シンプラル法律事務所
〒530-0047 大阪市北区西天満2丁目6番8号 堂島ビルヂング823号室TEL(06)6363-1860
MAIL    MAP


論点整理(事実認定)

論点の整理です(随時増やしていく予定です。)


事実認定
   第1章 事実認定の基礎
★証明度 ★証明度
①証明の程度
②裁判官の主観的確信
③解明度、信頼度
 ■民事事件における最高裁判例   ■民事事件における最高裁判例 
●    ●ルンバール事件(最高裁昭和50.10.24)
事案 化膿性髄膜炎に罹患した3歳の幼児(X)の治療として医師がルンバール(腰椎穿刺による髄液採取とペニシリンの髄腔内注入)の施術をした後にXにけいれんの発作等及び知能障害等の病変が生じたことについて、同病変等がルンバール施術のショックによる脳出血によるものか(Xの主張)、化膿性髄膜炎の再燃によるものか(Yの主張)が争われたもの。
判断 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる。
①Xは、重篤な可能性髄膜炎に罹患し、入院治療を受けていたが、その病状が一貫して軽快しつつあった。
②その段階において、医師が治療としてルンバールを実施した。
③ルンバール実施後、Xに嘔吐、けいれんの発作等が起き、これにつづき右半身けいれん性不全麻痺、知能障害及び運動障害等の病変を生じた。
④この発作等は、施術後15~20分を経て突然に生じたものであった。
⑤Xは、もともと血管が脆弱で出血性傾向があった。
⑥施術に際しては、泣き叫ぶ幼児Xの身体を押さえつけ、何度か穿刺をやりなおして施術終了まで約30分を要した。
⑦Xの脳の以上部位は左部にあったと判断され、当時可能性髄膜炎の再燃するような事情も認められなかった。

このような事実関係のもとでは、他に特段の事情がない限り、経験則上、本件発作とその後の病変の原因は脳出血であり、ルンバールによって発生したものとして、因果関係を肯定するのが相当である。
  ●長崎原爆被爆者事件判決(最高裁H12.7.18)
事案 長崎に投下された原子爆弾の被爆者Xの右半身不全片麻痺及び頭部外傷について、放射線起因性が認められるか否かが争点となったもの。
控訴審  原子爆弾における被害の甚大性、原爆後遺障害症の特殊性、法の目的、性格等を考慮すると、・・・・放射線起因性の証明の程度については、物理的、医学的観点から「高度の蓋然性」の程度にまで証明されなくても、被爆者の被爆時の状況、その後の病歴、現症状等を斟酌し、被爆者の負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因することについての「相当程度の蓋然性」の照明があれば足りると解すべきである。
判断 訴訟上の因果関係の立証は、一定の疑義も許されない自然科学的証明ではないが、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要と解すべきであり、「相当程度の蓋然性」さえ立証すれば足りるとすることはできない。
「高度の蓋然性の証明」が必要であるとしながらも、原審の認定した事実関係からは「放射線起因性があるとの認定を導くことも可能であって、それが経験則上許されないものとまで断ずることは「できない」「」本件において放射線起因性が認められるとする原審の認定判断は、是認し得ないものではない」として、原判決の結論を維持。
■刑事事件における最高裁判例    ■刑事事件における最高裁判例
●     ●最高裁昭和23.8.5 
判断 「元来訴訟上の証明は、自然科学者の用ひるような実験に基づくいわゆる論理的証明ではなくして、いわゆる歴史的証明である。論理的証明は「真実」そのものを目標とするに反し、歴史的証明は「真実の高度な蓋然性」をもって満足する。言いかえれば、通常人なら誰でも疑いを差挟まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明ができたとするのである。」と説示。

「真実の高度の蓋然性」と「通常人なら誰でも疑いを差挟まない程度に真実らしいとの確信を得ること」と等置し、これが必要な証明の程度である、としたもの。
解説 ドイツでいう「確実性に境を接した蓋然性」や英米法にいう「合理的な疑いを容れない程度の照明」とほぼ同じ意味であると考えられている。 
■学説      ■学説
●一般的な考え方
証明があったというためには、真実であることの「高度の蓋然性」と「裁判官の確信」が必要であるとするものが多い。
ここでの「確信」は裁判官であるが、上記の判例では、「確信」の主体は通常人であり、確信を「持ったこと」ではなく「持ち得ること」が必要とされている。
●証拠の優越及び優越的蓋然性 
証明の基準となるものは、証拠上いずれの側の証明度が優越しているかという証拠優越の原則である(証拠の優越)とか、証明責任を負う当事者の主張事実が相手方の主張事実と比較してより真実らしいとうい程度で足りる(優越的蓋然性)とう立場。
事実自体の認定は高度の蓋然性が必要であるが、経験則の選択については「優越」で足りるという考え方。
  ●2つの概念に分析する考え方 
(1) ①証明主題の蓋然性(証明度)と
②審理結果の確実性(解明度)の
2つの概念に分析する考え方。
②審理結果の確実性(解明度)とは、新たな証拠によって証明主題の蓋然性が変動することのない程度を意味する。

証拠調べをどこまでするかの問題であり、必要とされる審理結果の確実性に達したときに「裁判をするのに熟した」(民訴法243条1項)ことになるとされる。
(2) ①要証事実の要否に関する推定の程度(心証度あるいは証明点)と
②推定の結果に対する信頼の程度(信頼度)
の2つの概念に分析する考え方。 
区間推定という統計学上の概念を用いて、「わずかな情報を基礎とした推定は推定の結果に対する信頼度が低く、情報の増加によって推定の結果に対する信頼が増加する」という考え方から(1)と類似の結論を導くもの。
■検討  ●    ●証明の程度について
①自然科学的証明
vs.「一点の疑義も許されない自然科学的証明」がhつ用であるとしたのでは、訴訟において「証明」があたっと判断することはほぼ不可能。

②合理的な疑いを容れない証明(刑事事件)
③高度の蓋然性の証明(民事事件)
~②③はほぼ同じ意味と考えられている。

④相当程度の蓋然性の証明
⑤証拠の優越ないし優越的蓋然性の証明
←証明度を引き下げることにより、証明責任を負わない河の当事者の立証活動が活発になり、事案の解明が進呈する。
but
「証明度を引き下げないと、証明責任を負わない側の当事者が十分な立証活動をしない」という状況認識は、現在では妥当しなくなっている。(※)
③の「高度の蓋然性」の証明が必要(判例)。
問題は、具体的に、どの程度の蓋然性が必要なのか。
規定 民訴規則 第53条(訴状の記載事項・法第百三十三条)
訴状には、請求の趣旨及び請求の原因(請求を特定するのに必要な事実をいう。)を記載するほか、請求を理由づける事実を具体的に記載し、かつ、立証を要する事由ごとに、当該事実に関連する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならない。
民訴規則 第55条(訴状の添付書類)
次の各号に掲げる事件の訴状には、それぞれ当該各号に定める書類を添付しなければならない。
2 前項に規定するほか、訴状には、立証を要する事由につき、証拠となるべき文書の写し(以下「書証の写し」という。)で重要なものを添付しなければならない。
民訴規則 第79条(準備書面・法第百六十一条)
答弁書その他の準備書面は、これに記載した事項について相手方が準備をするのに必要な期間をおいて、裁判所に提出しなければならない。
2 準備書面に事実についての主張を記載する場合には、できる限り、請求を理由づける事実、抗弁事実又は再抗弁事実についての主張とこれらに関連する事実についての主張とを区別して記載しなければならない。
3 準備書面において相手方の主張する事実を否認する場合には、その理由を記載しなければならない。
4 第二項に規定する場合には、立証を要する事由ごとに、証拠を記載しなければならない。
民訴規則 第80条(答弁書)
答弁書には、請求の趣旨に対する答弁を記載するほか、訴状に記載された事実に対する認否及び抗弁事実を具体的に記載し、かつ、立証を要する事由ごとに、当該事実に関連する事実で重要なもの及び証拠を記載しなければならない。やむを得ない事由によりこれらを記載することができない場合には、答弁書の提出後速やかに、これらを記載した準備書面を提出しなければならない。
2 答弁書には、立証を要する事由につき、重要な書証の写しを添付しなければならない。やむを得ない事由により添付することができない場合には、答弁書の提出後速やかに、これを提出しなければならない。
  (※)
現在の民訴法のもとにおいては、
①訴状、答弁書、準備書面には重要な間接事実及び証拠が記載され、重要な書証の写しが添付され、相手方の主張を否認する場合にはその理由が記載されるのが通常になっている(民訴規則53条1項、55条、79条3項、4項、80条)。
②争点及び証拠の整理手続において、証明責任の所在にとらわれることなく、当事者双方から手持ちの証拠や情報が相当程度開示されるようになっている(文書提出義務が一般義務化されたこと等がその背景にある)
証明責任を負わない側の当事者が合理的な理由なく手持ちの証拠や情報を出さないことがあれば、そのこと自体が弁論の全趣旨として心証に影響を与える

「証明度を引き下げないと、証明責任を負わない側の当事者が十分な立証活動をしない」という状況認識は、現在では妥当しなくなっている。
●裁判官の主観的確信について 
現実には、裁判官は、主観的確信がないかぎり、証明があったと判断することはない。
実際の心理としては、「この事実はあったであろう」と考えるか、「この事実があったとはいえまい」と考えるかのいずれか。
but
判例は、文言上は、裁判官の主観的確信を要求していない。
●解明度、信頼度について
心証を
①「証明主題の蓋然性(証明度)ないし要証事実の存否に関する推定の程度(心証度あるいは証明点)」と
②「審理結果の確実性(解明度)ないし推定の結果に対する信頼の程度(信頼度)」
とに分析する考え方。
  ■間接事実の証明の程度
●間接事実について、心証の程度が証明の域に達しない場合、その証明があったと取り扱うことができないと考えるべきか?
○A(通常):主要事実と同様に、心証の程度が証明の域に達しなければ、その間接事実を主要事実の認定の根拠として用いることはできない。
B:間接事実については、主要事実よりも高度の証明度が要求される。
←①間接事実の不確実性、②経験則の不確実性により、主要事実の不確実性が大きくなる。
C:五分五分、あるいは七分三分という心証であれば、その心証のままで、他の間接事実と総合して主要事実の存否を認定すればよい

主要事実は一定の法律効果を発生させる要件
⇒主要事実は、証明されたか、証明されなかったのかの二者択一で考える(心証が一定の程度に達したときは「全」として扱い、その程度に至らないときは「無」として扱う)以外にない。
but
間接事実には、何らかの法律効果が直接に結びついているわけではないから、このような取扱いをする必要はない。
間接事実は、証拠と同様の機能を営むものであるから、証拠の持つ証明力(証拠力)の強さが証拠ごとに異なっていても、そのまま事実認定の資料として用いるのと同様に、間接事実についても、その心証の程度が様々であっても、それをそのまま事実認定の資料として用いてよい。
★民事訴訟における事実認定の特徴 ★民事訴訟における事実認定の特徴
■職権証拠調べの禁止
規定 民訴法 第186条(調査の嘱託)
裁判所は、必要な調査を官庁若しくは公署、外国の官庁若しくは公署又は学校、商工会議所、取引所その他の団体に嘱託することができる。
民訴法 第218条(鑑定の嘱託)
裁判所は、必要があると認めるときは、官庁若しくは公署、外国の官庁若しくは公署又は相当の設備を有する法人に鑑定を嘱託することができる。この場合においては、宣誓に関する規定を除き、この節の規定を準用する。
2 前項の場合において、裁判所は、必要があると認めるときは、官庁、公署又は法人の指定した者に鑑定書の説明をさせることができる。
民訴法 第207条(当事者本人の尋問)
裁判所は、申立てにより又は職権で、当事者本人を尋問することができる。この場合においては、その当事者に宣誓をさせることができる。
2 証人及び当事者本人の尋問を行うときは、まず証人の尋問をする。ただし、適当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、まず当事者本人の尋問をすることができる。
説明 弁論主義⇒事実認定の基礎となる証拠資料は、原則として、当事者が提出したものに限られる。(例外として、調査の嘱託(民訴法186条)、鑑定の嘱託(218条)、当事者尋問(207条)など)
当事者の申出のない証拠の中に必要なものがあると判断した場合は、その申出を促し、当事者はそれに応じて申出をするのが通常。
⇒職権証拠調べができないものとされていることが原因となって十分な証拠調べができないという事態は、実際には生じない。
■証明の対象となる事実の限定
規定 民訴法 第179条(証明することを要しない事実) 
裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。
説明 ①当事者が自白した事実②顕著な事実は、証明不要(民訴法179条)

証明の対象となる事実は、争いのある主要事実。
間接事実直接証拠が存在する場合には補助事実)も証明の対象となる。
■証拠調べの種類・方法の限定
民訴法の定める「枠」はかなり広範。
■事実と法的評価
認定の対象は「事実」であり、法的評価・判断ではない。
but
実際は、純粋の「事実」だけではなく、事実と法的評価・判断が入り交ったものが認定の対象となっていることが多い。
売買の意実の認定にも、○○のような事実があったのであれば、原告と被告との間に売買契約があったと「評価」できるという判断をしている。
★書証と人証 ★書証と人証
■書証 ■書証
●処分証書と報告文書
○処分文書
処分証書:立証命題である意思表示その他の法律行為が記載されている文書。
ex.契約書、手形、遺言書等
認定の対象が法律行為である場合、極めて重要な直接証拠。
○報告文書
報告文書:作成者の見聞、判断、感想などが記載されている文書
ex.領収証、商業帳簿、日記、手紙、陳述書など
当該事実があったとされる時期に作成されたものや、その内容が作成者にとって不利益なものは、かなりの重要性を有する。
●書証の形式的証拠力
規定 民訴法 第228条(文書の成立)
文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
2 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。
3 公文書の成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、当該官庁又は公署に照会をすることができる。
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
5 第二項及び第三項の規定は、外国の官庁又は公署の作成に係るものと認めるべき文書について準用する。
文書の意味内容を証拠とするためには、その形式的証拠力が認められる必要がある。
「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する」(法228条4項)とされるが、
「本人又はその代理人の署名又は押印」は、本人又は代理人の意思に基づいてされた署名又は押印を意味する。
印影が本人又は代理人の印象によって顕出されたものであるときは、反証のない限り、その印影は本人又は代理人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定され(経験則に基づく1段目の推定)、
その推定の結果、民訴法228条4項の「本人又はその代理人の署名又は押印があるときは」との要件が満たされるから、当該私文書が真正に成立したものと推定されることになる(2段目の推定)。
「2段の推定」
1段目の推定も2段目の推定も、証明責任の転換は伴わない

①印影が本人又は代理人の意思に基づいて顕出されたことや
②当該私文書が真正に成立したこと
について、真偽不明の状態⇒反証は成功
(これらの事実の反対事実を証明(本証)する必要はない。)
1段目の推定も2段目の推定も、その根拠は経験則
推定の強さは一律ではなく、具体的な事実関係によって様々。
ex.
実印、銀行取引印、三文印
印章の保管状況
●書証の実質的証拠能力
処分証書等~特段の事情がない限り、一応その記載どおりの事実を認めるべき
「特段の事情」に当たる具体的事実は、間接事実(処分証書等に記載された事実の認定を妨げる方向に働く間接事実
⇒それが真偽不明になった場合、特段の事情があるとはいえない。
■人証 ■人証
「詳細で具体的な供述は信用できる」「あいまいで具体的に乏しい供述は信用できない」
と言われることがあり、一般論としては、このような判断をしてよい場合も少なくない。
but
十分に練り上げ、よく暗記してきてされた供述は、おそらく詳細で具体的。
人間の記憶力にjは限界がある
⇒あいまいで具体性に乏しい供述をする人証こそが誠実であるという場合もある。
●信用できない供述
供述の中に矛盾を含むもの。
供述の重要な部分(本質的な部分)における矛盾
「動かし難い事実」との間の整合性を合理的に説明できない供述や、経験則に反する供述。
■書証と人証の特徴
書証:「内容が固定している」
人証:「内容が固定していない」
★動かし難い事実とストーリーの合理性 ★動かし難い事実とストーリーの合理性
事実認定にあたっての基本となる考え方:
「事件の中で「動かし難い核となる事実」をいくつか見つけ、それらを有機的につないでいって、重要な事実関係が、いわば仮説として構成されていく、その過程で、その仮説では説明できない証拠が動かし難いものとして出てきたときは、その仮説を御破算にして新しい目で見直してみる」
■動かし難い事実
処分証書や重要な報告文書
争いのない事実
原告側・被告側双方の人証が一致して供述した事実
人証が供述した自らに不利な事実
■ストーリの構築と合理性の判断
  「動かし難い事実」(点)を整理⇒それをつなぐストーリー(線)の合理性を検討。
原告も被告も、それぞれ自己の立場からのストーリーを作って(「主張」や「人証の供述」という形で)裁判官に提示。
裁判官は、双方のストーリーを対比して、どこか不自然・不合理な点がないか、動かし難い事実の中にそのストーリでは説明できないものがないか、どのストーリーがより合理的かを判断(「仮説の構築と検証」)。
その際に用いるのが「経験則」。
ストーリーの内容が「あり得ないことではないけれども、普通はそんなことはしない」というものであった場合は、なぜそのような「普通でないこと」をしたのかについて納得できる説明がされない限り、そのストーリーは「不合理」なもの。
事実認定をする際は、経験則を用いて、ストーリーの合理性を検証していく。
主張の段階で、当事者のどちらか一方のストーリーが合理的で他方のストーリーが不合理なら(実際にはそのような場合も多い)、事実上、合理的な方のストーリーに沿った事実認定がされることになる可能性が高い。
⇒人証調べをする前の段階で、予想される結論をもとに和解交渉がされることも多い。
主張だけではどちらのストーリーにも不合理な点が見当たらない
⇒人証の尋問で、どこかにほころびが出ないかをみる。
一方にだけほころび(多くの場合はそう)⇒通常は、ほころびの出なかった方のストーリーに沿った事実が認定。
but
「完全に」当事者の一方のストーリーに沿った認定がされることは稀。
多くの場合、いずれの当事者の提出するストーリーも、その当事者の側に偏った部分を含んでいるので、そのような部分は認定されない。
「基本的には」一方当事者の側のストーリーに沿った認定がされるとしても、「部分的には」相手方当事者の提出したストーリーが認定されるのは、ごく普通のこと。
どちらもほころびを出さなかった場合:
処分証書等があれば、それに従う。
それもなし⇒最後の方法として、証明責任に従って判決
どちらのストーリーにも不合理な点
裁判所が構築した第三のストーリーに沿った事実が認定されることもある
「ストーリーが合理的かどうかの判断」は、経験則を用いてする。
⇒世の中についての常識を十分にもっていることが不可欠。
★経験則  ★経験則
■意義   ■意義 
経験則:経験から帰納して得られる事物の性状や因果関係についての知識や法則
「人間は、このような場合、通常、このような行動をする」
「人間は、このような場合、通常、このような行動をしない」
「人間は、このような場合、このような行動をすることがある」
「経験則とは、人間行動についての科学法則などではなく、単なる蓋然性の原則にすぎないことを理解し、経験則による推認は蓋然性に伴うことを自覚した上で、どうすれば蓋然性を高めることができるかについて検討しなければならない」
■    ■書証の重要性と経験則との関係 
「契約書が作成されなかった」という間接事実+
「不動産の売買契約を締結する際は、通常は、契約書を作成する」という経験則
⇒売買契約締結の事実を疑わせる方向に働く。
大根を1本買うのに契約書は作成しない。
売買契約があれば、逆に怪しい。
高額の金銭消費貸借であれば、契約書(借用証書)が作成されなかったという間接事実は契約締結の事実を否定する方向。
but友人間の少額の貸借であれば、そのようなことは言えない。
いくつかの業界では、かなり高額の商取引であっても、契約書を作成しないまま取引することがある。
契約書を作成するのが通常であるということができる類型の契約であっても、契約書を作成しなかった事情についの合理的な説明があれば、契約書がなくても、当然に契約締結の事実が否定されるべきものではない。
書証の重要性は十分に認識する必要があるが、それと同時に、「書証に寄りかかりすぎるのは危険」であることも、認識しておく必要。
  ■経験則の証明 
日常的な経験則⇒裁判官も当然に知っている⇒証明する必要はない。
専門的な経験則⇒裁判官が知っていることを期待できない⇒証明される必要がある。
三者とも、当該訴訟で問題となり得る経験則は、(極めと当然のものを除き)相互に明示することが有益。
意見の相違が判明し、裁判所としても、どのような経験則によるべきかを自信をもって決めることができない場合には、経験則の証明が必要になる。
専門的な経験則を裁判官がたまたま知っていたような場合、裁判官はその内容を明確に述べ、当事者に反論・反証の機会を与えるべき。
★推定  ★推定
■    ■法律上の事実推定 
法律が、甲事実(前提事実)があるときは乙事実(推定事実)があると推定するとの規定を設けている場合(民法186条2項など)。
民法 第186条(占有の態様等に関する推定)
2 前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。
  ■法律上の権利推定 
法が、甲事実があるときは乙権利があると推定するとの規定がを設けている場合(民法188条、229条など)。
~乙権利の発生原因事実の不存在、乙権利の発生障害事実又は乙権利の消滅原因事実について、相手方当事者が証明責任を負う。
民法 第188条(占有物について行使する権利の適法の推定) 
占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定する。
民法 第229条(境界標等の共有の推定)
境界線上に設けた境界標、囲障、障壁、溝及び堀は、相隣者の共有に属するものと推定する。
  ■事実上の推定 
間接事実から経験則によって事実を認定すること(推認)。

間接事実と経験則を用いた事実認定の過程そのものであり、これによって証明責任の転換は生じない。
  ■解釈規定 
意思表示について一定の内容を推定するとの規定を設けている場合(民法136条1項、420条3項、569条、573条など)。
解釈規定が働く場合、推定と矛盾する意思表示がされたことについて、相手方当事者が証明責任を負う。 
民法 第136条(期限の利益及びその放棄)
期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する。
民法 第420条(賠償額の予定)
3 違約金は、賠償額の予定と推定する。
民法 第569条(債権の売主の担保責任)
債権の売主が債務者の資力を担保したときは、契約の時における資力を担保したものと推定する。
2 弁済期に至らない債権の売主が債務者の将来の資力を担保したときは、弁済期における資力を担保したものと推定する。
民法 第573条(代金の支払期限)
売買の目的物の引渡しについて期限があるときは、代金の支払についても同一の期限を付したものと推定する。
  ■暫定事実 
甲事実、乙事実がともにある法律効果の発生要件とされている場合(ex.民法162条)において、甲事実があるときは乙事実があると推定するとの規定が設けられていることがある(ex.民法186条1項)
この場合、甲事実はその法律効果の発生要件事実となるが、乙事実は発生要件事実ではなく、乙事実の不存在がその法律効果の発生障害要件事実となる(乙事実の証明責任が転換される)。
このような場合を暫定事実という。 
民法 第162条(所有権の取得時効) 
二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
民法 第186条(占有の態様等に関する推定)
占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。
  ■法定証拠法則 
一定の事実を認定する際に根拠とすべき事実が法定されることがある(民訴法228条2項、4項等)。 

法定証拠法則(法律上の推定とする説もある)
民訴法 第228条(文書の成立)
2 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
★直接証拠による認定と間接証拠による認定 ★直接証拠による認定と間接証拠による認定
直接証拠:主要事実(の存否)を証明するための証拠
原告と被告との間の売買契約が要証事実の場合の直接証拠:
売買契約書
②原告や被告が当事者尋問において「売りました」「買いました」と供述した場合とその供述
③売買契約がされる場面を自ら目撃した証人が「原告と被告とが売買契約をしました」と証言した場合のその証言
④原告や被告の陳述書に「売りました」「買いました」と記載されている場合のその陳述書
⑤売買契約がされる場面を自ら直接目撃した者の陳述書に「原告と被告とが売買契約をしました」と記載されている場合のその陳述書
間接証拠:
手付けや内金の領収証
原告や被告の「売った」「買った」という発言を別の機会に聞いたという人物によるその旨の証言
間接証拠の場合
間接証拠⇒間接事実⇒経験則を当てはめて推認
直接証拠の有無についての留意点
成立の認められる契約書や領収証等があるべき場合は、特段に事情がない限り、その記載通りの事実を認めるべき
②通常は作成されるはずの直接証拠たる書証(ex.それほど少額でない額による売買における売買契約書)がなければ、そのこと自体が重要な間接事実となる。
③間接証拠から認定する場合には、①間接証拠による間接事実の認定と、②その間接事実から主要事実への推認という2つの過程を経なければならない。
④間接事実⇒主要事実への推認は、経験則を用いて行うが、経験則は常に例外を伴う。
推認を妨げる事情の有無を慎重に判断することが必要。
★全体像の把握 ★全体像の把握
■「鳥の目」と「虫の目」の使い分け
証拠の細かな部分を丁寧にきちんと検討するという見方(虫の目)
証拠の細かな部分に拘泥することなく、全体の構造を大きくとらえるという見方(鳥の目)
■時系列表
主張や証拠に現れた様々な出来事を、時間の流れに従って並べたもの。
①争いのない事実や確実な証拠に裏付けられている事実
②原告のみが主張している事実
③被告のみが主張している事実
時系列表

「動かし難い事実」と「当事者双方の主張するストーリー」の全体像が明らかになる。
出来事Aと出来事Bとの間に、主張も証拠も提出されていない出来事Cがあったのではないか、という推測が可能になる。
時間の順序に従って並べてみることにより、「動かし難い事実」と「それをつなぐストーリー」が見えやすくなり、そのストーリーの中で経験則に反する部分を発見しやすくなる。
■図式化
人物やその間の関係、金銭の動き等を図にすることで、全体像がはっきりし、不合理な点を発見しやするなる。
  ■物語方式
判決書での事実認定の記載方法
①争点ごとに証拠を挙げて判断をする方式
②物語方式

判決の理由を記載する部分の冒頭で、裁判所が認定できると考えた事実経過がまとめて記載される。
 事実認定に用いた証拠をすべて掲げ、「(それらの証拠)によれば次の事実が認定できる。」として、歴史的順序を追って物語風に、原告と被告とが知り合って、売買の交渉を始めてから、目的物の引渡しやその後の状況等に至るまでの事実を記載。
その上で、「以上の認定事実によれば、原告と被告との間に売買契約が成立し、その履行がされたと認めるのが相当である。」などと記載。
物語方式の利点:
全体の流れが分かりやすい
認定したストーリーが合理的なものとなっているかどうかを確認しやすい
(認定したストーリーが不合理である場合には、不合理であることが明確となりやすいから、事実認定の誤りを防ぐ上で一定の効果がある) 
注意すべき点:
①証拠と認定事実との具体的な結びつきを明確にする必要
(最近は、認定事実を記載していく過程で、個々の事実を認定するのに用いた証拠を再度個別に掲げるものが多い。)
②認定する事実経過の中の個々の事実について、その事実が要証事実との間でどのような関係に立つかをきちんと検討すべき。
・個々の事実が「間接事実」として機能するのか
・機能するならその理由(=経験則)は何か
・要証事実を認定できるとする方向に働くのか、認定できないとする方向に働くのか
その検討が不十分な場合は、要証事実の認定にとって無意味・無関係な事実を長々と認定することになる。 
最近は、事実経過を認定した後、各争点ごとに、認定された事実経過の中に出てくる間接事実を引用し、どの間接事実にどのような経験則を組み合わせて、各争点事実が認定できるか否かの判断をしたかを記載するものが多い。
個々の争点ごとに証拠を挙げて判断する方法

事実経過の流れ(鳥の目)を意識し、全体として不合理なストーリーを認定することになっていないかを十分に検討。
★事実認定の精度を向上させるための留意点 ★事実認定の精度を向上させるための留意点
  ■「動かし難い事実」(間接事実)の十分な把握
事実が認定できるかどうか微妙なケースでは、ほとんどの場合、直接証拠から直ちに事実認定をすることは不可能。

事実認定の精度を向上させるために力を注がなければならない第1の点は、重要な間接事実(積極方向、消極方向の双方を含む。)を見つけ出すこと。
●記録の精読 
○争いのない事実の把握
「動かない、確実な枠組み」
○書証の把握 
重要な書証の見落としは、判断の致命的な誤りにつながる。
①証拠説明書で説明。
証拠としての意味の説明(解読)は不可欠。
意味のある部分にラインマーカーで印をつける。
②価値の乏しい書証は提出しない。
(重要な書証がその中に埋もれてしまう。)
but
重要な書証が提出されないことに比べれば、価値の乏しい書証が提出されることの方が、害悪は小さい。
  ●充実した争点整理
記録に出ていない書証や事実(主に間接事実)がある場合も多い。
⇒確認する。
・書証の提出を失念
・必要性がないと判断した
~提出を促す。
・書証が作成されていない
~そのこと自体が重要な間接事実となり得る。
「こういうことをしたのなら、この次におういうことをするのがふつうなのではないか。」
という疑問が生じた場合も同様。
主張が抜けていたら、それを補充してもらい、そういった行動がなかったのであれば、その理由を主張してもらい、その理由に合理性があるかどうかを検討。
●想像力
情景を思い浮かべながら記録を読む。
(⇒準備書面は、裁判官の脳裏に情景が浮かぶような書き方がされていることが望ましい。)

疑問が生じたら、ためらわずに当事者に尋ねるべき。
そうしておかないと、「動かし難い事実」(間接事実)の把握が不十分なまま人証の尋問をすることになり、人証の信用性判断をきちんと行えない(印象に頼った事実認定となる)。
■証拠調べ自体の質の向上
人証に対する尋問技術の向上をはかる
尋問の方法に関する工夫:
同席尋問
対質の活用
主尋問連続方式の開発
充実した争点整理と、質の高い証拠調べがなければ、精度の高い事実認定は望むべくもない。
■  ■当事者への質問
「分からないことを分からないと正直に言い、当事者から教えてもらおうとすること」が有効
■同僚等との議論
直接その事件を担当していない第三者の方が、かえって重要なポイントに気付きやすいこともある。
■経験則には常に例外が伴うことの認識
何か特別の事情(例えば、税務上の都合)があれば、金銭の授受がなくても領収証を作成することがある。
何が経験則の例外となるのか、それが認定できるのか、その点こそが審理の対象。
第2章 各種証拠方法の証拠力   
★ 第1節
はじめに 
    ★第1節 はじめに
  ①書証
②人証
③鑑定
④検証
証拠価値の評価は、専ら裁判官の自由心証に委ねられる(民訴法247条)。
  民訴法 第247条(自由心証主義)
裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。
  ①文書(書証)の的確な分析・証拠評価。
②これらを含めた全体の流れ(ストーリー)の検証。
~人証が中核
③裁判所が自らの判断作用を補うために、特別の学識経験を有する者から専門的知識や経験則それ自体等に関する意見を報告させる必要⇒鑑定。
④事物の性状、性質等を裁判官が直接その五感によって認識し、その結果得られる事実判断を証拠資料とする必要⇒検証。
★第2節
書証  
    ★第2節 書証
  ■第1 民事訴訟の事実認定における書証の位置付け 
過去のある時点で作成されたそのままの姿を現在に伝える。
処分証書は、問題となる法律行為の存否の認定に直結。
●  最高裁:
ある行為がなされる際に契約書等の処分証書が作成されている場合は、その書証の成立が認められれば、特段の事情がない限り、記載どおりの事実があったと認定できるとされており(最高裁昭和45.11.26)、
逆に、書証の体裁や記載内容から見て特段の事情がない限りその記載どおり事実を認めるべき場合に、これを排斥するには、首肯するに足りる理由を示さなければならない(最高裁昭和32.1031)。
「特段の事情」はまさに、書証の存在や記載内容を額面どおりには受け取ることができなくなるような事情(経験則の例外)の存在を指摘しているのであり、しかも、訴訟に至るような事案では、むしろかかる特段の事情の存否の判断こそが最大かつ最も困難な課題である場合が多い。
書証は、過去の一時点における出来事を体現する強みを有する(「点」としての機能)が、物事の経過をつなぐ説明力には不足。
ストーリーに照らした実質的な判断を行おうとする場合に、「点」を結ぶ「線」として重要な役割を果たすのは人証。
but
①利害関係⇒誇張した供述の可能性
②誤謬介入の危険
⇒人証には客観性がない。

対立する人証のいずれを採用すべきか決め手がつかめない場合、再び書証をはじめとする動かし難い「点」に立ち戻って考えざるを得ない。
一見記録上認められるすべての動かし難い「点」を合理的に説明し得るのはいずれの供述かという形で人証を吟味。
その攻防の出発点となり、かつ基点となるべき書証の証拠力についての分析が極めて重要な意味を有する。
その分析にあたっては、書証の対象たる文書の類型毎にそれにまつわる経験則(作成目的や存在意義、作成形式等に関する共通認識)を正確に理解しておくことが不可欠。
■第2 文書の種類        ■第2 文書の種類 
●1 総論    ●1 総論 
◎(1)書証の意義 
書証による証拠調べとは・・・この文書に表現されている作成者の思想を係争事実の認定の資料とする証拠調手続
◎(2)「書証」と「文書」 
「書証」:民訴法(219条「書証の申出は・・」)上、証拠調べの対象となっている文書自体ではなく、文書の記載内容を証拠資料とする場合の証拠調べとして規定。
証拠調べの対象となる「文書」には、その記載内容が証拠資料となる場合(書証としての文書)のほか、文書に記載されている筆跡・印影の対照や、文書の紙質、色等の物理的性状が問題とされているような場合があり、その場合は検証の対象(検証物としての文書)となる。
but
実務上は、文書が証拠として提出される場合のほとんどは、書証の対象としてのもの。
◎文書   ◎(3)文書 
文書:文字その他の記号によって作成者が思想、判断、または認識を表現した有形物をいう(伊藤p367)。
要件:
①文字その他の記号の組合せが使用されている
②人の思想等を表現している外観を有する
③紙片等の有形物に表示され、外観上見読可能であること
人の思想等が表現されていれば足りる
⇒物体は石碑、木肌等でもいいし、記載手段は、彫刻でも印刷でも手書きでもいい。
思想の表現は、暗号や特殊なグループ間でのみ用いられている表現方法でもいい。
写真、見取図、記念碑、土地境界標など
~思想を表現するものではなく、その外形や存在が証拠となるにすぎない。
⇒文書には該当せず、検証の対象となり得るのみ。
○準文書(民訴法231条) 
民訴法 第231条(文書に準ずる物件への準用)
この節の規定は、図面、写真、録音テープ、ビデオテープその他の情報を表すために作成された物件で文書でないものについて準用する。

