任
  一審 本件競技の競技者には、自己のレーンを保持すべき注意義務やスピードのコントロール義務も、さらには他の競技者との接触を回避すべき義務もあったとは認められない。

本件競技はスポーツの一類型というべきであって、Xは本件狭義の性質やルールを熟知していたものと推認される⇒その危険を引き受けていた
⇒仮に接触回避義務違反が認められるにしても、違法性は阻却される。
  判断 Yの接触義務違反を認め、違法性は阻却されないとして、Yの責任を肯定。 
①本件競技は、チームごとのリレー方式であって、次走者にリングとスティックを手渡すことが想定されていた
②信仰レーンは明示されていないが1チームあたり約5メートルの幅が確保されていた
③進行方向が外れた場合、やり直しをせずに斜めに進むことができたものの、ルール上はその場で止めてやり直すこともできた
④高齢者や女性も含めて参加しており、ヘルメットや防具等の着用もない

競技者相互のボディコンタクトを全く予定していなかった。
本件競技の参加者には、他の競技者との衝突を回避するように注意すべき一般的な注意義務が存在し、幅広い参加者が親睦目的で気軽に参加するという本件競技の性質⇒本件競技に内在している危険として違法性が阻却されるのは、ごく軽度の危険や衝突に限られる。
損害については、休業損害につき本件事故との因果関係を認めず、通院慰謝料につき10万円。
  解説 スポーツ競技中の事故に関しては、競技ごとに競技性の高さや身体接触の程度などに差がある
⇒スポーツということだけで注意義務の存否や内容を一様に決することはできない。 
競技者は、競技への参加によって危険の引受けを行っている⇒競技中の加害行為であっても、違法性が阻却される場合がある。
but
いずれの事項についても、個別具体的に検討することを要する。
  民事p62
大阪高裁H30.6.21  
  請求時に成年に達している長男と婚姻費用分担請求
  事案 婚姻費用分担審判
  原審 長男は既に成人に達している⇒自ら扶養料の請求をすべき
二男(中学生)の学習塾費用の分担についてもAの明示の承諾がない⇒採用できない。

月額14万円の婚姻費用の分担を命じた。
  判断 長男が二浪して大学に進学したのは成人に達した後
but
Aは長男の大学進学を積極的に支援していた

Aは長男を15歳以上の未成年の子と同等に扱うのが相当。 
二男の学習塾費用についても、Aが学習塾に通わせていた
⇒A・B双方の収入較差に照らしAが8割ないし9割を負担するのが相当
⇒原審を変更して、月額18万円の「婚姻費用の分担を命じた。
  解説  父母間で未成熟子の養育費が問題となる場合、
実務では、
父母の婚姻中は婚姻費用分担請求(民法760条)の中で、
離婚後等には子の監護に関する処分(民法766条)の形で問題とされる。
いずれも扶養料の請求(民法877条)とは機能を同じくし、選択的に行使することができると解されている。 
成年年齢に達した子が大学に進学したり、なお監護親に扶養されていたりするケースにおいて、これを未成熟子として取り扱うことができるのはどのような場合か?
実務では、現に経済的に自立していないというだけでは足りず、非監護親の進学への同意や承諾の有無、両親の学歴や経済状況等を総合考慮して決せられる。
  その場合、婚費・養育費の支払の終期(未成熟状態の終焉)との関係で、子自身からの扶養料請求との棲み分けをどう考えるのか? 
成年年齢に達すれば本来自らの生活の糧を稼ぐのが原則であり(同意がある場合は別として)、いつまでも親に扶養義務、教育義務があるというのには疑問があり、子に稼働能力がない場合でも、ある程度の年齢以上になれば、婚費・養育費の問題ではなく、扶養の問題として処理するのが妥当な場合もあろうとする見解。
審判例でも、
前審判時点では高校在学中であた未成熟子について、その後、高校を退学し、25歳になって今も無職無収入の子について、その扶養義務を誰がどの程度負担するかは親族間の扶養義務として検討・考慮されるべき問題
⇒当事者の一方が事実上そのような子を扶養している事実のみをもって、婚姻費用分担の一部として考慮することは相当でないとした事例。
(大阪家裁H26.7.18)
but
本件は事案を異にする。
  成年年齢の18歳への引下げ(令和4年4月1日)
but
改正法は、未成熟子の保護を現状から後退させる趣旨のものではなく、成年年齢が18歳に引き下げられても、なお20歳未満の者についてはその未成熟性に配慮し、保護の対象とすべきであるという説明。 
  民事p65
京都地裁H30.9.14  
  てんかん発作を起こし死傷事故を起こした運転者の家族等の賠償責任
  事案 被害者D、E、Fの親族であるXらが、運転者A(運転中に、持病のてんかんの発作を起こし意識を喪失)の父であるY1、Aの母であるBの地位を相続したY1(Aの父)及びY2(Aの姉)、加害自動車所有者で、本件事故当時、事故の業務の執行としてAに自動車を運転させていた法人Y3の代表者であるY4に対し、本件事故による損害賠償を請求し、
被害者Dの相続人であるX1が、破産手続中であるY1との間で破産債権として自賠法3条又は民法715条に基づく損害賠償金の確定を求めた事案。 
E及びFの相続人Y1との間では、加害自動車に付保された保険の給付を原資として示談が成立しており、E及びFの親族であるX2~X4がY1、Y2、Y4に請求していたのは、近親者としての固有の慰謝料。
Y1及びBは、Aの相続人であったが、Aの地位につき相続放棄をしていた。
  主張  Y1及びY2の責任原因:
Aと同居していたあの父母であるY1及びBは、Aが自動車の運転をするとてんかん発作により車の制御ができなくなり他人に危害を加えるおそれがあること、及び、勤務先のY3でAが自動車を運転することがあることを知っていた⇒同居している親の監督義務として、本件事故の前までに、勤務先Y3の関係者に対しAの前記危険な病状を通報し、Aに「よる自動車の運転を制止すべき義務があるのに、通報・制止することなく本件事故を発生させた過失がある
⇒民法709条又は民法714条類推適用による損害賠償責任がある。
Y4の責任原因:
Y4は、Aから、前記てんかんの病状を伝えられていた⇒Aに自動車の運転をさせない義務があったのに、Aに常務のため自動車を運転させ、本件事故を発生させた過失がある⇒民法709条による損害賠償責任がある。
  Y1及びY2:
Aが勤務先で自動車を運転していた事実を知らなかった
Aに対しては自動車の運転をしないよう常々注意をし、Aはこれを受け入れていた
Aは30歳の責任能力を有する成人⇒両親が勤務先に通報すべき法的義務はない
  Y4:Aの病状は知らなかった
  判断 Aの父母の責任について 
①Y1及びBは、Aが自動車を運転するとてんかん発作の意識障害により自動車を制御できない状態になり他人の生命身体等に損害を与える危険のある病状であることを認識。
②Bは、AがY1に就職して間もなく、AがY1の業務として自動車を運転していることを知り、Aに対し運転をしないよう注意していたが、Aは注意を聞き入れる様子を見せなかった。
③Aは、本件事故の約1か月前、Bの制止を振り切って運転免許を更新手続をしていた。
⇒Y1及びBは、Aが、勤務先から指示されれば自動車の運転を行うつもりであることを認識できた。
but
①Aが免許の更新手続をした直後、BがAに対し、「Aが勤務先に対して自動車の運転を記事られていることを伝えないのであれば、Bが直接勤務先へ伝える」旨述べ、これを受けて、その翌日、Aが、Bに対し、「勤務先の代表者Y4に対し、自分のてんかん発作の病状を伝え、自動車の運転をしなくてより内勤に替えてもらった」旨述べた。
②Y1及びBとしては、このAの言葉を疑うべき事情はなかった

この時点で、Aがてんかん発作んのために自動車の運転ができないことが勤務先に伝達され、Aは自動車を運転する業務から外れたと認識していた。

Y1及びBにおいて、会社勤めができる程度の判断力を有する30歳であったAを差し置いて、Aに自動車の運転をさせると棄権であることを直接勤務先に通報しなければならない法的義務があるとはいえない。
  Y4の責任について、
Y4がAがてんかんであることを知っていた事実は認め難い⇒Y4には、Aに自動車を運転させない義務があったとはいえない。 
  解説 正常な運転ができない可能性がある病状の運転者(成人)と同居していた両親や勤務先代表者の運転制止義務を一般的に否定するものではなく、事例的判断を示したもの。 
てんかん発作による交通事故に関し、同居の母親の運転回避措置義務違反を認めた裁判例として、宇都宮地裁H25.4.24:
抗てんかん薬を服用しないとてんかんの発作を起こす病状にあった26歳の運転者と同居していた母親について、
①運転者が前夜に抗てんかん薬を服用していないこと、
②出勤して自動車の運転に従事することを認識しいたとの事情の下で、
勤め先に対し、運転者がてんかんに罹患していること、抗てんかん薬を服用していないから発作を起こしやすい状態にあることを通報する義務があり、
通報を怠って事故を発生させたことにつき不法行為が成立すると判断。
  知財p80
大阪地裁H30.4.19  
  ミキシングを行った者のレコード製作者性(否定)、外国映画配給会社の注意義務(通知⇒特段の事情⇒肯定)
  事案 レコード会社であるXが、自己が販売する音楽CDに収録されている楽曲がBGMとして使用されている映画を複製した、外国映画の配給会社であるYに対し、レコード制作者の権利(複製権)侵害を理由として、損害賠償等の支払を求めた事案。 
  争点 ①Xが本件音源につきレコード製作者の権利を有するか
②本件音源を複製したことに関するYの過失の有無
③損害額 
  規定 著作権法 第二条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
五 レコード 蓄音機用音盤、録音テープその他の物に音を固定したもの(音を専ら影像とともに再生することを目的とするものを除く。)をいう。
六 レコード製作者 レコードに固定されている音を最初に固定した者をいう。
  判断 争点①について:
本件音源についてのレコード製作者、すなわち本件音源の音を最初に固定した者は、レコーディングの工程で演奏を録音した者というべき⇒Xがミキシング等を行ったことによりそのレコード製作者の権利を原資取得したとは認められない。
but
承継取得を肯定
争点②について:
Xからの通知書が送付⇒本件音源の権利処理が完了していないのではないかということを合理的に疑わせる事情が存在⇒Yには過失あり。
争点③について:
上映地域が日本国内のみ
本件音源の使用期間がごく短期間

2万円を相当。
  解説   レコード製作者:
レコード(著作法2条1項5号) に入っている音を初めて蓄音機用音盤、録音テープその他の物に固定した者、すなわち、レコードの原盤の製作者を指すものと解される。そして、レコード製作者であるためには、いかなる方式の履行も要しないものであるが(同法89条5項)、物理的な録音行為の従事者ではないく、自己の計算と責任において録音する者、通常は、原盤制作時における費用の負担者がこれに該当する」(東京地裁H19.1.19、同旨知財高裁H26.4.18)
より以前の裁判例には、起草担当者の見解に依拠しつつ、「音の最初の固定行為が創作的行為による正当化を行うものもある」
学説
A:伝統的には、起草担当者の見解をはじめ、固定行為者ないしは準創作的行為の保護であるとする見解
B:費用負担者ないしは投資の保護(近時多数説)
⇒レコード製作者は投下資本の所在を基準に決せられることになり、事実行為としての物理的な固定行為や、その成果物としてのレコードの質的評価は、基本的に無関係であると解される。
  実務上はレコーディングからミキシングまでが原盤制作と称されるところ、レコーディングとミキシングの主体が異なることは稀
but
両者が異なる場合となるリミックス盤の制作においては、加工部分の音源と制作においては、加工部分の音源の権利がエンジニアに新たに発生するという前提に立って契約実務がなされており、本判決は実務との甚だしい乖離を生じるとの指摘もある。 
  従来の裁判例:
著作権者を侵害して複製物を作成した者から発行の依頼等を受けてそのまま複製・頒布を行った他の者の過失については、諸般の事情を考慮して判断。
出版社、放送事業者等に関する事例が多く、一般的注意義務が肯定された例が多数みられる。 
学説においても、著作物利用者の過失は基本的に諸般の事情を考慮して判断すべきものとされるが、
A:出版社等に厳格責任を負わせるべき

①その者の行為による著作権侵害の拡大・拡散
②経済的利益の存在
③補償条項を設けることによって侵害物作成者に求償できる
④原告にとって被告側の内部関係を知ることは困難⇒事実上の過失推定を負わせるべき。
vs.
(1)現場において個別にチェックを行うことや、制作に関与していない発注元が調査を行うことは実際上極めて困難であり過重な負担
(2)民法における注意義務の一般的基準としては、一般に①危険が生じる蓋然性、②危険が生じた場合の重大性、③予防措置を取ることに対するコストの3つを勘案するのに対して、著作権法では、メディアの責任のような大上段な前提から出発する傾向にあり、十分な予防措置をとることに対する負担が考慮されていない。

B:これを消極に解する立場
本判決:
外国映画配給会社に映画に利用されている著作物等の権利処理有無の確認の注意義務を一般的に認めることは妥当でない。

①映画が多数の著作物等を総合して成り立つことから、権利処理が映画制作会社においてなされるのが通常
②外国映画配給会社の場合は、許諾の有無の確認に要するコストが膨大
③外国性が配給業界における実務慣行

その上で、
本国の映画製作会社等の権利処理が適切に行われていないことを合理的に疑わせる特段の事情が存在する場合には、侵害が予見可能⇒調査確認義務を負う上、調査確認を尽くしても前記疑いを払拭できないのであれば、当該音源を使用した当該映画の複製を差し控えるべき注意義務を負う。
  労働p91
福岡高裁H30.11.29  
  労契法20条での「その他の事情」が認められた事例
  事案 労働契約に係る基本給の定めが有期労働契約であることによる不合理な労働条件であって、労契法20条及び公序良俗に違反するかが争われた事案。 
  規定  (期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
労契法 第二〇条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
  原審 Xが、Xとほぼ同じ勤務年数でXと同じ内容の業務を行っていると主張する5名の正規職員との比較において、業務内容やその範囲、業務量等において同等のものと評価できるだけの立証に乏しく、経歴や責任の程度においても異なり、Xと同様の業務を取り扱っているとの単純な比較をすることは困難

XとYの労働契約における賃金の定め方が労契法20条に違反すると認めることはできず、また、公序良俗にも反しないとして、Xの請求を棄却。
  判断 Xが挙げる5名の正規職員の業務等と比較して、業務の内容やその範囲、業務量等がXと同等のものと認めるに足る証拠はない。
but
①臨時職員は、1月以上1年以内と期間を限定して雇用する職員で、Yにおいては、人員不足を一時的に補う目的で臨時職員の採用を開始し、臨時職員を長期間雇用することを採用当事者予定していなかったが、Xは、30年以上も臨時職員として雇用されたもので、この採用当時に予定していなかった雇用状態が生じたという事情は、当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において、労契法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たる。
②Xが比較対象として挙げる5名の正規職員のうち3名は、いずれも当初は、Xと類似した業務に携わり業務に対する習熟度を挙げるなどして採用から6年ないし10年で主任に昇格したが、30年以上の長期にわたり稼働を続け業務に対する習熟度を上げたXに対しては、人事院勧告に従った賃金の引き上げのみで、Xと学歴が同じ正規職員が、管理業務に携わるないし携わることができる地位である主任に昇格する前の賃金水準すら充たさず、現在では、同じ頃作用された正規職員との基本給の額に約2倍の格差が生じているという労働条件の相違は、同学歴の正規職員の主任昇格前の賃金水準を下回る限度において不合理であって、労契法20条に違反。

Xは、月額賃金の差額各3万円及びこれに対応する賞与に相当する損害を被ったとして、113万4000円及び遅延損害金の支払を求める限度でXの請求を認容。
  解説 労契法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違は、
「職務の内容、職務内容と配慮の変更範囲、その他の事情」に照らして不合理と認められるものであってはならない旨規定し、
「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものをいう(最高裁H30.6.1)。 

労働者側としては、自分が同じ労働条件を享受すべきであると考える無期契約労働者を選び出して、労働条件の相違が不合理であるとして、同条違反を主張するという形で争うのが一般的。
本判決:
Xが抽出した正規職員がXと業務の内容やその範囲、業務量等がXと同等のものと認めるに足る証拠はないなどとしながらも、
臨時職員を長期間雇用することは採用当事者予定していなかったもので、それに沿った賃金体系であったが、そのまま30年以上も雇用を継続し、著しい賃金格差が生じたことを「その他の事情」として評価したもの。
   刑事p102
東京高裁H30.10.2
  原決定は第一種少年院送致決定をしたが、抗告審で取り消された事例。
  事案 少年(審判時18歳)が、
①共同危険行為
②前記①の処罰を免れる目的で、警察官に、虚偽の普通自動二輪車の窃盗被害を申し出たという軽犯罪法違反
③普通自動二輪車の無免許運転をした
という事案。

路上強盗等を行い保護観察に付された処分歴がある。 
  原決定 ①全体として、交通法規等を著しく軽視した悪質なものと評価
②短絡的な判断に至りやすい等の少年の問題点は、少年の資質や家庭環境に根差したもので、前件の非行による試験観察や保護観察を経ても改善されずに本件に結び付いており、少年の問題性が深刻
③実父の指導力は不十分で保護環境が整っているとはいえない

社会内処遇による更生は困難かつ不相当

少年を第一種少年院に送致。

鑑別結果は在宅保護(保護観察)相当としていた。
  抗告審 ①本件は事本的に交通法規違反に限定され、原決定の指摘するほど悪質なものとは評価できない
②少年は、前件の保護観察を良好解除され、その後、本件に及んでしまったものの、前件よりも非行の悪質性が低下しその範囲が限定されるなど、少年が更生しつつあるにもかかわらず、一度試験観察や保護観察を経たのに非行に及んだからという理由で、少年の問題性を深刻だと判断するのは形式的に過ぎて、妥当ではない。
③保護観察についても、前件以降、少年が実父の監督下でも一定の更生をしつつあったといえる⇒社会内処遇の可能性を十分に検討するべき。

原決定は、少年の要保護性及び社会内処遇の可能性に関する評価を誤っているといわざるを得ず、少年を第一種少年院送致とすることは、処分の相当性を欠いており、著しく不当
⇒原決定を取り消し、事件を原審に差し戻した。
  解説 非行事実は要保護性の顕在化と捉えられる⇒非行事実については、要保護性を判断する前提として、動機、経緯のほか、態様や結果も含め、その内容を丁寧に検討する意識が必要。 
社会内処遇を受け再非行に及んだ少年については、段階処遇として、収容保護処分が検討されることが多い中、本件は、非行事実の内容を丁寧に検討し、これを踏まえると要保護性が高いとはいえないと判断して、再度、社会内処遇を選択した事例。
2416   
  行政p3
最高裁H30.10.23  
  住民訴訟の控訴審係属中に、市議会が、不当利得返還請求権を放棄する旨の議決を行ったことの適法性が問題となった事例
  事案 鳴門市(「市」)は、市が経営する競艇事業に関し、競艇場に近接する水面に漁業権の設定を受けている2つの漁業協同組合に対し、公有水面使用協力費を支出。
この本件協力費の支出が違法であるとして地自法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟が提起され、その控訴審係属中に、その請求に係る当該支出を行った市公営企業管理者企業局長に対する不当利得返還請求権を放棄する旨の市議会の議決

その権利放棄議決の適法性が争点。
  原審  本件協力費は漁業補償としての性格を喪失し、協力金という趣旨であるとしても高額ににすぎる⇒本件支出は合理性、必要性を欠くとして違法。
①Yは、その合理性、必要性の基礎となる事情について調査し、検討すべき義務を負っていたにもかかわらず、漫然と従前の経緯を踏襲して支出を行った
②2漁協も、支出の違法性を基礎付ける事実関係を認識した上で、多額の利益を得た
⇒いずれも帰責性は大きい。
本件議決の提案理由等についても的確な説明責任が果たされているとはいえず、漁業協同組合の財政的基盤がぜい弱であることは公知の事実であるが、不当利得返還請求権を行使することによる2漁協の経営への打撃について的確な立証はなく、2漁協に真に救済が必要であるならば別途支援策を講ずべき。

本件議決は、地自法の趣旨等に照らして不合理であって裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるもので違法であり、各請求権の放棄は無効。
  判断  住民訴訟係属中にされたその請求に係る請求権の放棄議決の適法性の判断枠組みに関する最高裁H24.4.20、H24.4.23を参照し、
普通地方公共団体がその債権の放棄をするに当たって、その適否の実体的判断は、議会の裁量権に基本的に委ねられているものというべきであるところ、
住民訴訟の対象とされている損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を放棄する旨の議決がされた場合には、個々の事案ごとに、当該請求権の発生原因である財務会計行為等の性質、内容、原因、経緯及び影響、住民訴訟の係属の有無及び経緯、事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して、
これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする地自法の趣旨等に照らして不合理であって前記の裁量権の範囲を逸脱又はその濫用に当たると認められるときは、その議決は違法となり、当該放棄は無効となるものと解するのが相当。 
神戸事件最判等:
裁量権の逸脱又はその濫用を審査する際の考慮要素として、
①当該請求権の発生原因である財務会計行為等の性質、内容、原因、経緯及び影響、
②当該議決の趣旨及び経緯、
③当該請求権の放棄又は行使の影響、
④住民訴訟の係属の有無及び経緯、
⑤事後の状況その他の諸般の事情。
財務会計行為等の性質、内容等については、その違法事由の性格や当該職員又は公金の支出等を受けた者の帰責性等が考慮の対象とされるべき。
本件の諸事情を総合考慮⇒本件議決が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たるということはできず、Y及び2漁協に対する請求権の放棄は有効にされた。
考慮された諸事情 
支出が行われた当時、競艇場に近接する水面において2漁業の組合員らが漁業を営んでいたこと等⇒競艇事業の円滑な遂行のために本件協力費を支出する必要があると判断することが致命的観点を踏まえた判断として誤りであることが明らかであったとはいえない。
本件協力費の支出が数十年にわたって継続され、年度ごとに協定書が作成され、市議会において決算の認定も受けていた等所要の手続が実践されていたこと等
⇒本件協力費の支出が合理的、必要性を欠くものであったことが明らかな状況であったとはいい難い。
本件協力費の支出に関し、2漁協から不当な働きかけが行われたなどの事情はうかがわれず、Yが私利を図るために支出をしたものでもない。 
本件議決は、本件協力費の支出が違法であるとの前件訴訟の第一審判決等の判断を前提とし、不当利得返還請求権を行使した場合の2漁協への影響が大きいことやYの帰責性が大きいとはいえないこと等を考慮してされたもの
⇒Yや2漁協の支払義務を不当な目的で免れさせたものということはできない。
Yの損害賠償責任は本件協力費の支出によって何らの利得も得ていない個人にとっては相当重い負担となり、また、2漁協に対する不当利得返還請求権の行使により、その財政運営に相当の悪影響を及んでいるおそれがある一方、
これらの請求権の放棄によって市の財政に多大な影響が及ぶとはうかがわれない。 
前件訴訟において本件協力費の支出を違法とした判決を契機に、本件協力費の支出は取りやめられ、Yに対する減給処分が行われるなどの措置が既にとられている。
  解説 請求権の発生原因である財務会計行為等の性質、内容等について考慮される違法事由の性格や帰責性の程度。
原審:Yが合理性、必要性の基礎となる事情について調査、検討を行わずに漫然と従前の経緯を踏襲して支出⇒帰責性大。
vs.
個別の具体的な法令の規定に違反する場合であれば、調査を行うことによって違法性が判明する場合も多いと思われるが、
本件のように関係者の協力を得るための政策的観点からの支出が諸事情に鑑みて高額に過ぎるかどうかという場合には、様々な事情を多角的、総合的に判断してされるという前記支出の性質上、これを違法とする判決が既に出ていたなどの事情があれば格別、通常は、その違法性について調査すれば容易に判明するというものではない。
原審:2漁協も違法性を基礎付ける事実は認識していた⇒帰責性大。
vs.
①前記のとおり支出を行う市側でさえその違法性の判断が容易ではなかった
②2漁協は本件協力費の支出の適否について判断する立場にはなく、毎年度協定が締結され、それに基づいて支出を受けるという手続が履践されていた
⇒2漁協の帰責性が大きいとする原審の判断には異論の余地もあろう。
本判決:
本件協力費が、競艇事業の円滑な運営のために関係者の理解、協力を得るべく行われたものであり、このように地方公営企業の目的を遂行するための政策的観点からの支出の適否については、支出の時点において、その違法性、すなわち高額に過ぎて合理性や必要性を欠くものであったことを認識することが容易であったのかという視点から検討し、
本件の事実関係の下においては、本件協力費の支出が合理性、必要性を欠くものであったことが明らかな状況であったとはいい難い。
⇒その支出が違法であることを容易に認識し得る状況にあったとはいえないから、その帰責性が大きいと言うことはできないとした。
  民事p17
最高裁H31.2.12  
  離婚訴訟被告からの、原告の不貞行為の相手方に対する損害賠償請求訴訟と家裁の管轄
  事案 配偶者から離婚訴訟を提起された被告Yが、同訴訟において、配偶者Aは第三者Xと不貞行為をした有責配偶者であると主張して、その離婚訴訟の棄却を求める一方で、前記不貞行為を理由とするXに対する損害賠償請求訴訟を横浜地裁に提起

Xが、人訴法8条1項に基づき、前記損害賠償請求訴訟を離婚訴訟の係属する横浜家庭裁判所へ移送するよう申し立てた。 
  規定 人訴法 第八条(関連請求に係る訴訟の移送)
家庭裁判所に係属する人事訴訟に係る請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求に係る訴訟の係属する第一審裁判所は、相当と認めるときは、申立てにより、当該訴訟をその家庭裁判所に移送することができる。この場合においては、その移送を受けた家庭裁判所は、当該損害の賠償に関する請求に係る訴訟について自ら審理及び裁判をすることができる。
2前項の規定により移送を受けた家庭裁判所は、同項の人事訴訟に係る事件及びその移送に係る損害の賠償に関する請求に係る事件について口頭弁論の併合を命じなければならない。
  原々審 前記損害賠償請求訴訟を横浜家庭裁判所に移送するとの決定。 
  判断 離婚訴訟の被告が、原告は第三者と不貞行為をした有責配偶者であると主張して、その離婚請求の棄却を求めている場合において、前記被告が前記第三者を相手方として提起した前記不貞行為を理由とする損害賠償請求訴訟は、人訴法8条1項にいう「人事訴訟に係る請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求に係る訴訟」に当たる。
  解説  損害賠償請求訴訟については、地裁又は簡裁に管轄がある。(裁判所法24条1項、33条1項1号)。
but
人訴法は、「人事訴訟に係る請求の原因である事実によって生じた損害の賠償に関する請求」(「関連損害賠償請求」)について家裁に管轄を認める。
①人訴法17条1項は、人訴の請求と関連損害賠償請求は1の訴えですることができる旨を規定、
②同条2項は、関連損害賠償請求の訴えは人事訴訟が係属している家裁に対して提起することができる旨を定め、
③人訴法8条1項は、人事訴訟が係属している場合において、関連損害賠償請求の訴えが第一審裁判所に提起されたときは、その第一審裁判所は関連損害賠償請求訴訟を前記人事訴訟が係属する家庭裁判所に移送することができる旨を規定。

①関連損害賠償請求が人事訴訟の請求原因事実を基礎とするものであり、
②両者の審理判断において主張立証の観点から緊密な牽連関係があり、
③関連損害賠償請求を人事訴訟の請求を併合し、又は反訴の提起をすることを許すことについては、当事者の立証の便宜及び訴訟経済に合致し、
④しかも人事訴訟の審理に別段の錯そう遅延を生ずるおそれはない

関連損害賠償請求を人事訴訟に併合して審理できるようにした。
関連損害賠償請求も人事訴訟の当事者の一方から他方に対する請求に限られず、第三者に対する請求であってもよい。(最高裁昭和33.1.23)
国際裁判管轄の場面では、関連損害賠償請求は人事訴訟における当事者の一方から他方に対する請求に限定されている(人訴法3錠の3)。
  離婚訴訟の被告が、原告は第三者と不貞行為をした有責配偶者であると主張して、その離婚請求の棄却を求めている場合において、前記第三者を相手方とする損害賠償請求訴訟を離婚訴訟の係属する家庭裁判所に提起することができるか?

東京家庭裁判所においてはそのような訴訟については、受理して地方裁判所への移送をしないとの取扱い。

本件決定の考え方に沿う。
  民事p19
東京高裁H30.6.18  
  人格権(名誉権)に基づきされた、批判的評価の口コミ投稿についての、仮の削除請求
  事案 歯科医院を経営する医療法人Xが「Google マップ」という地図情報サービスの地図上の店舗・施設について感想・評価等のいわゆる口コミを投稿するウェブサイトを管理・運営するYに対し、当該歯科医院に関する批判的評価が記載された口コミ投稿について、人格権に基づく妨害排除請求としての仮の削除を求めた。 
  原審 1件につき、仮の削除請求が認められた。

他の1件について:
担当医師の当日の治療及び翌日以降の対応に関する批判的意見等を記載したものではあるが、
①受忍限度を超えてXの社会的評価を低下させるものではない
②違法性阻却事由の存在を窺わせる事情がないとの疎明がない
⇒申立てを却下。 
  判断 抗告棄却
傍論として、次の通り示した。
①事業者側は、不満を述べる口コミについても、ある程度受忍していくことが社会的に求められる
②ウェブサイトへの書込みは、国民の表現の自由や知る権利の保障に関係する事柄⇒社会的評価の低下や違法性阻却事由を窺わせる事情の不存在についての疎明があったと判断するには、基本的人権との兼ね合いにも配慮して慎重でなければならない。
③書込みをした者が当事者にならない本件においては、Xの疎明に対してYが実質的に反証していくことは、事実上不可能に近いことに配慮し、非常に慎重でなければならない。
解説 インターネットの検索事業者が生成した検察結果に対するプライバシー侵害に基づく削除請求については、最高裁H29.1.31がある。 
  民事p24
神戸地裁H30.11.30  
  タクシー会社の統括運転管理者に対する危険性帯有者(道交法103条1項8号)であることを理由とする運転免許停止処分が違法とされ、国賠請求が認められた事例
  事案 タクシー会社の運転手数人が速度超過運転を繰り返していた⇒Y(兵庫)県県警本部長がタクシー会社の統括運行管理者であるXに対し、
道交法103条1項8号、同法施行令38条5項2号ハに該当する事実(危険性帯有者 下命・容認(速度超過))があるとして30日間の運転免許停止処分
⇒XがY県に対し、国賠法1条1項に基づき110万円の損害賠償を求めた。 
  規定 道交法 第一〇三条(免許の取消し、停止等)
 免許(仮免許を除く。以下第百六条までにおいて同じ。)を受けた者が次の各号のいずれかに該当することとなつたときは、その者が当該各号のいずれかに該当することとなつた時におけるその者の住所地を管轄する公安委員会は、政令で定める基準に従い、その者の免許を取り消し、又は六月を超えない範囲内で期間を定めて免許の効力を停止することができる。ただし、第五号に該当する者が前条の規定の適用を受ける者であるときは、当該処分は、その者が同条に規定する講習を受けないで同条の期間を経過した後でなければ、することができない。
八 前各号に掲げるもののほか、免許を受けた者が自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがあるとき。
  解説 Y県公安委員会は、免許の効力の停止に関する事務をY県警本部長に委任。
警察庁交通局長は、平成26年5月23日付け通達で、各都道府県警察の長に対し、道交法に関する行手法に基づく審査基準、標準処理期間及び処分基準のモデルの改定を通知。 
前記通達においては、危険性帯有者に関する具体的な判断基準として、
「自動車の使用者(・・・・その他自動車の運行を直接管理する地位にある者を含む。)」が、その者の業務に関し、自動車の運転者に対し、違反行為・・・を命じ、又は自動車の運転者がこれらの行為をすることを容認し」、その者が「自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがあるとき」は、危険性帯有者に当たるとして、免許の効力を所定の期間・・・停止する旨が処分基準のモデル(「本件モデル」)とされている。
Y県警本部長は、道交法施行令38条5項2号ハによる免許の効力を停止する場合の処分基準として、本件モデルと同様の処分基準(「本件処分基準」)を設定し公表。
  争点 本件運転免許停止処分が国賠法1条1項に反し、違法か。 
  判断  X:本件処分基準の設定自体が違法であると主張。
vs.
Y県警本部長が本件モデルに準じて本件処分基準を設けたことは、十分に合理的で相当である⇒Xの主張に理由なし。 
X:Xを危険性帯有者と認定した点は誤りであると主張。
危険性帯有者の判断基準として、
Xにおいて、
①本件速度超過運転を容認していること、
②自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせると評価すべき事情の存在
が必要。 
統括運行管理者であったXは、本件事業所の運転者が速度超過等の違法行為をたびたび犯していたことを認識し、これを放置すれば同様の違反行為が繰り返される蓋然性があると容易に予見することができた
⇒①の要件は満たしている。
Xは、約5kmの通勤及び統括運行管理者ついて側乗等をする場合はあるが、自らタクシー乗務員として自動車を運転することはない⇒Xが前記容認行為をしたことをもって、直ちにX自身がタクシー乗務員として運転することについての心理的適性が欠けていると評価することは困難⇒②の要件は具備していない。

Xに対する本件免許運転停止処分は違法⇒22万円の損害賠償を認めた。
  商事p34
東京高裁H30.4.25  
  車両損害保険金は当該交通事故に係る物的損害の全体を補填するものとして「対応の原則」を柔軟に捉えた事案
  事案 X1の運転車両と、後続して進行してきた、Y2社の所有車両とが接触したという事案において、
Y2社との間で締結した自動車保険契約に基づき保険金を支払った保険会社Y3が、X1に対し、Y2社のX1に対する民法709条に基づく損害賠償請求権の一部を代位取得したとして、損害賠償金の支払を求めた。
  争点 保険会社Y1が代位取得する損害賠償請求権の範囲・額 
  原審 Y2社が被った損害:
車の修理費用87万8850円と
休車損害11万7988円
の合計99万6838円
自動車保険契約においては、免責分として10万円を控除した上、車両損害保険金を支払う旨の特約がある。
保険会社に移転せず、被保険者又は保険金請求権者が引き続き有する債権は、保険会社に移転した債権よりも優先して弁済されるものとする旨の定めがある。
保険会社Y3は、本件事故に係る車両損害保険金として、修理費用87万8850円から免責分10万円を控除した77万8850円を支払った。
X1とY2社との過失割合は、X1側7割、Y2社側3割。
Y2社側が請求できる額は、修理費用のうち損害が填補されていない10万円と過失相殺後の休車損害8万2582円の合計18万2592円、
保険会社Y3が代位取得するY2社のX1に対する損害賠償請求権の範囲については、修理費用87万8850円に3割の過失相殺をした61万5195円から免責分10万円を控除した51万5195円の程度で認められる。
  判断 交通事故の被害者が損害保険会社との間で締結した自動車保険契約に基づいて受ける保険給付は、特段の事情がない限り、交通事故によって生じた当該自動車に関する損害賠償請求権全体を対象として支払われるものと解するのが当事者の意思に合致し、被害者救済の見地からも相当。
本件では、修理費用87万8850円と休車損害11万7988円の合計99万6838円が車両に関してY2社が被った物的損害
⇒保険会社Y3が支払った保険金はこれらの物的損害の全体を填補するものというべき。
自動車保険契約の被保険者であるY2社に事故の発生につき過失がある場合には、車両損害保険条項に基づき被保険者が被った損害に対して保険金を支払った保険会社Y3は、被害者について民法上認められる過失相殺前の損害額が保険金請求者に確保されるように、支払った保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が過失相殺前の損害額を上回るときに限り、その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当。(最高裁H24.2.20)

本件において保険会社Y3が支払った車両損害保険金77万8850円は、被害者の過失割合である3割に相当する29万9051円にまず充当され、これを控除した残額である47万9799円が加害者の過失割合に相当する部分に充当
⇒保険会社Y3は、X1に対し、47万9799円の支払を求めることができる。
  解説 ●争点:
自動車保険の車両損害保険条項に基づき保険金を支払った損害保険会社が請求権代位で取得する権利の範囲をどう捉えるか? 
  ●請求権代位:
保険者の保険給付義務の発生原因と同一の事由に基づき、被保険者が第三者に損害賠償請求権等の権利を取得した場合において、保険給付を行った時に、保険者が、その権利を当然に取得するという制度。 
保険法 第二五条(請求権代位)
保険者は、保険給付を行ったときは、次に掲げる額のうちいずれか少ない額を限度として、保険事故による損害が生じたことにより被保険者が取得する債権(債務の不履行その他の理由により債権について生ずることのある損害をてん補する損害保険契約においては、当該債権を含む。以下この条において「被保険者債権」という。)について当然に被保険者に代位する。
一 当該保険者が行った保険給付の額
二 被保険者債権の額(前号に掲げる額がてん補損害額に不足するときは、被保険者債権の額から当該不足額を控除した残額)
2前項の場合において、同項第一号に掲げる額がてん補損害額に不足するときは、被保険者は、被保険者債権のうち保険者が同項の規定により代位した部分を除いた部分について、当該代位に係る保険者の債権に先立って弁済を受ける権利を有する。
  ●対応の原則:
代位の対象となる権利は、保険契約による損害の填補の対象と対応する損害についての権利に限られるとする原則。
最高裁H24.2.20の宮川補足意見:
保険代位の対象となる権利は、保険による損害填補の対象と対応する損害についての賠償請求権に限定される(対応の原則)
⇒原審が本件保険金について・・・損害金元本に対する本件事故日から本件保険金支払日までの遅延損害金に充当するとしたことは、相当ではない。
  ●差額説 
取得する請求権の量的範囲については、
例えば被害者に過失があって、過失相殺がされ、被保険者が加害者に対して有する請求権が損害額より少ないというような場合において、請求権代位がどの範囲で生じるかという問題。
最高裁昭和62.5.29:
損害額の一部について保険給付が行われたときは、保険者は支払った保険金の額の損害額に対する割合に応じた債権を取得するという比例説
but
現行の保険法25条は、
損害額の一部について保険給付が行われたときは、保険給付後も被保険者に損害が残存することになる(未填補損害の存在)⇒被保険者に利得が発生してしまう範囲、すなわち被保険者が加害者に対して有する権利のうち残存する損害(未填補損害)額を超える部分に限って代位するという差額説。
人身傷害条項が定める人身傷害保険においては、
この未填補損害を、保険約款所定の基準により算定された額で捉えていくとうい説と民法上認められるべき裁判基準により算定された損害の額として捉えていくとう2つの考え方があったが、
最高裁H24.2.20は後者の裁判基準による損害の額で捉えていく説を採用。
  原審:
対応の原則に従って、本件で被保険自動車の損害を修理することができる場合に当たる

車両損害保険条項による損害の填補の対象は、修理費用分であり、代位は、修理費用に該当する損害部分に係る権利部分のみを対象とするものであり、休車損害部分は代位の対象にならない。
その上で、被保険者が加害者に対して有する権利のうち未填補損害額を超える部分に限って代位するという差額説。
本判決:
対応の原則を柔軟に捉え、自動車保険契約に基づいて受ける保険給付は、交通事故に係る物的損害の全体を填補するもの、すなわち、休車損害部分にも及ぶと捉えた(それが当事者の意思に合致するとした)。
  知財p42
大阪地裁H30.9.20  
  フラダンスの著作権性
  事案 X(ハワイ在住のクムフラ(ハワイ在住のフラダンスの指導者)・Y間の契約関係解消

Yに対し、
①フラダンスの振りつけ(本件各振付け)につき著作権侵害に基づく上演の差止め
②フラダンスと同時に演奏される楽曲(本件各楽曲)につき著作権侵害に基づく演奏の差止め
③①②について著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償を請求
④平成26年秋に予定されていたワークショップ等においてXがYないしKHAの会員に対してフラダンス等の指導を行うことを内容とする準委任契約(本件準委任契約)がYにより解除されたことに伴う民法656条、651条2項本文に基づく損害賠償を請求 
  判断  ハンドモーションについて 
フラダンスの上演時に演奏さえる楽曲中の歌詞の解釈を示すもの

①当該歌詞から想定されるハンドモーション
②当該歌詞と同内容の歌詞について他に例があるハンドモーション
③前記①②に当たらないハンドモーションであっても、それらのものとの差異がわずか
~いずれも作者の個性の表れは認められない。 
個々のハンドモーションが前記①②③に当たる場合、
仮に踊り全体をみたときに個々のハンドモーションにおける振付けの選択が累積され、その組合せが他に類例のみられないものになっていたとしても、
それら個々のハンドモーションが限られた類例から選択されたにすぎない場合には、踊り全体としても作者の個性の表れは認められない。
あるハンドモーションにつき、その歌詞の解釈に独自性があったとしても、表現結果である振付けが前記①②③に当たるような場合には作者の個性の表れが認められない。
but
歌詞の解釈が独自のものであって、それによって振付けの動作が他と異なるものとなる場合には、作者の個性の表れが認められる。
①ステップについては、典型的なものの組合せによって構成される
②歌詞を表現するものでもない

これに作者の個性が認められるためには既存のものと顕著に異なる新規なものであることが求められる。 
仮に特定の歌詞部分における短い振付け動作に作者の個性が表れているとしても、それは舞踏の一部分にすぎない
⇒当該部分に著作物性を認めることはできず、作者の個性が表れている部分とそうでない部分が相まったひとまとまりの動作の表れという単位で著作物性が判断されるべき。 
侵害の成否の判断に際しても、一連の動作たる舞踏としての特徴が感得されることを要する。
各振付けに含まれる歌詞の一節ごとに当該歌詞に対応するハンドモーションを摘示し、主としてこれと同様のハンドモーションが他に存在するか、存在するとしてもこれとどのような差異があるかという観点から振付けの当該部分にXの個性が表れているか否かを検討した上で、改めて各振付けにつき全体として著作物性の判断を行い、結論として本件振付け6等のすべてについて著作権性を肯定。
  解説 舞踏の著作物の振付けにつき著作物性が実質的な争点となった事例として、
東京地裁h24.2.28のShall we ダンス?事件。

