シンプラル法律事務所
〒530-0047 大阪市北区西天満2丁目6番8号 堂島ビルヂング823号室 【地図】
TEL(06)6363-1860 mail:
kawamura@simpral.com


その他判例

   共同不法行為
  最高裁R3.5.17
ジュリスト
1562号
解説 ●建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求について
規定  民法 第七一九条(共同不法行為者の責任)
数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。
◎民法719条1項後段の要件 
民法719条1項後段:
通説:
択一的競合関係(複数の行為者のうちいずれかの行為によって損害が発生したことは明らかであるが、いずれの行為が原因であるかは不明)の場合に適用される。
「加害者であるある得る者がが特定でき、ほかに加害者となり得る者は存在しないこと」(=他原因者不存在)が要件となる。(潮見、不法行為法Ⅱ219頁)
本判決:
民法719条1項後段の趣旨:
同項後段は、複数の者がいずれも被害者の損害をそれのみで惹起しうる行為を行い、そのうちのいずれの者の行為によって損害が生じたのかが不明である場合に、被害者の保護を図るため、公益的観点から、因果関係の立証責任を転換して、上記の行為を行った者らが自らの行為と損害との間に因果関係が存在しないことを立証しない限り、上記の者らに連帯して損害の全部について賠償責任を負わせる趣旨の規定。
◎民法719条1項後段の類推適用
民法719条1項後段の類推適用を肯定し、本件3社は、大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負う。
複数の行為が競合して損害が発生したような場合で、同条の適用が認められないときに、行為者がどのような責任を負うか?
A:一定の要件の下で同条の類推適用により共同不法行為責任を肯定する立場
a1:民法719条1項前段を類推適用
a2:民法719条1項後段を類推適用(本件判例)
B:類推適用を否定し、単に民法709条の不法行為が競合しているにすぎない。
民法719条1項後段の類推適用の要件:
A:行為の関連性に着目して類推適用を肯定する見解
B:結果の発生に何らかの寄与があることに着目して類推適用を肯定する見解

a:行為の関連性がある場合にのみ
b:結果の発生に何らかの寄与がある場合にのみ
c:a∪bの場合
d:a∩bの場合
本判決:
本件の事情の下では民法719条1項後段の類推適用が認められるという事例判断⇒類推適用が認められる要件についての法理を明示したものではない。
前提とした事情は、必ずしも必須の要件とも限らない。
but
分析は有効。
①本件3社が製造販売した石綿を含有する本件ボード三種が大工らの稼働する建設現場に相当回数に渡り到達していたことを前提。
②大工らが、建設現場において、本件ボード三種を直接取り扱っていたこと。⇒大工らが本件ボード三種を切断なづする際に石綿粉じんにばく露していた。

大工らは、本件三社が製造販売した本件ボード三種から生じた石綿粉じんにばく露していたということ、ひいては、本件三社は大工らの石綿関連疾患の発症に何らかの寄与をしていたということまでいえる。
③・・建材メーカーによって想定し得た事態というべき。

弱い関連共同性論に依拠しないで結果の発生に何らかの寄与があることを着目して民法719条後段の類推適用を肯定する見解から結論を説明することができる。
but
本件三社には、石綿含有建材メーカーとして本件ボード三種が大工らの稼働する建設現場に到達したという共通性等⇒弱い関連共同正論のように行為の関連性に着目して類推適用を肯定する見解からも説明できる。
本判決:
民法719条1項後段の類推適用の効果として、因果関係の立証責任が転換されることを明示。
同項後段の趣旨について「被害者の保護を図るため、公益的観点から因果関係の立証責任を転換」するものと説示し、
同項後段の類推適用の場面でも、「被害者保護の見地から、・・・同項後段が適用される場面との機能を図って、同項後段の類推適用により、因果関係の立証責任が転換される」と説示。

同項後段の適用・類推適用の双方について、因果関係の推定の効果を認めたもの。
本判決:
民法719条1項後段の類推適用により、本件三社は、大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負う⇒賠償責任を損害の一部に限定。
「本件においては、・・・大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんばく露量は、各自の石綿粉じんばく露量全体の一部にとどまるという事情⇒こうした事情等を考慮して定まるその行為の損害の発生に対する寄与度に応じた範囲で損害賠償責任を負うというべきである」

本件の事情の下において寄与度により賠償責任の範囲を限定することを明示。
寄与度減責については、「加害者・被害者間の関係、加害者間の公平、その他諸般の事情を総合考慮して具体的妥当な結論を導くための操作であり、過失相殺と同様に事案に応じて柔軟な適用が必要とされるもの」などとする学説もある。
本件ボード三種を製造販売していた建材メーカーは、本件三社に限られるわけではない⇒本件三社が製造販売した本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんばく露量は、3分の1より少ない可能性がある。
but
本判決は、本件三社は、大工らの各損害の3分の1について、連帯して損害賠償責任を負うとした。
寄与度について、裁判所が妥当な結論を導くために諸般の事情を総合考慮して裁量的に判断⇒本件三社が製造販売した本件ボード三種からの石綿粉じんばく露量の割合と、本件三社が負う損害賠償責任の割合が一致していなくても、特に問題はない。




   
  自正44-2
p101 
  国家秘密法に反対する日弁連の昭和62年総会決議の無効確認と日弁連運動の差止等を求める一部会員からの提訴
  判断 弁護士会の活動は、目的を逸脱した行為に出ることはできない
公法人⇒特に特定の政治的な主義、主張や目的に出たり、中立性、公正を損なうような活動をすることは許されない。
but
「弁護士に課せられた」弁護士法1条の「使命が重大で、弁護士個人の活動のみによって実現するには自ずから限界があり、特に法律制度の改善のごときは個々の弁護士の力に期待することは困難である」
⇒基本的人権の擁護、社会正義の実現の見地から、法律制度の改善(創設、改廃等)について、会としての意見を明らかにし、それに沿った活動をすることも、
目的の範囲内のものと解するのが相当である。 
本件総会決議は、
本件法律案が構成要件の明確性を欠き、国民の言論、表現の自由を侵害し、知る権利をはじめとする国民の基本的人権を侵害するものであるなど、専ら法理論上の見地から理由を明示して、法案を国会に提出することに反対する旨の意見を表明したもの

特定の政治上の主義、主張や目的のためになされたとか、
それが団体としての中立性などを損なうものであると
認めるに足りる証拠はない。
 
       
       
国籍法違憲訴訟最高裁大法廷判決
  最高裁H20.6.4 事案 Xの母でフィリピン共和国籍を有するAは、在留期間の更新許可を受けることなく本邦に在留していた平成9年に、日本国籍を有する男性Bの子であるXを出産。
Xの親権者であるAは、平成15年2月、Xが出生後にBから認知されたことを理由として、Xの国籍取得届⇒同月中に、千葉地方法務局長から、右の届出は国籍取得の条件を備えているものとは認められないとする通知。
Xは、本件訴えにおいて、国籍法3条1項の規定が憲法14条1項に違反するなどとして、右国籍取得届を提出したことによりXが日本国籍を取得した旨を主張。
判断 憲法14条1項は、法の下の平等を定めており、この規定は、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものではない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨であると解すべき。
憲法10条は、「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」と規定し、これを受けて、国籍法は、日本国籍の得喪に関する要件を規定。
憲法10条の規定は、故草木は国家の構成員としての資格であり、国籍の得喪に関する要件を定めるに当たってはそれぞれの国の歴史的事情、伝統、政治的、社会的及び経済的環境等種々の要因を考慮する必要がある⇒これらをどのように定めるかについて、立法の裁量的判断にゆだねる趣旨。
but
このようにして定められた日本国籍の取得に関する法律の要件によって生じた区別が、合理的理由のない差別的取扱いとなるときは、憲法14条1項違反の問題を生じる。

立法府に与えられた上記のような裁量権を考慮しても、なおそのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められない場合、又はその具体的な区別と上記の立法目的との間に合理的関連性が認められない場合には、当該区別は、合理的な理由の内差別として、同項に違反するものと解される。
・・・


有責配偶者からの離婚請求
  最高裁昭和63.4.7 判断 民法770条1項5号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら責任のある一方の当事者からされた場合であっても、夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間殿対比において相当の長期間に及び、その間に未成熟の子が存在しない場合には、相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて過酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情が認められない限り、当該請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもって許されないとすることはできないというのが当裁判所の判例。
・・・・前記事実関係の下においては、上告人と被上告人との婚姻については同号所定の事由があり、上告人は有責配偶者というべき。
but
上告人と被上告人との別居期間は、原審の口頭弁論終結時まででも約16年に及び、同居期間や双方の年齢と対比するまでもなく相当の長期間であり、
しかも、両者の間には未成熟の子がいない

本訴請求は、右のような特段の事情がない限り、これを認容すべき。
解説 有責配偶者からされた離婚請求であっても、別居期間が長期間に及び、その間に未成熟子がいあにときには、特段の事情のない限り、認容しうる(昭和62年判例)。
ここにいう別居期間は、有責配偶者からの請求の否定法理を排斥する要件として、有責性等の諸事情から解放するに足りるものでなければならず、相当の長期間であることが必要。
別居期間が15年以上⇒無条件に右の長期間にあたる。
but
10年にも満たないような場合には、同居期間や両当事者の年齢と対比して相当の長期間とはいえないと判断。



保険会社の対応と信義則   
  福岡地裁久留米支部H26.10.23    
原文  
判断 接骨院施術費:
本件施術によって原告の症状が緩和・軽減され、その効果があったものと認められる。 
①原告は、D整骨院への通院に関して保険会社の担当者からは賠償の対象とならない可能性があることなどを告げられることがなく、却って、施術のため通院中にも十分に治療をするように言われたばかりか・・・
②施術費がそれぞれ保険会社からD整骨院に直接支払われた


このような保険会社の対応は、整骨院における相当な施術であれば、これに要した費用の賠償が受けられるものとのk自体を原告に抱かせかねないものであり、その結果、施術費の総額も多額に上っており、これが賠償の対象とならないとすると、症状の軽減等に効果のあった施術について原告に多大な出費を強いる半面で、本来予定されてた病院での治療を継続していれば、これに要した相応の治療費相当額の損害賠償義務を免れることとなって公平に反する結果となりかねない。

上記施術費につき、施術に要した費用については本kね事故による損害と認められる。
原告は平成25年4月22日に症状固定したことが認められる
⇒その後の本件施術については、本件事故と相当因果関係を求めることはできない。
同日以前の施術の費用のうち8割を上記の相当な額と認め、
同日後の7日分に係る費用・・・合計5万2170円についてはこれと認めないことが相当であり、
上記相当な額は118万8904円となる
と8割の限度で認定。


☆因果関係
       
       
       
  福岡高裁H29.1.18
ジュリスト1526号
度重なる注意・叱責を受けた労働者の自殺に関する損害賠償責任 
  事案 自らにガソリンをかけて火を放ったことが元で約1か月後に死亡した労働者の両親が、当該労働者の死亡が勤務先である料理屋の経営者による暴行や長時間労働の末に精神疾患を発症したため⇒当該経営者に対して損害賠償請求。 
  判断 当該労働者が自傷・自殺行為に及んだことが精神疾患に罹患した結果であると認めるに足りる証拠はないケースで、
当該経営者が強い注意・叱責を繰り返し2度の平手打ちを加えたことは注意義務違反。

そのような行為により当該労働者が自傷・自殺行為に至ることは予見可能。
⇒当該労働者の自殺との相当因果関係を肯定。

当該労働者の行為が短絡的で通常は想定しがたい事態⇒公平の観点から当該経営者の支払うべき金額を50%減額した。 
  解説 過去の学校・老人介護施設等での経験、失業中の心理状態等を思い返し、将来を悲観し「生きとってもしょうがない」との結論に至るプロセスがあるはず⇒その場合には、自殺はAの決断に基づく選択⇒Yの叱責等との間の相当因果関係は直ちには肯定できない。

MKA:「自殺」が不合理な選択であることが前提。 
精神疾患に罹患していない労働者であっても、使用者の叱責等により自己否定感が高じた場合に、自らの判断能力を用いて「生きとってもしょうがない」と結論するのではなく、正常な判断能力が失われて「生きとってもしょうがない」との結論の選択へと導かれる可能性を肯定するか否かが、Yの叱責等とAの自殺との間の相当因果関係を肯定するか否かの判断において重要。

自らの判断能力で死を選択⇒判断能力の誤り⇒原因行為との因果関係否定
正常な判断能力が失われる⇒その原因事実との因果関係肯定
本判決は、使用者の行為が、労働者に精神疾患を発症させていなくても、自己否定感を高じさせ自暴自棄にさせた場合に、自殺との相当因果関係が肯定されうるとの立場。

使用者の行為⇒自己否定感を講じさせ自暴自棄にさせた⇒自殺
の場合、相当因果関係が肯定される。
  思考 MKA
おかれた状況で正常な判断で結果⇒相当因果関係あり
相手の不法行為による判断力低下⇒相当因果関係あり
  最高裁H5.9.9  
判例時報1477号
   
  事案 交通事故によって身体に比較的軽微な傷害⇒事故から3年6月という長期間の経過後に自殺した事案。 
被害者A(事故当時43歳、工場勤務の男性)は、
昭和59年7月28日、車両を運転して国道を走行中、前方不注視のためセンター・ラインを越えて侵入してきたY1運転の車両に衝突
⇒頭部打撲・左膝蓋骨骨折・頸部捻挫等の傷害を負い、同乗していた妻X1及び子X2も負傷。
Aは、治療の結果、昭和61年10月20日に症状固定と診断
後遺症(頭痛・項部痛・眼精疲労等)は自賠法施行令2条別表等級第14級10号と認定。
Aの受傷及び後遺症の程度は比較的低いもの
but
①本件事故の態様がY1の一方的過失によるものであってAに大きな精神的衝撃を与えるものであった
②補償交渉が納得のいく進展をみなかった
③意思に反する就労の勧めがなされた

Aは、昭和61年3月ころには災害神経症状態となり、さらに、従前の就業状態に服することのないまま同年9月30日付けで退職することを余儀なくされ、再就職も思うに任せなかったなどの要因
⇒うつ病となり、悶々とした生活を続け、昭和63年2月10日に自殺
  一審
控訴審
(1)自らに責任のない自己で傷害を受けた者は、
①自らにも責任のある事故で障害を受けた者に比較して、加害者によって完全に被害を回復されたいとの欲求が強くなり、
②事故時の精神的衝撃が長い年月にわたって残りがちであり、
生活的傾向や生活上の他の要因等と相まって災害神経症状態に陥りやすく、
更にその状態から抜け出せないままうつ病に発展しやすい
(2)うつ病にり患した者の自殺率を全人口の自殺率と比較するや約30倍から58倍にも上るとされていることなどの精神医学的知見を鑑定嘱託の結果によって認定。 
本件事故の態様、Aの治療経過及び生活状況を前提に、
Aが本件事故によって災害神経症状態を経てうつ病になり、更にその改善をみないまま自殺に至るという事態の発展は、
Y1Y2のみならず通常人においても予見可能

本件事故とAの自殺との間には相当因果関係がある。
  判断 交通事故により受傷した被害者が自殺した場合において、
その傷害が身体に重大な器質的障害を伴う後遺症を残すようなものでなかったとしても、
右事故の態様が加害者の一方的過失によるものであって被害者に大きな精神的衝撃を与え、その衝撃が長い年月にわたって残るようなものであったこと
②その後の補償交渉が円滑に進行しなかったことなどが原因となって、被害者が、災害神経症状態に陥り、その状態から抜け出せないままうつ病になり、その改善をみないまま自殺に至った
などの判事の事実関係