証拠の申出や提出義務等についてもすべて基本的に文書と同様の方式によって律せられる。
○図面・写真等 
文書要件中③の見読可能性の要件は満たすが、②の思想表現の要件を満たさない。
but
文書と同様に見読可能であって書証手続による取調べになじめ、思想的意味を表示するものでないとしても、一定の情報を表すために作成されたものである点で類似性
⇒書証と同様の取扱い。
一口に写真と言っても、内容や立証趣旨により、証拠調べの実質は様々。
文書の写しとして書証によるべき場合(文書を撮影した写真)もあれば、検証物である場合(事故現場や家屋の状況等特定の状況を撮影した写真)もあり得る。
マイクロフィルムも、マイクロフィルム自体を原本として、マイクロフィルムから作成した写真を写しとして提出して、書証の手続により証拠調べができると考えるのが相当。
○目印や識別のために作成された物件、ないし、文字または符号が記載されているが思想を表さず、その外見と存在によって証拠となるもの(ex.下足札、割符、境界標、検査済マーク等) 
文書要件中③の見読可能性の要件は満たすが、②の思想表現の要件は満たさない。
but
書証と同様の取扱い。
○録音テープ、ビデオテープ等、記録媒体に作成者の思想が記録されたもの
③の見読可能性の要件に欠けるが、適切な装置を利用して再生すれば、聴覚又は視覚によって容易にその内容を直接認識できる。
⇒文書に準じるものとして、書証による証拠調べを行う。
文書の閲覧に相当するものとして、録音テープ等を法廷等において再生する方法による。
裁判所又は相手方の求めがある場合には、証拠申出を行った当事者は、当該録音テープ等の内容を説明した書面を提出(規則149①)。
証拠調べの対象はあくまで録音テープ等自体であって、説明書面は、外国語で作成された文書の訳文(規則138①)と同様の扱い。
録音テープ等を証拠として利用し得るためには、文書の場合と同様、圭氏k的証拠力を備える必要。
民訴規則148条の定める事項(録音、録音の対象、その日時・場所)が示されなければ、形式的証拠力は認められない。
民訴規則 第149条(録音テープ等の内容を説明した書面の提出等)
録音テープ等の証拠調べの申出をした当事者は、裁判所又は相手方の求めがあるときは、当該録音テープ等の内容を説明した書面(当該録音テープ等を反訳した書面を含む。)を提出しなければならない。
民訴規則 第138条(訳文の添付等)
外国語で作成された文書を提出して書証の申出をするときは、取調べを求める部分についてその文書の訳文を添付しなければならない。この場合において、前条(書証の申出等)第二項の規定による直送をするときは、同時に、その訳文についても直送をしなければならない。
民訴規則 第148条(写真等の証拠説明書の記載事項)
写真又は録音テープ等の証拠調べの申出をするときは、その証拠説明書において、撮影、録音、録画等の対象並びにその日時及び場所をも明らかにしなければならない。
当事者は、録音テープ等の反訳文書のみを書証として提出することができる。
この場合、相手方が録音テープ等の複製物の交付を求めたときは、相手方にこれを交付しなければならないものとされている(規則144)。
民訴規則 第144条(録音テープ等の反訳文書の書証の申出があった場合の取扱い)
録音テープ等を反訳した文書を提出して書証の申出をした当事者は、相手方がその録音テープ等の複製物の交付を求めたときは、相手方にこれを交付しなければならない。
○コンピュータ用磁気テープ、磁気ディスク、光ディスク等のコンピュータ用記憶媒体。
録音テープ等と同様、③(読可能性)の要件は欠くが、①(文字等の使用)と②(思想表現)の要件を満たし、文書と同様の機能を有する。
but
プリントアウトされた書面は、見読可能であるが、元のデータとの同一性が保証されているとは言えず、この点に問題があれば、検証又は鑑定による以外にない
現行民訴法は、磁気ディスク等の証拠調べの方法を明文化しなかった⇒解釈・運用に委ねられる。
実際には、磁気ディスク等に保存された情報については、これをプリントアウト等し、これを閲読することによって認識するのが通常。

プリントアウトした書面を原本として、これを書証の手続により証拠調べをする(録音テープ等における反訳文書を原本として取り調べるのと同様の手続となる)のが本則。
プリントアウトされた書面と磁気ディスク等を内容の同一性に争いがある場合、上記原本(プリントアウトされた書面)の実質的証拠力に関する補助事実の立証を目的として、磁気ディスク等自体を鑑定又は検証することになろう。
磁気ディスク等の中でも、録音テープ等と同様に簡便に情報内容を再生・認識し得るもの⇒録音テープ等と同様、これを準文書として、法定における再生等の方法により証拠調べを行うことも可能。
○文書の分類
①公文書と私文書(作成者による分類)
②処分証書と報告文書(表現されている意思内容として法律行為が記載されているか否か)
③原本・正本・謄本・抄本
①文書が作成者(挙証者が作成者であると主張する者)の意思に基づいて作成されたこと(文書の真正・形式的証拠力)の証明⇒
②その文書が作成者の思想を表示するものとしてどれだけの証明力を有するか(実質的証拠力)を問題
同じように文書が証拠として提出される場合でも
①当該文書には人の名誉を毀損するような内容の記事が記載されており、かつ、このような記事を掲載した文書が頒布されたという事実を立証することを目的とする場合
②他の書証が真正な文書であることの証明のため、筆跡対照の資料として提出される場合
③作成名義を偽って作成された文書が存在することを立証趣旨とする場合(偽造文書としての提出)等、
文書に記載されている内容どおりの事実の存在が立証対象となるわけではなく、その文書の形状や存在自体が立証の目的となる場合がある。
公文書は、公文書と認められれば直ちにその成立の真正が推定される(民訴法228②)。
民訴法 第228条(文書の成立)
2 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。
処分文書と報告文書の区別は、実質的証拠力の点で、事実認定上重要な意義を有する。
●2 公文書・私文書    ●2 公文書・私文書 
◎(1)公文書   ◎(1)公文書 
公文書:公務員がその権限に基づき職務上作成した文書
公文書⇒真正に成立したものと推定(民訴法228②)
相手方は、反証をあげて、推定を破ることができる。
公文書かどうか疑義⇒
裁判所は、
①当事者双方に公文書の成立について立証させることもできるが、
②職権で、作成者である官公署に対し、成立の点についてのみ照会することができる(民訴法228③)。
照会を受けた官公署は、公法上の義務として裁判所に対する回答義務を負い、この回答書は、調査嘱託に対する報告文書と同様に口頭弁論に顕出されることにより証拠となる。
民訴法 第228条(文書の成立)
3 公文書の成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、当該官庁又は公署に照会をすることができる。
公文書かどうか疑義:
ex.
ある課の課長が証明文書を作成しているが、同課の権限内容が疑わしい場合
相手方当事者が、公文書が真正に作成されたものでないことについて、ある程度反証をあげたが、裁判所は、その公文書が真正に作成されたものでないとの確信まで得るには至らなかったものの、疑いをもつようになった場合。
外国の官庁又は公署が作成したものも公文書として扱われる(民訴法228⑤)。
民訴法 第228条(文書の成立)
2 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。
3 公文書の成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、当該官庁又は公署に照会をすることができる。
5 第二項及び第三項の規定は、外国の官庁又は公署の作成に係るものと認めるべき文書について準用する。
○公文書でない場合
記載内容がから判断される文書の趣旨が公文書でない。
ex.内容が単なる時候の挨拶や結婚の通知等の私的な事項である場合
公務員の職務権限内の事項でない場合。
ex.
公証人が家屋の形状や場所的関係ないし破損の程度有無を録取した文書(公証人法1条の権限外の事項)。
堰の共有関係及びその堰の水の引用状況に関する村長の証明書(大明治42.2.23)
不動産の譲渡に関する事項についての町村長の証明書(大明治38.1.19)
◎(2)私文書
公文書以外の文書はすべて私文書。
私文書には作成者の署名や押印がされていることが多く、その署名や押印が作成者の意思に基づいている場合には、その文書の成立が推定される。
民訴法 第228条(文書の成立)
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
◎私文書と公文書が結合した文書
私文書の部分は私文書、公文書の部分は公文書として扱う。
ex.
①内容証明郵便は、証明部分は公文書、その他の部分は私文書。
②登記済権利証(登記申請の原因証書として提出された不動産の売買契約書等に登記所が登記済みの証明をしているもの)は、登記官によって記載された部分は公文書、その余の部分は私文書。
③確定日付(民法施行法5条)のある私文書は、確定日付部分のみ公文書。
④宣誓認証私署制度(公証人法58条の2.公証人が私署証書に認証を与える場合に、当事者が公証人の面前で証書の記載が真実であることを宣誓した上で証書に署名若しくは押印し、又は証書の署名若しくは押印について自認した場合に、その旨を記載して作成されるもの)による宣誓認証の加えられた書面も、認証部分は公文書。
●3 処分証書・報告文書   ●3 処分証書・報告文書 
◎(1)処分証書
処分証書:立証命題である意思表示その他の法律行為が記載されている文書。
公法上の法律行為⇒公文書。
ex.判決書、行政処分書等の公文書。
私法上の行為⇒
①私文書の場合(ex.手形、小切手、契約書、解約通知書等)
②公文書の場合(ex.公正証書遺言)⇒形式的証拠力が推定
契約書でも、契約条項の部分は処分証書、作成日時、場所、立会人などの記載部分は報告文書。
普通の書簡でも、一部に贈与の意思表示が記載されていれば、その部分は処分証書、他の部分は報告文書。
消費貸借契約書における金銭(貸付金)の受領についての記載も、意思表示とは異なり、金銭を受領したとうい事実の報告⇒報告文書。
処分証書では、形式的証拠力(文書の成立の真正)が認められれば、特段の事情がない限り、記載されている法律行為の存在が認定される(実質的証拠力を有する)。
but
実際の訴訟では、「特段の事情」に関する本質的判断が極めて重要な意味を有する。
後は、当該文書に表記されている法律行為に、どのような事実上・法律上の評価を与えるかという解釈の問題。
◎(2)報告文書
報告文書:作成者の見聞、判断、感想等が記載されている文書。
形式的証拠力が認められても、実質的証拠力があるとは限らない。
文書自体の成立が認められても、文書に記載された事実が真実であるかどうかは別問題。
報告文書は、作成者が、一定の事項について、作成時点において、一定の認識や意見、判断を有していたことが確定。
実質的証拠力が高いと考えられる報告文書:
公証人による確定日付、公務員により作成された正本・謄本の証明文、当該行為のあった当時に作成された領収証、受領書、納品書等
立証命題たる事実関係に近接した時期(特に紛争が発生する以前の時期)に作成された文書や訴訟に利害関係のない者が作成した文書⇒より実質的証拠力が強い。
訴訟が提起された後に、訴訟当事者や本人尋問に代替するような内容を記述した文書等⇒実質的証拠力は相対的に低い。
事実認定においては、当該文書の属性や内容を検討して、実質的証拠力の強弱を吟味し、補助事実や、他の証拠資料等を斟酌し、その記載内容の真実性を検討。
 
●4 原本・正本・謄本・抄本    ●4 原本・正本・謄本・抄本 
◎原本、正本、謄本、抄本の区別
原本:一定の思想を表現するという目的の下に、最初に、かつ、確定的に作成された文書。
原本は通常1通。
契約書を双方に取り交わす場合は数通の場合あり。
謄本、抄本、正本は、原本の全部又は一部を写したものであり、写しを作った者が作成者
謄本:原本の存在と内容を証明するため、原本の内容全部を写したもの。
抄本:その一部を写したもの。
認証謄本:公証の権限がある者(例えば、公正証書についての公証人、戸籍簿についての市町村長、訴訟書類についての裁判所書記官等)が、公証した旨を付記した謄本。
正本:謄本と同様、原本のすべてを写したものであるが、原本を保存していて外部に出せない場合等に、原本と同一の効力を有するものを外部に交付するために作成する場合等、原本と同じ効力を持たせるために、公証権限のある者が作成するもの(判決正本等)。
原本以外の文書が書証として提出された場合、当該文書の内容と同一の内容を有する文書(原本)が存在しているか又は存在していたという事実自体が立証命題であるときは、これらの書証も一般の報告文書と同等の実質的証拠力を有する。
原本の記載内容となっている事実、法律行為の存否が立証命題⇒当該書証(謄本や抄本等)の実質的証拠力は相当程度低くなると言わざるを得ない場合もある。
原本を保有しているはずのに写ししか所持していない場合等⇒所持・不所持の事実自体が、認定判断の極めて重要な資料となる。
◎証拠調べとの関係(「写し」との関係)
文書を書証として提出する場合には、原本、正本又は認証謄本でしなければならない(民訴規則143条1項)。 
民訴規則 第143条(文書の提出等の方法)
文書の提出又は送付は、原本、正本又は認証のある謄本でしなければならない。
2 裁判所は、前項の規定にかかわらず、原本の提出を命じ、又は送付をさせることができる。
正本は原本と同一の効力。
認証謄本も、公証権限のある者がその内容について原本と相違ない旨を公証し、写しとしての正確性が担保⇒これが提出されて証拠調べがされれば、原本を証拠調べしたのと同じ効果が与えられる。
実務上、認証謄本以外の謄本(「写し」(コピー))が書証として提出される場合。
①原本に代えて写しが提出される場合
②写しそのものが原本として提出される場合 
①の場合、民訴規則143①によれば許されない(最高裁昭和35.12.9)。
but
原本の存在と成立に争いがなく、相手方が写しをもって原本の代用とすることに異議がないときは、原本に代えて写しを提出することができると解されている(大判昭和5.6.18)。
②は実務上多くみられる。
民訴規則143①違反の問題は生じないが、実質的証拠力は相当程度低くなる。
原本を保有しているはずであるのに写ししか提出しない(保有していない)場合等には、不所持の事実自体が重要な資料となる。
  ◎原本と謄本(写し)の区別の相対化
情報をコンピュータで管理し、電磁的記録に保管。
⇒原本と謄本(写し)の区別が相対化。
取引履歴や顧客リスト等電磁的記録として保存・管理、その中から必要な情報を適宜抽出・編集した形でプリントアウトされたもの。

①電磁的記録自体(準文書)を原本とする抄本とみることもできるし、
②原本上の記録にアクセスしてこれをプリントアウトする権限を有する者が原本の記載内容を報告した文書(報告文書)とみて、それ自体が原本
とも考えられ得る。
登記事項証明書は、登記官が作成した報告文書(原本)。
ファクシミリについて、受信者側で出力した文書自体が原本。
当事者本人が自己の代理人に書証をファクス
~当事者本人が所持している原本を証拠とする趣旨である場合が多い。
送信元の文書を原本とするか、ファクシミリの受信文書を原本とするかは、提出者の意思によって決まる⇒確認する必要。
■     ■第3 文書(書証)の証拠能力と証拠力(証明力、証拠価値)
●1 証拠能力 ●1 証拠能力
文書(書証の)証拠能力:ある文書が証拠方法として用いられるための法律上の適格を有するかどうか、すなわち、そもそも証拠調べの客体となりうるかという問題。
民訴法上制限規定なし。
自由心証主義は、裁判の基礎として必要な事実の存否の画定について、法定の証拠法則から裁判所を開放し、証拠の採否及び証拠その他の資料の証拠価値の判断を裁判所の自由な心証に委ねる主義。
⇒自由心象主義の下では、証拠能力の制限はないのが原則。
刑訴法では、自由心証主義が認められながらも(刑訴法318条)、文書の証拠能力については厳格な制限が定められている。
●2 証拠力(証明力、証拠価値) ●2 証拠力(証明力、証拠価値)
文書の証拠力:文書の記載内容(作成者の思想)が証拠として役に立つかどうかという具体的な効果(ある文書が立証事項たる事実に関する裁判所の心証に寄与する程度)をいう。
 これを判断するには、①形式的証拠力と②実質的証拠力という二段階の検討が筆よう。
形式的証拠力文書の記載内容が作成者の思想の表現であると認められること
(←そもそもその文書がその作成者の意思に基づいて作成され、そこに記載された内容がその作成者の思想を表現しているということが確定されなければ、意味内容について議論する前提を欠き、内容となっている法律行為や報告等の真実性や評価等を判定することも極めて困難
②実質的証拠力:文書の記載内容が実質的に裁判官の心証形成の資料となって立証命題たる事実の存否について裁判官の判断に作用し、影響を与え得る力(文書の記載内容の真実性の問題)
■    ■第4 文書の成立の真正(形式的証拠力)
●1 文書の成立の真正の意義 ●1 文書の成立の真正の意義
文書の成立の真正(作成者の意思に基づいて作成されたこと)=形式的証拠力(通説)
but
習字目的作成された場合、文書の記載内容が作成者の思想の表現であるとは認められない。⇒なお、形式的証拠力に欠ける。
  ●2 文書の作成者
  ◎(1)「作成者」の意義等
文書の作成者:
思想の主体を意味し、必ずしも物理的に文字等を記載した者を意味するものではない。
偽造文書の場合、偽造者の作成⇒作成者は偽造者
  ◎(2)代理人が作成した文書
○ア 「A代理人B」作成名義の文書の作成者 
顕名代理方式で作成された文書では、そこに現れているのはあくまでも代理人の意思表示⇒作成者を代理人とみる(代理人説・形式説)のが妥当。

文書はあくまでBの意思を表示しており、代理権の有無は別途証拠によって確定されるべきことになる。
○  ○イ 署名代理方式の文書の作成者 
代理人が本人に代わって文書に本人の記名押印又は署名をし、代理人資格の表示及び代理人自身の記名押印又は署名をしない方式(いわゆる署名方式)の場合:
A:その作成者を代理人とみる説(代理人説)
B:本人とみる説(本人説)
実務の大勢は本人説(B)に立脚。
A:代理人説
←代理人が代理権限に基づき自己の意思により当該文書を作成(理論的整合性)
B:本人説

①当該文書には本人の名義以外は掲載されていない⇒本人説も「思想の主体」という作成者の定義に外れるものではない。
②当該文書は、その記載内容からすれば、単なる表示機関(使者)がこれを作成した場合、ひいては本人自身がこれを作成した場合と何ら変わるところはない⇒挙証者としては、とりあえず本人作成の文書として提出するのが自然。
③当該文書に表れていない内部関係に基づいて作成者の特定を求めることは、困難なことも多く、煩瑣(代理人か使者か明らかでない微妙な場合もある。)。
④署名代理方式の文書では、顕名代理方式の場合と異なり、形式的には、当該文書上に本人の記名押印又は署名がある⇒本人説に立てば、いわゆるに二段の推定(本人の印象による印影⇒本人の意思に基づく印影⇒文書全体が本人の意思に基づいて作成されたこと(民訴法228条4項)が順次推定される)をそのまま適用することができ、相手方が反証によって上記推定を破らない限り、当該文書は真正に成立したものと認められることになる。
⑤処分証書の場合、審理は専ら相手方による反証の有無に集中すればいい。
  ◎(3)一つの書面に複数の文書が作成されている場合
    ●●3 挙証者による文書の作成者の特定の要否
    ●4 挙証者の特定した作成者と異なる作成者が認定された場合に当該書証を証拠として用いることの可否
●5 文書の成立の真正の認定(その1)~文書の成立の推定     ●5 文書の成立の真正の認定(その1)~文書の成立の推定

  ◎(1)推定規定
民訴法 第228条(文書の成立)
文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
2 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。
3 公文書の成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、当該官庁又は公署に照会をすることができる。
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
5 第二項及び第三項の規定は、外国の官庁又は公署の作成に係るものと認めるべき文書について準用する。
挙証者は、当該文書の成立について争いがある場合には、それが真正に成立したこと(挙証者において作成者と主張する者によって作成されたものであること)を立証する必要。
私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
この場合の「署名又は押印」は、本人又は代理人の意思に基づく署名又は押印。
本人又は代理人の意思に基づいた署名又は押印が認められるか否か等については、裁判所の自由心証により、あらゆる証拠資料や口頭弁論の全趣旨に基づいて判断すべき。 

  ◎(2)上記推定規定における推定の法的性質 
○ア 法定証拠法則説(通説) 
文書の成立に関する経験則(①公文書の場合は、公務員が公文書を作成するとき、作成者である官公署名あるいは作成者の官職氏名を明確にした上、官公署の庁印を押すのが原則であるという経験則、②私文書の場合は、本人又は代理人がその意思に基づいて署名又は押印をした場合には、当該文書全体も真正に成立している場合が多いとの経験則。)を踏まえて、事実認定に際しての裁判官の自由心証に対する一応の拘束力を定めたもの(自由心証の例外)とする見解(法的証拠法則説)が通説。

上記の推定規定は、一定の証拠方法(本人の意思に基づく署名又は押印がある文書)に一定の証拠価値(文書全体の成立の真正)を付与することを裁判官に命じ又は禁止する法規。
証明責任に影響を与えるものではない⇒推定事実(文書全体の成立の真正)反証によって真偽不明にすれば、推定は敗れる。
○イ 法律上の推定説 
法律上の推定を定めたもの
⇒前提事実の証明を要件とする証明責任の特別規定。
挙証者が前提事実(本人の意思に基づく署名又は押印)を立証した以上は、相手方は、右推定を覆すために反証では足りず、相手方がにおいて、推定事実である「文書全体の成立の真正」が真実に反することの証明(本証)をすることが必要(文書の成立の真正についての立証責任が転換される)とするもの。
vs.
実務的な感覚としても、文書全体の成立の真正が疑われるにもかかわらず、真実に反するまでの証明がない限り、当該文書を真正なものとして扱わなければならないとするのは、自由心証に反する過度の制約になりかねない。
○ウ 法定証拠法則説(通説)の帰結 
相手方は、この推定(事実上の推定)を破るために、当該文書が真正に成立したものではないことを立証する必要まではなく、裁判所にこれについて疑いを抱かせる程度の反証をすれば足りる
ここでの反証とは、相手方は、前提事実(本人の意思に基づく署名又は押印)を前提とした上で、経験則の適用を妨げる事情(推定を破る事情)を主張立証。
法定証拠法則説の立場⇒端的に、推定事実について合理的に疑いを生じさせる程度の立証があれば、推定は破られると考えるのが相当。

  ◎(3)公文書の成立の推定 
規定 民訴法 第228条(文書の成立)
文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
2 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。
3 公文書の成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、当該官庁又は公署に照会をすることができる。

公務員が公文書を作成する場合に、作成者である官公署名や作成者の官職氏名を明確にした上、官公署の庁印を押すのが原則であるという経験則に基づき、文書がその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるときは、当該文書全体が真正に成立した公文書と推定されるとした。 

相手方は、公務員の意思に基づくものではない旨の反証を挙げることによって、推定を覆すことができる。
成立の申請が推定されるのみであり、記載内容の真実性が推定されることになるわけではない。
公文書の成立の真否について疑義⇒裁判所は職権で当該官公署に照会できる(民訴法228③)。
実務上、公文書の成立が問題とされることは少ない。

  ◎(4)私文書の成立の推定 
○ア 推定規定による推定(署名又は押印による成立の推定) 
私文書の成立に関する推定規定(民訴法228条4項)は、本人又は代理人がその意思に基づいて署名又は押印をした場合には、当該文書全体も同人の意思に基づくものとして真正である場合が多いという経験則に基づくものであり、私文書に本人又はその代理人の署名又は押印がある場合には、本文を含めた文書全体が真正に成立したものと推定されるとしてもの。
○   「署名又は押印あるとき」
①本人又は代理人の意思に基づいてされた署名、
または
②本人又は代理人の意思に基づいて押捺された印影
のいずれかがある場合を言う。
「押印」は本人等の意思に基づいて押捺された印影があること(印影部分が真正に成立していること)であり、単に当該文書の印影と本人等の印象によって顕出される印影が同一であるのみでは十分ではない。
(この場合は、判例法理による推定として「二段の推定」の問題となる。)
本人又は代理人の意思に基づいて押捺されたものである以上、ここにいう印影を顕出した印章は、印鑑登録されている実印に限らず、認印でもよい
挙証者は、上記推定に限らず、推定事実自体の存在を直接証明することも可能である。
成立の真正の推定は、本文を含めた文書全体に及ぶ。 
領収証の一部に代金の減額を窺わせる記載があり、売主が同記載部分についてはその成立を否認している場合に、それを含めた文書全体について成立を推認できるとした上で、原審が上記部分について特段の事由を示さないままこれを排斥したことに、審理不尽の違法があるとした事例(最高裁昭和43.3.1)。
文書の本文と署名部分が別個の紙片から成っている場合:
1個の文書構成⇒全体に推定が及ぶ。
一体性が認められない⇒推定は及ばない。
文書の一体性は、各紙片間に契印があれば明らか。
結局、文書の体裁、書面の形状、内容のほか、作成過程にかかわる人証等を総合して判断。
削除(抹消)、挿入、訂正等がある場合:
加除訂正部分も当該文書の一部⇒加除訂正後の現在の状態について推定が及び、これが破られるか否かという形で検討。
(外形上の異常がある場合、結論として推定が破られる場合も多い。)
推定規定による推定(署名又は押印による成立の推定)は事実上の推定

相手方は、
推定事実の反対事実を立証するのみならず、
前提事実を真偽不明とするか、
推定規定の基礎となっている経験則の適用を否定すべき事情(推定を破る事情)
を主張立証することで、上記の推定を破ることができる。 
○イ 判例法理による推定(二段の推定) 
押印による私文書の成立の推定(民訴法228条4項に基づく推定)は、押印が本人等の意思に基づいてされた場合にのみ働く
⇒相手方が、文書に押捺されている印影が自己の印象によるものであることは認めたものの、それが自己の意思にもとづくものであることを否認している場合(同印影の成立は否認している場合)には、「署名又は押印があるとき」には該当しない。
⇒民訴法228条4項の推定規定を直ちに適用することはできない。
but
判例は、このような場合でも、本人の印章を他人が勝手に使用することは、通常はり得ないという日常生活上の経験則

私文書の印影が本人又は代理人の印章によって顕出されたものであるときは、反証のない限り、当該印影は本人又は代理人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定するのが相当。

この推定の結果、当該文書は同項にいう「本人又は代理人の押印があるとき」の要件を満たし、その全体が真正成立したものと推定される。

①「本人又は代理人の印章による印影」⇒②「押印の真正(意思に基づく押印)の推定」⇒③「文書の成立の推定」という2段の推定により、文書の成立が認められる。
(二段の推定)
判例:
私文書の作成名義人の印影が右作成名義人の印章によって顕出されたことが認められたときは、反証のない限り、右印影は、右作成名義人の意思に基づいて顕出されたものと推定され、右私文書は、真正に成立したものと推定される。
一段目の推定(「本人又は代理人の印章による印影」→「押印の真正の推定」)の法的性質と推定が破られる場合
経験則に基づく事実上の推定⇒立証責任を転換するものではない。
印章が本人等の意思に基づいて顕出されたものであることの立証責任は、あくまでも文書の成立の真正を主張する側にあり、相手方は、推定事実の反対事実を立証するのみならず、前提事実を真偽不明とするか、経験則の適用を否定すべき特段の事情を主張立証すれば、上記推定を破ることができることになる。
●6 文書の成立の真正の認定(その2)~反証等     ●6 文書の成立の真正の認定(その2)~反証等

  ◎(1) 全体像 
1段目の推定も2段目の推定も事実上の推定
⇒推定事実の立証責任は、文書の成立の真正を主張する側にある。
1段目の推定:
①「本人又は代理人の印章による印影」⇒②「押印の真正(意思に基づく押印)の推定」
<一段目の推定についての反証等>
(a) 前提事実についての反証
「本人の印章」であることや、「印影の同一」(本人の印章による印影であること)を真偽不明にする。

(b) 推定を破る事情の立証
典型的なもの
① 印章の紛失、盗難、盗用
② 他人に預託していた印章の冒用
③ 文書が作成されていること自体が不自然であること

(c) 推定事実の反対事実(不存在)の立証
署名・押印が本人等の意思に基づくものでないことを立証。
2段目の推定:
②「押印の真正(意思に基づく押印)の推定」⇒③「文書の成立の推定」
<二段目の推定についての反証等>
(a) 前提事実に対する反証
「本人等がその意思に基づいて署名・押印したこと」を真偽不明にする。
上記の「一段目の推定についての反証」は全て該当。
本人等名義の署名がある場合に、その署名が自署であることを真偽不明にする。

(b) 推定を破る事情の立証
署名や押印自体は、本人等の意思に基づいてされたものの、その後に生じた事情のために、文書全体が本人等の意思に基づいて作成されたとの推定が働くなくなる場合。
① 本人等が署名・押印していた白紙を他人が悪用して勝手に文書を完成させたこと
② 文書作成後の変造・改ざん

(c) 推定事実の反対事実(不存在)の立証

文書が本人等の意思に基づいて作成されたものではないことを立証。
○立証の程度 
各推定の前提事実に反する反証は、前提事実を真偽不明にすれば足りる(反証の程度で足りる)ことは当然。
2段目の推定について
A:法律上の推定⇒推定事実についての反対立証を要する⇒上記推定を破る事情に該当する事実ついて本証を要する。
B1:事実上の推定でも、推定を破る事情の立証を間接反証と位置づけ、該当事実について本証を要する。
vs.
推定を破る事情として主張される事実の多くは、実質的には推定事実の反対事実の紙一重の内容⇒推定事実に対する反対立証を要するとする法律上の推定説をとるのと、実際上は大差ない。

○B2:法定証拠法則説⇒推定事実について合理的な疑いを生じさせる程度の立証があれば、推定は破られる。
1段目の推定についても、同様の考え方が当てはまるとするのが相当。
一段目、二段目の各推定に関する反証等は、実質的に重なり合う。
本人の印章による印影から文書の真正を推定するについて不合理はないということで、いわば一括して行われる。 

  ◎(2) 「本人の印象による印影」(一段目の推定の前提事実)に対する反証(p106)
「本人の印象」であることや、「印影の同一」(本人の印象による印影であること)を真偽不明にすること。
○ア 「本人の印章」であることについての反証 
他人の印章であることや、印章が2人以上の共有ないし共用に属すること(名義人専用の印章とはいえないこと)を主張立証。

二段の推定の根拠は、本人の印章を他人が勝手に使用することは通常あり得ないとうい日常生活上の経験則に基づく(三文判であっても二段の)。
(→専ら本人だけが使用する前提で当該印章が作成、保管されている場合にのみ上記の経験則が働く。)
but
この場合でも、挙証者は、さらに直接押印の真正(本人の意思に基づいて印章が押印されていること)を主張立証して、文書の形式的証拠力の推定を得ることができる。
認印であっても二段の推定は働くが、その蓋然性は実印の場合より低い。
(印鑑登録されている実印は、一般に他の印章と比べ、より慎重に保管されていると言えるから、印影が、印鑑登録のされている印鑑によって検出されている場合には、押印の成立の真正についての推定は強い。)
A:文書の成立を争う側において、印章の共有又は共用の事実を主張立証(反証)すべき。
B:推定の前提として、挙証者において、当該印章が本人の専用に属することを主張立証すべき(この場合、他者との共有又は共用に係る主張は、相手方による積極否認。)。
最高裁昭和50.6.12:
他の者と共有・共用している三文判による印影について、二段の推定における印章は、実印である必要はないが、当該名義人のものであることを要するとして、押印の真正を否定した事例。
「本件修正申告書の上告人名下の印影を顕出した印章は、Xら親子の家庭で用いられれている通常のいわゆる三文判であり、Xのものと限ったものでない」というのであるから、この印章を本件申告書の名義人であるXの印章ということはできないのであって、その印影がXの意思に基づいて顕出されたものとたやすく推定することは許されない。
(結論的には、原審認定の事実によれば、本件申告書は、上告人から権限を与えられた同人の母が上告人のために作成したことが明らかであり、本件申告書を上告人の意思に基づく真正な文書と認めた認定判断は、正当として是認することができる。)
○イ 印影の同一(本人の印章による印影)についての反証 
第三者が名義人の印章(実印)と印影が全く同一の別の印章を入手してこれを押捺した蓋然性が否定できないこと、文書の内容や作成の経緯に不自然な点があることから、印影の同一が否定される場合がある。
最高裁昭和62.12.11:
抵当権設定契約書、委任状に押捺されている印影が本人の実印であることを疑うに足りる客観的事情があるにもかかわらず、同印影が印鑑証明書の印影と同一であるとの鑑定結果に基づき、上記契約書等が真正に成立し、右抵当権が本人の意思に基づき適法に設定されたと認定したことが違法とされた事例。
・・・・以上のように、本件については、印影の同一性に関する鑑定結果にもかかわらず、本件抵当権設定金銭消費貸借契約書及び委任状に押捺されたのが、Xの実印であることを疑うに足りる客観的事情があり、右鑑定結果を過大に評価することはできないというべきであって、各文書に押捺されたのが、Xの実印であり、同実印がXからAに送付されたと認定するには、前記のような疑問点について合理的な説明をする必要がある。
原審が、上記鑑定結果のみに依拠して、卒然として、上記各文書の作成に用いられたのはXの実印であるとして、本件各契約がXの意思に基づいて適法に締結されたものと認めた判断には、経験則違背及び採証法則違背があり、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるとして、原判決を破棄して原審に差し戻した。
ポイントとなる事実:
①印章複製(偽造)の可能性
②(契約)内容・経緯の不自然さ(当時の状況下でそのような意思表示をするはずがない)

