シンプラル法律事務所
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勉強会(判例時報2020前半)

判例時報の勉強会用の資料です(随時更新)

                   
2442   
  行政p38
東京地裁R1.9.20   
  中央防波堤埋立地付近における特別区の境界を確定した事例
  事案 東京都の特別区であるX(大田区)とY(江東区)との間で、東京湾内に所在する中央防波堤埋立地付近における区境界に争い⇒地自法9条1項の調停によっても境界が確定しなかった⇒Xが、同条9項に基づき、境界の確定を求める訴えを提起。 
  判断 ①本件は、江戸時代のおおよその区分線を知り得ない場合に当たる。
②本件係争地域の歴史的遠隔、明治以降における関係区等の行政権行使の実情、国又は都の行政機関の管轄、住民の社会・経済生活上の便益、地積などの事情は、いずれも直ちに境界を定められるほど決定的な事情とはいえない⇒地勢上の特性に基づき、等距離線(両区の水際戦への最短距離が等しい点を結んだ線)を基礎として、これを適宜修正して境界線を確定するのが相当。
その等距離線の基礎となる水際線は、現在、行政区域として確定している水際線とするのが相当。
これに本件係争地域の利用状況等による修正を加え、XとYとの境界を本判決別紙1の図面のC’-C-F-G線と確定する。
  解説  地自法9条9項は市町村の境界画定を調停前置の行政訴訟としており、同法283条1項により、この規定は東京都の特別区にも適用される。 
都道府県を異にする市区町村で境界に紛争がある場合も、公有水面のみに係る紛争⇒地自法9条の3の
それ以外⇒同法9条の
手続によるべきのと解されている。
最高裁昭和61.5.29:
茨城県真壁郡真壁町(現在の茨城県桜川市)と茨城県筑波郡筑波町(現在の茨城県つくば市)が筑波山頂付近の境界を争った事案。
町村の境界を確定するに当たっては、当該境界につきこれを変更又は確定する右の法定の措置が既にとられていない限り、まず、江戸時代における関係町村の当該係争地域に対する支配・管理・利用等の状況を調べ、そのおおよその区分線を知る場合には、これを基準として境界と確定すべき・・・。
右の区分線を知り得ない場合には、当該係争地域の歴史的沿革に加え、明治以降における関係町村の行政権行使の実状、国又は都道府県の行政機関の管轄、住民の社会・経済生活上の便益、地勢上の特性等の自然的条件、地積などを考慮の上、最も衡平妥当な線を見いだしてこれを境界を定めるのが相当

江戸時代における、筑波郡に属する地足院(筑波山神社を管理していた寺院)の境内地と真壁郡羽鳥村との境界であったと認定した線をもって両町の境界線とした原審の判断を正当と是認。 
最高裁H10.11.10:
和歌山県海南市と和歌山県和歌山市が和歌山マリーナシティ付近の境界を争った事案。
江戸時代におけるおおよその区分線を知ることはできない⇒等距離線主義(その線上のどの点においても、その点から両市町村の水際線上の最も近くにある点への距離が等しいような線を境界とする考え方)に基づき、
「公有水面上の境界を顕在化、具体化する必要が現実化した時点」である和歌山マリーナシティ埋め立て地旧第二区埋立前の水際線を基礎とした等距離線に修正を加えた線をもって両市の境界線とした原審の判断を正当とした。
福岡高裁那覇支部H27.8.20:
沖縄県豊見城市と沖縄県那覇市が那覇空港南側沖合の公有水面付近の境界を争った事案。
江戸時代に作成された地図に引かれている「海方切」と呼ばれる直線は、現在の市町村に相当する「間切」の区分線であった⇒その「海方切」の線をもって両市の境界とした。
  民事p61
東京高裁R1.8.23  
  離婚時の和解条項で月1回の面会交流を規定⇒その変更がされ、手紙、電子メール・LINEでの面会交流へ
  事案 平成28年1月に離婚した元夫婦である当事者間において、父親が、3人の子の親権者である母親に対し、離婚時の和解条項(本件和解条項)において、少なくとも月1回の面会交流が定められているにもかかわらず、母親がこれを実行しない⇒子らと面会交流する時期、方法等について定めることを求めた事案。 
  原審 本件和解条項を変更し、父親と子らの面会交流を手紙の送付等の間接的なものにとどめる内容の審判。 
  判断 原審判の内容を基本的に維持しつつ、間接交流の具体的内容として、母親は、父親に対し、3人の子の電子メールのアドレスおよびLINEのIDを通知するとともに、父親と子らがこれらの通信手段を介して連絡を取りあうことを認めなければならない旨を新たに定めた。
  解説  ●本決定
従前の父親と子らとの親子関係に格別の問題がなく、
平成28年3月の出来事(宿泊付きの面会交流での出来事)も、それ自体が子らとの面会交流を禁止・制限すべき事由に当たる者ではない

客観的には、父親と子らとの面会交流の実施が子の福祉に反するとは考えられない。
but
3人の子らの年齢(本決定当時、長男が19歳、二男が16歳、三男が14歳)、能力等に鑑みると、面会交流の実施の可否を判断するに際して、その意向を十分尊重すべきであって、
子らの明確な意思に反して、直接の面会という負担の大きい面会交流を強制することは相当ではない。

間接交流のみを認めるのが相当。 
主張:子らが面会交流を拒絶しているのは、母親が一方的な情報を聞かせ続けて片親疎外の状態に陥ったため。
vs.
①母親の面会交流についての対応が特段後ろ向きなものとは認められない
②子らの拒絶姿勢が3年以上もの長期間継続しており、かつ、子らの現在の年齢や判断能力
⇒現時点においてもなお面会交流を拒絶する子らの反応は、子らの自発的な意思に基づくものと見るのが相当。
原審判の約6か月後に抗告審の決定⇒抗告審においても、利害関係参加した3人の子らの手続代理人を選任した上で、同代理人を通じて子らの意思確認を丁寧に行ったことによるものと推測。 
「直接交流が不要と判断したわけではなく、いずれ父親である抗告人との直接交流が再開されることが望ましい」旨の付言。
  電子メールやLINEを用いた連絡は、手紙の送付といった方法と比較して、子に与える影響がより大きなものとなる⇒これを認めることには慎重な判断が必要となる場合が多い。
  民事p71
大阪高裁R1.7.3  
  株式会社の社外役員で構成される調査委員会作成に係る調査報告書と民訴法22条4号ニの「自己利用文書」(該当性否定)
  事案 大手ハウスメーカーZはは、分譲マンション用地の購入に際し、いわゆる地面師詐欺に遭って売買代金名下に55億5900万円を騙取された⇒Zの株主Xがこれに関し、当時の取締役2名を被告としてZへの賠償を求めた。
本件は、Xが、Zにおいて所持する本件詐欺被害に関する複数の文書につき文書提出命令の申立てをした事案で、Zの社外役員で構成される調査委員会作成に係る調査報告書(本件調査報告書)はその一部。
  主張 X:民訴法220条1号及び4号
Z:本件調査報告書は、同条4号ニにいう自己利用文書に該当 
  原決定 本件調査報告書の作成利用経緯⇒本件調査報告書は少なくとも株主その他Zのステークホルダーに対する何らかの開示が予定されていたもの⇒民訴法220条4号ニ該当性を否定⇒Zに対して本件調査報告書の提出を命じる旨の決定 
    Zが即時抗告
  判断 民訴法220条4号ニ該当性を否定して原決定の判断を維持し、即時抗告を棄却。 
抗告審では、いわゆるイン・カメラ手続(民訴法223条6号)を実施
①本件調査報告書は、関係者の発言あるいは関係者による論争を赤裸々に記録した文書ではなく、会社(Z)の組織としての意思決定や行動のあり方を客観的に指摘するもの
②Zの代表取締役会長であったAが報道関係者に対して本件調査報告書の概要を公表した事実

本件調査報告書が、外部の者に開示することがおよそ予定されていなかった文書であると断定することは困難。
本件調査報告書の記載内容が開示されれば個人のプライバシーが侵害されるとか、関係者個人の自由な意思決定が阻害されるといった不利益が生ずるおそれがあるとは認められない。
  解説 最高裁H11.11.12:
「ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法220条4号はハ(平成13年改正前のもの)所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当。」

「自己利用文書」について
「専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書」(内部文書性)であって、
「開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがある」(不利益性)もの
という2要件を挙げ、
これらが備わる場合には、特段の事情がない限り、この文書に当たると説示。

「自己利用文書」性の要件は
①内部文書性
②不利益性
③特段の事情の不存在
と整理。

②は文書提出義務の一般義務化の趣旨により適合的なものとして、この除外事由の限定解釈を説く学説の影響を受けたもの。 
  民事p76
横浜地裁R1.7.26  
  少年(18歳・17歳)による殺害と親権者の監督義務違反の責任(肯定)
  事案 被害者(当時13歳)の母X1、兄弟(X2~X5)、祖父母(X6、X7)が、被告少年らの両親には監督義務違反があるとして、非行少年ら(A1(18歳)、B1(17歳)、C1(17歳))と被告親権者らに対し、民法709条、719条前段に基づき損害賠償を求めた。 
  判断 被告C1の本件事件に係る共謀及び殺害行為を認め、被告少年らの共同不法行為責任を認めるとともに、被告A2、A3、B2に監護義務違反の責任を認める一方、被告C2及びC3の監督委義務違反の責任は否定。 
被告A1について本件事件時は保護観察中で粗暴性、暴力傾向が相当に高まっており、また、
被告B1については、粗暴性が窺われる非行歴はなかったものの、本件事件時は保護観察中で不良交友が深刻化していたところ、
被告A2、A3、被告B2においては、自身の子である被告A1ないし被告B1の前記のような状況をそれぞれ認識し又は認識し得た
⇒被告A1ないし被告B1が本件事件のような声明身体に危害を加える犯罪をひき起こすことについて具体的に認識できた
⇒具体的な対策を講じ分駅注意義務があったところ、これを怠った
⇒監督義務違反がある。
被告C1については、家庭裁判所における処分歴はなく、本件事件時には粗暴性は表面化しておらず、飲酒はしていたものの、そのことによって暴力性を高めるような様子も窺われなかった。
日頃の生活ぶりからすれば、本件事件に関与することを具体的に予見することは困難。
被告C1の交友関係の把握を徹底していなかったとしても監督として不十分であったとまではいえない。

被告C2及び被告C3には監督義務違反があったとは認められない。 
  解説 未成年者による不法行為に係る監督義務者の監督義務違反の判断:
未成年者が責任能力を有する場合であっても監督義務者自身の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認め得る⇒監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立。
(最高裁昭和49.3.22)
監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認め得るためには、
①監督義務者が相当の監督をすれば加害行為の発生が防止されたこと
②その監督を現実に成し得たこと
③監督をせずに放任しておけば当該加害行為が発生するとの蓋然性が一般的に強い場合であったこと
などの要件を充足することが必要。
(東京高裁昭和52.3.15)
多数の裁判例においても、これを前提として、
①少年の性格、生活及び就業状況、非行歴、犯罪傾向、交友関係、これに対する親権者の認識(学校や警察から呼び出されたことがあったか、少年から話を聞いているかなど)
②当該事件における非行行為の態様等が従前の犯罪傾向と同様であるか、
③親権者と少年の関係性(かかわり、会話の程度など)
④親権者の生活及び就業状況(少年とかかわる時間がないか、なかったとしてもやむを得ないかないど)
⑤親権者が少年に与える影響の程度(少年の年齢及び就業状況、親権者と少年の関係等)
などの点から、予見可能性、結果回避可能性、相当因果関係について検討。
  民事p89
津地裁R1.5.16  
  総合評価一般競争入札での評価等についての国賠請求(否定)
  事案 公共工事のための総合評価方式一般競争入札で落札に至らなかった原告が、被告県については、
①入札参加者が提出した技術提案に対して被告県が行った評価が不合理で恣意的であり、裁量を逸脱している、
②本件工事における総合評価方式技術審査会委員の選任が不適切なものである、
③本件入札に参加した被告会社については、被告県に不当な圧力を掛け、不合理な評価を行わせて、本件入札を落札した

被告県及び被告会社が共同不法行為責任を負う⇒被告県に対し、国賠法1条1項に基づき、被告会社に対し、民法709条に基づき、連帯して、原告の生じた損害1378万2946円(本件入札の落札及び本件工事の受注により原告が得られるはずであった利益及び弁護士費用)及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案。
  判断 地方公共団体が実施した総合評価方式の一般競争入札において、当該地方公共団体が入札参加者によって提出された技術提案を評価する行為の法的性質:
地自法施行令167条の10の2所定の「価格その他の条件が当該普通地方公共団体にとって最も有利なもの」を定め、落札者を定める行為の1つ。 
前記評価の違法性:
総合評価方式一般競争入札における技術提案に対する評価の前記法的性質及び地方公共団体における契約事務の専門性
⇒その評価権者である当該地方公共団体の長の合理的な裁量判断によって決定するべきもの。
同裁量判断に逸脱・濫用があった場合には、職務行為上の注意義務違反が認められ、被告県は国賠法1条1項所定の損害賠償義務を負う。
本判決:
本件入札での評価指標や着眼点、原告及び被告会社により技術提案の内容、技術審査会での協議について詳細に事実を認定し、原告及び被告会社の技術提案に対する評価が恣意的であるとはいえず、合理的な評価が行われた
⇒原告の主張を排斥。
技術審査会委員の選任について、被告の技術審査会設置要領の要件を検討⇒本件入札の技術審査会委員の選任が同要領の要件を満たしており、その選任について恣意的なものとは認められない。 
本件入札を落札した被告会社について、原告主張の被告職員に対して不当な圧力をかけた事実は認められない。
  解説 地方公共団体がその当事者となる契約関係については、地自法234条1項、2項によって、一般競争入札が原則的な契約締結の方法であることが規定。

地方公共団体の締結する契約については、その経費が住民の税金で賄われていること等に鑑み、一般競争入札が、機会均等の理念に最も適合して公正であり、かつ、価格の有利性を確保し得る。 
but
入札参加者によるダンピングや公共工事の質の低下を招く弊害

平成17年には公共工事の品質の確保を目的として、公共工事の品質確保の促進に関する法律が制定
⇒一般競争入札の中でも、入札における落札者の決定において、価格その他の要素(技術的要素等)を総合的に判断して、発注者にとって最も有利なものをもって申し込みをした者を落札者とする落札者決定方式である総合評価方式一般競争入札によることが増加。
  民事p103
津地裁R1.6.20  
  特区法に基づく学校設置会社による不適切な単位認定⇒地方公共団体が、履修回復のための費用を支出⇒事務管理に基づく費用償還請求(肯定)
  事案 原告(三重県伊賀市)は、構造改革特別区域法(「特区法」)に基づく認定を受けた地方公共団体であり、被告は、原告から学校設置認可を受けて、高等学校(「本件学校」)を設置・運営していた株式会社。 
平成27年頃、本件学校による、生徒に対する不適切な単位認定等の実態が明らかに⇒本件学校の生徒の卒業に必要とされる単位数の認定を行うため、高等学校学習指導要領に基づく単位認定を実現・回復するための履修回復措置。

原告が、本件被告が行うべきであった履修回復措置(「本件履修回復措置」)を行ったことにより、その費用を支出した旨主張し、被告に対し、事務管理に基づく費用償還請求(民法697条1項、702条1項)を行った。
本件反訴:
被告が、本件学校の生徒に対する履修回復措置は、本件原告が行うべきものであり、これを原告から委任された⇒原告に対し、準委任契約に基づく費用償還請求を行った。
  特区法 特区法:
構造改革特別区域を設定し、地方公共団体が、当該地域の特性に応じた規制の特例措置の適用を受けて、特定の事業の実施ないし推進を行うことにより、教育、物流、研究開発、農業、社会福祉その他の分野における経済社会の構造改革を推進するとともに、地域の活性化を図り、もって、国民生活の向上及び国民経済の発展に寄与することを目的とする(同法1条)。 
・・・・学校を設置できるのは、学校教育法上、国、地方公共団体及び私立学校法3条に規定する学校法人に限定。
but
特区法は、一定の場合に、株式会社が学校を設置することを認めており、この株式会社を学校設置会社という(同法12条)。
  争点 原告の事務管理に基づく費用償還請求の成否等が問題となり
①原告が行った本件履修回復措置は他人の事務に当たるか
②原告が義務なく本件履修回復措置を行ったといえるか
③本件履修回復措置は被告の意思に反するものか
  判断 争点①:
学校教育法等の関係法令等を参照し、授業内容の決定や、単位認定に関する事務等を内容とする本件履修回復措置は、教育に係る事務として、あくまで本件学校の設置者たる被告の事務。
原告は、学校設置会社による学校設置事業の適正な実施を確保すべき立場にあるが、学校設置会社及び学校に対して、指導・助言等を補助的に行うにすぎない。
⇒原告の行った本件履修回復措置は、他人の事務に当たる。
争点②
原告は、内閣総理大臣や文部科学省から、特別区等に基づき、本件学校の運営の改善に関する要請等を受けていた⇒原告は、本件履修回復措置を義務なく行ったといえるか?
特区法に基づく措置の要求等についても、その内容等に鑑みて、抽象的な要求にとどまり、
原告に具体的な義務を発生させるものであるとはいえず、
本件履修回復措置は、緊急的な状況における例外的なもので、
原告がこれを実施したっとしても、本来的に被告の事務に属する本件履修回復措置の性質を変更させるものということはできない。

原告は義務なく本件履修回復措置を行った。
  争点③:
判示の事実関係に照らせば、本件履修回復措置は、被告の意思に反するものとは認められない。 
  民事p116
福岡家裁R1.8.6  
  児童福祉法28条1項に基づく申立て、審判前の指導措置の勧告、申立て却下と同条7項に基づく同内容の勧告
  事案 児童相談所長である申立人(A)が、児童(B)について、児福法28条1項に基づき、Bを里親等への委託又は児童養護施設への入所等の措置を承認する旨の審判を求めた。 
本件では、平成30年4月2日から施行された制度である審判前の勧告(児福法28条4項)及び却下の審判時の勧告(同条7項)を行った。

児童相談所に対し、2か月弱の期限を定め、本件申立てに係る保護者であるBの実母(C)への指導措置を採るよう勧告し、次いで、本件申立てを却下するに際し、家庭そのほかの環境の調整を行うためCに対する指導措置を採るよう勧告。
  経緯 Cは、離婚に際してBの親権者となったが・・・Bの年齢相応の甘え行動を被害的に捉え、Bを叩いたり、蹴ったり、暴言を吐くことが多かった。
Bには、Cの発言と同様の暴言を吐くという問題行動があり、安全基地の歪みが生じ、無秩序型のアタッチ面とを示すという問題を抱えていた。 
Bは一時保護され、その後、BとCは母子支援施設(「施設」)に身を寄せ、施設の指導を受けていた
but
CがBを怒鳴ったり叩いたりすることが続いた
⇒Bは再度一時保護され、本件申立てがなされた。
Cから、BとCとの間の親子関係調整等が必要
Cもこの必要性を理解

施設が親子関係調整等を関係機関と協力して実施していくことが可能である旨の施設作成の意見書が、裁判所に提出。
本件審理中、Aから、裁判所に対し、審理前の勧告をすべきである旨の上申書が提出。
  判断 本件は、Cが児童相談所の指導や施設の援助を肯定的に捉えている⇒CのBに対する監護が、改善され、著しく児童の福祉を害するものと評価し難い⇒本件申立ては却下。
but
児童相談所や施設と、Cとの関係性に問題が発生すると、不適切な養育が再発する可能性が高い⇒併せて児福法28条7項に基づく勧告を付した。
勧告の内容は、審判前の勧告の内容と同じ。 
  解説 審判前の勧告:
都道府県が家庭裁判所の勧告の下で保護者指導を実施することにより、指導の実効性を向上させ、引いては良好な家庭環境を実現することを目的として導入された制度。
・申立段階において、児福法28条1項の要件を満たすことが明らかであるとの心証が得られる⇒保護者の監護によって著しく児童の福祉に反することが認められる⇒直ちに承認の審判をすべき。
・同項の要件を満たさないことが明らかとの心証⇒直ちに申立てを却下すべき。

認定できる事実関係から、同項の要件を満たすか否かについて十全な心証を得ることが指導措置の勧告の前提となる。
審判前の勧告が認められるケース:
ex.
・児童の自宅がいわゆるごみ屋敷状態になっているが、保護者が対応や支援を拒否し続けている場合。
・保護者のネグレクトを原因とする児福法28条に基づく親子分離中に、保護者指導プログラム受講した保護者について、その効果を見極めるため、親子生活訓練室での宿泊を実施する必要があるものの、保護者はこれを拒み、すぐに児童を帰宅させるよう主張を続けている場合。
却下の審判時の勧告を求めるケース:
審判後も引き続き家庭裁判所の勧告に基づく実効性ある保護者指導を行うことが有効であると考えられる場合等。
   刑事p120
東京高裁H31.4.2
  特殊詐欺の事案で、共謀の内容が詐欺と窃盗にわたるものと認定できる⇒共犯者は窃盗の責任も負うとされた事案
  事案 被害者が現金の交付を受けて騙取することを企図したいわゆる特殊詐欺の事案において、受け子が、被害者が玄関に置いてあった現金を、交付を待たずに持ち去った⇒受け子から依頼されて運転手役を務めた被告人が、他に罪に問われた5件の特殊詐欺の事案と同様に、詐欺罪に問われた。 
  1審 公訴事実が争われず、その通りの詐欺罪の成立が認められた。 
    量刑不当で控訴
  判断 職権で1審判決を破棄し、予備的訴因として追加された詐欺未遂罪と窃盗罪の成立を認めた。
  解説 ●詐欺罪の実行の着手
詐欺罪の実行行為である「人を欺く」行為は、交付の判断の基礎となる重要な事実を偽ること。 
本件:被害者の貯金が無断で引き出されるおそれがあるため、これを保全する必要があるなどと申し向けて、被害者に貯金口座から現金を引き出させるなど交付行為の準備をさせる行為を行わせている⇒詐欺罪の実行の着手あり。
  ●受け子の犯罪 
受け子は、交付を受けることなく無断で持ち去っている⇒窃盗罪が成立。
詐欺罪は未遂。
同一法益の侵害に向けられた密接な関係⇒包括一罪。
  ●  ●共犯者の窃盗の故意・共謀 
  構成要件的故意が認められるためには、犯罪事実の表象が必要(通説・判例)。
but
これは、犯罪事実の発生が不確実であると考えた場合であってもよく、また、明確な認識・予見があったことを要しない。 
本件:
①結局、欺く行為の相手である被害者から、現金を手に入れることこそが目的であると考えられ、交付を受けるという企図どおりの方法しか許容しない趣旨であったとは考え難い
②特殊詐欺は、交付という被害者の行為いかんにかかる部分もある⇒被告人を含む受け子が状況によっては被害者に気付かれないうちに盗取することを十分に想定できる。

窃盗についても認識・予見があったと評価し得る
⇒共犯者である被告人についても、窃盗罪の故意に欠けるところはなく、当初の共謀の範囲が両罪にわたるとの認定は十分に考えられる。
2441   
  行政p3
福岡地裁R1.11.27  
  屋台の道路占用許可の申請の不許可処分について、条例の定めと異なる取扱いをすることを認めるべき特段の事情があるとされた事例
  事案 福岡市の、屋台営業の適正化を図るため、平成25年7月に福岡市屋台基本条例(「本件条例」)を制定(同年9月施行)⇒一部の屋台について営業を認めないという方針。
Xらは、「平成26年4月1日から平成29年3月31日までの間の占用許可に係る申請」と記載された申請書を提出し、道路占用許可を受け、その後数度の更新を経た後、平成28年に福岡市長に対して屋台営業候補者の公募への応募申請をし、平成29年3月に博多区長に対して道路占用許可の申請⇒福岡市長から本件各応募申請を却下する旨の処分を受けるとともに、博多区長から本件各許可申請を不許可とする旨の処分

Xらは、福岡市を相手に本件各不許可処分及び本件各却下処分の取消しを求めるとともに、Xらに対する道路占用許可処分の義務付けを求めた。
  規制  本件各不許可処分や本件各却下処分は本件条例に基づいて行なわれているが、同条例では、屋台営業に関する道路法32条1項の道路占用許可の要件を規定。
本件条例9条1項:
申請者(同条例10条1項に該当する場合を除く)が、同条例の施行の日において道路占用許可を受けていた屋台営業車の配置者又は又は直系血族に当たる者や公募により屋台営業候補者として認められた者で、同条例9条1項各号の条件を満たした場合には、道路占用許可を与えるものとする旨規定。

本件条例10条1項:
申請者のうち現に受けている道路占用許可の期間満了後も引き続き当該道路占用許可を受けた場所において道路占用許可を受けようとする者については、同項各号の条件を満たした場合には、道路占用許可を与える旨規定。
  主張 本件各不許可処分の違法性(争点(1)):
①Xらは、本件条例10条1項に定める更新申請者に該当⇒同項に基づき道路占用許可をしなければならない。
②本件条例9条1項は、屋台営業候補者以外の申請者の資格を「屋台営業者の配偶者又は直系継続」に限定
but
このような限定は、憲法14条に反し、無効
⇒Xらは本件条例9条1項の要件を満たす。
③仮に本件条例が定める道路占用許可の要件を満たさないとしても、本件の個別的な事情⇒本件各不許可処分は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したもの。
④本件各不許可処分は行手法に定められた手続を履践せずに行われた違法なもの。 
本件各却下処分の違法性(争点(2))について、手続上の問題点等を主張。
  判断  ●争点(1) 
  ◎  ◎本件条例10条1項関係
本件条例では、更新申請者に該当するかどうかで、道路占用許可の要件について異なる定めを置いているが、Xらは、本件各許可申請時点において、道路占用許可を受けており、形式的には本件条例10条1項が定める更新申請を認めるべきであるように思われる。
but
以下の判示より、博多区長が同項に基づき道路占用許可を行わなかったとしても、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用はない。
本件条例10条1項は、道路占用許可申請のうち期間更新の申請については、原則としてその申請を認めることを前提に、これを拒否すべき「特別の理由」を類型化して明示する趣旨のものであり、その法的性質は、期間更新の申請に係る審査基準に相当するもの。

同項の定め(審査基準)と異なる取扱いは、裁量権の行使における公正かつ平等な取扱いの要請や基準の内容に係る相手方の信頼の保護等の観点から、同項の定めと異なる取扱いをすることを相当と認めるべき特段の事情がない限り、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるものとして、違法。
but
平成26年許可に至る一連の経緯やそれに係る申請書に平成29年3月31日までという期間が記載されていたこと等

Xらと博多区長との間で、同年4月1日以降の道路の占用については、本件条例10条1項に基づく期間更新の許可はおこわないことが共通の前提ないし約束事とされていた⇒本件各許可申請につき同項の適用があるとしても、前記の事情の下では、同項の定めと異なる取扱いをすることを相当と認めるべき特段の事情がある。
その他のXらの主張についても、
本件条例は憲法14条に違反するものではなく、
本件の個別的な事情を踏まえても、本件各不許可処分に裁量権の範囲を逸脱又はその濫用はなく、手続違反も認められない。 
  ●  ●争点(2)
本件公募の手続に一部不適切な点があったことは認めつつ、
本件公募のうちXらに関係する選定手続については、違法は点が認められない
⇒本件各却下処分は適法。 
  解説 平等原則や相手方の信頼保護
⇒審査基準の定めと異なる取扱いをするためには、それを認める合理的な理由が必要とされている。

最高裁H27.3.3:
処分基準の定めと異なる取扱いをすることを相当と認めるべき特段の事情がない限り、そのような取扱いは裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たる。 
  民事p19
東京地裁H31.1.31  
  膵尾部切除及び胆嚢摘出の手術⇒総胆管の狭窄での医師の過失(否定)
  事案  Yが開設する本件病院で膵尾部切除術及び胆嚢切除術を受け、その後胆管の一部である総肝管の狭窄が確認された⇒担当医である補助参加人Z1医師及び同Z2医師に胆管損傷を回避するための措置を怠った過失が原因⇒Yに対し、債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求として8146万6853円及び遅延損害金の支払を求めた事案。 
  争点 担当医であるZらに
①胆嚢管を目視できない状況で本件手術を実施した過失
②胆管損傷を回避するための措置を怠った過失
③胆管損傷を早期に発見するための措置を怠った過失
④PTCDのカテーテル交換の際にガイドワイヤーを逸脱させた過失
⑤胆管損傷や長期入院のリスクについて説明を怠った過失
があるか 
  判断 Zらの過失をいずれも棄却 
過失①:
強い炎症所見の認められる本件手術において、Zらが、解剖学的知見を前提に剥離を進めて胆嚢管を同定する方法により胆嚢摘出術を行ったことが医療水準として許容されないものであったと認めることはできない⇒胆嚢管及び総肝管を明確に目視できないときに胆嚢摘出術を行うべきでないとの注意義務自体を認めることができない。
過失②:
ZらにはXが主張する各注意義務を負っておらず過失はない。
過失③:
術中に胆管造影をする趣旨はもっぱら術前不明の結石や胆道の異常を把握する趣旨であり、胆管損傷を早期に発見する趣旨を含むとまでは認められないこと等⇒過失なし。
過失④:
Xの主張によっても、Z1医師が、カテーテル交換の際にどのような措置を採ればガイドワイヤーの逸脱を回避できたかは明らかでなく、カテーテルやガイドワイヤーの動きをコントロールすることにも限界があること等⇒過失なし。
過失⑤:
Z2医師の説明内容が、説明義務に違反するものであったとは認められない⇒過失否定。
  解説 類似の病状に対する施術に過失があるかが問題となった裁判例。 
  民事p29
さいたま地裁川越支部R1.6.13  
  私立中学での校則違反を理由とする退学処分が違法とされた事案
  事案 学校法人Yの設置する中高一貫校である私立中学(Z1中学)に在籍していたXが、Yに対し、Z1中学の校長がXに対してした退学処分が違法であり、不法行為及び債務不履行に当たる⇒損害賠償を求めた。
  判断 最高裁昭和49.7.19を参照し、
私立中学の校長は、その在籍する生徒に対し、懲戒として退学を含む処分をすることができ、その判断には校長の合理的な教育的裁量がある。
but
退学処分が生徒の身分を剥奪する重大な措置であり、学教法施行規則26条3項は、当該生徒に改善の見込みがなく、これを学外に排除することが教育上やむを得ないと認められる場合に限って退学処分を選択すべきであるとの趣旨から、その処分事由を限定的に列挙
⇒他の処分の選択に比較して特に慎重な配慮を要する。 
以下の通り、本件退学処分は、
(1)本件行為は、火災発生の危険性をはらむ悪質なもので、特にZ1中学が全寮制であり、その寮室内で火災が発生すれば多数の生徒の生命・身体に危害を及ぼしかねず、その危険性を軽視することはできない。
but
Xは、ライターを最初に使用したわけではなく、友人Aをまねて遊ぶようになったもので、必ずしも率先的な立場にあったわけではなく、生じた結果も、コーラ缶の縁に沿って三日月状に床を焦がした程度にとどまり、現実に寮の床や壁等が燃焼するなどして直ちに生徒の生命・身体の安全が脅かされる蓋然性があったとまではいえない。
(2)Xは、当時中学3年生で、精神的にはなお未熟な状態にある反面、過ちを認めて改める素地があるといえる
・・・
本件行為に関しても個別の教育的指導により同種行為に及ぶことを防止できる可能性はあったが、Xに対し、個別の指導はされていない。
(3)・・・・本件行為が他の生徒に与える影響は限定的であった。
(4)Z1中学の生徒にとって火気持込が例外なく退学処分となるとの理解が徹底されていたとみることはできず、退学処分以外の処分をしたとしても直ちに規範の不徹底を印象付けることになるとは認め難いことに加え、火災発生による生徒の身体・生命の安全の確保が退学処分という厳しい処分のみによって達成されるんものと認め難い
⇒本件行為について退学処分にしないことが直ちに他の生徒による火気の持込み、使用を助長するということもできない。
(5)
①中学生は、思春期でまだ精神的に未成熟な状態にあり、転校自体が生徒に与える負担は大きく、ときに生徒本人の将来に大きな影響を及ぼす
②中高一貫校の場合、高校への進学という期待を奪うことになるのみならず、特に中学卒業間近での退学処分は、高校受験などの新たな負担を課すことにもなりかねない

Xについての改善の見込みがなく、これを学外に排除することが教育上やむを得ないとまでは認められない。
  解説 学生に対する懲戒処分の適否についての裁判所の審査は、
校長が学校に対する懲戒処分をするに際して裁量権を有していることを前提として、それが全く事実の基礎を欠くか又は社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り、違法であると判断すべき(最高裁)。
but
退学処分における裁量の範囲については、当該学生を学外に排除することが教育上やむを得ないと認められる場合に限ってその選択がされるべきであり、要件の認定につき他の処分に比較して特に慎重な配慮を要するとするのが判例(最高裁)。 
この判断枠組み自体は、国公立、私立を問わず、また、大学、高校、中学を問わず妥当する。
  民事p37
岡山地裁R1.5.22  
  慢性副鼻腔炎(蓄膿症)についての手術と手技上の過失(否定)
  事案 Yが開設する病院で、慢性副鼻腔炎と診断され、内視鏡下副鼻腔手術(「ESS」)及び粘膜下下鼻甲介骨切除術(「切除術」)⇒医師には手技上の過失等があり、これにより原告は複視及び鼻呼吸困難の障害を負った⇒Yに対し、使用者責任及び診療契約上の債務不履行責任に基づく損害賠償請求。 
  主張と争点 ESSに関する過失:
ESSにより Xの右内直筋の損傷、牽引ないし変位が生じたうことを前提に、この原因とするESSの手技上の過失並びに右眼窩内血腫を生じさせた点及び右眼窩内血腫に対して必要な措置を取らなかった点の過失を主張。

一次的にはESSによりXの右内直筋の損傷、牽引ないし変位が生じたか(争点①)。
切除術に関する過失:
切除術によりXの左下鼻甲介粘膜がほとんど全て切除されたことを前提に、切除術を実施するに際し、下鼻甲介粘膜を保存するように注意して切除を行い、必要以上の過剰切除を避けるべき注意義務に違反した過失を主張。

切除術によりXの左下鼻甲介粘膜の切除量(争点②)
それを前提に、切除術を実施するに際し、下鼻甲介粘膜を保存するように注意して切除を行い、必要以上の過剰切除を避けるべき注意義務違反があるか(争点③)。
  判断  ●  ●争点① 
①本件訴訟において行われた、Xの右内直筋の損傷又は牽引若しくは変位の所見は認めないとする鑑定結果
②Xの眼窩MRI画像等をもってXの右内直筋が牽引されていると認めることはできない
③Xが訴える複視の症状の存在をもって右内直筋の損傷、牽引ないし変位が生じたと認められることにはならない、
④Xの右内直筋の損傷を推認させるとするXの右眼の眼窩内血腫や眼窩骨膜の損傷は認められない

ESSに関する過失を否定。
  ●争点② 
Xの左下鼻甲介は10%ないし20%程度しか残存していないとの他院の医師の証言については、左下鼻甲介骨ないし左下鼻甲介全体についてのものと考えるのが自然。
本件証拠上、切除術の際にXの左下鼻甲介粘膜のほとんど全てが切除されたことを認めるに足りる証拠はない。

Xの左下鼻甲介粘膜の切除量については、本件医師が証言する20%程度として考えざるを得ない。
  ●争点③ 
本件医師が、切除術の際に、Xの左下鼻甲介粘膜の20%程度を切除したことは、臨床的に通常行われている範囲内のものといえ、これをもって、本件医師が必要以上の過剰切除をしたということはできない。
  解説 慢性副鼻腔炎(蓄膿症)の手術にかかる意思の手技上の過失が問題となった裁判例。 
  知財p45
大阪地裁H31.4.11  
  口コミランキングサイトにおけるラインキング表示で誤認惹起行為(肯定)
  事案 外装塗装リフォーム業者であるXが、同業者であるYに対し、Yの依頼によって訴外Aが制作し、Yが自ら管理・運営する口コミサイト(本件サイト)において、Yが自らをランキング1位と表示したことが、不正競争法2条1項13号(現行法では同項20号)の不正競争行為に該当⇒同法4条に基づく損害賠償及びその遅延損害金を請求。
  争点 ①本件サイトがYの提供する「役務の・・・広告」に当たるか
②本件サイトの表示がYの提供する「役務の質、内容・・・について誤認させるような表示」に当たるか
③Xの損害の有無及び額等 
  事情 Xは、本件訴訟の提起に先立ち、本件サイトのサーバー管理会社に対し本件サイトの契約者に係る発信者情報の開示を求める訴訟(本件第1訴訟)を提起し、その情報の開示を受け、そこで開示された情報に基づき訴外P(Aの代表者)に対して不正競争防止法違反及び名誉権侵害に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、和解で終結。 
  判断 ●争点②:誤認惹起表示該当性
証拠上Yによる架空の投稿が相当数行われたもとの認められる⇒本件サイトの表示は投稿の実態とかい離⇒誤認を惹起する表示に当たる。
  ●争点①:広告該当性 
肯定
  ●争点③:損害の有無及び額 
X:Yによる不正競争行為によって、
①Xの営業上の信用の毀損、対応業務に従事するコスト、顧客喪失による逸失利益(無形損害)
②本件サイトの投稿者を特定するために要した費用(有形損害)
③本件訴訟提起に伴う弁護士費用
の各損害を被った

合計264万円の損害賠償を請求。
本判決:
(1)Yの行為によってXの売上げが当然に減少したとはいえず、損害が現実に発生したとは認められない⇒無形損害の発生を否定
(2)本件訴訟の提起に至る経緯⇒
①本件第1訴訟の提起に要した弁護士費用の一部(7万円)と、本件訴訟の提起に伴う弁護士費用(1万円)についてのみ相当因果関係を認めた。
本件において、Xは不正競争法5条2項の適用は主張していない。
  解説  ●  本件サイト:事業者が消費者に宣伝と気付かれないように宣伝を行うもので、いわゆる「ステルス・マーケティング」といわれるもの。 
一般に、ステルス・マーケティングとよばれる手法それ自体が法律上問題となるわけではなく、そこで事実と異なる表示がなされることが問題になることが、景表法の適用に当たって指摘されており、不正競争法の枠組みにおいても同様の事理が妥当。
本件以前には、発信者情報開示請求事件ではあるが、事業者が脱毛器の性能比較サイトを装ったサイトを作成した蓋然性が高く、当該サイトにおいて事実と異なる可能性がある事項につき断定的な記載がなされた事案⇒誤認惹起行為の成立が認められた事例がある(東京地裁)。
  誤認惹起行為の成立が認められた場合でも、これによって特定の競業者に生じた損害を立証することは困難であり、実際に損害賠償請求が認められた例は限られている。 
本件も、Xが主張する無形損害の賠償は認められておらず、不正競争行為の調査に要した費用については一定の範囲で請求が認められている。
~近時の発信者情報開示請求事件についてみられる判断に通じるもの。
  刑事p61
最高裁R1.11.12  
  盗撮者による二次的製造行為による製造と児童買春法7条5項の児童ポルノ製造罪の成否(肯定)
  事案 ①露店風呂に入浴中の児童らの全裸姿態をビデオカメラで盗撮し、その動画データをビデオカメラで盗撮し、その動画データをビデオカメラの記録媒体等に記録した者が、後日、その電磁的記録を別の記録媒体である外付けハードディスクに記録して児童ポルノを製造⇒児童買春法7条5項所定の児童ポルノ製造の事案
  解説・判断   児童買春法7条5項の製造罪(「5項製造罪」)は、平成26年7月15日施行の改正法によって新設されたもので、盗撮により児童ポルノを製造する行為を処罰するというもの。 
「ひそかに・・・児童の姿態を写真等に描写することにより」という手段の限定⇒盗撮により製造した児童ポルノを基にして、その電磁的記録を他の記録媒体へ記録保存する二次的製造行為については「ひそかに・・・製造した」ものとはいえずに5項製造罪は成立しないのではないか?
5項製造罪と同じように製造手段が限定されている児童買春法7条4項の製造罪(児童に全裸姿態等をとらせ、これを記録媒体等に描写することにより児童ポルノを製造する罪(「4項製造罪」))においても、本件と同様、二次的製造行為について同罪が成立するか否かという問題があり、
4項製造罪に関与する立法関与者の見解解説では、複製は除外されるとの見解が示されていた。
but
最高裁H18.2.20は、
「法2条3項各号のいずれかに掲げる姿態を児童にとらせ、これを電磁的記録にかかる記録媒体に記録した者が、当該電磁的記録を別の記録媒体に記憶させて児童ポルノを製造する行為は、法7条3項の児童ポルノ製造罪に当たる」として、3項(4項)製造罪の成立を認める判断。
  5項製造罪において、
立法関与者の解説:
5項製造罪は手段の限定がされている⇒盗撮により製造された児童ポルノを後に複製する行為は、基本的に本条項の処罰対象ではないと考えられる。
but
撮影者本人による「製造」として予定される一連の行為まもでが5項製造罪の対象から除外されるものではない。
判断:
「ひそかに児童ポルノ法2条3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を電磁的記録に係る記録媒体に記録した者が、当該電磁的記録を別の記録媒体に記録させて児童ポルノを製造する行為は、同法7条5項の児童ポルノ製造罪に当たる」

平成18年判例と同様、盗撮をして製造を行った者が、その電磁的記録を別の記録媒体に複写するなどして二次的製造行為に及んだ場合には、「ひそかに児童の姿態を描写することにより児童ポルノを製造した」と法的に評価できるとして、5項製造罪の成立を認めたもの。
  刑事p62
最高裁R1.12.10  
  被告人の記名のみがあり署名押印がない控訴申立書による控訴申立ての効力(無効)
  規定 刑訴規則第六〇条(公務員以外の者の書類)
官吏その他の公務員以外の者が作るべき書類には、年月日を記載して署名押印しなければならない。
  判断 被告人の記名のみがあり署名押印がいずれもない控訴申立書による控訴申立ては、同申立書を封入した郵便の封筒に被告人署名があったとしても、無効と解すべきである。 
  解説 刑訴規則60条が申立書等の書類に署名押印を要求

①申立書等の記載自体から何人が作成者であるか、換言すれば、当該書面による訴訟行為の主体を明確にさせる。
②当該書面が作成者本人の意思に基づき真正に作成されたか否かを確認する手立てとする。 
処理の作成方式に瑕疵がある場合の効力:
刑訴規則60条に違反することを理由に一律に無効とするものは見当たらず、当該書類の性質(個々の訴訟行為の性質)、作成方式の瑕疵の程度等により、その効力を判断すべきものとされている。
最高裁判例:
・記名代印によって作成された忌避申立書等の書類につき、法律上無効としたもの。
・電子複写機によって複写されたコピーであって、作成名義人たる外国人である被告人の署名がない控訴申立書による控訴申立てにつき、同書面中に被告人の署名が複写されていたとしても、無効としたもの。
・電子複写機によって複写されたコピーであって作成名義人の署名押印のない上告趣意書につき、有効な上告趣意書として判断の対象とするのが相当であるとしたもの。
  刑事p63
東京高裁R1.5.15  
  強制わいせつ未遂事件で、被告人のわいせつ目的を客観的事情から推認し、その補強として、5日後に同種の強制わいせつ行為に及んだ事実を用いた事案(違法性なし)
  弁護人の主張 ①原判決が第1事件でわいせつ目的を認める唯一の積極的事情として、第2事件で被告人がわいせつ行為に及んだことを摘示⇒余罪による故意の認定であって違法。
②原審が、証人Eを、被告人が第2事件の2日後に女性を追従していた状況等の立証趣旨で取り調べた⇒被告人の悪性格を立証して、本件におけるわいせつ目的を認定しようとした⇒法的関連性を欠き違法
③被告人の自白調書は任意性に疑いがある 
  判断  ●主張①について 
原判決は、第1事件の客観的事情(夜間、停車させて自車近くの人気のない場所で、高校の制服を着て自転車で帰宅途中のAに対し、包丁を突き付けて、「騒いだら殺す」「ドライブに行こう」と述べたこと)をもとに、財物奪取、誘拐、あるいは暴行のみの目的の可能性を排斥して、わいせつ目的を推認し、
その上で、数日後の第2事件で被告人がわいせつ行為に及んだことを補強として用いたもの

第2事件でのわいせつ行為を唯一の積極的事情としたものではないし、
第2事件で認定した事情を不当な予断偏見をもって第1事件の認定に供したものでもない

その認定に違法はない。
  ●主張②について 
D証人の取調べについては、
原審弁護人が女子高生一般に対する仕返しの目的であったと主張
⇒被告人がこれと矛盾する行動をとっていたことを主な立証趣旨としたもの。
原判決も、第1事件につき被告人の弁解が信用できない理由の1つとしてD証言を用いている
⇒前記各証人は、その証言によりわいせつ目的を直接認定する趣旨で取り調べられたものではない。
  主張③について、
公判前整理手続きにおける被告人質問及び取調べ警察官の尋問の各結果から、任意性を失われる脅迫等があったとは認められない。 
  解説    ●  ●同種前科による犯人性の立証 
最高裁H24.9.7(「平成24年最判」):
前科証拠は、自然的関連性があることに加え、証明しようとする事実について、実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに証拠能力が肯定され、
前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合は、前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し、かつ、それが基礎に係る犯罪事実と相当程度類似することから、それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであるときに証拠能力が肯定される。
最高裁H25.2.20(平成25年最判):
平成24年最判の考え方を類似事実にも適用し、
前科に係る犯罪事実や前科以外の他の犯罪事実を被告人と犯人の同一性の間接事実をとすることは、これらの犯罪事実が顕著な特徴を有し、かつ、その特徴が証明対象の犯罪事実と相当程度類似していない限りは、許されない。

被告人が前科に係る犯罪や他の犯罪を行った事実から、
(1)被告人がこれと類似する犯罪を行う犯罪校傾向を推認し、そこからさらに、
(2)起訴事実についても、被告人がその犯罪傾向に基づいて犯行に及んだと推認するという
2重の推認。
vs.
①その根拠はいずれも不確かなものであり、
②他方で「犯罪傾向」という認定、評価がもたらす心証への影響は大きく、不当な予断、偏見を当たるおそれが強い
⇒同種前科・類似事実による証明を制限。

被告人の犯罪傾向を介した推認過程は不確実かつ弊害が大きいので許されない

犯人性であっても、類似事実の「顕著な特徴」及び本件との「相当程度の類似性」から推認するのであれば、犯罪傾向を介するものではないから、許容され、
主観的要件であっても、類似事実により被告人の犯罪傾向を介して推認することは許容されない。
  ●類似事実による主観的要件の証明 
東京高裁H25.7.16:
原判決が、
①深夜、歩行中の女性に強姦目的で車両を衝突させて傷害を負わせた強姦致傷と、
②その約1時間35分後に、歩行中の女性に車両を衝突させ、車内で強姦した監禁・強姦致傷を認定したことを是認し、
①の強姦目的につき、
近接した日時場所において、被告人が深夜に1人歩きの若い女性を狙って類似した態様で引き続いて両事件を起こしたことを前提とすれば、②の犯行動機、目的等から、①の強姦目的を推認することは許容される(ただし、原判決が、被告人が②を行ったことを①の犯人性の推認に用いた点は是認できないとした)。

成瀬論文:
「人が近接した日時場所において類似の行為を繰り返す場合、途中でその目的が変わることは通常考え難い」という経験則を用いて強姦目的を推認。
~被告人の犯罪傾向を介さない推認として許容される。
東京高裁H30.1.30:
原判決は、小児2名の誘拐につき、わいせつ目的を認定した理由として、
①被告人は、多数回、本件小児2名を含む小児にわいせつ行為を繰り返していた(併合審理されていた)、
②小児を性的対象とするウェブサイトを閲覧していた、
③精神鑑定をした医師が、被告人は小児を性的欲求の対象にしていたと証言、
④被告人が誘拐の翌日頃、本件小児の1名に強制わいせつ行為に及んだ
という点を挙げた。

同高裁:
①:被告人が同種のわいせつ行為を反復している⇒主観的な傾向を認定し、これを本件におけるわいせつ目的という主観的な事実を推認する1つの根拠とした認定方法は、実質的根拠を有する。
②③:小児性愛障害の性的嗜好を有する者がわいせつ目的を持つ傾向を有することは明らか⇒それをわいせつ目的を認定する1つの根拠とすることは、十分な合理性を有する。


成瀬論文:
同事件において被告人の強制わいせつ等の犯罪傾向を推認することは合理的であり、かつ、その犯罪傾向から誘拐時のわいせつ目的を推認することも、誘拐した事実と翌日頃1名にわいせつ行為をした事実を前提に、考えうる限られた目的(わいせつ、身代金、養育等)の中から推認するにとどまる
⇒誤認の危険性は小さく合理的であり、犯罪傾向を介する推認を例外的に許容していい場合。
  本件で仮に被告人が黙秘

被告人供述に対する反証ではなく、わいせつ目的の積極立証として、E、Dの証人尋問が請求されることも考えられる。
そのときは、証人の採否や立証趣旨(被告人の性犯罪の傾向、わいせつ行為をする動機等)が問題となる。 
  最近の裁判例:
東京高裁H31.4.5:
店舗で陰茎を露出した公然わいせつにつき、原審が、故意の立証のために、以前に被告人が類似行為をしたので注意したという証人を取り調べたことに違法はない。 
東京高裁R1.12.17:
被告人が3か月の感覚で2回、同僚らに睡眠導入剤を投与して運転させ、死傷事故を起こさせた事案で、
原判決が被告人は1回目で死亡事故を起こさせながら2回目に及んでおり、1回目の死亡が予想外であったとは考えにくい⇒これを1回目の殺意認定の理由に挙げた点につき、適切は言い難いと説示。
  自白調書の任意性について、原審は、公判前整理手続で被告人質問と取調べ警察官の尋問を行っている(採用は公判期日)。
裁判員対象事件で任意性審理を行う時期につき、従来は公判期日とする見解が大勢であったが、近年は、取調べの録音・録画記録媒体を視聴することも念頭に、公判前整理手続で行うという見解も有力。 
  刑事p71
千葉地裁H31.2.26  
  運転者が誰かが争われた事案
  事案 被告人(A)とB、Cは、自動車盗を共謀⇒駐車してあったZ所有の自動車(P車)を摂取⇒Zが発見し立ちふさがった⇒Zをボンネットに乗り上げさせて奏功し、路上に転落させて殺害。
検察官は、P車を運転してZに衝突させたのは被告人であるとして、被告人には号と殺人罪が成立、BとCには、Q車に乗っていたもので窃盗罪の範囲で共同正犯が成立するとして勾留請求⇒被告人もBも黙秘。
Bは自分の公判で窃盗の事実を認めた。
被告人とBは別件(Q車の窃盗等)で勾留。
被告人には接見禁止が付されていたが、Bはそれぞれの弁護人を介して被告人に手紙を送り、被告人はその返信を送った。
被告人は、検察官に申し出て取調べを受け、P車を運転していたのは自分であることを認めた。
Bは窃盗罪で有罪判決。
被告人は、公判前整理手続で、それまでの主張を撤回し、運転していたことを否認。
公判期日でも、P車を運転していたのはBであり、自分はQ車の助手席に乗っていたと主張。
  差戻前1審 BCDの証人尋問で、
BC:P車を運転していたのは被告人であり、BはQ車の助手席に座っていた。
D:被告人とBの話の内容からP車を運転してたのは被告人と思った。
but
裁判所:
①Bには事故は犯罪を被告人に押し付けるために虚偽の供述をする動機がある
②Bが被告人に宛てた手紙⇒Bは弁護人らを利用して共犯者に対する連絡を行っていて、Cらに働きかけることも可能⇒CとDもその働きかけを受けて虚偽の供述をした可能性がある。
⇒これらの証言から被告人が運転していたと認定することはできない。 
検察官は、被告人が自白した際の取調べの録音録画記録媒体の取調べを請求
but
①自白の概要が被告人質問で明らかになっている
②共犯者の供述の信用性が決めてとなる
③記録媒体で再生される被告人の供述態度を見て供述の信用性を判断するのは容易ではない
⇒却下。
  控訴審 原審が記録媒体の証拠請求の却下は支持。
but
Bから被告人宛ての手紙に対して被告人が返信した手紙など(Bが保管しており、第1審判決後に任意提出したもの)を取り調べて、Bと被告人の手紙のやりとりについて検討⇒Bが被告人に対し運転者の身代わりを働きかけていたものではなく、Bの働き掛けでCとDが虚偽供述をした可能性もない⇒BCDの供述を信用することができ、P車を運転したのは被告人であることが認められる。 
①原審は殺意の有無については判断を示していない
②これについて判断した上で量刑する必要
⇒原裁判所に差し戻し。
  差し戻し審 差戻前1審でのBCDの証人尋問及び被告人質問の内容が録画された更新用記録媒体、控訴審での被告人の供述が記録された公判調書を取調べ。
検察官と弁護人双方から新たに請求された被告人とBとの間でやりとりされた手紙も取調べ。
B、Cについて再度証人尋問を実施し、被告人質問も実施。
新たな証拠調べをして証拠関係の変動があった⇒事実認定に関して破棄判決の拘束は受けないと判断。
P車を運転していた者に殺意があったことを認定し、運転者が被告人か否かの検討。
BCDの供述はあるが、これと被告人供述とを対比して検討するだけでは信用性を決し難い。
⇒Bと被告人との手紙のやりとりの趣旨の検討が必要。

Bの手紙(第1審弁5)には「K市の件、再逮捕の件は全てA主導で行った事件であり、私Bが『実はAの言いなりである』という旨の供述をすること」などの記載

Bの手紙は、被告人に自動車盗の首謀者の立場を負わせようとするもので、P車の運転者の身代わりを依頼しようとしたものではない。
被告人はBから働きかけを受けたからではなく、自分の判断で自白に至ったものと推認し、被告人の手紙の中のP車運転を自認するかのような記載も真意に基づくもの。

被告人がP車を運転。
  解説 刑事手続きが開始された後における被告人や関係者らの間の手紙のやりとりは、事件の前あるいは渦中における手紙のやりとりと性質を同じくするとは限らない。
特に被告人や手紙の相手が身柄拘束中⇒手紙の内容を刑事手続担当者側が知り、それが刑事手続で用いられることになることを作成者が意識して作成する可能性。 
●   手紙の証拠能力に関する判例:
・共犯とされる者の有罪判決が確定し、その服役中に同人とその妻との間でやりとりした手紙は、公判における両名の証言や手紙の外観・内容等から特に信用すべき情況の下に作成されたものと認められる限り、刑訴法323条3号によって証拠とすることができる(最高裁昭和29.12.2)。
実務での扱い:
一般的にいえば、手紙は定型的に高度の信用性を備えているとはいえない⇒刑訴法323条3号ではなく、刑訴法321条1項3号又は322条1項により証拠能力を判断すべき。
but
手紙の作成経過、形式、内容等から刑訴法323条1号、2号に準ずる高度の信用性が認められる特殊な場合⇒同条3号により証拠にすることができる。

被告人から弁護人に宛てた手紙について、刑訴法322条1項で採用した事例。
被告人が密輸出の予備として貨物をある村に送付した事件で、知人が同地における海上保安分の警備状況について暗喩を用いて書き、被告人に送った手紙が取り調べられた事案において、その手紙が、記載された供述内容の真実性の証拠に供せられたものではなく、内容の真偽と無関係に、その供述がなされたこと自体が要証事実⇒その作成の真正が証明される限り、刑訴法321条1項3号の要件を充足すると否とにかかわりなく、これを証拠とすることができる(福岡高裁)。
その他の裁判例。
  刑事p86
旭川地裁H31.3.28  
  GPS捜査と違法収集証拠排除が問題となった事案
  事案  被告人が、病院の専用駐車場の梁の溝の内側に覚せい剤を隠匿所持していた⇒営利目的覚せい剤所持の罪に問われた事案。 
  争点 警察官らは、被告人を検挙するに当たり、令状の取得及び被告人や管理人の事前承諾のないまま、
①被告人車両にGPS測位機及びGPSロガーを取り付け、位置情報を検索・取得する捜査(GPS捜査)、
②本件車両を撮影録画する捜査(本件監視捜査)、
③本件車庫内に立ち入り、梁の溝内の不審物の有無を確認する捜査(本件立入り捜査)
を行った。

各捜査の違法性が争われた。
  判断 本件GPS捜査(①)は、強制の処分に当たり違法。
同捜査により直接得られた証拠について、違法収集証拠として、証拠能力を否定。
but
弁護人が証拠排除を求めた証拠の一部につき、本件GPS捜査によって直接得られた証拠と密接に関連する証拠とは認められない⇒証拠能力は否定されない。 
本件監視捜査(②)、本件立入り捜査(③)は、嫌疑の存在や程度、必要性、相当性を認め、任意捜査としていても、相当な範囲のもの⇒適法。
  解説 ●任意捜査と強制捜査の区別 
最高裁昭和51.3.16:
法律の根拠規定がある場合に限り許容される捜査において用いられる「強制手段とは・・・個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであって、
右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない」

強制手段にあたらない有形力の行使であっても、・・・必要性、緊急性なども考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる程度において許容されるものと解すべきである」
と判示。

形式上任意捜査として行われた処分であっても、強制処分まで至ってしまった場合や、任意処分の枠内に収まっているものの、相当性を欠く場合には、違法となる。
  ●違法収集証拠の排除について 
最高裁昭和53.9.7:
「証拠物の押収等の手続きに、憲法35条及びこれを受けた刑法の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるものと解すべきである」
その後裁判例が積み重ねられ、
証拠排除の判断基準については、
違法の重大性を中心に、
排除相当性を補充的に(違法の重大性が認められても、証拠の重要性等を総合して例外的に否定するという形で)考慮することとされ、
いわゆる派生証拠については、重大な違法のある手続(先行手続)と密接な関連を有するか否か(関連性)により判断されるとの基準(最高裁H15.2.14)。
  ●GPS捜査について 
最高裁H29.3.15:
個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって、合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵害する捜査方法であり、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、刑訴法上、特別の根拠規定がなければ許容されない「強制の処分」に当たり、令状がなければ行うことができない。
本判決:
GPS捜査の一般的性質(個人の意思を制圧し、憲法の保障する重要な法的利益を侵害)に加え、
本件GPS捜査の具体的な状況(実施期間、位置情報取得の回数、捜査機関の目的のほか、被告人のプライバシーに対する配慮や「移動追跡装置運用要領」に定められた正式な手続の履践の有無等)を詳細に認定し、
違法の程度が証拠排除されるべき程度に重大なものであることを示し、証拠能力が否定されるとした。
①本件GPS捜査について、その中止後の捜査担当者の変更や、別の行動確認による覚せい剤の隠匿場所の絞り込み等により、本件GPS捜査を伴う被告人の行動確認の結果により得られた情報(本件捜査情報)が監視カメラの撮影対象選定の唯一の理由であったわけではなく、
②本件捜査情報がなかったとしても、本件車庫が撮影対象に選定された可能性は小さくなく、
③本件捜査情報を殊更に利用しようとする意図もうかがわれない
⇒密接な関連性を認めなかった。
  ●その他の捜査
各捜査の対象となった本件車庫が、外部からの観察や病院関係者以外の立ち入りが可能かつ容易⇒類型的に見て、特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たるとはいえないと判断。
各捜査を任意捜査としてみても、
①前記の事情から、容ぼう等を観察されることを受忍せざるを得ず、
②プライバシーに対する合理的な期待が存在するとはいえない

制約が加えられる法的利益の保護すべき程度がそれほど重大とはいえない
⇒昭和51年決定の判断枠組みに照らし、手段として相当な範囲にあると判断。
2440   
  民事p19
東京高裁R1.5.30   
  順次売買についての登記の連件申請における、前件の司法書士と委任関係の内後件の登記権利者に対して調査確認義務を負うか?(肯定)
  事案 Aら所有の本件土地について、AからBなどを経て最終買主をXとする順次4回にわたる売買が行われた一連の取引につき、一括決済及び連権申請が行われる予定
but
後にAらの本件権利証が偽造であることやAら所有の本件土地の売買が真の所有者でない者による取引であることが明らかになり、最終買主であるXが売買契約に基づく所有権移転登記をすることができなかった。

Xは、AらとBとの第1売買に係る所有権移転登記申請手続を受任した司法書士であるY6に対し、調査義務違反による不法行為に基づく損害賠償請求。 
  判断 以下のとおり、Y1の調査義務違反を認めてXの請求を認容。 
司法書士は、依頼者からの書類の真否確認を特に依頼された場合、書類の偽造・変造が一見明白である場合、専門的知見等に照らしてその真否を疑うべき相当な理由がある場合には、調査確認義務を負う。
連件申請においては、前件の登記が完了することが後件の登記に必要⇒前件の司法書士は、委任関係のない後件の登記権利者に対しても、調査確認義務を負う。
本件権利証は、
①所有者名に登記記録とは異なった記載があり、
②司法書士の住所の郵便番号が登記申請当時のものではなく、表紙と登記申請書の記載が異なる
③Y6が所有者の氏名に関心があったことが窺え、どのような経緯でこれらの齟齬が生じたのか確認すれば、本件権利証が登記申請当時に発行、作成されたものでないことに気付く端緒になり得た
⇒その真否を疑うべき相当が理由がある場合に該当する。

Y6には、Xとの関係においても、本件権利証の真否に係る調査確認義務を怠った過失がある。
  解説 不動産の順次売買について、登記手続の連件申請をすることは実務上多くみられる。
この場合、登記実務が円滑に運用されるよう、
不動産登記を行うに際して、
登記権利者と登記義務者の申請情報と併せて、登記義務者の登記識別情報が提供されなければならない(不登法22条)。
but
連件申請が行われる場合には、後件で提供すべき登記識別情報は、後件の登記申請情報と併せて提供されたものとみなされる(不登規則67条)。 
そもそも登記義務者の登記識別情報が提供されなければならないのは、登記名義人の真意により登記申請がされていることを形式的に確認することにある。

登記義務者の登記識別情報が偽造・変造であるなどして登記名義人の真意が確認できなければ、当然に後件の登記申請も却下されざるを得ない。
司法書士法が登記手続の適正かつ円滑な実施をもって国民の権利の保護に寄与することを目的とする(同法1条)
⇒前件の司法書士は、委任関係のない後件の登記権利者に対しても調査確認義務を負うことになる。
but
後件の司法書士は、特段の事情のない限り、前件の登記義務者の本人確認義務を負わないとされる。
  民事p39
東京高裁R1.6.27  
  個人情報漏えい⇒個人情報を受託管理していた会社の注意義務違反⇒慰謝料請求
  事案 Xらは、個人情報を漏えいされた⇒当該個人情報を提供していたY1及びその管理を委託されたY2に対して、個人情報の管理に注意義務違反等があった⇒慰謝料請求。
  争点 Yらの注意義務違反の有無及び損害発生の有無 
  原審 Yらの注意義務違反及びXらの権利侵害は認めた
but
損害の有無について、民法上、慰謝料が発生する程の精神的苦痛があると認めることはできない。
⇒請求棄却。 
  判断 ●注意義務違反 
①本件漏えいは、MTP対応のスマートフォンを使用したものであるが、通常想定できないような特別の知識や技術を使用して行われたものではなく、MTPはデータ転送に用いる規格として新規で特殊なものとはいえない
⇒MTP対応のスマートフォンを使用した情報漏えいの事例が報告されていなかったとしても、デバイスやOSの高機能化によって発生する危険の範囲内のもの⇒予見可能性は否定されない。
②Y2においては、MTP対応のスマートフォンによるデータの書き出しを防止することは可能であったのに、書き出し制御措置を講ずべき注意義務を怠った。
③Y1においては、本件漏えいの方法による個人情報の漏えいの危険性を予見し得たもの⇒Y1が本件セキュリティソフトの適切な設定を行っているか否かを監督する注意義務に違反して、適切な監督を行わなかった過失がある。
  ●  ●損害の発生
①本件漏えいにより、自己の了知しないところで個人情報が漏えいしたことに対する不快感及び生活の平穏等に対する不安感を生じさせるものであり、かつ、個人情報が適切に管理されるであろうとの期待を裏切るもの
②その一方で、実害が発生したとは認められない
③直ちに被害の拡大防止措置が講じられている
④顧客の選択に応じて500円相当の危険を配布するなどして事後的に慰謝の措置が講じられている