右事故と被害者の自殺との間に相当因果関係がある。 
  解説 不法行為による損害賠償についても、民法416条の規定が類推適用され、
特別の事情によって生じた損害については、
加害者において右事情を予見し又は予見し得べかりしときに限り賠償責任を負うというのが最高裁判例。
交通事故により受傷した被害者が自殺により死亡するというのは、ほとんどの場合交通事故そのものによって生じた結果とみることはできず、被害者の意思による選択という特別の事情により生じたもの。

右の最高裁の立場によれば、本件において、Abの死亡による損害の賠償責任をY1、Y2が負うべきであるか否かは、加害者であるY1Y2においてAの自殺を予見していたか否かにかかる。

交通事故と被害者の自殺との間の因果関係の有無の問題は、加害者による右の予見又は予見可能性の有無という事実認定の問題に帰着。
  本判決前の下級審判決例の中:
交通事故と自殺との間の事実的因果関係(条件関係)が認められる場合には死亡による損害についての賠償責任が肯定されるべきであるとする(その上で、被害者の事情を損害額の算定の場面で斟酌する)ののや、
予見可能性の有無を問わずいわゆる割合的因果関係の理論により、交通事故による受傷が自殺に寄与した割合を算定し、加害者にはその割合に従った賠償責任を課すべきであるとするもの等があった。 
  本判決:従来の判例の立場を前提
but
加害者の予見可能性といっても、
本件控訴審判決は、
交通事故時以前の被害者をめぐる事実関係に基づく加害者の予見可能性を問題にしているわけではなく、
交通事故の被害者となった特定人について、当該交通事故の態様、その後の治療経過、自殺に至るまでの生活状況などの具体的事実を認定し、
これを前提として、
当該被害者が自殺に至ることを加害者において予見することが可能であったか否かを検討。


翻って、不法行為(特に交通事故のような1回的なものについて)によりゅ損害賠償についても民法4167条の規定が類推適用されるとの判例の立場に反省を促すもの。
  最高裁昭和50.10.3:
交通事故と被害者の自殺との間に条件関係の存することは認められるとしながら、
加害者において被害者の自殺を予見していた、又は予見し得る状態にあったと認めることはできず、結局、交通事故と被害者の自殺との間に相当因果関係があるものとは認められないとした控訴審の判断を是認。
被害者の受傷及び後遺症の程度は本件のAのそれよりもかなり重篤であり、
交通事故から自殺までの期間も約1年であって本件よりもかなり短い
but
①被害者自身が職場復帰を決意し、会社に泊まり込むというところまで精神的には回復
②本件におけるような精神医学的証拠が提出されなかった

右被害者について交通事故と自殺とをつなぐ精神医学的な機序が不明であり、本件とは事案を異にする。
  身体に対する加害行為によって生じた損害について被害者の心因的要因が寄与しているときには、損害賠償額を定めるにつき、民法722条2項を類推適用して、裁判所の裁量として被害者の右事情を斟酌することができる(最高裁)。
民法 第722条(損害賠償の方法及び過失相殺)

2 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。
     
  東京地裁H19.4.20
判例タイムズ1278号
老人保健施設に入所していた高齢者が施設内で下肢を骨折し、褥瘡を生じたことにつき、施設の運営者に過失あり。
but
上記骨折及び褥瘡とその両下肢機能障害及び死亡との間の因果関係は否定。
  事案 老人保健施設に入所していたAが、
左下肢骨折、右大腿骨骨折、左大転子部褥瘡及び仙骨部褥瘡の傷害を負い、
両下肢機能障害の後遺症を生じ、死亡

Aの上記各傷害、後遺症及び死亡は、Yが同施設内においてAの管理及び治療を怠ったことが原因
⇒債務不履行ないし不法行為に基づき、Aの治療費、介護費用、後遺症及び死亡による慰謝料等の損害の賠償を請求。
平成11年8月31日 入所 自力で歩行できない状態
平成11年9月13日 左下肢に内出血
平成11年11月4日 右大たい骨骨折が判明
平成13年5月24日 死亡
  判断 ①Aは、健康状態が悪かった
②以前にも褥瘡が発生していた
③十分な栄養を採ることが困難
④寝たきりで、移動する時も車いすに乗っていた

褥瘡が発生しやすい要因を有しており、そのことはYも認識していた
Yの過失による骨折が褥瘡の悪化に影響を与えている

YはAに対してより早く適切な措置を採るべき
  Aの骨折及び褥瘡についてYの過失を肯定。
①Aは入所前から歩行ができなかったこと、
②診断書に両下肢機能障害の原因は脳梗塞であると記載されていること
③Aには脳血管障害等の症状があったこと
⇒Aの両下肢機能障害の原因は脳梗塞
①Aが褥瘡感染症を発症してことを示す検査結果やデータがない
②Aにはほかの複数の病状が見られる
⇒死因が褥瘡感染症によるものとは認められない。
⇒両下肢機能障害及び死亡についてYの過失との因果関係を否定。
  東京地裁八王子支部H17.1.31
判例タイムズ1228 
  心不全及び肺炎により入院していた恒例の患者が痰詰まりによる呼吸不全により死亡。
褥瘡に対する治療方法にうちての過失を肯定。but上記過失と患者の死亡との間に因果関係は認められない。
⇒200万円の慰謝料のみ肯定。
  判断 Y2においては、褥瘡を生じたAに対する栄養管理の方法、褥瘡に由来する感染症に対する治療方法について注意義務違反があった。 
心不全と気道感染による喀痰の増加による呼吸不全により死亡したものであるが、緑膿菌、MRSAが喀痰及び褥瘡部から検出
⇒気道感染の原因については、褥瘡が影響していると推認される。
⇒上記注意義務違反がAの死因に対して影響を与えていることは否定できない。
Aは、B病院に入院する以前から、心不全の既往があり、喀痰量が多い上、高齢による免疫機能の低下による傷病治療が遅延となり、抗生物質の投与が制限されるため褥瘡の改善の傾向が認められず、また、発熱が持続し、漸次栄養状態が悪化したという臨床の経過

Aの死亡を回避できたことについて高度の蓋然性があったとは認められない。
⇒Y2ないしY1の注意義務違反とAの志望との間には相当因果関係があるとはいえない。
 
Yらに対して、慰謝料200万円と弁護士費用30万円の支払を認める限度で、Xの本訴請求を認容。
  解説  褥瘡は、長時間の局所圧迫による阻血性壊死に起因する皮膚潰瘍であり、長期臨床や神経障害による自発的体換の欠如により、体圧の集中する骨突起部に好発する。 
その治療としては、保存的治療と外科的治療とがあり、Aに対しては、双方の治療が行われたが、それが治癒しなかった
⇒褥瘡の発症とともに褥瘡に対する治療方法に注意義務違反があったとした本判決の判断は相当。
  医師に治療上の過失が認められるがその過失と患者の死亡との間に因果関係が認められない場合:
最高裁H12.9.22:
生命とは別に、「生存していた相当程度の可能性」という保護法益を認め、その保護法益の侵害に対する慰謝料を認めるべき。 
  横浜地裁H24.3.23
判例時報2160
  平成18年1月4日入所した87歳の男性が褥瘡悪化し細菌感染による敗血症を発症して同月21日に死亡⇒損害賠償肯定。 
判断 Aの褥瘡はAがB病院に救急搬送された時点で表面が1.5センチ×2.0センチ程度の大きさよりは倍以上に拡大し、その内部においては、同月18日時点の状態又はこれに準じる状態にまで拡大、悪化し、細菌感染を起こしたいたものと認めるのが相当。 
本件施設は、介護付き老人ホームとして前記特定施設入所者生活介護利用契約等に基づき、Aに対して介護、健康管理、治療への協力等のサービスを提供する義務を負っていた⇒本件施設はサービス提供義務の具体的内容として、Aについて2時間ごとの体位変換による除圧、患部の洗浄等による清潔の保持その他の適切な褥瘡管理を行い、保険褥瘡を悪化させないよう注意すべき義務を負っていたというべき。
Aは本件褥瘡からの細菌感染が原因で敗血症を発症し、それにより全身状態の悪化を来し、死亡したと認めることができる。
敗血症を発症するほどの本件褥瘡の悪化は、本件施設の債務不履行、注意義務違反により生じたと認めることができる。
⇒Xらの請求を一部認容。


☆子の引渡しの仮処分を求める審判前の保全事件
東京高裁H15.1.20
判タNo.1154
p236 
判旨 審判前の保全処分を認容にするには、民事保全処分と同様に、①本案の審判申立てが認容される蓋然性と②保全の必要性が要件となるところ、
家事審判規則52条の2(現在、家事事件手続法157条)は、子の監護に関する審判前の保全処分について、「強制執行を保全し、又は事件の関係者の急迫の危険を防止するための必要があるとき」と定めている。
そして、子の引渡しを求める審判前の保全処分の場合は、子の福祉が害されているため、早急にその状態を解消する必要があるときや、本案の審判を待っていては、仮に本案で子の引渡しを命じる審判がされてもその目的を達することができないような場合がこれに当たり、具体的には、子に対する虐待、放任などが現になされている場合、子が相手方の監護が原因で発達遅滞や情緒不安を起こしている場合などが該当すると解される。
本件においては、子らは、現在、父である抗告人の下で一応安定した生活を送っていることが認められ、家事審判規則52条の2の定める保全の必要性を肯定すべき切迫した事情を認めるに足りる疎明はない

その余の点を判断するまでもなく、本件審判前の保全処分の申立ては理由がない。

これと異なる原審判を取り消し、子らの引渡しを認める申立てをいずれも却下する。
事案
②被抗告人(母)は、離婚を決意して、平成12年10月、子らを抗告人(父)の下に置いたまま別居。




⑦抗告人(父)は、別居後、被抗告人が子らと面会交渉することを認め、被抗告人に対してこれを暫定ルールとする旨の提案をした。but被抗告人は、自らが子らを引き取る旨主張し、前記提案を拒否。そこで、抗告人は面接交渉の実施を拒むようになった。


⑩ 子らは、長男(中学2年)、二男(小学5年)、及び長女(小学2年)であり、2世帯住宅に、抗告人(父)及びその実父等と同居している。被抗告人(母)の別居後も、長女が一次学校生活が不安定となったほか(間もなく回復)、子らに特に目立った変化はなく、現在、概して健康状態は良好であり、日常生活及び学校生活とも特に問題なく、抗告人の下で一応安定した生活を送っている。
⑪抗告人(父)は、別居後、子らの生活を優先して仕事の時間を調整し、同居している実父等の協力も得て、子らの養育観護に当たっている。
●判例・学説の動向
保全処分を認容するには、裁判所の心証の程度は疎明で足りる。
but
子の監護者をだれにすべきかの判断は、過去に生じた事実を認定し、それに対して法的評価を加えるという通常の司法判断とは異なり、子の将来を予測した上、その健全な成長を期するには、だれが適当かを後見的に判断するもの。

子の引渡しの保全処分においては、緊急性のみならず、子の監護者としての適格性について、いわば終局的に判断することが必要。
この継続性については、
①乳幼児期における母性優先の原則、
②監護の継続性
③子の意思の尊重
④兄弟姉妹の不分離の原則
⑤面接交渉の許容性
⑥奪取の違法性
等の基準により判断すべき。
●本決定の位置づけ 
①被抗告人(母親)は、子らを抗告人の下に置いたままで単身別居し、子らは、抗告人に監護されてきたが、長女が一次不安定になったほかは特に目立った変化はなく、概して健康状態や良好であり、日常生活及び学校生活とも特に問題はなく、一応安定した生活を送っている
②抗告人は、別居後、被抗告人が子らと面会交渉することを認め、実施していたこと、
③抗告人は、面接交渉について暫定ルールの提案をしたが、被抗告人が拒否したため、面接交渉の実施を拒むようになったこと、
④その後、抗告人及び被抗告人は、面接交渉の合意をした(しかし、現在、面接交渉の円満な実施が非常に困難な状況になっている)こと
⑤抗告人は、子らの生活を優先して仕事の時間を調整し、同居している実父等監護補助者の協力も得て、子らの養育に当たっていること

子らが既に乳幼児ではない本件においては、前記判例・学説の動向の
①の母性優先の原則が直ちに適用にならず、
②の監護の継続性、
④の兄弟姉妹の不分離の原則、
⑤の面接交渉の許容性、
⑥の奪取の違法性
などの基準からすると、抗告人の下で監護されている子らについて、その監護者を抗告人から被抗告人に変更しないことが子らの福祉にかなうものとして、引渡しの必要性がないと判断。
実務上、ともすれば、子の監護を父親がしている場合に母親から子の引渡しが認められると、監護状況の実態等を具体的事実関係の下で十分検討することなく、母親が監護するのが相当であるとして、この観点だけから子の引渡しを認める傾向がないわけではない。

本件決定は、子の福祉にとって何が必要であるかを具体的事案に即して十分検討すべきことを指摘したものとして実務の参考になる。
東京高裁H20.12.18     
事案 H16:婚姻
H17:長男Cをもうけた
H19:未成年者の親権者をYを定めて離婚したが、同年再婚。
申立人の実家で、申立人の両親と同居。
H20.相手方は睡眠薬を服用⇒1人で実家へ帰った。
申立人:未成年者を昼間は保育園に預け、送迎を申立人と申立人の両親で分担。
申立人:未成年者を親せき宅に預ける。
H20:相手方は、未成年者を連れて帰るつもりで、保育園を訪れた。
H20:1週間相手方が未成年者と生活し、それから申立人の下に返すという約束で、相手方が連れ帰った。
H20:申立人が連れ帰った。
H20:申立人と相手方は、夫婦関係調整調停⇒1泊2日で相手方が面接交渉。
H20調停不成立。
面会交流できず。
相手方は、H20:保育所から未成年者を連れ出した⇒未成年者を監護
 
   


☆財産分与
浦和地裁昭和61.8.4
判例タイムズ639号208頁
判断 1.婚姻後同居期間中の原告及び被告の給与等の額はおおむね別表2のとおりであり、95万円の示談金の支払時たる昭和55年8月頃、原被告は定期性の貯蓄は被告名義でしていたが、それは、300万円から350万円であった。
2.しかし、前記95万円及び500万円の示談金の支払、車の購入(支払額約300万円)、被告の浪費、昭和58年からの被告の婚姻費用の非分担のため、原被告の定期性の貯蓄、原告の預金等は前記昭和58年8月の別居時点では、全く存在せず、被告は別居後も車を所有している。
3.なお、被告主張のダイヤモンドの購入は、原告の父の出捐によるものであり、原告は、原被告の収入を浪費していない。

以上の事実及び前記1の事実に鑑みれば、被告は離婚に伴う財産分与として原告に対し、500万円をきゅうふするのが相当であり、かつこれをもって相当と思料する。

☆懲戒請求関係  
最高裁
H19.4.24
(判時
1971
民事p119)  
事案 A:足利支部にBを債務者として別件仮差押え事件⇒決定
A(訴訟代理人はY2):足利支部にB(訴訟代理人は原告)を被告として別件請負代金訴訟⇒請求棄却⇒控訴⇒控訴棄却

B(訴訟代理人は原告)は、権利行使の催告を受けた⇒足利支部に対し、Aを被告として別件損害賠償請求訴訟を提起⇒全て認容しAに対し、Bへの50万円の支払を命じる判決⇒A(訴訟代理人はY2)が控訴し裁判上の和解

