シンプラル法律事務所
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勉強会(判例時報2022前半)

判例時報の勉強会用の資料です(随時更新)

       
       
       
       
       
       
2516   
  行政p26
仙台高裁R3.5.27  
  マイナンバー制度の憲法違反が問題なった事案
  事案 国のマイナンバー制度により憲法13条の保障するプライバシー権が侵害される⇒プライバシー権に基づく妨害排除又は妨害予防請求として個人番号の収集、保存、利用及び提供の差止めと個人番号の削除を求めるとともに、国賠法1条1項に基づき慰謝料10万円と弁護士費用の損害賠償を求めた。
  判断 マイナンバー制度によって、Xらが、憲法13条によって保障された「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」を侵害され、又はその自由が侵害される具体的な危険があるとは認められない⇒国がマイナンバー制度によりXらの個人番号及び特定個人情報を収集、保存、利用及び提供する行為が違法であるとは認められない。
マイナンバー制度により、個人番号や得意亭個人情報が情報システムで管理及び利用されることにより、個人情報が集積、集約されて個人の人物像を勝手に形成されるデータマッチングの危険性や個人情報が漏えいする危険性を一概に否定はできない。
but
制度の運用に伴う個人情報の不正な利用や情報漏洩の危険を防ぐため、個人番号や特定個人情報の提供が、法令の根拠に基づき正当な行政目的の範囲内で行われ、かつ、個人番号や特定の個人情報が目的外に提供され、システム技術上の不備によって漏えいしないように法制度上及びシステム技術上の措置が講じられている。

個人情報の不正な利用や情報漏洩の危険性が一般的抽象的には認められるとしても、国がマイナンバー制度の運用によりXらの個人番号及び特定個人情報を収集、保存、利用及び提供することが、Xらの個人情報がみだりに第三者に開示又は公表されるという具体的な危険を生じさせる行為とはいえない。
自己情報コントロール権については、同意なく個人番号や特定個人情報を第三者に提供することが、すべて自己情報コントロール権の侵害となり、憲法13条の保障するプライバシー権の侵害にあたるという趣旨の主張であるとすれば、そのような意味内容を有する自己情報コントロール権は、憲法13条の保証するプライバシー権としては認められない。
  解説 住民基本台帳ネットワークシステムにより行政機関が住民の本人確認情報を収集、管理又は利用する行為は、当該住民がこれに同意していないとしても、憲法13条が保障する個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を侵害するものではないと判断した最高裁H20.3.6。 
自己情報コントロール権について、
情報化社会において「プライバシーの権利」を「自己に関する情報をコントロールする権利」として把握すべきであると主張した佐藤幸治教授も、
「コントロール権」はあまりに広汎で曖昧にすぎるという批判については考慮すべき重要な問題が含まれていると述べている。
自己情報コントロール権が提唱される趣旨は、判例にいう「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」の解釈として考慮できる一方、その概念が個別の結論に直結するとはいえないであろう。
本判決:
特定個人情報が提供される場合を規定する番号利用法19条14号(現15号)の委任規定にいう「その他政令で定める公益上の必要があるとき」とは、
同号列挙の手続に準ずるような審理判断のための事実の調査や情報収集の手続として重要性を有する公益上の必要がある場合であって、その事実の調査や情報収集が法令に基づいて行われるものに限定して政令に規定を委任したものと解している。
  民事p51
東京高裁R3.10.27  
  介護老人保健施設の介護支援専門員等の説明義務違反
  事案 Xが、医療法人であるYの運営する介護老人保健施設(本件施設)から通所サービス及び入所サービスを受けるために、Yとの間で施設利用契約(本件契約)を3回締結。
  Xの長女である代理人Cは、本件施設所属の介護支援専門員及び支援相談員(本件介護支援専用員等)に対し、施設利用料金の負担を軽減する方法について度々相談⇒介護(保険)給付を受けてその軽減ができる「介護保険負担限度額認定制度」(本件制度)の説明を受けられず、その結果、本件制度の申請をしてこれを利用していれば軽減できた自己負担額を超える施設利用料金及び弁護士費用相当の損害を被った⇒Yに対し、本件契約における信義則上の説明義務(注意義務)違反を理由とする債務不履行(民法415条)又は不法行為(民法709条、715条)に基づく178万6125円の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた。
  解説 本件制度:
法令所定の低額所得要件に該当する介護保険の被保険者が、介護保険給付を実施する市町村に対し、介護保険法40条12号の「特定入所者介護サービス費の支給」を申請して自己負担限度額の認定を受けることにより、施設利用サービスの食費及び居住費(滞在費)について自己負担限度額のみを負担すればよく、これを超える額について一定の基準費用額を限度として前記介護給付がされることになる仕組み(他方、本件制度の利用によって、基準費用額を超えるサービス料金を定めている施設は、その部分の受領ができないことになる)。 
本件制度の利用の如何は、総務契約である施設利用契約における施設利用の対価である施設料金につき、当事者双方がそれぞれどのように負担するかという契約の内容(契約の要素)に係る⇒Xは、本件制度が当該契約の重要事項であるとしてYのXへの説明義務とその違反を主張。
  原審 一般論として本件契約上の説明義務の存在を否定し、
仮に説明義務があるとしても、本件制度の記載のある重要事項説明書による説明を本件介護支援専門員が一応している⇒義務違反も否定。
  判断 介護保険法における本件制度の位置付け並びに介護老人保健施設及び介護支援専門員等の役割等について、
同法令の諸規定を検討し、
介護老人保健施設の解説者又は介護支援専門員等は、当該介護老人保健施設との間で施設利用契約を締結して介護サービスを受給することになる被保険者に対し、本件制度について重要事項説明書にわかりやすく記載するなどして、これに基づく説明をすることが求められており、特に、これらの者から、介護サービスの費用負担を軽減する公的な制度の有無や内容について相談を受けた場合には、これを的確に説明することが要請されているものと解される。
介護保険施設が、介護保険の被保険者と施設利用契約を締結にするに当たり、介護保険施設の開設者ないしその介護支援専門員等において、低所得者である被保険者から介護サービスの費用負担を軽減する公的な制度の有無や内容について相談を受けながら本件制度に係る保険給付について説明せず、その結果、当該非保険者が、本件制度を利用することができず、本件制度を利用する場合の自己負担額を超えて当該契約の利用料金の全額を支払うことになった場合には、
当該介護保険施設を運営ないし開設する者は、被保険者の利用料金の支払額という契約の要素に当たる重要な事項について説明を怠り、施設利用契約締結に付随する信義則上の義務に違反して当該被保険者に財産的損害を与えたものとして、当該被保険者に対して債務不履行責任又は不法行為責任(民法709条ないし715条)を負うものと解するのが相当である。
①本件契約における重要事項説明書の記載がA4用紙に細かな文字で1頁当たり46行、全9頁に及ぶものであるのに、本件介護支援専門員等がその内容を逐一読み上げず、本件制度に係る部分の存在を指摘せず、その内容を具体的に説明しなかったため、Cは、その記載の存在の認識及び内容の理解をしないまま3回の本件契約を締結したこと、
②Cが本件介護支援専門員等に対し、Xにとって高額な施設利用料金の軽減の措置について何度も質問していることから、本件介支援専門員等は、Xが施設利用料金の軽減を希望しているのに本件制度の存在を認識していないこと及び本件制度の説明をすれば本件制度を利用する蓋然性が高いことを認識していたのに、それ以上の説明をせず、Xの本件制度を利用する機会を喪失させ、その結果、Xが本件制度を利用した場合に得るべき財産的利益を喪失させた

本件介護支援専門員等は、少なくとも過失により、前記の注意義務に違反して本件制度の説明を怠ったことによってXの財産的利益(財産権)を違法に侵害したと認められる⇒Yは、それによってXに生じた損害について、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償責任を負う。
Cにも重要事項説明書の本件制度の記載を見落とした等の過失がある⇒3割の過失相殺。
  解説 消費者と事業者との間で締結される契約における信義則に基づく失明義務の違反を理由に損害賠償責任を肯定した最高裁判決(①②③)及び説明義務違反を肯定した下級審判決:
当事者の地位、専門性、
消費者が事業者に説明を求める事項(情報)の当該契約における重要性(動機に係る事項が契約内容(契約の要素)に係る事項かを含む)及び偏在性の程度、
当該事項に係る関係法令の規定(規則)内容並びに被侵害権利利益及び生じた損害の性質・内容(生命・身体、財産権等の侵害か意思決定権の侵害か、当該意思決定の対象である権利利益の性質・内容の如何、財産的損害か慰謝料か)を考慮要素として重視した上で、
その重要事項の説明に関する事業者の消費者への対応状況や交渉状況、そのために消費者がこれを知らないで契約の締結やその継続をしていることについての事業者の認識可能性の程度という諸事情を考慮要素に加えて判示しており、これらの考慮要素を総合的に判断。
本判決:
介護保険法における本件制度の位置付け及び介護老人保健施設と介護視線専門員等の役割等を踏まえ、これらの考慮要素を重く見て、消費者であるXに対する介護保険施設運営業者であるYの説明義務違反を肯定。
  民事p58
広島高裁R3.9.10  
  全盲の視覚障害者の後遺障害逸失利益の算定に用いる基礎収入
  事案 横断歩道を歩行していたX1(当時17歳、女性)にY運転の普通乗用車が衝突した交通事故(本件事故について、X1がYに対し民法709条及び自賠法3条に基づく損害賠償(遅延損害金を含む。)を、X1の父母であるX2及びX3がYに対し民法709条及び710条に基づく損害賠償(近親者慰謝料、遅延損害金を含む。)を請求した事案。 
X1は本件事故当時、全盲の視覚障碍者。
  一審 X1の後遺症逸失利益の算定に用いる基礎収入額を、平成28年賃金センサス第1巻第1表の男女計、学歴系、全年齢の平均賃金の7割と認定して、X1の請求を一部認容。
  判断   後遺症逸失利益の算定に用いる基礎収入額を、就労可能期間を通じ、賃金センサス男女計、学歴計、全年齢の平均賃金の8割とすることが相当。 
  ・・・厚労省による平均25年度障害者の平均賃金(22万3000円)は賃金センサス男女計、学歴計、全延齢の平均賃金における「きまって支給する現金給与額」(32万4000円)の約7割にとどまっている。
身障者の中には職に就くことができない者も少なくないと推測できる⇒調査対象とならなかた者も含む身障者全体の収入については健常者と比較して差異がある。
身体障害の中でも両眼の失明は多くの損害賠償実務上労働能力喪失率が最も大きい等級に位置付けられている。

このような健常者との差異が現状又は近い将来において、全面的かつ確実に解消されることを認定するに足りる証拠はない。
  他方、
①わが国における近年の障害者の雇用状況や各行政機関等の対応、障害者の雇用の促進等に関する法律等の障害者に関する関係法令の整備状況、企業における支援の実例、職業訓練の充実、IT技術を活用した就労支援機器の開発・整備、普及等の事情・・・・
②ことX1については

X1については、全盲の障害があったとしても、潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労する可能性が相当にあったと推測される。
  X1については、健常者と同一の賃金状況で就労することが確実であったことが立証されているとまではいえないものの、その可能性も相当にあり、
障害者雇用の促進及び実現に関する事情の漸進的な変化に応じ、将来的にその可能性も徐々に高まっていくことが見込まれる状況にあった。
その他の諸事情も総合すると、逸失利益の算定に用いる基礎収入としては、賃金センサス男女計、学歴計、全年齢の平均賃金(489万8600円)の8割である391万8880円を用いるのが相当。
  解説     事故により死亡した年少者の逸失利益:
算定不能として一概に請求を排斥すべきではなく、「一般の場合に比し不正確さが伴ういしても、裁判所は被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、できうるかぎり蓋然性のある額を算出するよう努め」るべきである。(最高裁昭和39.6.24) 
訴訟における証明は一般に「高度の蓋然性」が求められると説かれるが、
前記最高裁判決によれば、年少者の逸失利益の算定に当たっては、その困難性を勘案し、訴訟における証明度を「蓋然性」のレベルまで下げていると考えられる。
   ● 障害者が労働能力を喪失した場合の逸失利益に関する裁判例:
かつては逸失利益を否定するものもあった。
近時の裁判例では逸失利益を認めるのが一般的。
算定の基礎:
・地域作業所の収入額
・最低賃金を基礎として10%を減額した額
・最低賃金
・障碍者雇用実態調査の結果に基づく障碍者の賃金
・賃金センサス、女性、高卒平均年収額の70%相当額
・賃金センサス、男女計、学歴計、19歳までの平均賃金
へと、より水準の高い額を認定する傾向。 
  障害者雇用促進法:
法定雇用率制度を設け、その率に満たない一定以上の規模の企業等は納付金が課される等の仕組み。
but
現状は法定雇用率を達成していない企業も多くあり、身体障害者の中には企業等に就職できず、福祉的就労の場で働いている者や失業している者も少なくない。 
本判決及び原判決は、一定の減額率を乗ずるにせよ一般就労の賃金を反映する賃金センサスに基づいた平均賃金額を基礎収入額に用いており、近時の裁判例の傾向に沿った内容。
  女性については、賃金センサスの女性の平均賃金額を用いるべきか、それとも男女計の平均賃金額を用いるべきか?

裁判例:
女性の平均賃金額と用いたもの
男女計を用いたもの
最高裁では、いずれの立場の高裁判決についても上告不受理ないし上告棄却とし、判断を示さなかった。
but
最近の下級審の裁判例では、男女計の平均賃金を用いることでほぼ固まっている。 
  原判決:減額率3割
本判決:減額率2割
本判決は、原判決が認定した事情に加え、職業訓練の充実、IT技術を活用した就労支援機器の開発・整備、普及等の事情を挙げているが、認定した事情自体にそれほど大きな違いがあるようにはみえない。
本判決が減額率を縮減したのは、これらの事情に対する評価の違い。
X1が全盲の障害者であったとしても潜在的な稼働能力を発揮して健常者と同様の賃金条件で就労する可能性が相当にあり、今後も社会のへかに応じて当該可能性が徐々に高まっていると認定し、その他の諸事情も総合して、X1の基礎的収入は就労期間を通じて平均賃金の2割減となることの蓋然性を認めた。
  民事p81
東京地裁R3.2.16  
  同性愛者との不貞行為に対する損害賠償請求(肯定)
  事案 同性愛者である被告(女性)が原告の妻と不貞行為⇒原告が被告に対して不法行為に基づく損害賠償請求をした。 
  解説 民法上の離婚原因の1つの「配偶者に不貞な行為があったとき」(民法770条1項1号)

「不貞な行為」:
自由な意思に基づき、自己の配偶者以外の者と性的関係を結ぶことをいい(最高裁) 
同性愛行為や異性との性交を伴わない過度に親密な交際は含まれず、
これらの行為は「その他婚姻を継続し難い重大な事由」(同項5号)に該当する(名古屋地裁)。
but
不法行為に基づく損害賠償請求がされた場合における「不貞行為」とは、異性との性交が端的なものであるが、それにとどまらず、婚姻共同生活の平穏を破壊しうるような行為であれば、不貞行為として不法行為に該当し得ると考えられている。
実務上も、男女間の親密な交際をうかがわせる証拠が出されながらも、不貞当事者が性交の存在を認めずに争うケース。
一般論として、性向は密室で行われるため、不貞行為当事者が認めない限り性交の存在を証拠上認めることは難しい。

性交の前段階の状況(例えば、ホテル等の一室において2人きりになって相当時間経過したこと、性的関係をうかがわせるメールのやり取りをしたこと)等を捉えて、不貞行為と評価して損害賠償を認める裁判例がままみられる。
尚、認められなかった裁判例:判例時報2514・39
  判断 不貞行為の成立自体は認めたが、
慰謝料額はかなりの低額(10万円)に。

①不貞行為の内容が異性間の性交ではなく、同性間の性的行為にとどまっている
②原告の妻が離婚にまでは至っていない
③原告も原告の妻が同性愛者として被告と親しく付き合うことは許容していた
④被告も本件各行為について反省の態度を示している 
  解説 事実婚の状態にあった女性同士の同性カップルにおいて、相手方が他の者(男性)と性的関係を結んだことにより、事実婚が破綻したとして損害賠償を求めた事案において、同性の事実婚も婚姻の準ずる関係にあるといえるとして損害賠償を認めた事案。 
  民事p87
宇都宮家裁R2.11.30  
  婚姻費用分担請求の始期・算定基準
  事案 婚姻費用分担金の支払を求めた事案 
  主張 相手方:
①婚姻費用分担の始期は調停申立時とするのが通例
②法の不遡及の原則⇒改定後の算定表は、その公表後の婚姻費用について適用されるべき
  判断 調停申立時ではなく、申立人が内容証明郵便をもって分担を求める意思を確定的に表明した時点を基準とするのが相当。
  改定後の標準算定方式及び算定表は、そもそも法規範ではなく、婚姻費用分担額等を算定するための合理的な裁量の目安

当事者間で改定前の標準算定方式及び算定表を用いることの合意が形成されているなどの事情がない限り、改定標準算定方式及び改定算定表による算定に合理性がある以上、同算定表等の公表前の未払分を含めて、改定標準算定方式及び改定算定表により分担額を算定するのが相当。
  解説 ●婚姻費用分担の始期 
夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生じる費用を分担する(民法760条)。
最高裁:婚姻費用分担に関する処分の審判は、婚姻費用の分担額を具体的に形成決定し、その給付を命ずる裁判であり、家庭裁判所が婚姻費用の分担額を決定するに当たり、過去にさかのぼって、その額を形成決定することが許されない理由はない。
~審判時より過去にさかのぼって婚姻費用分担額を形成することができる旨判示。
過去のどの時点まで遡ることができるか?
A:請求時(実務の多数)
B:要扶養状態時
  ●標準算定方式及び算定表の改定並びに同算定表等の公表前の未払分の算定 
令和元年基準:
具体的には、標準算定方式の基本的枠組みである、
義務者及び権利者の基礎収入を認定した上で、
子らのために費消されていたはずの生活費の額を算出し、
これを義務者及び権利者の基礎収入の割合で按分する収入按分型を採用し、
生活保護基準及び学校教育費に関する統計資料を用いて標準的な生活費指数を算出するという算定方式は維持。
他方、職業費として控除する項目の一部につき、統計上の支出額を世帯人数で除して有業人数で乗じた金額を計上し、生活費指数について算出過程を明らかにして1桁台まで算出するなど、全体的に算出方法の詳細を明示するjことで、標準算定方式による算定方法の一部を改良。
  知財p91
知財高裁R3.12.22  
  懲戒請求に対する反論として、未公表の懲戒請求書にリンクを張ったことについてのの、著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)に基づく損害賠償請求(否定)
  事案 Xは、Y1を被告として、Y1がXの氏名を明示して本件記事1及び本件記事2を掲載したことがXのプライバシー権を侵害するとともに、本件懲戒請求書のPDFファイルに本件リンクを張った行為が、著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)を侵害するとして、著作権法112条1項に基づき、ブログに本件記事1及び本件記事2を掲載することの差止めとそれらの削除を求めるとともに、著作権(公衆送信権)侵害の損害賠償として財産的損害10万円と弁護士費用20万円の合計30万円、及び著作者人格権(公表権)侵害の損害賠償として慰謝料170万円の合計200万円と不法行為後の遅延損害金の支払を求めて訴訟提起。 
Y2は、Y1の訴訟代理人弁護士であり、自らのブログ上に、Y1の意見陳述を称賛する記事を掲載し、リンクを張って本件記事1にアクセスができるようにした。
Xは、Y2に対し、本件記事3において本件記事1に対するリンクを張ったことが、X1による著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)の侵害の幇助に当たる⇒それによる慰謝料150万円及びこれに対する遅延損害金を求める訴えを提起。
  争点
(1)本件懲戒請求書の著作物性の有無
(2)Y1によるアップロード前の本件懲戒請求書の公表の有無
(3)著作権法32条1項の引用への該当性
(4)権利濫用の成否
イ プライバシー権侵害の有無
ウ 本件記事3の掲載の不法行為性
エ 損害の有無及び額 
  原審
(1):本件懲戒請求書の著作物性を肯定
(2):Y1によるアップロード前の本件懲戒請求書の公表を否定
(3):引用該当性を否定
(4):公衆送信権に基づく請求は権利濫用に当たらないが、公表権に基づく請求は権利濫用に当たる
イ:プライバシー権侵害は否定
ウ:本件記事3の掲載は不法行為に当たらない
エ:公衆送信権侵害による損害は認められない

本件懲戒請求書のPDFファイルの削除を命じ、その余の請求をいずれも棄却。
  判断 Xの請求はいずれも理由がない⇒Y1の控訴に基づいて原判決の認容部分を取り消し、その部分の請求を棄却。 

(1):本件懲戒請求書の著作物性を肯定
(2):Y1によるアップロード前の本件懲戒請求書の公表を否定
(3):引用該当性について、本件懲戒請求書は公表されたものとは認められない⇒引用該当性を否定。
(4):権利濫用について:
①公衆送信権及び公表権により保護されるべきXの利益は、本件産経記事が掲載された時以降は、相当程度減少していた
②Y1が本件記事1を掲載して本件懲戒請求書のPDFファイルに本件リンクを張ることについてその目的は正当であった
③本件リンクによる引用の態様は相当であった

XのY1に対する公衆送信権及び公表権に基づく権利行使は権利濫用に当たり許されない。

イ:プライバシー権侵害は否定
ウ:本件記事3の掲載は不法行為に当たらない
  解説 スナップ写真について公表の欠如を理由として引用該当性を否定した裁判例として、知財高裁H19.5.31。 
  労働p111
東京高裁R3.3.4  
  出産後1年を経過していない女性労働者に対する解雇(無効とされた事例)
  事案 Xは、Yに保育士として雇用されていた⇒Xの妊娠が判明⇒平成29年3月末まで勤務し、同年4月1日以降産休に入ることを合意。
Xは、同年5月10日に第1子を出産し、平成30年3月、Yに対し、同年5月1日からの復職を希望⇒Yは、復職させることはできない旨を伝え、Xの求めに応じ、同年5月9日付けで解雇する旨の記載のある解雇理由証明書を交付(本件解雇)。
X:Yに対し、本件解雇は、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められず、権利の濫用に当たり、また、雇用均等法9条4項に違反し、無効である

ア:労働契約上の権利を有する地位にあることの確認
イ:平成30年5月以降、第2子の産休・育休期間を除く期間の月例賃金及び賞与の支払
ウ:不法行為に基づく損害賠償として
(1)本件解雇により受給することができなかった産休・育休中の社会保険給付相当額
(2)慰謝料及び弁護士費用
の各支払を求めた。
Y:Xについて、
本件保育園の園長に対し不適切な言動を繰り返した結果、職場環境を著しく悪化させ、園児に悪影響を及ぼしていた⇒就業規則の定める解雇事由に該当。
問題点に対する認識が不十分であり、園長と協調する意思はなく、改善の見込みが乏しく、Yの他の保育園への異動もできず、解雇に代わる有効な代替手段はなかった⇒本件解雇については、客観的合理的理由が存在し、社会通念上相当である。
  争点 ①退職合意の成否
②本件解雇の有効性
③平成30年5月分以降の賃金請求権及び賞与請求権
④不法行為に基づく損害賠償請求 
  判断   ●  争点①:
Xを復職させることはできない旨の通告は実質的に解雇の意思表示⇒Xの承諾の意思表示があったとは認められない⇒退職合意の成立を認めず。 
争点②:
Xについて、本件保育園の園長の指示に従わないとか、批判的言動を繰り返すなどしたとは認められず、園長の保育方針や決定について質問や意見を出したことや保育観が違うことが、解雇に相当する問題行動であると評価することは困難
⇒本件解雇は、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められず、権利の濫用として無効。
雇用機会均等法9条4項違反について、同項は、妊娠中及び出産後1年を経過しない女性労働者に対する解雇を原則として禁止し、同項ただし書は、妊娠、出産等の事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない旨を定めるが、
使用者は、単に妊娠、出産等を理由とする解雇ではないことを主張立証するだけでは足りず、妊娠、出産等以外の客観的合理的な解雇理由があることを主張立証する必要がある。
but
本件解雇には客観的合理的理由があるとは認められない。

同項ただし書の証明をしたとはいえず、同項に違反し、この点においても本件解雇は無効。
  争点③:
Xは労働契約上の権利を有する地位にあり、Yは、Xに対し、平成30年5月以降本判決確定の日まで、第2子の産休・育休期間を除く期間の月例賃金及び賞与の支払義務を負う。 
  争点④:不法行為による損害賠償請求:
Xが第2子を出産した際の産休・育休期間中に受給することができた社会保険給付及び弁護士費用の支払義務を負う
②解雇が違法・無効な場合であっても、一般的には、地位確認請求と解雇時以降の賃金支払請求が認容され、経済的損失が補てんされることにより、解雇に伴って通常生じる精神的苦痛は相当程度慰謝され、これとは別に精神的損害やその他無形の損害についての補てんを要する場合は少ないと解される。
but
本件に顕れた一切の事情を考慮
⇒本件解雇に係る慰謝料30万円、弁護士費用3万円。 
  規定 雇用機会均等法 第九条(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)
・・
3事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

4妊娠中の女性労働者及び出産後一年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。
  刑事p134
京都地裁R3.3.8  
  電子連動装置の設置にともなう訓練中の事故について、鉄道会社の鉄道部運輸課長および運転管理者であった者の業務上過失傷害(否定)
  事案 軌道事業等を行とするA社の鉄道部運輸課長および運転管理者として、A社d事務所に勤務しA社の運輸営業等に関する事項を統括し、電車の運行等を管理する業務に従事していた被告人が、本件訓練中に過失により無遮断状態の踏切に電車を侵入させ、乗用車で同踏切に侵入した被害者に傷害を負わせたとされる業務上過失傷害被告事件。
  主張 検察官:
被告人には「手動による踏切操作における人為的ミスを含む何らかの原因で遮断機が下りないことにより、踏切を通過する電車と車両とが衝突すること」について予見可能性があり、結果回避義務違反もある。
  判断 過失犯において行為者に過失責任を問うためには、具体的な結果発生の予見が可能であることを要するものの、
これは結果発生に至る因果経過の細部にわたって予見が可能である必要はなく、その基本的部分について予見が可能であれば足りる。
具体的な結果発生の予見が可能であれば過失責任を問うことができるという根拠は、行為者においてそのような予見可能性があれば、結果回避措置をとることを期待でき、それにもかかわらずこれをとらなかったことに責任非難が向けられる、という点にある。

予見可能性の対象となる因果経過の基本的部分というのも、その予見可能性があれば結果回避措置をとることを期待でき、それにもかかわらずこれをとらなかったことに責任非難が向けられるという点にある。
but
検察官が主張するような予見可能性では、踏切付近に従業員を配置するなど、期待しがたい過大な義務を課すことになっていしまう。
前記基本的部分とは、電子電動装置の仕組みによって踏切が遮断されないこと、というのでなければならないが、被告人にその予見が可能であったとは認められない。
  解説 第1の可能性:
実際に被害者の負傷への現実化した危険を「何らかの原因で遮断機が下りないこと」と抽象的に把握したうえ、このよな抽象的な危険に対処すべき注意義務(結果回避義務)の違反を問題にすること。
vs.
被告人の予見可能性を容易に肯定
but
注意義務の内容が過大なものとなりがち。
第2の可能性:
実際に被害者の負傷への現実化した危険を具体的に、電子電動装置の仕組みによって踏切が遮断されないことと把握した上、このような具体的な危険に対処すべき注意義務の違反を問題とする。
最高裁H29.6.12(福知山線列車脱線転覆事故事件):
「運転士がひとたび大幅な速度超過をすれば」という抽象的な危険に対処すべく、曲線へのATS整備を一律に義務付けるのは過大。
一方、管内に2000か所以上も存在する同種曲線の中から、とくに列車脱線転覆事故が発生した曲線を危険性が高い(したがって、ATSを整備すべき)ものとして認識できたとは認められない。
「因果経過の基本的部分の予見可能性」とは、注意義務違反が認められることを前提としたうえで、実際にたどられた因果経過と被告人が予見しえた因果経過とが齟齬する場合に用いられてきた観念。
危惧感説を批判するのであれば、特定の結果回避義務に結びつかない漠然としたリスクを問題にしても始まらない点を指弾すべきであり、因果経過のみを取り出して基本的部分とそれ以外の部分に分けるという作業にはあまり意味がない。

注意義務違反の存否が問題となっている本件において、この観念を用いる本判決はやや特殊な用語法に従っている。 
2515   
  民事p5
最高裁R3.6.20  
  宅建業法の趣旨に反する名義貸し合意とこれと一体としてされた利益分配合意の効力
  事案 ・・・
Xが、Yに対し、本件合意に基づいてXに支払われるべき金員の残額として1319万円余りの支払を求めるなどするもの。
本件反訴:Yが、Xに対する1000万円の支払は法律上の原因のないものであったと主張して、その返還等を求めるもの。
  判断 宅建業法3条1項の免許を受けない者(「無免許者」)が宅地建物取引業を営むために免許を受けて宅地建物取引業を営むもの(宅建業者)からその名義を借り、当該名義を借りてされた取引による利益を両者で分配する旨の合意は、宅建業法12条1項及び13条1項の趣旨に反する⇒公序良俗に反し、無効である。
事実関係等によれば、本件合意は前記各条項の趣旨に反するものである疑いがあり、
Yから本件合意の内容は宅建業法に違反する旨の主張もされていたところ、同主張について審理判断することなく本件合意の効力を認めた原審の判断には、明らかな法令違反がある。

原判決中、Yの敗訴部分を破棄し、本件合意の効力等について更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻した。
  解説   宅建業法:
宅地建物取引業を営む者について免許制度を採用しして、
欠格要件に該当する者には免許を付与しないものとし、
無免許の営業及び宅建業者による名義貸しを禁止し、
これらの違反について刑事罰を定めている。 
行政法規違反の法律行為の私法上の効力:
A:通説:
行政法規を
①事実としての行為を命じたり禁止したりすることを目的とするいわゆる取締法規と、
②法律行為としての効力を規制することを目的とする強硬法規とに区別し(二元論)、
取締法規違反(①)にとどまる場合には、原則として法律行為を有効としつつ、例外的に、立法の趣旨、違反行為に対する社会の倫理的非難の程度、一般取引に及ぼす影響、当事者間の信義・公正等を総合的に考慮して、その効力を無効とすべきか否かを決定。
B:取締法規と強行法規との区別をしない見解(一元論)
B1:行政法規を警察法令と経済法令との分け、
前者に違反する法律行為については司法上の効力に謙抑的であるべきであるが、
後者に違反する法律行為については積極的にその効力を否定すべき
(取引的公序論)
B2:民法90条が私的自治・契約自由を制限する規定
⇒同条を適用して法律行為を無効とするためには、
①法令の目的が法律行為を無効とすることを正当化するに足りるだけの重要性をもつこと、
②その法令の目的を実現するために法律行為を無効とすることが必要不可欠といえることを要する
とする憲法的公序論
判例:
行政法規に反する法律行為の効力については、そのことを理由に直ちに無効であるとするものは少なく、原則としてこれを有効としつつ、個々の事例ごとに公序良俗違反となるか否かを判断しているものが多い。
行政法規によって許可制度や免許制度が採用されるなど、一定の資格がある者に限って一定の取引等をすることができるとされている場合において、その法規違反となる名義貸しを内容とする合意がされた場合:
A総合判断説:
法律がとくに厳格な標準で一定の資格のある者に限って一定の企業ないし取引をすることができるとしている場合に、その名義を貸与する契約は、法律がその企業ないし取引をする者を監督しようとしている趣旨に反する⇒無効
B2:
そうした契約を無効としないかぎり、許可を得ていない者がその名義を利用して営業するのを少なくとも法形式上放任してしまうことになり、審査を経て許可を受けた者にのみ営業を許すという許可制の目的と相いれない⇒無効。
  規定 宅建業法 第一二条(無免許事業等の禁止)
第三条第一項の免許を受けない者は、宅地建物取引業を営んではならない。
宅建業法 第一三条(名義貸しの禁止)
宅地建物取引業者は、自己の名義をもつて、他人に宅地建物取引業を営ませてはならない。
  名義貸しが宅建業法13条1項違反となるためには、「他人」が「宅地建物取引業を営」むことを要する⇒名義借り人が営利の目的で反復継続して行う意思の下に宅建業法2条2号所定の行為をすることが必要。
仮に、本件合意が公序良俗違反により無効⇒反訴請求については、1000万円の支払が不法原因給付に当たるか否かが問題。
公序良俗違反により無効となるのは、名義貸し人と名義借り人との間の内部的な合意、すなわち名義貸し合意とこれと一体としてされた利益分配合意であって、名義を借りてされた外部者との取引行為自体が無効となるものではない。
  本判決:
行政法規である宅建業法の趣旨に反する名義貸し合意とこれと一体としてされた利益分配合意が、公序良俗に反し、無効であるとの法理判断を最高裁において初めて示したもの。 
  民事p9
東京高裁R3.4.21  
  婚姻費用分担事件で義務者が失職した事案 
  原審 Yは退職して無職、無収入であるが、令和1年分の給与収入の5割程度の稼働能力を有する⇒月額4万円の支払等を命じた。 
  判断 婚姻費用を分担すべき義務者の収入は、現に得ている実収入によるもが原則。
失職した義務者の収入について、潜在的稼働能力に基づく収入の認定をするのが許されるには、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならない。
Yは、・・・自殺企図による精神錯乱のため警察官の保護を受け、同月15日に職場を自主退職し、主治医の意見書によれば、就労は現状では困難。
Yは、自主退職後、就職活動をして雇用保険の給付を受けたことはなく、現在でも就労しておらず、令和3年3月15日付けで、精神障害者保険福祉手帳の交付申請をしている。

Yにおいて、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが婚姻費用の分担におけるXとの関係で公平に反すると評価される特段の事情があるとは認められない。

Xは、少なくともYの現状の状態の下では、Yに対し、婚姻費用の分担金の支払を求めることはできないから、Xの婚姻費用分担の申立ては却下を免れない。
  解説 養育費に関する東京高裁:
義務者は、養育費の減額を求める家事調停係属中の段階で失職し、就職活動をして雇用保険を受給していたが、調停不成立となって原審判がされた時点でも就職できなかった事案において、失職してまもなくの時期に、賃金センサスを用いて潜在的稼働能力があると認定して養育費を算定した原審に対し、
養育費は、当事者が現に得ている実収入に基づき算定するのが原則であり、義務者が無職であったり、低額の収入しか得ていないときは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いているなどの主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合に初めて、義務者が本来の稼働能力(潜在的稼働能力)を発揮したとしたら得られるであろう収入を諸般の事情から推認し、これを養育費算定の基礎とすることが許されるというべき。
原審は、こうした点について十分に審理しているとはいえない⇒原審判を取り消して、差し戻した。
  民事p12
広島高裁R3.2.24  
  破裂脳動脈瘤に対する血管内治療であるコイル塞栓術⇒術内の本件動脈瘤の再破裂により死亡の医療過誤(肯定)
  事案 破裂脳動脈瘤に対する血管内治療であるコイル塞栓術⇒術内の本件動脈瘤の再破裂により死亡。
女性の遺族らが、
主治医の説明義務違反又は本件手術に当たった医師ら(執刀医ら。B医師及びC医師)の手技上の注意義務違反を主張し、
使用者責任又は診療契約上の債務不履行責任に基づく損害賠償請求権に基づき、
病院を経営する法人に対し、損害賠償を請求した事案。 
  原審 請求棄却 
  判断 ・・・本件動脈瘤は、2つの葉状の構成部分を有するハート型の形状のもの
⇒執刀医らは、2本のカテーテルを2つの構成部分にそれぞれに挿入して塞栓しようとした。
but
最初にフレーミングコイルで左側構成部分内に外枠を形成していたところ、コイルの一部が右側構成部分に逸出⇒やむなく同じコイルで右側構成部分のフレームも形成⇒当初の左側構成部分をフレーミングするコイルが不足し、左側構成部分のネック部分までカバーするフレームを形成することができなかった。
それにもかかわらず、執刀医らがフィリングコイルを続けて充填⇒フィリングコイルが前記左側構成部分のネック部分を穿孔し、本件動脈瘤が破裂。
B医師は、本件左側構成部分のネック部分までカバーする立体的なフレームを形成することができなかったところ、これは本件手術当時の医療水準にもとり、B医師にフレーミングについての注意義務違反があった。
女性の死亡との間に因果関係も肯定。
⇒遺族らの請求を一部認容。
尚、本件手術に先立って行われた主治医(A医師)の女性及び家族に対する説明について、具体的に説明義務違反も認めている。
  解説 女性の死後まもなくその父親が病院宛てに質問状を出すなど、医事紛争に発展する可能性が高かったにもかかわらず、その後、ほとんどの画像が放射線技師により消去。
⇒本件動脈瘤の破裂の瞬間や、破裂後に執刀医らがコイルをどように操作したかなどの裏付けとなる画像が残されていない。 
そのような中で、本判決は、手術記録などのカルテの記録やコイル塞栓術に関する医療文献などを詳細に分析し、義務違反の基準となるコイル塞栓術の医療水準を確定した上で、本件出術におけるB医師の不手際をち密に認定していった。
  民事p42
福岡高裁R2.12.9  
  防衛大での上級生らかの暴行、強要等のいじめ行為⇒履行補助者である同校教官らの安全配慮義務違反があるとして、国賠請求が認められた事例
  事案 Xは、防衛大学校を退校。
在校中、在校生8名から暴行、強要等の加害行為を受けた⇒精神的苦痛を受けるとともに、防衛大からの退校を余儀なくされた。
XがY(国)に対して、防衛大の組織上の安全配慮義務違反又は履行補助者である教官らの安全配慮義務違反による債務不履行に基づき、損害賠償として2297万2380円及び遅延損害金の支払を求め、
控訴審において、Yに対し、教官らには防衛大内部において学生間に暴力等の加害行為が起こらないよう学生を指導監督すべき注意義務を怠った過失がある
⇒国賠法1条1項に基づき、前記と同額の支払を求める請求を選択的に追加。
  原審 Yあるいは教官らにおいて、本件各行為の発生につき予見可能性はなかった⇒安全配慮義務違反を認めず、請求を棄却。
本件学生らに対する、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟については、1名を除く学生らに対する請求について不法行為の成立が認められ、請求を一部認容する判決が確定。
(防衛大の学生は国家公務員butいずれも公務員個人の不法行為が免責される旨の主張をしていない。)
  主張 X:
①本件当時、防衛大内では学生間指導の手段として暴力行為やいじめ行為等が蔓延していた⇒Yは、組織として、いじめ事案を早期に察知し、相談室の整備やいじめの実態の調査、原因究明等の再発防止策を講ずる態勢を直ちに構築すべき義務を負っていたが、これを怠った。
② 本件各行為は本件学生らによる一連のいじめ行為⇒教官らは、本件学生らが本件各行為を行うことを当初の段階から予見でき、仮にそうでなくても、本件各行為が発生した各段階において予見することができた⇒その都度、事実確認を行う等して再発防止策を講じる義務を負っていたが、これを怠った。
③本件加害行為によって健康被害が生じているXの心身の回復に配慮し、悪化している勤務環境を改善して、Xがその後さらに不利益を受けることがないようにすべきであったにもかかわらず、これを怠った。
Y:
①防衛大において、安全管理体制及び学生に対する指導監督教育の体制を整え、教官らが学生に対し、常日頃から、暴力やいじめ等は厳禁である旨説くなどして、学生間の指導の意義、限界を指導する教育体制をとってきた
②教官らは、それぞれ突発的に行われた本件各行為の発生を予見することはできなかった、
③本件各行為を認識した後は、直ちに事実確認や本件学生らへの指導、医務室への受診などの必要な措置はとっていた
  判断 Yは、防衛大の学生に対する安全配慮義務として、
学生が教育訓練を受け、学生舎等において生活を送るに当たり、防衛大の組織、体制、設備などを適切に整備するなどして、学生の生命、身体及び健康に対する危険の発生を防止する義務を負い、そこには学生間指導が適切に行われるための指導の実施や具体的な危険の発生防止のための措置を講ずべき義務も含まれる。
学生の指導監督を行う教官らは、Yが学生に対して負う同安全配慮義務について履行補助者の立場にある。 
Y又は教官らの安全配慮義務違反の有無については、本件当時の学生間指導の実態やこれに対する防衛大の取組状況を踏まえて判断するのが相当。
教官らが、個々の行為が行われた際に、事実の確認、関係者への事情聴取、学生に対する指導、指導記録の記載、報告書の作成や上司への報告等において適切な対応を怠ったため、後の暴力行為等を防ぐことができなかった
⇒教官らの安全配慮義務違反を認めた。
  解説 国が特別権力関係にある公務員に対しその生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っている(最高裁)。
この安全配慮義務の適用範囲は学校事故にも及ぶ。 
  民事p59
東京地裁R3.1.15  
  ツイッター上で名誉権を侵害する投稿⇒当該投稿の直前にアカウントにログインした際の発信者情報につき、経由プロバイダに対する開示請求が認められた事例
  事案 ツイッターにおいてXの名誉権を侵害する本件記事の投稿⇒Xが、ツイッターの運営会社から開示された本件IPアドレスの保有者である経由プロバイダYに対し、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」に基づき、発信者情報の開示を求めた。
本件は、いわゆるログイン型投稿の発信者情報開示請求事件であり、本件記事の投稿時のものではなく、アカウントへのログイン時のものである本件契約者情報が法4条1項の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に該当するか。
  判断 本件IPアドレスは、アカウントに対するログインの際に割り当てられたものであり、本件記事を投稿した際に割り当てられたものではない。
but
・・・。
  解説 本判決は、ログイン時の発信者情報も開示請求の対象となり得る旨述べ、当該ログインの機会に投降がされたとの事実認定の下、発信者情報開示請求を一部認容したもので、裁判例に1例を加えるもの。 
法は、令和3年法律第27号により改正(令和4年10月までに施行予定)、改正後の法5条3項に、ログイン等のための通信であって「侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内であるものとして総務省令で定めるもの」として「侵害関係通信」の概念が設けられ、
改正後の法5条1項及び2項に、補充性など所定の要件を満たせば、「発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるもの」と定義される「特定発信者情報」の開示を請求することができる旨の規定が新設。

ログイン時の発信者情報も事案によって開示請求の対象となり得ることが明確に。
  民事p63
静岡地裁R3.5.7  
  新聞の報道記事によるプライバシー侵害(肯定)
  事案 覚せい剤取締法違反及び大麻取締法違反で逮捕・勾留⇒実名・逮捕・住所の地番まで掲載⇒嫌疑不十分で不起訴処分
・・プライバシー侵害に当たる⇒不法行為に基づく損害賠償請求として損害金各330万円及び遅延損害金の支払を求めるとともに、
名誉回復措置として被告が発行する新聞紙上に謝罪文を掲載することを求めた。 
  判断 原告らが覚せい剤取締法違反及び大麻取締法違反の被疑事実で逮捕されたとの部分だけでなく、
住所も原告らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となる。 
プライバシーの侵害については、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立。
住所それ自体は、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない
but
①原告らが覚せい剤及び大麻を営利目的で所持していたいとの被疑事実で逮捕されたとの情報と併せて住所の地番までが公表⇒第三者が原告らに対する抗議や嫌がらせ目的、あるいは興味本位等で原告らの住所を訪問したり、郵便物等を送付したりして、原告らの私生活上の平穏が脅かされる可能性も否定できない。
②自宅では4人の未成年の子らと共に生活しており、住所の地番までが公表されることによる私生活上の悪影響は大きい
③被告が発行する新聞が主に静岡県内で購読されている日刊新聞であり、新聞紙上に原告らの住所の地番までが掲載されると、これが静岡県内に広く知れ渡る

本件においては、原告らの住所の地番を秘匿される必要性が高いといえる。
当該記事の新聞への掲載の目的は、重要な公益を図ることにあったと認められる。
前記被疑事実に係る犯罪の重要性及び社会的関心の高さ
⇒原告らが前記被疑事実によって逮捕された事実を原告らの氏名や年齢、職業、居住地域などの原告らを特定するための情報と共に報道する必要性は高い。
but
①居住地域jについては、町名ないし「丁目」等までの住所の一部であっても、氏名や年齢、職業等の他の情報によって被疑者を特定することは可能であり、現に、被疑者の住所全てではなく、「丁目」等の住所の一部を掲載するに止めることを原則としている新聞社も存在している。
②被告自身も、静岡県外の事件は、被疑者の住所の「字」までを掲載することを原則としていること、さらには、原告らがいずれもブラジル国籍であることや、原告らが居住する地域内に原告らと同一又は類似の姓若しくは名の人物がが多数存在するなど当該記事で住所の一部のみの記載に止めた場合に読者において原告らと第第三者とを混同するおそれがあることを基礎づける具体的事情が認められない

本件において、逮捕された被疑者の特定のために、原告らの住所の一部にとどまらず、地番まで掲載する必要が高いとはいい難い。
原告らの住所の地番が秘匿される必要性が高い一方で、
原告らの住所の地番を掲載する必要性が高いとはいい難い

原告らの氏名、年齢、職業、国籍と共に、住所の地番までを記載した上で、原告らが逮捕された事実を報道した記事は、原告のプライバシーを違法に侵害するものとして、不法行為が成立すると認められる⇒原告らの損害賠償請求を33万円及びこれに対する遅延損害金の限度で認容。
  解説 ●プライバシーの概念
判例実務:
他人に知られたくない私生活上の事実又は情報をみだりに開示されない利益又は権利

住所に関して最高裁H15.9.12:
個人識別等を行うための単純な情報であって、その限りにおいては、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。
このような個人情報についても、本人が、自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべき。

プライバシーに係る情報として法的保護の対象となる。
  ●表現行為によるプライバシー侵害行為が不法行為に該当するか? 
判例:
その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立(最高裁H15.3.14)。

具体的には、
当該プライバシー情報の性質及び内容、表現行為当時における原告らの年齢や社会的地位、表現行為の目的や意義、当該表現行為において当該プライバシー情報を開示する必要性、当該表現行為によって当該プライバシー情報が伝達される範囲と原告が被る具体的被害の程度、当該表現行為における表現媒体の性質など、
当該プライバシー情報に係る事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を比較衡量し、
当該プライバシー情報に係る事実を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するか否かによって判断すべき。
  刑事p77
大阪高裁R2.1.27  
  近隣住人5人殺害で責任能力が争われた事案
  事案 近隣の住人5人を殺害した重大事案の控訴審判決。
責任能力が争われた。
  経緯 1審でも、起訴前鑑定といわゆる50条鑑定(第1回公判前に実施した鑑定)を担当した2人の精神科医の供述が証拠に。
1審判決は、主として、50条鑑定を担当した精神科医の見解を採用。
but
控訴審において3度目の精神鑑定。
←弁護人の控訴趣意書で、1真の鑑定内容に相応の批判が加えられ、それを基礎に判断した1審判決にある程度の疑問が生じていた。

本判決:
本件犯行は、被告人の強い妄想が影響しているものと認められるところ、被告人の犯行時の精神状態について、原審で取り調べた精神科医の見立てで説明しきれるのか疑問の余地がないわけではない。
  解説・判断  控訴審における事実の取調べについては、控訴審が事後審であるという構造論からの制約。
裁判員裁判との関係では、控訴審が事実の取調べを行うのは例外的であり、取調べの必要性をかなり厳格に解釈すべきであるとの議論⇒そのような運用。
but
本件では、裁判員裁判の控訴審で、事実の取調べを行っている。

①1審の結論が死刑
②1審で取り調べた精神鑑定関係の証拠の信用性が、控訴趣意書で批判され、その当否を判断するには、さらに専門家の知見を得ることが必要であると判断された。 
鑑定等の専門的知見や技術を活用する場合は、より新しい又はより高度な知見や技法によって、より客観的に真実に近づける場合も多い
⇒そのような場合には、事実の取調べは比較的認められやすい。
  ●責任能力の判断 
被告人の抱いていた妄想が本件にどのような影響を与えていたかという、精神鑑定において最も重要な部分において、
妄想性障害にり患していた被告人につき、
経済的困窮等の環境的要因の悪化によるストレスが高じ、妄想的意味付けが活発化した点を、妄想性障害の悪化として捉えている。
1審:
被告人に妄想があること自体は認めつつも、被告人の世界観や被害者ら一家に対する悪感情など被告委任自身の正常心理の作用を認めて、本件に対する病気の影響は小さい。
vs.
本判決:本件の動機が被告人の妄想でしか説明できない⇒被告人の妄想が本件の決定的な原因であり、妄想の本件に対する影響は極めて大きかったとするのが論理的帰結。
  責任能力を判断するために、妄想性障害の存在を前提に、犯行態様等(犯行動機、犯行前の行動、犯行態様、犯行後の行動)に、妄想性障害の影響がどの程度みられるか、反対から言えば、どの程度正常な精神作用が残されていたかという視点で、分析検討。 

責任能力判断の指標となる7つの着眼点を意識しつつ、事案に即して、より直接的に責任能力の判断に踏み込む判断方法。
7つの着眼点:
①動機の了解可能性
②犯行の計画性
③行為の意味・性質、違法性の認識等
④自らの精神状態の理解、精神障害による免責可能性の認識
⑤犯行の人格異質性
⑥犯行の一貫性、合目的性
⑦犯行後の自己防御、危険回避行動
本判決:7つの着眼点を意識しつつも、これにとらわれない近時の責任能力判断の方法を実践。
  被告人が最終的に犯行を決意した際の状況につき、
犯行前に自分の行為がどのくらいの刑になるのか調べたり、犯行直後、裁判になるのでもう会えないというメッセージを送ったり、臨場した警察官に対し、弁護士に来るまで話さないと述べたりしていることも踏まえ、
被告人は、たとえ処罰を受けることになっても、妄想性障害の強い影響を受けていたために、自己の復讐を果たすとともに、精神工学戦争の実在を明るみに出したいとの動機に基づき、そのような行為に出ることが正しいと認識して、規範障害を乗り越え本件に及んだとみるのが相当。

犯行を思いとどまる能力(制御能力)は、妄想のために著しく減退。
その結果、本来の人格からは相当解離のある残虐な殺害行為を、短時間のうちにためらいもなく、次々と行ったものであるが、
他面において、自己の行動が違法なものであることは理解していたし、殺害という行為以外に選択する余地がなかったかといえば、被害者らの殺害に直結するような命令性の幻覚等はなく、妄想の影響によって直接的に行為を支配されてはいなかった。

心神喪失ではなく、心神耗弱であった。

被告人の行動を、妄想性障害の影響の方向と、正常な精神作用によるものの方向との両方向から分析し、その上で総合評価した1事例。
  刑事p93
富山地裁R3.3.5  
  交番襲撃事件
  事案 被告人が、交番勤務中の警察官を殺害してけん銃を奪い、そのけん銃で交番付近にいた警備員を射撃して殺害するなどした事案 
  解説・判断  ●Eに対する殺人の実行行為終了前に被告人がけん銃を奪う意思を有していたか 
  公判廷で被告人が黙秘⇒公判供述が存在しない。
but
逮捕後に被告人の供述調書が作成され、警察官を殺害してけん銃を奪うために奥田交番に行ったことや奪ったけん銃で警察官を殺し回ろうと思っていたという内容が記載。
①被告人が奥田交番で警察官と戦うこと(=被告人が持っている武器よりも強い武器であるけん銃を持っている人間との戦い)を考え始めてから1時間に満たない時間で実行に移し、交番襲撃後の行動も半ば行き当たりばったりなものであった
②逮捕前に行われた弁護人による事情聴取では、交番襲撃前にはけん銃を奪い次の警察官を狙ることまでは考えておらず、Eとの戦いが終わり、自分が生き残った時点で初めて武器を確保する必要が生じてけん銃をとったという趣旨の供述をしていた
③供述調書作成の前提となった取調べにおけるけん銃を奪う意思に関する被告人の供述(公判廷では取調べの音声のみが採用された。)は曖昧で揺れている
④その後の取調べでGを射殺しようとした理由を説明できなかった

被告人は、ともかく警察官と戦う意思で交番に赴き、Eと戦って生き残り次の戦いの準備の必要が生じた時点で初めて目の前にあったけん銃を取ることを決めた可能性が考えられ、Eに対する殺人の実行行為終了後にけん銃をとる意思が生じた可能性が排斥できない。
  ●量刑(死刑選択の当否)について 
①本件の経緯や動機形成の点に自閉症スペクトラム障害(「ASD」)の影響が色濃く現れていること
②計画性が高いとはいえない
⇒死刑を選択することがやむを得ないとまではいえない。
最高裁:
裁判例の集積から見出される考慮要素及び各要素に与えられた重みの程度・根拠を出発点として総合的な評価を行い、死刑を選択することが真にやむを得ないと認められるかどうかについて、究極の刑罰である死刑の適用は慎重に行わなければならないという観点及び公平性の確保の観点をも踏まえて議論を深める必要がある。
本件:
医師による精神鑑定及び同鑑定結果を前提とした心理学の専門家による検討を踏まえて、被告人のASDが犯行の経緯や動機にいかなる影響を与えたかについて認定。
その上で、ASDによって責任能力が低下していたことを否定し、ASDの影響を大きく斟酌することはできない。
but
①本件の経緯や動機の形成過程の様々な点にASDの影響が表れていること
②ASDが本人の努力では如何ともし難い先天性の脳機能障害に起因する発達障害
⇒ASDの影響を被告人に対する避難可能性の点で一定の限度で酌むべき事情であるとして、犯情評価の点で考慮し、死刑の選択を回避した根拠の1つとしている。
平成27年最判:
早い段階から被害者の死亡を意欲して殺害を計画し、これに沿って準備を整えて実行した場合には、生命侵害の危険性がより高いとともに生命軽視の度合いがより大きく、行為に対する非難が高まる。
かかる計画性があたっといえなえければ、これらの観点からの非難が一定程度弱まる。
   2514
  行政p5
最高裁R3.6.24  
  相続税の増額更正を取り消す旨の判決と、相続税法32条1号、同法35条3項1号の更正処分
  事案 X(被上告人)は、亡母の相続について遺産分割未了の段階で相続税法55条の規定に基づく申告⇒遺産に含まれる株式の一部の価額が過少であるとして増額更正処分⇒Xが前件更正処分の取消しを求める訴訟を提起⇒前件更正処分のうち本件申告に係る税額を超える部分を取り消す旨の判決(「前件判決」)が確定
but 
前件判決について、本件申告における価額を下回る価額が認定。
その後、遺産分割⇒Xは、本件各株式の価額を前件判決が認定した価額として税額等を計算した上で相続税法32条1号の規定による更正の請求⇒更正をすべき理由がない旨の通知処分(「本件通知処分」)を受けるとともに、同法35条3項1号の規定による増額更正処分(「本件更正処分」)を受けた。

XがY(上告人。国)を相手に、本件更正処分等の取消しを求めた。
  事実関係 (1)Xの母が死亡⇒本件申告(Xの課税価格は22億6374万4000円、税額は10億7095万円)
(2)江東東税務署長は、本件各株式の一部の価額が過少であるとして増額更正処分⇒
(3)Xは東京地裁に対し、Xの異議申立てを受けて東京国税局長により一部が取り消された後の前記増額更正処分のうち納付すべき税額(10億7095万円)を超える部分の取消しを求める訴えを提起⇒
(4)東京地裁は、納付すべき税額が本件申告に係る納付すべき税額を超える部分を取り消す旨の判決⇒東京高裁は控訴棄却。
(5)遺産分割が成立し、Xgは、本件各株式につき各銘柄の7分の6を取得
(6)Xの兄弟の2人が相続税法32条1号の規定による更正の請求⇒江東東税務署長は減額更正処分
(7)Xは、遺産分割調停成立を理由に、相続税法32条1号による更正の請求で、その評価は前件判決を前提
(8)江東東税務署長:
株式の価額の減額を求める部分は、本件申告における株式の価額に係る評価の誤りの是正を求めるものであり、相続税法32条1号の規定する事由に該当しない。
同法35条3項1号に基づき増額更正処分。
  争点 ① 課税庁は、相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正をするに当たり、従前の申告や更正によって一旦確定していた相続税額の算定基礎となった個々の財産の価額にかかる評価の誤りを是正することができるか。
②従前の更正処分について、個々の財産の価額について当該更正処分における価額とは異なる価額を認定して当該更正処分を取り消す判決が確定した場合には、課税長は、当該取消判決の拘束力(行訴法33条1項)により、相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正において、当該取消判決に示された個々の財産の価額を用いて税額等の計算を行うことを義務付けられるか。
  判断 相続税法55条に基づく申告の後にされた増額更正処分の取消訴訟において、個々の財産につき前記申告とは異なる価額を認定した上で、その結果算出される税額が前記申告に係る税額を下回るとの理由により当該処分のうち前記申告に係る税額を超える部分を取り消す旨の判決が確定した場合において、
課税庁は、税通法所定の更正の除斥期間が経過した後に相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正をするに際し、当該判決の拘束力によって当該判決に示された個々の財産の価額や評価方法を用いて税額等を計算すべき義務を負うことはない。
  解説 ●遺産分割と相続税の申告 
・・・各共同相続人が法定相続分に従って当該財産を取得したものとして、その課税価格を計算する(相続税法55条)。
・・・前記と異なる遺産分割がされた結果、共同相続人又は包括受遺者が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分又は包括遺贈の割合に従って計算された課税価格と異なることとなった⇒相続税について申告書を提出した者又は決定を受けた者は、・・・当該事実を知った日の翌日から4月以内に、更正の請求をすることができる(相続税法32条1号)
税務署長は、同条の規定による更正の請求に基づき更正をした場合において、他の相続人の申告又は決定に係る課税価格又は相続税額が、当該請求に基づく更正の基因となった事実を基礎として掲載した場合におけるその者に係る課税価格又は相続税額と異なることとなる場合には、その事由に基づき、税通法所定の更正の除斥期間にかかわらず、当該他の相続人に係る課税価格又は相続税額の更正又は決定をする(相続税法35条3項1号)。

同一被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した者の間の税負担の公平を求めるために設けられたもの。
  ●相続税法32条1号及び35条3項における更正と個々の財産の評価の誤りとの関係について 
相続税法32条1号及び35条3項1号は、同法55条に基づく申告の後に遺産分割が行われて各相続人の取得財産が変動したという相続税特有の後発事由が生じた場合において、更正の請求及び更正について規定する国税通則法23条1項及び24条の特例として、同法所定の期間制限にかかわらず、遺産分割後の一定の期間内に限り、上記後発事由により上記申告に係る相続税額等が過大になったとして更正の請求をすること及び当該請求に基づき更正がされた場合には他の相続人の相続税額等に生じた上記後発事由による変動の限度で更正をすることができるとしたもの。

相続税法55条に基づく申告等により法定相続分等に従って計算され一旦確定していた相続税額について、実際に行われた遺産分割の結果に従って再調整するための特別の手続を設け、もって相続人間の税負担の公平を図ることにある。
相続税法32条1号の規定による更正の請求においては、上記後発事由以外の事由を主張することはできない⇒一旦確定していた相続税額の算定基礎となった個々の財産の価額に係る評価の誤りを当該請求の理由とすることはできず、課税庁も、国税通則法所定の更正の除斥期間が経過した後は、当該請求に対する処分において上記の評価の誤りを是正することはできない。
課税庁は、相続税法35条3項1号の規定による更正においても、同様に、上記の評価の誤りを是正することはできず、上記の一旦確定していた相続税額の算定基礎となった価額を用いることになる。

本件申告における評価の誤りという事情は、本件申告時に内在していた事情であって、相続税特有の後発事由とはいえない。
  ●取消判決の拘束力と当該行政庁が有する法令上の権限について 
  ◎取消判決の拘束力 
A:既判力説
B:特殊効力説
取消判決により行政処分が取り消され、当該処分が違法であることが確定しても、それのみでは原告の救済が十分には行われず、行政庁に判決の趣旨に従った行動を義務づけることによってはじめて救済の実効性が保障される場合が少なくない⇒拘束力を特別に法定した(宇賀)。
拘束力が生ずる範囲:
主文に含まれる判断を導くために不可欠な理由中の判断であり、法的判断のみならず事実認定にも及ぶが、判決の結論と直接に関係しない傍論や要件事実を認定する過程における間接事実についての認定には拘束力は生じない(宇賀)。
取消判決の拘束力の具体的内容:
消極的行為義務として:
①反復禁止効
~取り消された行政処分と同一事情の下で同一理由に基づいて同一内容の処分を行うことを禁止する効果。

積極的行為義務として:
②再度考慮機能(案件処理のやり直し義務。行訴法33条2項、3項)
③不整合処分の取消義務
④原状回復義務
が議論されている。
  ◎課税庁が権限を有しない場合と反復禁止効 
取消判決により行政庁が行う「義務」は、あくまでも当該行政庁がそれを行う法令上の権限を有するものに限られる。
←裁判所は、新たな実体法規範を創設する権限を有しているものではなく、判決によって行政庁に対して法令上の根拠を欠く行動を義務付けることができるとは解されない。
原田:
取消判決の「拘束力」は、個別事例について具体的に実体法上の義務を確認して行絵師長の将来の行動規範を明らかにするところにある。判決はすべて既存の実体法上の義務を個別的に確認するのがその職務であって、法秩序のうえに存在しない義務を創設するものではない。
「拘束力」は、まさに実体法上の一般的な義務を個別具体的に定立し、これを明確にするところにある。

納税者が当初の申告における個々の財産の価額に係る評価の誤りを理由とする更正の請求を行うことができず、課税庁も前記誤りを理由とする更正をする権限を有しない場合に、後発的事由に基づく更正等を行うに際して、課税庁は、取消判決の拘束力により、取消判決の理由中の判断と異なる価額をを用いることを義務付けられることはない。
  ◎本件において課税庁が有する権限の内容 
相続税法32条1項の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正においては、遺産分割によって財産の取得状況が変化したという相続税特有の後発的事由以外の事由である当初の申告における個々の財産の価額に係る評価の誤りの是正は許されていない。
⇒課税庁は、それを是正する権限を有しない。
当初の申告における個々の財産の価額に係る評価の誤りは、本来、納税者が行う税通報23条1項の規定による更正の請求に対する同条4項の更正又は同法24条の更正において是正されるべきもの。
but
税通法上の更正の請求の期間及び更正の除斥期間が経過
⇒相続人は、更正の請求において、後発的事由以外の事由を理由とすることはできず、課税庁も、後発的事由以外の事由を理由として更正処分をする権限を有しない。
  ◎本判決の考え方 
処分を取り消す判決が確定⇒その拘束力(行訴法33条1項)により、処分を受けた行政庁等は、その事件につき当該判決における主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断に従って行動すべき義務を負う。
上記拘束力によっても、行政庁が法令上の根拠を欠く行動を義務付けられるものではない⇒その義務の内容は、当該行政庁がそれを行う法令上の権限があるものに限られる。
相続税法55条に基づく申告の後にされた増額更正処分の取消訴訟(=前件訴訟)において、個々の財産につき上記申告とは異なる価格を認定した上で、その結果算出される税額が上記申告に係る税額を下回るとの理由により当該処分のうち上記申告に係る税額を超える部分を取り消す旨の判決が確定した場合には、当該判決により増額更正処分の一部取消しがされた後の税額が上記申告における個々の財産の価額を基礎として算定された
⇒課税庁は・・・国税通則法所定の更正の除斥期間が経過した後においては、当該判決に示された価額や評価方法を用いて相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条1号の規定による更正をする法令上の権限を有していない。
上記の場合においては、・・・課税庁は、国税通則法所定の更正の除斥期間が経過した後に相続税法32条1号の規定による更正の請求に対する処分及び同法35条3項1号の規定による更正をするに際し、当該判決の拘束力によって当該判決に示された個々の財産の価額や評価方法を用いて税額等を計算すべき義務を負うことは無い。
  尚、Yは、前件判決の理由中の判断のうち、本件各株式の価額等の判断部分については拘束力が生じない旨も主張。
but
本判決は判断せず。
取消訴訟のどの部分に拘束力が生ずるかについては、主文に含まれる判断を導くために不可欠な理由中の判断にも生ずる。
but
本件のような課税処分取消訴訟については、実務上いわゆる総額主義が採られていることとの関係で別途検討を要する。
  商事p13
最高裁R3.7.19  
  会計限定監査役の任務違反
  事案 株式会社であるXが、監査の範囲が会計に関するものに限定されている監査役であったYに対し、Yがその任務を怠ったことにより、Xの従業員による継続的な横領の発覚が遅れて損害が生じた⇒会社法423条1項に基づき、損害賠償を請求。
  原審 会計帳簿の信頼性欠如が容易に判明可能であったなどの特段の事情がない限り、会計限定監査役は会計帳簿の内容を信頼して監査することで足りる。
本件においては、前記の特段の事情はなく、監査において計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認したYはその任務を怠ってはいない。
⇒請求棄却。 
  判断 会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、当該掲載書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではない。
⇒原判決を破棄。 
Xにおける本件口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らしてYが適切な方法により監査を行ったといえるか否かにつき更に審理を尽くして判断する必要がある。
⇒事件を原審に差し戻した。
  規定 会社法 第三八九条(定款の定めによる監査範囲の限定)
公開会社でない株式会社(監査役会設置会社及び会計監査人設置会社を除く。)は、第三百八十一条第一項の規定にかかわらず、その監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨を定款で定めることができる。
2前項の規定による定款の定めがある株式会社の監査役は、法務省令で定めるところにより、監査報告を作成しなければならない。