社交ダンスの振付けの著作物性を判断するに当たって「顕著な特徴を有する独創性」という高い基準が設定された。
but
本件では、「個性の表れ」という一般的な基準によって、著作物性の判断がなされている。 
  判断 Yによる本件準委任契約の解除が「不利な時期」(民法651条2項)になされたことを認めたうえで、
本件準委任契約に基づきワークショップを開催することによってKHAからの脱会者がさらに増える見込みであった⇒「やむを得ない事由」(同項ただし書)があったことを認めている。
  労働p92
徳島地裁H30.7.9  
  パワハラ否定、安全配慮義務肯定の事案
  事案 Y(ゆうちょ銀行)の従業員であったP2の相続人であるXが、Yに対し、P2が上司2名からパワハラを受けて自殺したと主張して、P2のYに対する使用者責任又は雇用契約上の義務違反による債務不履行責任に基づく損害賠償金合計8185万2175円及びこれに対するP2の死亡の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
  争点 ①Yの使用者責任(Yの従業員によりP2に対するハラスメントの有無及びY2の従業員の前記ハラスメント防止措置の懈怠)及び債務不履行責任(Yの従業員による職場環境配慮義務違反)の有無
②P2の損害 
  判断 争点①のうち、Yの使用者責任につき、
Xが主張するパワーハラスメントについて、P6及びP7のP2に対する一連の叱責が、業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法なものであったとまでは認められない⇒P6及びP7がP2に対して不法行為責任を負うものではなく、Yも使用者責任を負うものではない。 
争点①のうち、Yの債務不履行責任について、
①P2の上司のうちP3及びP5は、P2の体調不良や自殺願望の原因がYの従業員との人間関係に起因するものであることを容易に想定でき、
P3及びP5としては、前記のようなP2の執務状態を改善し、P2の心身に過度の負担が生じないように、同人の異動をも含めその対応を検討すべきであった
②P2の上司は、一時期、P2の担当業務を軽減したのみで、その他にはなんらの対応もしなかった

Yには、P2に対する安全配慮義務違反があった。
  解説  パワーハラスメント:
同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、
精神的・身体的苦痛を与える行為又は職場環境を悪化させる行為をいい、
その行為類型としては、
①暴行・傷害(身体的な攻撃)
②脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
③隔離・仲間はずし・無視(人間関係からの切り離し)
④業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
⑤業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じられることや仕事を与えないこと(過少な要求)
⑥私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
があるとされている。
(職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」厚労省HP) 
上司の部下に対する指導等がパワーハラスメントに該当し違法といえるか否かの判断枠組みとしては、
当該行為が業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法なものと評価できるかという観点から、違法性を判断している裁判例が見受けられる。
  本判決:
①P6及びP7が日常的にP2に対し強い口調の叱責を繰り返し、その際、P2を呼び捨てにするなどしていた。
②前記P6及びP7のP2に対する言動は、部下に対する指導としてはその相当性には疑問があるといわざるをえない。
but
③部下の書類作成のミスを指摘しその改善を求めることは、Yにおける社内ルール
④P2の上司であるP6及びP7の業務である、P2に対する叱責が日常的に継続したのは、P2が頻繁に書類作成上のミスを発生させたことによるものであって、証拠上、P6及びP7が何ら理由なくP2を叱責していたというような事情は認められず、P6及びP7のP2に対する具体的な発言内容はP2の人格的非難に及びものとまではいえない

P6及びP7のP2に対する指導自体は業務上相当な指導の範囲内であり、P6及びP7のP2に対する指導はP2に対するパワーハラスメントには該当せず、違法なものとはいえない。
  使用者の従業員に対する安全配慮義務につき、
判例(最高裁H12.3.24)は、
「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、
使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである」と判示。 
本判決も、P2の上司であるP3及びP5は、P2に対する安全配慮義務を負うとする。
①P3及びP5は、P2がP6及びP7から日常的に厳しい叱責を受け続ける状況を十分に認識していた
②P2が所属する職場の上司の部下に対する対応に問題がある旨の投書がなされただけでなく、P5は、P6やP7がP2に対する不満を述べていることも現に知っていた
③P2は、死亡時にいたC2センターに赴任後わずか数カ月で、別の部署への異動を希望し、その後も継続的に異動を続けていたが、同センターに赴任後の2年間で体重が約15kgも減少するなどP5が気に掛けるほどP2が体調不良の状態であることは明らかであった
④平成27年3月には、P5は別の社員からP2が死にたがっているなどと知らされていた

P2の上司であるP3やP5としては、前記のようなP2の執務状態を改善し、P2の心身に過度の負担が生じないように、同人の異動も含めその対応を検討すべきであった。

P3及びP5がその義務を怠ったとして、Yの安全配慮義務違反を認めた。
  刑事p98
さいたま地裁H30.3.9  
   
  事案 ペルー人男性が6名を殺害した事案
  争点 被告人が各犯行当時の記憶を欠いていた⇒強盗殺人の故意を争う
心神喪失
  判断 ●故意
  被告人が、各犯行当時、職場関係者やその者が差し向けた者から危害を加えられるとの被害妄想や、危害を加えようとするものが、自分や親族を加害するために追っているという追跡妄想があったことを肯定。
but
①客観的、外形的な事実経過を中心に検討すれば、各犯行現場で、金品物色行為に及び、実際に金品を入手。
②家人殺害は、主として金品入手のための妨害排除に向けられた行動とみられる。
⇒強盗の故意を認め、強盗殺人罪の成立を肯定。
●責任能力
精神鑑定実施:
鑑定人は、被告人が統合失調症に罹患していること、各犯行当時、精神症状として、自分と親族の命が狙われているという被害妄想があった。
これを肯定し、追跡妄想も、追跡者と警察組織がつながっているとの内容まで妄想が広がっていたことも窺われる。
but
完全責任能力を肯定。
(1)妄想自体が現実の出来事に基盤を置いている
(2)被告人の抱いていた妄想がなければ、本件各犯行を決意することもなかったことは認めた上で、他面において、いわゆる「7つの着眼点」を意識。
①犯行の経緯や動機の了解可能性
②行動の合目的的で全体としてまとまりのあること
③違法性の意識を欠いていないこと
④元来の人格傾向と連続性のある正常な精神機能に基づく行動とみて違和感はなく、少なくともかい離したものとはいえないこと


統合失調症という精神障害は、背景的、間接的な影響を与える限度にとどまっており、個々の具体的な犯行の決意、実行場面では、残された正常な精神機能に基づく自己の判断として、他にも選択可能な手段があったのに、犯罪になると分かっていながら各犯行に及んだものと認められる

完全責任能力を肯定。
  解説 被害妄想が明らかに認められ、その妄想と犯行との因果関係が認められるといった状況があり、その意味では、統合失調症の顕著な症状の下での犯行とみることも可能⇒その責任能力判断は、相当に難しい事案。 
2415   
  行政p4
最高裁H31.2.28   
  公選法205条の選挙無効原因としての「選挙の規定に違反することがあるとき」
  事案 平成29年10月22日に施行された衆議院議員総選挙の選挙人である上告人兼申立人Xが、満18歳、満19歳の日本国民が衆議院議員の選挙権を有するとしている公選法9条1項の規定(「本件規定」)は憲法15条3項に違反⇒被上告人兼相手方(長崎県選挙管理委員会)を相手方として、長崎県第4区の選挙を無効とすることを求めた。 
  規定 憲法 第15条〔公務員の選定罷免権、公務員の性質、普通選挙・秘密投票の保障〕
③公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
憲法 第44条〔議員及び選挙人の資格〕
両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。
公選法 第二〇四条(衆議院議員又は参議院議員の選挙の効力に関する訴訟)
衆議院議員又は参議院議員の選挙において、その選挙の効力に関し異議がある選挙人又は公職の候補者(衆議院小選挙区選出議員の選挙にあつては候補者又は候補者届出政党、衆議院比例代表選出議員の選挙にあつては衆議院名簿届出政党等、参議院比例代表選出議員の選挙にあつては参議院名簿届出政党等又は参議院名簿登載者(第八十六条の三第一項後段の規定により優先的に当選人となるべき候補者としてその氏名及び当選人となるべき順位が参議院名簿に記載されている者を除く。))は、衆議院(小選挙区選出)議員又は参議院(選挙区選出)議員の選挙にあつては当該選挙に関する事務を管理する都道府県の選挙管理委員会(参議院合同選挙区選挙については、当該選挙に関する事務を管理する参議院合同選挙区選挙管理委員会)を、衆議院(比例代表選出)議員又は参議院(比例代表選出)議員の選挙にあつては中央選挙管理会を被告とし、当該選挙の日から三十日以内に、高等裁判所に訴訟を提起することができる。
公選法 第二〇五条(選挙の無効の決定、裁決又は判決)
選挙の効力に関し異議の申出、審査の申立て又は訴訟の提起があつた場合において、選挙の規定に違反することがあるときは選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り、当該選挙管理委員会又は裁判所は、その選挙の全部又は一部の無効を決定し、裁決し又は判決しなければならない。

・・・
  原審 公選法の規定が憲法に違反することを選挙無効の原因として主張することも許される。

Xは、選挙権が与えられるべきでない満20歳に達しない満18歳以上の者が選挙人として参加したために選挙の公正が害された旨を主張しているものと解され、
選挙人が自己の選挙権が侵害されたとして訴訟を提起することは考え難い
⇒本件規定の意見を主張することも許される。

本件規定は憲法15条3項に違反しない⇒請求棄却。
    Xからの上告及び上告受理申立て
  判断 年齢満18歳及び満19歳の日本国民につき衆議院議員の選挙権を有するとしている本件規定が違憲である旨の主張が、選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときに当たることをいうものとはいえず、また、
年齢満18歳及び満19歳の日本国民につき衆議院議員の選挙権を有するとしていることの憲法適合性という事項の性質やその選挙制度における位置付け等に照らし、公選法204条の選挙無効訴訟において本件規定の意見を選挙無効の原因として主張することを許容すべきものということもできない。

本件規定の違憲を主張することができない。

明らかに適法な上告理由に当たらないとし、また、民訴法318条1項にょり受理すべきものとも認められない。
  解説 ●公選法205条の選挙無効原因の意義等 
公選法204条:
客観訴訟(民衆訴訟)である選挙無効訴訟につき、「選挙人又は公職の候補者」のみがこれを提起し得るものと定め
同法205条1項:
その選挙無効原因につき、「選挙の規定に違反することがあるとき」と規定。
「選挙の規定に違反することがあるとき」:
主として選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき又は直接そのよな明文の規定は存在しないが選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときを指す。(最高裁昭和27.12.4)

最高裁昭和51.9.30:
「選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるとき」とは、
①候補者が他からの干渉によってその政見その他の主張を自由に選挙人に訴えることを妨げられ、又は、候補者となろうとする者が候補者となることを妨げられ、その結果、
②選挙人が、候補者の政見その他の主張を正しく理解することができず、又は、他の甲h祖はを選択することができず、投票すべき候補者の自由な意思による選択を妨げられたような場合であって、
③その程度の著しいもの
が主として想定されたと考えられる。
  ●選挙制度の憲法適合性について判断した判例との関係 
最高裁は、
投票価値の格差の憲法適合性が問題となったいわゆる定数訴訟(最高裁昭和51.4.14)において、
①選挙無効訴訟が現行法上選挙人が選挙の適否を争うことのできる唯一の訴訟であり、他に是正の機会がないことや、
国民の基本的権利を侵害する国権行為に対してはできるだけ是正の途が開かれるべき
⇒公選法204条に基づき定数訴訟を提起することを許容する旨の判示。

単純に再選挙を行うだけでは違法状態が解消されるものではなく、その是正のためには公選法等の改正を要するものであって、本来公選法205条のが想定していた無効原因と異なる
⇒選挙無効訴訟の特殊な類型として特例的にこれを許容しているものと解することもできる。
公選法204条の選挙無効訴訟において選挙権又は被選挙権を制限する公選法の規定の憲法適合性が主張された事案につき、平成26年最決及び平成29年最決は、
その制限を受ける者が自己の選挙権又は被選挙権の侵害を理由にその救済を求めて争う余地があるとしつつ、同訴訟においてその制限の憲法適合性を主張することを認めなかった。

他に公選法の規定の意見を主張してその是正を求める手段があるか否かという観点も加味して、これを許容すべきか否かを判断。

判例は、公選法204条の選挙無効訴訟において主張し得る同法205条1項所定の選挙無効の原因に当たるか否かについて、
他の是正手段の有無を踏まえつつ、
①国民の基本的権利を侵害する国権行為であるか否かやその侵害の程度、また、
②「選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるとき」に係る判例法理
を前提として、選挙無効訴訟の特殊な類型として特例的にこれを許容すべきものであるか否か、を考慮して判断しているものと解することができる。
  ●選挙無効訴訟における本件規定の違憲主張の可否 
①満18歳以上の日本国民は、選挙権の制限を受けることがない⇒自己の選挙権が直接的に侵害されたことを理由とすることは想定されない
②Xの主張する満18歳、満19歳の日本国民に選挙権を付与したという本件規定の違憲事由については本件訴訟以外の形でその合憲性を問う手段がない
⇒選挙無効訴訟において本件規定に係る前記の違憲事由を主張することが許容されるべきかが問題。
①憲法15条3項は成年者による普通選挙を保障すると規定するにとどまり、憲法44条が選挙人の資格は法律で定めるものと規定
②満18歳、満19歳の日本国民に選挙権を認めたとしても、既存の選挙人の選挙権の行使に影響を与えるものではなく、投票価値の稀釈化が若干生じるにとどまる程度

本件規定の違憲主張によっても、国民の基本的権利を侵害する国権行為であると認めることは困難。
  行政p7
最高裁H31.2.14  
  市議会議員に対する厳重注意処分そのその公表を理由とする国賠請求と司法判断
  事案 上告人(三重県名張市)の市議会議員である被上告人が、上告人に対し、
市議会運営委員会(「議会運営委員会」)が被上告人に対する厳重注意処分の決定をし、市議会議長がこれを公表したこと(「本件措置等」)により、被上告人の名誉が毀損された⇒国賠法1条1項に基づき、慰謝料等の支払を求めた。 
  一審 本件措置等は、被上告人に対する名誉毀損行為に該当するとしつつ、
市議会の自律権の範囲内で決定された事項であって、その真実性又は真実相当性の抗弁については司法審査が及ばない
⇒被上告人の請求を棄却。 
  原審 ①被上告人の請求は、名誉権とうい私権の侵害を理由とする国家賠償請求
②紛争の実態に照らしても、一般市民法秩序において保障される移動の自由や思想信条の自由という重大な権利侵害を問題とするものであり、一般市民法秩序と直接の関係を有する

本件訴えは、裁判所法3条1項にいう法律上の紛争に当たる。 
本件措置等は、被上告人の市議会議員としての社会的評価の低下をもたらすと認められ、その真実性又は真実相当性の抗弁が認められない
⇒被上告人の請求を慰謝料50万円の支払を求める限度で認容。
  判断  ①本件は、被上告人が本件措置等によってその名誉を毀損されたとして国賠法1条1項に基づき損害賠償を求めるもの
②これは、私法上の権利利益の侵害を理由とする国家賠償請求であり、その性質上、法令の適用による終局的な解決に適しないものとはいえない

本件訴えは、裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たり、適法。
  普通地方公共団体の議会は、地方自治の本旨に基づき自律的な法規範を有するものであり、議会の議員に対する懲罰その他の措置については、議会の内部規律の問題にとどまる限り、その自律的な判断に委ねるのが相当であり(最高裁昭和35.10.19) 、このことは、前記の措置が司法上の権利利益を侵害することを理由とする国賠請求の当否を判断する場合であっても、異なることはない。

地方議会の議員に対する懲罰その他の措置が当該議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国賠請求の当否を判断するに当たっては、当該措置が議会の内部規律の問題にとどまる限り、議会の自律的な判断を尊重し、これを前提として請求の当否を判断すべきものと解するのが相当。
①本件措置は、被上告人の議員としての行為に対する市議会の措置であり、かつ、
②本件要綱(=名張市議会議員政治倫理要綱)に基づくものであって特段の法的効力を有するものではなく、
また、
③市議会議長が、相当数の新聞記者のいる議長室において、本件通知書を朗読し、これを被上告人に交付したことについても、殊更に被上告人の社会的評価を低下させるなどの態様、方法によって本件措置を公表したものとはいえない。

本件措置は議会の内部規律の問題にとどまるものであるから、その適否については議会の自律的な判断を尊重すべきであり、本件措置等が違法な公権力の行使に当たるものということはできない。

上告人は、被上告人に対し、国賠責任を負わない。
  解説   ●地方議会の措置の違法を理由とする国賠請求訴訟と法律上の争訟
  判例・通説
憲法76条1項の司法権の範囲=裁判所法3条1項の法律上の争訟 
判例は、法律上の争訟につき、
「当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用によって終局的に解決することができるもの」
と定義。
but
裁判所法3条1項にいう法律上の争訟には、いくつかの例外があり、
国会ないし各議院の自律権に属する行為や団体の内部事項に関する行為など、法律上の係争ではあるが、事柄の性質上裁判所の審査に適しないものは、司法審査の対象外であると解されている。
昭和35年最判:
議院としての行為につき、除名処分のような議員たる身分の得喪に関する処分の適否に関する訴えは司法審査の対象とする一方、
議員の権利行使の一時的制限にすぎない懲罰決議の適否に関する訴えは、内部規律の問題として自治的措置に任せるのを相当とし、
裁判所法3条1項の法律上の争訟に当たらないとして、司法審査の対象外とする。
最高裁H6.6.21は、議員の純然たる私的紛争についての言動を理由とする地方議会の議員辞職勧告決議等が当該議員の名誉毀損に当たるとした国賠請求訴訟について、法律上の争訟に当たるとし、全面的に請求の当否を判断。
but
これは、議員としての行為を対象とする本件のような事案とは異なる。
国賠請求訴訟は、私法上の権利利益の侵害を理由とする給付訴訟として適法であるのが原則。
but
給付訴訟において司法審査の対象となるか否かが問題となった最高裁判例として、宗教上の教義が問題となった寄附金の不当利得返還請求事件(板まんだら事件)があり、最高裁昭和56.4.7は、訴えそのものが法律上の争訟に該当しないとして不適法却下。

錯誤を理由とする寄附金の不当利得該当性を検討する上で法令の適用による終局的な解決が不可能な宗教上の教義を検討することが不可欠⇒紛争全体として司法的解決に適しない事案であったと評価し得るもの。
地方議会の内部事項の問題は、裁判所が法令を適用して判断を示すことは可能
but
議会の自律権を尊重して司法審査を差し控えるのが相当であると捉えられるもの。
議会の措置が私法上の権利利益を違法に侵害することを理由とする国賠請求訴訟においては、議会の自律権は請求の当否を判断する上で必ずしも不可欠の要素ではなく、紛争自体が全体として司法的解決に適しないものではない
⇒法律上の争訟であることを否定する合理的理由は見出し難い。
請求の当否の前提問題として団体の内部事項の適否が問題となった最高裁昭和63.12.20も、政党が党員に対してした除名処分を前提として党施設の明渡し等を求めた訴訟において、訴えが司法審査の対象となることを肯定。

訴訟物そのものが具体的な権利義務ないし法律関係をめぐる紛争であり、その前提問題として団体の内部事項の適否が問題となる場合には、
当該前提問題が法令の適用により終局的に解決することができな問題でない限り、法律上の争訟は否定されないと考えるのが相当。
  ●   ●国賠請求訴訟における地方議会の内部事項の適否に関する司法審査 
  原審:
被上告人の請求が、名誉権という私権の侵害を理由とするものであることや一般市民法秩序において保障される自由の重大な権利侵害を問題とする
⇒司法審査の対象となることを理由に、全面的に請求の当否を審査。
  憲法:
地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定めると規定(92条)
その議事機関として議会を設置する旨を規定(93条1項)

地方議会について団体自治の見地から自律的な法規範を整備することを予定し、これを受けて法が地方議会の組織、権限及び規律等に関する詳細な規定を設けている。

地方議会における法律上の係争については、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的問題にとどまる限り、内部規律の問題として自治的、自律的な解決に委ねるのを適当とし、裁判所の司法審査の対象とはならないものと解するのが相当。
このような地方議会の内部事項の問題について自律的措置に任せるのを適当とした昭和35年最判の法理は、当該措置の違法を理由とする国賠請求の当否を判断するに当たっても同様に妥当。
当該措置の適否が請求の当否を判断する前提問題にとどまる場合であっても、議会の自律権を尊重すべき必要性は変わらない。

議会による懲罰その他の措置の適否自体を争う場合には、それが一般市民法秩序と直接関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、議会の内部規律の問題として司法審査の対象外として扱われるのに対し、
当該措置の違法を理由とする国賠請求訴訟が提起された場合には、当該措置の適否を含めて全面的に司法審査に服するものと解することとなれば、
議会の自治的措置に委ねるのを適当として司法審査の対象外とした趣旨を没却することになりかねない。
本判決:
地方議会の懲罰その他の措置が議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国賠請求の当否を判断するに当たっては、当該措置が議会の内部規律の問題にとどまる限り、議会の自立的な判断を尊重し、これを前提として請求の当否を判断すべきものと解するのが相当であると判示。
地方議会の懲罰その他の措置が議員としての行為を対象とするものであって議会の内部規律の問題にとどまるものであるかは、事案に応じて個別に検討。
  ●  ●本件措置等の適否についての司法審査 
  本件措置等:
A:議会運営委員会が被上告人に対し厳重注意処分の決定をし、
B:市議会議長がこれを公表したことを内容とする。
A:本件措置:
被上告人が本件視察旅行を正当な理由なく欠席したことを理由とし、地自法135条1項各号に定められた懲罰ではなく、地方自治の本旨及び本件規則にのっとり、議員としての責務を全うすべきことを定めた本件要綱2条2号に違反するとして、同3条所定のその他必要な措置として行われたもの。

被上告人の議員としての行為に対する上告人の議員としての行為に対する市議会の措置であり、かつ、本件要綱に基づくものであって特段の法的効力を有するものではない。
⇒本件措置が、被上告人の議員としての権利に重大な制約をもたらすものと認めることはできない。
B:市議会議長による前記の公表行為
①同委員会は、市議会の代表者である市議会議長が、被上告人に対し本件通知書を交付することによって本件措置を通知することとしたものと認めるのが相当
②市議会議長が、相当数の新聞記者のいる議長室において本件通知書を朗読したことについても、それ自体は市議会の措置とはいい難いものの、記者からの取材要請を受けたことによるものであり、殊更に被上告人の社会的評価を低下させるなどの態様、方法によって本件措置を公表したものとは認められない。

本件措置は議会の内部規律の問題にとどまるもの⇒その適否については議会の自立的な判断を尊重すべき。
本件措置の公表についても公的目的を欠くことにより名誉毀損を肯定すべきものとは認められない
⇒本件措置等が、違法な公権力の行使に当たるものということはできず、国賠法1条1項の適用上違法であるとはいえない。
  行政p13
山口地裁H30.10.17  
  自殺した娘についての児童相談所が所管する個人情報記録についての開示請求
  事案 Xが、自殺したA(Xの長女)の個人情報である児童相談所が所管する個人情報記録につきXが開示請求⇒Y(山口県)から非開示決定処分⇒その取消しを求めた。 
  非開示理由 (1)本件情報は、Y個人情報保護条例10条1項にいうXにかかる「自己の個人情報」には該当せず、「開示請求者以外の個人(亡A)に関する情報」であり、
(2)開示することにより開示請求者以外の特定の個人を識別できるもので、本件条例16条3号本文に該当し、同号イ、ロ、ハのいずれの非該当事由にもあてはまらず、
(3)開示することにより、関係者、関係機関との信頼関係が損なわれるなど、今後の児童福祉業務の適正な遂行に著しく支障を及ぼすおそれがある

本件条例16条8号に該当することを理由として、本件情報の全部を開示しない旨の個人情報非開示決定処分、 
  判断 (1)について:
①死者が未成年者である場合には、相続人たる地位を有する父及び母は、当該未成年者の権利義務を包括的に承継する者として密接な関係を有し、
②当該未成年者に係る情報が社会通念上相続人たる地位を有する父又は母自身の個人情報と同視し得る余地があると考えられる

Xは本件条例10条に基づき、Aの個人情報を自己の個人情報として、開示請求をする適格を有するものと解する。
(2)について:
本件条例16条3号の趣旨⇒死者の遺族が遺族固有の個人情報であるとして当該死者に関する情報の開示情報をした場合は、当該死者の他の遺族の名誉及びプライバシーを害する目的、態様でなされる等の特段の事情について主張、立証のない本件のにおいては、死者に関する情報が含まれていることを理由として開示をしないことは許されない。
(3)について:
本件条例16条8号の「当該事務若しくは事業の円滑な実施を著しく困難にするおそれがある」というためには、情報を開示した場合には、県の機関等の事務の円滑な実施に著しい支障がが生じる高度の蓋然性があることが、客観的かつ具体的な根拠に基づいて認められなければならないが、これを認めるに足る的確な証拠はない。

本件情報はXの「自己の個人情報」に該当し、かつ本件条例16条3号及び同条8号に規定する非開示事由はないと認められるとして、Xの請求を認容。
  民事p20
最高裁H31.1.12  
  傷害事件の捜査に関する報告書等の各写しについての文書提出命令申立て
  事案 大阪府警の捜査によって傷害事件の被疑者として逮捕されたXが、違法な捜査により逮捕されたなどと主張して、Y(大阪府)に対し、国賠法1条1項に基づき損害賠償を求める訴訟においいて、Yが所持する、本件傷害事件の捜査に関する報告書等の各写し(「本件各文書」)について、民訴法220条1号ないし3号に基づき、文書提出命令の申立てをした。 
  規定 第二二〇条(文書提出義務)
次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
・・・
三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
・・・
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書
刑訴法 第四七条[訴訟書類の公開禁止]
訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があつて、相当と認められる場合は、この限りでない。
  問題 刑訴法47条但書の「公益上の必要その他の事由があつて、相当と認められる」か否かの判断、当該書類の保管者において、公にする利益(目的、必要性)とこれによって予想される弊害とを利益考量し、合理的な裁量で決すべきであると解されている。
本件各文書は、刑事事件の捜査に関して作成された書類の写しであり、刑訴法47条の「訴訟に関する書類」に該当するもの。
本件各文書及び本件各原本は、本件傷害事件の公判に提出されていなかった⇒いずれも、同条により、原則として公開が禁止。
  判断 刑訴法47条所定の「訴訟に関する書類」に該当する文書について文書提出命令の申立てがされた場合、
①当該文書が民訴法220条1号所定のいわゆる引用文書に該当し、かつ、
②当該文書の保管者によるその提出の拒否が、民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無、程度、当該文書が開示されることによる被告人、被疑者等の名誉、プライバシーの侵害等の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし、当該保管者の有する裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものであるときは、裁判所は、その提出を命じることができる。 
刑事事件の捜査に関して作成された書類の写しで、それ自体もその原本も公判に提出されなかったものを、その捜査を担当した都道府県警察を置く都道府県が所持し、当該写しについて文書提出命令の申立てがされた場合、
当該原本を検察官が保管しているときであっても、
①当該文書が民訴法220条1号所定のいわゆる引用文書又は同条3号所定のいわゆる法律関係文書に該当し、かつ、
②当該都道府県による当該写しの提出の拒否が、民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無、程度、当該文書が開示されることによる被告人、被疑者等の名誉、プライバシーの侵害等の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし、当該保管者の有する裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものであるときは、裁判所は、その提出を命じることができる。 
  解説 刑訴法47条の「訴訟に関する書類」が公開されないことによって保護される利益は、
被告人、被疑者及び関係者の名誉、プライバシー等の利益、すなわち、当該文書を引用する者以外の第三者の利益や、適正な捜査及び刑事裁判の実現等といった公益であり、これらの利益は当該文書を引用する者が放棄できないもの。 
民訴法220条1号の「引用」の意義については、文書の内容と存在を引用してさえいれば足りると解するのが多数説。
⇒同号に該当する引用行為が認められるとしても、通常、当該文書に記載された内容の全てが公開されているわけではない。
  本件各文書は、刑事事件の捜査に関して作成された書類の「写し」であって、Yがこれを所持しており、他方、本件各文書の原本(本件各原本)は検察官が保管。
高松高裁決定H11.8.18:
捜査報告書等の捜査に関する書類について文書提出命令の申立てがされた事案において、刑訴法47条の「訴訟に関する書類」について、同条ただし書の規定によってこれを公にするか否かを決定する権限を有するのが当該書類を保管する検察官であり、その捜査を担当した警察を置く県は、当該書類を公にするか否かを判断する立場にはない
⇒当該書類の写しを保有しているとしても民訴法220条所定の「所持者」には当たらず、当該書類の写しについて提出義務を負わない。
vs.
刑訴法その他の法令において、刑事事件の捜査に関して作成された書類の原本を保管する者のみが当該書類の写しについて公にすることが相当か否かを判断することができるとする規定が存在しない。

刑訴法47条の「訴訟に関する書類」の保管者は、検察官、司法警察員といった捜査機関に限られず、裁判所、弁護人、その他の第三者も含まれると解され、これらの全ての保管者が同条本文によって当該書類の公開の禁止を義務付けられており、当該書類を公にすることが相当と認められるか否かという同条ただし書該当性の判断は、これらの各保管者が、合理的な裁量によって決すべきであると解されている。
  民事p24
東京高裁H30.8.1  
  仲裁判断の有効性の判断
  事案 X・Y間おける仲裁判断の有効性が争われた事案。
X・Yは、特許クロスライセンスを締結していたところ、Xが契約の一部を履行していない⇒Yが既払ロイヤルティの返還を求めて仲裁事件を申立てた。
本仲裁でYの主張が認められた⇒Xが日本の仲裁法44条1項4号、5号、6号及び8号所定の取消事由があると主張し、本件仲裁判断取消申立事件を提起。
  原決定 本件で問題となった特許クロスライセンス契約の一部の文言について判断していないことが、日本の民訴法338条1項9号所定の再審事由(判決に及ぼすべき重大な事実の判断遺脱)に当たり、法44条1項8号所定の取消事由(公序良俗違反)に該当⇒仲裁判断の大部分を取り消す旨の決定。 
  判断 原決定を取り消し、Xの取消申立てを全部却下。 
仲裁地の国内裁判所は、国内法における仲裁判断の取消事由がある場合でなければ、仲裁判断を取り消すことはできず、仲裁判断の実質的な再審査を行うような審理は許されない。
日本の仲裁機関が準拠法を日本法とする事件について判断を下した本件のような仲裁手続においても、日本の民訴法は、中裁定が行う仲裁手続には適用も準用もされない。

旧訴訟物理論や弁論主義に違反する仲裁手続や仲裁判断があったとしても、そのことを理由に仲裁判断を取り消すことはできない。
仲裁法の取消事由を定める規定の解釈については、拡張解釈や類推解釈をすることは好ましくなく、条文の文言の枠に沿って解釈するのが相当。
その解釈にあたっては、日本の民訴法の緻密な解釈論ではなく、仲裁などの民事紛争解決手続において守るべき基本原則の国際標準が基準となる。

仮に、仲裁などの民事紛争解決手続において守るべき基本原則の国際標準を超えて、仲裁地の裁判所が行う国内民事裁判手続に関する法令や判例の緻密な解釈論が仲裁判断の取消事件にも適用されるとすれば、そのような国内裁判所を有する仲裁地は国際契約において避けられるようになるが、このことは、わが国を仲裁地とする国際商事仲裁の発展の支障となり、ひいてはわが国の国民経済の発展を阻害することとなり、わが国の仲裁法の立法趣旨にも反する。
  解説 仲裁判断は、上訴手続に服さない⇒確定判決と同一の効力を有する(法45条1項)。
but
仲裁判断に対して異議のある当事者には、仲裁地の裁判所に対し、各国の仲裁法が定める取消事由に基づき、仲裁判断の取消しを求める権利が与えられている。(法44条) 
この取消事由の判断は各国において異なるが、一般論として、仲裁判断の実質的内容の審査行わないこととされている。
日本における仲裁判断の取消事由:
①仲裁権限の有無
②仲裁手続上の瑕疵
③公序良俗違反
の類型に分けられる。
本決定:
裁判所の審理・判断のあり方について、日本の民訴法における緻密な解釈ではなく、国際的に通用する仲裁法の解釈を尊重すべきであることを明らかにしたもの。
  民事p45
大阪高裁H29.2.24  
  常居所地国の判断
  事案 子の父であるXが、子の母であるYに対し、Yによる子の留置によりXの子に対する監護の権利が侵害された⇒国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(「実施法」)に基づき、子を常居所地国であるオーストラリア連邦に返還することを求めた。 
④平成26年9月:Yが子とともにオーストラリアに転居し、既に同年6月末にオーストラリアに戻っていたXと同居開始。
⑤平成27年10月:Yが子とともに日本に帰国。
⑥同年12、Xが来日
⑦平成28年1月、Xがオーストラリアに単身帰国。

④のオーストラリアへの転居に際し、XとYとの間で、2年間オーストラリアで居住した後、X、Y及び子は、日本に転居し、子が日本で育ち、日本の教育を受けられるようにする旨が記載された合意書が作成。
  Yの主張 ①子の常居所地国がオーストラリアではなく日本
②実施法28条1項3号の返還拒否事由(留置への同意)がある 
  原審 常居所地国をオーストラリアと認めた上で、
Xが子の留置に同意したとの返還拒否事由を認定
⇒申立てを却下 
  判断 常居所地国がオーストラリアでない⇒申立てを却下すべきで、抗告を棄却。 
  相違 原決定:
常居所とは、人が常時居住する場所で、単なる居所とは異なり、相当長期間にわたって居住する場所をいい、
その認定は、居住年数、居住目的、居住常況等を総合的に勘案してすべきである。
①Yの子連れ帰国が合意書で定めた2年間の途中されたこと
②合意書作成当時、子はまだ生後5カ月で日本での居住期間は短い一方、その後約1年1か月間オーストラリアで生活
③留置の開始時は、X及びYがオーストラリアへの帰路航空券の日程としていた平成28年1月15日の翌日

子の常居所地国をオーストラリアであると認める。
判断:
原決定と同様、常居所の認定に当たり、居住期間、居住目的、居住状況等を総合考慮して判断すべきとしつつ、
子が幼児の場合においては、子の常居所の獲得については、当該居所の定住に向けた両親の意図を踏まえて判断するのが相当。
①Yは、Xが日本に居住することを条件に結婚を承諾したものであって、Xにおいても、そのことを十分認識していた⇒子の出生時には、Y及びXのいずれも、子とともに日本に定住する意思があった。
②その後の子のオーストラリア滞在は、2年間を限度とするという条件で開始された一時的なものであったと判断するのが相当。

留置の直前における子の常居所がオーストラリアとは認められない。 
  解説 諸外国の裁判例:
子の常居所地国の認定に際して考慮すべき事情につき、
①子を監護する権利を有する両親の意思を重視するモデル、
②ハーグ条約の保護対象である子に関する事情を中心とするモデル
③子に関する事情を中心としつつも、子と居住地との関係は両親の意思も踏まえて検討すべきとして、両者の統合を試みるハイブリッド・モデル
などがあり、③が優勢になりつつあるとの指摘もある。
本決定:
子に関する客観的な事情を中心としつつ、特に、幼児の場合には、居所地との関係を検討するに当たって両親の意思を重視すべきとするもので、ハイブリッド・モデルに近いもの。
  民事p54
青森地裁H31.2.25  
  秘密管理性が否定された事案
  事案 ピアノの調律師Yが、Xとの間の業務委託契約を終了するに当たり、Xのピアノ調律業務の顧客らに対し、その旨を伝える⇒本件委託契約終了後、前記顧客らが、Xではなく、Yに対して直接、ピアノの調律を依頼するようになった。 
  主張 X:Xの保有するピアノ調律業務の顧客の指名、住所、連絡先等の顧客情報(「本件顧客情報」)は不正競争法2条6項の「営業秘密」に該当し、これYに対して示したところ、Yが図利加害目的をもって本件顧客情報を使用して、同条1項7号の「不正競争」をした⇒同法4条に基づき、損害賠償金500万円(逸失利益等)を請求。 
Y:
①XがYら調律師らに調律業務を依頼する際、1か月に1回、その後の約1か月間に調律時期になると予測される顧客の指名、電話番号、住所等が記載されたリスト及び同リスト記載の顧客の氏名、電話番号、住所等が記載された複写式の3枚綴りの「調整完了報告書」を、Xの店舗の事務室にある机の施錠ができない引出しに入れて、調律師らが、同事務所を訪れた際に、その引出しから本件各書類を持ち出して使用していた
②Xが、調律師らに対し、本件各書類の廃棄等、本件各書類を使用した後の取扱いを指示していなかったこと等

本件顧客情報には秘密管理性がなく、不正競争法2条6項の「営業秘密」に該当しない。
  判断  ●秘密管理性が営業秘密の要件となっている趣旨:
①適切に管理されておらず、容易に競争優位性が失われるような情報に法的保護を与えても、研究や開発のインセンティブにはならない⇒企業が特定の情報を秘密として管理しようとする合理的な自助努力に法的保護を与えるべき
②企業が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が、当該情報に接する従業員等に対して明確化されることによって、当該従業員等の予見可能性、経済活動の安定性を確保することがある

秘密管理性が認められるためには、具体的状況に応じた合理的な秘密管理措置によって、企業の特定の情報を秘密として管理しようとする意思(秘密管理意思)がその情報に合法的に接する従業員等から客観的に認識可能であることを要する。 
  ●具体的な認定
  本件顧客情報の性質:
本件顧客情報の一定の有用性を認めつつ、
①ピアノの調律業務は定期的に行われ、顧客と調律師との間の関係が長期的かつ密接なものになりやすい
②ピアノの調律は当該ピアノの設置環境、個性や使用頻度等の情報によって適切に行なうことができ、かかる情報を有する者には一定の優位性がある

ピアノの調律業務においては、氏名、住所、連絡先等の情報があれば容易に顧客を獲得できるものではなく、かかる情報が漏洩すれば直ちに顧客を失うことになるものでもない。

本件顧客情報の価値ないし重要性は限定的であり、厳格な方法による秘密管理措置を要求することは現実的ではないとしても、本件顧客情報に接することができる少数の者にXの秘密管理意思が用意に伝わるような措置がされる必要があった。
  ①本件顧客情報の電子データが管理されているパソコンにはパスワードが設定してあったとしても、パソコンを操作する業務に従事しない調理師らには、かかる措置によって秘密管理意思が用意に伝わるとはいえない
②本件顧客情報の記載された本件各書類につき、Xは、調理師らに対して、回収や廃業などの指示をせず、「マル秘」などの記載もしなかった
③本件各書類は、音楽教室等の講師が自由に出入する事務室にある机の施錠ができない引出しに入れられていた
④調理師らは本件顧客情報の管理に関する研修を受けたこともなく、本件委託契約にも本件顧客情報に明示的に言及した上でその漏洩等を禁止する旨の条項がなかった

Yを含む調律師らに対して秘密管理意思が容易に伝わるような措置がされていたとはいえない⇒秘密管理性を否定。
  労働p63
名古屋高裁H30.6.26   
テスト出勤制度について争われた事案
  事案 被控訴人(Y、日本放送協会)の従業員(職員)であった控訴人(X)が、精神的領域における疾病による傷病休職の期間が満了したことにより解職

(1)同期間満了前に精神的領域における疾病が治癒し、休職の事由が消滅しており、解職が無効であり、Yとの間の労働契約が存続していると主張して、
①労働契約上の権利を有する地位にあることの確認
②休職期間経過後の賃金及び賞与の支払を求めるとともに、

(2)傷病休職中に行ったテスト出渠区により、労働契約上の債務の本旨に従った労務の提供をし、途中でテスト出局が中止され、これにより労務の提供をしなくなったのはYの帰責事由によるものであるとして、
③テスト出局開始から傷病休職満了までの期間について、労働契約に基づき、職員給与規程(職員就業規則)による賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を、

(3)テスト出局の中止や解雇に至ったことに違法性があると主張し、
④不法行為に基づく損害賠償金(慰謝料)及びこれに対する遅延損害金の支払を求め、

控訴審において、
前記③の請求につき、
(4)仮にテスト出局中にXの行った作業が労働契約上の本来の債務の本旨に従った労務の提供に該当しないとしても、労基法及び最低賃金法上の労働に該当し、最低賃金額以上の賃金が支払われるべきであるとして、

⑤テスト出局開始から傷病給食満了までの期間について、労働契約に基づき、最低賃金額相当の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるために予備的請求原因を追加。 
  原審 ①~④についていずれも棄却 
  解説 ●テスト出勤制度について
精神的領域における疾病による休職中の労働者が職場復帰するための有効な手段の1つとされ、厚労省の事業場向けマニュアルとして「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」を公表。
①模擬出勤
②通勤訓練
③試し出勤
  ●問題の所在 
テスト出勤制度は、法定の制度ではなく、その実施の有無や制度設計は事業者ごとに対応が求められ、制度を整備する必要性が高まっている反面、法的性質は明確ではない。
試し出勤の開始が復職に該当せず、休職期間の満了による退職扱いを適法とした事案(東京地裁H22.3.18)
  判断 ①合理的理由

③テスト出局は休職者によっても復職につながる利益がある⇒就業規則に、休職を命じた職員には業務に従事させないとの定めがあるからといって、必要性・相当性があり、休職者がテスト出局を行うことに同意している場合まで休職者にテスト出局に伴う業務に従事することを禁止するものではない⇒前記就業規則の定めがあることでテスト出局が違法になるとはいえない。
④テスト出局が無給で行われたことに問題があると認められるが、健康保険組合から傷病手当等が支給されていることなどに鑑みると、テスト出局が無給であることをもって違法とまではいえない。

本件テスト出局は適法
テスト出勤の趣旨、目的に照らせば、休職者の提供する作業の内容は、当該求職者の労働契約上の本来の債務の本旨に従った履行の提供であることを要するものではなく、また、求職者の提供する作業の内容がその程度のものにとどまる限り、Yも休職者に対して労働契約上の本来の賃金を支払うことになるものではない。
テスト出局のように求職者のリハビリと職務復帰の判断を目的として実施され、時間及び作業内容が軽減された労務の提供に対する賃金については、就業規則及び職員給与規程の定めがないものと解される⇒職員給与規程による賃金の支払を認めなかった。
but
テスト出局が職場復帰の可否の判断を目的として行われる試し出勤(勤務)の性質を有する⇒休職者は事実上、テスト出局において業務を命じられた場合にそれを拒否することは困難な状況にあるといえる⇒単に本来の業務に比べ軽易な作業であるからといって賃金請求権が発生しないとまではいえず、当該作業が使用者の指示に従って行われ、その作業の成果を使用者が享受しているような場合等には、当該作業は、業務遂行上、使用者の指揮監督下に行われた労基法11条の規定する「労働」に該当するものと解され、無給の合意があっても、最賃法の適用により、テスト出局については最低賃金と同様の定めがされたものとされて、これが契約内容となり(同法4条2項)、賃金請求権が発生するものと解される。
Xの行った作業を労働契約上の本来の債務の本旨に従った労務の提供と認めなかった
but
Xが出局していた時間は使用者であるYの指揮監督下にあったものと認められる。