A:原告を懲戒請求
A:異議の申出を棄却する決定の取り消しの訴え
判断 弁護士法58条1項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において、請求者が、そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに、あえて懲戒を請求するなど、懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには、違法な懲戒請求として不法行為を構成する。
解説 弁護士に対する所属弁護士会及び日本弁護士連合会による懲戒の制度は、弁護士会の自主性や自律性を重んじ、弁護士会の弁護士に対する指揮監督作用の一環として設けられたものであり(最高裁昭和49.11.8、H18.9.14)、
弁護士法58条所定の懲戒請求権は、その懲戒権の適正な発動と公正な運用を担保するため、公益的見地から広く一般の人々に対し権利として認められているもの。
but
懲戒請求を受けた弁護士は、根拠のない請求により名誉、信用等を不当に侵害されるおそれがあり、また、その弁明を余儀なくされる負担を負うことになる

これらの規定に基づく請求をするものは、懲戒請求を受ける対象者の利益が不当に侵害されることがないように、対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査、検討をすべき義務を負う
懲戒請求者に対してやや厳しい注意義務を課し、訴えの提起の場合よりも不法行為の成立範囲を広く認め得る基準を採用。

不当訴訟:
「通常人であれば容易にそのことを知り得たのに」
不当請求:
「通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに」

不当訴訟:
「著しく相当性を欠く場合に限り」
不当請求:
「相当性を欠くと認められるときには」


裁判を受ける権利憲法上の権利であるのに対し、弁護士の懲戒請求権公益の観点から一般に認められた法律上の権利である
②紛争解決を目的とする民事訴訟の提起と被懲戒者である弁護士に非難を向ける懲戒請求とは性質が異なり、懲戒請求は、むしろ、告訴・告発の制度に類似する側面がある

but
告訴・告発の制度について述べられているような注意義務、すなわち「犯罪の嫌疑をかけられることを相当とする客観的嫌疑を確認すべき注意義務」と同様の注意義務を懲戒請求者に対して課したものではない。
民事p48
最高裁
H23.7.15
(判時2135
民事p48) 
弁護士であるテレビ番組の出演者において特定の刑事事件の弁護団の弁護活動が懲戒事由に当たるとして上記弁護団を構成する弁護士らについて懲戒請求をするように視聴者に呼びかけた行為が、不法行為法上違法とはいえないとされた事例
判断 本件発言が名誉毀損に当たらないとした原審の判断は正当。
本件呼びかけ行為が名誉毀損とは別個の不法行為を構成するとした原審の判断については、本件呼びかけ行為は、品位を失うべき非行に当たるとして弁護士会における自律的処理の対象として検討されるのは格別、これによりXらの被った精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるとまではいえず、不法行為法上違法なものであるということはできない。
⇒原判決中Yの敗訴部分を破棄して、同部分についてXらの請求を認容した1審判決を取り消し、Xらの請求をいずれも棄却した。
本件発言の態様、発言の趣旨、Xらの弁護人としての社会的立場、本件呼びかけ行為により負うこととなったXらの負担等を総合考慮して違法性を判断するとした上で、本件呼びかけ行為の趣旨とするところは、懲戒請求は広く何人にも認められるとされていることなどを踏まえ、視聴者自身の判断に基づく行動を促すものであり、他方、Xらについてされた懲戒請求は、ほぼ同一の事実を懲戒事由とするものでXらもこれに一括して反論することができたことなどの事情の下においては、本件呼びかけ行為により多数の懲戒請求がされたとしても、これによってXらの被った精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるとまではいえず、本件呼びかけ行為を不法行為法上違法なものであるということはできない旨判示。
解説 本件は、弁護士について懲戒請求をするよう呼び掛ける行為が当該弁護士の名誉感情その他の人格的利益を侵害するものとして不法行為法上違法といえるか否かが問題とされた事案。
表現の自由と人格的利益との調整の場面における違法性の判断基準を示した最高裁判例(最高裁H1.12.21):
氏名・住所・電話番号等の記載されたビラの配布行為が私生活の平穏などの人格的利益を侵害するか否かが争われた事案について、ビラの配布行為により攻撃を受けた者の精神的苦痛が、その者の社会的地位及び当時の状況等から社会通念上受忍すべき限度内にあるか否かで違法性を判断
~違法性の判断基準として受忍限度論を採用。
受忍限度論は、人格的利益ないし人格権の保護の判断基準として、被侵害利益の種類・性質と侵害行為の態様との相関関係から違法性を判断するという相関関係理論を基礎として発展したもの。
須藤 弁護士法上,「何人も」懲戒請求の申出が認められる(弁護士法58条1項)。

その趣旨は,弁護士にあっては,主権者たる国民によりいわゆる「弁護士自治」が負託され,弁護士の懲戒権限が,弁護士会に固有の自律的権能として与えられているところ,その権限の行使が適正になされるためには,それについて国民の監視を受けて広く何人にも懲戒請求が認められることが必要であるからということにある。

言うまでもなく,弁護士自治ないしは自律的懲戒制度の存立基盤をなすのは,主権者たる国民の信認であるから(「信なくば立たず」である。),この面からも懲戒請求が認められる者の範囲は広くかつ柔軟に解されるべきであって,厳格な調査,検討を求めて,一般国民による懲戒請求の門戸を狭めるようなことがあってはならないし,また,弁護士会によっても,懲戒事由がある場合について,懲戒請求が広く推奨されたりするところである。」
竹下 「弁護士に対する懲戒については,その権限を自治団体である弁護士会及び日本弁護士連合会に付与し国家機関の関与を排除していることとの関連で,そのような自治的な制度の下において,懲戒権の適正な発動と公正な運用を確保するために,懲戒権発動の端緒となる申立てとして公益上重要な機能を有する懲戒請求を,資格等を問わず広く一般の人に認めているものであると解される。

これは自治的な公共的制度である弁護士懲戒制度の根幹に関わることであり,安易に制限されるようなことがあってはならないことはいうまでもない。」という懲戒請求制度の趣旨を踏まえ、

「「懲戒の事由があると思料するとき」とはいかなる場合かという点については,懲戒請求が何人にも認められていることの趣旨及び懲戒請求は懲戒審査手続の端緒にすぎないこと,並びに,綱紀委員会による調査が前置されていること(後記)及び綱紀委員会と懲戒委員会では職権により関係資料が収集されることに鑑みると,懲戒請求者においては,懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠なく懲戒請求をすることは許されないとしても,一般の懲戒請求者に対して上記の相当な根拠につき高度の調査,検討を求めるようなことは,懲戒請求を萎縮させるものであり,懲戒請求が広く一般の人に認められていることを基盤とする弁護士懲戒制度の目的に合致しないものと考える。制度の趣旨からみて,このように懲戒請求の「間口」を制約することには特に慎重でなければならず,特段の制約が認められるべきではない。」と指摘する。
   
広島高裁H21.7.2
判時2114
民事p64  
   
判断  ●名誉毀損
①摘示事実に真実性の証明がある
②意見論評の前提事実に真実性の証明があり意見論評の域を逸脱しているとはいえない
⇒名誉毀損を構成しない
●懲戒請求 
①YはXらに対する懲戒請求に理由がないことを知りながら視聴者に対しあたかも懲戒事由が存するかのような誤った発言をし、
②この前提に基づき、懲戒請求は簡易でかつ多数の懲戒請求によってこそ懲戒の目的を達し得ると誇張的に懲戒請求を勧奨したもの

弁護士懲戒制度の本来の制度趣旨目的を逸脱し、多数の者による理由のない懲戒請求を集中させることによって、Xらを含む弁護団の弁護方針に対する批判的風潮を助長し、その結果、Xらの名誉感情等人格的利益を害するとともに、不当な心身の負担を伴う反駁、反論準備等の対応を余儀なくされた

Yは、このことについて、不法行為責任を免れない。
3 争点(4)(被控訴人らが本件各発言により被った損害の有無及び程度)について
  (1) 本件各発言が被控訴人らに対する名誉毀損にあたるとはいえないこと,発言ウからオを持ってした懲戒請求の呼びかけが不法行為を構成することは上記のとおりである。
  (2) 上記呼びかけにより,被控訴人らは多数の懲戒請求を受け,そのため,これに対応せざるを得なかったことは容易に推認できるから,その対応にかかる時間的,肉体的,精神的負担をもって損害とすべきことになる。
    そこで検討すると,被控訴人らはそれぞれ約600件の懲戒請求を受けたが,その相当部分は,インターネットで流布された懲戒事由まで記載された書式に懲戒請求人の住所氏名を記入したものであり,数種類の書式の内容も大同小異である上,被控訴人らの属する広島弁護士会においては,綱紀委員会において同種の案件としてまとめて審理をし,懲戒委員会への付議にまでは至らなかったことが認められ(甲2,20の1ないし13,弁論の全趣旨),これらによれば,被控訴人らが,上記懲戒請求に対する調査や反論等に相応の心身両面の負担を要したであろうことは想定できるが,それが本来の弁護士業務に多大な影響を及ぼすほどのものであったとは認めるに足りない。一方,弁護士として,懲戒請求を受けること自体基本的には不名誉なことである上,本件刑事事件の弁護に精力的に取り組んでいた被控訴人らにとって,理由のない一斉懲戒請求が相当な精神的負担をもたらしたであ
ろうことは容易に推認されるところである(甲13,弁論の全趣旨)。
    以上のほか,本件に顕れた一切の事情を総合すると,被控訴人らの受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては一人あたり80万円と認めるのが相当である
  (3) 本件訴訟の内容,審理経過及び上記認容額を総合すると,本件と相当因果関係ある損害として控訴人が負担すべき弁護士費用は,被控訴人一人あたり10万円と認めるのが相当である。
広島地裁
H20.10.2
判時2114
    4 争点(4)に対する判断
   上記のとおり、本件番組は、全国19のテレビ局において放送され、本件放送後平成20年1月21日ころまでに申し立てられた懲戒請求の件数は、原告X1に関するもの639件、原告X2に関するもの615件、原告X3に関するもの632件、原告X4に関するもの615件であったことがそれぞれ認められる。
  また、原告らが本件発言ア及びウないしオにより名誉を毀損されたことは上記1で認定したとおりであり、さらに、甲13の①ないし③及び15の①②⑤並びに弁論の全趣旨によれば、原告らは上記懲戒請求に対応するために答弁書を作成しなければならないなど相応の事務負担を必要とし、かつ、それ以上に相当な精神的損害を被ったことが認められる(もっとも、被告の呼びかけに応じてされたとみられる懲戒請求の多くが一定の書式を用いたものであり、その内容も同一であるか少なくとも大同小異であったことは甲2の①ないし⑰によって認められ、また、多数の懲戒請求が行われたとはいえ、広島弁護士会綱紀委員会においてはある程度併合して処理されたことは甲20の①ないし⑬によって認められるところであり、広島弁護士会がいずれの懲戒請求についても原告らを懲戒しないと決定したことも前認定のとおりであって、懲戒請求を受けたことによって原告らが被った経済的負担について甲13の②(陳述書)において原告X3が陳述するところはそのままでは採用しがたい)。
   さらに、いずれも弁護士として相応の知識・経験を有すべき被告の行為によってもたらされたものであることにも照らすと、これらの原告らの精神的ないし経済的損害を慰藉するには被告から原告ら各自に対し200万円の支払をもってするのが相当である
  一審 慰謝料100万円の支払を命じた。 
原審   
判断要旨
判断
判断  
最高裁H16.7.15  
判例時報1870 
  名誉毀損の成否が問題となっている法的な見解の表明と意見ないし論評の表明
事案  X:大学講師でいわゆる従軍慰安婦問題等の研究者
Y1:小林よしのり
本件漫画の問題とされた表現(本件各表現):
Y1は、本件採録が「ドロボー」であり、X著作が「ドロボー本」であると繰り返し記述するとともに、唐草模様の風呂敷を背負って目に黒いアイマスクをかけている古典的な泥棒の恰好をしたXの似顔絵の人物を描くなどすることによって、本件採録が許容される引用の限界を超え、著作権(複製権)侵害で違法であるとの法的な見解を表明。
主張 Y:本件各表現は、事実の摘示ではなく、意見ないし論評というべきであり、その内容がXに対する人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱したものとはいえないから、違法性を欠く。 
判断 法的な見解の表明それ自体は、それが判決等によりう裁判所が判断を示すことができる事項に係るものであっても、意見ないし論評の表明に当たる。 
本件各表現は、被上告人が本件採録をしたこと、すなわち、被上告人が上告人小林に無断でゴーマニズム宣言シリーズのカットを被上告人著作に採録したという事実を前提として、被上告人がした本件採録が著作権違反であり、違法であるとの法的な見解を表明するもの⇒上記法的な見解の表明が意見ないし論評の表明に当たることは明らか。
公共の利害に関する事実に係るものであり、その目的が専ら公益を図ることにあって、しかも、本件各表現の前提となる上記の事実は真実であるというべきである。
①本件各表現が被上告人に対する人身攻撃に及ぶものとまではいえないこと、
②本件漫画においては、被上告人の主張を正確に引用した上で、本件採録の違法性の有無が裁判所において裁判されるべき問題である旨を記載していること、
③他方、被上告人は、上告人小林を被上告人著作中で小林をひぼうし、やゆするような表現が多数みられることなどの諸点

上告人小林がした本件各表現は、被上告人著作中の被上告人の意見に対する反論等として、意見ないし論評の域を逸脱したものということはできない。
解説 ●事実を摘示しての名誉毀損 
その行為が
①公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、
②摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、
右行為には違法性がなく、

仮に右証明がないときにも、行為者において右事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される。
(最高裁)
●ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損 
①その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、
②右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、
③人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、
右行為は違法性を欠く。

仮に右証明がないときにも、行為者において右事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば、その故意又は過失は否定される。
(最高裁H1.12.21、最高裁H9.9.9)
当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解される⇒当該表現は、前記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当。
(最高裁H9.9.9) 
法的な見解の正当性それ自体は、証明の対象とはなり得ないものであり、法的な見解の表明が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項ということができないことは明らか。 
事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とで不法行為責任の成否に関する要件を異にし、意見ないし論評については、その内容の正当性や合理性を特に問うことなく、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、名誉毀損の不法行為は成立しない。