4第二項の監査役は、いつでも、次に掲げるものの閲覧及び謄写をし、又は取締役及び会計参与並びに支配人その他の使用人に対して会計に関する報告を求めることができる。
一 会計帳簿又はこれに関する資料が書面をもって作成されているときは、当該書面
二 会計帳簿又はこれに関する資料が電磁的記録をもって作成されているときは、当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したもの
5第二項の監査役は、その職務を行うため必要があるときは、株式会社の子会社に対して会計に関する報告を求め、又は株式会社若しくはその子会社の業務及び財産の状況の調査をすることができる
  解説 学説:監査役は、監査において、その程度はともかく計算書類等の適正性を確認する必要がある。 
最高裁:
監査役の監査を受けた計算書類等の役割や会計限定監査役に付与された権限(会社法389条4項、5項等)⇒会計帳簿の信頼性を欠くものであることが明らかではない場合であっても、前記権限を行使して、会計帳簿の信用性の確認やその基礎資料を確認すべき場合がある。
差戻審において、本件口座の重要性、その管理状況等及びそれについての被告の認識等について審理すべき

本件における会計限定監査役の任務懈怠の有無を判断する際の考慮要素を指摘したものであるところ、個別具体的な事実関係を踏まえて、任務懈怠の有無を判断すべきとしたものと解される。
  民事p17
大阪高裁R3.3.5  
  家賃保証業者の契約条項と消費者契約法8条1項3号、10条違反(否定)
  事案 Yは、家屋(住居)を賃借しようとする賃借人から保証委託契約の申込みを受けてこれを締結し、賃貸人と保証契約を締結する事業(家賃債務保証業)を営む事業者であり、不特定かつ多数の消費者である賃借人等との間で家賃債務保証等に係る消費者契約(本件契約)を締結。 
消費者契約法2条4項所定の適格消費者団体であるXが、Yに対し、本件契約に含まれる各条項は同法8条1項3号又は10条に規定する消費者契約の条項に該当⇒同法12条3項に基づき、各条項を含む消費者契約の申込み又は承諾の意思表示の差止め等を求めた。
  規定 第八条(事業者の損害賠償の責任を免除する条項等の無効)
 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項
第一〇条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
第一二条(差止請求権)
3適格消費者団体は、事業者又はその代理人が、消費者契約を締結するに際し、不特定かつ多数の消費者との間で第八条から第十条までに規定する消費者契約の条項(第八条第一項第一号又は第二号に掲げる消費者契約の条項にあっては、同条第二項の場合に該当するものを除く。次項において同じ。)を含む消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示を現に行い又は行うおそれがあるときは、その事業者又はその代理人に対し、当該行為の停止若しくは予防又は当該行為に供した物の廃棄若しくは除去その他の当該行為の停止若しくは予防に必要な措置をとることを請求することができる。ただし、民法及び商法以外の他の法律の規定によれば当該消費者契約の条項が無効とされないときは、この限りでない。
  契約内容 (1)本件契約13条1項
ア:家賃債務保証受託者であるYに賃貸借契約(原契約)を無催告解除する権限を付与する趣旨の条項(13条1項前段)
イ:Yが原契約の無催告解除件を行使することについて、賃借人に異議がない旨の確認をさせる趣旨の条項(13条1項後段)
(2)
ア:賃借人が賃料等の支払を2か月以上怠り、Yにおいて合理的な手段を尽くしても賃借人本人と連絡がとれない状況の下、電気・ガス・水道の利用状況や郵便物の状況等から原契約の目的たる賃借物件を相当期間利用していないものと認められ、かつ、賃借物件を再び占有しようとしない賃借人の意思が客観的に看取できる事情が存するとき⇒賃借人が明示的に異議を述べない限り、賃借物件の明渡しがあったものとみなす権限をYに付与する条項(18条2項2号)
イ:Yが前記アの条項に基づき賃借物件の明渡しがあったものとみなす場合⇒Yが賃借物件内等に残置する賃借人の動産類を任意に搬出・保管することに賃借人が異議を述べないとする条項(18条3項)
ウ:Yが前記アの条項に基づき賃借物件の明渡しがあったものとみなし、前記イの条項に基づき賃借物件内等に残置する賃借人の動産類を任意に搬出・保管する場合において、賃借人が当該搬出の日から1か月以内に引き取らない⇒賃借人は当該動産類全部の所有権を放棄し、以後、Yが随意にこれを処分することに異議を述べないとする条項(19条1項)
エ:Yが前記アの条項に基づき賃借物件の明渡しがあったものとみなし、前記イの条項に基づき賃借物件内等に残置する賃借人の動産類を任意に搬出・保管する場合において、Yが搬出して保管している賃借人の動産類について、賃借人が、その保管料として月額1万円をYに支払うほか、当該動産類の搬出・処分に要したYに支払うとする条項(19条2項)
  判断 いずれも消費者契約法8条1項3号又は10条に該当しない⇒Xの請求をすべて棄却。 
  解説 ●  ●本件契約13条1項 
◎   本件契約13条1項前段の文言⇒賃借人が支払いを怠った賃料等の合計額が賃料3か月分以上に達したときという要件のみをもってYによる原契約の無催告解除を許容する趣旨とみる余地がないではない。
but
家屋賃貸借契約における賃料の遅滞の場合の無催告解除特約は当該契約を解除するに当たり催告をしなくても不合理とは認められない事情が存する場合に無催告での解除権の行使を許す旨を定めた約条として有効であると判例法理や
賃料の不払に対し賃貸人からの催告があったにもかかわらず、なお賃料が支払われない場合であっても、当事者間の信頼関係を破壊するものとは認められない特段の事情があるときは、債務不履行による賃貸借契約の解除は認められないものとする判例理論は、
現時点において賃貸借契約を規律する実体法規範の一部を成しており、本件契約にも適用される。
本件契約13条1項前段は、民法542条1項の定める事由以外の事由がある場合にも民法541条の履行の催告なく原契約を解除することを認める⇒任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限するもの。
but
①賃借人が支払を怠った賃料等の合計額が賃料3か月分以上に達するという事態は、それ自体が、賃貸借契約の基礎を成す当事者間の信頼関係を大きく損なう事情というべき。
②契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情がある場合に、原契約の解除前に履行の催告を受けられないという賃借人の不利益の程度はさして大きくない
⇒信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものとはいえない。
X:消費者契約法12条に基づく差止訴訟においては、個別具体的な紛争を前提とする通常の訴訟(個別訴訟)の場合とは異なり、限定的な解釈をすべきではない。
vs.
本判決:
消費者契約法12条に基づく差止請求訴訟においては文言を基礎とした解釈が優先されるべき。
but
前記判例法理は現時点で賃貸借契約を規律する実体法規範の一部を成しているということができる⇒前記結論。

前記判例法理による無催告解除特約等の限定的な解釈は、個々の契約について個別具体的な事情に基づき限定的な解釈がされる場合とは異なり、規範としての一般的ないし汎用性を有し、少なくとも裁判実務において広く安定的に適用されていることを重視。
本件契約13条1項前段が原契約の直接の当事者でないYに原契約の解除権を付与している点が、消費者契約法10条に該当するか?
本判決:
①解除権は・・・通常は契約当事者に認めれば足り、民法もこれを当然の前提としている。
②原契約の解除権をYにも付与すると、賃借人にとっては、解除事由が発生した場合に契約を終了させられる事態を避けるために交渉し、理解を得るなどしなければならない相手が増えて交渉等が困難となり、契約を終了させられる可能性が増す。
⇒任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限する側面を有するというべき余地がある。

Yに原契約の解除権を付与している点が信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものといえるかが問題。
本件契約の内容:
①賃貸人は、原契約が継続している限り、賃料等を概ね確実に全額受領することができる地位を取得する反面、Yは、賃貸人に対して賃料等の不払を補填し、かつ、賃借人から求償債務の支払を受けられないリスクを負担。その負担は債務不履行の継続に伴い限度なく増大するおそれ。
②本件契約13条1項前段の趣旨は、このような本件契約をめぐる賃貸人とYとの利害状況に鑑み、民法の原則を修正して、賃借人による債務不履行のうち、特にYの負う経済的負担が拡大していく危険の高い賃料等の不払が一定の範囲を超えた場合に、原契約の解除権をYにも付与し、もって、原契約が継続することによりYの経済的負担が限度なく増大していく事態をY自らが解消することができるようにしたもの。⇒13条1項前段の趣旨・目的には、相応の合理性がある。
③同条項の定める無催告解除の要件を満たす場合にYが解除権を行使し得るものとすることによって賃借人が受ける不利益の限度は限定的なものにとどまる。

Yに原契約の解除権を付与している点をもって信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものに当たるということはできない。
尚、Y:解除事由が存する以上、解除権を行使するのが賃貸人ではなく、Yであったとしても、賃借人には具体的な不利益が発生するわけではない旨主張。
◎  13条1項後段について、
同項の文言を素直に読めば、同項後段は、同項前段によってYに解除権が付与されたことを前提に、Yがこれを行使することについて、賃借人を含む他の契約当事者に異議がないことを確認する趣旨にすぎない
⇒同項前段の要件を満たさないにもかかわらず、Yが解除権を行使した場合に、賃借人がYに対して取得する損害賠償請求権等の法的権利を放棄させたり、そのそも無効と解されるべきYの解除権の行使について、これを争う利益を放棄させたりするとの趣旨を読み取ることはできない。
⇒消費者契約法8条1項3号又は10条に該当しない。 
●18条2項2号等について
◎  1審:
18条2項2号は、同条3項及び19条1項の内容と相まって、原契約が終了しておらず、賃借人がいまだ賃借物件の占有を失っていない場合であってもYに自力で賃借物件の占有を取得させることを認めるものにほかならず、これは自力救済行為として不法行為に該当ものであるのに、賃借人に対し、同行為を理由とするYに対する損害賠償請求権を放棄させる内容を含む⇒消費者契約法8条1項3号に該当。
判断:
これらの条項は、いずれもYに各条項所定の一定の権限を付与し、賃借人がYによる権限行使に異議を述べないことなどを規定したものであり、それを超えて、Yが、本件契約18条2項2号の要件を満たさないにもかかわらず賃借物件の明渡しがあったものとみなして同条3項、19条1項により付与された権限を行使したり、あるいは、これらの権限を行使するに際し故意または過失により賃借人に損害を与えたりしたような場合にまで、これによりYが賃借人に対して負うこととなる不法行為に基づく損害賠償責任の全部を免除する趣旨を読み取ることはできない⇒法8条1項3号に該当するとはいえない。

契約で付与された権限を契約当事者が行使することについて相手方当事者が異議を述べない旨の条項があるからといって、当該権限の行使に関する不法行為に基づく損害賠償責任の全部を免除する趣旨まで含むものと解するのは、一般的に困難。
X:本件契約18条2項2号はYによる自力救済を正当化する条項として消費者契約法10条に該当。 
一般に、私力の行使は、原則として法の禁止するところであり、法律に定める手続によったのでは権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許される(最高裁)とされており、
賃借人が契約の終了後も任意に賃借物件の明渡しを履行せずにその占有を継続している場合に、賃貸人等がこれを自力で執行する自力救済は原則として許容されない。
このような本来は許容されないはずの自力救済について、一定の要件の下でこれを認める旨の条項をあらかじめ契約に定めることが直ちに許容されないか?
最高裁:所有権留保の自動車月賦販売において、割賦金不払による解除により自動車の引揚げをあらかじめ約諾することは公序良俗に反しない。
but
自力救済が原則として禁止されるのが社会秩序の維持を理由とする⇒前記のような条項をあらかじめ契約に定めたからといって、無限定に自力救済が許容されるとは考え難い。
本判決:
同条項は、賃借人が賃借物件について占有する意思を最終的かつ確定的に放棄した(ことにより賃借物件についての占有権が消滅した)ものと認められるための要件をその充足の有無を容易かつ的確に判断することができるような文言で可能な限り網羅的に規定しようとした条項。
同条項は、賃借人から明渡しがされたとは認められないものの、所定の要件を満たすことにより、賃借人が賃借物件の使用を終了してその賃借物件に対する占有権が消滅しているものと認められる場合において、賃借人が明示的に異議を述べない限り、Yに対し、賃借物件の明渡しがあったものとみなし、原契約が継続している場合にはこれを終了させる権限を付与すると解するのが相当。

同条項が賃借物件について賃借人の占有が残っている場合にまでYによる自力救済としてその占有を解くことを目的とする条項であるとするXの主張は採用できない。
本件契約18条2項2号やこれに基づき明渡しがあったものとみなされた後のYによる賃借物件内の残置動産の搬出等を許容する同条3項等の条項が消費者契約法10条に該当するか? 
任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限するものであるが、信義則に反してその利益を一方的に害するものということはできない。

①賃借人が受ける不利益が賃借物件内の動産類を搬出・保管ないし処分され得るという点に限られ、むしろ現実の明渡しをする債務を免れ、賃料等の更なる支払義務を免れるという利益を受ける
②賃借人は明示的に異議を述べさえすればYによる権限の行使を阻止することができる
③賃貸人やYが受ける利益が大きい
消費者契約法の適用範囲に関し、同法は、消費者契約の条項が同法10条により無効とされるか否かを、合理的な解釈により確定される当該条項の客観的規範内容それ自体が同条の要件に該当するか否かによって判断すべきものとしているのであって、
当該条項の内容が事業者の誤った運用を招来するおそれがありそれによって消費者が不利益を受けるおそれがあることを理由に当該条項を無効とすることは、同法の予定しないところであると解すべき。
  民事p39
東京地裁R3.1.27  
  不貞行為の認定が否定された事案
  事案 Aの妻であるXが、Aの会社の入社同期であるYに対し、YがAと不貞行為を行ったと主張して、不法行為に基づく慰謝料等の支払を求めた事案。 
  判断 ①メールのやりとりから、YとAとが非常に親密な関係にあり、また、会うことがあったとは認められるが、それを超えて不貞行為を行っていたとまでは推認できない。
②ホテルの利用明細書や手帳のメモから、Aが当時Yが居住していた国分寺を訪れたり、国分寺のホテルに宿泊したことは認められるが、AがYと宿泊したり不貞行為に及んだことは推認できない。
③Aの友人Bの陳述書の記載も信用できない。

Xの請求を棄却。 
  解説 不貞行為は証拠の提出が困難な紛争類型として、よく取り上げられている。
ホテルに2人で入った⇒通常、不貞行為があったと推認できる。
but
そのような事実がない場合は、不貞行為を推認するのが困難な場合が多い。
裁判例:
メールのやりとりにおいて、性行為の露骨な描写や感想が記載されていることを不貞行為の事実の推認事実としたケース。
当事者が経験した者でなければ不可能な性的な描写を自らのブログに記載していることも不貞行為を推認する間接事実の1つとする裁判例。
  民事p43
東京地裁R3.2.26  
  暴対法31条の2の威力利用資金獲得行為
  事案 指定暴力団W会の下部組織に所属していたY9ないしY11(「被告行為者ら」)が関与して行われた特殊詐欺の被害に遭い、損害を被った⇒被告行為者らに対し、共同不法行為に基づき、Xらが交付した金員相当額及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めるとともに、
被告行為者らがXらから金員を詐取した行為は、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律31条の2にいう「威力利用資金獲得行為」に当たり、又は民法715条にいう「事業の執行」について行われたものであり、亡P1、Y7及びY8はW会の「代表者等」又は使用者等に当たる⇒Y7、Y8及び亡P1の相続人であるY1ないしY6に対し、暴対法31条の2又は民法714条に基づき、前同額の連帯支払を求めた事案。
  争点 本件各詐欺行為の威力利用資金獲得行為(暴対法31条の2本文)該当性 
  規定 暴対法 第三一条の二(威力利用資金獲得行為に係る損害賠償責任)
 指定暴力団の代表者等は、当該指定暴力団の指定暴力団員が威力利用資金獲得行為(当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう。以下この条において同じ。)を行うについて他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
一 当該代表者等が当該代表者等以外の当該指定暴力団の指定暴力団員が行う威力利用資金獲得行為により直接又は間接にその生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得ることがないとき。
二 当該威力利用資金獲得行為が、当該指定暴力団の指定暴力団員以外の者が専ら自己の利益を図る目的で当該指定暴力団員に対し強要したことによって行われたものであり、かつ、当該威力利用資金獲得行為が行われたことにつき当該代表者等に過失がないとき。
  判断 暴対法31条の2本文の威力利用資金獲得行為について、
①指定暴力団の代表者等に配下の指定暴力団員の威力利用資金獲得行為に係る損害賠償責任を負わせ、民法715条の規定を適用して代表者等の損害賠償責任を追及する場合において生じる被害者側の主張立証の負担の軽減を図ることとした暴対法31条の2の立法趣旨
②同条の文言 

同条のいう「威力を利用」する行為とは、資金の獲得のために何らかの形で威力が利用されるものであれば足り、被害者に対して威力が示されることは必要ない。
本件各詐欺行為のような特殊詐欺は、暴力団の資金源とすべく、その遂行に関与する人員の確保や統制等につき暴力団の威力の利用を背景としてこれを敢行しているという実態があり、また、W会においては、上納金制度が採られており、本件各詐欺行為により詐取した金員がその原資の一部になっていたものと推認できる。

被告行為者らの本件各詐欺行為の遂行における指揮命令等の具体的態様や共犯者らの被告行為者らに対する認識等

①被告行為者らは、共犯者のうち、W会の下位者に対しては、W会における階層構造における絶対的服従関係を認識した上でこれを利用したもの
②W会の構成員でない者に対しては、これらの者における被告行為者らが暴力団員であるとの認識を了知したり同認識をされ得る言動をしたりした上で、本件各詐欺行為に従事させていた

本件各詐欺行為が、W会の威力を利用して実行された資金獲得行為に当たる。
  解説 暴力的要求行為の禁止に関して定める暴対法9条の「威力を示して」
暴対法31条の2:「威力を利用して」 
  民事p62
福井地裁R3.3.29  
  産廃処理についての事務管理に基づく有益費償還請求権が認められた事例
  事案 X(敦賀市)は、福井県内の市であり、Yらは、栃木県等の市町村を構成団体とする一部事務組合及び長野県内の町。
A社:福井県知事から産業廃棄物処分業等の許可を受けた株式会社であり、Xの管轄する地域内に廃棄物処理施設を設置。本件訴訟提起前に破産手続開始決定を受けており、福井県は、本件処分場に係る設置許可を取り消している。
Yら:A社に委託して本件処分場に一般廃棄物を搬入。 
本件処分場では届出要領を超える廃棄物が処分され、周辺河川の水質調査では複数の項目について環境省令に定める排出等基準を超えることが確認された

福井県とXは、A社に対し、本件処分場の漏水防止対策や浸出益浄化対策等を命じる措置命令を発し、同措置命令に係る行政代執行として、水処理施設の維持管理や水質モニタリング等の措置(「本件措置」)を実施。
福井県とXは、本件措置について協定を取り交わし、本件措置に要する経費の負担割合につき福井県が8割、Xが2割⇒Xは、福井県に対し、前記協定に基づく分担金を支払った。
Xは、Yらに対し、本件措置に係る費用の一部について、
①事務管理に基づく有益費償還請求権
②不当利得返還請求権
③国賠法1条1項、民法715条1項及び709条に基づく損害賠償請求権
により、金銭の支払を求めた。
  争点 Yらが、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(「法」)に定める生活環境の保全上必要な措置を講ずる義務を負うか
  判断 XとYらとの間で事務管理が成立する⇒XとYらとは不真正連帯債務に準ずる関係にあり、Xの負担部分を超える部分について、各Yらの負担部分に相当する限度で事務管理に基づく有益費償還請求権が認められる。 
⇒Xの請求を一部認容。
  解説   法は、廃棄物を一般廃棄物と産業廃棄物に区分した上で、一般廃棄物については、市町村がその適正な処理に必要な措置を講ずるべき責務を負い、市町村をその処理責任の主体と定めて一般廃棄物の処理についての統轄的な責任を負わせている。
市町村は、一般廃棄物の処理を他人に委託することもできるところ、この委託に関しては、政令で定める基準に従わなければならない等の各種規定があり、これらの規定に照らし、市町村は、一般廃棄物の処理を委託した場合であっても、その統括的な責任を免れることはないと解されている。
本判決:
以上の理解を前提に、一般廃棄物の排出自治体は、一般廃棄物の不適切な処分を行って生活環境の保全上の支障又はそのおそれを生じさせた場合には、支障除去又は防止のために必要な措置を講ずる義務を負う⇒Yらは本件措置を行う義務を負う。
  廃棄物処理施設の所在地を管轄する市町村は、廃棄物処理施設の設置者に対してその維持管理等に関して報告を求めること、廃棄物処理施設に立ち入って検査をすること、廃棄物処理基準に適合しない処理が行われた場合に当該処理を行った者に対して改善命令を発すること及び措置命令を発することといった権限を有する。
これらの権限が認められているのは、廃棄物処理施設の所在地を管轄する市町村が市民らに対してその生活環境を健全に保つ義務を負っていることに基づく
⇒Xは、本件処分場の立地自治体として、本件措置を行う義務を負う。
  XとYらは、いずれも本件措置を行う義務を負い、その義務相互の関係は不真正連帯債務に準ずるものと解した上で、
Xは本件処分場の設置者(A社)に対して立入検査や改善命令等をなし得る立場にあるが、排出自治体であるYらはそのような立場になく、一般廃棄物処理の状況の正確な確認は困難。

法は、1次的にはXが前記権限を行使することにより、生活環境保全上の支障又はそのおそれの発生の防止に関して必要な措置を講ずることを予定しており、Xの負担割合は全体の7割をくだらない。
Xが自己の負担部分を超えて義務を履行した場合には、その超える部分については他人の事務を管理したもの⇒Yらに対して、各Yらが排出した一般廃棄物の量に応じて、有益費償還請求ができる。 
  民事p86
広島地裁R3.3.25  
  建設中の産業廃棄物の安定型最終処分場について建設、使用及び操業禁止の仮処分命令の申立てが認められた事例
  事案 事業協同組合であるYが広島県から設置許可を得て産業廃棄物の安定型最終処分場(本件処分場)を建設中。
周辺住民等であるXら518名が、本件処分場の建設、使用及び操業により、井戸水、水道水及び河川の水が有害物質によって汚染され、あるいは土砂災害を誘発するおそれがある⇒人格権等に基づき、本件処分場の建設、使用及び操業禁止の仮処分命令を求めた。
  主張 Xら:
① 安定5品目以外の廃棄物が付着・混入するおそれがある
②安定5品目の埋立てにより有害物質が漏出するおそれがある
③それにより、井戸水、水道水、河川の水が汚染(それにより農作物や川魚が汚染)されるおそれがある
④土砂災害が発生するおそれがある
  判断 被全権利について、
人が飲用水に有害物質が含まれるおそれがあることにより抱くことになる「自らが健康被害を受けるのではないかという不安」が「主観的なものにとどまらず、社会通念上も合理的なものと評価される場合には」、「生命、身体、健康についての身体的人格権と密接に関連する精神的人格権の一種としての平穏生活権」を侵害するものであり、原因行為の差止めを求める根拠(被保全権利)となり得る。
平穏生活権の侵害についての主張立証責任は、民事訴訟の一般原則により債権者ら(Xら)が負う。
安定5品目以外の廃棄物の付着・混入を受入れ側で防止することが困難であるのに対し、その防止のためにYが掲げる方策は不十分⇒安定5品目以外の廃棄物が付着・混入するおそれがある。
主としてXらが提出した専門家の意見書をもとに、推定される予定地周辺の岩盤や断層の状況等⇒本件処分場から漏出した水が予定地付近の4井戸の水源に混入し井戸水が汚染されるおそれがあると認定し、他方で、Yは住民の健康被害の不安を払しょくするために井戸の利用状況等について十分な調査を尽くしていない

Xらのうち4井戸の井戸水を飲用に供している9名について、
健康被害への不安感は社会通念上合理的なものであり、
本件処分場の操業が開始されれば「著しい損害又は急迫の危険と評価される程度の平穏生活権侵害をもたらすおそれがある」

保全の必要性も肯定した上で、
9名に担保を立てさせないで、本件処分場の建設等の仮の差止めを認めた。
9名以外の、他の井戸水を利用するXら、水道水を利用するXら、河川の水による健康被害のおそれを主張するXら、土砂災害による被害のおそれを主張するXらの申立てについては、被保全権利の疎明がないとして認めなかった。
  解説  ●  人格権に基づく差止請求権。
 操業行為の違法性については、
人の生命、身体に対する加害のおそれが認められれば直ちに違法性を認めるべきとする裁判例もある一方、
侵害行為の態様と程度、その公共性・重要性、被害防止のための対策の内容等も考慮して、侵害行為が受忍限度を超える場合に違法性を認めるとする裁判例が多い。
被害立証については、被害者と事業者との立証負担の公平の観点から、被害者の立証責任の軽減を図る裁判例も見られる。
本決定は、身体的人格権と密接に関連する精神的人格権の一種としての平穏生活権が被保全権利となり得るとしている。
平穏な生活に係る利益ないし権利は判例で承認されているものの、その具体的内容は事案によって様々であり、外延は明確ではない。
本決定:平穏生活権を「精神的人格権」の一種と分類したことや、「健康被害への不安感」を平穏生活権の侵害と捉えて差止請求権の根拠とした。
  産業廃棄物の最終処分場:
①遮断型
②管理型
③安定型:有害物質や有害物の付着がなく、雨水にさらされても化学変化を起こさない安定5品目(安定型産業廃棄物)の埋立処分を目的とするもの。
⇒法令上他の2者で求められる遮水工や水処理施設の設置は求められていない。
but
従前から、有害物質を含んだ浸出水による水質汚濁が問題視されている。
  知財p110
東京地裁R3.4.28  
  タコの形状を模した公園の滑り台の著作物性(否定)
  事案 XがYに対し、Xが製作したタコの形状を模した滑り台(本件原告滑り台)が美術の著作物又は建築の著作物に該当し、Yがタコの形状を模した講演の遊具である滑り台2基を制作した行為はXの本件原告滑り台に係る著作権(複製権又は翻案権)を侵害する

主位的に損害賠償を、予備的に不当利得の返還を求めた。 
  争点 本件原告滑り台が美術又は建築の著作物に該当するか 
  規定 著作権法 第一〇条(著作物の例示)
この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
四 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
五 建築の著作物
著作権法 第二条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

2この法律にいう「美術の著作物」には、美術工芸品を含むものとする。
  判断 本件原告滑り台が遊具としての実用に供されることを目的とするもの。
応用美術のうち「美術工芸品」(著作権法2条2項)以外のものであっても、実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる得る美的特性を備えている部分を把握できるものについては、「美術」「の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)である「美術の著作物」(同法10条1項4号)として保護され得る。 
①本件原告滑り台が前記の目的を有するもの⇒「美術工芸品」に該当すると認めることはできない。
②本件原告滑り台のタコの頭部を模した部分、足を模した部分及び空洞(トンネル)を模した部分の構造並びに全体の形状等をそれぞれ具体的に検討し、遊具としての利用と強く結びついているとか、遊具としての利用のために必要不可欠な構成であるなどと評価して、いずれの部分等についても美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない
⇒本件原告滑り台は「美術の著作物」として保護される応用美術とは認められない。
本件原告滑り台は「建築」(著作権法10条1項5号)に該当。
「建築の著作物」(同号)としての著作物性についても、応用美術に係る前記の同様の基準によるのが相当。
本件原告滑り台は「建築の著作物」に該当せず、同法2条1項1号所定の著作物としての保護は認められない。
  解説 美術工芸品以外の応用美術であっても、著作権法2条1項1号の保護要件を満たしたものは著作物として保護される。 
具体的な保護の基準:
実用目的の応用美術であっても、実用目的に必要な構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握できるものについては、当該部分を同号の美術の著作物として保護すべきであると解すべき。(分離可能説)
  建築の著作物(著作権法10条1項5号) 
大阪高裁:
客観的、外形的に見て、それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるうな造形芸術としての美術性を備えた場合と解するのが相当である。

建築の著作物の著作物性を判断する上では応用美術における議論を参考し得ることを前提とした説示。
 2513
  行政p5
東京高裁R3.2.18  
  採石権の存続期間の更新決定
  事案 採石法28条:採石権の存続期間の更新を希望する者は、土地の所有者との協議がととのわないときは、経済産業局長の決定を申請することができる旨を規定。 
本件:
採石業者である原告が、土地の所有者との間で存続期間を更新する旨の合意ができなかった⇒中国経済産業局長に対し、同条に基づき、対象と地に設置された採石権の存続期間を更新するとの決定を求める申請⇒同申請を棄却する処分⇒同法39条1項に基づき、公害等調整委員会に対し、当該処分の取消しを求める裁定を申請⇒裁定委員会がこれを棄却⇒その取消しを求める訴えを提起。
  解説 裁定に対する訴えは東京高裁の専属管轄とされ(土地利用調整法57条)、公害等調整委員会は事件記録を裁判所に送付(同法51条)。
裁定委員会の認定した事実は、これを立証する実質的な証拠があるときは、裁判所を拘束し、実質的な証拠の有無は、裁判所が判断(いわゆる「実質的証拠法則」同法52条1項、2項)、当該事件に関係のある新しい証拠(裁定委員会の事実認定に関する証拠)の申出も制限される(同法53条)。

不服裁定には、裁判の第一審的機能が与えられ、裁定取消訴訟の審理は通常の抗告訴訟の審理とは異なっている(土地利用調整法の諸規定は行訴法1条にいう「他の法律に特別の定めがある場合」に当たる)。 
  判断 採石法28条は、土地の所有者の財産権を尊重する一方、岩石の採取の事業が社会資本の整備に不可欠の資源であることから、岩石資源の開発が社会的、経済的に必要な状況にあるにもかかわらず、対象となる土地の所有者の意向等により採石権の存続期間の更新がされないことにより社会資本の整備に支障を来すことのないように、公共の利益を確保することを目的として、土地所有者との間で採石権の存続期間を更新する合意がととのわない場合においても採石権を存続させる道を開いたもの。 
⇒経済産業局長が更新決定をすることができるのは、土地所有権の制限を正当化し得るに足りる公共の利益がある場合に限られる。
ex.岩石資源の需給がひっ迫し、当該地域の岩石製品市場の需要を賄うに足りる供給量を確保し得ない状況にある、又は現時点において前記状況にないが、近い将来これを確保し得なくなる蓋然性が相当高度な状況にあるため、対象土地の所有権を制限してでも岩石資源を確保することが公共の利益の観点から必要である場合。
本件裁定は実質的証拠に基づくものであり、原告の採石権の存続期間を更新する決定がなされなければ、現在又は近い将来の砕石の供給を確保し得ない状況になるとは考え難い⇒裁定申請を棄却した本件裁定に法令に違反する点はなく、むしろ正当。
  民事p12
東京高裁R3.3.22  
  暴対法31条の2の「威力を利用」が問題となった事案
  事案 Xが、指定暴力団a会に所属するAが中心となって行われた振込詐欺によって1150万円を詐取された⇒指定暴力団a会の会長であったYに対し、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴対法)31条の2及び民法715条に基づき、詐取損害金のほか慰謝料等合計2150万円及び遅延損害金の支払を求めた、。 
  争点 本件詐欺がAの威力利用資金獲得行為を行うについてされたものであるか否か 
  原審 Yの暴対法31条の2に基づく責任について、威力利用資金獲得行為は、ある程度幅の広い行為態様を意味す。
but
①詐欺グループの活動の準備行為がどのように行われたか明らかでなく、Aに協力した組織がaや指定暴力団であったとはいえず、
②Aが、詐欺グループ内で指揮命令系統を維持確保し、規律の実効性を高めるためにa会や指定暴力団の威力を利用して本件詐欺をしたと認めるに足る証拠はない。

民法715条の責任について、本件詐欺によって得た収益金がa会傘下の暴力団に納められた事実や、Yがこれを認識しつつ認容していた事実はない
⇒本件詐欺がa回の事業として行われたものと認めることはできない。
  判断 Yの責任を認めて、Xの請求を一部認容。 
(1)暴対法31条の2の趣旨は、民法715条の規定によって指定暴力団の代表者等に対して損害賠償責任を追及する場合に主張立証に困難を伴うことを考慮して、主張立証の負担を軽減するもの。
(2)同条本文の「威力を利用」する行為については、資金獲得のために威力を利用するものであればこれに含まれ、被害者又は共犯者に対して威力が示されることは必要ではない。
(3)「威力を利用して」とは、当該指定暴力団に所属していることにより資金獲得行為を効果的に行うための影響力又は便益を利用することをいい、当該指定暴力団としての地位と資金獲得行為とが結びついている一切の場合をいう
(4)本件資金獲得行為が指定暴力団の威力を利用して行われたかについては、
①本件詐欺を含む一連の詐欺行為の準備として、Aが、電話を架ける相手の名簿、電話の架け方等に関するマニュアル及び詐欺に使用する携帯電話機等を全て手配し、拠点となる事務所の移転先を用意していたことから、何らかの組織力を背景にしていたものと推認されること、
②それがa会である可能性は十分にあり、反社会的な組織力を背景とした行為であることは本件共犯者らにも容易に認識し得るものであったこと、
③Aには、暴力的要求行為に代わる資金獲得行為を行う必要があったこと、
④Aは、本件資金獲得行為を行うに際し、暴走族関係の知り合いであるCに声を掛け、Cは、Aがa会系の暴力団員であることを認識し、本件共犯者らは、本件資金獲得行為の背景にある組織がAの所属する暴力団である可能性が高いことを認識していたと推認されること、
⑤Aがa会系の暴力団員である事実が、Cから本件共犯者らに伝わることは当然予見できたこと、
⑥本件共犯者らは、逮捕後、A所属の暴力団からの報復を恐れてAに関する供述を拒んでいること、

以上を総合すると、Aの内部統制及び口止めは、本件資金獲得行為について、暴力団であるa会の威力を利用する行為に該当し、Aには威力利用についての故意も認められる
⇒Aの行った本件資金獲得行為は、暴対法31条の2本文規定の威力利用資金獲得行為に該当する。
  規定 暴対法 第三一条の二(威力利用資金獲得行為に係る損害賠償責任)
指定暴力団の代表者等は、当該指定暴力団の指定暴力団員が威力利用資金獲得行為(当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう。以下この条において同じ。)を行うについて他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。
一 当該代表者等が当該代表者等以外の当該指定暴力団の指定暴力団員が行う威力利用資金獲得行為により直接又は間接にその生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得ることがないとき。
二 当該威力利用資金獲得行為が、当該指定暴力団の指定暴力団員以外の者が専ら自己の利益を図る目的で当該指定暴力団員に対し強要したことによって行われたものであり、かつ、当該威力利用資金獲得行為が行われたことにつき当該代表者等に過失がないとき。
  解説 暴対法31条の2は、 指定暴力団による威力利用資金獲得行為が行われた際の指定暴力団の代表者等に対する損害賠償責任を認めるものとして規定。

民法715条によって、指定暴力団の代表者等に対する損害賠償請求⇒請求者側において、当該行為の事業執行性を主張立証する必要。
but
請求者側で、指定暴力団の事業執行性を主張立証することは困難。
⇒指定暴力団により威力利用資金獲得行為に際して、被害が生じたときは、事業執行性の主張立証責任の負担を軽減。

but
威力利用資金獲得行為以外の行為によって、指定暴力団の代表者等に対する責任追及を行う場合は、民法715条の規定によるしかない。
  民事p24
東京地裁R3.6.10  
  芸能人養成スクールの入学時諸費用不返還条項の消費者契約法9条1号適用(肯定)
  事案 原告である適格消費者団体が被告に対して差止請求をした事案 
  解説 適格消費者団体は、消費者契約法13条3項に基づき認定された特定非営利活動法人等であり、事業者等が不特定かつ多数の消費者に対し法4条1項から4項に規定する行為を現に行い又は行うおそれがあるときは、その事業者に対し、当該行為の停止若しくは予防又は当該行為に供した物の廃棄若しくは除去等を請求することができる(法12条1項)。 
  請求 被告は、
①消費者との間で受講契約を締結するに際し、退学、除籍処分の際に既に納入している入学時諸費用を返金しないとの意思表示を行ってはならない。
②前記①の意思表示が記載されて契約書、約款、学則その他一切の表示を破棄せよ
③被告従業員に対し、前記①の意思表示を行ってはならないこと及び前記①の意思表示を記載した契約書、約款、学則等を破棄して使用しないことを周知徹底させる措置をとれ
とするもの。
  規定 消費者契約法 第九条(消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効)
次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
  判断  ●入学時諸費用の不返還条項が消費者契約の解除に伴う損害賠償額を予定し、又は違約金を定める条項に当たるか(法9条1号) 
本件スクールの学則によれば、
入学時諸費用38万円の支払が入学条件とされており、そのうち、本件スクールの受講生としての地位を取得するための対価(権利金部分、入学時諸費用のうち12万円)は、被告が返還義務を負うものではないが、
入学時諸費用のうち前記権利金部分を除いた費用部分は返還義務があり、契約解除に伴う損害賠償額の予定または違約金の定めの性質を有し法9条1号に該当。
  ●  ●本件不返還条項に定める入学時諸費用の額に平均的な損害の額を超える部分はあるか 
法9条1号は消費者契約の解除に伴い事業者に生ずべき平均的な損害を超える部分の返還義務を定めている。
受講契約の契約解除による損害と被告が主張するもの
①受講生の紹介を受けている会社に対する手数料
②業務委託費用
③入学対応のための人件費
④宣材写真の撮影委託費用
⑤教材費
⑥入学対応の建物の賃料
⑦光熱費
⑧ローン会社に対する保証金
判断:
受講契約が解除されることにより被告に生じる平均的な損害は、1人の受講生と被告との間の受講契約が解除されることにより、被告に一般的、客観的に生じると認められる損害。
④宣材写真の撮影委託費用2516円、⑤教材費595円以外の被告主張の損害は平均的な損害に該当しない。
被告は、入学時に納入される38万円の内訳を、入学金34万円、施設管理料2万円、教材費1万円、事務手数料1万円としており、受講契約解除に伴う平均的な損害は、被告主張の事情を最大限に斟酌しても1万円を超えることはない。
⇒同額を被告の損害と認定。

入学金権利金部分12万円に、認定した平均損害金1万円を加えて13万円を超える部分については無効⇒法12条3項に基づき同部分を内容とする意思表示についての差止請求を認容。
  解説 「平均的な損害」とは、
同一事業者が締結する多数の同種契約事案について類型的に考察した場合に算定される平均的な損害という趣旨。 
最高裁H18.11.27:
「平均的な損害の額」の立証責任は、返還を求める原告にある。
but
損害の内容、額についての資料(証拠)は、被告の側にある⇒被告がその内容を全て明らかにしない限り、原告の立証は容易ではない。
消費者が返還を求めたとしても、事業者側が資料を出さないことにより、平均的損害の立証が困難となり、敗訴あるいは和解により終結する場合がある。
  民事p36
東京地裁R3.8.17  
  死因贈与契約での預金債権の取得等
  事案 Aは、令和1年9月5日、姪であるBとの間で、次の内容の負担付死因贈与契約を締結。
①Aは、自己の所有する全部の財産をBに贈与することを約し、Bはこれを受諾。
②Aの死亡と同時に贈与財産の所有権は当然Bに移転。
③Bは、死因贈与を受けた総財産のうち、公租公課を含むすべての経費を控除した額の一部を2名の物に500万円ずつ寄付する。
④Aは司法書士法人であるXを本件死因贈与契約の執行者に指定。
Aは、令和1年10月に死亡。 
  請求 Xは、Aとの本件預金契約を締結していた銀行であるYに対し、948万4960円の払戻し及び遅延損害金の支払を求めた。
vs.
Yの主張:
①公正証書によらない死因贈与契約では執行者を指定できない
②Xは、預金の払戻権限を有しない⇒本件払戻請求訴訟の当事者適格を有しない
③本件預金契約には譲渡禁止特約が附されている⇒預金債権を死因贈与する部分は無効
④Yによる払戻請求の拒絶は信義則違反でない 
  判断   ●①について 
死因贈与契約においては、その性質に反しない限り遺贈に関する規定が準用(民法554条)⇒死因贈与契約の贈与者は、当該契約が公正証書によるか否かを問わず、執行者を定めることができる。
  ●②について 
遺贈に関する規定が準用される死因贈与契約において、Yに対して預金の払戻請求をすることは、死因贈与の執行に必要な行為として、Xの権限に含まれる。⇒Xの原告適格肯定。
  ●③について 
AとYは、本件預金契約について譲渡禁止特約を締結⇒受贈者であるBは原則として本件死因贈与契約によって預金債権を取得し得ない。
債務者である金融機関が預貯金債権の遺贈について譲渡禁止特約による無効が主張できないのは、遺贈が遺言者の遺言という単独行為によってされる権利の処分であるから⇒契約である死因贈与という本件の事情において民法554条により遺贈の規定は準用されない。
  ●④について 
YがXに預金を払い戻した場合、
①B以外の相続人らから権利主張されることによって相続紛争に巻き込まれる危険性があり、
②本件死因贈与契約が有効でないとして払戻しが過誤とされる危険性もあり、
③XはB以外の相続人らから払戻しの同意を得ることが可能
⇒Yによる払戻請求の拒絶が信義則に反するとはいえない。
  規定  民法 第五五四条(死因贈与)
贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する。
  解説   死因贈与:贈与差の死亡によって効力を生じる贈与。 
単独行為である遺贈とは異なるが、死後に、相続人の出捐によって受贈者に利得を得させる⇒実質的には遺贈に近似する性格をもつ⇒民法554条。
●  通説:
遺言の方式、遺言能力、遺贈の承認・放棄に関する規定は準用されない。

死因贈与と遺贈は死後処分であることは同じであるが、前者が契約であり、後者は単独行為⇒死因贈与が死後処分であることにもとづく規定は準用されるが、単独行為であることにもとづく規定は準用されない。
最高裁昭和32.5.21:民法554条は死因贈与契約の効力については遺贈に関する規定に従うべきことを規定しただけで、契約の方式についても遺言の方式に関する規定に従うべきことを定めたものではない。
遺言執行者の選任に関する規定(民法1010条)が死因贈与に準用されるか?
実務:積極説 
そもそもBが預金債権を取得できない⇒執行者であるXがYに当該預金の払戻請求をすることができるかには疑問がある。
本件事案が、死因贈与でなく、遺贈としてなされた場合には、いわゆる清算型遺贈の類型に属する。
清算型遺贈においては、受遺者が遺贈の対象となった預金債権の取得者とはならないが、遺言執行者は、当該預金の払戻しをし、払戻金から公租公課を控除し、寄付を行い、残金を受遺者に交付。⇒遺言執行者は預金の払戻しを請求することができる。
本件の争点は、本件死因贈与契約においても同様に処理することが可能であるかの問題であった(解説者)。
  民事p42
東京地裁R2.12.25  
  実父の遺産分割協議につき、特別代理人の義務が争われた事案
  事案 Aは妻Yとの間に長女X(未成年)及び長男F(未成年)をもうけていたが、平成6年6月に交通事故で死亡。
Aの母Bは家業の株式会社を取り仕切っておりAもその会社に勤務。
平成6年10月23日、Bが会社の顧問税理士に指示してAの遺産分割協議書を作成。
Yが押印し、Bが長女Xの親権者として、またAの兄Cが長男Fの親権者として、いずれも親権者でないにもかかわらず、それぞれ押印。
同年11月21日、Yの申立てにより札幌家裁は、長女Xの特別代理人としてBを、長男Fの特別代理人としてCを、それぞれ選任する審判。 
同審判には、本件遺産分割協議書と同一内容の遺産分割協議書案が添付され、審判主文は、「被相続人亡Aの遺産を別紙遺産分割協議書(案)のとおり分割協議するにつき、未成年者らの特別代理人として次の者を選任する。」とされた。
Xは、Y及び長男Fを相手方として調停を申し立て⇒不成立⇒Yを相手に本件訴えを提起し
①本件遺産分割協議書に係る遺産分割協議は不成立である、
②本件遺産分割協議のときにはB及びCにつき特別代理人の審判はなく、同人らは無権代理人として行為をしたものであり、無効である
③特別代理人が子の利益を図ることなく親(親権者)の利益を図るための意思表示をし、子の遺留分さえ保護されない本件遺産分割協議書に同意することは、遺産分割制度、遺留分制度の趣旨に反し、無効である

Yに対し、不法行為に基づく損害賠償、不当利得返還請求を求めた。
  判断 ●①について 
遺産分割協議の合意が存在⇒遺産分割協議が不成立とはいえない。
どのような分割方法が子の利益に資するかは、相続財産の内容、その時点における子の年齢や生活状況、今後見込まれる親権者による子の養育監護の状況など個別具体的な種々の事情により異なり、子にその法定相続分相当以上の相続財産を取得させることが、常に子の利益に資するということはできない⇒本件遺産分割協議において未成年者の子の特別代理人に常に当該子にその法定相続分相当以上の相続財産を取得させるよう協議する義務はない。
  ●②について 
①特別代理人選任審判は、B及びCがそれぞれX、長男Fの特別代理人としての本件遺産分割協議書記載のとおりの協議をすることが未成年者のであるX及び長男Fの利益に反するものではないと判断したものといえる
②本件遺産分割協議から前記特別代理人選任審判までの約1か月の間に特別代理人選任の当否に関する事情の変更があったとはいえない
③B及びCは前記特別代理人選任審判の告知を受けたところ、本件遺産分割協議について黙示の追認をしたものと評価することができる
⇒無権代理人の主張を排斥。
  ●③について 
遺留分を侵害する遺贈等が当然に無効となるわけではなく、遺留分を侵害された者が遺留分減殺請求権を行使することによって初めて同侵害された遺留分を回復することができる
⇒遺産分割協議において各相続人の遺留分を確保することが必須とはいえず、一部の相続人の遺留分が確保されていないことをもって、当該遺産分割協議の効力を否定することはできない。
親権者とその親権に服する未成年者の子を当事者とする遺産分割協議においては、子にその法定相続分以上の相続財産を取得させることが常に子の利益に資するということはできず、遺留分についても同様
⇒遺産分割協議において、未成年者の子の特別代理人には、常に当該子にその法定相続分相当額以上の相続財産を取得させるよう協議する義務も、常に当該子の遺留分相当の相続財産を確保する義務もない。
  解説 親権者と子との間に利益相反がある場合の特別代理人(民法826条1項)は、特定の行為につき個別的に選任され、その権限は、家庭裁判所選任に関する審判の趣旨によって定まる。
  民事p50
名古屋地裁R3.5.20  
  証券会社の新規委託者保護義務違反、過当取引が認められた事例
  事案 個人投資家であるXが、証券会社であるY1に委託して行った取引所株価指数証拠金取引により被った損害について、
Y1に対しては使用者責任又は債務不履行責任に基づき
Y1の従業員であり支店長であったY2に対しては共同不法行為に基づき、
損害賠償を請求。
Xは、会社を経営する60歳代の男性であり、
Y1の従業員の勧誘を受け、くりっく株365と称する取引所株か指数証拠金取引(本件取引)の取引口座を開設し、平成27年11月から平成28年9月まで約10か月にわたり本件取引を行い、その結果、売買損失額382万円余りと手数料額412万円余りによる差し引き損失額795万円余りから、金利・配当相当額を控除した、791万円余りの損失を被った。
Xは、Y2を含むY1の従業員らによる本件取引の勧誘は、
①適合性原則違反、
②説明義務違反、
③新規委託者保護義務違反、
④指導助言義務違反、
⑤実質的一任売買、
⑥過当取引
に該当し違法であるなどと主張。
  判断  ●①について 
最高裁H17.7.14を参照し、
本件取引の仕組みには複雑な面があり、Xが本件取引やそれに類似する取引の知識及び経験を有していなかったとことを考慮しても、
Xの日経平均株価に関する知識、知的能力、投資意向、財産状態に照らせば、
Xがおよそ本件取引を自己責任で行う適性を欠き、取引市場から排除されるべき者であったとはいえない。
⇒適合性原則違反には当たらない。
  ●②について 
①勧誘時の交付書面や説明の内容
②口座開設申込時にXが提出した「取引所株価指数証拠金取引状況確認書兼理解度アンケート」の記入内容
③電話審査の際のXの応答内容等

Xは本件取引の基本的な仕組みとリスクについては説明を受けたものと認められ、その説明の程度が説明義務に違反するほどに不十分であったとは認められない
⇒説明義務違反には当たらない。
  ●③について 
本件取引がハイリスク・ハイリターンの取引であり、仕組みに複雑な面がある⇒新規委託者が過大な取引を行えば、いたずらに損害が拡大し不測の損害を被る可能性が高い
②一般投資家から取引の委託を受ける取引参加者は一般投資家に比して本件取引の仕組み及びリスクを熟知し、かつ、一般投資家から徴収する手数料で利益を得ている。
③Y1が提供するコンサルティングコースは、顧客が高額な手数料を支払うことで専任の担当者から相場情報の提供や運用アドバイスを得られるなどとするコース

同コースにおいて、取引参加者又はその従業員は、取引に習熟していない新規委託者に対し、無理のない金額の範囲内での取引を勧め、限度を超えた取引をするをすることのないよう助言すべきであり、短期間に相応の建玉枚数の範囲を超えた頻繁な取引を勧誘したり、また、損失を回避すべく、さらに過大な取引を継続して損失を重ね、次第に深みにはまっていくような事態が生じるような取引を勧誘してはならない義務(新規委託者保護義務)を負い、取引参加者又はその従業員がこれに反する行為をした場合には不法行為を構成する。
Xは保護すべき新新規委託者に当たる。
本件取引の内容を詳細に認定し、これをXの投資意向と理解の程度に照らすと、Y1の従業員らによる本件取引の勧誘は、新規委託者保護義務違反に当たり、不法行為が成立。
  ●  ●④について、実質一任売買は否定。 
  ●⑤について 
①本件取引が上記(争点③)のものであった
②Xが最初の証拠金を入金した僅か2日後に追加入金を勧誘し、その後も、約10日間のうちに2度追加入金を勧誘
③ほとんどの取引がY1の従業員らの提案をXが受け入れる形で決められている

Y1の従業員らは、本件取引について支配を及ぼし、Xの信用を濫用して自己の利益を図り、Xの投資知識・経験、投資意向等に照らして過当な取引を勧誘したと認められる⇒過当取引として違法。
 
Y1の従業員らによる本件取引の勧誘については、新規委託者保護銀無違反及び過当取引が認められる⇒Y1は使用者責任に基づき、Y2は共同不法行為に基づき、連帯して損害賠償責任を負う。
791万円余りの損害につき、4割の過失相殺を行い、弁護士費用47万円を加え、Yらに対し、522万29円の連帯支払を命じた。 
  解説 新規委託者保護義務は、従前より商品先物取引等で肯定されている。 
過当取引は、顧客の投資経験、投資目的、保有資産規模等に照らして個別的に判断されているが、従来、判断基準として、
①取引の過度性、
②口座支配(取引の主導性)、
③悪質性(欺罔の意図)が挙げられている。

裁判例。
  労働p63
長崎地裁R3.2.26  
   変形労働時間制が無効とされ、セミナー受講料等返還合意が無効とされた事案
  事案 日用雑貨、食料品、薬品等を販売する店舗である「Z」を経営するYでは1か月単位の変形労働時間制を定め、共有パソコンでの労働時間管理システムで労働時間管理を行っていた。 
Z各店舗の店長は、店舗従業員の全員分について、事前に作成した稼働計画表を掲示していたが、そこでは所定労働時間にあらかじめ30時間が加算されていた。
また、店長は、各従業員がシステムに打刻した勤務時間を修正することができた。
Yの従業員はYの親会社が開催するセミナーに参加することがあり、Xも多数回にわたり受講(形式上自由参加とされていた)。
Xは受講料等の負担に関して、受講期間中又は受講終了後2年以内に退社した場合は、会社が負担したすべての費用を返還する旨を記載したY宛の誓約書を作成。
  請求 X:
①Yが定める変形労働時間制は無効⇒時間外労働に係る割増賃金の算定に当たって、システムの打刻時刻を基本としつつも、店長がシステム上、実労働時間とは異なる修正をする等しており、実際にはシステム上の打刻よりも多くの時間外労働を行った。
②セミナーの参加時間も労働時間である。
⇒割増賃金と付加金の支払を求めた。(甲事件)
Y:セミナー受講から2年以内に退職⇒X・Y間の合意に基づいて、受講料等相当額の支払を求めた。(乙事件)
  争点 甲事件:
①変形労働時間制の有効性
②Xの実労時間、その中の1つとして、セミナー参加時間の労働時間該当性
③付加金の適否 
乙事件:
④セミナーの受講料の返還合意有無
⑤同合意の労基法16条該当性
⑥同合意に基づく権利行使の信義則違反該当性
  判断  ●甲事件 
変形労働時間制が有効であるためには、変形期間である1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならない
but
Yの稼働計画表では、Xの労働時間は1か月の所定労働時間にあらかじめ30時間が加算されて定められており、法の定めを満たさない⇒無効。
Xの割増賃金の算定に当たっては、
①店長が時間外労働の上限を月30時間以内とするよう指示を受けていたが、店舗は人員不足などの理由で繁忙であり、その労働時間の範囲では到底業務を行えなかった
②従業員はシステムへの打刻前や打刻後、休憩と打刻されていた時間中にも労働をしていた
③店長があらかじめ作成したシフトどおりになるように、システムの打刻を修正していたとの事実等
を認定した上で、
システム上の記録やXの供述などから具体的な実労働時間を認定。
①セミナーの内容はプライベート・ブランド商品の説明が主なものであった
②上司から正社員になるための要件であり受講するよう言われていて参加が事実上強制されていた
⇒セミナーの参加時間は労働時間
  ●乙事件 
セミナーの受講料等を返還する旨の合意の成立を認めた上で、
①セミナーの参加時間が労働時間であるとの甲事件における判断、
②セミナーの内容に汎用性を見出し難く、他の職に移ったとしてもセミナーでの経験を生かせるとまでは考えられず、同合意は従業員の雇用契約から離れる自由を制限するものといわざるを得ない
⇒労基法16条にいう違約金の定めに該当する
⇒同合意を無効
  規定 労基法 第一六条(賠償予定の禁止)
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
  解説   変形労働制の判断についての裁判例。 
  実労時間の判断:
ア:時間外労働の上限についての指示、
イ:打刻時間外の労働
ウ:システムの打刻時間の修正
といった事実認定を踏まえ、
Xの具体的な始業時刻、終業時刻、休憩時間が認定。

ア~ウの事実の認定

①退社の打刻の後に業務に関するメールが送信
②退社の打刻から相応の時間が経過して警備がセット
③多くの月で時間外労働がちょうど30時間となっている
④休憩の終了時刻と退社時刻がほぼ同じ時間で記録されている日が多数にのぼっている
  セミナーの労働時間該当性は、最高裁H12.3.9の判断枠組みによっている。
セミナーの内容や強制力の有無という事実が重視⇒使用者の指揮命令下にあるとされた。
セミナー受講料等の返還合意:企業において広く行われている。
労基法16条に違反するかどうかは、
費用至急の対象となった研修・留学等の業務性を中心に、支給された費用の性格など諸種の事情を考慮して、労働関係の継続を強制するものとして実質的に違約金等の定めと評価できるかどうかにつき、本条の趣旨に照らして事案ごとに総合的に判断される。
東京地裁H9.5.29:
社員留学制度に関し、
①社員の自由意思によること、
②留学先等の選択も本人の自由意思に任せられていること、
③留学経験等は勤務継続にかかわらず、有益な経験、資格となること
⇒留学費用返還請求につき労基法16条に違反しない。
同様のものとして野村證券。
海外研修が業務命令として行われており、
費用返還請求が労基法16条に違反するとしたものとして、東京地裁H10.3.17。
2512   
  民事p5
最高裁R3.6.21  
  担保不動産競売の債務者が免責決定でその相続人が民執法188条、68条の「債務者」に当たるか(否定)
  事案 Aが所有する不動産につきAを債務者とする担保不動産競売の開始決定がされた⇒Aについて破産手続が開始されたAは免責決定を受けた・担保権の被担保債権は免責決定の効力を受けるもの⇒Aは死亡し、その子であるX等がAを相続。
担保不動産競売事件において最高買受申出人とされたXが、原々審において、買受けの申出が禁止される「債務者」(民執法188条、68条)に当たり、売却不許可事由(民執法188条、71条2号)があるとして、売却不許可決定⇒同決定に対して執行抗告。
  判断 民執法188条において準用する同法68条の立法趣旨⇒前記相続人(当該債務者の相続人)は「債務者」に当たらない⇒原決定を破棄し、原々決定を取り消した上、その他の売却不許可事由の有無につき審理を尽くさせるため、本件を原々審に差し戻した。 
  規定 民執法 第六八条(債務者の買受けの申出の禁止)
債務者は、買受けの申出をすることができない。
第一八八条(不動産執行の規定の準用)
第四十四条の規定は不動産担保権の実行について、前章第二節第一款第二目(第八十一条を除く。)の規定は担保不動産競売について、同款第三目の規定は担保不動産収益執行について準用する。
  解説   ●民執法68条、188条の立法趣旨 
旧法制下では、債務者の買受資格を否定するか否かは立法政策の問題
強制競売において債務者の買受資格を否定する通説:

①債務者に差押不動産を買い受けるだけの資力があるのであれば、まず差押債権者に弁済すべき
②債務者が差押不動産を買い受けたとしても、請求債権の全部を弁済できない程度の競売代金の場合には、債権者は同一債務名義をもって更に同一不動産に対して差押え、強制執行をすることができる⇒無益なことを繰り返す結果になり、これを許す場合には競売手続が複雑化する
③自己の債務すら弁済できない債務者の買受申出を許すと、代金不納付が見込まれ、競売手続の進行を阻害するおそれた他の場合より高い
民執法においては、強制競売と担保不動産競売とは可及的に歩調を合わせる⇒強制競売又は担保不動産競売のいずれであるかを問わず債務者の買受資格を否定するものとされ、同法68条、188条が規定。
  ●「債務者」の意義 
担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け、同競売の基礎となった担保権の被担保債権が前記決定の効力を受ける場合の債務者やその相続人が「債務者」に当たるか?
前記の場合は、当該債務者やその相続人は、被担保債権を弁済する責任を負わず(破産法253条1項本文)債権者がその強制的実現を図ることもできなくなる。

これまで弁済を怠った本人として目的不動産を買い受けることがなお相当でないとする見解があり得るとしても、その相続人については、
①目的不動産の買受けよりも被担保債権の弁済を優先すべきであるとはいえない
②買受けを認めたとしても同一の債権の債権者の申立てにより更に強制競売が行われることもない。
③当該債務者については、代金不納付により競売手続の進行を阻害するおそれが類型的に高いことが否定できないにしても、その相続人については、前記おそれが類型的に高いとはいえない。
前記相続人が形式的にみても債務者に当たることは否定し難いものの、
その買受資格を否定すべき理由もない中でこれを否定する形式的な解釈を採ることは、
政策的な理由から債務者の買受資格を否定したにすぎない民執法188条において準用する同法68条の解釈として妥当でない。
  ●免責の法的性質 
破産法253条1項本文の「責任を免れる」の意味
責任が消滅するのであって、債務は消滅せず、自然債務として残存する。
⇒形式的に「債務者」に該当。
  民事p8
東京高裁R3.2.24  
  NHKの電波のみを減衰する機器を取り付けた受信機の設置と放送法64条1項該当性(肯定)
  事案 日本放送協会の放送のみが映らないテレビジョン受信機の設置につき放送法64条1項に規定する受信設備に当たるかが争われた事例。 
X:本件テレビは、NHKの放送を受信することのできないものである⇒放送法64条1項に規定する受信設備に当たらない⇒XとNHKとの間で放送受信契約を締結する義務が存在しないことの確認を求めて提訴。
  原審  Xには放送受信契約締結義務は発生しない。 
  判断 ①放送法は、受信設備を設置することによりNHKの放送を受信することができる環境にある者に広く負担を求め、NHKとの受信契約を強制できる仕組みを採用している
②本件テレビは、ブースターを用いる方法又は本件フィルターを通さずTVケーブルをチューナーに直結させる方法により、NHKの放送を受信し、視聴することができる。
③NHKの放送のみを受信することを不可能にする付加機器を取り付けるなどして、NHKを受信することができない状態が作出されたとしても、当該付加機器を取り外したり、その機器を働かせなくされたりすることにより、NHKの放送を受信することのできる状態にすることができる

受信状態におく措置の難易を問わず、当該テレビジョン受信機は、放送法64条1項に規定する受信設備に当たる。
  解説 放送法64条1項について、最高裁H29.12.6:
「受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する旨を定めた規定であり、原告からの受信契約の申込みに対して受信設備設置者が承諾をしない場合には、原告がその者に対して承諾の意思表示を命ずる判決を求め、その判決の確定によって受信契約が成立すると解するのが相当である」とし、
同法は「原告の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の受信契約の締結を強制する旨を定めたもの」として、同法の合憲性を肯定。
いわゆるワンセグ機能付き携帯電話を有する者は「受信設備を設置した者」に該当(東京高裁)
不動産会社賃貸の家具家電付き賃貸物件に入居した者は、不動産会社がテレビを据え付けたとしても、「受信設備を設置した者」に該当(東京高裁)
放送法は「放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的」(同法1条)として、同法64条1項が適正・公平な受信徴収のためのもの。
  民事p17
大阪高裁R3.2.16  
  個人事業者とリース会社とのソフトウェアのリース契約に基づくリース料債権が信義則に基づき制限された事案
  事案 Yは、平成27年6月にリース会社Xとの間で、ゴルフスクール等を運営する会社である訴外ゴルフスタジアムが提供する「MA3ソフト」(ゴルフスイング解析ソフト)のリース契約を締結。 
Yは、平成22年にもゴルフスタジアムの勧誘を受け、同社の提供するソフトウェアについて信販会社と信販契約を締結するとともに、ゴルフスタジアムとの間で同社が無償で制作するYのホームページに同社の広告を掲載させるとの広告取引契約を締結し、同社から支払われる広告料により、信販会社に対する支払を行った。
本件リース契約のリース料は、ゴルフスタジアムがY名義の口座に入金するリース料と同額の広告料により支払われていたが、平成29年3月分以降の広告料の入金なし⇒Yは同月分のリース料不払いにより期限の利益を喪失(ゴルフスタジアムは、同年7月に破産手続開始決定を受けた。)。

Xが、残リース料約168万円及び遅延損害金の支払を求めて提訴。
  争点 Yは、原審において本件リース契約を特定商取引法9条1項の規定に基づき解除する旨の意思表示(本件クーリング・オフ)

