シンプラル法律事務所
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労働判例

競業避止条項
  商事法務2028
東京高裁H24.6.13 
■退職金支払合意に基づき退職金支払いを求めた執行役員に対する退職後の競業避止条項・退職金不支給条項が公序良俗に反し無効と判断された事例 
  規定 憲法 第22条〔居住・移転・職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由〕
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
  事案 被控訴人(原告)が甲が、A社との間で締結した競業避止条項および同条項に違反した場合の退職金不支給条項を公序良俗に違反する無効な規定として、A社に対し、甲の退職金の支払いを求めた事案。 
  競業避止条項 甲が退職後2年以内にA社の競合他社に就職しないことを条件として甲に退職金が支払われることを内容とする。 
  判断 本件競業避止条項の効力を検討するに際しては、被控訴人と控訴人との間の契約関係が委任契約であるか雇用契約であるか、役職名が執行役員であるかどうかという形式的な事項ではなく、控訴人における執行役員の職務の実態を考慮して反d名を行うことが相当。
何人にも職業選択の自由が保証されていること(憲法22条1項)からすれば、雇用契約上の使用者と被用者との関係において、また、委任契約上の委任者と受任者との間においても、
雇用契約ないし委任契約終了後の被用者ないし受任者の競業について、被用者等にこれを避止すべき義務を定める合意については、
雇用者ないし委任者の正当な利益の保護を目的とすること、被用者等の契約期間中の地位、競業が禁止される業務、期間、地域の範囲、雇用者等による代償措置の有無等の諸般の事情を考慮し、その合意が合理性を欠き、被用者等の上記自由を不当に害するものであると判断される場合には、公序良俗に反するものとして無効となると解することが相当である。
  解説 各人が負う競業避止義務の程度は当該各人の職務の実態や勤務先における職務の実態に鑑み、実質的に検討すべき。
甲が、肩書上、金融法人本部の本部長および執行役員の立場を有していたとしても、その職務の実態は、控訴会社から取締役に類するほどの高度な権限や信任を付与されたものではなかった
⇒高度のl信任の見返りとして取締役に準じた忠実義務を負うとの控訴会社等の主張を排斥。
@正当な利益の保護を目的とすること、
A被用者等の契約期間中の地位
B競業が禁止される業務、期間、地域の範囲、および
C雇用者等による代償措置の有無等
を総合考慮することは、これまでの判例での判断基準と同様。 
@目的について:
控訴人等が主張するノウハウは、甲が業務を遂行する過程において得た人脈、交渉術、業務上の視点、手法等であり、いずれも甲がその能力と努力によって獲得したもの。
いわゆるノウハウとして通常認識されている不正競争防止法上の営業秘密の存在については控訴人等はそれを立証できていない。
顧客情報の流出回避のために競合他社への転職を禁止することは目的に対して手段が過大⇒否定。
A甲の地位:
高度な権限や信任を付与されたものではない。 
Bの競業禁止、期間、地域について: 
禁止されているのは、甲自身が関与した業務にとどまらず、生命保険会社への転職そのもの。
保険業界における移り変わりの速さ⇒2年の禁止期間は相当とはいい難い。
地域の限定もない。
⇒いずれも不適切。
C代償措置も十分ではない。
 