慰謝料として2000円が相当。
  解説  ●  ●個人情報取扱事業者の義務
  個人情報取扱事業者は個人情報の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じる義務がある(個人情報保護法20条)。 
何が必要かつ適切な措置に当たるのか?
情報技術の知見の水準を基準として個別具体的に検討。
  ●  ●被害者に発生した損害 
①被害者に実害が発生していないとしても、漏えいした個人情報は本人の与り知らぬところまで広まっていく性質
②その回収はおよそ不可能で、そのため、今後どのような被害が生じ得るか明らかでない
⇒不快感及び生活の平穏等に対する不安感は拭えない

被害者に精神的な損害が生じていないとすることは困難。
  ●関連事件 
・MTP対応スマートフォンによるデータの書き出し制御措置を講じていなくとも不法行為責任を負わないとしたもの
・個人情報の管理委託先の責任は認めつつも、委託者については予見可能性を否定したもの
・不快感や不安を超える損害を被ったことについての主張立証がないとして請求を棄却したもの
  民事p67
東京高裁R1.7.11  
  自筆証書遺言としての効力(否定)
  事案 平成14年10月10日に原稿用紙を用いて作成した文書と平成24年2月2日に郵便はがきを用いて作成した文書について、自筆証書遺言として有効かが争われた事案。 
平成14年文書:
「不動産の相続は、夫のX1にすべてまかせます。」
「長女X2と次女Yには遺留分として八分の一1/8づつ遺します。」
平成24年文書:
Yに対して郵送されており、その裏面の本文として、
「AはマンションはYにやりたいと思っている。自宅はX2がもらってはどうですか。」と記載されていた。
Xは、Yを相手として、平成24年文書は自筆証書遺言として無効であること、平成14年文書は自筆証書遺言として有効であることの確認を求めて提訴。
  判断 以下の理由で、平成24年文書は無効、平成14根文書は有効。 
平成24年文書について、
①Aが、かねてより本件各不動産をX1の自由にさせるとの意思を表明していたのに、これを翻意する旨をYに宛てた指針において表示するのはいささか奇異
②同文書はマンションに言及するのみで土地の処分に関しては触れるところが全くない、
③その内容は、希望ないし意図の表明を超えるものではなく、確定的、最終的な意思の表示であると断定するには合理的な疑いが残る。

自筆証書遺言としては無効。
平成14年文書について、
①Aは本件不動産はX1の自由にさせるとの意思を表明していた
②文書の内容からYとX2の遺留分が侵害される事態が生じることを想定していた
③これらを総合的に考慮して、本件各不動産をX1に相続させる意思を表示したもの。

自筆証書遺言として有効。
  解説 遺言の解釈について、
その文言を形式的に解釈することでは不十分で、
「遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探求し当該条項の趣旨を確定すべき」
(判例) 
本判決は、平成24年文書について、
Aの確定的、最終的な意思が表示されていないと判断。
  民事p72
京都地裁R1.10.24  
  ソフトボール部員がノック練習中、捕球時に左手小指を骨折⇒国賠請求(肯定事例)
  事案 高校のソフトボール部のノック練習中、部員であるXが、監督のノックした打球を捕球した際に左手小指を骨折⇒監督には部員に対する安全配慮義務を怠った過失⇒高校の設置者であるY(京都市)に対し国賠法1条1項に基づく損害賠償請求。 
  争点 ①本件事故における監督の過失の有無
②過失相殺又は素因減額の可否 
  判断   ●過失の有無 
①Xは、本件事故前に左手親指及び左手小指を負傷しており、身体状態に問題があったところ、
②監督がXに対して強度の高いノック練習を行ったことによって本件事故が発生

結論として、監督のXに対する安全面への配慮に欠けるところがあったとして過失を肯定。
①Xが本件事故の前に左手親指及び左手小指を負傷⇒試合や練習において相当な配慮が必要な状態にあり、監督はそれを認識
②野球経験の豊富な監督が強度の高いノックを行うもので、・・比較的負傷の危険性が高いもの
③X自身の能力向上のためではなく他の部員の手本とするものでり、Xをノック練習に参加させる必要性が高かったとはいえない
④Xが過去何度も左手親指の痛みを訴えていたにもかかわらず、監督は、ノック練習への参加の可否についてXの判断に任せただけで、Xの負傷について聞き取りを行うなどの特段の配慮をせず、更なる負傷の可能性を高めないようにノックの強さを調節するなど練習内容を工夫したともいえない
等の事情が総合的に考慮。
  ●過失相殺 
Xが監督に対し、ノック練習への参加自体が難しい旨を伝えたり、打球の強さを弱めるなどの要望をしたりすることによって本件事故の発生を防ぐことができた可能性があった

Xの過失割合を2割として過失相殺。
  ●素因減額 
①Xは、ソフトボール部の練習試合中に左手小指と左手親指を負傷しており、負傷について監督に伝えていた
②前記負傷の発生について疾患に当たるようなXの身体的特徴が寄与したとはいえない
③・・・監督は当該キャッチャーミットが、Xの手に合わないことを知っていたにもかかわらず、対応を怠っていた

Xの前記負傷を理由として素因減額をすることは相当ではない。
  解説 スポーツ中の事故について、 
スポーツ自体が本質的に危険を含んでいる⇒その内在する危険に伴う事故である場合には、相手方の加害行為に違法性があるとはいえない。
but
その加害行為が、被侵害利益、加害の態様等との関連から社会的に許される程度を超えるときは、違法になる。
but
高校の部活動において、直接の指導者である監督が生徒に対してする行為については、監督に指導者としての安全配慮義務が加重される⇒前記のスポーツ事故一般の理論を単純に適用することはできない。
●  本件は、ソフトボール部の監督がノックした打球を部員が捕球した際に手を負傷したという、ソフトボールと言うスポーツが本質的に有している危険が現実化したという側面を有する一方で、
監督が事前にXの手の負傷(部活動による負傷)を知っていながら、X自身の能力向上のためではなく他の部員のてほんとするために強度の高いノック練習を行ったという監督の帰責性が大きい側面を有していた、特殊な事案。
  民事p81
名古屋地裁R1.6.26  
  交通事故が被保険者の故意により発生⇒保険会社への直接請求が棄却された事案
  事案 Xが夜間、名古屋市内の市街地の路上にポルシェ(X車)を駐車⇒Yが運転しYの妻P2が所有するニッサン・キューブ(Y車)に追突⇒X車が損傷するとともに、Xが頸椎捻挫等の障害。 
  第1事件 Xが、
①Yに対し、不法行為にによる損害賠償請求権に基づいて、Xの物的・人的損害の賠償を求めるとともに、
②P2が、Yを被保険者、Y車を保険対象車とする自動車総合保険契約(「本件保険契約」)を締結していた損害保険ジャパン日本興亜株式会社に対し 、本件保険契約の約款に基づいて、XのYに対する前記①の判決が確定したときは、前記①の損害賠償金と同額を支払うよう求めた。 
  第2事件 損保ジャパンが、Yに対し、本件事故による保険金支払義務が存在しないことの確認を求める事案。
  保険契約等
本件保険契約:
保険対象者の所有、使用又は管理に起因して他人の生命又は身体を害すること(対人事故)及び他人の財物を滅失、破損又は汚損すること(対物事故)により、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して保険金を支払う旨の条項(対人賠償責任条項及び対物賠償責任条項)が規定。
本件保険契約の約款には、
①対人・対物事故によって被保険者の負担する法律上の賠償責任が発生した場合には、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定した場合又は裁判上の和解もしくは調停が成立した場合には、
保険会社は、損害賠償請求権者に対し損害賠償権を支払う。
②対人及び対物賠償金について、被保険者の故意によって生じた損害に対しては、保険金を支払わない(本件免責条項)
と規定。
Xは、本件事故当時、保険会社である東京海上日動火災保険株式会社との間で、Xを被保険者、X車を保険対象車とする自動車保険契約を締結しており、本件事故後、東京海上に対し本件事故につき車両保険金等を請求。
⇒東京海上は、故意免責を理由に保険金の支払を拒否。
  判断  ●  ●XのYに対する請求:
  Xの人身損害についての請求額を一部認容
物的損害の請求:
本件事故当時、XがX車の所有者又は使用権者であったとは認められない⇒請求を棄却。 
  ●Xの損保ジャパンに対する請求 
X主張に係る日時場所において、停車中のX車にY車が追突する交通事故(対物事故)が発生した事実は認められる。
but
①Xが本件事故と次X車の所有者又は使用権者であったとは認められないのに、損保ジャパンに対し本件事故による物的損害の賠償を求めている
②Y車が、道路の左端に停車中のX車に追突⇒本件事故直前にY車も道路の左端を走行していたと推認できる。
通常は縁石にぶつかる危険性等があるから、そのような運転をするとは考えにくい⇒前記の運転方法からはYが故意にY車をX車に追突させたことがうかがわれる。
③Xは本件事故直前に内妻からかかってきた電話をとるために停車していたと主張し、Yは友人と待ち合わせ場所を決めるために電話で話をした後、よそ見をしていて追突したと供述しているところ、両名とも、合理的な理由なく携帯電話の通話履歴の提出を拒否
④本件事故現場は勾配17パーセントの下り坂であり、その途中にシフトレバーをパーキングに入れただけで、フットブレーキも踏まず、サイドブレーキも引かずに停車していたとするXの停車方法は、通常の運転手の運転方法として不自然。
⑤Xがシフトレバーをパーキングに入れて停車していたとするX車がY車の追突によって100m近く前進したのも不自然。
⑥Yは本件事故当時、カードローン債務を負担しており、Xは収入額を公的な証明書によって明らかにしようとしていない。
⑦Xは、本件事故前に多数の保険金請求歴を有している
などの事情

本件事故は、XとYとの共謀(被保険者であるYの故意)によるものであると認定し、損保ジャパンの故意免責の主張を認めた。
対人事故についても、その発生が認められるとしても、故意免責が認められる⇒Xの請求を全部棄却。
  ●第2事件についても、
損保ジャパンのYに対する債務不存在確認請求を全部認容。 
  解説    任意保険:
通常、約款において、対人・対物事故の被害者が保険会社に対し直接損害賠償額の請求をする権利(いわゆる直接請求権)が規定。

保険契約当事者の「第三者のためにする契約」による効果として生じるもの(保険会社が被保険者の損害賠償請求権者に対する債務を重畳的に引き受けることによって発生するもの)と解されている。 
  車両保険の付された車両が事故によって損傷を受けたとして、保険契約者や被保険者が保険会社に対して車両保険金の支払を求め、保険会社がこれを争う事案:
車両保険金の支払を請求する者は、事故の発生が被保険者の意思に基づかないものであることを主張立証する必要はなく、
保険契約者又は被保険者の悪意又は重過失によって保険事故を発生させた点については、保険金請求権の発生を妨げる免責事由として、保険者側がこれを主張立証すべき(最高裁)。
  保険会社が故意免責を直接裏付ける証拠を提出することは困難⇒同種事案では、自己の客観的状況、請求者の事故前後の行動、請求者の属性・動機等、
保険契約に関する事情等についての間接事実を総合して、故意免責の成否が判断。
  民事p89
札幌地裁R1.12.12  
  強姦の被疑事実で逮捕された旨のウェブ記事について、検索事業者に対する検索結果削除請求(一部認容)
  事案 Xが、インターネット上のウェブサイトの検索サービスを提供する事業を営むY(グーグル)に対し、Yが管理運営する検索サイトにおいて、Xの氏名に強姦などの語を加えた条件で検索すると、検索結果として、Xが逮捕された事実等の内容が書き込まれたウェブサイトのURL並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋が表示⇒①人格権に基づき、検索結果の削除を求め、また、
➁XとYとの訴外の交渉において、YがXのURL等情報の削除を求める要請に応じなかったことについて、不法行為に基づき、損害賠償金130万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。 
  判断 検索結果の削除に関する請求について、プライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報について検索結果からの削除を求めるための要件を示した最高裁H29.1.31判決を引用し、事実関係を検討。 
(1)
本件事実について、ウェブサイトに書き込まれた当時は、社会における正当な関心事であったと評価できる。
but
①Xが逮捕・勾留された後に嫌疑不十分として不起訴処分となっている
②Xが逮捕・勾留から7年以上が経過

本件口頭弁論終結時において、社会における正当な関心事として、公表する社会的意義は乏しくなっている。

(2)
①ある者が逮捕されると、逮捕に係る被疑事実を行ったと思われてしまうことが多く、嫌疑不十分を理由として不起訴処分となったとしても、証拠がなかっただけで、実際には犯罪を行ったと思われる可能性も高い
②Xが、転勤先の同僚などから、インターネット上の情報で本件事実に接した旨を告げられたなど、私生活上の現実的な不利益が大きい

検索結果の表示を維持する必要性よりも本件事実を公表されないXの法的利益が優越することは明らか。

検索結果の削除に関する請求の一部を認容。
(検索結果の一部については、本件口頭弁論終結時において、検索結果として表示されていることを裏付ける証拠がない⇒請求を棄却。)
①平成29年最決と事案の異なる本件において、Yが検索結果を削除すべきか一義的な判断ができるわけではない
②XとYとの訴外の交渉において、Xが不起訴処分の理由が嫌疑不十分であることを客観的に裏付ける資料を提示することができなかった

Yが検索結果を削除する必要があるとの認識を有するに至らなかったとしてもやむを得ず、当該認識を欠いたことにつき過失があったと認めることはできない。

不法行為に基づく損害賠償請求は棄却。
  解説 平成29年最決の判示
①事実の性質及び内容と
②事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度
を中心に検討。 
  刑事p96
最高裁H30.7.3  
  刑訴法299条の4、299条の5の合憲性
  事案 殺人等被告事件について、検察官がした証人等の氏名等の代替開示措置に関する特別抗告事件。
合計16名の証人について、検察官が、刑訴法299条の4第2項により、被告人及び弁護人に対し、その住所を知る機会を与えず、住居に代わる連絡先として神戸地検姫路支部の連絡先を知らせる措置(本件代替開示措置)⇒刑訴法299条の5第1項により、裁判所に対し、本件代替開示措置の取消しを求めて裁定請求⇒棄却⇒即時抗告も棄却⇒特別抗告。
  主張 刑訴法299条の4、299条の5は、被告人の証人審問権を保障した憲法37条2項前段、公平な裁判所の裁判を受ける権利を保障する憲法37条1項に違反するとともに、無罪推定を受ける権利を保障した市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)14条2項に違反。 
  規定 刑訴法 第二九九条[証人等の氏名等開示と証拠等の閲覧]
検察官、被告人又は弁護人が証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の尋問を請求するについては、あらかじめ、相手方に対し、その氏名及び住居を知る機会を与えなければならない。・・・
憲法 第37条〔刑事被告人の諸権利〕
すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
②刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
③刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。
  判断 刑訴法299条の4、299条の5は、被告人の証人審問権を侵害するものではなく、憲法37条2項前段に違反しない。 
刑訴法299条の5は、受訴裁判所の裁判官に係属中の被告事件について予断を抱かせるものではない⇒前提を欠く。
その余は単なる法令違反の主張であり、刑訴法405条の上告理由に当たらない。
  解説 相手方に対し証人等の氏名及び住居を知る機会を与えることにより、証人等に対する加害行為等のおそれを生じさせる場合もあり得る。

刑訴法299条の5、299条の5は、証人等に対する加害行為等を防止するとともに、証人等の安全を確保し、証人等が公判審理において供述する負担を軽減し、より充実した公判審理の実現を図るための、より実効性のある方策を規定したもの。 
本決定:
①証人等の氏名又は住居を知る機会を与えられなかったとしても、それにより直ちに被告人の防御に不利益を生ずることとなるわけではなく、
②被告人及び弁護人は、代替的な呼称又は連絡先を知る機会を与えられていることや、証人等の教諭ツ録取書の取調べ請求に際してその閲覧の機会が与えられることその他の措置により、証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめ、予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができる場合があり、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないこととなる場合があることを指摘。
①開示された証拠から、証人が被告人側の知っている特定の人物であることが分かる場合、
②証人が、たまたま現場に居合わせて事件を目撃した者であって、被告人等と利害関係を有しないことが明らかな場合

代替開示措置がとられたとしても、証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめ、予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができ、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがない場合がある。
代替開示措置がとられたとしても、弁護人が、証人等との面談を要請し、検察官が、証人等にその旨連絡して、証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無等を確かめ、予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができ、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないこととなる場合がある。

代替開示措置がとられたとしても、それにより直ちに被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるということになるわけではない場合がある。
訴法299条の4、299条の5は、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときには代替開示措置をとることができない旨規定。 
被告人の防御に実質的な不利益がを生ずるおそれがあるとき

予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができず反対尋問を実効的に行うための準備をすることができないこと。
条件付代替措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときに限り代替開示措置をとることができる旨規定。 
弁護人が選任されている場合において条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときとして、
①被告人に証人等の氏名又は住居が知られた場合には、当該証人等に対する深刻な加害行為等のおそれが強く、これを確実に防止するためには、弁護人の過失により被告人に証人等の氏名又は住居を知らせてしまう可能性も排除しておく必要がある⇒弁護人に対しても知らせないこととせざるを得ないような場合。
②被告人が、弁護人に対し、証人等の氏名又は住居を教示するよう強く求めている場合など、弁護人が被告人に対してこれらを秘匿することに困難が予想される場合
③弁護人が、被告人の所属する暴力団組織に、被告人の事件の証拠の内容を漏らしているなどの事情があり、弁護人と暴力団組織の癒着が疑われる場合
  刑事p99
福岡高裁那覇支部H30.7.12  
  消極法的立証で無罪とされた事案
  事案 被害者(73歳)は、夫である被告人(74歳)と2人暮らしで、被害者が殺された。
死因は頚部圧迫による窒息。
被告人の供述:
自分は別の部屋で寝ていて目を覚まし、寝室に行こうとしたがドアが施錠されており、外に回って施錠されずに閉まっていた掃出窓を空けて室内に入った。
  検察官 被告人を殺人罪で起訴し
①寝室の掃出窓に外部から侵入した痕跡がなかった⇒犯人はそこから侵入していないと推認できる
②被告人以外に犯人となり得る第三者の存在を想定することはできない⇒第三者の犯行である可能性は排斥される。
③被告人に被害者殺害の動機がある
⇒被告人が犯人。 
  原審 ①外から掃出窓を開けた場合必ず痕跡が残るとは限らず、
②残ったとしても当日の鑑識活動で発見できるとは限らない上、
③被害時に掃出窓が完全に閉まっていたとのいえない

犯人が掃出窓から侵入した可能性がある。

無罪。
  判断 原審における検察官の主張立証について、被告人以外による犯行の可能性がないことを立証する、いわゆる「消去法的立証」であると位置づけ、
このような立証においては、
あらゆる反対仮説を想定した前提条件が設定され、かつ、
それらの反対仮説が存在しないことの立証が尽くされていることが必要。
本件においては、①当日の掃出窓の開閉状況を的確に認定することと、②犯人がこれを開閉すれば明確な侵入痕が残ると認められることを前提条件として要求。
当日、掃出窓が完全に閉まっていたとは認められず、少し開いていた場合はサッシ枠の側面を押せばガラス等に明確な侵入痕が残らない可能性がある。
⇒犯人が掃出窓から侵入していないとすることはできない。
被告人以外に具体的な犯人像が想定できないとしても、犯人が掃出窓から侵入した可能性が残る⇒消去法的に被告人を犯人であると推認することはできず、第三者による犯行の可能性がないとの立証は尽くされていない。
⇒原審判断を支持。
  解説   被告人が犯人であるとの痕跡が残っていないくても、
①犯行時間帯に被告人が犯行現場に存在して、被告人に犯行をする機会があり、かつ
②被告人以外の者がその時間帯に犯行現場に存在しないなど、被告人以外の者が犯行をした可能性が完全に否定されるのであれば、
被告人の犯行を認定することが可能になる。

「消去法的立証」 
  葛生事件控訴審判決:
原審:
①現場等から想定される犯人像⇒外部者の犯行の可能性はない
②被告人にはアリバイが成立しない
⇒有罪。
判断:
①被告人を犯人とする積極的証拠が不足する中で消去法的認定方法をとるのは、事実を誤る危険性が多分にある
②この手法の問題点は積極的証拠の不足を論理的推論によって補ってしまう危険にある

この手法で被告人を犯人と認定するためには、被告人が犯行時間帯に現場にいた蓋然性が高いことや、被告人にはっきりとした殺害動機が認められることが必要。
結果的に無罪。
  その他の裁判例 

検察官:被害児が死亡するまで継続的に強度の暴行を加えられており、そのような暴行を加えることのできる人物としては父親と母親しかいない
vs.
犯罪事実と両立しない反対事実(長男らが木刀等で暴行したとか、出入りしていた成人らが武術の練習の際に強度の力を加えた等)が存在する合理的な疑いが残る。


父親が病院で自分の子(乳児)に暴行を加えて死亡させたとされる事案で、
被害時間帯に付き添っていたのは被告人だけであり、病室に出入りする者がつまずいてカーテン越しに力を加えたなどの可能性はない。


被害児が自宅で何者かの意図的かつ強力な暴行を受けて死亡した事案につき、受傷時間帯に被害児と一緒にいたのは被告人と母親の2人かいずれか1人であり、これ以外には暴行を加える機会があった人物はいない。
⇒被害児が受賞した可能性のある時間帯を誤りなく認定した上で、母親が犯人でないことが認定できれば、被告人が犯人であると認定することができる。

葛生事件控訴審判決の主張に対し、
積極的要素を認定することが被告人を犯人とするための条件にはならない。


原審:被害児が受傷した時間帯に一緒にいたのは、被告人(祖母)のほか被害児の姉(2歳児)しかおらず、被害児に回転性の強い外力を加えることのできた者を消去法的に特定すると被告人しかいない。
判断:被告人が被害児の頭部に強い衝撃を与える暴行をしたことには疑いがある。
そもそも被害児の症状が外力によるとの前提で消去法的に犯人を特定する認定方法⇒原審が問題にすべき「事件性」について十分検討しなかった点を指摘。
   2438
  行政p27
大阪高裁R1.12.17  
  国有地の払下げに係る売買契約書に記載された売買代金額・瑕疵担保責任免除特約条項を不開示情報と判断したことが、国賠法上違法とされた事案
  事案 国と森友学園間の国有財産である土地売買に係る売買契約につき、控訴人がした行政情報公開法に基づく開示請求⇒財務省近畿財務局長が一部不開示とする決定⇒国賠請求 
控訴人が開示すべきとしたもの
①本件土地の売買代金額又はこれを推知させる部分
②土壌汚染や地下埋設物に関する瑕疵担保責任を免除する特約が記載された売買契約書42条部分(「本件条項」)
  争点 ①本件売買代金額等を本件条項が行政情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当するといえるか
②近畿財務局長がこれを開示しなかったことが国賠法上違法といえるか 
  判断 ●本件売買代金額等
原判決:
国有財産の適切な管理を求める財政法9条1項の趣旨に照らし、国有財産の譲渡価格の客観性を確保する基本的要請から公表されるべき情報
⇒行政情報公開法の定める不開示情報には該当せず、近畿財務局長は、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件売買代金額を不開示とする判断をした⇒国賠法上違法。
本判決も同様。
  ●本件条項
原判決:
国賠法上違法であるとは認められない。
判断:
①本件条項は、売買代金の大幅な減価要因を記載した条項⇒財政法9条1項の趣旨に照らせば、売買代金額と同等かそれ以上に重要な情報であって、開示すべき要請は高い。
②本件条項を開示すると保護者が学校敷地の土壌汚染等に対する心理的嫌悪感を抱き森友学園の事業運営上の利益が害されるおそれがあるというのは一般的・抽象的な可能性にとどまる。

本件条項は、本件売買代金額等と同様に、行政情報公開法の定める不開示情報には該当しない。

近畿財務局長は、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件条項を不開示とする判断をした⇒国賠法上違法。 
  解説  ●  ●不開示情報(利益侵害情報)
  行政情報公開法5条2号イ所定の不開示情報(利益侵害情報)に該当するというためには、
法人等の権利、競争上の地位その他正当な利益を「害するおそれがある」ことが要件となる。
but
これは、個別具体的な事案において、当該情報の性質、内容、法人等の性格、事業内容、事業活動において当該情報が有する意味、権利利益の内容等の諸般の事情を総合勘案して判断。 
利益侵害情報該当性の判断に当たっては、単なる確率的な可能性では足りず、法的保護に値する蓋然性が求められる。
最高裁も、前記諸般の事情を総合勘案して、利益が害される蓋然性が客観的に認められるかどうかを重視しているものと解される。
  ●国賠請求 
公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と不開示決定をしたと認め得るような事情が必要。
  行政情報公開法5条2号イに係る裁判例について、

不開示情報該当と判断したもの:
・省エネルギー法に係る工場の数値情報
・労働基準監督署長が保有する労災補償支給決定に際し作成された処理経過簿記載の事業所名


不開示情報非該当と判断したもの:
・消費者庁の景表法上の調査過程で行われた監査法人への質問、回答文書
森友学園が作成した市立小学校の設置趣意書の表題の一部(小学校名)及び本文部分が、行政情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当しないとされ、国賠請求が認められたものとして、大阪地裁(判例時報2411号)
  行政p40
仙台高裁秋田支部R1.10.25  
  参議院選挙の選挙無効訴訟
  事案  令和1年7月21日施行の参議院議員通常選挙について、秋田県選挙区の選挙人である原告が、公選法14条別表第3の参議院(選挙区選出)議員の議員定数配分規定は憲法に反し無効⇒本件選挙の前記選挙区における選挙も無効 
  判断 定数配分規定の合憲性判断の基準:
憲法は投票価値の平等を要求
but
これは選挙制度の仕組みを決定する唯一、絶対の基準となるものではなく、いかなる具体的な選挙制度によって憲法の趣旨を実現し投票価値の平等の要請と調和させていくかは、国会の合理的な裁量に委ねられている。
二院制の下で参議院の在り方や役割を踏まえ、参議院議員につき衆議院議員とは異なる選挙制度を採用し、参議院に衆議院と異なる独自の機能を発揮させようとすることも、国会の裁量権の合理的行使として是認し得る。
具体的な選挙制度の仕組みを決定するに当たり、投票価値の平等の要請との調和が保たれる限りにおいて、都道府県の意義や実体等の要素を踏まえた選挙制度を構築することが直ちに国会の合理的な裁量を超えるものとは解されない。
・・・・違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえない。
  解説  
  民事p50
東京高裁R1.9.19  
  商品の取り込み詐欺をしていた者から商品を買い受けていた業者の共同不法行為責任(肯定)
  事案 Xらが、納品された商品の代金を支払う意思がないのにXらに商品を発注し、Xらに商品代金相当額の損害与えるいわゆる取り込み詐欺をしたA社からXらの納品した商品を買い取ったYに対し、商品代金相当額及び弁護士費用相当額の合計5000万円余の支払を求めた。
Xらの主張:
Yは、Bの行った取り込み詐欺について認識し又は容易に認識することができたにもかかわらず、A社が取り込み詐欺により得た商品のほぼ全てを買い取り、取り込み詐欺の実現のために重要な役割を担っていた
⇒Yには、民法719条1項前段の共同不法行為又は同条2項の不法行為の幇助による損害賠償責任がある。
  原審 ①Yの代表者がA社のXらからの仕入れの代金額を知っていたこと、
②Yのxらからの仕入れの代金額が盗品等犯罪に関わる商品ではないかとの疑念を抱かせる程度に安価であったこと、
③Yの代表者においてBが会社名義を変更した上で取り込み詐欺を繰り返していたことについて、
これらを認めるに足りる証拠がない

Yの代表者において、YがA社から仕入れた商品が、BのXらに対する取り込み詐欺によるものであることを認識していたとまではいうことはできず、また、そのように認識することができたということもできない

Yの不法行為責任を否定。
  判断 ①Yの代表者は、Yが購入する商品の販売会社の商号や所在地が頻繁に変わることを認識していた
②販売会社の変更にもかかわらずBが一貫してYに売買を持ちかけており、Yの代表者は従業員や商品の運搬者が同一であることを認識していた
③Yは、A社との間で継続的に売買契約を締結
④YがA社から購入する商品はいずれも新品であったが、購入価格はメーカー希望小売価格の約30ないし35パーセントにすぎなかった
⑤Yの代表者は、A社などから購入する商品が一般的な流通ルートから外れた商品であることを認識していた
⑥Yの代表者は、A社との間で売買契約を結ぶと、自動車を運転してA社の事務所に出向いて商品を受け取り、代金はその場で又は後日振込によりBに支払っていたが、Bが発行する領収書や納品書はA社などの名義であった
⑦A社の事務所は、道路に面したガラス部分が目張りされ、外側からは事務所内の様子が見えないようになっていた
⑧Yの代表者は、以前に取引先の業者につちえ取り込み詐欺の疑いがあるとして、警察から事情聴取を受けたことがあった

これらの事実からすると、
Yの代表者は、YがA社から仕入れた商品が取り込み詐欺により取得したものであることを認識していたか、少なくとも認識することができたにもかかわらず過失によりこれを認識しなかった。
Bが取り込み詐欺を継続して実行していくためには、Yは不可欠な存在であったことが明らかであり、BはXから取り込み詐欺により商品を騙取し、YはBから同商品を購入することで、BとYは、客観的に共同してXらの権利を侵害したというべき

YはXらに対する取り込み詐欺について、民法719条1項前段所定の共同不法行為に基づき、Xらに対し賠償責任を負う。
  解説 本判決:
Yの関与の態様としても、幇助にとどまらず、Bの行った取り込み詐欺とYの買受け行為との間に客観的な関連共同性があることを認め、Yに共同不法行為の成立を肯定。 
裁判例:
・信用性の有用性もない競馬のギャンブル情報を、確実性の高い情報であるかのように装い、被害者に情報料等として多額の金銭を送金させた詐欺行為に関し、被害者に提供された連絡先や情報料等の振込口座の名義人であった者につき、行為者との共同不法行為の成立を認めた事例。
・詐欺商法業者に用いられた銀行口座を開設するにあたり、その手伝いの内職をしていた者らにつき、詐欺行為の過失による幇助を認めた事例
・違法な投資勧誘行為を行っていた事業者に事務所を使用させていた行為が不法行為の幇助に当たるとした事例
・電話勧誘によるデート商法詐欺の被害行為に使用された携帯電話機を詐欺の実行行為者に貸与したレンタル業者につき、詐欺行為の故意又は過失による幇助を認めた事例
等。
  民事p66
福岡高裁R1.9.27  
  石綿由来の肺がんにり患⇒国賠請求の遅延損害金の起算日が争われた事例
  事案 いわゆるアスベスト国賠訴訟。 
大阪泉南アスベスト第2陣訴訟上告審判決(最高裁H26.10.9):規制権限を行使して石綿工場に局所排気装置を設置することを義務付けなかったことが国賠法の適用上違法
⇒国は、平成26年最判で認められた国の責任期間(昭和33年5月26日から昭和46年4月28日まで)内に石綿工場等で作業し石綿関連疾患にり患した労働者又はその遺族に対し、訴訟上の和解手続により損害賠償を行うことを表明
⇒本件もその枠組みに沿って提起。
被控訴人:
平成20年8月28日:健康診断で、肺のCT画像に陰影が見つかる。
同年9月26日:再検査で、前記陰影が増大傾向⇒肺がんの疑い
同年11月7日:右肺下葉部を切除する手術⇒腺がんと確定診断
平成20年12月、労災申請⇒平成22年2月12日、労災保険給付の支給決定
  争点 控訴人が負う損害賠償義務の遅延損害金の起算点 
被控訴人:遅延損害金の起算日は肺がん診断日(H20.9.26)か、遅くとも確定診断日(同年11月7日)
控訴人:労災認定を受けた日(H22.2.12)
  原審 遅延損害金の起算点は肺がん健診日(H20.9.26)⇒全て認容 
  判断 遅延損害金の起算日は確定診断日(H20.11.7)⇒一部認容 
  解説 被控訴人の請求は、国賠法1条1項に基づくものであるところ、不法行為に基づく損害賠償債務は、損害の発生と同時に何らの催告を要することなく遅滞に陥る⇒同債務については損害発生の日が遅延損害金の起算日。 

被控訴人に生じた石綿に起因する肺がんについて、その損害をどのようにみるか?
控訴人:
雇用者の安全配慮義務違反によりじん肺にかかったことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効は、じん肺法所定の管理区分についての最終の行政上の決定を受けた時から進行する旨判示した最高裁H6.2.22の射程が石綿由来の肺がんにも及ぶものとして、前記主張。
vs.
①じん肺(石綿関連疾患のうち石綿肺もその一種)は、その病態として、特異な進行性の疾患であって、どの程度の速度でどの程度進行するかは患者によって多様であり、あらかじめ予測することはできないという特殊性
②じん肺については、じん肺管理区分決定という行政上の決定が行われ、様々な法的効果を発生させ、労使の権利義務に直接影響⇒じん肺管理区分2の損害とじん肺管理区分4の損害は質的に異なるものと評価できる
③じん肺管理区分は、このような効果を踏まえ、じん肺について専門的な知識を有するじん肺診査医の診断又は診査を経て決定
⇒平成6年最判は、このようなじん肺の疾患としての特殊性及びじん肺管理区分の法的性格等を考慮しての判断。
but
石綿由来の肺がんは、
①じん肺(石綿肺)のように特異な進行性の疾患であると認めることはできない
②じん肺(石綿肺)のようなじん肺管理区分決定に相当する手続もない
③地方じん肺診査医の診断又は審査のような専門的な知見を有する医師による診断又は診査が行われるものでもない
⇒石綿由来の肺がんに関する「損害」の解釈には、平成6年最判の射程は及ばない。
その損害は、肺がんという健康被害それ自体。
肺がんを発症しているか否かは、通常は病理組織検査等の医学的診断に基づいて判断⇒肺がんの確定診断を受けた日が証拠上認定し得る者については、その日に損害が発生したものと見るのが相当。
  民事p75
神戸地裁R1.9.17  
  石綿工場内での石綿ばく露による肺がん発症についての国賠請求での遅延損害金の起算日が問題となった事例
  事案 石綿工場内での石綿ばく露により肺がんを発症⇒国への国賠請求
  争点 遅延損害金の起算日
X:肺がんの確定診断日ないし確定診断の前提となった手術日
Y: Xらが肺がんに関し労災保険給付支給決定を受けた日
  判断 不法行為に基づく損害賠償債務は、損害の発生と同時に遅滞に陥る。
肺がんにり患したことによる損害賠償を求める場合の損害とは、肺がんという疾患が発症したことに他ならない。

遅延損害金の起算日は、肺がんの確定診断日あるいは確定診断の前提となった手術日と解すべき。 
  解説 肺がんと同じく石綿関連疾患であるじん肺にり患したことによる損害賠償請求の消滅時効は、最終の行政上の決定を受けた時点から進行。(最高裁)

じん肺については、疾患の特性に照らし、じん肺法上の各管理区分決定に相当する病状に基づく各損害は質的に異なる⇒重い決定に相当する病状に基づく損害はその決定を受けた時に発生。 
  民事p82
和歌山地裁R1.5.15  
  弁済・担保の供与に関する否認家行使の事案
  事案 破産者Aの破産管財人であるXが、AのメインバンクであったYに対し、
YがAから受けた9件の弁済(本件各弁済)について破産法162条1項2号及び同項1号イの否認を、
YがAと締結した本件各担保契約(保険金請求権への質権設定契約、第三債務者らに対する工事代金債権への譲渡担保権設定契約(本件債権譲渡担保契約)及び動産譲渡担保設定契約)について同項2号の否認を主張し、
さらに、本件譲渡担保契約は譲渡禁止特約違反によって無効であるなどと主張して、
否認に伴う原状回復請求のほか、各財産権等がXに帰属することの確認等を求めた事案。 
  規定 破産法 第162条(特定の債権者に対する担保の供与等の否認)
次に掲げる行為(既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為に限る。)は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。
一 破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にした行為。ただし、債権者が、その行為の当時、次のイ又はロに掲げる区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実を知っていた場合に限る。
イ 当該行為が支払不能になった後にされたものである場合 支払不能であったこと又は支払の停止があったこと。
ロ 当該行為が破産手続開始の申立てがあった後にされたものである場合 破産手続開始の申立てがあったこと。

二 破産者の義務に属せず、又はその時期が破産者の義務に属しない行為であって、支払不能になる前三十日以内にされたもの。ただし、債権者がその行為の当時他の破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでない。
  争点 ①本件各弁済が、破産法162条1項2号の「その時期が破産者の義務に属しない行為」に該当するか
②本件各弁済のうち同項1号イ所定の要件に該当するものにつき、AがYに開設した預金口座から出金した現金によってなされたことを理由に否認が否定されるか、
③新規融資(本件融資)を被担保債務に含む本件各担保契約につき、対抗要件具備までに相当程度の時間を要したことが、同項柱書の「既存の債務についてされた担保の供与」該当性の判断に影響するか。 
  判断 ①本件各弁済は「その時期が破産者の義務に属しない行為」とはいえない。
②本件各弁済のうち、前記争点②部分については、否認は認められない。
③本件各担保契約は、本件融資との関係では、既存の債務についてされた担保の供与に当たると評価することはできない。
④破産管財人Xは譲渡禁止特約違反による無効を主張できる

Xの請求を一部認容。
  解説  ●  ●争点①について
  破産法162条1項2号は「その時期が破産者の義務に属しない」弁済につき、支払不能前になされたもについても、一定の要件の下で否認を認めている。

①期限前弁済が特定の債権者が負担していた破産のリスクを他の破産債権者に転嫁するもの
②支払不能が弁済期が到来した債務の支払可能性を問題とする概念であることとの関係で、期限前弁済によって否認を潜脱することが可能になる。 
本判決:
手形貸付についてなされた本件各弁済について、当該貸付けの際に振り出された約束手形に記載された弁済期日より前になされているにもかかわらず、当該貸付けの従前の運用等を踏まえて黙示の特約を認定することによって、「その時期」がAの義務に属しない行為には当たらないと判断。
  ●争点②について
  現行破産法は、否認について、詳細な規定を設けているものの、その背景にある実質的要件として、有害性(破産者を害するものであること)があると言われている。
本判決:
本件各弁済の一部について、破産法162条1項1号イ所定の要件に該当
but
AがYに開設した預金口座から出金した現金によってされたものであり、Yの単独の意思表示による相殺によっても同様の結果が実現できた
⇒かかる弁済によって破産会社の破産財団の価値が減少したものということはできない
⇒否認を否定。
~有害性がないものと評価。
  ●争点③について 
現行の破産法162条1項柱書は、同時交換的行為(新たな融資とともになされる担保の供与等)を否認の対象から除外。
この同時交換性は、担保契約のみならず対抗要件の具備行為についても要求されるものと解されている。
but
対抗要件の具備には、一般に一定の時間を必要とする。
⇒融資契約の成立と対抗要件の具備とが完全に同時に行なわれるまでの必要はなく、両者が時間的に接着しており、社会通念上、当該担保の供与等が既存の債務についてされたものとは見られない場合には、なお同時交換的行為としての保護を受けるべきとの指摘もある。
本判決:
Yが一般債権者としての信用リスクを負うことを、一時的にでも受忍したものと評価される場合には、同時交換性を認めない旨の判断基準を示している。

同時交換的行為が否認の対象から除外されるべき根拠の1つとして、同時交換的取引の場合には債権者は1度も無担保債権者として債務者の信用リスクを負っていないことが挙げられていることと、軌を一にする。
  刑事p99
東京高裁H30.8.31  
  クレプトマニア(窃盗症)の事案
  事案 スーパーでの万引き事案で、被告人(昭和15年生まれの女性)は、前刑執行猶予中であり、罰金刑や再度の執行猶予を選択できるかが争点に。 
被告人は、いわゆるクレプトマニア(窃盗症、病的窃盗)として治療を受けていた者。
  原審 (1)被害は少額で弁償もされているが、大胆かつ手慣れた犯行態様や、前科関係⇒罰金刑選択の余地はない。
  (2)
①被告人は、医師の指示にもかかわらず受診の間隔を開け、自助グループのミーティングにも出席しないこともあった。
被告人と夫は、被告人の盗癖を子らに明らかにせず、唯一の同居人である夫も不在にすることが少なくない。
⇒更生の努力を怠った。
②被告人には、病的窃盗による衝動抑制の障害に加え、薬物依存症・強迫性障害による精神的混乱が相当程度影響していたとの医師の意見書。
but
後者がどのように本件犯行に影響したか明らかではなく、
前者は改善の機会を怠った結果として本件に至った⇒情状として大きく酌量できない。
(3)本件犯行後、被告人は、入院治療を受け、反省の情を深め、夫が仕事を辞め、長女が同居するなど監督体制を構築。
but
被告人は、前刑後に可能だった再犯防止の努力を怠ったと評価するほかなく、本件犯行後の事情を大きく評価することhできない。
(4)治療が更生に有用としても、行為責任を基本とする刑罰の必要性に優先することはない。
 
年齢や認知症の点を考慮しても、再度の執行猶予を付すべき「情状に特に酌量すべきものがある」(刑法25条2項)とまでは認められない。

懲役10月(求刑・懲役1年6月)の実刑 
  判断  原判決には、次のように重要な情状事情に関する認定・評価に誤りがあり、情状事実を適切に評価すれば、裁量により再度の執行猶予を付する余地もあった。 

医師による入院治療を勧められたのに、被告人が断った事実までは認定できない。
被告人は、期間が開きがちではあるが、一応定期的に通院治療を受けており、努力をしていたことは否定できず、本件を被告人が更生への努力を怠った結果と一方的に評価することは誤っている⇒せいぜい被告人の努力が十分とは言えないという評価が相当。
②原判決は、病的窃盗による衝動制御の障害があることを前提としながら、その程度や本件犯行への影響について判断していない。
それが本件犯行に大きな影響を与えたとは認められないが、責任非難を若干軽減することを前提に量刑判断すべき。

実刑に処したことが量刑判断における裁量を逸脱したとまでは認められない。
  but
原判決後の事情として、
①自宅の建替え工事が完成し、夫、長女と同居生活が始まった
②被告人の認知症が進み、要介護1の認定を受けた
③被告人は通院治療を続け、自助グループへの参加も続けている

原判決後、再犯防止、改善更生を図るための環境が実際に整ったことも考慮

現時点では、再度の執行猶予を付するのが相当となった。

いわゆる2項破棄をして、懲役1年、5年間執行猶予、保護観察付きの判決。 
  解説  クレプトマニア(窃盗症、病的窃盗)は、精神疾患で、
その基本的特徴は、「個人的に用いるためでもなく、またその金銭的価値のためでもないのに、物を盗みたいという衝動に抵抗するのに繰り返し失敗すること」等と説明。 
多くは、クレプトマニアによる衝動抑制の困難性を、量刑上どkまで重視するかが争われ、具体的には、執行猶予を付すか、特に再度の執行猶予を付すかが問題。
2437   
  特報
高松高裁R1.10.16  
  2019年参院選投票価値較差訴訟高松高裁判決
  事案 令和1年7月21日に施行された参議院議員通常選挙について、公選法14条1項、別表第3の選挙区及び議員定数の規定は憲法に違反し無効⇒本件選挙のうち各選挙区における選挙をそれぞれ無効とすることを求めた選挙無効訴訟。 
  解説    最高裁H29.9.27(平成29年大法廷判決):
公選法の平成27年改正法につき、
同法は、従前の改正のように単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず、人口の少ない選挙区について、参議院の創設以来初めての合区を行うことにより、都道府県を各選挙区の単位とする選挙制度の仕組みを見直すことをも内容とするものであり、これによって平成25年選挙当時まで数十年間にもわたり5倍前後で推移していた選挙区間の最大格差は2.97倍にまで縮小。
・・・・
同改正は、前記の参議院議員選挙の特性を踏まえ、平成24年大法廷判決及び平成26年大法廷判決の趣旨に沿って格差の是正を図ったものとみることができる。

平成27年改正法は、その附則において、次回の通常選挙に向けて選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い必ず結論を得る旨規定

今後における投票価値の格差の更なる是正に向けての方向性と立法府の決意が示されるとともに、再び上記のような大きな格差を生じさせることのないよう配慮されている。
・・・

平成28年選挙当時、平成27年改正後の定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものとはいえず、同定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない。
  平成28年選挙後の平成29年2月、参議院の組織及び運営に関する諸問題を調査検討するため、各会派代表による「参議院改革協議会」が設置、同年4月、同協議会の下に、「選挙制度に関する専門委員会」が設置。
⇒平成30年改正法が成立。
  参議院選挙に係る定数配分規定の合憲性:
最高裁昭和58.4.27:
①当該配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡が違憲の問題を生ずる程度の著しい不平等状態(いわゆる違憲状態)に至っているか
②当該選挙までの期間内に当該不均衡の是正がされなかったことが国会の裁量権の限界を超えるか否か
の各観点から検討するという基本的な判断枠組みを示した。
but
平成29年大法廷判決:
前記②の判断において考慮するのではなく、
前記①の判断において考慮し、
かつ平成28年選挙当時の3.08倍という較差自体につき、違憲状態か否か明確に判断を示さなかった。
  判決 ●参議院議員選挙における投票価値の平等の保障について 
憲法は、14条1項の定める法の下の平等の原則の政治の領域における適用として、成年者による普通選挙を保障するとともに、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって選挙人の資格を差別してはならないものとしている(憲法15条3項、44条)。
選挙権の平等の原則は、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等を要求している。
参議院の権能やこれまで果たしてきた役割、議員の選ばれ方など⇒参議院の選挙であるからといって、直ちに投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見出し難い。
  ●議員定数配分規定の違憲判断の基準 
参議院議員選挙における定数配分規定の憲法適合性:
①当該定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡が、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っているか否か
②前記の状態に至っている場合に、当該選挙までの期間に当該不均衡の是正がされなかったことが国会の裁量権の限界を超えるとして当該定数配分規定が憲法に違反するに至っているか否か
の観点から検討するのが相当。
  ●本件定数配分規定の違憲性の判断 
  ◎投票価値の不平等状態 
①本件選挙当時、議員1人当たりの登録有権者数の最大較差は3.00倍であり、これは最小の福井県選挙区の投票価値が最大の宮城県選挙区の投票価値の3倍⇒常識的に考えても許容し難い。
②平成29年衆議院議員選挙(小選挙区)の最大較差である1.979倍に大きく劣後
③社会の成熟に伴い国民の権利意識が強くなっている

違憲の問題が生じる程度の投票価値の著しい不平等状態にあったと認めるのが相当。
平成30年改正法は最大較差を3.08倍から3倍未満にするための弥縫策にすぎず、本件製鋸までに、抜本的な較差是正をという将来的な立法対応がされるという平成29年大法廷判決の前提が崩れ、較差是正が放置されたまま本件選挙を迎えている
⇒前記較差をもって違憲状態と判断することは、同判決に抵触するものではない。
  ◎相当な是正期間 
①平成29年大法廷判決について、平成28年選挙当時、選挙区間における投票価値の不均衡についての違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に当たらない旨の判断が示されたが、同選挙当時の最大較差は3.08倍であった、
②その後、平成30年改正を実施した結果、本件選挙当時における最大格差は3.00倍であり、平成28年選挙当時の最大較差3.08倍よりは縮小

国会において、本件選挙までの間に違憲状態に至っていたことを認識し得たとまで認めるのは困難

本件選挙までの期間内に本件定数配分規定の改正がされなかったことをもって国会の裁量権の限界を超えるものとはいえない。
 
本件選挙における定数配分規定は、違憲状態ではあるが、憲法に違反するに至っていたということはできず、請求棄却。
  民事p16
最高裁R1.9.6  
  後期高齢者医療広域連合が当該後期高齢者医療給付により代位取得した不法行為に基づく損害賠償請求権に係る債務についての遅延損害金の起算日
  事案 被害者A(当時74歳)は、交差点を歩行中に加害者Yの運転する自動車に衝突されて傷害を負い(本件事故)、後期高齢者医療広域連合であるXの後期高齢者医療給付を受け、その額の合計は302万8735円。
Xが、Yに対し、AのYに対する不法行為に基づく損害賠償請求権を高齢者の医療の確保に関する法律58条1項により代位取得⇒本件医療給付の価額の合計額からAの過失割合5%を控除した残額と弁護士費用相当額、これに対する本件事故の日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めた。 
  原審 一部認容。
遅延損害金の請求につき、XがYに対する遅延損害金の請求につき、XがYに対してその支払を請求したことが明らかな訴状送達の日の翌日からの分のみ認容。 
  Xが遅延損害金の起算日に関する事項のみを上告受理申立て理由として上告受理の申立て。 
  判断 高齢者医療確保法による後期高齢者医療給付を行った後期高齢者医療広域連合は、その給付事由が第三者の不法行為によって生じた場合、当該第三者に対し、当該後期高齢者医療給付により代位取得した当該不法行為に基づく損害賠償請求権に係る債務について、当該後期高齢者医療給付が行われた日の翌日からの遅延損害金の支払を求めることができる。 
  解説  ●  高齢者医療確保法:
後期高齢者医療制度においては、医療保険(社会保険方式)であることが明確に打ち出され、都道府県の全ての市町村(特別区を含む)が加入する広域連合を保険者とし、当該広域連合の区域内に住所を有する75歳以上の者と(寝たきり等)一定の障害のある65歳以上の者を被保険者として、当該被保険者の疾病、負傷又は死亡に関し必要な給付を行う。
高齢者医療確保法58条1項:
第三者の不法行為等によって生じた給付事由の発生に関する損害賠償請求権の代位取得について規定。

給付事由が加害者等の第三者の行為に起因する事故等により生じた場合に保険者が保険給付を行い、別途、
①受給権者が第三者から損害賠償を受ければ、損害の二重填補が、また、
②受給権者が第三者から損害賠償を受けなければ、第三者に不当利得が発生するのと同様の状態が生じる
⇒このような不合理を是正し、保険給付と損害賠償請求をめぐる保険者、受給権者及び第三者の間の権利義務関係の均衡を図ろうとするもの。
このようないわゆる第三者行為求償の規定:
健保法57条1項、国保法64条1項などの公的な医療保険に関する他の法律
労災法12条の4第1項等
にも同様の規定。
保険に関する代位の規定:
私保険に係る保険契約にに適用される保険法25条が請求権代位について規定。
高齢者医療確保法58条1項の効果:
一般に、公的な医療保険における代位規定の効果としての代位取得は、医療給付を行った都度、その価額の限度で当然に被保険者の有する損害賠償請求権が保険者に移転する形でされるものと解されている(国保法64条1項に関する最高裁H10.9.10等)。
代位による権利移転の範囲:
社会保険給付による代位等により調整が行われるのは、問題となる社会保険給付に対応する損害項目についてのみと解されている。

後期高齢者医療給付がされたことによって移転する権利の範囲も、被害者の加害者に対する(当該医療給付に対応する)損害金元本の支払請求権のみであって、その遅延損害金の支払請求権まで代位取得するものではない。
本判決で引用している最高裁H24.2.20:
自動車保険契約の人身傷害条項(自動車事故によって被保険者が死傷した場合に、被保険者の過失割合を考慮することなく約款所定の基準により積算された損害額を基準にして保険金を支払う傷害保険)に基づき保険金を支払った保険会社による損害賠償請求権の代位取得の範囲等が争われた事案について、
まず当該保険給付が何を填補するものであるかを明らかにした上で、
填補された項目に係る権利が代位取得の対象となる旨判示したもの。
  本判決:
高齢者医療確保法による後期高齢者医療確保法による後期校訂者医療給付により代位取得した不法行為に基づく損害賠償請求権に係る債務の遅延損害金の起算点について、
①判例・実務上、不法行為に基づく損害賠償債務が、損害の発生と同時に何らの催告を有することなく遅滞に陥る
②高齢者医療確保法58条1項の効果としての損害賠償請求権の移転が当該給付を行った都度行われる
③移転する損害賠償請求権の範囲が損害金元本の支払請求権のみであって遅延損害金の支払請求権はこれに含まれない

保険者である後期高齢者医療広域連合は、当該高齢者医療給付を行った都度、被害者の加害者に対する損害賠償請求権元本を取得し、その代位取得後に当該損害賠償請求権から当然に発生する遅延損害金の支払請求権は取得するが、他方で、代位取得以前に発生した遅延損害金の支払請求権を取得するものではないと判断したものと解される。
最高裁H22.9.13:
被害者と加害者との間の損益相殺的調整に関し、労災法等に基づく保険給付や年金給付がいつの時点に填補されたものと評価すべきであるかという問題について、特段の事情のない限り、これらの給付による填補の対象となる損害は、不法行為の時に填補されたものと法的に評価して損失相殺的な調整を行なうべきである旨を判示。 
原審:弁護士費用相当額についても一部認容
vs.
弁護士費用相当額の損害賠償請求権は代位によって移転する権利の範囲に含まれない⇒原告の請求のうち弁護士費用相当額に係る部分は失当。
  民事p21
最高裁R1.7.5  
  前訴での矛盾する主張と後訴での信義則違反
  事案 Xが、AからYに対する貸金返還請求権を譲り受けた⇒Yに対し、貸金の支払をを求めるなどした事案。 
Yが住むマンションの一室である本件建物につきYからAへの売買を原因とする所有権移転登記がされ、YがAから850万円を受領。
AがYに対し、売買契約に基づき本件建物の明渡しを請求する訴訟(「前訴1」を提起。)
Yは売買契約の成立を否認した上、本件金員は借りたものであると主張⇒売買契約の成立を認めず、請求を棄却し、判決が確定。
Aから本件建物の所有権移転登記を受けていたXが、前訴1の判決確定後、Yに対し、所有権に基づき本件建物の明渡しを請求する訴訟(「前訴2」)を提起。
Xは、AがYと譲渡担保予約をし、予約完結兼を行使した上、譲渡担保権を実行して本件建物の所有権を取得した後、本件建物をXに売却したと主張。
Yは、譲渡担保予約の成立を否認し、ここでも本件金員は借りたものと主張。

裁判所は、譲渡担保予約の成立を認めず、請求を棄却し、その判決が確定。
Xは、Yの主張に合わせて、AのYに対する本件金員に係る貸金債権をXが譲り受けたとしてその支払等を求める本件訴訟を提起。
Yは、一転して、金銭消費貸借契約の成立を否認。
X:証拠上その成立が認められると主張したほか、Yによるその成立の否認は信義則に違反すると主張。
  原審 証拠上金銭消費貸借契約の成立は認められない。
信義則違反をいうXの主張を採用せず。
⇒請求棄却。 
  判断 各前訴の経緯等の諸事情⇒Yの否認が信義則に違反すると強くうかがわれ、更に信義則違反を基礎付け得る原告の主張があるのに、これらにつき十分考慮し、審理判断することなく、信義則違反の主張を採用しなかった原審の判断に法令違反がある。
⇒原判決のうち金員支払請求に係る部分を破棄し、差し戻した。 
  解説 最高裁昭和48.7.20:
一般論として「先にある事実に基づき訴えを提起し、その事実の存在を極力主張立証した者が、その後相手方から右事実の存在を前提とする別訴を提起されるや、一転して右事実の存在を否認するがごときは、訴訟上の信義則に著しく反することはいうまでもない」と判示。
but
当該事案では、例外事由として、
①前訴での営業譲受けの主張が虚偽であり、後訴でのその否認の方が真実に合致
②前訴は休止満了で取下げ擬制となったことの各事情

結論的に、後訴での営業譲受けの否認は、信義則に反せず許される。 
前訴での主張に限らず、広く先行行為と矛盾する主張をすることが信義則に違反するかについては相当数の判例。

①信義則違反を肯定して当事者間の衡平を図ることを優先するか、それとも
②信義則違反を否定して実体的真実に反する裁判をする裁判をする危険を防止することを優先するか
のバランスを考慮しつつ、各事案で諸事情を総合考慮して判断がされている。
学説上、その諸事情の類型化:
①先行行為と当該主張が矛盾すること
②相手方による先行行為に対する信頼の程度
③矛盾主張を容認することによる相手方の不利益の大きさ
④矛盾主張を排斥することによる矛盾主張者の不利益の大きさ
等の各事情が考慮要素として挙げられている。
先行行為が前訴の主張である場合は、
①前訴での主張が結論をどの程度左右するものであったか、
②その主張を採用した判決が確定したかどうか、
③前訴と後訴とで主張を変えるやむを得ない理由があったかどうか
等も考慮要素。
本件:
①金銭消費貸借契約の成否についての被告の主張は、前訴と本件訴訟とで矛盾しており、前訴では被告の勝訴判決が確定
②本件訴訟では、原告は、各前訴での被告の主張に合わせる形で貸金返還請求をしており、被告の矛盾主張を容認して原告が敗訴すれば、原告に損害が生じ、被告はその分の利益を得る。

被告の否認が信義則に違反すると強くうかがわれ、更に信義則違反を基礎付け得る原告の主張があるのに、これらにつき十分考慮し、審理判断することなく、信義則違反の主張を採用しなかった原審の判断に法令違反があるとした。
  民事p26
東京高裁R1.11.27   
  インターネット上での名誉毀損⇒損害賠償、記事の一部削除、訂正記事の掲載が命じられた事例
  事案 インターネットのウェブサイト上に掲載された記事による名誉毀損の成否及び名誉回復処分の内容等が問題。
X:保育事業を営む社会福祉法人
Y1社:東洋経済新報社
Y2:その代表者
Y3:本件サイトの編集長
Y4:本件記事を執筆したフリーライター
Xは、Xが「偽装工作」で新たに開園する保育園の設置認可を取得したなどの虚偽事実の記載(「本件記載」)がされた本件記事が本件サイト上に公開⇒Xの社会的評価が低下⇒Yらに対し共同不法行為等に基づく損害賠償を請求するとともに、民法723条に基づく名誉回復処分として、
Y1社及びY4に対して本件記事の削除を求め、
Y1社に対し本件サイト及び複数の全国紙の新聞紙上への謝罪広告の掲載
を求めた。
  争点 ①「偽装工作」との記載部分が「事実の摘示」か「論評」か
②本件記事についての真実性・相当性の抗弁の成否
③本件記事の削除を命じることの当否
④謝罪広告等を命じることの当否及びその内容
  判断・解説  ●名誉毀損の成否
  争点①:「偽装工作」の記載部分は「事実の摘示」
争点②:真実性・相当性の抗弁がいずれも成立しない
新聞・雑誌等の記事による名誉毀損の成否:
一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として、当該記事が「事実の摘示」か「意見ないし論評の表明」かを区別し、当該記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかを判断した上で、
当該記事の公共利害性、公益目的性のほか真実性・相当性の抗弁の成否を判断するという枠組み。
本判決:
②のうち真実性の抗弁について、「偽装工作と」とされたXの行為により保育園の設置認可を取得したとの摘示事実(行為と認可取得との因果関係)は真実であるが、「偽装工作」との摘示事実は真実とは認められないと判示。
  ●名誉回復処分の内容 
ウェブサイト上の記事で名誉毀損が成立⇒一旦公開されるとその後も不特定多数の者が当該記事を容易に閲覧することが可能な状態に置かれ名誉毀損の状態が継続・拡大するおそれ
⇒いかなる名誉回復処分を命じることが有効かつ相当かについて、新聞・雑誌等による名誉毀損の場合とは異なる考慮を要する。 
訴外賠償額は330万円。
原判決:謝罪広告を本件彩都トップページ上のトップニュースの先頭記事部分に1か月間掲載することを命じた。

本判決:訂正記事を本件サイトに掲載されている本件記事の本文部分の冒頭に本件記事の掲載期間中掲載することを命じた。

①ウェブサイト上の記事による名誉毀損⇒名誉毀損部分の削除を命じた上で、削除部分と削除の理由を公表する方が、謝罪を公表するよりも名誉回復措置として効果的で適切であるとしたものと考えられる。
②訂正記事の掲載場所についても、本件サイトを運営するY1社の権利及び利益と名誉回復措置としての効果との均衡を考慮。
記事の削除については、人格権(名誉権)を根拠に認めた裁判例と、民法723条を根拠に認めた裁判例とがある。
本判決:Xの主張する民法723条に基づく名誉回復処分として本件記載の削除を命じた。
Xは控訴審において本件記事の削除につき仮執行宣言を求めたが、本判決はこれを付さなかった。

①財産権上の請求について意思表示を命じる判決などはその性質に反するものでない限り仮執行宣言を付すことが認められるのは、仮執行宣言判決に基づいて強制執行がされた後に上訴審でその判決が取り消されても、多くの場合、原状回復が比較的容易であり、あるいは金銭賠償で補償することができるから。
②記事の削除について仮執行宣言を付すことは、理論上は可能であるとしても回復可能性の観点から相当ではない場合が多い。
  民事p78
千葉地裁松戸R1.9.19  
  ネット上での名誉毀損等で、記事掲載者には記事内容が真実であると信じたことに相当の理由があり、本訴提起が不法行為を構成するとされた事例
  事案 Xは、東京都A市会議員選挙にN党所属候補者として立候補し、当選。
Yは、インターネット上に各地の選挙活動に関するブログ等を掲載している者で、インターネット上にXがほとんどA市に居住実態がない立候補者であるとの記述を含む記事を公開。

Xは、Yに対し、本件記述の公開は、Xが公選法に違反した立候補者であったことを示す記述で、Xの選挙運動を妨害し、Xの社会的評価を低下させる⇒慰謝料200万円の支払を求める損害賠償請求。
  Yの主張:
①本件記述は真実
②X及びN党代表者Tは、配信している動画において、本訴請求をスラップ裁判として行っている⇒本訴請求は、Yの言論活動を弾圧するために行っているもので、訴権の濫用であるから、Xの損害は生じていない。
③Xには本訴遂行意思がなく、損害は生じていない。 
Xは、第3回口頭弁論期日の後に本訴請求を放棄する旨の書面を提出。

Y:Xは本訴請求における主張が認められないことを承知で、専らYに経済的負担を課することのみを目的として本訴提起⇒本訴提起こそYに対する不法行為を構成するとして反訴請求を提起し、慰謝料50万円、本訴及び反訴に要した弁護士費用等72万円余の合計約122万円の損害賠償請求(反訴請求)。

Xは、反訴請求を受け、第4回口頭弁論期日において、前記本訴請求を放棄する旨の書面を陳述しなかった。
  判断 本訴請求:
①X自身が、配信する動画において居住実態がA市以外にあるかのような発言を繰り返していた
②Xは、本件口頭弁論期日においてY提出の証拠は確認しないと陳述するなど、訴訟遂行に意欲的ではなかった
③Xは、本件口頭弁論期日を傍聴していたN党T代表が、Xに対し、本訴請求はスラップ訴訟であって、Yに経済的打撃を与えることが目的と説明する動画を作成公開
④Xは、第3回口頭弁論期日後に本訴請求の放棄書を提出したが、Yから反訴請求を受け、その後陳述しなかったこと

Yが、本件記述を公開した当時、XにA市における居住実態がほとんどないと認識したことに相当な理由があった⇒Yには故意過失がなく不法行為は成立しない。 
反訴請求:
本訴請求の判断において認定した事実

Xは、Yが、少なくとも、本件記述を真実と信じたことについて相当な理由があることを知りながら、又は容易に知り得たにもかかわらず、あえて本訴を提起した

訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものに当たり、不法行為を構成する。

Xに合計78万5600円の支払を命じた。
  解説 昭和63年最判の枠組みによりつつ、抗弁としての真実性の立証を要するまでもなく相当性の立証をもって提訴の違法性が認められた事例。 
  民事p86
札幌地裁H31.4.25  
  高校教師の指導⇒生徒自殺での国賠請求(指導について否定)
  事案 被告(北海道)が設置する高校の1年に在学し、同校の吹奏楽部に所属していた本件生徒が自殺⇒本件生徒の母である原告が、被告に対し、
①本件生徒の自殺は、吹奏楽部の顧問教諭が、体罰等に当たる違法な生徒指導を行った上、本件生徒の自殺を防止するための適切な行動をとらなかった結果
②自殺後、学校内で行ったアンケート結果の原本を同校の教頭が廃棄するなどしたことは、原告に対する調査報告義務違反に当たる。

