シンプラル法律事務所
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勉強会(判例時報2023後半)

判例時報の勉強会用の資料です(随時更新)

       
       
       
2572   
  行政p5
大阪地裁R4.3.25  
  大阪市⇒大阪府への土地・建物について無償譲渡契約の締結の差止めを求めた住民訴訟(棄却)
  事案 大阪市:大阪市立の高等学校を一括して大阪府に移管

大阪市教育委員会が本件高校等の用に供する財産である土地・建物について行政時亜さんの用途を廃止した上で、大阪市長から不動産に関する契約の締結の権限の委任を受けた被告(大阪市契約管財局長)が、前記用途廃止により普通財産となった本件不動産を大阪府に無償で譲渡する旨の契約を締結する予定。
大阪市の住民である原告らが、被告に対し、
本件無償譲渡契約の締結は、
❶地財法27条1項及び28条の2
❷地自法232条の2
❸地自法96条1項6号及び237条2項並びに
❹大阪市財産条例16条に、それぞれ違反する違法な財務会計行為

地自法242条の2第1項1号に基づき、本件無償譲渡契約の締結の差止めを求めた住民訴訟。
  判断 本件無償譲渡契約の締結は❶~❸のいずれにも違反しない⇒請求棄却。
❹については、大阪市財産条例16条が地自法96条1項6号及び237条2項にいう条例に当たると仮定して、本件無償譲渡契約の締結が同条例16条に違反し、ひいては前記❸の地自法96条1項6号及び237条2項に違反する違法な行為に当たるかというものであるが、本判決は、前記❸について地自法96条1項6号及び237条2項の議会の議決があったといえると判断
⇒❹について判断する必要がないとした。
  解説等 ●地財法28条の2関係(❶ー1)
  地財法 第二八条の二(地方公共団体相互間における経費の負担関係)
 地方公共団体は、法令の規定に基づき経費の負担区分が定められている事務について、他の地方公共団体に対し、当該事務の処理に要する経費の負担を転嫁し、その他地方公共団体相互の間における経費の負担区分をみだすようなことをしてはならない。
  最高裁H8.4.26:
町が県に対してミニパトカーを寄附することは、法令の規定に基づき経費の負担区分が定められている事務について地方公共団体相互の間における経費の負担区分を乱すことに当たり、地財法28条の2に違反。
  地財法28条の2の解釈について
A:一律禁止説
B:原則禁止説
C:個別的判断説
  本判決:
地財法28条の2違反の有無の判断枠組みについて、
市町村の都道府県に対する自発的、任意的な寄附であっても、同条の適用は当然には排除されず、また、
大阪府は、本件移管に伴い、本件高校等の設置者として高等学校など事業を実施することとなる
⇒大阪府が実施する当該事業の経費は、学教法5条等に基づき、大阪府が負担すべきこととなる
⇒当該事業の管理運営等の事務は、地財法28条の2の「法令の規定に基づき経費の負担区分が定められている事務」に当たる。
その上で、同条に違反するかどうかは、当該行為が、地方公共団体相互の間における適正な財務秩序を乱し、ひいては地方財政の健全性を害することになるかとう観点から検討すべきもの。
本件においては、
①本件移管が、大阪市と大阪府との間の自発的な任意の合意に基づくものであり、かつ、双方の議会がこれに関与し、本件移管を是認する旨の意思表示をしており、大阪市においては、市議会本会議における議決に関し、本件譲与を行うことを認める趣旨の議決がされたと評価できる。
②本件移管に伴い、大阪市から大阪府に本件不動産が無償譲渡されることは、大阪府が負担すべき経費を、大阪市が負担することになることを意味しない
③大阪市という大規模な市の財政規模を踏まえつつ、長期にわたる地方財政の健全性という観点から、本件移管を全体としてみれば、本件移管に伴う本件譲与は、大阪市の財政の健全性を害するものであるとは必ずしもいえない
④本件移管の目的や本件不動産等の資産を無償で譲渡する理由が、高等学校等事業の移管という公益性の高いものに関するものであり、その内容が事実の基礎を欠くとか、およそ合理性を欠くものであるとはいえない

本件無償譲渡契約の締結により、大阪市が大阪府に本件不動産を無償で譲渡し、大阪府が大阪市から本件不動産を無償で取得することは、大阪府が大阪市に対し大阪府が負担すべき経費の負担を転嫁するものではない上、大阪府と大阪市との間における適正な財政秩序を乱すものとはいえず、ひいては地方財政の健全性を害するものといえない。
⇒地財法28条の2に違反するものとはいえない。
  ●地財法27条1項関係(❶ー2) 
  地財法 第二七条(都道府県の行う建設事業に対する市町村の負担)
 都道府県の行う土木その他の建設事業(高等学校の施設の建設事業を除く。)でその区域内の市町村を利するものについては、都道府県は、当該建設事業による受益の限度において、当該市町村に対し、当該建設事業に要する経費の一部を負担させることができる。
本判決:
地財法27条1項は、都道府県が都道府県の行う事業に要する経費を市町村に負担させることが一般的に禁止されていること(地財法4条の5、28条の2)を前提として、この一般的な禁止を都道府県の行う土木その他建設事業の一部に限って解除するもの。
本件無償譲渡契約の締結は、大阪府が大阪府の行う事業に要する経費を大阪市に負担させるものであるとはいえない⇒そもそも地財法27条1項が解除した一般的な禁止に反するものではなく、同項の一般的な禁止の解除が働く場面ではない。
  ●地自法232条の2関係(❷) 
  地自法 第二三二条の二(寄附又は補助)
普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる。
  「寄附又は補助」が「公益上必要がある場合」という要件を満たさないものとして違法となるか否かの判断枠組み。 
最高裁:
前記要件に関しては、様々な行政目的を斟酌した政策的な考慮が求められる
⇒この点についての普通地方公共団体の判断は、特に不合理又は不公正な点がない限りはこれを尊重することが必要。
これを普通地方公共団体の等等の権限という面からみると、寄附又は補助が前記要件に適合するかどうかの判断については、普通地方公共団体の長等に裁量権が付与されており、その行使に逸脱又は濫用がある場合に限り、当該寄附又は補助が前記要件を満たさないものとして違法となる。
「寄附又は補助」には、普通地方公共団体の所有する普通財産の譲与(無償譲渡)も含まれる。
  本判決:
・・・公益上の必要があるとした大阪市長及び被告の判断が、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものであるということはできず、本件譲与ないし本件無償譲渡契約の締結が同条に違反する違法な行為に当たるとはいえない。 
  ●地自法96条1項6号及び237条2項関係 
  地自法 第九六条[議決事件]
普通地方公共団体の議会は、次に掲げる事件を議決しなければならない。
六 条例で定める場合を除くほか、財産を交換し、出資の目的とし、若しくは支払手段として使用し、又は適正な対価なくしてこれを譲渡し、若しくは貸し付けること。
地自法 第二三七条(財産の管理及び処分)
この法律において「財産」とは、公有財産、物品及び債権並びに基金をいう。
2第二百三十八条の四第一項の規定の適用がある場合を除き、普通地方公共団体の財産は、条例又は議会の議決による場合でなければ、これを交換し、出資の目的とし、若しくは支払手段として使用し、又は適正な対価なくしてこれを譲渡し、若しくは貸し付けてはならない。
大阪府財産条例16条:
普通財産は、公用又は公共用に供するため特に無償とする必要がある場合に限り、国又は公法人にこれを譲与することができる
  大阪市財産条例16条が地自法96条1項6号及び237条2項にいう条例に当たり、議会の議決が必要ではないといえるか? 
本判決:
地自法96条1項6号及び237条2項について、適正な価格によらずに普通地方公共団体の財産の譲渡等がされると、当該普通地方公共団体に多大な損失が生ずるおそされや特定の者の利益のために財政の運営がゆがめられるおそれがある⇒類型的にみて、一般的取扱いになじむものについては、あらかじめ条例で基準を設けることにより、個別の議会の議決を要しないようにする趣旨。
本件移管の規模や本件不動産の価格等⇒本件譲与は一般的取扱いになじむものとはいえず、大阪市財産条例16条があるからといって、本件譲与について、地自法96条1項6号及び237条2項の議会の議決を要しないということはできない。
  地自法96条1項6号及び237条2項のの議会の議決があったといえるか? 
地自法96条1項6号及び237条2項のの議会の議決とは、適正な対価によらない財産の譲渡等について議決を求める個別の議案に対する議決に限定されないと解するのが相当であり、
個別の議案が提出されなくとも、当該譲渡に関連する議案につき、審議の実態に即して、当該譲渡等が適正な対価によらないものであることを前提として審議がされた上で当該譲渡等を行うことを認める趣旨の議決がされたと評価することができるときは、議会の議決があったと解するのが相当。
・・・議会の議決を肯定。
  条例では一般的に取扱いのできるものを定めるものとし、それにより難いものは、個別に議決を求める趣旨(学説)。 
前記の条例の定めや議会の議決を欠く場合、当該財産の処分は無効(最高裁)。
  民事p51
最高裁R5.5.19  
  遺言執行者の原告適格が問題となった事案
  事案 遺言執行者であるXが、Yらについて、本件土地は遺言者(B)の相続財産であり、遺言の内容に反する登記がされている⇒Yらに対し、遺言者の相続人からのYらに対する所有権移転登記の抹消登記手続等を求めた事案。 
平成21年7月:Bは、Bの一切の財産を
①Dに2分の1の割合で相続させ、
②Fに3分の1の割合で遺贈し、
③Eに6分の1の割合で遺贈する
旨の公正証書遺言をした。
それぞれ「①部分」「②部分」「③部分」

平成23年1月:Cは、BとCの間でCが本件土地を取得する旨の遺産分割協議が成立した旨の遺産分割協議書を利用して、本件土地につき、Cに対する所有権移転登記。
but
前記遺産分割協議は、Bの意思に基づかずにされた無効のもの。

平成23年2月:Bが死亡
平成23年6月:Cは、本件土地をYらに売却し、その旨の所有権移転登記がされた。
  原審 XはYらに対する本件登記の抹消登記手続請求に係る訴えの原告適格を有する。 
本件土地の持分2分の1はBの相続財産であり、Cによる前記持分2分の1の処分校は、民法(改正前)1013条により無効

本家投棄のうち本件相続持分に関する部分の一部抹消(更正)登記手続を求める限度で前記請求を一部認容。
  判断 遺言執行者は、共同相続人の相続分を指定する旨の遺言を根拠として、改正法の施行日前に開始した相続に係る相続財産である不動産についてされた所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えの原告適格を有するものではない。 (判旨❶)
相続財産の全部又は一部を包括遺贈する旨の遺言がされた場合において、遺言執行者は、当該包括遺贈が効力を生じてからその執行がされるまでの間に包括受遺者以外の者に対する所有権移転登記がされた不動産について、当該登記のうち当該不動産が相続財産であるとすれば包括受遺者が受けるべき持分に関する部分の抹消登記手続又は一部抹消(更正)登記手続を求める訴えの原告適格を有する。(判旨❷)
複数の包括遺贈のうち1つがその効力を生ぜず、又は放棄によってその効力を失った場合、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときを除き、その効力を有しない包括遺贈につき包括受遺者が受けるべきであったものは、他の包括受遺者には帰属せず、相続人に帰属する。(判旨❸)
判旨❷⇒②部分について原告適格を有する。
判旨❶❸⇒①部分・③部分について原告適格を有しない
  解説   財産上の請求については、訴訟物である権利又は法律関係について管理処分権を有する主体が当事者適格を有する。 
遺言執行者は、遺言の執行に必要な一切の行為をする権限を有し、その権限行使に必要な範囲で相続財産の管理処分権を有する。
(反面、相続人は、その範囲で相続財産の管理処分権を失う。(民法1012条1項、1013条1項参照))

遺言執行者は、その職務権限の行使に必要な範囲で(すなわち、遺言の執行の必要なな範囲で)相続財産に関する訴訟の当事者適格を有する。
遺言執行者の具体的な職務権限の内容は、遺言の内容に応じて定まる⇒Xが本件訴えの原告適格を有するか否かは、本件遺言の内容に照らして検討する必要がある。
  ●本件遺言の①部分 
相続財産を一定の割合で相続人に相続させる趣旨の遺言であって、他の部分(②部分、③部分)と合わせた割合の合計が1(100%)となるものは、「相続分の指定」(民法902条)であるとするのが一般的な考え。
相続分の指定の遺言について、遺言の効力発生と同時に遺言内容が実現⇒遺言執行者の職務も存しない。
原審:Xの原告適格を肯定するに当たり、いわゆる「相続させる遺言」の遺言執行者が抹消登記手続請求訴訟の原告適格を有するとした最高裁判例を引用
vs.
同判決のいう「相続させる遺言」とは、特定の不動産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言であり、本件はその射程外。 
相続分指定の遺言⇒判旨❶

本件のように改正前の施行日(令和元年7月1日)前に開始した相続については、相続人が指定相続分に応じた不動産持分の取得を登記なくして第三者に対抗することができる。(改正法附則2条により、原則として改正民法が適用される)
~前記施行日以降に開始した相続には妥当しない(民法899条の2第1項参照)⇒判旨❶の射程は、前記施行日以後に開始した相続には及ばない。
but
その余の理由
a:相続分の指定がされても、相続財産が共同相続人による遺産共有の状態となることに何等変わりはない
b:相続人は、単独で指定相続分に応じた持分の移転登記手続をすることができる
は前記施行日以後に開始した相続にも妥当
⇒判旨❶を当然に反対解釈することもできない。
民法899条の2第1項の新設⇒法定相続分を超える権利の取得につき対抗要件主義
相続分指定の遺言のほか、特定財産承継遺言(民法1014条2項)がある。 
特定財産承継遺言については、遺言執行者の権限として、受益の相続人が対抗要件を具備するために必要な行為をすることができる旨の規定(同項)が新設
but
相続分指定の遺言については、このような規定は設けられていない。
  ●本件遺言の②部分 
相続財産の3分の1をFに包括遺贈する旨の遺言。
特定の不動産が遺贈の目的とされた場合、当該不動について受遺者以外の者が遺言の内容に反する登記を経由⇒遺言執行者は、遺言の執行に必要な行為として、当該登記の抹消を求めることができる(最高裁)。
包括遺贈の場合も同様に解するのが一般的。
  X:本件土地の全部がBの相続財産であると主張して本件訴えを提起
but
審理の結果、Bの相続財産に属するのは本件土地のも分2分の1に限られることが明らかに。 
⇒Xは、Bの相続財産でない持分2分の1(本件相続外持分)について、実体上、管理処分権を有しない。
but
それ故に当該持分につきXの原告適格を否定するのは、審理の結果をもって当事者適格の有無を決するもので、当事者適格という事柄の性質に反する。

このような場合、訴訟の目的である物ないし権利が相続財産に含まれると仮定して、それについて遺言執行者が管理処分権を有するかどうかを問い、これが認められれば遺言執行者に当事者適格が認められるとする見解。
本判決:包括遺贈がされた場合にも、特定遺贈の場合と同様に、遺言執行者は遺言の内容に反する登記の抹消を求めることができるという一般的な考え方と訴訟の目的物が相続財産に属しない場合の当事者適格に関する前記見解⇒判旨❷。
  ●本件遺言の③部分 
Eへの包括遺贈
but
Eの放棄によりその効力を失った

同包括遺贈について遺言執行の余地はない。
but
民法995条本文:
遺贈がその効力を生じないとき、又は放棄によってその効力を失ったときは、受遺者が受けるべきであったもの(「失効受遺分」)は相続人に帰属。
包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)
⇒民法995条の「相続人」に包括受遺者が含まれるか?
これが肯定⇒Eが受けるべきであった本件土地の持分の一部がFに帰属することとなり、当該持分の帰属については遺言執行の余地があり得る。
現在:同条の「相続人」に包括受遺者は含まれず、失効受遺者は専ら相続人に帰属すると解するのが多数。
本判決:
前記多数説の見解⇒判旨❸。
  民事p66
東京高裁R4.9.7  
  発信者情報開示請求事件で、施行前の投稿について改正後の省令の適用(肯定)
  事案 ツイッター上で令和2年4月14日にされた投稿により、脅迫され、又は肖像権を侵害された⇒同年12月11日にツイッターを運営するYに対して本件訴訟を提起し、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(令和3年改正前のもの)4条1項に基づき、本件投稿に係る発信者情報の開示を求めた。
  主張 Y:
発信者情報として発信者の電話番号を追加する快成がされた・・・省令を本件に適用することは、法令の遡及適用に当たる⇒発信者情報として電話番号は開示の対象にならない。 
  判断 原判決と同様、電話番号が開示の対象となると認めた。 
法4条1項は、インターネット上における情報の流通により自己の権利を侵害されたとする者は、当該権利の侵害に係る発信者情報の開示を請求することができる旨を定めているところ、その対象となる具体的な発信者情報については本件省令に委ねている。
その趣旨は、法の制定後予想される急速な技術の進歩やサービスの多様化等により、開示関係役務提供者が保有している情報であって発信者の特定に有用と認められるものの範囲も変動することが予想され、その中には開示の対象とすることが相当であるものとそうでないものが出てくることが想定されるが、それらを法の制定時点において法律中に書き尽くすことは相当困難であり、本件省令によって発信者情報の範囲を画することとした。
この趣旨

法4条1項に基づく発信者情報開示請求権は、侵害情報の流通があった時点で発生するが、プロバイダにおいて、どの範囲の発信者情報について開示義務を負うかは、請求権者により同請求権が具体的に行使された時点で効力を有する本件省令により定められると解するのが相当であり、本件において、本件改正後の本件省令3号の遡及適用の問題は生じない。
このことは、本件改正後の本件省令には、経過規定が定められていないことからも裏付けられる。
本件改正後の本件省令3号は、侵害情報の流通があった時期にかかわらず、令和2年8月31日の施行日以降に権利が行使された発信者情報開示請求に適用される。
Xは、同年12月に本件訴訟を提起し、法4条1項に基づく発信者情報開示請求権を行使している
⇒本件において、本件改正後の本件省令3号が適用される。
  民事p71
大阪地裁R5.2.27  
  障害(先天性の両側感音性の難聴があった当時11歳の女性)の逸失利益等 
  事案  被告会社の従業員であるEが業務執行中に運転していた小型特殊自動車が、歩行中のAに衝突し、Aが死亡。 

Eに対しては民法709条に基づき、
被告会社に対しては民法715条に基づき、
①Aの父であるB及びAの母であるCが、本件事故によるAの損害の賠償を求め、
②B、C及びAの兄であるDが、本件事故による精神的苦痛及び弁護士費用の賠償を求めた事案。
  主張 原告ら:
年少者の逸失利益については、 賃金センサスの産業計・企業規模計・男女計・学歴計・全年齢平均賃金(「全労働者平均賃金」)を基礎収入として算定する実務が定着しているところ、
Aが、感音性難聴を有していたとしても、年齢相応の読み書き、計算の能力を習得できており、手話や口話でのコミュニケーションも可能であったことから、他の年少者と同様に様々な可能性を有していたといえ、かつ、
障害者法制の整備やテクノロジーの発展等により、障害者の就学・就労環境等も改善

Aの基礎収入については、賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金497万2000円とするのが相当。
被告ら:
①Aの聴力障害が、自動車損害賠償責任保険の後遺障害等級4級相当であり、知力の問題を別として92%の労働能力喪失と評価されるもの
②聴覚障害児童の高校卒業時点での思考力や言語力、学力は小学校中学年水準に留まるという減少(いわゆる「9歳の壁」)が指摘されることもあり、聴覚障害者の就学と就労には困難が伴う
③原告らが主張するような制度変更やテクノロジーの進歩は、将来の不確定要素であり、それがどの程度労働能力に影響を与えるかは不明

Aの基礎収入については、平成30年の聴覚障害者(男女計)の平均賃金294万700円とするのが相当。
  判断 Aの学習状況や生活状況から、将来様々な就労可能性があった
but
聴力検査の結果を踏まえると、Aの聴覚障害がコミュニケーションに与える影響は、労働能力に影響がない程度のものであったということはできない
将来予測される社会の変化等も考慮

Aの逸失利益の算定に用いる基礎収入を賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金497万2000円の85%に相当する422万6200円とするのが相当
  解説 年少者の将来の基礎収入について、
将来予測は必ずしも容易ではないが、予測が困難であったとしても、あらゆる証拠資料に基づき、経験則と良識を活用して、できる限り蓋然性のある額を算出するように務めるべき(最高裁)。 
  交通損害賠償実務上、事故当時、就労前の年少者の逸失利益を算定するにおいては、原則として、基礎収入を賃金センサスの全年齢平均賃金を用いて認定することが一般的。
but
逸失利益算定の作業は、「できる限り蓋然性のある額」を算定するもの
⇒基礎収入を全年齢平均賃金によることができるのは、その程度の収入を得られる蓋然性がある場合(実務上は、特段の事情がない限り、その程度の収入を得られる蓋然性を肯定)
⇒証拠資料から、そのような蓋然性があるとは認められない場合には、平均賃金ではなく、将来得られる蓋然性のある収入額によることになる。 
障害が労働能力及びその発揮に影響を与えるか否かの判断:
①対象となる年少者の障害の内容及び程度
②同年少者の生活状況及び就学状況
③同様の障害を有する者の就学状況及び就労状況等
の具体的事情に照らして個別に判断。
  本判決:
(1)Aの学習状況は生活状況を詳細に認定⇒Aについて一般就労の蓋然性があった。
(2)
①Aの先天性の両側感音性難聴による聴力障害について、聴力障害が労災法施行規則や自賠法施行令別表第2において労働能力を喪失するものとして取り扱われていること、
②聴力障害によって就労の上で他者とのコミュニケーションが制限され、その結果、労働能力が制限され得ることを前提として、実際のAの聴力障害の程度もそれなりに重いものであった
⇒Aの聴力障害は、労働能力に影響がない程度のものであったということはできない。
(3)同様の障害を有する者の就学状況及び就労状況に関して、障害者雇用実態調査における平成30年の聴覚障碍者の平均収入が、同年の全労働者平均賃金の約7割であり、ある民間企業の令和1年の聴覚障碍者の平均年収が、同社全体の平均年収の約6割に相当する額であり、令和1年の全労働者平均賃金である約500万円を若干下回る金額
⇒障害を有しない者と聴覚障害を有する者の間に収入の差があり、Aの死亡時において、聴覚障害者の収入が全労働者平均賃金と同程度であったとはいえない。

Aが将来全労働者平均賃金程度の収入を得られる蓋然性があったとまではいえない。 
(1)Aの死亡時である平成30年を基準としても、聴覚障害者の大学等への進学率の向上、聴覚障害者の雇用者に若年層が占める割合が高く、その層の年齢の上昇による聴覚障害者の平均収入の増加、法律等の整備を前提とする就労機会等の拡大やテクノロジーの発達によるコミュニケーション手段の充実により聴力障害が就労に及ぼす影響が小さくなっていくこと
⇒死亡時に11歳であったAが将来就労したであろう時期においては、聴覚障害者の平均収入は平成30年における金額より高くなるよ予測できる
(2)A自身の能力は性格⇒将来において自ら様々な手段や技術を利用して聴力障害によるコミュニケーションへの影響を小さくすることができたといえる

Aの基礎収入を賃金センサス平成30年の全労働者平均賃金の85%に相当する金額とするのが相当。
Aの死亡時における聴覚障害者の平均賃金をそのまま基礎収入とするのではなく、Aの死亡時において生じていた障害者法制の整備における就労機会の拡大や就労環境の整備、技術の発達等によってAが将来就労した時点いおいては聴覚障害者の収入が増加したであろうという点を考慮した上で基礎収入を算定。

逸失利益の算定にはその性質上将来の予測の側面が含まれることがこのような算定につながった。
  身体障害を有する年少者の逸失利益が問題となった裁判例 
❶全盲の女子高生
❷感音性難聴の男子大学生
❸❶の控訴審
知的障害を有する年少者の逸失利益が問題となった裁判例
❹16歳の自閉症
❺18歳の軽度精神発達遅滞
❻特別支援学校中等部在籍の自閉症
学説・文献
  民事p86
神戸地裁R4.7.28  
  仮差押決定を得ていた第三者による補助参加(肯定)
  事案 基本事件:
暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴力団対策法)3条の規定により指定された暴力団である6代目山口組の二次団体である山健組の五代目組長である原告が、山健組の四代目組長であった被告に対し、
本件各不動産は山健組の構成員全員の総有に属するものであるところ、平成30年5月5日に被告が山健組の四代目組長を退任し、原告が五代目組長に就任したことにより、被告は本件各不動産の登記名義人としての地位を喪失し、原告が同地位を取得したなどと主張し、本件各不動産につき所有権移転登記手続を求めるもの。 
別件で、被告に対し2億7411万636円(暴力団対策法31条の2に基づくもの)及びこれに対する遅延損害金の支払を求める損害賠償請求訴訟を提起し、請求債権のうち1億4911万635円を被保全債権として本件各不動産につき仮差押命令を得たZが、本件各不動産の所有権の帰属につき利害関係を有するとして補助参加の申出。
but
被告が、Zは法律上の利害関係を有していないとして異議を申出。
  判断 仮差押命令は、将来の強制執行に備えるために、債務者の財産の現状を債権者に対する関係で相対的・暫定的に固定し、維持するもの。
仮差押えの執行により、債務者は当該財産の処分を相対的に禁じられることになり、債務者がそれより後に行った処分行為については、仮差押執行が本執行に移行した場合や他の債権者が強制執行をした場合にはその効力が否定され(民執法59条2項、3項)、第三者の差押えの登記前に登記された仮差押えの債権者は、強制競売がされた場合に配当要求をしなくとも配当等を受けられる(民執法87条1項3号)。
原告は、Zの本件仮差押えの登記に先立って処分禁止仮処分の登記を行っている⇒基本事件において被告が敗訴すれば、Zは原告に本件仮差押を対抗することができなくなり(民保法58条1項)、本件仮差押えの登記も抹消されることが見込まれる(同条2項)。

基本事件の判決がZの法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがあると認められ、Zは、訴訟の結果について法律上の利害関係を有する
⇒民訴法42条に基づく補助参加を認める。
  規定 民訴法 第四二条(補助参加)
訴訟の結果について利害関係を有する第三者は、当事者の一方を補助するため、その訴訟に参加することができる。
  解説   民訴法42条の補助参加:
第三者が訴訟の結果について法律上の利害関係を有する場合に限られ、単に事実上の利害関係を有するにとどまる場合は、補助参加は許されない。 
法律上の利害関係を有する場合:
当該訴訟の判決が補助参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合(最高裁)
給付訴訟の当事者の債権者による補助参加の可否:
債権者は、債務者の一般財産が訴訟の結果増減する影響を受けるという理由だけでは参加の利益は認められない。
but
その債権を保全する必要があるときは、債務者の財産権に関する訴訟に補助参加する利益が認められる。
  仙台高裁:
・・・本訴においてQが敗訴するとAのQに対する売買代金債権は消滅することになるので、
  学説:
訴訟の結果につき利害関係を有するとは、
自己の私法上又は公法上の地位に法律上何らかの影響を受ける地位にあればよいのであって、・・・参加人の地位が、訴訟物たる権利関係の存否に依存しており、その判決が参加人の地位に法律上影響を及ぼすときは、参加の利益を認めてよい
  民事p90
宇都宮家裁R4.5.13  
  相手再婚で養育費算定事例
  事案 養育費月額15万円
Yが精神科の開業医と再婚

Xは
①Yに養育費を請求する意思がないこと
②未成年者を事実上扶養している再婚相手方社会通念上高収入を得ていると推認されること

養育費の減額を求める調停⇒調停に代わる審判⇒Yからの異議⇒審判手続に移行
  判断 再婚相手はYと再婚した跡も「未成年者と養子縁組をしていないものの、これに準ずる状態にある⇒事情の変更に当たる。 
X、Yの収入について現実の給与収入に基づいて総収入を認定し、再婚相手の総収入について次のように認定。
Yが再婚相手の確定申告書等の提出を拒否

市県民税所得証明書:
令和2年の再婚相手の給与収入:881万8276円
営業所得:マイナス480万1653円

再婚相手がクリニックを令和2年に解説したことによる一時的な収入の低下によるものと推認。
①Yが再婚相手の令和3年の収入資料の提出を拒否
②再婚相手は精神科の開業医

再婚相手の総収入を標準算定表の上限の金額である1567万円営業所得があると推認。
①再婚相手が店印写を事実上扶養して事実上養子縁組をしている状態
②未成年者への生活費等の給付を十分にしていると考えられる

Yの総収入に再婚相手が扶養義務を負うとした場合の子の生活費を参考にした208万円程度を加算して、養育費を算定。
  解説 ●養子縁組をしていない再婚相手の収入の考慮について
未成年者と再婚相手が養子縁組⇒親権者であるYと再婚相手が一時的な扶養義務者となることから、Xは扶養義務を免れる。 
養子縁組せず⇒再婚相手には子を扶養する義務がない⇒Xは扶養義務を免れない。
but
子が事実上の養子となっており、義務者の収入が低く、再婚相手との較差が大きく、再婚相手から権利者への生活費等の給付が十分にされ、義務者からの給付がなくとも、子の監護に支障がない場合には、再婚相手から権利者への婚姻費用の支払を権利者の収入とみて養育費を減額するという例がないわけではない。

本件では、これらの事情が全てあることが認定されたうえで、婚姻費用ではなく、再婚相手が扶養義務を負うとした場合の子の生活費を算出し、この金額をYの総収入に加算する形で考慮する方法をとった。
  ●再婚相手の総収入の認定
総収入の認定:
収入に変動がある場合でなければ直近の収入を基準
自営業者総収入の認定:原則として確定申告書の「課税される所得金額」が総収入に当たる。
but
「課税される所得金額」は税法上種々の観点から控除された結果⇒その金額をそのまま当然に総収入とすることが相当でない場合もあり、税法上控除されたもののうち、現実に支出されていない費用等を「課税される所得金額」に加算して総収入を認定する必要がある。
減価償却費がある場合等の議論。
(文献)
  全く資料がなく、生活実態がわからない場合⇒賃金センサスが使われることが実務上比較的多い。
本件:
Yは、再婚相手の直近の収入を明かさず、その前年の市県民税所得証明書を提出するにとどまり、経費などの検討をするのに最低限必要な収支内訳の提出もない。
本決定:
①Yが再婚相手の令和3年の収入資料の提出も拒否
②再婚相手が精神科の開業医

再婚相手の総収入を標準算定表の上限の金額である1567万円の営業所得があると推認。
(開業医の平均的な収入と比較しても高くないことも踏まえて推認)
  商事p93
東京地裁R4.1.13  
  特別支配株主による株式売渡請求に対して売渡株主が売買価格の決定を申立てた事案
  事案  A株式会社の株式4万4850株(持ち株比率0.62%)を保有していたXが、Aの特別支配株主であるY(利害関係参加人、持株比率98.70%)による瑕疵は法179条1項に基づく株式売渡請求に対し、会社法179条の8第1項に基づき、売渡株式について売買価格の決定を求めた株式売買価格決定申立事件
Y:
A:株式上場はしていないが、公開会社であり、その株式に譲渡制限は付されていない。
  平成29年3月末:AにおけるYの持ち株比率は58.2%
Aを完全子会社化するため、平成30年2月以降、Aの他の株主らから株式の買取りを進め、令和1年5月29日までにAの株式の98.70%を保有。
Y:Aを完全子会社化するために、同月27日、Aに対し本件売渡請求をすること、対価を1株につき53円とすること、取得日を同年6月21日とすること等を通知。
A:同年5月29日開催の取締役会において本件売渡請求を承認する旨を決議し、Xを含む売渡株主に対して所定の事項を通知。
X:同年6月18日、本件申立て 
  主張 非上場会社であるAの株式の価格算定に当たって、その評価手法及び具体的評価に当たって考慮すべき事項等について、XとYの主張が対立⇒争点。 
本件株式の価格算定については、XとYがいずれも鑑定を申立てないとし、X、Yが提出した主張及び資料に基づいて公正な価格が決定されるべきと述べた

裁判所は、専門委員の意見等(非訟手続法33条1項)を踏まえつつ売買価格を決定。
(専門委員の意見書が提出されている。)
  判断   Yの主張する配当還元法
vs.
①Aは公開会社であり株式の譲渡は制限されておらず、必ずしも売却困難であるとはいえない。
②Yの提出した公認会計士の意見書(本件申立て前に作成されたもの「旧意見書」)では、DCF法を採用し、配当還元法による株式評価額をあくまで参考値として位置付けている
③Aの近年の配当性向は、上場企業の平均的な配当性向よりも低く抑えられていたこと
⇒配当還元法による株式評価をもって、本件株式の売買価格の基礎とすることは相当でない。
DCF法による評価額を重視するのが相当

①DCF法は、事業継続を前提とするAの株式価値の算定に適したものといえ、株式価値の評価手法として最も理論的かつ一般的なものとされている
②Y提出にかかる旧意見書においても、最も合理的なアプローチであると採用されている
but
DCF法は将来の収益予測を基礎とするもので、その客観性には一定の留保を付けざるを得ないところ
①一方で、修正簿価純資産法について、客観性の高い評価方法として非上場企業の株式評価などに採用されるもの
②倉庫業等を目的とする会社であるAは保有資産から収益を得る業態である

修正簿価純資産法は、本件株式の売買価格の決定において一定程度参考にできる。

DCF法による評価額と修正簿価純資産法による評価額とを3対1の割合で折衷して本件株式の売買価格を算定。
  DCF法による本件株式の評価額について: 
旧意見書(評価額104円)の内容を出発点としつつ
旧意見書:評価の基礎とした事業計画のうち、AがYより賃借している事業用定期借地権が期間満了により失われることを前提としてされた資産除去費用の計上及びその後の利益減少
vs.
契約期間満了により直ちにAが倉庫建物を取り壊して敷地を明け渡すことになると考え難い⇒これらをないものとして修正するのが相当。
旧意見書:売渡株式(少数株主から取得する株式)についてコントロール・プレミアム(30%)を控除して株式算定
vs.
その意思に反して対象会社の株式を失う少数株主と特別支配株主との利害及び不均衡を調整することが制度の趣旨に適う⇒売買価格の算定にあたり、いわゆるマイノリティ・ディスカウントを考慮するのは相当ではなく、実質的にマイノリティ・ディスカウントと表裏をなすコントロール・プレミアうは控除すべきでないということになる。
⇒DCF法による1株当たりの株式価値は267.1円
  修正簿価純資産法による評価額:
旧意見書によるAの簿価修正額(平成29年9月末時点、合計マイナス13億500万円)のうち、前記事業用定期借地契約の期間満了に伴う同借地上の倉庫建物の取壊しを前提にした資産除去債務及び償却不足額は採用できない
⇒これらを修正項目から除外し、l簿価修正額はプラス2億3800万円。
Aの簿価純資産額に本決定による前記簿価修正額を加えた修正簿価純資産額をAの発行済株式総数で除した1株当たりの純資産額。
  解説 特定支配株主の株式売渡請求に対し、売渡株主から売買価格決定の申立て

裁判所が決定する売買価格は、取得日における公正な価格 
価格決定に当たっては、キャッシュ・アウトにより強制的に株式を手放すことになる少数株主に対し適正な対価を保障して利害の調整を図る必要がある

状況及び制度が類似する全部取得条項付種類株式の取得価格の決定が参考になる。
全部取得条項付種類株式の取得価格の決定に関する裁判例(レックス・ホールディングス事件)も踏まえ、
裁判所が決定する価格は、
①キャッシュ・アウトが行われなかったならば株主が享受し得る価値(「なかりせば価格」)と
②キャッシュ・アウトの実施により増大が期待される価値のうち株主が享受してしかるべき部分(「増加価値分配価格」)
とを合算して算定するという考え方。
個々の具体的な事案についてどのような評価手法を用いるかについては、結局のところ裁判所の合理的な裁量に委ねられている。
本決定が、DCF法による評価の過程でコントロール・プレミアムの控除は行わないとしたところは、前記の②の部分を具体的評価に反映させようとしたものと捉えることができる。
  労働p102
東京地裁R4.3.16  
  降格処分は有効、解雇は無効とされた事例
  事案 X:株式会社Yと雇用契約を締結していた者
Yの就業規則:
能力評価によって決定される職能資格に基づき固定給が支給される給与制度。
第1事件:
令和1年度のXの能力評価の結果⇒人事権の行使として、翌年度のランクを引下げる決定
Xは、平成31年4月、Yの法務部コンプライアンス室に上司からパワハラを受けたことを通報⇒Yからはパワハラに当たらない旨のフィードバック

❶上司からのパワハラなどを理由とする損害賠償を求めるとともに、
❷Yによる本件降格処分が無効であると主張⇒Grade-Rank3-3を前提とした固定給の支払を受ける地位にあることの確認を求めた
第2事件:
第1事件の係属中、Yは、
①XがGrade3に求められる業務レベルに達していない
②これまで長期間にわたり多数の部署でXを教育指導してきたにもかかわらず改善が見られないこと

Xの業務態度、業務効率及び協調性がYの総合職として求められるレベルに改善する見込はなく、就業規則26条1項3号の規定(勤務態度若しくは業務能率が著しく劣り、又は協調性に著しく欠け、改善の見込みがないと会社が認めたとき)に該当⇒Xを普通解雇。

XがYに対し、本件解雇が無効であることを主張して、
❸雇用上の権利を有する地位にあることの確認、並びに
❹解雇後に支払われるべき賃金及び賞与の支払を求めた
  判断 ❶の請求:
不法行為を否定。 
❷の請求
Yにおいては能力評価の結果がRank決定に反映されることや能力評価がBC以下の場合には降Rankもあり得ることなどが就業規則上明らかにされ、Grade-Rankごとに固定給年額が定められている

降Rank及びこれに伴う固定給の減額については労働契約上の根拠がある。
Xの令和1年度の能力評価が裁量権を逸脱又は濫用した違法なものであるなどの事情がない限り、降Rankもやむを得ない。
Xの業務遂行状況⇒能力評価について裁量権の逸脱又は濫用は認められないと説示し、本件降格処分は有効⇒Xの地位確認を棄却。
第2事件:
労働契約上、XにGrade3の業務レベルが求められ、同レベルに達しない場合には解雇できることが内容とされていたものと認めることはできない。 
①XはGrade2に降Gradeした期間があったものの再度Grade3に昇Gradeして標準的なレベルであるBB評価を受けていた
②直近の能力評価の結果も努力により標準的なレベルに到達する見込のあるレベルであるBC評価

Xに解雇に値するほどの勤務態度、業務能力の不良又は協調性の欠如があったと認めることはできず、本件解雇につき客観的合理的理由があるとも社会通念上相当であるとも認められない

本件解雇は無効

❸を認容
❹を一部認容
  解説 ●降格について(第1事件) 
降格:労働者の職位や資格を引き下げること。
①役職、職位を引き下げるものと
②職能資格制度の等級を引き下げるもの
①について:
労働契約上当然に代てされた使用者の人事権の行使として、就業規則上の根拠がなくても可能。
but
権利濫用法理の規制は受ける⇒人事権濫用の有無の審査が行われる。

役職、職位の引下げが有効であれば、かかる役職、職位の引下げに伴い賃金が減額されることが労働契約上予定されていれば、就業規則の定めに従った賃金減額は有効。
②について:
通常、職能資格は労働者の技能経験の蓄積の結果としての職務遂行能力であって減少する性格のものではない
⇒職能資格制度上の等級の引下げをなし得る権限が労働契約上明確に定められていることが必要。

権限の存否が審査され、これが認められた場合には人事権濫用の有無が審査。
●解雇について(第2事件) 
労契法16条:
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
労働者の能力不足を理由とする解雇の有効性を判断するに当たっては、
労働契約上、当該労働者にいかなる職務能力が求められるかをまず明らかにする必要。
その上で、改善可能性の有無等の事情を総合考慮し、当該職務能力の不足が労働契約を継続できないほど重大なものかを判断。
Yが解雇理由として主張したXの能力不足について、労度契約締結後の推移も踏まえ、労働契約上、XにGrade3の能力が要求されていたとは認められない。
⇒解雇に値するほどの重大な能力不足があったとは認められない⇒解雇を無効。
2571   
  行政p14
大阪高裁R5.4.14  
  生活保護法による保護の基準改定の違法性(否定判断)
  事案 厚労大臣が定めた「生活保護法による保護の基準」の改定により、生活扶助の支給額を減額する旨の保護変更決定⇒
本件改定は、憲法25条、生活保護法8条等に違反する違憲、違法なもの
⇒Xらにおいて、Yらのうち国を除くY2~Y13(大阪市ほか各市)を相手に、本件各決定の取り消しを求めるとともに、Y1(国)に対し、国賠法1条1項に基づき、損害賠償を求めた。 
  争点 本件改定に係る厚労大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があり、本件改定が法3条、8条2項に違反するといえるか? 
  解説・判断  平成24年最判:
保護基準を具体化するに当たっては高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするとした堀木訴訟判決を受け、
最低限度の生活という概念は抽象的かつ相対的であって、その具体的内容は、その時々における経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであり、保護基準において具体化するに当たっては、高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的な判断を必要とする。
老齢であることに起因する特別な需要が存在するといえるか、生活扶助基準の内容が健康で文化的な生活水準を維持することができるかは、厚労大臣の専門技術的かつ政策的な裁量権が認められる。
この点は、老齢加算の廃止により、保護基準によって具体化されていた「期待的利益の喪失」にともなう激変緩和措置の要否なども同様。
原審:専門委員会の中間取りまとめにおいて打ち出された、高齢者世帯の社会生活に必要な費用への配慮や激変緩和措置の実施といった点につき、老齢加算廃止の際に具体的検討をした形跡が認められない⇒違法と判断
vs.
専門委員会の意見を厚生労働大臣の判断を法的に拘束するものではないうえ、段階的な減額を経て廃止していること
廃止後も定期的な検証が引き続き行われていることはどは専門委員会の検討を踏まえたものであり、全体として中間取りまとめの違憲の趣旨と一致しないものとも解し難いとしたうえ、
被保護者の生活への影響の程度やそれが前記措置等によって緩和される程度等につき何ら審理を尽くすことなく、専門委員会の意見を踏まえた検討がなされていないと判断したことが裁量権の範囲の逸脱又はその濫用によるものとして違法であるとしたことには違法がある。
⇒原判決を破棄し、差し戻した。
  複合的要素を総合的に判断して決定されるべき事項については、行政庁による政策的裁量・専門技術的必要が飛鳥であり、その第一次的判断権が尊重されるべき。
裁判所の視点から見て行政庁の判断が不当というだけでは違法とならず、行政庁のもつ裁量権を濫用ないし逸脱したといえる場合でなければ違法とはならない。

かかる場合の司法統制の方式として採用されてきたのが、「判断過程審査方式」 
  ●デフレ調整における価指数を比較する年の選択
原審:
平成20年は世界的な原油価格や穀物価格の高騰を受けて消費者物価指数(総合指数)が1%を超える上昇となった年であり、同年からの物価の下落を考慮するならば物価の下落率が大きくなることは本件改定が始まった平成25年には明らかであった。 
生活扶助基準は、平成17年度に年齢区分の見直しや多人数世帯基準の是正が行われたのと最後に改定がなされてこなかった
⇒平成20年からの物価の現楽を考慮した点において、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠く。
・・・・
厚生労働大臣が、本件改定に当たり、同年以降の生活保護受給世帯の可処分所得の相対的、実質的な増加に着目し、これについて物価を指標として生活扶助基準に反映させるデフレ調整を行うこととした判断は、一応合理的なものということができる。
●デフレ調整における改定率の設定
原審:
デフレ調整は、総務省が作成し公表している消費者物価指数ではなく、これを基に厚労省が独自に算出した生活扶助総統CPIによって物価の変化率を算出。
この判断は、一般的世帯の消費構造よりも被保護者世帯の消費構造の方が物価の下落による可処分所得の増加という影響を強く受けていることを前提とする。
but
これを裏付ける統計や専門家の作成した資料等があるという事実はうかがわれない。
生活扶助総統CPIの大幅な下落の最大の要因は、教養娯楽の費目、とりわけ教養娯楽用耐久財(テレビ、ビデオレコーダー、パソコン等)の物価の大幅な下落であり、一般的世帯の消費構造よりも被保護者世帯の消費構造の法が物価の下落による実質的な可処分所得の増加という影響を強く受けているという事実が裏付けられているとはいえない。
デフレ調整は、消費者物価指数の下落率よりも著しい下落率を基に改定率を設定⇒統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を欠く。
  社会保障生計調査は、保護基準の改定等に用いられる統計資料ではあるものの、調査世帯の選定において地域等による偏りが生じる可能性があることやサンプル数が必ずしも多くはない。
⇒制度に一定の限界があり、消費者物価指数の詳細な品目ごとのウエイトが把握できないことからすると、物価変動率を算定するに当たり、家計調査の統計に基づいてウエイトを算出したことに不合理はない。 
家計調査の収入改装別のウエイトのデータにはサンプル数等による統計数値の精度の問題があることや、デフレ調整の目的との整合性等を考慮して、全世帯のデータに基づいてウエイトを算出した厚労大臣の判断が不合理とまではいうことができない。

デフレ調整に係る厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということはできない。
  本判決:
保護費の減額による生活環境の悪化による苦痛は、リーマンショック後の経済状況の悪化の中で消費及び賃金等が減少した国民の多くが感じた苦痛と同質のものであって、・・・被保護者の期待的利益や生活への影響等の観点から見て裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認めることはできない。

平成24年2月最判のいう保護基準によって具体化されていた「期待的利益の喪失」についても行政庁には裁量権がありその逸脱又は濫用がない限り違法とはならないという判断を踏まえたもの。 
  民事p79
新潟地裁R4.11.24  
  水道局職員の自殺での損害賠償請求(肯定)
  事案 Aが自殺。
遺族であるXらは、前記水道局を経営するY(新潟市)に対し、YがAに対する安全配慮義務
①Aが初めて担当する業務に関して全担当者から十分な引継ぎを受けられるよう配慮すべき注意義務
②Aの上司であり安全配慮義務の履行補助者であるB係長においてAが初めて担当した業務を指導したり、係内で質問しやすい環境を構築したりすべき注意義務
③B係長においてAに対し不当な𠮟責等を行ってはならない注意義務
に違反し、これらが原因となってAが自殺

債務不履行に基づき、損害金合計約8000万円の支払を求めて本訴を提起。 
  判断 ・・・平成19年4月当時のB係長は、自身の部下に対する接し方が係内の職員に及ぼす悪影響によって、AがAにとって比較的難しい本件業務に関して他の職員に質問しにくくなっていることを踏まえて、Aによる本件業務の進捗状況を積極的に確認し、進捗が思わしくない部分についてはB係長らが必要な指導を行う機会を設けるか、又は、B係長において部下への接し方を改善してAが他の職員に積極的に質問しやすい環境を構築すべき注意義務(安全配慮義務)を負っていたにもかかわらず、B係長がこれらの措置を実施しなかったために、Aが自殺に至ったものと認定。
主査の肩書を持つ中堅職員であるAが、自らの苦境を解消するために可能であると考えられる対応を十分に採らなかった⇒5割の過失相殺。
  解説 地方公共団体は、上司等の指示の下で公務を遂行している職員に対して、当該職員の生命、健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っている(最高裁)。
地方公共団体がこの義務に違反して職員に損害を与える⇒当該職員に対して債務不履行責任を負う(併せて、当該職員に対して国賠法1条1項に基づく責任を負う可能性もあるが、本件訴訟では主張されていない)。
・・・地方公共団体が当該職員に対して負うべき安全配慮義務の具体的な内容は、個別具体的な事案の中で当該職員が置かれた状況(職種、経験、職務内容、職場環境等)に応じて様々。
⇒具体的な安全配慮義務の内容については、当該職員に関連する諸事情を総合的に勘案した上で判断するほかない。
本件:
Aは、採用18年目であり主査(自治体においては一般的に係長クラス)の肩書を持つ中堅職員であったものの、初めて担当する比較的難しい業務を単独で行うことができる能力はなく、B係長の部下への接し方を含めた係長との関係性の問題や、係内の雰囲気の悪さなど⇒係内の他の職員に対し本件業務に関すr質問もしにくく、直接引継ぎを受けた相手である職員からも十分な指導を受けられなかったにもかかわらず、1か月以内に一定の業務を終わらせなければならない状況下にあった。
本判決は、これらの事情を考慮して安全配慮義務を認めた。
職場のコミュニケーション上の問題に起因する業務上の困難に直面し、思い悩んで自殺するに至った職員に対する上司の指導義務違反や上司の環境構築義務違反を認めた事例。
  民事p89
さいたま地裁R5.6.16  
  被留置者が脚気⇒国賠請求(肯定)
  事案 Y(埼玉県)に設置されている警察の警察署に勾留されていたXが、Yの義務違反により、同勾留時にビタミンB1が不足している食事を提供された⇒脚気にり患し精神的苦痛を被った⇒Yに対し、国賠法1条1項に基づき、損害賠償金1000万円及び遅延損害金の支払を求めた。
  主張  X:
Yの食事提供担当者にとって、被留置者に提供する食事に必要な栄養素やビタミンB1は足りているか等確認することは容易であり、当然の義務。
ビタミンB1の不足により脚気その他の症状が引き起こされることは広く知られており、ビタミンB1が不足しない食事を提供することは困難とはいえない

Yには、栄養検査義務違反
Y:
①刑事収容法や、被留置者の留置に関する規則、細則等には、そもそもビタミンB1の摂取量を定めた規定はない
②・・・訴外会社の本件警察署以外における食事の業務委託には何ら問題はなかった
③Xが脚気との診断を受けた1年後に本件警察署の他の被留置者がビタミンB1欠乏症と診断されるまで、訴外会社製造に係る本件食事にビタミンB1が不足していることをYはおよそ認識できなかった。
④留置施設は、本来は刑事施設に収容して処遇される者を代替収容する場所であり、長期間の収容を予定していない⇒仮に食事にビタミンB1が不足していたとしても、脚気を引き起こすことなど到底予見できなかった。
  判断  Yの義務違反を認め、損害賠償金55万円及び遅延損害金の支払を命じた。
  ①Xは本件警察署にずっと身柄を拘束されており、本件食事以外にビタミンB1不足に至る理由はない
②本件食事の製造業務の受託者は訴外会社であり、その後、本件警察署の被留置者4名がビタミンB1欠乏症と診断された

XがビタミンB1欠乏症・脚気にり患したことについて、訴外会社の製造した本件食事に健康上必要な量のビタミンB1が含まれていなかったことが原因。
  義務違反の点について:
ア:法令上、Yの食事提供担当者は、被留置者たるXに対して、その健康を保持するに足りる食事を提供すべき義務を負っている
イ:・・・Yは被留置者に対する食事の提供に際してビタミンB1が欠乏することのないよう注意すべき義務も負っている
ウ:Yは、Xの脚気り患前に行われた本件食事のカロリー検査の結果としてビタミンB1含有量を通知されており、それを検討すれば本件食事に健康上必要な量のビタミンB1が含まれていなかったことを容易に認識することができた
エ:Xの脚気り患前にXが健康診断で手足のしびれを訴えていた

遅くとも前記健康診断時頃までには、本件食事に健康上必要な量のビタミンB1が含まれていなかったことを容易に認識することができたにもかかわらず、被留置者たるXに対して、健康上必要な量のビタミンB1が欠乏することのないよう注意すべき義務を怠り、ビタミンB1の欠乏した本件食事を継続的に提供した結果、Xが脚気にり患して全身状態の管理が必要な状態にまで至った。
  規定 刑事収容法第一八六条(物品の貸与等)
 被留置者には、次に掲げる物品(書籍等を除く。以下この節において同じ。)であって、留置施設における日常生活に必要なもの(第百八十八条第一項各号に掲げる物品を除く。)を貸与し、又は支給する。
一 衣類及び寝具
二 食事及び湯茶
三 日用品、筆記具その他の物品
刑事収容法 第一八九条(物品の貸与等の基準)
第百八十六条又は前条第二項の規定により貸与し、又は支給する物品は、被留置者の健康を保持するに足り、かつ、国民生活の実情等を勘案し、被留置者としての地位に照らして、適正と認められるものでなければならない。
被留置者の留置に関する規則
 (食事の支給)
第十七条 留置主任官は、被留置者に対する食事の支給に当たっては、栄養及び衛生について検査しなければならない。
2 疾病者その他特別の理由のある者については、必要に応じ、かゆ食その他適当な食事を支給するものとする。
  解説 上記法令⇒被留置者に対して支給される食事については、被留置者の健康を保持するに足りるものでなければならない。
類似事例
  労働p95
最高裁R5.3.10  
  労基法37条の割増賃金の支払を肯定した原審に違法があるとされた事例(最高裁)
  事案  被上告人に雇用されトラック運転手として勤務していた上告人が、被上告人に対し、時間外労働等に対する賃金等の支払を求めた事案。 
  被上告人:
従前から一貫して、時間外労働等の奈があsとは直接関係なく、業務内容等に応じて月ごとの賃金総額が決められている。
その内訳の算定に関しては、労基署からの指導を契機とした就業規則の変更。
新給与体系:
賃金総額から、基本給・基本歩合給・勤続手当等(「基本給等」)の合計額を差し引いた額が割増賃金(「本件割増賃金」)とされ、
本件割増賃金時間外手当(「本件時間外手当」)と調整手当とに分かれる。
本件時間外手当:基本給等を通常の労働時間の賃金として、労基法37条等に定められた方法により算定した額。
調整手当:本件割増賃金の総額から本件時間外手当の額を差し引いた額
  問題点 労基法37条等に定められた方法以外の方法により算定された手当をもって、所定の割増賃金を支払うことが妨げられるものではない。
but
当該手当の額は、同条等に定められた方法により算定された額を下回らない額でなければならず、
これに関係して、
①時間外労働等に対する対価として支払われるものであること(「対価性」)
②(①を前提として)通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを明確に判別できること(「判別性」)
  1審・原審 争いがあった本件時間外手当及び調整手当につき別々に判断。
主として時間外労働等の時間数に応じて支給されるものか否かに着目
前者⇒対価性ないし判別性を肯定
後者⇒これを否定

調整手当のみが通常の労働時間の賃金に組み込まれることとなって、原告(上告人)の主張が一部採用されるにとどまる。
⇒1審は一部認容判決
⇒一審判決の認容額が弁済
⇒原審は請求を棄却 
  判断 「対価性」の判断:
当該手当ての名称や算定方法だけでなく、 当該雇用契約の定める賃金体系全体における当該手当ての位置付け等にも留意しつつ、当該雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当等に関する説明の内容、ロプ同社の実際の労働時間等の勤務状況などの諸般の事情を考慮して判断すべき。
本件割増賃金を全体としてみて行うべき。
①被上告人において新給与体系を導入するに当たり、賃金総額の算定についてはは従前の取扱いを継続する一方で、旧給与体系の下における基本歩合給の相当部分を新たに調整手当として支給
⇒基本給等のみが通常の労働時間の賃金であると仮定すると、その額は旧給与体系の下における水準から大きく減少する(1300円~1400円から840円に減少)
②1か月当たり平均80時間弱の時間外労働等を前提とした本件時間外手当(合計約170万円)を上回る水準の調整手当(合計約203万円)が支払われており、
本件割増賃金が時間外労働等に対する対価として支払われるものと仮定すると、実際の勤務状況に照らして想定し難い程度の長時間の時間外労働等を見込んだ過大な割増賃金が支払われる賃金体系が導入することとなる。
③前記①②のような変化について、被上告人から上告人を含む労働者に対して十分な説明がされたともうかがわれない

本件割増賃金は、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。
本件割増賃金につき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の割増賃金に当たる部分とを判別することはできない(「判別性」の判断)

本件割増賃金の一部を成す本件時間外手当に関する原審の判断には違法がある。
  解説  一審及び原審:本件時間外手当と調整手当とを別々にみる
本判決:本件割増賃金の全体を一体としてみる 
固定残業代等、労基法37条等に定められた方法以外の方法により算出された手当ての場合には、
ア:通常の動労時間の賃金に当たる部分を基礎として同条等に定められた方法により算定された額と
イ:その余の額とを計算上区別できなければならないが、
そうであるからといって、アとイに分けて対価性に関する検討を行うことは想定し難い。
  本件の背理法的な思考方法:
本件時間外手当の定価制を肯定することを仮定した場合は、通常であれば導入することが労使間で合意されているとは考え難いような労働者に不利な内容を含む賃金体系が、十分な説明もされないままに導入されたものと見ざるを得ず、不自然な帰結となると言わざるを得ない
  新給与体系は、旧給与体系の下において通常の労働時間の賃金にに当たるものとして支払われていた賃金の一部につき、名目のみ本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とするもの⇒本件割増賃金は、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも相当程度含んでいる。

全体につき対価性を肯定することはできない。
本件割増賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価であって、どの部分が通常の労働時間の賃金であるかを「判別」できるのであれば、一部については対価性・判別性とも肯定し得ることとなるが、そのような判別もできない。
そもそも、本件時間外手当と調整手当の区別には、本件割増賃金の中での計算上の内訳としての意味しかなく、これらを区別して検討することは相当ではないとの理解を出発点としている⇒時間外手当と調整手当が区別されているから判別可能とはならない。
  刑事p101
東京高裁R4.10.5  
  違法収集証拠についての高裁の判断が否定された事案
  事案 被告人が、覚醒剤を自己使用し、覚醒剤等の違法薬物を所持したとして起訴された事案における差戻後の控訴審判決。 
  1審 被告人の尿に関する鑑定書
被告人が被告人運転車両内に所持した覚醒剤等の違法薬物
本件薬物に関する鑑定書
の証拠能力を否定⇒一部無罪。 
    検察官及び被告人が控訴 
検察官:
第1審の訴訟手続のうち、違法収集証拠の証拠能力を否定して検察官による証拠調べ請求を却下した点(原決定①)
原決定の後にした検察官による追加の証拠調べ請求を刑訴法316条の32第1項の「やむを得ない事由」がないとして却下した点
に法令違反がある。
被告人:
第1審の量刑が重すぎる
  控訴審 検察官の控訴趣意のうち、原決定①の部分をいれ、第1審判決を破棄し、第1審に差し戻した。
  上告審 弁護人の上告趣意は刑訴法403条の上告理由に当たらない。
but
本件各証拠の証拠能力を判断するためには、警察官が、中身の入っていないチャック付きビニール袋の束は本件車両内にもともとなかったにもかかわらず、これがあることが確認された旨の疎明資料を作成して本件車両に対する捜索差押許可状及び強制採尿令状を請求した事実の存否を確定し、これを前提に本件各証拠の証拠収集手続に重大な違法があるかどうかを判断する必要がある。
差戻前控訴審判決は、本件ビニール袋がもともと本件車両内にはなかった疑いは残るとしつつ、その疑いがそれほど濃厚ではないなどと判示するのみであって、本件事実の存否を確定し、これをj前提に本件各証拠の収集手続に重大な違法があるかどうかを判断したものと解することはできない旨の職権判断を示して、これを破棄し、控訴審に差戻した。
  判断 一審判決を是認。 
検察官の控訴趣意のうち原決定①に関する部分に対する判断:
差戻後の控訴審における事実取調べの結果をも踏まえた上で、検察官が、「本件事実」がなかったこと、言い換えると、本件ビニール袋が本件車両内にもともと存在し、それを前提とした令状請求が適正であったことについて、合理的な疑いを超える立証をしていない⇒原決定①の判断に誤りはない。
  解説   違法収集証拠排除法則の適用場面における重大な違法の有無を判断するに当たり、検察官に立証責任があることを前提に、本件事実の存否を確定する必要があるとの判断。 
違法収集証拠排除法則適用の前提となる事実は、証拠能力に関する事実であり、訴訟法上の事実に属する。
立証責任は当該証拠を請求した当事者が負い、検察庁が取り調べを請求した証拠について違法収集証拠であるとして証拠能力が争われた場合、検察官が当該証拠の証拠能力を失わせるような事実がなかったことを立証する必要がある。
検察官の立証責任が果たせされなかった場合には、当該違法行為があったことを前提に(又はその存在を仮定して)違法の重大性を検討することになる。
  原決定:
①警察官が、自らのズボン右後ろポケットに手を入れた後、運転席ドアポケットの方に手を伸ばしているような状況が認められる
②本件ビニール袋が差し押さえられておらず、警察官がこれを差押えなかった理由を合理的に説明していない
③本件ビニール袋が薬物犯罪の重要な証拠であり、本件車両内から発見した他のビニール袋を差し押さえている⇒本件ビニール袋の差押えを失念したとは考えられず、差押えなかったその他の合理的な理由も見いだせない。

本件ビニール袋が本件車両内にもともとなかった疑いを生じさせる。
④被告人を約7時間にわたり留め置いた操作の経過等からうかがわれる警察官の操作姿勢

本件ビニール袋が本件車両内にもともとなかった疑いが残る。

「本件事実」があったと認定した上、重大な違法がある。

検察官が立証責任を果たしていないと判断して「本件事実」があったとの結論を導いている。
控訴審:
原決定をこのように理解した上で、原決定の判断が不合理といえるか否かを審査。
事後審を旨とする控訴審のあり方に沿うもの。
  刑事p113
福岡高裁R4.4.20  
  原判決(犯人と被告人の同一性を認定)に事実誤認があるとされた事例
  事案 公訴事実:被告人が常習として金員窃取の目的で事務所に侵入して金員を持ち出して窃取したという常習累犯窃盗の事案
被告人:アリバイを主張し犯行を否認
  原審 被害者方に設置された複数の防犯カメラに撮影された侵入盗の犯人と被告人の同一性を認めて有罪の判断 
①画像から識別できる本件犯人着用品(帽子、ジャンパー、ズボン、サンダル)及び本件犯人使用自転車と、被告人から任意提出されたり被告人方から押収されたりした所持品(帽子、ジャンパー、ズボン、サンダル及び自転車)が、そのひとつひとつの比較においても類似し、かつそれらの組み合わせを一体のものとして群同士で比較するとその類似性は顕著であって、類似とすら評し得る
②画像処理等を専門とする大学教授の同一性を認める鑑定と証言
③人相風体や歩行の類似性

