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勉強会(判例時報2022後半)

判例時報の勉強会用の資料です(随時更新)

2535   
  民事p29
最高裁R3.3.29  
  父母以外による子との面会交流について定める審判の申立(否定)
  判断 父母以外の第三者は、事実上子を監護してきた者であっても、家庭裁判所に対し、家事手続法別表第2の3項所定の子の監護に関する処分として前期第三者と子との面会交流について定める審判を申立てることはできない。
Xらは、子の監護に関する処分の申立てを却下する審判に対して即時抗告をすることができるAの「父母」又は「監護者」(家事手続法156条4号)のいずれにも当たらな⇒原々審判に対するXらの抗告を不適法として却下する自判をした。 
  規定 第七六六条(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)
父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
2前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める。
  解説  民法766条1項及び2項の文言⇒父母が、協議離婚をする場合には、父又は母と子との面会交流について定めるよう家庭裁判所に申し立てることができる。
この面会交流についての定めは、家事手続法別表第2の3項の「子の監護に関する処分」に該当し、家事審判事項(家事手続法39条)

本件:前記第三者が民法766条の類推適用等によって、子との面会交流について定めるよう申し立てることができるかが問題。
A:否定説
面会交流が民法766条の子の監護に関する処分の1つ⇒その当事者は子の父母であり、祖父母等の父母以外の第三者は面会交流の当事者にはならず、面会交流の申立権も認められない。
B:肯定説
①親と同視し得るような実質的関係を持ち、かつ、面会交流を認めることが子の利益になると認められる祖父母等に民法766条を類推適用して面会交流の申立権を認めるべき。
②祖父母等の第三者も監護hさに指摘される可能性がある⇒当然に子の監護に関する処分の申立権がある。
  民法766条は、1項前段において、協議離婚に際し、面会交流その他の子の監護について必要な事項は、父母が協議をして定めるものとしており、これを受け同条2項が、父母の協議が整わないとき、又は協議をすることができないときに、家裁が前記事項を定めると規定。
⇒同項は、同条1項の協議の主体である法律上の父母の申立てにより、家裁が子の監護に関する事項を定めることを予定。
他に、事実上子を監護してきた第三者が、家裁に前記事項を定めるよう申し立てることができる旨を定めた規定がない⇒民法766条等の直接適用によって前記第三者に前記の申立てを許容することはできない。 
類推適用も否定。

①第三者が時j地雨情子を監護してきた者であったとしても、その監護の事実のみをもって前記第三者を法律上父母と同視することはできない。
②子の利益は、協議・審判において子の監護に関する事項を定めるに当たって最も優先して考慮しなければならないものであるが(民法766条1項後段)、このことと、誰が家裁に前記事項を定める申立てをするこができるのか(申立適格)は別の問題。
(子の利益に資するか否かによって申立権の有無が定まるものとはされていない。)
③子の利益という概念自体、必ずしも明確なものとはいえない。
⇒子の利益(子の福祉)を実現するという観点から、前記第三者に前記申立てを許容することも困難。
祖父母と子との面会交流は、家事手続法244条の「家庭に関する事件」(逐条解説参照)に該当⇒家事調停を申立て、合意ができれば解決可能。
  家事手続法156条4号は、子の監護に関する処分の申立てを却下する審判に対しては、「子の父母及び子の監護者」が即時抗告をすることができると規定。
本件祖父母はこれに該当しない⇒原々審に対する抗告を不適法として却下。
許可抗告において、原決定を破棄することができる「裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとき」(家事手続法97条6項)とは、原決定の結論(主文)が維持できない場合。
  民事p35
最高裁R3.3.29  
  父母以外の者による子の監護者指定の審判の申立
  事案 未成年者Dの祖母であるCが、Dの実母であるA及び養父であるBを相手方として、家事手続法別表第2の3項所定子の監護に関する処分としてDの監護をすべき者をCと指定する審判を申し立てた。 
  原審 審判申立てを認め、Dの監護者をCと指定すべきものとした。 
  判断 父母以外の第三者は、事実上子を監護してきた者であっても、家庭裁判所に対し、家事手続法別表第2の3項所定の子の監護に関する処分として子の監護をすべき者を定める審判を申立てることはできない。 
  解説 民法766条:同条1項の協議の主体である法律上の父母の申立てにより、家庭裁判所が子の監護に関する事項を定めることを予定。
民法 その他の法例で、事実上子を監護してきた第三者が、家庭裁判所に申し立てることが出来る旨を定めた規定なし。
類推適用も否定。(面会交流判例と同説明)
819条6項も、法律上の父母の間で親権者を変更するための規定であり、父母以外の第三者を監護者に指定する場合とは場面を異にする⇒同項を類推適用できない。
834条、834条の2について、親権の全部について喪失・停止させるという規定⇒監護者指定に類推適用するとういのは、各条文の趣旨に反する。
民法834条の2の親権停止の事由(親権の行使が不適当で子の利益を害するとき)に該当⇒子の親族は、親権停止の審判を申立てることができるとともに、同審判の効力が生ずるまでの間については、家事手続法174条1項の親権者の職務執行停止、職務代行者の選任の「保全処分を申立て、親権停止の審判の効力が生じた後には、未成年後見人の選任を申し立てる(民法838条1号、840条1項)ことによって必要な対応をとることができる。
父母以外に子の監護に適する者(例えば、現に子を事実上監護している祖父母など)がいれば、その者が、職務代行者や未成年後見人に選任されることになる。

現行民法の下においては、第三者による監護者指定の申立てを認めなくても、他の制度によって、父母による親権の行使が不適切な場合に父母から子を保護することは可能。
  民事p42
大阪高裁R3.1.22  
  運営権移転契約が医療法違反という主張(否定)
  事案 X:京都市内でA病院を開設・運営する一般法人法に定める一般財団法人
P1:Xの代表理事
Y1:M&Aの仲介等を業とする東証一部上場の株式会社
Y2:地方銀行でXのメインバンク
B:病院に対する経営コンサルタント業務を営む株式会社 
XとP1は、Yらとの間で法人提携仲介契約
P1及びXの評議員は、提携先として紹介を受けたB社との間で、Xの評議員並びに理事及び幹事が辞任し、B社が指定する者が評議員及び役員に就任する方法により、Xの運営権をB社に移転することを目的とする運営権取得契約を締結。
X:Yらに対し、本件運営権取得契約が医療法等に違反し無効であり、本件仲介契約の債務不履行がある⇒支払額の各2分の1の損害賠償を請求。
  主張 X:
❶:医療法違反
:許可等が得られない⇒履行不能
❸:医療法を脱法するスキーム⇒情報提供がなく付随義務違反
❹:
弁護士法違反
❺:
B社の目的外行為
❻:
B社がA病院の運営を行った場合には都道府県知事から是正を求められる⇒本件運営権取得契約は原始的不能
  原審 Xの請求を棄却 
  判断  控訴棄却・控訴審における追加請求を棄却 
  ア:本件運営権取得契約はA病院の開設者であるXの法人格を変更するものではなく、開設者がXであることに変わりはない。
医療法7条6項の非営利性とは剰余金の分配禁止を意味するところ、営利法人であるB社の指定する者がXの役員等に就任し、B社が評議員会を通じてXの運営に影響を及ぼすことができるとしても、本件運営権取得契約は、病院の開設者であるXの一般財団法人としての法人格を前提として、その枠内で影響を及ぼすることを可能にするにとどまり、B社が剰余金の分配を受けることができることになるものではない。
イ:本件運営権取得契約により直ちにXの犠牲においてB社の利益を図る運営が行われるという具体的な危険があるともいえないし、経営戦略により患者の利益が損なわれるなど医療法の趣旨を損なう事態や、医療法に基づく監督処分の対象となるような自体が生じる具体的な危険があるともいえない
ウ:本件運営権取得契約は、B社(法人)が評議員や役員に就任するスキームであるともいえず、
エ:付随義務違反の主張もその前提を欠き
オ:弁護士法違反を認めるに足りる証拠もない。
  民事p54
名古屋高裁R4.5.27  
  民法713条ただし書の適用が問題となった事案
  事案 Yは本件事故時、心原性脳梗塞を発症して意識を消失し、運転を制御できない状態になっており、責任能力(民法713条)がない状態(当事者に争いなし。)。
  X(損害保険会社)は、P2車両及びP3車両に付保されていた自動車保険契約に基づき、本件事故によってP2車両及びP3車両に生じた物的損害について各非保険者らに対し車両保険を支払った⇒各被保険者らが、Yに対して有していた民法709条に基づく損害賠償請求権を保険法25条1項に基づき代位取得したとして、Yに対し、同損害合計183万1567円と遅延損害金を請求。
  規定 民法 第七一三条
精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。
  争点 民法713条ただし書の適否。
すなわち、Yが、本件事故時、責任無能力 
  1審 Yの長年に亘るタクシー運転手としての職業的知見を前提に「自己の健康状態に比して過重な勤務を続けていたり、不摂生な生活を送っていたりした場合、たとえ心原性脳梗塞といった具体的な傷病名についての知識がなくとも、心因性の疾患が突如発症し、運転を制御することができなくなる可能性があることは認識することができたというべきである」
⇒請求を認容。 
  判断 民法713条ただし書にいう過失が、一時的な責任無能力状態・・・招いたことについての過失(一時的な責任無能力状態を招くことについての予見可能性に基づく、同状態を招くという結果を回避すべき義務の違反)をいう事は、同条の文理上明らか。
上記過失を認める要件である予見可能性及び結果回避可能性並びにそれらを前提とする予見義務違反又は結果回避義務違反の対象は、一時的な責任無能力状態を招くこと⇒少なくとも、何らかの疾患等により一時的な意識消失状態に陥る危険性を予見することができ、かつ、回避することができることが必要であるというべき。
Yには心房細動を発症するリスク要因(高齢、喫煙、飲酒等)のいくつかがあり、また、本件事故前も軽度の体調不良の自覚があった。
but
①平成29年4月28日(本件事故の約1年前)の心電図検査で、完全右足ブロックが指摘されているが、それは右脚と呼ばれる心臓の部位に電気信号が伝わりにくくなった状態を指すものの、心臓病が原因で起こることはまずなく、治療の必要もないとされており、これ以外に、心疾患や脳疾患又はそれらの疑いの指摘があったことはなく、脳梗塞の既往を示唆するものもないとされている。





以上のとおり、Yには心房細動を発症するリスク要因のいくつかがあり、本件事故前のY自身にも軽度の体調不良の自覚があったとはいえるものの、意識消失状態に陥ることを予見すべき事情としては弱い。
かえって、上記のYの既往歴、本件事故前日及び本件事故当日の血液検査の結果や血圧の数値、かかりつけ医の見解等を踏まえると、本件事故前のYにおいて、自身が何らかの心疾患や脳疾患等により意識を消失する危険性があると認識することは困難。

Yが、本件事故前に、一時的な責任無能力状態を招くことを予見することは出来なかったといわざるを得ず、また、Yが運転を控えるなど何らかの作為、不作為をとることによって心原性脳梗塞の発症を防ぎ、一時的な責任無能力状態を招くことを回避することができたともいえない。
⇒Yに一時的に責任無能力状態を招いたことについて過失はない。
  解説 自動車運転中の事故について、民法713条 ただし書が適用されている従前の裁判例は、意識障害を伴う重篤な症状が発言する可能性が高い既往症の存在と、それを防ぐための服薬状況、過去の意識喪失の経験等の事情が存在し、かつ、服薬や自動車の運転を控えることで自己の疾病による意識障害の発症を回避できたような例外的な場合に限定。
自動車事故によって人身損害が生じた場合、運転手は原則として自賠法3条に基づく責任も負うところ、同責任にはそもそも民法713条の適用はないと解されており、同条ただし書の適否は問題とならない。
近時一部の損害保険会社の自動車保険契約には、本件のように運転手が民法713条により損害賠償責任を負担しない場合であっても、その被害者らに生じた損害について「費用保険金」として支払うという特約が付されて、被害者保護が図られている。
  民事p66
東京地裁R3.6.24  
  摂食障害治療に伴っての身体的拘束の一部が違法とされた事案
  事案 摂食障害の治療を目的として、Y共済組合の設置運営するZ病院に入院したX(当時14歳)が、入院中にZ病院において受けた平成20年5月24日~同年8月8日までの77日間の身体的拘束が違法⇒2541万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。 
  解説 厚生労働大臣は、告示(昭和63年厚生省告示第130号) により精神科病院に入院中の者の処理について必要な基準を規定。
身体的拘束の対象となる患者は、主として、
ア 自殺企図または自傷行為が著しく切迫している場合
イ 多動又は不穏が顕著である場合
ウ ア又はイのほかの精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合
と規定。
  判断  ●  ●拘束開始の違法性
  本件開始の違法性・・前記ウ類型に該当する状況であったかどうか。
本件拘束当時のXの状況を認定のうえ、
本件拘束開始の時点において、D医師ないしZ病院が、Xにつき、真の病識を有さず、必要な治療に協力する意思がないものと認め、かつ、その状態を放置すれば、生命にまで危険が及ぶおそれがあるとともに、身体的拘束以外に的確に対応する方法がないものと判断したことが不合理であったと認めることはできない⇒本件拘束開始は適法
  ●拘束継続の違法性 
上記状態が77日間も継続していたか?
その後は、点滴の刺替えや清拭等による一時解除後の再拘束に抵抗なく応じ、6月23日の時点では栄養状態に関しては危機的な状況ではなくなっていた。
but
この時点ではまだ、Xは肥満に対する不安、恐怖や治療に対する拒否感をしばしば述べていた。
but
7月18日以降は肥満に対する肥満に対する不安等を訴えず、22日夕食から毎食経口摂取となり、23日には経鼻胃管を除去
⇒7月23日以降の本件拘束は違法
⇒慰謝料100万円及び弁護士費用10万円を認めるのが相当。
  解説 最高裁H22.1.26の判断
裁判例等 
  民事p88
東京地裁R3.4.30  
  医師の説明義務違反、カルテ改善(肯定)
  事案 学校法人Y大学が運営するH1医療センターにおいて、3回にわたって両眼の白内障手術を受けたXが、同手術を担当したD1医師には、
①手術適応の前提となる説明を怠った過失
②術後Xの眼圧を適切に管理することを怠った過失
これによりXは、後遺障害等級8級に相当する左眼失明の後遺障害を負ったほか、D1医師によるカルテ改ざんや虚偽説明によって精神的損害を被った

学校法人Y大学に対し、債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として損害金3869万1071円及び遅延損害金の支払を求めた。
  判断  ●争点1:カルテ改ざんの有無 
医師は、患者に対して適正な医療を提供するため、診療記録を正確な内容に保つべきであり、意図的に診療記録に作成者の事実認識と異なる加除訂正、追記等をすることは、カルテの改ざんに該当し、患者に対する不法行為を構成する。
本件手術1を踏まえ、Xの右眼のチン小帯が弱く、その旨Xに説明したとのカルテの記載、及び、本件手術2を踏まえ、Xの左眼のチン小帯が本件手術2以前に断裂しており、その旨XとXの家族に説明したとのカルテの記載は、手術の経過を経時的、客観的に記録した手術記録の記載内容と整合せず、これらの記載が、他の記載をした後に右上方に挿入されるような形で記載されていること等
⇒D1医師が、カルテを改ざんしたものと認定。

Xの被った精神的損害は100万円であるとして、弁護士費用10万円を加えた110万円をXの損害として認容。
  ●争点2:手術対応の前提となる説明義務違反の有無 
手術適応の前提となる説明義務として、
「水晶体核が硝子体制に落下する可能性が50%であること」等リスクがかなり高く、手術が多数回に及ぶ可能性があるのに対し、必ずしも視力の改善を保証するものではなくその効果は限定的であり、手術を実施しなくても直ちに失明するものではないという内容の説明事項を
D1医師は説明したと主張し、Xは否定。
本判決:
カルテに本件説明事項を説明したとの記載なし⇒D1医師は説明していないと認定。
説明義務違反は肯定
but
白内障手術の医学的な適応がなかっとまではいえない。
説明義務違反の損害として:
治療費、慰謝料、後遺症慰謝料、弁護士費用合計853万4721円
  解説 白内障手術
カルテ改ざん
について裁判例。 
  労働p102
熊本地裁R3.7.21  
  銀行の従業員の死亡⇒体制構築の安全配慮義務違反を問う株主代表訴訟(否定)
  事案 B銀行の株主であったXが、会社法847条の2及び423条1項に基づき、B銀行の取締役であったYらに対して損害賠償金及び遅延損害金をB銀行に支払うことを求める旧株主による株主代表訴訟。 
  主張 X:Yらが従業員の労働時間体制の構築に係る善管注意義務を懈怠したことにより、Xの亡夫であるB銀行の従業員であったAがその業務に起因して自殺し、B銀行がX及びその子らに対する損害賠償義務等を支払うなどの損害を被ったと主張。 
  争点 YらがB銀行において労働時間管理に係る適切な体制の構築・運用を行わなかった善管注意義務違反の有無。 
  判断  使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。
同安全配慮義務として、その労働管理において従業員の労働時価を適正に把握するための労働時間管理に係る体制を構築・運用すべき義務を負っており、会社の代表取締役及び労務管理を所掌する取締役も、その職務上の善管注意義務の一環として、前記労働時間管理に係る体制を適正に構築・運用すべき義務を負っている。
代表取締役及び労務管理を所掌する取締役以外の取締役は、取締役会の構成員として、前記労働時間管理に係る体制の整備が適正に機能しているか監視し、機能していない場合にはその是正に努める義務を負っている。
Aが自死した当時、
①B銀行においては、各従業員が時間外管理システム上で行う事前の申請及び事後の報告によって各従業員の時間外労働が把握されていた。
②B銀行の従業員は各部室店に設置された時間外管理表に退行時刻を記録し、各部室店の課長代理以上の役席者がこれを確認して捺印し、所属長が時間外管理表の記載と時間外管理システム上で申請・報告された時間が整合することを確認するほか、各部室店の最終退行者は退行点検引継簿にも最終退行時刻を記載することとされ、時間外管理システム上で行われた申請又は報告の内容の正確性を担保する仕組みが採られていた。
③B銀行は、従業員の労働時間管理に係る体制が一部適切に運用されなかったり、相当な長時間労働を行っている従業員が発見された場合にはその実態を把握するとともに、その改善のための調査・改善計画の策定を行っていたほか、従業員へのアンケートによる情報収集や労働時間管理委員会及び労働時間管理部会における具体的な改善策の検討も継続して行うなど必要な施策を複数行っていた。

B銀行が構築・運用してた労働時間管理に係る体制は合理的なもので、その適正な運用を担保するために複合的・重畳的な施策が採られていたと評価することができる。

Yらにおいても義務違反は認められない。
  X:Aが自死する以前からB銀行はPCログ又はICカードの記録を利用した労働時間管理を行うことが可能であったのであり、Yらはこれらを利用した労働時間管理体制を構築すべき義務を負っていた。
vs.
本判決:
B銀行がPCログを労働時間管理に活用するためには、時間外管理システムの更改が全て完了し、更に全従業員のPCログを定期的・網羅的に確認できるシステムの開発が完了している必要があり、Aが自死した当時は、そのようなシステムは実装されておらず、そのようなシステムを実装することは時間的に困難。
⇒そのような義務はない。 
B銀行がICカードを利用したゲートを事務センターにのみ設置しており、従業員のICカードの利用履歴を取得するためには警備会社に対し定期的な開示を依頼する必要があったことなど⇒YらがICカードを利用した労働時間管理体制を構築すべき義務を負っていたものともいえない。
  解説 従業員がICカードによる事業所への入退館を行い、また、業務に当たってPCを使用⇒ICカード及びPCの履歴を利用した労働時間の管理を行うべきであったかが争われた事案。
  刑事p126
最高裁R4.2.18  
  医師による準強制わいせつ被告事件(審理不尽の違法あり)
  事案
  経緯 第1審:無罪
原判決:有罪(懲役2年の実刑)
  判断 Aがせん妄に伴う幻覚を体験した可能性を直ちに否定した原判決の判断は、医学的に一般的なものでないことが相当程度うかがわれる見解を前提としたものであり、
様々な専門家の証言に基づき、手術の内容、麻酔薬の種類及び使用量、Aからの疼痛の訴え及び鎮痛剤の投与の状況、Aの動静等を総合的に評価し、Aがせん妄に伴う幻覚を体験した可能性もあり得るものとした第1審判決の不合理性を適切に指摘できているものとはいえない。
本件定量検査の結果の信頼性:
これを肯定する方向に働く事情も存在するものの、本来、
①最終的にDNA方鑑定を実施するための準備として行われるDNA定量検査の結果が、どの程度の厳密さを有する数値をいえるのか、また、
②警視庁科学捜査研究所が、リアルタイムPCRという手法により実施するDNA定量検査において、標準資料(あらかじめ濃度の判明している試料)と濃度を測定しようとする試料とを同時に増幅して、検量線を作成し濃度を測定するものではなく、あらかじめ作成しておいた検量線を使用したことが、検査の原理に照らし、検査結果の正確性の前提となるPCR増幅効率の均一性の確保の観点から問題がないといえるのか、検査結果の信頼性にどの程度影響するのか、
といった点について疑問が解消し尽くされていない⇒原判決には審理不尽の違法があるとして、これを破棄。
専門的知見等を踏まえ、DNA定量検査に関する前記の疑問点を踏まえ、DNA定量検査に関する前記の疑問点を解明してその結果がどの程度の範囲で信頼し得る数値であるのかを明らかにするなどした上で、本件定量検査の結果を初めとする客観的証拠に照らし、改めに、Aの証言の信用性を判断させるため、原審に差し戻した。
  解説    論点:
①Aがせん妄に伴う幻覚を体験していた可能性の有無
②本件付着物の鑑定結果等がAの証言の信用性を十分裏付けるといえるか
一審:
①につきAの証言自体からその可能性が否定できない
②につき十分な裏付けとはいえない
⇒無罪
原審:
①につきAの証言自体からその可能性を否定
②につき十分な裏付けといえる
⇒有罪
  せん妄:
意識障害の1つであり、意識混濁、注意の障害、睡眠・・覚醒リズムの障害、幻覚(特に幻視)、錯覚(特に錯視)、思考のまとまりのなさ、不安、興奮、失見当等が顕著にみられる状態。
 Aの体験がせん妄に伴う幻覚であったという具体的可能性が存在⇒証言が具体的で迫真性に飛んでいることや一貫していることなどから直ちに信用性を肯定できるとは限らない。
刑訴法382条の事実誤認:
第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいい、控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示す必要(最高裁)。
  専門的知見の評価については、裁判所が必ずしも適切な専門的知見を有しないからこと専門家の見解が必要となるのに、その専門家の見解の当否を最終的には裁判所が判断しなければならないという点において、難しさがある。
本判決:Aの証言それ自体からAがせん妄に伴う幻覚を体験していた可能性を直ちに否定するのは困難であるとの見方を前提。
  Aの証言それ自体からはAがせん妄に伴う幻覚を体験していた可能性が直ちに否定できないとしても、証言とは独立した客観的な証拠の裏付け等によってそのような可能性が否定されるのであれば、それによって結局Aの証言の信用性が肯定され、被告人がわいせつ行為をしたと認める余地がある。
検察官:本家付着物は唾液であることが強く推認され、それは被告人の唾液であり、その付着量は被告人が舐めたとしか考えられないほど多量である。
vs.
弁護人:
①そのそも科捜研の実施した各鑑定等については、実験結果を記載したワークシートが鉛筆書きである上に9か所にわたって消しゴムで修正した痕跡があり、
②本件アミラーゼ鑑定の結果を撮影した写真もなく、
③本件DNA型鑑定について残余の抽出液を廃棄するなどしている
⇒およそ信用性に欠ける。
アミラーゼ鑑定は唾液以外の体液の付着でも陽性を呈することがある⇒被告人のDNA型が検出されたとしても、被告人には術前に健側である左胸部についても触診等をしているからその際に付着したものとみても何ら矛盾なく、
本件定量検査については、その検査手法に照らし、結果の正確性に疑問がある上、仮にその数値を前提としても、触診によって細胞が付着したり、あるいは手術直前のカンファレンスで口腔内最馬房を含んだ唾液の飛沫が付着したりする可能性が十分にある。
⇒いずれも被告人による犯行の事実を裏づけるものではない。
本判決:
本件アミラーゼ鑑定や本件定量検査の結果自体がそもそも信用できないという前提には立っていない。
その上で、
本件DNA型鑑定において得られたエレクトロフェログラムのピーク高が適切なDNA量を増幅した場合のピーク高と矛盾しない⇒その信頼性を肯定する方向に働く事情。
他方において、
①最終的にDNA型鑑定を実施するための準備として、目安となる一定量のDNAを取り出す前提として抽出液中のDNA濃度を測定する目的で実施されるDNA定量検査の結果が、どの程度の厳密さを有する数値といえるのか、換言すれば、どの程度の範囲で誤差があり得るものであるのかという点が明らかでない。
②本件定量検査において、科捜研が、標準資料と濃度を測定しようとする試料である本件付着物から抽出液とを同時に増幅して検量線を作成し、濃度を測定するのではなく、あらかじめ作成しておいた検量線を使用したことが、検査結果の正確性の前提となるPCR増幅効率の均一性の確保の観点から問題がないといえるのか、このような検査方法が検査結果の信頼性にどの程度影響するのかという点も必ずしも判然としない。
原判決:
Aの証言それ自体からAがせん妄に伴う幻覚を体験していた可能性を直ちに否定
⇒本件定量検査等について何ら事実の取調べをすることなく、本件定量検査等の結果は、科学的な厳密さの点で議論の余地があるとしても、Aの証言と整合するものであり、その信用性を補強する証明力を十分有する。
2534   
  特報p5
那覇地裁沖縄支部R4.3.10 
● 
  普天間米軍航空機騒音国賠訴訟第1審判決
  事案 普天間飛行場の周辺に居住し、又は居住していた原告らが、普天間飛行場において離発着する米軍の航空機等の発する騒音等により生活妨害、睡眠妨害、健康被害、精神的被害等の被害を被っている⇒被告(国)に対し、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法2条に基づき、その居住する機関に応じて、騒音の評価に関する単位であるWECPNLの値(「W値」)が80以上に居住する原告ら⇒1か月当たり1万5000円(1日当たり500円)
W値が75以上80未満の区域に居住する原告ら⇒1か月当たり9000円(1日当たり300円)
の慰謝料を請求。 
  判断・解説   ●普天間飛行場の設置及び管理の瑕疵 
  ◎判断枠組み
    民事特別法2条の「設置又は管理の瑕疵」について、国賠法2条1項の「公の営造物の設置又は管理の瑕疵」と同様に、土地の工作物その他の物件が通常有すべき安全性を書いている状態をいう。
当該土地の工作物等が供用目的に沿って利用されることとの関連において、その利用者以外の第三者に対して危害を生ぜしめる危険がある場合を含み、当該土地の工作物等の供用により、第三者との関係において違法な権利侵害ないし法益侵害が生じる場合には、当該土地の工作物等の設置又は管理に瑕疵があるというべき。
当該土地の工作物等の供用が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるか否かについては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、
侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間にとられた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考慮した上で、当該権利侵害ないし法益侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるか否かという観点からこれを決すべき。
~航空機騒音に関する最高裁判例(昭和56.12.16)に基づくもの。
  ◎航空機騒音の程度等 
  昭和52年の騒音の測定調査の結果を踏まえて指定された防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律所定の第1種区域(「本件コンター」)によって、同年当時の航空機騒音の程度が推認できる。
近年の航空機騒音の測定結果は本件コンターの示す航空機騒音の程度と著しく乖離、矛盾していない⇒本件コンターの範囲内の区域においては、本件において損害賠償が請求されている期間中も、本件コンターの示すW値に相当する程度の航空機騒音が継続して発生しているものと推認できる。
過去の裁判例でも、本件コンターに基づき航空機騒音の程度が認定されている。
  ◎原告らの被侵害利益
    原告らは、普天間飛行場の航空機騒音に共通してばく露されている⇒航空機騒音の性質、内容及び程度に照らし、原告ら全員について同一に生じているといえる性質、程度の被害(共通被害)を主張立証することにより、各自につきその限度で一律に賠償を求めることができる。
原告らの主張する共通被害のうち
①生活妨害、
②睡眠妨害、
③イライラ感、不快感及び航空機事故への不安感といった精神的被害
を共通被害と認めている。
③のうちイライラ感、不快感については、航空機騒音の程度に加えて、沖縄県による普天間飛行場及び嘉手納飛行場の航空機騒音の周辺住民に対する健康影響に関する調査結果、WHOの騒音に関するガイドライン等による知見等が、共通被害の存在を肯定すべき根拠として挙げられている。
③のうち航空機事故への不安感については、米軍基地に関連する事故が多発しているという沖縄県の事情等から、原告らがこのような不安感を抱くことには相応の根拠がある。
    ④高血圧や聴力障害等の健康被害及びこれに対する不安感、
⑤未成年者の子又は孫への悪影響に対する不安感
⑥低周波音による影響
については、共通被害として認められていない。
④←現時点での知見の下では、本件コンターにおける航空機騒音の程度では高血圧等のリスクが共通被害として認定できるほどに高まっていない
⑤←その性質上、原告ら全員について当然に生じ得るものとは評価できない
⑥←低周波音の性質上、本件コンター内に居住する原告らが直ちに航空機騒音と同様の広がりをもって低周波音に暴露されていると認めるには合理的な疑いが残ることや、低周波音によって心身や健康等に生じる影響は明らかではない。
  ◎総合評価 
    ①原告らがばく露されている航空機騒音の程度は相当大きいものであり、また、原告らが被っている共通被害の内容及び程度からすると、原告らの被侵害利益の性質及び内容は法律上保護されるべき重要なもの。
②普天間飛行場における米軍機の運航活動は、公共性及び公益上の必要性があるものの、これがもたらす利益はその性質上、国民全体が等しく享受しているものであり、このために普天間飛行場の周辺住民に航空機騒音による重要な法的利益の侵害の受任を求めることは、国民一般との関係において著しい不公平を生じさせることになる。
③被告が実施する住宅防音工事や音源対策等の措置によっても航空機騒音が十分に解消されていない。

原告らが被っている法的利益の侵害派社会生活上受忍すべき限度を超えており、普天間飛行場の供用は、原告らに対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害に該当し、その設置及び管理に瑕疵がある。
  ●損害額 
  ◎基本となる慰謝料 
本件コンター内に居住する原告らのうち、W75区域に居住する原告らについては1か月当たり4500円(1日当たり150円)
W80区域⇒1か月当たり9000円(1日当たり300円)
  ◎  ◎住宅防音工事の実施による減額 
当該工事を施工した室数が1室のみ⇒10%
その室数が2室以上⇒2室目以降の1室ごとに更に5%ずつ、
慰謝料から減額(上限は30%)
  民事p66
最高裁R4.4.12  
  控訴審が釈明を行わなず判断したことが違法とされた事案
  事案 町内会であるXが、同じく町内会であるXが、同じく町内会であるYに対し、Xが建物(1棟の町内会館(「本件建物」))の共有持分権を有することの確認を求める旨を訴状に記載して、訴えを提起。
  主張 Xは、本件建物の建築時にX及びYを含む3町内会の間で本件建物をその3町内会の共有とする旨の合意がされた。 
  1審 合意が存在⇒Xの請求を認容 
  原審 Xの請求は本件建物の共有持分権がX自体に帰属することの確認を求めるものであるところ、権利能力のない社団であるXが所有権等の主体となることはできない⇒Xの請求を棄却。 
  判断  Xの請求につき、本件建物の共有持分権がXの構成員全員に総有的に帰属することの確認を求める趣旨に出るものであるか否かについて釈明権を行使することなく、前記共有持分権がX自体に帰属することの確認を求めるものであるとしてこれを棄却したことには、釈明権の行使を怠った違法がある。
⇒原判決を破棄し、本件を原審に差し戻した。
  解説   ●権利能力のない社団の権利関係
  社団の実体を有するが法人格持たない団体=権利能力のない社団
①団体としての組織を備え
②多数決の原則が行われ、
③構成員の変更にかかわらず団体そのものが存続し、
④その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定していることを要する。
権利能力のない社団の資産は構成員に総有的に帰属するとし、
権利能力のない社団の代表者が社団の名においてした取引上の債務は、社団の総有財産だけがその責任財産となり、構成員各自は、取引の相手方に対し、直接には個人的債務ないし責任を負わない。
総有は、団体的拘束を受ける共同所有の形態であり、構成員は、個々の財産について持分権を有しておらず(脱退の際の分割請求権を否定した判例)、構成員の持分権が認められない以上、構成員の個人債務の債権者は、権利能力のない社団の資産に強制執行することはできない。
判例及び伝統的理論は、権利能力のない社団の資産について、総有という構成を用いて、実質的に社団法人が所有するのと同じ結論を導こうとしている。

権利能力のない社団の資産は、実質的に見れば、社団の資産とみてよく、Xの請求は、法的には正確性を欠くとはいえ、本件建物の共有持分権がXの構成員全員に総有的に帰属することの確認を求める趣旨と解する余地が十分にある。
  ●Xが総有権確認訴訟を適法に提起・追行できるか?
A:固有適格構成(社団が民訴法29条により当該事件限りで権利能力が認められると考える。)
B:訴訟担当構成(社団が構成員全員に帰属する権利を訴訟担当者として代わりに行使していると考える)
最高裁H6.5.31:
権利能力のない社団に当たる入会団体は総有権確認請求訴訟の原告適格を有するとし、その確認判決の効力は構成員全員に対して及ぶ。
  ●控訴審は、Xの請求の趣旨について釈明権(民訴法149条)を行使し、Xが真に確認を求める権利関係を確認すべきであったか? 
◎   釈明:裁判所の権能であるが、その適切な行使によって、弁論主義の形式的な適用による不合理を修正し、適正にして公平な裁判を可能にすることは、裁判所のなすべき責務であり、その意味でも釈明義務ともいわれる。
行為規範としての釈明義務の問題(事実審の裁判官がどこまで釈明権を行使するのが適切かの問題)と
評価規範としての釈明義務の問題(上告審が釈明義務の不履行を理由として原判決を破棄すべきかの問題)
は区別され、後者は前者より厳格になる。
消極的釈明(当事者が必要な申立てや主張をしているが、それらに不明確、前後矛盾などがみられる場合に、これを問い質す釈明)と異なり、その権能の過度の行使は、事案の真相を曲げ、当事者間の公平を害するおそれがあることを考慮する必要。
◎  上告審がその釈明権不行使を理由として原判決を破棄してよいか?
具体的な訴訟状態や上告審の性格とも絡んで、複合的な利益衡量を必要とする

新請求についての勝敗の蓋然性、法律構成の難易、従来の訴訟資料・証拠資料の利用の可能性、当事者間の実質的公平、裁判所の釈明を待たずに適切に訴訟追行をすることを当事者に期待できた場合かどうか
といった諸点が違法の有無の判断において斟酌されるべき。
本件:
①権利能力のない社団は、社団の名において構成員全体のため権利を取得する(その効果として権利が構成員全員に総有的に帰属)ところ、本件では、Xは、本件建物の建築時に本件合意をしたと主張し、本件合意の有無を争点として審理⇒新請求の審判に必要な訴訟資料及び証拠資料は弁論に現れている。」
②Xが権利能力のない社団であることに着目して実体法上の権利がどのように帰属するかについて問題とされたことはない。

総有の法的性質も踏まえてXの請求を合理的に解釈すると、本件建物の共有持分権がXの構成員全員に総有的に帰属することの確認を求める趣旨に出るものであると解する余地が十分にある。

請求の趣旨について釈明権を行使することなく、Xの請求を直ちに棄却したことには、釈明権不行使の違法がある。
  民事p70
東京地裁R3.9.27  
  コロナ下での挙式契約解約と不可抗力(否定)
  事案 本件挙式契約には
①客側の事情により婚礼日の14日前から前日までの間に契約を解約する場合の解約料に関する規定(本件解約条項)
②天災、第三者による事故及びYの責めに帰すことのできない事由によって婚礼を実施できなくなった場合⇒契約は消滅(本件消滅条項)
③不可抗力により契約が消滅⇒申込金その他受領済みの婚礼費用全額を返金(本件返金条項)
X:
主位的に、新型コロナウイルスのまん延という不可抗力により婚礼を実施できなくなったことを理由とする本件返金条項に基づく前受金返還請求として、
予備的には、Yが新型コロナウイルスの感染防止義務を怠った債務不履行又は事情変更の原則により本件挙式契約を解除したことを理由とする不当利得返還請求として、
既返金分を除く前受金の返還を求めた。
  判断 Xが、参列者等への感染のおそれから挙式を実施することを躊躇した心情は十分理解できる
but
①Xが本件挙式契約を解約する旨の意思表示をした時点では、東京都から前記1(1)の自粛要請はあったものの、政府から緊急事態宣言は発出されておらず、東京都の人口からすれば、1日当たりの新規感染者数や累計感染者数が極めて少数であった
②その後に発出された緊急事態宣言下でも結婚式場は東京都の休業要請対象に含まれていなかった
③Yにおいて感染防止措置を講じた上で本件挙式予定日に挙式等を行った組があった等の事情
④挙式が予定されていた結婚式場はいわゆる3密の場に該当しない上、披露宴会場もXやYの従業員から感染リスク低減のための注意喚起が可能であったため、直ちに3密の場に該当するとはいえない

新型コロナウイルスまん延により、挙式等を実施することが不可能であったとまではいえず、本件消滅条項、本件返金条項における不可抗力によって婚礼を実施できなくなった場合に該当しない。
Yとして考え得る感染防止対策を行っていた⇒Yに債務不履行責任は認められない
本件挙式予定日に挙式の開催は可能であった⇒事情変更の原則による本件挙式契約解除は無効であるとして、不当利得返還請求権についても否定。
  解説 不可抗力とは、取引上要求することができる注意や予防措置を講じても防止できない外部からの事実であり、大地震、大洪水等の自然災害や、戦争等が代表的な例。
新型コロナウイルスのまん延は、多くの人にとって予測できない事態を生じさせたが、これが不可抗力といえるかどうかは、事案ごとに契約内容、契約締結時及び解約時の新型コロナウイルスに係る社会状況等を分析した上で判断されるべき。
  民事p76
名古屋地裁R3.7.16  
  事業者向けファクタリングが出資法の「金銭の貸付け」に該当するとされた事例
  事案 Yが株式会社であるAに対し債権譲渡の形式を用いて違法な貸付行為をした⇒Aの破産管財人であるXが、Yに対し、不法行為による損害賠償請求権として、Aが支払った金員合計5444万円の損害賠償を請求。 
  取引 AとYは、本件債権のうち5444万円分を買取額4900万円で債権譲渡する旨のファクタリング取引契約書を交わし、YはAに対し、本件契約に基づき買取代金4900万円を交付し、Yは、本件債権について「売買」を原因とする債権譲渡登記を具備。 
Aは、デベロッパーから本件債権を代理受領し、Yに対し、債権回収金合計5444万円を支払った。
本件契約の締結から債権回収金の支払日までの期間は、9日間から16日間で、Aが破産手続開始決定を受けたのは、債権回収金の最後の支払の14日後。
  主張 X:本件訴訟において、本件契約は実質的に利息付きの金銭消費貸借契約の性質を有していたもの⇒出資法、貸金業法及び利息制限法に違反するとともに、公序良俗に反する。
Yの行為は不法行為に該当し、AがYに交付した金銭合計5444万円はYの不法行為によってAに生じた損害。
  判断 ①本件契約において、Yが、自らディベロッパーから支払を受けることは想定されておらず、Aがディベロッパーから支払を受けた上で、Yへ支払をすることを予定していたとうことができる。
⇒本件契約の法的性質を、真正な売買ではなく(担保付きの)消費貸借契約であると評価することと整合。
②本件契約において、Aは本件債権につき債務者の資力を担保しない旨の約定がある。
but
本件債権は預託金返還請求権であり、その内容からしてディベロッパーによる不履行の可能性は極めて低い。
⇒ 
本件契約は、実質的に貸付けと同様の機能を有するものと認められ、Yが、Aに対し、本件契約に基づいて金銭を交付したことは、「手形の割引、売渡担保その他これらに類する方法」(貸金業法2条1項)として、貸金業法や出資法にいう「金銭の貸付け」に該当する。、
Yが貸金業法3条の登録を受けることなくこのような「金銭の貸付け」を業として行っている。
本件債権の買取額4900万円を貸付金元金、本件債権の回収金としてAがYに支払った金額5444万円を元利金合計金額とみると、本件契約において、年利約265%から約506%の利息が合意されていたことになる。
このような利息は出資法5条1項に定める年利109.5%を大幅に超えるものであって、その合意は刑事罰が課され得る強度の違法性を有する行為。
金融機関の新規融資を断られ、資金繰りに窮していたAに対して、著しく高金利の約定で貸付けに類する行為をしたことは公序良俗に反する。
⇒YがAから金員の支払を受けた行為は、その全体が不法行為を構成する。
本件契約に基づくYのAに対する金員の交付は不法原因給付に当たる⇒4900万円を控除することは、民法708条の趣旨に反するものとして許されず、AがYに支払った金員全額(5444万円)が、不法行為と相当因果関係のある損害となる。
  解説  ファクタリング: 事業者が保有している売掛債権等を期日前に一定の手数料を徴収して買い取るサービスであり、事業者の資金調達の1手段。
このスキームを個人にあてはめた給与ファクタリングについては、既に金融庁が令和2年3月5日付けの一般的な法令解釈に係る書面(金融庁HP)において、経済的に貸付けと同様の機能を有しているため、これを業として行うものは貸金業に該当するとの見解。
事業者向けファクタリングについては、裁判例では、ファクタリング業者が債権回収のリスクをほとんど負わないような契約内容であったかや、債権の売主が債権の買戻しを行わざるを得ない立場にあったかなどを個別に検討して、金銭の貸付けに当たるかどうかが判断されている。
  最高裁H20.6.10:
不法原因給付を受けて得た利益については、加害者からの不当利得返還請求が許されないだけでなく、被害者からの不法行為に基づく損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として被害者の損害額から控除することも、民法708条の趣旨に反するものとして許されない。
  民事p81
福岡地裁R3.10.22  
  内部通報者を特定しようとした行為が違法とされた事案
  事案 Xらのうち6名は、本社の内部通報窓口に対し、Y1の子である局長Aについて、コンプライアンス違反がある旨の通報。
Xらが、Yらに対し、
Yらは
①Xらに本件内部通報への関与の有無について回答を強要
②Xらを地区会から除名する等した
⇒Yらに対し、慰謝料等の損害賠償を請求。
  判断  ①について、
会社における内部通報制度は、その秘匿性が担保され、これをした者には厳正に対処することとされていた⇒内部通報をした者を特定しようとすることは許されない。
Y1は、Xらの人事評価等の権限を有し、会社の人事に相当程度の影響力を有していた⇒このようなY1が本件内部通報をした者を特定しようとする行為は違法。
  ②について:
Yら:局長会は任意団体にすぎず、局長会を除名されることなどはXらの法律上保護された利益を侵害しない。 
本判決:
旧特定郵便局のほぼ全局長が局長会に所属し、局長会に所属する局長は、強い帰属意識や仲間意識を有している⇒局長会を除名等された場合、疎外感を感じ次局長間の意見交換が十分にできず、情報を得られなかったり仕事上の支障が生じ得る

局長会から除名することは、会社において仕事上の支障を生じさせようと仕向けることと同視するのが相当。
会社の役職は、ほとんどの場合、局長会に特定の役職を有する者が選任される⇒局長会の役職を辞任するよう求める行為は、会社の役職の辞任を求めるものと同視するのが相当。
その上で、Y2が、X1及びX3について地区会(局長会)から除名処分とする旨の議題を地区会の臨時総会に提出し、これまでとは異なる特別な議決方法等を実施した行為や、Y2及びY3が、Xらに対し局長会や会社の役職を辞するよう求めるなどした行為等について不法行為上の違法性を認め、Xらの請求を一部認容。
  解説 本判決:
内部通報制度の趣旨に照らし、 人事評価等の権限を有する者による内部通報者を特定しようとした行為に不法行為法上の違法性がある
任意団体であっても、当該団体での役職等が会社の人事と事実上連動するなどの一定の場合には、任意団体内において正当な理由なく所属会員を除名処分とする旨の議題を提出する行為等に不法行為上の違法性を有する場合がある
ことを示した。
  刑事p107
最高裁R4.1.20 ●
  刑法168条の2の「反意図性」は肯定されたが「不正性」が否定された事案
  事案 ウェブサイトを運営する被告人が、同サイト閲覧者の電子計算機を用いてマイニング(仮想通貨(暗号資産)の取引履歴の承認作業等の演算を行い報酬を得ること)を行わせるプログラムの呼び出しコード(本件プログラムコード)を、同サイト内に保管した行為について、不正指令電磁的記録保管罪に問われた事案。
  争点 本件プログラムコードが、刑法168条の2第1項(本件規定)にいう 「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」に当たるか。
「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき」という要件:「反意図性」
「不正な」:「不正性」
  一審 反意図性は認められるが、不正性は認められない⇒無罪
  原審 反意図性及び不正性が認められる⇒一審判決を破棄し、罰金10万円 
  上告 憲法(21条1項、31条)違反、判例違反等を主張 
  判断 いずれも適法な上告理由に当たらない
but
職権で、反意図性及び不正性の判断方法を示した上、
本件プログラムコードは反意図性は認められるが、不正性は認められない
⇒刑訴法411条11号、3号により原判決を破棄し、1審判決に対する検察官の控訴を棄却。
  解説  ●  本件規定は、欧州評議会の「サイバー犯罪に関する条約」 を締結するための国内担保法として平成23年改正により新設jされ、電子計算機による情報処理を阻害する不正プログラムを規制し、適正な情報処理を確保することを目的とするもの。
プログラムが電子計算機に意図せざる不正な動作をさせるものではないこと(電子計算機による情報処理の正常性)に対する社会一般の信頼を保護するため、それを害するプログラムを処罰の対象とする構成を採用。
●  反意図性においける「意図」:
個別具体的な使用者の実際の認識を基準として判断するのではなく、当該プログラムの動作について一般の使用者が認識すべきと考えられるところを基準として規範的に判断し、その結果、当該プログラムについて、一般の使用者が認識すべき動作と実際の動作が異なる場合に反意図性が肯定される。
一般の使用者が認識すべき動作の認定にあたっては、当該プログラムの内容に加え、動作に関する説明の内容、規定される利用方法を考慮する必要があるなどと説明。
不正性:
反意図性が認められるプログラムのうち社会的に許容し得るものを処罰対象から除外する要件であり、当該プログラムのうち社会的に許容し得るものであるか否かという観点から判断。
  本判決: 
  本件規定の趣旨及び保護法益:
電子計算機による社会一般の信頼を保護し、ひいては電子計算機の社会的機能を保護することにある。

プログラムが電子計算機に意図せざる不正な動作をさせるものではないことに対する社会一般の信頼を保護するため、それを害する行為を処罰の対象にした。 
◎  前記の趣旨・保護法益⇒
反意図性:
当該プログラムについて一般の使用者が認識すべき動作と実際の動作が異なる場合に肯定されるものと解するのが相当であり、一般の使用者が認識すべき動作の認定に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、プログラムに付された名称、動作に関する説明の内容、想定される利用方法等を考慮する必要がある。

不正性:
電子計算機による情報処理に対する社会一般の信頼を保護し、電子計算機の社会的機能を保護するという観点から、社会的に許容し得ないプログラムについて肯定されるものと解するのが相当であり、その判断に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、電子計算機の機能や電子計算機による情報処理に与える影響の有無・程度、利用方法などを考慮する必要がある。
~反意図性と不正性の二元的な判断・評価をすべきであることを明確にするとともに、検察官が「社会的に許容し得ないこと」を立証する必要があることを確認的に示したもの。
ウェブサイトの閲覧者の同意を得ることなくその電子計算機を使用して仮想マイニングを行わせる本件プログラムコードは、
(1)ウェブサイトの収益方法として閲覧者の電子計算機にマイニングを行わせるという仕組みは一般の使用者に認知されていなかったことなどの事情⇒その動作を一般の使用者が認識すべきとはいえず、反意図性が認められる。
(2)
①その動作が閲覧者の電子計算機の機能等に与える影響は、閲覧中に中央処理装置を一定程度使用することにとどまり、その程度も、消費電力が若干増加したり処理速度が遅くなったりするが、閲覧者がその変化に気付くほどのものではなかった
②ウェブサイトの運営者が閲覧を通じて利益をを得る仕組みは、ウェブサイトによる情報の流通にとって重要であるところ、本件プログラムコードはそのような収益の仕組みとして利用されたものである上、そのようば仕組みとして社会的に受容されている広告表示プログラムと比較しても、閲覧者の電子計算機の機能等に与える影響に有意な差異はなく、利用方法等も同様であって、これらの点は社会的に許容し得る範囲内といえる。
⇒社会的に許容し得ないものとはいえず、不正性は認められない。
  刑事p112
大阪高裁R3.10.4  
  間接事実により犯人であると認定された事例
  事案 殺人、現住建造物等放火、銃刀法違反、窃盗の事案 
被害者が、夜間、第1現場となる路上で、後頚部の肉片が脱落し、多量の出血を伴う加害行為(第1行為)を受け、その後、被害者が何らかの手段により第2現場となる被告人方に移動し、第2現場で発生した放火による火災で死亡したことは証拠上明らか。
  主張 被告人は黙秘(捜査段階では自白)。
弁護人:
①被告人が本件各犯行の犯人であることには合理的な疑いがある⇒無罪を主張
②仮に被告人が本件各犯行の犯人であるとしても、殺人の事実については第1行為と被害者の死亡との間には因果関係がなく、殺人未遂罪が成立するにとどまる。
  1審 ①被告人が本件各犯行の犯人であり、
②被告人には殺人既遂罪が成立
⇒無期懲役。
  判断 弁護人:被告人が第1行為の推定時刻の直前までに第三者と面談し、その第三者が真犯人である可能性(反対仮説)が十分に考えられる⇒被告人を本件各犯行の犯人と認定した1審判決には事実誤認がある。
vs.
被告人以外の者が真犯人であるという反対仮説は成り立たず、1審判決の被告人の犯人性の推認を揺るがすものではない。
⇒控訴棄却。
  解説  ●被告人の犯人性の認定 
1審判決:まず自白調書以外の関係証拠やそれらから認定できる間接事実から、被告人が犯人であると認められるかを検討。
事実認定において、主要な直接証拠が自白、目撃供述等の供述証拠

①直接証拠を除外して間接証拠等の情況証拠によってどのような内容の事実が認定できるのかなどを見極め⇒②その結果認定された事実を踏まえ、それまで除外していた直接証拠の任意性、信用性の判断を行うなどして直接証拠による事実認定を行う
といった、情況証拠を重視し、供述証拠に依存することをできるだけ避ける方法による事実認定を行う運用が増加。

事実認定の客観化にも資するもので支持されるべきとされる。
1審判決:証拠から認定した間接事実を総合して被告人の犯人性を認定しているが、個々の間接事実について犯人性を推認させる力の強弱の程度を丁寧に検討・説示し、総合評価の場面においても、全ての間接事実と矛盾しない反対仮説につながる事情の蓋然性について具体的に検討
⇒結論として「このようなことが起こった可能性があるとは到底考えられない」などと説示。
控訴審:
弁護人主張の反対仮説の根拠となる間接事実を踏まえた反対仮説の成立可能性を具体的に検討し、結論として被告人以外の第三者の関与、すなわち真犯人の存在が疑われることはないと判断。
  ●  ●被害者の死亡結果との因果関係 
ウェーバーの概括的故意
行為後に特殊な事情が介在して結果が発生した場合等については、
①その事情が予見可能であったか否かだけではなく、
②実行行為に内在していた結果発生の確率、
③介在した事情の異常性、
④介在した事情の結果への寄与度
を組み合わせることで判断する立場があり、1審判決もそれに違い考え方を採用。
  ●量刑 
1審判決:
何よりも重視すべきことは無差別殺人。
犯情を具体的に検討⇒凶器を用いた無差別殺人の事案の中で、基本的に無期懲役が選択されるべき事案。
被告人に有利な一般情状を最大限考慮しても有期懲役刑の選択が相当になるとはいえない。
被害者1名の殺人等の裁判員裁判対象事件で、検察の求刑通り、無期懲役刑が選択された事例。
  刑事p122
千葉家裁R3.12.10  
  18歳の少年による自殺ほう助の事案
  事案 18歳の少年による自殺ほう助の事案。 
少年法20条2項本文の原則検察官送致対象事件に該当するところ、同項ただし書の事由が認められるか?
  規定 少年法 第二〇条(検察官への送致)
家庭裁判所は、死刑、懲役又は禁錮に当たる罪の事件について、調査の結果、その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは、決定をもつて、これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない。
2前項の規定にかかわらず、家庭裁判所は、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であつて、その罪を犯すとき十六歳以上の少年に係るものについては、同項の決定をしなければならない。ただし、調査の結果、犯行の動機及び態様、犯行後の情況、少年の性格、年齢、行状及び環境その他の事情を考慮し、刑事処分以外の措置を相当と認めるときは、この限りでない。
  決定 少年法20条2項ただし書における保護処分を許容し得る特段の事情があると認めた上で、少年を第1種少年院送致(2年程度の相当長期間の処遇勧告)とした。 
  解説  ●原則検察官送致の趣旨及び判断枠組み
少年法20条2項:
16歳以上の少年が、殺人等の故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件について、
原則として検察官送致。

生命侵害の重大事件は、反社会性、反倫理性が高く、少年事件であっても刑事処分を原則とすることが、少年の規範意識を育て、健全な成長を図る上で重要なことであると考えられた。

同項本文該当の事件について、その罪質及び情状の類型的な重さから保護不適が推定。
同項ただし書:原則検察官送致の例外事由。

前記の趣旨による保護不適の推定が働くことを前提として、家庭裁判所が、同項ただし書を適用して保護処分の方が矯正改善に適しているというだけでなく、保護不適の推定を破る事情、すなわち、保護処分を許容し得る特段の事情が必要であるとされている。

特段の事情について、犯情を重視しながらも、同項ただし書に規定する事由を総合考慮して判断をしている実情にある。
  ●  ●本決定
  原則検察官送致の趣旨を踏まえ、自殺ほう助罪の罪質の検討を前提として、犯情を重視しながら、少年法20条2項ただし書に規定する事情を順に検討し、それらを総合考慮した上で、保護処分を許容し得る特段の事情の有無を判断。
自殺ほう助罪は、殺人罪や傷害致死罪等と比べ、罪質自体の重大性も相対的に低い。
幇助犯は、立法当初から同項ただし書の適用が想定された「付和雷同的随行者」と同視し得る場合が多く、正犯よりも犯情が軽い。
典型的な類型の自殺ほう助罪であれば、諸般は執行猶予が付されることが多く、本件でもそのような犯情評価が前提。
①本件の動機、経緯は、自殺を手伝うよう指示されたという被害者側の要因が大きい
②行為態様もあくまで幇助としての関与にとどまったことが重要
   2533
  特報p5
最高裁R4.1.28
  離婚に伴う慰謝料の履行遅滞となる時期
  事案 X:本訴として、Yに対し、離婚を請求するなどし
Y:反訴として、Xに対し、離婚を請求するなどし、不法行為に基づき、離婚に伴う慰謝料請求 
  原審 離婚請求認容
Yの慰謝料請求について120万円の限度で認容。
遅延損害金の法定利率について、言渡しが民法改正の施行日(R2.4.1)後⇒適用が問題。
Yの慰謝料請求は、XがYとの婚姻関係を破綻させたことに責任⇒婚姻関係が破綻した時は改正法の施行日より前⇒年5分を適用。
    X:上告受理申立
不服申立ての範囲をYの慰謝料請求については原審が増額した20万円及びこれに対する遅延損害金に関する部分に限定。
  判断 離婚に伴う慰謝料として夫婦の一方が負担すべき損害賠償債務は、離婚の成立時に遅延に陥る

離婚慰謝料請求に係る遅延損害金の法定利率について、改正後民法404条2項を適用し、Xの不服申し立ての範囲である20万円について対する遅延損害期を請求する部分については、本判決確定の日の翌日から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべき。
  解説  離婚慰謝料の中身:
①離婚原因となった有責行為それ自体による精神的苦痛に対する慰謝料と
②離婚という結果そのものから生ずる精神的苦痛に対する慰謝料
の2つがあるとされる。 
一体説(実務の通説):
相手方の有責行為から離婚までの一連の経過を1個の不法行為として捉え、
離婚慰謝料には、離婚自体慰謝料だけではなく、離婚原因慰謝料も全体として含まれる。

夫婦間における暴行・虐待、あるいは不貞などといった不法行為は、当該行為自体による通常の精神的苦痛(いわゆる個別慰謝料)と、離婚へと発展する契機となる精神的苦痛(離婚原因慰謝料)という双方の側面を有しており、
後者の侵害が蓄積され離婚に至ったときに「配偶者たる地位の喪失」という新たな精神的苦痛(離婚自体慰謝料)が発生。

離婚慰謝料は、離婚原因慰謝料を含むものであるが、やはり離婚自体慰謝料が主たるものというべき⇒離婚によって初めて損害が発生し、権利として生ずるものと解するのが相当。

「離婚が成立したときにはじめて、離婚に至らしめた相手方の行為が不法行為であることを知り、かつ、損害の発生を確実に知ったこととなるものと解するのが相当だえる」として、離婚慰謝料の消滅時効の起算点が離婚時であるとの判断を示した最高裁判決(昭和46.7.23)とも整合的。
 不法行為による損害賠償債務は、損害の発生と同時に、何らの催告を要することなく、遅延に陥る
⇒離婚慰謝料請求に係る遅延損害金の起算点は、離婚成立の日。
改正法附則:
施行日前に債務者が遅延の責任を負った場合のおける遅延損害金を生ずべき債権に係る法定利率については、新法第419条第1項の規定にかかわらず、なお従前の例による。
  原審:Yが請求する慰謝料を「破綻慰謝料」であると説示。
vs.
婚姻関係の破綻による精神的苦痛は、仮にそのようなものを観念できるとしても、離婚慰謝料の精神的苦痛の中に含まれているものであって、離婚慰謝料とは別に「破綻慰謝料」と認める必要性は乏しい。
法律婚の夫婦の事案において「破綻慰謝料」なるものを認めた最高裁判決は見当たらない。 
離婚慰謝料に関する直近の判決(最高裁H31.2.19):
夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は、これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても、当該夫婦の他方に対し、不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして、直ちに、当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはないと解される」として、不貞慰謝料(個別慰謝料)を離婚慰謝料に対比させており、同判決は「破綻慰謝料」なるものを念頭に置いていあにように思われる。
  行政p8
最高裁R4.4.19  
  財産評定基本通達によるより高額での評価が許される場合
  事案 相続税法22条:相続税の課税価格に算入される財産の価額は原則として当該財産の取得の時における時価による旨を規定。
財産評定基本通達:
時価は評価通達の定めによって評価した価額によるとする一方
評価通達6は、評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は国税庁長官の指示を受けて評価する旨定める。 
A:平成21年に合計10億5500万円を借入れてマンション2棟を合計13億8700万円で購入。
平成24年に94歳で死亡。
共同相続人の一部であるXら:
本件各不動産の価額を評価通達の定めによって合計約3億3400万円と評価し、課税価格の合計額を約2800万円、相続税の総額を0として相続税の申告書を提出。
(前記の購入及び借入れがなければ、Aからの相続に係る相続税の課税価格の合計額は6億円を超える)

札幌南税務署長:本件各不動産の価額は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当⇒本件各不動産の価額を別途実施した鑑定により合計12億7300万円と評価し、課税価格の合計額を約8億8900万円、相続税の総額を約2億4000万円とする更正処分。
  原審 本件各更正処分は適法。 
    Xらが上告受理申立て
  判断 本件各更正処分は適法であるとして、上告を棄却。
相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは租税法上の一般原則としての平等原則に違反しない。
相続税の課税価格に算定される本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、次のアイなど判示の事情の下においては、租税法上の一般原則としての平等原則に違反しない。
 ア:本件各不動産は、被相続人が購入資金を借り入れた上で購入したものであるところ、前記の購入及び借入れが行われなければば被相続人の相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になる。
イ:被相続人及び共同相続人であるXらは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続においてXらの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行した。
  解説      ●  課税処分の適法性は、あくまでも法令に照らして判断されるべきであり、通達の解釈から結論が導かれるものではない。
⇒本判決は、評価通達6の意味内容について何ら触れるところがない。 
  裁判例:
「特別の事情」があるときは他の合理的な方法によって評価した額による。
①通達評価額と時価により近似する価額との客観的なかい離を重視するもの
②経済的合理性の欠如する行為が租税回避目的でされたことを重視するもの
vs.
①客観的な時価に影響しない財産取得の経緯や目的を考慮すべきでない
②通達評価額が実勢価格を大幅に下回る事態は広く生じているから特定の納税者についてのみ別異に取り扱うのは不平等
  本判決:
通達評価額と相続税法22条の「時価」との関係:
時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうとした上で、更正処分の基礎とされた相続財産の価額が客観的な交換価値としての時価を上回っていたとしても、同条に違反するものではない。

課税庁の主張額が客観的な交換価値としての時価を上回れば、その限度で更正処分は同条に違反するものとして当然に違法となり、課税庁はその主張額が時価を上回らないことを主張立証する必要があることを前提。
X:通達評価額を上回る価額によることは原則として同条に違反
vs.
評価通達が行政規則である通達にすぎず国民に対し直接の法的効力を有しない⇒否定
固定資産税については、課税標準となる登録価格が固定資産評価基準によって決定される価格を上回る場合には、客観的な交換価値としての適正な時価を上回るか否かにかかわらず、登録価格の決定は違法となる(最高裁)。