国賠法1条1項又は在学契約の債務不履行に基づいて、損害賠償を求めた。 
  判断・解説 ●生徒指導として許容される範囲等について 
◎  学校の教員は、児童・生徒に対して懲戒を加えることができるが、体罰を加えることはできない(学教法11条)。
教員が生徒指導として行った行為であっても、懲戒権を行使するにつき許容される限度を著しく逸脱したものについては、国賠法上違法と評価される(最高裁)。
体罰と評価できるような有形力の行使⇒違法と判断されることが多い。
(有形力の行使に当たるからといって、必ずしも違法と評価されるとは限らない(大阪高裁H23.10.18))
有形力の行使に当たらない場合であっても、その内容・程度等によっては違法と判断されることがある。
本件:
本件生徒が女子部員と性交渉をもったことなどを他の男子部員に告げたことなどについて、顧問教諭が、他の部員の面前で叱責した行為の違法性が問題。
裁判所:
①指導の必要性、②顧問教諭の発言内容、③指導の態様などの具体的事実関係を前提として、本件生徒に対する体罰等に当たるとか、生徒指導として許容される限度を超えているなどとの原告の主張はいずれも採用できず、違法性は認められない。
  上記指導後、顧問教諭が、本件生徒の心情を確認したり、保護者である原告に情報提供などをすべきであったのに、これを怠ったとの点も、安全配慮義務違反として主張。 
学校の教師は、学校における教育活動によって生ずるおそれのある危険から児童・生徒を保護すべき義務を負っており、この義務に違反した場合には、損害賠償責任を負うことがあり得る(最高裁)。
どのような場合に前記義務が認められるか?
一般的にいえば、結果発生についての予見可能性及び回避可能性が認められる場合(最判解説)。
本件:
①本件生徒には自殺の危険性を示す兆候が見られなかった
②指導自体は自殺の危険性を高めるものとはいえない

本件指導が本件生徒の自殺のきっかけになっていたとしても、顧問教諭には、本件生徒の自殺を予見することは不可能⇒前記義務の存在を否定。
  ●調査報告義務 
  学校又はこれに関連する事柄に関して起こった事故等については、学校側は然るべき調査を行い、必要に応じて保護者等に対して説明を行うべき義務(調査報告義務)が発生し得ること自体は、ほぼ異論はない。
but
生徒・児童が自殺したことについて、学校に何らかの原因があると窺われるような事情が見当たらないような場合には、学校側に調査報告義務を認めることは困難(裁判例)。
but
保護者が求めるすべての調査・報告を行うべき義務が認められるものではなく、被害生徒や他の生徒などへの教育的配慮などに基づく合理的な裁量に委ねられている部分が大きい。
  本件:
①学校が、生徒に対するアンケートや聞き取り調査等を行って自殺の原因調査を行っていた
②これに基づいて、学校側から原告に対して、本件生徒の自殺の原因として考えられる事情の説明を行った

調査報告義務違反は基本的には認められない。
but
本件では、全校生徒に対して実施したアンケートの原本を共闘が誤って廃棄

この結果、アンケートの回答結果の中に本件生徒の自殺に関して有益な情報が含まれているか否かを確認する機会を失わせ、原告に無用な疑念を抱かせることになったとの点に限っては、調査報告義務違反を構成。

被告に対し、慰謝料等110万円の損害賠償を命じた。 
  刑事p98
最高裁H30.6.26  
  強姦及び強制わいせつの犯行の様子を隠し撮りしたデジタルビデオカセットと刑法19条1項2号の「犯罪行為の用に供したもの」
  事案 アロマサロンを開業し、自ら施術者として利用客にマッサージ等のサービスを提供した被告人による、アロマに関する指導を受けるなどしていた女性に対する強姦未遂1件、強姦1件、強制わいせつ3件の事案。 
各犯罪の成否のほか、各犯行の様子を隠し撮りしたデジタルビデオカセット合計4本について、その没収の可否が争われた。
  規定 刑法 第一九条(没収)
 次に掲げる物は、没収することができる。
一 犯罪行為を組成した物
二 犯罪行為の用に供し、又は供しようとした物
三 犯罪行為によって生じ、若しくはこれによって得た物又は犯罪行為の報酬として得た物
四 前号に掲げる物の対価として得た物
2没収は、犯人以外の者に属しない物に限り、これをすることができる。ただし、犯人以外の者に属する物であっても、犯罪の後にその者が情を知って取得したものであるときは、これを没収することができる。
  判断 デジタルビデオカセットが、本件事実関係の下において、刑法19条1項2号にいう「犯罪行為の用に供した物」に当たるとした。 
  解説 どのような範囲の物が犯罪供用物件に該当するのか?
×A:限定説
B:密接関連校異説
C:促進説:
同号にいう「犯罪行為」は、構成要件該当行為に限られるとした上で、「用に供し、又は供しようとした物」には、構成要件該当行為それ自体に使用し、又は使用しようとした物のほか、構成要件該当行為の遂行を促進したという意味において、幇助犯と類似の関係にあり、幇助の因果性に関する議論と同様の考え方に基づき、附加刑として没収されると理解。
性犯罪は、被害者にとって被害を受けたことを他人に知られたくない犯罪

行為者からすると、犯行の様子を撮影録画することは、被害者にその事実を知らせて捜査機関に行為者の処罰を求めることを断念させ刑事責任の追及を免れるための有効な手段を確保することになり、その意味において、犯行に及ぶ心理的障害を除去ないし軽減する効果を有するもの。
本決定:
その摘示する事実関係からすると、
①本件が以上のような性質を有する性犯罪の事案であり、その犯行の様子を撮影しデジタルビデオカセットに録画することには実行行為に対して前記のような促進効果がある
②被告人が隠し撮りをしたのはそのような効果を意図したもの

促進説に近い考え方に依拠して、本件デジタルビデオカセットは「犯行の用に供した物」に当たるとしたものと解される。
促進説が幇助の因果性に関する議論と同様の考え方に基づいている⇒犯罪供用物件は、実行行為の終了までに、実行行為を促進するようにその用に供し、又は供しようとしたが、現実にはその用に供しなかった物をいう。
本件デジタルビデオカセットは、犯行の様子が録画されることに実行行為に対する促進効果が認められる⇒犯行の様子が録画されることによって実行行為の終了前にその用に供されたと理解することができる。 
  刑事p100

②  
  ①準強制性交等被告事件 名古屋地裁岡崎支部H31.3.26
②矯正性交等致傷被告事件 静岡地裁浜松支部H31.3.19
  ①事件 事案 被告人が、同居の実子Aがかねてより被告人による暴力や性的虐待等により被告人に抵抗できない精神状態生活していて抗拒不能の状態に陥っていることに乗じてAと性交⇒2件の準強制性交罪。 
  判断 事実認定:
①Aは、実父である被告人、実母及び実弟と同居していたところ、小、中学生時代より被告人から暴力を振るわれたことがあり、その際実母は制止することがなかった。
②被告人は、Aが中学2年生の頃からAと性交を行うようになり・・・Aは抵抗していたが、その程度は次第に弱まって行った。
③Aは、弟らに被告人からの性的虐待を打ち明けて相談し、弟らと同じ部屋で寝るようにした⇒被告人からの性向がしばらく止んだ時期があった。
④Aは、本件事件の少し前頃、被告人から性交されそうになって抵抗した際、ふくらはぎに痣ができるほどの暴行を受けたことがあった。
⑤その後本件事件が発生したが、Aはその前後にわたり友人らに性的被害の相談をし、・・・発覚した。 
・・・・本件性交がAにとって極めて受け入れがたい性的虐待に当たるとしても、これに際し、Aは抗拒不能の状態にあったと認定するには疑いが残る
  規定 刑法 第一七八条(準強制わいせつ及び準強制性交等)
人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第百七十六条の例による。
2人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。
  ●心理的抗拒不能状態をどのような基準で判断するか? 
抗拒不能の判断を客観的な基準で行うのではなく、その事件の被害者に即してその際の心理や精神状態を基準に判断すべき(通説判例)。
  ●具体的にどの程度の抗拒困難性があれば抗拒不能と認められるか? 
本判決:
「被告人がAの人格を完全に支配し、Aが被告人に服従・盲従せざるを得ないような強い支配従属関係」が認められることが必要。

日常生活における被告人に対するAの独自の判断・行動の存在や性交回避の体験等の存在⇒抗拒不能状態に至ったとの認定には合理的疑いが残る。
刑法178条2項:
意に反する性交の全てを準強制性交等罪として処罰しているものではなく、
暴行又は脅迫を手段とする場合と同程度に相手方の性的自由を侵害した場合に限って同罪の成立を認めている。

「抗拒不能」の程度は相当に高度であることが必要。
完全な抗拒不能であることは必要でなく、反抗が著しく困難な状態を指すとするのが通説的な見解。
  ②事件  ①事件と同様「抗拒不能」の認定と故意が争われた事例。 
被告人の暴行によって被害者が頭が真っ白になって拒否できない状態になった点を「抗拒不能」と認定。
but
被告人において、被害者のそのような抗拒不能の状態を認識していたとは認められない⇒無罪。
2436   
  行政p3
最高裁R1.10.17   
  市の経営する競艇事業の予算に違法な内容⇒前記予算を調整した市長の損害賠償責任(否定)
  事案 鳴門競艇従業員共済会から鳴門競艇臨時従業員に支給される離職せん別金に充てるため、鳴門市が平成22年7月に共済会に対して補助金を交付⇒給与条例主義を定める地方公営企業法38条4項に反する違法、無効な財務会計上の行為⇒
市の住民であるXらが、地自法242条の2第1項4号に基づき、Y1(市長)を相手に、当時の市長の職に在ったAに対して損害賠償請求をすることを求めるとともに、Y2(企業局長)を相手に、当時の企業局長に在ったB及び当時の企業局次長の職に在ったCに対して損害賠償請求をすること等を求めた住民訴訟。 
  第1次 本件補助金の交付が給与条例主義の趣旨に反するとはいえない⇒Xらの絵支給をいずれも棄却すべきものとした。 
  第1次上告 本件補助金を交付した当時、臨時従業員に対して離職せん別金又は退職手当を支給する旨を定めた条例の規定はなく、本件補助金の交付は、給与条例主義を潜脱し、地自法232条の2に違反する違法なもの
⇒第1次控訴審判決を破棄し、高松高裁に差し戻し。 
  原審 ①Aは、市長として、違法な本件補助金の支出を回避すべき職務上の義務を怠り、本件交付決定を行った。
②Bは、企業局長として、違法な本件補助金の支出を回避すべき職務上の義務を怠り、本件交付決定を行った。
③Cは、企業局長を補助すべき立場にある企業局次長として、違法な本件補助金の支出を回避すべき職務上の義務を怠った

Y1を相手にAに対して損害賠償請求をすること求める請求並びに、
Y2を相手にB及びCに対して損害賠償請求をすることを求める
各請求をいずれも認容。 
  判断  Aの損害賠償責任を否定し、Y1を相手にAに対して損害賠償請求をすることを求める請求を認容した原判決を破棄し、Xらの控訴を棄却する旨の自判。 
市の経営する競艇事業の臨時従業員等により組織される共済会から臨時従業員に対して支給される離職せん別金に充てるため、市が共済会に対してした補助金の交付が、地自法204条の2及び地方公営企業法38条4項の定める給与条例主義を潜脱するものとして違法であり、前記事業の予算に前記補助金の支出という違法な内容が含まれていた場合において、
次の①~③など判示の事情の下では、市長が、市に対し、前記予算を調整したことを理由として、不法行為に基づく損害賠償責任を負うということはできない。
①前記支出が違法であるのは、臨時従業員に対して離職せん別金又は退職手当を支給する条例上の根拠がないこと等によるものであり、前記予算の項目や明細から前記支出が違法であることが明らかであったわけではない。
②市長が前記予算の調整に当たり、前記支出が違法であると現実に認識していたとはうかがわれない。
③前記補助金を交付するか否かは前記事業の管理者が決定するものであり、前記事業における収入及び支出の大枠を定めたものである前記予算の調整により前記補助金が 交付されたという直接の関係にあるということはできない。
  Bの損害賠償責任を肯定し、Y2を相手にBに対して損害賠償請求をすることを求める請求を認容した原審の判断を是認し、この点に係るY2の上告を棄却。 
  Cの損害賠償責任を否定し、Y2を相手にCに対して損害賠償請求をすることを求める請求のうち、
①怠る事実に係る相手方に対して損害賠償請求をすることを求める請求については、これを認容した原判決を破棄し、Xらの控訴を棄却する旨を自判し、
②本件交付決定の決裁に関与したことが違法な財務会計上の行為であるとして、これを行った当該職員に対して損害賠償請求をすることを求める請求については、原判決を破棄し、同請求に係る訴えを却下する旨の自判。 
市の経営する競艇事業の管理者が前記事業の臨時従業員等により組織される共済会に対する違法な補助金の交付決定をした場合において、次の①~③など判示の事情の下では、前記管理者を補助すべき立場にある職員が、市に対し、前記決定に関与したことを理由として、不法行為に基づく損害賠償責任を負うということはできない。
①前記決定は、前記管理者がその権限に基づいて判断したものであり、前記職員は、前記補助金を交付するか否かを決定する権限を有しない。
②前記職員は、共済会の会長として前記補助金の交付を申請したが、前記職員が共済会の会長であったのは、共済会の規約が前記職員の職に在る者を会長とする旨を定めていたからである上、前記職員が前記補助金の違法性を認識しながらあえて前記の申請をしたといった事情はうかがわれない。
③前記職員が前記決定の決裁に関与したために前記管理者が前記補助金を交付するか否かについての判断を誤ったといった事情はうかがわれない。
  解説 ●  ●市長(A)について
予算の調整:予算の編成までの一切の行為を含む。
地自法:予算調整権限は、地方公共団体の長に専属。
地方公営企業法:管理者に対して代表権を含む非常に広範な権限を付与しているが、地方公営企業の「予算を調整すること」は、地方公共団体の長の権限として留保している。
but
①地方公営企業の運営が管理者に委ねられ、地方公共団体の長の管理者に対する指示権が限定されていること
②管理者が「予算の原案」や「予算に関する説明書」を作成し、地方公共団体の長に送付するとされていること等

地方公営企業の予算の具体的内容な、管理者が定めるものであり、同法24条2項の文理に照らしても、地方公共団体の長は、管理者が作成した予算の原案を出来る限り尊重することが予定されているものと解される。
本件補助金の交付が給与条例主義を潜脱⇒本件予算は、違法な支出内容を含むものであった。
but
前記の地方公営企業法の規定の趣旨⇒地方公共団体の長が、地方公営企業の予算の調整に当たり、管理者の作成した予算案の内容につき、個々の支出内容の適法性を確認すべき義務を負っているとまでは言い難いように思われる。
地方公営企業における予算は、議会の議決を経て、企業の収入及び支出の大綱を定めるものとして成立するものにすぎず、本件補助金は、飽くまでも本件交付決定に基づいて交付されるもの。
  ●当時の企業局長(B)の損害賠償責任
①臨時従事者に対する離職せん別金の支給が長年にわたって行われており、市企業局は、前記支給に関する交付要綱を定めるなどして、前記支給を前提として競艇事業を運営してきた。
②臨時従業員に対する離職せん別金の支給が労働協約を前提とするものであったこと等

当時の企業局長(B)としては、市及び市企業局における従前の運用を踏襲して本件交付決定をしたということができる。
but
管理者である企業局長は、企業管理規程や従前の運用にかかわらず、業務執行の適正を確保すべき地位にある
⇒Bの過失の有無を検討するに当たり、従前の運用に従ったという事実を過度に重視することはできない。

特に、市議会の委員会において、繰り返し、離職せん別金の支給を問題視する発言がされていた
⇒企業局長として、離職せん別金補助金の適法性を再確認する機会はあったと評価せざるを得ない。
本判決:
地方公営企業の管理者としての地位(責任)を確認した上で、市議会の委員会における質疑応答その他の事情を摘示してBの過失を肯定

長年にわたる組織的慣行を安易に踏襲することの問題を指摘。
  ●当時の企業局次長(C)の損害賠償責任 
本件交付決定は、財務会計上の権限を有する企業局長(B)によるものであって、Cが適切な助言等をすべきであったということはできるとしても、特段の事情がない限り、Cの関与と本件交付決定との間に相当因果関係があったということは難しい。
事実関係いかんによって、財務会計行為を補助すべき立場にある職員が、違法な財務会計行為について不法行為責任を負う場合があり得ること自体は否定し難い
(ex.当該職員が、違法不当な手段を用いて、当該権限を有する職員をして違法な権限行使をさせた場合、違法な財務会計行為であることを認識しながら積極的に違法行為に加担しており、共同不法行為者であると評価できる場合等が考えられる)。
but
Cは、共済会規約に基づき共済会会長となり、本件補助金の交付の申請をしているものの、本件交付決定の当時、離職せん別金補助金の違法性が明らかであったというわけではなく、Cが本件補助金の違法性を認識しながら、前記申請をしたといった事情もうかがわれない。
  行政p11
福岡高裁宮崎支部R1.10.30   
  参議院議員の議員定数配分規定の合憲性(合憲)
  事案 令和1年7月21日施行の参議院議員通常選挙について、宮崎県選挙区と鹿児島県選挙区の選挙人である原告らが、公選法14条1項、別表第3の参議院(選挙区選出)議員の議員定数配分規定は憲法に違反して無効⇒これに基づき施行された本件選挙の前記各選挙区における選挙も無効
公選法204条に基づいて提起した選挙無効訴訟 
  判断 憲法に違反しない⇒請求棄却。 
憲法は、選挙権の内容の平等すなわち投票価値の平等を要求しているが、国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させるための選挙制度の仕組みの決定を国会の裁量に委ねている⇒投票価値の平等は、選挙制度の仕組みを決定する唯一、絶対の基準ではなく、国会が正当に考慮することができる他の政策的目的や理由との関連において調和的に実現されるべき。
憲法が、国会の構成について二院制を採用した趣旨⇒参議院議員につき衆議院議員とは異なる選挙制度の仕組みを定め、参議院に衆議院と異なる独自の機能を発揮させることも、投票価値の平等の要請との調和が保たれる限りにおいて、国会の裁量権の範囲を逸脱するものではない。
人口変動の結果により投票価値の著しい不平等状態が生じ、かつ、それが相当期間継続しているにもかかわらずこれを是正する措置を講じないことが、国会の裁量権の限界を超えると判断される場合には、当該定数配分規定は憲法に違反すると解するのが相当。
現在の衆議院議員及び参議院議員の各選挙制度は同質的になっている⇒衆議院と同様、参議院についても、最大格差を2倍未満に近づける方向での選挙制度の仕組みの見直しが不断に行われることが期待される。
but
憲法が、参議院には国民の利害や意見を安定的に国会に反映させる機能を持たせようとしている⇒参議院についての投票価値の平等の要請に対する制度的な配慮は、必ずしも衆議院と同一のものである必要はなく、選挙制度の目的に照らして合理的なものである限り、国会の裁量に委ねられる。
・・・本件選挙当時の定数配分規定の下での投票価値の不均衡は、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていたとはいえない。
  解説 最高裁:
(1)最大格差が5.26倍の昭和52年製鋸につき、国会に委ねられた裁量権の合理的な行使の範囲を逸脱するものではない

(2)平成22年選挙につき、都道府県を政治的に1つのまとまりを有する単位として捉え得ること等の事情は数十年にもわたり5倍前後の投票価値の大きな格差が継続することを正当化する理由としては十分なものではない

(3)都道府県を単位とする選挙制度の仕組みを維持して一部の選挙区の定数を増減するにとどめた平成24年改正法により最大格差が4.77倍であった平成25年選挙における投票価値の不均衡は、違憲の問題が生じる程度の著しい不平等状態にあった⇒都道府県を単位として選挙区の定数を設定する方式をしかるべき形に改めるなどの選挙制度の仕組み自体の見直しが必要。

(4)選挙区を定めるに当たり都道府県という単位を用いること自体を不合理で許されないものとしたものではない。参議院の創設以来初めて合区を採用し、最大格差を約3倍に縮小した平成27年改正法による定数配分規定は憲法に違反するものではない。
  民事p22
最高裁H31.1.23  
  被相続人名義の口座の振替株式等の共同相続により債務者が承継した共有持分に対する差押命令・譲渡命令の可否。
  事案 債権者であるXは、社債振替法2条4項に規定する口座管理機関1社が備える振替口座簿に開設した亡A(被相続人)名義の口座に記録されたままの株式、投資信託受益権及び投資口につき、Yを含む亡Aの相続人5名により共同相続され、Yがそれらの共有持分(「本件持分」)を有するとして、Yを債務者として、本件持分に対する差押命令の申立て⇒本件差押命令を得た。
本件は、Xが本件差押命令により差し押さえられた本件持分につき譲渡命令の申立てをした事案。 
  原々決定 本件持分につき譲渡命令を発した。 
  原決定 本件申立ては不適法⇒原々決定を取り消し、本件申立てを却下。 
①社債振替法が同法2条1項に規定する社債等であって振替機関が取り扱うもの(「振替社債等」)についての権利の帰属は振替口座簿の記載又は記録(併せて「記録等」)により定まり、振替口座簿における増額又は増加の記録等が振替社債等の譲渡の効力要件とされていること等

振替社債等に関する強制執行の手続において、執行裁判所は、債務者が差押命令の対象となる振替社債等を有するか否かを振替口座簿の記録により審査すべきであり、債務者以外の者の口座に記録等がされている振替社債等につき、振替口座簿の記録等以外の資料によった債務者に帰属するkじょとを証明してその差押命令を求めることは許されない。
②本件持分に係る株式、投資信託受益権及び投資口はY名義の口座に記録等がされていない

本件差押命令は違法であり、本件申立ては不適法。
共同相続された振替社債等につき、共同相続人全員の名義の口座に記録等をすることはできるとしても、共同相続人の1人の名義の口座にその共有持分の記録等はできず、当該共有持分につき譲渡命令が確定しても、これによる譲渡の効力を生じさせることはできない⇒そのような譲渡命令を発することはできない⇒本件申立ては不適法。
  判断 本件申立ての対象が振替株式、振替投資信託受益権及び振替投資口(併せて「振替株式等」)であること踏まえ、まず、被相続人名義の口座に記録等がされている振替株式等の共同相続により債務者が承継した共有得持分に対する差押命令は、当該振替株式等について債務名義の口座に記録等がされていないとの一事をもって違法であるとはいえない。
譲渡命令の申立てが振替株式等の共同相続により債務者が承継した共有持分についてのものであることから直ちに当該譲渡命令を発することができないとはいえない。
⇒原決定を破棄し、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。
  解説   保管振替法⇒上場株式等の譲渡及び質入れは、現実の株券の交付に代え、保管振替機関に預託された株券につき、口座簿の振替の記載をもって株券の交付があったのと同一の効力を発生させる方式で行なえる。 
法制化がより迅速に求められていたCP(コマーシャルペーパー)のペーパーレス化をおkナウため、これを短期社債等と規定して振替制度を設ける「短期社債等の振替に関する法律」が制定され、平成14年4月に施行。
振替制度の対象を一般の社債券、国債証券等の純粋な金銭債権に拡大するとともに、振替を行う機関として振替機関に加えて口座管理機関を創設し、短気社債振替法を「社債等の振替に関する法律」に改めること等を内容とする「証券決済等の改革による証券市場の整備のための関係法律の整備等に関する法律」(平成15年1月施行)
株式等につきペーパーレス化を実現し、全ての有価証券を対象とする統一的な証券決済制度を完成する「株式等の取引に係る決済の合理化を図るための社債等の振替に関sるう法律等の一部を改正する法律」が制定され、旧社債振替法は社債振替法に改められ、株式等についても従来の保管振替制度から新しい振替制度へ移行(平成21年1月施行)
⇒保管振替法は廃止。
  ●債務者の共同相続した振替株式等が被相続人名義の口座に記録等がされたままである場合に、債権者が当該共同相続の事実を立証したときであっても、当該債務者の共有持分を差し押さえることができないか?
  振替株式の相続についてみると、相続は社債振替法140条にいう「譲渡」に含まれず、社債振替法には相続の効力につき特に規定を置いていない
⇒民法の一般原則のとおり、振替手続を経なくても相続開始時に包括的に被相続人から相続人に承継されると解されている。 
振替株式の相続の場合に、相続人が当該振替株式に関する実体的権利と共に被相続人の「加入者」(社債振替法132条2項)、すなわち口座管理機関等が振替株式の振替を行なうための口座を解説したものとしての地位を承継し、被相続人に代わって加入者として振替手続の申請をすることができる。

相続された振替株式は、被相続人名義の口座に記録等がされたままであっても、相続人に実体的権利が帰属するのみならず、当該相続人の口座に記録等がされているのと同視することができ、振替口座簿の記録等によっても当該相続人に帰属しているということができ、これにつき、当該相続人を債務者として強制執行を行うことを妨げるべき理由はないというべき。
保管振替法の下における民執規則の立法担当者の説明等は、振替口座簿における記録等が譲渡の効力要件であることを根拠とする⇒「譲渡」に当たらない相続についてまでは念頭に置いたものではない。
そもそも、共同相続された振替株式等の共有持分につき差押えができない⇒法に規定のない差押禁止財産を創出することになって、およそ相当とはいい難い。
そのような共有持分はそれ自体に価値があり、強制執行の対象とする意味がないともいえない。
  ●執行裁判所において、共同相続された振替株式等に係る共同相続人の1人の共有持分につき譲渡命令を発することができないか? 
債務者が被相続人名義の口座に記録等がされた振替株式等を単独相続した場合:
当該振替株式等につき譲渡命令を得た差押債権者において、任意の口座管理機関との間の契約によって自己名義の口座の開設を受け、当該譲渡命令が確定した後に裁判所書記官が当該口座への振替申請をして当該振替株式等に係る振替手続を行うという手順を踏むことが容易に想定される。
共同相続の場合:
振替株式等の共有持分のみを取り出して別の口座への振替手続ができるとする考え方は見当たらない。
他方で、社債振替法の下において、振替株式等につき、共有者全員の名義の口座の開設が法的に可能であるとの見解があり、このことに特に異説は見当たらない。
  民事p32
東京高裁H30.4.26  
  特別な社会的接触の関係を肯定し、元受会社の安全配慮義務違反を肯定した事例
  事案 独立行政法人URが発注した団地の植物管理工事に第二次下請会社従業員として従事していたX1が、高さ約5メートルの樹木から転落して受傷し重篤な後遺障害⇒
直接の使用者である第二次下請会社Y1とその代表者Y2のほか、
第一次下請け会社Y4、元受会社Y3も相手に、
安全配慮義務違反(債務不履行・不法行為)等を理由とする損害賠償を求めた。

X1の妻であるX2もYらに対して慰謝料請求。
  主張 Xらは、Yらに対し、本件作業を行うに当たり、労安規則の定めにしたがい、高所作業車を使用するか又は仮説足場を設置する方法により作業床を設けるべき。
作業床を設けることが困難なときは、作業員に対し、「一丁掛け」ではなく「二丁掛け」の安全帯を使用させる義務があった。
⇒この義務違反を前提に法的構成。 
  原審 ・・・安全帯についても、本件事故当時、造影業界では、「二丁掛け」は一般的ではなく、「一丁掛け」を使用した上、別の枝にひもを掛け替える際には三点支持(両足で木の枝を抱え込むようにして、片方の腕で枝をつかみ、もう一方の手で安全帯のひもを掛け替える方法)によって落下を防ぐことが一般的
⇒「二丁掛け」の安全帯を使用する義務を否定。 
直接の使用者Y1:
剪定作業の経験の浅いX1に対し、三点支持の方法を具体的に指導することなく、高所作業を行わせた点において安全配慮義務違反があった
Y1の代表者Y2:
直接X1を指導監督し、本件作業にも共に従事していた
⇒不真正連帯の損害賠償責任(債務不履行・不法行為等)を認めた。
元受会社Y3:
本件植物管理工事の全体について施工計画を定めていたものの、具体的な作業内容については定めることはなく、Y1が作業を行っていた本件工事現場の管理については主としてY4との連絡を通して行っていたにすぎず、

一次下請け会社Y4:
Y3からの指示に基づき、Y1に対して指示事項の遵守をさせていたものの、これは一般的な指示にとどまる。

X3もY4も、X1など現場の作業員に対して、本件工事の作業に必要な設備や器具等を供給したことや、作業工程を決定したり、作業に関する具体的な指示を行ったりしたことは認められない
⇒両者の間に特別な社会的接触の関係があったとはいえない⇒責任を否定。
  判断 安全帯については、「一丁掛け」では、安全帯を掛け替える際に三点支持により労働者が自ら落下を防ぐしかない状態が生じ、労安規則518条2項が予定している「労働者の危険を防止するための措置」が何ら講ぜられていない状態が発生することになる⇒違法。 
使用者Y1及びその代表者Y2においては、X1に対し、「二丁掛け」の安全帯を提供し、その使用方法を指導し、本件作業にしようさせる義務があった⇒この義務を怠った点に安全配慮義務違反を肯定。
第一次下請け会社Y4及び元受会社Y3について:
安全帯の使用等の安全衛生事項に関して、安全指示書のやり取りや安全衛生の手引の交付を通じて、Y3からY4、Y4からY1へと具体的な指示が行われ、その遵守状況の確認も行われていた
⇒Y4及びY3とY1の従業員X1との間には特別な社会的接触の関係を肯定するに足りる指揮監督関係があった。
本件作業においては、安全帯、取り分け二丁掛けの安全帯の使用とその徹底が求められるべきであったのに、Y4及びY3は、使用する安全帯は一丁掛けのものでも安全確保は十分であるとの誤った認識の下に、安全帯の使用の徹底をY1を通じてX1に指示していた
⇒安全配慮義務違反(債務不履行・不法行為)による損害賠償責任を肯定。
  解説 雇用関係:
使用者は、労働者が労働提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負う。
元請業者と下請業者の労働者のように直接の雇用関係がない場合であっても、特別な社会的接触の関係が認められる場合には、元請業者は、信義則上、当該労働者に対して安全配慮義務を負うと解され、
特別な社会的接触の関係の有無については、元請業者の管理する設備、工具等を用いていたか、事実上元請業者の指揮、監督を受けて稼働していたか、その作業内容も元請業者の従業員と類似性があったかなどがその事情として考慮される。
  民事p68
東京地裁H31.1.25  
  預託していた金銭が不正にビットコインに交換され、これが外部のビットコインアドレスに送付されたことについての、仮装通貨交換業者の責任
  事案 Xが仮装通貨交換業等を業とする株式会社Yが運営するウェブサイト上にビットコインの取引用アカウント(「本件口座」)を開設して、ビットコインの売買やYに預託している金銭の出金等の取引⇒何者かがXに無断で、本件口座においてXがYに預託していた金銭をビットコインと交換し、これをXの了知しないビットコインアドレスに送付

①第一次的には、消費寄託契約に基づき、本件交換がされる前であるXの預託金4545万4702円の支払を求め、
②第二次的には、YがXとの契約上、不正アクセス者による機密取得及び不正取引防止のためのシステム構築義務を怠った⇒債務不履行に基づき、本件交換及び本件引出しによって失ったXの預託金45445万4641円の支払を求め、
③第三次的には、②の支払義務を根拠として、不法行為に基づき、Xが失った預託金4545万4641円の支払を求めた。
  判断  ●本件口座への金銭の預託が消費寄託契約に当たるか 
ユーザーがYに預託する金銭は、ビットコイン購入代金に充てるためのものであり、Yがユーザーに対し、一旦ビットコインの売買に使用された金銭も含めてその返還義務を負っているとは認められない⇒Yに預託された金銭と同種、同品質、同量の返還を前提としているとはいえず、消費寄託契約の性質を有するとはいえない。
but
Xの意思に基づかずにビットコインの売買に使用された金銭については、Xはその返還を求めることができると解され、
以下に述べる
「本旨弁済の抗弁」
「Yの免責規定の適用の可否及び効力の有無」
「債務不履行及び不法行為の成否」
は請求①との関係においても検討することになる。
Y:請求①について、抗弁として、本件交換及び本件引出しがプレイグラウンド上でAPIキー及びAPIシークレットを用いてされたもの⇒本旨弁済が成立と主張。
vs.
①そのことだけでは本旨弁済があったと認めることはできず、そのほかにXの意思に基づいてされたことが認められて初めて本旨弁済があったと認められることができる。
②本件交換及び本件引出しは、いずれも、X以外の何者かがXのAPIキー及びAPIシークレットを入力すること等によってされたものと推認
⇒Yの本旨弁済の主張には理由がない。
  ●  ●Yの利用規約における免責規定の本件への適用の可否及び効力の有無 
Yの利用規約:
パスワード又はユーザーIDの管理不十分等による損害の責任は登録ユーザーが負うものとし、Yは一切責任を負わない旨の規定。
Yは、ビットコインの販売・買取、関連サービス等につきいかなる保証もせず、責任も負わない旨の規定。
Yはその提供するサービスに関連して一切賠償責任を負わない旨の規定。
本判決:
本件免責規定は、ユーザーID及びパスワードを用いた取引のほかAPI取引にも適用される。
but
Yのビットコインの取引きの仕組み⇒Yは、本件交換及び本件引出しの当時、信義則上、利用者財産の保護のために十分なセキュリティ・システムを構築する義務を負っている⇒YにおいてAPIキー及びAPIシークレットの管理や、ユーザーID及びパスワードの管理が不十分であったなど、システム構築義務に違反していると認められる特段の事情がある場合には、本件免責規定は適用されない。
●システム構築義務違反について 
X:
(1)テスト画面であり「デモ取引をを行なう環境」であるプレイグラウンドにおいて通常の取引ができること自体がシステムの欠陥に当たる
(2)Yには、ユーザーの通常の取引と比較して異常な取引がなされた場合に取引を強制的に中止させる義務があった
(3)APIプログラムにおいて二段階認証を推奨する措置を講じなかったことがシステム構築義務違反に当たる
(4)不正アクセスに備え、事前登録したアドレス以外に送付しないよう措置を講ずる義務があった
vs.
(1)ユーザーがバグ等を原因とする論理的エラーを検証するなどのプレイグラウンドの趣旨⇒プレイグラウンドにおいても、ユーザーがプログラミングした機能を実際の環境で使用するために、実際にビットコインの取引が出来ることが必要と考えられる等の理由で、プレイグラウンドが「デモ取引を行う環境」であるとは認められない。
(2)APIは、複雑な取引条件を設定したり、大量又は自動的な取引を希望するユーザー向けに設置されているサービスであり、API利用者には多様なニーズがあることがうかがわれる⇒どのような取引をもって異常なものと判断するかは困難。
異常な取引を中止させる措置を講ずることが技術的に可能であったとも認められない。
(3)
①当時の仮装通貨業界では二段階認証を一般的に採用している会社はないと思われる
②二段階認証は複雑な取引条件を設定すること等を希望するAPI利用者にとって障害となる可能性も否定できない
⇒本件交換及び本件引出の当時、YにおいてAPI利用時に当然に二段階認証を通常設定とし、積極的に推奨する義務を負っていたとまでは認められない。
(4)API取引において利用者は個別に他のアドレスへのビットコイン送付(出コイン)を行うか否かを設定することができること等⇒本件交換及び本件引出しの当時、Yにおいてビットコインの外部への送付ができないよう初期設定をすべき義務を負っていたとまでは認められない。

X主張に係るYのシステム構築義務違反の事実は認められない。
Xの請求①:
本件免責規定が適用される⇒YはXの預託金の返還義務を負わない。
請求②③:
Yの義務違反が認められない。

請求棄却。 
  解説 本件不正取引後の
平成29年4月1日:仮装通貨交換業者に対する規制について定めた改正資金決済法が施行
令和1年5月31日:情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律が成立し、
法令により、預かり資産の管理を含む利用者保護のための措置等について、暗号資産交換業者に対する規制が強化。

平成29年9月4日時点において本のYのAPI画面上で二段階認証を強く推奨する旨の記載がある。 
  民事p80
大阪地裁H31.1.25   
  日本放送協会に対する業務委託報酬として消費税相当額の支払請求(否定)
  事案 被告である日本放送協会の放送受信料の集金、放送受信契約締結の取次等の業務を受託していた個人事業者である原告らが、被告から支払を受けるべき業務委託報酬として消費税相当額が支払われていない⇒
被告に対し、
主位的に、消費税法に基づき、消費税相当額の報酬支払を求め、そうでないとしても事務費の決定につき被告に優越的地位の濫用を理由とする不法行為又は協議・説明義務違反の債務不履行があったため、同額の損害を受けたとして、同額の賠償請求の支払を求め、
予備的に、事務費決定のための協議が十分になされてここなかったと主張して、業務委託契約に基づき、十分な協議を求め、それがなされない場合、不法行為に基づき、主位的請求と同額の損害賠償の支払を求めた。 
  判断 ①消費税法5条1項に基づき、消費税の支払義務があるのは、事業者である原告らであり、税制改革法11条1項においても、消費税相当額が消費者に適正に転嫁されるべきことを規定しているにすぎず、消費者である被告が納税義務者であると定めるものとは解されない。
②消費税率が5%から8%へ上がった際に制定された「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法」についても、税制改革法の立法趣旨を更に推し進め、より実効性のあるものとする措置を講じているものであって、これによって消費税の基本的性格が変容したものではないから、新たに事業者に消費税の転嫁を請求する権利が認められるようになったと解することもできない

消費税法に基づく消費税相当額分の請求を認めなかった。
黙示の合意に基づく請求:
原告らが、争点整理の経過において、訴訟物としないということで争点整理を終えていた⇒後に改めて訴訟物としようとしたが、時期に後れた攻撃防御方法として却下。
but
消費税法が制定された後に行われた協議において、消費税のことも念頭に置かれて協議が十分に行われていた⇒黙示の合意についても認めることは難しかったものと考えられる。
その他の争点:
協議が十分に行われていた⇒認められない。
  解説 消費税の性質:
納税義務者が事業者であり、消費税分は対価の一部を構成。
(裁判例) 
消費税の転嫁が義務であることまでは認められていない(裁判例)。
独禁法に関する請求については、判断の前提とした事実関係からすれば請求が認められないとしたものであり、当事者間の力関係や交渉の有無・程度等によっては、請求が認められる可能性まで排除したものではない。
  民事p88
名古屋地裁R1.7.30  
  入国警備官の誤った説明⇒国賠請求(肯定)
  事案 スリランカ国籍のXが、退去強制令書の発付処分を受けた後、平成23年6月3日に難民不認定処分⇒同年7月5日に前記処分に対する異議申立てをし同申立てが棄却された場合は難民不認定処分に対して取消訴訟等をする意向を示していがが、強制送還
⇒Xの裁判を受ける権利が違法に侵害されたとして、Y(国)に対し、国賠法1条1項に基づき、損害賠償金合計330万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。 
  争点 Yが実施した強制送還が国賠法上違法となるか?
①難民不認定処分に対して取消訴訟等をする意向を有していたXを強制送還の対象に選び、強制送還を実施したこと
②前記強制送還の告知の際、スリランカに送還されても難民不認定処分の取消訴訟を追行できる旨の虚偽の説明をされたことが
が違法であると主張。
  判断 争点①について:
入管法61条の2の6第3項に定められた場合や、退去強制令書発付処分の取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して裁判所による執行停止の決定を得た場合以外に強制送還を停止する義務はない
⇒Xを強制送還したことについてYに義務違反は認められない。 
争点②について:
Xに対して説明を行った入国警備官は、Xが難民不認定処分又は異議棄却決定の取消訴訟を提起する意向を有していることを十分に認識し得たのに、Xが送還されることによりこれらの取消訴訟の訴えの利益が失われることになるにもかかわらず、送還されても訴訟代理人による訴訟追行が可能である旨の誤った説明をしたことは、入国警備官が通常尽くすべき注意義務を怠ったもの。
⇒国賠法上の違法を認めた。
  解説  ●  ●入管当局による集団送還の実施と難民不認定処分の取消訴訟との関係 
個別送還⇒被退去強制者の中には、暴れるなどして航空会社から航空機への搭乗を拒否されるケースがある。
集団送還(国費により民間機をチャーターして送還)⇒集団送還の実施日が定められ、実施日前までに異議申立手続が終了する見込みのある者も集団送還の対象者に含まれる取扱い。
難民不認定処分は行政処分⇒その処分を争う場合、取消訴訟を提起することとなる。
but
難民不認定処分を受けた者が退去強制令書の執行により本邦から出国⇒同処分の取消しを求める訴えの利益は失われる(最高裁H8.7.12)。

被退去強制者が異議申立手続の終了後に難民不認定処分(あるいは難民不認定処分に対する異議棄却決定)に対する取消訴訟を提起しようとしても、集団送還の対象者となっていたためすぐに送還され、取消訴訟の訴えの利益を失うという事態が生じ得る。
このような事態を防止する方法としては、退去強制令書発付処分の取消訴訟又は無効確認訴訟を提起した上で、同処分の執行停止の決定を得るという方法。
(難民不認定処分の取消訴訟が提起された場合、当該訴訟が終結するまでの間は送還を見合わせるとの運用が事実上なされている)
  ●手続教示の方法 
行訴法46条1項は、取消訴訟を提起することができる処分又は裁決をする場合に、当該処分又は裁決の相手方に対し、被告とすべき者や出訴期間等について書面で教示することを行政庁に求めている。

国民に権利利益の救済の機会を確保する趣旨。
訴えの利益自体は同項各号に掲げたらた事項そのものではないが、訴えの利益が失われれば取消訴訟を提起することができず、権利利益の救済の機会が与えられなくなる
⇒前記の趣旨を踏まえれば、入国警備官が被退去強制者に対して訴えの利益について説明する場合には、正確な内容を教示することが求められている。
  労働p96
岐阜地裁H31.4.19
  長時間労働⇒うつ⇒自殺で、安全配慮義務違反を認め、過失相殺等の主張を否定した事例
  事案 B病院の事務職員として勤務していたAが、長時間労働⇒うつ病エピソードを発病⇒自殺⇒Aの両親で相続人であるX1及びX2が、本件病院を管理運営するYに対し、債務不履行責任(安全配慮義務違反)による損害賠償請求。 
  Yの主張 安全配慮義務違反があったことは認めつつも、
A側の事情も寄与しているとして、過失相殺等を理由にYの賠償額を減額すべきと主張。 
  判断  ●  ●Aの業務の進め方、姿勢等 
Aが業務を進めるに当たって上司に相談する等しないで長時間労働をしていた
vs.
Aが長時間の時間外労働を必要とする相当量の業務に従事していたことを前提に、労働者の長時間労働の解消は、第一次的には業務全体を管理している使用者が実現すべきであるところ、YにおいてAの長時間労働を解消するための十分な措置がとられていない⇒Aの上司がAの長時間労働を認識していた等の本件事情のもとでは、Aが業務について上司に相談等しなかったことをAの過失と評価し、過失相殺を認めるべきではない。
Aの仕事のペースが遅かった等の業務の進め方
vs.
それがAの長時間労働の一因となった可能性は認めつつも、Aが本件病院に配属された間がなく、経験が十分でなかった
⇒Aの業務の進め方にはやむを得ない面もあり、むしろ、上司が業務を効率的に進められるよう指導等すべきであった⇒これを理由にYの賠償額の減額を認めるのは相当ではない。
  ●超過勤務申請書の不提出 
Aの上司が、Aが超過勤務申請書を出さずに慢性的に長時間の時間外労働をしていることを認識していたにもかかわらず、超過勤務申請書の提出を求めたり、Aの時間外労働時間を把握しようとしたりすることもなかった上、Aの職場では超過勤務申請書を提出することに躊躇するような雰囲気があった

Aの超過勤務申請書の不提出によってYが必要な措置を取ることができなくなったとはいえない。
YがAの労働時間の適正把握を怠っていた本件では、Aの超過勤務申請書の不提出をもって過失相殺を認めることは相当ではない。
  ●自己の健康状態への配慮 
Aがうつ病エピソードの発病前に医療機関を受診しなかった
vs.
使用者が労働者の長時間労働を認識しながら、労働者の健康状態に対する配慮をしていない⇒Aが医療機関を受診していないことをもって直ちにAの過失とすべきではなく、少なくとも、Aにおいて医療機関を受診する機会があったにもかかわらず、正当な理由なく受診しなかったといえる必要がある。
本件では、Aにかかる機会があったことを示す具体的事情は認められない
⇒Aの過失を否定。
Aが休暇を取得する等して長時間労働を解消しなかった
vs.
Aが当時休暇を取得できる業務状況になく、YにおいてAが休暇を取得できるよう十分な配慮がされていたとはいえない本件事情⇒Aの休暇の不取得等は、賠償額の減額事由にはならない。
  ●ライフル所持許可の失効等 
本件自殺との直接の因果関係を認めることができない上、ライフル射撃競技に専念できなくなったのは、Yの安全配慮義務違反が強く関与している
⇒Yの賠償額の減額理由とするのは相当ではない。
  解説 労働者側の事情が自殺の発生に寄与⇒民法722条2項又は418条の過失相殺の規定の類推適用により、使用者の賠償額を減額することが認められている。
but
かかる過失相殺の規定は、損害の発生又は拡大に被害者側の事情が寄与している場合に、同事情を考慮して加害者の賠償額を減額することで損害の公平な分担を図るという理念に基礎を置く
⇒労働者側の事情が自殺の発生に寄与していたとしても、直ちに使用者の賠償額の減額を認めることは相当ではなく、
労働者の自殺を生ぜしめた使用者の義務違反の内容、程度、使用者の義務違反と労働者側の事情の関係等を総合的に考慮し、労働者側の事情を理由に使用者の賠償額の減額を認めることが、真に当事者の実質的公平を図ることになるかが検討される必要。
本件:
Yが主張する事情につき、本件自殺の発生に寄与したといえるかを検討し、
その上で、Yの義務違反との関係で、当該事情を理由にYの賠償額を減額することが損害の公平な分担の見地から相当であるかを判断。
労働者が医療機関を受診しなかったことを理由とする過失相殺:
肯定する裁判例と否定する裁判例

時間外労働時間の過少申告を理由に賠償額の減額を認めた裁判例
等。
2435   
  行政p31
大阪地裁R1.7.31   
  道路の占有料の納入告知が裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となるとされた事例
  事案 船場センタービルの区分所有者の団体の管理者であるXが、YがXに対してした、本件ビルを占有物件とする本件高速道路高架下の占有に係る、平成26年度から平成30年度までの各占有料の納入告知が抗告訴訟の対象となる行政処分に該当⇒その取消しを求めるなどした。 
Y:独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構法の定めるところにより設立された独立行政法人であり、いわゆる日本道路公団等の民営化に伴い、阪神高速道路公団が行って本件ビルに係る業務を承継した。
  争点 本件各納入告知がYの裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるか。 
  判断 ・・・Yの合理的な裁量に委ねられているところ、その裁量権の行使が逸脱濫用に当たるか否かの司法審査においては、その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し、その判断が、重要な事実の基礎を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限って、裁量権の逸脱又は濫用として違法となるべきものと解するのが相当。
・・・の点等を考慮すると、
大阪市が本件道路の敷地のうちYが所有する部分に固定資産税等を賦課するに至ったとの理由で平成26年度から平成30年度までの本件ビルに係る占有料を前記固定資産税等の額と同額と定めたYの判断は、
重視すべきでない考慮要素を重視するなど、考慮した事項に対する評価が明らかに合理性を欠いており、他方、当然考慮すべき事項を十分考慮しておらず、その結果、社会通念に照らし著しく妥当性を欠いたもの

本件各納入告知は、いずれも、裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法となるものというべき

Xの請求をいずれも認容。
  解説 道路整備特別措置法33条により読み替えて適用する道路法39条1項:
Yは、道路の占有につき占有料を徴収することができる旨規定。

道路整備特別措置法施行令12条1項により読み替えて適用する道路法施行令19条1項:
占有料の額について規定。

道路整備特別措置法施行令12条1項により読み替えて適用する道路法施行令19条3項6号:
Yは、前項の額の占有料を徴収することが著しく不適当であると認められる占有物件で、国土交通大臣が定めるものについて、特に必要があると認めるときは、前記の額の範囲内において別に占有料の額を定め、又は占有料を徴収しないこと(占有料の減免)ができる旨規定。
道路法39条1項本文や道路法施行令19条3項の文言に加え、同項の定める占有料の減免の要件は、「特に必要があるとき」という抽象的なものを含む上、占有料をどの程度減額するかについて法令上の基準がない
⇒占有料を徴収するか否か及びこれを徴収する場合の額の決定は、Yの合理的な裁量に委ねられているものと解される。
  裁量権の行使としてされた行政行為に対する司法審査の在り方:

本判決は、近時の最高裁判例(最高裁H18.2.7)において示された、いわゆる判断過程統制の枠組みを採用。
本件:
Yは、要するに、それまで免除されていた固定資産税等が賦課されることになったという一事のみをもって占有料の減免をしないこととし、かつ、固定資産税等の全額を占有料としてXに転嫁することとしたもの
⇒このような判断過程が合理的であったといえるかが問題。
本判決:
(1)本件ビルの特殊性、
(2)Xが占有料の前払い的な性格を有するものと認められる多額の費用を分担したこと等が十分考慮されていないこと等

本件各納入告知は、いずれも、裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法。
(Xが長年にわたって占有料を免除されてきた⇒一定の保護に値する期待的利益が生じており、Yにおいて、いわゆる激変緩和のために、当初は固定資産税等の額の一部を転嫁することから始めて、段階的に占有料の額を増額するという措置を検討することなども考えられるのに、そのようなことが十分検討された形跡もないという問題もある)
(2)の分担金が占有料の前払い的な性格を有するものといえるか?
①本件ビルと本件道路との構造上の不可分一体性
②本件ビルとその敷地との間に約定利用権が設定されていない
③この分担金が税法上Xの繰延資産と位置付けられ、Xの会計上も償却処理されていることなど
⇒本件各納入告知の時点において回顧的に評価するならば、同分担金は占有料の前払い的な性格を有するものと認めるのが相当である旨判示。
本件ビルの特殊性のみならず、前記分担金の額についても考慮
⇒本件ビルが存続する限り占有料を全額免除しなければならないとは必ずしもいえないことになるものと思われる。

前記分担金の額をもって占有料を賄えるとの評価が成立するかという点について疑義が生ずるに至った場合、占有料を徴収するとの判断が裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとはいえないという方向に働く事情。
本判決は、平成26年度納入告知について、行手法14条1項本文の定める理由の提示を欠いた違法な処分であると判示。

本件各納入告知は、処分基準と同様に考慮すべき通達を根拠として占有料の額を算定したものであるところ、その適用関係が示されなければ、処分の名宛人において、いかなる理由に基づいて占有料の額が定められたのかを知ることは困難であるのが通例であると考えられるにもかかわらず、それが示されていなかったもの。
最高裁H23.6.7の考え方を事案に当てはめたもの。 
  民事p51
最高裁R1.9.19  
  債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断効に債務者の了知が必要か(否定)
  事案 Xが、YのXに対する貸金返還請求権の時効消滅を主張して、本件貸金債権について作成された金銭消費貸借契約公正証書の執行力の排除を求める請求異議訴訟。 
  争点 Yは、本件貸金債権の消滅時効期間が経過する前に本件貸金債権を請求債権としてXの有する債権の差押えを行った
but
Xに本件差押えに係る差押命令の送達がされたことなどを認めるに足りる証拠が提出されなかった⇒債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずるために、その債務者が当該差押えを了知し得る状況に置かれることを要するか?
  判断 債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力が生じるためには、その債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることを要しない。 
  解説 債権執行において差押命令が発令⇒当該差押命令は債務者及び第三債務者に対して送達しなければならないが(民執法145条3項)、差押えの効力は、当該差押命令が第三債務者に対して送達がされた時に生じる(同条4項)とされており、債務者に対する送達の有無は前記効力の有無を左右しない。 
債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力は、不動産執行及び動産執行の場合と同様に、その申立て時に生じると解されている。
  民法 第155条
差押え、仮差押え及び仮処分は、時効の利益を受ける者に対してしないときは、その者に通知をした後でなければ、時効の中断の効力を生じない。
  最高裁昭和50.11.21:
民法155条が、原則として中断行為の当事者及びその承継人間での人的相対効を有するにとどまる時効中断効を例外的にそれ以外の者で時効の利益を受ける者に拡張する場合に、その者の不測の不利益をを避けるためにその者への通知を要することとした規定であるとの理解。 
債権執行における差押えは債務者自身に対して処分禁止効を生ずるものであって(民執法145条1項)、債務者は請求債権の消滅時効の中断行為の当事者に他ならない⇒時効中断の人的拡張のない債権執行の場面において民法155条を適用又は類推適用することは困難。
同条の「法意」として債務者保護の観点のみを取り上げ、時効中断効の発生のために債務者に対する通知を要するものと解することも困難。
   ● ①債権執行において債務者に対する差押命令の送達の有無は差押えの効力の有無とは無関係⇒民法147条2号の掲げる「差押え」による時効中断効の発生の為に前記送達等を要すると解するのは同号の文言解釈としてそもそも無理がある。
②「請求」の典型例である訴訟提起において、訴状送達がいわゆる付郵便送達(民訴法107条)の方法により行われたが債務者がこれを受領しなかった場合等、民法147条の掲げるその他の中断事由にも、債務者における中断事由の認識を必ずしも前提としないものが含まれている⇒同条が債務者の了知等を時効中断効の発生の当然の要件としているとも解し難い。 
  民事p54
大阪地裁R1.5.22  
  (事故後)保険契約の詐欺取消しを認めた事例
  事案 X1が所有し、X2が運転する普通乗用自動車と、Aが所有し運転する普通乗用自動車との間の交通事故について、Aに対する損害賠償請求訴訟で勝訴判決を得ているXらが、A車を契約車両とする自動車保険契約の保険者であるYに対し、本件保険契約の定める直接請求権に基づき、損害金相当額及び遅延損害金の支払を求めた。 
本件保険契約:
Aが、同人の妻であるBを代理して、契約車両をA車、保険契約者及び記名被保険者をBとして、Yとの間で締結。
Aは、本件保険蹴薬締結以前から有効な運転免許を有していなかった。
  争点 本件契約の有効性
Yは、本件保険契約の
①告知義務違反による解除
②錯誤無効
③詐欺取消し
を主張。 
Yの主張:
①Aが本件保険客を締結するに際し、実際には、有効な運転免許を有しないAのみがA車を運転し、自由に支配・使用しているにもかかわらず、これを秘し、記名被保険者をB(有効な運転免許を保有しており、その運転免許証の色はゴールド)として本件保険計アクの申込をした⇒告知時効である記名被保険者について故意に事実と異なることを告げた場合に当たり、告知義務違反に基づく解除をなし得る。
②真実は、A車を専ら使用するのはAであったにもかかわらず、記名被保険者がBであるとの虚偽の申告を受け、その旨誤信した状態で記名被保険者をBとする本件保険契約を締結⇒Yの意思表示は要素の錯誤によるものであり、本件保険契約は無効。
③Bの代理人であるAの詐欺によるもの⇒本件保険契約は取り消し得る。
  判断 詐欺取消しを肯定し、Xらの請求を棄却。
①本件保険契約の申込みに際し、記名被保険者を告知することとされているのは、本件保険契約において、記名被保険者の年齢、運転免許の保有の有無、事故歴等に応じて、保険事故発生の危険が異なるため、被告において、本件保険契約の申込みを承諾するか否か、承諾する場合の契約条件をどのように定めるかを決定するのに、前記のような記名被保険者の属性が重大な影響を及ぼすから。
②A車の所有者及び自動車検査証上の使用者がAであり、AのみがA車を使用、管理等する一方、BがA車を使用することは全くなかった⇒本件保険契約の申込時点において、BはA車の主たる運転者ではなく、A車を支配・使用している者でもなかった。⇒Aは、A車を専ら運転し、使用・管理する者がAであったにもかかわらず、これを秘して、A車を主に使用する者がBである旨、Yを欺罔して本件保険契約を締結した。
記名被保険者の配偶者は、自動車保険契約の機能を発揮させ、被害者救済を実現するという観点から、補償範囲を拡大する趣旨で補償の対象とされているにとどまり、前記の危険の判断をするために適切な者とはいえない
⇒契約車両を主に使用する者の配偶者であることのみをもって、契約車両を主に使用する者に準ずる者に当たるとはいえず、記名被保険者に該当するともいえない。
  解説 告知義務違反が認められる場合に、告知義務違反の主張のほか、詐欺や錯誤の主張が許されるか?
A:これらの主張は併存し得る
B:告知義務違反の主張のみが許され、錯誤及び詐欺の規定の適用は排除される
C:告知義務違反と詐欺の主張が許され、錯誤の規定の適用は排除される
学説ではC説が有力。 
  民事p62
大阪地裁堺支部R1.5.27  
  商品販売が不法行為に該当するとされた事案
  事案 Xは、Yの従業員の勧誘に応じ、平成28年8月8日から同年10月26日までの間に6回にわたり天珠を買う旨の契約を締結し、代金を支払った。 

主位的請求として、
本件契約1ないし6はYの従業員いよる不法行為により行われた⇒損害賠償として支払った売買代金合計300万8880円及び弁護士費用30万888円及び弁護士費用30万888円並びに遅延損害金の支払を
予備的請求として、
本件契約2ないし6に基づく代金の支払は不当利得に当たる⇒利得金291万6000円の返還を求めた。
  判断  本件契約1について:
X:Yの従業員の本件商品1購入勧誘行為は詐欺を構成すると主張。 
本判決:
Yの従業員が勧誘の際に述べた言辞は、通常人をして、そのような効果が確実に生ずると信じさせる具体的危険性を有するものとは認められない⇒詐欺行為に当たらない。
  本件契約2~6について: 
①本件商品2の時価は契約代金の10分の1を下回るものであったこと(実質的暴利行為)
②Yの従業員は、Xが本件契約1で本件商品1を購入した後、実はXが「浄化」のために再来店すればXに対して本件商品1とは別の天珠を高額な代金で購入するよう勧誘すること(そのためには数時間にわたって勧誘すること)を目的にしていたのに、そのことを秘し(販売目的の隠匿)、本件商品1につき浄化を受けるために再来店するように勧誘した(目的隠匿行為)
③Yの従業員らは、浄化を受けるだけのつもりで来店したXに対し、108万円という高額な価格である商品2についてXが契約締結を決意するまで数時間にわたって購入の勧誘を続けたこと(長時間勧誘)
④前記②及び③はYの組織内に反復継続して実行している天珠の販売方法の1つであること(反復継続性)等

社会相当性を欠くとして不法行為を認定。
本件契約3~6も同様。

Yに対し、使用者責任を認め、320万7600円及び遅延損害金の支払を命じた。
  解説 本件は、天珠を時価の10倍以上で売却した行為を詐欺ではなく、実質的暴利行為、目的隠匿勧誘、長時間勧誘、組織反復継続性のある社会的相当性を欠く取引方法であるとして不法行為を認めた。
  民事p89
広島地裁H29.9.15  

  反訴として医療過誤による損害賠償請求が主張された事案
  事案 X⇒Aの相続人であるY1~Y3及び本件診療契約に基づく債務を連帯保証したY4に対し、Aの入院中の診療報酬269万4390円の支払を求めた。
Aの相続人ら:Aが死亡したのはXの開設する本件病院の医師の債務不履行ないしは過失によるもの⇒Xに対し、総額4400万円の損害賠償請求。
  Yらの主張 Aが死亡したのは、
①適応がないのに、ERCP及びEPBDを実施した医師の過失、
②EPBDにより十二指腸穿孔を生じさせた医師の手技上の過失
③痰詰まりにより心肺を停止させた医師及び看護師の過失
④胆管ドナレージを実施しなかった医師の過失
⑤EPBDの実施に関する意思の説明義務違反
等を主張
  判断 ●争点①について 
Yら:Aは胃がんの治療のためビルロートⅡ法による手術を受けていた⇒ERCP及びEPBDの適応がなかったと主張。
vs.
①Aは、ビルロートⅡ法の手術後に他の病院で総胆管結石の治療のため、ERCPやEPBDの処置を受け、これによりAの全身状態が悪化したことはなかった。
②総胆管結石症は無症状であっても基本的には積極的に治療を行って結石を除去することが推奨されている
③EPBDはビルロートⅡ法後の症例に対する治療法として適応が良いと考えられている
⇒本症例ではEPBDの適応がある。
④EPBDを行う前にERCPの実施は必須

本件病院の医師がAに対しERCP及びEPBDの処理を行ったことに過失はない。
  ●争点②について 
Yら:担当医師が十二指腸に向けて力任せに砕石器を内視鏡ごと引き抜き、Aの十二指腸に穿孔を生じさせたと主張。
vs.
①一般に、内視鏡的治療においては、不可避な合併症として穿が生じることが認められる
②担当医師がAの十二指腸に向けて力任せに砕石器を内視鏡ごと引き抜いた事実を推認できない。
⇒過失なし。
  ③④⑤の注意義務違反ないし過失も否定。 
  解説 ERCPとは、内視鏡を十二指腸下行脚まで進め、大十二指腸乳頭からカテーテルを挿入して逆行性に胆道を直接造影する方法。
EPBDは、十二指腸内視鏡のチャンネルを通じて大十二指腸乳頭に挿入したバルーンカテーテルを膨らませることにより乳頭を拡張し、バスケット鉗子などを用いて胆石を除去する方法。 
ERCP施術を巡る医療訴訟は少なくない。
責任を否定した裁判例:
①~④
責任が肯定された裁判例:
⑤:ERCPの具体的危険について説明義務違反を肯定
⑥:ERCP後に急逝膵炎を合併して死亡した場合に、経過観察義務違反等を肯定した事例
⑦:ERCP検査後、重症急性膵炎で死亡した場合、急性膵炎の確定診断のため検査義務及び除外診断を怠った過失があるとした事例
  労働p104
最高裁R1.11.7  
  契約期間の満了による有期労働契約終了について判断しなかったことが違法とされた事例
  事案 Yとの間で期間の定めのある労働契約(「有期労働契約」)を締結してい就労していたXが、Yによる解雇は無効⇒Yに対し、労働契約上の地位の確認及び解雇の日以降の賃金の支払を求めた。
  一審 Xは、平成26年10月25日、本件訴訟を提起し、同年12月18日の第1回口頭弁論期日において、最後の更新後の本件労働契約が、契約期間を同年4月1日から同27年3月31日までとする有期労働契約である旨の訴訟に記載した事実を主張。
平成29年1月26日に口頭弁論を終結し、
本件解雇には労契法17条1項にいう「やむを得ない事由がある」とはいえず、本件解雇は無効
⇒Xは労働契約上の権利を有する地位にあるとして、同年4月27日、Xの請求を全部認容。
  原審 Yは、本件労働契約が契約期間の満了により終了したことを抗弁として主張する旨の記載がされた控訴理由書を提出。
Xは、
①時期に後れた攻撃防御方法として却下されるべき
②雇用継続への合理的期待が認められる場合には、解雇権の濫用の法理が類推され、契約期間の満了のみによって有期労働契約が終了するものではないところ、本件労働契約の契約期間が満了した後、契約の更新があり得ないような特段の事情はない⇒その後においても本件労働契約は継続している
旨の控訴答弁書提出。
判断:
時期に後れた防御方法に当たるとして却下。
  判断 第一審について:
最後の更新後の本件労働契約期間は、Xの主張する平成27年3月31日までであるところ、第一審の口頭弁論終結時において、前記契約期間が満了していたことは明らか⇒第一審は、Xの請求の当否を判断するに当たり、この事実をしんしゃくする必要があった。
原審について:
第一審が斟酌すべきであった事実をYが原審において指摘することが時期に後れた攻撃防御方法に当たるということはできず、また、これを却下したからといって前記事実を斟酌せずにXの請求の当否を判断することができることとなるものでもない。
有期労働契約を締結していた労働者が解雇の無効を主張して労働契約上の地位の確認及び解雇の日以降の賃金の支払いを求める訴訟において、
当該解雇が無効であると判断するのみで、当該契約の契約期間が満了した事実を斟酌せず、当該契約期間の満了により当該契約の終了の効果が発生するか否かを判断することなく、
当該契約期間の満了後である原審口頭弁論終結時における労働者の労働契約上の地位の確認請求及び当該契約期間の満了後の賃金の支払請求を認容した原審の判断には、判断遺脱の違法がある。
  解説  ●  ●有期労働契約の地位確認等の訴訟物及び攻撃防御方法
有期労働契約を締結した労働者が使用者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める場合の訴訟物:
A:有期労働契約上の権利を有する地位
vs.
実務上、期間の定めの有無が特に争われている場合は別として、請求の趣旨には、労働契約の期間の定めの有無は掲げられていないことが通常
←期間の定めの有無が労働契約の本質的要素ではないという理解