以上のような事実関係は、被告人が本件犯人であると解するのでなければ合理的な説明が不可能か少なくとも著しく困難
  本判決 上記①の類似性はいずれも明確に同一性を断じ得るほどの特徴とはいえず同一の物と考えても矛盾しないという程度の類似性にとどまり、またそれらの組合せが一致することも偶然にはあり得ないという程のというほどの希少性を有するとはいい難い 
上記②の鑑定や証言をした大学教授は画像の同一性ないし類似性の判定についての専門家とはいえない
上記③の人相風体や歩行の類似性も同一人であるとしても矛盾しないという以上の類似性ではない

本件犯人と被告人との同一性を認定した原判決には事実誤認がある。
  解説 防犯カメラの映像に関して、犯人と被告人との同一性判定の証拠としての証明力が争われた裁判例
2570   
  民事p19
大阪高裁R4.6.30  
  「実印⇒本人の意思に基づいて検出された」との推定を妨げる特段の事情があるとされた事例
  事案 A社は、D信用金庫から1000万円を借り受けるに当たり、信用保証協会であるYに保証委託。
その保証委託契約書(本件契約書)の連帯保証人欄には、X名義の署名及びX名義の陰影がある。
A社の延期借入金を代位弁済したYがXに対して保証債務の残高通知⇒Xが債務不存在の確認を求めて出訴。
  原審 Xの実印が押印。
2段の推定を破る特段の事情はない⇒本件契約書に基づくX・Y間の保証契約の成立を認め、Xの債務不存在確認請求を棄却。
  判断 Xの意思に基づいて本件印影が検出されたことの事実上の推定を妨げる特段の事情がある。
本件契約書の連帯保証人欄の真正な成立を認めず、本件保証契約の成立を否定して、原判決を取り消した上で、Xの債務不存在確認請求を認容。
(1)本件署名は、主債務者であるA社の女性事務員が、上司からの指示に基づいて署名したものであるところ、Xが、本件の自書が困難である何らの事情もないのに、Xとは一面識もない前記事務員に代筆を委ねるなどということは、通常では考えられない異常な行動。
(2)X自身はA社とは何のかかわりもなく、A社のために本件保証契約を締結すべき理由、動機があったとは考えられない。
・・・
(3)Xは本件実印につき、必要な場合にはB(Xの父)に押印を代行してもらうのが通例で、要請があれば一時的に保管を委ねていた。
(4)法律知識の乏しいBが、A社の経営者に本件実印等を交付するに当たり、同人の説明(「Bに万一のことがあった場合にAに対する売掛金債権をXに引き継げるようにする手続を行う」と、本件保証契約とは関係のない必要性をいうものであるが、合理性の疑わしい内容も含まれている。)を信じたとしても不思議ではない。
(5)Xは、Yから保証債務の督促書面を複数回受け取りながら特段の対応をしていないが、市井の人々の現実の行為様式から考えると、これがXの保証意思を推認する力は限定的なものにすぎない。
  解説 原判決:
本件実印の管理状況について、X自身による管理か、父又は母に管理を委ねていたかをいわば択一的な認定問題として捉えた上で、この点に関するXの供述は一貫性がないとして信用性に否定的な評価をしている。
本判決:
そもそもこの点の区別さえ明確に意識されていない状態であったとの認定。
本判決が重視している、
(1)(代理署名によっていることの不自然さ)及び
(2)(Xが保証人になる理由・動機が見当たらないこと)
等の本件固有の個別事情を、原判決は正面から検討していない。
本件では、本件署名が第三社によって行われていることが証拠上明らかになっており、いわゆる署名代理の事案。
本判決は、二段の推定のレールには一応乗せつつ、本人とは一面識もない者(主債務者の女性事務員)が署名を代行しているという点を推定を破る有力な事情として取り上げている。
  民事p28
水戸地裁R4.7.22  
  河川氾濫による被害について国賠請求
  事案 一級河川である鬼怒川で発生した氾濫につき、常総市内の住民等である原告らが、国に対し、
(1)A地区では、堤防の役割を果たしていた砂丘を含む私有地につき、国がこれを保全するため河川区域に指定するべきであったのにこれを怠り、当該砂丘が太陽光発電事業者により掘削され、溢水が発生し、
(2)B地区では、同地区の堤防に現況堤防高の低い箇所があったのに優先的に堤防整備を行うことを計画していなかった改修計画が格別不合理であった結果、未整備の当該堤防が決壊した
⇒国賠請求。 
  判断 A地区について:
河川管理者には、河川法施行令1条1項1号の定める
「地形上堤防が設置されているのと同一の状況を呈している土地のうち、堤防に隣接する土地」に該当すると認められる土地について、河川法上の規制が及ばないことにより重大な被害が発生することが具体的に予見できる場合には、特段の事情がない限り、同法6条1項3号に基づいてこれを河川区域に指定するべき義務がある。
河川管理者においてこれを怠ったために、河川が備えるべき安全性を欠いて他人に危害を及ぼす危険性のある状態となった場合には、国の河川管理に瑕疵があるものと解するのが相当。
同地区の砂丘は、前記土地に当たり、かつ、現状を維持することが同地区の治水安全度を維持する上で極めて重要であったものであって、鬼怒川の改修計画において、自然堤防の役割を果たすものと想定されており、河川管理者は当該砂丘が掘削される可能性やその結果越水による氾濫が発生する蓋然性を具体的に予見できた
⇒当該砂丘を含む土地を河川区域に指定するべき義務があったのに、これを怠った
⇒国の同地区に係る河川の管理については、この点において、河川管理の瑕疵があった。
  ・・・・鬼怒川の改修計画が、格別不合理であったとまではいえず、決壊の発生につき、河川管理の瑕疵があったものとは認められない。 
 
上流地区であるA地区に住居等を有していた原告らについて、専ら同地区での溢水のみにより浸水被害を受けたものとして、その請求を損害の発生が認められる限度で認容。 
  解説 鬼怒川は、本件の氾濫当時、河川法の規定により同法上の河川整備計画とみとなされる工事実施基本計画に基づいて改修中の河川。
改修計画に基づく改修中の河川に係る管理の瑕疵の有無については、大東水害訴訟最判の判断基準が準則に。 
本判決:
B地区における破堤に係る部分について
既に改修計画が定められ、これに基づいて現に改修中である河川については、改修計画が全体として上記の見地からみて(=過去の水害の発生状況その他諸般の事情を総合的に考慮し、河川管理の一般水準及び社会通念に照らして)格別不合理なものと認められないときは、未改修部分につき改修がいまだ行われていないとの一事をもって河川管理に瑕疵があるとすることはできないと解するべき

大東水害訴訟最判を踏襲
A地区における溢水についての判断:
平作川水害訴訟最判を踏襲し、
河川の管理についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等の諸般の事情を総合的に考慮し、上記諸制約(=財政的制約、技術的制約、社会的制約)の下での同種同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断するべきである
ということを前提とした上で、
河川管理者には、改修計画において一定の治水安全性を有しており改修の優先度が低いとされた箇所について、長期間にわたる治水事業の過程における改修、整備の段階的進行に対応しした安全性が損なわれないように、適切に河川管理をするべき義務があるとし、国には、それを怠った点において、河川管理の瑕疵があったとした。 

改修計画に基づいて改修中の河川の管理の瑕疵について、大東水害訴訟最判が示した改修計画の格別不合理性の判断以前の問題として、そもそも改修計画の策定がされた時点でその前提とされていた河川の安全性については、河川管理者においてこれが損なわなれないように管理するべき義務を負うとしたもの。

大東水害訴訟最判を踏み越えるものではないが、改修計画が格別不合理なものであったか否かとは別途に検討されるべき新たな論点を示したもの。
この河川管理者の義務違反の有無を判断する中で、河川法6条1項3号に基づく河川管理者の河川区域の指定について、原則として河川管理者の合理的な裁量によるとしつつ、
災害の発生防止の観点から適正に河川区域の指定がされなければならないとして、
特定の土地につき河川法上の規制が及ばないことにより重大な被害が発生することが具体的に予見できる場合、河川管理者にはその指定を行う義務があると判示。
本判決は、改修中の河川について、大東水害訴訟最判等のいうところの改修計画の格別不合理性が認められることが困難な場合でも、治水事業の過程における改修、整備の段階的進行に対応した安全性が損なわれないように適切に河川管理をするべき義務を怠ったと解される場合には、なお、河川管理者の瑕疵が認められるという可能性を示した点において、意義がある。 
  民事p59
長崎地裁R4.5.30  
  性的被害の二次被害について国賠請求(肯定事例)
  事案 Xが
①Cによる本件事件
②Y(長崎市)の本件事件の発生を防止する義務の懈怠
③Yの会計管理者であったDらによる前記性交についてXが同意していた等の虚偽の風説の流布
④Yの前記①及び③に関連するXの二次被害を防止する義務の懈怠化について、
Yに対し、国賠法1条1項に基づき、損害賠償を求めるとともに、
前記③の虚偽の風説の流布及びこれを放置したこと(④の注意位義務違反の一部)により、Xの名誉が毀損された
⇒国賠法4条、民法723条に基づき、謝罪文の交付及び謝罪広告の掲載を求めた。
Y:
①について、CはXが前記性交に同意していると誤解していたもので過失にとどまるとして故意を争うとともに、Cの職務権限外のことであるなどそてい職務関連性を争い、
②について、職員に対しセクハラ防止に関する一般的教育を行っていたとして、本件事件の発生防止義務違反を争い、
③について、Dらによる虚偽の風説の流布や職務関連性を争い
④について、X主張の二次被害を想定して措置を講じることはできなかったなどとして、二次被害防止義務違反を争った。
  主張 ④の二次被害防止義務違反について:
X:二次被害防止義務の根拠ついて、
(1)Yが本件事件につき責任を負う立場にあること
(2)Yが男女共同参画社会基本法を受けて長崎市男女共同参画推進条例及びハラスメントの防止等に関する要綱を定めていることを主張し、
同義務の具体的内容として、
❶C、D及びYの職員に対し、本件事件に関連して、Xが前記性交に同意していた旨のCの弁明に沿った情報等を拡散しないよう注意指導すべき義務
❷本件事件の事実を究明すべき義務
❸Cの自殺を防止すべき義務
❹週刊誌に虚偽の情報が掲載されることを防止すべき義務
の各違反。
❺Dを処分して公表すべきこと及びCに退職金を支給して公表したこと、
❻日本弁護士連合会の人権救済申立てに対する勧告に従い謝罪及び再発防止措置を講ずべき義務の違反
を主張。
  判断 二次被害防止義務違反について、
条例等を根拠として、Yが二次被害防止義務を負うことは否定
but
(1)Yの市長が、本件事件について、Cから事情聴取するとともに、前記性交に同意していなかったとのXの認識を把握し、本件事件が、Cの前記弁明を前提としても、Yの要職者が取材を通じて職務上の関係を有する記者と性的関係を持ったという、Yへの信頼という公益に関わる可能性のある問題であり、Xの前記認識通りであれば、Yも国賠法上の責任を問われる可能性のある問題であることを認識し又は容易に認識し得た
(2)Yが前記公益上の必要性から内部調査をすることとし、そのことはYの責任の有無等を検討する上でも有益であった
(3)性的被害を受けた者が、加害者への責任追及の過程や報道等により、さらに精神的苦痛を受け、被害が拡大する二次被害を受けるおそれがあることは周知の事実であり、Yは、本件事件につき報道の可能性が高いことを認識し、Xから二次被害防止の要請を受けていた

Yは、本件事件に関する調査の過程や、その公表の有無を含む報道対応等の際に、Xに二次被害が生じないよう配慮すべきであり、二次被害発生を予見し得る具体的事情を認識したときは、これを防止すべく、Yの関係職員に注意指導するなどの対応をとるべき不法行為法上の注意義務を負っていた。
前記❶について、
Yは、CやDの言動によりXが二次被害を受けるおそれがあることを認識し得た⇒CやDに注意指導すべき義務を負っていたところ、これを怠り、Dが虚偽の情報を広めたことや、Dへの取材を基にした週刊誌報道等により、Xに二次被害が生じた
⇒Yの国賠法上の責任を認めた。
but
❷~❻は否定。
  解説 二次被害についての不法行為責任について、肯定した裁判例。 
本件:
被害を訴える者が、二次被害についての責任を追及する組織に所属していない点において特色を有し、同じ組織に所属する場合に比して、より一層、その根拠が問題となる。
Yの幹部職員による職務上の関係を有するXに対する性的加害の有無が問題となり、Yが公務として内部調査や報道対応等を要したことや、Xから二次被害防止の要請を受けていたこと等の具体的事情

性的被害を受けた者が責任追及の過程や報道等により二次被害を受けるおそれがあるという一般的な認識を前提として(性的被害を訴えた者に対する名誉毀損が肯定された近時の事例)、
前記公務の際に、二次被害発生を予見し得る具体的事情を認識したときは、これに対応する防止措置を講ずべき不法行為法上の注意義務を負うと判断。
  民事p81
大阪地裁R4.11.25  
  森友事件での個人への損害賠償請求(否定)
  事案 近畿財務局に勤務していた原告の夫にうつ病を発症させて自殺するに至らせた⇒被告に対し、民法709条に基づく損害賠償などを求めた。 
国賠請求では、国は原告の請求を認諾。
  判断 原告が不法行為であると主張する被告による決裁文書等の改ざん指示は、国賠法1条1項が適用される行為⇒当該行為については、国が損害賠償請求責任を負うかどうかが問題となる一方、被告個人は民法709条に基づく責任を負わない。 
被告が信義則上原告に対して改ざんを指示した経緯の説明及び謝罪をすべき義務を負っており、この義務に違反したとの主張については、
被告が改ざん指示行為について損害賠償責任を負わない以上、原告に対し、同義上はともかくとして、当該行為について説明をしたり謝罪をしたりすべき法的義務が信義則上発生すると考えることはできない。
  解説 当該公務員も被害者に対して損害賠償責任を負うか?
A:否定説
B:肯定説
C:制限的肯定説(公務員に故意または重過失がある場合に限り損害賠償責任を負う) 
最高裁:否定説
but
国賠法1条1項の「職務を行うについて」との要件に関し、公務員が私利私欲のためにした行為であっても客観的に職務執行の外形を備えている場合には国家賠償を認める外形標準説が採用。
⇒最高裁が、外形標準説により国の責任を認めたケースにおいても公務員の個人責任を否定する趣旨であるか否かは必ずしも明らかではないとの指摘(宇賀)。
否定説

①国賠法1条1項の文理解釈
②同条2項に公務員に対する求償制限規定があること
③公証人等が故意又は重過失の場合にのみ賠償責任を負うとしていた公証人法等の規定が国賠法の附則により廃止された
④国に賠償能力がある
⑤違法行為の抑止等は刑事罰等で果たされる
⑥個人責任を認めると公務員の職務執行を委縮させるおそれがある
原告:
否定説の論拠となり得るのは濫訴のおそれによる萎縮効果の点だけであり、違法行為の抑制や権限濫用の防止の必要性と萎縮効果とを比較衡量した上で前者が後者を上回れば、公務員の個人賠償責任を認めるべき。
vs.
①我が国の不法行為に基づく損害賠償制度の目的は被害者の被った不利益の補てんにあり、一般予防にはない。
②国の責任を追及できる以上、資力の点で被害者保護に欠けるところはない。
③違法行為の抑止や権限濫用の防止は個人責任の追及によるほかないというものでもない。
④本件においては既に国が原告の国賠請求を認諾している。
  労働p87
東京高裁R4.9.6  
  勤務態度を理由とする普通解雇(有効)
  事案 YがXを謹責処分(懲戒処分)⇒勤務態度に改善なし⇒普通解雇
Xが、本件解雇は合理性を欠き、相当性もなく、解雇権を濫用するものとして無効
⇒労働契約上の地位確認及び未払賃金等の支払を求めた 
  判断 Xの請求を認めず 
  規定 労働契約法 第一六条(解雇)
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
  解説 解雇権濫用の有無を検討する上で
①「客観的に合理的な理由」及び
②「社会通念上相当である」こと
の2つの要素を考慮する必要。 
解雇に関する理由:
学説上、
①労働者の労務提供の不能や労働能力又は適格性の欠如・喪失
②労働者の職務規律(企業内秩序)の違反行為
③企業側の経営上の必要性に基づく理由(整理解雇を含む)
などと類型化。
but
個々の事案による判断は、個別的な判断によらざるを得ない。
相当性:
使用者側及び労働者側の事情は様々であり、解雇がされた時点における社会情勢等も考慮する必要⇒様々な事情を総合的に考慮することが必要。
  労働p98
大阪地裁R4.12.5  
  新型コロナウイルス感染防止策の不履行等で普通解雇(否定)
  事案 Yが、
①退職合意が成立した
②新型コロナウイルス感染防止策の不履行及び通勤手当の不正受給
を理由に普通解雇

Xが、Yに対し、
解雇は無効であるとして、雇用契約に基づき、賃金の支払を求めるととも(訴訟係属中に定年⇒地位確認部分については請求を取り下げ、賃金についても定年までの確定金額の請求に変更)に
Yが一方的に労働条件の変更(管理員から清掃員への配置転換)を迫り、これを拒否すれば自主退職するしかないと迫った行為及び解雇により法的保護に値する人格的利益を違法に侵害されたとして、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案。 
  判断 ・・・・Xは、勤務中や通勤途中において、日常的にマスクを着用していなかったことがうかがわれる⇒XがYの指示に従っていなかった。
but
①Xが解雇以前にマスクを着用していないことについてYから指導・注意を受けたことがないこと、
②本件マンションの住民からの苦情は本件メールの1件にとどまっていること、
③いわゆるクラスターが発生したということもないこと

Xの行為は、規律違反に該当するものの、そのことをもって解雇することが社会通念上相当であるとまではいうことができない。
①通勤手当の不正受給についても、当初から実態と異なる申告をしていたものではなく、転居したことで必要になった報告を怠ったもの
②不正受給の合計金額も3万円じゃくと高額ではない
③Yの担当者との面談の頃から、返還額の特定がなされれば返還する意思を明らかにしていたこと

規律違反には該当するものの、そのことをもって解雇することが社会通念上相当であるとまではいうことができない。
⇒解雇することが社会通念上相当であるとまではいうことができない。
  解説 業務指示違反を理由として(普通)解雇あるいは懲戒処分を行うには、その前提として、業務指示が有効なものであることが必要。
・・・・対面で顧客と接触する機会がある職種については、マスクを着用することが感染防止策の1つとして有効。
顧客に不安・不快感を与えないという観点。

マスク着用を命ずることは合理的かつ相当な業務指示である。

同指示に従わないということは業務指示違反となり、規律違反項に該当。
  刑事p108
最高裁R5.3.24  
  刑法190条の「遺棄」に当たらないとされた事例
  事案 被告人が、当時の被告人方において、出産したえい児2名の死体を段ボール箱に入れた上、自室内の棚の上に置いたところ、2日後に本件各えい児が発見され、死体遺棄罪に問われた事案。 
  1審 遺棄に当たる 
  原審 遺棄に当たる 
  規定 刑法 第一九〇条(死体損壊等)
死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。
  判断 刑法190条は、
社会的な習俗に従って死体の埋葬等が行われることにより、使者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情が保護されるべきことを前提に、死体等を損壊し、遺棄し又は領得する行為を処罰することとしたもの。
「遺棄」習俗上の埋葬等とは認められない態様で死体等を放棄し又は隠匿する行為
他者が死体を発見することが困難な状況を作出する隠匿行為が「遺棄」に当たるか否かを判断するに当たっては、その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点から検討する必要がある。
被告人の自室で、出産し、死亡後間もない本件各えい児の死体をタオルに包んで段ボール箱に入れ、同段ボール箱を棚の上に置くなどしたという被告人の行為は、死体を隠匿し、他者が死体を発見することが困難な状況を作出したものであるが、それが行われた場所、死体のこん包及び設置の方法等に照らすと、その態様自体がいまだ習俗上の埋葬等と相いれない処置とは認められない
⇒刑法190条にいう「遺棄」に当たらない。
  刑事p111
最高裁R3.6.28  
  薬事法66条1項の「記事を広告し、記述し、又は流布」する行為に当たらないとされた事例
  事案 医薬品等の製造販売会社である被告会社の従業員である被告人が、医師らにXの有効性を示す内容虚偽のデータを提供し、医師らをして、同データに基づき、他剤と比較してXの有効性が示された旨の内容虚偽の論文2本を作成させ、これを海外の学術雑誌に投稿させて掲載させた行為が、薬事法(平成25年改正前のもの)66条1項の規制する、医薬品の効能又は効果に関して虚偽の記事を記述した場合に当たる
⇒被告人が同項違反の罪(同法85条4項)により、被告会社がその両罰規定(同法90条2項)により起訴された事案(被告人は、医師らを利用した間接正犯として起訴された。)。 
  規定 (誇大広告等)
薬事法 第六十六条 何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器又は再生医療等製品の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない。
  1審 無罪 
  原審 無罪
  判断 同項の規制する「記事を広告し、記述し、又は流布」する行為は、特定の医薬品等に関し、当該医薬品等の購入・処方等を促すための手段として、不特定又は多数の者に対し、同項所定の事項を告げ知らせる行為をいうと解するのが相当。

規制対象主体が事業者に限られないことから、「顧客を誘引する」といった表現は用いられていないが、誘引手段性を要するとした第1審判決及び原判決と基本的に同旨の解釈をとった。
  解説  本決定:
薬事法の目的・趣旨、医薬品等の広告規制の沿革等
⇒ 
同法66条1項は、商品・製品である医薬品等の効能、効果等に関し、虚偽又は誇大な情報を発信することにより一般消費者等の需要者又は医薬品を処方する医師等の認識を誤らせ、適切とはいえない医薬品等を選択させ窃取等させることによって保健衛生上の危害が生ずることを防止しようとする趣旨
そのような同項の趣旨及び保護法益に照らし、同項の規制行為の意義について上記解釈。
同項の趣旨及び規制行為の意義について、3行為を区別しておらず、旧法で「記述」、「流布」が付加され、現行法に引き継がれたのは、「広告」と性質の異なるあらゆる表現行為に規制を拡大する趣旨ではなく、「広告」と同じ性質の類似行為を補足する趣旨と解したものと推察。
山口補足意見:
法廷意見の解釈は、同法及び同項の目的・趣旨等を明らかにすることにより導かれたものであり、いわゆる合憲限定解釈の手法によったものではない旨を説明。
検察官の解釈⇒学術活動に無視し得ない萎縮効果をもたらし得、結果として憲法が保障する学問の自由との関係で問題を生じさせることになる。
  本決定:
同項の趣旨及びその保護法益
⇒同項該当性の判断にあたっては、特定の医薬品等に関する告知がその受領者にどのようなものとして受け止められるかが重要。
⇒同項該当性は、「当該告知の内容、性質、態様等に照らし、客観的に判断するのが相当である」と判示。 
2569   
  行政p5
最高裁R5.3.6   
  消費税法の課税仕入れの区別
  事案 居住用賃貸建物の売買等を行う会社である各事件のXが、それぞれ、Y(国)を相手に、消費税及び地方消費税の更正処分のうち申告額を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定処分の取消しを求めるなどした事案 
    消費税については、課税期間中の課税仕入れに係る消費税額が課税標準額に対する消費税額から控除される(「仕入額控除」)ところ(消費税法30条1項)
一定の事業者が、課税仕入れにつき、課税資産の譲渡等にのみ要するもの(「課税対応仕入れ」)及び課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するもの(「共用対応課税仕入れ」)を明らかにしているときは、控除額(「控除対応仕入税額」)は、課税対応課税仕入れに係る消費税額に課税売上割合を乗じて計算した金額を加算する(非課税対応仕入に係る消費税額は加算しない)方法(「個別対応方式」)により計算した金額とされる(同条2項1号)。
but
当該事業者の営む事業の種類等に応じ合理的に算定され、所轄の税務署長の承認を受けた課税売上割合に変えて、課税売上割合に準ずる割合を用いて控除対象仕入税額が計算される(消費税法30条3項)。
Xらは、それぞれ、複数の課税期間において、転売目的で、全部又は一部が住宅として賃貸されている多数の建物の購入(「本件購入」)をし、当該課税期間の消費税等につき、個別対応方式により、本件購入が課税対応課税仕入れに区分されることを前提に、本件購入に係る消費税額の全額を控除対象仕入税額として確定申告
⇒所轄の税務署長から、本件購入は共通対応課税仕入れに区分されるべきであり、控除対象仕入税額は、前記消費税額の全額ではなく、これに課税売上割合を乗じて計算した金額となるなどとして、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を受けた。
  ①事件 1審:
本件購入は課税対応課税仕入れに当たる⇒更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分に係る取消請求をいずれも認容
原審:
本件購入は共通対応課税仕入れに当たり、かつ、Xがこれを課税対応課税仕入れに区分して確定申告をしたことにつき税通法65条4項1号にうい「正当な理由」があるとはいえない⇒いずれも棄却
Xが上告受理申立て⇒上告審として受理した上で、本件購入は共通対応課税仕入れに当たるから更正処分は適法⇒上告棄却。
消費税法30条2項1号にいう「課税資産の譲渡等にのみ要する」課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て同号にいう「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する」課税仕入れに該当する。
  ②事件   1審:棄却 
  原審:
更正処分に係る取消請求を棄却。
Xが、本件購入を課税対応課税仕入れに区分して確定申告をしたことにつき税通法65条4項1号にいう「正当な理由」があると認められる⇒過少申告加算税賦課決定処分を取り消し。 
    Yのみが上告受理申立て
  過少申告加算税賦課決定処分は適法⇒原判決中Y敗訴部分を破棄し、当該部分に係るXの控訴を棄却する旨の自判。 
・・・税通法65条4項にいう「正当な理由」があると認めることはできない。
税務当局は、遅くとも平成17年以降、本件購入と同様の課税仕入れを、購入した建物が住宅として賃貸されることに着目して前記「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する」課税仕入れに区分すべきであるとの見解を採っており、そのことは、前記各申告当時、税務当局の職員が執筆した公刊物や、公表されている国税不服審判所の裁決例及び下級審の裁判例を通じて、一般の納税者も知り得た。
・・・
  解説 個別対応方式⇒課税対応課税仕入れに係る消費税額はその全額が算入される
共通対応課税仕入れ⇒その額に課税売上割合を乗じた額が算入されるにすぎない。
Xらのように居住用賃貸建物の売買等を行う会社は、非課税取引である土地の売買が取引全体の中で大きな割合を占めるため一般に課税売上割合が低く、転売(課税資産の譲渡等)まで居住用賃貸(その他の資産の譲渡等)に供される建物の購入が共通対応課税仕入れに区分されるとすれば、賃料収入額(非課税売上げ)が転売代金額(課税売上げ)に比してわずかであったとしても、控除対象仕入税額が極めて少額になり得る。

課税対応課税仕入れと共通対応課税仕入れをどのように区別すべきか(用途区分の判断基準)が問題となる。
  ●本判決①の考え方 
消費税法が、税負担の累積を防止して経済に対する中立性を確保するために仕入税額控除を行うこととしつつ、課税の明確性の確保や適正な徴税の実現といった他の目的との調和を図るため、税負担の累積が生じても課税仕入れに係る消費税額の全部又は一部が控除されない場合があることを予定している。
税負担の累積排除を消費税の付加価値税としての性質から導かれる本質的な要請と捉える⇒解釈論上も累積の完全な排除を図るべきともいえる
vs.
消費税法は、経済に対する中立性の確保(税制改革法10条2項)という政策的な目的から、他の目的との調和も図りつつ税負担の累積をできる限り防止するため、仕入税額控除の制度を設けていると解される。
⇒用途区分に係る規定の解釈においても、累積の完全な排除が当然に求められるとはいえない。
個別対応方式により控除対象仕入税額を計算する場合において、税負担の累積が生ずる「課税資産の譲渡等」と累積が生じない「その他の資産の譲渡等」の双方に対応する課税仕入れにつき一律に課税売上割合を用いることは、課税の明確性の確保の観点から一般に合理的といえる。

(1)延期のような課税仕入れにつき、控除対象仕入税額の計算において課税売上割合を用いるか否か(課税対応課税仕入れと共通対応課税仕入れのいずれに区分するか)を実施的な観点から個別に判断すべきとすれば、判断が不安定になり、課税の明確性が害されるものといえる
(2)課税売上割合は、当該課税仕入に係る売上全体のうち「課税資産の譲渡等」に係る売上の占める割合と近似することが多く、これを用いて当該課税仕入れに係る控除対象仕入税額を計算すれば、一般的に、当該事業者の経済実態に即した税負担の累積排除が可能といえる。
(3)課税売上割合を用いることが当該事業者の事業の状況に照らして合理的といえない例外的な場合には、課税売上割合に準ずる割合を適切に用いることにより個別に是正を図ることができるのであり、当該制度はそのために設けられたもの。

「課税資産の譲渡等」と「その他の資産の譲渡等」の双方に対応する課税仕入れは、当該事業に関する事情等を問うことなく、全て共通対応課税仕入れに該当するものと解するのが消費税法の趣旨に沿う。
このような解釈は、消費税法30条2項1号の「にのみ」「に共通して」の文理に照らしても自然といえる。
  ●「正当な理由」について(②事件)
共通対応課税仕入れに区分されるべき課税仕入れを課税対応課税仕入に該当するものとしてされた確定申告は過少申告となり、共通対応課税仕入れに区分しなかったことにつき「正当な理由」があると認められる場合(税通法65条4項)に当たらない限り、過少申告加算税が課されることになる。
税通法65条4項にいう「正当な理由」があると認められない場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、当初から適正に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実施ウ的な是正を図るとともに過少申告による納税義務違反の発生を防止し、適正な申告納税の実現を図る過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を付加することが不当又はになる場合をいう(最高裁H18.4.20)。

課税庁が、裁判例の判断も分かれていたストックオプションの権利行使駅の所得区分につき、対外的に明らかにしていた従前の取扱いを変更するに当たっては、通達を発するなどして変更後の取扱いを納税者に周知させ、これが定着するよう必要な措置を講ずべきものであり、変更後の取扱いが通達に明記されるまでの間は「正当な理由」があるとした。
②事件の原審:
税務当局がかつて本件購入と同様の課税仕入れに係る消費税額の全額を控除対象仕入税額に算入することを認めたことがあり、その後この見解を変更したことがうかがわれる
⇒従来の見解を変更したことを納税者に周知するなど必要な措置を講ずるのが相当であったのに、そのような措置を講じているとは認められない⇒「正当な理由」を肯定。
本判決:
(1)上記平成18年最高裁の事案と異なり、税務当局がかつてXの主張するような見解を一般的に採用していたとまではいえず、いずれにしても、税務当局が当該見解を採用していると納税者に認識されるような外観が存在していなかった。
(2)遅くとも平成17年以降は、税務当局が前記取扱いに係る見解を採用していたことを一般の納税者も知り得た
ことを総合的に考慮。
その上で、
前記取扱いは消費税法の文理等に照らして自然であるといえ
Xの確定申告当時、裁判例が分かれていたといった事情もないこと等

これによらず本件購入を課税対応課税仕入れに区分して控除対象仕入税額の計算をしたことにつき、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になるということはできない。
  行政p13
仙台地裁R5.3.14  
  議員の出席停止の懲罰が違法とされた事案
  事案 岩沼市議会の議員であった原告が、同議会の議会運営委員会における発言を理由として同議会から科された23日間の出席停止の懲罰が違法⇒被告に対し、その取消しを求めるとともに、議員報酬のうち本件処分の支払を求めた。
  訴訟の経緯 差戻前1審:出席停止の懲罰である本件処分の適否は司法審査の対象にならない。

控訴審:前記懲罰の適否は、議員報酬の減額を伴う場合には司法審査の対象となり、本件各訴えは適法⇒第1審判決を取り消し、1審に差し戻し。

被告が上告受理申立て

上告審:これを受理する旨の決定をした上で、普通地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の適否は司法審査の対象となる旨判示し、上告を棄却

第1審に差し戻さされて本案審理。
  争点 (1)本件処分の違法性の有無であり、具体的には、原告の本件発言が本件規則(岩沼市議会会議規則)142条にいう「議会の品位」を害するものに当たるか
(2)仮に本件発言が「議会の品位」を害するものに当たるとして、本件処分が、議会の裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用するものとして違法であるか。 
  判断 本件発言の趣旨・内容について認定した上で、本件発言が「議会の品位」を害する発言に当たることを否定するとともに、
予備的に本件処分の裁量権の逸脱又は濫用の有無についても判断し、裁量権の逸脱又は濫用も認めた。
懲罰事由の存否(争点(1))
・・・・本件発言が会議体としての議会内の秩序の保持及び円滑な運営に支障を生じさせるものとはいえず、本件発言は、本件規則142条にいう「議会の品位」を害するものには当たらないというべきである。
本件処分の裁量権の逸脱又は濫用の有無(争点(2))
仮に、本件発言が、「議会の品位」を重んじないものに当たると解する余地があるとしても、本件処分は、本件発言の趣旨・内容、表現・文言及び態様並びに本件処分により原告が岩沼市議会における多数の重要な議案について質疑・討論・採決等の議員としての中核的な活動に一切関与できなくなたっという原告が被った不利益の程度に照らせば、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとして、違法である。
  解説  ●  ●議会における懲罰処分の適否
地方議会における懲罰の種類:戒告、陳謝、出席停止及び除名の4種類(地自法135条1項)
除名については、司法審査の対象となる(最高裁昭和27.12.4)が、出席停止については、昭和35年最大判の多数意見が、司法審査の対象外であることを明示。
but
令和2年最大判:
何ら限定せずに、一般に議会における出席停止の懲罰の適否は、司法審査の対象となる旨判示。
  ●懲罰事由該当性 
その判断基準をどう考えるか?
具体的には、本件規則142条にいう「議会の品位」を害するというような抽象的要件該当性の有無の判断をするに当たり、当該判断についても議会に広い裁量権が認められるか?
A:議会の要件裁量を否定する考え方(要件裁量否定説)
B:議会の要件裁量を肯定する考え方(要件裁量肯定説)
最高裁昭和27.12.4:
「無礼の言葉」を使用したといえるか否かが争点となった事案において、
「その認定された発言が地方自治法132条の無礼の言葉を使用したことに該当するかどうかは裁判所が客観的に判断すべき法律問題であって、議会の主観的判断に拘束されない」旨判示

抽象的な懲罰事由該当性の判断につき、要件裁量否定説を採用。
令和2年最大判:
出席停止の懲罰は、議会の自律的な権能に基づいてされたものとして、議会に一定の裁量が認められるべきであるものの、裁判所は、常にその適否を判断することができるというべきである。

議会の裁量を前提にした判示を行っている。
but
同判事部分は、あくまで出席停止の懲罰の裁量権の逸脱又は濫用の有無の判断に関し、議会の裁量権(効果裁量)の存在について言及しているように思われ、必ずしも懲罰事由該当性の判断について述べたものではないように考えられる。
令和2年最大判の宇賀裁判官の補足意見:
「議会の裁量」について、「議会の実体判断については、議会に裁量が認められ、裁量権の行使が違法になるのは、それが逸脱又は濫用に当たる場合に限られ、地方議会の自律性は、裁量権の余地を大きくする方向に作用する。

懲罰事由該当性の判断についても議会に一定の裁量の余地があるとしているよう解される。
最高裁H18.9.14:
ある事実関係が弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」といった弁護士に対する否かについては、「弁護士会の合理的な裁量にゆだねられているものと解され、弁護士会の裁量権の行使としての懲戒処分は、全く事実の基礎を欠くか、又は社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してきたと認められる場合に限り、違法となるというべき。

懲戒事由該当性の判断について弁護士会に一定の要件裁量を肯定。」
  ●  「議員の品位」を害するものに当たるか
「無礼の言葉」に当たるか
が争われた裁判例。 
  民事p25
東京高裁R3.11.18  
  住所地番まで記載した逮捕報道とプライバシー侵害(否定)
  事案 覚醒剤の営利目的所持の被疑事実でで逮捕・勾留
新聞記事で、Xらが本件被疑事実により逮捕された事実を、Xらの氏名、年齢、職業及び国籍に加え、地番に至るまでの住所とともに掲載。その後、嫌疑不十分で不起訴処分。
⇒ Xらが、本件記事の掲載が犯罪報道として認められる限度を超えてXらのプライバシーを違法に侵害したと主張して、Yに対し、不法行為に基づく損害賠償請求。
  原審 ・・・
(1)逮捕の事実と併せて住所の地番まで公表されると、抗議、嫌がらせ、興味本位などの理由で、住居を訪問されたり、郵便物等が送付されたりすることによって、Xらの私生活上の平穏が脅かされる可能性が否定できず、Xらが住所地において事業を営み、未成年の子らと生活していることから私生活上の悪影響が大きい
(2)本件新聞への掲載により広く本件記事の情報が伝達される

住所地番が秘匿される必要性は高い。
(3)逮捕の事実と共にXらを特定する情報を報道する必要性は高いものの、住所の地番以外の情報による特定も可能であり、住所の記載を一部のみにとどめた場合にXらと第三者とが混同されるおそれも具体的に認められない
⇒住所の地番を掲載する必要性が高いとは言い難い。

Xらの住所の地番とともにその逮捕を報道した本件記事について、プライバシー侵害による不法行為が成立するとして、損害賠償請求を一部認めた。
  判断 Xらの請求を棄却 
(1)プライバシーの侵害は、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立。
(2)
Xらの住所は、本件記事において、本件被疑事実による逮捕の事実とともに公表
~秘匿の必要性は相応に高く、その公表により、住所地の自宅で自営業を営み、子らと生活する外国籍を有する一般の成人夫婦であるXらの私生活上の平穏が害されるおそれもある。
but
本件記事は、重大犯罪による逮捕の報道であり、被疑者の特定は、公共の利害に関する重要な事項として報道の必要性が高く、Xらを特定する事項を記載して逮捕の事実を報道することは、プライバシーの保護に優越するものとして表現の自由の保障が及ぶ。
(3)被疑者の特定は、一般に、氏名、年齢、職業、住所、容貌等が基本的な要素となる。本件記事は住所の地番まで記載しているところ、本件記事の掲載時点において、逮捕された被疑者を特定して報道する場合に、住所の地番を公表することが一律に許されないとの社会通念があるとまではいえない。
また、逮捕報道等は、速報性も重要であり、限られた取材時間で事実の正確性の確保やプライバシーへの配慮が求められることも考慮に入れる必要。
(4)本件記事は、被疑事実が重大犯罪であり、被疑者の特定としては、氏名、年齢、職業、国籍及び住所という基本的な要素のみが記載されている。
住所の地番の記載も、その有無により、Xらの私生活上の平穏が害されるおそれに格段の違いがあったかは必ずしも明らかではない。

本件記事において、Xらを被疑者として特定するプライバシー情報の公表が許容される中で、住所の地番を公表する理由に優越しているとまではいえない⇒違法なプライバシー侵害による不法行為は成立しない。
  解説 判例:
プライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象とされる。
逮捕された事実はプライバシーに属する事実。
住所も、プライバシーに係る情報として法的保護の対象となり得る。
プライバシーを侵害する表現行為は、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為性が認められる。 
  民事p31
仙台高裁R4.8.31  
  刑務作業中の事故⇒安全配慮義務違反による国賠請求(肯定)
  事案 Xが、刑務作業中に、印刷機を作動させたため、右手背裂創等の傷害を負った。 
XがY(国)に対し、本件事故の発生は刑務所職員らの安全配慮義務違反によるもの⇒国賠法1条1項に基づき、損害賠償2668万2283円と遅延損害金の支払を求めた。
  争点 (1)刑務所職員らに安全指導義務違反(国賠法における職務上の注意義務違反)があるか
(2)損害額(逸失利益と傷害慰謝料の算定)
(3)過失相殺
(4)消滅時効の起算点 
  1審 本件事故はAに対して声を掛けずに本件印刷機内に右手を差し入れるというYにとって予見不可能なXの行為に起因して発生⇒安全指導義務違反の存在を否定し、Xの請求を棄却。 
  判断 刑務所職員らの安全指導義務違反の存在を肯定し、Yの国賠責任を認めて、1審判決を変更し、Xの請求を一部認容。
本件印刷機は「用意ボタン」を押してから「運転ボタン」を押さなければ作動しない仕組みと、
「用意ボタン」を押すと1秒程度ブザーが鳴って本件印刷機がすぐ作動する状況下にあることを周囲に注意喚起する仕組み
という2つの仕組みから作業者や周囲の者の安全を確保。
本件印刷機の「用意ボタン」を押してから十分な間隔を取ることなく「運転ボタン」を押す行為は、挙動作業者や周囲の者に対する注意喚起を十分になされなくするもので、それらの者が本件印刷機の作動に起因して傷害を負う可能性を高める危険な行為
⇒刑務所職員らにはAに対して本件印刷機の「用意ボタン」を押してから「運転ボタン」を押すまでに一定の間隔を取るよう指導する職務上の法的義務があったのに、刑務所職員はこれを怠った
⇒安全指導義務違反がある。
本件事故により Xは12級13号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当する後遺障害を負った。
but
無期刑受刑者であり就労時間の終期とすべき67歳時点までに仮釈放されるなどして就労できる蓋然性は認められない⇒逸失利益の損害賠償を否定。
実通院日数それ自体は少ないものの、受刑者であるための制約によるものにすぎない⇒実通院数7日を下に傷害慰謝料を算定すべきとするYの主張を斥け、通院機関14か月を基に傷害慰謝料を算定
Aがいつ本件印刷機を稼働させるか不明な状況下において、XがAに声をかけることなく本件印刷機内に手を差し入れたことは相当に不注意な行為であった⇒5割の過失相殺
本件において被害者であるXが損害を知った時とは、客観的な症状固定日である平成27年6月16日ではなく、Xが最初に症状固定との説明を受けた同年7月21日⇒本件訴訟の提起日である平成30年6月25日時点において、消滅時効は完成していない。
  解説 刑務所職員が適切に作業環境を整えなければ、事故の発生するおそれがあることは否定し難い。
刑務作業は、刑罰として強制される労働ではあるが、これに起因して傷害を負うことまで許容される者でないことは当然。
⇒刑務所職員が、刑務作業の前記性格も踏まえて受刑者が安全に刑務作業に従事できるよう環境を整えるべきもので、雇用契約に基づく労働がされる場合と比較して、その義務の程度が低いものであるとはいえない。 
  民事p44
横浜地裁小田原支部R4.4.26  
  女性が妻と性的行為⇒原告に対する不法行為(肯定)
  事案 Y(女性)がXの妻であるAと性的関係⇒XがYに対し、不法行為に基づき、損害賠償を請求。 
  争点 YのAとの性的行為がXに対する不法行為に当たるか? 
  判断 YがAとの間で性交類似行為を行ったことは、「XとA間の婚姻共同生活の平穏を侵害するもので、不法行為に当たる」
but
Yにおいて、XとAの婚姻関係を破綻させようとする意図を認めるに足りる証拠はない⇒いわゆる離婚慰謝料(離婚という結果そのものに対する慰謝料)は否定。

慰謝料120万円と弁護士費用12万円の損害賠償請求を認容。
  解説 判例は、不貞相手に対し、不貞行為自体を理由とする不貞慰謝料が請求された場合における被侵害利益について、「他方の配偶者の夫又は妻の権利」であるとしており、一種の人格的利益と捉えているものと解される。

異性との性交に限らず、婚姻共同生活の平和・平穏を侵害するような行為であれば不法行為に該当し得るとする考え方が有力。
第三者に対するリ離婚慰謝料の請求については、限定的にのみ肯定する見解が有力。
最高裁:
夫婦の一方は、他方と不貞行為に及んだん第三者に対し、当該第三者が、単に不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情がない限り、離婚に伴う慰謝料を請求することはできない。

本判決も、XとAの婚姻関係を破綻させようとするYの意図の有無を判断したもの。
  民事p47
水戸地裁R4.9.16  
  入国管理施設に収容中の死亡⇒国賠請求(肯定事例)
  事案 退去強制対象者として東日本入国管理センターに収容⇒容態が急変し、翌日に救急搬送されたが、搬送先の病院で死亡が確認⇒Aの母である原告が、本件施設を設置していた被告(国)に対し、
被告の公務員であった本件施設の職員らは、Aの容態が急変した時点でAを救急搬送すべき注意義務があったのにこれを怠り、Aを死亡させた⇒国賠請求。
  主張 原告:
(1)本件施設の職員らには、Aの容態が急変した平成26年3月29日午後6時6分から遅くとも午後7時46分までの間にAを救急搬送すべき注意義務があった
(2)Aは虚血性心疾患(冠攣縮性狭心症)・心不全・不整脈が関与した急性心不全により死亡
(3)遅くとも前記午後7時46分までに救急車の出動が要請されていれば、Aの死亡の結果を回避できた、又は死亡した時点においてなお生存していた相当程度の可能性があった。 
被告:
(1)本件施設の職員らに救急車の出動を要請すべき注意義務はなく
(2)Aの死因は医学的に確定できず、代謝性疾患によって死亡した可能性がある
(3)Aの症状の原因が不明⇒応急措置をするしかなく、救命することはできないし、死亡した時点においてなお生存していた相当程度の可能性もなかった。
  判断 本件施設の職員らには、被収容者であったAの生命・身体の安全や健康を保持するために社会一般の医療水準に照らして適切な医療上の措置を採るべき注意義務があった。
(1)Aの容態が急変した約1か月前の時点で胸痛が1週間ほど継続していることを医師に訴えていたり、容態急変の2日前から気分の不調を訴えて休養室に移され医師から容態観察を指示されたりしていた
(2)午後7時4分頃の容態急変後、30分以上にわたって苦しんでうめき声や大声をあげたり転がったりと尋常ではない状態であった
(3)その際に、「アイムダイイング」と複数回声をあげ、「マイハートエイク」と訴えた

遅くとも3月29日午後7時35分頃の時点で、Aについて、本件施設の職員らに救急搬送を要請すべき注意義務がある。
Aが代謝性疾患により死亡した可能性も相当に認められ、冠攣縮性狭心症により死亡したとは断定できない。
Aの容態が急速に悪化しており、救急搬送や搬送先での検査等により治療開始までに要する時間、搬送先の病院で実施可能な処置等から、Aを救命することができたかは相当に不確実
Aの死因が代謝性疾患であった可能性等を踏まえても、Aについて、午後7時35分頃までに救急搬送を開始していれば死亡しなかった事実は認めるに足りない
but
医師の証言等に基づき、Aの症状に対する応急措置を行うことなどにより、死亡した時点においてなお生存していた相当程度の可能性はあったものと認められる。
  解説 具体的な状況下で救急搬送すべき注意義務が肯定されるには、当該義務の前提となる予見可能性の内容として、重篤な疾患等により生命・身体に差し迫った危険があることを具体的に予見できたことを要すると解されるところ、その判断が医療従事者ではない入国管理施設の職員らにとっては困難なことがあり得る。
本件においても、容態急変後のAの様子は、低拍出量症候群の典型的な症状⇒医療従事者であれば当然に救急搬送すべき状態にあることが分かる。
but
医療従事者でない者にとってそこまでの判断が困難であった可能性がある。
but
本件は、前記指摘の具体的状況等⇒本件施設の職員らにおいて、Aに重篤な疾病等がある可能性を具体的に予見できたと認定。
尚、消防庁が発行する救急受診ガイド(緊急度判定プロトコル)に基づき、通常人においても、Aの状況等から救急搬送が必要であると判断することが困難であったとはいえないとも判示。 
相当程度の可能性に関する認定:
本判決:
救急搬送に要する時間、救急搬送後に行われる検査や実施可能な処置の内容及びそれに要する時間、処置の効果等を踏まえ、救命可能性の有無を具体的に検討。
最高裁H17.12.8:
具体的な医療行為の適応の有無や実施可能性等を踏まえ、速やかに外部の医療機関へ転送されていたならば脳こうそくによる重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されたとはいえないと判示。
これと共通するアプローチ。
本判決:
Aの死因を医学的に特定できないとしながらも、救命可能性の立証においては通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性を確信し得ることで足りると判示した上で、
医師の証言等を踏まえ、通常の医師が救命のために行う医療水準にかなった医療行為を特定することは可能であるなどとして、相当程度の救命可能性の存在を認めている。

相当程度の可能性の存在について高度の蓋然性による立証を要すると解した上で、それに関する判例の規範を適用。
死亡に至る機序が不明である場合、救命可能性を科学的・客観的に解明することが困難になる。
but
事実認定としての救命可能性の有無は、具体的な状況等を踏まえて社会通念に従って判断されるのが相当。
  民事p59
大阪地裁R4.11.17  
  上げ下げロール網戸の製造物責任法の「欠陥」(否定)・クーリングオフ(肯定)事例
  事案 上げ下げロール網戸のループを形成する操作コードが首にからまり6歳の女児であるAが死亡する事故。
本件製品は、Y1が製造し、Y2がX1との間のリフォーム工事の請負契約等に基づきXら宅に設置。
本件本訴:
Aの父母及び兄であるXらがY1に対し、製造物責任法3条に基づく損害賠償を請求。
本件反訴:
Y2がX1に対して、前記リフォーム工事に係る請負代金等の支払を求めたのに対し、X1は、前記請負契約等についてクーリングオフにより解除した旨主張。
  判断 本件製品にはその引渡し当時において欠陥は認められない⇒YのX1に対する請求を棄却。
本件事故は本件製品の通常予見される使用形態によって発生
but
本件製品については、操作コードを束ねるためのクリップが、「その使用方法や子どもの縊頚事故に関する注意喚起等の記載されたタグの付された状態で同梱されていた

操作コードが子どもの首に絡まる危険性を低減させる安全対策が取られており、本件製品の危険性やその使用方法に係る指示・警告に関して不十分な点があったともいえない。
(1)家庭用室内ブラインドにおける子どもの安全性に係る日本産業規格(JIS規格)の内容
(2)同業他社による販売状況
(3)日本より先進的な規制の行われているカナダにおける安全対策の状況
(4)一般消費者に対するアンケート結果等
のほか、ループレス化等の本質的安全設計や他の安全対策が採用されていなかったことも不合理であったとは認められない

前記クリップによる安全対策が、社会的に容認されていなかったとは認め難い
⇒本件製品が通常有すべき安全性を欠いていたとは認められない。
  ●  本件反訴について、
(1)Y2からX1に対する法定書面(特定商取引法5条所定の書面)の交付があたっとはいえない⇒クーリングオフの行使期間は進行しておらず、
(2)特定商取引法26条6項1号又はその類推適用によりクーリングオフの適用が除外されているとはいえない上、
(3)クーリングオフは権利濫用には当たらない
⇒Y2の請求を棄却。 
  解説  製造物責任法における「欠陥」:
当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること(製造物責任法2条2項)
欠陥の判断基準:
A:標準逸脱基準
B:消費者期待基準
C:危険効用基準
実務上も、前記定義の考慮事情に即し多様な要素を考慮して欠陥の有無を判断
本判決:
本件製品の安全性に係る社会通念(引き渡し時期に関する考慮要素)についての検討を前提に、主として、安全対策の内容や指示・警告表示の内容といった製造物の特性に関する考慮要素のほか、安全対策に係る技術的動向等の引渡し時期に関する考慮要素を総合して欠陥の有無を判断。
  事業者の交付した書面にどにょうな事項の記載があれば、法定書面の交付があたっといえるか?
本判決:
 少なくとも契約を維持するか否か判断するうえで必要といえる重要な事項の記載が必要

Y2がX1に付した書面に役務の種類の記載と役務提供契約の解除に関する事項の一部の記載がないことをもって、法的書面の交付があったとはいえない。
尚、記載内容の不備を理由に法定書面の交付を認めなかあった裁判例。
前記(2)の請求訪問販売については、特定商取引法26条6項1号により、クーリングオフの適用が除外されている。
本判決:X1による見積もりの依頼は契約締結の請求とはいえず、その他X1による契約締結の請求の事実を認定できない⇒請求訪問販売には該当しない⇒同号による適用除外の趣旨等を踏まえて同号の類推適用も否定。
令和2年3月31日付通達「特定商取引に関する法律等の施行について」
「請求」について、「契約内容の詳細が確定していることを要しないが、購入者が契約の申込み又は締結をする意思をあらあじめ有し、その住居において当該契約の申込みまたは締結を行いたい旨の明確な意思表示をした場合」とされ、かつての通達にあった「「工事個所の下見、工事の見積もりをしてほしいので来訪されたい」・・・等取引行為を行いたい意思があると認められる程度であればよい」との文言は削除されている。
前記(3)の権利濫用:
事業者が強引な勧誘を行ったとはいえなかったり、クーリングオフの理由が明らかでなかったりしても、「クーリング・オフの要件が満たされているとすれば、・・・権利行使は正当であると言えざるを得ない」などと指摘(大村)。
  知財p85
大阪地裁R2.11.10  
  アフィリエイトサイトを構成するウェブページが設置されていたウェブサーバーの管理者に対する発信者情報開示請求訴訟
  事案  X:インターネット、テレビ等を利用した通信販売事業等を目的とする株式会社であり、「a」という名称の美容クリーム(「X商品」)を販売。
Y:電気通信事業を営む株式会社。
「b」と題するウェブサイト(「本件ウェブサイト」)が設置されたウェブサーバーの管理者であり、契約者情報として、本判決別紙発信者情報目録記載の発信者情報(「本件発信者情報」)を保有。
・・・
Xは、本件発信者により本件ウェブページに投稿された本件各記載は、不正競争法2条1項21号(信用棄損行為)、同項20号(品質誤認)、民法709条(名誉毀損)に該当
⇒Yに対して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(プロバイダ責任制限法)4条1項に基づき、本件発信者情報の開示を求めた。
  争点 ア:権利侵害の明白性
(a)信用棄損行為(不正競争法2条1項21号)
(b)品質等誤認表示(同項20号)の成否
(c)不法行為責任(民法709条)の成否
イ:開示を受けるべき正当な理由 
  規定 不正競争防止法第二条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
二十 商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量若しくはその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような表示をし、又はその表示をした商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供し、若しくはその表示をして役務を提供する行為
二十一 競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為
  解説  不正競争法2条1項21号にいう「競争関係」について、所管官庁の逐条解説では、「双方の営業につき、その需要者又は取引者を共通にする可能性があることで足りる」
本判決:
「現実の市場において商品の販売を競っているといった競合関係が存する場合に限られず」
「相手方の商品を誹謗したり信用を毀損したりするような虚偽の事実を告知又は流布することによって、相手方を競争上不利な立場に立たせ、その結果、行為者や行為者に対して告知又は流布行為を依頼した者などが、競争上不当な利益を得るような関係が存する関係にある場合も含む」
当てはめ:
(1)本件発信者は、本件ウェブページにおいて、閲覧者に対し、訴外会社のウェブサイトを通じて第三者商品を購入することを促すような仕組みを作っているということができること
(2) 訴外会社が第三者商品のプロモーションのために提携ウェブサイトを募集していること
(3)その中で第三社商品のセールスポイントとして挙げる特徴が本件ウェブページに複数掲載されていること、
(4)提携ウェブサイトには第三者商品の定期コースの契約数に応じた報酬が支払われるとされていること

本件ウェブページについて、「本件発信者が、訴外会社と提携したり依頼を受けたりして制作したもの」である旨認定し、その上で、「X商品の評価を低下させるような記載をすることにより、これと比較して第三者商品の評価を上げ、販売を促進するという目的に沿うもの」と評価

「本件発信者は、訴外会社との関係上、第三者商品の売上向上について利益を有する者であり、XやX商品の評価を低下させることによって不当な利益を得る関係に立つ者であると解するのが相当」であるとして、本件発信者とXとの間の競争関係を認めた。
  本判決:不正競争法2条1項21号にいう「競争関係」について、従来の枠組みを維持しつつ、アフィリエイトという比較的新しい事象につき、本件の事実関係の下において、「競争関係」に該当する旨述べたもの。 
2568   
  行政p5
名古屋高裁金沢支部R5.2.8   
  政務活動費についての不当利得返還請求権の消滅時効(10年)
  事案 X:富山市内に事業所を置く市民団体
Y:富山市長
補助参加人Z:富山市議会における会派 
Xが、富山市がZに対して交付した政務調査費又は政務活動費のうち、条例・規則や運用指針上認められないとする12件の支出について、富山市はZに対する不当利得返還請求権を有しているにもかかわらず、Yは当該請求権の行使を違法に怠っている
⇒Yに対し、地自法242条の2第1項4号に基づき、Zに対して本件各支出に係る金員及びこれに対する民法704条本文に基づく利息又は遅延損害金の支払を請求することを求めた住民訴訟。
  経緯 原審:Yに対し、Zに約140万円を返還させるよう命じた 
令和4年5月16日:Zは、YがZからの不当利得返還債務の弁済の受領を拒絶⇒原審認容に係る元本及び同日までの遅延損害金の各全額を弁済供託
Yのみが自己の敗訴部分を不服として控訴
⇒本判決:Zによる前記弁済供託によって当該不当利得返還請求権は消滅したとして、原判決を取り消した。
  争点 富山市のZに対する各支出についての不当利得返還請求権の一部につき、消滅時効が成立するか。 
  原審 消滅時効は10年。
・・・本件において問題となるのは、当該政務活動費等が、その趣旨、目的に反する費用に支出されたことを理由に、地方公共団体である富山市がその返還を求める局面であって、必ずしも政務活動費等の交付と性質を同じくする行為であるとはいえない。
富山市が有する金銭債権は、あくまで民法が規定する不当利得返還請求権であり、衡平の理念に基づくものとして一般私法関係と異なるところはなく、一般私法上の不当利得返還請求権とは異なる特別の手続等を定める規定もない。
⇒・・・その性質上、直ちに公法上の債権であるということはできない。
・・・・。
  判断 消滅時効は10年。
金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利であっても、これを生じた法律関係が本質上私法関係である場合において、特別法の定めがなく、当該地方公共団体の権利義務を早期に決済するなどの行政上の便宜を考慮する必要があるともいえないときは、民法の消滅時効に関する規定が地自法236条1項にいう「他の法律」として適用される(最高裁)。 
政務活動費等についてみると、普通地方公共団体は、その公法上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができるのであり(地自法232条の2)、普通地方公共団体が行う補助は、その本質においては民法上の贈与に当たるものと解するべきであるところ、政務活動費等も、本来は、ここにいう補助に当たるものと解するべきである。
普通地方公共団体がその議会の議員に贈与をすること自体は、それが「普通地方公共団体は、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずには、これをその議会の議員・・・に支給することができない」とする地自法204条の2の趣旨に反しない限りは、必ずしも禁止されるものではない。

債務活動費等の交付は、本質的には私法上の贈与であると解されるところ、本件条例には、例えば政務活動費等の交付を行政処分として構成するなどの、前記と別異に解するべき根拠となる規定は見当たらない。

富山市のZに対する政務活動費等の交付もまた、本質的には私法上の贈与であると解するべき。
   
・・・民法所定の消滅時効を条例その他の下位規範により短縮することを許す法令の規定は見当たらない⇒地方公共団体において広く行われている取扱いがあるからといって、前記判断を左右するものではない。
  解説  消滅時効期間について、
国や地方公共団体が有する金銭債権の消滅時効について、
会計法30条:
 「金銭の給付を目的とする国の権利で、時効に関し他の法律に規定がないものは、・・・五年間行使しないときは、時効によつて消滅する。」
地自法236条1項:
「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、・・・五年間行使しないときは、時効によつて消滅する。」
「他の法律」には、民法も含まれ、国や地方公共団体が有する金銭債権であっても本質上私法関係であるような法律関係から生じたものは私法上の金銭債権であり、民法の消滅時効に関する規定が適用される(判例)。
  本件のような政務活動費等に係る不当利得返還請求権の消滅時効期間:
複数の裁判例:
政務活動費などの交付は公法上の原因にン基づくもの⇒このような公法上の原因に基づいて交付された金員の返還を内容とする不当利得返還請求権は公法上の債権であり、地自法236条1項の適用があり、消滅時効は5年。
原判決・本判決:10年説
原判決:
政務活動費等の交付は公法上の原因に基づくもの。
but
その不当利得返還請求権を公法上の債権と捉える必要はなく、むしろ早期に権利関係を確定することは政務活動費等の適正な適用の実現や透明性の確保を阻害する危険性がある⇒10年説。
本判決:
政務活動費等の交付は、本質的には私法上の増よであり、その不当利得返還請求権は、私人間において使途を限定した贈与がされ、その残額を受贈者が贈与者に不当利得として返還する法律関係と本質を異にするものではない
⇒政務活動費等に係る不当利得返還請求権も本質上私法関係であるというべきで、10年説をとった。

消滅時効期間を5年と捉えると、期間内に住民訴訟を提起することが困難な事案が増え、住民訴訟の途が狭まるおそれがあるという判断。
  行政p26
横浜地裁R3.12.22  
  建築法上の用途規制に違反する違法な建築物⇒特定行政庁である横浜市長が建基法9条1項の規定に基づき違反を是正するための措置をとることを命ずることの義務付けを求めた。
  事案 都計法上の工業専用地域に位置し、都市再生特別措置法36条1項により都市再生特別地区と定められた区域内に建築された建築物に係る敷地の隣地に存するマンションの一室に居住し、又はこれを所有する原告らが、本件建築物は建築法上の用途規制に違反する違法な建築物である⇒被告(横浜市)に対し、特定行政庁である横浜市長が建基法9条1項の規定に基づき違反を是正するための措置をとることを命ずることの義務付けを求めた。 
  争点 (1)訴えの適法性(主として原告適格)
(2)本件建築物が建基法に違反するか 
  判断  ●(1)原告適格について 
◎ア 日照被害
建築基準法令の規定に違反する建築物により日照を阻害される周辺の他の建築物に居住する者に原告適格が認められるのは、建築基準法令の規定が同人らの健康を個々人の個別的利益として保護しているため
⇒日照被害を理由に原告適格が認められるためには、当該建築物による日照被害が直接的に及ぶことにより健康が害されるおそれがあることを要する

原告らのうち居住するマンションの専用部分に日照被害を受けていない者の原告適格を否定
◎イ 日照以外の被害 
日照以外の被害(騒音、異臭、プライバシー、景観、眺望、落雷の危険)に関しては、
建築基準法令の規定の中に、建築確認に係る建築物の周辺の建築物に居住する者のプライバシーや景観、眺望を個別的な利益として保護する趣旨であることをうかがわせる規定は存在しない。