意見ないし論評を表明する事由が民主主義社会に不可欠な表現の自由の根幹を構成するものであることを考慮し、これを手厚く保障する趣旨による。
判決文  被上告人は,本件各表現が被上告人の名誉を毀損したなどと主張して,上告人らに対し,不法行為に基づき,損害賠償及び謝罪広告の掲載等を求めている。これに対し,上告人らは,本件各表現は,事実の摘示ではなく,意見ないし論評の表明というべきであり,その内容が被上告人に対する人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱したものとはいえないから,違法性を欠くなどと主張している。
原審は,次のとおり判断し,被上告人の請求を,慰謝料等の一部の支払及び本件漫画が掲載された「SAPIO」誌に原判決の別紙認容広告目録記載の謝罪広告を別紙認容広告態様目録記載の態様で掲載することを求める限度で認容し,その余の請求を棄却した。
 (1) 本件においては,被上告人が上告人小林に無断で本件採録をしたという事実については当事者間に争いがなく,ただ,本件採録が著作権法32条1項による引用として適法ということができるか否かという法的評価に争いがあったものである。このような争いについては,裁判所に訴えを提起することにより,裁判所の公権的かつ確定的な判断が確実に示されるべきものであり,現に,本件について,上告人小林が別件訴訟を提起し,本件採録は上告人小林の複製権を侵害したものとはいえないとの裁判所の判断が確定している。このように法の解釈適用のみが問題となっている事項であっても,その問題について裁判所による公権的かつ確定的な判断が確実に示されるべき事項については,最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁の判示する「証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項」に類するものということができ,意見ないし論評の表明ではなく,事実を摘示するものとみるのが相当である。
 (2) 本件採録は上告人小林の複製権を侵害したものとはいえないとの裁判所の判断が確定しているのであるから,本件各表現は真実とは認められない。
 (3) 本件採録が,裁判所において適法な引用に当たると判断されるがい然性があり,複製権侵害と判断されるがい然性が高いとは到底いえない状況であったと認めるのが相当である。そのような状況にあることは,上告人らにおいて著作権法の専門家に相談すれば容易に知ることができたものであり,我が国有数の出版社である上告会社及び有名な漫画家である上告人小林にとって,そのような相談をすることに支障があったとは認められないにもかかわらず,上告人らはこれをしていない。
 以上のような事情の下では,上告人らにおいて,本件採録が複製権侵害で違法であることを真実と信ずるについて相当の理由があるとは認められない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには,上記行為には違法性がなく,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁,最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)。

一方,ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,上記行為は違法性を欠くものというべきであり,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁,前掲最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決参照)。

 上記のとおり,問題とされている表現が,事実を摘示するものであるか,意見ないし論評の表明であるかによって,名誉毀損に係る不法行為責任の成否に関する要件が異なるため,当該表現がいずれの範ちゅうに属するかを判別することが必要となるが,当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは,当該表現は,上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当である(前掲最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決参照)。そして,上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値,善悪,優劣についての批評や論議などは,意見ないし論評の表明に属するというべきである。
 (2) 上記の見地に立って検討するに,法的な見解の正当性それ自体は,証明の対象とはなり得ないものであり,法的な見解の表明が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項ということができないことは明らかであるから,法的な見解の表明は,事実を摘示するものではなく,意見ないし論評の表明の範ちゅうに属するものというべきである。

また,前述のとおり,事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とで不法行為責任の成否に関する要件を異にし,意見ないし論評については,その内容の正当性や合理性を特に問うことなく,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,名誉毀損の不法行為が成立しないものとされているのは,意見ないし論評を表明する自由が民主主義社会に不可欠な表現の自由の根幹を構成するものであることを考慮し,これを手厚く保障する趣旨によるものである。そして,裁判所が判決等により判断を示すことができる事項であるかどうかは,上記の判別に関係しないから,裁判所が具体的な紛争の解決のために当該法的な見解の正当性について公権的判断を示すことがあるからといって,そのことを理由に,法的な見解の表明が事実の摘示ないしそれに類するものに当たると解することはできない。

 したがって,一般的に,法的な見解の表明には,その前提として,上記特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと解されるため事実の摘示を含むものというべき場合があることは否定し得ないが,法的な見解の表明それ自体は,それが判決等により裁判所が判断を示すことができる事項に係るものであっても,そのことを理由に事実を摘示するものとはいえず,意見ないし論評の表明に当たるものというべきである。
(3) 本件各表現は,被上告人が本件採録をしたこと,すなわち,被上告人が上告人小林に無断でゴーマニズム宣言シリーズのカットを被上告人著作に採録したという事実を前提として,被上告人がした本件採録が著作権侵害であり,違法であるとの法的な見解を表明するものであり,上記説示したところによれば,上記法的な見解の表明が意見ないし論評の表明に当たることは明らかである。
 
そして,前記の事実関係によれば,本件各表現が,公共の利害に関する事実に係るものであり,その目的が専ら公益を図ることにあって,しかも,本件各表現の前提となる上記の事実は真実であるというべきである。また,本件各表現が被上告人に対する人身攻撃に及ぶものとまではいえないこと,本件漫画においては,被上告人の主張を正確に引用した上で,本件採録の違法性の有無が裁判所において判断されるべき問題である旨を記載していること,他方,被上告人は,上告人小林を被上告人著作中で厳しく批判しており,その中には,上告人小林をひぼうし,やゆするような表現が多数見られることなどの諸点に照らすと,上告人小林がした本件各表現は,被上告人著作中の被上告人の意見に対する反論等として,意見ないし論評の域を逸脱したものということはできない

 そうすると,本件各表現が事実を摘示するものとみるのが相当であるとして,被上告人の請求を一部認容した原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人らの敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上に説示したところによれば,被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分につき,被上告人の控訴を棄却すべきである。
 
最高裁H9.9.9
判時1618   
一審 慰謝料100万円の支払を命じた。 
原審 一審判決を取り消し、請求を棄却。
本件見出し1等は、いずれも上告人の犯罪行為に関する事実についてのもので、公共の利害に関する事実に係るものであり、次に述べるとおり、被上告人については、これらに関し、名誉毀損による不法行為責任は成立しない。
本件見出し1は、上告人に関する特定の行為又は具体的事実を、明示的に叙述するものではなく、また、これらを黙示的に叙述するものともいい難い。その上、これがAの談話であると表示されていることも考慮すると、右見出しは、意見の表明(言明)に当たるというべきである。そして、この意見は、Aが、本件記事が公表される前に既に新聞等により繰り返し詳細に報道され広く社会に知れ渡っていた上告人の前記殺人未遂事件等についての強い嫌疑を主要な基礎事実として、上告人との交際を通じて得た印象も加味した上、同人についてした評価を表明するものであることが明らかであり、右意見をもって不当、不合理なものということもできない。
次に、本件見出し2は、Aが前記殺人未遂及び殺人各事件への上告人の関与につき何らかの事実又は証拠を知っていると受け取られるかのような表現を採ってはいるが、本件記事の通常の読者においてはAの戯言と受け取られるものにすぎないから、右見出しは、前記殺人未遂及び殺人各事件への上告人の関与につき嫌疑を更に強めるものとはいえず、本件見出し1と併せ考慮しても、これにより上告人の名誉が毀損されたとはいえない。
最後に、本件記述は、上告人に関する特定の行為又は具体的事実を、明示的に叙述するものではなく、また、これらを黙示的に叙述するものともいい難いから、右は、やはり意見の表明(言明)に当たるというべきである。そして、この意見は、東京地検の元検事と称する人物が、本件記事が公表される前に既に新聞等により繰り返し詳細に報道され広く社会に知れ渡っていた上告人の前記殺人未遂事件等についての強い嫌疑並びに上告人に対する捜査状況を主要な基礎事実として、同人についてした評価と今後の捜査見込みを表明するものであるから、右意見をもって不当、不合理なものということもできない。
判断要旨 一 特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損について、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあって、表明に係る内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない場合に、行為者において右意見等の前提としている事実の重要な部分を真実と信ずるにつき相当の理由があるときは、その故意又は過失は否定される。
      
二 名誉毀損の成否が問題となっている新聞記事が、意見ないし論評の表明に当たるかのような語を用いている場合にも、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に、前後の文脈や記事の公表当時に読者が有していた知識ないし経験等を考慮すると、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものと理解されるときは、右記事は、右事項についての事実の摘示を含むものというべきである。
      
三 特定の者が犯罪を犯したとの嫌疑が新聞等により繰り返し報道されていたため社会的に広く知れ渡っていたとしても、このことから、直ちに、右嫌疑に係る犯罪の事実が実際に存在したと公表した者において、右事実を真実であると信ずるにつき相当の理由があったということはできない。
判断 新聞記事による名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し得るものである。

ところで、事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、右行為には違法性がなく、仮に右事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和三七年(オ)第八一五号同四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁、最高裁昭和五六年(オ)第二五号同五八年一〇月二〇日第一小法廷判決・裁判集民事一四〇号一七七頁参照)。

一方、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠くものというべきである(最高裁昭和五五年(オ)第一一八八号同六二年四月二四日第二小法廷判決・民集四一巻三号四九〇頁、最高裁昭和六〇年(オ)第一二七四号平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二五二頁参照)。

そして、仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である。

右のように、事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とでは、不法行為責任の成否に関する要件が異なるため、問題とされている表現が、事実を摘示するものであるか、意見ないし論評の表明であるかを区別することが必要となる。

ところで、ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり(最高裁昭和二九年(オ)第六三四号同三一年七月二〇日第二小法廷判決・民集一〇巻八号一〇五九頁参照)、そのことは、前記区別に当たっても妥当するものというべきである。すなわち、新聞記事中の名誉毀損の成否が問題となっている部分について、そこに用いられている語のみを通常の意味に従って理解した場合には、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張しているものと直ちに解せないときにも、当該部分の前後の文脈や、記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し、右部分が、修辞上の誇張ないし強調を行うか、比喩的表現方法を用いるか、又は第三者からの伝聞内容の紹介や推論の形式を採用するなどによりつつ、間接的ないしえん曲に前記事項を主張するものと理解されるならば、同部分は、事実を摘示するものと見るのが相当である。また、右のような間接的な言及は欠けるにせよ、当該部分の前後の文脈等の事情を総合的に考慮すると、当該部分の叙述の前提として前記事項を黙示的に主張するものと理解されるならば、同部分は、やはり、事実を摘示するものと見るのが相当である。
以上を本件について見ると、次のとおりいうことができる。
(一) まず、『aは極悪人、死刑よ』という本件見出し1は、これと一体を成す見出しのその余の部分及び本件記事の本文に照らすと、Aの談話の要点を紹介する趣旨のものであることは明らかである。ところで、本件記事中では、当時、上告人は、前記殺人未遂被疑事件について勾留されており近日中に公訴が提起されることも見込まれる状況にあったが、嫌疑につき頑強に否認し続けていたこと、Aはかねて上告人と相当親しく交際していたが、同人から、捜査機関の事情聴取に応ずるにも値すべき「事件のこと」に関する説明を受けたことがあること、その上で、Aが、上告人について、『本当の極悪人ね。(中略)自供したら、きっと死刑ね。今は棺桶に片足をのっけているようなもの』と述べたことが紹介されているのである。右のような本件記事の内容と、当時上告人については前記殺人未遂事件のみならず殺人事件についての嫌疑も存在していたことを考慮すると、本件見出し1は、Aの談話の紹介の形式により、上告人がこれらの犯罪を犯したと断定的に主張し、右事実を摘示するとともに、同事実を前提にその行為の悪性を強調する意見ないし論評を公表したものと解するのが相当である。
 
(二) 次に、『Bさんも知らない話……警察に呼ばれたら話します』という本件見出し2は、右(一)に述べた事情を考慮すると、やはりAの談話の紹介の形式により、上告人が前記の各犯罪を犯したと主張し、右事実を摘示するものと解するのが相当である。右談話は、その後の両名の相当親密な関係に立脚するものであることが本件記事中でも明らかとされており、本件記事が報道媒体である新聞紙の第一面に掲載されたこと、本件記事中にはAの談話内容の信用性を否定すべきことをうかがわせる記述は格別存在しないことなども考慮すると、本件記事の読者においては、右談話に係る事実には幾分かの真実も含まれていると考えるのが通常であったと思われる。そうすると、右見出しは、上告人の名誉を毀損するものであったというべきである。

(三) 最後に、「この元検事にいわせると、aは『知能犯プラス凶悪犯で、前代未聞の手ごわさ』という。」という本件記述は、上告人に対する殺人未遂被疑事件についての前記のような捜査状況を前提としつつ、元検事が上告人から右事件について自白を得ることは不可能ではないと述べたことを紹介する記載の一部であり、当時上告人については右殺人未遂事件のみならず殺人事件についても嫌疑が存在していたことも考慮すると、本件記述は、元検事の談話の紹介の形式により、上告人がこれらの犯罪を犯したと断定的に主張し、右事実を摘示するとともに、同事実を前提にその人格の悪性を強調する意見ないし論評を公表したものと解するのが相当である。
 3 もっとも、原判決は、本件見出し1及び本件記述に関し、その意見ないし論評の前提となる事実について、被上告人においてその重要な部分を真実であると信ずるにつき相当の理由があったと判示する趣旨と解する余地もある。
 
しかしながら、ある者が犯罪を犯したとの嫌疑につき、これが新聞等により繰り返し報道されていたため社会的に広く知れ渡っていたとしても、このことから、直ちに、右嫌疑に係る犯罪の事実が実際に存在したと公表した者において、右事実を真実であると信ずるにつき相当の理由があったということはできない。けだし、ある者が実際に犯罪を行ったということと、この者に対して他者から犯罪の嫌疑がかけられているということとは、事実としては全く異なるものであり、嫌疑につき多数の報道がされてその存在が周知のものとなったという一事をもって、直ちに、その嫌疑に係る犯罪の事実までが証明されるわけでないことは、いうまでもないからである。
 
これを本件について見るに、前記のとおり、本件見出し1及び本件記述は、上告人が前記殺人未遂事件等を犯したと断定的に主張するものと見るべきであるが、原判決は、本件記事が公表された時点までに上告人が右各事件に関与したとの嫌疑につき多数の報道がされてその存在が周知のものとなっていたとの事実を根拠に、右嫌疑に係る犯罪事実そのものの存在については被上告人においてこれを真実と信ずるにつき相当の理由があったか否かを特段問うことなく、その名誉毀損による不法行為責任の成立を否定したものであって、これを是認することができない。
四 そうすると、右とは異なり、被上告人につき本件見出し等に関しての不法行為責任の成立を否定した原審の認定判断は、法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、原審に差し戻すこととする。
 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。




  最高裁
H19.4.27
判例時報
1969
「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」5項と日中戦争の遂行中に生じた中華人民共和国の国民の日本国又はその国民若しくは法人に対する請求権の帰趨
  事案 中国人を原告とする戦後補償事件
①事件:
第二次世界停戦中に中国から日本国内に強制連行され被告(西松建設)の下で強制労働に従事させられた主張する原告らが、被告に対し、安全配慮義務違反等を損害賠償を求めた事案
②事件:
第二次世界大戦当時中国において日本軍の構成員らによって監禁、強姦されるなどの被害を被ったと主張する原告らが、被告国に対し、損害賠償を求めた事案。
  ■     ■戦後補償裁判の歴史と現状
  ●請求権放棄に伴う補償請求型 
最高裁:
「戦争中から戦後占領時代にかけての国の存亡にかかわる非常事態にあっては、国民のすべてが、多かれ少なかれ、その生命・身体・財産の犠牲を耐え忍ぶべく余儀なくされていたのであって、これらの犠牲は、いずれも、戦争犠牲又は戦争損害として、国民のひとしく受忍しなければならなかったとろこであり、右の在外資産の賠償への充当による損害のごときも、一種の戦争損害として、これに対する補償は、憲法の全く予想しないところというべき」

戦争損害受任論ともいうべき枠組みで、請求棄却。
  ●援護立法の不備主張型 
立法裁量論、合理的差ベル論により、請求棄却。
  ●戦争遂行過程の違法行為追及型 
  判断 日中戦争の遂行中に生じた中華人民共和国国民の日本国又は日本企業に対する損害賠償請求権は日中共同声明5項により裁判上訴求する権能を失った
①事件:原判決破棄
②事件:上告棄却
  解説  サンフランシスコ平和条約14条(b)を初めとして、第二次世界大戦に係る我が国の戦後処理を定めた平和条約等の請求権の処理に関する条項においては、ほぼ例外なく、相手国及びその国民の日本国又はその国民に対する請求権の放棄を明示的に規定。
請求権の放棄:
国際法上:外国保護権の放棄
国内法上・私法上の効果:
請求権自体を実体的に消滅させるものか
請求権の実体的消滅でないとすればいかなる意味を有するか
日本国政府:
平成13年頃になって、
請求権放棄条項により「日本国及び日本国民が連合国国民の請求に応ずるべき法律上の義務が消滅した」
本件両判決:
請求権の放棄とは、請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではないが、当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失わせるものである旨の新判断。