労基法11条の規定する労働に従事していたものであり、無給の合意があっても最賃法の適用により最低賃金相当額の支払義務を負う。
  解説 ●本件テスト出局の適法性
本判決:
控訴人が従前にテスト出局が中止されたことがある⇒その期間が24週間と長期であること、無給であること、就業規則では休業者が業務に従事できないとの定めがあるからといって違法とはできない。
vs.
テスト出勤は、職場復帰の判断をするために必要な限度で行われるべきであり、本件テスト出勤は、その期間が24週間と長期であるなど、旧業者に相当な負担を負わせるものであるから、一般論として適法といえるかは疑問の余地がある。
  ●テスト出局中の作業と賃金請求権の発生 
A:「労働者」の要件である「賃金を支払われる者」(労基法9条、最賃法2条1号)を充足しない
B:試し出勤の目的がもっぱら復職可能性の判断にある場合には、指揮命令下の業務従事という評価は妥当せず、賃金請求権は発生しない
C:休職中であっても、休職者と使用者との間に労働関係が存在する以上、使用者の指示に従って業務を行なえば、それは原則として労務の提供であり、労基法や最賃法の適用は免れない
D:客観的な就労実態が労務の提供に該当すると判断される場合、合意の内容にかかわらず、強行法規である労基法、最賃法及び労災法等は適用される
  刑事p86
東京家裁H30.8.7  
  みなし勾留に対する不服申し立ての事案
  事案 少年による逮捕監禁保護事件について、観護措置(少年法17条1項2号) がとられていたところ、少年が20歳以上であることを理由とする検察官送致決定(同法19条2項)に伴って生じたいわゆる「みなし勾留」に関して、弁護人から準抗告の申立て⇒家庭裁判所が観護措置を取り消し、これによってみなし勾留をなくした事例。
  解説・判断 少年法45条4号は、観護措置中の少年について、同法20条によって事件を検察官に送致したときは、観護措置を裁判官のした勾留とみなす(「みなし勾留」)。
この規定は、年齢超過を理由とする検察官送致決定(同法19条2項、23条3項)にも準用(同法45条の2)。
みなし勾留に先だってなされる監護措置について、少年法の条文上は「審判を行うために必要があるとき」にとることができると規定(同法17条1項柱書)。
but
実務上は、いわゆる「監護措置の必要性」として
①調査・審判及び保護処分の執行を円滑に遂行するための身柄確保の必要(住所不定、罪証隠滅のおそれ、逃亡のおそれ)、
②少年の緊急保護のための前提的身柄確保の必要性、
③収容して心身鑑別を行う必要性
のいずれかが認められる場合に観護措置をとることができると整理。
一方で、勾留についてはは、刑訴法60条1項各号の事由が規定されている。
これは上記①で挙げられるものと重なる事由ではあるが、
①観護措置と刑訴法上の起訴前勾留とでは目的や機能が異なる
②前記②や③の事由は少年審判の目的や機能に特有のもの

観護措置がとられていた事件が検察官に送致される場合に当然に勾留の要件が認められるものではない。

家裁は、監護措置がとられている少年の事件について検察官送致決定をする場合には、それに先立って、勾留の要件について検討することが求められる。

勾留の要件ありと判断⇒告知手続(少年審判規則24条の2)を経た上で検察官送致決定。
ないと判断⇒同決定に先立って観護措置を取り消しておかなければならない。
  みなし勾留に対する不服申立て

実務では、家庭裁判所に対する準抗告という方法でこれを認めている。 
準抗告の対象:
A:検察官に送致するに当たり、観護措置を取り消さなかった措置
B:検察官に送致するに当たり、勾留の要件が存在するという裁判官の潜在的判断
C:擬制された結果としてのみなし勾留そのもの
本決定:
「原裁判の取消しと「みなし勾留請求」の却下を求める弁護人の申立てに対して、
みなし勾留においては勾留請求と勾留の裁判は存在しないことを指摘しつつ、
その趣旨を善解して、観護措置の取消し(それによりみなし勾留をなくすこと)を求めているものとして応答。
主文:
「・・・・保護事件を検察官に送致するに当たり、・・・・観護措置を取り消さなかった措置を取り消す。」「上記観護措置を取り消す。」

前記Aの見解に立っている。
2413、2414   
  特報p3
仙台地裁R1.5.28  
  旧優生保護法判決 
  事案 原告らが、平成8年法律第105号による改正前の優生保護法に基づき不妊手術を受けた⇒旧優生保護法第2章、第4章及び第5章の各規定(「本件規定」)は違憲無効であり子を産み育てるかどうかを意思決定する権利を一方的に侵害されて損害を被った⇒
被告に対し、
主位的に、国会が当該損害を賠償する立法措置を執らなかった立法不作為又は厚生労働大臣が当該損害を賠償する立法等の施策を執らなかった行為の各違法を理由に、
予備的に、国賠法4条により適用される民法724条後段の除斥期間の規定を本件に適用することが違憲となると主張して、
当時の厚生大臣が本件優生手術を防止することを怠った行為の違法を理由に、国賠法1条1項に基づき損害賠償を求めた事案。
  争点 ①本件立法不作為又は本件施策不作為に基づく損害賠償請求権の成否
②本件防止懈怠行為に基づく損害賠償請求権の成否
③民法724条後段(除斥期間)の適用の可否
④損害額
  判断 争点①③については判断を示し、
争点②④については判断をすることなく、原告らの請求をいずれも棄却。 
  判断・解説 ●リプロダクティブ権侵害の成否 
子を産み育てるかどうかを意思決定する権利(リプロダクティブ権)は、いわゆる自己決定権の一類型であると位置づけられる。
自己決定権:
最高裁H12.2.29(「最高裁平成12年判決」)が、輸血を伴う医療行為を受けるか否かについて意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならないとして、前記権利を正面から認めている。
本判決:
最高裁平成12年判決が説示するところを踏まえ、リプロダクティブ権についても、子を産み育てることを希望する者にとって幸福の源泉となり得る⇒人格的生存に関わるものとして、人格権の一内容を構成する権利であると判断。
旧優生保護法が子を産み育てる意思を有していた者にとってその幸福の可能性を一方的に奪い去り、個人の尊厳を踏みにじるものであって、旧優生保護法の規定に合理性があるというのは困難⇒旧優生保護法の規定が憲法13条に違反し無効。
本件優生手術がリプロダクティブ権を違法に侵害する行為であると認定。

本判決は原告らの請求を棄却しつつも、前記の侵害行為を認定。

①本件立法不作為の違法性を判断するに当たっては、憲法17条の違憲審査喜寿を示した最高裁H14.9.11(「最高裁平成14年判決」)を踏まえ、侵害される法的利益の種類及び侵害の程度が検討要素として考慮されるべきことになる。
②本判決は争点①を判断するために、リプロダクティブ権侵害の成否及びその前提問題となる旧優生保護法の違憲性についても判断。
本判決:
リプロダクティブ権のほか、プライバシー権についても言及。 
リプロダクティブン権:
「人格権の一内容を構成する権利」として法的権利性を認めている。
プライバシー権:
「人格権に由来する権利」として法的権利性を認めており、
本判決中において表現振りを書き分けている。
リプロダクティブ権は、人格的生存の根源にかかわるものであって、生命、身体とともに極めて重大な保護法益
⇒最高裁昭和61.6.11(北方ジャーナル事件)にいう「人格権としての名誉権」と同様に、リプロダクティブ権を損なう行為は直ちに違法となり、これを適法とするには、前記行為を行った者が違法性を阻却する事由を主張立証すべき
「人格権に由来する権利」としてのプライバシー権については、プライバシーを損なう行為が直ちに違法となるものではなく、当該行為を受けた者が違法性を裏づける事由を主張して初めて違法となると解した。
●立法不作為の違法性について 
立法不作為の違法性について、 
最高裁の基準(平成17年基準):
法律の規定が憲法上保護され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合
②国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合。
という2つの類型を示す。
規定 憲法 第17条〔国及び公共団体の賠償責任〕
何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる
本判決:
前記②の類型を適用し、
①所要の立法措置を執ることが必要不可欠であるかどうか(「必要不可欠要件」)、
②必要不可欠性が明白であるかどうか(「明白性要件」)
を区別して判断。 
〇①必要不可欠要件
当該存賠償請求権を行使する法律としては、公務員の不法行為に対する損害賠償制度として、憲法17条に基づき国賠法が既に制定

本件で問題となる必要不可欠要件とは、国賠法の制定にとどまらず、同法4条の規定により適用される除斥期間の規定により消滅した損害賠償請求権につき、少なくともその一部については除斥期間がの規定の効果が生じないとして損害を補償する立法措置を制定することが必要不可欠かどうか?
憲法17条に違反しない場合には救済法の制定は国会の立法政策に委ねられている⇒救済法を制定することは必要不可欠であるということはできない。
but
本判決:
本判決に掲げる特別の事情の下においては、本件優生手術を受けた者が、本件優生手術の時から20年経過する前にリプロダクティブ権侵害に基づく損害賠償請求権を行使することは現実的に困難
⇒国賠法の制定にとどまる救済法を制定することが必要不可欠。
〇②明白性要件
我が国におおいてはリプロダクティブ権をめぐる法的議論の蓄積が少なく、本件規定及び立法不作為につき憲法違反の問題が生ずるとの司法判断が今までされてこなかった事情⇒明白性を否定。
最高裁平成27年大法廷判決:
前夫との離婚後、6か月の再婚禁止規定を定める民法733条1項の規定(「再婚禁止規定」)があるために後夫との婚姻(再婚)が遅れ、これによって精神的苦痛を被った⇒国賠法1条1項にもtづき損害賠償を求めた事案:

再婚禁止規定を改廃する立法措置をとらなかったことについて、再婚禁止規定のうち100日を超えて再婚禁止期間を設ける部分が違憲であることが国会にとって明白であったというのは困難⇒同項の適用上違法の評価を受けないと判断。
立法不作為の違法性評価の当てはめにおける具体的な検討要素
①再婚禁止規定の不合理性ないし違法性が国会にとって容易に理解可能であったか否か
②再婚禁止規定をめぐっては、100日超過部分を撤廃する趣旨の平成8年民法要綱が公表され、また、諸外国が再婚禁止期間を廃止する傾向にあった
③再婚禁止規定については、憲法判断を示することがなく立法不作為の違法性を否定した最高裁(平成7年12月5日)の先例
④再婚禁止規定の違憲性に言及する司法判断は今回初めて

違憲の明白性を否定。
本判決:
本判決で提出された証拠関係

①救済法を制定しないことが憲法17条に違反することまで議論がなされていた事情は認められず、
②諸外国の傾向もそれぞれの国が採用する損害賠償制度が同一でない

最高裁平成27年大法廷判決と同様に、これらの事情をもって直ちに違法性の明白性につながる要素とはいえない。
×A:旧優生保護法が違憲無効であることは明らか⇒直ちに明白性要件を充足するとの見解
vs.
本件における違憲性の明白性は、
憲法17条に基づき既に国賠法が制定⇒国賠法の制定にとどまらず救済法を制定しないことが憲法17条に違反することが国会にとって明白であったことを意味。 
本判決:
明白性要件と否定する判断を示したものの、飽くまで本件口頭弁論終結時点における判断。
本判決が、旧優生保護法の本件規定が違憲無効であり救済法の制定が必要不可欠であると判断
⇒最高裁平成27年大法廷判決にいう検討要素①及び④に係る事情が本判決によって変更。

本件口頭弁論終結日以降においては、憲法17条の法意を斟酌した救済法の制定が必要不可欠であり、
それにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたって救済法の制定を怠る場合には、その立法不作為は、将来的に国賠法1条1項適用上違法の評価を受ける余地を残す。 
救済法とは、
除斥期間の経過により消滅した損害賠償請求権につき、少なくともその一部については除斥期間の規定の効果が生じないとして損害を補償する立法措置。
but
除斥期間が経過して権利が消滅したにもかかわらず、その後に除斥期間の規定の効果を生じないとする法的構成については、最高裁平成21年判決における田原裁判官が、理論的に極めて困難な解釈をしていると指摘。
●民法724条後段(除斥期間)の適用の可否 
最高裁平成14年大法廷判決:
国又は公共団体は公務員の行為により不法行為責任を負うのが原則であり、立法府に無制限の裁量権を付与したり、白紙委任を認めたものではない

公務員の不法行為による国又は公共団体の損害賠償責任を免除し又は制限する法律が、立法府の裁量権を逸脱するものであるときは、憲法17条に違反し、無効となる。
本判決:
国賠法4条が適用する除斥期間の規定が損害賠償請求権を消滅させるもの
⇒同規定は最高裁平成14年大法廷判決にいう責任制限規定の1つ。
but
除斥期間の規定の目的の正当性並びに責任制限を認めることの合理性及び必要性を総合的に考慮
⇒除斥期間の規定を適用することが憲法17条違反となるものではない。
除斥期間が経過したものの、その適用の効果を否定した最高裁判例が2つ。
除斥期間の効果を否定する場合として
時効の停止等その根拠となる規定があり(「第1要件」)、かつ
除斥期間の規定を適用することが著しく正義・公平に反する事案(「第2要件」)
に限定して、一定の例外を認めつつも、その要件に厳格に絞りをかける。
最高裁平成10年判決
被害者が予防接種を原因として重い障害を負い、心神喪失の常況にあるという事案において、不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6か月内において不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産者宣告を受け、後見人に就職した者がその時から6か月以内に当該損害賠償請求権を行使

民法158条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じないと判断。
時効停止の規定である民法158条を「類推適用」そのではなく、その「法意」に照らして除斥期間の適用を適用を制限するもの。

法律関係の速やかな確定のために期間の経過により画一的に権利が消滅するという除斥期間の性質に照らして、その例外を認めるのは相当ではない
⇒単に時効停止事由に相当する自由があるというだけで時効停止の規定を除斥期間に類推適用するのではなく、条理や正義・公平の理念を根拠とし、心神喪失の常況が加害者の不法行為に起因することを要件に加えることにより、除斥期間の例外に一層の絞りをかけた趣旨⇒最高裁平成10年判決の射程範囲は極めて短いものと解されている。
最高裁平成21年判決 
被害者が殺害されその死体が隠匿されたため長期間にわたって行方不明とされていたが、その約26年後に加害者が自首して死体が発見

被害者を殺害した加害者が被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し、そのために相続人はその事実を知ることができず、相続人が確定しないまま前記殺害の時から20年が経過した場合において、その後相続人が確定した時から6か月以内に相続人が前記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなどの特段の事情があるときは、
民法160条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じない。

最高裁平成10年判決の判断枠組みを踏襲し、
第1要件については、民法160条の趣旨に言及しつつ、相続人が被相続人の死亡の事実を知らない場合は同法915条1項所定のいわゆる熟慮期間が経過しないため、相続人は確定しないことそ指摘するとともに、
第2要件については、加害者が相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出したためであること指摘し、
両要件のいずれも充足。

平成21年判決の射程範囲も短い。
田原反対意見:
除斥期間と解する場合には具体的妥当な解決を図ることは法論理的に極めて難しい。
本事案:
各適用除外判決がいずれも指摘した民法158条又は同法160条に沿うとするような法的根拠はない⇒第1要件を欠く。
国賠法の制定に加えて救済法を制定することが必要不可欠であると説示するもの⇒救済法の制定が前提とされていない各適用除外判決の事案とは、事案を異にする⇒第2要件も欠く。
本判決:
除斥期間の規定を前提としても、被害の回復を全面的に否定することは、憲法13条憲法17条の法意に照らしぜにんされるべきものではない旨説示
~前記の第2要件を欠く趣旨をいう。
  行政p22
最高裁H30.11.6  
  地方公共団体の職員によるセクハラ⇒停職6月の懲戒処分の事案
  事案 Y(兵庫県加古川市)の男性職員である自動車運転士のXが、勤務時間中に訪れた店舗においてその女性従業員に対してわいせつな行為等をした⇒停職6月の懲戒処分⇒Yを相手に取消しを求めた。
本件処分の処分理由:
Xが、
勤務時間中に立ち寄ったコンビニエンスストアにおいて、そこで働く女性従業員の手を握って店内を歩行し、当該従業員の手を自らの下半身に接触させようとする行動をとったこと(行為1)
以前より当該コンビニエンスストアの店内において、そこで働く従業員らを不快に思わせる不適切な言動を行っていたこと(行為2)
  原判決 停職6月とした本件処分が、重きに失するものとして社会通念上著しく妥当を欠くものであり、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであって違法
⇒Xの請求を認容 
  判断 原判決がその判断の根拠とした事情に関し、
①本件従業員が終始笑顔で行動し、Xによる身体的接触に抵抗を示さなかったとしても、それは、客との間のトラブルを避けるためのものであったとみる余地がある
➁本件従業員及び本件店舗のオーナーがXの処罰を望まないとしても、それは、事情聴取の負担や本件店舗の営業への悪影響等を懸念したことによるものと解される
③Xは以前から本件店舗の従業員らを不快に思わせる不適切な言動をしており(行為2)これを理由の1つとして退職した女性従業員もいた
④行為1が勤務時間中に制服を着用してされたものである上、複数の新聞で報道されるなどしており、行為1が社会に与えた影響は決して小さいものということはできない

これらの事情につき、原判決とは異なる評価をすることができる。
本件処分が相当に重い処分であることは否定できない
but
行為1が、客と店員の関係にあって拒絶が困難であることに乗じて行われた厳しく非難されるべき行為であって、Yの公務一般に対する住民の信頼を大きく損なうものであり、
Xが以前から本件店舗で不適切な言動(行為2)を行っていたなどの事情

本件処分が重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠くものであるとまではいえず、本件処分をした市長の判断が、懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。

Xの請求を棄却。
  解説  公務員に対する懲戒処分について、
懲戒権者は、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をするか否か、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択するかを決定する裁量権を有しており、
その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となる
(最高裁昭和52.12.20) 
同最高裁判決は、
懲戒権者の裁量判断の適否に関する司法審査の方法について、
裁判所が「懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではな」いものと指摘。

裁判所が懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分の適否を判断するような、いわゆる判断代置型の判断の仕方は誤り。
懲戒処分のうち免職処分は、職員としての地位を失わせるという重大な結果を招来するものであるから、その選択に当たっては特に慎重な配慮を要するものと解される。(最高裁昭和49.2.28)

免職処分以外の懲戒処分の裁量権の範囲は、免職処分と比較すると相対的に広いものと解される。
  同じ外形的な事実を前提としても、異なる評価がされ得る。
(原審の評価は表層的)
同種行為の常習性や、公務員の立場にある者の非違行為が社会に与える影響に関しても、どの範囲の事情に着目するかによって異なる評価がされる。 
懲戒事由に該当する行為の評価に関わる社会観念又は社会通念を適切に捉える必要がある。
ex.
セクシャル・ハラスメントやわいせつ行為に対する社会の意識の変化。
  行政p30
東京高裁H30.9.20  
  中学教諭の非違行為⇒懲戒免職の事例
  事案 中学校の教諭に採用されたばかりのXが、非違行為の存在を理由に、地公法29条1項1号及び3号の規定により懲戒免職処分⇒本件処分は、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるとして、その取消しを求めた。 
  一審 本件非違行為の内容
⇒Xは、中学校教諭の「職を信用を傷つけ」、「全体の奉仕者たるにふさわしくない」非行をおこなった⇒地公法33条に違反し、法29条1項1号及び3号の懲戒事由に該当。 
裁判所が公務員に対する懲戒処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められる場合に限り、違法であると判断すべき。
①XがAにキスをした行為は「わいせつな行為」に該当する
but
②XとAの交際はAが積極的に望んでいたもので、XとAが将来を見据えて真剣に交際をしていた⇒Xが本件非違行為に及んだ動機が強い非難に値するとはいえない。
③わいせつ性の程度は低い⇒本件非違行為の態様が著しく悪質であるとはいえない。
④本件非違行為による結果や他の職員及び社会に与える影響が重大であったとはいえない。
⑤Xは本件非違行為を真摯に反省している。

県教育委がXに対して懲戒免職処分を選択したことは、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められ、違法。
  判断 ①本件非違行為は、単発的・偶発的な行為ではなく、多数回にわたり継続的に行われたものであるし、埼玉県青少年健全育成条例の刑事罰の規定に抵触する行為も含み、外形的に見ると、本件女子生徒との間で性的関係を持ったものと受け取られかねないもの⇒その程度としても深刻、重大
②Aは、Xが従前勤務していた塾の教え子で、勤務先の中学校の生徒ではないものの、ほぼ同年代の高校1年⇒自校の女子生徒と交際する場合と同視し得るものというべきであり、自校の生徒との関係でないことを重視することは正当ではない。
③Aの同意があるとはいえ、15歳でいまだ婚姻適齢にすら達しておらず、その判断能力等も必ずしも十分とはいえない状況の下で、Xは、保護者に対して一切話をすることもなく、本件非違行為に及んでいる⇒将来を見据えて真剣に交際していたなどと軽々に評価できるものではないし、教育者としての社会的責任を持ち出すまでもなく、その行為は許されるべきものではない。
④本件非違行為の態様、動機及び結果、故意又は過失の程度、職員の職責、他の職員及び社会に与える影響、過去の非違行為の有無、日頃の勤務態度並びに非違行為後の対応等の各要素のいずれの点から見ても、本件非違行為の責任は重大であり、処分は重い量定を行う方向で検討することにならざるを得ない。

本件処分において停職より重い処分である免職が選択されたことが不合理であるとは到底言えず、処分権者である県教委の裁量の範囲内の処分量定。

他の事例と比較しても、停職ない減給の事例は、おおむね、態様等が本件非違行為と異なるものであり、これら以外のわいせつ関連事案は大部分が免職となっている。

他の処分事例を比較して、処分が不当に重いということはできず、公平性の観点から見ても合理性を欠くものということはできない。
  民事p36
東京高裁H30.6.5  
  年払保険金(年金)支払請求権の差押命令の申立について、民執法152条1項1号該当性を否定した事例
  事案 X(債権者・抗告人)は、債務弁済契約に係る執行力のある債務名義の正本に基づき、Y(債務者・相手方)に対する損害賠償請求権等を請求債権とし、Yが保険契約に基づく第三債務者に対して有する年金保険金(年金)支払請求権あるいはこれが解約された場合の解約返戻金請求権を差押債権として、債権差押命令を申し立てた。 
XはYの母。
本件保険契約は、Yの祖母がYを被保険者として第三債務者との間で締結した積立利率金利連動型年金保険契約。
  規定 民執法 第一五二条(差押禁止債権)
 次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。
一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
民執法 第一五三条(差押禁止債権の範囲の変更)
 執行裁判所は、申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部若しくは一部を取り消し、又は前条の規定により差し押さえてはならない債権の部分について差押命令を発することができる。
  争点 本件債権が民執法152条1項1号の差押禁止債権に該当するか。 
  原審 本件債権は民執法152条1項1号に該当し、その4分の3に相当する部分は差押禁止債権⇒同部分についての申立てを却下。
  判断 本件債権全額の差押えを認めた。

①本件保険契約は、Yの祖母が相続対策のために年金保険の形式で生前贈与したもの。
②Yは保険金支払開始時には両親と同居しており、生計の維持のために保険金の受給が必要な状況にはなかった
③その後Yは家族と別居してアルバイトをするなどしているが、以前にXが年金保険料全額を回収した際にも特段異議を述べたり、振込口座を変更したりするなどしておらず、Yは、本件保険契約に係る保険金を受給しなくとも、生活に困窮するような状況にあるとは思われない。
⇒本件債権が差押禁止債権に該当するとは認められない。 
  解説 差押禁止債権について規定する民執法152条1項は、債務者の最低生活を保障するとの社会政策的配慮を趣旨とする。

私的年金契約による継続的収入も同項1号に規定する差押禁止債権に該当。
but
継続的収入であっても生計維持に必要か否かについては、債務者の生活状況その他の事情を考慮して、個別具体的な判断を要する。
  民事p41
名古屋高裁H31.1.31  
  不当な支援措置申出と損害賠償請求
  事案 Yに対する請求:
YがAに係る確定した面会交流審判に基づいて、Xに対してAの学校行事への参加やAに対する手紙や贈り物の送付を許す義務を負っていたにもかかわらず、これを免れるために虚偽の事実を申告して、住民基本台帳事務における支援措置値の申出(本件支援措置申出)を行い、Xに住民票等の閲覧等を困難にっせた上で転居し、XとAとの面会交流を妨害するとともに、Xの職場における名誉・信用を毀損したことが、Xに対する不法行為及び債務不履行に当たる⇒損害賠償請求。
愛知県に対する請求:
Yの本件支援措置申出について、愛知県K警察署長が支援措置の要件を満たしていないことを認識し得たにもかかわらず、Yが支援措置の要件を満たす旨の「相談機関等の意見」(本件意見)を付し、その後も撤回しなかったことが国賠法上違法であるとする損害賠償請求。
  一審   ●Yに対する請求:
Yが本件支援措置申出をするに当たり、支援措置の要件のうち、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(DV防止法)1条2項に規定された被害者であることの要件(被害者要件)を欠いていたとはいえないが、
暴力によりその生命または身体に危害を受けるおそれがあることの要件(危険性要件)を欠いており、Yがそのことを認識していたにもかかわらず、
専らXとAとの面会交流を阻止する目的で本件支援措置申出を行うという目的外利用をした⇒Yが同申出を行ったことは不法行為に当たる。 
  ●愛知県に対する請求:
愛知県K警察署員は、本件支援措置申出が危険性要件を満たしているかどうかについて、目的外使用の可能性を疑うべき端緒も十分にあり、更なる事実確認が必要な状態であったにもかかわらず、これを行わず、確認をしていれば、支援措置の要件があるとの心証を得られないことは明白
⇒K署員の前記調査義務懈怠を見過して本件意見を付記した注意義務違反がある。
  ⇒被告らに連帯して慰謝料55万円の支払を求める限度で認容。
  判断 Yが行った本件支援措置申出が違法なものとは認められず、愛知県が本件支援措置申出について本件意見を付したことも国賠法上違法なものとは認められない
⇒Xの請求はいずれも理由がない。
  ●Yに対する請求 
被害者要件について
①Yが平成25年7月4日に警察署を訪れた際、3年前から2日に1回の被害頻度であると申告
➁平成23年春頃、Xから右大腿部を蹴られた
③同年夏頃、銀行の駐車場において金銭を引き出すよう怒鳴り散らされたこと
④直近の被害は平成24年10月にXが無理やり開けたドアに腕を挟まれて怪我をしたことを申告し、怪我の写真を提出

他方Xも、平成23年頃、Yの態度に立腹しYの尻を足で押したとして有形力を行使したことを認めている。

要件を満たす。
危険性要件について
①X・Y間には離婚訴訟のほか面会交流、その間接矯正、子の監護者指定、子の引渡し等の紛争が長期化し、
Xが長女Aの授業参観に参加した後にAが錯乱状態に陥って以降ほとんど学校に通うことができなくなった等一連の経過

XとYは平成28年3月31日にされた本件支援措置申出の当時、Aの監護権及び面会交流を巡って激しい紛争状態にあった。
その結果としてXの行動によりAの当時の心身の状況が不安定となり、入院を要する等心身の状況が不安定となり、入院を要する等心身に有害な影響を及ぼし、
Yもまたこれにより心労が重なり心身が不調でこのままでは限界であると感じていた。

本件支援措置申出の当時において、Xからの身体に対する暴力に準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動により、Yがその生命または身体に危害を受けるおそれがなかったとまでは認めることができない⇒本件支援措置申出当時、Yが危険性要件を欠く状態であったとは認められない。
XはYがXとAとの面会交流を妨害する目的で本件支援措置申出をした旨主張。
but
そもそも面会交流は子の利益を最も優先して考慮して定められなければならない⇒監護親において面会交流が子の福祉を害すると考えて、その実現を妨げる行為を行った場合、当該行為が直ちに不当なものになると認めることはできず、
この点前記のとおり本件支援措置が要件を欠くものであるとは認められない上、
判示事情の諸点に照らせば、YがXとAとの面会交流を妨害する目的で本件支援措置の申出をしたものとは認められない。
  ●愛知県に対する請求
職務上の注意義務についてのXの主張:
K署長が本件意見を付するに当たり、Yの申告内容について加害者とされるXやその関係者から事情聴取を行い、司法判断の有無等の時jちう確認を行う職務上の注意義務がある。

本判決:
支援措置を定めた住民基本台帳法及び住民基本台帳事務処理要領の内容を詳細に検討した上、
これらの趣旨は、DV防止法1条1項に規定する配偶者からの暴力及びこれにより準ずる行為の被害者の保護のため、加害者が住民基本台帳の閲覧等の制度を不当に利用してそれらの行為の被害者の住所を探索することを防止し、もって被害者の保護を図ることにあり、専ら被害者に対する関係での関係諸機関や警察署等の行為規範を定めたものであり、
加害者とされている他方配偶者に対して、関係機関や警察署等が職務上の法的義務を負うことは想定していないというべきであり、加害者とされる他方配偶者の権利又は法的利益を侵害することになるものではない。
支援措置の必要性の判断は当初受付市町村の長が行うもの。

警察署長等が支援措置の意見を付するに当たり、加害者とされる者に対してい、何らかの職務上の法的義務を負担するとは考え難い等として、
Xの主張を排斥。
  解説 ●真逆の結論となった理由
第1審も、
「本件証拠を精査しても、被告Yの申告が虚偽であると積極的に認定できるほどの証拠は提出されていない。したがって、被害者要件に関する虚偽申告を理由として損害賠償請求を認めることはできない」とする。

住民基本台帳事務における支援措置の申出制度に関する理解ではほとんど差がない。
but
異なる結論。 
  ●暴力の有無・程度に関する認識の差異 
第1審:
「原告と既に別居状態にある被告Yについて、平成28年3月31日時点において、Xの「暴力によりその生命又は身体に危害を受けるおそれ」があったとは認められない」と判断。
「被告Yは、その主張する暴力被害について医師の診察等を受けておらず、Xがドアを開けたために、ドアと壁の間に挟まれて・・・被告Yの腕の皮がめくれたという点も、Xが被告Yに対し暴力を振るったと評価できるような性質のものであるかは判然としない」
控訴審:
4つの暴力の存在を認定。
  ●面会交流の意義に関する認識の差異 
一審:
Yは、支援措置の危険性要件を認識していたにもかかわらず、
「専ら、XとAが面会することを阻止する目的で(支援措置制度本来の利用趣旨に反した目的で)、本件支援措置を行なった」と判断

面会交流阻止という目的が全て違法であるとの前提に立った面会交流における非監護親重視の発想。

控訴審:
面会交流は子の利益を最も優先して考慮して定められなければならない⇒「監護親において、面会交流が子の福祉を害すると考えて、その実現を妨げる行為を行なった場合、当該行為が直ちに不当なものになると認めることはできない」としている。

面会交流における監護親重視の発想。
  ●PAS(片親引き離し症候群)・PA(片親疎外)問題 
  民事p71
名古屋高裁金沢支部H30.7.4  
  大飯原発運転差止請求
  事案 一審被告が設置した原子力発電所である大飯発電所3号機及び4号機について、その稼働によって一審原告らの声明、身体が重大な危険にさらされるおそれがある⇒一審被告に対し、人格権又は環境権に基づく妨害予防請求として運転差止を求め。
  原審 原子力発電所に求められる安全性や信頼性は極めて高度なものでなければならず、
①声明を守り生活を維持する利益は人格権の中でも根幹をなす根源的な権利
②東日本震災に伴う福島第一原発の事故を通じて明らかになった原子力発電の危険性及びそのもたらす被害の大きさ

本件発電所において、このような事態を招く具体的危険性が万が一にもあるのかが判断の対象とされるべき。 
本件発電所は、一審被告の算定した基準地震動やクリフェッジとされたレベルを超える地震動に襲われる危険があり、その場合、冷却機能が喪失し炉心損傷を経てメルトダウンが発生し、大量の放射性物質が施設外に拡散する危険性が極めて高く、しかも堅固な設備によって閉じ込められていない使用済核燃料の放射性物質が外部に放出される危険があって、このように地震の際の冷やす機能をとじ込んめる構造に欠陥がある。
本件発電所の運転によってその人格権が侵害される具体的な危険があるのは本件発電所から250㎞圏内に居住する者に限られる。

一審原告らのうち、前記圏内に居住する一審原告らの関係でその請求を認容し、
前記圏外に居住する一審原告らの請求を棄却。
  判断・解説  伊方原発の設置許可処分の取消しが争われた行政訴訟:
最高裁H4.10.29:
原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、
原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって、
現在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、
あるいは 当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、
被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべき。
被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきもの。
but
当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持

被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、
被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるというべき。

行政訴訟における判断の枠組みを示したもの。
but
民事訴訟においても、同最判と同様の枠組みを採用する下級審裁判例が大勢を占めている。
  本判決:
新規制基準の内容に不合理な点があるか、又は、地震、津波、火山、竜巻等の自然災害への対策、水蒸気爆発又は水素爆発その他重大事故への対策、テロリズム対策及び使用済み核燃料プールの安全性等に関して、新規制基準への適合性を認めた原子力規制委員会の判断に不合理な点があるかについて詳細に検討の上、同委員会の判断に不合理な点はなく、本件発電所の危険性は社会通念上無視しうる程度にまで管理統制されている。
⇒一審被告の敗訴部分を取り消し、人格権に基づく運転差止めを求める一審原告らの請求を棄却。 
本件発電所において特に大きく取り上げられたのは、基準地震動の策定の不合理性について。
一審原告ら:
本件発電所の近傍には、FO-A~FO-B~熊川断層という活断層があるところ、地震動の面積と地震モーメントとの関係を表す経験式である入倉・三宅式を用いると、その断層面積が過小評価されれてしまい、結果として地震動が過小評価されるおそれがある。
本判決:
前記のおそれがあることを踏まえても、本件発電所周辺の地域特性に加え、一審被告が本件発電所周辺において詳細な各種調査を行い、その結果に種々の不確かさを考慮して、対象となる断層の長さや幅を保守的に大きく設定
⇒過少評価のおそれがあるとはいえない。 
  知財p136
知財高裁H30.11.20  
  特許法102条2項の損害額の推定と共有者等
  事案 発明の名称を「下肢用衣料」とする本件特許の特許権を有する一審原告が、被告製品を製造販売等する一審被告らに対し、被告製品の製造販売等の差止め等を求めるとともに、
民法709条に基づく損害賠償請求をした。 
  原判決 被告製品につき本件発明の技術的範囲に属する。
無効の抗弁を排斥。

被告製品の製造販売等の差止め等及び損害賠償請求の一部を認容。 
  規定 特許法 第一〇二条(損害の額の推定等)

2特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。
3特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。
民訴法 第一五七条(時機に後れた攻撃防御方法の却下等)
当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。
特許法 第一〇四条の三(特許権者等の権利行使の制限)
特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。
2前項の規定による攻撃又は防御の方法については、これが審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。
  判断  特許法102条2項の損害額の推定を受けるに当たり、共有者は、原則としてその実施の程度に応じてその逸失利益額を推定されると解するのが相当であり、持分権の割合を基準とすることは合理的でない。
but
同項に基づく損害額の推定は、不実施に係る他の共有者の持分割合による同条3項に基づく実施料相当額の限度で一部覆滅されるとするのが合理的。
本件における特別の事情として、訴外会社の一審被告らに対する損害賠償請求権が一審原告に債権譲渡されているが、
①当該請求権は一審原告固有の損害賠償請求権とその発生原因を異にし、債権譲渡の結果、一審原告の下に両立していると考えられる
②一審原告が、債権譲渡を受けた損害賠償請求権を行使しないで、固有の損害賠償請求権のみの行使を主張する旨明言

本件においては、結果として同一人に帰属しているからといって、結論的に異にすべき事情ということはできない。
  本件訴訟の経緯(控訴理由提出期限経過後に提出した書面において、少なくとも6項目に及ぶ無効理由に基づく無効の抗弁等の追加を主張)

①一審被告らの控訴審における無効の抗弁等の主張の追加が時機に後れたものであること、
②一審被告らにその点につき少なくとも過失が認められることは明らか

民訴法157条1項に基づき時機に後れた攻撃防御方法として却下。 
一審被告らは、原審において北条単位で4個もの無効理由を主張しているところ、控訴審において追加しようとする無効理由は少なくとも6項目に及ぶ。
控訴審におけるこれほど多数の無効理由による無効の抗弁の追加は、審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものといわざるをえない。

無効の抗弁の追加主張については、特許法104条の3第2項によっても、却下されるべき。
     
  労働p196
福岡地裁H30.9.14   
  実際と異なる賃金算定方式を定めた就業規則の適用等
  事案 被告会社に雇用されて長距離トラック運転手として稼働していた原告が、
①被告会社に対して未払割増賃金及び控除された賃金等の支払を求め
②被告会社の代表取締役である被告Y2及びその夫であり事実上の取締役とされる被告Y3に対し、それぞれ会社法429条又は民法709条に基づく損害賠償の支払を求め、
③被告Y1及び被告会社に対し、被告Y3が原告に対してパワーハラスメントを行ったと主張し、
被告Y3については民法709条
被告会社については会社法350条により
損害賠償の支払を求めた。 
反訴:
被告会社が、原告に対し、業務指示を受けていた運送業務を無断で放棄したことについて、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償の支払を求めた。
  規定 労働契約法 第七条
労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
労働契約法 第一二条(就業規則違反の労働契約)
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
  判断 ●実態と異なる賃金算定方法を定めた就業規則の適用の可否
本件就業規則には「会社に勤務するすべての従業員に適用する。」との定めとなっており、文言上長距離トラック運転手にも適用されるものとなっており、その他の労働条件の定めも長距離トラック運転手に不利益をもたらすものではない
⇒労契法7条により、原告にも本件就業規則の日給月給制の定めが適用される。

仮に出来高払制の合意があったとしても、最低基準効に反し、同法12条により無効。
被告:本件就業規則は土木工事業を対象としており、長距離トラック運転手の労働実態と合わず、「合理的な労働条件を定めている」とはいえない。
vs.
個別の合意によることなく労働者の労働条件を規律すべく就業規則を定めた使用者においてその拘束力を否定することは、禁反言の法理に反して許されない。
  ●深夜割増賃金を基本給に含めるとの合意の成否 
基本給に深夜労働等の割増賃金が含まれていると認めるには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と深夜等の割増賃金に当たる部分とが判別できることが必要(最高裁H6.6.13)。
原告の給与明細には判別に足る記載はなく、賃金算定の基となる路線単価を定めるに当たっても深夜労働の有無や長さは厳密に検討されていない。

基本給に深夜労働に対する割増賃金を含むとの合意が成立していたとは認められない。
  ●賃金控除の適法性 
賃金控除の合意が賃金全額払の原則(労基法24条)の例外として有効と認められるためには、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要(最高裁)。
本件では、そのような合意は認められない⇒控除は違法。
  ●会社の賃金未払について代表取締役等の損害賠償責任の有無 
①被告会社は、原告に対し、賃金全額を支払う義務や、本件就業規則に従って原告の時間外労働等を正確に把握してこれに応じた割増賃金を支払う義務を負っているにもかかわらず、これを怠っている。
②被告Y2は代表取締役として、違法な賃金控除がなされないように監督する任務や、従業員の時間外労働等を正確に把握できるよう体制を整えた上で、その労働時間数に応じた割増賃金が確実に支払われるよう会社内部の制度を構築し実施する任務を負っていたにもかかわらず、これらを懈怠。
⇒任務懈怠は認められる。
but
被告Y2には任務懈怠について重大な過失があったとまではいえず、また、不法行為法上の過失といえるほどに高い注意義務違反があったとはいえない。
  ●事実上の取締役とされるY3について 
①被告Y3は、妻である被告Y2に命じて代表取締役に就任させたが、被告Y2は被告会社の業務決定に関与していなかった
②被告Y3は、従業員の採用や賃金決定に関与し、他の役員からの相談を受け、対外的には被告会社グループのCEOの肩書を用い、役員や従業員からも「オーナー」と呼ばれていた。

事実上の取締役と認められる。
but
上記Y2と同様の理由で、損害賠償責任は認められない。
  ●パワハラの有無及び被告会社の責任 
原告が、丸刈りにされて洗車用の高圧洗浄機を噴射されたり、ロケット花火を発射されて川に飛び込まされたり、社屋の入口前で土下座をさせられたりしたことについて、これらの事実のについての記載が写真と共に被告会社のブログに掲載
⇒被告Y3の指示があった。

パワハラに該当し、被告Y3は不法行為責任を負い、被告会社は、被告Y3が事実上の取締役であることから、会社法350条の類推適用により責任を負う。
会社法 第三五〇条(代表者の行為についての損害賠償責任)
株式会社は、代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
  ●業務の無断放棄による損害賠償責任の有無及び損害額 
原告が被告会社から運送業務の具体的指示を受けた後にこれを無断放棄したことについて、労働者は具体的に指示された業務を履行しないことによって使用者に生じる損害を回避ないし減少させる措置をとる義務を負う。

被告会社が宅配業者から受注していた業務を中止したことにより得られなくなった売上の限度で、原告の不法行為責任を肯定。
  刑事p212
大阪高裁H30.5.25  
  違法薬物の未必的認識の有無が分かれた事例
  一審 ①高額報酬(4万香港ドル)
②通常のルートでは日本に持ち込めないもの
③スーツケースに入る程度の大きさ(量)
④持ち込みに成功した場合に大きなメリットがあるもの
⑤本件前に「豚肉を身体に縛って日本に持ち込む仕事」を紹介されていた
⑥税関での言動
⑦取調べにおいても金塊だと思っていたとは供述していない