原告らのうち本件建築物によって日照以外の被害を受けたと主張する者について、それを理由とする原告適格を否定。
  ●(2)本件建物の違法性 
    原告ら:
本件建築物が都市再生特別地区内に建築されたことを前提にしつつ
(1)本件建築物は都市再生特別地区の総合的な地区開発計画の設計趣旨から大きく逸脱⇒建基法の用途制限の規制の適用を除外とする建基法60条の2第3項が適用されず、その結果として、本件建築物は、工業専用地域としての建基法上の用途規制(建基法48条13項)に違反
(2)「都市計画において定められた内容に適合」しない⇒建基法60条の2第1項に違反。
    対(1):
建基法の条文の規定ぶりや、特措法の「事前明示性の高い仕組みによって、都市再生特別地区の内容を迅速に実現しようとする趣旨」
⇒都市再生特別地区においては、都市計画において定められた誘導すべき用途に供する建築物であれば、建基法60条の2第3項の適用により建基法の用途規制の適用除外になるというべき⇒同項が適用されるためには前記の設計主旨への適合は必要ない。
    対(2):
前記の特措法の主旨や関連する建基法の規定
⇒建基法60条の2第1項にいう「都市計画において定められた内容に適合」するとは、特措法36条2項に基づき都市計画で定められ、事前に明示された建築物の容積率、建蔽率、建築物の建築面積及び建築物の高さの数値基準を遵守することを求めているのであって、前記の設計主旨に適合することなどを要求するものではない。
  民事p41
最高裁R4.12.26  
  財産分与の判断の先送り(不可)
  事案 妻であるXが、本訴として、夫であるYに対して離婚を請求するとともに、これに附帯して財産分与の申立てをするなどし、Yが、反訴として、Xに対し同様の請求等をした事案。 
Xが財産分与の判断を求める財産には、婚姻後にX及びYが出資して設立した医療法人の出資持分が含まれていた。
  原審 本件出資持分も財産分与の対象となる当事者双方が婚姻中にその協力によって得た財産に当たる。
but
前記Iの医療法人がXに対して財産の横領等を理由に損害賠償を求める訴訟が係属中
⇒本件出資持分については、現時点で、Xの前記医療法人に対する貢献度を直ちに推し量り、財産分与の割合を定め、その額を定めることを相当としない特段の事情がある
⇒本件出資持分を除いたその余の財産についてのみ財産分与の裁判をした。
  判断 離婚請求に附帯して財産分与の申立てがされた場合において、裁判所が離婚請求を認容する判決をするに当たり、当事者が婚姻中にその双方の協力によって得たものとして分与を求める財産の一部につき、財産分与についての裁判をしないことは許されない。
⇒原判決中、財産分与に関する部分を破棄し、更に審理を尽くさせるため、前記部分につき原審に差し戻した。
  規定 民法 第七六八条(財産分与)
協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
2前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。
3前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。
人訴法 第三二条(附帯処分についての裁判等)
裁判所は、申立てにより、夫婦の一方が他の一方に対して提起した婚姻の取消し又は離婚の訴えに係る請求を認容する判決において、子の監護者の指定その他の子の監護に関する処分、財産の分与に関する処分又は厚生年金保険法(昭和二十九年法律第百十五号)第七十八条の二第二項の規定による処分(以下「附帯処分」と総称する。)についての裁判をしなければならない。
  解説  財産分与の判断は、一般に、
(1)分与対象財産の確定
(2)分与対象財産の評価
(3)寄与度(分与割合)の認定
(4)具体的な取得分額の算定
(5)分与方法の決定
というプロセスでもって判断されるところ、
裁判所の判断に裁量がある旨指摘されているのは、あくまで
(2)分与対象財産の評価
(3)寄与度(分与割合)の認定
(5)分与方法の決定
についてであり、
(1)分与対象財産の確定において、裁判所が当事者双方が婚姻中にその協力によって得た財産に当たると認定した財産についても、別途、分与対象財産とするか否かの裁量を有するなどと指摘する見解は見当たらない。
民法上、遺産分割に関しては、遺産の一部分割の規定(907条2項)や遺産の分割禁止の規定(同条3項)が設けられているが、
財産分与に関しては、一部先送り判断を許容するようなこれらに類似する規定は設けられていない。
離婚に伴う財産分与の制度は、当事者双方が婚姻中にその協力によって得た財産を清算分配すること等を目的とするものである(最高裁)⇒財産分与については、出来る限り速やかな解決が求められるものというべき。
現行の人訴法32条1項は、家庭裁判所が審判を行うべき事項とされている財産分与につき、手続の経済と当事者便宜とを考慮して、離婚請求に附帯して申し立てることを認め、両者を同一の訴訟手続内で審理判断し、同時に解決することができるようにしている(最高裁)。
⇒裁判所が一部先送り判断をすることは、同項の趣旨にも添わない。
  当事者双方が、その合意により、一部先送り判断を求めているような場合についてまで、一部先送り判断ができないとしたものではない。
  民事p48
東京高裁R4.3.22  
  過失がなければAに遷延性意識障害が残らなかった相当程度の可能性があったのに、Aはこの可能性を侵害された⇒慰謝料認容
  事案 Yが開設している病院(「本件病院」)において、前身麻痺下・・・手術を受けた後、回復不能な遷延性意識障害に陥り、その後、脳死に伴う多臓器不全を直接の原因として死亡したAの父母であるX1及びX2が、
本件病院の医師らには、
(1)Aから麻酔薬等の影響がなくなっているかどうかを十分に確認すべき義務があったのにAから気管チューブを抜管した過失、
(2)前記抜管後にAが呼吸抑制の状態になったことに対し、その原因を究明し、原因に応じた処置をすべき義務があったのに、これを怠った過失、
(3)その後、呼吸維持のために視野を確保できないまま気管挿管が試みられたところ、本件再挿管時に正しく気管挿管がされているかどうかを十分に確認すべき義務があったのに、これを怠り、期間チューブが食道に入った食道挿管の状態となっているのに気管挿管がされていると判断した過失があり、
これらの過失の結果、Aが遷延性意識障害に陥った
⇒Yに対し、それぞれ5787万9912円及び遅延損害金の支払を求めた事案。 
  原審 いずれの過失も否定 
    控訴審において、Xらは、
(4)本件再挿管は盲目的にされたものであるところ、本件医師らには、本件再挿管後にAの血中酸素飽和度が上昇しなかったことから、食道挿管を疑い、本件再挿管が正しくされているかどうかを直ちに確認すべき義務があったのに、これを怠り、気管挿管がされていることを前提とした措置を継続した過失があり、この過失の結果、Aは遷延性意識障害に陥った旨の主張を追加するとともに、
予備的請求として、仮に前記(4)の過失とAの遷延性意識障害の間に相当因果関係の存在が認められないとしても、前記(4)の過失がなければAに遷延性意識障害が残らなかった相当程度の可能性があったのに、Aはこの可能性を侵害された
⇒前記と同額の損害賠償を求める訴えを追加。
  判断 (1)~(3)の過失は認められないが、(4)について認める。 
本件再挿管後の確認義務違反は認められるところ、本件再挿管後の確認義務違反とAに遷延性意識障害が残ったこととの因果関係の存在が証明されているとはいえないものの、本件医師らに本件再挿管後の確認義務違反がなければ、Aに遷延性意識障害が残らなかった相当程度の可能性があったものと認められる。
本件医師らの本件再挿管後の確認義務違反によりAの前記相当程度の可能性が侵害された⇒Xらに対しそれぞれ300万円の慰謝料を支払うよう命じた。
  解説 気管挿管すべきところ食道挿管をし、遷延性意識障害を発生させたという事案において、控訴審で追加した予備的請求の一部が認容された。
過失と結果との間の相当因果関係が証明されていない場合でも、相当程度の可能性がある場合には損害賠償を認めている。
  民事p73
大阪高裁R2.12.8  
   
  事案 子らの母であるXが、父であるYに対し、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律に基づき、子らを常居所地国であるフランス共和国に返還することを求めた事案。
  争点 実施法27条の返還事由があることには争いがなく、返還拒否事由の有無
(1)監護権の不行使(実施法28条1項2号)
(2)留置に対する承諾の有無(同項3号)
(3)重大な危険の有無(同項4号)
(4)子の異議の有無(同項5号)
  規定  第二八条(子の返還拒否事由等)
 裁判所は、前条の規定にかかわらず、次の各号に掲げる事由のいずれかがあると認めるときは、子の返還を命じてはならない。ただし、第一号から第三号まで又は第五号に掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して常居所地国に子を返還することが子の利益に資すると認めるときは、子の返還を命ずることができる。
一 子の返還の申立てが当該連れ去りの時又は当該留置の開始の時から一年を経過した後にされたものであり、かつ、子が新たな環境に適応していること。
二 申立人が当該連れ去りの時又は当該留置の開始の時に子に対して現実に監護の権利を行使していなかったこと(当該連れ去り又は留置がなければ申立人が子に対して現実に監護の権利を行使していたと認められる場合を除く。)。
三 申立人が当該連れ去りの前若しくは当該留置の開始の前にこれに同意し、又は当該連れ去りの後若しくは当該留置の開始の後にこれを承諾したこと。
四 常居所地国に子を返還することによって、子の心身に害悪を及ぼすことその他子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があること。
五 子の年齢及び発達の程度に照らして子の意見を考慮することが適当である場合において、子が常居所地国に返還されることを拒んでいること。
六 常居所地国に子を返還することが日本国における人権及び基本的自由の保護に関する基本原則により認められないものであること。
  原決定 (1)~(3)について、Yの主張を認めず。 
(4)についても、
子の異議の有無については、その異議の内容、性質、強度を吟味し、子が自らの意思により中長期的な視点に立ち強固に返還を拒んでいると認められて初めて返還拒否事由に該当すると解するのが相当。
家庭裁判所調査官による子らの意向調査の結果を踏まえ、否定。
  判断 (1)~(3)について原決定を維持。
(4)について、実施法28条1項5ごうの返還拒否事由に該当する子の異議の有無について
子の異議の内容、性質及び強度等とともに、子がそのような異議を述べるに至った背景事情等も検討した上、子が、常居所地国に返還されることについて、様々な要素を熟慮して異議を述べたものか否かを判断することが必要である。
Yが、子らのフランスへの帰国予定日の前日に、子らに対し、日本にとどまるかフランスに戻るかを迫り、その際、Fが日本に残りたい意向を有していることを前提として、子らに対し、Fと子らが3人とも一緒(3人セット)でなければフランスには帰国させない旨を告げたことから、事実上、子らに対し、日本に残ること以外の選択肢を与えなかった。
(1)その後も子らが継続してYの監護下にあることなども併せて考慮すれば、Yの強い影響下において異議を述べているものといえる
(2)子Dが、現在の日本での生活状況と今後のフランスでの生活状況について、具体的なメリット・デメリットなどを比較検討した様子がうかがわれない
⇒子らについて実施法28条1項5号所定の異議があるとは評価できない。
  刑事p81
最高裁R3.6.28  
  前訴の確定判決による一事不再理効の範囲
  事案  被告人が、平成30年11月6日から翌年3月6日までの間に行った住居侵入、窃盗等5件につき常習特殊窃盗罪に問われた事案。
平成30年2月に行った住居侵入、窃盗で同年5月に起訴され、同年7月に有罪の1審判決、・・平成31年3月21日に確定。
前訴事件は、仮に前訴の手続がなく、常習性が認められれば、後訴事件とともに常習特殊窃盗一罪を構成し得る関係にあった。
  1審 訴因変更後の公訴事実どおり認定し、懲役4年。 
    主張:前訴事件と控訴事件とが実体的に常習特殊窃盗一罪を構成し、前訴の一事不再理効が後訴事件に及ぶ⇒本訴は免訴とすべき。
  原審 本件常習特殊窃盗が、前訴事件と実体的には一罪の関係にあるとしても、後訴事件がいずれも前訴の第1審判決よりも後に行われている⇒検察官が前訴の第1審判決までに訴因変更を請求して同時審判を求めることは不可能であった。
(1)事実審査の基準時が第1審判決時
(2)前訴の控訴審で訴因変更が許されても、その審理判断は浮動的で後訴の手続の安定性、迅速性を害する
(3)前訴で検察官の後訴がないときは不利益変更禁止の原則により訴因変更によっても適正な量刑を図れない

検察官に対し、前訴の控訴審以降の手続の中で訴因変更請求を義務付けることもできず、前訴の一事不再理効は本件常習特殊窃盗には及ばない。
  判断 被告人の上告を棄却。
  規定  第三三七条[免訴の判決]
 左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。
一 確定判決を経たとき。
  解説    ある事件につき、有罪判決、無罪判決等の確定判決があるときには、同じ事件での再訴は許されず、免訴となる。

再訴を禁じる効力=一事不再理効
一事不再理効は、確定判決を経た訴因と公訴事実の同一性(刑訴法312条1項)のある範囲内にある事実につき及ぶ。
公訴事実の同一性:「公訴事実の単一性」及び「狭義の公訴事実の同一性」を包含する概念。
公訴事実の単一性は、実体法上の罪数論により判断。
科刑上一罪、常習一罪、包括一罪等⇒一罪として処罰され、公訴事実は単一とされ、前訴の訴因と後訴の訴因がこのような関係にあるときには一事不再理効が及ぶ。
公訴事実と一罪と評価し得る余罪が訴訟の前後にわたって行われた場合に、一事不再理効がどの時点に行われた余罪にまで及ぶかというのが、一事不再理効の時間的範囲ないし時的限界と言われる問題。
  最高裁:
常習累犯窃盗の一罪として起訴された数個の窃盗の犯行の中間に同種態様の犯行による窃盗罪の確定判決が存在し、起訴事実中その確定判決前の窃盗の犯行(甲)はその確定判決に係る窃盗の犯行(乙)とともに常習累犯窃盗の一罪を構成すべきものと認められる場合、甲については既に確定判決を経たものとして免訴とすべき旨を判示し、その余の窃盗行為(丙)について常習累犯窃盗罪の成立を認めている。
~ 
甲は前訴の起訴前に行われ、丙はいずれも前訴の確定後に行われたものであって、その間のどの時点まで一事不再理効が及ぶかについては明らかではない。
高裁判例:
前訴の一事不再理効が及ぶ時間的範囲は、前訴の第1審判決時までとしたものがある。
最高裁H15.10.7:
実体的には常習特殊窃盗罪と構成するとみられる窃盗行為が単純窃盗罪として起訴され、確定判決があった後、確定判決前に侵された余罪の窃盗行為(実体的には確定判決を経由した窃盗行為と共に1つの常習特殊窃盗罪を構成するとみられるもの)が、前訴同様に単純窃盗罪として起訴された場合には、前訴及び後訴の各訴因のみを基準としてこれを比較対照して公訴事実の単一性を判断し、前訴の確定判決による一事不再理効は、後訴に及ばないとしている。
傍論として、
前訴の訴因が常習窃盗罪であり、後訴の訴因が余罪の単純窃盗罪である場合や、その逆の場合には、両訴因の単純窃盗罪と常習窃盗罪が実体的には常習窃盗罪の一部ではないかと強くうかがわれる⇒訴因自体において一方の単純窃盗罪が他方の常習窃盗罪と実体的に一罪を構成するかどうかにつき検討すべき契機が存在する場合であるとして、単純窃盗罪が常習性の発露として行われたか否かについて付随的に心証形成をし、両訴因間の公訴事実の単一性の有無を判断すべき。
学説:
前訴の一事不再理効が及ぶ時間的範囲:
A:起訴時説
B:弁論終結時説
◎C:第1審判決時説
◎D:破棄自判時説(原則として前訴の第1審判決時、例外的に控訴審の破棄自判時まで)
E:確定時説
CないしDが通説。
  本決定:
前訴で住居侵入、窃盗の訴因につき有罪の第1審判決が確定した場合において、
後訴の訴因である常習特殊窃盗を構成する住居侵入、窃盗の各行為が前訴の第1審判決後にされたものであるときは、前訴の訴因が常習性の発露として行われたか否かについて検討するまでもなく、前訴の確定判決による一事不再理効は、後訴に及ばず、本件について刑訴法337条1号により判決で免訴の言渡しをしなかった第1審判決に誤りはないとした原判決の結論は正当として是認できる。 

前訴の確定前に実行された後訴事件に前訴の一時不再理効が及ばないとしている⇒確定時説をとっていない。
「前訴の第1審判決後にされたものであるとき」⇒起訴時説や弁論終結時説を採るものでもない。
本決定:前訴の訴因が常習性の発露として行われたか否かについての検討を不要。
but
本件の前訴の訴因が単純窃盗で、後訴の訴因が常習特殊窃盗
⇒平成15年最判によれば常習性の発露として行われたか否かについての付随的な心証形成が必要とされる事案にあたりそう。
but
本件のように時間的範囲の問題として前訴の一事不再理効が及ばないという場合に、常習性の発露の問題に踏み込む必要がないことを示したもの。
本決定:「原判決の結論は正当として是認できる」
原判決:検察官が前訴の控訴審以降の手続で訴因変更請求義務を負うか否かを判断
but
一事不再理効の及ぶ範囲は、検察官が同時訴追義務を負う範囲とは必ずしも一致せず、検察官に発覚していなかった事実や、告訴のなかった親告罪等、同時訴追義務が観念できない事実にも一事不再理効は及び得る。
  刑事p83
東京高裁R4.6.22   
   
  事案 殺人予備、殺人未遂及び傷害の事案 
  捜査段階での精神鑑定:
被告人は、以前より統合失調症にり患しており、その精神症状の影響により死刑制度は許せないとの考え(自生思考。被告人が発生機序を説明できない思考)が形成。

統合失調症への本件各犯行への影響の程度が争われた。 
  原審 鑑定医の証言は基本的に信用できる
but
同証言を踏まえ、死刑制度は許せないとの動機は、統合失調症の自生思考により生じたと「みられるが、国民も許せないとの動機は、死刑制度は許せないとの動機から論理的な思考を経て形成されたものといえる⇒自生思考によるものではなく、統合失調症の精神症状による影響を直接受けたものではない。
死刑制度反対の意見そのものは、特に珍しいわけでもない思想ないし価値観ともみられ、それ自体了解可能であって、そのような意見を抱くことによって責任能力が減弱することにはつながらず、大量殺害の考えはインターネットの外部的情報に影響を受けた結果。
⇒犯行の動機及びその形成過程への統合失調症の影響は一定程度にとどまると評価すべき。
犯行の計画や準備の状況、犯行直前の状況、違法性の認識等を併せて検討

被告人は統合失調症の精神症状の影響を相応に受けた状態で本件各犯行に及んだと認められるが、法的評価としては、その影響の程度は一定程度にとどまる

本件各犯行時に完全責任能力を有していた。
  判断 一審判決は、鑑定医の意見に依拠して、精神障害の犯行への影響を認定しつつ、法的評価としては、その影響は一定程度にとどまるとして、被告人が本件各犯行当時に完全責任能力を有していたと認定したものであり、鑑定結果を合理的理由なく尊重していないとの批判は当たらない。
弁護人の主張は、結局のところ、責任能力の有無・程度という法律判断との関係で裁判所が行う規範的な認定・評価に対して批判を加えるにすぎないものと解される。
  解説 責任能力の判断枠組み:
最高裁(H20.4.25):
被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断⇒専ら裁判所にゆだねられるべき問題。
その前提となる生物学的、心理学的要素についても、前記法律判断との関係で究極的には裁判所の評価にゆだねられるべき問題。
but
生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については、その診断が臨床精神医学の本分⇒専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、その意見を十分に尊重して決定すべき。 
鑑定医:
死刑制度反対の考えが統合失調症の「精神症状である自生思考により生じたとみられる旨説明
「犯行の合目的性や計画性はあくまで大部分が統合失調症の症状から形成された犯行動機と計画の上に成立している」
「約1年もの長時間をかけて準備をした火炎放射器による作戦を事件直前にあっさり放棄したことや、何が何でも平成30年中に計画を実行しなければならないと考えたことは、統合失調症の症状が色濃く影響を与えた」などの証言

統合失調症症が犯行全体にかなり大きな影響を与えたと評価していた。
but
一審判決における統合失調症の犯行への影響の程度についての評価は、こうした鑑定医による評価とは一致しておらず、責任能力の判断において尊重すべき精神科医の意見はどの部分であるのかが正面から問われた。
平成20年最判の調査官解説:
鑑定人の専門領域として、その意見を十分に尊重すべきであるのは、
(1)生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度に関する診断及びその報告の部分であり、
(2)当該鑑定人が、これを踏まえて、心理学的要素である弁識能力及び制御能力の有無・程度に関し、判断・報告する部分は、そのすべてが臨床精神医学の本分といえるような専門家の意見を意味するものではない。
but
(1)のように精神障害が心理学的要素に与えた影響の有無・程度という形をとっていても、それが精神医学の専門性に基づいた(尊重すべき)意見といえるかどうかが問題となることが少なくない。
2567
  行政p5
大阪地裁R4.3.24  
  審判の要請に関わらず鑑定の信用性を再検討せず一時保護継続⇒違法、拒絶後の指導による面会制限⇒違法 とされた事例
  事案  児童相談所長が児福法33条に基づき原告の子(生後約1か月半)を一時保護⇒
(1)一時保護の開始
(2)一時保護の継続
(3)一時保護期間中の原告と本件児童との面会制限が違法
⇒国賠法1条1項に基づき、当該児童相談所(本件センター)を設置する被告(大阪府)に対し、慰謝料500万円及び遅延損害金の支払を求めた。 
  本件センター:本件児童の受傷原因等について、医師に鑑定を嘱託し、同医師から「虐待の可能性が考えられる」旨の鑑定書を取得。
大阪家裁:引き続いての一時保護を承認する旨の審判(本件審判)をするに当たり、その理由は、本件鑑定書の内容の信用性の再検討等を行うことが相当であり、本件鑑定書の内容の信用性の検討及び家庭引取りに向けた準備等の期間として、引き続いての一時保護を承認する。
but
本件センター所長は、本件鑑定書の内容の信用性の検討を行うことはなく、引き続いての一時保護の2か月の期間満了前に、児福法28条1項1号に基づき、本件児童を乳児院に入所させるとの承認の申立て。その後、一時保護を解除するまで、約8か月継続。
  判断  ●一時保護開始の違法性
搬送先の病院が1回の落下により頭部に2か所の骨折が生じるのは不自然であるなどとして本件センターに通告
⇒一時保護を開始したことは不合理であるということはできず、国賠法1条1項の適用上違法とはいえない。
  ●一時保護の継続の違法 
(1)本件センターが、本件審判の指摘にもかかわらず、本件鑑定書の内容の信用性を再検討しなかったことは、一時保護の不相当な長期化を防止するために引き続いての一時保護が児童の親権者等の居に反する場合には家庭裁判所の承認を得なければならないこととした児福法33条5項本文の趣旨に反するであるところ、本件センターが本件鑑定書の信用性を再検討しなかった理由は、いずれも再検討をしないことを正当化するものではない⇒不合理。
(2)本件センター所長が、本件審判後も、一時保護を継続した理由は、いずれも不合理。
(3)本件センターが、本件審判の指導に従い、他の医師に鑑定や意見を求めて、本件鑑定書の内容の信用性について再検討していれば、原告が供述する事故態様と本件児童の受傷状況が必ずしも矛盾しないことが明らかになっていた蓋然性が高く、ひいては、一時保護を継続する必要性はないことを認識することができたといえる。
(4)本件センター所長は遅くとも本件審判日の1か月後には一時保護を解除することができというべき。

本件審判日の1か月後の日以降の一時保護の継続は、国賠法1条1項の適用上違法。
  ●面会制限の違法 
(1)原告と本件センター職員との面会において、同席した原告の代理人弁護士が、原告と本件児童との面会を求める旨を要望し、その後も、原告が本件センターの職員に対して一時保護に同意できない意思を明確に表明
(2)本件児童の一時保護の委託先の名称・住所等が開示されていなかった原告としては、本件センターの職員から本件児童との面会の要望をことわられると、それ以上に採りうる手段はなかった。

面会制限は、遅くとも、前記の原告と本件センターの職員との面会の時点で事実上の強制により実現されるに至った。

前記時点から原告が本件児童の予防接種に同行する形で面会した日までの面会制限は、国賠法1条1項の適用上違法。
  解説 ●  ●一時保護の開始の違法性 
児福法33条1項、2項が定める一時保護の開始の要件である「必要があると認めるとき」

児童の福祉の観点から必要があるときをいい
その文言、専門技術的な判断の必要性等

一時保護を開始することについて児童相談所長の合理的な裁量に委ねられている(裁判例)。
but
一時保護は、一時保護される児童の自由を制限するとともに、親権者等の権限をも制限する行為⇒「必要があるとき」の解釈を無限定に広げるべきではないとの指摘。 
  ●一時保護の継続の違法性 
一時保護は継続的な事実行為であり、判断権者である児童相談所長等は、一時保護の要件を満たしているかについて一時保護継続中も常に判断が求められ、一時保護の要件を満たしていないと判断した場合にはいつでも直ちに一時保護を解除しなければならない(コンメ396)。
裁判例:
一時保護を継続することについても、一時保護の開始と同様に、児童相談所長の合理的な裁量に委ねられていると解される。
but
一時保護を解除すべきであると判断すべき基礎となる事実が存在し、かつ、児童相談所長が当該事実を認識することができたと認められる場合には、一時保護の継続が国賠法1条1項の適用上違法となる。
  ●面会制限の違法性 
一時保護された児童と保護者との面会制限:
児童虐待防止法12条に基づく行政処分としてされるのみならず、
児福法13条3項に基づく児童相談所長の命を受けた児童福祉士による行政指導として行われることもある。
本判決:
行手法32条1項が定める行政指導の一般原則等⇒行政指導としての面会制限が保護者への事実上の強制によって実現した場合には国賠法1条1項の適用上違法。
本件の事実関係の下においては、遅くとも、原告が本件センターの職員に本件児童との面会を求める意思を明確に表明した時点において、原告と本件児童との面会制限は事実上の強制により実現されるにいたっていた。
⇒国賠法上違法。
行政指導の違法性についての文献。
  民事p34
最高裁R5.1.30  
  総務省令の遡及適用(施行前の侵害情報の開示請求への適用)の可否(適用肯定)
  事案 令和2年8月31日より前にインターネット上の電子掲示板になされた記事の投稿によって自己の権利を侵害されたとするXが、経由プロバイダであるYに対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(プロバイダ責任制限法)4条1項に基づき、発信者情報として発信者の電話番号等の開示を請求。
  解説 法4条1項:
特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者(「開示請求者」)は、所定の要件に該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対し、その保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるもの)の開示を請求することができる。

開示請求者が、情報の発信者の表現の自由、プライバシー、通信の秘密に配慮した厳格な要件を満たす場合に限り、開示関係役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより、加害者である発信者の特定を可能にして被害者である開示請求者の権利の救済を図ることにある(最高裁)。 
法4条1項が開示すべき発信者情報について総務省令に委任。
←急速な技術の進歩により、被害者の権利行使にとって有益であると認められる発信者の情報の範囲も変動。柔軟な対応が必要となる場合も生じ得る。
改正前:発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称、これらの者の住所等。
vs.
これでは侵害情報の発信者の特定に至らない場合がある

発信者の電話番号を追加(令和2年8月31日、改正省令)。
改正省令その他の法令において、前記施行前にされた侵害情報の開示の請求について改正後省令の規定の適用を排除し、改正前省令の定めるところによる旨の経過措置等の規定は置かれていなかった。
  原審 遡及適用を否定⇒Xによる発信者の電話番号の開示請求を棄却。 
  判断 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、当該権利の侵害が改正省令の施行前にされたものであったとしても、法4条1項に基づき、当該権利の侵害に係る発信者情報として、前記施行後に発信者の電話番号の開示を請求することができる。 
  解説  法令の改正がある場合における「時に関する適用範囲」
民法は、私法であるから、刑罰という重大な不利益を科す刑法などと異なり、遡及効の認められる可能性がある。その法律が明文で定めていない場合には、法律の解釈として、かなり難問となることがある(星野)。 
判例:法令の改正があって新旧法令の規範内容が異なる場合に経過措置等の規定がないときの法令の解釈適用に関し、法令の改正前に生じた事項について、当該法令の解釈により、新法令の規範内容を制限することなく適用した最高裁判例がある。
  権利の侵害に係る情報の流通の時期にかかわらず、法4条1項に基づく発信者情報の開示請求において適用される規範内容に変わりはない。 
改正省令による改正⇒原則として前記施行後に効力を有するのは改正後省令のみとなり、前記施行後にされた法4条1項に基づく請求について、適用することのできる本件省令の規定は、権利の侵害に係る情報の流通の時期にかかわらず、前記施行後に効力を有する改正後省令のものに限られる。
  民事p41
東京高裁R4.10.13  
  同居したことがない夫婦間の婚姻費用分担請求(肯定)
  事案 XとYは令和2年8月13日、婚姻届出
同年10月12日、Xが同居を拒否⇒同居せず。
Xが、Yに対し、婚姻費用分担金の支払を求めた。
Y:XにはYとの同居又は健全な婚姻生活を送る意思がなく、Yとの同居を拒んでいる⇒Xに対する婚姻費用分担義務を負わない。
  原審 ・・・
XとYとの婚姻は余りに時期尚早の婚姻届けでであって、本件においてXとYとの夫婦共同生活を想定すること自体が現実的ではない。
このような事実関係の下では、XとYとの間で婚姻が成立しているとはいえ、通常の夫婦同居生活開始後の事案のような生活保持義務を認めるべき事情にはないし、Xにおいて婚姻前と同様に自己の生活費を稼ぐことは可能であるから、Yに婚姻費用分担金の支払をさせる具体的な必要は認められない。

婚姻費用の分担義務を否定。
  判断 夫婦は、婚姻関係に基づき互いに協力し扶助する義務を負い(民法752条)、婚姻から生ずる費用を分担する義務を負う(民法760条)ところ、
この義務は、夫婦の他方に自己と問う程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務であり、婚姻という法律関係から生じるものであって、夫婦の同居や協力関係の存在という事実状態から生じるものではない
⇒婚姻関係が既に破綻していると評価されるような事実状態に至っていたとしても、前記法律上の扶助義務が消滅することはないが、
婚姻関係の破綻について専ら又は主として責任がある配偶者が婚姻費用の分担を求めることは信義則違反となり、その責任の程度に応じて、婚姻費用の分担請求が認められない場合や、婚姻費用の分担額が減額される場合がある。
令和2年8月13日の婚姻の届出前後から、XがYとの同居を拒否するようになった同年10月12日までの約2か月間におけるXとYとの交際の様子を認定。

婚姻届出時37歳であったXと41歳であったYは、互いに婚姻の意思をもって婚姻の届出をし、また、婚姻の届出後直ちに同居したわけではないものの、両者の間に婚姻関係の実態がおよそ存在しなかったということはできないし、婚姻関係を形成する意思がなかったということもできない。
仮に、XとYの婚姻関係が現時点では既に破綻していると評価されるような事実状態にあるとしても、その原因が専ら又は主としてXにあると認めるに足りる的確な資料はない。

婚姻費用分担義務を認めた。
  規定 民法 第七五二条(同居、協力及び扶助の義務)
夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
民法 第七六〇条(婚姻費用の分担)
夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。
  解説 婚姻費用分担義務については、
夫婦の他方に自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務であって、ひとたび法的な婚姻関係に入ると、それが法的に継続している限り、法律上の義務として民法760条の義務が生じるのであって、別居していようが破綻していようが生じる(通説・判例)。
例外的に、婚姻関係の破綻について専ら又は主として責任がある配偶者が婚姻費用の分担を求めることは信義則違反となり、その責任の程度に応じて、婚姻費用の分担額が減額される場合があるとされているにすぎない。
  民事p45
東京高裁R4.3.23  
  故意による招致事故とされた事例
  事案 Zが運転しXが助手席に同乗していた車両(X車両)に、Y1(タクシー会社)が保有しY2が運転する車両(Y車両)が追突⇒X及びZ(独立当事者参加人)が、Y1に対しては自賠法3条に基づき、Y2に対して民法709条に基づき、それぞれ損害賠償を請求。
  原審 本件事故はZが故意に招致したものであり、Y2に過失はなかった⇒X及びZの請求をいずれも棄却。
  判断  原判決を引用し、控訴を棄却。 
  (1)片側2車線の道路のうちX車両が第1車線(左側)、Y車両が第2車線(右側)をそれぞれ走行⇒前方で停車中のバスを避けるため第1車線から第2車線に強引に進路変更してY車両の前に入ったX車両が、その後、X車両の後ろで第2車線から第1車線に進路変更しようとしたY車両の進路をふさぐ形で左にハンドルを切った上で、合理的理由もなく大きく減速してほぼ停止
(2)X車両が前記減速前にX車両の前車と衝突しそうになった等の事情は認められない
⇒Zの運転は、故意による事故招致を強く疑わせる事情。
視力や他の症状の悪化の経過が不自然。
X及びZは、いずれも本件事故により視力が大きく悪化したとしながら、運転免許の更新に際しては、眼鏡等をかけることなく、裸眼で免許の行使を得ている。
⇒X及びZが主張する視力低下は詐病であることが強く疑われる。
XとZは、本件交通事故前から一緒に、又は個別に、交通事故等に遭ったとして、それぞれ保険金請求を複数回行っており、これもまた、本件事故の偶然性を否定するとともに、XとZが共謀していることを窺わせる事情。

本件事故は故意による招致事故であるとして、Xによる損害賠償請求権を棄却した原判決を維持。
  Y車両には構造上の欠陥や機能の障害はなかった
⇒Y1には自賠法3条ただし書により運行供用者としての責任はない。 
  解説 事故の偶発性が争点となった裁判例においては、
(1)事故の客観的状況
(2)当事者の動機
(3)当事者の事後前後の言動等
(4)保険契約に関する事情
の4項目を検討することで、事故が偶発性を有するか(故意に招致されたものではないか)を判断するものが多い。 
民訴法 第四七条(独立当事者参加)
 訴訟の結果によって権利が害されることを主張する第三者又は訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者は、その訴訟の当事者の双方又は一方を相手方として、当事者としてその訴訟に参加することができる。
Z(運転者)は、原審において、Yらの訴訟告知に応じてXが提起した損害賠償請求訴訟に独立当事者参加の申出をし、原審裁判所はこれを認めた。
but
Zは、民訴法47条1項所定の
「訴訟の結果によって権利が害されることを主張する第三者」又は
「訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であること主張する第三者」
のいずれにも該当しない。
⇒原審は前記申出を却下すべきであった。
but
Zによる前記申出は、それ自体が適法な訴えであると解することが可能
⇒Xの請求と単純併合して審理されたものと解された。
Zは、請求棄却判決に対して控訴しなかった⇒ZとYらとの関係においては原判決が確定。
  民事p59
京都地裁R4.4.21  
  琉球民族の遺骨の返還請求権が問題となった事案
  事案 琉球民族であるとするXらが、国立大学法人Y大学に対し、Y大学が占有保管している沖縄県に所在する琉球王朝の王族等を祀る墳墓から持ち去られた遺骨の返還を求めるとともに、Y大学がXらに本件遺骨を返還しないこと等がXらに対する不法行為に当たるとして、不法行為に基づく損害賠償として、Xらそれぞれにつき慰謝料10万円の支払を求めた。 
  主張 (1)憲法13条及び20条並びに国際人権法の定め(人権B規約(自由権規約)27条)を根拠とする少数民族の文化享有権に基づく本件遺骨の返還請求権を有する。
(2)所有権に基づく本件遺骨の返還請求権を有する
⇒Y大学に対し、本件遺骨の返還を求める。
(3)Y大学が本件遺骨を占有保管しXらに返還しないことや、研究者であるX3からの本件遺骨の実見の申出に誠実に対応しないことや、研究者であるX3からの本件遺骨の実見の申出に誠実に対応しなかったこと等につき、不法行為を構成⇒損害賠償請求。
(2)について、琉球の慣習からすれば、百按司墓について「祖先の際しを主宰すべき者」(民法897条1項)は、特定の戸主等の個人ではなく、広く百按司墓に祀られている北山時代及び第1尚氏時代の遺族及びその一族の末裔ら全員となり、祖先らに対する畏敬・追慕の念をもって祭祀を行う者(Xら全員)はいずれも「祖先の祭祀を主宰すべき者」に当たる。
  規定 自由権規約 第二条[人権実現の義務]
1この規約の各締約国は、その領域内にあり、かつ、その管轄の下にあるすべての個人に対し、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしにこの規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。
2この規約の各締約国は、立法措置その他の措置がまだとられていない場合には、この規約において認められる権利を実現するために必要な立法措置その他の措置をとるため、自国の憲法上の手続及びこの規約の規定に従つて必要な行動をとることを約束する。
3この規約の各締約国は、次のことを約束する。
(a)この規約において認められる権利又は自由を侵害された者が、公的資格で行動する者によりその侵害が行われた場合にも、効果的な救済措置を受けることを確保すること。
(b)救済措置を求める者の権利が権限のある司法上、行政上若しくは立法上の機関又は国の法制で定める他の権限のある機関によつて決定されることを確保すること及び司法上の救済措置の可能性を発展させること。
(c)救済措置が与えられる場合に権限のある機関によつて執行されることを確保すること。
自由権規約 第二七条[少数民族の権利]
種族的、宗教的又は言語的少数民族が存在する国において、当該少数民族に属する者は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない。
  判断   ●(1)について 
自由権規約は、締約国が、同規約において認められる権利を実現するために必要な立法措置その他の措置をとるため、必要な行動を約束する旨を定めるにとどまり(同規約2条)、締約国における個々の国民がその権利を確保するための具体的な手続・手段を規定するものではない

同規約27条が「種族的、宗教的又は言語的少数民族が存在する国において、当該少数民族に属する者は、その集団の他の構成員とともに自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利を否定されない。」と規定する趣旨は、締約国において、少数民族の有する自己の宗教を信仰しかつ実践する権利を否定してはならないことを確認し、締約国がこの権利の実現に向けて政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣言したものにとどまり、少数民族に属する者に当該民族の遺骨の返還を請求する具体的権利を付与すべきことを直接に定めたものとは解されないし、憲法13条及び20条が、自由権規約27条を具現化することにより、Xらに遺骨の変化を請求する権利ないし法的地位を直接に付与していると解することもできない。

Xらが、国際人権法又は憲法に本づき本件遺骨の返還請求権を有するとはいえない。
  ●  ●(2)について 
遺骨が墳墓から持ち出されたことをにより祭祀財産である墳墓と独立して扱われるべきであるとしても、祭祀財産に準じて、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべきものに帰属すると解するのが相当
(最高裁)
  遺骨の帰属関係は、その性質上、明確に定められるべきものであって、遺骨に関する権利は、埋葬管理・祭祀供養の範囲においてのみ認められるなどの制約を受けるとしても、その制約の範囲内では排他的にこれを行使し得るものと解される。

特定の複数人が共同で遺骨を承継する場合があり得ることは別として、不特定多数の追慕者全員に遺骨が帰属し、追慕者であれば何人でも遺骨の返還請求権を行使することができるなどと解することはできず、追慕者全員が祭祀主宰者として本件遺骨の所有権を取得するということもできない。
  ・・・・X1及びX2が慣習に従って「祖先の祭祀を主宰すべき者」に当たると認めることはできず、X1及びX2が祭祀主催者として本件遺骨の所有権を取得するということはできない。
  ●  (3)について、Xらに対する関係で不法行為を構成しない。 
   
  民事p68
東京地裁R3.9.8  
   改正前の詐害行為取消権の解釈が問題となった事例
  事案 Aに対し租税債権を有するX(国)が、AとYらとの間のA所有土地・建物に関する根抵当権設定契約の締結について、詐害行為に該当⇒税通法42条及び民法(改正前)424条による詐害行為取消権に基づき、Yらそれぞれに対して、本件各根抵当権設定契約の取消し及び根抵当権設定登記等の抹消登記手続を求めた事案。 
  経緯 A:会社
Y:銀行 
Aは、金製品を免税対象商品として販売する事業(金事業)の開始に伴い、B税務署長から、仕入時に負担した消費税等の控除不足額の還付を受けていた(消費税法52条、地税法附則9条の7)。
AとYらは、借入人をA、エージェントをY1、貸付人をYらとし、
貸付金の使途を金事業の運転資金として、Aの個別の申込みに基づきYらが貸付極度額の範囲内で貸付義務を負う旨のコミットメントライン契約(「旧契約」)を締結。
B税務署長は、Aについて課税庁さを開始⇒Aが消費税等の還付申告を行うたびにその還付を保留。
AとYは、旧契約のコミットメント期限到来に伴い、新たなコミットメントライン契約(新契約)を締結。
前記期限到来時点におけるAに対する毎月の融資実行額が貸付極度限度額に達していた⇒新契約締結後の借換新貸付の実績は、旧融資の返済期の繰り延べとなっていた。
新契約においては、旧契約同様、Yらのために還付金請求権に譲渡担保権を設定するものとされたほか、新たに、本件各不動産の根抵当権を設定すべき場合に関する特則及びYらの貸付義務が呈すする場合に関する特則が設けられた。
B税務署長:平成29年6月30日:Aに対し、金事業の売上は免税の対象とならない⇒各課税処分(「本件各課税処分」)を行い、これにより確定したAの納付税額の一部に、還付を保留していた消費税等の還付金請求権を充当(同充当後の納付税額に確定延滞税を加算した金額の租税債権が本件各租税債権)。
・・・・ 
AとYらは、本件各課税処分当日、本件各根抵当権設定契約を締結し、その旨の登記を了し、本件各租税債権は、本件各根抵当権の被担保債権に劣後することとなった(税徴法15条、16条参照)。
本件各不動産は、Aの総資産の半分以上を占める価値を有し、本件各根抵当権の設定契約が了された時点で、既に第1,第2順位の根抵当権が設定されていたが、なお担保価値を有していた。
Aは、本件各根抵当権設定契約締結当時、債務超過の状態にあった。
X:本件訴訟において、Aは、自社が無資力であり、総債権者への弁済ができなくなることを認識しながら、本件担保供与条項による根抵当権設定予定日目の本件各租税債権に優先する時期に、あえて、本件各根抵当権設定契約を締結
⇒同締結行為派詐害行為に該当。
  規定 民法 第四二四条の三(特定の債権者に対する担保の供与等の特則)
 債務者がした既存の債務についての担保の供与又は債務の消滅に関する行為について、債権者は、次に掲げる要件のいずれにも該当する場合に限り、詐害行為取消請求をすることができる。
一 その行為が、債務者が支払不能(債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいう。次項第一号において同じ。)の時に行われたものであること。
二 その行為が、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること。
2前項に規定する行為が、債務者の義務に属せず、又はその時期が債務者の義務に属しないものである場合において、次に掲げる要件のいずれにも該当するときは、債権者は、同項の規定にかかわらず、その行為について、詐害行為取消請求をすることができる。
一 その行為が、債務者が支払不能になる前三十日以内に行われたものであること。
二 その行為が、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること。
  判断 詐害行為該当性の判断基準について、債務者がある債権者のために根抵当権を設定することによって、債務者の残余財産では他の債権者に対し十分な弁済を成し得ないことになるときは、他の債権者が従前より不利益な地位におかれ、その利益を害されることになる⇒債務者がこれを知りながらあえて根抵当権を設定することは、詐害行為として取消の対象となると解するのが相当(最高裁)。
Y:破産法上の否認権制度との均衡や改正法による改正後の民法における詐害行為取消請求の立法経緯及び要件等を根拠に、改正前民法424条の解釈においても、改正後民法424条の3を参照すべきであり、債務者による一部債権者に対する担保供与行為は、債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われた場合に初めて詐害行為該当性が肯定されるべき。
vs.
(1)本件各根抵当権設定契約の締結は、改正後民法424条の3の規定の施行日(令和2年4月1日)前に行われた行為であり、改正法附則19条を踏まえると、本件各根抵当権設定契約の締結について、直ちに改正後民法の規定を参照すべきものということはできない。
(2)担保提供行為は債務者の義務ではない以上、これを弁済と同視することもできない
⇒債務者と受益者との間の通謀や害意まで必要とされると解することはできない。
事実経緯

Aは詐害行為該当性判断の基準時である平成29年6月30日時点までに、本件各課税処分により自社が無資力の状態に陥る可能性を具体的に認識していた。
本件各不動産が債権者にとって重要な引当資産であり、残余の資産では他の債権者に対して十分な弁済ができなくなることを認識しながら本件各根抵当権設定契約を締結。

同締結行為は詐害行為に該当。
  民事p85
水戸家裁R4.7.13  
  市が特別縁故者と認められた事例
  事案 地方公共団体(市)である申立人が、相続財産である土地の利用について被相続人 と特別の縁故があった⇒民法958条の3(現行法958条の2)に基づき、申立人への相続財産の分与を申立てた。
  判断 ・・被相続人は亡母の意向を受け継ぎ、本件各土地を長年にわたり地元の公共財産として公共の用に供し、将来的にもその状態が維持されることを望んでいたと認められる。

申立人は、本件各土地の維持・管理を通じて、生前、被相続人と密接な交流があり、本件各土地を申立人に分与することが被相続人の意思にも合致する
⇒「その他被相続人と特別の縁故があった者」(958条の3第1項)に当たる。
  規定 民法 第九五八条の三(特別縁故者に対する相続財産の分与)
 前条の場合において、相当と認めるときは、家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。
  解説 地方公共団体が特別縁故者となることが問題となった裁判例。 
「その他被相続人と特別の縁故があった者」として特別縁故者に該当するかについては、
民法958条の3第1項が挙げる2つの場合(被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養監護に務めた者)に準ずる程度に被相続人との間に具体的かつ現実的な精神的・物質的に密接な交渉があった者で、相続財産をその者に分与することが被相続人の意思に合致するであろうとみられる程度に特別の関係があった者といえることを要する(大阪高裁)。
地方公共団体が特別縁故者に当たるかどうかについても、当該地方公共団体と被相続人との生前の関係の密接性及び当該地方公共団体への相続財産分与が被相続人の意思に合致するかどうかという観点から慎重に検討した上で決すべきもの。
本審判:
分与対象財産たる土地が長年にわたって亡母およびその意思を引き継いだ被相続人によって市の公共の用に供されてきたという特別の事情を考慮して、被相続人と市との密接な関係及び被相続人の分与意思を肯定し、当該土地の当該地方公共団体への分与を認めたもの。
  刑事p87
東京高裁R4.11.18  
   美人局の手法での恐喝⇒第1種少年院の事案
  事案 少年が、共犯少年らと共謀の上、いわゆる美人局の手法により、被害者から現金等合計64万円余りを脅し取ったという恐喝の事案。
  原決定 (1)少年の問題性は、長期間にわたって形成されたもので、その改善は容易ではない
(2)少年が両親の監護下から逸脱して再非行に及ぶ可能性は高い

試験観察を含む社会内処遇によって改善更生を図ることは困難であり、少年を第1種少年院に送致。
  原審付添人:
処分の著しい不当を理由に抗告。
原審は、少年を直ちに少年院に送致するのではなく、試験観察に付して社会内処遇の可能性を検討すべき。 
  判断 ・・・もとより、少年の特性、年齢、保護環境や処遇の実効性等を考慮して実施の当否が検討されるべき試験観察(中間処分)を経なかったことが、上記結論を左右するともいえない。
⇒抗告を棄却。 
  解説  試験観察:
少年に対する終局処分を一定期間留保して行われる中間処分。
機能:
それ以前に行われた調査をさらに補強・修正し、要保護性についての専門的判断を一層的確にするための調査機能と
いわゆるプロベーション(施設収容の猶予)としての教育的処遇機能
少年を社会内に置きつつ、その行動等を継続的に観察することができる⇒社会内処遇による厚生可能性を見極めるうえで有用であり、実務上は、保護処分歴がないか乏しい少年について、施設収容は検討される場合に実施されることが多い。
but
試験観察は、終局処分を決する上で必要がある中間処分。

少年の問題性の根深さや保護観察等の調査結果に照らして、再非行防止のためには施設内での指導が不可欠と判断される場合には、少年に保護処分歴がない場合であっても、試験観察を実施するまでもなく施設送致決定をすることになる。
・・・少年が試験観察中に保護環境から離脱することが容易に予想される場合などには、試験観察の実施は困難。
(1)以上のような試験観察の性質
(2)少年法は、実体的判断のみならず手続面においても家裁の広汎な裁量を認めており、判断資料の収集・処遇決定の時期は家裁の合理的な裁量に委ねられている

試験観察を実施するか否かは、基本的には家裁の合理的な裁量に委ねられている。
家裁が終局処分を決定するに当たって試験観察を経なかったことが、処分の著しい不当、すなわち、保護処分の選択・決定に際して家裁に与えられた裁量の範囲を著しく逸脱したものと判断される場合は、相当に限定される。
  原決定を取り消すに当たり、差戻し後に試験観察を行うことを選択肢として示唆する抗告審の決定例の問題点・・・。
  刑事p90
那覇地裁R4.2.24
  実子2名を殺害した事案で心神喪失の合理的疑いが残るとして無罪となった事案
  事案 女性が、実子2名をベルトや洗濯ロープで絞殺した事案。
  争点 被告人の責任能力 
  主張 弁護人:被告人に自閉スペクトラム症特性及び抑うつ障害⇒これらの影響により、被告の行動制御能力が失われていた(心神喪失) 
検察官:被告人の行動制御能力が著しく減退していたにとどまる(心神耗弱)
  判断 ・・・
抑うつ障害により、子らと無理心中をするという病的な衝動性が亢進していた旨などをいう捜査段階で被告人の精神鑑定を行った医師(鑑定医)の証言は、同医師が前提とする事実関係を基にする限りにおいて、十分に信用でき、これを尊重。 
心神耗弱にとどまる旨の検察官の主張を子細に検討し、心神喪失の疑いが残る⇒無罪。
  解説 責任能力について、
心神喪失:精神の障害により事物の理非善悪を弁識する能力(是非弁識能力)がなく又はこの弁識に従って行動する能力(行動制御能力)がない状態をいい、心神耗弱とは、その能力を欠如する程度に達していていないが、その能力の著しく減退した状態。 
   解説 うつ病症状の影響⇒了解不能な妄想を伴う統合失調症等の事案に比べ、一見すると、環境要因や本人の人格傾向に照らし、(時として同情を誘うほどに)精神的に追い詰められたがゆえの了解可能な動機と写るところにも、判断を難しくするところがある。
  「起訴前鑑定人証言を基礎にして導いた無罪判決」
  時に判断が困難となる、うつ病やうつ状態の影響がうかがわれる家族関の殺人事件について、鑑定医の意見を尊重しながら事実経過を丁寧に分析した1事例。 
2566 袴田事件   
  木谷明(裁判官の視点)                     ◆第1 はじめに 
    ◆第2 事案の概要及び審理の経過 
  ◇    ◇1 事案の概要と捜査の経過 
    ◇2 確定第1審公判の審理経過 
    ◇3 本決定に至る経緯 
  ◆    ◆第3 物的証拠のねつ造について 
    ◇1 本決定における5点の衣類の重要性 
    ◇2 村山決定、大島決定、本決定(大善決定)の理由 
    ◇3 捜査機関による「物的証拠ねつ造」の実例
  ◇    ◇4 捜査機関が物的証拠をねつ造する理由 
    ◇5 巌氏が5点の衣類をみそタンクに埋めたと考えることの不自然性 
      (1)犯行後、多量の血痕が付着した着衣をパジャマに⇒自室で着替え⇒血痕等が発見されるはず
      (2)みそタンクのみそは、いずれ搬出されることが予定される⇒そのことを十分知っていたAがそのような行動をするという想定は不自然。
      (3)事件の3週間後に大量のみそが投入⇒衣類を埋めたとすればそれ以前。
but事件直後から身辺を警戒⇒そのような行動に出ることが困難
      (4)改心して犯行を全面自白するに際し、着衣の点についてだけ「虚偽の供述をする」ことは不自然
      (5)犯行当時、タンクのみそは約30センチまで減少⇒そこに5点の衣類を隠匿したとすれば、事件の4日後の警察の捜索により発見されないはずはなかった。
      (6)白ステテコには大量の血液が付着。but重ねて着用していたズボンには少量の血液。
      (7)確定控訴審での着用実験では、そのズボンを着用できず。
控訴審判決:ズボンが縮んだか、本人が太ったからという説明で合理化。
      (8)ズボンの端布が発見・・・発見過程は不自然で、捜査かのの作為を疑わせる余地。
      個別に考えれば「必ずしもねつ造の徴憑とはいえない」という説明が不可能ではない疑問だとしても、その種疑問がこれだけ多数ある以上、これら全体が、ねつ造を疑わせる有力な徴憑であると考えるべきだった。
  ◇    ◇6 「5点の衣類ねつ造」の主張に対する大島決定の判断 
    ◇7 大善決定の判断方法 
    ◇8 開示証拠とねつ造論との関係
    ◆第4 審理期間の長期化 
    ◇1 各審級での審理期間 
  ◇    ◇2 なぜもっと早く「再審開始」を確定させられなかったか 
    ◇3 法改正の必要性 
    ◆第5 さいごに 
  水谷規男
(阪大教授)    
◆    ◆第1 はじめに 
  ◆    ◆第2 本決定の概要 
    ◆第3 本決定の意義と問題点 
    ◆第4 再審公判に向けた課題
    ◆第5 おわりに 
  市川寛(弁護士)          ◆    ◆第1 特別抗告断念の驚き
    ◆第2 公判検事は臆病であるべし 
    ◆第3 検察が有罪に固執する理由 
    ◆第4 特別抗告断念の理由 
    ◆第5 再審公判での有罪立証に方針転換した理由 
    ◆第6 警察と検察の真の力関係 
    ◆第7 袴田事件の再審請求審において検察の警察への配慮はあったか 
    ◆第8 都合の良いときだけ行政官化する検察 
  ◆    ◆第9 5点の衣類のねつ造に検察の関与はなかったのか 
    ◆第10 袴田事件の捜査は果たして順調だったのか 
  解説

                        
    袴田事件 第2次再審請求差戻抗告審決定
    ◆1 事案の概要と経緯
    ◇(1) 事案の概要 
    ◇(2) 確定審の経過 
    ◇(3) 第1次再審請求審の経過 
    ◇(4) 第2次再審請求審の経過 
    ◆2 本決定に至る第2次再審請求についての各決定の要旨 
    ◇(1) 本件請求審決定、差戻前抗告審決定及び特別抗告審決定の各要旨 
      5点の衣類が犯行着衣でもAのものでもないとの疑いが合理的なものであることは明らかであり、前記新証拠は「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」(刑訴法435条6号)に当たる⇒再審開始決定。
      差戻前抗告審決定
(1)DNA鑑定について:
その手法の科学的原理や有用性等に新子気宇な疑問が存在している⇒信用性を認めた本件請求審決定の判断は不合理
(2)みそ漬け実験報告書等
・・・・
      特別抗告審決定
(1)・・・差戻前抗告審決定は、結論において正当
(2)みそ漬け実験報告書等:
みそ漬けされた血液の色調に影響を及ぼす要因、とりわけみそによって生じる血液のメイラード反応に関する専門的知見について審理を尽くすことなく、メイラード反応の影響が小さいと評価した誤りがあるとし、このことは5点の衣類に付着した血痕に赤身が全く残らないはずであるとは認められない旨の差戻前抗告審決定の判断に影響を及ぼした可能性があり、審理不尽の違法がある。

メイラード反応等みそ漬けされた血液の色調変化に影響を及ぼす要因に関する専門的知見等を調査するなどした上で、その結果を踏まえ、5点の衣類に付着した血痕の色調が、5点の衣類が1号タンク内で1年以上みそ漬けされていたとの事実に合理的な疑いを差し挟むか否かについては判断させるため、差戻前抗告審決定を取り消し、本件を東京高裁に差し戻した。
    ◇(2) 本決定の要旨 
    ■ア 差戻抗告審における中核的争点の整理
    ■イ 差戻抗告審で事実取調べした専門的知見や実験等に関する証拠の評価
       ・・・

1年以上みそ漬けされた衣類の血痕の赤みが消失することは、専門的知見によって化学的機序として合理的に推測することができる。
これらに裏付けられた弁護人提出のみそ漬け実験報告書は、1年以上のみそ漬けされた5点の衣類の結婚には赤みが残らないことを認定できる新証拠といえる。
・・・・1年以上みそ漬けされていたとの確定判決が認定した事実に合理的な疑いを生じさせることになり、5点の衣類が犯行着衣であって、Aの着衣であり、ひいてはAが本件犯行の犯人であるという確定判決の認定に対し、重大な影響を及ぼすことは明らか。
    ■ウ 新旧証拠の総合評価を踏まえた本件請求審決定の評価
       
     
Aの犯人性の認定に重大な影響を及ぼす以上、到底Aを本件の犯人と認定することはできない。
・・・
みそ漬け実験報告書等の新証拠は、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に該当⇒再審を開始するとした本件請求審決定も、その結論において是認できる。
    ■エ 本件請求審決定による死刑及び拘置の執行停止について 
    ◆3 本決定の意義
    ◇(1) 死刑の確定判決に対する5件目の再審開始決定 
  ◇    ◇(2) 再審理由である明白性(刑訴法435条6号)に関する判例に照らした本決定の位置付け 
    ■ア:明白性の意義について 
    □(a) 従前の判例 
      実務:証拠の明白性については概して厳しい態度をとり、「再審請求人の無罪を推定するに足る高度の蓋然性のあるもの」といった「疑わしきは被告人の利益に」という原則の適用はないことを前提
      白鳥決定:
明白性の意義について、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性があれば足りる
~「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用。
財田川決定:
有利原則を具体的に適用するに当たっては、確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし、かつ、これをもって足りる
⇒犯罪の証明が十分でないことが明らかになった場合もこの原則が当てはまる。
名張毒ぶどう酒事件:
明白性の意義について、問題は、確定判決の有罪認定につき合理的な疑いを生じさせ得るか否かに帰着するとした上で、明白性とは端的に「確定判決の有罪認定につき合理的疑いを生じさせ得るか否か」という問題である。
    □(b) 本決定について 
      特別抗告審宮崎裁判官の補足意見:
本件においては、当事と同じ原材料及び製造方法で醸造中のみそを用意し、1号タンクと同じような設備かつ同一の環境条件の下で、衣類に付着させた血液をみそ漬けする実証実験を行うことは、そもそも不可能。
but
メイラード反応に関する意見書が述べる科学的機序を理由とする血液の褐変化及び時間的な進行については、科学的知見をもって理論的にその機序を解き明かして論理的に推認することが検討されてしかるべき。
5点の衣類の血痕に赤みが残っていたことは証拠上否定できない
⇒みそ漬け実験報告書の明白性については、1年余りの期間みそに漬けこまれた場合には血痕の赤みが消失するところまで褐変化が進行するかどうかを合理的に推測できる程度の専門的知見を得て、科学的根拠に基づいた判断をすべき。

実験による再現ではなく、専門的知見による科学的機序の説明を重視したものであり、専門的知見の裏付けによって、同血痕の赤みが消失することが科学的機序として合理的に推測できるか否かを中核的な争点と設定した本決定と方向性において共通。

不明確かつ不特定な前提条件に依拠した、いわば際限のない実験等ではなく、明確で特定された専門的見解、科学的知見による理論的解明の可否程度を問題とするものであり、有利原則の趣旨により沿ったもの。
  ■    ■イ:明白性の判断方法について 
    □(a) 従前の判例 
      白鳥決定:
もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価すべきであるとし、新旧前証拠の総合評価をして判断すべきである(総合評価説)。
まず、新証拠の証拠価値について検討し、これが認められる場合に、確定判決の有罪認定とその証拠関係(いわゆる「証拠構造」)を分析し、そのような証拠構造に照らして、新証拠がどのような重要性をもち、確定判決の有罪認定にどのような影響を及ぼすかを新旧称呼を総合評価して判断する手法。

新証拠の従量制、その立証命題と無関係に、再審裁判所が旧証拠を洗いざらい評価し直して自ら心証を形成し、確定判決の動揺の有無を審査することまで認めた趣旨ではない。

A:要は、新証拠の持つ重要性とその立証命題であり、それが有機的に関連する確定判決の証拠判断及びその結果の事実認定にどのような影響を及ぼすかを審査すべき(限定的再評価説)
B:新証拠の立証命題と有機的に関連する旧称呼に限定することなく、旧称呼の再評価を無条件かつ全面的に行うべきとする説(全面的再評価説)
    □(b) 本決定について 
      1年以上みそ漬けされた衣類の血痕の赤みが消失することは、専門的知見によって化学的機序として合理的に推測することができる。
1号タンクから発見された5点の衣類の血痕に赤みが残っていたことは、5点の衣類について、1号タンクで1年以上みそ漬けされていたとの確定判決が認定した事実に合理的な疑いを生じさせ、それが犯行着衣であって、Aの着衣であり、ひいてはAが本件の犯人であるという確定判決の認定に対し重大な影響を及ぼすことは明らか。
さらに、5点の衣類に関連するかどうかを問わず、確定判決において、Aの犯人性を認定する根拠とされた主要な旧証拠について、前記の新証拠と総合評価することによって、5点の衣類が犯行着衣であって、Aの着衣であり、Aを本件の犯人とした確定判決の認定に合理的な疑いが生じるか否かについて検討。
本決定は、被告人の自白調書等、5点の衣類に関係するか否かを問わないで、広く旧証拠を取り上げてそれとの総合評価⇒限定的再評価説ではなく、全面的再評価説。
  ◇    ◇(3) 捜査機関による証拠のねつ造の可能性に言及した点について 
    ◇(4) DNA方に関する新証拠に対する特別抗告審決定の拘束力について 
      破棄判決の拘束力は、破棄の直接の理由、すなわち原判決に対する消極的否定的判断についてのみ生ずるものであり、その判断を裏付ける積極的肯定的事由についての判断は、なんら拘束力を有するものではない(最高裁)。
    ◇(5) 死刑及び拘置の執行停止について 
    ◇(6) 再審請求後に保佐人に追加選任された者を請求人と認めた点について 
      弁護団はAの保佐人として弁護団所属の弁護士の追加選任を求めた