国際法上は外交保護権の放棄を意味することを踏まえつつ、
その国内法的・司法的な位置づけを明確にしたもの。

裁判上訴求する権能を失った請求権は、いわゆる自然債務になるものと解され、債務者の任意の履行に対する給付保持力を失わせるものでないことに重要な意義。
  ①サンフランシスコ平和条約は、いわゆる戦後処理について、個人の損害賠償等の請求権を含め、戦後の遂行中に生じたすべての請求権を連合国と日本国が相互に放棄することを前提として、具体的な戦争賠償の取決めは各連合国との間で個別に行うという連合国と日本国との間の処理の枠組みを定めるものであり、
これは、同条約の当事国とならなかった国と日本国との間の戦後処理に当たっても、枠組みとなるべきんもの。



日中共同声明5項は、サンフランシスコ平和条約におけるのと同様の意味において、個人の損害賠償等の請求権を含め、戦争の遂行中に生じたすべての請求権を放棄する旨を定めたものと解すべきもの。 


★別除権
  最高裁
H29.12.7
  事案 札幌トヨタ自動車(販売会社)から、自動車を購入した者(「本件購入者」)の売買代金債務を連帯保証した被上告人が、
保証債務の履行として本件販売会社に売買代金残額を支払い、
本件販売会社に留保されていた本件自動車の所有権を法定代位により取得

本件購入者の破産管財人である上告任に対し、別除権の行使として本件自動車の引渡しを求める。
  判断 自動車の購入者と販売会社との間で
当該自動車の所有権が売買代金を担保するため販売会社に留保される旨の合意がされ、
売買代金債務の保証人が販売会社に対し保証債務の履行として売買代金残額を支払った
購入者の破産手続が開始
その開始の時点で当該自動車につき 販売会社を所有者とする登録

保証人は、上記合意に基づき留保された所有権を別除権として行使することができる。

①保証人は、主債務者である売買代金債務の弁済をするについて正当な利益を有しており、代位弁済によって購入者に対して取得する求償権を確保するために、弁済によって消滅するはずの販売会社の購入者に対する売買代金債権及びこれを担保するために留保された所有権を法律上当然に取得し、求償権の範囲内で売買代金債権及び留保所有権を行使することが認められている。(民法500条、501条)
②購入者の破産手続開始の時点において販売会社を所有者とする登録がされている自動車については、所有権が留保されていることは予測し得るというべき⇒留保所有権の存在を前提として破産財団が構成されることによって、破産債権者に対する不測の影響が生じることはない。

保証人は、自動車につき保証人を所有者とする登録なくして、販売会社から法定代位により取得した留保所有権を別除権として行使することができるものというべき。
最高裁平成22年6月4日は、
販売会社、信販会社及び購入者




☆裁判所の義務違反
  広島高裁H16.6.13 判決言い渡しの遅延の違法性
  判断 国賠法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定。

裁判官の職務行為が国賠法上違法であるというためには、当該職務行為が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背するものであることが前提となる。
  ●  民事訴訟における権利・義務の確定は、判決の確定によって初めて実現するもので、一審のみならず控訴審、上告審においても、迅速な判決の言渡しなくしては、当事者の権利保護の実現が困難となることはいうまでもない。
迅速な判決の言渡しは、公平で適正な審理とともに、裁判所に課せられた重要な責務であって、法がその2条において、「裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるよう努め」なければならない旨定めているのも、このような趣旨で理解されるべきものである。
受訴裁判所が判決言渡可能な訴訟状態になったと判断して口頭弁論を終結した後は、判決言渡しまでの間に原則として当事者の訴訟行為は介在せず、また、判決言渡しまでの間に原則として当事者の訴訟行為は介在せず、また、判決言渡期日の指定のあり方に対し、当事者に不服申立てを認める明文の規定も存しない⇒裁判所は、これらの点も考慮の上、できる限り迅速に判決言渡しをするように務めなければならないことは当然である。
 
民事事件の審理を担当する裁判官は、すべての事件について2か月以内に判決を言い渡すべき法的義務を負うものではないが、
法2条の趣旨に違背することないよう、できる限り迅速に判決言渡しをするように努めなければならなず、事件が複雑である場合その他特別の事情がある場合でも、裁判官の客観的良心ないしは職業倫理に従い、誠実に職務権限を行使しなければならないのであって、その判決言渡しについて、当該裁判官が違法又は不当な目的をもってこれを遅延したなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認め得るような特別の事情がある場合には、当該裁判官の職務行為は、国賠法上違法の評価を受けるものというべきである。
●  判決言渡しの遅延については、当事者に不服申し立ての方途などが認められていない。
⇒訴訟手続内で不服申立制度が確立している裁判内容や手続に関する違法や過誤を理由として国家賠償を求める場面とはいささか場面を異にする。
but
判決書の完成の時期を左右する要素としては、当事者の主張や証拠評価の難易(記録や論点の多寡を含む)、判例・参考文献等の調査・入手の難易、他事件の審理・判決との時間調整の難易、合議の難易(合議事件の場合)等が考えられるところ、これらのうちのいかなる要素が判決書の早期作成に障害となったかの点w訴、国家賠償請求の可否を審理する裁判所が、証拠によって、あるいは当該事件の受訴裁判所を構成する裁判官の証人尋問によって明らかにするというようなことは裁判官の自由な心証や合議の秘密を害するおそれがあり、許容されない。
⇒判決言渡しの遅延を理由とする国家賠償請求においても、裁判内容の過誤等を理由とする国家賠償請求と同様、国家賠償責任が肯定されるためには、「当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判したなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とする」との、極めて例外的、かつ、裁判官の自由心証や合議の秘密を離れても立証可能な明確な基準によらざるを得ないと考えられる。


☆内縁関係
  判例時報
2108号
2123号
大阪高裁H22.10.21
内縁の妻が死亡するまで同人に無償で使用させる旨の使用貸借契約が黙示的に成立していた⇒内縁の夫を相続した子から内縁の妻に対する建物の明渡請求が棄却
  事案 内縁の夫の長女であり相続人である控訴人(X)が、内縁の妻である被控訴人(Y)に対し、AとYとが同居していたA所有の建物について、所有権に基づき、建物明渡しを求めるとともに、明渡済みまでの賃料相当損害金の支払を求めた事案。
  争点 ①本件建物の使用貸借の正否
②建物明渡請求が権利濫用該当性
  一審 AがYに対し本件建物の使用借権を設定することは、円満な内縁関係にある当事者間においては、通常想定されることではない
⇒本件使用貸借家役の成立を否定 
建物明渡請求を認容すると、Aが望んでいたYの生活利益を大きく損なうのに対し、これを認容しないとしても、Xの受ける不利益は大きくない
⇒建物明渡請求は権利の濫用に当たる
  判断 ①YがAの愛人、内縁の妻として40年もの長さにわたりAに尽くし、十分な経済的基盤も有しない状態⇒AがYの行く末を案じ住居を確保してやりたいと考えることは極めて自然
②Aは、平成16年ころXをわざわざ本件建物に呼び出し、同行したXの夫やY及びYの兄夫婦の前で、Xに対し、Aにもしものjことがあったら、Yに本件建物をやり、そこに死ぬまでそのままに住まわせて、1500万円を渡してほしい旨申し渡している

AがYを死ぬまで無償で本件建物に住み続けさせる意思を有していたものと優に認めることができる。 
Yにおいても、そのようなAの意向を拒否する理由は全くないと認められる。

本件申渡しのあった平成16年ころに、AとYとの間で、黙示的に、Yが死亡するまで本件建物を無償で使用させる旨の本件使用貸借が成立したものと認めるのが相当。

建物明渡請求及び賃料相当損害金請求をいずれも棄却すべきもの。
  解説
最高裁は、権利濫用説に立つものと理解されている。
(ただし、昭和39年最高裁判決は、居住権説、使用権説を積極的に否定したものとまではいえないように思われる)
権利濫用性⇒賃料相当損害金請求の問題は別に残り、同請求までが直ちに権利濫用として否定されるものではない。
学説上、所有権に基づく妨害排除請求が権利濫用であるとされた場合も、これによって所有者の所有権が否定されるわけではなく、妨害行為者の占有が以後適法な権原に基づくものになるわけでもない
⇒所有者は、無権原で占有を続ける者に対して、民法703条や民法709条の要件を満たす限り、不当利得返還請求や損害賠償請求ができる。
解説② 民法890条(配偶者の相続権)の配偶者は法律婚の配偶者を指し、生存内縁配偶者には死亡内縁配偶者の相続権は認められない。 
離婚時の財産分与に関する民法768条の内縁への類推適用についても、判例は、内縁当事者生存中の離別については肯定するものの、内縁の死別解消の場合への類推適用を否定。
法律婚の手続を経ていない内縁夫婦については、共有や不当利得等財産法の法理によって処理すればよく、また、遺贈や死因贈与を活用することで生存内縁配偶者の財産的保護については対応可能?
but
裁判例で一方の内縁配偶者名義の不動産につき他方の内縁配偶者との共有関係が認められるのは、当該不動産の取得・維持に関して内縁夫婦の双方が実質的に経済的出損に相当する寄与を行ったいた場合に限られているとの私的。

もっぱら生計を内縁の夫に頼ってきたいわゆる専業主婦型の生存内縁配偶者について、共有法理によってその財産的保護を図ることは難しい。
生存内縁配偶者の居住の保護に関する法律構成:
A:具体的事案における事実関係に基づき生前贈与や死因贈与等当事者間での居住建物の所有権移転に関する契約の成立を認めることができる場合⇒内縁の妻は内縁の夫死亡後も所有者として当該建物への居住が可能に。
B:内縁の準婚的性格⇒
①「内縁から生ずる準親族間の共助の精神」の尊重という考え方から、民法730条にも言及し、内縁の妻の居住は保護されるべきとするもの
C:他者の所有建物に対する使用権原という点により着目し財産法的視点からの理由付けをしようとするもの
①居住権説⇒借家権の相続に関して展開されてきた居住権の考え方の内縁の夫の所有建物にも妥当
②使用貸借説


☆ 行政
  判例時報2080
行政p24
最高裁H22.3.23 
政務調査費について
  判断 購入された物品がパソコンやビデオカメラなどの比較的高額な物品であるからといって直ちに調査研究のための必要性を欠くものとはいい難い。
but
①任期中の最後の議会の会期後を含む任期満了1ないし4か月半前に本件物品が購入されていること、②本件議員らは任期満了による選挙に立候補することなく市議会議員としての人気を終えていることに加え、③本件議員らは10年から20年以上にわたる議員としての経歴を有するところ、このような手元に残る物品を在職中
  解説 政務調査費の支出が使途基準に適合したものであるか否かについての実体要件については、
A:裁量説
B:合理的解釈説

会合等への出席や視察のための旅費であれば、当該会合の目的や視察の対象と市政との関連性ないし支出の必要性についてはこれを比較的緩やかに認めることができようが、使途の費目によっては、それほど緩やかに解されないものもある

個別具体的な事案における使途ごとに検討するほかなく、裁量説が一般的に広く裁量性を認めるのであるとすれば、相当とはいえない。

物品の品目自体と市政との関連性ないし支出の必要性につき、議員の側に広範な裁量権があるとすることは困難。
他方で、当該物品の具体的な用途という面から見れば、議員の側にある程度の裁量的判断の余地が生じる場面も考えられる。
不当利得返還請求の主張立証責任の配分:
○A:請求原因説(実務)
B:抗弁説
政務調査費の返還請求をすべきことを求める住民訴訟における使途基準適合性に関する主張立証責任:
○A:一般的・外形的な事実説:
B:立証責任転換説
C:その他

Aは、比較的多くの高裁レベルの判例が依拠している見解であり、不当利得返還請求に係る実務の要件事実的な考え方に忠実であって、現実の立証問題への配慮もある。
主張立証責任で決着が付く事例は少なく、裁判例の多くが、主張立証責任についての一般論を提示すると否とにかかわらず、具体的な用途を認定した上で、政務調査費としての必要性の有無等について詳細な判断をしているのが実情。

☆消費者契約
  判時2075
最高裁H22.3.30 
金の商品先物取引の委託契約において将来の金の価格は消費者契約法4条2項本文にいう「重要事項」に当たるか
  事案 Xが、商品取引員であるYに金の商品先物取引の委託(買注文)⇒相場の暴落により損害⇒Xが、Yの外交員の違法な勧誘行為を理由に消費者契約法に基づき買注文を取り消したと主張し、Yに対し、委託証拠金の返還等を求める。 
Yの外務員は、平成17年12月7日及び同月10日、Xに対し、東京市場における金の価格が上昇傾向にあることを告げたうえ、この傾向は年内は続くとの事故の相場予測を伝え、金を購入すれば利益を得られる旨説明本件説明(
  規定 第4条(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)
消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。
一 重要事項について事実と異なることを告げること。 当該告げられた内容が事実であるとの誤認
二 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものに関し、将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供すること。 当該提供された断定的判断の内容が確実であるとの誤認
2 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ、かつ、当該重要事項について当該消費者の不利益となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を故意に告げなかったことにより、当該事実が存在しないとの誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。ただし、当該事業者が当該消費者に対し当該事実を告げようとしたにもかかわらず、当該消費者がこれを拒んだときは、この限りでない。

4 第一項第一号及び第二項の「重要事項」とは、消費者契約に係る次に掲げる事項であって消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきものをいう。
一 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容
二 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの対価その他の取引条件
5 第一項から第三項までの規定による消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消しは、これをもって善意の第三者に対抗することができない。
  原審 ①本件説明が断定的判断の提供に当たるとはいえず、消費者契約法4条1項2号による取消しの主張は理由がない
②金の相場、すなわち将来における価格の上下は、本件契約の「目的となるものの質」(同情4項1号)にあたり、同情2項にいう「重要事項」に当たる。
⇒本件取消しを認め、Xの不当利得返還請求を全部認容。
  判断 消費者契約法4条2項本文にいう「重要事項」とは、同条4項において、当該消費者契約の目的となるものの「質、用途その他の内容」又は「対価その他の取引条件」をいうものと定義されているのであって、同条1項2号では断定的判断の提供の対象となる事項につき「将来におけるその価額、将来において当該消費者が受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項」と明示されいるのはとは異なり、同条2項、4項では商品先物取引の委託契約に係る将来における当該商品の価格など将来における変動が不確実な事項を含意するような文言は用いられていない

本件契約において、将来における金の価格は「重要事項」に当たらないと解するのが相当であって、上告人が、被上告人に対し、将来における金の価格が暴落する可能性を示す・・ような事実を告げなかったからといって、同条2項本文により本件契約の申込みの意思表示を取り消すことはできない。
  解説  「重要事項」とは、消費者契約の目的となるものの「質、用途その他の内容」又は「対価その他の取引条件」であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすものをいうと定義。
消費者契約法が「重要事項」についてこうした限定をした趣旨:
①取消権という重大な司法上の権利を付与する以上は、これらの行為の対象となる事項をそれにふさわしい適切な範囲に限定する必要があることや、
②取消が認められる範囲についての予見可能性を高める必要があることなど。
消費者契約を締結する動機にかかわる事項や前提事実に該当する事項が「重要事項」に当たるか否かについては、消費者契約法4条4項各号が「消費者契約の目的となるもの」との限定を付している⇒消極説と積極説がある。
商品先物取引の委託契約は、商品取引員が自己の名をもって顧客のために商品の売買売買に係る先物取引を行うことを内容とする役務を目的とするもの
⇒通常、契約を締結する動機に当たる⇒消極説の立場からは、これが契約の目的となるものの「質」等に当たると解しない限りは、「重要事項」に当たらない。
「質」とは「品質や性質をいう。例えば物品の質として、性能・機能・効能、構造・装置、成分・原材料、品位、デザイン、重量・大きさ、耐用度、安全性、衛星性、鮮度。役務の質として、効果・効能・機能、安全性、事業者・担当者の資格、使用機器、回数・時間・時期・有効期間、場所」をいうと説明。

消費者契約の目的となるものの「属性」を指し示す概念。
⇒商品先物取引における当該商品の将来の価格を「質」とうことには。文言上無理がある。


☆知財
営業秘密   
  商標・意匠
・不正競争
百選94
東京地裁H12.11.13 
事案 墓石販売業者であるX(原告)の従業員であったY2~Y4が、Xの保有管理する顧客名簿等の営業資料を社外に持ち出し、Y2・Y3が自ら設立した同種目的の会社であるY1会社(被告)で営業に使用したとして、XがY1~Y4に対し、不正競争防止法、民法415条・709条に基づき、損害賠償を求めた。
Xが保護対象と主張する営業資料は、①暫定顧客名簿(電話帳抜粋)、②お客様情報、③(予約)聖地使用契約書、④来山者名簿、⑤加工品・パース及び⑥墓石原価表
  規定 不正競争防止法 第2条(定義)
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

四 窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「不正取得行為」という。)又は不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為(秘密を保持しつつ特定の者に示すことを含む。以下同じ。)
五 その営業秘密について不正取得行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為.