B:訴訟物は、期間の定めの有無にかかわらず、単に労働契約上の権利を有する地位。

労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と併せて、賃金請求もする場合
~労働契約に基づく賃金請求権も訴訟物に。
労働契約上の権利を有する地位が訴訟物

①労働契約の締結に加え
②使用者が契約の終了を主張していること(←確認の利益を基礎付ける)
が請求原因
労働契約の締結に関しては、期間の定めの有無が労働契約の本質的な要素とはいえないとの立場
⇒請求原因としてこれを主張する必要がない。
but
本件のように有期労働契約の契約期間中の解雇に労契法17条にいう「やむを得ない事由がある」として有効であるか否かが争われる場合には、期間の定めのない労働契約における一般的な解雇権の濫用の判断基準(労契法16条)に比して、解雇が認められる場合が狭くなる⇒労働者側において、主張することが多い。
使用者:
(1)解雇による契約の終了の事実又は
(2)期間満了による契約の終了の事実
を主張。

(1)について:
①解雇の意思表示及び
②労契法17条の「やむを得ない事由」が存すること

(2)について:
①期間の定めの存在及び
②その期間の満了
を主張

(2)②については、期間が満了した場合においては公知の事実⇒明示的に取り上げていなくても、通常は黙示的にこれを主張しているものと解される。

(2)に関しては、
労契法19条1号又は2号に該当し、さらに柱書に該当⇒新たな有期労働契約を締結したと見なされる⇒労働者においてこれらの事実を主張。
  ●時機に後れた攻撃防御方法の却下 
◎  民訴法157条1項:
当事者が
①故意又は重大な過失により、
②時機に後れて提出した、
③攻撃又は防御の方法については、
これにより
④訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、
裁判所は、却下の決定をすることができる。
控訴審においても時期に後れた攻撃防御方法の規定が適用される(民訴法297条)ところ、
②について、時期に後れたか否かは、第一審、第二審を通じて判断すべき(最高裁)⇒控訴審の第1回弁論においてされた新たな主張についても時期に後れたものとして却下することができる。
◎  弁論主義の内容の1つ:
権利関係を直接に基礎付ける主要事実については、当事者により主張されない限り、裁判所は、これを判決の基礎とすることがでない。
but
いずれかの当事者によって当該事実が主張された時は、裁判所はこれを判決の基礎とすることができる(最高裁)。

主張責任の所在の有無にかかわらず、いずれの当事者から主張された事実でも判決の基礎となり得ること=主張共通の原則。 

第1審は、最後の更新後の本件労働契約の契約期間がXから主張されている平成27年3月31日までであることを判決の基礎とでき、
第一審の口頭弁論終結時において当該期間が満了していたことは黙示的主張があったと評価され、公知の事実として明らか
⇒Xの請求の当否を判断するに当たり、本件労働契約の契約期間が満了した事実をしんしゃくする必要があった。

原審におけるYの指摘は、時期に後れたものとはいえない。
原審は、当事者が主張し、原審が確定した事実をしんしゃくせず判断⇒判断を遺脱したもの。
原審が、本件労働契約の契約期間が満了した事実をしんしゃくすれば、本件労働契約は終了していたことになるところ、
Xは、口頭弁論終結時における労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め、判決確定の日までの賃金を請求
⇒前記契約期間の満了後もなお契約が継続するかを検討する必要が生じる。 
この点について、Xは、原審において、労契法19条の基礎となった判例を挙げ、労契法19条各号所定の事由に該当し得る事実を主張⇒契約期間満了後の法律関係を判断するに当たっては、同条により有期労働契約が更新されるか否かを判断すべき。

本判決は、この点について審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。
有期労働契約の契約期間中の解雇の有効性が争われ、それが無効とされた場合に、当該契約期間の満了時に契約が更新されるか?
前者⇒労契法17条により判断
後者⇒労契法19条により判断

有期労働契約の契約期間中の解雇が無効であるからといって、契約期間満了時に更新されるとは限らず、同列に論じることはできない。 
  労働p109
福岡高裁H31.3.26  
  就業規則と異なる労働条件である出来高払制の合意をしたとの主張(否定)
  事案 Y1会社に雇用されて長距離トラック運転手として稼働していたXが、
①Y1会社に対し、雇用契約に基づき、未払賃金(割増賃金等)の支払を求め、
②Y1会社の代表取締役であるY2及びY2の夫であり事実上の取締役とされるY3に対し、Y1会社が未払賃金を支払わないことについて、会社法429条1項又は民法709条に基づき、損害賠償の支払を求め
③Y3及びY1会社に対し、Y3がXに対しパワーハラスメントを行っていたとして、Y3につき民法709条に基づき、Y1会社につき会社法350条(類推適用)に基づき、損害賠償の支払いを求めた

④Y1会社が、Xに対し、Xが業務指示を受けていた運送業務を無断で放棄したとして、不法行為又は債務不履行に基づき、損害賠償の支払を求めた(反訴)
Y1会社は、当初は土木工事業のみを営み、これを前提に就業規則⇒後に長距離トラック運送業も営むよううになったが、就業規則を改正しないまま、
土木工事業の従業員には、本件就業規則に定められた日給月給制で賃金を支払い、
Xを含む長距離トラック運転手には短答路線ごとの路線単価に従った出来高払制で賃金を支払っていた。
  原審 ①について、日給月給制を定める本件就業規則は文言上長距離トラック運転手に不利益をもたらすものではない⇒労契法7条により、Xにも本件就業規則の日給月給制の定めが適用され、仮に出来高払制の合意があったとしても同法12条の規定する最低基準効に反し無効⇒割増賃金等を含む未払請求には理由がある。
②について、「重大な過失」「過失」なし⇒否定。
③について、(Y3がXを丸刈りにするなどした上、これらの事実について写真とともにY1会社のブログに掲載)はパワハラに該当し、Y3は民法709条の不法行為を追い、Y1会社は会社法350条(類推適用)の責任を追う。
④については、Xの不法行為責任を一部認めた。
  Y1、Y3の控訴審での追加主張:
XとY1会社は、労働契約締結時、出来高払制の合意をしたものであるところ、
労契法12条の「就業規則で定める基準に達しない労働条件」に該当するか否かは、現に就業規則が適用される従業員の待遇と個別の合意により定めた労働条件・待遇とを比較すべき。 
  判断 ①Xの賃金が、賃金台帳、給与明細一覧表及び給与明細書で「基本給(日給)」名目とされ、給与明細別紙には「本日給料」、Y1会社の求人広告には「日給12、500円~28,000円」としていずれも日給であることが記載されている⇒出来高払制の合意があったとは認め難い。
②深夜の時間帯を中心として長距離運送業務に従事するXの勤務形態⇒出来高払い制が本件就業規則等よりもXに有利であるとは認められない
③仮に出来高払制の合意があったとしても、就業規則の最低基準効に反して無効。

原審同様、本件就業規則が適用される。
  刑事p115
東京高裁H31.3.1
   
  事案 付審判決定により原審裁判所の審判に付された、私服警察官による特別公務員暴行陵虐致傷事件。 
  原審 ①被告人らによる撮影行為:
犯収法違反捜査に必要な正当なもので、撮影方法や態様も一般的に許容される任意捜査の限度内で相当⇒適法 
②被害者によるBの逮捕行為:
被告人らの撮影行為が適法⇒現行犯逮捕の要件を満たさない⇒被害hさのBの行動の自由を奪う逮捕は違法⇒被告人らにとっては「急迫不正の侵害」にあたる。
③被告人が被害者からBを解放した行為:
違法な逮捕からBを開放するために必要かつ最小限度の有形力を行使⇒正当防衛が成立。
④被害者による被告人の逮捕行為:
被告人のBを開放する行為は適法⇒現行犯逮捕の要件を満たさず客観的に違法⇒被告人にとって「急迫不正の侵害」にあたる。
⑤被害者による逮捕から逃れるための被告人の暴行:
行動の自由を確保するためにやむを得ず行った行為であり、防衛行為の範囲内にある⇒傷害の結果が後遺症の残る重大なものであったとしても正当防衛が成立。
  判断 原審を支持して控訴を棄却。
but
原判決の判断過程の一部には直ちに首肯できない部分がある
⇒被害者による被告人らの逮捕行為が「社会的正当行為」にあたるとする控訴趣意につき、原審とは異なる判断。 
  解説   刑法36条1項の「不正」は違法と同義⇒違法性が阻却される行為に対して正当防衛は成立しない。
本件の具体的状況の下で、私人である被害者の逮捕行為につき違法性が阻却されるならば、「不正の侵害」とは言えなくなる⇒被告人には正当防衛が成立しない。 
判断:
①被害者は、不審者であると思ったBや被告人を、警察官が臨場するまで引き留めようとした⇒被害者の立場からすれば、Bや被告人の行動に不信の念を抱くこと自体には無理からぬ面があることは否定できない。
②こうした本件の特殊事情を違法性の錯誤であるとして「これを正面から考慮することなく、急迫不正の侵害の有無を判断した原判決の判断過程は、直ちには首肯することができない。」
③本件の具体的事情の下で、被害者がBを不審者であると認識したこと自体には無理からぬ面があり、相手に声を掛けて、何をしているのかを確認しようとして、その際、相当な範囲で若干の引き留め行為をしたとしても、直ちに「不正の侵害」に当たるとはいえない。
but
具体的な事実の当てはめにおいて、
本件の行為態様は「被害者が被告人らの身体等を執ようにつかむなどした行為」であり、「相当な範囲での若干の引き留め行為とはいえず、行き過ぎたもの」

結論としては、原判決と同様、「不正の侵害」に当たる。
  刑法35条の適用がある違法性阻却事由には、様々な非定型の社会的に正当な行為も含まれる。

私人による現行犯逮捕という法令行為の違法性阻却事由が否定されたからといって、直ちに他の社会的正当行為による違法性阻却事由が認められなくなるわけではない。

現行犯逮捕の際に許容される実力行使の限度を必要性と相当性の観点から社会通念によって判断するという最高裁昭和50.4.3の判断枠組⇒
本件の場合、被害者において被告人らを不審者と思うのが無理からぬ⇒「何をしているのかを確認」するために「相当な範囲で若干の引き留め行為」をすることは、社会通念上許される正当な行為。

その対象者が適法な捜査中の警察官であれ違法なプライバシー侵害者であれ、当然になしうる行為⇒対象者の錯誤は社会的正当行為の成否とは関係がない。

被害者側の違法性の錯誤を理由に本件の特殊事情を顧慮せず、社会的正当行為としての違法性阻却事由の有無を検討しなかった原判決の判断過程には誤りがある。 
仮に、被害者の行為がこの範囲内の行為にとどまる中で本件の被告人の暴行が大なわれた場合:
社会的相当性として違法性が阻却される⇒被告人の正当防衛の要件である「急迫不正の侵害」は否定されることになる。
2434   
  行政p3
大津地裁H30.11.27  
  保佐人による本人の損害賠償金の浪費・費消と地方公共団体の職員の義務違反による国賠請求(一部認容)
  事案 交通事故により高次脳機能障害等の後遺障害の残存したXが、Xの妻であり保佐人であったAから、暴行・暴言等の身体的及び心理的虐待及びに交通事故に関して受領した損害賠償金を無断で使用される等の経済的虐待を受けていた
⇒Y(滋賀県近江八幡市)がXからの虐待の届出を受理すべき義務を怠って更なる虐待を惹起し、また、障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(障害者虐待防止法)に基づいて行政指導を行うべき義務を怠り、経済的虐待が継続されたXの財産が散逸

国賠法1条1項に基づき、届出受理義務違反によって惹起された更なる虐待による精神的苦痛についての慰謝料、経済的虐待を防止できずにXの財産が散逸したために生じた損害及び弁護士費用の合計2403万3201円の支払を求めた。 
  判断  ●身体的・心理的虐待 
争点:XがAから受けた身体的・心理的虐待について、Yの担当者が障害者虐待防止法9条所定の措置を講じる義務を怠ったか
XがYの職員に対して、身体的虐待、経済的虐待、心理的虐待を受けている旨を訴えていた⇒障害者虐待防止法9条1項の届出があった。
Yの内部において届出として取り扱われなかったとしても、その後のYの対応が同情の趣旨に沿ったものであれば、国賠法上違法と評価されるわけではない。
Yの職員は、Xの訴えがあった当日及びその翌日には、X宅を訪問してAと面談
障害者スーパーバイズ会議では、Xの届出に係る申告内容についての検討を含め、Xに対する援助の方針や内容等について協議

Yは、速やかに訪問調査等による事実確認を行い、適切な時期に原告のケース会議等を開催⇒同条1項に規定する措置を怠ったとは認められない。
・・・・

養護者による障害者虐待により生命又は身体に重大な危険が生じているおそれがあったとは認められず、同条2項に規定する措置を講ずべき状況になく、Yが障害者一時保護諸運営事業を委託先からXを退所させたYの対応に違法性は認められない。
  ●経済的虐待 
  争点:
Yの担当者が、
①AにはXの保佐人として財産管理の代理権がないことを確認した時点、あるいは、
②通帳の写し提供を2回にわたって受けた各時点において、
XがAから受けた経済的虐待について、Xに対し、行政指導上の各種措置を実施すべき義務を怠ったか。
  Yの担当者は、
前記①の時点において、
A及びその両親が、Xが交通事故に関して受領した損害賠償金を浪費・費消する抽象的懸念を抱いていたとは認められるが、その程度の懸念では前記各種措置に結びつくほど経済的虐待の可能性について具体的に認識していたとはいえない
⇒職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったとはいえない。 
Yの担当者は
前記②の時点において、
障害者支援施設に入所するに当たり、所得を確認する目的で通帳の写しの提出を受けた。
but
所得に係る情報以外に、出金や残高に係る情報を知るために通帳の写しを利用することは、個人情報保護法の規定を踏まえると、当初の利用目的達成に必要な範囲を超え、かつ、その利用目的と合理的関連性を有するものではない場合には、法益侵害の予見可能性及び結果回避可能性が存在する必要がある。
国賠法上そのような利用を怠ることが違法と評価されるためには、
これらに加え、緊急に出金や残高に係る情報を知るために通帳の写しを利用することが求められる状況が必要で、
しかも、そのことが前記担当者に明白でなければならない。
本件ではこれらの要件が認められない⇒国賠法上違法ではない。
  Yの職員は、その後、通帳の写しを確認して、Aが継続的に多額の出金をしていることを確認⇒このまま放置すればXの財産が散逸する危険が現実に差し迫っている状況にあったことを認識するに至った。 
このような状況下で実効性を持って即座に対処することができる措置として、
Xに対し、出金状況及び残額を伝え、口座の管理についての意向を確認し、銀行に依頼して口座からの出金を停止できる旨を教示する措置を講じることが考えられる。
①経済的虐待の継続によるXの損害拡大の防止を期待できるのはYの担当者のみ
②前記措置を講じることにより、職務遂行上、大きな負担が生じるわけではなく、Xの被害拡大を防止することも可能で、その弊害も極めて限定的

Yの担当者には前記措置を講じる義務があったにもかかわらず、これを怠ったといえ、国賠法上違法。
  民事p16
最高裁R1.9.13  
  諫早湾の潮受堤防排水門の開門請求を認容する確定判決と漁業権の存続期間経過による消滅(再度付与あり)と請求異議の事由
  事案  国営諫早湾土地改良事業としての土地干拓事業を行うX(国)が、佐賀地裁及び福岡高裁の各確定判決において諫早湾の干拓地潮受堤防の北部及び南部各排水門の解放を求める請求が一部認容されたYらに対し、本件各確定判決による強制執行の不許を求めた請求異議訴訟。 
  佐賀地裁・福岡高裁
「判決確定の日から3年を経過する日までに、防災上やむを得ない場合を除き、本件各排水門を開放し、以後5年間にわたってその解放を継続せよ」と命ずる判決が、平成22年12月20日の経過で確定。
本件各確定判決が認定した前訴の口頭弁論終結時における本件各組合の各共同漁業権(「本件各漁業権1」)は、いずれも平成15年9月1日に免許がされたもので、その存続期間は同日から平成25年8月31日まで。
本件各組合は、平成25年9月1日、同一内容である各共同漁業権(「本件各漁業権2」)の免許を受けた。
  原審 本件各漁業権1は、その存続期間の末日である平成25年8月31日の経過により消滅⇒本件各漁業権Iから派生する権利であるYらの各漁業権行使に基づき本件各排水門の解放を求める請求権(開門請求権)も消滅⇒本件確定判決に係る請求権は、前訴の口頭弁論終結後に消滅したものであり、このことは、本件各確定判決についての異議の事由となる。
⇒Xの請求を認容。
  判断 共同漁業権から派生する漁業行使権に基づく潮受堤防排水門の開門請求を認容する判決が確定した後、当該確定判決に係る訴訟の口頭弁論終結時に存在した共同漁業権の存続期間の経過により同共同漁業権から派生する漁業行使権に基づく開門請求権が消滅したとしても、当該確定判決が、その主文から、同存続期間の経過後に当該確定判決に基づく開門が継続されることをも命じていたことが明らかであるなど判示の事情の下では、当該確定判決に係る請求権は、同開門請求権のみならず、同存続期間の末日の翌日に免許がされた同共同漁業権と同一内容の共同漁業権から派生する漁業行使権に基づく開門請求権をも包含するものと解される。
⇒前者の開門請求権が消滅したことは、それのみでは当該確定判決に対する請求異議の訴えにおける異議の事由とはならない。
  解説 ●原判決破棄の理由について
  民執法 第三五条(請求異議の訴え)
債務名義(第二十二条第二号又は第三号の二から第四号までに掲げる債務名義で確定前のものを除く。以下この項において同じ。)に係る請求権の存在又は内容について異議のある債務者は、その債務名義による強制執行の不許を求めるために、請求異議の訴えを提起することができる。裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も、同様とする。

2確定判決についての異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限る
  原判決が認めた本件各漁業権1の存続期間尾経過に係る請求異議事由は、民執法35条1項前段の「債務名義に係る請求権」が消滅した旨の異議事由⇒本件における「債務名義に係る請求権」すなわち本件各確定判決に表示された請求権は何かを把握する必要。
民執法35条1項前段の「債務名義に係る請求権」については、債務名義が確定判決である場合には、その主文を含む確定判決の記載全体に基づいて合理的に解釈するのが原則。
債務名義である本件各確定判決:
訴訟物を一義的に明確に特定した記載がなされていない。
通常訴訟物について記載される「理由の概要」欄を見ても、「漁業権又は漁業を営む権利としての妨害予防請求権及び妨害排除請求権・・・に基づき」本件各排水門の常時開放を求めることが記載されているのみで、どの漁業権に係る漁業行使権に基づき開門請求をしているのかは明示的には特定されていない。
but
①本件各確定判決の主文に記載された時的関係
⇒本判決で指摘されているとおり、本件各確定判決が、平成25年8月31日経過後に本件各確定判決に基づく開門を継続することも命じていたことは明らか。
②同日の経過により本件各漁業権1が消滅し同漁業権から派生する漁業行使権に基づく開門請求権が消滅することは前訴当時明らか

本件各確定判決は、同日経過後に存在するであろう別の漁業権から派生する漁業行使権に基づく開門請求権をも認容したものと解することができる。
「常時開放」を求めるという前訴の予備的請求の趣旨や本件紛争におけるYらの立場等⇒前訴において、Yらは、その合理的意思として、開門については永続的にされることを求めていたとみられる⇒本件各漁業権1の存続期間の経過後に再免許されるであろう同一内容の共同漁業権から派生する漁業行使権に基づき妨害は維持・予防請求をすることもできることを当然の前提とし、そのような請求を基礎付ける黙示的な主張をしていたとみるのが自然。
  漁業協同組合の有する共同漁業権が存続期間の経過により消滅しても、同組合に同一内容の共同漁業権の免許が再度付与される蓋然性があった。 
  原判決は、債務名義の解釈を誤った結果、民執法35条1項前段の「債務名義に係る請求権」の解釈適用を誤った。
本判決のいう「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」も同項違反を指しているものと考えられる。 
  ●差戻しの理由等について 
原審に差し戻した理由:
①本件各確定判決が、飽くまでも将来予測に基づくものであり、
②開門の時期に判決確定の日から3年という猶予期間を設けた上、開門期間を5年間に限って請求を認容するという特殊な主文を採った暫定的な性格を有する債務名義
③前訴の口頭弁論終結日から既に長期間が経過

前訴の口頭弁論終結後の事情の変動により、本件各確定判決に基づく強制執行が権利の濫用となるかなど、本件各確定判決についての他の異議の事由の有無について更に審理を尽くさせるため

本件潮受堤防をめぐる紛争が長期化していることなどに鑑み、差戻審における審理の着眼点を示す趣旨。
菅野裁判官の補足意見:
本件訴訟の中核的な争点は「請求異議事由としての事情の変動による権利濫用の成否」であると考えられるとした上で、
この争点については、債務名義の性質等として、同補足意見で詳述されているような本件各確定判決の特殊で暫定的な性格を踏まえた上で、前訴の口頭弁論終結後に事情の変動が生じ(民執法35条2項参照)、これにより本件各確定判決に基づく強制執行が権利の濫用となるに至っているか否かが(事実審において)審理判断されるべきであることを示唆。
  民事p23
名古屋高裁H30.10.11  
  生活保護の保護廃止処分と国賠請求(肯定)
  事案 生活保護受給者X(62歳)について、求職活動をするようにという口頭での指示、書面での指示(本件指示)、2回の弁明手続き⇒本件指示を従わないことを理由に生活保護の廃止処分(本件廃止分)

本件廃止処分の取消しを求める審査請求等⇒処分行政庁(四日市市社会福祉事務所長)は、本件廃止処分に至る手続に不十分な点が認められたことを理由に、本件廃止処分を取り消し。 
本件訴訟:
Xが、違法な本件廃止処分により精神的苦痛を被った⇒Y(三重県四日市市)に対し、国賠法1条1項に基づき、330万円と遅延損害金の支払を求めた。
  原審 Xの請求を、国賠法1条1項に基づき、5万5000円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容。 
  判断   原審維持。 
生活保護の実施機関は、被保護者に対し、生活の維持、向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができ(生活保護法27条1項)、
被保護者は、これらの指導又は指示に従う義務を負い(同法62条1項)、
従わない場合には、実施機関は保護を停止又は廃止することができる(同条3項)。
この指導又は指示の内容が客観的に実現不可能又は著しく実現困難⇒当該指導又は指示に従わなかったことを理由に保護の廃止等をすることは違法となる(最高裁)。
本判決:Xに対し企業面接を月に2社以上受けることを求める本件指示の内容について、Xにとって客観的に実現不可能又は著しく実現困難であるとまでは認められない。
  ①処分行政庁は、Xに対し、本件指示違反を理由として保護の変更、停止又は廃止をすることができるが、当該処分が著しく相当性を欠く場合には、裁量権を逸脱又は濫用したものとして、違法となる。
②特に、保護の廃止処分は、被保護者にとって最も重い処分

処分の根拠となった指示の内容の相当性、指示違反に至る経緯、指示違反の悪質性、将来において指示事項が履行される可能性、保護の停止を経ることなく直ちに保護を廃止する必要性・緊急性及び保護の廃止がもたらす被保護世帯の生活の困窮の程度等を総合考慮して、
裁量権の逸脱又は濫用の有無を判断するのが相当。
Xに本件指示違反はある
but
①Xに対する就労指導・支援が一定程度奏功している状況があり、Xにつき将来における本件指示の履行可能性が認められる
②2回目の弁明手続の頃にはXが面接待ちの状況であった
⇒本件廃止処分の当時、Xにつき保護の停止を経ることなく直ちに保護を廃止する必要性・緊急性はない。

①本件廃止処分がXにとって不利益の大きい処分である
②Xが糖尿病に罹患しており、通常人よりも稼働能力の制限があった
⇒処分行政庁は、保護の停止にとどめ、その間、Xに再度指導等をすることで、本件指示の遵守状況を勘案し、それでも遵守されなければ保護の廃止をするといった対応を執ることも可能であった。
それにもかかわらず、処分行政庁において、本件廃止処分に当たり、保護の停止を経ることなく保護を廃止することの必要性・緊急性が具体的に検討されていたものとは認め難い。

本件指示違反を理由に本件廃止処分を行ったことは著しく相当性を欠き、裁量権を逸脱又は濫用したものとして違法とし、国賠法上の違法も肯定。

保護の停止の検討がされないまま直ちに保護の廃止がされていることが、本件廃止処分を違法とする重要な判断要素となった。
  ①Xが、約1か月間、生活保護を受けることができず、また、先に受給した保護費の戻入れを求められる立場に置かれ、宿泊費の支払の見込みが立たなくなったことで居住していた特定非営利活動法人Rからの退去を余儀なくされたことで精神的苦痛を被った⇒慰謝料5万円と弁護士費用相当額5000円が認容。 
生活保護の廃止が違法であることを理由とする慰謝料請求を認容した事例:
生活保護を受けられなかった期間が約2年の事例⇒慰謝料15万円。
生活保護を受けられなかった期間が約3か月の事例⇒慰謝料30万円。
  民事p36
前橋地裁高崎支部H31.1.10  
  民法724条後段の除斥期間による請求権の消滅を妨げる行為が問題となった事案
  事案 平成10年1月14日、当時のX宅において、Xの両親及び祖母が殺害された。
Xは、Yが本件犯行に及んだと主張し、Xの両親及び祖母のYに対する各損害賠償請求権をXが相続したとして、Yに対して損害賠償を請求。
  判断 ●民法724条後段の法的性質 
民法724条後段が除斥期間を定めたものであるとの理解を前提に、除斥期間の定められている請求権を保存するための行為として、除斥期間の満了までに裁判外で権利行使の意思を明確にすれば足り、裁判上の権利行使を行うまでの必要はない。
  ●所在不明であるYに対する通知 
①Yが本件事件に及んだ直後から行方不明
②Yが住民票の住所地を従前の住所地に置いたまま変更していない

Yの最後の住所地に充てて通知書面を発出し同書面が通常同所に到達する期間を経過することでYが了知し得べき客観的な状態を生じたとして、同通知が到達したものと認め、XのYに対す前記請求権は除斥期間内に保存されている⇒民法724条により制限されない。
  解説 ●民法724後段の除斥期間による請求権の消滅を妨げるためにどのような行為が必要とされるか?
A:期間内に裁判上の請求をする必要がある(我妻、四宮等、学説の多数)
B:裁判外の権利行使で足りる
最高裁H4.10.20:
民法566条3項が定める1年の除斥期間について、売主の瑕疵担保責任による損害賠償請求を保全するためには、売主の担保責任を問う意思を裁判外で明確にすれば足り、裁判外の権利行使をするまでの必要はない。
but
民法566条3項に関する平成4年判決の解釈が民法724条後段にも妥当する理由は明らかでない。
  ●所在不明者に対する意思表示
隔地者に対する意思表示:それが相手方に到達したときからその効力を生じる(民法97条1項)。
「到達」とは、通知が相手方の了知可能な状態に置かれることで足りる(最高裁)。
前記規定は準法律行為にも準用されるべきとされる。
⇒除斥期間の保存のための意思の通知についても、その通知が相手方の了知可能な状態に置かれることをもって到達したと扱われる。
実際に通知の内容を了知していない場合でも到達を認める事例は多くある。
but
宛て所に尋ね当たらないため返送されたという事情の下で到達を認めるものは一般には見当たらない。

①そのような場合は、通知が相手方の了知可能な状態の置かれたとは通常考え難い
②表意者においては公示による意思表示(民法98条1項)によることができるため表意者の保護の必要性も高くない

本判決は一般化できない。
  民事p41
大阪地裁R1.9.12  
   リツイートによりなされた投稿が名誉毀損に該当⇒不法行為成立
  事案 ツイッターにおいて、他人がした投稿を引用する形式で自己のアカウントから投稿する方法(リツイート)によって行った投稿が、原告に対する名誉毀損に当たる⇒被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料等の支払を求めた。 
反訴:原告による本訴提起行為が訴権を濫用する「スラップ」訴訟に当たる⇒不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料等の支払を求めた。
  判断 投稿者によるリツイートには様々な目的が想定されることを踏まえ
「何らのコメントも付加せず元ツイートをそのまま引用するリツイートは、ツイッターを利用する一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば、例えば、前後のツイート内容から投稿者が当該リツイートをした意図が読み取れる場合など、一般の閲覧者をして投稿者が当該リツイートをした意図が理解できるような特段の事情の認められない限り、リツイートの投稿者が、地震のフォロワーに対し、当該元ツイートの内容に賛同する意思を示して行う表現行為と解するのが相当」
・・・・
⇒本件投稿の行為主体(責任の帰属主体)は被告。 
一連の最高裁判例⇒本件投稿は、概要、原告の主張する内容の事実を摘示したものと認められ、
当該摘示内容を前提とすれば、本件投稿は原告の社会的評価を低下させる。

名誉毀損に該当。
原告の損害は33万円。
本訴請求を一部認容⇒被告の主張する「スラップ」(訴権の濫用)の前提を欠く⇒反訴は請求棄却。
  知財p48
大阪地裁H29.10.12  
  創作者の1人とは認められない⇒職務意匠の対価請求には理由がない
  事案 物品「物干し器」等についての登録意匠4件に係る意匠権を有するY1の元従業員であるXが、自らがY1意匠の主たる創作者でありY1意匠は在職中の職務意匠⇒Y1に対して相当な対価の支払を請求。 
  判断 共同創作のうちの1人といえるためには、
その創作過程において、単にアイデアを提供したのではなく、
補助者、助言者にとどまらない立場で創作に現実に加担したことが認められる必要。
ここにいう創作とは
意匠登録を受ける権利を共有させる根拠となる⇒その内容、程度が、当該意匠を登録意匠たり得ることに寄与するものでなければならず、
当該物品の部分の意匠の改変にとどまっていて物品全体から起こされる美感に影響を及ぼさない程度の意匠の創作に関与しただけであったり、
また誰でも容易に創作できるようなありふれたデザインの修正を提案したというだけでは足りない。
製品化のための設計段階で本件意匠のデザインに影響を与える形状の改変を施したとしても、その改変が既提案のデザインを製品化するための強度の確保や機構組込みのための技術的観点から不可避的にされたもの⇒をれをもって意匠の創作があったとはいえない。
・・・・
  解説 登録意匠が職務意匠でありこれを使用者に承継等させた者は、使用者に対し相当の対価を請求することができる(意匠法15条3項で準用する特許法35条4項)。 
意匠の創作者の認定基準について、
本判決の示す基準は、
大まかには、特許法分野での議論を踏襲。
発明者については、概ね
「当該発明の創作行為に現実に加担した者を指し、単なる補助者、助言者、資金の提供者、あるいは単に命令を下した者は発明者とならない」
とされている。

本判決:
創作者たるには
「単にアイデアを提供したのではなく、補助者、助言者にとどまらない立場で創作に現実に加担したこと」が必要。
発明に関して、創作とは発明の特徴的部分に関わるものを指すと解されており、

本判決:
創作とは「その内容、程度が、当該意匠を登録意匠たり得ることに寄与するものでなければなら」ない。
大阪高裁H6.5.27:
創作者とは、意匠の創作に実質的に関与した者をいい、具体的には、形態の創造、作出の過程にその意思を直接的に反映し、実質上その形態の形成に参画した者をいうが、
主体的意思を欠く補助者や、あるいは単に課題を指示ないし示唆したにとどまる命令者はこれに含まれないものと解される」
発明がグループで行われた際の具体的な発明者の認定は必ずしも容易ではない。
本判決:
設計段階での改変に関して、
既提案のデザインを商品化するための強度確保や機構組込みのための技術的観点から不可避的にされたもの⇒それをもって意匠の創作があったとはいえない。
本判決:
検討過程で提案されたデザインの修正案が完成した意匠の構成に残されていない場合、その修正案を提案した者は創作に加担したとはいえない。
vs.
いわゆる没案をベースにして最終案が形造られること等⇒没案を提案した者を直ちに最終うデザインの創作者から除くという基準が常に妥当するのか、議論の余地。
本判決:
具体的なあてはめ部分で、
Y1意匠4の一部形状に関し、構造の異なる先行品とのデザイン上の統一を図るために採用された形状であるにすぎず「デザインの創作性を発揮するよちはなかった」
vs.
かえって構造の異なる(したがって直ちに同じ形態を採用することができない)物品間で形態的統一を図ることも1つのデザインであるという見方もあり得る。
  商事p71
和歌山地裁田辺支部H31.4.24  
  保険契約者の新保険金受取人に対する保険金受取人変更の意思表示と有効性(肯定)
  事案 生命保険契約の保険契約者及び被保険者Aの死亡に伴う死亡保険金について、Aによる保険金受取人をZ(Aの妻)からX(Aの兄弟)に変更する意思表示の有無や有効性が争われた。 
債権者不確知を原因として保険会社Yが供託した死亡保険金について、
①Xは、Zに対して、ZはX及びY社に対して、それぞれ供託金還付請求権を有することの確認を求めるとともに、
②Zが、本件受取人変更の意思表示の際に、Y社の保険募集人Bに不法行為があったと主張して、Y社に対して、使用者責任に基づく損害賠償請求として金員の支払を求めた。
保険法施行日(平成22年4月1日)前に締結⇒改正前商法が適用。
  争点 ①Z(妻)のY社に対する確認の訴えの利益の有無
②AのXにに対する本件受取人変更の意思表示の有無及び時期
③本件受取人変更の意思表示の錯誤無効の成否
④Bの不法行為及びY社の使用者責任の成否
  判断 ●争点①
Y社が、X又はZのいずれかに支払うべき死亡保険金を供託し、その取戻請求権を放棄したことにより、ZとY社との間で供託金還付請求権の帰属先を確認する利益はない⇒ZのY社に対する確認の訴えを却下。
  ●争点② 
Aの死亡時期と名義変更請求書がY社に到達した時期の先後は証拠上明らかではない。
改正前商法:
保険金受取人の変更の意思表示の効力発生時期についての規定なし。
他方で、保険契約者がする保険金受取人変更の意思表示は、保険契約者の一方的意思表示によってその効力を生じ、意思表示の相手方は新旧保険金受取人のいずれに対してもよく、この場合には、保険者への通知を必要とせず、同意思表示によって直ちに保険金受取人変更の効力が生じる(最高裁昭和62.10.29)。
⇒Y社ではなく、Xに対する受取人変更の意思表示の有無等が問題とされた。
判断:Aが、Xや本件募集人Bが同席する中で、本件受取人変更の意思表示を行う旨を明らかにした上で、名義変更請求書を作成

本件受取人変更の意思表示は、名義変更請求書の宛先が形式的にはY社とされていたとしても、その場に同席していたXに対してもされたと評価できる。
  ●争点③ 
Z:Aが、アルコール依存症の重篤化による幻想・妄想の影響や、Xの言動等により、ZがAの印鑑を持ち出して多額の借金をしようとしたり、Aの財産や死亡保険金を子供のためではなく、自身のために費消しようとしたりしているなどと誤信して、本件受取人変更の意思表示を行ったことが要素の錯誤に該当すると主張。
判断:Zの主張する事実は認められないとしてZの主張を排斥。
  ●争点④ 
Z:保険金受取人変更の申入れがAからあった際、保険募集人であるBには、最低限、Aに保険証券の提出を求めて、その申入れて異常がないかを確認すべき義務があった。
but
Bはかかる義務に違反して保険証券の提出を求めることなく手続を進め、Zの保険金受取人の地位を失わせたことが、不法行為に該当すると主張。
判断:昭和62年最判の枠組みに基づく限り、保険金受取人変更の意思表明がされた場合の旧保険金受取人の地位は、変更権の制限の下にあることが前提とされており、もともと不安定な弱いものにすぎないものであることを前提に、本件事実関係の下では、Bの対応に不適切な点はなく、Zの主張するような義務は認められない。
Y社の使用者責任を求める点について
本件会社であるY社と保険募集人Bとの関係は、Bが、Y社の生命保険契約取引の媒介などの代理店業務(商法27条の媒介代理賞としての性質を有する。)を行うことを内容とする準委任契約
⇒両者の間に実質的な指揮監督関係は認められない⇒使用者責任は成立しない。
  解説 現在の保険法:
保険金受取人の変更の意思表示の相手方が保険者に限定され(同法43条2項)、その意思表示は、その通知が保険者に到達したときは、当該通知を発した時にさかのぼってその効力を生ずるとされている(同条3項)。
⇒争点②に関する問題は立法的に解決された。
but
改正前商法が適用される生命保険契約の事案は現在も少なくない。 
  労働p77
東京高裁H31.3.28  
  定額残業代(固定残業代)の定めが有効とされた事案・終業時間の認定
  事案 一審被告の従業員であった一審原告から、一審被告に対し、一審被告との間の雇用契約に基づいて、未払賃金等及びこれに対する賃金の支払の確保等に関する法律所定の割合による遅延損害金並びに付加金及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の割合による遅延損害金の支払を求めた事案。 
  原審 定額残業代の定めは公序良俗に違反し無効。
一審原告の残業代の計算における基礎賃金は、基本給と職能手当の合計であるとして未払賃金等を算出し、
付加金は時間外割増賃金と同額が認められるが、平成25年10月分以前の時間外割増賃金に相当する付加金請求は認められない。

一審原告の請求を一部認容。
  判断    争いのある始業時刻及び終業時刻につき、
それぞれ一定の基準を設定した上、シフト表、最終メール送信時刻、ログオフログ時刻などを手掛かりに認定。 
原審:最終送信メールの送信時刻が22時以降であっても22時を終業時刻に。
本判決:
最終送信メールを根拠に終業時刻を主張⇒その時刻を終業時刻と認定。
一審原告の出勤が認められる日に一審原告のアカウントによるログオフログあり⇒当日が一審原告の休日や早番であるなど、一審原告がログオフした可能性が乏しいことをうかがわせる状況が無ければ、一審原告がログオフしたと推認するのが相当⇒そのような推認ができる日においては、その時刻を終業時刻の認定に使う。
シャットダウンログ:
一審被告の他の従業員や上司がシャットダウンした可能性も否定できない⇒シャットダウンログのみしかない場合には、その時刻をもって一審原告の終業時刻を定めることはできない。
  一審被告の月額賃金:基本給、職能手当及び通勤手当により構成。

給与規程19条:表題を【定額残業制導入の趣旨】とした上、
職能給を「時間外割増、休日割増もしくは深夜割増の前払いとして支給する手当」

同規定16条:職能給を「社員個人の職務遂行能力を考慮し加算される時間外割増、休日割増もしくは深夜割増の前払いとして支給する手当」と定義しており、同規程に定める職能給は職能手当を指すとされ、
一審原告の雇用契約書(本件雇用契約書)においても、職能手当は、「時間外割増、深夜割増、休日出勤割増としてあらかじめ支給する手当」であるとし、「法定割増の計算によって支給額を超え差額が発生する場合は、法令の定めるところにより差額を別途支給します」としている。

①給与規程19条は、同規程20条1項と異なり「法定外」に限定する文言はなく、本件雇用契約書も同様⇒職能手当には、法内時間外労働手当も含むと解される
②一審被告は、一審原告に対し、職能手当以外に結婚式担当や2次会の予約を獲得したことに対する報酬としてインセンティブを支給しており、職能手当に成果給の性質はない
③定額残業代の合意が有効となるためには、通常の労働時間の合意に当たる部分と時間外・休日・深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することができるものであることを要するところ、前記認定した給与規程は、その要件を満たすもの

本件特約は、定額残業代の定めとして有効であって、基礎賃金には、職能手当は含まないと解するのが相当
  ①基礎賃金の1時間当たりの金額は不当に廉価とはいえない、
②本件特約は、時間外労働があった場合に発生する時間外割増賃金として支払う額を合意したものであって、約87時間分の法定外時間外労働を義務づけるものではない。
③経験を積むに従い、基本給を据え置いたまま、残業時間が増えることを見込んで職能手当を増額することに十分な合理性があるとはいい難いが、職能手当が約87時間分の時間外労働に相当することをもって、前記のとおり給与規程及び本件雇用契約書において明確に定額残業代と定められた職能手当につき、時間外労働の対価ではなく、あるいはそれに加えて、通常の労働時間内の労務に対する対価の性質を有すると解釈する余地があるというには足りない。

本件特約が労基法32条、36条に違反するから、公序良俗に反し無効となるとする一審原告の主張も排斥。 
  労働p100
名古屋地裁R1.7.30  
  懲戒処分無効⇒私立大学の大学教授の再雇用拒否が許されないとされた事例
  事案 Yの設置するZ大学の教授であり、定年に達したXが、Yに対し、再雇用を希望する旨の意思表示⇒Yがこれを拒否⇒同拒否の意思表示は正当な理由を欠き無効であり、Yとの間で再雇用契約が成立と主張し、
①雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及び
②定年後の賃金の支払を求めるとともに、
③無効な懲戒処分・再雇用の拒否によって精神的苦痛を被ったとして不法行為に基づき慰謝料の支払を求めた。 
  争点 ①懲戒事由該当性
②懲戒処分の相当性
③定年後再雇用の黙示の合意の有無又は再雇用拒否が権利の濫用に当たるか 
  事実 就業規則:
大学院教授以外の教育職員の定年について、満65歳としつつ、満68歳に達する年の学年度末を限度として再雇用することができる旨規定。
但し、懲戒処分歴を再雇用の欠格事由を規定。 
Yは、Xに対して、調査委員会の報告、懲戒委員会の審議を経た上で、平成28年11月29日、Xのb専攻の専攻主任としての行為に関し、懲戒処分の1つである譴責処分(「本件処分」)をした。
懲戒処分対象事実とされたXの行為:
①b専攻所属のA教授の大学院性に対するハラスメント行為に関する情報をA教授が指導する別の研修生に明らかにした上でハラスメントを受けた事実がないか調査をしたこと
②b専攻に所属する教員に正式決定前にA教授の懲戒に関する情報を知らしめたこと
③A教授の懲戒案件を扱うb専攻の専攻会議に関して、A教授と婚姻関係にあるB教授の会議出席や開催案内について他の教員と異なる取扱いをしたこと
の3点。
①②:業務上知り得た重大な秘密を外部に漏らした場合
③:服務規律違反
で懲戒事由に当たるとされた。
Xは、Yに対し、定年後の再雇用の希望を提出
but
Yは、本件処分を受けたこと、再雇用の欠格事由に当たる⇒Xについて定年後の再雇用を拒否。
  判断 本件における具体的な事実関係

①②について、重大な秘密を外部に漏らした場合に当たらないか、正当な理由が認められる。
③について、服務規律に違反する行為に当たらない。
⇒懲戒事由該当性を否定し、本件処分を無効と判断。 
仮に懲戒事由該当性が肯定⇒譴責を免じて訓戒に留めるのが相当⇒懲戒事由の均衡を欠く⇒本件処分を無効と説示。
●  一般論として、
労働者において定年時、定年後も再雇用契約を新たに締結することが雇用が継続されるものと期待することについて合理的な理由があると認められる場合、使用者において再雇用基準を満たしていないものとして再雇用をすることなく定年により労働者の雇用が終了したものとすることは、
他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情がない限り、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、
この場合、使用者と労働者との間に、定年後も就業規則等に定めのある再雇用規程に基づき再雇用されたものとみるのが相当。
労契法19条2号類推適用、最高裁H24.11.29参照。
Xにおいて、定年後、再雇用契約を締結し、満68歳の属する年度末まで雇用が継続すると期待することが合理的であり、
懲戒事由該当性すら欠き無効である本件処分を前提にされた本件再雇用拒否は許されず、
Xについて、定年後もYの再雇用規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続している。
  刑事p113
千葉地裁H30.12.4  
  運転を予定している者に密かに睡眠導入剤を摂取さえsた上、意識障害等が現れている状況で、運転するよう仕向けた行為と殺人の実行行為(肯定)
  事案 運転を予定している者に密かに睡眠導入剤を摂取させ、意識障害等が現れている状況で、運転するように仕向けた⇒死傷事故⇒殺人罪の成否が問題。 
  解説 弁護人の主張:
運転開始時のV1、V4には相応の判断能力や運転応力が備わっていた⇒被告人が睡眠導入剤を摂取させた上で運転を開始させた行為は、それによって交通事故を起こさせる危険性がないか、または非常に低いので、殺人罪の実行行為に当たらないという趣旨?
vs.
本判決:
睡眠導入剤は一般的な服用量以上で、
V1、V4にはその効果が明らかに生じていたと認めており、
事実認定レベルで弁護人の主張を排斥。
  ①本件では、運転者V1、V4には自損・他害事故を起こす故意も危険運転の故意もない⇒死傷事故に対するV1、V4の原因行為はせいぜい過失行為。
②V1、V4が、被告人に摂取させられた睡眠導入剤による意識障害等のために、自己の運転の危険性を制御することも、危険性を認識して運転開始を思い止まることもできなかった⇒被告人は、そのようなV1、V4を道具のように理容師、死傷結果惹起の原因を支配して本件殺人(未遂)を行ったとみることができる。

V1、V4については被害者を利用した間接正犯、
同乗者V3と対向車のV2、V5については第三者V1、V4を利用した間接正犯とする構成が可能。
(V3についは、睡眠導入剤により同乗行為の危険性を認識できず、V4の運転を制御することもできなかったとみれば、被害者V3を利用した間接正犯の要素もある)。
but
本判決は、被告人の行為は、「その因果として」死亡事故を生じさせる危険性が高い行為であると述べており、間接正犯を示す表現は用いていない。
被害者の行為を利用した殺人について、最高裁H16.1.20:
間接正犯の点に触れることなく、
「被害者をして、自らを死亡させる現実的危険性の高い行為に及ばせたものであるから、被害者に命令して車ごと海に転落させた被告人の行為は、殺人罪の実行行為に当たる」と判示。

この種の犯罪形態では利用行為自体が被害者を死亡させる具体的危険性のある殺人の実行行為であるとして、直接正犯とする考え方が示されている。
伝統的に実行行為概念によって因果関係の起点、実行の着手、不能犯、正犯性等の問題を統一的に解釈することが試みられてきた。
実行行為概念を形式的に「構成要件該当行為」と定義するのではなく、より実質的に「結果発生に対する現実的危険性を帯びた行為」というように定義するのが一般的。 
この種の行為には危険運転致死傷罪が適用されているという弁護人の主張に関しては、
暴走運転致死事件に殺人罪を適用する上で理論的な支障はないが、こうした運転行為の場合、自らも死傷する可能性が高い⇒運転者がこの事故危殆化を認識していない場合か、自己危殆化を避けたいと意思していない場合でなければ、故意の立証・認定が困難であり、その結果、殺人罪の適用には謙抑的になる
という分析がある。
本件では、被告人が運転も同乗もしていない⇒自己危殆化の問題は生じない。
控訴審:
本判決が自己に巻き込まれた対向車の運転者についても未必の故意を認めた点を事実誤認とし、本判決を破棄して原審に差し戻した。 
2433   
  行政p3
最高裁R1.8.9  
  死刑確定者と親族以外の者との間での発受する信書についての事案
  事案 死刑確定者であるXが、同人宛ての信書の一部について受信を許さないこととして当該部分を削除した大阪拘置所長の措置は違法⇒Y(国)を相手に、本件処分の取消しを求めるとともに、国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めた。 
  判断 刑事施設の長は、死刑確定者が親族以外の者との間で発受する信書につき、
刑事収容法139条1項2号所定の用務の処理(重大用務処理)のために必要な記載部分のほかに、そのために必要とはいえない記載部分もある場合には、
同項3号又は同条2項によりその発受を許すべきものと認められるときを除き、
同条1項に基づき、同部分の発受を許さないこととしてこてを削除し、又は抹消することができる。 
  規定 刑事収容法 第一三九条(発受を許す信書)
刑事施設の長は、死刑確定者(未決拘禁者としての地位を有するものを除く。以下この目において同じ。)に対し、この目、第百四十八条第三項又は次節の規定により禁止される場合を除き、次に掲げる信書を発受することを許すものとする。
一 死刑確定者の親族との間で発受する信書
二 婚姻関係の調整、訴訟の遂行、事業の維持その他の死刑確定者の身分上、法律上又は業務上の重大な利害に係る用務の処理のため発受する信書
三 発受により死刑確定者の心情の安定に資すると認められる信書
2刑事施設の長は、死刑確定者に対し、前項各号に掲げる信書以外の信書の発受について、その発受の相手方との交友関係の維持その他その発受を必要とする事情があり、かつ、その発受により刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがないと認めるときは、これを許すことができる。
  解説 刑事収容法において、外部交通の一類型である信書の発受は、受刑者については、原則的に相手方の範囲に制限はなく、基本的に保障されているのに対し(同法126条)、
死刑確定者については、許される範囲は制限され、
親族との間においては基本的に保障されているものの(同法139条1項1号)、
それ以外の者との間においては
重大用務処理のため(同項2号)又は心情の安定に資すると認められる場合(同項3号)にのみ保障し(権利発受)、
これ以外の場合には、信書の発受により刑事施設の規律秩序を害するおそれがないと認められるときに、刑事施設の長の裁量により許す(同条2項)にとどまる(裁量発受)。 
死刑確定者について信書の発受が許される範囲が制限

①死刑確定者の拘置の趣旨、目的が、死刑の執行に至るまでの間、同人を社会から厳重に隔離すること等にあるに照らせば、刑事施設における処遇上、受刑者と比較して、より広範にその自由を制約することも許されると考えられる
②死刑確定者は、来るべき自己の死を待つという特殊な状況にあり、外部交通によって、激しい精神的苦痛に陥ったりすることが十分に想定されるため、親族などとの間の信書や交友関係の維持のため等に必要な信書の発受以上に、外部交通の自由を認めるのは適当ではないと考えられる。
刑事収容法139条1項2号による信書の発受は、重大用務処理のための必要性を理由に許されるもの⇒その処理のために必要とはいえない記述部分についてまで、同号により発受を許すべき理由はない。
本判決:「刑事収容施設法139条1項3号又は同条2項によりその発受を許すべきものと認められるときを除き」

重大用務処理のために必要と認められない記述部分であっても、別途、同条1項3号によりその発受を許すべき場合がある。
同条2項は、刑事施設の長の裁量によりその発受を許すものであるが、その発受を許さない旨の刑事施設の長の判断について裁量権の範囲の逸脱又は濫用があれば、当該判断が違法となることを念頭。
  行政p7
最高裁R1.7.16  
  固定資産評価審査委員会の決定の取消訴訟において、同委員会による審査の際に主張しなかった事由を主張できるか?(肯定)
  事案 本件建物を所有しているXが、東京都知事によって決定され固定資産課税台帳に登録された本件建物の平成24年度の価格(「本件登録価格」)を不服⇒審査の申出⇒Y(東京都)を相手に、本件決定のうち事故が相当と主張する評価額を超える部分の取消しを求めた。 
  事実 東京都知事は、本件建物について、平成24年度の価格を6億8802万8700円と決定⇒Xは、本件委員会に対し、本件登録価格を不服として平成26年法律第69号による改正前の地税法432条1項の規定による審査の申出。
その際、本件建物の再建築費評点数の算定の基礎とされた主体構造部の鉄筋及びコンクリートの使用料に誤りがあるとの主張をしていなかった。 
  原審 固定資産課税台帳に登録された価格を不服として固定資産評価審査委員会に審査の申出をした者が、当該申出に対する同委員会の決定の取消訴訟において、同委員会による審査の際に主張しなかった事由を主張することは、同事由について審査を経ていない以上、そのことに正当な理由があると認められる特段の事情がない限り、地税法434条2項等の趣旨に反し、許されない。

本件主張追加に係る事由について本件委員会の審査決定を経ないことにつき正当な理由があるとは認められないから、原告の訴えのうち本件請求の趣旨変更に係る部分は、審査請求前置の要件を充足せず、不適法。 
  判断 審査申出人は、固定資産評価審査委員会による資産緒際に主張しなかった事由であっても、審査決定の取消訴訟におちて、その違法性を基礎付ける事由として、これを主張することが許される。 
  解説   地税法434条:
固定資産課税台帳に登録された価格に係る不服について、原処分に対する取消しの訴えを許容せず、採決の取消しの訴えのみを許容する裁決主義を採用。
裁決主義は、原処分に不服の場合でも、審査請求をし、その裁決の取消しを求めて訴訟を提起するほかない⇒審査請求前置主義の一態様。
  取消訴訟と審査請求手続との関係:
最高裁昭和29.10.14:
行政事件特例法の時代の市議会議員選挙の無効裁決の取消しを求める事案において、選挙の効力に関する訴願で主張されていない事実でも、訴訟で当事者が主張した事実は選挙の効力に関する判決の基礎とすることができる旨を判示。
  行政p16
東京高裁H31.2.28  
  複数団体への分派と団体規制法上の更新決定の効力
  事案 Xは、Y(国、控訴人)に対し、
主位的に、本件更新決定がXに対しては存在しないことの確認を求め、
予備的に、本件更新決定のうちXを対象とする部分の取消しを求めた 
  判断   ●団体規制法4条2項及び5条4項の解釈 
観察処分の対象となる「団体」について、
団体規制法4条2項は、「特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体又はその連合体」をいうと規定。
・・・
両集団を併せて1つの団体と認めることができる場合はもとより、
両集団の現状からは直ちに1つの団体と認めることができない場合であっても、各集団について観察処分の対象団体と同一性がある団体であると認められるときは、
各集団に対する観察処分の期間の更新決定は、各集団について団体規制法所定の期間の更新の要件を充たすものである限り、
各集団に対してその効力が及ぶ。
  ●本件における認定及び判断 
団体規制法4条2項にいう「団体」の要件である「多数人の継続的結合体」とは、2人以上の特定人からなり、その構成単位たる個人を離れて、結合体としての独自の意思を決定し得る組織体であって、社会的に相当の期間にわたって存続するものと解される。
・・・・

本件更新決定当時の状況において、XとAとの間に、多数人の継続的結合体としての関係があるとは認められる、両者が1つの団体であるとはいえない。
Xが観察処分の対象団体と同一性がある団体といえるかについて、
①設立経緯
②構成員
③組織形態
④活動
⑤その活動におけるオウム真理教の棄教及び哲学教室への改編の表明は、真にオウム真理教の教義を廃止し、大黒天等への帰依を教義としなくなったことを裏付けるものとは認められない。

本件更新決定時において、Xは観察処分の対象団体と同じ「特定の共同目的」を有し、同団体との同一性を有するものと認められる。

本件更新決定のうちXに対する部分は適法。
  解説  本判決:
大体規制法4条2項にいう「団体」の要件である「多数人の継続的結合体」とは、2人以上の特定人からなり、その構成単位たる個人を離れて、結合体としての独自の意思を決定し得る組織体であって、社会的に相当の期間にわたって存続するものと解されるところ、
同法の規定の分離解釈及び趣旨・目的による目的的解釈により、観察処分の対象団体の後継団体と目される団体が複数の集団に分派ないし分裂した場合において、これらの集団を併せて1つの団体であると認めることができない場合であっても、各集団について観察処分の対象団体(オウム真理教)と同一性がある団体であると認められるときは、各集団に対する観察処分の期間の更新決定は、各集団について団体規制法所定の期間の更新の要件を充たすものである限り、各集団に対してその効力が及ぶと解するのが相当であるとの解釈。
Aから分派したXについて、その実態に照らし、XとAを1つの団体と認めることはできないが、オウム真理教と同一性のある団体であると認められ、本件更新決定の効力が及ぶ⇒本件更新決定を取り消した1審判決を取り消した。
  行政p43
大阪高裁R1.5.16 
  救急活動記録票に記載された情報と非公開事由(利益侵害情報)
  事案 大阪府高槻市の住民(X)が、高槻市消防長に対し、高槻市情報公開条例(「本件条例」)に基づき、消防隊員が個々の救急活動に係る情報を所定の書式に入力して作成した電磁的記録である平成23年度分から平成29年度分までの救急活動記録票(本件記録)の公開を請求⇒全部を公開しない旨の決定⇒高槻市(Y)に対し、救急活動記録票のうち傷病者の氏名、生年月日、住所、傷病名などの項目を除いた部分に対する非公開決定の取消しを求めた。
  条例  個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報を照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)(=個人識別情報)
又は
特定の個人を識別することはできないが、公開することにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの(=利益侵害情報)
を原則として非公開。 
  原審 救急隊が出場した場所が記載された情報⇒個人識別情報に該当。

それ以外:
個人識別情報には該当しない
but
傷病者の具体的な症状や応急措置、救急活動の事実経過のまとめや自己評価等の内容が記載された情報は個人の人格に密接に関連するものであって、公開することにより個人の権利利益を害するおそれがあり、利益侵害情報に該当。

これらを除いた部分について非公開処分を取り消し、その余を棄却。 
    Yが原判決のうち敗訴部分を不服として控訴。
  判断 傷病者が搬送された医療機関名や診療科目の記載された部分と傷病者が受けた応急措置の内容が記載された部分は、利益侵害情報に該当⇒当該部分について原判決を取り消した上、Xの請求を棄却し、その余の控訴を棄却。 
  民事p57
最高裁R1.7.18  
  水路の流水についての当該土地改良区の排他的管理権侵害(否定)
  事案 Xは、かんがいの目的で河川の流水の占有について河川法23条の許可を受け、当該許可に基づいて取水した水を水路に流しており、Xの組合員は本件水路を農業用の用排水路として使用。
本件水路は、いわゆる法定外公共物として国から徳島市に譲与されたものであり、その全般的な維持管理は、事実上、Xが行ってきた。
  Xは、定款等において、Xが維持管理する用排水路へXに無断で汚水を流してはならず、当該用排水路等を使用しようとする者は、Xの定める基準により計算される使用料を支払わなければならない旨を規定。
  Yらは、本件水路の周辺の土地建物を所有するなどしており、公共下水道が整備されていないため、し尿を各自の浄化槽により処理し、Xの承認を受けないで本件水路へ排水。
  Xが、本件水路へのYらの排水により、本件水路に係るXの排他的管理権が侵害され、Xに損失が生じるとともにYらに利得が生じた⇒Yらに対し、不当利得返還請求権に基づき、それぞれ本件水路の使用料相当額の支払等を求めた。 
  原審 河川法23条の許可に基づく流水占有権は排他的に流水を占有する物権的な権利⇒Xは同条の許可を受けて取水した水が流れる本件水路の流水について排他的管理権を有し、Yらによる本件水路への排水によりXの前記排他的管理権が侵害され、Yらに不当利得が生じた⇒Xの請求を一部認容。 
  判断 原審の判断には違法がある。
Yらの敗訴部分を破棄し、Xの控訴を棄却。
  解説 河川法23条は、河川の流水を占有しようとする者は、河川管理者の許可を得なければならない旨規定。
流水の占有:
①流水を排他的・継続的に取水して使用する「量的な占有」と
②一定の流水面を排他的に使用する「面的な占有」
とが考えられ、本件で問題となるのは①。
同条の許可を受けた取水利益は「許可水利権」と呼ばれている。
許可水利権は、物権的性格を有し、許可された流水の占有が第三者により妨害された場合には、その妨害を排除し、予防し又は回復することができる。
but
その内容は、流水に対する全面的な支配権ではなく、流水を許可された範囲内で指定に使用する権利であり、許可に係る使用目的を満たすために必要な限度の流水を使用しうる権利であって(最高裁昭和37.4.10)、
自己の必要な範囲を超えて第三者による流水の使用を排斥したり、第三者にこれを使用させる権能まで有するものではない。

許可水利権は、河川の流水の一定量を取水して使用することができる権利であり、その権利自体には物権的性格が認められる。
but
許可水利権に基づいて取水した水が流れる水路に第三者が排水をしたというだけで、当該許可水利権において許可の対象とされた流水の占有が妨害されたとはいえず、当該許可水利権の侵害を認めることはできない。
本件水路のように河川法等の機能管理に関する特別法の適用のない公共用物については、その機能に着目して行政的に規制する法律が沿革的に存在しなかった⇒「法定外公共物」と観念。 
平成12年4月1日に施行されたいわゆる地方分権一括法等による地方分権推進施策により、公共用水路として現に公共の用に供されているものは、国から市町村に譲与され、市町村が管理条例等を制定するなどして管理。
本件は、法廷外公共物である水路を事実上維持管理する土地改良区と周辺住民との間の法的関係について、最高裁が判断を示したもの。
  民事p70
東京高裁H31.1.16  
  定期傭船契約解除、準拠法、返船時に残存していた燃料について
  事案 船舶所有者Xと傭船者Yとの間で、定期傭船契約が締結⇒Yについて民事再生手続が開始⇒Xは、本件再生手続の開始決定後にYが継続して船舶を利用したことにより生じたもので共益債権となる定期傭船料債権6万8455.55米ドル及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた(請求2)。
Xは、請求2の他に、本件再生手続に再生債権として届け出た債権のうち再生債務者表の弁済額(「本件弁済額」)に記載されて確定した3090万96円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた(請求1)。
but
この部分については、原審において、再生計画により確定した再生債権と同一の内容の請求に係る訴えを提起した場合は、時効中断の必要性がある場合等を除き、訴えの利益を欠く⇒却下⇒控訴審でこの部分は取下げ。
  事実 Yは、平成27年10月5日、民事再生手続が開始決定⇒同月14日、民再法49条1項に基づき本件定期傭船契約を解除する旨の意思表示をし、本件船舶を返船。
当該返船時には、Yが所有する燃料が残存。
再生計画の認可決定が確定
but
Yは、再生計画において定められた期限内に、Xに対し本件弁済額を支払わなかった。
Yは、平成29年4月3日、本件の準備書面において、Xに対し、
①本件解除により発生した本件残存燃料に係る不当利得返還請求権又は
②本件残存燃料の代金請求権
を自働債権とし、
本件弁済額(請求2に係るもの)を受働債権として、対等額で相殺する旨の意思表示をした。
  争点 前記の相殺の抗弁に係る自働債権の発生 
  規定  法適用通則法 第一四条(事務管理及び不当利得)
 事務管理又は不当利得によって生ずる債権の成立及び効力は、その原因となる事実が発生した地の法による。
法適用通則法 第一五条(明らかにより密接な関係がある地がある場合の例外)
前条の規定にかかわらず、事務管理又は不当利得によって生ずる債権の成立及び効力は、その原因となる事実が発生した当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと、当事者間の契約に関連して事務管理が行われ又は不当利得が生じたことその他の事情に照らして、明らかに同条の規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の地があるときは、当該他の地の法による。
  判断 ●本件不当利得返還請求権
本件不当利得返還請求権の準拠法:
その発生時は返船時。
返船が行われた場所は、英国のマウント湾沖の公海上⇒法適用通則法14条をそのまま適用できない。
同法15条との関係では、利得は本件定期傭船契約に関連して生じたもの⇒本件定期傭船契約の準拠法である英国法と密接な関係がある⇒英国法。 
  英国法における「不当」の要件を満たさない⇒本件不当利得返還請求権の発生を否定。
  ●本件燃料買取合意
準拠法:
法適用通則法8条2項の規定⇒特徴的な給付たる残存燃料の引渡しをYが行っており、Yの所在地の法である日本法が準拠法。
but
①Yが主張するのは国際海運取引上の慣習に基づく合意
②国際海運取引での傭船契約では英国法を準拠法とするのが一般的
⇒英国法を準拠法とする資料も含めて検討。
①本件においては、残存燃料について、X及びYが所有権を移転させることを目的としていたとは言い難い
②返船時に燃料の買取合意が成立するという法律構成は、未払傭船料等と差引清算をしたうえで差額を支払うのが通常である定期傭船契約の実態に沿った法律構成とは必ずしも言えない