本決定:同弁護士について、既にH8(Aの姉)が申し立てている本件再審請求の請求人となった旨説示。 
      ア:再審請求人が死亡した場合、再審請求事件は終了し(判例)、
イ:再審請求人に親族等がいても、再審請求者たる地位の承継を認める規定(民訴事件における民訴法124条参照)はない(判例)
⇒再審事件は終了
      本件:
保佐人が追加選任された場合に再審請求人としての地位を認める規定はない⇒イの判例に即せば、消極になりそう。
but
本件は、再審請求人が死亡した後の承継ではない⇒直ちに消極に解すべきとはいえない。
保佐人が追加選任されて複数になった場合、各保佐人の権限の範囲や内容等については、複数保佐人の地位の特殊性をも十分踏まえた解釈をすべき。
保佐人は、その地位から当然に再審請求人の資格を有するのであり、複数保佐人の場合も、各保佐人間に担当職務が分属等していれば格別(例えば、一方は身上監護、他方は財産管理等)、そのような限定がされずに包括的権限を有する保佐人が追加選任された場合、まさに、当該保佐人もその地位に基づいて当然に再審請求人として法的資格を有するのであり、当初の保佐人によって再審請求がされていた場合、その請求人たる地位を併有する見るのが、包括的権限を併有する保佐人を複数専任した家庭裁判所の決定の趣旨に沿ったもの。
    ◇(7) 差戻抗告審における審理の特徴について 
      検察官による血痕のみそ漬け実験に際しては、差戻抗告審の担当裁判官が、実際に実験現場を見分した上で、実験結果に対する証拠評価がされている。
      Aの最終意見陳述(刑訴規則286条)
    ◇(8) 再審法改正論への影響 
2565   
  行政p5
広島地裁R4.3.30  
  国庫補助金を原資とする補助金を事業者に違法に交付したことについての住民訴訟について、地自法242条2項所定の監査請求の期間制限の起算日
  事案 Aが、木質バイオマス関連事業を実施するため、国から国庫補助金の公布を受け、同事業の実施主体であるB1社に対し、同国庫補助金を原資とするAの補助金を交付したことについて、Aの住人であるXらが、当時の市長である被告補助参加人が、故意または過失により地自法232条の2に反して違法に補助金の交付決定を行った⇒2億3806万円余(Aが国に返還した国庫補助金相当額)の損害を被ったにかかわらず、前市長に対して不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求権の行使を違法に怠っている旨を主張⇒地自法242条の2第1項4号に基づき、Y(Aの執行機関である市長)に対し、前市長に対する損害賠償請求権を行使するよう求めた住民訴訟。 
経緯 ・・・B1社は、本件事業を行うために必要な自己資金の確保が困難であることや、製造する製品の取引が見込めない等の問題を抱えており、予定していた設備を一部整備したものの、平成22年11月30日営業停止となり、本件事業の実施は事実上中断。
B1社が本件各補助金の申請に当たり経費の水増し請求等をしていた⇒Aは、国からの返還命令を受けて、国交付金のうち不適正な経理処理があった分として2億3806万円余を国に返還するとともに、B1社に対して、本件各補助金の大部分の返還を命じたが、返還は行われていない。 
Xらは、Aの監査委員に対し、前市長はB1社が本件事業の実施主体として適格性を有せず、また、本件事業は実現可能性を有しないにもかかわらず、本件各補助金を交付したことは、公益上の必要性を欠き、地自法232条の2に反し違法。
Aは前市長に損害賠償請求権(国に返還した交付金相当額)を取得したにもかかわらず、その行使をおこたつ事実は違法⇒住民監査請求。
but
Aの監査委員は、同年6月25日、本件監査請求は、いわゆる不真正怠る事実を対象とする監査請求として地自法242条2項が規定する期間制限(1年)に服するところ、その期間制限を超えていること等を理由に棄却
⇒Xらは、本件訴えを提起。
  判断 Xらの請求を認容 
●(1)地自法242条2項所定の期間制限の適用 
地自法242条2項は、監査請求の対象事項のうち同条1項所定の行為については、当該行為があった日又は終わった日から1年を経過したときは監査請求をすることができないという期間制限
but
監査請求の対象事項のうち怠る事実については期間制限が規定されておらず、住民は怠る事実が現に存する限りいつでも監査請求ができる。
but
怠る事実に対する監査請求であっても、特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法又は無効であるからこそ発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実を対象とするものである場合には、当該行為が違法とされて初めて当該請求権が発生。
⇒監査請求は当該行為を対象とする監査を求める趣旨を含むものとみざるを得ず、これについて期間制限が及ばないとすれば同条2項が期間制限を設けた趣旨を没却⇒このような監査請求については、期間制限が適用される(最高裁昭和62.2.20)。
but
監査委員が怠る事実の監査を遂げるためには特定の財務会計上の行為の存否、内容等について検討しなければならないとしても、当該行為が財務会計法規に反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にはない場合には、当該怠る事実を対象としてされた監査請求は、同項が期間制限を設けた趣旨を没却するものとはいえない⇒その期間制限を適用すべきものではない。
Xらが主張する怠る事実:
ア:前市長による本件各補助金の交付が地自法232条の2に反し違法であり、これによりAが損害を被った⇒Aが前市長に対して取得した損害賠償請求権をYが行使しないという怠る事実
イ:前市長が管理監督義務を怠ったため、B1社が本件事業により取得した油圧ショベルを無償譲渡することを放置し、Aが損害を被ったにもかかわらず、Aが前市長に対して取得した損害賠償請求権をYが行使しないという怠る事実
ア:前市長による本件各補助金の交付が地自法232条の2に違反し違法であるかを判断しなければ前記怠る事実の監査を遂げることができない⇒期間制限の適用あり。
イ:前記油圧ショベルの管理監督が不法行為に該当するか否かは、本件各補助金の交付の財務会計法規違反とは別に判断されるべきもの⇒期間制限の適用なし
●監査請求の期間制限の起算日 
後記参照
●本件補助金の交付が地自法232条の2に反するか、故意・過失・相当因果関係が認められるか?
本件補助金の交付決定当時、本件事業の実施主体であるB1社が原料の調達、成果物の販売及び自己資金の調達を行うことの実行可能性は、いずれも低かった
Aの市議会においても本件事業の実現可能性が度々問題視されてきた経緯がある

本件補助金を交付することとした前市長の判断は、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量の範囲を逸脱して行われたと認められる⇒本件各補助金の交付は、地自法232条の2に反するものと認められる。
違法な交付決定を行った前市長の判断には過失があり、前市長の違法な行為とAの損害との間の相当因果関係もある。
  規定 地自法 第二四二条の二(住民訴訟)
 普通地方公共団体の住民は、前条第一項の規定による請求をした場合において、同条第五項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第九項の規定による普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき、又は監査委員が同条第五項の規定による監査若しくは勧告を同条第六項の期間内に行わないとき、若しくは議会、長その他の執行機関若しくは職員が同条第九項の規定による措置を講じないときは、裁判所に対し、同条第一項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次に掲げる請求をすることができる。

四 当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方が第二百四十三条の二の二第三項の規定による賠償の命令の対象となる者である場合には、当該賠償の命令をすることを求める請求
  解説  ●地自法242条の2第1項4号に基づく請求に係る住民訴訟において、 本案前の問題として監査請求の期間制限の起算日
◎  平成9年最判:
いわゆる不真正怠る事実を対象とする監査請求について、実体法上の請求権(損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権)が財務会計上の行為のされた時点においてはいまだ発生しておらず、又はこれを行使することができない場合には、実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることとなった日を基準として、1年の期間制限を適用。
平成6年最判:
4号請求において問題となる実体法上の請求権の性格について、地自法242条1項4号に基づく損害賠償請求における損益相殺の適用の有無が問題となった事件において、
「地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟において住民が代位行使する損害賠償請求権は、民法その他の私法上の損害賠償請求権と異なるところはないというべきである。」

本件でも、まず財務会計上の行為がされた時点において民法上の債務不履行ないし不法行為の観点からしていまだ損害が発生していないとすると、損害賠償請求権が発生していないことになる
⇒平成9年最判によると、その段階では監査請求の1年の期間制限は適用されない。
  本判決:
Aは、本件各補助金が違法に交付された場合、その交付の時点で、直ちに本件各補助金相当額の財産を失うこととなり、その交付がなかったとしたらあるべきAの財産状態との差額に当たる本件各補助金相当額の損害を被ったものと認めるのが相当。

本件各補助金交付に係る財務会計行為がなされた時点において、実体法上損害賠償請求権が成立。 
but
本件各補助金の交付時点では、平成9年最判がいう実体法上の請求権(損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権)を「行使することができない場合」に当たる
⇒監査請求の1年の期間制限は適用されない。
平成9年最判:
市が訴訟の場で損害(違約金の債務負担)が発生していることを否定する態度をとり続けていたことを根拠として「損害賠償請求をすることはできない立場にあった」としている
本件:
Aに発生する損害は、実質的には国交付金によってあらかじめ補填されていたものといえ、その交付時点においてAが前市長に対して本件各補助金相当額の損害賠償請求権を行使することができるとする場合、Aは本件各補助金相当額を正当な理由なく保有することになる⇒損害賠償請求をすることはできない立場にあった。
   
  住民訴訟制度の目的:普通地方公共団体がその機関の気泡な財務会計行為によって損害を被ることを防止し、又は被った損害を回復する手段を設けることにある
⇒特定の行為又は事実が、一応、地自法242条1項列記の財務会計上の行為又は怠る事実に当たるといえるものであっても、客観的にみてこれによって地方団体が「損害」を被る余地がないという場合には、その行為又は事実を住民訴訟の対象とすることはできないという議論。 
最高裁昭和48.11.27:
地方団体を受贈者とする贈与契約の締結は、地自法243条の2第4項(現行法242条の2第1項に相当)所定の住民訴訟の対象にならない。
~上記立場に立つものとして理解。
ここでいう「損害」は、私法上の請求権の存否を考える場合の損害とは異なるものであり、住民訴訟の対象となる行為又は事実を限定する概念として、訴訟要件として捉えられると主張。

訴訟要件としての「損害」の発生の有無を、地方団体が支出した公金の財源をも考慮して判断すべきということになる。
  ◎国の補助金を原資とする地方団体の補助金の支出が違法であると主張して提起される4号請求において、地方団体に「損害」が発生していないとし、請求を認めなかった裁判例。
ア:棄却
イ:却下
ウ:棄却
訴訟要件としての「損害」という説⇒訴え却下とすべきであった。 
◎反対の裁判例
神戸地裁昭和56.6.12:
県から待ちに対する補助金を特定財源として町長が農事組合補人に対してした町補助金お交付が違法であるとして住民が町長個人に対して損害賠償請求をした事案につき、
県補助金は街に交付されることにより町の公金となるものであり、農事組合法人に対する町補助金の交付は町の公金支出としてされた⇒特定財源によるものか否かにかかわらず、町補助金の交付によって町の公金が減少⇒住民訴訟の対象となる。
  本件でも、
補助金を国に返還する時点までは地方団体に「損害」が発生しておらず、住民訴訟の対象とならない。
住民訴訟の対象となるのは、地方団体が補助金を国に返還した時点から⇒監査請求期間の制限についてもその時点から適用されるという議論の仕方もあり得る。 
  民事p42
東京高裁R4.4.13  
  固定資産税・都市計画税について、筆界の是正に伴う不当利得返還請求(否定)
  事案 Xが、平成19年度分ないし平成28年度分の固定資産税及び都市計画税について過大に賦課徴収されて損害を被ったことにつき、その隣地所有者であるY1及びY2が過少に賦課徴収されたことによりXの損害分につき利得を得た⇒不当利得返還請求権に基づき、その支払を求めた。
Xが所有する土地とそれに隣接するYらの所有する土地について、Yらの筆界特定申請に基づき、東京法務局により行われた筆界特定によって筆界が是正⇒X所有土地の固定資産税額等が減少し、Yら所有土地の固定資産税等が増額⇒過去の納税金額についても、X・Yら双方の間で損失と利得の関係が生じていたことが明らかになった。
  原審 不当利得の成立を肯定 
  解説・判断 ●不当利得返還請求権の成否
本判決:
(1)法律上の原因及び(2)損失と利得との間の因果関係の要件をいずれも満たさない⇒返還請求を認めなかった。 
最高裁H7.9.19:
転用物訴権につき、不当利得返還請求は謙抑的に認められるべき。
転用物訴権:契約上の給付が契約の相手方以外の第三者の利益になった場合に、給付をした契約当事者が第三者(受益者)に対してその利益の返還を請求することができる権利。
(1)第三者が対価関係なしに財産又は労務の提供に相当する利益を受けていること
(2)相手方の無資力により契約当事者の債権回収が事実上不可能であること(因果関係要件)
が必要であるとされた。
  Yら:筆界の是正に伴い、隣地所有者間において、過去の固定資産税等の清算が必要であるとするならば、不動産実務に従事する関係者はm、敷地の境界が是正される場合には、過去の固定資産税等につても隣人間において清算が可能である旨の説明をする必要が生じるなど、不動産実務に与える影響は大きく、また、境界紛争に関連する二次的紛争も招来してしまうことになる⇒不当利得返還請求は認められるべきでない。
  ●台帳課税主義と昭和47年最判との関係 
  昭和47年最判:
固定資産税課税台帳に所有者として登録されている者が、真実は不動産の所有者ではないにもかかわらず、固定資産税を納付した事案において、真の所有者に対する不当利得返還請求を求めた判例で、いわゆる台帳課税主義による不合理な帰結について、私法の観点から一定程度歯止めをかけたもの。
台帳課税主義:固定資産税及び都市計画税について、地方税法に基づき、いずれも固定資産税課税台帳に登録された固定資産の価格を課税標準として課されることを定めるもの。
but
納税者は、固定資産税課税台帳に登録された固定資産の価格について不服がある場合は、固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができ、さらに同委員会による決定に不服がある場合には、取消しの訴えを提起することができる。
~前記の価格については、前記審査の申出及び取消しの訴えによってのみ争うことができる。
  本判決:前記の救済手段の存在及び当事者がそれらの手段を利用していないことを考慮の上、例外的な救済手段である私法上の不当利得返還請求を認めなかった。 
  民事p50
大阪高裁R3.5.26  
  国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律について子の常居所地国の判断が分かれた事案
  事案 子(C)の父であるXが、母であるYに対し、Yによる子の日本での留置によりXの子に対する監護の権利が侵害されたと主張して、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(「実施法」)に基づき、子を常居所地国であるオーストラリアに返還することを求めた事案。
  原審  Xの申立てを認容 
  判断 原決定を取り消した上で、Xの申立を却下。 
  解説   ●常居所地国の判断 
原決定:
常居所の認定に当たっては、居住目的、居住期間、居住状況等を総合考慮して判断すべき。
子が乳児の場合においては、当該居所の定住に向けた両親の意図を踏まえて判断するのが相当。
YとXは豪州で同居し、生まれてくるCを豪州で養育する意思で豪州における生活を開始。
その後、YとXが日本でCを養育することを合意したような事情もない。
⇒常居所地国は豪州。
判断:
子の常居所地国を認定するに当たっては、主として子の視点から、子の使用言語や通学、通園のほか地域活動への産科等による地域社会とのつながり、滞在期間、親の意思等の諸事情を総合的に判断して、子が滞在地の社会的環境に適応順化していたと認めることができるかを検討するのが相当。
(1)Cは、出生から出国まで豪州に滞在したのはわずか43日間であり、地域社会との有意なつながりを形成していない
(2)豪州国籍は、Xが豪州国籍を有していることから自動的に与えられたもの
(3)遅くともCの出生後は、YとXとの間で、Cを豪州で養育することにつき認識が共有されていたとはいえない
⇒Cが出生以来、豪州に常居所を有していたとは認められない。
乳幼児の場合であっても親の意思のみを重視するのは相当ではない。
  ●本決定の意義
常居所:人が常時居住する場所で、単なる居所と異なり、相当長期間にわたって居住する場所。

ハーグ国際司法会議において創出された事実上の概念。
常居所地国:連れ去りの時又は留置の開始の直前に子が常居所を有していた国など(実施法2条5号)
国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)の締約国における子の常居所の決定基準:
A:両親が子の居住地として合意した地に常居所があるとする説(親の意思説)
B:子の現実の居住地を基準とする説(子の居住地説)
C:事案ごとに諸事情に照らして常居所を確定する説(折衷説)
~Cにおいては、親の意思は子の統合の度合いを測るために、補充的に参照させるに過ぎないとされる。
EU諸国:2009年以来折衷説を採用し、事案ごとに諸事情を勘案し、「子の社会環境及び家庭環境への統合」を基準として、常居所を認定。
米国:本決定において指摘している2020年の合衆国連邦最高裁判決によって、折衷説に立つことが示された。
~折衷説に収斂。
原決定:
YとXとの間でやり取りされたメールや、Yが親族等の周囲に送信したメールの内容を子細に事実認定した上で、
Y及びXが豪州宇でCを養育する意思を有していたことや、その後、YとXとの間でCの養育について異なる合意がされたとは認められないことを重視⇒Cの常居所地国は豪州

折衷説を採りつつも、親の意思を重視するという意味で、親の意思説にやや寄っている。
本決定:
主として子の視点から、
子が滞在地の社会的環境に適応順化しているかどうかを客観的な事情から認定判断。
but
折衷説では、新生児や乳幼児については、基本的に子の主たる養育者自身の社会環境及び家庭環境への統合が基準。
本決定では、子の主たる監護者であったと思われるY(母)の豪州の社会環境及び家庭環境への統合の有無及びその程度が、少なくとも明示的には検討されていない。
  民事p61
東京地裁R4.3.29  
  法令適合性に疑義がないとする買主の同期の錯誤が要素の錯誤に当たらないとされた事例
  事案 東京都港区内に所在する構想マンションに免震部材として設置されていた免震オイルダンパーが建基法等に違反する疑いがあることが判明⇒本件マンションの一室(「本件物件」)を代金7億5000万円で購入したX(株式会社)が、本件売買契約は、締結に係る意思表示に錯誤があり無効であるなどと主張⇒売主であるY(株式会社)に対し、不当利得返還請求として、前記売買代金相当額等の支払を求めた。
前記意思表示がされた日が平成27年11月26日⇒改正前民法が適用。
  争点 法令適合性に疑義がないとする買主(X)の動機が要素の錯誤を構成するか 
  主張 X:本件ダンパーには建基法37条(建築材料の品質)違反等の疑義があったにもかかわらず、かかる疑義がないと信じて本件物件を購入したとの錯誤⇒民法95条本文所定の要素の錯誤を構成 
Y:本件動機が法律行為の内容とはされておらず、要素の錯誤がない。
  判断 ある建築物の基礎を構成する部材の法令適合性につき疑義がないことを前提にして売買稀有役を締結したものの、後に同部材の法令適合性に疑義があることが判明⇒動機の錯誤の問題として整理。
最高裁H28.1.12の説示を引用して、当事者の意思解釈上、本件動機が法律行為の内容とされたか否かを検討するとの判断枠組み。
表意者であるXの実質的意思決定者が、相手方であるYに対して本件動機を表示したか否かを検討し、黙示的な表示があったものと認定。
黙示的に表示された本件動機が法律行為の内容とされたか否かを検討するに当たり、マンションの部材等に法令適合性の疑義が存在することが法律行為の内容とされたか否かを検討するに当たり、
マンションの部材等に法令適合性の疑義が存在することが事後的に判明する事態が生じた場合における売買契約の効力については、当該契約の内容を具体的に検討する必要がある。
本件売買契約中の各条項の検討を通じて、本件の契約当事者が契約の効力を否定すべきものと想定していた場面についての合理的意思を探求し、本件ダンパーについて法令適合性の疑義が事後的に判明したことが前記場面に該当しないことをもって、Xの実質的意思決定者の本件動機が、X及びYの合理的意思解釈上、本件売買契約の内容となっていたとは認められない。
  解説 平成28年最判:
信用保証協会と金融機関との間で保証契約が締結されて融資が実行された後に主債務者が反社会的勢力であると判明した場合において、信用保証協会の保証契約の意思表示に要素の錯誤があるか?
主債務者が反社会的勢力でないという点に誤認があったことが事後的に判明した場合が想定できたにもかかわらず、かかる場合の取決めがない⇒このような場合に保証契約の効力を否定することが契約当事者の前提になっていたとはいえない⇒錯誤無効を排斥。

要素の錯誤の判断に当たって、契約内容等を総合的に考慮した上で、契約の効力を左右する場合に係る契約当事者の合理的意思解釈を行うとの枠組みを提示したもの。
以上を前提に、本判決は、本件売買契約における瑕疵担保条項、アフターサービスに関する条項及び解除条項を特に参照してX及びYの双方の合意的意思を探求

法令適合性の疑義に関する本件売買契約の内容としては、基本的には契約の効力を否定することなくYが不備を是正することとし、限定された状況下においてのみ契約関係を解消することが可能となると想定していたものと解される。

本件において生じた事象が、契約関係を解消すべき場合に当たらず、本件売買契約の無効を導く要素の錯誤にも該当しないとの判断。
  民事p76
福岡地裁久留米支部R4.10.7  
  障害者施設の理使用者に対する性的行為の事案(違法性肯定)
  事案 中度の知的障害を持つ女性であるX(当時20歳)が、Y2の運営する就労移行支援事業所によるサービスを利用していたところ、本件施設の管理者であったY1がXに対し、ラブホテルで身体を触る等のわいせつ行為を行った⇒
Y1(当時45歳)に対しては不法行為に基づき、
Y2に対しては使用者責任又はサービス利用契約の債務不履行に基づき
損害賠償を求めた。 
  判断 Xが本件施設の前に利用していた施設の代表者の陳述
⇒Xの知的障害に関する特徴等について、
(1)特にアサーション(自分の気持ちを伝える、嫌だったら断る)について課題がある
(2)社会的な判断は年齢に比して未熟であり、そのため他人に操作される危険性がある
(3)年齢に応じた方法で気持ちや自分の行動をコントロールすることが難しく、年相応の多感な時期で、それも相まって非常に惚れっぽいところや、その感情を抑えきれないといった不適応な部分が課題となっていた
(4)認知機能の特性として、記憶力の弱さや記憶の定着が不安定であること等を認定。
X:本人尋問において、性的行為の日時や場所、行為の内容については具体的に供述できなかった。
~Xの障害の特性からやむを得ない。
ボディランゲージによりその認識した事実を表現しているといえる
(1)Y1が一部の性的行為について認める主張をしている
(2)ラブホテルという場所の性質
(3)Y2が行政(改善措置を指示した市長)に対し性的虐待の存在を認める内容の報告をしている

Y1がXに対し、自動車内やラブホテルにおいて、胸や下半身を愛撫するなどのわいせつ行為を行ったものと認められる。
XとY1との間のLINEのやり取り

(1)XがY1に対し好意を抱いていた時期があったこと
(2)性的な興味関心も相まって露骨な性的表現を含むメッセージを発信していた
but
その他のメッセージの内容やXの知的障害による特性及び本件施設の管理者と利用者という両者の関係性
⇒Xが性的行為を要求していたとはいえず、Xは、障害の特性により拒否することができないまま性的行為を受けていた。
Xの性的同意能力の有無:
Xの障害の特性に加え、LINEのやり取りには幼稚な表現も多々見られる
露骨な性的表現を含むメッセージを送信していることなど
⇒Xは、性的言動の持つ意味や、どのような人間関係に基づき性的関係を持つかといったことを十分に理解することができず、性的行為に関する同意能力を十分に有していなかった。
Yらにおいて、Xが知的障害を有すること自体は当然認識していた
Y1においても、Xが知的障害の影響により、性的な興味や関心を自分で十分にコントロールできていないことは容易に想起される

Y1は、Xが知的障害の影響により性的同意能力に制限を受けている状況を認識しながら、その状況を利用して性的行為に及んだものというべき。
⇒Y1のXに対するわいせつ行為の違法性を認めた。
  労働p86
水戸地裁R4.9.15  
  私立大学教授の懲戒処分無効確認等(肯定事例)
  事案 学校法人Yが設置する短大の教授Xが、複数の教員及び学生に対するハラスメント行為を理由として、Yから停職1年間の懲戒処分⇒Yに対し、本件懲戒処分の無効確認及び停職期間中の賃金の支払を求めた。 
  争点 (1)Xに就業規則の定める懲戒事由(「重大な過失により、本学の信用を損なうような行為をしたとき。」)に該当する事実が認められるか
(2)Yに懲戒権の濫用があったか 
  判断  ●  ●争点(1)について 
就業規則の定める停職の懲戒事由が、停職という重大な処分を基礎づけるものであり、謹慎や減給処分の懲戒事由には該当しないような重大な事案を想定。
いずれも停職の懲戒事由に該当するとはいえない。
(1)Xが、・・・学科長の立場にあった教員Aの学科運営等に関する質問や意見の表明、批判を内容とするメールを関連する職員にも併せて送信したなどの行為が、業務上必要かつ相当な範囲を超えてパワハラに当たるということはできない。
(2)・・・その一部につき、威圧的かつ侮辱的で、業務上必要かつ相当な範囲を超えてパワハラに当たる発言が現にされた可能性が高いが、教員Bが精神疾患にり患したり、休職や退職するなどの重大な結果が生じたものではなく、Yもこれを認識しながら懲戒処分や指導・注意をしたことがうかがわれない。
(3)Xが・・・教員Cに対し、業務等に関連して、厳しい指導・注意等をしたことがうかがわれるとしても、それが業務上必要かつ相当な範囲を超えるものか定かではなく、当時のYの学長がこれを認識していたが、何らかの対応をしたことがうかがわれない。
(4)学生Dに対する指導が、必要かつ相当な範囲を超えるとは直ちにいえないし、学生DはXの授業の単位を取得して大学を卒業しており、教員Aからハラスメントとして訴えるよう働きかけられたことが、学生Dが(ハラスメント調査委員会による)ヒアリングを受けたことに強く影響したことがうかがわれる。
この件について当時の副学長がXに注意喚起をしているが、それ以上の調査や処分等がされていない。
(5)学生Eに対する指導が、必要かつ相当な範囲を超えるとは直ちにはいえない。・・・。
(6)Xが、一人親で幼児を養育していた学生Fに「子どもが熱を出していても休むな。子どもがいたら勉強してはいけない。」などと発言したとは考え難く、Xの指導が必要かつ相当な範囲を超えるとは直ちにいえない。・・・。
  ●争点(2)について 
1年間の停職が、Yの就業規則で定められている停職期間の上限であり、懲戒解雇、諭旨解雇に次いで思い懲戒処分⇒そのような重大な懲戒処分が正当化されるには、それに見合うような事由を要する。
パワハラが教員や学生に対する指導等として改善の機会を与えて、それにもかかわらず改善がみられないような場合にはじめて重大な処分に及ぶことが正当化される。
これまで、Xに対して教員や学生に対する指導等につき改善を要する旨の指導・注意が十分にされておらず、また、軽微な懲戒処分や訓告等がされたこともなかった
⇒本件懲戒処分はXに対する不意打ちであり、客観的合理性及び社会的相当性があるとは認められない。
  解説 ●  本判決:
教員や学生に対する指導等がハラスメント行為(パワハラ)に当たるかを、優越的な関係を背景にした業務上必要かつ相当な範囲を超えて精神的苦痛を与える発言であるかにより判断。
but
それに当たると認められる場合にも停職の懲戒事由に直ちに該当するとはしていない。 

Yの主張する懲戒事由が「重大な過失により、本学の信用を損なうような行為をしたとき」と抽象的であるところ、就業規則において、停職より軽い懲戒処分として謹責や減給、懲戒処分に至らない戒告があり、それぞれ異なる懲戒事由が定められていること、停職の懲戒事由が重大な事象の発生を想定する文言に読めること
⇒これらを限定的に解釈したものと推察。
(他方で、懲戒事由には該当するとした上で、懲戒権濫用の有無を判断することも考えられるが、その場合も考慮すべき事情は相当程度共通する。) 
労契法 第一五条(懲戒)
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
懲戒権濫用の判断では、労働者の行為の内容・悪質性の程度と処分の重さのバランスが中心的な考慮点になる。
  刑事p98
最高裁R3.8.30  
  医療観察法による入院決定の事案(最高裁)
  事案  アルコール依存等にり患している対象者について、医療観察法による入院決定をした原々決定を取り消した原決定に対し、検察官が再抗告を申し立てたもの。 
  対象者は、同棲相手の腹部を包丁で突き刺し傷害を負わせた行為につき傷害罪で起訴⇒本件行為時、代謝性脳症による意識障害及び飲酒によるアルコール酩酊などのため心神耗弱の状態にあった⇒執行猶予付き判決。
検察官が、医療観察法33条1項の申立て。
  規定  
  原々決定 医療観察法37条に基づく鑑定等⇒対象者が、反社会性パーソナリティ障害による粗暴性に加え、アルコール依存による酩酊状態と代謝性脳症による軽度意識障害による脱抑制、衝動統制不良な状態で本件行為に至ったと考えられ、現在も・・・・。 
本件鑑定が、アルコール依存は一般的に治療可能であるものの、対象者については、治療の動機付けや内省等が困難であることなどから治療可能性が乏しいとするが、事実の取調べの結果等を考慮すると、一般的に治療可能性を有するアルコール依存に関し、対象者について治療の動機付けや内省等が困難であると断ずるのは時期尚早であり、医療を実施して治療効果を見極める必要がある
⇒同法42条1項1号により入院決定。
    対象者が同法64条2項により抗告を申し立てた。
  原決定 (1)アルコール依存は、対象者が本件行為を行った際の精神障害である酩酊状態や代謝性脳症等の原因となった疾患ではあるが、本件行為を行った際の精神障害に当たらない。
(2)仮に前記精神障害の範囲を広く解するとしても、アルコール依存は、その疾患としての性質上、それ自体としては医療観察法に基づく医療の対象となる疾病ではない。
(3)入院決定は、対象行為を行った際の精神障害に治療可能性が認められる場合に行われるべきものであり、その有無を見極めるために行われるべきものではない。

入院決定はをした原々決定には重大な事実誤認があるとして、同法68条2項本分により、原々決定を取りけし、本件を原々審裁判所に差し戻した。
    検察官が、同法70条1項により再抗告を申立て、判例違反(アルコール依存症にり患している対象者につき疾病性及び治療反応性を認めて入院決定をした地裁の判断を是認した東京高裁決定)等を主張。
  判断 再抗告の趣旨は、医療観察法70条1項の抗告理由に当たらない。
but
原決定には、同法42条1項、64条2項の解釈適用を誤った違法がある。

職権で、同法71条2項により原決定を取り消し、対象者の抗告を棄却して自判。 
  解説    医療観察法42条1項は、「対象行為を行った際の精神障害を改善し、これに伴って同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進するため、この法律による医療を受けさせる必要があると認める場合」、対象者について入院決定ないし通院決定をすべきことを規定。
「対象行為を行った際の精神障害」とは、対象行為を行った際の心神喪失又は心神耗弱の状態の原因となった精神障害をいい、同法による処遇に付すためには、処遇決定時において、
(1)対象者が対象行為を行った際の心神喪失又は心神耗弱の状態の原因となった精神障害と同様の精神障害意を有していること(疾病性)、
(2)その精神障害を改善するために、同法による医療を行うことが必要であること、すなわち、その精神障害が治療可能性のあるものであること(治療可能性)、
(3)同法による医療を受けさせなければ、その精神障害のために社会復帰の妨げとなる同様の行為を行う具体的・現実的な可能性があること(社会復帰阻害要因)
がいずれも認められる必要があるとするのが、実務上確立した解釈。
    医療観察法42条1項にいう「対象行為を行った際の精神障害」について、心神喪失等の状態の直接的な原因となった精神障害に限られるのか、それとも、同障害を発症・増悪させるなどした精神障害も含まれるのか?
裁判例:
精神作用物質依存症について、処遇決定時に心神喪失等の状態の直接の原因となった精神障害及び依存症にり患している場合に、依存症も含めて疾病性を認めている例
処遇決定時の診断は依存症のみであるが、物質の再摂取により心神喪失等の状態の直接的な原因となった精神障害・症状の再発に至る可能性が認められる場合に疾病性を肯定している例
    医療観察法上、同法による医療の対象となる精神障害の種類を限定する規定は存在しない。
but
A:アルコールや薬物等の精神作用物質への依存症は、同法による医療の対象とすべきではないとする見解。
←依存症は自発的意思に基づく治療が原則であり、非自発的治療にはなじまない。
B:反対の見解
←強制医療下における依存症治療にも一定の効果や意義がある。
    医療観察処遇事件を扱う地裁の合議体:裁判官と生死に料の専門家である精神保健審判員から構成(医療観察法11条1項)
抗告審の合議体:裁判官のみで構成

原決定を取り消す場合には、対象行為の有無や責任能力の有無に関する判断の誤りを理由とする場合を除き、自判することはできず、事件を地裁に差し戻さなければならない(68条2項)。
地裁は、同法42条1項の決定をするに当たっては、同法37条1項の鑑定(「医療観察鑑定」)を基礎としなければならない(同法42条1項)。
「鑑定を基礎とし」:処遇の要否及びその内容についての裁判所の認定は、医療観察鑑定の結果によって基礎づけられていることが必要。
医療観察鑑定の結果は、医学的見地からの専門的・客観的意見⇒十分に尊重される必要がある。
    本決定:
原決定が、対象者について入院決定をした原々決定には重大な事実の誤認があるとして、これを取り消した⇒原決定には、医療観察法42条1項、64条2項の解釈適用を誤った違法があり、この違法は決定に影響を及ぼし、原決定を取り消さなければ著しく正義に反する⇒原決定を取り消した。
    (1)アルコール依存は、対象者が本件行為を行った際の精神障害である酩酊状態や代謝性脳症等の原因となった疾患ではあるが、本件行為を行った際の精神障害に当たらない。
vs.
ア:本件行為時、り患していたアルコール依存の症状が関与した飲酒により、酩酊状態に陥るとともに代謝性脳症による意識障害を発症しており、これらの精神障害ないし精神症状などのため、心神耗弱の状態にあった
イ:原々決定時においても、アルコール依存にり患しており、医療を対象者の任意の意思に委ねれば、治療を中断し、飲酒を再開して酩酊状態に陥るとともに、代謝性脳症による意識障害が再発する可能性がある
⇒そのような本件の事実関係の下では、対象者のアルコール依存について、本件行為を行った際の心神耗弱の状態の原因となった精神障害と同様の精神障害であると認定した原々決定の判断に誤りはない。

心神喪失等の状態の直接的な原因となった精神障害・症状の発症に関与した依存症のような背景的な精神障害について、処遇決定時に対象者が同障害にり患しており、対象行為と同様の機序により心神喪失等の状態の直接的な原因となった精神障害・症状が再発する可能性がある場合には、「対象行為を行った際の精神障害」に含まれ得る。
(2)仮に前記精神障害の範囲を広く解するとしても、アルコール依存は、その疾患としての性質上、それ自体としては医療観察法に基づく医療の対象となる疾病ではない。
vs.
アルコール依存がそれ自体として一律に同法による医療の対象とならないと解するのは相当ではなく、同法による医療を受けさせる必要があるか否かは、同法37条に基づく鑑定及び当該対象者の生活環境等を踏まえ、事案ごとに個別具体的に判断されるべき。
 (3)入院決定は、対象行為を行った際の精神障害に治療可能性が認められる場合に行われるべきものであり、その有無を見極めるために行われるべきものではない。
vs.
原々決定が、本件鑑定と異なる判断をした理由について、審判期日における対象者の言動等を示しながら具体的に説明しており、その判断が不合理であるとはいえない。
原々決定が、その説示から、対象者のアルコール依存について治療可能性があると判断したと解することは十分可能。
原決定は、対象者について入院決定をした原々決定の判断が不合理であるとする説得的、具体的な根拠を示しているとはいえない。

医療観察処遇事件の抗告審は、医療の要否及びその内容の当否(事実誤認の有無)については、地方裁判所の判断が不合理でないかどうかとの観点から審査すべきであり、これを覆す場合には、その判断が不合理であることを具体的に示す必要があるとの考え方。
   2564
  行政p5
最高裁R5.2.21  
  金沢市庁前広場の利用不許可と憲法21条1項違反(否定)
  事案 X1(上告人)が、憲法を守るなどの目的で、金沢市長の管理に属する金沢市庁舎前広場において「憲法施行70周年集会」を開催するため、金沢市庁舎等管理規則6条1項所定の許可を申請⇒同市長から、本件規則5条12号(特定の政策、主義又は意見に賛成し、又は反対する目的で個人又は団体で威力又は気勢を他に示す等の示威行為を禁止する趣旨の規定(「本件規程」))に該当し庁舎等の管理上支障があるとして不許可処分⇒Y(金沢市)に対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めた。 
  争点 本件広場における集会に係る行為に対し本件規定を適用することが憲法21条1項に違反するか。 
  原審 本件規定の目的の1つは、Yが地方公共団体としての中立性を欠いているのではないかとの疑念が生じ、その疑念を抱いた者がYへの抗議等を行ったり、Yの行事等に協力しないとの立場を採ったりして、Yの事務等の円滑な遂行が妨げられるおそれがあるため、これをあらかじめ防止することにあり、本件規程による制限の必要性は十分にある。
本件規定は、前記のようなおそれのない表現行為を制限するもんもではないこと等⇒本件規定は規制目的との関係で合理的な関連性がある。
  判断 本件規定の解釈:
本件規定における示威行為の目的に関する定めに照らし、本件規定は、Yの公務の用に供される庁舎等において威力又は気勢を他に示すなどして特定の政策等を訴える示威行為が行われることにより、Yについて、外見上の政治的中立性が行われ公務の円滑な遂行が確保されなくなるとの管理上の支障が生ずるものを掲げていると解するのが相当。 
主に公務のように供される普通地方公共団体の庁舎は、主に一般公衆の共同使用に供するための施設である道路や公園等の施設とは性格が異なることを踏まえた上で、
(1)庁舎等において、政治的な対立がみられる論点について集会などが開催されて示威行為が行われるなどした場合、金沢市長が庁舎等をそうした示威行為のための利用に供したという外形的な状況を通じて、あたかもYが特定の立場位の者を利しているかのような外観が生じ、これにより外見上の政治的中立性に疑義が生じて行政に対する住民の信頼が損なわれ、ひいては公務の円滑な遂行が確保されなくなるという支障が生じ得る
(2)何らかの条件の付加やYによる事後的な弁明等の手段により、前記支障が生じないようにすることは性質上困難である
(3)本件規程により、集会等の用に供することが本来の目的に含まれている公の施設(地自法244条1項、2項参照)等を利用することまで妨げられるものではない。 
これらの点において、本件規定を本件広場における集会に係る行為に対し適用する場合につき別異に解すべき理由は見当たらない。
⇒前記場合における集会の自由の制限は必要かつ合理的な限度にとどまる。
本件広場が集会等のための利用に適しており、現に本件広場において種々の集会等が開催されているなどの実情が存するとしても、庁舎管理権の行使として、維持管理に支障がない範囲で住民等の利用を禁止していないということの結果であり、本件広場の生活それ自体が変容するものではない。
  宇賀反対意見  宇賀:
(1)本件広場は、その利用の実態等に照らして、地自法244条にいう公の施設であって、本件広場に本件規則が適用されることはない⇒Xらの上告理由は前提を欠く。
but
政治的中立性を害するなどという抽象的なおそれのみでは同条2項所定の「正当な理由」は基礎づけられない⇒本件不許可処分は違法。
(2)仮に本件規則が本件広場に適用されるとしても、その利用の実態等に照らし、いわゆるパブリック・フォーラム論に従って厳格な基準を用いて違憲審査をすべき⇒本件広場における集会に係る行為に対し本件規定を適用することは憲法21条1項に違反。
(3)前記(1)(2)のいずれの理由によっても、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当。 
  解説 ●  ●前提 
◎本件広場の性格 
本件広場が地自法244条にいう公の施設に該当⇒本件広場には本件規則は適用されず、法律上、正当な理由が存する場合のほか、利用拒否は許されない。
Xらの上告理由外の法律問題⇒本判決は、この点に明示的に言及していない。
but
本件規則が本件広場に適用されることを前提としなければ意味をなさない憲法主張を正面から取り上げている⇒原審と同様の理解。
宇賀:本件広場の前身の広場について、庁舎管理要綱とは別に広場管理要綱が儲けられていたことに着目
vs.
同要綱においても、広場の利用は、あくまで市の事務又は事業の執行に支障のない範囲内で認められるものとされていたにとどまる。
◎本件規則の性格 
本件規則:市長の定める規則(地自法15条)の法形式で制定。
いわゆる庁舎管理規則は行政規則であるとの理解⇒そもそも本件規則が違憲審査の対象となる法規命令に当たらないのではないか、との疑問。
vs.
前記理解は、特別権力関係論(公務員、受刑者等、行政内部における特別の権力に服する法律関係については法治主義の射程外とする理論)の影響
特別権力関係論が過去の議論となった状況⇒庁舎管理規則等の営造物規則が当然に行政規則であるといえるだけの根拠は見当たらない。
本件規則に基づく不許可を行政処分とみるべきか?
本件規則6条の規定~申請を受けての許否の応答という建付けとなっており、行政処分として仕組まれているように思われる
but
行政処分は法律ないし条例にその根拠を有する必要があるところ、
庁舎については、直接には公物管理法が存しないとされている
⇒理論的には難解な問題を孕む。
公物管理法の一般原則により法体系上の根拠は伴っているなどとして、行政処分性を肯定する余地はある。
最高裁昭和28.12.23(皇居前広場事件)もそういう観点から説明し得る。
行政処分性を前提⇒本件規則は国民の権利義務関係に影響を及ぼす内容であって、いわゆる外部効果を有する⇒本件規則は行政規則ではなく、違憲審査の対象となる法規命令とみるべきこととなる。
●本件規定の解釈
あくまで憲法判断の前提として示されているにすぎず、いわゆる合憲限定解釈等が示されているわけではない。 
●本件における憲法判断 
◎問題の所在及び判断の枠組み 
  集会の自由に係る違憲審査の枠組み:
最高裁(成田新法事件):
「公共の福祉による必要かつ合理的な制限」は許される旨を述べた上で、
そのようなものとして是認されるか否かは「制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を衡量して決めるのが相当」(利益衡量のアプローチ)
本判決も、利益衡量のアプローチにより違憲審査を行っている。
庁舎管理権と表現の自由との綱領:
皇居前広場事件判決が、管理権の適正な行使を誤り、ために実質上表現の自由ないし団体行動権を侵害したと認められ得るに至った場合には違憲の問題が生じ得る。
  違憲審査基準:
講学上、
精神的自由権については厳格な基準による一方、経済的自由権についてはより緩やかな基準によるとする「二重の基準論」
表現の自由に対する規制の中で、内容に着目しないものよりも内容に着目したものにつきより厳格な基準を用いるとする「内容規制・内容中立規制二分論」
but
最高裁判例ではそのような類型化がそのまま採用されているわけではない。
(精神的自由権について常に厳格な基準が用いられているわけではない:文献)

対象となる人権や、内部規制であるか否かにより、規制の在り方が一律に規定されるものではなく、特に後者については区別すること自体に学説上も異論があるとされている
⇒事案に応じて柔軟に対処していくことを要する。
  最高裁判例の中でも、事案によっては、講学上厳格な基準として位置付けられている違憲審査基準の内容を取り込むなどして利益衡量を行った事例もある。
公の施設における集会が問題となった判例(泉佐野市民会館事件)においては、明白かつ現在の危険の法理の考え方を取り込んだ判断。
but
泉佐野市民会館事件判決の事案のように、他者の基本的人権が侵害されるなどの危険が問題となる場合⇒明白かつ現在の危険の法理のような考え方が妥当しやすい。
but
本件のような場合には、同判決において施設の利用を拒否し得る別の類型として挙げられている「施設としての使命を十分達成せしめる」との点からみて利用を不相当とする自由がある場合に当たるか否かが主に問題⇒上記判例の直接の射程は及ばない。
泉佐野市民会館事件判決:
一般人に自由利用を認めることが原則⇒施設の性格上、集会に伴う利用を制約し得るのは例外的な場合に限られる⇒集会の自由への制約を例外的なものとして明確に位置付ける厳格な基準との親和性が高くなりやすい。
but
庁舎の場合:

各施設がどのような性格の施設として設けられているかということに由来するより根源的なもので、憲法判断の上でも前提とされるべき。
(例えば、民間企業の所有地における表現活動に対する制約が問題となる場面において、所有権の基本的な性格を考慮することが当然の前提となるのと同じように位置付け

本判決では、特に厳格な基準を取り込むことなく利益衡量を行っている。)
◎本件に関する当てはめ 
  目的の正当性と手段の合理性の観点
〇目的の正当性
庁舎管理の目的の1つ:庁舎における円滑な業務遂行を確保し行政目的に適合させるための秩序維持にある。
円滑な業務遂行のためには、行政機関に対する住民の信頼の確保が重要であり、その観点から、政治的な公平・中立性の確保の要請が働く。
but
当然に自由利用が可能な施設とはいえない普通地方公共団体の庁舎が特定の政策等の主張のための集会を開く目的で利用
⇒当該普通地方公共団体が、そのような集会であるがゆえにその主催者に庁舎等を利用させ、もってその者を利しているかのような外観が生ずること、その外観が外形上の政治的中立性に関わるものであることは否定し難い。
A:具体的なおそれがある場合でなければ制約が許されないとする立場
←抽象的なおそれのみで制約を認めると、普通地方公共団体にとって望ましい内容の集会のみについて実施を認めるなどといった恣意的な運用がされ、ひいては、集会を申請しようとする者の側に過度の萎縮が生じる。
vs.
(1)本件規定の個別の当てはめについても司法審査が及ぶのであるから、本件規定にいう支障が想定されないのに不許可となる、例えば他事考慮的な事案については、裁判所において不許可処分を違法であると判断する余地があるであって、そうした形で恣意的な運用を是正ないし抑止していくことも可能。
(2)集会に係る行為の許可申請を受けて判断する時点で、あらかじめ、将来ある集会が庁舎を利用して行われることに対して一般の住民等からどのような反響があるかといったことを具体的に予測することは実際上難しい場合が多い⇒具体的なおそれまで要すると解することは相当とはいい難い。
〇手段の合理性 
A:Yが主催する集会でないことは説明がされれば正しく伝わるなどという立場
vs.
問題なのは集会の開催主体に関する誤解ではなく、Yが集会の実施に係る許可をし、本件広場を第三者に利用せしめているという外形的な状況それ自体によって生ずる外観
⇒事後的に払しょくすることは困難。
〇本件広場において種々の集会等が開催されているなどの事情 
パブリック・フォーラム論(長い伝統又は政府の決定によって、公衆の集会又は討論のように供されてきた場所若しくは施設につき、厳格な基準による違憲審査がされなければならないとする法理)
をも意識しつつ、前記事情を前提としても、庁舎管理権の行使として、維持管理に支障がない範囲で利用が禁止されていないことを意味するにとどまり、本件広場の性格そのものは変容しない
⇒結論を左右しない。
憲法上の集会の自由は、公園等の場所の設置や提供を請求する積極的な権利を内容とするものではない。
⇒公の施設として設けられた場所ではないのもかかわらず、公の施設と同様に扱わなければならないような趣旨の法的制約を課すことを、集会の自由を根拠に導くことは理論上困難。
宇賀:パブリック・フォーラム論に正面から依拠して本件広場につき厳格な基準を妥当させるべき。
  民事p24
大阪地裁R4.8.31  
  バーチャルYouTuberとして活躍する人の人格的利益の侵害(肯定)で発信者情報開示事案
  事案 Aという名称を用い、アバターを使用して、YouTubeに動画を投稿するなどして、バーチャルYoutuber(Vtuber)として活躍する原告が、インターネット上の電子掲示板に投稿された記事により名誉感情が侵害されたなどと主張⇒特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(令和3年改正前)4条1項に基づき、被告に対し、発信者情報の開示を求めた。 
  主張 原告:本件投稿は、Aの名称を用いて活動する原告に向けられたもので、本件投稿は原告の名誉感情を侵害⇒原告の権利が侵害されたことは明らか。 
被告:
本件投稿はAに対するものであるとはいえず、仮にAに対するものであるとして原告に対するものであるとはいえない。
社会通念上許される限度を超える侮辱行為であるともいえない。
  判断 Aの言動は、原告自身の個性を活かし、原告の体験や経験をも反映したものになっており、原告がAという名称で表現行為を行っているといえる実態にある
⇒Aとしての言動に対する侮辱の矛先が、表面的にはAに向けられたものであったとしても
(1)原告は、Aの名称を用いて、アバターの表象をいわば衣装のようにまとって、動画配信などの活動を行っているといえる
(2)本件投稿はAの名称で活動する者に向けられたものであると認められる

本件投稿による侮辱により名誉勘定を侵害されたのは原告であり、当該侮辱は社会通念上許される限度を超えるものであると認められる⇒原告の人格的利益が侵害された⇒本件投稿に係る発信者情報の開示を被告に命じた。 
  解説 文献 
  民事p27
静岡地裁R5.4.28  
  保険会社が示談代行で示談成立⇒初回保険料不払いでの保険金支払免責の主張(肯定)
  事案 訴外Aが所有しその従業員Bが運転する自動車との交通事故(「本件事故」)により物損の被害を受けたX1(被控訴人)が、
Aを契約者、A及びBを被保険者とする自動車保険契約の保険会社であるY(控訴人)に対し、本件保険契約の約款上の直接請求権に基づく本件事故を原因とする賠償金請求(主位的請求) 
X1とAとの間の示談契約成立に伴う賠償金請求(予備的請求1)、又は
YがAを代行してX1との間で締結した示談契約につき民法117条1項(又は類推適用)に基づく損害賠償請求(予備的請求2)をした事案。
(X1との間で損害保険契約を締結していた保険会社であるX2も、Yに対して、被害車両の修理費用及び代車費用につき、保険代位に基づく損害賠償請求をしていたが、原審で請求を棄却され、控訴はしていない。)
  事実関係  約款上、対物事故によって被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生した場合、損害賠償請求権者は、Yが被保険者に対して支払責任を負う限度において、Yに損害賠償額の支払を請求することができる旨規定(直接請求権)。
本件期間が始まった後でも、保険契約者が保険料の払込みを怠った場合には、Yは保険始期日から保険料領収までの間に発生した事故による損害に対して保険金を支払わない旨を規定。
・・・・
令和1年9月25日に本件事故が発生⇒X1に約60万円の物的損害が生じた⇒Yは本件契約の約款に基づき示談代行を行い、X1との間で示談交渉を開始。
  争点 (1)X1の直接請求権行使に対し、Yが本件不払特約に基づく支払拒絶ができるか。
(2)本件不払特約の主張をすることが信義則に反するか
(3)X1とAとの間の示談契約に伴う賠償金請求の可否
(4)民法117条1項(又は類推適用)に基づく損害賠償請求権の成否
  規定 民法 第一一七条(無権代理人の責任)
他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。
  原審 ・・・本件不払特約の主張は信義則に反して許されない。 
  判断 ●争点(1):
Aが初回保険料をその払込期日の属する月の翌々月末日までに支払っていない⇒本件不払特約に基づき本件事故による物的損害等の賠償金請求を拒絶できる。 
●争点(2)
(1)Yは示談代行を行い、X1とA及びBとの間で示談契約を成立
but
Yは、初回保険料の払込期日の翌々月末日までは、保険契約者であるAから初回保険料の払込みがなされて保険金の支払義務を負うことを前提に示談交渉等を代行せざるを得ず、
初回保険料は本件事故の損害賠償額に比べて極めて低額
⇒Aが初回保険料を払い込まないことによって保険金を支払わないことになるという事態を想定することは非常に困難。
(2)Yが、X1とAとの間の示談交渉を代行したことにより、X1が損害賠償義務を負っているAからではなくYから本件事故の損害賠償金の支払を受けられると期待したとしても、それはあくまで本件保険契約の存在を前提とする事実上のものと言わざるを得ない。
(3)YがX1に対し、YとAとの間の事情であるAからの初回保険料の払込みに関する不確定な事実関係を説明すべき義務があるとはいえない。
⇒Yが本件不払特の主張をすることが信義則に反するとはいえない。
●争点(3)
Yは示談契約の当事者であるとは認められず、
YがX1との間で直接請求権も行使されていることを前提とした示談交渉をしていると直ちに認めるに足りる証拠もない
⇒示談契約に伴うX1のYに対する賠償金請求は認められない。 
●争点(4):
A及びBを代理したYの担当者の示談行為により、AとX1との間の示談契約が成立した
⇒無権代理であることを前提とした民法117条1項(又は類推適用)に基づく損害賠償請求は認められない。 
  解説   権利の行使が信義誠実の原則に反し許されない場合:
形式的に存在するが実益の乏しい権利を主張し尽くし義務者の利益を過剰に害する場合
クリーン・ハンズの原則が適用される場合
禁反言の法理が適用される場合 
  禁反言の法理:先行行為が不誠実であることは必要とせず、先行行為に矛盾する後行行為が信義則に反するか否かは、行為者の主観を含めた先行行為の内容や、相手方が先行行為を信頼していること、特に信頼を前提に自己の地位を変更したなどの事情があることなどを総合的に考慮して判断。
原審:Yが損害賠償額の支払を拒絶する可能性があることを容易に調査できたにもかかわらず、示談代行という先行行為を行ったというYの不注意を重視⇒信義則違反とした。
本判決:
Yは初回保険料の払込期日の属する翌々月末日までは、保険契約者であるAから初回保険料の払込みがなされて保険金の支払義務を負うことを前提に示談交渉等を代行せざるを得ない⇒示談代行という先行行為をYは避けられなかった。
初回保険料と損害賠償額とを比較すると初回保険料は極めて低額であって、Aが初回保険料を支払わないとの想定は非常に困難であったことという、先行行為をしたYの主観や立場。

X1の期待は保険契約の存在を前提とした事実上のものぬいとどまるとしてX1を保護する必要性が低いことを踏まえ、本件不払特約の主張は信義則に反しない。
  商事p34
大阪高裁R4.7.21  
  買収防衛策として導入発動された新株予約権の無償割当てが相当性を欠く⇒仮の差止め(肯定)
  事案 基本事件において、上場会社である債務者(Y)の株主である債権者(X)が、買収防衛策として導入された差別的行使条件及び取得条項が付された新株予約権の無償割当てが
(1)株主平等原則に反する
(2)著しく不公正な方法によるもの
として会社法247条1号及び2号の類推適用により、その仮の差止めを求めた事案。
  規程 会社法 第二四七条
次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第二百三十八条第一項の募集に係る新株予約権の発行をやめることを請求することができる。
一 当該新株予約権の発行が法令又は定款に違反する場合
二 当該新株予約権の発行が著しく不公正な方法により行われる場合
  地裁 本件申立てを認容(「本件仮処分決定」) 
    Y:本件仮処分決定に対して保全異議の申立て
  地裁 本件仮処分を認可する決定(「原決定」) 
  Y:大阪高裁に保全抗告 
  判断 同抗告を棄却(本件仮処分決定と原決定を「本件各決定」)。 
    Y:本決定について許可抗告⇒許可
  最高裁 同抗告を棄却
⇒本件新株予約権無償割当ては中止。 
  経緯 (1)有限責任事業会社Xが、Y株式の取得⇒持ち株比率7.01%
(2)Xの元組合員である法人、同法人の代表取締役である者、Xの原組合員である法人の代表取締役をその代表取締役とする法人もY株式を取得⇒合計21.63%に 
(3)X:Yの現経営陣の解任などを議案(「本件議案」)とする株主総会の招集を請求し、Yは、令和4年4月8日、本件議案を決議事項とする臨時株主総会の招集を決定。
(4)同日の取締役会において、
X関係者がY株式を買い集めているとして、これらを対象として、持ち株比率が20%以上となる株式の取得のほか、株主間における共同ないし協調して行動する関係を樹立するあらゆる行為(「共同協調行為」)を含む大規模買付行為等を行う者以外の者に対して、新株予約権を無償で割り当てることを骨子とする対応方針を決議。
大規模買付者とされた者(「非適格者」)は、前記新株予約権とは別個の一定の行使条件及び取得条件が付された新株予約権を取得するものとされていた。
本件対応方針の発動については、株主意思の確認のために、原則として株主総会における承認を得ることとされていた。
(5)委任状勧誘⇒46%の賛成票but本件議案は否決。
(6)5月18日、取締役会で、本件対応方針による差別的行使条件及び取得条項が付された新株予約権の無償割当てをその効力発生日を同年7月29日として行うことを内容とする対応措置を発動。
Y:社外取締役又は社外有識者によって構成され、本件対応方針の運用の公正性・客観性を担保するために設置された独立委員会から、本件対応措置を発動することが相当との勧告を受けた旨も発表。
(7)6月14日:
取締役会において、本件臨時株主総会で株主議案に賛成する旨の委任状をXに提出した株主のうち、X関係者以外の4法人及びXぼ現組合員である個人を本件対応方針の非適格者と認定。
(8)本件株主意思確認総会:同月24日に開催され、本件対応方針及び本件対抗措置の発動の可否について決議⇒賛成54.46%、反対45.52%の賛成多数で可決。
同月30日時点におけるX関係者及び非適格者認定を撤回されなかった株主の持株比率の合計は19.・78%
(9)Xが、本件しなk部予約権無償割当ての仮の差止め申立て⇒大阪地裁は認容(本件仮処分決定)
本件仮処分決定の審理の過程において、Yは、Xに対し、
大規模買付行為等の撤回方法につき、X関係者において、大規模買付行為等を行ったことの事実確認、保有株式数の増加がないことの確認、次期定時株主総会までの大規模買付行為等の禁止、第三者への株式譲渡の禁止、株主提案及び臨時株主総会招集請求の禁止、委任状勧誘の禁止、他の株主による株主提案に賛成しないことなどの誓約をいずれも求める旨を明らかにした。
(10)
(11)
  判断   ●本件仮処分決定 
  ◎本件対応方針がXに適用されるか 
・・・Xとその他関係者との間で共同協調行為(大規模買付行為等)がある。
  ◎不公正な方法か否か 
複数の株主による経営支配権の取得を目的とする行為も買収防衛策の対象とすることは許容される。
買収防衛策は、企業価値ひいては株主共同利益の維持の必要性がある場合にはじめて許容されるもの⇒現経営陣の経営支配権維持のための場合には、これを正当化する特段の事情のない限り、不公正な方法に該当。
その判断については、現経営陣と買収者との間に経営支配権を巡る争いがある場合には、前記株主共同利益のために対応策を導入する必要があり、かつ、そのための手段として差別的行使条件及び取得条項が付された新株予約権の無償割当を行うことが買収者の受ける不利益の内容及び程度、不利益を受ける買収者が撤退措置を採ることの可否及びその内容等に照らして相当といえるときには、不公正な方法に該当しない。
・・・現経営陣が経営支配権を喪失する現実的な危険性が差し迫ったものとして存在し、現経営陣においてもそれを認識していた。
買収防衛策の導入の必要性について、
Xの株式取得の方法が市場内買付けによるものであり、金商法で定められた法定の提出期限を徒過して大量保有報告書を提出している上、Xが目指すYの経営方針として明確なものが示されていたとは認めがたいことに加えて、
本件対抗措置の目的も合理的であることや本件株主意思確認総会における決議の存在なども考慮され、株主共同利益の維持のためのものとしてこれが肯定される。
本件対応方針及び本件対抗措置の相当性については、これらには買収者の不利益の回避を意図した設計がされている。
but
本件事実関係に照らすと、Xからすれば大規模買付行為等の撤回方法についての明確な認識を持つことが困難であったこと、
・・・X関係者が前記撤回方法を許容する見込みは極めて少ないこと
⇒前記撤回方法が実質的に閉ざされている。
Xグループを非適格者とする認定についても、・・・現経営陣による恣意的判断の可能性が排除できない。
そのような恣意的判断の排除のために設計された独立委員会による勧告の内容も不明。
⇒手段としての相当性を欠く。
特段の事情も認められない⇒本件新株予約権無償割当ては不公正な方法に該当。
  ●原決定 
概ね本件仮処分決定を引用。
・・・(Yが非適格者の認定を一部撤回したことについて)そのような安定的とはいいがたい措置をYが採っていること自体が、当初の非適格者の認定判断の根拠が薄弱であることやXの受ける不利益に十分な配慮がないことを指し示すもの。
  ●本決定 
  ◎  本件仮処分決定を概ね引用し、次の(1)(2)の判断を付加して、Yの主張を斥けた。
  (1)Xは本件臨時株主総会において委任状勧誘を行っていた⇒共同して議決権を行使するとの合意を得られる株主を見つけようとしていた⇒少なくとも「共同協調行為を行おうとする者」に該当。 
  (2)
  Y:本件株主意思確認総会において、現経営陣とX関係者のどちらに経営を委ねるべきか、という点について株主の意思が示されたといえ、本件対抗措置には相当性がある。
vs.
・・Yの提案する議案に賛成しなければ非適格者と認定される懸念を生じさせるもので、実際に一部の株主はそのような懸念を表明していたことに加え、前記議案がかなりの僅差で可決された
⇒株主らが真に現経営陣を指示したかは疑問が残る。 
Y:大規模買付行為等の撤回方法及び非適格者の範囲の見直しによって本件対抗措置の相当性が確保された
vs.
共同協調行為につきいかなる条件が揃えば撤回されたものと扱うのかを十分に検討していたかは疑わしく、その方法も相当なものといえず、再度提示された撤回方法も、そのような見直しをすること自体Xへの配慮が十分でなかったことを示すものである上、その内容も合理性があるか疑問
⇒前記相当性が確保されたということはできない。
本件対抗措置の相当性の判断を客観的にすべきである、独立委員会が有効に機能していた、今後の本件対抗措置の発動中止の可能性があるなどの各主張はいずれも理由がない。
  解説 ●合意なき買収に対する防衛策についての裁判例 
現経営陣の賛同を得ていない態様で行われる合意なき買収に対し、買収防衛策として新株予約権の発行が行われたニッポン放送事件(東京高裁):
現経営支配権争いが生じている場面において、経営支配権の維持・確保を目的とした新株発行がされた場合には、原則として不公正な発行として差止請求が認められるべきとする主要目的ルールがが基本的に妥当するものとされている。 
本件各決定:このような主要目的ルールを採用。
but
本件仮処分決定においては経営支配権争いの程度についても検討が加えられ、「その争いの程度にも激しいものがあり、・・・現経営陣が債務者の経営支配権を失う現実的な危険性が差し迫ったものとして存在し、現経営陣においてもその危険性を認識したものといえる」
差別的内容の新株予約権の無償割当ての有効性が問題となったブルドッグソース事件(最高裁):
主に株主平等原則に反するかという観点を中心に考察されているところ、「特定の株主による経営支配権の取得に伴い、・・・会社の企業価値がき損され、会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるような場合」には買収防衛策の必要性を充たす。
その判断は「最終的には、会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべき」とし「(その)判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り、当該判断が尊重されるべき 」とする。
特定の株主縫い対する差別的な取扱いについては、「当該取扱いが衡平の理念に反し、相当性を欠くものでない限り、これを直ちに同原則に反するもの」でないとして、買収防衛策の相当性の要件を示している。
買収防衛策の必要性の判断において株主総会における株主の判断を経ていることが重要視