  ◎(3) 一段目の推定を破る事情の立証(p113)
典型的なもの:
①印章の紛失、盗難、盗用
②他人に預託していた印章の冒用
③文書が作成されていること自体が不自然であること
推定が破れた事案の整理:
①他人に印章を預けた理由が合理的とされた事例
②印章の紛失が認められた事例
③印象が他人によって無断使用されることがあり得るとされた事例
④認知症が理由とされた事例
⑤私文書それ自体に疑問があった事例(書面の記載方法が本人と異なるもの、書面の記載内容が客観的事実と一致しないもの、印影の位置が異常であるもの等)
⑥印鑑証明の日付と私文書によって主張した事実が不合理であるとされた事例
⑦他の目的で交付された印鑑証明書が添付されていた事例
⑧自らの署名捺印した証書の成立の真正が否定された事例
⑨従前に同じような例があるから、今回も文書成立の真正は認められないとされた事例
⑩従前に同じような例があるにしても、今回は前回と異なるから文書成立の真正は認められないとされた事例
○ア 印章の紛失、盗難、盗用の場合 
文書の名義人の印章が、紛失、盗難、又は無断持出しにより、本人の知らないうちに盗用される場合。
「印章が、当該文書に押捺された時点以前に、本人の下から盗取され又は本人が紛失していた事実」が認められれば、それだけで本人の印章に対する支配が失われたことを意味する⇒印章が本人の意思に基づかないで使用された疑いを生じさせる。
(冒用者の特定や盗難の事実(勝手に押捺したこと)までを立証する必要はない)
but
その立証は極めて難しい。
実際の裁判では、印章の種類(慎重に保管管理されるのが通常である実印か、単なる認印か等)、これに応じた保管状況、使用状況、盗用者(訴訟上はこれが特定して主張される場合が多い)の印章の所在についての知識、同人の印章への接近可能性、盗用者と名義人との関係等の認定に基づき、いわば「盗用の可能性」を立証するとともに、盗用者の事後の言動(盗用者の盗用を自認するような言動や、逆に本人が文書に基づく責任を自認するような言動等)や応訴態度、関係当事者の立場や利害に照らした文書の内容や作為経緯の不自然さ・不合理さ、文書の外形上の不自然さ、関係者の供述の信用性(一貫性・語理性)といった事情との総合判断によって、推定が破られるのがほとんど。
最終的には、全体的な総合判断として、推定事実(本人の意思に基づく押印、ひいては文書全体の成立の真正)に合理的な疑いを生じると言えるか否かという以外ない。
大阪高裁昭和40.12.15:
約束手形金の請求について、振出人が、同人名下の印影と同じ刻印の印章を紛失した事実、その頃同手形の受取人となっている者が同業者として振出人方事務所に出入りしていたこと、同人が振出人の詰問に対し謝罪していたことを認め、押印の真正の推定を用いる余地は全くないとした事例
ポイントとなる事実:
①印章の紛失
②上記紛失当時の盗用者(手形受取人)の入手可能性
③上記第三者の事後の言動(盗用を自認する発言)
東京地裁昭和56.10.23:
小切手金請求について、振出人が小切手帳や社判の盗取・盗捺を主張したのに対し、上記社判等は責任をもって保管されており、盗捺等の機会があったとは考え難いとして、押印の真正を推定した事例
反証不奏功のポイント
①印章の保管状況(盗用の可能性小)
②Y供述の信用性
③事後の発言等(Y代表者が小切手の決済について、善処する旨の発言をしたこと)
<同居者による冒用>
圧倒的に保証契約の類型が多い。
①同居人と名義人との人的関係が近い⇒本人の印章に対する支配が破られる可能性は高くなる。
②他方で、本人が事情を知る可能性も高くなる⇒冒用の反証も困難になる(判断も難しい)
本人にとっての文書の記載内容の合理性・不合理性といった実質的な事情の判断が重要な意味を有する。
最高裁昭和45.9.8:
印章が同居中の他の者が自由に使用できる状況にあったことのほか、契約書の記載内容自体やその作成の必要性についての疑問点等、名義人作成の文書であることが疑わしい事情に照らして、押印の真正の推定を破った事例。
・・しかし、右印影顕出の真正についての推定は、事実上の推定にとどまるから、原判決が引用する第一審判決が、上告人がAと同居中でAの印章を自由に使用できる状況にあった事実を認定した上、前記贈与証書の記載内容自体についての疑点、作成の必要性の首肯し難いこと等、A作成の文書であることが疑わしい事情を経験則上判断し、これをあいまって前示Aの印章顕出の推定を破り、その真正を否定したことは、原審の自由心証に属するものとして許されるところである。
ポイントとなる事実:
①名義人と冒用者が同居中で、名義人の印章を自由に使用することができた状況にあったこと
②文書の内容、作成経緯(作成の必要性)の不自然さ
イ 印章を他人に預託していた場合 
重要な印章を第三者に預けることは、それなりの目的がある(特定の目的に使用するための交付又は一定範囲の使用権限を付与しての預託)のが通常
⇒押印が名義人の意思に基づくものとの推定を破るには、第三者に印章を預託していた事実(印章についての物理的支配の欠缺)のみでは足りず、基本的に印章が上記目的外に使用されたこと(預託の趣旨が当該書証作成以外の目的であったこと)を立証する必要。
具体的には、印章の預託に至った経緯、預託後の印章の使用状況、当該文書の作成状況、これらに関する当事者らの供述等の客観的事実との整合性(文書の体裁や、添付の印鑑証明書の日付、他目的として主張された用件の存否ほか)、文書の内容や体裁の不自然さ等を総合して判断。
冒用型についても、間接反証事実は「他目的預託の事実」に限らず、事案によっては「他目的預託の可能性」と他の間接事実の存在によって推定が動揺する場合がないとは言えない。
推定を破る事情の立証については、要は、総合的な判断として、端的に推定事実(本人の意思に基づく押印、ひいては文書全体の成立の真正)に合理的な疑いを生じる程度の立証があれば、推定は破られる。
最高裁昭和47.10.12:
他の者に預託されていた会社印・代表者印による印影について、預託の経緯、これを使用した手形振出時の状況、手形の外形(ナンバーや刻印がないこと)等の事情に照らし、押印の真正の推定を破った事例。 
・・・しかし、印影が本人の意思に基づいて顕出された旨の推定は、事実上の推定にとどまるから、Yがその会社印及び代表者印をAに預託するに至った経緯、右預託後、Yにおいて預託した印章を使用して手形等を振り出す際の状況、並びに約束手形の各記載にナンバーや刻印などのない事実を認定した上、これとあいまって、Yの会社印及び代表者印の顕出に関する推定を破り、その真正の成立を否定したことは、原審の自由心証に属するものとして許されるところである。
右認定は、当裁判所としても是認することができる。
ポイントとなる事実:
①印章預託の経緯
②預託後の使用状況
③文書の記載等の不自然さ
最高裁昭和48.6.26:
使用目的を確認せず印を預託し、これが冒用された旨の原審の認定について、取引関係が印章を他人に預託する場合には、少なくとも主観的にはその使用目的を意識した上でされることが経験則上取引の通例であるとして、さらに交付の理由を探求することなく押印の真正を否定した原審には、審理不尽の違法があるとした事例。 
○ウ 文書の内容や外形、作成されていること自体等が不自然不合理である場合等 
上記のいずれの類型にも属さない場合でも、文書の内容自体が不合理であったり、その外形が不自然、その存在が客観的状況と整合しない、挙証者の対応(書証の提出時期等)の不自然さが認められる場合には、押印の真正の推定が覆ることがある。
具体的には、
①文書の内容が不当に名義人に不利である等不合理であること、②その当時の状況に照らし、名義人がそのような文書を作成することが不自然不合理であること、③文書の記載内容からみて作成日付が不自然であること、④文書の体裁(用紙、記載の体裁、印影の位置、内容と使用された印章の不釣り合い等)の不自然さ、④貼付されている印紙の発行年度との齟齬等偽造を疑わせるような事実(客観的事実との齟齬)、⑤訴訟における当該文書の提出時期等の挙証者の態度、⑥関係者の供述の信用性等様々な要素が挙げられる。
最高裁H5.7.20:
妻の借入債務の連帯保証人欄に夫の印章が押捺されているものの、夫は当時出稼ぎで自宅を離れているのが常態であったという事情がある場合、契約書作成当時に夫が在宅中であったか、何らかの事情で妻に押印を指示したか否かの点について審理せず、夫の印章による印影の顕出の一事のみで契約書の成立の真正を推定することは、審理不尽の違法がある。 
最高裁昭和45.10.30:
金銭消費貸借証書が控訴審に至って初めて提出され、それ以前は証書の存在に言及されておらず、かえって挙証者において口頭の契約であったと述べていたこと等にかんがみると、上記借用証書の真否を疑うべき事情が存在するとして、これらの点について反証の機会を与えなかった原審に審理不尽の違法があるとした事例。
①金銭借用証書は、控訴審で初めて提出されたものであり、Yはその成立を否認していること(Yはその成立を否認していること(Yは筆跡鑑定を申し出たが、原審はこれを採用せず、弁論終結後にYが同証書上のY名義の署名がYの筆跡と異なる旨の鑑定書を添付した弁論再開の申立ても容れなかった)、②借用証書提出以前には、Xは同証書の存在に言及しておらず、かえって、上記契約を口頭契約と主張・陳述してたこと、③借用証書の作成日付当時には、同証書記載の債権額は未だ確定されるはずがなく、上記契約を口頭契約と主張・陳述していたこと、③借用証書の作成日付当時には、同証書記載の債権額は未だ確定していないこと、④本借用証書が存在するにもかかわらず、停止条件付代物弁済契約に関する契約書は作成されていないこと等の事情は、本件契約の成立の認定に当たり考慮されなければならない。
このような重要な書証について、その提出の経緯及びその他の証拠との対比からその真否を疑うべき事情が存するのであるから、原審としては、その成立を争うYにも反証提出の機会を与え、審理を尽くして右の疑問点を解明したう上で、その成立を判断すべきであったというべきである。
  ◎(4) 「本人の署名」(二段目の推定の前提事実)に対する反証(p126)
最高裁昭和37.5.24:
(遺言書の真否の判断に関し)遺言証書を封入していた封筒の紛失の経緯や、証書の記載内容自体の不自然さを指摘した上、原判断は印影の同一についても判断していないとして、偽造とは言えないとした原判断を破棄した事例
事案:
Xが、Yに対し、Yが両名の父である被相続人の遺言状である旨主張する証書について、被相続人の意思に基づかない無効のものであるとして、無効確認を求めた事例
5名の鑑定人による鑑定結果は、偽造2対自筆3に分かれ、原審は、偽造とは言えないとした。
①Yにとって上記証書と封筒は重要な遺言書であるから、これを珍重して保存してしかるべきbutYはこの封筒を捨ててしまった⇒他に納得するに足る証明のない限り、容易に首肯し難い
②上記証書等を7年間に渡り保管していた従兄弟としては、Yが40歳に達したときには早々にYに手交してしかるべきbutたまたま2か月後にYが金借のために訪れるまで放置⇒容易に納得し難い
③被相続人はYが四男か五男かを間違うはずないのに誤って記載されている⇒理解に苦しむ

本件証書が真に被相続人の自筆によるか大いに疑問。
ポイントなる事実
① 証書内容の不自然さ(客観的事実と記載内容の不一致、当時の状況からみてそのようなことを書くとは思えないこと)
② 証書発見の経緯の不自然さ(関連供述の首尾一貫の欠如)
  ◎(5) 二段目の推定を破る特段の事情の立証(p128)
○ア 本人等の意思に基づいて署名・押印がされたこと自体は前提とした上で、二段目の推定(文書全体の成立の真正)を破る特段の事情として主張される典型的なもの:
① 本人等が白紙に署名・押印したところ、他人がこれを悪用して文書を完成させた
② 文書作成後の変造・改ざん:
本人等が、一定の内容(本文)の記載を他人に委託した上で、署名・押印したにもかかわらず、その他人が委託された事項以外の事項を記入して文書として完成されたことや、本人等が署名・押印して完成させた文書の記載が、他人によって後日勝手に改ざんされたこと等 
○イ これらの事実を推定事実(文書全体の成立の真正)に合理的な疑いを生ぜしめる程度に証明⇒基礎となる経験則が働かず、推定は破れる。 
最高裁昭和35.6.2:
委任状の交付の経緯や同一機会に交付されたとされる印鑑証明書の日付等に不自然な事情が認められるなどとして、当該委任状についての偽造の主張(署名押印以外白紙の状態で別途の目的で交付され、後で勝手に補充されたものである)を排斥した原判断を破棄した事例
①・・・Yは、同公証人役場で連帯保証を確約したわけであるから、特に委任状を作成交付する必要はないはずであるbutなぜこれを作成交付するに至ったのか。なぜ作成日付と一致しない印鑑証明書の添付などまでしたのか、またこの印鑑証明書の日付と別件契約書の日付はなぜ一致するのか、その間の事情は明瞭を欠くにもかかわらず、原判決は全くこれを言及していない。
②Yが白紙委任状を交付したとする第三者は、証人として、第一審では「上記印鑑証明書は委任状を受領する以前に建てた家を売るについて委任するということでYから受領したものである」旨供述しているにもかかわらず、原審では、「委任状及び印鑑証明書は、本件貸付の際に、Yが持参してきたものである」旨正反対の供述をしている。
⇒両証書の作成交付の事情はますます明瞭を欠く。
③委任状の文面が、一体何を意味するのか必ずしも明瞭と言い難い。

これらの点について首肯するに足る事情の解明がない以上、原判決のように委任状が偽造でないものとはたやすく認定できない。
ポイントとなる事実:
① 書証の交付経緯等に不自然な点がある(客観的事実との齟齬)
② 交付経緯に係る証言の変遷
○ウ 
(a)本文の記載は、署名者又は押印者によるものではない
(b)署名、押印の際に本文に目を通さなかった
(c)本文は後日第三者によって記載されたものである
という弁解が訴訟実務でされることがあるが、かかる事実の主張・立証があるだけでは、上記推定は破られない。

本推定が、「人は文書にみだりに自分の判を押さないものである。印章を人に託する場合にも、その用途を限定して信頼のおける人に託するのが通常である。日本人にはこのように印章を大切にする習慣がある。この習慣に照らして考えれば、文書に本人印章が押捺されている以上、押印の際に本文に目を通さなかったという弁解は容易に通らないし、本文の記載自体を本人が自らしていないと言って、また、これが後日第三者によってなされたからとして、そのことのみで、その内容が本人の意思に基づかないとういこともできない」という、経験則に基づく推測の上に立つもの。
特に、作成者が当該文書に署名押印しているにもかかわらず、その一部分の記載を争う場合については、当該部分のみの真正を安易に否定してはならないのであってこれを争う側において、当該部分の記載が自分の知らない間に第三者によって記載されたとの事実を窺わせるかなり強力な証拠を提出しない限りは、書証全体の成立を一応認めるのが経験則に合致する
文書の外形上、挿入、訂正、削除等が加えられたことが明らかである場合には、訂正箇所に別途押印等があれば別論、該当部分について推定が破られる場合が多い。
外形上訂正等が加えられた痕跡等がない場合は、挿入されたとする箇所が署名時には空欄であったのか、空欄だったとしても、本人の意思に基づいて補充されたものではないのか(補充者に補充権はなかったのか)等を検討。
but
文書の一体性の観点からすれば、当該部分のみについて偽造(変造)と認定するには、これを窺わせるかなり強力な証拠が必要。
契約書等に、後日の訂正、加筆等を予定していわゆる捨印が押される場合:

捨印を押捺する者の意思は、あくまで軽微な訂正や他の記載から当然に明らかであるような加筆を承諾する趣旨

これを超えて、合意内容を実質的に変更したり、新たな合意をしたりすることについては承諾は及ばない(このような内容の加除訂正については、訂正印がある場合と同視することはできない)といえる。
本文に目を通さなかったというような事情は、文書の真正に関する条件となるものではなく、当該文書の記載された意思表示の効力ないしその記載の実質的証拠力に影響するにすぎない。
処分証書の形式的証拠力の問題は、実は、実体法上抗弁と表裏一体であることは実務上まま見られる。~文書の形式的証拠力は実質的な問題。
最高裁昭和38.7.30:
汽車の時間に迫られて急いでいたという事情があったとしても、契約書を一読して記載内容全部を了解できなかったとは考えられず、これに署名押印した者が同書面の但書記載部分を十分了解しないでこれに署名押印した旨の判断は経験則に違反するとされた事例。 
汽車の時間に迫られて急いでいたという事情があったとしても、契約書を一読して記載内容全部を了解できなかったとは到底考えられない。
Yが同書面の但書記載部分を十分了解しないでこれに署名捺印した旨の原審判断は経験則に違反する。
最高裁昭和53.10.6:
債務者の捨印のある金銭消費貸借契約に、債権者が後日遅延損害金の利率(年3割)を補充した場合に、遅延損害金の利率についての合意の成立が否定された事例。 
債務者の捨印がある限り債権者においていかなる条項をも記入できるというものではなく、その記入を債権者に委ねたような特段の事情がない限り、債権者がこれに加入の形式で補充したからといって当然にその補充にかかる条項について当事者間に合意が成立したとみることはできない。
  ◎(6) まとめ~文書の成立の真正・二段の推定の認定全般について(p135) 
二段の推定が実務上果たしている役割は大きい。 
「形式的証拠力」の判断は極めて実質的かつ総合的な判断。
but
本人名義の印章が押捺されていれば、それだけで成立の真正を認定して(若しくはその心証を得て)しまい、特段の事情について実質的な審理判断が尽くされない、形式的な認定に流されがちな危うさが指摘。
最高裁昭和39.5.12:
本推定は、「人は文書にみだりに自分の判を押さないものである。印章を人に託する場合にも、その用途を限定して信頼のおける人に託するのが通常である。日本人にはこのように印章を大切にする習慣がある。この習慣に照らして考えれば、文書に本人の印章が押捺されている以上、本人自身が押印したか、人に印章を託して押捺させたかしたものであろう」という経験則に基づく推測の上に立つものである。
しかし、この推測は、余りに蓋然性の高いものではない。
印章盗用の事例は、我々の周囲にあまりにも多く見聞きする。眼前の事件が、この印章盗用のケースでないという保証は全くない。否むしろ、相手方が文書の成立を争うゆえに訴訟になっていること自体からして、印章盗用のケースではないかとの疑いさえ生ぜしめるほどである。印章が他人によって他の目的で占有されていた事実、あるいは、他人によって容易に本人の意思に反する使用がなされ得る状態にあった事実が明らかになっただけでも、前記の推定はもう御破算になり、文書への印章の押捺がはたして名義人自身の手によって、あるいはその意思に基づいた第三者の手によって押捺されたものであるかどうかを考え直さなければならないのである。

・・・この判例にいう印影の推定に関する経験則は、一般に受け取られているほど強力なものではない。
書証の形式的証拠力の判断においては、印章の支配に直結した事情の検討に加え、関係者の人間関係や利害関係、従前の経過等に照らした文書の合理性、さらには事後の関係者の言動等の検討が重要。
事案の本質に即し、より広い視野に立った実質的、総合的判断が極めて重要。 
●7 文書の成立の真正の認定(その3)~文書の成立についての相手方の認否及び自白の拘束力     ●7 文書の成立の真正の認定(その3)~文書の成立についての相手方の認否及び自白の拘束力

  ◎(1)文書の成立についての相手方の認否
○認否の方法 
①成立を認める、②否認する、③知らない(不知)
民訴規則 第145条(文書の成立を否認する場合における理由の明示)
文書の成立を否認するときは、その理由を明らかにしなければならない
「当該文書は○○が偽造した」「○○が××の実印を冒用して偽造した」
文書の成立関する推定規定や二段の推定との関係で、作成者の署名、押印についても明確にしておく必要。
甲○号証の成立は否認する。○○名下の印影が、○○の印章によるものであることは認めるが、盗用されたものである。
文書を書証として提出する場合は、原本、正本又は認証ある謄本でする(規則143①)。
民訴規則 第143条(文書の提出等の方法)
文書の提出又は送付は、原本、正本又は認証のある謄本でしなければならない。
2 裁判所は、前項の規定にかかわらず、原本の提出を命じ、又は送付をさせることができる。
but
原本の存在と成立に争いがなく、相手方において単なる写しをもって原本の代用とすることに異議がない場合は、原本に代えて写しを提出することができる(判例)。

あくまで証拠調べの対象は原本⇒この点について認否。
「原本の存在及びその成立を認める」
写しそのものを原本(手続上の原本)として提出する場合。

  ◎(2)文書の成立についての自白の拘束力
○文書の成立について自白が問題となる場合 
文書の成立の申請について、相手方が争うわない⇒積極的に立証する必要はない。
(補助事実に関する自白)
主要事実に対する自白~弁論主義により、裁判所と当事者双方に拘束力がある。
(裁判所は同自白を前提として判断しなければならず、自白した当事者は、相手方が自白の撤回に同意した場合や、自白が相手方又は第三者による刑事上罰すべき行為によって行われた場合、あるいは自白が事実に反し、錯誤によるものである場合のほか、自白を撤回できない)
but
間接事実や補助事実に対する自白については、判例上そのような拘束力は認められていない。
○裁判所に対する拘束力 
判例は、裁判所に対する自白の拘束力を否定。

①自白の拘束力は弁論主義に由来するものであるとすれば、その対象は主要事実に限られると解すべき。
②補助事実に対する自白の拘束力を認めると、裁判所の事由心証を妨げる。
③形式的証拠力のない文書について実質的証拠力の判断をすることは無意味。
○当事者に対する拘束力
A:肯定
←自白した当事者の自己責任と禁反言の見地。
B:否定
←自白の撤回が許されないとしても、当事者は事実上自白した事実について真偽不明の状態に持ち込めば、撤回を許したのと同様の結果を得られる
■第5 書証の実質的証拠力   ■第5 書証の実質的証拠力
  ●1書証の実質的証拠力の概念 
文書の実質的証拠力:
文書の記載内容が裁判官の心証形成の資料となり、立証命題である事実の存否について裁判官の判断に作用して影響を与え得る力
●2書証に関する実質的証拠力判断の在り方     ●2書証に関する実質的証拠力判断の在り方

  ◎(1)書証一般について 
 文書の実質的証拠力の存否ないし程度
~要証事実とこれを証する文書をめぐる裁判所の自由心証によって決定される(民訴法247条)。
書証の原本自体がその書証の実質的証拠力を判断するための情報の宝庫であって、原本の閲読・確認をすることによって、当該書証の実質的証拠力を判断する重要な情報が取得できる場合が多い。
しかも、客観的な情報が取得できる場合が多い。
  ◎(2)処分証書についての実質的証拠力の判断について 
○ア処分証書についての基本的な考え方 
処分証書の書証の成立が認定⇒他に特段の事情がない限り、作成者によって記載通りの行為がなされたものと認めるべきことになる。
but
「特段の事情」が認められないかとの視点からの検討が必要。
特段の事情の存否に関する吟味を十分にしないで、安易に処分証書の形式的証拠力を確定し、その記載内容ともって作成者の思想(法律行為)であることが明らかにされたとして、作成者がかかる法律行為をしたことが直接証明されたと判断することは厳に慎まなければならない。
当該書証において文字という形態をとって表されている法律行為に対して、いかなる事実上ないし法律上の評価を与えるかという「解釈の問題」は残る。

証人の証言等をいかに解釈するかという問題と同様の問題であり、(真正な)文書の記載内容を、その記載文字を介して、どのように解すべきかという問題。
法律行為の場所・日時、文書の作成者の行為能力や代理人として表示された人物の代理権の問題、相手方に到達したかどうか、その時期等は、他の証拠方法との関連の下に裁判官の自由心証によって確定されるべき問題。
当該処分証書の中に場所ないし日時の記載が存在する場合でも、これらの点の記載に関する限りでは、当該文書は報告文書たる性質を有するものと見るべき。
⇒その形式的証拠力が確定されただけでは不十分であり、その記載内容の真実性の検討の段階が必要。
○イ事実認定上の留意点 
処分証書が存在する場合は、その成立が認められれば、特段の事情がない限り、一応その記載通りの事実を認めるべきであり、当該書証を排斥するに足りる特段の事情を示すことなく、記載内容と抵触する事実を認定することは許されない。 
最高裁昭和45.11.26:
売買契約公正証書があるのに、別異に解すべき特段の事情なく売買の成立を否定したことが違法とされた事例。

「原判決は、十分首肯するに足る理由を示すことなく、売買予約の成立を否定したもので、経験則に反する違法がある」
(原審は、両当事者間では、21万6300円の金銭消費貸借契約及びその貸金債務を担保するための抵当権設定契約がされたにすぎない⇒Xの請求を認容)
最高裁昭和42.12.21:
「協定書」「契約書」と題する書面に、具体性を欠くとはいえ補償条項の記載があり、書面締結の経緯等からみれば、両当事者間の紛争をすべて解決するために一方当事者が行うべきことを明らかにしたものと考えられる場合には、特段の事情を示すことなく、同記載の法的拘束力を否定することはできないとされた事例。

(原審は、「協定書」の作成に当たっては、灌漑用水の件が中心として議論されたにすぎず、漁業及び流木の補償に関する記載は、いずれも具体性を欠き、単にY会社のとるべき基本方針を指したものにすぎない⇒Y会社はこれらの書面の作成にもかかわらず、何ら契約上の責めを負わないとしてXの請求を棄却。)
最高裁H14.6.13:
関係者の供述のみに基づいて契約書等の記載に反する認定をしたことが違法であるとされた事例

・・・Bの供述のみ基づき、本件保証書及び本件保証委託契約書の記載に反し、保証の範囲を3億円であると認定することは経験則ないし採証法則違反の違法がある。
(原審は、Bの供述のみに基づき、本件保証書及び本件保証委託契約書の記載(7億円と記載されている)に反し、Aは本件求償債務のうち3億円につき連帯保証したものであると認定し、Xの請求を一部認容した。)
処分証書の内容たる法律行為の内容が、同証書に記載されるのが通常と考えられる場合(契約書の記載が極めて詳細で、疑義を残さないような形式をとっている場合、契約当事者の一方が、大会社や銀行、官庁である場合等)には、これに記載のない事項は、特段の事情がない限り、法律行為の内容となっていないものと認めるべき。
最高裁昭和47.3.2:
売買契約書に記載されていない特約を認めたことが、違法とされた事例。
売買の目的たる土地の利用方法に関する特約は、契約の当事者にとっては極めて重要な事項であるから前記法令の規定に基づき当事者間に契約書が作成された以上、このような特約の趣旨は、その契約書の中に記載されるのが通常の自体であって、これに記載されていなければ、特段の事情のない限り、そのような特約は存在しなかったものと認めるのが、経験則。原審が認定したような事情のみでは、右特段の事情があるとはいえず、その認定判断には、契約の成否及び解釈に関する経験則の適用に誤りがあり、ひいては審理不尽、理由不備の違法がある。
処分証書であろうと、争点に直接関係ないと考えられる書証について具体的理由を判示せずこれを排斥しても違法とはならない。
  ◎(3)報告文書についての実質的証拠力の判断について 
○ア報告文書についての基本的な考え方 
形式的証拠力が認められれば、特段の事情のない限り、実質的証拠力を有することにあんる処分証書と異なり、形式的証拠力が認められても、実質的証拠力があるとは限らない。
⇒文書記載の事実が真実であるかどうかの判断は慎重にしなければならない。
報告文書
~文書の成立が認められると、作成者が、一定の事項について、作成時点において、一定の認識や意見、判断を有していたことが確定する。
各報告文書の実質的証拠力の強弱は、当該文書が、いつの時点で、誰によって、どのような状況で策絵師されたかということと密接な関係。
紛争発生前に作成された文書>紛争発生後に作成された文書
訴訟に利害関係のない者が作成した文書>利害関係者による文書
○イ事実認定上の留意点 
裁判所は、報告文書に実質的証拠力がないとしてこれを排斥する場合に、必ずしも逐一その理由を判示する必要はない。
but
報告文書の中でも定型的に実質的証拠力の高い書証については、処分証書の場合と同様、書証の成立が認められれば、他に特段の事情がない限り、虚偽の内容が記載されることは極めて少ない。
⇒その記載どおりの行為がなされたものと認めるべき。
  ◎(4)
類型的に実質的証拠力が高い報告文書:
・公務員作成による文書の一部(ex.公証人による確定日付のある文書、公務員によって作成された正本・謄本の証明部分等)
・私文書でも当該行為のあった当時に作成された領収書、受領書、納品書、カルテ、家計簿又は商業帳簿等のうちその記載行為が習慣化されていることがうかがわれるもの。
・紛争の生じていない段階において相手方又は利害関係のない第三者を名宛人として策絵師された文書
・挙証者に不利益な事実の報告を内容とするとき


請求書
○ア請求書 
請求したという事実については強い証明力を持つと認められるが、そこに記載されている売買、賃借の存否については、作成者がその一方的な主張を記載したにすぎない
⇒通常強い証明力をもつとは認められない。


領収証、受領証
○イ領収証、受領証 
最高裁昭和46.3.30:
領収書の内容及び体裁に照らし、係争債務の弁済の領収書とみることに疑念があり、別途の貸金についての弁済であることの主張もにわかに排斥し難いとして、特段の説明なしに係争債務についての弁済を認めた判断が違法とされた事例。

・・・以上のような各書証の記載・態様等の特異性等からすると、上記2通の領収書に記載の弁済は、本件係争債務以外の債務に弁済されたとのYの主張もにわかに排斥し難いものがあるから、このように強い疑念のある書証を本件係争債務の弁済の事実を認定する資料に供するについては、特段の説明を要する。
この説明なしに、右弁済を認めたことには、採証法則違背または審理不尽、理由不備等の違法がある。
原本の所持者を確認することが重要。
(原本を所持すべき者が所持していないことが重要な間接事実になることが多い。)
領収証等のないことを理由に弁済の事実を認めないとすることは短絡的。
最高裁昭和41.12.2:
金銭領収期日前に作成された領収証を特段の事情の説示なくして右金銭領収の事実の証拠としたことが理由不備に当たるとされた事例。

金銭領収証書は、金銭が支払われた際に作成されるのを通例とする。
⇒昭和36年12月31日に支払われた金銭の領収書がなぜその半年以前である昭和36年6月までの間に既にその金額と宛名が記載されていたか、その間の事情を明らかにしなければにわかに同書証をもって上記弁済事実認定の証拠に供しえないものといわなければならない。
最高裁昭和40.2.5:
売買の成立を認めたのが領収証の記載に照らし違法とされた事例。
甲乙間の売買契約の成立を推認される書証(乙を名宛人とする甲名義の売買代金領収証)を、乙が甲の代理人として丙と売買契約を締結した旨の事実認定の資料に供した判決は、該書証の意味を別異に解すべき特段の事情がない限り、採証法則に違背するとした事例。

上記領収証の日付(原審認定の売買契約成立日より前の日付であること)及び同領収証に「売買代金の内金」と付記されていることからすれば、別異に解すべき特段の事情が認められない限り、Yは上記領収証の日付当時には既に本件土地を売却しており、上記領収証は、その代金の内入金の弁済について作成されたものと認めるのが自然。

原審がXがAの代理人としてYとの間に本件土地の売買契約を締結した旨認定するにあたり、その記載及び体裁上上記認定と相容れない上記各領収証を上記認定に照応すうr証拠として挙示しているのは、書証の通常有する意味内容に反して、これを事実認定の資料に供した違法がある(破棄差戻し)。
最高裁昭和43.3.1:
売買代金の受領証については、「売買完了」なる記載を含む書証を排斥して、売買代金減額の合意がなかったと認定するにつき、審理不尽、理由不備の違法があるとされた事例。


帳簿等 
○ウ帳簿等 
その記載行為が習慣化されていることがうかがわれるものについては、信用性は高い。
⇒そのような帳簿が提出されている場合には、これを排斥するには相当の理由が必要。
最高裁昭和32.10.31:
原審が係争土地が原告の所有であることをうかがわせる念書や金銭出納を記入した帳簿を格別の理由も示さずに排斥したのに対し、これらの書証はその記載及び体裁から、特段の事情のない限り、その記載どおりの事実を認めるべきであって、かかる場合に何らの首肯するに足る理由を示すことなくその書証を排斥するのは、理由不備の違法を免れないとされた事例。

書証の記載及びその体裁から、特段の事情のない限り、その記載どおりの事実を認めるべきである場合に、なんら首肯するに足る理由を示すことなくその書証を排斥するのは、理由不備の違法がある(破棄差戻し)。


登記簿等
○エ登記簿等 
登記簿の記載にはその付随的な効力として「推定力」があると解されている。
登記の推定力:
登記簿に記載があれば、その登記簿に表示されている権利又は事実関係が存在するものと推定させる効力。
登記の推定力は権利に関する登記及び表示に関する登記の双方に与えられる。
権利に関する登記について:
a:登記手続が適法になされたことの推定
b:権利の帰属の推定

登記簿上の所有名義人は、その前者以外の第三者との関係においては、実体上の所有権者であると推定。
×①法律上の権利推定
vs.登記簿の記載に従った推定を覆すためには、他方当事者が権利を取得するいかなる原因事実もないということを証明する必要があり、いわゆる悪魔の推定となる。
○②事実上の権利推定(判例)

登記簿上の現所有名義人が前所有名義人から不動産所有権を取得したと主張する場合、現所有名義人は前所有名義人に対する関係では登記の推定力を援用できない。

c:登記原因事実の推定
判例は、所有権移転登記の登記原因とされた売買契約は、反証がない限り真実に行われたものと推定すべきものと判示。
表示に関する登記について:
判例は登記に推定力があることを認める。
「登記はその記載事項につき事実上の推定力を有するから、登記事項は反証のない限りで真実であると推定すべきである。」(最高裁昭和46.6.29)
仮登記の推定力:
仮登記手続が適法にされたことは推定されるが、登記原因や権利に関してい推定力はない。

仮登記の実態から見て、仮登記に表示された物権につき、仮登記権利者が将来本登記を請求しうる何らかの権利を有することを推定させる程度のものであって、仮登記に表示された実体上の権利(物権、物権移転請求権又は始期・条件付物権移転)は、当該仮登記の存在のみによってこれを推定するに由ない。
家屋台帳、土地台帳:
家屋台帳や土地台帳の記載も登記簿に準じて考えるべき。

最高裁昭和33.6.14:
「家屋台帳の記載上所有者が控訴人となっている以上、反証なき限り、その記載が真実であると推定すべきもの」であるとする。
○オ公図(旧土地台帳附属地図)
公図:
旧土地台帳法施行細則2条の規定により、登記所が旧土地台帳の附属地図として保管してきたものを砂嘴、登記簿と台帳との一元化の作業完了前に備え付けられていたものの総称。
土地の境界が形成された際に作成された地図が今日に引き継がれているものであって、土地の所有権確認や境界確定訴訟においては最も多く提出されている書証の一つ。
特に境界確定の訴えにおいては、その本質を明治初年に設定された地番と地番の境界を現地においてどこに存在するかを発見あるいは設定することにあるとすれば、直接証拠の1つとして、公図が重視されるべきは当然。
一般に公図は「距離、面積、方位、角度等のような定量的な問題については、それほど信用することができないが、境界が直線であるか曲線であるか、崖になっているか平地になっているかとうい定性的な問題については、かなり利用することができる」と言われている。
境界線が直線であるかどうか、どのような曲線でどの方向化といった地形的なものは比較的正確性を有するが、距離、面積、方位、角度等については信頼性に欠け、とりわけ山林や原野については非常に精度が落ちるといわれている。
公図に照らして係争地が原告の所有であると認定したり、原告と被告の各所有地が相隣接しているとは認められないと認定したことが違法とされた事例。
最高裁H8.9.13:
公図上は各土地の位置関係が現地の位置関係と照応するか極めて疑わしいといわざるを得ないこと、原判決は現地における町道と公図上の道路が一致することを確定していないこと、付近一帯の土地すべての実測面積が登記簿上の免責を大幅に上回る状態にあることは証拠に基づかない認定であることなどに照らすと、原審の上記事実認定には採証法則に違反する違法があり、ひいては理由不備ないし審理不尽の違法がある(破棄差戻し)。
最高裁H9.7.17:
本件係争地域について、各公図は、それに記載された土地の計上等が現地の状況を正しく反映していないだけでなく、土地相互の位置関係についても必ずしも信頼できるものではない。

本件においては、公図によって、係争地付近の字境を知ることはできないだけでなく、土地の形状、隣接関係を確定することも難しいものといわざるを得ないのであるから、公図は一応の参考にはなるものの、これをもって土地の隣接関係を決定することはできず、むしろ、地元の人々の字境についての認識、土地の占有状態、地形地勢等をより重視して字境及び土地の隣接関係を判断すべきことになる。
・・・・
しかるに、原審は、字境、土地の位置関係及び境界についての当事者や関係者の供述を特段の理由を付すことなく採用せず、Xらの主張する土地の位置関係が公図と一致しないことを理由に、Xら所有地とYら所有地の隣接関係を否定したのであって、原審の上記認定判断には採証法則違背の違法があり、ひいては審理不尽、理由不備の違法がある(破棄差戻し)。
○カ議事録
最高裁昭和37.3.1:
書証(農地移動に関するのうち委員会の議事録)の記載及びその体裁から、特段の事情のない限り、その記載どおりの事実を認めるべきである場合に、何ら首肯するに足る理由を示すことなく、その書証を排斥するのは理由不備の違法を免れないとされた事例

上記証明者らは、上記承認決議当時、上記農地委員会の委員長とその書記の地位にあった者であり、同委員会の議事録作成の責任を当然に有していたものと認められるにもかかわらず、Xの依頼を断り切れず内容不明のまま証明してやったにすぎないものであるなどと供述することは到底納得し得るものではない。また、上記議事録には、同一の機会に審議された他の農地の変動についても記載されているにもかかわらず、その変動については上記のような供述はしていないからなおさらである。したがって、上記供述等を勘案すると、上記議事録をもって本件農地の移動は証明されないものと認めるほかないと推認している原審の判断は到底首肯することができず、審理不尽ないし理由不備と言わざるを得ない(破棄差戻し)。
○キ日記・手帳
作成者にとって不利益な事実を内容とする日記帳や手帳、手紙の信用性は高い。
日記や手帳の場合、後日まとめて記載されることもあるから、異なる日の記載が同じ筆記具でかつ同一の調子の筆勢で書かれている場合にはその信用性を慎重に検討する必要がある。
通常人の当用日記のごときは、商業帳簿と異なるから、日記に記載のある部分以外は借入金が存在しないものと即断することはできないとされた判例(大判昭和18.8.31)。
○ク陳述書
反対尋問を経る前の陳述書の証明力は、準備書面あるいは当事者の主張と同程度であり、事実認定には弁論の全趣旨と同程度の証明力しかないとするものが実務的な感覚
信用性を吟味する上での留意点:
①作成者について本人尋問・証人尋問が実施⇒尋問の結果を踏まえて、当該陳述書の信用性を吟味。
②本人尋問・証人尋問なし⇒作成者、作成時期・その内容等に照らし慎重に検討判断すべき。