①本件クーリング・オフの有効性(Xの販売業者該当性、特定商取引法29条1項1号の適用除外自由の有無)
②ゴルフスタジアムによる勧誘行為に関し、リース料請求の信義則違反の有無 
  原審 争点①:
本件業務提携契約の内容やこれに基づくゴルフスタジアムによる本件リース契約の勧誘からの締結の経緯⇒ Xが訪問販売業者であると認めた。
but
Yの事業の状況を含む本件リース契約の実態⇒本件リース契約はYの「営業のために若しくは営業として」締結されたものであると認定⇒特定商取引法9条1項の適用を除外。
争点②:
Xの注意義務違反を否定。
  判断 争点①:原審と同じ 
争点②:
事業者と小口リース取引において、リース会社と業務提携したサプライヤーが問題のある販売方法を用いることに対する苦情が多発⇒Xが会員となっていたリース事業協会が平成27年1月に自主規制規則を制定。

同規則の定める施策を講じることで顧客を保護することを懈怠し、顧客に不利益が生じた場合には、リース料の請求が信義則上制限される場合がある。
本件におけるX側、Y側の具体的な事情を検討
⇒Xのリース料請求は信義則により3割の限度で制限。
  解説 リース契約が購入者の営業のために若しくは営業として締結する取引の場合、特定商取引法の適用が除外される(法26条1項1号)。

経産省通達:
事業者名で契約をていしても商品や役務が主として個人用・家庭用に使用するためのものである場合にはクーリング・オフの規定が適用されると明確化。
←中小企業者に対する電話機等リース訪問販売が社会問題化 

同要件の判断基準については、事業、職務、取引の実態に照らして個別的に判断するべきであるとする裁判例。
ファイナンス・リース契約に基づくリース料請求訴訟において、サプライヤーの勧誘行為の違法性が主張され、サプライヤーと業務提携契約を締結していたリース会社には、信義則上、提携サプライヤーを管理指導する義務がったのにこれに違反したなどとしてリース料請求が信義則違反であると主張されることは少なくない。
勧誘行為の違法性が認められた場合にリース会社の不法行為責任が認められるか、あるいはリース料請求を制限し得るかについては、裁判例が分かれる。
本件:
サプライヤーが広告料収入により、実質的にはリース料の負担がないとして勧誘した点に勧誘行為の不当性が認められる事案で、かつ
サプライヤーが破産し、責任追及が困難となっている。

本判決:
①リース会社がサプライヤーとの業務提携によりリース契約を獲得して利益を得ていること
②サプライヤーの販売方法に関する問題改善のためにリース会社が一定の確認行為を行うことなどを内容とするリース事業協会の自主規制規則が公表
③本件リース契約締結に際しXによる確認が不十分であった

リース会社には私法上顧客の保護が期待されていたとして、信義則を根拠にリース料請求を一定の割合で制限したもの。
  民事p38
東京地裁R3.3.31  
  「一切の遺言を全部撤回する」旨の遺言公正証書が遺言能力を欠き無効とされた事案
  事案 平成23年4月8日:先行遺言
平成23年6月21日:アルツハイマー症認知症と診断
平成25年11月27日:遺言公正証書 第1条に「遺言者は、本日までにした公正証書による遺言の他、自筆の遺言も含め一切の遺言を全部撤回する。」
  判断 ①被相続人は、本件遺言の作成時において、先行遺言の存在自体を失念していて、認知力及び判断力は著しく低下
②被相続人は、本件遺言をした時点に近接していた平成24年ないし25年頃、出来事を失念することなどの事情から、本件遺言をした当時の認知力及び判断力は著しく低下しており、
③本件遺言の内容が、それ自体は複雑、難解ではないとしても、それがもたらす帰結等を考慮すると、その作成当時、被相続人が本件遺言の内容を理解し、これによりもたらされる結果を弁識しうる能力があったとまでは認められず、
④本件遺言を作成した公証人が、被相続人の遺言能力の有無を確認するに当たりいかなる確認方法を用いたのかが不明⇒同公証人が被相続人に遺言能力が認められると判断したことをもって、被相続人に遺言能力が認められるということはできない。

本件遺言は無効。
  解説 遺言能力の有無の判断についての判示は詳細で首肯できる。
but
先行遺言を撤回した本件遺言を遺言として扱っている点には異論あり。
遺言の撤回は遺言の方式に従わなければならない(1022条)
撤回の意思を表示するだけでは撤回の効力を生じない。
撤回は独立した法律行為であって遺言ではないが、遺言自体が厳格な要式行為⇒その撤回にも様式性を要求することによって、遺言の要式行為性を貫徹するとともに、あわせて実質的に遺言者の撤回意思の明確化を要求する趣旨。
撤回の効力はいつ生じるか?
A:遺言が効力を発生する時すなわち遺言者が死亡したとき
B:遺言の方式に従った撤回の意思表示の成立と同時に生じる

①撤回は独立した法律行為であって遺言ではなく、
②民法1024条による撤回の効力は、遺言書の破棄ないし遺贈目的物破棄の時に生ずることは明らかであって、その均衡

A⇒遺言者が死亡するまでは撤回の効力が生じない⇒その撤回を撤回することも考えられる。
B⇒法律行為の成立前の、その効力の発生を阻止するという意味における撤回はあり得ない。
遺言の撤回が遺言でなく、意思表示⇒その無効確認請求は不適法と解する余地。
一般に意思表示の無効確認請求は許されず、それを前提にした現在の法律関係の確認請求に引き直すべきであるとの解釈。
⇒先行遺言に基づく法律関係の主張、具体的には相続人が先行遺言によって取得した不動産等の所有権の確認請求訴訟をなすべきであった。
  民事p48
東京地裁R3.1.26   
  懲戒処分が違法⇒国賠請求認容の事例
  事案 Xが、Y弁護士会の懲戒委員会のした懲戒議決に基づき業務停止1月の処分⇒本件懲戒処分は国賠法上違法な処分であったと主張して、国賠法1条1項に基づく損害賠償を請求。 
  争点 ①懲戒委員会のした本件懲戒議決が違法であり、
②これに基づいてされた本件懲戒処分が国賠法上違法であるといえるか。 
  判断  ●争点① 
懲戒委員会が、綱紀委員会の議決におて事案の審査を求めることとされた事実とは異なる事実に基づいてXについて懲戒を相当とする議決をした⇒違法。
弁護士法が、懲戒制度において2段階(綱紀委員会・懲戒委員会)の審査手続を設けているのは、「対象弁護士が当該手続内において防御を尽くすことができるようにし、手続の適正を確保」するため⇒懲戒委員会において審理の対象とすべき事実は、綱紀委員会の議決において事案の審理を求めることを相当と認められた特定の具体的事実と同一の社会的事実のほか、これに基づく懲戒の可否等の判断に必要と認められる事実の範囲に限られる。

①仮に、懲戒委員会の審査の対象が、綱紀委員会のした綱紀議決において審査を相当とされた範囲に拘束されないとすれば、弁護士会自身が懲戒の自由があると思慮したときであっても綱紀委員会の議決を経なければ懲戒処分ができないことと整合しない
②実質的にも、懲戒委員会において対象弁護士が防御するとすれば、その範囲は綱紀議決における「審査を相当とされた事実」を前提とする⇒懲戒処分の手続的正当性に鑑みても、懲戒委員会における審査の対象は、この範囲に限られると解するしかない。
綱紀議決において綱紀委員会が審査に付した事由:
(Xが受任した事件が法律上正当な依頼であることを前提として)Xが受領した報酬額が不相当であること

懲戒委員会が懲戒相当とした事由:
Xが違法な事件に関与したこと及びXが違法な依頼に対して報酬を受領したこと

実質的には本件綱紀議決において懲戒委員会における審査の対象とされていなかった事実。
  ●争点② 
弁護士会による懲戒処分は、弁護士会の懲戒委員会がその職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく、漫然と手続上違法な懲戒の議決をしたと認められる場合に、国賠法上も違法となる。
本件懲戒議決はこのような違法がある。
  解説 本判決は、本件懲戒処分の内容(実体的部分)が違法であったかどうかについては判断していない。
最高裁:
弁護士法が前記2の自治的な懲戒の制度を設けている趣旨に鑑み、ある事実関係が懲戒事由に該当する場合に懲戒するか否か、懲戒するとしてどのような処分を選択するかどうかなどは、原則として当該弁護士会の合理的な裁量に委ねられている

裁判所が弁護士会の懲戒委員会の実体判断を捉えて違法と判断することは、極めて例外的な場面に限られるのではないか。
  民事p60
京都地裁R3.3.26  
  無痛分娩のための腰椎麻酔による医療過誤の事案
  事案 当時35際のX1が、医療法人Yの開設する本件診療所に分娩のため入院⇒無痛分娩のための腰椎麻酔を受けた後に心肺停止状態⇒心肺停止後脳症、低酸素脳症等の障害(後遺障害等級1級)を負ったこと、
重症新生児仮死の状態で出生したAが、新生児低酸素性虚血性脳症等の障害(後遺症等級1級)を負い、約6年後に死亡

X1、X2(夫)、X3(X1の母)が、Yに対し、債務不履行に基づき、損害賠償を請求。 
Xらは、X1及びAの障害は、Yの理事長であり本件診療所で勤務する麻酔担当医であるBがX1に対して腰椎麻酔を行う際、
①カテーテルを硬膜外腔に留めた上で麻酔薬を分割投入する義務に反し、硬膜外針をくも膜下腔まで刺入させ、同書に留所したカテーテルから麻酔薬を一度に注入したこと、
②全脊髄麻酔症状を呈した場合に速やかに呼吸を確保し、血圧の回復ができるよう、人工呼吸器等を準備し、あらかじめ太い静脈路を確保しておく義務があるのにこれをいずれも怠った
ことにより発生。
Yは、Bによる注意義務違反を争わず。
  争点 ①債務不履行に基づく損害賠償請求権の帰属主体
②原告X1及びAに発生した損害の額 
  判断  ●争点① 
X2及びX3はYとの間で何らかの契約を締結したとは認められない⇒X2、X3らの主張を否定。
X1がAのためにYとの間で医療契約を締結し、Aに代わって黙示的に受益の意思表示をしたことを認め、それを前提に、X1及びAのYに対する債務不履行に基づく損害賠償請求権を肯定。
  ●争点② 
X1につき総額2億4200万円余り、Aにつき総額5500万円余りの損害が発生したと認定し、AのYに対する損害賠償請求権は、Aの死亡に伴い、X1及びX2が相続分に応じて相続。
◎X1の症状固定時までの自宅での付添看護費用と症状固定後の将来介護費:
X3が70歳となるまではX2及びX3による介護が行われるものとして日額1万5000円(Xらの主張は、日額2万5000円)、その後X2が70歳になるまではX2と職業介護人による介護が行われるものとして日額2万円(Xらの主張は日額4万円)、その後X1の平均寿命86歳までは職業介護人のみによる介護が行われるものとして日額2万4000円(Xらの主張は、日額4万5000円)を認めた。
Y:X1はロシア国籍⇒ロシア人の平均寿命を前提とすべき。
vs.
本判決:X1の身上等に照らし採用できない。
  ◎X1の後遺障害慰謝料:
後遺障害の程度を考慮し2800万円(Xらの主張は、8000万円)
Xら:本件は交通事故などと異なり医者と患者という相互の立場に互換性のない事例⇒通常の基準(自賠責基準保険金額は4000万円)の2倍とすべき
vs.
本判決:採用できない。
  ◎Aの退院後死亡までの自宅看護費用
出生以来有効な自発呼吸をしたことがなく、人工呼吸器及び胃ろう等の装置を余儀なくされ、常時全介助の状態⇒日額1万5000円(Xらの主張は、日額2万円) 
  ◎Aの後遺障害慰謝料及び死亡慰謝料
後遺障害を有して約6年間生命を維持したことその障害の悪化により死亡するに至ったことを全体として評価し、2800万円(Xらの主張は、後遺障害慰謝料と死亡慰謝料とを別々に各2000万円、合計4000万円) 
  ◎損益相殺:
Yは、Aには産科医療保障制度に基づく補償金合計3000万円の給付が確定⇒これはAの損害から控除されるべき。
Xら:同制度の趣旨は看護・介護を行うための基盤整備のための準備金等であるとして、損益相殺の対象とすることを争った。

本判決:同制度にもとづく補償金合計3000万円は、全額について、Yが賠償すべきAの損害額から控除されるべきと判示。
(将来の給付についても、現実に履行された場合と同視しうる程度のその履行が確実であるとして、損益相殺の対象に含めた。) 
  民事p70
奈良地裁R2.11.12  
  奈良県NHK受信料訴訟(放送法遵守義務確認等請求事件)の第1審 
  事案 Y(NHK)との間で受信契約を締結しているXらは、Yに対し、
(ア)民事訴訟として、
主位的に
①YがXらに対し、ニュース放送番組において放送法4条を遵守して放送する義務があることの確認を求めるとともに、
②Yが前記義務に違反する放送をしたことによりXらが精神的苦痛を受けた
⇒受信契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求として、Xらそれぞれにつき各5万5000円の支払を求め、
予備的に
③YがXらに対し、ニュース放送番組においてYが定めた国内番組基準を遵守して放送する義務があることの確認を求めるとともに、
④Yが前記義務に違反する放送をしたことによりXらが精神的苦痛を受けた
⇒受信契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求として、Xらそれぞれにつき各5万5000円の支払を求め
(イ)行訴法4条後段所定の実質的当事者訴訟として、前記①の確認を求める訴え。
  規定 放送法 第四条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実をまげないですること。
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
  判断 ●本件各訴えが裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たるか 
民事訴訟としての確認訴訟に係る訴えは、XらとYとの間の受信契約上の契約内容の確認の訴えと解することができ、
これは、法令を適用することにより判断することが可能な事項
⇒「法律上の争訟」に当たる。
  ●民事訴訟としての確認の利益が認められるか 
否定

①法第4条1項各号に定める放送内容に関する義務は、放送に対して一般的抽象的に負担する義務にすぎない
②確認訴訟の内容が確認しても(Yに同条を遵守して放送する義務があることを確認する判決が確定しても)、XらはYによる任意の履行を期待するほかない
⇒前記確定判決の効力は、前記放送義務に関する紛争の解決に資するものとはいえず、判決を求める法律上の利益はない。
  ●受信契約上、Yは法第4条1項各号ないし国内番組基準を遵守して放送する義務を負っているか
否定

同義務は、放送に対して一般的抽象的に負担する義務ないし基準であって、個々の受信契約者に対して同条又は国内番組基準を遵守して放送することを求める法律上の権利ないし利益を付与したものとはいえない。
  ●Yが法4条1項各号ないし国内番組基準所定の基準に違反したか
Xらが指摘する事件ないし出来事に関し、法4条1項各号ないし国内番組基準に沿った放送がなされていたといえるかについて疑問の余地が全くないわけではない
but
・・・義務は、放送に対して一般的抽象的に負担する義務ないし基準に過ぎない⇒Xらの損害賠償請求を棄却。
  ●Xらの実質的当事者訴訟としての確認の訴えの適法性
民事訴訟と同様、確認の利益なし。
  解説 「法律上の争訟」:
当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる。 
確認の利益:
確認の対象が現在の法律関係であって、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、その危険又は不安を除去するために原告と被告との間で当該確認請求について判決をすることが必要かつ適切である場合に認められる。
2511   
  行政p5
東京地裁R3.6.21   
  映画製作会社に対して助成金を交付しない旨の決定が違法として取り消された事例
  事案 映画製作会社のXが、その製作映画(本件映画)について、独立行政法人日本芸術文化振興会理事長(「理事長」)による内定を経て、文化芸術振興費補助金に係る助成金の交付申請⇒理事長から、本件映画には麻薬取締法違反により有罪が確定した者が出演しており、これに対して助成金を交付することは、公益性の観点から適当ではない⇒本件助成金を交付しない旨の決定(本件処分)⇒Y(日本芸術文化振興会)を相手に、本件処分の取消しを求めた。 
  争点 本件処分の適法性(=理事長が本件内定を受けたXに本件助成金を交付しないこととした本件処分につき、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法が認められるか) 
  判断 理事長の裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無を判断するに当たっては、交付内容の取消し又は不交付決定の根拠とされた公益の内容、当該芸術団体等に対して助成金を交付することにより当該公益が害される態様・程度、交付内定の取消し又は不交付決定により当該芸術団体等に生じる不利益の内容・程度等の諸事情を総合的に考慮して、交付内容の審査における芸術的観点からの専門的知見に基づく判断を尊重する文化芸術振興費補助金による助成金交付要綱(本件要綱)の定めや仕組みを踏まえてもなお助成金を交付しないことを相当とする合理的理由があるか否かを検討すべきであるところ、
本件処分は、
①本件映画につき、芸術的観点からの専門的知見に基づく審査の結果を踏まえて本件内定がされていたこと、
②本件助成金の交付によって本件俳優が利得を得るものではなく、本件処分の根拠とされた薬物乱用の防止という公益との関係で、違法薬物に対する許容的な態度が一般に広まるおそれがあるとはえいないこと、
③本件処分によりXに生じる不利益は、映画胃制作事業の実施に係る経済的な面においても、また、映画表現の重要な要素の選択に関する自主性の確保の面においても小さいものとはいえないことなど

交付内容の審査における芸術的観点からの専門的知見に基づく判断を尊重する本件要綱の定めや仕組みを踏まえてもなお本件助成金を交付しないことを相当とする合理的理由があるということはできない⇒理事長の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと認められる。
  規定 第三〇条(裁量処分の取消し)
行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。
  解説 ●本件処分の適法性判断 
本件処分は、理事長に裁量権の範囲の逸脱またはその濫用があった場合に限り違法となる(行訴法30条)。
関係法令のみならず、理事長が定めた本件要綱及び審査基準においても、出演者の犯罪行為あるいは公益性は不支給要件として定められていない。
判例:
行政庁がその裁量に任された事項について裁量権行使の準則を定め、処分がこの準則に違背して行われたとしても、原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない(最高裁昭和53.10.4:マクリーン事件)。
処分基準が定められている場合については、訴えの利益の有無に関する判示の中ではあるが、当該処分基準の定めと異なる取扱いをすることを相当と認めるべき特段の事情がない限り、そのような取扱いは裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとするものがある(最高裁H27.3.3)。
学説:裁量権の公正な行使の確保、平等取扱いの原則、相手方の信頼保護といった要請からすると、準則と異なった判断をするには、そのための合理的理由が必要(塩野)。
●Xは、本件処分に先立って、理事長から本件内定を受けている 
地方公務員の採用内定取消しについて、当該事例においての判断であるが、採用内定及びその通知は法令上の根拠に基づくものではなく、採用発令の手続を支障なく行うための準備行為⇒抗告訴訟の対象となる処分に当たらない(最高裁昭和57.5.27)。

本件内定:法令ではなく本件要綱によって定められている⇒本件内定を得たこと自体の効果から直ちに理事長の裁量権が制限されるといった議論にはならない。
本件:芸術作品に関係した者が犯罪行為をした場合への公的助成のあり方という問題に関し、
行政庁による最終判断の前段階で専門家による審査を通過していたが、行政庁が全く別の視点から専門家による審査結果と異なる判断をしたという事例について、
裁判所が法令の趣旨及びそれを反映した要綱に基づく判断構造等に着目して個別具体的な事情を踏まえて判断したもの。 
  行政p20
静岡地裁R2.12.24  
  都市計画決定から相当期間経過で、事業認可の違法性判断の枠組み基準を示した事案
  事案 国土交通大臣から権限の委任を受けた中部地区整備局長及び静岡県知事が、訴外A(JR東海)沼津駅付近の鉄道高架化に関して、平成15年に決定された都市計画の事業計画の変更認可
⇒事業地内又はその周辺において、土地を所有するなどしているXら28名が、Y1(国)及びY2(静岡県)を相手に、本件各変更認可の違法を主張して、
平成20年の各変更認可については無効確認を
令和1年の各変更認可については取消しを求める。 
Xら:
Xら全員に原告適格が認められるとした上で、本件各変更認可の違法性について、
①都市計画事業は、事業の内容が都市計画に適合することが認可の要件とされている(都計法61条1号)ところ、本件都市計画決定は、Y2がその裁量を逸脱濫用していたものであるから違法であり、それに基づいてされた本件各変更認可も違法
②本件都市計画の変更後に都計法21条1項に基づく都市計画の変更をすべき事情が存したにもかかわらず、これが変更されないままになされた本件各変更認可は違法
  判断 最高裁H17.12.7(小田急線高架化事件)を参照した上で、
本件高架化事業は、環境影響評価法及び静岡県環境影響評価条例が定める環境影響評価等の対象事業には該当せず、本件高架化事業の規模が大きく、かつ、環境に与える影響の程度が著しいものとなるおそれがあるものとは認められない
⇒事業地の周辺に居住等する者が、本件高架化事業が実施されることにより、騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがあるとは認められない。

Xらのうち、事業地周辺に居住等するにすぎない者、すなわち、事業地内において現に不動暖を所有するか、又は居住するか、若しくは事業地内の土地について収用裁決を受けた者以外の者の原告適格を否定してその訴えを却下。 
争点①:
本件都市計画は、その決定時点において、必要性、合理性が認められ、Y2がその裁量を逸脱濫用したとは認められない。
争点②:
その後の社会・経済情勢の変化のあった本件各変更認可の時点においても、本件都市計画の必要性や合理性が失われたとはいいがたく、本件都市計画を変更すべきことが明白とはいえない⇒本件各変更認可は適法。
  解説 事業認可の取消訴訟等では、その前提となる都市計画決定の違法性が争点となることが多い。
本判決:
事業認可の違法性を判断するに際して都市計画の違法性を判断する場合の基準時について、都市計画決定時と解する立場。

行政処分の違法性の判断基準時を当該行政処分時と解する通説的な立場に依拠。
but
都市計画の事業認可の取消訴訟においては、往々にして都市計画から事業認可までの時間的間隔が大きく、その間に社会・経済情勢が少なからず変化⇒これを一切考慮することなく事業認可の違法性を判断することに疑義が生ずる場合もある。

裁判例の中には、都市計画決定後の事情の変化が事業認可の違法性に影響を及ぼす余地を残すものが散見。
本判決:
争点②の判示部分で、
都市計画決定後に相当の長期間を経過し、当該都市計画の基礎とされた社会・経済情勢に著しい変化があったこと等により、当該都市計画の必要性や合理性がおよそ失われ、都計法21条1項に基づき当該都市計画を変更すべきことが明白であるといえる事情が存するにもかかわらず、これが変更されないまま事業認可申請に至ったものであることが一見して明らかであるなどの特段の事情がある場合に限り、事業認可が違法となる旨判示。

都計法21条1項が、都市計画の決定権者たる都道府県又は市町村は、都計法6条1項又は2項により都道府県がおおむね5年ごとに行うこととされている都市計画に関する基礎調査あるいは都計法13条1項20号に規定される政府が法律に基づき行う調査の結果、都市計画を変更する必要が明らかとなる等の事情が生じたときは、遅滞なく、当該都市計画を変更しなければならない旨規定。
⇒都市計画後の事情により、事業認可が違法となる余地を認めた。
本判決:
①都計法21条1項の文言が「調査の結果都市計画を変更する必要が明らかとなったとき」となっており、都市計画を経納する必要の明白性を要求
②事業認可の認可権者は、事業の内容が都市計画に適合していることを審査すれば足りるのであって(都計法61条1号)、それを超えて都市計画の内容を審査することまでは想定されておらず、かえって都市計画の具体的な内容にわたって審査を行うことは、都市計画の決定権者たる地方公共団体への不当な干渉となってしまう場合がある。

都市計画を変更すべき事情が外部からも一見して認識できる程度のものである必要がある。
③都計法21条1項の趣旨に照らして違法として取消しを認めることは、実質的に都市計画決定権者に対して同項に基づく都市計画の変更を迫ることになる
⇒その違法となる場合の要件は、行訴法37条の2に規定される非申請型義務付け訴訟の訴訟要件及び本案勝訴要件に準ずる程度の要件を要求すべきと解される(たとえば、当該都市計画に基づく事業が実施された場合に原告に重大な損害を生じ、その損害を避けるために都市計画の変更をする以外に適当な方法がないという事情は、都市計画を変更すべきといえる一事情になろう。)。
  民事p67
東京高裁R2.1.15  
  ベーコンビッツの骨片の残存可能性についての警告表示がないことと製造物責任法の欠陥(否定)
  事案 Yは、乙からベーコンビッツを仕入れて、それにレタス、トマト等を加えてハイローラーブレッドで巻いたものを輪切りにした惣菜を販売⇒Xが本件商品を購入して食べたところ、本件商品内に残存していた骨片により、歯冠破折の傷害
⇒ 
XはYに対し、
①本件商品に骨片が混入していたこと又は
②本件商品に骨片の残存可能性についての警告表示がなかったことにつき、
製造物責任法2条2項の「欠陥」にあたるなどと主張⇒治療費等の損害賠償を求めた。
  争点 本件商品に指示・警告状の欠陥が認められるか 
  判断 ①本件商品は目視によりベーコンビッツの分量や性状まで認識可能
②本件商品は、全体として比較的柔らかく、そしゃくしやすい食品として認識され、特に強い力で噛み切ろうとしたり嚙み砕こうとしたりすることが一般に想定されないもの
③食肉加工食品一般に骨片が残存する可能性があることは、一般消費者にもある程度知らされている
④比較的柔らかい食品をそれに即した通常の強さでそやくする限りにおいては、被害発生の蓋然性は低い
⑤カリエス(虫歯)等があって歯を傷つけやすい者にあってはそしゃくの強度を調整する自助努力も必要
⑥ベーコンビッツに残存する骨片により歯を傷める可能性があることは、食品の安全性に関する情報の中では、相対的に重要性はそれほど高くない 
⑦警告表示を行うべき必要性は、それほど高くなく、その情報を必要とする購入者に対して適切に情報を伝える効果は限定的

本件商品にベーコンビッツの骨片の残存可能性についての警告表示がなかったことをもって、本件商品が通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。
  解説 製造物責任法2条について
「欠陥」:当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること
学説:「欠陥」には、
(1)製造上の欠陥、
(2)設計上の欠陥、
(3)指示・警告状の欠陥
の3類型が存在。
(3)は、使用法や危険性の表示に不備があること・

欠陥の判断基準:
A:消費者の期待を基準とするもの
B:製品の有する危険性と効用を比較衡量するもの
があるが、実務上、いずれかの基準に則っているわけではない。
最高裁H25.4.12(イレッサ薬害訴訟上告審):
医薬用医薬品の添付文書の記載について、
添付文書の記載が適切かどうかは、上記副作用の内容ないし程度(その発現頻度を含む。)当該医療用医薬品の効能又は効果から通常想定される処方者ないし使用者の知識及び能力、当該添付文書における副作用に係る記載の形式ないし体裁等の諸般の事情を総合考慮して判断する。
本判決:
微細な骨片を除去しきれないベーコンビッツの特性に言及するとともに、一般の消費者が当該事実を認識していることを前提として判示。
  民事p78
福岡高裁宮崎支部R2.7.8  
  組立保険契約の保険金の対象となる復旧費
  事案 太陽光発電事業を営むXが、 工事業者に発注した太陽光発電所設置工事(本件工事)について、Yとの間で組立保険契約(本件保険契約)を締結⇒河川の氾濫により本件工事の材料である太陽電池モジュール(本件太陽光モジュール)等が損傷する事故(本件事故)が発生⇒Yに対し、本件保険契約に基づき、保険金2億2335万9836円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
  損害 本件事故により発生した損害:
本件太陽光モジュールの損傷の他、
ブロック積復旧費用等の損害8400万2385円
産業廃棄物63万4520円
問題は、コネクタのみ水没した本件太陽光モジュールの損害を幾らとみるのが相当かという点。 
  原判決 コネクタのみが水没した本件太陽光モジュールに生じた損害についての社会通念上損害発生直前の状態に復旧したということのできる程度の修理とは、「本件出力保証(本件太陽光モジュールの製造元が25年間で80%の出力を保証するもの)を維持することが可能な程度の修理等」であることを要する。
コネクタの交換による修理等を行った場合には本件出力保証が維持されない
⇒本件太陽光モジュールを全部交換する方法によるほかないとして1枚あたり3万3500円を認容。
  判断 損害の生じた保険の対象を損害発生直前の状態に復旧するために直接要する修理費等(復旧費)について、
本件保険契約を含む組立保険契約は、基本的には、個々の動産についての各種損害保険を集合したもの⇒その損害額の算定に当たっては、動産損害保険における損害額の算定と異ならない。

コネクタのみ水没した本件太陽光モジュールの損害額は、保険の対象物である当該動産を保険事故発生前の正常な状態と物理的、機能的に同一の状態に復旧するための合理的費用をいい、
新品と交換する費用を損害額と認めることはできない。
本件では、電気工事専門業者が水没したコネクタを交換することにより、本件太陽光モジュールを保険事故発生前の正常な状態と物理的、機能的に同一の状態に復旧することができ、その費用は1枚あたり2000円と認めるのが相当。
  解説 組立保険:
各種の工事を対象として、工事現場における材料等の搬入から工事完成後引渡しまでの過程において、免責事由に該当しない限り、あらゆる不測の事故等により工事物件に生じた損害をてん補することを目的とする保険であり、
工事現場に所在する工事の目的物や材料、工事の遂行に必要な仮設物や什器備品等を保険の対象物とするもの。
本件保険約款第5条では、保険金として支払うべき損害額について、
損害の生じた保険の対象を損害発生直前の状態に復旧するために直接要する修理費等(復旧費)と規定。
組立保険の裁判例。
  民事p89
札幌高裁R3.3.10  
  婚姻無効確認請求訴訟(肯定事例)
  事案 亡Aと妻の亡Bとの間の子であるXらが、Yに対し、平成30年1月22日に届けられたAとYとの間の婚姻について、Aの婚姻意思がないことを理由に、無効であることの確認を求めた。 
  原審 Yの供述、すなわち、平成29年12月24日に、Aの入居している介護付き老人ホームにおいて、本件施設の看護師であるCの同席の下、AとYとの間で本件婚姻に係る婚姻届を作成したとの供述及びこれに沿うCの陳述書
⇒本件婚姻は、Aの意思に基づくものであるとして、Xらの請求を棄却。 
  判断 ①Aは、本件婚姻届けを提出した平成30年1月22日当時、入院生活が前提とされ、婚姻生活を送りうる健康状態ではなかった
②Cは陳述書を作成しているが、平成30年2月に、A、X1、Y、Cの4者での話し合いの席で、Aが「籍は入れていない」旨述べたのに対し、Cは「目の前でやってないから、わからないから。目の前で・・・」と述べ、これに対して、Yは「やりました、病院で」と述べている⇒Cの陳述書の記載内容には信用性に疑問がある。
③Yは、平成29年12月15日以降、Aの私語である平成30年8月15日まで、Aの年金口座から年金を振込当日にほぼ全額引き出していた。
④Yは、Aが危篤状態でICUに入った、翌日に車いすを使用するAが車いすのままでは乗車できない仕様の新車を570万円で注文しているなど不自然な行動。

Yには本件婚姻届を偽造する動機があり、
本件婚姻届にはAの印章によって顕出された印影はあっても、Aの意思に基づいて顕出されたとの推定は覆され、YがAの印章を冒用して押印したものと認めるのが相当。

原判決を取り消し、本件婚姻は無効。
  解説 家裁:Yの主張、供述に沿う本件施設の看護師Cの陳述書に記載された内容を重視
but
Cは平成30年10月に死亡⇒反対尋問に曝されていない。
Cは平成30年2月には陳述書に反する言動。

高裁は、Cの陳述書に依拠して事実を認定することはできないと判断。
婚姻の意思:
その時代の社会観念に従って婚姻とみられる関係を形成しようとする意思。
いわゆる実質的意思説が通説、判例とされている。
裁判例:
婚姻無効を認めた事例
無断で提出した婚姻届についてその後追認があったとして婚姻無効を認めなかった事例
  民事p98
大阪地裁R2.10.19  
  キャバクラ店の従業員の私的交際違反の違約金が無効とされた事案
  事案 キャバクラ店を経営する特例有限会社である原告が、女性従業員である被告に対し、
被告が私的交際をせずこれに違反した場合は原告に対して違約金200万円を支払う旨を、原告・被告間で合意。
but
これに違反して被告が男性従業員と交際
⇒ 雇用契約の債務不履行に基づく違約金100万円(一部請求)の支払を求めるとともに、本件合意及びその後の誓約(前記交際のことを他言しない等)に違反したことが不法行為に当たるとして40万円の損害賠償を請求。
被告:本件合意は労基法16条に違反し(争点①)、かつ公序良俗にも反している(争点②)から無効。
  規定 労基法 第一六条(賠償予定の禁止)
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
  判断・解説  ●争点① 
本件合意が、使用者が労働契約の不履行について違約金を定めたり損害賠償額を予定する契約をしたりしてはならないと規定した労基法16条に違反し、無効。
労基法16条は、労働契約の不履行についての違約金等に関する規定
but
本件事案は、キャバクラ店での接客業務それ自体の不履行ではなく、それ以外の私生活に関する合意の不履行とも考えられる。
but
原告が雇用契約を締結する前提として被告を含む全従業員に本件合意を要求⇒原告は被告との雇用契約において、単なる接客でなく、交際相手のいない状態で接客を行うことを労働として求めていた⇒本件合意が労働契約の不履行についての違約金等に関する規定と認定したものと思われる。
なお、キャバクラ店等の風俗営業において、店舗経営者が接客担当者を個人事業者として扱い、雇用契約ではなく請負契約や業務委託契約を締結する形式がとられる場合⇒その実質が「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」(労基法9条)に当たるかどうかの判断が必要。
  ●争点② 
人が交際するかどうかや誰と交際するかはその人の自由に決せられるべき事柄であって、その人の意思が最大限尊重されなければならない
本件合意は、禁止する交際について交際相手以外に限定する文言を置いておらず真摯な交際までも禁止対象に含んでいることや、その私的交際に対して200万円もの高額な違約金を定めている⇒被用者の自由な意思に対する介入が著しい⇒公序良俗に反し無効。

①本件合意について禁止する交際の対象が広範に及んでいることや②違約金が高額であることを理由に公序良俗に反すると認定しており、事例判断にとどまっている。
尚文献。
  解説 交際禁止をめぐる紛争:
①芸能プロダクションである原告が、専属契約を手家kつして女性アイドルとして芸能活動をしていた被告に対し、被告が男性ファンとの交際を禁止した専属契約に違反したとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を請求した事案において、交際禁止条項が有効であると認定して、請求を認容した事例。(東京地裁)
②①と同種の事案で、所属アイドルが異性と性的な関係を持ったことを理由に損害賠償を請求することは、自己決定権そのものである異性との合意に基づく交際を妨げられることのない自由を著しく制約するものであるとして、債務不履行及び不法行為の成立を認めず、請求を棄却した事例。(東京地裁)
  民事p101
東京家裁R3.1.27  
  申立人ら夫婦が申立人母の非嫡出子を養子にすることの許可を求めた事案で、父との関係でニュージーランド法を準拠法とされた事案
  事案 申立人ら夫婦(ニュージーランド及びD国籍を有する申立人父と日本国籍を有する申立人母)が、申立人母とH国籍を有する実父との間の非嫡出子である未成年者(日本国籍及びH国籍)を申立人らの要しとすることの許可を求めた事案。
  判断 申立人父との関係ではニュージーランド法を
申立人母との関係では日本法を
それぞれ準拠法として認定した上、
申立人らと未成年者との間でそれぞれ適用される法における養子縁組の要件(保護要件を含む。)について検討し、本件申立てを許可。 
  規定 法適用通則法 第三一条(養子縁組)
養子縁組は、縁組の当時における養親となるべき者の本国法による。この場合において、養子となるべき者の本国法によればその者若しくは第三者の承諾若しくは同意又は公的機関の許可その他の処分があることが養子縁組の成立の要件であるときは、その要件をも備えなければならない。
・・・
法適用通則法 第三四条(親族関係についての法律行為の方式)
第二十五条から前条までに規定する親族関係についての法律行為の方式は、当該法律行為の成立について適用すべき法による。
2前項の規定にかかわらず、行為地法に適合する方式は、有効とする。
法適用通則法 第三八条(本国法)
当事者が二以上の国籍を有する場合には、その国籍を有する国のうちに当事者が常居所を有する国があるときはその国の法を、その国籍を有する国のうちに当事者が常居所を有する国がないときは当事者に最も密接な関係がある国の法を当事者の本国法とする。ただし、その国籍のうちのいずれかが日本の国籍であるときは、日本法を当事者の本国法とする。
・・・
  解説 ●準拠法について 
養子縁組における準拠法:
法適用通則法31条1項前段⇒縁組の当時における養親となるべき者の本国法による。
同項後段⇒養子となるべき者の本国法によればその者若しくは第三者の承諾若しくは同意又は公的機関の許可その他の処分があるときは、その要件(「保護要件」)をも備えなければならない。

渉外養子縁組の実質的成立要件は、
縁組当時の養親の本国法により、
保護要件については養子の本国法が併せて考慮される。
本件では、申立人父と未成年者が重国籍⇒同人らの本国法を確定する必要。
重国籍の場合の本国法:法適用通則法38条1項。
申立人父について、
ニュージーランド及びDのいずれも常居所があるとは認められない。
申立人父のD及びニュージーランドにおける居住歴、ニュージーランドへの定期的訪問といった事情⇒ニュージーランドとDのうち申立人父に最も密接な関係がある国はニュージーランド⇒本国法なニュージーランド法。
未成年者の本国法は日本(同条但書)。
保護要件については、
成立する養子縁組が断絶型の養子縁組⇒特別養子縁組の保護要件
非断絶型の養子縁組⇒普通養子縁組の保護要件
が必要。
ニュージーランド法の養子縁組は、実親と養子との関係について断絶効があるとされている。
but
配偶者の一方の本国法上、断絶型の養子縁組の定めしかない場合であっても、地方配偶者の本国法上、非断絶型の養子縁組が認められるときは、当該夫婦は被断絶型の養子縁組をすることができると解されている。

本件:申立人母が、夫婦共同縁組で普通養子縁組の申立てをしている⇒申立人父との間でも被断絶型の養子縁組が成立すると解され、本件審判も、養父子関係について、普通養子縁組に即した日本法の保護要件を検討。
●ニュージーランド法の養子縁組の要件 
①養子の年齢制限、②養親の年齢要件、③夫婦共同縁組、④試験養育、⑤実親等の同意、⑥裁判所の養子縁組命令
要件⑤について:
同意が要求される実親等について、非嫡出子の場合、母又は(母が死亡している場合は)生存している後見人若しくは死亡した母から任命された後見人。
かかる場合において必要であると裁判所が判断するときは、裁判所は父の同意を要件とすることができる旨を規定。

本審判:
実父の同意を要件とする必要性について、
断絶型の養子縁組が成立するニュージーランド法において、実父の同意は裁判所が必要と判断するときに限り、要件とされている。
本件において成立する養子縁組が申立人父との間においても非断絶型にとどまる。
⇒実父の同意は不要としている。
ニュージーランド法は、養子縁組命令を発するのにソーシャルワーカー(児童福祉司)の報告書の提出を要する旨を規定。
本審判:
同規定は手続規定⇒本件に適用を要しない。
but
家庭裁判所調査官の調査報告書によりソーシャルワーカーの報告書を代替することも可能。

試験養育を要件とする規定についても、手続規定⇒適用を要しないとも解されるが、その実質から同居期間の要件を定めていると解することもできるとの指摘。
ニュージーランド法は、養子縁組は裁判所のする養子縁組命令により成立。
本審判:この命令は、日本の家庭裁判所のする養子縁組許可の審判をもって代えることができる。
未成年者は申立人母の非嫡出子⇒申立人母については、縁組許可の審判は不要(民法798条ただし書)であり、届出によって縁組を成立させることとなる。
but
夫婦共同縁組を同時に成立させるため、申立人父については、いわゆる分解理論を用いて、養子縁組許可の審判をする必要。

分解理論:
養子縁組命令の裁判を、養子縁組の実質的成立要件に関わるものとして裁判所等公的機関の関与を必要とする部分と、
養子縁組を創設させる部分とに分解した上で、
実質的成立要件の審査部分については家庭裁判所の許可の審判という形で代行させ、
縁組の形式的成立要件については法適用通則法34条2項によって行為地法である日本法の方式(戸籍法上の届出)によることとするもの。
その場合、理論的には、主文は
「申立人父が申立人母とともに未成年者を養子とすることを許可する。」とすれば足りるとされるが、
本審判:「申立人らが未成年者を養子とすることを許可する。」

申立人母からも申立てがあり、夫婦共同縁組の申立ての形を採っている場合に、申立人母からの申立てを認容することも許容されるという解している。
  商事p104
最高裁R3.7.5  
  株式の買取請求をした者の会社法318条4項の「債権者」該当性
  事案 Yにおける株式併合によりその保有する株式が1株に満たない端数になる⇒会社法182条の4第1項に基づき前記株式の買取請求ををしたXが、Yに対し、Xは前記株式の価格の支払請求権を有しているからYの債権者に当たるなどと主張して、会社法318条4項に基づき、株主総会議事録の閲覧及び謄写を求めた事案 
XはYから会社法182条の5第5項に基づく支払を受けており、Yは、前記株式の価格が前記支払の額を上回らない限りXは会社法318条4項にいう債権者には当たらないと主張。
  経緯  (1)平成28年7月4日の臨時株主総会及び普通株式の株主による種類株主総会で、同月26日を効力発生日としてYの普通株式及びA種類株式のそれぞれ125万株を1株に併合する旨の決議
(2)Xは、Yの株式4万4400株を有していたところ、前記各株主総会に先立ち、前記各決議に反対する旨をYに通知し、各株主総会で議案に反対、
(3)同月25日までに、会社法182条の4第1項に基づき、Yに対し、本件株式を公正な価格で買い取ることを請求。
(4)Xは、本件株式の価格についてYとの間で協議が整わなかった⇒会社法182条の5第2項所定の期間内に、東京地裁に、本件株式の価格決定の申立て
(5)Yは、同年10月21日、同条5項に基づき、Xに対し、自らが公正な価格と認める額として1332万円を支払った。
  判断 会社法182条の4第1項に基づき株主の買取請求をした者は、会社法182条の5第5項に基づく支払を受けた場合であっても、前記株式の価格につき会社との協議が調い又はその決定に係る裁判が確定するまでは、会社法318条4項にいう債権者に当たるというべき
⇒Xが同項にいう債権者に当たると判断した原審の判断は正当。 
  解説  会社法は、株式会社の株主又は債権者につき、株主名簿、株主総会議事録、取締役会議事録、会計帳簿、計算書類等の閲覧等の請求をすることができる旨を規定。

株主に関しては監視監督権限の実効的な行使のため、
債権者に関しては間接有限責任(会社法104条)の下での債権の回収確保のため
会社の事業、財産及び損益の状況等に関する情報を入手することを可能としてこれらの保護を図ることを目的として設けられたもの。 
会計帳簿や取締役会議事録等、開示により営業秘密の漏えい等の弊害が生ずる懸念が大きいものも含まれている

一定数以上の株式を有する株主に限定したり、
請求の理由を明らかにして閲覧等の請求をすべきものとしたり、
拒絶事由を定めたりすることにより会社と開示請求権者の利益ないし損失を衡量する制度設計

「株主」又は「債権者」に該当するか否かの判断自体において、前記弊害が生ずるおそれを考慮して厳格に判断すべき必要性は見出し難い。
  ●株式併合の場合における反対株主の株式買取請求権の制度 
会社は、会社法182条の4第1項に基づき株式の買取請求をした者に対し、前記株式の価格の決定があるまでの間、会社が公正な価格と認める額を支払うことができる(会社法182条の5第5項)

会社が株式買取請求に係る株式の価格につき支払うべきものとされる利息が市中金利に比して高額であることによる濫用的買取請求に対処するために導入。
but
買取請求に係る株式の価格の支払請求権は、前記価格についての当事者間の協議が調い又は前記価格の決定に係る裁判が確定するまではその価格が未形成

前記価格の形成以前の時点でこれを弁済により消滅させることができるかという点自体にき疑問があり得る。
弁済自体は可能であるとしても、その価格が未形成である以上、当該弁済によりその全部が消滅したと認定することは不可能。
    ・・・
  商事p113
東京地裁R3.1.26  
  インサイダー取引で「業務上の提携」を行うことについての決定をしたとは認められないとされた事例
  事案 ㈱Aの取締役であるXが、その職務に関し、A社の業務執行を決定する機関が、B社との業務上の提携を行うことについての決定をした旨の重要事項を知りながら、本件重要事項の公表がされた平成27年12月11日より前に、自己の計算において、A社の株式合計400株を買い付けた⇒金融庁長官から、金商法185条の7第1項に基づき、課徴金として133万円を国庫に納付することを命ずる旨の決定⇒本件納付命令が違法であると主張して、その取消しを求めた。
  争点 ①A社の代表取締役であるP1が金商法166条2項1号所定の「業務執行を決定する機関」に該当するか
②A社の業務執行を決定する機関がB社との間で金商法及び金商法施行令の「業務上の提携」を「行うことについての決定」をした時期が遅くとも平成27年8月4日であるか 
  解説 インサイダー取引は、
金融商品取引市場おける公平性、公正性を著しく害し、
一般投資家の利益と金融商品取引市場に対する信頼を著しく損なう

金商法は166条においていわゆるインサイダー取引を禁止し、
その違反に対して刑事罰や課徴金を課している。
金商法166条1項は、
会社関係者であって上場会社等に係る業務等に関する重要事実(同条2項所定)を同条1項各号に定めるところにより知ったものは、
当該重要事項が公表された後でなければ、当該上場会社等の特定有価証券等の売買等をしてはならない。
同条2項1号は、同条1項でいう重要事実について、
当該上場会社等の業務執行を決定する機関が同条2項1号イないしヨに掲げる事項を行うことについて決定したことをいう旨規定し、
同号ヨは、
業務上の提携その他の同号イないしカまでに掲げる事項に準ずる事項として政令で定める事項を掲げている。
  判断 ●  ●争点① 
金商法166条2項1号所定の「業務執行を決定する機関」とは、
会社法所定の決定権限のある機関に限られず、実質的に会社の意思決定と同視されるような決定を行うことができる機関であれば足りる。

A社とB社との業務提携において、P1が「業務執行を決定する機関」に該当。
  ●争点② 
金商法166条2項1号ヨ所定の「業務上の提携」について、
仕入れ・販売提携、生産提携、技術提携及び開発提携等、会社が他の企業と協力して一定の業務を遂行することを意味することを前提に、
本件提携はそれに該当。
同条1項の趣旨

「業務上の提携」を「行うことについて決定をした」とは、
「業務上の提携」の実現を意図して、「業務上の提携」又はそれに向けた作業等を会社の業務として行う旨の決定がされることが必要であり、
「業務上の提携」の実現可能性があることが具合的に認められることは要しないものの、
「業務上の提携」として一般投資家の投資判断に影響を及ぼす程度に具体的な内容を持つものでなければならない。
本件では、平成27年8月4日の時点では、それに該当しないと否定。
  解説 「業務上の提携」とは、
会社が他の企業と協力して一定の業務を行うことをいい、
業務の内容や提携の方式について限定はなく、
仕入れ・販売提携、生産提携、技術提携及び開発提携、合弁会社の設立、事業の賃貸借、経営委任などはいずれも業務上の提携に該当。
「行うことについての決定」

日本織物加工株式会社事件最高裁判決:
「株式の発行」について、
株式の発行それ自体や株式の発行に向けた作業等を会社の業務として行う旨を決定したことをいうものであり、右決定をしたというためには右機関(=業務執行を決定する機関)において株式の発行の実現を意図して行ったことを要するが、
当該株式の発行が確実に実行されるとの予測が成り立つことは要しない。

村上ファンド事件最高裁判決:
「公開買付け等」について、「決定」をしたというためには、上記のような機関(=業務執行を決定する機関)において、公開買付け等の実現を意図して、公開買付け等又はそれに向けた作業等を会社の業務として行う旨の決定がされれば足り、
公開買付け等の実現可能性があることが具体的に認められることは要しない

「決定」について確実性や実現可能性を要件としていない。

①インサイダー取引の構成要件が原則として投資判断に及ぼす実際の影響を要件としない形で客観的にその範囲を確定するという観点から規定されたという立法経緯
②軽微基準及び重要基準を設けて投資者の投資判断に及ぼす影響が軽微なもの処罰の対象とならないように手当がされている
⇒インサイダー取引はいわゆる抽象的危険犯としての性格を有し、一定程度の実現可能性の存在を「決定」該当性の一要件と位置付けるのは相当ではないという趣旨。
2510   
  行政p6
名古屋高裁金沢支部R3.9.8   
  市庁舎前広場の使用不許可処分が適法とされた事案
  解説・判断  最高裁:
学校施設のように特定の目的のために使用すべきものとして設置され、それ以外の目的に使用することを基本的に制限されている施設については、目的外使用の拒否の判断が、原則として、管理者の裁量にゆだねられている(最高裁H18.2.7)と判示する一方で、
地自法244条所定の「公の施設」(住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設)に該当する市民会館や市福祉会館の利用を拒否することが許容されるのは、「他人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が損なわれる危険の発生が具体的に予見される場合」や「警察の警備等によってもなお混乱を防止することができないなど特別な事情がある場合」に限られると判示(最高裁H7.3.7等)。
本件:本件広場が地自法244条2項にいう「公の施設」に当たるか否かが争われた。
本判決:
同項の適用を受ける「公の施設」といえるためには、当該施設が住民の福祉を増進することを本来の目的として設置された施設であることを要する。
旧広場完成後に制定された金沢市庁舎前広場管理要綱上も、旧広場は金沢市庁舎の一部として定義付けられ、市の事務または事業の執行に支障のない範囲内で市民の利用を許可することとされていた⇒旧広場が住民の福祉を増進することを本来の目的として設置されたものと認めることはできない。
改修工事後も旧広場の性質が変更されることなく維持されている⇒本件広場は「公の施設」に当たるということはできない。
  最高裁H18.2.7:
行政財産である学校施設の目的外使用の許否に関する管理者の裁量判断は、許可申請に係る使用の日時、場所、目的及び態様、使用者の範囲、使用の必要性の程度、許可をするに当たっての支障又は許可をした場合の弊害若しくは影響の内容及び程度、代替施設確保の困難性など許可しないことによる申請者側の不都合又は影響の内容及び程度等の諸般の事情を総合考慮してされるもの
⇒その裁量権の行使が逸脱濫用に当たるか否かの司法審査においては、
裁量権の行使に当たっての判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し、
その判断が、①重要な事実の基礎を欠くか、又は②社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合には、裁量権の逸脱又は濫用として違法になる。

尚、違法とした裁判例。
近時、公物の有効利用という観点から、従前はもっぱら公用物として利用されてきたものが公共用物としても利用される現象が多方面で見られるようになっている
⇒公用物は公用物としてしか用いられないという固定観念は払拭されるべきであり、公用物としての本来の用途を妨げることなく、公共用物的利用を行う余地を拡大する上で、公用物について、「空間的時間的分割使用」の観念の導入が重要であるとの指摘。
本件:Xらは、公用物を公共用物的に利用する場面であり、「空間的時間的分割使用」による市庁舎の公用物としての本来の用途を妨げることのない利用に該当⇒「公の施設」に準じた基準により判断されなければならない。
vs.
本判決:本件広場は、あくまで公用財産である金沢市庁舎建物の敷地の一部であり、独立した「公の施設」とは認められず、この性質は、Xらの指摘する「空間的時間的分割使用」という本件広場の利用形態によっても変更されるものではない。
⇒金沢市長による本件不許可処分に裁量権の逸脱、濫用の違法は認められないと判断。
  民事p11
東京高裁R2.11.30  
  不在者に対する債権者となる可能性があるにとどまる者は失踪宣告の申立てができるか?
  事案 Cは、不在者の子。
Cは、令和2根に死亡したが、法定相続人は不在者のみ。 
Xは、弁護士で、C死亡の前日に、Cとの間で死後事務委任契約及び家屋管理契約(「本件各契約」)を締結。
Xは、本件各契約を締結したことにより、不在者の失踪宣告に関する申立権を有するとして、失踪宣告の申立てをした。
  判断 ①不在者の財産管理については、請求権者として利害関係人のほか検察官が規定されている(民法25条1項)のに対し、失踪宣告については、請求権者は利害関係に限られ検察官は含まれない(民法30条1項)。

不在者の財産管理は、不在者本人の財産保護のための制度であって、公益的観点から国家の関与が容認されているのに対し、
失踪宣告は、不在者について死亡したものとみなし、婚姻を解消させ、相続を開始させるという重大な効力を生じさせるものであるところ、
遺族が不在者の帰来を待っているのに国家が死亡の効果を強要することは穏当でない。

民法30条1項に規定する利害関係人については、不在者財産管理人の請求権者より制限的に解すべきであって、失踪宣告をすることについて法律上の利害関係を有する者と解すべき。
②仮に本件各契約が有効であるとしても、Xは、Cに対する債権者であって、不在者がCを相続したことを前提として不在者に対する債権者となる可能性があるにとどまる⇒不在者につき失踪宣告をすることについて法律上の利害関係を有するとはいえない。
③XがCに対する債権者であるとして、Cの相続人である不在者に対して弁済を求める必要があるのであれば、不在者財産管理人の選任を申し立て、不在者財産管理人との間で権利義務の調整を図れば足りる。

Xの抗告を棄却。
  解説 債権者・債務者など、不在者との債権債務関係の相手方にある者については、不在者財産管理人を選任した上、同人との間で債務の弁済や債権の取りたて等の債権債務関係の清算をすることができる⇒利害関係はないとされている。 
尚、損害賠償請求訴訟において、交通事故の加害者が被害者の相続人が生死分明でないとして失踪宣告の申立をした事案において、
相続人が有する損賠賠償請求権は相続人固有のそれであることを前提にして、加害者は単なる一般の金銭債務の債務者であるにとどまらず、法律上の義務の存することが、その義務の発生した時点において不在者が生存したことによってみ肯定されるような法律関係に立っている場合には、交通事故の加害者も失踪宣告の申立てをするについて民法30条の利害関係に当たる。
本件Xも、不在者と債権債務関係の相手方にある者⇒不在者管理人の選任を求めて、同人との間で債権債務関係の清算をすれば足り、民法30条1項にいう利害関係人には該当しない。 
X:失踪宣告をするためだけに不在者財産管理人選任の申立てをしなければならないとするのは迂回
本決定:「不在者財産管理人は、抗告人との権利義務の調整のために必要がある場合には、不在者につき失踪宣告を請求することもできる」としており、不在者財産管理人であれば当然に失踪宣告の申立てできるとは解していない。

不在者財産管理人の職務は、不在者の財産を適切に管理することであって、当然に不在者について失踪宣告の申立てができると解すべきではないし、遺族が不在者の帰来を待っているのに、不在者財産管理人が失踪宣告の申立てをすることは穏当を欠く。
  民事p14
仙台高裁R3.4.27  
  石炭火力発電所の運転差し止めを求めた事案
  事案 仙台港に建設された石炭火力発電所・仙台パワーステーションの運転差し止めを周辺住民が求めた訴え。 
周辺住民であるXら124名は、
①大気中に排出される有害物質により、呼吸系、循環器系、免疫系に悪影響を及ぼし、早期死亡リスクを増大させる等、深刻な健康被害が発生し、本件発電所の運転により生命・身体に重大な侵害が及ぶ危険性が生じる
②温室効果ガスにより促進される地球規模の気候変動によっても生命、健康及び身体が侵害される
③近くにある蒲生干潟の生態系に悪影響を及ぼし、生物多様性が損なわれる

本件発電所を建設・運転するYに対し、身体的人格的又は平穏生活に基づく妨害予防請求権を根拠として運転差止めを求めた。
Xらは、PM2.5の濃度には閾値がなく低濃度でも健康被害が発生し、PM2.5や二酸化窒素の濃度が上昇することにより、仙台市及び近隣地域において脳卒中、肺がん、心疾患、呼吸器疾患等により、年間9.7人の早期死亡者、年間1人の低出生体重児を発生させるとするシミュレーション結果を示した論文を援用。
  一審 現時点においては本件発電所の運転による環境汚染の態様や程度が特別顕著なものとは認められず、本件発電所の運転により環境を汚染する行為は、社会的に容認された行為としての相当性を欠くということはできず、平穏生活権を侵害するものとして違法となると認めることはできない。
⇒請求棄却。
  判断 本件発電所から排出される大気汚染物質により受ける健康被害の危険性は、社会生活上受忍すべき限度を超える具体的な健康被害の危険性とはいえない
⇒本件発電所の運転は、身体的人格権又は平穏生活権に対する違法な侵害行為とはいえない。
⇒控訴棄却
健康被害の危険性については・・・抽象的な危険は否定しがたい
but
相応の環境対策を講じ、現実に排出される大気汚染物質は周辺の地方公共団体との公害防止協定で定めた排出基準を大幅に下回り、周辺地域におけるPM2.5、二酸化窒素などの測定値が営業運転開始後も環境基準を下回る状態で推移し、本件発電所の運転により大気汚染状態が悪化したことを具体的に裏付ける事情が認められない
⇒PM2.5には健康被害発生の閾値がないことを前提としても、本件発電所の運転により健康被害が発生する具体的な危険性は認められない。
温室効果ガスの排出による地球規模の気候変動や生態系への悪影響という面でも、具体的な危険は認められない。
・・・・国民生活のインフラとして相当程度の社会的有用性ないし公共性を有する。
  解説 環境被害の違法性は、被侵害利益の種類・性質と侵害行為の態様との相関関係から社会生活上の受忍限度を判断する考え方が一般的。 
  民事p26
東京地裁R2.1.20  
  破産法162条2項2号の悪意の推定⇒会社法429条1項の悪意の認定
  事案 破産者C1㈱の破産管財人Xが、Y1㈱の代表者Y2は、C1が支払不能であることを知りながらY1のC1に対する貸金債権につき弁済期前に弁済等を受けた⇒Y1に対し、破産法162条1項1号イによる不当利得返還請求権に基づく前記弁済等の額の支払いを求めるなどし、
Y2に対しては、破産法の規定に違反して弁済期前に弁済等を受けるなどしたことが代表取締役としての任務懈怠に当たる⇒それにより生じた前記弁済等の額に相当する額の損害賠償(会社法429条1項に基づく損害賠償))を求めた。
  規定 破産法 第一六二条(特定の債権者に対する担保の供与等の否認)

次に掲げる行為(既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為に限る。)は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。

一 破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にした行為。ただし、債権者が、その行為の当時、次のイ又はロに掲げる区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実を知っていた場合に限る。
・・・

2前項第一号の規定の適用については、次に掲げる場合には、債権者は、同号に掲げる行為の当時、同号イ又はロに掲げる場合の区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実(同号イに掲げる場合にあっては、支払不能であったこと及び支払の停止があったこと)を知っていたものと推定する。

・・・
二 前項第一号に掲げる行為が破産者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が破産者の義務に属しないものである場合
  判断   Y1は、破産者C1が支払不能になった後、そのことを知りながら本件支払を受けたこととなる⇒Y1の支払った2800万円のうち本件貸金元本に相当する2760万円については、破産法162条1項1号イによる否認権行使の要件を満たす。
(当該支払は既存の債務の消滅に関する行為であってその時期が破産者の義務に属しないもの⇒Y1は破産者が支払い不能であったことを知っていたものと推定される(法162条2項2号)を前提) 
本件支払のうち40万円については、利息制限法に違反する無効な弁済⇒不当利得として返還義務あり。
  ●Y2の会社法429条1項に基づく損害賠償責任 
①否認権行使の対象となる行為をすることは、破産者の他の債権者との関係では、破産法の規律に違反する行為であるとの評価を否定することができないことに加え、否認権行使により不当利得として返還を求められることとなれば、訴訟などの対応のための費用を要するだけでなく、悪意の受益者として法定利息の支払をも余儀なくされる⇒Y1の取締役であるY2としては、Y1をして否認権行使の対象となる行為をさせないようにすべき善管注意義務を負っていた
②利息制限法に違反する無効な弁済であり、不当利得として返還を余儀なくされることが明らかな支払についても、Y2としては、同様に、このような支払を受けないようにすべき法令遵守義務ないし善管注意義務を負っていた。
but
Y2はY1をして本件支払を受けさせた⇒利息制限法に違反する40万円の弁済額を除く2760万円についても、その後のXの否認権行使により効力を生じないものとされるに至った以上、支払を受けた2800万円全額について法令遵守義務ないし善管注意義務に違反し、任務懈怠があった。
会社法429条1項の悪意又は重過失の要件について:
本件では、Y2の本人尋問を行うことができなかった⇒Y2の内心は証拠上明らかでない。
but
Y2が悪意又は重過失により任務懈怠に及んだという場合の悪意又は重過失対象とは、本件支払のうち2760万円との関係では、Y1をして否認権行使の対象となる行為をさせたこと、すなわち本件支払が否認権行使の対象となることであり、その実質は、破産者が支払不能であったことの認識にかかっている。
⇒同項の悪意の対象は、破産法162条2項2号により推定された悪意の対象と実質的には同一。
同号による悪意の推定の効力は、自由心証主義を背景とした事実上の効力として、会社法429条1項の悪意にも及ぶ。
40万円との関係でも、利息制限法違反を基礎づける事実関係についてはY2においても認識していた⇒利息制限法に違反する内容の本件貸金契約を締結し、これに対する弁済として過払を受けた以上、40万円の弁済が無効となり得ることについてY2に悪意又は重過失があったことは明らか。
  X:Yらに対して、破産法の規定に違反して期限前弁済を受けるなどしたことが共同不法行為に当たる⇒不法行為による損害賠償請求もした。
vs.
債権者においてその権利を濫用し、他の債権者を害する意図でことさらに期限前弁済を受けたというような特段の事情がある場合を除けば、弁済を受けたこと自体が即座に不法行為を構成すると解することは相当ではない。 
 
XのY1に対する不当利得返還請求及びXのY2に対する会社法429条1項に基づく損害賠償請求を認容。
両請求は、その重なり合う限度で不真正連帯債務の関係に立つ。 
  解説 貸金の期限前弁済の事案について、破産者より弁済を受けた債権者(株式会社)が、破産法162条2項2号の推定規定が適用されることを前提に、破産管財人による否認権行使が同条1項1号イの要件を満たすとされた上に、
同債権者の代表取締役についても、その職務を行うについて悪意又は重過失があったとされ、破産管財人に対する損害賠償義務が認められた例。 
  民事p33
熊本地裁R3.1.29  
  外国人技能実習の管理団体の不法行為が認められた事案
  解説 外国人技能実習制度:
わが国で培われた技能、技術又は知識の開発途上地域等への移転を図り、当該開発途上地域等への移転を図り、当該開発途上地域等の経済発展を担う人づくりに寄与することを目的として平成5年に創設⇒平成21年法律第79号により入管法等が改正され、新たな在留資格として「技能実習」が創設され、外国人技能実習生の法的保護及びその法的地位の安定化を図るための措置が講じられた。
but
入管法違反や労働関係法令の違反が発生。

平成28年11月28日、外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律により、
技能実習計画の認定制、実習実施者の届出制、管理団体(実習実施者と技能実習生との雇用契約のあっせん及び実習実施者に対する技能実習の実施に関する管理を行う法人)の許可制、技能実習生に対する人権侵害行為等についての禁止規定、違反に対する罰則、技能実習生に対する相談対応、情報提供、転籍の連絡調整等が規定され、
これらに関する事務を行うものとして外国人技能実習機構を認可法人として新設。
  事案 フィリピン共和国国籍のとび職種の技能実習生であるXが、
管理団体であるY1に対し、
Y1が、
①実習実施者であるY2への指導・管理を怠ったこと
②Xを強制的に帰国させようとしたこと
③転籍に向けて他の実習実施者と管理団体等との連絡調整等の措置を怠ったことについて、
不法行為に基づく損害賠償請求として慰謝料等の支払を求め、