固定資産評価基準が地方税法に基づいて定められ、これによって価格を決定することが同法上も予定されている。
このような法律上の仕組みを前提としない評価通達については、固定資産評価基準と同様に解することはできない。
本判決:原審において、課税庁の主張額が本件各不動産の客観的な交換価値として時価である(すなわち、時価を上回らない)とされている(これは原審の専権に属する事実認定の問題であり、本判決は原審の認定を前提としている。)、当該価額が本件各通達評価額を上回るからといって相続税法22条に違反するものということはできない。

相続税法22条の「時価」との関係では、専ら課税庁の主張額が客観的な交換価値としての時価を上回るものでないかが問題となり、通達評価額との多寡は問題とならない(⇒「特別の事情」といったものが問題となる余地もない)とするもの。
  本判決:課税庁が評価通達に従って画一的に相続財産の価額の評価を行っていることを指摘し(このことは公知の事実であるとしている。)
⇒特定の者の相続財産の価額の評価についてのみ評価通達の定める方法により評価した額を上回る価額によるものとすることは、当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、租税法上の一般原則としての平等原則に違反するものとして違法となる。

評価通達が国民に対し直接の法的効力を有しないとしても、これに従った画一的な評価が現に行われている以上、課税庁が恣意的にこれと異なる評価を行って納税者を不利益に取り扱うことは許されず、納税者は、相続税の22条違反(課税庁の主張が時価を上回ること)とは別個の違法事由として、前記の平等原則違反(課税庁の主張が通達評価額を上回ること)を主張することができるとするもの。
本判決:
評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められる⇒当該財産の価額を通達評価額を上回る価額によるものとしても前記の平等原則に違反しない。
「特別の事情」ではなく「実施的な租税負担の公平に反するというべき事情」

原則として通達評価額によるべき根拠が前記の平等原則にあり、その例外も同原則から導かれるべいことを踏まえ、位置付けや内実が明確でない「特別の事情」という用語を避けて、事柄の性質に応じた表現としたもの。
実質的な租税負担の公平を問題⇒通達評価額によることが他の納税者との間の租税負担の均衡を害することになる事情に限られるというべきであり、そのような事情に当たるか否かを具体的に検討する必要がある。
かかる事情については、処分の適法性を基礎づける事実⇒課税庁側が主張立証責任を負う(課税庁には通達評価額によるか否かについての裁量はなく、前記事情が主張立証されない限り、更正処分は違法となる)。
  本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離がある
but
このことは「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」に当たらない。

たまたま相続した不動産の通達評価額が実勢価格ないし課税庁が実施した鑑定による評価額を大きく下回るとしても、これを理由に通達評価額を上回る価額によることは前記の平等原則に違反して許されない。 
本判決:
①本件購入・借入れの結果、通達評価額によるとXらの相続善の負担が著しく軽減される
②本件購入・借入れが租税負担の軽減をも意図して行われた
⇒このような場合に通達評価額によることは、当該行為をせず、又はすることのできない他の納税者との間に著しい不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべき
⇒前記事情があるといえる。
⇒本件各不動産の価額を通達評価額を上回る価額とすることは前記の平等原則に違反しない。
  ここで問題となっているのは、時価に係る事実の(平等な)認定であり、いわゆる租税回避行為の否認ではない。
⇒否認の根拠規定の有無や本件購入・借入れの経済的合理性を問題としていない。
  民事p13
大阪高裁R3.5.21  
  不動産の取得時効完成後の取得で背信的悪意者とされた事例
  事案 Xは、昭和43年月日不詳から20年の取得時効完成で本件各土地を時効取得⇒昭和43年月日不詳時効取得を原因とする所有権移転登記。
本件各土地には、平成25年1月31日に、当時の所有名義人であったQ1を債務者として、P9を根抵当権者とする根抵当権設定仮登記(1番仮登記)⇒平成30年1月29日に、根抵当権設定の本登記(1番根抵当権登記)がされ、同日に本登記とP3に対する1番根抵当権移転の付記登記。
同年2月22日に、Yに対する1番根抵当権移転の付記登記。(P9⇒P3⇒Y)
平成26年11月18日に、Q1を債務者としP3を根抵当権者とする根抵当権設定仮登記(2番仮登記)⇒平成30年1月25日に本登記、Yに対する根抵当権移転の付記登記。(P3⇒Y)
 Xは、1番仮登記及び1番根抵当権登記並びに2番仮登記及び2番根抵当権登記の現名義人であるYを相手にこれらの各登記の抹消登記手続を求めるとともに、1番仮登記及び1番根抵当権登記の前名義人であるP3を相手にこれらの各陶器の抹消登記手続を求めた。
  原審 P3に対する請求は棄却され確定。

抵当権設定登記につき権利移転の付記登記が経由された場合ににおいて、不動産の所有者である甲が抵当権設定登記の抹消手続を求めるには、現在の登記名義人である丙のみを被告とすれば足り、抵当権設定登記の直接の契約当事者である乙を被告とすることを要しない。
  争点 Yに対する請求について、 YがXの登記欠缺を主張する正当な理由を有する第三者か?
  原審 YはXが本件各土地を時効取得する可能性が非常に高いことを認識しながら、訴訟係属中でXが未だ時効取得に基づく所有権移転登記手続をできないことにつけこんで、競売を利用してXの土地所有権を烏有に帰そうとしたというべき⇒不登法上の信義則に反し、YはXの登記欠缺を主張する正当な利益を有する第三者には該当しない。
  判断 判例を引用し、登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には、かかる背信的悪意者は、登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであって、民法177条にいう第三者に当たらない。
最高裁H8.10.29を参照し、
対抗関係にある者に後れて不動産を取得し登記を経由した者が背信的悪意者に当たらない(善意)としても、その者から当該不動産を取得した者(転得者)自身が当該対抗関係にある者に対する関係で背信的悪意者に当たる場合には、当該転得者は、正当な利益を有する第三者に当たらないとして民法177条の「第三者」から排除され、当該対抗関係にある者は、登記なくして当該不動産の所有権取得を当該転得者に対抗することができる。
最高裁H18.1.17を引用し、
ある者が時効取得した不動産についてその取得時効完成後に当該不動産の権利を取得して権利移転の登記を経由した者が、当該不動産の権利を取得したときに、時効取得者が多年にわたり当該不動産を占有している事実を認識しており、同人の登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情が存在⇒時効完成後に権利移転の登記を経由した者は背信的悪意者に当たる。
①・・・Yの実質的代表者であるP5は、周辺住民であり、本件各土地が何十年も前から墓地として使用されていることを知っていた。
②P5は・・・・・知っていた。
③P5は・・・

P5は、本件各土地についてXの時効取得を認めてXへの所有権移転登記手続を命ずる別件訴訟の控訴審判決がされたのを受け手、Q1の上告及び上告受理申立てによって同控訴審判決が確定しておらず、Xが所有権移転登記を経由することができない間に、前記の考えの下に1番抵当権及び2番抵当権の譲渡を受けて各移転の付記登記を経由したものと推認される。

Yの控訴を棄却。
  解説 最高裁H8.10.29:
背信的悪意者からの転得者が背信的悪意者でない場合、当該転得者は不動産の所有権取得をもって第一譲受人に対抗できると判断した判例。

「第三者」から排除されるかどうかは、その者と第一譲受人との間で相対的に判断されるべき事柄。

本件:転得者が背信的悪意者である場合。
背信的悪意者該当性を相対的に判断すべきとするのは、多くの学説の説くところ。
最高裁H18.1.17:
所有者の取得時効完成後の第三者が背信的悪意者に当たるための要件を明らかにした判例。
  民事p31
東京地裁R3.11.30  
  個人の不祥事⇒大学の評価低下⇒他の個人による損害賠償請求等(否定)
  事案 A大学の教授又は非常勤講師の職歴(現職を含む。)を有する個人ら及び同個人らを含む会員によって構成される団体が当事者となってA大学の理事長、学長又は理事である(又はあった)Yらに対し、
①A大アメフト事件及び医学部入試不正問題へのYらの対応が不適切であったことからA大に対する補助金が減額された⇒債務不履行又は共同不法行為に基づき、連帯して、A大に対し、減額相当分の一部である3億5000万円及び遅延損害金を支払うことを求めるとともに
②Yらが、A大アメフト事件、医学部入試不正問題及び理事長と反社会的勢力との交際をうかがわせる報道等についていずれも適切な事後対応を怠ったことによってA大の評判を低下させ、その結果個人Xらの愛校心が侵害されて精神的苦痛を被った⇒不法行為に基づき、連帯して、個人Xらそれぞれに対し、5万5000円及び遅延損害金を支払うことを求めた。 
  判断   ●請求①についてXらの当事者適格の有無 
請求①はA大とYらとの間における債務不履行又は共同不法行為に基づく損害賠償請求権の存否の確定を定めるもの⇒A大の法定訴訟担当にも任意的訴訟担当にも該当しないXらに当事者適格が認められない。
  ●請求②について、Yらが事後対応を怠ったことが個人Xらの愛校心を侵害するものとして不法行為を構成するか 
否定

①個人Xらの主張する愛校心は、所属大学を誇りに思う感情をいい、個人Xらは、その感情の源である所属大学に対する社会的評価が低下したことによって、不快感や屈辱感を憶えるに至り、愛校心が侵害されたと主張
but
大学に対する社会的評価が低下することによって権利(名誉権)を侵害される主体は大学であって、大学に対する社会的評価の低下に伴い、そこに所属する(又はしていた)者にもたらされることがあり得る不快感や屈辱感について、それを被侵害利益として直ちに損害賠償を請求できるほどに十分な強固な利益と解することはできない。
②個人Xらは、A大の教授等の職歴を有するというにすぎず、本件で問題となった事件や報道等に関して個別具体的な関係を有しない⇒個人Xらにおける前記感情が、社会通念上受忍すべき限度を超えるものとして、法的保護の対象になるとまでは認め難い。
  解説 当事者適格:
特定の訴訟物について当事者として訴訟を追行し、本案判決を受けることのできる資格。
かかる資格について、合理的必要性がある場合等には、明文なき任意的訴訟担当として当事者適格を認める余地があるものの、本来の権利主体から訴訟追行権の授与があることが前提とされる。 
どのようなものが不法行為上保護される人格的利益となり得るかが問題となった裁判例:
①個人のアイデンティティ権の事例
②遺族の故人に対する敬愛追慕の情の事例
  労働p38
大阪地裁R3.11.29  
  配転命令を拒否したことを理由とする懲戒解雇(有効事例)
  事案 大手電機メーカーC1の子会社でシステムソルーション事業を行うYの従業員であり、C1グループの間接部門事業を行う子会社C2に出向していたXが、勤務していた大阪市の事業所の閉鎖に伴い、川崎市の事業所への配転命令⇒応じなかったため懲戒解雇⇒
①同懲戒解雇が無効であるとして、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認
②同懲戒解雇後の賃金等の支払
③多数の従業員の面前で懲戒解雇通知書を読み上げられた⇒同行為が不法行為に当たるとして損害賠償 
を求める事案。
  判断 本件配転命令の有効性について、東亜ペイント事件最高裁判決に則って判断し、
①業務上の必要性:
C1グループの経営状況⇒組織の構造改革や業務の効率化を図ることも経営状況を改善するための方策の1つであり、閉鎖する事業場の選定にも不自然・不合理な事情はない。
事業場を閉鎖することとなれば当該事業場に勤務していた従業員の処遇が問題となるところ、退職を選択しない従業員を別の事業場に集約することは、業務の効率化や雇用の維持という観点からみても、合理的な方策ということができる。
⇒本件配転命令には業務上の必要性があった。
②不当な動機・目的の有無:
閉鎖される事業場に勤務していた従業員のうち退職を選択しない従業員は全員を別の事業場に配転するという方針⇒退職に追い込むことを意図して特定の従業員を対象として配転命令を発令したものではない。
SEの社内求人の紹介や求人の紹介や清掃業務を行う関連会社C3への出向を提案したのは、Xから従前と同じビル内で勤務することを要望を受けて、Y又は本件子会社が考えられる選択してとして検討・提案したもの⇒Xを退職に追い込むためにあえて提案を行ったものであはない。
Xに対する退職強要に近い執拗な退職勧奨が行われたことはない

本件配転命令が不当な動機・目的によってなされたものではない。
③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無:
Xが訴訟で提出した医師の意見書や診断書の内容をYが認識していないのは、Y又は本件子会社が配転に応じることができない理由を聴取する機会を設けようとしたにもかかわらず、Xが自ら説明の機会を放棄したことによる⇒Y又は本件子会社が本件配転命令を発出した時点において認識していた事情を基に判断することが相当。
当該事情は、一般的な事情であって特段珍しいものではなく、転居を伴う配転の場合には通常生じ得る事情。

予備的に:
Xが訴訟で提出した医師の意見書や診断書の内容等を踏まえても、
①母親の状態は、要介護状態にはなく、加齢による一般的なものを超えない
②長男の状態は、持病は一般的には成長に伴って症状が改善するとされているものであり、本件配転命令前の通院頻度も1か月に1回程度
③本件配転命令の直近5年にXが取得した休暇の日数は、付与休暇日数の範囲内で収まっている
④医師の意見書も抽象的なものにとどまっている

通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるということはできない。
本件配転命令に応じないという自体を放置することとなれば企業秩序を維持することができないことは明らか
⇒懲戒解雇は有効。
  解説 本件では、Xが自ら説明の機会を放棄したことによるものというほかない⇒本件配転命令の有効性の判断において考慮し得る事情は、本件配転命令発出時に判明していた事情に限られるとした。

配転命令の有効性を検討する際に、常に、配転命令発出時において使用者が認識していた事情のみに基づいて配転命令の有効性が判断されることになるものではない。
ex.
使用者が、配転命令発出に際し、労働者に関する情報を特に入手しようとすることをせずに業務命令として配転命令を発出⇒配転命令発出時において、使用者が認識していない事情であっても、客観的に存在した事情であれば、配転命令の有効性の判断の際に考慮されることもある。
  刑事p63
最高裁R3.5.12  
  1審無罪⇒控訴審で被告人質問で黙秘⇒有罪認定(刑訴法400条ただし書の違反なし)
  事案 被害者が飲酒酩酊のため抗拒不能であるのに乗じ、同人と性交したという、準強姦の事案
  1審 被害者が抗拒不能であったことは認められるが、その認識がなかった旨述べる被告人の公判供述の信用性は否定できず、被告人に本件認識があったことには合理的な疑いが残る⇒被告人を無罪。 
    検察官:本件認識についての事実誤認を主張し控訴。
  控訴審 職権による被告人質問
弁護人は質問を行わず、検察官及び裁判官の質問に対して、被告人は黙秘。
被告人質問で被告人が終始黙秘
⇒原審で取り調べた実質的証拠は存在しないとしつつ、
訴訟記録及び第1審において取り調べた証拠に基づき、被告人に本件認識があったことは明らかであり、第1審判決の判断は論理則、経験則に反する⇒事実誤認で第1審判決を破棄し、懲役4年に。
    被告人が上告
原審が実質的な事実の取調べのないまま第1審の無罪判決を破棄して有罪の自判をしたのは判例に相反する。
  判断 弁護人の上告趣意は刑訴法405条の上告理由に当たらない。
原判決に刑訴法400条ただし書違反がない旨職権判示して、被告人の上告を棄却。 
  規定  刑訴法 第四〇〇条[破棄差戻移送・自判]
前二条に規定する理由以外の理由によつて原判決を破棄するときは、判決で、事件を原裁判所に差し戻し、又は原裁判所と同等の他の裁判所に移送しなければならない。但し、控訴裁判所は、訴訟記録並びに原裁判所及び控訴裁判所において取り調べた証拠によつて、直ちに判決をすることができるものと認めるときは、被告事件について更に判決をすることができる。
  解説  控訴審が、事実の取調べを行わないで、第1審の無罪判決を事実誤認により破棄し、有罪の自判をすることは、刑訴法400条ただし書きに違反するという判例法理。
  控訴審で実施すべき事実の取調べの内容・程度 
A:判例の直接主義・口頭主義を手続保障の要請⇒本件判例法理の根拠を控訴審における手続保障とする理解(手続保障説)
B:判例のいう直接主義を実質的にとらえ、本件判例法理の根拠を、控訴審における人証の取調べに関する直接主義の保障と理解する見解(実質説)
C:本件判例法理の根拠は控訴審において書面審査だけで有罪の認定をすることに伴う危険を防止する政策的配慮と理解する見解(政策的配慮説)
  刑事p66
①②③  
 
  事案 携行型の営利目的による覚醒剤輸入の事案で、故意の有無が争われ、
1審有罪⇒控訴審無罪の3件の事案。 
  解説   最高裁:
覚醒剤輸入事犯の故意について、覚醒剤を含む身体に有害で違法な薬物類という認識があれば、認定できる。 
その有無が争われた場合、経験則・論理則を踏まえ、間接事実からそのような故意が認定できるか否かを判断。
  審理の結果明らかとなった被告人と依頼者とのやり取りや、被告人の渡航の経緯、報酬額の高さ等の事実から、被告人が携行する荷物が覚醒剤を含む違法薬物であるという認識、すなわち故意が推認されると判断され、有罪認定される場合も多い。 
本件でも、
出会い系サイトで知り合った「P1」と名のる人物から、2000ユーロという高額の報酬支払の約束のほか、相当額の渡航費や滞在費を負担するという条件で仕事を引き受けた(①事件)
ロスに渡航し、4日以上滞在して20万円以上の費用を自弁しているのに、訪れた観光地が2か所のみで滞在時間も長くないないなど、観光目的とは異なる「他の渡航目的」を有していたといえるような事情(②事件)
渡航費用等をスポンサーが負担する代わりに(覚醒剤入りの)シャンプー等を日本に運搬することを引き受けたなどという渡航の経緯に関する事情が認められる(③事件)等。

各被告人が覚醒剤を本邦に持ち込むことについての故意を推認させる事情。
but
次のような合理的な疑いが残ると判断され、覚醒剤輸入の故意が否定された。
各被告人は、日本からヨーロッパへの復路において、違法薬物を「持ち帰る」などの違法な仕事をさせられるのではないかとの疑念を抱いていたにとどまる(①事件)
観光目的で渡航し、土産物として購入したバニラナッツ等4袋を同行者にすり替えられた可能性を排除できない(②事件)
運搬する荷物について、「ブランド品」を中心的なものと認識し、(覚醒剤入りの)シャンプーには関心が向いていなかった可能性が否定できない(③事件)。
  2つの留意点 
◎  (1)収集された証拠から、認定できる事実を積み重ねていくことの重要性
②事件:
原判決が、そもそも共犯(共謀共同正犯)である「氏名不詳者ら」に同行者が含まれるかどうかにつき十分な検討をしなかったことの問題。
③事件:
4月30日時点の各被告人の認識について、運搬する荷物の中に違法薬物等が含まれているとの疑念を抱いていたとする原判決の判断が不合理であると判断。
but
結論として故意が否定されるにしても、4月30日時点の各被告人の認識については、それほど濃厚なものではなかったにせよ、違法薬物を含む違法物を本邦に持ち込む疑いを抱いていたとの認定を前提に、その後の知人とのやり取りを等を通じて運搬する荷物に対する認識が「ブランド品」に限定されていき、違法薬物である可能性に対する疑念が払拭されたために故意が否定されるとうい構成もあり得た。
but
その場合には、一度抱いた運搬する荷物が違法薬物である可能性の認識を払しょくするに足る事後の事情があるといえるか、控訴審の判断として1審の判断の不合理性を十分に指摘できたといえるかといった問題もある
⇒4月30日時点の各被告の認識がどのようなものであったかを曖昧なままにせず、丁寧に確定する必要があると考えられたのではないかと思われる。

被告人が、どの時点でどの程度の認識を有したと認定できるか、それが事後の事情によって変更したか等を証拠に照らし、分析的に検討することが肝要。
(2)証拠の検討の在り方
メール等の内容は必ずしも一義的であるとはいえない⇒やり取りをした者の関係性やメール等の文脈を見る必要。
時系列についても正確に把握する必要。
①事件:メッセージの具体的な内容の検討⇒被告人の出発時に抱いていた疑念は、違法薬物をヨーロッパに「持ち帰る」仕事をさせられるのではないかというものにとどまり、往路において、違法薬物を日本に「持ち込む」仕事をさせられるのではないかという疑念を抱くに至ったとは認められない。

③事件:単にメッセージの客観的な送受信の先後関係とは別に、やり取りの内容が先になされたメッセージの内容を踏まえた上でなされたものかについて検討⇒被告人の説明を排斥できない。
裁判員や裁判官にメール等の持つ意味内容が正確かつ効率的に伝わるような主張、立証を行うのは当事者の責務。
2532   
  特報p5
最高裁H4.3.18   
  合意成立の見込みがない場合に団体交渉に応じることを命じる救済命令の可否
  事案 労働組合であるZ(上告補助参加人)から、使用者であるX(被上告人:国立大学法人)の団体交渉における対応が労組法7条2号の不当労働行為に該当する旨の申立てを受けた県労働委員会(処分行政庁)が、Xの団体交渉における対応が同号の不当労働行為に該当すると認め、Zの請求に係る救済の一部を認容する旨の命令(「本件命令」)⇒Xが、Y(上告人:県)を相手に、本件命令のうちの認容部分の取消しを求めた。 
  規定等 労組法7条は、使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉することを正当な理由がなく拒むこと(同条2号)等の不当労働行為をしてはならない旨を規定。
労働委員会は、使用者が同条の規定に違反した旨の申立てを受けたときは、遅滞なく調査を行うなどした上(労組法27条1項)、事実の認定をし、この認定に基づいて、申立人の請求に係る救済の全部若しくは一部を認容し、又は申立てを棄却する命令を発しなければならない(労組法27条の12)。 
  原審 Xの対応が不当労働行為に該当するか否かについては判断を示さずに、本件命令が発せられた同時、昇給の抑制や賃金の引き下げの実施から4年前後経過し、関係職員全員についてこれらを踏まえた法律関係が積み重ねられていた⇒その時点において本件各交渉事項につきXとZとが改めて団体交渉をしてもZにとって有意な合意を成立させることは事実上不可能。

仮にXに本件命令が指摘するような不当労働行為があったとしても、処分行政庁が本件各交渉事項についての更なる団体交渉をすることを命じたことはその裁量権の範囲を逸脱したもの⇒本件認容部分は違法であるとして、Xの請求を認容すべきものとした。
  判断 使用者が誠実に団体交渉を応ずべき義務に違反する不当労働行為をした場合には、当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても、労働委員会は、使用者に対して誠実に団体交渉に応ずべき旨を命ずることを内容とする救済命令を発することができる。
一定の内容の合意を成立させることが事実上不可能と認められることのみを理由に本件認容部分が違法なものであるとした原審の判断には違法がある。
⇒原判決を破棄し、不当労働行為該当性等につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。 
  解説  団体交渉:労働組合又は労働者の集団が、代表者を通じて、使用者又は使用者団体と、構成員たる労働者の労働条件その他の待遇等について行う交渉。使用者は、団体交渉において譲歩や合意をすることは強制されないが、いわゆる義務的断交事項については、誠実に団体交渉に応ずべき義務(「誠実交渉義務」)を負い、この義務に反することは労組法7条2号の不当労働行為に該当。 
判例:
使用者の行為が不当労働行為に該当するか否かの判断について労働委員会に裁量は認められないとする一方、
不当労働行為が認められる場合における救済命令の内容の決定については労働委員会が広い裁量権を有し、救済の内容の適法性が争われる場合、裁判所は、労働委員会の前記裁量権を尊重し、その行使が、不当労働行為によって発生した侵害行為を除去、是正し、正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復、確保を図るという救済命令制度の本来の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたると認められるものでない限り、当該命令を違法とすべきではない。
  本判決: 
第二鳩タクシー事件判例を参照の上、使用者が誠実交渉義務を負い、これに違反することが労組法7条2号の不当労働行為に当たることを確認し、使用者が誠実交渉義務に違反している場合に誠実交渉命令を発することは、一般に、労働委員会の裁量権の行使として、救済命令制度の趣旨、目的に照らして是認される範囲を超え、又は著しく不合理であって濫用にわたるものではない。
団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないと認められる場合であっても、使用者が誠実に団地交渉に応ずるに至れば、労働組合は使用者から十分な説明や資料の提示を受けることができるようになるとともに、労働組合の交渉力の回復や労使間コミュニケーションの正常化が図られる⇒誠実交渉命令を発することが直ちに救済命令制度の本来の趣旨、目的に由来する限界を逸脱するということはできない。

団体交渉が、合意形成のみならず労使間のコミュニケーションの手段等としての意義、機能を有するものであるとの理解(通説的理解)。
合意の成立する見込みがない場合であっても、誠実交渉命令が事実上又は法律上可能性のな事項を命ずるものとはいえない。
行政処分である救済命令は、不能なものであってはならず、救済命令の内容が事実上又は法令上実現可能性のないものである場合には違法となると解される(注釈)。
労働委員会規則33条1項6号:救済申立てを却下することができる場合の1つとして、「請求する救済の内容が、法令上又は事実上実現することが不可能であることが明らかであるとき」を掲げている。
but
ここで相当されているは、既に存在しなくなった職場に復帰させることや、第2組合を解散させることといった、救済命令の内容(命ぜられる行為)自体が事実上又は法令上実現不可能な場合であるところ、仮に合意の成立する見込みがないとしても、使用者が誠実に団体交渉に応ずること自体は可能であることが明らか。
侵害状態がある以上、救済の必要性がないということもできない。 
労働委員会が救済命令を発するためには、救済の必要性(救済利益)が存在することが必要であり(最高裁)、誠実交渉義務違反があっても、その後、例えば使用者が誠実な団体交渉に応じたような場合には、侵害状態が解消され、救済の必要性が失われたものとして、救済命令を発することができなくなる。
but
合意の成立する見込みが事後的に失われたというだけでは、誠実交渉義務違反による侵害状態が解消されたとはいえず、救済の必要性が失われたということはできない。
⇒使用者が誠実交渉義務に違反する不当労働行為をした場合には、当該団体交渉に係る事項に関して合意の成立する見込みがないときであっても、労働委員会は誠実交渉命令を発することができると判断。
  特報p12
大阪地裁R4.3.10  
  ふるさと納税と地方交付法に基づく特別交付税の減額の可否
  事案 総務大臣は、いわゆるふるさと納税に係る寄付金の収入見込額が一定額を超えた場合に特別交付税の額の減額項目とする旨を規定する「特別交付税に関する省令」の規定を適用して、原告(大阪府泉佐野市)の令和1年12月分及び令和2年3月分の特別交付税の額をそれぞれ決定。 
本件各特例規定の適用を受け手特別交付税の額を減額された原告が、本件各特別規程は地方交付税法15条1項の委任の範囲を逸脱し違法・無効⇒本件各特例規定に基づく本件各決定は違法⇒国を被告として、本件各決定の取消しを求めた。
    地方交付税:地方団体(都道府県及び市町村)間の財源の不均衡を調整し、すべての地方団体が一定の水準を維持し得るよう財源を保障する見地から、国税収入の一定割合を財源として、国が地方団体に交付する税。 
  争点 本案前の争点:
①本件訴えは裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たるか
②総務大臣が行う特別交付税の額の決定は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるか
③訴えの利益の有無
本案の想定:
④本件各特別規定が交付税法15条1項の委任の範囲を逸脱し違法・無効になるか」 
  判断   争点②:
地方交付税は、国から独立した法人である地方団体が自らの事務を行うために交付されるものであって、国の地方団体に対する支出金の性質を持ち、また、その具体的な額は総務大臣が一定の算定方法等に従って決定を行うことによって確定すること等

地方団体は、 交付税法に基づく地方交付税の額を受けることにより、当該決定に係る地方交付税の額の交付を受ける具体的な権利ないし法律上の利益を取得する
⇒総務大臣が行う特別交付税の額の決定は、行政処分に当たる。
  争点③:
被告:令和元年度の地方交付税の総額の上限は交付税法で定められており、本件各決定を取り消しても、当該上限を超えて原告の特別交付税の額を決定することは不可能⇒本件各決定を取り消すことにより原告に回復すべき法的利益は存在しない。
本判決:
交付税法19条1項は普通交付税の額の算定に用いた数について錯誤を発見した場合、錯誤があったことを発見した年度又は翌年度等において地方交付税の額を調整する旨を定めている
⇒翌年度以降において普通交付税又は特別交付税の算定において調整するなどして対応することがおよそ不可能とはいえないとして、被告の主張を斥けた。 
  争点④: 
交付税法15条1項の法文の文理を見ると、
「基準財政需要額又は基準財政収入額の算定方法の画一性のため生ずる基準財政需要額の算定課題又は基準財政収入額の算定過少」という各事情があることを特別交付税の減額要因として総務省令(「特別交付税に関する省令」)に委任しているものと解するのが自然。
前記「基準財政収入額の算定方法の画一性のため生ずる」とは、基準財政収入額の算定の基礎となる収入項目に係る現実の収入額と基準財政収入額中の当該収入項目に係る基準税額とに差異が生じ、そのために基準税額の過少算定が生じていることをいうものと解するのが相当。

同項は、文理上、基準収入額の算定の基礎とならない収入項目に係る収入を特別交付税の減額要因となる事情として定めることにつき、総務省令に委任していると解することはできない。
本件各特例規定は、令和元年ふるさと納税寄付金に係る収入が一定額に及ぶことを特別交付税の減額要因となる事情と定めるところ、ふるさと納税寄付金収入は、基準財政収入額の算定の基礎となる収入項目に当たらない(交付税法14条参照)⇒本件各特例規定は、法文の分離からは委任の範囲内の事項を定めるものということはできない。
交付税15条1項の委任の趣旨は、地方団体の実情に通じた総務大臣の専門技術的裁量に委ねるのが相当であり、かつ、状況の変化に応じた柔軟性を確保する必要があることから来るもの
but
ふるさと納税寄付金に係る収入が一定額に及ぶことを特別交付税の減額要因となる事情とするかどうかは、そういう専門技術的な裁量に委ねるのが適当な事柄ではないし、柔軟性の確保が問題となるような事柄でもない

本件各特例規定は、交付税法15条1項の委任の範囲を逸脱したものとして、違法・無効であり、本件各特例規定に基づく本件各決定はいずれも違法。
  解説  ●  ●本件における争点 
①本件はそもそも司法の場で解決されるべき「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)に当たるか、それとも本件は行政機関の内部の争いと捉えられるものであり、法律上特に定めがない以上、司法の場に持ち出すことはできないものではないか(行訴法6条、42条に規定する機関訴訟ではないか)

法律上の争訟に当たるとしても
②抗告訴訟(行訴法3条)のルートに乗るものか、
公法上の当事者訴訟(行訴法4条)という形式で争うべきか

③抗告訴訟に乗るとしても、訴えの利益があるといえるか(取消判決の効力(拘束力等)により紛争の解決が法的に図られるか)

④本件各規定が交付税法15条1項の委任の範囲を逸脱した違法なものであるか
  ●処分性 
◎   法律上の争訟に当たる、すなわち最高裁昭和56.4.7等がいう当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であることを肯定
⇒特別交付税額の決定は、地方公共団体に国に対する金銭債権を発生させるものであって、同決定は処分性がある。
取消訴訟の対象となる「処分」(行訴法3条2項)とは、「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」(判例)。
特別交付税の額の決定は、総務大臣(国)が優越的地位に基づき地方公共団体に対して一方的に行うもの⇒公権力性は明らか。
本判決:
ア:国から独立した法人である地方団体が自らの事務を行うために交付されるものであること、
イ:国の地方団体に対する支出金の性質を持つこと
ウ:その具体的な額は、総務大臣が一定の算出方法等に従った決定と行うことによって確定することとなること
⇒処分性を肯定。
ア~内部行為性を否定
ウ~本件の決定により正に権利義務が形成される
アについては、独立の法人格を持つ相手方に対する行為であっても、実質的には行政組織の内部行為であると認められれば処分性は否定される(判例)。
but
本件の場面で地方公共団体を国の下級行政庁と捉え内部行為論を持ってくるのは無理。
  イについて、
国の地方公共団体に対する支出金をめぐる争いは、金銭債権に関わるものであり、「財産権の主体」相互間の争いであるとして法律上の争訟性を認める見解。
本件も、そのことを意識して支出金とういことを処分性を肯定する1つの論拠にしたもの? 
裁判例:
国・地方公共団体間の補助金をめぐる訴訟である「摂津訴訟」の裁判例:
地方公共団体が国に対して保育所設置費負担金の超過負担分を請求(一種の公法上の当事者訴訟として提起)
第1審・控訴審:
保育所の設置費用の負担金の交付については、補助機等に係る予算の執行の適正化に関する法律に基づく交付決定という行政処分を経る必要がある⇒地方公共団体の負担金支払請求を棄却。

補助金適正化法6条1項に基づく補助金の交付決定を抗告訴訟の対象となる行政処分と捉え、行政処分の取消訴訟の形でならば訴えで争うことを認めたもの。
  ●訴えの利益 
最高裁R3.6.24:
処分を取り消す判決が確定した場合には、その拘束力(行政事件訴訟法33条1項)により、処分をした行政庁は、その事件につき当該判決における主文が導きだされるのに必要な事実認定及び法律判断に従って行動すべき義務を負うことになるが、
上記拘束力によっても、行政庁が法令上の根拠を欠く行動を義務付けられるものではない
⇒その義務の内容は、当該行政庁がそれを行う法令上の権限があるものに限られる。
  特別交付税は、年度ごとに総額が決まる⇒令和元年度の特別交付税の総額も決まっているので、取消判決が出されたとして、判決の趣旨に従って原告の令和元年度の特別交付税を増額させるためには、行政庁(総務大臣)は他の地方団体へ交付済みの特別交付税を減額する決定をしなければならないが、これは何ら帰責事由のない原告以外の地方団体に対して不利益を与えるという授益的行政処分の撤回に当たり、不可能という議論があり得る。
他方で、原告に対する令和元年度の特別交付税の額の決定をし、翌年度以降に原告に対して交付する特別交付税又は普通交付税の額により調整することについては、その根拠となる規定が交付税法及び総務省令には存在しないのではないかという疑問。
本判決が引き合いに出す交付税法19条1項の規定は、普通交付税の算定の基礎に用いた数に錯誤があったことを発見した場合に関するもの。
仮に、その類推適用(準用)できないとすると、取消判決の拘束力による行政庁の義務の内容は、当該行政庁がそれを行う法令上の権限があるものに限られると解される
⇒本件訴訟は訴えの利益がない。
but
法律上の争訟性を肯定し、抗告訴訟で争うべきとしながら、訴えの利益はない
⇒残るは国賠請求訴訟という手段によることになって、落ち着きが悪い。
  交付税法15条1項による委任の範囲 
委任命令が授権法の委任の範囲を逸脱するかどうかが問題となった最高裁判決:
①授権既定の文理
②授権法が下位法令に委任した趣旨
③授権法の趣旨、目的及び仕組みとの整合性
④委任命令によって制限される権利ないし利益の性質等
が考慮。
交付税法によると、そもそも地方交付税というのは、財政需要額が財政収入額を超える地方団体に対し、その超過額を補填することを目的として交付するもの(同法3条1項)。
・・・・
交付税法15条1項の眼目は、「普通交付税の額が財政需要に比して過少であると認められる」か否かという点にある。
  行政p30
最高裁R4.3.22  
  複数の不動産を一括して分割の対象とする共有物分割と地方税法73条の7第2号
  事案 Xは、他の共有者と複数の不動産を共有していたところ、これを一括して分割の対象とする共有物の分割により、そのうちの一部の不動産につき、他の共有者の持分を取得して、これらを単独所有することになった。 
前記の持分の取得(「本件各取得」)に対し不動産取得税の賦課決定処分を受けたXが、Y(東京都)を相手に、本件各処分の取消しを求めた。
地税法73条の2第1項は、不動産取得税は、不動産の取得に対し、当該不動産の取得者に課する旨を規定し、地税法73条の7第2号の3(「本件規定」)は、共有物の分割による不動産の取得に対しては、その括弧書きに規定する「当該不動産の取得者の分割前の当該共有物に係る持分の割合を超える部分」(「持分超過部分」)の取得を除き、不動産取得税を課することができない旨を規定⇒Xは、本件各取得に対しては、本件規定により不動産取得税を課することができない旨を主張。
  原審 本件規定にいう「共有物の分割」とは、土地については1筆の土地を対象とする共有物の分割をいい、数筆の土地を一括して分割の対象とする共有物の分割はこれに該当しない。
⇒Xの請求を棄却。 
  判断 複数の不動産を一括して分割の対象とする共有物の分割(「一括分割」)により不動産を取得した場合における持分超過部分の有無及び額については、分割の対象とされた個々の不動産ごとに、分割前の持分の割合に相当する価格と分割後に所有することとなった不動産の価格とを比較して判断すべきである。
解説 A:全体説
←本件規定にいう「共有物の分割」は民法の「共有物の分割」と同義であると解されるところ、民法において、1個の不動産を分割の対象とする共有物分割(個別分割)の場合と一括分割の場合とで異なる規律が予定されているわけではなく、両者を統一的に解釈するのが素直。
B:個別説(本判決)
持分超過部分の有無及び額については、一括分割の場合であっても、共有物の分割の対象とされた1個の不動産ごとに判断すべきものと解するのが、不動産取得税の課税の仕組みと整合的
← 
①不動産取得税に関する地税法の規定の内容等に照らせば、不動産取得税は、個々の不動産の取得ごとに課されるものだえるということができる。
②民法その他の法令において、「持分」ないし「持分の割合」とは、通常、個々の共有物ごとの持分の割合を意味し、複数の共有物全体における持分の割合を意味するとは解されない⇒本件規定の括弧書き中の「分割前の当該共有物に係る持分の割合」とは、取得された不動産に対応する分割前の1個の共有物に係る持分の割合をいうと解するのが自然。
  行政p33
京都地裁R3.4.16  
  ひとり親障害者が障害基礎年金を受給⇒児童扶養手当の支給を停止された事案
  事案 身体障害者のひとり親として4名の子を養育しているX(女性)が児童扶養手当を受給していたが、障害基礎年金と同年金の子加算を受給⇒児童扶養手当法13条の2第2項と児童扶養手当法施行令6条の4の定めにより、障害基礎年金の子加算分だけでなく本体部分についても併給調整の対象として児童扶養手当支給を停止する旨の併給調整規定が適用され、Xへの児童扶養手当の支給が停止。 
X:
①本件併給調整規定は、法13条の2第2項の委任の範囲を逸脱して違法であり無効
②本件併給調整規定は、憲法14条、25条及び国際人権規約に反して無効
⇒Y(京都府)に対して、児童扶養手当のうち障害基礎年金の子加算部分に相当する部分を除く支給停止処分の取消しを求めた。
  本判決  ●①について
①児童扶養手当は、離婚等により稼得能力が低下した受給者に対してその所得を補うもの
②障害基礎年金(本体部分)は障害により稼得能力が低下(ないし喪失)したことに対し、所得補償の趣旨で給付されるもの
⇒両者は稼得能力の低下等に対する所得補償の趣旨において基本的に同一の性質を有するもの
③同一人に複数の稼得能力の喪失ないし低下をもたらう事由が生じた場合において、稼得能力の喪失ないし低下の程度が事由の数に比例するとは必ずしもいえない⇒児童扶養手当と障害基礎年金(本体部分)との間で併給調整を行うことに合理性がないとはいえない。
X:障害のある母がひとりで児童の生計を維持している世帯(ひとり親世帯)については、本件併給調整規定により、児童扶養手当の全額が支給されないのに対し、
児童扶養手当の受給資格を有する母が障害のある配偶者(非受給配偶者)と共同して児童の生計を維持している世帯(ふたり親世帯)については、ふたり親併給調整規定により、児童扶養手当と障害基礎年金の子加算部分との差額部分が母に支給される扱いとなっており、法の許容しない不均衡が生じている。
vs.
・・・世帯の構成人数及び受給者が異なっている⇒両者を単純に比較して配偶者の有無による差別ないし不均衡があるなどとはいえない。
  ●②について
Xの憲法25条の主張
vs.
憲法25条の趣旨に応えて具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は、立法府ないしその委任を受けた行政庁の広い裁量に委ねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用とみられるような場合を除き、同条に違反することはできない。
・・・・併給調整を行うかどうかは、立法府ないしその委任を受けた行政府の裁量の範囲に属する事柄とみるべきところ、本件併給調整規定による併給調整の内容、方法が著しく合理性を欠くとはいえない。
憲法14条違反との主張
vs.
X主張の差異が生じるとしてもこれをもって合理的理由のない不当な差別的扱いであるとはいえない。
本件併給調整規定がひとり親世帯とふたり親世帯につき合理的な理由なく不当に差別するものとはいえない⇒本件併給調整規定が国際人権規約に反するものではない。
  解説 ひとり親に対する所得補償の児童扶養手当と、障害者であることに対する障害福祉年金の併給を禁止することに合理性が争われた堀木訴訟と類似する事案。
  行政p46
東京地裁R3.3.26  
  複合構造家屋の登録価格の決定の違法と国賠請求
  事案 A所有の非木造家屋(複合構造家屋) (「本件家屋」)につきY(富山市)の市長が課してきた固定資産税に過納付が生じている⇒Aを相続したXらが、Yに対し、国賠法1条1項に基づき、過納金相当額等の損害賠償を求めた。
評価 地税法388条1項、403条1項 
評価額=再建築価格(再建築費評点数)×損耗の状況による減点補正率×評点1点当たりの価額
複合建造家屋の主たる構造を基準を基準に基準表が適用されるが、その認定方法としては、①登記簿表題部方式、②低層階方式、③床面積割合方式等があり、全国的な取扱いが統一されていない。
  事案 Y市長:昭和45年以降、登記簿表題部方式で鉄骨・鉄筋コンクリート造(SRC造)と認定。
Aを相続したXら:床面積割合方式⇒鉄骨作(S造)
⇒本件家屋の主たる構造が誤って認定されてきたことで生じた過納金を、過年度に遡及して返還するよう求めた⇒Yが拒絶⇒国賠請求。 
  判断 固定資産税の賦課処分の客観的違法性の判断基準(最高裁H25.7.12)を示し、国賠法上の違法性判断につき職務行為基準説が妥当するとした上で、
「Y市長による登録価格の決定が 客観的に違法であったとしても、当該登録価格が、価格決定当時の他の自治体の取扱いや裁判所の判断等諸般の事情を踏まえて合理性を否定し難い方法(すなわち、それを採用して登録価格を是正しても、当該市長の職務上の注意義務に違背したとまではいえない方法)により是正されたときの価格を上回らない場合には、職務上の注意義務に違背して納税者に損害を加えたとはいえず、また、Y市長において積極的に登録価格を改めない結果となる取扱いがされたとしても、国賠法上違法とはいえないものと解される」

一般的に合理性を有しない登記簿表題部方式に従った本件家屋の登録価格の決定は客観的には違法たり得るが、同登録価格は、合理性を否定し難い低層階方式により是正されたときの価格を上回らないため、Y市長が同登録価格を是正しなかったとしても、その職務上の注意義務に違反したとはいえない⇒Xらの請求を棄却。
  解説 国賠法上の違法性について
A:結果不法か
B:行為不法(職務行為基準説)か 
本判決:
国賠法上の違法性判断につき職務行為基準説が妥当とする旨判示しつつも、
Y市長の職務上の注意義務違反の判断において、本件家屋の登録価格を是正しな取扱いが納税者に「損害」を加えたか否かを重要な考慮要素に位置付けた。
その上で、侵害行為がなかった場合の「原状」と侵害行為により発生した「現状」の差を損害とする差額説に依拠し、登記簿表題部方式を前提に算出された固定資産税(「現状」)と低層階方式を前提に算出された固定資産税(「原状」)との間に差がない⇒納税者には損害は生じていない。
~床面積割合方式に従った本件家屋の登録価格の是正は、地税法432条に基づく審査の申出及び地税法434条に基づく抗告訴訟の提起に委ね、
国賠法上の違法性判断においては、本件家屋の登録価格を是正しない取扱いにつき、これを正当化する合理的な理由があるかを審理判断すべきものとした。
  行政p56
神戸地裁R3.8.24  
  自動車事故⇒道路管理者である県の国賠法2条1項の責任(肯定事例)
  事案 Xは、本件事故について、Aとの間で締結していた人身傷害保障特約付きの自動車共済契約に基づき、Aの相続人に対して共済金を支払った。
Xは、本件事故は、本件水たまりの存在が原因で生じたものであり、本件水たまりが発生したのは、Yが設置管理する本件道路の排水設備の排水機能に不足があり、また、その排水設備に堆積した落ち葉等の除去をしていなかったことに原因がある
⇒AはY(兵庫県)に対し国賠法2条1項による損害賠償請求権を有するところ、XがAの相続人に前記共済金を支払ったことにより、Aの有する前記損害賠償請求権を共済金支払額の限度で代位取得した⇒Yに対し、損害金2419万5545円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。 
  Y主張 争点1(本件道路の設置管理の瑕疵)について
ア:本件事故は、本件道路の制限速度である時速40キロを大幅に超える時速約65キロから約70キロで走行するというAの異常な用法により発生したもので、本件水たまりが存在していたことがその発生原因ではない
イ:本件水たまりの存在が事故原因としても、本件道路に設置されている排水設備の排水能力に問題はなく、また、Yは、本件道路について、道路管理パトロール要綱に基づき、1日1回巡回パトロールを行う等し、側溝や集水桝の落ち葉等の除去も行っていた⇒本件道路の設置又は管理に瑕疵はない。

争点2(過失相殺)
仮に、前記瑕疵があるとしても、Aには制限速度超過及びシートベルト不装着の過失があり、過失相殺がなされるべき。
  判断  本件道路の設置管理の瑕疵(争点1) 
本件事故はA車両が本件水たまりを避けるように中央線寄りを進行し、左側タイヤのみが本件水たまり内に進む態様で走行したことによって不規旋転運動が生じる等して発生⇒A車両が制限速度を大きく超える高速で走行したことにより事故が発生したとのYの主張を排斥。
本件道路の排水設備の設置管理の状況:
本件水たまりの発生原因は、同排水設備に落ち葉等が堆積して、その排水機能が阻害されていたことにあるところ、同排水設備には周囲から落ち葉等が流入しやすい状況にあった
⇒Yが、本件道路の排水設備を設置及び管理するに当たっては、本件道路の車線上に水たまりを商事させて車両の安全な運行を妨害しないようにするため、設置される排水設備が十分な排水能力を有するだけでなく、これに落ち葉等が堆積することによりその排水機能が阻害されないようにすることも求められ、特に、その排水構造に照らして、附近の川に接続される排水管の入り口部分の通水機能が阻害されないように留意する必要。

本件道路の排水設備の設計上の能力には問題がなく、その構造自体に不備があったとはいえないが、Yは、有蓋側溝の内部や前記排水管の入り口となる桝内に堆積している落ち葉等については、これらを定期的に除去してたとは認められず、また、前記排水管の入口部分に落ち葉等が流入して通水が阻害されることを防止する措置も講じていなかったところ、これらの措置が行われていれば、本件水たまりが発生することはなかった。

Yの本件道路の設置又は管理に瑕疵があると認めた。
  過失相殺(争点2)
Aのシートベルト不装着について、過失割合を2割。 
  解説 国賠法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵:
営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、
瑕疵の有無は、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して個別具体的に判断される。
(判例) 
本件:
・・具体的事情を考慮して、同設備に要求される設備及び管理の内容を示し、
本件においては、本件道路に設置される排水設備内の落ち葉等の除去や同設備への落ち葉等の流入防止措置が不十分⇒責任を肯定。
  行政p66
大分地裁中津支部R3.5.25  
  村八分による国賠請求の事案
  事案 Y2らについてXに対し市報を配布しないなどの村八分や各種嫌がらせ⇒Y2らに対しては民法719条1項に基づき、Y1に対しては国賠法1条1項若しくは国賠法3条1項又は民法715条1項に基づき、慰謝料等の連帯支払を求めた。 
反訴:
Y2が、Xから不当な告訴を受けるなどの各種嫌がらせを受けたとして、Xに対し、民法709条に基づき、慰謝料等の支払を求めた。
  判断    Xが、近くの田畑で農業に従事しながらa区内の実家で生活したり区長兼自治委員から市報等の配布・回覧を受けたりa自治区の構成員として会合や行事等に参加したりしていた
⇒a区の住民やa自治区の構成員として平穏に生活する人格権ないし人格的利益を有していた。
but
Xを除きY2らを含むa自治区の構成員らは、Xがa区に住民票を有していない⇒Xをa自治区の構成員と認めず、共同してXと断交する旨の決議(「本件決議」)を行うとともに、Y2がY1に対し前自治委員としてa自治区の戸数が1戸減少した旨届け出たり、Y3が区長兼自治委員に就任してもXに対して市報等を配布・回覧せず、冠婚葬祭の連絡もしなかったり、a自治区の住民らがXと口をきかなくなったり、Y4が区長に就任してもXに対し市報等を配布・回覧しなかった。

Xを除いたa自治区の全構成員による本件決議やこれに沿った7年以上に及ぶ前記各言動は、前記人格権ないし人格的利益を継続的に侵害し、Xに大きな落ち度があるともいえない⇒社会通念上許される範囲を超えた「村八分」として、共同不法行為を構成。
  Y2は、X所有の畑に通じる市道に赤い塗料で「私道」等と大書するとともに「進入禁止」と記載されたカラーコーン等を複数設置してXによる通行を妨げたり、前記畑上の柿の木を切るなどして枯らしたり、前記畑へ瓦れきを投棄したりしたと認定。
Y2による前記各行為は、Xが平穏に生活する人格権ないし人格的利益を侵害し、社会通念上許される範囲を超えた「嫌がらせ」として不法行為を構成。
  Xも、Y2等が本件決議を主導したとしてY2等を脅迫罪で告訴。
but
村八分は脅迫罪を構成し得る⇒合理的理由がある⇒本訴請求は権利の濫用でなく、Xは不法行為責任を負わない。 
  Y1における自治委員や区長は、Y1から市政の周知や市報の配布、募金への協力等の事務を受託しており、これらの多くが本来Y1で行うべきもの
but
強制的な権限を有しておらず、Y1からの指揮監督も受けていない
⇒国賠法上の公務員やY1の被用者に当たらない。 
宇佐市自治会連合会も、同様の事務を受託しているものの、強制的な権限を有しておらず、Y1からの指揮監督も受けていない⇒国賠法上の公共団体に当たらない。
   
Y1は国会賠償責任も使用者責任も負わず、
Y2らは前記村八分について共同不法行為責任を負い、
Y2は前記嫌がらせについて不法行為責任を負う。
村八分に対する慰謝料は100万円
嫌がらせに対する慰謝料は30万円
が相当。
  解説   団体がその秩序を乱した構成員に対して行う共同断交の制裁であるいわゆる「村八分」は、人格権ないし人格的利益を侵害し、その程度が社会通念上許される範囲を超えた場合、共同不法行為を構成すると解されている。 
  国賠法1条1項の「公共団体」や「公務員」は「公権力の行使」に当たる団体ないし個人のことをいい、ここにいう「公権力の行使」とは、本来は国又は公共団体でなければ行使し得ない権力的ないし強制的契機を含む事務を行うことを意味するものと解されている。
民法715条1項の「被用者」は、使用者から実質的な指揮監督を受けている者を意味するものと解されている。
本判決:
本件のY1における自治委員や区長、宇佐市自治回連合会がこれらの要件を満たさない⇒Y1の国賠責任や使用者責任を否定。 
  刑事p76
広島高裁松江支部R3.11.5  
  破棄判決の拘束力(米子ホテル強盗殺人第3次控訴審判決)
  事案 強盗殺人の事案で、犯人性が争われた事案
  審理の経緯

③最高裁第1時上告審
④広島高裁差戻審(第2次控訴審)
⑤鳥取地裁第2次一審

⑤についての控訴審。 
  解説  控訴の趣旨は、訴訟手続の法令違反及び事実誤認の主張。 
前者:⑤判決が④判決の拘束力を認めたのは法令の解釈適用を誤っている
後者:被告人は本件公訴事実の犯人ではない
⑤判決が④判決に拘束されるとしたのは、
①判決が夕食終了時刻を午後9時26分頃と認定したことを④判決が否定した部分。

①判決:証拠評価を誤って夕食終了時刻を午後9時26分頃と認定したことにより、夕食を終えて事務室にいた被害者と被告人が鉢合わせをする形で出会ったため咄嗟に被害者を殺害してその後に金銭を奪ったとして殺人と窃盗を認定
④判決:この夕食終了時刻の認定を否定しひいて被害者のいる事務室に被告人が侵入したとの判断も否定(被告人が金品物色中に被害者が事務室に戻ったと認定)しており、⑤判決は、この消極的否定判断に拘束されかつ⑤における証拠調べの結果によってもその拘束力からの解放は生じないとした。
本判決:このような拘束力を認めた⑤判決の判断に誤りはないとした。
  破棄判決の拘束力について、最高裁:
破棄判決の拘束力は、法律上の判断だけでなく、事実上の判断についても生じるとし、
「破棄判決の拘束力は、破棄の直接の理由、すなわち原判決に対する消極的否定的判断についてのみ生ずるものであり、その消極的否定的判断を裏付ける積極的肯定的事実についての判断は、破棄の理由に対しては縁由的な関係に立つにとどまりなんらの拘束力を生ずるものではない」と判示しており、⑤判決及び本判決は、この判示の前段部分に従ったもの。 
破棄判決の拘束力については、前記説示にかかわらず、「直接の破棄理由と不可分な関係ないし必然的な論理的前提の関係にある事項についての判断であれば、たとえ肯定的・積極的な形のものであっても、拘束力を排除する理由はない」とするのが通説的見解とされているが、裁判員裁判制度導入後のいても同様に考えてよいかは検討を要するところ。
  刑事p82
横浜地裁R3.11.9  
  看護師による、入院中の患者3名に対する殺人と、殺人予備の事件
  事案 看護師による、入院中の患者3名に対する殺人と、殺人予備の事件
2名は終末期医療のために入院し、1名は怪我の治療のために入院していた者。 
  判断 ・解説 ●  ●責任能力に対する判断
被告人は、起訴前にD1医師の精神鑑定を、起訴後にD2医師の精神鑑定(裁判所法50条に基づく、いわゆる50条鑑定)を受けたほか、
元家庭裁判所調査官であり、公認心理師及び臨床心理士の資格を有する大学教授D3によるいわゆる情状鑑定を受けた。
被告人が自閉スペクトラム症に該当するかどうかという点については、これを否定するD2鑑定を採用(D1鑑定も援用して自閉スペクトラム症の特性は有していた。)。

統合失調症の発症が認められるかどうかという点については、これを否定するD1鑑定を採用。
①自身の勤務時間中に対応を迫られる事態を起こしたくないと考えて本件各犯行に及んだという犯行動機は、それが当面の不安を解消するものにすぎず、根本的な解決にならないことを考慮しても、了解可能
②被告人は、自分が対応しなくてもよい時間帯に被害者を死亡させるという目的に沿って、犯行手段を選択し、自身の犯行が発覚しないように注意して本件各犯行に及んでいる
⇒完全責任能力が認められる。
起訴前の鑑定が行われている場合にも、50条鑑定が行われることは少なくなく、公判においては、複数の鑑定人の証人尋問が行われ、裁判員はその信用性判断を迫られることになる。
本件では、D3教授による情状鑑定も行われており、事案把握のため有効であったことがうかがわれる。
  ●量刑判断 
①3名の生命が失われたという結果の重大性
②看護師としての知見と立場を利用し、犯行が発覚しないように工夫しつつ、それぞれの患者ごとに犯行手段を選択肢て犯行に及んだ態様の悪質性
③動機が身勝手で酌むべき点が認められない
⇒被告人の刑事責任は誠に重大であるとし、被告人に科すべき刑は死刑または無期懲役刑。
◎本件が死刑を選択することがやむを得ない事案か?
被告人が犯行動機を形成するに至った過程に着目し、
①被告人は、もともと、複数のことが同時に処理できない、対人関係等の対応力に難がある、問題解決の視野が狭いといった自閉スペクトラム症の特性を有しており、患者の様子を観察して臨機応変な対応を行わなければならないという看護師に求められる資質に恵まれていなかったこと
②被告人自身、看護師の適性がないことは自覚していたが、聞かされていた勤務先病院の業務内容であれば、自分でも務まると考えて勤務を開始したところ、うつ病となり、退職を考えたものの、決断がつかないまま、仕事を続けたこと、
③そのような状況の中で、被告人は、ストレスを溜め込み、視野狭窄的心境に陥って、一時的な不安軽減を求めて担当する患者を消し去るほかないという短絡的な発想に至り、犯行を繰り返したこと
という動機の形成過程には、被告人の努力ではいかんともしがたい事情が色濃く影響しており、被告人のために酌むべき事情といえる。
被告人の供述態度や被告人には前科前歴がなく、反社会的傾向も認められない
⇒更生可能性も認められ、死刑を科すことがやむを得ないとまではいえない。
    ⇒被告人を無期懲役に。
2530   
  判例特報
東京地裁R4.5.16   
  営業時間短縮命令に対する国賠請求
  事案 新型コロナウイルス感染症が再拡大⇒令和3年1月7日、政府対策本部長は、東京都ほかを対象に、2回目の緊急事態制限。
同年2月3日、特措法が一部改正され、特措法45条3項に基づき、東京都知事は、飲食店等の施設管理者に対し、施設使用制限命令等の措置を講ずべきことを命ずることができるようになった。 
原告:本件要請に応じない正当な理由があったこと、本件命令の発出は特に必要があたっと認められないことなどの理由で、本件命令は違法であり、また、特措法及び本件命令は営業の自由、表現の自由等の基本的人権を侵害するなどの理由で違憲であるところ、本件命令に従い営業時間を短縮したために売上高が減少し、営業損害を被った。

国賠法1条1項に基づき、被告である東京都に対し、前記損害の一部である104円の支払を求めた。
  争点 本件命令の違法性に関し
①本件命令に違法な目的があったか
②本件要請に応じない正当な理由があったか
③本件命令の発出は特に必要があったか
④東京都知事が職務上の注意義務に違反したか
本件命令の違憲性に関し、営業の自由、表現の自由、平等原則を侵害するか
  判断    原告:本件命令につき、本件記事を発信し、飲食店に対する緊急事態措置に反対意見を表明していた原告を狙い撃ちにした、報復ないし見せしめ⇒本件命令に違法な目的があった。
vs.
東京都知事が本件記事のような発信をしていない相当数の事業者に対しての時短要請や時点命令を行った⇒違法な目的を否定。
  原告:所定の場合に損失補償ないし損害補償をしなければならない旨定める特措法62条、63条等⇒東京都知事が本件要請を行うに当たり、その影響が及ぶ事業者の経済的な事情を考慮することを当然の前提とする⇒特措法45条3項所定の正当な理由の有無については、本件要請を受ける事業者の経済的な事情が考慮されるべき。
原告には本件要請に応じない正当な理由があった。
vs.
・・・・前記協力要請に応じなかった原告に対して引き続き行われた営業時間短縮の要請も、新型コロナウイルス感染症に対する対策の強化を図り、また、国民の声明及び健康を保護するために必要かつ有用であったといえる⇒原告が本件要請に応じない正当な理由があったとは認めなかった。
  ●  いわゆる時短命令等の発出要件として、特措法45条3項は、「施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認められるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを命ずることができる。」と定める。
東京都知事は、本件要請に応じない原告に対し、「特に必要があると認めるとき」に限り、本件命令を発出し得た。
原告:
東京都知事が本件命令を行うに当たっては、施設管理者に対する必要最小限の措置であり、そのような不利益処分を課すことが感染防止対策としてやむを得ないというに足りる高度の必要があることが求められる。
本件命令に付記された「本件対象施設は夜間の営業を継続し、客の来店を促すことで、飲食につながる人の流れを増大させ、市中の感染リスクを高めていること」は立証がなく、「原告が緊急事態措置に応じない旨を強く発信し、他の飲食店の夜間の営業継続を誘発するおそれがあること」についても、本件記事の発信は、他の飲食店の夜間の営業継続を誘発するものではなく、原告に対し不利益処分を課す理由にならない
⇒「特に必要があると認めるとき」には当たらない。
本判決:
措置命令に違反した場合、当該違反行為をした施設管理者は過料に処せられる(特措法79条)、制裁規定の前提にもなる⇒その運用は、慎重なものでなければならない。

前記の高度の必要性が求められるとの原告の主張は、飲食店に対する営業時間短縮の要請が新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策として必要かつ有用なものといえることの均衡を失し、そのまま採用し難いとしつつも、原告が本件要請に応じないことに加え、原告に不利益処分を課してもやむを得ないといえる程度の個別の事情があることを要するという限度で、首肯し得る。

本件命令発出日の頃、都内の飲食店のうち2000余りの店舗は、営業時間短縮の協力要請に応じず夜間の営業を継続しており、こうした中、いかに上場企業であるとはいえ、前記2000余りの店舗の1%強を占めるにすぎない本件対象施設において、原告が実施していた感染防止対策の実情や、クラスター発生の危険の程度等の個別の事情の有無を確認することなく、本件対象施設での夜間の営業継続が、ただちに飲食につながる人の流れを増大させ、市中の感染リスクを高めていたと認める根拠は見出し難い⇒前記の「特に必要があると認めるとき」には当たらない。
  but
①本件命令自体が違法というわけではなく、
②本件命令の発出に当たり、東京都知事が裁量の範囲を著しく逸脱したとまではいい難いこと、
③本件命令は・・・措置命令の法定後、最初の発出事例であり、その発出までの間、東京都知事において、要件該当性判断の当否等の検討のために参照すべき先例がなかったこと等