競業避止条項等は公序良俗に反し、無効。 
執行役員と退職金
  判時1991
労働p157
最高裁H19.11.16  
事案 ■Yの執行役員を平成12年6月から4年間務めたXが、Yに対し、その内規である執行役員退職慰労金規則所定の金額の退職慰労金の支払が明示的又は黙示的に執行役員就任契約における合意の内容となっていたなどと主張して、その支払を求めた事案。 
  判断 上記事実関係の下においては、Yが退任する執行役員に対して支給してきた退職慰慰労金は、執行役員退任都度、代表取締役の裁量的判断により支給されてきたにすぎないものと認められるから、Yが退任する執行役員に対し退職慰労金を必ず支給する旨の合意や慣習があったということはできず、他にXに対し、旧規則所定の金額の退職慰労金の支払を請求することはできないものというべきである。 
  解説 執行役員制度:
取締役会が決定した基本方針に従ってその監督の下で業務執行に当たる代表緒取締役以下の業務執行機能を強化するために、取締役会によって選任される執行役員が、代表取締役から権限委譲を受けて業務執行を分担し、それぞれが担当する領域において代表取締役を補佐する制度。
   社会保険被保険者資格取得届け出義務の懈怠
  労働法律旬報
1656
奈良地裁H18.9.5  
  ■社会保険被保険者資格取得届け出義務の懈怠と損害賠償請求
  判断    ●Xの被保険者資格の取得
Yは、健康保険法及び厚生年金保険法に定める適用事業所に該当し、またXは、平成10年9月17日にYに就職し、平成16年11月30日に定年によりYを退社したものであり、平成10年9月17日以降は健康保険法3条1項、厚生年金保険法9条、122条により、健康保険、厚生年金、厚生年金基金についていずれも被保険者の資格を取得したものと認められる。
●Yの届出義務の懈怠の意味 
Yは、Xがそれぞれの被保険者としての資格を取得したことを、各保険者に、それぞれ届け出る義務を負う(健康保険法48条、厚生年金保険法27条、128条)というべきところ、Yは、これを怠り、平成16年10月に至って過去2年分について遡及して加入する手続をしたに過ぎない⇒Yには上記の届出義務を怠った違法がある。
法が上記のとおり事業主に対して被保険者の資格取得について各保険者に対する届出を義務付けたのは、これら保険制度への強制加入の原則を実現するためであると解されるところ、法がこのような強制加入の原則を採用したのは、これら保険制度の財政基盤を強化することが主たる目的であると解されるが、それのみに止まらず、当該事務所で使用される特定の労働者に対して保険給付を受ける権利を具体的に保障する目的をも有するものと解すべきであり、また、使用者たる事業主が被保険者資格を取得した個別の労働者に関してその届出をすることは、雇用契約を締結する労働者において期待するのが通常であり、その期待は合理的なものというべきである。
これらの事情からすれば、事業主が法の要求する前記の届出を怠ることは、被保険者資格を取得した当該労働者の法益をも直接に侵害する違法なものであり、労働契約上の債務不履行をも構成するものと解すべきである。
  ●Xの同意の有無等 
社会保険制度は、疾病や老齢等の様々な保険事故に対する危険を分散することにより社会構成員の生活を保障するものであるから、特定の者がその受益を放棄して負担を免れることは本質的に相容れないものというべきであり、合意があることをもって当然にその届出義務の懈怠が正当化されるものということはできない。
  ●過失相殺 
Xの過失を否定
  ●損害 
損害額として、
@支払を免れ得たはずの保険料(Yが被保険者資格の取得について届け出していれば、X分の国民年金保険料、国民健康保険料、Xの妻分の国民年金保険料合計308万5002円の支払を免れた)と、
A給付を受けられたはずの厚生年金(ただし現価額)の給付(333万842円)の合計額から、
B支払いを要したはずの保険料(厚生年金保険料自己負担分、厚生年金基金掛金自己負担分、健康保険組合保険料自己負担分)合計254万6722円を曽根期相殺し、
Cさらに年次有給休暇の取得を否定し給与カットした分と慰謝料を損害額に算入した上で、
DYが2004年(平成16)年10月に、Xに関して過去2年間にわたって遡及的に健康保険、厚生年金保険、厚生年金基金への加入手続きを行ったことによるXの追加的自己負担分のうちXの未払い分を相殺した残額に
E弁護士費用を加えた
372万7273円の賠償を認めた。
  検討   ●被保険者資格の取得 
被用者保険における被保険者資格は、「適用事業者に使用される者」(健保3条1項)、「適用事業者に使用される70歳未満の者」(厚年9条)に付与される。
これらの被保険者概念は労基法上の労働者概念と同一ではなく、労働者に該当しない代表取締役などにも被保険者資格がめられる。
ただし、労働者であれば、臨時的・季節的雇用などの適用除外(健保3条1項2号以下、厚年12条2号以下)や1980年(昭和55)年6月6日付内簡によるいわゆる「4分の3要件」などに該当しない限り、被用者保険の被保険者資格が付与される。
これらの被保険者資格の得喪は、社会保険庁長官の確認によって効力を生じる(健保39条1項、厚年18条1項)。
その前提として、事業主には同長官に対する届出義務が課されており(健保48条、厚年27条)、届出をせず、または虚偽の届出をしたときは罰則が課される(健保208条1号、厚年102条1項1号)。
判決は、同人が採用された1998年(平成10年)9月17日時点において被保険者資格を取得したものと判示。

前述の適用除外に当たらないことを当然の前提とした上で、確認の基準日を届出の日ではなく資格取得の日とした従来の判例・行政実務の扱いに従ったもの。
  ●届出義務の懈怠 
保険料等を徴収する権利は2年の短期消滅時効にかかり(健保193条1項、厚年92条1項)、厚生年金保険料を徴収する権利が時効により消滅したときは、当該保険料に係る被保険者であった期間にもとづく保険給付は行われない(厚年75条)。