Y2に対し、
①とび作業の本件審査基準の要件附則、②労災隠し、③重機の運転をさせたこと、④退職を強要したことについて、不法行為に基づく損害賠償請求として慰謝料等の支払を求め、
⑤被告Y2との雇用契約に基づいて、時間外労働賃金等の支払を求め、⑥賃金からの不当な控除があったとして不当利得の返還を求めた。
  判断 ●Y1に対する請求 
とび作業の本件審査基準の要件充実性について:
X:要件を充実するためには必須作業として足場等の組立及び解体作業等を2分の1以上行うことが必要
vs.
本件審査基準の文言を文理解釈した上で、
足場等の組立及び解体作業等を行わなかったとしても、建築物の解体作業等が行われれば要件を充足している。
労災隠し:
Y2に労災申請するよう指導する義務に違反
but
最終的に労災申請をするに至り、身体的な治療を受けるとともに経済的な損失の補填も受けた
⇒労災申請の遅れによって精神的な苦痛を被ったと認めることはできない。
賃金等の不払い等の是正措置義務違反:
経済的な損失はなく、精神的な苦痛を被ったとは認められない
重機の運転:
違法行為であると認めることはできない
強制帰国:
技能実習法が技能実習生の帰国の意思を書面により確認し、継続の希望を持っている場合には、転籍措置を講じ、帰国が決定した時点で機構に書面で届け出る義務があるにもかかわらず、それを遵守せず、
また、技能実習生の旅券及び在留カードを保管することが禁じられているにもかかわらず、それを出国まで預かって管理しようとした点等に不法行為が成立。
⇒慰謝料50万円及び弁護士費用5万円の限度で認容。
  転籍措置義務違反は認められない。 
  Y2に対する請求は、不法行為の成立、不当利得の存在を認めず。 
  解説 管理団体等の技能実習生に対する不法行為の成立を認めた裁判例等。
いずれも管理団体等が負う義務を具体的に認定し、場合によってあh人格権の侵害等を理由として不法行為の成立を認めている。 
  民事p61
東京地裁R3.4.20  
  民訴法142条の法意を類推して本訴が却下された事案
  主張 X:
①Y1及びY2がXの顧客情報等の秘密をY3に漏えいして競合行為(債務不履行)を行った
②Yらが共謀してXの従業員を引き抜いてY3社に移籍させ
③Xの取引先にXの信用を毀損する虚偽の事実を告知するなどして、
Xの取引先を侵奪した(共同不法行為)

Xの取引先3社に係る逸失利益相当額の損害を求めた。
but
Xは、本件訴訟に先だって、Y1に対し、Xを退職後、Xの顧客に対してXの信用を害する虚偽の事実を告知し、競合会社の取締役に就任し、同社へのXの従業員を多数転職させ、Xの顧客情報を漏えいしてXの顧客である本件各取引先を侵奪したと主張して、債務不履行(退職後の競業避止及び秘密保持に関する契約の違反)又は不法行為に基づき、本件各取引先に係る逸失利益約7800万8244円の一部請求をし、請求額の一部を認容する一審判決がなされ、Y1は控訴。 
  判断  Xの訴えのうち、Y1に対する訴えを却下し、その余の請求を理由がないとして棄却。

Y1に対する本件訴訟と別訴とは、 当事者が同一であり、訴訟物も同一であり、別訴の第1審判決が言い渡されている現時点では、本件訴訟でXが主張する損害についても別訴で審理が尽くされているというほかなく、別訴における請求の拡張という方法があるにもかかわらず、あえて本件訴訟を提起したものであって、両者で判断内容が矛盾抵触する可能性を生じさせる
⇒民訴法142条の法意を類推して、Y1に対する本件訴訟を不適法な訴えとして却下すべき。
  規定 民訴法 第一四二条(重複する訴えの提起の禁止)
裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。
  解説  ●  ●重複訴訟禁止の趣旨
民訴法142条は、重複訴訟を禁止。

①「同一事件」につき審理・判決をすると、既判力が抵触
②二重の訴訟追行を強いられる後訴被告の応訴の煩わしさの排除
「同一事件」とは、「当事者の同一」と「訴訟物の同一」という二面から判断
but
最近では、訴訟物の同一に限らず、審理の重複と判断の矛盾を防止するという民訴法142条の趣旨を尊重して、同一事件の範囲を拡大して、後訴を却下する考え方が有力。

重複訴訟を禁止する趣旨:
①2つの訴訟が係属したとしても、先に確定した判決の既判力の積極的作用として、後訴裁判所は、その判決に従えば足りる⇒既判力の抵触が問題となるのは、2つの判決が同時に確定するという稀な場合に限られる。
②被告の応訴の煩わしさの防止という趣旨についても、前訴と後訴の被告が同一の場合に妥当。
貸金返還請求訴訟と貸付金不存在確認の後訴を提起する必要を直ちに否定することもできない。
  ●別訴と本件訴訟との関係
いずれもXが原告で、Y1が被告。

別訴の訴訟物:
Y1が競業会社の取締役に就任して、同社へXの従業員を転職させた⇒Y1に対する退職後の競業避止及び秘密保持に関する契約に違反した債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求。
一部請求である本件訴訟:
どの期間に対応する逸失利益を請求するものか不明。

金銭請求について一部請求を許容する判例に従って、一部であることを明示した部分のみが訴訟物になるとしても、Y1に対する請求については、別訴と本件訴訟の訴訟物が同一となるか否か明らかといえない。
⇒訴訟物の同一性を要求する従来の考え方に従うと、Y1に対する本件訴訟は、別訴と重複訴訟になるとは直ちにはいえない。
  ●Y1に対する本件訴訟の取扱い 
①本件訴訟は、別訴の当事者や請求原因が同一
⇒審理の重複と判断の矛盾を防止するという民訴法142条の目的からすると、同一の裁判所で審理するのが望ましい。
②Xは、別訴の控訴審において、Y1に対する損害賠償請求を拡張して、本件訴訟で却下された請求を請求することも可能。

民訴法142条の目的である「判断の重複の防止」と「相手方当事者の応訴の負担軽減」に照らして、同条所定の「事件」を訴訟物よりは広く解して、既判力が及ぶ範囲に限らず、被告の利益の保護を目的とする「請求の基礎」(民訴法143条1項本文)が同じ本件訴訟(後訴)も、同一事件に当たると考えてもいいように思われる。
  経済p72
東京高裁R2.12.11   
  排除措置命令に係る命令書の主文の記載と理由の記載に違法があるとされた事例
  事案 小売業者であるXが、Y(公正取引委員会)に対し、Xに対する平成25年改正前独禁法に基づく排除措置命令審判事件及び課徴金納付命令審判事件について、YがXに対してした審決のうち、Xの審判請求を排除した部分の取消しを求めた事案。 
  争点 ①Xの取引上の地位が納入業者127社のそれぞれに対して優越しているか
②Xが納入業者127社のそれぞれに対して濫用行為を行ったか
③課徴金の算定方法についての違法性の有無
④本件各命令書における主文の不特定及び理由の記載の不備による違法性の有無 
  判断 争点④について 
排除措置命令の主文の内容があまりに抽象的で、名宛人が当該命令を履行するために何をすべきかが判然としな主文の記載は違法。
排除措置命令書及び課徴金納付命令書において理由の付記が要求される趣旨は、Y(公正取引委員会)の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、その理由を名宛人に知らせて不服申立てに便宜を与える点にある⇒要求される付記の内容及び程度は、特段の理由がない限り、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して当該処分がされたかを、処分の相手方においてその記載自体から了知し得るものでなければならない。
これを本件各命令書についてみると、本件排除措置命令書及びこれを引用した本件課徴金納付命令書の記載からは、Xが違反行使をした相手方である「特定納入業者」が具体的に特定されていない。
本件各命令書に同封された本件一覧表は、本件各命令の一部を構成するものではなく本件課徴金納付命令の参考資料と位置付けられており、これを本件各命令書と一体のものとは評価できないし、本件一覧表の記載に照らし、これに記載された事業者が特定納入業者であるとも評価できない。
⇒本件各命令書の記載を本件一覧表で補充することはできない。
⇒主文の一部及び理由の記載には重大な違法があり、本件各命令は取り消されるべきである。
  解説 理由付記の趣旨及びその程度についても、一般的な行政処分における理由付記についての判例理論に沿うもの。 
  刑事p81
名古屋高裁R3.2.12  
  危険運転致死傷罪の制御困難高速度走行の判断要素の「道路の状況」
  事案 主位的訴因である危険運転致死傷罪に関し、被告人の行為が、自動車死傷法2条2号の「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」に該当するか、すなわち
①被告人の走行が進行制御困難高速度走行に該当するか
②被告人に故意が認められるか
が争われた。 
  原審 ●争点①
  進行制御困難性の判断要素として実務上指摘されている「道路の状況」には、道路の物理的な形状だけでなく、駐車車両や他の走行車両等も、それにより客観的に道路の幅が狭められているなどの状況がある以上は含まれる。 
本件では、被害車両を含む他の走行車両の存在により被告人車両が進行できる幅やルートが相当限定されており、そのような進路を時速約146キロメートルもの高速度で進行させることは極めて困難
⇒被告人の行為が進行制御困難高速度走行に該当。
●争点②
but
自動車死傷法2条2号の故意が認められるためには、物理的な意味での進行制御困難性が生ずる状況の認識・予見が必要。
被告人に故意があったと認定するには合理的な疑いが残る。

危険運転致死傷罪の成立を否定し、予備的訴因である過失運転致死傷罪の成立を認めた。 
  判断 ●争点①について:
①立法者意思の探索結果:
法制審議会刑事法(自動車運転による死傷事犯関係)部会における立法担当者の説明及び議論情況等⇒立法担当者側は「道路の状況」という要素の中に歩行者や走行車両は含まれないとの考えに立つと理解するのが自然
②罪刑法定主義の要請である明確性の原則の堅持:
事前予測が困難な不確定かつ流動的な要素を抱える他の走行車両の存在を進行制御困難性の判断要素に含めるのは、類型的、客観的であるべき進行制御困難性判断にそぐわず、明確性の原則からみても不相当
③危険運転致死傷罪の創設趣旨との整合性:
悪質・危険な類型に限定されているとみるべき危険運転行為を、解釈によって拡大することは自動車死傷法の創設趣旨に不適合

⇒進行制御困難性の判断要素の1つである「道路の状況」という要素に、他の走行車両は含まれないと解すべき。
●争点②について:
原判決の説示に同意
●本件:
①時速約146キロメートルの高速度で走行していた被告人は、被害車両を発見した時点で、その車間距離から接触回避が困難な状況であった
②被告人の予想とは異なり、被害車両が車線変更せず第2車線にとどまっていたこともあいまって、同車線上で衝突
⇒被告人の行為が、進行制御困難高速度走行に該当するとはいい難い。
  解説 ●進行制御困難高速度走行該当性(「道路の状況」)の判断 
進行制御困難高速度走行とは、
「速度が速すぎるため、道路の状況に応じて進行することが困難な状態で自車を走行させること」を意味し、
「具体的には、例えば、カーブを曲がりきれないような高速度で自車を走行させるなど、そのような速度での走行を続ければ、車両の構造・性能等客観的事実に照らし、あるいは、ハンドルやブレーキの操作のわずかなミスによって自車を進行から逸脱させて事故を発生させることとなると認められる速度での走行」をいい、
「そのような速度であるか否かの判断は、基本的には具体的な道路の状況、すなわちカーブや道幅等の状態にてらしてなされる」ものとされている。
進行制御困難高速度運転と過失運転の境界は曖昧
⇒速度超過による死傷事故が過度に本罪に取り込まれる可能性を内在
⇒危険運転致死傷罪の創設趣旨等に立ち返って適正な処罰の範囲を明らかにする必要。
2509   
  行政p6
最高裁R3.6.15 
  個人情報の保護に関する法律45条1項の保有個人情報の該当性
  事案 東京拘置所に未決拘禁者として収容されているXが、行政個人情報保護法に基づき、東京矯正管区長に対し、収容中にXが受けた診療に関する診療録に記載されている保有個人情報(「本件情報」)の開示を請求⇒同法45条1項所定の保有個人情報に当たり、開示請求の対象から除外されているとしてその全部を開示しない旨の決定⇒Yを相手に、本件決定の取消しを求めるとともに、国賠法1条1項に基づき慰謝料等の支払を求めた。
  判断 刑事施設に収容されている者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は、行政個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たらない(補足意見あり)。
本件情報は同項所定の個人情報に当たらず開示請求の対象となる
⇒原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻した。 
  解説 行政個人情報保護法45条1項は、同項所定の保有個人情報につき同法第4章の規定を適用しないこととした

当該保有個人情報が、個人の前科、逮捕歴、勾留歴等を示す情報を含んでおり、これを開示請求等の対象とすると、例えば、雇用主が採用予定者の前科の有無等をチェックする目的で本人に開示請求させること等により前科等が明らかになる危険性があるなど、被疑者、被告人、受刑者等の立場で留置場や監獄に収容されたことのある者等の社会復帰や更生保護上問題となり、その者の不利益になるおそれがある。
大阪高裁R3.4.8:
当該情報は形式的には行政個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に該当するとしつつ、
立法趣旨を達成するために診療に関する情報という有用かつ必要な情報を開示請求の対象から除外することは、規制目的と規制手段との合理的均衡を欠き、個人情報保護法制の基本理念と整合しない⇒当該情報には同項が適用されない。
学説:
憲法上の抽象的権利に関する議論等を基礎に、同項の適用範囲の限定等を試みる見解。
曽我部:
憲法13条で保障される自己情報コントロール権の解釈指針としての効力や、行政個人情報保護法が保有個人情報の開示請求を原則として認めるものとしていること等
⇒同法45条1項については限定解釈がされるべき。
本判決:
行政個人情報保護法45条1項が、行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律(「旧法」)の全部改正の際に新たに設けられた規定であることに着目。

①・・・行政個人情報保護法には診療関係事項に係る保有個人情報を開示請求の対象から除外する旨の規定は設けられなかったことを指摘し、
これは医療行為に関するインフォームド・コンセントの理念等の浸透を背景とする国民の意見、要望等を踏まえ、診療関係事項に係る保有個人情報一般を開示請求の対象とする趣旨。
②行政個人情報保護法45条1項を新たに設けるに当たり、特に被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報について、同法第4章の規定を適用しないものとすることが具体的に検討されたこと等もうかがわれない、。

被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は同法45条1項所定の保有個人情報のいずれにも該当しない。 
本判決:
国賠請求に係る部分のみならず、本件決定の取消請求に係る部分についても、自判をせずに差戻しをしている。

①本件情報が行政個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たらないことを理由に本件決定を取り消したとしても、その判決の拘束力は同法14条各号のの不開示情報の存否の判断には及ばず、不開示情報が含まれることを理由に改めてその全部又は一部を不開示とする決定がされる可能性もある⇒その点も含めて差戻審において審理を行うことが紛争の一回的解決の要請にかなう。
② 同法が前記のような処分理由の差替えをおよそ許さない趣旨と解すべき根拠は見当たらず、同法45条1項と同法14条各号との関係等に照らせば、これを認めたとしても、直ちに理由提示の慎重考慮担保機能が害されるともいえない。
  民事p12
最高裁R3.4.14  
  弁護士職務基本規程57条に違反する訴訟行為について、相手方が排除を求めることができるか(否定)
  事案 Xらが、C弁護士は 基本規程27条1号により本件訴訟につき職務を行い得ない⇒C弁護士と同じ法律事務所に所属するA弁護士らが本件訴訟においてYの訴訟代理人として訴訟行為をすることは基本規程57条に違反⇒A弁護士らの各訴訟行為の排除を求めた。
基本規程27条1号は弁護士法25条1号に相当するが、基本規程57条は弁護士法その他法律に相当する規定は見当たらない。
  判断 基本規程57条に違反する訴訟行為について、相手方である当事者は、同条違反を理由として、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることはできない。 
  解説 弁護士の訴訟行為の排除については、弁護士の利益相反を規律する規定である弁護士法25条違反の訴訟行為の効力として議論。
A:有効説
B:絶対的無効説
C:異議説

最高裁昭和38.10.30:
同条1号に違反する訴訟行為について、相手方である当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることができるものとして、Cの異議説を採用

弁護士法25条1号について弁護士の品位の保持と当事者の保護とを目的とするものであり、
その違反を懲戒の原因とするに止め、その訴訟行為の効力には何らの影響を及ぼさず、完全に有効なものとすることは、同条立法の目的の1である相手方たる一方の当事者の保護に欠ける
共同事務所に所属する弁護士の利益相反を規律する規定である基本規程57条が、共同事務所の所属弁護士が、他の所属弁護士等が基本規程27条1号により職務を行い得ない事件について職務を行ってはならないとするのも前記と同様の目的にある
but
弁護士は、委任を受けた事件について、訴訟代理人として訴訟行為をすることが認められている(民訴法54条1項、55条1項、2項)⇒内部規律である基本規程を根拠に、その行為の排除という訴訟上の重大な効力を決すべきではない。
尚、最高裁R3.6.2は、他の所属弁護士が基本規程27条4号により職務を行い得ないとして基本規程57条違反が主張されている事案において、本決定を引用の上、訴訟行為の排除を求めることはできないとした。
  民事p27
最高裁R2.7.7  
  法例の平成元年改正の施行前における嫡出でない子の母との間の分娩による親子関係の成立の準拠法
  事案 Xが検察官に対し、Xは日本国籍の女性亡Aと韓国の戸籍上の父とされた男性亡Bとの間に出生した子⇒X・A間の親子関係の存在確認等を求めた。
平成元年改正前の法例:
・・・分娩等、認知以外の自由による非嫡出親子関係の成立については準拠法を定めていなかった。
but
令和元年改正で、法例が一部改正され、
新法例18条1項は、認知による場合に限らず非嫡出子関係の成立一般について準拠法を定め、
父との親子関係については子の出生当時の父の本国法を適用し、
母との親子関係については子の出生当時の母の本国法を適用。
(認知による場合以外は、子の本国法は適用されない。(同条2項参照))
but
改正法付則2項本文の経過措置により、平成元年改正法施行前の親子関係の成立については従前の例による⇒解釈論は残る。

平成18年改正で、法適用通則法が制定。
新法例18条1項⇒法適用通則法29条1項に。
法適用通則法施行前の親子関係の成立については新法主義が採用され、法適用通則法の規定が適用。
  判断 平成元年改正法の施行前における嫡出でない子の母との間の分娩による親子関係の成立については、法適用通則法29条1項を適用し、子の出生の当時における母の本国法によって定める、 
  解説 平成元年改正法施行前の親子関係に適用される準拠法:
〇A:法適用通則法の経過規定を文理解釈⇒新法により法適用通則法の規定が遡及適用されて準拠法が定まる。
B:法適用通則法の経過規定は法適用通則法と新法例との関係を規律するものであり、新法例と旧法例との関係を規律するのは平成元年改正法の経過規定⇒旧法例の規定が適用されて準拠法が定まる
vs.
法律が全部改正された場合には改正前の法律の附則は全部一掃されて消滅することとされており、その附則が採用していた旧法主義を生かすのであれば明示的にその旨の経過措置を講じるのが一般的な法制執務の在り方。
①法適用通則法附則2条の新法主義は、実質的な改正がされない規定に代えて、現代用語化されたにとどまる法適用通則法の規定を適用するという意味合いのもの。
②身分関係に関する事項は継続的な法律関係でない限りその当時の立法によって規律されるべき。
⇒準拠法が代わって異なる身分関係が生ずる場合にまで新たな規律を及ぼすものとは解されない。

法適用通則法附則2条の趣旨は、法適用通則法施行前に適用されていた規定のうち、法適用通則法によって内容が実質的に変更されていないものについては・・・・法適用通則法の規定の遡及適用を認めることとしたもの。
①分娩による親子関係は認知による場合と異なり母子間の直接的な結びつきがある
②親子関係の存否が確定しなければ子の本国法が定まらないという循環論に陥る場合がある

法適用通則法施行前に準拠法とされたのは、旧法例22条の法意に鑑み、子の出生当時の母の本国法。

法適用通則法29条1項を適用しても変わりがない

法適用通則法施行後においては、法適用通則法附則2条の趣旨に照らし、法適用通則法29条1項を遡及適用して、準拠法を出生当時の母の本国法とすべきであることを明らかにした。
  民事p31
札幌高裁R3.2.2   
  後遺障害の認定
  事案 Xは、自転車を運転して、交差点を横断。
Y1の運転する自動車が同交差点を左折しようとしたところ、同自動車の左前部がXの右半身及び自転車の前輪部分に衝突する交通事故。
Y1はY2の従業員。
Xは、本件事故によって、高次脳機能障害、腹圧性尿失禁及び神経因性膀胱、PTSD(外傷後ストレス障害)並びに低髄液圧症候群の各後遺障害が生じた⇒
Y1に対しては民法709条に基づき、
Y2に対しては民法715条1項又は自賠法3条に基づき、
損害賠償金8933万1109円及び遅延損害金の支払を求めた。
  争点 後遺障害の有無及び程度 
  1審 ①尿失禁の発症時期について、本件事故直後とは認められず、本件事故の2か月弱後頃と認定し、本件事故における衝撃から約2か月を経て尿失禁を発症する機序を裏付ける知見がない
②症状の経過について、一度症状が消失し、その期間が2か月程度に及んでいると認定した上で、物理的損傷により生じた障害は回復しなければ不可逆的となることと相容れない
⇒Xの尿失禁の症状が本件事故による後遺障害とは認められない。
X:本件事故により鼻骨骨折を生じ、尾骨近くの仙骨に衝撃が加わり陰部神経に障害が生じて神経因性膀胱を発症
vs.
尾骨骨折を裏付ける証拠がない。
  判断  ①泌尿器科の医師がXの症状について、基本的に切迫性尿失禁であり、腹圧性尿失禁も見られるとの診断
②切迫性尿失禁と腹圧性尿失禁にそぞれぞ適応する薬剤の服用を中止すると症状が悪化し、再開すると改善することを繰り返した
⇒Xに切迫性尿失禁及び腹圧性尿失禁が発症していることを認定。
Xが本件事故の際に尻もちをつく形で転倒し、少なくとも尾骨骨折が疑われていた⇒尾骨付近に衝撃を受けたことが認められる⇒尾骨から仙骨に衝撃が伝わり、下部尿路を支配する神経を損傷した可能性や骨盤内の膀胱尿道支持組織に異常を与えた可能性がある。
加齢による尿失禁の可能性:
本件事故当時のXの年齢(36歳)や本件事故前に尿失禁の症状があったことをうかがわせる事情がない⇒否定。
心因反応による尿失禁の可能性:
①超音波検査等の結果、膀胱容量の低下が認められる
②Xの症状が尿失禁に適応する薬剤の服用中止と再開に対応した反応をしている
⇒否定。

Xの尿失禁の症状は、本件事故による外傷によって下部尿路を支配する神経損傷や骨盤内の膀胱尿道支持組織の損傷等による異常がもたらされ、
器質的な病変は特定できないものの、
これらに起因して生じた高度の蓋然がある
⇒本件事故との間に相当因果関係を認めた。
①尿失禁の発症時期:
本判決は、Xは本件事故から1か月経過した頃に本件事故以降排尿に違和感があったことを自覚⇒本件事故を契機として比較的急に発症したものと認め
②一度症状が消失したこと
本判決:Xの担当医は、尿失禁の症状は見られたが、軽微と思われたために一旦治療を終了
butその後も症状がみられたため治療が継続
⇒症状の消失は認められない。
  Xの尿失禁の程度について、
Xによる尿漏れの記録や尿漏れパッドの使用状況を考慮して、
「常時パッド等の装着は要しないが、下着が少しぬれるもの」に相当
⇒別表第2の11級10号の「胸腹部臓器の機能に障害を残し、労務の遂行に相当な程度の支障があるもの」に相当する。 
  民事p50
東京地裁R2.3.2  
  仮想通貨の取引用アカウントに第三者が不正にアクセスして行った取引の効力
  事案 Xは、
主位的に、
Yとの間ではビットコインを寄託の目的物とする混蔵寄託契約が成立⇒YはXに対して帰宅されていたビットコインの返還義務を負う。
Yが本件各取引に応じた結果、同返還義務は履行不能となった⇒債務不履行に基づく損害賠償請求
予備的に、
不正取引である本件各取引の効力がXに及ぶことはなく、Xが本件各取引に供されたビットコインを引き続き保有していることを前提に、
(a)Xが本件訴訟係属中に前記ビットコインをYに売却する旨の注文を提示したことによってその旨の売買契約が成立⇒同売買契約に基づく代金を請求(予備的請求①)
(b)Yが前記注文定時に応じなかったことについて債務不履行に基づく損害賠償を請求(予備的請求②)
(c)本件利用契約に基づき、前記ビットコインについて電子情報処理組織を用いたXへの権利移転手続を請求(予備的請求③)
(d)Xが前記ビットコインを保有していることの確認を請求(予備的請求④)
  判断   ●主位的請求: 
寄託物契約は物の保管を目的とする契約であるところ、民法上、物とは有体物のことをいい、有体物とは、空間の一部を占める有形的な存在のものをいう。
ビットコインを含む仮想通貨は、電子的法保うにより記録される財産的価値にすぎない⇒有体物とはいえない⇒仮想通貨を寄託の目的物とする寄託契約は成立し得ない。
  ●予備的主張①②:
本件利用契約における利用規約中の、登録ユーザーはYが定める方法に従って仮想通貨の売却の注文及び購入の注文を提示することができる旨の定めは、Yの承諾なくして登録ユーザーの提示内容に従った売買契約が成立することや、登録ユーザーによる仮想通貨の売買注文の提示に対してYが承諾する義務を負うことを定めるものと解することはできない。
⇒Yが主張する売買契約に基づく代金請求を認めず、同契約に基づく債務不履行責任も否定。
  ●予備的請求③:
Xの指定する送付先に対するビットコインの送付手続を求めるものと理解することができる⇒訴訟上の請求としては特定されている。 
・・・本件利用契約における利用規約には、パスワード等の管理不十分や第三者の盗用等による損害が生じたことの責任は登録ユーザーが負う旨の定め⇒本件各取引の効力はXに及び、その結果、Xは、本件アカウントにおいて保有していたビットコインを喪失。

同ビットコインについて電子情報処理組織を用いた権利移転手続請求権を有するとは認められない。
  ●予備的請求④:
Xは、ビットコインの権利移転手続を求める給付の訴えを提起することで権利関係全体に関する紛争を抜本的に解決することが可能⇒確認の利益を欠く。
  解説 東京地裁:
仮想通貨交換業者が仮想通貨の流出事故を受けて金銭の払戻しを停止する措置を取ったことが、顧客に対する債務不履行に当たらないとした事例。

東京地裁:
仮想通貨交換業者に預託していた金銭が何者かによって不正にビットコインに交換され、これが外部のビットコインアドレスに送付されたことについて、前記業者には不正アクセス者による機密取得および不正取引防止のためのシステム構築義務違反は認められないとされた事例。 
本判決:
Xの仮想通貨の取引用アカウントに第三者が不正にアクセスして取引を行ったという事案について、不正アクセスの原因はXのパスワード管理が不十分であったことであると認定して、
Yの提供する仮想通貨取引サービスの利用規約の定めにより、前記取引の効力がXに及ぶと判断したもの。
  民事p58
神戸地裁須本支部R3.3.11  
  行政書士の請求が暴利行為とされた事案
  事案 普通自動車同士の衝突事故(本件事故)により死亡したAの配偶者であるXは、行政書士Yとの間で、本件事故に関する自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)の請求事務をYに委任。
Yは、委任契約に基づき、保険会社に対し、本件事故に係る自賠責保険の被害者請求を行い、保険会社はXに3000万7790円を支払、Yは報酬として300万円の支払を請求し、受領。 
Xは、Yに対し、440万円(報酬金相当額300万円、慰謝料100万円、弁護士費用40万円)の支払を求める本件訴訟を提起し、
①Yが本件報酬条項に基づいてXから300万円を受領したことは暴利行為であり、
仮にそうでないとしても
②Yが報酬を得るために行った業務は弁護士法72条が禁止する非弁行為に当たるから
⇒Yは、Xに対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負うと主張。
  判断 ①Yが本件報酬条項に基づいてXから300万円を受領したことは暴利行為であり、不法行為が成立する。
②Xに生じた経済的損害は、290万円と認めるのが相当。

Yに対し、319万円(弁護士費用29万円)の支払を命じた。 
  解説 最高裁H22.7.20:
ビルの所有者から委託を受けてビルの賃借人らと交渉して各室を明け渡させる業務について、
解決しなければならない法的紛争が生ずることがほぼ不可避である案件に関するものであったことは明らか⇒弁護士法72条にいう「その他一般の法律事件」に関するものであったというべき。
東京地裁:
行政書士が、共同相続人の1人から遺産分割に関する事件を受任し、将来法的紛議が発生することが予測され状況の下で書類を作成氏、相談に応じて助言指導し、交渉を行った行為は、弁護士法72条により禁止される一般の法律事件に関する法律業務に当たる
⇒行政書士に対し、依頼者が支払った報酬のほか、依頼者が被った不利益の賠償を命じている。
東京地裁:
遺産分割について紛争が生じ争訟性を帯びてきた後に行政書士が他の共同相続人と折衝することは、弁護士法72条の「法律事務」に該当する。
but
相続財産、相続人の調査、相続分なきことの証明書や遺産分割協議書等の書類の作成については、行政書士法1条(現1条の2)に規定する「権利義務又は事実証明に関する書類」の作成に当たり、行政書士の業務の範囲内であるということができる
⇒行政書士からの報酬請求の一部を認容。
一般論として、
行政書士が自賠法15条の規定による保険金の請求に係る書類を被保険者等の依頼を受けて作成する限りにおいては、弁護士法72条の規定に抵触するものではないと解されている。
but
大阪高裁H26.6.12:
行政書士である原告が、交通事故の被害者のために整形外科医宛ての上申書や保険会社宛ての保険金の請求に関する書類等を作成し提出したことに関し、
これらの書類には、被害者に有利な等級認定を得させるために必要な事実や法的判断を含む意見が記載されていたものと認められる⇒行政書士法2条1項の「権利義務又は実証明に関する書類」とはいえないとして、原告の報酬請求を棄却した原審の判断を支持。

裁判所は不可分である契約の一部についてのみ報酬請求権の発生を認めることは相当ではない⇒書類の作成等行政書士が行うことのできる業務の部分についての請求も否定。

大阪地裁R2.6.26:
交通事故により受傷した被告から自賠責保険の被害者賠償等を委任された行政書士(原告)が、自賠責保険金75万円の支払を受けた被告に対し、委任契約に基づき24万円の支払を請求。
原告は、後遺障害の程度等をめぐって法的紛議が生じる蓋然性が高い事案であることを認識しつつ、自賠責保険金の額に影響する後遺障害等級が被告に不利に認定されないように申述書を作成し、その結果に基づいて成功報酬を請求⇒前記委任契約は、被害者請求について、法律上の権利義務に関する紛争に発展する可能性のある事項を含めて原告に一般的かつ包括的に権限を委任するものであると認めるのが相当⇒弁護士法72条に抵触する契約であることが合理的に推認される。
⇒公序良俗に反して無効であることを理由に原告の請求を棄却。
  労働p63
高松高裁R2.12.24  
  長時間労働&いやがらせ⇒精神障害⇒死亡の事案
  事案 Y1社に勤務していたB(死亡当時59歳)が、長時間労働により心理的負荷がかかっている中で、Y1社の営業取締役であるY3(Y1社の代表取締役Y2の娘)によるひどい嫌がらせ、いじめによって、業務上強度の心理的負荷を受け、精神的障がいを発病し自殺
⇒Bの相続人であるA、X1及びX2が、Y1社に対しては安全配慮義務違反に基づき、Y2及びY3に対しては安全配慮義務違反又は会社法429条1項に基づき、損害金等の連帯支払を求めた。
  規定 会社法 第四二九条(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
  争点 ①Y1社におけるBの業務とBの精神障害・自殺との相当因果関係の有無
②Yらの安全配慮義務違反の有無
③Y2及びY3の会社法429条1項責任の有無
④過失相殺の当否
⑤Xらの損害額 
  判断 争点① :
労災の認定基準である「心理的負荷による精神障害の認定基準について」の定めを踏まえ、
これに依拠すべきでない特段の事情が存するか否かを検討し、
2月の出来事を、指導の範疇を超え、指導の方法として相当とはいいがたく、全体的な言動も相当とは認めがたい⇒一連一体の嫌がらせとみて評価し、
心理的負荷の程度は、前記認定基準における「中」とし、
2月の出来事の約3か月前の時間外労働時間が月100時間を超えていたなど、業務内容も心身に相応の負荷がかかるものであった
⇒2月の出来事の心理的負荷を全体として増加させるものであり、恒常的な長時間労働があったとの要件を満たす
⇒心理的負荷の強度は「強」と評価される。
争点②:
Yらにおいて、Bが心身の健康を損ない、何らかの精神障害を発病する危険な状態が生ずることにつき、予見できた
⇒Y1社は、Bに対し、長時間労働による疲労や業務上の心理的負荷等が過度に蓄積しないように注意ないし配慮する義務(安全配慮義務)を負っていた
but
Bに長時間労働を行わせつつ不相当な指導を行い、前記安全配慮義務に違反した。
争点③:
Y2及びY3は、いずれもBの時間外労働時間及び業務内容並びに2月の出来事の内容を認識し又は認識できたのであり、Y1社の規模を考慮すれば取締役において容易に認識し得た⇒故意又は重過失が認められる⇒いずれも会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負う。
争点④:
過失相殺すべき事情はない。
争点⑤:
X1、X2の各損害額につき、相当額を認めた。
  解説 認定基準:
精神障害の発生は、
環境に由来する心理的負荷(ストレス)と、個体側の脆弱性との関係で定まり、
ストレスが非常に強ければストレスが弱くても精神的障がいは発生し、
脆弱性が大きければストレスが弱くても精神障害は発生するという、
いわゆる「ストレスー脆弱性」理論に依拠。

労災認定の行政内部基準にすぎない
but
専門家の知見を踏まえたものとして、裁判例でも、前記認定基準を参考にすることが多い。 
尚、本判決は、部下が上司とともに異動する形態の出張につき、その移動時間についても、労働時間として算入している。
以下、裁判例。
  刑事p92
広島高裁R2.8.18  
  原決定の第1種少年院送致決定が著しく不当とされた事案
  事案 自立援助ホームで生活する少年(16歳)と被害者がもみ合いになった際、少年が台所から包丁を持ち出して示凶器脅迫を行った事案。 
  原決定 少年を第1種少年院に送致 
  判断  ①少年の非行性がさほど進んでいるとは言い難く、
②再非行が強く懸念されるほど要保護性が大きいともいえない
⇒少年院における矯正教育を必要とするような深刻なものとはいえない。
⇒原決定の処分は著しく不当。 
社会内処分の可能性を見極めるために必要であれば、試験観察に付するなどの措置をとることも考えられた事案。
  解説 原決定と本決定の分かれ目は
①非行事実自体の評価
②非行性(非行反復の傾向)
③保護環境等に対する評価 
  刑事p96東京地裁立川支部R2.12.15  
  座間(9人殺害)事件 
  判断 ●承諾殺人の主張 
  ●責任能力に関する主張 
  ●死刑を選択した理由 
  解説 ●  ●被告人質問先行型の審理 
被告人は、弁護方針に反発し、検察官ら弁護人以外の者からの質問には答えるというパフォーマンス。
検察官からの質問に答えた被告人の供述が、有力な証拠となって、事実認定が行われた。
かつて:
被告人の捜査段階の供述(自白調書など)があれば、被告人質問に先行してその取調べが行われ、その後に各当事者からの被告人に対する質問が行われる。
but
最近:
直接主義、法廷中心主義を標ぼうする裁判員裁判の影響⇒被告人質問を先行させる例が増えてきている。
被告人質問終了後、それによって審理が尽くされたと考えれば、検察官は、被告人の供述調書を証拠として請求しないか、請求を撤回。
本件でも、
検察官は数多くの被告人の供述調書の取調べを請求し、弁護側から、不同意の意見が述べられたが、公判全整理手続の段階では、その採否はいったん留保され、公判で被告人質問。
⇒検察官は、立証は尽くされたとして被告人の供述調書全部の請求を撤回。
but
被告人の供述が公判廷のものであるからといって、すべてが信用できるとは限らない。
場合によっては、逆に、捜査段階の供述の変遷などが公判供述の信用性判断のために必要となってくることも考えられる。

本件:
弁護人側が、捜査段階の供述調書の一部を公判供述の信用性を減じる弾劾証拠として請求し、採用された。

被告人が諦めの気持ちから速やかに審理を終わらせたいと望んでいるような場合には、検察官に迎合して事実に反して不利益な事実を供述することもあり得る⇒十分に配慮した審理が必要。
  ●  ●刑事弁護人の任務 
弁護人の説得に関わらず、被告人が弁護人の審理方針を拒絶した場合?
A:被告人の「正当な利益」になるような弁護であればそれを遂行することこそが、その任務に適う
B:むしろ、被告人の意向に沿うことが、弁護人の任務に適うと考えるべき
but
本件のように死刑が想定される事件に関しては、例外的ではあるが、弁護人が後見的役割を発揮せざるをえない場面に該当⇒被告人本人の意向に反してでも、自ら最善と思われる弁護を遂行することこそがその職務に適うと考えるべき。

その場合、裁判所は、被告人の過剰なパフォーマンスを引き出し、正常な事実審理をゆがめることがないかを注意深く見守る必要がある。
  ●承諾殺人罪における「承諾」の意義 
本判決:
殺害の「承諾」について
犯行時におけるものに限定した上、
「承諾」は黙示的なものでもよいが、「承諾」があったと認めるには、その「承諾」が被害者の真意と合致する必要があり、それから外れるものは「承諾」から排除するというアプローチ。
「命を絶つタイミングやその方法」に着目すれば、いきなり襲い掛かられて失神させられたという点において、被害者の真意から外れている⇒黙示的なものであっても承諾があったとはいえない。
but
「承諾」は、明示的であれ、犯行の前に存在するのが普通であり、細かい点までは決まっていなくても、ある程度の具体性があり、いわゆる希死念慮と真摯性が認められれば、それに該当するものと考えられてきた。
事前の「承諾」から、現実の殺人行為に至るまでに、時間が経過したり、事情の変動が生じたり⇒承諾と現実の殺人の間に因果関係があるといえるかが問われる(大塚)。
  ●精神鑑定(いわゆる50条鑑定)の採否 
弁護人は、被告人の責任能力を争い、公判前整理手続において、精神鑑定(いわゆる50条鑑定)を請求。
but
裁判所は認めず。
A:裁判員裁判においては、複数鑑定はできる限り避けるべき⇒50条鑑定を実施する時の条件を厳格に絞ろうとする見解。
本件では、被告人が鑑定に拒否的⇒弁護人が私的鑑定等によって、新たな鑑定の必要性を提示することも難しかった。
but
鑑定人の資質に問題があるとか、鑑定内容によほど不都合な点が見つかったということでもなければ、50条鑑定を認めないというのであれば、そのハードルは非常に高くなる。
相模原殺傷事件:
起訴前鑑定が行われていたが、50条鑑定も実施された。
同事件では、50条鑑定と弁護人の提出した私的鑑定とが公判において比較対照されるという進行。

心斎橋通り魔事件:
複数の鑑定につき取調べが行われた。
2508   
  行政p5
最高裁R3.6.22  
  滞納処分による配当金の充当関係
  事案 Y(北海道稚内市)の市長は、Xの市民税及び道民税のうち平成21年度分から同23年度分までのもの並びにその延滞金等につき、滞納処分により徴収。
その後、本件市道民税の税額を減少させる各賦課決定をするとともに、
Xに対し、これによる過納金の還付及び還付加算金の支払をした。 
Xが、市長による前記過納金の額の計算に誤り⇒Yに対し、不足分の過納金の還付及び還付加算金の支払を求めるとともに、国賠法に基づく損害賠償を求めた。
  主張 X:本件各対応処分において差押えに係る地方税に配当された金銭であって、本件各減額賦課決定がされた結果配当時に存在しなかったこととなる年度分の市道民税に充当されたものについては、当該差押えに係る地方税のうちその配当時に存在していた他の年度分の市道民税に充当されるべきであり、その充当後の滞納税額を基礎として延滞金の額を計算すべき。 
  判断 複数年度分の普通徴収に係る個人の市町村民税及び道府県民税を差押えに係る地方税とする滞納処分において、当該差押えに係る地方税に配当された金銭であって、その後に減額賦課決定がされた結果配当時に存在しなかったこととなる年度分の個人住民税に充当されていたものは、その配当時において当該差押えに係る地方税のうち他の年度分の個人住民税が存在する場合には、民法489条の規定に従って当該個人住民税に充当される。
  解説   本件指導民税については、賦課決定により一旦確定した税額が、本件各減額賦課決定により減額されており、この減額賦課決定は、従前の負荷決定の一部取消し(講学上の職権取消し)に相当。 
処分に当初から瑕疵があったことを前提とする職権取消しの効果は遡及的に生ずるものと解するのが一般的。
本件各減額賦課決定も、当初から賦課決定に瑕疵(税額等の計算の誤り)があったことを理由とする⇒その効力は遡及的に生じる⇒本件市道民税のうち、本件各減額賦課決定により減少した税額に係る部分は、当初から存在しなかったこととなる。 
本件の争点:
本件各滞納処分(複数年度分の市道民税を差押えに係る地方税とするもの)において、差押えに係る地方税に配当された金銭であって、その後に本件各減額賦課決定がされた結果配当時に存在しなかったこととなる年度分の市道民税に充当されていたものの帰すう。

市長:
当該金銭は直ちに過納金となり、そのままXに還付すべきものとした。
X:
当該金銭は、当該差押えに係る地方税のうちその配当時に存在していた他の年度分の指導民税に充当されるべき。
  ●  ●配当金の充当に関する規律 
民事執行について、昭和62年最判は、
担保不動産競売の手続における同一の担保権者に対する配当金がその担保権者の有する数個の被担保債権の全てを消滅させるんじ足りない⇒その配当金は当該数個の債権について改正前民法489条ないし491条の規定に従った弁済充当(法定充当)がされるべきものであって、債権者による指定充当は許されない。

担保不動産競売の手続は執行機関がその職責において遂行するものであって、配当による弁済に債務者又は債権者の意思表示を予定しないものであって、
同一債権者が数個の債権について配当を受ける場合には、画一的に最も公平、妥当な充当方法である法定充当によることが、競売制度の趣旨に合致。

以上の趣旨は、強制執行における配当にも及ぶものと解されている。
  滞納処分における配当金:
いわゆる本税優先の原則(税徴法129条6項、地税法14条の5第1項)が規定
but
法令上の規定も最高裁判例も存在しない。
滞納処分は租税債権者が自ら租税債権の強制的実現を図る手段⇒租税債権者(税務署長等)がその裁量により前記の充当の順序を決めることができると説明されてきた。
but
税徴方基本通達第129条関係19は、
徴収の基因となった国税が複数ある場合、本税と本税の相互間は、民法488条4項2号及び3号(改正前民法489条2号及び3号)の規定に準じて処理するものとし、参考判例として昭和62年最判を掲げている。
  ●本判決の判断 
遡及効肯定。
複数の地方税を差押さに係る地方税とする滞納処分において、当該差押えに係る地方税に配当された金銭は、当該複数の地方税のいずれかに滞納分が存在する限り、法律上の原因を欠いて徴収されたものとなるのではなく、当該滞納分に充当されるべきもの。
滞納処分制度が地方税等の滞納状態の解消を目的とするもの⇒前記のように当初の充当が効力を有しないこととなった配当金についても同様に妥当し、当該配当金は、その配当時において差押えに係る地方税法のうちに他に滞納分が存在する場合には、これに充当されるべきもの。
滞納処分制度が設けられている趣旨⇒当初の充当が効力を有しないこととなった配当金について他に充当されるべき差押えに係る地方税が存在する場合には、債務の充当に係る画一的かつ最も公平、妥当な充当方法である改正前民法489条の規定に従った充当(法定充当)がされるものと介すべき。
  過納金は還付加算金が付されて還付されるが(地税法17条の4第1項)、延滞金の利率は還付加算金の利率よりも原則として年7.3%も高い⇒当該配当金がそのまま過納金として還付されて他の滞納分に充当されないとすると、納税者は、当初から瑕疵のない賦課決定に基づく徴収がされた場合と比べて、この還付加算金と延滞金との差に相当する負担を強いられる結果となる。
  民事p10
東京高裁R3.1.29     
  特殊詐欺行為が暴対法31条の2の「威力利用資金獲得行為」に当たるとされた事例
  事案 Xが、
①本件詐欺行為は暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(「暴対法」)31条の2の「威力利用資金獲得行為」を行うについてされたものであり、本件詐欺行為の当時、亡P1、Y7及びY8(「P1ら」)はC会の「代表者等」(同条本文)であったと主張するとともに、
②本件詐欺行為はC会の事業の執行について行われたものであり、本件詐欺行為の当時、P1やY9の使用者であり、Y7及びY8はP1に代わって事業の監督をする者であった。

P1の相続人であるY1ないしY6(「P1承継人」)並びにY7及びY8に対し、暴対法31条の2本文又は民法715条1項本文若しくは同条2項に基づき、
Y9に対し民法719条に基づき、
本件詐欺行為によるXの財産的損害1000万円、慰謝料500万円、弁護士費用450万円の合計1950万円(P1承継人らに対しては「前記の各按分の限度での連帯支払)を求めた。
  原審 本件詐欺行為の当時、Y9はF組の構成員であったと推認され、この推認を覆すに足りる証拠はない
but
Y9がC会又はその構成団体F組の威力を利用したと認めることはできず、Y9がC会の事業として本件詐欺行為を行ったと認めることもできない。
⇒P1らがXに対し暴対法31条の2又は民法715条に基づく損害賠償責任を負うとは認められない。

Xの請求をY9に対し、Xの本件詐欺による財産的損害1000万円及び弁護士費用100万円の合計1100万円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容。 
  判断 後記参照
・・・を総合考慮すれば控訴人の被った精神的苦痛は、財産的損害の賠償をもって完全に慰謝されるものとはいえない

慰謝料も100万円肯定
  規定 暴対法 第三一条の二(威力利用資金獲得行為に係る損害賠償責任)

指定暴力団の代表者等は、当該指定暴力団の指定暴力団員が威力利用資金獲得行為(当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう。以下この条において同じ。)を行うについて他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。

一 当該代表者等が当該代表者等以外の当該指定暴力団の指定暴力団員が行う威力利用資金獲得行為により直接又は間接にその生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得ることがないとき。

二 当該威力利用資金獲得行為が、当該指定暴力団の指定暴力団員以外の者が専ら自己の利益を図る目的で当該指定暴力団員に対し強要したことによって行われたものであり、かつ、当該威力利用資金獲得行為が行われたことにつき当該代表者等に過失がないとき。
  解説 暴対法31条の2は、民法715条(使用者責任)の規定を適用して代表者等の損害賠償責任を追及する場合において生ずる被害者側の立証負担の軽減を図る規定。 
暴対法31条の2「威力利用資金獲得行為」とは、「当該指定暴力団の威力を利用して生計の維持、財産の形成若しくは事業の遂行のための資金を得、又は当該資金を得るために必要な地位を得る行為をいう。」
指定暴力団の「威力を利用して」とは、当該指定暴力団に所属していることにより資金獲得活動を効果的に行うための影響力又は便益を利用することをいい、
当該指定暴力団の指摘暴力団員としての地位と資金獲得活動とが結びついている一切の場合をいう。
本判決:
①被害者側の主張立証責任の負担の軽減を図るという暴対法31条の2の立法趣旨
②暴対法9条が指定暴力団員による暴力的要求行為の禁止について相手方に「威力を示して」要求することを要件としているのと異なり、暴対法31条の2が「威力を利用」するとの文言を見用いていること等

同条本文の「当該指定暴力団の威力を利用して」とは、指定暴力団員が、当該指定暴力団に所属していることをにより資金獲得活動を効果的に行うための影響力又は便益を利用することをいい、
当該指摘暴力団の指定暴力団員としての地位と資金獲得活動とが結びついている一切の場合をいう趣旨であって、必ずしも当該暴力団の威力が被害者に対して直接示されることを要しないとの解釈を前提。
指定暴力団の組織・活動、特殊詐欺における暴力団構成員の関与の実態等をふまえながら、
①指定暴力団員において、特殊詐欺の受け子の役割を実行した人物が指定暴力団員に対する恐怖心や経済的な恩義から受け子の役割の実行を継続せざるを得ない状況を作り出した上、当該人物を自らの統制の下に置き、自らの指示により受け子の役割を忠実に実行させていた、
②特殊詐欺の受け子の役割を実行する際の具体的な手順等を説明するなどして詐欺行為に加担した人物が指定暴力団員に対する恐怖心から同人の指図に従うことを利用して、当該人物を詐欺行為に加担させていたこと等の具体的な事実関係

指定暴力団の構成員を含むグループによって行われた特殊詐欺行為が暴対法31条の2本文の「威力利用資金獲得行為」を行うについてされたものとして、同条に基づく指定暴力団の代表者等の損害賠償責任を肯定。
  民事p31
大阪高裁R3.2.4  
  捜索差押許可状の請求行為が違法とされた事例
  事案 (1)労働組合たる法人であるX1が、Y(大阪府)の公務員である警察官が①X1組合事務所を捜索すべき場所とする捜索差押許可状を請求したこと、②捜索差押えの執行の際にX1の組合員の容ぼうを写真撮影したり、名誉・信用を毀損する発言をしたりしたことが違法な公権力の行使に当たる等と主張し、
(2)X1の組合員であるX2が、前記捜索差押えの際に、X2の容ぼうを写真撮影したこと及びX2の請願を受理しなかったことが違法な公権力の行使に当たる
⇒Yに対して国賠法1条1項に基づく損害賠償請求。
・・・・Yの公務員である大阪府警の警察官らは、W2(市民団体)の本件バスによる運送行為が道路運送法4条1項所定の一般旅客自動車運送事業を経営したものに当たると判断し、これを被疑事実として、X1の組合事務所等を捜索すべき場所とする捜索差押許可状を請求し、発付された。
  原審 Xらの請求をいずれも棄却。
  判断 本件捜索差押許可状の請求行為は違法⇒原判決中、X1に関する部分をX1の請求を11万円及び遅延損害金の支払を求める限度で認めた。
X2の控訴は棄却。
捜索差押許可状の請求時において、捜査機関が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により請求の要件があるといえるものであれば、国賠法1条1項の違法はない。 
道路運送法4条1項にいう一般旅客自動車運送事業の「経営」に当たるというためには、常時他人の需要に応じて反復継続し、又は反復継続する目的をもって運送行為をなすことを要し、一時的運送にすぎない場合は含まれない。
・・・年にわずか1,2回開催する集会の参加者の便宜のために本件バスを含む道路運送法4条1項所定の一般旅客自動車運送事業の許可を得ていないバスを運行しているのにすぎない⇒W2の本件バスによる運送行為は、一時的な運送にすぎず、常時他人の需要に応じて反復継続し、又は反復継続する目的をもって運走行をなすものとはいえないことが明らか。

W2の事務局責任者らに道路運送法4条1項違反の具体的な嫌疑が存在するとした警察官の判断は、捜索差押許可状の請求時において、捜査機関が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により導き出されたものとはいえない

本件捜索差押許可状の請求は、違法であり、警察官には過失がある。
  解説 本件:
本件捜索差押許可状の執行の際の写真撮影:
当該捜索差押えが適法に執行されたことを証明する目的でされたもの⇒違法性を否定。

捜索差押えの際の写真撮影については、捜索差押手続の適法性の証明のために執行状況を撮影することや差押物の証拠価値の保全のために発見された場所や状態において差押物を写真撮影することは捜索差押えに付随するものとして許される(裁判例)。 
本件捜索差押許可状の執行の際の警察官の発言について、
第三者への伝播可能性を否定する等して、名誉毀損による不法行為の成立を否定。
  民事p50
福岡高裁R2.11.27
  主観的追加的併合の可否が争われた事例
  事案 原告であるX1、X2が福岡地裁に国賠訴訟を提起。
基本事件の被告であるY(国)が、基本事件の普通裁判籍及び特別裁判籍(民訴法4条1項、2項、6項および5条1号)がいずれも福岡県外にあり、基本事件が福岡地裁の管轄に属しない
⇒民訴法16条1項に基づき、これを管轄裁判所に移送するよう求めた。
X1、X2:
既に福岡地裁に係属しているYを被告とする国賠訴訟(先行事件。基本事件とは原告を異にするもの)と基本事件とが、民訴法38条の「訴訟の目的である権利又は義務が・・・同一の事実上及び法律上の原因に基づく」といえる関係にある

民訴法7条の類推適用により福岡地裁に管轄が認められるべき。
  規定 民訴法 第三八条(共同訴訟の要件)
訴訟の目的である権利又は義務が数人について共通であるとき、又は同一の事実上及び法律上の原因に基づくときは、その数人は、共同訴訟人として訴え、又は訴えられることができる。訴訟の目的である権利又は義務が同種であって事実上及び法律上同種の原因に基づくときも、同様とする。
第七条(併合請求における管轄)
一の訴えで数個の請求をする場合には、第四条から前条まで(第六条第三項を除く。)の規定により一の請求について管轄権を有する裁判所にその訴えを提起することができる。ただし、数人からの又は数人に対する訴えについては、第三十八条前段に定める場合に限る。
  原審 基本事件と先行事件における権利又は義務が同一の事実上及び法律上の原因に基づく
⇒民訴法38条前段の要件を満たす。
民訴法7条を類推適用⇒基本事件を先行事件に併合する旨の決定。
  判断 ①いわゆる訴えの主観的追加的併合を認めるのは相当ではなく、本件併合上申によって先行事件と基本事件とが当然に併合される効果を生ずるものとはいえない
②土地管轄は、民訴法上の裁判籍の定め(民訴法4条、5条)により決せられる法定管轄の一種であり、法定管轄が数種複数の裁判所間の裁判権行使についての分担の定め
⇒その存否が当事者の併合上申の有無によって左右されると解するのは相当ではない
本件併合上申がされたことに基づいて、民訴法7条を類推適用して基本事件が福岡地裁の管轄に属することになったということもできない。
③被告は応訴管轄等が生じた場合を除き、法定管轄のある裁判所において裁判を受ける正当な利益を有しているところ、この被告の利益は、裁判所が口頭弁論の併合をする前提として、その要件とは独立に検討されるべきであり、裁判所が、民訴法16条2項本文のようにその裁量判断によって本来の法廷管轄外の事件について審理及び裁判をすることができる旨の法律の規定もないのに、弁論併合決定により被告の前記利益を失わせることは許されない。

本件併合決定がされたとしても、民訴法7条の類推適用によって福岡地裁に基本事件の管轄が生ずることにはならない。

Yの移送申立てを認容。
  解説  訴訟係属中に、第三者の当事者に対する請求又は当事者の第三者に対する請求の併合審判を求めることを訴えの主観的追加的併合をいう。
本件は、第三者はが原告の共同訴訟人となる場合の明文の規定のない主観的追加的併合の事案。
判例:原告が係属中の訴訟につき第三者に対する請求を追加した事案につき、主観的追加的併合を認めず、現行の民訴法においても、その立法化はされなかった。

当事者は、別訴を提起した上で弁論の併合を求めることになる。
but
弁論の併合は、同一官署としての同一裁判所に係属する事件の間でのみ可能。
学説:
A:本件のように第三者が原告の共同訴訟人となるために別訴を提起した場合で、審理の進行状況によっては当事者の利益が害されずかつ紛争の統一的解決が期待できる場合も存在する。
⇒主観的追加的併合の可能性を全面的に否定すべきではないとして、弁論の併合の前提として、民訴法7条の類推適用により別訴について土地管轄を拡張することが許される(伊藤眞)。
B:原告が新たに被告を追加する場合に民訴法7条を類推適用することは被告の手続保障の見地から問題がある⇒第三者が原告の共同訴訟人となる場合も含めて主観的追加的併合を適法とすることには「慎重な見解。
  民事p53
東京地裁R2.12.17  
  自筆証書遺言で遺言者の押印が否定された事案
  事案 被相続人の子であるXらが、被相続人の夫であるYに対して、被相続人名義の自筆証書遺言の無効確認を求めた。 
Xら:被相続人が自書・押印したものではないと主張。
  判断 本件遺言書が被相続人の自書によるものであることと押印が被相続人の印章によりなされたことを認めた。
but
①被相続人が死亡する3週間前の時点では本件遺言書には押印がされていなかった
②同時点から被相続人が死亡するまでの3週間の被相続人の言動
③本件遺言書の押印に使用された印章はYが所持
④Yには被相続人の死後に本件遺言書に押印する動機及び現実的可能性があった

被相続人が本件遺言書に押印したとは認められない。

Xらの請求を認めた。 
  解説  自筆証書遺言には、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、かつ押印しなければならない(968条1項)。
but
判例:
遺言者自身の手によらず押印がされた場合(遺言者の病床の側にいた者が遺言者の依頼を受けてその面前で押印をした事案)や
署名のみがあり押印を欠く場合(遺言書作成の約1年9か月前に日本に帰化したロシア人が、英文で自筆証書を作成した事案)
においても遺言が有効になる余地を認めている。
but
民法が自筆証書遺言の方式として自書のほか押印を要するとした趣旨は、
遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにある。

日本人が日本語で作成した自筆証書遺言に押印が不要とすることは困難。
また、遺言者の意思に基づいて押印がされたことが必要。
  文書中の印影が本人の印章によって顕出⇒反証がない限り、当該印影は本人の意思に基づいて成立したものと事実上推定される(判例)。

印鑑は一般に慎重な管理が期待され、理由なく他人の利用に供することは考えられないという経験則を基礎としたもの。

この経験則が妥当しない場合
(ex.①印章の紛失、盗難、盗用、②他人に預託していた印鑑が冒用された、③本人が押印することや押印の意思決定をすること自体が困難又は不自然であることが疑われる場合 )
には、前記推定は覆る。
自筆証書遺言の要件である遺言者の押印があるというためには遺言者の意思に基づいて押印がされたことが必要⇒上記と同様に考えられる。
  民事p57
福岡地裁久留米支部R3.2.5  
  暴力団事務所としての使用禁止
  事案 X:福岡県における都道府県暴力追放運動推進センターの指定を受け、国家公安委員会から適格都道府県センターとしての認定を受けた公益財団法人。
Y1:指定暴力団組長
Y2:本件マンション5階居宅の所有者でY1が取締役を務める会社 
  主張 X:マンションの居住者(本件委託者ら)から委託を受け、本件委託者らのために、本件物件が本件暴力団の事務所として使用されていることにより、本件委託者らの平穏な生活をする権利が侵害されている⇒本件委託者らの人格権に基づき、
Y1に対し、本件物件を本件暴力団の事務所として使用することの禁止を、
Y2に対し、Y1をして本件物件を本件暴力団その他の暴力団の事務所又は連絡場所として使用させることの禁止を、
それぞれ求めた。 
  判断 人格権による差止請求を認めた上で、
人格権に対する違法な侵害であるかについては、侵害行為の態様、侵害又は侵害の危険の程度、被侵害利益の性質及び内容等の諸般の事情を踏まえ、被害が一般社会生活上受忍すべき限度を超えるものであるかどうかによって決するのが相当。
本件暴力団の上部組織である・・・過去の対立抗争の経緯⇒今後も同様の事態に陥る可能性が高く、その場合、・・・傘下組織である本件暴力団が対立抗争に巻き込まれて、その事務所が相手組織からの攻撃目標となり、その周辺住民の生命・身体が深刻な危機にさらされることは明らか
⇒本件物件が、本件仮処分命令の発令後は暴力団事務所としての使用が停止されているとしても、将来的に、再び本件暴力団事務所として使用される蓋然性があると認められる
⇒Xの請求を認容
Yらは、本件仮処分命令の発令後、これに従って、本件物件の本件暴力団の事務所としての使用を止めている。
vs.
仮処分の執行により仮の履行状態が作出されたとしても、裁判所はこのような事情を斟酌せずに本案の当否を判断すべきである(最高裁)。

仮処分によるYらの仮の履行状態は、本案請求の当否を判断するについて斟酌すべきではない。
  解説 人格権が差止請求の根拠となり得る(通説・判例)。

建物を暴力団の事務所として使用することが近隣住民の人格権の侵害に当たるとして、当該建物を暴力団の事務所として使用することを差止めの仮処分を認めた静岡地裁浜松支部昭和62.10.9は
何人にも生命・身体・財産等を侵されることなく平穏な日常生活を営む自由ないし権利があり
人間としての固有の権利である人格権が受忍限度を越えて違法に侵害されたり、又は侵害される恐れがある場合には、その被害者は、加害者の当該行為が外形的には権利行使の範囲内のものであっても、加害者に対し、人格権に基づいて、現に行われている侵害を排除し、又は将来の侵害を予防するため、その行為の差止、又はその原因の除去を請求することができる。
  知財p61
知財高裁R2.9.30  
  特許権の共有と特許法102条での覆滅
  事案  「光照射装置」と称する特許(本件特許)の特許権者であるXが、Yの製造販売する被告各製品の製造販売等の差止め等、損害賠償(予備的に不当利得返還)を求めた。 
  本件特許については、2度にわたり訂正請求がされ、確定しているところ、
被告各製品が、2度目の訂正後の(本件特許の請求項1に係る)発明(本件再訂正発明)の構成要件を充足することに争いはなく、
訂正要件違反による無効の抗弁等の抗弁と、損害額が主たる争点。
  判断  侵害論に係るYの抗弁を全て排斥し、被告各製品の限界利益の形成に対する本件再訂正発明の寄与割合を原審からさらに引き下げた。
●  特許権が共有に係るときは、各共有者は、別段の定めのある場合を除き、自己の持分割合にかかわらず、無制限に特許発明を実施することができる(特許法73条2項)。
but
例えば2名の共有者の一方が単独で特許法102条2項に基づく損害額の損害賠償請求をする場合、侵害者が侵害行為により受けた利益は、一方の共有者の共有持分権の侵害のみならず、他方の共有者の共有持分権の侵害によるものであるといえる

前記利益の額のうち、他方の共有者の共有持分権の侵害に係る損害額に相当する部分については、一方の共有者の受けた損害額との間に相当因果関係はない

侵害者が、特許権が他の共有者との共有であることを主張立証したときは、同項による推定は他の共有者の共有持分割合による同条3項に基づく実施料相当額の損害額の限度で覆滅され、
また、侵害者が、他の共有者が特許発明を実施していることを主張立証したときは、
同条2項による推定は他の共有者の実施の程度(共有者間の実施による利益額の比)に応じて按分した損害額の限度で覆滅される。
本件では、他の共有者の共有持分割合による実施料相当額の限度で推定の覆滅を認めた。
  判決時には他の共有者との共有関係が解消し、共有関係を基礎とする密接な関係にはない
⇒連帯債権説を斥けた。 
  解説 特許権が共有である場合の特許法102条2項による損害額の算定について、
A:新会社の利益額を持分割合による按分するべき
B:共有者の売上額で按分すべき
C:共有者の利益額で按分すべき
D:原則として共有者の利益額で按分するべきであるが、利益額が明らかにならないときは持分割合により按分することもありうる
E: 原則として共有者の利益額で按分するべきであるが、当事者の同意があるときは持分割合でも差し支えない
共有者の1人のみが特許発明を実施していた場合:
①実施共有者の逸失利益相当損害賠償請求権と
②不実施共有者の共有持分割合による実施料相当損害賠償請求権
の関係が問題。

両者を認容すると、単独保有の場合に比べ、侵害者の負担が過大に
⇒実施共有者の逸失利益から、不実施共有者の共有持分割合による実施料相当損害額を控除するとの見解が有力。