東京都知事が本件命令を発出するに当たり過失があるとまではいえず、職務上の注意義務に違反したとは認められない⇒原告の請求を棄却。
  行政p34
最高裁R4.2.15  
  大阪市ヘイトスピーチへの対処に係る条例と憲法21条1項
  事案 市の住民であるXらが、本件各規定(大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例、5~10条)が憲法21条1項等に違反し、無効であるため、審査会の委員の報酬う等に係る支出命令は法令上の根拠を欠き違法である⇒市の執行機関であるY(大阪市長)を相手に、地自法242条の2第1項4号に基づき、当時市長の職にあった者に対して損害賠償請求をすることを求めた住民訴訟。
  一審・原審 本件各規定が表現の自由を制限するものであるとした上で、
本件各規定は憲法21条1項等に違反しない
⇒Xらの請求を棄却。 
  判断 条例ヘイトスピーチの定義について規定した本件条例2条1項:
①同項1号が、表現活動が人種又は民族に係る特定の属性(「民族的属性」)を理由として、個人又は集団を社会から排除すること等の不当な目的をもって行われたものであり、
②同項2号が、表現の内容及び表現活動の態様について、得意に悪質性の高いものであることを要件としたものであり、当該表現活動が、個人若しくは集団をその蔑称で呼ぶなど、個人若しくは集団を相当程度侮辱し、若しくはひぼう中傷するものであること、又は
個人若しくは集団の生命、身体若しくは財産について危害を加える旨を告知するなど、社会通念に照らして、その個人等に脅威を感じさせるものであることを要する旨を規定したものであり、
③同項3号は、当該表現活動が、仲間内等の限られた者の間で行われるものではなく、不特定多数の者が表現の内容を知り得る状態に置くような場所又は方法で行われるものであることを要する旨を規定したもの。
前記解釈を前提とした上で、
本件各規定の目的のために制限が必要とされる程度と、
制限される事由の内容及び性質、
これに加えられる具体的制限の態様及び程度等
を衡量して合憲栓を判断するという利益衡量論に依拠
ア:本件条例2条1項にいうヘイトスピーチ(条例ヘイトスピーチ)に該当する表現活動は、人権又は民族に係る特定の属性を理由として特定人等を社会から排除すること等の不当な目的をもって公然と行われるものであって、
その内容又は態様において、殊更に当該人種若しくは民族に属する者に対する差別の意識、憎悪等を誘発し若しくは助長するようなものであるか、又はその者の生命、身体等に危害を加えるといった犯罪行為を扇動するようなものであるといえる
⇒これを抑止する必要性が高く、市内においては、実際に前記のような過激で悪質性の高い差別的言動を伴う街宣活動等が頻繁に行われていたことがうかがわれる事等も勘案すると、条例ヘイトスピーチの抑止を図るという本件各規定の目的は合理的であり正当なものということができる。
イ:これにより制限される表現活動は前記のような過激で悪質性の高い差別的言動を伴うものに限られる上、その制限の態様及び程度においても、事後的に市長によるインターネット上の表現の削除要請や表現活動をしたものの氏名又は名称の公表等の対象となるにとどまる
ウ:市長による要請に従わないものに対する制裁はなく、表現活動をしたものの氏名等を特定するための法的強制力を伴う手段も存在しない

本件各規定による表現の事由の制限は、合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものというべきであり、また、条例ヘイトスピーチの定義で規定した同項等の内容が不明確なものとはいえず、過度に広範なものともいえない

本件各規定は、憲法21条1項に違反しない。
  解説   ●  ●住民訴訟において法令の合憲性を争うことの可否 
◎  最高裁昭和37.3.7:
大阪府の住民である原告が、市町村警察を廃止しその事務を都道府県警察に移した警察法が憲法92条(地方自治の本旨)に違反し、無効であるなどと主張して、大阪府の警察費予算の支出の差止めを求めた住民訴訟の事案において、警察法が憲法92条に違反するものではないとの判断を示している。
行政機関等の設置に関する法令が違憲無効⇒当該行政機関等の活動に係る公金の支出についても、法律上の根拠を欠くこととなり、違法となる⇒上記のようなケースでは、住民訴訟により法令の合憲性を争うことができる。
住民訴訟の対象は、地自法242条1項により、「公金の支出」「財産の取得、管理若しくは処分」、「契約の締結若しくは履行」、「債務その他の義務の負担」(財務会計行為)又は「公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」とされている
⇒法令の違憲が個別の財務会計行為の違法を基礎付けるものである限りにおいては、住民訴訟において、当該法令の合憲性を争うことができると解すべき。
他方で、法令の意見が個別の財務会計行為の違法を基礎づけるものではない⇒当該違憲をいう点は主張自体失当となり、他に当該財務会計行為の違法を基礎づける主張がなければ、直ちに請求は棄却される。
本件:
Xらが違憲無効と主張している本件各規定のうち、審査会の設置(本件条例8条)等に係る規定が違憲無効⇒審査会の委員の地位や審査会による手続自体が法令上の根拠を欠く⇒同委員に対する報酬等に係る支出命令の違法が基礎づけられる⇒Xらは本件各規定の違憲性を争うことができる。
  ●   ●表現の内容に着目した規制の合憲性審査の枠組み 
  表現の自由を始めとする精神的自由については、民主制の過程を支える重要な権利⇒それが不当に制限されている場合には、国民の知る権利が十分に保障されず、民主制の過程そのものが傷つけられている⇒裁判所が積極的に介入する必要があり、精神的自由を規制する立法の合憲性を裁判所が厳格に審査しなければならない。
表現内容規制については、
学説上は、極めて厳格な基準とされる明白かつ現在の危険の基準(①ある行為が近い将来、ある実質的害悪を引き起こす蓋然性が明白であること、②その実質的害悪が極めて重大であり、その重大な害悪の発生が時間的に切迫していること、③当該規制手段が前記害悪を避けるのに必要不可欠であることという3つの要件の存在が立証された場合にはじめて、当該表現を規制することができるとするもの。)により合憲性を審査すべきであると解する立場も有力。
  判例:
未決勾留により拘禁されている者の新聞紙、図書等の閲覧の自由の制限が問題となった最高裁昭和58.6.22を始めとして、表現内容規制について、一律の審査基準を定立して合憲性を判断するという手法を採用せず、①制限の必要性の程度と、②制限される自由の内容及び性質、③これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を衡量して決するという利益衡量論に依拠した上で、
それが無原則、無定量に行われることがないように、事案に応じて、利益衡量を指導するルール(利益衡量の方法)として、学説いう厳格な審査基準(明白かつ現在の危険の基準、必要最小限度の原則。LRAの基準、漠然性ゆえに無効の法理、過度の広汎性のゆえに無効の法理等)の趣旨を取り入れてきた。

表現内容規制の在り方は様々⇒ 一律の基準を定立するのではなく、事案に応じて柔軟に対処していることを要するとの考え方に基づくもの。
  従来の判例:
①規制される自由又は利益につき、
保護の必要性が特に高く、制限の程度も重大であるような場合⇒明白かつ現在の危険の基準を意識した利益衡量の方法
②その保護の必要性が低く、当該規制の外縁が比較的明確かつ限定的なもの
⇒特に利益衡量のの方法について具体的に明示せず
③その余のもの
⇒明白かつ現在の危険の基準以外の厳格な審査基準を意識した利益衡量の方法を採用し、又は「①禁止目的、②これを禁止される政治的行為との関連性、③政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することによる失われる利益の均衡」の3点により合憲性を検討するという合理的関連性の基準によるという傾向を指摘。
昭和58年最判:
新聞紙、図書等の閲読の自由については、個人の思想及び人格の形成・発展や、民主主義社会における思想及び人格の形成・発展や、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保に資するものであり、かつ、新聞紙、図書等の一部を抹消した場合、当該抹消部分に記載された思想、情報等を認識することが全くできなくなること等

右の制限が許されるためには、当該閲読を許すことにより右の規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、被拘禁者の性向、行状、監護内の管理、保安の状況、当該新聞紙、図書等の内容その他の具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合においても、右の制限の程度は、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものと解するのが相当。

最も厳格とされる明白かつ現在の危険の基準を意識した利益衡量を行ったもの。
H2.9.28最判:
政治目的の放火等の扇動等を処罰する破防法39条等につき、同扇動等が重大犯罪を引き起こす可能性のある社会的に危険な行為であるとして、特に厳格な審査基準を意識した説示をすることなく合憲の結論を導いている。

「保護される利益>規制される利益」が明白であることや、規制の外縁が比較的明確かつ限定的であることをふまえた判断。
最高裁昭和59.12.12:
と時の完全定率法21条1項3号の規定によるわいせつ表現物の輸入規制の憲法21条1項適合性が問題となった事案において、わいせつ表現物を否定的に評価し、その規制の必要性を前面に据えた説示をする反面
「法律をもって表現の自由を規制するについては、基準の広汎、不明確の故に当該規制が本来憲法上許容されるべき表現にまで及ぼされて表現の自由が不当に制限されるという結果を招くことがないように配慮する必要があり」とも説示。

わいせつ表現物については、制限される自由又は利益の内容及び性質等の点において、昭和58年最判と比べ、衡量すべき価値自体の優劣の判断は容易⇒明白かつ現在の危険の基準を意識した利益衡量にはよらない。
but
制限される自由又は利益の外縁の明確性、限定性の点等からみると、その判断が容易とはいえない側面も否定できない⇒本来の規制対象としてそう想定される表現を超えて、表現の自由を不当に制限することとならないよう、漠然性のゆえに無効の法理等の厳格な基準を意識した利益衡量を行った。
表現内容規制の憲法21条1項適合性の判断において合理的関連性の基準を用いた最高裁の判断は少数であり、最高裁昭和49.11.6の公務員の政治的行為を規制対象とした事案に限られる。
判例は、・・・前記の利益衡量の際に、審査の対象となる規定を合理的に解釈し、その解釈を踏まえて当該規定の合憲性を判断するという手法を採用。 
最高裁H24.12.7の千葉勝美裁判官の補足意見:
公務員の政治的行為を禁止する国公法102条1項の合憲性が問題となった事案において、まずは対象となっている規定について丁寧な解釈を試みるべきであり、その作業をした上で具体的な合憲性の有無等の審査に進むべき。
  ●本判決について
本件条例乗のヘイトスピーチの定義を規定した本件条例2条1項について、・・・によれば、条例のヘイトスピーチが市長による拡散防止措置等の対象となることから、差別的言動解消推進法2条と比較して詳細な定義をしたものであり、
①目的の要件、②態様の要件及び③不特定性(公然性)の要件の3つを全て充足することを要するとしたもの。
①について:
表現の自由との関係を考慮して、単なる批判や非難を対象外とすることを趣旨とする
②について:
相当程度の侮辱等をするもの又は個人等に脅威を感じさせるもののいずれかに該当することを要する⇒表現の悪性を審査することとした。
③について:
不特定多数の者が表現の内容を知り得る状態に置くような場所又は方法で行われるものであることを要する⇒仲間内に限定された表現活動を除外する趣旨。
but
本件条例2条1項1号は、問題となる表現が人種又は民族に係る特定の属性(民族的属性)を理由とするものであることを明示せず、民族的属性を有する個人又は該当個人により構成される集団を「特定人等」と定義した上で、特定人等を社会から排除すること(同号ア)、特定人等の権利又は自由を制限すること(同号イ)等を目的とすることを規定。
but
一般に、民族的属性を有しない個人を想定することはできず、全ての個人がこれに該当することとなる⇒「特定人等」の概念を基に規制対象を限定することはできない。⇒同号の文言のみからは、民族的属性を理由とするものではない表現活動(例えば、個人の具体的な違法行為の存在を理由に処罰を求める表現活動等)であっても、特定人等の権利又は自由を制限することを目的としているなどという捉え方をすれば、同号に該当すると見る余地があることとなる。
同項2号は、表現活動の内容及び態様について、
「特定人等・・・に脅威を感じさせるもの」などと規定するにとどまり、その具体的内容又は態様を例示するなどしておらず、その対象とされた個人等に対して主観的な不安感等を与えたことをもって、同号に該当するとの解釈も成り立ちえないではない。

本判決は、まず、憲法判断に先立って、本件各規定のうち、本件条例上のヘイトスピーチの定義を規定した本件条例2条1項につき、解釈を示したもの。
本件条例の制定経緯及び文理に照らせば、本件条例は、表現の自由の保障に配慮しつつ、当時、市内で頻繁に行われていた、特定の民族等に属する集団を一律に排斥する内容、同集団に属する者の生命、身体等に危害を加える旨の内容、同集団をその蔑称で呼ぶなどして殊更にひぼう中傷する内容等の民族的属性を理由とする過激で悪質性の高い差別的言動の抑止を図ることをその趣旨とするものと解すべき。

民族的属性を理由とするものではない表現行為が条例ヘイトスピーチに含まれるとの解釈や、表現行為が、その対象とされた個人等に主観的な不安感等を与えることをもって、直ちに条例ヘイトスピーチに該当するとの解釈は、前記趣旨を超えて表現の自由を制約することとなるから、採用し難い。
本件各規定が憲法21条1項に違反するか否かを検討するに当たり、いかなる利益衡量の方法をとるべきか?
民族的属性を理由とする差別的言動を伴う表現活動自体は、社会的に許されるものではないことが明らかであり、少なくとも昭和58年最判における閲読の自由等を比肩すべき価値は見出し難い⇒最も厳格な基準である明白かつ現在の危険の基準を意識した利益衡量を行う必要があるとはいえない。
but
民族的属性に言及する表現活動には、海外の政権等による人権侵害、大量破壊兵器の開発やこれらを支持、支援しているとみられる個人又は団体に対する批判、わが国における出入国管理政策についての議論等の政治的表現との切り分けが困難なものも含まれ得る。

政治的表現の自由は、民主主義社会に不可欠な表現の自由の根幹を構成するもの⇒本来の規制対象として想定される範囲を超えて、これが不当に制限されることとならないよう細心の注意を払う必要がある。

本件においては、本件各規定による表現の自由の制限が合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものといえるかを吟味するとともに、漠然性のゆえに無効の法理及び過度の広汎性のゆえに無効の法理といった厳格な審査基準を意識した利益衡量を行うことが相当。
本判決は、本件条例2条1項の文言を限定的に解釈した上で、その解釈を前提に合憲の結論を導いた。 
講学上の合憲限定解釈:条文に合憲的部分と違憲的部分(違憲の疑いがある部分)が含まれている場合に、違憲的部分を解釈により切り落とす手法とされ、
通常の解釈手法(文理解釈・目的論的解釈・体系的解釈等)により違憲の疑いのない意味に解釈し得る場合には、合憲限定解釈とは呼ばない。
本判決は、文言通りに解釈すると違憲の部分が存在することを示唆する説示をしていない⇒本件条例の趣旨目的に沿って、文言を合理的に解釈するという通常の解釈手法(目的論的解釈等)によったものであって、合憲限定解釈をしたものではないと思われる。
  行政p41
最高裁R4.3.3  
   
  事案  ゴルフ場用地に係る固定資産税の納税義務者である原告が、土地課税台帳に登録された本件各土地の平成27年度の価格を不服として下松市固定資産評価審査委員会に審査の申出⇒これを棄却する旨の決定⇒被告(下松市)を相手に、その取消しを求めた事案。
  固定資産評価基準:
ゴルフ場用地の評価について、大要、
①当該ゴルフ場を開設するに当たり要した当該ゴルフ場用地の取得価額に当該ゴルフ場用地の造成費を加算した価額を基準としてその価額を求める方法によるものとし
②この場合において、取得価額及び造成費は、当該ゴルフ場用地の取得後若しくは造成後において価格事情に変動があるとき、又はその取得価額若しくは造成費が不明のときは、附近の土地の価額又は最近における造成費から評定した価額によるものと規定。
本件各土地及びその周辺の土地は、古くは塩田跡地。下松市長は、本件各土地に関し、本件定めによることを前提に、不動産鑑定士による鑑定の結果に基づき、附近の工場用地に比準する方法により工場用地としていの取得価額を評定した上で、本件登録価格を決定。
  争点 本件登録価格につき、塩田跡地としての取得価額を評定せず工場用地としての取得価額を評定したことが、評価基準の定める評価方法に従っているといえるか。 
  一審・原審 本件各土地について本件定めにより附近の土地の価額から評定されるべき取得価額は、ゴルフ場に造成される前の塩田跡地の基準年度における客観的時価をいうものと解すべき。
but
下松市長が実施した鑑定によってはこれを求めることができない。
⇒本件決定を取り消すべき。
  判断 下松市長が附近の工場用地に比準する方法により工場用地としての取得価額を評定しており、塩田跡地としての取得価額を評定していない点について、
①土地に係る固定資産税の課税標準となる登録価格は、当該土地の基準年度に係る賦課期日を基準として定めるべきものであるところ、平成27年度の固定資産税の賦課期日である平成27年1月1日において、本件各土地の周辺の土地は工場等の敷地となっていた
②本件定めを含む評価基準は、ゴルフ場用地の評価に際し附近の土地に比準して取得価額を評定する方法として、特定の具体的な方法を挙げていないし、造成から長時間が経過するなどの事情により、当該ゴルフ場用地の造成前の状態を前提とした取得価額を正確に把握できない場合も想定される

本件各土地の価格の算定に当たり塩田跡地としての取得価額を評定しないことをもって、評価基準の定める評価方法に従っていないと解すべき理由は見当たらない。
⇒原判決を破棄し、本件を原審に差し戻した。
自治省税務局資産評価室長が発出した「ゴルフ場の用に供する土地の評価の取扱いについて」と題する通知が、周辺地域の大半が宅地化されているゴルフ場につき本件定めにより取得価額を評定する場合に関し、大要、当該ゴルフ場の近傍の宅地に比準しつつ(宅地としての取得価額ではなく)山林としての取得価額を評定するという、本件各土地に係る下松市長の評定の方法とは異なる方法を挙げている点について、ゴルフ場通知は、基本的には山林を造成したゴルフ場用地の評価を念頭に置くものと解され、また、本件定め等の具体的な取扱いを例示するにとどまる⇒ゴルフ場通知の内容により判断が左右されるものではない。
  解説  最高裁H25.7.12:
土地の基準年度に係る賦課期日における登録価格>評価基準によって決定される価格
の場合、適正な時価(正常な条件の下に成立する当該土地の取引価格、すなわち、客観的な交換価値)を上回るか否かにかかわらず、当該登録価格の決定は違法となる。 
最高裁においては、専らこの違法事由に関し、本件登録評価に従って算定されたものと言えるか否かの点が争われている。
  下松市長の決定過程:
①「附近の土地」として、ゴルフ場に造成される前の状態の工場用地を把握
②附近の工場用地に比準し、本件各土地の工場用地としての取得価額を評定 
①について:
評価額は、賦課期日を基準として定めるもの(地税法249条1項)
⇒賦課期日において厳に存する状況に従って「附近の土地」を把握することが予定されていると解される。

平成27年の固定資産税の賦課期日である平成27年1月1日において、本件各土地の周辺の土地は工場等の敷地となっていたとの本件の事実関係⇒工場用地を「附近の土地」として把握し、これに比準することとすることが、評価基準の定める評価方法に従ったものといえる。
②について:
原判決
vs.
①本件定めによりゴルフ場に造成される前の状態の取得価額を評定するからといって、当該ゴルフ場の造成前の状態としての価額を評定しなければならないというのは飛躍。
②時間が経過し、当該ゴルフ場の造成前の状態を基に取得価額を正確に把握することが困難な場合を念頭にに置くと、合理的な評定に支障を来たすときが来る。

本件定めは、当該ゴルフ場を賦課期日に当時において再度調達するとすれば、取得及び造成の方法でどれだけの費用を要するかという考え方を基礎としているものと解される⇒賦課期日当時において附近に存する工場用地としての取得価額を評定するという方法が自然。
  ゴルフ場通知:
本件定めによる取得価額の評定の方法として、大要、式aの関係が成り立つことを前提に、式bにより(本件のように)周辺地域の大半が宅地化されているゴルフ場に係る取得価額を求める方法を挙げる。
式a:山林の時価+山林に係る宅造費(※)
=宅地評価額×地積×漏れ地以外の土地の割合
※:ゴルフ場と同一規模の山林を宅地に造成する場合に通常必要とされる造成費。

式b:宅地評価額×地積×漏れ地以外の土地の割合ー山林に係る宅造費

ゴルフ場通知は、宅地評価額を山林としての取得価額にいわば引き直す方法を挙げている。
⇒(宅地である)工場用地としての取得価額を求めた本件登録価格に係る評定の方法は、ゴルフ場通知の考え方と異なり、またそれに準じたものともいえない。
  原判決は、塩田跡地としての取得価額を求めていない 点に違法があるとし、その余の点を判断していない⇒更に審理が尽くされる。
  民事p50
東京地裁R2.9.29  
  信販会社の留保所有権の侵害とされた事例
  事案    X(信販会社)は、Y1(オートバイの販売等の業者)との間で、顧客の商品購入代金の立替払に係る加盟店契約を締結。
  P2は・・・信販会社のクレジットを利用してトライクを購入すれば、P2が同トライクを借り受けて、信販会社への分割支払金を上回るレンタル料金を支払うとして、トライク購入希望者の募集をした。

募集に応じてきた顧客は、Y1において、X等の審判会社との間でトライクを対象商品とする立替払契約を締結してトライクを購入し、Y1は、信販会社からトライクの代金に相当する立替金の支払を受けた。顧客は、購入したトライクを自分で使用することなく、P2又はP2の経営する会社にトライクを貸し渡し、その対価としてP2から信販瑕疵はへの立替金分割支払金を上回る賃料の支払いを受ける旨の契約。

P2は、顧客が購入したトライクについて同顧客への所有権移転登録がされた直後に、同顧客に対して、信販会社への立替金債務が残っている状態でトライクの買取りをすると申出て、P2への所有権移転登録を行い、同トライクを利用して、新たに募集に応じてきた別の顧客に、前記同様の一連の契約(信販会社は当初の顧客のときとは別の会社)を締結させる等していた。
  X:Y1はP2と意を通じて、前記のとおり、募集に応じた者に信販会社からの信用を受けさせてトライクを販売した後、さらに当該募集に応じた別の者に対し、別の信販会社からの信用供与を受けさせて同一のトライクを販売しており、本件事業において、
(1)Xが留保所有権を有しているトライクについて、他の審判会社が留保所有権を取得することを契約内容とする更なるクレジット契約の締結に加担したり(他の信販会社とのクレジット契約の締結)、
(2)当該トライクの登録名義が顧客に移転した後Y1又はP2に名義を移転する(車両の名義移転)などして、Xとの加盟店契約において禁止されているXの留保所有権を侵害する行為をした
と主張。

Xは、P2からトライクを購入した顧客らより、P2から支払われるべき金銭が支払われておらず、P2による勧誘は詐欺に当たるなどとして支払停止の抗弁(割賦法35条の3の19第1項)を主張されたことに関し、Y1は、Xとの加盟店契約により、顧客から支払停止の抗弁が主張された場合、原因取引に関する紛議を解決すべき義務があるところ、Xが顧客との紛議を1か月以内に解決するよう求めたにもかかわらず、1か月を経過しても紛議が解決されなかったと主張。
  XはY1が加入店契約に違反したため、同契約の約条によりY1は顧客の立替払契約上の残債務を顧客と重畳的に引き受けることとなり、また、Y1の代表者であるY2は、Y1が引き受けた当該債務を連帯保証しているとXが主張して、Y1に対しては加盟店契約に基づき、Y2に対しては連帯保証契約にに基づき、連帯して、前記留保所有権の侵害及び前記紛議解決の懈怠によりY1が引き受けることtなった顧客の財債務の支払を請求。
  判断 ・・・・本件事業は、P2とY1が意を通じて行ったものであることが推認される。
Xの留保所有権侵害の主張について
本件の対象車両(本件各車両)であるトライクは、いずれも登録を公示方法としない自動車に当たり、Xの留保所有権を存続させるとともにその実効性を確保するためには、本件各車両の占有を顧客の下にとどめ、それらの所在の把握を容易にしておくことが肝要になる。
⇒X・Y1間の加盟店契約が禁止するXの担保権を侵害する行為には、担保目的物の所在の把握に支障を生じさせるなど担保権の実行を困難ならしめる行為も含まれると解するのが相当。
(1)の行為(他の信販会社とのクレジット契約の締結)について:
他の信販会社との間で本件各車両に係る留保所有権が競合する本件のような事態になると、本件各車両に係る留保所有権の公示方法が不完全なものであることも一因となり、Xが有していた留保所有権が確定的に失われるおそれがあることはもとより、Xが留保所有権を実行する場面で、競合相手の信販会社との間で所有権の帰属をめぐる紛争が生じ、Xの留保所有権の行使が困難になることも容易に予想される。⇒このような事態を作り出すことは、Xの留保所有権の侵害に当たる。

Y1はP2と意を通じて本件事業に関与する中で、顧客とXとの立替払契約締結後に、同一のトライクについての別の審判会社と別の顧客との間のクレジット契約を締結したことにより、Xの留保所有権を侵害したということができる。
(2)の行為(車両の名義移転)について:
留保所有権の実行は、顧客から目的物の引渡しを受け、これを売却して残債務に充当するもの⇒登録名義がXとクレジット契約を締結した顧客以外の者へ移されることによって、売却が困難になり実行手続の支障を来す結果をもたらすというべきであり、本件各車両の登録名義が顧客から他の者へ移ることについてもXの留保所有権の行使を困難にするものと評価するのが相当。
⇒Y1はP2と意を通じて本件事業に関与しているから、顧客がP2と当初から合意していたとおりに登録名義をP2又はY1に移すことによって、Xの留保所有権を侵害したといえる。
原因取引に関する紛議解決義務の懈怠:
Xは顧客から支払停止の抗弁を主張されており、Y1に対して当該抗弁に係る紛議の解決を求める通知がY1に到達してから1か月を経過してもなお、これが解決されていないものと認められるところ、Yらは解決の見通しを具体的に明らかにできない上に、かかる紛議は本件事業に起因するものであって、紛議が生じた原因は本件事業の内容を知りながらこれに関与したY1にあるというべきであることも加味⇒Xによる前記通知から1か月が経過した時点で、Y1はXとの加盟店契約に定める紛議を解決すべき義務に違反したと認めるのが相当。
  民事p58
大阪地裁R3.9.29  
  相続させる旨の遺言への民法1002条1項(負担付贈与)の類推適用
  事案 X1、X2、X3、X7、B、F及びYは、被相続人Aの子。
Aは、平成9年、
Yに対し、A名義の土地の持分3分の1を相続させ(同土地の持分3分の2はAの配偶者Cから相続して既にYが有している)、これを相続する負担として、Yから、X1,X2及びX3に対し、それぞれ500万円、X4、B及びFに対し、それぞれ1000万円を支払わなければならない旨の公正証書遺言をした。
その後B及びFが死亡⇒Aは、前記遺言について、YのB及びFに対する前記負担をFの子2名に500万円ずつ、Bの子3名のうちX4に333万3334円、X5及びX6にそれぞれ333万3333円を支払うことに変更する公正証書を作成。
Aが令和1年5月に死亡し、Yが遺言対象地の持分移転登記を経た⇒X1ないしX7が、Yに対し、Aの前記遺言に基づき、前記負担金を支払うよう求めた。
遺言対象地の上にはD社が所有する賃貸用マンションがあり、D社の代表取締役をYが、取締役をYの配偶者と子が務め、D社の株式のうち160株をYが保有し、20株ずつをAとYの配偶者が保有。
  規定 民法 第一〇〇二条(負担付遺贈)
負担付遺贈を受けた者は、遺贈の目的の価額を超えない限度においてのみ、負担した義務を履行する責任を負う。
  主張 Y:Aの遺言は遺贈であるから民法 1002条1項が適用され、仮に遺産分割方法の指定であるとしても、同項が準用又は類推適用される⇒遺言対象地の持分の価額からD社の借地権価額を控除した残額を超えてYがXらに支払う必要はない。
  解説・判断  相続させる趣旨の遺言の解釈:
最高裁H3.4.19:
遺産分割の方法の指定であるとし、平成30年法律第72号による相続法改正においても、特定財産承継遺言として遺贈とは見ない考え方を採用(潮見)。 
本件では、上記判例のいう「遺贈と解すべき特段の事情」の有無が争われた。
本判決:
遺産分割の方法の指定と解する方が相続人にとって利益が大きいことを踏まえ、負担付きで相続させる趣旨の遺言をしたというだけでは相続人の前記の利益を全て奪うことになる特段の事情を認めるに足りない。
  ●  負担付遺贈についての民法1002条1項が負担付きで相続させる遺言に準用ないし類推適用されるか? 
本判決:
相続させる趣旨の遺言について、民法1002条1項の類推適用があるか否かは、特定の相続人に特定の負担をさせる遺言者の意思次第であり、当該負担が相続人間の公平を図る趣旨であれば、相続させる趣旨の遺言に係る特定の遺産の価額を超える負担を特定の相続人に負わせることまで予定していないのであって、当該相続人が過大な負担を甘受すべき理由もない
⇒民法1002条1項の趣旨が当てはまるとして、同項の類推適用を肯定。
被相続人の1人に負担付きで特定財産を相続させる旨の遺言がされた場合に、同項の「目的の価額」を負担額と同額としてしまうと、特定財産を承継する相続人の相続分が考慮されていないのではないかとの指摘⇒類推適用の場合にこの点に注意。
  民法1002条1項の「目的の価額」の基準時
A:受遺者が負担を履行する時
B:義務の履行期 (通常は遺言の効力発生時)
本判決:Bの立場
  土地の賃借の当事者の一方が同族会社で、他方がその代表者や代表者の親族という関係であっても、法律上はそれぞれ独立した人格⇒借地権価額を控除することになるのが相続税を含めた租税実務での取扱い。
but
民法1002条1項の解釈について、課税の場面と同様の扱いをしなければならないことにはならない。
本判決:
遺言者の意思を重視⇒Aの意思を検討して、借地権を考慮せずにYの負担を設定したと推認し、遺産対象地の持分から借地権価額を控除しないものを「目的の価額」であるとした。
  民事p63
岐阜地裁R3.10.1  
  被保佐人であることを警備員の欠格事由と定めることの違憲と国賠請求(認容)
  事案 Xは、警備業等を営む会社に警備員として雇用され、警備業務に従事していたが、自ら保佐開始の審判を申立て、保佐開始の審判を受けたことに伴い、雇用契約終了の通知を受けて退職。
Xは、被保佐人であることを警備員の欠格事由の1つとして定めていた当時の警備業法(令和1年法律第37号による改正前のもの)14条1項、3条1号は憲法22条1項等に反して意見であり、国会が本件規定を制定し、あるいは前記Xの退職時典まえ改廃せず存置し続けたことは、国賠法1条1項の適用上違法である⇒国賠訴訟を提起。
  争点 ①国会が本件規定を改廃しなかったこととXが本件会社からの退職を余儀なくされたこととの間の因果関係の有無
②本件規定の憲法適合性
③本件規定に係る立法行為又は立法不作為の違法性
④損害の発生及び額 
  判断 因果関係を肯定した上で、
本件規定は、その前身規定が設けられた昭和57年改正当時から、憲法22条1項、14条1項に反する状態であり、Xの退職時典までに本件規定を改廃しなかった国会の立法不作為は国賠法1条1項の適用上違法と評価される⇒Y(国)に対して慰謝料10万円の支払を命じた。
  解説 ●争点②について
最高裁昭和50.4.30(薬事法距離制限違憲判決):
職業選択の自由に対する規制立法の憲法適合性に関し、
規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまるかぎり、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべき。
but
右の合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭がありうるのであって、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべき。
本判決:
あらかじめ警備業務の適正な実施を期待できない類型の者を欠格事由として定めて警備業務から排除し、警備業務の実施の適正を図るという規制目的は公共の福祉に合致する。
but
①本件規定が自己の意思又は努力によっては左右できない事情を理由に狭義の職業選択の自由を直接制約するものもある
②規制目的がいわゆる消極的、警察目的である
⇒薬事法距離制限違憲判決と同様の審査基準を採用。
本件規定の必要性と合理性に関する立法府の判断が合理的裁量の範囲内にとどまっていたとはいえない。
①本件規定が借用する法定後見制度は、警備業務の適正な実施のために必要な認知能力や判断能力の有無・程度を直接判定する制度ではない。本件規定は、Xのように被保佐人の中に確実に存在する少なくとも一部の警備業務を適正に遂行するに足りる能力を有している者を被保佐人であることのみを理由に一律に警備業務から排除するもの。
②・・・資料等は示されておらず、準禁治産者に係る欠格事由を設けなければ、前記の規制目的を十分に達成するこができない状況であったとまでは認められない。
③・・・平成14年改正で設けられた警備業法3条7号のような個別的審査規定を設けることでも前記規制目的を達成することは十分可能であった。
●争点③について
◎  最高裁H17.9.14(在外邦人選挙権制限違憲判決):
違憲の法律を制定する立法行為やこれと同視しうる立法不作為により本来自由に行使し得る憲法上の権利が侵害され、期間の経過を経ずに直ちに違法となる極端な場合や憲法上必要な立法がされていないという立法不作為が違法となる場合を判示。
最高裁H27.12.16(再婚禁止期間違憲判決):
違憲の規定が改廃されていないという立法不作為が違法となる場合を説示。
本判決:
Xが本件規定に係る立法行為自体の違法性及び本件規定を改廃しなかった立法不作為の違法性を主張⇒両判決の判断枠組みを用いた。 
本判決:
本件規定に係る立法行為や平成14年改正において本件規定を存置したことが違法とはいえない。
but
平成22年7月頃には本件規定が被保佐人の職業選択の自由を合理的な理由なく制約していることが国会にとっても明白であったと判断。

平成14年改正において警備業務遂行能力に関する個別的審査規定が新設されm、さらに、主要な国家機関が構成員として参加していた成年後見制度研究会が成年後見制度の利用は直ちに職業遂行能力の欠如を意味するものではないという趣旨の研究報告を発表したことを重視したものと考えられる。
本件規定の改廃のために要した実際の検討期間⇒Xの退職時点(平成29年3月20日)までに本件規定を改廃しなかったことについて正当な理由は認められない。
  民事p81
広島地裁R3.7.28  
  臓器移植手術のテレビ番組と遺族の敬愛・追慕の情の侵害(否定)
  事案 臓器の移植に関する法律に基づき実子Aの臓器提供をしたXらが、Aの臓器をレシピエントに移植する手術をY1(テレビ局)が取材して制作したテレビ番組を放送したことにつき、執刀医の不適切な発言をそのまま放送し、レシピエントの母親からのサンクスレターをXらの許可なく内容が読み取れる形で放送し、Aの臓器にモザイク処理をせず放送したことなどにより、Xらの故人に対する敬愛・追慕の情及びプライバシー権が侵害された

Y1(テレビ局)、Y2(番組編成担当者)、Y4(大学病院に勤務する医師で本件臓器移植手術の執刀医)、Y3(Y4の使用者である国立大学法人)に対し、不法行為ないし使用者責任に基づき、損害賠償を求めるとともに、
臓器の斡旋に関与したY5(公益社団法人日本臓器移植ネットワーク(JOT))に対し、民事仲立契約類似の準委任契約上の善管注意義務違反があるとして債務不履行による損害賠償を求めた。
  主たる争点 ①本件番組の全国放送によりXらの権利又は法律上保護された利益(Xらの故人に対する遺族の敬愛・追慕の情、Xら自身のプライバシー権)が違法に侵害されたか
②Y2(テレビ局)又はY2(番組編成担当者)とY4(執刀医)又はY3(国立大学法人)との間の共同不法行為の成否
③Y5(JOT)とXらとの間の黙示の準委任契約の成否
④Y5(JOT)に同契約に基づく善管注意義務があるか 
  判断・解説   争点①について:
故人に対する敬愛・追慕の情につき、一種の人格的利益として保護されるべきもの
but
テレビ放送の自由は表現の自由にかかわるものであり、これを不当に制約することがないようにする必要がある

テレビ放送の内容に遺族の個々の平穏をかき乱すようなものが含まれるとしても直ちに管理・利益の侵害に当たり私法上違法なものと評価すべきでなく、
故人の名誉を毀損し、あるいは故人の尊厳を侵害するような態様で遺体の一部である臓器をみだりに公開するなどした場合に、当該放送行為の目的や内容、故人が他界してからの時の経過、遺族の故人との関係性や遺族が受けた影響等を総合的に考慮し、
社会通念に照らし、それが遺族の受忍限度を超えるものと判断されるときに、初めて遺族の敬愛・追慕の情の侵害として不法行為などの問題を生じることがあり得る。
  故人に対する敬愛・追慕の情が一種の人格的利益として保護されるものとした裁判例:東京高裁昭和54.3.14
故人に対する敬愛・追慕の情の侵害が問題となった裁判例は多数ある。
but
そのほとんどは、死者に対する名誉毀損が問題となる事例。 
  本判決:
一種の人格的利益として保護される遺族の故人に対する敬愛・追慕の情とテレビ放送の自由とを比較衡量するに当たり、
臓器移植手術の放送における臓器の公開という本件事案に即して考慮要素を検討し、不法行為の成否を判断。
本判決が示した考慮要素のうち、当該放送行為の内容を検討するに当たっては、
一般視聴者の注意と視聴の仕方を基準として、その番組の全体的な構成、発言内容、表示された文字情報の内容を重視し、映像及び音声に係る情報の内容並びにホウ素内容全体から受ける印象を総合的に判断(最高裁H15.10.16参照)。
  Aの臓器の映像にモザイク処理をせず放送したことについて:
臓器移植制度や酸先端の移植医療現場の実態について一般視聴者の理解を深め、その高い関心に応えるという本件番組の目的等に照らせば移植される臓器の映像にモザイク加工をすることなくありのままを放送することに相応の社会的意義があり、死者を冒涜するような態様で臓器を映し出したものはない。

Y4(執刀医)の発言について:
Aを貶めるようなものではない。
  Xら自身のプライバシー権の侵害の有無:
①本件番組内でドナーについて公開された情報は、Xらの了承の下、Y5(JOT)による会見で公開された情報に限られていたことやその内容⇒ドナーがXらの子であることを特定できないとして、プライバシー権の侵害はない。
  刑事p91
最高裁R3.9.7  
  控訴審で事実誤認を理由に破棄し完全責任能力を肯定⇒刑訴法400条ただし書違反とされた事案
  事案 被告人が、スーパーマーケットにおいて、食料品を窃取したという窃盗の事案であり、責任能力の程度が争われた。
  一審 被告人が重症の窃盗症に罹患し、その影響により窃盗行為への衝動を抑える能力が著しく減退していた合理的疑いが残る⇒被告人は、本件犯行時、心神耗弱の状態にあったとして被告人を懲役4月に。
    検察官控訴で、事実誤認を主張
  原判決  被告人が、本件犯行時、窃盗症にり患していたとしても、犯行状況からは自己の行動を相当程度制御する能力を保持していたといえるのであり、行動制御能力が著しく減退してはいなかったといえる⇒被告人には完全責任能力が認められ、重症の窃盗症により心神耗弱にあったとした一審判決の認定は論理則・経験則等に照らして不合理。

事実誤認を理由に第一審判決を破棄し、完全責任能力を認め、被告人を懲役10月に処した。 
  判断 弁護人の上告趣意のうち、最高裁昭和31.7.18等の判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余の上告趣意も刑訴法405条の上告理由に当たらない。
but
被告人は心神耗弱の状態にあったとした第1審判決を事実誤認を理由に破棄し何らの事実の取調べをすることなく完全責任能力を認めて自判した原判決は、刑訴法400条ただし書に違反
⇒刑訴法411条1号により職権で原判決を破棄し、本件を原審に差し戻した。 
  規定 刑訴法 第四〇〇条[破棄差戻移送・自判]
前二条に規定する理由以外の理由によつて原判決を破棄するときは、判決で、事件を原裁判所に差し戻し、又は原裁判所と同等の他の裁判所に移送しなければならない。但し、控訴裁判所は、訴訟記録並びに原裁判所及び控訴裁判所において取り調べた証拠によつて、直ちに判決をすることができるものと認めるときは、被告事件について更に判決をすることができる。
  解説   400条ただし書:
控訴審において事実の取調べをしたときには、その結果である証拠をも含めてという趣旨⇒自判の際に事実の取調べが必要であるとまでは解されていない。

いかなる場合に事実の取調べが必要であるかが問題。
  控訴審が、自ら何ら事実の取調べをすることなく、第一審判決を破棄して被告人に不利益な自判をすることができるか?

かつての判例:
控訴審は、訴訟記録及び第1審裁判所で取り調べた証拠のみによって直ちに判決することができると認める場合には、常に自ら何ら事実の取調べをすることなく第1審判決を破棄して自判することができる。

最高裁昭和31.7.18(判例①):
判例を変更し、控訴審においても、被告人は憲法31条、憲法37条の保障する権利を有し、直接審理主義・口頭弁論主義の原則の適用を受ける⇒被告人は公開の法廷においてその面前で適法な証拠調べが行われ、これに対する意見弁解を述べる機会を与えられた上でなければ、犯罪事実を確定され有罪判決を受けることのない権利を有する。
最高裁昭和31.9.26(判例②)も同旨。
判例①~⑤

控訴審が、第1審判決を事実誤認を理由に破棄し新たな犯罪事実を認定して自判する場合には、事実の取調べを要する。
but
第1審判決の認定した事実を前提として量刑不当を理由にこれを破棄し量刑を重く変更する場合や、法令適用の誤りを理由に破棄し犯罪の成立を認める場合には、事実の取調べを要しないとするのが判例の趨勢。
  本件は責任能力に関する事案であるという点で、判例①②④ないし⑥とは相違し、
無罪判決を破棄して有罪を言い渡したわけではないという点では判例③とも相違する。
⇒本判決が、判例①~⑥を引用して判例違反をいう論旨について、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でないとした。 
第1審も原審も、本件を、刑法39条の法令の解釈適用の問題ではなく、責任能力の程度に関する事実認定の問題として捉え、判断していることは明らか。

判例①~⑥を通覧すれば、犯罪事実、言い換えれば構成要件に該当する違法・有責な事実を控訴審において新たに認定する場合には、事実の取調べが必要であるとする方向性が自然。

被告人が心神耗弱の状態にあったとする第1審判決の事実認定を誤りであるとしてこれを破棄し、控訴審において完全責任能力を認定⇒刑訴法400条ただし書の解釈として、控訴審が自判するに当たっては事実の取調べが必要。
  いかなる事実の取調べが行われる必要があるか?
「事件の核心」等について事実の取調べをする必要があるとするのが判例。 
  刑事p93
名古屋地裁R2.7.13  
  傷害致死で無罪の事案(検察官立証に問題)
  事案 被告人A及びBの、同居女性Vに対する傷害致死事件について、公訴事実記載の日の暴行における事実を認定できないとして共に無罪とされた事案。 
  公訴事実 被告人両名が、共謀の上、平成31年2月1日頃、A方において、Vに対し、その顔面を膝蹴りするなどの暴行を加えて硬膜下血腫、脳腫脹等の傷害を負わせ、同月2日頃、同傷害に基づく外傷性脳障害によって死亡させた。
暴行の日時について、2月1日午後9時2分頃から同日の終日までの間と釈明。 
  争点 ①共謀の有無
②暴行の有無
③死亡との因果関係の有無
②に関し、唯一の直接証拠であるBの公判供述の信用性が争われた。 
  判断・解説   ●   ●Bの公判供述の信用性
  本判決:
2月1日夜の被告人両名による暴行に関するBの公判供述について
①重要な事実に関する供述の変遷(Bの刑責を軽減させようとしたと評価できるものを含む。)が見られる
②他の日のものをも含め暴行に関する供述は具体性や迫真性に問題がある
③Aがその頃Vのための行動をとっていることと整合しないこと
等看過できない疑問点がある。
④Aの公判供述のうち同日の暴行を否定する部分を排斥できない

信用性には疑問が残る。
  共犯者の供述については、いわゆる「巻き込みの危険」があるため、その信用性を慎重に吟味する必要がある。
  ●    ●検察官の立証の失敗について 
  本判決:
①被告人両名がVに対して日常的に苛烈な暴行を加えていること
②Aが供述する態様での転倒だけで外傷性脳障害が生じるとは考え難い
⇒Vは外出が最後に確認された1月28日以降に被告人両名らが加えた暴行により外傷性脳障害が生じて死亡したとみるのが自然。
but
検察官が訴因設定を含む公訴準備等に万全さを欠き、訴因として設定した2月1日夜の暴行の立証に失敗。
  本件事案においては、暴行の日時、態様等を、訴因においてある程度概括的に示すことが考えられる。
犯罪の日時、場所及び方法は、本来の「罪となるべき事実」そのものではなく、訴因を特定する手段として位置付けられるものであり(最高裁昭和37.11.28)、
最高裁は、概括的な日時・場所・方法の判示が殺人罪の罪となるべき事実について不十分とはいえないとし(最高裁H13.4.11)、
暴行態様、傷害の内容、死因等の表示が概括的な傷害致死罪の訴因について特定に欠けるところはないとしている(最高裁H14.7.18)。
  本件において、検察官が論告において追加的に主張したように、Vの外傷性脳障害が複数の機会に受けた暴行によって発生、悪化・拡大して死亡するに至ったとみた場合等は、
一連の暴行と傷害を包括して記載した訴因とすることが考えられる。
最高裁H26.3.17:
暴力を通じて支配しあるいは服従させる状況にあった同一被害者に対し一定の期間内に反復累行された一連の暴行により傷害を負わせた事案について、全体を一体のものと評価して包括一罪と解し、一連の暴行と傷害を包括して記載した訴因について特定に欠けるところはないと判示。
  ●論告で初めてされた主張について 
  検察官は、論告に至って初めて、
死因・因果関係に関し、「2月1日の夜頃の被告人両名の暴行により外傷性脳障害が生じた又はそれを悪化させたと認められる」と主張した上、
予備的主張として、共謀が認められないとしても、同時傷害の特例により被告人両名に傷害致死罪が成立する旨、公判前整理手続ではあsれなかった主張をした。

本判決:
暴行を認定できないことを理由に無罪としたため訴訟手続上の問題は生じないとしつつ、半ば不意打ちを与えるような相当性を欠くものとの指摘を免れないと付言。
  刑訴法上、公判前整理手続等終結後の新たな証拠調べ請求を制限する規定はある(刑訴法316条の32)、新たな主張や主張変更を制限する規定は設けられていない。
but
公判前整理手続を経たことも加味し、例外的に、公判段階で新たな主張等をすることが相当性を欠くとして、刑訴法295条1項により制限される場合はあり得る。
公判前整理手続終結後の公判期日おいて、新たな主張に沿ってされようとした被告人供述を同条項により制限できる場合についての一般的な考え方を示した最高裁H27.5.25が参考になる。

主張制限自体を扱った事案ではないが、実質的にそれに等しい効果を持つ訴訟行為の制限の可否が問題とされたものと位置付けることができるとする。
  同時傷害の特例に関する刑法207条は、適用の前提として、検察官が、各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること等を立証することを要する(最高裁H28.3.24)。

本判決が、同条の適否に当たって、少なくとも暴行の主体を特定した上で当事者に主張立証の機会を与える必要があると指摘。
2529   
  判例特報
最高裁R4.2.7   
  あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律19条1項の憲法22条1項適合性
  事案 専門学校を設置するXが、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律に基づき、あん摩マッサージ指圧師に係る養成施設で視覚障碍者以外の者と養成するものについての法2条1項の認定を申請⇒法19条1項の規定により前記認定をしない処分⇒本件規定は憲法22条1項等に違反して向こうであると主張して、Y(国)を相手に、本件処分の取消しを求めた。 
  規定  第一条 医師以外の者で、あん摩、マツサージ若しくは指圧、はり又はきゆうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マツサージ指圧師免許、はり師免許又はきゆう師免許(以下免許という。)を受けなければならない。
第二条 免許は、学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第九十条第一項の規定により大学に入学することのできる者(この項の規定により文部科学大臣の認定した学校が大学である場合において、当該大学が同条第二項の規定により当該大学に入学させた者を含む。)で、三年以上、文部科学省令・厚生労働省令で定める基準に適合するものとして、文部科学大臣の認定した学校又は次の各号に掲げる者の認定した当該各号に定める養成施設において解剖学、生理学、病理学、衛生学その他あん摩マツサージ指圧師、はり師又はきゆう師となるのに必要な知識及び技能を修得したものであつて、厚生労働大臣の行うあん摩マツサージ指圧師国家試験、はり師国家試験又はきゆう師国家試験(以下「試験」という。)に合格した者に対して、厚生労働大臣が、これを与える。
第十九条 当分の間、文部科学大臣又は厚生労働大臣は、あん摩マツサージ指圧師の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合、あん摩マツサージ指圧師に係る学校又は養成施設において教育し、又は養成している生徒の総数のうちに視覚障害者以外の者が占める割合その他の事情を勘案して、視覚障害者であるあん摩マツサージ指圧師の生計の維持が著しく困難とならないようにするため必要があると認めるときは、あん摩マツサージ指圧師に係る学校又は養成施設で視覚障害者以外の者を教育し、又は養成するものについての第二条第一項の認定又はその生徒の定員の増加についての同条第三項の承認をしないことができる。
  訴訟の経緯等 本件規定は、法の下での学校及び養成施設の位置付けに照らせば、あん摩マッサージ指圧師に係る養成施設等で視覚障害者以外の者を対象とするものの設置及びその生徒の定員の増加について、許可制の性質を有する規制を定め、直接的には、当該養成施設等の設置者の職業の自由を、間接的には、当該養成施設等において教育又は養成を受けることにより、免許を受けてあん摩、マッサージ又は指圧を業としようとする視覚障害者以外の者の職業の自由を、それぞれ制限。 
一審・原審:本件規定は同項に違反するものではなく、本件処分は適法。
判断:本件規定は同項に違反しない旨の判断を示し、上告棄却。
  規定 憲法 第二二条[居住・移転・職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由]
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
  解説   ● 憲法22条1項につき、狭義における職業選択の自由のみならず、営業の自由ないし職業活動の自由の保障をも包含(判例)。 
規制措置の憲法22条1項適合性:
薬事法距離制限事件判決:
これらの規制措置が憲法22条1項にいう公共の福祉のために要求されるものとして是認されるかどうかは、これを一律に論ずることができず、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定。
右のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務
⇒裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的最良の範囲にとどまるかぎり、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべき。
but
右の合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭がありうるのであって、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべき。
  一般に許可制は、職業の自由に対する強力な制限⇒その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する(判例)。 
本判決:
立法府の合理的裁量の範囲の広狭につき、
本件規定は、障害のために従事し得る職業が限られるなどして経済的弱者の立場にある視覚障碍がある者を保護するという目的のため、あん摩マッサージ指圧師について、視覚障碍者の職域を確保するための規制を行うものといえる。
このような規制措置については、対象となる社会経済等の実態についての正確な基礎資料を収集した上、多方面にわたりかつ相互に関連する諸条件について、将来予測を含む専門的、技術的な評価を加え、これに基づき、社会福祉、社会経済、国家財政等の国政全般からの総合的な政策判断を行うことを必要とする⇒その必要性及び合理性については、立法府の政策的、技術的な判断に委ねるべきものであり、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重すべき。

本件規定による具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らし、立法府の最良の範囲が広いと解したもの。

本件規定については、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断が、その政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であることが明白な場合でない限り、憲法22条1項の規定に違反するものということはできない。
職業の自由に対する規制の合憲性の審査については、学説上、判例は規制目的二分論をとるとする理解がある。
積極目的規制⇒広い立法裁量を前提に明白の原則により緩やかな審査
消極目的規制⇒厳格な合理性の基準等により厳格に審査
but
本判決は、本件規定による具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、立法府の最良の範囲の広狭を検討した結果として「著しく不合理であることが明白」との判断基準。
  ●当てはめについて 
・・・・・視覚障害がある者の保護という重要な公共の利益のため、視覚障害者の職域を確保すべく、視覚障害者以外のあん摩マッサージ指圧師の増加を抑制する必要があるとすることをもって、不合理であるということはできない。
本件規定は、前記抑制ための手段として相応の合理性を有する以上、養成施設等の設置又はその生徒の定員の増加を全面的に禁止するものではないこと、あん摩、マッサージ又は指圧を業としようとする視覚障害者以外の者は既存の養成施設等において教育又は養成を受ければ免許を受けられる⇒本件規定による職業の事由に対する制限の程度は、限定的なものにとどまる。

本件規定について、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断が、その政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であることが明白であるということはできない。
⇒本件規定が憲法22条1項に違反するものということはできない。
  本件は本件処分の取消し訴訟であり、本件処分の適法性が判断の対象
⇒問題となるのは、本件処分の根拠である本件規定が本件処分時において有効であったかどうか。 
本件規定に係る立法事実(立法の必要性、合理性を支える社会的、経済的な事実)につき、ある程度具体的な検討を加えている。

本件規定は「当分の間」の措置を講ずる規定であり、将来的な改廃が予定されていたものと解されるところ、その制定から本件処分時までに既に50年以上が経過しているため、その制定時の事情を基礎とする理念的な説明のみでは、本件処分時において前記判断基準を充たすと直ちに判断することはできず、その制定後に生じた事情の変化の有無、程度等も考慮に入れて、本件処分時においてもなお規制を維持する必要性及び合理性があるかという観点からの検討をする必要があった。
  行政p19
神戸地裁R3.4.22  
  政務活動費の一部を政務活動に該当しない選挙活動等に係る記事も混在した広報紙の作成・配布に係る経費に充当⇒不当利得返還請求等を求める住民訴訟(一部認容)
  事案 Xら:兵庫県の住民
Y:兵庫県議会事務局長
Y補助参加人Zら:権利能力なき社団であり県議会における各会派であるA党県議団及びB党県議団と、各会派に所属する県議会議員6名 
兵庫県は、各会派に対し、兵庫県政務活動費の交付に関する条例に従って、平成29年度の政務活動費を交付し、各会派はそれぞれ所属議員に対し、政務活動費を交付。
各議員は、それぞれの広報紙を作成・配布し、その経費の支払に広報広聴費として、政務活動費を充てた。

Xら:本件各広報紙には、各議員の宣伝であって県政報告とはいえなない部分があり、本件各記載に対する支出は違法・不正な支出⇒各支出のうち、総額211万7516円を各会派を通して各議員から返還させる措置を求める住人監査請求⇒認められなかった⇒本訴を提起
  規定等 兵庫県:地自法100条14項ないし16項までの規定に基づき本件条例を定めており、本件条例には会派への政務活動費の交付に関して必要な事項が規定されている。
県議会議長:
会派及び議員が政務活動費に係る請求、執行、収支報告書の提出などの手続を行う際のマニュアルとして「政務活動費の手引」(「本件手引」)を作成して具体的な使途基準を示す。
「政務活動費により県報告紙を発行する場合の留意事項について」という通知(「本件通知」)を発出し、議会活動、政務活動費及び県政に関する政策等について県民に報告し、PRするための記事に政務活動費を支出することができるが、それ以外の活動(政党、選挙、後援会、私事)を報告するための記事には政務活動費を支出することができないことに留意すべき旨や、政務活動に係る記事の例を示す。
  判断 本件手引や本件通知は本件条例 の会社の指針となる。
会派を通して政務活動費の交付を受けた議員が本件条例の定めに反する支出にこれを充てた場合は、会派はこれらの支出に充てられた部分に相当する額を県に不当利得として返還すべき義務を負う。
・・・広報広聴費として政務活動費が充てられたことが本件条例に反しないかどうかについては、本件各広報紙の作成・配布が、その客観的bな目的や性質に照らし、政務活動及び県政に関する政策等の広報広聴活動との間に合理的関連性を欠くものである場合、当該部分に係る経費に政務活動費を支出することは許されない。
  解説 地自法100条14項ないし16項に定める政務活動費については、各地方公共団体で条例等が規定。
使途基準としては、
①調査研究費、②研修費、③広報広聴費、④要請陳述等活動、⑤会議費、⑥資料作成費、⑦資料購入費、⑧事務所費、⑨事務費、⑩人件費をもって会派又は議員の活動に資するために必要な経費を定める例が多い。
  会派の議員が広報紙を作成・配布したが、県政報告等事項のほか、議員の氏名、役職、プロフィール、写真等の議員個人情報等掲載部分が、選挙活動等の性質を有するもので広報広聴費に該当しないとして争われた。

本判決:
客観的にみて、表現・構成において、県民の県政に対する興味を引いて、県政報告等事項の報告や意見聴取を効果的に行うという観点から工夫されたものであり、かつ、当該掲載部分が県政報告等事項の報告部分や意見聴取部分に付随して一体となっている場合には、広報広聴活動と合理的関連性を有するものであるとして、個々の広報紙の内容を検討。
  広報紙作成・配布等に支出した経費のうち、広報広聴活動との合理的関連性が否定される議員個人情報等掲載部分の割合に相当する部分に政務活動費を充てることは違法⇒合理的関連性が否定される掲載部分の紙面に占める割合により返還すべき金額を算出。 
  民事p42
仙台高裁R3.5.31  
  地方公務員災害補償基金の支部審査会における参考人の陳述や参与の意見陳述についての審査記録に対する文書提出命令(肯定)
  事案 文書提出命令が申し立てられた文書:
消防事務組合(基本事件被告)において消防士として勤務していたA(Xらの子)が自死したことについて、Xらが、地方公務員災害補償基金宮城県支部長がした公務外認定処分の取消しを求めて、地方公務員災害補償法51条2項に基づき基金宮城県支部審査会に審査請求した事件において、支部審査会でされたXらを含む関係者らの口頭意見陳述等の審議の記録。 
基本事件:
Xらが消防士として勤務していたAは、消防事務組合の安全配慮義務違反により、うつ病エピソードを発病して自殺したと主張し、消防事務組合に対し、債務不履行に基づく損害賠償を求めた。
Xら:地方公務員災害補償基金の保有する情報の公開に関する規程4条に基づき、基金に前記記録の開示請求⇒基金は、「参与意見陳述等」と「参考人による意見陳述等」の部分をマスキングして記録を開示⇒Xらが文書の所持者である基金を相手方として、マスキング部分の文書の提出命令を求めた。
参考人による意見陳述等:
支部審査会が、審査請求の審議のために、地方公務員災害補償法60条1項に基づき、消防署におけるAの同僚の消防士に参考人として出頭を命じ、参考人が、Aの勤務状況についての認識を陳述し、審査会委員の質疑に応答した記録。

参与意見陳述等:
支部審査会が、事案の審理に当たり、地方公共団体の当局側を代表する者と職員側を代表する者で、あらかじめ参与に指名されていた者が意見を述べた部分
  原審 ①支部審査会の審議の記録は、専ら内部の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが本来的に想定されているものではなく、
②参与の意見陳述部分が開示されると支部審査会において参与の自由な意見の表明に支障を来たし、参考人の陳述部分が開示されると支部審査会に対する信頼が損なわれて以後同種災害における関係者からの協力を得られなくなり、
③いずれも開示によって団体としての自由な意思形成が阻害され、基金に看過し難い不利益が生ずるおそれがある

民訴法220条4号ニ本文が定める自己利用文書に該当。
⇒申立てを却下。 
  判断 マスキング部分は、文書の所持者である基金にとって、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であるとは認められない
⇒民訴法220条4号ニの「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」にはあたらず、基金は、その提出を拒むことはできない。
証拠調べの必要性は明らか
⇒原決定を取り消し、基金に対してマスキング部分の文書の提出を認めた。 
支部審査会における参考人の陳述内容は、審査請求に対する裁決書の理由中に陳述要旨が記載されており、支部審査会が参与の意見を聴取するのは、審査の対象となった事案の具体的な実情に沿った適切妥当な判断を担保するため
⇒このような作成目的と記載内容から判断して、支部審査会における参考人の陳述や参与の意見陳述についての審議記録は、審査請求に対する裁決の正当性を証するため、必要があるときには、基金がその審議経過を対外的に示すために審議記録を開示することが相当程度に想定される文書。
審査請求に対する裁決の記録は、取消訴訟が提起されたときには、行訴法23条の2第2項1号に基づき、審査請求に係る事件の記録として、釈明処分により提出を求めることができる文書でもある。
  解説 行訴法23条の2:
行政事件訴訟における裁判所の釈明処分の特則を定め、同条2項1号により、裁判所は、処分についての審査請求に対する裁決を経た後に取消訴訟の提起があった場合に、訴訟関係を明確にするため、必要があると認めるためは、被告である国若しくは公共団体に所属する行政庁又は被告である行政庁に対し、当該審査請求に係る事件の記録であって当該行政庁が保有するものの全部または一部の提出を求めることができる。

国民の権利・自由をより実効的に保障する観点から行政訴訟制度を見直す必要がある。
本決定は、審理の充実促進により国民の権利利益の実効的な救済を目指した司法制度改革の趣旨が、行訴法23条の2の釈明処分の特則の規定を通じ、民事訴訟一般の文書提出命令の規定の解釈も活かされる道筋を示した判断。
  規程 行政事件訴訟法 第二三条の二(釈明処分の特則)
裁判所は、訴訟関係を明瞭にするため、必要があると認めるときは、次に掲げる処分をすることができる。
一 被告である国若しくは公共団体に所属する行政庁又は被告である行政庁に対し、処分又は裁決の内容、処分又は裁決の根拠となる法令の条項、処分又は裁決の原因となる事実その他処分又は裁決の理由を明らかにする資料(次項に規定する審査請求に係る事件の記録を除く。)であつて当該行政庁が保有するものの全部又は一部の提出を求めること。
二 前号に規定する行政庁以外の行政庁に対し、同号に規定する資料であつて当該行政庁が保有するものの全部又は一部の送付を嘱託すること。
2裁判所は、処分についての審査請求に対する裁決を経た後に取消訴訟の提起があつたときは、次に掲げる処分をすることができる。
一 被告である国若しくは公共団体に所属する行政庁又は被告である行政庁に対し、当該審査請求に係る事件の記録であつて当該行政庁が保有するものの全部又は一部の提出を求めること。
二 前号に規定する行政庁以外の行政庁に対し、同号に規定する事件の記録であつて当該行政庁が保有するものの全部又は一部の送付を嘱託すること。
  民事p58
仙台高裁R3.3.25  
  生活協同組合連合会のLED蛍光灯導入について、信義則上の情報提供義務違反の過失が認められた事例。
  事案 Xは、A生活協同組合連合会が3か年計画に基づきXの製造販売するLED蛍光灯約1万本を導入し、これをYから受注できるというXの信頼を前提に、Yが1本5700円という低額の単価で販売をXに承諾させた
but
連合会の3か年計画による役1万本のLED蛍光灯の導入計画が策定されず発注が確実でなくなったことが判明したのに、Xにその情報を提供しなかった契約締結上の過失(信義則上の情報提供義務違反)によって、YがXに契約を締結させたことが不法行為