少なくとも、本件のような定期傭船契約が解除によって終了し、船舶所有者が傭船者に対し損害賠償請求権を有する事案においては、国際海運取引上の慣習に基づき燃料買取合意が成立したと認めることはできない
⇒相殺の抗弁を排除して、請求を認容。
  解説 不当利得返還請求権の準拠法
法適用通則法14条:
その原因となる事実が発生した地の法となる。
同法15条:
当事者間の契約の関連して不当利得が生じたこと等に照らして、明らかに同法14条の規定により適用すべき法の属する地よりも密接な関係がある他の地があるときは、当該他の地の法による。
文献上、当事者間の契約に関連して不当利得が生じた場合の例:
・当事者間の契約に基づく給付が、契約が無効となりまたは解除されることによって不当利得となる場合
・事務管理または不当利得が当事者間の契約に関連する場合には、事務管理または不当利得についても当該契約の準拠法を適用することが適切であることが多い
仮にいずれかの国の領域内において返船が行われた場合であっても、基となった定期傭船契約の準拠法をもって、不当利得返還請求権の準拠法とすることが適切な事例が多いと考えられる。
  労働p85
大阪地裁R1.5.15  
  長時間労働⇒ウイルス性の劇症型心筋炎発症と業務起因性(肯定)
  事案 A社の経営するレストランで、調理師として勤務していたP2の配偶者であったXが、P2が劇症型心筋炎(本件疾病)を原因として死亡したのはA社における長時間労働等の過重労働が原因⇒遺族補償年金等の支給を申請⇒不支給⇒遺族補償年金等の各不支給処分(本件各処分)の取消しを求めた。 
  判断 (1)レストランの警備システムの記録等⇒P2が、本件疾病発症までの約12カ月間に従事した1か月当たりの平均時間外労働時間数は約250時間。
(2)ウイルスに対する宿主の免疫応答は、自然免疫(抗原非特異的な応答)とそれに引き続く獲得免疫(抗原特異的な応答)に分けることができ、
心筋炎の発症及び劇症化については、病原体であるウイルスの活性、増殖するウイルスへの持続的感染及び宿主の免疫による心筋細胞に対する持続的傷害などが関係していると考えることができる
(3)疲労の蓄積と免疫力異常との関係について、医師らの意見に加え、睡眠の遮断や睡眠時間の減少と、免疫応答の異常との関連性を示す研究報告が存在
⇒疲労の蓄積によって、自然免疫機能の低下や獲得免疫機能の過剰といった、免疫力の異常が発生する結果、ウイルスに感染しやすく、また、感染症と症状が重篤化しやすい状態になること自体については、相応の医学的な裏付けがあると認めるのが相当
(4)P2の時間外労働時間数は、認定基準によって、業務と虚血性心疾患等の対象疾病の発症との関連性が強いと評価できる時間(発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月にわたって、1か月当たりおおむね80時間の時間外労働)を、長期間にわたって大幅に超えるもの
⇒P2は、睡眠時間の極端な不足、極度の肉体的及び精神的負荷による、疲労の著しい蓄積を来しており、これに投じて、P2の免疫力に著しい異常が生じていた。
P2の業務と心筋炎発症及び心筋炎劇症化との因果関係につき、
P2の長時間労働は、免疫力に著しい異常を生じさせることの明らかな事情であって、P2の業務は、自然免疫反応の低下あるいは獲得免疫反応の過剰を来し、感染症を発症及び重篤化させて死亡に至る危険を内在するものであるということができる

心筋炎の発症及びその劇症化は、P2の業務に内在する前記危険が現実化したものであると認められる

業務起因性を否定した本件各処分をいずれも取り消す。
  解説 感染症の発症には様々な要素が複雑に作用し合っている
⇒長時間労働とウイルスによる感染症との因果関係の有無を判断するに当たっては、とりわけ慎重な検討を要する。
but
本件疾病の発症については、長時間労働という業務実態や医学的な見解をも十分に考慮した上で、一連の機序に基づいて業務との因果関係を認めたもの。 
  労働p98
福井地裁R1.7.10  
  公立中学校教員が過重業務等⇒精神疾患⇒自殺の事案で、校長の安全配慮義務違反(肯定)
  事案 公立中学校の教員が長時間労働等によるい精神疾患を発症して自殺⇒遺族であるXが、Yら(福井県、若狭町)に対し、校長の安全配慮義務違反に基づく損害賠償を求めた。
公務災害認定がされている。
  争点 校長の安全配慮義務違反の有無。 
問題点 ①教育職員の職務遂行による業務量を定量的に補足することは困難
②教育職員には自主性、自発性、創造性に基づく職務遂行とそれによる成果の発揮が期待されている
③公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(「給特法」)、公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令及び、福井県義務教育諸学校等の教育職員の給与等の特別措置に関する条例⇒教育職員(管理職手当を受ける者をの除く。)に対し、時間外勤務を命じることは原則禁止。

亡Aの時間外勤務のうち、校長の明示の時間外勤務命令が認められない部分は、亡Aの自主的・自発的な活動と評価され、校長が安全配慮義務違反を負わないのでは?
  判断 諸事情

①亡Aの時間外勤務は専ら前記担当業務又はそれらに関連する事務に充てられていた
②亡Aがこれらの業務を所定勤務時間外に行わざるを得なかった
⇒亡Aはこれらの業務に自主的に従事していたとはいえない。
①教員の出退勤務時間の管理状況
②亡Aの主訴
③他の教員からの報告等
⇒校長が、亡Aの業務時間及び業務内容が過重なものとなっており、亡Aの健康状態を悪化させ得るものであったことを認識可能であった

校長は安全配慮義務の履行を怠った。

原告の請求を一部認容。
  解説 使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の前記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきものである(最高裁H12.3.24)。
この理は、地方公共団体とその設置する学校に勤務する地方公務員との間においても別異に解すべき理由はない(最高裁H23.7.12)。 
最高裁H23.4.12は
①中学校の教諭らが勤務時間外に職務に関連する事務等に従事していた場合において、教諭らの上司である校長は時間外勤務を明示的にも黙示的にも命じておらず、教諭らは自主的に前記事務等に従事していたものというべき
②教諭らに外部から認識し得る具体的な健康被害又はその徴候が生じていたとは認められない
⇒校長が義務に違反した過失はない。
教育職員が所定勤務時間内に職務遂行の時間が得られなかったため、その勤務時間内に職務を終えられず、やむを得ずその職務を勤務時間外に遂行しなければならなかったとき

勤務時間外に勤務を命ずる旨の個別的な指揮命令がなかったとしても、それが社会通念上必要と認められるものである限り、包括的な職務命令に基づいた勤務時間外の職務遂行と認められる。(裁判例)
  経済p111
東京地裁H31.3.28
  農業協同組合の行為が不公正な取引方法に該当するとされた事案
  事案 公正取引委員会(Y)がA農業協同組合に対し、不公正な取引方法に該当する行為があり、独禁法19条に違反⇒同法20条2項に基づいて排除措置命令⇒Aが本件命令の取消しを求めて訴えを提起。
訴え提起後、X農業協同組合がAを吸収合併し、訴訟承継。 
  事実 Aは、かねてからなすの販売を受託することができる組合員を集出荷場ごとに組織されている支部園芸部の支部員等に限定。
遅くとも平成24年4月以降、平成28年10月31日までの間に、支部園芸部から除名又は出荷停止の処分を受けるなどした者からなすの販売を受託せず、あるいは
支部員が集出荷場を利用することなく他の青果卸売業者(Aの管内及びその周辺地域に3社存在する)に販売委託した場合(「系統外出荷」)
支部園芸部が定めた系列外出荷手数料等を収受し、さらに、
支部員のBへのなすの出荷重量が一定水準を下回った場合には、支部園芸部が定めた罰金等をそれぞれ収受して、
これらを自らの農産物販売事業に係る経費に充て、なすの販売を受託。

組合蔭の事業活動を不当に拘束する条件を付けて組合員と取引していたものであって、一般して12項に該当し、独禁法19条に違反する行為

Yは、Aに対して、
本件行為を行っていない旨を確認すること
今後組合員からのなすの販売の受託に関し本件行為と同様の行為を行わないことをAの理事会において決議すること、
同決議に基づいてとった措置を組合員に通知すること
等を内容とする本件命令をした。
  規定 独禁法 第一九条[不公正な取引方法の禁止]
事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。
独禁法  第二条[定義]
⑨この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。
六 前各号に掲げるもののほか、次のいずれかに該当する行為であつて、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するもの
ニ 相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもつて取引すること。
一般指定
(拘束条件付取引)
12法第二条第九項第四号又は前項に該当する行為のほか、相手方とその取引の相手方との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること。
  主たる争点 一般指定12項の定める要件のうち
①Aの「相手方」が組合員であるといえるか(支部園芸部ではないのか)
②Aが組合員の事業活動を「拘束する条件をつけて」組合員と取引していたか
③本件行為が「不当に」拘束する条件を付けた取引に当たるか
  判断   ●争点①
一般指定12項にいう「相手方」とは取引の相手方を意味し、
取引の相手方が誰かはその取引の実態に即して判断すべき。
①販売受託の実施に必要な人的物的資源や費用の提供は、いずれも農業者又はAないしその職員が行っており、支部園芸部ないしその職員は介在していない
②なすの販売委託についてAが組合員から販売品の販売委託を受ける旨定めた販売業務規定の適用があったと推認できる
③Aは県に対して、平成23年度から平成26年度までの間の販売事業の員外利用高を0円と報告し、平成27年度の組合員利用高について販売事業取扱高の99%に当たる金額を報告していることなどの、なすの販売受託の実態等

Aは組合員たる農業者からなすの販売を受託していたと認めることができ、Aにとって組合員は「相手方」に該当する。
  ●争点②
最高裁判決を引用し、
一般指定12項にいう拘束があるというためには、必ずしもその取引条件に従うことが契約上の義務として定められていることを要せず、それに従わない場合に何らかの不利益を伴うことにより現実にその実効性が確保されていれば足りる。
①Aはなすの販売を受託する組合員を、集出荷場を利用することができる支部員等に限定しており、支部園芸部から除名又は出荷停止等の処分を受けるなどした者からなすの販売を受託しないこととしていた
②一部の支部においては系統外出荷手数料や罰金を徴収し、これらをAの経費に充てていた
③これらは、なすがAの集出荷場に出荷されAが販売を受託しBに販売委託する取引の割合(系統出荷率)を可及的に増加させることを目的としたものであるといえる

Aは、なすの販売を委託しようとする組合員(農業者)をして、系統外出荷を理由に除名されるなどした者から委託を受けないとうい条件、系統外出荷を行った場合に系統外出荷手数料及び罰金を収受するという条件を付して、なすの販売受託をしていた⇒Aが組合員の事業活動を「拘束する条件をつけて」組合員と取引していた。
  ●争点③ 
最高裁判例を示しつつ、拘束の形態や程度等に応じて公正な競争を阻害するおそれ(独禁法2条9項6号柱書参照)を判断し、それが公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれがあると認められる場合に初めて相手方の事業活動を「不当に」拘束する条件を付けた取引に当たる。
 市場における有力な事業者が、取引先事業者に対し、自己の競争者と取引しないよう拘束する条件を付して取引する行為や、
自己の商品と競争関係にある商品の取扱いを制限するよう拘束する条件を付けて取引する行為を行うことにより、市場閉鎖効果が生じる場合には、
公正な競争を阻害するおそれがある。
市場閉鎖効果が生じるか否かの判断に当たっては、具体的行為や取引の対象、地域、態様等に応じて、当該行為に係る取引及びそれにより影響を受ける範囲を検討した上で、ブランド間及びブランド内競争の状況、垂直的制限行為を行う事業者の市場における地位、当該行為の対象となる取引先事業者の事業活動に及ぼす影響、当該取引先事業者の数および市場における地位を総合的に考慮して判断すべき。
本件行為によって市場閉鎖効果が生じるかを検討する際には、
Aの管内及びその周辺地域におけるなすの販売受託における市場閉鎖効果につき検討することが相当。

①Aはその管内及びその周辺地域における那須販売受託の取引市場において特に有力な事業者であるといえる。
②A管内及びその周辺地域のなす販売受託の取引市場において本件行為の対象となっている農業者が占める割合が大きいといえる⇒集荷するなすの大部分をA管内からの集荷に依存していた他の青果卸売業者が、本件行為の拘束を受ける農業者の生産するなすの収穫量に代わる十分な量のなすを集荷し、取引機会を得ることは困難。
③本件行為に係る条件は農業者が本来自由に決定すべき取引先の選択を制約するものであったというべきであること等。

Aの本件行為によって、集荷するなすのほとんどをA管内から集荷している業者にとっては、取引機会が減少するような状態がもたらされるおそれが生じた(市場閉鎖効果が生じた)
  解説 本件は、独禁法で禁止される不公正な取引方法(独禁法2条9項、19条) のうち「(その他の)拘束条件付取引」(独禁法2条9項6号ニ、一般指定12項)への該当性が問題となった事案について、
一般指定12項における「相手方」、「拘束する条件をつけて」及び「不当に」の解釈について、従来の判例通説及び「流通・取引慣行に関sるう独占禁止法上の指針」に示された考え方に依りつつ、本件行為に係る具体的事実に即して判断し、本件行為が一般指定12項に該当することを認めた事例。
2431、2432   
  刑事p5
東京地裁R1.9.19  
  東電福島第一原発業務上過失致死傷事件第1審判決
  事案 検察審査会の起訴議決⇒指定弁護士から起訴された 
  争点 本件発電所に一定以上の高さの津波が襲来することについての予見可能性があったと認められるか否か
その前提として、どのような津波を予見すべきであたったのか、津波が襲来する可能性について、どの程度の信頼性、具体性のある根拠を伴っていれば予見可能性を肯認していいかが争点に。 
  判断・解説 ●予見の対象 
◎  予見すべき津波:
行為者の立場に相当する一般人を行為当時の状況に置いたときに、行為者の認識田事情を前提に、人の死傷の結果及びその結果に至る因果の経過の基本部分について予見可能性があたっと認められることが必要。
1号機から4号機までの主要建屋が設置された、小名浜港晃史基準面から10mの高さの敷地を超える津波が襲来して同敷地上のタービン建屋等へ浸入したことが本件事故の発生に大きく寄与⇒10m盤を超える津波の襲来が人の死傷の結果に至る因果の経過の根幹部分をなしている。

そのような津波が襲来することの予見可能性があれば、津波が本件発電所の主要建屋に浸入し、非常用電源設備等が被水し、電源が失われて炉心を「冷やす機能」を喪失し、その結果として人の死傷を生じさせ得るという因果の流れの基本的部分についても十分に予見可能。

10m盤を超える津波が襲来することの予見可能性は必要であるが、
現に発生した10m盤を大きく超える津波が襲来することの予見可能性までは不要。
予見の対象としての因果経過:
最高裁:
現実の結果発生の至る因果の経過を逐一具体的に予見することまでは必要ではなく、ある程度抽象化された因果経過が予見可能であれば、過失犯の要件としての予見可能性が認められる。
下級審の裁判例の大勢:
概ね具体的予見可能性説に立った上、結果発生に至る経過の基本的部分について予見が可能であれば、予見可能性が認められる。
  ●予見の程度 
  津波襲来の可能性があるとする根拠の信頼性、具体性の程度について、
個々の具体的な事実関係に応じ、問われている結果回避義務との関係で相対的に、言い換えれば、問題となっている結果回避措置を刑罰をもって法的に義務付けるのに相応しい予見可能性として、どのようなものを必要と考えるべきかという観点から判断するのが相当。 
本件結果を回避するためには、
❶津波が敷地に遡上するのを未然に防止する対策
❷津波の遡上があったとしても、建屋内への侵入を防止する対策
❸建屋内に津波が浸入しても、重要機器が設定されている部屋への浸入を防ぐ対策
❹原子炉への注水や冷却のための代替機器を津波による浸水のおそれがない高台に準備する対策、
以上の全ての措置を予め講じておく必要があり、
❺これら全ての措置を講じるまでは運転停止措置を講じる必要があった。
と主張。
vs.
仮に被告人らが津波襲来の可能性に関する情報に接した時期から❶~❹までの全ての措置を講じることに着手していたとしても、本件事故発生前までにこれら全ての措置を完了することができたとは認められず、現に指定弁護士もそれが可能であったとの主張はしていない
⇒本件で問われている結果回避義務は、平成23年3月初旬までに本件発電所の運転停止措置を講じることに尽きている。
①本件で問われている結果回避義務が原発事故による重大な結果の発生を回避するためのものであることを考慮しつつ、
②平成23年3月初旬の時点において、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律の定める原子力施設の自然災害に対する安全性は、最新の科学的、専門的知見を踏まえて、合理的に予測される自然災害を想定した安全性であって、そのような安全性の確保が求められていたものであり、実際上の運用としても同様であった
③本件発電所の運転停止という結果回避措置それ自体に伴う手続的又は技術的な負担、困難性

本件発電所に10m盤を超える津波が襲来する可能性については、当時得られていた知見を踏まえて合理的に予測される程度に信頼性、具体性のある根拠を伴うものであることが必要。
  最高裁H29.6.12(JR福知山線脱線事故強制起訴事件)の小貫裁判官の補足意見:
このような注意義務ないし結果回避義務があるというためには、被告人らにその注意義務を課すに足りる程度の認識ないし予見可能性がなければならない。
どの程度の予見可能性があれば過失が認められるかは、個々の具体的な事実関係に応じ、問われている注意義務ないし結果回避義務との関係で相対的に判断されるべきもの

予見可能性の結果回避義務関連性を指摘。 
  ●予見可能性の有無 
①予見可能性の前提となる事実関係を詳細に認定し、かつ、
②平成14年7月に文科省時地震調査研究推進本部が公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(長期評価)の見解が、平成23年3月初旬の時点において客観的に信頼性、具体性のあったものとは認められない
③被告人ら3名は、条件設定次第では本件発電所に10m盤を超える津波が襲来するとの数値解析結果が出る又はそのような津波襲来の可能性を指摘する意見があるということは認識していたものの、それぞれが認識していた事情は、当時得られていた知見を踏まえ10m盤を超える津波の襲来を合理的に予測させる程度に信頼性、具体性のある根拠を伴うものであったとは認められない

被告人ら3名において、本件発電所に10m盤を超える津波が襲来することについて、本件発電所の運転停止措置を講じるべき結果回避義務を課すに相応しい予見可能性があったとは認められない。
  ●情報収集義務(情報補充義務) 
指定弁護士:被告人らが一定の情報収集義務(情報補充義務)を尽くしていれば、10m盤を超える津波の襲来は予見可能
vs.
前記数値解析の基礎となった「長期評価」の見解が平成23年3月初旬までの時点においては客観的にみてその信頼性に疑義があったことや関係する学会の真偽状況等⇒更なる情報の収集又は補充を行っていたとしても、本件発電所に10m盤を超える津波が襲来する可能性につき、信頼性、具体性のある根拠があるとの認識を有するに至るような情報を得ることができたとは認められない。
⇒予見可能性に関する前記判断は動かない。
業務分掌制の採られている東京電力において、一時的には担当部署に所轄事項の検討、対応が委ねられていたこと等

担当部署が情報収集や検討等を怠り、あるいは収集した情報や検討結果等を被告人らに秘匿していたというような特殊な事情も窺われない
⇒被告人ら3名は、基本的には担当部署から上がってくる情報や検討結果等に基づいて判断をすればよい状況にあったのであって、被告人らに情報収集又は情報補充の懈怠が問題となるような事情は窺われない。
  行政p73
最高裁R1.7.18  
  公園条例に基づく公告がなされたことをもって都市公園法2条の2に基づく公告がされたといえるか(否定)
  事案 ①Xが、本件土地を公園の敷地として占有するY市に対し、本件土地につきXが所有権を有することの確認並びに所有権に基づく本件土地の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求める本訴と、
②Y市が、Xに対し、本件土地につきY市が所有権を有することの確認及び所有権に基づく真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める反訴 
最高裁では、Xの本訴請求中、本件土地の明渡請求及び賃料相当損害金の支払請求の可否に関し、都市公園を構成する土地物件に対する私権の行使の制限を定める都市公園法32条の適用をめぐり、本件土地を敷地とする公園が都市公園法に基づいて設置された都市公園に当たるか否かが争われた。
  原審 都市計画区域内にある本件土地においては、公園として整備され、本件条例に基づき本件公園の名称、位置及び利用開始の期日が公告されており、都市公園法2条の2に基づく公告がされたといえる
⇒本件公園は都市公園に当たる
⇒Xの本訴請求中、本件土地の明渡請求及び賃料相当損害金の支払請求に係る部分を棄却。 
  判断 都市計画区域内にある公園について、本件条例に基づく公告をされたことをもって、都市公園法2条の2に基づく公告がされたとはいえない。
⇒原判決中X敗訴部分を破棄し、
Xの本件土地の明渡請求及び賃料相当損害金の支払請求が権利濫用に当たるか否か等について、更に審理を尽くさせるため、同部分につき本件を原審に差し戻した。 
  解説  都市公園法:
都市公園を構成する土地物件についての私見の行使の制限、公園施設の設置・管理の許可制度、都市公園の占有の許可制度といった私人の権利に重大な影響を与える規定が適用。 
  一般に、公共用物の成立には、原則として、
①その物を一般公衆の使用に供することのできる形態(実体)を整えること(形体的要素)、
②これを公共用物として一般公衆の使用に供する旨の行政主体の意思的行為(公用開始行為)が必要。

②公用開始行為の法的性質については、当該物件に公物性が付与され、各種の法的規律が発生⇒事実行為ではなく、行政行為の一種であると解するのが通説。
  都市公園法:
都市公園の公用開始行為に関し、都市公園は、その管理をすることとなる者が、当該都市公園の供用を開始するに当たり、
都市公園の区域(❶)その他政令で定める事項を公告することにより設置されるものとする旨を規定。
その委任を受けた都市公園法施行令9条は、前記の政令で定める公告すべき事項を都市公園の名称(❷)及び位置(❸)、供用開始の期日(❹)と定めている。

都市公園についてはこれを構成する土地物件に対する私権の行使の制限等が予定⇒都市公園を設置するための要件として、その管理をすることとなる者において、
❶~❹を公告することにより、都市公園としての供用開始を明らかにし、その区域(❶)をもって都市公園法の適用対象となる都市公園の範囲を画することとした。
  but
本件条例は、本件条例に基づく公園につき、配置及び規模の基準に関する規定や私権の制限(都市公園法32条)を始めとする私人の権利に重大な影響を与える規定等を置いておらず、また、その設置については、その名称、位置及び利用開始の期日を公告する旨を規定しているが、都市公園の場合とは異なり、その区域を公告することは予定していない。
  行政p79
大阪地裁R1.6.5  
  被相続人に関する情報と法12条1項所定の「自己を本人とする保有個人情報」
  事案 X1、X2は、国に対して当該各父の石綿による健康被害に係る国家賠償請求訴訟を提起し、和解により賠償金の支払を受けることを検討するために、
兵庫県労働局長に対し、当該各父にの死亡に係るそれぞれの母の遺族給付等に関する各調査結果復命書等の情報(「本件各情報」)の開示請求

兵庫労働局長は、それぞれ開示請求人が開示請求権を有していない旨の理由により、本件各情報を開示しない旨の決定(「本件不開示決定」)。

Xらが、本件各情報は行政個人情報保護法12条1項所定の「自己を本人とする保有個人情報」に当たるから、本件各不開示決定はいずれも違法であると主張し、本件各不開示決定の取消しを求めた。 
  判決 本件各不開示決定はいずれも違法であり取消しを免れない⇒Xらの請求を認容。 
  行政個人情報保護法の趣旨目的
⇒ある情報が特定の個人に関するものとして同法12条1項にいう「自己を本人とする保有個人情報」に当たるか否かは、当該情報の内容と当該個人との関係を個別に検討して判断すべき。 (最高裁H31.3.18)
  石綿製品の製造等を行う工場又は作業場の労働者が石綿の粉じんにばく露したことにより石綿肺等の石綿関連疾患にり患した場合における国の賠償責任について判示した最高裁H26.10.9を受けて、国は、石綿工場の元労働者やその遺族が国に対して訴訟を提起し、一定の要件(①一定期間に、局所排気装置を設置すべき石綿工場内において、石綿粉じんにばく露する作業に従事したこと、②その結果、石綿による一定の健康被害を被ったこと、③提訴の時期が損害賠償請求権の範囲内であること)を満たすことが確認された場合には、訴訟上の和解に応じて損害賠償金を支払うこととした(「本件救済枠組み」)。
本件救済枠組みでは、石綿工場の元労働者のみならず、その遺族(原則として法廷相続人)が当該元労働者の国に対する石綿による健康被害に係る損害賠償請求権の権利者となることが制度的に予定されている。
そうであるところ、
X1はP2の法廷相続人、
X2はP4の法定相続人
であり、
本件各情報には、
(1)P2及びP4の就労状況に関する情報、
すなわち、前記①の期間内にに、局所排気装置を設置すべき石綿工場内において、石綿粉じんにばく露する作業に従事したか否かを直接的に示す情報、
(2)P2及びP4の病状に関する情報、すなわち前記②の要件を満たす健康被害を被ったか否かを直接的に示す情報が含まれている。

本件各情報は、X1がP2から相続し、X2がP4から相続した、Xらの財産である、P2及びP4の国に対する石綿による健康被害に係る各損害賠償請求権の発生要件が充足されているか否かを直接的に示す個人情報という性質を有する。

本件各情報はXらの「自己を本人とする保有個人情報」に当たる。
  解説 死者の情報が当該死者の遺族の情報にもなる場合とはどどのような場合か?
  裁判例
❶東京高裁H11.8.23:
自殺した市立中学校の生徒の父が、個人情報保護条例に基づいて、前記中学校が前記生徒の死について他の生徒に書かせた作文の開示を請求。
親権者であった者が死亡した未成年の子どもの個人情報の開示を求めているという場合については、社会通念上、この子どもに関する個人情報を請求者自身の個人情報と同視し得るものとする余地もある
⇒父に前記生徒に関する個人情報の開示を請求する資格が認められる。
❷名古屋高裁H16.4.19:
①母に係る市民病院の診療記録について、その死後に情報公開条例に基づく情報公開請求をした事案で、
①死者はプライバシーの権利又は法的利益を享受する法的地位を有しない⇒そのプライバシーの保護に配慮する必要はない
②母の死亡の原因によって、その相続人である開示請求者が債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権を取得することになるが、前記診療記録には前記損害賠償請求権の存否に密接に関連する情報が記録されていること等
⇒前記診療記録が社会通念上開示請求者自身の個人識別情報にも該当する。
❸大阪高裁H25.10.25:
死亡した妹の「変死体等取扱報告」に記載された情報について、個人情報保護条例に基づいて開示を請求した事案において、
①死者はプライバシーの権利又は法的利益を享受する法的地位を有しない⇒個人情報に係る当該個人が死亡した場合にjは、原則として、死亡した当該個人についてプライバシーの保護を配慮する必要はない。
②死者の個人情報で、死者自身が「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるものをも含む」情報は、当該死者自身が相続人ら承継人との間の具体的関係に照らして「知られたくない」と考えるかどうかを通常は問題とする余地がない
⇒類型的に、開示請求者が相続人であれば、特段の事情がない限り、当該死者の個人情報は、開示請求者本人のものと同視してよい。
  民事p86
東京高裁H30.4.18  
  貸金の主体が争われた事案
  事案 Xが、Yに対し、貸金3000万円及びこれに対する遅延損害金の返還を求めた事案。 
  原審 ①本件契約書を受領した時期に関するXの供述に曖昧な点がある
②Xが借主をA社とする契約書に対して特に異議を述べていなかった

契約当日、A社の押印ある契約書原本及び読み上げ用の本件契約書の作成・交付があったというべきであり、Xは、Yとの間で、本件3000万円をA社に貸し付けることを合意したと認めるのが相当。
⇒Xの請求を棄却。
  判断  Yは、契約当時、額面3000万円の自子宛小切手の交付と引換えに、本件貸付けにかかる契約書(本件契約書と同じ体裁で借主であるA社の押印がある原本)を交付したと主張
vs.
Yの供述(特に本件契約書に押印がない理由について不自然な供述)は明らかに変遷しており、不自然であって信用できない。
Yの前記主張に沿う内容のA社の従業員らの陳述・供述
vs.
他の証拠から認められる事実関係と明らかに矛盾し、到底信用できない。
  以下の事情を総合すれば、本件3000万円の借主がY個人であったことが優に認められる。

①Yは、Xから交付された額面3000万円の自己宛小切手を、契約翌日に取り立て、Y個人名義の口座(Yは、従前取引のない金融機関において、前記口座を同日開設した。)に入金⇒特段の事情のない限り、Y個人の取引とみるのが自然。
(Yは、A社名義の口座開設に必要な書類等を持参していなかったため、便宜的にY個人名義の口座を開設・入金したと弁明したが、取引経過に照らして不自然であるとして排斥された。 )
②A社が本件3000万円をB社に貸し付けたとは認められない。
③Y(代理人弁護士)は、契約締結から約5年9か月後、Xに対し、本件3000万円の支払債務を負担していないとする内容証明郵便を送付。
butその理由は、もっぱら本件3000万円が「投資」であったとする点に尽きており、行為(出資の受入れないし借主)の主体がY個人ではなくA社である旨の主張は一切していない。
④契約締結時を含む3期分のA社の各決算報告書にはXからの本件3000万円の借入金が計上されていなかったところ、Xから請求書が送付されたのを契機に、決算報告書に計上。
  解説 契約前の事情(貸主と借主の人的関係、借入の経緯・目的等)、
契約時の事情(契約書その他の書面の有無・内容、契約締結時の状況等)
契約後の事情(資金の移動・利用の状況、返済・催促の状況、法人の場合の決算処理等)
等の考慮要素を総合して契約当事者を認定。 
  民事p97
大阪高裁H31.2.15  
  特別縁故者に対する相続財産の分与の事案
  事案 A:先代から家業(酒類等の販売)を引き継ぎ、Bの雇用主であった者
任意後見受任者。
C(相続財産管理人)が保管するBの相続財産(預金)は約4120万円
  規定 民法 第958条の3(特別縁故者に対する相続財産の分与)
前条の場合において、相当と認めるときは、家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。
2 前項の請求は、第九百五十八条の期間の満了後三箇月以内にしなければならない。
  原審 Aは、Bと生計を同じくし、Bを直接療養看護したとはいえないが、身寄りのないBの入院手続をする、預貯金の収支を管理する、定期的に見舞う、Bの任意後見受任者となるなど、その生活全般を継続的に支援してきた
⇒Bとの間に特別の縁故関係があった。 
Aは、
①Bの入院や施設入所以降、約15年にわたりその生活支援をしてきたこと、
➁身寄りのないBにとってその支援は精神的な支えであること
等一切の事情

800万円を分与するのが相当。
  抗告審 ①平成12年末(Bが70歳)まで約28年もの間雇用を続けた
②Bの知的能力が十分でなかったとに、高齢になるまで稼働能力に見合う以上の給料を支給し続けた
③Bの稼働能力とAによるBの雇用の実態に照らすなら、AからBに給料名目で支給された金額には、Bの労働に対する対価に止まらず、それを超えたAによる好意的な援助の部分が少なからず含まれる
④Bが4000万円いじょうもの相続財産を形成し、これを維持できたのは、Aによる約28年間に及ぶBの稼働能力を超えた経済的援助と、その後、Bの死亡までの約16年間にわたる財産管理が続けられたことによるもの⇒Aによる約44年間もの長年にわたる経済的援助等によって形成された部分が少なからず含まれる

Bの相続財産の相応の部分がAによる経済的援助を原資としていることに加え、
Bの死亡前後を通じてのAの貢献の期間、程度

Aは、Bの親兄弟にも匹敵するほどBを経済的に支えた上、その安定した生活と死後縁故に尽くしたといえる。
これら縁故の期間や程度のほか相続財産の形成過程や金額など一切の事情を考慮
⇒分与すべき金額は2000万円とするのが相当。
  解説 民法は相当性の判断基準について何も規定していないが、一般的には、
縁故関係の内容、厚薄、程度、特別縁故者の性別、年齢、職業、教育程度、残存すべき相続財産の種類、数額、状況、所在その他一切の事情を考慮し、これを斟酌して決められる。 
本件:
AはBとは親族関係になく、生計を一にしたり、直接療養看護を尽くした者ではないが、Bの知的能力が十分でなかったのに、高齢になるまでBを雇用し、その稼働能力に見合う以上の給料を支給し続けた点に重きが置かれた。
  民事p101
松山地裁H31.3.26  
  東電及び国に対する損害賠償が認められた事例
  事案 福島県内から愛媛県内に転居した原告ら25名が、被告国に対しては国賠法1条1項に基づき、被告東電に対しては原賠法3条1項又は民法709条に基づき、それぞれ、慰謝料500万円及び弁護士費用50万円の支払を求めた。 
  判断 被告国については国賠法1条1項に基づき、被告東電については原賠法3条1項に基づき、連帯して、 原告らに対する損害賠償責任を負うものと判断。
1名については全部認容。
22名については一部認容。
2名については棄却。
  ●経済産業大臣の規制権限の有無 
いわゆる段階的規制論(最高裁H4.10.29)を前提として、
平成24年法律第47号により改正前の核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律および電気事業法の解釈として、
①技術基準省令(発電による省令)及びこれを前提とした技術基準適合命令は、
原子炉施設の基本設計の安全にかかわる事項については適用されない
②原告らが主張する結果回避措置(防潮堤を設置することによって敷地に津波が到達しないようにするか、敷地に津波が到達する場合に備えた対策を講じること)は、福島第一原子力発電所の原子炉施設の基本設計の安全性にかかわる事項の変更を求めるものではなく、技術基準省令及び技術基準適合命令の適用対象に含まれる

経済産業大臣の規制権限を肯定。
  ●予見可能性の有無 
  ◎予見可能性の対象 
規制権限の不行使の違法性を認める前提としては、福島第一原子力発電所1号機~4号機付近において敷地高さを超える浸水高の津波の到来が予見可能であれば足りる。
  ◎必要な予見可能性の程度 
結果の予見可能性が認められるためには、
本件予見対象津波が到来することについての客観的かつ合理的根拠を有する知見が存在し、その知見が依拠する調査、資料等の客観性やそれらに対する評価・推論の合理性等が、大学その他の機関の研究者ら多数の専門家やその集団等によって検証されるなどして、相当程度の信頼性を獲得していると評価されていることで足りる。
  ◎長期評価の見解により予見可能性が認められることについて 
  ●結果回避可能性の有無 
  ●予見可能性及び結果回避可能性を前提とした違法性の有無 
  ●被告国の損害賠償責任の範囲 
  ●被告東電の過失(慰謝料増額事由の有無) 
故意又はこれに準ずる程度の重過失は認められず、慰謝料増額事由は認められない。
  ●避難の相当性 
・・・
結局のところ、各人の個別的な属性に応じて、当該個人が当時置かれていた具体的な状況のもとでは、そのように避難を実施したり、避難生活を継続するという選択をしたことが、一般人からみても、やむを得ない事情によるものと評価し得る場合には、当該避難等は、社会通念上相当性があるものといえ、これらの避難やその継続によって生じた精神的損害は、福島第一発電所事故と相当因果関係がある損害と認められる
  ●被侵害利益の具体的な内容及び中間指針の位置づけ 
  被侵害利益の具体的な内容及び中間指針等の位置づけ 
包括的生活基盤の侵害は人格的利益そのものに対する深刻な侵害に当たる。
  中間指針等の位置づけについて
被告東電が策定した賠償基準はもとより、中間指針等も「当事者による自主的な解決に資する一般的な指針」(原賠法18条)にすぎない
⇒賠償の範囲や賠償金額等に関する前記中間指針等の内容の合理性やそれ自体については、判断する必要がない。
損害各論における弁済の抗弁に対する判断として、前記中間指針等を踏まえて被告東電が策定した賠償基準に基づいてされた被告東電の賠償金の支払によって、当該裁判所が認定・算定した損害が填補されているかという点を、各原告につき個別に判断。
  知財p206
知財高裁H30.12.18  
  特許法104条の3の特許無効の抗弁を主張することが訴訟上の信義則に反し許されないとされた事例
  事案 名称を「美肌ローラ」とする発明に係る特許権を有するXが、Yに対し、Yが業として販売するなどするローラー(各被告製品)は、前記特許権に係る各発明の技術的範囲に属する⇒特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金の支払を求めた。
  原審 前記特許権に係る特許が特許無効審判により無効にされるべき⇒特許法104条の3による特許無効の抗弁を認め、Xの請求を棄却。 
  その後 Yは、前記各発明に係る特許につき無効審判請求(本件無効審判請求)をし、本件訴訟の係属中に、特許庁において、原審判決の結果とは異なる審判請求不成立審決(本件審決)⇒同審決は審決取消訴訟の提起がないまま確定。
  争点 ①技術的範囲の属否
②特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるか及び本件において特許法104条の3の特許無効の抗弁を主張することの可否
③損害額
④各被告製品の販売についてのYの責任の有無及び各被告製品の販売時期 
  判断 争点①⇒各被告製品が各発明の技術的範囲に属する
争点②⇒特許無効の抗弁を排斥
争点④⇒Yの責任を認めて、原判決を取り消してXの請求を一部認容。
争点②について 
◎無効理由Ⅰ:
本件無効審判請求における無効理由と同じ主引例と副引例ないし周知技術に基づいて進歩性欠如の主張をした。
vs.
本件無効審判請求と「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものであり、本件審決は確定⇒Yは無効理由Ⅰに基づいて本件特許の特許無効審判を請求することができない。(167条) 
法167条が同一当事者における統一の事実及び同一の証拠に基づく再度の無効審判請求を許さないものとした趣旨は、同一の当事者間では紛争の1回的解決を実現させる点にあるところ、その趣旨は、無効審判請求手続きの内部においてのみ適用されるものではない。

侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い、審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には、同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を特許法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは、特段の事情がない限り、訴訟上の信義則に反するものであり、民訴法2条の趣旨に照らして許されない。
◎無効理由Ⅱ:
無効理由Ⅰと主引例が共通であり、本件審決にいう相違点1A及び相違点2Aについて、「生体に印加する直流電源に太陽電池を用いること」が周知技術である、あるいは、副引例として適用できることを補充するために、新たな証拠を追加。
本件審決は、相違点1B及び相違点2Bに係る行為性の容易想到性を否定し、
相違点1A及び相違点2Aについては判断をしていない
⇒Yが相違点1A及び相違点2Aに関する新たな証拠を追加したとしても、相違点1B及び相違点2Bに関する判断に影響するものではない。
⇒無効理由2は、新たな証拠が追加されたものであるものの、相違点1B及び相違点2Bの容易想到性に関するYの主張を排斥した本件審決の判断に対し、その判断を蒸し返す趣旨のものに他ならず、実質的に「同一の事実及び同一の証拠」に基づく無効主張

本件審決が確定した以上、Yは無効理由2に基づく特許無効審判を請求することができない。
  解説 平成23年法律第63号による改正前の特許法167条においては、
同条の一事不再理効により無効審判請求ができない場合であっても、特許法104条の3の抗弁の主張が許されなくなるわけではないとする説が多数。
but
同改正により特許法167条の第三者効が廃止
A:一事不再理効により特許法104条の3の抗弁の主張が許されなくなるとする見解
B:訴訟上の信義則により同抗弁の主張が許されないとする見解 
   刑事p231
東京地裁H30.12.13
   
  事案 暴力団組長であった被告人が、
①平成10年、東京都内のマンション居室において、貸金を返済するよう督促していたV1に対し、殺意をもって、不詳の方法でその頚部を圧迫して死亡させ、
②暴力団関係者の共犯者3名と共謀の上、平成8年、神奈川県内の路上に停車中の自動車内において、不動産業を営んでいたV2に対し、殺意をもって、共犯者が、不詳の方法でその頚部を圧迫して死亡させた
として平成29年に起訴された殺人2件の事案。 
被告人は、別件のいわゆる前橋スナック乱射事件の指示役として平成26年に死刑判決が確定。
その後、本件各犯行を告白した手紙を順次警察署長宛てに送付し、被告人から死体遺棄を指示されたという配下の組員P3の案内によりV1、V2の死体が発見。
but
被告人は、取調べにおいて犯行告白を撤回し、裁判員裁判の本件公判においても手紙はいずれも虚偽であったと供述し、無罪を主張。
  判断  犯人性や共謀に関し、間接事実だけでは推認できない。
被告人には死刑執行の引き延ばしのために虚偽自白をする動機がある⇒自白の信用性も否定。
⇒無罪。
2430   
  行政p10
最高裁H31.2.5  
  東京都議会議員についてのの、特例選挙区の存置の適法性、議員定数配分規定の適法性等
  事案 東京都義委会議員の定数並びに選挙区及び各選挙区における議員の数に関する条例に基づいて平成29年7月2日に施行された東京都議会議員一般選挙について、江東区選挙区の選挙人である上告人が、
①本件条例が・・・・の区域を併せて1選挙区(島部選挙区)として存置したこと(2条3項)は、特例選挙区について定める公選法271条に、
➁本件条例のうち、各選挙区において選挙する議員の数を定める3条が公選法15条8項に、それぞれ違反するとともに、同法271条及び本件条例の定数配分規定が憲法14条1項等に違反して無効

被上告人東京都選挙管理委員会を相手に、本件選挙の江東区選挙区における選挙を無効とすることを求めて提起した選挙訴訟。 
  判断・解説 ●  ●島部選挙区を特例選挙区として存置することの適法性 
  最高裁の特例選挙区を存知する規定の適法性判断の枠組み(最高裁H1.12.18):
(1)
具体的にいかなる場合に特例選挙区の設置が認められるかについて、
当該都道府県の行政施策の遂行上当該地域からの代表を確保する必要性の有無・程度、
隣接の都市(現在は市町村)との合区の困難性の有無・程度等
を総合判断して決することにならざるを得ないところ、
それには当該都道府県の実情を考慮し、当該都道府県全体の調和ある発展を図るなどの観点からする政策的判断をも必要とすることが明らか

特例選挙区の設置を適法なものとして是認しうるか否かは、この点に関する都道府県議会の判断が前記のような観点からする裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによって決するよりほかない。
(2)

公選法271条は、配当基数が0.5を著しく下回る場合には、特例選挙区の設置を認めない趣旨であると解される

このような場合には、特例選挙区の設置についての都道府県議会の判断は、合理的裁量の限界を超えているものと推定するのが相当。
判断:
島部選挙区は、本件条例制定当時から特例選挙区として存置されていたのは、
①島しょ部が・・・特有の行政需要を有する⇒東京都の行政施策の遂行上、島しょ部から選出される代表を確保する必要性が高いものと認められる一方
➁その地理的状況⇒他の市町村の区域との合区が、地続きの場合に比して相当に困難
であることが考慮。
東京都議会は・・・存置することを決定したものと推認することができる。

本件選挙当時の島部選挙区の配当基数は、東京都議会において同選挙区を特例選挙区として存置したことが社会通念上著しく不合理であることが明らかであると認めるべき事情もうかがわれない。
  ●本件定数配分規定の適法性について 
最高裁判例は、条例の定数配分規定の公選法15条8項適合性の審査方法につき、
都道府県議会の議員定数の配分において同項ただし書を適用して人口比例の原則に修正を加えるかどうか及びどの程度の修正を加えるかについては、当該都道府県議会にその決定に係る裁量権が与えられており、
条例の定める定数配分が同項の規定に適合するかどうかについては、都道府県議会の具体的に定めるところが、裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによって決せられるべきもの。

具体的に決定された定数配分の下における選挙人の投票価値に較差が生じている場合において、その較差が都道府県議会において地域間の均衡を図るため通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しており、これを正当化すべき特段の理由が示されないときは、裁量権の合理的な行使とはいえない
との判断枠組み。

そして、投票価値の較差が「一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達している」というべきか否かを判断するに当たっては、選挙区の人口と配分された定数との比率の最大較差、人口比定数と現実の定数の隔たりの程度等が考慮要素とされている。

都道府県議会の定数配分につき、公選法15条8項ただし書を適用して人口比例の原則に修正を加える場合⇒その文理に照らして同項ただし書に定める「特別の事情」を要するものと解される。
最高裁H27.12.5:
選挙人の投票価値の較差が一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達していないが、公選法15条8項ただし書を適用してされた条例の制定時若しくは改正時において、同項ただし書にいう特別の事情があるとの評価が合理性を欠いており、又はその後の選挙時において前記の特別の事情があるとの評価の合理性を基礎付ける事情が失われたときは、当該定数配分は、裁量権の合理的な行使とはいえないものと判断されざるを得ないと判示。
本判決:
①特例選挙区を除く選挙区間の議員1人当たりの人口の最大格差は1対2.48であり、人口比定数による選挙区間の議員1人当たり人口の最大格差と差異がない
➁特例選挙区以外の選挙区間の最大格差は前回の選挙時より拡大しているものの、これは千代田区選挙区が特例選挙区でなくなったことによるものであり、千代田区選挙区と他の選挙区との間の最大格差は前回の選挙時より縮小していた。

本件選挙時における本件定数配分規定は適法。
  ●憲法適合性 
特例選挙区の存置及び定数配分に関する本件条例の憲法適合性については、それぞれ公選法適合性の判断にあたって検討すべき事項と重なる
⇒その判断を引用した上で、憲法14条1項等の規定に違反していたものとはいえない。
  行政p17
大阪地裁H31.4.11  
  障害基礎年金等の支給停止処分・支給停止を解除しない処分が理由提示の要件を欠き、違法とされた事案。
  事案 (1)事案:
原告らが、いずれも、I型糖尿病にり患し、国年法30条2項による委任を受けた国年法施行令別表の定める障害等級2級に該当する程度の傷害の状態にあるとして障害基礎年金の裁定を受けてこれを受給⇒厚生労働大臣から、国年法36条2項本文の規定に基づく障害基礎年金の支給停止処分

本件各支給停止処分は、
①行手法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠くとともに、
②国年法36条2項本文の事由(支給停止事由)を欠く
から違法⇒その取消しを求める。 
(2)事案:
支給停止処分後、厚生労働大臣に対し、国年法施行規則35条1項本文に基づき、支給停止の解除の申請をしたが、支給停止を解除しない旨の処分

本件不解除処分は、
①行手法8条1項本文の定める理由提示の要件を欠くとともに、
②支給停止事由を欠く
から違法

その取消し及び行訴法3条6項2号に基づき支給停止を解除する処分をすべき旨を命ずること(同号所定の義務付け)を求める。 
  記載 各支給停止の通知書には、処分の理由として、
「07障害の程度が厚生年金法(旧三公社の共済年金の受給権者にあっては国家公務員共済組合法)施行令に定める障害等級の3級の状態に該当したため、障害基礎年金の支給を停止しました。」

不解除処分の通知書には、処分の理由として、
「請求のあった傷病については、国民年金法施行令別表(障害年金1級、2級の障害の程度を定めた表)に定める程度に該当していないため。」
   ◆(1)事案
  判断 行手法14条1項本文が、不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは、名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たもの。
同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは、同項本文の趣旨に照らし、当該処分の根拠法令の規定内容、当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無、当該処分の性質及び内容、当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべき。
(最高裁H23.6.7) 
障害基礎年金の給付を受ける権利について裁定を受けた受給権者は、当該障害基礎年金が支給されることを前提として生活設計を立てることになる⇒支給停止処分は、このような受給権者の生活設計を崩し、生活の安定を損なわせる重大な不利益処分。 
国年法36条2項本文
障がい等級の各級の障害について定めた国年法施行令別表
2級15号において「前各号に掲げるもののほか、身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が前各号と同程度以上と認められる状態であって、日常生活が著しいい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの」を挙げるなどするにとどまっている⇒その内容は抽象的。
支給停止処分についての基準である国民年金・厚生年金障害認定基準のうちの糖尿病を含む代謝疾患による障害の程度に関する内容:
認定基準はごく抽象的なものであり、認定要領も、障害等級3級と認定する場合について具体的に定める一方で、どのような場合を1級又は2級に該当する障害の状態であると認定するかについては、「なお、症状、検査成績及び具体的な日常生活状況等によっては、さらに上位等級に認定する。」として、総合評価の対象となる事情を列挙したものであって、これらの事情相互の関係や重み付け等を定めたものではなく、抽象的。

糖尿病による障害を理由とする障害基礎年金の支給停止処分については、いかなる事実関係に基づきどのように障害認定基準を適用して当該処分がされたのかを、当該処分の相手方においてその理由の提示の内容自体から了知し得るものとする必要性が高い。
①本件各支給停止処分の通知書における処分の理由の記載は、単に原告ら8名の各障害の程度が1級及び2級には該当しないとの結論のみを示したものと評されてもやむを得ないほど簡素なもの。
②厚生労働大臣が、原告ら8名に対し、約2~16年の間、障害基礎年金を継続的に支給していたにもかかわらず、一転して本件各支給停止処分を行ったという経緯等

前記のような処分の理由の提示では、・・・2級に該当する程度の障害の状態に該当すると認定しなかった理由は何ら明らかにされておらず、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するという趣旨を全うしていない。
・・・原告ら8名が日本年金機構に提出した障害の現状に関する医師の診断書(障害状態確認届)に記載された事実関係を前提としてされたものであるか否かすら認識することができない
⇒本件各支給停止処分に対して不服を申し立てた場合、前記診断書に記載された事実関係のうちのどの部分や範囲が争点となるのか、また、当該事実関係は争点とはならずこれを前提とした上で、症状、検査成績及び具体的な日常生活状況等に関する総合評価の手法や判断内容等が争点となるのか等の見通しを立てることは困難
⇒不服申立ての便宜を図るという趣旨に照らしても、不十分な理由の提示。

本件各支給停止処分における理由の提示については、いかなる事実関係に基づきどのように障害認定基準を適用して支給停止処分がされたのかを、当該処分の相手方たる原告ら8名においてその理由の提示の内容自体から了知し得るものであるということはできない⇒行手法14条1項本文の定める理由提示義務に違反する。
  解説  年金の額を改定(減額)する旨の処分をするに当たり、その通知書に
「変更理由 障害の程度が変わったため、年金額を変更しました。」「障害の等級 2級16号」と記載したという事案において、
この記載を見れば、処分時において1級相当とは認められず、2級相当と認定されために年金額が変更されることとなったことは容易に理解できる⇒理由の提示を欠くとはいえない旨判示した東京高裁H25.3.28がある。 
  ◆(2)事案
  判断 上記同旨判断⇒本件不解除処分は、その余の点について判断するまでもなく、違法であって取消を免れない。 
●支給停止を解除する旨の処分の義務付けの訴え 
本件不解除処分は取り消されるべきもの
⇒前記義務付けの訴えは適法(行訴訟37条の3第1項2号)とともに本案要件の一部(同条5項所定の「同条1項各号に定める訴えに係る請求に理由があると認められ」るとの要件)を満たす。
but
①前記義務付けの訴えに係る請求を認容すべきか否かを判断するためには、厚生労働大臣が支給停止を解除する処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかと認められ又は支給停止を解除する処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるか否かを判断することを要する(同条5項)。
②この点については、原告Iの障害の状態が2級に該当するか否かを審理判断する必要があるところ、・・・・その審理には相当の期間を要するものと考えられる。
③本件不解除処分の取消判決が確定すれば、厚生労働大臣において、行手法8条1項本文の定める理由の提示内容の検討等をする過程で、原告Iに対する支給停止の解除の適否自体についても再度検討することも考えられる⇒現時点で本件不解除処分の取消しの訴えについて一部判決をすることにより、原告I に関する最終的な紛争解決がもたらされる可能性も否定できない。

原告Iの訴えについては、行訴法37条の3第6項前段の規定により、本件不解除処分の取消しの訴えについてのみ請求認容の終局判決をすることが、より迅速な争訟の解決に資するものと認められる。
  規定 行訴法  第三七条の三
第三条第六項第二号に掲げる場合において、義務付けの訴えは、次の各号に掲げる要件のいずれかに該当するときに限り、提起することができる。
一 当該法令に基づく申請又は審査請求に対し相当の期間内に何らの処分又は裁決がされないこと。
二 当該法令に基づく申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合において、当該処分又は裁決が取り消されるべきものであり、又は無効若しくは不存在であること。

2前項の義務付けの訴えは、同項各号に規定する法令に基づく申請又は審査請求をした者に限り、提起することができる。

3第一項の義務付けの訴えを提起するときは、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める訴えをその義務付けの訴えに併合して提起しなければならない。この場合において、当該各号に定める訴えに係る訴訟の管轄について他の法律に特別の定めがあるときは、当該義務付けの訴えに係る訴訟の管轄は、第三十八条第一項において準用する第十二条の規定にかかわらず、その定めに従う。
一 第一項第一号に掲げる要件に該当する場合 同号に規定する処分又は裁決に係る不作為の違法確認の訴え
二 第一項第二号に掲げる要件に該当する場合 同号に規定する処分又は裁決に係る取消訴訟又は無効等確認の訴え

4前項の規定により併合して提起された義務付けの訴え及び同項各号に定める訴えに係る弁論及び裁判は、分離しないでしなければならない。

6第四項の規定にかかわらず、裁判所は、審理の状況その他の事情を考慮して、第三項各号に定める訴えについてのみ終局判決をすることがより迅速な争訟の解決に資すると認めるときは、当該訴えについてのみ終局判決をすることができる。この場合において、裁判所は、当該訴えについてのみ終局判決をしたときは、当事者の意見を聴いて、当該訴えに係る訴訟手続が完結するまでの間、義務付けの訴えに係る訴訟手続を中止することができる。
  民事p32
最高裁R1.8.27  
  民法910条に基づき支払われるべき価額の算定の基礎となる遺産の価額
  事案 被相続人が死亡し、その法定相続人であった配偶者及び長男が被相続人について遺産分割協議を成立⇒認知の訴えに係る判決の確定によって被相続人の子として認知された原告が、長男を被告として民法910条に基づく価額支払請求⇒同条に基づき支払われるべき価額の算定の基礎となる遺産の価額について、積極財産の価額から消極財産の価額を控除すべきか否かが争われた
  規定  第910条(相続の開始後に認知された者の価額の支払請求権)
相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしたときは、価額のみによる支払の請求権を有する。
  判断 相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既に当該遺産の分割をしていたときは、
民法910条に基づき支払われるべき価額の算定の基礎となる遺産の価額は、当該分割の対象とされた積極財産の価額である。 
  解説 民法910条に基づき支払われるべき価額の算定の基礎となる遺産の価額につき積極財産の価額から消極財産の価額を控除すべきか? 
A:控除説
←認知によっても庶子は共同相続人となるものではなく、相続債務を承継しない。
(910条の立法経緯にも整合)
〇B:非控除説
~相続債務の負担は同条の支払債務とは別個に考慮すべき問題
民法910条の立法経緯:
遺産の分割後に真の相続人が見付かったときは遺産の分割をやり直すことになるところ、私生児の場合だけは区別して良いのではないかということで、価額の償還になった。
vs.
私生児は認知によっても共同相続人とならないというような考え方は、嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を区別する合理的な根拠は失われている旨の判示をした最高裁H25.9.4に照らしても採用し難い。
判例:可分債務について、法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継するものと解すべき。
実務においても、相続債務は遺産の分割の対象から除外されている。
相続債務が遺産分割の対象とならず、遺産の分割が積極財産のみを対象とするもの⇒遺産の分割のやり直しに代えて被認知者のために価額支払請求を認めた民法910条の支払価額の算定においても、積極財産のみを基礎とするのが当事者間の衡平の観点から相当。
非控除説⇒
認知によって相続債務の負担に変更を生ずる。
but
認知の時点において既に相続債務の弁済を受けていた債権者の利益は、認知の遡及効の制限(民法784条ただし書)や債権の準占有者に対する弁済(民法478条)等の規定により保護される。
既に相続債務が弁済⇒被認知者が弁済をした共同相続人に対して不当利得返還債務を負うことがあり得、当該共同相続人が民法910条の支払請求の相手方であれば、相殺によって処理することが考えられる。
(本件でも、原審ににおいて、被告からこのような相殺の抗弁が予備的に主張され、その一部が認められている。)
  知財p34
知財高裁R1.6.7  
  特許法102条2項、3項の損害額の算定
  事案 名称を「に参加炭素含有粘性組成物」とする発明に係る2件の特許権を有するXが、Yらに対し、Yらがそれぞれ製造販売する、顆粒剤とジェル剤のキットである炭酸パック化粧料は、前記各特許権に係る発明の技術的範囲に属する⇒特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金の支払を求めた。
Xは、特許権102条2項及び同条3項による損害額を主張。
  規定 特許法 第一〇二条(損害の額の推定等)
特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。
2特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。
3特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。
4前項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない。この場合において、特許権又は専用実施権を侵害した者に故意又は重大な過失がなかつたときは、裁判所は、損害の賠償の額を定めるについて、これを参酌することができる。
  争点 ①特許法102条2項所定の利益の額
②特許法102条2項の推定覆滅事由
③特許法102条3項所定の実施に対し受けるべき金額の額 
  判断 ●特許法102条2項所定の利益の額 
同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額:
原則として、侵害者が受けた利益全額であり、このような利益全額について同項による推定が及ぶ。

侵害の行為より受けた利益について侵害行為と相当因果関係のある利益に限定しない見解(全額説)
「利益」:
侵害者の侵害品の売上高から、侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり、
その主張立証責任は特許権者側にある。
  ●特許法102条2項の推定覆滅事由 
損害の一部または全部について、特許権者が受けた損害と相当因果関係が欠けることを主張立証⇒その限度で推定が覆滅される。
特許法102条2項における推定の覆滅については、同条1項ただし書の事情と同様に、侵害者が主張立証責任を負い、
侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たる。
具体的には、
①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)
②市場における競合品の存在:
競合品といえるためには、市場において侵害品と競合関係に立つ製品であることを要する。
③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)
④侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情:
侵害品における優れた効能や他の特許発明の実施といった事情から直ちに推定の覆滅が認められるのではなく、それが侵害品の売上げに貢献しているといった事情が必要。
従来、特許発明の「寄与率」による減額として議論されることの多かった、
特許発明が侵害品の部分のみに実子されている場合

特許法102条2項の推定の覆滅の事情と整理し、
侵害者がその主張立証責任を負うことを示した上で、その場合、特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決すべき。
  ●特許法102条3項所定の受けるべき金銭の額 
同項は、特許権侵害の際に特許権者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定。
同項による損害は、原則として、侵害品の売上高を基準とし、そこに、実施に対して受けるべき料率を乗じて算定すべき。
平成10年法律第51号による改正において同項の「通常」の文言が削除された経緯⇒実施に対し受けるべき料率が通常の実施料率に比べて高額になるであろうことを考慮すべきとの一般論。
実施に対し受けるべき料率:
①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、
②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、他のものによる代替可能性、
③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、
④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等
訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべき。
  労働p112
福岡高裁R1.8.22  
  じん肺管理区分4⇒胃がん併発⇒肺炎で死亡で業務起因性(否定)
  事案 Aの妻であるBが、Aの死亡は業務上の事由(じん肺)によるもの⇒労災法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を求めた⇒処分行政庁がじん肺と死亡との間に相当因果関係がないとして不支給決定⇒Y(国)に対して当該処分の取消しを求めた。 
  判断 じん肺や胃がんの状態についての検討

死亡に至る機序について、
①Aの全身状態が急激に悪化してC病院に入院するに至ったのは、
従前からのじん肺による肺機能の低下や体力減退に加齢的な要因も加わり、全身状態としては芳しくない状況にあったところ、胃がんからの大量の出血が発生したことによるものと推測
②出血があったと考えられる時期に急激な悪化が見られた

こうした複合的な要因の中でも、その全身状態の悪化に胃がんからの出血が寄与した割合が大きいことは明らか。
①肺炎発症はじん肺や胃がんと直接関連するものではなく、全身状態の悪化により易感染症が高まり、招来されたと考えられる、
②上記のように、全身状態の急激な悪化の主たる要因が胃がんからの出血

肺炎の発症についても、胃がんからの出血が最も大きく寄与していた。
入院後に全身状態が回復せずに肺炎が遷延したことについて、
もともとAの体力がじん肺によって著しく減退していたことも相当程度寄与していた
but
上記のように、胃がんからの出血により全身状態が急激に落ち込んだことの影響が大きく、
じん肺はそれを持ち直すことを阻害した背景的な要因として評価されるにとどまる。

Aの死亡原因となった肺炎は、
胃がんからの多量の出血が主たる要因となった急激な全身状態の悪化により招来されたものであり、じん肺の影響がこれを上回るものであるとは認められない

Aの死亡とじん肺との間の相当因果関係を否定。
  解説 労基法施行規則35条・別表第1の2第5号は「粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症又はじん肺法・・・に規定するじん肺と合併したじん肺法施行規則・・・第1条各号に掲げる疾病」を、業務上の疾病と規定。
じん肺り患者に併発した胃がんや肺炎は、じん肺法施行規則第1条各号に掲げられていない。 
一般に、業務起因性(業務と傷病等との間の相当因果関係)の判断は、当該傷病等が当該業務に内在する危険の現実化として発生したと認められるか否かによって判断するのが相当。
「業務に内在する危険の現実化」の有無は、業務上の有害因子がどの程度疾病の発症に寄与したかによって判断される。
危険責任の法理を出発点とし、業務に内在する危険の現実化を労災補償の根拠と捉える⇒業務の原動力は、他の要因より相対的に有力な原因でなければならない。
  刑事p127
東京高裁H29.11.2  
  鑑定の評価について、原審の手続きに審理不尽があるとされた事案
  判断 原審としては、A鑑定(Aが作成した鑑定の経緯と結果を記載した書面は、原審においては、A証言により部分的に引用されたにすぎないが、控訴審においては、書面全体が証拠採用されたものと思われる。)が採用した異同識別法の科学的原理やその理論的正当性を更に解明するとともに、A鑑定の証拠価値やA証言の信用性を判断することが可能となるよう、A鑑定の正確性やこれを裏付ける事情等を明らかにするため、検察官に対してこれらの点に関して釈明を求めたり、必要な証拠調べを実施したりするなど相応の措置を取るべきであった
but
それらの措置をとらずにA証言を採証した原審の手続には、審理不尽の違法がある
⇒原判決を破棄して原裁判所に差し戻すのが相当。
原判決の認定判断におけるA鑑定及びA証言の位置づけ:
A鑑定及びA証言は、原判決において、防犯カメラに映った人物の同一性を裏付ける証拠として採用されているほか、
原判決も自認する・・・とおり、被告人と犯人の同一性の認定に当たり、最も重要な証拠であると評価されている。 
A鑑定及びA証言にそのような証拠価値を認めるについては、A鑑定の科学的原理やその理論的正当性を解明するとともに、A鑑定の証拠価値やA証言の信用性を判断することが可能となるよう、A鑑定の正確性や、これを裏付ける事情等を明らかにすることが必要不可欠。
A鑑定で用いられた画像について、鑑定資料としての的確性に問題とすべき点はない。
検討の対象とすべきなのは、A鑑定が、異同識別の目的で、このような客観的な画像データをどのような方法によって評価して異同識別の結論を得ているかという点。
・・・鑑定資料は客観的なデータなのであるから、前記のような分析・評価において、誰が行っても同一の結果がもたらされるような客観的な分析方法(結果の正しさについて検証可能な分析方法)が採用されており、かつ、そのような方法により得られた分析結果についての評価方法が、主観的なものではなく、客観的にみて信頼できるということになれば、そこで用いられた分析方法・評価方法は、客観性・信頼性を備えていることになろう・・・
  解説 画像識別鑑定の信頼性については、つとに「同一である」といった識別力の評価については慎重な検討が求められるなどを指摘されてきた。 
本判決は、「司法研修所編・科学的証拠とこれを用いた裁判の在り方7」が科学的証拠の限界において論述した部分において、中谷宇吉郎・科学の方法等を参照しつつ、科学的かどうかを考える上では「再現可能性」が本質的な要素となっていると指摘しているのと同様の立場に立った上で、A鑑定を分析したものとであるとの評価が可能。
  刑事p140
大阪高裁H30.8.30  
  違法収集証拠として尿の鑑定書等の証拠能力が否定された事案
  主張 弁護人は、尿鑑定書等の証拠能力を否定すべき警察官の捜査の違法として
❶K1らが所持品の返還を拒否したこと、
❷K2らが多数で本件建物まで被告人に追随し、被告人の名誉を害した
❸K2らが、管理人の許可なく本件建物に大勢で立ち入り、被告人の居室を確認した後も留まり続けた
❹K2らが、物理的有形力を行使し、被告人の意思を制圧してドアを閉めることを断念させたこと
を主張。 
  原審  ❶は職務質問に附随する措置として、
❷は任意捜査として
適法。 
❸は、管理者の承諾を得ることなく共用部分に立ち入った⇒違法
❹は、約10分間、有形力を行使しつつ被告人と押し問答をしたことにより、被告人らの住人の住居の平穏を害した⇒③の違法の程度を強める。
but
①覚せい剤使用の相応にj高度が嫌疑があり、既に請求手続に入っていた強制採尿令状の執行のために、本件建物内に立ち入って被告人の居室や所在を把握しておく必要性が高かった
②警察官らに令状主義潜脱の意図は見られない、
③警察官らは、被告人と共に無施錠のドアから共用部分に入ったにとどまり、管理人不在時の立入禁止を明確に認識していたとは認められない