6 この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
  判断   上記各営業資料の営業秘密性について、すべてにつき秘密管理性・有用性を肯定。
①~④のみ非公知性を肯定したうえ、Y2~Y4に不正競争防止法2条1項4号、Y1に同項5号の不正競争行為がある。
Y1~Y4の共同不法行為を認定⇒630万円の限度で損害賠償請求を認容。
  ●争点1:本件営業資料の営業秘密性 
  ◎秘密管理性 
  ◎有用性 
  ◎非公知性 
  ●争点2:Yらの不正競争行為について
   
  解説 営業秘密とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」(法2条6項)

要件は
①秘密管理性、②有用性、③非公知性
上記秘密管理性の要件には、
(a)当該情報にアクセスできるものが制限されていること(アクセス制限の存在)および
(b)当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できるようにされていること(客観的認識可能性の存在)
が必要。
  本判決:
①「営業秘密管理性」について、Xが営業資料に関して営業外使用を禁止し、その旨を周知徹底させていたこと等を認定したうえ、いずれの営業資料も秘密管理性があるとし、
②「有用性」については、とくに、「暫定顧客名簿(電話帳抜粋)」、「お客様情報」、「来山者名簿」および「(予約)聖地使用契約書」には、墓に高い関心を持つ、成約に至る可能性の高い顧客の情報が記載されていること、Xでは無差別的な電話帳による顧客勧誘も営業活動方法の一つとして実施されているが、それとの対比で上記営業資料に記載された情報は、成約率を高めるための有効な情報であること等
⇒いずれの資料も有用性あり。
③「非公知性」については、「暫定顧客名簿(電話帳抜粋)」、「お客様情報」、「来山者名簿」および「(予約)聖地使用契約書」には、Xの独自の営業活動によって得られた時効が記載されていることやその管理状況に照らし、非公知性をk、追う帝。
その他の資料は非公知性を否定。

☆忠実義務
利益相反
 
判例時報
1987
商事p134
東京地裁H19.9.27
 
企業買収において買収者側の表明保証責任等が否決された事例
  事案 X:東証第2部上場会社
Y1:マザーズ上場 
XはYらの行為によって16億円余りの損害を被ったと主張し
(1)Y1社に対し、本件各提携契約締結前において本件粉飾決算等を告知する義務があったのにこれを怠り、本件各提携契約締結後においては信義則上X社の損害が顕在化ないし拡大化しないようにすべき義務があったのにこれを怠ったと主張し、債務不履行に基づき、
(2)Y2ら3名に対し、
①Y1の取締役して上記各義務履行しなかった任務懈怠があると主張して、平成17年法律第87号による改正前の商法266条の3に基づき、また、
②X社の取締役として本件各提携契約を解消するなどの義務があったのにこれを怠ったと主張して、善管注意義務又は忠実義務の債務不履行、旧商法266条1項5号及び不法行為に基づき、
各自損害金16億円余及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた。
  判断  ●各提携契約締結前に、Xに対し、本件粉飾決算等の事実を告知する義務(表明保証責任)を負っていたか
企業買収において、資本・業務提携契約が締結される場合、企業は相互に対等な当事者として契約を締結するのが通常であるから、私的自治の原則が適用され、特段の事情がない限り、上記の原則を修正して相手方当事者に情報提供義務や説明義務を負わせることはできないと解するのが相当。
・・本件各提携契約を締結するに当たっての情報収集や武ねs機は、X社及びY1社のそれぞれの責任において行うべきであった。
仮にY1社に本件粉飾決算等の事実があったとしても、Yらは、本件各締結契約締結前に、X社に対し、当該事実を告知しなければならないとする特段の事情は存在しない。
⇒Yらの本件各提携契約締結前の義務違反を否定。
  ●本件各提携契約締結後に、信義則上、Xの損害が顕在化ないし拡大化しないようにすべき義務を負っていたか
①契約書にY1社の財務状況における表明保証責任の定めがされていない
②X社の主張するYらの申告義務は本件各提携契約締結前の告知義務と同一内容であるところ、締結前の告知義務は否定
⇒義務違反を否定
  解説 企業買収(M&A)において、契約当事者は、どの範囲で自己の財務内容等を表明保証する責任があるか?
私的自治の原則から、必要な情報は自己の責任において収集し、分析するのが原則であるとされている。


☆忠実義務
営業秘密   
 
判例時報1921
商事p136
東京地裁H17.6.14 
1.民事再生手続が開始された百貨店経営会社の元会長ら旧取締役の善管注意義務・忠実義務違反を理由とする損害賠償査定決定が認可された事例
2.民事再生手続が開始された百貨店経営会社が元会長のプライベートカンパニーというべき関連会社に売買を仮装して融資し、回収不能になった場合において、元会長ら旧取締役には、善管注意義務・忠実義務違反があるとされた事例
・・・そうごう元会長損害賠償査定異議訴訟判決
  事案 民事再生手続において、大手百貨店であるYの旧取締役Xらに対する損害賠償請求権の査定がされた、いわゆる「そごう元会長損害賠償請求事件」の異議審の判決。
  判断 株式会社Aは、X1のプライベートカンパニーというべきものであるところ、本件取引は、A社の経営危機に資金援助するために行われたものであり、関連会社間の取引という意味でYの利益を損なう可能性が高く、売買取引を仮装した融資取引⇒適正な業務執行ではない。
本件取引を融資取引であるという実態を前提に検討しても、与信額が過大であり、無担保でこうした与信を行うことは許されない。
X2は、Yの代表取締役副社長であり、本件取引がYに損害を生じさせる危険が高いことに留意して、取引を中止して損害を防止する義務があった⇒漫然放置したことは、善管注意義務・忠実義務に違反したもの。
X1は、Y及びそのグループを統括する立場であり、取引が適切に行われているかどうかは常に監督すべきであった⇒本件取引についてYへの損害発生の危険性にかんがみ、これを正常な取引とするか中止するか適切な措置をとる義務があった。
but
漫然放置した⇒善管注意義務・忠実義務に違反。
  解説 取締役の善管注意義務・忠実義務違反の有無の判断については、いわゆる経営判断の原則によるものがある。
but
本判決は、取引相手の会社と取締役の関係、その形式と実質の乖離、回収不能となるリスクなどから、それ以前の問題として、取締役の善管注意義務・忠実義務違反が肯定されたもの。
原文 (6) 以上整理すれば、本件取引は、原告甲野のプライベートカンパニーと言うべき超音波の経営危機に資金援助をするために行われたものであり、関連会社間の取引という意味で被告の利益を損なう可能性が高く、売買取引を仮装した融資取引であり、本来あるべき諸手続を回避した点でも、適正な業務執行ではなかったと言うべきである。
(3) 本件取引による被告の超音波に対する上記の与信残高は、被告と超音波との取引の実体から著しくかけ離れた事態となっており、太田昭和監査法人が指摘するように、会計上適切な表記をしなければならなかったことは言うまでもない。これを売買取引としての債権管理に委ねることは相当とは言えない。また、その与信残高は三〇億円ないし四〇億円に達しており、超音波の泥水処理部門における年商を上回っている上、超音波の総資産の四割を超える多額に上っている。これだけの与信(無担保)を行うことは貸金としても、過大である。まして、架空取引による売買形式の与信行為を行うことは許容範囲を超えていると言うべきである
(4) したがって、本件取引をその融資取引であるという実態を前提に検討してみても、その与信額が過大であり、無担保でこのような与信を行うことは許されない
亡乙山は、本件取引について被告において直接の決裁を行う立場にあったわけではなく、超音波においても実務を行っていたのは副社長の丙川であったが、被告の総合事業部担当役員としての地位にあり、本件取引がその所管事項であったし、超音波においても会長兼社長として、職制上は丙川を指揮監督する立場にあった。そして、亡乙山は、それぞれの経営のトップグループとして、部下からの報告を求めることができる立場にあったし、決算書類上それぞれの会社の事業の実情を把握できる立場にあった。亡乙山は、会社経営者として長年の経験を積んだ者であり、決算書類(附属明細書を含む。)を見ることによって、その取引上の問題点は把握できた。特に、超音波の再建は亡乙山にとって重大関心事であったのであるから、平成二年以降の超音波の被告への支払手形の残高の増大について把握し、検討していたものと推認できる。原告乙山相続財産が、太田昭和監査法人の監査報告書の記載を信頼していたと主張しているところからみても、亡乙山がその監査報告書を閲読する立場にあったものと推認でき、前記認定の被告と超音波との本件取引における問題点は把握していたものと言える。
 したがって、被告の代表取締役副社長であり、総合事業部の担当役員の立場にあった亡乙山は、本件取引が被告に損害を生じさせる危険が高いことに留意して、取引を中止し、被告の損害を防止する義務があったと言うべきである。亡乙山は、それにもかかわらず、これを漫然放置した点において、善管注意義務(商法二五四条三項、民法六四四条)、忠実義務(商法二五四条の三)に違反したものと言うべきである。
原告甲野は、被告及びそごうグループ全体を統括する立場にあったから、業務執行については、各担当の取締役に委ねることは当然のことである。しかし、取引が適切に行われているかどうかは、常に監督すべき立場にあった。被告の最高責任者として、被告の決算書類に当然目を通し、太田昭和監査法人の監査報告書にも目を通して、被告の各事業部門の取引が適正に行われていたかどうかを把握できる立場にあった。また、超音波との取引については、超音波の取締役として、取締役会に出席する権限と義務があり、また、毎年の決算書類からその経営の実情を把握することができたはずである。したがって、事業の実情の細部まで知らないとしても、決算書類上から把握できる問題点については、会社経営者として把握し、必要な措置をとる条件、能力、権限は十分にあったと言うべきである。
 本件取引の問題は、前記のとおり経営危機にあった超音波に対する資金援助のために売買取引を仮装した過剰な融資を行ったという問題である。亡乙山が、超音波の社長として、超音波の再建のために本件取引のシステムを構築するに当たり、超音波の支配株主であり、また、被告の社長であった原告甲野の了解を得ていなかったとは考えられない。
 また、前記認定のとおり、昭和六二年以降、太田昭和監査法人が超音波との取引を含めて総合事業部における会計上の問題点を指摘し、原告甲野がこれを了知していたのであるから、担当者の適切な業務執行に期待するということは許されない。
 したがって、原告甲野は、本件取引について、被告への損害発生の危険性にかんがみ、それを正常な取引とするか中止をするか適切な措置をとる義務があったと言うべきである。原告甲野は、それにもかかわらず、これを漫然放置した点において、善管注意義務(商法二五四条三項、民法六四四条)、忠実義務(商法二五四条の三)に違反したものと言うべきである。




☆取締役の対第三者責任
要旨
  東京高裁H7.10.24 争点 4被控訴人春美は、被控訴人会社の取締役であり、被控訴人会社の実質的な経営者(代表者)であるが、
(1)ナルトとの間でA契約を締結しながら、無断で右一の2の根抵当権を設定してその登記を経由したこと、
(2)その後、これを抹消登記手続をする努力をしないまま放置したため、平成四年九月株式会社千葉銀行の申立てにより本件土地が競売に付されて、差押登記がされ、右1の売買契約に基づく被控訴人会社の債務の履行を不能にさせたこと、
(3)また、右契約により境界同意書、排水同意書、開発同意書の取得を約束しながらそれに必要な業務を一切せず、本件土地の宅地造成開発につき千葉県条例に基づく知事の設計確認及び町の指導要綱に基づく町長との事前協議の各申請を不能にさせたこと、被控訴人会社を倒産に至らしめたことなどによって、ナルトからタヒミクを経て買主となった控訴人に対し、取締役として第三者である控訴人に対し責任を負うか。
  判断  四 争点4について
第二の一の1、2、5のとおり、被控訴人春美は、被控訴人会社の取締役であって、その実質的な経営者(代表者)であり、被控訴人会社の業務の執行としてナルトとの間でA契約(ナルトへの不動産売買契約)を締結後、株式会社千葉銀行に対し、本件土地につき平成二年七月一九日付けで極度額一億八七五〇万円の根抵当権を設定し、同年九月五日受付でその旨の登記を経由したものであるところ、控訴人は、被控訴人春美が被控訴人会社の経営者(代表者)として右根抵当権を設定したこと、及び、その後これを抹消しないまま存続させたことが不法行為に当たると主張する。

しかし、右根抵当権の極度額とA契約の売買代金から手付金及び中間金を除いた残代金額(一億七六〇〇万五〇〇〇円)とはほぼ見合う金額であるから(第二の一の2)、このことからすれば、被控訴人会社は、右残金を受領する際に、約定のとおり右登記を抹消するつもりでこれを設定し、登記手続をしたものであると推認されないではないこと、そして、右残金支払時期が到来する前の同年一二月末ころ、被控訴人会社はタヒミクとの間でB契約を締結したが(第二の一の3)、右登記はそのまま存続することとなり、平成三年二月一八日両者は、右登記の抹消登記手続は被控訴人会社の荒造成工事完了後、タヒミクが行い、それまでの被担保債権の金利は両者が折半して支払う(ただし、タヒミク支払分はB契約の代金の内金とする。)旨の合意をしたこと(甲一三、乙三、被相続人春美本人の原審供述)、被控訴人会社が控訴人との間で本件売買契約を締結した後も右登記はそのまま存続したこと(第二の2)、右一のとおり、本件売買契約後、右登記か存続しているまま、控訴人が被控訴人会社に対し更に中間金合計五〇〇〇万円を支払っており、これにより残代金額と右極度額とが見合わなくなっているが、これは控訴人がこれを容認しながら右中間金を支払ったものであることが推認できないではないことなどといった事情が存在する。これらによれば、控訴人は、被控訴人春美が被控訴人会社の経営者(代表者)として右根抵当権を設定したこと、及び、その後これを抹消しないまま存続させたことを容認していたものとみることができないわけではないから、右のことを捉えて被控訴人春美に責任を問うことはできない
 