導入場所ごとの販売数に応じた本来単価と実際の販売単価5700円との差額の合計額に消費税相当額を加えた額の損害賠償を請求。 
  判断 信義則上の情報提供義務違反の過失を認め、過失相殺をした上で、Xの請求を棄却した原判決を変更し、一部認容。 
Yの営業統括責任者は、Xが従来1200本の導入で1本6450円の価格を提示していたLED蛍光灯について、Xの担当者に対し、連合会が平成26年2月上旬から3か年計画による約1万本のLED蛍光灯の導入計画を立てる旨の説明⇒連合会の3か年計画による導入についての価格見積りとして1本5700円の価格を提示させながら、平成26年1月を過ぎても3か年計画を立てなかったのにXの担当者にその説明をせず、平成26年2月以降も1本5700円の価格でXに発注。
Yは、3か年計画が連合会において採用されず、1本5700円という価格を決定する際に前提としていた発注数量を確保することができないことが明らかになった場合には、Xが前記の価格を当然に維持するわけではないことを認識していたと考えられる⇒LED蛍光灯を継続的に発注することを前提に価格交渉をした取引上の信頼に応えるべく、発注を継続するに当たっては、3か年計画の採否に関する情報を速やかに提供すべき信義則上の義務を負っていた。
Yは、平成26年1月中には、連合会が3か年計画を採用しなかったことを認識していたにもかかわらず、そのことを説明しないまま、平成26年2月以降、LED蛍光灯を1本5700円という低価格で発注⇒信義則上の情報提供義務違反の過失が認められる。
過失相殺:
Xが連合会の3か年計画について十分な確認をしないまま2年以上も受注を続けていたことについては、取引当事者として確認不足であり、損害の発生、拡大についてはXにも過失がある。
⇒3割の過失相殺をするのが相当。
損害:
3か年計画が採用されないという情報をYから提供されていた場合、Xは少なくとも1本6450円で納入していたと考えられ、相当単価6450円と実際の販売単価5700円の差額750円に消費税相当額を加えた額が、Yの情報提供義務違反の過失による不法行為によって生じた損害。
⇒3割の過失相殺をした額の損害賠償請求権を有する。
  解説 契約締結過程における情報提供義務:
フランスの判例・学説:
事業者と消費者の契約については、事業者に対し、相手方の契約締結の意思形成に影響を与える事実について広く情報提供義務を課している。

日本:契約締結上の過失の延長として論じられ、
裁判例では、宅地建物取引、フランチャイズ契約、金融取引などで信義則上の義務として認められ、義務違反に対する不法行為責任が認められてきた。
最高裁H24.11.27:
シンジケートローンへの参加につき、他の金融機関を招へいした金融機関が、債務者の信用にかかわる重大な新情報について、他の金融機関に情報を提供する義務があると判断された事例。 
本件:
LED蛍光灯の製造販売という事業者間の取引であるが、大量調達を背景に強い価格交渉力を有する買い手が、反復継続して物品を購入するにあたり、価格交渉のために売り手に示した調達計画が頓挫した場合には、その情報を提供すべき信義則上の情報提供義務を負うと認めたもの。
  民事p73
札幌地裁R3.8.19  
  学校法人のハラスメント防止委員会の決定の取消対象・不法行為(いずれも否定)
  事案 学校法人Aが運営するC大学で外国語を担当していた元教授であるXが、本件大学のハラスメント防止委員会の委員であったY1~Y6に対し、本件委員会が本件大学の外国語(中国語)担当教員による会議における Xの発言について行った決定により名誉感情を侵害された。

①人格権に基づく妨害排除請求権に基づき、本件決定の取消しを求めるとともに、
②不法行為に基づく損害賠償として慰謝料160万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案。
Xが、B教授(中国出身で日本に帰化していた本件大学の外国語(中国語)担当教員)に対し、
「私は先輩ですよ。」「あなたは何人ですか。中国人でしょ。」「Bは日本の文化を知らない。」などと発言したものであり、本件委員会は、Bからの当該発言についてのハラスメントの相談を受けて調査⇒本件発言につき、人権侵害のハラスメントであるなどと判断し、「Xに対して、学長より限りなく懲戒に近い口頭による厳重注意をするとともに、宣誓書を提出することを命じる」との措置をすることが適当である旨の決定をし、その旨を学長に報告。⇒Xは本件委員会規程に基づき、本件決定について不服申立て⇒不受理。
Xは本件法人を退職しており、在職中に本件決定に関する事項について懲戒処分又は本件決定記載の学長による厳重注意は行われていない。
  争点 ①本件決定の取消しの訴えの適法性
②本件決定の違法性及び不法行為該当性 
  判断 ①について却下
②について棄却
  解説  ●争点①について 
本判決:
本件決定は私人による事実行為に過ぎず、Xに対する具体的な権利義務を形成する法的効果を生ずるものではなく、取消権を認めるべき実体法上の根拠もない。
⇒訴えの利益を欠き不適法。
本件委員会規定:
本件委員会は、本件法人内部の機関として、ハラスメントの相談や苦情申立てを受け手対応措置及び処分について検討し、その結果を本件大学学長に報告するものであり、これに基づく処分等は本件大学学長が学内手続によって別途行うこととされている。

本件決定は、XとYらの間ではもちろん、Xと本件法人との雇用契約関係においても法的効果のない事実行為にすぎない。

本件決定は、XとYらの間ではもちろん、Xと本件法人との雇用契約関係においても法的効果のない事実行為にすぎない

本件決定によりXの名誉勘定が害されたとしても、それは過去の事実行為による事実上の不利益にすぎず、侵害行為が継続しているともいえない⇒その救済は不法行為に基づく損害賠償請求等により図られるべきであり、本件決定の取消しや無効確認について、訴えの利益を肯定することは困難。
学校法人の大学教授に対する懲戒処分としての戒告について、名誉感情の侵害などを理由に、当該処分の無効確認の利益を肯定した東京地裁R2.11.12等。
~懲戒処分の無効確認に関するもの。
  ●争点②について 
名誉感情侵害の不法行為該当性に関する2件の最高裁判例(最高裁H17.11.10、H22.4.13)を引用し、
本件委員会規程上、本件委員会による決定にハラスメントの加害者への否定的評価が含まれ、これが加害者に通告されることは当然に想定されていることなども考慮した上で、
本件決定の具体的表現やその文脈全体を踏まえて検討し、本件決定は、Xの人格攻撃に及んだり、殊更に侮辱的表現を用いたりするものではなく、本件委員会の決定として想定される限度を超えてXの名誉勘定を傷つけるものとは認め難く、Xに対する非難や攻撃を意図して行われたものでもなく、本件発言をハラスメントに当たるとした判断に重大な誤りがあるともいえない

本件決定は社会生活上許される限度を超えた侮辱行為と評価することはできず、不法行為に該当しない。
  知財p78
東京地裁R4.3.18  
  「ぼてぢゅう」の文字を含む結合標章と「ぼてぢゅう」の商標との類似判断
  事案 原告らが、被告による本判決別紙被告標章目録1記載の各標章を付した商品の製造販売行為は、本判決別紙商標権目録記載の本件商標1(ぼてぢゅう)に係る商標権を侵害し、また、被告標章1を付した被告商品①の製造販売行為が、同商標権目録記載の本件商標2(ぼてぢゅう総本店)に係る商標権を侵害

原告らが、被告に対し、被告各標章の使用の差止め及び被告各標章を付した商品の廃棄等を求め、
原告東京フードが、被告に対し、選択的に商標法38条2項又は3項による損害金及び弁護士費用相当損害金の合計840万円及び訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を求め、
原告BGHDが、被告に対し、選択的に同条2項又は3項による損害金及び弁護士費用相当損害金の合計240万円及び訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を求めた。
  主たる争点 本件商標1(ぼてぢゅう)と被告各標章又は被告標章Ⅰ~Ⅲとの類似性 
  判断   ●類似性の判断基準 
複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、
①その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合、
②それ以外の部分から出所識別標識としての呼称、観念が生じないと認められる場合、
③商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分に結合しているものと認められない場合
などを除き許されない(判例)。
  ●当てはめ 
被告標章Ⅰ及び被告標章Ⅲ:
被告標章Ⅰは、その構成中の「ぼてぢゅう」の文字部分を抽出し、この部分だけを本件商標1と比較して商標そのものの類否を判断することが許される⇒本件商標1と被告標章Ⅰは類似する。
この理は被告標章Ⅲにも妥当。
被告標章Ⅱ:
被告標章Ⅱのうち、少なくとも「総・ぼ・て」の3文字を含む上段図案と「ぼてぢゅう総本家」の8文字とを組み合わせた部分は、これらを分離して観察することが、取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合。
本件商標1と被告標章Ⅱは、外観及び称呼において大きく異なる⇒類似しない。
  解説 ●  ●結合標章の類似判断 
おひなっこや事件判決:
複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、
①その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合(「第1要件」)や、
②それ以外の部分から出所識別標識としての呼称、観念が生じないと認められる場合(「第2要件」)、
「など」を除き許されない(判例)。
リラ宝塚事件判決:
簡易、迅速をたっとぶ取引の実際においては、各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標(「第3要件」)は、常に必ずしもその構成部分全体の名称によって称呼、観念されず、しばしば、その一部だけによって簡略に呼称、観念され、1個の商標から2個以上の呼称、観念の生ずることがあるのは、経験則の教えるところ。
この場合、1つの呼称、観念が他人の商標の呼称、観念と同一または類似であるとはいえないとしても、他の呼称、観念が他人の商標のそれと類似するときは、両商標はなお類似するものと解するのが相当である。
本判決の判断基準:
第1要件及び第2要件と第3要件は、文字通り異なる要件を言うものと解することを前提として、
分離観察可能な場合には、おひなっこや事件判決の第1要件と第2要件のほかにも、リラ宝塚事件判決の第3要件が含まれる。
おひなっこや事件判決は、本来一体性がある横文字1列の標章という当該事例に相応しい判断基準を示すものとして、「など」という余地を残したもの。

被告標章Ⅱのように、文字と図案からなる結合商標については、リラ宝塚事件判決の第3要件に基づき判断する方が、当該事案に適切な結論を導くことができる場合もある。 
本判決の当てはめ:
被告標章Ⅰ及び被告標章Ⅲについて、
上段部分は、下段部分の説明書きであると理解されている⇒出所識別力がなく、「ぼてぢゅう」が出所識別標識として強く支配的な印章を与える⇒「ぼてぢゅう」部分の分離観察を肯定し、類似性を肯定。

被告標章Ⅱ:
上段の図案が伝統的な屋号の紋を連想させるもの⇒出所識別力がある
下段は、上段の図案にある「総・ぼ・て」の意味を説明するの⇒上段と下段は配置上も意味上も密接に関連する。
被告標章Ⅱの使用は、被告にとっては、被告自身が有して長年使用を継続した被告保有商標を使用する趣旨をも一応含み得る。

「ぼてぢゅう」部分の分離観察を否定した上、類似性を否定。 
  商事p99
大阪高裁R3.7.30   
  株主権の確認・株主総会決議の不存在確認等
  事案 Y2株式会社(代表取締役Y1)は同族会社であり、X1はY1の長男、X2はY1の妻でありY2の株主。 
Xらは、自分らに対する招集通知を欠いたままY2の臨時株主総会が開催され、X1が出席していないにもかかわらず出席して議案に賛成(ただしX1自身の取締役解任議案については反対)したという内容の株主総会議事録が作成された

①X1が、Y2及びその代表者で株主であることを争うY1に対し、Y2の株式30万株を有する株主であることの確認請求
②X2が、Yらに対し、Y2の株式20万株を有する株主であることの確認請求
③Xらが、Y2に対し、平成26年1月18日付け臨時株主総会における各決議が不存在であること
④X1がY1に対し、虚偽の内容の株主総会議事録を作成したことについて、不法行為に基づく損害賠償及びこれに対する遅延損害金の請求をした。
  原審 請求①のうち、24万1818株の株主権の確認を求める部分に係る訴えを却下し、4万2071株の株主権の確認を求める部分の請求を認容し、1万6111株の株主権の確認を求める部分の請求を棄却。
請求②③を認容。
請求④を棄却。 
  判断 以下の通り判示して、控訴を棄却、附帯控訴を一部認容(請求④を除き、原判決の結論を維持)。
X2からX1への株式贈与契約書とY1からX1への株式贈与契約書は、いずれも公証人による確定日付印が押捺され、・・・Y1・X1間の贈与契約の成立について争いがない以上、X2名義の株式も同時に贈与された。
but
1万6111株についてはX1が受贈の意思表示をしたことについての具体的な主張立証がされていない⇒X1の主張する事情から直ちに贈与契約の成立を認定することはできない。
・・・前記新株発行にあたってX2名義で20万株に相当する8000万円の払込みがされたと認められるところ、前記新株発行がされた日に、X2名義の口座において1億6000万円の振替⇒その払込みがされたことを裏付ける。
Xらの包括的同意・個別同意を得たとの主張は認められない。
不法行為を肯定(後述)。 
  解説  株主権は権利関係であるから、その所在・帰属は取得原因事実により立証。
本件では、贈与が主張されており、間接事実によりそれを認定。 
実務上、新株の引受けにおける名義借りのケースがしばしば争点になるが、
他人の承諾を得てその名義を用い株式を引き受けた場合においては、名義人すなわち名義貸与者ではなく、実質上の引受人すなわち名義借用者がその株主となるとする実質説が判例。
実質上の引受人(株主)の認定には、
①株式資金の拠出者
②名義貸与者と借用者との関係、その間の合意内容、
③取得の目的、
④名義貸与者及び借用者と会社との関係
⑤名義借用の理由の合理性
⑥取得後の利益配当金や新株等の帰属状況
⑦株主総会における議決権の行使状況
などの間接事実が重要。
  株主権の認定を前提⇒発行済株式数の約77.4%を保有する株主に対して招集通知がされていないことになる。
招集通知の漏れは、一般に決議取消事由になるが、瑕疵の程度が大きい場合には決議不存在事由となる(判例)。 
排除された株式数が4割を超える⇒決議不存在
2割に満たない⇒決議取消事由
という目安。
本件で排除された株式数は総株主の7割を超える⇒総会決議不存在。
  不法行為:
原判決:
従前のY1の運営について、Y1の意思決定にXらが特に異議を差し挟んだことがこれまでになく、そのまま総会決議とされていた⇒X1の氏名の無断利用(人格権の侵害)に当たらない

本判決:
虚偽の株主総会議事録作成に加え、取締役解任登記をしたことがX1の社会的信用を低下⇒不法行為を構成。 
  刑事p109
最高裁R2.10.1  
  数罪が科刑上一罪の関係にある場合において、罰金刑では軽い罪の方が重い場合
  事案 建造物侵入罪(刑法130条、3年以下の懲役または10万円以下の罰金)と
当時の埼玉県迷惑行為条例2条4項(盗撮)違反の罪(6月以下の懲役又は50万円以下の罰金)
両者は牽連犯の関係にあって、刑法54条1項後段により科刑上一罪となる。
検察官:罰金40万円の科刑意見を付して略式命令を請求⇒さいたま簡裁は罰金10万円の略式命令⇒検察官が正式裁判を請求。
  争点 各罪の主刑のうち重い刑種の刑のみを取り出して軽重を比較対照した際の重い刑及び軽い罰のいずれにも選択刑として罰金刑の定めがあり、軽い罪の罰金刑の多額の方が重い罪の罰金刑の多額よりも多いときに、罰金刑の多額は重い罪と軽い罪のいずれのものによるべきか?
  規定 刑法 第五四条(一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理)
一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。
  1審・原審 最高裁昭和23年判例の採用する重点的対象主義⇒本件の罰金の多額は重い建造物侵入罪のそれである10万円となるが、それを前提に検察官の求刑を踏まえると、罰金刑の選択は相当でない⇒被告人を懲役2月、3年間執行猶予。 
    被告人:上告し、原判決は、罰金刑の多額が10万円となるとした点ににおて、同種事案で罰金の多額は軽い罪のそれによるべきとした名古屋高裁金沢支部判決H26.3.18と相反し、本件での罰金の多額は埼玉県条例違反のそれである50万円となる。
  判断 昭和23年判例は、本件のような罰金刑の多額についてまで判示するものではなく、軽い罪のそれによることを否定する趣旨とも解されない。
⇒昭和23年判例が重点的対照主義の形式的適用をいうものではない。

金沢支部判決は、最高裁の判例がない場合の控訴審裁判所たる高裁裁判所の判例(刑訴法405条3号)となる。 

原判決は最高裁判所の判例がない場合の控訴裁判所たる高等裁判所の判例に相反したもので、判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合であるとはいえないとして、原判決及び第1審判決を破棄し、本件を第一審裁判所に差し戻した。
  解説  最高裁昭和28.4.14:
重い罪には罰金刑の選択刑があるが、軽い罪にはないとうい事案で、
刑法54条1項が「最も重い刑」と定めているのは、数個の罪名中最も重い刑を定めている法条によって処断するという趣旨と共に、他の法条の再加減の刑よりも軽く処断することはできないという趣旨を含む⇒この場合罰金刑を選択することはできない。 
最高裁H19.12.3:
重い罪には罰金刑の選択刑がなく、軽い罪には罰金刑の任意的併科が定められている事案で、
刑法54条1項の規定の趣旨等に鑑み、重い罪の懲役刑に軽い罪の罰金刑を併科することができる。

いずれも昭和23年判例を変更するものではない⇒昭和23年判例が重点的対照主義の形式的適用をいうものではないという理解。
  本件:
建造物侵入罪の法定刑が「最も重い刑」といえないことは明らかであり、罰金の多額を50万円と解することが、数罪を包括的に「最も重い刑」で処断するという、刑法54条1項の趣旨及びその文言に合致。
本判決が、刑法54条1項の規定の趣旨等に鑑み、罰金刑の多額は軽い罪のそれによるべきとしたのは、このような理解に基づく。 
  刑事p111
名古屋高裁R2.11.5  
  鉄道の自動改札機を利用したキセル乗車と電子計算機使用詐欺罪 
  事案 被告人は、乗車券を買ってA駅から入場し、その後乗り換えるなどしてB駅で下りたが、その際、別の磁気定期券(本件定期券)を自動改札機に投入して出場。
  争点 本件自動改札機は出場の許否の判定において、入場情報が用いられることがなく、その具体的内容が読み取られることもない⇒本件定期券に入場情報が記録されていなくても、本件定期券が有効期間内であり、かつ、有効区間に出場駅が含まれている限り、出場が許される。
そのような場合に、電気計算機使用詐欺罪が成立するか?
  規定 刑法 第二四六条(詐欺)
人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
  刑法 第二四六条の二(電子計算機使用詐欺)
前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。
  一審 (1)刑法246条の2後段の「財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録」とは、電子計算機を使用する当該事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らし、その内容が真実に反する情報をいう。
(2)本件自動改札機による磁気定期券の改札事務処理の対象となっていたのは、投入された磁気定期券が有効期間内であるか、磁気定期券の有効区間内に出場駅が含まれるかの2点のみであり、入場情報はその対象となっていない。⇒被告人が投入した本件定期券には真実に反する情報が含まれていたとは認められない。
⇒無罪
  判断 本件自動改札機による事務処理システムが予定する事務処理の目的は、 乗車駅と下車駅の間の正規の運賃が支払われた正当な乗車か否かを判定して出場の許否を決することを指す(入場情報がこれに含まれることは自明である。)⇒事務処理の現状だけをもって目的が決まるわけではない。
電子計算機使用詐欺罪が、人を介した取引であれば詐欺罪に当たるような不正な行為であ、電子計算機によって機械的に処理されているものについて、これを取り締まる趣旨で創設されたもので、詐欺罪の補充規定⇒本罪の成立を認めた。
被告人が係員に本件定期券を示した場合には詐欺罪が成立するのは明らか⇒本件自動改札機に本件定期券を投入する行為を詐欺罪の補充規定である電子計算機使用詐欺罪で処罰することは、構成要件の外延を不明確にするものでも、処罰範囲を不当に拡大するものでもない。
  解説 本件の場合、入場情報が出場の許否の判断に用いられていない⇒仮に、本件定期券に正しい入場情報が記録されていて、それを読み取ればキセル乗車であることが判明し、出場を許さないという場合であっても、本件自動改札機にあっては、出場を許すことにならざるを得ない。

本件定期券を本件自動改札機に投入したこと(=虚偽の情報提供)と、被告人が駅から出場できたこと(=財産権の得喪)との間の連関(因果関係)もないということになる。

有改札の場合において、定期券の有効期間と有効区間を示し、さらに「有効区間外ですが、A駅からの乗車です。」と正直に告知しながら出場するような行為。
2528   
  判例特報
大阪高裁R4.2.22  
  旧優生保護法国賠訴訟控訴審判決 
  事案 旧優生保護法に基づき、同意なく優生手術を受けさせられたと主張するX1、X2とX2の配偶者であるX3が、Y(国)に対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めた事案。
   主張 旧優生保護法がリプロダクティブ・ライツ、平等権等を侵害する違憲なもの⇒国会議員が旧優生保護法を立法したこと、国会議員が被害救済立法を行わなかったこと、厚生労働大臣及び内閣総理大臣が被害救済措置を講じなかったことがいずれも国賠法上の違法。 
  争点 X1、X2に対する優生手術の有無(争点1、2)
国会議員が旧優生保護法を立法したこと(争点3)
国会議員が被害救済立法を行わなかったこと(争点4)
厚生労働大臣及び内閣総理大臣が被害救済措置を講じなかったこと(争点5、6)
の国賠法上の各違法性
Xらの損害額(争点7)、除斥期間の適用の可否(争点8)
  1審 争点1、2、3は肯定
争点4~6の違法性は否定
除斥期間の規定の適用によって、損害賠償請求権は消滅(争点8) 
  判断 争点1~6については、原判決を引用しつつ、同旨の判断。 
争点3について:
国会議員の立法が国賠法上違法となるのは、当該立法が明白に違憲である場合などに限られるとする判例の判断の枠組みの下、旧優生保護法の優生手術に関する規定が明らかに憲法13条、14条に反し違憲⇒国賠法上の違法・過失を肯定。
損害額(争点7)を判断する前提として、X1、X2の被害内容につき、身体への侵襲・生殖機能喪失に加え、同意なく優生手術を受けさせられたことで、旧優生保護法の下、一方的に「不良」との認定を受けたに等しく、制定法に基づくこのような状態は、X1、X2の個人の尊厳を著しく損なうもので、違法な立法行為による権利侵害の一環をなし、
その権利侵害は、旧優生保護法を改正する法律の施行期日(平成8年9月25日)まで係属したと判断した上で、両者の慰謝料を各1300万円と算定し、
X3についても、X2の生命を害された場合にも比類すべき精神上の苦痛を受けたといえる⇒慰謝料200万円認めた。
除斥期間の適用の可否(争点8)について:
民法724条後段の規定が除斥期間を定めたものとの解釈(最高裁)を前提に、
その起算点となる「不法行為の時」について、
1審判決:優生手術実施時
判断:違法な権利侵害の継続性⇒旧優生保護法を改正する法律の施行日前日
除斥期間の制度目的・趣旨からして、その適用の例外を認めることは基本的に相当でない
but
①旧優生保護法の規定による人権侵害が強度
②昭和45年頃の高等学校用教科書が優生政策・優生手術を肯定的に記述していたことも例示し、憲法の趣旨を踏まえた施策を推進していくべき地位にあったYが、本件の違法な立法行為及びこれに基づく施策によって障害者等に対する差別・偏見を正当化・固定化、更に助長してきたとみられ、これに起因して、Xらにおいて訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境にあったという事情

Xらについて、除斥期間の適用をそのまま認めることは、著しく正義・公平の理念に反するというべきであり、時効の停止の規定(改正前民法158~160条)の法意に照らし、訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境が解消されてから6か月を経過するまでの間、除斥期間の適用が制限されるものと解するのが相当。

Xらの訴訟提起に至るまでの具体的な事実関係の下、除斥期間の適用が制限され、その効果は生じない。
  解説 本判決後に言い渡された東京高裁R4.3.11:
除斥期間の適用を制限する判断をしたが、同判決は、
優生手術の被害者が自己の受けた被害が国による不法行為であることを客観的に認識し得た時から相当期間が経過するまでは民法724条後段の効果が生じない。
前記客観的に認識し得た時:優生手術被害者を対象とする「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(「一時支給法」)の施行日である平成31年4月24日。
かつ、訴訟提起には一時期支給法の定める5年間と同様の猶予期間を認めるのが相当。 
  行政p16
東京高裁R3.6.27  
  経済産業省性同一性障害事件
    性同一性障害者であって、性別適合手術を受けておらず、戸籍上の性別変更をしていないトランスジェンダーの国家公務員についての、所属省内の女性用トイレの使用に制限を受けたことにつき、公平処遇を求める措置要求を認められないとした人事院の判定について、違法がないとされた事例
  事案 トランスジェンダーの国会公務員であるXが、人事院に対し所属省内の女性用トイレの使用に制限を受けていたことにつき他の女性職員との公平処置を求める等の勤務条件に関する行政措置の各要求⇒
いずれも認められないとされた判定が違法であるとして、本件判定に係る処分の取消しを求めるとともに、
所属省の職員らがXを公平に処遇すべき注意義務を怠ったとして、Y(国)に対して国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めた。
  争点 トイレの使用に係る措置及び本件判定の違法性 
  原審  性別は、社会生活や人間関係における個人の属性の1つとして取り扱われており、個人の人格的な生存と密接かつ不可分のものということができるのであって、個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることができることは、重要な法的利益として、国家賠償法上も保護される。 
①・・・Yが主張するような性同一性障害者とそれ以外の者との間で利害衝突が生じる可能性は抽象的なものにとどまるのであって、経産省もこれを認識していた。
②Xが給食から復帰した時点において、Xが自認する性別に即した社会生活を送ることができることという重要な法的利益に対する制約を正当化することはできない状態に陥っていたというべき。
③同時点以降も本件トイレに係る処遇を継続したことは、省庁管理権の行使に当たって尽くすべき注意義務を怠ったものであり、国賠法上、違法の評価を免れず、本件トイレの使用に係る本件判定につき、裁量権の逸脱、濫用があった。

本件判定のうち、本件トイレの使用に当たっては性同一性障害者であることを告げた上女性職員の理解を得る必要があるとする経産省当局の条件を撤廃してXに対して自由に使用させることの要求を認めないとした処分の取消しを認め、XのYに対する損害賠償請求権の一部を認容。
  判断 本件トイレに係る処遇につき国賠法上の違法は認められず、本件判定にも違法は認められない。
なお、経産省のXに対する対応の過程の一部について、違法があったとして、損害賠償の一部を認めた。
①・・・・本件トイレに係る処遇を維持している点につき、国賠法状の違法性は認められない。
②経産省としては、他の職員が有する性的羞恥心や性的不安などの性的利益を考慮し、全職員にとっての適切な職場環境を構築する責任を負っていることも踏まえると、本件トイレに係る処遇を維持していたことは、経産省の裁量を超えるものとは言い難く、人事院が、一般国民及び関係者に公平なように、かつ、職員の能率を発揮し、及び増進する見地において事案の判定にあたる役割を果たす上において、本件判定を行ったことは、裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があったとはいえない。
  解説 性同一性障害者特別法:
家裁の審判により、性別の取扱いの変更を可能とすることを定めている(同法3条)。 
トランスジェンダーの快適な職場環境の実現については、社会的背景、当該環境をめぐる法状況、当該環境の形成に至る事情のほか、当該環境におけるトランスジェンダーの利益不利益事情はもとより、職場における職員・従業員などの当該環境に浴する周囲の者の利益不利益等を仔細に検討して、その構築に努めるべきであり、
職場環境の構築あるいは勤務条件に関する行政措置の適法性については、これらの実体的要件と共に、当該指導等に係る手続の正当性、たとえば医師や弁護士などの専門家の意見を徴したか否か、当該トランスジェンダーに対して説明を尽くしたか否かなどを勘案して判断必要がある。
  民事p65
東京地裁R3.8.25  
  送金依頼人と被仕向銀行の法律関係への改正前民法107条2項の類推適用(否定)、受取人の特定
  事案 フィリピン共和国の会社である原告が、詐欺グループによって改ざんされた送金先情報に基づき、日本の金融機関(都市銀行)である被告の視点に開設された口座に送金させられ、金員を詐取された

被告に対し、
①主位的に、受取人の特定に当たり、被告が原告との間の準委任契約に基づく善管注意義務の内容である調査確認を怠り、その結果、送金額相当の損害を被った⇒債務不履行責任に基づき、損害金及び遅延損害金の支払を求め、
②予備的に、被告の担当職員が受取人の特定のための調査確認をすべき注意義務を怠った過失がある⇒使用者責任に基づき、損害金及び遅延損害金の支払を求めた。 
  規定 旧民法 第一〇七条(復代理人の権限等)
復代理人は、その権限内の行為について、本人を代表する。
2復代理人は、本人及び第三者に対して、代理人と同一の権利を有し、義務を負う。
現民法 第六四四条の二(復受任者の選任等)
受任者は、委任者の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、復受任者を選任することができない。
2代理権を付与する委任において、受任者が代理権を有する復受任者を選任したときは、復受任者は、委任者に対して、その権限の範囲内において、受任者と同一の権利を有し、義務を負う。
  判断   ●  ●原告・被告間の法律関係に改正前民法107条2項が適用されるか
送金依頼人と被仕向銀行の法律関係において、改正前民法107条2項を類推適用する余地はない(最高裁昭和31.10.12)。
送金依頼人である原告とその委託を受けた仕向銀行であるC銀行との関係、
C銀行と被仕向銀行であるD銀行および被告との関係は、
それぞれ別個の委任契約関係であり、
しかも、被仕向銀行であるD銀行および被告は、それぞれ、C銀行およびD銀行との間の各委任契約の履行として、自己の名において振込事務の処理を行ったに過ぎない⇒被告をC銀行またはD銀行の代理人と解することはできない。

被告は、原告に対する関係で、復代理人としての性格を有する地位にはなく、改正前民法107条2項を類推適用するのは相当ではない。
  ●被告の使用者責任の有無 
否定(解説参照)
  解説 ●  ●委任者と復受任者との法律関係 
改正前民法:復委任についての明文の規定はなかったが、民法104条と同様の要件すなわち委任者の許諾を得た場合またはやむを得ない事由がある場合には、受任者は復受任者を選任することができる。
現行法は、644条の2第1項で明文化。
本件では、委任者と復受任者との法律関係につき、改正前民法107条2項(現行法106条2項)の類推適用の当否が問題。
最高裁昭和31.10.12:
委託者から物品販売を受託した問屋が同物品販売を他の問屋に再委託した場合につき、委託者と再委託を受けた問屋との間に改正前民法107条2項を準用すべきでない。

本来、本人の代理人に対する授権行為と代理人の復代理人に対する授権行為とは別個独立の行為であり、本人と復代理人との間には契約関係が存在せず、直接の権利義務が発生する根拠を欠くところ、改正前民法107条2項は、復代理人も本人の代理人として顕名の上で法律行為をし、その効果が直接本人に帰属する(民法99条、改正前民法107条1項(現行法106条1項))ことから、特別に本人に対して代理人と同一の権利義務を認めたもの。⇒再委託を受けた者が、委託者の代理人としてではなく、単に自身が受けた再委託の義務を履行するにすぎない場合は、改正前民法107条2項の準用の前提を欠く。
現行法644条の2第2項も、前記解釈に従い、受任者及び復受任者が代理権を有する場合に限り、復受任者が委任者に対し、その権限の範囲内で受任者と同一の権利を有し、義務を負う旨を明確化。
●被仕向銀行による受取人の特定について 
本判決:
送金委託契約における受取人の特定は、第1に、送金依頼人の指定(意思)によってされるのであって、仕向銀行及び被仕向銀行は、それぞれ送金依頼人及び仕向銀行との間の各委任契約の趣旨に則り、その各委任者から受けた指定に従って振込事務を履行する義務を負っている。

受取人に特定に当たり、
仕向銀行から受領した被仕向送金接受受付票等に記載された文言を合理的に解釈し、被仕向銀行に実在する口座との間で社会通念上同一であると認められれば特定として足りる。
特定の方法については、
支店名、口座番号及び口座名義によることが相当であり、かつそれをもって足りるというべき。
本件では、
①本件受付票記載の口座番号と本件口座の口座番号が一致している
②本件口座の名義人であるB社の商号が本件受付票の受取人欄記載のB’社の名称と概ね一致している
⇒本件受付票において指定された受取人の口座と被告Z支店に実在する本件口座とは社会通念上同一。
裁判例(東京地裁)
最高裁H6.1.20:
送金依頼人が仕向銀行に対して振込先口座の名義人を指定したにとどまり、口座番号を明記しておらず、被仕向銀行において、前記名義人の氏名以外に振込先口座を特定する手掛かりがなかった⇒前記名義人の指示に従って前記名義人が代表取締役を務める法人名義の口座に入金⇒仕向銀行は履行すべき義務を尽くした。
  民事p72
東京地裁R3.9.28  
  相続人の被相続人口座からの出金と不当利得返還請求権の割合
  事案  被相続人Aが死亡し、相続人は、子であるXとY。 
Xは、Yに対し、本件以前に、YがAの生前にAの預金口座等から金銭を無断で出金していたことがAに対する不法行為に当たる⇒これに基づく損害賠償請求権のうち、Xの法定相続分2分の1に相当する金員の支払を求める別件訴訟を提起し、同訴訟において、Yによる無断出金が一部認められ、その2分の1に相当する額の支払(4716万7657円)がYに命じられた。
  本件:
Xは、Yに対し
①前記別件訴訟に係るYによるAの預金口座等からの無断出金は、Aに対する不当利得に当たり、YにはAの生前、特別受益があり、Xの具体的相続分は6852万5445円であり、そのうちの未払金2132万9639円の支払を求め、
②YはAの死後、Aの預金口座から金員を出金しているが、Yの具体的相続分は0円⇒不当利得として、同出金の額及び出金に係る手数料の合計259万6432円の支払を求めた。
  判断   ●①の生前出金
Yは、Aに無断で生前出金⇒Aは同額の不当利得請求権を有していたものであり、これは法律上当然分割される可分債権である(最高裁昭和29.4.8)が、
その承継割合である相続分について、相続開始時点では定まっていないか、少なくともこれを具体的に把握することがほとんど不可能に近い具体的相続分ではなく、XとYとの法定相続分に応じて分割承継される。
これは既に支払済み⇒Xの請求は理由がない。
  ●②の死後出金 
死後出金にかかる口座は、死後出金時点で、Aの遺産⇒XとYにおいて、各2分の1の潜在的な持分割合による準共有状態(最高裁H28.12.19)。

口座の最終残高にかかわらず、死後出金額259万6432円の全額について、XとYの準共有状態にあった財産の逸出⇒そのう2分の1に相当する金額については、Xに対する準共有持分権の侵害となるとして、同額の不当利得返還請求権に基づく請求を認めた。
  解説  生前出金について:
令和3年法律第24号による民法の一部改正で、民法は898条には
「相続財産について共有に関する規定を適用するときは、第900条から第902条までの規定により算定した相続分をもって各相続人の共有持分とする」とする第2項が追加

共同相続人も持分すなわち権利の割合は法定相続分あるいは指定相続分であるとしたもので、本判決の結論と整合的。
  死後出金について:
最高裁H28.12.19は、共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる。

被相続人の遺産である預金は、潜在的な持分割合による準共有状態にあり、Y単独による出金はXに対する準共有持分権の侵害となり、出金額の2分の1に相当する金額について、不当利得返還請求権を認めた(本判決)。
  労働p78
宮崎地裁都城支部R3.4.16  
  原告の従業員であった被告が原告に在職中に別会社を設立し原告のスタッフを被告会社に引き抜いたことの不法行為性(肯定)等。
  事案 X:労働者派遣事業及び有料職業紹介事業等を行とする会社
Y1:平成25年3月にXに入社し、平成30年8月31日にXを退職(退職時ポストはXの宮崎営業所の所長) Xに在職中の同年5月2日、宮崎市内にY2を設立し、Y2の代表取締役に就任。
Y1は、平成30年6月13日に、一方的にXに退職願いを提出し、同日以降、Xの派遣スタッフに対し、XからY2への移籍やY2への入社を勧誘。
  X:Y1らに対して不法行為に基づく損害賠償請求
Yら:Xが、Y1の名誉及びY2の信用を毀損する文書を配布⇒Xに損害賠償請求 
  判断 Y2がY1と共謀の上、社会的相当性を逸脱した引き抜き行為を行ったと認め、
Y1及びY2に対し、315万5587円(営業損害287万5587円、弁護士費用28万円)の賠償を命じた。
・・・等の記載は、既知の事実ということはできず、その事実の有無に関係なく、経済活動を営んでいく被告らの社会的評価を低下させるものであることは否定することができない。
 ・・・上記文書に記載された内容は、原告と対立関係にある小規模な一企業にすぎない被告会社及びその代表者である被告Y1に関する事実及びその評価にすぎず、公共の利害に関する事実ということはできない。
Xが派遣スタッフや派遣先企業に配布した文書は、Yらを誹謗中傷する内容を含んでおり、それが複数回にわたり配布されている⇒相当性があるとは認められない。
⇒Xに対し、Xの文書配布行為によってYらが被った損害合計187万円(Y1:慰謝料70万円+弁護士費用7万円、Y2:慰謝料100万円+弁護士費用10万円)の賠償を命じた。
  解説  最高裁H22.3.25:
退職後の競業避止義務に関する特約等の定めなく旧会社を退職した従業員が別会社を事業主体として旧会社と同種の事業を営み、その取引先から継続的に仕事を受注した行為について、
社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものでない場合には、旧会社に対する不法行為に当たらない。
従業員を引き抜くことによって当該会社の経営に打撃を与えた行為が不法行為に当たるとされた裁判例として3つの裁判例。
一般論としては、従業員の引き抜き行為が適法なものか否かは、
会社の業務内容、従業員の退職の意思・自発性、退職勧誘の方法・態様の社会的相当性などの諸般の事情を考慮して判断するほかないと解かれ、
裁判例上は、
従業員の退職、転職の自由という観点から、従業員引き抜き行為それ自体は違法とはいえないが、旧会社で得ていた内部情報や機密情報の盗用、漏えいなど法令又は競業避止義務の違反を伴うときや、一斉かつ大量に従業員を引き抜く場合などには、不法行為の成立が認められやすいとの指摘(文献)。
本判決:
Yらが、Xよりも良い待遇をうたって派遣スタッフを勧誘すること自体は問題ない
but
①Y1が、Xに在職中にY2を設立し、実際に収益を上げていたことはXに対する職務専念義務に違反
②派遣スタッフに対する勧誘の際、Xも了承済みであるかのような事実に反する説明をしたことは問題がある、
③Xの宮崎営業所の雇用スタッフ数及び粗利の額の推移⇒Yらによる引き抜き行為が原告に与えた影響は軽視できない

Yらによる引き抜き行為が社会的相当性を逸脱している。
従業員の引き抜きによる損害額の認定:
売上高の減少分をそのまま損害ととらえる考え方
売上高の減少分から支出を免れた諸経費を差し引いた営業利益の損失分ととらえる考え方
等 
本判決:
売上高の減少分から支出を免れた諸経費を差し引いた営業利益の損失分を損害ととらえている。
人材派遣業においては、退職や転職が頻繁に行われている
⇒Y2が設立された後のXの宮崎営業所の雇用スタッフ数の推移等を考慮して、Yらの引き抜き行為によって損害が生じた期間を3か月と認定。
  商事p90
大阪高裁R3.5.28  
  取締役会議事録及び監査役会・監査等委員会議事録の閲覧謄写許可の申立てが却下された事例
  事案 Y(抗告人・原審利害関係人)は、東証一部上場の監査等委員会設置会社
Xら:Yの株主 
  経緯 Xら:本件社史には、発行手続に問題があり、かつ、多数の重要な誤りがあり・・・Yの時期株主総会で、株主提案権を行使して、定款の変更及び社史の客観的歴史的手j記号性の担保を議案とする株主提案を行うことを検討しているが、そいのためには本件社史を発刊した決定過程を把握する必要がある

①Yの取締役会議事録のうち、本件社史について協議、監督した部分について、閲覧・謄写することの許可を求めるとともに、
②Yの監査役会及び監査等委員会議事録のうち、本件社史について監査協議、監督した部分について、閲覧・謄写することの許可
を地裁に求めた。 
  規定 会社法 第三七一条(議事録等)
 取締役会設置会社は、取締役会の日(前条の規定により取締役会の決議があったものとみなされた日を含む。)から十年間、第三百六十九条第三項の議事録又は前条の意思表示を記載し、若しくは記録した書面若しくは電磁的記録(以下この条において「議事録等」という。)をその本店に備え置かなければならない。
2株主は、その権利を行使するため必要があるときは、株式会社の営業時間内は、いつでも、次に掲げる請求をすることができる。
一 前項の議事録等が書面をもって作成されているときは、当該書面の閲覧又は謄写の請求
二 前項の議事録等が電磁的記録をもって作成されているときは、当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したものの閲覧又は謄写の請求
3監査役設置会社、監査等委員会設置会社又は指名委員会等設置会社における前項の規定の適用については、同項中「株式会社の営業時間内は、いつでも」とあるのは、「裁判所の許可を得て」とする。
  原決定 閲覧・謄写を許可 
    Yが、取消しと当該取消部分に係る本件申立てをいずれも却下する裁判を求めて即時抗告
  判断 ①Xらが社史の客観的歴史的変遷を担保するための定款変更を株主提案するにあたり・・・必要とする理由は、本件社史を発刊した決定過程を把握する必要があるという以上に具体的に明らかでなく、
③Xらは、閲覧・謄写を経ることなく、必要と考える定款変更の株主提案を現にしている⇒それらの議事録部分の閲覧・謄写がなければ定款変更に係る株主提案をすることができないとも認め難い

本件では、「株主は、その権利を行使するため必要があるとき」についての疎明があるとは認められない。
①・・・・本件社史の刊行が創立50周年の記念行事として行われたものであるとしても、それについて社外取締役が過半数を占める取締役会において協議、監督までされた可能性は高いとはいえない
②・・・・監査役会が本件社史について監査協議、監督することも、本件社史の刊行が決定される前に監査等委員会設置会社に移行していることからすると、ほとんど想定できない
③Yにおいて、裁判所限りで議事録を閲覧に供する用意があるとの態度を示すなどして、本件申立てに係る議事録部分は存在しないと強く主張

本件申立てに係る議事録部分が存在することの疎明があるとは認められない。
  解説 株主は、その権利を行使するため必要があるときは、取締役会の議事録の閲覧・謄写を請求することができる(会社法371条2項)。
but
取締役会の議事には秘密を要する事項も含まれている

業務監査権限のある監査役がおらず、各株主に強い監視権限が付与されている会社の場合を除き、株主は、裁判所の許可を得たときに限りこの請求をすることができる(同条3項)。
株主の権利行使のための必要性:
およそ株主たる資格において有する権利の行使をいい、
権利行使の対象となり得、又は権利行使の要否を検討するに値する特定事実の関係が存在し、取締役会議事録の閲覧・謄写の結果によっては権利行使をすることが想定できる場合であって、かつ、当該権利行使に関係のない取締役会議事録の閲覧・謄写を求めているのではない⇒その必要性は肯定。
権利行使の蓋然性がない場合は、必要性を欠く。
裁判例:
株主が、原発関連各事項に関する株主提案、理由説明及び事前質問を行うことについて、株主としての権利行使の必要性を肯定するもの(大阪高裁)
株主による取締役会議事録の謄写申請が、株主の地位に仮託して、個人的な利益を図るために、M&Aをめぐる訴訟の証拠収集目的でされたものであり、M&Aを進めるべきか否かの取締役会の審議の内容が企業秘密たる事項で、これらの記載部分が閲覧・謄写されることになれば会社の将来の事業実施等についても重大な打撃が生じるおそれがあり、会社の全株主にとっても著しい不利益を招くおそれがある⇒株主の権利行使の必要性を否定(福岡高裁)。 
  刑事p102
①東京高裁R3.5.28②名古屋高裁R3.9.28  
  実子に対し、頭部・身体を揺さぶる等の暴行を加えたとの起訴での無罪事案
  事案 被告人が実子に対し、頭部・身体を揺さぶる等の暴行を加え、急性硬膜下血腫、脳実質損傷、脳浮腫、多層性・多発性網膜出血等の傷害を負わせた(②事件では死亡させた)として起訴。
  主張 検察官:
医師(①事件では小児脳神経外科及び小児科、②事件では内科及び小児眼科)の証言に依拠し、被害者の障害は被告人の揺さぶり行為等によって生じたと主張。 
弁護人:
揺さぶり行為を否認し、脳神経外科医等の証言に依拠し、障害は他の原因によって生じた可能性がある⇒無罪を主張。
  原審 いずれも、被害者の傷害は揺さぶり行為以外の原因によって生じた可能性が否定できない⇒事件性を否定し、各被告人を無罪に。 
  控訴審 原審の判断を是認。 
  解説   ●乳幼児揺さぶられ症候群に関する「SBS仮説」 
  検察官主張:
小児医療では、乳幼児に複数の疾患ないし傷害がみられる場合、まずは原因が1つである可能性を考えて診断を行うというのが「共通理解」であるとされ、SBS仮説もこれを前提としている。
←小児の場合は先天性疾患等がない限り基本的には健康体であることを前提に考えるべき。
vs.
これは、あくまで診断を行うに際しての端緒のようなものに過ぎず、刑事事件における事実認定の場面では別個の検討が必要。

揺さぶる暴行により3徴候が生じる機序を合理的に説明することが可能であるとしても、それらの症状が他の原因によって生じ得る合理的な可能性が排除できない限り、3徴候から遡って1個の原因としての揺さぶる暴行があったものと直ちに推認できるわけではない。
参考文献。
  ●公判前整理手続終了後の証拠調べ請求 
刑訴法 第三一六条の三二[証拠調べ請求の制限]
公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件については、検察官及び被告人又は弁護人は、第二百九十八条第一項の規定にかかわらず、やむを得ない事由によつて公判前整理手続又は期日間整理手続において請求することができなかつたものを除き、当該公判前整理手続又は期日間整理手続が終わつた後には、証拠調べを請求することができない。
②前項の規定は、裁判所が、必要と認めるときに、職権で証拠調べをすることを妨げるものではない。
起訴後2年余りにわたって行われた公判前整理手続で、
検察官は内科医と小児科医の2名の医師の各所見に基づき、傷害が揺さぶり等の暴行を原因として前記各医師の所見による機序で生じたことを立証し、
弁護人は脳神経外科医の所見に依拠して前記各医師の所見の信用性を弾劾し、揺さぶり行為以外の原因で生じた可能性があることを立証するという、主張・立証構造が確認。
but
前記内科医と前記脳神経外科医の各証人尋問終了後、検察官から、新たに別の脳神経外科医の鑑定書等が証拠調べ請求。
~公判全整理手続で主張されていなかった「斜台後面の血腫の存在」を中核とするもの。
原審:刑訴法316条の32第1項の「やむを得ない事由」がないとして証拠調べ請求を却下。

控訴審で、検察官は、前記証拠調べ請求は原審弁護人の主張変更に対応したものであるとして、原審の当該措置は同項の解釈適用を誤ったものであると主張。
②事件控訴審:
原審公判全整理手続の経過を子細に検討し、検察官主張のような原審弁護人の主張変更がないことに加え、前記鑑定書等の証拠調べ請求は公判全整理手続で確認された主張・立証構造を組み替えるためになされたもので、公判前整理手続の趣旨に反するとして、この主張を排斥。
検察官:仮に「やむを得ない事由」がないとしても、原審裁判所は刑訴法316条の32第2項に基づき当該証拠を職権により取り調べる義務があり、審理不尽の違法がある。

②事件控訴審:公判前整理手続の制度趣旨等に基づき、職権証拠調べをなすべきか否かの考慮要素を示して検討した上で、審理不尽の主張を否定。
  刑事p123
福岡高裁R4.1.19  
  死体遺棄罪にいう「遺棄」が問題となった事案
  事案 ベトナムからの技能実習生である被告人が、死産となった双子のえい児を自宅で保管⇒死体遺棄被告事件。
  一審 えい児の死体を段ボール箱に二重に入れ、外から分からないようにした行為と、のちに自分で埋葬しようと考え、1日以上にわたりそれを自室に置き続けた行為が刑法190条の遺棄にあたる
⇒懲役8月執行猶予3年 
  判断 ①えい児の死体を段ボール箱に二重に入れて接着テープで封をし、 自室にあった棚の上に置いた行為は死体遺棄罪にいう「遺棄」にあたる
②1日と約9時間の間、同死体の埋葬を行わなかった行為はこれに当たらない

原判決を破棄し、改めて被告人に懲役3月執行猶予2年の刑を言い渡した。
  解説 本判決:
①の行為が「遺棄」にあたる

えい児の死体について、他者により適切な時期に埋葬が行われる可能性を著しく減少させたという点において、死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情を害する
~「遺棄」について、死体遺棄罪の趣旨・目的に照らした目的論的解釈。
②の不作為が「遺棄」にあたらない

死体の葬祭義務を負う者が葬祭を行わないという不作為が作為による遺棄と構成要件的に同価値のものとなったと評価するには、適切な時期に死体の葬祭を行わなかったという点で上記法益を害するといえる。⇒死体の相殺義務を負う者が葬祭を行わないという不作為が死体遺棄罪にいう死体の「遺棄」に該当するのは、その者が死体の存在を認識してから同義務を履行すべき相当の期間内に葬祭を行わなかった場合に限られると解するのが相当。
不作為の実行行為は作為義務を履行するのに必要な期間の経過によって終了。
(たとえ行為者が作為に出ない決意を固めていたとしても、同期間の経過前は未終了(着手)未遂が問題となりうるにとどまる。)
but
不作為犯も、当該構成要件が要求する一定の結果不法が生ぜしめられたことが必要。

本件では、1日と約9時間にわたって葬祭を行わなかったというだけでは、いまだに保護法益が害されたとは評価しえない、すなわち、前記結果不法が発生していないと解したもの。
2527   
  行政p5
東京高裁R3.7.29  
  消費税法の課税仕入れの用途区分についての解釈が問題となった事案
  事案 被控訴人が、平成27年3月期から平成29年3月期までの各課税期間(本件各課税期間)における各確定申告において、将来の転売を目的として購入したマンション84棟(本件マンション)に係る課税仕入れ(本件各課税仕入れ)を消費税法30条2項1号にいう「課税資産の譲渡等にのみ要するもの」(課税対応課税仕入れ)に区分されるものとして、本件各課税仕入れに係る消費税額から控除して申告⇒処分行政庁から、本件各課税仕入れは同号にいう「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するもの」(共通対応課税仕入れ)に区分されるべき⇒本件各課税仕入れにかかる消費税額の一部しか控除することができない⇒本件各課税期間に係る消費税及び地方消費税(消費税等)の各更正処分(本件各更正処分)並びにこれらに伴う過少申告加算税の各賦課決定処分(本件各賦課決定処分)を受けた

本件各課税仕入れは課税対応課税仕入れに区分すべきものであると主張して、本件各更正処分のうち申告額を超える部分及び本件各賦課決定処分の取消しを求めた。
  解説 ●仕入れ税額控除制度の仕組み 
消費税:土地の譲渡及び貸付けや住宅の貸付けなどの一部の取引を除き、ほとんど全ての国内における取引を課税対象とするもの。
消費税の課税対象となる取引はいわゆる最終消費者に物品やサービスが購入される前の生産や流通等の各段階に及ぶ⇒消費税の納税義務者は、各段階において取引を行う各事業者とされ(消費税5条)、最終消費者は、これらの事業者が生産や流通等の各段階で物品やサービスの価格に順次転嫁されていった消費税等の額を最終的に負担。

消費税額については、納税義務者である事業者が国内において課税仕入れを行った場合、生産や流通等の各段階で二重、三重に税が課されて税負担が累積することのないように、当該課税仕入れを行った日の属する課税期間の課税標準額に対する消費税額から、当該課税期間中に行った課税仕入れにかかる消費税額を控除(消費税法30条1項)。

税負担の累積が生じない課税仕入れに係る消費税額は控除の必要がないことになる。
but
課税期間における売上高が5億円以下で、かつ、当該課税期間における課税売上割合が95パーセント以上である場合には、課税仕入れに対応する売上に係る取引がその他の資産の譲渡等に当たるか否かを問うことなく、当該課税期間中の課税仕入れに係る消費税額の全額の控除が認められている(同条2項、6項)。
他方、当該課税期間における課税売上高>5億円又は当該課税期間における課税売上高割合<95%の場合、同条2項1号に規定する個別対応方式又は同項2号に規定する一括比例配分方式のいずれかの方法により控除対象仕入税額を計算。
そのうち個別対応方式は、事業者が当該課税期間中に国内において行った課税仕入れを、
①課税資産の譲渡等にのみ要するもの(課税対応課税仕入れ)
②その他の資産の譲渡等にのみ要するもの(非課税対応課税仕入れ)
③課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するもの(共通対応課税仕入れ)
の3つに区分し、そのうち
①の課税対応課税仕入れにかかる消費税の全額と、③の共通対応課税仕入れに係る消費税額に課税売上割合を乗じて計算した金額の合計額を控除対象仕入税額とする方式をいう(同条2項1号)。
  争点  申告の対象となった被控訴人の事業:
富裕層の個人投資家を主な顧客とする販売事業であって、賃貸収益を上げることのできる収益不動産(中古の賃貸用マンション等)を仕入れ、その資産価値及び収益力を控除させるバリューアップ(物件に改良工事を施す「リノベーション」、物件を良好な状態に管理する「マネジメント」、物件を適正な賃料で貸し付けて空室を可能な限り減らす「リーシング」等)を行った上で、当該収益不動産を顧客に転売するというもので、
本件各マンションの各仕入日において、将来、住宅の貸付けによる賃料収入という非課税売上げが見込まれるとともに、本件各マンションの売却による課税仕入れも見込まれるもの。
①将来の転売を目的として購入した本件各マンションに係る本件各課税仕入れが消費税法30条2項1号にいう課税対応課税仕入れ及び共通対応課税仕入れのいずれに区分されるか
⇒共通対応課税仕入れに区分されるとした場合
②処分行政庁が行った本件各更正処分が平等取扱原則に違反するか
③本件各課税課税仕入れを課税対応課税仕入れに当たるとして確定申告をした被控訴人に、税通法65条4項にいう「正当な理由」があるといえるか
  原審 ・・・・本件各課税仕入れは課税対応課税仕入れに区分するのが相当⇒本件各課税仕入れに係る消費税額の全額が控除対象仕入税額になる⇒請求を全部認容。
  判断   ●争点①について
消費税法30条2項1号の定める各課税仕入れについては、同号の文言及び趣旨等に即して、
課税対応課税仕入れとは、当該課税仕入れにつき将来課税売上を生ずる取引のみが客観的に見込まれている課税仕入れのみをいい、
非課税対応課税仕入れとは、当該課税仕入れにつき将来非課税売り上げを生ずる取引のみが客観的に見込まれている課税仕入れのみをいい、
当該課税仕入れにつき将来課税売上を生ずる取引と非課税売上を生ずる取引の双方が客観的に見込まれる課税仕入れについては、全て共通対応課税仕入れに区分されるものと解するのが相当。
本件各課税仕入れは、仮に本件各マンションの販売を主眼として行われたもので、本件各マンションの賃貸はその販売の手段として行われたものであるとしても、厳にその賃貸によって相当額の賃料収入が得られ、その中に非課税売り上げに区分される賃料収入が相当程度において認められ、将来課税売上げを生ずる取引に加え非課税売上げを生ずる取引も客観的に見込まれる課税仕入であると認められる。

個別対応方式が定められた趣旨等に照らし、共通対応課税仕入れに区分するのが相当。
  ●  争点②:本件各更正処分が平等取扱原則に違反するものではない
争点③:被控訴人は、税通法65条4項にいう「正当な理由」があるといはいえない。

本件各賦課決定処分は適法。
  解説 令和2年度の税制改正:
居住用賃貸建物の取得等に係る仕入れ税額控除制度等の適正化を図るための令和2年法律第8号による消費税法の改正

同改正後の消費税法においては、課税仕入れの時点で住宅の貸付けの用に供するか否かが不明な建物についても、住宅の貸付けの用に供する可能性のある物については、原則として居住用賃貸建物に該当することとなって、仕入れ税額控除の対象から外され、当該建物が所定の期間内に住宅の貸付け以外の貸付けのように供した場合であって、その居住用賃貸建物を第3年度の課税期間の末日に有している場合や、その全部又は一部を居住用賃貸建物の仕入れ等の日から同日の属する課税期間の初日以降3年を経過する日の属する課税期間の末日までの間に、他の者に譲渡した場合に限り、一定の額につき仕入税額控除が認められることになった。
  行政p45
東京地裁R3.11.24   
  法務大臣等が出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出に理由がない旨の裁決を撤回せず、在留特別許可をしなかったことが、その裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したものであるとされた事例
  事案 スリランカ民主社会主義共和国の国籍を有するX1、モンゴル国の国籍を有するX2、並びにスリランカ及びモンゴルの国籍を有する両名の3人の子(長女X3、二女X4、三女X5)は、入国審査官から、入管法24条4号ロ又は同条7号にそれぞれ該当する旨の認定を受けた後、特別審理官から、同認定に誤りがない旨の判定を受けた⇒入管法49条1項に基づき、法務大臣に対して異議の申出⇒法務大臣等から、同異議の申出に理由がない旨の裁決⇒Xらは、本件裁決等の取消訴訟を提起⇒請求棄却で確定。 
Xらが、本件裁決後の事情を考慮すれば、本件裁決は撤回されるべきであり、Xらについては在留特別許可がされるべき⇒法務大臣等に対する本件裁決の撤回及び在留特別許可の義務付け等を求めた。
  主たる争点 本件裁決後、相当長期間にわたって違法な在留を継続してきた結果、事実上、日本社会との定着の程度を強めてきたXら一家について、本件裁決を撤回しないこと及び在留特別許可をしないことが法務大臣等の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用となり、いわゆる非申請型の義務付け訴訟(行訴法3条6項1号)の本案要件(行訴法37条の2第5項)を満たすことになるか。
  判断  X3及びX4についてのみ、本件裁決を撤回しないこと及び在留特別許可をしないことが法務大臣等の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用になると判断。 
  ①在留特別許可をするか否かの判断は、法務大臣等の広範な裁量に委ねられている
②入管法49条1項に基づく異議の申出に理由がない旨の裁決がされた後、当該裁決後の事情を理由として裁決を撤回するか否かの判断は、適法にされた裁決をその後に生じた事情により将来に向かって撤回するという行為の性質⇒在留特別許可をするか否かの判断よりも更に広範な法務大臣等の裁量に委ねられている。

法務大臣等が入管法49条1項に基づく異議の申出に理由がないとした裁決を撤回しないこと及び在留特別許可をしないことが、その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したと評価されるのは、当該裁決後に生じた事情を基礎として、当該外国人の本邦に在留する利益の要保護性の程度に顕著な事実の変化が生じたため、法務大臣等において当該裁決をした判断を維持することが社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかとなるに至った場合に限られる。
X3~X5について検討:
①本件裁決後、X3(本件裁決時7歳、口頭弁論終結時18歳(大学1年生))及びX4(本件裁決時5歳、口頭弁論終結時17歳(高校2年生))は、本邦において義務教育の過程を終了し、高等教育を受け、将来、本邦において生活していく意向を固めるに至っており、X5(本件裁決時2歳、口頭弁論終結時13歳(中学2年生))も義務教育の大半を既に修了するに至っているところ、・・・社会的な生活基盤を形成し、本邦への定着の程度を強めてきた。
②・・・X3~X5は、本件裁決後、本邦への定着の程度を有意義に強めてきた。
but
上記事情の変化は、X3~X5が本邦における違法な在留を継続した結果
⇒これをもって直ちに顕著な事情の変化が生じたと評価することはできない。
①X3~X5に対し、本件裁決後、自発的にX1及びX2の監護下から離れて本邦から出国することを期待することは非現実的
②X1及びX2において、あえて法令を遵守せずに違法な在留を継続させてきたことが、X3~X5の在留が違法と評価される根本的な原因である