それぞれ違法薬物であるとの認識をある程度うかがわせる事情であるし、これらを総合すると強くうかがわせるが、いずれも金塊だと思っていいたとしても説明が付く事情。
⑧被告人供述には一部信用できない部分はあるが、金塊を運ぶ指示を受けたことはトークアプリ上のやり取りによって裏付けられている。
⇒違法薬物の未必的認識は認められない。
  判断 ①~④

特段の事情がない限り、違法薬物の未必的認識を有していたとの一応の推定が働く。
特に本件では税関を通過できない物であることを認識⇒より強い推認が働く⇒これを覆す特段の事情がない限り、少なくとも未必的認識が肯定される。
一審判決は、これらを違法薬物の認識を推認させる一事情としてしか評価しておらず、推認法則に従った判断をしていない。
推認を覆す特段の事情があるかにつき、①~⑧を検討しても、被告人が金塊と信じ込んだといえるような事情はなく、かえって金塊との認識自体に疑問を生じさせる事情がある。

金塊の認識が未必的にとどまる場合には、違法薬物との認識と排斥し合うものではなく、併存し得ることは論理上明らかであるのに、排除するかのように扱って検討を進めているようにもみえ、論理則に反している疑いがある。
⇒一審判決の事実認定は、経験則に反し、論理則に反している疑いがある。
  解説 最高裁H24.2.13:
控訴審が一審判決に事実誤認があるというためには、その事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示す必要がある。 
個々の間接事実が故意を推認させる力は具体的事情によって種々である。
経験則についてもどのような場合にどのような経験則が認められるかについては慎重に検討しなければならない。
2412   
  行政p3
東京高裁H30.12.5   
  難民不認定処分の取消⇒事情変更を理由に再度難民不認定処分の事案
  事案 Xが、前訴判決により本件前不認定処分当時における難民該当性が認められた以上、法務大臣が再度の難民不認定処分をするには、難民条約1条C(「終止条項」)(5)にいう「難民であると認められる根拠となった事由が消滅したため、国籍国の保護を受けることを拒むことができなくなった場合」に該当することを要するところ、Xについて終止条項に該当するとは認められない
⇒本件再不認定処分の取消し、本件異議棄却決定の無効確認及び難民認定の義務付けを求めた。 
  一審 Xの請求のうち、
本件再不認定処分の取消し及び難民認定の義務付けを求める部分を認容し、
本件異議棄却決定の無効確認請求に係る訴えを却下 
  判断  一審維持をYの控訴を棄却
我が国の法制度において、難民に該当することを理由に、難民不認定処分の取消決定が確定している外国人は、法務大臣による難民認定を要件とすることなく、前記処分時において難民条約の適用を受ける難民であることが公権的に確認されていることとなり、法務大臣もこれに拘束される。
⇒その後の事情の変更を理由として法務大臣が難民認定をしない旨の処分をしようとする場合には、終止条項の規定により難民条約の適用が終止するか否かを判断する必要。
・・・・本件再不認定処分当時、終止条項に該当すると認めることはできず、なお難民に該当⇒本件再不認定処分の取消しを求めるXの請求は理由がある。
・・・スリランカ当局等からLTTEの協力者であるとの疑いをもたれている具体的な可能性があるXについて、終止条項該当性を認めることはできない。

Xは現時点においても難民に該当し、難民認定の義務付けを求めるXの請求も理由がある。
  解説 本判決は、終止条項を含む難民条約1条の規定等から、終止条項の適用対象を法務大臣による難民認定を受けた者に限定しない立場を採った上で、
難民に該当することを理由に難民不認定処分の取消判決が確定している外国人について、取消判決の拘束力(行訴法33条)を理由として、法務大臣がその後の事情の変更を理由に難民認定をしない旨の処分をしようとする場合には終止条項の規定により難民条約の適用が終止するか否かを判断すべきことを明らかにしたもの。 
  民事p23
大阪高裁H30.10.11  
  妻(再婚)の夫に対する婚姻費用請求
  事案 B(妻)とA(夫)は、平成24年に婚姻し、Aは、Bと前夫間の長女D(平成9年生)と養子縁組。
Bは、平成28年、Dを連れて自宅を出た。 
  原審 Aの収入を年額1958万円余ないし1566万円、Bの収入をパートタイム労働者の半分(年額60万円)と認定、
Dを大学の卒業年次までは未成熟子として取り扱うが、標準的算定方式を超える教育費については、Aの同意がなく、前夫から養育費が支給されていることに鑑み加算しない。 
Aから支払われた既払いの婚姻費用約340万円を控除し、未払い婚姻費用344万円余と月額28万円(平成32年3月まで)ないし21万円(同年4月以降)の支払を命じた。
  判断 Bは教員免許を有し、平成28年までは高校講師として勤務
⇒稼働能力を基に平成27年の年収250万円をその収入と認定。
Dの教育費:
①Aの年収が標準的算定方式の予定する年収の2倍強に上る
②前夫から養育費とは別途受験費用等が支給されている
⇒原審同様加算しない。
婚姻費用の分担額を、
未払い婚姻費用720万円と月額32万円(平成30年1月まで)、26万円(平成32年3月まで)ないし16万円(同年4月以降)と試算。
未払い婚姻費用(Dの生活費を含む720万円)とDの生活費を含まない(DがBと同居していない場合の)未払い婚姻費用(480万円)との差額240万円は、
前夫から支払われたDに対する養育費(合計378万円)によって既に賄われており、その間、Dの要扶養状態は解消⇒前記未払い婚姻費用の額は480万円に止まる。
そこから既払い婚姻費用約340万円を控除して、原審決変更した上、未払い婚姻費用140万円余と月額26万円(平成32年3月まで)ないし16万円(同年4月以降)の支払を命じた。
  解説 権利者が再婚し、監護する未成年者が再婚相手と養子縁組:
①養子制度の目的
②未成熟子との養子縁組には、子の養育を全面的に引き受けるという暗黙の合意が含まれている

養親が実親に優先して扶養義務を負う。

通常は、養親の扶養義務が実親に優先し、
養親が無資力その他の理由で十分に扶養義務を履行できないときに、実親がその義務を負担。
  民事p29
仙台高裁H30.11.22  
  携帯電話のレンタル業者に詐欺行為の幇助を認め損害賠償請求を認めた事案
  事案 Xは、Y(携帯電話のレンタル業者)らに対し詐欺の実行行為者Bとの共謀ないし故意・過失による幇助の不法行為に基づき損害賠償(詐欺による被害金、慰謝料、弁護士費用)を求めて提訴。 
  原審 ①携帯電話の貸与業者が一般的に犯罪行為への加担を認識認容しているとは認められず、その貸与行為から直ちに携帯電話が犯罪に使用されることにつき認識認容があったとはいえない⇒Yらの故意を認めない。
②Y2は対面により本人確認を行い、運転免許証の提示を求めており過失も認められない。

請求棄却。 
  判断 原判決を変更し、Xの請求を一部認容(被害金、弁護士費用を認め、慰謝料は認めず)。
①Y2(代表取締役)は、転送電話サービス付きの携帯電話が、電話を利用した詐欺等の犯罪に悪用される事例が多くあり、犯罪防止の観点から、法規制により貸与時本人確認等の悪用防止策が講じられていることを十分に認識しながら、Y1社を設立して携帯電話のレンタル業を始めた
②Y2は、Y1社がレンタルした携帯電話が実際に犯罪に悪用されていることを警察からの指摘を受けて知りながら、契約の態様としては、Y1社の事務所ではなく、公園でBと会い、支払履歴などの物的証拠が残りにくい現金払い、かつ領収証は交付しないこととした上、具体的な使用目的も確認しないで、約4か月の間に合計10台もの電話転送サービス付き携帯電話を貸与。

Y2は、Bに貸与した携帯電話が、Xが被害を受けた電話勧誘によるデート商法詐欺を含む詐欺等の犯罪行為に悪用される可能性が極めて高いことを具体的に認識しながら、そのような犯罪行為を助ける結果が生じてもやむを得ないものと少なくとも未必的に認識したうえで、Y1社からBに貸与したものと認めるのが相当であり、Yらには、Xが被害を受けた本件詐欺被害について、詐欺行為を助け、詐欺による被害が生ずることについて、包括的かつ未必的な故意があった。
仮に、故意がなかったとしても、Yらには、前記詐欺被害が生ずることについて具体的な予見可能性があった⇒それにもかかわらず携帯電話を貸与したことには過失がある。
  解説 犯罪行為に利用させる事務所や携帯電話を貸与することが幇助に当たるかという問題が争点となるケースについては、主観的要件の認定が難しい。
←携帯電話の貸与業者が一般的に犯罪行為に加担しているという経験則は認められない。
but
本判決は、事案の個別的事情を子細に検討し間接事実を積み重ねていくことにより、携帯電話の貸与につき貸与したレンタル業者の詐欺行為幇助の故意・過失を認定。 
違法な投資法品勧誘行為を行っていた事業者に事務所を使用させた行為は不法行為の幇助に当たるとした事例(東京高裁H29.12.20)。
違法行為をする者に便宜を供与する者については、その相互の関係と主観的要件いかんにより、
共同不法行為者、幇助者、法的責任とは無関係の者に分かれる。
その認定判断においては、関連事実をきめ細かく主張立証し、論証していくことが必要となる。
  民事p36
徳島地裁H30.10.18  
  一部の相続人による、被相続人名義の貯金全額の引出しと不当利得
  事案 亡Aの相続人である原告が、共同相続人である被告に対し、
Aの死後に同人名義の本件貯金1618万円余について原告の同意を得て払戻しを受けたがそのまま被告が全額を領得したため、原告に被告に対し、
第1に主位的に、準共有持分侵害の不法行為に基づき自己の法的相続分2分の1に当たる809万円及び弁護士費用80万円等の支払を、
第2に予備的に、不当利得に基づき自己の法廷相続分に当たる809万円余等の支払を求めた。 
  争点 ①本件貯金は亡Aの遺産か、それとも被告に帰属するのか
➁不法行為・不当利得は成立しているか
③不当利得額は原告の法廷相続分相当額か、それとも具体的相続分相当額か
  判断 争点①について、Aに帰属 
争点②について:
原告が本件貯金の払戻しに同意していた⇒不法行為は成立しない
被告は遺産分割協議を経ることなく全額を出金して原告に交付することなく独占⇒本件貯金に対する原告の準共有持分を不当に利得
争点③について:
①具体的相続分はそれ自体を実体法上の権利関係であるとはいえない
②Aの遺産に係る遺産分割が未了
③被告において遺産分割協議や審判を経るなどして、具体的相続分を前提に本件貯金の準共有関係の解消を図ること(被告の主張によれば、そもそも原告が本件貯金の準共有持分を有しない旨を確認すること)が可能であるにもかかわらずそのような手続をとることなく、本件貯金の解約についてのみ原告の同意を取り付けてこれを全額領得しており、このため本件訴訟が提起されていることなどの経緯

本件訴訟において侵害の有無を判断する基準となるべき相続分は、具体的相続分ではなく法定相続分であると解すべき。

不当利得返還請求を認容。
  解説 最高裁H28.12.19:
共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる。 
上記最判は、最高裁H16.4.20を変更したが、同判決中変更されたのは、
前半部分の「相続財産中に可分債権があるときは、その債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり、共有関係に立つものではない」とされた部分だけで、
後半の「したがって、共同相続人の1人が、相続財産中の可分債権につき、法律上の権限なく自己の債権となった分以外の債権を行使した場合には、当該権利行使は、当該債権を取得した他の共同相続人の財産に対する侵害となるから、その侵害を受けた共同相続人は、その侵害をした共同相続人に対して不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還を求めることができる」という部分まで変更したものとは解されない。

本件の判決が不当利得返還請求を認容したことがこれらの判例と相反するものではない。
損害額あるいは利得額の算定基準を法定相続分とするか、具体的相続分とするか?
最高裁H12.2.24:
具体的相続分は遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合を意味するものであって、それ自体を実体法上の権利関係であるということはできない。 

法定相続分とする本判決の判断はこれまでの判例の線に沿ったもの。
本件のような場合における不当利得返還請求や損害賠償請求については、最高裁H28.12.19の射程外であり、遺産分割を要するものではない。
  知財p43
知財高裁H30.12.18  
  共同での特許無効審判請求に係る無効審決⇒特許権者が、共同審判請求人の一部のみを被告として取消訴訟、共同審判請求人との関係で出訴期間経過⇒審決取消訴訟は訴えの利益を欠く不適法なものとして却下
  事案 Y及びAが共同でした無効審判請求に係る取消訴訟。
特許権者Xらは、共同審判請求人Y及びAのうちYのみを被告として本件訴訟を提起し、Aとの関係では、審決取消訴訟が提起されないまま出訴期間を経過。 
  規定 特許法 第132条(共同審判)
同一の特許権について特許無効審判又は延長登録無効審判を請求する者が二人以上あるときは、これらの者は、共同して審判を請求することができる。
  判断 訴えの利益を欠く不適法なものとして、却下。 
本件審決は、Aとの関係においては、出訴期間の経過により既に確定⇒本件特許の特許権は初めから存在しなかったものとみなされる⇒本件訴えは訴えの利益を欠く不適法なもの。
特許法132条1項は、本来、各請求人は単独で特許無効審判請求をし得るところ、同一の目的を達成するために共同での審判請求を行い得ることとし、審判手続及び判断の統一を図ったもの。
but
この場合の審決を不服として提起される審決取消訴訟につき固有必要的共同訴訟とする規定も、審決の画一的確定を図るとする規定もない。
同一特許について複数人が同時期に特許無効審判請求をしようとする場合の特許無効審判手続の態様:
①共同審判請求
②別居独立に請求された審判手続が併合
③別個独立に請求された審判手続が併合されないまま進行
の3つが考えられる。
③の場合に無効審決がされたときは、その取消訴訟をもって必要的共同訴訟と解する余地がない

事実及び証拠と同一であるか異なるかに関わりなく、複数の特許無効審判請求につき、請求不成立審決と無効審決とがいずれも確定するという事態は、特許法上当然想定されている。
①の場合に、被請求人(特許権者)の共同審判請求人に対する対応が異なった結果として前記と同様の事態が生じることも、特許法上想定されないこととはいえない。


共同審判請求に対する審決につき合一的確定を図ることは、法文上の根拠がなく、その必要性も認められない
⇒その請求人の一部のみを被告として審決取消訴訟を提起した場合に、被告とされなかった請求人との関係で審決の確定が妨げられることもない。
共同審判請求に対する審決につき合一的確定を図ることは法文上の根拠がなく、その必然性も認められない
⇒当該審決に対する取消訴訟をもって固有必要的共同訴訟ということはできない。
  解説  同一の特許権については、2人以上の者が共同して特許無効審判を請求することができる。(特許法132条1項)
特許を無効にすべき旨の審決が確定⇒特許権は、初めから存在しなかったものとみなされる。(同法125条本文) 

共同で特許無効審判が請求され、無効審決がされたのに対し、被請求人(特許権者)が共同審判請求人の一部の者のみを被告として審決取消訴訟を提起し、他の請求人との関係ではこれを提起しないまま出訴期間を経過した場合の規律は? 
共同で特許無効審判請求に対し不成立審決がされた場合における請求人の一部の者のみが提起する審決取消訴訟の許否について
最高裁H12.2.18:
各請求人が個別に審決取消訴訟を提起し、又は提起しないことができる。

別個独立に請求された特許無効審判手続が併合され、不成立審決がされた場合、請求人の一部の者のみが提起した審決取消訴訟の適法について、
最高裁H12.1.27:
ある特許につき請求不成立審決が確定し、その旨の登録がされたときは、その登録後に新たに当該無効審判請求におけるのと同一の事実及び同一の証拠に基づく無効審判請求をすることが許されないとするものであり、
それを超えて、確定した請求不成立審決の登録により、その時点において既に係属している無効審判請求が不適法となるものと解すべきではない。

審決取消訴訟を提起しなかった請求人との関係では不成立審決が確定することを前提とする。
  労働p49
広島高裁岡山支部H31.1.10  
  外科医師の職種限定合意、配置転換命令等が無効とされた事例
  事案 Xは、Yが運営する病院(A病院)に勤務する外科医。 
Xは、Yから、Xを消化器外科部長及び消化器疾患センター副センター長から解任し、がん治療サポートセンター長に任命する配置転換命令(本件配転命令)及び外来・入院・手術・カンファレンス等、外科の一切の診療に関与することを禁止する命令(本件診療禁止命令)を受けた。

Xは、Yに対する以下の仮処分命令の申立て
①がん治療サポートセンター長として勤務する雇用契約上の義務がないことを仮に定める仮処分命令の申立て
②本件診療禁止命令に従う義務のないことを仮に定める仮地位仮処分命令の申立て
③XがYの求める調査会に出席しなかったことを理由とする懲戒処分の事前差止めを求める仮地位仮処分命令の申立て
  原決定 全部却下 
  判断  申立て①②を認容し、③を却下。 
  解説   ●配置転換命令(「配転命令」)の意義
配転:従業員の配置の変更であって、職務内容または勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるもの

長期的な雇用を予定した正規従業員については、職種・職務内容や勤務地を限定せずに採用され、企業組織内での従業員の職業能力・地位の発展や労働力の補充・調整のために系統的で広範囲な配転が行われていくのが普通。
このような長期雇用の労働契約関係においては、使用者の職務内容や勤務地を決定する権限が帰属することが予定されている。(菅野)
  ●職種限定合意の成否
一般に、職種限定合意等に反する配転命令は無効と解されている。
本決定:職種限定合意の成立を認め、これに反する本件配転命令及び本件診療禁止命令を無効とした。
一般に、労働契約の締結のなかで、当該労働者の職種が限定されている場合は、この職種の変更は一方的命令によってはなしえない。(菅野)
Xは外科医師⇒職種限定合意が認められる極めて典型的な事例。
but
原決定はこれを否定

①明示的な合意がない
vs.
黙示の合意を否定する理由とならない。

②就業規則で兼務があり得るとされている
vs.
専門とする診療科での診療を禁止することを根拠づけるものではない。
  ●配転命令権の濫用 
配転命令権が乱用された場合、配転命令は無効(通説・判例)
職種又は勤務場所を限定する合意については、労働契約の内容として個々の配転命令権を制限する合意までは認め得なくても、労働者の期待等を考慮し、・・・命令権の濫用を基礎づける事情(著しい職務上又は生活上の不利益)として考慮されることもある。(西村)

本決定:
職務限定合意があることを理由として、権利濫用の判断に当たり、高度の業務上の必要性を要求し、かつ労働者の被る不利益について検討する中で、職種限定合意を基礎づける事情について考慮。
  ●労働者が配転命令等の無効を争う訴訟における訴訟物等 
労働者が使用者に対して就労させることを請求する権利(就労請求権)を有するか?
労働契約は義務であって権利ではない(使用者は、賃金を支払うかぎり、提供された労働力を使用するか否かは自由であって、労働受領義務はない)
⇒特約ある場合や特別の技能者である場合を除いては就労請求権を否定。(通説・判例)

配転命令等を無効確認請求事件における訴訟物は、「雇用契約に基づく就労義務の存否」であり、「配転無効であることを前提とする主張を請求の趣旨に構成する仕方は、新部署における労働契約上の就労義務がないことの確認を求めるという方法しかない」
but
労働者が配転命令を争う訴訟において求めるべき請求内容は、配転先における就労義務のない労働契約上の地位の確認。
but
労働契約上、職種や勤務地が限定されており、配転命令がその限定に反して無効であるという場合には、配転前の職種ないし勤務地において就労する地位の確認を求めることができるとする見解(菅野)もある。
  ●仮処分に特有の問題 
仮の地位を定める仮処分の被保全権利は、本案事件の訴訟物であると解されている。
新職場に勤務する雇用契約上の義務の不存在確認を求める場合の被保全権利:当該義務の不存在確認請求権(申立て①)
申立て②に係る被保全権利:本件診療禁止命令(業務命令)に従う義務の不存在確認請求権。
民事保全法 第23条(仮処分命令の必要性等)
・・・
2仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
「債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするとき」に保全の必要性が認められる。

仮処分によって債権者が受ける利益と仮処分によって債務者が被る不利益を比較衡量して、被保全権利が疎明の段階であっても、仮処分を発令しないことによって生ずる債権者の不利益が著しく大きいと認められるときに保全の必要性が存在すると解されている。
配置転換の効力停止を求める仮処分については、転居を伴うような転勤の場合、保全の必要性が認められやすいが、部内移動や転居を伴わない転勤の場合、保全の必要性は容易には認められないことになろうが、
技能の低下、精神的苦痛、昇給等への影響、労働組合活動への支障、懲戒処分のおそれ等を理由に保全の必要性をみとめるとの立場も考えられる。

本件は、特段の事情が認められる典型的事案。
  刑事p68
大阪高裁H30.7.5  
  ビルから落下させて殺害での起訴について無罪となった事案
  事案 殺人、脅迫、暴行の公訴事実。
殺人については、被告人が、交際相手であるVを、ビルの5階から路上に落下させて殺害したというもの。
被告人は、Vは、自ら落下、すなわち自殺と主張。 
  原審 殺人について無罪。 
  判断 Vの落下状況から、自殺の可能性を否定することや、他殺と自殺の可能性の大小を論じることはできないし、そのほか現場や遺体の客観的状況からも、Vが自殺したことがあり得ないとはいえない⇒殺人について無罪。 
  規定 刑訴法 第三八二条の二[量刑不当・事実誤認に関する特則]
やむを得ない事由によつて第一審の弁論終結前に取調を請求することができなかつた証拠によつて証明することのできる事実であつて前二条に規定する控訴申立の理由があることを信ずるに足りるものは、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実以外の事実であつても、控訴趣意書にこれを援用することができる。
刑訴法 第三九三条[事実の取調べ]
控訴裁判所は、前条の調査をするについて必要があるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で事実の取調をすることができる。但し、第三百八十二条の二の疎明があつたものについては、刑の量定の不当又は判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するために欠くことのできない場合に限り、これを取り調べなければならない。
刑訴法 第三九二条[調査の範囲]
 控訴裁判所は、控訴趣意書に包含された事項は、これを調査しなければならない。
②控訴裁判所は、控訴趣意書に包含されない事項であつても、第三百七十七条乃至第三百八十二条及び第三百八十三条に規定する事由に関しては、職権で調査をすることができる。
  解説  本判決では、検察官の事実の取調べ請求を全て却下しているが、検察官が請求した証拠は、追加の落下実験に関するものであり、それ自体は科学性、客観性を相当程度肯定することができるものであった。
but
刑訴法382条の2第1項の「やむを得ない事由」を否定した上、
同法393条1項本文によって取り調べる必要性も否定。
「やむを得ない事由」:
原審における争点整理の経過や内容、証拠関係について検討⇒検察官は原審の公判前整理手続終了前、遅くとも原審公判中に行っておくべきであった立証準備を怠っていた⇒否定。
「必要性」:当該証拠の位置付けを、原判決の説示と対比させ、原判決の当否を左右し得るものかを検討した上で、これを否定。
~控訴審が事後審であることが強く意識されている。

控訴審裁判所が事実取調べ請求に係る証拠の位置付けを把握するのは、立証趣旨や、やむを得ない事由及び必要性に関する検察官の主張を通じてであることが通常であろうが、
提示命令を出して、証拠の内容を確認した上でこれを把握することも許されよう。
  本判決:
殺人⇒控訴棄却
脅迫⇒無罪とした原判決には法令適用の誤りひいては事実誤認がある⇒破棄自判
原判決も有罪としていた暴行についても破棄 
暴行については、被告人からの控訴はなく、
検察官からの公訴はあったものの、およそ控訴理由を主張しておらず、
暴行につき原判決は可分
⇒控訴は不適法(いわゆる不成立)
but
脅迫につき懲役刑を科すのであれば、脅迫の部分に加えて、暴行の部分についても原判決を破棄し、脅迫と暴行ににつき併合罪処理をして1つの刑を科さなければならないと解されており、
これは、本件のように、一方の罪において控訴はあるが控訴理由の主張がなく、それだけをみれば控訴が不適法となる場合でも同様と解されている。(最高裁昭和38.11.12)
   刑事p92
東京高裁H31.1.23
  野焼作業で地元住民である作業員3名が焼死⇒同野焼作業の企画・立案を狙っていた被告人両名が過失責任を問われた事案。
  事案 野焼作業で地元住民である作業員3名が焼死⇒同野焼作業の企画・立案を狙っていた被告人両名が過失責任を問われた。 
  原判決  被告人両名は本件事故を予見できたし、また予見すべきであった⇒結果回避義務の懈怠があった⇒業務上過失致死罪の成立を認めた。 
  判断 被害者ら3人等による本件着火行為は、「野焼き作業の鉄則」(緊急時の避難場所となり得る安全地帯を背にして、その外縁部に着火し焼け跡を広げていく方法で作業を進めること)に反する、原野内で着火するのに等しい危険な作業手順であった。 
①野焼き作業においては、具体的な着火場所の選定は現場の状況等を1番よく知り得る立場にある現場の作業員らの判断に委ねられている
②被害者3名を含む現場の作業員らは、経験も豊富で、野焼作業の安全性のための手順を充分にわきまえた者達であった
③現場の作業員らの判断で進められてきたこれまでの野焼作業では、作業員の大きな死傷事故につながるような事故が発生していなかった
④被告人両名は、本件野焼作業の企画・立案を担っていた者はあるが、本件実施計画書は、作業担当責任者らが参加する会議での了承も経て確定しているところ、その過程で事故の危険性について具体的な指摘も受けていない

被告人両名の立場からすれば、経験豊富な現場の作業員らが、「野焼作業」の鉄則」に反して、原野内で着火するのに等しい危険な行為を行うようなことは、通常は想定し得ないというべきであり、これを、計画の企画・立案の際に、具体的に予見できた又は予見すべきであったとは認められず、結果を回避すべき義務があったとも認められない。
  解説 被告人に過失責任を問えるか否かを検討するに当たっては、
①発生した事故が具体的にどのような原因によって生じたのかを認定し、
②その原因に即して、被告人の立場において、これに対する予見可能性があるかどうかを検討し、
③予見可能性がある場合に結果回避措置の内容を検討するのが通常。 
東京高裁H29.9.20:
天竜川下りの事故で、乗船場に勤務する船頭主任で運行管理補助者である被告人の業務上過失責任を認めた一審判決を事実誤認で破棄し、
被告人には、船頭らに対し危険回避のため適切な操船や状況判断等により安全な運行を確保するための指導・訓練を実施させるよう運行会社側に進言し、自らもそうした指導・訓練を実施するべき注意義務があったとは認め難く、事故発生の現実的危険を認識し得たとは考え難く、転覆についての現実的な危険性を認識し得なかったなどとして、無罪。
8月   
2411   
  行政p5
大阪地裁H31.3.14  
  近畿財務局長等が、森友学園について不開示情報と判断⇒国賠法上違法とされた事案
  事案 原告は、近畿財務局長に対し、行政情報公開法に基づき、国が学校法人森友学園に賃貸し、その後、売り払った土地に関する「賃貸契約時までに提出された小学校の設立趣意書」等の開示請求⇒近畿財務局長は、同法5条2号イ所定の不開示情報が記録されていることを理由に一部不開示決定⇒それが国賠法上違法であると主張し、同法1条1項に基づき損害賠償金等の支払を求めた。 
  判断 ①本件設置趣意書の本文部分記載の情報は、学校法人としての経営戦略に関する情報としては概括的かつ抽象的なものにとどまり、小学校の運営・経営上のノウハウというべきものではない上、既に、実質的に公にされていたと認められる
⇒利益侵害情報に該当するとはいえない
②小学校名も、これを知った他の学校法人等が先んじてそれを使用し、又は商標登録するなどして、森友学園による前記名称の使用が妨げられるといった事態に至ったとしても、そのことによって、森友学園の競争上の地位が害されることになるとは考えられない⇒利益侵害情報に該当するとはいえない。
近畿財務局長等は、小学校をめぐる一般的な社会の状況や、新聞報道等によって知り得る森友学園に関する諸事情、公知の事実等を踏まえ、健全な社会通念に照らして合理的に判断しさえすれば、本件不開示部分を開示したとしても、森友学園の権利、競争上の地位その他正当な利益が害される蓋然性がないとの判断に至ることができたというべき
⇒職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件不開示決定をしたものであり、国賠法1条1項の違法があった。
⇒一部認容。
  規定 行政情報公開法 第五条(行政文書の開示義務)
行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない。

二 法人その他の団体(国、独立行政法人等、地方公共団体及び地方独立行政法人を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、次に掲げるもの。ただし、人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報を除く。

イ 公にすることにより、当該法人等又は当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの
  説明  行政情報公開法5条2号イ所定の「競争上の地位」とは、法人等又は事業を営む個人の公正な競争関係における地位を指し、
「その他正当な利益」とは、ノウハウ、信用等法人又は事業を営む個人の運営上の地位を広く含むものとされ、 
「害するおそれ」の判断に当たっては、単なる確率的な可能性では足りず、法的保護に値する蓋然性が求められるとされている。
  行政情報公開法に基づく公文書の不開示決定に取消し得べき瑕疵があるとしても、そのことから直ちに国賠法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と前記決定をしたと認め得るような事情がある場合に限り、前記評価を受けるものと考えられている(最高裁H18.4.20)。 
本判決は、本件不開示部分の情報の内容、当該情報に係る法人を巡る諸事情⇒本件不開示部分が利益侵害情報に該当しないことは明らか⇒近畿財務局長が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件不開示決定をしたと認め得るような事情がある場合に該当すると判断。
  民事p15
大阪高裁H30.12.20  
  除斥期間の経過が問題となった事案
  事案 第二次大戦中に朝鮮半島から日本に強制連行され、広島に投下された原子爆弾に被爆したと主張する者の相続人らが、当該在外被爆者らが国に対して有する損害賠償請求権を相続したと主張⇒国に対して履行を求めた 
  判断 在外被爆者らに対する国の不法行為は当該在外被爆者らが死亡した時点で終了し、その翌日から本訴提起まで20年以上が経過したところ、
除斥期間の経過による権利消滅の効果が制限されるのは、時効停止事由に相当する事由がある場合のように、権利者が除斥期間の経過前に権利を行使することに障害があり、かつ、除斥期間の経過をもって権利が消滅するという効果を発生させることが著しく正義・公平に反する場合に限られる。 
本件に係る在外被爆者4名のうち最も早く死亡した者につき除斥期間20年が経過したのは平成7年12月29日であり、平成19年最判(402号通達及びこれに基づく取り扱いは国賠法上違法であり、担当職員に過失があったとして、在外被爆者又はその相続人は、国に対して損害賠償請求をすることができると判断)に係る提訴は平成7年末までにされている⇒除斥期間が経過するまでに本訴を提起することが不可能であったとはいえない。
国が、除斥期間経過社との間でも和解を成立させていたのに、突如、和解を拒絶するような態度を取ったからといって、権利消滅の効果を発生させることが著しく正義・公正に反することはならない。
  解説 民法724条後段の規定は、不法行為に基づく損害賠償請求権についての除斥期間を定めたもの(判例)。
除斥期間の起算点は、不法行為の時(民法724条後段)。
加害行為が行われたときに損害が発生する不法行為⇒加害行為の時が起算点。
加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生⇒当該損害が発生したときが除斥期間の起算点。
(判例)
  例外を認めた判例:
・20年以上前の不法行為の被害者が不法行為により心神喪失の常況にあったのに法定代理人を有しなかった場合において、当該被害者が禁治産宣告を受け、後見人が6か月以内に権利行使した事案において、民法158条の法意に照らし、除斥期間の経過による権利消滅の効果は生じないとしたもの。

・殺人事件の被害者の死体が加害者の自宅敷地に埋められ、20年以上が経過して初めて説人被害が発覚した場合において、相続人が6か月以内に権利行使した事案において、民法160条の法意に照らし、除斥期間の経過による権利消滅の効果は生じないとしたもの。


除斥期間の経過による権利消滅の効果について例外が認められるのは、時効停止その他の根拠となる規定があり、かつ、除斥期間の経過による権利消滅の効果を認めることが著しく正義・公平に反する場合に限定。
  民法 第158条(未成年者又は成年被後見人と時効の停止)
時効の期間の満了前六箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から六箇月を経過するまでの間は、その未成年者又は成年被後見人に対して、時効は、完成しない。
2 未成年者又は成年被後見人がその財産を管理する父、母又は後見人に対して権利を有するときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は後任の法定代理人が就職した時から六箇月を経過するまでの間は、その権利について、時効は、完成しない。
民法 第160条(相続財産に関する時効の停止)
相続財産に関しては、相続人が確定した時、管理人が選任された時又は破産手続開始の決定があった時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
  本件:
在外被爆者らが生存中は不法行為が継続していたとみることができたとしても、同人に対する不法行為は終了したとみるのが自然。

在外被爆者ら及びその相続人らにとって提訴が困難な事情があったとはいえ、このような事情は時効の停止に準じるような事由とはいい難い。

除斥期間の経過による権利消滅の効果を否定することは困難と判断。
  民事p21
広島高松松江支部H30.7.24   
  ハンセン病元患者の子による国賠請求
  事案 国立療養所に入所しなかったハンセン病元患者であるAの子であるXが、
国会議員、内閣、厚生大臣及び鳥取県知事が平成8年まで非入所者とその家族に対する偏見差別を除去するのに必要な行為をせず、また、非入所者とその家族を援助する制度を創設整備するのに必要な行為をしなかったことは、国賠法上の違法行為に当たると主張⇒国賠請求。 
  判断 厚生大臣が、遅くとも昭和35年以降、非入所者に対し、隔離政策の転換、その一環としての必要な在宅医療制度の構築等の相当な措置を採るべき義務を負っていたのに、これを怠ったことにつき違法性があり、過失がある。
らい予防法の文言⇒
患者が一律に隔離等の対象とはされず、非入所者の権利利益が同法により当然に制約されず、また、同法が隔離政策の継続を義務付けておらず、隔離政策転換の余地が同法の解釈上は残されていた

非入所者に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置をとることが必要不可欠で、それが明白とはいえないし、同法の規定が違憲であることが明白とはいえない

同法を廃止しなかったことが非入所者との関係で国賠法1条1項の適用上違法であるとはいえない。
・・・国の隔離政策継続が非入所者との関係でも違法であると判断するに足りる事実につき同事件控訴審判決の宣告された平成16年7月27日には認識していた⇒本訴提起時にAの国に対する国家賠償請求権の消滅時効期間が経過。
隔離政策の下で隔離され、治療機会が極めて制限されるなどの損害を被ったのは患者であってその家族ではなく、また、Xが、Xの主張する具体的な差別偏見を受け、その生活が困窮し、仕事の選択肢等が制約されたとは認められない
⇒厚生大臣はXに対し隔離政策を転換する義務を負わず・・・Xに対し偏見差別除去の義務を負わない⇒Xとの関係で厚生大臣の職務行為につき国賠法上の違法性があったといえない。
・・・・・。
  解説  最高裁:
国賠法1条1項は、公権力の行使に当たる公務員が個々の国民に対して負担する職務上の義務に違反し当該国民に損害を加えたときに、国等がこれを賠償する責任を負う旨規定していると解され、
同項の適用上違法といえるためには、公務員の職務上の義務に対する違反であることだけでなく、その義務が当該被害者個人に対して負うものであることが必要。
本判決:
以上を前提に、厚生大臣の職務上の義務違反につき、
Aを含む非入所者に対するものと
非入所者の子たるXに対するものに分け、
前者に対する義務違反を肯定しつつ、後者に対する義務違反を否定。 
  最高裁:
国会議員の立法行為又は立法不作為が国賠法1条1項の適用上違法となるかについて、違憲性の問題と違法性の問題を区別した上で、
国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するため所要の立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるのに、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合や、
法律の規定が憲法上保障されている権利利益を合理的な理由なく制約し違憲であることが明白であるのに、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などには、
例外的に、その立法不作為が同項の適用上違法となると解している。 
本判決:
以上を前提に、隔離政策転換の余地がらい予防法の解釈上は残されていたなどを指摘し、当該立法不作為が非入所者又はその家族との関係において同項の適用上違法となることを否定。
  最高裁:
「損害及び加害者を知った時」(民法724条)とは、被害者において、加害者への賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に、それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味する。 
本判決:
同条項前段の時効起算点に関し、これを前提に、国の隔離政策継続が被入所者との関係でも違法と判断するに足りる事実につき遅くとも前記刑事事件控訴審判決の宣告された平成16年7月26日にはXが認識していた旨判示。
  民事p65
神戸地裁H30.10.17   
  いわゆる借上復興住宅の建物明渡請求事件
  事案 地方公共団体である原告が、借上公営住宅の入居者である被告に対し、当該借上公営住宅の借上げ期間満了に伴い公営住宅法32条1項6号に基づく明渡請求をすることができるかが争われた、いわゆる借上復興住宅の建物明渡請求事件。 
被告は、借上げ期間満了時に明渡をしなければならない旨の公営住宅法25条2項所定の通知を受けなかった。
  争点 ①公営住宅法15条2項所定の通知が、同法32条1項6号に基づく借上公営住宅の明渡請求の要件か
②同号の適用について限定解釈をすべきか
③同号に基づく明渡請求が認められない場合に、原賃貸借契約のの終了を理由とする転貸借契約の終了に基づく明渡請求が認められるか。
④同号に基づく明渡請求が認められない場合に、解約申入れによる転貸借契約の終了に基づく明渡請求が認められるか。
⑤本件請求が、禁反言の法理に反し、又は権利濫用に当たり、許されないか。
⑥本件請求が社会権規約に反しているか。
⑦本件請求が、憲法13条、25条1項に反しているか。
  判断 全て否定⇒原告の請求を認容。 
  ●争点① 
転貸借契約の一般法理及び借上公営住宅の性格

賃貸人は、転借人に対し、原賃貸借契約の期間満了及び賃借人(転貸人)による更新拒絶による原賃貸借契約の終了を主張できる。
公営住宅法32条1項6号の趣旨が、「事業主体が借上後衛住宅の所有者に代わり、入居者に対する明渡請求を行うことによって、当該公営住宅が所有者に対し確実かつ円滑に返還されるようにし、ひいては他の建物所有者が公営住宅の借上げに参画することを躊躇しないよう配慮し、公営住宅の円滑な供給を図ること」にあり、
「もともと期間満了により転借人に対して明渡しを求める地位にある借上公営住宅の所有者の保護を図る趣旨の規定であると解するのが相当」。
同法25条2項所定の通知は、
「入居者保護の規定として置かれたものと考えられる」ものの、
「転借人が借上げ期間満了時に退去しなければならないことについて、心積もりを持っておけるよう、事業主体に通知を義務付けた規定であると解され」、「両規定がそれぞれ別個の趣旨から設けられた規定であ」り、
「原賃貸借契約に係る賃貸人は、本来、転借人に対し、原賃貸借契約の期間満了による終了を主張することができ」、これは同法25条2項所定の通知の有無に左右されるものではない

同法32条1項6号に基づく明渡請求の要件ではない。
  ●争点②:
公営住宅法32条1項6号の適用について、本来型と転用型に区別し、転貸人たる事業主体の更新拒絶による原賃貸借契約の終了を転用型として、この場合には、入居者保護の観点から対象となる入居者が高額所得者であり、かつ、転貸借契約の更新を拒絶する正当事由が必要であるとの限定解釈をすべきか? 
①公営住宅法の規定上、本来型と転用型は区別されていない
②転貸人が原賃貸借蹴薬から離脱しようとする場合に原則としてこれを制限する理由がない
③公営住宅法上、転居先の確保や転居準備期間の確保等入居者保護の規定を設けている

本来型と転用型に区別し、後者の要件を加重し、限定解釈する必要はない。
  民事p78
福島地裁H30.12.4
  カーナビと製造物責任・不法行為責任
  事案 X所有得の車両に搭載されていたY2社が製造し、Y1社が作成した地図データを収録したカーナビゲーションシステムが表示したルート案内に従って本件車両を運転⇒本件カーナビがルート案内した道路が狭い上に草木がせり出していたことから本件車両に損傷が生じ等⇒Yらに対して、製造物責任法3条又は民法709条に基づき、損傷の修理費用等の損害賠償を請求。 
  判断 Xの請求の前提となっている本件カーナビのルート案内と本件車両に生じた損傷との間に相当因果関係が認められない⇒Xの請求を棄却。 
  カーナビ製造者等において、全国各地の道路の正確な状況をリアルタイムで情報提供するのは不可能もしくは著しく困難であり、カーナビにおいて表示する道路の安全性まで保障できるものではなく、カーナビの画面表示等においてもカーナビの表示に安易に従うことのないよう警告している。

カーナビは、一定の地図情報等に戻浮き車両の走行が可能と考えられる道路を表示することで、運転者の判断を補助するものにすぎず、ルート案内された道路を走行するか否かは、車両の運転者が実際の道路状況や車両の車種・形態等の事情を踏まえて自ら判断すべきものであり、カーナビの表示したルート案内は運転者の判断資料の1つにすぎないと考えるのが相当。 
本件では・・・・認識してたといえ、Xにおいては、・・・自らは本件道路の具体的状況と本件車両の車種・形態を考慮して道路を選択するのが相当であったといえる。
①本件カーナビが本件道路を含むルートを表示すること自体が必ずしも不合理でない
②Xは本件カーナビのルート案内に依存せず、自らの判断に基づき本件道路を走行しなければならないところ、あえて本件道路を走行しなければならないところ、あえて本件道路の走行を選択した

仮にその際に本件車両に損傷が生じたとしても、それは本件カーナビのルート案内によって生じたものと認めることはできない。

本件カーナビによるルート案内と本件車両に生じた損傷との間に相当因果関係は認められない。
  民事p82
水戸家裁H30.5.28
  児童相談所長が、児童福祉法28条1項に基づき、事件本人の児童心理治療施設への入所を承認するよう求めた事案
  事案 事件本人Bは、実父Cと実母との間の二男として平成19年に出生。Cは平成29年にDと再婚し、DはBと養子縁組。 
  A児童相談所長は、平成30年1月9日、Bの一時保護を行った。
A児童相談所長は平成30年3月9日以降も引き続きBの一時保護を行うべく本件申立てを行った。 
  判断 C及びDによる虐待は認められず、学校の通知票からみてもC及びDが著しくBの監護を怠ったともいえない。 
but
①CがBをつねったり長時間正座させたりし、しつけの目的を有するにしても、身体的苦痛を与える者である行為を継続的にするなど、Cの Bに対する接し方が強圧的
②Bが自閉症スペクトラムの傾向があるなど感受性が極めて敏感でCに著しい恐怖を抱き、心的外傷を負っている
③C及びDは、Bの家庭裁判所調査官に対する供述(「家にいたら地獄にしかならない、どちらか」)について、家でしたことを怒られることを恐れて、自己防衛のために自らの行動を正当化しているものだという見解に固執しており、Bの恐怖や心的外傷を理解しないままBに対する可能性が極めて高い