 しかしながら、右一の2、三に、第二の一の5の事実、証拠(甲一五の1ないし5、二一、一三、乙四、原審証人加賀谷幸男の証言、被控訴人春美の原審供述)を合わせ考えれば、被控訴人会社は、A契約締結後の平成二年九月二五日付けで本件土地の宅地造成開発についての町長との事前協議の前段階の手続である町との内協議の申し出をし、町からのそれに対する回答も得ていたが、B契約締結後の平成三年四月一七日付けで近接の土地所有者との間で排水に関する話合いがつかないことを理由として右内協議の申し出を取下げ、それ以降、知事の設計確認及び町長との事前協議の各手続を全く進めず、また、本件土地について造成に関しても、荒造成工事に着手しこれをある程度進捗させただけであること、
その後の同年一一月ころ控訴人との間で本件売買契約を締結し、被控訴人会社は本件土地の土を入れ替え、埋立造成を完了して本件土地を買主に引き渡すこと、被控訴人会社が平成四年六月末日(その後同年七月末日に変更)までに本件土地の宅地造成開発につき千葉県条例に基づく知事の設計確認及び町の指導要綱に基づく町長との事前協議を経る義務を負い、この義務を履行できない場合は本件売買契約は当然解約となり、控訴人に対し手付金の倍額及び中間金(内金を含む。)を一〇年以内に返還する旨の約定をしたにもかかわらず、被控訴人会社は、それ以降、埋立造成を行わず、また、知事の設計確認及び町長との事前協議を経ようと試みもせず、期限までに右の設計確認及び事前協議を経なかったこと
そして、以上の被控訴人会社の行為は、すべて被控訴人春美が被控訴人会社の経営者ないし事実上の代表者として(法的にはその代理人として)行ったものであることからすると、

被控訴人春美が被控訴人会社の事実上の代表者として行った右一連の行為は、控訴人に対する故意又は過失に基づく違法な行為であるとともに、被控訴人会社の取締役で事実上の代表取締役としての任務を悪意又は重大な過失により怠った行為であるということができるから、被控訴人春美は民法七〇九条及び商法二六六条の三第一項に基づきこれによって控訴人が被った損害を賠償する責任があるというべきである。

 そして、第二の一の5によると、被控訴人会社は、平成四年七月、事実上倒産しているから、控訴人は、被控訴人春美の右行為によって手付金及び中間金(内金を含む。)相当の損害を被ったものと解される

  この点につき、控訴人は、手付金につき倍額の損害を主張しているが、控訴人が手付金に関し、手付金額を超える損害を被ったことを具体的に根拠づけるだけの主張、立証はなく、また、被控訴人会社の倒産が被控訴人春美の悪意又は重大な過失による任務懈怠に基づくものであることを認めるに足りる証拠もないから、右主張は採り難い。なお、民法七〇九条ないし商法二六六条の三第一項の債務の遅延損害金の利率は民法所定の年五分にとどまるものと解される。
 そうすると、控訴人の被控訴人春美に対する本訴請求は手付金額及び中間金(内金を含む。)並びにこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である平成四年七月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は失当である。
  東京高裁昭和56.5.27
判時1009号125頁
  会社取締役Yが他社所有商品をXに転売し代金を収受したのに他社からその所有権を取得することを怠り、他社からこれを搬出売却し、もつて会社はXに対し債務不履行におちいり損害を加えたときYに商法266条の3で責任を負わせた例
  事案 ニホン工業㈱はヤマテ工業㈱所有、占有の建築用仮設ビームを被控訴人に売り渡したが、被控訴人に対する商品引渡義務以降不能となった。

すでに代金を完済していた被控訴人は、ニホン工業の代表取締役と同社の常務取締役(控訴人)に対し、商法266条の3に基づく損害賠償請求の本訴を提起。 
  判断 三 そこですすんで、ニホン工業の被控訴人に対する履行不能に基づく填補賠償債務の負担、ひいては被控訴人の損害の発生について八木覚哉に代表取締役としての、控訴人に取締役としての職務執行につき故意又は重大な過失が存するか否かについて判断するに、前記二の(二)に認定した事実及び〈証拠〉によれば、ニホン工業は役員と従業員の双方を含めて一〇名足らずの小規模の会社であるところ、八木覚哉はその代表取締役、控訴人は常務取締役であつて(八木がニホン工業の代表取締役、控訴人が取締役であることは当事者間に争いがない。)、控訴人は欠勤し勝ちな八木と並んで同社の実権を握り采配を振つていたものであり、かつ八木、控訴人ともに、前記ヤマテ工業及び被控訴人間の各取引に直接関与し、特に被控訴人代表者森本浩をして、本件ビームがニホン工業の所有、占有するものと誤信させて、本件売買契約を締結させており、その間の事情を熟知していたものであるから、八木は代表取締役、控訴人は代表取締役の職務執行を監視すべき取締役として、本件売買契約に関し、会社(ニホン工業)に損害をかけぬようそれぞれの立場で適切な措置を執るべきであるのに、前記のように漫然放置し、その結果会社に履行不能による損害賠償債務を負担させ、しかもその頃会社は事実上倒産し資産なきに至つていることが認められるから右八木にニホン工業の代表取締役としての、控訴人に取締役としての職務の執行につき少なくとも重大な過失の存することは否定できない。〈証拠判断略〉。 
四 そうだとすれば、控訴人に対し、商法二六六条の三に基づき前記損害額金四二七五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五二年一〇月一五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の本件請求はすべて理由がある。


☆旅費交通費関係等
要旨
  神戸地裁尼崎支部
H20.2.28 
判時2027
p75~
  出張旅費を不正受給したとして懲戒解雇された元従業員の会社に対する懲戒解雇処分の無効確認及び退職金の支払請求が棄却され、会社の右元従業員に対する出張旅費の不当利得返還、解雇後の会社の名誉等を毀損する文書の送付行為を違法とする損害賠償及び会社内部資料返還の各請求が認容された事例 
  判断 そもそも出張旅費とは、従業員が実際に業務上の出張を行うことに伴って発生する費用は会社が負担すべきものであることから、従業員に対して事前又は事後に支給されるものであり、出張旅費請求の内容に沿った出張事実が存在しないにもかかわらず、当該出張旅費請求の内容に基づく出張旅費を受給することは、法律上の原因がないものというべきである。
  福井地裁H18.12.27
判時1966
p40~  
  県職員のカラ出張について、県知事に指揮監督上の義務違反があったとして、その損害賠償責任が認められた事例
  判断 県の調査委員は、平成6年度から平成9年12月までの事務処理上不適切な支出が21億6203万1155円と認定し、そのうち不適正な支出であると指摘された4億6396万393円については職員らが県へ返還したが、本判決は、平成9年4月から同年12月までのいわゆる「カラ出張」に係る旅費の支出は、総額2億5836万5093円であると認定。
本件の「カラ出張」は、全庁的に長年いわたって行われた構造的組織的な不正支出。
Yが平成9年初めころに全庁的な調査を命じれいれば、同年8月17日から同年12月までの旅費の不正支出を防止することができた。
それにもかかわらず、平成9年12月まで県職員の旅費の支出の実情の調査を命ずることなく、各部局に対して、厳正かつ効率的な予算執行に努めるよう指示したにとどまる。

Yには、専決権者が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、過失により専決権者の財務会計上の違法行為を阻止することなく、自ら財務会計上の違法行為を行ったと評価できる。

県に対して損害賠償責任を負う。

Yに対して、県に対して1億983万907円の支払を求める限度で、本訴請求を認容。
  解説 最高裁H5.2.16:
長が、財務会計上の行為を職員に委任した場合、右職員が財務会計上の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときには、地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負う。 
最高裁H3.12.20:
地方公営企業の監理者の権限に属する財務会計上の行為を補助職員が専決により処理した場合は、管理者は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し故意又は過失により右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負う。
  【判例番号】 L05330567
損害賠償請求(甲事件)、損害賠償等請求(乙事件)事件
【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成8年(ワ)第2064号、平成8年(ワ)第17347号
【判決日付】 平成10年12月25日
【掲載誌】  労働判例759号52頁
要旨 【判示事項】
1 賃金の騙取の不法行為が成立するためには、被用者に実際に労務を提供していないにもかかわらず労務を提供しているように装う欺罔行為がなければならず、ある期間の賃金をすべて騙取したというためには、当該期間中右欺罔行為が継続していることが必要であるとされた例

2 仮に懲戒解雇事由があったとしても、実際に解雇していない以上、雇用契約は終了せず、その後被用者が労務を提供すれば、使用者は賃金を支払う義務があり、支払った賃金等の全額を被用者が騙取したとは認められないとされた例

3 営業課長が、複数起票した受注納品伝票の中にいくつか架空のものがあったことは、同人が労務を提供していなかったことを推測させる重要な事実とはなり得るものの、その事実のみで足りるものではなく、同人の職務全般についての検討が必要であるとして、同人が労務を提供していると見せかけて会社を誤信させ、賃金等を騙取したとは認められないとされた例

4 営業職についての労務提供の有無の判断の対象が営業成績、すなわち粗利獲得金額のみであるとする会社側主張が、就業規則等の具体的根拠が明確ではないとして退けられた例

5 右課長が虚偽の売上事実を申告したため会社が過分に納税したとは認められず、また同人による架空の受注納品伝票の起票等の調査をしたため、会社の信用が失墜したとは認められないとされた例

6 右課長が、雇用契約上会社に売上を上げて利益をもたらす義務、給与の5倍の粗利を会社にもたらす義務を負うとは認められないとして、同人の債務不履行責任が否定された例

7 右課長の1年半以上にわたる労務の提供をすべて否定し、詐欺(賃金等の騙取)という犯罪行為ともなる行為があったと主張して損害賠償等を求める会社の訴えの提起は、著しく相当性を欠き違法であり、同人に対する不法行為に当たるとして、慰謝料20万円の支払いが命じられた例
    【判例番号】 L05931554
損害賠償請求事件
【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成14年(ワ)第12563号
【判決日付】 平成16年3月31日
【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載
  要旨 【判示事項】
X1会社及びX2会社が,両社の元代表取締役であった被告に対し,在任中に善管注意義務等に違反する行為があったとして損害賠償を求めた事案で,被告は自己の利益を図る目的で,X1会社に必要のない不動産(旧自宅)を買取らせた行為は,取締役としての善管注意義務等に違反し,商法266条1項5号に基づき損害賠償責任が成立するが,旧自宅買取に関する損害賠償請求権は時効により消滅しているため,X1会社の被告に対する請求は理由がない。被告がX2会社から架空の出張費名下に受領した金員についてはXらの業務との関連性は認められないとして同金員の受領は商法266条1項5号に基づき損害賠償する義務があるとした事例
  ★    【判例番号】 L06133970
地位確認等請求
【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成17年(ワ)第15095号
【判決日付】 平成18年9月29日
【掲載誌】  労働判例930号56頁
       LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】 労働法学研究会報58巻18号26頁
  要旨 【判示事項】
(1) 年俸制の営業部部長に対する退職勧奨後の給与減額が無効とされ,その後の解雇も解雇権濫用に当たるとされた例

(2) 使用者の人事権は労働契約によって労働者から付託された相当の裁量権の範囲内で行使され,濫用にわたるものは許されないし,契約更改時の賃金決定に際しても新たな労働契約の条件として労使間で合意が交わされることが予定されているものというべきとされた例

(3) 退職勧奨後に部長から係長に降格し,給与を半額に減額した措置は,当人の同意がなく,その経緯からみても合理性,必要性が基礎づけられず,人事権濫用に当たるとされた例

(4) 原告労働者が架空の経費請求を繰り返したと推認するには足りず,部下に領収証を作成させたとしても,不正行為とされる対象は,業務遂行上の経費として内規で認められた範疇の金銭であり,架空請求しているわけではないことなどからすると,参加メンバーの申告に関する不正があったとしても,解雇に相当性があると評価できるか疑問であるとして,経費の不正請求を主たる理由とする解雇が解雇権濫用に当たるとされた例

(5) 使用者の一連の行為に対する慰謝料請求について,人件費削減のための退職勧奨であったことや交渉の経緯等からみて不当とはいえず,差額賃金等の支給による救済を得られるのであるから,不法行為を構成するほど悪質とはいえないとして棄却された例

(6) 原告労働者の給与は年俸制であり,賞与は被告の査定評価を経ることなく確定金額として毎年の労働条件更改時に成立しているものと考えられ,他にインセンティブ・ボーナスが支給されている実態にあることからすると,減額賃金差額請求である毎月の差額分のほかに年2回の賞与分も原告の労務の提供があれば同人の年収として支給が保障されて然るべきであるとされ,減額前の年俸額1500万円を基準とした解雇までの差額賃金の支払い,および本判決確定までの毎月18分の1相当額,年2回各18分の3相当額の支払いが命じられた例
  ★    【判例番号】 L06450024
損害賠償請求(差戻)事件
【事件番号】 佐賀地方裁判所判決/平成17年(行ウ)第7号
【判決日付】 平成21年1月30日
【参照条文】 地方自治法(平14法4号改正前)242の2-1
【掲載誌】  判例タイムズ1318号131頁
LLI/DB 判例秘書登載
  要旨 【判示事項】
本件の事実関係の下では,当時の県知事には,「ゼロ精算」目的で行われた複写機使用料名下の不正支出(いわゆる裏金の創出)について具体的な予見可能性があり,指揮監督上の義務として,不正支出の有無を調査すべき義務があり,調査していれば不正支出を防げたにもかかわらず,これを怠ったとして,当時の県知事の県に対する損害賠償責任が認められた事例

☆移送関係
  判時1052
東京高裁S57.7.2
  
事案 宗教法人甲の管長らが、丙ら11名に対し、僧侶の地位を剥奪する処分。
丙らは、右処分は無効であるとし、甲を被告として丙らが甲の教師資格を有する僧侶の地位にあることの確認を求める請求(前請求)と、丙ら11名のうち丙を含む10名が右処分緒無効を前提として、甲の末寺である乙その他の10宗教法人に対し、丙ら10名のその役員たる地位にあることの確認を求める請求(後請求)を併合して共同訴訟としてA裁判所(静岡地裁)に提起。
乙その他10宗教法人は、丙ら10名を被告とし、前記処分によって丙らは当該宗教法人の役員たる地位を失ったにもかかわらず右末寺の所有建物を権原なく占有している⇒建物の明け渡し請求訴訟を、それぞれの普通裁判籍がある管轄裁判所に提起。
A裁判所は、著しい損害及び遅滞を避ける必要があるとして、後請求をそれぞれ前記明渡訴訟の係属する各裁判所に移送する決定。

丙は即時抗告。 
  判断 (1)A裁判所で丙が共同訴訟を提起した前請求と後請求を併合審理すると、地位剥奪処分の効力につき、審理の重複と判断の抵触を避けられる。
(2)
①後請求はそれだけをとってみれば本来A裁判所の管轄に属しない。
②後請求を移送することにより損害及び遅滞が避けられる。
③B裁判所に係属している明渡訴訟との間の審理の重複と判断抵触が避けられる。