当該尋問がなされなかった理由が、他にその陳述書の信用性を裏付ける証拠があるため、当該陳述書の作成者の尋問を必要としなかった場合や、争点整理手続において、陳述書の記載だけで十分であり、時間をかけて尋問までする必要がないことあg確認された、いわば形式的争点事項にように、当該陳述書の内容につき相手方が積極的な反論や反証の提出意思がなく(反対尋問権の放棄を含む)、相手方がその内容を事実上争わないと認められるような事項については、陳述書により事実認定することを肯定してよい。

本人尋問や証人尋問の実施後に当該被尋問者の陳述書が提出される場合:
主尋問、反対尋問によって崩れた証言の立て直しを目的⇒信用性を認めることは基本的に困難。
せいぜい、明らかな誤解、言い間違い等の限度でその信用性を肯定。

関係者の陳述書も、いわゆる「後出し」の場合にはその信用性は慎重に検討すべき。
○ケ別件訴訟の判決書、尋問調書、準備書面等
別件訴訟における主張が本件訴訟における主張、供述と比べてより作為がないものと考えられる⇒結果として本件訴訟における供述が信用できないと判断されることもある。
尋問調書を書証とした場合、裁判所はこれを排斥する理由を逐一説示する要がない(最高裁昭和38.6.21)。
判決書:
判決がなされたか、どういう内容の判決がなされたかという事実を証明するためには処分証書
判決書の中でなされている事実判断をその事実を証明するために利用する場合には、報告文書。
最高裁昭和25.2.28:
「所論刑事判決において本件6000円の債権が存在するものと認められたからといって民事判決においてそれと反対の事実を認定するのは固より妨げない。原審は右刑事判決で右債権が存在するものと認定したことを認めたけれども、真実該債権が存在するものと認定したことはない。刑事判決で存在するものと認められたということはただその判決をした裁判官がそう思ったというだけのことで、果たして真実に存在したかどうかは別問題である。それ故原審が刑事判決で存在せるものと認定されたことを認めながら、本件において実際には存在しないものと認定したからといって理由に齟齬あるものということは出来ない。」
○コ内容証明郵便 
当事者の主張の側面⇒一般的に実質的証拠力は乏しい。
but
当事者の主張が変遷している事例で、比較的初期の段階で事故に不利な事実を認めている内容を含んだ内容証明郵便は、相手方の主張の根拠となることがある。
ex.
・当事者間で内容証明郵便による主張のやりとりがされていた事案で、被告の比較的初期の内容証明郵便の記載が、訴訟における被告の主張とは異なっていた⇒被告の自己所有の主張が虚偽であることが判明。
・時系列で整理⇒未だ証拠として提出されていない手紙があるうことが判明⇒提出されたところ、その当事者の主張と異なるニュアンスの内容の記載⇒信用できない。
■  ■第6 書証を検討する際の実務的な留意点
    ●1 原本の確認 
  ◎(1)原本確認の重要性 
原本の閲覧による書証の取調べは、最も基本的なこととして強調されても強調されすぎることはない。
原本を所持しているべき者がこれを所持していない場合には、それ自体が事実認定をする場合に重要な間接事実になることがある。
  ◎(2)具体例 
○裁判所に提出された写しと原本の内容が異なる事例 
領収書の原本を確認したところ、原本には「原本持参」の記載がなかった事例。
○書証の折り目 
小さく折りたたんだ紙片に署名したと主張⇒原本を確認したところ「折り目」なし
手紙が送付されてきたと主張⇒折り目にそって手紙を折ると封筒に入らなかった。
○汚れ、古さ、変色の有無等 
砂消しゴム等で削ったあと
和紙に変色なし⇒主張されていた昭和初期のものではない
昭和50年代の契約書との主張⇒最近特注されたものであることが判明
ホッチキスの錆⇒相当古い文書であることが推認できた
○編綴状況 
他の証拠関係から見ても、バインダー方式の帳簿が後日に作成されたとしか考えられない事例
○朱肉・インクの状況 
各署名欄の印影の朱肉の色合いが異なる⇒保証人作成部分の真正が否定
インクの色(濃さ)が微妙に異なる。
○地図彩色の状況 
絵具の部分と色鉛筆の部分
    ●2 書証自体の物理的側面からの検討 
○筆記用具(パソコン・ワープロの文字の品位(印字文字の質のよしあし)を含む。) 
パソコン・ワープロの文字の品位が、主張当時のものとしては高く、不自然とされた事例
本来の原告が作成したとする他の見積書と対比すると、活字のフォントの大きさや特徴が微妙に異なり、同一のパソコンで作成したものではなく、偽造されたと考えられる。
筆記用具の違い⇒作成時期を異にする文書であることが判明
○用紙 
同一の便せん用紙を用いたという主張but罫線間の幅が異なり、当事者も偽造を認めた。
○記載位置
記載の文字間隔が詰められ、横にずれている⇒後から追加した疑い
紙の真ん中あたりに署名されている書証、署名の位置もばらつき⇒白紙に署名されたものと認定
書き始めが欄外⇒記載の信用性なし
カルテの所見欄を大きく超えて処方欄にまたがり記載。大きい字で重大な意味をもつ不自然な記載⇒後日記載と判断。
○筆跡の特徴 
連帯保証約定書の署名を否認⇒委任状の署名が酷似⇒認めた
重ね合わせると別の書類の被告の筆跡と完全に重なる被告の筆跡が記載
⇒偽造
○書式 
数年来に亘る私製領収書がすべて同じ書式で同じ印影⇒不自然
同じ汚れ~書式となる用紙をコピーしたときにコピー機のガラス面についていた汚れ⇒ねつ造発覚
他の契約当事者の欄には署名欄の下に点線が、押印欄の「○」のなかに「印」の字が印刷。but問題当事者の欄にはこれがない
⇒問題の契約当事者が署名押印した別の文書から、署名押印部分を切り貼りしてコピーを取ったものであることが判明。
○その他 
コピーされた本文に被告が自筆で署名した文書(念書)が提出。
被告がこの文書は、白紙に署名したところ、その上に本文部分がコピーされたと主張
but文章の一部において、コピー部分と署名部分が重なっており、鑑定すると、自署のインクの上にコピーのトナーがのっているとされ、その文書の成立を否定。
●      ●3 書証の作成時期等からの検討
◎       ◎(1)作成当時そのような記載をすることが不可能ないし著しく困難であることから、後日の作成であることが判明した事例は枚挙にいとまがない。
○印紙・切手の発行時期 
印紙、切手等の発行時期等(印紙や切手については、その発行金があり、法律改正で貼付すべき金額も時期によって異なる。)⇒貼付された文書の真正の有無の判断材料に
昭和の日付の契約書に平成になって発行された印紙が貼付⇒作成年度の虚偽が判明
金銭消費貸借契約書に貼付された印紙の額が当該契約書の作成されたとされる日時と貸付金額に対応する印紙税法所定の金額ではない⇒契約書偽造が判明
○領収証等 
領収証の製造番号から、製造会社に調査嘱託⇒発行時期が判明
メモ用紙の隅に当該文書の印刷年度が記載されていて、それが文書作成年度と一致しない
便せんに製造会社の品番等の番号が付記⇒発行年月日を照会⇒作成日には発売されていない
○元号 
昭和63年12月中に作成されたという文書の末尾に、「平成 年 月 日」との記載
○郵便番号 
郵便番号の桁数が増える前の文書であるのに、現在と同じ桁数の記載があった
○消費税
当該領収証に添付された収入印紙が、当時はまだ発行されていなかったもの。
消費税額の割合が当時は3%の時代であるはずなのに5%とされていた。
⇒訴訟になって作成された偽造文書であることが判明。
○市町村の合併による名称・住居表示の変更 
住居表示の変更前の時期に作成されたはずの書面の住居表示が変更後の表示となっていた⇒後日作成の偽造文書
(金融機関の合併による商号・本支店の名称・その所在地の記載内容も同様)
○代表者名
会社の記名印にある代表者名が、書面上の契約締結日以降に就任した代表者の氏名⇒契約締結日を実際よりも前にずらして記載
○後から作成された文書を引き写したことが明らかになった事例 
第三者異議訴訟の原告が提出した動産の売買契約書の目録が執行官が作成した差押物件の目録と一字一句違わなかった⇒差押調書を見て後日作成されたことが明らか
◎    ◎(2)作成者といわれている者が作成すれば、そういうことはあり得ないといいうる事態
中国人が作成したとされる書証中のその中国人の筆名の漢字について、よく似ている字であるが、全く意味の異なる漢字であることが判明⇒偽造と認定
    ●4 書証の内容を吟味する視点 
◎    ◎(1) 外形的検討 
文書の原本の偽造(改ざん)の有無の吟味は、まず、外形的・物理的な不自然さの検討から入る
改ざんの疑いのある部分の言葉や文体が他の部分のそれと比較して異なっていないかも含め、あらゆる視点から書証を検討
原本の確認は必須
  ◎(2) 内容的検討 
○当該書証の内容が客観的事実や当事者間に争いがない事実と符合しており矛盾しないか
○内容自体に不自然な点が含まれていないか
○虚偽文書が作成される誘因はないか
△文書作成者の状況
・文書作成者が生理的、心理的状況に十分な注意力を有している状況であったか
記憶に誤りがないか、思い違いがないか、記憶に脱漏がないか、感情的要素も働いて、誇大美化が起こっていないか
・作成者が記憶内容を適切に表現する能力に欠けていないか
文書作成者と訴訟当事者との関係
利害関係
先入観、悪感情
作成者の地位、性格、職業等がその信用性を判断する資料となる
  ◎(3) 書証の提出経緯の検討 
当該書証の提出経緯等に不自然な点はないか(提出された時期が不自然に遷延しているにもかかわらず、そのことに関する合理的な説明がされていないこと等)
争点整理の終盤になって、当事者の主張を裏付けるメモが提出、but紙片に要件だけが簡略に記載されている備忘のための単なるメモで、用が済めば廃棄するのが通常。裁判中発見されたのも不自然。⇒後から作成されたと認定。
★  ★第3節 人証
■第1 はじめに
一連の供述の中に、正確な部分と、虚偽、誇張、不正確な部分とが混じっているのが通常。
供述の信用性の判断は複雑なものになることがしばしば。
  ■第2 証人の証言と当事者本人の供述
証拠としての特質に大きな差異はない。
■      ■第3 供述の信用性判断
●         ●1 人証そのものに着目した場合のポイント 
  ◎(1) 利害関係 
利害関係が供述の信用性に影響を与える可能性があることに留意する。
  ◎(2) 事実認識の正確性
その出来事をきちんと見ることができる状況であったか否か。
ex.近視、暗さ、障害物
◎    ◎(3) 記憶の喪失、変容 
◎    ◎(4) 性格 
「知らない」と言えない
「違う」と言うのが苦手
大雑把な性格
    ●2 供述の仕方に着目した場合のポイント 
◎    ◎(1) 言葉の齟齬
○ア 同音異義語 
○イ  不明瞭な発音
○ウ 方言 
「買った」と「借った」
「はい」と「ない」
○エ 世代や職業等によって意味が異なる言葉 
○オ 抽象度の高い言葉 
ex.「暴言を吐かれた」「脅迫された」
○カ 尋問の意味の誤解 
尋問者が難解な用語を用いて尋問⇒その意味を正しく理解しないまま答える
聞き違い
  ◎(2) 話し方 
断定的な口調
「・・・・と思います」などといった弱い口調

話し方の癖
  ◎(3) 供述態度 
    ●3 供述内容に着目した場合のポイント
◎    ◎(1) 動かし難い事実との整合性 
動かし難い事実を説明できない供述は、原則として信用できない。
⇒信用性判断において極めて重要なポイント。
but
枝葉末節の部分の場合、単なる勘違いであって、他の部分は信用していい場合もある。
  ◎(2) 経験則との符号
供述内容が経験則に符合しない場合、信用性に疑問が生じる。
but
経験則は、ほとんどの場合、例外を伴う。
⇒特別の事情がないといえて、初めて信用性を否定できる。
◎    ◎(3) 推測・評価の混入 
推測・評価を交えて供述している場合がある

尋問の際に、推測・評価の前提となる事実を供述してもらうようにすることが肝要
  ◎(4) 伝聞
Aが「Bが「××」と言っていた」

この供述から認定できるのは「Bが「××」と言っていた」という事実。
⇒「××」という事実を認定できるかどうかは、別途検討を要する。
but
「Bが「××」と言っていた」という事実から「××」という事実を認定できる場合もある
⇒「伝聞供述は信用できない」という単純な判断をすべきではない。
  ◎(5) 一貫性 
供述内容が一貫しているか、それとも変遷・矛盾があるかは、信用性判断において重要なポイント。
but
供述内容が一貫していても、その供述が信用できるとは即断できない。
(事前に十分に練り上げられた虚偽の供述は一貫していることがある。)
人は多少の記憶違いがあって不思議ではない⇒多少の変遷・矛盾があっても、信用性がないとはいえない場合もある。

検討のポイントは、供述の変遷・矛盾がどのような点について存在するのか、「変遷・矛盾があってはおかしい」点に関する変遷・矛盾なのかどうか。
★第4節 鑑定
■第1 証拠調べとしての鑑定の概念
裁判官が事実を認定するには、必ず経験則の助けを借りなければならない。
経験則の中には、裁判官が当然に備えていることを期待できない科学技術上の知識のように高度に専門的な経験則がある。
鑑定:
裁判官の判断能力を補充するために、特別の学識経験を有する第三者から、その専門的知識又はその知識を具体的事実に適用して得た判断を報告させることを目的とする証拠調べ。
その証拠方法が鑑定人。
合理的通常人であれば、誰も疑いを差し挟まないような日常的経験則については公知の事実(民訴法179条)に準じるものとして証明の必要はない(判例)。
■第2 鑑定の対象
鑑定の対象となる事項:
裁判所の知らない法規又は経験則と経験則を具体的事実に適用して得られる事実判断。 
法規や専門的経験則は鑑定の対象となるものではあるが、その証明は一般にいわゆる自由な証明で足りると解されており、当事者が鑑定の申出をしても、裁判所はこれに従う必要はなく、鑑定によるか否かは裁判所の裁量に委ねられている
最高裁昭和27.5.6:
養子が養子縁組の届出当時、痴呆状態であって養子縁組の結果を弁識するだけの能力を有しなかったとの事実について、他の証拠から上記事実が認められる場合には、上記事実を認定するについて必ずしも鑑定を必要としないとされた事例。
法規についての鑑定:
例えば外国法規、古い時代又は特定の社会の慣習又は慣習の存否・解釈等が鑑定の対象となりうる。
●経験則を具体的な事実に適用して得られる事実判断としての鑑定 
○不動産その他の財産権の価格 
ex.
遺留分関係訴訟事件における相続財産の価格算定
離婚における財産分与請求事件の分与対象財産の価格算定
不法行為に基づく損害賠償請求で被侵害財産(不動産、動産)の価格算定等
不動産の価格については不動産鑑定士の資格を有する者が適任。
動産の価格については当該動産の関連業界の有識者が適任。
裁判所は、当事者に対し、不動産の時価調査に関する証拠資料(近隣不動産の取引事例の調査資料、公示価格の調査資料、固定資産税評価証明書等)を提出させ、その時価に関して当事者の主張を一致させる努力を試みることがあるが、実務的にはそれで争いのない事実として争点から外すことは困難
⇒裁判所による鑑定に進むことが多い。
不動産い関連する価格の鑑定としては、他に、借地権価格、借家権価格、借地権譲渡の承諾料、増改築の承諾料等がある。
借地非訟事件として申立てられた場合は、鑑定委員会(借地借家法44条参照)が借地権譲渡の承諾料(同法19条1項、6項参照)、増改築の承諾料(同法17条2項、3項、6項参照)等について鑑定意見を提出することが多い。
○不動産等の相当賃料額 
地代・家賃等の増減額訴訟(借地借家法11条、32条参照)では、係争不動産の地代・家賃等の増減額請求をした時点における継続適正賃料の鑑定が必要となる。
私的鑑定書が提出されることが多いが、実務上私的鑑定の内容で決着がつくことは少なく、多くの事案において継続適正賃料の鑑定が必要。
鑑定人としては不動産鑑定士が適任。
○機械の瑕疵の鑑定 
売掛代金請求事件で売買対象物件である機械等の瑕疵が争点となった事案において、当該機械等の瑕疵の有無を鑑定する事案が典型例。
鑑定人として技術士の資格を有する者が相当であるが、技術士の専門分野は多岐にわたる
⇒鑑定人候補者としての技術士に当該事案及び争点の説明をするなどして、鑑定人としての適格性について慎重に検討すべき。
○筆跡鑑定 
最高裁:
ある行為がなされる際に契約書等の処分証書が作成されていると、その書証の成立が認められれば、特段の事情のない限り、記載どおりの事実があったと認定できる。
書証の体裁や記載内容から見て、特段の事情がない限り、その記載どおりの事実を認めるべき場合に、これを排斥するには、首肯するに足りる理由を示さなければならない。

とりわけ、処分証書については、当該書証が偽造文書かどうかが最も重要な争点になる。
保険契約書や自筆証書遺言について、偽造文書としてその成立が争われた事案で、筆跡鑑定の申出がされた事例は少なくない。
筆跡鑑定:
他人の筆跡に個人差があることに着目して、執筆者が明確な文書との間で、その固定化した特徴(筆跡個性)を比較することにより、筆者の同一性を識別しようとする鑑定方法。
最高裁昭和30.4.6:
「原判決が証拠として挙げている鑑定を検討してみると、これらすべてを綜合すれば、被告人の筆跡と同一であることを認めるに十分であって、記録に存するその他の鑑定をもってしても到底これを覆すことはできない。従って原審の判断は正当であって採証法則の違反はない」
最高裁昭和41.2.21:
「いわゆる伝統的筆跡鑑定方法は、多分に鑑定人の経験と勘に頼るところがあり、ことの性質上、その証明力には自ら限界があるとしても、そのことから直ちに、この鑑定方法が非科学的で、不合理であるということはできないのであって、筆跡鑑定におけるこれまでの経験の集積と、その経験によって裏付けられた判断は、鑑定人の単なる主観にすぎないもの、といえないことはもちろんである。したがって、事実審裁判所の自由心証によって、これを罪証に供すると否とは、その専権に属する事柄である」
判例の立場は、具体的な鑑定の中身について、慎重な検討を加え、個別的に鑑定価値を評価してくもの。
筆跡鑑定自体、筆跡の恒常性・希少性についての限界があるといわざるを得ない⇒以下の各点に留意して慎重にすることが肝要。
①鑑定人は筆跡鑑定について十分な経験と知識を有していたか
②筆跡鑑定は文書の現物によって行われたか、比較対照するに十分なだけの同じ字体の同じ字が両文書に記載されていたか
③鑑定人は何らかの予断をもって鑑定に臨まなかったか
④希少性、常同性などが掛酌されているか、相同性のみならず、相異性についても考慮しているか
⑤個々の筆跡を判断するに当たって、妥当な判断基準が設けられていたか、その基準に従って的確に判断されていたか
⑥判断の過程について説得力のある説明がされており、矛盾はないか
⑦他の状況証拠との整合性はどうか
鑑定の必要性について慎重に判断すべきというのが民事実務の大勢。

筆跡鑑定の「専門性」は自然科学的見地からして必ずしも疑問がないわけではなく、論理的検証が困難ではないかとの認識。
(筆跡は、個人のその日の感情、個人内における個体格差(時間の経過に従って個人の筆跡も変わってくることは多い。)により異なることが多く、筆跡鑑定のみを根拠として判断することには慎重であるべき。)

基本的には、筆跡鑑定の分析内容、判断過程に看過できない誤り(例えば、明らかに異なる人物の筆跡を被対象者の筆跡として鑑定資料としている。このことは、指定鑑定に多い)があるかどうかを判断した上で、その他関係証拠に照らして、同一人物の筆跡かどうかを慎重に判断することが肝要。
筆跡鑑定を採用する場合には、当事者間において成立に争いがない照合文書の原本をできるだけ多数用意する必要がある。
1個の文書の中にある二つの記載の時期の先後が争点となって、それぞれの作成の時期について鑑定を求める事例等では、インク等の違いや用紙の同一性の比較が問題となる
適切な鑑定人を得ることが極めて困難な鑑定領域といえる。
○親子鑑定 
親子関係の鑑定の大部分は父子鑑定であり、子側から父に対する認知請求事件で問題となる。
今日ではDNA鑑定により比較的安価かつ安定的な制度で父子鑑定がなされてる。
○傷害、疾病の原因、症状治療の見通し 
交通事故の被害者が、いわゆるむち打ちになったというような事例は、自覚症状が多彩といわれる反面、他覚症状は乏しい⇒困難な鑑定事例
後遺障害の有無、程度及び労働能力に与える影響が問題となる場合も多い
医師を鑑定人に指定する場合、事案によっては、患者である当事者が入通院していた病院の医師の出身大学のほか、当該大学がいかなる大学の系列に属するかも考慮して、それ以外の大学の関係者から鑑定人を選任することが必要な場合がある。
○境界主張線や土地の測量に関連する鑑定 
土地境界確定訴訟では、同一の実測図面に当事者の主張境界線が示されることが有用。
そのような図面を鑑定により作成することが広く行われている。
ある図面に示されている地点や線を現況に当てはめるとどうなるか等も土地境界画定訴訟に関連する鑑定事例の1つ。
鑑定人には土地家屋調査士が適任。
○当事者の精神状態 
遺言能力、取引能力や離婚原因つぃての精神病罹患の有無。
医師を鑑定人として鑑定を命じる例が多い。
遺言能力の鑑定は、当該鑑定自体が遺言者死亡後のことであることが多く、その判断には困難を伴うことが多い。
○非上場会社の株式の価格 
非上場会社の株式の価格が争われている事案では、株式の適正な価格を算定する必要。
鑑定人には公認会計士の資格を有する者が適任。
●  ●鑑定人の選任について
最高裁判所事務総局がとりまとめた「民事事件鑑定等事例集」や同データベースの活用が図られている。
~事件類型ごとに、鑑定人、鑑定事項、鑑定期間等が整理されており、類似事例から鑑定人を検索するのに便宜。
■第3 鑑定と自由心証
裁判所から鑑定を求められた事項に対する回答としての結論部分が鑑定主文として示され、その結論に到達した判断の過程の説明は鑑定理由として示される。
法律上鑑定意見となるのは鑑定主文のみ。
鑑定の結果を裁判の証拠資料として採用するか否かは、証拠の評価にかかわる事項⇒裁判所の自由心証によって決める(民訴法247条)。 
鑑定意見は専門的知識またはそれに基づく事実判断の報告であるが、これと法的判断は異なる。
科学的評価判断と法的評価判断とはその判断の視点を異にする。
⇒その判断が異なることも大いにありうる。
裁判所は、鑑定の主文を導き出した理由の合理性、当該事件の他の証拠及び認定事実との整合性等を総合勘案し、鑑定内容の採否を自由に判断することができる。
実務上は、当事者からいわゆる私的鑑定が提出されることがある。
私的鑑定書は、専門家が作成するとはいえ、当事者の依頼に基づき、その費用負担のもとに作成される
⇒当事者の意向を踏まえて作成されることが多く、その公正さを担保することが難しい。
私的鑑定人の専門性や中立性が問題となるので、その内容の信用性について慎重に吟味する必要がある。
最高裁昭和35.3.10:
理由の示されていない鑑定を事実認定の資料つぃて採用することの適否について、「鑑定に理由が示されていなくても、採って以て事実認定の資料に供し得ないわけのものではない。」とするが
「(もっとも、所論鑑定人の鑑定および鑑定証人の証言には、所論修理費の評価につき、ある程度の根拠が示されている)」事案についての判断。 
第3章 契約類型による事例分析   
★    ★第1節 はじめに 
■  ■第1 本書における分析対象 
契約書その他の書面がある場合の契約の成否の認定、またはこれらの書面がない場合にいかなる間接事実が認められれば主要事実が推認されるのかという観点から、ある特定の類型について事例分析を試みる。
①保証契約、②売買契約、③消費貸借契約を検討
■      ■第2 契約の成立 
  ●1 契約の成否と意思主義・表示主義
契約は、申込みと承諾という二つの意思表示の合致により成立。
契約の両当事者の意思表示が形式的には合致しているが、その意味内容を異にしているとき、すなわた実質的には意思表示が合致していない場合はどう考えるべきか?
XがYに生糸製造権を譲渡してYがXに代金1万290円を支払う旨の合意をしたが、この代金の中に生糸製造権譲渡に伴い全国蚕糸組合連合会より受けるべき補償金2000円を含むか否かについて、Xは含まないとの意思であったが、Yはこれを含むとの意思。
X・Y間に売買契約が成立したといえるか?
A:大判昭和19.6.28:
「当事者双方に於て互いに解釈を異にし双方相異れる趣旨をもって右文言の意思表示を為したるものにして、両者は契約の要素たるべき点に付合致を欠き従て契約は成立せざりしものと云わざるべかざる」
vs.
①一方当事者の、相手方には全く知り得ないような表示の理解によって契約の成立が妨げられ、相手方の信頼が不当に害されることになる。
②成立した契約の客観的意味内容と当事者の意思が食い違うという事態は生じ得ず、民法95条(錯誤)の本来的適用場面を否定する。

B:契約の成立を認めた上で、錯誤の問題として扱うべき。
A:意思主義:
内心の効果意思と表示意思の両方がなければ、意思表示は成立しない。
B:表示主義
相手方にとって表意者が法的効果の将来を意欲したと取引観念上考えられるような表示があれば、意思表示は成立し、表意者の内心の意思がこれと食い違う場合は錯誤の問題として取り扱う。
検討した裁判例の中には、内心の意思を重視する立場から契約の成立を否定したのではないかとみられるものがある。
①意思主義に立脚か、②相手方が契約の成立を否認する旨の認否をしたにとどまり、抗弁を出さなかったという相手方の訴訟上の対応によるのか不明。
●2 契約プロセス
契約は申込みと承諾という二つの意思表示の合致により成立。
現実には、契約締結に先立ち、長い交渉の過程をたどることも少なくない。
契約の成否を論じるに際しては、この契約プロセス、とりわけ契約成立に至る過程を無視することができない。
契約の成否を問題とする裁判例のほとんどすべてが、契約締結に至る経緯を詳細に認定している。
契約が成立したとされる後の客観的状況の存在や当事者の言動等も、契約成立の成否を検討する際に、重要な事実となる。 
契約の成立に符合する客観的状況があることや契約の成立を前提とした当事者の言動(ex.保証契約の成否が争われる場合の保証人の保証責任を認める旨の言動や消費貸借契約の成否が争われる場合の支払猶予の申入れ等)は、契約の成立を肯定する積極的な間接事実となる。
★第2節 保証契約の成否      ★第2節 保証契約の成否
■     ■第1 はじめに 
規定 民法 第446条(保証人の責任等) 
保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負う。
2 保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない
3 保証契約がその内容を記録した電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)によってされたときは、その保証契約は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。
説明 保証契約:主たる債務の履行を担保する保証債務の成立を目的として、債権者と保証人との間で締結される契約。
民法の一部を改正する法律(平成16年法律代147号)の施行日(平成17年4月1日)以後に締結された保証契約については、要式行為化された。 
■  ■第2 保証契約の特色及び問題の所在
保証契約には、軽率性、未必性、情誼性、無償性といった特色がある。 
債権者が金融機関の場合、大量の案件について迅速な事務処理が求められる

現実には、主債務者を介して徴した保証契約書に保証人となる者の実印が押捺され、かつ印鑑登録証明書が添付されていれば、それ以上に債権者が保証人とされた者に対する保証意思確認を行っていないこともある。
保証契約が締結されることに積極的なのは、債権者から保証人をつけることを求められた主債務者

その主債務者による偽造等の危険性。
保証否認が主張されることも多い。
■第3 保証契約の成立は訴訟においてどのような形で争われるか
保証否認:保証の意思表示をしたことを否認することであり、
①およそ保証の表示行為がないと主張するほか、
②表示行為はあるが意思表示の内容が保証とは言えない場合。
①保証契約書の成立の否認
②保証契約書の内容が保証の趣旨であることを否認すること
③保証契約書の真正な成立は認められるものの保証契約が成立したとは認められない特段の事情があることを主張。
保証契約書が作成されていない場合:
①口頭の意思表示の存在自体を否認
②意思表示の内容が保証の趣旨であることを否認
③黙示による保証の意思表示にあたる言動の存在自体を否認
④その言動が保証の趣旨を示すものであることを否認
■       ■第4 保証の成否に係る認定に際し考慮すべき事実 
  ●はじめに
  口頭の契約の場合:
口頭の契約による場合は、その認定判断は、保証人の保証責任を認める旨の言動を求めるなど、慎重に行われている。
~平成16年の民法改正の趣旨と方向性を同じくするもの。
●    ●当事者間委契約書その他の書面が存する場合 
保証契約に署名押印⇒保証契約は処分証書⇒その真正な成立が認められれば、特段の事情がない限り、保証契約は成立したものと認められる。
保証人欄の印影が当該名義人の印章によって顕出⇒反証のない限り、当該印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと推定⇒民訴法228④により保証契約書全体が保証人の意思に基づいて真正に成立したものと推定(二段の推定)。
but
保証人欄の印影が当該名義人の印章によるものであることは認めるが、同印影は本人の意思に基づいて顕出されたものではないとして、その推定を覆す事情が主張されてその成立が争われる訴訟は少なくない。

その場合、同印影がいかなる事情の下で顕出されたかが問題となる。
保証契約書が真正に作成されているにもかかわらず、保証意思が否定された裁判例。 
保証人とされた者が、当該契約書を保証契約書であるとは全く認識しておらず、その署名押印の経過からっみてもそのような認識を持ちえなかったことに無理からぬ事情があることなどが考慮され、特段の事情が肯定された事例。
主債務者が保証人とされた者に対して保証を依頼する際に、保証が形だけのものであると説明し、現にそう信じたという事案について:
①保証人とされた者が、主債務者会社の現場労務者で、保証する資力も、保証する意思も全くなく保証契約書に署名押印。
②保証契約書の金額欄が空欄であり、保証金額についての説明がなく、後日保証された1億9000万円という金額が友人の債務の保証としては全く想定外の金額であった。

以上、特段の事情に当たるか否かの限界的事例。
債権者と保証人とされる者との間に作成された書面に保証文言が明確に記載されていないこともある。
⇒その趣旨が保証であるか否かを、その文言の内容、書面が作成された経緯等から、検討する必要。 
明確な保証文言がな書面に「引受人」「仲介人」「立会人」「証人」の肩書を付して署名がされることがある。

その肩書の文言の通常使用されている意味が保証の趣旨を含むか否かの検討が必要。 
むしろ「保証人」と表示しなかったことは、主債務者と同様の法的責任を負わないとの意思を表明したとも評価できる。
●当事者間に契約書その他の書面が存しない場合 
意思表示の明示と黙示の区別は、相対的なもの
⇒限界的な事例では、明示の意思表示とみるか、黙示の意思表示とみるか判断に迷う場合がある。
but
明示の意思表示⇒当該意思表示の有無が立証の対象となる主要事実
黙示の意思表示⇒これを根拠づける具体的事実が主要事実
⇒そのいずれを主張するのかを当事者に明確にさせるのが本則。
裁判例が考慮している間接事実:
①保証責任を負担していることを認める旨の言動
②保証人とされる者と主債務者との人的関係
③保証人とされる者の当該契約への関与の仕方とその程度
④保証の動機や必要性の有無・程度
⑤当該取引の種類や各当事者の地位・職業
⑥保証人とされる者の資力等 
 
■第5 参考裁判例     ■第5 参考裁判例 
●   ●保証人が保証契約書(保証文言が明確な証書)に署名押印した場合 
  ◎大阪高裁昭和47.4.24
判断 YらがAの債務を保証する意思の下に署名押印をしたものとは認め難い 
間接事実 ①・・形式的に保証人の数だけそろえればよいと考え、現場事務所でたまたま同所に居合わせたYらに対し、「農協からセメントを買うのに必要だから名前を書いてくれ」「農協内部の監査があるから名前を書いてくれ」などと言っただけで詳しい説明もせず、上記契約書への署名押印を依頼。
②Yらは、いずれもAの従業員で、一人が庶務関係のじむに従事していたほかは、現場の労働者として稼働していたものであるところ、その資力も不十分で、それまでAの債務について個人保証したこともなく、甲より上記契約書への署名押印を求められた際にも債務負担の意思は全くなく、単にX内部の監査の都合上形式的に書類を整備する必要があるものとの認識の下に、契約書の内容も読まずに署名押印した。
  ◎東京高裁昭和51.8.30 
判断 Xは、上記署名押印によりAの債務を連帯保証したと認めることはできない。 
間接事実 ①Xは、銀行の金融取引はもとより、定期預金も初めてであった。 
②Yの係員は、Xに対し、定期預金手続のため必要な書類と言って、根抵当権設定、連帯保証のための書類多数(いずれも不動文字以外は空白のもの)を一括して示し、多額の預手続のため必要であると述べたほか何の説明もせず、保証の依頼もせず、各書類のXの記名押印を求めたもので、Xは、これを信用し、内容を読む余裕も気持ちもなく、意味もわからずに、保証書等に記名押印した。
③Xには、Aのために保証する義理も特になかった。
  ◎東京地裁H8.8.30 
判断 YがXに対し連帯保証する意思を表示したとは認められない。 
間接事実 ①Aは、Yに対し、金銭借用証書に署名押印を求めるに際して、記載されるべき借入金額、返済期日、金利等について説明をしなかった。
②Aは、「この度の連帯保証については借用手続上必要が生じたあくまでも形式上の連帯保証人ということになっています。したがって、Yには万が一この貸借関係上のトラブルが発生しても一切の責任、ご迷惑をおかけしないことを、ここで確約するものです。」という内容の念書を持参し、Yに対し、あくまでも保証人としての名前を借りるだけである旨説明した。
③Yは、上記説明等から、形式上単純に名前を貸すだけであり、責任が生ずることはないと考えていた。
④Bらは、金額、宛先等を記載し金銭借用証書を完成させた際、あるいはその後、直接Yに対し、何ら意思確認をしなかった。
⑤Yにとって、Aのために1億9000万円という高額の債務の連帯保証をすることの利益は認められない。
解説 内心の意思はともなく、表示上の効果意思は存在し、契約は成立したとみうるのであり、むしろ契約は成立したとみたうえで、通謀虚偽表示さらには無権代理による契約、あるいは第三者の詐欺に基づく契約として扱われるのがふさわしい事案であったのでは? 
  ●当事者間で取り交わされた書面に明確な保証文言がなく、その他の文言がある場合 
◎     ◎保証契約の成立が認められたケース
  〇最高裁昭和34.6.23 
事案 Aは、Xに対し、手形を振り出すに際し、Y銀行の支店長作成に係る融資保証書及び融資証明書を差し入れた。
この融資保証書及び融資証明書には、「万一手形期日延期の際には、Yにおいて融資の上支払われることを保証する。」旨の記載がある。
Xは、この融資保証書等により、YはXに対しAの手形債務を保証したものであると主張して、Yに対し、手形金の支払を請求。 
原審 上記融資証明書及び融資保証書はYがAに融資を請け負っただけで、Xと法律上の関連を有するものではない。
⇒Yが同融資証明書等を作成交付したことにより、AのXに対する手形債務を保証したものとは認めがたい。
判断 原判決は、取引の実情、経験則に基づかずにみだりに証拠を排斥した違法がある。