現状でC及びDにBを監護させるこてゃ著しくBの福祉を害するとして、申立てを認容。
  規定 児童福祉法 第二八条[保護者の児童虐待等の場合の措置]
 保護者が、その児童を虐待し、著しくその監護を怠り、その他保護者に監護させることが著しく当該児童の福祉を害する場合において、第二十七条第一項第三号の措置を採ることが児童の親権を行う者又は未成年後見人の意に反するときは、都道府県は、次の各号の措置を採ることができる。
一 保護者が親権を行う者又は未成年後見人であるときは、家庭裁判所の承認を得て、第二十七条第一項第三号の措置を採ること。
二 保護者が親権を行う者又は未成年後見人でないときは、その児童を親権を行う者又は未成年後見人に引き渡すこと。ただし、その児童を親権を行う者又は未成年後見人に引き渡すことが児童の福祉のため不適当であると認めるときは、家庭裁判所の承認を得て、第二十七条第一項第三号の措置を採ること。
・・・・
  解説 児童相談所長が、児福法28条1項の事由があるとして、児童を児童心理治療施設に入所させることの承認を求めている。 
裁判所は、C及びDによるBへの虐待や、C及びDが著しくBの監護を怠った事実は認められないとしたが、現状でC及びDにBを監護させることは著しくBの福祉を害するとして、申立てを認容。
①虐待の事実の認定は難しい場合があり、
②裁判所としては、虐待の事実を認定することよりも、結論として法27条1項3号の入所等の措置の承認ができるかどうかを判断することが重要
⇒福祉侵害を認定する場合が多い。
  知財p86
知財高裁H30.9.10  
  補正の却下に当たり拒絶理由通知をしなかったことが違法とされた事案
  事案 原告は、名称を「スロットマシン」とする発明について、特許出願⇒本件拒絶理由通知⇒手続補正⇒本件拒絶査定
本件拒絶査定不服審判請求をして、本件補正⇒特許庁は本件補正を却下した上、請求不成立審決
⇒原審審決の取消しを求めた。 
  争点 ①拒絶査定不服審査請求と同時にする補正の却下に当たり拒絶理由通知を行わなかったことによる手続違背の有無(取消事由1)
②独立特許要件違反の判断(新規性・進歩性判断)の誤りの有無(取消事由2) 
  規定 特許法 第五〇条(拒絶理由の通知)
審査官は、拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは、特許出願人に対し、拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない。ただし、第十七条の二第一項第一号又は第三号に掲げる場合(同項第一号に掲げる場合にあつては、拒絶の理由の通知と併せて次条の規定による通知をした場合に限る。)において、第五十三条第一項の規定による却下の決定をするときは、この限りでない。
特許法 第一五九条
・・・
2第五十条及び第五十条の二の規定は、拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用する。この場合において、第五十条ただし書中「第十七条の二第一項第一号又は第三号に掲げる場合(同項第一号に掲げる場合にあつては、拒絶の理由の通知と併せて次条の規定による通知をした場合に限る。)」とあるのは、「第十七条の二第一項第一号(拒絶の理由の通知と併せて次条の規定による通知をした場合に限るものとし、拒絶査定不服審判の請求前に補正をしたときを除く。)、第三号(拒絶査定不服審判の請求前に補正をしたときを除く。)又は第四号に掲げる場合」と読み替えるものとする。
  判断 ●取消事由1について
①特許法50条本文は、159条2項により拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由(「新拒絶理由」)を発見した場合に準用されており、出願人に対し意見書の提出及び補正による拒絶理由の解消の機会を与えて、出願人の防御bの機会を保障するという趣旨は、拒絶査定不服審判において新拒絶理由が発見された場合にも及ぶ。
②従前の拒絶理由通知に示されていなかった新たな刊行物(「新規引用文献」)に基づく独立特許要件違反を理由として、拒絶査定不服審判請求時に行われる補正(「審判請求時補正」)が却下され、補正前の特許請求の範囲の記載(「補正前クレーム」)に基づいて拒絶査定不服審判請求不成立審決がされてしまうと、審決取消訴訟において補正後の特許請求の範囲の記載(「補正後クレーム」)に基づく独立特許要件違反の判断の当否や補正前クレームに基づく拒絶理由の判断の当否を争うことはできるものの、審査段階における17条の2第1項3号所定の補正(「3号補正」)の場合とは異なり、新規引用文献に基づく拒絶理由を回避するための補正をする機会が残されていない点において、出願人により過酷。
③平成5年改正は、17条の2第5項2号所定の特許請求の範囲の減縮を目的とする審判請求時補正においては、審査段階における先行技術調査の結果を利用することを想定していたことが明らかであり、これを却下する際に、独立特許要件の判断において、審査段階において提示されていなかった新規引用文献を主たる引用例とするなど、審査段階において全く想定されていなかった判断をすることは、平成5年改正の本来の趣旨に沿わない。
④平成5年改正が目的とする審理が繰り返し行われることを回避することにより、審査・審判全体の効率性を図ることは、重要ではあるが、新規引用文献に基づく独立特許要件違反を理由として審判請求時補正を却下せずに、この新規引用文献に基づく拒絶理由を通知したとしても、限定的減縮である審判請求時補正による補正後クレームについて、17条の2第3項~6項による制限の範囲内で補正することができるにすぎない
⇒審理の対象が大きく変更されることは考え難く、そのような審理の繰返しを避けるべき強い理由があるとはいえない。

159条2項により読み替えて準用される50条ただし書に当たる場合であっても、特許sh通願に対する審査・審判手続の具体的経過に照らし、出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるようなときには、159条2項により準用される50条本文に基づき拒絶理由通知をしなければならず、しないことが違法になる場合もあり得る。
  ①本件拒絶査定の理由は、本件先願を理由とする拡大先願(29条の2)であるのに対し、審決が拒絶査定不服審判請求と同時にした限定的減縮を目的とする本件補正を却下した理由は、刊行物1を理由とする新規性欠如(29条1項3号)及び進歩性欠如(同条2項)であって、適用法上も引用文献も異なる。
②刊行物1は、本件補正を受けた前置報告書において初めて原告に示されたものであるが、刊行物1に基づく拒絶理由を回避するための補正をする機会はなかった。

審決時において、原告の防御の機会が実質的に保障されていないと認められる⇒審判合議体は、159条2項により準用される50条本文に基づき、新拒絶理由に当たる刊行物1に基づく拒絶理由を通知すべきであった。
but
前記拒絶理由通知をすることなく本件補正を却下した審決には、159条2項により準用される50条本文所定の手続きを怠った違法がある。 
  解説  ①限定的減縮を目的とする審判請求時補正は、17条の2第6項により準用される126条7項により、補正後クレームにより特定される発明(「補正後発明」)が独立特許要件を充足する必要がある。
②159条2項により読み替えて準用される50条ただし書は、159条1項により読み替えて準用される53条1項による補正却下の決定をするときは、この限りでないとしており、その159条1項により読み替えて準用される53条1項は、審判請求時補正が17条の2第6項に違反するときは、決定をもってその補正を却下しなければならないとしている。

限定的減縮を目的とする審判請求時補正において、新拒絶理由による独立特許要件違反を理由として、これを却下するに当たり、拒絶理由通知をする必要があるかについては、前記の条文構造を理由として不要とする見解が少なくない。
  労働p124
最高裁H30.7.19  
  時間外労働等の対価とされていた定額の手当の支払と労基法37条の割増賃金の支払(最高裁)
  事案 Yに雇用され、薬剤師として勤務していたXが、Yに対し、時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する賃金並びに付加金等の支払を求めた。 
  争点 Yは、Xに対し、X・Y間の雇用契約に基づき、基本給とは別に、月額10万1000円の業務手当を支払っていたところ、この業務手当がいわゆる固定残業代に当たるか、業務手当の支払により時間外労働等に対する賃金が支払われたといえるか否か。 
  判断 使用者が労働者に対し、雇用契約に基づいて定額の手当を支払った場合において時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する対価として支払われるものとされていたにもかかわらず、当該手当てを上回る金額の割増賃金請求権が発生した事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組みが備わっていないなどとして、当該手当の支払により労基法37条の割増賃金が支払われたということができないとした原審の判断には、割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。

原判決を破棄し、Xに支払われるべき賃金の額、付加金の支払を命ずることの当否及びその額等についての審理につき、原審に差し戻した。 
  解説  労基法37条は、同条所定の算定方法による金額以上の割増賃金の支払を義務付けるにとどまり、同条所定の算定方法を用いることまで義務付ける規定ではない。
⇒使用者が同情所定の算定方法と異なる割増賃金の算定方法を採用することにより直ちに違法となるものではない。(通説・判例) 
固定残業代に関し、判例は、使用者が労働者に対し、時間外労働等の対価として支払ったとすることができるか否かを判断するには、労働契約における賃金の定めにつき、それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討することを要する。(最高裁H29.2.28)
~判別要件
本件においては、基本給とは区別されて支払われる定額の業務手当全体が固定残業代に当たるか否かが争われている⇒判別要件は直接には問題とならない。
but
前記の判示は、割増賃金に当たる部分が時間偽労働等に対する対価としての性質を有することが前提となっており、
本件の争点は、固定残業代に該当するか否かが争われている業務手当が、時間外労働等に対する対価としての性質を有するものであるか否かという、実務上、対価性などと呼ばれる点にある。
  契約に基づいて支払われる金銭がどのような趣旨で支払われたか?

契約の内容すなわち当事者の合意の内容により定まる
⇒雇用契約に基づいて支払われる手当が時間外労働等に対する対価として支払われたか否かも、当該雇用契約においてどのような合意がされたかによって定まる。
裁判例:
時間外労働等の対価以外に合理的な支給根拠があるあるとはいえないなど、実質的にみて時間偽労働の対価としての性格を有していること、

支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていること
労基法所定の額が支払われているか否かを判定することができるよう同意の中に明確な指標が存在していること

固定残業代によってまかなわれる残業時間数を超えて残業が行われた場合には別途清算する旨の合意が存在するか、少なくともそうした取扱いが確立していること
等を、契約内容とは別の要件としているものがある。

基本給とは別に支払われる手当が、95時間~100時間分の時間外労働に対する賃金に相当する場合に、法令の趣旨に反するなどとして、固定残業代に該当するとは認められないとしたもの。
  ●本判決 
使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより、労基法37条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができることを確認した上で、
雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等に勤務状況などの事情を考慮して判断すべきであり、同条や他の労働関係法令が、当該手当の支払によって割増賃金の全部又は一部を支払ったものといえるために、原審が判示するような事情が認められることを必須のものとしているとは解されない。

雇用契約に基づいて支払われる手当が、時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、契約の内容によって定まり、その他に何らかの独立の要件を必要とするものではないことを明らかにするとともに、
契約の内容がどのようなものであるかは、契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して総合的に判断すべきことを明らかにしたもの。
本件の事実関係等
①本件雇用契約に係る契約書及び採用条件確認書並びにYの賃金規程において、月々支払われる所定賃金のうち業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載され、YとX以外の各従業員との間で作成された確認書にも、業務手当が時間外労働に対する対価として支払われるものと位置づけられていたということができる。
②Xに支払われた業務手当は、1か月当たりの平均所定労働時間(157.3時間)を基に算定すると、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、Xの実際の時間外労働等の状況と大きくかい離するものではない

Xに支払われた業務手当は、本件雇用契約において、時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認められる⇒前記業務手当の支払をもって、Xの時間外労働等に対する賃金の支払とみることができる。
  刑事p130
東京高裁H30.3.23 
  暴行保護事件で少年を第一種少年院に送致した決定が争われた事案
  事案 当時15歳(審判時16歳)の少年が、フードコートの女子トイレ内で、後輩女子に対し、その髪の毛をつかみ、平手で顔面を1回殴打する暴行を加えた事案。 
  原審 少年を第1種少年院に送致。 
  抗告 少年及び付添人:
①少年の非行歴は前件のぐ犯と本件のみで、非行性は進んでおらず、中学卒業や保護観察等を通じて落ち着いてきており、感情統制が下手で自分に自信が持てず、同世代の面では虚勢を張るといった面があるが、少年の問題は深刻で根深いものではない。
②少年は、審判や観護措置等を通じて少年なりに内省を深め、原審後にも反省文を作成するなど、要保護性は相当程度減少している。
③就労先は確保されている上、両親や伯母は少年の資質、特徴、性格を把握し、これまでより深い指導が期待できるなど、社会資質が確保されている
⇒処分は著しく不当。 
  判断 ①少年は、審判手続や鑑別所での生活においても、感情を統制できずに暴力的な言動に及んでいるところ、このような少年の問題は、少年が、発達上の特質を背景に、生活の乱れや学校等への不適応から、不良交友に居場所を求め、暴力による問題解決や自己の精神の安定を図ろうとする姿勢を身に付ける中で、長年にわたって形成された根深いものであって、単純で、深刻でないものとは言えない。
②少年に改善の兆しが窺われることは更生への第1歩として評価することができるが、少年が、原決定について、審判で暴言を吐いたことに引き摺って感情で決定を下しているようにしか見えないと述べているように、自己の問題を十分認識できていないことが窺われる⇒内省は表面的なものにとどまっている。
③これまでも十分な監護ができていなかった⇒直ちに実効性のある監護が可能な環境にはなく、少年の再非行を防止するためには、資質面の特性に十分な配慮をしつつ、感情統制や対人関係スキルなどを身につけさせることが不可欠であるが、社会内処遇の枠組みでは、そのような指導やサポートをするだけの資源がなく、保護環境も十分ではない⇒少年院という強固な枠組みの中で、系統的な教育を受けさせる必要があり、その中で、じっくりと信頼関係を構築し、1つ1つ自己の問題を理解するよう指導し、社会適応能力を高めてゆくことが不可欠。

抗告を棄却。
  解説 要保護性:
①犯罪的危険性
②矯正可能性
③保護相当性
の3つの要素からなる。
(通説) 
処遇選択の判断においては、これらを検討し、
①在宅処遇
②在宅処遇では十分な保護とならない⇒少年院送致
要保護性判断の中心である犯罪危険性の判断においては、
非行事実の態様、結果、原因・動機の分析が不可欠。、
原審は、当初、在宅で調査を行い、第1回審判期日。
要保護性の心理において少年の資質上の問題点が窺われた⇒期日を続行することとし、少年が不出頭の調査期日を経て、第2回審判期日において、観護措置がとられ、鑑別が実施。 
2410   
  行政p3
大阪高裁H30.10.19  
  消費者金融業者の破産⇒過払金確定⇒過年度の決算を遡って減額修正
  事案 破産管財人であるXが、債権調査を経て確定した破産債権(総額555億円余の過払金返還請求権、本件過払金返還債権1)が確定⇒かつての確定申告には誤りがあり、益金が過大であった⇒税通法23条2項1号に基づき、過年度の法人税に係る課税標準等又は税額等につき各更正すべき旨(法人税額は合計66億5526万3845円の減額更正)の請求⇒更正をすべき理由がない旨の各通知処分⇒
主位的に同各通知処分の一部取消し(法人税相当額5億円の範囲での取消し)を、
予備的に不当利得の一部返還(法人税相当額5億円及び遅延損害金の支払)
をそれぞれ求めた。 
  原審 ①本件過払金返還債権1が破産債権者表に記載されることにより、当該債権に係る不当利得返還義務が確定判決と同一の効力により確定したとしても、企業会計原則における前記損益修正によって、同義務に係る損失が生じた日の属する事業年度において当該損失を損金の額に算入する方法によって処理するのが公正処理基準に従ったもの
②前記のような処理をしないで本件各事業年度の益金の額を減算すべきではない

本件各事業年度の益金の税務申告(本件申告)に誤りはなく、税通法23条1項1号所定の要件に該当しない⇒本件各通知処分は適法
Y(国)が本件各事業年度の法人税額を保持することに法律上の原因がないと認めることはできない。
    控訴したが、控訴審において不服の範囲を限定し、
法人税額合計2億5000万円の範囲で本件各通知処分の取消しを求め、
予備的に同額(遅延損害金も含む。)の不当利得返還を求めた。
  判断 ①Xが本件破産会社についてした本件会計処理(確定した本件過払金返還債権1に係る制限超過利息のうち、当該事業年度に関するものを貸借対照表の負債の部に計上し、貸借対照表の資本の部を同額減少させること等を内容とする会計処理)は、公正処理基準に合致するものであり是認されるべきであった⇒結果的に、本件申告に係る納税申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定(法人税法22条4項)に従っておらず、同納税申告書の提出により納付すべき全額が過大であったことになり、税通法23条1項1号に該当。
②本件破産手続において本件破産会社が本件過払金返還債権1に係る不当利得返還義務を負うことが確定判決と同一の効力を有する破産債権者表への記載により確定し、その結果、本件破産会社に生じていた経済的成果が失われたか又はこれと同視できる状態に至ったと解されることにより、本件申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実と異なることが確定したというべき(税通法23条2項1号)

本件各更正の請求は理由があり、これに理由がないとした本件各通知部分はいずれも違法。

原判決を取り消し、主位的請求を認容。
  解説  主位的請求の関係で、租税手続法である税通法23条1項1号が、更正の要件として、納税申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったことなどを定めている。 
国税に関する法律(租税実体法)である法人税法は、法人税の課税標準を各事業年度の所得の金額とした上(21条)、同所得の金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額であり(22条1項)、益金及び損金の額の算定要素となる収益の額並びに原価、費用及び損失の額は、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準(公正処理基準)に従って計算されるものとする」旨を定めている(同条4項)。

本件破産会社における過年度の益金の計算上、後年度に過払金債務が確定したとして、本件会計処理をした上で、過年度の益金の算定要素となる収益の額を遡及して減らすことが、公正処理基準に合致するかが問題。
制限超過利息が無効であってもこれを現実に収受した場合には益金となり、課税の対象となる(最高裁昭和46.11.9)。
従来、法人税の実務では、契約の解除等いわゆる後発的な事由により発生した損失等について、「ひとり民事上の契約関係その他法的基準のみに依拠するものではなく、むしろ経済的観測に重点を置いて当期で発生した損益の測定を行う」という理解を前提に、前記損益修正の処理が行われてきたとされている。
but
税務上は、前記損益修正の場合であっても、内容次第では当初に遡って課税を修正することもあるとして、事業廃止、解散等により事業の継続性が失われた場合には、既往に遡って課税を訂正し、税額を還付するなどの措置が認められる余地がある。
本判決:
前記損益修正による処理を行うことが更生処理基準に合致すると考える余地は十分にあると考えられるとした上で、
収益・費用等の帰属年度をめぐり、公正処理基準に適合する会計処理は必ずしも単一ではないと考えられ、本件のような場合のの収益・費用等の帰属年度に関し、前期損益修正により処理又は過年度遡及会計基準による遡及処理のみが更生処理基準に合致する唯一の会計処理としなければならないと解するのは相当ではないとした。

公正処理基準に合致する会計処理は、唯一の基準によってしなければならないというものではなく、取引の経済的実態からみて合理的なものとみられる基準の中から当該法人が特定の基準を選択していたような場合には、法人税法上も同会計処理を正当なものとして是認すべきとした判例(最高裁H5.11.25)を踏まえたもの。
本判決:
破産手続の特質
(①裁判所の監督の下で、利害関係人の利害及び債務者と債権者との間の権利関係を適切に調整し、もって債務者の財産等の適正かつ公平な清算を図ることを目的とする手続であること、②国民の納税義務の適正な実現を通じて国税収入を確保することを目的とする税徴法においても、破産手続は強制換価手続に、破産管財人は執行機関にそれぞれ位置づけられていること)を考慮し、
本件の場合における収益・費用等の帰属年度に関する会計処理については、破産管財人において、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行と矛盾せず、かつ、破産手続の目的に照らして合理的なものとみられる会計処理を行っている場合には、法人税法の企図する公平な所得計算という要請に反するものではない。
本件破産会社の場合、
①企業会計基準が全面的に適用されるべき理由はなく、
②会社法上も前期損益修正の処理等に係る計算書類関係諸規定は適用されない上、
③過去の確定決算を修正しても、通常の株式会社の場合のような弊害が生じることもない、
④Xが本件会計処理を行うことは、本件破産手続の目的に照らして合理的なものである

遡及的な会計処理が公正処理基準に合致するものとして是認すべき。
  法人が一旦収受した制限超過利息は、制限超過利息に係る合意の私法上の効力いかんにかかわらず課税の対象となり得るところ、これは制限超過利息を現実に収受することにより当該法人に経済的成果が生じていることによるものと考えられる。
⇒逆に、更正の対象とするには、経済的成果が消失していなければならないとされている。
破産管財人であるXは、制限超過利息相当額の一部を各破産債権者に配当⇒少なくともその額の限度では経済的成果が失われたことが明らか。
but
それを超える経済的成果は失われていないのではないか?
本判決:
破産手続の特質に着目し、
①納付された法人税の還付の可否をめぐる問題に本件破産会社自身は利害関係を有しているということはできない、
②当該法人について破産手続開始決定がされ、本件破産会社自身が利害関係を有さず、専ら顧客ら(破産債権者)の損失の上に、Yが利得を保持し続けることについての利害の調整が問題となる局面において、破産管財人が破産債権者に債権の全部又は一部を現実に弁済(配当)していることを求めるという意味での「経済的成果が失われること」を要求する理由に乏しい

破産債権者に対する現実の配当を要することなく、破産債権者表への記載がされたことをもって経済的成果が失われるか又はこれを同視できる状態に至ったと解するのが相当。
  民事p28
最高裁H30.12.21  
  23条照会に対する報告をする義務があることの確認を求める訴え
  事案 弁護士会であるXが、弁護士法23条の2第2項に基づくXの照会に対する報告をAが拒絶したことがXに対する不法行為に当たると主張し、損害賠償等を求める事案。
Xは、控訴した上、第一次第二審において、Yに当該照会についての報告義務があることの確認を求める訴えを予備的に追加。 
第一次第二審がXの主位的請求である損害賠償請求を一部認容(予備的請求については判断せず。)

Yが上告受理申立て

最高裁は、これを受理し、
Xの主位的請求である損害賠償請求を棄却した上、
予備的請求である前記確認請求に関する部分を高裁に差し戻した。
  原審 前記確認請求に係る訴えに確認の利益が認められるとした上、前記確認請求の一部を認容し、その余を棄却。
確認の利益を肯定

ア前記確認請求が認容されればYが報告義務を任意に履行することが期待できる
イYは、認容判決に従って報告をすれば、第三者から当該報告が違法であるとして損害賠償を請求されたとしても、違法性がないことを理由にこれを拒むことができる
ウXは、本件確認請求が棄却されれば本件照会と同一事項について再度の照会をしないと明言していることからすれば、Yの報告義務の存否に関する紛争は、判決によって収束する可能性が高いと認められる
  判断 弁護士法23条の2第2項に基づく照会をした弁護士会が、その相手方に対し、当該照会に対する報告をする義務があることの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものとして不適法

原判決を全部破棄し、前記訴えを却下。 
  解説  平成28年最判:
弁護士法23条の2第2項に基づく照会の制度は弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査等をすることを容易にするために設けられたものであり、23条照会を受けた公務所又は公私の団体は、正当な理由がない限り、照会された事項について報告をすべきものと解されるとした。
その上で、公務所等が23条照会に対する報告を拒絶する行為が、当該照会をした弁護士会の法律上保護される利益を侵害するものとして当該弁護士会に対する不法行為を構成することはないと判示。 
  ●23条照会について報告義務があることの確認を求める訴え 
23条照会の制度が、基本的人権を擁護し社会正義を実現するという弁護士の使命(弁護士法1条1項)の公共性を基礎とする
⇒一般的に、23条照会を受けた公務所又は公私の団体は、当該照会をした弁護士会に対し、これにより報告を求められた事項について報告をする法的な義務を負い、正当な理由がある場合に限ってその報告を拒絶することができると解されている。
弁護士会に23条照会の申出をした弁護士又は同弁護士に事件を依頼した者が紹介先に対して報告義務があることの確認を求めた事案。
裁判例では確認の利益を否定。

照会先の報告義務が弁護士会に対する義務であって原告に対する義務ではない。
A:確認の利益を認めることに積極的な見解(伊藤眞)
←報告義務の存在が明確になれば照会先は報告による守秘義務違反についての懸念がなくなる
B:消極
←弁護士会が報告事項について直接の利害関係を有するわけではない
  ●確認の利益に関する学説及び判例 
民事訴訟は、具体的権利義務をめぐる紛争を解決するためのもの

①紛争の対象が権利関係として認められない場合や、
②本案判決によって紛争を解決することが期待できない場合には、
裁判所が本案判決をする要件に欠ける。

訴えの利益。
確認の訴えにおいては、
確認の対象となり得るものが形式的には無限定

①判決による解決を必要とする紛争があるかという観点、及び、
紛争解決手段としての確認判決の効率という観点から、
確認の利益の有無を個別の訴えごとに吟味する必要。

この確認の利益の内容として、原告と被告との間の具体的紛争の解決にとって、確認判決という手段が有効かつ適切であることが必要とされている。
確認の利益が認められたもの
①法人の会議体における決議の効力の有無についての確認訴訟
←法人の会議体における決議は、法人の内外における様々な法律関係の基礎となるから、その決議から派生する各種の法律関についての紛争を解決するため、確認判決により当該決議自体の効力を既判力をもって確定することが有効適切な手段である場合があり得る。

②法人の役員や労働者としての地位の有無についての確認訴訟

③遺産確認訴訟
←特定の財産

④相続人の地位不存在確認訴訟

⑤敷金の差し入れの有無を争う賃貸人に対して賃貸借契約の継続中に賃借人が提起した敷金返還請求権の存在確認を求める訴え

敷金返還請求権の存在が確認されれば、当事者がこれに従って行動することが期待でき、再度の訴訟などが起こらない可能性も相当ある

仮に敷金返還請求権の額をめぐって再度訴訟になったとしても、争点は被担保債権の範囲及び金額の点に絞られ、確認判決の判断は無駄にならない旨の指摘。

確認判決の既判力によって後の訴訟における争点が絞られ得ることが確認の利益を認めるべき根拠になっている。

⑥遺留分減殺請求を受けた受遺者による価額弁償額の確定を求める訴え

当該額についての確認判決が確定すれば通常は速やかに価額弁償がされることが期待できる。
価額弁償がされずに遺留分権利者が改めて訴訟を提起することになったとしても、当該訴訟における価額弁償の額の判断は前記確定判決の既判力による拘束を受ける旨の指摘。
確認の利益が否定されたもの
①合資会社の社員が他の社員を相手方として同社から利益分配を受ける権利等の確認を求める訴え
←確認判決の既判力が同社に及ばないため、紛争を抜本的に解決できない。
  ●本判決の判断 
確認の利益は確認判決を求める法律上の利益であるとした上、
23条照会の相手方に報告義務があることを確認する判決の効力が報告義務に関する法律上の紛争の紛争の解決に資するとはいえない。
⇒23条照会をした弁護士会に前記判決を求める法律上の利益がないと判示。

確認の利益があるというためには原被告間のの紛争解決にとって確認判決という手段が有効かつ適切であることが必要とされるところ、
訴訟要件としての訴えの利益の必要性が具体的権利義務をめぐる紛争を解決するという民事訴訟制度の目的から導かれるものであることに照らし、当事者間の紛争が確認判決に制度上認められた法的な効力によって解決され得るものであることを要する趣旨。
①23条照会が弁護士会に私法上の権利を付与したものでない
②23条照会についての報告を拒絶した場合にも、弁護士会に対する不法行為を構成することはなく、制裁の定めもないこと等を指摘し、
原審の指摘するアイウの事情については、判決の効力と異なる事実上の影響にすぎず前記の判断を左右しない。

イについては、第三者のYに対する損害賠償請求に本件における確認判決の既判力が及ばないことから疑問が呈されていた。
本判決:
23条照会の相手方に報告義務があることを確認する判決が確定しても弁護士会は専ら当該相手方による任意の履行を期待するほかはない旨の判示をしている

確認判決によって当事者間の紛争が全面的ないし終局的に解決されることを要するという趣旨ではなく、確認判決に当事者間の紛争を解決する法的な効力が何ら認められない場合に、専ら当事者が確認判決に従うであろうという事実上の期待のみを理由として確認の利益を認めることはできないという趣旨のものと考えられる。
  民事p37
東京高裁H30.9.26  
  報道機関の報道による名誉毀損の事案(否定)
  事案 宗教法人Xが、警察から施設等の捜索差押を受けたことに関し、Yを含む複数の報道機関の報道によって名誉を毀損されたと主張⇒不法行為に基づき、各報道機関に対し、名誉権侵害による無形損害及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
  一審 Yに対する請求の一部である20万円及びこれに対する遅延損害金を認容。
Yの報道番組に出演した専門家が、番組の中のコメントで、Xへの入会をめぐり、
「しつこくつけ回されるといった強固な勧誘をされた事例」や、「口約束をしただけで勝手に入会届を書かされてしまった事例」があったことを断定的に述べたことで、Xの社会的評価を低下させたが、
その真実性又は真実と信じるにつき相当な理由があったことの立証はない。
  判断 ①発言者は、その経歴や活動内容等から、Xの問題に詳しい専門家であり、Yは、同人のコメントに信頼性があると認識
②Xの会員が違法な勧誘をした容疑で送検等をされた事実が、平成15年から平成21年までに何度も報道されていた
③xの会員が入会書類書類の記入や提出をめぐり強要等の容疑で逮捕された事実が、平成20年等に複数報道されたこと、
④Xの勧誘トラブルの相談が警視庁に多数来ているとの情報を得ていたこと、
⑤本件捜索差押えの被疑事実も勧誘が強要等に当たるものであったことが認定でき

Yにおいて、専門家の発言を真実と信じるにつき相当の理由があった。 
控訴審で争われたジャーナリストの発言については、意見ないし論評の域を逸脱したとはいえない。
  解説 最高裁昭和41.6.23:
民事上の不法行為責任たる名誉毀損については、
その行為が公共の利害に関する事実に係り、
専ら公益を図る目的に出た場合には、
摘示された事実が真実であれば、当該行為には違法性がなく、また、
真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるにつき相当の理由があるときには、当該行為には故意又は過失がなく、
不法行為は成立しない。 
相当の理由が肯定されるためには、
報道機関が詳細な裏付け取材を行ったことを要するとするのが判例の傾向。
最高裁H9.9.9:
特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損について、
その行為が衡量の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合には、
意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であれば、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、当該行為は違法性を欠き、また、真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるにつき相当の理由があるときは、当該行為には故意又は過失がなく、不法行為は成立しない。
  民事p58
東京地裁H28.12.21  
  韓国籍を有する被相続人の相続の事案で、相続分の放棄・無効行為の転換が問題となった事案
  事案 韓国籍を有している被相続人Aは、平成10年に死亡。
Aには相続人として、妻Bのほか、原告X、被告Y1,Y2、訴外Cら4名の子がいる。
法適用通則法36条は、相続に被相続人の本国法によるとしている。
韓国民法は、被相続人に子が数人ある場合、その相続分は平等であり、被相続人の配偶者の相続分はこの相続分に5割を加算した割合
⇒原告及び被告らの相続分は11分の2となる。
被告Y2は、平成22年3月30日、
「私、Y2は、D家の相続人関して、D家の三男としての一切の権利を放棄することをここに確約いたします。」と記載した、同日付けの原告宛ての確約書と題する書面(本件確約書)を作成して、原告に差し入れた。
原告:被告Y2は本件確約書によって、相続分の放棄をし、あるいは原告に相続分を譲渡し、相続分を失ったと主張。
被告ら:韓国法上、相続分の放棄は認められず、また、本件確約書の文言は原告に相続分を譲渡する趣旨ではないと主張。
原告及び被告ら以外の相続人であるB及びCは、本件訴訟に先立つ、平成26年7月25日申立ての被相続人Aの遺産分割調停手続において、同年9月24日、原告に対し、各自の相続分を無償で譲渡し、同手続から排除された。
  判断   ①本件確約は、韓国民法上、相続分の放棄とは認められず、
②相続分の譲渡とも認められず、
③無効な相続分の放棄を、無効行為の転換として、相続分の譲渡と認めることもできない。 
  ●前記①について 
①韓国民法には、相続の放棄を認める規程はあるのに対し、そ族分の放棄を認める規定はなく、相続分の放棄が認められることを前提としている規定も見いだせない。
②原告の、日本の家庭裁判所の家事事件実務の取扱いに関連する主張についても、統一的な見解が確立しているとは認められず、このことから韓国法における相続分の放棄を認める根拠としては十分ではない。
③日本の家庭裁判所の家事事件実務において、相続分の放棄をした当事者を遺産分割の手続から排除している扱いをしているのは、相続人全員を当事者とする遺産分割事件の係属する家庭裁判所でなされるものであって、実質的には、相続分の放棄をする相続人からその共同相続人らへの相続分の譲渡と理解する余地もあるが、原告のと本件被告Y2との二者間で執り行われた本件確約を同様に解することができない。
  ●前記②について、本件確約書は、文理上、原告への相続分の譲渡をする趣旨とは解し難い。 
  ●前記③について
無効行為の転換は、転換の前後の行為を比較したときに、法技術的な観点からは若干の差異があるとしても、当事者の意識する基本的な部分に共通することがあるときに認められるのが通常であり、また、
無効行為の転換は、これを認めないと、当事者の想定外の事態を招き、正義に反することとなるときに認められるのが通常。

本件では無効行為の転換を認めることは困難。
  解説 ●相続分の放棄と可否 
遺産の取得を望まず、かとって、あえて自己の相続分を特定の相続人に譲渡しないものがある。これを相続分の放棄として認めることができるか?
A:相続の放棄のほかに相続分の放棄を認める見解:
①遺産に対する共有持分を放棄する意思表示、あるいは
②自己の取得分をゼロとする事実上の意思表示
とみる見解。
B:相続分の放棄を遺産に対する共有持分を放棄する意思表示と解することに疑問を呈する見解

①遺産に対する共有持分を放棄する意思表示と解した場合には、相続人以外の共有者がいる場合には同人の共有持分も増加することになるが、これは放棄者の意思に反することにならないか
②遺産が債権であった場合、債権の放棄は債務者に対する免除の意思表示によることになるが、そのような意思表示がなされているか

相続分の放棄そのものの存在を否定し、相続分の譲渡に引き直して考えるべき
  ●無効行為の転換 
本件確約書には、譲渡文言はなく、譲渡人の表示もない。
but
被告Y2は、原告に金員の提供を依頼したところ、原告はこの依頼に応じる旨を示し、併せて、被告Y2が本件相続することに消極的な発言をし、その後、被告Y2は原告から150万円を受領するとともに、原告に本件確約書を差し入れた経緯。

本件確約書の文言はともかく、一般論としては、その時点において、対価を得て原告へ相続分の譲渡をしたと解して、無効行為の転換を認める余地がないわけではなかったように思われる。
  民事p63
さいたま地裁H30.9.28  
  偽造した運転免許証を用いての印鑑登録廃止・申請と国賠請求(肯定)
  事案 偽造した運転免許証を用いてXになりすました者(「A」)による印鑑登録の廃止及び印鑑登録の申請に基づきY市職員が本人確認をせずに廃止及び登録を行った行為につき同職員に過失があり、登録された印鑑の印鑑登録証明書を用いて無断でX所有土地の所有権移転登記手続等がされ、Xは抹消登記手続請求訴訟を提起して弁護士費用等を負担。
これらの手続やY市職員の対応により精神的苦痛を被った⇒XがYに対し、国賠法1条1項に基づき、抹消登記手続請求訴訟等に要した弁護士費用986万8213円、慰謝料200万円及び本訴に要した弁護士費用128万1767円の合計1314万9980円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。 
  判断 印鑑登録の申請があった場合、本人が自ら登録の申請をし、本人の意思に基づくものであることを確認できるときに印鑑を登録することができると規定するY市印鑑条例⇒Y市職員は職務上、印鑑登録の申請者がX本人であるかどうかを確認する注意義務を負う。
①AがY市職員に提示したX名義の運転免許証の住所とAが作成した印鑑登録申請書の住所欄記載の住所が一部異なっていた
②免許証識別装置に提示を受けた免許証を挿入したところ「不可」との判定を受けた
⇒Y市職員は免許証が偽造された可能性があることを疑うことができる状況にあった。
①Y市職員は前記の情況にあったにもかかわらず、Aが本人であるか(例えば、生年月日、干支、家族構成等)の確認を行わず、免許証を加工したかどうかの質問しかしなかったこと、
②申請書の住所は単なる誤記であるとしてY市職員自ら訂正したこと

Y市職員に課される職務上の注意義務違反を認めた。
XがAにより移転されたX所有土地の所有権移転登記の抹消等のために出捐した弁護士費用については、(旧)日弁連報酬基準に基づいて算出された金額であったとしても、あくまで代理人契約における約定の額であって、Y市職員の過失との間に弁護士とXとの間で定められた報酬額の全額について相当因果関係があるとはいえない。
⇒その一部についてのみ相当因果関係を認めた。
慰謝料の支払を求める部分はこれを排斥。
  民事p70
さいたま地裁越谷支部H30.7.31  
  訴訟能力を欠く⇒有効な訴訟委任を受けることなく提起した不適法な訴えとされた事案
  事案 Xは昭和7年生まれの男性であり、
YはXの二男。 
Xは、平成23年8月に、本件土地のXの持分全部をYに相続させる旨の公正証書遺言を作成したものであるが、相続の効力が発生する前に、本件土地について、権利者をYとして贈与を原因とする持分一部ないし全部移転登記がされた。
Xは、本件各登記は、Yが贈与証書等を偽造して行ったものであるから無効であると主張して、Yに対して本件各移転登記の抹消登記手続を求めて本件訴訟を提起。
  主張 Y:本件訴訟は、Xが訴訟代理人弁護士に本件訴訟について委任した当時、既に重度の認知症にり患していて、そもそもXには訴訟能力がなかったとして、訴え却下を求めた。 
  判断 ①本件訴訟提起時及びこれに先立つ訴訟委任時にXは84歳であり、訴訟委任状の署名部分の筆跡はかなり乱れていること
②埼玉県春日部市の介護認定審査会の調査結果や、Xが平成28年3月から入所している施設の担当者に対する調査結果、その件訴訟提起直後の平成29年2月に作成された成年後見用診断書の記載内容等によれば、Xは本件訴訟提起時には既に中程度から重度の認知症であった
③本件訴訟提起後役1年5か月後に実施した施設でのX本人尋問において、Xが本件訴訟の内容やXの訴訟代理人弁護士のことについて何ら記憶を喚起することができず、自ら訴訟を提起したことすら理解できていないことが認められる

本件訴訟委任状作成された当時、Xには訴訟提起・遂行を委任し得る判断能力はなかったといえる⇒本件訴えは訴訟代理人がXから有効な訴訟委任を得ることなく提起した不適法な訴えであると判示して、これを却下。
  解説  訴訟能力を欠く者のした訴訟行為は無効(民訴法34条)
ここにいう訴訟行為には、訴訟委任も含まれる。 
訴訟代理人として訴えを提起した者が、その訴訟行為をするのに必要な授権があることを証明することができず、かつ、追認を得ることができなかった場合において、裁判所が訴えを不適法として却下⇒訴訟費用は、代理人として訴訟行為をした者の負担とされている(民訴法69条1項、2項、70条)。
  訴訟委任のために必要な能力
A:単に日常会話や日常生活に支障がない程度の理解力・判断力を有していればいい
B:それだけでは足りず、訴訟の内容を理解し、当事者として訴えを提起し、遂行することを判断するに足りる能力まで必要 
本件:
Xは、本件訴訟提起時には既にまともに会話ができるような状態ではなかったものと認められる事案⇒いずれの見解にたつにせよ、Xには必要な能力がなかったものといえる。
  民事p73
広島地裁H30.10.26  
  伊方原発3号機につき、巨大噴火に起因する事故による人格権侵害のおそれを根拠とする運転差止めを求めた仮処分命令申立事件
  事案 四国電力伊方原発3号機(本件原子炉)のおよそ100キロメートル圏内(広島市、松山市)に居住する住民(Xら)が、四国電力(Y)に対して、阿蘇等で巨大噴火に起因する事故が起これば、放射性物質が放出されてXらの生命、身体、精神及び生活の平穏等に重大かつ深刻な被害が発生するおそれがある
⇒人格権に基づく妨害予防請求権に基づき、Yに対して平成30年10月1日以降、本件原子炉の運転差止めを命ずる仮処分命令を求めた。 
先行する仮処分命令申立事件の抗告審で広島高裁が阿蘇の破局的噴火の危機を根拠として、同年9月30日までの運転差止めを認めた(後に保全異議の広島高裁決定で取り消された)⇒その後の期間について、先行事件とは異なり、地震等の問題を除外して火山事象の影響に絞って、運転差止めを求めたもの。
  判断 (ア)本件原子炉の運用期間中に巨大噴火による事故が現実に発生してXらの生命、身体、財産及び生活の平穏等が害される蓋然性があるということはできない、
but
前記事故が起きた場合には極めて甚大な被害が発生するおそれがある

そのリスクの程度によっては、リスクの下で原子力発電所を運転することが人格権を侵害するものとして、運転の差止請求の根拠となる場合があり得る。
but
本件は、本案判決が確定するまでの間の暫定的な救済として仮処分命令を求めるもの⇒Xらは、本件原子炉の運用期間に比べて相当短期間の本案判決が確定するまでの間の巨大噴火による事故のリスクが、そのリスクの下で本件原子炉を運転することが著しい損害又は急迫の危険と評価される程度の人格権侵害をもたらすものであることを疎明する責任がある。

もっとも、Yもその立場等から本件原子炉の安全性について積極的に疎明する必要があり、裁判所は、当事者双方の主張疎明を総合的に判断して、前記要件が疎明されたかを判断する。
(イ)低頻度の巨大噴火の問題につき、火山ガイドを充足しないことをもって、直ちに人格権侵害であるといえるかは問題であり、少なくとも本案判決が確定するまでの間に巨大噴火が発生することによる事故のリスクが著しい損害又は急迫の危険と評価される程度の人格権侵害をもたらすものであることを基礎付ける事情を直ちに推認させるものではない。