X3~X5の在留の利益がそうしたX1及びX2の違法な在留の継続を前提としない自律した個人の利益として評価することができるに至った場合には、それ以降のX3~X5の在留の利益は、従前のそれとは質的に異なる側面を有するものとして、従前の在留の違法性ゆえにその要保護性を大幅に減じられることはない。
X3及びX4は、年齢その他の事情に照らすと、親元を離れて本邦において自律的な社会生活を送ることを期待することができる⇒X3及びX4の在留の利益は、X1及びX2の違法な在留の継続を前提としない自立した個人の利益と評価することができるに至った。
but
X5は、いまだ義務教育のの過程を修了しておらず、その年齢等からして、親元を離れて生活することが困難⇒X5の在留の利益は、いまだX1及びX2の違法な在留の継続を前提としない自立した個人の在留の利益と評価することができるに至ったとはいえない。
⇒X3及びX4についてのみ、法務大臣等において本件裁決をした判断を維持することが社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかとなるに至ったということができる。
  解説 外国人一家が相当長期間にわたって違法な在留を継続する中で本邦への定着の程度を強めてきた事案において、違法な在留の継続に直接の帰責性のない子らのうち、年長の子らについてのみ、結果として、裁決を撤回しないこと及び在留特別許可をしないことが法務大臣等の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用になると判断したもの。
  民事p60
東京地裁R3.1.26  
  いわゆる給与ファクタリング取引が、実質的には金銭消費貸借契約であるとされた事例
  事案 ファクタリング業(債権の買取り業)を営む株式会社Xが、給与債権10万円を譲渡代金6万円でXに譲渡したYに対し、Yが譲渡に係る給与債権全額の支払を受けたにもかかわらず、受領額のうち10万円をXに引き渡さない⇒債権譲渡契約に由来する受取物引渡請求権に基づき、10万円及び遅延損害金の支払を求めた。
  判断 次の(1)ないし(3)を指摘した上で、本件契約は実質的にはXとYの2者間における給与債権を担保とした金銭消費貸借契約⇒貸金業法上の「貸金業」を営む者が行う「貸付け」に該当。
本件契約が金銭消費貸借契約⇒債権譲渡契約を根拠としてYが受領した給与のうち10万円の支払をYに求めるXの本件債権はそもそも成立し得ない。
(1)Xは、賃金の直接払の原則により、当該給与債権の回収をYの勤務先から直接行うことは法律上許されない⇒その回収は、必然的に、Yを通じて行われる仕組みになる。

法形式としては債権譲渡(売買)の形態を採りつつも、実際には給与債権の譲渡人と譲受人の2者間でのみ金銭の移転が発生し、譲受人が譲り受けた給与債権をの回収を譲渡人を通じて行うことを当然に予定する仕組みとなっている点において、実質的には2者間における金銭消費貸借に類似する面があることを示す。
(2)XのHPによる謳い文句⇒Xと取引をして給与債権の現金化を図ろうとする者は、勤務先に知られることなく給与債権の換金ができることに重要な利益を有する者⇒・・・通知期限前の給与債権の買戻しを事実上強制される立場に置かれている。
=Xとの取引は返済期限と利息の合意のある金銭の交付の実質を有しており、給与債権を事実上の担保とした金銭消費貸借取引に類似する面を示す。
(3) (1)(2)⇒Xにおける給与債権を事実上の担保とした金銭の交付は、経済的機能として、Xの労働者に対する給与債権の譲渡代金の交付と当該労働者からの資金の回収とが不可分一体となった資金移転の仕組みが構築されたものであり、貸金業法2条1項本文にいう「譲渡担保その他これに類する方法によってする金銭の交付」に相当し、貸金業法上の「貸付け」に該当すると解するのが相当。
⇒Xは、行として貸付けを行っており、「貸金業」に該当する。
本件契約の有効性についても検討を加える:
本件契約は、貸金業法上の「貸金業」の一環として行われた「貸付け」であるところ、これを金銭消費貸借取引に置き換えると、XがYに交付した買取代金6万円が買付金の元金、YがXに買戻代金として支払うこととなる額面額10万円と6万円の差額4万円が貸付金の利息、Yの買戻期限である令和1年8月21日午前中が貸付金の返済期限にそれぞれ相当する。

貸付金の利率は年利換算で800%を超過。 
このような貸金業法及び出資法上の規制利率109.5%の7倍以上にも達する著しい高金利を定めた金銭消費貸借契約は、貸金業法42条1項により契約自体が当然無効となるのみならず、その合意自体が強度の違法性を帯びており、公序良俗違反の程度が甚だしいもの。

本件契約においては、金銭消費貸借契約としてXがYに対して利息を含む貸付金の支払を求めることは当然許されないし、XのYに対する6万円の交付は不法原因給付となる⇒不当利得返還請求権の行使も許されないことは明らか。
  解説 給与債権の買取りという形式の下での買取代金名目での金銭の交付について、その実質は金銭消費貸借であり、債権譲渡契約を根拠として譲渡人が勤務先から受領した給与の支払を求める本件請求はそもそも成立しない⇒譲受人である業者からの金銭支払請求を一切認めなかった事案。
金融庁も注意喚起「ファクタリングに関する注意喚起」等
裁判例
  民事p66
東京地裁R3.6.24  
  土地の使用貸借の終了の事案
  事案  被相続人Aから相続により土地の所有権及び使用貸借契約上の貸主の地位を承継したXが、本件土地上の建物(本件建物)をAと共有し、本件土地についてAとの間に使用貸借契約を締結していたYに対し、契約に定める目的に従った使用収益の終了(改正前民法597条2項)、使用収益に足りる期間の経過(同項ただし書)及び用法違反(民法594条3項)を主張して、使用貸借の終了に基づき、本件土地の明渡しを求めた。
  Xは、平成30年8月、書面によって、本件使用貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同書面到達後3週間以内の本件土地返還を請求
  判断 本件建物使用の目的を前提とした使用貸借終了の有無
平成12年建築の軽量鉄骨作である本件建物の存続期間を基準⇒本件土地の使用を終えたということはできない。
but
①YとAの同居を前提として本件建物の建築及び本件使用貸借契約の締結がなされたこと
②YとAの同居が実現せず、妻の氏を称することになったYに代わりXが跡継ぎとされたこと
等の事情
⇒本件使用貸借は「跡継ぎ」「同居」等の前提を充たさなくなった場合には、Yが本件土地を明け渡すに相当な期間経過後に終了することが予定されていたというべき。
Yが本件建物のローンを負担している限り相当期間が経過したとはいえない⇒ローン残額を考慮した金額の支払と引き換えに、本件土地の使用収益に足りる期間の悔過による使用貸借の終了を認めるのが相当。
  解説 改正前民法597条2項:
期間の定めのない使用貸借の終了は、
①契約に定めた目的に従った使用収益が終わったとき
②使用収益を終える前であっても、使用収益をするのに足りる期間が経過したとき
契約の目的に従った使用収益をするのに足りる期間を経過したか否かを判断するにあたっては、事案に即して、背景事情を考慮した弾力的な解釈が行われているのが実務の大勢。
←親族等の近しい関係にある者の間で様々な背景事情のもとに成立することが多く、期間の経過とともに事情が変化し、その終了が問題となる事案は少なくない。
最高裁昭和45.10.16:
礼拝堂建築を目的とする土地の使用貸借における使用収益をするのに足りる期間の経過の判断について:
期間の経過が相当であるか否かは、単に経過した年月のみにとらわれて判断することなく、これを合わせて、本件土地が無償で賃借されるに至った特殊な事情、その後の当事者間の人的つながり、上告人教会の本件土地使用の目的、方法、程度、被上告人の本件土地の使用を必要とする緊要度など双方の諸事情をも比較衡量して判断すべきものといわなければならない。
同様の判断基準(最高裁H11.2.25)
現行の民法597条2項及び598条1項は、それぞれ、改正前民法597条2項本文及び同項ただし書と同旨。
  民事p72
東京家裁R3.3.29  
   
  事案 妻である原告(日本国籍・D国籍)が、夫である被告(チェコ国籍・E国籍)に対して、離婚、子の親権、養育費を求めた渉外離婚事件 
  特徴 裁判所が、子(チェコ国籍・D国籍・E国籍)の親権(監護権)に関して、その準拠法をチェコ法とした上で、チェコ民法に基づき、離婚後の両親の親責任を認めるとともに、共同監護ではなく原告の単独監護に委ねることが相当であると判断した事案。
参考文献。
  解説  ●国際裁判管轄
渉外事件では、国際裁判管轄の検討が最初。
本件:被告が日本に国際裁判管轄がない旨主張⇒その主張に理由がない旨の中間判決。
家事事件の国際裁判管轄は、平成30年法律第20号による家事手続法・人訴法改正により要件が明文化。
  ●準拠法 
法律関係の性質ごとに準拠法の検討が求められる。
①離婚⇒法適用通則法27条
②子の親権(監護権)⇒親子間の法律関係を規定する法適用通則法32条
③子の養育費⇒扶養義務の準拠法に関する法律2条
により判断。
本件:
離婚及び養育費⇒日本法
子の親権(監護権)⇒チェコ法
  ●本国法について 
子の親権(監護権)については、法適用通則法32条により、子の本国法が父又は母の本国法と同一⇒子の本国法となる。

父母及び子の本国法の検討が必要。
当事者が2以上の国籍(重国籍)を有する場合の本国法の考え方は、法適用通則法38条による。
(1)当事者の国籍に日本国籍が含まれている⇒日本法が本国法(同条1項但し書)
(2)日本国籍が含まれない

(a)当事者の国籍に常居所地国が含まれている⇒その常居所地国が本国法
(b)常居所地国が含まれていない⇒当事者の国籍のうち最密接関係国が本国法(同条1項本文)
最密接関係国の判断:
それぞれの国籍取得の経緯や、取得の先後、過去の常居所、父母の常居所、当事者の言語やライフスタイルなどが考慮要素として挙げられることがあるが、なんらかの基準で一律的に決定することはできず、最終的には当事者にとって最も密接な関係があると認められるかを個別的・具体的に検討するほかないといわれている。
本件:
原告(日本国籍・D国籍)は日本国籍を有する⇒本国法は日本法
被告(チェコ・E国籍)は日本国籍を有さず、国籍に常居所地国も含まない⇒チェコ及びE国と被告の関係性を詳しく検討した上で、最密接関係国であるチェコ法を本国法に。
子については、前提としてチェコ国籍を有することを検討した上で、日本国籍を有さず、国籍に常居所地(日本)も含まない⇒チェコ、D国及E国と子の関係を検討して、最密接関係国であるチェコ法を本国法に。

被告と子の本国法が同一のチェコ法を準拠法とする判断を導いている。
  ●  ●チェコ法の親権(監護権)について 
①離婚にかかわらず両親とも「親責任(Parental responsibility)」を負う
②監護(Care for the child)については、離婚時に子の利益を考慮して決定することとし、裁判所は、一方の親による単独監護、交互監護及び共同監護に子を委ねることができる。
その際に考慮すべき事情が具体的に規定。
本件:
原告と被告が離婚後も親責任を有することを確認。
監護については、両親と子の関係性をそれぞれ検討し、原告が一貫して子を監護し、被告と子の交流も概ね定期的に認めてきた一方で、被告は、職務の関係で各地に赴任し、現在も国外で勤務しており、子の養育環境として不安定な面があることを否定できない。
⇒子の監護を原告の単独監護に委ねることが相当。
  ●外国法令の適用が問題となる事件について 
外国法の調査は裁判所の職責とされている
but
適用される法令の把握は当事者の主張の前提にもなる⇒当事者の協力を得て、適用が予定される外国法についての基本的な認識を共有できるのが望ましいように思える。
子の親権・監護に限っても、単独親権・共同親権、親責任、法定監護権・身上監護権・財産管理権など、法的概念は様々⇒適用される外国法令の具体的な法制度を丁寧に検討することが求められる。
  民事p80
山口家裁周南支部R3.3.29  
  特別縁故者の事案
  事案  被相続人の叔父J及び従姉妹Eがそれぞれ特別縁故者に対する相続財産の分与を申立てた。
  ①Jが申立て後、審判までの間に死亡し、その相続人らA~D(妻及び子ら)が手続を受継(家事手続法44条1項、3項参照)
②被相続人は叔父L及びその家族とも親密な交流があったが、L及びその家族は申立てをしないまま、民法978条の3第2項の期間を経過。EはL及びその妻Qとの間で、相続財産分与審判が確定することを停止条件とする贈与契約を締結。
  判断 特別縁故者に対する相続財産分与を申し立てた者が、申立て後、死亡したときは、その者の相続人は、その者の申立人としての地位を承継して財産の分与を求めうる。
  特別縁故者に対する相続財産の分与は、特別縁故者その人に対するものであっても、家庭裁判所が「相当と認めるとき」(民法958条の3第1項)に限り行われるべきもの⇒申立て後、死亡した者が特別縁故者に該当する場合であっても、その相続人に相続財産を分与することの相当性は、被相続人と死亡した特別縁故者の相続人との間及び死亡した特別縁故者とその相続人との間の関係、申立て後、死亡した者が特別縁故者と認められる事情に対するその相続人の関わりの有無、程度等の諸事情も勘案して判断することが相当であって、各相続人に分与する財産の割合も必ずしも法定相続分に従う必要はない。
EがL及びその妻Qと締結した停止条件付き贈与契約について、
Eが本審判で分与される財産を独り占めするのではなく、被相続人及びその家族との関係が親密であったL及びその妻Qとも分かち合おうとしていることを示す⇒分与の相当性をより基礎づける。
but
Eと停止条件付きの贈与契約を結ぶことで、いわばEを介して、申立期間の制限を超えて実質的に相続財産の分与を受けるような結果をもたらすことは申立期間の制限の潜脱となって相当ではない。
⇒L及びQと比そうぞ人との間の交流や関係をEのそれと同視したり、Eに対する分与にL及びQが期間内に申立てをすれば分与を受けられたであろう財産の額を上乗せしたりすべきではない。
  解説  特別縁故者による相続財産分与の請求は、一身専属性を有する恩恵的権利⇒相続の対象とはならず、特別縁故者が申立てをしないまま死亡した場合に、その相続人が特別縁故者の地位を承継することはできない(通説・東京高裁)。
but
特別縁故者が申立をした後に死亡⇒申立により分与を現実的に期待できる財産的な地位を得るとして、相続を肯定(多数説・裁判例)。
本審判:
申立て後の申立人の死亡⇒特別縁故者の地位の相続を認めた。
さらに、特別縁故者の相続人に対する分与の相当性の判断基準を検討し、法定相続分とは異なる分与の割合を定める見解。
特別縁故者に対する相続財産の分与の有無・内容・程度は家庭裁判所の合目的的裁量に委ねられており、申立て後の特別縁故者の法的地位の相続が認められても、その地位自体、家庭裁判所の裁量による形成を予定したもの。
  特別縁故者からの申立てがない限り相続財産の分与が行われることはない(不請求不分与の原則)。
請求者以外の者には相続財産を分与することはできない。
申立期間を過ぎた申立ては不適法として却下。 
  労働p84
長崎地裁R3.6.21  
  じん肺法上のじん肺管理区分決定を受けていた労働者らが間質性肺炎の増悪により死亡⇒業務起因性が肯定された事例
  事案 炭鉱、造船所等において長年にわたり種々の作業に従事し、じん肺法上のじん肺管理区分決定を受けていた労働者4名(本件労働者ら)の相続人であるXらが、それぞれ、本件労働者らは業務に起因して発症した疾病により死亡した⇒労災法に基づき遺族補償給付及び葬祭料を請求
⇒処分行政庁から不支給処分⇒Y(国)に対し当該処分の取消しを求めた。
  争点 本件労働者らの死亡について業務起因性が認められるか? 
死因が間質性肺炎の増悪であることについては争いはなく、死因となった間質性肺炎及びその増悪がじん肺又はその原因たる粉じん暴露に起因するものであったかが問題。
  判断 じん肺等と間質性肺炎との関係について、医学的知見が確立しているとまではいえず、両者の間にXらが主張する程の強い関係があるとまでは認められない。
but
じん肺等に起因して間質性肺炎及びその増悪が生じたといえるかという点について医学的因果関係が証明されることまでは必要ではなく、
①じん肺の中でも石綿肺等はびまん性間質性肺炎の一種とされていること、
②じん肺患者らのうち一定割合の間に間質性肺炎を生じさせることが報告されている
~じん肺等と間質性肺炎との間には有意な関連性があることを示すもの。
本件間接性肺炎及びその増悪がじん肺等に起因するものであったというには、
(1)本件労働者らの粉じん暴露歴や、じん肺、間質性肺炎についての診療経過等に照らして、医学的に相当の根拠をもって、間質性肺炎及びその増悪がじん肺等に起因することの具体的可能性があると認められること
(2)これを否定する医学的根拠があるとは認められないことが必要。

さらに、間質性肺炎の原因はじん肺に限られないものの、Yが主張する突発性NSIPの診断に際しては他の疾患の除外が肝要とされている⇒
(3)他に同程度又はより有意な原因疾患の具体的可能性があると認められないときに、間質性肺炎及びその増悪がじん肺等に起因すると推認することができる。
本件:
職歴(粉じんばく露歴)、診療経過、医師の意見等に照らして間質性肺炎及びその増悪がじん肺等に起因する具体的可能性があり((1))
本件労働者らの画像所見等の特徴が突発性NSIPに特徴的な所見と一致することや死亡前に間質性肺炎が急性増悪していること等は前記の具体的可能性を否定する根拠にはならなず((2))
突発性NSIPその他の疾病が、じん肺と同程度以上に本件労働者らの間質性肺炎及びその増悪の原因となった具体的可能性があるとも認められない((3))
⇒業務起因性を肯定。
  解説 業務起因性、すなわち業務と傷病等との間の相当因果関係の判断は、当該傷病等の結果が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価できるか否かによって判断される。 
裁判例:
業務上の要因と業務外の要因が競合して死亡または死因となった疾病の疾病の発症に至ったとされる事案について、前記の「業務に内在する危険の現実化」の有無を、
業務による危険が、死亡又は死因となった疾病の発症に対して、業務外の要因に比して相対的に有力な原因となったと認められるか否かによって判断しているものがある。
本件は、業務上の要因と業務外の要因が競合していたものではないが、
間質性肺炎とじん肺等との間に有意な関連性がある⇒(1)(2)を要する
他の原因疾患として考えられる突発性NSIPの特色も考慮⇒他に同程度又はより有意な原因疾患の具体的可能性があるとは認められないこと((3))を要する
としており、裁判例の傾向に沿うもの。
2526   
  行政p5
東京高裁R3.7.15   
  裁決後の事情を理由とする当該裁決の撤回の義務付けを求める訴えの事案
  事案 (1)中国籍を有する外国人女性であるXは、・・在留資格を「日本人の配偶者等」とし、在留期間を1年とする上陸許可を受けて本法に上陸。
(2)Xの姪に在留資格を得させるために他者と共謀して虚偽の婚姻届けを提出⇒でき電磁的公正証書原本不実記録等の罪で有罪判決⇒H23.7.13に確定。
(3)Xは、入管法24条4号ロ(不法残留)に該当する旨の認定及びこれに誤りがない旨の判定⇒入管法29条1項に基づく異議の申し出⇒東京入国管理局長から異議の申出は理由がない旨の裁決(「本件裁決」)・東京入管主任審査官から、同条6項に基づき、退去強制令書の発付処分(「本件退去処分」)
(4)本件裁決及び本件退去処分の取消しを求める訴えを東京地裁に提起⇒請求棄却⇒確定
(5)Xは、平成24年3月28日から仮放免されており、本法に在留。
(6)Xが、本件裁決後の事情を理由として、Y(国)に対し、本件裁決の撤回の義務付けを求めるとともに、入管法50条1項の在留特別許可の義務付けを求める。
  判断 (1)本件各訴えによってXが求める裁決の撤回及び在留特別許可の各処分は、いずれもその申請権が法令上規定されていない⇒本件各訴えは、いずれもいわゆる非申請型の義務付けの訴え(行訴法3条6項1号)に当たる。
(2)本件各訴えについて、本件撤回義務付けの訴えは、本件裁決の撤回がされないことによってXに「重大な損害を生ずるおそれ」(行訴法37条の2第1項)があるとは認められない⇒その訴訟要件を欠く。
(3)本件在特義務付けの訴えは、法務大臣等がXに対し在留特別許可をする法令上の権限を有しないにもかかわらず、その処分の義務付けを求めるもの。

いずれも不適法な訴え⇒控訴を棄却。
  解説  ●非申請型の義務付けの訴え 
行政庁がその処分をすべきであることが、その処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき(行訴法37条の2第5項)であることが必要であるが、
その前提として
①当該処分を行う権限が行政庁にあること
②原告において、行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有すること(同条3項)
③一定の処分がされないことにより「重大な損害を生ずるおそれ」があり、かつ、その損害を避けるため他に適当な方法がないときに限り、提起することができるものとされている(同条1項)

③の損害の重大性の要件は、非申請型の義務付けの訴えに固有の要件であり、重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとされている(同条2項)。
  ●「重大な損害を生ずるおそれ」の有無 
いったん適法にされた行政処分も、その後の事情の変更によって、公益に適合しなくなったときは、将来に向かってこれを撤回又は変更することが許される(最高裁)。
⇒いったん適法とされた行政処分について、その撤回等を求める訴えを提起することが可能でないとはいえない。
⇒本件撤回義務付けの訴えにおいて、Xには②の法律上の利益を認めることができる。
本判決:
訴訟要件である「重大な損害を生ずるおそれ」の有無を判断するに当たっては、当該裁決後に新たに生じた事情を基礎として検討すべきもので、
結果的に、Xが主張する各事情は、本件裁決後に生じた事情に当たらないと判断。
  ●本件在特義務付けの訴えにおける訴訟要件の有無について
非申請型の義務付けの訴えは、当該処分を行う権限が行政庁にあること(要件①)が必要。
本件在特義務付けの訴えについてはは、既に法務大臣による本件裁決が存在。
本判決:
本件在特義務付けの訴えは、本件裁決が無効であるか又は取消し若しくは撤回がされたことを条件として新たな在留特別許可の処分の義務付けを求めるもの。
⇒本件裁決の効力が失われない限り、法務大臣等がXについて在留特別許可をする法令上の権限を有しない。
←そう解しないと、相反する行政処分が併存することになってしまう。
  民事p14
東京高裁R3.12.22  
  仮想通貨についての情報教材を販売する法人等に対する共通義務確認訴訟で「支配性」が否定された事案
  事案 原告:特定適格消費者団体(X)。
被告:仮想通貨についての情報商教材を販売する法人(Y1)および債務を履行し販売勧誘を助長する事業者個人(Y2)。
Xは、Y1が販売した
①仮想通貨バイブルDVD5巻セット
②仮想通貨バイブルDVD5巻セット及びVIPクラス
③パルテノンコース
について、虚偽又は実際とは著しくかけ離れた誇大な降下を強調した説明をして本件各商品等を販売したことが不法行為に該当⇒支払われた売買代金相当額と本件の対象消費者がXに支払うべき報酬及び費用に相当する金銭の支払義務を負うことの確認を求めた。
  争点 ●訴訟要件
特例法による裁判手続きは、
第1段階で共通義務確認の訴えがあり、
共通義務が確認されれば、第2段階の簡易確定手続に移行し、
確定された債権について消費者の被害回復が図られる制度。
共通義務確定手では、
①多様性:相当多数の消費者が被害を受けた
②共通性:消費者に共通する事実上または法律上の原因によるもの
③支配性:簡易確定手続において債権の存否、内容を適切に判断できる
が必要。
  ●支配性の要件 
←簡易確定手続において判断すべき個別の事情について、審理を適切かつ迅速に進めることが困難となるような場合には、本制度によって適切な判断や速やかな被害回復を図ることが難しい。
X:
本件各商品等の代金相当額およびXに支払うべき報酬および費用相当額が損害⇒その認定は簡易確定手続における書面審理で迅速にないうる。
・・・誇大な効果を強調したものであり、特定商取引法に違反し刑事罰の対象になり得るもので、その違法性は重大⇒このような違法性の極めて高い悪質な行為を行った者に利益を残す結果となるに等しく、過失相殺をすべきではない。
Y:多数性、支配性はない。
X主張の勧誘を否定し過失相殺を主張。
  1審 本件各商品等の提供が一定程度認められる⇒過失相殺をすべきでないというほどYらの不法行為の違法性が重大であるとはいえない。
対象消費者の過失の有無や過失相殺割合については、対象消費者ごとに仮想通貨への投資を含む投資の知識、経験の有無及び程度、職務経歴、本件商品等の購入に至る経緯等諸般の事情を考慮して認定、判断する必要があり、対象消費者ごとに相当程度の審理を要する⇒簡易確定手続において対象債権の存否および内容を適切かつ迅速に判断することが困難⇒法3条4項に該当。
  判断 DVDである仮想通貨バイブルをインターネットにより購入した場合の購入に至る経過は対象消費者に基本的に共通。
but
VIPクラスセットやパルテノンコースについては、購入に至る経過は消費者ごとに様々なものがあると想定され、陳述書等により類型的に判断することは困難⇒3条4項に該当。
  解説 特例法は兵絵師28年10月1日に施行。
消費者庁による消費者裁判裁判手続等についての見直しの検討会の報告が作成。 
支配性の要件については、
過度に厳格に運用することがあるとすればそれは相応ではなく、簡易確定手続における対象債権の存否及び内容についての審理が個別事情に係っている場合にあっても、そのことのみによって除外すべきではなく、簡易確定手続における審理の工夫等によっても、なお適切かつ迅速に判断することが困難であると認められる場合に限って支配性の要件に基づき制度の対象外とされるべき。
消費者事件については、勧誘方法が詐欺的な事例についても事業者側からは消費者側の過失・過失相殺が主張される⇒判断や制度の工夫が必要。
  民事p29
名古屋高裁R3.4.22  
  支援措置の延長の申出をしたことがDVの加害者とされた元夫に対する不法行為に該当するとされた事案。
  事案 Xからの住民票等の写しの交付申請を拒否する措置が講じられ、その後も支援措置の延長が行われているところ、Y(元妻)が、支援措置の要件を欠くことを認識し又は認識し得たにもかかわらず、3回目及び4回目の支援措置の延長の申出をしたことはそれぞれ不法行為に該当し、Xの自尊感情及び社会的評価が毀損された⇒不法行為に基づき220万円の損害賠償を請求。
  解説 市長村長は、DV被害者についていえば、
①申出者が配偶者暴力防止法1条2項に規定する被害者であり、
②加害者からの更なる暴力によりその生命又は身体に危害を受けるおそれがある者に該当し、
③加害者が、当該申出者の住所を探索する目的で、住民基本台帳の閲覧等を行うおそれがあるという支援の必要の要件を認めた場合に、
住民基本台帳の閲覧等を制限(拒否)する措置を講ずるとされている。 
支援の必要性については、警察等の意見を聴取し、又はそれ以外の適切な方法により確認する。
支援措置の期間は1年間として、支援措置の延長の申出があった場合には、支援措置の申出の場合と同様に処理。
  原判決 ①支援措置の制度が被害者を保護するための制度
②被害者が申立にあたって支援の必要性についての疎明をすることが求められていない

「支援の必要性の要件である暴力を受けるおそれ等が存在しないことが客観的に明らかであって、申出者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たにもかかわらず、あえて支援措置の申出をしたなど、その支援措置の申出が支援措置制度の趣旨に照らして、著しく相当性を欠く場合には、支援措置の申出をし、支援措置の決定を得たことが加害者とされる者に対する不法行為に該当する場合もあると解される」
3回目及び4回目の支援措置の延長の申出は、客観的には支援の必要性の要件を欠いていた。
前件訴訟の判決で、「被告が、本判決が確定した後になお支援措置の更新申出をした場合には、支援措置の要件を欠くことを知りながら支援措置の更新申出をしたものとして、原告に対する不法行為を構成する可能性がある」と指摘し、その後客観的事情の変化はなかった。

Yには、前件判決の注意喚起を踏まえ慎重な判断をすべき義務があったとし、Yが支援の必要性がないことを容易に知ることができたのにあえた各延長の申出をしたと認定し、それは、支援制度の趣旨に照らして著しく相当性を欠く申立てであった⇒不法行為に該当。
Xの損害額につき、
支援措置の実施により自尊感情が侵害された。
but
支援措置の内容は加害者とされた者が実質的な不利益を被ることは少ない措置。
支援措置の実施についての市長村長の判断は支援措置という制度内の判断にとどまる。
その実施状況は外部に公表されない⇒Xの外部的名誉が毀損されているとはいえない。

2回目の延長の申出につきそれぞれ、慰謝料5万円、弁護士費用5000円、合計11万円の限度で、損害賠償請求を認容。
  判断 支援措置の申出が不法行為に該当する場合に関して述べた一般論の部分もっ含めて、原判決の判示部分を基本的に引用。
  支援措置が加害者と扱われる者に一定の不利益を与えるものであることが否定できない⇒DV被害者が主観的に恐怖心を有するからといって、客観的に支援の必要性の存在が認められるものと解することはできない。
Xの損害額については、
支援措置の実施により支年措置上のDVの加害者であるという自己に関する誤った情報を是正することができないことにより人格的利益を害された。
but
支援措置の実施により現実に不利益を被ることは想定し難い
社会的評価としての外部的名誉が毀損されたとは認められない
Xが婚姻中にYに対して暴力を振るったこと事態は認められる
Yが支援措置の申出を行ったことに不正の目的があったと認められない

損害額を減額し、2回の延長の申出につきそれぞれ、
慰謝料2万円、弁護士費用5000円、合計5万円の限度で、損害賠償請求を認容。
  民事p39
福岡高裁宮崎支部
R3.4.21  
  住宅型有料老人ホームに入居の高齢者が居室から転落⇒損害賠償請求(否定)
  事案 Y1が開設、運営する住宅型有料老人ホーム(本件施設)に入居し、 本件施設の一部を賃借して介護事業所を開設するY2から訪問介護サービスの提供を受けていた亡Bが、居室の窓から転落して傷害を負い、その後死亡⇒亡Bの相続人である亡A及びXらが、Y1及びY2に対しては安全配慮義務違反の債務不履行又は共同不法行為に基づき、Y1に対しては工作物責任に基づき、損害賠償を求めた。
亡Bの配偶者である亡Aは訴訟係属後に死亡⇒相続人であるXらが訴訟承継。
  1審 Yらの安全配慮義務について、
①亡BとY1との間の本件施設の入居契約は、本件施設及び本件居室の利用と健康管理及び食事等の生活支援サービスの提供を内容とするにすぎず、職員による居室への立入りは入居者の承諾を要するとされていた⇒Y1は、常に入居者の身体等の危険を予見、防止すべき注意義務を負うものではない。
②亡BとY2との間の訪問介護契約は、介護サービスの内容及び利用回数等に応じて料金が定められるもの⇒Y2は、本件施設に職員が常駐し24時間対応が可能であるとしても、介護サービス提供時以外を含めて常に利用者に対する安全配慮義務を負うものではない。
③Yらによる業務提携は、入居者の利便性を高めるものにすぎず、これによって本件施設の性質が変容しYらの責任を加重するものではない。
①亡Bが本件施設内を徘徊し、帰宅願望を示したことがあったが、窓から施設外に出ようとした様子はなかった。
②本件居室の出入口を施設職員が施錠したとは認められず、亡Bが出入り口から出られずに窓から出ようとして転落することを予見できたとはいえない
③本件居室の窓のストッパーが日常的に使用されていたとは認められない

Yらの安全配慮銀無違反を否定。
本件施設の職員がストッパーの鍵を管理していたことをもってYらがストッパーの適切な使用等についての黙示の委任契約や事務管理に基づく安全配慮義務を負っていたとするXらの主張を排斥。
本件居室の窓にストッパーが使用されていなかったことは工作物の瑕疵に当たらない。
  判断 1審の判断は正当
  民事p50
福岡高裁宮崎支部
R3.2.10  
  公立中学校で適応障害と診断された生徒への配慮の欠如⇒損害賠償(一部認容)
  事案 Y(鹿児島市)が設置する公立中学校に通っていた生徒であるX1とその両親であるX2及びX3が、X1が適応障害と診断されたとしてX1の所属する部活動(吹奏楽部)での練習の負担軽減等の配慮を求めたにもかかわらず、本件中学校の校長、教頭及び教諭らが配慮義務に違反⇒X1の症状が悪化して不登校となり、転校を余儀なくされるなどして精神的苦痛を被った

Yに対し、国賠法1条1項又は債務不履行に基づく損害賠償を求めた。
主張の主要な内容:
本件中学校の教諭らが、X1の適応障害に対する具体的対応を主治医やX2及びX3と十分協議せず、教諭間の情報共有も不十分であったため、X1の状態の観察を怠って負担の大きな活動に参加させ、X1が練習を欠席しづらい状況にして心身に負担を掛けるどした結果、その症状を悪化させ、X1が不登校になった後も十分な対応をとらなかった。
  1審 いずれも配慮義務違反等の違法行為があたっとは認められない⇒請求棄却。 
  判断 X1の練習への参加状況等から適応障害が回復したものと判断し、治療継続中であることを伝えられた後も主治医やX2及びX3と協議して負担軽減措置を継続する対応を取ることなく、かえって部活動を遅刻、欠席しづらい状況を作り出し、X1に心身の負担をかけて精神疾患を悪化させた⇒本件中学校の教諭らには配慮義務違反の違法行為があった
⇒Yに対し、X1の精神的苦痛に対する慰謝料等として55万円の支払を命じた。
(X2及びX3の請求はいずれも棄却した。)
  解説 X2が小児科及び精神科の専門医であり、X3が臨床発達心理士であった⇒教諭らとしては、専門的知見を有するX2及びX3が部活動への参加を認容していたことを重視し、主治医の意見を聴取することなく対応。 
本判決:
①主治医の診断書に部活動の負担軽減の必要性が具体的に記載されていた
②X1が治療継続中であることや無理をして適応障害の症状を悪化させるおそれがあることをX3から伝えられていた

教諭らには、X2及びX3だけでなく主治医を含めた協議を行うなどの慎重な対応をすべき配慮義務があった。
  民事p68
大阪地裁R3.7.16  
  高等学校の生徒募集停止での閉校⇒提携先事業者への債務不履行責任(肯定)
  事案 原告らは、本件学校を設置した株式会社と提携して広域通信制過程の教育支援施設を各地で営んでいたbut本件学校が生徒募集を停止して閉校
⇒本件原告らは、 本件学校の設置会社に対して債務不履行等、その親会社に対して不法行為、親会社と設置会社の代表取締役に対して任務懈怠等、就学支援金を詐取したとして有罪判決を受けた親会社及び設置会社の元幹部従業員に対して不法行為に基づき、それぞれ損害賠償を求めた。
設置会社は、閉校に至った原因は本訴原告らにある⇒債務不履行に基づく損害賠償を求め反訴を提起。
  判断   本訴について、設置会社の債務不履行責任及びその代表取締役の任務懈怠責任を認め、 その他の責任を否定。
反訴は、本訴原告らの責任を否定。
  ●  ●設置会社の責任 
設置会社は、本訴原告らと基本契約上、教育支援施設を運営できるように本件学校を運営すべき義務を負い、本件学校の生徒募集停止及び閉校により教育支援施設の運営をできなくしたことは債務不履行に当たる。
生徒数の増加に見合った教員体制を整備しないまま、法令に違反して本件学校において行うべきスクリーニング等を教育支援施設にゆだねていたことや、生徒募集に際しての就学支援金詐欺で強制捜査を受けたことが生徒募集停止及び閉校の主な要因となっており、そのいずれについても設置会社に帰責事由がないとはいえない。
  ●代表取締役の責任 
設置会社の代表取締役は、就学支援金詐欺につながる不適切な生徒募集を認識していながら放置⇒これが取締役としての任務懈怠に当たる。
but
本件学校の教員体制や管理体制の問題については、監督官庁からの強い指導はなく、生徒募集停止及び閉校につながることは予見し難かった⇒重過失を否定し、任務懈怠を認めず。
  ●親会社の責任
親会社は、本件原告らと直接契約関係になく、就業支援金詐欺等の不祥事の発生を防げなかった要因として、親会社における内部統制システムの構築が不十分であったことを指摘できるとしても、親会社が本訴原告らに対する関係で内部統制システムを構築し運営すべき義務を負っていたと解することはできない⇒親会社の不法行為責任を否定。
  ●元幹部従業員の責任 
元幹部従業員の就学支援金詐欺等は、設置会社や親会社の業務そのものとして行われたとはいえず、本件原告らの権利又は法律上保護される利益を侵害するものであるとはいえない
⇒元幹部従業員の不法行為責任を否定。
  ●損害 
他校への乗換えに要した費用や営業損害の一部を本訴原告らの損害として認めた。
営業損害については、限界利益、すなわち、売上高からその増加に伴って増加する変動経費を控除したものを基礎としている。
他校への乗換えによる生徒1人当たりの収入の減少について:
本訴原告らの教育支援施設で行っていた業務の一部が本来法令上本件学校で行うべきものであった⇒実際の減収の3割の限度で損害と認めた。
他校への乗換えにより生徒が減少したことや、他校への乗換えによる減少:
他の要因の寄与も考えられる⇒減少した生徒の7割の限度で設置会社の債務不履行及び代表取締役の任務懈怠との相当因果関係を認めた。
  解説  ●  ●責任について 
本件原告らは、債務不履行に基づくのと選択的に不法行為に基づいても損害賠償を請求。
どちらの法律構成によるかは、弁護士費用の損害が認められるか否かの結果に影響し得る(参考文献)。
本判決:
本訴原告らが主張するのは、基本契約に基づく義務の履行によって初めて実現される利益が侵害されたということを超えるものではない⇒不法行為責任はない。
債務不履行責任と不法行為責任との関係は、古くて新しい問題(参考文献)。
  ●損害について 
本訴原告らは、営業損害に関し、
本件学校の生徒募集停止及び閉校に伴い他校との提携に乗り換えたが、他校絵の乗換え後の生徒1人当たりの収入が減少。
信用が毀損⇒生徒が外部流出し、新入生徒も減少。
と主張。
本件学校の不祥事は大きく報道されている⇒、本件学校の教育支援施設を運営していた本訴原告らの信用が毀損されたことは推認できる、かつ、実際に生徒1人当たりの収入の減少や生徒の減少がン認められる。
but
それらが専ら本件学校の生徒募集停止及び閉校を原因とするものであると言い切ることは困難。

生徒1人当たりの収入の減少についてあも、生徒の減少についても、他の要因の寄与を指摘の上、それぞれ一律に一定割合に限り、設置会社の債務不履行及び代表取締役の任務懈怠との相当因果関係を認めた。
  知財p89
東京地裁R3.12.24  
  ロゴタイプの著作物性が問題となった事案
  事案 原告が、被告に対し、
①被告が、被告商品などに被告標章1ないし3を付していることが、原告標章に対する原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害する⇒著作権法112条に基づき、その妨害排除と妨害予防を求める。
②被告が、不正の目的をもって、原告と同一の商標を使用している⇒会社法8条2項に基づき、「株式会社アノワ」の商号(「被告商号」)の使用の差止めと抹消手続を求め、
③被告が、原告の特定商品等表示に類似する被告ドメイン名を使用等していることが不正競争法2条1項19号に規定する不正競争に該当⇒同法3条1項に基づき、その使用の差止めを求めた。
  主たる争点 原告標章(ロゴタイプ)の著作物性の有無であり、いわゆる応用美術の著作物性に関する判断基準及びその当てはめ 
  判断   ●ロゴタイプの著作物性(判断基準)
著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう(法2条1項1号)。
商品又は営業を表示するものとして文字から構成される標章は、本来的に商品又は営業の出所を文字情報で表示するなど実用目的で使用されるもの⇒それ自体が独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているような特段の事情がない限り、美術の範囲に属する著作物には該当しない。
  ●  ●原告標章の著作物性の成否 
・・・前記認定事実によれば、原告標章は、文字は一の特徴等を十分考慮しても、欧文フォントのデザインとしてそれ自体特徴を有するものとはいえず、原告の商号を表示する文字に業務に関連する単語を添えて、これらを特定の縦横比に配置したものにすぎない。
⇒原告標章は、出所を表示するという実用目的で使用される域を出ないというべきであり、それ自体が独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているような特段の事情を認めることはできない。
⇒法2条1項1号にいう美術の範囲に属する著作物に該当するものとは認められない。
  ●その他 
原告と被告は、本店所在地も業種も全く異にするものであり、当時の被告代表者自身が著名であり社会的にも信用がある実業家であった事情
⇒被告には、原告の知名度や信用を利用しようとする意思も必要もなかったものと認めるのが相当。
被告は、原告や原告標章の存在を知ることなく、被告商号を独自に考案し、これを使用したものと認められるという事情の下では、被告が会社法8条1項にいう「不正の目的」をもって被告商号を使用したものとはいえず、被告ドメイン名の取得、保有及び使用についても、被告商号の使用に関する前記判断と異なるところはない。

「不正の利益を得る目的で、又は他人に損害を加える目的」を有していたものともいえない。
  解説   ●  ●ロゴタイプの著作物性 
本件で問題とされている原告標章は、商標登録もされており、原告の出所を示すロゴタイプとして実用に供されるもの⇒著作権法との関係では、いわゆる応用美術に属するもの。
一般に応用美術とは、意匠法との棲み分けという観点から議論されるものが多数。
but
原告商標が商標登録されているロゴタイプ⇒本件では商標法との棲み分けという観点からも検討する必要。
商標登録出願は、商標の使用をする1又は2以上の商品又は役務を指定して、商標ごとにしなければならない(商標法6条1項)、その存続期間は、設定登録の日から10年をもって終了し(同法19条)、商標権者は、指定商品又は指定役務(以下「指定商品等」)に限り登録商標の使用をする権利を専有するにもかかわらず(同法25条)、
登録商標が著作権法2条1項1号にいう著作物にも該当するとして著作権法との重複適用を認める場合には、当該商標登録を受けた商標権者が、当該指定商品等と同一でもなく類似もしないものに対しても、当該商標権者の死後70年を経過するまでの間、権利行使を認めることになる。
このような問題は、著作権と意匠法の重複適用を認めた場合における問題と共通する部分がある。
本判決:
ロゴタイプは、本来的には実用目的で使用されるもの⇒それ自体が独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えているような特段の事情がない限り、著作物には該当しない。
  ●本判決の立場 
応用美術に関する議論を進展させた裁判例:
ファッションショー事件知財高裁判決:
実用目的の応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては、著作権法2条1項1号に含まれることが明らかな「思想又は感情を創作的に表現した(純粋)美術の著作物」と客観的に同一なものとみることができる⇒同号の美術の著作物として保護すべき。
TRIPP TRAPP事件知財高裁判決:
応用美術に一律に適用すべきものとして、高い創作性の有無の判断基準を設定することは相当とはいえず、個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである。
応用美術は、当該実用目的又は産業用の利用目的にかなう一定の機能を実現する必要がある⇒その表現については、同機能を発揮し得る範囲内のものでなければならず、応用美術の表現については、このような制約が課されることから、作成者の個性が発揮される選択の幅が限定される⇒応用美術は、通常、創作性を備えているものとして著作物性を認められる余地が、前記制約を課されない他の表現物に比して狭く、また、著作物性を認められても、その著作権保護の範囲は、比較的狭いものにとどまることが想定される。
ファッションショー事件判決:
創作性の判断手法につき、実用目的に必要な構成と分離して創作性を判断するものとしているところ、
TRIPP TRAPP事件判決:
当該判断手法を明示的に説示するものではないものの、実用目的にかなう一定の機能により表現の選択の幅が狭くなることを当然の前提として、当該狭い選択の幅の中に「美術の著作物」としての創作性を認める余地があるかどうかを検討すべきことを説示。
本判決:
ロゴタイプの著作物性につき、それ自体が独立して美術鑑賞の対象となる創作性を備えている場合に限り著作物性が認められるとして、
応用美術について、創作性概念をその他の著作物と同一のものとした上、実用目的に必要な構成又は機能とは区別されたそれ自体の表現の選択の選択の幅において、創作性を判断するものであり、上記2判決の流れを踏襲。
本判決が「それ自体が独立して」という文言を採用したのは、実用目的に必要な機能とは、表現ではなくアイデアであると理解した上、アイデアを除く創作的表現部分をアイデアとは独立して判断する趣旨をいうものと推察されるされるところであり、応用美術の棲み分けの問題につき、アイデアと表現の二分法という原理原則から整理するもの。
  刑事p101
最高裁R3.7.30
  違法収集証拠を否定した原審に法令の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
  事案 覚せい剤自己使用・所持で起訴された事案。
警察官は、職務質問を行うために被告に被告人運転車両を停止⇒本件車両運転席ドアポケットに中身の入っていあにチャック付きビニール袋の束が入っていることが確認された旨の疎明資料を作成して本件車両に対する捜索差押許可状及び強制採尿令状を請求して本件各令状の発付を受け、本件車両内から覚せい剤等の違法薬物を差し押さえ、尿の任意提出を受けた。
  争点 本件薬物並びに本件薬物及び被告人の尿に関する各鑑定書の証拠能力。 
  1審 本件ビニール袋がもともと本件車両内になかった疑いは払拭できない⇒警察官が、本件ビニール袋は本件車両内にもともとなかったにもかかわらず、これがあることが確認された旨の疎明資料を作成して本件各令状を請求した事実があった。
⇒本件各証拠の収集手続には重大な違法があると判断してその証拠能力を否定
⇒覚せい剤の自己使用及び本件薬物の所持について無罪を言い渡した。 
  原審 違法収集証拠排除法則を認めた最高裁を引用した上で、
同法則を判断する裁判所において、その他の面では証拠能力を有する又は有しうる証拠について、将来における違法な捜査の抑制といういわば法政策的な見地に立って排除することが要請されるよな状況を認めることが必要と解される。
but
本件においては、警察官が本件空パケを仕込んだ疑いを拭い去ることはできないが、その疑いはそれほど濃厚ではないところ、その程度にとどまる事情だけを根拠に本件各証拠の証拠能力を否定しても、将来における違法行為抑止の実効性を担保し得るかどうかには疑問。
⇒この事情をもってしても、本件各証拠の証拠能力を許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないとまではいえない。
  判断  判例違反をいう点は適法な上告理由に当たらない。
but
次のとおり、法令違反がある⇒原判決を破棄して差し戻し。
警察官が、本件車両内に本件ビニール袋を確認した旨の疎明資料を作成して本件車両に対する本件各令状を請求して本件各令状の発付を受け、本件車両内から本件薬物を差し押さえ、被告人から尿の任意提出を受けたなどの本件の事実経過の下では、
本件各証拠の証拠能力の判断に当たり、本件事実の存否を確定せず、その存否を前提に本件各証拠の収集手続に重大な違法があるかどうかを判断しないまま、証拠能力が否定されないとした原判決は、法令の解釈を誤った違法があり、刑訴法411条1号により破棄を免れない。
  解説 昭和53年判例:
証拠物の押収等の手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合、証拠能力は否定される。

同法則の適用にあたっては、違法の重大性判断に必要な範囲で捜査経緯等を認定し、それを前提に違法の有無・程度を検討してきた。
違法の重大性をみとめながら排除相当性を否定した事例は見当たらない。
違法の重大性については、
①先行手続の客観的な違法(法規からの逸脱)の内容・程度
②令状主義潜脱の意図の有無・程度
③先行手続の違法と当該証拠の収集手続との関連性(因果関係)の程度
④当該証拠の収集手続事態の違法の有無・程度等
が考慮。
2524・2525   
  p40
水戸地裁R3.3.18  
  東海第二原発運転差止請求事件第1審判決 
  事案 茨城県東海村所在の東海第二発電所に関して、その周辺に居住する者等であるXらが、本件発電所を設置する電力会社であるY(日本原子力発電㈱)に対し、本件発電所の原子炉の運転により人格権が侵害される具体的危険がある⇒人格権に基づき、原子炉の運転の差止めを求めた。
  争点 ①核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律が違憲無効であることを理由とする差止めの可否
②人格権に基づく原子炉院展差止請求における要件等
③基準時地震動の策定
④耐震安全性
⑤津波に対する安全確保対策等
⑥火山(気中降下火砕物)に対する安全確保対策
⑦事故防止に係る安全確保対策等
⑧立地審査及び避難計画
⑨東海再処理施設との複合災害の危険性
⑩経理的基礎の要件の範囲及びその有無等 
  判断 前記②の争点について
①発電用原子炉施設が、原子炉の運転により人体に有害な放射性物質を多量に発生させることが不可避であり、これを封じ込め管理し続けることができなければ安全とはいえない⇒その設置者には、高度な科学技術により原子炉を制御し放射性物質を安全に管理することが求められる。
②原子炉運転中に事故の要因となる自然災害等の事象の発生に対する予測を確実に行うことはできず、いかなる事象が生じたとしても放射性物質が周辺の環境に絶対に放出されることのない絶対的安全性を確保することは、現在の科学技術水準においても達成困難⇒IAEAは、深層防護の考え方を採用。
③わが国の原子力基本法は、原子力利用の安全の確保について確立された国際的な基準を踏まえるものとし、原子力規制委員会も、この考え方を踏まえ、設置許可基準規制において第1から第4までの防護レベルに相当する安全対策を規定し、避難計画等の第5の防護レベルに相当する安全対策については、災害対策基本法及び原子力災害対策特別措置法によって講じるものとしている。

深層防護の第1から第5までの防護レベルのいずれかが欠落し又は不十分な場合には、当該発電用原子炉施設は安全とはいえず、周辺住民の生命、身体が害される具体的危険がある。
第1から第4までの防護レベルに相当する事項:
原子力規制委員会設置法及び原子炉等規制法により、原子力利用における安全確保に係る施策を一元的につかさどり、専門的知見に基づき、中立公正な立場で独立して職権を行使する原子力規制委員会の許認可が必要とされており、同委員会の専門的技術的裁量に委ねられていると解される

発電用原子炉施設の設置(変更)許可等の許認可がされている場合には、具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは当該発電用原子炉施設の設置(変更)許可等の申請が同審査基準に適合するとした同委員会の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があると認められない限りは、当該許認可の要件に係る安全性が備わっているものと認めるのが相当。
第5の防護レベル:
原子力災害特別措置法に基づき定められた原子力災害対策指針がその中核を成している。

・・・そのような自然現象による原子力災害を想定した上で、実現可能な避難計画が策定され、これを実行し得る体制が整っていなければ、PAZ及びUPZ内の住民との関係で、第5の防護レベルが達成されているとはいえず、人格権侵害の具体的危険がある。

・・・・大規模地震等の自然災害を前提として実行可能な避難計画が策定されているとはいえない状況にある。

原子力災害対策指針の想定する段階的避難等の防護措置が実現可能な避難計画及びこれを実行し得る体制が整えられているというにはほど遠い状態にあり、Xらのうち、PAZ及びUPZ内の住民である者については、人格権侵害の具体的危険がある。
  解説   ●  ●原子力発電所に係る運転差止請求の要件等 
  ◎  原子炉設置許可処分の取消訴訟において
最高裁H4.10.29:
原子力委員会(当時)等が調査審議に用いた具体的審査基準に不合理な点があるか、あるいは当該原子炉施設が前記の具体的審査基準に適合するとした原子力委員会等の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落がある⇒それに依拠してなされた行政庁の同処分は違法。
その立証責任は、本来原告が負うべき
but
行政庁において、前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等に不合理な点がないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、行政庁がこれを尽くさない場合には、行政庁の判断に不合理な点があることが事実上推認される。
  人格権に基づく原子炉運転差止請求の要件である「具体的危険」の内容について、
深層防護の各防護レベルのいずれかに不十分な点があることと解釈して、第5の防護レベルに位置付けられる避難計画や立地審査の問題について、具体的危険を左右する問題の1つとして明確に取り上げた。 
  避難計画 
避難計画にについて、原子力災害対策指針の想定する段階的避難が実現可能な避難計画が策定され、それを実行し得る体制が整っていなければならない。
  民事p328
大阪高裁R3.10.28  
   
  事案 Xは、大阪府立高校の第2学年に在籍していたが、頭髪指導として繰り返し頭髪の黒染を強要され、教室で授業を受けること等を禁止されて不登校となり、第3学年に進級後には生徒名簿から氏名を削除さえ教室から座席を撤去されるなど不適切な措置を受けたことなどにより、著しい精神的苦痛等を負った⇒A高校を設置管理する地方公共団体Y(大阪府)に対し、国賠法1条1項又は債務不履行(在学関係上の安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求訴訟を提起。 
  主張 X:
①染髪等を禁止する校則は教育以外の目的で定められた不合理ばものであり、生徒指導方針も頭髪の染戻し後に色落ちしただけの生徒に4日毎に頭髪指導を行い、拒否すれば出席停止を課すという比例原則に反した著しく不合理なもの
②教員らは、・・・指導として目的、態様、方法等が著しく相当性を欠く不合理なもの
③Xが不登校になった後の各種措置は、Xの登校を妨げるものであり、Xに対する教育環境配慮義務に違反 
  争点 ①本件校則及び生徒指導方針が違法か
②Xに対する一連の頭髪指導が違法か
③Xが不登校となった後のA高校の措置が違法か 
  原審 Xに対する頭髪指導について国賠法1条1項にいう違法又は債務不履行があるとは認められない
but
Xが不登校となった後の生徒名簿からの氏名の削除及び教室からのXの座席の撤去の措置について国賠法1条1項の違法がある
⇒慰謝料30万円及び弁護士費用3万円・遅延損害金を認容。 
  判断   Xの控訴を棄却。 
  ●  ●本件校則・生徒指導方針の違法性の有無 
2つの高校が合併してA高校が開校した際に問題行動をとる生徒が多かった⇒A高校は生徒指導に注力してきた。
本件校則は、生徒の関心を学習等に向けて非行を防止する目的の規定であり、染髪、脱色及び特異な髪形を規制するにとどまるものであり、
学教法等に照らして正当な目的のための社会通念上合理的な規制。
頭髪指導にかかる生徒指導方針について、染め戻した頭髪が色落ちし、それが看過できない場合に再度頭髪指導を行うこととしている点を含め、本件校則の目的を達成するための合理的なもの

本件校則及び生徒指導方針は規則制定権の裁量の範囲を逸脱していない適法なもの。
  ●本件校則に基づく頭髪指導の違法・在学関係上の安全配慮義務違反の有無 
・・・
教員らがXに対して概ね4日毎に頭髪指導を繰り返し、さらに強制力の強い別室指導を選択したことに合理性がないとはいえず、教員らの頭髪指導に裁量の範囲の逸脱はない。
  ●Xが不登校となり第3学年に進級した後の措置
A高校は教室からXの座席を撤去し、生徒名簿に氏名を掲載しなかったものであり、A高校が前記各措置をXに説明等せず、Xが広義した後も教育庁から指導を受けるまで約5か月にわたりXに理由を説明しないまま継続。

Xの教育環境を整える目的でされたものではなく、Xの登校を困難にする措置であって合理性はなく、A高校には教育環境に配慮する義務における裁量の範囲を逸脱した違法がある。
  ・・・校則の指導が真に効果を上げるためには、その内容や必要性について生徒・保護者との間に共通理解を持つようにすることが重要である旨、文部科学省・生徒指導提要で指摘。
・・・各高校における学校教育においては・・資質・能力や成熟度等において多様な生徒に対していかなる理念や方針に従って教育指導を行っていくかについて、個別的、集団的な実情に応じて多様な教育指導が許容されるために広範な裁量が認められなければならず、この裁量を逸脱しない限り違法の問題は生じない。 
  解説 教員による個別の生徒指導に関する判例:
最高裁H21.4.28
公立小学校の教員が、悪ふざけをした2年生の男子を追い掛けて捕まえ、その胸元を右手でつかんで壁に押し当て、大声で「もう、すんなよ。」と𠮟った行為について、個別指導の目的や態様等の事実を評価して、教員の生徒に対する教育的指導の範囲内か否かを判断するという枠組みを採用。
目的、態様、継続時間等から判断して、教員が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱するものではなく、学教法11条ただし書にいう体罰に該当せず、国賠法上違法とはいえない。
生徒に対する頭髪規制及び頭髪指導等の違法性が争点となった事例:
最高裁H8.7.18:
普通自動車運転免許取得を制限し、パーマをかけることを禁止し、学校に無断で運転免許を取得したものに対しては退学勧告をする旨の校則を定めていた私立高等学校において、
校則を承知しして入学した生徒が、
学校に無断で普通自動車の運転免許を取得し、そのことが学校に発覚した際にも顕著な反省を示さず、3年生であることを特に考慮して学校が厳重に注意に付するにとどめたにもかかわらず、その後まもなく校則に違反してパーマをかけ、そのことが発覚した際にも反省がないとみられて仕方がない態度
⇒生徒に対してされた自主退学の勧告に違法があるとはいえない。
公立中学校の教員らが女子生徒の頭髪を黒色に染色した行為について、教育的指導の範囲を逸脱したものとはいえず、学校教育法11条ただし書にいう体罰にも当たらない⇒中学校を設置管理する地方公共団体の国家賠償責任が否定。
(大阪地裁H23.3.28)
●文献:判タ
  刑事p332
東京高裁R2.11.12  
   
  事案  
  1審  
  判断 1審の判断には一定の根拠がある。
but
①警察官が本件空パケをあらかじめ用意していたことになる
②本件空パケの形状や保管状態は、被告人の所持していた他の空パケに酷似している
③職務質問開始後わずか6分後で、多大なリスクを伴う行為に及ぶのは不合理
④他の警察官が周囲におり、、ドライブレコーダーによる録画がある中で違法行為に及ぶのは不合理

警察官が本件空パケを仕込んだという疑いは相当弱まる。
違法収集証拠排除法則を認めた最高裁を引用した上で、
同法則を判断する裁判所において、その他の面では証拠能力を有する又は有しうる証拠について、将来における違法な捜査の抑制といういわば法政策的な見地に立って排除することが要請されるよな状況を認めることが必要と解される。
but
本件においては、警察官が本件空パケを仕込んだ疑いを拭い去ることはできないが、その疑いはそれほど濃厚ではないところ、その程度にとどまる事情だけを根拠に本件各証拠の証拠能力を否定しても、将来における違法行為抑止の実効性を担保し得るかどうかには疑問。
⇒この事情をもってしても、本件各証拠の証拠能力を許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないとまではいえない。
  上告審 本件証拠の証拠能力を判断するためには、警察官が本件パケを仕込んだ事実(本件事実)の存否を確定し、これを前提に本件各証拠の収集手続に重大な違法があるかどうかを判断する必要。
but
原判決は、本件空パケがもともと本件車両内にはなかった疑いは残るとしつつ、その疑いはそれほど濃厚ではないなどと判示するのみであって、本件事実の存否を確定し、これを前提に本件各証拠の収集手続の証拠能力の判断をしたものと解することはできず、本件事実の持つ重要性に鑑みると、原判決には法令解釈の誤りがある。 
  解説 三好:
法的三段論法の小前提をなすべき事実認定を怠ったことは、違法収集証拠排除法則についてどのような立場をとるとしても、およそ正当化される余地などない。
but
最高裁昭和53.9.7が確立した違法収集証拠排除法則の2要件(①重大違法性と②排除相当性)の関係については、双方を充たす必要があるとする「重畳説」が一般的理解
⇒場合によっては、「排除相当性」を先に判断することも論理的にあり得ないではない。
また、時間経過の中で問題となる多数の事実につき、すべての存否を確定させなければならないともいえず、心証の程度に応じて、排除相当性判断に取り込むということも考えられないではない。
but
本判決が、
「その程度にとどまる事情だけを根拠に薬物等の証拠能力を否定しても、将来における違法行為抑止の実効性を担保し得るかどうかには疑問があ」るとして論理は理解困難。
また、警察官が証拠をねつ造したとしたら、それだけで手続全体の適法性が毀損され得る重要事項というべきであり、その事実認定を避けることはできない。
   
2523
  行政p5
最高裁R3.11.30  
  性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項3号の合憲性(肯定)
  事案 性同一性障害者であるXが、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(「特例法」)3条1項に基づき、Xの性別の取扱いを男から女に変更する審判を求める申立てをした事案。 
Xには未成年の子がいる⇒性別の取扱いの変更の審判の要件として「現に未成年の子がいないこと」を要求する特例法3条1項3号の規定の憲法13条、14条1項適合性が問題となった。
  原審 3号要件は、現時点においては、合理性を欠くものとはいえない⇒国会の裁量権の範囲を逸脱するものということはできず、憲法13条、14条1項に違反するとはいえない。l 
  判断 特例法3条1項3号の規定が憲法13条、14条1項に違反するものでないことは、当裁判所の判例の趣旨に徴して明らかである⇒特別抗告棄却。
  解説 個人単位の身分登録制度が採られている諸外国では、法的な性別変更について3号要件のような制度(子なし要件)を設けている立法例はみられない。
平成19年両最決:
平成20年改正前の3号要件について、
現に子のある者について性別の取扱いの変更を認めた場合、家族秩序に混乱を生じさせ、子の福祉の観点からも問題を生じかねない等の配慮に基づくものとして、合理性を欠くものとはいえない⇒国会の裁量権の範囲を逸脱するものということはできず、憲法13条、14条1項に違反するものとはいえない。
●  特別抗告理由:
3号要件は、
人が自己の心理的・社会的・身体的状況とは異なる法律上の地位に置かれている状態から是正・回復される自由ないし権利、又は
人が子を産み、育てる自由ないし権利、家族を形成する自由ないし権利
を侵害するものとして憲法13条に違反する。