買収防衛策の導入・発動の可否については、株主総会決議を経ることを前提としたものが多く見受けられるようになっており、本件においても本件株主意思確認総会が開催され、本件対応方針及び本件対抗措置の発動についての普通決議が可決されている。
(このような株主総会の権限の範囲外の決議は、勧告的決議とされている。)
買収防衛策としての新株予約権の無償割当てについての近時の裁判例。
文献 
●本件各決定の位置付け 
特徴的な判断内容として、次の2点
(1)複数の投資主体による株式取得以外の行為である共同協調行為の有無が争われた事案
認定手法は参考になる
(2)買収防衛策としての相当性を欠くものと判断
本件仮処分決定:
買収者の撤回方法が明確に示されていなかった⇒Xの買収行為の撤回可能性が実質的に閉ざされている。
Xグループを含めた非適格者の認定が現経営陣による恣意的な判断による可能性が排除できない。
⇒買収行為の相当性を否定。
本決定:
前記判断に加え、
Yによる非適格者の認定が、Yの議案に賛成しなければ非適格者と認定され、本件新株予約権無償割当てにおいて不利に扱われる懸念が生じていることを前提として、
本件株主意思確認総会における決議も僅差での可決であり、株主らが真に現経営陣を支持したかに疑問が残ること
非適格者の認定が一部撤回され、見直された後の措置についても合理的に疑問が残ることを指摘し、
これらを総合的に判断して、買収防衛策の相当性を否定。
  知財p57
知財高裁R4.8.8  
  特許の間接侵害の事案
  事案 XにおいてYがプログラマブル表示器本体(「Y表示器A」等)及びそのソフトウェア(Y製品3)等を製造、販売等する行為は、Xが有する特許権侵害になると主張⇒Yに対し不法行為に基づく損害賠償金の支払等を求めた。 
  判断 Y表示器A及びY製品3の製造、販売等のいずれもが本件特許権1の特許法101条2号の間接侵害に該当⇒Xの控訴に基づいて、Yに対し、特許法102条1項1号の規定を用いて算定した5562万円余の損害賠償金の支払を命じる旨判決。
  関連規定  特許法 第一〇一条(侵害とみなす行為)
次に掲げる行為は、当該特許権又は専用実施権を侵害するものとみなす。
二 特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
  特許法 第一〇二条(損害の額の推定等)
特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。
一 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額
二 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額

2特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。
  特許法101条2号:
「特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」を特許権の侵害行為とみなしている(間接侵害)。
特許法102条1項:
特許権者が特許権侵害者に対して損害賠償請求をする場合、その損害の算定方法として、
(1)特許権者が「その侵害の行為がなければ販売することができた物」の「単位数量当たりの利益の額」に、特許権侵害者が「譲渡した物の数量」(「譲渡数量」)を乗じて得た額(同項1号)とすることができる。
この譲渡数量からは、ア特許権者の「実施の能力に応じた数量」(実施相応数量)を超える数量が、
イ実施相応数量からは、特許権者が「販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量」(「特定数量」)が控除される。
同項2号は、
(2)譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合には、これらの数量に応じた特許権に係る特許発明の「実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」も損害とすることができる。
ただし、特定数量についてこのような損害を請求することができるのは、特許権者が、「特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾・・・をし得た」場合に限られる。
同条2甲は、損害額の推定として、特許権者が特許権侵害者に対して損害賠償請求をする場合、特許権侵害者が侵害行為により利益を受けているときに、「その利益の額は、特許権者・・・が受けた損害の額と推定する」としている。
  解説  ●  ●特定数量について
間接侵害にも特許法102条1項を適用することができる。
「その侵害行為がなければ販売することができた物」は侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者の製品であれば足りる。
間接侵害について同項を適用するに際しては、「その侵害の行為を組成した物」やその譲渡数量を、間接侵害品とその譲渡数量と読み替えて同項を適用するのが自然。
間接侵害品が非侵害用途にも用いられ得ることについて、
A:侵害用途に用いられる間接侵害品の数量を特許権者が主張立証すべき
B:非侵害用途に用いられる間接侵害品も含めて全体として間接侵害が成立し、非侵害用途に用いられた製品の存在は同項1号の「販売することができないといする事情」として考慮する

知財高裁:侵害用途に用いられた間接侵害品の数量を他の事情も含めて特許法102条1項ただし書の事情(現在の特許法102条1項1号の「販売することができないとする事情」に相当する。)と扱っている。
  ●  ●ライセンス機会の喪失
知財高裁:
「販売することができないとする事情」を「侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情」としている。
侵害製品と特許権者の製品の性能面の差異により特定数量とされた部分はライセンスの機会を喪失したものとは認め得ないが、営業努力の相違から特定数量とされた部分は、ライセンスの機会を喪失したものと認められている。
同号の適用場面と類似する局面となる、同条2項の推定の覆滅部分に同条3項の実施料相当額の損害推定規定を適用するとの2項・3項の重畳適用について、市場の非同一性を理由とする推定覆滅部分について重畳適用を認め、特許発明が侵害品の部分のみぬい実施されていることを理由とする推定覆滅部分については重畳適用を否定し、市場における競合品の存在によって推定が覆滅された部分について重畳適用を否定している。
  ●推定覆滅事由について 
間接侵害品が非侵害用途にも用いられ得ることについては、
A:侵害用途に用いられる間接侵害により生じた利益を特許権者が主張立証すべき
B:非侵害用途に用いられる部分も含めて全体として間接侵害が成立し、被侵害用途に用いられた間接侵害品の存在は推定覆滅事由になる
東京地裁:Bと扱う。
  刑事p95
鳥取家裁R4.9.26  
  特定少年の詐欺保護事件で刑事処分相当として検察官送致とされた事案
  判断  
  解説  ●原則送致対象事件以外の事件の検察官送致決定の判断枠組み 
少年法等の一部を改正する法律(令和3年法律第47号、令和4年4月1日施行):
18歳、19歳は特定少年
検察官への送致についても、特例規定(62条)
原則送致対象事件の対象範囲が、故意の犯罪行為により被害者を志望させた罪の事件だけでなく、
死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪の事件であって、その罪を犯すとき特定少年にかかるものにも拡大された(同条2項)
特定少年の行った原則逆送対象事件以外の事件について、検察官への送致を認める少年法62条1項は、「調査の結果、その罪責及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるとき」(刑事処分相当性)は、検察官に送致しなければならない。
~少年法20条1項の文言と同じ。
少年法20条1項の「刑事処分相当性」
A:「保護不能」の場合に限られる
B:「保護不能」の場合だけではなく「保護不適」の場合も含む(通説・判例)

実務上は、少年の年齢、性格、成熟度、非行歴、環境等、事案の軽重、態様、検察官送致後の量刑の見通しと保護処分等との処遇の有効性の比較、共犯者との処分の権衡などの総合考慮によって判断。
  ●本決定における判断の内容 
  本件犯行において、少年が担った役割、結果の重大性、非行に至る経緯や非行そのものの累行性、社会的にみた犯罪の性質⇒保護処分の許容される余地が狭い。

いわゆる特殊詐欺の受け子や出し子であって、多数の事件に関与し、多数の実被害が生じている事案は、20歳以上の者に対する量刑判断においては、厳しい科刑がされることが多い。
少年法改正による原則逆送致対象事件の拡張

責任ある主体と位置付けられた特定少年が重大な犯罪に及んだ場合には、18歳未満の者よりも広く刑事責任を負うべきものとするのが、その立場に照らして適当であり、刑事司法に対する被害者を含む国民の理解・信頼の確保につながることから、一定の重大犯罪に及んだ場合に刑事処分が適切になされることを制度的に担保。
  前記罪質及び犯情のみから保護不適との判断を直ちにすることなく、保護処分が許容される余地を残しつつ、さらに少年の保護処分歴や少年の非行原因の分析を行った上で、保護処分による更生の困難性も検討し、結論を導いている。

(1)原則逆走対象事件でない⇒保護処分が優先されることに変わりがない。
(2)少年法62条1項は「調査の結果」、その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときと規定し、家裁調査官による調査結果を踏まえた判断を求めている。 
2563   
  民事p5
東京高裁R3.4.27   
  婚姻の意思能力が問題となった事案
  事案 若年性認知症と診断された後にされた婚姻につちえ、その効力が争われた事案。 
X:Aの弟でAの推定相続人
Y1:Aの後見人
Y2:Aの婚姻の相手方
  判断 婚姻のための意思能力があるといえるためには、社会通念上夫婦とみられる関係の形成が、同居、協力扶助、相続といった婚姻の基本的な効果を当然に伴うものであることから、これらの基本的な効果を理解する程度の能力は必要といえるが、その法的効果の詳細まで理解する能力を要するものではない。
(1)婚姻に近接した時期に、Aが介護担当者や医療関係者とやりとりした際の言動⇒相応の理解力や意思疎通能力の存在が窺われる
(2)AとY2には十数年来の親密な交際状況を示す様々なエピソードが認められる
(3)Aがイ臨床心理士に対して、Y2と一緒に過ごす時間を増やしたいとの心情を述べる⇒AとY2が親密な男女の関係にあることが認められる

Aが施設を出てY2とともに生活をするためには婚姻に至ることは、自然な経過ということができる⇒Aの婚姻意思が認められる。
各種検査により脳萎縮や脳血流低下の進行が認められる
but
Aの認知機能や理解判断能力の低下を直ちに示すものとはいえない。
Aの介護担当者や医療関係とのやりとりの際の言動⇒認知機能検査の結果を踏まえても、婚姻のための意思能力がなかったとはいえない。
  規定 民法 第七四二条(婚姻の無効)
 婚姻は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。
二 当事者が婚姻の届出をしないとき。ただし、その届出が第七百三十九条第二項に定める方式を欠くだけであるときは、婚姻は、そのためにその効力を妨げられない。
  解説 民法724条1号の「当事者間に婚姻をする意思がないとき」:
当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思を有しない場合を指すものと解すべき⇒たとえ婚姻の届出事態について当事者間に意思の合致があり、ひいて当事者間に、一応、所論法律上の夫婦という身分関係を設定する意思はあったと認めうる場合であっても、それが、単に他の目的を達するための便法として仮託されたものにすぎないものであって、前述のように真に夫婦関係の設定を欲する効果意思がなかった場合には、婚姻はその効力を生じない(最高裁)
婚姻無効と同様に身分関係に影響を与える縁組無効の場合も同様(最高裁) 
婚姻の意思能力があるといえるためには、社会通念上夫婦とみられる関係として、同居、協力扶助、相続といった婚姻の基本的な効果を理解する程度の能力は必要。
but
法的効果の詳細まで理解する能力を要するものではない。
  民事p12
名古屋高裁金沢支部R4.3.31  
  子の引渡しを命じる家事審判の間接強制が権利濫用とされた事案
  事案 X(母)がDCを連れて別居⇒CのみがY宅に戻った。
XがDCの監護者指定とCの引渡しを求めた⇒監護者をいずれもXと定め、引渡しを命じた⇒即時抗告⇒棄却。 
Xは、2回にわたってCと面会⇒X宅に来るよう説得⇒Cが拒絶⇒間接強制の申立て。
YはXとの合意に基づき、Xの代理人弁護士とDも在宅するX宅で、Yの代理人弁護士の立会の下、CをXと面談⇒最終的にCがY宅に帰る旨を述べ、引渡しは奏功しなかった。
XはYに対し、Y側の立会人なしでX宅でCと面談させるよう要求⇒YはXの要求を拒絶。
  原決定  本件間接強制の申立てにつき、Xの申立てを権利の濫用として却下。 
  判断 Yが本件審判に基づく義務の履行をしようと最大限努力したが、功を奏せず、Cの心身に有害な影響を及ぼすことのないよう配慮しつつCの引渡しを実現するため合理的に必要と考えられるYの行為を具体的に想定することが困難な状況⇒Xの申立ては権利の濫用に当たる。 
  解説   債務者に対し、債権者に子を引き渡すよう命じる家事審判が確定⇒子が債権者に引き渡されることを拒絶するときであっても、債務者は、合理的に必要と考えられる行為を行って、子の引渡しを実現しなければならず、子が債権者に引き渡されることを拒否する意思を表明していることは、直ちに当該審判を債務名義とする間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない。(最高裁) 
  (1)最高裁権利濫用肯定事例:
子の引渡しを命ずる審判確定⇒直接強制で、子が引き渡されることを拒絶して呼吸困難に陥りそうになった⇒執行不能
人身保護請求も子の意思を理由として棄却された後に「間接強制申立」
補足意見:現時点において、子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ(子)の引渡しを実現するために合理的に必要と考えられる行為を(債務者)において具体的に探り当てることは非常に困難であり、このことは、上記の裁判機関等の判断により明白に。
  (2)最高裁権利濫用否定事例:
原決定:債権者の面前で子が2回にわたって引渡しを拒絶⇒権利濫用を肯定
判断:債務ン名義の確定から約2か月の間に2回にわたり子が債権者に引き渡されることを拒絶する言動をしたにとどまる⇒間接強制の申立てを権利の濫用ということはできない。
宇賀補足意見:
債務者において子の債権者に対する強固な忌避感情を取り除く努力が十分でなかった。

子を本位させ得る手段の中にまだ試されていないものがあるという趣旨。
  本件と(1)決定の事案との共通性は、
債務者にこれ以上の努力を期待することはできないことが明白になっている点に見出すべき。
  債務名義に係る家事事件と同様の主張を繰り返して、強制執行を阻もうとする例がみられるが、
債務者にはなお尽くすべき努力があるのではないか、
そのような努力を尽くすことなく子の事情のみを主張しても、結局は子の利益に適う解決にはたどりつけないのではないか?
  民事p17
広島高裁R3.12.22  
  陸上自衛隊の輸送艦とプレジャーボートの衝突事故 
  判断 ・・・とびうお(プレジャーボート)がそのまま定速定針で航行し、右転しなければ、衝突が生じることはなかった。 
おおすみ(輸送艦)の館長らの注意衣違反の有無:
(1)・・・とびうおを追い越す状況にはなかった⇒追越し船の避航義務(海上衝突予防法13条1項)を負っていたとはいえない
(2)おおすにが針路180度に変針したことにより「新たな衝突の危険」が生じたとはいえない(衝突の危機は、とびうおが右転した時点よりも後に生じた)⇒船員の常務(同法39条)として、新たな衝突の危険を解消するための避航動作を取るべき注意義務があったとはいえない
(3)本件各船舶は横切り船の関係にあったが、衝突するおそれはなかった⇒同法15条以下の横切り船に係る航法の適用はなく、おおすみの艦長らに警告信号吹鳴義務及び最善の協力動作義務があったとはいえない
(4)とびうおがおおすみに急接近してきた頃、船員の常務(同法39条)として、取舵一杯を取り、船尾キックを利用してとびうおとの衝突を回避すべき注意義務があったとはいえない。

控訴棄却
  解説 海上衝突予防法は、船舶の遵守すべき航行法を定めている。
同法は、海上における船舶の衝突を予防し、もって船舶交通の安全を図るための取締りを目的として制定されたものであるが、
私法上の責任要件である過失(民法709条、商法690条(船舶所有者の責任)等の要件である過失)の判断に当たっても重要な判断資料とされている。 
本件は、Y側の船舶が海上自衛隊の輸送艦であり、Yの公権力の行使に当たる公務員が職務執行としてこれを操艦していた際の衝突事故⇒国賠法の適用が問題。
海上衝突予防法は、公船と私船のいずれにも適用され、両者の航行について共通の行為規範を定めている。
同法以外に、公船であるY側の船舶の航行について特別の行為規範を定める法令はない。

本件事故についての国賠法1条1項の違法性の判断においても、不法行為における過失の判断と同様に、海上衝突予防法の規定を参照して注意義務違反の有無を判断。
  知財p46
大阪地裁R4.9.12  
  htmlファイル内のタイトルタグ・ディスクリプションメタタグでの被告標章の使用による商標権侵害(否定)
  事案 本件商標権を保有する原告が、被告による被告標章の使用が本件商標権の侵害に当たると主張し、商標法36条2項に基づき、本件ウェブページに係るhtmlファイル内のタイトルタグ及びディスクリプションタグから被告標章の削除を求めるとともに、民法709条に基づき、損害賠償金および遅延損害金の支払を求めた。 
  規定 商標法 第二六条(商標権の効力が及ばない範囲)
商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。

六 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標
  争点 被告標章の使用が商標法26条1項6号に該当するか 
  判断 ・・・本件サービスサイトは、その構成において、需要者である葬儀希望者に対し、その条件に見合った葬儀社等の情報提供を行い、また希望者には葬儀の依頼や相談、一括見積を行うことなどを通して、葬儀希望者と葬儀社等とのマッチング支援を行うサービス(被告役務)を提供するものであることが容易に看取できる。
・・・本件ウェブページに接した需要者は、「セレモニートーリン」を、葬儀場を紹介するという本件サービスにおいて紹介される一葬儀社(場)として認識するものであり、原告が本件葬儀場において提供する商品ないし役務に関し、被告がその主体であると認識することはないものというべき
・・・被告標章を本件ウェブページの各タグ内で使用することによって、原告と被告の提供する商品または役務に関し出所の混同が生じることはないというべき。
⇒被告標章の使用は商標法26条1項6号に該当。
原告の主張は・・・潜在的需要を失う不利益を被っているというものと解される。
仮にそのような結果が生じているとしても、本件サービスサイトの性質及びウェブページの記載からすると、自由競争の範囲内である。
  解説  ●ディスクリプションメタタグ及びタイトルタグにおける使用 
  被告:
本件フェブページを見た需要者は、本件ウェブページは原告のサービスを紹介するサイトであると認識するのであって、本件サービスサイトが原告の運営するサービスであると認識したり、被告が本件葬儀場のサービスを提供する者であると認識したりすることはなく、出所の混同は生じない

出所の混同は生じないため、商標法26条1項6号に該当すると主張し、本判決も同様の判断。
ディスクリプションメタタグ及びタイトルタグに関する裁判例。
いずれも商標権侵害と判断。
不正競争法2条1項1号に関する事案で、知財高裁は、ディスクリプションメタタグ及びタイトルタグにおける表示が商標等表示に該当。
  商標法26条1項6号の適用 
商標法26条1項6号が適用された事案:
数多くの第三者が、原告の登録商標に係る標章と同一の標章を使用している状況があるものや
標章の使用態様から商標登録保有者を想起させることが認められないとする事案等
他人の商品・役務との適合・互換関係にあることを示す使用や
比較広告における使用
においては、商標法26条1項6号の「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない」の規定ぶりから、同号の適用は難しいとの考えも存在。

これらの事案において使用されている標章により、特定のものの商品又は役務であることを需要者が明らかに認識できることに基づくと理解できる。
本判決:
使用されている標章が原告及び原告の商品・役務を明確に示す事案において、判例法理である「商標としての使用」の適用ではなく、商標法26条1項6号の適用により商標権侵害を否定した点が特徴的。
  労働p53
札幌高裁R4.3.8  
  口頭での退職合意(肯定)・仮執行についても民訴法260条2項の仮処分による支払への類推(否定)
  事案 退職合意は有効に成立していない⇒Yに対し、労働契約上の地位にあることの確認及び給与等の支払並びに不法行為に基づく損害賠償を求めた。
  原審 XとYの常務理事兼病院事務部長との階段において、Xは退職する旨の発言をしたものの、これは退職の確定的な意思表示をしたものとは認められず、退職合意は成立していない。 

Xが労働契約上の地位にあることを確認するとともに、Xの金銭請求の一部を認容。
仮執行宣言。
    双方控訴。
Yが、民訴法260条2項に基づき、原審の仮執行宣言付判決に基づいてXに支払った金員及び本件訴訟に先立つ賃金仮処分命令に基づいてXに支払った金員の返還を求める申立てをした。
  規定 民訴法 第二六〇条(仮執行の宣言の失効及び原状回復等)
 仮執行の宣言は、その宣言又は本案判決を変更する判決の言渡しにより、変更の限度においてその効力を失う。
2本案判決を変更する場合には、裁判所は、被告の申立てにより、その判決において、仮執行の宣言に基づき被告が給付したものの返還及び仮執行により又はこれを免れるために被告が受けた損害の賠償を原告に命じなければならない。
3仮執行の宣言のみを変更したときは、後に本案判決を変更する判決について、前項の規定を適用する。
  判断  ●  Xと事務部長との会談において、XとYとの間に口頭での退職合意が成立⇒Xの請求をいずれも棄却。
Yの就業規則上、労働者からの申出により退職する場合には、退職願を提出することを定めており、書面による申出が予定されている。
but
口頭での合意により労働契約を終了させることは妨げられない。
but
労働契約の終了は労働者にとって生計の途を失うことになりかねない。

労働者が退職する旨の発言をしたとしても、これが退職を考えているという趣旨にとどまらず、労働契約の合意解約の申込みの意思表示と認めることができるかについて慎重な検討が必要。 
・・・・
⇒同会談時のXの退職する旨の発言は、確定的な退職意思に基づいてされた労働契約合意の解約の申込みの意思表示とと認め、同会談時に口頭での退職合意が成立したと認定。
  民訴法260条2項に基づくYの原状回復及び損害賠償の申立てについて:
仮執行宣言付き原判決に基づく支払については認めた。
本件訴訟に先立つ仮処分命令に基づく支払については、被保全権利の存在を否定する本案判決が確定しない段階では、仮処分命令の効力は遡及して消滅しない
⇒保全異議又は保全取消しの手続によって仮処分命令の取消しを得るとともにその手続において原状回復の裁判(民保法33条、40条1項)を得るなどの方法によるべき。
⇒民訴法260条2項の類推を緒否定。
  解説 口頭での発言:
確定的な合意解約の意思表示ということができるか、
意思表示には至らない、退職を考えている趣旨を示したものにとどまるか
裁判例:
そのような労働者の発言は、意思表示には至らないものと認定される事案が多い。

労働契約の終了は、これによる労働者の収入の喪失を意味する⇒退職合意の成立の認定は慎重であるべきとという考え方。
本判決:
XとY側(事務部長)との会談の内容を詳細に認定し、
同会談後のXの行動についても認定を行って、同会談の内容に加え、同会談後の行動が退職を前提とするものであることも裏付けとして、Xの発言を確定的な労働契約合意解約の申込みの意思表示であると認定。
  労働p73
東京地裁R4.1.18  
  時間外労働の対価とされていた定額の支払による労基法37条の割増賃金の支払(否定)
  事案 業務による過重負荷が原因で不安定狭心症を発症⇒労災法に基づき、所沢労働基準監督署長に対して休業補償給付を請求し、同監督署長は休業補償給付を支給する旨の処分。
原告が、休業補償給付の給付額の基礎となる給付基礎日額の算定に誤りがある(過少である)として被告(国)に対し、本件処分の取消しを求めた。
  争点 いわゆる固定残業代の支払により労基法37条の割増賃金が支払われたといえるか? 
  解説 固定残業代:
(1)割増賃金込みの賃金を設定する「定額賃金制」
(2)割増賃金の支払に代えて一定額の手当を支払う「定額手当制」
本件会社における「運行時間外手当」は(2)の「定額手当制」に相当する。
but
原告の欠勤に伴い基本給だけでなく「運行時間外手当」も欠勤控除⇒厳密な意味で「固定」残業代といえるかは議論の余地
  判断 「運行時間外手当」が法定外時間外勤務に対する対価として支払われるものとされていると認めることはできない⇒原告の請求を認容し、本件処分を取り消した。 
  解説   ●固定残業代の有効性に関する判断枠組み
  労基法37条が割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けている

使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する労基法への規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨
同条は、同条並びに政令及び厚生労働省令に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまる。

使用者が、労働契約に基づき、同条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない。
◎  使用者が労働者に対して労基法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かの判断

割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、同条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討。
その前提として、
労働契約における賃金の定めにつき、
(1)通常の労働時間の賃金に当たる部分と
(2)同条の定める割増賃金に当たる部分
とを判別することができることが必要。
判例は判別可能性が「明確であること」まで要求しているものではない。
  使用者が、労働契約に基づく特別の手当を支払うことにより、労基法37条の定める割増賃金を支払ったと主張する場合において、「判別可能性」があるというためには、
当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われ者とされていることを要する(「対価性」要件)。
当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは
(1)当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか、
具体的事案に応じ、
(2)使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する労働時間等の内容、
(3)労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情
を考慮して判断。 
  「対価性」の判断に際しては、当該手当ての名称や算定方法だけでなく、
労基法37条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべき。 
  ●本件への当てはめ
  被告:「運行時間外手当」は、法定内時間外勤務、法定外時間外勤務、深夜勤務及び休日勤務の全てに対する対価としての定額手当に当たる
vs.
労働条件通知書兼契約書及び賃金規程における「運行時間外手当」の計算式の係数が「1.25」
⇒「法定内時間外勤務(1.00)」や「休日勤務(1.35)」に対する対価を含むというのは明らかに無理がある。

裁判所が善解した被告の主張、すなわち本件会社における「運行時間外手当」が狭義の時間外勤務(法定外時間外勤務)のみに対する対価としての定額手当に当たるかが、実質的な争点。
  「対価性」の要件 
  〇契約書等の記載内容
(1)本件契約書及び賃金規定において、「運行時間外手当」は「通常発生する時間外相当額として支給する」と定められ、その計算式において「1.25」の係数
(2)「時間外」という文言
⇒「対価性」を肯定する方向に働く事情
〇使用者の労働者に対する説明の内容
どれだけ時間外労働をしようが賃金は変わらないという認識⇒原告を含むトラック運転手の労働時間を日常的に管理し把握していたものとは認められない。
原告は「運行時間外手当」の内容について説明を受けたものと認められない
⇒「対価性」を否定する方向
〇労働者の実際の労働時間等の勤務状況
日本ケミカル事件判決:
その当てはめにおいて、「業務手当に相当する時間外労働の状況と「大きくかい離」するものではない」と説示。
⇒「大きくかい離」している場合には、固定手当が時間外労働に対する対価としての性格を有するものであることを否定する方向に。
but
「大きくかい離」しているとは、そもそも程度問題であって評価を伴うものであるし、この点のみが重要な事情となるとは考え難い。
本件の「運行時間外手当」は、当初の金額について131.38時間に該当
原告の実際の労働時間度(法定時間外労働)は、1月期:97時間41分、2月期:110時間36分、3月期:106時間4分
極めて長い時間の時間外労働に相当する定額手当⇒それ自体が問題⇒その有効性をどう考えるか。
公序良俗違反としてその固定残業代としての効力を否定(東京高裁)
but
国際自動車第1次事件判決が、歩合制の計算に当たり売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に宋とする金額を控除する旨の賃金規制上の定めが公序良俗に反し無効であると判断した原判決を破棄して差戻。

公序良俗違反という一般条項は、あくまでも補充的に(最後の手段として)適用すべきであるという見解も。
また、公序良俗違反の場合、全部無効かどうかという論点も。
月95時間分の職務手当について公序良俗に反するおそれすらあるとして、月45時間の対価として合意されたものと認定した例(札幌地裁)
  ◎本判決の判断 
ア:基本給と「運行時間外手当」の金額がほぼ同額
イ:基本給の1時間当たりの単価が最低賃金に近いかそれを割り込んだ金額tなる
ウ:「運行時間外手当」に見ある法定外時間外労働時間数が131.38時間という本件会社における36協定の基準やいわゆる過労死基準を大幅に超えるもの
エ:基本給が増額されたのと同じ額が「運行時間外手当」から減額されるなど不自然な経緯

本件会社が原告に対して支払った「運行時間外手当」には、法定外時間外勤務に対する対価以外のものを相当程度含んでいるとみるのが相当。
「運行時間外手当」のうついどの部分が法定時間外勤務に対する対価に当たるかは明らかでない
⇒「運行時間外手当」のうち、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないとして「判別可能性」を否定。
  刑事p82
最高裁R4.5.20   
  外国公務員等に対して金銭を供与したという不正競争法違反で1審共謀肯定⇒2審共謀否定⇒最高裁共謀肯定
  事案 火力発電所建設工事に関し、外国公務員等に対して金銭を供与したという不正競争法違反の罪について、
共謀の成立を認めた第1審判決に事実誤認があるとした原判決に、
刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事案。 
被告人:本件供与を了承したことはないなどとして、共謀の成立を争い、無罪を主張。
  解説   ●控訴審における事実誤認審査の在り方 
判例:刑訴法382条の事実誤認とは、第1審判決の事実誤認が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいい(論理則、経験則違反説)、
控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示す必要。
最高裁が破棄した事例。
  ●共謀共同正犯の成立要件
共同正犯が成立するためには、2人以上の者の間に、共同実行の意思及び共同実行の事実が必要であるところ、
判例は、実行行為を直接分担しない者についても、共謀が認められる限りにおいて、共謀共同正犯として共同正犯の成立を肯定。
実務:
自己の犯罪を行う意思で関与した場合が共謀共同正犯
他人の犯罪に加担する意思に止まる場合には狭義の共犯に止まる(主観説ともいわれる)
が主流。
学説:
犯罪の共謀や準備・実行段階において、実行行為は分担していないが、犯罪の実現にとって実行の分担に匹敵し、または、これに準ずるような重要な役割を果たしたと認める場合にも共同正犯性を肯定(西田・橋爪)。
他の共同者と共同の意思に基づいて、構成要件該当惹起に重要な事実的寄与を果たすことによる、構成要件該当事実全体の共同惹起を基準とすることが妥当(山口厚)

主として重要な役割・寄与等の客観的基準によって共謀共同正犯の成否を決するべき。
but
実質的にみれば、実務とほぼ同一の結論に。
  判断 第1審判決の判断を
被告人の地位及び立場を前提とした上で、被告人が本件供与に関して相談を受けるに至った経緯、その相談に対する被告人の言動、被告人への相談後に本件供与が実行されたとうい経緯といった諸事情を総合考慮して、被告人が本件供与を了承したものであり、これを実行するという意思決定に関与したといえることをもって共謀の成立を認めたもの。
原判決は
被告人が本件供与の実行について仕方がないという発言をしたとしても、それが本件供与を積極的に容認する意思によるものであったとみることには合理的な疑いを挟む余地があるとして、
(1)被告人が本件供与による解決以外の代替手段の検討を促し、依頼をしていた
(2)第1審判決が、成立した共謀の内容は代替手段を見出した場合には供与を停止する留保付のものであるとするのは、被告人が本件供与を行う意思を固めていたことと相容れない
(3)共犯者が、本件供与の進捗状況等について被告人に報告していないのは不自然
⇒共謀の成立を認めた1審判決の認定は不合理。
vs.
(1)代替手段の検討、依頼と本件会議における本件供与の最終的な了承とは両立
(2)第1審判決は共謀自体に留保が付されていたと認定したわけではない
(3)違法な本件供与について、当初の計画どおり進んでいる限り、被告人に対して事後の報告がなくても不自然ではない
⇒原判決は、第1審判決について、論理則、経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価できない。
  解説  本件は、いずれの見解によっても、被告人に共謀共同正犯が成立すると説明できる事案。
被告人は、本件会社の取締役常務執行役員兼エンジニアリング本部長であり、本件会社が遂行する火力発電所建設プロジェクト等を統括し、その全体の責任者であったところ、そのような地位及び立場にある被告人に対し、2度にわたって設定された会議(本件会議)において本件供与の可否の相談がされ、被告人が「仕方ないな。」と発言するなどした結果、実際に本件供与が実行された。
主観説:
前記の地位及び立場にあった被告人は、社内の会議という公式の場において本件供与の可否を相談され、本件供与を実行しなければ多額の損害が発生するおそれがあるという事態を避けたいという責任者としての判断の下、本件供与という違法行為に出ることを了承した。

「自己の犯罪」を行う意思(正犯意思)であるとの説明が可能。
重要な役割・寄与等に着目する見解:
(1)被告人は、前記の損害発生について責任を負う立場にあったからこそ、本件供与の可否を相談され、その了承により本件供与が現実に実行された
(2)
被告人自身もそのような状況は理解していた
⇒重要な役割を果たし、あるいは重要な寄与をしたものとして、正犯性(及び故意)が肯定できる。
原審:「積極的に容認する意思」の有無を重視
vs.
そのような意思をあえて求める必要はない。
  法人等の組織における業務執行上の犯罪について、
当該法人等の利害と行為者の利害とが混在

自己の犯罪を行う意思か他人の犯罪に加担する意思かといった行為者の主観を直接問題とするよりは、法人等の内部において、どのような立場でどの程度の影響力を及ぼしたか、といった客観的な事情にまず着目することで適切な判断を導きやすくなる。 
本判決:
被告人の本件会社内における地位や立場等を踏まえた上で、被告人が本件供与を実行するという意思決定に関与したといえるか否かという観点から共謀共同正犯の成立を肯定したと読み取れる。
2561・2562
  特報p5
大阪高裁R5.2.27  
  日野町事件第2次再審請求・再審開始決定即時抗告審 
  ◆本決定に至る経緯 
第1次再審請求:
大津地裁:Aの請求を棄却
即時抗告審係属中に、服役したAが死亡⇒大阪高裁は終結宣言決定
Aの妻及び3名の子らは、死後再審である第2次再審請求:
大津地裁:再審開始決定
検察官即時抗告
⇒本決定
  ◆確定審の証拠構造 
  1審 他の証拠と矛盾し、不自然な点や疑問点が多数ある⇒Aの捜査段階の自白を信用できない
but
Aにつき、本件当夜の犯行の機会、被害者方の物色の痕跡(丸鏡にAの指紋が付着)、金庫発見場所及び死体発見場所の各知情性、虚偽のアリバイ主張等の間接事実
⇒これらを総合考慮すればAの犯人性を推認できる。 
  控訴審 Aの自白の根幹部分は十分信用できる。
①丸鏡からAの指紋が検出
②本件当夜、被害者方付近でAが目撃された
③被害者手首の紐による結束方法
等の間接事実
⇒自白と各間接事実等を総合すればAを犯人と認定できる。 
  ◆再審請求における新証拠の明白性の判断方法
    白鳥決定:
新証拠と旧証拠を総合的に評価すべきこと及び再審開始可否の判断においても「疑わしいときは被告人の利益に」との利益原則が適用。 
  ◆各論部分における本決定と原決定の判断の差異
  間接事実又は自白の信用性を基礎づける事情との関係:
原決定:
①金庫発見場所を含む金庫の強取
②被害者の死体の遺棄
③丸鏡の指紋(被害者宅の物色)
④被害者手首の結束方法
⑤殺害態様
⑥アリバイ主張の虚偽性
⑦被害者の葬儀等への不参加
の7項目について、間接事実が認定できないか推認力が減殺され、あるいは、当該事情が自白と整合しない。
本決定:
②⑥④⑦の一部のみを是認。
②については、原決定と理由付けが異なる。
被害者方付近での住民によるAの目撃証言については、視認条件からそもそも信用性が高くないとのべ、異なる判断。

原決定と比較して、全体的に、実証的で抑制的な論理構成及び判断手法。
本決定:
Aに自白の信用性を否定but任意性までは否定しなかった。
大阪母子殺害放火事件判決の判断枠組み(認定された「間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要する」というもの)には言及していない。
  ◇金庫発見現場及び死体発見現場の各知情性 
    原決定:
vs.
相互作用等なる論理の根拠やその内実が必ずしも明らかではなく、具体的根拠を示せているか疑問。
本決定:
①金庫発見現場について、引当捜査実施前に、Aが担当検察官に同現場への経路について概括的に供述
②同経路に関し担当検察官が警察官からあらかじめ情報を取得していた証拠はない

金庫発見現場への引き当ての任意性は動揺しないとする一方、前記の相互作用等という説明を一貫して忌避しつつも、引当捜査時に撮影された写真のネガフィルム等の分析から、死体発見現場到着後の引き当てについては任意性に疑いが生じた。
被害者の死体遺棄と金庫の投棄は、単独犯とされる本件強盗殺人の犯行と密接に関係する事後的行為
⇒Aの犯人性を直接立証する客観証拠がない本件において、各引当捜査の結果は、証明力に問題がなければ、双方が相まって犯人性を強く推認させるが、
逆に、その一方でも証明力に疑問が生じる場合、犯人性に合理的疑いを生じさせるものとなり得る。
引当捜査のうち1件(死体発見現場)についての認定判断が維持しがたいものとなった⇒確定判決の事実認定には合理的疑いが生じたというべき。
  ◇殺害態様について 
「被害者の首の後ろ側から左手を広げて締め付けた旨のAの自白部分は、新証拠である吉田医師の意見書等に照らせば、被害者の頸部等の損傷と整合しない」旨の原決定の説示を相当としながら、
扼頸時の左手の位置や動きをAが記憶していなかったとしても不自然とはいえない⇒前記意見書等によっても、被害者の死因を扼頸による窒息死とする結論自体も変わらない。

新証拠の評価について、原決定よりも慎重な認定。
  ◇  ◇アリバイ主張の虚偽性について 
酒席に参加して眠り込んだAを泊めたとされる知人の新供述は、弁護人による知人の聴取場面を記録した録画媒体。
~これを自己矛盾供述(刑訴法328条)としての証拠価値を有する
⇒Aのアリバイ主張が虚偽ではない合理的疑いが生じたとの原決定の結論を是認。
  ◇自白の任意性の虚偽性について
白鳥決定・財田川決定の各調査官解説

新旧証拠の総合評価につき、要は証拠の重要性に着目すべきで、具体的には、新証拠が、どの立証命題と有機的に関連する確定判決の証拠判断及びその結果の事実認定にどのような影響を及ぼすべきかを審査すべきであるとする。
but
問題となるのは「有機的関連」の意味する具体的内容。
本件の第2次再審請求権では自白の任意性そのものに関する新証拠が取り調べられていない⇒本決定は、任意性に合理的疑いは報じない。
前記論文等の指摘する点を厳格に適用し、有機的関連性について慎重に審査する姿勢。
  本決定は、全般的に、原決定よりも新証拠の影響力を有意に縮小しながら再審開始という原決定と同じ結論。
⇒特別抗告審においてこれを否定しにくい、手堅い判断内容になっている。 
憲法違反・判例違反(刑訴法433条1項、405条)がない。
but
検察官が、特別抗告

憲法違反及び判例違反はなく、検察官の特別抗告に理由がないと説示しながら、法令の解釈適用を謝った違法があり著しく正義に反するとして、再審開始を認めた原決定及び原々決定を取り消した上で再審請求を棄却した大崎事件第3次再審請求特別抗告審決定による成功体験。
  行政p54
仙台地裁R4.8.22  
  指定管理者の指定取消しの事案
  指定管理制度 指定管理者制度:
民間企業等(法人その他の団体)に「公の施設」の管理を行わせることを可能とした制度(地自法244条の2第3項)であり、民間企業等の有するノウハウを活用することにより、管理に係るコストの削減やサービスの向上を図ることを目的としたもの。 
指定管理者になろうとする法人その他の団体は、議会の議決を経た上で指定管理者の「指定」を受ける(地自法244条の2第6項)。
「指定」が行われた後は、条例に基づいて協定を締結するのが通例で、指定管理者の管理業務に関する細目的事項等は、同協定の中で規定。
「指定」は行政処分と解されている。
協定の法的性質:
A:行政処分である「指定」の附款
B:契約(通説)
  概要 原告:平成28年4月以降、被告(古平町)の設置する診療所の指定管理者となった医療法人であり、原告と被告との間では、本件基本協定が締結されていた。
  原告と被告の協定(本件基本協定)
39条:指定管理者である原告に帰責事由がある場合等の指定を取り消す規定
40条:被告に帰責事由があることにより原告が損害等を被った場合等の、指定取消しの申出の規定
42条 :不可抗力の発生により、業務の継続が困難と判断した場合の指定取消しの競技の求めに関する規定
原告は、診療所の経理状況の報告につき、被告の求めるものを提出しなかった。
被告は、財政難の影響もあり、原告に詳細な報告を求めるとともに、両者の関係が悪化

原告は、本件基本協定40条に基づき、指定取消しの申出をした。
被告は、本件基本協定39条に基づき、指定取消しを行った。
本件;
原告が、指定を取り消されたことに関して損害等が生じた

被告に対し、
主位的に本件基本協定42条に基づき、
予備的に、
(1)委任契約ないし準委任契約の報酬請求権に基づき、
(2)民法650条3項に基づき、
(3)民法651条2項(平成29年法律第44号改正前のもの)に基づき、
(4)国賠法1条1項に基づき、
その損害等の請求をした事案。
  判断  ●主位的請求 
本件基本協定42条1項の「不可抗力の発生により、業務の継続が困難と判断した場合」とは、その文言上、外部から生じた事象により業務の継続が困難と判断される場合をいう
⇒本件はそれに当たらない。
  協定の法的性質について、どの立場を採るのかの判断はしていないが、
行政契約の性質を有し民法規定の適用の余地がありうる立場に立った場合に請求が認められるかを検討。 
◎予備的請求(1)について 
本件基本協定上:
指定管理料は、管理業務において損失が生じた場合の損失相当額に対して交付され、指定管理料の額は別に締結する年度協定によって定めるとされていた。

直ちに報酬と解することはできず、原告は、平成31年度以降の報酬請求権を有してない。

本件基本協定上の指定管理料の位置づけから、平成31年度以降の報酬請求権を有していないとしたもの。
  ◎予備的請求(2)及び(3) 
本件基本協定39条1項に基づき指定が取り消されたもの⇒被告が損害等の賠償の責めを負わないとされる同条3項が適用⇒民法650条3項及び651条2項に基づく損害賠償請求はできない。
民法650条3項及び651条2項は任意規定であると解する裁判例・文献(潮見・新契約各論Ⅱ、326、336)
◎予備的請求(4) 
原告の主張する注意義務の違反があったということはできない。
  民事p63
最高裁R4.6.24  
   
  事案 Xが、ツイッターのウェブサイトに投稿された各ツイートにより、Xのプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益等が侵害されている⇒ツイッターを運営するYに対し、人格権等に基づき、本件各ツイートの削除を求めた。 
本件事実:Xは平成24年4月、旅館の女性用浴場の脱衣所に侵入したとの被疑事実で逮捕され、同年5月、建造物侵入罪により罰金刑に処せられた。
  1審  Xの請求を認容
  原審 Xの請求を棄却 
Yがツイッターの利用者に提供しているサービスの内容やツイッターの利用の実態等
⇒XがYに対して本件各ツイートの削除を求めることができるのは、Xが本件事実を公表されたない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量した結果、前者が優越することが明らかな場合に限られる。
  判断 ツイッターが、その利用者に対し、情報発信の場やツイートの中から必要な情報を入手する手段を提供するなどしている
⇒Xが、プライバシー侵害を理由として、Yに対し、人格権に基づき、本件各ツイートを求めることができるか否かは、本件事実の性質及び内容、本件各ツイートによって本件事実が伝達される範囲をXが被る具体的被害の程度、Xの社会的地位や影響力、本件各ツイートの目的や意義、本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化など、Xの本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、前者が後者に優越する場合には本件各ツイートの削除を求めることができる。
本件事実:
他人にみだりに知られたくないXのプライバシーに属する事実である一方、不特定多数の者が利用する場所において行われた軽微とはいえない犯罪事実に関するもので、本件各ツイートがされた時点においては公共の利害に関する事実であった。
but
①Xの逮捕から約8年が経過しXが受けた罰金刑の言渡しはその効力を失っており、本件各ツイートに転載された本件事実の記事も報道機関のウェブサイトにおいて既に削除されている
②本件各ツイートは、ツイッターの利用者に対して本件事実を速報することを目的としてされたものとうかがわれ、長期間にわたって閲覧され続けることを想定してされたものであるとは認め難い
③Xの氏名を条件としてツイートを検索すると検索結果として本件各ツイートが表示される
④Xは公的立場にある者ではない
ことなど判示の事情

Xの本件事実を公表されたない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越
⇒XがYに対し本件各ツイートの削除を求めることができる。
原判決を破棄し、Yの控訴を棄却。
  解説  最高裁平成29年1月31日:グーグル検察結果削除請求事件

出版メディアの伝統的な法理に沿って比較衡量の判断枠組みを基本としつつ、削除の可否に関する判断が微妙な場合における安易な検察結果の削除は認められるべきではないという観点から、プライバシーに属する事実を公表されない法的利益の優越が「明らか」なことを実体的な要件として示されたもの。
but
「明らか要件」を必要とする根拠は必ずしも明らかでなかった。
明らか要件を必要とする根拠:
A:疎明だけで差止めを求める仮処分であること
B:表現の自由に対する制約が大きい差止めであること
C:検索事業者が提供する検察結果の削除の特殊性
C1:検索事業者が提供する検索結果を削除すると発信された情報の伝達が困難になるという表現の自由に対する制約の大きさに重きをおくもの
C2:検察結果の元記事について詳細な情報を持たない検索事業者の防御活動の困難性に重きをおくもの
  本判決:
従前の判例の延長として、一定のプライバシーにつき差止請求権が認められることを正面から示した上で、本件各ツイートについて、
Xの本件事実を公表されない利益を法的利益と認めつつ、
他方で、ツイッターがその利用者に対し情報発信の場やツイートの中から必要な情報を入手する手段を提供するなどしている⇒Yが本件各ツイートを一般の閲覧に供し続けることについても、前記法的利益の対抗利益となる法的利益を有するものであることを認め、
本件各ツイートの削除の可否につき、両者の等価値的な比較衡量によることとしたもの。

あくまで事例判断ではあるものの、本判決により、各種SNS上の投稿の削除について、検索事業者が提供する検索結果の削除と異なり、一律に明らかな要件を必要とするものではないことが明らかになった。 
  草野裁判官の補足意見:
主として実名報道の機能の観点から、Xの本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越すると認められる理由を述べる。 
  民事p69
最高裁R4.11.30  
  子の引渡しを命じる審判の間接強制と権利濫用(否定事例)
  事案 子の母であるX(抗告人)が、父であるY(相手方)に対し、子の引渡しを命ずる審判を債務名義とする間接強制の方法による子の引渡しの強制執行の申立てをした事案。
  経緯 ①Xらは、子ら(長男及び二男)を連れて転居
②和歌山家裁は、Xの申立てに基づき、子らの監護者をXと指定し、Yに対して子らの引渡しを命ずる審判⇒確定
③Xは、Y宅で、二男についてはその引渡しを受けたが、長男については、X及びYからの説得の応じずXに引き渡されることを強く拒絶


⑥Xは、本件申立て
⑦原々審:履行しないときは1日につき2万円の支払を命じる間接強制決定
⑧Yが執行抗告
  原審 (1)本件審判後に長男がXに引き取られることを明確に拒絶する意思を表示しているところ、これが長男の真意
(2)長男の年齢(平成25年生まれ)及び発達の程度等を踏まえ、長男の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ、合理的に必要と考えられる行為を具体的に想定することは困難
⇒本件申立てを権利の濫用に当たるものとして間接強制決定を取り消し、本件申立てを却下。
原審の判断枠組み:子の引渡しを命ずる審判を債務名義とする間接強制の申立てを権利の濫用に当たるとして却下した最高裁H31.4.26に沿ったもの。
    Xが許可抗告の申立て⇒これを許可
  判断 子の引渡しを命ずる審判がされた場合、当該子が債権者に引き渡されることを拒絶する意思を表明していることは、直ちに当該審判を債務名義とする間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではない。
本件において、長男がXに引き渡されることを拒絶する意思を表明したことは、直ちに本件申立てに基づいて間接強制決定をすることを妨げる理由となるものではなく、ほかにこれを妨げる理由となる事情は見当たらない。 
本件審判の確定から約2か月の間に2回にわたり長男がXに引き渡されることを拒絶する言動をしたにとどまる本件の事実関係の下においては原審にように解することはできず、本件申立てが権利の濫用に当たるとした原決定には法令違反がある。
⇒原決定を破棄し、原々決定に対する抗告を棄却。
  解説   子の引渡しを命ずる審判を債務名義とする子の引渡しの強制執行については、令和1年法律第2号による民執法の改正により明文の規定(174条1項2号)。 
改正民執法:
所定の場合を除き、執行官に子の引渡しを実施させる方法による強制執行の前に間接強制の方法による子の引渡しの強制執行を行うことを要する。
  債務名義により表示された請求権に係る債務の履行による消滅、権利濫用又は信義則違反による当該請求権の行使の違法といった実体法上の抗弁事由については、請求異議の訴えによる異議の事由。
このような実体法上の抗弁事由についても執行手続における審理の対象となるか? 
否定するのが通説。
判例:
執行手続である取立訴訟においては、債務名義の内容である執行債権の存在しないことが明白であっても、取立権の行使が権利の濫用又は信義則違反であるとして争うことはできない(最高裁)。
but
債務の履行に向けた債務者の行為を具体的に想定できない場合、債務者に心理的圧迫を加えて債務の履行を強制することは過酷な執行といえる⇒平成31年決定は、子の心身に有害な影響を及ぼすことのないように配慮しつつ子の引渡しを実現するため合理的に必要と考えられる債務者の行為は具体的に想定することが困難であり、当該間接強制の申立てが権利の濫用に当たるとして許されない。

間接強制手続において、その申立てが権利の濫用に当たるか否かについては審理の対象となるとすることが明らかに。
平成31年決定:
引渡しの対象となった子(9歳3か月)が執行官による引渡しを強く拒んだ上、その後の人身保護請求事件において裁判官の面前でも引渡しを強く拒んだという事情を踏まえたもの。

間接強制の申立てが権利の濫用に当たる場面を広く想定していたとはいえない。
本件:
改正民執法が適用される事案であるところ、改正民執法は、所定の場合を除き、執行官に子の引渡しを実施させる方法による強制執行の前に間接強制の方法による子の引渡しの強制執行を行うことを要する⇒その審理が長期間に及ぶことを想定していないものと思われる。
but
間接強制の方法による子の引渡しの強制執行の申立てが広く権利の濫用に当たり得るとする場合には、当該申立てに係る審理において当該申立てが権利の濫用に当たるか否かにつき激しく争われることが容易に想定⇒このような事態は、改正民執法が想定する運用とかけ離れたものである上、監護権者をめぐる争いに決着がついた後に家裁調査官による調査等も予定されていない手続において紛争の蒸し返しを許すことになるという点からも相当とはいえない。
  間接強制の方法による子の引渡しの強制執行の申立てが権利の濫用となる評価根拠事実と請求異議事由との関係や、間接強制の執行要件とされる「債務者の意思のみによる履行可能性」と権利の濫用として前記申立てが許されないことの関係の理論的整理は残された課題。 
  民事p76
大阪高裁R4.2.24  
  高額所得者の婚姻費用の算定の事案
  事案 妻が、別居中の夫に対し、婚姻費用分担金の支払を求めた事案 
  婚費の算定 婚姻費用分担金の算定:
権利者と義務者の各基礎収入の合計額を、
生活保護基準等から導き出される標準的な生活費指数により推計された権利者世帯及び義務者世帯の各生活費で按分し
権利者世帯に割り振られる基礎収入額から権利者の基礎収入を控除して、
義務者が分担すべき婚姻費用の額を算出
(文献)
but
改定標準算定方式は、総収入(年額)が給与所得者につき2000万円、自営業者につき1567万円までを取り扱う⇒総収入がこれを上回る場合の算定が問題。
A:改定標準算定方式・算定表を用いる方法
B:夫婦の同居中及び現在の生活状況等から婚姻費用を算定する方法

Aは
ア:改定標準算定方式・算定表の総収入の上限をそのまま利用する方法
イ:基礎収入割合を修正して改定標準算定方式を利用する方法
ウ:公租公課等の外に貯蓄率も控除して基礎収入割合を修正して改定標準方式を利用する方法
  原審 妻は無職であるが、給与年収50~60万円程度の稼働能力を有する
夫の自営年収:約5976万円
①夫が改定標準最低方式が取り扱う上限額の4倍近い高額所得者である上、
②職業費、特別経費及び貯蓄率に関する標準的な資料がなく、改定標準方式を用いることが困難

本件夫婦の同居時の生活水準や生活費の支出状況、別居後の妻の家計収支や支出状況等を踏まえて夫が支払うべき婚姻費用の分担額を定めるのが相当⇒Bの方式。
・・妻世帯の家計収支が月額92万円程度とされているところ、妻に若干の稼働能力が認められる⇒月額85万円 
  判断  妻の稼働能力を否定して無収入と認定
夫の自営収入を約7481万円
婚姻費用分担金の算定方式については、
基本的にはAウの方法を採用し、補完的にBの方法の基礎となる考慮要素を検討。 
  ・・・
  解説    Aア:改定標準方式が取り扱う総収入の上限を超える部分は資産形成に充てられると捉え、その部分は離婚時の財産分与として清算するのが相当とするもの。
 Aイ:
高額所得者⇒職業費や特別経費の割合は低くなるが、公租公課の割合が高くなり、結果として総収入から控除される費用の割合が高くなる⇒基礎収入割合は低くなる傾向。
特別経費に該当しないものの、貯蓄や資産形成に回る部分が多くなって消費に充てられる基礎収入の部分が小さくなる
⇒個別事情を踏まえて基礎収入割合を改定標準算定方式の下限より低く認定し、同方式を用いる。 
Aウ:
Aイの方法と同様に考えた上で、統計資料に基づく平均貯蓄率や過去の貯蓄実績により、一定額又は一定割合の貯蓄分を控除することによって基礎収入割合を改定標準方式の下限より低く認定し、同方式を用いるもの。
  本決定:Aウを採用。
but問題点。 
◎職業費の公序方法の是非 
職業費について実収入費の13.35%に当たる999万円を控除した処理の妥当性。
一般に、自営業者の場合、改定標準方式においては事業収入を算出する過程で職業費が経費として控除済み。
本件でも夫の事業所得が、約1億6989万円の営業など収入から約7335万円の諸経費を控除するなどして約7189万円と算出され、これを踏まえて夫の事業収入を約7481万円と認定。

この事業収入から更に統計に基づく職業費を控除すると、二重控除となってしまい、相当でないのではないか?
  ◎貯蓄率の認定の妥当性 
抗告審がどのような考え方をもとに夫の可処分所得について貯蓄率を26%と認定したかは明らかではない。
  Bの方式:
同居中や別居後の生活費の支出状況の認定が困難な場合がある
何をもって浪費的な支出と評価するかの認定も同様の困難
義務者が同居中に適正な額の生活費を権利者に渡していなかった場合等、適正な額の把握が難しい
判断資料の収入に時間を要し、審理が長期化しやすい
  知財p85
最高裁R4.10.24  
  音楽教室の運営者と音楽著作物の利用主体
  事案 音楽教室を運営するXらが、著作権者から著作権の信託を受けるなどして音楽著作物の著作権を管理するY(JASRAC)に対し、YのXらに対するYの管理する音楽著作物の著作権(演奏権)の侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権等の不存在の確認を求めた事案。
  争点 Xらと演奏技術等の享受に関する契約を締結した者(「生徒」)による本件管理著作物の演奏に関し、Xらが本件管理著作物の利用主体であるといえるか? 
  1審 Xらが利用主体 
  原審 Xらが利用主体であるとはいえない 
  判断 生徒が、Xらとの演奏技術等の教授に関する契約に基づき、Xらに対して受講料を支払い、演奏技術等の教授のためのレッスンにおいて教師の指示・指導の下で本件管理著作物を含む課題曲を演奏する場合に、
(1)生徒の演奏は、教師からの演奏技術等の教授を受けてこれを習得し、その向上を図ることを目的として行われるのであって、前記課題曲を演奏するのは、そのための手段にすぎない
(2)生徒の演奏は、教師による伴走や各種録音物の再生が行われたとしても、これは、生徒の演奏を補助するものにとどまる、
(3)教師による課題曲の選定や生徒の演奏についての指示・指導は、生徒が前記(1)の目的を達成することができるように助力するものにすぎないなどの事情

前記レッスンにおける生徒の演奏に関し、Xらが本件管理著作物の利用主体であるということはできない。
⇒Yの上告を棄却。 
  解説 ●著作物の利用主体に係る判例等
自ら演奏をする者といった物理的、自然的にみた利用主体以外の者が、規範的観点から著作物の利用主体と評価されることがあった。
クラブキャッツアイ事件判決:
ア:客が店の従業員による歌唱の勧誘、店の経営者の備え置いたカラオケテープの範囲内での選曲等を通じて、店の経営者の管理の下に歌唱していると解される
イ:店の経営者は、客の歌唱を利用して営業上の利益を増大させることを意図している

著作権法上の規律の観点から、客の歌唱も店の経営者の歌唱と同視し得る。

その後の下級審裁判例は、管理性及び営業上の利益の帰属の要素に着目し、あるいはこれらに加えて他の要素も考慮しつつ、カラオケスナック以外の演奏権の事例や他の支分権の事例においても、具体的な事実関係に基づき、利用主体の判断がされてきた。
ロクラクⅡ事件判決:
管理性及び営業上の利益の帰属の要素に触れることなく、
複製の主体の判断に当たっては、複製の対象、方法、複製への関与の内容、程度等の諸要素を考慮して判断するのが相当であるなどと判示し、
放送番組等の複製物を取得することを可能にするサービスを提供する者が複製の主体。

金築裁判官の補足意見:
ア:著作権法21条以下に規定された「複製」「上演」等に係る利用主体を判断するに当たっては、物理的、自然的に観察するだけでなく、社会的、経済的側面をも含め総合的に観察するべき
イ:考慮されるべき要素は、行為類型によって変わり得るものであること
などが述べられた。
●本判決 
演奏における利用主体の判断に当たり、演奏の目的及び態様、演奏への関与の内容及び程度等の諸般の事情を考慮すべきものとした。
複製:複製の対象や方法につき様々なものが考えられる
人による演奏:基本的には実際の演奏者の身体的動作で完結し、その対象も音楽著作物に限られる

利用主体の判断は、行為類型ごとの総意を踏まえつつ種々の要素を総合考慮して行われるべきものであるとの立場。
Y:上告受理申立て理由において、Xらが経済的利益を得ていることを主張
本判決:受講料は課題曲を演奏すること自体の対価ということはできない

利用主体の判断に当たり、経済的側面が考慮され得ること自体を否定するものではない。
その上で、各事情について検討した上で、生徒の演奏に関し、Xらが本件管理著作物の利用主体であるとはいえないとの事例判断。
生徒は、演奏技術の向上等を図ることを目的とし、そのための手段として自らの意思で演奏を行い、演奏行為自体も生徒自身の行為により完結している。
教師(と通じたXら)の関与の内容等は、あくまで生徒の演奏に対する補助ないし助力程度のものにとどまるといえる。
事例判断にとどまるものの、利用主体の判断に関する最高裁の基本的な考え方をより明確にするもの。
最高裁において利用主体該当性が否定された初めての事例⇒利用主体と認められる範囲を画するという観点からも意味がある。
  知財p88
知財高裁R4.2.9  
  物の製造方法に係る特許権に基づく侵害差止め等請求の事案
  事案 物の製造方法に係る特許(「本件特許」)を有するXが、Y2がY原料を生産する方法(「Y方法」)は本件特許の技術的範囲に属し、Y2によるY原料の生産・譲渡、Y1によるY原料を用いたY製品の生産・譲渡等は本件特許権を侵害⇒Yらに対し、特許法100条1項及び2項に基づき、
主位的にY原料及びY製品の生産・譲渡等の差止め及び廃棄を求め、
予備的に特定の方法で生産されたY原料及びY製品の生産・譲渡等の差止め及び廃棄を求めた。 
  原審 Y方法は本件発明の技術的範囲に属さない⇒Yの請求を全部棄却。 
    原判決後に、本件発明の訂正請求を認める審決が確定⇒訂正後の発明についての充足性・有効性のみが問題。
  判断 原判決を取り消し、Xの主位的請求を全部認容。 
  解説  ●特許法104条(生産方法の推定)について 
特許法 第一〇四条(生産方法の推定)
物を生産する方法の発明について特許がされている場合において、その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは、その物と同一の物は、その方法により生産したものと推定する。

物の生産方法の発明の侵害が問題となる場合、当該物の生産は侵害者の工場内等で実施されるため特許権者が生産方法の内容を知ることができず、生産された物を市場で入手して、それが発明により生産された物と同一であることを立証できたとしても、生産方法が同一であることまでの立証は困難
⇒その「物」が公然知られた物でないときには、立証責任を転換して、発明の方法により生産されたものと推定。
104条が適用⇒被疑侵害者は抗弁として自ら実施する方法を主張立証することになる。
A:自ら実施している方法の開示で足りる
B:同方法が特許権の技術的範囲に属しないことまで主張立証する必要(多数)
「特許出願前」:優先権主張日前
「公然知られた物」:
その物が必ずしも現実に存在することは必要ではないが、少なくとも当該技術分野における通常の知識を有する者においてその物を製造する手がかりが得られる程度に知られた事実が存すること
本判決:同条の「その物」を「オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物であって、前記発酵物の乾燥重量1g当たり、8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成され、食品素材として用いられる物」と認定