巨大噴火に係る火山ガイドの解釈は、行政訴訟とは異なり、本件仮処分命令申立事件の帰趨に直結する問題とはいえないから、必ずしもこれを判断する必要はない。

・・・・行政訴訟と比較してこの点についての判断資料が揃いにくい本件仮処分申立事件において、火山ガイドの解釈を示すのが相当かどうかという問題もある。


本件では、火山ガイドの趣旨を確定した上でこれを充足するか否かを判断し、その判断結果を著しい損害又は急迫の危険と評価される程度の人格権侵害の有無の判断において重視するという判断手法ではなく、前記(ア)の判断手法によるのが相当。
巨大噴火は極めて低頻度な事象⇒本案判決が確定するまでの間に、巨大噴火が阿蘇で発生する可能性は、一般的に非常に低いと考えられるところ、
阿蘇の火山噴出物、活動態様の変化、前兆現象の有無、マグマ溜まりの状況、地殻変動等の各種調査結果を踏まえてその可能性が低いとするYの主張は、相応の合理性を有する。

巨大噴火の時期、規模を的確に予測することが困難であるとしても、巨大噴火の火砕流が本件原子炉敷地に到達することによる事故のリスクがXらに著しい損害又は急迫の危険と評価される程度の人格権侵害をもたらすものとはいえない。

降下火砕流(火山灰)が本件原子炉敷地に降下して事故が起こるリスクについても、各種知見やYが講じている対策等によれば、Xらに著しい損害又は急迫の危険と評価される程度の人格権侵害をもたらすものとはいえない。
  規定 民事保全法 第二三条(仮処分命令の必要性等)
2仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
  解説 本案訴訟では人格権侵害による運転差止めが認められるか否か(被保全権利の有無)というレベルで判断。
but
本決定は、民保法23条2項の保全の必要性の要件を踏まえ、本案訴訟の判決が確定するまでの間のリスクに照らして著しい損害又は急迫の危険と評価される程度の人格権侵害があるかどうかというレベルで判断。
  知財p113
知財高裁H30.9.26  
  通常使用権者が、「他人の業務に係る商品と混同を生ずるものをした」⇒商標法53条1項に基づき、当該許諾を受けた商用を取り消した審決が是認された事例
  事案 Y:「TOP-SIDER」グランドのデッキシューズ等を展開する米国法人
X:指定商品を第25類「洋服」等とする「TOP-SIDER」の文字から成る商標(「本件商標」)を、Yの前身となる会社から平成12年5月に譲り受けた者。 
Xは、A社に対し、本件商標を使用許諾。
A社が本件商標に雲を想起させる図形とヨットの図形を付加した構成の商標(「本件使用商標」)を作成し、それをシャツに付して販売。
Yは、同販売行為が、、商標法53条1項本文の「他人の業務に係る商品と混同を生ずるものをした」に該当すると主張して、本件商標登録の取消審判⇒特許庁がこれを認めた⇒Xが審決の取消しを求めて本件訴訟を提起。
  規定 商標法 第五三条
 専用使用権者又は通常使用権者が指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についての登録商標又はこれに類似する商標の使用であつて商品の品質若しくは役務の質の誤認又は他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずるものをしたときは、何人も、当該商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。ただし、当該商標権者がその事実を知らなかつた場合において、相当の注意をしていたときは、この限りでない。
  主張 Xは、混同のおそれを否定する事情として、
①指定商品を第25類「履物、運動用特殊靴」とする商標(「引用商標」)に周知性がない
②本件使用商品である「シャツ」と「靴(デッキシューズ)」との関連性は高くない
③旧会社が自らXに本件商標を譲渡していて、旧会社としては、本件商標をその指定商品に使用しても出所の混同が生じるとは認識していなかった。
 
  判断   審決の判断を是認。
  ●引用商標の周知性 
①Yの靴が、昭和46年頃から本件使用行為がされた塀絵師25年1月28日までの間に、日本において「スペリー・トップサイダー」や「トップサイダー」等のブランド名で継続的に相当数が販売されてきた
②雑誌や小説等での露出、引用商標の独創性の高さや本件使用商品に第三者が付していた紹介文の内容

引用商標は、同日頃には、Yの靴(デッキシューズ)の取引者及びその需要者である一般消費者の間で、広く知られていた。
  ●本件使用商品である「シャツ」と「靴(デッキシューズ)」との関連性について 
本件使用商品(シャツ)と引用商標が使用されていた靴(デッキシューズ)が、いずれも身に着けて使用するアパレル製品で、同じブランドで統一されてコーディネイトの対象となったり、同一の店舗内で販売されたりする一般消費者向けの商品

本件使用商品と引用商標が付された靴は高い関連性を有する。
  ●旧会社が本件商標を自らXに譲渡していたことについて 
旧会社としては、本件商標を被服等の本件商標の指定商品に使用しても出所混同は生じないとして容認していたものと推認できるが、本件商標に雲を想起させる図形とヨットの図形を付加し、印象商標に極めて類似する構成で使用することについてまで容認していたとはいえない。
  解説    法53条1項は、使用権者が指定商品(役務)又はこれに類似する商品(役務)について、登録商標又はこれに類似する商標を使用して、需要者に品質又は役務の質の誤認若しくは他人の業務に係る商品(役務)と混同を生ずるものをしたときに、当該商標取り消すことを定めた制裁規定。

商標権者が使用許諾に当たって自己の信用保全のため十分な注意をしない場合、取消しをもって、そのような無責任な商標権者及び専用使用権者又は通常使用権者に対する制裁を課すこととして、現行法の下では自由になし得る使用許諾制度の濫用による需要者への弊害を防止することにある。 
「混同を生ずるものをした」というためには、
使用権者が使用する商標と引用商標との類似性、引用商標の周知性、各商標の付された商品(役務)の類似性等の諸事情を考慮する必要があり、現に混同が生じている必要はなく、混同のおそれで足りるとされている。
  法51条1項についての事案であるが、
最高裁昭和61.4.22は、前訴で和解金を受領して商標の使用を認めた者が、その後、当該商標について取消審決を請求したという事案で、
そのような従前の経緯や和解において使用を認められた商標と実際の使用に係る商標との間の差異等を勘案すると、取消審判の請求が信義則に反するものと許されないものとなる可能性があるとして原判決を破棄。 
   法53条1項については、法51条1項や法52条の2の第1項とは異なり、「故意」や「不正競争の目的」が要件とされていない上、文理上、登録商標を指定商品(役務)に用いた場合でも適用され得るものとなっており、従来からその適用を限定的に考えるべきであるとの説が唱えられており、
実際に「不正使用行為」や「不正競争の目的」といった概念を用いて法53条1項を明示的に限定解釈し、その適用を制限した裁判例もある。
2409   
  行政p3
名古屋高裁H30.4.13  
  県知事が産廃処理施設の設置許可処分取り消し⇒環境大臣が取消処分を取り消し⇒その裁決の取消請求
  事案 株式会社Aは、岐阜県B市内において、産業廃棄物処理施設の設置を計画⇒廃棄物の処理及び清掃に関する法律に基づき、設置許可を申請⇒岐阜県知事は平成21年11月30日に設置許可⇒岐阜県知事は、平成22年7月30日に本件設置許可処分を取り消す旨の処分⇒Aが審査請求⇒環境大臣は、本件取消処分を取り消す旨の裁決⇒
周辺住民であるXら175名が、国に対して、本件裁決の取消しを求めた事案。
  原審 本家施設の設置予定地から半径2キロメートル圏外に居住するXらについては、原告適格がない。 
A代表者は、本件施設の設置予定地の町内会常会において、本件施設の設置を説明し、町内会の代表者らから承諾書を得ている⇒従前適正処理条例が定める周辺住民への周知義務を履行したといえる⇒適正配置要件が欠けているとはいえない。
Aは、岐阜県に対して、周辺住民への説明状況について虚偽の回答。
but
本件許可を受けられなかった者とはいえない⇒不正の手段で許可を受けたとはいえず、また、「その業務に関し不正又は不誠実な行為をするおそれがある」ともいえない

本件裁決が違法であるとは認められない。
  判断 原告適格については、原審判決と同様の判断。
廃棄物処理法は、産業廃棄物処理施設の設置許可申請者に対し、周辺住民に対して申請の内容を周知することを義務づけていると認めることはできない。

従前適正処理条例が定める周辺住民への周知義務を履行していないことは本件取消事由に該当しないし、適正配置要件を欠くことにもならない。

本件裁決が違法であるとは認められない。
控訴審で訴訟承継した控訴人らについて、
本件裁決の取消しを求める法律上の利益は、一身専属的なもので相続の対象とならない⇒控訴を却下。
  解説 原告適格について、
判例に沿って、本件施設の規模や内容を考慮し、その設置により生活環境に影響が及ぶおそれのある地域の範囲を判断。 
  民事p31
最高裁H31.1.18  
  外国裁判所の判決に係る訴訟手続と民事訴訟法118条3号にいう公の秩序
  事案 上告人らが、米国カリフォルニア州の裁判所で被上告人に対して損害賠償を命ずる確定判決を取得⇒日本の裁判所において当該外国裁判所の確定判決についての執行判決を求めた。 
  事実関係 上告人らは、平成25年3月、米国カリフォルニア州オレンジ郡上位裁判所(「本件外国裁判所」)に対し、被上告人外数名を被告として損害賠償を求める訴えを提起。

被上告人は、弁護士を代理人に選任して応訴したが、訴訟手続の途中で同弁護士が本件外国裁判所の許可を得て辞任。 
被上告人がその後の期日に出頭せず⇒上告人らの申立てにより、手続の進行を怠ったことを理由とする欠缺(デフォルト)の登録

本件外国裁判所は、上告人らの申立てにより、平成27年3月、被上告人に対し、約27万5500米国ドルの支払を命ずる、カリフォルニア州民訴法上の欠席判決を言い渡し、本件外国判決は、同月、本件外国裁判所において登録された。

上告人らの代理人は、平成27年3月、被上告人に対し、本件外国判決に関し、判決書の写しを添付した判決登録通知を、誤った住所を宛て先として普通郵便で発送。前記通知が被上告人に届いたとはいえない。

被上告人は、本件外国判決の登録の日から180日の控訴期間内に控訴せず、その他の不服申立ても所定期間内にしなかったことから、本件外国判決は確定。
  規定 民訴法 第118条(外国裁判所の確定判決の効力)
外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
一 法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。
二 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
三 判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
四 相互の保証があること。
  原審 敗訴当事者に対する判決の送達は、裁判所の判断に対して不服を申し立てる権利を手続的に保障するものとして、我が国の裁判制度を規律する法規範の内容となっており、民訴法118条3号にいう公の秩序の内容を成している。
本件外国判決は、被上告人に対する判決の送達がなされないまま確定
⇒その訴訟手続は同号にいう公の秩序に反する。
  判断 我が国の民訴法は、訴訟当事者に判決の内容を了知させ又は了知する機会を実質的に与えることにより、当該判決に対する不服申立ての機会を与えることを訴訟法秩序の根幹を成す重要な手続として保障。

外国判決に係る訴訟手続にいて、当該外国判決の内容を了知させることが可能であったにもかかわらず、実際には訴訟当事者にこれが了知されず又は了知する機会も実質的に与えられなかったことにより、不服申立ての機会が与えられないまま確定した当該判決に係る訴訟手続は、民訴法118条3号にいう公の秩序に反する。

本件において、判決の内容の了知がされ又は了知の実質的な機会が与えられることにより不服申立ての機会が与えられていたか否かについて更に審理を尽くす必要があるとして、原判決を破棄して原審に差し戻した。 
  解説  ●米国カリフォルニア州の民訴制度における判決の送達
カリフォルニア州の民事訴訟制度においては、我が国のような判決書の送達制度は見当たらず、これに代えて、判決の裁判所への登録を知らせる判決登録通知が、原則として勝訴当事者から相手方当事者に対し送達がされることとなっている。
but
控訴期間は、同州裁判所規則により、判決登録の日から180日又は判決登録通知が送達されたことが証明された場合にはその送達の日から60日のいずれか早い日の経過により確定

判決登録通知が送達されたことが定かでない本件のような場合でも、判決登録から180日を経過したことによって控訴期間が満了。
本件は、被告について裁判の途中で代理人弁護士が辞任し、カリフォルニア州民訴法上の欠席判決(デフォルト・ジャッジメント)がされた事案。

同州の民訴法では、欠席判決がされるまでには、欠席の登録の前提としての欠席登録申請書の送達や、欠席判決の前提としての欠席判決申請書の送達手続が必要であるなど、欠席当事者に対しても種々の手続保障が存することがうかがわれる。

弁護士が辞任する際にも、裁判所による辞任許可の決定が必要で、そのための自認許可申請書の本人への送達手続が必要となっているなど、その後の手続についての注意喚起も行われている。

州によっては当事者が判決等の裁判書類をインターネットで閲覧できる仕組みも整備されている。
  外国裁判所の判決が民訴法118条により我が国においてその効力を認められるためには、同条3号により、判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないことが要件とする。 
その制度やそれに基づいた手続が我が国の法秩序の基本原則なしい基本理念と相いれないものと認められる場合には、その外国判決に係る訴訟手続は、同条3号にいう公の秩序に反する。(最高裁H9.7.11)
  我が国における判決の送達に関する基本原則ないし基本理念:
判決書は当事者に送達(255条)。
判決に対する不服申立ては判決書の送達を受けた日から所定の不変期間内に提起しなければならず、判決は前記期間の満了前には確定しない(116条、285条、313条)。
送達は、 裁判所の職権によって、送達すべき書類を受送達者に交付するか、少なくとも所定の同居者等に交付し又は送達すべき場所に差し置くことが原則。
当事者の住所、居所その他送達をすべき場所が知れないなど前記の送達方法によることのできない事情⇒公示送達等が例外的に認められる。
外国判決が民訴法118条により我が国においてその効力を認められる要件としては、「訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達」を受けたことが掲げられている(同条2号)のに対し、判決の送達についてはそのような明示的な規定が置かれていない。

外国判決に係る訴訟手続において、判決書の送達がされていないことの一事をもって直ちに民訴法118条3号にいう公の秩序に反するものと解することはできない。
  本判決:
判決書の内容を了知させ又は了知する機会を実質的に与えることに加えて、これにより「不服申立ての機会を与えること」を重ねて記載。

適時に、相当な方法で了知される必要があるという趣旨や、その了知の程度は、不服申立てをするに足りる程度であるという意味が含まれているものと解される。 
  民事p42
東京高裁H30.5.23  
  使用貸借の土地の譲受人による建物収去土地明渡請求権を権利濫用とし、1億円の立退料を支払うことで権利濫用とならないとした事案
  事案 A所有の本件土地上にAの子Y1・Y2所有の本件建物が存在。
Aから転買によって本件土地を買い受けたXからYらに対し土地明渡を求めるもの。
A・E・F・Xらが一堂に会して、2つの契約を締結。
①本件土地をAからFへ6400万円で売却する売買契約(「第1売買契約」)
Aの説明によれば本件土地利用は使用貸借で、Aの強い希望により本件売買契約をYらに通知・確認せず、現状のまま売却。
②本件土地をFからXへ6827万円余で転売(「第2売買契約」)
その際、登記手続については、Fを省略し、AからXへの中間省略登記をするものとされた。
  原審  ①本件土地の売買価格の低廉さ(更地価格は2億6000万円超であるが、売買価格はいずれも6000万円台)
②本件第売買契約と第2売買契約を同時に行い、しかも本件土地上に存する建物所有者・居住者に管理関係を尋ねることなく秘して行うとうい取引行為の異常さ
③高齢かつ脳梗塞・狭心症・心筋梗塞等で入退院を繰り返しているY1につき、自己のあずかり知らぬところで行われた本件順次売買によって、Xに対し、多額に及ぶと想定される本件建物の収去費用を負担して本件土地を明け渡さなければならなくなるという結果は、均衡を大きく欠く

XがYらに対する建物収去土地明渡しを請求することは権利の濫用として許されない。
    Xは控訴し、その際、予備的に、5000万円の支払と引換えによる本件請求を追加
  判断 主位的請求:
使用借権者であるYらは・・・Xに対抗し得る占有権原を有していない⇒権利の濫用に当たるとの特段の事情が認められない限り、本件土地の所有権に基づき、Xは、Yらに対して、本件建物を収去し、本件土地の明渡しを求めることができる。
but
本件ではその特段の事情が認められる⇒原審同様、Xの請求は権利濫用に当たる。
予備的請求:
立退料を「1億円」として、その引換給付を求めた。
  解説 使用貸借は無償契約
⇒返還の時期を定めなかったときは、貸主は、契約目的に従い使用及び収益が終わった時に(ただし、その使用及び収益が終わる前であっても、使用及び収益をするのに足りる期間を経過した時は)、直ちに返還を請求でき(民法597条2項) 
返還の時期並びに使用及び収益の目的を定めなかったときは、貸主は、いつでも返還を請求することができる(同条3項)。
使用貸借においても、貸主・借主の「信頼関係」が基礎となっていることは、賃貸借と同様。
無条件の明渡請求は、信義則に反し権利濫用となるとの誹りを免れないが、その際、貸主と借主との間の信頼関係破壊の程度に応じた調整機能を果たすものとして、賃貸借契約における明渡請求につき正当事由の補強として認められる「立退料」が承認されるべきであり、これによって、権利濫用となるとの誹りを免れることができる。(大阪高裁H2.9.25、文献)
以上の借主保護の法理は、当事者間の問題。
使用貸借の目的物が第三者に譲渡され、その譲受人(新所有者)空借主に対し明渡請求がされた場合は、前記の当事者間の諸事情は、原則として問題とならない。
←使用貸借に対抗力がない以上、貸主がその地位を引き継ぐ理由はない。
but
その場合でも、第三者からの明渡請求について、これを権利濫用と認め、その上で、立退料(補償金)の支払により権利濫用とならないといのが本判例。
裁判所が申出額を超えた立退料の額を認めた判例(最高裁昭和46.11.25)
財産上の給付が、正当の事由の存否に関する判断をもっぱら妥当性判断に基づく紛争処理に導きかねず、適切な運用が要求されるとの指摘。
  民事p54
名古屋高裁H30.5.30  
  建売住宅の販売について、消費者契約法4条2項に基づく解除を認めた事案
  事案 Xは、建売住宅の販売等を目的とする会社である被控訴人(Y)から、土地及び建物(「本件不動産」)を購入
but
本件不動産は、市の風致地区内建築等規制条例の定める緑化率を充足しておらず、条例に違反する状態にあった。
Xは、Yが緑化率不足という条例違反があることを秘してXに本件不動産を売却⇒
Yに対し、
売買契約の錯誤無効
詐欺取消し
消費者契約法4条2項に基づく取消し、
瑕疵担保責任に基づく解除
を主張して、
売買代金等の返還を求めると共に、違約金及び不法行為に基づく損害賠償金等の支払を求めた。
  原判決 緑化率不足という条例違反について、
これに関する錯誤は意思表示の主要部分をなすものではなく、その瑕疵は売買契約の目的を達することができないものとはいえない⇒錯誤無効及び瑕疵担保責任による解除の主張を否定。
Yの従業員は、緑化率不足を失念して、Xに対し本件不動産を売却⇒YがXを欺罔したとか、故意に条例違反を告げなかったとは認められない。
  判断 瑕疵担保責任による解除について、
契約の目的を達することができなくなるようなものではない⇒否定。 
消費者契約法4条2項に基づく取消しについて、
Yは、緑化率の不足という条例違反の事実を認識していながら、これを消費者であるXに故意に告げなかった⇒同項による取消しを認め、
Yに対し、
Xから、本件不動産につき抵当権設定登記の抹消登記手続を経た上で、
土地については所有権移転登記の抹消登記手続、
建物については真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記を受けること、
本件不動産の引渡しを受けることと引換えに、
売買代金等の返還することなどを命じた。
Xの損害賠償請求については、Xの主張する損害は、Yが緑化率不足を告げないで本件不動産を売却したこととの間に相当因果関係があるとはいえないなどとして、これを棄却。
  解説 本判決:
Y自身が条例に基づく許可を申請し、芝を貼るなどして条例の定める緑化率を達成し、行為完了届を提出したが、その後まもなくデッキテラスを設置するため、芝を撤去し、条例の要求する緑化率を充足しなくなったにもかかわらず、他の部分で緑化面積を確保することのないまま、本件不動産の販売を開始したという事実経過⇒特段の事情のない限り、Yは、条例違反の事実を認識しており、かつ、購入希望の消費者が条例違反の事実を認識していないことを知りながら、条例違反の事実を告げなかったものと推認するのが相当。

芝を撤去した免責分について他の箇所を緑化すべきところを失念した旨のYの従業員の説明については、不自然な点が多々あり、その信用性には重大な疑問があるとして排斥。 
  民事p65
福島地裁H30.11.20  
  福島第一原発事故により避難指定区域となった地域に所在した介護老人保健施設の営業損害等について原子力損害の賠償に関する法律3条1項に基づく損害賠償請求を一部認めた事案
  事案 福島県双葉郡浪江町に介護老人保健施設を設置・運営していたいXが、平成23年3月11日に発生した福島第一原発の事故により、本件施設の営業をすることができなくなったと主張⇒Y社に対し、原賠法3条1項本文に基づき、本件施設に関する平成29年3月から平成58年2月までの期間の営業損害等の賠償を求めた。
  判断 Xが本件事故前と同じ又は同等の営業を再開するためには、少なくとも避難指示の解除時点(平成29年3月31日)から10年を要するものと認定する一方で、
避難指示が解除されたことによりXの営業活動における支障の程度も段階的に低減することを考慮し、Xの営業損害を段階的に算定した上で、Xの請求の一部を認容。 
避難指示区域内で事業を営んでいた事業者の営業損害:
当該事業者が従前と同じ又は同等の営業活動を営むことが可能と認められる時点までの間に得ることができなかった利益の限度で賠償を認めるのが相当。 
●Xが転業又は移転することが困難であったこと 
老人介護保健施設は、その性質上、他の事業に転換することは不可能又は著しく困難⇒他の事業への転換に要する期間を想定して営業損害を考えることはできない。
①老人介護保険施設ではあらかじめ高齢者福祉圏域が設けられ、圏域ごとに必要入所定員総数が定められており、これを超える場合は県知事が開設許可を付与しないこともあり得る
②福島県内の他の高齢者福祉圏域の入所定員数

Xが福島県内の他の高齢者福祉圏域に本件施設を移転させようとした場合、開設許可を得るのは困難であることが予想される。
同一の高齢福祉圏域内で本件施設を移転する場合には、前記のような障害はない。
but
①福島県内における医療・介護職の慢性的な人材不足
②働き手となる世代で帰還する意向を有している者がそれ程多くない

同一の高齢者福祉圏域内で移転しても直ちに必要な人材を確保することが困難な状態にあった。

具体的な営業拠点の移転を計画していたなどの特別の事情がないXにおいて、高齢者福祉圏域の内外にかかわらず営業拠点の移転を要求することはXに不可能を強いるに等しく、営業拠点を移転することを前提とすることは相当ではない。
●Xが本件施設の現所在地で本件事故前と同じ又は同等営業活動を再開できる時期 
本件施設の営業を停止するに至った直接の要因である避難指示は、平成29年3月31日に解除されており、この時点では営業再開に対する支障は解消。
but
・・・・
避難指示が解除されても直ちに本件事故前と同じ又は同等の営業活動を再開するのは不可能か著しく困難であり、同レベルに回復するためには避難指示解除後も相当の期間を要する。
①65歳以上の高齢者においては帰還の意向が高く、介護老人保健施設の需要はある程度回復が見込まれる
②福島県による積極的な人材確保対策により今後は人材確保の点でもその効果がある程度見込まれる、
③福島県による積極的な人材確保対策により今後は人材確保の点でもその効果がある程度見込まれる
④福島県全体としては、非難指示区域が狭くなり、着実に復興の道を歩み、徐々にではあるが本件事故による影響も収束に向かっている
⑤地域住民のXに対する信頼・依存度は相当に高い
⑥本件施設の所在地が避難指示解除準備区域として復興の拠点と捉えられていること等の事情

遅くとも避難指示の解除時点(平成29年3月31日)から10年を経過した平成39年3月までには従前と同程度の事業ができるまでに回復するものと推定される。
Y:Xの本件施設に関する営業損失の賠償期間については損失補償基準要綱等を参考にすべきと主張
vs.
本件事故は突然かつ広範囲に被害を生じさせ、また、その被害も長期にわたって継続するものであり、公共用地の収用のように事前の準備期間や熟慮期間などを経て法令等に基づいた各種の手続が実施され、代替地も用意されているケースとは明らかに前提状況が異なる。

損失補償基準要綱等の考えを参考に営業損害の賠償期間を考えるのは相当ではない。
●Xの営業損害の額 
①本件施設が所在地においても本件事故前と同じ又は同等の営業活動をするためには、避難指示の解除時点から少なくとも10年を要する
but
②浪江町の多くの地域の避難指示が解除され、今後は徐々にではあるが住民の帰還等が進んでいくことが予測されること等

Xにおける本件施設の営業活動の支障の程度についても平成29年3月31日以降に段階的に低減していくものと推測され、営業活動に与える支障の割合の低減に合わせて段階的に算定するのが相当。
  解説 本判決:
①本件事故により営業活動が将来的に不能になったものとは考えず、むしろ再開可能であることを前提として、本件事故の影響で営業活動が停止していた期間中の逸失利益を損害そ捉え、従前と同じ又は同等の営業活動を営むことが可能と認められる時点までの間の逸失利益の限度で賠償を認めた。
②本件事故かによる営業活動への支障が段階的に低減していくことを考慮し、その割合に合せて段階的な算定。 
  民事p76
那覇地裁H30.7.13  

  私募債である特別目的会社の社債の引受・販売と損害賠償責任
  事案 Xらは、Y(証券会社)から、レセプト債と呼ばれる金融商品(「本件社債」)を購入⇒その発行体の特別目的会社(SPC)等が破産⇒元本の償還を受けることができなくなり、損害を被った。
Xらは、Yによる引受審査義務(引受証券会社が、証券引受けに際し、適切な引受審査を行う義務)及び説明義務の違反あり⇒
Yに対し
主位的に不法行為又は金販法5条による損害賠償請求として、
予備的に消費者契約法により本件社債の売買契約を取り消したとして、
本件社債の代金相当額等の支払を求めた。
  争点 ①引受審査義務違反を原因とする請求が認められるか
②説明義務違反を原因とする請求が認められるか
③消費者契約法による売買契約の取消しが可能か 
  判断・解説 ●争点①:引受審査義務違反について
引受審査:引受証券会社において、引受対象の有価証券について資料や情報を収集した上で、当該有価証券の引き受けが適当であるか否かを判断する手続。
Xら:
Yが本件社債を引き受けて顧客に販売するに当たり、顧客に対する私法上の注意義務として引受審査義務を負い、その内容は、本件社債は私募債であるものの、その発行が公募規制を潜脱するものであることを踏まえ、公募規制に変わる信用性を付与し得る程度、すなわち財務諸表の法定監査やそれを含む有価証券報告書等の作成義務、法定の賠償責任、情報開示義務がなこと等をすべて補完し得るものでなければならないと主張。
but
本判決:
引受審査の根拠(金商法17条、21条により、投資者保護の観点から引受証券会社に求められる「相当な注意」義務を果たすためのもの)のほか、引受証券会社の証券市場における社会的役割や、証券会社に対する投資者の期待等を踏まえつつも、これをもって個々の投資家に対する法的義務を構成するとはいえない。

Xらの主張する内容の引受審査義務を否定。
一般的な不法行為責任を負うかの判断において、過失が認められるかという観点で検討されるものにとどまる。

これは公募債券の場合でも異ならない⇒公募規制潜脱の有無は引受審査義務違反による不法行為責任の有無を左右しない。
金融商品の商品適格自体に着目し、その審査を証券会社の責任とするか否かという問題。
いかなる投資家に対しても適合性を有せず、健全な証券市場の確保の観点から証券市場に流通させることがおよそ不適切な有価証券を、証券会社が漫然と引き受けて販売した場合に、不法行為責任が生じ得ることは異論がない。
本判決:
Yが本件社債を初めて引き受けるに際して行った引受審査は問題のないものであったものの、その後については、発行体が決算報告書上債務超過となるなどしている⇒引受審査が不十分であったという余地がある。
but
本件社債が未償還となった原因は、発行体の粉飾決算等による資金繰り破綻であるところ、Yが適切な引受審査を行ったとしても、粉飾決算等を知ることができ、本件社債の販売をしなかったとまでは認められない。
⇒損害との因果関係を否定。
●争点②:説明義務違反について 
Yは、顧客の年齢、知識、投資経験、投資顧問及び理解力等その属性に応じて、取引に伴うリスクの内容とその仕組み等について説明すべき信義則上の義務を負っており、
ことに本件社債のようなSPCの発行する社債については、発行体であるSPCの資産の内容やその運用の仕組みについても概要を説明する義務がある。
本件社債の発行大河債務超過となっているという情報は、本件社債のリスクを把握するに当たって重要⇒この点の説明を欠いたことは、Xらに対する説明義務違反となる余地がある。
but
債務超過以外の点については、本件社債の提案書に記載があるものであって、同提案書に基づいて必要が説明がされた⇒説明義務違反を否定。
●争点③:消費者契約法による取消し 
Xら:Yによる本件社債売買の勧誘に際して、消費者契約法4条1項1号所定の不実告知(重要事実について事実と異なることを告げること)又は同条2項所定の不利益事実の不告知(重要事項について消費者の不利益となる事実を故意に告げなかったこと)があったと主張。
本判決:
Yが、本件社債につき安全性の高い商品であると説明したことを認定。
but
これは主観的な評価にとどまり、「事実と異なること」には当たらない。
不利益事実に当たる元本欠損のおそれについては説明がされている。
元本の償還がされない可能性が高いことについては説明されていない。
but
発行体の粉飾決算や資金繰り破たんについてまでYが知っていたとは認められない。

「故意」による不利益事実の不告知には当たらない。
  知財p99
大阪高裁H29.11.16  
  パブリシティ権侵害で、独占的利用許諾を受けた者による損害賠償請求(肯定)
  事案 フィットネスプログラム「Rimix」のマスタートレーナーAの画像をホームページ等に掲載したYの行為が、Aのパブリシティ権につき独占的利用許諾を受けているXの独占的利用権を侵害する不法行為に当たるとして、Xによる不法行為に基づく損害賠償請求。 
X:フィットネスプログラム「Rimix」を中国、台湾地区で運営する株式会社。
同地区の短答マスタートレーナーつぃて日本、中国及び台湾で活躍するAは、その夫が代表取締役を努めるXにそのパブリシティ権について独占的利用許諾を行い、XがAのパブリシティ権に関する契約の交渉・締結を行い、対価を取得。
Y:フィットネス関係の衣料品を製造販売する株式会社。
  争点 ①パブリシティ権侵害による不法行為の成否
②パブリシティ権侵害による損害額
  判断  ●争点①について 
最高裁H24.2.2の判旨を確認し、
パブリシティ権の利用許諾契約の有効性と、第三者による肖像等の無断使用が独占的利用許諾者との関係で不法行為となる場合について、

パブリシティ権は、人格権に由来する権利の1内容を構成するもので、一身に専属し、譲渡や相続の対象とならない。
しかし、その内容自体に着目すれば、肖像等の商業的価値を抽出、純化させ、名誉権、肖像権、プライバシー等の人格権ないし人格的利益とは切り離されている
⇒パブリシティ権の利用許諾契約は不合理なものであるとはいえず、公序良俗違反となるものではない。

パブリシティ権の独占的利用許諾を受けた者が現実に市場を独占しているような場合に、第三者が無断で肖像等を利用するときは、同許諾を受けた者は、その分損害を被ることになる⇒少なくとも警告等をしてもなお、当該第三者が利用を継続するような場合には、債権侵害としての故意が認められ、同居諾を受けた者との関係でも不法行為が成立する。
①Aは中国・台湾地域のマスタートレーナーとして認定され、台湾のテレビ番組に出演するなどしており、
②日本のRitmix愛好家の間においてもマスタートレーナーとしてのAの肖像権は一定の顧客吸引力を有していた

裁判所はAがパブリシティ権を有していると認めるのが相当。
X代表者が中国、台湾において「RITMIX」等の商標権を取得しており、AとYとの間のライダー契約のA側の交渉を行っていた
⇒YはXがAのパブリシティ権の独占利用許諾を受けていたことを認識できた。
①XとYとの協議の継続中は、YがAの画像をウェブサイト等に掲載することにつきXの承諾があったと認められる
②本件通知によりYがXとの協議を終了させたことにより、XによるAの画像掲載の承諾も撤回された

Yが自ら本件通知を行いながら、Aの画像を削除せずに、Aの肖像等を広告として使用したと評価できる

Yの行為が、「Aのパブリシティ権に係るXの独占的利用権を侵害する不法行為を構成すると認められる」とした。
  ●争点②について 
Xが独占的に利用を許諾されたAのパブリシティ権は、肖像等が有する商品の販売等を促進する顧客吸引力を排他的に利用する権利

Xは、Yの行為により、画像の使用を許諾する場合に通常受領すべき金銭に相当する額の損害を受けたものと認められる。
①ライダー契約の交渉において、1か月あたり6万円の商品を無償提供するとのYの提案に、Xは応じていないとの事情
②Aの顧客吸引力の程度、内容、Aの画像の掲載場所の数、掲載期間等を総合考慮

1か月当たりのYの行為による損害額を10万円とするのが相当。
  画像の掲載期間について、Aの画像がYの管理するサイトから削除されたと明確に判明するのは、平成28年3月17日に削除されたインターネットショッピングモールQに係るものしかない
⇒平成28年3月17日までの間、YはAの画像を継続してウェブサイト等に掲載していたと推認するのが相当。

Yが本件通知から掲載画像すべてを削除するまでに一定期間を要すると認められる⇒本件通知のあった平成27年3月25日から平成28年3月17日までの間のうち、11か月分である110万円の損害をXが被ったと認めるのが相当。
  解説  パブリシティ権について平成24年最判:
氏名、肖像等(あわせて「肖像等」という)が有する商品の販売等を促進する顧客吸引力を、排他的に利用する権利と定義し、その法的性質を人格権に由来する権利とする判断を示した。

パブリシティ権侵害として不法行為法上違法となる場合として、肖像等の無断利用のうち、
①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、
②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、
③肖像等を商品等の広告として利用するなど、
専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合
との判断。
他方で、パブリシティ権の定義、法的性質、侵害判断基準以外の論点については、判断が示されておらず、今なお議論が続いている。
平成24年最判の調査官解説:
判示事項ではないとしつつ、
パブリシティ権は名誉、プライバシー権等の人格権ないし人格的利益とは切り離されている⇒その利用許諾契約は民法90条にいう公序良俗に反するものではなく、有効。
利用許諾を受けた者の損害賠償請求につき、自由競争の範囲を超えて債権侵害として不法行為を構成する場合には認められるとする。
  刑事p118
東京高裁H30.2.27
  解離性同一性障害と責任能力
  事案 窃盗(万引き)により執行猶予中の被告人が、同一日に、三店舗において、靴、化粧品、衣服等多数の物品を万引きした事案。 
  争点 被告人が本件各犯行当時、
① 解離性同一性障害にり患していたか否か
②主人格とは別の人格状態にあったのか否か
③被告人の責任能力の有無・程度
  原判決 被告人は本件各犯行当時、
①解離性同一性障害にり患していたが、
②主人格と別の人格状態にあった旨の被告人の原審公判供述は信用出来ないとして、
③完全責任能力を肯定。 
  判断 争点①②を肯定した上で、心神耗弱を認定し、原判決を破棄。 
  ●責任能力の判断基準 
弁護人:
副人格の行為について主人格が責任を負うべきではないという見解を前提に、副人格の状態で犯行に及んだ場合、一律に責任能力を欠く旨主張。
本判決:
解離性同一性障害における人格状態のありようについて、同障害の診断基準を踏まえて検討した上で、副人格の状態であるとの一事によって責任能力が否定されるのは明らかに不合理。

解離性同一性障害にり患した者の責任能力の判断基準について、副人格が現れた点を含む同障害の症状の態様や程度によって、どのような影響を受け、犯行に及んだかを検討し、その責任能力を判断すべき。
  ●本件事例へのあてはめ 
①被告人は、本件当時、人格状態が交代したこと自体について認識していたが、主人格が人格状態をコントロール等することはできない上、主人格が交代した副人格の行為中に副人格の行為を認識したり、影響を与えたりすることもできなかった。
②副人格が被告人の状況を認識して内省を深められるかも一切明らかでなく、社会生活を送る上で副人格の状態にある被告人が内省を深める機会を持ちえたとも認められない。
③主人格である被告人が内省、後悔しても、副人格に影響を与えて副人格の内省が深まるような関係にないと認められる。

副人格の人格状態にあった被告人が、万引きについて、是非を弁識し行動を制御し得たと認めるには合理的疑いが残る⇒完全責任能力は認められない。
①被告人は、周囲の注目を引くことなく本件犯行を実行できた⇒副人格の人格状態になったからといって、周囲の状況を認識する能力や目的合理的な行動をとる能力が障害されていたとは認められない。
②店員の様子を気にしながら商品をリュックサック等に隠し入れていた⇒副人格の状態にあった被告人が万引きが許されない行為であるとの意識を全く欠いていたとは認められない。
③副人格は主人格が欲していたジャムも万引き⇒主人格の願望を実現したという側面もうかがわれる。
④副人格は、主人格と趣味や性格が異なるが全く相容れない人格状態とは認められない

副人格の状態にあった被告人は、社会生活一般に関して相応の判断能力や行動制御能力を備えているように見られるのであって、主人格の状態の被告人と断絶したものではないなどとして、心神耗弱を肯定。
  解説 ●解離性同一性障害にり患した者の責任能力の判断基準
A:行為者人格的アプローチ:
行為時の副人格に対して完全な責任能力を問うことが可能であるという考え方

B:グローバルアプローチ:
犯行時の人格以外の主人格を含めて、1個の人間⇒その人間に対して、行為時の人格のみを根拠に刑罰を科すことはできないとする考え方。
主人格と行為時人格との関連(記憶の存否・程度等)を問題とすべき。
b1:常に責任無能力とする見解
b2:主人格が交代人格の行動を関知、コントロールできなければ常に責任無能力とする見解
b3:犯行時の人格にかかわらず、是非弁別能力・行動制御能力を欠く場合のみ責任無能力とする説
  東京高裁H30.7.10:
被告人が多重人格障害にり患し、昏睡強盗を行った当時に第2人格が出現していた可能性があるとされた事案において、
多重人格障害にり患し複数の人格が出現する場合でも、同障害そのものを理由として直ちに責任能力を否定することは相当ではなく、
当該行為時に現れていた人格の性質・特徴等も踏まえ、行為時やその前後における言動等を総合して、責任能力の有無・程度を判断するのが相当。
①犯行動機が合理的で了解可能であり、
②高度な現実認識や知的判断の下で行われて計画的犯行であって、
③犯行時の行動も被告人の普段の人格から大きくかい離しておらず、
④本件が第二人格の出現によって初めて犯されるに至った犯行であるともいえない

完全責任能力を肯定。 
     
7月   
2407   
  行政p3
最高裁H30.11.6   
  地方自治法237条2項の議会の議決があったとされた事例
  事案 市の土地の譲渡につき、市の住民らが、当該譲渡は地自法237条2項にいう適正な対価なくしてされたにもかかわらず、同項の議会の議決によるものでないから違法⇒同法242条の2第1項4号に基づき、当該市長の職にあった者に対して損害賠償請求をすること等を求めた住民訴訟。 
鑑定評価額は7億1300万円とする鑑定書
事業実施者を公募し、予定価格を3億3777万8342円としたところ、A社から3億5000万円で応募。
  原審 本件譲渡は適正な対価なくしてされたものであるとした上、
地自法237条2項の議会の議決がったということはできない

本件土地の適正な対価の下限であるという鑑定評価額の7割相当額と本件譲渡価格との対価との差額(1億4910万円)相当を認容。 
  判断 普通地方公共団体の財産の譲渡又は貸付けが適正な対価によるものであるとして議会に提出された議案を可決する議決がされた場合であっても、当該譲渡等の対価に加えてそれが適正であるか否かを判定するために参照すべき価格が提示され、両者の間に大きなかい離があることを踏まえつつ当該譲渡等を行う必要性と妥当性について審議がされた上でこれを認める議決がされるなど、審議の実態に即して、当該譲渡等が適正な対価によらないものであることを前提として審議がされた上これを認める趣旨の議決がされたと評価することができるときは、地自法237条2項の議決があったというべき。 
普通地方公共団体の財産である土地の譲渡が適正な対価によるものであるとして議会に提出された議案を可決する議決につき、
①不動産鑑定士による鑑定評価額と当該譲渡の価格との間に大きなかい離があることを踏まえて審議がされたこと、
②議会においては、当該土地の所在する地区に小中学校が移転するまでに、防犯や児童生徒の安全のため、当該土地が住宅地とされる必要がある旨の意見があったところ、2回の一般競争入札やその後の公募を経ても当該土地を譲渡することができず、更にその後行われた公募により譲渡先である事業実施者が選定されたという経緯を踏まえて審議がされたことなど
判示の事情の下においては、
当該議決をもって、地自法237条2項の議会の議決があったということができる。
  解説 地自法237条2項は、普通地方公共団体の財産は、条例又は議会の議決による場合でなければ、適正な対価なくして譲渡し、貸し付けてはならない旨を規定するところ、
同項の議会の議決があった場合には、特段の事情のない限り、当該譲渡等を行ったことにつき首長は免責されるものと解されている。 
最高裁H17.11.17は、
同項の議会の議決があったというためには、財産の譲渡等が適正な対価によらないものであることを前提として審議がされた上当該譲渡等を行うことを認める趣旨の議決がされたことを要する旨を判示。
but
平成17年最判の事案は、町有地から砂利を無償で採取した会社との間で、その後に町が対価の支払いを受ける旨の合意をし、これに基づき支払われた対価を財産収入として計上した補正予算が可決されたというものであるところ、
譲渡の対価が適正であれば議会の議決を要する事案ではなかったし、
譲渡がされる前に当該譲渡についての個別の議案が可決された事案ではない。
本判決:
当該譲渡等が適正な対価によらないものであることを前提として審議がされた上これを認める趣旨の議決がされたといえるかについては、
審議の実態に即して評価すべき。