不真正連帯債権であるとする見解

①実施共有者のみが原告となって判決がされた後、不実施共有者が後に提起した訴訟では、実施料相当損害額について異なる判断がされる可能性がある
②特許権の共有は共同研究によって生まれた成果である場合など、共有者の一体性が強い
  労働p115
東京高裁R3.2.24  
  懲戒解雇による退職金全額不支給が争われた事案
  事案 懲戒解雇された者(X、みずほ銀行の行員)について、退職金規程(懲戒処分を受けた者に対する退職金は減額または不支給となることがある)に基づき退職金の全額を支給しないとしたYの措置の当否が問題。 
請求 Xが原告となり、Yを被告として、
主位的に懲戒解雇の無効を主張⇒地位確認並びに賃金及び慰謝料の支払を求め
予備的に解雇が有効であるとしても、退職金の全額が支払われるべき⇒退職金の支払を求めた。
反訴:
Yが原告となり、Xを被告として、社宅の明渡しと賃料相当損害金の支払を求めた。
  1審 Xの懲戒解雇事由(秘密情報の雑誌社に対する漏洩行為)は、Yやその顧客に具体的な経済的損失を生じさせておらず、Xの30年の勤続の功を完全に抹消または減殺するものではない⇒全額不支給は違法⇒3割の限度で支給すべき(7割不支給) 
  判断  ①雑誌社に対する秘密(Yの社外秘である通達や資料等)情報漏洩行為が数年間にわたり反復継続された
②秘密情報が現実にSNSに掲載された
③秘密保持は銀行の信用状の最重要事項の1つ
⇒悪質性の程度が高い
⇒全額不支給措置は適法 
  解説 1審、控訴審とも、懲戒解雇は有効と判断し、Xの本件情報漏洩行為が懲戒解雇相当の悪質なものであると判断。
退職金については、
1審:金銭に換算できるような具体的な損害がYにもYの顧客にも生じていないことを重視
本判決:銀行から外部に流出しないと一般人が考えるような情報が反復継続して雑誌やSNSに掲載されたことによる無形の損害(Yの信用棄損)を重視。

秘密情報が雑誌やSNSに繰り返し掲載されることが金融業の信用をどれほど毀損するかという点についての評価の相違。
  刑事p118
東京高裁R3.3.17  
  覚せい剤輸入で、間接事実を推認しての故意の認定等が否定された事案
  事案 被告人が、分離前の相被告人A及び氏名不詳者らと共謀の上、営利の目的で、中国の郵便局から、14キログラムを超える覚せい剤を段ボール箱1箱に隠匿収納して国際スピード郵便物として被告人の居室宛てに発送し、日本国内に持ち込んで密輸した⇒覚せい剤営利目的輸入等の共謀共同正犯として起訴。 
  原審 主に被告人の公判供述により前提となる事実関係を認定⇒複数の推認⇒被告人の捜査段階の自白の信用性を検討するまでもなく、被告人が、本件郵便物が発送されるまでの間に、本件郵便物の中に覚せい剤を含む人体に有害で違法な薬物が含まれている可能性を認識していたと推認。 
  判断  被告人の認識を間接事実により推認する場合、その推認は確実なものであることを要する。
but
一審判決において、
Aが反社会勢力から覚せい剤を入手していることを被告人が想定していたとする推論

Aが北朝鮮産の覚せい剤の譲渡単価について発言したことを被告人が伝え聞いた
⇒Aが海外から覚せい剤を輸入することを被告人が想定していたと推認
は大きな飛躍。
vs.
特定の外国で製造された覚せい剤の譲渡単価の知識は、密輸入を自ら行ったことにより得たものではなく、当該外国産の覚せい剤を譲り受けた際などに得られた可能性もある。

その後の推論は成り立たない以上、本件郵便物に隠匿された覚せい剤について、被告人の未必的な認識を推認することはできない。
一審判決では事実認定の基礎としなかった自白の信用性についての検討を行い、
録音録画記録媒体による取調べ状況や、ADHD(注意欠如・多動性障害)等と診断されている被告人の発達障害等が及ぼした影響等も踏まえた上で、結論として、自白の信用性を肯定
⇒被告人は本件郵便物の中に覚せい剤を含む違法な薬物等が入っている可能性があると認識していた。
  被告人の営利目的について:
被告人は、Aが違法薬物の密売による利益を目的に本件郵便物を輸入しようとしている可能性を認識していたとする一審判決の推論は合理的。
but
①Aの密輸による利益が被告人にとっても経済的利益となる面があったといえること
②何らの利得も期待せずに受取役というリスクのある役割を引き受けるとは考え難い
という推論を加えることで、被告人の営利目的を認めた一審判決の判断は是認できない。
  解説 ●  事実認定において、主要な直接証拠が自白、目撃供述等の供述証拠であるとき、
直接証拠を除外して間接証拠等の情況証拠によってどのような内容の事実が」認定できるのかなどを見極め、
その結果認定された事実を踏まえ、それまで除外していた直接証拠の任意性、信用性の判断を行うなどして直接証拠による事実認定を行うといった、
情況証拠を重視し、供述証拠に依拠することをできるだけ避ける方法による事実認定をする運用。

事実認定の客観化に資する。 
間接事実から要証事実を推認する場合、間接事実の推認力を検討する必要。
その際、反対仮説の可能性が残れば残るほど推認力は弱くなる
⇒反対仮説の成立可能性を検討することが重要に。
(最高裁H19.10.16)
営利目的には、
自ら利得を得ようとする自利目的と、
他人に利得を得させようとする利他目的
がある。 
2506・2507   
  行政p5
最高裁R3.7.6  
  水産動植物の採捕に係る許可に関する知事の判断が裁量権の逸脱とされた事案
  事案  普天間飛行場の代替施設を沖縄県名護市辺野古沿岸域に設置するための公有水面埋立てをめぐる国と沖縄県との間の紛争に関、最高裁が判決を言い渡した3件目の事案。 
  沖縄防衛局:
本件埋立承認の願書の記載された設計の概要に含まれない内容の地盤改良工事を追加
X(沖縄県j知事)に対し、大浦湾側に生息する造礁さんご類を埋立区域外の近隣の水域に移植することの許可を求める2件の申請
X:申請内容の必要性及び妥当性の有無を判断できない⇒標準処理期間(45日)が経過した後も何らの処分もしなかった。

Y(農林水産大臣):漁業法及び水産資源保護法を所管する大臣として、令和2年2月28日付けで、本件各申請を許可する旨の処分をしない沖縄県の法定受託事務の処理が漁業法65条2項1号及び水産資源保護法4条2項1号に違反⇒沖縄県に対し、地自法245条の7第1項に基づき、本件各許可処分をするよう求める是正の指示(「本件指示」)

X:本件指示が違法な国の関与に当たる⇒地自法251条の5第1項に基づき、Yを相手に、その取消しを求める。
  法令等 漁業法65条2項1号等:
都道府県知事は、漁業取締りその他漁業調整又は水産資源の保護培養のために必要があると認めるときは、水産動植物の採捕に関する制限又は禁止に関して、規則を定めることができる旨を規定。
漁業法65条2項1号等により都道府県が処理することとされている事務は、法定受託事務(漁業法137条の3第1項1号、水産資源保護法35条)。 
  争点 本件指示が地自法245条の7第1項の要件を充足するか、より具体的には、本件指示の時点で本件各許可処分をしていないXの対応が、同項所定の法令の規定に違反していると認められるものに該当するか。
  原審 本件各許可処分をしない沖縄県の法定受託事務の処理が漁業法65条2項の1号等に違反⇒本件指示は地自法245条の7第1項の要件を充足。 
    ⇒上告受理の申立。
  判断 本件を受理した上、上告を棄却。 
  解説 ●  ●本件規則に基づく特別採捕許可に関する県知事の判断と地自法245条の7第1項所定の法令違反 
◎  問題となっている法定受託事務の処理が不作為である場合には、指示の内容は、
A一定の期間内に何らかの措置を講ずべきというもの(措置の内容までは特定しないもの)と
B一定の期間内に特定の措置を講ずべきというもの(措置の内容を特定するもの)
の2通り。
本件指示はB。
Aの類型:「相当の期間」の経過があれば足りる(不作為の違法確認の訴えに関する行訴法3条5項、普通地方公共団体の不作為に関する国の訴えに関する地自法251条の7第1項参照)
Bの類型:これに加えて、
①特定の措置を講ずべきことがその根拠となる法令の規定から明らかであると認められ、又は
②当該措置を講じないことが裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められること
が必要。(義務付けの訴えに関する行訴法37条の2第5項、37条の3第5項参照)
「法令」の文言は、刑訴法335条1項のように、地方公共団体が制定する条例及び規則を含むものとして使用される場合もあるが、
地自法245条の7第1項にいう「法令」は、法律又はこれに基づく政令をいうと解されている。
漁業法65条1項1号等は、都道府県知事に規則の制定を授権する規定であって、その文言を形式的に当てはめると、当該規則に基づく個別具体的な措置に瑕疵があることから直ちに、「法令」である漁業法65条2項1号等に違反するとまではいい難いようにも思われる。
but
漁業法65条2項1号等は、都道府県知事の定める規則のみではなく、当該規則及びこれに基づく行政庁の個別具体的な措置(裁量判断)の双方により、漁業法及び水産資源保護法の目的を達成しようとする趣旨の規定。

・・・・

漁業法65条2項1号等は、都道府県知事による規則の制定に当たり、専門技術的な事情に即した妥当な措置がされることを確保するため、当該措置を個別の事案ごとの行政庁の裁量判断に委ねることを当然に予定。

本判決:
漁業法65条1項1号趣旨を踏まえ、本件規則41条1項に基づく特別採捕許可に関する県知事の判断は、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められる場合には、
地自法245条の7第1項所定の法令の規定に違反していると認められるものに該当。
●  ●本件申請の必要性を認めなかった県知事の判断の適否 
判断枠組み:
特別採捕許可に関する県知事の判断(作為)は、裁量判断

これが裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し、重要な事実の基礎を欠く場合、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認めるのが相当(最高裁H18.2.7)。

特別採捕許可の申請に対して応答しない県知事の不作為についても、これが裁量権の行使に基づくものである場合には、前記の作為と別異に解すべき理由はない。
(義務付けの訴えに関する行訴法37条の2第5項、37条の3第5項参照)

行手法5条に基づいて審査基準が定められ公にされている⇒審査基準の定める要件の充足が認められる場合には、申請を認容しない県知事の対応は、これを相当と認めるべき特段の事情がない限り、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると解すべき(行手法12条処分の基準に関する最高裁H27.3.3)。
本件各申請は、本件さんご類を本件埋立事業から避難させることを目的
⇒本件指示の時点で、本件地盤工事を追加して行う必要があるとされていた本件埋立事業について、沖縄防衛局において、本件さんご類の生息場所及びその近辺で予定されている本件護岸工事を適法に行うことができたかが問題。

公有水面埋立法上、国の官庁は、都道府県知事の承認を受けて初めて、埋立てを適法に実施し得る地位を得ると解されており(最高裁R2.3.26)、変更後の設計の概要による埋立てについても同様に解するのが相当。
but
同法上、当初の承認を受けた後に設計の概要を変更する必要が生じた場合に、当該承認に基づく工事を中断すべき旨の規定はない⇒当該官庁は、当該変更の承認を受けていない段階でも、当該変更 に含まれない範囲の工事については、特段の事情のない限り、当初の願書に記載された設計の概要に基づいて適法に実施し得ると解される。
⇒沖縄防衛局は、本件埋立承認に係る設計の概要に基づき、本件護岸工事を適法に実施し得る地位を有していた。
X:さんご類の移植後の生存率が高くない(移植から4年後の生存率が20%以下というデータもある。)⇒本件各申請の内容に必要性があると認められるには、本件さんご類の一定割合の死滅を正当かし得る事情として本件埋立事業の目的達成の見込みがあることを要する。
but
埋立区域の相当部分に本件地盤工事の実施が必要であり、本件指示の時点でこの工事を追加する旨の本件変更申請すらされていなかった
⇒前記見込みを認めることはできない⇒前記必要性を認めることはできない。
◎判断:
Xの前記判断について、
当然考慮すべき事項を十分に考慮していない一方で考慮すべきでない事項を考慮⇒社会通念にてらし著しく妥当性を欠いたものとして、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たる。 
水産資源の保護培養を図るなどの漁業法及び水産資源保護法の目的を実現するには、本件護岸工事により死滅するおそれのある本件さんご類を避難させる必要があった。
本件埋立承認及びその出願の内容等に照らすと、当該出願の転付図書に適合する妥当な環境保全措置が採られる限り、本件護岸工事の実施は、前記目的に沿う。

Xの前記判断は、この工事を適法に実施し得る沖縄防衛局の地位を侵害するという不合理な結果を招来する。
反対意見:
本件地盤工事の対象となっている水域(本件軟弱区域)が広範囲に及んでいて本件護岸工事のみを実施することに意味はない
⇒本件各申請を審査するに当たっては、本件埋立事業の目的が達成される見込み(具体的には本件変更申請が承認される蓋然性)の有無や程度等が考慮すべき事項に含まれる
⇒Xの前記判断が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認めることはできない。
  行政p14
最高裁R3.6.4   
  行政処分の職権取消しの可否が問題となった事案
  事案 被災者生活再建支援法所定の被災者生活再建支援金に関し、これを支給した被災者生活再建支援法人とその支給を受けた世帯主らとの間で、その返済の要否が争われた。
Yは、平成23年9月から同年12月末までの間絵に、本件各世帯が大規模半壊世帯に該当するとして、本件世帯主らに対し、支援法3条所定の金額(37万5000円~150万円)の支援金を支給する旨の決定をし、その後これを支給。
・・・・
Yは、平成25年4月、本件世帯主らに対し、本件各世帯が大規模半壊世帯に該当するとの認定に誤りがある⇒本件各支給決定を取り消す旨の決定。
  本件 Xら(47名)が、本件各支給決定を取り消すことや許されないとして、Yを相手に、本件各取消決定の取消しを求める一方(本訴)、
Yが、本件各取消決定により本件各支援金を保持する法律上の原因が失われたとして、Xらに対し、本件各支援金に相当する額の不当利得返還を求めた(反訴) 

Y:公益財団法人都道府県センター:宮城県から支援金の請求に関する事務の委託を受けた支援法人
  争点 ①本件各世帯が大規模半壊世帯に該当するか
②支給要件の認定の誤りを理由に本件各請求決定を取り消すことが許されるか 
  原審 争点①について:大規模半壊世帯に該当するとは認められない
  争点②について
A:本件各支給決定の効果を維持することによる公益上の不利益(=基金の健全性に支障を生じさせ、支援金の請求に関し不公平感を生じさせる可能性があること)が、
B:本件各支給決定の取消しによって生ずる不利益(=本件証明書の内容が事後に変更されるリスクは事務処理上の利益を享受しているYが負担すべきであり、その被害認定を事後に覆すことは支援金の使用をちゅうちょさせるなど支援法の趣旨に沿わない事態を生じさせかねないこと等)を上回らない

本件各支給決定を取り消すことは許されない。

本訴請求を認容するとともに反訴請求を棄却
  判断 争点①に対する原審の判断を前提として、
争点②について、本件各支給決定を取り消すことは許される 
  解説 ●行政処分の職権取消しの適否に関する判基準
本件各取消決定は、本件各支給決定に原始的な瑕疵(支給要件の認定の誤りという違法)があることを理由として、その効力を遡って失わせるものであり、行政処分の職権取消しに当たる。

職権取消し:法令又は公益(行政目的)に違反している状態の是正を目的とするものであり、明文の規定がなくてもすることができる。
but
各名宛人に利益を付与する処分(授益的処分)の職権取消しは、名宛人に不利益をもたらすおそれがある⇒一定の制約を受ける(取消権の制限)。
最高裁判例:
A授益的処分の取消しは、処分の取消しによって生ずる不利益と
B処分の効果を維持することによる不利益
とを比較衡量し、その取消しを正当化するに足りる公益上の必要があると認められるときにすることができる。
具体的な利益状況が事案ごとに異なる⇒処分に係る法律の仕組みに即して、その取消しによる不利益や瑕疵の原因等を具体的に考慮するのが相当。

前記の利益衡量における考慮要素:
(1)処分の瑕疵(違法)の原因、内容及び程度
(2)処分の取消しにより名宛人その他の者が被る不利益の性質、内容及び程度
(3)処分の効果を維持することにより害される公共の利益の性質、内容及び程度
(4)処分の取消しの時期
が中心に。
(3)について、社会保障の分野での取扱いを参考にすると、
①支給の適法性及び平等原則の確保による制度の安定的運用
②財政規律の確保
③多数の者が迅速な給付を受ける利益
を挙げることができる。
  ●本件について 
支援法は、その目的、内容(支援金の支給要件である「被災世帯」の意義、支援金の額の決定方法等)等⇒
自然災害による住宅の被害が所定の程度以上に達している世帯のみを対象として、その被害を慰謝する見舞金の趣旨で支援金を支給する立法政策を採用し、
支給要件の認定を迅速に行うことを求めつつ、
公平性を担保するため、
その認定を的確に行うことを求めている。
上記の利益衡量:
本件マンションの被害の程度は客観的には一部損壊にとどまる⇒本件各支給決定の誤りは支援金の支給要件の根幹に関わる。

本件各支給決定の効果を維持すると、被害を受けた極めて多数の世帯の間で公平性が確保されず、税金その他の貴重な財源(補助金等に係る代さんの執行の適正化に関する法律3条1項)を害し、また、今後、罹災証明書の認定を誤らないようにするため市町村に過度に慎重かつ詳細な調査等を促しかねず(誤って支給された支援金が返金されない⇒損失を被った支援法人や国が誤った認定をした市町村に対して損害賠償等を求める可能性を否定できず、これを回避したい市町村にとって過度に慎重な調査を行う動機がある)、かえって支援金の支給の迅速性が害されるおそれがある等の不利益⇒支援法の目的の実現が困難になりかねない。

本件世帯主らは、本件各支給決定の取消しにより本件各支援金を返還させられることになる
butその利益を享受できる法的地位をおよそ有していない以上やむを得ない。

本件各支給決定の取消しまでの期間が不当に長いとも言い難い。

本件各支給決定の効果を維持することによる不利益>これを取り消すことによる不利益
であり、その取消しを正当化するに足りる公益上の必要がある。
  職権取消しの適否を決するための利益衡量においては、法律による行政の原理を回復するという職権取消しの目的をふまえ、処分の瑕疵の原因、内容及び程度を検討することが重要であることを示唆。 
  行政p20
大阪地裁R3.2.22  
   
  事案 法の委任に基づいて厚生労働大臣が定めた「生活保護法による保護の基準」の数字の改定(本件改定)⇒所轄の福祉事務所長らからそれぞれ生活扶助の支給額を減額する旨の保護変更決定(本件各決定)を受けた

本件改定は憲法25条、法8条等に違反する違憲、違法なものであるとして、
①Yらのうち国を除くY2~Y13(大阪市ほか各市)を相手に、本件各決定の取消しを求めるとともに、
②Y1(国)に対し、国賠法1条1項に基づき、損害賠償を求めた。
  争点 本件改定に係る厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があり、本件改定が法3条、8条2項に違反するといえるか? 
  判断 ●  生活扶助の老齢加算の廃止を内容とする保護基準の改定の違法性について判示した最高裁判例の判断の枠組みを、(加算の廃止ではなく)基準生活費の減額という場面に即した表現に改めながら採用。
  ●(1)ゆがみ調整とデフレ調整を併せてすることについて 
  ●  ●(2)デフレ調整における物価指数を比較する年の選択について 
  ●(3)デフレ調整における改定率の設定について 
    ⇒本件改定後の生活扶助基準の内容が被保護者の健康で文化的な生活水準を維持するものであるとした厚生労働大臣の判断には、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠いている⇒最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続に過誤、欠落があり、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある⇒本件改定は、法3条、8条2項の規定に違反し、違法。
  解説 ●  平成24年2月最判及び平成24年4月最判は、 生活扶助の老齢加算の廃止を内容とする保護基準の改定の違法性について判示したものであるが、
当該判断枠組みを採用する理由として述べるところは、基準生活費の減額の場面にも基本的に当てはまる。
  ゆがみ調整:基準部会という専門家による第三者機関が取りまとめた報告書(平成25年報告書)を踏まえてされたもの
デフレ調整:これとは別に厚生労働大臣が行ったもの

本件では、ゆがみ調整とデフレ調整を併せてすることの当否が争われた。
本判決:
ゆがみ調整と併せて、生活扶助基準の全体としての水準(高さ)を調整すること自体が不合理であるとはいえない
but
ゆがみ調整においては消費実態と生活扶助基準との間の平均的なかい離が解消されていないものと考える余地が否定できない
ゆがみ調整においてもちいられた指数がその性質上物価の影響を受け得るもの
デフレ調整における物価指数を比較する年の選択:
平成20年からの物価の下落を考慮した点において、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠く⇒その判断の過程及び手続に過誤、欠落がある。

統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等について審査するという平成24年4月最判の判断枠組み。
デフレ調整における改定率の設定について、消費者物価指数の下落率よりも著しく大きい下落率を基に改定率を設定した点において、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠く⇒その判断の過程及び手続に過誤、欠落がある。

あくまで物価の動向を勘案するという厚生労働大臣の判断を前提に、その判断の過程及び手続に過誤、欠落があるかを、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性等について審査するという平成24年4月最判の判断枠組み。
  本判決:
本件改定後の生活扶助基準の内容が被保護者の健康で文化的な生活水準を維持するものであるとした厚生労働大臣の判断には、「その余の点について判断するまでもなく」平成20年からの物価の下落を考慮し、消費者物価指数の下落率よりも著しく大きい下落率を基に改定率を設定した点において、統計等の客観的な数値等との合理的関連線や専門的知見との整合性を欠いている⇒最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続に過誤、欠落があり、裁量権の逸脱又はその濫用がある。 
  民事p53
大阪地裁R3.2.17  
  経鼻チューブの先端が胃に届かない状態で食堂内に留置され、栄養剤等注入で死亡の事案
  事案 経鼻胃管カテーテル(「本件チューブ」)挿入の9日後に非心原性肺水腫によって死亡⇒相続人らが、医療法人である被告に対して、損害賠償を求めた。 
  判断 ①本件チューブが、本件患者の体動が激しく認められる中、スタッフ数名で本件患者の身体を押さえて留置された
②本件チューブは、前記1の救急搬送時に実施された胸腹部CT検査の時点では本件患者の胃に届いておらず、頸部CT検査では咽頭部でトグロを巻いている状態であった
③経鼻チューブを無理に押し込もうとすると食道内で反転し口腔内にたわんだ状態でトグロを巻くことがあり、また、正しくイに挿入された管が挿入から4日程度で口腔内にたわむことは考え難い旨の医学的知見
⇒本件本件チューブは本件患者に留置された当初から胃に届いていなかったことが強く疑われる。
注入開始後の前進症状の悪化

本件チューブは、留置当初からその先端が胃に届いておらず、本件チューブを導管とした白湯や経鼻栄養等の注入物やイ内容物の逆流によって、重篤な誤嚥性肺炎が生じ、これが原因疾患となって、本件患者が急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を発症し、低酸素脳症によって死亡したものと推認できる。 
担当医師は、本件チューブが留置された翌日の時点で、本件チューブによる栄養剤等の注入を中止し、速やかに肺炎の初期治療として抗生剤を投与すべき注意義務を負っていた。
前記時点で本件チューブを介した注入が中止されていれば、本件患者の肺炎症状が同月11日の時点ほどまでに重篤化することを回避することができ、その結果、同月16日におけるARDSによる死亡も回避することができたことにつき、高度の蓋然性が認められる。
  民事p69
大阪地裁R2.11.30  
  優生保護法訴訟
  事案 優生手術を受けたと主張する本人又はその配偶者である原告らが
(1)国会議員が旧優生保護法を立法したこと
(2)国会議員が被害救済立法を行わなかったこと
(3)厚生労働大臣及び内閣総理大臣が被害救済措置を講じなかったこと
がいずれも違法
⇒被告(国)に対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めた
  判断・解説 ●旧優生保護法の違憲性 
本判決:
旧優生保護法4条ないし13条が子を産み育てるか否かについて意思決定をする自由及び
意思に反して身体への急襲をを受けない自由
を明らかに侵害するとともに、
特定の障害等を有する者に対して合理的な根拠のない差別的な取扱いをするもの
⇒憲法13条、14条1項に違反。
  ●国会議員の立法行為の違法性(国賠法1条1項) 
①旧優生保護法4条ないし13条の内容が明らかに憲法13条、14条1項に違反
②被告が旧優生保護法4条ないし13条の立法目的の合理性や立法事実について何ら主張立証しない
⇒国会議員の立法行為は違法。
  ●除斥期間の適用制限 
最高裁:
「特段の事由」があるときは民法158条又は160条の法意に照らしてその適用が制限される。
本件で除斥期間の規定の適用を制限するのは相当ではない。
  ●除斥期間の規定の違憲性
  ●国会議員・国務大臣の不作為の違法性 
本判決:
国会議員の立法不作為、厚生労働大臣及び内閣総理大臣の救済措置の不作為の違法性について、
平成17年判決及び平成27年判決を参照した上で、
①優生手術の被害者を救済しする立法については国会に一定の立法裁量が認められるべき
②国会議員が所定の立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であったということはできない
⇒違法性を否定。

国会に対して法律案の提出権を有するにとどまる内閣を構成する厚生労働大臣又は内閣総理大臣の不作為も違法とはいえない。
  民事p86
福井地裁R3.5.11  
  工場で発がん性物質にばく露⇒膀胱がんで、使用者の安全配慮義務違反による債務不履行責任が認められた事例
  事案 発がん性物資ののオルトートルイジン(「本件薬品」)を原料うとして使用し、染料・顔料の中間体を製造する工場を経営するYの従業員Xらが、本家に薬品にばく露し、その結果膀胱がんを発症
⇒Yに対し、雇用契約上の安全配慮義務違反(債務不履行) に基づき、慰謝料及び弁護士費用の損害賠償を請求。
  争点 Xらは、平成27年から平成28年までにそれぞれ膀胱がんと診断され労災認定を受けており、膀胱がんが本件薬品のばく露によって発症したこと自体は争いがない。
争点は、Yの安全配慮義務違反(予見可能性及び結果回避義務違反)の有無と、
Xらの損害及び因果間j系 
  判断 Yの予見可能性:
①平成13年までにYが入手していた本件薬品の安全データシート(SDS)の記載(本件薬品の経皮的ばく露による健康被害についての記載があり、副工場長がそれに目を通し発がん性も認識いていた)
②Yが従業員に対して平成13年以前から行っていた尿中代謝物の調査結果(本件薬品を含有する有機溶剤が高濃度で検出されていたこと)

Yにおいて、本件薬剤の経皮的ばく露により健康障害が生じ得ることを認識していた。

遅くとも平成13年当時、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧(予見可能性)を有していた。
Yは、平成13年以降、安全配慮義務の具体的内容として、
従業員が本件薬品に経皮的にばく露しないよう、不浸透性作業服等の着用や身体に本件薬品が付着した場合の措置についての周知を徹底し、従業員に遵守させるべき義務があった。
but
向上のでの実際の作業工程において半袖Tシャツで作業することがあった。
本件薬品が作業服や身体に付着した場合でも直ちに着替えたり、洗い流すという運用が徹底されていなかった。

Yには安全配慮義務違反があった。
膀胱がんの発症、再発のおそれの残存、治療の副作用による苦痛等の個別の事情を考慮し、慰謝料及び弁護士費用として、Xらのうち1名について330万円、他の3名について各275真似んの損害賠償請求を認容。
  解説 本判決:
安全配慮義務の前提となる予見可能性としては、
「生命・健康という被害法益の重大性に鑑み、化学物質による健康被害が発症し得る環境下において従業員を稼働させる使用者の予見可能性としては、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命・健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はない」 
本件薬品の経皮的ばく露により健康被害が生じ得ることを認識し得た⇒遅くとも平成13年当時、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧(予見可能性)を有していたとして、平成13年の時点での安全配慮義務を認めた。
抽象的な危惧があれば足りるとする裁判例。
SDS:化学物質や化学物質を含む混合物を譲渡・提供する際に、その化学物質の危険性・有害性等に関する情報を譲渡・提供の相手方に提供するための文書であり、平成12年以降、労安法、特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律、毒物及び劇物取扱法において、各指定の物質について提供が義務けられている。
  民事p101
宮崎地裁R3.2.13  
  業務委託契約に基づき県から犬猫の譲渡事業を委託された団体の活動で犬に咬まれた⇒民法718条の責任が問題となった事例
  事案 Z:犬猫の保護活動に関わる一般市民を支援する、権利能力なき社団
ZはY1(宮崎県)との間で締結した犬猫の譲渡推進事業委託契約(本件業務委託契約)に基づき、Y1が設置した譲渡保管施設(本件施設)において、引渡しを受けた犬猫の飼養や譲渡等の委託業務を行っていた。
Y2:本件団体の代表者
X:ボランティアとして本件団体の活動に参加
犬に咬まれて負傷したXが、
Y1に対しては、国賠法1条1項、2条1項又は民法718条1項に基づき
Y2に対しては、民法709条、715条2項又は民法718条2項に基づき、
後遺障害逸失利益等の損害賠償金784万4667円及び遅延損害金の連帯支払を求めた。
  規定 民法 第七一八条(動物の占有者等の責任)
動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。
2占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。
  判断 Y1について、 本件団体と本件業務委託契約を締結することにより、自己に代わって本件柴犬を含む譲渡推進事業に係る犬猫を保管する者として本件団体を選任し、これを保管させていた占有者に当たる
⇒動物の占有者としての責任を認める。
Y2について、本件柴犬の管理者であるとし、本件柴犬の習性を知りながら、それに合った対策をとっていなかった⇒相当な注意をもって本件柴犬の管理をしていたとはいえない
⇒動物の管理者としての責任を認める。
  解説 Y1が民法718条1項の占有者に当たる

①本件業務委託契約は、一定の飼養期間及び委託期間を定めて犬猫の飼養、譲渡等を委託するもの
②・・・譲渡動物である犬猫の所有権を本件団体に移転する旨の定めはなく、Y2は、本件団体に引き渡された譲渡動物の所有権移転を受けていないと認識
③本件事故後、本件施設を閉鎖する際にY1がとった対応⇒Y1に返還された場合の処遇は、Y1が決定することになっていたと認められる。
占有者と管理者の責任の関係:
最高裁昭和40.9.24:
動物の占有者と保管者が併存する場合には、両者の責任は重複して発生しうる
占有者が自己に代わって動物を保管する者を選任して、これを保管させた場合には、占有者は、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもって動物の保管者を選任・監督したことを立証すれば、その責任を負わない。
(本件では、Y1が動物の種類及び性質に従い相当の注意をもって本件柴犬の保管者を選任・監督したことを主張立証していない。)
  商事p109
千葉地裁R3.1.28  
  1人しかいない監査役による報酬増額決定と善管注意義務違反(否定)
  事案 Yの常勤監査役を解任されたXが、Yに対し、未払報酬額を請求するとともに、解任に正当な理由がないとして、会社法339条2項に基づく損害賠償を請求した。 
  主張 X:Yに対し、
①平成28年6月10日に、Xが受けるべき報酬額を株主総会が定めた監査役報酬の最高限度額である月額100万円にする旨の決定(本件増額決定)をしたにもかかわらず、同月分から平成29年5月分までの間の報酬につき、本件増額決定前の報酬額である月額65万円しか支払われない⇒その差額の支払を求めた
②平成29年5月26日のYの定時株主総会において、正当な理由なく監査役を解任された⇒報酬、賞与、退職慰労金及び功労金相当額の損害賠償を求めた。
Y:
①監査役が自己の監査役報酬を1人で決定することはできないし、任期途中に報酬の増額をすることはできない⇒本件増額決定は無効
②Xが本件増額決定をしたことは善管注意義務に反する⇒Xを解任する決議には正当な理由がある
③本件増額決定を行ったXには善管注意義務違反がある⇒Xに対する善管注意義務違反に基づく損害賠償請求権を自働債権、Xの本件請求権を受働債権として対等額で相殺する旨主張。
  判断 本件増額決定は有効⇒Xの未払報酬請求には理由がある。 
Xに善管注意義務違反がある旨のYの主張は理由がない⇒本件解任決議には正当な理由があるとは認められない⇒損害賠償額の一部を認容
  解説 ●監査役が1人の場合の報酬決定 
①監査役の独立性の保障の趣旨に反しない
②上限が画されている⇒株主の利益を害することも考えにくい
⇒会社法387条2項に準じた報酬の決定方法として許容されるべき。
  ●監査役報酬の増額 
監査役が期間を定めて自己の報酬額を決定⇒会社と監査役菅の報酬の合意⇒その期間中の増額は、会社の同意を必要とする。
期間経過後は、会社の同意なく報酬増額決定を行うことができる。
  ●監査役の報酬決定に係る善管注意義務違反 
取締役の報酬:
報酬等の最高限度を定め、その枠内で個人別の報酬等の決定を取締役会に一任する株主総会決議の趣旨は、取締役会が個々の取締役ごとにその職責・能力を勘案した上で個人別に相当な報酬等を決定することを委託したものと解される⇒不相当な報酬等を決定した取締役については、善管注意義務違反(会社法330条、民法644条)及び忠実義務(会社法355条)違反を認め得ると解されている。
監査役による報酬決定:
職務の遂行⇒善管注意義務及び忠実義務を尽くしてその決定を行わなくてはならない。
but
監査役の報酬規制を定めた会社法387条の趣旨は、取締役の報酬規制とは異なり、監査役の取締役からの独立性を確保することを目的とするもの
⇒監査役の善管注意義務の有無を判断するに当たっても、この点を前提とした上で株主総会決議の趣旨に反する報酬決定といえるか否かといった観点から判断する必要。
  地財p122
知財高裁R2.11.30  
  特許権の共有者の1人が特許法73条2項の「別段の定」に反して製造販売した事案
  事案 本件発明等についての本件特許権は、XとYとEとFの4名の共有であり、
これらの4名は、本件特許権について共同出願契約を締結。
その中に
「事前の協議・許可なく、本件の各権利(本件特許権)を新たに取得し、又は生産・販売行為を行った場合、本件の各権利ははく奪される。」との条項(本件条項)
Yは、Xから仕入れ、輸入した本件発明の技術的範囲に属する製品を販売。
but
ある時期から、本件発明の技術的範囲に属する製品(被告各商品)を、日本において製造させて販売。
特許法:特許の共有者は、契約で「別段の定」をした場合を除き、他の共有者の同意を得ないで特許発明を実施することができる(特許法73条2項)。
本件:
XがYに対し、本件条項は、特許法73条2項の「別段の定」に当たる⇒Yが被告各商品を日本において製造させて販売することは、本件特許権の侵害に当たる⇒損害賠償請求及び差止請求
本件条項によってYは本件特許権の共有持分権の持分4分の1の移転登記手続請求などをした。
  判断 ●中間判決:
本件条項は、特許法73条2項の「別段の定」に当たる⇒Yが被告各商品を日本において製造させて販売させることは、本件特許権の侵害に当たる⇒損害賠償請求の原因(数額を除く)がある。
他に判断した裁判例。
  ●終局判決 
◎損害賠償請求について
Xの損害額の主張は、特許法102条2項に基づくもの
⇒同項に基づいて、Yが得た利益額をもとに損害額を認定。
対象期間のYの売上:
取引先からの調査嘱託の結果を中心として、Yの主張する売上額なども考慮して認定。
裁判所がYの取引先に対する調査嘱託を採用して、数多くの取引先に対して調査嘱託がされ、その結果に基づいてYの売上高が認定。
Yの経費:
Yの主張に基づき、個々の項目を個別に検討して、いわゆる限界利益を算定するに当たって、差し引くべき経費に当たるかどうかを判断。
Y:Yの顕著な営業努力を推定の覆滅事由として主張。
vs.
Yの宣伝活動は、広範囲にわたっているものの、スポーツ用品として用いることができる被告各商品の営業活動としては、通常考えられるものであって、特に顕著なものであるとは認められない。

Yの競合品の存在などの主張についても、終局判決は、Yが主張する各商品は競合品とはいえない⇒推定の覆滅を認めなかった。
  ◎  ◎差止請求について 
Yが日本において被告各商品を製造、販売したことは、特許法73条2項の「別段の定」に反するものであり、本件特許権を侵害するもの
⇒特許法100条1項に基づくXの被告各商品の製造又は販売の差止請求には理由がある。

Yは、本件条項により、本件特許権をはく奪されることになり、本件発明の実施品の製造のみならず販売もできない⇒差止めの対象は、日本における販売にも及ぶと認めるのが相当。
  ◎  ◎持分移転登録手続請求について 
Yが日本において被告各商品を製造させて販売したことは、本件各条項に違反⇒本件条項により、Yの本件特許権の持分ははく奪され、Yは無権利者となり、その者の持分が他の共有者に帰属することになる。
特許の移転、放棄による消滅は、登録しなければその効力を生じないとされているところ(特許法98条1項1号)⇒本件条項は、権利をはく奪された共有者の持ち分を取得することになる他の共有者に対し、違反者に対する持分移転登録手続き請求権を付与するとの内容をも含む。
  刑事p192
名古屋地裁R1.12.9  
  特殊詐欺の受け子から報告を受け、詐欺グループの上位者と思われる人物に報告するなどした被告人につき、正犯意思を否定し、共同正犯の成立を認めず、無罪とした事例。
  事案 Aが特殊詐欺の受け子として、氏名不詳者らと共謀の上、被害者から現金200万円をだまし取った事案につき共同正犯として起訴。
本判決:
被告人の詐欺の故意は認めたが、共同正犯の成立を否定し、幇助犯の成否についても更に審理をする必要はない⇒無罪。
  判断  共同正犯を否定した理由
①被告人がAが犯罪に及ぶことを認識・認容していたとしても、それだけで共同実行の意思が裏付けられるものではない。
②被告人に予定されていた役割は、本件詐欺を完遂させるために重要なものであったとは到底評価できない。
関西にいた被告人は、東京にいるAが主体的にした報告を聴き取ってEに報告できるにとどまり、被告人の関与態様は受け子の行動状況の管理・把握としては極めて不十分なもの。
・・・・
  被告人が実際に果たした役割からも、正犯意思は認められない。 
  ●  前記のいずれも、本件詐欺の遂行に重要なものであったと評価することはできない。
報酬の約束もなく、被告人が会社の業務の延長で本件に関与した可能性は排除できない。
被告人の言動にはAの行為を促進したかのように評価し得る部分はあるが、被告人に正犯意思があったと推認することはできず、被告人が本件詐欺を自己の犯罪としてAらと共同して実行したとは認められない。 
  解説 最高裁:
特殊詐欺の送付型の受け子につき、故意が認められれば共謀が認められる⇒詐欺の共同正犯。 
周辺関与者に対する裁判例では、共同正犯、ほう助犯その他が認められている。
共同正犯を認める要素としては、果たした役割の重要性や特殊詐欺グループとの関わりの深さ等が重視されているよう。
  実務上、共謀共同正犯の成立には、
非実行行為者において、
①実行行為者との間に犯罪行為の意思連絡があり、かつ、
②自己の犯罪として行う意思(正犯意思)を有していたこと、ないしは自己の犯罪として行ったことを要する。 
正犯意思の有無又は自己の犯罪といえるかどうかは、
①非実行行為者の役割や寄与の程度
②関与の動機
③実行行為者との関係等の事情
から判断。
本判決:
実務の一般的な枠組みに従って正犯意思の有無を問い、これを否定して、
被告人が本件詐欺を自己の犯罪として行ったとは認められない。
  周辺関与者についても、詐欺の認識が認められれば共同正犯が肯定されることは少なくない
but
本判決は、被告人の役割その他の事情を慎重に検討して、これを否定した例。 
幇助犯を検討する余地がある。
but
①被告人の役割がホ年詐欺の完遂に重要なものであったとはいえない
②正犯意思も認められない
⇒直ちに無罪を言い渡した。
2505   
  行政p3
東京地裁R2.11.12  
  都市計画を変更しないまま、公園の計画区域内に一般廃棄物処理施設への運搬車両のための専用道路を設置⇒市長が損害賠償義務を負う。
  事案 東京都日野市の住人であるXらが提起した住民訴訟の事案 
本件各契約の締結が違法⇒地自法242条の2第1項4号に基づき、Y(日野市の執行機関である日野市長)を相手に、A視聴に対して損害賠償請求をすることを求めた。
  争点 本件各契約の締結が財務会計法規上違法であるか否か
Xら:都市計画の変更をせずにされた本件通行路の設置は都計法21条をはじめとする関係各法令に違反し、本件各契約の締結は財務会計法規上違法
Y:本件通行路は、新クリーンセンターの稼働期間である30年間に限り暫定的に利用されるもの⇒その設置は都市計画の変更を要するものではない⇒本件各契約の締結に財務会計法規上の違法はない 
  判断  ●本件通行権の設置が都計法上違法であるか?
いったん決定された都市計画につき、これを変更しないまま、当該都市計画と異なる都市施設をその計画区域に設置することは、その設置が当該都市計画の実質的な変更と評価されるものである場合には、都市計画法上違法の評価を免れない。
本件通行路は、廃棄物を運搬する車両のための専用道路であり、その設置が都市公園の効用を有するものとはおよそ認め難いところ、本件通行路が暫定的な利用に供されるものであるといえず、本件通行路の設置は本件都市計画の実質的な変更と評価すべきもの

本件都市計画と異なる都市施設である本件通行路をその計画区域に設置することは、都市計画法上違法。
  ●本件各契約の締結が財務会計法規上違法であるか? 
本件各契約の締結に係るA市長の判断は、その裁量権の範囲の逸脱又はその濫用となるものであることが明らかであり、地方公共団体の事務につき不必要な経費を負担させるものとして地自法2条14項及び地方財政法4条1項に違反
⇒A市長がその職務上負担する財務会計法規上の義務に違反してされた違法なものと評価されるべき。
  解説  ●   ●本件通行権の設置が都計法上違法であるか
◎  都市計画は、政策的、技術的な見地から判断することが不可欠であり、これを決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられている(最高裁H18.11.2)。
都市計画の変更について、都計法21条1項は、都道府県又は市町村は、都市計画を変更する必要が生じたときは、遅滞なく、当該都市計画を変更しなければならない旨を規定するところ、都市計画の変更についても同様。
都市計画の変更に関する訴訟:
①都市計画を変更したことやその内容が争われることが典型的であるが、
②都市計画に係る事業を実施しない状態が長期間継続しているにもかかわらず、都市計画が変更又は廃止されないこと(不作為)について争われることもある。
本件は、①②のいずれの類型にも位置付けることができないもの。
  ●本件各契約の締結が財務会計法規上違法であるか
  住民訴訟の対象は、地自法242条1項所定の財務会計上の行為又は事実としての性質を有するものであり(最高裁昭和53.3.30)、住民訴訟で住民が主張し得る財務会計行為の違法は、財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られる(最高裁H4.12.15)。
「財務会計法規」は手続上、技術的な狭義の財務会計法規のみを意味するものではなく、これらを含むところの当該職員が職務上負担する行為規範一般を意味すると考えられており、
非財務会計行為上の原因行為における一般行政上の違法との区別を明確にする趣旨の概念であるとされる。
道路を整備するという判断そのものは、財務会計行為に当たらない。
本件各通行路の設置のための本件各契約の締結が財務会計行為として本件の対象とされているところ、本件通行路の設置の判断に係る都計法違反が、契約締結に係る財務会計法規の違反を直ちに基礎付けるものとはいえないと考えられる。
本判決:
A市長は、日野市の執行機関として、本件都市計画の変更の手続を行うことにより本件通行路の設置に係る都市計画法上の違法を是正する権限を有していた。それにもかかわらず、A市長は、その権限を行使せず、上記の違法を是正しないまま、都市計画法上許されない本件通行路の設置をするため、債務負担行為である本件各契約の締結をしたことが、財務会計法規である地自法2条14項及び地財法4条1項に違反する。
  ◎財務会計法規上の義務違反について 
・・・原因行為たる行政処分を取り消し得る権限を有している場合には、当該行政処分が違法なものであれば、長はこれを取り消すべきものと解され、これを取り消すことなく、当該行政処分を前提とする財務会計上の行為をすれば、長は財務会計法規上の義務に違反する。
  ◎財務会計法規の適用条項について 
地自法2条14項:地方公共団体がその事務を処理するに当たって、最小の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない旨を規定
地財法4条1項:地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要かつ最小の限度を超えて支出してはならない旨を規定

当該職員が財務会計上の行為につき裁量権を有することを前提に、裁量権の行使について規律するもの。
契約締結に関する長の判断について裁量権の範囲の逸脱又は濫用が認められる⇒財務会計法規である前記各条項の違反が問題となる。
裁判例:
契約締結そのものは違法ではないが、契約代金額が適正額を超え高額にすぎるとして、適正額以上の部分の支出が不必要でありゆるあsれないという趣旨の主張が採用され、財務会計法規の違反として、前記各条項の違反が認められることがある。
廃棄物処理施設等に関する住民訴訟では、支出の対象とされる事業等の必要性や合理性がないからその費用の支出が不要であるとの趣旨で、地自法2条14項及び地財法4条1項の違反の主張がされることがある。
本件:
通行路の設置に当たり都市計画の変更の手続を経ていなかったことから、通行路の設置の合理性そのものではなく、都市計画を変更しないで当該都市計画と異なる都市施設をその計画区域に設置するという方法が都計法に違反しないかという形で争点化し、同法の違反が認められた。
都計法上の違法を是正しない状態における本件通行路の整備のための請負契約等の締結そのものが職務上の義務に違反するものとして許されない⇒裁量権の範囲の逸脱又はその濫用にものとして地自法2条14項及び地財法4条1項に違反すると判断。
  民事p28
広島高裁R2.11.30  
  証拠調べの必要性及び民訴法220条4号ロ該当性について判断した事例
  事案 自死した中学生の両親である抗告人らが、相手方(東広島市)に対し、公立中学校教員らによる過度の指導に原因がある⇒国賠法等に基づく損害賠償を求めた。 
本件:抗告人らが、相手方に対し、自死の原因を調査するために、相手方の教育委員会が設置した調査委員会が、調査の過程で収集した資料について、抗告人が文書提出命令を申し立てた。
その資料の中には、生徒や保護者に対するアンケートの回答書や関係職員への聴取記録が含まれていた。

そもそも公表されることを予定していないことを前提として行われた⇒秘匿の必要性も高く、特別な配慮を要する情報が含まれている⇒対象文書の全てが民訴法220条4号ロのうちの「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当。
  原決定 抗告人らが提出を求めた対象文書の全てについて、証拠調べの必要性がないか、あるいは、民訴法220条4号ロ(特に「その提出により公共の利益を害し、又は公務の執行に著しい支障を生ずるおそれあがるもの」の要件)に該当⇒文書提出義務を否定し、抗告人らの申立てを却下。 
  本決定 対象文書の一部にについて提出を命じた。 
  規定 民訴法 第二二〇条(文書提出義務)
次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。

四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書
  解説 民訴法220条の4号ロの「その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」の該当性について、
最高裁H17.10.14:
単に文書の性格から公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれあがることが認められるだけでは足りず、その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要
原決定及び本決定は、同判断基準に依拠して、いずれもインカメラ手続を行い、証拠調べの必要性を勘案して、当該文書の意味内容について分析検討し、その当てはめをする。
対象文書の記載内容ごとに要証事実との関連性を踏まえつつ、対象文書の収集過程にも踏み込み、他の証拠と代替性、文書所持者側の不利益性(第三者に対する権利侵害の有無を含む。)を分析検討する点は同じ。
but
本決定:
内容をより個別具体的に検討して、民訴法220条4号ロの該当性を判断。
1通の文書を一体のものとして概括的に検討するのではなく、その意味内容を子細に検討し、文書の一部について提出を命ずべき部分を特定して命じている。
従来:
文書提出義務の判断については、証拠調べの必要性とは峻別した上で、文書の種類、性質から類型的に判断できる。
but
近時:
220条4号イないし二の各該当性の判断に当たっては、
文書の種類、性質から類型的に判断するのではなく、
当該文書の意味内容を踏まえつつ、証拠としての代替性の有無の個別事情も考慮に入れなかが、個別に検討。
提出義務の存否について最終的な結論を導く際には、
真実発見、公正な裁判の実現との関係で、証拠調べの必要性についても勘案しながら、当該事案ごとに個別・相対的に判断されている。
その際には、開示を余儀なくされる文書所持者側の不利益について実質的で具体的なものが求められる⇒当該文書に第三者の秘密やプライバシーが含まれている場合においては、真実発見と第三者の利益保護をいかに調整すべきかの配慮も併せて、当然、求められる。

1通の文書の一部であっても、証拠調べの必要性のない部分又は提出義務のない部分を除外することができ、1通の文書内でも記載された情報の性質によって、提出を命ずる部分を限定することがでこいる(民訴法223条1項後段)
⇒1通の文書を一体のものとして概括的に検討するのでは足りない。
  民事p56
福岡高裁R2.8.27  
  保険金請求で免責事由の「重大な過失」が問題となった事案
  事案  AはYとの間で、Yを保険者とし、Aを保険契約者及び被保険者とする積立保険契約(本件保険契約)を締結。
Aは交通事故により傷害を追い、その治療のため入院して手術を受けた⇒本件保険契約における指定代理請求人であるXが、Yに対し、本件保険契約の総合医療特約、入院保障充実特約及び障害損傷特約による給付金合計160万円と遅延損害金の請求をした。
  保険約款には「被保険者または保険契約者の故意または重大な過失」により給付金の支払理由に該当したときは、給付金を支払わない旨の免責条項。
  争点 Aの重大な過失(免責事由該当性)の有無
  原審 Aの重大な過失があった⇒Xの請求を棄却。 
  判断   Aに重大な過失があったということはできない⇒原判決を取り消し。 
●重大な過失の意義
 「重大な過失」とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見するすることができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すべきもの。
「重大な過失」を基礎づけるに足りる被保険者等の行為(作為・不作為)は、保険事故発生の認識・認容があれば故意に保険事故を招致したともいえるようなものである必要があり、その立証責任は保険者にある。
●当てはめ 
・・・現場周辺が暗い時間帯に前記のように車道を歩行した過失はある
but
①本件事故現場は、見通しのよい片側2車線の一般道路上の地点である
②当時の交通は菅さんとしていた
③前記の横断をしたとしても中央分離帯に沿って2分も歩けば防護柵の端に到達するこtが可能
④車道の第2車線の中央分離帯寄りを歩行していた可能性も高い

Aにおいて、前記の道路状況の下でAの後方から接近してくる車両の運転者が、前方を注視して走行することにより、Aの存在を認識して、僅かのハンドル操作により容易にAを回避して側方を通過すると期待することにも一定に客観的合理性があった。

Aには、ほとんど故意に近い著しい注意欠如という状態と評価することはできず、「重大な過失」があったということはできない。
  解説  車両の第2車線の中央分離帯寄りの位置で歩行又は一時的に佇立していた歩行者が交通事故に遭遇した保険事故に係る保険金請求。
重大な過失について、
最高裁昭和32.7.9:
重大な過失について、「ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」と表現し、
「ほとんど故意に近い」とは「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかな注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた」のに「漫然これを見すごした」場合。
最高裁昭和57.7.15:
養老生命共済契約における災害給付金及び死亡割増特約金給付の免責事由である「重大な過失」とは、損害保険給付についての免責事由を定める当時の商法641条及び829条にいう「重大な過失」」と同趣旨のものと解すべき。
養老生命共催契約の被共催者が酩酊のうえ普通乗用自動車の運転を開始し、事故発生時に血液1ミリリットル中0.98ミリグラムのアルコールを保有しており、アルコールの影響のもとに道路状況を無視し、かつ制限速度40キロメートルの屈曲した路上を前方注視義務を怠ったまま漫然時速70キロメートル以上の高速度で運転し、レッカー車に衝突して死亡
⇒災害給付金および死亡割増特約金給付の免責事由である被共済者の「重大な過失」に当たる。
重大な過失の意義につき、
注意義務違反の程度が顕著である場合をいい、著しい注意義務違反(重大な過失)というためには、結果の予見が可能であり、かつ、容易であること、結果の回避が可能であり、かつ、容易であることが要件となるとする裁判例(東京高裁H25.7.24)。

過失は、客観的注意義務違反
注意義務違反は、結果の予見可能性及び回避可能性が前提となる
  民事p69
大阪地裁R2.9.18  
  第三者によるなりすまし投稿の削除請求等
  事案 Y(グーグル)が設置、管理及び運営している「Googleの口コミ」というインターネット上のウェブサイトに、Xの氏名を逆に表記した投稿者名で記事が投稿されたことについて
①自身になりすまして第三者に本件記事を投稿された⇒人格権に基づき本件記事の削除を求める
②Yが、本件記事によってXの人格権が侵害されていることを知ったのに削除しなかった⇒民法709条に基づき損害賠償請求 
  判断  ●争点① 
①人格権の一内容として、他人に氏名を冒用されない権利が認められ、第三者に指名を冒用された者は、人格権を違法に侵害されたものとして、人格権に基づき、現に存在する侵害行為を排除するために氏名を冒用された投稿記事の削除を求めることができる
②本件記事は、Xの氏名が第三者に無断で使用されて投稿されたもの
⇒人格権に基づく本件記事の削除請求を認容。
  ●争点②
①別件保全事件において、本件記事がXのなりすましによるものであることをYにおいて最終的に判断し得る情報が提供されたとまではいえない⇒その時点でXが他人に氏名を冒用されて本件記事が投稿されたことを認識できたとはいえない。
②別件保全事件における答弁書提出時点で本件記事を削除する条理上の義務を負っていたいとはいえない。

その後削除しなかったことに過失があるとは認められない。
  解説  ●  最高裁昭和63.2.16:
氏名を正確に呼称されることの法的な利益性を認める判断をする前提として、氏名を他人に冒用されない権利も人格権の一内容を構成することを承認したものとされたと解されている。
最高裁H18.1.20:
一般論として、氏名を他人に冒用されない権利が違法に侵害されたときには、同権利に基づき侵害行為の差止めを求めることができる。
どのような判断枠組みで判断するか?
A:氏名を他人に冒用された場合には、氏名を他人に冒用されない権利が違法に侵害されたものと直ちに認められて、その侵害行為の排除を求めることができる。
B:プライバシーに属する事項に関する表現や名誉毀損に関する表現がされた場合などと同様に比較衡量を経て侵害行為の排除を求めることができる
本判決:
①氏名を他人に冒用されない権利が強固なものとして保護されている
②氏名を他人に冒用されない権利に優先すべき利益が投稿者や閲覧者にあつとは想定し難い
⇒Aの枠組みをとっている。
  投稿記事を削除しなかったことについて不法行為を認めた裁判例もある。 
  労働p74
東京高裁R3.1.21  
  過労死で、一部の取締役の会社法429条1項の責任も認められた事例
  事案 亡A(昭和35年生の男性)は、Y1社の従業員であり、B支社に勤務。
Aは平成23年8月6日に脳出血を発症し死亡。
 X1はAの妻、X2、X3はその間の子。
Y2~Y4は、亡A死亡当時、Y1社の取締役。
Xらが、亡Aが脳出血を発症して死亡したのはY1社から長時間の時間外労働を強いられたことによるもの

Y1社には債務不履行(安全配慮義務違反)が、
Y2ないしY4には悪意又は重過失による任務懈怠がそれぞれあった

Y1社に対しては民法415条に基づき、
Y2ないしY4に対しては会社法429条1項に基づき、
総損害額からXらの自認する損益相殺をした後の残額及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求めた。
  1審 亡Aの死亡はY1社での長時間の時間外労働によるもの⇒Y1社の債務不履行責任を肯定。
その取締役であるY2ないしY4については、
B支社の工場長であえり、亡Aの直属の上司であったY4に限って軽過失あったにとどまり、
Y2ないしY4のいずれにも悪意又は重過失があったとは認められない⇒民法429条1項の責任を否定。
弁護士費用以外の損害額について、
亡Aの身体的素因等を理由とする過失相殺の類推適用⇒7割を減じた額をXらが相続、損益相殺をした後の残額に弁護士費用を加算した額と遅延損害金の限度で一部認容。
  判断 亡Aの直属の上司であった取締役Y4について、
B支社に専務取締役工場長として常駐し、B支社における実質的な代表者というべき地位にあり、残業時間の集計結果の報告を受けて亡Aに過労死のおそれがあることを容易に認識することができ、実際にもかかるおそれがあることを認識していた
but
従前行っていた一般的な対応にとどまり、亡Aの業務量を適切に調整するための具体的な措置を講ずることはなかった。

亡Aの過労死のおそれを認識しながら、従前の一般的な対応に終始し、亡Aの業務量を適切に調整ために実効性のある措置を講じていなかった⇒Y4の重過失による任務懈怠を肯定し、会社法429条1甲所定の責任を肯定。
Y1社における業務とは無関係に脳出血の発症につながる要因を有していた亡A自身も、Y1に高血圧につき治療中である旨の虚偽申告を複数年にわたってしなければならないほど、自らの高血圧の症状が医師による治療を要する重篤なものである旨を十分認識していた。
亡Aが営業技術係の係長として同係の人員に業務を割り振ることができる裁量を有していたのに、自らの仕事を割り振らずに抱え込んでいたことがあるとしても、
会社としては自らの健康状態を十分に省みることなくその職責を果たそうとする職務に熱心な労働者が存在することも考慮した職務環境を構築すべき
⇒亡Aによる業務遂行方法に健康管理の観点から見て相当ではない点があったとしても、これを過失相殺の類推適用の考慮要素として過大評価すべきではない。

過失割合を5割とした。
  解説 会社従業員が長時間労働により疾病を発症し、悪化し、又は死亡した場合に会社の債務不履行責任(又は不法行為責任)のみならず取締役の会社法429条1項(旧商法266条の3)所定の責任を認めた高裁の裁判例。
労災事故による損害賠償請求においても被害者に対する加害行為と加害行為前から存した被害者の疾患とが共に原因となった損害が発生⇒損害賠償の額を定めるに当たっては過失相殺の類推適用を肯定するのが判例。
近時の裁判例は、労働者側に損害の発生や拡大の要因が認められる場合だえっても、使用者の安全配慮義務違反等を比較的緩やかに認めた上で、労働者側の事情を損害の公平な分担の観点から使用者側の損害賠償額を減額する場面(過失相殺の類推適用ないし訴因減額)で考慮する傾向。
   刑事p88
広島高裁H31.1.24
鳥取地裁R2.11.30
  米子ホテル強盗殺人差戻審判決
  事案 被告人が、約2週間前まで店長を務めていたホテルの事務所で金員を物色中、支配人Cに発見された⇒金員を強取しようと考え、殺意をもってCの頭部を壁面に衝突させ、頸部をひも様のもpので締め付けるなどして犯行を抑圧し、現金約43万2910円を強取し、その際、前記暴行により、Cに遷延性意識障害を伴う右側頭骨骨折、脳挫傷、硬膜下血腫等の傷害を負わせ、6年後に死亡させて殺害した強盗殺人の事案で、犯人性が争われた。
第1次上告審判決によって破棄された第一次控訴審判決(第一次一審判決の有罪部分を破棄して被告人を無罪とした)の差戻後の広島高裁の①事件判決(差戻後控訴審判決)と、同判決によって差し戻された鳥取地裁の②事件判決(第2次一審判決)
①事件判決は第一次一審判決の有罪部分(殺人罪及び窃盗罪による懲役18年)を破棄して鳥取地裁に本件を差し戻し、
②事件判決はこれを受けて強盗殺人罪の成立を認めて被告人を無期懲役に処した
  ●     ●①事件判決(差戻後控訴審判決) 
  ◎弁護人の事実誤認の主張 
第一次一審判決が有罪の根拠として間接事実の認定及びその間接事実の総合判断としての有罪認定には論理則・経験則等に照らし不合理な点はない。
間接事実:
①被告人は犯行現場であるホテルの店長を務めていたことがあるところ、犯行現場の事務室は部外者には容易には分からない場所にある
②被告人は犯行時間帯に犯行現場近くに居た
③犯人は事務所から二百数十枚の千円札を持ち去っているところ、被告人は事件の翌日に自己の預金口座に230枚の千円札を入金し、かつその原資についての供述が信用し難い
④被告人は事件後に逃走するかの如き行動をしている
  ◎  ◎検察官の事実誤認の主張 
第一次一審判決:
強盗殺人の公訴事実に対し、被告人の犯人性は肯定。
but
Cが犯行場所である事務室に入ったのは被告人の入室よりも前(=被告人はCの居る事務室に侵入したのであって、C不在時の物色行為はない)
⇒何らかの事情でそこに居たCを殺害しその後に金員を盗取した⇒殺人罪と窃盗罪が成立。
判断:被告人の侵入時刻を午後9時34分頃、Cの帰室時刻を午後9時40分以降と判断⇒被告人の物色中にCが帰室したと認定。

第一次一審判決には事実誤認があるとして、
①事件判決は、第一次一審判決の有罪部分を破棄し、鳥取地裁に差し戻した。
  ●    ●②事件判決(第2次1審判決) 
  ◎破棄判決の拘束力(夕食終了時刻の認定) 
①事件判決が破棄した点は、夕食終了時刻に関する3のつの証拠(㋐従業員の証言、㋑コンピュータ記録からの推定、㋒従業員の救急隊員に対する時刻の説明)の評価の誤り。
㋑㋒については、その後の証拠調べや弁護人の主張に照らしても差戻後控訴審判決段階と実質的変動は生じていないからその判断に拘束される。
検討不十分とされた㋐の証拠と合わせて、夕食終了時刻を判断し、9時40分頃と認定。
  ◎被告人の犯人性 
被告人を犯人と認定し、強盗殺人罪の成立を認めた。
  解説 第一次上告審が第一次控訴審無罪判決を破棄したのは、
①被告人が事件の翌日に被害品と同種の230枚の千円札を所持していたのに、
②その千円札の入手経路に関する被告人の説明の信用性の検討が不十分であり、かつ、
③犯行時刻前後に被告人が犯行場所付近に居たことを含めた総合評価の仕方に問題あり。 
「情況証拠によって認められる一定の推認力を有する間接事実の総合評価という観点からの検討」(最高裁H30.7.13)
より一般的な問題として、
被告人に不利益な間接事実についての被告人自身の説明に虚偽があると認められたときの「一定の推認力」については、形式的には一定の推認力といいながら、実質的には「決め手」となり、心証形成上のなだれ現象を引き起こすひきがねになりかねないとの指摘。
2504
行政p5
大阪地裁R2.12.4  
  原子力規制委員会の発電用原子炉の設置変更許可が違法とされた事例
  事案 福井県等に居住するXらが、原子力規制委員会がZ(被告参加人・関西電力)に対してした大飯発電所3号機及び4号機に係る発電用原子炉の設置変更許可(本件処分)は、前記許可の申請(本件申請)が、当時の「実用発電用原子炉及びその付属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」(設置許可基準規則)で定める基準に適合するものでないにもかかわらずされた⇒当時の各原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律43条3の8第2項において準用する43条の3の6第1項4号に反し違法⇒Y(国)に対して、その取消しを求めた。 
  争点 本案の争点(本件処分の適法性)の中では、本件申請について、基準地震動の策定の点が設置許可基準規則4条3項に適合するとした原子力規制委員会の判断の合理性が中心的な争点。 
  解説 設置許可基準規則4条3項:
耐震重要施設は、その供用中に当該耐震重要施設に大きな影響を及ぼすおそれがある地震による加速度によって作用する地震力(基準地震動による地震力)に対して安全機能が損なわれるおそれがないもでなければならない旨を規定。

原子力規制委員会:
設置許可基準規則の解釈について、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」(規則の解釈)
⇒「断層モデルを用いた手法に基づく地震動評価」を実施しなければならない。

基準地震動の策定等に係る診察について、「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド」(地震動審査ガイド)
⇒震源モデルの設定について、地震調査研究推進本部による「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」(推本レシピ)等の最新の研究成果が考慮されていることを確認する旨など、規定。
  争点 本件でへは、基準地震動の策定過程のうち、震源モデルの設定、特に地震規模(地震モーメント)の設定の当否が争われた。
具体的には、
①入倉・三宅式の合理性、
②入倉・三宅式に基づき計算された地震モーメントをそのまま震源モデルにおける地震モーメントの値とすることの合理性
の双方が争われた。
  判断 司法審査の枠組みについて、いわゆる伊方原発訴訟最高裁判決H4.10.29に倣い、原子力規制委員会に専門技術的裁量を認める旨を説示。
  ●本件ばらつき条項の意義 
地震動審査ガイドに本件ばらつぎ条項が設けられた経緯等