特許請求の範囲の記載の限度での認定ではあるものの、含有量の生成量や用途もその内容に組み込んでいる。
  特許法39条2項(重複特許) 
 第三九条(先願)
同一の発明について異なつた日に二以上の特許出願があつたときは、最先の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる。
2同一の発明について同日に二以上の特許出願があつたときは、特許出願人の協議により定めた一の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる。協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、いずれも、その発明について特許を受けることができない。
本件特許と、そのファミリー特許からの分割出願による別の特許が、優先日を同一とする同一の発明であり(重複特許、ダブルパテント)、無効であるとの主張。
⇒両発明が特許法39条2項の「同一の発明」に当たるか?が問題
特許庁の審査基準:
2つの発明が「実質同一」である場合も「同一の発明」に当たり、
「実質同一」となるのは、相違点が
(1)課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)
(2)先願発明の発明特定事項を、本願発明において上位概念として表現したことによる差異
(3)単なるカテゴリー表現上の際(例えば、表現形式上、「物」の発明であるか「方法」の発明であるかの差異)である場合とされている。
本件:新たな効果を奏するものが付加されている⇒同一の発明に当たらない
  刑事p171
最高裁R4.4.28  
  強制採尿令状の発布に違法がある場合で、尿の鑑定書等の証拠能力(肯定)
  事案 覚醒剤取締法違反(自己使用)の被告事件について、強制採尿手続の適法性と尿の鑑定書等の証拠能力の有無が争われた事案 
警察官らは、被告人に対する本件強制採尿令状の請求に先立ち、被告に任意採尿の説得をするなどしたことはなく、
嫌疑の主たる根拠が、同令状請求の約3か月前に得られた参考人の供述(「被告人から何度か覚醒剤を買った」)と被告人の覚せい剤事犯の多数の犯歴
  原審 本件強制採尿令状の発布は、嫌疑及び最終的手段としての強制採尿の必要性の点で要件を欠いた違法なもの⇒同令状の執行としての強制採尿手続も違法。
・・・その違法は令状主義の精神を没却するような重大なもの⇒本件鑑定書等の証拠能力は認められない⇒無罪。 
  判断 被疑者に対して強制採尿を実施することが「犯罪の捜査上真にやむを得ない」場合とは認められないのにさjれた本件強制採尿令状の発布は違法。
警察官らが同令状に基づいて強制採尿を実施した行為も違法。 
警察官らは犯罪事実の嫌疑があり被害者に対する強制採尿の実施が必要不可欠であると判断した根拠等についてありのままを記載した疎明資料を提出して同令状を請求し、裁判官の審査を経て発布された適式の同令状に基づき強制採尿を実施

その執行手続き自体に違法な点はない
「犯罪の捜査上真にやむを得ない」場合であることについて、前記疎明資料において、合理的根拠が欠如していることが客観的に明らかであったというものではない。
警察官らは直ちに同令状を執行して強制採尿を実施することなく被疑者に対して尿を任意に提出するよう繰り返し促すなどしていた。

強制採尿手続の違法の程度はいんまだ重大とはいえず、同手続により得られた本件鑑定書等の証拠能力を肯定することができる。
  解説  ●強制採尿手続の適法性 
「被疑事件の重大性、嫌疑の存在、当該証拠の重要性とその取得の必要性、適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、犯罪の捜査上真にやむをえないと認められる場合には、最終的手段として、適切な法律上の手続を経て」、被疑者の身体の安全とその人格の保護のための十分な配慮の下にこれを行うことが許される。
同手続について、条件を記載した捜索差押令状(強制採尿令状)によるべき。
(最高裁)
本件で問題:「嫌疑の存在」「適当な代替手段の不存在」
嫌疑の存在:
被疑者が強制採尿令状請求に比較的近接した時期に覚醒剤を自己使用し、その証拠となる覚醒剤成分が尿中に含まれる蓋然性があることについて疎明が必要。
嫌疑の有無は、捜査官の主観的評価ではなく、客観的資料に基づく疎明が必要。
適当な代替手段の不存在:
捜査機関としては、強制採尿令状の請求に先立ち、尿の任意提出を説得して促す必要があり、それにもかかわらず被疑者が拒否する場合に初めて同令状請求が許される。
  ●違法収集証拠の証拠能力 
証拠物の押収等の手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合には証拠能力は否定される(最高裁)。
違法の重大性の判断要素:
(1)法規からの逸脱の程度
(2)警察官等における令状主義に関する諸規定を潜脱する意図の有無
(3)採尿手続における強制の有無
本件採尿令状は、実体的要件が認められないのに発付。
but
実態的要件の判断は、法的評価を伴う⇒見解の相違が生ずることは不可避。
⇒同要件があるとした裁判官の判断が公判裁判所によって誤り評価されたとしても、直ちに違法の重大性が認められるとするのは相当ではなく、前記判断が、令状主義の趣旨(「正当な理由」の有無を事前に裁判官に判断させて、捜査機関の恣意・濫用等による不当な権利侵害を防ぐ)に反するようなものであるj場合に違法の重大性が肯定されると解するのが相当。
本判決:本件がこのような場合に当たらないことを示す趣旨で、「犯罪の捜査上真にやむを得ない」場合であることについて、「疎明資料において、合理的根拠が欠如していることが客観的に明らかであったというものではない」ことを指摘。
本件における警察官らの強制採尿令状の請求、執行手続自体は違法ではなかった
⇒警察官らに令状主義を潜脱する意図があったとはいえない。
  刑事p174
横浜地裁R4.1.12  
  心神喪失⇒無罪の事案
  事案  
  主張 弁護人:裁判員法50条に基づくB医師による被告人の精神鑑定(「B鑑定」)の結果に依拠して、被告人は統合失調症にかかっており、本件行為当時、Aを投げ飛ばせなどの幻聴及び被影響妄想(させられ体験)に支配されていた⇒心神喪失の状態
検察官:統合失調症との診断には疑問がある上、仮に統合失調症であったとしても、育児等によるいら立ちから本件行為に及んだ⇒その影響は著しいものではない⇒完全責任能力があった 
  経緯 起訴前鑑定等が実施され、そこでは、被告人が統合失調症と診断されることはなく、その後、被告人が供述を変遷⇒B鑑定が実施 
被告人は、捜査段階においては、本件行為の動機について育児等でいらいらしていたと話、
but
起訴後しばらくしてから、供述を変遷させ、
平成20年頃から自分を誹謗中傷する男の声が聞こえていた、本件行為時には、「(Aは)悪魔の子だ、のろわれている」「痛めつければ悪魔から解放される、投げ飛ばせ、これは儀式だ」という声が聞こえ、Aを放り投げたときには自分の身体が勝手に動いたような感覚がした。
  検察官:変遷後の被告人供述の信用性を争った⇒同供述の信用性及び同供述に基づくB鑑定の信用性が本判決の判断の中心に。 
  判断   ●被告人が、本件行為当時統合失調症にかかっていたかどうか
(1)B鑑定が、同供述について、詐病ではないかといった視点も抱いた上で医学的・専門的知見に基づき詐病ではないと結論付けており、その考察結果は十分納得でき有る。
(2)同供述の内容に全く体験していない話を作り上げたような不自然な点等は認められない
⇒同供述は信用できる
⇒同供述を基礎としたB鑑定にも不当な点はない⇒B鑑定に基づき被告人は統合失調症にかかっていた。
  ●本件行為当時、統合失調症の陽性症状として幻聴・被影響妄想が出現していたか 
(1)被告人の育児状況⇒被告人が供述変遷前に述べていた育児等でいら立っていたという動機のみから本件行為を含む一連の暴行に及んだと考えるのには疑問が残る
(2)被告人が幻聴体験を周囲の人に話していなかった⇒捜査段階で幻聴体験について話さなかったとしても不自然ではない
(3)B鑑定が、被告人が述べる幻聴体験は統合失調症の幻覚妄想状態が急激に悪化したものであると分析
⇒被告人の供述が信用できないとはいえない。
⇒同供述を基礎としたB鑑定の信用性も否定できない。

本件行為時において、統合失調症の陽性症状として幻聴・被影響妄想が出現していたことを責任能力判断の前提にすべき。
  ●幻聴・被影響妄想が本件行為に与えた影響 
(1)被告人の本件行為を含む一連の暴行には、それまでの被告人に見られない異常な側面がある
(2)被告人の本件行為直後の行動は、被告人に本件行為が儀式であるという妄想が持続していたと考えれば理解できる
(3)B鑑定の幻聴等の本件行為への影響についての分析

被告人が本件行為をした時点では、統合失調症による幻聴等の圧倒的な影響したにあり、心身喪失であった合理的な疑いが残る。
  解説 本判決が、一般的な供述の信用性判断の手法のみならず、鑑定人による分析を踏まえて被告人供述の信用性について判断

被告人の精神状態について鑑定の責任を負う鑑定人は、被告人供述が鑑定の基礎に置くべき資料といえるのかどうか判断するために、鑑定留置中の諸検査や行動観察等の幅広い資料を踏まえ、医学的・専門的知見も参照し、被告人が供述する幻聴体験が精神症状の現れてみて精神医学的に矛盾はないかといった観点から供述の信用性を慎重に吟味するはず⇒被告人の供述の信用性判断は、B鑑定の前提事項ではなく、その本分に属する事項であり、その判断過程に不合理な点もない
⇒その見解は十分に尊重すべき。 
広島高裁:
鑑定人の被告人の供述の信用性に関する検討作業はまさに鑑定の本分に属すること
⇒信用性評価の判断過程に不合理な点がない限り、基本的に尊重されるもの。
  刑事p178
千葉地裁R2.12.16  
  殺人罪の共同正犯として起訴⇒幇助犯認定の事案
  事案  主犯者(Z1)が経営する事業の従業員であった被告人が、同じく従業員であった被害者に掛けられた生命保険金を目当てに、早朝酔っていた被害者をふ頭の岸壁から海中に突き落として溺死させた。
  判断 事実経過を具体的に認定した上で、犯行の計画段階、実行段階それぞれにおける被告人の関与、さらには、保険金殺人による報酬約束の状況、殺害後の偽装工作の状況等を検討
⇒ 共同正犯の訴因に対し、幇助犯を認定。
  解説 ●共同正犯と幇助犯の判別
共犯事件:全事件の20%程度
大部分は共同正犯で、幇助犯は共犯事件の1~3%
「自己の犯罪として」関与したかどうか

裁判員裁判での説明:
「自己の犯罪を犯したといえる程度に、その遂行に重要な役割を果たしたといえるか」といった整理。
「当該加功が一般に不法の実現を促進する程度と、当該加功がなければ不法の実現が困難化する程度の積」などと言い換えることも提案。
実務では、類似事案に関する過去の裁判例を参考にしながら、関係する諸事情を認定し、個々の事情が共謀の成否や正犯性の有無に及ぼす影響の軽重を考慮して検討(いわゆる類型化)。

支配型と対等型
主導型と相互教唆型と役割分担型
対等共同型と委託による監督型と命令・利用型
などの分類。
共同正犯か幇助犯かが争われた事件は、共謀共同正犯か幇助犯化が争われたものが多い。
実行行為を共同⇒共同正犯であって争う余地がないとされていた。 
  判断 被告人は従僕的な共犯者
but
被告人が被害者を犯行現場まで自動車に乗せて連れ出した際、自動車を運転したのが被告人であり、岸壁で一緒に釣りをして、被害者を安心させたという事情。 
but
主犯者であるZ1と被告人との関係を重く見て、「自ら本件を行った主体」であると評価するには合理的な疑いが残る。
(1)被告人はZ1から保険金殺人の話を聞いており、Z1らと意を通じていた
but被害者を保険に入らせたこと等には寄与していなかった。
(2)犯行現場への自動車の運転行為などの重要な役割は果たしたが、基本的にはZ1の指示に従っていたにすぎず、自らの利益をもくろんで自らの考えで積極的主体的に関与したというよりは、Z1の意向に逆らうのが難しいとの考えから、Z1が主導する計画に加担。

共同正犯を否定し、幇助犯にとどめた。

半ば支配的立場にあるZ1の命令により、被害者を犯行現場まで連れて行くなどの行為をしたのみで、保険金殺人であるのに、取立てて報酬を得られるわけでもなかった被告人が共同正犯とされるのは不当であるとの結論。
   2560
  行政p5
最高裁R4.12.8  
  原処分をした執行機関の所属する行政主体の取消訴訟を提起する適格(消極)
  事案 普天間飛行場の代替施設を沖縄県名護市辺野古沿岸域に設置するための公有水面の埋立てをめぐる国と沖縄県との間の紛争に関し、最高裁が判決を言い渡した4件目の事案。 
経緯 沖縄県知事は、沖縄防衛局がした本件埋立事業の承認を求める出願につき、公有水面埋立法(「公水法」)4条1項各号の要件に適合すると判断し、公水法42条1項に基づく承認。
同項の規定により都道府県が処理することとされている事務は法定受託事務(公水法51条1号、地自法2条9項1号)。
沖縄県副知事は、沖縄県知事の職務代理者(地自法152条1項)から地自法153条1項に基づく委任を受け、X(沖縄県)の執行機関として、沖縄防衛局に対し、前記承認の後に判明した事情によれば本件埋立事業は公水法4条1項1号及び2号の各要件に適合していない⇒前記承認の取消し。
沖縄防衛局は、本件取消しに不服があるとして、地自法255条の2第1項1号の規定(「本件規定」)により、公水法を所管する国土交通大臣に対して審査請求⇒同大臣は、本件承認取消しは違法かつ不当であるとして、これを取り消す裁決をした。
本件:Xが、国土交通大臣の所属する行政主体であるY(国)を相手に、本件裁決の取消しを求めた事案であり、行政主体であるXが提起した抗告訴訟(行訴法3条3項所定の裁決の取消しの訴え)。
沖縄県知事は、本件訴えの提起に先立ち、国土交通大臣を相手に、地自法251条の5第1項の訴え(国の関与に関する訴え)として、本件裁決の取消しを求めていたところ、本判決言渡しの時点で、この訴えについて、本件裁決は同項の訴えの対象にはならない旨の理由により、訴え却下の判決が確定。
  1審 本件訴えは地方公共団体であるXが公水法の適用ないし一般公益の保護を目的とするもの⇒本件訴えは法律上の争訟(裁判所法3条1項)に当たらず、Xは本件裁決の取消しを求める原告適格(行訴法9条1項)を有しない⇒却下 
  原審 行訴法9条1項にいう「法律上の利益」は私人が裁判により救済を認められるべき権利利益と同等の性格のものである必要があるが、Xが主張する自治権及び公物管理権はこれに当たらない
⇒Xは本件裁決の取消しを求める原告適格を有しない⇒却下すべき。
    Xが上告受理の申立て⇒受理
  判断 本件規定による審査請求に対する裁決について、原処分をした執行機関の所属する行政主体である都道府県は、取消訴訟を提起する適格を有しない
⇒ 本件訴えを却下すべきものとした原審の判断は結論において是認することができる。
  解説  ●裁定的関与を争う訴訟の適否 
A:出訴を肯定
←違法な国の裁定的関与は地方公共団体の自治権を侵害⇒地方公共団体は救済を求めるために抗告訴訟を提起することができる(塩野)。
B:出訴を否定
←審査請求や抗告訴訟はあくまでも国民(私人)の権利利益を保護するための制度であって、公権力を行使した側からの出訴を認めることは当該制度の基本構造や趣旨に反する(藤田)
最高裁(昭和49年):
国民健康保険の保険者(市町村)は、自らがした保険給付等に関する処分を取り消した国民健康保険審査会(都道府県知事の附属機関)の裁定につき、取消訴訟を提起する適格を有しない。

(1)前記保険者は、国保法の規定に基づき、本来国の事務である国民健康保険事業(当時)を担当する行政主体であって、前記処分の審査請求に関する限り、前記審査会の下級行政庁と同様の関係に立つ。
(2)前記裁決に対して保険者の出訴を認めると、前記処分の相手方の権利救済を遅延させるおそれがある。

審査請求がされた行政庁(「審査庁」)と処分庁とが異なる行政主体に属する場面について、当該審査請求に係る制度の趣旨を踏まえて判断したもの。
  ●本件規定による審査請求に対する各大臣の裁決を争う抗告訴訟の適否 
  地自法 第二五五条の二[審査請求]
法定受託事務に係る次の各号に掲げる処分及びその不作為についての審査請求は、他の法律に特別の定めがある場合を除くほか、当該各号に定める者に対してするものとする。この場合において、不作為についての審査請求は、他の法律に特別の定めがある場合を除くほか、当該各号に定める者に代えて、当該不作為に係る執行機関に対してすることもできる。
一 都道府県知事その他の都道府県の執行機関の処分 当該処分に係る事務を規定する法律又はこれに基づく政令を所管する各大臣
 
法定受託事務に係る都道府県の執行機関の処分についての審査請求をすべき行政庁に関し、行審法4条の特則を定めたもの(同条にいう「特別の定め」に当たる)

その趣旨は、都道府県の法定受託事務に係る処分については、当該事務が「国が本来果たすべき役割に係るものであって、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるもの」という性質を有する(地自法2条9項1号)⇒審査請求を国の行政庁である各大臣に対してすべきものとすることにより、当該事務に係る判断の全国的な統一を図るとともに、より公正な判断がされることに対する処分の相手方の期待を保護することにある。
本件規定による審査請求に対する裁決は、地自法245条3号括弧書により、国と普通地方公共団体との間の紛争処理(地自法251条の5第1項の訴えを含む)の対象にはならないものとされている。

処分緒相手方と処分庁との紛争を簡易迅速に解決する審査請求の手続における最終的な判断である裁決について、これを更に前記紛争処理の対象とすることにより、相手方を不安定な状態に置き、当該紛争の迅速な解決が困難となる事態を防ぐ。
but
このような事態は、処分庁の所属する都道府県が審査請求に対する裁決を不服として抗告訴訟を提起することを認めた場合にも生ずるもの。
  法定受託事務に係る都道府県の執行機関の処分についての審査請求に関し、行審法及び地自法には当該都道府県が裁決の適法性を争うことができる旨の規定が置かれていない。
 
これらの法律は、当該処分の相手方の権利利益の簡易迅速かつ実効的な救済を図るとともに、当該事務の適正な処理を確保するため(行審法1条参照)、処分庁(原処分をした執行機関)の所属する行政主体である都道府県が抗告訴訟により審査庁(各大臣)の裁決の適法性を争うことを認めていない。
  ●憲法との関係等について 
◎    憲法第8章の地方自治は、地方公共団体の基本権ではなく公法上の制度を保障したものであり、国の法律をもってしても侵すことのできない制度の核心が「地方自治の本旨」(憲法92条)であると理解するのが伝統的な通説及び判例(佐藤p597)。
ア:裁決の適否を裁判上争う手段が確保されるという都道府県の利益と
イ:裁決により簡易迅速かつ実効的な救済を受けられるという私人(原処分の相手方)の利益
とが対立
⇒アをイに優先して保護することが「地方自治の本旨」の内容を成すか否かが問題。
but
前記場面では、法定受託事務の性質上、原処分を行う本来的な権限が裁決をした各大臣の所属する国にあると解される
⇒アがイに当然に優越すると解すべき憲法上の根拠があるとまではいい難く、アの優先的な保護が「地方自治の本旨」の内容を成すとまではいい難い。
昭和49年最判:保険者の特別な地位に鑑みると、保険者に出訴を認めないとしても、その裁判を受ける権利が侵害されたとはいえない。
⇒前記場面におてい都道府県が取消訴訟を提起することができないと解したとしても、憲法に違反するとはいえない。
本件裁定:
Xがした本件承認取消しの効力を覆すものであり、その対象である水域に対するXの管理権を侵害するとも評価し得る。
Xが「法律上の死利益」として公物管理権を有する旨をいうXの主張は、この点に関係する。
判例上、市の道路管理権に基づく工作物撤去等の請求が認容(最高裁)等⇒一般的には、公物管理権は、それ自体を単独でみれば、取消訴訟の原告適格を基礎づける「法律上の利益」に該当し得ると解する余地がある。
but
都道府県知事が公水法42条1項に基づく承認の取消しをした場面については、仮に当該取消しがその対象である水域に対する管理権の行使に該当すると評価し得るとしても、当該管理権の内実は、あくまでも当該取消に係る権限そのものに他ならないというべき。

本件裁決については、仮にこれにより本件埋立事業の対象である水域に対するXの管理権が侵害されるとの評価が成り立つとしても、Xが原処分である本件承認取消しをした執行機関の所属する行絵師主体である限り、Xにおいて取消訴訟を提起することは許されないという結論は左右されない。
  行政p25
高松地裁R3.12.24  
  地方議会議員の海外視察が不当利得された事案
  事案 香川県の住民らである原告らが、本件各派遣決定は違法であり、本件各派遣決定に基づく本件各旅行費用の支出も違法⇒香川県は前記議員らに対する不当利得返還請求権を有しているのにそれを行使しないことは財産管理を怠る事実⇒香川県の執行機関である香川県知事に対し、前記議員らに不当利得返還請求をするよう求めた事案。 
本件各派遣決定に基づき旅行会社に対してした本件各海外旅行のための各委託料の支出は、普通地方公共団体(香川県)の長(知事)であるWが県職員に対する指揮監督義務を怠った結果行われたもので、香川県がWに対して有する不法行為に基づく損害賠償請求権についても同様の主張をするもの。
  判断 本件各海外旅行につき、いずれも、本件各派遣決定における派遣目的決定における派遣目的は合理性がないとまではいえないが、各派遣計画のうちには前記派遣目的に資するとはいえない部分があり、または実際に実施された本件各海外旅行の内容に照らしても、議員としての職務の遂行とはいえない部分がある

これらにつき、前記議員ら(V1~V20)が、派遣による職務を行うために要した費用の弁償として支給を受けた旅費(本件各旅行費用)の一部につき、法律上原因なくして利得したことになる⇒不当利得に基づく返還を命じた。
Wに指揮監督上の義務違反があるとは認められない⇒Wが損害賠償義務を負うことはない。
  解説   ●地方議会の決議について 
地方議会は、各種の案件を議決する議事機関であり、議員派遣あるいは調査権限が認められており、議案の審査又は当該仏地方公共団体の事務に関する調査のためその他議会が必要と認めるときは、会議規則によって議員を派遣することができる(地自法100条13項)。
普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の議決機関としてその権能を果たすために必要な限度で広範な権能を有しており、合理的な必要がある場合には、その裁量により、議員を海外に派遣することができる(最高裁)。
but
当該派遣を決定した議会の議決(派遣決定)及びこれに基づく議長の旅行命令が、議会の権能を果たすために必要でなかった、すなわち、派遣目的に合理性を欠く場合や派遣計画が派遣目的におよそ資するものでなかった場合には、前記裁量権の行使に逸脱や濫用がある
⇒前記の議決は違法となるほか、議長の旅行命令に基づく当該旅行も議員としての職務でなかったことになる⇒法律上の原因なくして旅費を利得したことになり、不当利得返還義務を負う(最高裁)。
元々の議決には含まれていない派遣目的や派遣場所についても派遣が実施されたとして加えられた部分については議会の議決に裁量権の逸脱濫用があったとされた裁判例。
  ●議員の職務について 
議員は、議会の議決に従って議長がした旅行命令に基づき、派遣による職務を行うために要した費用の弁償として旅費の支給を受けることができる(地自法203条)。
派遣目的や派遣計画は抽象的包括的とならざるを得ないし、議員の職務は性質上、高度の裁量に基づくもの
but
具体的な派遣計画の実施状況、遂行状況に照らし、それが派遣目的に資するものでない場合には、議会の権能を果たすために必要でないものとして、およそ職務の遂行とはいえない場合があり得る。
野球大会への議員の派遣につき、野球大会の行事内容日程等を通じて、スポーツの親交普及を図り、議員相互の交流により地方自治の発展に役立つ知識経験を得ることが必要ないとまでいうことはできない。
but
野球大会の具体的な行事内容や日程等
・意見交換や相互交流の機会は設けられていない
・視察参加議員による競技施設の視察等は予定されていないか、参加者が極めて少数
などの事実関係

当該日程内容は単なるリクレーションの域を出ないとして、議長のした旅行命令には裁量権逸脱濫用の違法があるとした原審(高松高裁)を是認。
海外派遣の裁判例:
近年のものとして
・派遣目的との関連性がなく、実質的に単なる観光目的の訪問であった部分を違法とした判決(仙台高裁)
・実質的に海外研修に名を借りた観光中心の私的旅行というべきもので、議員としての職務を行うものとはいえないとした判決(東京高裁)
本件の4件の旅行のうち2件:
派遣目的が観光政策や取組状況を視察するというもの

議員の職務遂行状況によっては、単なる観光に堕するものとなる場合から、当該所管地域の観光施策のあり方等を高度に考察するものとなる場合まで、幅広くなる可能性

当該視察がどのような実施状況であったか、あるいは各議員がそれらを施策に反映するためどのように見識を深め、地域の施策への応用についてどのような認識を抱いたかによって、議員としての職務遂行といえるものであったかが異なってくる。
今後の事案において中心的な争点とされるのは、派遣目的に資する計画であったといえるか、また、広範な裁量に基づく議員の職務行為がその実質を有していたといえるかということになるとみられ、これらを職務行為状況に関する個別の事実関係に基づき判断。
  民事p51
東京高裁R4.8.19  
凍結保存精子による出生と認知請求権の事案
  事案 凍結保存精子を用いた生殖補助医療により出生した子であるX1及びX2(控訴人)が、当該精子を提供した者で、性別の取扱いの変更の審判を受けた者であるY(被控訴人)に対して、認知を求めた事案。 
Y:性自認が女性で、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(「特例法」)に基づき性別の取扱いの変更の審判を受けるため、準備を進め、名を変更。
YはZ(女性)と交際⇒Zは、Yの凍結保存精子を用いた生殖補助医療により、長女X1を出産。
Yは、X1の出生の事実を家裁に申告しないまま、特例法3条に基づき、女性への性別の取扱いの変更の審判を受け、確定。
Zは、Yの凍結保存精子を用いた生殖補助医療により、二女のX2を出産。
Yは、父をY、認知される子をX1及びX2とする認知の届出⇒不受理。
  規定 民法 第七七九条(認知)
嫡出でない子は、その父又は母がこれを認知することができる。
民法 第七八七条(認知の訴え)
子、その直系卑属又はこれらの者の法定代理人は、認知の訴えを提起することができる。ただし、父又は母の死亡の日から三年を経過したときは、この限りでない。
  原審 (1)民法779条が規定する「父」は男性を、「母」は女性を意味し、特例法4条1項により法律上女性とみなされる者が、民法779条が規定する「父」に当たるとするのは現行法制度と整合しない。
(2)子を懐胎、出産していない女性との間には、母子関係の成立を認めることはできないと解される⇒特例法4条1項により法律上女性とみなされる者が、民法779条が規定する「母」に当たるとするのは現行法制度と整合しない

XらとYとの間で法律上の親子関係を形成することを認めるべき根拠は見当たらない
⇒Xらの請求を棄却
  判断 X1については請求を認めたが、X2については請求を棄却。 
(1)民法787条の認知請求権について、同条の「子」についていえば、生殖補助医療により出生した子であっても、凍結保存精子を提供した生物学的な父子関係を有する男性を「父」として、民法上の認知請求権を行使し得る法的地位を有するものと解すべき。
(2)同条の相手方となる「父」についていえば、生殖機能を有する生物学的な意味における男性であると解される
(3)特例法4条2項において、性別の取扱いの変更の審判が確定したとしても、同審判前に生じた「身分関係」に影響を及ぼすものではないと規定⇒特例法の制定によっても、民法の前記解釈が変更されない

X1については、その出生時から認知請求権を行使し得る法的地位を有していたものであって、現時点においても、その出生時に取得した生物学的な父子関係を有するYに対する認知請求権を行使し得法的地位を有する。
X2については、その出生時において、Yにつき性別の取扱いの変更の審判の確定で民法の規定の適用において法律上の性別が「女性」に変更⇒民法787条の「父」であるとは認められない
⇒認知請求権を行使し得る法的地位を取得したものであるとは認められない。
  解説 控訴審の論理の展開:
法律上の実親子関係は、社会生活上の関係における基礎となるもので、公益にも深くか関わるとともにこの福祉にも重大な影響がある
⇒その規範の基準は、一義的に明確でなければならず、その存否はその基準によって一律に決せられるべきであり、これまでも法的取扱いを立法手続によることなく解釈で変更することは許されない。 
民法779条及び787条の規定の解釈として、父子関係については、生物学的な男性にしか認められないことを前提として規定されているのであり、認知請求権について、特例法との関係について、特例法が民法の前記解釈を前提として制定
⇒特例法によって前記解釈が変更された物とは解されない。
  民事p61
大阪地裁R4.9.13  
  頸椎後方固定術(「第1手術」)⇒第1手術で挿入したスクリューの抜去・再挿入術(「第2手術」)⇒四肢麻痺の事案
  事案 亡Aは、Y大学が設置する病院において、頸椎後方固定術(「第1手術」)⇒第1手術で挿入したスクリューの抜去・再挿入術(「第2手術」)⇒四肢麻痺となり、転院先の病院で心不全で死亡。
相続人であるXが、診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき、損害賠償を求めた。 
  判断 X:第1手術の際にスクリューの刺入方向を謝ったとのXの主張:
第1手術において挿入されたスクリューのうち、C4の左右及びC5の左に挿入された各外側塊スクリューは、いずれもスクリューの大部分が脊柱管内に逸脱し、骨への固定性が得られておらず、挿入のし直しを要するものであり、外側塊スクリューは、一般的には外側塊の中央を挿入ポイントとするところ、第1手術でC4とC5に挿入されたスクリューは、いずれも明らかに挿入ポイントが内側で、かつ挿入確度も明らかに内側に向いていて、大きな逸脱であり、基本主技に従っていない⇒執刀医の過失を認めた。
第1手術においてC4の左右及びC5の左の各外側塊スクリューの刺入方向を誤らなければ、第2手術が行われることはなく、第2手術によるC5推体の過矯正及びC5椎弓の前方への押しにより脊柱管狭窄及び脊髄圧迫を生じさせることもなかった⇒前記過失と本件患者の四肢麻痺との因果関係を認めた。
  民事p74
大阪地裁R4.9.26  
  市議会議員による広報誌への掲載禁止と頒布禁止の仮処分申立て(消極)
  事案 Y市(債務者)が、その発行する市民向け広報誌である議会便りに、市議会議員であるX(債権者)に対する謝罪及び反省を求める決議が市議会でされたことについての記事の掲載を予定
⇒Xが、本件記事が掲載された本件広報誌が頒布されると名誉が侵害される⇒Y市に対し、人格権に基づき、本件記事の掲載とこれが掲載された本件広報誌の頒布を禁止する仮処分を求めた。 
  争点 ①Xの社会的評価の低下の有無
②被保全権利である差止請求権の存否
③保全の必要性 
  判断 本件記事の内容がXの市議会議員としての社会的評価を低下させるものと認められる⇒本件決議が司法審査の対象とならない旨のYの主張を排斥。
本件記事は、
①本件決議の内容がそのまま掲載されているにとどまり、その内容は真実であり、
②本件記事の掲載及び本件広報誌の頒布は公益を図る目的であると認められる
⇒本件差止請求理由がないことは明らか。
本件決議の内容は既に一般に公開されており、X自身も本件決議の内容を自らのSNS条にアップロード
⇒本件記事の掲載及び本件広報誌の頒布を差止めなければXに著しい損害が生じ又は急迫の危険があると認めることはできず、保全の必要性も認められない。
⇒Xの申立てをいずれも却下。
  解説  ●争点① 
  ある表現の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該表現についての一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべき(判例:最高裁昭和31.7.20)。 
Y市:Xの社会的評価の低下の判断には、本件決議の内容の真実性についての司法審査が必要であり、その当否は議会内部で解決されるべき問題で司法審査は及ばない。
普通地方公共団体の議会の議員に対する懲罰その他の措置が当該議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国賠請求の当否:
最高裁:
当該措置が議会の内部規律の問題にとどまる限り、議会の自律的な判断を尊重し、これを前提として請求の当否をを判断すべき
but
議会の自律権の範囲内で決定された事項とはいえない場合には、その自律的な権能が尊重されるべきものとはいえない⇒国賠請求訴訟において違法事由の有無が判断されることになる。
裁判例:
・市議会便りに掲載された解説記事が真実に反するかどうか、これを市議会便りに掲載する行為が違法であるかどうかについての判断を差し控えるべきとするもの(東京地裁)
・地方自治体が発行する議会便りに掲載された記事の内容の適否あるは当否は、議会の内部秩序の問題ではなく、本来的に、一般市民法秩序によって判断されるべき性質の事柄⇒裁判所が各記事による名誉毀損の成否についての司法審査を控えるべき理由はない。
本決定:
本件記事が掲載された本件広報誌はY市の全世帯に頒布されることが予定されている以上、本件記事の掲載及び本件広報誌の頒布が市議会の内部規律の問題にとどまるものとは言い難い⇒債務者の前記主張を排斥
  出版物による名誉毀損を理由とする差止請求の可否については、人の社会的評価に係る事実の摘示や意見表明は言論活動の一環であることが多く、これについて安易に事前の差止めを認めることになれば、民主主義の根幹である自由な言論市場における違憲の交換を妨げる危険性もある⇒表現の自由(憲法21条1項)との調整が必要。 
最高裁昭和61.6.11:
名誉権に基づく出版物の頒布等の事前差止めは、その対象が公務員や議員に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合には、原則として許されず、
①その表現内容が真実ではなく、
②又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、
②被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときに、
例外的に許される。
  労働p78
東京高裁R4.1.26  
  退職の意思表示が心裡留保により無効とされた事例・(仮執行宣言による)支払と付加金請求の当否
  事案 Xは、日本国内において「A」という名称で学習塾を経営しているY(控訴人)との間で、期間の定めのない雇用契約を締結⇒中国の上海市に所在する「A上海浦東校」に海外赴任。
Xは、その後、Yに対して、中国国内法に基づいて設立された現地法人Bへの転籍出向を前提として、退職届を提出。 
Xは、本件退職届提出後もYとの雇用関係が継続していたところ、Yから不当に解雇された⇒未払割増賃金等(未払割増賃金、未払基本賃金、損害賠償金)及び労基法114条所定の付加金並びに遅延損害金の支払を求めた。
  1審 本件退職届出に係る退職の意思表示はXの心裡留保によるものであり、Yもこれについて悪意⇒本件退職届出提出後もXとYとの雇用関係が継続。
未払割増賃金等及び未払割増賃金と同額の付加金並びに遅延損害金の支払を命じた。
  判断 未払割増賃金等に関する1審の判断を支持し、これらについての控訴を棄却。
付加金については1審の認容部分を取り消して、Xの請求を棄却。 
  規定 労基法 第一一四条(付加金の支払)
裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第九項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし、この請求は、違反のあつた時から二年以内にしなければならない。
  解説  本判決:
XとBとの間で締結されたという雇用契約書には、Xの署名押印もなく、その記載内容もXの実際の雇用条件と異なっており、そもそも、XとBとの間で雇用契約が締結されていたとは考え難いし、その事実をYが把握していなかったことも考え難い。
Xは、転籍出向後もYの海外赴任規定の適用を前提とした手当ての支給等が行われることや、転籍出向後もYへの帰任が前提となっているかのような説明を受けるなどしている。

Xが、Yとの雇用関係を終了させる意思に基づいて本件退職届を提出したものとは認められない。
退職の意思表示について、心裡留保等による無効を主張する例は少なくないが、これを認めた裁判例は少ない。
  仮執行宣言付きの1審判決後に1審判決認容額全額を支払った場合の付加金請求の当否 
Y:Xの請求を全て争いつつ、控訴審において、Xに対して、1審判決で支払が命じられた金員のうち、付加金を除く未払割増賃金等の全額を支払った上で、
予備的に弁済の抗弁を主張し、かつ、
Yに付加金とうい制裁が課されるべきではない。
本判決:
未払割増賃金等の支払については、1審判決主文1項が維持されることを前提とした、留保付の弁済とみることができる⇒その限度で弁済の効力を有するものと解するのが相当。

本件においては、裁判所が付加金の支払を命ずるまでに使用者が未払割増賃金の支払を完了したものとして、Yに対して付加金の請求を命じないこととする。
使用者に労基法20条等の違反があっても、既に予告手当に相当する金額の支払を完了するなどして使用者の義務違反の状況が消滅した後においては、労働者は労基法114条による付加金請求の申立てをすることができない(最高裁)。
上訴審が本案請求の当否を審理判断するに際しては、仮執行による給付の事実を斟酌することなく請求の当否を判断すべきであり(判例)、
仮執行宣言付き判決に対して上訴の後にされた弁済は、特別事情のない限り仮執行宣言に基づき給付したものと解される(判例)。

本件におけるYの弁済は、仮執行宣言に基づいてなされた給付であることが明らか⇒Yの弁済の抗弁は採用できない。
仮執行宣言に基づく給付として未払割増賃金の全額が支払われた場合であっても、同様に、この事実を斟酌することなく付加金の支払を命ずることができるか?
裁判例:
A(東京高裁):時間外割増賃金等債権を確定的に消滅させる任意を弁済と同視することはできないのであり、1審被告による使用者としての義務違反状態が消滅したということもできない
⇒未払割増賃金の同額の付加金の支払を命じた。
B(東京高裁):仮執行宣言に基づく支払について、未払割増賃金の支払を命じた原判決が維持されることを前提とした、留保付の弁済とみることができる⇒その限度で弁済の効力を有するものと解するのが相当
⇒原判決中、付加金の支払を命じた部分を取り消し、付加金請求を棄却。
2559   
  民事p5
大阪高裁R3.12.16   
  医療過誤の肯定事例
  事案 医療法人であるYが開設する本件病院において平成22年に出生したX1及びその両親であるX2・X3が、Yに対し、X3(母親)がX1を出産した際、X1が重症新生児仮死及び低酸素性虚血性脳症による脳性麻痺・体幹機能障害の後遺症を負ったのは、
本件病院の医師が、分娩監視装置による胎児心拍数モニタリング検査結果に従って、帝王切開の実施を決定して胎児を娩出すべき注意義務を怠った過失によるもの

不法行為 (使用者責任)に基づき、損害賠償の支払いを求めた。
損害賠償請求額:
X1につき1億9039万4550園
X2・X3につき各550万円
及びこれらに対する遅延損害金。
  判断   ●医療水準 
Y側の意見書:日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会が編集・監修する「産婦人科診療ガイドライン産科編2008」にはCTG(胎児心拍数陣痛図。胎児心拍数と子宮収縮圧を経時的に記録したもの)の評価法について記載がない。
but
このことから、平成22年当時CTG所見に照らした分娩管理措置について医療水準とみるべきものがなかったことを意味するものではない。
Y側の提出の文献(平成10年発行)からも、胎児心拍数基線細変動の消失を伴って繰り返す胎児心拍数一過性徐脈が認められる場合に、仮死の危険性が高く、帝王切開の適応となることは以前から文献等で指摘されていた。
「産婦人科診療ガイドライン産科編2011」では、これらの見解を踏まえ、分娩管理措置について形成されてきた医療水準を検証するなどして発表⇒本件分娩については、2011年版ガイドラインが指標となる。
  ●注意義務違反 
①7月16日午後8時51分からの1回目の検査において、胎児心拍数基線細変動は消失か、ほぼ消失に近い状態
②午後9時、9時6分と軽度遅発一過性徐脈が発生し、以後も頻発
⇒遅くとも午後9時6分頃には、2011年版ガイドラインに基づくレベル5か、ほぼレベル5に相当する状態

本件病院の医師は、午後9時30分頃には帝王切開の実施を決定すべき注意義務があった。
仮に、午後9時6分の胎児の状況がレベル3ないし4であったとしても、遅くとも2回目の検査のCTG所見・・・⇒遅くとも7月17日午前2時40分までには帝王切開の実施を決定すべき注意義務があった。
  本件病院の意思が前記注意義務を果たしていれば、X1の低酸素性虚血性脳症が不可逆的レベルに達する前に娩出し、適切な治療を行う行うことによって重篤な脳障害を残すことを避け得た高度の蓋然性があった。
損害額:
一審の認容額から、一審口頭弁論終結後に支払われた補償金240真似んを損害の填補として控除した額を認容。
  解説  X1が出生したのは平成22年であり、2011年版ガイドラインが公表される前年
⇒ 平成22年当時でも、2011年版ガイドラインに示された分類、対応方法が医療水準といえたかどうか?
  民事p27
名古屋高裁R4.2.15  
  被疑者ノートに関する国賠請求(肯定事例)
  事案 強盗致傷罪の被疑事実でY(愛知県)の設置するA警察署に勾留されていた外国籍の被疑者の国選弁護人に選任された弁護士であるXが、
A警察署の留置施設の留置担当官の行為により、Xの秘密交通権、接見交通権又は弁護権が違法に侵害された⇒Yに対し、国賠法1条1項に基づき、慰謝料を請求。 
  主張 留置担当官の違法行為:
①Xが表紙に「弁護人との接見用」と記入して本件被疑者に差し入れたノート(本件ノート)の内容を複数回にわたり確認した(本件各確認)
②本件被疑者に対し、本件ノートに英語でメモすることを禁止したこと(本件英語禁止告知)
③本件ノートの英語での書き込みについて、日本語のローマ字表記に転記させた上、英語による書き込み部分を黒塗りにするか、破棄するよう求めた(本件破棄要請)。
X:
(1)本件各確認:
弁護人等から受ける信書の検査については、特別な事情がない限り、当該信書に該当することを確認するために必要な限度において行うものとすると定める刑事収容法222条3項の規定の趣旨及び本件ノートの性質
⇒少なくとも、同項にいう「特別の事情」がない限り、本件ノートの検査は外形的なものにとどめなければならず、本件各確認は、本件ノートの内容に目を通すものであったから、違法。
(2)本件英語禁止告知:
実効的な接見を不可能又は著しく困難にする⇒Xの接見交通権を侵害し、違法
(3)本件破棄要請:
本件ノートを用いた効率的かつ実効的な接見を不可能にする⇒Xの接見交通権を侵害し、違法
Y:
(1)本件各確認:
刑事収容法212条1項の規定に基づく被留置者の所持品検査であり、適法
(2)本件英語禁止告知:
強制を伴わない上、刑事収容法212条に基づき被留置者の所持品たる文書図画への回込みの内容を確認するために必要かつ相当な行為であり、適法
(3)本件破棄要請:
強制を伴わず、接見交通の実効性を失わせるものではなく、適法
  原審 本件各確認はXの秘密交通権の侵害に
本件破棄要請はXの接見交通権の侵害に
それぞれ当たる。
but
本件英語禁止告知は、Xの接見交通権の侵害に当たるとはいえない。
⇒ 
3度の本件ノートの内容確認及び本件破棄要請のそれぞれにつき5万円、合計20万円の慰謝料。
    Yが控訴
Xが附帯控訴
  規定 刑事収容法 第二一二条(身体の検査等)
留置担当官は、留置施設の規律及び秩序を維持するため必要がある場合には、被留置者について、その身体、着衣、所持品及び居室を検査し、並びにその所持品を取り上げて一時保管することができる。
2第百八十一条第二項の規定は、前項の規定による女子の被留置者の身体及び着衣の検査について準用する。
3留置担当官は、留置施設の規律及び秩序を維持するため必要がある場合には、留置施設内において、被留置者以外の者(弁護人等を除く。)の着衣及び携帯品を検査し、並びにその者の携帯品を取り上げて一時保管することができる。
4前項の検査は、文書図画の内容の検査に及んではならない。
  判断  ●(1)本件各確認 
刑事収容法212条1項の解釈:
被留置者の所持品が文書である場合には、
留置担当者は、被留置者以外の者の所持品に対する検査とは異なり、文書の内容の検査、すなわち、留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表tなる記載(例えば、他の被留置者の連絡先、逃走・暴動の計画に関する記載等)の有無の検査を行うことも許される(同項3項、4項参照)。
but
憲法34条の保障に由来し刑訴法39条1項が定める接見交通権及び秘密交通権の重要性、被疑者ノート(本件ノートのように、被疑者である被留置者が弁護人等との接見に備えて取調べの内容や疑問点、意見等を記載し、あるいは接見の内容を記載した文書をいう。)の性質

所持品検査の対象が被疑者ノートである場合には、被疑者ノートの秘密を保護し、接見交通権及び秘密交通権を侵害することがないよう可能な限りの配慮をすることが、被疑者である被留置者との関係のみならず弁護人等との関係においても義務付けられている。
被疑者ノートの内容の検査がどの程度許容されるかは、留置施設の規律及び秩序維持の必要性と、秘密交通権の保障の必要性とが衝突する場面
⇒留置施設の規律及び秩序を維持するための必要性の程度と、侵害される利益の内容・程度等とを比較衡量して決することが相当。
比較衡量による検討の結果、
被留置者の所持品が被疑者ノートである場合には、被疑者ノートに対する刑事収容法212条1項の検査は、原則として検査対象文書が被疑者被疑者ノートに該当するかどうかを外形的に確認する限度で許容されるものであり、外形上、被疑者ノートに該当することが確認された場合には、被留置者の言動等から、留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる事項が記載されるおそれがあり、留置施設の規律及び秩序を維持するための高度の必要性が認められるなどの特段の事情がない限り、内容の検査を行うことは国家賠償法1条1項の適用上違法となると解するのが相当。
本件では、前記のような特段の事情があったとは認められない⇒国賠法上違法。
故意過失がないとの主張は排斥。
  ●本件英語禁止告知 
被留置者が所持品に外国語による記載をすることを禁じる法的根拠がないのにこれを禁じたもの
⇒本件被疑者との関係において職務上の法的義務に違反するものであり、また、本件ノートを本件被疑者との接見用として差し入れたXとの関係においても、被疑者ノートの秘密を保護し、接見交通権及び秘密交通権を侵害することがないよう可能な限りの配慮をする職務上の法的義務に違反
⇒国賠法1条1項の適用上違法。
任意の協力を求めたものにすぎないとのYの主張は排斥。
  ●本件破棄要請 
本件ノートの内容を検査して、その一部の破棄を求めたもの
⇒本件被疑者及びXに対する職務上の法的義務に違反したものであり、国賠法条違法。
任意の協力を求めたものにすぎないとのYの主張は排斥。
  ●損害額 
Xが留置担当官に対し本件ノートの確認と本件破棄要請について抗議したにもかかわらず、その後に2度の本件ノートの内容確認が行われた

本件各確認のうちこれらの2度の内容確認について慰謝料をそれぞれ10万円に増額し
本件英語禁止告知についても5万円の慰謝料を認め、
その余の行為については原判決同様それぞれ5万円の慰謝料を認め
合計35万円の慰謝料を認めた。
  民事p39
東京地裁R4.3.23  
  敷地所有者に対する承諾請求・妨害禁止請求の事案
  事案 宅地及び本件各土地上の各建物をそれぞれ所有するX及び参加人Z1が、本件各土地から公道につながる唯一の道路である土地を含む土地を所有するYらに対し、本件土地部分につき、
①建基法42条1項5号所定の道路位置指定に伴う反射的利益としての通行権に基づき、本件各建物を解体撤去し新建物を建築することを目的とする工事(「本件工事1」)に係る工事車両及び工事関係者の通行のための使用に対する将来の妨害行為の禁止
②下水道11条及び民法209条以下の相隣関係の趣旨の類推に基づき、既存ガス管の撤去及び新設、既存街灯柱の撤去を目的とする工事(「本件工事2」)に対する将来の妨害行為の禁止
③民法209条以下の相隣関係の趣旨の類推に基づき、本件各土地上へ新設電柱を設置し架線架替をすることを目的として、電力会社であるAが既存の電柱を撤去することにうちての承諾及びAがどう撤去に係る工事(「本件工事3」)を行うことに対する将来の妨害行為の禁止
をそれぞれ求めた事案。
  規定 建基法 第四二条(道路の定義)
この章の規定において「道路」とは、次の各号のいずれかに該当する幅員四メートル(特定行政庁がその地方の気候若しくは風土の特殊性又は土地の状況により必要と認めて都道府県都市計画審議会の議を経て指定する区域内においては、六メートル。次項及び第三項において同じ。)以上のもの(地下におけるものを除く。)をいう。

五 土地を建築物の敷地として利用するため、道路法、都市計画法、土地区画整理法、都市再開発法、新都市基盤整備法、大都市地域における住宅及び住宅地の供給の促進に関する特別措置法又は密集市街地整備法によらないで築造する政令で定める基準に適合する道で、これを築造しようとする者が特定行政庁からその位置の指定を受けたもの
民法 第二二〇条(排水のための低地の通水)
高地の所有者は、その高地が浸水した場合にこれを乾かすため、又は自家用若しくは農工業用の余水を排出するため、公の水流又は下水道に至るまで、低地に水を通過させることができる。この場合においては、低地のために損害が最も少ない場所及び方法を選ばなければならない。
民法 第二二一条(通水用工作物の使用)
土地の所有者は、その所有地の水を通過させるため、高地又は低地の所有者が設けた工作物を使用することができる。
2前項の場合には、他人の工作物を使用する者は、その利益を受ける割合に応じて、工作物の設置及び保存の費用を分担しなければならない。
  判断    Xらの請求を認容 
  ●本件工事1に係る工事車両等の通行のための本件土地部分の使用に対する妨害禁止請求の可否 
建基法42条1項5号の規定による位置の指定(道路位置指定)を受け現実に開設されている道路を通行することについて日常生活上不可欠の利益を有する者は、同道路の通行をその敷地の所有者によって妨害され、又は妨害されるおそれがあるときは、敷地所有者がどう通行を受忍することによって通行者の通行利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情のない限り、敷地所有者に対して同妨害行為の排除及び将来の妨害行為の禁止を求める権利(人格権的権利)を有する(最高裁)。
①本件各建物は、耐震性に深刻な問題があり、Xらの居住継続のためには立替が必須
②本件各建物の敷地である本件各土地は、いずれも公道に通じない袋地であって、本件土地部分が公道につながる唯一の道路であるため、建替え工事の遂行には、工事車両等が本件土地部分を通行のために使用することが不可欠
⇒Xらは、同使用につき、日常生活上不可欠の利益を有する。
本件工事1の工期や工事内容・規模など
⇒Yらにおいて、同使用の受忍により、同使用による利益を上回る著しい損害を被るとはいえない。
⇒Xらは、Yらに対し、同使用に対する妨害禁止を請求する人格的利益を有する。
  ●本件工事2に対する妨害禁止請求の可否 
民法220条及び221条の趣旨の類推⇒日常生活上不可欠なライフラインであるガスの導管設置のために、同設置場所を他人所有の隣地とすることも含め隣地使用をすることができる権利(導管設置権)が認められる。 
but
導管設置権は、当該隣地の所有権の制限を伴う

①当該他人所有の隣地に導管を設置しなければガスの供給を受けることができないこと
②導管を設置する場所及び方法は、導管の設置のために必要かつ合理的であり、当該他人所有の隣地のために損害が最も少ないものであること
が要件となる。
本件:
①・・・Yら所有の本件土地部分に導管を設置しなければ、本件各建物においてガスの供給を受けられない。
②本件工事2は、掘削範囲が限定されており、予定工期も1日という比較的短期間にとどまる⇒本件土地部分のために損害が最も少ないものと推認できる。

Xらは、民法220条及び221条の趣旨の類推により導管設置権を有する。
  ●本件電柱の撤去の承諾請求及び同撤去のための本件工事3に対する妨害禁止請求の可否
①本件電柱は、その電線等が本件各建物の立替え工事である本件工事1に係る孤児車両の通行や作業に支障を生じさせる。
②本件電柱は、本件各建物の解体後に新築する予定の建物の出入口付近に当たる場所に現存しており、そのままでは同建物への出入りの妨げとなり得る
⇒撤去の必要性が認められる。
①Xらが、本件工事1に係る工事車両等が本件土地部分を通行のために使用することにつき、Yらに対する同使用に対する妨害禁止を請求する人格的利益を有している
②民法209条以下の相隣関係の規定の趣旨

Xらは、Yらに対し、信義則を根拠として、Aによる本件電柱の撤去の承諾、また、同撤去のための本件工事3の実施に対する妨害禁止を請求することができる。
  解説 ●位置指定道路の通行妨害に対する妨害予防・妨害排除請求権
  最高裁:
建基法42条1項5号の規定による位置の指定(道路市指定)を受け現実に開設されている道路を通行することについて日常生活上不可欠の利益を有する者は、同道路の通行をその敷地の所有者によって妨害され、又は妨害されるおそれがあるときは、敷地所有者が同通行を受任することによって通行者の通行利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情のない限り、敷地所有者に対して同妨害行為の排除及び将来の妨害行為の禁止を求める権利(人格的権利)を有する。 
本判決:
①Xらが建替え工事につき前記の人格的権利を有すること
②民法209条以下の相隣関係の趣旨
⇒信義則を根拠に、前記の承諾請求及び妨害禁止請求を認めている。
●導管設置権 
最高裁H5.9.24:
権利の濫用の成否の前提としてではあるが、一般的に、下水道について導管設置権の存在を認める考え方を前提。
最高裁H14.10.15:
民法220条、221条を類推適用し、宅地の所有者が他人の設置した給排水設備を当該宅地の給排水のために使用することを認めている。
  刑事p55
最高裁R4.4.21  
  原判決に、刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
  事案 被告人が、交際相手Cの双子の男児A及びB(当時7歳)に対する傷害等の各事案で起訴された事案。 
第1審で、被告人は、Aに対する暴行及びBに対する傷害の各事実は認めたが、Aに対する傷害については、Aに対して暴行(本件暴行)を加えておらず無罪である旨主張。
  一審 Aに対する暴行及びBに対する傷害の各事実を認定し、
Aについての傷害も認定し、被告人を懲役3年に処した。
    被告人が控訴し、訴訟手続の法令違反、事実誤認、量刑不当を主張。
  原審 Aに対する傷害について本件暴行を認定することはできない
⇒第1審判決を事実誤認を理由に破棄し、被告人に対し、Aに対する暴行及びBに対する傷害の各事実につき懲役1年6月、4年間の執行猶予を言渡し、Aに対する傷害の事実につき無罪。
    双方上告。
検察官:
原判決がAに対する傷害の事実を認めて有罪とした第1審判決を破棄して無罪とした点に関し、判例違反、法令(刑訴法382条)違反、事実誤認を主張、
弁護人:
Aに対する暴行及びBに対する傷害の各事実についても無罪であるとして、憲法(37条)違反、法令(刑訴法30条)違反、事実誤認を主張。
  判断 いずれも適法な上告理由に当たらないとしつつ、
検察官の上告趣意に鑑み、職権をもって、原判決を刑訴法382条の解釈適用の誤りにより破棄し、本件を東京高裁に差し戻した。
  規定 刑訴法 第三八二条[控訴理由━事実誤認]
事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。
  解説    Aに対する傷害について、本件時間帯に本件公園内においてAの頭部に外力が加わって架橋静脈が破断したことは、第一審判決及び原判決が認定し、本判決も是認。
このように限られた時間・場所で被告人と一緒にいたAに加わった外力の原因が本件暴行であると認定できるか?
第1審:Aの傷害に関する医師の意見のみからAの頭部にA以外の者の行為による強い外力が加わった事実を認定。
この事実に加えてAが受傷した当時の状況やAの受傷状況に関する被告人の言動を考慮して、本件暴行を認定。
原判決:
Aの傷害に関する医師の意見⇒第1審判決が本件暴行の認定の根拠としたAの頭部にA以外の者の行為による強い外力が加わった事実を認定することはできない⇒第1審判決の認定は前提を欠く。
Aの受傷状況に関する被告人の供述が信用できないからといって本件暴行を認定することはできない。

本件暴行を認定した第1審判決に判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。
  刑訴法382条の事実誤認:
第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であるこいとをいい、控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには、第1審判決の事実認定が論理則、経験側等に照らして不合理であることを具体的に示す必要(判例)。
控訴審が、事実誤認により第1審を破棄するには、事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを要する(法382条)。
「判決」には、主文だけでなく、理由中で犯罪に対する構成要件的評価に直接又は間接に関係する部分(「罪となるべき事実(犯罪事実)」)も含まれている。

有罪の第1審判決が明示した証拠説明(証拠の取捨選択に関する判断や、証拠から犯罪事実を認定した心証形成の過程等。判決書の「事実認定の補足説明」等の部分)は、論理則、経験則等に照らして不合理であるが、第1審で取り調べた証拠の証明力評価を適切に行えば第1審判決同様の犯罪事実を認定することができる場合には、破棄事由である「判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認」は認められない。

控訴審が、有罪の第1審判決を事実誤認により破棄するためには、理論上は、
①第1審判決が明示した証拠説明が不合理であることを具体的に示すだけでなく、
②第1審で取り調べた証拠から第1審判示の犯罪事実を認定することが不合理であることを具体的に示す必要がある。
①の説示のみでは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があることの説示として足りない場合:
検察官:間接事実ABCを主張
第1審:ABを総合して犯罪事実を認定
控訴審:Bは認定できず、Aだけでは犯罪事実を認定することはできない。
but
証拠上間接事実Cが認められるときは、ACを総合しても犯罪事実を認定することができないことについても判断を示す必要がある。
  本判決:
Aの傷害に関する医師の意見から認められる外力の態様に加え、Aが受傷した当時の状況、Aの受傷状況に関する被告人の言動を総合して、本件暴行を認定することができるか、言い換えれば、A自身の行為等の本件暴行以外の原因による受傷の具体的可能性を否定することができるかを検討しなければ、これらの間接事実から本件暴行を認定した第1審判決に判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるか否かを判断することはできない。
原判決は、上記の必要な検討を経た判断を示しているものと評価することはできない。

刑訴法382条の解釈適用を誤った違法がある。 
  刑事p60
大阪高裁R2.6.17  
  国立大学の教授に対する賄賂性が否定された事案
  事案 国立大学(大阪大学)の教授が大学の定める正規の手続を踏まずに無届けで民間企業から共同研究を受け入れた上、同企業から支払われた研究費用を個人的に領得する一方で大学からも研究費の支給を受けながら必要な清算をしなかったことについて、大学に対する背任罪として問責されるとともに、
共同研究と並行して行われていた同企業との私的な技術指導に関する報酬の授受が賄賂罪として問題とされたという一連の事件において、
わいろ罪に関し、同企業の責任者が贈賄罪に問われた事案。
  主張  検察官:
Z1社からCに対する本件技術指導料の支払を賄賂の供与に当たるとして、A及びBを起訴。

Z1社の製品開発に関する技術指導契約の締結とこれに基づく助言・指導そのものは本来Cの国立大学教授としての職務に属するものではない(公務外指導)を前提として承認。
but
共同研究の実施期間中における助言・指導はCの大学教授としての職務である共同研究と「不可分一体」であったとの理由により、同期間中に支払われた本件技術指導料は、Cの大学教授としての職務である共同研究の受入れ及び実施等に関する謝礼等の趣旨
⇒賄賂性を基礎づけた。
被告人ら:
本件技術指導料はCのZ1社に対する公務外指導に対する正当な報酬として社会通念上相当と認められる額を定めt支払ったもの⇒共同研究受入れ等に対する謝礼等の趣旨によるものではないとして、賄賂性を争った。
  一審 前記期間中に支払われた本件技術指導料は、その相当部分は公務外指導に対する対価であったとしつつも、なお共同研究の受入れ、実施等に関する謝礼等の趣旨をも含む⇒賄賂性を肯定。 
  判断 賄賂性に関する事実誤認の主張を容れ、本件技術指導料に賄賂性は認められないとして原判決尾を破棄し、無罪とした。
実験をめぐるCの諸々の指導には、技術指導契約に基づくZ1社に対する私的な助言・指導と、C研究室に所属し共同研究のテーマを自身の卒論テーマにしていた大学院生らに対する大学教授としての指導とが併存していたとみるのが自然と言える上、訴因で特定されたCの職務(共同研究の受入れ及び実施)とここでいう実験に関する助言・指導との関係も明らかではない。
大学教授をはじめとする研究職公務員が、民間企業の以来を受けてその製品開発に関し自らの専門的知識を活かして助言・指導するなどして協力することは、本来、国立大学教授あるいは同口座専任教授の職務のいずれにも属さない⇒その労に報いるのに相当と認められる金額を報酬・対価として授受することは、賄賂の問題を直ちに生じない。
仮にそのような助言・指導が大学における研究の一環として行われるなどして、何らかの形で職務と報酬との間の対価性を否定できないと考えられる場合であっても、研究職公務員の職務の特殊性に照らせば、そこから直ちに賄賂と認めるべきではなく、その報酬の「不正」を基礎付ける事情が職務との対価関係とは別に必要と解すべきであるが、
本件では、助言・指導の目的・経過・報酬額その他の諸事情を検討しても、そのような不正を基礎づける事情は認められない。
  解説 賄賂:公務員の職務に対する不正な報酬であり、「不正」すなわち社会通念上受領することが許されない性質の報酬であることが必要。
but
公務員がその職務の対価を受領することは原則として許容されない⇒一般的には、民間人が公務員に対しその職務と対価関係のある利益を供与すれば、不正の利益、すなわち賄賂になると解されている。
他方、国立大学の教授が、民間企業の依頼を受けて、その製品開発に関し、自らの専門的知識を活かし助言・指導するなどして協力することは、国立大学教授あるいは同講座専任教授の職務のいずれにも属さず、その労に報いるのに相当と認められる金額を報酬・対価として授受することは、直ちに賄賂の問題を生じない。
本件も、その後の所属大学における共同研究の受入れ・実施がなかったならば、本件技術指導料の支払が賄賂の問題とされることはなかった。
2558   
  行政p5
東京地裁R4.2.24  
  地方公務員法46条の措置要求の事案
  事案 X:東京都の特別区の地方公務員。
Xが、特別区人事委員会に対し、地公法46条に基づき、勤務条件に関する行政措置の要求⇒特別区人事委員会は、本件措置要求はいずれも認めることができない旨の判定

本件判定の一部が違法であると主張して、Y(特別区人事・厚生事務組合)に対し、本件判定の一部について取消しを求めた。
  規定 地公法 第四六条(勤務条件に関する措置の要求)
 職員は、給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、人事委員会又は公平委員会に対して、地方公共団体の当局により適当な措置が執られるべきことを要求することができる。
  判断 地公法46条に規定する勤務条件:
給与、勤務時間、職場での安全衛生、執務環境など、職員の勤務の提供に関連した待遇
措置要求の対象となる勤務条件:
当該職員に関する勤務条件について直接かつ具体的に維持、改善を求めるものであることを要する
「これまで喫煙問題に関し、要求者(原告)に不当な扱いをしてきたこと、違法行為(裏金・サービス残業等)の指摘したことに対して、地方公務員法13条違反の不当な対応をしていることを区長等責任者が事実を認め、相応の対応を取り、待遇を改善すること」を内容とする要求事項5:
Xの主張をふまえると、Xの給与が当該区の職員の平均給与よりも低いことなどが不当に低い評価によるものであり、地公法13条の定める平等原則に従い待遇を改善するよう求めるもの