違法の重大性を否定して尿鑑定書等の証拠能力を認めた。
  判断 ❶❷について原判断を是認。
❸❹については、違法な強制処分に当たり、その違法は重大
違法捜査抑制の見地からも、尿鑑定書等の証拠能力を否定すべき。⇒ 
  ❸の本件建物への立入り:
共用部分は住人の居住スペースの延長で、住居に準ずる私的領域の性質を有する空間⇒管理人不在の間に共用部分に立ち入る行為は、現判決が認めた管理権侵害にとどまらず、被告人ら住人のプライバシーを侵害するもの。
警察官らは、被告人や住人らに断りもなく、大勢で本件建物に立ち入っており、建造物侵入に問われかねない行為。 
❹の被告人に自室ドアを閉めさせなかった行為:
①被告人が明確かつ強固に説得を拒んだ後も、約10分間押し問答を続け、ドアを手足で押さえる有形力を行使し、預かっている所持品の状態を終始確認してもらうなどと詭弁を繰り返して、ドアを開けさせることに固執⇒許容される説得の域を超えている。
②被告人が傘をドアに差し入れたのも、そのような状況に追い込まれたから⇒承諾があったとは到底いえず、警察官らの行為は被告人の意思を制圧するもの。
③ドアを閉めさせないようにしておく必要性・緊急性もない

❹の行為は、何らの必要性・緊急性もないのに、被告人の意思を制圧して、住居についてのプライバシーを侵害したものであり、住居そのものへの侵入と比肩するほどの違法性がある。

❸❹の行為は、令状なくしては許されない強制処分に当たり、違法。
①警察官らは、被告人から立ち入りに疑義を呈されながら、何ら再考の姿勢を示すことなく違法行為を継続し、単に令状の執行を容易にするため、被告人の意思を制圧して自室のドアを閉めさせず、令状発付までの約1時間半、本件建物内に留まって被告人の居室内の様子をうかがい、被告人の住居についてのプライバシーを大きく侵害している。
②住居についてのプライバシーの重要性や、警察官らの無配慮な態度等⇒その違法は重大。
③被告人の尿はこの違法行為を直接利用して得られたものであり、同行為は尿の押収を目的としたものであって、このような違法な手続により押収された尿の鑑定書等の証拠能力を肯定することは、その違法が警察官らの確信的な侵害行為によってもたらされた⇒違法捜査抑制の見地からも相当ではない。
  解説 ❸について:
本件建物は管理人が不在の夜間・早朝は外部者の立入りが禁止されていた
⇒共用部分であっても、管理者の承諾なく立ち入ることは管理権者の管理権を侵害
⇒憲法35条、刑訴法197条1項ただし書により、令状その他特別の法的根拠がなければ許されない強制処分の典型。 
本判決:
本件建物の共用部分は住人の住居に準ずる私的領域⇒❸の立入りは被告人を含む住人のプライバシーをも侵害したもの⇒原判決よりも違法性を重く評価。
GPS捜査に関する最高裁H29.3.15:
この規定(憲法35条)の保障対象には、「住居、書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれる
~GPS捜査が秘かにプライバシーを侵害することを可能にする強制処分であると判示。
❹について:
強制処分の意義を「個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為」とした最高裁に従い、
自室のドアを閉めさせないかった行為等は、被告人の意思を制圧して、住居についてのプライバシーを侵害した強制処分に当たると認めた。 
❹の違法判断の中で、行為の必要性・緊急性がなかったことに言及。
but
ある捜査方法が、相手の意思を制圧して重要な法益を侵害するものである限り、必要性や緊急性があっても、それはあくまで強制処分であって、無令状で行なえば違法。
⇒必要性・緊急性の点は違法の重大性の問題。
  刑事p150
東京地裁R1.7.4  
  録音・録画記録媒体の実質証拠としての証拠能力
  事案 検察官:
平成29年11月14日午後3時42分頃から同日午後6時23分頃までの間の検察官による取調べにおける被告人の供述を録音・録画した記録媒体の複本を「介護士としての稼働状況、犯行にいたる経緯、犯行状況及び供述状況等」を立証趣旨として、証拠請求。 
弁護人:
本件取調べにおける被告人の供述は任意性を欠いており、本件記録媒体に証拠能力は認められない。
本件記録媒体は、証拠調べの必要性がなく却下すべきとの意見。
本決定:
前記証拠請求に対する決定。
裁判所は、公判前整理手続において証拠調べを行い、結論として、録音・録画記録媒体の一部につき、録画映像を除いた部分を証拠として採用。
  判断 ●被告人の供述の任意性 
弁護人:
①本件取調べに先立つ11月13日午後0時49分頃から午後11時50分頃までに行われた警察官による被告人の取調べは長時間にわたるものであり、
被告人は、警察官から厳しく責められ「こうだったんだろう」と誘導されながら、それを認める供述をさせられている
②本件取調べはこのような警察官による取調べの影響を遮断することなくその影響下で行われている
⇒任意性なし。
判断:
本件取調べにおいて、暴行、脅迫その他の手段による供述の強要など被告人の供述の任意性に疑いを生じさせるような検察官の言動等は認められない。
警察官の取調べは、長時間にわたっている。
but
被告人の供述状況や供述態度、本件事案の重大性等
⇒取調べの時間の長さだけを捉えて当該取調べが任意捜査として許容される限度を逸脱していたと認めることはできない。
but
当該取調べにおいて、被告人を威圧するような警察官の言動等

被告人に対して相当程度の精神的心理的圧迫を与え、警察官に迎合的な供述を引き出すおそれのある取調べ方法であった。
but
①前記の警察官の取調べの直後頃、本件記録媒体に関わる取調べを行った検察官が自分は警察とは別の組織、立場にあること等を説明した上、事件当日の出来事を大まかに確認する任意の取調べを短時間行っており、
その際、被告人が自分の記憶では被害者を浴槽に入れたまま目を離して放置したと覚えていると、一旦は警察官に話した供述を変遷させている。
②本件取調べは、その後の逮捕に伴う諸手続などを経た約15時間後に、東京地方検察庁の取調室において行われ、その取調べにおいて被告人が前日の自白内容にとらわれているような言動は見られず、警察官に対する自白を反復しているのではなかとの疑いは認められない。

本件取調べにおける被告人の不利益事実の承認又は自白には任意性を疑わせるような事情は認められない。
  ●証拠調べの必要性・相当性 
  弁護人:
記録媒体を実質証拠として使用することは、
①公判中心主義や直接手技に反する、
②供述の信用性判断において、被告人の供述態度に目を奪われて客観的な視点から分析が軽視される危険がある
③争点の拡散、審理の肥大化のおそれがある 
  判断:
本件は、被害者の溺死に対する被告人の関与について争いがあり、検察官は本件の具体的な殺害方法につき被告人の捜査段階の自白以外によっては立証が困難であるとして、本件録音・録画記録媒体を請求。
本件取調べにおいて被告人の供述調書は作成されておらず、当該自白の立証には、その供述状況を録音・録画した本件記録媒体に代わるべき証拠は他に存在しない
⇒その必要性が認められる。
①本件記録媒体には犯行状況についての自白を超える供述を含んでいる
②当該自白は信用性も争われる見込みであり、これを録画映像から認められる供述者である被告人の表情や態度などから判断することは、容易でないばかりか、直感的で主観的な判断に陥る危険性は高い、
③裁判員裁判

記録媒体の録画映像部分を公判廷で取り調べることは相当ではない。
  ●結論
・・・・前記時間帯の録画映像を除いた部分の限度において証拠として採用するのが相当。
  解説 取調べの可視化⇒取調べを適正化を図るとともに、そこで作成された供述調書を任意性判断に活用⇒録音・録画記録媒体を、任意性立証に用いることは当然。
but
犯罪事実等を証明する実質証拠として使用することについては、規定がなく、十分な検討もされてこなかった⇒議論。 
  ●任意性について 
同意なし⇒刑訴法322条1項に準じて証拠能力の有無が検討。
不利益事実の承認または自白に関しては「任意性」が要求され、この記録媒体自体の任意性が立証される必要。
  ●必要性・相当性について 
主な論点:
①映像の持つインパクト(カメラ・パースペクティブ・バイアスなど)によって、冷静かつ客観的な判断が歪められる危険性にどのように対処するか
②本来法廷で行われるべき事柄が取調室での捜査官主導の取調べ手続に移行してしまい直接主義、公判中心主義に逆行しているのではないか?

実質証拠とすることは基本的に慎重であるべきであるが、一律に判断するのではなく、記録媒体を証拠とすべき必要性とこの危険性等とを勘案して、必要性・相当性(広義の必要性と表現することもある。)を具体的事例に即して定めて行こうとの裁判所を中心とした実務の流れ。
2429   
  行政p5
東京地裁H30.5.15   
  東京都教育委員会によりエンカレッジスクールとして指定された高校の校長の懲戒免職処分に裁量権を逸脱した違法があるとは認められないとされた事案
  判断 ●懲戒事由該当性 
・・・
Xの行為は、調査書、面接、小論文及び実施検査の結果による総合成績の順に決定される合格候補者につき、実施要領に定めのない本件チェック基準に基づく出願日から受験日当日までの面接外の状況を集約した記録を踏まえて、それによる総合成績の数値を差し引くなどしたという点において、実施要項の定めに反するものと認められる
⇒懲戒事由該当性を肯定。
  ●本件処分についての都教委の裁量権の逸脱濫用の有無 
①Xは、関係法令等を遵守して公正・公平な入学者選抜を実施した上で合格者を決定するべき校長、入学者選抜を選考委員会の委員長という地位にありながら、本件高校の荒んだ状況を改善するには、関係法令等上の根拠がなくとも致し方ないとの考えに基づき、
実施要項に明確な根拠がないこと、あるいは少なくとも明確な根拠があるか否かの正式な確認ができていなことを認識しながら、実施要項などに沿って算出される総合成績の数値を校長であるXの裁量との理由でもって引き下げたというもので、関係法令等をないがしろにしたその態様は、重大かつ悪質と言わざるを得ない。
②Xのそのような行為の結果として、本来であれば本件高校に合格するはずであった実人数にして合計21名の受験生が学び直しの機会を奪われたという甚大な影響により、エンカレッジスクールの入学者選抜制度に対する公平・公正という観点での信頼を大きく損なうもの。

Xに特段の処分歴がないことを踏まえても、懲戒免職とした本件処分が、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したなどの違法があったということはできない。
  解説  公務員に対する懲戒処分:
当該公務員に職務上の義務違反、その他公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため、科される制裁であるところ、
懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、
当該公務員の前記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をするべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択するべきかを決定することができる。 
その判断は、前記のような広範な事情を総合的に考慮してされる

地方公務員につき地公法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、
平素から庁内の事情に通暁し、職員の指揮監督の衝に当たる懲戒権者の合理的裁量にゆだねられているというべきであり、
裁判所が当該処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をするべきであったかどうか、又はいかなる処分を選択するべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、
懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべき。
(最高裁)
  本判決:
前記判例に沿って、Xの行為の懲戒事由該当を踏まえた上で、
①エンカレッジスクールに指定された高校の入学者選抜に当たって、実施要領によって算出される総合成績の数値を、関係法令等上の根拠もないままに、校長であるXの裁量との理由でもって引き下げたその行為態様の重大性及び悪質性、
②その行為によって本来合格すべき多くの受験生が不合格とされたことによる甚大な影響、
③エンカレッジスクールの入学者選抜制度に対する公平・公正という観点での信頼が損なわれた

本件処分が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したとは認められないと判断。
  民事p19
大阪高裁R1.5.27  
  親権喪失が認められた事案
  事案 親権者父B(昭和38年)は、平成20年にDと婚姻し、未成年者C(平成21年生)が生まれた。
Cは、平成22年にBDの申出で乳児院に入所、平成23年に入所措置は解除され、BD夫婦の下に引き渡された。
Dは、平成23年、Bの飲酒、暴力から逃れてZに避難、Cが児童養護施設に入所することに同意⇒Cは施設で生活。
Bは、平成25年、Cの親権者をBと定めて、Dと協議離婚。、
Cが施設に入所以降、Bの犯罪履歴:
①強制わいせつで実刑判決
②公然わいせつで実刑判決
③暴行事件で迷惑防止条例違反で実刑判決。
④暴行事件で、原審決当時は未決勾留中。
その他、交際中の女性に対する障害罪や、窃盗罪。
その他事情。
児童相談所長Aは、Bによる親権の行使は著しく不適当で、Bによる養育では、養育環境が悪化し、Cの健全な成長発達が阻害され、子の利益を著しく害する⇒親権喪失審判を申し立てた。
  規定 民法 第834条(親権喪失の審判) 
父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権喪失の審判をすることができる。ただし、二年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは、この限りでない。
  原審 Bからの不当な引渡要求に対しては、児福法に基づく施設への入所措置等により対応できるし、面会通信や接近は児童虐待防止法により禁止できる

Bの親権を喪失・停止させる必要があるのは、これら各措置によってはCの保護を図ることができない特段の事情がある場合に限られる。 
Bには、民法834条所定の事由(親権喪失事由)が認められない⇒却下。
  判断 原審のような限定的な解釈をせず、Bには民法834条所定の親権喪失事由がある⇒原審判を取り消し、Bの親権喪失を認めた。
・・・・Bには、Cの養育、監護の実績がほとんどない上、アルコール依存の程度が高く、暴力傾向も強く、その親権の行使の方法において適切を欠く程度が著しく高い。
⇒Bに親権を行使させることは、親権者の適格性の観点からも、Cの健全な成育のために著しく不適当。

Bの前記の状況は、Aのこれまでの指導をもってしていも、2年程度では改善を望めず、2年以内にBの親権を喪失させるべき原因が消滅するとも考えられない。
  解説 平成23年民法等改正⇒新たに親権停止制度が創設(民法834条の2)。 
民法834条も改正されたが、その趣旨は規定の明確化にあり、これにより親権喪失の原因が実質的に変更されるものではないとされている。
「親権の行使が著しく困難である」:
精神的又は身体的故障等により適切な親権の行使が不可能であるか又はこれに近い状態にあること

「親権の行使が著しく不適当である」:
子を虐待し、又は通常未成年の子の養育に必要な措置をほとんどとっていないなど、親権行使の方法が適切を欠く程度が高い場合であることや、父又は母に親権の行使をさせることが子の健全な成育等のために著しく不適当であることを意味する。
  民事p23
福岡高裁H31.4.15  
  HBe抗原陰性慢性肝炎の発症による損害賠償請求権に係る民法724条後段所定の除斥期間の起算点が問題となった事案
  事案 B型肝炎の患者であるX1、X2(被控訴人)が、乳幼児期にY(国)が実施した集団ツベルクリン反応検査又は集団予防接種を受けた際、注射器(針又は筒)の連続使用によってB型肝炎ウイルス(HBV)に持続感染し、成人になって慢性肝炎を発症⇒Yに対し、HBe抗原セロコンバージョン後(同抗原陰性後)に発生した損害について、国賠法1条1項に基づき、X1においては1375万円、X2においては1300万円(いずれも包括一律請求としての損害金1250万円と弁護士費用)の賠償及び遅延損害金の支払を求めた事案。
  原審 Xらは、過去にB型慢性肝炎(HBe抗原陽性慢性肝炎)を発症した後、非活動性キャリアとなっていたところ、再び肝炎(HBe抗原陰性慢性肝炎)を発症

XらのB型慢性肝炎の発症及び再燃に至る経緯等並びにB型慢性肝炎の特質及び実態(病態の進行やその態様)に照らせば、Xらは、HBe抗原陰性慢性肝炎の発症時に、先行するHBe抗原陰性慢性肝炎による損害とは質的に異なる新たな損害を被り、前記発症時にHBe抗原陰性慢性肝炎の発症に係る損害賠償請求権が成立

HBe抗原陰性慢性肝炎発症による損害賠償請求権に係る除斥期間の起算点は、HBe抗原陰性慢性肝炎の発症時であり、除斥期間は経過していない。
XらのHBe抗原陰性慢性肝炎の発症前後の状況並びに同肝炎の特質及び実態等⇒包括一律請求には合理性及び相当性がある
⇒請求を全部認容。
  判断 HBe抗原セロコンバージョン後のHBe抗原陰性の慢性肝炎は、先に発症したHBe抗原陽性の慢性肝炎に比して、より進んだ病期にあったもので、例外的な症状ということができるが、
HBe抗原陰性の慢性肝炎が、HBe抗原セロコンバージョン前のHBe抗原陽性の慢性肝炎と質的に異なり、その罹患によって新たな損害が発生したということはできない

HBe抗原陰性慢性肝炎の発症による損害賠償請求権に係る民法724条後段所定の除斥期間の起算点は、HBe抗原セロコンバージョン前のHBe抗原陽性慢性肝炎を発症したとき

原判決を取り消し、Xらの請求をいずれも棄却。
  解説 民法724条後段所定の除斥期間:
不法行為により発生する損害の性質⇒加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時から進行。
乳幼児期に受けた集団予防接種等によってHBVに感染し、B型肝炎を発症したことによる損害については、B型肝炎を発症した時が除斥期間の起算点。
(最高裁) 
  民事p39
大阪地裁H31.3.26  
  旅行会社の情報収集・提供義務違反が認められた事案
  事案 原告らが、旅行出発前の被告従業員の情報収集・提供が不十分であったために解除の機会を逸した⇒被告に対し、使用者責任又は債務不履行に基づく損害賠償として、出発前に解除していれば返金されていたはずの代金相当額、慰謝料及び弁護士費用の支払を求めた。 
  判断 ●  ●旅行会社の情報収集・提供義務(一般的義務) 
  募集型企画旅行契約に適用される旅行業約款では、
①旅行の安全かつ円滑な実施が不可能か不可能となるおそれが極めて大きい場合には取消料なしで解除できる
②そうでない場合も旅行者が所定の手数料を支払うことで解除できる
とされている。
①このような約款内容を含む旅行契約の趣旨・内容
②旅行者にとって、旅行の安全かつ円滑な実施の可否に関わる情報は、旅行に参加するか解除するかに関わる基本的かつ不可欠の情報
③旅行会社は専門業者として高い情報収集力を有するのが通常であり、旅行者からもそのように期待されているという旅行会社の地位・能力

旅行会社は旅行者に対し、旅行契約に附随する義務として、これらの情報を適時適切に収集し提供する義務を負う。
  ●本件における情報収集・提供義務(具体的義務) 
①旅行の「円滑」な遂行に関する情報について、旅程を円滑に実施するには旅程に不可欠な国道318号線の交通規制に関する情報は重要
②それが地震の翌日(出発3日前)には西蔵自治区人民政府のホームページに掲載されていて、その収集が可能かつ容易であった
⇒その収集・提供を怠った被告には前記義務違反がある。
被告主張:
①前記交通規制は、西蔵自治区人民政府のホームページに掲載されたのみで、他の機関や現地旅行会社もそれを把握していなかった、
②前記交通規制は臨時機関から発せられ、通常の規制発出とは異なるものであった、
③地震発生から旅行出発まで3日半しかなかった
⇒被告が前記情報を認識し得なかったとしてもやむを得ない。
vs.
①大規模地震発生後の緊急事態下では、通常とは異なる事態が生じ得ることも念頭において慎重に情報収集すべきところ、
②被告を含む旅行会社が旅行の「安全」のみならず「円滑」な実施の観点も重視して交通規制の有無に関する情報を収集していれば、西蔵自治区人民政府のホームページに掲載された前記情報を、旅行出発までの3日半の間に認識・収集することは困難ではなかった
⇒被告の主張を排斥。
  ●因果関係 
原告らの出発前の情報収集に係る態度、出発後の行動など

前記情報提供がされていれば、原告らが取消料を支払って解除権を行使した高度の蓋然性がある
⇒被告の義務違反と解除権不行使の間の因果関係を肯定。
  ●損害 
旅行代金から取消料(半額)を控除した残額、慰謝料各2万円、弁護士費用各3万円の損害を認め、支払を命じた。
  解説 少額ながら慰謝料及び弁護士費用の損害賠償を肯定。 
弁護士費用について
判例:
債務不履行に基づく損害賠償においては原則として損害に含まれないとしつつ、
労働者が使用者に対し安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合、
その主張立証すべき事実が不法行為に基づく損害賠償請求の場合とほとんど変わらず、弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権
⇒弁護士費用の請求を肯定。
本件:
最判の趣旨を踏まえ、
①本件で認容されたのは債務不履行に基づく損害賠償請求権であるが、本件では自己決定権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権とする法律構成も可能であった、
②本件のような情報収集・提供義務違反に基づく損害賠償請求権を行使する訴訟は、原告らが具体的な義務内容を特定し、義務違反に該当する事実を主張立証する責任を負う⇒弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をするのが困難な訴訟類型に属する。

弁護士費用の損害賠償を肯定。
  民事p55
那覇地裁H31.4.16  
  経皮吸収型麻酔性鎮痛剤オピオイドパッチの取りやめについて、過誤や説明義務違反が問題となった事案
  事案 Xが、Y2医師は、Aの生前、三叉神経痛による激痛に苦しむAに対して本件パッチの使用を継続する義務、及び本件パッチの使用を取りやめる際には、A及び家族であるXに対してその理由を説明して同意を得る義務を負っていたにもかかわらず、Y2医師がこれらの義務に違反して本件パッチの使用を取りやめたことから、Aは死亡する直前まで耐え難い身体的、精神的苦痛を被った⇒
Y2医師に対しては不法行為責任に基づき、Y1に対しては使用者責任又は診療契約上の債務不履行責任に基づき、連帯して1000万円及び遅延損害金の支払を求めた。 
  判断  ●本件措置に際してのY2医師の本件パッチの処方継続義務の有無。
~Y2医師が本件パッチの処方を取りやめた本件措置の判断が合理的であったか否か。
本件措置の判断は、医師として合理的で適正なもの

①本件措置時点において、本件パッチの使用がAに対する投与の目的に沿う効果を上げているか自体定かでない
②副作用も疑われる状況にあった
③当時、本件パッチの使用継続期間は2か月を超え、依存性のあるオピオイドの漫然とした継続使用を避けるという観点からも、本件パッチを離脱させることには合理的な理由がある。
  ●本件措置に際してのY2の説明義務違反の有無 
説明義務違反を否定

①A及びXに対して本件措置の方針が説明されなかった理由は、ひとえに、生命維持を優先すべき危篤状態にあったAの症状に対処するために緊急を要して、当時はそれを行うだけの時間的余裕がなかった
②その後も少なくとも本件面談時までその説明がされなかったのは、平成26年3月下旬にAの左顔面痛が頻発するようになるまでは、Aの疼痛症状も比較的落ち着いていて、Aが本件パッチを貼っていないことについて、AやXからも疑問を呈される機会がなかった。
Xの主張:一般に医師は、患者において自己決定権を行使するため、患者からインフォームド・コンセントを得ることが要求されており、Y2医師は、本件措置に先だって、A及びその家族に対して本件パッチの使用を取りやめる理由や激痛再発時の対処方法、代替措置の有無等を十分に説明した上で、中止の同意を得る義務を負っていた。
vs.
本件パッチは麻薬・劇薬であり、患者はその使用を選択する自己決定権は存在しない⇒その行使のために、Y2医師には、本件措置に先立って、本件措置の理由を説明する義務を負っていたということはできない。
 
請求棄却。
  解説  本件と類似した裁判例:

がんが再発し骨等に転移して死亡した事案で、疼痛の治療のために放射線治療を行わなかったことについて、「医師には放射線治療を行うべき義務に違反した過失があり、そのため、患者は放射線治療による除痛の効果を得ることができず、より大きな苦痛を受けた」⇒慰謝料100万円を認めた(京都地裁)。

末期的な乳がん患者に対する欠陥造影検査について、担当医師に治療上の注意義務違反がないとされた事例(横浜地裁)
  知財p66
東京地裁H31.2.28  
  タイプフェイスの著作物性が問題とされた事案(否定)
  事案 Xが、YにおいてXの制作したタイプフェイスの一部の文字を、Yの配給上映した映画の予告編やパンフレット、ポスター等に無断で利用⇒Xの本件タイプフェイスに係る著作権(複製権)を侵害⇒Yに対し、不法行為に基づき、損害賠償金等の支払を求めた。 
  争点 ①本件タイプフェイスの著作物性の有無
②利用許諾の抗弁の成否 
  判断  ●争点① 
最高裁H12.9.7を参照し、
タイプフェイスが著作物に該当するというためには、
①それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、
②それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を具えていなければならないと解するのが相当。
タイプフェイスの著作物性の判断は現に利用された文字について行うのが相当。
Yにより利用された文字について、本件タイプフェイスと本件タイプフェイスの制作年に係るXの主張を前提として同年までに制作された他のタイプフェイスと対比

特定の文字以外の文字については、類似するタイプフェイスが認められ、
前記特定の文字についても、顕著な特徴を有するといった独創性を具えているとまでは認め難い

本件タイプフェイスが、前記の独創性を備えているということはできないし、また、それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているということもできない。

著作権性を否定。 
  ●争点②
Yにおいて実際に本件ポスター等のデザインを担当したデザイナーが本件タイプフェイスを表示するために使用したフォントファイルは、X主張に係る媒体からインストールされたものではなく、本件デザイナーが正規購入した他の媒体からインストールされたものと認められ、
後者では、正規購入者による本件タイプフェイスの利用が何ら制限されていなかった
⇒本件タイプフェイスの利用は制作者による許諾の範囲内の行為
⇒利用許諾の抗弁の成立を肯定。
  労働p90
東京高裁H30.11.22  
  会員制スポーツクラブを運営しているYの支店長等の地位にあった者の管理監督者性(否定)
  事案 会員制スポーツクラブを運営しているYの支店長等の地位にあったXが在職中の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金並びに労基法114条所定の付加金の支払を求めた。 
  争点 ①Xが労基法41条2号の管理監督者に当たり、Yは時間外労働及び休日労働に対する割増賃金を支払う必要がないか
②割増賃金を支払う場合、割増率は労基法によるか、同法より高い割増率を定めたYの給与規程によるか 
  原審・判断  ●争点①
  労基法上の管理監督者に該当するかどうかについては、
ア:当該労働者が実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているか
イ:自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか
ウ:給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされているか
という観点から判断すべき。 
アについて:
支店長は、支店の運営管理全般について責任者としての職責を担うとともに、従業員の勤務シフトの決定や販売促進活動の企画・実施等の権限を有している
but
提供する商品及びサービスの内容等の決定はYの直営施設運営事業部が行っており、アルバイトの採用や解雇、販売促進活動の実施、出捐を伴う設備の修繕や備品の購入等についてYの決裁を要し、
Yによって支店の損益目標が管理され、運営モデル等に極力沿った労務管理が要請されるなど、
支店の運営管理に関する支店長の裁量は相当程度制限されていた。

経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されていたとは認められない。
イについて:
支店長も一般の従業員と同様、年間の総労働時間が定められ、かつ、各月の労働時間数が一定の範囲内に収まるように事前に勤務計画を作成し、Yに対して報告するとともに、タイムカードの打刻及び勤怠管理システムへの入力等により日々の出退勤時刻や実労働時間を報告するよう指示されるなど労働時間緒実態把握や健康管理上の必要を超えて労働時間の管理が一定程度行われていたほか、
管理業務のみならずフロント業務やインストラクター業務にも日常的に携わらざるを得ない状況にあり、恒常的に時間外労働を余儀なくされている

支店長が自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていたとみることはできない。
ウについて:
Xは、支店長として月額5万円の役職手当を付与されていたが、支店長の勤務実態に照らすと、月額5万円の役職手当の支給のみをもって管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がされているとは言い難い。
  ●争点②
支店長を割増賃金の支給対象外とする給与規程の趣旨を踏まえた当事者の合理的意思解釈

Xの所属する職層以上の者についてはYにおいて経緯者側に立つ従業員であると認識し、位置付けられており、その際は単純に労基法41条2号にいる管理監督者であるかどうかによって決定されていたものとは言い難い

時間外労働及び休日労働に対する対価を一切支払わない旨のX・Y間の合意は、労基法37条に反して無効であり、その無効となった部分は労違法13条により労基法37条で割増率が適用される。
  ●付加金の額について:
YにおいてXが管理監督者に該当すると考えたことについて相当の理由がある
⇒その態様が著しく悪質であるということもできない
⇒付加金請求の対象となる未払割増賃金の約4割に相当する90万円の限度で支払を命じる。
  判断  Y:管理監督者は必ずしも人事・労務管理に関する最終決裁権限を持つことを要するものではないし、労務管理以外の事項に関する権限の広狭は問題とならない
vs.
損益管理、施設・設備管理、営業管理などの労務管理以外の事項に関する権限の広狭も踏まえて、労働時間等に関する労基法上の規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務と責任を有する立場にあったか否かを検討すべき。
⇒労務管理のみに限定して管理監督者性を判断する見解を否定。
X:割増率について、労契法12条によりYの給与規程が適用されるべきであると主張。
vs.
①労契法12条は労働契約が就業規則に違反する場合に無効部分については就業規則によることを定めている
②本件はYの就業規則が労基法に違反する場合⇒労基法13条により無効部分について労基法によることになる。
  解説 通達:
労基法41条2号の管理監督者について、
労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者であって、労働時間、休憩、休日に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務と責任を有し、
現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないような立場にあるかを、職務内容、責任と権限、勤務態様及び賃金等の待遇を踏まえ、総合的に判断することとなる。
尚、平成20年9月9日付基発0909001号:
多店舗展開企業における小規模な店舗の店長等について、管理監督者の範囲の適正化を図る目的で、従前の通達に示された基本的な判断基準に基づき、
a:職務内容、責任と権限、
b:勤務態様、
c:賃金等の待遇
の3要件についての判断基準を規定。
  刑事p108
東京高裁H30.10.18  
  麻薬取締官への捜査協力の評価
  事案  
  原判決 被告人について、覚せい剤営利目的輸入及び関税法違反3件並びに覚せい剤営利目的所持1件の成立を認めた。 
  主張 麻薬取締官に対して捜査協力を行い、その見返りとして被告人が関係する覚せい剤の取引の検挙を見逃してもらうなどの関係を築いてきた。 
栃木事件について、金銭的メリットがないことを理解した上で、荷受人を麻薬取締り間に検挙させるなどの目的で加担⇒営利の目的を有さず、共同正犯性もない。
量刑主張。
  判断 ●栃木事件について:
麻薬取締官の顔を立て、その要求に応えて共犯者からの加担依頼を引き受けておくことで、その後も継続的に麻薬取締官の監視下で覚せい剤の密売を行って利益を得る目的を有していたと推認することができ、被告人にはこの意味における営利の目的があった⇒共同正犯を肯定。
  ●量刑について 
①麻薬取締官が被告人に対して求めた捜査協力は、その適法性や相当性に大きな疑問が存するものであることを前提に、
②自己保身や密輸等による利益のためという協力の動機

捜査協力の事実を被告人に有利に考慮する余地はない。
麻薬取締官からの被告人に対する助長は、被告人からすれば麻薬取締官から保護の言質を採るやり取りであり、
このように自己保身を図りながら覚せい剤輸入の各犯行への加担を決めた意思決定は狡猾で、
麻薬取締官の助長の存在により、非難の程度が原判決の量刑を左右するほど減弱するとはいえないし、被告人の罪の意識が減じていたとも認められない。
  解説 覚せい剤法における「営利の目的」:
犯人がみずから財産上の利益を得、又は第三者に得させることを動機・目的とする場合をいうと解すべき(判例)

自利目的について、それが認められるのは、当該犯罪行為を手段として直接に利得しようとする動機・目的がある場合に限られない。
  刑事p118
神戸地裁H30.10.24
  過失運転致死で回避可能性に疑い⇒無罪の事案
  争点 過失運転致死の関係で、被告人が前方等を注視していれば、被害者が路上に横臥していることを認識し、その上で事故回避できたか? 
  主張 検察官:
視認状況に関する実況見分の結果⇒事故地点の約48.2m手前で被害者の存在を発見できた⇒時速約45kmで走行していた被告人車両の停止距離が約17.5mないし約21.4m⇒十分事故を回避できた。 
  判断  ●過失運転致死
  検察官が指摘する実況見分は、前方に被害者に見立てた人形があると分かった上で、静止した状態で確認したもの
but
事故時は、被害者が横臥しているとは知らず時速約45kmで走行
⇒前提条件が異なっている。
事故当時の視認状況:
①被告人車両の前照灯の照射距離実験の結果、
➁現場付近の街頭の設置状況、
③事故直前に現場を通過した自動車のドライブレコーダーの映像、
④その自動車の運転手の証言等

被告人車両の前照灯の照射距離内に被害者が入らない限り、その存在を確認することはできなかった。
前照灯の照射距離:
対象物の存在を分かった上で静止した状態で確認したもの⇒実際の走行時とは条件が異なる。
⇒被告人車両の照射距離と停止距離との間に十分な余裕があることを要求。

被告人が前方を注視していたとしても、事故を回避できなかった疑いが残るとして、無罪。
  ●道交法違反 
検察官:
①事故時に相当の衝撃があったこと、
➁被告人が事故時に急制動等の回避行動をとっていること等

被告人が人を轢過した可能性があると認識していたと推認できる。
vs.
事故現場の状況や被告人車両に装備されたABSフリーズデータ記録の解析等
⇒被告人が、事故時に人を轢過した可能性を認識していたと推認するに足りる事情はない。
2428   
  民事p4
東京高裁H31.4.10  
  国家公務員の(発注停止を示唆した)圧力について国賠請求が認められた事案
  事案 Xは、公益法人問題を追及する国会議員の勉強用に、同議員にXの経営する会社の資料等を渡した⇒このことに不満をもった国土交通省の本省の担当者は、公益法人などを介して、A社の発注停止を示唆して、暗に、Xが自発的に自粛とけじめをつけることを求めた⇒Xは代表取締役社長を辞任し、平取締役(会長)になった。 
Xが中心メンバーとなっている海保保存活動を行う団体が、国の所管行政庁である国土交通省の出先機関の関東地方整備局に保存要望書を提出⇒このことに不満を持った関東地方整備局の担当者は、公益法人などを介して、A社への発注停止を示唆して、暗に、Xが自発的に自粛とけじめをつけることを求めた⇒Xは、取締役会長を辞任し、持ち株も全部譲渡して、会社から一切手を引くこととなった。

請願を理由とする差別待遇であるとして、国賠法1条により損害賠償を求めた。
  規定 憲法 第16条〔請願権〕
何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
  判断 前記の公務員の行為は、民間企業の自主的な経営に対する法令上の根拠に基づかない介入であって、請願を理由とする差別待遇として国賠法上違法であると判断し、消滅時効の成立も否定し、相当因果関係の認められる損害額の限度で請求を一部認容。
  解説 国の業務の発注先企業やその取締役等が担当省庁の所管の政策に反対する内容の請願行為をしたことを理由に、発注停止をちらつかせて、当該企業や取締役等に対する差別待遇をすることは、憲法16条で禁止される行為であると同時に、国賠法上も違法の評価を免れない。
明示的にXの辞任を求めず、暗にXの自発的な行為(自発的な辞任)を求めた点も、発注停止をちらつかせているもので、違法性を阻却しないと判断。
公益法人問題の請願に関する差別待遇は、X個人(代表取締役の地位は失ったが、取締役の地位は失っていない)に対する攻撃というよりは、企業体(A社)に対する不当介入⇒違法性は肯定されたが、これと相当因果関係のあるXの損害賠償請求権は否定。
海堡保存問題の請願に関する差別待遇は、企業体(A社)に対する不当介入であるとともに、X個人(取締役の地位も失った。)に対する攻撃でもあり、違法性も、これと相当因果関係のあるXの損害賠償請求権(取締役報酬1年分)も肯定。
本判決:消滅時効の起算点(加害者を知った時期(民法724条))はインタビュー終了時(平成27年)であると判断。

平成21年や平成22年の時点においては、訴状に「国土交通省の本庁又は地方支分部局の公務員のうち誰かが発注停止をほのをつけることを求めた」という程度の記載しかすることができなかった⇒この程度の状態では加害公務員を知ったとはいえないと判断したのだろう。
  民事p16
福岡高裁H31.4.25  
  クローン病患者の術後の出血性ショックについて病院側の責任を肯定した事例
  事案 Y1大学の開設、運営する病院においてクローン病の治療のために回腸結腸吻合部切除術等の手術を受けたX1とその親族らが、
X1に術後の出血による出血性ショックが生じ、それに伴う低血圧によって脳に障害が残ったのは、執刀医であったY2、主治医であったY3、Y4、Y5、担当看護師であったY6の術後管理などに過失があったことによるもの⇒
不法行為に基づき、連帯して、
X1につき5億4995万6797円、X2及びX3につき各880万円、X4及びX5につき各1100万円、X6及びX7につき各550万円およびこれらに対する遅延損害金の各支払を求め、
X1が、選択的に、診療契約上の債務不履行により、Y1大学に対し、同様の金員の支払を求めた。
  争点 本件手術の術後管理について主治医であるY3ないしY5に過失があったか。
その関係で重要なのは、X1について、本件手術後の出血及び出血性ショックを予見することが可能であったか。
  判断 ①X1はクローン病に罹患しているところ、クローン病の特徴の1つとして突然の大量腸管出血があり、ときには致死的出血に至る場合もある
②多くの場合、出血の徴候を把握することは極めて困難であり、出血源の同定すら困難な場合が少なくない
③クローン病の既手術例においては術後1%以上の割合で再出血が発生するとの報告もある。
④X1は、過去2回に及ぶクローン病の手術歴があり、本件手術の術中に6046mlもの出血があった。

Y3ないしY5らにおいて、本件手術の急性期にX1が出血を来すことを予見することは可能であったというべきであり、本件手術後の急性期においては、術後出血を念頭に置いた術後管理が求められていた。

術後の出血により比較的急速に血液が失われると、重要な臓器や組織への血流が不足し、組織での酸素代謝が障害される出血性ショックに陥るおそれがあることを念頭に置いた術後管理を行う必要があった。
  具体的にどのような術後管理をすべきであったか?
初期の出血性ショックでは収縮期血圧の低下が見られない場合があり、脈拍数(心拍数)が120回を超える一方で、収縮期血圧が90以上の場合には、脈拍数(心拍数)や収縮期血圧の経時的変化をより綿密に確認し、中等度ショックを示す収縮期血圧の低下が見られた場合(90か少なくとも80を下回った場合)には、直ちに医師に連絡するように指示を行うべき。
but
①本件で行われた医師の指示は、収縮期血圧を80から140の間で維持し、80以下となった場合には、いったん昇圧剤であるイノバンを増量し、それでも70台を継続する場合には、主治医に連絡するという内容。
②かかる指示は、脈拍数(心拍数)について何ら触れておらず、それ以外に口頭での指示もされておらず、初期の出血性ショックでは収縮期血圧の低下を認めない場合もある。

その指示は不適切なものであった。
  民事p47
大阪地裁R1.5.10  
  国有林の分収育林制度に基づく分収育林契約における国の義務
  事案 国有林野の管理経営に関する法律17条の2~6に規定された分収育林制度に基づき、被告(国)との間で分収育林契約を締結して国有林野に育成する樹木を被告と共に共有し、又はその持分を承継取得した原告らが、
被告が分収育林契約上の管理経営計画に記載された実施年度に主伐を実施しなかったことが債務不履行に当たる⇒分収育林契約を解除したと主張して、分収育林契約の締結時に支払った金額の返還等を求めた。 
  争点 被告が分収育林契約上いかなる債務を負っていたのか。 
  判断  分収育林契約において、被告の義務の中核となっているのは、同契約における最終的な目的である分収木の販売収益の分収の前提となる、管理経営計画に従った分収木の保育と販売を行うこと。 

本件分収育林制度における収益分収の方法は、分収木の売買代金をもって行う代金分収の方法が採用されている。
but
分収木について売買契約を締結するには、一般競争入札の方法によることとなるが、入札者若しくは落札者がいない場合又は落札者が契約を結ばない場合には、分収木についても売買契約が成立しない場合もあり得ることになり、このような事態が生じることは、制度上、やむを得ないこと。

被告において、直接、分収金の配分を行うことは想定されていない

分収木の販売に係る被告の義務は、分収木の販売等の手続を行うことに止まり、それを超えて、分収育林契約の対象となっている分収木について、買受人との間で分収木についての売買契約を成立させたり、分収金の配分を行ったりする義務を負うものではない。
  原告:立木販売方式により売却先が見つからない場合には素材販売を行うべき義務を負っていた。
vs.
①「主伐」という用語それ自体は、分収木を伐採するとの意味で使用されているものとみるのが相当であるとしつつも、
②分収木を立木販売方式により売却することは合理的であり、製品販売の方式によって売却することは、制度設計上も想定されていなかった

「分収(主伐)の時期」との記載は、分収育林契約の対象となった分収木について「間伐ではなく主伐による分収が行われるべき時期」を意味しているにすぎないとして、原告の主張を排斥。 
  解説 原告:
分収育成契約の契約書や管理経営計画に「主伐(分収)の時期」等との記載があり、これは法定所定の「伐採の時期」に対応するもの
⇒主伐とは伐採を意味してり、被告は同契約上、分収木を伐採した上で、素材販売の方法で売却すべき義務を負っていた旨を主張。
vs.
①同契約書上、被告が分収木を伐採すべき義務を負うことが明示されているわけではない、
②同契約書の各条項の内容からみても、被告が分収林を伐採すべき義務を負っていることを認めるべき記述は見当たらない

原告主張の債務の存在を認めることはできないと判断。 
  民事p61
東京地裁H31.3.14  
  歯科医師のアンカーインプラントでの説明義務違反等が問題となった事案
  事案 医療法Yの開設する矯正歯科Aにおいて歯科矯正治療を受けたXが、
主位的には、前記治療を行ったY代表者が、歯列矯正治療期間に関して十分な医学的根拠に基づかない説明をし、 また、アンカーインプラント(顎間固定用インプラント)を適切な時期に抜去すべき義務を怠った⇒不法行為に基づく損害賠償金568万7404円及び知源損害金の支払を求めl
予備的に、治療契約を中途で解除したため、支払済みの治療費のうち未治療相当額を不当に利得されたと主張して、不当利得返還請求権に基づき60万6720円及び遅延損害金の支払を求めた。 
  判断 ●治療期間に関する説明義務違反の有無 
X主張:治療期間は1年半や2年になることは絶対ないと説明を受けた。
判断:治療期間1年を目安にしていること、この期間は絶対ではないと説明。
X主張:1年程度で治療することができるとの説明には医学的根拠がない
判断:
現実の治療行為の実態⇒Y代表者が矯正機関を1年程度と説明したことに医学的根拠があったのか疑わしい。
but
Y代表者が自ら経験した症例やいくつかの症例報告では1年程度とされており、Y代表者の説明が医学的根拠を全く欠くとまではいえない。
⇒治療期間に関する説明義務違反を否定。
  ●インプラント破折に関する注意義務違反の有無。
X主張:Y代表者は、アンカーインプラントを埋入した後、Xが埋入部位の痛みを訴えて2週間以上が経過した平成25年4月8日に同アンカーインプラントを除去すべきであったのにこれを怠った。
判断:Xが痛みを訴えていた事実はない。
X主張:アンカーインプラント埋入後2年経過時である平成27年2月12日には全てのアンカーインプラントを除去すべきであった。
判断:除去すべき義務はない。
⇒義務違反を否定
  ●予備的請求 
X主張:装置準備料のうち、技工料が全体の30%(43万9740円)であることは消費者契約法10条に反して無効。
判断:
確かに、根拠が不明であり、やや高額であるが、消費者契約法10条に反し無効とはならない。

①一般に、舌側(裏側)矯正は、唇側(表側)矯正と比較して矯正装置の技工料が高額になる。
②舌側矯正装置の技工料を約33万円とする会社も存在する。

歯科技工量が矯正施術料の30%であることが不当に高額なものとまでは認められず、信義則に反し、消費者の利益を一方的に害するものとはいえない。
  結局、Yに対し、20万6766円を不当利得として返還するよう命じた。 
  規定  消費者契約法 第一〇条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
  民事p73
東京地裁H31.1.25  
  再保険のFS条項とFFEQ条項の関係
  事案 平成23年3月11日の東日本大震災⇒日産自動車栃木工場で火災⇒第6溶融鋳鉄保持炉が損壊。
原告元受保険者が、日産自動車との元受保険契約で支払った損害保険金について、再保険契約を結んでいた被告再保険者に対して、再保険金の支払を求めた。
本件の元受保険契約には、地震による損害を免責危険とする条項があるが、他方で、地震に引き続いて発生した火災及びその結果として発生した損失に対する保険担保は特別に提供されるとの条項(FFEQ条項)があった。
第6溶融鋳鉄保持炉が損壊した損失について、
被告再保険者:地震により発生した損失で保険の担保外
原告元受保険者:地震に引き続いて発生した火災の結果発生した損失⇒FFEQ条項により特別に保険で担保されるとして、保険金を支払う決定。
本件再保険契約には、再保険の約款として、follow the settlement(FS)条項があり
「この再保険は、・・・元受保険者が行った一切の保険金支払額の決定に従う。・・・但し、保険金支払義務がないことを知りながら行う支払い及び保険金支払い義務があることを認めずに行う支払いは除く。」との文言。
(1)原告元受保険者:FS条項の存在を援用し、元受保険契約及び再保険契約の締結のほか、保険金の支払の事実を請求原因事実として主張。

(2)被告再保険者:FS条項の但書の事実、「原告が保険金支払義務がないことを知りながら、あるいは、義務があることを認めずに支払った」との抗弁事実を主張。

(3)原告元受保険者:再抗弁として、FFEQ条項に該当することを主張。
  判断 上記(2)の判断を留保して、先に、(3)の再抗弁について判断。

この事案が、地震に引き続いて発生した火災及びその結果として発生した損失に対する保険担保は特別に提供されるとの条項(FFEQ条項)に該当するとの契約異解釈を示し、その上で、原告元受保険者が保険金の支払義務がないことを知って支払ったという抗弁事実に該当する事実はないと判断。
⇒原告元受保険者の請求を認容。
  解説 この事案のように 、保険約款(FFEQ条項)の適用が、微妙である事案で、元受保険会社の判断が優先されるとするのでは、再保険会社の法的立場は守られない。

裁判所は、中立の立場に立って、FFEQ条項の適用について判断して、それを、FS適用除外の有無の判断基準とした。
再保険金の請求原因事実は、
①元受保険契約の保険約款の適用上その損害が保険の填補範囲に該当し保険免責の対象外であり、かつ、
②再保険規約の保険約款の適用上その損害が再保険の填補範囲に該当し保険免責の対象外であること

再保険の支払を求める原告側が、すべて主張し、かつ、立証する責任がある。
but
再保険の約款としてFS条項⇒原告側は、当該FS条項の存在と、保険金支払の事実を請求原因として主張すれば足り、その損害が元受保険の填補範囲に該当し、保険免責の対象外であることの主張立証責任を負わずに済む。
vs.
元受保険契約の保険約款の適用上、その損害が保険の填補範囲に該当し、保険免責の対象外であるのかどうか、微妙な判断が必要とされる事案で、元受保険者が、保険金を支払ったという形式的な事柄で物事が決定⇒元受保険者が、保険の填補範囲に該当し、保険免責の対象外であるかどうかについて、厳密な調査及び判断をすることを怠り、相手からの見返りを期待するなど商業的な思惑から、保険金を支払う弊害。

本件の裁判所が、中立の立場に立って、FFEQ条項の適用について判断して、それを、FS適用除外の有無の判断基準とした。
  民事p114
大阪地裁R1.5.23  
  弁護士費用特約での免責条項の「労働災害」の意味
  事案 勤務先からの徒歩での帰宅途中に交通事故⇒加害者に対する損害賠償請求を弁護士に委任⇒弁護士費用特約に基づき、被告(保険会社)に弁護士費用保険金の支払を請求
but
「労働災害により生じた身体の障害」に該当する被害を被ることによって生じた損害に対して、弁護士費用保険金を支払わないという免責条項を理由に支払拒否 
  争点 免責条項の「労働災害」には労災法にいう「業務災害」のみならず「通勤災害」も含むか。 
  判断 ①免責条項はいわゆる約款⇒その解釈は一律の基準に従い、平均的な顧客の合理的な理解可能性を前提とするべき。
②免責条項の文言上の解釈、労災法の文言に照らした解釈、労安法の文言に照らした解釈等を踏まえて、「労働災害」に「通勤災害」も含むという解釈は合理的なもので、顧客に不測の不利益を与えるものではない

「労働災害」には「通勤災害」も含む
  民事p118
福岡地裁R1.6.21  
  医師の脳腫瘍の疑いとの記載の見落とし⇒後医の脳腫瘍摘出術後の後遺症残存との因果関係(肯定)
  事案 Xは、Yが設置、運営する大学病(A病院)の心療内科を平成18年に受診し、頭部CT検査を受けた⇒中枢性神経細胞腫(脳腫瘍の一種)等が疑われる旨の記載⇒A病院の心療内科の医師はこれを見落とし、脳腫瘍に対する治療は行われなかった⇒平成23年11月に症状が悪化し、同年12月にA病院を受診し頭部CT検査等を受けた結果、水頭症を合併した中枢性神経細胞腫と診断⇒Zが開設、運営する脳神経外科病院(Q病院)で平成24年1月に脳腫瘍摘出術、同月のうちに再度水頭症と診断されシャント術⇒記銘力障害を中心とする認知機能障害や運動感覚機能障害等の後遺障害
XはYに対し、債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき、逸失利益、後遺障害慰謝料等相当の損害賠償を請求。 
  反論 Y:Xの記銘力障害は、Q病院での手術の際の執刀医の過失によって脳弓等が損傷したことが原因で、本件過失と後遺障害との因果関係等を争った 
  判断 鑑定結果等⇒
認知機能障害の原因として考えられるのは、放置された脳腫瘍、脳腫瘍によって発症した水頭症、Q医師での手術の合併症及びQ医師での手術の合併症として継続した水頭症。
①本件過失がなければ、Xは、定期的な経過観察により早期に脳腫瘍の増大を発見して腫瘍摘出術を受けることができた
②本件過失により腫瘍が大幅に増大するまで放置された結果として、手術の危険性が格段に高くなり、術後の水頭症のリスクが高まった

本件過失がなければ後遺障害の発生を防止できた蓋然性が高い
⇒因果関係を肯定。
Yの反論
vs.
①Q医院での手術の際にXの脳弓が損傷されたと断定することはできない
②Q委員での手術の際に執刀医の過失があったと断定することできない
③仮に執刀医の過失によってQ医院での手術の際にXの脳弓が損傷されていたとしても、本件過失によってXの脳腫瘍が大幅に増大するまで放置され、手術が困難になるとともに、合併症等のリスクが大幅に増大した

本件過失と後遺障害との因果関係は否定されない。
  解説 本判決:
不作為による医師の過失と後遺障害との因果関係について、本件過失がなければ後遺障害の発生を防止できた蓋然性が高いといえるかを検討⇒因果関係を肯定。
仮に後医の過失が認められ、これが後遺障害の発生に寄与しているとしても、前医の過失と結果との因果関係は否定されない。
⇒前医に損害全体についての賠償義務を認めた。 
前医と後医の医療行為の過失が競合する場合に、後医の過失があることを根拠に前医の過失と結果との因果関係が否定されるかについて、因果関係が否定されないとした裁判例。①②

前医と後医の両方に説明義務違反がある場合に、自己決定権侵害により慰謝料全体について、両者が不真正連帯責任ないし連帯責任を負うことを認めた裁判例。③④

複数の医療機関が独立して癌でない患者に対して癌告知をした場合に、各医療機関に寄与度に応じた分割責任を負担された裁判例。⑤
異なる医療機関における医療行為は、それぞれの医療機関に属する医師の判断と責任により行われるもの⇒原則として、前医が後医の医療行為により生じた医療過誤の責任を問われることはなく、後医が前医の医療行為により生じた医療過誤の責任を問われることもないと指摘。
因果関係を肯定した①②の裁判例では、
前医の過失が後医の過失の誘因となったこと
前医の過失と後医の過失との関連性が検討

本判決:A病院の医師らの過失が手術の危険性を増大させてQ医院の執刀医の過失を生じやすい状況を作出したことを、重要な考慮要素の1つとしていると見ることができる。
  民事p132
那覇地裁H31.3.19
  刑特法12条と憲法33条。刑特法12条2項に基づく緊急逮捕が違法とされた事案。
  事案 辺野古沿岸域における基地建設に対する抗議活動を行っていたXが、
(1)一般人の立入りの制限されている区域に侵入したとして米軍に身柄を拘束されてから8時間を経過して海上保安官に身柄を引き渡されたことについて、
①海上保安官が身柄を直ちに引き受けなかったこと、
②米軍が身柄を日本の当局に直ちに引き渡さず、その間身柄の拘束理由を告知せず、弁護士への連絡の要請を拒否したこと
が違憲、違法であるとともに、
(2)Xが、引き続き日本国の米国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法12条2項に基づき緊急逮捕されたことについて、
①国会が憲法33条、31条に反する刑特法12条2項を立法し、その改廃を怠ったこと、及び
②刑特法に従ったとしても海上保安官による緊急逮捕が、
いずれも違法であると主張

Y(国)に対し、国賠法1条1項(米軍の行為につき日本国とアメリが合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法1条、国賠法1条1項)に基づく損害賠償を求めた。
  争点 ①刑特法12条2項が憲法33条に反するか否か
②海上保安官にXの身柄を米軍から直ちに引き受けなかった違法が認められるか否か、
③海上保安官による刑特法12条2項に基づくXの緊急逮捕に違法が認められるか否か 
  規定 憲法 第33条〔逮捕に対する保障〕
何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
刑特法 第一二条(合衆国軍隊によつて逮捕された者の受領)
検察官又は司法警察員は、合衆国軍隊から日本国の法令による罪を犯した者を引き渡す旨の通知があつた場合には、裁判官の発する逮捕状を示して被疑者の引渡を受け、又は検察事務官若しくは司法警察職員にその引渡を受けさせなければならない。

2検察官又は司法警察員は、引き渡されるべき者が日本国の法令による罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があつて、急速を要し、あらかじめ裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げてその者の引渡を受け、又は受けさせなければならない。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちにその者を釈放し、又は釈放させなければならない。

3前二項の場合を除く外、検察官又は司法警察員は、引き渡される者を受け取つた後、直ちにその者を釈放し、又は釈放させなければならない。
  判断 刑特法12条2項について、憲法33条に適合的な解釈の下、米軍に現行犯として身柄を拘束された者に適用される限りにおいて、憲法33条に反するとはいえず、明確性の要件(憲法31条)にも反しない。
but
前記の憲法適合的解釈の下で、海上保安官がXの身柄を直ちに引き受けなかったこと及び刑特法12条2項に基づきXを緊急逮捕したことはいずれも国賠法上違法。
⇒Xの請求を一部認容。 
  解説・判断  ●刑特法12条2項が憲法33条に反するか?
刑特法12条:
司法警察員等が米軍から被疑者の引渡しを受ける際、事前の司法審査を経た逮捕状を示すべきことを法制上の原則としつつも、刑訴法210条1項に類似した要件の下で、事前の司法審査を経ない逮捕も許容している。

刑特法12条2項に基づく緊急逮捕は、。刑訴法210条1項に基づくものに比べて、対象犯罪について何らの限定もされておらず、緊急逮捕が可能な場面がより広く解される余地もある⇒憲法33条適合性が問題。
◎  判断:
最高裁昭和30年判決の趣旨

特に犯罪の嫌疑が強く、逮捕の必要性が高く、かつ、捜査官憲が逮捕前に司法審査を求める余裕がない場合に限定して、逮捕後直ちに司法官兼から令状が発付されることを条件として、短時間の司法審査前の逮捕を容認することは、直ちに憲法33条に反するものではない。

刑特法12条2項が、その文理上、特に逮捕の必要性が高いと考えられる例外的な事情のある場合を除き現行犯逮捕すらも許容されていない軽微事犯(刑訴法217条)についてすら緊急逮捕を許容しているとも読める点には解釈上の疑義。
but
現行犯として逮捕された場合に司法官憲の事後審査に服さしめることは憲法33条の禁ずるところではない。
逮捕後直ちに司法官憲から令状が発付されるべきこととの関係でも、刑特法12条2項が適用される場合、常に米軍による身柄拘束が先行している関係にあることを踏まえ、米軍から日本の捜査官憲に直ちに身柄が引き渡されるべきことは憲法上の要請

日本の捜査官憲が、米軍から身柄を引き渡す旨の通知を受けた後、米軍から身柄拘束の原因となった事情を聴き取り、身柄を引き受けるのに不可欠な事務上の手続に必要な時間を超えて、新たな疎明資料を収集することは、憲法33条の想定、許容する解釈とはいえない。
刑特法12条2項は、以上のような解釈の下、米軍により現行犯として身柄を拘束された者に適用される限りにおいて、憲法33条に違反しない。

合憲限定解釈。
  ●海上保安官にxの身柄を米軍から直ちに引き受けなかった違法が認められるか? 
  日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(日本地位協定)17条10項(a)及び(b)に関する合意議事録1項中段2文は、
米軍当局により逮捕された者で米軍の裁判権に服さないすべてのものは、直ちに日本国の当局に引き渡さなければならないとしており、
日米合同委員会における刑事裁判管轄権に関する合意事項10項は、日本国の裁判権のみに服する者でアメリカ合衆国の当局によって逮捕されたものは、逮捕を行った現地憲兵司令官から直ちに日本国の当局へ引き渡されるとしている。

米軍が身柄を拘束した者について、米軍から日本国の当局へのその身柄の迅速な引渡しが要請されている。 
  判断:
刑特法12条2項の合憲性に関する解釈
⇒米軍から身柄を引き渡す旨の通知を受けた司法警察員等は、職務上直ちにその身柄を引き受けるべき高度の注意義務を負っている
⇒米軍による身柄拘束後引渡しまでの時間の経過の合理性は厳格に吟味する必要がある。 
Xの身柄拘束の3分後に米軍から海上保安部に対してされた電話連絡は、刑特法12条1項にいうXを引き渡す旨の通知に当たると解するのが相当。
その後に海上保安部が行っていたとYが主張する捜査等について、それらを行うことの合理性を検討し、結論として、前記電話連絡後長くても2時間を超えた海上保安官によるXの身柄の引受けの遅延について、合理的理由があると認めることはできず、違法がある。
  ●海上保安官による刑特法12条2項に基づくXの緊急逮捕に違法があったか? 
刑特法12条2項に基づく緊急逮捕が適法であるためには、それに先立つ身柄の引受けが直ちに行われていることが不可欠。
本件ではXの身柄の引受けは直ちに行われたとはいえない。

その後の同項に基づく緊急逮捕は違法。

海上保安官による身柄の引受けが違法に遅延した本件においては、海上保安官は刑特法12条2項に基づく緊急逮捕を行なうのではなく、Xを直ちに釈放すべきであった。
2427   
  行政p3
東京地裁H31.4.17  
  生活保護を受け、生活扶助について障害者加算の認定を受けていた⇒精神障害者保健福祉手帳が更新されなかった⇒保護費の返還処分が違法とされ、国賠請求が一部認容された事案
  事案 Y1(東久留米市)において生活保護を受けていたXは、平成19年から精神障害者保健福祉手帳の更新を受け、生活扶助について障害者加算の認定。
but
平成27年7月以降、精神障害者保健福祉手帳の更新を受けていなかった。
福祉事務所長は、平成28年9月、Xの精神障碍者保健福祉手帳の有効期限が経過していたことが発覚⇒
①同年10月以降の障害者加算を削除する変更決定をするとともに、
②生活保護法63条に基づき、精神障碍者保健福祉手帳の有効期限が切れた以降支払われていた障害者加算の全額を返還すべき額とする返還金額の決定処分。

Xが
①本件加算削除処分の無効確認及び本件返還処分の取消しを求めるとともに、
②本件加算削除決定により支給されるべきであった障害者加算の額の損害及び精神的損害を受けたとして、Y1及びY1に対して助言・指導を行う立場にあるY2(東京都)に対し、国賠請求の支払を求めた。
  判断 生活保護法63条は、「資力があるにもかかわらず、保護を受けたとき」に該当する場合に、被保護者がその受けた保護金品に相当する範囲内において返還すべきことを定める。 
障害者加算は障害により最低生活を営むのにより多くの費用を必要とする障碍者に対し、そのような特別の需要に着目して基準生活費に上積みする制度であり、その要件に該当しない被保護者に対し、障碍者加算を支給した場合には、障碍者加算の額に相当する部分については、資力があるにもかかわらず、誤って保護を実施したことになる⇒費用返還の対象となる。
従前から障害者加算を受けていた者に対し、障碍者加算の要件該当性が失われたとして生活保護法63条に基づき、支給されていた障害者加算の額の返還を求めることは、実質的には遡って保護の変更の効果を生じさせるもの

職権による保護の変更(生活保護法25条2項)及び不利益変更の禁止(同法56条)の規定に照らして、障碍者加算の額の返還請求が認められるためには、積極的に障害者加算の要件該当性が失われたことを基礎付ける事由の損害が認められる必要があり、そのような事由が存在することの立証責任は保護の実施機関が負う。 
Xの精神障害者保健福祉手帳が更新されなかったことは、その精神障害の状態が障害者加算を要する障害の程度に該当しなくなったことを一応推認させる事実。
but
①従前は精神障碍者保健福祉手帳の更新が続いていたこと
②手帳を更新できなかったのは医師の診断があったからではなく医師との関係が良好でなかったためであること
③Xはその後も断続的に通院していたこと