AはXに対し、手形に上記融資保証書及び融資証明書を添付して交付したのであるから、特段の事情がない限り、上記融資保証書は、AがXに交付した手形金の支払を確保するためにYの保証を得ようとしたXの要求に基づいて、Xに差し入れたものと解すべき。 
    ◎保証契約の成立が認められなかったケース
  〇東京地裁昭和40.10.28 
判断 貸主Xが借主会社代表者にYの保証を要求した際、Yがこれを承諾せず借用証書中に「右約束は必ず実行させます。」と記載したことについて、同文言は、Yが借主会社代表者に対する後見的な立場から記載したにとどまったもので、借主本人に貸金の返済及びその方法を実行させるという趣旨に尽き、借主が不払の場合にYが責任を負担するという趣旨を包含するものではないと判示。
  〇東京地裁H9.4.28
事案 Y(銀行)がX(信託銀行)に対し、Aの再建のための支援を要請するに際し、「Aの借入有価証券については期日到来まで契約金利をの利払を遵守させ、期日にはご返済申し上げます」という文言の記載された確認書を差し入れた。
⇒AのXに対する上記有価証券貸借契約上の債務を連帯保証したものであると主張
判断 本件文言から直ちにYが連帯保証契約を締結したものと認めることはできない。
理由 ①本件確認書は、銀行間の連帯保証契約書としては、その表現があまりに不明確である。
②本件確認書は返済について責任を負ってほしいとのXの求めに応じて作成されたものではなく、作成文言についても、新たにXとYの間でその表現を検討したわけでないことは明らかであり、本件確認書には、本件文言に続いて期日到来時に返済金相当額の新規融資を依頼する旨の文言が記載されており、本件確認書の主眼が新規融資の方にあり、Xの関心も新規貸付金の利息等にあった。
③Aは本件有価証券貸借契約上の債務をXからの新規融資によって返済する以上、新規融資の返済についてYが保証するのであれば格別、有価証券の返済についてYが保証することは実益に乏しい。
〇東京地裁H11.1.22 
事案 Xは、Y(銀行)を母体行とするノンバンクAに対し、50億円を貸付けた。
Aが弁済期に弁済をしないおそれが高まったため、Yは、Xに対し、
「YはAが貴社に対して金銭消費貸借契約に基づく債務があり、金融支援をお願いしておりますことは十分認識しております。その上で今般弊社は、Aの経営改善には万全の支援体制で臨む所存であり、貴社に対する債務履行にはご迷惑をおかけしないよう十分配慮する所存であります。」との内容の念書を交付し、Xは、利息を減額し、分割弁済とすることを約した。
判断 Yが本件念書によりAの本件貸金債務を保証したものと認めることはできない。 
理由 ①本件念書の上記文言は、通常の金融機関の取引における保証契約書とはその文言を著しく異にしており、Yが債務を保証すると明記した文言も、その趣旨に読み取れる文言も記載されていない。本件念書全体の文言を通じて読めば、債務者であるA自体による債務の履行を前提としていると理解できる。
②Aは、Yが本件貸金債務を保証することはできない旨を明確に告げており、Yも、Aを通じてXと本件念書の作成交渉をした際、Yに法律的な責任が生じない文面となるよう検討して文案を作成した。
③本件念書の作成過程において、XとYないしAとの間で、作成される念書の法的性質については、全く検討も議論もされなかった。 
      ●保証条項のない主債務の契約書に「引受人」、「仲介人」、「立会人」、「証人」等の肩書で、あるいは肩書なく署名押印した場合
◎      ◎「引受人」の肩書 
  〇大判昭和9.4.7 
引受とう文字は世上往々保証の意義に使用されるから、他人の債務の履行を確保するためになされたものが重畳的債務引き受か保証かは、いたずらに用語の末にこだわることなく、当事者の意欲した法律上の効果を究明して判定をなすべきである旨判示。
◎    ◎「立会人」の肩書 
  〇東京高裁昭和34.7.15 
金融業者である貸主作成に係る借用証の「立会保証人」欄に署名した事例において、金融業者であれば保証人を表すには単に「(連帯)保証人」とするのが最も普通で熟した言葉であるのを熟知していたはずであること、本文中に保証人の責任に関する記載がないこと等⇒保証契約の成立を否定。
〇    〇東京高裁昭和52.4.18 
判断 保証を否定 
間接事実 積極:
Yほか3名は、不動産売買契約書の「立会人」の印刷文字に「保証」と加筆して「立会保証人」とし、署名押印した。
消極:
①Yほか1名は売主側の、他は飼い主側の各仲介人として契約に立ち会ったにすぎない。
②売買契約の当日になって買主がXに変更されたため売主側に不安があったことから、Yほか3名が立会保証人として署名したが、本件売買契約書には、立会保証人に関する何らの条項もない。
理由 本件売買契約が契約書記載の当事者間に成立したことを証明し、かつ、売主と買主の双方が本契約を確実に実行するよう、立会人らがそれぞれの立場で努力することを明らかにする趣旨で「保証」の2文字を加入したものであり、それ以上に出て、立会人らが売主側の債務につき保証することを意味するものではない。
    ◎「証人」の肩書
  〇大判大正2.6.7
権利義務に関する証書に証人として署名した者は、普通これを立会人と解すべきであるという慣習は存在せず、証人か保証人かは裁判所が自由心証によって認定すべき事実問題。
⇒保証債務を肯定した原判決を是認。
but
「証人」という文言は、「(連帯)保証人」の用語がごく一般化している以上、これを保証人と認定するためには、保証債務を負担する意思があると認められる事情があることが必要であろう(解説)。
◎      ◎肩書のない署名押印 
〇    〇東京高裁昭和53.12.22 
事案 Y1がXの金員を横領⇒Y1の夫Y2がその交渉における債務弁済のや言う上の趣旨を記載した確認書にY1とともに署名押印⇒連帯保証を主張。 
判断 連帯保証を否定。 
間接事実 積極:
①「できる限りの責任をとらせてもらう。」「自分が何が何でも努力して8月31日までに支払う」と発言。
②約定(Y1が本件362万6000円の債務を弁済する)の趣旨を記載した確認書にY1とともに署名押印。
消極:
Y2が同債務について保証ないし連帯保証する旨の記載が全くない
理由 ①のY2の発言は、夫としての立場から妻の弁済資金を用意する旨表明したにすぎず、Y1の債務の保証ないし連帯保証を約したものであるとまではいえない。 
  〇東京地裁昭和58.9.5 
事案 Xは、Aに対し、900万円を貸付けたが、Yが借用証に氏名を記載し押印。
⇒連帯保証を主張。 
判断 連帯保証を否定。 
間接事実 ①書面に「連帯保証」に関する記載なし。
②YはAから、Xから金員を借用するについてその証人となってほしい旨告げられ、氏名を記載し押印。
③連帯保証をする理由なし。
④Yは、それまでに金銭貸借の経験なし。 
●当事者間に書面が存しない場合      ●当事者間に書面が存しない場合 
    ◎保証契約の成立が認められなかったケース 
    ◎保証契約の成立が認められたケース 
  〇東京高裁昭和32.9.26 
判断 保証を肯定 
間接事実 ①YとAとは数十年来の交友関係にあり相当親密であった【保証人と主債務者の密接な人的関係】
②Yは、Aから金融の斡旋を依頼されたので、XをAに紹介し貸付けに至った。Xは、平素金融等を行うものではなかったが、遠縁に当たるYからAを紹介され、Yの熱心な口添えもあった関係上、貸付けに応じるに至った【保証人の貸付契約への積極的関与】。
③Aが支払期限後も弁済しなかったため、Xから担保差入れを要求されたのに対し、Yは、Aの依頼に応じてYの孫名義の宅地の登記済権利証を債務の担保の趣旨でXに預け入れ、かつその旨を記載した証書を取り交わした【保証人の保証責任を認める旨の言動】。
④ Xは、公正証書の作成には立ち会わなかったが、後に公正証書中に保証に関する記載がないことを知ったので、Yを詰問したところ、Yは、「公正証書に記載がなくとも保証したことに間違いはない。」旨答えた【保証人の保証責任を認める旨の言動】。
〇    〇最高裁昭和39.5.1 
事案 Yの妻Aは多数の者からYに隠れて借金をしていたところ、Xは、その後YがAのXに対する債務を保証したと主張して、Yにその履行を求めた。 
判断 Yは、Xに対し、Aの債務を保証する旨の黙示の意思表示をしたものと認められる。 
事実 ①Yは、Aの夫。
②Aの債権者の1人であるBがY所有の家屋を差し押さえたのでYの伯父CがBと話し合った上、Cが同家屋を18万円で買い、これを各債権者に平等に割り当てることにした。その後Y方に各債権者が集まり、Bから上記18万円をもって各債権者の債権額の2割2分の割合による金員を交付し、残金を打ち切ってはどうかという提案が出されたが、各債権者は猛烈に反対した。そこで、Cは、上記18万円については各債権者の債権額の2割2分の内金として分割払いにすることとし、残金についてはYが支払えるようになったら払わせることを提案し、各債権者はこれを了承。
③Yは「遠路お集まりいただいてご苦労様です。」と挨拶したのみで、その後は終始沈黙していたほか、Cが各債権者に対しYが支払えるようになったら支払わせるようにすると述べたときにも、特に発言せず、ただ頭を下げるのみであった。
  〇最高裁昭和46.10.26 
事案 Xは、A会社との間で商品を継続して売渡す継続的取引契約を締結し、Aの代表取締役であるYは、AのXに対する同取引上の債務の連帯保証をしていた。その後、Aに対する債権者集会が開催され、Aに対する上記債務のうち80%を免除することの決議がされた際に、YがAの残債務全部を支払う旨約束したと主張して、Yに対してその支払を請求。
判断 Yは、上記債権者集会において、主たる債務につき免除のあった部分につき、附従性を有しない独立の債務を負担するに至ったものというべく、同人が負担していた連帯保証債務は、その限度においてその性質を変じたものというべき。
事実 ①Yは、Aの代表取締役である。
②Yは、AのXに対する継続的取引契約上の債務を連帯保証していた。
③Aに対する債権者集会が開催された際、Aに対する上記債務のうち80%を免除すること及びXはAに対する上記債務全額をYから取り立てることを他の出席債権者も承認する旨の決議がされ、Yは、議事録に基づき上記決議の内容を読み聞かされた上、これに対し特に異議を述べなかったばかりか、何年かあkっても支払う旨を述べた。 
  〇東京高裁昭和55.5.21 
事案 Xは、B(会社)のA(銀行)に対する債務の物上保証人であるが、Aから抵当権を実行する旨通知を受けたので、これを免れるため、Aに対し被担保再建を代位弁済した。
Xは、B(会社)の関係者であるYがXに対し、BがXに対して負担する求償債務について保証することを約したとして、Yに対し、求償債権と同額の支払を請求した。
判断 Yは、抵当権設定契約の成立に先立って、Xとの間で、Xが物上保証人として債務者たるBに対して取得することおのあるべき求償債権につき、これを保証する旨約したと認められる。
間接事実 ①Yは、Bに出資したほか、BがAから金融を受けるについては、同社長に同行してAとの交渉に臨んだりした【保証人と主債務者の密接な人的関係】【保証人の契約への積極的関与】
②Yは、Xに対し、X所有の土地を担保として貸してほしい旨申し入れ、「万一の場合には手持ちの手形を割り引くなどして返済し、Xに迷惑をかけるような場合には、自己所有地を処分してでも責任をとる」など、るる述べて承諾を求めたので、Xは、Yの同言辞を通じて承諾するに至った
③その後、Bは事実上倒産したが、Yは、Xに対し、「自分が責任を持って返済するからAには黙ってほしい。」と依頼した。その後も、Yは、Xに対し、「迷惑はかけない。自分が責任を負う。」旨を繰り返し述べた。【保証人の保証責任を認める旨の言動】
■       ■第 民事保証と手形保証
  ●問題の所在
  金銭消費貸借をする際、債務の支払を担保するため、借主が貸主に対し手形を交付することがあるが、借主の信用のみでは不安があるという場合には、第三者に担保の趣旨で裏書をしてもらった上でこれを貸主に交付するには、第三者に担保の趣旨で裏書をしてもらった上でこれを貸主に交付することが行われている。

手形に裏書をした者が、手形上の債務のほかに、手形振出の原因となった消費貸借契約上の債務についても民法上の保証債務を負うか?
民事保証の合意が明らかでない場合に、裏書人が保証の趣旨で裏書したという事実から民事保証をする意思があったと推認することができるか否か?
推認することが経験則に反しないか?
●     ●2つの最高裁判例 
  ◎最高裁昭和52.11.15
事案 Yは、Aが手形振出によりBから500万円を借用する際、Aの依頼を受けて本件手形に裏書した。
その後Bから本件手形を譲り受けたXは、Yが上記裏書によりBに対し民法上の保証債務を負担していたところ、Bから手形上の権利のほか、上記民法上の保証債権を譲り受けたと主張し、保証債務500万円の支払を求めた。
判断 Yが手形振出の原因となったAB間の消費貸借上の債務を保証したものと推認することはできない。 
理由 何人も他人の債務を保証するにあたっては、特段の事情のない限り、その保証によって生ずる自己の責任をなるべく狭い範囲にとどめようとするのがむしろ通常の意思であると考えられる

本件のような場合においても、差入れを受けるべき手形に裏書を要求する貸主がどのような意思であったかは別として、裏書をする者の立場からみるときは、他人が振り出す手形に保証の趣旨で裏書をしたというだけで、その裏書によりいわゆる隠れた手形保証として手形上の債務を負担する意思以上に、同手形振出の原因となった消費貸借上の債務までをも保証する意思があり、かつ、その際、同手形の振出人その他第三者に対して、貸主との間でその旨の保証契約を締結する代理権を与える意思があったと推認することは、たとえ右手形が金融を得るために用いられることを認識していた場合であっても、必ずしも裏書をする者の通常の意思に合致するもとは認められない。 
  ◎最高裁H2.9.27 
事案 Yは、A会社がXから700万円を借り受けた際、Aの代表者Bに同行してXと会い、その求めに応じ、本件貸金の担保のためにAが振り出した貸金額を手形金額とする約束手形(本件手形)に裏書をしてXに交付。
Xは、Yが本件手形に裏書をすることによりXに対し本件貸金債務につき保証する旨の意思表示をしたと主張し、Yに対し、上記金員の支払を求めた。 
判断 XとYとの間において、本件貸金債務につき民法上の保証契約が成立したものと推認するのが相当 
事実 ①本件貸金は、Xとは旧知のYの紹介により始まったX・A間の金銭消費貸借のうち3回目のものであり、Yは、同貸借の都度、A会社の代表者であるBに同行してXと直接会い、その場において、Xの求めに応じ、A振出の約束手形に保証の趣旨で裏書をしてXに交付し、Aの支払拒絶後は、本件貸主の弁済を求めるXの強い意向に沿う行動をとった。
②XとAとの間で上記各手形とは別に借用証書等が授受あsれたことはなく、XとYとの間においても同様であった。
理由 以上の事実関係の下においては、Xとすれば、当初からYの信用を殊更に重視し、本件手形に裏書を求めた際も、手形振出の原因である本件貸金債務までも保証することを求める意思を有し、Yも、Xのかかる意思及び同債務の内容を認識しながら裏書を応諾したことを推知させる余地が十分にある。 
原判決が引用する昭和52年最高裁判決は、金銭を借用するに当たり、借主がその振出に係る約束手形になんぴとか確実な保証人の裏書をもらってくるよう貸主から要求され、借主の依頼を受けた者が、貸主と何ら直接の交渉を持つことなく上記手形の裏書に応じた場合に関するものであって、事案を異にし、本件に適切ではない。
●検討 手形に保証の趣旨で裏書した場合に原因債務についても民事保証をしたと推認できるか否かという問題は、事実認定の問題であるが、
「保証契約は無償かつ片務契約であって、その引受の危険性、軽率性が指摘されており、また、隠れた保証裏書人に対して民事保証責任を追求する債権者側には、保証書の徴求など簡易、明確な手段をとらず、手形上の遡及権も喪失したなど落度と見られる点のあることが少なくないし(特に債権者が金融業者などの場合)、保証の趣旨の裏書にも、その被保証債務について種々の態様があり得るから、安易な推認は許されないであろう。本判決(平成2年最高裁判決)は、事例判例であり、その射程距離は、かなり限定的なものとして理解すべき」(最判解平成2年度22事件340頁)
★        ★第3節 売買契約の成否 
■     ■第1 はじめに 
 規定 民法 第555条(売買) 
売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
●説明 売買契約:
売主が財産権を移転することと、買主がその対価として代金を支払うことについて、当事者が合意することによって成立する諾成不様式の契約。 
当事者間で財産権の移転と代金の支払について合意に達しさえすれば、他の付随事項についての合意がなくても直ちに売買契約が成立。
最高裁昭和23.2.10:
「契約書ができて始めて売買が成立したものとみなければならないという経験則は存在しない」
■     ■第2 売買契約の成否 
●    ●売買契約の成立の認定に際し考慮すべき事実 
  ◎1 売買契約書の作成されなかった場合、売買契約の成立が争われる場合。
〇間接事実
①交渉経過
②その後当事者が売買の合意内容に沿った言動をとっていること
ex.買主とされる者が占有を取得継続、売主とされる者が異議をのべない。
売主とされる者が売買の目的物につき合意内容の実現に必要となる第三者から自己への移転登記や合筆又は分筆等の登記手続き。
③買主とされる者が代金額に相当する金員を支払い、また継続的に目的不動産の固定資産税を支払っている。
④買主とされる者に目的不動産を取得する必要があった。
◎当事者間に売買の交渉があったことは争いがないが、途中で交渉が決裂しあるいは解消されて頓挫した場合に、売買契約の成立が争われる場合。
不動産の売買契約については、親族間における売買等の場合を除き、その取引慣行、すなわち売買契約書の作成、手付金等の授受をもって売買契約が成立したとする取引慣行を重視
⇒その成立を肯定するのにかなり慎重な姿勢
〇  売買条件が確定的に合意され、売買契約書が作成
⇒特段の事情がない限り、売買契約の成立を肯定 
〇売買契約書なし
but
売買条件が確定的に合意され(目的物、代金額、代金の支払時期、引渡時期等は、売買において決定的な重要性をもつ⇒それらについて合意が成立していない以上、売買条件が確定的に合意されたとみられないのが通常)、売買代金からみて相当額の手付金が授受されていれば、確定的な売買の意思を推認させる重要な事実とみて、売買契約の成立を認めてよい。
相当額の手付金の授受⇒確定的な売買の意思を推認させる重要な事実とみて、売買契約の成立を認めてよい。
〇売却希望者の売渡承諾書・買受希望者の買付証明書
記載内容は、概ね物件名、売買価格、支払条件、引渡条件、契約時期等を記載した上で、当該物件の売渡しあるいは買受けを証する文言を記載するもの。

買受希望者が金融機関等に対して売渡承諾書を提示して融資交渉
売却希望者が他の購入希望者に対して買付証明書を提示して有利な条件を引き出す
仲介業者が自己の仲介行為が進行中であることを委託者に報告
「売渡承諾書は、売買契約の交渉段階において、交渉を円滑にするため、その過程でまとまった取引条件の内容を文書化し明確にしたもの」(裁判例)
「買付証明書又は売渡承諾書は、不動産取引業者が不動産取引に介在する場合において、仲介の受託者たる不動産取引業者の交渉を円滑にするため、受託者又は相手方が買付け若しくは売渡しの意向を有することを明らかにする趣旨で作成される」(裁判例)

これらの文書の作成によって売買契約が成立したと認められるものではない。

なお未調整の条件について交渉を継続し、その後に正式な売買契約書を作成することが予定されている場合には、通常、その売買契約書の作成に至るまで、未だ確定的な意思表示が留保されており、売買契約は成立するに至っていないと認められる。
当事者間で売買仮契約書が作成された場合も同様。
文書の表題のみを問題にして売買契約の成否を判断するのは相当ではない。
売買契約の成立を前提とした履行行為が認定できる⇒売買契約書がなくても契約成立。
履行行為を認定できない⇒売買契約書の作成等が重視。
    ●2 参考裁判例 
  ◎(1) 間接事実の積み重ねにより売買契約の成立が認められたケース 
〇東京高裁昭和52.2.24
事案 Xは、その先代Aが所有していたいわゆる旧軍未登記財産(土地)をY(国)が第三者に払い下げたことにより損害を受けたと主張して、Yに対して損害賠償請求。 
判断 売買契約の成立肯定 
間接事実 ①Yは、Aとの間で本件土地等について売買の交渉をしていた【交渉の存在】。
②Aは、家督相続をしてから15年余りも登記名義を放置していた本件土地の名義を上記売買交渉中の昭和16年9月に自己に移転
【合意内容に沿った売主の言動】
③本件土地のほどんどは、旧土地台帳上、昭和18年6月16日付けで航空機乗員養成所用地と記載されている。
【土地台帳の記載】
④Yは、以後、Aから本件土地についての固定資産税等を徴収することをやめた
【合意内容に沿った買主の言動】
⑤Aは、そのころから本件土地を利用していない
【合意内容に沿った売主の言動】
  〇仙台高裁昭和62.11.16 
事案 自作農創設特別措置法による売渡処分がされなかった農地(本件土地)について、旧地主A(Xらの父)から旧小作農B(Yの父)に対し売買がされたか否かが争われ、XらはYに対し所有権確認及び立入禁止を、他方YはXらに対し所有権移転登記手続をそれぞれ求めた。 
判断 売買契約の成立を肯定
積極 ①Aが所有する分筆前の本件土地部分をBに譲渡する旨の合意に至り、その旨の「協約書」と題する書面を作成
【売買契約書と同視し得る書面の存在】
②Aは、協約締結後、これに沿った合筆及び分筆の手続をした
【合意内容に沿った売主の言動】 
③賃料その他の使用料等を支払うことのないまま、B及びYらにおいて30年余にわたり本件土地を占有使用。butAやXらは、何らの異議等も述べなかった。
【買主の占有使用】【売主の容認】
④Aの長男の土地売買契約のあったことを認める態度。
【売主側の売買を認める旨の言動】
消極 売買契約書は作成されず、代金領収証も交付されていない。
所有権移転登記手続がされないまま長期間経過
  〇最高裁H10.12.8 
事案 Xは、本件建物にYを無償で居住させていた。
その後Yと不破⇒Yに対し、使用貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡し等を求めた。
Yは、昭和50年ころXから本件建物とその敷地を買い受けたと主張。
判断 売買契約が成立したと認める余地あり
⇒破棄差戻し 
積極 ①Yは、昭和50年9月ころから、本件建物及び敷地の購入を希望し、その売買代金の一部を支払った旨の記載のある各書にXの印章が押捺されていた。
【買主の取得希望】【売買代金の支払を認める旨の書面】 
②YはXに所有権移転登記手続を行うよう求めたが、Xは、Xが死亡して相続が開始すれば手当ができるとして、これに応じなかった。
【合意内容に沿った買主の言動】
③Xは、各土地について合筆及び分筆の各登記手続をした。
【合意内容に沿った売主の言動】
④Yは、昭和57年3月ころ、本件建物に入居するに際し、約300万円をかけて本件建物に工事を行った。
【自己所有物であることを前提とした買主の言動】
⑤Yの入居後YとXとの間に本件建物及びその敷地の利用に関して紛争が生じたことはなかった。
【売買を前提とした双方の言動】
消極 ①売買契約書なし。 
②登記簿上の所有者はX。
理由 Yが本件建物をXとの間に締結した一時的な居住を目的とする使用貸借契約に基づいて占有していたにすぎないとみるには疑問があり、かえって、Yは、Xから本件建物及びその敷地を買い受けたと認める余地がある。 
  ◎(2) 売買契約の交渉が途中で中断した場合に、交渉過程のどの時点で売買契約が成立したとみられるかが争われたケース
  〇東京高裁昭和50.6.30 
事案 Xは、Aから土地買付けの媒介を委託されてYと交渉した結果、AがYからその所有土地を代金3億6000万円で買い受ける旨の合意が成立したと主張し、Yに対し、その仲介手数料の支払を求めた。 
判断 売買契約は成立していない。 
事実 土地所有権の移転と代金の支払については合意したものの、後日、売買契約書を作成し、同契約書作成時において売買代金の30%の内金を授受することにしたにもかかわらず、売買契約書の作成も上記内金の授受もされないまま。 
理由 相当高額の土地の売買にあっては、いわゆる懈怠約款を定めた上、売買契約書を作成し、手付金若しくは内金を授受するのは、相当定着した慣行
土地の売買の場合、契約当事者が慣行に従うものと認められる限り、上記のように売買契約書を作成し、内金を授受することは、売買の成立要件をなすと考えるのが相当。
  〇東京高裁昭和54.11.7 
事案 Xは、Yとの間で、本件土地を1億8000万円で買い受ける旨の売買契約を締結したYが本件土地を第三者に売却して所有権移転登記を経由してしまったため履行不能に帰した⇒違約金の支払を請求
判断 売買契約が成立したとはいえない 
事実 XとYは、交渉の結果、XがYから本件土地を1億8000万円で買い受けること、代金中2000万円は手付として契約書作成時に、残余は後日支払うことなどを内容とする売買契約を、公証人役場において公正証書による契約書を作成して締結する旨の合意に達した。
but
Yは予定日に公証役場に現れず、契約書が作成されるには至らなかった。 
  〇東京地裁昭和57.2.17 
判断 売買契約の成立は認められない。 
事実 ①本件売買仮契約書は、その表題からも「仮契約書」であり、その前文では、正式契約でないことを示す趣旨の記載があり、第2条では、「さらに具体的細部事項を定めて正式契約を締結するもの」と定めている。 
②上記既定の趣旨に基づいて、具体的細部事項についての交渉を継続して後日正式契約を締結し、その際、買主側から手付金を支払うという今後のスケジュールが予定されていた。
③結局、正式の売買契約書は作成されなかった。
理由 ・・・・本件売買仮契約書の各条項を基本的な内容とする売買契約を締結することを定めた契約がXとY2との間で締結されたにすぎない。
  〇東京地裁昭和59.12.12 
事案 売買価格を2億9500万円とすることで合意し、Yに買付証明書を交付し、Yから売渡承諾書の交付を受けた。
⇒Yに対し、本件土地建物について処分禁止の仮処分の申請。
Yは、同申請を認容した仮処分決定の取消しを求めて、異議を申立てた。
判断 売買契約が成立したとは認められない。
事実 ①借家人Cらが入居しており、本件建物の明渡しが確実に履行されることが、売買契約締結の重大な前提とされていた。 
②取引交渉において、契約締結時期については、売渡承諾書交付当時、本件建物から立ち退く旨の念書をCから取った後に契約を締結。
⇒契約締結時期は未確定な状態。
③売渡承諾書には、契約成立時に手付金及び内金として2億円が支払われることになっているが、その事実もない。
理由 売渡承諾書は、売買契約の交渉段階において、交渉を円滑にするため、その過程でまとまった取引条件の内容を文書化し明確にしたものと解するのが相当。
特にYには、その交付をもって直ちに売買契約あるいは売買予約を成立させようとする意思が存在していたとは認められない。 
  〇東京地裁昭和63.2.29 
事案 ・・・代金総額、支払方法、所有権移転時期、違約金等に関する事項の概略について合意に達した。
⇒その内容を明らかにすべく、それぞれ買付証明書及び売渡承諾書を作成。
⇒売買契約成立を主張し、違約金の支払を請求。 
判断 売買契約の成立を認めることはできない。 
理由 不動産売買の交渉過程において、当事者双方が売買の目的物及び代金等の基本条件の概略について合意に達した段階で当事者双方がその内容を買付証明書及び売渡承諾書として書面化し、それらを取り交わしたとしても、なお未調整の条件についての交渉を継続し、その後に正式な売買契約書を作成することが予定されている限り、通常、その売買契約書作成に至るまでは、今なお当事者双方の確定的な意思表示が留保されており、売買契約は成立するに至っていないと解すべき。 
■        ■第3 代金未定の売買契約の成否
●1 はじめに 
代金額は、売買契約において、対象となる財産権の内容とともに、その中核的要素。
●    ●2 「時価」と売買契約の成否 
〇  確定した数額で合意しておくことまでは必要ではなく、具体的に算出できる方式を合意しておくことで足りる。
いわゆる「時価」を定めることでもよく、代金額は一定に確定できるものであればよい。
当事者双方とも対象不動産を売買したいとの意思が明確で、かつ、双方の希望額には差があるが、最終的には客観的な時価であればその額で売買するということもあり得る。
「時価による」⇒売買契約の成立を肯定
「時価を標準(基準)として協議する」⇒売買契約の成立を認めない。

合意の内容自体(時価によることが確定したのか、あるいは協議の余地が残されているのか)が結論を左右。
時価によると合意した場合に、時価が契約当事者の予測し得た金額と著しく異なる結果⇒意思表示に要素の錯誤があることを理由に売買契約の無効を主張する余地。
    ●3 参考判例 
  〇大判大正10.3.11 
判旨 売買の成立には代金の一定を要件とするが、売買当時既に数字的に一定していることを要せず、一定し得るをもって足りる。 
売買の予約において、買主が予約完結の意思を表示する時の時価をもって代金を定めたときは、完結すべき売買の要件は完備されている。
⇒買主が約定期間内に完結の意思表示をすることで売買の効力を有する。
〇    〇大判大正12.5.7 
判旨 後日協議の上代金を定める旨の合意があっても、当事者の意思がその当時の時価をもって代金とするにあったときは、売買は成立し、相当代価の協定不調の場合は裁判においてその額を決することができる。
〇    〇最高裁昭和32.2.28
事案 X(買主)はY(売主)がXに対し目的物である木炭について時価の1割高の価格を申し出たが、その価格が不当であるとして応じなかった。
⇒価格の協議不調により売買が無効に帰したとして、Yに対し、交付済みの手付金の返還を求めた。
判旨 売買契約において、目的物の価格は時価を標準として当事者が協議して決定する旨定めた場合、当事者間にその価格の協議が調わない限り売買契約は成立しない。 
〇    〇東京高裁昭和58.6.30 
事案 Xは、Yとの間で、Yから建物とその敷地の借地権を買い受ける旨の合意をしたが、その代金については具体的な金額の合意をみるに至らなかった事案⇒売買契約が成立したと主張し、Yに対し、土地及び建物の明渡し並びに建物について所有権移転登記手続を求めた。 
判旨 当事者は、本件売買契約当時、・・・借地権付建物の時価によるとの意思であったものと推認するのが相当。
・・・・上記時価の決定方法についての合意のあったことを認めるに足りる証拠はないが、その具体的金額について当事者間で意思の合致をみるに至らなかった場合でも、最終的には裁判において、契約時点における客観的な時価を認定し、それを前提として権利関係の決着をつけることができる
⇒そこまで合意がないからといって、時価によるとの合意を否定することはできない。
  〇大阪高裁H17.4.22 
事案 Xは、Yとの間で、担保権が設定された本件土地について売買の一方の予約をし、これに基づいて本件土地に係る予約完結権を行使して、代金額を同予約完結権行使時の時価とする売買契約(本件売買契約)を成立させたとして、Yに対し、売買契約による移転登記請求権に基づく所有権移転登記手続等を求めた。
判断 本件売買契約が成立したとは認められない。 
理由 ①第一次案には、売買代金について「売買代金は売却時における時価を基準として決定する。」と記載されており、「時価とする」とされているわけではなく、「時価を基準として決定する。」とされているにとどまり、交渉の最終的な売買予約契約書にも、本件売買契約の売買代金について、売買金額は売却時における時価を基準として双方協議の上決定すること、売買金額が双方協議しても定まらなかった場合は、大阪簡易裁判所に民事調停を申立て、調停委員の調停に代わる決定に異議なく従うものとすることが記載。
②調停委員会の調停に代わる決定も、時価をもって直ちに売買代金額とするものではなく、時価を参照にしながら買主売主双方の事情を斟酌して売買代金額を決めるもの。
本件売買契約では、本件土地に設定されている担保権を抹消した上で所有権を移転することがYに義務づけられているから、たとえ時価であっても、それが上記担保権を抹消するために要する費用に満たないときにまで、時価で売買することをYが了承していたとは考え難いところ、担保権を抹消するためには約19億円の費用を要し、Xが時価として主張する6億5820万円を大きく上回っている。
      ■第4 売買の目的物
  ●1 売買の目的物の認定に際し考慮すべき事実 
  売買の目的物の認定は、目的物の表示によって、当事者が何を意味したかという意思表示の解釈の問題。
実際に支払われた代金額が目的物の範囲を決する大きな事情となる。 
売買の目的物が3筆の土地であったか1筆の土地であったか
売買代金が3筆の土地に相当⇒目的物は3筆の土地(判決(2))
but
当事者相互の関係や条件設定、あるいは目的物の性格等によっては、時価を基礎とせずに代金額が定められることがある
⇒そのような事情の有無を併せて検討。
売買当事者(特に買主)の動機・目的
通常、建物とその敷地は一括して売買の対象とされる(さもないと、建物所有者は敷地の使用権を設定しない限り、その収去を余儀なくされる。)⇒特段の事情のない限り、当事者の意思もそのように解される。
工場敷地として土地を賃借していた者が底地を買う場合、底地全体である3筆とも買い受けるのが本来であり、そのうち1筆の土地のみを買い受ける特段の事情は認められない(判決(2))。
売買の目的物が不動産⇒買主はその現地に赴き実際にこれを見て契約を締結するのが通常⇒目的物の現況が当事者の意思の解釈にとって重要な意味。
売買の目的物である土地上に売買対象外の建物が存在⇒買主が現地を見聞して建物の存在を認識しながら、売主との間でその収去等について協議した形跡なし⇒特段の事情のないかぎり、その建物の敷地部分を除外する暗黙の意思表示があった(判決(1))。
1筆の土地が甲部分と乙部分に明確に区分され、甲部分は甲に、乙部分は乙に賃貸。
甲が売買の目的物を上記1筆の土地と表示して契約を締結したとしても、乙部分を含める旨の明示的な合意がされているなど特段の事情のないかぎり、上記1筆の土地全部が売買の対象とされたものと認めることは経験則に反する(判決(3))。
売買後の当事者の言動、例えば買主の占有使用状況これに対する売主の対応(例えば、売買の目的物でないと考える売主が買主の占有を知って何らかの異議を述べたか否かなど)も、当事者の意思を解釈する上で一つの間接事実に。 
①売買後に売主が西側建物を売却しようとする。②買主の主張する東側土地と西側土地の境界は西側土地に入りすぎていると主張。③買主において、東側土地を取壊し⇒売却対象は東側土地建物(判決(4))
売買のされた年以降3筆の土地に関する賃料が支払われていない⇒3筆の土地すべてが売買の目的物(判決(2))。
    ●2 参考裁判例 
(1)    (1)最高裁昭和30.10.4 
事案 本件土地と店舗等を売買。
登記簿によると、隣地上に存在することになっていて売買の対象からも除外されていた土蔵が、その後になって本件土地上に存在することが判明。
⇒土蔵の敷地部分が売買の対象となったか否かが争われた。 
判断 特段の事情のな限り、土蔵敷地が登記簿上売買の目的たる1筆の土地に属するかどうかにかかわらず、通常その敷地をも除外する暗黙の意思表示があったとみるのが取引の通念からいって相当。 
事実 ①XとYは、売買契約当時、土蔵敷地が本件土地の一部であることについて、認識がなかった。 
②Yは、売買契約を締結するに当たり、少なくとも土蔵そのものを売買の目的物とはしていなかった。
③Yは、売買契約当時、現場を検分に行ったが、Xとの間で、同土蔵をそのまま存置するか又は収去するか等について協議した形跡なし。
コメント 売買契約書上、売買の目的物として1筆の土地を表示している場合には、その土地全体が売買の対象となったと解するのが通常(最高裁昭和39.10.8)。
but
一筆の土地の一部を売買の対象とすることもできる(大判大正13.10.7)。 
本件では、Yが土蔵の敷地部分までも売り渡したとすれば、その敷地の使用権限はなくなり、土蔵を取り除くか、新たにその敷地部分をXから賃借しなければならない。
⇒特段の事情のないかぎり、このような不利益な結果を招く取引はしないとみるのが経験則に合致。
(2)    (2)東京地裁昭和52.4.4
事案 Xの先代AはYから土地3筆(甲乙丙土地)を工場敷地として賃借していたが、Xは、AがYからこれら3筆の土地を買い受けたと主張して、Yに対し、甲土地について所有権確認と所有権移転登記手続を求めた。 
Yは、売買の対象は乙土地のみであったと主張。
判断 売買の対象は甲土地を含む3筆。 
理由 ①売買代金と土地の坪数との整合性。(3筆⇒坪当たり700円で割り切れる)
②土地台帳価格と売買代金の整合性。
③工場敷地⇒底地を買うなら3筆とも買い受けるのが本来。
そのうち乙土地のみを買い受ける特段の事情無し。
④売買のされた年次以降地代が支払われた形跡なし。
(3)    (3)最高裁昭和61.2.27
事案 Xは、Yに対し、本件係争地が、XがAから買い受けた116番1の土地に含まれると主張し、Xの所有に属することの確認を求めた。 
Yは、XがAから買い受けた土地は図面記載の線(ab線)よりも東側の部分であって、ab線の西側である本件係争地はこれに含まれないと主張。
判断 本件係争地が116番1の土地に含まれるかどうかは別として、他に特段の事情のない限り、Xが本件係争地を含む土地を買い受けたものと認めることは、経験則上是認することができない(破棄差戻し)。
事実 ①116番1の土地は、昭和の初めのころからB、C、Xと順次賃貸されたが、そのいずれが使用しているときも、ab線上に板壁を設けて隣地(116番2の土地及び本件係争地)との境とし、使用範囲を区分していた。
②・・・116番1の土地を賃借していたXは、Aから同土地を買い受け、従前どおり区分された使用範囲の土地を工場敷地として用い、その後檜の生垣を撤去して、有刺鉄線を張り巡らした。
③本件係争地及びその西側の116番2の土地については、昭和の初めのころより、Yの先代がAの被相続人から借地。そして、Yは、Aから116番2の土地を買い受けたが、本件係争地をも買い受けたものと信じ、引き続きこれを占有使用している。
(4)   (4)最高裁H4.7.16 
事案 Xは、1筆の土地とその土地上の東西2棟の建物を所有。
同土地を東西2棟に分筆し、国に対し、その1棟の建物と敷地を売り渡し(本件売買)、東側土地建物を引き渡した。
国の建物保存登記が東側建物についてされていたにもかかわらず、土地所有権移転登記は西側土地についてされた。
Xは、売買の対象は西側土地建物であると主張し、国の地位を承継したYに対し、東側土地の明渡しを求めた。
Yは、売買の対象は東側土地建物であると主張。
判断 国が西側土地につき所有権移転登記を経由していたとはいえ、他に特段の事情の認められない限り、本件売買の対象が、売買契約時に引き渡された東側土地建物ではなく、西側土地建物であったとする原審の認定は、経験則に反する(破棄差戻し)。 
事実 ①国は、本件売買契約時に東側土地建物の引渡しを受けて、その後、その承継人のYがこれを占有。
②西側建物の賃借人が死亡し、その家族が西側建物をXに明け渡すなど、西側土地建物の明渡しの障害が消滅した後も、本件訴訟に至るまで、Xは、国側に対し、東側土地建物の明渡しを求めたこともなければ、西側土地建物の明渡しを申し出たこともなかった。
③Xにおいて、西側建物を売却しようとし、Yの主張する東側土地と西側土地との境界は西側土地に入りすぎていると主張したほかYにおいて、東側建物を取り壊した。
      ■第5 売買の当事者 
    ●売買の当事者の認定に際し考慮すべき事実
売主・買主が誰であるかは、まず売買契約書、代金の領収証、登記の申請書等の関係書類において、当事者又は作成者・宛名が誰になっているかを検討する必要。