その趣旨の議決がされたと評価することができる場合の一例として、
当該譲渡等の対価に加えてそれが適正であるか否かを判定するために参照すべき価格が提示され、両社の間に大きなかい離があることを踏まえつつ当該譲渡等を行う必要性と妥当性について審議がされた上でこれを認める議決がされる場合を挙げている。

地自法237条2項、96条1項6号の趣旨につき、適正な対価によらずに財産の譲渡等を行う必要性と妥当性を議会において審議させ、当該譲渡等を行うかどうかを議会の判断に委ねることとしたものである旨の平成17年最判を受けてのもの。
  民事p9
東京高裁H30.10.24  
   
  事案 いわゆる横浜事件に関する国家賠償訴訟 
  争点 国賠法附則6項(「この法律施行前の行為に基づく損害については、なお従前の例による」)の解釈。 
法律の経過措置規定で「Aについては、なお従前の例による」という規定が置かれる場合においては、Aについての旧規定が存在するのが普通。
but
本件においては、旧規定(旧法令又は改正前の法令の規定)が存在しない状態。
国賠法施行直前においては、統治権に基づく権力的行動としての公務員の行為に基づく賠償責任について定めた実定法の規定が存在せず。
  判断 従前とは施行直前の意味であるが、
施行直前の旧規定が存在しないところ、

①施行直前の大審院判例は統治権に基づく権力的行動としての公務員の行為に基づく損害につき国は賠償責任を負わないと判示。
②昭和22年の国賠法制定の国会審議の過程においても「従前の例による」の解釈が統治権に基づく権力的行動としての公務員の行為に基づく損害につき国は賠償責任を負わないというものになることを前提として質疑が行われた。

国賠法附則6項の解釈として、統治権に基づく権力的行動としての公務員の行為であって国賠法施行前に行われたものに基づく損害については国は賠償責任を負わないと判断。
  解説 控訴審判決に対しては、上告及び上告受理の申立てがあったが、期限内に上告理由書等の提出がなかった

民訴法316条1項及び318条5項の規定により、原裁判所が上告等を却下。 
  民事p27
大阪高裁H30.7.12  
  婚姻費用分担額と義務者の特有財産から生じる法定果実の収入認定等
  事案 平成27年に婚姻、平成29年ころから別居
婚姻費用の審判の事案
Y:A社を経営しているが、役員はYのみで、その本店はY住所地にある。

Yの平成29年の役員報酬は年額504万円
ほかに自社株から200万円の配当

平成28年の給与収入:1128万円
公的年金:約128万円
配当所得:180万円
不動産所得:約20万円
長期一般譲渡所得:約176万円

平成27年の給与収入:1440万円
公的年金:約128万円
X:
A社から年額96万円の給与収入を得ていたが、平成29年9月に退職扱い。
平成30年からパートとして稼働、4月は約5万円、5月は約8万円の収入
  原審 標準算定方式に従い、Yに対し、婚姻費用の分担金として毎月末日限り月額8万5000円の支払を命じた。
Xの収入:
A社退職後は無職(0円)もやむを得ないが、
パート就労(平成30年2月)以降は、A社からの収入の半額程度(年額50万円)と認定。
Yの収入:
A社はYの1人会社⇒同社からの報酬は、いずれもYの世帯収入と評価できる。

X(年額96万円)及びY(年額50万円)をもって、Yの収入。

YのA社からの配当収入200万円は、これが夫婦の生活費に供されていたとは認められない⇒考慮せず。
  判断 Yの収入については、
給与収入のほか、配当金、不動産収入及び年金収入を考慮し、Yに対し、婚姻費用の分担金として毎月末日限り月額13万円の支払を命じた。 
①Yの特有財産からの収入であっても、これが双方の婚姻中の生活費の原資となっている⇒婚姻費用分担額の基礎となるべき収入となる。
②同居中の夫婦の生活費の原資は、Yの役員報酬に限られていたとは認められない。
年金収入は職業費を必要とせず、標準算定方式では職費の割合が給与収入の20%程度⇒年金収入を給与収入に換算するには、年金額を0.8で除する方法によるのが相当。
  解説 ●夫婦の特有財産から生じた法定果実が、婚姻費用分担額を定めるに当たり、収入として考慮されるか? 
財産分与(民法768条):
夫婦が婚姻中形成した財産の清算⇒特有財産は分与対象財産から除かれるのが基本。
婚姻費用の分担義務(民法760条):
自分の生活を保持するのと同程度の生活を保持させる義務(生活保持義務)

夫婦が婚姻前から保有する財産や、婚姻後相続により取得した財産などから生じる法定果実(賃料等)であっても、それが夫婦同居中の生活費の原資とされていたのであれば、別居してもそれと同程度の生活を保持させるという観点からm、婚姻費用分担額の基礎とすべき収入となる。

問題は、それが夫婦同居中の生活費の原資とされていたかどうかの事実認定。

原審:これを認めるに足りる資料がないとして排斥

抗告審:
給与収入のほか、配当金、不動産収入及び年金収入をYの収入に含め、これを基に標準算定方式・算定表に当てはめた金額(13万円)と従前YからXに支払われた生活費(15万円程度)とが近似
⇒配当金等についても生活費の原資とされていたと認定。
(夫婦の生活実態を考慮)
  ●年金収入を給与収入に換算する場合の、職業費(20%)の考慮の仕方
年金収入を給与収入に換算する方法:

年金収入には職業費がかからない

㋐年金額につき、職業費の割合(20%)を控除した0.8(1-0.2)で除する方法
vs.
給与収入は基礎収入+公租公課・特別経費+職業費から構成されている⇒全体を0.8で除すると本来分配されるべき基礎収入以外の部分(公租公課・特別経費)も膨らませてしまうことになる、。

㋑給与所得者の基礎収入割合を端的に職業費の割合(20%)を加えたものを基礎収入割合とする方法
vs.
年金受給者固有の職業費の割合自体が統計上明らかではなく、給与所得者の職業費の割合(20%)を便宜利用しているにすぎない。

いずれを採用しても、裁量の範囲内。
  民事p31
大阪地裁H31.1.8  
  再審無罪⇒国賠請求(否定)
  事案 ①強制わいせつ及び強姦事件で一旦有罪判決を受けたが、再審において無罪判決を受けたX1とその妻X2が、警察官の捜査、検察官による公訴提起・公判維持行為及び勾留の継続並びに裁判官による判決行為がいずれも違法であるとして、国賠請求。
②X1が、再審請求審において検察官が裁判所から証拠一覧表を交付するよう命じられたのにこれを拒否した点を違法であるとして、国賠請求。 
  解説 ●未成年者の取調べ方法(警察官による捜査の違法性) 
原告ら:未成年者の取調べに当たっては専門家を関与させるなどの特別な配慮が必要であり、それをせずに年少者の虚偽供述を証拠化した場合には重大な過失がある。

裁判所:主張排斥
  ●被害者の性器の状態に関する証拠収集(捜査官による証拠収集と公訴定期の違法性) 
原告ら:診断は繰り返し強姦の被害に遭っていたというAの供述と矛盾⇒検察官はI医師から直接事情を聞くべき義務があり、また他の産婦人科のカルテ、診断の証拠もその取得可能性と義務があり、これらの義務を尽くしていれば有罪の嫌疑は存在しなかった。

裁判所:起訴検察官が、A及びBの捜査段階における供述を信用できるものと判断したこと及びこれを根拠に公訴を提起したことに不合理な点は認められず、過失はない。
  ●公判検事らの公訴維持等の違法性 
Eが受診していると供述していることを根拠に、検察官に対してその診断書や医療記録の取得の補充捜査を求め、これに応じなかった検察官の主作為の違法を主張。

裁判所:認めず。
  ●担当裁判所の判決行為の違法性 
排斥。
  ●裁判所の交付命令に対する拒否行為の違法性 
検事らが不服申立の手続をとらずに裁判所の訴訟指揮に従わなかったことの当否はおくとしても、再審請求人の証拠一覧表交付請求権は法律上保護された権利利益とはいえず、本件交付拒否行為によってX1の具体的な権利利益が侵害されたわけでもない
⇒これを排斥。
  解説 最高裁H2.7.20:
再審により無罪判決が確定した場合であっても、裁判官がした裁判につき国賠法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任が認められるためには、当該裁判官が、違法または不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情がある場合であることを要する。

法令の適用に誤りのあった事例に関する最高裁昭和57.3.12の趣旨を事実認定に関する誤りについても適用するとしたもの。 
vs.
「違法または不当な目的をもって裁判を」する例などおよそ想定できない
⇒多くの学説は批判的。
東京地裁H8.3.19:
違法性限定説を否定し、「普通の裁判官の少なくとも4分の3以上の裁判官がそのような事実誤認を冒さないであろうというような場合には「著しく不合理な事実認定」として違法と評価してよい」

同判決の控訴審(東京高裁H14.3.13):
この「4分の3」には言及せず、
前記最高裁昭和57.3.12にいう「特別の事情」とは、
「通常の裁判官であれば到底あり得ないといえるほどの合理性がないことが明らかな場合」とした。
本件は、控訴審において、仮に原告が主張するような証拠調べが行われていれば、すなわち、「「真相は被告人の言うとおりではないか」という批判的な目を持って」いれば、弁護人申請の証拠調べが行われてその段階で無罪となった可能性がかなり高い事案。
  民事p46
旭川地裁H30.11.29  
  自動車の運転者に視野狭窄⇒重過失を肯定
  事案 Aが自転車で横断歩道を走行中に、Yが保有・運転する自動車と衝突する交通事故が発生し、それによりAが死亡。
Aの夫及び子であるXらが、Yに対し、不法行為及び自賠法3条に基づき、損害賠償を求めた。
  争点 ①Aが本件横断歩道に侵入した際の信号の色
②過失割合 
  判断  ●争点① 
①Aが、本件交通事故時59歳と比較的高齢
②本件交通事故の約1か月前に変形性股関節症と診断

Aの進行速度は、高齢者の自転車平気速度と成人の自転車平均速度の中間程度。

本件交通事故の発生場所や信号が青色に変わるタイミング
⇒Aは、歩行者信号が青色点滅から赤色に変わる直前に本件横断歩道に侵入。
  ●争点② 
横断歩道上での衝突事故⇒基本的な過失割合をA:3割、X:7割

①Aは青色点滅終了までに渡りきることが困難であると把握すべきであった
②歩行者信号が赤色に変わったのを把握した段階で引き返すこともできた
⇒Aの過失を1割重く修正。
Yが視野狭窄であったことについて、
Yは、両眼ともに視野狭窄であり、Yの視野は非常に狭く、自己が注目している部分の周辺以外はほとんど見えていない状況であり、Yが自動車を運転するのは危険であり、Yは、本件交通事故以前に、担当医師から自動車の運転が困難である旨伝えられており、自らの視野狭窄が重度であり自動車の運転が困難であるほどの病状であることを認識していた

Yは、自動車の運転を控えるべきであったといえるし、仮に運転するにしても、より慎重に安全確認を行うべきであったにもかかわらず、Yの対面信号が青色であることを確認し、Y車を発進させるに当たり、右方確認を怠っている

この過失は重く、
本件におけるYによる運転の危険性の高さや危険性の認識度を踏まえると、一般的に重過失の例として挙げられる酒酔い運転(道交法117条の2第1号)がなされた場合に匹敵するものとして取り扱うのが相当。

Yの過失を2割重く修正し、過失割合を、A:2割、Y:8割とした。
  知財p53
名古屋地裁H30.9.13  
  居酒屋の店舗外観と不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」(否定)
  事案 飲食店の経営を業とするXが、
(1)自ら運営する寿司を主たる商品とする居酒屋「A」の標準的仕様として用いられている店舗外観(「店舗外観A」)が、原告の商品等表示(不正競争防止法2条1項1号)に当たる
(2)Yが出店した寿司を主たる商品とする居酒屋「B」において、店舗外観Aと類似する店舗外観を用いたことは不正競争行為に該当する

①不正競争法3条に基づく看板等の廃棄や、
②同法4条に基づく損害賠償金の支払
を求めた事案。
  争点 店舗外観Aが、不正競争法2条1項1号の「商品等表示」に該当するか否か 
  判断 店舗外観(店舗の外装、店内構造及び内装)は、通常それ自体は営業主体を識別させることを目的として選択されるものではないが、
場合によっては営業主体の店舗イメージを具現することを1つの目的として選択されることがあり、
店舗外装が特定の出所を表示する機能を有するに至る場合がある。 
①店舗外観が客観的に他の同種店舗の外観とは異なる顕著な特徴を有しており、
②当該外観が特定の事業者によって継続的・独占的に使用された期間の長さや、当該外観を含む営業の態様等に関する宣伝の状況などに照らし、
需要者において当該外観を含む営業の態様等に関する宣伝の状況などに照らし、需要者において当該外観を有する店舗における営業が特定の事業者の出所を表示するものとして広く認識されるに至ったと認められる場合には、
店舗外観の全体が特定の営業主体を識別する(出所を表示する)営業表示性を獲得し、不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に該当する場合があると解すべき。
店舗外観Aの各要素について、まず、個別的にみて、客観的に他の同種同業の店舗の外観とは異なる顕著な特徴があるか否かを検討⇒いずれの要素についても消極。

㋐関係証拠から、店舗外観Aの特徴としてXが主張する要素が、そもそもXの全ての店舗に共通した要素ではない⇒標準的仕様として考慮すること自体ができない。
㋑前記㋐の問題を有しない要素についても、
(a)和風料理を主に提供する居酒屋であれば、看板から店舗の業種や雰囲気が伝わるようにするため、その看板を木目調とし、そこに記載する文字の表示に毛筆体を用いることも自然
(b)メニューが表示された看板を外側に掲げる以上、その主な目的が店舗のメニューや価格帯を認識させて集客力を高めることにあることは自明であり、メニューを値段と併せて表示する際に、比較的安価な商品を記載した看板が主に掲げられることも一般的

いずれの要素も、客観的に他の同種店舗の概観とは異なり、これによって営業主体としての原告が想起され得るといえるまでの顕著な特徴であるとは認められない。

店舗外観Aの各要素を全体としてみても、その主要な特徴を全体としてみても、その主要な特徴を備えた和風料理を提供する店舗が他にも一定数あることなどから、前記のような顕著な特徴は認められない。
⇒店舗外観Aの商品等表示該当性を否定。
  知財p61
大阪地裁H30.6.21  
  種苗法の事案
  事案 Xが、名称を「トットリフジタ1号」とする登録品種(「本件登録品種」)に係る育成者権(「本件育成者権」)を有するYに対し、トレイに培養土を敷き、これに常緑性の植物体を植栽してなる屋上緑化製品(「本件製品」)をXが販売した行為などにつき、本件育成者権を侵害した不法行為に基づく損害賠償請求権が存在しないことなどの確認を求めた事案。 
  争点 ①本件被疑種苗が本件登録品種又は本件登録品種特性により明確に区別されない品種か
②Yの本件育成者権に基づく請求は、本件育成者権に係る品種登録に無効・取消理由があることにより、権利濫用として許されないか
③消尽の成否 
  判断  ●認定事実
  争点①について、本件被疑種苗は本件登録品種であると認定
争点③に関し、本件被疑種苗は正規に購入した本件登録品種を無許諾で増殖することにより得たもの 
  ●争点②について 
品種登録が重大・明白な瑕疵により無効とされる場合は、当該品種登録に係る育成者権の行使は許されない。

キルビー事件(最高裁H12.4.11)を引用して、品種登録が種苗法49条1項1号所定の要件に違反して登録され、取り消されるべきことが明らかであるときは、当該品種登録に係る育成者権の行使は、権利の濫用に当たり許されない。
特許法167条(平成13年法律63号による改正後のもの。)の「特許無効審判・・・の審決が確定したときは、当事者及び参加人は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」との規定の趣旨を、紛争の蒸し返し防止にあるとし、
同条に当たる事情があるときは、同法104条の3第1項の「当該特許が特許無効審判により・・・無効にされるべきものと認められるとき」に当たらず、特許権侵害訴訟における同条の主張は認められない。
種苗法51条が品種登録に対する異議申立ての期間制限を設けないこととしたのは、①育成者権が登録品種及び当該登録品種と特性により区別されない品種を業として利用する権利を専有するという強力な独占権であり、その存続期間が品種登録の日から原則として25年と長期間にわたり、②存続期間満了後にも存続期間中の侵害行為に対する権利行使が可能であるため、第三者の権利利益に与える影響が大きいことから、品種登録に対する異議申立てに特許無効審判に類似した機能を持たせる趣旨。

特許権侵害訴訟の場合と同様に、品種登録に対する異議申立てに係る決定が確定したときは、育成者権侵害訴訟において、当該異議申立ての当事者が、当該異議申立てと同一の事実及び証拠に基づく登録無効・取消事由を主張して権利濫用の主張をすることは、紛争の蒸し返しとして許されない。
but
事案へのあてはめとしては、異議申立てとの証拠の同一性が認められない
⇒登録無効・取消事由の存否の判断に進み、登録無効・取消事由は存在しないと判断。
登録品種に種苗法49条1項2号所定の後発的取消事由が生じた場合は、当該登録品種に係る育成者権は保護されるべき実質的価値を欠くものとなったといえる。
but
その場合でも育成者権の消滅に後発的取消事由が生じた時点までの遡及効を認めなかったのは、登録品種の特性が保持されなくなったと判定するためには、審査時と同様の現地調査や栽培試験によってそのことを確認することを要するから、その確認ができた時点以前の特性喪失を認定することができないという点にある。

登録品種に後発的取消事由が生じ、侵害訴訟において当該登録品種に係る品種登録が取り消されるべきことが明らかになったときは、農林水産大臣による取消し前であっても、後発的取消事由の発生が明らかに認められる時点以後の当該登録品種に係る育成者権の行使は、権利の濫用に当たり許されない。
but
事案へのあてはめとして、後発的取消事由は存在しないとした。
  ●争点③について 
本判決:
種苗法21条4項本文及びただし書を指摘して、権利者から譲渡を受けた登録品種の種苗を再度譲渡した場合には、育成者権は消尽しており、当該種苗に対して育成者権の効力は及ばない。
but
育成者権者から譲渡された登録品種の種苗を増殖した上で譲渡する場合、その増殖は登録品種の種苗の「生産」に当たる⇒同条ただし書の適用を受けることになり、当該種苗に対して育成者権の効力はなお及ぶ。
XはYから正規に購入した本件登録品種の種苗を無許諾で増殖し、それを使用して本件製品を販売
⇒Xが本件製品を販売した行為はYの本件育成者権を侵害するもの。
  解説 ●権利濫用法理の育成者権侵害訴訟への適用
キルビー事件最高裁判決が示した権利濫用法理が育成者権侵害訴訟にもあてはまることを示した。
  ●侵害訴訟における抗弁の制限 
本判決:
特許法167条及び同法104条の3を指摘して、確定した異議申立ての当事者が当該異議申立てと同一の事実及び証拠に基づく登録無効・取消事由を主張して権利濫用の抗弁を主張することは許されないと判示。
権利行使制限の抗弁は「当該特許が特許無効審判により・・・無効にされるべきものと認められるとき」(特許法104条の3第1項)に可能なものであるのに対し、
キルビー事件最高裁判決が示した権利濫用の抗弁は「当該特許に無効理由が存在することが明らかであるとき」に可能なもの。

無効審判を請求できない者・場面であっても、当該特許に無効理由が存在することが明らかでありさえすれば侵害訴訟において権利濫用の抗弁を主張できるか否かが問題。
(商標権についての事案であり権利濫用の抗弁の趣旨がキルビー事件最高裁判決のそれと同一ではないが、商標法47条1項所定の除斥期間を経過した場合に権利行使制限の抗弁は主張できないが権利濫用の抗弁が主張できるとした判例として、最高裁H29.2.28)
特許無効審判を請求できない者・場面を規定する特許法167条について、平成23年特許法改正の立法担当者は、当事者及び参加人についての一事不再理効を残すこととした理由を、審決が確定した後に紛争の蒸し返しができることは不合理であるからと説明。

知財高裁H30.12.18は、特許法167条の規定の趣旨は同一の当事者間では紛争の一回的解決を実現させる点にあり、既に確定した特許無効審判と同一の事件及び証拠に基づく場合は、権利行使制限の抗弁のみならず権利濫用の抗弁を主張することも許されないとしている。
  労働p97
名古屋地裁岡崎支部H30.4.27  
  年功序列型から成果主義型への就業規則の変更が違法とされた事例
  事案 Y社が人事及び賃金制度に関する就業規則を年功序列型から成果主義型へ変更

Y社の従業員であるXが、同変更が不利益変更に当たって違法であり、新たな就業規則に基づき行われた評価及び減給によって損害を被ったなどと主張して、不法行為に基づき、損害金等の支払を求めた。 
  判断 就業規則の変更が、労働者に不利益を与える場合には、
労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の変更に係る事情に照らして合理的なものでなければならず、合理的といえない場合には、そのような就業規則の変更は、違法と評価される。 
Y社の就業規則の変更が不利益に変更に当たるとした上で、

不利益の程度について、
①従業員は、最低評価であるD評価を受けた場合に、減給となること
②その効果が次年度以降にも及ぶこと、
③降格処分の詮議対象となり得ること

非常に大きな不利益を受ける。

変更の必要性について、経営上の必要性に基づいて行われたものであるとしたが、
内容の相当性について、
内容自体は概ね前記必要性に見合ったものとなっているとしたものの、
①成果主義において公正な人事評価が必要であること、
②特に、D評価においては、不利益が非常に大きいこと
⇒公正な評価が制度的に担保される必要性が高い。

一次評価者と二次評価者が同一の者になる場合があることを前提として、
①二次評価のうち最低のD評価の具体的な基準が定められておらず、
②一次評価者と二次評価者が同一の場合には、複数の者が関与することによる一定の客観性を保つことができず、
③従業員が評価結果に不服がある場合に、他の者による再評価や評価に対する審査の機会はなく、
④修正が可能な制度や措置が設けられていない

評価の公正さが担保されていない。

制度設計について、企業の裁量を前提としながらも、Y社の企業規模等を考慮して、D評価について評価の公正さが制度的に担保されていないことが著しく不相当。

D評価の一次評価と二次評価とが同一の者による場合があるにもかかわらず、修正の可能性を担保する制度や措置を設けなかった点については、就業規則の変更について労働組合の同意があるなどのその他の変更に係る事情を考慮しても、著しく合理性を欠くものといわざるを得ず、
少なくとも一次評価と二次評価を同一の者が行う場合のD評価に係る部分については、違法なもの。
  解説 就業規則の不利益変更については、
特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるというのが判例の考え方(最高裁)で、

労契法10条も、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、有効であるとする。
成果主義型の導入に関する学説では、特に制度内容の相当性判断について、制度設計の公正さ・透明さを求めるもの、制度設計については基本的に労使にゆだねられるべきであるとするものなどがある。
本判決は、制度設計の裁量を前提としながらも、制度の内容の相当性について、労働者の受ける不利益が重大なものであることから、公正な人事評価が制度的に担保される必要性を指摘し、重大な不利益を受ける評価に際して公正な人事評価が担保されていない部分について著しく不相当であるとした。
  刑事p106
最高裁H30.12.3  
  不正競争防止法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があるとされた事案
  事案 自動車会社に勤務していた被告人が、同業他社への転職直前に、不正の利益を得る目的で、2度にわたり、勤務先会社のサーバーコンピュータに保存されていた営業秘密に係るデータファイル合計12件の複製を作成した不正競争法違反の事案。 
  争点 不正競争法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」の有無等 
  規定 不正競争防止法 第21条(罰則)
次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
三 営業秘密を保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
  判断 本件における「不正の利益を得る目的」の有無について、
勤務先会社のサーバーコンピュータに保存された営業秘密であるデータファイルへのアクセス権限を付与されていた従業員が、同社を退職して同業他社へ転職する直前に、同データファイルを私物のハードディスクに複製したこと、
当該複製は勤務先会社の業務遂行の目的によるものではなく、その他の正当な目的をうかがわせる事情もないこと等の本件事実関係の下では、
同従業員には、法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。
と職権判示して、原判決を是認。 
  解説  営業秘密侵害罪に対する刑事処罰規定は、平成15年の不正競争法改正により新設された。
さらに平成21年の同法改正により、
①営業秘密を保有者から示された者(従業者等)が、営業秘密の管理に係る任務に背き、図利加害目的をもって営業秘密を領得する行為自体が新たに営業秘密侵害罪の対象とされるとともに、
②営業秘密侵害罪の目的要件が、「不正の競争の目的で」から「不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で」(図利加害目的)に改められた。
本件は、①の罪に問われているものであり、また、②の改正後の目的要件である「不正の利益を得る目的」の解釈適用が問題。
「不正に利益を得る目的」は、公序良俗又は信義則に反する形で不当な利益を図る目的」を意味し、自ら不正の利益を得る目的(自己図利目的)のみならず、第三者に不正の利益を得させる目的(第三者図利目的)も含む。

具体例:
①金銭を得る目的で、第三者に対し営業秘密を不正開示する場合
②外国政府を利する目的で、営業秘密を外国政府関係者に不正開示する場合
図利加害目的が否定される具体例:
①公益の実現を図る目的で、事業者の不正情報を内部告発する場合
②労働者の正当な権利の実現を図る目的で、労使交渉により取得した保有者の営業秘密を、労働組合内部に開示する場合
③残業目的で、権限を有する上司の許可を得ずに営業秘密が記載された文書な等を自宅に持ち帰る場合
  本決定は、
①従業員が同業他社への転職直前に営業秘密を領得した本件のような場合においては、当該領得につき勤務先の業務遂行目的がなく、その他の正当目的(内部告発・報道・労働組合活動等)もないのであれば、通常は消去法的に自己又は転職先等の第三者のために退職後に利用する目的があったことは合理的に推認できる旨の事実認定上の判断と、
②そのような退職後の利用目的が認定できる以上、具体的な利用方法の如何にかかわらず、法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」はあたっといえる旨の法的判断を
本件の事実関係に即して示したもの。
  刑事p110
高松高裁H30.3.1  
  詐欺の故意・共謀が争われた事案
  事案 キャッシュカードを詐取した詐欺の事案。 
  判断 被告人は、平成28年5月頃までに、Z1から1回2万円の報酬でキャッシュカードを使ってATMから現金を引き出す「仕事」を引き受けた。
被告人の公判供述⇒その時点で、被告人は、そのカードが詐欺によって入手される又は入手されたカードであると認識していたという原認定は是認できる。 
原判決:被告人が各詐欺の実行前に各回の「仕事」を引き受けて、徳島市に移動⇒各詐欺の故意及び共謀を認めた。
but
これを認めるためには、各「仕事」を引き受けた時点において、もしくは各詐欺が行われる時点までに、被告人が、これから詐欺が行われるであろうことを認識している必要がある。
この種の一連の犯行では、被害者が詐欺に気付く前に速やかに現金を引き出す必要があり、詐欺の実行前に現金引出役を確保して待機させておく場合が少なくない⇒こうした仕組みを知っていれば、現金引出しの依頼を受けるに当たり、これからキャッシュカードをだまし取る可能性があることも思い至る。
but
5月の詐欺については、被告人が「仕事」を誘われたのは5月頃で、5月の詐欺の前に「仕事」をしたのは2回であり、Z1からの説明も簡単なもの
⇒それ以前い被告人が前記知識を有していたとは認められず、これから詐欺が行われるであろうことを未必的にせよ認識したことは認められない。
9月の詐欺については、
①5月の引出しの際に待機していたがキャッシュカードを受け取るにいたらなかった経験をしたこと、
②その後、同様の指示を受けて約20件の引出しを繰り返したこと

被告人は、9月の詐欺に係る「仕事」を引き受けた時点において、既にい一連の犯行の仕組みを相当程度理解しており、指示役と通じた者が、これからキャッシュカードをだまし取ることを未必的に認識していたと認定することができる。

被告人は、
(1)
①現金引出しがキャッシュカード詐欺の実質的利益を確保するための不可欠な行為であることや、
②確実に現金を引き出すためには、引出役が現地で待機している必要があることを認識していたと推認することができる
(2)一連の犯行に深くかかわっていたZ1の指示を受けて、約5か月の間、報酬約束の元、現金引出役として多数回行動してきたという被告人の立場

Z1らと詐欺についても共謀していたものと認められる。
  解説 一連の犯行に深くかかわっていれば、キャッシュカードの詐欺の(広義の)共犯になり得るが、引出し以外の関与を示す証拠が乏しい場合は、現金の窃盗だけを起訴されることが多かった。 
振り込め詐欺の出し子について、振り込め詐欺の被害金をATMから引き出す行為は、それが自己の口座からであっても窃盗罪に当たるとされている。
引出役について振り込め詐欺の共犯の成否が問題となった事例:
神戸地裁H24.3.7:
ATMからの引出行為を反復していた者がATMからの窃盗ではなく、特殊詐欺の被害者に対する組織犯罪処罰法上の組織的詐欺として起訴された事案において、被告人が詐欺の被害金であると認識していたとは認められないとして無罪とした。(控訴審は有罪)

広島高裁H25.4.23:
架空会社の社債募集を仮装した詐欺につき、被告人は単なる引出行為にとどまらず、共犯者の指示に従って、虚偽のパンフレットの送付、口座の凍結確認、引出後の送金などによって深く関与していたとして、詐欺の共同正犯を肯定。
被告人は、キャッシュカードが詐欺等に係るものであると認識していたことは認めていたものの、控訴審において、現金引出しを指示された時点では既にカードが手に入っていると思っていたと供述。

被告人が客観的に詐欺を促進する行為をした時点において、主観的に詐欺は既遂に至っていると思っていたというのであるから、被告人には、現金引出しを引き受けたことが詐欺の実行を促進することの認識、すなわち詐欺の故意はなく、実行犯ないしこれを相通じた者(Z1)との間での意思連絡も存在しないこととなる(詐欺の幇助にもならない)。
類似行為の反復から故意を推認:
最高裁H30.12.11:
現金送付型特殊詐欺の受け子の故意に関し、被告人が約20回異なるマンションの空室で異なる名宛人になりすまして、配達された荷物を受取回収役渡していた⇒荷物が詐欺を含む犯罪に基づき送付されたことを十分に想起させるものであると説示。
被告人は「だましたカードを持ってくるとは聞いていました」
⇒自分の受け取るカードが既にだまし取ったものであろうと、これからだまし取るものであろうと、どちらでも構わないつもりであったともいえる。
but
指示役からの簡単な説明と、被告人の乏しい経験

5月に現金引出しを引き受けた時点では、既にキャッシュカードをだまし取っているのか、これからだまし取るのかについて、被告人が格別意識していたとは認められず、結局、未必的にせよ、これから関係者がだまし取るという認識が被告人にあったとは認められないということ。
①一連の犯行における引出役の重要性
②被告人がZ1を指示役とする同種の犯行に多数回関与して、報酬を得ていたこと等
⇒9月の詐欺について共謀共同正犯を肯定。
but
①被告人の詐欺に対する貢献は限定的
②被告人に詐欺に加担する意思があってもなくても報酬額は同じであった可能性もある
⇒共同正犯性については議論の余地もある。 
千葉地裁H30.1.23:
現金送付型特殊詐欺において、送付先で被害金の入った宅配便を受け取り、これを運搬して詐欺の関係者に交付したバイク便会社従業員(ライダー。同社経営者は自身の裁判で詐欺の共同正犯と認定された)につき、
被告人は、詐欺が既遂に達する前に運搬の依頼を受け、詐欺の被害金であることも認識していたが、意思連絡の程度も詐欺に対する寄与度も乏しいとして、詐欺の共同正犯も幇助犯も否定(予備的蘇秦の盗品等運搬罪を認めた。東京高裁H30.11.27もこれを是認し検察官控訴を棄却。)。
現金受取型又は送付型特殊詐欺の受け子の共同正犯性に否定的な見解もある。
2406   
  民事p3
東京地裁H30.6.21  
  麻酔管理の過誤と認めた医療過誤事案
  事案 無脾症候群、完全型心内膜床欠損症、肺動脈閉鎖、左心室低形成、共通房失弁閉鎖不全、左BTシャント術後といった重症な先天性心疾患にり患していたA(平成16年7月生、平成18年12月死亡)が、Yの開設する心臓外科等を専門とするH1病院において、双方向グレン手術の適応判断のための心臓カテーテル検査⇒循環動態が著しく悪化⇒検査中止後に低酸素脳症を発症して死亡

Aの両親X1、X2が、本件検査を担当したH1病院の小児科医らには、
吸入麻酔薬フローセンを使用した注意義務違反ないし過失、本件検査中のフローセン濃度管理、血圧測定及び抹消静脈路の確保に関する注意義務違反ないし過失あり⇒Yに対し、債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として、合計5915万円余及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。 
  判断  フローセンの使用方法をもって、注意義務違反ないし過失があったとはいえない。 
  ●麻酔管理の過失を肯定 
本件検査において、
①医師は麻酔の深度は検査に必要な最低限度の深さに止めることができるように麻酔管理を十分に行うとともに、
②急変のリスクに的確に対応するための対策を十全に行うことが当然の前提となっていた。
but
Aは、担当医師であったD1医師がカテーテル室を退室した午後2時52、53分頃には、体動が消失し、呼吸及び脈拍が安定していた
⇒その時点でフローセンの濃度を3%から1.0ないし1.5%まで下げることを検討してしかるべきところこれを行っていない。
⇒麻酔管理に過失があった。
  ●麻酔管理の過失と結果との間の因果関係 
麻酔導入開始から5分ほどが経過した午後2時52、53分頃の時点でフローセンの濃度を低下させていれば、Aが本件検査中に著しい循環抑制に陥ることを回避し得た⇒相当因果関係を肯定。
  ●Aの逸失利益 
X1、X2の主張:
Aの逸失利益について、基礎収入を554万6000円(平成18年賃金センサス男性労働者平均賃金)、就労可能年数を16歳から67歳までの51年、生活費控除を50%として、2307万9679円と主張。
判断:
Aの疾患等を考慮
⇒就労が可能なのは16歳から24歳までの8年間であり、その後については、心不全や蛋白漏出性胃腸症など様々な合併症が出現することが見込まれる
⇒就労が可能であった高度の蓋然性があるとは認められないとして逸失利益を否定。

逸失利益算定の基礎となる収入は20歳から24歳の男性労働者の平均賃金である293万500円として、逸失利益478万3162円の限度で認め、その余は理由がない。
   
Yは、X1、X2のそれぞれに1624万391円(合計すると3248万782円)及びこれに対する遅延損害金を支払うよう命じた。
  民事p33
東京地裁H30.5.25  
  司法書士の司法書士会員への監督指導などを行っている公益社団法人への業務報告義務(肯定)
  事案 司法書士であるXが、
司法書士または司法書士法人を会員とし、会員への成年後見等の事件紹介及び家庭裁判所への成年後見人等候補者としての会員の推薦、会員への指導監督などを行っている公益法人であるYに対して、
①司法書士法24条に規定する秘密保持義務に反すること、
②成年被後見人等のプライバシー侵害に当たることを理由として、
Yに対する業務報告義務がないことの確認、
XがYにより事件紹介を受ける権利を有することの確認、
Xが業務報告をしないことを理由としてYは後見人候補者名簿及び後見監督人候補者名簿からXを削除してはならず、除名処分をしてはならないことを求めた事案。 
  規定 司法書士法第二四条(秘密保持の義務)
司法書士又は司法書士であつた者は、正当な事由がある場合でなければ、業務上取り扱つた事件について知ることのできた秘密を他に漏らしてはならない。
  判断 司法書士法24条にいう「業務」とは、司法書士の本来業務をいい、本件報告事項の報告は、これに当たらない。

Yが会員に対して本件報告事項の報告義務を課すことが司法書士法24条に反するとはいえない。
プライバシーに係る情報を他人に開示することが違法となるか否かは、プライバシーに係る情報の内容と、開示の相手方の範囲、開示の方法、開示の状況等の開示の態様とを総合的に考慮して判断するのが相当。
①開示の相手方はYに限られ、
②開示の目的は、成年後見人等に就任したYの会員である司法書士に対する監督の一環
③開示の範囲も、その監督に必要な最小限にとどまっており、
④当該司法書士がYに対して本件報告事項を開示することは、当該司法書士の適法かつ適正な職務の遂行を担保し、ひいては成年被後見人等の利益にも資する

本件報告事項が秘匿性の高い情報を含むものであることを勘案しても、本件報告事項の開示がプライバシーに係る情報を他者に開示するものとして違法であるということはできない。
  解説 プライバシーについては、これを侵害した場合については不法行為になる(最高裁H15.3.14、最高裁H15.9.12)。
but
プライバシーについて侵害があっても正当な事由がるときには不法行為は成立しないとされている(東京地裁H2.8.29)。
  民事p41
高松地裁H30.4.27  
  カラーボックスの使用による化学物質過敏症発症⇒販売業者に損害賠償請求(肯定)
  事案 Yの経営するホームセンターで、Yが製造委託して販売しているカラーボックス6個を購入して使用⇒化学物質に対する過敏症を発症
⇒Yに対し、不法行為又は債務不履行に基づき、損害賠償を求めた。 
  争点 ①本件カラーボックスによって化学物質過敏症を発症したか及びその程度
② Yの過失・不完全履行
  判断  ●争点①について 
①Xは、本件カラーボックスとの接触後、気分不良、のどの痛み、呼吸の違和感等の症状を感じるようになった
②ホルムアルデヒドは人体にとって有害な化学物質であり、前記症状は、ホルムアルデヒドによって人体に生じるとされる症状と矛盾がない
③本件カラーボックスは、1個で試験室内に少なくとも800ug/㎥のホルムアルデヒドを拡散させるものであった
④Xは、本件カラーボックスの使用を中止した後も様々な化学物質に過敏な反応を示すようになった
⑤化学物質から離れると症状が軽快する
⑥気分不良、困窮の違和感、手足の神経症状、顔面の痺れなど多岐にわたる症状がある
⑦医師がXについて化学物質過敏症と診断

Xは、本件カラーボックスへの接触を契機として、化学物質に対する過敏症を獲得。
①Xは、その後さまざまな症状を訴えるようになっている
②後の通院時に当初からの症状として述べた内容は、実際に当初の通院時に訴えていた症状より重いものとなっている
③本件訴訟においては、更に当初から激しい症状が生じていたかのように供述⇒Xの諸症状の中には誇張されたものや心因性要因によるものも多い

Xの症状のうち、本件カラーボックスから放散されたホルムアルデヒドの接触に起因して発生したものは、本件カラーボックス購入後に医療機関に対して訴えていた、化学物質に接すると気分不良をきたす程度のものにとどまるというべきであり、その程度は後遺障害等級14級相当。
  ●争点②について
本件カラーボックスは、1個でも800ug/㎥という、室内濃度指針値を大幅に上回るホルムアルデヒドを放散する商品であり、目や鼻への刺激症状を生じさせ、一定の人に価額物質過敏症を発生させる危険を内包していた

このような本件カラーボックスを漫然と販売したYには、
人体に悪影響を及ぼす程度のホルムアルデヒドを拡散させるような家具を顧客に販売しないようにする注意義務に違反した過失がある。
  知財p52
大阪地裁H29.1.19  
  ディスクリプションメタタグ、タイトルタグ、キーワードメタタグとして使用と商標的使用
  事案 X:アルカリイオンの整水器・浄水器のリース及びレンタル並びに健康器具の販売、健康食品の販売等を主たる業務とする会社。
Y:自動二輪車、自動車、自動車の本体及び部品の売買及び輸出入等を主たる業務とする会社。 
X商標:「バイクリフター」「BIKELIFTER」
Y標章:「バイクシフター」「bike shifter」
  判断  ●X商標とY標章1の類否 
要部:
「バイク」と「リフター」は、いずれかを要部として捉えることは相当ではなく、これらを一体のものとして観察すべき

外観:
7文字中、比較的注視されにくい中間の4文字目の1文字のみが相違するにとどまり、それ以外は同一
⇒全体として類似

呼称:
7音中の4音目の「り」と「し」の部分のみが相違するのみで、母音を共通
⇒類似

観念:
「オートバイを持ち上げ移動させるもの」と、「オートバイを移動させるもの」
⇒類似
  ●平成28年9月以降の商標権侵害の成否 
平成28年10月28日時点においても、Yのホームページの各所にY商品を「バイクシフター」とする記載が残存し、同年9月29日時点においては、その商品購入図面に「バイクシフター」という商品名が残存。
(YAHOOショッピングサイトでの表示は、Yがしたものとは認められない)

前記記載に接した需要者は、同ホームページにおいて写真とともに掲載されているY商品が「バイクムーバー」であるとともに「バイクシフター」でもあると認識すると認めるのが相当。
  ●メタタグ又はタイトルタグにおける使用による商標権侵害の成否 
一般に事業者がその商品又は役務に関してインターネット上にウェブサイトを開設した際のページの表示は、その商品又は役務に関する広告

インターネットの検索サイトの検索結果画面において表示される当該頁の説明についても、同様に、その商品又は役務に関する広告であるというべき。

これが表示されるようにhtmlファイルにディスクリプションメタタグないしタイトルタグを記載することは、商品又は役務に関するウェブサイトが検索サイトの検索にヒットした場合に、その検索結果画面にそれらのディスクリプションメタタグないしタイトルタグを表示させ、ユーザーにそれらを視認させるに至るもの

商標法2条3項8号所定の商品又は役務に関する広告を内容とする情報を電磁的方法により提供する使用行為に当たるとして、商標的使用を肯定。
●キーワードメタタグにおける使用 
キーワードメタタグは、Yのウェブサイトを検索結果としてヒットさせる機能を有するにすぎず、ブラウザの表示からソース機能をクリックするなど、需要者が意識的に所定の操作をして初めて視認されるものであり、これら操作がない場合には、検索結果の表示画面のYのウェブサイトの欄にそのキーワードが表示されることはない。
商標法は、商標の出所識別機能に基づき、その保護により商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図ることを目的の1つとしている(商標法1条)ところ、商標による出所識別は、需要者が当該商標を知覚によって認識することを通じて行われる。