本件ばらつき条項の第2文(「その際、経験式は平均値としての地震規模を与えるものであることから、経験式が有するばらつきも考慮されている必要がある。」)は、
経験式を用いて地震モーメントを設定する場合には、経験式によって算出される平均値をもってそのまま震源モデルにおける地震モーメントとして設定するのではなく、
実際に発生する地震の地震モーメントが平均値より大きい方向にかい離する可能性を考慮して地震モーメントを設定するのが相当であるという趣旨をいうものと解される。
but
明示的に定められておらず、「経験式が有するばらつきも考慮されている必要がある」と定められている。
⇒他の震源特性パラメータの設定に当たり、前記のような方法で地震モーメントを設定するのと同視し得るような考慮など、相応の合理性を有する考慮がされていれば足りる。

基準地震動の策定に当たっては、経験式が有するばらつきを検証して、経験式によって算出される平均値に何らかの上乗せをする必要があるか否かを検討すべきもの。
その結果、例えば、
経験式が有するばらつきの幅が小さく、他の震源特性パラメータの設定に当たり適切な考慮がされているなど、経験式によって算出される平均値に更なる上乗せをする必要がないといえる場合には、経験式によって算出される平均値をもってそのまま震源モデルにおける地震モーメントの値とすることは妨げない。
  ●本件における検討 
本件申請において基準地震動を策定する際、地質調査結果等に基づき設定した震源断層面積を入倉・三宅式に当てはめて計算された地震モーメントをそのまま地震モーメントの値としたものであり、
例えば、入倉・三宅式が経験式として有するばらつきを考慮するために、その基礎となったデータセットの標準偏差分を加味するなどの方法により、実際に発生する地震の地震モーメントが平均値より大きい方向にかい離する可能性を考慮して地震モーメントを設定する必要があるか否かということ自体を検討しておらず、現に、そのような設定(上乗せ)をしなかった。
・・経験式が有するばらつきについて検討した形跡はなく、また、地震モーメント以外の震源特性のパラメータの設定に当たり、・・・地震モーメントを設定するのと同視し得るような考慮がされたかという観点からの検討がなされた形跡もない。
本件ばらつき条項の第2文は、経験式が有するばらつきを考慮して、経験式によって算出される平均値に何らかの上乗せをする必要があるか否かということ自体を検討することを求めているのであるが、原子力規制委員会においてそのような検討をしたという主張も立証もない。

本件申請について、基準地震動の策定に当たり、入倉・三宅式に基づき計算された地震モーメントをそのまま震源モデルにおける地震モーメントの値としているにもかかわらず、原子力規制委員会は、経験式である入倉・三宅式が有するばらつきを考慮した場合、これに基づき算出された値に何らかの上乗せをする必要があるか否か等について何ら検討することなく、本件申請が設置許可基準規則4条3項に適合し、地震動審査ガイドを踏まえているとした。

原子力規制委員会の調査審議及び判断の過程には、経験式の適用に当たって一定の補正をする必要があるか否かを検討せずに、漫然とこれに基づいて地震モーメントの値を設定したという点において、看過し難い過誤、欠落がある。

新規制基準に基づいてされた設置変更許可処分について、基準地震動の策定に関する審査の不合理を理由としてこれを取り消した。
  解説   ●伊方最判
  伊方最判は、前の法を前提とする判例。
but
原子炉施設の安全性に関する審査の性質等、伊方最判が行政庁に専門技術的裁量を認めな根拠となるべき事情は失われていないものと考えられる。
本判決:これに加えて、原子力規制委員会設置法により担保された原子力規制委員会の専門性・独立性に関する定めにも言及。 
本判決:原子炉設置(変更)許可の段階における安全審査の対象が基本設計の安全性に関わる事項のみとする点についても伊方最判を踏襲。
but
新規制基準においては、基本設計と詳細設計の区別が相対化してきた旨の指摘。 
  ●裁量権の範囲の逸脱・濫用についての司法審査の方法 
近時の最高裁判例:
A:考慮事項に着目した審査
①判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合、又は、
②事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り、
裁量権の範囲の逸脱・濫用となる旨の審査方法。

B:伊方最判の審査方法(審査基準に着目した審査)
Aの方法:
判断の過程において考慮すべき事項を考慮しないことが直ちに裁量権の範囲の逸脱・濫用になるのではなく、その結果、判断の内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に裁量権の逸脱・濫用になる旨の指摘。

Bの方法:
行政実体法上、判断の内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる否か等についての裁判所の判断の余地を基本的に否定されており、
裁判所は審査基準の合理性と審査基準の適用過程の合理性のみを審査することになる。

伊方最判の枠組みにおいては、「その内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り」という限定がされていない⇒専門機関の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、行政庁の判断がこれに依拠してされていればそれだけで、当該判断に不合理な点があるものとして、当該判断に基づく処分は違法とされる。
  ●本判決 
伊方最判の枠組み(中程度の審査)にのっとって、審査基準である設置許可基準規制、規則の解釈、地震動審査ガイド(特に本件ばらつき条項)を解釈して、原子力規制委員会による審査基準の適用に看過し難い過誤、欠落があるかを審査した結果、これを肯定。
  民事p82
最高裁R3.4.26  
  除斥期間の起算点が争われ、HBe抗原陰性慢性肝炎の発症時が起算点とされた事例
  事案 X1及びX2は、乳幼児期に集団予防接種等を受けたことによりB型肝炎ウイルスに感染⇒成人後にHBe抗原陽性慢性肝炎を発症⇒鎮静化⇒HBe抗原陰性慢性肝炎を発症(①)。
⇒Y(国)に対し、HBe抗原陰性慢性肝炎を発症(②)したことにより精神的・経済的損害を被った⇒国賠法1条1項に基づく損害賠償。 
Xらが本件訴訟を提起したのは、①からは20年を経過後で、②からは20年を経過前
⇒除斥期間の起算点が争点。
  1審 XらがHBe抗原陰性慢性肝炎を発症したことによる損害については、その発症の時が除斥期間の起算点となり、Xらの損害賠償請求権は除斥期間の経過により消滅していない。
⇒Xらの請求を認容。 
  原審 Xらの損害賠償請求権は、除斥期間の経過により消滅。

HBe抗原陰性慢性肝炎の病状と、HBe抗原陽性慢性肝炎の病状とは、質的に異なるものではなく、HBe抗原陰性慢性肝炎の発症によって新たな損害が発生したとはいえない。
⇒Xらについては、
  判断 乳幼児期に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染したX1及びX2が、HBe抗原陽性慢性肝炎の発症、鎮静化後にHBe抗原陰性慢性肝炎を発症したことによる損害については、HBe抗原陽性慢性肝炎の発症の時ではなく、HBe抗原陰性慢性肝炎の発症の時が民法724条後段所定の除斥期間の起算点となる

原判決を破棄。 
  解説 民法724条後段は、起算点を固定的な「行為」時に置き、被害者が「損害及び加害者を知」ることなくして年月が経過した場合でも、それから20年を経過すれば損害賠償請求権を行使し得ないものとして、法律関係を確定しようとしたもの。

不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたもの(判例)。
除斥期間の起算点について、
加害行為時を原則としつつ、
損害の性質上、蓄積進行性又は遅発性の健康被害に当たる場合には、損害発生時が起算点となるという修正(最高裁)。

Xらが乳幼児期に受けた集団予防接種等によりHBVに感染してB型肝炎を発症したことによる損害賠償請求権については、その損害の性質上、除斥期間の起算点は、加害行為である集団予防接種等の時ではなく、損害の発生の時となる。
「損害の発生の時」:
最高裁H6.2.22:
雇用契約上の安全配慮義務違反による損害賠償請求権が、その損害が発生した時に成立し、同時にその権利を行使することが法律上可能となり(すなわち進行し(民法166条1項))、かつ、じん肺の所見がある旨の最初の(管理2以上の)行政上の決定を受けた時に少なくとも損害の一端が発生したことを前提としつつ、その時点では、全損害が発生しているとは考えず、後日、更に重い行政上の決定(管理3又は4)に相当する病状が顕在化したときには、これを別個の新たな、いわば「異質」の損害(権利侵害)と捉え、実体法上別個の損害賠償請求権が発生すると考えて、最終の行政上の決定に関する損害賠償請求権の消滅時効は、その行政上の決定を受けた時から進行する。

実体法上、最初の損害が発生した時点で将来生ずるべき損害を含む全損害が発生しているとみるべきとの従来の判例の考え方の例外を認めたもの。
本判決:
「質的に異なる」と認めた。

①Xらが、HBe抗原陽性慢性肝炎の鎮静化後、期間が経過してからHBe抗原陰性慢性肝炎を発症
②セロコンバージョンにより非活動性キャリアとなったにもかかわらずHBe抗原陰性慢性肝炎を発症する割合が10~20%と必ずしも高いとはいえない
③HBe抗原陰性慢性肝炎の発症のメカニズムが現在の医学では未解明である
などがポイントとなっているものと思われる。
検討すべきはあくまで法的な損害の異質性の有無。

HBe抗原陽性慢性肝炎とHBe抗原陰性慢性肝炎とがセロコンバージョンをもたらす遺伝子変異の前後を問わず、HBVに対する免疫反応による炎症を起こした状態(肝炎)であるという、医学的な病態の同質性を重視しすぎるのは妥当ではない。
  民事p88
大阪高裁R2.9.10  
  横断幕・垂れ幕による建物建築中の業者への名誉毀損による不法行為(否定事例)
  事案 Xらが、Xマンション建築中に、
Yは、Yマンションの1室のベランダに、
「想いを壊し。心を潰す。X2、X1は、民泊用マンションを隠ぺい、不誠実な対応で地域住民の不安をあおります。」との横断幕。
Yマンションの1室のベランダから、
「当マンション隣で建設中のX2・X1 東側ベランダを圧迫、日照・プライバシーを侵害」との垂れ幕を掲示。
  Xがらが、Yマンションの外面に掲げられた本件横断幕及び本件垂れ幕の内容がXらの名誉を毀損していると主張し、Yに対し、不法行為に基づき、慰謝料及び遅延損害金の支払を求めるとともに、本件横断幕及び本件垂れ幕の掲示をしてはならないことを求めた事案。
  原審 請求棄却 
  判断   ●XらがXマンションの民泊利用目的を隠蔽したとYにおいて信じるにつき相当な理由があるか 
①X2は、ウェブサイトにおいてXマンションを「特区民泊プロジェクト」とうたい、民泊理由を主たる目的とするかのような記事を掲載
②XらのYマンションの住民に対する説明においては、賃貸目的である、民泊利用目的は決定ではなく計画中であるとしていた⇒Yは、Xらの前記の説明をもって、Xマンションの民泊利用目的を殊更に矮小化しようとしていると捉えた。

Yのこのような認識は、Xらの前記のような態度に基づくもの⇒このように信じるにつき相当な理由がある。
  ●本件横断幕の「思いを壊し。心を潰す。」との記載が意見ないし評論の域を超えないか? 
本件横断幕の「想いを壊し。心を潰す。」との記載は、X1のキャッチフレーズである「想いを築く。心に響く。」をもじったものであるが、これはXらの行為によってYマンションの住民の心情が害されているとの意見を表明したものと認められる⇒X1を誹謗中傷することを主たる目的とするものとは認められない。
  ●本件各行為が公益目的によりなされたものか
①本件横断幕及び本件垂れ幕には、明らかに虚偽とわかる事実が適示されているとは認め難いし、
②社会的相当性を逸脱するといえるまでの表現行為は用いられていない
⇒本件各行為は公益目的にされたものではないとするXらの主張は採用できない。
  ⇒控訴棄却
  解説 名誉とは「人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価」をいう。
法人もその保護の対象とされている。 
事実摘示型の名誉毀損についての成立阻却の要件として、
①その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ
②その目的が専ら公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、
③適示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、
前記行為には違法性がなく、
仮に前記証明がないときにも、行為者において前記事実の重要な部分を真実と信じるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される。
論評型の名誉毀損の場合には、
その目的が専ら公益を図るものであり、かつ、その前提としている事実が主要な点において真実であることの証明があったときは、人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものでない限り、名誉侵害の違法性を欠く。
  民事p95
名古屋高裁金沢支部R2.12.16  
  精神科病院に医療保護入院中の身体的拘束⇒急性肺血栓塞栓症で死亡。身体的拘束の違法が認められた事例。
  事案 Y(社会福祉法人)が運営するB病院で医療保護入院中に肺動脈血栓塞栓症で死亡したAの両親でくあるXらが、Yに対し、B病院の医師らがAに対し、
①法令上の要件を充たさない違法な身体的拘束を開始・継続し、
②身体的拘束による肺動脈血栓塞栓症の発症を回避するための注意義務(Dダイマー検査、バイタルチェックの徹底、水分量及び体重のチェック、心電図測定、早期離床及び積極的運動の心がけ、弾性ストッキングの装着、間欠的空気圧迫法の実施、拘束解除の際の監視等)に違反した過失によりAが死亡
⇒不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求。 
  原審 請求棄却 
  争点等 控訴審において、
Aの死亡についての暴行行為及び原審とは異なる注意義務違反(安易な水分制限、抗精神病薬の大量処方による副作用等)を理由とする損害賠償請求を追加(選択的併合)
争点:Aに対する身体的拘束の開始・継続の違法性の有無、損害の有無、損害額
  判断 医師らの過失を認め、原判決を変更してXらの請求を一部認容
本件身体拘束の開始の違法性:
精神病院の入院患者に対する行動の制限に当たっては、精神保健指定医が必要と認める場合でなければ行うことができず、精神医学上の専門的な知識や経験を有する精神保健指定医の裁量に委ねられているとしても、行動制限の中でも身体的拘束は、身体の隔離よりも更に人権制限の度合いが著しいものであり、当該患者の声明の保護や重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いたもの
⇒これを選択するに当たっては特に慎重な配慮を要する。

本件事実関係からすると、本件日時の時点で身体的拘束を必要と認めた医師の判断は、早きに失し、精神保健指定医に認められた身体的拘束の必要性の判断についての裁量を逸脱する
⇒本件身体的拘束を開始したことは違法。
本件身体的拘束の継続の違法性:
本件身体的拘束を開始した後の診療経過に照らしても、Aの生命又は身体に対する危険が及ぶおそれは生じておらず、本件身体的拘束が適法になることはなかった。
本件身体的拘束の開始及び継続は違法であり、Aは、本件身体的拘束により急性肺血栓塞栓症を発症して死亡。
YはXらに対して使用者責任に基づく損害賠償義務を負う。
  解説 入院中の患者に対する身体的拘束の適否(違法性)が争点となった判例:
最高裁H22.1.26:
救急病院の当直看護師らが抑制具であるミトンを用いて入院中の患者の両上肢をベッドに拘束した行為は、次の㋐~㋒などの判示の事情の下では、
前記患者が転倒、転落により重大な傷害を負う危険を避けるため緊急やむを得ず行われた行為であって、診療契約上の義務に違反するものではなく、不法行為法上違法ともいえない。


  民事p102
東京地裁R3.6.7  
  医療法人の定款の解釈が問題となった事例
  本件 昭和56年設立の医療法人Y1の社員であるXらが、Y1を退社したとして、出資の払戻しを求めた事案。 
  主張 Y1の定款:
7条1項で社員の資格喪失事由を定め、その3号で「退社」を掲げた上、
8条において「前条に定める場合の外やむを得ない理由のあるときは、社員はその旨を理事長に届け出て、その同意を得て退社することができる。」と」規定。 
Xら:本件定款8条の「前条に定める場合の外」との文言
⇒同条は本件定款7条1項3号の退社の要件を制限したものではなく、同号とは別個の退社事由を定めたもの⇒Y1に対する通知をもってY1を退社
Y1:本件定款8条は、あくまで本件定款7条1項3号の退社の要件を制限⇒Xらの退社の事実は認められない⇒出資金払戻請求は認められない。
  判断 本件定款8条の「前条に定める場合の外」との文言を形式的に解釈
⇒「退社」について、理事長のの同意を要する場合(同条)とこれを要しない場合(7条1項3号)が生ずることになり、本件定款における「退社」の概念の統一が損なわれる。
but
本件定款は、社員の一方的意思表示による退社と、理事同意による退社とを殊更に別異の概念として区別していない

前記文言に形式的に依拠するのではなく、
その内容を合理的に解釈して適用するのが相当。
①本件定款において、退社の手続について規定するものは本件定款8条のみであり、このほかに社員の一方的意思表示による退社の場合の手続を定めた規定はない。
②Y1の設立時、その出資持分は、理事長及びX1がそれぞれ約40%を有するなどしていたところ、ごく少数の者が多額の持分を有しているときに、Y1の存立が直ちに危うくなるような、社員による自由で一方的な意思表示による退社を認容する規定を置いたとはにわかには考え難い
③かねてより、医業については安定的な継続が必要であるにもかかわらず、出資持分のある医療法人においては、出資持分の払戻請求によりその存続が脅かされる事態が生じることが懸念される

本件定款8条は、「前条に定める場合の外」との文言にかかわらず、本件定款7条1項3号に規定する退社についての手続を定めた規定。
  解説  医療法人における退社社員の出資払戻しが問題となった事案:
最高裁H22.4.8 
定款の解釈について:
A:定款が、その作成者のみならず、後に入社した社員や法人の機関をも拘束する自治法たる性格を有する⇒法の解釈と同一の原理によるべき。
B:原則としては法律行為の解釈方法によるべき。
法律行為の解釈:
当事者の共通の主観的意味を表示の客観的意味に優先させる見解が通説。
but
定款の解釈:
まずもって表示の客観的意味が優先されるべき。

平成22年最判:
モデル定款についての確立した行政解釈及び税務解釈をも踏まえ、表示の客観的意味に従って定款の解釈を示しているように思われる。
but
規定の文言のみからでは表示の客観的意味が必ずしも明らかでない
⇒一般の法解釈同様、その客観的意味内容を補充して解釈する必要。

補充解釈に当たっては、
定款全体の構成や規定の相互関係を見て問題となる規定についての客観的意味内容を探求することを基本としつつ、
いわば「立法者意思」として本件定款作成時の作成者の意思内容についても検討。

本判決では、医療法人を取り巻く状況にも言及

作成者の意思内容を推認させる間接事実として位置づけることもできようし、
社会状況の変動を踏まえた自由法論的な解釈を試みたものと見ることもできる
モデル定款を踏まえた定款の解釈については、法的安定性を考慮する必要
but
本判決では、モデル定款にいわば付加した文言の解釈が問題
⇒法的安定性の点は特に問題となっていない。
  刑事p107
最高裁R3.1.29  
  自動車運転者を利用した殺人未遂の間接正犯が認められた事例
  事案 老人ホームで准看護師をしていた被告人が、
(1)同僚のAにひそかに睡眠導入剤を摂取させ、A車を運転して帰宅するよう仕向けた⇒走行中のAを仮睡状態等に陥らせ、A車を対向車線に進出させ、B運転車両に衝突⇒A死亡、B傷害
(2)同僚のC及びその夫のDに睡眠導入剤を摂取⇒D車事故でC、D、E傷害

自働車運転者を利用した間接正犯の事案。
被告人は、傷害罪のほか、
Aに対する殺人罪、
BCDEに対する各殺人未遂罪
で起訴され
A~Eに対する殺意を争う。
  1審・原審 1審:各殺意を認め、懲役24年
⇒控訴
原審:対向車の運転者であるB及びEに対する殺意を認めた1審には事実誤認があるとして、差し戻し
  当事者双方から上告 
検察官:B及びEに対する殺意が認められるとし、刑訴法382条にいう事実誤認の意義等について判示した最高裁H24.2.13等の判例違反、同条の解釈適用の誤り、事実誤認等を主張。
弁護人:ACDに対する殺意を争うなどとして、刑法199条の解釈適用の誤り、事実誤認等。
  判断 いずれも適法な上告理由に当たらないとしつつ、
職権により、検察官の上告趣意をいれ、
原判決には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法がある⇒破棄して、被告人の控訴を棄却。
  解説  ●未必の故意と認識ある過失の区別 
判例・実務:
認容説
死の結果に対する認識・認容を殺意と評価。
but
消極的認容に実質はなく、認容説を採用しているとは限らないとする見解。
第1審:
被告人の行為は、運転者、同乗者のみならず、巻き込まれた第三者を死亡させる事故を含め、あらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高く、被告人はその危険性を現実のものとして認識していた。
⇒Aら及び事故に巻き込まれた第三者が死亡するかもしれないがそれでもやむを得ないという未必の殺意があった。
原判決:
・・・・死亡の可能性は低かった。
人が死亡する危険性が高いとはいえない行為についての殺意を認めるためには、人の死亡の危険性を単に認識しただけでは足りず、その人が死亡することを期待するなど、意思的要素を含む諸事情に基づいて、その人が死亡してもやむを得ないと認容したことを要する」という判断の枠組み。

Aらと事故の相手方を区別することなく、認識の対象となる危険性の程度を引き下げ、あらゆる態様の事故を引き起こす危険性の認識のみに基づいて殺意を認めた第1審判決は、判断枠組みないし認定手法を誤っている。
結果発生の認識・認容を要求する判例・実務の立場を前提としても、殺意の存否にとっては、死亡結果発生の危険性を十分に認識していたといえるかが決定的に重要であり、第1審判決と原判決の1次的な判断の分かれ目は、死亡の危険性及びその認識にあったといえる。
  最高裁H24.2.13:
刑訴法382条の事実誤認とは、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である。⇒控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要。
本判決:
第1審判決を、被告人の行為には事故の態様次第で事故の相手方を死亡させることも具体的に想定できる程度の危険性があり、被告人はその危険性を認識しながらAやDに運転を仕向けたとして、B及びEに対する未必の殺意を認めたものと解し、認識の対象となる危険性の程度を引き下げているとの原判決の指摘は、必ずしも第1審判決を正解したものとはいえない。
死亡の危険性について、
①Aらが自らの判断で運転を止める可能性や他の者が運転を制止する可能性は低かった
②顕著な急性薬物中毒の症状を呈していたAらが仮睡状態に陥り、制御不能となったA車やD車がAらの自宅までの道路を走行すれば、交通事故を引き起こして事故の相手方が死亡することも十分あり得る事態

原判決は、第一審判決の危険性の評価が不合理であるとするだけの説得的な論拠を示しているとはいい難い。

死亡の危険性は低かったとする原判決の評価はそれ自体が不合理であるとするものか、確実性の高い経験則を用いておらず、第1審判決とは別の見方もあり得ることを示したにとどまり、不合理の論証には成功していないとするもの。
本判決:
被告人が、ひそかに摂取された睡眠導入剤の影響によりAらが仮睡状態等に陥っているものを現に目撃しており、第1事件の前にはその影響によりAが物損事故を起こしたこと、第2事件の前には第1事件でAが死亡したことを認識していた
⇒B及びEを含む事故の相手方に対する殺意を認めた第1審判決の判断に不合理な点があるとはいえない。

刑訴法382条の解釈適用の誤りは判決に影響を及ぼし、破棄しなければ著しく正義に反する。
  刑事p113
熊本地裁R3.3.3  
  黙秘権・接見交通権の侵害での国賠請求(肯定事例)
  事案 当時19歳の少年Xは、当時11歳の女子児童に対して18歳未満であることを尻ながらその面前でわいせつな動画を見せたという、熊本県長年保護育成条例違反の被疑事実により逮捕。
Xが、前記逮捕・勾留中の取調べの際に熊本県警察の巡査部長であったAが黙秘権を告知せず、Xに対し黙秘権侵害となる発言をし、弁護人との接見内容に関する質問を行った⇒Y(熊本県)に対し国賠法1条1項に基づき慰謝料及び弁護士費用の支払を求めた。
  規定 憲法 第三八条[不利益な供述の強要禁止、自白の証拠能力]
何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
②強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
③何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
憲法 第三四条[抑留・拘禁に対する保障]

何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
刑訴法 第三九条[被疑者・被告人との接見・授受]

身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。
  判断 ●取調べにおけるAの黙秘権の告知及び発言 
①Xが逮捕直後に弁護士から被疑者ノートを差し入れられ、取調べが終わった直後にその内容を同ノートに記載、同ノートに記載された各取調べの日付及び時間は概ね正確。
②同ノートにはXにとって有利な事実のみが記載されたものではない。
③Xが主張するAの取調べ中の発言のうち、Aが同趣旨の発言をしたことを認める部分もある。

同ノートにおいて黙秘権の告知の記載がない日の取調べについてはAから黙秘権の告知がなされなかったこと、Aが同ノートに記載された発言をしたことを認めた。
●  ●黙秘権の侵害 
憲法38条1項は、警察官が被疑者を取り調べるに当たりあらかじめ理解させなければならない手続上の義務を規定したものではない⇒警察官が被疑者を取調べるに当たり前記手続を執らないで取調べをしたからといって直ちに黙秘権侵害あるということはできない。
but
・・・逮捕権や捜索差押権等の強制力のある公権力を背景とする自らの立場を自覚し、黙秘権や接見交通権等の被疑者の権利に留意しつつ、取調べの目的や必要性に照らして相当といえる限度で取調べを行うことが義務付けられている。
・・・その後の取調べにおいてAがした「調べるうちにどんどん不利になるものばかり出てきている」「黙ってても何にも前に進まんぞ」等の発言は、AがXにとって不利な証拠を既に捜査機関が多数収集していると誤認させ、黙秘権の行使がXにとって不利益ないし社会的な非難を受けるに値するとの誤解を与えかねないものであり、当時未成年であったXを精神的に圧迫なしい困惑させるもの
⇒取調方法として相当性を欠き、Xの黙秘権を実質的に侵害。
●Xの接見交通権の侵害
刑訴法39条1項に規定される接見交通権は、憲法34条の保障に由来し、接見内容を知られない権利を保証したものと解すべきであり、
捜査機関は、刑訴法39条1項の趣旨を尊重し、被疑者が有効かつ適切な弁護人等の援助を受ける機会を確保するという同項の趣旨を損なうような接見内容の聴取を控えるべき注意義務を負っており、捜査機関がこれに反して接見内容の聴取をすることは、捜査妨害行為等接見交通権の保護に値しない特段の事情がない限り、国賠法上違法。
AがXに対し「弁護士さんと接見したときに目撃者がいてどうすればいいのか相談とかしてるんだろう」と発言

弁護士との接見の具体的内容を質問及び聴取する内容であることが明らかであり、X及び弁護士の側に捜査妨害的行為等接見交通権の保護に値しない事情等も見いだせない。
⇒Xの接見交通権を侵害。
but
AがXに対し「自分勝手なことを言って弁護人も聞いてくれるなら大したもんだな」と発言

Xと弁護士との接見の具体的内容を聴取するものではなく、自らの感想を述べたにすぎない
⇒前記注意義務に違反したとまではいえない。
  解説 裁判例 
2503   
  民事p9
最高裁R3.5.25  
  懲罰的損害賠償を含む外国判決について一部弁済がされた場合の執行判決
  事案 Xらは、カリフォルニア州において日本食レストランを経営する会社及びその設立者ら
Y:主として不動産関連事業を営む日本企業 
同州オレンジ郡上位裁判所は、平成27年3月、XらのYに対する損害賠償請求訴訟(前記会社のビジネスモデル、企業秘密等をYが領得したなどと主張)において、Yに対し、補償的損害賠償等として約18万5000ドル及び同州民法典の定める懲罰的損害賠償として9万ドルの合計27万5000ドル並びにこれに対する利息をXらに支払うよう命ずる判決を言い渡し、その後確定。
本件外国裁判所は、同年5月、Xらの申立てにより、本件外国判決に基づく強制執行として、Yの関連会社に対する債権等をXらに転付する旨の命令を発布し、Xらは、同年12月、本件転付命令に基づき、約13万5000ドルの弁済を受けた。
  経緯 判例(最高裁H9.7.11):
外国判決のうちカリフォルニア州未納店の定める懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は、我が国の公の秩序に反する⇒その効力を有しない。
本判決は、第2次上告審判決であるところ、前判決を前提に、本件外国判決のうち執行判決をすることができる範囲が争われた。
本件の第1次上告審では、Yに対する判決の送達がされないまま本件外国判決が確定したという本件外国判決の訴訟手続きが我が国の公序に反するか否かが争われ、第1次上告審判決は、公序に反するとした第1次控訴審判決を破棄し、事件を原審に差し戻した。 
  原審 本件外国判決のうち懲罰的損害賠償として9万ドル及びこれに対する利息の支払を命じた部分は、我が国の公序に反する
but
カリフォルニア州において本件懲罰的損害賠償部分に係る債権が存在することまで否定されるものではなく、本件外国裁判所の強制執行手続においてされた本件弁済は、前記債権を含む本件外国判決に係る債権の全体に充当されたとみるほかない。

本件外国判決の認容額(約27万5000ドル)から弁済額(約13万5000ドル)を差し引いた残額(約14万ドル)について債権の行使を認めても公序に反しない⇒本件外国判決のうち前記残額の部分について執行判決をすることができる。 
  判断 民訴法118条3号の要件を具備しない懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分が含まれる外国裁判所の判決に係る債権について弁済がされた場合、その弁済が前記外国裁判所の強制執行手続においてされたものであっても、これが前記部分に係る債権に充当されたものとして前記判決についての執行判決をすることはできない。 
本件外国判決については、本件弁済により本件v懲罰的損害賠償部分を除く部分に係る債権(約18万5000ドル)が本件弁済の額(約13万5000ドル)の限度で消滅したものとして、その残額(約5万ドル)に限り執行判決をすべきであり、これと同じ結論の第1審判決は正当。
⇒原判決中、第1審判決を変更した部分を破棄してXらの控訴を棄却する旨の自判。
Yは、民訴法260条2項の裁判(仮執行の原状回復等を命ずる裁判)の申立てをしていたところ、
本判決:原判決に付された仮執行宣言は前記破棄の限度で失効した⇒前記申立てを一部認容。
  解説   裁判権は国家主権の一内容を構成⇒外国判決は当然には我が国において効力を有せず、外国判決の内国における効力をどのように取り扱うかは各国の立法政策上の問題。
我が国:いわゆる自動承認の制度を採用し、民訴法118条各号の定める要件(「承認要件」)を具備する外国判決は、何らの手続を要することなく我が国においても効力を有する。
but
執行機関に承認要件具備の判断を求めるのは適切ではない⇒我が国において外国判決に基づく強制執行をするには、あらかじめ当該外国判決による強制執行を許す旨の執行判決(民執法24条)を得なければならない。
執行判決請求訴訟において、外国判決の既判力の基準時後に生じた弁済等の請求異議事由を抗弁として主張することができるか?
肯定説が通説で、裁判実務も肯定説。
  判例:外国判決のうち同州民法典の定める懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は我が国の公の秩序に反し効力を有しない⇒本件懲罰的損害賠償部分は判決としての効力を有しない。
⇒本件弁済が前記債権に充当されるということもあり得ない。
but
一部弁済がされた場合に、その弁済が前記部分に係る債権に充当されることはないとしても、そのことから当然に、これが承認要件を具備する部分に係る債権に充当されるということはできない。
ex.
専ら懲罰的損害賠償の債権のみに充当されるべきものとして一部弁済の場合、前記外国判決のうち懲罰的損害賠償の部分を除く部分に係る債権は、前記弁済の充当先とはされていない⇒前記弁済がこの債権に当然に充当されるということはできない。
(この場合、前記弁済は、存在しない債権に対する弁済として、広義の非債弁済となる余地がある)
  本件弁済の充当関係:
カリフォルニア州の民事訴訟制度において、裁判所は、金銭判決の強制執行として、判決債権者の申立てにより、判決債務者に対し、支払期が到来し、又はこれから到来する金銭債権の全部又は一部を判決債権者等に転付する旨の命令を発することができる。
転付命令⇒判決債権者が第三債務者kら弁済金を現実に受領するなどしたときに、金銭判決が弁済されたことになり、これにより弁済額の限度で当該金銭判決に係る債権が消滅。 
but
本件転付命令は、外国裁判所の裁判⇒我が国において当然に効力を有するわけではなく、その効力いかんの問題は、本件転付命令の我が国における承認の問題。
論者:基本的に外国裁判所の強制執行処分が広く承認されるべきとする立場。
  民事p13
仙台高裁R2.6.11  
  負担付相続させる旨の遺言の取消し(民法1027条類推)が問題となった事案
  事案 原審申立人と抗告人(原審利害関係参加人)の父(遺言者)は、遺言公正証書をもって、遺言者の有する一切の財産を抗告人(長男)に相続させるとともに、この相続の負担として、抗告人が原審申立人(二男)の生活を援助するものとの負担付遺言(本件遺言)をした。
遺言者は、原審申立人に対し、生活費の援助として最低でも月額3万円を送金しており、遺言者が死亡した後は、抗告人が引き続き月額3万円を送金。 
原審申立人:平成29年5月以降、生活援助の義務の履行がなくなった⇒抗告人に対し、書面で、本件遺言で定める義務の履行を催促したが、相当期間が経過しても抗告人が義務の履行をしなかった⇒民法1027条により本件遺言の取消しを求めた。
  規定 民法 第一〇二七条(負担付遺贈に係る遺言の取消し)
負担付遺贈を受けた者がその負担した義務を履行しないときは、相続人は、相当の期間を定めてその履行の催告をすることができる。この場合において、その期間内に履行がないときは、その負担付遺贈に係る遺言の取消しを家庭裁判所に請求することができる。
  原審 負担付相続させる旨の遺言は、遺産分割の指定。
but
その権利移転効果は遺贈に類似。
遺言者の意思を推測すれば民法1027条の準用を認めるべき。 
①遺言者としては、全ての財産を抗告人に相続させる代わりに、原審申立人の存命中は少なくとも月額3万円の経済的な援助を原審申立人にすることを法律上の義務として抗告人に負担させる意思であった。
② 抗告人は、原審申立人からの催告後、相当期間内に本件遺言の定める義務の履行をしなった。

本件遺言を取り消す旨の審判。
  判断 本件遺言により、抗告人には「原審申立人の生活を援助すること」、すなわち、少なくとも月額3万円を援助する義務があることを認める。
他方で、
①本件遺言の文言が抽象的であり、その解釈が容易でない。
②抗告人は今後も一切義務の履行を拒絶しているものではなく、義務の内容が定まれば履行する意思がある

抗告人の責めに帰することができないやむを得ない事情があり、本件遺言を取り消すことが遺言者の意思にかなうものともいえない。

原審判を取消し、原審申立人の申立てを却下。
  解説 負担付「相続させる」旨の遺言は、遺産分割方法の指定をしたものであり、負担付遺贈とは異なる。
but
①権利移転の効果は遺贈に類似
②遺言者の意思からすれば、民法1027条の類推適用を認めるべき

負担付相続させる旨の遺言についても、負担付遺言の取消申立ての審判の申立てを認める。 
ここにいう取消しは、債務不履行を理由とする契約解除に類する概念。

一部の履行があったのみでそれでは負担付遺贈の目的を達せられないときは取消しを認めていい。
未履行部分が僅かな場合には取消しはできず、また、負担を履行しないことが受遺者の責めに帰すべき事由によることが必要
本件:
「法律上の義務としての負担の範囲、不履行の程度、遺言者の意思、受益者の利益など」を事案に即したものとはいえ、具体的に認定し、
負担の履行がないことを理由として遺言の取消しを認めるのが遺言者の意思に沿うか否かを検討しつつ、受遺者の責めに期すべき事由があるかを判断。
  民事p19
東京高裁R3.2.10  
  青空駐車場内の公道との出入口付近での事故と過失割合
  事案 スーパーマーケット敷地内の青空駐車場で
駐車スペースに入れるためにの駐車動作として後退進行中の先行車の後部右側と、
公道から青空駐車場に侵入して最後部が行動にはみ出さない程度の位置で停止中の後行車の全部右側が、
青空駐車場内の行動への出入口から数メートルの地点において衝突するという物損事故。
駐車動作中の先行者の所有者兼運転者(X・被上告人)が、停止中の後行車の運転者(Y1・上告にン)に対して修理費用相当額及び弁護士費用の支払を求める事件と、
停止中の後行車の所有者(Y2・上告人)が駐車動作中の先行者の所有者兼運転者(X)に対して修理費用相当額及び弁護士費用の支払を求める事件が、
併合審理。
  争点 双方の過失割合 
  1審 停止中の後行車(Y1):過失3割
駐車動作中の先行車(X):過失7割 
  控訴審  停止中の後行車(Y1):過失7割
駐車動作中の先行者(X):過失3割 
  判断 1審と同じ
  解説 控訴審判決:
過失相殺率の標準的認定基準における駐車場内の事故であって、通路を進行する後行者(Y1)と通路から駐車区画に侵入しようとする先行車(X)との事故の基本過失割合(通路進行後行車(Y1)が8割、駐車区画侵入先行者(X)が2割)を基本にしつつ、
駐車区画侵入先行車(X)に通論進行後行車(Y1)を注視しなかったという過失があることを考慮して、過失割合を、通路進行後行車(Y1)が7割、駐車区画侵入先行車(X)が3割とした。 
駐車動作に入っている車両に課される注意義務の程度(基本過失割合)が低い

駐車場は駐車のための施設であり、駐車動作に入っている車両を認めた他の車両は、その駐車動作を妨げないようにしたり、注意喚起動作をしたりするなど、駐車動作に入っている車両よりも重い注意銀無がある。
本判決:
過失相殺率の標準的認定基準における駐車場内の事故というのは、駐車場内のうち公道の通行の安全に影響のないエリアにおける事故を指す。
⇒本件のように公道への出入り口から数メートルの地点において、後行車が公道から侵入してその最後部が公道にはみ出さない程度の位置で停止中という状態で発生した事故とは前提を異にする。
①通行進路後行車(Y1)は、駐車区画侵入先行車(X)の駐車動作を妨げないことのみならず、公道上の交通安全(自車の車体後部を公道上に残さない)にも配慮しなければならない状態にあった
②駐車区画侵入先行者の運転者(X)も通路進行後行車(Y1)がこのような状態にあったことを分かっていた

駐車場内の事故についての過失相殺率の標準的認定基準を、本件に適用することは、適当ではない。
駐車区画侵入先行車(X)が通路進行後行車(Y1)を注視していなかったこと、
通路進行後行車(Y1)が注意喚起措置をとらなかったことと
という双方の過失を比較検討し、
通路進行後行車(Y1)不注視という駐車区画侵入先行車(X)の過失の方が重いと判断。
  民事p33
東京地裁R2.1.29   
  判断能力が低下した高齢者への継続的な宝石等の販売について、取引を一旦中断すべき注意義務を負うとされた事案
  事案 昭和7年生まれの男性であるXが、宝飾品等の販売を行う株式会社であるYに対し、Yは、平成12年2月から平成28年3月までの間にかけて、判断能力が低下した高齢者であるXに、過量かつ不必要な宝飾品、衣類等を繰り返して販売した⇒不法行為に基づく損害賠償として、損害金6042万2439円及びこれに対する民法所定の遅延損害金を請求。
Xは、平成28年12月、アルツハイマー型認知症及び脳血管障害との診断を受け、Xの長男であるAの申立てにより、家庭裁判所において、後見を開始し、Aを成年後見人とする旨の審判を受けた。
  主張 X:Yが、判断能力の低下した高齢者であるXに対し、過量かつ必要のない宝飾品、衣類等を繰り返し販売して、合計5492万9490円もの代金を受領したもので、不法行為を構成する。 
Y:本件取引当時Xは、十分な判断能力と資力を有しており、YもXの判断能力又は資力を疑うべき事情を何ら認識しておらず、Xに商品の購入を強要するような販売態様でもなかった⇒本件取引は不法行為に当たらない。
仮に、本件取引が不法行為に該当する場合には、本件で現れた諸事情を考慮して過失相殺がされるべきである。
  判断  本件取引の対象となった商品の種類や分量、回数、期間、本件取引当時のXの年齢、収入といった生活状況⇒客観的に見れば、本件取引はXにとって、その生活に通常必要とされる分量を著しく超えた過大な取引。
but
売買取引が客観的に買主にとってその生活に通常必要とされる分量を著しく超えた過大なものであったからといって、当該取引が当然に売主の買主に対する不法行為を構成するものではない。
⇒ 
売主であるYにおいて、本件取引が買主であるXにとってその生活に通常必要とされる分量を著しく超えた過大な取引であることを認識していたと認められたかについて検討する必要。

B店のXの担当レディであるCは、本件取引の対象となった商品の種類、分量、回数、期間の事実やXの生活状況等を認識していたものと認めるのが相当であり、Cは、本件取引が、Xにとって、その生活に通常必要とされる分量を著しく超えた過大な取引であることを認識していたものと優に推認できる。
but
どのような理由でどの商品についてどの程度の売買取引をするかは、個人的には個人の自由な判断にゆだねれている⇒Xが健全な判断能力の下で自由に形成された意思に基づいて本件取引をしたのであれば、直ちに社会通念上許容されない態様でXの利益を害する違法なものであったということはできない。
but
Xの判断能力は、平成25年12月時点では、高額な取引をするのに必要な能力という観点からは、既に相当程度低下していたというべきであり、
CとB店の店長は、本件取引において遅くとも平成25年12月までには、Xの判断能力が相当程度低下している事実を認識し、又は容易に認識し得た。
・・・・本件取引において遅くとも平成25年12月までには、本件取引がXにとって、その生活に通常必要とされる分量を著しく超えた過大な取引であることを認識していた。

平成25年12月時点では、Yは、社会通念に照らし、信義則上、Xとの本件取引を一旦中断すべき注意義務を負っていた。

平成25年12月以降も、YがXとの取引を中断せず、本件取引を継続したことは、社会通念上許容されない態様で買主であるXの利益を侵害したものとして、不法行為法上違法と評価される
  ①Xは、Xの長男であるAに相談できた
②Aは、平成21年12月頃には、Xが住む母屋と同じ敷地内にある離れに引っ越してきており、Xの生活状況を認識していた

Aは、Xと身分上も生活関係上も一体をなすとみられるような関係にあり、平成25年12月以降は本件取引の継続による損害の拡大を阻止することができる立場にあった
⇒X及びAの落ち度は被害者側の過失として考慮すべきものであり、その過失割合は、3割。 
  解説 法理論上、判断能力が衰えた高齢者の取引における救済手段としては、
①契約の拘束からの解放とそれによる支払免除及び返金にあたる不当利得返還請求と
②損害賠償請求
が考えられる。
本件は継続的取引の途中に判断能力が衰えた事案⇒②の方法によった。 
金融商品取引の場合:
いわゆる適合性原則違反を根拠にしたり、信義則を根拠とする説明義務違反に基づく損害賠償請求。
but
本件は金融取引ではない⇒信義則を根拠にした取引停止義務を一定の要件で認めて損害賠償義務を認めた。
  民事p39
東京地裁R2.12.17  
  遺産分割未了の確認等をした調停調書が作成されている状況で、遺産分割協議の不存在の確認を求める訴えについて確認の利益が認められた事例
  事案 XとYは、亡B(昭和37年死亡、当時のA社代表取締役)及び亡C(平成14年死亡、A社代表取締役)の子。
A社は、昭和28年設立当時、時計等の販売業⇒その後自社所有不動産管理業務を主力業務に。
Xは、Yを相手方として、平成29年8月31日、亡Cの遺産について、家事調停申立て、A社の2万株(ただし亡Bの生前に発行されていた株式数は2000株)については、亡Bがが8000株を、亡Cが12000株をそれぞれ所有していることの確認を求めた。
その後、平成29年12月20日の第2回調停期日において、遺産分割未了と、亡CがA社の株式2万株を所有していたことをそれぞれ確認する旨の調停調書が作成。
Yは、東京家裁に対し、平成30年3月7日、本件調停は不成立で無効である旨主張し、本件調停事件の期日指定を申立て⇒東京家裁は、期日指定の職権発動をしない旨の判断。
Xは、東京家裁に対し、平成30年3月27日、Yを相手方とし、亡Cの遺産に関する遺産分割調停を申し立てた。
Y:平成30年7月23日、本件遺産分割調停事件については、平成14年6月21日に既に遺産分割協議が成立⇒遺産分割協議に応じることはできない旨の意見書を提出。

東京家裁は、平成30年7月23日、家事手続法271条(調停をしない場合の事件の終了)に基づき、調停をしない旨の決定をし、本件遺産分割調停は終了。
X:東京地裁に対し、平成31年2月4日、A社の株式2万株が亡Cの遺産であることの確認と、亡Cの遺産について遺産分割協議が存在しないこと確認をそれぞれ求める本件訴えを提起。
  争点 ①亡Cの遺産分割協議の有無
②亡Cの死亡時のA社の株式数
③本件調停条項の合意の有無
④本件調停がYの錯誤により無効か否か
⑤YによるA社の株式の短期取得時効の成否 
  判断  事実認定:
①亡Cの遺産分割協議の不存在
②亡Cの死亡時のA社の株式数が2万株であること
③本件調停条項の合意の存在
④本件調停におけるYの錯誤を否定
⑤A社の株式の時効取得についてのYの無過失を認めなかった
  請求の趣旨第1:
A社の株式2万株の亡Cの遺産確認請求(「本件確認請求1」):
本件調停条項2(亡Cが死亡時にA社の株式2万株を有していたことの確認)は、
本件調停調書の記載に確定判決と同一の効力がある(家事手続法268条1項)としても、過去の法律関係を確認するものにすぎず、現在の法律関係の確認の訴えである本件確認請求1とは異なる⇒本件調停条項2から直ちに本件確認請求1が認容されることにはならない。
  請求の趣旨第2:
亡Cの遺産の遺産分割協議の不存在確認請求(「本件確認請求2」)については、
本件調停条項1(亡Cの遺産分割未了確認)と確認時点が異なる点を除き全く同一の事項を再度確認することを求める訴え。
but
遺産分割協議の有無をめぐる紛争が再燃することを防止するため既判力がある判決を得る実益がある。
⇒確認の利益がある。
  本件調停の錯誤無効を主張することにつき、
争いの目的である事項に関する錯誤の主張は民法696条所定の和解の確定効に反する⇒Yの錯誤無効の主張を排斥。
  規定 民法 第六九六条(和解の効力)
当事者の一方が和解によって争いの目的である権利を有するものと認められ、又は相手方がこれを有しないものと認められた場合において、その当事者の一方が従来その権利を有していなかった旨の確証又は相手方がこれを有していた旨の確証が得られたときは、その権利は、和解によってその当事者の一方に移転し、又は消滅したものとする。
  解説 ●確認の利益
確認の訴えは、確認の対象が無限定であり、その請求を認容する確認判決の既判力のみ有するにすぎない⇒民事訴訟の目的である「権利保護」や「紛争解決」にとって無意味な訴えを排斥するため、訴えの適法要件である「確認の利益」を必要とする。

確認の利益は、
①確認訴訟によることの適否、
②確認対象選択の適否、
③即時確定の利益の有無
の観点から判断。
本件:
本件調停条項1(遺産分割未了確認)
本件確認請求2(遺産分割協議不存在確認)
とでは、確認時期が、
前者は本件調停時
後者は本件口頭弁論終結時
で効力の基準時が異なる。

調停調書の「確定判決と同一の効力」(家事手続法268条1項)を既判力と解するか否かにかかわらず、調停調書記載の効力と本判決の効力とは抵触することはない。

裁判所としては、本件調停成立後の遺産分割協議の有無を認定して、それが存在しなければ、Xの請求を認容すれば足りる。
既判力を裁判所の判断の統一という民事訴訟制度にとって不可欠な制度的効力⇒当事者間の合意を主たる要素とする調停に既判力を認めるのは、困難。
調停調書の記載に反する主張は、民法上の和解の拘束力(民法696条)又は信義則等により排斥すれば足りる。
  ●和解の確定効 
民法696条:
和解の効力について、争いの目的である権利について互助して合意し、争いをやめた場合には、後日、和解に反する確証が得られたとしても、和解の効力を否定することができない旨規定。
~和解の確定効又は創設的効力。

当事者が和解によって譲歩したことを後から争うことができるとすると、和解で紛争を解決した意味がなくなる。
本件確認請求2は、民法上の和解の実質を有する本件調停条項1の合意に反するものであり、許されない。
和解の前提事項について錯誤があった場合には、前提事項自体は、争いがなく、和解で互譲して定めたものでもない⇒錯誤無効を主張することができる。
  民事p49
横浜地裁R2.12.11  
   
  事案 Xらが、Y(弁護士)は、別件各訴訟に当たり、書証申出のため、Xらの氏名、住所等が記載された、Yの所属弁護士会が作成した懲戒請求者一覧と題する書面(本件リスト(1))の写しを裁判所に提出したこと(本件提出行為)により、Xらのプライバシーを侵害
⇒Yに対し、不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料及び遅延損害金の支払を求めた。 
  判断 民事訴訟においける主張立証活動は事実の公表を目的とするものではないが、訴訟記録が閲覧可能な状態に置かれることなどにより、結果的に公表と同様の効果をもたらすことがある⇒プライバシー侵害の成否が問題となり得る。 
このような場面では、その事実を公表されない法的利益と当該主張立証活動に係る法的利益とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合には不法行為が成立。
その判断の際、当事者が主張立証活動を尽くし、裁判所がこれを踏まえて事実認定及び法的判断を行うことにより私的紛争の適正な解決を実現するという民事訴訟の性格上、当事者の主張立証活動の自由を踏まえることが重要
Xらの氏名、住所など(本件各個人情報)の個人識別情報は、社会生活上のあらゆる場面で秘匿されるべき性質のものとはいえないが、
それらは本件各大量懲戒請求(1)を行った者に係る情報であるという点も踏まえた検討を要する。
①本件大量懲戒請求(1)は不法行為を構成するところ、本件リスト(1)は、Xの意思に基づかずにみだりに公表されることにより、Xらの社会的評価が低下するおそれがあることを意味する反面、
本件大量懲戒請求(1)からいまだ相当な年月を経たとまではいえない今日において、その性質上、社会一般の関心あるいは批判の対象となるべき事項にかかわるものであり、
②他方、本件各提出行為は、別件各訴訟におけるYの請求原因事実(同訴訟においてYが取り上げた個々の不法行為(懲戒請求)及びその加害者を特定し、当該行為と相当因果関係のある損害額の算定に影響する事情と位置付けられる本件大量懲戒請求(1)の全貌)の立証を目的としたものと理解することができる⇒直ちにその必要性を否定することは困難
③本件各個人情報を公表されない法的利益と本件各提出行為の理由を比較衡量しても、直ちに前者が後者に優越するとまでは認められない。
  解説 プライバシー侵害が問題となる事案において、最高裁判決は、比較衡量を用いた事案の解決に徹している。
他方、下級審判決では、訴訟においてプライバシー侵害が問題となり得る場合に、訴訟活動の性格も踏まえて検討を行う裁判例が認められる。 
  民事p56
京都地裁R3.1.17  
   
  事案 女性患者A(当時29歳)が、血液内科で、発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の治療のためソリリスの継続的な投与で、その副作用により発症率が高まる髄膜炎菌感染症で死亡。
 Aの相続人であるXらが、本件病院の医師らには、後記の各注意義務に違反する過失があった

本件病院を開設するY1に対しては使用者責任、
病院長Y2に対しては代理監督者責任
主治医らY3~Y5に対しては不法行為責任
による損害賠償を求めた。
  争点 ①血液内科及び傘下の主治医(Y3~Y5)のソリリスの副作用周知義務違反
②助産師B及び参加当直医Cの受診指示義務違反
③産科当直医C及び血液内科当直医Dの抗菌薬投与義務違反
④前記各過失とAの死亡との因果関係
⑤損害 
  判断   争点②のうち助産師Bの受診指示義務違反
争点③のうち血管内科当直医Dの投薬義務違反があったとし、
後者とAの死亡との因果間j系を認め、請求の一部を認容。 
  ●  ●争点①(ソリリスの副作用周知義務違反)について 
①ソリリスの投与やその副作用への対応は血液内科の担当領域であった上、
②ソリリスの副作用については、患者カードを所持させて発熱等の症状があるときはこれを呈示するよう指示する対応をしていた

これを超えてソリリスの副作用情報を産科医師に周知すべき義務はなく、産科の主治医が他の医療従事者に同情報を周知すべき義務もない。
  ●争点②(受診指示義務違反)について 
  ◎助産師Bの受診指示義務違反 
保健師助産師看護師法で、じょく婦の保健指導を行う旨、異常を認めた時は医師の診療を求めさせなければならない旨が定められているところ、
Bが把握したAの症状及び当日の投薬内容⇒医師の指示を仰いだ上で対応すべき義務があったのに、これを怠った。
  ◎  ◎産科当直医Cの受診指示義務違反 
①CがAの症状の詳細まで認識していなかったこと
②Eから「もういいです」と言われ、それ以上の情報を得ることができなかった
⇒Cに当該時点での受診指示義務違反はなかった。
  ●  ●争点③(投薬義務違反について) 
◎  ◎血液内科当直医Dの投薬義務違反
・・・Dは、Aをい診察した時点で添付文書にいう「疑い」を有していたと推察されるし、そうでなくても客観的に添付文書の「髄膜炎菌感染症が疑われた場合」の状況にあったといえる
⇒Dには投薬義務違反がある。
  ◎産科当直医Cの投薬義務違反 
髄膜炎菌感染症と可能性があると考えた⇒速やかに抗菌役の投与を開始するのが最善の選択
but
ソリリスの投与を担当しその副作用にも責任を持つべき血液内科に対応を委ねることも、許容される次善の選択であった
⇒投与義務違反があったとはいえない。
  ●前記過失とAの死亡との因果関係
①髄膜炎菌感染症は抗菌役がよく効く疾患であり、抗菌役の投与によって1~3時間で死滅するとされている
②統計資料では髄膜炎菌感染症の致死率は8~30%とされ、10%前後の数字を示すものが多い
③敗血症を発症した症例の致死率は40%程度とされるものの、Aが敗血症を発症したのは、抗菌役を投与すべきであった前記診察の約5時間後

Dの過失とAの死亡との間に因果関係がある。
助産師Bの過失については、仮にBがCの指示を求めていたとしても、Cが当該時点で受診を支持した可能性がどの程度あったかは定かではない⇒Aの死亡との因果関係を否定。
  労働p77
最高裁R3.3.25  
  民法上の配偶者が中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらない場合
  事案 Xが、母であるAの死亡に関し、
Y1(独立行政法人勤労者退職金共済機構)に対し中小企業退職金共済法所定の退職金共済契約(Aの勤務先であった株式会社Bが締結していたもの)に基づく退職金の、
Y2(確定給付企業年金法所定の企業年金基金)に対しその規約に基づく遺族給付金の、出版厚生年金基金の権利義務を承継したY3に対し出版厚生年金基金の規約に基づく依存一時金の
各支払を求めた。 
  主張 中小企業退職金共済法及び前記の各規約(「法及び各規約」)において、本件退職金等の最先順位の受給権者はいずれも「配偶者」と定められているところ、
Xは、Aとその民法上の配偶者であるCとが事実上の離婚状態⇒Cは本件退職金等の支給を受けるべき配偶者に該当せず、Xが次順位の受給権者として受給権を有すると主張。
  判断 民法上の配偶者は、その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない場合、すなわち、事実上の離婚状態にある場合には、中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらない。 
  解説  社会保障給付に関する法令における遺族給付の受給権者となる「配偶者」については、
最高裁昭和58.4.14以後、
死亡した被保険者等がいわゆる重婚的内縁関係にある場合において、民法上の配偶者と内縁関係にある者のいずれが受給権者となるかが争われる事案で、
民法上の配偶者であっても、その婚姻関係が事実上の離婚状態にある場合には、前記受給権者となる配偶者に当たらないとの見解を基にした裁判例が積み重ねられてきた。
国家公務員の死亡による退職手当等についても、その受給権者の範囲及び順位の定めが、職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とするもの(遺族の範囲及び順位について国家公務員と同様の定めを置く特殊法人の死亡退職金に関する最高裁昭和55.11.27等)その受給権者となる配偶者の意義についても、社会保障給付に関する法令における配偶者と同様に解すべき。

本件では、
①法及び各規約における配偶者の意義についても、社会保障給付に関する法令等における配偶者と同様に解すべきか
②重婚的内縁関係の有無に関わらず、前記のように民法上の配偶者の一部を遺族給付の受給権者となる「配偶者」から除外すべきか
  ●  ●①について 
中小企業退職金共済法での遺族の範囲と順位は、給付の性格の最も似通っている国家公務員の退職手当に関する定めにならったものとされている。
確定給付企業年金法に基づく確定給付企業年金制度は、いずれも我が国の年金制度のうちいわゆる3階部分に当たる企業年金の制度であり・・・法令に支給要件やこれを受けることができる遺族の範囲等の定め置かれている。
本件退職金等の支給の根拠となるこれらの法令や規約の定めの内容
⇒本件退職金等は、いずれも、遺族に対する社会保障給付等と同様に、遺族の生活保障を主な目的として、その受給権者が定められているものと解される。

本件退職金等は、民事上の契約関係等に基礎を置くものではあるものの、その受給権者となる法及び各規約における配偶者の意義については、社会保障給付に関する法令等における配偶者と同様に解するのが相当。
  ●  ●②について 
・・・重婚的内縁関係の有無に関わらず、民法上の配偶者は、その婚姻関係が事実上の離婚状態にあるときは、遺族給付の受給権者となる「配偶者」には当たらないと解するのが相当。
  刑事p81
大阪高裁R1.9.11  
  あおり運転で被害者死亡⇒殺人罪で懲役16年とされた事例
  事案 被告人車両(普通乗用自動車)で、被害車両をあおり、追突させて被害者を車両(大型自動二輪車)もろとも転倒させて死亡させた事案につき、殺人罪の成立を認めたもの。 
車両による悪質な通行妨害の結果事故となり、被害者を死傷させた場合、危険運転致死傷罪(自動車死傷法2条)として処断されることが多い。
  争点 殺意の有無 
  1審 被告人があえて被告人車両を被害車両に衝突させたと認定。
①被告人車両が普通乗用自動車、被害車両が大型自動二輪車という車両の違い、
②衝突時の状況として、被害車両は自足80kmを超える高速度で走行していた
③現場の交通量が多かった
⇒被告人車両が被害者量に衝突すれば、被害者が被害者量んもろとも転倒し、死亡する危険は高かった。
被告人もそのことを十分認識していたのに、被害者量に衝突してもかまわないという気持ちで衝突させた。
⇒未必的な殺意が認められる。
ブレーキを掛けたことや、衝突後110番通報していること
vs.
①衝突まで、相当高速度で被害車両を追い掛け、極めて接近した後にブレーキを掛けたものであり、
そのブレーキの掛け方も、時期的に遅すぎるし、不十分なもので衝突を回避できるようなものではない。
②110番通報も、状況的にみて衝突自体は発覚を免れようがなく、しかも、110番通報では、事故として届けている。⇒殺意のある者の行動として矛盾しない。
  判断 弁護人の、追跡の事実はなく、あえて衝突させたのではないとの主張を排斥。 
「はい、終わり。」の発言について
弁護人:衝突事故を起こして落胆し、仕事ができなくなる意味
vs.
それまで、衝突事故を挟みながら、その直前直後は終始無言で驚きや狼狽を示すような言動は一切していなかったことや、その文言内容や口調、それまでの被告人の行動状況
⇒被害車両側に向けていた自身の行動がその段階で終わったことなどを自らに語りかけたと解釈できる

原判決が、被害車両との衝突との衝突が被告人の想定内の出来事であったことを推認させるとして、被害車両に衝突することの認識認容の根拠としたことに誤りはない。
量刑:一審、控訴審とも、被告人を懲役16年(相当重い刑)。
被告人の殺意は弱い。
but
被害者には落ち度はなく、犯行動機に酌むべき点はなく、厳しい非難に妥当。

一時的な怒りに基づく殺人⇒けんかを原因とする殺人と類似。
but
互いに対立し合う中で怒りの感情を高ぶらせて殺害に至るというけんかの典型例と比べると、
①被告人が一人勝手に怒りを増幅させている点、
②被害者に落ち度がない点
でより重い刑罰がふさわしい。

遺族が、自賠責保険金を得る可能性があることについて、刑を軽くする事情としてほとんど考慮することができない。

①生命侵害の場合、適切な金銭賠償がなされても被害が実質的に回復されるわけではない
②自賠責保険金額は適切な賠償の一部にとどまる上、加入が義務付けられ、被害者が直接保険会社に支払を求めることができる⇒加害者に量刑上の恩典を与えることにより、自賠責保険金による損害填補が促進されるという関係にはない。
  解説 あおり運転の危険性
⇒「道路交通法の一部を改正する法律」(令和2年6月10日法律第42号)により「妨害運転罪」として、あおり運転自体が明確な取り締まりの対象となった。
(道交法117条の2の2第11号)

死傷の結果が発生した場合の、危険運転致死傷だけでなく、
あおり運転という行為自体(事故を起こさなくても)が処罰の対象に

同月12日に自動車死傷方が改正(令和2年法律第47号)されて、危険運転致死傷の行為類型に、あおり運転関係のものが追加され(2条5号、6条)
同日に改正(令和2年政令181号)された道交法施行令により、自転車もあおり運転取締りの対象となった(道交法施行令41条の3第15号)。 
  刑事p90
東京家裁R3.2.9
   
  事案 保護処分歴のない少年が2件の万引きを起こした窃盗非行事件⇒第1種少年院送致 
  解説  本件の特徴:
(1)非行事実は軽微といえなくもなく、
(2)保護処分歴がなく、
(3)注意欠陥多動症疑い
という資質麺の特性を有する少年に対して第1種少年院送致の判断。 
  ●(1)非行事実の軽重 
少年に対する処遇選択、要保護性の程度に即応することが基本となるが、
非行事実の軽重、社会防衛的配慮など総合的な要素を加味した総合的な判断となる。
大半の事件では、非行事実の軽重と要保護性は対応・相関
⇒実務でも、非行事実の軽重に対する評価を出発点に。

非行事実は要保護性(非行性)の顕在化と捉えられる⇒その動機・目的が本人の性格的な問題点を解明する観点から重視され、犯行後の対応なども環境的な問題として考慮。

非行の軽重は、単に行為と結果だけではなく、
非行に至る経緯や動機、常習性、組織性、計画性等の事情も加味して判断される。
本件:
2件の窃盗(万引き)
but
①少年は幼少期より窃盗を繰り返して再三の指導を受けていた上、
②直前の友人の制止も聞かずに窃盗に及んでいる
など非行の背景にある具体的な事情を検討し、
少年の規範意識に対する非難の程度や非行に至る経緯も併せて考慮
⇒「軽微な事案と評価することはできない」と判断。
  ●保護処分歴の有無 
収容保護の不利益性の大きさ⇒収容保護への謙抑的な傾向や段階的処遇の考え方
but
保護処分が時機を失して非行性が深化してしまう場合も少なくない

結局は、事案の内容と要保護性の程度に即して健全な判断を個別的に下していくほかなく、初回係属でも少年院送致を選択することが必要な場合はある。
本決定:
少年に保護処分歴がないことは考慮されている
but
①非行事実に対する評価
②その背後で少年が抱える問題性
③資質面の課題の根深さ
④判断時点までの改善状況と今後の指導の必要性
⑤少年を取り巻く保護環境