事業主による届出義務の得体があった場合、被保険者が資格取得日に遡って被保険者資格を取得できず、とくに年金給付の面で不利益を被ることとなりうる。
大真実業事件(大阪地裁H18.1.26):
@「労働者に保険の利益を得させる」という点と
A「一定の弊害防止(=危険度の高い者だけが保険に加入するという弊害すなわち逆選択の防止)」という厚生年金保険法における強制加入の趣旨が、事業主の届出義務を規定した趣旨でんもあるとしたうえで、
同法27条が「労働者に保険の利益を得させるという点をも目的としていると解されることにかんがみれば、かかる義務が、単なる公法上の義務にとどまるということはでき」ず、「使用者は、雇用契約の付随義務として、信義則上、本件資格1(厚生年金保険の被保険者資格)の取得を届け出て、労働者が老齢厚生年金等を受給できるよう配慮すべき義務を負う」とし、同義務の違反につき債務不履行ないし不法行為の成立を認めた。
    ●損害
@ @事業主が被保険者の給与から天引き(健保167条、厚年84条)した被保険者負担分保険料相当額を実際には保険者に納付しなかった場合、同金額は損害。
(←本来同額の賃金請求権を有していた。)
A A加入していたならば受けられたであろう年金相当額
従来の下級審裁判例においても、受給資格を取得するまでに至っていないような事案では、損害の発生が未確定であるなどとして、損害賠償請求を認めていない。
年金相当額を損害として認めた事案においては、すでに老齢年金を受給している原告らの損害につき、将来の得べかりし利益について、「公的年金改革の具体的方向が蓋然性をもって予測できる状況ではないし、仮に給付水準の切り下げが実施されても、既得権益はそれなりに保護される可能性が強いことに鑑みると、これも各区長等がした本件措置と相当因果関係のある損害と認めるべきであるし、その損害額の算定方法としては、現在の給付額を前提に算定するのはやむを得ない」としたものがある。
本件は、Xが2005年(平成17年)2月現在60歳(2004年(平成16年)10月退職)、Y社入社以前にすでに30年間の厚生年金加入期間があるとされた事案で、年金相当額が損害として認められている。
少なくとも受給に必要な被保険者期間に足りず支給開始年齢にも至らない場合、逸失利益性を認めるのは相当困難。
いまだ裁定(厚年33条)を受けていなくても受給資格を取得しているような場合、給付額の差額は損害と認めて差し支えない。

100選    
       
  67
最高裁H8.1.23  
  地公災基金東京都支部長(町田高校)事件
  事案
  判断 訴外Aは、昭和55年4月16日午前9時ころ、勤務先において、労作型の不安定狭心症を発症し、救急車で病院に運ばれたものであるところ、訴外Aは、その際、入院のうえ適切な治療と安静を必要とし、不用意な運動負荷をかける心筋こうそくに進行する危険の高い状況にあったにもかかわらず、その日は病院から勤務先にもどり公務に従事せざるを得ず、更に翌17日も、午前中に病院で検査を受けた後に公務に従事せざるを得なかった。
右事実関係の下では、訴外Aが4月17日の午後4時35分に心筋こうそくにより死亡するに至ったのは、労作型の不安定狭心症の発作を起こしたにもかかわらず、直ちに安静を保つことが困難で、引き続き公務に従事せざるを得なかったという、公務に内在する危険が現実化したことによるものとみるのが相当。

訴外Aの死亡原因となった右心筋こうそくの発症と公務との間には相当因果関係があり、訴外Aは公務上死亡したものというべきであるとした原審の判断は、正当なものとして是認できる。
  解説 労働基準法上の業務上疾病と地方公務員災害補償法上の公務上疾病の認定法理と認定基準に基本的な差異はない。
  負傷・疾病等が業務上のもの⇒被災者またはその遺族は法所定の補償を受けることができる。 
負傷、疾病等を業務上のものと判断し得るには、業務と疾病の間に補償を行うに足る一定の因果関係があることが必要であり、この因果関係を業務起因性と称している。
そして、業務起因性があると言い得るには業務と疾病との間に相当因果関係が存在しなければならない(最高裁昭和51.11.12)。
負傷:
多くの場合、瞬間的出来事を媒介として発生⇒その出来事に着目して業務上・外の認定を行うことができる(業務遂行性が認めらられれば業務起因性を推定)。

疾病:
多くの場合瞬間的出来事を媒介することなくある種の有害因子に一定期間暴された後に発症⇒業務起因性の有無が直接問題。