①売買契約書はいわゆる処分証書、②領収書は処分証書に準ずる書面であり、その真正な成立が認められれば、特段の事情がないかぎり、その内容に見合った契約の成立が認められる。 
but
これらの関係書類上の売主・買主が単に形式上の売渡・買受名義人にすぎないこともある⇒誰が売買手続に積極的に関与したのかが重要な意味を持つ。

真に売買の当事者になることを意図せず単に名義を貸しただけであれば、通常、それ以上に積極的に売買手続にかかわることはない。 
関係書類上の売主・買主が単に形式上の名義人にすぎず、実質的な売主・買主は別人であると争われた場合には、なぜその者が売渡・買受名義人となったかを併せて検討する必要。
誰が現実に売買代金を支出し、また実際に売買目的物を維持管理していたかの検討。 
買受けの動機・目的も買主認定の間接事実となる。 
売買当事者が誰を相手方と考えていたのかも、売主・買主の認定に際し考慮すべき1つの間接事実となる。もっとも、その認定の根拠となる相手方にそれにふさわしい言動があることが前提となる。
    ●参考裁判例 
    ◎買主が争われた事案
(1)    (1)最高裁昭和40.2.5 
事案 Xは、Yの代理人Aを通じ、Yから本件土地を代金120万円で買い受ける契約を締結したと主張し、Yに対し、本件土地の所有権移転登記手続を求めた。
YはAに本件土地を代金65万5800円で売渡、同日Aから手付金5万円を受け取り、続いて昭和31年12月20日に内金13万円を受け取ったが、その後残代金の支払を受けられなかったので、上記売買契約を解除したと主張。 
判断 原審が、下記書証(領収証)を排斥することなく、かえってこれを証拠として挙示した上、・・Yの代理人AとXとの間に、Xを買主とする本件土地の売買契約が成立したと認定したことは、書証の通常有する意味内容に反してこれを事実認定に供した違法がある(破棄差戻し)。 
事実 ①Yが作成した5万円の領収証には、本件「土地売買代金の内金」と付記されており、その日付は30年6月6日となっている。
②Yが作成した20万円の領収証には、本件「土地売買代金の内入」と付記されており、その日付けは昭和31年12月20日となっている。
③上記領収証の宛名はいずれもAとなっている。 
(2)    (2)最高裁昭和44.9.11 
事案 Z会社(参加人)は、YがZ会社の代表者として同会社のためにAから本件土地建物を買い受けたと主張して、Yに対し、本件土地建物の所有権確認及び所有権移転登記の抹消登記手続等を求めた。 
Yは、本件土地建物はY個人がAから買い受けたものであり、Yの所有であると主張。
判断 払い下げの手続がすべてY個人の名義によって行われたとしても、Yが本件土地建物を買い受けたのは、同人個人のためのみであったとは断じ難く、売主であるA家の関係者においても、Yを単なる個人としてよりもZ会社の経営する店の代表者として意識し、同会社に対してこれを払い下げる意思のもとに本件売買契約を締結したものと推断するに難くない。 
事実 ①Yは、個人会社の実態を有するZ会社の代表取締役として同会社の経営の実権を握っていた
②Z会社の経理をY個人の経理とは相当混淆されており、買受代金もZ会社から支出されていた疑いが濃い
③本件建物は、Z会社の従業員の修行道場として用いられていたことがある
④本件建物の動力、ポンプ修繕の各費用、諸費用の維持費は、Z会社から支出されていた
⑤A家関係者が本件払下げの決定をするに当たっては、Yが乙会社が経営する店の者ということに強い印象を受けていた
契約書その他の手続はY名義でされていた。 
(3)    (3)最高裁昭和46.11.19 
事案 Xは、もとAが所有する本件山林をYに委託してY名義で買い受けたとして、Yに対し、本件山林について所有権移転登記手続を求めた。 
Yは、Xから本件山林の買受資金64万円を借り受け、自ら本件山林を買い受けたものであると主張。
判断 Yが本件山林を買い受けるに当たり、Xが64万円を貸与したものであると推認することは困難であって、他に特段の資料のない本件では、むしろXとYとの間には、本件売買前に、本件山林の所有名義を遅滞なくYからXに移転するべき旨の合意があり、上記金員はこの合意を前提として交付されたものと推認するのが経験則に合致する(破棄差戻し)。
事実 ①本件山林の売買代金は、XがYに交付した64万円のなかから支払われた。
②Xは、当初から本件山林の所有権を取得する意思を有しており、本件山林の売買直後ころ、YからXへの本件山林の所有権移転登記手続に必要な書類の作成を司法書士に依頼した。
③上記書類のうち、山林売買契約書の作成日付は、YがAから本件山林の所有権移転登記を受けた翌日となっており、また代金の領収証には、売買代金が手付ともで63万円とされているほか、仲介手数料として1万円を記載されている。
④Xの先代某は、山林を所有し、20年来Yにその伐採を依頼してきた間柄である。これに対し、Yは、農業兼伐採業を営み、自有山林はなく、それまで山林を買ったことがなかった。
⑤本件売買後、本件山林の所有名義を移転するについて、XからYに5万円の礼金を出す話もあった。
(4)    (4)東京地裁昭和50.2.18 
事案 Xは、妻Yの名義となっている本件土地について、真実はXがAから買い受けたものであるとして、Yに対し、所有権移転登記手続を求めた。
これに対し、Yは、本件土地はYが買い受けたものであると主張。 
判断 買主がXであるとは認められない。
事実 本件土地の買受代金の出所はXであった。
①本件土地の売買契約については、専らYが売主側と折衝してこれを締結し、自ら買主とする売買契約書を作成して、その旨の登記を経由した。
②Yは、直接Aに対して、代金を支払った。 
理由 夫婦、特に長年連れ添った夫婦の一方が不動産等を購入するに当たり、他方がその購入資金の全部又は一部を提供することは、格別異例なことではないから、本件土地の買受代金の出所がXであったという一事から直ちに、Yは本件土地の単なる名義人の買主にすぎず、その実質上の買主はXであったと認定することは相当でない。 
(5)   (5)東京高裁H4.3.25 
事案 Xは、Aから本件土地の底地権を買い受けたと主張し、本件土地について所有権移転請求権仮登記を経由したYに対し、同登記の抹消登記手続等を求めた。
Yは、Y自身がAから本件土地を買い受けたものであると主張した。
判断 本件土地の売買契約の買主はYと認められる。 
事実 売買契約書上、買主はXとされている。 
①本件本件の売買契約締結にXは直接関与しておらず、売買契約の締結、売買代金の用意、Aに対する支払及び不動産取得税の支払はすべてYが行った。
②Yが支払った売買代金をXが負担した事実は認められない。
③Yは、売買契約当時、旧建物を取り壊して建物を建築する計画を立てていたところ、東京都に居住しているYより千葉県に居住しているX名義であった方が水道を引く許可を取る上で有利であり、また千葉銀行が地元に居住しているX名義で取得することを希望。
実際、千葉銀行は、その後、Xを債務者、Yを連帯保証人として融資し、本件土地等に抵当権を設定した。
理由 本件土地はX名義で売買契約が締結されているが、Yが売買契約の締結、売買代金の支払を行い、Xはこれに全く関与しておらず、かつX名義で売買契約を締結した理由も一応説明できる。 
(6)    (6)東京高裁H17.4.21 
事案 Xは、本件不動産をAから買い付けたと主張し、所有権保存登記を経由するY(Xの内縁の夫)に対し、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めた。 
Yは、AからXとYが各持分2分の1の割合で買い受けたものであると主張。
判断 本件不動産を買い受けたのはX単独。 
事実 ①本件不動産について、売主をA、買主をXとする売買契約書が作成され、Aからの売買代金の領収書もX宛。
②本件売買契約を仲介したBとの間に、一般媒介契約を締結したのはXであり、Bからの仲介手数料の領収書もX宛。
③Aは、所得税の確定申告書添付の譲渡資産等の内訳書においても、本件不動産をXに売却した旨を記載。 
Yは、Aに対し、額面1485万円の小切手を交付したほか、X名義の預金口座に447万5000円を振り込んだが、この額は、本件不動産の売買代金(3865万円)の半額に当たる。
理由 Yが売買代金の半額を負担したとしても、これはXとYの間の内部関係における金員の負担の問題にすぎず、Aに対しYも本件不動産の買主であることを認識させる事情ではない。 
    ◎売主が争われた事案 
(7)   (7)東京地裁昭和54.7.3 
事案 Xは、Aの代理人Yとの間で、A所有土地と同土地上にYが建築する予定の建物を一括して買い受ける旨の契約を締結し、手付金及び中間金を支払ったが、同土地についてAからBに対し所有権移転登記がされたので上記契約が履行不能に帰したと主張し、Yに対し無権代理人の責任を追求。
Yは、自らが売主本人であり、かつ履行不能について自分の責に帰し得ない理由があったと主張。
判断 売買契約の売主はYと認められる。 
事実 X・Y間で取り交わされた売買契約書末尾の売主欄には、「売主A代理Y」と記載されていた。
①Xが本件売買契約を締結するに至った事情は、Xが経営する機械部品製造業の工場住居となる建物を入手したいと考えたことに端を発し、敷地上に建物を建築する予定で物色をはじめたことによる。
②本件売買契約締結の際、YはXに対し、本件土地の登記簿上の所有名義人はAであるが、実際はAの手を離れて、Yの一存で処分できるものであると説明。
それまでXは、本件土地の所有者をYと信じて契約締結の交渉をYとの間で進めてきたが、上記説明を聞き、Aの所有地を買い受けるものであり、それが可能なものと認識して、本件売買契約を締結。
③Xは、本件建物の建築をYに依頼し、建築設計、見積もりもXとYの間で打合せが進められた。
④本件売買契約書冒頭の売主欄にはYの氏名が記載されていた。
⑤本件売買契約において、代金額は本件土地と本件建物を一括して定められていた。
理由 ①本件売買契約は、土地の取得のみを主眼としたものではなく、Xの工場兼住居の取得をも主要な目的としたものであり、そのための建物の建築はYが行い、その完成建物と土地を一括してXに売り渡すというものであって、本件建物の建築販売主としてAを予定したものではない。
②本件売買契約書の末尾の売主欄に、YがA代理人と肩書しているのは、当該本件土地の所有名義人がAであり、A所有の土地を本件売買契約の目的物件としたことから、この趣旨(他人の者の売買だが、それが確実性のあること)を表す便法として用いられたにすぎない。
(8)   (8)大阪地裁H11.3.12 
事案 Xは、Yに対し、本件不動産を売却したと主張して、その売買代金を請求。
これに対し、Yは、本件不動産の売主はAで、Xは仲介者に過ぎないと主張。
判断 売主はAではなくXである。
事実 ①Aは、Bからの本件不動産の買受けやYへの売渡しの交渉や決済等には何ら関与しておらず、これら一切の交渉はXが行っていた。
②Xは、当初、X名義でBから本件不動産を買い受けてYに売り渡す計画であり、そのためXがBに対する手付金を用意して支払ったが、本件不動産のうちの建物の入居者の立退交渉を依頼されていたCが、Xに苦情が来ることを避けるためにAの名義を借りるよう助言した結果、Xは、A名義で売買することとし、Aに対し名義使用料を支払った。
③AはXに対して、仲介手数料を支払っていない。
④Yの担当者も真の売主はXであると認識していた。
⑤Aは、Yに対し、売買代金の支払を請求したことがない。
①本件不動産の売買契約書において、売主として主張されているのはAであり、Xは仲介業者とされている。
②Yが支払った手付金及び売買代金の内金の領収書はAによって作成された。
③Yは、Xに対し、仲介手数料を支払った。
④本件不動産のもと所有者であるBが売主となっている売買契約書において、買主として記載されているのはAであり、Xは仲介業者とされている。
■           ■第6 売買か賃貸借かが争われた事例 
●      ●1 認定に際し考慮すべき事実 
  不動産の売買がされたのか、賃貸借がされたのかが争われるケース:

提出された証拠に照らして、いずれの主張に合理性があるかという判断。
  授受された金銭の額:
時価相当額⇒売買の成立を認める有力な事情
時価相当額よりかなり低い⇒売買を否定する方向
最高裁昭和36.8.8:
「本件家屋の売買のあった昭和25年6月27日当時の滞納税額は13万2000円であったところ、昭和25年6月当時の本件家屋とその敷地の借地権の地価の合算額が165万1700円であるとすれば、同合算額から上記滞納額を差し引くとしても、時価151万9000円余のものがわずか10万円でされたことになる。このように時価と代金が著しく懸絶している売買は、一般取引通念上首肯できる特段の事情のない限りは経験則上是認できない事柄である。そして、原判決判示の事情及び原判決の引用する一審判決判示の事情だけでは、YがXから本件家屋を10万円で買い受けた旨の原判示を一般取引通念上たやすく首肯することはできない。」
  当事者は、その後合意内容に沿った言動をする。

売買であれば、買主が売主に対し所有権移転登記手続を求めているか。
賃貸借であれば、その後貸主が借主に対し賃料の支払を求めているか。
あるいは明渡しを「求めているか。 
●       ●2 参考裁判例 
〇    〇最高裁昭和54.9.6 
事案 Xは、代理人Aを介して、Yから本件土地(約13坪)を1坪当たり5000円で買い受け、そのころ10坪分に相当する5万円を支払い、残額は登記と引換えに支払う約定であったとして、Yに対し、本件土地の所有権移転登記手続を求めた。
これに対し、Yは、上記売買契約の締結を否認し、上記5万円はAに対し賃貸した本件土地のうち8坪の敷金及び賃料として受領したものであって、Xに本件土地を売り渡したことはないと主張。
原審 売買契約の成立は認められない。
判断 原判決には、経験則ないし採証法則の適用を誤ったか又は審理不尽の違法がある(破棄差戻し)。
事実 ①表に「Xの土地領収書」と記載のある封筒に、YからAに宛てた1万円の預かり証及び4万円の預かり証が収納されていた。
②Xは、それまで所有していた土地を売却して地上建物を本件土地上に移築した。
③Yは、Xに対し、1回も賃料額の決定及びその支払を請求したことがなく、また本件土地の明渡しを請求したこともない。
理由 ①「事実」①の「土地領収書」との記載文言は、どちらかといえば土地売買代金領収書の意味を表したものと理解するのが素直である。
②本件土地を買い受けるためでなく、単に賃借するための自己の所有地を売却するということは、特段の事情がない限り、考えられない。
③「YはAから本件土地の賃者の申込みを受け、賃貸すべき土地の範囲、坪数を限定することなく、また、賃料額及び賃貸期間につき具体的な取り決めをすることもなく、漫然の1,2年くらいの期間の賃貸と考えてこれを承諾し、Aが持参した最初の4万円を敷金と思い、また次の1万円は上記期間の賃料の前払いと思って受け取った。」旨のYの供述は、その内容自体、通常の不動産賃貸借において賃貸人のとる措置、態度としては極めて異常であって、上記「事実」③の事実に照らしても、その信憑性には多分に疑問の余地がある。
  〇浦和地裁H11.9.24 
事案 X:亡祖父A、亡父Bを経て本件建物を相続したとして、本件建物を占有しているYに対し、所有権に基づき、その明け渡しを求めた。
Y:かねてから本件建物を賃借していたが、昭和47年8月にAとの間で本件建物及びその敷地の売買契約を締結して本件建物の所有権を取得したなどと主張した。
判断 売買契約が成立したとは認められない。
理由 ①Yは、Aに対し、売買契約書の作成を求めていないが、Yが買主として権利を保全するため契約書の作成を強く求めた形跡がないのは不自然。
②Yは、売買代金を600万円とし、これを毎月5万円ずつ10年間にわたり分割支払をするとの約定であったと供述するが、10年間の月賦払なのに利息の約定がないのは不自然。また、YがAないしBに対し昭和55年9月3日より以前に1か月5万円の金員を支払っていたことを認めるに足りる証拠はない。
③Yが昭和55年9月3日から昭和59年12月29日にかけてAないしBに支払っていた1か月5万円という金額は、昭和57年、8年当時、BないXが第三者に賃貸していた建物の賃料と比較してみても、賃料として不相当でないから、結局、上記5万円は、本件建物の賃料として支払われていたものというべきである。
④Yは、Xに対し、本件建物の所有権移転登記手続を求めていない。 
★          ★第4節 消費貸借契約の成否 
■        ■第1 はじめに
 規定 民法 第587条(消費貸借) 
消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。
説明 消費貸借契約が成立するためには、
①貸主と借主が種類、品質及び数量の同じ物を返還することを約することのほかに、
②借主が貸主から金銭その他の物を受け取ることが必要であり、要物契約とされている。
要式契約ではない⇒口頭による契約締結も可能。
要件事実   ①金銭の授受
②返還の合意
③弁済期の合意 

目的物の一定期間の利用が当然に予定されているから、消費貸借の成立があったといえるためには、返還時期の合意があることが必須との考え。
「Xは、平成〇年〇月〇日、Yに対し、弁済期を平成〇年〇月〇日とする約定で〇〇円を貸し付けた。」
■        ■第2 消費貸借の成否係る認定に際し考慮すべき事実
    処分証書である消費貸借契約書あり⇒その成立が認められれば、特段の事情がない限り、消費貸借契約の成立が認められる。
親子あるいは親族間のごく少額の貸借⇒あえて契約書を作成しないこともある⇒契約書がないということだけで消費貸借契約の成立が直ちに否定されるものではない
貸金業者⇒契約書なし⇒成立を否定する方向に働く大きな間接事実
友人等の等しい間柄における貸借⇒かなり多額に上る貸借であれば契約書を作成しないということは、特段の事情がない限り、経験則に反する
●      ●特に問題となるのは、①金銭授受の有無と②返還合意の有無 
◎        ◎金銭の授受が争われたケース 
現金を手渡したとの主張で資料なし
①貸主とされる者の資力
②借主に金銭を借用する必要・理由
③借主が実際にその金銭を利用・費消等したことがあるか否か
④貸主が借主に対し弁済期以後金銭の返還を求めたことがあるか否か
⑤借主が金銭の受領を前提とする言動をとっていたか否か
〇  〇貸主にその金銭を交付するだけの資力の有無
  貸し付けたとされる日の直前にそれに見合った金銭の同人名義の銀行預金口座から払い戻した、あるいはその近接したところにその金額に見合った金星を第三者から受領などの事実

金銭を交付するだけの資力があったことになり、金銭交付の事実を推認させる間接事実。
貸主自身に貸金の金額に見合うような視力なし⇒金銭交付の事実を疑わせる間接事実。

貸主に貸付金の原資を主張させ、その主張を裏付ける客観的な資料があるか否かを検討。
判例 貸主の銀行口座の預金残高及び他の金融機関からの借受金等を考慮しても、貸し付けたとされる金額に達せず、その原資を有していたとの裏付けなし
⇒金銭交付を否定。
貸主が金銭を貸付けたと主張する当時、その貸主自身に多額の借入債務あり⇒金銭交付を否定する間接事実
  〇借主とされる者の借用の必要・理由
  金銭を借用する必要・理由、借り受けた金銭をもって、その直後ころに自分の債務の弁済に充てた、第三者との売買代金債務に充当
⇒金銭授受の事実を認める方向に働く間接事実
判例 借主が金銭を借り受ける必要があった事情が明らかでない
借主が借り受けたとされる当時その金銭を費消した形跡がない

金銭授受を否定する間接事実として指摘 
〇    〇言動等
金銭授受⇒当事者はそれを前提とした言動
返還合意が存在⇒貸主は借主に対して弁済期以降に返還を求めるのが通常
◎       ◎金銭の授受自体には争いがないケース⇒返還合意の有無の争い
  〇金銭授受自体には争いがないが、消費貸借契約の要件事実である返還合意が争われる場合 
ex.贈与、他の債務の弁済
  〇返還合意の有無の判断には、貸主・借主とされる者のそれぞれの職業、地位あるいは関係、金額の多寡、金銭が授受されるに至った経緯、貸主が借主に返還を求めたことがあるか否か、借主も金銭の返還を前提とする言動をとっていたか否かなどが重要な間接事実に 
  貸金業者⇒返還合意肯定 
親族間の金銭の授受⇒関係が破綻しているとか、金銭が極めて多額などの特段の事情がない限り、返還を求めないものとされる場合あり。
何時分返済や弁済猶予を求めた事実⇒返還合意あり。
金銭を交付した者が受領した者に対して返還を求めた形跡なし
⇒返還合意否定へ
but
貸主と借主が頻繁に交際していた親族
借主が資産家であって弁済に不安なし
⇒貸主が借主に返還を求めなかったという事実も、返還合意の否定に直接結びつくとはいえない場合もある。
  〇金銭授受の趣旨は別にあると主張⇒いずれの主張に合理性があるかを判断。
△消費貸借契約か贈与契約かが争われる場合 
事例①
男性が女性に交付した金銭が貸金であったとすれば、男性は伝言ダイヤルにより初めて出会った女性に対し、偽名を用い、自己の住所も教えず、借用証を作成しないで300万円を貸付けた