多に当事者及び裁判所にとって不都合・不合理な結果を招来すると考えられる特段の事情が認められない⇒後請求につき裁量移送する必要があると認められる。
⇒原決定を相当であるとし、抗告を棄却。 

☆意思能力関係  
判時2192
民事p92
京都地裁H25.4.11

 
  認知症の高齢者による会社の発行済みの全株式を含む数億円の全財産を会社の一時期の顧問弁護士に遺贈する内容の秘密証書遺言、自筆証書遺言が意思能力を欠くとして無効とされた事例 
事案 Xは、Aの妹の養女であり、代襲相続人(姪)であるが、本件遺言時にAの遺言能力がなかったこと、本件遺言が公序良俗に反する等と主張し、Yに対して本件遺言の無効確認を請求し、E(遺言執行者)がYに補助参加したもの。 
判断 ●遺言能力の相対性について
民法は,近代法の大原則とされる「私的自治」を採用し,個人が自分の意思により(単独の意思表示又は相手方との合致した意思表示-契約により),法律関係の発生・変更・消滅を具体的に規律することを認めるものであるが,それは,あくまで,正常な意思活動に基づく行動(意思表示)がされたことを前提とする。
   認知障害を負う者は,私的自治の理念に適った行動ができないのであるから,その者の財産が私的自治の名の下に散逸してしまう危険まで民法が容認しているとは到底解されないからである。
   したがって,民法には明示的な規定を欠くものの,意思表示がその本来の効果(表示された意思のとおりに法律関係が発生・変更・消滅するとの効果)を生ずるためには,その意思表示がもたらす結果を正しく理解する精神能力を有する者によってされる必要があり,その精神能力を欠く者がした意思表示は無効であると解されている。   
すなわち,20歳以上の者であれば誰でも有効に契約を締結することができるわけではないし,15歳以上の者であれば誰でも有効に遺言ができるわけではない。意思表示を有効に行うための精神能力は「意思能力」と呼ばれ,遺言を行うのに要求される精神能力は特に「遺言能力」とも呼ばれる。   
意思表示が,どの程度の精神能力がある者によってされなければならないかは,当然のことながら,画一的に決めることはできず,意思表示の種別や内容によって異ならざるをえない(意思能力の相対性)。
単純な権利変動しかもたらさない意思表示の場合(日常の買い物など),小学校高学年程度の精神能力がある者が行えば有効であろうが,複雑あるいは重大な権利変動をもたらす意思表示の場合,当該意思表示がもたらす利害得失を理解するのにもう少し高度な精神能力が要求されるから,小学校高学年程度の精神能力しかない者が行った場合,意思能力の欠如を理由に意思表示が無効とされることが多いものと思われる。
●公証人への申述(平成17年10月3日)当時の遺言能力について
(1) 前記第3の4に認定の事実(西陣病院入院時のA1の状態),第3の6に認定の事実(2回目の京都第一赤十字病院入院時のA1の状況),前記第4の3に認定の事実(在宅介護の指示書の内容)に加え,前記第5の医学的知見を総合すれば,本件遺言書が自己の遺言書である旨を青野公証人に申述した平成17年10月3日の時点までに,A1には,認知症の中核的な症状が非常に顕著に現れていたことが明らかである。
医療従事者や在宅介護従事者によって観察されたA1の認知症の症状に照らせば,A1には,小学校高学年の児童程度の精神能力があったとも到底考えられない
(2) 実際にも,秘密証書遺言手続がされた前後2年ほど(平成17年2月18日から平成18年12月25日)までの間,A1の預金が6000万円以上も払戻しがされているのに,その事実に関するA1の態度(被告,V1,訴外会社の人間に預金の状況を尋ねた,あるいは定期的に報告させていた,あるいは預金が大きく減少した理由を問い質した等)がどの証拠からも伝わって来ないことは,平成17年10月当時,A1が既に,財産を管理したり費消しようとする精神能力を欠いていたことをうかがわせるところである。
(3) また,A1の認知症の症状は脳の病変に基づくものであるから,自分の立場,自分の置かれた状況,自分と周囲の者との関係性が正常に理解できないといったA1の精神状態(医療従事者や在宅介護従事者が観察していたA1の状態)は,落ち着いているように見える場合であっても変わりはないと考えざるをえない。
(4) したがって,仮に,秘密遺言証書封紙に自署し,本件遺言書が自己の遺言書である旨並びに自己の氏名及び住所を述べることができたとしても,平成17年10月3日当時,A1に遺言能力がなかったものと認めるのが相当であり,本件遺言書は,秘密証書遺言としては無効である。
判断
(要約)
Aの人間関係、状態の変化、AとYのかかわり、本件遺言書の作成、Dとの話し合い、Aの預金口座からの多額の払戻し、秘密遺言証書封紙の作成、遺産の額、Aの心身の状態、認知症等に関する医学的知見等の経緯を認定した上、意思表示が本来の効果を生ずるためには、その意思表示がもたらす結果を正しく理解する精神能力が必要であり、どの程度の精神能力が必要であるかは、画一的に決めることはできず、意思表示の種別や内容によって異なるとし、公証人への申述当時においては、Aに認知症の中核的な症状が非常に顕著に顕れていたことが明らかであるとし、遺言能力がなかった。
⇒本件遺言所は秘密証書遺言としては無効。 
本件遺言作成当時においては、初期認知症の段階にあり、本件遺言が文面こそ単純であるものの、数億円の財産を無償で他人に移転させるものであり、本件遺言がもたらす結果が重大であること、Cの経営にもたらす影響がかなり複雑であること、本件遺言内容がAの生活歴からしていかにも奇異なこと等の事情を指摘し、本件遺言がもたらす結果を理解する遺言能力に欠けていた
⇒自筆証書遺言としても無効。
解説 会社の元経営者で、認知症の症状が出ていた高齢者が会社の全株式を含む多額の財産の全てを特定の者(会社の顧問弁護士)に遺贈する内容の本件遺言の効力が争われた事案について、遺言能力を含む意思能力を相対的に判断すべきであり、本件遺言の内容に照らし、本件遺言のような遺言を有効に行うためには、ある程度の(重大な結果に見合う程度)の精神能力が必要であるとの見解の下、高齢者の症状、人間関係、本件遺言の内容、作成の経緯等を考慮し、秘密証書遺言の作成時においても、自筆証書遺言の作成時においても意思能力(遺言能力)を欠き、無効と判断した。

従来の裁判例の動向に沿ったもの。 


☆公序良俗(意思能力)関係
  判時2073
大阪高裁H21.8.25

  
主張 ●被控訴人の主張
① 前記のとおり、本件売買は、その価格が著しく低廉であり、かつ、控訴人が短期間に巨額の転売利益を得るという、暴利行為である。
また、控訴人は、仲介業者(の従業員)と通謀して、被控訴人が事理弁識能力が著しく低いことにつけ込み、かつ、家族、保佐人など被控訴人の権利と利益を保護する者がいないことに乗じて、本件売買契約を締結している。
② 以上を総合すれば、本件売買は、公序良俗に反して、無効というべきである。
●控訴人の主張
① 本件売買が暴利行為に該当しないこと、被控訴人が意思無能力でないことは、前記のとおりである。
なお、本件土地の転売価格からする粗利益率は、全国の平均をむしろ下回るものであって、控訴人が暴利を得たということはない。
② 本件では、被控訴人の判断能力の低下に乗じる行為はない。
本件売買には、それに先行する二つの土地の売買と一連のものである。いずれも、収益が上がらず、かつ売却困難というものであった。そして、被控訴人は、先行する二つの売買の効力は争っていない。このことからも、被控訴人の判断能力の低下に乗じる行為がなかったことが裏付けられる。
また、被控訴人は、極めて自尊心の強い人物である。判断能力の低下につけ込まれて、他人の言いなりになるようなことはない。
  判断 前記一に判示した前提事実を総合すれば、被控訴人は、本件売買契約当時、平成一五年ないし一七年ころに発症したとみられる認知症と妹の死をきっかけとする長期間の不安状態のために事理弁識能力が著しく低下しており、かつ、被控訴人に受容的な態度を取る他人から言われるがままに、自己に有利不利を問わず、迎合的に行動する傾向があり、周囲から孤立しがちな生活状況の中で、戊田らから親切にされ、同人らに迎合的な対応をする状態にあったこと、

戊田らは、これらのことを知悉して十分に利用しながら、被控訴人を本件売買締結に誘い込んだこと、

控訴人代表者は、被控訴人がそのような事理弁識能力に限界がある状態であったことを、本件売買契約が行われた際の被控訴人の風体、様子から目の前で確認して認識していたと推認することができる。
その上、控訴人は、昭和六〇年に設立され、以来数え切れないほどの物件を手がけた不動産業を営む会社であり、戊田は、控訴人の従業員でこそないものの、控訴人と仕事上の関係が一五年以上あって本件土地の売買話しを持ち込んできたので、控訴人代表者は、本件土地をすぐに転売する目的で購入することとし、坪当たりで、その更地価格を七〇万円ないし八〇万円と見立てた上で、本件売買直後の転売価格を二〇万円ないし二五万円と目論み、その二分の一以下に相当する本件売買における坪単価一〇万円も戊田の言い値をそのまま採用し、本件土地に係る借地権の内容も戊田から説明を受け、自分では同社に直接確認しなかったことも明らかにされている。これらの事実に鑑みれば、戊田は、控訴人と極めて密接な関係にあり、少なくともこと本件土地の売買に関する限り戊田を実質的に控訴人の被用者として活用していたということができ、控訴人代表者は、被控訴人に関する事実について、戊田から逐一報告を受け、戊田と全く同一の認識を有していたと推認することもできる
また、本件土地の収益性、被控訴人の客観的な経済状態(賃料収入、年金収入及び本件売買に先立つ土地の売却金)からは、被控訴人にとって本件売買をする必要性・合理性は全くなかっただけでなく、それは、客観的に適正に鑑定された本件土地の価格の六割にも満たない売買価格の点で、被控訴人に一方的に不利なものであったこと、長年にわたり不動産業を営む控訴人代表者は、それらのことを十分に認識し尽くし、上記のとおりただちに転売して確実に大きな差益を獲得することができると踏んだ上で本件売買を締結したと推認することもできる(なお、控訴人は、丙山自動車に賃料の滞納があったことを理由に、収益性が期待できなかったから、被控訴人がそれほど高い価格によらなくても本件土地を売却することは不合理でなかったと主張する。仮に、売買しようとする土地の借地権者が賃料の滞納を続けている事実があるとすれば、地主が債務不履行により賃貸借を解除する機会があることにつながり、土地を買おうとする側から見れば、巨額の借地権価格相当分を労せずして得る可能性があることを示すため、売買時の交渉において、抽象的には、売買代金を引き上げるベき理由にこそなれ、代金を低い水準に抑制すべき理由とはなり得ないのであるから、そもそも、この主張は失当というべきである。)。
このような事情を総合考慮すれば、本件売買は、被控訴人の判断能力の低い状態に乗じてなされた、被控訴人にとって客観的な必要性の全くない(むしろ被控訴人に不利かつ有害な)取引といえるから、公序良俗に反し無効であるというべきである。
●  なお、控訴人は、本件売買には、先行する二つの土地売買があり、被控訴人がそれらの効力を争っていないことからも、控訴人が被控訴人の判断能力の低下に乗じたとはいえないと主張する。
 しかしながら、先行売買が無効であるかどうかと本件売買が無効であるかどうかは、元来独立した別個の問題であることは自明であるし、何よりも、先行売買の結果、本件売買直前には被控訴人の預金口座に一億円を超える預金があったため、客観的に被控訴人に本件売買の必要性がなかったことは明らかであり、前記のとおり、戊田から被控訴人に関する事実を逐一報告を受けていたと推認される控訴人は、被控訴人の判断能力の低さに乗じて本件売買を締結したと言われてもやむを得ないから、控訴人の主張は理由がない。
  神戸地裁尼崎支部
H22.1.21 
事案   甲事件は,別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の所有者である原告が,平成18年11月19日,被告Y1との間で,代金1億0500万円で同土地の売買契約を締結したが,その当時,原告は統合失調症により意思無能力者であったから同売買契約は無効であるとして,同被告に対し,所有権に基づき,別紙登記目録1記載の所有権移転登記の抹消登記手続を求めるとともに,同被告から本件土地を買い受けた被告Y2に対しても,所有権に基づき,同目録記載2の所有権移転登記の抹消登記手続を求めた事案である。なお,被告Y1は,前記売買契約当時,有限会社であったが,平成18年12月21日,商号を株式会社Y1に変更した。   
乙事件は,被告Y3と被告Y4が共謀して,原告が統合失調症により意思無能力であることを利用して本件土地を被告Y1に代金1億0500万円で売却させ,その代金を不正に取得したとして,同被告ら2名に対し,不法行為(民法709条,719条1項)に基づき,同額の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求め,かつ,被告Y3が,原告の生命保険契約を解約させ,その解約返戻金を被告銀行芦屋駅前支店に新たに開設させた原告名義の預金口座に振り込ませた上,原告に成年後見が開始された後,原告にこれを引き出させて不正に取得したとして,同被告に対し,不法行為(民法709条)に基づき,同額の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるとともに,被告銀行に対しては,前記預金口座からの預金引き出し行為を,原告成年後見人が意思無能力を理由に取り消したとして,同預金の支払及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
  判断 ●争点(1)「本件売買契約締結当時,原告は意思無能力であったか」について
以上のところから,本件売買契約は有効と認められるから,原告の意思無能力を理由とする原告の被告Y1及び被告Y2に対する各請求は,いずれも理由がないといわざるを得ない。
●争点(5)「被告Y3らに不法行為が成立するか」について
 (2) 以上のアからチの事実経緯からすれば,被告Y3は,原告に対し,×××において衣料品を「つけ」で売却していたところ,原告が自宅放火事件を起こし,成年後見申立てがされたことを知り,Fの原告に対する未払売買代金回収を契機として,統合失調症によりEに対する被害妄想から抜けきれないでいた当時の原告の精神状態につけいって同被告や被告Y4を信用するように申し向け,成年後見人が選任された後では原告の財産を自由に処分することが困難になることから,原告に本件土地の売却処分を急がせて被告Y1に売却させ,原告のために管理することを口実として原告や成年後見人に売買代金を引き渡さずに不正に取得し,また同様に,成年後見人に知られないよう新しく本件口座を原告に開設させ,生命保険契約を解約させて解約返戻金を同口座に振り込ませ,これを自ら引き出し,あるいは原告に払戻しをさせた上で,原告や伊賀後見人に引き渡さず,これを不正に取得したものであると認められる。
    
また,前記ツについても,その時期が,原告が被告Y3と知り合って間もなく行われているところから推測して,同被告の影響下に行われたものである可能性が否定できないというべきである。
    
そして,被告Y3の実父であり,同被告とFの共同経営者として,原告とも接触のあった被告Y4も,当然,この間の事情及び被告Y3の前記各行為を知っていたものと認めるのが相当である。  
(3) そうすると,被告Y3は,本件売買契約に関して原告が被った損害につき,不法行為に基づく賠償責任を免れないというべきである。また,被告Y4もこのことについての共同不法行為責任を負うことはいうまでもないところである。さらに,被告Y3は,本件各払戻金について原告が被った損害についても不法行為責任を免れない。