少年の要保護性は高く、初回係属であることを踏まえても改善を図るためには収容保護を選択せざるを得ないと判断。
  ●資質面の特性に対する評価 
少年の要保護性を検討するため、家裁調査官による社会調査が活用
少年保護事件の決定書では、
少年の資質面について、
犯罪類型に応じた問題性を意識しながら、社会調査の生物・心理・社会モデルにおいて指摘されているいわゆるB・P・Sの視点のうち、特に、B・Pの視点を踏まえた分析が行われているとされる。
資質面の説示に当たっては、非行事実と資質面の問題性がどのように関連するかを明確にすることが特に重要であるとされる。
本決定:
注意欠陥多動症疑いが指摘。
その資質面の特性が窃盗をはじめとする多数の問題行動につながっており、本件非行と強く関係している上、成育歴に起因した根深いものとなっていることを具体的に検討した上で、最終的な結論に結び付けている。
502   
  行政p9
最高裁R3.5.14   
  県知事の管弦楽団による演奏会出席の公務該当性
  事案  徳島県の住民であるXが、県知事であるAが管弦楽団の演奏会への出席のために公用車を使用したことは違法であり、公用車の燃料費並びに同行した秘書及び運転手の人件費に相当する額につき、県はA知事に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有するにもかかわらず、Yである県知事はその行使を違法に怠っている⇒地自法242条の2第1項3号に基づき、Yを相手に、当該怠る事実が違法であることの確認を求めた住民訴訟。 
  A知事による21回の演奏会への出席が問題。
  1審 20回の演奏会については、監査請求期間の徒過⇒却下
1回について棄却。 
  原審 1回について認容。 
最高裁H18.12.1を参照し、その判断枠組みに従い、本件演奏会に出席する際の公用車の使用は違法。
A知事による本件演奏会への出席は、各種団体等の主宰すする会合に列席するなどの交際に該当。
but
県が本件演奏会の共催者にとどまり、A知事による挨拶等もされていない⇒特定の事務を遂行し対外的折衝等を行う過程において具体的な目的をもってされるものとは認め難い。
A知事が観客や主催者である市の首長等と意見交換もしていない⇒本件演奏会への出席は、相手方との友好、信頼関係の維持増進を図ることを目的とすると客観的にみることはできない。
観客と同様の条件下で演奏会を体感し、今後の県政運営における判断材料とする必要性があるといい得るとしても、そのような必要性が認められるのは、せいぜい1、2回の出席のときにすぎず、本件演奏会についてそのような必要性があるとはいえない。

A知事による本件演奏会への出席が公務に該当するということはできず、その目的のために公用車を使用することは違法。
  判断 決定で上告を棄却する一方、本件を上告審として受理。 
県がその事業の一環として当該演奏会を共催したものであるなどの判示の事情の下では、
本件演奏会にA知事が出席したことは公務に該当。
公用車を使用したことに違法があるというべき事情は見当たらない。
  解説  普通地方公共団体の長がした行為が公務に該当するか否かの点について一般的な判断基準を述べた最高裁判例は見当たらない。
地自法2条2項に照らし、その行為が、当該普通公共団体の「事務」に当たるのであれば、公務に該当すると考えられる。 
普通地方公共団体が一定の行政区域内において行政権能を担う統治団体であって、地自法1条の2第1項に規定された、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うという地方公共団体の役割を果たすために、住民福祉の向上を目的として行政事務一般を広く処理する権能を有していること(地自法2条2項)を考慮して、普通地方公共団体の事務該当性を判断。
普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体を統轄して、これを代表し、また、その事務を管理し及びこれを執行(地自法147条~149条)
⇒対象となった行為が、普通地方公共団体の事務に当たるのであれば、首長自らがその行為をするか、部下職員に命じてさせるかについては、首長の合理的な裁量に委ねられている。
本件演奏会の共催が県の事務⇒その首長であるA知事がこれに出席することは公務に該当。
それに際して公用車を使用するか否かはA知事の裁量に委ねられる。
⇒県がA知事に対し損害賠償請求権を有しているとはいえないことになる。
  原審は、本件演奏会に係る請求を認容。
but
何をもって請求権発生の事由と捉えたのかが必ずしも明らかでないように思われる。
A:公務に当たらない用務について公用車を利用した行為そのものが違法であり、これにより発生する損害賠償請求権の行使を怠ることが違法であるとする構成(いわゆる真正怠る事実)
B:公金の支出という財務会計行為が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権の行使を怠ることが違法であるという構成(いわゆる不真正怠る事実)
原審:本件で問題とされた21回の演奏会のうち、20回の演奏会については、監査請求期間の徒過を理由に却下⇒前記Bとして捉えていると考えられる。
but
そうなら、実体判断をした本件演奏会についても、同様にBとして捉えていると理解。
but
そうであれば、公金の支出に関して知事がどのような権限を有しており、どのような財務会計法規上の義務に違反したか等を検討しなければ、請求を認容できないはず。
本判決:県知事が管弦楽団による演奏会に出席したことが公務に該当するかについて、最高裁が判断を示したもの。 
  行政p12
東京高裁R3.7.7  
  過小資本税制における「国外支配株主等」に該当するとされた事例
  事案 内国法人である㈱Xが、かつてインサイダー取引規制違反により有罪判決を受けたこともある著名なアクティビスト投資家であってシンガポールに居住する非居住者であるAから、年利14.5%で合計164億円を借り入れ(「本件借入れ」)、これに対する本件利子を、その課税所得計算上損金に算入して法人税の確定申告

処分行政庁(渋谷区税務署長)から、Xは、その事業活動に必要とされる資金の相当部分を非居住者であるAから借入れによって調達⇒AはXにとって「国外支配株主等」に該当し、過小資本税制が適用される⇒当該支払利子の一部である約14億6250万円について損金算入を否認する旨の法人税等の更正処分等。
X:本件借入れが実行された時点ではAは住所地をシンガポールに移転しておらず、非居住者ではなかった⇒本件借入れに係る利子は、過小資本税制の適用対象となる「国外支配株主等に支払う負債の利子等」に該当しない⇒本件課税処分の取消しを求めた。
  争点 ①Xによる非居住者Aからの借入れが「非居住者等からの借入れ」に該当するか否か
②AとXとの間に事業方針決定関係があるか
  判断  Aは、平成23年7月4日に東京都渋谷区からシンガポールに住所地を移転、同月5日に非居住者
Xは、Aから同年6月30日から同年7月4日にかけて合計164億円に上る本件借入れをし、Aが非居住者となった同年7月5日から本件借入れが完済された平成平成24年3月7日までの期間にAに対して当該期間に対応する利子を支払った
⇒かかる支払利子は「国外支配株主等に支払う負債の利子等」に当たる。
「国外支配株主等」とは、非居住者又は外国法人(「非居住者等」)で、内国法人との間に、当該非居住者等が総数又は総額の100分の50以上を直接又は間接に保有する関係その他の政令で定める特殊の関係(租特法66条の5第4項1号)のあるもの。

①当該「特殊の関係」の例として、当該非居住者等と当該内国法人との間に租特法施行令39条の13第11項3号所定のイからハまでのいずれかの事実「その他これに類する事実が存在することにより、当該非居住者等が当該内国法人の事業の方針の全部又は一部につき実質的に決定できる関係」(「事業方針決定関係」)がある場合
②本件借入期間中の各月末時点におけるXの総資産額に占める本件借入れの額の割合は、最小の月でも59.91%、最大の月では75.24%

Xは、本件借入期間において、「その事業活動に必要とされる資金の相当部分を当該非居住者等からの借入れにより、調達ている」との要件(同号ロ)を充足
⇒AとXとの間には事業方針決定関係が存する。

AはXにとっての「国外支配株主等」に該当し、
本件借入れに係る利子は「国外支配株主等に支払う負債の利子等」に当たる
⇒当該利子の額のうち、過小資本税制に定められた所定の負債・資本持分比率である3倍を超える部分に対応するものとして政令で定めるところにより計算した金額につき損金算入を否認した本件課税処分は適法。
  X:本件借入れが実行された時点ではAは非居住者ではなかった⇒本件借入れに係る利子は「国外支配株主等」に該当しない。
vs.
①潜脱防止
②租特法施行令39条の13第11項3号ロは、租特法66条の5第1項の特例が適用される要件に係る「国外支配株主等」(同条4項1号)の定義に係るものであるところ、
同条1項は、「国外支配株主等・・・に負債の利子等を支払う場合において」と規定
⇒国外支配株主等に該当するか否かは利子等の支払時を基準として決定される。
⇒同条4項1号の「非居住者」であるか否か、政令だ定める特殊の関係があるか否かも、利子等の支払時を基準として決定される⇒租特法施行令39条の13第11項3号ロ所定の「当該非居住者等」も利子等の支払時における非居住者等を意味する。
③租特法施行令39条の13第11項3号ロは、事業方針決定関係の発生に通常寄与するものの例示として規定されているところ、仮に当該非居住者が居住者であった時期に借入れがされたとしてもも、その貸主・借主の関係は借入金が完済されるまで存続し、かかる関係が存続していれば、事業方針決定関係の発生に通常寄与するものと解される。

過小資本税制が適用されるためには貸付けの実行時において貸主が非居住者であることを要しない。
過小資本税制は、過大な貸付け自体を問題とするのではなく、内国法人が支払利子を損金の額に算入することによって法人税の負担を免れる一方、
利子を取得する者も所得税等の負担を免れるという事態(租税回避行為)を防止することを目的とする。
  事業方針決定関係の存否を認定するための判断手法に関し、租特法施行令39条の13第11項3号イからハまでに掲記の各事実は、事業方針決定関係の原因となる事実を例示したものと解することができる。
これらの掲記の事実その他これに類する事実により事業方針決定間j系があるか否かの認定判断に当たっては、
取引、資金調達及び人事上のつながりを含め、当該事案において事業方針決定関係の発生に影響を及ぼすと考えられる諸般の事情を総合して認定判断を行うのが相当。 
①本件借入れがXの事業資金の調達において極めて大きな比重を占めていた
②本件借入れによって調達した資金の使途についてXはAによる事前の承認を得なければならないものとされていた
③Aは、Xとの資本関係喪失後も事業資金の調達やAファンドの関係者との人的なつながりを通じてXに対する影響力を依然として有しており、
④本件出資の履行方法の選択や本件借入れに関連してなされたXの税負担の軽減を図るための一連の措置はいずれもAの主導により行われたものであって、
⑤Xの投資事業及び株式取引事業の運営や、Xの役員人事等の重要事項の決定についてもAが重要な影響力を行使していたものと認められる

AはXの事業の方針の全部又は一部につき実質的に決定できる関係を有していたものと優に認めることができる。
  民事p16
最高裁R3.5.17  
  石綿関連疾患での国賠請求と建材メーカーへの損害賠償請求(民法719条1項後段類推事例)
  事案 ・・・
国に対し、建設作業従事者が石綿含有建材から生ずる石綿粉じんにばく露することを防止するために国が労安法に基づく規制権限を行使しなかったことが違法⇒国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めるとともに、
建材メーカーらに対し、建材メーカーらが石綿含有建材から生じる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示することなく石綿含有建材を製造販売したことにより本件被災者らが前記疾患にり患⇒不法行為に基づく損害賠償を求めた。 
  争点 (1)国に対する国賠請求:
①労働者に対する責任:
屋内建設現場における建設作業(石綿吹付け作業を除く。)に従事して石綿粉じんにばく露した労働者との関係において、国の規制権限の不行使は国賠法1条1項の適用上違法となるか
違法となるとして、その始期及び終期はいつか。
②労働者以外の者に対する責任:
屋内建設現場における建設作業(石綿吹付け作業を除く。)に住して石綿粉じんにばく露した者のうち労安法2条2号において定義された労働者に該当しない者(いわゆる1人親方及び個人事業主等)との関係において、国の規制権限の不行使は国賠法1条1項の適用上違法となるか。 
(2)建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求:
①民法719条1項後段の要件:
被害者によって特定された複数の行為者のほかに被害者の損害を惹起し得る行為をした者が存在しないことは、民法719条1項後段の適用の要件か否か

②中皮腫にり患した大工らに対する建材メーカーの責任:
大工らが、建設現場において、複数の建材メーカーが製造販売をした石綿含有建材を取り扱うなどして、累積的に石綿粉じんにばく露し、中皮腫にり患した場合に、大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられていたことが認められる石綿含有建材を製造販売した建材メーカーがどのような責任を負うか。

③石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した大工らに対する建材メーカーの責任:
大工らが、建設現場において、複数の建材メーカーが製造販売した石綿含有建材を取り扱うなどして、累積的に石綿粉じんにばく露し、石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した場合に、大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられていたことが認められる石綿含有建材を製造販売した建材メーカーがどのような責任を負うか。
  判断 ●国に対する国賠請求
◎労働者に対する責任
労安法に基づく規制権限の不行使は、労働者との関係において、昭和50年10月1日以降、国賠法1条1項の適用上違法。
国の規制権限の不行使が国賠法1条1項の適用上違法となる終期:平成16年9月30日 
  ◎  ◎労働者以外の者に対する責任 
労安法に基づく規制権限の不行使は、労安法2条2号において定義された労働者に該当しない者との関係においても、国賠法1条1項の適用上違法である。
  ●  ●建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求 
  ◎民法719条1項後段の要件 
被害者によって特定された複数の行為者のほかに被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為をした者が存在しないことは、民法719条1項後段の適用の要件である。
  ◎中皮腫にり患した大工らに対する建材メーカーの責任 
本件3社は、民法719条1項後段の類推適用により、中皮腫にり患した大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負う。
  ◎石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した大工らに対する建材メーカーの責任
本件3社は、民法719条1項後段の類推適用により、石綿肺、肺がん又はびまん性胸膜肥厚にり患した大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負う。
  解説 ●  ●国に対する国賠請求
  ◎規制権限の不行使が国賠法1条1項の適用上違法となる場合についての判例法理 
最高裁:
国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国賠法1条1項の適用上違法となる。
  ◎  ◎始期の問題 
①昭和49年1月1日
②昭和50年10月1日
③昭和51年1月1日
④昭和56年1月1日
に判断が分かれていた。
本判決:②に統一。
規制権限の不行使の違法を判断する際の考慮要素:
泉南アスベスト訴訟判決の調査官解説:
①規制権限を定めた法が保護する利益の内容及び性質
②被害の重大性及び切迫性
③予見可能性
④結果回避可能性
⑤現実に実施された措置の合理性
⑥規制権限行使以外の手段による結果回避困難性(被害者による結果回避可能性)
⑦規制権限行使における専門性、裁量性
などの諸事情を総合的に検討して、違法性を判断。
本件:総合的検討の中で、特に予見可能性をめぐる問題が重要

原判決:
昭和50年当時、国による当時の石綿粉じん対策は不十分。
but
国は、当時、建設現場における石綿粉じんの実態を把握しておらず、建設現場において石綿粉じんにばく露することにより、建設作業従事者に広汎かつ重大な危険が生じていると認識していなかった
⇒昭和55年12月31日以前の国の規制権限の不行使は、許容される限度を超えて著しく不合理なものとはいえない。

本判決:
国は建設現場における石綿粉じん濃度の測定等の調査を行うべきであり、調査を行えば、国は、石綿吹付け作業に従事する者以外の建設作業従事者にも、石綿関連疾患にり患する広汎かつ重大な危険が生じていることを把握することができた
⇒国の規制権限の不行使を著しく不合理なものとした。
  ◎終期の問題 
国の規制権限の不行使が国賠法1条1項の適用上違法となる終期:
①平成7年3月31日
②平成16年9月30日
③平成18年8月31日
で②に統一。
  ◎一人親方等の問題
①労安法57条が義務付ける石綿含有建材の表示については物の危険性に着目した規制
②昭和50年9月30日の改正後の特定化学物質等障害予防規則38条の3が義務付ける石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示については場所の危険性に着目した規制

いずれも労働者に該当しない者も保護する趣旨のもの。
  ●建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求 
  規定 民法 第七一九条(共同不法行為者の責任)
数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。
共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。
  ◎  ◎民法719条1項後段の要件
択一的競合関係(複数の行為者のうちいずれかの行為によって損害が発生したことは明らかであるが、いずれの行為が原因であるかは不明)の場合に適用。
同項後段が適用されるのは、「加害者であり得る者が特定でき、ほかに加害者となり得る者は存在しないこと」(「他原因不存在」)が要件となる。
以上通説。

少数説:「ほかに加害者となり得る者は存在しないこと」は、民法719条1項後段の適用の要件ではない。
本判決:
通説の立場。
民法719条1項後段の趣旨について、
同項後段は、複数の者がいずれも被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為を行い、そのうちのいずれの者の行為によって損害が生じたのかが不明である場合に、被害者の保護を図るために、公益的観点から、因果関係の立証責任を転換して、上記の行為を行った者らが自らの行為と損害との間に因果関係が存在しないことを立証しない限り、上記の者らに連帯して損害の全部について賠償責任を負わせる趣旨の規定。

同項後段が因果関係の推定の規定であることを明言。
  ◎民法719条1項後段の類推適用 
本判決:類推適用を肯定。
A:行為の関連性がある場合にのみ類推適用を肯定する見解
B:結果の発生に何らかの寄与がある場合にのみ類推適用を肯定する見解
C:行為の関連性がある場合にも、結果の発生に何らかの寄与がある場合にも、類推適用を肯定する見解
D:行為に関連性があり、かつ、結果の発生に何らかの寄与もある場合に類推適用を肯定する見解
本判決の分析:
本件3社が製造販売した石綿含有スレートボード・フレキシブル板、石綿含有スレートボード・平板及び石綿含有けい酸カルシウム板第1種(「本件ボード3種」)が大工らの稼働する建設現場に相当回数にわたり到達していたことを前提とする。
下級審において、建材メーカーらの共同不法行為のせいりつのために、特定の建材メーカーの石綿含有建材が特定の被災者の稼働する建設現場に到達したことを原告側が立証する必要があるか否かが争われ、
学説の中にも、到達の立証は不要であり、到達の「相当程度の可能性」で足りる旨の見解。

本判決:石綿含有建材の建設現場への到達が認められることを前提に民法719条1項後段の類推適用を肯定。
大工らが、建設現場において、本件ボード3種を直接取り扱っていたことが考慮事情となっている。
大工らが本件ボード3種を直接取り扱っていた⇒大工らが本件ボード3種を切断などする際に石綿粉じんにばく露していた。
本件3社が製造販売した本件ボード3種が、大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達していた用いられていた⇒大工らは、本件3社が製造販売した本件ボード3種から生じた石綿粉じんにばく露していたということ、ひいては、本件3社は大工らの石綿関連疾患の発症に何らかの寄与をしていた。
本判決では、大工らが、建設現場において、複数の建材メーカーが製造販売した石綿含有建材を取り扱うことなどにより、累積的に石綿粉じんにばく露したことが、建材メーカーにとって想定し得た事態というべきであるとされている。
本件3社は、いずれも、石綿含有建材メーカーであり、本件ボード3種を製造販売し、製造販売した本件ボード3種が大工らの稼働する建設現場に到達していたという点でも、共通。

弱い関連共同性論に依拠しないで結果の発生に何らかの寄与があることに着目して類推適用を肯定する見解⇒本判決の結論を説明できる。
but
本件3社には、本件含有建材のメーカーとして本件ボード3種を製造販売し、製造販売した本件ボード3種が大工らの稼働する建設現場に到達したという共通性等⇒行為の関連性に着目して類推適用を肯定する見解から本判決の結論を説明することもできる。
  本判決:
民法719条1項後段の類推適用の効果として、因果関係の立証責任が転換されることを明示。 
同項後段の趣旨について、被害者の保護を図るため、公益的観点から、因果関係の立証責任を転換するものと説示。
同項後段の類推適用の場面でも、被害者保護の見地から、・・・同項後段が適用される場合との均衡を図って、同項後段の類推適用により、因果関係の立証責任が転換されると説示。

同項後段の適用・類推適用の双方について、因果関係の推定の効果を認めた。
  本判決:
本件3社は、大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負うとし、賠償責任を損害の一部に限定。

本件においては、・・・大工らが本件ボード3種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は、各自の石綿粉じんのばく露量全体の一部にとどまるという事情があるから、・・・・こうした事情等を考慮して定まるその行為の損害の発生に対する寄与度に応じた範囲で損害賠償責任を負うというべきである。
寄与度減責については、
加害者・被害者間の関係、加害者間の公平、その他諸般の事情を総合考慮して具体的妥当な結論を導くための操作であり、過失相殺と同様に事案に応じて柔軟な適用が必要とされるもの(能見)。
寄与度について、裁判所が妥当な結論を導くために諸般の事情を総合考慮して裁量的に判断するものと解する⇒本件3社が製造販売した本件ボード3種からの石綿粉じんのばく露量の割合と、本件3社が負う損害賠償責任の割合が一致していなくても、特に問題はないものと思われる。
本件ボード3種を製造販売し、製造販売した本件ボード3種が大工らの稼働する建設現場に到達していた建材メーカー間に弱い関連共同性を肯定する立場⇒本件3社が大工らの各損害の3分の1について連帯して損害賠償責任を負うことは、自然なこと。
  民事p43
長野地裁R2.11.27  
  辞任の申請の撤回が信義に反するとされた事例
  事案 Yは宗教法人Aを包括団体とする宗教法人であり、Bの構成寺院の1つ。
Bは、Aを包括団体とするY及び一山25か寺(「一山寺院」)並びに宗教法人Cを包括団体とする無宗派の単位寺院。 
Xは、Aの宗教的象徴である座主によってYの住職に任命されたことにより、Yの規則に基づいて、Yの代表役員兼責任社員となっていたが、XがAの代表役員である宗務総長に提出した辞任願に基づき、座主がXをYの住職から解任。
本件:Xが、座主による解任前に本件辞任願による辞任の申請を撤回⇒前記解任は無効

Yに対し、XがYの代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求めるとともに、
委任契約又はそれに類する契約に基づき、給与(帰郷手当を含む。)及び賞与の支払を求めた。
  解説 宗教法人法:
宗教法人には3人以上の責任役員を置き、そのうち1人を代表役員とし、規則に別段の定めがなければ、責任役員の互選によって代表役員を定める。
Yにおいては規則において別段の定め:
Yの代表役員は、Aの規定により座主から任命されたYの住職の職にある者をもって充てる。
宗教法人法は、代表役員や責任役員の解任の方法については規定しておらず、宗教法人の規則に委ねている。
Aにおける住職及び教会主管者選任規程においては、住職を辞する場合には、法類総代及び組寺総代又は末寺総代若しくは一山総代の連署を添えて宗務総長に辞任を申請した者を座主が解任し、住職は、懲戒処分によるほか、その意に反して罷免されないとされている。
  本件 ・・・・一山寺院は、Xの辞任願の提出を条件に懲戒審理申告書を取り下げるというXの要求に同意し、Yの住職を辞任することを対外的に表明し、それを受けて一山寺院はXが法儀等に復帰することを承認。
その後、Xは、本件辞任願による辞任の申請を撤回する旨の内容証明郵便をAの宗務総長宛手に送付⇒宗務総長は撤回を認めず、座主はXをYの住職から解任。
  主張 X:辞任を申請した住職は、座主による解任がされるまでの間は、辞任の申請を撤回することができるところ、解任前に本件辞任願の撤回の意思を表示した内容証明郵便を送付⇒解任の時点で辞任の申請の効力はない。 
Y:座主から解任される前においては、住職は辞任願の撤回をすることができるとしても、本件辞任願の提出に至る経緯に鑑みれば、これを撤回すれば、A、一山寺院及びYの関係者らの信頼を裏切る上、関係者らに不測の混乱を与える⇒その撤回が信義に反すると認められる特段の事情がある⇒本件辞任願による辞任の申請を撤回することは許されない。
  判断 ①住職の解任については、座主が辞任を申請した住職を解任するとされている
②Aにおいては、住職は、懲戒処分によるほか、その意に反して罷免されないとされている

辞任の申請やその撤回は、住職の自由な意思に委ねられており、辞任を申請した住職は、座主による解任がされるまでの間は、信義に反するような特段の事情がない限り、辞任の申請を撤回することができる。
but
Xが辞任の申請をするに至った経緯

本件辞任願による辞任の申請を撤回することは、Xと一山寺院等との間の紛争解決に向けて積み重ねられてきた枠組みを崩壊させるのみならず、昇堂停止解除等、自らの利益になることが実現するや辞任の申請を撤回するという身勝手なものであり、
Xとの間の紛争の解決の調整方針に従ってXに対する配慮や譲歩をしてきたYの関係者、一山寺院及びAに対する信義に反し、かつ混乱と損害をもたらすもの
⇒前記特段の事情があるため許されない。
Xは自身の有効な辞任の申請に基づき座主によって住職を解任されている上、
Yにおいては、代表役員1名と一山寺院及び総代から選定された2名が責任役員となり、代表役員がその地位を失ったときは、当然に責任役員の地位も失うことになる。
⇒XはYの代表役員及び責任役員たる地位にない。
  解説 公務員の退職願については、免職辞令の交付によって免職処分が有効に成立する前においては撤回することは自由。
but
免職辞令の交付前においても、退職願を撤回することが信義に反すると認められるような特段の事情がある場合には、その撤回は許されない(最高裁)。
いかなる場合に辞任の申請の撤回が信義に反するものとなるか?
事案後の個別具体的な判断。

本判決:
Xの罷免の根拠となる懲戒事由の有無に関する調査がYの包括団体であるAによって始められる中で、Xと一山寺院等Yの関係者が交渉と譲歩の末、紛争解決への枠組みを整えたにもかかわらず、
自らの利益となる相手方当事者の譲歩が実現するや相手方当事者が譲歩の条件とした住職の辞任願の提出を撤回したことが、信義に反するものとされたもの。
  労働p54
東京地裁R2.10.1  
  契約期間が通算5年10か月、更新回数7回の労働者の雇止めと労契法19条1号、2号該当性(否定事例)
  事案 Yと有期労働契約を締結し、雇止めされたXが、XとYの労働契約は労契法19条1号又は2号の要件を満たしており、雇止めも理由がない⇒従前の労働契約の内容で契約が更新された

Yに対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、
雇止め後の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。 
平成24年法律第56号による労契法の改正によって、同一の使用者の下で有期労働契約が更新されて通算契約期間が5年を超える⇒労働者に無期転換申込権が付与される(労契法18条)。
but
平成25年4月1日以降新たに締結又は更新された有期労働契約から通算期間の算定が始まる⇒Xは労契法18条の要件に該当せず。
  争点 ①労契法19条1号又は2号該当性
②雇止めの合理的な理由及び社会通念上相当性の有無
  規定 労契法 第一九条(有期労働契約の更新等)

有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。

一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。

二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。
  判断 ●労契法19条1号該当性
XとYとの間の労働契約の契約期間は通算5年10か月、更新回数は7回に及ぶ
but
毎回、必ず契約書が作成されており、契約日の前に、Yの管理職がXの面前で契約書を読み上げて契約の意思を確認するという手続を取っており、更新処理が形骸化していたとはいえない。

いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったと認められる場合には当たらない⇒労契法19条1号該当性を否定。
   ● ●労契法19条2号該当性 
不更新条項の位置づけ:
契約書に不更新条項が記載され、これに対する同意が更新の条件となっている場合には、労働者としては署名を拒否して直ちに契約関係をを終了させるか、署名して次期の期間満了時に契約関係を終了させるかの二者択一を迫られる⇒労働者が不更新条項を含む契約書に署名押印する行為は、労働者の自由な意思に基づくものか一般的に疑問がある⇒同行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合でない限り、更新に対する合理的な期待の放棄がされたと認めるべき。
本件では、Yが不更新条項の法的効果について説明したことを認めるに足りる証拠はなく、Xが不更新条項に異議を留めるメールを送っている
⇒前記の合理的理由が客観的に存在するとはいえず、合理的な期待の放棄は認められない。
⇒不更新条項の存在は、Xの雇用継続の期待の合理性を判断するための事情の1つにとどまる。
  ・・・Yが前記業務を受注できずB事業所を閉鎖して撤退するに至ったため、6回目の契約更新の前に、XがYの管理職から、YがZ社の商品配送業務を失注しB事業所を閉鎖する見込みとなり、次期契約期間満了後の雇用契約がないことについて、個人面談を含めた複数回の説明を受け、Yに代わりZ社の業務を受注した後継業者への移籍ができることなどを説明され、契約書にも不更新条項が設けられた⇒6回目の契約更新時時点においては、それまでの契約期間通算5年1か月、5回の更新がされたことによって生じるべき更新の合理的期間は、打ち消されてしまった。
7回目の契約更新時も・・・合理的な期待が生じる余地はなかった。
7回目の契約更新の期間満了時において、Xが、Yとの有期労働契約が更新されるものと期待したとしても、その期待について合理的な理由があるとは認められない⇒労契法19条2号該当性を否定。
  解説 有期労働契約が更新される過程で不更新条項が付加された場合、それまでに生じていた雇用継続への合理的期待が放棄されたことにならないか? 
本件は、最高裁H28.2.3を引用して、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合に限り、更新への合理的な期待の放棄がされたと認めるべきであるとした上で、本件ではこれを否定。
but
不更新条項が契約更新の期待の合理性を判断するための事情とすることは否定しておらず、
①契約書に記載されたXの担当業務がなくなったこと、
②YのXに対する説明内容、
③不更新条項の存在など
⇒Xの契約更新に対する合理的期待は打ち消された旨判断し、労契法19条2号該当性を否定。
  経済p68
東京地裁R1.11.15  
  プラットフォームを構築・運営している事業者の不当表示の表示主体性(肯定)
  事案 消費者庁長官が、X(アマゾンジャパン)の運営する商品販売用ウェブサイト(本件ウェブサイト)において、5種類の商品を(「本件5商品」)について、それぞれ、 製造事業者が一般消費者への提示を目的としないで商品管理上便宜的に定めていた価格(参考上代)又は製造事業者が設定した希望小売価格より高い価格を、本件ウェブサイト上の販売価格を上回る「参考価格」として見え消しにした状態で併記し、実際の販売価格が「参考価格」に比して安いかのように表示し(「本件各表示」)、景表法5条2号の有利誤認表示をした
⇒Xに対して景表法7条1項の規定に基づく命令(「本件措置命令」)
⇒XがY(国)に対して、本件措置命令の取り消しを求めた。
  争点 ①Xが本件各表示をした事業者であるといえるか
②本件各表示が実際のものよりも取引の相手方に対して著しく有利であると一般消費者に誤認される表示(景表法5条2号) 
  判断 ●争点① 
①不当景品類及び不当表示による顧客の誘因を防止するため、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれのある行為の制限及び禁止について定めることにより、一般消費者の利益を保護するという景表法の目的(景表法1条)を達成するために、景表法5条において禁止されるべき表示を規定
②商品を購入しようとする一般消費者にとっては、通常は、商品に付された表示という外形のみを信頼して情報を入手するしか方法はないことなど

表示内容の決定に関与した事業者が、景表法52号に該当する不当表示を行った事業者に該当すると解するのが相当。
「表示内容の決定に関与した事業者」には、
他の事業者が決定したあるいは決定する表示内容についてその事業者から説明を受けてこれを了承しその表示を自己の表示とすることを了承した事業者及び
自己が表示内容を決定することができるにかかわらず他の事業者に表示内容の決定を任せた事業者も含まれると解するのが相当。
①Xは、本件ウェブサイト上に、いつ、何を、どこに、どのように表示するのかという仕組みを自由に決定することができる
②Xと出品者が同一の商品を販売している場合、Xが使用するシステムがした総合評価の結果に従って、1つの販売者が設定した販売価格が商品詳細ページの中央部分に表示される仕組みを構築している

本件においては、Xが、一定の場合に二重価格表示がされるように本件ウェブサイト上の表示の仕組みをあらかじめ構築し、当該仕組みに従って二重価格表示である本件各表示が実際に表示された本件5商品について、Xが、当該二重価格表示を前提とした表示の下で、自らを本件5商品の販売者として表示し、本件5商品を販売していた
⇒Xは、本件各表示について、表示内容の決定に関与した事業者であるといえ、Xが本件各表示をした事業者であると認められる。
  ●争点② 
公正取引委員会「不当な価格表示についての景品表示法の考え方」(平成12年6月30日)消費者庁HP(「本件ガイドライン」)を示し、
本件ガイドラインには、
(1)希望小売価格を比較対象価格とする二重価格表示を行う場合に、製造事業者等により設定され、あらかじめ公表されているとはいえない価格を、希望小売価格と称して比較対象価格として用いるときは、一般消費者に販売価格が安いとの誤認を与え、不当表示に該当するおそれがあるのと定め(本件ガイドライン第4の3(1)ア)
(2)製造業者等が参考小売価格や参考上代等の名称で小売業者に対してのみ呈示している価格を比較対照価格とする二重価格表示を行う場合に、
①これらの価格が、製造業者等が設定したものをカタログやパンフレットに記載するなどして当該商品を取り扱う小売業者に広く呈示されている場合には、当該価格を比較対象価格に用いること自体は可能であるが、希望小売価格以外の名称を用いるなど、一般消費者が誤認しないように表示する必要があるとする定め、
②製造業者等が当該商品を取り扱う小売業者に小売業者向けのカタログ等により広く呈示しているとはいえない価格を、小売業者が参考小売価格等と称して比較対象価格に用いるときには、一般消費者に販売価格が安いとの誤認を与え、不当表示に該当するおそれがあるとする定め(本件ガイドライン第4の3(1)イ)。
これらを判断基準として検討し、
本件5商品について表示された「参考価格」は本件ガイドラインの前記各定めに照らして、いずれも、一般消費者に販売価格が安いとの誤認を与え、不当表示に該当するものと認めるのが相当。
  解説 いわゆるプラットフォーム型通信販売においてプラットフォームを構築・運営している事業者に不当表示の表示主体性を認めた事例。 
  刑事p111
東京高裁R2.12.10  
  ピンク歯が頸部圧迫による窒息死を示す所見との法医学者の証言の証拠能力・証明力
  事案 被告人が被害者に対し、殺意をもって、睡眠改善薬を摂取させた上、頸部を圧迫して窒息死させたとされる事案。 
死因について直接証拠なし。
  原審 被害者の死体の歯牙が広範囲に鮮明なピンク色に変色していたこと⇒頸部圧迫による窒息死と認められるとの法医学者の証言の信用性を肯定し、被告人の犯人性も肯定。 
  控訴審 ピンク歯に関する法医学者の証言の証拠能力が疑われた。 
  解説 科学的証拠の証拠能力についても、一般に要求される関連性以上の要件は不要とするのが実務の傾向。 
足利事件最高裁決定(最高裁H12.7.17):
MCT118DNA型鑑定が、
科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたと認められることを指摘し、証拠の許容性を肯定。

A:科学的証拠の許容性を肯定するには、基礎となる科学的原理の理論的正確性及び具体的な実施方法の科学的信頼性を要する
B:科学的証拠一般についてこれらを要件として積極的に要求した判示とはいえない
  判断・解説   本判決:
当該証人が十分な学識経験を有している⇒証拠の証拠能力を肯定 
but
信用性評価の場面では、
①理論的な正確性が明らかでなく、
②著名なピンク歯の評価を確実に行う手法も確立されていない
⇒同証言の信用性を否定。
法医学においては、科学的な原理が未解明であっても、経験的に一定の意味があるとされている事象に基づく判断が許され得ることに加え、同証言の当否を判断するには、異なる見解に基づく専門家の証言等と対比する必要がある。
⇒証拠採否の段階で決着をつけるのは相当でなく、公判廷における証拠調べによって信用性や証拠価値を吟味すべきとの考えに基づく。

科学的証拠の信頼性に関する事実は、科学的証拠の信用性や証拠価値といった本来裁判員と裁判官との評議で判断すべき事項と密接不可分⇒公判前整理手続において、科学的証拠の信頼性を1から検討し、その信頼性の有無、程度を実質的に判断してしまうような本格的審査は妥当ではない。
  原審において4名の法医学者が証言したとkろ、そのうち司法解剖を担当したB教授は、D教授の前記証言とは異なり、ピンク歯が頸部圧迫による窒息死に特異的な所見ではなく、重視しない旨証言。
原審:
①D教授が、頸部圧迫による鬱血によって著名なピンク歯が形成される合理的根拠を述べている
②B教授はピンク歯に関sるう深い知見を有しているわけではない
③著名なピンク歯が生じている場合についてまで頭部鬱血が生じてことを否定する理由についてB教授が特段の根拠を示していない
ことを指摘。
vs.
②について、B教授も多数の司法解剖等の経験を有する専門家であり、学識経験等の差から証言の信用性に差があると判断することは不合理。
③について、B教授の証人尋問において、D教授のいう著名なピンク歯の所見がある場合についての質問はない⇒この点についてはB教授の見解は不明というほかない。B教授は、D教授が著名なピンク歯と認めるAの死体よりも濃いピンク歯が溺死体で認められたことなどを挙げて、ピンク歯が頸部圧迫による窒息死に特異的な所見ではないと証言⇒著明なピンク歯の所見がある場合でも、頸部圧迫による頭部鬱血が生じていたとは言い切れない根拠を示しているともいえる。
本判決:
原審の審理の問題点について付言しているが、複数の専門家証人の尋問に当たっては、意見の相違点がが明確になるよう、対質の実施を含め、尋問方法の工夫が必要であるとの指摘。
  本判決:自判せず、原審裁判所に差し戻し。

被害者に睡眠改善薬を摂取させた事実も公訴事実の殺人の実行行為に含まれると解した上で、それを踏まえるならば審理は尽くされていないと考えたことによる。
2501   
  判例特報
p3
最高裁R3.6.23  
  夫婦同氏制合憲決定
  事案 抗告人らが、婚姻届に「夫は夫の氏、妻は妻の氏を称する」旨を記載し婚姻の届出(「本件届出」)⇒国分寺市長が不受理とする処分(「本件処分」)⇒本件処分が不当として、戸籍法122条に基づき、同市長に本件届出の受理を命ずることを申し立てた。 
  争点 民法750条及び戸籍法74条1号(併せて「本件各規定」)が、
①夫婦別氏を自坊する者を「心情」により差別するものとして憲法14条1項に違反
②憲法24条に違反
③女子差別撤廃条約又は人権B規約(自由権規約)に違反 
  特別抗告 抗告理由:
本件各規定が憲法14条1項、24条、98条2甲に違反して無効 
  判断 憲法24条違反をいう論旨:
各規定が憲法24条に違反しないことは平成27年大法廷判決のとおり。
平成27年大法廷判決以降にみられる女性の有業率の上昇、管理職に占める女性の割合の増加その他の社会の変化や、いわゆる選択的夫婦別氏制の導入に賛成する者の割合の増加その他の国民の意識の変化といった原決定が認定する諸事情を踏まえても、平成27年大法廷判決の判断を変更すべきものとは認められない。
その余の論旨(憲法14条1項、98条2項等違反):
その実質は単なる法令違反を主張するもの又はその前提を欠くものであって、特別抗告の事由に該当しない。
  行政p61
最高裁R3.3.11    
  利益剰余金と資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当の税法上の処理
  事案 内国法人である被上告人(X)は、平成24年4月1日から同25年3月31日までの連結事業年度(「本件連結事業年度」)において、被上告人が本件連結事業年度を通じてその出資の持分の全部を保有している米国デラウェア州リミテッド・ライアビリティ・カンパニー法に基づき組成された外国子会社であるA社から、資本剰余金を原資とする剰余金の配当(「本件資本配当」)及び利益剰余金を原資とする剰余金の配当(「本件利益配当」、併せて「本件配当」)を受け、
本件資本配当は法人税法(平成27年改正前)24条1項3号の「資本の払戻し(剰余金の配当(資本剰余金の額の減少に伴うものに限る。)のうち、分割型分割によるもの以外のもの)」(「資本の払戻し」)に、
本件利益配当は同法23条1項1号の「剰余金の配当(株式又は出資に係るものに限るものとし、資本剰余金の額の減少に伴うもの及び分割型分割によるものを除く。)」
にそれぞれ該当するとして、本件連結事業年度の法人税の連結確定申告をした。 
所轄税務署長は、本件配当は効力発生日が同一日であることなどから、利益剰余金及び資本剰余金の双方を原資とする剰余金の配当(「混合配当」)であり、その全額が法人税法24条1項3号に規定する資本の払戻しに該当⇒更正処分。
本件:
被上告人が、本件更正処分のうち連結所得金額が本件申告を超え、翌期へ繰越す連結欠損金額が本件申告に係る金額を下回る部分の取消しを求めた。
  争点 争点①:
本件更正処分のとおり本件配当全体について法人税法24条1項3号が適用されるのか、それとも本件利益配当について同法23条1項1号が適用されるのかという法令解釈の問題(争点①ー1)
仮にこれが肯定されるとしても、本件の事実関係等の下で、本件配当全体が資本の払戻しに該当することとなるのか、又は本件資本配当は資本の払戻に、本件利益配当は同法23条1項1号の剰余金の配当に、ぞれぞれ該当するのかとう問題(争点①ー2)
争点②:
本件配当全体が法人税法24条1項3号の資本の払戻しに該当するとしても、同法の委任を受けて定められた法人税法施行令23条1項3号の規定に従って本件配当のみなし配当金額を計算すると、
A社の簿価純資産価額が直前資本金額を下回っていたこと等から、本件配当のうち利益剰余金を原資とする部分の一部がみなし配当金額ではなく有価証券の譲渡に係る対価の額に算入されることとなる。
本件更正処分もその計算結果に基づいているが、このような計算結果となる同号の規定が法人税法の委任の範囲を超えず、適法なものといえるか。
  原審  争点①ー1について、
法人税法24条1項3号の資本の払戻しとは、その文理からすれば、「資本剰余金の額の減少によって行う剰余金の配当」、すなわち、「資本剰余金を原資とする配当」をいうものと解すべき。

資本剰余金及び利益剰余金の双方を原資として配当が行われた場合、
資本剰余金を原資とする配当には同号が
利益剰余金を原資とする配当には同法23条1項1号が
それぞれ適用。
いずれの配当が先に行われたとみるかによって課税関係に差異が生ずるようなときには、例外的に、配当全体が資本の払戻しと整理され、同法24条1項3号の規律に服すると解される。
but
本件は前記の差異が生じる場合ではない。

本件資本配当には同号が、
本件利益配当には同法23条1項1号が
それぞれ適用される。
    国の上告受理の申立てを受理。
  判断 利益剰余金と資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当は、その全体が法人税法24条1項3号に規定する資本の払戻しに該当する。
法人税法24条1項に規定する株式又は出資に対応する部分の金額の計算方式について定める法人税法施行令23条1項3号の規定のうち、資本の払戻しがされた場合の当該払戻し直前の払戻等対応資本金額等の計算方法を定める部分は、
利益剰余金及び資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当につき、当該払戻しにより減少した資本剰余金の額を超える当該払戻し直前の払戻等対応資本金額等が算出される結果となる限度において、法人税法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効。
  解説 ●法人税法における基本的な概念とみなし配当 
◎  会社から株主等に対して会社財産の払出しがされた場合の株主等に対する課税について、
①資本金等の額から払い出されたもの⇒株主等にとって株主拠出部分の払戻しに該当⇒それ自体は株主の所得を構成せず、配当として扱わない。
②利益準備金から払い出されたもの⇒法人が獲得した利益を分配するもので、配当として株主レベルで課税の対象とする。
税法上の区分とは異なり、会社法上の資本剰余金や利益剰余金には、法人が株主等から出資を受けた資本部分と、法人がその事業活動により稼得した利益部分の双方を含みうる概念となっている。 
  受取配当は、企業会計上は収益であり、法人税法22条2項により益金の額に算入すべき金額である収益の額に当たる。
but
同項の別段の定めに当たる同法23条1項1号により、その全部又は一部が益金に算入されない。

法人が稼得した利益は、それが法人株主に配当されたとしても(さらに法人の株主に配当されるなどして)最終的には個人株主に配当として帰属することとなる⇒最初の利益を稼いだ法人の段階で1回、最終的に個人株主に分配された段階でもう1回課税するという2段階で課税する考え方を前提として、その中間にある法人株主が受け取った配当等については、支払法人の段階で既に法人税が課税されているため、法人所得に対し何回も重複して課税すること(多重課税)を避けるために益金不算入とするもの。
  ●争点①ー1について 
  ●争点②について 
  ◎問題の所在 
  ◎委任命令と法律との関係 
委任命令は、
委任をした法律(授権法)に抵触⇒違法
委任に際して行政機関に裁量が認められている場合でも、当該裁量の範囲を逸脱⇒違法
委任命令が授権法の範囲内といえるか否かの判断要素
①授権規定の文理
②授権法が下位法令に委任した趣旨
③授権法の趣旨、目的及び仕組みとの整合性
④委任命令によって制限される権利ないし利益の性質等
が考慮。
必要に応じて授権規定の立法過程における議論等もj検討の対象。

これらの諸要素を総合的に考慮⇒当該委任命令の規定が授権法の委任の範囲を逸脱するといえる場合には、当該規定は違法。
  ◎  ◎本判決の立場 
法人税法22条の規定について述べた上で、
株主等である法人が受け取る配当は、企業会計上は収益⇒本来は課税の対象となるべきもの。
but
二重課税の防止等の見地から、上記の別段の定めである同法23条又は23条の2の規定により、その全部又は一部が益金の額に算入されないこととされている。

同法は、法人の財産のうち株主等から出資を受けた部分(「資本部分」)に相当する資本金等の額(2条16号)と、法人がその事業活動により稼働した金額であって株主等に分配することなく留保している部分(「利益部分」)に相当する利益積立金額(同条18号)について、それぞれ政令でその算定方法を規定することとし(法人税法施行令8条、9条)、これをしゅん別することを原則とする。

法人税法が資本部分と利益部分をしゅん別しており、
受取配当については、本来課税の対象となるべきものであるが、
二重課税の防止等という、資本部分と利益部分のしゅん別とは別の観点から、全部又は一部を益金不算入とする制度をとっている。
   
  以上の法人税法の解釈を前提として、
本判決:
法人税法施行令23条1項3号の法適合性について、
法人税法24条3項の委任を受けて株式対応部分金額の計算方法について規定する法人税法施行令23条1項3号は、
会社財産の払戻しについて、資本部分と利益部分の双方から純資産に占めるそれぞれの比率に従って比例的にされたものと捉えて株式対応部分金額を計算しようとするものであるところ、
直前払戻等対応資本金額等の計算に用いる施行令規定割合を算出する際に分子となる金額を当該資本の払戻しにより交付した金額の額ではなく減少資本剰余金額とし、資本剰余金を原資とする部分のみについて上記比例的な計算を行うこととするもの
⇒この計算方法の枠組みは、前記の同法の趣旨に適合する。
but
「簿価純資産価額<直前資本金額」である場合に限ってみれば、上記計算方法では減少資本剰余金額を超える直前払戻等対応資本金額等が算出されることとなり、利益剰余金及び資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当において上記のようは直前払戻等対応資本金額等が算出されると、利益剰余金を原資とする部分が資本部分の払戻しとして扱われることとなる。

・・・・利益剰余金及び資本剰余金の双方を原資として行われた剰余金の配当につき、減少資本剰余金額を超える直前払戻等対応資本金額等が算出される結果となる限度において、法人税法の趣旨に適合するものではなく、同法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効。
  行政p73
宇都宮地裁R3.3.3   
  児相による面会通信制限を理由とする国賠請求(一部肯定)
  事案 Z1児童相談所(本件児相)の所長(本件児童相談所長)が、児福法33条によりX1及びX2の子であるAを一時保護し、児福法33条X1及びX2の子であるAを一時保護し、児福法27条1項3号に基づく入所措置を行って児童養護施設に入所させ、児福法12条2項、11条2項2号二に定める行政指導としての面会通信制限を継続したことについて、本件児相が行政指導としての限界を超える違法な面会制限を行ったことにより重大な精神的苦痛を生じさせた⇒Xらが本件児相を所轄するY(栃木県)に対し、慰謝料を請求。 
H29.1.26:本件児相対し、匿名で、A(平成18年生)が虐待を受けているとの通告⇒職員がAと面接⇒同月27日付けでAを一時保護する決定、同年3月31日に同保護を解除したうえで、Aを児童養護施設に入所させる措置を決定。
本件児童相談所長は、Xら及びAに対し、本件一時保護の決定以降、X2(Aの母)については平成31年2月5日まで、X1(Aの父)については同年12月4日まで、児福法11条1項2号ニ所定の「その他必要な指導」(行政指導)としての面会通信制限を行った(本件指導)。
X2は、平成29年4月から5月にかけて繰り返し本件児相に電話を掛け、祖父宅への引取りを早期に認めてほしいと申し入れた。
本件児相職員:AはX1により虐待されてことを離しており、ある程度の長期の施設処遇が必要と考えらる⇒たとて祖父宅であっても早期に家庭に戻すことは考えていない旨回答。
Xら代理人弁護士:平成29年11月8日に本件児相を訪ね、AとX2との面会、AとX1との手紙での交流の開始を求めた。
平成30年3月9日に電話で本件指導の中止等を求め、同年5月9日には本件児童相談所長及びYに対し、本件指導の中止等を求める内容証明郵便を発送。
本件児相:同月18日に、Xらに対し、現時点で親子面会の機会を設けることはできない旨を記載した事務連絡文書を送付。

Xらは、同年7月31日に、本件訴訟を提起。

同年12月18日に、X2とAの面会開始を決定。
平成31年2月5日に、X2がAと面会する機会を設けた。
  判断 虐待を受けた児童の保護者が行政指導としての面会通信制限に対して、不協力・不服従の意思を表明している場合であっても、当該保護者が受ける不利益と前記行政指導の目的とする公益上の要請とを比較衡量して、前記行政指導としての面会通信制限に対する当該保護者の不協力が社会に照らし客観的に客観的にみて到底是認し難いといえるような「特段の事情」が存在⇒前記面会通信制限を中止せず、これを継続したとちても、その限度において国賠法1条1項の適用上「違法」であるとの評価は成り立たないものというべき。
but
当該保護者において、児童相談所所長に対し、行政指導としての面会通信制限にもはや協力できないとの意思を「真摯かつ明確に表明」し、直ちにその中止を求めているものと認められる⇒前記「特段の事情」が存在するものと認められない限り、前記面接通信制限の」措置を継続する児童相談所長の対応は、国賠法1条1項の運用上「違法」との評価を免れないと解するのが相当。
①X1は、相当長期にわたってAに対し日常的に暴力等による身体的虐待を行い、これによりAに対して身体的だけでなく心理的にも深刻なダメージを与えており、Aに対して面会通信を求める権利を大きく制限されても」やむを得ない立場にあった
②AもX1との面会を拒絶する態度を続けていた

X1との関係では、前記「特段の事情」の存在が認められる。
X2については、社会通念に照らし客観的にみて本件指導への不協力が到底是認し難いものといえるような「特段の事情」の存在は認められない⇒本件児相所長が平成30年5月18日以降もX2とAの面会通信制限を継続したことは、X2の面会通信に関する権利又は法的利益を違法に侵害したというべき。
  解説 児福法27条1項3号、33条の規定による措置
⇒児童相談所長は、児童虐待の防止及び児童の保護の観点から、面会、通信の制限をすることができる(児童虐待防止法12条)。
児童相談所の所長及び所員には児童の福祉等に関する一定の専門的知識を有することが求められている(児福法12条の3)⇒児童と保護者との面会、通信の制限の必要性の有無についての判断は、児童相談所長の専門的合理的な裁量に委ねられており、その判断が著しく不合理であって裁量の逸脱又は濫用と認められる場合に限って違法となる(東京地裁H25.8.29)。
児童権利条約10条は、家庭の再統合のため、父母と異なる国に居住する児童が、例外的な事情がある場合を除くほか定期的に父母との人的な関係及び直接の接触を維持する権利を有する旨規定
⇒最近の裁判例でも、子と非監護親との面会交流は基本的に子の健全な成長にとって重要な意味があるという前提から、子の福祉を害すると認められるような例外的な場合を除いて、実施の意義を認める傾向。
東京家審24.6.29:申立人(非親権者親)と情緒障害児短期治療施設又は児童養護施設に入所中未成年者らとの面会交流について、その具体的な日時、場所及び方法を入所施設と協議して定めることを留保した上で、相手方(親権者母)に面会交流の妨害の禁止を命じる判断。
but
子が施設入所中であること自体が、面会交流の禁止・制限事由に当たるとは解していない。
本判決:
本件児相所長は、児福法12条2項、11条1項2号ニに定める「その他必要な措置」の在り方やその内容について高度な専門的・技術的知見に基づく広範な裁量を有するものと解される
but
これはあくまで行政指導の一般原則(行手法32条)の枠内において認められるにとどまる⇒「その他必要な指導」に対する不協力が真摯かつ明確な意思によって表明された場合には、前記2の「特段の事情」の判断を含め、本件児相所長の前記裁量権は収縮・後退するものと解するのが相当。
  規定 行手法 第三二条(行政指導の一般原則)
行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
2行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。
  本件 児童と保護者との面会、通信の制限の違法性が争われたこれまでの裁判例で、保護者側からの国賠請求を棄却するものが多い中で、請求を一部認容したもの。 
  民事p87
東京地裁R2.11.6  
  人材紹介取引契約に基づく紹介手数料の支払が問題となった事案
  事案 人材派遣等を業とするXが、Yに対し、 Yに対し、Yとの間で締結した人材紹介取引契約(「本件契約」)に基づき、人材としてZを紹介したとして、紹介手数料の支払を求めた事案。
Yは、Xから紹介を受けたZについて、いったん採用内定したものの後にこれを取り消した。
X:本件契約のうち、採用内定が取り消された場合であっても、その取消しが「Yの都合」による場合には、紹介手数料支払うべきことを定めた本件契約2条6項に基づき、前記支払を求めた。
(尚、判決文では同条項しか摘示がないが、同条項の文言によれば、人材紹介によって手数料支払義務が発生する旨を原則的に定めた同条1項も根拠となる)
Y:
「Yの都合」による場合に当たることを否認。
「Yの都合」による場合としか記載がないところ、専らZの故意、過失に起因するような内定取消しの場合には、紹介手数料の支払義務はないものと契約解釈すべき⇒紹介手数料支払義務は生じない。

尚、審理途中に、Zの採用内定の事実についての自白撤回⇒Xが異議。
  判断  自白の撤回:
①真実に反するとは認められない
②錯誤があったとも認められない
⇒許されない。 
内定取消しは、客観的に合理的と認められる社会通念上相当なものとはいえない⇒「Yの都合によるもの」と判断し、Xの請求を認容。
  解説 問題となったのは、
ZがYに提出した履歴書や職務経歴書のうち、学歴、職歴について誤謬、虚偽、矛盾した表記があったり、提出物の宛名に誤字があったり、指示通りに提出物が提出されないといったことを理由とした内定取消しが、本件契約2条6号にいう「Yの都合」によるものといえるかどうか。
いかなる場合が「Yの都合」による場合に当たるのか?
文言上必ずしも明らかではない。

本件契約の他の条項に照らしつつ、解釈することになる。
被紹介者が専ら被紹介者の責めに期すべき事由により退職した場合には、一定額を返金する定めがあり、この専ら被紹介者の責めに帰すべき事由として、被紹介者が法令に則って正式に解雇された場合も含むものと定義されている。

少なくとも、正当な解雇事由に基づかない解雇がなされた場合には、返金の対象とならないといえる

正当な内定取消事由に基づかない内定取消しの場合には、紹介手数料の支払を免れることはできないというべき。

内定取消しが、客観的に合理的で社会通念上も相当なものといえるかどうかという判断枠組みが採用。
仮に、内定取消しが客観的に合理的で社会通念上相当な理由に基づくものであった場合に「Yの都合」による内定取消しに当たらないといえるか? 
専ら被紹介者の責めに期する事由による内定取消しの場合の紹介手数料の支払義務の有無については、明確な定めがない。
but
A:正当な解雇事由に基づいて解雇の場合には返金制度がある⇒正当な理由に基づく内定取消しの場合には、紹介手数料の支払義務は生じないと解する余地。
B:理由の如何やその正当性を問わず、Yの判断による内定取消しである以上「Yの都合」によるものと解する余地もある。
本件で「採用内定」の事実は主要事実であるところ、
主要事実の自白の撤回が認められるためには、
①自白が真実に反し、かつ
②錯誤に基づくものである
必要。 
but
本件は、双方が署名ないし記名をした上で押印した雇用概要確認書が存在⇒証拠上、採用内定があった事実を容易に認めることができる事案。
  労働p93
横浜地裁R3.3.30  
  5年を超えての不更新条項のある有期雇用契約での雇止めと雇用継続の合理的期待
  事案 Xは、平成24年9月から、派遣社員として、自動車運送等を業とするYのA支店の管轄に属するB配送センターにおいて就労を開始し、平成25年6月、Yとの間で、配送センター事務を行う事務員として雇用期間を1年とする有期雇用契約を締結。
雇用契約書には、雇用契約開始日から通算して5年を超えて更新することはない旨が記載(不更新条項)。
XとYは、4回にわたり契約を更新、Yは、当初の雇用契約から5年の期間満了に当たる平成30年6月30日付けで原告を雇止めした(本件雇止め)。
  請求 X:
本件雇止めについて、
①不更新条項は労契法18条の無期転換申込権を回避しようとするもので無効であり、Xに雇用継続の合理的期待があった
②本件雇止めには客観的合理性が認められない

Yに対し、
①雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、
②同契約に基づく賃金請求権に基づき、本件雇止め後の月額賃金等の支払
を求めた。
  判断 ①XとYとの間で締結された雇用契約に至る経緯、
②4回にわたる雇用契約更新の経緯
③更新拒絶に至るやり取り
等を詳細に事実認定し、
①本件においては、、通常は労働者において未だ更新に対する合理的期待が形成される以前である雇用契約当初から、更新上限があることが明確に示され、原告もそれを認識の上で雇用契約を締結しており、その後も更新に係る条件には特段の変更もなく更新が重ねられ、4回目の更新時に、当初から更新上限として予定されたとおりに更新しないものとされた
②原告の業務はある程度長期的な継続は見込まれるものであるとしても、原告の業務内容自体は高度なものではなく代替可能⇒恒常的とまではいえないもの
③B配送センターにおいて5年を超えて10年以上就労していた他の有期雇用労働者は原告とは契約条件の異なる者であった
④その他、YのA支店において不更新条項が約条通りに運用されていない実情はうかがわれない

Xに、雇用契約締結から雇用期間が満了した平成30年6月までの間に、更新に対する合理的な期待を生じさせる事情があったとは認め難い。
・・・・
Xの主張を排斥。
X:不更新条項は労契法18条の適用を免れる目的で設けられたものであり、公序良俗に反し無効。
vs.
労契法18条は、有期契約の利用自体は許容しつつ、5年を超えたときに有期雇用契約を無期雇用契約へ移行させることで有期契約の濫用的利用を抑制し、もって労働者の雇用の安定を図る趣旨の規定

使用者が5年を超えて労働者を雇用する意図がない場合に、当初から更新上限を定めることが直ちに違法に当たるものではなく、5年到来の直前に、有期契約労働者を使用する経営理念を示さないまま、次期更新時で雇止めをするような、無期転換阻止のみを狙ったものとしかいい難い不自然な態様で行われる雇止めが行われた場合であれば格別、有期雇用の管理に関し、労働協約には至らずとも労使協議を経た一定の社内ルールを定めて、これに従って契約締結当初より5年を超えないことを契約条件としている本件の雇用契約について、労契法18条の潜脱に当たるとはいえない。
  解説 契約更新時に不更新条項が付された場合、それまでの雇用期間を通じて雇用継続に対する合理的期待が生じていることがある⇒不更新条項をもってこれを事後的に労働者に放棄させ、又は使用者と労働者の合意を通じて消滅させたといえるか問題となるケースがある。
  刑事p104
東京高裁R3.6.16  
  弁護人となろうとする者による接見の申出の事実を告げないまま任意の取調べを継続する捜査機関の措置が国賠法上違法とされた事例
  事案 検察庁において任意の取調べを受けていた被疑者の妻からの依頼により、本件被疑者の弁護人となろうとする者となった被控訴人兼附帯控訴人(「被控訴人」)が、本件被疑者との接見を求めたにもかかわらずこれを速やかに許さなかった検察官の違法な措置により、精神的苦痛を被ったと主張し、控訴人兼附帯被控訴人(「控訴人」)である国にに対し、国賠法1条1項に基づき、慰謝料200万円及び遅延損害金の支払を求めた。
  争点 ①任意取調べ中の被疑者との接見に関する弁護士人固有の権利又は利益の有無
②検察官により措置の違法性の有無
③慰謝料の額 
  原審 取調べの性格上、特定の事項に係る質疑等のため一定の時間を要し、即時の中断が困難な場合があること等を考慮しても、社会通念上相当と認められる範囲を超えて弁護人等の来訪を被疑者に伝えず、その結果、速やかに弁護人等との面会が実現されなかった場合には、当該捜査機関の行為は、弁護人等の弁護活動を阻害するものとして違法と評価される。
①本件取調官において取り調べを終了し、自白調書を作成⇒少なくとも被控訴人の立場からすれば、取調べの終了前の接見等の機会を奪われたものに等しい
②捜査機関は、任意の取調べに際し、取調べの継続を理由として接見を拒むことはできない

本件検察官の措置は、社会通念上相当と認められる範囲を超え、国賠法1条1項の適用上違法。

慰謝料として10万円及びこれに対する不法行為日である令和1年11月27日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容。
  判断 身体の拘束を受けていない段階にあっても、被疑者は、接見交通権に準じて、立会人なく接見する利益(「接見の利益」)を有するのであり、また、接見の相手方である弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護士人となろうとする者(「弁護人等」)も、固有の利益として接見の利益を有する。

捜査機関は、刑訴法198条1項に基づき、被疑者の任意の出頭を求め、これを取り調べるに当たり、被疑者と弁護人等との接見の利益をも十分に尊重しなければならない。
身体の拘束を受けていない被疑者の弁護人等が、任意の取調べを受けている被疑者との間で立会人のない接見の申出をした場合には、速やかにその申出があった事実を被疑者に告げて弁護人等と接見するか任意の取調べ継続するかを捜査機関において確認すべきであって、その事実を告げないまま任意の取調べを継続する任意の取調べを継続する捜査機関の措置は、弁護人等であることの事実確認のために必要な時間を要するなど特段の事情がない限り、被疑者の接見の利益を侵害するだけではなく、その弁護人等の固有の接見の利益も侵害するものとして、国賠法1条1項の適用上違法となる。

本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却。
  規定 憲法 第三四条[抑留・拘禁に対する保障]
何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
刑訴法 第三九条[被疑者・被告人との接見・授受]
身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。

②前項の接見又は授受については、法令(裁判所の規則を含む。以下同じ。)で、被告人又は被疑者の逃亡、罪証の隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐため必要な措置を規定することができる。

③検察官、検察事務官又は司法警察職員(司法警察員及び司法巡査をいう。以下同じ。)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。
  解説 ●接見交通権 
最高裁昭和53.7.10(杉山事件判決):
「捜査のために必要があるとき」(刑訴法39条3項)という接見指定につき、「捜査の中断による支障が顕著な場合」をいう。
接見交通権は弁護人依頼権を保障する憲法34条に由来し、弁護人の援助を受けることができるための刑事事件手続上最も重要な基本的権利であり、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの1つである。
最高裁H11.3.24(安藤・斉藤事件判決):
①憲法34条前段は弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障するもの
②接見交通権は、同条の趣旨にのっとり、弁護人等から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたもの⇒同条前段の保障に由来。
 ● 我が国の刑事事件手続:
当事者主義を基本としながら、捜査に関しては多分に糾問主義を残している。
被害者の供述を得ることにより事案の真相を明らかにすることが不可欠⇒被疑者は、捜査手続の当事者ではなく、取調べの客体として位置付けられている。
安藤・斉藤事件判決:
刑訴法39条3項の合憲性を判断する前提として、捜査権を行使するためには身体を拘束して被疑者を取調べる必要が生ずることもあるとした上、
接見交通権が憲法の保障に由来するからといって、これが刑罰権なしい捜査権に絶対的に優先するような性質のものいうことはできない。
我が国では、捜査手続において糾問主義への親和性を残しつつも、当事者主義をできるだけ保障しようとする観点から、弁護人のいわば後見的役割が重視されきた
⇒接見を通じた弁護人による援助が刑事事件手続上極めて重要なものとして位置付けられている。
●裁判例の状況 
福岡高裁H5.11.16:
警察官が被疑者と弁護人となろうとする者との面会を許すなかった事案について、
刑訴法39条の趣旨は、被疑者が任意同行に引き続いて捜査機関から取調べを受けている場合においても基本的に変わるところはない。
捜査機関が、社会通念上相当と認められる限度を超えて、被疑者に対する面会申出に係る伝達を遅らせ又は伝達後被疑者の行動の自由に制約を加えたときは、弁護人等の弁護活動を阻害するものとして国賠法上違法となる。
その原審の福岡地裁H3.12.12:
被侵害利益又は権利につき、
福岡高裁:弁護人等の弁護活動
but
第1審判決:弁護権
~任意取調べ中の被疑者に対しても、刑訴法39条にいう接見交通権が保障される趣旨をいうもの。
●学説の状況
福岡高裁・第1審判決の結論支持。
but
A:任意取調べ中の被疑者についても刑訴法39条にいう接見交通権が保障される
a1:被疑者は、その法的地位に内在する包括的防御権によっていつでも弁護人による弁護を受ける権利を憲法上保障されており、憲法34条、刑訴法39条はこれを前提としつつ特に身柄拘束中の被疑者に関して接見交通権を確認するもの⇒任意出頭・取調べ中の被疑者も弁護人との接見交通権がある。