3号要件は、未成年子を持つ性同一性障害者と未成年子を持たない性同一性障害者とを不合理に差別するものとして憲法14条に違反する。
南野監修:
法令上、性別が、基本的に生物学的な性別によって客観的に決定されるものであり、個人の意思によって左右されるべきものではない以上、その法的な取扱いとの関係において、憲法13条が「性別に関する自己決定権」などといったものまで権利として保障しているとはにわかに考えることはできない。
一定の重要な私的事柄について公権力から干渉されることなく決定できることと、私的なものであるだけでなく公的な側面も持つ性別について、法的な変更を求めることには、やはり径庭があることが考慮されるべき⇒憲法13条違反はない。
立法目的:
平成20年改正により「女である父」や「男である母」が生ずるようになったとしても、成年子の父・母の限度であって、それにより、未成熟子の養育ということで問題となる「女である、未成年子の父」や「男である、未成年子の母」が生ずるようになったものではなく、これが生ずることに対する家族秩序の混乱防止ということは一定程度残る。
また、未成年子にとっての家庭環境に係る家族秩序の維持は、子の福祉にも関連するものとみることもできる。
規制手段:
「子の福祉」の保護という立法目的を達成する規制手段としての合理性について、
「子の福祉の観点からも問題を生じかねない等の配慮に基づくものとして、合理性を欠くものとはいえない。
but
宇賀:未成年の子の福祉への配慮という立法目的を達成するための手段として合理性を欠いている。」
宇賀裁判官反対意見:
「人がその性別の実態とは異なる法律上の地位に置かれることなく自己同一性を保持する権利」が憲法13条により保障されている。
3号要件は同権利を侵害するものとして同条に違反する。
  民事p9
広島高裁R3.3.18  
  伊方原発3号機についての運転差止めを求めた仮処分命令申立事件(抗告審決定の取消し)
  事案 発電用原子炉施設である伊方発電所から34~46キロの距離に住む住民Xらが、本件発電所3号機の原子炉及びその附則施設は、地震、火山の噴火等に対する安全性を欠く⇒本件発電所を設置、運用する電力会社であるY(四国電力)を債務者として、人格権に基づいて本件原子炉の運転の差止めを命じる仮処分命令を申し立てた。
  抗告審 人格権に基づく原子炉の運転差止請求権を被保全権利とする仮処分命令の申立てにおいては、債権者の生命、身体等に対する侵害を生ずる具体的危険があることの主張・疎明責任は債権者にある。
but
債権者において、原子炉の安全性の欠如に起因する事故により、自己の生命、身体等に直接的かつ重大な被害を受けると想定される地域に居住していることを疎明
⇒原子炉の設置運転主体である債務者において、前記具体的危険が存在しないことについて、相当の根拠、資料に基づいて主張・疎明しない限り、前記具体的危険の存在が事実上推定される。


⇒Yが前記具体的危険の不存在についての主張・疎明を尽くしたとはいえないとして、本案訴訟の第1審判決の言渡しまでの間、本件原子炉の運転の差止めを命じた。
    Yが異議申立て。
  判断   ●司法審査の在り方
規制委員会は、審査の結果、基準に適合するとの判断を行ったものであるところ、
原子力発電所の安全性に影響を及ぼす大規模自然災害の発生の時期や規模については現在の科学的知見では具体的に予測できないことから、・・・・これらは、想定が極めて難しい将来予測に係るものであることもあって、科学的には、直ちに、いずれの見解が正しいともいえないのが現状。
このような現状の下では、独自の科学的知見を有しない裁判所において、いかに福島第一原発の事故による影響の甚大性等を考慮しても、本件原子炉の存在及びXらの居住状況から直ちにXらの生命等が侵害される具体的危険があると事実上推認することは相当でない。
現在の科学的知見からして、本件原子炉の運転期間中に本件原子炉の安全性に影響を及ぼす大規模自然災害の発生する可能性が具体的に高く、これによってXらの生命、身体ンまたは健康が侵害される具体的危険があると認められなければ、本件原子炉の運転差止めを命じるという法的判断はできず、この疎明責任はXらが負う。
  ●地震に対する安全性 
・・・Yによる基準地震動の算定が不合理であるとは認められない。
  ●  ●火山事象の影響に対する安全性 
阿蘇が本件原子炉の運転期間中その安全性に影響を及ぼすような規模の噴火を引き起こす具体的危険の有無については、専門家の間でもそれぞれの分析結果等に基づいて意見が分かれている。
このような現在の科学的知見からして、阿蘇が前記のような噴火を引き起こす可能性が具体的に高いと認めることはできない。
  解説 本件と同じく(人格権に基づいて)原子炉施設の運転差止めを求める仮処分申立てがされた事案について
福岡高裁宮崎支部:
運転の差止請求が認められるためには、原子炉施設が安全性に欠けるところがあり、その運転に起因する放射線被ばくにより、住民らの生命、身体に直接的かつ重大な被害が生じる具体的な危険が存在することを住民側において疎明する必要がある。
but
住民が一定の地域に居住等する場合には、むしろ債務者において、規制委員会の適合性審査における具体的審査基準に不合理な点のないこと、規制委員会の判断過程に看過し難い過誤欠落のないことの主張・疎明を行うべきであり、これが尽くされなければ基準の不合理・判断過程の過誤欠落が事実上推定される。

伊方最高裁判決(設置運転許可の取消し等を求める行政訴訟)の判断枠組みを民事訴訟・仮処分申立てに反映させたもの。
vs.
行政基準の違反により直ちに人格権侵害が認められるかは議論があり
「社会通念」や「現在の科学技術水準」によって、定立された司法審査基準が変容し、このような司法審査基準をとることには限界があるのではないかという批判。
  民事p93
大阪地裁R3.10.13  
  還付しすぎた住民税の返還を求める不当利得返還請求権への延滞金条例の適用(否定)
  事案 地方公共団体であるX(大阪府摂津市)は、住民であるYに対し、住民税の株式等譲渡所得割額及び配当割額の控除不足額を還付する差異、誤って一桁多い還付額を通知⇒最終的に本来の還付額よりも1502万円多い還付。 
Xは、
主位的に、本件還付金の返還を求める不当利得返還請求権(「本件不当利得返還請求権」)は公法上の法律関係に基づいて発生する債権である⇒公法上の不当利得返還請求権に基づく本件過還付金の返還並びにY諸収入金に係る督促手数料及び延滞金に関する条例に基づく督促手数料及び延滞金等の支払を請求
予備的請求として、民法704条に基づき本件過還付金の返還及び利息の支払を請求
本件不当利得返還請求権によって返還される金銭は、地自法231条の3第2項を受け手定められた本件延滞金条例1条にいう分担金、使用料、加入料、手数料、過料その他の市の収入金(「諸収入金」)に当たる⇒本件延滞金条例に基づく督促手数料や延滞金(納期限の翌日から1月を経過する日までの期間については7.3%、以降は14.6%)の支払を求め、
Yは本件延滞金条例の適用を争った。
  判断   本件延滞金条例は、地自法231条の3第2項のいう条例に該当し、Xの諸収入金の督促並びに督促手数料及び延滞金の徴収に関して定めるもの。
同項は、普通地方公共団体の歳入のうち、公法上の債権については、特に公平かつ確実な徴収が必要になる⇒その徴収のための手数料や延滞金につき私法上の債権とは異なる取扱いを条例で定めることを許容。
  ・・・その返還の請求は、単に本件債務が存在しないにもかかわらずその弁済として支払った金銭の返還を求める請求⇒その法律関係は、法律上の原因のない利得につき、公平の理念に基づいてその調整を図る関係、すなわち民事上の不当利得関係にほかならない。 
地税法は・・・・地方公共団体が納税者に対して、還付しすぎた金銭の返還を求める請求権については何ら定めを設けていない⇒法令において、還付金の過誤払によって生じた不当利得返還請求権を特に公法上の債権として取り扱っているとは解されない。
①本件過還付は、地税法の定める住民税の徴収及び還付手続において法令上特にその場合の定めを置いていない、私人間でも生じ得るような偶発的な事情によって生じたもの
②本件過還付がなければ、適正な住民税の徴収及び還付をもって、地税法が予定する税徴収手続(公法上の法律関係)は終了したといえるのであり、本件過還付があったことによる清算関係は、前記全徴収手続の枠外にあるというべき
⇒・・・公法上の法律関係の一環と評価するのは相当ではない。
本件不当利得返還請求権について民法上の不当利得を別異の扱いをすべき合理的理由も見当たらない

本件不当利得返還請求権は公法上の債権ではなく、民法に基づく不当利得返還請求権と解すべき⇒本件不当利得返還請求権は公法上の債権ではなく、普通地方公共団体の歳入(諸収入金)に当たらない⇒本件延滞金条例の適用はない。
  解説 国や地方公共団体が有する金銭債権が公法上の債権に当たるかについては、
公法上の債権の消滅時効を5年とする会計法30条や地自法236条1項の適用を受けるか否かとの論点で検討。
国の普通財産の売払いに係る代金債権につき、その法律関係は本質上私法関係というべきであり、その結果生じた代金債権もまた私法上の金銭債権であって、公法上の金銭債権ではないとして、会計法30条の適用を否定した最高裁判決。
地方公共団体の公立病院における診療に関する債権につき、公立病院において行われている診療は、私立病院において行われている診療と本質的な差異はなく、その診療に関する法律関係は本質上私法関係というべき⇒地自法236条1項の適用を否定した最高裁判決。
一般に国または地方公共団体と納税者の課税関係は、典型的な公法関係。
⇒その課税手続の裏返しともいえる納税者の国又は地方公共団体に対する還付請求権や過誤納金返還請求権については、公法上の債権と解する見解が多い。
(民法の不当利得に関する規定及び法理が適用されると説く見解(金子))
but
本件は、納税者に対する還付が過大であった場合にその一部返還を求めるという、還付請求や過誤納金返還請求をさらに裏返したものともいえる本件不当利得返還請求権の性質が問題。
本判決:
(1)XとYの関係が住民税の徴収関係にあることを認定しつつ、さらに本件不等利得返還請求権が発生した原因について具体的な認定事実を基に検討し、本件過還付の原因が、賦課、更正等の行政庁が税額を確定・変更させる処分ではなく、Xの職員の単純な過誤であることに着目⇒XとYの法律関係は民事上の不当利得関係と異なるものではない。
(2)還付請求権や過誤納付金返還請求と異なり、地税法が還付しすぎた金銭の返還請求について何ら定めを設けていない
⇒本件不当利得返還請求権は私法上の法律関係に基づく債権。
  知財p103
東京地裁R4.3.11  
  商品に関する表示が複数の商品形態を含む場合と不正競争防止法の「商品等表示」該当性
  事案 原告らが、被告商品は周知著名な原告表示と類似した商品等表示を使用した商品であり、被告商品の製造、販売及び販売のための展示は、原告商品と混同を生じさせるなど、不正競争防止法2条1項1号及び2号に掲げる不正競争に該当

不正競争法3条1項及び2項に基づき、被告商品の製造、販売又は販売のための展示の差止め及び廃棄を求めるとともに、
不正競争法4条に基づき、損害賠償金及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求めた。 
  規定 不正競争防止法 第二条(定義)
 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
二 自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為
  争点 原告表示が不正競争法2条1項1号又は2号にいう「商品等表示」に該当するか否か。 
  判断   ●原告表示の商品等表示該当性 
  ◎判断基準 
商品の形態(色彩を含むものをいう。)が商品等表示に該当するか否かの判断基準につき、商品の形態は、
①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(「特別顕著性」)を有しており、かつ
②特定の事業者によって長期間にわたり独占的に利用され、又は短期間であっても極めて強力な宣伝広告がされるなど、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知(「周知性」、特別顕著性と併せて「出所表示要件」という。)であると認められる特段の事情がない限り、
不正競争法2条1項1号にいう商品等表示に該当しない。
商品に関する表示が複数の商品形態を含む場合という場面設定をした上、当該表示の商品等表示該当性につき、その一部の商品形態が商品等表示に該当しないときは、前記商品に関する表示は、全体として不正競争防止法2条1項1号にいう商品等表示に該当しない。
  ◎原告表示の商品等表示該当性
①靴という商品において使用される会解離と・・・典型的な色彩の1つであり、靴底に赤色を付すことも通常の創作能力の発揮において行い得るものであって、このことはハイヒールの靴底であっても異なるところはない。
②・・・現在、一般的なデザインとなっているものといえる。

原告表示は、それ自体、特別顕著性を有するものとはいえない。
日本における原告商品の販売期間は、約20年にとどまり、それほど長期間にわたり販売したものとはいえず、
原告会社は、いわゆるサンプルトラフィッキングを行うにとどまり、自ら広告宣伝費用を払ってテレビ、雑誌、ネット等による広告宣伝を行っていない事情等を踏まえても、極めて強力な宣伝広告が行われているとまではいえない。

原告表示は、周知性の要件を充足しない。
⇒原告表示は、出所表示要件を充足するものとはいえず、不正競争法2条1項1号にいう商品等表示に該当するものとはいえない。
原告表示は・・・原告赤色を靴底部分に付した女性用ハイヒールと特定されるにとどまり、女性用ハイヒールの形状(靴底を含む。)、その形状に結合した模様、光沢、質感及び靴底以外の色彩その他の特徴については何ら限定がなく、靴底に付された唯一の色彩である原告赤色も、それ自体特別な色彩であるとはいえない
⇒被告商品を含め、広範かつ多数の商品形態を含むもの。
原告商品の靴底は革製であり、これに赤色のラッカー塗装をしている・・・いわばマニキュアのような光沢がある赤色
被告商品の靴底はゴム製であり、これに特段塗装はされていないため・・・光沢のない赤色

原告商品の形態と被告商品の形態とは、材質等から生ずる靴底の光沢及び質感において明らかに印象を異にする
⇒少なくとも被告商品の形態は、原告商品が提供する高級ブランド品としての価値に鑑みると、原告らの出所を表示するものとして周知であると認めることはできない。
⇒原告表示に含まれる赤色ゴム底のハイヒールは明らかに商品等表示に該当しない⇒原告表示は、全体として不正競争法2条1項1号にいう商品等表示に該当しない。
  ①取引の実状に加え、②原告商品と被告商品の各形態における靴底の光沢及び質感における顕著な相違
⇒原告商品と被告商品とは、需要者において出所の混同を生じさせるものと認めることはできず、
不正競争法2条1項1号にいう不正競争に明らかに該当しない。 
  規定  商標法 第三条(商標登録の要件)
 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。

三 その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標

2前項第三号から第五号までに該当する商標であつても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。
  解説 単一の色彩のみからなる商標につき、商標法3条2項該当性を否定した裁判例として知財高裁R2.8.19:
商品の色彩は、商品の特性⇒商標法3条1項3号所定の「その他の特徴」に該当。
商品の色彩は、古来存在し、通常は商品のイメージや美感を高めるために適宜選択されるものであり、また、商品の色彩には自然発生的な色彩や商品の機能を確保するために必要とされるものもある⇒取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するもの⇒原則として何人も自由に選択して使用できるものとすべきであり、特に、単一の色彩のみからなる商標については、同号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされることの趣旨が妥当する。

不正競争防止法2条1項1号又は2号についての判断にも、同様に妥当。
  知財p117
大阪地裁R3.9.27  
  メルカリでの#原告の登録商標について、商標的使用に当たるとして差止請求が認容された事案
  事案 本件商標権を有する原告が、被告が「メルカリ」条に開設した被告サイトに表示した「#シャルマンとサック」(被告標章1)または「シャルマンとサック」(被告標章2)が本件商標と同一ないし類似し、被告サイトにおいて被告が販売する被告商品は本件商標権の指定商品と同一である⇒本件商標権に基づき、被告サイトにおける被告標章1または被告標章2の表示行為の差止め(商標法36条1項)を求めた。
  争点 被告がメルカリ上に開設した被告サイトに表示した「#シャルマンとサック」(被告標章1)または「シャルマンとサック」(被告標章2)の商標的使用の有無 
  判断 被告サイトは、そこで被告商品を含む商品が表示され、販売されている⇒被告の商品に関する広告を内容とする情報を電磁的方法により提供するもの。
⇒このような被告サイトに被告標章1を表示することは、商標の「使用」に当たる(商標法2条3項8号)。 
「メルカリ」における具体的取引状況
⇒被告サイトにおける被告標章1の表示行為は、メルカリ利用者がメルカリに出品される商品等の中から「シャルマントサック」なる商品名ないしブランド名の商品等に係る情報を検索する便に供することにより、被告サイトへ当該利用者を誘導し、当該サイトに掲載された商品等の販売を促進する目的で行われるものといえる。
・・・・被告サイト中に「シャルマントサック」なる商品名又はブランド名の商品等に関する情報が所在することを認識することとなり、これには、「被告サイトに掲載されている商品が「シャルマントサック」なる商品名又はブランド名のものである」との認識も当然に含まれ得る。
・・・・被告サイトにおける被告標章1の表示は、需要者にとって、出所識別標識および自他商品識別標識としての機能をはたしているものとみられ、商標的使用がされている⇒被告サイトにおける被告標章1の表示の差止めについて、原告の請求を認容。
  解説 メルカリ社:
メルカリサービスを利用して商品を販売しようとする利用者に対して、禁止されている出品物を規約に定めており、その中には知的財産権を侵害するものが、従来から規定されている。
令和2年9月1日付けの改定で、その具体的な違反行為の説明として、
・商品名や商品説明に、権利侵害の恐れがあるブランド名やキャラクター名を記載すること(××風、××系、××タイプなど)
・商品名や商品説明に、商品とは無関係のブランド名やキャラクター名(類似するブランド、キャラクターも含む)を記載すること
・事務局が特定のブランドを想起すると判断した商品
の3項目を追加。

プラットフォーム事業者としてのメルカリ社が正当な知的財産権利者から指摘を受けた際に、速やかに出品されている商品の削除や当該出品者のサービス利用制限措置が取れるようにも機能。 
  刑事p122
千葉地裁R3.7.15  
   
  事案 3名の共謀による強制わいせつ致傷の事案 
直接立証する証拠はQ(被害者)証言のみ。
  判断 Q証言及びこれと対応する被告人ら3名の供述の概要を述べた上で、Q証言の信用性について詳細な検討。
Q証言の外部的事情:
①Qの属性が事実と異なる話をすることに心理的抵抗が少ない人物
②虚偽供述をする動機となり得る事情が複数想定される
⇒その信用性判断は慎重にしなければならない。
Q証言自体に関する点:
①証言内容の具体性・一貫性につき、被害態様・被害場所・出来事の順序があいまいであり合理的に説明できない変遷がある
②客観的事実との整合性につき、説明できない不整合がある。
⇒その信用性に疑問が残る。
被告人ら3名の公判供述の信用性:
事件当時の被告人らのメールのやり取りや捜査段階の供述からの変遷を考慮しても、概ねそれらは信用できる。

Q証言の信用性に疑問があり、被告人ら3名の弁解は概ね信用できる⇒無罪。
   刑事p131
富山地裁R2.5.30
  任意同行が実質的な逮捕に当たる⇒制限時間の不遵守⇒勾留請求等を却下
  事案 被害者が遺体で発見⇒5月5日、発見番所近くのアパートで被害者と同居していた被疑者を警察署に任意同行。
その後、同月11日に被疑者を死体遺棄の被疑事実で通常逮捕するまでの間、捜査官は、被疑者を連日ホテルに宿泊させ、被疑者に付き添って警察署に任意同行して取調べを行った。
被疑者は逮捕後の同月13日から勾留されたが、同月26日、同勾留は(任意同行が実質的な逮捕に当たるとして)準抗告で取り消され、同月27日釈放。
被疑者は、同日、殺人の本件被疑事実により通常逮捕⇒勾留請求及び接見等禁止請求をいずれも却下⇒検察官が準抗告。
  判断 準抗告棄却。 
捜査官が手配したホテルに6夜にわたり被疑者を宿泊させ、捜査官がホテルの客室前に張り込んで被疑者の動静を監視し、警察署との往復時は捜査官が付き添い、その期間中、連日、長時間にわたり取調べが行われた⇒被疑者としては任意同行を拒んだり取調中に帰宅するなどできたとはいえず、実質的に逮捕と同時し得る状況。
その後死体遺棄の被疑事実による逮捕を経ているものの、
殺人の被疑事実との関連性や作成された捜査関係書類の内容等
⇒その実質的な逮捕の被疑事実には、死体遺棄だけでなく本件の被疑事実である殺人も含まれていたと評価できる。
⇒本件勾留請求は、実質的な逮捕の時点から計算して制限時間不遵守の違法が認められる。
当初の実質的な逮捕の状態は、その後の死体遺棄の被疑事実による通常逮捕、勾留という経過を経て一旦解消されたという見方。
vs.
当初の実質的逮捕の被疑事実に殺人も含まれる⇒その後の殺人の被疑事実による通常逮捕は再逮捕といえる。
先行手続の違法性の重大さ⇒この再逮捕は違法。
  解説  ●任意同行と実質的逮捕 
任意同行の形式がとられていても実質的に逮捕と評価すべき場合:
任意同行後の一定の時点を逮捕の始期と認定した上、
①その時点における逮捕の要件
②その時点から送致・勾留請求までの時間的制限の遵守
の点を検討して勾留の許否を判断(実務)。
◎  身体の自由を拘束する強制処分を、現行犯逮捕の要件もないのに令状によらずに行っている⇒本来違法
but
実質的逮捕の時点で適法な逮捕が可能であり、しかも逮捕後の制限時間も超過していない場合は、警察官が法の執行方法の選択ないし捜査の手順を誤ったものにすぎず、令状主義の理念からして勾留を許さないほどに重大な瑕疵ではない、という評価。
but
①又は②が満たされない⇒そのような救済の余地はなく勾留請求は違法。
②の制限時間不順守を理由に勾留請求を却下した裁判例は相当数にのぼる。
任意同行が実質的逮捕に当たるか否かの判断:
被疑者の同行許否や退去希望の意思・態度、任意同行を求めた場所・時間、同行﨑までの距離、同行の方法、同行後の取調時間や被疑者に対する監視状況等を総合的に判断して行われる。 
本件:
捜査官が手配したホテルに6夜にわたり被疑者を宿泊させ、その間、捜査官がホテルの客室前付近廊下に張り込んで被疑者の動静を監視した。
最高裁昭和59.2.29:高輪グリーンマンション・ホステス殺人事件は、あくまで任意捜査としての適法性が問題とされたもので、本件とは事案が異なる。
本件:
ホテルから警察署までの捜査官の付添い、
長時間の取調べ等に加え、
この客室前付近での張込みが行われていた点が重視され、
実質的な逮捕があたっと判断された。
  ●  ●実質的逮捕の被疑事実 
本件:
任意同行⇒いったん死体遺棄の被疑事実による通常逮捕・勾留⇒勾留取消し⇒殺人の被疑事実で通常逮捕。
実質的逮捕の被疑事実が死体遺棄に限定⇒死体遺棄の勾留を違法とするにとどまり、殺人の被疑事実による逮捕・勾留の適法性に影響しない。

任意同行が実質的逮捕に当たる場合の被疑事実は何か、という問題。
本判決:
①両事実が密接に関連
②任意同行時から既に被疑者に対して本件殺人の嫌疑がかけられていた
③任意同行中の取調べ等の捜査の内容
⇒実質的な逮捕の被疑事実には本件殺人も含まれていたと評価できる。
実質的逮捕の被疑事実に殺人も含まれる⇒死体期による逮捕・勾留を経てなされた本件殺人による通常逮捕は、同一事実による再逮捕。
本判決:
司法の廉潔性・違法捜査抑止の観点から、違法な再逮捕として許されない。
①本件勾留請求に直接前置された殺人による通常逮捕が違法⇒本件勾留請求も違法
②任意同行開始後違法な身柄拘束が継続⇒制限時間不遵守の違法(本判決)
2522   
  行政p5
大阪高裁R3.5.13   
  被爆者援護法での放射線起因性の判断
  事案 Xが厚労大臣に対し、被爆者援護法11条1項に基づく認定の申請を受けるため、心筋梗塞を申請疾病として原爆症認定申請⇒却下する旨の処分⇒Y(国)に対し、同却下処分の取消しを求めるとともに、国賠法1条1項に基づく損害賠償として慰謝料等の支払を求めた。 
  判断   放射線起因性を肯定し、また、要医療性も肯定して、原判決を取り消して、Xの請求を認容。
(国賠請求部分については控訴を棄却) 
  放射線起因性の判断手法について、
①当該被爆者の放射線への被ばくの程度と
②統計学的又は疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被ばくとの関連性の有無及びその程度とを中心的な考慮要素としつつ、これに
③当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度等を
総合的に考慮して判断するという枠組み。
  ①(放射線被ばくの程度)について 
当該申請者の被ばく状況、被爆後の行動・活動の内容、被爆後に生じた症状、健康状態等に照らし、様々な形態での外部被ばく及び内部被ばくの可能性の有無を十分に検討する必要がある旨を説示した原判決を引用しつつ、
Xが原爆投下から100時間以内に爆心地から約1.1~1.2㎞の地点に入って2日間滞在していたといった被ばく状況⇒残留放射線による外部被ばくのみならず、相当の内部被ばくをした可能性がある。
①・・・すり傷程度の怪我で化膿し、酷い場合にはその化膿が骨まで見えるほどに至っていた
②・・・結膜炎の治療を受けていた右眼を摘出され、義眼となっていたといった症状
③放射線被ばくが長期にわたり好中球等の機能低下を引き起こすことを示唆する複数の知見が存在
④被ばくによる好中球等の機能低下により免疫不全に陥ったこと以外に通常は生じることのない重篤な症状がXに繰り返し生じた原因が見当たらない

Xのこうした各症状は、放射線被ばくの影響により抵抗力(好中球機能)が低下したことにより生じたものと推認することできるとした上、Xが健康に影響を及ぼす程度の放射線被ばくを受けた。
  ②の統計学的又は疫学的知見等に基づく申請疾病等との関連性の有無及びその程度については、
疫学的知見に基づいて心筋梗塞と放射線被ばくとの関連性を肯定。
  ③について、
Xの年齢、脂質異常症及びっ高血圧症の程度が高いといった危険因子が複数認められる
but
①これらの危険因子が相乗的に心筋梗塞発症の危険性を高めたこと自体は否定しがたいものの、加齢の程度や、脂質異常症及び高血圧症については放射線被ばくとの関連性を肯定する報告がいずれも複数存在
②被爆当時のXの年齢やXが健康に影響を及ぼする程度の線量の被ばくをしたこと

これらの危険因子は、放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたことを裏付けるものとまでいえるものではない。
  ⇒放射線起因性該当性を肯定 
  解説 放射線起因性の有無は、個別の考慮要素に係る事実認定の有無及びこれに対する評価によって個別具体的に判断されている。 
・放射線被ばくの程度に関する事情として被ばく後の急性症状、病歴等については、放射線の強い影響を示唆する症状等が認められることを1つの事情として放射線起因性を肯定した複数の裁判例。
・心筋梗塞を申請疾病とする被爆者について、年齢、喫煙歴、脂質異常症等の危険因子を考慮しても放射線起因性は否定しない(大阪地裁)
前記の各危険因子のほか糖尿、腎臓炎の危険因子が認められることを考慮して放射線起因性を否定(控訴審の大阪高裁)
  行政p34
大阪地裁R3.5.20  
  墓地、埋葬等に関する法律10条1項に基づく経営許可の取消訴訟と周辺住民の原告適格(否定)
  事案 (1)大阪市長が墓地、埋葬等に関する法律10条1項に基づきA寺に対してした納骨堂経営許可処分について、付近に居住する者等であるXらが、法に定める納骨堂経営許可に係る基準を満たしておらず違法である⇒Y(大阪市)を相手に、本件許可処分の取消を求めるとともに、
(2)大阪市長が法10条2項に基づきA寺に対してした2件の納骨堂経営変更許可処分について、Xらのうちの一部の者が、違法な本件許可処分を前提とするものであって違法であるなどと主張し、Yを相手に、本件各変更許可処分の取消しを求めた。 
  判断   Xらに原告適格が認められない⇒いずれも却下。 
  ●  行訴法9条1項の「法律上の利益を有する者」は、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有する。
処分の相手方以外の者について前記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮すべきであり、この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮する際には、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌すべきである。
以下の(1)~(5)など判示の事情の下においては、法及びこれと目的を共通にする本件細則が、納骨堂周辺に居住または勤務する者の
①生活環境に関する利益、②生命、身体の安全に関する利益、③納骨堂周辺に不動産を所有する者の財産的利益を、専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解することはできない⇒Xらは原告適格を有しない。
(1)本件細則8条が保護しようとしている生活環境の具体的な内容をうかがわせる規定は存在せず、納骨堂の付近の良好な生活環境を確保するための具体的な構造設備基準を定めた規定も存在しない。
(2)・・・従前の宗教的感情と適合した生活環境を享受する利益を個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨をうかがわせる規定は存在しない。
(3)納骨堂が設置、経営されることに基因して周辺住民に社会通念上受忍すべき限度を超える精神的苦痛が生ずるということは困難。
(4)・・・外部で発生した火災によって納骨堂に収蔵された焼骨が損傷等することを防止することにあると解される。
(5)・・・納骨堂周辺に不動産を所有する者が火災による所有権の侵害を免れる利益、当該不動産価格の下落を受けない利益を個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むと解することはできない。
  規定  行訴法 第九条(原告適格)
 処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。
2裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。
  解説   処分の取消の訴えにおける原告適格:処分の取消しの訴えにおいて、その処分の取消しを求めて出訴することのできる資格。
原告適格のない者が提起した処分の取消しの訴えは不適法⇒却下。
  処分の相手方以外の第三者のうち、どのような者について、その処分の取消しの訴えの原告適格が認められるか?
行訴法9条2項
周辺住民等が墓地、納骨堂の経営許可の取消しを求める訴えについてその原告適格の有無が争われた判例・裁判例。

①墓地等の設置場所の基準等を定めた条例等の趣旨・目的を参照することができるか
②考慮されるべき利益の内容・性質と判断手法をどのように考えるべきか、
③条例等の趣旨・目的を参酌して墓地等の周辺住民等に個別的利益を保護する趣旨を含むと解されるか
などが問題とされている。
  本判決:
行訴法9条2項、小田急訴訟大法廷判決等の判断枠組みを前提として、本件細則が「関係法令」に該当するとした上で、その考慮されるべき利益を個別的に分析して当てはめたもの。
  行政p62
名古屋地裁R4.1.l8  
  暴行被告事件で無罪確定⇒捜査段階で取得された指紋、DNA型、顔写真のデータ等の抹消請(一部認容事案)
  事案 甲事件:
X(無罪確定)が、
Y1(愛知県)に対し、警察官の本件暴行事件に係る現行犯人逮捕、捜索差押及び取調べに違法がある
Y2(国)に対し、検察官の本件暴行事件に係る勾留請求、勾留機関延長請求及び公訴の提起に違法がある
⇒それぞれ国賠請求を求めるとともに、
Y2に対し、捜査機関が本件暴行事件に係る捜査の際に取得したXの指紋、DNA型、顔写真及び携帯電話の各データの抹消を求めた。
乙事件:
Xが、Y3が本件暴行事件に関し虚偽の被害申告を行った等と主張し、Y3に対しては不法行為に基づき、Y4社に対しては使用者責任に基づき、損害賠償を求めた。
  判断   国賠請求・損害賠償請求は棄却。
本件各データの抹消請求については、Xの指紋、DNA型及び顔写真の各データ(「本件3データ」)の抹消の限度でこれを認容。その余(携帯電話のデータの抹消)を棄却。
  ●本件3データの抹消請求 
捜査機関が捜査の過程で取得した被疑者の指紋、DNA型及び顔写真の保管・管理等に関し、警察法81条及び警察法施行令13条1項の委任を受けて国家公安委員会が定めた、指紋掌紋取扱規則、DNA型記録取扱規則及び被疑者写真の管理及び運用に関する規則(「指紋掌紋規則等」)について、次のような解釈論を展開。
指紋掌紋規則等によれば、捜査機関が捜査の過程で取得した被疑者の指紋、DNA型及び顔写真は、それぞれ指紋掌紋記録、被疑者DNA型記録、被疑者写真記録(「指紋掌紋記録等」)によって保管・管理されるところ、同規則は、指紋掌紋等を抹消しなければならない場合として、
①指紋掌紋記録等に係る者が死亡したときのほか
②指紋掌紋記録等を保管する必要がなくなったときを掲げる。
指紋、DNA型及び容貌・姿態に係る被疑者写真をみだりに使用されない自由が保障される。
諸外国の立法例等も援用しながら、これらをデータベース化することで半永久的に保管し、使用することが国民に対する権利の侵害であると捉えられることを指摘。

指紋、DNA型及び被疑者写真を取得する前提となった被疑事実について、公判による審理を経て、犯罪の証明がないと確定した場合については、継続的保管を認めるに際して、データベース化の拡充の有用性という抽象的な理由をもって、犯罪捜査に資するには不十分であり、余罪の存在や再犯のおそれ等があるなど、少なくとも、当該被疑者との関係でより具体的な必要性が示されることを要するというべきであって、これが示されなければ、「保管する必要がなくなった」と解すべき。
本件の事実関係の下では、前記具体的な必要性についての立証がない。
前記「保管する必要がなくなった」の要件に該当する場合においては、人格権に基づく妨害排除請求として抹消を請求できる。
⇒本件3データの抹消を肯定。
  ●携帯電話のデータの抹消請求 
同データの保管は刑事確定訴訟記録法又は記録事務規定を根拠とするもの。
これらの規定による記録の保管が過去に行われた刑事裁判や捜査の記録を一定期間保管しておくことを目的とするもの
⇒本件暴行事件の捜査のために携帯電話のデータを提供したことについてのXの承諾の範囲を超えて、同データの保管がなされているとはいい難い⇒同データの抹消を否定。
  解説 裁判例には、
判決が、国又は公共団体の保有する個人に関する情報の収集手続に違法があり、国または公共団体が当該情報の保管、利用を継続することが社会通念上許容されないと認められる場合には、当該個人は、人格権に基づき、当該情報の抹消を請求することができると解すべきである旨判示するもの(東京地裁)。
犯罪の証明がなかったことが確定した後にまで、本人の明示的な意思に反して、指紋及びDNA型並びに撮影した写真を保管して別の目的に使用することは、これらを保管して別の目的に使用することについて高度の必要性が認められ、かつ、社会通念上やむを得ないものとして是認される場合に当たらない限り、人格権に基づく妨害排除請求として、当該指掌紋記録等の抹消を請求することができる(東京高裁)。
  民事p98
最高裁R4.1.18  
  不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金への民法405条の(類推)適用(否定)
  事案 Y1の株主であったXが、Y1における新株発行及びその後の全部取得条項付株式の全部取得が違法であり、これによりXの保有株式の価値が低下して損害を被った⇒
Y1の代表取締役であるY2に対しては民法709条に基づき、
Y1に対しては会社法350条等に基づき、
損害賠償金7億8543万2784円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めた。
  争点 不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金を民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることができるか? 
  規定 民法 第四〇五条(利息の元本への組入れ)
利息の支払が一年分以上延滞した場合において、債権者が催告をしても、債務者がその利息を支払わないときは、債権者は、これを元本に組み入れることができる。
  第1審 本件新株発行について、Y1においてY2が主導して専らXをY1から排除する目的で行われたもの⇒Xの保有株式の価値を著しく毀損するものであった⇒不法行為が成立。
その際、民法405条に基づき遅延損害金を元本に組み入れる旨の判断。 
  原審 民法405条は不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金について適用又は類推適用されず、遅延損害金を元本に組み入れることはできなうい。 
  判断 原審と同旨。
  解説   民法405条(法定重利):
①「利息」の1年分以上の延滞
②債権者による催告
③債務者による当該利息の不払い
④債権者による当該利息の元本組入れの意思表示

当該利息を元本に組み入れる。
同条は、組入れの対象を「利息」と規定⇒「遅延利息」(遅延損害金)がこれに含まれるか?について争い。
民法におけ「利息」という文言の意義については、条文によって広狭がある⇒「利息」の文理解釈だけで本件論点の結論を導くことができない。
  民法405条の立法趣旨 
立法時の説明:
利息を支払わない怠慢な債務者を責め、債権者を保護することにある。
  潮見:
「遅延利息」は「元本使用対価」ではないため「利息」ではない⇒遅延利息に対する民法405条の直接適用を否定。
金銭消費貸借における返済遅延の場合の遅延損害金(遅延利息)と不法行為に基づく損害賠償請求権の遅延損害金(遅延利息)を区別し、 
前者については、元本使用の対価としての実質面を捉えたときの金銭消費貸借における利息と遅延利息との同質性を考慮して同条の類推適用を肯定するが、
後者については、これを否定し、組入重利を認めるべきではない。
  本判決:本件論点について否定説(民法405条の適用又は類推適用を否定する立場)

① 不法行為に基づく損害賠償債務は、貸金債務とは異なり、債務者にとって履行すべき債務の額が定かではないことが少なくない⇒債務者がその履行遅滞により生ずる遅延損害金を支払わなかったからといって、一概に債務者を責めることはできない。
②不法行為に基づく損害賠償債務については、何らかの催告を要することなく不法行為の時から遅延損害金が発生すると解されており、遅延損害金の元本への組入れを認めたまで債権者の保護を図る必要性も乏しい。
⇒不法行為に基づく損害賠償義務の遅延損害金については民法405条の趣旨は妥当しない。
  民事p112
東京地裁R3.8.30  
  債務の存在を争いながら弁済の受領の催告と弁済の提供
  事案  Xが、債務名義に表示されたYの請求権の全額についてXにおいて弁済を行い、Yの請求権が消滅したことを理由として、同債務名義の執行力の排除を求めた請求異議の事案。 
  Xは、Yに対して、本件控訴審判決の認容額に遅延損害金を付した額から既払金を控除した金額について弁済の受領を催告したがYが受領を拒否したとして、法務局に供託。
その後、上告棄却・上告不受理決定で確定。
⇒Xに対し、本件控訴審判決の認容額に本件控訴審判決確定日までの遅延損害金を加えた金額から既払金を控除した金額等の支払いを請求。
  争点 Xによる供託及び弁済の提供の有効性
①Xが本件控訴審判決に対して上告及び上告受理申立てを行っていたこと等⇒債務の存在を争いつつ行う給付が債務の本旨に従った弁済の提供といえるか?
②弁済の提供に当たって、Yが不合理かつ不当な条件を附していたといえるか?
③口頭の提供の前提となるあらかじめの受領拒絶があるといえるか?
  判断  ●争点①について 
損害賠償債務という金銭債務について弁済の提供の時点における遅延損害金を含めた債務の全額について弁済の受領を催告⇒弁済の提供は、債務の客観的内容に従ったものであるとし、Xが債務の存在を争っているからといって直ちに債務の本旨に従った弁済の提供に当たらない。
  ●争点②③について 
弁済の提供においては何らの条件も付されておらず、
弁済の提供に当たって原告が不合理・不当な条件を付していたものとはいえない。
⇒あらかじめの受領拒絶がある。
本件では、債務の一部についてのみ争いがあるにすぎず、債務名義全体について執行力の排除を求める必要はないとして訴訟費用の負担についても争われた。
but
Yの主張を踏まえてもXに訴訟費用の一部を負担させるべきものとまではいえない。 
  規定 民法 第四九三条(弁済の提供の方法)
弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。ただし、債権者があらかじめその受領を拒み、又は債務の履行について債権者の行為を要するときは、弁済の準備をしたことを通知してその受領の催告をすれば足りる。
民訴法 第二六〇条(仮執行の宣言の失効及び原状回復等)
2本案判決を変更する場合には、裁判所は、被告の申立てにより、その判決において、仮執行の宣言に基づき被告が給付したものの返還及び仮執行により又はこれを免れるために被告が受けた損害の賠償を原告に命じなければならない。
  解説    ●弁済の提供
  弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない(民法493条)

債務の本旨に従っているか否かは、当事者の意思、法律の規定、さらに信義則に従って解釈され、それは弁済者・弁済受領者・弁済の物体・弁済の場所・弁済の時期が債務の内容にかなっているか否かによって決せられる。 
給付が客観的に債務内容に適合するならば弁済であるとみられる⇒「債務の存在を条件として」という留保を付して弁済したからといって弁済の効力に特に影響はなく、債権者は留保付きであることをもって弁済を拒絶し得ない。
  ●上訴審で判決が変更されたときの弁済の効力
弁済額が債務の全額に満たないこととなった場合、最高裁H6.7.18(判時1506号)
弁済額が債務の全額を超過した場合、
民訴法260条2項等に基づいて決せられるものと解されるとしている。
  弁済の提供にあたって不合理・不当な条件が付されたような場合には、債務の本旨に従ったものとはいい難い。(最高裁昭和31.11.27)
but
本件において、不合理・不当な条件が付されたとはいえない。 
  知財p119
大阪高裁R3.1.14  
  電話ボックス様の水槽に水を入れて金魚を泳がせた作品の著作物性(肯定)
  事案 Xは、Y作品はX作品を複製したものであり、Xの著作権及び著作者人格権を侵害
⇒差止め及び損害賠償請求を求める訴えを提起。 
  1審 X作品の基本的な特徴は2点。
(1)公衆電話ボックス様の造作物を設置した状態で金魚を及ばせていることについては、これ自体はアイデアにほかならず、表現それ自体ではない。
(2)金魚の育成環境を維持するために、公衆電話機の受話器部分を利用して気泡を出す仕組みであることについては、もともと穴が開いている受話器から発生させるのが合理的かつ自然な発想であり、アイデアが決まればそれを実現するための方法の選択肢が限られることとなる
⇒創作性を否定。
創作性がない部分については、著作物の複製に当たらない⇒Xの請求を棄却。
  判断   ●X作品の創作性
X作品の外観のうち、本物の公衆電話ボックスと異なる4つの点について検討。
第1:X作品の電話ボックスの多くの部分に水が満たされていること
電話ボックスを水槽に見立てるという斬新なアイデアを形にして表現したもの
but
表現の選択の幅は水の量の差異にすぎない
⇒電話ボックスに水が満たされているという表現だけを見れば、そこに創作性があるとはいい難い。
第2:X作品の電話ボックスの側面の4面とも、全面がアクリルガラスであること。
・・・当該蝶番はそれほど目立つものではなく、鑑賞者にとっても注意をひかれる部位とはいい難く、この縦長の蝶番が存在しないという表現にX作品の創作性が現れているとはいえない。
第3:赤色の金魚が泳いでおり、その数は展示毎に変動するが、50~150匹程度
斬新なアイデアを形にして表現したものであり、泳がせる金魚の色と組合せによって、様々な表現が可能
but
50~150匹程度という金魚の数だけを見ると、創作性が現れているとは言えない
第4:X作品の公衆電話機の受話器が、受話器を掛けておくハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され、その受話部から気泡が発生していること。
人が使用していない受話器が水中に浮いた状態で固定されていること自体、非日常的な情景を表現しているといえるとし、
受話器から気泡が発生することも本来あり得ない。
この状態は、電話を掛け、電話先との間で、通話をしている状態がイメージされており、鑑賞者に強い印象を与える表現として、個性が発揮されている。
前記第1~第3の点のみでは創作性は認められないが、第4の点を加えることによって、Xの個性が発揮されており、創作性がある。

美術の著作物に該当する。
  ●著作権侵害 
X作品のとY作品の共通点及び相違点を比較
・・・点については、X作品の表現上の創作性のある部分と重なり、Y作品はX作品の「表現上の創作性のある部分の全てを有形的に再製しているといえる」⇒Y作品が新たに思想又は感情を創作的に表現した作品であるとは言えない。
Y作品の制作者について:
Y1協同組合が、・・Y作品を主体的に設置して展示を行っており、Y2はY1協同組合の意向に従ってY作品を創作⇒Y1協同組合が主体となって、Y2と共同してY作品を制作。
Yらは、Y作品を制作するにあたり、X作品に依拠した。
  規定 著作権法 第二条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
  解説 どこまでがアイデアとされる「思想または感情」部分であり、どこからが「表現」であるかといった線引きが困難な場合がある。
   知財p136
東京地裁R3.12.21
  海賊版サイトについて、広告主を募り広告料を同サイトに提供する行為が、著作権(公衆送信権)侵害の過失による幇助行為に当たると認められた事例
  事案 漫画家である原告が、インターネット上の漫画閲覧サイトにおいて、原告の著作物である漫画(原告漫画)が無断掲載されて原告漫画にに係る公衆送信権(著作権法23条1項)が侵害されているところ、インターネット広告を取る扱う被告らが本件ウェブサイトに掲載する広告主を募り、本件ウェブサイトの管理者に広告掲載料を支払う行為は、同管理者に本件ウェブサイトの運営資金を提供して前記公衆送信権の侵害を幇助する行為に当たる
⇒被告らに対し、幇助の共同不法行為(民法719条2項、709条)に基づき、本件ウェブサイト上に原告漫画が掲載されたことによって減少した原告漫画の売上げに対応する印紙税相当額の損害の連帯支払を求めた。
  争点 ①被告らの幇助による共同不法行為の成否
②被告らの故意または過失の有無 
  判断  ●争点① 
・・・・本件ウェブサイトに広告を出稿して運営者側に広告料を支払うことは、その構造上、本件ウェブサイトのほとんど唯一の資金源を提供することになり、原告漫画をはじめ、本件ウェブサイトに掲載されている漫画の多くを著作権者の許諾を得ずに無断で掲載するという公衆送信権の侵害行為を補助しあるいは容易ならしめる行為(幇助行為)に該当し、
被告らによる本件ウェブサイトへの広告出稿を募り、広告料支払を遂行した点は、客観的にも、主観的にも、共同して原告漫画の公衆送信権の侵害行為を容易ならしめる不法行為に該当。
かかる共同不法行為によって、原告漫画の公衆送信権の侵害行為が助長され容易となり、これに因って、原告に原告漫画の売上減少等の損害が生じたということができる。
  ●争点②
①本件ウェブサイトについては、そこに掲載される多数の漫画が著作権の対象となるものであるにもかかわらず、利用者から利用料等の対価を徴収せず、広告料収入をほぼ唯一の資金源として運営されていた。
②広告業界においては、従前から違法な海賊版サイトにおいて広告料収入が資金源とされていることに対して早急に対策を強化する必要があるとの認識が共有されており、政府においても、漫画の海賊版サイトの急拡大に対する措置を講じる必要性やその方針が示されている状況にあった。
③原告漫画は需要者層に相当程度浸透していたこと等。

被告らにおいて、原告漫画が本件ウェブサイトに無断掲載されて公衆送信権侵害がされていることを予見することが可能。

被告らにおいて本件ウェブサイトに掲載されている原告漫画について著作権使用許諾契約が締結されているか否かを確認することが困難であったことをうかがわせる事情も見当たらず、公衆送信権侵害を助長することを回避することが可能であった。

被告らは、本件ウェブサイトの運得hさに対し、そこに掲載している漫画の著作物の利用許諾を得て掲載しているかどうかを調査した上で本件ウェブサイトへの広告掲載依頼を取り次ぐかどうかを決すべき注意義務を負っていた。
被告らは取引先に対して積極的に本件ウェブサイトへの広告掲載についての営業活動を行うなどして、前記の注意義務に違反した

被告らが本件ウェブサイトに広告を出稿しその運営者側に広告料を支払っていた行為(幇助行為)は、前記注意義務に違反した過失により行われたもの。
  規定  民法 第七一九条(共同不法行為者の責任)
数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。
2行為者を教唆した者及び幇ほう助した者は、共同行為者とみなして、前項の規定を適用する。
  解説 民法上、不法行為を幇助した者も、共同不法行為者として、不法行為責任を負う(719条2項)。
「幇助」:直接の不法行為を助長ないし容易ならしめる行為をいい、また、故意による幇助行為のみならず、過失による幇助行為も認められる(裁判例)。
幇助は、あらゆる形態の行為を理念上含む。
  本判決:
被告らの行為の幇助該当性につき、
本件ウェブサイトが著作権者の許諾を得ずに違法に漫画等の著作物を複製して掲載し、これを利用者において無料で閲覧することができるようにして利用者数を飛躍的に伸ばし、一方で、本件ウェブサイトに出稿する広告事業者からの広告料をほぼ唯一の資金源として賄われているという実体を踏まえ得てこれを認めている。
本判決の判断は、
最高裁H13.3.2(カラオケ装置を引き渡す際の音楽著作物の著作権侵害に係る注意義務違反を認めた事例)の趣旨を踏まえたものであるように思われる。
2521   
  判例特報
広島高裁R3.7.14   
「黒い雨」訴訟控訴審判決
  事案 被爆者健康手帳の交付を申請した者らが、原爆投下後に発生した雨(「黒い雨」)に遭ったことをもって、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(「被爆者援護法」)1条3号の「原資爆弾が投下された際又はその後において、身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」(「本件被爆者要件」)に当たる⇒広島市長又は広島県知事に対し、被爆者援護法2条1項に基づく被爆者健康手帳等の各交付申請⇒いずれも却下⇒広島県及び広島市に対し、被爆者健康手帳交付申請の各却下処分の取消しと被爆者健康手帳交付の義務付けを求めた。
原審:広島県及び広島市の申立てに基づき、厚生労働大臣を広島県及び広島市のために訴訟参加させた。
  原審 本件申請者らの請求を認容 
  判断 原判決を維持し、控訴人らの控訴を棄却。 
被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」の意義は、「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができない事情の下に置かれていた者」と解され、これに該当すると認められるためには、
その者が特定の放射線のばく露態様の基にあったこと、そして当該ばく露態様が「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができbないものであったこと」を立証することで足りる。
「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」というばく露態様は、黒い雨に放射性降下物が含まれていた可能性があった⇒外部被ばく又は内部被ばくによる健康被害を受ける可能性があるものであったこと、すなわち「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」が認められ・・・・被爆者援護法1条3号の「原子爆弾が投下された際又はその後において、身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」に該当する。
・・・いずれかの時点で、当該黒い雨降雨域に所在していたと認められる⇒広島原爆の投下後の黒い雨に遭ったと認められ、本件申請者らの各請求はいずれも理由がある。
  解説 控訴人ら:本件被ばく者要件に該当するかの判断基準として、具体的な科学的根拠に基づく高度の蓋然性が必要であることを主張し、これを被爆者認定のための主たる争点に挙げた。 
vs.
本判決:
本件被爆者要件と同一の規定をもつ原爆医療法が、人道上の見地から、未だ健康被害が生じていない被爆者に対する健康管理と既に健康被害が生じている被爆者に対する治療に遺憾なきようにするために、政治的な観点から制定されることとなった法律であり、それが具体的科学的根拠や科学的知見のみに依って立つものでなかったことは明らか。
本件被ばく者要件の意義:
「原爆の放射能により健康被害が生ずる可能性がある事情の下に置かれていた者」と解するのが相当。
ここでいう「可能性がある」を換言すれば、「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができない事情の下に置かれていた者」と解され、これに該当すると認められるためには、その者が特定の放射線のばく露態様の下にあったこと、そして当該ばく露態様が「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」を立証することで足りる。
「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」というばく露態様は、黒い雨に放射性降下物が含まれていた可能性があったことから、たとえ黒い雨に打たれていなくても、当時黒い雨降雨域に在住していれば、放射性微粒子を体内に取り込むことで、内部被ばくによる健康被害を受ける可能性があるものであったこと、すなわち、間接被爆者についても「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」が認められる。
  民事p75
最高裁R3.11.2  
  交通事故での消滅時効の起算点
  事案 交通事故により身体傷害や車両損傷を理由とする各損害を被ったXが、加害者であるYに対し、不法行為等に基づき、損害賠償を求めた。 
平成27年2月事故⇒8月25日症状固定⇒平成30年8月14日訴訟提起
  判断 交通事故の被害者の加害者に対する車両損害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は、同一の交通事故により同一の被害者に身体障碍を理由とする損害が生じた場合であっても、被害者が、加害者に加え、上記車両損傷を理由とする損害を知った時から進行する。
  解説 短期消滅時効の起算点である被害者が「損害及び加害者を知った時」(改正前724条)とは、
被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれらを知った時を意味するものと解されており、
損害を知ったというためには、損害の発生を現実に認識しなければrならないが、その程度又は数額を知ることは必要ない(判例)。 
不法行為に基づく損害賠償請求における請求権の個数:
同一の交通事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害(治療費等)と精神上の損害(慰謝料)とは、原因事実及び被侵害利益を共通にする⇒その賠償請求権は1個。
(昭和48年判例)
人的損害と物的損害とでは、被侵害利益を異にすることが明らか⇒同一の交通事故により同一の被害者に生じたものであっても、人的損害の賠償請求権と物的損害の賠償請求権は異なる請求権⇒各賠償請求権の短期消滅時効の起算点も、請求権ごとに格別に判断されるべき。
  民事p79
東京地裁R3.6.22  
  神社の氏子会の会員による境内の大枝を切り落とす作業での自己⇒日常事故賠償責任保障特約による保険金請求(否定)
  事案 Xが、保険会社であるYとの間で、自動車損害保険契約(「日常事故賠償責任保障特約」付き)を締結⇒Yに対し、本件特約の規定に基づき、保険金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。 
本件特約においては、保険金を支払う保険事故の1つとして「被保険者の日常生活・・・に基因する偶然な事故」(「日常生活」要件)が、
免責事由の1つとして「被保険者の職務遂行に直接起因する損害賠償責任」(「職務」要件)が規定。
Xの作業(氏子会でA神社の大枝の伐採)で被害者が死亡⇒損害賠償責任の範囲を1000万円とし、これを2回に分割して支払う旨の和解⇒Xは、Yに対し、本件特約の規定に基づき、
被害者に対する賠償支払額
同訴訟の訴訟費用及び弁護士費用
(以上合計1596万2000円)
これに対する遅延損害金
の支払を求めた。
  争点 ①本件事故が本件特約所定の保険事故である「日常生活」要件に該当するか
②免責事由である「職務」要件に該当するか 
  判断  ●争点①について
本件特約に規定する「日常生活」要件につき定義規定は置かれていない⇒語の一般的な意味(日々繰り返される普段通りの生活、くらいの意味)を出発点ないし手がかりとして解釈するよりほかない。
本件事故は、本件特約所定の「日常生活」要件を欠く

①本件作業は・・・日々繰り返される普段通りの生活においては滅多に経験することのない危険性の高い作業である。このような作業は定期的に行われる本件氏子会による境内清掃や草刈りなどとは同列に扱うことはできない。
②本件特約は、「日常生活」上想定される損害発生リスクを計算して設計されているもの⇒本件作業のような危険性の高い作業による損害発生リスクまでは想定していない。
  ●争点②について 
本件特約に規定する「職務」要件につき定義規定は置かれていない⇒語の一般的な意味(仕事として担当する任務、つとめ、役目、くらいの意味)を出発点ないし手がかりとして解釈するよりほかない。
「職務」は、
①一定の事業主体が組織されていること
②その事業主体の事業目的のための仕事・任務であることを要素ととする
ものであることを解される。

前記の事業主体は、個人用と事業用とに大別される賠償責任保険について保険の及ばない領域を可及的に小さくするという観点⇒事業目的のための職務遂行における損害発生リスクを回避する措置(例えば保険加入)をとり得る程度に組織されていることが必要。
本件作業は、本件氏子会(規約上、事業目的や役員等の定めもある)を事業主体としてその事業内容の1つである境内の整備ないし維持管理のための仕事、任務として本件氏子会の会員によって行われたもの。
加えて、定例の境内清掃等の際には、本件氏子会が保険に加入する運用となっていた(本件作業は台風通過後臨時に集まった際に行われ、たまたま保険に加入していなかった。)事実からすれば、本件氏子会は、事業主体としてのリスク回避措置をとり得る程度に組織されていたものと評価でき、本件作業は、本件特約所定の「職務」要件に該当。
  民事p84
東京地裁R3.11.25  
  複数の推定相続人の一部が遺言者の死亡以前に死亡⇒遺言の効力
  事案 被相続人Aは、平成30年5月に死亡。
相続人:
長男亡B(平成29年9月死亡の)の代襲相続人Y1、Y2
二男X1
三男亡C(平成17年11月死亡)の代襲相続人であるD、E、F
四男X2 
平成2年6月22日当時、
A:本件土地1の共有持分5分の3、本件土地2の共有持分5分の3
X1:本件土地2の共有持分5分の3
X2:本件土地1の共有持分5分の1
亡C:本件土地1の共有持分5分の1
を所有。
Aは、同日、以下の公正証書遺言をした。
①本件土地1について、A所有の共有持分5分の3を亡C及びX2に各10分の3宛相続させる。
②本件土地1上の建物をX2に相続させる。
③本件土地2についての、A所有の共有持分5分の3をX1に相続させる。
  亡きB及び亡きCは、Aの死亡以前に死亡⇒同人らにかかる遺言の条項は無効(最高裁H23.2.22)。
Xらは、家裁に、Yら及びその他の相続人を相手方として、Aの遺産にかかる遺産分割調停を申立てた。
Yら:本件遺言は、亡B及び亡Cにかかる部分のみならず全部無効⇒本件土地1、2のAの共有持分も遺産分割の対象となる遺産であると主張⇒調停不成立⇒Xらは調停を取下げ。
Xらは、Aから、「相続させる旨」の遺言によって、Aの共有持分を取得した旨主張して、Yらとの間において、その共有持分を有することの確認を求めた。
  判断  ①遺言者が特定の遺産を複数の相続人に「相続させる旨」の遺言をし、当該遺言により遺産の一部を相続させるものとされた複数の推定相続人の一部が遺言者の死亡以前に死亡したとしても、必ずしも他の生存する推定相続人に特定の遺産を相続させる意思が失われるとはいえず、直ちに遺言全部が無効となるとは認め難い。
②・・・特定の遺産を特定の相続人に相続させる理由には様々なものがあり得る⇒必ずしも推定相続人の一部が死亡したからといってその前提が失われるともいえない。
③本件遺言のうち亡B及び亡Cに関する部分が同人らの死亡によって無効になるとしても、Xらに関する部分がこれらを前提としていたとか、これらと不可分の関係にあるなどの事情は認められず、また、Aが別段の意思表示をしたなどの事情についての主張立証はない。

Xらが、Yらとの間で、・・・共有持分を有することを確認した。
  解説 一部の相続人が遺言者の死亡以前に死亡したことにより、同人らにかかる遺言の条項は無効になる(最高裁)。
それ以外の相続人にかかる条項が効力を失うかは、遺言の解釈の問題。
遺言の解釈の原則:
遺言者の意思表示の内容は、その真意を合理的に探究し、できる限り適法有効なものとして解釈すべき(最高裁)。

最高裁昭和58.3.18:
遺言書の一部条項の解釈が問題となった事案において、遺言の解釈にあたっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探求すべきものであるとの遺言解釈の原則を述べたうえ、
遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分でなく、遺言書の全記録との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探求し当該条項の趣旨を確定すべき。
  民事p87
東京地裁R3.4.21  
  ニューヨーク州の方式で婚姻⇒「夫婦が称する氏」が定められる前の婚姻の効力(肯定)
  事案 アメリカ合衆国ニューヨーク州の婚姻の方式に従って婚姻を挙行したXらは、千代田区長に対して「婚姻後の夫婦の氏」のいずれにもレ点を付した婚姻届を提出⇒民法750条及び戸籍法74条1号に違反していることを理由に不受理とする処分

Xらが、Y(国)に対し、
(1)主位的に、公法上の法律関係に関する確認の訴え(行訴法4条)として、戸籍への記載によってXらが婚姻関係にあるとの公証を受けることができる地位にあることの確認を求め、
(2)予備的に
①公法上の法律関係に関する確認の訴えとして、Yが作成しする証明書の交付によってXらが婚姻関係にあるとの公証を受けることができる地位にあることの確認を求めるとともに、
②外国の方式に従って「夫婦が称する氏」を定めないまま婚姻をした日本人夫婦について婚姻関係を公証する規定を戸籍法に設けていない立法不作為は憲法24条に違反

国賠法1条1項に基づき、慰謝料各10万円の支払を求めた。
  争点 本案前の争点:
①本件不受理処分に対する救済方法として、戸籍法122条に基づく不服申立てではなく、公法上の法律関係に関する確認の訴えを選択することが適切か
②Xらの有する権利又は法的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するためYとの間で確認判決を得ることが必要かつ適切であるか

本案の争点:
③外国の方式に従って婚姻をした日本人夫婦は「夫婦が称する氏」を定める前であっても、戸籍への記載によって婚姻関係にあるとの公証を受けることができる地位にあるか
④外国の方式に従って婚姻をした日本人夫婦は、「夫婦が称する氏」を定めるまでは戸籍に記載されないとしても、Yが作江氏する証明書の交付によって婚姻関係にあるとの公証を受けることができる地位にあるか
⑤外国の方式に従って婚姻をした日本人夫婦は、「夫婦が称する氏」を定める前であっても、我が国において有効な婚姻関係にあるか(Xらの婚姻の成否)
⑥外国の方式に従って「夫婦が称する氏」を定めないまま婚姻をした日本人夫婦の婚姻関係の公証について国会が立法措置を講じなかったことは、国賠法1条1項の適用上違法であるか
  規定 法適用通則法 第二四条(婚姻の成立及び方式)
婚姻の成立は、各当事者につき、その本国法による。
2婚姻の方式は、婚姻挙行地の法による。
  判断  争点⑤:
Xらは、婚姻意思を有して、ニューヨーク州の婚姻の方式に従い、婚姻を挙行。
婚姻の成立に関し、Xらの本国法である民法上の実質的成立要件にも欠けるところは認められない。
⇒民法750条の定める婚姻の効力が発生する前であっても、Xらの婚姻自体は有効に成立。
Y:Xらが「夫婦が称する氏」を定めていないため、我が国においては婚姻が成立していない。
vs.
民法750条は婚姻の効力を定めた規定(最高裁H27.12.16:夫婦別姓訴訟大法廷判決参照)。
外国にある日本人がその国の方式に従って婚姻をする場合においては、婚姻挙行時に「夫婦が称する氏」を定めているとは限らず、そのような場合には、「夫婦が称する氏」を定めて婚姻による夫婦同氏の効力が発生する(法適用通則法25条、民法750条)までの間に、少なくとも一定の時間的間隔が生ずることは避けがたい
⇒法適用通則法24条2項は、外国に在る日本人が「夫婦が称する氏」を定めることなく婚姻をすることを許容しているものと解さざるを得ないのであり、そのような場合であっても、そbの婚姻は我が国において有効に成立している。
  争点①:
本件不受理処分のような戸籍事件に関する市町村長の処分に対しては、戸籍法122条に基づく家庭裁判所への不服の申立てを通じて、婚姻関係が戸籍に記載され、戸籍の謄本等の交付を請求することもできるようになり得るのであって、これにより戸籍への記載によって婚姻関係にあるとの公証を受けるという目的を達成することができる。