かかる要求事項5は給与に関して平等原則に従った待遇改善を求めるもの⇒勤務条件につき直接かつ具体的に改善を求めるということができる⇒措置要求の対象となる。
「待遇のあり方について反省し、職員教育を徹底すること」を内容とする要求事項8及び概ね同旨の要求事項16:
Xの主張を踏まえると、Xが上位の階級の職員から暴言を吐かれたことについて、職員教育等の安全配慮義務を尽くすことを求めるものと理解することができる。
仮にXの主張する事実が認められる場合には、区は、パワーハラスメント防止の対応をとらなければ安産配慮義務違反の責任を問われる可能性があるといえるもの⇒このように地方自治体が公務員に対し適切な対応を義務付けられるような執務環境については、地公法46条の定める勤務条件として措置要求の対象となる。
「当局が、職員の職場の歓送迎会などについて、禁煙の飲食店を選択し、会場は禁煙とするように指針を示すこと」を内容とする要求事項15など3項目については、
措置要求の対象たる勤務条件には当たらない⇒本件判定の判断に違法はない。 
「窓口当番などの名目でサービス残業を前提に組まれている業務を改め、全庁的にきちんと残業管理をすること」を内容とする要求事項:
Xの主張からすると、Xは過去に在籍した職場における昼当番等について具体的な主張をしていた
このようにXから具体的な事実の主張があるにもかかわらず、本件判定が、要求を基礎づける具体的な事実が示されていないためこれを認めることができない旨判断したことは裁量権を逸脱したもの⇒職員の勤務条件につき人事委員会の適法な裁量権の範囲内の判定を要求する権利又は法的利益を侵害したものであって違法。
  解説 地公法46条:
地公法が職員に対し労組法の適用を排除し、団体協約を締結する権利を認めず、また争議行為を禁止し、労働委員会に対する救済申立ての途を閉ざしたことに対応し、職員の勤務条件を確保するために、職員の勤務条件につき人事委員会又は公平委員会の適法な判定を要求し得ることを職員の権利ないし法的利益として保障する趣旨(最高裁)。 
措置要求の対象となる「勤務条件」:
職員団体の交渉の対象となる勤務条件(地公法55条1項)と同義とされ、
給与、旅費、勤務時間、休日、休暇、部分休業等をはじめ、執務環境、福利厚生、安全衛生など広い範囲のものが対象になると解されている。
裁判例:
・措置要求に係る判定を措置要求書の受理日から4か月以内に判定することなどを求める措置要求について、職員が勤務を提供等するかどうかの判断に当たり一般的に当然考慮の対象となるべき利害関係事項には当たらず、勤務条件には当たらない(東京地裁)
・県費負担教職員の市費移譲に伴う給与表の切替えによって学校事務職員の給与に生じた不均衡の是正を求める措置要求が、給与に関する事項として勤務条件に該当するとされた事例(横浜地裁)
・措置要求を電子申請の方法に対応させることを求める措置要求について、措置要求の方式やその利便性は、職員が自らの勤務の提供等につき判断をするに当たって一般的に当然考慮の対象となるべき利害関係事項とはいい難いとして、措置要求の対象とはならない(東京地裁)
  民事p16
最高裁R4.12.12  
  消費者契約法10条に規定する、消費者契約の条項該当性
  事案 消費者契約法2条4項の適格消費者団体であるXが、家賃債務保証業者であるYに対し、Yが用いている契約書中の各条項が法10条に規定する消費者の利益を一方的に害する消費者契約の条項に当たる⇒法12条3項本文に基づき、前記各条項を含む消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の各差止め、前記各条項が記載された契約書ひな形が印刷された契約書用紙の廃棄等を求めた。
  条項 ①Yは、賃借人が支払を怠った賃料等及び変動費の合計額が賃料3か月分以上に達したときは、無催告にて原契約を解除することができる(13条1項前段)。
②Yは、賃借人が賃料等の支払を2か月以上怠り、Yが合理的な手段を尽くしても賃借人本人と連絡がとれない情況の下、電気・ガス・水道の利用状況や郵便物の状況等から本件建物を相当期間利用していないものと認められ、かつ本件建物を再び占有使用しない賃借人の意思が客観的に看取できる事情が存するときは、賃借人が明示的に異議を述べない限り、これをもって本件建物の明渡しがあったものとみなすことができる(18条2項2号)。 
  原審 いずれも法10条に規定する消費者契約の条項には当たらない⇒Xの請求をいずれも棄却。 
  判断 上記規定は、法10条に規定する消費者契約の条項に当たるとし、
原判決中、前記各条項を含む契約の申込み又はその承諾の意思表示の差止め及び前記各条項が記載された契約書ひな形が印刷された契約書用紙の廃棄を求める請求に関する部分を破棄し、これらの請求を認容する旨の自判。 
  規定 消費者契約法 第一〇条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
  解説    ●法12条3項本文に基づく差止訴訟 
法12条:
少額でありながら高度な法的問題をはらむ紛争が散発的に多発するという消費者取引の特性に鑑み、・・・適格消費者団体が事業者による不当な行為を差し止めることができる旨を規定。
  ●法10条の規定する消費者の利益を一方的に害する条項 
「法令中の公の秩序に関しない規定」:いわゆる任意規定のことを指し、明文の規定のみならず、一般的な法理等も含まれる(最高裁)。
後段要件:
「民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」

「消費者の利益を一方的に害する」:
消費者と事業者との間にある情報・交渉力の格差を背景として、当該条項により、任意規定によって消費者が本来有しているはずの利益を、信義則に反する程度に両当事者の衡平をを損なう形で侵害することを指すなどと説明。

最高裁:個別訴訟の事案において、
当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは、消費者契約法の趣旨、目的(同法1条)に照らし、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の較差その他諸般の事情を総合考慮して判断されるべき。
but
差止訴訟においては、個別事情をしんしゃくすることができない⇒考慮できる要素は個別訴訟との間で差異が生じる。
  ●本契約13条1項前段 
最高裁昭和43年:
賃貸人が無催告で賃貸借契約を解除することができる旨を定めた特約条項について
賃料が約条の期日に支払われず、これがため契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当。
~限定解釈。

原審:同様に限定して解釈し、このような解釈をすれば、同項前段による賃借人の不利益は限定的なもの⇒同項前段は法10条に規定する消費者契約の条項には当たらない。
 契約条項の解釈:
(1)契約当事者の意思を明らかにする本来的解釈
(2)その意思に関わりなく行われる規範的解釈

信義則、条理等を考慮して、合意通どおりに権利義務の成立を承認するのは適切でないと判断されるときに、裁判官による規範の定立として行われるもの。
個別訴訟:一方当事者の利益が害されることを避けるため、規範的解釈として、契約条項の文言を補う限定解釈
差止め訴訟における限定解釈については、誤解を招く透明度の低い表現を持つ契約条項が引き続き使用され、かえって消費者の利益を損なうおそれがある⇒慎重又は否定的に解する学説が多数。
  ◎  本判決:
解除権行使の主体が(賃貸人ではなく)賃料債務等の連帯保証人(Y)であり、賃料債務等につき連宅保証債務が履行された場合にも適用される点で、昭和43年最判が判示した無催告解除条項とはおよろかけ離れた内容のもの。
差止請求の制度の趣旨等⇒限定解釈をすることは相当でない。
  一般に、賃借人に賃料等の支払の遅滞⇒原契約の解除権を行使することができるのは賃貸人であり、その行使には、原則として、履行の催告を要する(民法541条本文、542条1項)。
連帯保証債務の履行⇒賃貸人との関係においては賃借人の賃料債務等が消滅⇒賃貸人は、賃料等の支払の遅滞を理由に原契約を解除することはできず、信頼関係の破壊がある場合に解除することができるにとどまる。
but
本契約13条1項前段:
所定の賃料等の支払の遅滞が生じさえすれば、原契約の当事者でもないYがその一存で何らの限定なく原契約につき無催告で解除権を行使することができる。⇒生活基盤を失う

本契約13条1項前段は、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限するものであり、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するもの⇒法10条に規定する消費者契約の条項に当たる。 
  ●本契約18条2号 
  原判決:
本契約18条2項2号について、賃貸借契約(原契約)が継続している場合には、これを終了させる権限をYに付与する趣旨の条項。
このような解釈をすれば、(同号の要件を満たす場合=賃借人が既に本件建物の使用を終了して本件建物に対する占有権が消滅しているものと認められる場合)、賃借人は、通常、原契約に係る法律関係の解消を希望し、又は予期しているものと考えられ、むしろ、本件建物の現実の明渡義務や賃料等の更なる支払義務を免れるという利益を受ける⇒同号は法10条に規定する消費者契約の条項には当たらない。
~原契約が終了していない場合においても、本契約18条2項2号の適用があることを前提とするものであるといえるところ、本判決も、同号はその旨の条項と判断。
他方、Yは原契約の当事者ではなく、本契約18条2項2号には、原契約の解除や終了という重要な事項を規律する文言が存しない。
⇒本判決:同号の文言に照らし、同号について、賃貸借契約(原契約)が継続している場合には、これを終了させる権限をYに付与する趣旨の条項であると解することはできない。
  一般に、賃借人の建物明渡義務は、賃貸借契約が終了した場合に発生。
Yが、原契約が終了していない場合に、本件契約18条2項2号に基づいて本件建物の明渡しがあったものとみなしたときは、賃借人は、本件建物に足する使用収益権が消滅していないのに、原契約の当事者でもないYの一存で、その使用収益権が一方的に制限されることになる上、本件建物の明渡義務を負っていないにもかかわらず、賃貸人が賃借人に対して本件建物の明渡請求権を有し、これが法律に定める手続によることなく実現されたのと同様の状態に置かれる。

本契約18条2項2号は、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限するものであり、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するもの⇒法10条に規定する消費者契約の条項に当たる。
  民事p42
名古屋高裁R4.2.24  
  証券会社の従業員による説明義務ないし情報提供義務違反、実質的一任売買の違法(肯定)
  事案 Aが自ら及びその子であるXの取引代理人として、証券会社Y1の従業員であるY2から勧誘されて金融商品取引を行ったことに関し、Xが
① 適合性原則違反
②説明義務違反又は情報提供義務違反
③過当取引
④実質的一任売買
⑤指導・助言義務違反
の違法があったなどと主張して、Y1及びY2に損害賠償請求。
  原審 Xの請求をいずれも棄却
  判断  ●説明義務違反又は情報提供義務違反 
 
説明義務ないし情報提供義務違反があり、その程度は社会的相当性を逸脱するもの⇒本件取引の勧誘行為はその全体として不法行為法上違法
  ●実質的一任売買 
 
Y2の勧誘は、実質的一任売買に当たり、その勧誘の態様等を総合考慮すれば、社会的相当性を逸脱するもので、不法行為法上違法である。
  ●損害 
①本件各取引の全体が違法
②Y2の退職時において評価損を抱えていたことなど
⇒Y2の退職後に株式を売却したことで損失が確定したとしても、Y2の違法な勧誘行為と相当因果関係を肯定すべき。
AはY2の違法な勧誘によって買い付けた株式につき新株予約権を付与されて、この売却によって利益を得ているところ、
本件各取引が全体として違法であるとして、Y2の退職後に損失額が確定したものも含めて損害額を算定

新株予約権の売却による利益も控除して損失額を算定するのが相当。
新株予約権の付与及びその売却益は、Aが不法行為によって損害を被ると同時に同一の原因によって利益を受けたもので、損害と利益との間に同質性がある⇒公平の見地から、損益相殺的な調整を図るのが相当。
  ●過失相殺 
7割の過失相殺 
  解説 原審:
Aの投資経験等⇒金融商品の現物取引に関する十分な知識・経験を備えていたとしてYらの責任を否定。
本判決:
AとY2との取引に関するやり取りを詳細に分析し、Aが証券取引には習熟しておらず、Y2の提案に盲従していたと認定⇒説明義務ないし情報提供義務違反、実質的一任売買の違法があると判断。
  民事p76
大阪地裁R4.9.8  
  法定管轄裁判所での訴訟提起⇒管轄違いを理由とする専属的合意管轄裁判所への移送申立(否定)
  事案 相手方(基本事件原告)は、緊急事態宣言等の影響緩和に係る一時支援金等給付規程に基づき月次支援金の給付の申請⇒中小企業庁長官から不支給決定
⇒実質当事者訴訟として、申立人(国)を相手に、相手方が1か月分の月次支援金(10万円)の給付を受けることができる地位にあることの確認を求める訴えを、法定管轄裁判所である大阪地裁に提起。 
申立人:申立人と相手方との間には、月次支援金に関する争訟について東京地裁を第1審の専属的合意管轄裁判所とする旨の合意がされている⇒行訴法7条、民訴法16条1項に基づき、本件を東京地裁に移送することを求める移送の申立て。
  規定 行訴法 第七条(この法律に定めがない事項)
行政事件訴訟に関し、この法律に定めがない事項については、民事訴訟の例による。
民訴法 第一六条(管轄違いの場合の取扱い)
裁判所は、訴訟の全部又は一部がその管轄に属しないと認めるときは、申立てにより又は職権で、これを管轄裁判所に移送する。
民訴法 第一七条(遅滞を避ける等のための移送)
第一審裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部を他の管轄裁判所に移送することができる。
第二〇条(専属管轄の場合の移送の制限)
前三条の規定は、訴訟がその係属する裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属する場合には、適用しない。
  争点 ①専属的管轄合意の成否及び有効性
②自庁処理の許否 
  判断  専属的管轄合意が有効に成立。 
  行訴法7条、民訴法17条、20条1項の趣旨⇒ある当事者が他の当事者との間の専属的管轄合意に係る裁判所とは異なる法定管轄裁判所に訴えを提起し、被告から専属的管轄合意に係る裁判所への移送の申立てがされた場合であっても、当該法定管轄裁判所は、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは、訴訟の全部又は一部を専属的管轄合意に係る裁判所に移送することなく、自ら審理及び裁判をすること(自庁処理)ができると解すべき。
本件にかかる事情⇒
訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため、本件訴訟について、自庁処理するのが相当。
事情:
(1)相手方の住所もその訴訟代理人の事務所の所在地も大阪市
(2)申請者にとっては、事実上、専属的管轄合意をしないという選択をする余地がないという意味で、申請者と国との間の合意であるとはいえるものの、国により一方的に定められたものであるという面があり、しかも、月次支援金の制度上、申請者は、全国各地に存在し得ることが当然の前提⇒申請者の個々の事情を一切考慮することなく、東京地方裁判所のみを専属的合意管轄裁判所とするのは、やや不均衡な面があることも否定することができない
(3)本件規程に係る月次支援金は、公的な性質を有し、根拠となる法律を制定して、中小企業庁長官による月次支援金尾支給を行政処分として構築する子とも可能なものであり、そうであれば、その不支給処分取消訴訟は特定管轄裁判所にも提起することができる(行訴法12条4項)⇒このような場合と比較しても、東京地裁のみを専属的合意管轄裁判所とするのは、やや不均衡な面があるといい得る。
(4)本件訴訟についていえば、訴訟の目的の価額は10万円であるところ、本件訴訟を東京地裁で審理する場合には、相手方ないし相手方の訴訟代理人が東京地裁に現実に出頭する必要が生じれば、前記価額に比してみると相当多額の出費を免れないことが推認され、相手方側の出頭の便宜上、不都合がある。
(5)もう一方の当事者である申立人の所在地は、東京都であるが、申立人は、国であり、その代表者である法務大臣は、全国に8つある法務局の訟務部所属の職員等を、本件訴訟を行わせる職員に指定することができ、実際、本件においても、大阪法務局訟務部所属の職員等を前記職員に指定しているところ、月次支援金の制度に精通した行政庁担当者が裁判所に現実に出頭しなくても、法務局訟務部所属の指定代理人が、前記行政担当者と十分に打合せをした上で、期日等に対応することは可能⇒申立人側の出頭の便宜上、、不都合が大きいとはいえない。
行訴法 第一二条(管轄)
4国又は独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第一項に規定する独立行政法人若しくは別表に掲げる法人を被告とする取消訴訟は、原告の普通裁判籍の所在地を管轄する高等裁判所の所在地を管轄する地方裁判所(次項において「特定管轄裁判所」という。)にも、提起することができる。
  解説 専属的合意管轄裁判所に訴えが提起され、法定管轄裁判所への移送申立:
当該訴えを提起された裁判所は、民訴法17条に基づき、当該訴訟を当該法定管轄裁判所に移送できる。
but
専属的管轄合意に反し、法定管轄裁判所に訴えが提起され、管轄違いを理由とする専属的合意管轄裁判所への移送の申立てがされた場合:
当該訴えを提起された裁判所が、当該移送の申立てを却下し、当該訴訟について自ら審理及び裁判をする(自庁処理をする)ことができる旨の明文の規定がない。 

裁判所は、民訴法17条等の類推適用により、管轄違いの移送の申立てを却下し、当該訴訟について自ら審理及び判断をする(自庁処理をする)ことができると解されている。

行政事件訴訟でも、そのまま妥当するといえる。
本決定:
民訴法17条所定の考慮要素を踏まえ、当事者の住所等のほか、本件訴訟の事案の内容(とりわけ、月次支援金の給付という事業の公益性、他の給付行政との均衡等)、専属的管轄合意の趣旨(行政庁の負担軽減)や形成過程(本件規程であらかじめ定められたものに申請者が同意するというもの)、実際に想定される審理の内容やこれに伴う当事者の負担等を考慮して判断。
  労働p82
東京高裁R3.10.13  
  従業員に対する不利益取扱いにつき、不当労働行為意思を認め、理由の競合を認めなかった事例
  事案 特定非営利活動法人であるX(控訴人)が、その運営するA福祉作業所において、主任支援員が別の法人に出向するのに伴い作業指導員Cを主任代行に任命して役職手当の支給を開始し、前記の主任支援員が出向先から復帰した後もCに役職手当を続けた⇒3年4か月後にCを主任代行から降職させるとともに役職手当の支給を停止⇒Cの加入する合同労働組合であるZが、東京都労働委員会にに対し
①本件役職手当不支給等は労組法7条1号前段の、また、
②本件役職手当不支給等に関する団体交渉におけるXの対応は同条2号の各不当労働行為に、
それぞれ該当する。
として労組法27条1項に基づき、救済命令の申し立て

都労委が、本件役職手当不支給等及び本件団交におけるXの対応の一部が不当労働行為に該当するとして、役職手当等の支給、本件組合への文書交付及び都労委への救済命令を発した

Xが、労組法27条の19第1項に基づき、Y(東京都)に対して、本件救済命令の取消しを求めた。
  規程  第七条(不当労働行為)
 使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
一 労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること。ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。
  原審 Xの主張:
(1)本件役職手当不支給は、Xの人事権の行使である本件降職に伴うものであり、本件降職についてXに裁量権の逸脱濫用はなく適法⇒Xには反組合的意図ないし動機は認められない
(2)本件団交において、Xは誠実に対応していた
(1)について:
労組法7条1号前段所定の不当労働行為の成立には、労働者に対する不利益取扱いが不当労働行為意思に基づくものであることが必要であり、それで足りる。
本件では
①Xと本件組合の間で対立が先鋭化していたこと
②Cは本件組合側の中心人物の1人でありXとの関係も良好ではなかったこと
③CはXから役職手当の不支給に関する書面に署名することを求められたがこれを拒んだ

Xには不当労働行為意思が認められる。
・・・本件役職手当不支給は正当な人事権の行使に伴ってされたものとは評価できない。
(2) 本件団交におけるXの対応につき誠実に交渉に当たるべき義務に違反。
  控訴  X:(1)について、
Xに不当労働行為意思はなく、労働者に対する不利益取扱いが使用者の裁量の範囲内の行為として適法である場合に、使用者に反組合的意図を認めるには特段の事情が必要であるところ、人事権の行使については使用者に広範な裁量が認められるべき。 
  判断 ①Xと本件組合は、なお双方の対立関係が必ずしも解消されたとはいえない状況にあり、XとCの関係も通常の労使の関係程度に修復されたともいえなかった
②Xは本件組合が不当労働行為の対象として強く救済を求めた人物の1人
③XがCに署名を求めた本件書面もXの内部で正規の意思決定を経ずに作成された文書
⇒Xには不当労働行為の意思が認められる。
仮に、Xの主張の枠組みによったとしても、本件降職は正当な人事権の行使とは認められない。
  解説 不当労働行為のうち労組法7条1号所定の不利益取扱いには、
①労働契約関係上の地位の変動にかかわるもの(解雇、雇止め等)
②人事上の処遇にかかわるもの(配転、出向、転籍、降格等)
③経済的な不利益処遇(賃金差別、査定差別等)
④職場の人間関係上いじめ・嫌がらせ(職場での無視等)など様々な態様があるとされている。
不当労働行為意思
A:必要説:
不当労働行為意思とは反組合的な意思ないし動機であり、このような意図ないし動機は、間接事実(諸般の事情)から認められる推定意思で足りる。
B:不要説:
組合員であること又は正当な組合活動をしたことと不利益取扱いとの間に客観的な結びつき(因果関係)が認められば足りる。

実質的には両者の差はほとんどない。
使用者に、不当労働行為についての動機が認められるが、他方で、不利益取扱いについての正当化理由も同時に存在する場合
A:組合所属又は組合活動と正当化理由のいずれが不利益取扱いの決定的(優越的)動機となったか(決定的動機説)(判例)
B:組合所属又は組合活動がなかったならば当該取扱いがされなかったであろうと認められれば不当労働行為が成立する(相当因果関係説)
   刑事p97
神戸家裁尼崎支部R4.12.8
  特定少年の大麻取締法違反で、刑事処分を相当と認めて検察官送致とした事例
  事案 19際の特定少年であるAが、いずれも営利目的で、譲受少年に乾燥大麻約20gを代金7万円で譲渡するとともに、乾燥大麻101g余を後日所持した大麻取締法違反の事案。
  判断 本件犯情を、原則検察官送致対象事件にこそ該当しないものの相当重いものと位置づけ、次いで、本件に至る経緯や動機等、Aの資質・特性上の問題点、過去の保護処分における指導教育の内容とその浸透状況、犯行後の情況、Aの年令や生活状況等
⇒保護不能とまでは断じ難いものの保護不当に至っている
⇒刑事処分を相当と認めて検察官送致とした。 
  規定  (検察官への送致についての特例)
第六十二条 家庭裁判所は、特定少年(十八歳以上の少年をいう。以下同じ。)に係る事件については、第二十条の規定にかかわらず、調査の結果、その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは、決定をもつて、これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない。
 (検察官への送致)
第二十条 家庭裁判所は、死刑、懲役又は禁錮に当たる罪の事件について、調査の結果、その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは、決定をもつて、これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない。
  解説   ●特定少年の検察官送致をめぐる規律 
令和3年法律47号による改正:
少年法に特定少年に対する様々な特則。
刑事処分相当を理由とする検察官送致についても特則:
特例少年に係る事件については法20条の適用が除外され、罰金以下の刑に当たる罪の事件についても検察官送致の対象(62条1項)
原則検送事件の範囲が拡大:
犯行時16歳以上の少年が故意の犯罪行為により被害者を死亡させた事件(同条2項1号)に加え、
犯行時特定少年が犯した死刑または無期若しくは短期1年以上の懲役モスクは禁錮に当たる罪の事件(同項2号)もこれに含まれる。。
  ●原則検送事件以外の事件の検察官送致の要件 
法20条1項
「調査の結果、その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるとき」と規定。
①保護処分によっては矯正改善の見込みがない場合(保護不能類型)
②保護不能ではないが、事案の性質、社会感情、被害感情等から保護処分で対処するのが不相当な場合(保護不適類型)
③少年の改善更生のために刑事処分が保護処分よりも有効である場合(刑事処分有効類型)
もこれに含まれる。
特定少年:自律的主体という位置づけとなり、特定少年による犯罪行為全体について評価替えがされたとみることができる⇒原則検送事件以外の事件でも、その程度はともかく、検察官送致となる割合は増えるとの見解。
  本決定:
特定少年に係る原則検送事件以外の事件について、法62条1項により検察官送致とした。 
本件の罪質:
各罪に係る個別具体的な犯情事実及び少年の同種又は関連の保護処分歴
⇒その犯情は相当重い。。

本件の情状:
本件に至る経過や動機等⇒Aの資質・特性上の問題点、過去の保護処分における指導教育の内容とその浸透状況、犯行後の情況、Aの年令や生活状況等に言及⇒本件情状として、法62条2項ただし書に挙げられた考慮事情を意識した検討を行った上で、保護不能ではないが保護不適であり、刑事処分が相当。
  ●検察官送致後の展開
中間処分である検察官送致決定については、不服申し立てが認められない(法32条本文)。
刑事処分相当の検察官送致⇒いわゆる起訴強制が働き、刑事事件の特例の下で成人と同様の刑事裁判を受ける。
特定少年については、同特例も原則として適用が除外(法67条)。
  近時の事例 
2557   
  行政p5
最高裁R4.12.13   
  健康保険組合による被保険者の親族等が被扶養者に該当しない旨の通知の、法189条1項の処分該当性(肯定)
  事案 健康保険組合であるAは、組合員Xの妻Bを、健保法(「法」)3条7項1号所定の被扶養者に該当するとしていたが、Bの収入がAの定める基準を満たさなくなったことを理由として、被扶養者に該当しない旨の通知。 
法189条1項は、被保険者の資格、標準報酬又は保険給付に関する処分に不服がある者は社会保険審査官に対して再審査請求をすることができる旨を規定
⇒Xは、同項に基づくものとして、本件通知についての審査請求
⇒近畿厚生局社会保険審査官が、本件通知には処分性が認められないことを理由に、本件審査請求を却下する決定⇒Xが再審査請求⇒社会保険審査会は、本件決定と同様の理由により、本件再審査請求を却下する裁決。
本件:Xが
①Aの権利義務を承継した健康保険組合であるY1を相手に、本件通知の取消しを求めるとともに、
②Y2(国)を相手に、本件裁決の取消し及び国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めた事案
  1審・原審 法はいわゆる生計維持要件の判断について各保険者(健康保険組合等)の合理的な裁量判断に委ねている⇒本件通知の取消請求を棄却 
本件通知については、処分性は認められるが、法189条1項所定の被保険者の資格に関する処分には該当しない⇒同項に基づく不服申立てをすることはできない。
  判断 本件裁決の取り消し請求及び損害賠償請求につき、
本件通知は法189条1項所定の被保険者の資格に関する処分に該当
⇒原審の判断には同項の解釈適用を誤った違法がある。
but
本件審査請求は社会保険審査官及び社会い保険審査会法4条1項所定の審査請求期間を徒過してされた不適法なもの⇒本件裁決の取消請求を棄却すべきものとした原審の判断は結論において是認できる。 
本件通知の取消請求につき職権による検討を行い、
本件審査請求が不適法⇒本件通知の取消請求に係る訴えは不服申立ての前置を規定する法192条の要件を満たさない不適法な訴え
⇒同請求につき本案の判断をした原判決は失当。
  解説   健康保険組合が行う被扶養者に該当しない旨の通知が法189条1項所定の被保険者の資格に関する処分に該当するというためには、その前提として、被扶養者非該当通知にいわゆる処分性が認められる必要がある。
行政庁の行為に処分性が認められるためには、
①その行為が公権力性を有することと、
②その行為によって生ずる効果が国民の法律上の地位に影響を与えること
が必要(最高裁)。
公権力性は法律によって与えられるもの⇒処分性が認められるためには当該行為が法律に根拠のあるものである必要がある。
法律や他の行政行為によって既に発生した効果を確認するにすぎない行為(観念の通知)等は、国民の法律上の地位に影響を与えるものではない⇒通常は処分性を有しない。
but
法律に当該行為の直接の根拠となるべき具体的な規定がない場合や、当該行為が観念の通知としての性質を有する場合等であっても、国民の実効的な権利救済等の観点から、法律が特に当該行為に処分性を付与していると解釈される場合がある。
最高裁の判例にも、前記のような観点から、柔軟に処分性を認めたものが少なくない。
ex.
・労災就学援護費を支給しない旨の決定
・食品衛生法に違反する旨の通知
・病院開設中止の勧告
  ●被扶養者非該当通知の処分性 
◎   被保険者資格の得喪について、法39条1項本文:
健康保険組合等による確認によってその効力を生ずる旨を規定
but
被扶養者該当性については、健康保険組合等がその認定判断をして被保険者に通知するといった明文の規定は設けられていない。
法3条7項の規定内容等⇒被扶養者に該当するかどうかは、法所定の要件(生計維持要件等)を満たすかどうかによって決せられるものと解され、被扶養者非該当通知は観念の通知としての性質

被扶養者非該当通知の処分性を否定する見解も理由がないものではない。
but
被保険者の親族等が被扶養者に該当するか否かによって当該親族等に適用される医療保険の種類が決せられる(国保法5条、6条5号参照)
被保険者の親族等は、被保険者証が交付されないと、適時に適切な診療を受けられないなど生活上の相当の不利益を受けることになる

被扶養者該当性についての健康保険組合の判断は、被保険者及びその親族等の法律上の地位を規律する。
このような医療保険制度全体の仕組みの下における被扶養者であることの法的な意味合いや、国民皆保険の下での被保険者証の機能等

被扶養者非該当通知に処分性を認め、この段階で、被扶養者に該当するか否かを確定することが、適正公平な保険給付の実現や実効的な権利救済等に資する。
仮に、被扶養者非該当通知の処分性を否定⇒被扶養者に該当しないとの認定判断に不服があっても、医療機関を受診する際には医療費の全額を自己負担した上で、事後に健康保険組合に保険給付を求め、これを拒否する処分を受けた段階で、法189条1項所定の保険給付に関する処分として審査請求等をすることになる。
vs.
健康保険等を利用しないで医療機関を受診する者はほとんどいないという実情⇒このような争訟方法は権利救済の方法として実効的でない。 
処分性を否定しつつ、被扶養者非該当通知を受けた段階で、被扶養者に該当することの確認等を求める実質的当事者訴訟の提起。
vs.
一般的に確認の利益が認められるのかという理論的な問題が残る
いきなり裁判所に訴えを提起するしかないというのでは、本件のような被扶養者該当性をめぐる紛争における権利救済の方法としては、実効性を欠く面が否定できない。
  被扶養者について以上に述べたところは、被保険者と共通する面がある。
法は、被保険者の資格の得喪については、確認という行政処分によってその効力を生ずるとして、適正公平な保険給付の実現や実効的な権利救済等を図っている。
健保法施行規則は、被扶養者届や被扶養者に係る定期的な確認について規定。

法が被扶養者該当性にかかる認定判断の通知に処分性を付与しているとの解釈の手がかりとなる。 
    ⇒被扶養者非該当通知の処分性を認めた。
  ●法189条1項所定の「被保険者の資格」に関する処分に該当するか? 
法189条1項が被保険者の資格等に関する処分について特別の不服申立ての制度を設けた趣旨は、これらの処分が多数の被保険者等の生活に影響するところが大きいこと等に鑑み、専門の不服審査機関による簡易迅速な手続によって、被保険者等の権利利益の救済を図ることにある。
・・・趣旨は被扶養者非該当通知にも妥当
⇒被保険者歯科気宇の得喪の確認と異なる取扱いとする合理的な理由は見いだし難い。
被扶養非該当通知は法189条1項所定の被保険者の資格に関する処分に該当し、当該所定の不服申立ての対象となるものと判断。
  宇賀反対意見:
本件通知において不服申し立てについての教示がされていなかったこと等を理由に、本件審査請求については審査会法4条1項ただし書の「正当な事由」が認められるとするほか、
本件通知の取消請求を棄却した原審の本案判断について、各保険者に被扶養該当性についての要件裁量は認められないことを指摘。

本件裁決の取消請求は認容すべきであり、その余の部分については本件を原審に差し戻すべき。 
  民事p14
名古屋高裁R3.2.18  
  医療過誤(ダブルセットアップを怠った過失)の事案(否定)
  事案 X3(母親)が、X1を吸引分娩により出産したた際、X1が低酸素性虚血性脳症による脳性麻痺の後遺障害を負ったのは、本件病院の医師らが吸引分娩実施前に帝王切開術に移行するためのダブルセットアップを怠った過失による⇒債務不履行または不法行為(使用者責任)に基づき、損害賠償の支払を求めた。 
  報告書 公益財団法人日本医療機能評価機構の産科医療補償制度原因分析委員会による原因分析報告 
本件の脳性麻痺発症の原因については、
①クリステレル胎児圧出法を併用した合計9回、総牽引時間25分間の吸引分娩が子宮環境及び胎児胎盤循環を悪化させたことで、胎児が低酸素・酸血症となったと考えられ、②出生後43分間低酸素・酸血症が持続したことは脳性麻痺の症状の増悪因子となったと推測される。

臨床経過に関する医学的評価について、
③吸引分娩は一度の牽引で確実に娩出できるとは限らない⇒滑脱した場合には適切なタイミングで帝王切開に移行できるよう分娩計画を考えておくことが一般的であり、滑脱を繰り返しながら吸引分娩を係属することは一般的ではなく、
④予想される胎児の状態への対応として、蘇生担当の小児科医への連絡のタイミングは一般的ではない。
  争点 主たる争点:
本件原因分析報告書の記載に照らし、担当医らに吸引分娩実施前のダブルセットアップを怠った過失があるか?
Xら:
吸引分娩は総牽引時間20分以内ルール、吸引回数5回以内ルールという厳格なルールが定められている上、クリステレル胎児圧出法を併用した吸引分娩は、娩出が難渋した場合、子宮及び胎児の循環環境を悪化させるリスクを伴っていた⇒帝王切開への切り替えが可能なように、本件病院の実情に合わせて1時間ないし1時間半前に麻酔科医を呼ぶなどの準備を整えるいわゆるダブルセットアップをすべき。
  判断 以下の理由より、麻酔科医等のスタッフを確保することを含むダブルセットアップは一般的な理解を超える水準を求めるもの⇒本件病院の医師らの過失を否定した原判決は相当。 
①アメリカのガイドラインとは異なり、日本のガイドラインでは、帝王切開へ移行できる準備を整えることを条件とはしていない。
同ガイドラインによれば、クリステレル胎児圧出法は胎盤環境の悪化などの副作用も報告されているが、吸引術の娩出力補完に有効であって、その功罪についてはエビデンスが乏しいのが原状であり今後検討されるべき課題とされている。

クリステレル胎児圧出法を併用する吸引分娩を実施する際に麻酔科医等のスタッフの確保を含むダブルセットアップを行う義務があったということはできない。
本件原因分析報告書は「今後どうすれば脳性麻痺の発症を防止することができるのかという視点に立ち・・・考えられる方策を提言するものである」というものであり、その記載内容は直ちに本件病院の医師の過失を裏付けるものではない。 
  解説 裁判例: 
TOLACにおいては緊急帝王切開の準備をしておくことが推奨されていること自体は認められる一方で、行われるかどうか分からない緊急帝王切開に備えて、深夜に執刀医や助手、麻酔科医や小児科医、看護師その他のスタッフを待機させ、器械等を整えておくことが容易なことではないことは明らかであり、当時の医療水準に照らして注意義務違反はない。
  民事p35
宮崎地裁R4.3.22  
  不動産売買の仲介業者の説明義務違反(肯定)
  事案 不動産売買の仲介等を業とするX1及びその代表者であるX2が、不動産売買仲介契約及び事業用定期借地権設定仲介契約(「本件仲介契約」)に基づいて、それぞれYに対し、合意された報酬金額のうちの未払分の支払を求めた(第1事件、第2事件)。
Yが、Xらに対し、債務不履行に基づく損害賠償及び前記不動産売買仲介契約の解除に伴う原状回復を請求(第3事件)。
  判断  YとX2との間で、平成30年12月から平成31年1月にかけて、本件土地ACの売買の仲介及び本件土地ACのDに対する賃貸借の仲介契約が締結されている。 
  ●第3事件 
YとDとの賃貸借の仲介契約においては、Yが第三者から本件土地ACを購入することが前提とされており、事業用定期借地権設定契約に基づいて得られる地代により本件土地ACの購入費用を回収し収益を上げる投資スキームが予定されている。
YとDとの本件合意で、賃貸借期間が営業開始日から20年間とされていたことに照らしても、土地の購入費用の返済原資となるDの地代の支払開始日は、 事業用定期借地権設定毛役の締約に当たり、特に重要な要素であったとういことができる。

X2には、準委任契約である仲介契約に基づく善管注意義務の一環として、Yに対しDの地代支払開始日について正確な情報を提供すべき義務がある。
Yの代表者であったP3は、・・・と一貫して供述しているところ、同供述は、他の証拠とも整合し信用することができる。、

X2は、Dの地代支払開始日について正確な情報を提供すべき義務に違反してYに対して誤った情報を提供したものと認められる⇒本件仲介契約の債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。
  ●第1事件、第2事件
・・・X2が、これらの金額を超えてYに対して本件土地ACの売買についての仲介報酬を請求する権利を有することを認めるに足りない。
事業用定期借地権設定仲介報酬請求については、最終的にYとDとの間において事業用定期借地権設定契約の締結にはいたらなかった⇒理由がない。
X1は、平成31年4月3日に設定されたものであり、本件仲介契約が成立したとされる頃には設立されていなかった⇒本件仲介契約に基づく報酬請求は理由がない。 
  解説 宅地や建物の買主、借主が、契約後に思わぬ疎なぎを被る事態を回避するため、宅地建物取引業法35条は、宅地建物取引業者に対し、取引の相手方等に対し、一定の重要な事項について、事前に説明を行うことを義務付けている。
「少なくとも」これだけは説明しなければならないという業者の最小限の義務として規定⇒これらのほかにも説明すべき重要な事項はあり得る。
説明義務違反が認定された裁判例:
・マンションの専有部分の販売を行っていた宅地建物取引業者による、防火戸の操作方法についての買主の説明の懈怠(最高裁) 
・中古住宅の売買契約の仲介業者による、隣人が著しい迷惑行為を行う可能性が高いことについての説明の懈怠
・不動産売買の仲介業者による、境界標の有無、隣地への越境の有無、隣地との境界の確定見込み等についての説明の誤り
・不動産の売買契約を仲介した業者による、建物について締結されていた賃貸借契約の内容についての説明の誤り
・土地の売買契約と同時に締結される先行売買における有効な権利取得の可否等についての説明の懈怠
・建物の賃貸借契約を仲介した業者による、借主が当該建物において焼肉店を営業することが事実上不可能であることの説明の懈怠
  労働p45
釧路地裁R4.3.15  
  新人看護師が精神障害を発病して自殺⇒業務起因性(否定事案)
  事案 A(看護師)が自死⇒Aの相続人(父母)であるXらが、Aが自死したのは、職場の上司からのパワハラなどの業務上の心理的負荷を受けて精神障害を発病したことによるもの⇒Y(国)に対し、
Aの父であるX1は、同人が請求した労災法に基づく遺族補償給付及び葬祭料について釧路労働基準監督署長が行った不支給決定の取消しを、
Aの母であるX2は、同人が請求した労災法に基づく遺族補償給付について処分行政庁が行った不支給決定の取消しを
それぞれ求めた。
  判断   Aが平成23年6月中旬頃に適応障害を発病⇒行政通達に照らし、業務起因性を否定。
  業務起因性の判断枠組み 
労災法に基づく保険給付は、労働者の業務上の疾病等につき行われるものであり(業務起因性)、それが認められるためには、業務と疾病等との間に相当因果関係が認められることが必要。
かかる相当因果関係が認められるためには、当該疾病等の結果が、労働者の従事していた業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要。
いわゆる「ストレスー脆弱性理論」に依拠した、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」に依拠し、業務起因性を判断。
認定基準:
業務により精神障害を発症した者が自殺を図った場合には、業務起因性が推定される。
当該労働者と同種の平均的労働者、すなわち、何らかの個体側の脆弱性を有しながらも、当該労働者と職種、職場における立場、経験等の社会通念上合理的な属性と認められる諸要素の点で同種の者であって、特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者を基準として、当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が一般に精神障害を発病させる危険性を有するか検討し、当該業務による負荷が当該精神障害を発病させたと認められるかどうかを基準とする。
  ●当てはめ 
Aが平成23年6月中旬頃に適応障害を発病したと認定
X:同年8月末から同年9がつ15日までの間に精神病症状を伴わない重症うつエピソードを発病した
vs.
Aが自死直前までB病院において通常の勤務を続けていたことなどが「患者はごく限られた範囲のものを除いて、社会的、職業的あるいは家庭的な活動を続けることがほとんどできない」とする診断基準と整合しない⇒排斥。
適応障害の発病(平成23年6月中旬頃)前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められるかどうかにより業務起因性の判断を行う
⇒Xらの主張に従い、a:仕事上のミス、b:嫌がらせ、いじめ、c:上司とのトラブルの観点から検討。
a:仕事上のミス:
・・・その平均的な心理的負荷の強度はⅢ
その具体的内容に照らしてその心理的負荷の強度の総合評価は「中」にとどまり、
その他の仕事上のミスについて考慮しても、仕事上のミスについての心理的負荷の総合評価は「中」
b:嫌がらせ、いじめ
c:上司とのトラブル
医師からのパワハラに関する主張
vs.
同医師らととAとの関係性等からそもそも認めることができない。
Aの指導を行っていた先輩看護師との関係:
・・・その具体キ゚内容からすると、その心理的負荷の総合評価は「弱」にとどまる。
⇒業務起因性を否定
  解説 認定基準は労災保険の実務を行う行政通達にすぎないもので裁判所を拘束するものではない。
⇒これに該当しないことをもって直ちに業務起因性が否定されるものではない。
本判決:
認定基準に従った判断を行いつつも、最終的には、必ずしも適応障害の発病前6か月以内であるとは認定できていない出来事も取り上げて検討したり、認定基準から離れて検討。
  知財p70
東京地裁R4.12.23  
  不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」該当性
  事案 原告:原告製品(ガスバルブ)の形態は周知な商品等表示に該当し、被告が被告製品を製造又は販売する行為は、前記商品等表示と類似の商品等表示を使用するもの⇒不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に該当⇒不正競争法3条1項及び2項に基づき、被告製品の製造等の差止め並びに被告製品及びその製造に用いられる金型その他の製造器具の廃棄を求めた 
  争点 原告製品の形態が不正競争法2条1項1号にいう「商品等表示」に該当するか否か
  規定 不正競争法 第二条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
  判断  法2条1項1号:
周知な商品等表示の有する出所表示機能を保護するという観点から、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止し、事業者間の公正な競争等を確保するもの。
商品の形態は・・・商標等とは異なり、本来的には商品の出所表示機能を有するものではない⇒その形態が商標等と同程度に不正競争法による保護に値する出所表示機能を発揮するような特段の事情がない限り、商品等表示には該当しない。

商品の形態は、
①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(「特別顕著性」)を有しており、
②特定の事業者によって長期間にわたり独占的に利用され、又は短期間であっても極めて強力な宣伝広告がされるなど、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知であると認められる特段の事情がない限り、不正競争法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当。
法2条1項1号の趣旨目的
⇒商品の形態が、取引の際に出所表示機能を有するものではないと認められる場合には、特定の出所を表示するものとして特別顕著性又は周知性があるとはいえず、前記商品の形態は、同号にいう商品等表示に該当しない。
  ①・・国内における需要者は、ガスボイラーメーカーやガスバーナーメーカーの専門業者約30社
②・・製品の安全性、信頼性を重視
③・・検討のためには、製品内部の動作や構造についても詳細な情報を要求するのが通例
④・・・被告製品自体は・・・原告製品の互換性として開発
⑤・・双方製品とも約50万円と高額
⑥・・宣伝広告に当たって、原告製品の形態上の特徴それ事態を強調しておらず、被告においても、被告製品の形態をセールスポイントとすものではない

本件施肥にの需要者は、約30社の専門業者に限られるのであり、当該専門業者は、長期間費やし製品をテストするなどして、専ら安全性、信頼性の観点から本件製品を購入⇒当該専門業者(需要者)は、取引の際にもそもそも製品の形態自体に着目して本件製品を購入するものとはいえない。

原告製品の形態は・・・出所表示機能を有するものではなく、不正競争法2条1項1号にいう商品等表示に該当しない。
 ・・当該専門業者において原告製品と被告製品の誤認混同が生じないことは明らか。
⇒不正競争法2条1項1号の不正競争行為に該当するものとは認められない。
  解説  裁判例:
東京高裁H6.3.23:
・・・同法条が目的とする出所の混同を排除することを超えて、商品そのものの独占的、排他的支配を招来し、自由競争のもたらす公衆の利益を阻害するおそれが大きい。
・・・不正競争防止法が帆とする商品表示主体の正当な利益を害しない限度において競業行為を許容し、公衆が期待する自由競争により利益を維持するために必要な要件の検討をいうのであり、この要件は、機能的周知商品形態の持つ自他商品識別力の強弱を、競業者が採っている自他商品の混同防止手段との相関のうちにおいて観察し、後者が混同を防止するために適切な手段を誠実に採り、前者の自他商品識別力を減殺して、混同のおそれを解消する場合において具備するものと解するのが相当。
商標や商品名が持つ本来的な商品識別機能は・・・・・考慮に入れても、マットの種類を示す特徴としての本件商品形態の商品識別力に勝ると認められる。
  商品の形態につき、その技術的な機能及び効用という観点から商品等表示該当性を考慮した裁判例:知財高裁H28.7.27:
商品の形態が商品の技術的な機能及び効用を実現するために他の形態を選択する余地のない不可避的な構成に由来する場合、 そのような商品の形態自体が「商品等表示」に当たるとすると、当該形態を有する商品の販売が一切禁止されることになり、結果的に、特許権等の工業所有権制度によることなく、当該形態によって実現される商品の販売を特定の事業者に独占させることにつながり、しかも、不正競争行為の禁止には期間制限が設けられていないことから、上記独占状態が事実上永続することになる。
・・・

商品の形態が商品の技術的な機能及び効用を実現するために他の形態を選択する余地のない不可避的な構成に由来する場合には「商品等表示」に該当しないと解するのが相当。
  刑事p80
名古屋高裁金沢R4.3.24  
  強盗殺人罪否定で殺人罪と窃盗罪⇒事実誤認による破棄の事案
  事案 奥田交番襲撃事件 
  争点 E殺害時、被告人に拳銃強取の意思があったか否か?
  原審 強取目的を否定⇒殺人罪と窃盗罪を認定。 
①被告人が、交番襲撃を考え始めてから実行まで短時間であり、交番襲撃前に襲撃後の具体的な行動を計画していたことを示す客観的証拠は見当たらない
②襲撃後の行動も半ば行き当たりばったりで、事前の計画に沿った行動とは解されない
③弁護人による逮捕前の事情聴取時の被告人の発言は、E殺害後に拳銃をとる意思が生じたとする趣旨と理解され、客観的な行動とも矛盾しない。
④捜査段階の供述調書のうち、逮捕当日のものは曖昧で揺れており、その後の調書は強取意思を明確に供述したとはいえず、これらの調書より強取目的は認められない

E殺害後に拳銃を取る意思が生じた可能性を排斥できない。
  判断 強盗殺人罪の成立を前提に審理等を尽くすのが相当として、本件を富山地裁に差し戻し。
原判決の反対仮説は、客観的な被告人の行動と矛盾するとはいえないが、不自然な見方。

被告人は、強固な決意の下、多数の警察官を殺して回ろうとするかのような行動に及んでおり、取調べでも一貫してその意図を認めている。
警察官と戦い続けるために拳銃を奪うことを当初から意図していたとみることは極めて自然な見方。

原審弁護人による逮捕時の事情聴取は、いつから拳銃の強取意思を有していたかを明確には聞いておらず、被告人も最初からその意思を有していたことを否定していない。
その後の被告人の供述⇒前記事情聴取時の供述は、被告人の内心を正確に反映していないと解するのが自然。
原判決は、そのことを看過又は不当に軽視し、前記事情聴取時の供述の信用性を高く評価している。

捜査段階の供述調書について、原判決はあいまいで揺れていると評価するが、その原因や供述の趣旨について十分な考察をしていない。
警察官を殺し、拳銃を奪うつもりであったと述べているのに、強取意思を認めることはできないと不自然な評価をしている。

原判決の判断は、本件の事実経過及び被告人の供述等の信用性を総合的、整合的に判断しておらず、論理則・経験則に照らして不合理。
  解説  捜査段階では一時これを認めるような供述⇒自白が存在。
自白の信用性が問題となる場合、まずは自白を除く証拠を検討し、それらにより認定できた事実に照らし、自白の信用性を検討するのが一般的。 
原審:反対仮説が成立する余地があるかという点から検討。

裁判員裁判の評議においては、裁判員の多様な感覚や視点を活かすことが重要⇒審理の結果、裁判員を含む裁判体の関心がまず反対仮説に向いたのであれば、そこから評議を始めることも十分に考えられる。
  評価を分けたのは、被告人の供述に対する評価そのもの 
控訴審が第1審判決に事実誤認があるとするには、当該事実認定が「論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要」(最高裁)
供述の信用性が問題となる事例を前提とすると、
①客観的な証拠や事実との関係で明らかに不合理である場合や、
②これと同程度に判断内容が明らかに不合理である場合
が典型例。
but
事案に応じた具体的な判断には、難しい場合がある。
本件:
①の場合には該当せず、そのような見方が自然か否かといういわば主観が作用する部分で評価を分けたといえる。
このような判断には「許容幅」があるとされ、1つの見方を不合理と判断するには、その結論に相応の説得性が求められる。
本判決:
一連の事実経過や供述調書の記載にとどまらず、被供述者と被告人とのやり取りにまで遡り、供述の意味合いを検討するなど具体的な検討をして、不合理との結論を導いたもの。
  刑事p90
広島地裁R4.3.23  
  被告人の人格権・被告人及び弁護人の接見交通権侵害で国賠法上違法(肯定)
  事案 起訴後勾留による身体の拘束を受けている被告人であったX1並びにX1の弁護人であったX2及びX3が、警察官がX1から任意捜査としてDNA型試料を採取しようとした際、
①留置担当の警察官が、X1に対し、取調室への出頭が拒否できることなどを告知せず、取調室に行くよう勧めたこと、
②捜査担当の警察官らが、X1が取調室からの退去を求めたのに、これに応じずに取調室に滞留させ続け、X1が複数回接見要請をしたのに、弁護人ら(X2及びX3)への連絡をしなかったことは、Xらの接見交通権を侵害し、X1の人格権を侵害
⇒Y(広島県)に対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償として、
X1につき220万円、X2及びX3につき各110万円の支払を求めた。
  争点 留置担当の警察官の言動及び捜査担当の警察官らの言動について、国賠法1条1項の適用上違法な点があるか
  判断 留置担当の警察官には、被留置者に対し、取調室への出頭義務や取調受忍義務がないことを告知すべき義務はない⇒これを明示的に説明しなかった点に職務上の義務違反はなく、留置施設から出場するまでのX1の態度を総合的にみれば、X1の出場を中止すべき職務上の義務もなかった
⇒留置担当の警察官の言動には国賠法1条1項の適用上違法な点はない。
●捜査担当の警察官らの言動
接見交通権の点:
警察官が、接見要請を受けながら、直ちに弁護人らに連絡をせず、被告人としての防御権に影響を与える可能性がある働きかけと評価できるX1へのDNA試料の採取に向けた説得を続けたことは、その時間が10分程度であることを踏まえても、捜査員としての職務上の義務に違反しており、接見交通権の侵害に当たり、国賠法1条1項の適用上違法。

X1への説得を打ち切った時点以後に弁護人らに連絡しなかったことについては、違反の程度が軽微⇒国賠法上の違法は認められない。
人格権侵害の点:
起訴後においても、捜査官はその公判を維持するために必要な取り調べを行うことができ、操作の必要性・緊急性を考慮し、相当と認められる方法による場合には、任意捜査として許容される。
当時のX1の供述状況等⇒X1のDNA型試料を採取する必要性も緊急性も認められず、その方法も相当性を欠いていた⇒起訴後被告人の立場にあったX1に対しDNA型試料採取に向けた説得をしたことは国賠法1条1項の適用上違法。 
  解説 刑訴法39条1項が規定する弁護人等との接見交通権は、身体の拘束を受けている被告人又は被疑者が弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障している刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人の固有権の最も重要なものの1つとされている。 
起訴後の被告人に対する取調べについては、被告人の当事者たる地位に鑑み、捜査官が当該公訴事実について被告人を取り調べることはなるべく避けなければならないが、起訴後においても、捜査官がその公判を維持するために必要な取調べを行うことは許容される(最高裁)が、
その範囲は任意捜査として適法な限度に留まる。
本判決:
操作の内容等を踏まえると、警察官らのX1への説得行為は適法な任意捜査の域を超えている⇒国賠法1条1項の適用上、違法と判断。
  刑事p98
大阪家裁R5.8.5  
  少年法62条2号該当事件で、検察官送致とされた事案
  事案 少年が、共犯者らと共謀の上、被害者を逮捕監禁するとともに営利目的で略取し、傷害を負わせた事案を含む、逮捕監禁致傷、営利略取、営利略取未遂、傷害保護事件。
18歳以上で、短期1年以上の懲役に当たる罪の事件が含まれている⇒原則検察官送致対象事件(少年法62条2項2号) 
  決定 報酬を得る目的で見ず知らずの人間を犯罪の標的にするもの
少年が加えた暴行等の態様や結果
⇒本件非行について、相当に悪質。 
少年の資質や生育環境等の問題性~本件に関与する一因になった。
少年の反省状況等⇒犯行後の情況に酌むべきところがあり、少年の性格・環境等にも考慮に値する点が認められる。
but
前記の事案の評価⇒少年を保護処分に付するのが相当とは認められず、事案を検察官に送致。
  規定 少年法 第二〇条(検察官への送致)
家庭裁判所は、死刑、懲役又は禁錮に当たる罪の事件について、調査の結果、その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは、決定をもつて、これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない。
2前項の規定にかかわらず、家庭裁判所は、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であつて、その罪を犯すとき十六歳以上の少年に係るものについては、同項の決定をしなければならない。ただし、調査の結果、犯行の動機及び態様、犯行後の情況、少年の性格、年齢、行状及び環境その他の事情を考慮し、刑事処分以外の措置を相当と認めるときは、この限りでない。
 (検察官への送致についての特例)
第六十二条 家庭裁判所は、特定少年(十八歳以上の少年をいう。以下同じ。)に係る事件については、第二十条の規定にかかわらず、調査の結果、その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは、決定をもつて、これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない。
2 前項の規定にかかわらず、家庭裁判所は、特定少年に係る次に掲げる事件については、同項の決定をしなければならない。ただし、調査の結果、犯行の動機、態様及び結果、犯行後の情況、特定少年の性格、年齢、行状及び環境その他の事情を考慮し、刑事処分以外の措置を相当と認めるときは、この限りでない。
一 故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件であつて、その罪を犯すとき十六歳以上の少年に係るもの
二 死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪の事件であつて、その罪を犯すとき特定少年に係るもの(前号に該当するものを除く。)
  解説 法20条:
同項本文該当の事件については、その罪質及び情状の類型的な重さから保護不適であるとの推定が働くことを規定⇒家庭裁判所が同項ただし書を適用して保護処分を選択するには、保護処分の方が矯正改善に適しているというだけではなく、保護不適の推定を破るに足る「特段の事情」が必要になるとされる。
法62条2項:
原則検察官送致対象事件は、法20条2項と同一のもの(本項1号)のほか、死刑または無期若しくは短期1年以上の懲役・禁錮に当たる罪の事件であって、その罪を犯すとき特定少年に係るもの(本項2号)とされ、その範囲が拡大。
本項ただし書:対象事件の範囲の拡大に伴って「犯行の結果」に様々なものが含まれる⇒考慮事情として「犯行の結果」が明記されたが、法20条2項ただし書と同趣旨のもの。
対象事件拡大の趣旨:
公選法や民法の改正等により、18歳及び19歳の者が責任ある主体と位置付けられた
⇒これらの者が重大な犯罪に及んだ場合には、18歳未満の者よりも広く刑事責任を負うべきものとするのが、その立場に照らして適当であり、また、刑事司法に対する被害者を含む国民の理解・信頼の確保という観点からも必要
⇒一定の重大犯罪に及んだ場合に刑事処分が適切になされることを制度的に担保するものであるとの説明。

法62条2項にあっても、法20条2項と同様、本項各号該当の事件については保護不適が推定され、本項ただし書を適用して保護処分を選択するには、保護不適の推定を破る「特段の事情」が必要になるものと解される。
2556   
  行政p5
最高裁R5.1.25  
  衆議院小選挙区選出議員の選挙区割りの合憲性
  事案 令和3年10月31日施行の衆議院議員総選挙について、東京都第5区等の選挙人である上告人ら(一審原告)が、衆議院小選挙区議員の選挙の選挙区割りに関する公選法の規定は憲法に違反し無効⇒これに基づき行われた本件選挙の前記各選挙区における選挙も無効⇒選挙無効訴訟 
  事実関係   衆議院議員の選挙制度:
小選挙区選挙比例代表並列制 
  平成24年法律第95号による改正前
最高裁H23.3.23:
①選挙区間の投票価値の較差が拡大していたのは1人別枠方式がその主要な要因となっていたことは明らか
②人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮等の視点から導入された1人別枠方式は既に立法時の合理性が失われていた

旧区割り基準のうち1人別枠方式に係る部分及び同選挙時の選挙区割りは、憲法の投票価値の平等の要請に反する状態(「違憲状態」)に至っていたが、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず区割規定は合憲(違憲状態・合憲判決)
  ・・・
    本件選挙当日における各選挙区の選挙人数の最大格差が2.079倍となる。
  原審 本件選挙区割りは本件選挙時において違憲状態に至ったとまではいえない
⇒Xらの請求を棄却
  判断 本件選挙当時において、公選法13条1項、別表第1の定める衆議院小選挙区選出議員の選挙区割りは、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったということはできず、前記規定が憲法14条1項等に違反するものということはできない。 
  解説  ●本判決の考え方 
  ◎基本的判断枠組み 
憲法は投票価値の平等を要求している
but
投票価値の平等は選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではなく、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的等との関係において調和的に実現されるべきであり、全国を多数の選挙区に分けて実施する制度が採用される場合、具体的な選挙区を定めるに当たっては、行政区画等を基本的な単位として、諸要素を考慮しつつ、国勢遂行のための民意の的確な反映を実現するとともに投票価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが求められる。
このような選挙制度の合憲性は、諸事情を総合的に考慮した上でなお、国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するといえるか否かによって判断される。
この判断に当たっては、
①定数配分又は選挙区割りが違憲状態に至っているか否か
②違憲状態に至っている場合には、憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったとして定数配分規定又は区割規定が憲法の規定に違反するに至っているか否か
③当該規定が憲法の規定に違反するに至っている場合には、選挙を無効とすることなく選挙の違法を宣言するにとどめるか否か
が検討。
本件では①が主たる争点。
  ◎本件区割規定の合憲性
平成29年選挙時の本件選挙区割りを合憲状態と判断した平成30年大法廷判決につき、選挙区間の投票価値の較差を相当程度縮小させその状態が安定的に持続するよう新区割り制度が設けられた上、
0増6減の措置を前提に次回の大規模国勢調査が行われるまでの5年間を通じて選挙区間の人口の較差が2倍未満となるような本件選挙区割りが定められ、
これにより平成29年選挙時における選挙区間の選挙人数の最大格差が縮小したことをもって、
投票価値の平等を確保するという要請に応えつつ選挙制度の安定性を確保する観点から漸進的な是正を図ったもの。
このように新区割り制度及び本件選挙区割りから成る合理的な選挙制度の整備が既に実現されていた⇒従前の違憲状態は解消されたものと評価することができる。
  ◎本件選挙時の較差の評価 
本件選挙時:選挙区間の選挙人数の最大格差が2.079倍になる
新区割制度は、選挙区の改定をしてもその後の人口異動により選挙区間の投票価値の較差が拡大し得ることを当然の前提としつつ、選挙制度の安定性も考慮して、10年ごとに各都道府県への定数配分をアダムズ方式により行うこと等によってこれを是正することとしており、新区割制度と一体的な関係にある本件選挙区割りの下で拡大した較差も、新区割制度の枠組みの中で是正されることが予定されている。
このような制度に合理性が認められることは平成30年大法廷判決が判示するとおりであり、本件選挙区割りの下で格差が拡大したとしても、原則として、違憲状態に至ったものということはできない。
but
ア:当該較差が憲法の投票価値の平等の要求と相いれない新たな要因によるものというべき事情や、
イ:較差の拡大の程度が当該制度の合理性を失わせるほど著しいものであるといった事情
がある場合を例外として留保する。

これらの事情がある場合には、新区割制度の合理性によって較差を是正することができない。
本件選挙時における選挙区間の投票価値の較差は、自然的な人口異動以外の要因によって拡大したものというべき事情は窺われないし、
その程度も著しい物とは言えない
⇒前記の較差の拡大をもって、本件選挙区割りが帆ねん選挙時において違憲状態に至っていたものということはできない。
  行政p24
大阪地裁R5.3.15  
   ウガンダ共和国国籍で、レズであることを理由に迫害を受けるおそれ⇒難民認定(肯定)
  事案 原告:ウガンダ共和国国籍を有する外国人であり、入管法61条の2第1項に基づく難民認定の申請⇒法務大臣から順次権限を委任を受けた大阪出入国在留管理局長から、難民の認定をしない旨の処分を受けるとともに、入管法61条の2の2第2項による在留特別許可をしない旨の処分⇒大阪出入国在留管理局主任審査官から、退去強制令書の発布処分を受けた。

原告が、前記処分は、原告が難民であるにもかかわらず、これを看過した違法なもの⇒被告(国)に対し、前記処分の取消しを求めるとともに、難民の認定の義務付けを求めた事案。
  争点 原告の難民該当性 
  判断 本件不認定処分を取り消し、原告に対して難民の認定をすべき旨を命ずべき 
ア:ウガンダでは、ウガンダ刑法145条が、自然の理に反する人間同士の性交を行う者は、罪を犯しているとして、終身刑を科す旨を規定
・・・同性愛者に対して同条その他の法令を適用して恣意的な身柄拘束をする可能性があり、現在においてもこの点に大きな変化はない。
イ:レズビアンであることを理由に警察官に逮捕、勾留され、暴行を受けたとする原告の供述・・・の信用性を減殺する事情はない。