精神障害者保健福祉手帳が更新されなかったという一事をもって、Xの精神障害の状態が障害者加算を要する障害の程度に該当しなくなったと推認することはできない。
⇒本件返還処分の違法性を肯定。
本件返還処分の違法性判断と同様の理由で、本件加算削除処分を違法とした。
福祉事務所所長は、Xが精神障碍者保健福祉手帳を更新できなかった理由などを認識していた⇒必要な調査を行うなどのXの障害の程度の把握に努めるべき義務があったというべきであり、これらの義務を尽くしたとはいえない。
⇒国賠法上の違法性及び福祉事務所長の過失を認めた。
本件加算削除処分の無効確認の訴えについては、行訴法36条の要件を満たさない⇒却下。
XのY2に対する損害賠償請求については、Y2の職員の回答とXの損害との間に相当因果関係は認められないとして否定。
慰謝料の請求:
本件国賠請求が、実質的には、障碍者加算の額の支給という金銭債務の履行遅滞の責任を問うものであると解される⇒その障害者加算の額を超える損害の賠償を請求することはできない。(最高裁昭和48.10.11)
  民事p11
最高裁H31.3.12  
  統合失調症により精神科の医師の診療を受けていた患者が中国の実家に帰省中に自殺⇒医師の義務違反を否定。
  事案 統合失調症により精神科の医師であるYの診察を受けていた患者(中国国籍の女性)が、中国の実家に帰省中に自殺⇒本件患者の夫及び子らであり、相続人であるXらが、Yには本件患者の自殺を防止するために必要な措置を講ずべき義務を怠った過失がある⇒債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を求めた。 
・・・・本件患者は、中国の実家への帰省後、平成23年4月以降、抗精神病薬の服薬量を漸次減量したが、幻聴が悪化し、マンションから飛び降りたいという衝動があるなどとも述べるようになり、同年5月下旬頃から希死念慮が現れるようになった。
X1は、平成23年5月28日、Yに対し、「ここ数日、夕方になると、幻聴が激しくなり、また、眼球上転もでているようです。今日は希死念慮がかなりつよくでていて、「これからは3人で生きて下さい」との言葉もありました。危険なので、義母に監視を頼み、セレネースを11mgに戻すようにいいました。」「原薬の先に何があるのか、その見通しを示してください。」などの記載が含まれる電子メールを送信。
Yは、同月30日頃、本件電子メールを読み、X1に対し、「困難な場合には、入院で薬の調整をして頂くことを考える必要があるかも知れません。」などと記載した電子メールを返信。
本件患者は、平成23年6月8日、激しい幻聴を訴え、同月10日、マンションの6階にある実家から飛び降りて自殺した。
  原審 Xらの不法行為に基づく損害賠償請求を合計1257万余円の限度で一部認容。

①Yは、遅くとも本件電子メールを読み、その内容を知った時点において、本件患者の自殺の具体的な危険性を認識⇒その自殺を防止するために必要な措置を講ずべき義務がある
②過失と本件患者の自殺との間の因果関係がある 
  判断 Yは、抗精神病やくの服薬量の減量を治療方針として本件患者の診察を継続し、これにより本件患者の症状が悪化する可能性があることを認識していたとしても、本件の事情の下においては、本件患者の自殺を具体的に予見することができたとはいえない⇒Yに本件患者の自殺を防止するために必要な措置を講ずべき義務があったとはいえない。 
  解説 一般に、統合失調症、うつ病等の精神疾患のある患者は、健常人又は他の病気の患者と比べると、相対的に自殺に至る確率が高いといわれている。
(統合失調症患者の約10%が自殺しており、その自殺率は一般よりも30~40倍高いとされる) 
  民法709条における過失の構成要素:
①具体的結果予見可能性を基礎とする結果予見義務違反、
②具体的結果回避可能性を基礎とする結果回避義務違反 
一般的・抽象的な危険の予見だけで、患者が自殺に及んだ場合に医療側に過失があったとみるとすれば、全ての精神病患者を保護して隔離病棟に入院させる必要があることにもなりかねず、精神科医療が萎縮し、患者の社会復帰を目指すという治療の目的も損なわれるおそれ。

医師の過失判断の前提となる予見可能性については、自殺の具体的な危険ないし差し迫った危険についての予見可能性がなければならないというべきであり、また、これを基礎付ける具体的事実がなければならないと解するのが相当。
近時の裁判例では、患者に希死念慮があり、又は、過去に自殺企図があったというだけで医療等の具体的予見可能性を認めることはせず、どの程度深刻な希死念慮であり、また、具体的な自殺企図であったかについて検討した上で、患者の状態の変化等を踏まえて慎重に判断しているものが多い。
  原審:
①本件患者につき、自殺企図歴のある統合失調症患者であったこと
②抗精神病薬の減量によりその症状が悪化する可能性があったこと
③Yがその病状を直接観察すること等ができない状況になっていたこと(原審は、Yの診療態勢等に不備があったこなどと評価)

自殺の具体的な危険性を十分認識し得たとする。
vs.
これらの事実からは一般的ないし抽象的な自殺の危険があったことが認められるにとどまり、具体的ないし切迫した自殺の危険があり、そのことをYが認識し得たとまで認めることはできない。 
本件患者の自殺につき具体的な予見可能性が認められない⇒Yにおいて診療契約上の注意義務違反があると認めることも同様に困難。

本判決:
「以上説示したところによれば、上告人は、被上告人らに対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負わず、また、債務不履行に基づく損害賠償責任も負わない。」と判示。 
  民事p16
東京高裁H30.12.5  
  7年に及ぶ別居期間で、離婚請求が否定された事案
  事案 X(夫)かわY(妻)に対する離婚請求事件 
平成5年8月に婚姻の届出、2子(B及びC)をもうけた。
XとYは、Xの実家で一人暮らしをしていた実父Aが高齢のため1人暮らしが困難⇒話し合いの上、新たに購入したマンションでAと同居してYが日常生活の面倒をみる。
Xは、平成23年6月頃から仕事の関係で単身赴任を開始⇒同年7月25日、Yに対し、電話で、離婚した旨を告げた。
この間、Y及びB・Cの将来を気にかけたAが、Xの同意を得ないまま、Yとの間で養子縁組をし、実家不動産の売却剰余金をYに贈与するとともに、生命保険緒保険金受取人をB・Cに変更。
Xは、平成23年11月に離婚調停申立て⇒不調⇒平成24年10月離婚訴訟提起⇒棄却。平成25年10月30日に控訴棄却で確定。
Xは、Yに対し離婚調停申立て⇒平成29年4月26日に不成立⇒離婚訴訟提起。
  原審 Xの離婚請求を認容。

①原審の口頭弁論終結時までに別居期間は6年10か月が経過しており、Xの離婚意思は強固。
②AからYに対してされた出来事は、Xの理解を求めずに行われた⇒XのYに対する信頼を失わせるの十分。

Yに復縁の意思があるとしても、離婚関係は破綻し、その修復は極めて困難であり、婚姻を継続し難い重大な事由が認められる。 
  判断 原判決を取り消してXの請求を棄却。
有責事由のない家事専業者側が離婚に反対している場合には、離婚を求める配偶者は話し合いその他の方法により婚姻関係を維持するように一層強く努力すべき。
それにもかかわらず、Xは、Yとの連絡、接触を極力避け、婚姻関係についてまともな話し合いをせず、婚姻関係維持の努力や別居中の家事専業者側への配慮を怠っている⇒別居期間が長期に及ぶ場合であっても、直ちに婚姻を継続し難い重大な事由があると判断することは困難。
別居期間が7年以上に及んでいることが婚姻を継続し難い重大な事由に当たる⇒離婚請求が信義誠実の原則に照らして許容されるかどうかが検討されなければならない。
その判断に際しては、
①離婚請求者の離婚原因発生についての寄与の有無、態度、程度、
②相手方配偶者の婚姻継続意思及び離婚請求者に対する感情、
③離婚を認めた場合の相手方配偶者の精神的、社会的、経済的状態及び夫婦間の子の監護・教育・福祉の状況、
④別居後に形成された生活関係、
⑤時の経過がこれらの諸事情に与える影響
などを考慮すべき。
①Yは、家事専業者であり離婚が認められた場合には居住環境を失うことにより、精神的苦境及び経済的窮地に陥るものと認められ、子への悪影響は必至
②婚姻関係の危機を作出したのはXであって有責配偶者に準ずるような立場にあった

AからYに対してされた出来事がったとしても、離婚請求は信義誠実の原則に反する。
  解説 民法770条5号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由」とは1号から4号までの離婚原因を一般化、抽象化したもので、「婚姻を継続し難い重大な事由」とは婚姻関係が深刻に破綻し、婚姻の本質に応じた共同生活の回復の見込みがない場合を言い、その判断は、婚姻中における当事者の行為や態度、婚姻継続意思や子の有無、当事者の年齢、性格、健康状態、経歴、職業、資産状態など婚姻関係に現れた一切の事情が考慮される。(判例・通説) 
別居期間は「婚姻を継続し難い重大な事由」の重要な判断事情の1つではあるが、別居期間は同居期間との関係でも期間の長短が問題となる⇒一概に破綻事由を認めうる年数を定めることはできない。
本判決:別居期間には触れつつも、離婚請求者が婚姻関係維持の努力や別居中の他方配偶者への配慮を怠ったことをもって、婚姻を継続し難い重大案事由があるというのは困難であると判断。
  民事p23
東京高裁H30.11.20  
  未成年者を連れて別居を開始した非監護親(父)と未成年者との面会交流について、監護親の立会いを認めて実施するのが相当とされた事案
  事案 面会交流の審判申立ての事案 
X(夫)は、同居することに耐えられなくなった⇒平成28年5月18日、Yに何ら知らせることなく別居を開始⇒Yは、同年6月15日、Aの引渡し求める審判を申立て、同年11月9日、申立てを認める審判、抗告棄却で確定。
平成29年3月13日、XはYに対し、Aを任意に引き渡した。
Xは、平成29年3月18日、面会交流調停の申立て⇒平成30年4月10日に不成立⇒本件審判手続に移行。
  原審 ①XがAを連れて計画的に別居を開始した上、面会交流が実施されていなかった。
but
Aの引き渡しを求める前件審判事件後には、任意に引渡しがされている

現時点でXが面会交流の際にAを連れ去る具体的なおそれがあるとは認められない。
②本件調停申立て後の面会交流で不適切な関わりをしたと認めるべき事情はない。

XとAとの面会交流を認めるのが相当。 
  判断 XとAとの面会交流が子の福祉に反すると認められるような事情は窺えず、具体的な面会交流の定め方を工夫することでYの懸念を解消することができる。
XによるAの連れ去りのおそれがあるとするYの懸念については、Yが面会交流に立ち会うことができる旨を併せて定めるのが相当。 
  解説 非監護親の面会交流権:
未成熟子に対する面接ないし交渉は、親権もしくは監護権を有しない親としての最低限の要求であり、父母の離婚という不幸な出来事によって父母が共同で親権もしくは監護権を行使することが事実上不可能なあtめに、一方の親が親権者もしくは監護者と定められ、単独で未成熟子を監護養育することになっても、他方の親権もしくは監護権を有しない親は、未成熟子と面接ないし交渉する権利を有し、この権利は、未成熟子の福祉を害することがない限り、制限されまたは奪われることはないもの

家庭裁判所は面会交流剣行使に必要な事項についての監護に関する処分を命ずることができる。
面会交流権の権利性:
A:実体法上の請求権の一種
B:手続的請求権

実務ではBの立場に立って、子の福祉を第一に考え、面会交流を命ずるための判断基準として、これまでの子の監護状況、子の心身の状況・年齢・意思、面会交流の実施による子の心身や監護状況に及ぼす影響、監護者及び非監護者の意思と意見、双方の協力の可能性・信頼関係の程度、双方の暴力性・虐待の有無その他諸般の事情を総合考慮することとする。
  民事p32
東京地裁H31.1.10  
  看護師の注意義務違反⇒損害賠償請求が認められた事例
  事案 X1(平成4年生まれ、手術を受けた当時20歳)が、Yの設置する病院(「本件病院」)において中顔面定型性に対する手術中に気管切開術を受けた後、一般病棟において、気管切開カニューレから痰の吸引を行う際に容態が急変⇒救急措置を受けた蘇生したものの、低酸素脳症による遷延性意識障害の後遺症を負った⇒X1及びその両親であるX2、X3が、
①前記後遺症が生じたのは、本件病院の看護師らに吸引を行う際に監視義務違反があり、また、
②本件病院の医師ら及び看護師らに急変後の救急措置義務違反及び気管切開術に関する説明義務違反があったため

Yに対して、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、
X1については3億2022万2938円、
X2及びX3については、各300万円並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求めた。
  争点 本件病院の医療従事者に過失があったか否か 
  判断  看護師が気管吸引時にアセスメント(患者の顔貌、呼吸数、胸郭の動き、皮膚の色、疼痛や呼吸苦の訴えの有無等を確認することを含む。)を実施し、監視することを怠った過失を肯定。 
①X1の状態は、痰により気道が狭窄又は閉塞する危険⇒気管吸引を実施する必要があった。
②日本呼吸療法医学会平成19年に作成した「気管吸引のガイドライン」の記載内容を前提にすると、本件病院の医療従事者は、気管吸引を実施しない状態であっても実施した状態であっても、患者が低酸素血症から低酸素脳症に至るリスクが相応にあることを考慮し、気道閉塞の有無を確認し、あるいは、気道閉塞に至らないようにアセスメントをするべき義務あった。
but
看護師P5、P6は、再吸引を実施するにあたり、1回目の吸引に協力的であったX1が、激しく抵抗しており、かつ、酸素飽和度計がはずれてSPO2(酸素飽和度)を知り得ず、呼吸困難と吸引への抵抗との区別がより困難になっている状況において、同人の顔貌を観察する、呼吸苦の有無を尋ねて観察するといったアセスメントが十分にできないことを踏まえ、
異常な事態であると判断して吸引を中止することも、応援を要請することもしなかった
⇒看護師P5、P6には義務違反があった。
・・・・の行動をとっていれば、X1が低酸素脳症に至ることはなく、X1に不可逆的な脳障害が生じることはなかった高度の蓋然性がある

看護師P5、P6の過失とX1の後遺障害である遷延性意識障害、低酸素脳症との間の因果関係も肯定。
  民事p48神戸地裁H31.4.9   
  医師の注意義務違反との因果関係を否定。自己決定権侵害を肯定。
  事案 XがYの設置する病院において頭部MRAの検査を受けた⇒診察を担当したP2医師が未破裂脳動脈瘤を見落とし、本件脳動脈瘤の治療に関する説明を受けられなかった⇒①直ちに本件脳動脈瘤に対する治療を受けられず、又は②経過観察及び本件脳動脈瘤に対する適時の治療を受けられなかった
⇒その後本件脳動脈瘤が破裂して、くも膜下出血を発症し、後遺障害を負った(予備的には、外科的治療を選択する機会を奪われた)
⇒P2医師の使用者であるYに対し、使用者責任又は債務不履行責任に基づき、損害賠償金7553万8979円及び遅延損害金の支払を求めた。
  争点 P2医師が本件脳動脈瘤の存在を見落としたこととXがくも膜下出血を発症したこととの間に因果関係が存在するか?

P2医師に注意義務違反がなく、XがP2医師から本件脳動脈瘤の治療方法に関する説明を受けたとして、本件脳動脈瘤が破裂してくも膜下出血を発症し、後遺障害が生じなかったであろうことを是認し得る高度の蓋然性があったか

Xが直ちに外科的治療を選択し、又は、経過観察を続け、経過観察中に、本件脳動脈瘤に対する外科的治療を選択した高度の蓋然性があったかどうか 
  判断  ①未破裂脳動脈瘤に関する医学的知見によれば、Xの本件脳動脈瘤のように無症候性の未破裂脳動脈瘤に対する外科的治療は、脳卒中治療ガイドラインにおいて、外科的治療の検討が推奨される一定の基準が定められていたものの、その推奨グレードは低い
②本件脳動脈瘤と同様に後交通動脈分岐部に動脈瘤が存在し、最大径が7ミリ未満の動脈瘤の年間破裂率は0.58%であり、Xの本件診察時の年齢からすると本件脳動脈瘤の破裂リスクは9.3%と考えられる

本件脳動脈瘤が発見され、適切な説明を受けたとしても、Xが、本件脳動脈瘤につき、保存的治療(経過観察)を選択した可能性も相当程度あった

外科的治療を選択する高度の蓋然性があったということはできない。 
脳動脈瘤の増大は時間の経過に対して一定の傾向を有するわけではなく、不規則・不連続に起こるもの⇒経過観察における画像検査時に、本件脳動脈瘤の増大が確認され、外科的治療が選択されたであろう高度の蓋然性があったとはいえない。

Xが経過観察中に外科的治療を選択した高度の蓋然性あったとはいえない。

P2医師の注意義務違反ないしYの債務不履行と本件脳動脈瘤の破裂によるXのくも膜下出血によって生じた結果発生との間には相当因果関係はない。
  本件脳動脈瘤が発見されていた場合には、Xは、医師から、原価的治療と保存的治療(経過観察)のいずれを選択するかについて、これを熟慮の上判断することができるように、本件脳動脈瘤の破裂リスクと治療リスクなど、各治療方法について説明を受けることができていたはず。
but
P2医師が本件脳動脈瘤の存在を見落としていたことにより、外科的治療を選択する機会を奪われ、Xの自己決定権が侵害された

合計330万円の損害賠償を認めた。 
  解説  訴訟上の因果関係の立証は、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るもので足りる(最高裁)。 
以上の規範は、医師の注意義務違反と患者の死亡等の結果との間の因果関係についても適用される(最高裁)。
  民事p58
福岡地裁H31.4.23   
  指定暴力団の構成員による殺人未遂⇒使用者責任・共同不法行為責任(肯定)
  事案 ア事案:
指定暴力団の構成員に刃物で襲撃されたX1⇒組長ら幹部であるYらは前記構成員を指揮監督して本件暴力団の威力を利用した資金獲得活動に従事させており、本件襲撃はX1の親族に関わる工事の利権獲得を目的に行われたもの
⇒民法715条の使用者責任等に基づき、Yらに対して損害賠償を求めた。
イ事案:
本件暴力団の構成員にけん銃で襲撃された元警察官X2が、本件襲撃は本件暴力団の幹部であったYらが共謀して、前記構成員に指示して行わせたもの
⇒民法719条の共同不法行為責任に基づき、Yらに損害賠償を求めた。
  規定 民法 第七一五条(使用者等の責任)
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
  ア事件判断 (1)本件暴力団の指揮命令系統及びYらの地位
(2)X1とYらとの関係
(3)本件襲撃に至る経緯
(4)本件襲撃後のYらの言動
を事実認定した上で、
本件襲撃が本件暴力団の事業の執行として行われたものといえるか、及びYらが同事業の執行における使用者といえるか、をそれぞれ認定。
(1)本件暴力団の指揮命令系統及びYらの地位 
①本件暴力団は、総裁(組長)のY1を頂点とし、会長のY2のもとに、直若(Y2との間で擬制的親子関係を結んだ構成員)である下部組織の組長及び同下部組織に属する構成員から構成されるピラミッド型階層組織となっており、
②本件暴力団の決定事項は理事長のY3らによって構成される執行部によってなされて末端構成員まで周知されることとなっていた。
③本件暴力団には構成員から運営費が上納されていたが、その使途はY2が決定し、Y3ら試行部や下部組織の組長・構成員はその決定に従っていた。
(2)X1とYらの関係
(3)本件襲撃に至る経緯
(4)本件襲撃後のYらの言動
(1)ないし(4)の認定
⇒本件襲撃は、会長のY2の指示の下、本件暴力団の資金獲得を目的としてKを畏怖させ、地元業界団体に関わる利権を得ようとしてなされたもの⇒本件暴力団の事業の執行として行われた
●Yらが同事業の執行における使用者といえるか 
本件襲撃を指示した会長のY2だけでなく、総裁のY1や理事長のY3についてもい、使用者の立場にあったと認定。
Y1(総長):本件暴力団で唯一Y2よりも上位の地位にあり、Y2がK(X1の父)に対して「Y2自身の考えでなく本件暴力団の方針として」危害を加えると示唆
⇒Y1は、Y2を含めた構成員をその指示の下に資金獲得活動に従事させていたといえる。
Y3:Y2の意を受けるなどして執行部の決定事項を下部組織の末端構成員まで周知させており、また、実行犯の属する下部組織の組長として本件襲撃を行わせたものと推認される。
  イ事件 (1)本件暴力団の指揮命令系統
(2)X2とYらとの関係
(3)本件襲撃に至る経緯
を事実認定し、本件襲撃についてYらの指示があったのかを認定。
  (1)本件暴力団の指揮命令系統⇒ア事件と同じ
(2)X2とYらとの関係
(3)本件襲撃に至る経緯
  (1)ないし(3)の認定に加え、
Y1やY2の決定の下、本件暴力団が警察の捜査を極力回避する方針を徹底しており、本件襲撃は同方針に反するものであるにもかかわらず、実行犯の属する下部組織の組長であるY3が叱責や懲罰を受けた形跡がない。

本件襲撃は、Y1が決定し、これを順次Y2、Y3、Y4に指示して行わせたものといえる。

Yらの行為はいずれも不法行為に該当し、これらの行為が関連共同して行われている⇒共同不法行為に該当。
  解説 両事件とも、本件各襲撃についてYらの指示があったことを立証する直接証拠がない中で、
①本件暴力団の指揮命令系統及びYらの地位、
②X1、X2とYらとの関係、
③本件襲撃に至る経緯等
の間接事実から、Yらの指示を認定。
ア事件では、暴対法31条の2に基づく請求が、
イ事件では、民法715条に基づく請求及び暴対法31条の2に基づく請求が、
それぞれ選択的併合として提起。
いずれの請求も認容する余地があるものの、民法715条に基づく請求ないし民法719条に基づく請求の認容額を超えない⇒具体的な認定を行わなかった。
規定 暴対法 第三一条の二(威力利用資金獲得行為に係る損害賠償責任)
指定暴力団の代表者等は、当該指定暴力団の指定暴力団員が威力利用資金獲得行為(当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう。以下この条において同じ。)を行うについて他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
一 当該代表者等が当該代表者等以外の当該指定暴力団の指定暴力団員が行う威力利用資金獲得行為により直接又は間接にその生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得ることがないとき。
二 当該威力利用資金獲得行為が、当該指定暴力団の指定暴力団員以外の者が専ら自己の利益を図る目的で当該指定暴力団員に対し強要したことによって行われたものであり、かつ、当該威力利用資金獲得行為が行われたことにつき当該代表者等に過失がないとき。
  刑事p69
東京高裁H28.10.13  
  建築士の過失が否定された事例
  事案 店舗駐車場につながる車路スロープの構造設計を途中から引き継いだ建築士である被告人が、自らの設計内容に問題はないものの、その設計内容を設計・工事管理の総括責任者である意匠設計担当者に正確に把握できるように適切に配慮すべき注意義務に違反⇒有罪とされた事件の控訴審。 
  原審 起訴当時の素因は、まさに、被告人自身の設計内容が、床スラブで接合しない危険な内容であると把握して、そのような構造設計をしたこと自体を過失としていた
=検察官は、被告人の客観的な設計内容を取り違えて起訴

検察官の訴因変更請求(床スラブにより接合するとの前提で構造設計をしたことを意匠設計担当者が正確に把握できるように適切に配慮しなかった過失への変更)を許可し、その変更された訴因に沿った過失を認定。 
  判断 原審が認めた配慮する義務自体を原則的に否定。

被告人は、自らの設計内容を変更後構造計算書や変更後構造図を示すなどして意匠設計担当者らに伝えたことは証拠上明らかな事実であり、本来、設計担当者間の伝達はそこでまかなわれるはずのもの。 

お互いに資格をもったプロとして仕事をしている⇒図面等の成果物の上で設計内容が明確であれば、他の者がこれを適切に引き継ぐことを期待するのは当然(被告人の作成した構造図や構造計算書は、これを建築士が通常の注意義務を払ってみれば、床スラブにより接合するものと認識することが可能であると認定されている)。
経費削減と工期短縮を目的として、構造を変更するために被告人に依頼があった⇒当然構造変更があることは予測できた

原審が認定するような配慮義務は、被告人にはなく、設計を総括していた意匠設計担当者らにおいて、構造変更を予測して、その変更内容を確認すべき義務があった。

被告人の過失を肯定した原判決の認定・説示を論理則、経験則等に適わない、あるいは反するものとして、原判決を破棄。
  知財p91
知財高裁H30.4.13  

  平成26年改正前の特許法の下において、特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益、進歩性の判断における引用発明の認定等。
  事案 発明の名称を「ピリミジン誘導体」とする特許(「本件特許」)の無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟。 
  争点 ①訴えの利益の有無(=本件の訴えの利益は、本件特許に係る特許権の存続期間の経過により、失われているか)
②進歩性の有無(=本件特許は、特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、刊行物に記載された発明に基づいて容易に発明することができたものといえるか)
  判断・解説 ①訴えの利益の存在を認めた上、
②本件特許が進歩性の要件を充足することを認め
原告らの請求をいずれも棄却。 
  ●特許権消滅後の審決取消訴訟の訴えの利益 
審決取消訴訟の原告適格は、審判の当事者、参加人又は審判に参加を申請してその申請を拒否された者に限られる(特許法178条1項)が、
特許無効審判における「当事者」たり得る請求人適格については、特許異議申立制度の変遷に伴い、変遷してきた。
現行法である昭和34年特許法でも、特許無効審判の請求人適格は、条文上明記されず。but一定の限定があるものと解されていた。
平成15年改正:
付与後異議制度を廃止し、特許無効審判制度に統合するに当たり、
特許無効審判制度の請求人適格は、権利帰属に関する無効理由につき利害関係人であることが必要であるとされるとともに、
それ以外の無効理由つき「何人も」に拡大された(123条2項)。
平成26年改正:
付与後異議制度が再度創設されるに当たり、異議申立制度の申立人適格は「何人も」、
特許無効審判制度の請求人適格は「利害関係人」と明記(123条2項)。
  ◎本判決:
  特許権消滅後の審決取消訴訟の訴えの利益について、
平成26年改正前の特許法が適用される場合においては、
特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益は、特許権消滅後であっても、特許権の存続期間中にされた行為について、何人に対しても、損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり、刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情がない限り、失われることはない
という一般論を判示。 
傍論として、平成26年法改正後の特許法が適用される場合においては、
訴えの利益が消滅したというためには、・・・特許権の存続期間が満了し、かつ、特許権の存続期間中にされた行為について、原告に対し、損害賠償又は不当利得返還の請求が行なわれたり、刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情が存することが必要。

訴えの利益は職権調査事項であるところ、裁判所は、その審理のために、当事者に対して、例えば、自己の製造した製品が特定の特許の侵害品であるか否かにつき、現に紛争が生じていることや、今後そのような紛争に発展する原因となる可能性がある事実関係が存在すること等を主張するよう求めることとなる。
but
このような主張には、自己の製造した製品が当該特許発明の実施品であると評価され得る可能性がある構成を有していること等、自己に不利益になる可能性がある事実の主張が含まれ得るのであって、このような事実の主張を当事者に強いる結果となるのは相当ではない。
その前提として、特許法において、特許無効審判は、特許権の存続期間満了後も請求することができる(法123条3項)
⇒特許権の存続期間が満了したからといって、特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益も消滅するものではないと指摘。

本判決の射程は、特許無効審判請求の審決に対する審決決定訴訟、しかも、特許無効審判請求を不成立とした審決に対するものに限られる。
  本判決は、平成26年改正の前後で訴えの利益の消滅を認める場合の判断要素の1つを「何人」から「原告」に変えている。

平成26年改正により、特許無効審判制度が、万人の利益を保護するための制度から、利害関係人の利益を保護するための制度に変わったことを受け、その審決の取消訴訟における訴えの利益についても、同様に解したもの。
  ●進歩性の判断基準 
  進歩性の判断方法:
進歩性に係る要件が認められるかどうかは、
特許請求の範囲に基づいて特許出願に係る発明(本願発明)を認定した上で、特許法29条1項各号所定の発明と対比し、一致する点及び相違する点を認定し、
相違する点が存する場合には、当業者が、出願時(又は優先権主張日)の技術水準に基づいて当該相違点に対応する本願発明を容易に想到することができたかどうかを判断。
その上で、引用発明の認定につき、
進歩性の判断に際し、本願発明と対比すべき特許法29条1項各号所定の発明(本件引用発明)は、通常、本願発明と技術分野が関連し、当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択されるところ、
同条1項3号の「刊行物に記載された発明」については、当業者が、出願時(又は優先権主張日)の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきもの⇒当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。
引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって、当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され、当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には、特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り、当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず、これを引用発明と認定することはできない。
この理は、本願発明と引用発明との間の相違点に対応する他の同条1項3号所定の「刊行物に記載された発明」(副引用発明)があり、主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合において、刊行物から副引用発明を認定するときも、同様。
  進歩性の判断要素とその立証責任につき:
主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができるかどうかを判断する場合には、
①主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆、技術分野の関連性、課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して、主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断
②適用を阻害する要因の要素の有無、予測できない顕著な効果の有無等を併せて考慮して判断することとなる。
特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては、
上記①については、特許の無効を主張する者(特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟及び特許異議の申立てに係る取消決定に対する取消訴訟においては、特許庁長官)が、
上記②については、特許権者(特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟において、特許出願人)が、
それぞれそれらがあることを基礎付ける事実を主張、立証する必要がある。
  本判決:
一般論として、刊行物に化合物が一般式の形式で記載されている場合における引用発明の認定につき判示。 
本件のような事案において進歩性を肯定するには、
①刊行物から引用発明が認定できないと解する
②刊行物から引用発明を認定できるが、これを発明の出発点とすることができた合理的な理由がなければならず、これがないと解する
③引用発明の適格性は認めるが、組合せの動機付けがないと解する
といった場合が挙げられる。

本判決:
ある技術的思想が、当業者が認識する範囲に属するといえる刊行物に抽象的に記載されていても、それだけでは引用発明として認定することはできず、当業者が当該刊行物から当該技術的思想を具体的に認識し得るといえるだけの記載がある場合に限り、具体的に当業者が認識する範囲に属するものとして、引用発明として認定し得るとの見解を採用。

当業者の具体的な認識範囲に着目したもの。
2426   
  行政p3
最高裁H30.11.16  
  収支報告書上の支出の一部が実際には存在しないものであっても、当該政務活動費等の交付を受けた会派又は議員が不当利得返還義務を負わない場合
  争点 収支報告書に記載された支出のうち一部は実際に存在しない架空のもの。
but
本件会派の収支報告書上の支出総額が、政務活動費等の交付額を大きく上回っており、支出総額から架空のものとされた支出を差し引いても、なお支出総額が交付額を上回っていた⇒このような場合も不当利得が成立するか?
  判断 政務活動等につき、具体的な使途を個別に特定した上で政務活動費等を負う付すべきものとは定めておらず、年度ごとに行われる決定に基づき月ごとに一定額を交付し、年度ごとに収支報告を行うこととされ、
その返還に関して当該年度における交付額から使途基準に適合した支出の総額を控除して残余がある場合にこれを返還しなければならない旨の定めがある新旧条例に基づいて交付された政務活動費等について、
その収支報告書上の支出の一部が実際には存在しないものであっても、当該年度において、収支報告書上の支出の総額から実際に存在しないもの及び使途基準に適合しないものの額を控除した額が政務活動費等の交付額を下回ることとならない場合には、当該政務活動費等の交付を受けた会派又は議員は、県に対する不当利得返還義務を負わない。 
本件会派の本件各年度における各収支報告書上の支出の総額から本件各支出を控除した額は、それぞれの年度における政務活動費等の交付額を下回ることとはならない⇒本件会派が不当利得返還義務を負うものとはいえない。
  解説 ●政務活動費等に関する条例の定め 
政務活動費について、地自法は、わずかに、
①議員の調査研究その他の活動に資するため必要な経費の一部として政務活動費を交付することができ、その経費の範囲は条例で定めること、
②収入及び支出の報告書を議長に提出すること、
③議長は使途は透明性の確保に努めること
のみを定めており、
交付、収支報告、清算の具体的な手続は各地方公共団体の条例に委ねられている。
神奈川県の新旧条例:比較的オーソドックスなもの
年度ごとに行われる交付決定に基づいて、一定期間ごとに一定額を交付し、年度末に収支報告、清算を行った上で、交付額から適法な支出額を控除して残余がある場合に返還義務が生ずるというもの。

具体的な支出に対応させてその都度交付されるのではなく、いわゆる概算払い方式がとられている。
民法703条の不当利得返還請求権の成立要件:
①損失
②利得
③損失と利得の間の因果関係
④利得が法律上の原因に基づかないこと
政務活動費等法律上の根拠:
政務活動費等は、地自法及び条例上、その使途を限定して交付されるものであり、使途基準に適合する支出を行った結果残余が生じた場合には当然に返還すべき性質のもの

「交付を受けた政務活動費等のうち、使途基準に適合する支出に充てていない部分がある」場合には、その部分については、④法律上の原因に基づかない利得となろう。

本件返還規定は、これを返還すべきことを明確にしたもの。
所定の支出が実際には存在しないにもかかわらず架空の領収証を提出したような場合には、これが違法な支出のために政務活動費等を取得するものであり、そのように取得された政務活動費等は前記④法律上の原因に基づかない利得であるとの評価が可能であるか?
政務活動費等の交付にあたって具体的な使途を個別に特定することなく、概算払いをして、年度ごとにまとめて生産することにより透明性を確保⇒年度末に虚偽内容の領収証を提出したとしても、交付の段階で「架空の支出のために政務活動費等を取得した」と評価することは困難。
政務活動費等に関する条例に、本件返還規定のように残余について返還義務があることをいう規定とは別に、違法な支出が認められた場合等に返還義務を定める規程が存在する場合等には、異なる結論となる可能性は否定できない。 
  行政p11
静岡地裁H31.2.15  
  政務活動費等の使途基準の適合性が問題となった事案
  事案 静岡市の住民であるXらが、
同市の市議会議員団であるAが、
現在の同市に属する地区の出身で静岡茶の祖とされる聖一国師に関する小冊子を作成及び配布することを目的として、同市から交付を受けた政務調査費ないし政務活動費を違法に支出

同市に対してその支出額に相当する金員を損害賠償として支払い、又は不当利得として返還すべき義務を負うにもかかわらず、同市の執行機関であるY(静岡市長)は、その行使を怠っている
⇒地自法242条の2第1項4号に基づき、Yに対し、Aに前記支出額に相当する金員及びこれに対する遅延損害金の支払を請求するよう求めた住民訴訟。 
  判断  静岡市の条例や規則等において、政務調査費の使途基準として、
「広報費」につき「調査研究活動、議会活動及び市の政策について住民に報告し、又は広報するために要する経費」
「広報広聴費」につき「政務活動及び市政について住民に報告するために要する経費」
と定めている。 
  静岡市における政務調査費及び政務活動費(合わせて「政務活動費等」)の支出について、政務活動費等の交付を受けた会派又はその所属議員は、これを本件使途基準に合致する経費に充てるために支出しなければならず、
これに合致しない経費に充てるために支出した場合は、法律上の原因なく、静岡市の損失において利益を受けたことになる⇒これに相当する額を不当利得として返還すべき義務を負う。
政務活動費等の交付を受けた会派又はその所属議員が本件使途基準に適合しない使途に充てたことにつき故意又は過失がある場合には、静岡市に対し、これに相当する損害賠償義務を負う。
具体的な政務活動費等の支出が本件使途基準に合致するというためには、本件使途基準の文言や、支出の対象となる行為の客観的な目的や性質に照らして、当該行為と、議員としての議会活動の基礎となる調査研究活動ないし政務活動との間に合理的関連性が認められることに加え、
支出の要否及び支出額等の点については、会派又は所属議員に一定の裁量権があることを考慮した上で、政務活動費等として支出する必要性、相当性が認められることを要する。
    本件冊子の作成の経緯や本件冊子の内容等

①Aの議員らによる聖一国師に関する調査研究の成果は、本件冊子に反映されている 
②本件冊子は、Aが、静岡市の偉人である聖一国師について調査研究した事項を静岡市の住民に示すことを目的として作成されたもの
③関係法令等の文言に照らして、本件各支出のうち、前記の目的に沿う形で支出されたものについては、「住民に報告するために要する費用」として、「広報費」ないし「広報広聴費」に当たり、議員としての議会活動の基礎となる調査研究活動との間に合理的関連性を有する

これをもって、本件使途基準に反する支出ということはできない。
Aが各団体等を通じて静岡市の住民に配布したもの

前記の目的に沿うものとして、議員としての議会活動の基礎となる調査研究活動との間に合理的関連性を有する上、支出する必要性もある⇒本件使途基準に適合する支出。
but
Aが、直接に、福岡市や京都市等の市街団体へ配布するために本件冊子に係る政務活動費等を支出することは、市街団体に対し、静岡市を宣伝(PR)することを目的として本件冊子を配することを内容とする行為⇒同支出は、広報費のうちの住民に報告するために要する経費ないし広報広聴費に当たらないものと解するのが相当。
本件冊子を通して、聖一国師や静岡茶が静岡市の魅力として訴求力があるかどうかを調査研究すること自体については、一般論として、調査研究としての必要性・合理性を肯定し得る。
but
本件において、実際に、Aの議員らが、本件冊子を静岡市外に配布した後、配布先において、実際に、Aの議員らが、本件冊子を静岡市外に配布した後、配布先において何部配布され、どのような反応があったのか、本件冊子を通して静岡市の魅力がどの程度伝わったのかなどについて、具体的に調査を行っていたことw認めるに足りる証拠はない、。
⇒静岡市外へ配布するための本件冊子に係る支出が、政務活動費の使途基準のうちの「調査研究費」(議員の議会活動の基礎となる調査研究のための費用)に該当する支出として必要性・合理性があったということはできない。

Aが直接に静岡市外に配布したものと認められるものに係る支出については、政務活動費の使途基準に反する支出である。
  民事p32
東京高裁H30.9.12  
  褥瘡の発生を防止すべき義務及び褥瘡を適切に治療すべき義務を怠った過失が肯定された事案
  争点 Yの過失の有無 
  原審 ①Aは褥瘡発生のリスクが高い患者であり、本件病院の医療従事者が褥瘡発生防止のための対策を行なうべき一般的な義務がある
②本件病院の医療従事者は、Aに対し、体位交換を最低2時間ごとに実施し、体圧分散寝具を使用し、皮膚に異常がないか観察すべき義務を負う。
③本件病院では、2時間を空けない体位交換がルーティンワークとして実施されず、通常のマットレスを使用
⇒Aの褥瘡発生を防止すべき義務を怠った。
④本件病院では、褥瘡認識後も通常のマットレスを使用し、褥瘡診断以降に細菌検査を行わず、黒色壊死や一部肉芽があるのに壊死組織の除去を実施しなかった⇒適切な治療を行うべき義務を怠った。
前記過失がなければ、Aに褥瘡が発生しⅣ度まで悪化する事態も他院での治療を受けるなどの事態も避けることができた高度の蓋然性がある。
⇒過失と損害発生との間に因果関係がある。

⑤その損害は、本件病院、他院での治療関係費及び慰謝料等合計668万2956円。
  判断 原審の判断は相当。 
  民事p47
名古屋地裁H31.4.16  
  投資名目で行われた美容機器付音響機器等の連鎖販売取引等
  事案 株式会社であるY1との間で、平成23年9月18日から同年12月17日にかけて4回にわたり、連鎖販売取引の一環として美容機器付音響機器等の売買契約を締結したXが、Y1、Y2(Y1の代取)及びY3(Y1の元取締役であり、Y1の会長を名乗っていた者)に対し、
主位的には不法行為又は会社法429条1項に基づき、
予備的には不当利得(特定商取引法(法)40条1項に基づくクーリング・オフによる解除、詐欺、錯誤)又は使用者責任に基づき、
売買代金相当額及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。 
  主張
Y1の事業(連鎖販売取引)が無限連鎖講の防止に関する法律で禁止されている無限連鎖講に当たる⇒4回の取引はいずれも無効
3回目及び4回目の取引は、Y1の従業員らからY1に対する投資である旨の説明を受け、出資のつもりで行ったもの⇒違法

各取引の際に交付された書面には不備があり、法37条2項に規定する書面が交付されたとはいえない⇒クーリング・オフによる解除が認められる。
  判断 ●①について 
本件で行われた連鎖販売取引自体は公序良俗に反しない
but
投資名目で行われた取引については、真実は連鎖販売取引(したがって、Xは新規会員を勧誘しなければ支出した金額を回収することができないこととなる)
⇒これをY1に対する投資であるとして、あたかも毎月分配金が得られるかのように事実と異なる説明をし、Xを誤信させた点については違法。
このような勧誘行為は会社ぐるみで行われていた⇒Y1については民法709条、Y2及びY3については共同不法行為の責任を認めた。
  ●②について 
クーリング・オフ制度の趣旨を踏まえ、契約書面には、連鎖販売取引の仕組みの基本である特定負担や特定利益について、最大もらさずすべての記載を尽くすことはもちろん、新規加入者においてその内容が理解できるように記載されていることが必要。
本件では、各取引の際に交付された書面には記載されていない特定利益が発生していたり、源泉所得税と事務手数料が控除されていたりするなど、
特定利益の内容をとして必要な事項が記載されていない上、
特定利益を計算するための前提である会員の資格取得方法に関する記載が不十分であるなど、
その記載から特定利益の内容を加入者が理解することは著しく困難であり、重大な不備に当たる

実質的に契約書面と評価できず、法40条1項の定めるクーリング・オフ期間が経過していない⇒クーリング・オフによる解除が認められる。
  ●損害額 
Y1からXに支払われた金員を損益相殺として損害額から控除することは民法708条の趣旨に反し許されない。
but
前記①で違法とは評価されなかった取引(2回目の取引)によってY1からXに支払われた金員(2万円)については、その分をXの損害額から控除するのが相当。
  解説  ●契約書面(法37条2項)における特定利益の記載の程度 
特定利益:
「その商品の再販売、受託販売若しくは販売のあっせんをする他の者又は同種役務の提供若しくはその役務の提供のあっせんをする他の者が提供する取引料その他の主務省令で定める要件に該当する利益の全部又は一部」(法33①)
契約書面においては、特定利益に関する事項、具体的には、
①特定利益の計算の方法、
②前記①のほか、特定利益の全部または一部が支払われないこととなる場合があるときは、その条件、
③前記①②のほか、特定利益の支払の時期及びその方法その他の特定利益の支払の条件
を記載しなければならない。
(特定商取引法施行規則29条5号、30条1項7号)
  知財p57
東京地裁H31.4.16  
  著作権法41条の時事の事件の報道のための利用に当たると認められないとされた事例
  事案 Xが、未発表であったX創作に係る楽曲の一部をYらが共同してXの許諾なくテレビ番組内で放送⇒Xの公衆送信権及び公表権を侵害したと主張し、
Yらに対し、民法719条及び著作権法114条3項に基づき、
損害賠償金の連帯支払を求めた。 
  争点 ①本件楽曲の放送は時事の事件の報道のための利用(著作権法41条)に当たるか
②正当業務行為等により公表権侵害の違法性が阻却されるか
③公表権侵害による慰藉料の額 
  判断   ●争点① 
Y主張:
本件楽曲は、視聴者がXによる覚せい剤使用の事実の真偽を判断するための材料であって、捜査機関がXを覚せい剤使用の疑いで逮捕する方針であるという事実の事件を構成するもの。
vs.
本件楽曲は、捜査機関がXが対する覚せい剤使用の疑いで逮捕状を請求する予定であるという時事の事件が報道された際に放送されたものであるものの、本件楽曲はその主題となるものではないし、かかる時事の事件と直接の関連性を有するものでもない⇒時事の事件を構成する著作物に当たるとは認められない。
Y主張:
本件楽曲は、Xが執行猶予期間中に更生に向けて行っていた音楽活動の成果物であって、「Xが有罪判決後の執行猶予期間中に音楽活動を行い更生に向けた活動をしていたこと」という時事の事件を構成するもの。
vs.
本件番組中におけるXの音楽活動に関する部分は、捜査機関がXに対する覚せい剤使用の疑いで逮捕状を請求する予定であることを報道する中で、ごく短時間に、断片的に紹介する程度にとどまっており、本件楽曲の紹介自体も、Xがそれまでに創作した楽曲とは異なる印象を受けることを指摘するものにすぎず、それ以上にXの音楽活動に係る具体的な事実の紹介はない

同部分が「Xが有罪判決後の執行猶予期間中に音楽活動を行い更生に向けた活動をしていたこと」という「時事の事件の報道」に当たるとはいえない。
  ●争点② 
Y主張:
本件楽曲の公表は、捜査機関が覚せい剤使用の疑いでXに対する逮捕状を請求する予定であることを報道する差し迫った状況において、有罪判決後のXの音楽活動や更生に向けた活動等を具体的に報道するととともに、Xによる覚せい剤使用の事実の真偽を判断するための材料を視聴者に対して提供することを目的として行われた
⇒著作権法41条の趣旨の準用、正当業務行為その他の事由により違法性が阻却される。
vs.
①本件番組ではXの音楽活動にごく簡単に触れたに止まり、
②具体的な事実の紹介もなく、
③本件楽曲がXによる覚せい剤使用の事実の真偽を判断するための的確な材料であるとも認められない
⇒Yらの主張は前提を欠く。
  ●争点③
①Xが本件楽曲を創作した目的に即した時期に本件楽曲を公表する機会を失った
②本件楽曲が、捜査機関が覚せい剤使用の疑いでXに対する逮捕状を請求する予定であるという報道に関連して紹介された⇒その視聴者に対してXが本件楽曲を創作した目的とは相容れない印象を与えることとなった

公表権侵害に対する慰謝料の額は100万円が相当。
Xは、本件番組において、Xが覚せい剤の使用により精神的に異常をきたしたかのような報道をされたことにより、精神的苦痛を受けた旨主張
vs.
本件請求はあくまで本件楽曲に係る公表権侵害を理由とするもの⇒公表権侵害の方法・態様として評価し得る事情の限度で考慮するにとどめるのが相当。
  規定  著作権法 第四一条(時事の事件の報道のための利用)
 写真、映画、放送その他の方法によつて時事の事件を報道する場合には、当該事件を構成し、又は当該事件の過程において見られ、若しくは聞かれる著作物は、報道の目的上正当な範囲内において、複製し、及び当該事件の報道に伴つて利用することができる。
  解説 本件は著作者人格権のうち公表権のみが侵害された事例。
著作者人格権のうち氏名表示権や同一性保持権の侵害、あるいはこれらの権利と公表権の侵害について慰謝料を認めた裁判例はあるが、
公表権のみの侵害について慰謝料を認めた先例は見当たらない。
  商事p66
東京地裁H30.3.29  
  売上げの過大な不正計上や分配可能利益を超える剰余金の配当等と代表取締役の監視義務違反及び内部統制システム構築義務違反(いずれも否定)
  事案 学習塾の経営等を行うことを目的とする上場企業である株式会社A(「A社」)の株主であるXが、A社が平成21年2月期から平成25年2月期までの有価証券報告書等に売上げを過大に不正形状した虚偽記載があるとして金融庁長官から課徴金納付命令を受けた⇒A社の代表取締役を勤めていたYには本件不正会計等を防止するための監視義務及び内部統制システムを構築すべき義務を怠った善管注意義務違反・忠実義務違反並びに違法配当等に係る責任がある

Yに対し、
①会社法423条1項に基づき、前記課徴金の支払に係る損害及び違法配当等に係る支払額等の合計49億1237万4523円及び
②会社法462条1項に基づき、①の金額の一部42億3396万5000円並びにこれらに対する遅延損害金をA社に対して支払うよう求めた株主代表訴訟。 
  規定 会社法 第四二三条(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
会社法 第四六二条(剰余金の配当等に関する責任)
前条第一項の規定に違反して株式会社が同項各号に掲げる行為をした場合には、当該行為により金銭等の交付を受けた者並びに当該行為に関する職務を行った業務執行者(業務執行取締役(指名委員会等設置会社にあっては、執行役。以下この項において同じ。)その他当該業務執行取締役の行う業務の執行に職務上関与した者として法務省令で定めるものをいう。以下この節において同じ。)及び当該行為が次の各号に掲げるものである場合における当該各号に定める者は、当該株式会社に対し、連帯して、当該金銭等の交付を受けた者が交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負う。
・・・・
2前項の規定にかかわらず、業務執行者及び同項各号に定める者は、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明したときは、同項の義務を負わない。
  主張 Yは本件不正会計やその兆候を認識しながら黙認⇒Yに監視義務違反があり、また、Yには内部統制システム構築義務違反がある 
  判断  ●監視義務違反
本件不正会計より前の会計年度である、平成17年6月期、平成18年8月期(中間期)及び平成19年2月期について、当時の会計監査人であったD監査法人から学習塾の売上げの不正計上を指摘等されていた。
but
①Yは、平成16年頃から既存事業の経営をP3に、管理業務をP1にそれぞれ委ねて自身は新規事業の立ち上げに注力
②平成19年2月期の売上げ不正計上についてD監査法人から直接指摘を受け、慌てて事実関係確認のためにP3及びP1並びにブロック長から事情を聴取

Yが平成17年及び平成18年のD監査法人の指摘等を認識していたということはできない(これらについては、D監査法人からYには報告されていないと認定)。
その後、D監査法人に代わって会計監査人に就任したF監査法人は、本件不正会計の対象会計年度である平成21年2月期から平成24年2月期の監査に当たり、学習塾の売上げについてP3らに各教室の管理を徹底するよう指導するなどし、平成25年2月期の監査においては、売上計上を減額修正するよう指導。
but
Yは、平成20年4月以降P3に代表取締役社長の職を譲り、F監査法人からの前記指導等については、現場で教室運営や財務会計を担うP3及びP1が対応していた
⇒Yが代表取締役であったことをもって直ちに本件不正会計の事実又はその兆候を知っていたと認めることもできない。
Yは、平成25年2月頃、売上の不適切な計上を告発する匿名の手紙を受領し、P1に調査を命じたことがあったが、P1は、P2に調査させた結果売上げの不適切計上の事実が確認されたにもかかわらずこれをYには報告せず、問題はなかった旨の虚偽の報告を行った。
⇒同内部告発の事実をもってYが本件不正会計の事実又はその兆候を知っていたと認めることもできない。

Yが本件不正会計の事実又はその兆候を知っていたにもかかわらずこれを黙認した旨のXの主張は、その前提を欠く
⇒Yに監視義務違反があるとは言えない。
●内部統制システム構築義務違反 
①Yは平成19年に売上の不正計上を知った直後から、事実確認のためP3らに対する事情聴取を実施し、不正計上に関与したブロック長を処分するとともに、P3に再発防止委員会を設置させた再発防止策を検討させた、
②同委員会の報告を受け、F監査法人等からの助言を受けて「G」と呼ばれる、売上計上の基礎となる授業の実施数を正確に管理集計するシステムを導入
③Gの導入後、平成19年の不正会計の手法(次期に実施する予定の授業の売上げを先取りして計上するなどの方法)を用いた売上げの不正計上はできなくなった
④本件不正会計は平成19年に発覚した不適切な会計処理とはまったく異なる要因に基づいて発生したもの

Gを導入した当時において、本件不正会計の手法を用いて不正会計が行われるということは通常想定されるものではなく、Yが導入したGは、平成19年の売上不正計上が発覚した当時に想定された不正行為を防止する程度に機能を有していた。
①Yは平成19年の売上げ不正計上の発覚を受け、内部監査室の体制を強化して内部監査室長1名を配置
②従業員に対する研修等において平成19年の件に言及
③目安箱を設置して従業員の意見が直接Yに届くようにするなどの措置を採った
④A社においては平成19年以前から社外監査役による監査体制や文書の保存体制等が整備されていた
⑤平成20年2月期以降、Yは本件不正会計の事実又はその兆候を知ることができず、前記体制をさらに強化すべき状態にあったとはいえない

Yの整備した内部統制システムは、A社の事業の内容、規模等に照らして、通常想定される不正行為を防止し得る程度の機能ないし有用性を具えていた。
(尚、代表取締役の内部統制システム構築義務の具体的内容や義務違反の判断基準を示した最高裁H21.7.9(判事2055・147)の判断枠組みに拠って検討、判断)

Yに内部統制システム構築義務違反があったとするXの主張は採用することができない。
会社法462条1項に基づく責任 
Yが上記の通り内部統制システムを整備したこと等の事実⇒Yは本件不正会計の事実を知らなかったというべき。

A社においてはもともと
①公認会計士や税理士の資格を有する社外監査役3名を含む4名の監査役が選任されて監査にあたっていた
②Yは平成20年2月期から会計監査人となったF監査法人から監査に問題があるなどの報告を受けたことがなかった
③A社の教室別経営分析会議においてYに報告された売上高等の数値は改ざんされたものであった
⇒財務会計を含む管理業務をP1に委ねて新規事業の立ち上げに注力していたYが、監査役会や会計監査人の監査を経た財務諸表等に経理上の不正があることを発見することは困難であった。
⇒Yには本件剰余金の配当等が分配可能額を超えることについて注意義務違反はなかった。

「その職務を行うについて注意を怠らなかった」(会社法462条2項)と言えるから、会社法462条1項の責任は認められない。
  Y:本案前の抗弁として、
Xが、本件不正会計が報道され株価が急落した後にA社の株式100株(最小単位)を取得⇒本件訴えは「当該株主若しくは第三者の不正な利益を図り又は当該株式会社に損害を加えることを目的とする場合」(会社法847条1項ただし書)に該当すると主張
but
同主張は理由がないとして退けた。
  労働p77
東京高裁H30.12.13  
  有期契約労働者と無期契約労働者との労働契約の相違が不合理とされた事案
  事案 一審被告である日本郵便㈱との間で、有期労働契約を締結した一審原告X1からX3までが、無期労働契約を締結しているY社の正社員と同一内容の業務に従事していながら、手当及び休暇の労働条件について正社員と相違があることが労契法20条に違反

正社員の給与規程及び就業規則の各規定がXらにも適用される労働契約上の地位にあることの確認を求めるとともに、
労契法 20条施行後について、
主位的に同条の補充的効力を前提とする労働契約に基づき正社員の諸手当との差額の支払を求め、
予備的に不法行為に基づき、同額の支払を求めた。
  判断 次のとおり判断し、
認容額を年末年始勤務手当及び住居手当相当額全額に変更、
休暇の相違に係る損害賠償請求について、病気休暇に換えて無給の承認欠勤を取得した日及び有給休暇を使用した日の賃金相当額の限度で認容。
その余の原判決の結論は維持。
新人事制度において、新一般職を比較対象として労働条件の相違が不合理と認められる場合は、労契法20条に違反することになる。
正社員に対してのみ年末年始勤務手当を支払い、時給制契約社員に対し、当該手当てを支払わないこと及び
新一般職に対して住居手当を支給する一方で、時給制契約社員に対してこれを支給しないことは、不合理であると評価することができる。
正社員に対して夏季冬期休暇を付与する一方で、時給制契約社員に対してこれを付与しないという労働条件の相違及び
病気休暇について、正社員に対し私傷病の場合は有給とし、時給制契約社員に対し無給としている労働条件の相違は、不合理であると評価することができる。
病気休暇の日数の点は、不合理であると評価することができるものとはいえない。
Xらは、年末年始勤務手当相当額及び住居手当相当額の損害を被ったと認められる。
Xらが現実に夏季冬期休暇が付与されなかったことにより、賃金相当額の損害を被った事実、すなわち、Xらが無給の休暇を取得したが、夏季冬期休暇が付与されていれば同休暇により有給の休暇を取得し賃金が支給されたであろう事実の主張立証はない。
X3は病気休暇が無給のため、無給の承認欠勤を取った日の賃金相当額の損害及び有給休暇を使用し、その使用権が消滅した当該日の賃金相当額の損害を被ったことが認められる。
Xらに病気休暇の相違による精神的苦痛の損害が発生した事実は認められない。
  解説 労契法20条については、
最高裁H30.6.1ハマキョウレックス事件
最高裁H30.6.1長澤運輸事件

①有期労働契約のうち同条に違反する労働条件の相違を設ける部分は無効
②同条に違反する場合であっても、同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではない、
③同条による「期間の定めがあることにより」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいう、
④同条にいう「不合理と認められるもの」とは、同労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいう、
⑤個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべき
本判決:
新人事制度において、Xら契約社員と労働条件を比較すべき正社員について、正社員全体と比較すべきか、新一般職のみを対象とすべきかの観点から検討し、
新一般職は地域機関職とは連続性がない格別の職員群⇒新一般職を比較対象。
一審判決:
①年末年始勤務手当について
長期雇用への動機付けという意味がないとはいえない⇒正社員のように長期間の雇用が制度上予定されていない時給制契約社員に対する手当の額が、正社員と同額でなければ不合理であるとまではいえない
⇒正社員への支給額の8割相当額を損害と認めた
②住居手当の相違について、
正社員に対する長期的な勤務に対する動機付けに向けた福利厚生の面も含んでいる⇒正社員への支給額の6割相当額を損害として認めた。
but
本判決はそれを採用せず、手当相当額全額を損害と認めた。
  労働p90
東京地裁H30.7.5  
   
  事案 原告が、
①第1子妊娠後、事務統括から降格され、第1子出産後の復帰時に時短勤務を希望したために有期のパート契約に変更されたことは、妊娠、出産に伴う不利益取扱いであること、
②同パート契約の締結により継続勤務年数が途切れたことを理由として有給休暇の申請を拒否されたため、年次有給休暇日数の確認を求める利益があること、
③第2子の出産のため産休・育休を取得することを申し出た際、被告会社の取締役であったY2から退職を強要され、行政の協力を得て産休及び育休を取得して職務復帰後、業務を取り上げられ、孤立させられたことが就労環境整備義務違反又は不法行為に該当すること、
④解雇又は雇止めは無効であり、不法行為にも該当すること
等を主張し、
①労働契約上の権利を有する地位の確認、
②解雇後の賃金、事務統括手当及び賞与の支払を求め、
③債務不履行(就労環境整備義務違反)又は不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料等の支払を求めた。
  判断  ●年次有給休暇請求権の確認の利益 
①原告が既に退職扱いとされていること、
②原告が確認を求めている年次有給休暇の日数は、派遣社員として勤務していた期間も勤務年数として引き継がれていることを前提とするもの

原告の雇用契約上の地位の確認をしたのみでは年次有給休暇の日数を確定することができない
⇒紛争を抜本的に解決するため、年次有給休暇請求権の確認の利益を認めるのが相当。
  ●原告の第1子出産後の職務復帰の際に締結されたパート契約の有効性 
①第1子妊娠後の事務統括の引継は、降格には当たらない
②育児のための所定労働時間の短縮申出等を理由として解雇等不利益な取扱いをすることは、育児介護法23条、23条の2に反して違法、無効
③労働者と使用者との間の合意により労働条件が不利益に変更される場合でも、その合意は、労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者が当該合意をするに至った経緯及びその態様、当該合意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等を総合考慮し、当該合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要。
本件における労働条件の変更は、
労働時間に期間の定めが設けられ、従前の職位であった事務統括に任用されず、賞与の支給がされなくなったなど、原告に与えた不利益は大きい一方で、
Y2は、原告に対し、勤務時間を短くするためにはパート社員になるほかないと説明したのみであり、原告は、釈然としないながらも出産により他の社員に迷惑をかけているとの気兼ねからパート契約の締結に至った

原告の自由な意思によりパート契約を締結したとは認められない
⇒パート契約は無効。
  原告に対する退職扱いは解雇。
原告の第2子出産後の職務復帰からわずか4カ月後に、軽微な事実を根拠としてされた解雇は無効。
不法行為について:
①第1子出産後の復帰時に雇用形態を有期のパート契約に変更したこと、
②第2子を妊娠した原告に対して退職を強要したこと
③原告を解雇したこと
は、育児介護法や雇用均等法が禁止する不利益扱いに当たり、
不利益の内容や違法性の程度等に照らして不法行為を構成する。

事務統括手当額の経済的損失のほか、精神的苦痛に対する慰謝料の請求も認めた。
  刑事p105
東京地裁H31.2.20
  手術後の準強制わいせつ被告事件が無罪とされた事案
  判断 Aに対して麻酔薬が投与された時刻、投与された麻酔薬の種類及び量、手術終了後のAの言動等を認定し、2名の専門家の証言に基づいて
①Aに対する手術は述語せん妄の危険因子とされる乳房手術であった
②Aには通常より多量の麻酔剤が投与された
③Aは手術に起因する疼痛を感じ、かつ、Aに対する鎮痛剤の投与は通常より少量であった

Aはせん妄状態に陥りやすい状態であった。

麻酔覚醒時のAの動静等
⇒Aがせん妄状態に陥り、性的幻覚を体験していた可能性が相応にある。

このような幻覚は鮮明であって、訂正しがたい確信を持っているとされている
⇒Aの証言が具体的で迫真性に富み、Aが一貫した供述をしていることをもっていしても、Aの証言の信用性に疑義を差し挟む余地が広がる。
Pの鑑定手法:
①Pはアミラーゼ試験の陽性反応の結果やリアルタイムPCRによるDNA定量検査の結果をワークシートに手書き記載しているところ、同ワークシートには消しゴムで消して上書きした痕や消しゴムで何らかの記載を消した痕が残されている。
②実験結果の検証可能性確保や刑事裁判に向けた証拠についての紛糾を避けるためにも鉛筆での記載はふさわしくない。
③ワークシートの記載の中には、日時が前後して記載されたことがうかがわれるものがある。
④Pは、鑑定時に本件付着物からDNAを抽出した液の残余を、検察官からDNA定量検査の結果が重要であることを知らされた後に廃棄しているところ、この行為は、DNA定量検査の結果の妥当性を端的に検証する手段を失わせたもの。

検査者としてのPの誠実さには疑念がある。
Pが採用した方法はアミラーゼが微量でも含まれれば陽性反応を示す点で鋭敏度が高いとする専門家証言⇒唾液以外の体液に由来するアミラーゼにより陽性反応がもたらされる可能性も否定できない。
本件付着物から被告人1人分のみのDNA型が検出。
検察官請求の専門家証人:2名の混合DNA量の比率が100対1以上の場合⇒すべてのアレルにおいて1名分のDNA型しか顕出されない。

弁護人請求の専門家証人による実験⇒陰性コントロール対照資料である、なめられた理しなかった女性の乳首から採取した試料から女性のDNA型が検出されない場合もあった⇒本件付着物に含まれる被告人のDNA量にかかわらずAのDNA型が検出されなかった可能性は残る。
本件付着物に含まれる被告人のDNA量が多量であるという点:
検察官請求の専門証人:
本件付着物中の唾液の量が多量であり、それは会話による唾液の飛沫の付着などでは説明できない。

弁護人請求の専門家証人:
唾液の量ではなく口腔内の細胞がどのくらい含まれているを考慮しなければならない。
口腔内細胞の塊が唾液の飛沫に含まれることはある。


口腔内細胞が含まれた唾液が会話により飛沫し、本件DNA定量検査の結果をもたらした可能性があることを排除することはできない。

被告人は無罪
2425   
  民事p10
最高裁H31.4.26  
  子の引渡しを命ずる審判を債務名義とする間接強制の申立てが権利の濫用とされた事案
  事案 Xが、その夫Yに対し、両名の長男Aの引渡しを命ずる審判を債務名義として、間接強制の申立てをした事案。 
  経緯 Xの申立てにより、子らの監護者をXと指定し、Yに対し子らの引渡しを命ずる審判が確定。 
子らの引渡執行⇒3人の子のうち1人(A)は引き渡されることを拒絶し、泣きじゃくり、呼吸困難に陥りそうになった⇒執行官は、執行を続けるとAの心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあると判断⇒Aの引渡執行を不能として終了。
XがY等(Y及びその両親)を拘束者、Aを被拘束者とする人身保護請求⇒AはY等のもとで生活を続けたい旨の陳述。
同請求は、Aが十分な判断能力に基づいてY等のもとで生活したいという強固な意思を明確に表示しており、その意思はY等からの影響によるものではなく、Aが自由意思に基づいてY等のもとにとどまっていると認められ、Y等によるAの監護は拘束に当たらない⇒棄却。
  経緯2 Xが本件審判を債務名義としてAの引渡しについて間接強制の申立て⇒原々審はYに対し、AをXに引き渡すよう命ずるとともに、これを履行しないときは1日につき1万円の割合による金員をXに支払うよう命ずる間接強制決定。