B:同条にいう接見交通権は保障されないものの、任意取調べ中の被疑者についても接見交通に準じた利益がある。
●本判決の立場
接見交通権に準じてという表現
but
接見交通権を保障する刑訴法39条ではなく、弁護人選任権を保障する刑訴法30条を法解釈の出発点に

本判決にいう接見の利益は、刑訴法39条にいう接見交通権とは別個の利益をいうものと解される。
本判決:
任意取調べ中の被疑者の接見の利益について、取調受忍義務があると解されている身柄拘束中の被疑者の接見交通権とは異なり、基本的に捜査の必要性を理由とした制約(刑訴法39条3項参照)をすることができないとする立場⇒刑訴法39条にいう接見交通権と法的性質を異にする。

福岡高裁判決・本件原判決:
被侵害利益を弁護人の弁護活動とした上で、接見の申出を伝えずに接見の利益を制約することが許容される時間につき、
福岡高裁判決:
任意捜査の性格上社会通念上相当と認められる限度を超える時間をいうもの
本件原判決:
取調べの性格上、特定の事項に係る質疑等のため一定の時間を要し、即時の中断が困難な場合があること等を考慮しても社会通念上相当と認められる範囲を超える時間をいう

学説でも角田:
任意の取調べといっても捜査機関が法律上の根拠に基づいて行うもの⇒取調べを続行するにつき合理的な理由が存するときは、取調べと面会の順序や時間に関する調整を図る協議を弁護人に対して求めることも許容される。

刑訴法39条3項にいう接見指定類似の措置を許容する趣旨とも解される。
捜査の必要性から接見の利益を制限することを許容する趣旨をいうものとも解される。
本判決:
社会通念上相当という基準を採用せず、接見の利益の重要性に鑑み、行為規範としての予測可能性が高い基準を示すものとして、接見の利益を制約するに当たっては捜査の必要性を考慮することは基本的には許されず、捜査機関は、弁護人等であることの事実確認ができれば、直ちに接見の申出を被疑者に伝えなければならない法的義務を負う。
刑事事件手続における弁護人の後見的役割の重要性は否定できない。
but
刑事事件手続における防御の主体は、あくまで被疑者等
弁護人は、被疑者等の防御を援助する地位にある

被疑者が接見の利益を自ら放棄した場合には、弁護人固有の接見の利益も消滅すると解すべき。 

本判決:
被疑者が自白調書を作成された事情を考慮しても、当の本件被疑者ではなく、被控訴人個人の精神的苦痛を慰謝する額としては、原審が認定した10万円が相当であると判断。
  刑事p117
福岡高裁R3.1.7  
  第1種少年院送致の原決定につき、処分が著しく不当として取り消された事例
  事案 18歳の少年が、共犯少年と共謀の上、歩道上で男性の背部を飛び蹴りしてその場で転倒させるなどの暴行を加えてその犯行を抑圧し、現金等が入ったバッグを強取し、加療約2週間を要する打撲傷等の傷害を負わせた。 
  原決定 少年を第1種少年に送致

少年及び原審付添人弁護士が、それぞれ処分の著しい不当を理由に抗告
  判断 原決定
vs.
①少年を直ちに収容保護しなければ、少年を改善更生し、再非行を防止することができなことを説得的に説示していない⇒その判断を是認することはできない。
②在宅処遇の可能性を慎重に検討することなく直ちに少年を第1種少年院に送致した原決定の処分は著しく不当。

原決定を取り消し、本件を原裁判所に差し戻した。
  解説 ●非行事実としては相当に重い事案。 
  ●非行事実の背後にある少年の問題や再非行の可能性等、要保護性についての評価 
原決定:
少年が、
独善的な対人態度からアルバイト先での対人関係に行き詰まり、経済的にも破綻して追い詰められて本件非行に及んだ

その根底には、
少年が家族から突き放されて愛情、依存欲求が満たされず、孤立感や落伍感があった
⇒少年は、自分の身を守るために他人を犠牲にすることもやむを得ないとの考えで、一足飛びに本件非行に至った。
vs.
その資質上の問題がどのように本件非行に結びついているのかは、理解が難しい。

原決定:
これらの問題を改善しなければ、少年が再非行に及ぶおそれがある
vs.
①少年が抱える問題⇒対人トラブルを起こし、閉塞感に陥って、再非行につながるという原決定の説示するプロセスは、それ自体迂遠で分かりにくい
②具体的にどういった類型の再非行に及ぶリスクがあるというのか定かでない
本決定:
少年の非行歴、就労等の状況、本件非行後の状況、交友状況
等の事情も考慮し、
非行リスクという観点からみると、少年の資質上の問題が原決定のいうほど根深く深刻なものであるかは疑問であり、むしろ、少年には、自力による問題改善の余地がある。
少年の保護環境がある程度整っていることも考慮
⇒保護処分歴のない少年について、在宅処遇の可能性を慎重に検討せずに直ちに少年院に送致した原決定の処分は著しく不当。
   刑事p120
千葉地裁R2.6.19
  空港で税関職員による(令状によらないない)スーツケースの解体の違法性⇒証拠能力排除
  事案 被告人はスロバキア共和国の国籍を有する者
  判断等  警察官:(スーツケースの)解体検査については所持者の同意又は令状が必要であるとの見解の下、 本件では被告人から口頭の同意が得られていたと主張。
but

被告人(スロバキア共和国の国籍を有する者)は、同意書への署名を求められたのに対し「That's not OK.」と答えたと供述。
イギリス英語特有の発音⇒語尾の「OK」のみが耳に残るものであり、Aが正確に聞き取っていないとした。
②被告人が他の同意書には署名したのに、解体検査の同意書には署名しなかった。

Aにおいて被告人が口頭で同意したと認識したとしても、被告人の言動を全体として解釈すれば解体検査に同意しているとは判断できない。 
結審後、検察官は弁論の再開を求め、関税法105条1項1号の「検査」には令状又は所持者の同意は不要である、国際郵便物の検査についての最高裁H28.12.9と同様に考えるべきと主張。
vs.
行政調査手続であっても、実力の行使にわたり、その強制が行政手続と密接に関連する場合には、裁判官の令状がなければ許されないものがあると解すべきであり、
検査が行われる状況ごとに、具体的に、
①実力の行使の有無とこれによって害される個人の法益、
②刑事手続との関連性、
③解体検査の必要性・緊急性、
④保護されるべき公共の利益との権衡
などを考慮し、同意又は令状が必要な事案か否かを判断すべき。
本件:
①解体検査で違法薬物が発見されれば所持者を現行犯逮捕するなど検査結果が刑事手続きにも用いられることを想定⇒刑事手続と密接に関連
②解体検査は強度に財産権を侵害するもので、所持者の不利益は開披検査・捜索で受ける程度をはるかに上回る
③所持者は手荷物検査に同席している⇒同意を求めることは可能であり、同意が得られない場合でも、検査が終了しなければその手荷物を持って出ることはできないと説得して、検査を拒否すると刑事罰(関税法114条の2)があることを伝えて間接的に強制し、なおも拒否する場合には、犯則調査に移行し令状を得て捜索差押を行うなどの手段がある⇒特段の事情がない限り、同意も令状もなく手荷物の解体検査を行うことは許されない。

そのいずれもないのに行われた解体検査は違法。
違法性の程度について:
①エックス線検査で異影が見られたとしてもその部分に限定することなく、覚せい剤が見つかるまで徹底的に解体したのであって、税関職員においてスーツケースのどこに隠匿されているか明確な目当てがなかった
②スーツケースは原状回復が不可能なまでに解体された
③税関職員は検査拒否の効果を説明し、通訳人の到着を待って改めて被告人に署名を求めることもできたのであって、緊急を要する事情はなかった
被告人に検査開始の通告もせず、突如、解体検査を実施したもので、被告人の意思を抑圧するものであった
⑤被告人が2度署名拒否をしたのを一顧だにせず、結論を急いだもので、憲法35条や旅客の権利擁護に対する意識の乏しさが現れた

本件の解体検査には、憲法の趣旨からの逸脱の程度が重大で、令状主義の精神を没却するような重大な違法がある。

解体検査によって得られた覚醒剤及びその破砕物、洗浄液や、これらから派生した捜査報告書、鑑定書の証拠能力を否定。
  解説 最高裁H28.12.9:
東京税関東京外郵出張所で郵便物の検査で、イランから送られてきた郵便物につき、輸入禁止品の有無を確認するため、外装箱を開披し、中にプラスチック製ボトルが入っていることを目視確認⇒TDS検査を行ったところ覚醒剤反応⇒ボトルを取り出し、蓋を開け、中に入っていた固形物を取り出し、その破砕片について試薬を用いて仮鑑定を行ったところ、陽性反応⇒分析部門の鑑定で覚醒剤であることが判明⇒差押許可状の発付を受けて郵便物を差し押さえた。
被告人:前記の郵便物検査は、郵便物を破壊し内容物を消費する行為で、プライバシー権、財産権を侵害するものであるところ、捜査を目的として、発送人・名宛人の同意なく、裁判官の発する令状もなく行われた⇒憲法35条が許容しない強制処分に当たる。.
最高裁:
関税法76条、105条1項の規定は、関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理という行政上の目的を、大量の郵便物について簡易迅速に実現するためのもので、税関職員が所定の検査の権限を行使するに際して、裁判官の令状を要せず、発送人・名宛人の承諾も必要とされていない。
行政手続が刑事責任追及を目的とするものではないとの理由のみで、手続における一切の強制が憲法35条の保障の枠外にあるとすることは相当ではない。
but
①当該郵便物の検査は、刑事責任の追及を直接の目的とする手続ではなく、そのための資料取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものではない
②国際郵便物に対する税関検査は国際社会で広く行われており、発送人・名宛人の有する国際郵便物の内容物に対するプライバシーへの期待はもともと低い
③郵便物の提示を直接義務付けられているのは郵便物を占有している郵便事業株式会社であって、発送人・名宛人の占有状態を直接物理的に排除するものではない⇒その権利が制約される程度は相対的に低い、
④税関検査の目的には高い公共性が認められ、大量の国際郵便につき適正迅速に検査を行って輸出入の可否を審査する必要があるところ、内容物の検査において発送人・名宛人の承諾を得なくとも、前記目的の実効性の確保のために必要かつ相当と認められる限度で検査方法が許容されることは不合理とはいえない。

裁判官の令状を得ずに、発送人・名宛人の承諾を得ることなく、前記の郵便物検査を行うことは、前記の関税法の規定により許容されている。このように解しても憲法35条の法律に反しない。
2500   
  行政p3
最高裁R3.4.27  
  当選無効の決定の取消しを求める請求と当選人Zの当選無効を求める請求の主張する利益の共通性(否定)
  事案 申立人は、平成31年4月21日執行の新宿区議会議員選挙(本件選挙)において当選人とされた⇒選挙人からの異議の申出を受けた新宿区選挙管理委員会から、引き続き3か月以上新宿区の区域内に住所を有する者という被選挙権の要件を充たしていない⇒当選を無効とする決定(本件決定)⇒東京都選挙管理委員会に審査の申立て⇒これを棄却するとの裁決(本件裁決)
本件本案訴訟:
申立人が、東京都選挙管理委員会を相手に、
①本件裁決の取消し(請求1)
②本件決定の取消し(請求2)
に加え、
③本件選挙において当選人とされたAの当選を無効とすることを求める(請求3)
  本件 申立人が、本案訴訟の訴え提起の手数料として、
訴訟の目的の価額320万円に応じた2万1000円を納めたが、
訴訟の目的の価額は正しくは160万円であり、これに応じた手数料の額は1万3000円⇒民訴費用法9条1項に基づき、8000円の還付を申し立てた。 
  判断 請求1及び2は、いずれも、認容されることにより、結局のところ抗告人(申立人)の当選を無効とする本件決定の効力を失わせることを目的とするもの。
but
請求3は、認容されることにより、抗告人とは別の当選人であるAの当選が無効とされる⇒請求1及び2と請求3とでは、それぞれ認容されることによって実現される状態が異なる。

請求1及び2と請求3とでは、訴えで主張する利益が共通であるということはできない。 
  規定 民訴法 第八条(訴訟の目的の価額の算定)
裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)の規定により管轄が訴訟の目的の価額により定まるときは、その価額は、訴えで主張する利益によって算定する。

2前項の価額を算定することができないとき、又は極めて困難であるときは、その価額は百四十万円を超えるものとみなす。
第九条(併合請求の場合の価額の算定)
一の訴えで数個の請求をする場合には、その価額を合算したものを訴訟の目的の価額とする。ただし、その訴えで主張する利益が各請求について共通である場合におけるその各請求については、この限りでない。

2果実、損害賠償、違約金又は費用の請求が訴訟の附帯の目的であるときは、その価額は、訴訟の目的の価額に算入しない。
  解説 手数料は、訴額に応じて定まる。
訴額は、訴えで主張する利益によって算定する。
財産権上の請求でない請求に係る訴額⇒160万円とみなす。

手数料の額の算定の場面における民訴法8条1項の「訴えで主張する利益」は、財産権上の請求を念頭に置いたもの。 
「訴訟の目的」とは訴訟の対象である権利又は法律関係すなわち訴訟物
「訴えで主張する利益」とは、原告が全部勝訴の判決を受けたとすれば、その判決によって直接受ける利益を客観的かつ金銭的に評価して得た額。
1つの訴えで数個の請求⇒その価額を合算したものを訴額とする。
その訴えで主張する利益が各請求について共通⇒その各請求については、この限りでない(民訴法9条1項)。

共通である場合:
代償請求の場合
数人の連帯債務者等に対する請求の場合
選択的併合の場合
非財産権上の請求についても、基本的に同様に考えてよい。
それぞれの請求が認められることによって実現する状態が同一のものと評価することができるような場合がこれに当たる。
「訴訟物」は、「原告の訴えによって特定され、裁判所の審判の対象となる権利関係」をいう。
取消訴訟においては、処分の違法性一般であるという見解が一般的。
公選法に定める当選争訟は、客観訴訟の一種である民衆訴訟(行訴法5条)であり、特別区議会議員選挙については、特別区選挙管理委員会に対する異議の申出、同決定についての都選挙管理委員会に対する審査申立てを経た上で、同裁決に対して訴えを提起。
原決定に対しては出訴を許さず、裁決に対してのみ出訴を許すとうい裁決主義が採用。

これらの争訟においては、究極的には選挙会による当選人決定(公選法80条)が争われる。 
当選争訟においては、争訟審理機関は、自ら当選人を決定し得る権限を有するものではない⇒異議審理庁は、当選無効の決定をし、又は選挙会の決定を取り消し得るにとどまり、積極的に当選人を確認することはできない。
当選争訟は、
①選挙会の決定手続の違法を争うもの
②得票数の多少を争うもの
③当選人たり得べき資格の認定を争うもの
に分類。
抗告代理人の抗告理由:
当選人決定を基準に訴額を定めるべきであり、当選人の数を基準とすべきではないところ、請求1~3の訴訟物は1個
vs.
民訴法 8条、9条の文言や立法趣旨

財産権上の請求については、
①まずは訴額を「訴えで主張する利益」により算定し、
②「一の訴えで数個の請求をする場合」には、多額のものではなく合算することとし、
③ただ、その訴えで主張する利益が共通である場合には合算しない。

訴訟物の個数をまず決定し、これに応じて訴額を算定し、訴え提起手数料を定めるという順序によらなければならないとはされていない。
「訴えで主張する利益」は、財産権上の請求について、原告が全部勝訴の判決を受けたとすれば、その判決によって直接受ける利益を客観的かつ金銭的に評価して得た額

処分権主義の下、原告が掲げる請求の趣旨によって定まるもの。
条文上も、「訴訟物」という用語が使われてはおらず、「請求」とされている。
非財産権上の請求についても、訴えで主張する利益が共通であるか否かは、それぞれの請求が認められることによって実現する状態が同一のものと評価することができるかによって決することとなる、。
①請求1~3については、非財産上のもの⇒それぞれ訴えで主張する利益は160万円
②合算するのが原則
③申立人の当選の効力を争う請求1及び2と、申立人とは別の当選人の当選無効に関する請求3とでは、主張する利益が共通であるとはいえない
⇒少なくとも、請求1及び2と請求3の訴額を合算した320万円が本件の訴額。
本決定:訴訟物の個数について何ら触れずに結論に至っている。

訴額の算定にあたっては、必ずしも訴訟物の単複や個数を検討するよりも、訴額の算定に当たっては、請求の趣旨によって定まる、原告が全部勝訴の判決を受けた場合に実現する状態という観点から検討すれば足りるという考え方。 
  行政p8
東京高裁R2.6.24  
  同族会社の企業集団内の外国法人からの借入れの法人税法132条1項にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」該当性が問題となった事例
  事案  Aが直接的又は間接的な完全親子会社関係を有する会社からなる会社群(Aグループ)は、平成20年9月から平成21年7月にかけて、日本の関連会社の組織再編等を行うための計画(本件再編スキーム)に基づき、組織再編取引等を実行。 
①Aグループに属する英国法人の設立した完全子会社が、音楽事業を目的とする合同会社であるXを設立(本件設立)。
②Xが前記①の完全子会社から295億円の追加出資を受ける(本件増資)。
③Xが、Aグループにおける資金集中管理(CMS)の統括会社(CMS統括フランス法人)であるFから、866億6132万円を有利子無担保で借り受ける(本件借入れ)。
④Xが、本件増資による出資金と本件借り入れの元金を原資として、Aグループに属するオランダ法人等から、B㈱及び㈱Cほか1社の全株式を買い取る(B㈱の株式の取得を「本件買収」という。)。
これらの買収に伴う財務関連取引により、B及びCの買収の代金に相当する金員が各売主からその親会社であるオランダ法人に貸し付けられ、当該オランダ法人のCMS統括フランス法人(Fほか1社)に対する債務の返済に充てられる。
⑤Xが、Bを吸収合併する(本件合併)。
⑥Xの完全子会社であるD合同会社が、C及び株式会社E(B(X)の子会社)を吸収合併。
  法人税法2条10号の「同族会社」に当たるXは、平成20年12月期~平成24年12月期(本件各事業年度)に係る法人税の確定申告において、外国法人(F)からの本件借入れに係る支払利息(本件利息)の額を損金の額に算入して申告。

麻布税務署長(処分行政庁)は、本件利息の損金算入はXの法人税の負担を不当に減少させるもの⇒法人税法132条1項に基づき、その原因となる行為を否認してXの所得金額を加算し、本件各事業年度に係る法人税の各j更正処分(本件各更正処分)等をした。

Xが、本件各更正処分等が違法な処分であるとして、Y(国)を相手に、本件各更正処分の取消しを求めた。 
  争点 本件組織再編取引等及びその一部である本件借入れが、法人税法132条1項にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」(「不当性要件」に該当するか否か) 
  原審 ・・・・Xは、本件借入れに基づきFに対して支払った本件利息の額を本件各事業年度における損金の額に算入したために、課税対象所得が減少し、その結果法人税の額が減少

不当性要件の該当性は、Xによる本件借入を対象として、その経済的合理性の有無を判断するのが相当。
法人税法132条1項1号の趣旨⇒当該同族会社の行為又は計算が、同項柱書にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」(不当性要件)に該当するか否かは、専ら経済的、実質的見地において、当該行為又は計算が純粋経済人として不自然、不合理なものと認められるか否か、すなわち経済的合理性を欠くか否かという客観的、合理的基準に従って判断すべき。
そして、同族会社の行為又は計算が経済的合理性を欠くか否かを判断するに当たっては、当該行為又は計算に係る諸事情や当該合同会社に係る諸事情等を総合的に考慮した上で、法人税の負担が減少するという利益を除けば当該行為又は計算によって得られる経済的利益がおよそないといえるか、あるいは、当該行為又は計算を行う必要性を全く欠いているといえるかなどの観点から検討すべき。
①Xによる本件借入れが行われる原因となった、Aグループが設定した本件8つの目的は、日本の関連会社に係る資本関係の整理や、Aグループの財務態勢の強化(グループ内における負債の経済的負担の配分、為替リスクのヘッジに係るコストの軽減)等の観点からいずれも経済合理性を有するものであり、かつ、これらの目的を同時に達成しようとしたことも経済的合理性を有するもの
②本件再編成等スキームに基づく本件組織再編取引等は、これらの目的を達成する手段として相当、
③本件組織再編取引等によるこれらの目的の達成はXにとっても経済的利益をもたらすものであったといえる一方、本件借入れがXに不当な経済的不利益をもたらすものであたっとはいえない。

Xによる本件借入れについては、法人税の負担が減少するという利益を除けばこれによって得られる経済的利益がおよそないとか、あるいは、これをおこなう必要性を全く欠いているなどとはいえない

専ら経済的、実質的見地において、純粋経済人として不自然、不合理なものとはいえず、経済的合理性を欠くものとは認められない。
  判断 原審の判断を結論において是認。 
・・・・同族会社が当該同族会社の株主等又はその関連会社からした金銭の無担保借入れが不当要件に該当するか否かについては、特に、前記のような借入れが当該同族会社の属する企業集団の再編等(企業再編等)の一環として行われた場合は、
①当該借入れを伴う企業再編等が、通常は想定されない企業再編等の手順や方法に基づいていたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、
②税負担の減少以外にそのような借入れを伴う企業再編等を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情も考慮した上で、当該借入れが経済的合理性を欠くか否かを判断すべき。
  解説  法人税法132条は、一般に、多数の資本主によって構成されている非同族会社の場合には、利害関係者相互の牽制が作用⇒一部の資本主が会社の意思決定を任意に行う可能性は比較的少ない。
but
同族会社の場合には、会社の意思決定が一部の資本主の意図により左右⇒租税回避行為を容易になし得る⇒これを是正し、負担の適正化を図るためのもの。 
不当性要件:
行為・計算が経済的合理性を欠いている場合というように、純経済人の行為として不合理・不自然な行為・計算により法人税の負担を減少させ他と認められるものとする見解(経済的合理性説)
行為・計算が経済的合理性を欠いている場合とは、それが異常ないし変則的で、租税回避以外に正当で合理的な理由ないし事業目的が存在sないと認められる場合のことであり、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で行われている取引(アメリカ租税法でarm's length transaction(独立当事者取引)と呼ばれるもの)と異なっている取引には、それに当たると解すべき場合が多いであろう(金子)。
「租税回避以外に正当で合理的な理由ないし事業目的が存在しないと認められる」か否かについては、
A:租税回避以外の事業目的等が「存在するか否か」のみを判断する立場
B:行為・計算の異常性の程度との関係や、税負担の減少目的との主従関係等を考慮して、租税回避以外の事業目的等が「正当なものといえるか」どうかも判断する立場
最高裁昭和52.7.12:
問題とされた貸倒処理を「同族会社であるためにされた不自然不合理な租税負担の不当回避行為」として同条に基づき否認することができる旨を判示。

最高裁昭和53.421:
法人税法132条の合憲性に関し、同条は「原審が判示するような客観的、合理的基準に従って同族会社の行為計算を否認すべき権限を税務署長に与えているもの」と解される旨判示。

それ以後の下級審裁判例は、経済合理性説(専ら経済的・実質的見地において通常の経済人の行為又は計算として不合理、不自然なものである否か)によるものが大多数。

専ら経済的・実質的見地において通常の経済人の行為又は計算として不合理、不自然なものであるか否かは、
①通常の場合(例えば、同業他社の取引例等)と比較してどの程度異常(又は変則的)であるかという点と、
②その異常性を正当化するに足りる事情(租税回避以外の理由や事業目的)があるかという点
を総合的に判断しているものが多い。
  同族会社の属する企業集団の再編等の一環として行われた同族会社の借入れの不当性要件該当性については、経済的合理性説を前提として、当該借入れがなされた「文脈」の中で検証するという観点から、企業集団の再編等につき最高裁H28.2.29で判示された考慮事情の存否等をみた上、当該借入れ事態に関する事情と併せて考慮して検討するのが相当。

企業の再編に関しては、同族会社の行為計算否認規定(法人税法132条)と
組織再編成に係る行為計算否認規定(同法132条の2)の両者にわたり共通の判断枠組みを用いることとなる⇒法的安定性の観点からみて妥当。
本判決:
不当性要件該当性の当てはめにおいて、
①本編再編成等スキームに基づく本件組織再編成取引等につき、Xが主張する本件8つの目的を踏まえて、不自然なものとはいえず、税負担の減少以外にこれを行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するといえるかを検討。

本件8つの目的を日本の関連会社の経営の合理性、事業会社グループ名地の外国法人の負債軽減、日本の関連会社の財務の合理化という観点から分析した上、本件8つの目的を同時に達成しようとしたものという観点からの結論を示している。
その上で、
②本件借入れの目的、金額、返済条件、無担保の理由、本件借入れ後の状況について経済的合理性を欠くものであるというべき事情の有無を個別具体的に検討し、これらの諸点を総合して、本件借入れが経済的合理性を欠くものであるか否かを評価。
  民事p49
最高裁R3.5.17  
  建材メーカーによる屋外の建設作業による石綿被害についての危険についての認識可能性
  事案 建設作業に従事し、石綿粉じんにばく露したことにより石綿関連疾患にり患したと主張する者又はその承継人である原告らが、
国に対し、石綿含有建材に関する規制権限の不行使が国賠法1条1項の適用上違法であると主張⇒同項に基づく損害賠償を求めるとともに、
建材メーカーらに対し、石綿含有建材に関する警告表示義務の違反があったと主張⇒不法行為に基づく損害賠償を求めた。
  争点 建材メーカーが、昭和50年~平成2年(「本件期間」)に、屋外の建設現場における石綿含有建材の切断、設置等の作業に従事する者に石綿関連疾患にり患する危険が生じていることを認識することができたか。 
  原審 建材メーカーは前記危険が生じていることを認識することが可能であった⇒一部認容
  判断 建材メーカーは前記の認識が可能であったとはいえない⇒認容部分を破棄し、前記請求を棄却 
  解説  建材メーカーが危険を予見することができないのに警告表示義務を課すことはできない⇒建材メーカーが警告表示義務違反による不法行為責任を負うというためには、予見可能性が不可欠。 
予見可能性の有無の判断の手掛かりになるのは、主に、
①就業場所における石綿粉じん濃度に係る本件期間当時の国の規制値等
②本件期間までに公表等がされていた石綿含有建材を使用する作業時における石綿粉じん濃度の測定結果等
  原判決:
本件期間までに公表等がされた屋外建設作業に係る石綿粉じん濃度の測定結果には低い数値が示されているが、それらは限られた測定時間についてのもの⇒それらをもって屋外建設作業に従事する者の就業時間を通じた石綿粉じんへのばく露の状況を軽微なものと解することはできない。
vs.
屋外建設作業に従事する者の石綿粉じんばく露濃度は、石綿含有建材の切断作業中が最も高く、他の作業中はそれより低い
⇒前記の者の就業時間を通じた石綿粉じんばく露濃度の平均値は、前記測定結果より低くなるはず。
原判決:
屋内の作業場における石綿含有建材の切断等の作業に係る石綿粉じん濃度の測定結果には高い数値が示されているところ、石綿含有建材の切断作業の際に切断箇所に顔を近づけて作業をする
⇒作業場所が屋内が屋外かにより石綿粉じんにばく露する程度の差は大きくない
vs.
屋外の作業場においては、屋内の作業場と異なり、風等により自然に喚起がされ、石綿粉じん濃度が薄められるとうかがわれる⇒屋外建設作業に従事する者が、前記切断作業をする限られた時間に切断箇所に顔を近付けて作業をすることにより高い濃度の石綿粉じんにばく露する可能性があるとしてもm、就業時間を通じて屋内の作業場と同程度に高い濃度の石綿粉じんにばく露し続けるということはできない。

建材メーカーが屋外建設作業に従事する者に石綿関連疾患にり患する危険が生じていることを認識することができたとはいえない。
  民事p53
最高裁R3.3.18  

  電気通信事業者による送信者情報についての検証目的での提示義務
  事案 ①相手方は、動画配信サービス等の提供に係るウェブサイトを開設しているところ、そこに設けられている問合せ用フォームを通じて、脅迫的表現を含む匿名の電子メールを受信
②本件メールは、抗告人の管理する電気通信設備を用いて送信された

相手方は、本件メールの送信者に対する損害賠償請求訴訟を提起する予定であるとして、その送信者の氏名、住所等(「送信者情報」)が記録された電磁的記録媒体等につき、訴えの提起前における証拠保全として、検証の申出をするとともに、抗告人に対する検証物提示命令の申立てをした。
  原審 電子通信事業従事者等に民訴法197条1項2号が類推適用される
本件メールが脅迫的表現を含むこと等⇒その送信者情報は保護に値する秘密に当たらず、抗告人は、本件記録媒体等を提示する義務を負う⇒本件申立てを認容すべき。 
  判断 電気通信事業に従事する者及びその職務を退いた者は、民訴法197条1項2号の類推適用により、職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて証言を拒むことができる。 
電気通信事業者は、その管理する電気通信設備を用いて送信された通信の送信者の特定に資する氏名、住所等の情報で黙秘の義務が免除されていないものが記載され、又は記録された文書又は準文書について、当該通信の内容にかかわらず、検証の目的として提示する義務を負わない。
⇒原決定を破棄し、本件申立てを却下。
  規定 民訴法 第一九七条
次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。
一 第百九十一条第一項の場合
二 医師、歯科医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、弁護人、公証人、宗教、祈禱とう若しくは祭祀しの職にある者又はこれらの職にあった者が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合
三 技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合
2前項の規定は、証人が黙秘の義務を免除された場合には、適用しない。
  解説  ●電気通信事業従事者等に民訴法197条1項2号が類推適用されるか 
学説:
同号の趣旨については、医師、弁護士、宗教等の職の従事者等が依頼者等の秘密を保護するために法令上の守秘義務を課されていることに鑑みて、法定専門職従事者等に証言拒絶権を与えたもの。
個人の秘密を保護する趣旨から法令上の守秘義務を課されている者には同号が類推適用される。
本決定:
電気通信事業者等につき、電気通信の利用者の秘密を取り扱うものであって、その秘密を保護するために電気通信事業法4条により守秘義務を課されている⇒民訴法197条1項2号が類推適用される。
  ●送信者情報が民訴法197条1項2号により証言拒絶の認められる「黙秘すべきもの」に当たるか 
最高裁H16.11.26:
「黙秘すべきもの」とは、一般に知られていない事実のうち、法定専門職従事者等に職務の遂行を依頼した者が、これを秘匿することについて、単に主観的利益だけではなく、客観的にみて保護に値するような利益を有するものをいう。
原決定:
本件メールが脅迫的文言を含むこと等⇒その送信者情報の秘匿について客観的に保護に値するような利益がない。
vs.
送信者情報の秘匿について、通信の内容に応じて保護に値する利益の有無を個別に検討することが相当か否かは慎重な検討を要する。
憲法21条2項後段は「通信の秘密は、これを侵してはならない」
学説上
「通信の秘密」に通信内容のみならず送信者情報も含まれることに異論は見当たらず、
通信の秘密は、およそ通信は秘密なものとみなしての保障であり、実質的に保護に値する秘密性を有するか否かの視点とは無関係。
この解釈は、電気通信事業法4条の保護する「通信の秘密」に関しても同様に当てはまる。
本決定:
前記の解釈状況等を踏まえた上、
電気通信事業法4条が通信の秘密を保護する趣旨は、
表現の自由の保障を実効的なものとするとともに、プライバシーを保護することにあると解されることのほか、電気通信の利用者は、電気通信事業においてこのように通信の秘密が保護されているという信頼の下に通信を行っており、この信頼は社会的に保護の必要性が高い

電気通信の送信者は、当該通信の内容にかかわらず、送信者情報を秘匿することについて、単に主観的利益だけではなく、客観的にみて保護に値するような利益を有する。
本決定は、送信者情報が前記最高裁H16.11.26の示した要件を満たすか否かを検討する過程で「当該通信の内容にかかわらず」それが肯定されるとした。
  ●  前記は、送信者情報について電気通信事業者等が証人尋問を受ける場合と、送信者情報が記載された文書等について電気通信事業者に対する検証物提示命令の申立てがされる場合とで異ならないとした上で、
電気通信事業者は、送信者情報が記載等された文書等について、検証の目的として提示する義務を負わない。
その法的根拠の説明として、
①一般義務である検証物提示義務は正当な事由があれば免れると解した上、
証言拒絶事由又は文書提出拒絶事由に当たる事由があればその正当な事由があるとするもの
②民訴法197条1項2号が類推適用されるとするもの
③民訴法220条4号ハ前段が類推適用されるとするもの
が考えられるが、結論に違いはないため、本決定では明示せず。
  平成14年施行の「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(プロバイダ責任制限法)4条は、特定電気通信の発信者情報の開示請求ができるとする。 
特定電気通信とは、不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信(ex.インターネット掲示板への投稿)であり、これに当たらない1対1の通信(ex.本件のよゆなメールの送信)については同情に基づく請求ができない。
プロバイダ責任制限法の立法時:
通信の送信者情報は秘密が強く保障され、刑事手続の令状に基づく場合でなければ開示されないという解釈・運用がされていることを前提とした上で、
特定電気通信については、高度の伝播性による被害の著しい拡大性という特質があることを重視し、厳格な要件(権利侵害の明白性等の実体的要件と発信者の意思確認等の手続的要件)の下に、手続法上の権利ではなく実体法上の請求権として、発信者情報開示請求権を創設。
原々決定や原決定のように、電気通信の送信者情報について当該通信の内容次第では検証物提示命令を発する余地があると解した場合、整合性に問題。
  民事p61
名古屋高裁金沢支部R2.9.30  
  ゴルフ練習場の敷地の賃貸借契約と借地借家法の適用
  事案 Xら:本件土地の共有者
Y :ゴルフ練習場の経営等をする目的で設立された会社
XらとYとの間には本件土地にかかる土地賃貸借契約が締結され、Yは本件土地上に本件建物を建築、所有。
Xら:民法617条1項1号により解約申入れの日から1年を経過⇒本件賃貸借契約は終了⇒Yに対し、建物収去土地明渡請求訴訟を提起。
Y:本件賃貸借契約は建物所有を目的とするものであり、借地借家法の適用を受ける⇒解約申入れの日から1年後に終了するものではないとの抗弁。
  原判決 「ゴルフ練習場として使用する目的で土地の賃貸借がされた場合には、たとえ当初からその土地上にゴルフ練習場の経営に必要な事務所用等の建物を築造、所有することが予想されたとしても、反対の特約がある等特段の事情のない限り、その土地の賃貸借は、(旧)借地法1条(現借地借家法2条1号)にいう「建物の所有を目的とする」賃貸借ということはできない」と判示した最高裁昭和42.12.5を引用しつつ、本件については、特段の事情あり⇒本件賃貸借契約について建物所有目的であり借地借家法の適用を受ける。
  判断 本件建物の構造や規模、建築費用、本件建物の土地上の位置、本件賃貸借契約の契約上も本件建物所有を目的とすること及び借地借家法の適用が明示されている
⇒昭和56年から昭和57年にかけて新築された時点で借地借家法2条1号にいう「建物」の実体を備えており、遅くとも本件賃貸借契約が締結された平成26年11月の時点においては、当事者間においても本件建物の所有を目的とすることが合意されていたといえる。

昭和42年最判にいう「反対の特約がある等特段の事情」があるといえ、借地借家法が適用される。
  解説 土地の賃貸借が借地借家法の適用を受けるためには、建物所有を目的としたものでなければならず、その際、建物所有は、土地利用の主たる目的となっていなければならない(潮見)。 
最高裁昭和49.10.25:
土地をバッティング練習場に利用することを目的として賃借し、営業上必要な切符売場、便所、物置、管理人室等の建物所有は、バッティング練習場として土地を利用するための従たる目的にすぎないものであり、また、打席等に設けられた屋根も単に来客の便宜のための施設であって、土地使用目的に従たるものにすぎない場合には、本件賃貸借契約は、(旧)借地法1条にいう建物の所有を目的とするものとはいえない。
最高裁昭和58.9.9:
契約当事者は単に自動車学校コースのみならず、自動車学校経営に必要な建物所有をも主たる目的として本件賃貸借契約を締結したことが明らかであり、かつ、自動車運転学校の運営上、運転技術の実地訓練のための教習コースとして相当規模の土地が必要であると同時に、交通法規等を教習するための校舎、事務室等の建物が不可欠であり、その両者が一体となってはじめて自動車学校経営の目的を達成しうる⇒自動車学校経営のための本件賃貸借は(旧)借地法1条にいわゆる建物の所有を目的とするものにあたる。
最高裁R3.1.28:
幼稚園の園舎敷地に隣接する土地をその運動場として使用するためにされた賃貸借は、園舎の所有それ自体のために使用されているものとはいえない⇒当該賃貸借は(旧)借地法1条にいう建物の所有を目的とするものとはいえない。
  民事p66
仙台高裁R2.11.17  
  破産手続開始の申立てが不当な目的でされたものと認められた事例
  事案  債務者Yは砂利採取事業(「本件事業」)を営み、本件事業が唯一の資産といえる会社であり、破産手続開始申立てをした債権者Xからの貸付債務が6000万円⇒Xとの間で協定書(「本件協定書」)を作成し、XがYの新規借り入れ分の融資に応じる一方、Yは、砂利等の販売先につき事前にXの承認を受け、砂利の販売量に応じ、Xに対し100円/㎥の割合による顧問料を支払い、顧問料の総額が1億1150万円になり次第協定が終了するという合意。
その後、本件協定書作成後の貸付を合わせた貸付残高が8000万円に上った時点で、XとYは準消費貸借契約と事業譲渡契約を締結し、XがYから本件事業を212万6428円で買い付けて譲渡代金債務を既存の借入債務と相殺し、YはXから600円/㎥で砂利等の購入がdけいる一方、YがXに対し本件事業に対する助言を委託して売り上げの3割に相当する報酬を支払い、本件事業によるXの利益が1億1150万円に達し、かつ、YのXに対する借入金その他の負債及び買戻代金(前記の譲渡代金に500万円を上乗せした金額)の支払が完了した時点で、YがXから本件事業を買い戻すことできるという合意。
  Xは、Yに対する破産手続開始の申立て。

XはYに対し、貸付元本と本件協定書に基づく顧問料のうち既に弁済期の到来した金額のほか、貸金の未払の利息及び遅延損害金の支払請求権を有し、Yは債務超過状態にあるとともに支払不能の状態にある。 
Y:Xの申立てが、破産法30条1項2号の「不当な目的で破産手続開始の申立てがされたとき、その他申立てが誠実にされたものでないとき。」にあたる⇒申立ての棄却を求めた。
  判断  Yの主張を入れ、申立てを棄却。 
  解説 破産手続開始の申立てが不当な目的でされたと認められる類型:
従来:
①債務者が、債権者の追及をかわし、時間稼ぎをした上で取り下げることを意図して行う申立てや
②債権者が、債務者を威嚇し、自己に有利な債権回収を行うことを専ら目的とする申立て

破産手続の開始を目的としない申立て
but
近年では倒産手続ぬおいて、外形的には適法な手続開始の申立てがされ、申立人の意図する手続の進行も外形的には瑕疵のないものとみえるが、
実は、倒産手続開始により生じる効果の濫用を意図した申立てが問題。
本件:砂利採取事業の事業譲渡契約の効力をめぐる紛争を契機として、事業譲渡契約の履行をめぐるXが、破産手続開始決定を得ることでYの取締役らの抵抗を排除し、砂利採取事業の実質的な支配と利権を確保することを目的とした申立てとみられる事案。
本決定:Xが破産手続によって実現しようとするこのような目的は、事業譲渡契約に基づく一方的で独占的な利益を実現しようとするもので、債権者平等原則のもと債務者の財産等の適正かつ公平な清算を図るという破産法の目的に反する不当な目的であると判断。
  民事p75
大阪地裁R3.3.26  
  トンネル建設工事についての設計業者の説明義務違反による損害・8割の過失相殺
  事案 X(大阪府)は、都市計画道路の地下トンネルと建設を計画し、トンネル工事の設計等の専門業者であるYに対して地下トンネルの一部の設計を委託。
Yの業務には、トンネル工事のために地中に設けられている直方体の構築物である立杭の設計が含まれていた。 
X:YのXの従業員が立杭の安全性に関する説明義務を怠った⇒Yに対し、不法行為責任(使用者責任)に基づく損害賠償請求。
  争点 ①不法行為の成否
②損害と因果関係の有無
③過失相殺の成否 
  判断  ●  ●不法行為の成否
  専門業者であるYがXに対して提出・送付した書類やメールの中に、立杭は側面の土を取り除いても連続地中壁があれば滑動しないとの誤解を生む記載があった

立杭の安定性がトンネル工事全体に与える影響の大きさ等も考慮すれば、Xに誤解を生じさせたYは、Xの誤解を解消すべく、連続地中壁のみでは立杭の滑動を防止できない旨明確に説明すべき信義則上の注意義務を負っていた。
Yが十分な説明を行ったとは認められない。

不法行為が成立。 
  ●損害と因果関係の有無 
Xの追加工事等の費用について、一部を除いて、Yの不法行為との間に因果関係がある。
Xの落ち度が損害の発生に大きく寄与
but
Xの損害はYの不法行為とXの落ち度が順次競合して生じた結果⇒因果関係は否定されない。
  ●過失相殺の成否 
Xの落ち度について
①立杭の滑動・転倒を防止する対策工事の検討・設計がYとは別の業者の業務であったこと
②トンネル工事に携わっている他の設計業者や施工業者がXに対して立杭の滑動・転倒のおそれを繰り返し指摘していたこと
③立杭が滑動・転倒した場合には人命が危険にさらされるおそれがありXには慎重で漏れのない対応をとることが求められていたこと
④Xは発注者であり、各業者の認識や理解の調整・すり合わせを主導すべき立場にあったこと
など

Xには各業者が立杭の安定性について狭義・検証する機会を設けるべき注意義務があり、技師を擁するXの人的体制等も考慮すればその履行は容易であったにもかかわらず、これを怠った落ち度があり、これが損害の発生に寄与。
①各業者の調整役は専らXが担っていたこと、
②各業者がXに対して立杭の滑動・転倒のおそれを再三指摘していた
③立杭の滑動・転倒によって生じる危険が大きい

Xは前記注意義務を履行することが強く求められていたといえる上、Xにとってその履行は容易であった。

Xの過失割合を8割とする過失相殺。
  労働p99
長崎地裁R3.1.19  
  保育士の自殺と因果関係・安全配慮義務違反
  事案 亡Aは、社会福祉法人であるYが経営する保育園(本件保育園)に保育士として勤務⇒平成29年6月下旬頃に自殺。
亡Aの相続人であるXらが(X1~X3)が、亡Aは、虐待騒動によって業務上強度の心理的負荷を受けてうつ病に発症し、その後も虐待騒動の中心となった保護者の子が在籍するクラスの主担任を務めた⇒うつ病が増悪し、自殺

Yに対し、 安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償を求めた。
  争点 ①亡Aの自殺と業務との因果関係
② 安全配慮義務違反の有無
  判断  ●争点①
①一連の虐待騒動は亡Aを含む保育士らに強い心理的負荷を与えるものであり、亡Aは、その直後にこれに起因してうつ病を発症した。
②虐待騒動の影響やこれに関連する心理的負荷は平成29年6月まで持続し、これに、経験豊富な保育士が相次いで退職して経験の浅い保育士に入れ替わったことなどによる負荷が加わったことにより、うつ病が増悪して自殺するに至った。

亡Aの自殺と業務との因果関係を肯定。
  ●争点② 
亡Aが虐待騒動により強い心理的負荷を受け、心身に変調をきたしていたことや、
その後も虐待騒動に関連する心理的負荷が継続し、前記の保育士の入れ替わり等に伴う業務負担の増加などによっても心理的負荷を受け、平成29年5月以降には体調が悪化していたことは、
Yにおいても認識していたか、容易に認識し得た

亡Aが心理的負荷の蓄積により心身の健康を損ない、ひいては自殺等の重大な結果が発生するおそれがあることを予見可能であった。
Yの講じた安全配慮措置は十分なものとはいえず、Yは、亡Aの心身の健康状態に留意し、心理的負荷が過度に蓄積して心身の健康に変調をきたすことがないように注意すべき義務に違反。
  亡Aのうつ病の症状の持続、増悪には、虐待騒動後に個人面談やカウンセリングが実施されたにもかかわらず、亡Aが心身の不調を訴えて業務負担の軽減を申し出ることをしなかったことや、次女(X3)の部活動への関与による身体的負荷などが一定程度影響した
⇒民法418条、722条2項を趣旨を類推して3割の減額。
  解説 使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負う(最高裁H12.3.24)。
本件の特徴:
労働者に強い心理的負荷を与えたと認定された出来事(虐待騒動)と自殺との間に、1年以上の時間的感覚がある。
but
争点①について:
①亡Aが虐待騒動後に虐待を訴えた保護者や同調していた保護者の子らが在籍するクラスを担当することになり同僚等に愚痴や不満をこぼしていた
②本件保育園において平成29年度以降も虐待を疑われないよう細心の注意を払う状態が継続していた

虐待騒動による心理的負荷は亡Aが自殺した平成29年6月まで持続しており、これがうつ病の発症から自殺に至るまでの大きな要因となった。

争点②について:
・・・・
精神障害の症状の寛解・増悪の経過は様々であって一旦寛解した場合にも再度増悪することがあり得る⇒心理的負荷の要因となった出来事や精神障害の発症から自殺までの間に時間的間隔があることは直ちに予見可能性を否定するものではない。
  労働p115
長崎地裁R2.12.1  
  消極的な合意に至ることが期待できなかった口外禁止条項を付した労働審判の違法性
  事案 労働審判手続を申し立てたXが、労働審判委員会のした労働審判に、Xの拒否する口外禁止条項が付されたことにより、精神的損害が生じた⇒Y(国)に対し、国賠証1条1項に基づき、慰謝料等の支払を求めた。
  解説  ●国賠法上の違法性に係る判断枠組み
裁判官がした争訟の裁判に訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在した場合において、国賠法上の違法が認められるか否かについて、
当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とする(最高裁昭和57.3.12)。
労働審判に係る国賠法上の違法性判断についても、労働審判手続に対する不服は異議により是正されるべきであることなどを理由に、前掲最高裁の枠組みを用いた裁判例(大阪地裁H25.11.26)。
本判決も同様。
  ●労働審判の適法性に係る判断枠組み
労働審判は、審理の結果認められる当事者間の権利関係及び労働審判手続の経過を踏まえてされるもの(労審法20条1項)、事案の解決のために相当であることが要求されている(同条2項)⇒一般的には「相当性」という基準によりその限界が判断される。
当該「相当性」を欠く審判:
・権利関係との合理的関連性を欠くもの
・手続の経過を踏まえていないもの(ex.当事者の意思に明確に反するなど受容可能性がおよそ認められないもの)
  判断  口外禁止条項を定めることについての合理的関連性を認めた上で、
本件においては受容可能性がない
⇒労審法20条1項及び2項違反を肯定。
but
本件審判に違法又は不当な目的があったと認めることはできない
⇒国賠法上の違法性は認められない。
Xの受容可能性を否定し、口外禁止条項を付した労働審判の違法性を認めた。
but
調停による解決はできないとしても、労働審判委員会による労働審判に対して異議申立てまではしないという意味での消極的合意に至る可能性もあり得る

口外禁止条項も含めてこのような消極的合意さえも期待できないか否かを慎重に判断すべき。
  解説 口外禁止条項を付した審判が違法であるとしても、その有効性に影響を及ぼすか否かについては、本判決が判断するところではない。
口外禁止条項を付した審判に承服できない⇒まずは異議申立てをすることが必要。 
2499   
  行政p3
最高裁R3.3.18  
  医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律による、職業活動の自由への消極目的規制の合憲性判定基準
  事案 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律36条の6第1項、3項:
薬局開設者又は店舗販売業者において、要指導医薬品(法4条5項3号)の販売又は授与をする場合には、
薬剤師に対面による情報の提供及び薬学的知見に基づく指導を行わせなければならず、これができないときは要指導医薬品の販売又は授与をしてはならない旨を規定。 
本件:店舗以外の場所にいる者に対する郵便その他の方法による医薬品の販売をインターネットを通じて行う会社が、本件各規定は憲法22条1項に違反するなどと主張して、
国を相手に、
要指導医薬品として指定された製剤の一部につき、前記方法による医薬品の販売をすることができる権利ないし地位を有することの確認等を求めた。
  解説 薬事法は従前:
一般用医薬品をリスクに応じて3つに区分
第1類医薬品:その販売等に際し、薬剤師をして、その適正な使用のために必要な情報を提供させなければならない。
第2類医薬品:その販売等に際し、薬剤師又は登録販売者をして、その適正な使用のために必要な情報を提供させるよう努めなければならない。

薬事法施行規則は、前記医薬品につき、薬剤師等に、対面で販売等をしなければならない旨の規定を設け、もって郵便等販売が禁止。


最高裁H25.1.11:
前記薬事法施行規則の規定が、一般用医薬品のうち第1類医薬品及び第2類医薬品につき、店舗販売業者による店舗以外の場所にいる者に対する郵便その他の方法による販売又は授与を一律に禁止することとなる限度において、薬事法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効。


薬事法が改正され、従前の一般用医薬品が、一般用医薬品と要指導医薬品に区分された。
法4条5項3号イからニまでに掲げる医薬品で、その適正な使用のために薬剤師の対面による情報の提供及び薬学的知見に基づく指導が行われることが必要なものとして、厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて指定する要指導医薬品については、その販売又は授与するに際し、薬剤師に対面による情報の提供及び薬学的知見に基づく指導を行わせなければならない旨規定。 
最高裁H25.1.11:省令の規定が法律の委任の範囲内であるか否かが問題
本件:前記の薬事法の改正により設けられた法律の規定である本件各規定が違憲無効であるかが問題
  判断 薬局等の適正配置規制に関する当時の薬事法6条2項、4項が憲法22条1項に違反する旨の判断をした薬事法距離制限事件最高裁判決を参照した上、
本件各規定による規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度に照らすと、本件各規定による規制に必要性と合理性があるとした判断が、立法府の合理的裁量の範囲を超えるものであるということはできない

本件各規定が憲法22条1項に違反するものということはできない。
  規定 憲法 第二二条[居住・移転・職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由]
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
  解説 憲法22条1項の職業選択の自由:
広く一般に、いわゆる営業の自由を保障する趣旨を包含するもの。
狭義の職業選択の自由(職業の開始・継続・廃止の自由)だけでなく、職業活動の自由(選択した職業活動の内容、態様の自由)も含む。
●  経済的事由の制約を伴う規制立法の憲法適合性:薬事法距離制限事件最高裁判決(最高裁昭和50.4.30):
これらの規制措置が憲法22条1項にいう公共の福祉のために要求されるものとして是認されるかどうかは、これを一律に論ずることができず、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、
これらを比較考量したうえで慎重に決定されなければならない。

右のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務
⇒裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべき。
but
右の合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭がありえる
⇒裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべき。

利益衡量論を基礎とした上で、前記の諸事情を比較考量して立法府の判断がその合理的裁量の範囲内にあるか否かを判断する枠組み。
一般に許可制は単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限
⇒その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するより緩やかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要する。

消極目的規制についての厳格な合理性の基準を示したものであり、
小売市場事件最高裁判決が、積極目的規制についてはは明白の原則によることを示したものであるという理解と併せて、いわゆる規制目的二分論によるものであると理解。
vs.
最高裁は、特に許可制の下におけるいわゆる消極目的規制である場合には、他の規制措置では目的を達成することができないものであることを要するとしたものであって、
消極目的規制であることのみをもって、厳格な合理性の基準により合憲性を判断すべきとするものではない。
本判決:
本件における立法府の裁量の幅については、
本件各規定による規制は、消極的、警察的措置と評価し得るものであることを前提としつつ、
職業活動の自由に一定の制約を課すにとどまる
⇒直ちに狭くなるものではないと解している。
  民事p8
最高裁R3.4.16  
  前訴での対応が後訴提起を信義則違反とするかが争われた事案
  事案 Xが、Yに対し、両名の母であるAを遺言者とする遺言(Xに財産全部を相続させるという内容のもの)が有効であることの確認を求めた事案。 
前訴:
Y:Aの死後、Xに対し、YがAの遺産を法定相続分の割合により相続した⇒Aの死後にXが払い戻したA名義の預金の返還、Aの生前にAからXに所有権移転登記がされた不動産についてその登記の抹消登記手続等を求める訴え。
X:Yに対し、XがAの医療費等を立て替えており、YがAの立替金債務を法定相続分の割合により相続した⇒その支払を求める反訴。
X:Aとの売買等により不動産を取得したものであり、生前にAから与えられた権限に基づき預金の払戻をしたなどと主張し、前件本訴に係る請求を争うとともに、Aが本件遺言をしたと主張。
but
第1審裁判所が当事者の主張した書面には、Xの本件遺言に関する主張は記載せず。

Y:Xに対し、本件遺言が有効である旨主張するのであれば、Xの前件反訴における主張と矛盾⇒これらの主張の位置づけについて明らかにするよう述べた⇒X:前件本訴に係る請求が本件遺言が無効であることを前提としたものであったため、これに対応して前件反訴を提起したにすぎず、主位的には本件遺言が有効であると主張するものと回答。
前件では、YがAの遺産について相続分を有することは争いがないものとされ、本件遺言の有効性については判断されなかった。
  原審  XがYに対して本件遺言が有効であることの確認を求めることは、YがAの遺産について相続分を有することが前訴で決着し、Xにより今後本件遺言が有効であると主張されることはないであろうとのYの合理的な信頼を裏切るものである上、Xが前訴においてYがAの債務を相続したと主張して前件反訴を提起していたことと矛盾
⇒本件訴えの提起は信義則に反するとして、訴えを却下すべきものとした。 
  判断 ①前訴判決においては、本件遺言の有効性について判断されることはなかった
②前件本訴に係る請求は、Aの遺産の一部を問題とするものにすぎず、本件訴えは、前件本訴とは訴訟によって実現される利益を異にする
③前訴において、Xは、本件遺言が有効であると主張していたのであり、前件反訴に関しては本件遺言が無効であることを前提とする前件本訴に対応して提起したにすぎない旨述べていた⇒Yの決着済みとの信頼は合理的なものとはいえない

Xは前件反訴において敗訴し、何ら利益を得ていない⇒本件訴えにおいて本件遺言が有効であるとの確認がされたとしても、前件反訴の結果と矛盾する利益を得ることにはならない。

本件訴えの提起が信義則に反するとはいえない。
  解説   信義則違反による後訴の請求又は主張の遮断:
①権利失効(紛争の蒸し返しの禁止)の法理
②矛盾挙動禁止の法理
権利失効の法理:
確定判決の理由中で判断された事項等について、勝訴当事者に、既に前訴で決着がついたとの正当な信頼が生じた場合に、その理由中の判断に拘束力を認め、敗訴当事者がこれに抵触する攻撃防御方法等を提出し得ない原則。
最高裁昭和51.9.30:
後訴は実質的には紛争の蒸し返し⇒信義則により後訴を遮断。
権利失効の法理:
適時における権利行使懈怠の結果、相手方にもはや権利行使た許されないとの正当な信頼が生じた場合に、その信頼を保護しようとするもの⇒その前提として、その相手方の信頼が法的保護に値するといえる必要があり、また、それ以前の段階で権利行使すべきことが規範的に要求されていなければならない。
既判力:主文の判断に限り生ずるとされ(民訴法114条1項)、訴訟物を異にする請求及びそれを基礎付ける主張については、前訴判決によって何ら影響を受けないことが保障されている
⇒相手方の決着済みとの信頼には客観的合理性が欠如している。

当事者(特に被告)には、当面勝訴するのに最も効率的な防御方法のみを提出し、少ない労力で勝訴判決を得ることが許されてしかるべきであり、他の防御方法をも提出しておかないと、後訴において失権してしまうとするのは、自由な訴訟活動についての利益を奪うとともに、当事者に対する不意打ちになるおそれがある。

権利失効の法理の適用にあたっては、考慮すべき諸事情の類型化
A:
①その判断が前訴における主要な争点についてされたものであること
②前訴・後訴が社会関係の次元における同一紛争関係から生じたもの
③拘束を受ける当事者がその争点についての判断を上訴によって争いえる可能性を有していたこと
④個々の事案の具体的事情
を総合的に判断し、
ある争点につき決着済みとの合理的信頼が成立し得ないといえる事情がないこと
を要件とする見解。

B:
①前訴と後訴の実質的同一性
②前訴における請求又は主張の提出可能性
③紛争解決についての相手方の信頼
④前訴における審理の程度
⑤主張などの遮断を正当化するその他の事情
を総合的に考慮する見解。
拘束的効果の認められる争点をどのレベル(先決的法律関係の存否、法律行為の有効・無効、主要事実の存否等)で捉えるかは、当事者が前訴でどのレベルに焦点を合わせて攻撃防御を展開していたといえるかを判断することになる。

ex.
請求原因が所有権の存否からなる事案において、
所有権喪失の抗弁として売買契約の締結が前訴で主張された場合、
下位の争点である売買契約の解除や無効事由の再抗弁が主張されなった場合

前訴での攻防の対象が売買契約の効力そのものであったとみられる限り、後訴で前記再抗弁についての主張が遮断されることがあり得る。
本件:
YがAの遺産について相続分を有するかについては、前訴において攻防の対象とされていなかったと認められる。
前訴・後訴の係争利益の均衡・異同は、攻防の密度に影響し得る⇒権利失効の法理の適用に当たり考慮されるべき事情。

本判決:
以上の事情のほか、前訴における諸事情を考慮し、YがAの遺産について相続分を有することについて前訴で決着したとのYの信頼は合理的なものであるとはいえないと判断。
  ●矛盾挙動禁止の法理:
前訴における主張が認められて勝訴した当事者が、それと矛盾する主張をして前訴で得たのと両立し得ない利益を得ようとすることを禁止する原則。 
Xは、前件反訴においては、立替払の事実が認められないとして請求を棄却され、敗訴している。
⇒本件遺言が有効であることが確認されたとしても、前訴で得た利益と両立し得ない利益を二重に取得することにはならない⇒矛盾挙動禁止の法理の適用の前提を欠く。
  民事p13
福島地裁郡山支部R3.7.30  
  福島第一原発についての損害賠償責任
  事案 本件津波による福岡第一原発の爆発事故により帰宅困難区域となった津島地区の住民640人(原告ら)が、被告国及び被告東電に対し、
①平穏に生活する権利、不動産所有権若しくは入相的な利用権又は不法行為に基づく妨害排除請求権(妨害予防請求権)に基づき、津島地区全域の放射線量を毎時0.046マイクロシーベルトに至るまで低下させる義務のあることを確認するとともに、
津島地区全域の放射線量を毎時0.23マイクロシーベルトに至るまで低下させることを求めるとともに、
②被告国に対しては、国賠法1条1項に基づき、被告東電に対しては、主位的には民法709条に、予備的には原賠法3条1項に基づき、
総額約251億円の損害賠償を求めた。
  争点 ①被告国及び被告東電に対し、津島地区全域の放射線量を低下させる義務のあることの確認を求める訴え及び、放射線量を低下させることを求める訴えの適否
②被告国の損害賠償責任の有無
③被告らが原告らに賠償すべき原告らの損害額
  判断 争点①について、
原告らが被告らに対し、津島地区全域について、放射線量を低下させる義務のあることの確認を求める請求を棄却
放射線量を低下させることを求める訴えを却下

争点②について
被告国の責任を認め、本件事故と相当因果関係のある限度で原告らの被告に対する請求を認容。
被告東電については、原賠法3条1項に基づく請求を認容。
  解説   ●原状回復請求(争点①)
福島地裁H29.10.10
仙台高裁R2.9.30:
請求の特定性を欠くことを理由に訴えを却下。

給付訴訟における請求の趣旨は、強制執行が可能な程度に特定され、明確化される必要がある。
but
侵害結果を生じさせている発生源である放射性物質による汚染状況の詳細は不明。
原告らの旧居住地における空間線量率を原告らの請求の趣旨のレベルまで低下させるための作為の具体的な内容を被告らが認識することは不可能。
⇒実現可能な義務の具体的内容が合理的に限定されていない。
本判決:
原告らの給付請求は、特定を欠くと言わざるを得ない⇒訴訟要件を欠き、不適法。
被告らが放射線量を低下させる義務を負うことの確認請求を棄却。

①原告らの有する不動産所有権等の権利が津島地区全域に及ぶと解することはできない
②被告東電が飛散した放射性物質を支配し、これを除去し得る権限を有しているとみることはできない
  ●被告国の責任(争点②) 
国の責任の有無については裁判例が分かれている。
大臣が規制権限を行使しなかったことが、大臣に付与された権限の性質等に照らし、その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、前記権限の不行使は、国賠法1条1項の適用上違法となる(最高裁H7.6.23)。
本判決:
原子力発電所の管理監督については専門性が高く、技術基準適合命令を発するか否かについて経済産業大臣に裁量が認められている。
but
経済産業大臣に規制権限が与えられているのは、原子力発電所が高度の危険性を有していることに鑑み、原子力災害を防止し、賀引力発電所の周辺住民の安全等を確保するため。
⇒その裁量は必ずしも広範なものとはいえず、経済産業大臣としては、福島第一原発で津波対策が適切に講じられているか否かについて厳格な観点から判断すべきであった。

経済産業大臣が、平成18年までに福島第一原発について発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令4条1項の基準を満たしていないことを理由に技術基準適合命令を発しなかったことは、法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものであり、国賠法1条1項の適用上違法。
国の責任を否定した東京高裁R3.1.21:
地震調査研究推進本部地震調査委員会が、平成14年に公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(長期評価)の知見には、種々の異論や信頼性に疑義を生じさせる事情が存在⇒経済産業大臣に直ちに対策のための規制権限の行使を義務付けるだけの科学的、専門技術的な見地からの合理性を有する知見であると認めることは困難。

長期評価の知見により想定される津波に対して防潮堤等の設置や建屋等の水密化の措置を講じることによって本件事故の発生を回避できたものとは認められない。
本判決:
長期評価が公表⇒被告国には、福島県沖の海溝寄りの領域において津波地震が発生する可能性や、発生した場合の福島第一原発への影響の有無等について調査をする義務が生じたにもかかわらず、被告国は、調査を行わず、前記義務に違反。

安全停止系保護のための水密化や、安全停止系が設置された建屋の水密化のための対策を本件津波が到来するまでに講じていれば、本件事故を回避できた。
  ●原告らに支払われるべき慰謝料額(争点③) 
被告東電は、平成25年12月26日に原子力損害賠償紛争審査会が策定したいわゆる中間指針第4次追補を受けて、
期間困難区域の住民に支払う慰謝料について、
①平成23年3月11日から平成24年5月まで月額10万円として150万円
②平成24年6月から平成29年5月までの5年分として600万円、
③帰還困難慰謝料700万円
の合計1450万円を基本的に支払う方針。
but
仙台高裁R2.3.12:
帰還困難区域の避難者の慰謝料額を1600万円
(①避難を余儀なくされた慰謝料150万円、②避難生活の継続による慰謝料850万円、③故郷の喪失による慰謝料600万円)と定めた。

本判決:これらの裁判例を踏襲し、帰還困難区域の避難者であるXらの慰謝料を1600万円と定め、被告らに対し、既払額1450万円を控除した150万円に弁護士費用15万円を加えた165万円を基本額として原告らに支払うよう命じている。
本判決:
本件事故の発生につき、被告東電の側に故意に匹敵するような重大な過失があったとは認められず、被告東電の悪質性を慰謝料の増額事由とすることはできない。
but
津島地区に居住する原告らが抱く被ばくの影響に対する不安は、慰謝料の算定に当たって考慮すべきであると説示。