原告がレズビアンであることを理由に、警察官に逮捕、勾留され、棒で殴られるなどの暴行を受け、相当な傷害を負った。
ウガンダに帰国すれば、同様に、原告がレズビアンであることを理由に警察官に逮捕、勾留され、暴行を受けるおそれがあるといえる。

迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するものであると認めることができる。

原告が難民に該当しないことを前提としてされた本件在特不許可処分は違法
原告を迫害のおそれがある国に向けて送還しようとする本件退令発布処分も違法
⇒これらは取り消されるべき。
  解説 本判決:
原告の身体の傷痕や医療記録等の客観的証拠との対比、ウガンダの一般情勢との整合性、本邦に上陸した後の各手続における原告の供述の内容や経過などを踏まえつつ、相当詳細な検討を加え、客観的証拠に裏付けられた限度においては、被告による弾劾主張を踏まえても、その供述は信用性を有すると判断。
裁判例①:
本国(イラン・イスラム共和国)の刑法上、男性間の性行為を行った者に対し、石打ち刑による死刑に処することが認められるとしつつ、同性間の性行為もこれを公然と行われるのでない限り、それだけで刑事訴追を受ける危険性は相当低い状況にあり、かつ、本国当局が原告が同性愛者であると認識していたとはいえない⇒難民該当性を否定。

裁判例②:
原告が同性愛者であるとは認められない⇒難民該当性を否定。
  民事p51
大阪地裁R4.6.23   
  コンビニのフランチャイズオーナーと本部の争い
  事案 コンビニストアのフランチャイズ加盟店のオーナー(Y)は、そのフランチャイザー(X)から、Yの経営する店舗での異常な接客対応やSNS上でのXへの誹謗中傷を理由に、加盟店契約を解除された。 
第1事件:XがYに対し、店舗の引渡し及び約定の損害賠償の支払等を求めた
第2事件:YがXに対し、本件契約解除はYが時短営業を強行したことに対する意趣返しであり、独禁法上の優越的地位の濫用に当たり無効⇒加盟店の地位の確認及びXの取引拒絶の排除等を求めた
加盟店契約:各加盟店に共通した一定の店舗のイメージが加盟店全体の信用を支えており、これらのイメージを毀損することその他重大な不信行為が契約解除事由に当たる旨定められていた
  争点 加盟店契約の解除の有効性 
①:Yの接客対応やSNSへの投稿が契約の解除事由に当たるか
②:前記①の行為により当事者間の信頼関係が破壊されたか
③:YがXの催告に応じたといえるか
④:本件契約解除が権利の濫用又は優越的地位の濫用に当たるか
  判断 争点①:
Yが利用客に頭突きをしたり車を蹴るなどの暴力的行為や、利用客の人格を否定する暴言などをくりかえしており、また、Xへの誹謗中傷をSNSに投稿
⇒全国的に統一的なサービスを提供することで保たれるX及び加盟店全体のブランドイメージを毀損するものであり、SNSへの投稿を含めて契約解除事由に該当 
争点②③:
Yは、Xの店舗担当者から繰り返し接客対応に関する注意を受け、その後書面で接客対応の改善を求められたにもかかわらず、自らの接客対応の顧みずに利用客に責任転嫁し、その後も接客対応を改めなかった

Yの一連の対応は当事者間の信頼関係を破壊するものであり(SNSへの投稿も同様)また、催告期間に信頼関係を回復する適切な措置を講じなかった
⇒契約解除は有効
争点④:
Xは、当初はYの時短営業を理由として契約解除することについても検討
but
その後は時短営業を前提とする契約に変更するためにはたらきかけるなど
⇒契約解除が時短営業を理由にされたものではない。
  解説 約定解除事由に基づくもの
but
継続的契約であるフランチャイズ契約の性質

解除条項の解釈・適用に当たっては、軽微な義務違反では足りず、一定程度の重大な義務違反が解除事由に該当すると解すべきであり、
さらに、それが当事者間の信頼関係を破壊するものであることが必要。
コンビニのフランチャイズ:
店舗の外観、商品の品ぞろえ、サービス等を統一して全国的なブランドイメージを維持
~加盟店契約の重要な内容
信頼関係の破壊:義務違反が一定期間継続しているなどの事情が必要
本件:不適切な接客対応が長期間繰り返され、X側の注意や書面での是正要求にも応じず、むしろ不適切な接客対応をエスカレートさせたなどの一連の経緯⇒信頼関係破壊が認められる
催告期間の措置について、
接客対応及びそれに対する是正措置に応じなかったことを解除事由とする場合、破壊された信頼関係を回復するためには、形式的に接客対応を改善するとの意向を示すだけでは足らない。
公正取引委員会:
令和3年4月には、従前のフランチャイズガイドラインを改訂し、時短営業を希望する加盟店に対し、正当な理由なく協議を拒絶すること等が優越的地位の濫用に当たりえるとの見解。
  民事p85
福岡地裁久留米支部R4.6.24  
  小学校での児童の死亡事故の事案
  事案 フットサルゴールポストが転倒⇒児童Aがその下敷きになり死亡
Aの両親である原告らが、

主位的に:本件小学校の教員らには前記ゴールポストを適切に固定しなかったなどの安全配慮義務違反がある⇒国賠法1条1項に基づき、
予備的に:前記ゴールポストには設置又は管理の瑕疵がある⇒国賠法2条1項に基づき
損害賠償を求める。

在学契約関係条の付随義務として、本件事故について十分に調査を行い、その結果を原告らに報告し、調査に関して原告らの意向を確認し配慮する義務を怠った
⇒国賠法1条1項に基づき損害賠償を求めた。
  争点 ①ゴールポストの固定等に関する安全配慮義務違反の有無
②過失相殺の要否
③調査報告義務違反の有無 
被告は、ゴールポストの設置又は管理に瑕疵があったこと自体は認めている。
  判断  ●安全配慮義務違反 
①本件事故前から、ゴールポストが転倒しないよう配慮すること、固定状況について点検を実施すること、本件と同様の死亡事故が生じていることを文部科学省が通知
②本件小学校の校長はこの通知を認識
⇒本件事故の発生っは容易に予見できた
⇒ゴールポストの固定状況について点検し、ロープで結ぶなどして固定しておくべき注意義務があった。
  ●過失相殺
Aがゴールポストにぶら下がったことは通常の使用方法を逸脱したもの。
but
本件小学校の校長を除く教員らには、ゴールポストが危険で不安定であるという認識がなく、危険性をAを含む児童らに指導することもなかった
⇒Aがゴールポストの危険性を認識することはできず、このような教員らとの関係で過失相殺を認めることは公平を欠く。 
…小学校4年生の児童についてそもそも非難し得る程度の低いものである一方、ゴールポストが固定されていないことを見逃した被告の重大性⇒過失をしん酌すべきとはいえない。
  ●調査報告義務違反
文科省作成の「学校事故対応に関する指針」に触れつつ、同指針は、学校、学校の設置者及び地方公共団体が、それぞれの実情に応じて、事故後の適切な対応に取り組むに当たり参考となるものとして作成されたもので、事故後の調査に関し、直ちに義務の内容となるものではない。
事故の遺族でありAの保護者である原告らも、当該事故の利害間権者の1人⇒第三者委員会である調査委員会が公平性・中立性を確保しつつ、専門的見地から事故に至る仮定や原因について調査する以上、保護者の意向に配慮したり、適宜保護者と協議したりすることには限界がある。

学校設置者である地方公共団体は、学校内での事故について十分な調査を行い、その結果を報告する義務があるものの、調査委員会の委員の人選や、調査委員会による具体的な調査の内容及び方法等については、事故の内容や調査の目的、学校及び地方公共団体の実情等に応じて、学校設置者や専門的知識及び経験を有する医院によって構成される調査委員会の判断に委ねられる。
調査に関して保護者の意向を確認し、調査内容及び方法等について保護者と競技する義務や、必要かつ相当な調査が尽くされているかどうかについて保護者の意向を確認し、調査内容及び方法等について保護者と協議する義務や、必要かつ相当な調査が尽くされているかどうかについて保護者の意向を確認し対応すべき義務はいずれも認められない。
調査委員会の人選について公平性・中立性が確保されていないとはいえない。
被告は、原告らの要望等に配慮しつつ、本件事故について調査委員会による調査を実施し、その結果を報告書として取りまとめて原告らに説明して報告しており、調査報告義務違反があったとはいえない。
  解説 学校事故での過失相殺は、被害児童、生徒が指示に従わず、あえて危険な行為に出たことにも原因があるとして、過失相殺が認められる事例が多い。
本件は、過失相殺を否定。
学校内での事故について、学校設置者等が事故について調査し、その内容を報告する義務があることを認めた上で、
具体的な調査の内容や方法等に関して、文科省の作成する指針が直ちに義務内容となるわけではなく、調査内容及び方法について保護者の意向に配慮し、保護者と協議をする義務までは認められない。
企業や学校等の団体内部の事故、不祥事に関し、第三者委員会による調査、検証が実施されることが多いが、その中で、第三者委員会の調査や判断そのものが問題となる事例も散見される。
本件:学校内での事故に関し、第三者委員会による調査、報告について、保護者との間で義務違反が認められないとの判断を示した事例。
  刑事p98
千葉家裁R4.6.24  
  特定少年の薬物所持・使用の事案⇒第1種少年院送致で、収容期間3年とされた事案
  事案 特定少年である少年が、
①覚醒剤を含有する錠剤を飲み込んだが、同錠剤についていわゆるMDMAであると誤認し、麻薬施用の犯意を有するにとどまっていた
②少量の大麻を所持した
という事案。 
  判断 第1種少年院に送致
少年院に収容する期間を最大限3年 
  解説  ●犯情による保護処分の制約
  令和3年法律第47号による少年法改正⇒18歳及び19歳の少年は「特定少年」とされ、特定少年に対する保護処分は「犯情の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内において」しなければならない(少年法64条1項)。
刑罰が保護処分よりも一般的・類型的に不利益な処分
⇒刑事裁判であれば執行猶予付きの懲役又は禁錮を科すことが通常想定されるような事案であっても、それにより直ちに少年院送致を選択できないことにはならない。
  本件事案:
覚醒剤の自己使用1件と大麻の所持1件
but
本件各犯行が約4年間にわたる常習的犯罪の一環として行われ、少年の違法薬物に対する依存性が強く、規範意識が希薄であるなどの事情⇒要保護性に応じた処遇選択。 
  ●少年院に収容する期間
家庭裁判所は「犯情の軽重を考慮」して少年院に収容する期間を定めなければならない(少年法64条3項)。

家庭裁判所においては、収集さらた証拠に基づき、犯罪事実を認定した上で、犯した罪の責任に照らして許容される限度を上回らない範囲内で、できるだけ長く、少年院に収容する期間を設定すべきことになると考えられる。
少年に対する矯正教育が順調に推移し、出院後の帰住先の調整にも問題なし⇒処遇勧告が付されていない場合、約11か月で仮退院。
but
内省の深まりに欠け、少年院内でも犯則行為を繰り返すなどしたため進級が遅れるような場合⇒11か月で仮退院できない事態が生じる。
現在の実務:少年院の収容期間について、2年か3年とする令が多い。
本決定:収容期間を最大限3年間
~犯情の上限からすると3年間の期間が許容されるという理解を前提に、必要かつ十分な矯正教育や保護観察期間を確保することが望ましいと考えたのではないかと推測。
2555   
  民事p5
東京高裁R4.8.18  
  間接交流とするのが相当とする原審の判断が不当とされた事例
  事案 別居中の夫婦の妻である抗告人が、夫である相手方に対し、前件調停で定められた未成年者ら(長女及び二女)との面会交流に関する条項の変更を求めた。
  原審 未成年者らが母である抗告人を慕い、抗告人との交流を望んでいることや、長女が精神的において成長し、安定傾向にあること、抗告人が未成年者らに対して愛情や関心を有していることを感じることのできる機会を設けることがのぞましいこと
⇒抗告人と未成年者らとの交流を認めることが相当。
but
①面会交流の実施に際しては父母間の連絡及び協力体制が必要となるところ、父母間では高葛藤状態が続いている
②長女は精神的に改善の兆しが見えてきた段階にあり、現段階では十分に安定しているとは言い難い状況にある
③二女については、父母の葛藤状態に巻き込まれた場合の心理的影響が大きい
④これまでの面会交流の経過及び長女の反応

まずは双方向の間接交流を実施し、段階を踏みながら将来的な直接交流に向けての信頼関係・協力関係を構築していくことが相当
⇒抗告人と未成年者らとの面会交流を間接交流とするのが相当。
  判断 抗告人が二女を出産後、精神的に不安定になり、数か月間医療保護入院となったこと
長女が抗告人との関係で精神的に不安定な状況になったこと
長女の主治医が、直接交流は刺激が強いため間接交流から段階的に始めていくことが望ましい旨の意見を述べていること等

相手方が抗告人と長女との直接交流に消極的な態度を示していることは一定程度理解できる。
but
ア:抗告人の精神状態は回復し安定した状態が続いており、抗告人が未成年者らの健全な成長に悪影響を及ぼすような言動をするおそれがあるとはいえないこと
イ:長女の精神状態は安定してきており、間接交流を通じて抗告人と接触した後も精神的に不安定な状態に陥ることはなく、安定した状態が続いて位いること、
ウ:長女は、従前から抗告人に対して思慕の念を抱き続け、抗告人との直接交流を強く望んでいたこと、
エ:二女については、抗告人との直接交流を禁止・制限すべき事情がないことなど、
直接交流を速やかに検討するべき諸事情が認められるのに、原審は前記ア~エの事情を適切に考慮していない点において取消しは免れない。
a:家庭裁判所調査官が令和2年2月に長女の意向・身上調査をしたのを最後に長女に対する調査が長期間実子されておらず、再度、家庭裁判所調査官による調査を実施して、長女の意思を適切に把握する必要がある
b:抗告人との未成年者らとの間では、令和3年11月以降、間接交流が継続的に実施されており、間接交流後の長女の状況や心情等についても家庭裁判所調査官による調査を実施する必要がある
c:ニ女については、平成31年3月まで抗告人との面会交流が実施されていたことや、令和3年11月以降、間接交流が継続的に実施されていること、現在6歳であり、自己の身上を表明することが可能な年令であること等⇒二女についても家庭裁判所調査官による調査を実施して、その心情や間接交流の状況等を調査する必要がある。
d:その上で、これらの調査結果を踏まえて、試行的面会交流の実施を積極的に検討し、その結果をも踏まえて直接交流の可否や面会交流の具体的方法、頻度、内容等を検討して定める必要がある。
⇒原審は前記a~dにつき審理不尽があって、原審判を取り消して、本件を東京家裁に差し戻す。
  解説  父母が離婚又は別居しても、子にとっては親であることに変わりはなく、一般的に、非監護親からの愛情も感じられることが子の健全な成長のために重要。
我が国及び海外における心理的の諸研究においても、非監護親との交流を継続することは子が精神的な健康を保ち、心理的・社会的な適応を完全するために重要(文献)。
面会交流について夫婦間の協議が整わないとき又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が定める(民法766条2項参照)。
家庭裁判所は、面会交流について定めるに当たっては、「子の利益を最も優先して考慮しなければならない」(同条1項参照)とされるとともに、
「子の陳述の聴取、家庭裁判所調査官によるその調査その他適切な方法により、子の意思を把握するように務め、審判をするに当たり、子の年齢及び発達の程度に応じて、その意思を考慮しなければならない」(家事手続法65条)

家庭裁判所における面会交流調停・審判においては、面会交流の禁止・制限事由(虐待や連れ去りのおそれ等)の有無や、別居に至る経緯、従前の親子関係、別居後の子の状況、子の年齢や発達状況、子の意向・心情、両親の葛藤常況等を総合考慮して、子の最善の利益の観点から面会交流の方法を定める必要。
審理に当たっては、家庭裁判所調査官による調査等の適切な方法により、子の意思を把握するように務め、必要に応じて試行的面会交流(家庭裁判所調査官の関与の下、非監護親が子と試行的に面会交流すること)を実施することも検討し、その結果をも踏まえて、直接交流の可否や、面会交流の具体的方法、頻度、内容等について判断する必要。
一般に非監護親との交流は、子の健全な成長のために重要⇒面会交流調停・審判は、適切かつ速やかに実施する必要があり、また、子の成長や子を取り巻く諸状況等に応じて子の意向・心情も変化する場合がある⇒子の意向・心情調査を含む子の調査は、適時適切に実施する必要がある。
  本決定:
面会交流審判において考慮すべき諸事情を詳細に認定して、直接交流を実施することの消極事情及び積極事情について丹念に検討するとともに、
原審では直接交流を速やかに実現すべき積極事情が適切に考慮されていないことに加え、家庭裁判所調査官による調査が適示適切に行われていない等の審理不尽がある

試行的面会交流の実施を積極的に検討して、その結果をも踏まえて直接交流の可否や面会交流の具体的方法、頻度、内容等を検討して定める必要があるとして、本件を東京家庭裁判所に差し戻す旨の決定をした。 
  民事p15
東京地裁R4.10.28  
  路上で原告が逮捕された状況を撮影した動画をYoutubeに投稿⇒肖像権侵害で不法行為とされた事例
  事案 本訴:名誉権、肖像権及びプライバシー権を侵害⇒不法行為に基づき、60万円及び遅延損害金の支払を求めた。 
反訴:著作権(複製権及び公衆送信権)、著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)又はプライバシー権を侵害された⇒不法行為に基づき438万7900円及び遅延損害金の支払を求めた。、
  争点 被告による名誉毀損及び肖像権侵害、原告による著作権又は著作者人格権侵害の各成否。 
  判断   ●名誉毀損の成否 
・・・名誉毀損の有無につき、一般の視聴者の通常の注意と視聴の仕方を基準とすれば、本件逮捕動画は、原告が警察官によって白昼路上で逮捕されて手錠をかけられたなどという事実を摘示することであり、これをYouTubeに投稿することが、原告の人の品性、徳行、名声、信用等の自覚的価値について社会から受ける客観的評価を低下させることは明らか。
本件逮捕動画は、・・・白昼路上で逮捕された容疑者と警察官とのやり取りを、テロップを付す等して面白おかしく編集して嘲笑の対象とするもの⇒専ら公益を図る目的に出たものとはいえず、違法性を欠くものと認めることはできない。
  ●肖像権侵害 
人の肖像を無断で使用する行為が肖像権を侵害するものとして不法行為法上違法となる場合につき、最高裁判例の流れを踏まえ、3類型に整理して判断基準を示した。
肖像:個人の人格の象徴⇒当該個人は、人格権に由来するものとして、みだりに自己の容ぼう等を撮影等される、又は事故の容ぼう等を撮影等された写真等をみだりに公表されない権利を有する。
他方、人の容ぼう等の撮影、公表が正当な表現行為、創作行為等として許されるべき場合もある。

肖像等を無断で撮影、公表等する行為は、
(1)撮影等された者の私的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公共の利害に関する事項ではないとき、
(2)公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が社会通念上受忍すべき限度を超えて被撮影者を侮辱するものであるとき、
(3)公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公表されることによって社会通念上受忍すべき限度を超えて平穏に日常生活を送る被撮影者の利益を害するおそれがあるとき等、
被撮影者の被る精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超える場合に限り、肖像権を侵害するものとして不法行為法上違法となる。
本件:
白昼路上において原告の容ぼう等が撮影されたもの⇒公的領域において撮影されたもの(2)(3)。
・・・原告と警察官が押し問答となり、原告が警察官による片手に手錠を掛けられ、原告が複数の警察官に取り囲まれるなどという現行犯逮捕の状況等を撮影⇒本件逮捕動画の内容が社会通念上受忍すべき限度を超えて原告を侮辱するものであることは明らか(2)。
●著作権侵害の成否 
本件逮捕動画等を下に作成した原告の動画をYouTubeに投稿する行為は著作権侵害を構成する。
but
引用(著作権法32条1項)の各要件に本件の事実関係を当てはめて、YouTubeその他の動画共有プラットフォームにおける表現活動等を保護する重要性⇒本件の事案の限度ではいずれも引用の抗弁が成立して著作権を侵害しない。
  ●著作者人格権侵害の成否 
同一性保持権の侵害について、
原告が投稿した動画に引用された本件逮捕動画の内容は、原告の名誉権及び肖像権を侵害⇒原告の容ぼうにモザイク処理を施したり、音声加工を施したりして改変することは、前記の各権利が繰り返し侵害されることを回避するために必要な措置

著作権法20条2項4号にいう「やむを得ないと認められる改変」に該当
⇒同一性保持権侵害は成立しない。
氏名表示権の侵害:
・・・
原告の前記動画では、本件逮捕動画の著作権が被告であることが明示されている⇒本件逮捕動画に係る氏名表示権が侵害されたものとはいえない。
  解説 肖像権をめぐる法的問題についての判例法理の展開及び肖像権侵害に関する判断基準における受忍限度論の展開や限界
⇒判例時報2552号45~47参照 
第3類型該当性については、直接判示するものではない。
←被告がそれを主張していたとはうかがわれない。
最高裁(教師批判ビラ配布事件)の事案:
教師らの氏名・住所・電話番号等を個別的に記載したビラが大量に配布され、電話、葉書等による嫌がらせや非難攻撃を繰り返し受けたというもの。
本件:本件逮捕動画がYouTubeにアップされたとしても、名誉又は名誉感情が害されるのは格別、前記のような結果まで直ちに生ずるものとはいえず、その余の特段の事情がない限り、第3類型該当性を肯定することはできないように思われる。 
本判決:
仮に原告が肖像権とは別途のプライバシー侵害を主張するとしても、原告の肖像とは紐づけられないような、これとは別途のプライバシー侵害して特定して主張するものではないから、主張自体失当。
原告の主張を前提としても、そもそも白昼路上という公的領域において撮影されている⇒プライバシー侵害を認めることはできないと補足。

肖像権とは、肖像に紐づけられたプライバシー、名誉感情、平穏に日常生活を送る利益を、それぞれ保護する権利⇒原告のプライバシーに関する主張は、肖像権侵害の主張に包含されるものと整理したものと解される。 
  労働p31
大阪地裁R4.3.30  
  二重の労働者供給(二重派遣)の状態にあった事案
  事案  Y1(ゼネコン)⇒Y2⇒Y3と再委託。
Y3の従業員であったX:
前記委託契約及び再委託はいわゆる偽装請負であり、
Y1との間に対しては黙示の労働契約が成立したか、労働者派遣法40条の6所定の労働契約申込みみなし制度に基づき労働契約が成立
Y2に対しては同条に基づき労働契約が成立
Y3に対しては前記偽装請負について労働局に是正申告したところ解雇されたのは無効な解雇に当たる(Y3は退職合意を主張)

Yらのそれぞれに対して地位確認並びに賃金(1か月37万円)及び遅延損害金の請求をするとともに(同時審判の申出あり)、前記偽装請負につきYらの共同不法行為が成立
⇒Yらに対して慰謝料等220真ねん及び遅延損害金の連帯支払を求めた。
  争点 ①XとY1との間の黙示の労働契約の成否
②Y1、Y2に対する労働者派遣法40条の6第1項5号の該当性
③Y3・X間の退職合意の有無ないしY3による解雇の有効性
④Yらによる不法行為の成否
  判断  ●争点① 
Y1の担当課長からXに具体的な指示命令が行われ、これに従ってXが業務に従事⇒Y1とXとの間に事実上の使用従属関係をうかがわせる事情はある
but
①Y3はY1の新築工事の作業所での業務の話題が出る前にXの採用内定をしていた
②XとY3の契約形態は期限の定めのない労働契約であって、期限のあるY1での業務にのみ従事させることが予定されていたわけではない
③Y3は、Xの業務について、業務の予定と実績、労働時間及び実費を把握し、これを基にXの賃金を計算して支給

XとY1との間の労働契約と相いれないXとY3の労働契約関係があり、契約締結に至る経緯や契約の内容、賃金支払事務処理の状況等からも、XとY3との労働契約が形骸化していたとはいえず、XとY1との間に事実上の使用従属関係や賃金支払関係等が成立していたとも認めることはできない
⇒黙示の労働契約の成立を否定。
  ●Y1に対する労働者派遣法40条の61項5号の該当性(争点②) 
Xの就労について、形式的には、
Y1がY2に施工図作成業務を委託し
Y2がY3に同業務を再委託し
Y3が自らの労働者であるXを同業者に就かせるという二重請負(業務委託)の状態。
①Xに対する業務の遂行方法に関する指示は専らY1から行われていたという就労実態や
②労務の提供に対する側面が強い対価の決め方

実質的にはY1が前記の二重請負の契約を経て、Y3の労働者であるXに直接指揮命令を行い、Xの労働の提供を受けるという二重の労働者供給(二重派遣)の状態であった。
Y1に対するみなし制度の適否について、労働者派遣法40条の6が対象としているのは、「労働者派遣の役務の提供を受ける者」であるところ、Y1の契約の相手方であるY2はXと雇用関係にはない⇒Y1とY2は労働者派遣法2条1号所定の「労働者派遣」の関係にない。
⇒Y1はみなし制度の対象には当たらない。
X:このような場合にも労働者派遣法40条の6が適用又は準用されるべき
vs.
労働者派遣法は、労働者派遣事業を職安法所定の労働者供給事業から除外した上で、派遣元及び派遣先に対して規制を講じており、同条もまたその規制の1つとして違法派遣を受け入れたものに対する契約締結の強制という民事的制裁を定めているという規制の仕組み
⇒労働者派遣法所定の労働者派遣に当てはまらない労働者供給に準用又は類推することは予定されていない。
  ●Y2に対する労働者派遣法40条の61項5号の該当性(争点②)
Xの就労のうち、Y1からの委託に係る業務が開始するまでの間については、Y2の支店におけるXの就労の実質は請負であり、労働者派遣には当たらない。
①仮に労働者派遣に該当するとしても、Y2の業務指示は積極性に乏しいものといえる上、その期間も1週間に満たない、
②Y2が以前にも労働局から同様の是正指導を受けながら同様の契約を繰り返していたといった事実は認められない
⇒Y2に労働者派遣法40条の6第1項5号所定の「労働者派遣法の規定の適用を免れる目的」(偽装請負等の目的)を見出すことはできない。
Xの就労のうち、Y1からの委託に係る業務開始後については、Y1がY3に雇用されている労働者であるXに直接指揮命令を行い、労働者派遣に必要な事項を定めることなくXの労務の提供を受けるという二重の労働者供給(二重派遣)の状態にあり、その場合、Y2は職安法4条7項(現8項)の労働者供給をY1に対して行ったものとして職安法44条に違反するものの、労働者派遣法40条の6第1項の「労働者派遣の役務の提供を受ける者」ではない⇒みなし制度の対象には該当しない。
  規定  労働者派遣法 第四〇条の六
 労働者派遣の役務の提供を受ける者(国(行政執行法人(独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第四項に規定する行政執行法人をいう。)を含む。次条において同じ。)及び地方公共団体(特定地方独立行政法人(地方独立行政法人法(平成十五年法律第百十八号)第二条第二項に規定する特定地方独立行政法人をいう。)を含む。次条において同じ。)の機関を除く。以下この条において同じ。)が次の各号のいずれかに該当する行為を行つた場合には、その時点において、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し、その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす。ただし、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、その行つた行為が次の各号のいずれかの行為に該当することを知らず、かつ、知らなかつたことにつき過失がなかつたときは、この限りでない。
一 第四条第三項の規定に違反して派遣労働者を同条第一項各号のいずれかに該当する業務に従事させること。
二 第二十四条の二の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること。
三 第四十条の二第一項の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること(同条第四項に規定する意見の聴取の手続のうち厚生労働省令で定めるものが行われないことにより同条第一項の規定に違反することとなつたときを除く。)。
四 第四十条の三の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること。
五 この法律又は次節の規定により適用される法律の規定の適用を免れる目的で、請負その他労働者派遣以外の名目で契約を締結し、第二十六条第一項各号に掲げる事項を定めずに労働者派遣の役務の提供を受けること。
  解説   ●社外労働者と受入企業との間の黙示の労働契約の成否 
社外労働者と受入企業との間の黙示の労働契約の成否:
裁判例は、一般に、
使用従属関係の有無をはじめ、業務内容、勤務の実態、賃金採用形態等を検討して社外労働者と受入企業との間で労働契約を目次に合意したと評価し得るか否かを判断。
指揮命令関係があるというだけでは黙示の労働契約外成立すると評価するには不十分との指摘。
本件:
一定の使用従属関係をうかがわせる事情はあるものの、
受入企業ではないY3との間の労働契約締結に至る経緯や契約の内容、賃金支払事務処理の状況等から受入企業Y1との労働駅訳の締結を否定。
~これまでの裁判例の傾向に沿った判断。
  ●多重請負の形態で偽装請負等の状態となっている場合におけるみなし制度の適否 
注文主への適用を肯定する見解(菅野)もあるが、
①労働者派遣事業の適正な運営の確保に関する措置を講ずるものであるという労働者派遣法の基本的な位置付け
②労働者派遣法40条の6は、違法派遣を受け入れたものに対して契約を締結を強制するという民事的制裁をもって、規制の実効性を確保しようとするもの
⇒みなし制度の対象もまた労働者派遣事業を行う者と解すべきであり、労働者派遣の定義に当てはまらない労働者供給にまで準用ないし類推することは避けるべきとの判断。
労働者供給に該当する元受人(Y2)もまた「労働者派遣の役務の提供を受ける者」に当たらない

①職安法4条7項(現8項)は、「労働者供給」には労働者派遣法2条1号所定の「労働者派遣」に該当するものを含まない旨を定めて両者を峻別
②労働者供給に該当することによる規制等を受ける上に労働者派遣法上の措置を重ねて受けることは不合理
⇒結論において妥当。
  ●偽装請負等の目的の有無 
  ●受入企業の不法行為責任 
受入企業による社外労働者の取扱いが動議的に問題と考えられる場合には、不法行為責任を認めて慰謝料請求を一定限度で認容する傾向(菅野)
but
本件では不法行為責任は否定。

Xが、労働局に偽装請負の申告をする一方で、自ら積極的に注文主(Y1)の担当課長に業務指示を仰ぐなどして積極的に業務上の指示関係が形成されるような言動を行うなどして違法な事実作出するなどの態度に出ていた(他方で、多数回にわたり行政機関に告訴などをしていた。)といった本件の具体的な事実関係を踏まえたもの。
  刑事p55
最高裁R2.12.7  
  自首は成立しないとされた事案
  事案 被告人が、自宅で知人女性を絞殺した殺人等の事案。 
殺害したのはその嘱託を受けたことによるものであるなどとして、嘱託殺人罪が成立するにとどまると主張するとともに、捜査機関に発覚する前に、嘱託を受けて被害者を殺害したと捜査機関に申告→刑法42条1項の自首が成立すると主張。
  争点 申告内容に虚偽が含まれていた場合の自首の成否 
  判断 被告人が、自宅で、被害者をその嘱託を受けることなく殺害した後、嘱託を受けて被害者を殺害した旨の虚偽の事実を記載したメモを遺体のそばに置いた状態で、自宅の外から警察署に電話をかけ、自宅に遺体があり、そのそばにあるメモを見れあ経緯が分かる旨を伝えるとともに、自宅の住所を告げ、その後、警察署において、司法警察員に対し、嘱託を受けて被害者を殺害した旨の虚偽の供述

被告人は、嘱託を受けた事実がないのに、嘱託を受けて被害者を殺害したとの事実を偽って申告しており、自己の犯罪事実を申告したものということはできない
⇒刑法42条1項の自首は成立しない。
  規定 刑法 第四二条(自首等)
罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首したときは、その刑を減軽することができる。
2告訴がなければ公訴を提起することができない罪について、告訴をすることができる者に対して自己の犯罪事実を告げ、その措置にゆだねたときも、前項と同様とする。
  解説   自首:犯人が捜査機関に対し自発的に自己の犯罪事実を申告し、その訴追を含む処分を認める(委ねる)こと
任意的減軽

①犯罪の捜査及び犯人の処罰を容易にする
②改心により非難が減少する(副次的理由)
  ●申告内容に虚偽が含まれていた場合
判例:
(1)運転を誤って自動車を海中に転落させ同乗者を負傷させる事故を起こした者が、警察官の取調べに対し、いったんは、同乗者がいなかったと嘘をつき、自己に嫌疑が及ぶことを妨げた
but
警官に発覚する前に自ら進んで警察官に申告⇒自首が成立。
(2)拳銃を適合実包と共に携帯して所持し発射した者が、捜査機関に発覚する前に、これらの犯行に及んだことを捜査機関に申告
使用した拳銃について虚偽の事実を述べるなどしたとしても、自首が成立。

捜査機関に発覚していない犯罪事実を申告する前(自首の前)に嘘を言った事例(1)
犯罪事実に属しない事実について虚偽があるが犯罪事実(犯罪構成要件を充足する事実)自体は申告していた事例(2)
⇒犯罪成立要件の一部を否認する申告をした場合等に、どの範囲で自首が成立するかは課題として残された。
多くの実務家の見解は、犯罪事実の「重要な部分」の申告を要するという基準に基本的に依拠しており、これを具体化する類型的な検討が積み重ねられている。
  本件:
自己の成立を否定

自己の犯罪事実を申告したものということはできない。
~自首の成立要件に該当しないことを端的に判断している。
~法律上、自首の成立要件該当性の判断と刑の任意的軽減の当否の判断とを2段階で行うことが規定⇒まずは自首の成立要件該当性の判断を行う必要。
自己の犯罪事実を申告したということができない
←嘱託を受けた事実がないのに、嘱託を受けて被害者を殺害したと事実を偽って申告
①成立する犯罪類型に影響する事実を偽って申告⇒殺人罪の犯罪事実を申告したということはできない
②殺人が嘱託を受けたものであるかそうでないかでは、社会的実体として重要な部分に違いがあるということもできる
  刑事p58
大津地裁R3.12.21  
  自動車死傷法3条の危険運転致死傷罪の成立を認めた事案
  解説 自動車死傷法3条の危険運転致死傷罪は、自動車死傷法の制定により新たに設けられた。

平成13年法律第138号による刑法の改正により創設された危険運転致死傷罪(現自動車死傷法2条)の適用が困難とされた事案の存在。

従来の危険運転致死傷罪の適用は困難ではあるが、酒気帯び運転と自動車運転過失致死傷罪(現過失運転致死傷罪)を適用するだけではその当罰性を十分に評価し得ないような悪質・危険な運転行為に起因する死傷事故事案に対応する目的で新設された、中間類型、。 
  主張 検察官:被告人は、運転開始前に飲んだ酒の影響により、前方注視及び正常な運転操作に支障が生じるおそれがある状態で被告人車両を運転し、もってアルコールの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で被告人車両を運転し、よって、そのアルコールの影響により前方注視及び正常な運転操作が困難な状態に陥って被告人車両を対向車線に進出させ、本件事故を惹起⇒自動車死傷法3条1項の危険運転致死罪により被告人を起訴。
弁護人:被告人は、連日の長時間勤務による疲労と睡眠不足等によって眠気を催したものであり、アルコールの影響により、前方注視及び正常な運転操作が困難な状態にあった者ではない⇒無罪を主張。 
  争点・手続
公判前整理手続

①被告人が、アルコールの影響により、その走行中に正常な運転に支障を生じるおそれがある状態で自動車を運転したか
②本件事故時において、被告人が、アルコールの影響により前方注視及び正常な運転操作が困難な状態に陥っていたか 

証拠調べ手続において、まず、前提となる事実関係(本件事故前の飲酒状況)に関する証人尋問等
⇒期日間整理手続によおける更なる争点・証拠の整理
⇒前記の争点につき、アルコール医学の専門家の証人尋問や被告人質問等
職権により、被告人を含む当事者立会の下、本件事故現場付近の道路状況に関する検証が実施。

酒気帯び運転及び過失運転致死の訴因が予備的に追加。
  規定 自動車死傷法 第三条
アルコール又は薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、よって、そのアルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を負傷させた者は十二年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は十五年以下の懲役に処する。
  判断等  本件事故前の飲酒状況、被告人の体内のアルコール保有量、本件事故前の運転状況
⇒これらを総合して、被告人は、
①アルコールの影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し
②アルコールの影響により正常な運転が困難な状態に陥って本件事故を惹起

ア・・・正常な運転能力ないし思考・判断能力に影響を与える程度のアルコールを体内に保有
イ・・・被告人の逆走開始時及び逆走開始後の異常運転は、仮睡状態や意識朦朧状態でできるものではなく、被告人が覚醒状態で意識的に行ったものと認められる。
覚醒状態下で、道路状況を誤認することなく、対向車線に出る必要もない中、対向車線と衝突して死傷結果を伴う事故を惹起する危険のある運転行為を選択する判断は明らかに不合理⇒その原因については、アルコールによる思考・判断能力の低下の影響によるものとみるとのが自然である一方、強い眠気によるものと考えることは困難
ウ逆走開始後の異常運転と、強い眠気による意識レベルの低下を原因とすると考えられる逆走開始前の異常運転(ふらつき、急減速等)とは、外形的な運転態様や被告人の意識レベル等において異質
but
時間的・場所的に連続しており、共通の原因によるものとみるのが自然。
共通する原因としては、運転開始前の飲酒によるアルコールの影響意外には考え難い。

運転開始前の飲酒の影響に加え、連日の長時間勤務による疲労の蓄積と睡眠不足等の事情が相まって強い眠気⇒左右へのふらつきや急な減速等の異常運転
⇒その後、強い眠気が解消・軽減して覚醒状態になったものの、以前として体内に保有するアルコールの影響下で明らかに不合理な判断⇒対向車線に進出するなどの異常運転。

専ら疲労の蓄積や睡眠不足等に起因する強い眠気によるもの⇒逆走開始後の異常運転について合理的に説明することは困難。
  過労等の他の原因が「正常な運転が困難な状態」となったことに影響を与えている場合には、それでもなお「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」に陥った場合と認められるか?
条文解釈:他の原因のみでは「正常な運転が困難な状態」に至るとまではいえないが、飲酒の事情と相まってこのような状態に至った場合には前記場合に該当するものと一般に解される。
but
具体的な事例における当てはめは必ずしも容易ではない。
本判決:
ア:本件事故を惹起した直接の原因となる異常運転(逆走運転)そのものに焦点を当てて検討
イ:時系列を遡り、逆走開始後の異常運転及びこれに先行する異質な異常運転という一連の運転行為全体に着目した検討も行った上で、
前記疲労や眠気等、他の原因が併存してはいるものの、飲酒行為がなければ「正常な運転が困難な状態」に陥ることは無かった
⇒自動車死傷法3条の危険運転致死罪の成立を認めた。
  解説  ●公判前及び期日間整理手続の弾力的な運用 
公判前整理手続きにより大枠での争点・証拠整理⇒前提となる事実関係に関する証拠調べ⇒期日間整理手続⇒実施済みの証拠調べの結果をも踏まえた更なる争点・証拠整理⇒専門家商人の尋問等の証拠調べ。

争点・証拠整理と証拠調べを段階的に行うことで、審理の充実及び迅速化を実現する意図。
裁判員対象事件では実施困難である上、公判前整理手続を終了した場合には、証拠調べ請求の制限効(刑訴法316条の32第1項)が生じる。
裁判員非対象事件においては、選択し得る審理運営上の工夫として参考になる。
  ●事故現場における検証 
争点を判断する上で必要となる事故現場及びその付近の道路状況の認識・把握は、客観的な図面によって賄うことができる部分もある一方、図面上では正確に把握するいことのできない湾曲や傾斜、勾配等の道路状況につき、裁判官の五官により確認する必要⇒職権で検証。
弁護人の主張を踏まえ、仮睡状態でも本件事故現場に至るまでの道路をその形状に沿って進行できるかを確認する目的で、
3種類の走行実験。

最高裁(海の中道事件)が、控訴審判決の依拠した実験結果について、「本件事故等の被告人運転車両の走行状況と前提条件が同じであるといい難い」と指摘してその証拠価値に対する消極評価。
  ●体内アルコール保有量の認定 
体内アルコール保有量は、当事者間で主張が激しく対立。
本判決:
専門家の意見のうち、専門的知見として尊重すべき事項と、前提条件に合理性を欠くことから依拠すべきでない事項を区別した上、算定に用いるべき複数の変数を慎重に認定、選択しつつ、きめ細かく体内アルコール保有量を算定。
  ●量刑 
自動車死傷法3条の危険運転致死罪の裁判連は限られており、明確な量刑傾向が形成されるだけの事例の蓄積もない。
本判決:
同罪の過去の裁判例を参照するとともに、
罪質において類似性、共通性のある自動車死傷法2条1号の危険運転致死事案及び酒気帯び運転を伴う過失運転致死事案の量刑傾向をも参照して被告人に対する刑を量定。
2554   
  民事p5
最高裁R4.10.6  
  マンション立替事業の施行者の補償金の供託義務に対する複数の差押命令がなされた場合の供託
  事案 Y:被上告人:マンション建替法のマンション建替事業を施行する施行者。
本件マンションの区分所有者であったAは、Yに対し、マンション建替法75条1項に基づく補償金の支払請求権を有していた。
本件:本件債権を差し押さえたX(上告人)が、Yに対し、本件補償金を供託の方法により支払うことを求める取立訴訟。
争点 施行者は、区分所有者の所有する専有部分について先取特権、質権又は抵当権が設定される場合、抵当権者等を有する者の全てから供託をしなくてもよい旨の申出がない限り、補償金を供託しなければならず(マンション立替法76条3項)、抵当権者等は、当該供託された補償金に対して物上代位権を行使することができる(マンション立替法77条)。
Yは、Xによる差押えの後、本件保証金について、Aを被供託者とし、マンション建替法76条3項を根拠法条とする供託(「本件供託」)をしている⇒本件供託による本件債権の消滅をXに対抗することができるか?
  事実 ①Aの所有する専有部分について抵当権及び根抵当権の設定並びにその旨の各登記
②Aの本家債権の取得
③本件債権についてXによる差押え
④本件債権について抵当権者及び根抵当権者による複数の差押え
⑤本件供託

本件供託当時、本件債権について、差押えの競合が生じていた。
本件債権の額は、前記抵当権及び根抵当権の被担保債権の合計額を上回っていた。
  原審 施行者がマンション建替法76条3項に基づく補償金債権に対して複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたとしても、施行者は、マンション建替法76条3項のみを根拠法条とする供託をするほかない⇒これをもって差押債権者らに対抗することができる⇒Xの請求を棄却。 
  判断 施行者がマンション建替法76条3項に基づく補償金の供託義務を負う場合において、補償金債権に対して複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたときは、施行者は、補償金について、マンション建替法76条3項に基づく供託義務に加え、民執法156条2項に基づく供託義務を負い、マンション建替法76条3項及び民執法156条2項を根拠法条とする混合供託をしなければならない
⇒Yは、本件供託をもってXに対抗することができない。
⇒原判決を破棄し、第1審判決を取り消してXの請求を認容。
  解説 施行者がマンション建替法76条3項に基づく補償金の供託義務を負う場合において、補償金債権に対する差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたときに、施行者がいかに供託をすべきであるのかが問題。
マンション建替法76条3項は、特別法によって抵当権等の目的物の消滅に伴う抵当権者等の物上代意見の保護を図ることを目的とするもの。
第1審・原審が参照する、区画整理法112条1項を根拠法条とする供託についての最高裁昭58.12.8:

区画整理法の換地処分に伴う清算金債権に対する差押・転付命令を得たものが、その後に清算金について区画整理法112条1項を根拠法条とする供託をした施行者に対して、清算金の支払を請求した事案において、抵当権が設定されている宅地の所有者は、施行者に対し直接清算金の支払を請求することができず、単に施行者に対し清算金を供託すべきことを請求し得るにすぎないものと解される⇒抵当権が設定されている宅地についての清算金債権に対し差押・転付命令を得たものは、供託不要の申出がない限り、施行者に対し清算金の支払を請求することができない旨を判示。

差押・転付命令と区画整理法112条1項の供託の関係というよりも、所有者の施行者に対する直接の支払請求の可否から前記の結論を導いたものであり、当該事案における供託の効力や施行者がすべき供託について何らかの判断を示したものではない。
補償金債権に対する差押えは、抵当権者等の保護の要請に直ちに影響するものとはいえない⇒その差押えの有無が施行者のマンション建替法76条3項に基づく供託義務の有無に影響するとはいい難い。
民執法156条2項は、1個のの債権に対する差押えの競合が生じた場合に第三債務者がその債権全額を供託する義務を負う旨を規定するところ、マンション建替法その他関係法令において、マンション建替法76条3項に基づく供託義務と民執法156条2項に基づく供託義務の関係を調整する規定は存しない。

施行者がマンション建替法76条3項に基づく補償金の供託義務を負う場合において、補償金債権に対する複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたときは、施行者は、マンション建替法76条3項に基づく供託義務及び民執法156条2項に基づく供託義務の双方を負うというのが素直な解釈
⇒本件混合供託をしなければならない。
供託実務では、第三債務者が複数の供託義務を負い、これら各供託義務を調整する規定がない点で本件に類似する「対抗要件を具備した質権の目的債権について一般債権者の差押えが競合した場合に、未だ被担保債権の弁済期前で直接の取立てをできない債権者が、第三債務者に対し、民法366条3項に基づき、前記目的債権に係る金員を供託するように請求する事案」においては、第三債務者は、民法366条3項及び民執法156条2項を根拠法条とする混合供託をしなければならない旨の取扱い。 
施行者が本件混合供託をした場合、抵当権者等は、物上代位権を行使することによって、差押債権者らに優先して供託金の払渡を受けることができる(マンション建替法77条)。
抵当権者等が供託金から払渡を受けた後に剰余あり⇒差押債権者らは、執行手続において、その残額について配当等を受けることができる。

マンション建替法76条3項の前記趣旨に合致し、また、抵当権等の目的物に係る補償金債権を差押えた債権者においても、その期待に沿った債権の回収が可能となるものであり、利害関係人の利益状況にも合致。
仮に、施行者は、本件混合供託をすることができず、マンション建替法76条3項の供託においては区分所有者を被供託者とするものとされている⇒抵当権者等が物上代位権を行使して供託金から払渡を受けた後に剰余があったとしても、供託手続において補償金債権に対する差押えの事実は考慮されることはなく、差押債権者が改めて供託金の払渡請求権に対する差押命令を取得しない限り、被供託者である区分所有者が、供託金払渡手続によって、その剰余金の払渡を受けることができることになる。
他方で、供託不法の申出があった場合には区分所有者は施行者に対して補償金の支払を請求することができることとなる。
区分所有者の一般債権者は、供託不要の申出があったか否かを当然に知る立場にない
⇒区分所有者に補償金が支払われないようにするためには補償金債権を予め差し押さえる必要がある。

区分所有者の一般債権者(差押債権者)は、自己の債権を確実に保全するためには、補償金債権を差し押さえ、さらに補償金について供託がされた後に供託金の払渡請求権を再度差し押さえることが必要となり、二重の差押手続を要求することとなる。
vs.
このような差押債権者の犠牲、負担の下で区分所有者が利得を得る不合理な状況は、マンション建替法76条3項の前記趣旨から説明できるものではない。
  民事p12
東京高裁R4.3.11  
   
  事案 優生保護法に基づいて強制不妊手術を受けられたと主張⇒国に対し、国賠法1条1項に基づいて損害賠償請求等を求めた。 
  主張 主位的:Y(国)に対し、主位的に、 本件優生手術が憲法13条、14条1項、36条に違反する違憲・違法なものであるにもかかわらず、所管大臣等において、これを漫然と実施させた違法がある
予備的:Xを含む優生手術の被害者の被害回復を図るための施策として、被害回復を図るための金銭賠償等に係る特別立法をすべきであったのに、国会議員において長期にわたりこれを怠った不作為の違法がある

慰謝料及びこれに対する遅延損害金の支払を求め、併せて謝罪広告を求めた。
  争点 旧民法724条後段の規定の適用 
  原審 旧民法724条後段を適用して排斥 
予備的請求について、立法措置が必要不可欠であり、かつ、そのことが明白であったとはいえない。
  解説   ●除斥期間と起算点
  旧民法724条後段:
被害者の認識のいかんを問わず一定の経過によって法律関係を確立させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものであり、除斥期間(最高裁)。

起算点をいつの時点と考えるべきかが争われてきた。
最高裁:じん肺事件につき、「身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となる」
  ●期間経過による効果の制限 
最高裁:
不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6か月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産宣告を受け、後見人に就職した者がその時から6か月内に右損害賠償請求権を行使したなどの特段の事情
⇒民法158条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じない。
最高裁:
被害者を殺害した加害者が、被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し、そのために相続人はその事実を知ることができず、相続人が確定しないまま上記殺害の時から20年が経過した場合に、その後相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど特段の事情⇒民法160条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じない。
  ●旧優生保護法に関する同種事案
本判決:
時効の感性を延期する時効停止の規定を参照することなく、Yにおいて被害者が情報を入手できる制度を整備することを怠ってきたこと等⇒除斥期間の経過によって被害者の権利を消滅させることは、被害の重大性に照らして、著しく正義・公平の理念に反する特段の事情がある。
自己の受けた被害がYによる不法行為であることを客観的に認識し得た時から相当期間が経過するまで、旧民法724条後段の効果は生じない。
⇒一時金支給法の施行日である平成31年4月24日から5年間について、旧民法724条後段の効果は生じない。
大阪高裁R4.2.22:
被害者が訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境にあり、そのまま除斥期間の適用を認めると、正義・公平の理念に著しく反する。
・・・訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境が解消されてから6か月を経過するまでの間、除斥期間の適用が制限されるものと解するのが相当。
  民事p81
東京地裁R4.3.25  
  弁護士が非親権者に子を連れ去り別居指導⇒親権者に対する不法行為(肯定)
  事案  X(元夫)とY1(元妻)は、(平成27年1月)子らの親権者をXと定める離婚届を提出して協議離婚⇒Xと子らはいったん3人で共同生活を解し⇒Y3は再婚せずに(平成27年5月から)X及び子らと同居を再開 ⇒平成28年1月、弁護士であるY1及びY2から個らを連れて別居することを肯定する助言を受けて、子らを連れてXと別居し、実家でY3の母であるY4と同居を開始。
  ⇒Xが、Y3が子らをXの下から連れ去ったこと、Y1及びY2がY3の前記連れ去りを唆したこと、Y4がY3に住居を提供するなどして前記連れ去りに協力したことが共同不法行為に当たる⇒Yらに対し慰謝料等を連帯して支払うよう求めた。
  判断 ●Y3が子らを連れて本件別居をしたこと 
①XとY3の協議離婚はY3の自発的意思に基づくものであり、本件別居時、子らはXの単独親権下にあった、
②親権を有しない親であるY3が親権者であるXの下から子らを連れ出すことは、Xにおいて単独で子らを監護することが明らかに子らの幸福に反する事情が存しない限り、不法行為法上違法となる
③子らはXに親和的な態度を一貫して示しており、Xの単独監護状況に問題は認められない
⇒前記事情は認められない
⇒不法行為の成立を肯定。
  ●本件助言 
①自力救済が原則として違法となる⇒裁判外での実力行使を助言することについては慎重な検討を要する
②裁判を経ることなく親権者の下から子らを連れ出すという実力行使に及ぶことが人身保護上原則として違法となることは判例上確立しており、本件助言が前提とする法解釈はこれと整合しない
③Y1及びY2は、Y3から聴取した事情等からすと、Y3が子らを残して単独で別居することが直ちに子らの福祉を害するものではなく、子らを連れ出す緊急の必要性が認められないことを認識していたか容易に認識し得た。

Y1及びY2がY3による子らの連れ出しという違法な実力行使を肯定する本件助言をしたことは不法行為法上違法であり、過失がある
⇒Y3ともに共同不法行為責任を負う。
  Y4の共同不法行為責任については、不法行為を構成するほどの関与があったとは認められない。 
  解説   ●本件別居
判例:
意思能力なき幼児の監護が、
意思能力がある幼児であってもその自由意思に基づいて監護者の下にとどまっているわけではない場合の監護が、
それぞれ人身保護法条の拘束に当たる。
親権者が、親権を有しない親に対し、人身保護法により親権に服すべき意思能力なき幼児の引渡しを求める場合には、請求者(親権者)に幼児を引き渡すことが明らかにその幸福に反するものでない限り、拘束者(親権を有しない親)の監護が平穏に開始され、かつ、現在の監護の方法が一応妥当なものであっても拘束者による拘束はなお顕著な違法性を失わない。
  本判決:
東京地裁H14.10.23などと異なり、被侵害利益につき、親権又は監護権ではなく、「子らと不法に引き離されることのないというXの法律上保護される利益」と判示。

近年の議論においては、親権につき、専ら子の監護や保護に向けた義務としての側面を強調する考え方に変わってきており、権利としての側面が希薄化してきている面もあることから、被侵害利益をより具体的にとらえて前記判示に及んだものと解される。
  単独監護が明らかに子らの幸福に反する事情の有無:
本件別居後に係属した子らについての複数の家事事件における家裁調査官による調査や、Xが申し立てた人身保護請求事件における子らの代理人の報告等で、子らはXに対し一貫して親和的な姿勢を示しており、Xによる子らの単独の監護状況にも特段の問題が認められないとされているところに特徴がある。 
  ●本件助言
弁護士は依頼者の利益を図る義務がある⇒確立した法解釈がない分野について代理人として活動し、事後的に前提とした法解釈が誤りであるとされた場合は、依頼者の利益のために確立した判例と反する法解釈に基づき代理人として活動することにつき直ちに弁護士の責任を肯定すると、弁護士が入り者の利益を図るために活動することに消極的となり、ひいては依頼者の利益が図られない結果となりかねない。
⇒これらの弁護士としての活動が裁判上される場合は、裁判を受ける権利の保護の観点からも尊重されるべき。
but
違法行為と知りつつこれを教唆、幇助するような助言が許されるものではなく(助言による強制執行妨害罪の幇助犯の成立を認めた例)、自力救済が原則として違法となる⇒弁護士が裁判外の実力行使を肯定する助言をすることについては慎重に検討すべき。
  共同親権下の子を片方の親が連れ出した場合には別途の考慮が必要となるものと解される。 
  知財p92
東京地裁R4.10.28   
  通知書の交付が不正競争行為に該当するとされた事例
  事案 原告が、被告らが原告の取引先10社に対して、原告の製造又は販売する製品は被告A(被告会社の取締役)が共有する特許権を侵害している旨の通知書を送付した行為が、不正競争防止法2条1項21号にいう不正競争行為及び共同不法行為を構成⇒被告らに対し、不正競争防止法3条1項に基づき同行為の差止めを求めるとともに、同行為により原告に損害が生じた

被告らに対し、不正競争法4条及び民法719条1項に基づき損害賠償金1000万円及び遅延損害金の支払を求めた。
  争点 ①本件告知内容の虚偽事実該当性
②本件告知の違法性
③損害額 
  規定 不正競争防止法 第二条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
二十一 競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為
  判断   ●争点① 
本件法的見解の告知は不正競争法2条1項21号にいう虚偽事実の告知に含まれる⇒本件告知内容が虚偽事実に該当
競争間関係にある者が、競業者の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し又は流布する行為は、競業者を不利な立場に置き、自ら競争上有利な立場に立とうとするもの⇒公正な競争を阻害。
このような結果を防止し、事業者間の公正な競争を確保する観点から、不正競争法2条1項21号は、前記行為と不正競争の一類型と定めるもの。
・・・・法的な見解の表明それ自体は、意見ないし論評の表明に当たるものであるとしても、前記行為は、不正競争法2条1項21号の前記の趣旨に鑑み、不正競争の一類型に含まれると解するのが相当。

競争関係にある者が、裁判所が知的財産権侵害に係る判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知し又は流布する場合には、当該見解は、不正競争法2条1項21号にいう「虚偽の事実」に含まれるものと解するのが相当。
  キャタピラン+等は、裁判所が本件特許権を侵害すると判断したキャタピラン等を設計変更したものであり、少なくともキャタピラン+等については裁判所が本件特許権を侵害するものではないと判断するにもかかわらず、本件通知書には、キャタピラン+等は本件特許権を侵害していると考えているなどと記載~
本件告知内容は、裁判所においてキャタピラン+等が本件特許権を侵害しない旨の判断を新雌前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知するものとして、不正競争防止法2条1項21号にいう「虚偽の事実」を含む。 
  ●争点② 
競業者が知的財産権を侵害していないにもかかわらず、その権利者のいて当該競業者が当該知的財産権を侵害する旨告知し又は流布する行為は、不正競争法2条1項21号に定める不正競争に該当する。
もっとも、前記行為が知的財産権の正当な権利行使の一環としてなされたものと認められる場合には、知的財産権の重要性に鑑み、違法性を欠く。
  本件告知行為は、前訴において裁判所による本件特許権を侵害する旨の判断が確定したキャタピラン等の存在を奇貨として、本件特許権を侵害しないように改良されたキャタピラン+等についても、裁判所による判断がされる前に、本件特許権を侵害する趣旨を告知し、原告の取引先に対する信用を毀損することによってキャタピラン+等を早期に「結ばない靴紐」の市場から排斥し、競業する事業者間の競争において優位に立つことを目的としてされたものであることが認められ、その態様は悪質。
⇒本件特許権の正当な権利行使の一環としてなされたものであると認めることはできず、違法性を欠くものということはできない。 
  ●本件告知行為の主体 
本件通知書には通知人が被告会社の代表取締役である旨の肩書も付されている上、
本件通知書の内容が実現されれば、「結ばない靴紐」の市場において優位に立つのは被告会社であることは自明
⇒一般の読み手の普通の注意と読み方とを基準として判断すれば「結ばない靴紐」製品を販売していない被告Aのみならず、同製品を販売して原告と市場で競業する被告会社についても、本件告知行為の主体であると容易に認識されるものといえる

被告会社も被告Aと共同で本件通知書により本件告知行為をした者と認めた。
  ●損害額(争点③)
①・・・当該改良品までもがキャタピラン等と同様に本件特許権を侵害するものである旨の虚偽の事実を取引先に告知されている。
本件通知書の内容、本件通知書が送付された取引先の数、キャタピラン+等の取引を停止した取引先の数、その後の原告の取引先に対する対応その他の本件に現れた一切の事情を総合考慮して、本件告知行為により原告の営業上の信用が毀損された無形損害の額を算定

無形損害の額であっても少なくとも100万円をくだらない。
  解説  ●  ●告知内容の認定 
一般の読み手の普通の注意と読み方を基準として判断すべき。
「信用」:「名誉の経済面」と称されるように、不正競争防止法2条1項21号の規定は、人の品性、徳行、名声、信用等の毀損行為を規律の対象とする名誉権と同種の法益を保護するもの。
⇒前記の理は、不正競争行為に関する告知内容の認定についても、同様に当てはまる。
最高裁H16.7.15:
表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは、当該表現は事実摘示。
証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議などは、意見論評の表明。

法的な見解の表明は、判決等により裁判所が判断を示すことができる事項に係るものであっても、法的な見解の正当性それ自体は証明の対象とはなり得ないものであり、法的な見解の表明が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項ということができないことは明らか
⇒法的な見解の表明は、事実を摘示するものではなく、意見論評の表明に当たる。
  ●不正競争法2条1項21号にいう「虚偽の事実」該当性 
知的財産権侵害に係る法的な見解の表明は、意見論評の表明に当たる
⇒意見論評の表明が、不正競争法2条1項21号にいう「事実」に該当するかどうかが問題。
本判決:
競争関係にある者において、裁判所が知的財産権侵害に係る判断を示す前に当該判断とは異なる法的な見解を事前に告知し又は流布する行為は、知的財産権侵害の結果の重大性に鑑みると、競業者の営業上の信用を害することによって公正な競争を訴外することは明らか

法的な見解の表明それ自体は違憲ないし論評の表明に当たるものであるとしても、前記行為は、不正競争法2条1項21号の趣旨目的に鑑み、不正競争の一類型に含まれる。
  ●違法性の存否 
競業者が知的財産権を侵害していないにもかかわらず、その権利者において当該競業者が当該知的財産権を侵害する旨告知又は流布する行為は、不正競争法2条1項21号に定める不正競争に該当するものの、前記行為が知的財産権の正当な権利行使の一環としてなされるものと認められる場合には、知的財産権の重要性に鑑み、違法性を欠く。
  刑事p111
東京地裁R4.6.7  
  自首の成立が否定された事案
  事案 ①A市内での侵入窃盗、②B区内でのキャッシュカードすり替え窃盗、③同カードを使用したATMからの現金窃盗等の事案。 
被告人方で職務質問⇒②事件を自供した後、①事件を自発的に自供。
それに先立ち、A警察署の警察官は、①事件の被害事実を認知した上、その犯人使用車両の登録使用者が被告人であることを割り出していた。
  規定 刑法 第四二条(自首等)
罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首したときは、その刑を減軽することができる。
  判断 捜査機関全体としてみた場合、職務質問開始前(自供前)の時点において、被告人が①事件の際に甲車を運転した犯人であると相当高い確度で絞り込む程度に捜査活動が進捗⇒①事件については、自供前に犯人点を含めて捜査機関に発覚⇒自首の要件を満たさない。 
  解説  ●自首の要件である「捜査機関に発覚する前」
A:捜査機関は、全体としてのそれを指す⇒たまたま申告の相手が犯罪事実を知らなくても、捜査官のだれかが知っておれば、自首軽減にはならない
本件:捜査機関を全体としてみるという解釈について、個々の捜査官・捜査機関が有している情報を個別に検討するのでは被告人を犯人と特定することはできなくても、複数の捜査官・捜査機関が有している情報を総合して検討すれば被告人を犯人と特定できる場合には、自首の要件を満たさない。
  ●犯人使用車両の登録使用者が発覚していたことについて 
東京高裁:
ひき逃げ事故の犯人が加害車両の所有者である場合にあっては、特段の事情のないかぎり、右所有者の氏名が官に判明した時点において、犯人が官に発覚したものと解するのが相当であり、更に進んで官が加害車両の現実の運転者を確知することまでを要するとの所論の見解には左袒できない
but
広島地裁:
捜査機関に、本件自動車の所有者(正確には所有名義人)が判明したとしても、その所有者が運転している犯人であるとは限らないし、本件自動車が盗難車かもしれない。
捜査機関としては、本件自動車やその運転者の行方を捜すとともに、本件自動車の所有名義人である被告人やその関係者から事情聴取するなどの捜査を尽くして初めて犯人が被告人であることが発覚