Yが執行抗告

原審(大阪高裁)はYの抗告を棄却

Yが許可抗告の申立て(原審は許可) 
  判断 婚姻中の父母のうち父Yに対して長男A、二男B及び長女Cを母Xに引き渡すよう命ずる本件審判を債務名義とするAの引渡しについての間接強制の申立ては、
次の①②など判示の事情の下では、権利の濫用に当たる。 
①本件審判を債務名義とする引渡執行の際、B及びCがXに引き渡されたにもかかわらず、A(当時9歳3箇月)については、引き渡されることを拒絶して呼吸困難に陥りそうになったため、執行を続けるとその心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるとして執行不能とされた。
②Y等を拘束者、Aを被拘束者とする人身保護請求事件の審問期日において、A(当時9歳7箇月)は、Xに引き渡されることを拒絶する意思を明確に表示し、その人身保護請求は、AがY等の影響を受けたものではなく自由意思に基づいてY等のもとにとどまっているとして棄却された。
  解説  子の引渡しを命ずる審判は、家裁が、子の年齢及び発達の程度に応じてその意思を考慮した上で(家事手続法65条)、子を引き渡すことが当該子の利益にかなうと判断してされるもの

子が引き渡されることを拒絶する意思を表明しているというだけで、直ちに強制執行を妨げる理由になるとはいえない。 
審判後の経過により当該審判時と異なる事情が生じたとしても、民執法が、執行の迅速かつ円滑な進行のため、強制執行手続を判決手続等から組織的に分離し、執行機関は原則として強制執行を不当ならしめる実体上の事由の有無については判断しないものとしている。
⇒このような事情は、原則として当該審判を債務名義とする強制執行を妨げる理由とならず、再度の審判・調停など執行手続外で検討されるべきもの。 
  間接強制は、金銭の支払義務を課すことにより債務者を心理的に圧迫して給付を実現させる⇒債務者に対する不当な圧迫となり人格尊重の理念に反するおそれがある。 
直接強制決定:
執行に着手しても不能⇒終了
間接強制決定:
①これにより直ちに金銭支払義務を生じ、履行の不能等の事由があっても債務者の方から請求異議の訴えを提起するなどしなければならず、
②執行停止が認められない限り、その審理の間も金銭支払義務が累積
⇒過酷な執行となりかねない。
ドイツ法:非代替的作為義務の強制執行について強制金を課す要件として「その行為が排他的に債務者の意思に係っている」ことを求めているのと異なり、
日本法には明治の規定はないものの、一般的な法原則として、債務者にとって債務の履行が社会通念上不可能な場合には、これを強制すべきではないと考えられており、そのような場合には、請求異議事由が認められ得るだけでなく、過酷執行禁止という執行法上の原則に基づき間接強制決定の障害事由にもなり得ると解してよい。(山本和彦)
過酷な執行の申立てについては、強制執行請求権の濫用(民法1条3項)として却下され得るものと解されている。
  民執法が強制執行手続等から分離⇒強制執行が権利の濫用に当たると認めることには慎重であるべき。 
最高裁昭和62.7.16:
強制執行が権利濫用に当たるとして請求異議事由が認められるには、
債務名義の性質、これにより確定された権利の性質・内容、その成立の経緯及び成立後の事情、強制執行が当事者に及ぼす影響等諸般の事情を総合して、
債権者の強制執行が、著しく信義誠実の原則に反し、正当な権利行使の名に値しないほど不当なものと認められる場合であることを要する。
本決定:
①本件審判の命ずる子の引渡しが、子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ履行しなければならないという特殊な性質を有する義務
②判示の事実経過の下においては、Aの心身に有害な影響を及ぼすことの内容に配慮しつつAの引渡しを実現するために合理的に必要と考えられる行為をYにおいて想定することが困難であり、それにもかかわらず間接強制によってYに心理的圧迫を加えてAの引渡しを図ることは過酷な執行として許されない。

本件の具体的事情の下における子の引渡義務の間接強制が過酷な執行となるとしたものであって、強制執行が権利濫用に当たるとして請求異議事由を認めたものではない。

間接強制以外の強制執行が当然に否定されるものではないし、
前提とされた状況に変化があれば間接強制が認められるに至る余地も否定されない。
  間接強制の要件:
現行法に明文の規定はないものの、「債務者の意思のみに係る債務」であるとの要件が必要であると解されている(大決昭5.11.5)。
←前記要件を欠く場合には、債務者に圧迫強制を加えても、単に債務者を苦しませるだけで、その行為をさせることは期待できないからであると説明。
  民事p20
東京高裁H30.11.28   
  約款の変更条項と消費者契約法10条
  事案 消費者契約法13条1項所定の内閣総理大臣の認定を受けた適格消費者団体であるXが、法12条3項に基づき、携帯電話の利用に係る通信サービス契約を提供するYに対し、本件各契約における約款の変更条項につき、法10条に規定する消費者契約の条項に該当すると主張⇒
本件変更条項を含む契約の申込み又は承諾の意思表示の停止を求めるとともに、
これらの行為の停止または予防に必要な措置を求めた。 
  規定  第一〇条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
  争点 Yの準備する「当社は、この約款を変更することがあります。この場合には、料金その他の提供条件は、変更後の約款になります。」との本件変更条項が、法10条に該当するか否か。 
  判断 以下の理由で、請求を認めず。 
①本件各契約は、不特定多数の相手方に対して均一な内容の給付をすることを目的とするもの⇒
個別内容の変更のために個別同意を必要とすれば、多大な時間とコストを要することとなり、
個別同意を得なくとも契約内容を変更することを認めることで不特定多数の相手方の利益にも資する。
②既存顧客との個別合意がなくとも、既存の契約に変更の効力をおよぼすことができる場合があることが裁判例で認められている。
③改正民法548条の4第1項によれば、一定の要件の下に定型約款の変更により個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更し得ることを定める規定が設けられている。

本件各契約約款は、一定の合理的な範囲で変更できると解した上で、
本件変更条項は、一定の合理的な範囲においてのみ変更が許される趣旨と限定的に解すべき⇒消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する条項であるとは認められない。
本件変更条項自体は、価値中立的なものであって、消費者の権利義務に関するか否かは変更される条項の内容次第⇒法10条該当性も、変更後の内容につき判断されるべき。
  解説 最高裁昭和45.12.24:
船舶海上保険の約款の変更につき、「変更された条項が強行法規や公序良俗に違反しあるいは特に不合理なものでない限り、変更後の約款に従った契約もその効力を有する」 
福岡高裁H28.10.4:
預金契約における暴力団排除条項の有効性等に触れたうえ
「既存顧客との個別の合意がなくとも、既存の契約に変更の効力を及ぼすことがでいると解するのが相当」
最高裁H5.7.19
銀行の免責約款の有効性について、合理的な範囲において変更することが予定され、変更後の約款は当事者を拘束することを示したもの。
  民事p32
東京地裁H30.5.18
  成年後見人の不正⇒家事審判官の責任にる国賠請求(否定)
  事案 亡Aの養子であるXが、Aの妹でその成年後見人であったBが、Aの判断能力が減退していることを奇貨として、成年後見人選任の前後を通じて、Aの財産を不正に流出させた⇒
Bに対し、不法行為による損害賠償等を求めるとともに
家裁の家事審判官が、
①Bが成年後見人として極めて不適任であることを看過し、Aの養子であるXの意見を聞く機会を設けず、また、後見監督人を選任することもなく、BをAの成年後見人として選任したこと、
②成年後見開始後に、Bによる資産管理に不正があることを知り又は知り得たのに、特段の措置を執らずにこれを見過ごしたことは、
家事審判官に与えられた職務権限を逸脱し、著しく合理性を欠くもの
⇒国賠法1条1項に基づく国賠請求。
Bは訴え提起後に死亡し、子であるY1及びY2が訴訟承継。
  判断   Y1及びY2に対する請求を一部認容。 
適用されるべき国賠法上の違法性の判断基準に関し、
裁判官がした争訟の裁判について国のsン買い賠償責任が肯定される要件を示した最高裁昭和57.3.12は家事審判官が行なう成年後見人の選任及び後見事務の監督についても妥当。

家事審判官が違法又は不当な目的をもって権限を行使したり、その監督権の行使が権限の範囲を著しく逸脱したり、又は家事審判官の権限の行使の方法が甚だしく不当であるなど、家事審判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情が認められる場合に限り、当該家事審判官に職務上の義務違反があったものと認められる。
  後見人選任に係るXの主張: 





直ちに、BにAの資産の的確な維持管理や事務処理を期待することができないとか、AとBの利益が相反しており、BがAの資産を不正に費消領得する危険性が極めて大きかったとはいえず、後見開始当時のAの財産の内容を見ても、専門職後見人を選任すべきであったとはいえない。



Xに対して意見照会をしなかったことが不合理であるとも断定し難い。
以上を踏まえると、後見監督人を選任すべきであったともいえない。

Aの成年後見人選任の判断について、前記特別の事情があるとは認められず、家事審判官の権限の行使に関し国賠法上違法である点は認められない。
  成年後見人Bに対する監督権の行使または不行使に係る主張:



家事審判官が前記認定に係る不正支出について、これが不正なものであると具体的に認識し又は認識し得たとまでは認められない。

Bの後見事務に対する家事審判官の監督権の行使に関しても、前記特別の事情があるとまでは認められず、国賠法上違法である点は認められない。
  民事p46
名古屋地裁H30.3.6  
  冬季に凍結していた道路で大型トレーラーが滑走したため発生した交通事故⇒道路の設置又は管理の瑕疵が争われた事案
  事案 X1(運送会社)の従業員が運転していた大型牽引貨物自動車(大型トレーラー)が、Y(滋賀県)の管理する国道を走行中、凍結路面で滑走し、道路を塞ぐ格好で停車⇒後続車両6台が次々に衝突

X1が、Yに対し、道路の設置、管理に瑕疵があったと主張し、国賠法2条1項に基づき損害賠償を請求。 
  主張 X1:
本件道路の設置又は管理に瑕疵⇒
主に
①本件装置の誤作動(降雪のない状態で散水を続けた)
②本件道路の排水能力の欠如
③グルーピング舗装は凍結防止策として不十分
  判断 最高裁判決等⇒
国賠法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいう。
道路管理者は、自動車運転者に社会通念上要求される一般的な運行態度を前提として、予見し得る道路の危険性の有無や程度に応じた管理を行なえば足り、それにもかかわらず発生した危険については、管理者に設置又は管理上の瑕疵について責任を問うことはできない。
本件融雪装置:
本件装置が誤作動することは考えにくいというYの主張を容れ、
①本件事故現場付近において降雪がない状態で本件装置が誤作動したとは認められない
②本件装置が、降雪が止んだ後も気温が1度になるまで散水を継続する点についても、路面凍結を防ぐため合理的なもの

本件装置の設置及び作動によって、本件道路が通常有すべき安全性を欠いているとはいえない。
本件道路の排水能力:
①本件道路の排水能力は、本件装置による散水量よりも多量となる降雨流入量を想定して設置されている
②本件道路の傾斜度、水抜き穴の排水量、道路脇に設置されている排水路の排水能力について検討

排水能力の点でも本件道路は通常有すべき安全性を欠いていない。 
グルービング舗装等:
降雪があった場合に本件装置が作動して散水すると、水分が付着して、道路の凍結状態を生ずるおそれがある
but
Yは、それを防止するため、排水機能を備えたグルービング舗装を行い、凍結防止剤を散布するなどの種々の対策を講じている
⇒事故防止対策は十分機能しており、グルービング舗装が劣化しているとはいえない。 
①冬季に平均気温が氷点下になる地域においても除雪方法として散水融雪装置によることも排除されていない
②本件道路では路面凍結による事故の頻度が高いとは言えない
③他にも散水融雪装置の設置より高額の費用を要するロードヒーティングを本件事故現場付近に優先して設置しなければならないほど、凍結による事故発生の危険が本件道路にあるとは認められない

ロードヒーティングによる凍結防止策をとっていないことをもって、本件道路が通常有すべき安全性を欠くものではない。
  解説 国賠法2条1項の「瑕疵」について
最高裁:
国賠法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、
当該営造物の使用に関連して事故は発生し、被害が生じた場合において、当該営造物の設置又は管理に瑕疵があったとみられるかどうかは、その事故当時における当該営造物の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべき。
被害者の行動との関係における設置管理者の責任のあり方:
当該事故が営造物の通常の用法に即しない行動の結果生じた場合において、その営造物として本来具有すべき安全性に欠けることなく、前記行動が設置管理者において通常予測することのできないものであるとき
⇒当該事故は営造物の設置管理の瑕疵によるものであると言うことはできない。
最高裁H22.3.2:
道路の設置又は管理の瑕疵を判断する場面において、「そのような対策を講ずるためには多額の費用を要することは明らかであり」と判示
~予算的制約面も考慮要素とすることを肯定。
  民事p58
福島地裁H31.2.19  
  私立高校の柔道部における生徒間のいじめ⇒加害者らの共同不法行為を肯定
  事案 私立高校の柔道部に所属するXが、同部に所属する同級生であるYらから、継続的かつ執拗にいじめを受けていた⇒うつ状態等になった⇒Yらに対し、共同不法行為に基づき、眼鏡買替費用、通院交通費用、診断書費用及び慰謝料及び逸失利益等の損害賠償を求めた。 
  判断 Xの供述は、客観的証拠及びYらの供述等から認定できる事実と概ね整合し、信用することができる。
⇒Yらが、平成26年7月頃から平成28年12月12日までの間、Xに対し、継続的かつ執拗に嫌がらせ等の言動をしていたことが認められる。 
Yらによる前記言動は、一般的に被害者に恐怖感や嫌悪感を抱かせたり、人格を否定するものであった上、単発ではなく1年以上にわたって継続的かつ執拗に行われていた
⇒悪ふざけの限度を超えたいじめに該当するものであり、不法行為を構成する違法なもの。
Yらは必ずしもすべての行為を共に行っているわけではない
but
Yらがいずれも柔道部に所属し、他の者のいじめ行為に対してXが抵抗できないでいる状況を相互に認識した上で、そのような状況を踏まえて自らもXに対するいじめ行為に加担
⇒Yらは、一連のいじめ行為を共同して行っていたものと認めるのが相当。
損害について:
眼鏡買替費用、通院交通費用、診断書費用及び慰謝料(150万円程度)は、前記不法行為により生じたものと認められる。

逸失利益:
Xのいじめ告白後の通学・進学状況や生活状況など
⇒Yらの前記いじめ行為によるうつ状態等によってXの就職が遅れたとはいえず、前記不法行為により生じたものとは認められない。
  民事p70
福岡地裁小倉支部H31.3.12  
  アスベスト国賠訴訟での遅延損害金の起算点
  事案 アスベスト国賠訴訟については、国が、泉南アスベスト第2陣訴訟の最高裁判決の判断に従って、訴訟上の和解の方法により被害者に対し損害賠償を負う旨表明。
争点は、遅延損害金の起算点。
  解説 不法行為に基づく損害賠償請求債務は、損害の発生と同時に何らの催告を要することなく遅滞に陥る。
このことは、国賠法に基づき国が損害賠償義務を負う場合についても同様。

本件における問題は、石綿由来の肺がんについて、その損害発生の時期を何時と認めることができるか。 
  判断 じん肺が粉じんの肺組織への貯留等により肺の固化などが生じる疾病であって、進行程度が予測困難とされている
but
石綿由来の肺がんは、その診断に石綿肺の存在を前提としないことや、石綿そのものが悪性腫瘍の原因となることが指摘されている

石綿由来の肺がんがじん肺と同様に進行程度が予測困難である疾病であると認めることはできない

管理区分決定や労災認定といった行政上の決定がなくとも、その診断日において肺がん発症という損害発生を認定することができる。

診断日を起算点とする遅延損害金の支払を命じた。
  民事p75
那覇地裁H30.12.11  
  元県副知事による県職員採用試験における合格口利きの疑惑と、それについての名誉毀損が問題とされた事案
  事案 元県副知事であるXによる教員及び学校事務職員採用試験における合格口利きの疑惑について、
X:Y(元県教育長)に対し、Yが本件口利きの事実を記載した内容虚偽の文書を作成して県に提出するとともに、当該事実に係る情報を新聞社に提供するなどしたために、自身の名誉が毀損された⇒不法行為に基づく損害賠償を求めた。 
Y:反訴として、Xが前記文書の内容が虚偽であるなどとする記者会見⇒自身の名誉が毀損された⇒不法行為に基づく損害賠償及び謝罪広告を求める。
前記文書の内容が虚偽であるとして本訴事件を提起し、Yを名誉毀損罪で告訴したXの各行為は、いずれも不法行為に当たる⇒不法行為に基づく損害賠償を求めた。
  争点 ①本件口利きの事実の真実性の有無
②X及びYによる名誉毀損行為の有無
③謝罪広告の要否
④Xによる本訴事件提起と告訴の違法性 
  判断 本件口利きの事実は真実
Xの記者会見によってYの名誉が毀損⇒Xの不法行為責任を認める
but謝罪広告の必要性は否定
Xによる本訴事件の提起と告訴についても、著しく相当性を欠き違法⇒不法行為の成立を肯定 
  解説 本件口利きの事実の有無については、当事者であるX及びYの他にはこれを直接見聞きしたとされている者はいない
⇒本件口利きについての直接証拠であるYの供述の信用性を子細に検討し、結論としてその信用性を肯定。 
  ●Xによる名誉毀損の有無 
Xは記者会見の場において、本件口利きの事実を記載したY作成の文書を虚偽であるとして、「Yの説明は真実ではなく作り話である」旨述べている。
本判決:
Xの言論の自由にも一定の配慮を示したものの、結論として、Xの行為は、一般人をしてYの品行・徳性について疑念を抱かせ得るものであり、違法な名誉毀損行為。
判例:
自己の正当な利益を擁護するために、やむを得ず他人の名誉・信用を毀損した場合でも、かかる行為は、その他人の行った言動に対比して、その方法・内容において適当と認められる限度を超えない限りは違法性を欠くとされている。
  ●謝罪広告の要否 
Yの謝罪広告の請求は棄却。
民法723条の趣旨が、金銭による損害賠償のみではてん補できない、毀損された人格的価値に対する社会的、客観的評価を回復することを可能ならしめる点にある(最高裁)

謝罪広告の請求を認めるには、金銭による損害賠償のみではてん補できない程度に名誉が毀損されていることが必要。
but
本件ではその程度に至るまでの名誉毀損は認められないとしたものと思われる。
  ●Xによる本訴事件提起及び告訴の違法性の有無 
判例上:
訴えの提起については、提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときには、不法行為を構成。
本判決は、同最判の趣旨を本訴事件提起のみならず告訴にも及ぼしたもの。
  知財p88
知財高裁H31.1.24  
  モデルチェンジと3年の保護期間(不正競争防止法19条1項5号イ)の起算点 
  事案 X(控訴人・一審原告)が、Y(被控訴人・一審被告)の販売するサックス用ストラップが、Xの販売するサックス用ストラップの形態模倣に該当⇒Yに対し、不正競争法3条に基づき、被告商品の販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、同法4条、5条2項に基づき、880万円の損害賠償を求めた。 
  原審 原告商品の形態のうち不正競争法2条1項3号の保護を受けるのは、モデルチェンジ前の商品の形態を実質的に変更した部分に基礎を置く部分に限られる。
前記部分と被告商品のうち前記部分に対応する部分とは、実質的に同一であるとはいえず、被告商品が原告商品に依拠したということもできない。

Xの請求をいずれも棄却。 
  解説 ・判断 不正競争法2条1項3号:
個別の知的財産権の有無にかかわらず、他人が商品化のために資金・労力を投下した成果を他に選択肢があるにもかかわらずことさら完全に模倣して、何らの改変を加えることなく自らの商品として市場に提供し、その他人と競争する行為を「不正競争」と位置づける。

①先行者が資金・労力を投下して商品化した成果にフリーライドすることが競争上不正と観念される。
②模倣を禁止するのは先行者の投資回収の期間に限定することが適切。

日本国内において最初に販売された日から起算して3年を経過した商品については、不正競争法2条1項3号の保護は及ばない(同法19条1項5号イ)。 
  本件:
被告商品の販売開始日:
原告商品が最初に販売された日から3年以内であったが、
原告商品のモデルチェンジ前の商品である旧原告商品が最初に販売された日から3年以上が経過。
⇒原告商品の販売日と旧原告商品の販売日のいずれが保護期間の基準時となるか? 
本判決:
原告商品と旧原告商品を対比すると、需要者が注意を引きやすい特徴的部分であるV型プレートの形態が相違
⇒原告商品から受け取る商品全体としての印象と旧原告商品から受ける商品全体としての印象は異なる
⇒原告商品の形態は、商品全体の形態としても、旧原告商品の形態とは実質的に同一のものではなく、別個の形態
⇒原告商品の販売日が保護期間の基準時。
  不正競争法2条1項3号によって保護される商品形態は、いかなる範囲か? 
原判決:商品の形態において実質的に変更された部分に基礎を置く部分に限られる。
本判決:不正競争防止法2条1項3号によって保護される「商品の形態」とは、商品全体の形態をいう。
原告商品の形態と被告商品の形態とを対比すると、商品全体としての印象が共通し、その形態は実質的に同一。
  モデルチェンジの前後で実質的に同一とはいえない⇒
①保護期間の起算点は、モデルチェンジ後の商品の販売時となるし、
②保護される範囲は、商品全体 
不正競争法2条1項3号については、商品の一部のみ保護対象となることはないとの解釈が一般的。
   刑事p111
東京高裁H30.7.30
  間接事実を総合して被告人を犯人と認定し、死刑判決の事案
  事案 干物店の元従業員であった被告人が、その干物店内において、経営者Aと従業員Bを殺害し、現金約32万円を強取したという強盗殺人の事案。 
事件当日に再就職依頼のために干物店を訪れたことは認めた。
自白なし。
検察官が主張した情況証拠:
事件直後に被告人が所持していた金員の禁酒と金額が被害者の金種と金額に類似
防犯カメラとタクシーのドライブレコーダーによって認められる被告人所有車両の現場の駐車時間が犯行時間帯と合致
  原審 有罪認定で
死刑判決
  判断・解説 犯人性等についての弁護人の主張を排斥
量刑不当の主張も排斥 
「その認定・判断の中核的な部分には、論理則、経験則等に照らして概ね不合理な点はなく、当裁判所としてのその結論は是認できる」
●殺害犯人と被告人との同一性 
駐車していた車両について、控訴審で供述を変更。
(原審において被告人は弁護人にはその旨の説明をしていたが防御方針として敢えてその主張はしなかった)
●量刑不当 
「本件のような死刑選択の当否が問題となる重大事案においては、極刑からだけは逃れたいとの強い欲求から虚偽の弁解をすることは被告人の心情としてはある程度やむを得ないところであって、非難を強める事由としてこの点を重視するのは相当ではないが、結果として反省の情が認められず、犯行後の事情に何ら有利に斟酌すべき点がないという限度では、当然考慮すべき事情となるといえる」
     
2424   
  行政p11
東京地裁H30.3.28   
  原子力発電所事故当時発電所長の地位にあった者から事故当時の事情を聴取した調書中の個人識別記述等を不開示とした部分開示決定の一部取消しを求めた事案
  事案 内閣官房に設置された事故調査・検証委員会(政府事故調)が、本件事故当時の福島第一原発所長から事情を聴取した聴取結果調書(本件各調書)について、Xらが、行政情報公開法に基づき、開示の請求⇒処分行政庁により当初その全部を開示しない旨の行政処分不開示決定、その後、状況の変化を踏まえ、個人に関する情報等が記録されている部分を除いて開示する旨の変更決定。
Xら:なお不開示とされた一部(本件各記述)について、
①東京電力のグループマネージャー(GM)以上の職位にある個人の氏名又は職名(氏名等)は公表慣行がある⇒法5条1号ただし書イの公領域情報に該当
②本件各記述を公にすることにより害されるおそれがある個人の権利利益よりも、同種の過酷事故予防策の構築に必要な事故原因の究明という人の生命、健康等を保護するための必要性が上回る⇒同号ただし書ロの生命等保護情報に該当し、同号所定の不開示情報には当たらない。

本件各記述を不開示とした部分の取消しを求めた。
  規定 行政情報公開法 第5条(行政文書の開示義務)
行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない。
一 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
イ 法令の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報
ロ 人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報
・・・
  判断  ●①の公開情報該当性
本件各記述は、その前後の文章の内容と相まって、個人の行動等を記録した情報(行動情報)としての有意な方法(本件各行動情報)を構成しており、本件各行動情報に係る本件各記述以外の部分が既に開示されている
⇒本件各記述が開示されると本件各行動情報の全部が明らかになる関係にあることを踏まえた上で、公領域情報該当性は、有意といえる最小の情報のまとまりの全体について、法令の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されているか否かを吟味すべきもの。
①本件各調書の作成目的や性質に鑑み、本件各記述に係る個人識別記述等のみをもっては有意の情報であるとは解することができず、
②本件各行動情報全体について、本件各変更決定時に公領域情報に該当したことをうかがわせる事情は見当たらない

本件各記述を含む本件各行動情報は、法5条1号ただし書イの公領域情報として不開示情報から除外されない。
  ●➁の生命等保護情報該当性 
行政文書を
①保護される人の生命、健康、生活又は財産の利益と
➁これを公にすることによって個人の権利利益が害されるおそれ
とを比較衡量して、前者が後者に優越すると認められることを要する。
①本件各記述部分が開示されることによって、政府事故調による調査及びその結果が公表されていることによっては実現できないような人の生命、健康、生活又は財産の利益の保護が図られることになる蓋然性が高いとまでは認められない一方、
➁本件各記述部分が公にされることによって本件各記述対象者の権利利益が害されるおそれは無視し得る程度に低いものとはいえない

本件各記述は、法5条1号ただし書ロの生命等保護情報として不開示情報から除外されるものであったとはいえない。
  解説 ●①の公開情報該当性
本判決:
公表慣行があるといえるためには、公表主体が行政機関であるべきとするYの主張を退け、
事実上の慣行として公にされ、又は公にすることが予定されていれば足りる。
but
①一時的に公にされただけで爾後も反復継続的に公にされることが見込まれる状況になく、また、
➁類似の情報が公にされていても、情報としての性格が同種の情報についてのものでなかったり、
③個別的な事情に基づいて公にされたりしているにとどまれば、
公表慣行があるとはいえない。

結論として、過酷事故の一次資料についての公表慣行を認めることはできない。
●➁の生命等保護情報該当性 
本判決の比較衡量の枠組み自体は一般的なもの。
①学識経験者等によって構成される政府事故調が、多数の関係者からのヒアリング結果等の一次資料を基にして中立的な立場から再発防止策を提言する報告書を作成してこれが公表されるとともに、
➁調査・検証によって明らかになった事実関係が検証・批判可能な形で公にされている

不開示とされた本件各記述部分が開示されることにより、過酷事故の再発防止という生命等の保護が一層図られることになる蓋然性が客観的にみて高いとまではいえず、不開示により保護される利益に優越するとまでは認められないと判断。

他の関連情報等の公表状況を勘案した上での事例判断。
  行政p61
奈良地裁H31.2.21  
  滞納処分(差押処分)が超過差押えに該当して違法とされた事案
  事案 Xは、市税である市県民税及び固定資産税を滞納⇒滞納処分として土地建物についてのXの持分の差押⇒Xは、処分行政庁の所属するY(奈良県大和郡山市)に対し、本件処分は、地税法が準用する税徴法が禁止している超過差押え(同法48条1項)及び無益な差押え(同条2項)に当たる⇒①本件処分の一部取消しを求めるとともに、本件処分によりXが精神的苦痛を被ったと主張し、②国賠法1条1項に基づき10万円及び遅延損害金の支払を求めた。
  判断  ●請求①
本件処分は無益な差押えには該当しない。
超過差押え該当性について:
差押処分時に財産価値を正確に把握するのは困難⇒徴収職員が差し押さえる財産に裁量権を認めた。
but
その裁量権の行使に当たっては、滞納者の生活への支障や財産の可分性等を考慮して判断すべき。
本件不動産は経済的用法に従っても6つに分けられ、そのうち4つはそれだけで滞納税額を上回るにもかかわらず、滞納税額の約10倍もの価値を有する本件不動産全てを圧死押さえたことは、前記裁量権の逸脱・濫用⇒本件処分全体が違法⇒処分権主義に従い、Xが取消しを求める限度で請求を認容。
  請求② 
国賠法1条1項の違法性につき、行政処分の取消訴訟の違法性とは異なるとする違法性相対説。
その判断基準として職務行為基準説(最高裁H5.3.11)
税収職員には税の滞納があれば滞納処分をする義務があり、差押処分時に財産価値を正確に把握するのは困難
⇒滞納処分における徴収職員の財産の選択にかかる裁量権は広範なもの。

①本件不動産は市場性減価が一定程度見込まれる市街化調整区域内にある⇒直ちに価値を把握するのは困難。
②Xの納税意思がないまま、数年にわたって滞納が継続していたなどの本件の具体的事情。

Yの徴収職職員が職務上の注意義務を尽くすことなく漫然と本件処分を行ったとは認められない⇒前記違法性を否定。
  解説 滞納税額を超える財産の差押えに関する裁判例:
①滞納税額に対し、実質価格で60~70倍、購買価額で30~40倍という超過額の著しい差押えにつき、他に財産がないことなどから有効とした事案(最高裁昭和46.6.25)
②滞納税額の約4倍に相当する複数の預金債権の差押えを超過差押えに該当するとして違法とした事案(那覇地裁H8.12.17)
③滞納処分後になされる公売処分に関する事案であるが、滞納税額の10倍近い公売処分につき、滞納税額に達する唯一の財産であったことなどから適法とした事案(京都地裁昭和35.6.22)
滞納処分が超過差押えに該当する場合であっても、差押えの一部解除等により超過差押えでなくなったときは、その違法性は治癒される。
  民事p69
最高裁
H31.3.5  
  高圧一括受電方式導入のため、団地建物所有者等に対して個別に締結されている電力供給契約の解約申入れを義づける旨の集会決議等の効力
  事案 高圧一括受電方式の導入を希望していた団地建物所有者が、その導入に反対していた団地建物所有者が個別契約の解約申入れをしなかったことによりその導入ができなかった⇒同団地建物所有者に対し、不法行為に基づく損害賠償請求を求めた。
本件マンションの団地管理組合法人の集会において、専有部分の電気料金を削減するため、団地管理組合法人が一括して電力会社との間で電力の供給契約を締結する方式(「本件高圧受電方式」)に変更し、その変更をするために、電力の供給に用いられる電気設備に関する団地共用部分につき規約を変更する旨等の「決議(「本件決議」)がされた。
本件高圧受電方式への変更をするためには、個別契約を締結している者の全員が、その解約をすることが必要
⇒本件決議は、本件高圧受電方式以外の方式で電力の供給を受けてはならない旨の規約細則(「本件細則」)を設定することなどにより、団地建物所有者等に個別契約の解約申入れを義務付けるもの。
  争点 本件決議又は本件細則が団地建物所有者等に前記解約申し入れを義務付けるものとして効力を有しなければ、Yらが前記解約申入れをしないことが不法行為を構成する余地はない
⇒本件決議又は本件細則が区分所有法に基づき前記の効力を有するか否か
  原審・1審 本件決議は団地共用部分の変更またはその管理に関する事項を決するなどして本件高圧受電方式への変更をすることとしたものであって、その変更のためには個別契約の解約が必要⇒団地建物所有者等にその解約申入れを義務付けるなどした本件決議は区分所有法66条において準用する17条1項又は18条1項の決議として効力を有する。
Yらがその専有部分について個別契約の解約申入れをしないことは本件決議に基づく義務に反する⇒Xに対する不法行為を構成する。
  判断 本件決議のうち団地建物所有者等に個別契約の解約申入れを義務付ける部分は専有部分の使用に関する事項を決するものであって法66条において準用する法17条1項又は18条1項の決議として効力を有するものとはいえない。 
本件細則のうち前記解約申入れを義務付ける部分は法66条において準用する法30条1項の「団地建物所有者相互間の事項」を定めたものではなく、前記部分は同項の規約として効力を有するものとはいえない。

Yらが本件決議又は本件細則に基づき前記解約申入れをする義務をおうことを否定し、原判決を破棄し、Xの請求をいずれも棄却。
  解説  区分所有法は、区分建物いおいて、
共用部分の変更及び管理については集会決議で決することができるとする一方(法17条1項、18条1項)、
建物等の管理又は使用に関する区分所有者相互間の事項は規約で定めることができるとする(法30条1項)。

共用部分の管理・変更については規約を待つまでもなく当然に集会決議で決することができるとする一方、
専有部分の使用については、「区分所有者相互間の事項」に限り、規約によってのみ規制することができるものとしたもので、
これらの事項以外の事項につき決議し、又は規約を設定したとしても、当該決議又は規約は区分所有法に基づく効力を有しない。
本件マンションについては団地管理関係が成立している(法65条)
⇒本件決議及び本件細則の効力の検討は法66条において読替えの上で準用される法17条1項、18条1項及び30条1項により行うべきこととなり、前記読替えにより、法17条1項及び18条1項は、団地内の区分建物(法68条1項により団地管理の対象とされたもの)の共用部分の変更・管理については団地管理組合法人の集会決議で決することができる旨などを、
法30条1項は前記区分建物の管理又は使用に関する団地建物所有者相互間の事項は団地管理規約で定める旨などをそれぞれ定めたものとなるが、
これらの文言の解釈等は、読替え前の条文における文言の解釈に準じて考えることができるものと解される。
  本件決議は団地共用部分の範囲の変更等を決する部分がある⇒本件決議中に、団地共用部分の変更又は管理に関する事項を決する部分が含まれることは明らか。
but
専有部分において使用する電力の供給契約の選択は、専有部分の使用に関する事項⇒本件決議のうち、団地建物所有者等に個別契約の解約申入れを義務付ける部分は専有部分の使用を制約するものに当たるというべきで、「共用部分の変更」(共用部分の形状又は効用を確定的に変えること)又は「共用部分の管理」(共用部分の維持のため必要又は有益な行為)に該当するものとは解し難い。

専有部分の使用を「区分所有者相互間の事項」に限り規約によってのみ制約し得るものとした法30条1項の趣旨に沿わず、相当でない。

本件決議のうち団地建物所有者等に個別契約の解約申入れを義務付ける部分は団地共用部分の変更またはその管理に関する事項を決するものではないとして、法66条において準用する法17条1項又は18条1項の決議として効力を有しない。
  法66条において準用する法30条1項の規約としての本件細則の効力の有無について、
法30条1項の「区分所有者相互間の事項」は
「建物等の管理や使用が区分所有者全体に影響を及ぼすような事項」ないし 
「区分所有者相互間において専有部分の管理又は使用を調整するために必要な事項」などと説明されるものの、
その具体的範囲ないし外延は必ずしも明確ではない。
区分所有法の趣旨が、専有部分が1棟の建物の一部を構成するという区分建物の特性に鑑み、区分所有者相互間における専有部分の使用関係を調整し、共用部分を含めた区分建物の管理の適正化を図ることあり、独立の所有権の対象である専有部分の管理又は使用を規約によって制約し得る根拠はこの点に求めることができると解されている。

専有部分の使用を制約する内容の規約が法30条1項の範囲内のものとして効力を有するか否かについては、
①当該制約の対象となる事項が、その性質上、他の区分所有者等による専有部分の使用又は共用部分等の管理に影響を及ぼすものであるか否かという点や
②当該制約が、区分所有者相互間による専有部分の使用関係の調整又は共用部分等の適正な管理のために必要なものであるか否かという点などを考慮して検討。
本件:
①専有部分において使用する電力の供給契約の選択は、本来、当該専有部分の区分所有者に委ねられるべき事項であり、かつ、通常は前記選択が他の専有部分や団地共用部分等に何らかの影響を及ぼすものではないと考えられ、専有部分の個別契約を解約するか否かは、その性質上、それのみによって他の団地建物所有者等による専有部分の使用又は団地共用部分等の管理に影響を及ぼすものとは解されない。
②本件において、本件高圧受電方式への変更は専有部分の当面の電気料金を削減しようとするものにすぎないとされており、本件高圧受電方式への変更がされないことにより専有部分の使用に支障が生じるような事情や、団地共用部分等の適正な管理が妨げられることとなる事情はうかがわれない。
  民事p73
東京高裁H30.10.18  
  法廷での反対尋問での発言が証人の名誉を毀損するとされた事例
  事案  懲戒解雇無効確認等請求事件において、会社の証人として尋問を受けたXが、被解雇者の訴訟代理人弁護士Yから反対尋問を受けた際のYの発言
「Xが会社を辞めたことに関して、横領して辞めたのではないか、自己の意思に反して会社に有利に証言しなければならない立場にあるのではないか」
⇒名誉を毀損されたとして、不法行為に基づく損害賠償として慰謝料300万円を請求。
  原審 ①本件各発言は、事件との関連性があり、正当な訴訟活動であると認識・判断した上でされたものであり、
②証人に証言拒否権があるこも勘案すれば
相当性を欠くとはいえない。

請求棄却。 
  判断 原判決を変更し、請求を100万円の範囲で認容。 
①本件各発言は横領という犯罪事実を公開の法廷で摘示するものであり、Xの社会的評価を低下させるもの
②正当な訴訟活動として違法性が阻却されるか否かの判断は、当該質問によって毀損される名誉の内容や程度、質問の必要性、当該質問において摘示した事実の真実性、又は真実であると信じた相応の根拠の有無、質問の表現方法や態様の相当性を総合考慮するのが相当
③Yによる本件各発言は、それによってXの証言の信用性が減殺されるとは言い難いこと、相応の根拠のないこと、執拗かつ不適切な態様であったこと

正当な訴訟活動として違法性が阻却されるものとは認められない。
  解説 証人に対する反対尋問は、
「主尋問に現れた事項及びこれに関連する事項並びに証言の信用性に関する事項」について行う。(民訴規則114条1項2号) 
この場合において、証言の信用性に関する事項の質問も無制限に許されるわけではなく、相応の根拠をもってされなければならないのであって、証人を侮辱する質問は許されない。(民訴規則115条2項1号)
法廷における訴訟活動は、裁判の役割からみて、できるだけ尊重しなければならない(最高裁昭和60.5.17)のであって、正当性に係る評価は慎重でなければならない。
  民事p82
大津地裁H31.3.14  
  少年らの共同不法行為(肯定)、親権者らの責任(否定)が争われた事案
  事案 琵琶湖のヨットハーバーの突堤(「本件現場」)から湖面に突き落とされて死亡したV(当時16歳)について、突き落とす行為に参加した少年ら及びその親権者らに対する損害賠償請求の可否が問題となった事案。 
刑事では、B1、C1らは、A1と共謀した事実はない⇒不起訴処分
  判断  ●少年達の共同不法行為の成否
  ①B1、C1は、A1によるVを琵琶湖に落とそうという提案について、反対することなく了解したことが認められる
②C1は、本件現場で遊ぶ場合には、友人を突き落としたり突き落とされたりすることがあることを十分に認識
②B1においても、本件現場では琵琶湖への飛び込みをして遊ぶしかない場所であることのほか、人によってはふざけて友人を琵琶湖に落としたりする可能性があることを認識していた
③A1、B1、C1は、突然突き落とされておぼれている様子であったVを、しばらくの間、笑いながら見ていた
⇒3名の少年の間にVを不意に琵琶湖に突き落とすことについて、主観的な意思の連絡があたと認められ、主観的共同性が認められる
⇒共同不法行為が成立。
  ●親権者らの監護義務違反
  未成年者が責任能力を有する場合であっても、その監督義務者に監督義務違反があり、これを未成年者の不法行為によって生じた損害との間に相当因果関係を認め得るときには、監督義務者は、民法709条に基づき損害賠償責任を負う。 
監督義務違反尾検討に当たっては、具体的結果との関係における予見可能性及び結果回避可能性を踏まえて判断するのが相当。
①本件事件は飛び込み遊びの延長線上にある友人間の悪ふざけとして行われたものであり、Vの死亡という結果はA1、B1、C1ら少年にとっても意外で不本意なものであった

①3名の少年に非行傾向があったからといって、同少年らが本件事件のような事態を引き起こすことを、その親権者らが具体的に予見することができたとはいえない。
②その親権者らが監護指導を尽くしていたとしても本件事件の発生を防止することができたとも言い難い

親権者の責任を否定。
  民事p92
札幌地裁H31.1.22  
  意思能力を欠く常況にある区分所有者に対する弁明の機会
  事案 マンションAの管理組合の管理者である原告が、本件マンションの区分所有者である被告に、本件マンションの管理規約に定める管理費等の長期間にわたる滞納があり、このことが本件マンションの区分所有者の共同の利益に反し、区分所有法59条1項の定める要件を満たす程度に至っている
⇒同管理規約に基づき、前記滞納管理費等の支払を求めるとともに、同項に基づき、本件マンションの被告の区分所有権及び敷地利用権の競売を請求。
  経緯 ①原告が区分所有法59条2項の準用する同法58条3項の弁明の機会を与えるべく被告に対して通知を送付した時点で、被告は意思能力を欠く常況にあったが、成年後見人は選任されていなかった。
②本件マンションの集会における特別決議を経て提起された本件訴えの訴訟手続において、被告のために選任された特別代理人に対し、改めて弁明の機会を付与するための手続が執られ、再度、本件マンションの集会において、本件訴えに係る訴訟手続を継続する旨の特別決議がされた。
  主張 原告:
①区分所有法58条3項に定める弁明の機会の付与とは文字どおりその機会を付与する外形的事実があれば足り、その機会を付与される区分所有者に意思能力があるかどかは問題とはならない
②仮に、当該区分所有者に意思能力が必要であるとしても、特別代理人に対して弁明の機会が付与され、改めて本件集会がされた⇒その瑕疵は治癒 
被告:
①意思能力を欠いた常況⇒弁明の機会が付与されたということはできない
②特別代人には同法59条2項の準用する同法58条3項の弁明の機会の付与を受ける権限を有しない
  判断 原告主張①は否定
原告主張②を認め、本件マンションの被告の区分所有権及び敷地利用権の競売の請求を認容。 
  規定 区分所有法 第五九条(区分所有権の競売の請求)
第五十七条第一項に規定する場合において、第六条第一項に規定する行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく、他の方法によつてはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるときは、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、集会の決議に基づき、訴えをもつて、当該行為に係る区分所有者の区分所有権及び敷地利用権の競売を請求することができる。
2第五十七条第三項の規定は前項の訴えの提起に、前条第二項及び第三項の規定は前項の決議に準用する。
区分所有法 第五八条(使用禁止の請求)
前条第一項に規定する場合において、第六条第一項に規定する行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく、前条第一項に規定する請求によつてはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるときは、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、集会の決議に基づき、訴えをもつて、相当の期間の当該行為に係る区分所有者による専有部分の使用の禁止を請求することができる。
2前項の決議は、区分所有者及び議決権の各四分の三以上の多数でする。
3第一項の決議をするには、あらかじめ、当該区分所有者に対し、弁明する機会を与えなければならない。
  説明  ●区分所有法59条1項に基づく競売の請求 
区分所有建物の区分所有者が、区分所有法6条1項に定めるいわゆる共同利益背反行為をし又はそれをするおそれがあり、その行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく、他の方法によつてはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難である場合
⇒他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、集会の決議に基づき、訴えをもつて、当該行為に係る区分所有者の区分所有権及び敷地利用権の競売を請求することができる。
前項の請求をするためには、
区分所有者及び議決権の4分の3以上の集会における特別決議に基づくことを要し(法59条2項、58条2項)、
その決議をするに当たっては、当該行為に係る区分所有者に対し、あらかじめ、弁明の機会を付与しなければならない。
(同法59条2項、58条3項)
  ●競売の請求における弁明の機会の付与 

競売によって当該区分所有者の区分所有権に重大な影響が生じることから、その者に確実に反論させる機会を提供。

弁明の機会を付与する旨の通知によって弁明の機会が付与されたというためには、その通知の内容を了解する能力を当該区分所有者が備えていることを要すると解するのが相当。
  ●特別代理人に対する弁明の機会の付与と総会決議の瑕疵の治癒 
①民訴法上の特別代理人は選任された事件については法定代理人であり、法定代理人と同一の権限を有する。
②弁明の機会の付与は、競売の請求に係る訴えを提起するための手続要件。
③民訴法35条の規定は、代理に親しまない離婚訴訟には適用されないとされている(最高裁昭和33.7.25)が、区分所有法に基づく競売の請求に係る訴えはあくまで民事訴訟であり、同判例の射程は及ばない。

本判決:特別代理人は弁明の機会を付与されること(さらには弁明すること)についての権限を有していると解した。
  民事p99
高松地裁丸亀支部
H30.12.19  
  加害者が契約している自動車保険の保険会社が被害者に金員を支払ったが本来保険給付の対象でなかった場合の不当利得返還請求。
  事案 Y1が運転する自動車が歩行中のAに衝突し、Aに傷害を負わせた(本件事故)。 
Y1との間で他社運転危険補償特約(本件特約)月の自動車保険契約をを締結していた保険会社であるY3(被告・反訴原告)は、
Aの入院した病院に1231万1122円、
Aが利用したタクシー会社に1万7360円、
Aに1175万6376円をそれぞれ支払った。
but
本件事故時にY1が運転していた車両(本件事故車両)は本件特約対象から除外される「記名被保険者(Y1)が所有する自動車」ないし「記名保険者(Y1)が常時使用する自動車」に該当するから、本件特約は適用されず、本件は保険金支払いの対象でなかった。

Y3が、反訴請求として、(事故後死亡した)Aの相続人であるXらに対し、前記の病院及びタクシー会社に支払った金員並びにAに支払った金員について返還を求めた。
  規定 民法 第707条(他人の債務の弁済)
債務者でない者が錯誤によって債務の弁済をした場合において、債権者が善意で証書を滅失させ若しくは損傷し、担保を放棄し、又は時効によってその債権を失ったときは、その弁済をした者は、返還の請求をすることができない。
2 前項の規定は、弁済をした者から債務者に対する求償権の行使を妨げない。
民法 第500条(法定代位)
弁済をするについて正当な利益を有する者は、弁済によって当然に債権者に代位する。
  主張 ●Aに対する支払についての返還 
Y3:
この支払は、Aを債権者、Y1を債務者とする債権につき、Y3が本件特約の適用があると誤信して第三者弁済をした⇒民法707条1項の類推適用により弁済は無効。
X:
①Y3によるAに対する支払は、AがY1から損害賠償債務の弁済を受けたもので、法律上の原因がある。
・・:・保険会社から被害者に金銭の交付がされることがあるが、これは加害者からの支払指図によるものであり、被害者に対する損害賠償債務を弁済するのが加害者であることに変わりはない。
②仮に本件事故車両に本件特約の適用がないとしても、それはY3とY1との間の原因関係に瑕疵があるにとどまり、Y1とAとの原因関係に影響することはない。
  ●医療機関等に支払った金員の返還
Y3:
医療機関及びタクシー会社を債権者、Aを債務者とする債務に対する第三者弁済⇒Y3は、民法707条2項、500条の適用又は類推適用により、Aに対して求償権を有する。
X:
Y3による医療機関等への支払は、Y1のAに対する損害賠償債務についての弁済を、医療機関及びタクシー会社に対して個別にしたものに過ぎない。
  判断 本件事故車両の所有者はY1⇒本件特約の適用除外事由がある。
  ●Y3がAに支払った金員
①この支払は、本件事故を起こしたY1がY3に本件事故を申告して本件特約に基づく保険金の支払を求め、これに応じてY3がAに支払をしたもの。
②Y3によるAへの支払は、Y1のAに対する損害賠償債務の履行として、保険契約者であるY1の指示によりY3が行ったものというべき。

Y3の支払は、自己の名による弁済とはいえず、Y3による第三者弁済には該当しない。
前記支払はAが本件事故の損害賠償としてY1から弁済を受けたもの⇒法律上の原因がないとはいえず、Y3がXらに対して不当利得返還請求をすることはできない。
  ●Y3が医療機関等に支払った金員
①この支払は、本件事故を起こしたY1がY3に本件事故を申告して本件特約に基づく保険金の支払を求め、これに応じてY3が医療機関等に支払をしたもの。
②Y3による医療機関等への支払は、Y1のAに対する損害賠償債務の履行として、保険契約者であるY1の指示によりY3が支払ったもの。

Y3の支払は、自己の名による弁済とはいえず、Y3による第三者弁済には該当しない。
民法500条を適用または類推適用する余地はなく、Y3は、医療機関等に支払った金員について、Xらに対し、求償することはできない。
  解説 講学上三角関係の不当利得として議論されている問題。
保険会社⇒A(被害者)に支払:

外見上:本件会社の給付(金銭支払)による利益は直接には支払を受けたAに発生し、Y1(加害者)は利益を受けないように見える。
but
当該給付によりY1はAに負う損害賠償債務がその限度で弁済されたことになって消滅するという利益を得ている。
②AはY1との関係で損害賠償債務の弁済を受けるという法律上の原因がある。

本件で不当利得返還請求の相手となるのはY1であって、Aではないというべき。
(本来のルートである、保険会社が本件給付をY1に行い、他方、Y1がA等に損害賠償債務の支払いをしたというケースとの対比からしても、そう言える)
最高裁H10.5.26:
消費貸借契約の借主甲が貸主乙に対して貸付金を第三者丙に給付するよう求め、乙がこれに従って丙に対して給付を行った後甲が本契約を取り消した場合、
乙からの不当利得返還請求に関しては、甲は、特段の事由のない限り、乙の丙に対する右給付により、その価額に相当する利益を受けたものとみるのが相当。

補償関係が取消しにより消滅した事案について、補償関係の当事者間(本件でいうと保険会社とY1の間)で不当利得が成立すると判断。
but
補償関係と対価関係の双方が欠けている場合、すなわち、本件でいうと、対価関係である損害賠償債務も不存在であるという場合については、
保険会社の金員の給付でY1の損害賠償債務が消滅するという利得がY1に生じたと評価できないことになる
⇒Aとの間で不当利得の関係が成立。
保険会社が病院に治療費相当額の金員を支払ったが、その治療が不必要で過剰、あるいは過大な単価のものであったという場合について、保険会社は病院に対して不当利得返還請求ができるとした東京地裁H23.5.31.

補償関係と対価関係の双方が欠けていた場合について判示したもの。
本判決:
保険会社によるAへの支払は、Y1によるAの損害賠償の履行として保険契約者Y1の指図により保険会社が行ったものというべき
⇒自己の名による弁済とはいえず、本件会社による第三者弁済には該当しない
⇒前記支払はAが本件事故の損害賠償としてY1から弁済を受けたものというべきであり、法律上の原因がないとはいえない。 
金員の給付を債務者以外の者がする場合、
A:これを第三者(本件では保険会社)が自己の名で他人の債務(Y1の債務)を他人の債務として弁済するという第三者弁済として捉える場合と、
B:債務者(Y1)が履行補助者(保険会社)を使用して自己の名で弁済をなすと捉える場合
があり得る。

but
第三者弁済として捉えたとしても、これをY1の委託に基づきなされたものと捉えられ、Y1の指図により履行補助者として保険会社が弁済をしたと捉える場合とその利益状況は同じであり、結論は変わらない。
医療関係等に支払った金員:
保険会社はY1との間に保険金の給付という補償関係がある
⇒Y1の指示で(Aにより損害賠償債務の支払先として指示された)病院等に金員を給付したものと捉えられる。
この金員の給付により、Y1はAに対する損害賠償債務をその限度で免れるという利益を得る⇒不当利得関係はY1との間で成立し、Aとの間では成立しない。
  知財p117
知財高裁
H31.2.6  
  商標が国際信義に反するとして、商標法4条1項7号に該当するとされた事案
  事案 原告は、「envie CHAMPAGNE GRAY」の欧文字と「アンヴィ シャンパングレイ」のカタカナを上下2段に書してなり、第9類「眼鏡」等を指定商品として設定登録された本件商標の商標権者。
  被告は、本件商標登録の無効審判を請求⇒特許庁は、本件商標が商標法4条1項7号に該当するとして、無効審決⇒原告が、本件審決には同号の判断誤りの違法があると主張し、その取消しを求めた。 
  規定 商標法 第四条(商標登録を受けることができない商標)
次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。

七 公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標
  判断 ・・・・
以上のような本件商標の文字の構成、指定商品の内容、本件商標のうちの「CHAMPAGNE」、「シャンパン」の文字がフランスにおいて有する意義や重要性、日本における周知著名性等を総合的に考慮

本件商標をその指定商品に使用することは、フランスのシャンパーニュ地方におけるぶどう酒製造業者の利益を代表する被告のみならず、法令により「CHAMPAGNE(シャンパン)」の名声、信用ないし評判を保護してきたフランス国民の国民感情を害し、日本とフランスとの友好関係にも好ましくない影響を及ぼしかねないものであり、国際信義に反し、両国の公益を損なうおそれが高いといわざるをえない。
⇒本件商標は、商標法4条1項7号に該当。
  解説 特許庁の商標審査基準第3六:
①その構成自体が非道徳的、卑わい、差別的、矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字または図形である場合、
②当該商標の構成自体がそのようなものでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、社会の一般道徳観念に反する場合
③他の法律によって、当該商標の使用等が禁止されている場合
④特定の国若しくはその国民を侮辱し、又は一般に国際信義に反する場合
⑤当該商標の登録出願の経緯に社会的相当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合等
についても、商標法4条1項7号に該当するものとして運用。 
本件は、特定の国の国民の国民感情を害することを理由に国際信義に反するものとして商標法4条1項7号に該当することを認めた事例。
  労働p126
最高裁
H31.4.25   
  使用者と労働組合との間の合意により労働者の未払賃金に係る債権が放棄されたということはできないとされた事案 
  事案 Yに雇用されていたXが、Yに対し、労働協約により減額して支払うものとされていた賃金につき、当該減額分の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払等を求めた事案。
  経緯  Yは、Xの所属するA労組等との間で、平成25年8月28日、同月支給分の賃金から12カ月、年間一時金を含む20%の「賃金カット」をし、Yがカット分賃金の全てをロ同債券として確認する旨の労働協約(第1協約) 
Yは、Xに対し、平成25年8月から同26年7月までの月例賃金、賞与について20%相当額を減額して支給。(減額による未払賃金を「本件未払賃金1」)
Yは、A労組等との間で、平成26年9月3日、対象の期間を同年8月支給分の賃金から12カ月とうるほかは、第1協約と同旨の労働協約(第2協約)を締結。
平成27年8月10日、対象の期間を同月支給分の賃金から12か月とするほかは、第2協約と同旨の労働協約(第3協約)を締結。
Yは、Xに対し、平成26年8月から同年11月までの支給分の月例賃金について20%相当額を減額して支給。(減額による未払賃金を「本件未払賃金2」)
Yの生コンクリート運送業務を行う部門は、平成28年12月31日をもって閉鎖され、Xが所属していたA労組に所属する組合員2名がYを退職。
YとA労組は、第1協約、第2協約によって賃金カットの対象とされた賃金を放棄する旨の合意。(「本件合意」)
  原審 本件合意による賃金債権の放棄を認め、債権消滅。 
  判断 使用者と労働組合との間の当該労働組合に所属する労働者の未払賃金に係る債権を放棄する旨の合意につき、当該労働組合が当該労働者を代理して当該合意をしたなど、その効果が当該労働者に帰属することを基礎付ける事情はうかがわれないという事実関係の下においては、これによる当該債権が放棄されたということはできない。
①第1協約の締結前及び第2協約の締結前にそれぞれ具体的に発生していた賃金請求権の額、
②第1協約及び第2協約が締結された際のXによる特別の授権の有無、
③平成28年7月末日以降、YとA労組等との間で支払が猶予されていた賃金についての協議の有無等
が認定されていないため、本件各未払賃金の弁済期を確定することはできない。
but
遅くとも同年12月31日には弁済期が到来していたというべき

本件各未払賃金の元本については請求を認容する自判をし、
遅延損害金については原審に差し戻す。
  解説   労働組合と使用者との間で、当該労働組合の組合員の労働条件に関し、何らかの合意がされたとしても、組合員は当該合意の当事者ではなく第三者
⇒当然に当該合意で定められた労働条件が組合員と使用者との間の労働契約の内容となるものではない。 
労働組合と使用者との合意が、当該労働組合の組合員と使用者との間の個別の労働契約の内容となるためには、
①前記合意に労働契約としての規範的効力が生ずるか
②合意の内容、その成立状況などに即して、労働組合が組合員である労働者個人を代理して前記合意をした、又はそれが労働契約の当事者の合理的意思であるということができる必要がある。
(最高裁H13.3.13)
  労働協約中の「労働条件その他労働者の待遇に関する基準」は、個々の労働契約を直接規律する規範的効力を与えられているが、規範的効力を付与するには、書面に作成され、かつ、両当事者がこれに署名し又は記名押印する必要がある。
組合員個々人の具体的に発生した賃金請求権など既に発生している権利の処分又は変更は、労働組合の一般的な労働協約締結権限の範囲外であり、当該個々人の特別の授権を得ることが必要となると解されている。(最高裁)
  遅延損害金の請求⇒弁済期の検討 
第1協約と第2協約:
それぞれ対象となる期間の賃金の支払いを猶予するもの。
but
協約中で対象とされたものの全てについて支払の猶予の効果が生ずるかについては、①賃金請求権の発生時期と、②労働組合の一般的な労働協約締結権限の範囲との関係が問題。
◎  第1協約:
平成25年8月支給分の賃金から12カ月を対象としているところ、これは同月28に締結。
それ以前の労働日に係る賃金が第1協約締結前に具体的に発生⇒その支払を猶予することは、既に発生した権利の処分又は変更に当たる⇒特別の授権なくして労働協約により支払を猶予することはできない。
同年7月21日から同年8月20日までの労働に係る賃金が同月末日に支払うものとされ、
同月21日から同年9月20日までの労働に係る賃金が同月末日に支払うものとされている

同年7月21日から第1協約締結前である同年8月27日又は28日までの労働に係る賃金について、同月28日時点で具体的に発生していたか?
民法 第624条(報酬の支払時期)
労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。
2 期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。
民法624条は報酬の支払時期を定めるところ、
「期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。」と定める同情2項について、 
A:支払時期だけに関するもの⇒労働日ごとに賃金債権は発生しているが期間の経過までは弁済期が到来していない。
B:賃金債権が期間経過後に発生⇒期間の経過前には労働日ごとに賃が院債権が発生するものではない。
民法624条は任意規定⇒当事者がこれと異なる合意をすることを妨げない。
第1協約締結日である平成25年8月28日時点でそれ以前の労働日に係る賃金債権が具体的に発生

①同年7月21日から同年8g圧20日までの労働に係る賃金は1か月分の賃金
②同月21日から同月27日又は28日までの労働に係る賃金は原審確定事実からはその額は定まらない。
第2協約:
平成26年8月支給分の賃金から12カ月を対象としているところ、
これは同年9月3日に締結 
  本判決:
第1協約及び第2協約により支払が猶予された賃金請求権については、
第3協約の期間の末である平成28年7月末日の経過後、 
支払が猶予された賃金のその後の取扱いについて、協議をするのに通常必要な機関を超えて協議が行われなかったとき、又はその期間内に協議が開始されても合理的期間内に合意に至らなかったときには、弁済期が到来。
本判決:
①第1協約、第2協約及び第3協約は、Yの経営を改善するために締結。
②平成28年12月31日にYの生コンクリート運送業務を行う部門が閉鎖された以上、賃金の支払を猶予する理由は失われた。

遅くとも同日には第3協約が締結されたことにより弁済期が到来していなかったXの賃金についても弁済期が到来。
本件各未払賃金のうち、第1協約及び第2協約により支払の猶予の効果が生じないこととなるもの⇒本来の支払日に弁済期が到来。

前記の検討と併せ、本件各未払賃金の全てについて、原審口頭弁論終結時において弁済期が到来していた。
  刑事p131
東京高裁H30.9.5   
  マンションのゴミステーションに出されたごみ袋の領置の適法性
  事案 建造物侵入・窃盗とバールの隠匿携帯の事案
公訴事実の要旨:
平成28年5月15日頃、さいたま市内の短期大学に侵入し、現金を窃取
被告人:
犯行を否認
被告人と犯行とを結びつける証拠は、被告人が居住するマンションのゴミステーションに出したごみ袋から発見された、被害短期大学の事務員が前記現金を金庫に収納する際現金と一緒に束ねていた券種、枚数等を記載した紙片(本件紙片)だけ。
被告人は、本件紙片は違法収集証拠であるとして、その証拠能力を争った。
  判断 本件マンションの居住者等は、回収・搬出してもらいために不要物としてごみを各階のゴミステーションに捨てているのであり、当該ごみの占有は、遅くとも清掃会社が各階のゴミステーションから回収した時点で、ごみを捨てた者から、管理組合、管理会社及び清掃会社に移転し、これらが重畳的に占有しているものと解される。
本件ごみ袋4袋は、所有者が任意に提出した物を警察が領置したものであり、警察が本件ごみ袋4袋を開封してその内容物を確認した行為は、領置した物の占有継続の要否を判断するためにされた必要な処分。
本件当時、被告人に対して会社事務所等をねらって多発していた侵入窃盗の嫌疑が高まっていた⇒本件のようなごみの捜査を行う必要性は高い。
被告人が捨てたごみの中にその証拠品等が混ざっている可能性があった⇒ごみ捜査の合理性がある。
被告人は検挙を免れるための行動をとっていると推測される状況にあった⇒ある程度期間ごみ捜査をすることもやむを得なかった。
警察は、確認の対象を、被告人の居住する18階のごみのうち、外観から被告人の出したごみの可能性のあるごみ袋に絞り込むという配慮もしている⇒捜査の方法も相当。
マンションの居住者等が捨てたごみの内容をみだりに他人にみられることはないという期待を有していることを踏まえても、本件捜査は、その必要性があり、方法も相当なものであった⇒適法。
  解説   人がごみとして出した物を捜査官がその者の同意を得ずに捜査する場面:
①被疑者が公道上等公のごみ集積所に出したごみについての捜査
②マンションに居住する被疑者がマンションのごみ集積所に出したごみについての捜査
③被疑者が門のすぐ内側など自宅敷地内の所定の場所に出したごみについての捜査など 
①の場面に関して、
最高裁H20.4.15:
被告人に強盗殺人等の合理的な疑いがある場合に、被告人及びその妻が公道上のごみ集積所に出したごみ袋を回収し、その中身を確認して、事件関係者が着用していたものと類似するダウンベスト等を領置。
「被告人及びその妻は、これらを入れたごみ袋を不要物として公道上のごみ集積所に排出し、その占有を放棄していたものであって、排出されたごみについては、通常、そのまま収集されて他人にその内容が見られることはないという期待があるとしても、捜査の必要がある場合には、刑訴法221条により、これを遺留物として領置することができる」として適法性を肯定。
書類上の領置手続は、ごみ袋の中味を見分して、証拠になりそうなものが発見された段階で行われている。
but
その実質に着目し、ごみ袋を回収したことを領置、その後の中味の確認行為を留置継続の必要性を判断するための押収物についての必要な処分と位置づけた上、上記の判断。

占有を放棄した物について、プライバシー保護の必要性は捜査の必要性の背後に退く。
  米国連邦最高裁:
被疑者がごみ収集のため自宅前に置いたごみ袋の無令状捜索が問題となったグリーンウッド事件で、公道上に出したごみ袋についてはプライバシーへの合理的期待は認められないとの判断。 
but
その後も、州裁判所においては、州憲法の下で、特に不透明なごみバケツ・ごみ袋内のごみについて、収集のため公道上に排出されてもなお令状等によらぬ限り保護されるであると判断される例が続いていると指摘。
  刑訴法 第221条〔領置〕
検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる。
所持者:自己のために当該物件を占有する者
保管者:他人のために当該物件を占有する者
  平成20年最決の事案:
被疑事実は特定の被害者に対する強盗殺人等という特定されたもの。
ごみ袋の領置方法も、被疑者やその妻がごみ集積場に出したものを確認特定して回収。

本件事案:
被疑事実:平成25年10月頃から警視庁管内で多発している会社事務所等をねらった侵入窃盗という概括的不特定のもの。
ごみ袋の領置方法:被害者が居住する階のゴミステーションに出された物を対象とするもので、被疑事件とは全く関係ない者のプライバシーを長期間公権力にさらしかねないもの。

被疑者以外の者に対する捜索は押収すべき物の存在を認めるに足りる状況がある場合に限る(刑訴法222条1項、192条2項)という法の趣旨からも問題。 
東京高裁H29.8.3:
警察官が市の清掃事務所に分別して回収することを依頼し任意提出を受け領置したことを適法とする。