動機、態様において極めて不自然
⇒継続的に男女関係を結ぶことを前提とする贈与と認めるのが相当。
東京高裁昭和57.4.28:
婚姻がで性的関係を継続している男女の間で男が女人現金を交付したときは、特段の事情がない限り贈与する趣旨であると解すべきであるから、同様の男女の間で男が女に対してキャッシュカードを預けっぱなしにした場合においては、当該男女間に反対の趣旨の明確な合意があれば格別、そうでない限りは預け主たる男は、女において当該預金を自由に引出して消費することを許容しているものと解すべき
事例②
ある会社が、女優兼歌手に対し交付した現金1億3000万円について、同現金は貸金であると主張して、女性にその返還を求めた事案。
上記会社の元代表者と女性の交際程度(特に親密な関係にあったとの事実は認定されていない。)、授受された1億3000万円という金額等に照らすと、上記元代表者が女性にそのような大金の返還を求めないと認められる特別な関係はうかがわれない。
⇒贈与と認定するのは困難で、貸金というべき。
△消費貸借契約か出資契約かが争われる場合 
 当事者の職業・地位・関係等、金銭授受の趣旨・経緯、そして何よりも、利益分配の方法や共同事業による損失負担及び出資金の清算方法等の事項についていかなる交渉や合意がされたかが重要なポイント。
(←出資契約であれば、共同事業に成功した場合の利益分配の方法、逆に共同事業に失敗した場合の損失負担や出資金の清算の方法などの事項を合意することが不可欠)
■         ■第3 参考判例
    ●金銭の授受が争われたケース
  ①東京高裁昭和50.9.29 
事案  Xは、Yに90万円を貸付けたと主張し、その返還を求めた。 
判断 Yはもとより、亡Aも本件貸金の交付を受けたとは認められない。 
事実  ①・・・Yは、Xに対する債務は71万4500円であると説明
②その後、上記71万円余を支払い、その際他の債務について聞いたところ、Xは他に債務はないと答えた。
③亡Aは、生前、Xから本件貸金について請求を受けたことがなかった。
④Xが主張する本件貸金の弁済期から2年余を経過しtたときまで、Xから本件貸金の請求を受けたことはなかった。 
②    ②東京高裁昭和54.3.8
事案 公正証書には昭和45年3月28日に300万円を貸付けた旨の記載。
but
実際には300万円の交付を受けていないと主張⇒上記公正証書の執行力の排除を求めて請求異議の訴え。 
事実 ①Xは、昭和45年3月16日、金融業者であるYから80万円を弁済期同年4月16日の約定で借り受けた。
Xは、Yから、根抵当権の設定があれば、その限度内でいつでも融資が受けられるので、根抵当権を設定してはどうかとの申出を受け、この先Yから融資が得られることは好都合であると考え、同年3月28日、Yとの間で、元本極度額300万円の根抵当権を設定する旨の契約を締結。
②XとYは、上記80万円の貸借をするまでは、取引はもとより、ほとんど面識もなかった。
理由  ①YがXに300万円を貸付けたとのYの主張が真実であるとすると、根抵当権設定契約と同時にその元本極度額に相当する金員の全額が貸与されたこととなるが、これは根抵当権取引の常態からみていささか異様の感をぬぐえず、また将来の継続的貸借を予想若しくは期待して上記契約を締結するに至った当事者の意図にも反する。
②300万円という金額は、当時のXの営業状態からみて相当多額であり、Xが80万円のほかに300万円とうい多額の金員を必要とするに至った具体的事情は証拠上明らかではない。
Xの営業状態やそれまでほとんど接触のなかった両者の関係からすれば、Yにおいて300万円にのぼる金員を貸し付けるからには、その金員の使途をはじめ、Xの営業や資産状況について詳細な事情を聴取したと考えられるが、具体的な話が出ていない。
③公正証書作成の委任状及び領収書の300万円という記載は、根抵当権設定契約によって定められた元本極度額と同一の金額として書類上の記載を統一するためにしたにすぎず、Xは、これが直ちに公正証書作成に用いられることにまで思い至らなかった。
  ③仙台高裁秋田支部昭和59.10.31 
事案 Xは、Yに対し、合計700万円の現金を手渡して貸し付けたと主張し、その返還を求めた。 
判断  上記金員の授受があったとは認められない。 
理由 ①XのA農協からの借受金は合計530万円であり、そのうち125万円はB銀行に預け入れたから、貸付当時、Xの手元にあったのは405万円ということになり、700万円とは金額にかなり差がある。 
②XのB銀行及びC銀行の各普通預金口座の預金残高の状況からも、その当時、XがYに貸し付けたという700万円の原資を有していたとの裏付けがない。
③本件全証拠によるも、Yがその当時700万円もの大金を費消した形跡はない。
  ④大阪高裁H16.11.16 
事案 Xは、Aに3500万円を期限の定めなく貸し付けけたと主張して、Aの子であるYらに対し、その返還を求めた。
判断 上記金員を貸し付けた事実は認められない。 
事実  ①Xは、貸し付けたと主張する閉じ、夫を亡くしたばかりで、小学生の子と姑を抱えて今後の生活に不安を覚える状況にあったばかりか、数年間に及び夫の闘病生活の結果、経済的に困窮し、親戚等に対し合計3000万円近くの借入債務を負っていた。
②Xが受給した死亡共済金の少なくとも一部は、上記借入金債務の返済に充てられた。
③Xは、死亡共済金の受給後も、弟の妻に対し新たな借入れを申込み、貸し付けたとされる年の12月には、他の債権者に対する債務返済が困難となったため、弟からの経済的援助を受けた。
      ●金銭の授受自体には争いがないケース 
    ◎消費貸借契約か贈与契約かが争われた事例
  〇東京地裁H4.11.18 
事案 X会社の元代表取締役であったAが女優兼歌手Yに対し手渡した現金1億3000万円について、Xは、貸付金であると主張し、返還を求めた。
Yは贈与と主張。 
判断 貸付金
事実  ①Yは、Xの元会長であったBに会った際、「主催したディナーショーの赤字で困っている。当面1億3000万円くら必要である」旨を話したところ、BからAに会うようにと言われ、X本店に赴いてAに会い、現金1億3000万円を手渡された。
②金銭消費貸借契約証書に署名した。
③Xの貸付金の回収を担当した弁護士Cは、貸付金台帳等の調査により、XがYに対し貸金債権を有していることが認められたので、Yに対し、Xから1億3000万円を借り受けているかどうかを確認。⇒Yは、間違いない旨答えた。
④YはCと、返済の条件について協議した結果、1か月100万円ずつ返済する旨の合意が成立し、その旨の確認書を作成。
その際、贈与という話もでなかった。 
〇    〇東京高裁H11.6.16 
事案 Xは、伝言ダイヤルで援助交際をしているYの求めに応じて300万円を交付したが、同金員は貸金であると主張し、Yに対し、返還を求めた。
Yは、愛人契約の対価として受領したものであるから、その返還を請求することはできないと主張。
判断 貸金ではなく、継続的に男女関係を結ぶことを内容とする契約(愛人契約)の対価ないし継続的に男女関係を結ぶことを前提とする経済上の援助として交付されたもの。 
事実 ①Xは、Yが「月単位でおつきあいして下さる方いませんか。3か月くらい給料が入らず、借金もあり、引越しも引越もしなければならないので、助けてくれる方はいませんか。」という内容で登録したいわゆる援助交際の相手方を求める伝言ダイヤルを聞き、これに応じた。
Xは、Yに対し、偽名を名乗り、事故の住所を明らかにすることもしなかった。
②300万円を交付。その際、本件金員を無利息で貸すことも提案したが、Yは、返済の見込みがないことを理由に断り、「愛人契約」にしてほしいとの希望を述べ、Xもそれを受け入れた。 
〇    〇大阪高裁H16.9.3 
事案 Xは、実子であるYに対し、150万円を返済期限を定めずに貸し付けたと主張して、その返還を求めた。
これに対し、Yは、結婚資金として贈与を受けたものであると主張した。 
判断 貸金である。 
事実 ①貸付け当時、XとYとの仲は良好ではなかった。
②その後、Xは、Yに対し、150万円の返還を催告するとともに、後日、簡易裁判所において支払督促の申立てをしたが、同支払督促に対し、Yは、異議を申立て、異議申立書には月額1万円の分割払いを希望すると記載。 
    ◎消費貸借契約か出資契約・業務提携契約かが争われた事例
〇    〇大阪地裁昭和58.7.15 
事案 Xは、Yから6100万円の交付を受けたが、これは農地造成及び農場経営のための共同事業のための出資金であったとして、Yに対し、債務不存在確認を求めた。
Yは、これはXに対する貸金であると主張。 
判断 貸金である。 
事実 ①Xは、大規模な農場経営の計画をもっており、Yの協力により本件土地を購入し、本件土地の農場造成工事をAに請け負わせた。
②Xは、自らの上記事業の事業主であり、Yに対し多額の債務を負担していること前提とした行動をとっていた。
③Xの妻の親族は、Xが事業主であることを前提とし、Xに代わってAに700万円を代払した。 
④Yは、これまで農業をしたことはなく、当時既に80歳を超えた高齢者で都市部に住んでいた。
⑤XとYとの間で、代表者、各人の出資割合及びその内容、農場経営の内容、利益分配の方法等についての取決めの文書等がない。
  〇東京地裁H10.4.22 
事案 Xは、Yに対し、合計12億5000万円を貸し付けたとして、その返還を求めた。
Yは、10億円の授受を争うとともに、受け取った2億5000万円についても、貸金ではなく、業務提携契約に基づく利息の負担金であるとし、その返還義務を争った。
判断 2億5000万円の交付は、単純な消費貸借契約ではなく、XとYとが共同で地上げをして、転売利益を折半するための業務提携契約である。
(10億円の交付の事実は認められない。) 
事実 ①Xは、不動産の地上げにかかわることによって利益を上げる方法を探っており、他方、Yは、北側土地について名義を取得できたものの、南側土地の買収に手こずり、また資金的にも窮屈な状況にあった。
②XとYは、不動産の地上げについて話し合いをもつようになり、合意書を取り交わすに至った。同合意書の骨子は、Xが南側土地を取得できたときは、Yから北側土地の譲渡を受け、同土地を併せて売却し、その売却代金から双方の経費を差し引いた利益を平等に分配するが、それまではお互いの経費負担を少ない方が多い方に一定の金員を支払うという方法で調整するというもの。 
〇    〇大阪高裁H16.12.17
事案 Xは、Yに、1億1000万円を貸し付けたとし、その返還を求めた。
Yは、授受の趣旨は金銭消費貸借契約ではなく、出資契約若しくは匿名組合契約であると主張。
判断 貸金である 
事実 Yの主張(出資契約)側:
①本件金員授受に先立ち、Yは、Xに対し、不動産の転売により多額の利益を得られることから倍額の返済をするなどと説明。
②現実に、本件金員授受の際、Yは、Xに、多額の礼金を支払った。
Xの主張(貸金)側:
①本件転売不動産の手付金は2億円であり、Xの支出した1億1000万円を超える部分についてはYが工面したが、Yが一方的にXに対し、担保の趣旨で約束手形を交付。
②Yは、Xに対し、継続的に一定額の利息を支払っている。
③XとYは、利益分配の方法や取得する不動産の転売に失敗した場合の損失負担や出資金の清算の方法などの事項について、何ら交渉も合意もしていない。
④Yは、「Yは、Xに対し、1億1000万円の借入債務を負担し、支払義務があることを認める。」旨を内容とする本件債務承認弁済契約書の作成に応じている。
理由 ①それぞれが出資したものであるなら、その出資分を確認するのはともかく、自らも出資者であるYが、他方の出資者であるXに対し約束手形を交付するようなことは一般にありえない。
②相互に出資したのであれば、出資者各人に対し利益を分配することはあっても、一部の出資者が他の出資者に利息を支払うことも考え難い。 
    ◎その他事例 
〇    〇東京高裁昭和51.12.20 
事案 Xは、Yに対し、300万円を貸し付けたとして、その返還を求めた。
Yは、同金額は土地売買代金の支払として受領したものであると主張。 
判断 上記金員の交付は、YからXに売却した土地の残代金の支払と認められる。
事実 Xの主張側:
YからXに対しY自筆用借用証書が交付された。
Yの主張側:
①Yは、AからA所有の土地を498万円で買い受ける契約を締結し、内金200万円を契約時に、残金298万円を所有権移転登記に要する書類完備のの時に支払う旨約束した。継いだ、Yは、Xに対し、本件土地を562万円で売却する契約を締結し、内金250万円を契約時に、残金312真似んを所有権移転登記手続と引換えに支払う旨約し、Xから250万円を受領。
②その後Yが刑事事件の被疑者として逮捕されるなどの事件が発生したので、Aから本件土地の売買契約を白紙に戻すと言われる心配が生じた。
⇒Xは、本件土地の所有権移転登記手続が約束どおり履行されない場合を考慮し、残代金の支払は貸金名下にしてほしいとYに伝えた。Yは、300万円の借用証を作成してこれをXに指しいれ、300万円を受領した後、このうちから本件土地の残代金298万円をAに支払った。
③Y自筆の上記借用証には、「本件土地の登記を行うカネとして」と記載されていた。 
要旨 Xは、本件貸金の貸付けは無利息、無担保で、弁済期の定めも明確になかったと供述するが、商人であるXが約定を前払いしてまで信用組合から借り受けた金員を特段の事情もなく無利息で他人に貸し付けるということは、不自然。
■         ■第4 消費貸借の当事者 
    ●消費貸借の当事者の認定に際し考慮すべき事実 
      ●参考裁判例 
    ◎貸主が争われた事案 
  〇大阪高裁H15.6.20 
事案 Xは、Yに対し、総額2億円を貸し付けたと主張し、Yに対し、その返還を求めた。
Yは、Aから3060真似んを借り受けたにすぎず、Xから借り受けたことはないと主張。 
判断 総額2億円の貸主はXである。
事実 ①Yは、競売物件を買い戻すために、1億円程度を緊急に必要とし、Aのオーナーに融資を懇請したが断られ、引き続き融資の紹介方を懇請していた。
②Yは、借用証書の貸主欄が空白であったのに、取り立てて異議を述べずに署名押印した。
③Yは、不動産を担保提供するに当たり、司法書士から根抵当権設定登記の権利者がXであるとの説明を受けたとに、特段の異議を述べなかった。
④金銭消費貸借契約の締結や金銭の授受は、Aの貸付担当者が行ったが、同担当者は、Xの代理人の立場で行動した。Aやそのオーナーは本件貸金に係る契約上でてこない。
    ◎借主が争われた事案 
  〇最高裁昭和38.6.4
事案 Xは、Yに金員を貸与したと主張し、Yにその全額の返還を求めた。
Yは、本件貸付はYとA(Yの妻)が共同で借り受けたもので、その負担部分は平等であると主張 
判断 共同借受けとは認められない⇒破棄差戻し
事実 X側:
①Yは、耕地1町歩を所有するほか、貸金業を営んでおり、「Y銀行」と呼ばれていた。他方、AはYの妻であり、見るべき資産がない。
②Xは、本件貸金がYの貸金業の資金として運用され、確実に高利を回収できるという見込みを有し、本件金員を貸与した。
③Xは、昭和28年8月3日に貸与した分については、Aから借受けの申込みを受けたので、Yに確かめたところ、同申込みは承知している旨の回答を受けたので、貸与した。
④Xは、本件訴訟前、Yから本件金員は自分が借り受けている旨の確認を受けた。
Y側:
①借用証には、YとAの連名の簡単な借用文書が記載されており、なかには両名につき「借主」と一括肩書をしたものも含まれている。
②Aは、本件金員の申込み、金員の授受等一切につき直接の衝に当たった。
理由 たとえAが本件金員の申込み、金員の授受等一切につき直接の衝に当たった事実を斟酌しても、借用証にY及びAの氏名を連記したということは、むしろ該書証の記載の貸借につき、AがYを代理するという関係を不完全ながら表示したものと解釈すべき余地があるといえなくはなく、少なくとも借用証に両名の氏名が連記されているからといって、直ちに両名の共同借受けを認定できる筋合いではない。
〇    〇東京高裁昭和51.3.29 
事案 Xは、Y会社に対し、合計600万円を貸し付けたつぃて、その返還を求めた。
これに対し、Yは、上記貸金はY会社代表取締役A個人の借入金であると主張。 
判断 借主はY 
事実 X側:
①本件消費貸借は、Y会社の営業のための借入れであった。
②Aは、本件借入れに当たり、代表資格を明示した借用証を差し入れた。 
Y側:
①Aは、借入れの必要の理由として、レストランチェーン設置のため資金調達の必要があるが、Yの一部の役員の反対があると述べた。
②XとAは私的な旧知の間柄であり、本件金員の授受もXの自宅で行われた。
③本件貸借に当たり、A個人振出の手形が担保とされた。
④Yの金銭出納は経理部を経由してなされる仕組みであるが、本件金員はこれを経由していなかった。
理由 上記「X側事実」によれば、XとAとの間に別段の意思表示がない限り、Yが本件金銭貸借の当事者であるというべきである。そして、上記「Y側事実」は、未だXとAとの間に本件金銭貸借の当事者がA個人であるとする旨の別段の意思表示があったことを推認するに足りない。
〇    〇東京高裁昭和59.3.22 
事案 Xは、Yに1500万円を貸し付けたと主張し、Yに対し、その返還を求めた。
これに対し、Yは、本件消費貸借契約の実質的な借主はAであり、Yは単なる形式上又は名義・名目上の借主にすぎないと主張。 
判断 本件貸付の借主はY 
事実 ①Yは、Aから融資方の申入れを受けたが、既に同人には1000万円以上を貸し付けていたことから、Xから融資を受けるように話をし、結局、XがAに対し1500万円を貸し付けること、Aは未成年の子の所有に係る本件不動産を担保に供することにすることで、概ね合意が成立した。
②X,Y及びAは、契約及び登記関係書類の作成方を司法書士に依頼したところ、同人から、Xからの融資先をAとしたのでは、本件不動産の担保提供行為が利益相反行為になるおそれがあるとの懸念を示された。そこで、上記関係者らが再度協議した結果、Yにおいては、本件不動産が担保に供されるのであるから、自己が債務の弁済をしなければならない事態になることはないものと考え、名義上、Yを借主とすることを承諾した。
③その後、X、Y及びAは再度会した上、Xにおいて、現金及び小切手をYに交付し、Yにおいては、上記小切手に自己を受取人として署名押印し、これを現金化して、Aの預金口座に送金又は現金をAに交付するなどした。
理由 「事実②」に照らすと、関係者の意思は、Yを借用証書上又は借用名義上借主とすることによって本件消費貸借契約の法律効果をYに帰属させようとすることにあった。んぜならば、Yの氏名は単なる符牒として使用されたにすぎず、法律効果の帰属主体ついての借主はあくまでAであるというのが関係者の意図ないし意思であるとすれば、あえてYを借用証書上又は借用名義上の借主としなければならない理由はないのであり、そのように解することが関係者の意思に適うとは解されない。
〇    〇東京高裁H12.4.11 
事案 X(銀行)は、いわゆる総会屋Aの事務手伝いをしていたYを名義上の借主として融資を行った貸付金につき、Yに対し、その返還を求めた。 
判断 借主はY
事実 ①Xは、Aに対する融資はできないと明確に断り、同融資を受けるためにはAが経営するB会の構成員でない者が借主にならなっければならないと言明
②Aの事務手伝いをしていてYは、上記の事情を承知の上でAから借受人になることを求められて、XからYへ、YからAへという迂回融資に協力することを承諾
③Y(社会保険労務士)は、本件貸付けに際して、約束手形に署名押印し、有価証券担保差入書、その基礎となる銀行取引約定書等にも何らの留保を付けることなく署名押印。
④Yの本件預金通帳の届出印にはYの実印が使用され、その実印はYが管理。Aは、Yの承諾ないし押印の協力がなければ、Xから本件借入金が振り込まれた本件通帳からその預金を自由に引出すことができなかった。
⑤Xは、Aが本件貸付けは自己に対する貸付けであると主張して自己の名義で弁済提供した金員について、Aの貸し付けをしたことはないとしてその受領を拒絶した。
理由 Yは、本件貸付契約上の法的な借主は自己であって、それによる法的義務は自己が負うことを認識していたものというべきであり、Xにおいては、終始一貫して本件貸付けにおける法的当事者はYであるとして手続処理していた。
〇    〇東京高裁H12.5.24 
事案 X(銀行)は、いわゆる総会屋Aの妻であるYを名義上の借主として融資を行った貸付金につき、Yに対し、その返還を求めた。 
判断 借主はA 
理由 ①Y自身の署名がある文書としては、本件融資の日の前日づけの有価証券担保差入証書及び本件融資の当日付けの普通預金払戻請求書があるだけで、本件融資に係る約束手形にY自身が署名した事実を認めるに足りる証拠がなく、Yが本件融資が行われたことを認識していたかどうか疑問を否定することができない。Yは、いわゆる専業主婦で、Aが経営するB会の活動に全く関与していなかった。
②Xは、本件契約締結当時、総会屋として活動していたAと良好な関係を保つために、Aからの融資申入れを断ることができず、そうかといって、Aに対し直接融資することは総会屋の活動に協力することがあまりに明白となってはばかられた。
⇒実質的にはAへの融資であると認識しながら、その妻であるYの名義で融資をしたものであることが容易に推認できる。
⇒Xにおいて、真の債務者はAであってYは単に名義人にすぎず、Yには真に債務を負担する意思がないことを十分に認識していた。
〇    〇東京高裁H15.6.25 
事案 Xは、Yに対し、200万円を貸し付けたとして、その返還を求めた。これに対し、Yは、本件融資金はA(Yが代表取締役をする会社の専務取締役)が自ら使用するために借り入れたものであると主張。
判断 本件融資金の借主はYである。 
事実 ①本件融資は、YがAの給料の支払ができないので、仕事上知り合いであったXに対し、200万円の融通を依頼したことが端緒となり、当時200万円の資金を持ち合わせなかったXが県信用組合と交渉した結果、借主をAとし、Xが連帯保証人となる方法で200万円の融資を約束を取り付け、これを手段としてXが金策した。
②Xは、本件融資実行の前日にYから同人作成に係る「200万円也をA名義で借用するにつき、X保証にて借用いたしました。支払については、現在商談中の土地代金より決済時に全額をお支払いたします。」との記載がある「支払書」の交付を受け、Xが上記の方法で調達した金員をYに貸し付けることを明確にした。
③Yは、弁済後、Xに対し、借用した200万円の支払猶予を求めた。
〇    〇東京高裁H16.12.17 
事案 Xは、Y1(Y2会社の代表取締役)に対しては消費貸借契約に基づき、Y2(会社)に対しては連帯保証契約に基づき、各自1億1000万円の支払を求めた。
これに対し、Y1らは、借主はY1ではなく、Y2であると主張した。 
判断 借主はY2である。 
事実 ①Xは、金員を交付した際、Y2が不動産の売買、仲介等を目的とする会社であること及び本件の借入金が不動産転売のための資金であることを知っていた。
②不動産を転売して利益を上げる主体は、Y1ではなく、Y2であった。
③Xは、金員交付の際、Y2振出の約束手形を受領した。
④後日作成された本件債務承認弁済契約書においては、債務者がY2、連帯保証人がY1という記載になっていたのに、それに対し、Xは何ら異議を唱えず、末尾の当事者欄に署名・押印した。
⑤本件債務承認弁済契約書に基づく合意を前提に、Y2所有の不動産に根抵当権設定登記を経由した。
■         ■第5 弁済
    ●はじめに
  弁済:債務の内容たる給付が実現され、これによって債権が満足せられて(目的を達して)消滅すること。
  給付が弁済としての効力を生じるためには、給付が債務の本旨に従ったものであることを要する。

弁済者、弁済受領者、弁済の客体、弁済の場所、弁済の時期、弁済の方法の諸点につき、債務の内容にかなうか否かによって決せられる。
約定債務であれば、これらの諸点は契約によって定められるところに従うが、契約に不明確な点があれば、当事者の企図する目的、法律の規定、慣習及び信義則によって解決。
  給付が弁済としての効力を生ずるためには、まず給付が当該債権についてされなければならない。
最高裁昭和30.7.15:
弁済の抗弁については弁済の事実を主張する者に立証の責任があり、その責任は、一定の給付がなされたこと及びその給付が当該債務の履行としてなされたことを立証して初めて尽くされたものというべきであるから、裁判所は一定の給付のなされた事実が認められても、それが当該債務の履行としてなされた事実の証明されない限り、弁済の点に立証がないとして右抗弁を排斥することができる。
給付がその債権についてされたかどうかは、弁済者とその相手方との債権債務関係といった客観的な事情、給付者の意思等、諸般の事情によって決せられる
既に債務を負担している者が債務内容に適合する行為をするときは、特段の意思が表示されない限り、その債務の弁済としてされたものとみてよい。
多数の債務を負担しているために、弁済として給付がされたが、どの債務についての弁済か分からないときには、弁済充当(民法488条ないし491条)等の法律の規定等によって定まる。
    ●弁済の有無の認定に際し考慮すべき事実
  領収証等

処分証書に準ずるもので、その真正な成立が認められれば、特段の事情がない限り、経験則上、一応その作成者によってその記載どおりの行為がされたものと認めるべき。

領収証が証拠として提出されながら、その証拠価値の有無について十分吟味することなk、弁済の主張を排斥することは相当でない。 
最高裁H11.4.13:
弁済の主張を裏付ける領収証その他の書証があるにもかかわらず、同領収証の金額と小切手の額面金額とが異なっていることなどから弁済の事実は認められないとした原審の判断は、領収証の金額が円で表示されているのに対し、小切手の額面金額が米ドルに換算されている結果、数額の上で異なっているにすぎないことが明らかであるから、これをもって上記領収証を排斥し、他に首肯するに足りる特段の事情について説示することなく、弁済の主張は認められないとした原審の認定判断には、経験則違反ないし採証法則違反があると判示。
but
領収証の成立には問題がないとしても、当事者間に複数の債務があるような場合に、証拠として提出された領収証がいずれの債務についてのものなのかが領収証の記載から明らかでないときがある。

領収証に記載された作成日付及び金額等が、ある特定の債務の弁済として不自然、不合理な点がないかを慎重に検討する必要。
(そのような視点で弁済を認めた原判決を破棄した判決として最高裁昭和41.12.2)
◎  金銭の授受に際し、領収証その他の文書が作成されたこともある。

領収証が存在しないからといって、直ちに弁済の事実が認定できないというものではない。

領収証を作成しなかった理由、そに代わるべき客観的な証拠の有無、その他弁済を推認させるような間接事実の有無を検討。 
最高裁H7.5.30:
当事者間で領収証は作成されなかったものの、払い戻した預金をもって金銭が授受された場合に預金払戻請求書が証拠として提出されていたという事案について、領収証が作成されなかったことに無理からぬ事情があったとして、領収証が存しないことのみから直ちに金銭の授受がなかったということはできない旨判示。
借用証は、弁済により貸主から借主に返還されるのが通常。
⇒それが貸主の手許になく、借主の手中にkあるということは、弁済を裏付ける間接事実となる。
最高裁昭和38.4.19:
<事案>
Xは、Yに対し、多数の貸金があるとして、その返還を求めた。これに対し、Yは、昭和28年5月16日の借入れの30万円については全額弁済した旨主張して、30まねんの借用証を証拠として提出。
<原審>
30万円の弁済については的確な証拠はない
<判断>
30万円の借用証が、貸主たるXの手許にはなくて、借主たるYの手中にあるという事実が認められるのに、原判決がこの点の取捨につき何ら明確な判断を示すことなしに、ただ漫然、残額完済を認めるに足る的確な証拠がないとした点は、審理不尽ないし理由不備の違法がある。
⇒破棄差戻し。

裁判官のインタビュー  
  ★A裁判官 
■客観的な事実を中心に置くこと
客観的な裏付けがある事実・・・動かしがたい事実・・・を並べた上で、当事者の主張するストーリーの中に、そうした事実を合理的に説明できないものがないか、検討する。
当事者や証人の顔を見て判断できるわけがない。

当事者や証人の弁解については、具体的な事実による裏付けの有無を慎重に吟味することが必要。
客観的に押さえられる事実を中心に時系列表を作成するという方法。
人間や出来事の関係を図に書いて、事件の全体像を視覚的にとらえると、重要な発見ができることがある。
■疑問点を当事者に尋ねること 
自分の乏しい経験だけをもとにして考えるのはよくない。
⇒「不合理である」と切り捨てるのではなく、疑問が見つかったら、まず、当事者に尋ねてみる。
「商人が金額欄白地の手形を渡すようなことをするはずがない」と考えたら、そのことを当事者に言って、反論してもらうべきだった。
真っ向から嘘をついているという事件は少ない。
⇒当事者の主張が一見不合理であるように思われても、「そういうこともあり得るかもしれない」という観点から検討してみるべき。
「ためにする訴訟」は少ない⇒争うにはそれなりの理由がある場合が多い⇒不合理であるとはなから決めてかかってはいけない。
  ■書証の成立だけから結論を導かないこと 
×書証の成立だけ判断していて、書証ができあがった経過を認定していない判決。
二段の推定の問題になるケースでも、どういう事実経過でその書証が作成されたのかが分かれば、二段の推定を使う必要がないことも多くある。
銀行員が保証人に会い、面前で保証書を作成してもらったと供述。
but筆跡が保証人のものではない
⇒銀行員が保証人と本当に会ったのであれば、保証書は別の人に書かせたことになるし、なぜそんなことをしたのかが問題となる。
×会ったかどうかを認定せず、二段の推定を使って認定した判決
どういう経過でその書証ができたかを語れるものについてはその書証が作成された経過を事実として認定すればいい
×借用証書がある場合に、その成立を認定して、それだけで結論を導いている場合
金銭が動いたことを認定しないまま、借用証の成立を認定しただけで、金銭消費貸借を認定するようなことをしていはいけない。
■書証がない場合の考え方 
×「書証がない以上、認定できない」
×金銭の動きがあるのに、貸したと記載された書証がないから貸借ではない
vs.
動いた金銭はいったいなんだったのか
~金銭の動きとその合理性の有無を中心に考えるべき。
普段は書類を作成しているのにこのときだけ作成されていない、というようなことがあれば、それはおかしいといえる。
  ■問題のある判決の書き方 
間接事実を積み上げた上で、間接事実からの推認の過程をきちんと書いていることが重要。 
×あまりに細かな事実を認定している判決 
×「電話をしたが、不在であったので、折り返し電話してもらうことにしたところ、電話がかかってきて・・・」
vs.
〇大事なのは「電話で話した」ところ⇒それだけを認定すればいい。
×離婚訴訟等でも、当事者がそのときどういう気持ちであったか、などということまで、当事者の一方のストーリーに載って細かく認定。
vs.
認定する必要もないし、当事者から批判される原因になるだけ。
×「暴力を振るわれた」とか「誇りを傷つけられる発言をされた」など、果たしてこれが「事実」なのだろうかと思われるものを認定しているもの。 
  ■事実認定力向上のための方策 
    ★B裁判官 
  ■主張整理の重要性 
適正な事実認定をするためには、証拠調べ前の主張整理段階が重要
主張整理段階で、各当事者が主張するストーリー(仮説)をきちんと出させ、いわば対立の軸を明らかにした上で、それぞれの主張にどの程度の合理性があるか、証拠の裏付けがあるかなどの一応の見通しを立てる。 
この段階で反対尋問の先取りをしてそれぞれの主張テストをし、事件の筋を見分ける。
×証拠調べは白紙の状態で臨んだ方がいい
借用証のない貸借であれば、どうして借用証を作成しなかったのか、その理由(特段の事情)を主張させ、さらに相手方にもその主張に対する反論をださせる。
当事者の署名押印のある借用証が証拠として提出されているのであれば、二段の推定を覆す事情や当該借用証の記載のとおりの事実を認定できない特段の事情を主張させ、同様に相手方にもその主張に対する反論を出させておく。

争点がより明確になり、人証調べは予想の範囲内の選択の問題に帰着させることができる。
人証の絞り込みもできる。
×重要な事実であるにもかかわらず、陳述書だけを提出させて人証調べをしていない事件記録
事務所の従業員が事務所の金員を横領したとして損害賠償請求を受けたという事案
金を下したがボスに手渡したと主張
裁判所が手渡したとする日時・場所を具体的に釈明⇒その日はボスが海外に行っていた⇒主張を変遷させ、最終的な主張である「ボスの決裁箱に入れた」と主張。

反対尋問の先取りをしてそれぞれの主張テストをするよう踏み込めば、迅速な事案の解決につながる。
  ■点と線の認定 
  事実関係を「点」(主要事実)だけでなく、「線」(間接事実・前後の流れ)でも捉えることが有用 
契約成立の主張で、契約書がなく、点だけでとらえるとその成立が容易に認められない
but
どうして契約書が作成されなかったのかなど、その契約成立に至る経緯等(「線」)をつないでいくと、契約成立を認め得ることがある。
点と線でつないでみて、整合性があるか否か、自然であるか否か、合理性があるか否かなどの検討が重要。
「線」は、何とでも言える供述や証言ではなく、動かし難い客観的な事実(争いのない事実を含む。)からとらえる必要。
点だけの認定では説得力が乏しくなり、また、流れ(ストーリー)が不自然な場合は、事実認定の結論も疑問
  流れではなく、動かしがたい事実(点)が決め手となる場合もある。
◎会社役員が会社の金員を横領したとして追及した弁護士の行為が不当であるとして、その役員が弁護士に対して損害賠償を請求した事件:
役員は、引き下ろした金員は会社の債務弁済に使ったと主張。
会社所有の不動産登記簿の抵当権が弁済により抹消されている事実(動かし難い事実)を発見⇒事件が理解できた。
(弁護士は、事件の核心を裁判所に分からせまいとして、わざわざ分かりづらい準備書面を作成して提出していた)
◎フェラーリ2台がガードレールに衝突して破損した事故が偽装による保険事故であるかが争われた事件:
衝突後損傷により走行不能状態となっている車両2台をJAFが引き上げた(動かしがたい事実)
⇒仮に事故が偽装なら、事故が発生したとされる日時ころまでに、本件道路上に損傷した状態の車両2台を何らかの方法で搬送して置いておく(大がかりで、人目につきやすい)作業が必要になる。
but
そのようなことが行われたことをうかがわせる事情は証拠上全くなかった。
  ■その他、原判決に思うこと 
×判決書において証拠判断省略されすぎてきる判決(これに反する甲、乙、丙は採用しない)
証拠判断は、心証形成がうまくできていないとなかなか書けない⇒証拠判断が上手く書けないというのは、実は、自分の心証形成過程を再度検討する必要がある。
×間接事実を総合的に判断して主要事実緒認定すべきなのに、間接事実を一つ一つ分析して判断したため、かえって誤った結論になっている例
「Aという事実からは認められない。Bという事実からは認められない。」といった判断だけで、A,B,Cの事実を総合したらどうなるかという判断が欠落。
間接事実からの推認は、結局は、その人の物事に対する洞察力の問題になり、主要事実を認定する上でどの間接事実が重要か、その取捨選択もやはり洞察力の問題。
書証を過度に重視してしまい事実認定を誤るパターン 
原告が被告の先代に金員を貸したと主張して、その返済を求めた事件で、原告は、これに沿う借用証多数(400万円、700万円、30万円多数)を提出。

原審は、これらの借用証ごとにそれぞれ別個の貸借が成立したと認定。
vs.
担保、保証もとらず、しかも弁済がされていないのにさらに貸借を繰り返すというのは、通常は考えられないであり、その点にまず疑問をもつべき。
貸借は1回だけで、2枚目の700万円の借用証は元本にその時までの利息分を載せて1枚目の400万円の借用証を更新したもの、3枚目以降の30万円は各回の利息の支払のためのものと見る方がより自然。
判決書に記載すべき間接事実は、主要事実を推認するのに必要にして十分なものである必要。
but
取り上げるべき間接事実が不足しているものもあれば、必要以上の間接事実を記載しているものもある。 
  ■事実認定能力の向上について考えること 
人間の行動に対する洞察力を育てる。 
その場に置かれた人間が普通どのように思って行動するか。
行動として異例であれば、そうした行動をとる合理的な理由があるのか。
自分の目、自分の狭い経験則だけで物を見てはいけない。 
    ★C裁判官 
  ■本当の事実・生の事実 
両当事者の主張の中間にあるあいまいな最初の事実が真実に近いことが多い。
生の事実は、要件事実や争点整理に制約されないところにある。
これを争点整理の過程で、要件事実の観点から切り取り、それで割り切ってしまうと、生の事実が見えなくなり、間違えることがある。
  ■事実認定の手法
×白紙の状態で証拠に向かう。 
〇弁論等を通していろいろなイメージ、ストーリーを自ら多重的、複眼的に用意して、集まった証拠を総合して、どのイメージが合うかを探り当ててゆくのが事実認定。
  ■書証 
●文書の成立について 
推定の法則によりかかりすぎている。
印影の成立が認められても、当該文書に記載された意思表示が行われたと推定することに疑問があると思われることがしばしばある。
印影の押捺の代行の場合に、従来は、印鑑を預けること自体から何らかの授権を推定してきたが、ごまかして押させる手練手管が発達し、知らないで押す場合が増えている。
⇒慎重に判断すべき。
そもそも、当事者が作成した書類については、推定を使わないで、直接証拠で認定すべき。
推定は、作成当事者が訴訟の当事者でなく、尋問できないような場合に用いる。
効果意思がないままに契約書を署名する場合、これを①文書の成立の否認ととらえるか、②錯誤、通謀虚偽表示等の抗弁ととらえるかは、難しい問題。
②抗弁⇒抗弁の立証が困難でなかなか認められない。
当事者や事件の類型ごとに分けて考えるべきだが、少なくとも、業者対消費者の場合等は、成立の否認の主張と構成し、消費者を保護すべき
●処分証書 
×若い裁判官は「処分証書は特段の事情のない限り記載内容のとおりの事実が認定される」と考える傾向。
vs.
契約書の成立のみならず、特段の事情についても重要な争点ととらえ、これらの事情の探求を心がけるべき。
事件になるのは、特段の事情がある(あるおそれがある)から⇒特段の事情の認定にもっと積極的になるべき。
●原本確認の重要性 
本当に争点になっているものについては、原本をよく見ることが大事。
(弁護士が原本を預かっていないことがあるが、そのこと自体が不自然)
●偽造・変造 
証拠の偽造・変造の技術が進歩している。
証拠として提出されたデジタルカメラの写真が合成されたものであったことがあった。 
領収証等の取引文書用紙においては、主要文書用紙メーカーは、一定年限ごとに様式、色、模様等をかえており、調査嘱託したら、当該領収証の販売されていた年度を回答してくれた。
●陳述書 
肝心なところの事実経緯をぼかしてある陳述書は、信用できない。
陳述書が決定的な証拠になっている判決はおかしい。
詳細な事実認定をしている判決で、一方の陳述書に依拠しすぎた結果であるものは、そこまで認定してよいか疑問が生ずる。
  ■証言の信用性 
本当の詐欺師の証言は、明確性、一貫性があり、反対尋問や補充尋問をしても内容がぶれない。
出来過ぎの証言は要注意。
  ■推定 
事実推定の内容は、取引世界の実情等のため、時代により変化する。
推定の内容は、時代により変化するものであり、また場面によっても、推定の強弱等が異なる。
賃貸人が賃貸借契約の解除後に賃料を受領:
A(かつて): 解除の意思表示の撤回
B(今):賃料相当損害金として受領するとの留保付きの行為であるとして、留保の意思を推認するのが相当。
投資取引で、定期に送付される取引報告書に顧客が異議を述べない:
A(かつて):記載された取引についての申込みや応諾があったものと推定
B(今):取引者の判断能力、知識、取引の異常性等を総合的に考慮して個別的に判断。
~取引の違法性を重視。 
×A:商取引では、商品引渡時に異議を述べていない⇒瑕疵がなかったと推定。
vs.
検収時にできることには限界があり、現場で行われている検収の実態を無視するもの。
〇B:検収時に文句を言っていないことから一定の推定をすることは、慎重であるべき。
    ★D裁判官 
  ■事実認定をする際の留意点 
  ■審理の在り方 
     
    ★G裁判官
  ■事案の背景・事実経過・・・事件を掘り下げることの重要性 
適切に見極めるためには、、事案をしっかり掘り下げ、事件の背景や事実経過をしっかり把握することが肝要。
●    ●一定の形式が整っている場合の例 
◎特定の相続人に全財産を相続させる旨の自筆証書遺言の真否が問題となった事案
原審:遺言書は有効

①相続人が被相続人を引き取って面倒をみていたこと
②被相続人と他の相続人との会話内容(録音テープ)
遺言書を無効と判断

①ほとんど被相続人を奪取するような形で同居させるに至った
②被相続人は、その後他の相続人から事実上隔離されたような状態にあった
③被相続人は、この相続人方に転居するに当たって、重要な財産をまとめた上、これをこの相続人方には持参せず、他の場所で保管する手配をしていた
④控訴審で筆跡の鑑定申請を採用したところ、遺言書の筆跡は被相続人のものとは認められないとの鑑定結果
一般的:相続人の一人が被相続人と同居して世話をしていた⇒この相続人に全財産を相続させる遺言の合理性を基礎付ける事情。
but
遺言書が作成された経緯やその背景を今少し掘り下げてみる必要がある。
◎不動産の登記名義人の所有権が争われる場合
登記名義人となっている妹に対し、姉が真正な登記名義回復を原因とする所有権移転登記手続を請求した事例
原審:妹側の主張(同人に知的障害があることを心配した両親が、この不動産を取得した上で、同人に贈与した)を認め、姉の請求を棄却
控訴審:姉の請求を認める

①妹の世話をしている弟や妹自らも、別件の遺産分割事件(調停)では、当初、本件の不動産が姉所有であることを認める陳述をしていた
②姉には当時この不動産を習得するに十分な資力があり、第三者(妹)名義とする動機もあった(当時姉は離婚訴訟中で、自らの名義で不動産を取得することが、財産分与上不利な影響を及ぼすことを危惧した)
  ●原審の判断を変更して、形式に即した判断をしたもの 
◎抵当権設定契約の成否が争われた事案で、物上保証人の署名及び同人の実印の押捺のある抵当権設定契書の成立が問題 
原審:物上保証人の弁解(以前にした別の物上保証の求償関係の書類である旨説明されて署名・押印した)⇒抵当権設定契約の成立を否定
控訴審:抵当権設定契約の成立を肯定

①偽造や実印盗用等の事実は認められない
②契約書の体裁からすると、書面の趣旨は一見明らか
③物上保証人は以前にも同様の契約を締結したことがある
原審は、債権者がいわゆる事件屋的な人物であったことから、このような認定に至ったものと思われるふし。
but
公序良俗違反等の法律論で勝負するなら別論、事実認定としては無理がある。
  ●実質論に基づいてどこまで積極的な事実を認定することができるか 
◎土地賃貸借契約について建物所有目的の有無が問題となった事例 
原審:明渡請求を認容

昭和20年頃、資材置場として賃貸されたもの(⇒当初の時点では、建物所有を目的としたものとは言えない)
控訴審:契約締結後に、建物所有目的についての黙示の合意があったと判断

①その後、借主は無断で工場等の建物を建設し、貸主側はこの状態を放置したまま20年以上が経過
②貸主方の住居から200メートル程度しか離れておらず、貸主は、このような利用状況を十分認識しながら20年にわたりこれを放置。
③賃料の値上げされ、近隣の相場と比較すると、建物所有目的を前提とした賃料額に見合うような額で合意(裁判所の釈明で判明。)。
■   ■事実認定力の向上等 
事案の背景や事実経過等を掘り下げる努力が必要。
記録を読み込むことに尽きる。
認定については冷静を心がける。
    ★H裁判官 
  ■事実認定における背景事情やいきさつ、人間関係等の重要性
●  「人の紛争」を扱う⇒人間関係等についての具体的な注意・関心が事件の核にある。
事件に即した適切な事実認定を行う鍵はまさにそこにある。 
同族会社の代表者である兄が、同社の監査役である弟に対し、20年間毎月一定額の役員報酬を支払う旨の合意⇒兄が、弟の役員退任に際しこの支払を打ち切った⇒弟は、その退任を争うとともに、会社と兄を被告として役員報酬又は委任事務の履行の報酬の支払を求めた。 
弟の兄に対する主張の骨子:この合意は、実質的にはむしろ、兄が個人的に、弟が相続に関して行った種々の協力(委任事務)についての報酬の支払を約したものであって、仮に監査役からの退任が認められるとしても、一定額の支払義務を負う趣旨の合意。
原審:兄がこの合意を会社代表者として行っている⇒兄個人としての債務負担の意思表示は認められない⇒弟の請求は棄却。
but
経緯や背景事情をよくみてみると、この会社は兄弟の両親が創業した会社であるが、弟は退任前後を通じてこの会社の監査業務はしたことがなく、この合意は、両親の遺産分割に際し、弟が他の兄弟姉妹との関係で、兄が会社の株を取得し、同社の経営を行えるよう協力し、相続も放棄したことについて、会社から報酬を支払うとう形で実質的な見返りを約したもの。