その保護・禁止を対象とする商標法2条3項所定の「使用」も、このよな知覚による認識が行われる態様での使用行為を規定したものと解するのが相当であり、同項8号所定の「商品・・・に関する広告・・・を内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為」というのも、同号の「広告・・・に標章を付して展示し、若しくは頒布し」と同様に、広告の内容自体においてその標識が知覚により認識し得ることを要すると解するのが相当。
本件でのキーワードメタタグにおけるX商標の使用は、表示される検察結果たるYのウェブサイトの広告の内容自体において、X商標が知覚により認識される態様で使用されているものではない
⇒商標法2条3項8号所定の使用行為に当たらない。
  解説  学説においては、キーワードメタタグに関し、商標的使用を否定する見解が多数。
but
「メタタグは、目的のウエブサイトにおいて、「表示」、「ソース」の順にクリックすると視聴できる。また、サーチエンジンの検索欄の入力の際、サーチエンジンを通じて視認できているといえなくもない。
ちょうど、ファックスを通じて特定の商標を受け手に伝え、受け手が手足としてその商標の付された広告文を探すという関係にあるのではないか。
リアルワールドの問題とすると、この場合、商標の視認性を欠くことを理由に商標権の侵害を否定できないように思われる」
として、キーワードメタタグの商標的使用を肯定する方向性の見解もある。(土肥)
本判決:
キーワードメタタグについて商標的使用を否定。
ディスクリプションメタタグ、タイトルタグについては、従来の裁判例どおり、商標的使用を肯定。
  刑事p70
最高裁H30.10.31  
  勾留の裁判に対する準抗告決定⇒検察官からの特別抗告が棄却された事案
  事案 規制薬物として取得した物の所持罪(国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律違反、前回被疑事実)により現行犯逮捕、勾留⇒勾留満了の10月10日に処分保留で保釈⇒大麻取締法違反被疑事実(本件被疑事実)で逮捕、勾留請求。
原々審:刑訴法60条1項2号、3号の事由があるものと認めて被疑者を勾留⇒弁護人が準抗告
  原審 準抗告をいれて、原々審を取り消し。 
一般に、大麻の密輸入者が、密輸入した大麻を所持した場合の両者の罪数関係は、
その所持が輸入行為に伴う必然的結果として一時的になされるにすぎないと認められるとき⇒密輸入の罪に吸収されて所持の別罪を構成しない
その所持が輸入行為の必然的結果を離れて社会通念上別個独立の行為として評価⇒両者は併合罪の関係
本件:
被疑者が貨物を受け取った時点と、現行犯逮捕された時点とでは、日時・場所が近接しており、
受け取った貨物についても、未だ開封もせず、車のトランクに載せたのみ
but
被疑者が配送先で貨物を受け取ったのみならず、これを持ち運んで、共犯者が乗車し、かつ移動性の高い車のトランクに積み込もうとしたことを重視すれば、その時点における所持は、輸入行為に伴う必然的結果ではなく、社会通念上別個独立の行為を評価される余地もないわけではない。
but
仮にそのように評価して、両事実は一罪関係にはないと解したとしても、
前回被疑事実と本件被疑事実とは一連一体の事実で、関係者も同一であり、必要とされる捜査の内容もその大半が共通するものと考えられる。
このような両事実の実質的同一性や、両事実が一罪関係に立つ場合との均衡等

捜査機関は、前回勾留中に、本件勾留請求にかかる被疑事実の捜査についても、同時に処理することが義務付けられていたと解するのが相当であり、これに反して再度の勾留請求を認めることは、勾留の期間を厳格に制限した法の趣旨を逸脱するものとして許されない。
  規定 刑訴法 第四一一条[著反正義事由による職権破棄]
上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
二 刑の量定が甚しく不当であること。
三 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。
四 再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。
五 判決があつた後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があつたこと。
刑訴法 第四三三条[特別抗告]
この法律により不服を申し立てることができない決定又は命令に対しては、第四百五条に規定する事由があることを理由とする場合に限り、最高裁判所に特に抗告をすることができる。
②前項の抗告の提起期間は、五日とする。
刑訴法 第四〇五条[上告のできる判決、上告申立理由]
高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
一 憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
二 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
三 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
  判断 本件抗告の趣旨は刑訴法433条の抗告理由に当たらないとしつつ、
原決定が、本件勾留の被疑事実である大麻の営利目的輸入と、本件勾留請求に先立つ勾留の被疑事実である規制薬物として取得した大麻の代替物の所持との実質的同一性や、両事実が一罪喚起に立つ場合との均衡等のみから、前件の勾留中に本件勾留の被疑事実に関する捜査の同時処理が義務付けられていた旨説示した点は是認できないが、
いまだ同法411条を準用すべきものとまでは認められない
旨職権判示し、結論においては特別抗告を棄却。 
  解説  勾留の単位は個々の犯罪の事実であり(事件単位の原則)、
1個の犯罪事実については1つの勾留しか許されない(一罪一勾留の原則)。 
ここでいう「1個の犯罪事実」か否かは、実体法上の罪数関係を基準とする見解が通説であり、実務の大勢。

先行する勾留の被疑事実と併合罪関係にある別の被疑事実による再勾留は、例えば先行する勾留が違法な別件勾留であるような例外的な場合を除き、許されることになる。
例えば先行勾留における先行被疑事件の捜査の結果として本件被疑事実に関する証拠も相当程度収取されたなど、捜査経緯や証拠関係等を踏まえて両被疑事実の同時処理の可能性を具体的に検討した上で、勾留の必要性がないことを理由に再度の勾留請求を却下することはあり得る。
  特別抗告には刑訴法411条が準用される(最高裁昭和26.4.13)
⇒原決定の法令違反を理由とする取消しは、いわゆる著反正義が認められる場合に限られる。
  刑事p72
大阪高裁H30.9.25  
  犯人蔵匿の故意が問題となった事案
     
  原審 ①被告人がAを自己の居室301号室に居住させていた
②AはZ(昭和46年11月14日に発生した「渋谷暴動事件」(凶器準備集合、公務執行妨害、傷害、賢首建造物等放火及び殺人の各被疑事実)の犯人)である
③被告人は、Zについて、殺人事件等の罪を犯した犯人として逮捕状が発せられ、逃亡中の者であることを認識していた
④被告人は、AがZであると認識していた

被告人は「Zが殺人事件等の罪を犯した犯人として逮捕状が発せられ、逃走中の者であることを知りながら」犯人を蔵匿したと認定して有罪。
  判断 原審認定の①②を是認。
④については、原審が摘示した諸事情から、被告人においてAが「Z」であると認識していたと結論づけることはできない⇒経験則違反による事実誤認。
but
犯人蔵匿の故意の成立には、Aが「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者」であることの認識があれば足り、
被告人において「Z」という個人に関する具体的な認識はなくとも、「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者」の認識があったことは推認できる。

犯人蔵匿罪の成立自体は肯定。
ただし、
原審の判断とは異なり、Aの「Z」についての具体的認識を否定した点で「縮小認定」になり、量刑上重要な差が生じる

この認定レベルでの事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかだとして原判決を破棄し、改めて、控訴審の認定した事実に基づき犯人蔵匿の罪で有罪とした。
  刑事p78
東京高裁H30.3.22  
  GPS捜査で違法収集証拠排除法則⇒一部無罪の事案
  概要 GPS捜査が行われた可能性を認め、検察官に対して、改めて事実関係を確認した上で、答弁書を提出するよう求め、検察官もGPS捜査が行われたことを認める答弁書を提出。

GPS捜査の実施状況に関する報告書等の取調べや、当該捜査に従事した警察官2名の証人尋問

無令状で行われた本件GPS捜査について、違法の重大性と排除相当性の2要件を認めて、違法収集証拠排除法則を適用し、当該捜査から直接得られ、または密接に関連する証拠と判定された証拠の証拠能力を否定。

2件については無罪、
残る2件についてはその他の証拠のみによっても有罪(懲役2年6月) 
  争点 ①本件GPS捜査が違法であるか
②(①を前提として)違法収集証拠排除法則が適用されるか
③(②を前提として)証拠能力が否定される証拠の範囲
  判断  ●争点①について 
最高裁H29.3.15(「大法廷判決」)を挙げて、これと異なる考え方を採るべき理由がない。

本件GPS捜査は大法廷判決前に行われたものであり、当時の警察庁の運用要領に基づいて実施されたもの
but
大法廷判決の見解は普遍的に妥当する

無令状で、秘かに被告人使用車両にGPS端末を装着して行われた本件GPS捜査は違法。
  ●争点②について 
本件GPS捜査の期間や位置情報の検索回数のほか、警察官らが、被告人の公道確認時に失尾した場合のみならず、直接の必要性がない場合にも検索を行っていた

行動把握の継続性、網羅性を認め、プライバシー侵害を認定。
①警察官らが、捜査関係書類等への不記載、検索履歴の消去など、GPS捜査の実施が判明しないように意を用いていた
②原審証人尋問において、事前に隠ぺいの意を通じた上で、意図的に事実と異なる証言

令状主義の精神を没却するような重大な違法を認め、違法収集証拠排除法則を適用。
  ●争点③について 
原判決が有罪を認定した主たる間接事実は、
2件については、㋐「被告人が、窃盗被害発生日時の当日中に、被害品の一部を換金処分した事実」であり、
残る2件については、㋑「被告人が、窃盗(未遂)被害発生日時と合致する日時に、被害者方敷地内に出入りした事実」
㋐を基礎付ける証拠は、本件GPS捜査以前の捜査で獲得した証拠が主要なもの⇒密接関連性を否定し、証拠能力を肯定。
㋑を基礎付ける証拠は、本件GPS捜査によって得られた位置情報を用いて行動確認したことによって得られた被告人の写真などを中核とするもの⇒密接関連性を認め、証拠能力を否定。
  解説  判決①~⑤
無令状のGPS捜査は違法
残る問題点は、当該GPS捜査の違法の程度、証拠排除する範囲。
⑤判決:
GPS捜査が検証許可状の発付を得た上で実施⇒違法の重大性を否定し、そもそも違法収集証拠排除法則が適用されていない。
(無令状の)GPS捜査と密接に関連するものとして排除する証拠に関して、
①別の手段によっても獲得された可能性がある、あるいは、
②新たな令状が発付されて押収されたことなど
⇒関連性が稀釈されたとして、排除すべき証拠の範囲をやや狭く解した裁判例。
このような稀釈に言及せずに証拠排除を認めた裁判例(①判決)。
本判決:
違法なGPS捜査との関連性を詳しく検討した上で、密接に関連する証拠でないとは言い切れないなどとして、排除すべき証拠の範囲を広めに認めた。
~①判決と似た傾向のもの。
  警視庁が、本件GPS捜査を実施した警部につき、GPS端末を使った捜査を隠すために部下2名に偽証を指示したとして書類送検し、停職6か月の懲戒処分に処したとの新聞報道。 
  刑事p89
神戸地裁H30.11.8  
  殺人等7事件で一部無罪となった事案
  事案 パチンコ店の実質的経営者であった被告人が、Xら共犯者と共謀し
①被告人から10億円を借入れたR社が、その返済を滞らせ、更に借入時にR社が資力を偽っていたことが判明した件に関連して、
㋐R社代表取締役であるVaをマンション内の檻等に約1年2か月監禁の上(逮捕監禁、Va第1事件)殺害し(殺人、Va第2事件)、
㋑R社財務担当役員のVbを拉致・監禁等して死亡させ(逮捕監禁致傷、Vb第2事件) 

②被告人の父が暴力団T会関係者とのトラブルで死亡させられた件に関連して、
㋐T会元組員のVdを拉致・監禁等して死亡させ(生命身体加害略取・逮捕監禁致死、Vd事件)
㋑T会元組員で前記父親死亡の件で処罰されたVcを監禁等した(生命身体加害略取・逮捕監禁致傷、Vc第1事件)後、殺害し(生命身体加害略取・逮捕監禁、・殺人、Vc第2事件)

③パチンコ店の従業員で被告人の下から逃走したVeを倉庫内に約1か月監禁した(逮捕監禁、Ve事件)

前記7事件以外にも、公判前整理手続において裁判員裁判審理事件から分離された5事件が存在
  主張 検察官:全7事件について被告人は首謀者として犯行を主導した旨主張
弁護人:ほぼ全面的に公訴事実を争うとともに、著しい捜査の違法等を理由に控訴棄却を主張。

被告人と共犯者らとの共謀の有無が争われたほか、
遺体未発見のVa・Vdに関しては死亡事件そのものが争われ、Vcの殺人に関しても死因や殺意の有無が争われた。 
  判断 Va第2事件(殺人)について、
Xが被告人と共謀してVaを殺害した可能性はかなりの程度考えられるものの、
そこにXがVaを殺害したと考えなければ合意理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が存在するといえるかにはなお疑問が残る。
XによるVaの殺害が、常識に照らして間違いないといえる程度に立証されているとはいい難い

実行犯による被害者殺害の立証が不十分であるとの理由で、被告人を無罪。 

最高裁H22.4.27が、犯人性が争点となった事案において、情況証拠によって有罪を認定するには、「情況証拠によって認められる間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要する」と説示。

実行犯による殺害に関する直接証拠がないVa第2事件においても、同様の枠組みから検討を重ねて結論を導いた。
Va第2事件以外の全事件について、いずれも有罪。
公訴棄却の主張についても「本件各公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に当たらない」などとして排斥
⇒被告人を無期懲役。
  解説 公判審理の期間が長期(職務従事予定期間207日、公判回数70回)に

①事件数が多いうえに、ほぼ全面的に公訴事実が争われており、争点が多岐にわたった
②共犯者ほか関係者が多数存在した上に、被害者2名の遺体が未発見とされ、さらに、全事件について主要な実行犯として関与したとされるXも被告人との共謀等を否認
⇒総じて直接証拠が乏しく、検察官が多数の証人によって様々な間接事実を積み上げる立証構造となった
③重要な証拠太の同一性・真正等についても争われ、捜査官証人による証拠物の押収過程等の立証も相当の分量となった
④人獣鑑定や死因等に関する専門家証人による立証・反証も一定の分量になった
区分審理制度(裁判員法71条以下)
but
多数の重要証人や三木倉庫といった犯行場所等が複数事件にまたがって登場するなど、各事件の相互関連性が強い⇒区分審理には適さないとの判断がされたものと考えられる。
著しく長期にわたる事件に関しては、平成27年改正により新設された裁判員対象事件からの除外規定(裁判員法3条の2)の適用。
but
本件では、当事者から同規定の適用に係る請求はなされていないようである。
2405   
  行政p3
東京地裁H30.4.19  
  債務の免除の所得の区分(税法)
  事案 農業等を営んでいたXが、A農業協同組合に対する借入金債務につき債務免除(「本件債務免除」)を受けたことによる債務免除益(「本件債務免除益」)を一時所得として所得税の修正申告⇒処分行政庁から、本件債務免除益は、その借入れの目的に応じて、事業所得、不動産所得あるいは一時所得に該当することとして更正等の処分を受けた⇒本件更正処分等の取消しを求めた。 
  判断 借入金の債務免除益の所得区分の判断においては、当該借入れの目的や当該債務免除に至った経緯等を総合的に考慮して判断するのが相当。
不動産貸付業務の用に供される建物の建築資金に充てるため、あるいは農業用機械の購入資金に充てるための借入れに係る借入金については、
Xの不動産貸付業務あるいは事業(農業)の運転資金的性質を有している
⇒それらの借入金の返済に充てられた部分に係る債務免除益については、それぞれ不動産貸付業務あるいは事業の遂行による収入ということができる
⇒不動産所得あるいは事業所得に当たる。
本件債務免除の対象となった本件借入金は、本件旧借入金の借換え及び組替えがされたものであって、本件旧借入金そのものではない
but
前記の点は単なる借換え等にすぎない
⇒実質的にはなお不動産貸付業務あるいは事業の運転資金的性質を有しているものと評価できる。
  解説 債務免除益については、いわゆる包括的所得概念を前提として原則として所得に当たると考えられている。
債務免除益が所得となる根拠としては、
「債務の免除からは、借主の受取金額と、借主の債務返済のための支払金額の差だけ、借主に所得が生じることになる」という見解。
不動産所得に当たるか否かについては、所得税法26条1項が不動産所得を不動産の貸付けによる所得などと規定しており、その文言に照らして、借入金の債務免除益まで不動産所得の対象に含め得るかは、なお議論されるべき問題。
債務免除益の所得区分に関して、
借入金の債務免除益が所得税法28条1項にいう賞与又は給与に当たると判断した最高裁H27.10.8。
  民事p20
最高裁H30.12.18  
  民訴法324条に基づく移送決定の取消しの可否
  規定 民訴法 第324条(最高裁判所への移送)
上告裁判所である高等裁判所は、最高裁判所規則で定める事由があるときは、決定で、事件を最高裁判所に移送しなければならない。
民訴規則 第203条(最高裁判所への移送・法第三百二十四条)
法第三百二十四条(最高裁判所への移送)の規定により、上告裁判所である高等裁判所が事件を最高裁判所に移送する場合は、憲法その他の法令の解釈について、その高等裁判所の意見が最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反するときとする。
  事案 上告裁判所である高松高裁が、自らの法令解釈に関する意見が最高裁の判例と相反するために民訴規則203条所定の事由がある⇒民訴法324条に基づき事件を最高裁に移送する旨の決定。
  判断 最高裁は、民訴規則203条所定の事由があるとしてされた民訴賞324条に基づく移送決定について、当該事由がないと認めるときは、これを取り消すことができると判断。
前記意見は最高裁の判例と相反するものではなく、民訴規則203条所定の事由はない
⇒本件移送決定を取り消す決定。 
  解説 ●民訴法324条
全国に複数ある高裁の間で判例の矛盾抵触を生ずる可能性を避け、法令解釈の統一を図るという上告制度の機能を全うするためのもの。
●民訴法324条に基づく移送決定の拘束力 
A:最高裁は民訴法22条により高裁の移送決定に拘束され、これを取り消して事件を原審に戻したり、他の裁判所に再移送することはできない。

〇B:最高裁は、高裁の移送決定に拘束されず、事件が移送の必要性のないものであることを判示して移送決定を取り消すことができる。

民訴法324条による移送は、民訴法の総則に規定された移送とは異なり、当事者の便益を考慮してされるものではなく、法令解釈の統一を図るためにされるもの⇒その必要性の有無は最上級審である最高裁の判断に委ねられるべき。


平成8年の民訴法改正の際、最高裁の機能を充実させる制度として、最高裁が自ら対象事件に法令解釈に関する重要な事項が含まれるか否かの判断をする上告受理制度が採用されたこととも整合的。
本決定:
①民訴法22条1項について、その趣旨に照らし、民訴法324条による移送の場合に適用されると解すべきではない
②民訴規則203条の趣旨が法令解釈の統一を図ることにある⇒同条所定の事由の有無について最高裁の判断が高裁の判断に優先するというべき

民訴法324条に基づく移送決定は最高裁を拘束しない。
●判例相反について 
本件移送決定:
「債権執行の申立てをした債権者が当該債権執行の手続において配当等により請求債権の一部について満足を得た後に当該申立てを取り下げた場合、当該申立てに係る差押えによる時効中断の効力が民法154条により初めから生じなかったことになると解するのは相当ではない」という法令解釈に関する意見が最高裁H11.9.9に相反する⇒民訴規則203条所定の事由があるとしてされた。
本決定:
前記意見は平成11年最判とは前提を異にしており、これに相反しない。
民訴規則203条の規定は、上告受理制度に係る民訴法318条1項と平仄を合わせたものとなっており、同項にいう判例とは、具体的事件の解決に不可欠であった論点について法律判断のされたものをいうと説明されているものの、
具体的事案において判決のどの判断部分をもって判例と捉えるかは必ずしも明らかでないこともある。
平成11年最判:執行手続において請求債権の一部又は全部の満足を得ることなく当該執行手続に係る申立てが取り下げられた場合についての判断。
前記意見:執行手続において請求債権の一部につき満足を得た後に当該執行手に係る申立てが取り下げられた場合についてのもの。
  民事p23
東京高裁H30.6.28  
  土地内に石綿(アスベスト)を含有するスレート片が混入⇒売買契約の瑕疵(肯定)
  事案 XがYに対し、本件売買契約に基づいて引渡しを受けた本件土地から広範囲にわたって発見されたスレート片が石綿を含有⇒
本件売買契約に基づく瑕疵除去義務の不履行又は本件売買契約上の瑕疵担保責任に基づく損害賠償として、
本件スレート片の撤去及び処分費用、物流ターミナルの建設工事が遅れたことに伴う追加費用、逸失利益、弁護士費用の合計約85億円及び遅延損害金の支払を求めた。 
本件は、契約上の責任を追及するものであるところ、
本件売買契約において、
Xは、本件不動産に「隠れたる瑕疵」がある場合には、Yに対して損害賠償を請求することができる(同契約11条1項)。
Yが重要事項説明書において約束した事項は本件売買契約に基づくYの義務を構成するところ(同契約9条2項)、重要事項説明書においては、「土間コンクリート又は地中障害物(杭を含む。)等、本件建物の敷地部分を除く本件土地の地中障害物その他の瑕疵(土壌汚染を除く。)を除去し又は修補すること」等が特記事項として売主要達成事項とされており、本件では、これらの「瑕疵」の意義が主要な争点の1つ。
  争点 (1)Yの債務不履行責任又は瑕疵担保責任の成否(争点①)
(2)Xに生じた損害(争点②)
  原審  ●争点① 
重要事項説明書における前記特記事項につき

本件土地の利用を妨げ、ひいては本件土地の交換価値を下げることが明らかなものの除去義務を売主に課し、買主に不測の損害を与えることを回避しようとするもの⇒物理的に本件土地の利用を妨げるものに限定すべき理由はなく、法令において環境基準が定められた有害物質による土壌汚染の場合を除き、売買契約当時には明らかでなかった本件土地の交換価値を損なう事情を広く含むものと解するのが相当。

本件売買契約1条1項は、民法570条の瑕疵担保責任を売買契約の内容に取り込んだものというべきであり、・・・取引の通念からみて売買の目的物に何らかの欠陥がありその瑕疵が取引上一般に要求される程度の注意をしても発見できない場合に売主が負うべき責任を定めたものと解するのが相当
本件スレート片は、産業廃棄物処理法令にいう「石綿含有産業廃棄物」に該当⇒産業廃棄物処理法令にのっとった厳格な処理が求められる。
本件土地の地中には、・・・Xに知られていなかった本件スレート片が大量に混入していたのであるから、そのために多額の費用を必要とし、本件土地の交換価値が損なわれていたことは明らか。
⇒Yの除去義務及び債務不履行責任等を認めた。
  ●争点② 
①本件新築工事において元々予定されていた掘削深度(原設計値)よりも深く掘削したことは本件土地の利用目的に照らし通常予定された範囲を超えたもの
⇒本件スレート片の撤去・処分費用の前記掘削深度(原設計値)を超えて追加して掘削した部分(「追加掘削部分」)に係るものについて損害賠償を求めることはできない。
②外部から搬入した建設残土に石綿を含有したスレート片等の産業廃棄物が混入していたことを認めるに足りる的確な証拠はなく、同部分に係る撤去・処分費用についても損害賠償を求めることはできない。
③本件スレート片発見前にA社が既に搬出済みの土壌にも本件土地と同様に本件スレート片が大量に混入していたものと認められる。

XがAに対して支払った土壌の撤去・処分費用約63億円のうち、前記①②により掘削等した土量に応じて按分した額を控除した金額42億円、
本件新築工事の遅延に伴う追加費用及びXの逸失利益のうち同様に前記①②に対応する額を控除した約13億円、
弁護士費用の
合計約56億円の損害が生じたものと認められる⇒Xの請求を一部認容。
  判断 Yからの公訴を一部容れ、認容されるXの損害額を損害金元金で約3億3500万円増額。 
  ●争点①
本件売買契約11条1項の定めは
「民法570条の瑕疵担保責任を売買契約の内容に取り込んだものというべきである」などとして、
本件売買契約11条1項及び9条2項にいう「瑕疵」とは「民法570条における「瑕疵」と同様に、X及びYの合意や本件売買契約の趣旨に照らし、予定された品質・性能を欠く場合をいうもの」と解される。
最高裁H22.6.1を参照しつつ、
売買契約の当事者間においてどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては、売買契約締結当時の取引概念をしんしゃくして判断すべき。
本件スレート片は、産業廃棄物に該当するのみならず、少なくともその大部分が「石綿含有廃棄物」に該当するものと認定。

貨物j同社運送事業を営む会社(X)の物流ターミナル及び公園として利用するための土地の売買に当たっては、売買対象物である本件土地の品質・性質として、人の健康に危害を及ぼすおそれがあるために法令上規制されている物質が本件土地(表層部及び工事が予定された地中)に残置等されていないことが当然に予定されていたものであるところ、
本件スレート片は、少なくともその大部分が法令の基準値を大きく超える石綿を含有し「石綿含有産業廃棄物」に該当する上、本件土地の表層及び土壌内に広くまんべんなく混入

本件土地にそのような本件スレート片がなんべんなく混入していることが、物流ターミナルの建設予定地及び公園の予定地である本件土地に予定されていた品質・性能を満たすものでないことは明らかであり、これは、本件売買契約上の「瑕疵」に当たる。

売主であるYは。本件土地に前記「瑕疵」があることによって買主であるXが被った損害を賠償する義務がある。
  ●争点② 
本件スレート片が含まれる本件土地の土壌を土壌事撤去・処分したことは不合理とはいえない。
but
工事が予定されていない深度の土壌についても人の健康に危害を及ぼすおそれがあるために法令上規制されている物質が残置等されていないことまで本件売買契約上予定されていたとは認められず、追加掘削部分の土壌に混入したスレート片を撤去・処分しなくても計画掘削部分の土壌に痕有したスレート片を撤去・処分することは可能

原審と同様、追加掘削部分に係るスレート片の撤去・処分費用については、Yが賠償すべき損害とはいえない。
but
原審とは異なり、Yから請け負ったB社が本件土地上の既存建物を撤去した際に地下水槽(ピット)を埋め戻した部分にも本件スレート片が存在していたとの事実を認定し、その撤去・処分費用についてもYが賠償すべき損害と認めた。
  解説  民法570条の「瑕疵」の意義について、
A:その種類のものとして通常有すべき品質・性能を欠いていることとする「客観的瑕疵概念」
〇B:売買契約において予定された品質・性能を欠いていることとする「主観的瑕疵概念」(通説)
平成22年最判:
Bに立って、売買契約締結当時、土壌に含まれているふっ素について法令に基づく規制の対象となっておらず、当時の取引観念上、ふっ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されていなかったなどの事案⇒売買契約の目的物である土地の土壌に前記売買契約締結後に法令に基づく規制の対象となったふっ素が基準値を超えて含まれていたことは、民法570条の瑕疵には当たらない。
原判決:本件土地の地中に本件スレート片が大量に混入しており、そのために多額の費用を必要とし、本件土地の交換価値が損なわれていることを重視
本判決:「交換価値」という用語は使われず、「予定されていた品質・性能」という用語が繰り返し使われている。
  売買契約の目的物である土地から汚染物質等が見つかった場合の売主の責任等問題となった事案

①別荘建築の目的で平成22年に購入した土地の地中にアスベストを含む障害物があることが見つかった事案につき、特約による除斥期間の経過により瑕疵担保責任は否定したが、錯誤無効を認めたもの。

②宅地開発をする予定で平成23年に購入した農業試験場等の跡地の地中から大量の埋設物が見つかった事案につき、「隠れ瑕疵」に当たるとしたが、瑕疵担保責任免除特約により責任を否定したもの。

③産業再生活用地とする予定で平成16年に購入した工場跡地の土壌がアスベストを含有していた事案につき、契約当時の法令の定めや実務的取扱い等に照らし、売買契約において求められていた性能を認定した上で、瑕疵を否定したもの。

④ガソリンスタンド用地として平成10年に購入した工場跡地の土壌から環境基準を大幅に超えるトリクロロエチレン等の汚染物質が検出された事案につき、予定された品質を欠いていたと解することはできないとして、瑕疵を否定したもの。 
   
  民事p84
大阪高裁H30.6.15  
  引き続いての一時保育の承認を求めた事案
  事案 原審申立人は、抗告人らと児童らとを分離することが必要であると判断しており、児童らについて児福法28条1項1号の承認申立て、抗告人らについて同法33条の7による親権停止の申立てをする予定。 
  原審 本件一時保護(平成30年5月)から2か月を経過して以降も、引き続き一時保護を継続することが必要⇒原審申立人の申立てを承認。 
  判断 原審申立人の申立てを認容し、抗告を棄却。 
  ●引き続き一時保護を行う必要性(児福法33条4項)について 
◎児童の安全を確保し適切な保護を図る必要性 
①抗告人らによる児童らの監護状況は、本件一時保護の段階から劣悪であって、子の福祉を著しく害するものであり、
②その状況は二か月を経過した時点においても改善された形跡は全くなく、返って悪化している

平成30年5月以降も児童らの安全を確保し、適切な保護を図るには、引き続き児童らの一時保護を行う必要がある。
  ◎児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握する必要性 
①原審申立人は、児童らについて施設入所に係る承認の申立て(児福法28条1項1号)や抗告人らについて親権停止の申立て(児福法33条の7)をする予定⇒そのためには、児童らの学校等や医療機関に対する照会、抗告人らの虐待、監護懈怠の有無を調査する必要。
②児童らが5名と多数である上、その中には精神疾患や発達遅滞が窺われる者もあり、抱える問題が深刻⇒前記の調査等を尽くすためには2か月を超える期間を要する。
  引き続き一時保護を行うことが親権者の意に反すること(児福法33条5項)は明らか⇒本件申立ては児福法33条4項、5項の要件を満たしている。

本件一時保護から2か月を経過して以降も、引き続き一時保護を継続することが必要。
  解説 児童福祉法及び児童虐待に防止等に関する法律の一部を改正する法律が、平成30年4月2日から施行。 
主な内容:
①保護者への指導勧告の拡大
②二か月を超える一時保護への司法審査の導入
③接見禁止命令の拡大等

②の引き続きの一時保護と司法審査については、家庭裁判所や児童相談所における実務への影響が大きいとされる。
  児福法33条1項、2項、4項の規定

引き続いての一時保護の承認を得るためには、児童の安全を迅速に確保し適切な保護を図るため、又は児童の心身の状況、その置かれている環境その他の状況を把握するため、2か月を超えて引き続き一時保護を行うことが必要であることを要する。 
その審理に当たっては、
①当初の一時保護を必要と認める根拠・理由となった事情は何かを認定した上で、
②引き続いての一時保護を行う時点までにそのような事情が引き続いて存在しているのか、その後、事情の変更があったのかどうかを認定して判断。

その際、児童相談所等が、当初の一時保護期間中に適切な指導を行ったかどうかは、承認審判に当たり考慮される事情とはならないと考えられている。

家裁は、2か月を超える「時点」における児童相談所による「必要性」の判断をチェックするのに止まり、一時保護の適法性「全般」を審査するものではない。
  民事p87
福島地裁H30.9.11   
  側溝への転落と道路の管理の瑕疵(肯定)
  規定 国賠法 第2条〔営造物の設置管理の瑕疵と賠償責任、求償権〕
道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。
②前項の場合において、他に損害の原因について責に任ずべき者があるときは、国又は公共団体は、これに対して求償権を有する。
  判断  本件道路の管理の瑕疵を認定し、過失相殺及び寄与度減額をする旨の判断をし、その余を棄却。 
 





本件事故当時、歩行者が夜間に通行する際に、本件側溝に転落し、負傷する事故が発生する危険性が客観的に存在するものであり、かつそれが通常の予測の範囲を超えるものでもなかった。 
本件道路が前記のような状況である一方で、
管理者であるYが、特段の事情がないにもかかわらず、本件事故当時に防護柵や本件側溝の注意喚起を促す看板、道路照明施設を設置するなどの本件側溝への転落事故を未然に防止するための措置を講じていなかった

本件道路に管理の瑕疵があると認めるのが相当。

尚、防護柵や道路照明施設等については、いずれも一般的な道路管理の観点から設置基準が定められているが、当該道路に具体的な危険性が存在している以上、前記各基準に従っていればそれ以上の措置を講じる必要がないということにはならない。
  ・・・・左側通行はやむを得ないものであったといえ、道交法10条1項に違反するものとは認められない。
but
①Xは、道路を通行する歩行者として、道路やその周辺の状況に応じて自らの安全にも注意して通行すべきところ、
②本件道路が左右に湾曲して見通しがきかない以上、車両の通行量も相応にあり、しかも左右の路側帯も充分に確保されていないことについては転落場所付近に至る前に認識できるはずであるが、あえて本件道路を通行し、結果的に本件道路の脇の本件側溝の存在に気付かずに転落

本件事故当時に転落場所付近が暗く、本件側溝が認識しづらかったことを踏まえても、Xにも相応の過失があるといわざるを得ず、その割合としては4割と認めるのが相当。 
  Xの既往症として頚椎後縦靭帯骨化症の存在が認められるところ、
本件事故後の医師の診断内容や、本件事故によりXの頚椎に骨折や脱臼が生じていないのに後遺障害が生じていた

Xの既往症がXの治療の長期化や後遺症の程度に相応の影響を与えていたものと考えられる。 
but
①本件事故前においては、Xには頚部痛がある程度であり、他に前記疾患に伴う顕著な症状は発現していなかった
②頚椎後縦靭帯骨化症が、発症原因が判らないいわゆる難病の一種であるが、近年、特に本邦においては決して稀な疾患ではないこと
③本件事故の態様からすればXの頚部への衝撃が決して小さくなく、前記疾患がなくとも相当程度の傷害が生じた可能性が高い

原告の前記疾患による素因減額の割合としては3割と認めるのが相当。
     
  刑事p100
最高裁H30.10.23  
  自動車死傷法2条5号の危険運転致死傷罪の共同正犯が肯定された事案
  判断 被告人とAが、それぞれ自動車を運転し、赤色信号を殊更に無視して本件交差点に進入し、被害者5名が乗車する自動車にA運転車両が衝突するなどしてうち4名を死亡させ、1名に重傷を負わせた交通事故について、
被告人とAが、互いに、相手が本件交差点において赤色信号を殊更に無視する意思であることを認識しながら、相手の運転行為にも触発され、速度を競うように高速度のまま本件交差点を通過する意図の下に赤色信号を殊更に無視する意思を強め合い、時速100kmを上回る高速度で一体となって自車を本件交差点に進入させたなどの本件事実関係の下では、被告人は、A運転車両による死傷の結果も含め、自動車死傷法2条5号の危険運転致死傷罪の共同正犯が成立する。 
  解説  立法担当者解説:
危険運転致死傷罪は、
一次的には人の生命・身体の安全を、二次的には交通の安全を保護法益とする犯罪であり、
故意に危険な自動車の運転行為を行い、その結果人を死傷させた者を、
その行為の実質的危険性に照らし、
暴行により他人を死傷させた者に準じて処罰しようとするものであって、
暴行の結果的加重犯としての傷害罪、傷害致死罪に類似した犯罪類型。 
危険運転致死傷罪の共同正犯の理論構成
A:被害者4名に対する危険運転致死傷罪の実行行為を(現に衝突行為を起こした)Aの危険運転行為と捉えた上で、被告人とAの走行態様が互いに相手の赤色信号殊更無視の意思決定を強化し、また、拘束し合う作用を有しており、被告人に共謀共同正犯が成立
〇B:本件危険運転致死傷罪の実行行為を「被告人とA双方の危険運転行為」と捉えた上で、被告人とAが黙示の共謀により共同して各自の危険運転行為を行っており、被告人にも実行共同正犯が成立。

本判決:
「被告人とAとは、赤色信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する意思を暗黙に相通じた上、共同して危険運転行為を行ったものといえる」⇒B説。
  共同正犯が成立するには、
共犯者間に、共同実行の意思(共謀)及び、共同実行の事実が存することが必要。
but
判例上、実行行為を分担しない共謀者にも共同正犯が成立し得る、共謀共同正犯を肯定。 
今日の学説上、
共同正犯の成否の問題を、
①不可罰の関与行為と広義の共犯の区別(共犯性)、
②広義の広範の成立を前提とした共同正犯と狭義の共犯の区別(正犯性)
の2つに分けて捉え、それぞれ異なる基準によって判断する見解が有力。

片面的共同正犯を否定する判例・通説
⇒共謀の存在が共同正犯と同時犯ないし片面的共犯を区別する要素(相互性・共同性)ともなる。
  A:本件を共謀共同正犯と捉える見解

一連の走行態様等から、お互いが高速度のまま減速することなく、本件交差点に向かって走行し続けたことが、相手の赤色信号殊更無視の意思決定を許可し、また、拘束し合うという強い心理的因果を相互に及ぼしており、そのような被告人とAの「共謀」が共犯性のみならず正犯性をも基礎付けると捉えている。
vs.
①無謀な高速度走行をする者が必ずしも赤色信号を殊更無視して走行するわけではない。
②被告人とAとの間には、赤色信号を殊更無視して本件交差点に進入することについての明示的な事前共謀はなく、本件事故直前にも共に赤色信号殊更無視に及んでいた等の事情もない。
③本件交差点手前において先行していたのはA車であり、本件交差点に赤色信号を殊更無視して進入することについての意思決定も、どちらかといえばAに主導権があったとみるのが自然。

両者の運転行為が互いに相手の赤色信号殊更無視の意思を強め合う関係にあったという意味において、前記の「共犯性」及び「相互性」を満たす程度の黙示の共謀があったとはいえようが、
それを超えて、共謀のみで被告人の「正犯性」を基礎付ける程度の強い心理的因果が及んでいたといってよいかは、なお疑問の余地がある。 
B:本件を実行行為共同正犯と捉える場合

被害者車両と衝突しておらず、被害者4名の死傷の結果には何らの直接的因果関係が及んでいない被告人の危険運転行為が、被害者4名に対する本件危険運転致死傷罪の(共同)実行行為といえるか?
付加的共同正犯:
甲と乙が殺意をもって共謀の上、丙を狙って同時にピストルを発射⇒甲の弾丸が命中して丙を死亡させたが、乙の弾丸は外れて命中しなかった場合の乙。

共同正犯に当たること自体は、学説上もおおむね異論はないが、共犯の処罰根拠を共犯行為による法益侵害の惹起に求める今日の多数説の立場から、自らの実行行為が最終的な結果に何ら物理的因果関係を及ぼしていない付加的共同正犯が正犯として処罰される根拠につき、単に実行行為を行ったという形式的な理由にとどまらない実質的な理由付けが必要との問題意識。
①赤色信号殊更無視による危険運転致死傷罪の実行行為は、通常、赤色信号の交差点を通過するごく短時間に限られている
②本罪の故意は「赤色信号を殊更に無視し、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転すること」であって、法益侵害結果の認識はもちろんのこと、暴行や通行妨害目的のような特定の客体に対する他害の意思すら要求されず、共犯者間の共謀の内容も前記運転行為の共同以上に要求し得ない

赤色信号殊更無視による危険運転致死傷罪において、被害者の死傷結果に直接的因果関係を及ぼしていない実行行為者の「正犯」性を肯定するためには、その行為が現に死傷の結果を生じさせた共犯者の行為と「一体となって」行なわれ否か(=時間的・場所的接近性)が、客観的にも主観的にも重要なファクターになる。

本決定が、被告人に共同正犯が成立する事情の1つとして、
「被告人とAが時速100kmを上回る高速度で「一体となって」本件交差点に進入した」ことを挙げているのは、このような理解による。
  刑事p103
前橋地裁H30.5.23
  強盗・強制性交等被告事件で無罪とされた事案
  事案 刑法241条1項の強盗・強制性交等罪に問われた事案
  被告人主張 Aとの間では本件性交を行うことにつき同意があり、被告人が、本件暴行・脅迫をしたことはなく、本件性交後に現金を要求したこともない

本件暴行・脅迫及び本件要求行為を直接証明するための証拠であるAの証言の信用性を争い、無罪を主張。 
  規定 刑法 第二四一条(強盗・強制性交等及び同致死)
強盗の罪若しくはその未遂罪を犯した者が強制性交等の罪(第百七十九条第二項の罪を除く。以下この項において同じ。)若しくはその未遂罪をも犯したとき、又は強制性交等の罪若しくはその未遂罪を犯した者が強盗の罪若しくはその未遂罪をも犯したときは、無期又は七年以上の懲役に処する。
  判断 Aの証言は間違いなく信用できるとまでは評価できず、また、被告人の供述は信用できないとはいえない

本件暴行・脅迫及び本件要求行為のいずれの認定にも合理的な疑いが残る
⇒被告人は無罪。 
  解説  本判決は、争点を理解、判断するために必要な範囲で動かし難い事実を認定した上で、

Aの証言の信用性を高める方向に働く事情:
①他の者の証言による裏付け、
②証言内容の合理性・具体性
③虚偽の証言の動機

Aの証言の信用性を低める方向に働く事情:
①他の証拠との不一致
②証言内容の不合理性や不自然さ 
その過程において、証言の核心部分とそれ以外を区別するとともに、
性犯罪に直面した被害者の心理状態にも留意。
  被告人の供述と被害者の供述が対立

被害者の供述の信用性は、被告人の供述との違いを踏まえ、
争点判断の分岐点とそこに直結する被害者の供述の核心部分を強く意識し、
各場面における検討は、そこにつながるかどうかを意識して検討することが必要。
本件:
争点は本件暴行・脅迫の有無及び本件要求行為の有無

それらの有無に関してAが意識的に虚偽供述をしているかが判断の対象であり、
それに関連するAの証言の核心部分に注目すべき。
本判決:
①BやCの証言が、本件暴行・脅迫等の有無に関するAの証言を直接的に裏付けるものではないこと、
②本件暴行・脅迫や本件要求行為と整合しないAの行動に関する客観的証拠(銀行のATMの防犯カメラ映像等)
③存在すべき客観的証拠(Aの下着や受傷に関する証拠等)がないこと
④Aの証言する事実経過には本件暴行・脅迫があったとすれば不自然・不合理な内容が含まれていること
などを、争点判断の重要な分岐点として指摘。

本件暴行・脅迫及び本件要求行為の有無に関連する核心部分とそうでない部分の区別が意識されている。
  性犯罪被害者の供述内容の合理性・自然性を検討する際には、性犯罪の危機に瀕した被害者の心理状態に十分留意し、慎重に検討する必要。