戸籍への記載によって婚姻関係にえるとの公証を受けることができる地位の確認を求めることは、紛争の解決に有効かつ適切であるとは認められず、確認の利益を欠く。 
  ●  予備的請求の確認の訴えの即時確定の利益の有無(争点②)について、
Xらは、Yによる公証を受けられないことにより、各種手続等の際に婚姻関係の証明が煩雑であることなどを主張
but
いずれも事実上の不便や将来の抽象的な危険等をいうにとどまる

Xらの有する権利又は法的地位に対する危険や不安が厳に存するということは困難

Xらが、Yが作成する証明書の交付によって婚姻関係にあるとの公証を受けることができる地位の確認を求めることは、確認の利益を欠く。
  争点⑥:
民法750条の規定が憲法24条に違反しないと解される(最高裁)
⇒「夫婦が称する氏」 を定めるまでの間の暫定的な状態の婚姻関係について、これを公証する規定が戸籍法に設けられていないとしても、憲法24条の規定に違反するものであることが明白であると評価することはできない。
⇒Xらの主張する一方不作為は、国賠法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではない。
  解説 Y:民法750条が、婚姻の際に「夫婦が称する氏」についての合意をすることを婚姻の実質的要件とした上、婚姻の効果として、かかる合意に従って定められた「夫又は妻の氏」を氏として称すると規定するもの。
vs.
①民法750条が、「婚姻の成立」ではなく、「婚姻の効力」中に置かれている
②夫婦別姓訴訟大法廷判決の多数意見が、同条の規定は、婚姻の効力の1つとして夫婦が夫又は妻の氏を称することを定めたものであり、婚姻をすることについての直接の制約を定めたものではないと判示。
⇒同条は、婚姻の実質的成立要件を定めた規定ではなく、婚姻の効力の1つを定めた規定にとどまる。
夫婦別姓を許容する国の方式に従って婚姻を挙行⇒婚姻証書に「夫婦が称する氏」が必ずしも記載されておらず、その場合には、戸籍法41条に基づく報告的届け出の際に婚姻届に「夫婦が称する氏」を記載することによって、「夫婦が称する氏」が決まる。
戸籍実務上、同条に基づく報告的届出の際には、「夫婦が称する氏」について婚姻の際に合意がされたことを証明する必要はないとの取扱い。

婚姻挙行時に「夫婦が称する氏」を定めていない場合であっても、戸籍には、婚姻挙行時に婚姻が成立した旨の記載がされる。

本判決:
こららの戸籍法の規定や戸籍実務の取扱いを踏まえて、外国の方式に従って「夫婦が称する氏」を定めないまま婚姻をした日本人夫婦が、同条に基づく報告的届出において「夫婦が称する氏」を定めるまでの婚姻関係を、民法750条の定める婚姻の効力が発生する前の暫定的な状態の婚姻関係と位置付けた上で、そのような場合でも我が国において有効に婚姻が成立していると判断。
  知財p99
大阪地裁R2.8.27  
  公立大学の名称と不正競争防止法2条1項1号・2号の著名性・周知性
  事案 京都市立芸術大学(X大学)を設置する公立大学法人である原告が、京都芸術大学(Y大学)を設置する学校法人である被告に対し、「京都市立芸術大学」をはじめとする合計5つの表示が著名又は周知であり、これらの表示と「京都芸術大学」という表示(本件表示)が類似する
⇒不正競争法2条1号又は2号に基づき、本件表示を大学の名称に使用することの差止めを求めた。
1 京都市立芸術大学
2 京都芸術大学
3 京都芸大
4 京芸
5 Kyoto City University of Arts
  規定 不正競争法 第二条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

二 自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為
  争点 原告表示1から5の著名性又は周知性と、これら原告表示と本件表示との類似性。 
  判断・解説 ●著名性
◎   原告表示1から5がいずれも「商品等表示」に該当。
商品等表示が不正競争防止法2条1項2号にいう「著名」といえるためには、全国又は特定の地域を超えた相当広範囲の地域において、取引者及び一般消費者に高い知名度を有することを要する。
大学の「営業」には学区のような地域的限定がない⇒原告表示に著名性が認められるためには、全国又はこれに匹敵する広域において、取引者及び一般消費者に高い知名度を有するものであることを要する。
最も使用頻度が高い原告表示1について、
①X大学関係者の肩書・経歴としての使用は原告の営業表示としての使用とはいえない
②芸術家の活動の際にその経歴に興味が持たれるとは必ずしもいえない
③X大学関係者の活動分野は芸術分野のうちの一部に限られている
④X大学関係者の活動は主として京都市域を中心とした京都府およびその近隣府県の範囲を対象としている
⇒著名性を否定。
原告表示2~5は1より使用頻度が低い⇒著名性を否定。
  東京地裁H13.7.19(呉青山学院事件):
「著名性」を認める要素として、
①当該名称が明治期から使用されていること
②大学の入学志願者が全国から集まっていること
③多数の卒業生が全国・各界で活躍していること
④全国放送や雑誌等で積極的な広報活動を行っていること 
  ●  ●周知性 
周知性の判断にあたり、その「需要者」は、いずれの芸術分野にも関心のない者を除いた京都府及びその近隣府県に居住する者一般であるとして、原告表示1についてのみ周知性を認めた。
「需要者」の範囲:
原告:受験生及びその保護者にとどまらず、京都府及びその近隣府県に居住者一般がこれにあたる
被告:Y大学と取引関係に入る受験生とその保護者に限られる。
(通常と逆)
~混同要件を見据えたもの?
Y大学には職業的な芸術家を目指す者を対象としない学科が多く設置されていること、受験を要せず幅広い年齢層の学生が学ぶ通信教育部の学生数が通学生の人数よりも多いこと等、Y大学に特有の事情が認定。
⇒「需要者」の範囲についての前記判断は、被告との取引関係に入る潜在的な可能性を考慮したうえでなされたものであるとみることもできる。
  ●類似性 
周知性が認められた原告表示1と本件表示との類似性。
原告表示1や本件表示のように表示に地名や一般名称が含まれる場合は、これらの部分のみが要部となることはなく、その全体を要部として対比される。

原告表示1に含まれる「市立」という部分が、大学の設置主体を示すものとして高い自他識別機能又は出所表示機能を果たしており、この部分を除外した残部(=本件表示と同一の「京都芸術大学」)を要部とすることは相当ではない。
⇒類似性を否定。
  ●その他
不正競争法2条1項1号にいう「営業」について、h時六経済的対価を得ることを目的とする事業を指すとして、私立学校のみならず公立学校の大学経営もこれに含まれる。
  和解 控訴審で和解:
①原告は、被告が本件表示を使用することに異議を述べず、本件表示を自ら使用しないほか、本件表示について行った商標出願を取り下げる。
②被告は、原告が「京都芸大」及び「京芸」の表示を使用することに異議を述べず、これらの表示を自ら使用しないほか、原告による「京都芸大」の商標登録に異議を述べない。
  刑事p109
最高裁R2.3.10  
   
  事案 強制わいせつ等の罪により第1審で有罪判決を受けた被告人が、強制わいせつ罪に関し、「刑法の一部を改正する法律」附則2条2項の憲法39条適合性を争った事案。 
非親告罪化を改正法施行前の行為にも適用することとしたもの。
  規定 憲法 第三九条[刑罰法規の不遡及、二重処罰の禁止]
何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
  解説  親告罪:
①被害者の名誉等の保護
②犯罪の軽微性
③家族関係の尊重
の3類型。
  親告罪による告訴は、公訴提起の要件であり、告訴を書いた親告罪が公訴提起された場合は、公訴棄却。(刑訴法338条4号) 
親告罪とされる犯罪につき、構成要件該当性、違法性、有責性を具備する行為が行われれば、犯罪は成立して刑罰権が発生。
親告罪における告訴は、公訴権の行為を制約するにすぎない。
⇒親告罪規定の性質は、手続法規であるとするのが一般的な理解。
  憲法39条前段:事後法(又は遡及的処罰)の禁止を規定。
手続法規への適用:
A:肯定説
B:否定説
C:一定の場合(手続法の変更が被告人にとって著しく不利益に作用するような性質のものであるときなど)に肯定する説 
手続法と憲法39条の関係:
最高裁昭和25.4.26:
上告理由の一部を事後的に制限した「日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律」13条2項の規定を適用してその制定前の行為を審判することは、憲法39条が規定する事後法の禁止の法則の趣旨を類推すべき場合とは認められない。

最高裁昭和30.6.1:
連合国人に対する公訴権及び裁判権の行使が制限されていた期間内に連合国人が犯した犯罪について、公訴権及び裁判権を回復した後に審判することは、事後立法を禁止した憲法39条に反しない

最高裁H27.12.3:
公訴時効の廃止・期間の延長をした「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」の経過措置として、同法施行の際公訴時効が完成していない罪についても改正後の規定を適用する旨を定めた同法附則3条2項の規定は、憲法39条、31条及びこれらの趣旨に反しない

手続法規に対しては、憲法39条が直接的・原則的に適用されるものではないことを示す一方で、いずれも、手続法規の改正が被疑者等に与える不利益の内容・程度によっては、その遡及的適用が同条に抵触する場合があり得ることを示唆ないし留保する表現を説示の中で用いている⇒C説。
同条の趣旨や各判例の説示等

手続法規の改正内容に照らし、これを遡及的に適用することが、
①行為の可罰性の予測可能性を害するものであったり、
②公訴権・刑罰権を事後的に新設ないし復活させて訴追・処罰が可能な状態に置くなど
被疑者等の法的地位を著しく不安定にするものである場合は、
同条(ないし憲法31条)との関係で問題が生じ得るとの考えに立っているのではないかと解される。
  判断  非親告罪化の遡及的適用を規定する本規定は、憲法39条及びその趣旨に反しない。

①「親告罪は、一定の犯罪について、・・・告訴を公訴提起の要件としたもの」であると説示し、親告罪規定が手続法規であることを指摘
②親告罪は、「犯人の訴追・処罰に関する被害者意思の尊重の観点」から、告訴を公訴提起の要件としたものであり、「親告罪であった犯罪を非親告罪とする本法は、行為時点における当該行為の違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない」
③本法附則2条2項は、本法の施行の際既に法律上告訴がされることがなくなっているものを除き、本法の施行前の行為についても非親告罪として扱うこととしたものであり、被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもない
  解説 上記③

本法施行時に法律上告訴の可能性が消滅していた行為については、訴追・処罰される可能性はないとの法的地位を当時の法制度の下で一旦確定的に得たといえるのに、法改正により事後的にこれを覆され得るとすれば、前記地位に基づいて形成された法律上・事実上の状態がいつ何時覆されるか予測できないことになり、その法的地位は著しく不安定となるといえるように思われるし、
事後立法による公訴権・刑罰権の行使という観点からも問題となり得る

憲法39条の趣旨に自由保障のみならず刑罰権行使の公正さの確保も含まれるとの見解に経てば、本法施行時に法律上告訴の可能性が消滅していた行為について非親告罪化を遡及的に適用することは、同条との関係で問題となり得る。 
   刑事p111
神戸地裁R3.11.4
  5名殺傷事案で、責任能力なし⇒無罪の事案。
  事案 精神病歴のない被告人が、自宅にいた祖父母及び実母に次々と襲い掛かり、自宅を出た後も近隣住民2名に襲い掛かり、合計5名を殺傷するなどした、殺人、殺人未遂等の事案。 
  争点 責任能力 
本件各行為が精神障害による妄想・幻聴の影響下で行われたことには争いがないが、
弁護人:心身喪失の疑い⇒無罪を主張
検察官:心身耗弱にとどまる
  鑑定 捜査段階で最初に被告人の精神鑑定を行ったD1医師:
被告人は妄想型統合失調症による重篤な精神症状の圧倒的な影響を受けて本件各行為に及んだ、人を殺害しているという認識はなかった。 
捜査段階で2度目に精神鑑定を行ったD2医師:
被告人は妄想型統合失調症に罹患していた疑いがあるが、精神症状が犯行に及ぼした影響は圧倒的とまではないえない。
  判断 心神喪失の疑いが残る⇒無罪 
  解説   ●  ●複数鑑定の信用性判断 
最高裁H20.4.25:
専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、
鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、
その意見を十分に尊重して認定すべき。
鑑定人らの公正さや能力に疑いを抱かせる事情はなく、鑑定の前提状況にも格別の誤りがない⇒別の観点から検討。
本判決:
D1鑑定:合計11回にわたる被告人との生死に学的面接ン度を踏まえたもの
D2鑑定:被告人とは挨拶を交わす面会を1回実施したのみで、それ以後はは弁護人の助言を受けた被告人が面接を拒絶したため、被告人とは一切面接をすることができず、その鑑定手法は結果的に不十分なものにとどまった。⇒D1鑑定に比肩するだけの信用性は認められない。
  ●妄想等が犯行に及ぼした影響の判断 
「難解な法律概念の裁判員裁判」「裁判員裁判と裁判官」は、
精神障害の圧倒的な影響によって罪を犯したのか(心神喪失)、
精神障害の影響を著しく受けていたが、なお、正常な精神作用に基づく判断によって罪を犯したといえるのか(心神耗弱)
との判断枠組みを示している。
本判決:
統合失調症の圧倒的な影響を受けて本件各行為に及んだとのD1鑑定を基礎に据えつつも、
本件の行為態様や本件時の被告人の言動、動機の形成過程等に正常な精神構造の機能も認められる上、被告人が本件を実行したことには当時置かれていた状況や元来の性格傾向といった正常な精神構造が多分に影響しているとの検察官の主張を子細に検討し、その検討結果を踏まえてもD1鑑定の信用性は否定されない。
2520   
  行政p5
大阪高裁R4.2.3   
  令和3年10月の衆議院小選挙区選出議員選挙についての1票の格差訴訟
  事案 令和3年10月31日の衆議院小選挙区選出議員選挙で、関西2府4県の各選挙区の選挙人であるXらが、小選挙区選挙の選挙区割りに関する公選法の規定が憲法に違反し無効⇒Xらの各選挙区における選挙も無効⇒公選法204条に基づき提起した選挙無効訴訟 
  解説  平成26年施行の選挙(最大較差1対2.129)について、最高裁H27.11.25は、選挙区割りについて憲法の投票価値の平等の要求に反する状態(いわゆる違憲状態)にあったと判示したが、
本件選挙と同様に、平成29年改正法に基づく前回選挙は合憲であると判断。
  判断の枠組み 
ア:選挙当時の公選法の定める選挙区割りの規定が、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態(違憲状態)に至っているか
最高裁(平成30年大法廷判決等):
憲法は投票価値の平等を要求しているものと解されるところ、憲法上、選挙制度の仕組みの決定については、国会に広範な裁量が認められている旨、
憲法上、議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることが求められているが、それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考慮することが許されている旨、
選挙制度の合憲性は、これらの諸事情の総合的に考慮した上で、国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するといえるか否かによって判断されるべき旨
を判示。
イ:合理的期間内において是正がされなかったといえるか
ウ:事情判決の法理の適用が認められるか
  主張  ア:憲法(56条2項、1条、前文)は、統治構造として、「人口比例選挙」であることを認めており、合理的に実施可能ないし技術的に可能な限り、較差が1倍に近い状態を求めるものであり、本件選挙の較差の状態は、違憲状態である。 
イ:前記アに照らし、憲法に違反し、そうでないとしても、本件選挙の時点では、合理的期間は既に経過している。
ウ:比例代表制が並列し、全選挙区で選挙無効訴訟が提起されている本件選挙について、事情判決の前提を欠く。
  判断  アについて:
公選法の定める選挙区割りの規定の憲法適合性の枠組みについては、平成30年大法廷判決の示したところによるのが相当で、合理的に実施可能ないし技術的に可能な限り、較差が1倍に近い状態が求められる旨のXらの主張は採用できない。
議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平等に保たれることが最も重要かつ基本的な基準⇒相当数の選挙区において、ある選挙区の2票の投票価値が別の選挙区の1票の投票価値に及ばないという較差が生じていることは、従前の定数不均衡是正の経緯に照らしてもなお、国会の合理的な裁量の範囲の限界を超える。
⇒本件選挙時典での選挙区割りの規定は、憲法の投票価値の平等の要求に反する、是正すべき状態にある。
  イについて:
国会において、前記状態が認識し得るようになったのは、令和2年大規模国勢調査の結果が判明した以降であり、その時期から本件選挙の日までにその是正をすることは事実上不可能
⇒本件選挙時点での選挙区割りの規定につき憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったということはできない。 
  解説 東京高裁R4.2.2:
①平成29年改正法による選挙区割りの規定において前回選挙時において較差が2倍以上となった選挙区は存在しなくなった
②令和2年以降においてアダムズ方式によりいわゆる1人別枠方式の下における定数配分の影響を解消させる立法措置が講じられ、選挙区間の最大格差が2倍未満となることが見込まれた
③以上の事情は、平成30年大法廷判決が判示するものであるところ、本件選挙において選挙区間の較差が2倍を超えたのは、平成29年改正法が前提とした見込人口と異なる人口異動に基因するもの
⇒本件選挙区当時、選挙区割りの規定は憲法に適合する状態であった(合憲)。

国会の裁量権の限界を判断する事情についての評価の違いにより違憲状態と判断するかどうかの結果が分かれた。
本判決:
選挙制度の安定性を考慮したとしても、相当数の選挙区間で2倍を超える較差が生じている状態は、やはり憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあると判断するに足りるほどの不平等。
②については、本件選挙時点において違憲状態だえるとの判断を否定するものではない。
  民事p14
最高裁R3.10.28  
  財産分与に関する処分の審判の申立てを却下する審判に対し、相手方が即時抗告できるか(肯定)
  事案 離婚をしたX(元妻)(第1事件)とY(元夫)(第2事件)が、それぞれ、財産分与の審判を申し立てた事案。 
  原々審 第1事件及び第2事件の各申立てをいずれも却下。
⇒Yは前記審判に対する即時抗告。 
  原審 本件即時抗告のうち、 第1事件にかかる部分を却下。
第2事件に係る部分は、民法768条2項ただし書所定の期間の経過を理由に申立てを却下すべきとして抗告を棄却。

第1事件の申立てを却下する審判は、第1事件においてYが受けられる最も有利な内容であり、Yは抗告の利益を有するとはいえない⇒即時抗告をすることができず、不適法。
  判断 財産の分与に関する処分の審判の申立てを却下する審判に対し、夫又は妻であった者である相手方は、即時抗告をすることができる。
⇒原決定中、第1事件にかかる部分を破棄し、更に審理を尽くさせるため、同部分を原審に差し戻した。
第2事件に係る部分については、原審の判断は正当。 
  規定 家事手続法 第一五六条(即時抗告)
次の各号に掲げる審判に対しては、当該各号に定める者は、即時抗告をすることができる。
五 財産の分与に関する処分の審判及びその申立てを却下する審判 夫又は妻であった者
非訟手続法 第六六条(即時抗告をすることができる裁判)
終局決定により権利又は法律上保護される利益を害された者は、その決定に対し、即時抗告をすることができる。
2申立てを却下した終局決定に対しては、申立人に限り、即時抗告をすることができる。
家事手続法 第一五三条(申立ての取下げの制限)

第八十二条第二項の規定にかかわらず、財産の分与に関する処分の審判の申立ての取下げは、相手方が本案について書面を提出し、又は家事審判の手続の期日において陳述をした後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。
  解説 家事手続法156条5号⇒夫であったYは、即時抗告できる。
but
民事訴訟においては、判決等に対して具体的な上訴の利益が必要とされている(最高裁)
⇒具体的な即時抗告の利益を必要とするかが問題。 
一般的な非訟事件について、即時抗告には具体的な即時抗告の利益が必要とされている(非訟手続法66条2項)。
but
家事審判事件については、非訟事件(非訟手続法3条)ではあるものの、家事審判手続が自己完結的な手続をとっているため非訟手続法の適用はないとされている。
家事手続法における、即時抗告をすることができる裁判及び即時抗告権者の定めをみると、家事手続法は、却下の審判と却下以外の審判を書き分け、家事手続法別表第2に掲げる事項についての審判事件について、却下の審判に対して申立人のみが即時抗告権者となる場合には、その旨を明確に規定(寄与分につき198条1項5号等)。
家事手続法において、財産分与の却下審判のほかに、却下の審判に対して双方当事者を即時抗告権者としているように読める規定は、
①~⑦等多数。

家事手続法の立案担当者は、これらの規定について、却下の審判に対して相手方にも審判を得る利益があるものと定型的に認められるため、双方に即時抗告権を認めているなどと説明。

家事手続法は、即時抗告をすることができる裁判及び即時抗告権者を却下の審判と却下以外の審判との区別を含めて個別具体的に定めた上で、形式的に即時抗告権者についての規定に該当する以上、定型的(類型的)に即時抗告の利益が認められるとしている。
財産分与の審判の申立てについていえば、裁判所が、申立人から相手方への財産分与を命ずる審判をすることができる⇒棄却的な却下に対しても、相手方に定型的に即時抗告の利益が認められる(=相手方に自らへの分与を求める利益が認められる)。
財産分与の審判の申立てについて、裁判所が、申立人から相手方への財産分与を命ずる審判をすることができるか?
実体法の観点:
財産分与請求権は、離婚により当然に発生するが、それは抽象的な権利(抽象的財産分与請求権)にとどまり、協議、審判等によって具体的内容が決定されることを待って初めて具体的な権利(具体的財産分与請求権)となる(段階的形成説)。

財産分与の制度は「夫婦が婚姻中に有していた実質上共同の財産を清算分配」すること目的とするもの(最高裁)
⇒少なくとも、抽象的財産分与請求権が、実質上共同の財産の清算分与を求める請求権であり、具体的財産分与請求権が、清算分配を求めた結果としての具体的権利であるという側面を有する。
⇒申立人が、財産分与の審判の申立てをすることにより(清算を求めて)抽象的財産分与請求権を行使したが、(清算した結果として)具体的財産分与について分与義務者になったとしても、実体法の観点からは特に不自然とはいえない。
手続法の観点:
家事手続法が、申立人から相手方への財産分与を命ずる審判を想定していることは、財産分与の審判の申立ての取下げ制限にに関する家事手続法153条の規定等から強くうかがわれるところ。

裁判所が、申立人から相手方への財産分与を命ずる審判をすることができる。
  民事p21
名古屋高裁R2.1.16  
  親族間の土地使用貸借において、当事者の信頼関係破壊を理由に解約が認められた事例
  事案 本件土地1の共有持分権者であり本件土地2の所有者であるXが、
本件土地1上に本件建物を所有して本件土地1及び本件土地2(本件各土地)を占有しているYに対し、
本件各土地の使用貸借の終了に基づき、本件土地1について建物収去土地明渡しを求めるとともに、
不法行為に基づき、 本件各土地について使用貸借の終了日の翌日から明渡し済みまでの賃料相当損害金の支払を求めた。
X:Aの長男
Y:Aの二男BとCとの間の長女(Aの孫)
  争点 本件使用貸借の終了の有無 
  主張 X:
本件使用貸借の目的はBがAと同居することだけであったところ、Bが死亡し、Aが本件建物を出て施設に入所しており、Aが本件建物を使用する必要が全くない

①目的に従った使用収益が終わったことによる本件使用貸借の終了(民法(改正前)597条2項本文) 
②借主の死亡による本件使用貸借の終了(民法599条)
③(控訴審で)信頼関係破壊による使用貸借の解約による終了(民法597条2項の類推)
  原審 ①について:
本件使用貸借の目的がBがAと同居することだけであったとは認められない⇒目的に従った使用収益が終わったともいえない⇒民法597条2項本文に基づく本件使用貸借が終了したとは認められない。
②について:
本件使用貸借が本件建物の所有を前提とするものであり、本件の事実関係の下では、Bが死亡したことそれ自体をもって、民法599条に基づき本件使用貸借が終了したとは認められない。

請求をいずれも棄却。
  判断 ①②は原審引用。 
③について
(1)・・・Yの居住先を確保するために、Bを借主とする本件土地1・・及び本件土地2の使用貸借を、同人死亡後においても存続させる必要性は見い出せない。
(2)YとX及びAは親族であるが、YはXに告げることなく本件建物での居住を開始し、現時点でYとXとの人間関係は悪化しているし、Aは施設で生活していてYと交流はない

本件使用貸借の当事者の信頼関係は破壊されているから、民法597条2項ただし書の類推適用により、貸主であるXは、本件使用貸借を解約することができるというべきである。

X及びAの解約の申入れにより本件使用貸借は終了した。

本件土地1について建物収去及び土地明け渡し、本件土地2について土地明け渡し、本件土地1及び本件土地2について賃料相当損害金の支払の各請求を認容。
  規定 民法 第五九七条(借用物の返還の時期)
2当事者が返還の時期を定めなかったときは、借主は、契約に定めた目的に従い使用及び収益を終わった時に、返還をしなければならない。ただし、その使用及び収益を終わる前であっても、使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求することができる。
民法 第五九九条(借主の死亡による使用貸借の終了)
使用貸借は、借主の死亡によって、その効力を失う。
  解説 民法599条は、使用貸借は借主の死亡によってその効力を失う。

使用貸借は無償契約であり、借主との特別の関係に基づいて借主その人に対して貸す場合が多いから、借主が死亡してもその相続人には権利は承継されない。
but
特に建物所有目的の土地の使用貸借の場合において、民法599条の適用が否定されることがある(学説・裁判例)。
最高裁(昭和42.11.24):
父母を貸主とし、子を借主として成立した返還時期の定めがない土地の使用貸借であって、使用の目的は、建物を所有して会社の経営をなし、あわせて、その経営から生ずる収益により老父母を扶養する等のものである場合において、
借主は、さしたる理由もなく老父母に対する扶養をやめ、兄弟とも往来をたち、使用貸借当事者間における信頼関係は地を払うにいたった等の事実関係
~民法597条2項ただし書を類推適用して、貸主は使用貸借を解約できるものと解すべき。
  民事p30
高松高裁H30.1.25  
  公務員の遺族が受領した死亡退職手当の損益相殺
  事案 Yの運転する普通乗用車が道路左側路側帯付近を対向歩行中のAに衝突し、翌日Aは死亡。
X(Aの配偶者)は、Yに対し、民法709条又は自賠法3条に基づき損害賠償金の支払いを(甲事件)、
C及びD(Aの両親)は、民法709条又は自賠法3条に基づき損害賠償金の支払いを求めた(乙事件)。
  問題 Xに支払われたAの死亡退職手当を損益相殺として控除することが許されるか、許されるとしてどの費目から控除すべきか。 
  判断 退職手当逸失利益(Xの相続分:543万円余円)が現にXが受領したAの死亡退職手当(700万余円)を下回る場合であっても、同死亡退職手当を損益相殺として他の損害の費目(X相続分)から控除することは許されない。

①現実に受領した退職手当は、本件事故による損害の補填を目的としたものではないから、本来的に損害額から控除されるべき給付ではなく、あくまで将来の退職手当相当額を損害として請求された場合にのみ、現実の給付との二重利得を作江る観点から考慮すべきものであって、退職手当逸失利益それ自体は、給与逸失利益など他の損害費目と等質性を有するものではない。
②損害賠償請求訴訟の実務において、将来の退職手当相当が請求されるかどうかは一律ではなく、これが請求されない場合には、現に支給された退職手当と将来受給すべき退職手当の割引現在価値との多寡が問題とされることはないのが通常であるところ、このような状況において将来の退職手当の請求を選択した者のみがその請求を認められない以上の不利益を被ることは不合理。
  解説   損益相殺:
不法行為の被害者が、損害を被ったのと同一の原因によって利益を受けた場合に、損害賠償額の算定に当たり、その利益の額を損害額から控除すること。 
最高裁H27.3.4:
労災法に基づく遺族補償年金の支給を受けた場合に損益相殺が問題となった事案:
被害者が不法行為によって死亡し、その損害賠償請求権を取得した相続人が不法行為と同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を相続人が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図ることが必要なときがあり得る。
上記の相続人が受ける利益が被害者の死亡に関する労災保険法に基づく保険給付であるときは、民事上の損害賠償の対象となる損害のうち、当該保険給付による填補の対象となる損害と同性質であり、かつ、相互補完性を有するものについて、損益相殺的な調整を図るべき。
  公務員の退職手当は、公務員(原則として常勤)が退職した場合に、退職した者(死亡による退職の場合には、その遺族)に支給するもの。
退職手当性格は、公務員が「退職した場合に、その勤続を報償する趣旨で支給されるものであって、必ずしもその経済的性格が給与の後払の趣旨のみを有するものではない」(最高裁昭和43.3.12)
いずれも賃金後払敵性格と功労報償的性格を併せ持つ給付と捉えられ、相互補完性を有することが明らか⇒定年時に受領することが見込まれる退職手当逸失利益から死亡時に受領した死亡退職手当を損益相殺すべきことは明らか。 
現在価値に引き直す計算をした結果、定年時退職金の現在価値(退職手当逸失利益)の額が相当減価されることもあり得る。
死亡退職手当と損益相殺の対象と捨て控除する対象者は、死亡退職手当の受給権者である相続人(本件では配偶者であるX)に限定⇒「支給された死亡退職手当>退職手当逸失利益の相続分の現在価値」の場合もでてくる。

その差額を、他の損害の費目(給与逸失利益)からも差し引くべきか?
原判決:それを肯定
本判決:否定
←給付逸失利益など他の損害費目とは等質性がない。
(退職手当は、賃金の後払的性格だけでなく、功労報償的性格を併せ持つ)
本判決・原判決ともに、
死亡退職手当を損益相殺として控除する対象者を、退職手当条例上死亡退職手当の受給権者とされるXとし、被害者の退職手当逸失利益、給与逸失利益等に係損害賠償請求権をXと共に相続したC及びDの相続分からは控除しなかった。

死亡退職手当、遺族年金等の法令(条例)上の受給権者でない相続人の損害賠償債権額から、死亡退職手当、遺族年金等の各給付相当額を損益相殺として控除することは許されない(最高裁)。
  本判決:
交通事故損害賠償請求訴訟において、遺族が受給した死亡退職手当を損益相殺して控除することができるのは、退職手当逸失利益に係る当該遺族の相続分だけであり、給付逸失利益など他の損害の費目から控除することは許されない。 
  民事p39
東京地裁R2.3.6  
  医学部入試不正についての特例法による訴訟の事案
  事案 原告である特定適格消費者団体が「消費者の財産的被害の集団的な解決のための民事の裁判手続の特例に関する法律」(「特例法」)に基づき、学校法人東京歯科大学を被告とする、特例法に基づきなされた被害回復裁判の共通義務確認手続についての判断。 
被告が行った平成29年度及び30年度医学部医学科の一般入学試験及びセンター試験利用入学試験において、出願者への事前の説明なく、出願者の属性(女性、浪人生及び高等学校等コードが51000以上の者)を不利に扱う得点調整が行われたことについて、不法行為又は債務不履行に該当⇒特例法による共通義務確認の訴え(特例法2条)。
  解説 特例法:
第1段階:共通義務確認の訴え⇒共通義務確認⇒
第2段階:簡易確定手続で、確定された債権について消費者の被害回復が図られる。 
  判断   ●  多数性:受験生の数から多数性の要件は満たす。 
共通性:請求を基礎付ける事実関係、法的根拠も共通⇒共通性の要件は満たす
支配性:本件対象者の属性は明確であり、被告において把握している⇒対象者の該当性の判断が、簡易確定手続の書面審査で迅速になし得ない事態は想定し難い。
  ●本件得点調整の事前の説明義務 
憲法14条1項は、性別、社会的身分により差別することを禁じており、
大学設置基準2条の2は、公正かつ妥当な方法により入学者を選別する旨を定めている。
本件得点調整は、本件対象者を性別、年齢、社会的身分といった属性により一律に不利益に扱うものbut被告は本件得点調整が合理的根拠に基づく差別的扱いであることについて具体的な主張立証をしていない。
①出願者と被告との間には本件試験についての契約が成立⇒被告は公正かつ妥当な方法により入学者の選別を行う責務がある。
②本件試験の募集に際して、女性、年齢、社会的身分のような属性を評価する旨の表示が皆無⇒それらの属性を考慮しないことを内容としていると解するのが相当。
③被告は、募集に際して、学生募集要項やアドミッション・ポリシー等により、その属性を入学試験の評価において考慮する旨を告知すべき信義則上の義務を負う。
⇒告知を行わず秘かに本件得点調整を行っていたことは、本件対象者との関係で違法。
  ●損害 
①受験費用
②受験に要した旅費及び宿泊費
③特定適格消費者団体に支払うべき報酬及び費用
のうち
①③は認めたが、②は認めなかった。

②については、個々の消費者の個別の事情を相当程度審理せざるを得ない面があり、簡易確定手続において内容を適切かつ迅速に判断することは困難⇒支配性の要件を欠く。
  解説 特例法:集団的消費者の被害回復手続を定めた民事の特例法であり、平成28年10月1日から施行。
差止めでは消費者被害の回復が図れない⇒新たに特定適格消費者団体に損害賠償請求権の行使を認めた。 
本件は、簡易確定続に移行した後、和解が成立。
  民事p53
横浜地裁R4.1.18  
  店舗内の個室トイレ内の段差と土地工作物責任(肯定事例)
  事案 X(67歳女性)がYの運営する携帯電話ショップのトイレの段差で点灯し、右大腿骨頸部内側骨折の傷害⇒
①使用者責任
②土地工作物責任(占有者の責任)
に基づく請求。 
  解説・判断  ●  民間施設や公共施設等による転倒事故に係る損害賠償が問題となる事案:
①一般不法行為(民法709条ないし715条等)若しくは債務不履行(民法415条)に基づく請求に加え、
②土地工作物責任(民法717条1項)又は営造物責任(国賠法2条1項)
に基づき請求。 
本件:
本件店舗の従業員(Y従業員)において、客との関係における信義則上の安全配慮義務に違反して本件トイレで事故が起きないような措置を講じなかった⇒不法行為・使用者責任
選択的に、本件トイレはその設置に瑕疵⇒占有者であるYに対して土地工作物責任
  本判決:
Yの使用者責任は否定
土地工作物責任は肯定

一般不法行為においては加害者の注意義務違反等を主張立証しなければならない。
土地工作物責任においては土地工作物の設置又は保存に「瑕疵」があることを主張立証すれば足り
(尚、工作物から損害が発生した場合には、事故の発生自体から瑕疵の存在が推定され得るとの指摘。)、占有者の方で「損害の発生を防止するのに必要な注意をした」ことを主張立証しない限り、損害賠償が肯定。。
  民法717条1項の「瑕疵」:
土地の工作物が通常備えているべき性状、設備、すなわち安全性を欠いていること。
裁判例:
(1)当該段差は一般的な階段と比較して特別大きいとはいえない⇒事故現場は通常有すべき性能を有している⇒否定
(2)当該段差は世上一般に存在する段差と比較して著しく大きいものとはいえないこと、当該タイルは道路と色彩が異なり、当該場所は夜間でも照度が確保されていたこと等⇒否定
(3)①道路は通行や風雨等により日々傷みが生じその結果段差が生じても直ちに解消されるとは限らないことも踏まえて注意しながら歩行することが期待あsれている②当該マンホールの段差は突出した高さとはいえない⇒歩行者がその段差につまずいて転倒するような交通上の危険があるとまではいえない⇒当該道路は通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない。
  本判決:
本件段差の高さ(約10センチ)のみに着目するのではなく、本件トイレの扉を開けてこれから便器を利用しよとする者の動線や視線、心理等から本件段差の危険性について仔細に考察を加え、瑕疵を肯定。

最高裁:「瑕疵」の有無については「当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべき」 
本判決:
本件事故が起きた平成30年当時におけるバリアフリー等に係る社会の意識水準等も考慮にいれている
~民法717条1項の「瑕疵」概念が、社会常識の変化等に伴って変容し得るものであることを前提とした判示。

最高裁:側面に石綿が吹き付けられた建物について、吹付石綿を含む石綿の粉じんにばく露することによる健康被害の危険性に関する科学的な知見及び一般人の認識並びに様々な場面に応じた法令上の規制の在り方を含む行政的な対応等は時と共に変化している⇒当該建物が通常有すべき安全性を欠くと評価されるようになった時点を証拠で確定し、その時点以降の土地工作物責任の有無を審理判断すべき。
  民事p59
横浜地裁R3.2.10  
  燃料電池ユニットを発生源とする低周波音による健康被害(否定)
  事案  Xらが、Xら宅に隣接するY1の敷地に設置された燃料電池コージェネレーションシステムの燃料電池ユニット(本件エネファーム)の稼働⇒本件エネファームを発生源とする低周波音により健康被害を受け、同被害が継続している⇒
Y1に対し、
①人格権に基づく本件エネファームの稼働の差止めを求めるとともに、
②本件エネファームの設置工事を実施したY2に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めた。 
  解説 我が国における騒音に関する法令上の規制:
環境基本法に基づく環境基準や騒音規制法に基づく規制基準
but本件口頭弁論終結時において、現行法上、低周波音それ自体を対象とする法令上の規制はない。
環境省:参照値を記載した環境省手引書を作成。
消費者安全調査委員会:平成29年12月に、家庭用機器の運転音等による低周波音に関する問題について、「消費者安全法大33条の規定に基づく意見」を発出
  判断 Xらの権利侵害ないし法益侵害を否定
Y2の過失も否定し、請求棄却。
本件口頭弁論終結日の翌日から判決確定までの間にXらに生ずべき将来の損害をいう部分については、Xらの主張する請求権が招来の給付の訴えを提起することのできる適格性を欠く⇒不適法として却下。
①低周波音の感覚閾値や諸外国のガイドラインに示される基準地に直ちに我が杭における規範性を認めることができないことを措くとしても、これらの値はXらの測定に用いられた分析手法(FET分析)を前提とするものではない。
②Xらの測定は本件エネファームを稼働させた状態と停止させた状態とを比較対照するなどの測定条件の妥当性が確保されているかどうかも明らかでない
③Xらの健康被害につき診療録等の提出もない

Xらが一定の規範性を有するものとして主張する低周波音の感覚閾値や諸外国のガイドラインに示される基準値、あるいは、Yらが一定の規範性を有するものとして主張する参照値などについて検討するまでもなく、Xらが本件エネファームの稼働のため、これを発生原因とする低周波音により健康被害を受け、同被害が継続しているとは認めることができない。
  労働p71
大阪高裁R2.11.13  
  従業員による暴行による三叉神経痛、心的外傷後ストレス障害の事案で、労災認定と異なり、損害賠償請求が否定された事案
  事案 Y1の従業員であるXは、勤務中にY1のa店店長であったA、a店副店長であったB並びにa店従業員であったY2及びY3から暴行を受けて傷害を負い、心的外傷ストレス障害(PTSD)又はうつ病にり患して休職を余儀なくされ、三叉神経痛にも罹患した

Y1に対しては雇用契約に付随する安全配慮義務違反又は不法行為(使用者責任)に基づき、
Y2及びY3に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき、
平成28年11月24日までに生じた治療費(カウンセリング料を含む。)、交通費、休業損害、通院慰謝料及び弁護士表相当損害金並びに遅延損害金の連帯支払を求め、
控訴審で、平成28年11月25日以降に生じた治療費等及び遅延損害金の連帯支払を求める請求の拡張をした。
尚、Y1の従業員が業務中に行った暴行に起因して三叉神経痛、心的外傷後ストレス障害が発症した旨の労災認定がされている。
Y1:控訴審で、XがY1の就業規則の定めにより自然退職となったと主張して、XがY1に対して雇用契約上の権利を有する地位にないことの確認を求める反訴を提起。
  判断 三叉神経痛につき、一般的な症状、発症の機序等を正確に認定した上、Xが「自撮り」した写真の証明力に疑問を呈して暴行の態様に関するXの供述に疑問を差し挟むなどして三叉神経痛の発症に疑問を差し挟み、Yらに対して初診に係る治療費等に限って損害賠償を命じた。
心的外傷ストレス障害又はうつ病につき、
①心的外傷後ストレス障害に関し、暴行を伴わない脅迫を受けたことが同疾患の原因となるストレス因に該当しうるとしても、当該脅迫は、暴行の場合と同様に、「危うく死ぬ」あるいは「重傷を負う」ほどの出来事に匹敵する害悪の告知がされたことを要する。
②暴行の頻度・態様に関するXの主張・供述に誇張がある
③Xが受けた暴行等がXの主張する頻度・態様には至らない
⇒心的外傷後ストレス障害の発症に疑問を差し挟み、うつ病の発症との因果関係にも疑問を差し挟んだ。

裁判所が認定する暴行の頻度・態様⇒精神医学の専門的知識経験を有しない一般人において同暴行に起因して心的外傷ストレス障害やうつ病の発症を予見するこが可能であったと認めるには足りない。

心的外傷後ストレス障害又はうつ病に関する損害賠償請求を棄却。
  解説 労災補償:
①業務起因性が要件となるものの、使用者にどのような安全配慮義務があったか(具体的な作為義務を導く前提となる災害の発生を予見できたか)は要件にならない
②従業員に災害を発生させた過失があったか(前提として予見可能性があったか)は要件にならない。

③発生の機序に不明な点があっても、業務起因性を弾力的に認定しておくことも十分にあり得る。
←因果関係を徹底的・科学的に解明しようとするあまり審査に時間をかけすぎて支給が送れることがあれば、早期治療を妨げて立法趣旨が損なわれかねない。
⇒労災事件に関する災害調査復命書においては、中立的な立場の専門家の意見を聴く場合も、当該専門家の業務起因性に係る結論それ自体が重視され、発症の機序等に照らし合わせた具体的な認定プロセスが明らかにされないこともあり得る。

損害賠償請求訴訟の審理に当たっては、労災事故に関する災害調査復命書を早期に入手して精査し、具体的な認定プロセスが明らかでないときは、当事者の係争態度等に即して他の必要な証拠の提出を促すなどして核心に迫った審理をする必要がある。
本判決:
Xに係る災害調査復命書で三叉神経痛や心的外傷後ストレス障害に関する一般的な症状、発症の機序、普遍性を有する診断基準に照らした具体的な認定プロセスが明らかにされていなかった
⇒訴訟上主張されているうつ病も含め、診断基準や発症の機序に係る専門的知見を把握できる客観的証拠の提出を促し、心的外傷後ストレス障害又はうつ病に関し、主治医の意見書及びその意見の基礎になった教育相談票をも取調べ、Xの供述のみならず、Y1の他の従業員の供述等をも精査し、主治医の診断の根拠になったXの主訴等が信用のおけるものであったかどうかを慎重に検討。
   刑事p100
福岡高裁R3.10.29
  軽度知的障害を有する年少の養女に対する監護者性交等の事案
  事案 被告人が、当時14歳の養女(被害者) を現に監護する者としての影響力があることに乗じて、被害者と性交した。
  経緯 一審無罪(被害者証言の信用性を否定)⇒検察官控訴⇒控訴審:第一審判決は不合理で、虚偽供述の動機の点は自動供述の専門家の知見を利用して吟味する必要があり、地裁に差し戻す(上告棄却) 
  差戻後第一審 検察官が被害者の供述経過を立証趣旨として請求した、児童相談所の面接時の録音録画記録媒体及び供述調書が採用。
被害者が児童相談所での面接において、職員の質問に対し、自らの言葉ないし身振りで自発的に応えており、誘導や暗示といった状況は認められない⇒被害者証言の信用性を肯定し、懲役7年の実刑。
  判断 被害申告の経緯:
被害者は、母親に対し胸を触られた旨の被害を打ち明けた翌日に児童相談所に一時保護され、面接の場において、職員のオープンクエスチョンに対し、自らの言葉ないし手振りによって自発的に答えており、質問者による誘導や答えを示唆する状況は認められず、面接過程における記憶の変容や歪曲、新事実の作出を疑わせる状況は存しない。
その後検察官による2回の面接を経て、 差戻前第1審で証言しているが、供述の核心部分は一貫しているし、被害について作為的・誇張的に供述したとも認められず、内容的にも不自然・不合理な点はない⇒被害者証言は基本的に信用性が高い。
陰部の損傷状況に関する医学的な推察に極めてよく整合する。
⇒被害者証言の信用性は十分に認められる。
2519   
  行政p5
東京高裁R3.4.21  
  普通河川の敷地の占有に関する不許可処分の取消請求(肯定事例)
  事案 X:太陽光エネルギーによる発電事業等を目的とする合同会社。
Y:静岡県伊東市
Xは、本件事業の中で、伊東市普通河川条例4条1項2号の規定に基づきYが管理する普通河川について敷地の占用の許可を求める2つの申請⇒Yの市長が2つの申請を許可しない旨の処分

本件各不許可処分は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされたものであり、所要の処分の理由も提示されていない⇒本件各不許可処分の取消しを求めた。
  判断  ●裁量権の範囲の逸脱又は裁量権の濫用について 
Yの定める普通河川条例には、河川の敷地の占有を行うにはY市長の許可を受けるべき旨が定められているが、普通河川条例及びこれによる委任の受けたYの定めには、許可の要件又は基準について定められたものはなかった。
普通河川が公共用物⇒その管理権の作用として特定人のために当該敷地を排他的・独占的に継続して使用する権利を特に設定する行為であるという前記の許可については、Y市長の裁量に委ねる趣旨によるものと解され、
前記の許可を求める申請に係る占有が当該普通河川についての災害の発生の防止や流水の正常な機能の維持に妨げにならない場合であっても、Y市長は必ず占用の許可をしなければならないものではなく、
普通河川条例及びこれと以上のような趣旨を共通にするものと解される河川法の目的等を勘案した裁量判断として占有を許可しないことが相当であれば、占有の許可をしないことができる。
Y市長はその許否の判断に当たり、伊東市行政手続条例の規定に従い、許可の判断についての審査基準に関して準用するとされている静岡県河川占用使用許可等事務取扱要領に定められている種々の考慮要素を考慮することも妨げられず、
そこに定められている、占用することで実現しようとする事業の公共性又は公益性の有無又はそれらの程度の評価に係る事情の1つとして当該事業に係る行為が法令又は条例の規定やこれらに基づいてされた処分等に適合するものであるか否かなども考慮することになる。
本件河川の敷地の占用の許否の判断につき、前記考慮要素に従って、Xが本件事業を遂行するために活動を始めてから本件各不許可処分がされるまでの間に生じた事実を詳細に認定し、Y市長が本件各不許可処分をしたことは裁量権の範囲の逸脱又はこれを濫用した違法はない。
  ●本件各不許可処分に当たってされた理由の提示
Yの定める行政手続条例には、行手法と同様の文言で、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合には、申請者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければならないと規定。

行手法38条の規定の趣旨にのっとり定められたことが明らかにされるなどの規定ぶり⇒行手法の解釈を参考にすることができる。
理由の提示についても、いかなる事実関係に基づきいかなる法規等を適用して当該許認可等が許否されたかを申請者においてその記載自体から了知し得るものでなければならない。
本件各不許可処分においては、審査基準として準用される本件要領に定められた要素の1つに該当しないと判断した旨を説明した旨を説明したにとどまるが、
この審査基準は概括的、抽象的なものであるため、
申請者において求めた許可を拒否する基因となった事実関係を知ることはできず、また、判断の基礎となった事実関係を当然に知り得るような場合に当たるとも認め難い。
⇒理由の提示がされたものとは認め難い。
Xは、不許可に至る経緯となる事実関係自体は把握していると思われる。
but

事実を把握していることと
許認可を拒否する処分がされるに当たりその判断の基礎となった事実関係が前記の経過の中のどの事実により、かつどのように評価されたかを知ることは別個の事柄であり、
②行政手続き条例において「同時に」とされている

後の不服申立ての手続において説明が補足されても当然に治癒されるものではない。
  行政p39
名古屋高裁R3.2.26  
  ガソリンスタンドへの車両乗入口の傾斜⇒車体底部が路面に接触⇒通常有すべき安全性が争われた(否定事例)
  請求 主位的に、
Y1(名古屋市)に対しては本家乗入口の管理の瑕疵があったとして国賠法2条1項に基づき、
Y2(本件ガソリンスタンドの所有者)に対しては不法行為に基づき、
予備的に、
Y2に対しては債務不履行(民法415条)に基づき、
物的損害賠償金(69万5595円)及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。 
・・・車両が本件道路から本件乗入口に正面から侵入する際には車両前部がいったん下がった後に急勾配のすりつけ部を超えなければならないため車両底面が接触してしまう構造になっている⇒本件乗入口は、車両侵入口として通常有すべき安全性を欠いている。
  解説 ・判断 本件乗入口のような土地の工作物が通常有すべき安全性を欠いているために損害が発生した場合において、損害賠償責任を追求する根拠:
道路等の営造物⇒その設置又は管理の瑕疵を理由とする国賠法2条1項に基づく損害賠償
公の営造物以外⇒土地の工作物の設置又は保存の瑕疵を理由とする民法717条に基づく損害賠償請求
国賠法2条1項の「瑕疵」と民法717条1項の「瑕疵」は、通常有すべき安全性を欠いていることを意味する点で同じ。
本件乗入口は、Y2が設置(工事)したが、設置後は道路(歩道)の一部となる⇒本件事故当時、Y2は本件乗入口の占有者又は所有者ではないという考え?
本判決:Y2の不法行為責任の根拠条文を709条とし、瑕疵ある乗入口を設置したことについての過失責任を問うものと整理。
  道路の設置又は管理に関する法令:道路法、道路法石膏令、道路構造令等
道路の設置又は管理の瑕疵の有無は、道路管理者がこれらの法令を遵守していたか否かによって決められるものではないが、一応の基準とはなり得るとされる。
X:本件乗入口の勾配が本件承認の条件において従うこととされていた構造図を3.3%以上上回っていた⇒通常有すべき安全性を欠く。
vs.
本判決が是認する原判決:
同構造図が依拠したY1の指針及び国土交通省の通知の趣旨は歩行者等の安全、とりわけ高齢者や身体障害者の安全への配慮⇒基準を3.3%上回ることのみから本件乗入口を通行する車両にとって直ちに通常有すべき安全性を欠くものとは認められない。

道路の構造等に関して一定の基準を定める法規あるいは行政規則(指針、通知等)は、それぞれ基準を定めた趣旨・目的がある⇒道路の構造が形式的に当該基準に反していることのみを根拠として瑕疵があるとはいえない。
  本判決(及び原判決):
本件乗入口が車種、走行条件によっては車体底部が道路に接触し得る構造であることは否定していない。
公の営造物ないし土地の工作物に安全確保のための基準違反があるとはいえない場合に、瑕疵の有無を判断する手法として同様の事故が起こる頻度や生じる損害の程度を考慮するという方法を採用したものと思われる。
①本件乗入口は、それまで相当な期間にわたり様々な車種の車両が侵入・退出したが、本件のX車両以外に同様の事故が生じたことを示す証拠は提出されていない
②Y1への同様の苦情があったという事実も認められない
③本件のX車両の事故は車両底部に擦過痕を生じさせる程度の軽微なもの
⇒本件乗入口の瑕疵は認定されなかった。
  原審:多くの車両運転者は相応の注意を払って本件のような事故を回避している
X:不可能な注意義務を課すものと批判
本判決:本件乗入口への侵入に際し道交法上の注意義務(=車両運転者は、本件乗入口から歩道を横断して本件スタンドに侵入する際、本件乗入口に入る直前で一時停止した上で当該車両のハンドル等を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じて他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならないという義務(道交法17条2項、70条))を適切に履行すれば車体の接触が回避可能 
本件乗入口が車種、走行等の条件によっては車体が接触し得る構造⇒その意味でそこに欠陥があったことを完全には否定できない。
but
それにより生ずることがある損害は軽微なものでしかなく、かつ、
多くの運転者が道交法乗の注意義務を適切に履行して、そういう損害の発生を回避できている

全体として瑕疵が否定される。
  民事p49
大阪高裁R3.3.30  
  民法811条6項の死後離縁緒申立ての許可の要件
  事案 抗告人(原審申立人)が亡Eと婚姻
亡Iが抗告人及び亡Eとの間の長女Fと婚姻
その後に抗告人及び亡Eが亡Iと養子縁組
抗告人及び及び亡Eとの間の二女Gの子である利害関係人参加人が親権者父母の代諾により、亡I及びFと養子縁組
その後に亡Iが死亡し、更に亡Eが死亡 
抗告人が利害関係参加人を抗告人の推定代襲相続人の地位にとどめたくないとの意思⇒抗告人と亡Iとの養子縁組の解消を求めて、死後離縁を申立てた。
  原審 本件申立ては、推定相続人廃除の手続によらずに利害関係参加人から推定代襲相続人の地位を失わしめる目的、すなわち推定相続に廃除の手続を潜脱する目的でなされた恣意的なもの
⇒死後離縁を認めなかった。 
  判断 養子縁組は、養親と養子の個人的関係を中核とするもの⇒家裁は、死後離縁の申立てが生存養親又は養子の真意に基づくものである限り、原則としてこれを許可すべきであるが、
離縁により養子の未成年の子が養親から扶養を受けられず生活に困窮することとなるなど、当該申立てについて社会通念上容認し得ない事情がある場合には、これを許可すべきではない。
本件申立ては、抗告人の真意に基づくものと認められる⇒社会通念上認容し得ない事情があるかについて検討。
①利害関係相続人は、既に大学を卒業して就労実績もある上、亡I及び亡Eから多額の遺産を相続している⇒抗告人の代襲相続人の地位を喪失することとなったとしても、生活に困窮するんどの事情はおよそ認められない。
②抗告人と利害関係参加人との関係は著しく悪化している。

利害関係参加人が抗告人の代襲相続人の地位を失うこととなることを踏まえても、本件申立てについて、社会通念上容認し得ない事情があるということはできない。
  解説  死後離縁の法的性質:
A:離縁説
B:当事者の死亡によって本来解消しないはずの法的血族関係を一方的に解消させる意思表示と解する「法定血族関係説」
現行法はB説に依拠。 
離縁の前提となる普通養子縁組の意思表示:
A:形式的意思説:縁組意思を創設的身分行為における届出意思ととらえた解釈論

縁組の意思の具体的内容は、個々の縁組における当事者の目的、生活関係などによって異なり、一義的に定められるものではなく、縁組の意思の存否について判断基準を定めることが困難。
B:実質的意思説(最高裁)
専ら節税のための養子縁組と民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」について最高裁H29.1.31:
養子縁組は、嫡出親子関係を創設するものであり、養子は養親の相続人となるところ、養子縁組をすることによる相続税の節税効果は、相続人の数が増加することに伴い、遺産に係る基礎控除額を相続人の数に応じて算出するものとするなどの相続税法の規定によって発生し得るもの。
相続税の節税のために養子縁組をすることは、このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならない⇒相続税の節税の動機と縁組をする意思とは、併存し得る
⇒専ら相続税の節税のため養子縁組をする場合であっても、直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。
民法 第八〇二条(縁組の無効)
縁組は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に縁組をする意思がないとき。
二 当事者が縁組の届出をしないとき。ただし、その届出が第七百九十九条において準用する第七百三十九条第二項に定める方式を欠くだけであるときは、縁組は、そのためにその効力を妨げられない。
  民事p52
東京地裁R3.1.21  
  法定更新の場合の更新事務手数料と消費者契約法10条違反(否定事例)
  事案 本件賃貸借は、平成26年11月22日から始まり、期間は2年で更新することができ、平成28年、平成30年に更新。
平成30年の更新は法定更新で、契約書は作成されず。
契約書には、更新の際の更新料は新賃料の1か月分、更新事務手数料は0.5か月分。
Xは、Yに対し、賃貸借契約に基づき原状回復費用および賃貸借契約更新の際に発生した約定の更新事務手数料3万9500円の支払を求めた。
  原審 原状回復費用として2万6248円を認めたが、
法定更新の場合の更新事務手数料の条項は消費者契約法10条により無効。 

法定更新の場合、合意が成立せず、更新契約書も作成されないから、更新事務手数料を支払う合理的理由がない。
  判断 原状回復費用を2万2980円とし、
更新事務手数料の条項は法10条に違反せず有効。 

①本件賃貸借契約を締結した際、X及びYは、合意更新であるか法定更新であるかを問わず、本件賃貸借契約を更新する場合には更新料及び更新事務手数料を支払う旨を、一義的かつ具体的に記載された契約を取り交わすことにより合意したものと認められ、そのことは、その後に合意更新した際にも同様。
②更新料および更新事務手数料の額について、いずれも本件賃貸借契約の賃料額や賃貸借契約が更新される期間に照らして高額に過ぎるという事情は認められない。
  解説  ●更新料条項についての裁判例:
法10条の該当を肯定する例と否定する例があった。 
最高裁H23.7.15:
更新料条項の法10条後段該当性について、
賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借駅訳が更新される期間等に照らして高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り、法10条に該当するものではない。

賃貸借における敷引特約についての法10条後段該当性について、敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず、法10条により無効であるとはいえないとする最高裁H23.3.24の判断枠組みと同じ。
上記更新料判決:
更新料が、一般に、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有する・・・。更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され、賃借人と賃貸人との間に、更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について、看過し得ないほどの格差が存すると見ることもできない。
  ●法定更新の場合の更新料・更新事務手数料 
  民事p60
東京家裁R3.5.31  
  相手方が子を連れて海外渡航の事案での子らの監護者指定と引渡しを求めた事案
  事案 申立人(日本国籍・母)が、夫である相手方(F国籍・父)に対し、いずれも日本国籍を有する未成年者ら(C、D、E)の監護者を申立人と定めることを求めるとともに、相手方が未成年者C及びDを連れ去った上、無断で日本国外に出国した⇒未成年者両名の引渡しを求めた。 
  判断 申立人の各申立てを認容。
  規定 民法 第七六六条(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)
 父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
2前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める。
3家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前二項の規定による定めを変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができる。
4前三項の規定によっては、監護の範囲外では、父母の権利義務に変更を生じない。
  解説  ●子の監護者の指定及び引渡しの判断の際の考慮要素 
家裁は、民法766条1項の「子の監護について必要な事項」として、子の監護者の指定のほか、子の引渡し等も定めることができ、この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
子の監護者の指定及び引渡しの事案で、子の利益に合致するかを判断する際の考慮要素:
①乳幼児期における「主たる監護者」
②監護環境の変化
③子の意思
④面会交流の許容性
⑤きょうだい不分離
⑥監護開始の態様等
審判例:
過去の監護実績をまず確定し、現在の監護状況や子の意思、互いの監護能力や監護態勢等をも考慮し、子の福祉の観点から、父母のいずれを監護者とするのが適当かという検討がされる傾向。
主たる監護者と継続性の判断:
育児にかけた時間や世話の料だけを問題とするのであなく、
子と主たる監護者との精神的な親和関係が形成されていることが前提となっており、
子の発達状況や監護者との精神的な関係性を個別の事案に応じて具体的に検討することが必要。
監護開始の態様:
法律や社会規範を無視するような態様で監護が開始されたことは、監護者としての適格性に疑義を生じさせる一要素となり得るもの⇒そのような要素も踏まえて判断される。
  ●本審判について
本審判は日本国内において効力を有するが、未成年者C及びDは日本国外にいる⇒申立人のとり得る家事事件等の手続としては、
未成年者両名が所在する国において、本審判を外国裁判として承認を求めて執行することや、
未成年者両名が所在する国が国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)の締約国であれば、ハーグ条約に基づく子の返還申立手続をとって、未成年者両名の日本への返還を受けた上で、本審判を執行。
  知財p66
知財高裁R3.8.30  
  音楽的要素と「マツモトキヨシ」からなる音商標について「他人の氏名」を含む商標に当たらないとされた事例
  事案 五線譜に表された音楽的要素及び「マツモトキヨシ」のカタカナで記載された歌詞の言語的要素からなる音商標の商標登録出願⇒商標法4条1項8号の「他人の氏名」を含む商標にあたるとして拒絶査定⇒拒絶査定不服審判の請求でも請求不成立の審判⇒Xがその取消しを求めた審判取消訴訟。 
  規定 商標法 第四条(商標登録を受けることができない商標)
次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。

八 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)
商標法 第二条(定義等)
 この法律で「商標」とは、人の知覚によつて認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの(以下「標章」という。)であつて、次に掲げるものをいう。
一 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの
二 業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの(前号に掲げるものを除く。)
  解説 ●商標法4条1項8号について
商標登録を受けるためには、商標は、
①自己の業務に係る商品・役務について使用する商標であること(3条1項柱書)
②自己の商品・役務と他人の商品・役務とを識別することができるものであること(同項各号)
③商標法4条1項各号に該当しないこと
が必要。
法4条1項は、その各号において、公益的又は私益的な理由から商標登録を受けることができない商標を規定。
同項8号の「氏名」とは、自然人の氏姓及び名前、すなわちフルネームをいう。
同項8号の趣旨は、人は自らの承諾なしにその氏名、名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することにある(最高裁)。
  判断 ①音商標を構成する音と同一の呼称の氏名の者が存在するとしても、取引の実状に照らし、商標登録出願時において、音商標に接した者が、普通は、音商標を構成する音から人の氏名を連想、想起するものと認められないときは、当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえない
②本願商標について認められる取引の実情の下においては、本願商標の登録出願当時、本願商標に接した者が、本願商標の構成中の「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音から、通常、容易に連想、想起するのは、ドラッグストアの店名としての「マツモトキヨシ」、企業名としての株式会社マツモトキヨシなどであって、普通は、「マツモトキヨシ」と読まれる「松本清」、「松本潔」、「松本清司」等の人の氏名を連想、想起するものとは認められない。