形式にとらわれず、より実質に踏み込んだ判断でなければ、その事案に即した判断とは言えない。、
合意の背景事情や、作成時の状況、作成後の経緯、合意の結果当事者双方が得ることになる利益状況等を子細に検討すると、合意の形式や文理解釈とは異なる内容を認定すべき場合がある。
特に、法律に疎い一般人が締結した契約の場合には、不備があるのが普通。

個々の事件について、どのような事実をどこまで拾って認定・判断をするのか、そこでまさに裁判所の力量が問われることになる。
明確な契約書を作成せずに多数の主体が関与する契約の場合、実は契約主体が誰であるかが問題となる場合。 
設計会社Aが施主に対して請負報酬を請求⇒施主は、この会社とは直接の契約関係はない、自分の契約相手方は別の会社Bであるとして争った事例。
直接の応対に当たっていたのがB会社だからと言って、直ちに設計会社Aとは直接の契約関係にないと判断するわけにはいかない。

最終的に施主との直接の打合せ等に当たっていたのはB会社の従業員。
but
①設計会社Aは、施主が建物の敷地を選ぶ段階から知人の紹介で関与しており、実質的なアドバイスを提供してきた。
②B会社は、施主と以前から取引関係があった関係で、施主の希望で途中から関与するようになった。
③建築確認等は設計会社Aの名義で行われている。
遺言時の意思能力の有無が争われ、判断に悩む場合。
医師や専門的な意見等が提出されていても、その評価やあてはめをめぐって双方の主張が対立⇒総合的な検討が大切。 
美術蒐集家が、長男が代表を務める美術財団に高額な絵画等を度々寄贈し、全財産を遺贈する旨の公正証書遺言を作成

他の相続人が、被相続人はこれらの贈与・遺言時、既に中程度から重度の認知症に罹患していた旨の医師の意見書等を提出して、意思能力を欠缺を主張。
原審:意思能力を否定。

原審の鑑定結果でも、贈与時、遺言時とも、一定の認知症の存在が認められた。
贈与や遺言の時点においては、所要の意思能力を回復していたと考えられる。

①遺言書の作成には弁護士も関与
②控訴審では公証人を尋問し、公証人の意思確認の状況も確認
自らが蒐集した美術品を同財団開設の美術館で公開することは、被相続人の長年の夢であったことが認められ、その意味では、贈与や遺言の内容は合理的
  ■事実認定力の向上 
迅速の名の下に拙速な判断に陥ってはならない。 
人間に対する興味が薄い⇒当事者の訴訟代理人の本人に対する聴き取りが十分でない場合が大いにあり得る⇒その不足を埋める。
 事件の背景事情やいきさつ、人間関係といったものは、それぞれの事件における適切な事実認定、つまり「事件の見立て」の基礎となるべきもの。
    ★I裁判官
  ■認定の基礎となる事情の取捨選択とその位置付け
●  関連する事情をどこまで認定判断の基礎として斟酌すべきかを適切に見極めることが重要であり、その上で取捨選択した事実について、各事実が認定判断上有する意味や軽重を検討し、他の事情や証拠との関係でどのように位置付けられるかを見極めることが必要。
書証が語ることを覆すべき事情がある場合もある。このような場合には、適切にこれを採り上げ、斟酌しなければならないが、その判断が適切になされていなかったり、時として、形式的に割り切りすぎているのではと感じられることがままある。
連帯保証契約の成否に係る認定・判断。
Yの妻の父が代表者を務める会社の借入れについてYが連帯保証をしたか否かが争われた事案。 
原審:請求を認容

契約書の日付はYが外国に出張していた時期であるが、Yは過去に妻からの依頼を断ったことがないことなどを理由にYが押捺を承諾していた。
控訴審:保証契約の成立を否定

①この貸付けは急遽追加融資を受ける必要が生じたため借入の申込みをし、金融機関の求めに応じてYを連帯保証人として追加することになった。その時期はYの出国の直前。
②申込みに関する書類が作成されたのはYの出国直前で、Y名義の保証意思確認の回答書が作成されたのはYの帰国後であり、いずれの時期にもYが在宅していたにもかかわらず、妻がこれらの書類に代署。
③Yは、この契約以外については、本人が自署して契約書を作成。

周辺事情をどのように取捨選択し、全体の中でどのように位置付けるか。
賃借店舗の内装工事を発注したのは誰であるかが争われた事案 
原審:この店の「ママ」が、店の賃貸契約上の名義人(借主)⇒内装工事の請負契約上の注文主であると判断。
控訴審:注文者は「ママ」ではなく、資金提供者

①店の開業資金は、工事を受注した業者の実質的経営者である人物がすべて負担していて、店の開業話自体も同人が「ママ」に持ちかけた。
②この人物には、契約名義人として表に名前を出したくない事情があり、賃貸契約もそのような理由で「ママ」名義とされた。
●    認定すべき主要事実が、少なからず法的評価、すなわち価値的評価の要素を含んでいる場合、 さらにその主要事実の持つ意味合いや法的枠組み自体に立ち返って検討する必要。
商法23条(改正前)の名板貸しの責任が問われ、取引相手方であるXの「誤認」の有無が争点となった事案。 
Yとその兄の共同経営で事業を始め、当初はYが代表者となり、金融機関の口座も同人名義で開設。⇒Yは事業から手を引く⇒XはYの兄と取引をしたがY名義の口座に振込み⇒Xは、その後、この兄との契約を解除し、名板貸しの責任を主張して、Yに対して代金の返還を請求。
原審:Yの供述(経営主は兄であることを相手方に話したことがある)を信用できる⇒Xに誤認はない⇒名板貸しの責任を否定
控訴審:名板貸しの責任を肯定

①Yが契約締結に関係してXと接触をもっていた
②Yが同人名義の口座の使用を許していた
⇒XがYを経営主と考えたとしても不自然ではない。
直接的には、供述の信用性判断という形で表れるが、「誤信」と主観的要件の認定は、単なる心理的状態の存否を判断することではなく、その取引時の具体的状況のもとにおける当事者の言動から客観的に評価認定すべきもの。
◎  破産法(改正前)72条4号の危機否認で、期限前に弁済を受けた取引銀行の善意(その行為の当時支払の停止又は破産の申立てありたることを知らざりしとき)が争われた事案
A社は、社長の自殺によって経営が破綻したが、社長に掛けていた生命保険の保険金を原資にして取引銀行であるYに対する債務を期限前に弁済し、その後倒産。
原審:銀行の善意を肯定

①この弁済が、破産の際によくある取立ての一貫として行われたものではない
②銀行側には取立てを行うべき差し迫った必要性も認められなかった
控訴審:詐害的な偏波弁済についてYが善意とは認められないとして、Xの否認権行使を認容

①YはA社の取引銀行であり、既に債務の支払が滞る状況にあったことを熟知していたはずであり、突然に多額の弁済がなされれば、不審に思ってその経緯を尋ねるのが通常。
②銀行が融資先に対し、融資・返済の状況、会社の経営状態に関する情報を得ていたなど金融機関の立場を重視。

主観的要件の存否が問題だが、危機否認制度の趣旨に立ち戻って、これを踏まえて、関係者の立場や弁済の態様等に係る事実の評価を行い、最終的な判断を行った事例。
法人理事の忠実義務違反が問題となった事例
X信用組合が多額の融資をしていたA社が破綻することによって、X信用組合の債務超過の実態が明るみにでることを恐れて、理事長の指示も受けて不正な簿外融資を行った理事Yの責任(忠実義務違反)が争われた事案。
原審:忠実義務違反を否定
←簿外融資が信用組合の破たんを回避する目的で、理事長の指示も受けて行われたもの。
控訴審:同人の主体的な関与を認めて、責任を肯定

この理事は、X信用組合の営業部長等をも経て常務理事になった人物で、X信用組合内部の事情や経理に最も明るい人物(その意味で、X信用組合内部で相当に重要な役割を果たしている人物)
判断の分かれ目は、結局、「上司の指示」の重みをどのように評価するか。
~事実認定は、大なり小なり、このような評価と表裏一体。
原審の認定は若干情緒的だったというべき。
事実認定には幅があるという感じを受ける。

裁判上の事実認定が過去の事実を限られた証拠によって認定するという制約があるばかりではなく、評価的要素も加わることにも由来する。 
  ■誤った事実認定に陥りやすい要因・危険性 
  ●集中審理の弱点 
かつての五月雨式審理:
全体の証拠が出そろった時点で、分析的に検討して事実認定をしていくほかなかった。
~動かない証拠を中心に事案を描いていくという意味で、採るべきところがあった。
争点主義の審理:
争点整理の中で、的確にその絞り込みがされ、最終的に真に認定上必要なポイントに集中して証拠調べ⇒結局同じ作業がされており、問題ない。
but
理想通りには実践されていない。
争点整理の仕方の誤りが、認定の誤りに直結することになりかねない。
証拠調べが終わった段階で、改めて、重要な証拠を踏まえて、全体を見直してみるといった努力が必要。
  ●論理的な割り切りの危険性 
切断機での作業中に右手を負傷した事故についての損害賠償請求事件で、故意による自傷事故か否かが争点。
原審:障害部位の態様等からして、通常の作業中にかかる傷害を負うことは「あり得ない」⇒請求棄却。
vs.
検証等を行ったところ、正対以外の姿勢では、あり得ないとは言えないことが判明。
  ■事実認定力向上のためのアドバイス 
認定判断に際して事案について具体的な「イメージ」を持つことが重要。
争いのない事実、明らかな事実をそのあるべき場所に据え、それに、当事者の主張しているもっともらしいものもできるだけ調和的に配置して、事案の全体像を「イメージ」して描く。
供述の評価については、どちらかが嘘をついていると早急に決めつけるのではなく、供述をする人の立場によって見えているものが違うという観点も大事。
⇒どちらの供述に全面的に寄りかかるのではなく、その中間に真実があることが分かってくる。
    ★L裁判官
      ■事実認定の手法、工夫例 
  ●  ●事実認定は争点整理の段階から始まる 
訴状の段階から順次心証形成。
訴状⇒答弁書⇒準備書面&書証で争点が絞られる。
主要事実と書証を照合⇒争いのある事実で①心証がとれたものと②そうでないものに区別
事案によっては、書証(補充的に陳述書を含む。)だけで主たる争点について心証が取れる。
そうでない事案⇒それを証明する証拠方法を特定。
  ●書証の成立をめぐる立証の留意点
書証による立証で、その成立が決め手になる事案。
~押印された印影が作成者の印鑑によってされたものかどうかが重要。
二段の推定を用いて審理判断⇒推定を破る事実を当事者に主張立証させるべき。
原審の審理では、署名・押印の認否が取られていないが、実際には当事者間に成立について争いのある事案で、二段の推定を破る事実の主張をさせていないものがある。
~焦点のぼやけた立証になる。
  新民訴法⇒書証の成立について否認以外は認否を取らなくていい(調書の記載を省略できる)
but
認否がいい加減になると後の審理も適当(ずさん)なものになってしまう。 
  ●間接的な書証しかない事案の審理
書証の成立には争いがないが、間接的な書証しかない事案が大半。
①主張のストーリーに無理がなく、②その事実関係に沿って証拠があり、
③これに反する証拠がない⇒その主要事実を認める。
③’:反する証拠があっても、合理的にそれを排斥できる場合⇒それを排斥して事実認定。
③”:その証拠が合理的に排斥できない⇒ストーリー及びそれに沿う証拠に問題はないかを再点検し、合理的に排斥できないとみるところに問題ないかを再点検してし心証をとる。
  ●  人証による立証 
本人を含む人証による立証が中心⇒人証自体が「嘘」を言うことを前提に注意深く尋問に立ち向かう。
①人証が供述するところが合理的か、②客観的事実・証拠に反していないか、③前後で矛盾していないか、④主張・陳述書を含め、従前からの供述等と対比して変遷をしていないか、などを検証して、信用できるかどうかによって心証をとる。
  ●  ●総合判断 
以上のような主張、書証、人証等を総合して、要証事実が認定できるかを判断。
  ●  ●工夫例 
一覧性を持った主張と証拠の対比表を作成。
事案によっては、時系列を作成し、それに証拠を照らし合わせて事実認定。
      ■最近の判例における事実認定について
    新民事訴訟法⇒争点整理を意識的にし、争点中心の証拠調べ⇒判決に記載される事実認定も概ね丁寧にされてきている。 
事実認定をしているとはいえないような事例
間接事実を積み重ねて主要事実を認定しなければいけないような事案で、
「〇〇(証拠)によれば、△△(主要事実)が認められる。」としか判示していないといってもいいようなものがある。
不要な事実を認定することで、複雑困難な顔をした事件のような判決となる場合。
~争点整理をしたつもりになっているが仕切れずに、間接事実をいっぱい出して難しそうに見えるが、そぎ落してみると簡単なものであることが分かる。
~複雑困難に見えるようになった原因は、事実認定というよりも、争点整理がうまくできない点にある。
争点を正確に把握しないで事実認定をしているようなものがある。
表面的にしか事実関係をみていないもの。
ヤブの中に入ると事件が難しくなるが、入らないと事件の真髄(真相)に迫れないにもかかわらず、これを避けて決着を付けてしまうケース。
    ■悪い事実認定の例
    ●重要な証拠・事実の見落としの事例 
    震災後の借家について、優先借家権が放棄されたかどうかが問題となった事案。
  原審 優先借家権の買い取りを申し出たこと等の事実を重視⇒優先借家権を放棄したと認定⇒控訴人の請求を棄却。 
    vs.買い取りの申出から利益を得ようとしたという背景を見れば、放棄などすることにならないはず。
  判断 優先借家権の買い取りを申し出たとしても、放棄は認められないと判断。 
    ●証拠評価を誤った事案 
  事案 控訴人は、被控訴人会社と業務委託契約を締結していたが、被控訴人の社員から同契約を解消するよう、暴言や暴力的行為を受けたことによって精神的苦痛を受けたとして慰謝料請求。
証拠は人証による供述が主なもの。
  原審 被控訴人社員の供述を信用⇒控訴人の請求を棄却。
  判断 関係証拠によって認められる事情を考慮すると、控訴人の供述の方が信用できる。
⇒被控訴人の供述の方が信用できる⇒一部認容。
    争いとなっている事実関係に関する事情を総合的に判断して、その人証の供述が信用できるかどうかを慎重に判断する必要。
    ●安易な事案の見方をしている、表面的にしjか事案を見ていない事案 
  事案 離婚事案で、夫から妻の浪費を理由にして婚姻を継続し難い重大な事由があることに離婚を求めた。 
妻:浪費をするようになった原因には精神的なもの(病気)があり、その原因が夫にある(夫が厳しい等)と種々主張。
  原審 夫の請求を認める。
妻の精神的な問題点についてはすっと通り、真相不明といって逃げておいて、妻の浪費に対する慰謝料請求まで認めている。 
  判断 和解を説得し、和解での解決。 
    ヤブに手を入れようとしないで、ことの真相を見ないで解決することは出来ない。
    ●二段の推定の適用を誤った事案
  事案 保証人かどうかが争われた事案で、契約書に保証人の記名、押印。 
  原審 二段の推定による認定。 
  印鑑登録された印鑑は他人が印鑑登録したものであって、自分の印鑑でないとして争っている⇒二段の推定が許される事案ではない。
    ■事実認定で誤る原因として何が考えられるか 
  ①重要な証拠、事実を見落とすこと
②事案に対する思い込み
③常識に対する認識不足
④事案又は事案解決に対する真摯な姿勢の不足
    ⑤法的知識の不足 
実測距離や方角等が記載された分筆図面について、昔の分筆図面が測量もせず公図に線を入れただけであったから正確性にも欠け、信用できないとして、信用性を否定。
vs.
既成の知識だけによるのではなく、当該実測図の内容等をよく審査しても良かった事案。
控訴審では、進行協議で現地に赴き、最終的には和解が成立。
    ■証拠についての経験談
本人訴訟で、従業員である被告が、印鑑は、就職するに際し社長から作ってやると言われて言われるままに実印を作ってもらい、そのまま実印を社長が管理していた。
⇒2段の推定は破れると判断。
    ■事例分析についての経験談
  ●現地売買なのに、登記の推定力を根拠に現地売買の対象となった占有土地とは別の土地の所有権を認めた事例 
事案 係争地は、原告らが占有している土地の道路を隔てた前の土地。
そこを被告らが不法占有しているとして、明渡請求をした事案 
売買の実態は建売住宅を現地に来て買い受けたというもので、登記簿上は、地番が前の土地について売買による所有権移転登記が経由されている事案。
原審 登記の推定力⇒係争地に対する原告らの所有権を認めて勝訴 
判断 現地売買⇒「この土地」が対象地と決まり、後は地番の問題しか残らない。
⇒推定力を使うのはおかしい⇒逆の判断
●    ●請負契約の請負人か、下請負人かが争われた事例
事案 注文主名(不完全なもの)が出されているが、支払が他の業者Aを通じて行うとされていた事案
発注書は完璧なものではなく、役員の印がないもの。 
原審 ①本件工事の受注の経緯、②請求書、③引渡の経緯等に注目し、注文者はAとの間で請負契約をし、これを原告に下請けさせたと認定。 
判断 ①原審がいう経緯は後でAを入れて形を作った
②発注書(注文書)も一番支配権を持ち権限のあった部長がやっていたことを重視すべき
③後から入れたAとの請負契約というのはおかしい

注文書の作成に注目し、契約の経緯やAが実質何ら関与していない事情等を考慮し、注文書は注文主の意思を反映していると認定
⇒注文主と原告との直接の請負契約を認定。 
    ■事実認定力の向上のための若手裁判官へのアドバイス 
①記録をよく読む。証拠を精査する。事案を表面的でなく、その奥にあるものにまで光を当ててみる。
②合議による研鑽。
③経験則の有り様を学ぶ。最高裁判例の判示する経験則を研究する。
④事実認定研究会。
  ■    ■その他(いわゆる事件の筋とは何か、筋を発見する方策) 
事件の筋:合理的でとおりのいい事件のストーリー。
そして最終的に落ち着きの良い話。
    記録を通じてよく読んで、証拠を精査しながら、事件を検討することによって見えてくる。 
    ★M裁判官 
    ■事案の実態を把握するための意欲及び手段について 
当事者の主張や提出された証拠(書証・供述)に適切な疑問を持ち、それを解明するための方法を探求する意欲をもって審理を行うことが必要。
疑問を抱くことが大事。
深く考えなかったり、記録を上辺だけ見ていたのでは、そもそも疑問が浮かんでこない。
疑問を数多く出せるようにし、それを質につなげていくことが重要。
裁判官は、疑問を解明するための様々な手段、方法に精通していることが必要。
どのような方法がその疑問を解明するのに適切かを常に考える必要がある。
事案の解明義務は、当事者にあるが、裁判官は、それに乗っていれば事足りるものではない。
①争点の深め方が足りない
②尋問でも必要な事実の解明がされていない事案が散見。
③審理の結果、当然に生じる疑問に気付かないか、気づきながらも放置しているのではないかと思われるような事例もときには見受けられる。
集中証拠調べ⇒尋問の機会は1回のみ⇒争点整理段階で十分に疑問を整理し、尋問で解明すべき事項を明確にし、その態勢を整えておくことが重要。
万全の準備をしたつもりでも尋問の結果疑問が生じることは少なくない。
集中証拠調べをしたから、それ以上は審理ができないという意識にとらわれることはない。
審理を続行しても、より真相に肉薄しようという姿勢を持ち続けることが、事前に適切な争点整理ができる力を養うことにもなる。
      ■いくつかの実例
    ●妊娠中絶手術を受けた若い女性が、麻酔から覚めないままに死亡した事件 
事案 親に黙って中絶手術。
病院からの通報で司法解剖で、その結果が唯一ともいうべき証拠。
一審 血管中に多量の空気塞栓が存在するが、結論としては死因は不祥という私法解剖の結果を基に、手術担当医m、麻酔担当医、看護師の証人尋問を実施。

空気塞栓の原因は不明であり、麻酔薬の過剰投与があったと認める証拠はなく、麻酔後の呼吸管理に若干の疑問が残るが、過失を認めるまでには至らない。
⇒請求棄却。 
控訴審 裁判所も審理方法(資料収集方法、複数鑑定、鑑定人の尋問立会等)を示唆し、原告代理人(控訴審で交代)に立証計画を策定させ、司法解剖時の全資料の収集(検察庁や解剖実施病院への調査嘱託等)を行い、産婦人科専門の医師及び麻酔科専門の医師を鑑定人に選任し、司法解剖を実施した意思の尋問を、鑑定人らの立ち会い(民訴規則133条)の下実施。 
⇒麻酔科の担当医師の処置には、投薬された麻酔薬の特徴や手術後に投与された鎮痛剤等との関係を詳細に検討した結果、麻酔薬の遷延による呼吸抑制等により死亡した可能性を否定できないとの判断。
⇒裁判所から和解案を提示し、同和解案で和解が成立。
規定 民訴規則 第133条(鑑定人の発問等)
鑑定人は、鑑定のため必要があるときは、審理に立ち会い、裁判長に証人若しくは当事者本人に対する尋問を求め、又は裁判長の許可を得て、これらの者に対し直接に問いを発することができる。
    ●火災保険金請求事件 
  事案 原告所有の家屋(本件建物)が全焼し、保険金を請求した事件で、出火に至る経緯に関する原告の供述の信用性が問題となった事案。
  原審 原告:オイルファンヒーターのカートリッジを満タンにして本体に装着しようとしたが、蓋がきちんと閉まっていなかったため、わずかに灯油が漏れ、新聞紙の上に灯油が滴下し、こぼれた灯油をティッシュで拭くなどしてからしてから装着し直し、点火後、漏れた灯油を拭いているときに発火したと供述。
  火災後の現場検証では、カートリッジは空になっており、消防署の報告に焼燬の強い箇所が複数があった。
⇒被告の保険会社は、原告が灯油をまき散らして放火したか、重大な過失があると主張。
給油口等が焼燬していない⇒カートリッジ内の灯油が火災によって流出するとは考えられない⇒原告の説明に強い疑問を投げかけた。
原告にあえて放火してまで保険金を詐取する動機が薄弱であることは否定できないと指摘しながら、それ以上の探求はせず、請求棄却。
  控訴審 裁判所の釈明を契機に、ガス石油機器PLセンターに調査嘱託を行い、警察と消防との共同実験等で火災に遭えばカートリッジを満タンにしていても大部分は空になることが確認されている旨の回答。⇒原告の供述を否定する重大な疑問は解消。
被告側は、複数の専門家の意見書を提出し、灯油の発火温度は220度であり、本件ヒーターの温風は最大箇所でも144度であり、引火の可能性がない等の実験結果を提示。
but
気化した灯油の引火点は50度程度であり、製品評価技術基盤機構に対する調査嘱託によって、類似事例があることも判明。
保険金請求事件ではモラルリスクが問題になるケースでは、動機は重要な論点
①本件建物が住宅密集地の路地裏に存在しており、接道要件を欠くため再築が困難。
②原告は、旧自宅が阪神大震災で被災したことから、特別の措置により本件建物を建築したもので、再築から火災時まで3年しか経過していなかった。
③原告は住宅ローンを組んで資金の調達を行っており、本件建物に自ら放火して保険金を取得しても、それをローンの返済に充てなければならないだけで、ほとんどメリットがないだけでなく、建物の再築は不可能となり、そのような土地の売却も困難。
④経済的な困窮状態は特に認められない。
⑤原告は、本件保険契約以外にも火災保険契約を締結していたが、このような場合、保険金は、満額が支払われるわけではない(本件建物の時価相当額しか支払われない)。
⑥長年居住している原告が放火することは通常考えられない。

犯罪行為を犯してまで保険金を得るだけの動機がなく、火災は原告の故意によるものではないと認定。
科学的な検証を経ずに、安易に「常識」で判断することの危険性や、抱いたその疑問をとことん探求する必要性を物語る。 
    ●修習生の交互尋問の事案 
    昭和32年頃の70万円の貨幣価値について疑問を抱かなかった事例。
ある裁判官は、古い時代のことが問題になる事件のときは、いつも法廷に明治時代からの貨幣価値の変化を示す小冊子をもっていた。
事件に関係する曜日を事前に調べておいて、証言の矛盾を見破ったこともある。
    ●偽造の証拠を見破った例 
      元夫は、借用書の署名は、どう見ても自分の字に間違いないが、元妻から金を借りたことはなく、借用書など作成するわけはないし、白紙に署名したような記憶もないと主張。
元夫の供述態度等から、為にする弁解ではないような印象が強い
⇒借用書の署名部分をOHP用紙(オーバーヘッドプロジェクター用の透明な用紙で、コピーすることができる。)にコピーし、これと、証拠として提出されている書面中の夫の署名部分の文字を重ねて併せて照合
⇒離婚届の夫の署名とぴったりと重なった。

事件を全体的に見て、疑問を持ったら、簡単にあきらめないで、真相を探求しようとする姿勢が功を奏した事例
  ■     ■適正な事実認定を阻害する要因
  適正な事実認定の出発点は、良質な疑問をもつこと
but
心のバイアスが疑問に到達するのを妨げている場合が少なくない。
①大企業や行政がおかしなことをするわけがない
②証拠書類がそろっている以上、それに反する供述がなされても信用するに値しない
③鑑定や専門家の意見
多くの場合、間違っていないといえるとしても、事件にはそれぞれの背景や特徴があり、レアなケースがある。
①~大企業や行政でも信用できない。
②~
未成年の詐術が問題となったケースで年齢を詐た多くの証拠。
but
当初からそれを想定して、未成年者に予め口実を設けて様々な資料を提供させていた。
③~火災保険金請求事件の事例。
実験をした会社は、いつもその保険会社の事件で意見書を提出している会社であり、よくよく見ていると実験の方法や前提条件に偏りがあることが発見されたことがある。
陥りやすいバイアスを自ら自覚し、警戒感を養うことが肝要。
  ●  質の高い疑問を持ち、そこに直裁に切り込んでいけば、それほど時間をかけずに事案を解明することができる。 
    ★N裁判官 
      ■事実認定の手法、工夫例 
    ●弁論兼和解の経験 
当事者双方と議論する中から、裁判官の役割が与えられていくように感じた。
    ●事件の選別 
    ●裁判所が何を考えているか当事者に伝える 
それが間違いを防ぐ担保になる。
審理終結時点では双方代理人は裁判官が何を考えているか分かるようにし、出るべきものが出た上で終結するようにする。
    ●考え方で大切なもの 
    ◎「真実は細部に宿る。」 
証拠の片隅、ちょっとした言葉のやりとり、言葉遣い等の細部から、ぱっと開けることがある。
意図しない証拠の片隅に真実が隠れているという経験。
    ◎「どんな嘘にも真実の影がある。」 
嘘の中から真実を拾い上げるつもりで聞く。
    ◎証拠や間接事実の全部を説明すること 
ある認定事実の下で、反対の間接事実や反対証拠をすべて合理的に説明できるかを検証することが大切。
判決文に「にわかに措信し難い」という言葉が使われる場合、その背景には、その措信し難い理由の合理的説明が自分の中ではしっかりできていないといけない。
    ◎事実認定は仮説の検証 
わずかな証拠からいろいろな仮説を作り上げ、その仮説の問題点を吟味できる能力が必要。
高裁の判決は、証拠を直接見ているわけではない⇒理論的な過程、仮説とその徹底的な吟味、検討、つまり理論的な検討が大切。
    ◎「事実に対するこだわり」を持つ 
「事実で殺す」:
法律上難しい論点がある場合に、前提となる事実認定の処理でその判断が回避されてしまうこと。

これはダメ。
    ◎嘘の分析 
「方便」を支えている核心(それがあると確信を持って嘘をつけるし、本人の中でそれが本当の事実になってくる。)は何かを見極める必要。
嘘がつきとおせない部分があって、真実が顔を出す。
    ◎原本を必ず見る 
証言や書証の原本など生の証拠は、情報量が陳述書や写し等に比べて格段に多く、想像力を喚起する力が強い⇒それを見ることでいろいろな着想が生まれる。
    ◎証人尋問の手持ち時間方式 
複数の人証の主尋問及び反対尋問を通じて双方の手持ち時間を総枠で決める方式が有意義。
その中で自由にやり繰りしてもらう。
手持ち時間内であれば、何人でも何回でも聞く。
⇒有効に使え、喚起力のある証拠に接することができる。
    ◎証拠を総合するということ 
1つ1つは決定的でない証拠でも素直に決定的でないまま評価しておくと、最後にしっかりとしたストーリーが出来上がることになる。
薄い証拠や間接事実でも残しておいて、最後に、他の証拠によるしっかりした認定事実のストーリーの下に、合理的な説明によりきちっと排斥するようにすることが大切。
    ■最近の判決における事実認定について
スマートにすっきり判決してしまっており、本当に考えたのだろうかと疑問になることがある。
    ■悪い事実認定の例
悪い人間だという先入観は危険。 
相手の筋が悪いと思うと、筋のいい方にある細部の矛盾が見逃されることがある。
疑問に感じながら、それを突き詰めることなく妥協的な事実認定をすることがある。
男性:全裸だった
女性:シャツを着ていた
判決:上半身裸だったと認定。butそんな証拠はない。
証拠に感じた疑問を突き詰め判断するしかない。
      ■事実認定で誤る原因としては何が考えられるか 
      ●悪人を作ること 
×「真っ赤な嘘」善悪をはっきりして強く説明する判決。
vs.
弱い事実は弱く評価しないと、判決全体の信用性が損なわれる。
判決に必要なのは論理やその検証可能性であって、強い表現や断定ではない。
      ●証拠の求めすぎ
薄いかすかな証拠しかない場合は多い。
それを論理操作して吟味していくのが裁判官の仕事。
決定的な証拠があれば訴訟にならない⇒そのような証拠がないから認定しないというだけでは、誤りが生じる。
      ●パターン化した経験則は有害
生の裸の事実を見て、吟味し、そこから確信を生み出すために苦闘すべきで、2段の推定のような経験則に余り頼るのはよくない。
事案に応じて経験則を用いるべきで、これに頼って思考が止まってしまうのは問題。
迷いつつ、ゼロから出発するしかない。これが事実認定の宿命。
(高裁でも、合議で二転、三転する事件もある))
      ●陳述書 
加工された証拠であり、経験がないと判断が難しい。
直接に生の証拠から出発する方が、生の証拠は事実喚起力が強いこと、逆に生の証拠は部分的で頼りがいがないため、こちらがしっかり考えなければならないことから、間違いが少ない。
      ●二通りの判決を書いてみたこと 
      ●経験則の適用 
「世の中の例外だから裁判になっている」
例外がきちんと例外として拾い上げられ、位置付けられるということが、経験則自体の普遍性を支えているわけで、このこと自体が経験則の適用。
      ●よく聴くこと 
決めつけないで、生の言い分に耳を傾ける。
当事者から直接それができない場合でも代理人から話を聞き、裏付けるものがないか、他の証拠との関係はどうかを思考し、考え抜くのが裁判官の仕事。
      ■事実認定についての体験談 
      ●A事件 
      額面2500万円の手形について、裏書当時は金額欄に500万円と記載されていたが、それが裏書後に2500万円に変造されたものと認定した事案。
原審 証人は嘘をついているとは思えない。そのような手形に裏書きするはずがない。
⇒500万円の範囲内で認容。
but
手形は流通証券⇒券面額を否定するのに不可思議、不可解では済まされない。
    控訴審 「貼ってはがせるテープ」での説明。

当事者双方から弁論をしてもらい、改めて当事者の申請で関係証人を調べ、仮説を前提に認定判断。 
      ●B事件 
      原審 原告が被告に対する絵画の売買代金残額等を請求した事件。
被告は、供述が変遷し、被告による帳簿等のねつ造も判明。
⇒原告の請求を認容。
      控訴審 被告はねつ造された書証を提出。
録音テープの存在。
反訳文自体は正確だが、トーンが違っていた。
⇒もう1つの仮説。
証人について、裁判所から尋問。
予め調査嘱託もたくさん申請され、客観的な証拠が集められ、双方代理人弁護士とともの事案を解明。
⇒ストーリーが逆転。
      ●A及びBの各事件について 
裁判所が思い込みや自己満足に陥ったら怖い。
それを防止することも当事者代理人の役目かもしれない。

裁判所は、出来るだけオープンにして双方代理人が理解してくれる限りで動くという自制があれば大丈夫。
裁判の公正さは、1人裁判官だけで背負うには重すぎる。
法曹で、三当事者で公正さを実現するとういことでよい。
    ■参考文献 
アルネ・トランケル「証言の中の真実」
唯一無二性基準(独特な、想像して考えるようなことでない細部、リアリティがあれば現実に基づく証言である可能性が高い。)
同質性基準
能力基準
両側性情緒基準(ある証言に現れた情緒が、2つの全く別の事実に基づいており、かつ、その1つの事実が証言を求められている事実に関連している場合には、証言全体が実に基づく可能性が高い。情緒の伴う証言は魅力的だが、もう1つの客観的な事実に根差していなければならない、そういう構造をもっていると事実である可能性が高い。)

損害額の認定
死亡  事案 上司のパワハラによる自殺(松山地裁H20.7.1 判例時報p113)
H16.9.13日死亡
(死亡した)本人の損害 逸失利益 事故前所得 平成15年度の所得は1009万6902円
就労可能年数 死亡時の年齢は43歳であり、60歳の定年までの就労可能年数は17年(ライプニッツ係数11.2740)
定年後 67歳まで就労可能。
その間は、平成16年度における産業計・企業規模計・男性労働者の60歳の平均年収443万1500円程度の収入があったものと考えられる。
60歳から67歳までのライプニッツ係数は2.5246(24年のライプニッツ13.7986-17年のライプニッツ11.2740)
生活費控除 30% 
計算 8751万4165円
[(1009万6902円×11.2740)+(443万1500円×2.5246)]×0.7=8751万4165円(小数点以下は切り捨て)
葬儀費 150万円が相当 
慰謝料 2800万円が相当 
原告らの損害  慰謝料  配偶者:300万円が相当
子供:200万円が相当 
過失割合  ・・・過失割合は6割を下らないと認めるのが相当。 
⇒(死亡した)本人に生じた損害、原告らに生じた損害について過失相殺。
損益相殺  葬祭料●円を受けており、これは損益相殺として損害額から控除すべき。
⇒(死亡した)本人に生じた損害額から控除。 
労働者災害補償保険法60条、64条による遺族補償年金前払一時金の最高限度額は1929万7000円であり、これは損益相殺として損害から控除すべき。⇒花子に生じた損害額から控除すべき。
遺族特別支給金については、被災労働者の損害を填補する性質を有するということはできないから、損益相殺の対象とならない。
弁護士費用  原告(配偶者)について50万円、原告(子供)について240万円
(約1割) 
遅延損害金  不法行為の日(死亡した日)である平成16年9月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金