本願商標は、「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできない。 
  解説 本判決は、商標法4条1項8号の規定が出願人の商標登録を受ける利益と人格的利益の保護との調整を図る趣旨を含んだものであることを明示し、同号の該当性について柔軟な判断の可能性を示した点において、規範的意義がある。 
  知財p73
知財高裁R3.3.18
●  
  音楽教室での演奏と(著作権法上の)演奏権
  事案 教室又は生徒の居宅において音楽の基本や学期の演奏技術等を教授する音楽教室を運営するXらが、著作権管理事業者であるYに対し、Yが本件口頭弁論終結時に管理する全楽曲に関して、各Xが生徒との間で締結した音楽の教授及び演奏技術の教授に係る契約に基づき行われるレッスンにおける、Xらの教室又は生徒の居宅内においてした被告管理楽曲の演奏について、本件口頭弁論終結時、YがXらに対して著作権侵害に基づく損害賠償請求権又は著作物利用相当額の不当利得返還請求権をいずれも有していないことの確認を求めた。 
主位的請求:
教師から生徒に対して演奏技術等の教授が行われる所定の時間で区切られたレッスンを単位として、当該レッスンの実施により、音楽教室事業者である各XのYに対する損害賠償債務又は不当利得返還債務が生じていないことの確認を求める
予備的請求:
レッスン中における個々の演奏行為を単位として、当該演奏行為により音楽教室事業者である各XのYに対しる損害賠償債務又は不当利得返還債務が生じていないことの確認を求める
  争点 ①音楽教室のレッスンにおける音楽著作物の利用主体(演奏主体)
②演奏主体と認定された者の演奏行為が、著作権法22条の「公衆に直接・・・聞かせることを目的として・・・演奏する」との要件に該当し、演奏県の行使(侵害行為)となるか
③音楽著作物を楽譜や録音物に複製することを許諾したことによって演奏権が消尽し、YがXらに対して演奏権を行使することができるか
  判断 音楽教室における教師の演奏行為の演奏主体は音楽教室事業者であり、
教師の演奏行為はXら音楽教室事業者による演奏権の行使にあたり
演奏権は消尽していない
音楽教室における生徒の演奏行為の演奏主体は生徒であり、生徒の演奏行為はXら音楽教室事業者による演奏権の行使にはあたらない。
  規定 著作権法 第二二条(上演権及び演奏権)
著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する。
著作権法 第二条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
5 この法律にいう「公衆」には、特定かつ多数の者を含むものとする。
  解説  ●侵害主体論 
クラブキャッツアイ事件最高裁判決(昭和63.3.15)、ビデオメイツ事件最高裁判決(H13.3.2)の説示内容

①Aによる著作物利用行為またはA自身に対するBの管理・支配と
②Aの著作物利用行為によるBへの法律上または事実上の利益の帰属
の2要件をもって、Bを著作権の利用(侵害)主体とする「カラオケ法理」
ロクラクⅡ最高裁判決(H23.1.20):
放送番組等の複製物を取得することを可能にするサービスの提供者を複製の主体であると解したが、
複製の主体の判断に当たっては、
「複製の対象、方法、複製への関与の内容、程度等の諸要素を考慮して、誰が当該著作物の複製をしているといえるかを判断するのが相当」とした上で、
サービス提供者が、単に複製を容易にするための環境等を整備しているにとどまらず、その管理、支配下において、放送を受信して複製危機に対して放送番組等に係る情報を入力するという、複製機器を用いた放送番組等複製の実現における枢要な行為をして」いる等
⇒同サービス提供者を複製の主体と判断しており、
前記のカラオケ法理を一般的な判断基準として用いることには否定的な態度をとっている。
ロクラクⅡ事件最高裁判決後、諸要素を考慮し、
「演奏の実現にとって枢要な行為がその管理・支配下において行われているか否か」との基準によって侵害主体を判断すべきとする判決(知財高裁H28.10.19)。
  ●演奏権の行使について 
演奏権の行使:
「公衆」に直接聞かせることを目的として演奏することを要し、
「公衆」には「特定かつ多数」を含む⇒「特定かつ少数」を除く者が著作権法上の「公衆」
「特定」とは、演奏者との間に個人的結合関係がある場合を指す。
演奏主体を物理的、自然的な観察から演奏行為を行っている者以外の者⇒物理的、自然的な観察の下における演奏行為者と法的評価から導かれる者がずれる⇒そのどちらを基準にどの時点のどの範囲のどの者を基準として「公衆」の認定を行うのか?
送信可能化権に関するまねきTV事件最高裁判決(H23.1.18):
まず主体を確定し、その主体との関係で聴衆の「公衆」性の有無を決めるという判断構造を前提。
but
例えばカラオケボックスの場合、聴衆が誰なのか?
  「(公衆に直接)聞かせることを目的として」
A:物理的な意味での演奏(音波)を公衆に届かせる目的が演奏者側にあったか否かの要件
B:演奏内容を加味して一定の質以上の演奏を聞かせることを求める要件 
  演奏権の消尽:
著作権法は、譲渡権(著作権法26条の2)についてのみ消尽を認めているが、その余の支分権について消尽が認められないとする趣旨ではない。
中古ゲームソフト事件最高裁判決(H14.4.25)は、頒布権(著作権法26条)について消尽を認めている。 
  本判決:
音楽教室における演奏の主体の判断に当たっては、演奏の対象、方法、演奏への関与の内容、程度等の諸要素を考慮し、誰た当該音楽著作物の演奏をしているかを判断するのが相当。
~「枢要な行為」が侵害主体になるための必要な要件ではない。

教師の演奏行為については、Xら音楽教室事業者が演奏主体
生徒の演奏行為については、生徒自体が演奏主体

教師の演奏は、音楽教室事業者を演奏主体とする不特定の生徒に対して「聞かせることを目的」とした演奏⇒Xらは演奏権を行使している。

複製権の行使による演奏権の消尽を否定。 
  労働p120
大阪高裁R3・3・25  
  レストランでの長時間労働⇒劇症型心筋炎を発症して死亡した事例での因果関係(肯定)
  事案 Y1社(代表者Y2)が経営していたレストランの調理師P1は、約1年にわたり時間外労働が1箇月当たり約250時間に及ぶ長時間労働に従事、睡眠時間が毎日5時間未満⇒体力・免疫力低下⇒ウイルス性急性心筋炎を発症し、その悪化により劇症型急性心筋炎を発症し、手術で補助人工心臓を装着したが、最終的に脳出血により死亡。
P1の相続人であるXらが、
①Y1対しては会社法350条又は安全配慮義務違反(債務不履行)に基づき、
②Y2に対しては不法行為又は会社法429条1項に基づき、
治療費、逸失利益、慰謝料及び弁護士費用等の損害賠償請求。
  争点 Y2の注意義務違反とP1の長時間労働、ウイルス性急性心筋炎は症、劇症化、死亡という一連の経過についての事実的因果関係の有無 
  原審 判例時報2452号 
  判断   Y2は、Y1社の労働者であるP1に対し、業務の遂行に伴う疲労等の過度の蓄積により、その心身の健康を損なうことがないように注意する義務があるところ、
P1の長時間労働・睡眠不足の状態を認識しながら、それらにまったく関心を払わず、P1の負担を軽減させるための措置を一切講じないなど注意義務違反があることは明らか。
  P1は、
(1)約1年間における1箇月の平均時間外労働時間が約250時間に及び、睡眠時間は定休日以外の日は1日当たり5時間以下であり、継続的に長時間労働と睡眠不足の状態にあり
(2)口内炎が約1箇月も治癒せず、ウイルス感染症を発症し、ウイルス性心筋炎の前駆症状を呈していたが、
(3)前記の長時間労働・睡眠不足により体力意を奪われ、生体防御能を低下させ、
(4)ウイルスの増殖を食い止めることができず、急性心筋炎を発症及び劇症化させ、
(5)その影響で最終的には死亡するに至ったもの

一連の経過から、
①継続的な長期労働・睡眠不足の事実と②P1の死亡との間には、①が②を招来したことについて高度の蓋然性があることが証明されたと評価することができる。 
  解説 本件は、労災における業務起因性の認定との関係でも訴訟に。
P1の生前の配偶者(本件のX1)は、労働基準監督署に対して遺族補償年金等不支給処分取消訴訟を提起。
大阪高裁R2.10.1(判例時報2493号)は、業務起因性を否定:
X1による、過重業務が原因で免疫力が低下し、その結果劇症型心筋炎を発症し、P1が死亡した旨の主張については、
①過重業務による免疫力の低下が心筋炎を発症させるウイルス感染を生じさせた事情の1つとなった可能性は否定できないが、その他の事情を総合すると、P1の免疫力が低下していたものとまでは認め難い。
②過剰業務によりウイルス性心筋炎を発症し劇症化するとの経験則が存在するとも認めることができない
⇒業務起因性が認められるとする主張は採用できない。

過剰業務により治療機会を喪失したために劇症型心筋炎を発症し、死亡した旨の主張については、
そもそも治療機会を喪失したとは認められないし、
より早い時期に治療が開始されたとしても、劇症型心筋炎の発症を防ぎ得たと認めることはできない
⇒業務起因性が認められるとする主張は認められない。
労災法に基づく労災認定と使用者に対する不法行為等に基づく損害賠償請求とでは、法制度の趣旨が異なる⇒業務起因性の判断と相当因果関係の判断を直ちに同視することには問題。

因果関係の存否は、労災認定においては、業務に内在する危険が現実化したか否かという、いわゆる「業務起因性」の枠組みの中で問題となるもの。
but
本件で結論を異にする正当性?
   刑事p126
東京高裁R3・9・6
  第一種少年院送致の事案
  事案 少年(当時16歳)が、被害者(当時16歳)に対し、その首に腕を回して引き倒し、腹部等を踏みつけるなどの暴行⇒加療約10日間の要する全身打撲、腹部座礁等の傷害。
  解説 犯情は悪いものではなかったが、
本件非行当時、少年は、家庭や施設に寄り付かず、暴力団関係者のもとに出入りするなど生活環境が芳しくない⇒要保護性が高い。
but
非行歴も家裁継続歴もないこと等
⇒身柄付補導委託の方法による試験観察(原審)
試験観察:
調査官によるそれまでの調査をさらに補強、修正し、要保護性に関する判断をより確かなものにするという機能(調査機能)を持つが、
それと同時に、終局決定を留保することにより、少年に対し、心理的強制効果を利用しつつ指導援護を行い、それによって改善教育の効果を上げるという機能(処遇機能)を有している。
本件:
親権観察中の遵守事項:
①家庭裁判所調査官及び受託者の指導に従うこと
②再非行しないこと
③委託先から退去・逃亡しないこと等
but
少年は、試験観察開始後10日余りで補導委託先を無断退去し、以後、居所を転々として、家庭裁判所調査官に事前に相談することもなくほとんど独断で行動・・・。

少年を第一種少年院に送致。
2518   
  行政p5
大阪地裁R3.5.17  
  障害基礎年金の支給停止処分が違法とされた事案
  事案 Xら8名は、Ⅰ型糖尿病にり患し、国年法30条2項による委任を受けた国年法施行令別表の定める障害等級2級に該当する程度の障害の状態にある⇒障害基礎年金の裁定を受けてこれを受給⇒厚生労働大臣から、国年法36条2項本文の規定に基づく障害基礎年金の支給停止処分。 
X9・・・・厚生労働大臣から支給停止処分⇒厚生労働大臣に対し、国年法施行規則35条1項本文に基づき、支給停止の解除の申請⇒支給停止を解除しない旨の処分。

Xら8名は、前記各支給停止処分の取消しを
X9は前件不解除処分の取消し及び支給停止を解除する処分の義務付けを
それぞれ求めて訴訟提起。
大阪地裁、
X8らの請求:行手法14条1項本文の理由提示の要件を欠き、違法⇒前件各支給停止処分を取り消し。
X9:前件不解除処分は行手法8条1項本文の定める理由提示の要件を欠き、違法⇒前件不解除処分を取り消す。

厚労大臣は、再度、Xら8名に対し、支給停止処分をするとともに、X9に対し、支給停止を解除しない旨の処分
本件:
X9:支給停止を解除する処分の義務付けを求めるとともに、支給停止解除事由があるなどの理由により、本件不解除処分は違法⇒行訴法19条に基づき、本件不解除処分の取消しを求める訴えを、前記の義務付けの訴えに追加的に併合提起
Xら8名:本件各支給停止処分は支給停止事由を欠く⇒その取消しを求める事案。
  判断  ●支給停止処分の要件 
国年法36条2項本文:
「障害基礎年金は、受給権者が障害等級に該当する程度の障害の状態に該当しなくなったときは、その障害の状態に該当しない間、その支給を停止する。」
支給停止処分をするためには、一定の時点において、受給権者が障害等級に該当する程度の障害の状態に該当しないことを要し、かつこれで足りる。
  ●  ●糖尿病による障害が2級に該当する程度の障害に該当するか否かの判断方法
国民年金・厚生年金保険障害認定基準(障害認定基準)

受給権者の糖尿病による障害が2級に該当する程度の障害の状態に該当するか否かを判断するに当たっては、当該障害が少なくとも3級に該当する程度の障害の状態であることを確認した上で、症状、検査成績及び具体的な日常生活状況を中心に、その他合併症の有無及びその程度、代謝のコントロール状態、治療及び症状の経過等を総合考慮して、受給権者の身体の機能の障害又は長期にわたる安静を必要とする病状が、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のものであり、換言すれば、必ずしも他人の助けを借りる必要はないものの、独力での日常生活が極めて困難で、労働により収入を得ることができない程度のものに当たるか否かを認定判断すべきであるものと解される。
受給権者が従事し得る労働の内容及び程度には幅がある⇒
「労働により収入を得ることができない」というのは、文字通り心身が労働に耐えられない場合に限定して解釈することは妥当ではない。
就労条件等に特段の配慮がされたことによって労働することができたといえる場合や、病状等に照らして労働を差し控えるのが相当であると考えられるのに就労しているとみられるような場合など、例外的な事情がある場合まで形式的に除外することは相当とは考え難い。
  ●Xらについての検討
X5の障害の状態は、2級に該当する程度に至っていなかったものとは認められない。
その余のX:2級に該当する程度の障害の状態にあるとは認められない。
  民事p35
大阪高裁R2.1.31  
  前訴での判断と異なる主張が信義側上許されないとされた事例
  事案 交差点内の自動車同士の衝突事故の加害者Aとの間で自動車保険契約及び自動車損害賠償責任保険契約を締結していた保険会社Xは、被害者Y1の後遺障害が自賠法施行令別表第2の3級3号に該当すると査定⇒Y1に対し、対人賠償保険金合計1702万3890円を、被害者請求に応じて自動車損害賠償責任保険の保険金(自賠責保険金)2219万円を、それぞれ支払った(両保険金を「本件保険金」という。合計3921万3890円)。
その後提起された前件訴訟の控訴審判決で、Y1の後遺障害が9級10号に該当すると認定された上、50%の訴因減額⇒Y1の損害額が2313万6000円と認定され、既に損害額以上の支払いを受けているとして、Y1らの請求が全部棄却され、同判決は確定。

Xは、甲事件主位的請求として
①Y1及びその夫であるY2に対し、Y1及びY2が共謀の上、Y1の後遺障害が1級1号に該当すると偽った被害者請求をして、自賠責保険金を詐取したとして、共同不法行為に基づき、損害金1773万円(自賠責保険金2219万円から9級10号相応の616万円を控除した残額1603万円と弁護士費用170万円の合計額)の連帯支払を求め、
②Y1に対し、Y1が、本件保険金の合計3921万3890円から前件控訴審判決において認定された損害額2313万6000円を控除した差額1607万7890円を法律上の原因なく利得したとして、悪意の不当利得に基づき、利得額から①で賠償されるべき自賠責保険金残額相当の賠償額1603万円を控除した残額4万7890円の支払を求めた。

①の共同不法行為が認められない場合の予備的請求として、
③Y1に対し、悪意の不当利得に基づき、本件保険金の合計3921万3890園から前件控訴審判決において認定された損害額2313万6000円を控除した差額1607万7890円の支払を求めた。
  争点 Y1の後遺障害の有無・内容・程度及び損害額について、前件控訴審判決における認定・判断に反する主張をすることが許されるか? 
  原審 前件訴訟の控訴審の口頭弁論においてXがY1の行動調査に関する報告書及びDVDを提出し、その期日において弁論が終結され、判決が言い渡されており、前記行動調査の評価についてY1らにおいて攻防を尽くしたとはいえない。
⇒Y1らが少なくとも前記行動調査の評価を争いY1の後遺障害の有無・内容・程度及び損害額を争うことが信義に反し許されないとはいえない。
再度の事実認定⇒Y1の後遺障害は5級2号に該当

共同不法行為を否定し、Y1の損害は50%の訴因減額を行っても本件保険金の合計金額を超えている⇒請求棄却。
  判断 訴訟物が異なる⇒前件訴訟の既判力は本件に及ばない。
but
①前件訴訟と同じく、Y1の後遺障害の有無・内容・程度及び損害額についての争いを中核とするもの
② 交通損害賠償請求事件における被害者の後遺障害の有無・内容・程度及び損害額の争点についての判断は、加害者、被害者、保険会社、自賠責保険や任意保険の保険契約者といった多くの関係者間における法律関係を規律するため、法的安定性の要請が高い。

信義則に基づき、前件控訴審判決における認定・判断は最大限尊重されるべきであって、特段の事情もないのにこれを蒸し返すことは許されるべきではない。
①・・・Y1らは前件控訴審判決言渡し当時にはY1の行動調査に関する事実認定を強く争っていたものとは認められない
②証拠によっても、前件控訴審判決に事実誤認があるとは認められない
⇒前記特段の事情があるとは認められない⇒前件控訴審判決における認定・判断に反する主張は、信義則上許されない。
前件控訴審判決の事実認定及び判断を左右すべき的確な証拠もない。
共同不法行為の成否:
ア:Y1が後遺障害について虚偽の申告を行い、検査においても作為をしたこと
イ:Y2がY1の日常生活状況につき内容虚偽の日常生活状況報告表を作成したこと
を違法行為として認定。
but
これらの違法行為と、
アを踏まえてされた意思による自賠責後遺障害診断書の作成、
イを踏まえてされた代理人弁護士による意見書の作成、
その後の被害者請求を受けて、損害保険料率算出機構のはんだを前提としてされたXによる後遺障害3級3号該当との判断及びこれによる自賠責保険金の支払との間には、相当因果関係が認められない
⇒共同不法行為に基づく損害賠償請求を棄却。
but
Y1の悪意の不当利得は認め、Y1に対して1607万7890円の支払を求める甲事件予備的請求を認容。
  解説 判決の理由中の判断に既判力を認めないのが判例・通説。
既判力類似の効力についても、最高裁はこれを否定。
but
実質的に前件の蒸し返しである後訴の請求や主張は信義則上許されないとする裁判例が存在。 
本件:
交通損害賠償請求事件では関係者が多く法的安定性を図る要請が高いことを要素として指摘した点、信義則を根拠に主張を排斥しつつ、改めに証拠に照らして検討し、前件控訴審判決における認定・判断によるべきとした点に特色。
  民事p72
大阪高裁R3.8.2  
  調停調書に基づく面会交流について間接強制が認められなかった事例
  事案 面会交流調停:
毎月第3土曜日の午前10時から午後6時まで相手方と面会交流させることを内容とする調停成立。その後、間接強制の申立て。 
  原審 相手方と未成年者らを面会交流させるよう命じるとともに、
その不履行につき未成年者1人当たり1回4万円を支払うよう命じる決定。
  解説 ●面会交流と間接強制について 
・・・調停調書に面会交流の日時又は頻度、各回の面会交流時間の長さ、未成年者の引渡しの方法等が具体的に定められているなど監護親がなすべき給付の特定に欠けるところがない⇒間接強制を許さない旨の合意が存在するなどの特段の事情がない限り、前記調停調書に基づき監護親に対し間接強制決定をすることができる(最高裁)。
●執行裁判所における判断 
民執法は、執行の円滑かつ迅速な進行のため、強制執行手続を判決手続等から組織的に分離し、執行機関は、原則として強制執行を不当ならしめる実態法上の事由の有無については判断しない。
最高裁:
面会交流に関する審判等の債務名義が、子の心情等を踏まえて作成されている⇒その後に子が面会交流を拒絶する意思を示すなどの異なった状況が生じた場合であっても、これにより新たな面会交流条項を定めるための再調停や審判の申立てをすることはともかく、当該債務名義に基づく間接強制決定をすることを妨げない。
but
執行裁判所は、過酷な執行申立てについては、強制執行請求権の濫用(民法1条3項)として却下できると解されている。
間接強制について、債務名義を心理的に圧迫して給付を実現させるもの⇒債務者の人格尊重の理念に反するおそれがある。
履行不能等の事由があっても、債務者から請求異議の訴えや再調停・審判においてしかこれを主張することができないとすると、執行停止が認められない限りは、間接強制金が累積し、過酷な執行となりかねず、こうした金銭的負担は、債務者の生計を圧迫し、子の利益を害するおそれもある。 

面会交流させることを命じる内容の債務名義に基づく間接強制の申立てを受理した執行裁判所においては、当事者の提出する資料等から過酷な執行申立てに当たると判断することができる場合には、当該申立を却下すべき。
  判断  調停成立後に当事者間で行われた未成年者らと相手方との面会交流の状況やその経緯につき詳細に認定。
①新型コロナウイルス感染症の拡大がみられた社会情勢のもとにおいて当事者の合意により本件条項の定めるところから実施日時の変更やビデオ通話の方法に切り替えることなどによって適宜に面会交流が実施されてきており、本件条項に基づく面会交流が何ら実施されなかったと認められるのは令和3年4月分の1回のみ
②債務者が本件条項に定める以外にも未成年者らと相手方との直接的面会交流の場を設けてきたこと、相手方による間接強制決定の申立て後にも当事者間で未成年者らと相手方との面会交流が実施されていること等
③本件条項が面会交流の実施方法の変更につき当事者が誠実に協議する旨を定めているにもかかわらず、面会交流の実施日時や方法の変更についての相手方の対応がその趣旨に合致したものとはいえないものであった。

相手方による間接強制決定の申立てが過酷な執行申立てで、権利の濫用に当たると判断し、これを却下。
  解説 平成25年最決以降の、面会交流の間接強制についての裁判例。
①~⑦
尚、子の引渡しを命じる審判を債務名義とする間接強制の申立てが権利の濫用に当たると判断された最高裁H31.4.26。 
  民事p78
横浜地裁R2.12.18  
  セクハラ被害の大学設置者への申告に対する損害賠償請求(否定)
  事案 補助参加人Zの設置する大学の男性教授であったXが、本件大学の女子学生であったYに対し、Yは、Xからキャンパス・ハラスメントを受けたとして、虚偽の内容又は誇張した内容の被害申告をZに対して行い、同時にされた他の学生9名による同様の内容の被害申告を首謀又は主導し、その結果、ZがXを教授から准教授に降格するとの懲戒処分⇒不法行為に基づく損害賠償請求。
  争点 ①Yは虚偽の内容又は誇張した内容の被害申告を行い、同時にされた本件大学の他の学生9名による同様の内容の被害申告を首謀又は主導したか
②Yの行為と本件降格処分との間に相当因果関係があるか
③Xの損害 
  判断 Yによる被害申告について、虚偽又は誇張した申告をしたり、他の学生による同様の被害申告を首謀又は主導したりしたとは認められず、
本件降格処分の理由とされたXの非違行為はYの被害申告に係るもの以外にも多数に及び、Yの行為とXが受けた本件降格処分との間には相当因果関係を肯定することもできない。 
  民事p84
名古屋地裁R3.3.30   
  幼稚園の日照について配慮すべき義務を怠った⇒マンション建築についての損害賠償請求が肯定された事例
  事案 宗教法人である原告教会、原告教会が運営する本件幼稚園の園児らである原告園児ら14名並びに本件幼稚園の園長及び教諭である原告園長ら4名らが、本件幼稚園の園庭の南側に隣接する本件土地に地上15階建ての本件マンションを建築したY1、Y1から建築工事を請け負った会社Y2を被告として、日照阻害等を主張して、本件マンションの一部の取壊し及び損害賠償を求めた。 
原告らは、本件マンションの建築工事続行禁止の仮処分の申立て⇒受忍限度を超える侵害を生じさせるものではないとして、平成30年9月26日、その申立てを却下している。
(1)原告教会、原告園児らのうち9名及び原告園長らは、日照阻害等により人格権(子どもの権利)侵害が生じている⇒人格権に基づく妨害排除請求として、Y1に対し、本件マンション5階から15階までの取壊しを求め、
(2)原告園児ら及び原告園長らは、日照阻害等による人格権侵害が生じているとして、不法行為に基づき、Y1及びY2に対し、慰謝料及び弁護士費用として1名当たり110万円ずつの損害賠償を求め、
(3)原告教会は、不法行為に基づき、Y1及びY2に対し、日照阻害を緩和するために園庭の牧師館を解体・撤去した費用相当額である259万2000円の損害賠償を求めた。
  判断     上記(3)の一部を認容し、原告らのその余の請求をいずれも棄却した。 
  ●原告園児らの建物取壊請求及び損害賠償請求(上記(1)(2)) 
①本件マンションの建築に当たりY1が行った本件幼稚園の関係者との協議は、名古屋市中高層建築物の建築に係る紛争の予防及び調整等に関する条例の趣旨に沿わないものであったこと、
②Y1が行った日照阻害の緩和策によっても、本件幼稚園における午後のクラス活動(園庭における外遊びが1番多く設定されていた)について、少なくとも半年程度は園庭全体が日影の影響で保育を実施せざるを得ない状態となり、園児らが園庭において伸び伸びと遊べる環境を著しく阻害したこと
を認めた。
but
牧師館の解体・撤去により午前中の日照時間がかなり確保され、園児らが本件幼稚園にいて過ごす1日を通じてみれば、園児らが園庭において日差しの下で保育を受ける環境が何とか確保されていると評価できる⇒本件マンションの建築による日影阻害は受忍限度を超えるものとまでは評価できない。
本件マンションの建築による風害、圧迫感等、幼稚園の一時移転による権利侵害、本件マンションの建築工事による権利侵害、プライバシー権の侵害についての原告らの主張は、受忍限度を超えない、あるいは権利侵害自体が認められない。
⇒いずれも斥けた。
原告園長ら及び原告教会の建物取壊請求と原告園長の損害賠償請求については、園児らが受忍限度を超える権利侵害を受けていることを前提とする請求
⇒その前提が認められない以上、理由がない。
  ●原告教会の損害賠償請求(上記(3)) 
①Y1は、日照阻害が園児らに与える影響を園児らの立場に立って最も考えることができる原告園長らの意見を聴くなどして、本件幼稚園における保育のカリキュラムに与える影響度合いなどの検討を十分にすることなく本件マンションを建築することを決めた
~本件幼稚園の日照について配慮すべき義務を十分に尽くすことを怠った。
②それにより原告教会に牧師館の解体・撤去の費用を負担させるという損害を被らせた。

Y1に対する損害賠償請求を認容。
Y1が設計した本件マンションの建築を請け負っただけであるY2に対する損害賠償請求は、理由がない。
  解説 原告園児らの建物取壊請求及び損害賠償請求に関する部分については、児童権利条約、児福法及び学教法の関連規定の趣旨等を、日照阻害等が受忍限度を超えるか否かの判断に際して考慮事項とすべきとしている。
保育園での日照被害を理由とする保育園児による損害賠償請求の認容裁判例(判時:832)
保育所での日照被害を理由とする保育所児童らによるマンション建築工事中止仮処分申立てが一部認容された裁判例(判時:1448)
中高層建築物の建築主等は、幼稚園等の教育施設や児童福祉施設に日影となる部分を生じさせる場合には、日影の影響について特に配慮し、当該中高層建築物の建築の計画について、当該施設の設置者と協議しなければならないと規定する中高層建築物紛争予防条例7条の規定。
  民事p101
神戸地裁R3.6.25  
  道路の対面信号の設置・管理の瑕疵(肯定事例)
  事案 K字型変形交差点で発生したX2運転の自動車(原告所有)とY2所有、Y3運転の自動車(被告車)との間の事故に関し、X2及びその妻のX3が、本件交差点に接続する2つの道路の対面信号機が共に一定時間青色表示となるように設定されていた⇒本件信号機の設置・管理に瑕疵がある⇒Y1(兵庫県)に対し、国賠法2条に基づき、損害賠償を請求すると共に、
Y3について民法709条、Y2について自賠法3条に基づいて、損害賠償を請求。
(なお、X2に療養補償給付を支給した地方公務員災害補償基金であるX1の代位取得した損害賠償請求権に基づく、損害賠償請求訴訟が併合されている。)
  判断・解説  ●本件信号機の設置・管理の瑕疵 
地方公共団体であるY1に属する県公安委員会が設置・管理する信号機については、公の営造物に該当。
営造物の設置又は管理の瑕疵:営造物が通常有すべき安全性を欠いていること。
その存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して個別具体的に判断すべき。
(最高裁)
  判断:
道路、特に交差点において信号機が設置されている意義:道路交通の安全と円滑を図るため
信号機が通常有すべき安全性の存否:通常人の一般的な感覚に沿う形で判断するのが相当
本件交差点に設置された本件信号機における、左折可青矢印表示と青色表示が同時に生ずる状態(青々状態)、本件信号機の規制に従った自動車の走行経路が交差する事態を招くことの危険性⇒通常有すべき安全性を欠いている。
Y1の主張:信号機の設置・管理については考案委員会に一定の裁量権があり、これを前提とし、本件交差点の形状等を考慮すれば、本件信号機には、許容されないほどの安全性の欠如(瑕疵)はない。
  ●X2の後遺障害 
X2の右下肢についての複合性局所疼痛症候群(CRPS)の発症の有無:
明白な骨萎縮が認められない⇒CRPSの発症を否定
but
CRPSとする医師の診断も踏まえ、X2の右下肢には関節拘縮や、皮膚の変化などの他覚的所見が存する⇒局部に頑固な神経症状を残すものとして、後遺障害等級12級13号に該当。
争いのない左下肢の後遺障害(7条4号)と併合し、併合6級と判断。
  民事p120
東京家裁R3.1.4  
  出生届未了の子が母(フィリピン国籍)の元夫である相手方(日本国籍)に対して申立て嫡出否認の調停⇒合意に相当する審判の事例。
  事案 申立人の母:フィリピン国籍
相手方:日本国籍
  規定 法適用通則法 第二八条(嫡出である子の親子関係の成立)
夫婦の一方の本国法で子の出生の当時におけるものにより子が嫡出となるべきときは、その子は、嫡出である子とする。
2夫が子の出生前に死亡したときは、その死亡の当時における夫の本国法を前項の夫の本国法とみなす。
  判断・解説   ●嫡出否認調停を子の側から申し立てることの可否
申立人は、相手方の本国法である日本法において、民法772条によって相手方の子と推定される。
日本法では、嫡出であることを否認できるのは、父のみであり(民法774条)、子又は親権を行う母に対する嫡出否認の訴えによってなされる(民法775条)。
嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなくてはならない(民法777条)。
but
子からの申立てによる嫡出否認の調停において合意に相当する審判をすることを肯定した裁判例(札幌家裁)があり、学説上も、子又は親権を行う母にも申立権を認める見解。
本審判:「合意に相当する審判は当事者間に申立ての趣旨のとおりの審判を受けることについて合意が成立していることが要件とされており(家事事件手続法27条1項1号)、人事訴訟において嫡出否認が大なわれる場合とは異なって、相手方においても嫡出否認を求める意向を有していなければ行えないものである」と説示し、子からの嫡出否認を認める札幌家裁と同様の結論。
  ●フィリピン法における嫡出否認 
  ◎フィリピン法の概要 
  ◎フィリピン法における嫡出否認訴訟の否認権者、否認権行使期間 
法適用通則法28条は、嫡出否認の問題にも適用されるとされており、嫡出の否認が許されるか否か、否認権者、嫡出否認の方法、否認権の喪失、否認権の行使期間などは、いずれも同条が定める準拠法による。
⇒否認権者や否認権行使期間についても検討すべき。
  ◎フィリピン法で出訴権者とされていない子から夫への嫡出否認調停の可否 
一般に渉外的な実親子関係の成立に関する事件について、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる場合には、合意に相当する審判の可否は手続上の問題ととらえ、「手続は法廷地法による」の原則により、法廷地法である日本法に基づいて調停において合意に相当する審判ができると解されている。
外国法が準拠法となる事案において、当該準拠法が嫡出否認の否認権者を夫に限定している場合において、日本法と同様に、子から夫に対して申し立てられた嫡出否認の調停において合意に相当する審判を行えるか?
これを肯定したもの(東京家裁)
本審判:
フィリピン法上否認権者とされていない子からの申立てであることについて、「手続は法廷地法による」との国際私法上の原則により、相手方において申立人が嫡出子であることを否認することを希望する意思を示している本件では、この要件も満たされているというべき。
  労働p122
宇都宮地裁R3.3.31  
  高体連の主宰する講習会の講師としての業務中の災害と公務遂行性(肯定事例)
  事案 Xは、本件災害は、地方公務員災害補償法1条所定の「公務上の災害」に当たる⇒同法に基づく公務災害認定請求⇒公務外認定処分⇒審査請求を経由した上、その取消しを求めた。
  主張 Y(地方公務員災害補償基金):高体連が主宰する業務は公務でないことを前提に、公務追行中の災害ではない。 
  判断  地方公務員の「負傷、疾病、傷害又は死亡」が地方公務員災害補償法に基づく公務災害に関する補償の対象となるためには、それが「公務上」のものであることを要し、
そのための要件の1つとして、当該地方公務員が任命権者の支配管理下にある状態において当該災害で発生したこと(公務遂行性)が必要。 
⇒本件においてXが関与した高体連関連業務は、XをA高等学校登山部顧問に任命したA高等学校長によって、「特に勤務することを命じられた」業務に当たるかが問題。
  ・・・あくまで登山部顧問への就任を命じるものにとどまり、高体連関連業務への従事ないし関与を「特に勤務」として命じたものとは解されない。
Xが行った高体連関連業務は・・・明示的に「特に勤務」を命ずることによって行われたものであるとはいえないが、このことは黙示的な職務命令によって非公務である高体連関連業務が行われる場合があることを排除するものとは解されない。
  ●  ①本件講習会を主宰、主管する高体連の登山専門部の役員は、高体連の加盟校の学校長及び当該山岳部の顧問が努めており、本件講習会当時、A高等学校長及びXは役員であった
②本件講習会に生徒を引率した教員は、行使をすることが予定され、経験豊富な教員が、経験の少ない教員が引率する他行の生徒の指導に当たることで、全体として安全を確保する指導体制がとられており、他校の生徒だけを指導することも予定されていた
③4月及び5月に登山を予定している高体連加盟校は3月に開催される春山安全登山講習会を受講することが慣例化していた
④A高等学校長は前記慣例に従って、自校の生徒を本件講習会に参加させるために、顧問であるXに対して前記旅行命令を発出したこと

本件講習会は、公務としての部活動ではないものの、A高等学校の登山部の部活動の一環ないし延長線上の活動として実施されたもの。
Xは、職務命令権者であるA高等学校長から前記旅行命令を受けたのを機に、単にA高等学校と全部の生徒を引率するだけでなく、公務としてのA高等学校登山部の部活動に密接に関連する本件講習会に講師として参加し、他校の生徒に対しても当然に指導を行うことにつき、黙示的な職務命令を受けていたものと認めるのが相当。
⇒公務遂行性及び公務起因性の要件を満たし、公務外認定処分は違法であるとして、本件請求を認容。
     
2517   
  行政p5
大阪高裁R3.4.8  
  刑事施設に収容中にうけた診療に関する個人情報開示(肯定)
  事案 大阪刑務所収容中のXは、自己の健康状態を知るため、行政個人情報保護法に基づき、大阪矯正管区長に対し、収容中にXが受けた診療録に記載されている保有個人情報の開示を請求。
⇒大阪矯正管区長が、本件情報は同法45条1項により開示請求の対象から除外されているとして、その全部を開示しない旨の決定(「本件決定」)⇒XがY(国)を相手として、本件決定の取消しを求めた。
  一審 行政個人情報保護法45条1項が、同項所定の保有個人情報につき同法第4章の規定を適用しないこととしたのは、当該保有個人情報が、個人の前科、逮捕歴、勾留歴等を示す情報を含んでおり、開示請求の対象とすると、例えば、雇用主が採用予定者の前科の有無等をチェックする目的で採用予定者本人に開示請求をさせること等により前科等が明らかになる危険があるなど、本人の社会復帰の妨げとなるなどの弊害が生じることにある
⇒本件情報は同法45条1項により開示請求の対象外。
  判断 本件情報は、形式的には行政個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に該当する。
but
その立法趣旨を達成するために診療に関する情報という有用かつ必要な情報を開示請求の対象から除外することは、規制目的と規制手段との合理的均衡を欠き、個人情報保護法制の基本理念と整合しない。
⇒本件情報には同項が適用されないと解釈すべき。
  解説 R3.6.15最高裁判決:
刑事施設に収容されている者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報について、行政個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たらず、開示請求の対象となる。

立法経緯。
行政個人情報保護法45条1項は、行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律の全部改正によって設けられた規定。
旧法13条1項は、個人情報の開示を原則としつつ、例外として、同項ただし書で、
①学校における成績の評価等
②病院等における診療に関する事項
③刑事事件や刑の執行等に関する事項
につき開示請求の対象から除外。
but
行政個人情報保護法45条1項は、
刑事裁判等関係事項を開示請求の対象から除外したが、
診療関係事項については開示請求の対象から除外する旨の規定を設けなかった。

(1)行政機関が保有する個人情報の開示を受ける国民の利益の重要性に鑑み、開示の範囲を可能な限り広げる観点から、医療行為に関するインフォームド・コンセントの理念等の浸透を背景とする国民の意見、要望等を踏まえ、診療関係事項の保有個人情報を開示請求の対象とすることにある。
(2)同法45条1項の制定過程でも、被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報について、同法第4章の規定を適用しないものとすることが具体的に検討されたことはうかがわれない。

被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は、同法45条1項所定の保有個人情報に当たらない。 
  行政p18
神戸地裁R3.1.22  
  交差点での街灯が点灯せず視認性が低下⇒営造物の設置・管理の瑕疵と事故との因果関係肯定事例
  事案 普通乗用自動車を運転していたXが、Y(兵庫県西宮市)管理の市道交差点を左折した際、中央分離帯に乗り上げて衝突した事故につき、本件交差点及び本件中央分離帯の設置・管理に瑕疵があった⇒XがYに対し、国賠法2条1項に基づき損害賠償を求めた。
  判断 本件中央分離帯は、その設置について関係法令に違反していることは認められず、本件事故の原因は本件交差点の視認性の低下にある⇒瑕疵はない。
本件街灯については、本件事故当時、いわゆる球切れの状態で点灯しておらず、その設置の場所から本件交差点内を照らして夜間の視認性を向上させる機能を有すべきものであるところ、本件事故当時、この通常有すべき機能・安全性を有していなかった。
⇒本件街灯の設置・管理に瑕疵があると判断し、この瑕疵と本件事故との因果関係を認め、X7割、Y3割で過失相殺をした上、Xの請求を一部認容。
(←自動車の前照灯を点灯させていれば一定程度の照度を確保することができたと思われ、Xが前方注視義務等を尽くしていれば、事故を避け得た)
  解説 国賠法2条1項の「瑕疵」:
国賠法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、当該営造物の使用に関連して事故が発生し、被害が生じた場合において、当該営造物の設置又は管理に瑕疵があったとみられるかどうかは、その事故当時における当該営造物の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべき。
中央分離帯の設置について、道路構造令に規定。
but反射材取付けに関する規定はない。
街灯の設置に関しては、国土交通省が定める道路照明施設設置基準に基づいて設置されている。
同基準では、「交差点の照明は、道路照明の一般的効果に加えて、これに接近してくる自動車の運転者に対してその存在を示し、交差点内および交差点付近の状況がわかるようにするものとする。」と規定(同基準第4章局部照明4-2交差点)。

交差点内を照らす街灯等は、交差点内および付近の状況を自動車の運転者が把握できる機能を有すべきものとされる。
尚、ここで問題とされる「通常有すべき安全性」とは交差点としての安全性であり、瑕疵を云々する営造物は、街灯を含めたところの交差点全体と捉えるべきでないかという疑問。 
照明に係る設置・管理(未設置も含める)の瑕疵が問題となった最近の下級審の裁判例。 
  民事p23
大阪高裁R3.4.28    
  事業用大型貨物自動車の走行中にエンジンから出火⇒製造物責任を肯定した事例。
  事案 運送会社であるX1が、Y1の製造した事業用大型貨物自動車(本件車両)を、Y2から購入して使用⇒本件車両走行中にそのエンジンから出火し、本件車両及び積み荷が全焼するという事故(本件事故)が発生。

X1が、
Y1に対しては、不法行為責任又は製造物責任に基づき、
Y2に対しては、瑕疵担保責任又は債務不履行責任に基づき、
損害賠償金の支払を求め、
X2が、X1との間の共済契約に基づきX1のYらに対する損害賠償請求権を保険代位により取得⇒Yらに対し支払済みの保険金相当額の支払を請求。
  1審 本件車両に欠陥があったとは認められない⇒Xらの請求をいずれも棄却 
  判断 ①自動車のエンジンについては、使用者に、エンジンオイルが不足・劣化することのないよう日常的な点検整備や定期的な部品の交換等が求められるが、それを超えて、エンジンを解体してその内部まで点検整備することまでは予定されていない。
②エンジンから発生する車両火災は、一般的には、点検整備の未実施によるエンジンオイルの劣化に起因するものが多いと考えられるとされる一方で、その原因の特定に至らない場合も多いとされており、その中には設計・製造上の欠陥によるものも含まれていると考えられる
③事業用大型貨物自動車は、その特性からして、相当程度長期間にわたり高度の安全性が確保されることが求められるというべき
④車両のエンジンは、多数の部品から構成され、科学的・技術的に高度で複雑な構造を有するものであること

エンジンから発生した車両火災である本件事故においては、Xらにおいて、X1が本件車両の納車から本件事故の発生までの間、通常予想される形態で本件車両を使用しており、また、その間の本件車両の点検整備にも、本件事故の原因となる程度のエンジンオイルの不足・劣化が生じるような不備がなかったことを主張・立証した場合には、本件車両に欠陥があったものと推定され、それ以上に、Xらにおいてエンジンの中の欠陥の部位やその態様等を特定した上で、事故が発生するに至った科学的機序まで主張立証する必要はないと解するのが、製造物の欠陥に起因する事故について、被害者の保護を図ろうとした製造物責任法の趣旨・目的に沿う。 
X1の使用形態や、日常の点検整備の状況を詳細に認定
これらに問題があったとするYらの主張を検討

X1は本件車両の納車から本件事故の発生までの間、通常予想される形態で本件車両を使用しており、また、その間の本件車両の点検整備に、本件事故の原因となる程度のエンジンオイルの不足・劣化が生じるような不備がなかったと認められる

本件車両には欠陥があったものと推定される。

Yらによって、これを覆すに足りる立証がされているということはできない

本件車両に欠陥があったものと認定し、製造業者であるY1は製造物責任法3条に基づく賠償責任を負う。
XのY2に対する請求:
製造物責任法の適用がない⇒前記のような推定が及ばない。
本件において、Xの主張するコンロッドの強度不足という瑕疵があったこと、又は、Y2に債務不履行があったことの立証がされたとは認められない。 
  解説 製造物の欠陥:
製造物が通常有すべき安全性を欠いていること

欠陥の有無の判断について:
当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して判断されるべき。
(法2条2項) 
欠陥の存在については、被害者側が主張・立証を負う
but
当該製造物のどの部分ないし部品にどのような欠陥があったかや、事故発生に至る科学的機序までを特定して主張・立証する必要はない。(通説・裁判例)
走行中の自動車のエンジンから出火する事故については、日常的な点検整備の不備が原因で発生することも少なくないとされており、そのような出火事故につき、自動車の欠陥を認めた裁判例は過去には見当たらないよう。
  民事p59
大阪高裁R3.3.12  
  家事事件手続法279条1項本文の利害関係人
  事案 異議対象審判事件の申立人である子(「本件子」)が、本件審判事件の相手方である戸籍上の父を相手として、大阪家裁に対し、本件子と本件父との間に親子関係が存在しないことを確認することを求める調停を申立てた⇒家事手続法277条に基づき、本件子と本件父との間に親子関係が存在しないことを確認する旨の審判⇒Xが、家事手続法279条1項本文に基づき、本件審判の利害関係人として、本件審判に対して異議を申し立てた⇒原審裁判所は、Xは家事手続法279条1項本文所定の利害関係人には当たらないとして、当該意義の申立てを却下する旨の審判⇒即時抗告。
  判断 家事手続法279条1項本文の利害関係人とは、法律上の利害関係を有する者をいうと解されるが、
家事手続法277条に基づく審判が対世効を有する⇒審判により直接民分関係に何らかの変動が生ずる者に限られず、当該審判によって変動する身分関係を前提として、自らの身分関係に変動を生ずる蓋然性のある者も含まれる。
①母には、本件父とX以外に、平成28年当時性交渉をした男性がいる事実は認められない
②本件子と本件父との間に父子関係がある確率は0%である旨の鑑定書が存在
③本件合意書(本件父との間で不貞行為を認めた合意書)を作成したり、母から認知及び養育費の支払に係る法的手続を申し立てる旨の予告を受けている
⇒本件審判が確定することにより、Xは、母から認知請求を受け、本件子との親子関係が形成され、さらには、母から養育費の請求を受け、養育費の支払義務が形成される蓋然性がある。

Xは、本件審判に関し、法律上の利害関係を有すると認めることが相当。
  解説 合意に相当する審判:
家事調停の申立てに始まり、家事調停の手続を進めつつ、必要な合意と事実の調査を経て、最終的に審判の形式でされるが、異議の申立てにより原則としてその効力を失う。 
  民事p61
横浜地裁R3.3.26  
  精肉作業での事故⇒安全配慮義務違反(肯定)
  事案 Yの向上で就労する派遣労働者であるXが、食品加工用切断機(本件切断機)を使用した精肉業務に従事中、左環指切断などの後遺障害を負った事故(本件事故)に関し、Yに対し、安全配慮義務違反の債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案。
  争点 ①Yの安全配慮義務違反の有無
②損害の額
③過失相殺の成否及び過失割合 
  判断 Yの安全配慮義務違反を肯定し、Xの請求を一部認容。 
●  本件切断機について、管理責任者であるAが、本件切断機を用いた特定の精肉作業(角切り作業)が行われた際、本件事態により同機の覆い(点検口カバー)が突発的に外れるなどして、内部に格納された稼働中の本件回転刃に作業中非熟練労働者が容易に触れ得る状況にあるなどの本件切断機の危険性を容易に認識し得た場合において、Y(使用者)が、労働安全衛生法等の関係法令等において要求される安全ガード等を本件切断機に設置しないまま、X(非熟練労働者)に対し、前記作業に従事させた⇒安全配慮義務違反を肯定。
・・本件切断機を使用するにあたっての事故防止策について、抽象的な危険を指摘するにとどまり、前記作業(本件事態)を踏まえた具体的な安全衛生教育を怠った⇒安全配慮義務違反を肯定。
Y(使用者)による十分な安全衛生教育を受けたとは言えないX(非熟練労働者)において、本件事故を回避することは困難
他方で、Xにおいても本件切断機の危険性を認識し得た

双方の具体的な過失割合について、Yを8割、Xを2割と認めた。
  解説 安全配慮義務違反の有無の検討において、物的組織編制(設備の設置、機械等への安全装置の設置等)、人的組織編成(人員配置、教育体制等)の各観点からの検討が有益。 
本判決:
本件切断機を使用した特定の精肉作業(角切り作業)について、
X(非熟練労働者)が従事する具体的作業内容(回収作業)やその際の姿勢、それに伴う危険性及び使用者の認識を踏まえ、前記いずれの観点からみてもYには安全配慮義務違反が肯定されるものと判断し、とりわけ、その教育体制について、Yにおいて、本件切断機についての抽象的な危険を指摘するにとどまらず、特定の精肉作業における本件事態を踏まえた具体的な安全指導を行うべきであったと判断。
  民事p73
神戸地裁尼崎支部R3.8.2  
  受給年金等の振込先口座の差押えで、不当利得返還義務が認められた事案
  事案 Xが、金融業者であるYの申立てにより、2回にわたり、年金等の振込先口座の預金債権の差押えを受け、2回目の差押えについては、民執法153条に基づく差押禁止債権の範囲変更の申立てにより差押命令の取消決定を得た。
but
1回目の差押えについては取立が完了

1回目の差押えについては、取立金の不当利得返還及び民法704条前段所定の利息の支払請求を、
2回目の差押えについては、不法行為に基づき、差押命令の取消しに要した弁護士費用の損害賠償請求を行った。 
  判断 いずれの差押えも、預金残高がごくわずかであったところに年金等が振り込まれた直後というタイミングで、その効力が発生し、ほぼ年金等の振込額のみによって構成されている状態の預金債権の全額を差し押さえる結果となったもの⇒そのような結果は、実質的に、年金等の受給権自体を差し押さえたに等しく、差押禁止の趣旨に反する違法なもの。
⇒1回目の差押えに係る取立金の受領は法律上の原因を欠いている。
Yが、各差押えを申立て時点で、前記のような差押禁止債権の属性承継に関わる事情を知っていた、あるいは、知り得たと認めるに足りる証拠はない

1回目の差押えについての悪意の受益者該当性、
2回目の差押えについての不法行為該当性
は否定。
  解説 最高裁H10.2.10:
金融機関による、預金者に対する債権と、国民年金等が振り込まれた口座の預金債権との相殺の可否について、振り込まれた年金等jは受給者の一般財産に混入し、年金等として識別できなくなっており、預金債権は差押等禁止債権の属性を承継していない
⇒相殺は許されるものとした第1審及び控訴審の判断を是認。
  東京地裁H15.6.28:
①債権者が、債務者が年金を預け入れた口座の貯金債権を差し押さえた事案において、預貯金の原資が年金であることの識別・特定が可能であるときは年金自体に対する差押えと同視すべき
②年金受給者が別の財産を費消して生計を立てていると推認し得る証拠がない⇒差押えが許されるということもできない。

不当利得返還請求を認め、
債権者が悪意の受益者に当たるのは訴訟提起日以後に限られる。
大阪地裁H10.9.20:
①年金受給権の給付目的を承継しない貯金債権まで差押禁止債権とすることは、法の明文の規定なく責任財産から除外される財産を認めることになり、取引の安全を害する。
②年金を原資とした貯金債権であっても、受給者が年金以外に財産を所有して生計を立てている場合などには差押えを禁止する必要はない。

不当利得返還請求及び不法行為に基づく損害賠償請求を否定。
  知財p76
大阪地裁R3.6.24  
  時計原画の著作物性(否定事例)
  事案 原画の著作権を有するXが、時計製品(「Y製品」)を販売するYに対して、Y製品の販売行為は本件原画に係るXの著作権を侵害⇒Y製品の頒布差止め及び廃棄、並びに著作権侵害の不法行為に基づく損害賠償等を請求した事案。 
Xは、本件原画を時計として商品化して販売している(「X製品」)。
  争点 ①本件原画の著作物性
②Y製品の複製該当性
③損害の発生及び損害額 
  規定 著作権法 第二条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
  判断  ●応用美術のの著作物性について:
本件原画は、一般向けの販売を目的とする時計のデザインを記載した原画であり、それ自体の鑑賞を目的としたものではなく、現に、Xは、本件原画に基づき商品化されたX製品を量産して販売している。
⇒本件原画は、実用に供する目的で制作されたものであり、いわゆる応用美術に当たる。
応用美術のうち、美術工芸品に当たらないものが「美術の著作物」に該当するかどうかについては、明文の規定はない。
but
法2条1項1号の「著作物」の定義によれば、「美術の著作物」は、実用目的を有しない純粋美術及び美術工芸品に限定されるべきものではない。
すなわち、実用目的で量産される応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては、純粋美術の著作物と客観的に同一なものとみることができる。
⇒当該部分は美術の著作物として保護されるべき。
他方で、
実用目的の応用美術のうち、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握することができないものについては、純粋美術の著作物と客観的に同一なものとみることはできない。
⇒美術の著作物として保護されない。
●本件原画が著作物と認められるか 
否定
各数字の外周側に円弧上の枠が設けられていない部分は、デザインの観点から目を引く部分と見ることも可能。
but
・・・・上記枠の設けられていない部分に他の部分と同様に枠を設けた場合、10の桁を示す「1」の部分がそれぞれ円弧上の枠と干渉して数字を読み取り難くなり、時間の把握という時計の実用目的を部分的にであれ損なうことになる
⇒当該部分のデザインについても、時計の実用目的に必要な構成と分離して美的鑑賞の対象となるような美的特性を備えている部分として把握することはできない。
  検討   ●  本件原画は、一般向けの販売を目的とする時計のデザインを記載した原画⇒原画のいかなる側面に著作権性を認めるかが問題。
❶原画の有する絵画的な表現形式における著作物性
❷学術的な性質を有する図画の著作物としての著作物性
❸観念的に存在している描画対象物の著作物性 
本件:原画に表現された時計の形態が検討対象⇒❸の観念的に存在している描画対象物の著作物性が問題。
❶について問題となった例:
「子どもの知能を発展させる練習用著」と称する白黒のデザイン画につき、絵画的な表現形式に基づき創作性がある旨の原告の主張に関して、幼児用著である被告各商品からは「表現形式上の本質的特徴は感得することができない」として裁判例。l
❷については、いわゆる「設計図」の著作物性に関しての議論。
描画対象物が大量生産される実用品であって著作物に当たらないことを前提に、工業製品の設計図としての表現方法に創作性が認められないことから、什器等の設計図の著作物性を否定した裁判例。

機械・工業製品の設計図の著作物性判断においては作図方法における表現上の創作性のみを対象とすることを明らかにしたといえ、現在に至る規範を示した。
  「応用美術」の論点 
応用美術(著作権法にはない):実用に供され、あるいは、産業用利用される美的な創作物
応用美術の著作物性を肯定するには、「実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できる」ことを求める立場(知財高裁H27.4.14)が有力。
~「分離可能性」説

「実用目的」や「(それ)に必要な構成」をどのように把握するのかが問題。
広く把握⇒著作物性が否定されやすくなる。
本判決は、実用目的として、
「針の位置により時間を表示する」(時計の把握)
「数字の見易さ及び時計としての使用に耐える一定の強度の実現」
に言及
⇒抽象的に描画対象物が「時計」であるとするにとどまらず、より具体的に使用目的をとらえている。
「各数字の外周側に円弧状の枠が設けられていない部分」について「時計の把握という時計の実用目的を部分的にであれ損なうことになる」としているが、
デザイン上目を惹く部分であり、実用目的に「必要な構成」といえるかどうかについては異なる立場も考えられる。
「使用されている数字のフォントや円盤上部の大きさ」についても実用目的に「必要な構成」だえるとしているが、むしろ「創作的」かどうか(ありふれた表現かどうか)という観点からの判断もあり得たと思われる。
知財高裁R3.12.8は、滑り台のタコの頭部を模した部分のうち天蓋部分につき、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して把握できるとしたうえで、ありふれたものとして著作物性を否定した。
  刑事p82
最高裁R3.6.23  
  詐欺罪と補助金等不正受交付罪との関係
  事案 人を欺いて補助金等又は間接補助金等の交付を受けた旨の事実について詐欺罪で公訴が提起⇒当該行為が補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律29条1項違反の罪に該当するときに、刑法246条1項を適用することの可否が問題。
  解説 補助金等適正化法29条1項:
「偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受け、又は間接補助金等の交付若しくは融通を受けた者は、五年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」
同法32条には両罰規定。
補助金等不正受交付罪の対象となるのは国庫金を財源とする給付に限られており、未遂犯の処罰規定はない。
補助金等不正受交付罪は不正の手段と因果関係のある受交付額について成立。
  一審・原審 (1)補助金等不正受交付罪は、
①「偽りその他不正の手段」の範囲が詐欺罪の欺く行為より広く、
②相手方の錯誤も不要とされている一方、
③犯罪が成立する受交付金額の範囲は不正の手段と因果関係にあるものに限定されており、
両罪の構成要件は一方が他方を包摂する関係にない。 
(2)補助金等不正受交付罪の立法経緯等を踏まえても、詐欺罪の構成要件を充足する場合に、重い詐欺罪の適用を否定する趣旨まで含まれているとは解されない、
(3)仮に補助金等不正受交付罪を詐欺罪の特別規定と解すると、国の補助金を不正に受給する行為は、補助金等不正受交付罪の対象とならない地方公共団体の給付金の不正受給よりも軽く処罰され、未遂罪も処罰されないことになるが、この不均衡を合理的に説明することは困難。

最高裁と同旨。
  判断 人を欺いて補助金等又は間接補助金等の交付を受けた旨の事実について詐欺罪で公訴が提起された場合、当該行為が補助金等不正受交付罪に該当するとしても、裁判所は当該事実について刑法246条1項を適用することができる旨職権判示。
  解説 A:立案担当者:
補助金等不正受交付罪は詐欺罪の特別規定(減刑類型)であり、詐欺罪の規定に優先して適用される

①補助金等不正受交付罪は補助金に関して詐欺罪の構成要件を包摂している
②「刑法に正条があるときは、刑法による」旨のただし書が置かれていない
③詐欺罪の要件を満たす場合であっても、罰金刑を選択し、両罰規定を適用できるようにする必要がある
④構成要件や保護法益の類似する租税犯罪と同様に考えるべき
vs.
①補助金について詐欺罪が適用できないとすれば、地方公共団体独自の財源による給付金について詐欺罪が適用され、未遂犯が成立し得ることと均衡を失する
②補助金等不正受交付罪と詐欺罪の構成要件は一方が他方を包摂する関係になく、一部が重なり合うにとどまっている
③行政刑罰法規に 「刑法に正条があるときは、刑法による」旨の規定がない場合であっても刑法が適用される場合はある
④詐欺罪を適用することができる一方、補助金等不正受交付罪を適用することもできると解すればよく、罰金刑選択や両罰規定適用の余地を残しておくために両罪を特別関係と解する必要はない
⑤ほ脱犯等の租税犯罪について詐欺罪が成立しない理由は、租税の性格、租税法固有の体系や仕組みにある

B:詐欺罪の適用は排除されない。
  刑事p84
福岡地裁R3.8.24    
   
  事案 暴力団員の序列1位、2位の最上位者である被告人両名(X、Y)が、配下組員らと共謀の上、
①漁協の元組合員を殺害したほか、
②元警察官(②事件)、③看護師(③事件)及び④歯科医師(④事件)をそれぞれ殺害することになってもやむを得ないと考え、団体の活動として組織によりこれらの人を殺害しようとしたが、いずれも殺害するに至らなかった。 
②事件では、けん銃の発射罪及び加重所持罪が認定され、
④事件では不正権益維持・拡大目的での殺人未遂罪も認定されている。
  判断・解説      ●共謀共同正犯の成否について 
  ●量刑判断について 
  ●その他の判断について 
  ◎発射銃器の異同識別鑑定について
  ◎通信傍受について
2516   
  行政p26
仙台高裁R3.5.27  
  マイナンバー制度の憲法違反が問題なった事案
  事案 国のマイナンバー制度により憲法13条の保障するプライバシー権が侵害される⇒プライバシー権に基づく妨害排除又は妨害予防請求として個人番号の収集、保存、利用及び提供の差止めと個人番号の削除を求めるとともに、国賠法1条1項に基づき慰謝料10万円と弁護士費用の損害賠償を求めた。
  判断 マイナンバー制度によって、Xらが、憲法13条によって保障された「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」を侵害され、又はその自由が侵害される具体的な危険があるとは認められない⇒国がマイナンバー制度によりXらの個人番号及び特定個人情報を収集、保存、利用及び提供する行為が違法であるとは認められない。
マイナンバー制度により、個人番号や得意亭個人情報が情報システムで管理及び利用されることにより、個人情報が集積、集約されて個人の人物像を勝手に形成されるデータマッチングの危険性や個人情報が漏えいする危険性を一概に否定はできない。
but
制度の運用に伴う個人情報の不正な利用や情報漏洩の危険を防ぐため、個人番号や特定個人情報の提供が、法令の根拠に基づき正当な行政目的の範囲内で行われ、かつ、個人番号や特定の個人情報が目的外に提供され、システム技術上の不備によって漏えいしないように法制度上及びシステム技術上の措置が講じれれている。

個人情報の不正な利用や情報漏洩の危険性が一般的抽象的には認められるとしても、国がマイナンバー制度の運用によりXらの個人番号及び特定個人情報を収集、保存、利用及び提供することが、Xらの個人情報がみだりに第三者に開示又は公表されるという具体的な危険を生じさせる行為とはいえない。
自己情報コントロール権については、同意なく個人番号や特定個人情報を第三者に提供することが、すべて自己情報コントロール権の侵害となり、憲法13条の保障するプライんばしー権の侵害にあたるという趣旨の主張であるとすれば、そのような意味内容を有する自己情報コントロール権は、憲法13条の保証するプライバシー権としては認められない。
  解説 住民基本台帳ネットワークシステムにより行政機関が住民の本人確認情報を収集、管理又は利用する行為は、当該住民がこれに同意していないとしても、憲法13条が保障する個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を侵害するものではないと判断した最高裁H20.3.6。 
自己情報コントロール権について、
情報化社会において「プライバシーの権利」を「自己に関する情報をコントロールする権利」として把握すべきであると主張した佐藤幸治教授も、
「コントロール権」はあまりに広汎で曖昧にすぎるという批判については考慮すべき重要な問題が含まれていると述べている。
自己情報コントロール権が提唱される趣旨は、判例にいう「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」の解釈として考慮できる一方、その概念が個別の結論に直結するとはいえないであろう。
本判決:
特定個人情報が提供される場合を規定する番号利用法19条14号(現15号)の委任規定にいう「その他政令で定める公益上の必要があるとき」とは、
同号列挙の手続に準ずるような審理判断のための事実の調査や情報収集の手続として重要性を有する公益上の必要がある場合であって、その事実の調査や情報収集が法令に基づいて行われるものに限定して政令に規定を委任したものと解している。